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2017年02月22日

2016年10月10〜21日◆『ことばの起源』ロビン・ダンバー(後編)

これの続きです。

ロビン・ダンバーが言葉の起源を考えた。
言葉はどうして生まれたのか?
言葉は草原に迷い出た類人猿のサルが集団を形成するために、毛づくろいの代わりに言葉を交わすことで集団の「紐帯」。
この輪をしっかり締めたというか、絆を保ったというか。
そんなふうにして言葉はドンドン複雑な技術になったということ。
この言葉を膨らましたのは何と驚くなかれ、仲間内のゴシップによってという。
だから仲間の噂話等々無責任に語り合うということは、意外と集団にとっては重大なことであり、それを語り合うことによって集団の目に見えない掟を確認し合うことになるという。
このあたりを読んでいて「あっ!」と気がついた武田先生。
最近テレビの地上波に出演すると、芸能ネタということで芸能人が芸能人について語るという番組が昼の12時を挟んである。
在京テレビ局三局が同じような内容で迫っている。
でも、それは実はそういう噂話というのが集団の掟を確認するための遠回しの儀式であると。
なるほど。
人の浮気なんざ別にガタガタ言う必要は無いと思うが「ガタガタ言わなくてもいいんじゃないの?」と言うと大変非難が集まったりするというのは、非難する人が集団全体の掟を確認するためにという。
だからドンドン掟が一般化していく。
スペシャルを絶対認めないという「ジェネラル」「オール一般」ということだが、気の毒だと思う武田先生。
『五体不満足』の乙武さんの離婚は胸が痛かった。
テレビの番組なんかで「バレなきゃよかったのにね」と言った武田先生。

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言葉による心の理論が類人猿を人に育てていった。
言い間違えて何度も炎上しながらだんだん皆、言葉使いが上手くなっていったのだろう。
今の社会は炎上社会だから、やたらいろんなところが炎上しているが、言葉というのは実に複雑なもので「俺のこと好きか?」「うん、大好きよ」っていう断り方がある。
そういうお付き合いの断り方があるし「アンタなんか大嫌いよ」という「愛してる」という表現がある。
それがやはり人間の言葉の複雑さなのだ。
今、問題になっているのは言葉が一種の裏切り者をあぶりだす手段として用いられるという。
ゴシップを語り合って、そのゴシップのやり取りの中で「あれ?コイツこんなこと考えてんのか。群れ全体にふさわしくないなぁ」という、あぶり出しの「センサー」として言葉が使われているという。
現代社会では、そこまで言葉が複雑になったということなのだろう。
この毛づくろいの代わりに集団形成、そして維持のために「コンタクトコール」から発達した言葉は、人間の集団を驚くべきスピードで言葉そのものが発達していく。
言葉というのはすごく面白いことに、ある集団の中で発達していく。
だからブログ炎上等々も含めて、ある言葉に対して反応する人たちがいて。
だから違う集団では全く理解できない言葉というのも、ある集団からは育っていく。

フランス語とイタリア語が共通祖先のラテン語より分かれてわずか二〇〇〇年であるが、関係の深いこの二つの言語を母国語とする大半の人々は、ラテン語も理解できないし、互いの言語も理解できないでいる。(214頁)

イタリア語は日本人にすごくなじみやすい。
ローマ字が読めればいいのだから。
フランスに行った後にイタリアに行ったらすごく目が楽になった武田先生。
フランスに行ってレストランのメニューが出てくると恐怖。
よく似た綴りを探すのだが、アルファベットでも全然読めない。
もう皆さんもお分かりだと思うが、イタリアのレストランに座ってバッとメニューを開いてみると読める自分に驚く。
「ペペロンチーニ」とかザッと読める。
「ズッパ(zuppa)」は「スープ(soup)」。
「エアポート(airport)」は「エアロポルト(aeroporto)」。
そんなに外れない。
とにかくフランス語は分かりにくい。
たった二千年であれぐらい違っちゃったっていうところが言葉の面白さ。

デンマーク語とスウェーデン語は、それぞれスカンジナビア語の異なる方言に由来しているが、わずか一〇〇〇年で、ほとんど互いに理解できなくなっている。(214頁)

言葉というのは、かくの如く枝分かれしていく。
枝分かれと言えば、思い出すのが『旧約聖書』に出てくる「バベルの塔」。
かつて世界の人々は同じ言葉を使っていたけれども、だんだん高邁になり、神を凌ごうと自分の力にうぬぼれ始め、怒った旧約の神は言葉を変えてしまってお互いの意思疎通が簡単にできないようにしてしまったという。

バベルの塔はただの神話ではなく、本当に存在していた。−中略−紀元前七〜八世紀の、バビロニア王国が第二の隆盛期にあった時期のどこかで建設された。七段のジッグラドつまり階段状のピラミッドになっていて(215頁)

「インド=ヨーロッパ語族」という分類のように人類を「語族」という分け方もできる。
「インド=ヨーロッパ語族」は昔、同じ言葉を使っていてそれが千切れていったという。

 今日の世界には、方言と考えるか完全に一つの言語と考えるかに左右されはするものの、一般に話されている言語がおよそ六〇〇〇ある。−中略−言語学者は、今後半世紀以内にこれらの言語のうち半数以上が、母国語として話す者がいなくなるという意味で消えていくだろうと考えている。(220頁)

(番組では「国家による国語教育のために消滅する」と言っているが、本にはそういうことは書いていない。この後の中国の話も書いていない)
一番言葉が消えているのが中国。
中国は様々な民族がいるのだが、北京政府の強力な指導により、北京語が中国語として統一されていったという。
時々問題を起こすが、新疆ウイグル自治区なんていうのは「ウイグル語族」という、別の東洋人とトルコ系の人たちが住んでいる。
新疆ウイグル自治区は「いいとこだった」と思う武田先生。
おじいちゃんが東洋人なのだが、お顔を見ると目がブルー。
ものすごくエキゾチック。
『孫悟空』の火焔山。
山で炎が燃えているという。
北京からウルムチに入り、車で行って正面にタクラマカンの大砂漠を超えて火焔山が表れた時に胸がキュンとなった。
丘が鳥取砂丘みたいにずっと連なっている。
その岩に年に何回か降った雨の跡が彫刻刀で彫ったみたいに走っている。
それが岩肌に「火」という字を百も二百も書いたみたいに「火」という字に読める。
それで火焔山。
孫悟空が芭蕉扇を持って来て扇いだという。
(番組では「芭蕉フ」(芭蕉布?)と言っているが、多分芭蕉扇のことを言っているんだと思う)
あそこを車で走っている時に、幻でゴダイゴの『ガンダーラ』が流れる。
堺正章さんがサルの恰好をして、夏目雅子さんが白い馬に乗って「そこ〜へ行けば〜どんな夢も〜♪」という。
(お若い読者には何のことか分からないかと思うので説明しておくと、大昔に堺正章さんが孫悟空、夏目雅子さんが三蔵法師で、エンディングがゴダイゴの『ガンダーラ』というドラマ『西遊記』が放送されていた)

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あそこで知り合いになった「ロシタン」というウイグルの青年がいたが、元気で暮らしているだろうか。
今、強烈に「北京化」があの辺りも進んでいると聞いた。

英語の威力はすごい。
今はもうカリブ諸島あたりも全部。
南米も英語になりつつある。
ブラジルあたりはまたちょっとラテン語が強いが。
中南米とかカリブはもう英語。
「英語はどこまでいっても通じる言語になるのかな」とみんな思っていたらならない。
何でならないか。
集団の中で英語が全然違う言語になっていく。
カリブ諸島にはもう正式名称で「クレオール語」と言うそうだが、これは英語のカリブ訛り。
ところが文法はまあまあ似ているが、英語から千切れつつある。
あと千年待てば、もう完璧に英語から離脱する。
だからまとめようとしても千切れていく。
世界語と言える言葉がバーッと躍進するが、世界語が浸透した瞬間からそれはまた地方の言葉になっていくという。
こういう言葉というのは、伸び縮みを繰り返すという。

方言は「変わらぬもの」というイメージがあるが、これもやっぱりゆっくり変わりつつある。
故郷を離れて40年の武田先生は、福岡博多の街には知らない博多弁が増えつつある。
そのNo.1で「バリ」。
「バリうま」とかっていう。
「どげんやっとや?」「いや、バリ美味かった」と言う。
「ものすごい」というのは「バリバリ」。
これを調べた武田先生。
どうも宮之城という鹿児島と宮崎の県境ぐらいにある鹿児島県の非常に狭いエリアの言葉。
向こうの人は「みやのじょう」と回りくどく言わずに「みやんじょう」と言うが、これが宮崎の小林という町があって、そのあたりと方言を共有しているらしいのだが、この「バリ」というのは宮之城・小林あたりでは段階がいくつもあって「グッド」「エクセレント」という表現があるが、一番言う「グッド」で「バリ」を使う。
「イイネ!」という。
「バリ」よりもっとよい「ベリーグッド」。
これを「ボリ」という。
それよりもっとよい、もう一段上は「ジョン」。
バリ・ボリ・ジョン。
「ジョンよか」という。
「スーパーエキセレント」「最高に良い」は「ジョジョン」。
これを天文館(鹿児島県鹿児島市にある繁華街)でそこ出身のホステスさんから聞いた時に立ちくらみがした武田先生。

宮崎の田舎町で聞くとフランス語に聞こえるという宮崎弁。
もう、本当にフランス語に聞こえる。
「そがよがまちきんしゃい。きんさいとバリジョンよかたぁい。おかさいささないちゅうよぉ」
ずっとフランス語だと思って聞いていると、何のことはない、その小林の方言。
それで「小林にいらっしゃい。素晴らしいとこです」と言う。
「こばやしこんで、ジョンよかぁ」という。
この時に初めて「ジョン」というのを聞いた武田先生。
バリ・ボリ・ジョン・ジョジョン。
その一番下の「グッド」の意味の「バリ」が、福岡に学びに来た学生さんあたりで鹿児島系の人がいて、博多ラーメンを喰って「あ、バリうま!」とかって言ううちに、だんだん横浸透したという。
「チョー」は「ジョジョン」。
「バリ」というのは「感じいいんじゃない」みたいな「すごくいい人」みたいな。
「激ウマ」は「ジョン」。
だから四つランクがある。
博多は「よか」しか褒め言葉がなかった。
だから他県の方言を取り込んでくっつけたのだろう。
LINEのスタンプで「バリよか」と仰っている武田先生。

武田先生はわかっても、博多の若い人は「そげなことは言わんですよ」と否定される博多弁もある。
その一つ「バサラカ」。
「ものすごく」という意味。
だから「ジョジョン」に近い。
味には使わない。
商品とか映画の鑑賞の時に「どげんやっとや『ベン・ハー』は?」「バサラカよかった」と言う。
この「バサラ」というのは室町時代の「婆娑羅大名」。
そのバサラそのものは「バサラ神」という神様の名前。

イスム 伐折羅(バサラ)



だから何のことはない、インド語。
それが博多弁になった。
博多弁は「休み」のことを「ドンタク」と言う。
「zondag」だから。
それを博多の人がまねて、半分に切っちゃって土曜のことは「半ドン」。
このあたり、言葉は転々と旅するもので、何かの言語で統一されるという、そういうものではない。
これは福岡帰り、博多帰りが最近多いので、ちょっとわかるようになった武田先生。
東京の皆さん方が見かけるよりも、福岡はおそらく台湾、中国の方とすれ違うことが多い街。
そうするとホテルのロビーなんかでもありありとわかる。
それは台湾の方と中国の方はわかる。
だから(福原)愛ちゃんで一時期噂が上がった。
愛ちゃんは中国の卓球チームで鍛えた中国語だが、発音が変わったと思ったら、何のことはない。
「恋人が台湾の人になってた」と噂が一時期。

博多の街に帰っていて、アジアからのお客様でも同じ言葉、例えば中国語。
上海からいらっしゃった中国の方の声と、台湾からいらっしゃったお客様の声が「違う」というのは感じるようになった武田先生。

方言というのは集団内で守られてきた文化であると。
だから方言の中にはものすごく貴重な遠い昔が生きていたりする。

一部のオーストラリア原住民族の創造物語が、オーストラリア南海岸沖のタスマン海海底の地形や、海が押し寄せてきてオーストラリア北部および南部の海岸のたくさんの島々と本土との陸のつながりが絶たれた経緯を、驚くほど正確に描写していることである。以前の氷河期の間、この地域の海底は陸地として現れていたのだろう。原住民の祖先たちが最後にそこを歩けたのはおよそ一万年前のことであり(237頁)

そういうのを聞くとワクワクする武田先生。
九州福岡はそういうことを刺激するものがいっぱいあるので、その手の番組を地元に帰ってやりがいのだが、誰も話を聞いてくれない。
ある神社に行ったら、隣の有名な神社の悪口を言う神社の神主さんがいて「あそこは裏切りもんですたい」とか言う。
「ひどい言葉使うな」と思ったが、祀っている神様同士で昔、何か争いがあったようだ。
九州博多はいわゆる「海人(あま)族」の基地が点々とある。
大和側についた海人族と、九州の王様を最後まで守ろうとした海人族がいて、今でも低い声で「裏切りもんですたい」と。
だから私達に見せられない「何か」で、そういうのが神主さんに伝わっているのだろう。
そういう不思議な古い話はいっぱいある。
(武田先生のご家族が)三人いるのだが神社にものすごく熱心になってしまって、最初に出雲に行った。
その次に伊勢に行った。
そうしたら「出雲が落ち着く」と言う。
奥様は境内に入った瞬間「きた」と言う。
そうしたらお嬢さんも「アタシもきた」とかって。
そうしたら奥様が突然「アタシの子だからよ」とか。
母子というのは、何かワケのわからないことで急に仲良くなったりする。
お伊勢さんには何の罪もない。
ただツイてなかったらしい。
行ったのだが鳥居をくぐったら土砂降りの雨で、それで「拒否されたね」って下のお嬢さんが言うと、奥様が「アタシも拒否を感じたわ」とか。
「あたしたちの故郷は出雲よ!」とか急に叫び始めて。
住吉の神様。
「住吉神社」がいくらでもある。
あそこは不思議で「住吉三神」といって神様が三ついるのだが、その三つの神様が一つの海の断面図。
海上の神様、海の真ん中ぐらいの神様、海底の神様。
何で「断面」なのだろう?
そういうのは不思議で仕方がない。

『ことばの起源』のロビン・ダンバーによれば、人間の言葉そのものを遡ったり神話を辿っていくと、人が残した言葉の中には約500万年の人間の長い歴史が隠れているという。

現代は発達して言葉を巧みに使う人間。
ブログやLINE、SNSというものもあるが、これも一種の毛づくろい。
多くの仲間と交信しているという。
これはもうたまらない動物の快感。
そしてこのような毛づくろいは仲間に対する自己宣伝でもあるし、露出によって「俺はたくさんの人に知られているんだ」という快感。
これは自己肥大させたり。
また、ブログ炎上等々の個人攻撃も、一種、毛づくろいの快感の名残り。

著者は繰り返し言う。
進化とは、何か大きい目標に向かって生命が大躍進を遂げたような響きがあるが、そうではない。

 進化というのは基本的には「やりくり」である。(290頁)

先のことを考えたのではないのだ。
「今日どうする?」という「やりくり」から工夫していったものが進化になったという。
「毛がなくなった。じゃあどうするか?」というと「泣き声でお互い鳴いてみよう」という。
鳴いているうちにだんだん安らぎが生まれて、それが言語になっていったという。
何も高い次元みたいなことで言葉を覚えたのではないと。
お母さんの顔を見たら、お母さんが「マンマー」と言う。
自分が「マンマー」と言うと、お母さんがにっこり笑ったような気がするんで「マンマ」を繰り返すうちに彼女の呼び方をその「マンマ」という言葉を使ったというような。
そういう小さなやりくりから進化というものが始まるんだ。
言葉というのはものすごく精巧なものであるけれども、一対一でしか交換できない.

一つの会話に関わりうる人数には、およそ四人という、厳然たる上限があるようだ。(171頁)

しかも男女にも差があって、グループで会話する場合、女性は全体の25%しか話をせず、70%は男のもの。
つまり、男女で話をする時、女の人は黙り込んでしまうという。
男がメインをとる。
でも、話さなくても女性に関しては話さない方が男性はたくさんのことが分かってくれるという。
更に言葉は重大な瞬間、全く役に立たない。
言い訳や弁解がスラスラ言葉として語られると、その言い訳や弁解は言葉としての信用を失う。
この辺は言葉の難しいところ。
また、相手が目の前にいないネットでの会話、交信は車運転のドライバーの言葉と同様「ロードレイジ」と言う。
これは「運転時激怒」に似て「罵り言葉が常軌を逸したものになります」という。
相手が見えていないと罵る言葉が極端に汚くなるという。
言葉の生まれた理由。
それは群れでしか生きられない毛のないサルの必死のやりくりであった。
そして毛づくろいの安らぎの代理が言葉であり、その中身はほとんどゴシップであったと著者は言う。

彼女が働いていた制作部隊は、あるテレビ局の教育作品をすべて制作していた。たまたまそうだったのか意図されていたのか、とにかくその部隊にはほぼ一五〇人がいた。長い間、すべてが一つの組織として非常にうまく機能していたが、あるとき、制作のためにとくに建てられた新しい施設に移った。するとはっきりした理由のないまま、すべてが崩壊しはじめた。−中略−
 しばらくたってようやく、何が問題であるかわかった。建築家が新しい建物を設計した際、昼食時にみんながサンドウィッチを食べている休憩室は不必要なぜいたく品だから、なくしてしまおうと決断したことが判明したのだ。
−中略−
どうやら以前は、人々が休憩室でサンドウィッチを食べながら気楽に集まっているときに、役に立つ情報の断片が何気なく交換されていたらしい。
(286頁)

これが「無駄話の効用」。
無駄話をすればするほど新企画というのは生まれて、会議室を立派にすればするほど新企画は生まれなくなった。

バリ・ボリ・ジョン・ジョジョン。
鹿児島の天文館のホステスさんが話すのが上手で笑い転げた武田先生。
宮之城(みやんじょう)という鹿児島の小さな町の女性と夜を共にすると、それを連発するという。
これはものすごく男性陣をワクワクさせる。
ちょっとお布団を一緒にしたりなんかすると、そこのエリアに生まれた人が大声で叫ぶ。
それが「バリ・ボリ・ジョン・ジョジョン」って言う、と。

2016年10月10〜21日◆『ことばの起源』ロビン・ダンバー(前編)

今回の本の中に自閉症のことなども書かれているが、情報は少々古い。
番組ではこれに関して全く取り上げない。

ことばの起源 -猿の毛づくろい、人のゴシップ-



出版されてから20年の本。
進化生物学の先駆けを成す名著の再販。
だから20年間売れ続けている。
20年間生き残った本。
ロビン・ダンバー。
その集団に何人の人間がいればその集団は落ち着くか?
「安定的なダンバー」集団の数は150人。
でも200人になると意思疎通がうまくいかなくなるという。
そういう数値のことを「ダンバー」(ダンバー数)という。
その「ダンバー」の名付け親がこのロビン・ダンバーさん。
この人が言葉の起源を考えた。
「言葉ってどうして生まれたのか」という。
辿り着いた起源は、あっけないほど平凡。
言葉の起源。
毛づくろいの代わり。

サルが毛づくろいをする。
「虫を取ってやる」とか毛づくろいをよく見かける。
あれをしようにも、人類はいろいろ事情があって、2〜3か所だけを残して毛を脱ぎ捨てた。
それで毛づくろいが出来なくなったので、毛づくろいの代わりにやったのが「喋る」「世間話」。
それが「言葉」というものを産んでいったという。
実にあっけない結論。
言葉というのは初め「遊具」「おもちゃ」であったという結論。
この「遊具であった」という結論を先に言っておいて、それからダンバーさんはそのことをずっと類証、例証を集めながら説明していく。
だから言葉というのは危機を知らせるアラームでもなく、もっと卑俗なゴシップを話すための道具だったという。
力むタイプの武田先生は「言葉の力」とかといって力む。
でもダンバーさん曰く、言葉ってのは所詮、仲間内の噂話をするための道具だという。
「聞いた?あいつさ、女をさ・・・」とかって。
それを聞くとホッとする。

悪気のある人は一人もいないと思うが、最近、芸能人がニュースについて語り過ぎる。
何かゴシップが起きると「あなたはどう思いますか?」で朗々と芸能人同士で批判を求める。
「いや、あの人はさー」とかと言いながら非難したり。
政治についても爆笑問題の太田さんは安倍首相に向かってラジオを通して「バカ!」と言った。
漫才のボケの人が一国の宰相に向かって「バカ!」と言った。
相手の方は「受け」に困っていたが。
そういう政治批判とか、そういうのもやっぱりやらざるを得ないところにきている。
関東エリアの人は、最近はお昼はすごい。
芸能人全部並べておいて、芸能人の悪口を並べるという。
松ちゃん(ダウンタウンの松本人志)と引っ張り出された武田先生。
すごく評判が良くて。
この間も蓮舫さんの悪口なんか言ったら、街行く方から「あれはひどい」から始まって「いいこと言った」とか。
でも、あれはもう追い詰められて言っている。
やっぱり
「言葉というのは慎重に」とか思っていた時に、このロビン・ダンバーさんが「いやいや、言葉っちゃぁね、仲間内のゴシップを語り合うための道具から生まれてきたんだ」という。
これはちょっとホッとした。
言葉の起源そのものはゴシップを語り合うための道具として、言葉というのは複雑化してきたという。
しかも結論を出してはけない。
コミュニケーションとはそういうこと。
内田樹さんの名言だと思うが、コミュニケーションというのは二人で語り合って何か結論を出すために語り合うのではない。
コミュニケーションというのは、ずっと話し続けるために語り始めるという。
それがコミュニケーション。
結論が出たらそこで終わり。
「君の言うことはわかった」
あれはわかっていない。
「君と話したくない」という代わりに「君の言うことはわかった」と。

 人間の赤ん坊はだいたい生後一八か月で、初めて本当の言葉を話す。二歳ごろにはかなりよくしゃべるようになり、語彙も五〇ほどになる。次の一年で日々新しい語を学び、三歳になる頃には一〇〇〇の語になる。そして、単語をつなげて二、三語からなる短い文を作り−中略−六歳になる頃には、普通の子供はおよそ一万三〇〇〇語を使ったり理解したりするようになる。そして、一八歳頃には、使える語彙が六万語ほどになる。つまり、最初の誕生日から毎日平均一〇の単語を憶えているということであり、起きている間、九〇分に一つの新しい単語を憶えていることになる。(10〜11頁)

間もなく70歳になろうという武田先生でも、いまだに新しい単語は増えていく。
「こんな言葉知らないよ」というのは案外ある。
人間というのは言葉を死ぬまで覚えていくのだろう。

ここに、昨日の新聞の二紙、高級紙の『ロンドンタイムズ』紙と、イギリスの大衆向けタブロイド紙『サン』の数字を挙げてみる。大衆向けの『サン』の本文−中略−七八%が「人物系」の記事、つまり読者に他人の個人的な生活を覗かせることだけを目的とするような記事にあてられている。政治・経済時事、スポーツの結果、近日公開される文化イベントその他のために残されているのは、わずか二二%である。権威ある『タイムズ』紙ですら、一九九三インチコラムの本文のうち、主なニュースおよび、政治的・専門的ニュースに対する論評に割かれているのは、五七%だけである。四三パーセントが人物系の記事(インタビュー、もっと雑多な類のニュース記事といったもの)に費やされているのだ。(14〜15頁)

「豪栄道優勝」っていうよりも「どのくらい今までダメだったか」「お母さんが応援している」「決定戦の夜は眠れなかった」とか、そういう「まつわる情報」を知りたがる。
新幹線の車内に流れる電光ニュースを見てイライラする。
「今月7月は降雨量が先年の50%しかなかった」とか、それを読んで「だから何が言いたいんだ、オマエは!」みたいな。
「裏」を知らないと我々は何も楽しめない。
ということは、やっぱり後ろから支えるものとか、物陰で動くものとかっていう、そういう事情、状況が言葉として伝わってこないと、私達は情報だけでは耐えられない。
やっぱりゴシップ好き。

松ちゃんの番組でちょっと蓮舫さんの表情なんかが「この人は主役が出来るお芝居ではない」と思う武田先生。
政治家の人の表情は分かりにくければ分かりにくいほど考える。
あんまり明るい顔で全部言われてしまうと「何考えてんだ」って話になるし、あんまり苦しそうに語られると希望を感じなくなる。
つい憶測したくなる表情というのが、こちら側が言葉を感じるためには絶対必要。

言葉を話す人間を三千万年まで遡る。
目の前にいる(水谷)加奈さん。
加奈さんのお母さん、そのお母さん、お母さん、お母さん・・・。
三千万年遡ると、どのくらいの人数に達するかというと400万人。
400万人のお母さんが加奈さんには必要。
これは数字的には大したことがなく、オリンピックをやったリオの1/4程度。
その頃、アフリカの太古の森を跳ねまわっていたサルがいて、類人猿という種になって、大方のサルと別れた。
このアフリカの地というのは、振り返っても振り返っても不思議。

 およそ一〇〇〇万年前頃、気候が乾燥しはじめて気温がまた下がるにつれて、旧世界の森林が後退していった。地球上の海洋の水面温度は、さらに一〇度ほど下がった。−中略−
 問題の一つは、類人猿が猿とは異なり、熟していない果物のタンニンを解毒する能力を持っていなかったことらしい。
(24〜25頁)

 我々も類人猿と同様、熟していない果物を消化できない。タンニンを分解する酵素がないため、食べ過ぎると腹痛や、最悪の場合、下痢をおこすのだ。−中略−七〇〇万年前に森林の暮らしが厳しくなりはじめると、ひひやマカクなどの猿は熟していない果物を食べられるおかげで、当然ながら類人猿の系統よりも有利になった。−中略−生き残った少数種の類人猿は、森林の地面やはずれなど、猿がめったに足を踏み入れない周縁の居住環境にどんどん追いやられた。(26頁)

アフリカの正面から見て右側の草原、マダガスカル方面に出た。
売れた実を探すサルの一団になったのだが、草原に立つと恐ろしいことが次々と起こる。
草原には剣の歯を持ったトラ、ライオン、ヒョウ、ハイエナ、リカオン等々、恐ろしい肉食獣たちが待ち構えていた。
おそらく人類はワシなどからも襲われたはずだ。
そして群れ全体の20〜40%が襲われて死亡。
絶滅の危機に瀕する。
この絶望に類人猿は二つの偶然を生かす。
一つは体を食べられにくくするために、とりあえずデカくした。
ワシ等が襲ってくると、小さいと捕らわれる。
それで、わりと体を大きくして掴まれても浮き上がらないようなサイズになるように。
また、そのサイズのものしか生き残れなかった。
そしてもう一つが、遠くを見ないとエライことになるので草原の中で立ちあがった。
安定がすごく悪いが、四足を前二本を諦めて立ち上がって背伸びをして遠くを見る。
四本の方が速いので、スピードがガクンと落ちるが二本の足で移動した。
移動する時に群れで生活をし始めた。

 捕食者はそれぞれ、攻撃のスピードや方法に応じて、固有の攻撃距離を持っている。チータは助走なしのスタートから数秒以内に時速一〇〇キロに達することができるため、攻撃距離は六〇メートルである。もっと遅くて体の重いライオンでは三〇メートル弱で、それより軽い豹ではたった一〇メートルほどか、それ以下の場合も多い。もし獲物が、捕食者が攻撃距離内に入らないうちにこれを発見できるなら、必ず捕食者から逃れられるだろう。(30頁)

その上に群れで行動していれば、誰か一匹が見つめれば「危ない」というのがすぐに伝わる。
その群れをつくる時に最も重大だったのが「毛づくろい」。
これはやっぱりコミュニケーション。
この毛づくろいのコミュニケーションには原則があって、それは「やってくれたらやってあげるから」「私の背中を掻いてくれたなら、あなたの背中を私は掻きましょう」。
これが毛づくろいの鉄則。
もちろんその中身はというと、虫・汚れの除去等々。
毛づくろいの間は「敵が来たら私が教えてあげるから」という約束事が含まれているので、ものすごくリラックスできる。
リラックスした瞬間にエンドルフィンという脳内合成麻薬がバーっと出て、その間はストレスが激減する。
一回エンドルフィンが出ると、次の日になったら「またエンドルフィン出したいなぁ」というようなもので次々に。
水谷譲のジムを支えているのはエンドルフィン。
またやりたくなる。
ハッと気がつくと、苦しいことをいつの間にか平気で求めるようになる。
これが快感・快楽。
エンドルフィンの凄まじい力。
この「快感の交換」。
これこそが群れを作るという動機を励まして類人猿の生き残りの協力者となった。

森へ出て草原へ。
草原を生きぬくために群れを作り、その群れが大きくなった故に多くを食べねばならず、そのためには遠くまで歩きはじめる。
これが類人猿なんだ。
これはドンドン距離が伸びて行く。
他のサルたちは同じところをウロウロしている。
類人猿、人間になる一派だけはやたら遠くまで行く。
そのために、やっぱり独特の偏った進化の道を歩きはじめる。

言葉の起源を求めて長い長い旅をしている。
話は進化の話から始まって、アフリカのジャングル、森から出て、やがて草原へ立った類人猿、やがて人類になるサルども。
彼らは草原で生き抜くために群れを作って、その群れが大きくなったが故に多くを食べねばならず、そのためには遠くまで歩きはじめた。
その生き残りのために「毛づくろい」というコミュニケーションを始める。
この毛づくろいというコミュニケーションが仲間をまとめた。
「紐帯を成す」というような古い言い方があるが、まさに「毛づくろい」が帯やヒモになった。
人間が最も安定した集団を組みやすいのが150。
150人というのが一番まとまった集団の数。
200人になるとちょっと阻害が起きるというか、意思疎通がうまくいかなくなる。
これが始めのアダムとイブの夫婦から四世代の子孫で、ちょうど150人。
私達がここまで生き延びたのはやっぱり偶然がある。
偶然がドミノ式に起きるというところが、たまらなく面白いと思う武田先生。
例えばアマゾン(本には「アフリカのサバンナ」と書いてある)に住んでいるベルベットモンキー。

たとえばベルベットモンキーは、異なる型の捕食者をはっきりと区別しており、その正体を知らせるために異なるコールを利用している。豹のような地上の捕食者と、鷲のような空中の捕食者とを区別しているし、この両方と、蛇のような這いまわる生き物とを区別している。捕食者のそれぞれの型に応じて、異なる型のコールが出される。(71頁)

「地を見ろ」「木を見ろ」「空を見ろ」
「大地を見なさい、ヒョウが近寄ってる」「木を見ろ!ヘビは上から狙ってる」「もっと頭上を見ろよ!ワシが狙ってる、オマエを」と言って「地」「木々」「空」。
これで泣き声を変えて、それぞれ見る場所の注意、警報が異なるというから、やっぱりコールを聞き分ける耳を持たねばならなかったという。
そして、その次に人類に訪れたのが熟れた果実しか消化できないから、採取する季節を記憶しなければならない。
やっぱり一番デカかったのは「色」だろう。
人間は熟れたた実だけしか食べられないから「熟した」っていう色を見分けないとダメらしい。
色を見分けるとか泣き声を聞き分けるとか、そういう情報を入れる度に脳の進化が始まったのだろう。
草原でサルが生き残った。
そのサルに更に重大な淘汰圧がかかった。
遠くまで移動しないと食物が手にできない。
体が大きいからたくさん食べないといけない。
それで熟れたものしか食べられない。
移動を長くやっているうちに汗をかく。
汗をかくと、着ている毛が邪魔になってくる。
毛を捨ててしまった。
人類というのは「裸のサル」。
その上にマダガスカル方面に向かって歩き続けた草原のサルは、ついに海に達する。
海に入って、逃げて行かない貝などを食べ始める。
貝というのはやっぱりいい。
貝塚というのはどこにもある。
それからうまいこと追い込んで魚等々を食べ始めた。
そうすると、ますます濡れた毛が邪魔になる。
武田先生が好きな説。
海の中に腰まで浸かってジャブジャブ歩くうちに歩き方がドンドン上手になったという説がある。
浮力で浮くので海が歩行器代わりになり、直立歩行を助けた。
集団としては150頭前後いる。
だけど毛が無くなった。
毛づくろいをやることができない。
その「毛づくろいの代用」となったのが言葉の誕生であるという説。
言葉の誕生は様々な事をおそらく語り合ったかもしれないが、一番最初は150人。
その集団の間違いなくゴシップだったはずだと。
「あの男には気を付けるのよ」「ちょっかい出してくんだからね、アイツ。嫌いよ!」等々。
それから当然、その獲物が住む川とか危険な野原とか、そういう仲間たちに伝える集団共有の掟、出来事の報告等々。
そして下世話な話題。
そういうものがコミュニケーションに使われていって、言葉はゆっくり膨らんでいったという。

水谷譲の噂が別の時間帯のラジオ番組から流れてくるのを聞いた武田先生。
放送局(文化放送)でもベテランの女子(アナウンサー)だから、みんな怯えながら「加奈さん」と呼んでいる。
そうしたら誰かが「いや、一本だけね、加奈さんのこと呼び捨てにする番組がある」。
それがこの番組(『武田鉄矢・今朝の三枚おろし』)。
両刀使いで、武田さんが話にあまり熱心に耳を傾けない時には「加奈」って呼び捨てにして、イイコによく聞いている時は「加奈さん」と呼んでいるという。
だからやっぱり言葉はみんなその裏を取りたがる。
民進党の蓮舫さんのことを武田先生も言って、いろいろいいにつけ悪いにつけあったが、蓮舫さんはあいかわらず分かりやすい。
言葉が顔に書いてあるという方。
最近、小池(都知事)の顔が読みにくい。
選挙戦で戦っている時は非常にわかりやすい。
顔に「もちろん、当選するのは私です」と書いてあった。
都知事になって、いろいろ問題が。
そうするとドンドン表情が難しいと言うか、読みにくくなってくる。
言葉というのはそういうもの。

毛づくろいの代用を果たすために言葉は生まれたのだ。
そして発達したのだ。
発達していくうちに、人の脳はその人が話す言葉の意味よりも、その言葉の裏側に隠していることを知ろうとする。

「彼は何が言いたいのか」
それを懸命に探すようになる。
会話というのはドンドン複雑になってゆく。

だいたい三歳になるまで、子供たちは嘘をつけない−中略−子供たちはだいたい三歳ごろには、チョコレートを食べたことをそれなりに強く否定すれば、信じてくれることが多いだろうと気づくくらいの理解力はある。しかし、この年の子供は、自分の口のまわりについたチョコレートが秘密を漏らしていることに気付くほどの理解力は持っていない。(123頁)

嘘をつくことによって言葉というのはドンドン複雑になってゆくのだろう。
人間は嘘を考える時に複雑に考えすぎて、かえって罠に落ちることがある。

これら言葉の複雑な技術を今でも人の子はわずか四歳からたくましく学び始める。
つまり「他人は私と違う考えを持つ」という集団の特性からそのことに気付き、学び成長していくのである。

挽いたコーヒー豆をコーヒー沸かし器のフィルターの中に入れてフタを閉める武田先生。
奥様からやかましいぐらい「コーヒーの粉をこぼすな」と言われる。
その言い方が怖いから慎重にやるのだが、慎重すぎて逆にこぼす。
「あ!」とか。
それで挽いた豆をフチにぶつけながら、フィルターの中に綺麗に落とすのは難しい。
外側の沸かす水のところにちょっとでもコーヒー粉が落ちたら、大きく「あ!」とか言われる。
奥様が違うところを見ていたので「こぼしてないでしょうね」と言われて「こぼしてない、こぼしてない」とかと言う。
何であんな悲しい嘘をつくのか?
そうしたらもうバレる。
それでチェックされてティッシュペーパーでコーヒーのお湯を入れるところを拭いたら、やっぱりコーヒーの粉が落ちているのが分かる。
「もう!」と言われて。
その時に、フィルターだけ外して流しのところで入れてはめれば何にもフチに落とすことはないのだが、叱られると脳はフリーズして、フリーズしたおかげで「嘘をつこう」というふうなところに努力が行って、よい方法を考えられなくなる。
それぐらい嘘をつくというのは難しい。
奥様とも共有できるものは、意外とゴシップがかったところからフッと仲良くなる。
夫婦なんてのもそんなもの。
人の悪口を言う時「そうでしょ?私もあの人はそういう人だと思った」とかっていうそういうアレ。
「よかったよなー。ロシアと上手くいって」とか「TPPは」とか話さない。
「アイツさ、危ないらしいよ」「やっぱりね」とかって。

2017年02月19日

クラシエ お米 麹甘酒

クラシエフーズ お米麹甘酒 5袋入×5個



【フーズ】和漢素材を贅沢に使用「お米 麹甘酒」新発売|ニュースリリース|クラシエ

スーパーで328円(税抜)で購入。
15.9g×5袋入り。
2016年9月5日発売なので新発売ではないな。
見かけたことなかったけど。
和漢素材の黒糖、生姜、高麗人参、山椒、甘草、葛、ナツメを配合。

DSCN1768.JPG

このような小袋に入っております。
で、コイツをカップに開けてお湯を100ml注げと。

DSCN1770.JPG

今までも粉末タイプの甘酒はあったけど、ツブツブが入っているのは初めてかな。
玄米が入っているっていうから、このツブツブは玄米かな?
で、書いてあるよりちょっと多めにお湯を入れてみる。
100mlだとすごく少ないからね。
若干溶けにくい。
よくかき混ぜたらちゃんと溶けたけど。
ツブツブがあるのってあんまり好きじゃないんだけど、これは飲みづらいとか邪魔になる感じでもなく。
味は甘酒っていうより、甘酒系飲料ぐらいな感じ。
いろんなのが入りすぎて、若干遠くなってるなっていう。
飲みやすい味だと思うし、甘味も結構ある。
ただ、お値段が強気なのでもう買わないとは思うけど。
普通のと違っていろいろ入っているので、それがお値段に反映されたんだろうけどな。

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カルビー かっぱえびせん 紀州の梅

カルビー かっぱえびせん 紀州の梅 70g×12袋



かっぱえびせん 紀州の梅 | 商品検索 | カルビー株式会社
紀州産の梅を使用し、さっぱりとした梅の味わいが楽しめるかっぱえびせんです。梅の酸味と後に残るほどよい甘みが、香ばしいえびの風味によく合います。お楽しみでピンクの花びら型のかっぱえびせんが入っているかも ! 春だけの期間限定発売です。

1月12日発売。
内容量70g。
まいばすけっとで99円(税込)で購入。

これも新発売だと思ったのにな。
袋に川柳が書いてある。
これはどの袋でも同じ内容の川柳なのか、いろいろ種類があるのかよく見ずに買ってきたのでわからず。
で、この川柳は「かっぱえびせんりゅう」の優秀賞らしい。
袋の裏側に
春の訪れを感じられる「梅の花」を
お題に、お客様から寄せられた
川柳作品を掲載しました

と書いてある。

袋の表の右下に
※紀州産梅を梅肉パウダーとして
 製品中に0.2%仕様しています。

と書いてある。

前にも同じ名前の商品があって味も同じなんじゃないかと思うけど。
まあ、梅の味がするよねっていう。

DSCN1779.JPG

今回も袋に
出たらハッピー
花びらかっぱえびせん

なんて書いてあるけど、全部に入っているのでは?
違うのかな。

[訳あり] 紀州南高梅 梅干し つぶれ梅 白干し梅 400g 無添加



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カルビー ポテトチップスギザギザ 梅塩こんぶ味

カルビー ポテトチップス ギザギザ梅塩こんぶ味 58g×12袋



ポテトチップスギザギザ® 梅塩こんぶ味 | 商品検索 | カルビー株式会社
京都のテキスタイルブランド「SOU ・SOU」と一緒に作った限定デザインパッケージです。
梅の風味豊かな甘酸っぱさ & 塩味を、塩昆布の旨味と風味が包み込む、まろやかで優しく食べやすい梅味の厚切りポテトチップスです。


1月16日発売。
内容量58g。
まいばすけっとで99円(税込)で購入。

先月発売だから新発売ってほどでもないけど。
新発売だと思ったから買ったんだけどな!
梅味のポテトチップスなのだが、これは昆布の味がついているらしいけど、あんまりよくわからないな。
まろやかな感じがせんでもないけど。
美味しいか不味いかっていうと、まあ、普通かな。

この商品は京都のテキスタイルブランド「SOU・SOU」とやらとコラボした商品ということで。
「SOU・SOU」ってオシャレな服なんかが売っていて、とても素敵だなとは思ってたまに見ているけど、何しろお高いので、貧乏人には到底手が出るお値段ではないので買ったことはない。

【SOU・SOU】和紙袋(菊づくし)[154671]



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2017年02月17日

グリコ Bigプッチンプリン カフェオーレ

グリコ Bigプッチンプリン カフェオーレ155g 12個



Bigプッチンプリン カフェオーレ 155g | 【公式】グリコ
プッチンしてお皿に移せる楽しさ、プルル〜ンとした食感でお子さまから大人までおいしく味わえます。
ミルクの風味とコーヒーの香りが楽しめるプリンと濃厚なキャラメルソースでカフェオーレの味わいが楽しめます。


2月13日発売。
まいばすけっとで127円(税込)で購入。
内容量155g。

65g入りが3個セットになった「プッチンプリン カフェオーレ」も発売になったらしいが、店頭にはこれしかなかった。

DSCN1763.JPG

せっかくなのでプッチンと。
味はコーヒーゼリーっぽい感じもするが、コーヒー牛乳っぽい感じもする。
あんまりプリンっぽい味ではないな。
かなり甘味が強い。
もうちょっと甘さを控えめでもいいんじゃないかって感じの味。

posted by ひと at 20:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月11日

カルビー サッポロポテトつぶつぶベジタブル のり味



サッポロポテトつぶつぶベジタブル のり味 | 商品検索 | カルビー株式会社
じゃがいもと野菜のやさしい味わいが楽しめるスナックです。
いつもの優しい味わいに季節のおいしさをプラス ! のりの風味がじゃがいもと野菜の味わいを引き立てます。風味豊かな青のりと香ばしい黒のりをブレンドし、奥行きのあるおいしさが楽しめます。


1月16日発売。
スーパーで98円(税抜)で購入。
内容量65g。

普通のにのりが入ったような味ってことかな。
そのまんまだけど。
まあ、こんなもんだろうなっていう味。
食べやすいというか受け入れやすい味だな。
奇抜な味だと受け入れがたかったりもするが、こう普通だとそれはそれで「もうちょっと変わったヤツの方がいい」って気がする。

posted by ひと at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

チロルチョコ モーツァルトチロル

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2月6日発売。
サークルKで45円(税込)で購入。

その名も本人から取ったとされるオーストリアのお菓子“モーツァルトクーゲル”の味わいが楽しめるチロルチョコだそうな。
ドイツから直輸入したベース原料に粉砕したアーモンドのアーモンドプードルを加え、さらにアメリカ産のピスタチオを合わせたそうな。

DSCN1758.JPG

ト音記号か?と思ったら違った。
外側は普通のチョコみたいだけど中にちょっと変わった味のヤツが入っている。
何味かようわからんけど、これがアーモンドプードルとやらとピスタチオの味かな。
美味しいか不味いかで言うと、まあ普通ぐらいかな。

[オーストリアお土産] モーツァルト クーゲルチョコレート 1箱 (海外 みやげ オーストリア 土産)



posted by ひと at 16:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月10日

味の素 CookDo おかずごはん アジアン鶏飯用

味の素 CookDo おかずごはん アジアン鶏飯用 100g



商品ラインナップ|Cook DoRおかずごはんR|味の素株式会社

作って食べてみた。
ちゃんと作り方のとおりにやることに。
まず箱の裏の「作り方」を見て軽くショックを受ける。
5合炊き以上の炊飯器を推奨します。
推奨されてもなぁ・・・。
買いに行くワケにもいかないし。
私が持っている大きい方の炊飯器(つまりは小さい方の炊飯器というのもあるワケです)は3合かな。
4合かも知れない。
とにかく5合ではない。
で、
「3合炊き炊飯器」をお使いの場合は、鶏もも肉を1枚に減らしてください。
と書いてあるので、一枚だけ入れた。

まずは下ごしらえ。
米を洗ってしっかり水気を切れと。
なかなか水気を切るのが難しいが何とか頑張ってできるだけ水気を切る。
次に鶏肉を書いてある通りに切る。
包丁の切れ味が悪いので結構大変だったが。
鶏肉に塩を揉みこむ。
で、洗った米を何時間か置けみたいに書いていないということは、洗ってすぐ炊いていいってこと???と思ったが、書いてある通りにやるので、すぐに炊く。
米に水とこの「おかずごはん」を投入。
で、よく混ぜる。
上に鶏肉を入れて炊く。
「炊き込みモード」で炊飯する。
って書いてあるけどそんなんあったっけ?と思って炊飯器の表示を見たら、普通に炊くボタンのところに「炊き込み」って書いてあったんで、普通に炊くとこで炊けばいいっぽい。
ってことで炊飯器をスイッチオン!
炊き上がったら軽く混ぜろと書いてあるので、当然書いてある通りに軽く混ぜる。

DSCN1749.JPG

うん。
混ぜちゃったら箱の写真とは全然違う感じだよね。

DSCN1752.JPG

よそうとこんな感じ。
米を研いでから間をおかずに炊飯したけど、芯が残っているとかってことは全くなく。
むしろ柔らかく炊けた感じに見えたけど、食べてみたらそんなに柔らかめとかって感じでもなく。
で、味ですね。
スパイシーな感じがしたのだが、生姜が結構入っているらしい。
鶏から出た油なのか、この調味料自体に入っている油なのか、結構油多めな感じ。
何味かっていうとうまく説明できない。
「アジアン」ってことで、外国の料理っぽい味って言えばそうかな。
癖が強い感じでもないし、結構味はしっかりついているので、食べやすいと思う。
鶏肉を書いてあるのより少な目に入れたワケだが、それでも鶏肉が結構な量だったので、このぐらいでも十分かも知れないと思う。

味の素 CookDo おかずごはん バター鶏(チキン)ピラフ用 90g×5個



posted by ひと at 10:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月07日

崎陽軒 おべんとう春(春季限定)

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崎陽軒のお弁当|おべんとう春 (春季限定)
春に旬を迎える「鰆(さわら)」、「筍」、「菜の花」などの食材をはじめ、可愛らしい「花型海老真丈煮」、桜香る「小粒大福(桜餡)」など、いろいろな旬の味わいに出会える彩り豊かなお弁当です。

700円(税込)。
2月1日から4月15日(予定)まで期間限定発売。

「春のかながわ味わい弁当」は今日も売っていなかった。
午前中に行ったんだけど、午後からじゃないと入荷しないのかな?

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筍ご飯(トッピング:筍、山セリ)、鰆(さわら)の幽庵焼き、花型海老真丈煮、煮物(ふき煮、いちょう切り筍煮、乱切り人参煮、乱切り蓮根煮、こんにゃくピリ辛煮)、菜の花と筍姫皮(たけのこひめかわ)と玉子そぼろの和え物、昔ながらのシウマイ、玉子焼き、桜漬け、小粒大福(桜餡)

正直あまり美味しくなかった。
毎回わりと美味しいのにな。って思って、去年のを見たら!
どうやら去年のもあまり美味しくなかったらしい。
全然覚えてないよ・・・。
去年の「菜の花入り花型豆腐」に似たヤツが入っていたから、またパッとしない味かな?(個人の感想です)と思ったら、「花型海老真丈煮」ってヤツでさつま揚げみたいな感じ。
こっちの方が美味しい。
和え物が昨年の「菜の花と筍姫皮と人参の和え物」とちょっと変わって「菜の花と筍姫皮と玉子そぼろの和え物」。
うん。
美味しくない。
毎回言っているような気もするけど、大福とかさ、それ自体は美味しいと思うんだよ。
甘いものは好きだし。
でも弁当に合わないんだよ!

【崎陽軒】月餅 12個入(月餅小豆×3、栗×3、抹茶大納言×3、黒ごま×3)



posted by ひと at 19:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする