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2016年12月05日

2016年5月30日〜6月10日◆『すべてのJ-POPはパクリである 現代ポップス論考』マキタスポーツ(後編)

これの続きです。

「J-POPは工業製品である」と言い切るマキタ氏。
ヒットの要因としては「カノン進行」他、「クリシェ」というような技法も使われている。

ここでは「クリシェ」という音楽の編曲技法を使っています。これは同じコードが続いているときに単調なコード進行のパターンを避けるため、和音の構成音の一部を規則的に変化させていく方法です。−中略−この後のサビに向かって「翼が広がる」わけです。(55頁)

コール&レスポンスを必ずとあるブロックに差し入れる。
J-POPが、もう今滅びてしまったフォークの連中から学んだこと。
(という記述は本の中には発見できず)
その滅び去ったフォークから盗んだ技法として「シンプルフレーズ」をしつこく繰り返す。
そして会場一体感。
とあるフレーズを印象づけて、ライブでコール&レスポンス。
武田先生たちは必ず10曲歌うと1曲だけ「コール&レスポンス」とは言わないが「シングアウト」と言っていた。
「遠い〜世界に(遠い世界に)旅に(旅に)出ようよ〜」という。
これが「売れる一つの要素になりうる」。
だから曲の中にコール&レスポンスを必ず入れておけと。
フォークの連中はしつこく「人間なんてララーラーララララーラー」。
「『人間なんて』とかっていうシャウトはダッせぇ、ダッせぇ。もっとクールにコール&レスポンス」
そのためには重要な歌詞「日本語」なんて入れる必要はない。
「スキャット」でいいのだ。
「ララーラララーラララーハイ!ラララー」
これを繰り返すことによって一体感を会場に与えつつ、とあるフレーズを印象づける。
このためには「コール&レスポンス絶対必要な要素だぜ」。

「グッズを売りたいから」。つまり物販対策です。−中略−
 コール&レスポンスでボーカルに観客が煽られ、皆で肩を組んで大合唱すれば汗もかいてタオルも必要だし、一緒に同じ歌を歌っていればメンバーが着ているのと同じTシャツを着たくもなるでしょう。バンドの大ファンであれば、このパートを予想してライブ前にタオルやTシャツを購入しているし、そうでなかった客も終演後、ライブの一体感の余韻を家に持ち帰るためにグッズを買ってくれるはずです。
(59頁)

コード進行・歌詞・楽曲構成。
ヒット曲っぽい曲はできる。
ここまで「製品」で、ここから「営業」の技術が必要になる。
それが製品の「オリジナリティ」。
何も「アーティスト」というような才能を誇ることではなくて、例えばこの歌。

トイレの神様(DVD付)



 植村花菜さんの大ヒット曲『トイレの神様』は、彼女の個人的なおばあさんとの思い出を歌ったものです。(65頁)

 つまり、「超個人的なことが意外に普遍性を獲得する」ということを私は言いたいのです。別にトイレに神様がいようがいまいが関係なく、リスナーは『トイレの神様』の歌詞世界を、自分のおじいさんやおばあさんとの過去の思い出に置き換えて共感することができるわけです。(66頁)

オリジナリティっていうのは、何も才能じゃないんだ。
私の事情。
「今、バラドルと恋をしてます」とか、そういうことをあえて歌の中に短く「ラララ」で入れる。
そういうことが観客を盛り上げるという。
それから今で言うと「サンキュー、スプリングセンテンス(文春)」。
そういうことをパッと言ったりすると、聞き手の方にとってはそこに個人の事情を受け取るという「とある感動」。

その中でうまく先人の知恵や情報を編集し、さらにオリジナリティー成分を入れれば、他人に有無を言わさぬような素晴らしい作品世界だってできるわけです。(71頁)

 オリコンの集計は1968年に始まりましたが、オリコンが刊行するチャートブックや白書などの書籍を調べてみたところ、これまでに売り上げ100万枚を記録したヒット曲は2013年12月17日現在で258曲ありました。−中略−なんと259曲のうち173曲が1990年代にミリオンセラーを達成しているのです。割合にすれば、66.8%に上り、異常にヒット曲が多いことは一目瞭然です。(75頁)

いかにミリオンセラーが昔、多かったか。
今は100万枚は大変。
武田先生のミリオンセラーの思い出は二つ持っている。
そういう意味で幸せな人生を歩いている。
わかりやすい例で言うと『贈る言葉』がオリコンも含めて10週連続でトップを取った。

贈る言葉



前後がすごい。
化け物みたいなヒット曲が上下にあった。
特にもう一曲のミリオンセラー『母に捧げるバラード』はミリオンを行っているのだが1位ではない。

母に捧げるバラード(海援隊)



宮史郎全曲集 女のみち



こっちが100万枚を超えて「やった!」と握りこぶしを上げても向こうが200万枚を超えている。

CDが生産されるようになったのは1982年ですが、その当時のCDプレーヤーは16万円や18万円もするものでした。同時に発売されたソフトも全メーカー合せて60タイトルほどしかなく、1枚の価格も3500円から3800円だったそうです。(77頁)

CDは恰好をつけるためのアイテムだった。
音楽メディアはレコードが王道だった。
それは大人の趣味の頂点だった。
日曜日にレコードを聴くというのが娯楽の1位になったことがある。
紅茶を飲みながらフォークソングを聴いたりすると「俺って贅沢してるなぁ」と思ったものだ。
そこから80年代にCDが登場して、もうCDにブワーッと傾斜していく。
CDが登場して、若い女の子がCDに飛びつく。
そこからCDは急速に成長し始める。
音楽の多様化によって、ここからサザンを先頭にJ-POPが。
忘れもしないがサザンというのは「やった!若いヤツもこういうヤツも出てきたんだ」。
最初はコミックバンドだった。
これは阿久悠の歌の歌詞をはっきり言ってかっぱらったような『勝手にシンドバッド』という。

勝手にシンドバッド



『勝手にしやがれ』と『渚のシンドバッド』を二つ抱き合わせしたような。
「へぇ、面白いヤツ出てきたな」「コイツら面白いなぁ」と思ったら『いとしのエリー』。

いとしのエリー



このサザンがJ-POPの王者の道を登り始めると同時に、日本の演歌、歌謡曲界はゆっくりと斜陽に入って行く。
武田先生達フォークも「滅びた世代」、シングアウトをやっていた世代。
「あの素晴らしい(あの素晴らしい)愛を(愛を)」という。

この過程の中でJ-POPというのはマニア化、インディーズ化していく。
マキタ氏は「そこからJ-POPは小粒化した」と言っている。
ポピュラー化するよりも先鋭的なファンを求めての音楽活動。
「先鋭化した」と言った方がいいと思うが、マキタ氏は「小粒化した」。
あれほど浸透し皆の憧れだったCDだったが、あまりの丈夫さゆえに「レコードほど大事に扱わなくていい」ということで、だんだんとCDそのものが「廉価」安物扱いされるようになった。
レコードはすごく大事に扱った。
日曜日の午前中なんかにスプレーをかけて、それを磨いたりするのが「俺って贅沢」と思っていた。
紅茶を飲みながら。
紅茶にレコードにかけるスプレーの霧が浮かぶぐらいたっぷりかけていた。
それでも「俺って贅沢してる」と思った。
CDは普及が急速に進み、その値段をものすごい勢いで下げていく。
CDは何とエロ本の付録に付いてくるようになる。
付録でパンティーと一緒に入っている。
パンティーの横にくっついているオマケになってしまった。
このあたりからJ-POPそのものが変質した。

音楽の番組そのものがテレビから消えていく。
そうすると一斉にインディーズ化する。
マニア化していく。
小粒化した。
「いろんな人にうけなくて、もういいんだ」「俺たちの音楽は俺たちが好きな人だけ聞いてくれればいいんです」「爺さん婆さん聞かなくていいよ、あっち行けよ」という。
こういう先鋭化が始まった。
CDそのもの。
あれほど売り上げ、弱電メーカーが必死になって一つの世界を形成していた音楽業界。
音楽というものがシーンそのものを作れなくなる。
そこでCDを売るための方法というのが、アイドルイベントという一本道になってしまう。
そこに全てのグループが参入していく。
「アイドル」「ジャニーズ」「アニメ」「ビジュアル」に集中していく。
つまりそれはどういうことかというと「アイドルになるか」「ジャニーズに入るか」「アニメで生きていくか」「ビジュアル系になるか」この四つの道しかなくなったという。
で、主流は何か?

上位のほとんどがAKB48関連、あるいはジャニーズ関連で占められています。(89頁)

 ところが、2008年にperfumeがシングル、アルバム、DVDでオリコンチャート1位を記録−中略−音楽不況の時代に、彼女らがスターダムになっていく様子は世の中をも巻き込んで「perfume現象」とまで呼ばれました。−中略−
 perfumeが「音楽的に面白い」のは、彼女らは歌手にもかかわらず「生の声を届ける」ことをしなかったことです。歌声が「素材」として加工されたものが音源化され、ダンスパフォーマンスを重視するために口パクでライブを行いました。
(92〜93頁)

AKBはイベント化した。
CDはそのイベント参加のチケット、つまりチラシになった。
イベントに参加するためにはCDを「チケット」で買う。
そうするとこのチラシそのものが有料で、それを買わない限りイベントに参加できない。
そのCDというチケット「有料チラシ」を買うと、メンバーのセンターを選べたり握手会で握手ができたりするという。
マキタ氏はAKBに関して欠かせないのが「卒業である」と。
「絶対に卒業しないとダメなんだ」「ずっといると人気がどんどん落ちていくんだ」と。
そういう意味で今までのアイドルとは全く違う。
つまり彼女たちは終わることを前提にして、終わることを目指してアイドルを演じている。
「終わることを目指す処女集団、それがAKB」

これに対してジャニーズはAKBとは違って一つの事務所「ジャニーズ」に所属することが特徴。
AKBはいろんな所属だが、ジャニーズは「ジャニーズ系」と言われるところはジャニーズに所属することが特徴で、この集団は売り方がディズニーランドと同じ。

ジャニーズの場合は各グループの「ジャニーズっぽさ」という統一感をもたらしているのは、ジャニー喜多川さんの「審美眼」なのだと思います。ディズニーランドもジャニーズもこういったカリスマの存在により、一つの世界観がつくり出され、そしてそのブランドイメージが守られていっているのです。(108頁)

「疑似愛のカタログ化」がジャニーズ。
だから「ジャニーズ」というパンフレットを広げるとお好みのタレントさんたちがパーッと並んでらして、自分の好きなアトラクションの主人公「これが私のミッキーよ」「ミニーよ」という子を選べるという。
それがジャニーズによる「ジャニーズランド」。
考えてみたらジャニーズってかぶらない。
結構武田先生の(『金八先生』内での)教え子がいる。
時々会うと話すのだが、農村に出て行ってダイコンを抜いたりなんかしている人たちとか、いろんな食堂に行って余り物を貰って飯を作るとかというグループもいれば、舞台を懸命にやっているグループもいれば、テレビで番組のバラエティ転がしをやっているグループもいれば、本当に皆がジャニーズという「ランド」の中で「自分」というキャラクターをいかに作るかという。

アニメの基本は「懐メロ感」。
味付けが懐メロ感。

残酷な天使のテーゼ/FLY ME TO THE MOON



『エヴァンゲリオン』のテーマ『残酷な天使のテーゼ』。
この大仰な始まりは子供の頃に聞いた『月光仮面』に似ているような気もする。

月光仮面 [DVD]



歌詞もカッ飛んでいる。
どこの誰かは知らないけれど
誰もがみんな知っている

ものすごく難しい文法で始まる。

次の3つの要素を持っているのがビジュアル系だ、と定義しています。
・キメ(音楽的アトラクション)
・カオ(ファッション性)
・ヒモ(経営の特徴)
(122頁)

歌いながら「クレナイのぉ〜」と言いながら最高音を歌いながらキメる。
もう一つが「ヒモ」。
ヒモ感覚を刺激しないとダメ。
「ボトル、やっぱ入れよう」とかっていう気にさせないとダメ。

 あるビジュアル系バンドのツアーに帯同したときのことです。そのバンドは個人事務所を構えていて、事務所の社長は女性の方でした。そして会場でバンドのケアをしているスタッフもすべて女性だったのです。−中略−
 彼女たちが入ってきたのをきっかけに、地味な男たちの一人がものも言わずに鏡の前にちょこんと座ります。すると、女性スタッフたちがバーッと彼に寄ってきて、髪を整え、メイクを施し始めたのです。
−中略−
 その後、彼女たちは流れ作業のようにメンバーたちを次々とビジュアル系に仕立て上げていきました。
(128〜129頁)

物販で何が売れるかまで全部彼女たちの裁量に従うバンドじゃないとビジュアル系は務まらない。
目指しているものは「非日常」。

象徴的なのが、LUNA SEAがファンのことを「スレイブ(奴隷)」と呼んでいたことでしょう。客なのに「奴隷」と呼ばれる。この倒錯したSM的世界観。それに喜ぶファン心理は、まさにSMの世界と同じといえるでしょう。(131頁)

どのくらいファンと特別に結びついているかというのが彼らの世界。
みんなに受けようなんて誰も思わないという。
そのためにははっきりした傾向を持たなければならない。

大きく注目するべき点は「手癖」「メロ癖」「のど癖」「歌詞癖」の4つになります。(149頁)

 桑田佳祐さんがよく使うコード進行に「Am−F−G−C」というものがあります−中略−
 桑田さんの作品では、『チャコの海岸物語』、『ミス・ブランニューデイ』、『希望の轍』、『勝手にシンドバッド』、『愛と欲望の日々』も、ほぼこのコード進行でメロディーが取れます
(150頁)

「切ない泣き」と「過激な脅かし」が同居する、心中物のようなはかなげなものに引かれる日本人の感性をくすぐる響きがある、と私は思っています。(151頁)

(本の中では「Am−F−G−C」と「Em−D−C−B7」の二つのコード進行によってという話になっているが、番組の中では後者のコードに関しては触れられない)

 この醤油くさいコード進行を多用する、というのが実に桑田さんの性格を表していると私は思います。桑田さんが日本のポップミュージックの中で果たした役割というのは非常に大きく、例えるならば「音楽における和風パスタの発明者」ではないか、と勝手に提唱しています。(151頁)

「歌詞癖」が語尾に出てくる個性の持ち主、長渕剛さん。
マキタ氏がすごく尊敬するシンガー。

 長渕さんは「〜ちまった」という語尾をよく使います。−中略−
 この「〜ちまった」というのは自ら望んでそうなったわけではなく、巻き込まれたり、結果的にそうなってしまったという受動的なニュアンスが強い表現といえるでしょう。ここに長渕さんの作品から読み取れる性格が強く表れていて、言葉は悪いですが「田舎者の被害者意識」というものが基礎にある、と私は考えています。
(167頁)

最後の章はマキタ氏の大きな音楽への分析がある。
「ヒットする曲には全て同じタレがかかっている」
様々なヒット曲があるが、それはまるで鰻屋の秘伝のタレのように「継ぎ足し継ぎ足し」である。

本から刺激を受け、武田先生が「自分もJ-POPに挑戦してみよう」と思って作った歌。
『ババーズトーク・フォーエバー』
近所の神社の鳥居をくぐり
大きなイチョウの木の下で
ばあちゃん二人 笑って話す
ベンチの右と左に座り
変わりばんこに大笑い
女はみんな娘のうちは
違う顔してすましているが
年取りゃだいたい同じ顔
粒のそろった梅干しになる
アッハッハッハー
ばあちゃん笑う
昔々は私も若く
赤き唇 玉の肌
黒髪撫でた白魚の指
失くしたものはみな美しい
生理痛さえ ああ懐かしい


2016年5月30日〜6月10日◆『すべてのJ-POPはパクリである 現代ポップス論考』マキタスポーツ(前編)

文化放送の「武田鉄矢・今朝の三枚おろし」の紹介書籍では「すべてのJ・POPはパクリである。」ってなっているんだけど、書名としては「・」じゃなくて「-」、最後に丸はつかないっぽい。
表紙には明らかに丸はあるんだけど。

すべてのJ-POPはパクリである (~現代ポップス論考)



待ち時間に文化放送のロビーで五木ひろしさんが「鉄ちゃん」と言いながら寄ってきた。
五木さんは圧倒的な芸能界の先輩だが、NHK総合などでもギャグをやっている。
昔はコロッケから突っ込まれる人だったのだが、今は自分で番組を回している。
「ボケ」をやっている。
エグザイルの踊りなんかもやる。
それで笑いを取りつつ「1曲聞いてもらう」という。
彼も良い意味で「必死」なのだろうと思う。
由紀さおりさんは今でも楽屋にノックして入ってきて必ずテスト版を一枚くださる。
「番組持ってらっしゃるんでしょ?かけてください」って言いながら。
「もう新人じゃない。大ベテランじゃないですか」と、そこのあたりをつっこむと「いいえ、もう今必死、私も」という。
そう言いながら帰る由紀さんが美しい。
同じニューミュージック、フォークの世界では武田先生の(楽屋の)部屋をノックする人は一人もいない。

演歌の方とか歌謡曲の方のあの「執念深さ」を見習うべく、取り上げた一冊。
J-POPの如きヒット曲を連続では出せないが「パクリだったら」と思った。
「とにかくこれを千葉(「海援隊」作曲担当の千葉和臣氏)に読ませよう」と考えた。
彼(マキタスポーツ)の「現代」に対する物の見方が私達とは圧倒的に違う。

 今の世の中は、「ツッコミ」が溢れ過ぎています。−中略−SNSなどの発展によりごく普通の生活を送っている人々が社会問題からタレントのスキャンダルまで、極めて他罰的に他人に対して「ツッコむ」さまが可視化されることも当たり前の状況になっています。(12〜13頁)

「他罰的」つまりその人を責めるがごとく。
「やっちゃったじゃん、オマエ」というヤツ。
「すげぇ!やっちゃったじゃん。炎上だぜ、炎上!」というヤツがいるが、この「ツッコミとはいかなるものか」というのをマキタ氏は「もともとはツッコミはお笑いの技でした
」と言っている。
「皆さん、よう見てや。ツッコむとそれなりに笑いが取れますねん。これ、私らの『技』。お笑いが見つけた技であります」という。
これが他の芸能界にも転じて、人々はツッコむようになった。
その「ツッコミ」も世間では上から目線のツッコミが多い。
上から目線のツッコミというのは、対象をザックリ傷つける。
「え?あのアイドルが?え?この国会議員が?そんなことやっていいのぉ?やっちゃったやっちゃった。でっかい騒ぎになっちゃうよぉ」と言ってとにかくツッコむ。
手も足も出せない、向こうから攻撃してくることの少ない芸能人に対して、上から目線でツッコむ。
そうすると「ドカーン」とそれが「ウケる」。
それで「わー」と喝采が巻き起こり「ヒーロー」が決定する。
こういう「歯向かってこないヤツにツッコみを入れる」というヒーローを「文春ヒーロー」という。
これが世の中に溢れている。

もうひとつの土曜日(1985 single)



浜田省吾はかつてはJ-POPのトップだった。
このあたりから変わった。
『もうひとつの土曜日』を聞いた時にぶっ飛ばされた武田先生。
コード進行を聞いただけで「コイツ行く」とわかる。
浜田省吾の特徴は何か?
どこかで聞いたようなメロディーだが、初めて聞くメロディー。
そのギリギリをいく。
それがたまらない。
昔、広島市内からすぐ近くの「がんね」という海水浴場で、そこの海のイベントか何かで呼ばれて行った武田先生。
その時の前座がハマショー。
まだその頃は彼はギター一本で『路地裏の少年』を歌っていた。

路地裏の少年



聞く人は誰もいなかった。
「浜田省吾 海援隊」だったのだが、タトゥを入れたお客さんが多い海水浴場だったらしいのだが、すごくやりにくかったのを覚えている。

今、J-POPを深く眺める男、マキタスポーツ。
実家がスポーツ店をやっているので「スポーツ」という名前を付けたという。
日本が「メタ視線」「上からツッコミ時代」に突入したのは1985年。

この年の1月、ソニーが8ミリビデオの1号機を発売します。−中略−例えばテレビの世界では、その少し前からマンザイブームの渦中で、今で言う「あるあるネタ」が爆発していたのです。(14頁)

ビートたけし等が激しくツッコんだ「あるあるネタ」。
ビートさんというのは「ツッコミ」で名を売った人だった。
「赤信号みんなで渡れば怖くない」なんていうのはまさしくツッコミ。
しかもドラマ、ワイドショー、あるいは演歌。
こういうのでビートたけしという人は滅茶苦茶にツッコミを入れた。

青春ドラマでの「あの夕陽に向かってダッシュだ!」という青臭いシーンや、ワイドショーでリポーターが「事件現場に来ています」というような、ありがちなシーンをネタにした漫才やコントが多く見受けられました。(14頁)

また演歌なんていうものもツッコミを入れた。
村田英雄さんなんかを、さんざんビートたけしはからかった。
つまり芸能界の「ありがちなパターン」にツッコミを入れて笑いを取るという手法を確立した芸人でもあるビートたけし。
この「メタ視線」は秋元(康)さんによってアイドルがアイドルにツッコみを入れるという新しいパターンを産んだ。

そこへ、同じく1985年に秋元康さんが小泉今日子さんに『なんてったってアイドル』という、ある意味「メタ的な歌謡曲」を提供したのです。−中略−
 また、久留米の不良だったチェッカーズが、わざとチェック柄の衣裳を着こんで「俺たちはアイドルやってま〜す」と、「アイドルを演じる自分たち」というメタ視点を感じさせるようなことを言いながら『ザ・ベストテン』などの歌番組に登場し
(15頁)

「チェッカーズは何でこんなに人気者になったんでしょう?」と言ったら(藤井)フミヤが思わず言った「軽薄短小ですよ」。
「軽薄短小」つまり「俺たちは軽いから売れたんだ」という。
「ガツガツ」「お涙ちょうだい」「必死に熱演」
こういうありがちな傾向に「クール」で「すかし」ツッコミを入れるという、そういうタレントの一群を産んだ。
そして「感動」というカテゴラリーも非常に安価、安値となって「コンパクトなお手軽な感動が求められる」という時代になった。
もうみんな長編に耐えられなくなった。
このあたりからドラマというのがかなり苦しくなってきたのだろう。
日本の消費は情報をしっかり咀嚼できるわずかな「層」。
そしてふわふわした「浮動層」に大別できるが、感動なるものにはまりつつ、ちょっとバカにして大多数に身を寄せる「受動層」が大半。
(本によると最も多いのは「浮動層」。番組内では「受動層」と「浮動層」を取り違えて説明していうようだ)
この「上から目線のツッコミ」に対していかにヒットを放つか。
実はそれこそが「パクリの法則」。
感動なるものにはまりつつ、ちょっとバカにするという、そういう人たちに「ウケる」という。

パクリの法則その一「カノン進行」。

ずばり、これさえ覚えれば、ヒット曲っぽい感じになるというコード進行が存在します。その名は「カノン進行」。
 というのも、日本のポップスのヒット曲で使われているコード進行にはカノン進行をベースにしたものが多いのです。
 カノン進行とは17世紀のドイツ人オルガン奏者のヨハン・パッヘルベルが作曲した『パッヘルベルのカノン』という楽曲で使われているコード進行で
(27〜28頁)

パッヘルベルのカノン [パッヘルベル]



どういう手法かというと「循環」「回りコード」。
これを使うと不思議なことに手頃に感動を味わえて、パパッとハートを掴める。
例えばこの歌。

クリスマス・イブ(30th ANNIVERSARY EDITION)(通常盤)



負けないで



愛は勝つ



それぞれに時代を代表しているヒット曲だが、実は歌詞を全部ひっぺがしてしまうと「カノン進行」で作られている。

TRUE LOVE



 私は「カノン進行がヒットを狙って意図的に使われているのではないか」と薄々感じていたのですが、そのことが確信に変わったのは、1993年に発表された藤井フミヤさんの『TRUE LOVE』という曲を聞いた時でした。−中略−当時、私は「フミヤ、ヒットを狙ってきたな!?」と思ったものでした。(33〜34頁)

「ヒット曲に共通する要素」とはコード進行が似ているだけではなかったのです。実は歌詞にも似たフレーズが頻出している、ということも発見しました。(35頁)

マキタ氏曰く「だいたい180フレーズ」。
(この180という数字は本の中には発見できず)
歌詞の中に必要な「売れフレーズ」。
「翼」「扉」「桜」「奇跡」「永遠」「エール」「大丈夫」「受け止める」「ありがとう」「歩き出そう」
こういう言葉を次々にはめ込んでいけば「ヒットする」。

 このように実際にデータを集めてみると、「もしかしてJ-POPは工業製品なのではないか」という仮説が私の中に芽生えてきました。コードも歌詞も、J-POPという製品を組み立てるための部品であり、これだけ部品があれば、あたかも毎週『デアゴスティーニ』が自宅に送られてきてお城や船が完成するかのように、もしくは接着剤のいらないプラモデルを組み立てるがごとく、J-POP頻出ワードを継ぎはぎするだけで、「ヒット曲っぽい歌詞」が書けてしまうのではないでしょうか。(38頁)

さくら



森山直太郎さんが『さくら』で日本中で大ヒットした。
あれは世代を貫いたヒット曲。
若い人のヒット曲は最近は武田先生たち60半ばを過ぎた人間にはもう入ってこない、届いてこない。
街にも流れていない。
ところが森山直太郎さんの『さくら』は本当に久々に世代を貫通して鳴り響いたヒット曲。
傑作。
マキタスポーツ風に言うと、ウワーッと皆「桜」に寄ってたかった。

早春譜



武田先生もそれに乗った。
あれは中年の「桜観」を出したかった。
武田先生のところには桜ブームはやってこなかった。
森山直太郎さんの「桜ブーム」を見つけて寄っていった人に河口恭吾さんがいる。
この人は「桜は当たる」と踏んだ。



これはもともとは違う歌だった。
違う歌にサビのところを遮二無二「桜」を持っていってアルバムの一曲に入れたら売れ始めた。

僕がそばにいるよ
君を笑わせるから


これは河口さんによるとアニメのエンディングテーマに選んでもらえればと思って作った曲。
『ドラえもん』
あれを歌にするために作ったのがこのメロディ。
「桜」にヒットの匂いを感じた彼は、遮二無二「桜」をねじ込むことによってタイトルも『桜』に変えた。
そうしたらこれがバカ売れ。
マキタ氏言うところの「パクリ法則」に則って「桜」を放り込み、これで大ヒット。
でも、彼がテレビ番組で言っていたのは「これ以降全く売れなくなる」。
だから「カノンの呪いはある」というのは、このへんマキタ氏のなかなかの慧眼。

1971年の日本レコード大賞を受賞した尾崎紀世彦さんの『また逢う日まで』を、「それ以前の歌謡曲には存在しなかった三つの異なる楽節によってはじめて成立する楽曲である」と記しています。具体的に3つの楽節に分けるとすれば、「また逢う日まで〜」がAメロで、「なぜかさみしいだけ〜」というBメロを経て、「ふたりでドアをしめて〜」というCメロへと展開しています。この「Cメロ」に当たる部分が、コーラスも入って高揚感が増す「サビ」に当たるのではないでしょうか。(41頁)

また逢う日まで



これが今までのパターンを全部打ち壊した。
偉大な作曲家。
J-POPの原形は『また逢う日まで』なのだ。
この原形に育てられた天才児が桑田・サザン、そして小室哲哉。
ここらまで来ると、このCへの飛躍を強調する、ドラマチックに展開するために特に極端でわかりやすいのは小室哲哉。
これはCに突入させるために女性ボーカリストは最高音を要求される。
この小室氏でヒットを飛ばした女性ボーカリストは「懐かしのメロディ」には出て来ないと思う。
もう60代であの声は絶対に出ない。

CAN YOU CELEBRATE?



これはglobeなども全部共通しているが、金切声スレスレが小室氏のパターンだった。
そしてABCの流れそのものは「合体ロボット型」になる。
無理やりバーンと爆発させるためにラップを入れるのが流行る。
「俺たちそんな中じゃなかった二人で歩いた、OH!・・・」

キリキリマイ



ORANGE RANGEは頭のところにラップを入れておいてサビに持って行く。
だから火薬の量さえ増えれば、いくらでもCバージョンは爆発する。

2016年12月04日

イチビキ 糀あま酒1人前×5袋入

イチビキ糀あま酒 8食入り×1ケース



商品情報|イチビキ株式会社
小分け包装で、1人前ずつ手軽に楽しめます。
昔ながらの米糀造り(1人前×5袋入り)


スーパーで201円(税込)で購入。
別に新発売ってことではないと思うけど、初めて飲んだヤツなんで感想を。

DSCN1512.JPG

中は小袋が五個入っている。
一袋40g入りで、これに熱湯100mlを注いでかき混ぜて飲めと。
若干お湯の量を多く入れすぎてしまったかなっていう感じだったけど、結構しっかり甘さがあったので、ぴったり100mlで飲むと、ちょっと甘さが強いかも。
変なクセがない感じで飲みやすいと思う。
熱湯がない時は水を入れてレンジで加熱してもいいとのこと。
一回分ずつなので、かなり使い勝手がいいなって感じ。

posted by ひと at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月03日

「金スマ」特別編 栗原類が告白…脳が原因 母が支えてくれた発達障害

金曜日に放送していたテレビ番組の内容を紹介。
一度不完全な状態でアップしたんだけど、いろいろ感想なんぞも混ぜつつ大幅に修正しました。

今回の内容はタレントの栗原類さんのことと、ピアニストの野田あすかさんのこと。
どちらも環境に恵まれすぎているし、才能にも恵まれた「ごく稀な」発達障害者だなって感じで、これで更に「発達障害者は何かものすごい才能がある」みたいな誤解を深める結果になって、より手助けがしてもらいづらくなるんだろうなって感じ。
見ている途中から腹が立ってどうにもならんなと。
テレビ局側にも「もっとこういう内容でお願いする」っていうのは伝えるつもり。
毎回やってるけど今のところ相変わらずこんなんだけどな。

TBS「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」

栗原類が告白…脳が原因 母が支えてくれた発達障害

今年10月現在出版10万部を超え、話題になっている彼の本の内容は

発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由



自身の発達障害を告白したもの。
学生時代を振り返ったページにはこんな一文がある。


同級生たちに相手にされない。
または軽蔑の目で見られる生活を送ってきました。


彼を悩ませた発達障害とは?
生まれつき脳の機能の発達に障害があり、言語、社会性運動など日常生活に支障をきたすことがある脳の機能障害の総称

具体的な症状
・じっとしていられない
・落ち着きがない
・読み書きや計算など特定の勉強が苦手
・一方的に何度も同じ話をするなどコミュニケーションが苦手

そして発達障害は脳のどこに、どの程度の障害があるかでタイプが異なり知的障害を含む場合も含まない場合もある。
文部科学省が2012年に行った調査によると発達障害の可能性がある生徒は全体の約6.5%。
通常学級の15人に1人が当てはまる。

栗原の場合
・記憶力が弱い
・感情表現が苦手
・注意力散漫
・人の心の動きを読み取るのが苦手

これまで彼のキャラクターと思われていたことも実はキャラクターではなく発達障害のためであるという。
人間関係がうまくできないなど、これまで様々な困難があったという栗原類。
また近年では大人になってから発達障害の症状を自覚したり発見されたりする人が増えており「大人の発達障害」。

テロップは「大人になってから発達障害の症状があらわれる人が多い」と出るが、音声では上記のとおり。
症状って子供の頃から表れていても、それが「発達障害のせい」とは誰も気づかないみたいな状態かと思うので何も症状が表れていないかのようなテロップの内容には「あれ?」って思った。

15人に1人の子供に可能性があるという発達障害とは?

山本アナ「発達脳科学の専門家で医師の加藤俊徳先生にもお越しいただきました」
中居「さて、類君は去年ですね、告白されました。反響大きかったのでは?」
栗原「すごい大きかったですね。親御さんとか発達障害を持ったお母さんたちからも告白をして勇気をもらったとかありがとうというメッセージが非常に多くて僕もちょっとびっくりして」
中居「僕らが類君と一緒にお仕事『いいとも!』やって全然わかんないですもん。普通におしゃべりもしますし『おはようございます』ってご挨拶もしますし」
加藤医師「例えば類さんだったら、ごめんなさいね。なぜ顔の表情が喋る時に笑ったり怒ったりっていう(感情が表に出ないこと)これも症状の一つではあります。それが例えばファッションモデルとしては非常にこう」
中居「個性の一つとして長所なんですよね。類君、今言われたように『そういえば自分の表情にレパートリーがないな』とか『笑顔があまり出てないな』とか」
栗原「最初は全然わからなかったんですよ。こうやって誰かに指摘されたことによって『あっそうなんだ』っていうふうになるんです。だから僕も障害を持っているとちゃんと自覚し始めたのが多分中学校二年生ぐらいだと思います。」
加藤医師「脳のタイプによっていろんな症状が出てくるんですね。ですから発達障害といってもものすごい差がありますね。例えば本が読めないとか、あるいは落ち着きがなくて座って勉強しているのが苦手だとかですね。自分の部屋が片づけられない」
中居「今言われたことね、自分にも思い当たる節があったりするから分かりにくいのかな」
加藤医師「そうですね」
中居「周りも気づきにくいな」
加藤医師「気付きにくいですね」

個人によってその症状が様々な発達障害。
栗原の場合、どのような特徴を持つのか。


現在も苦手なこと:新しい場所へ時間通りに行く
この日、表参道から出演する舞台のリハーサルに向かうという栗原。
そのリハーサルスタジオに行くのは初めてだと言う。
一体場所移動の何が苦手なのか。
栗原「時間の逆算が上手くできなかったというのがあります。電車に乗るとしてもどのホームで乗り換えをするとかっていうのが自分の頭でみずから考えることができなかった。それで遅刻してしまったということもあったりしました。」
先を読んで行動したり道順を考えるのが苦手。
時間に合せて始めての場所へ移動する、それができるようになったのはここ数年だという。
30分後、この日は無事スタジオがある森下駅に到着。
(道を間違える栗原)
そんな彼にとって手放せないのがスマートフォン。
栗原「スマホの地図アプリは必須ではあります」
実はスタジオに向かう前、喫茶店でスタジオの位置を入念に確認していた。
栗原「スマホがあったことによって、僕は今まで現場に一人で行く時とかもすごい助けられた」
地図ナビゲーションスケジュール機能のアプリは発達障害の彼にとって大きな支えだという。
この日は大きく迷うことなくリハーサルスタジオに着くことができた。


現在も苦手なこと:記憶が苦手
栗原「普通の人に比べたら物事を覚えるのはよくはないほうだと僕は思います」
現在は俳優としても活動しているが、セリフを覚えるのにも人一倍時間がかかるという。
彼の台本は付箋がびっしりと貼られていた。
栗原「とにかく読んで読んで読んでたりしましたね。でもそれでも全然できなかった。結構あったりしたんですけど」


現在も苦手なこと:場の空気を読む
周囲の雰囲気や曖昧な言葉から意図を理解して行動するのが苦手。
舞台の進行を務めるスタッフによると
演出助手・元吉庸泰「進行するときに例えば『ここからここまでお稽古します』って僕らはよく言うんですけど『止めなかったら続けよう』とか『じゃあこれぐらいのときに準備をしておけばいいだろう』とか普通は空気でやっちゃうところを栗原さんの場合はちょっとそれが苦手というか『止めますか?』とか『続けてるんだったら僕も続けていいですか?」とか」
スタッフ「明確に言葉にしないと」
元吉「そうですね」
栗原に何かを伝える場合、明確に言葉にするよう気をつけているという。


私も曖昧な言い方をされると全然わからないのだが(女の人の言っている内容は半分ぐらいしか理解できない)そういう配慮をうまく求められないし、配慮もしてもらえない。
配慮がうまくかみ合うっていう経験をしたことがないので(うまくいかないことはよくある)こういうふうにしてもらえてうまく行っているのは本当にうらやましい。

今では数々の苦手なことに対処できるようになった栗原だが、本人や家族でさえも気づきづらいという発達障害。
では栗原類の場合はどのようにわかったのか?
過去について母や主治医に聞き取りして書いた著書によると幼少期からそのサインがあったという。
1994年12月、母・泉さんとイギリス人男性の間に誕生。
幼い頃からベビーモデルとして活動していたが、物心つくころには父はおらず母一人子一人で育てられた。
最初のサインは母が働く間、保育園に預けられていた頃、母はよく先生からこんなことを言われていたという。
先生「類君だけお絵かきができません」
他の園児よりできないことが多かった。
母・泉さんは当時の類について著書の中で


何かを学んでいくのに時間がかかるタイプなんだとは、思っていました(『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由』より)

そして粘土遊びの時間にはなぜか「ヌメっとした感触が嫌だ」と触らなかった。
当時はわからなかったがこれは発達障害の症状の一つ「感覚過敏」。
脳のある部分が刺激に敏感すぎて起こるのだが、類は音にも敏感で歌の時間が最も苦手だと訴えていたという。
元気な歌声がまるで喚き声に聞こえる。
栗原「当然ちゃんとみんな練習も受けてないから音程がバラバラな子たちと一緒に歌ってる中で僕の耳にはものすごい嫌な音、例えるとしたら断末魔の叫びみたいなような感じのすっごく嫌な音になって、しゃがみ込んだりとか、歌をみんな歌ってる最中に教室から飛び出したり」
中居「環境が耐えられなくなって」

その後、母の泉さんが翻訳や海外の音楽雑誌のライターをしていたこともあり5歳の時にニューヨークへ移住。
アメリカの小学校に入るが成績は悪かった。
そして外国人生徒が全員入る英語の補習クラスでは、類は明らかに英語の覚えが遅かった。


「英語もかぁ」と少々落胆したのは事実です。(『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由』より)

そして1年生の後半になった頃担任の先生から
「類の今の成績では進級できません。それに発達障害の可能性があるのでテストを受けさせてください」
こうして類の発達障害のテストをすすめられ専門医を含むアメリカの教育委員会の審査会で
「類君は発達障害で間違いないようです」
7歳の時、類は発達障害であるとの認定を受けたのである。
栗原「アメリカの学校の先生たちは、少しでもそういう特徴があると思ったらそれをちゃんと親に言うっていうのが義務になっている」
中居「敏感で迅速なんですね」
室井佑月「性格との違いが親としたら一番悩ましいところだと思います」
中居「これね先生、早く気付くこと、周りが気づいてあげること、自覚してもらうことがすごく大事になってきますね」
加藤医師「そうすると適切な言葉がけだったり周囲ができるんですよね」

その後、類には発達障害ゆえの苦難が待っていた。
7歳の時アメリカで発達障害と認定され、その後成績が足りずに小学1年生を留年。
勉強が苦手な原因は症状の一つにあった。
(15分前に母から言われたゴミだしを完全に忘れる類)
記憶することが極端に苦手。
これも幼少から類にある発達障害の症状だった。


発達障害について書かれた本もだし、こういうテレビなどでも「勉強がすごくできた」タイプばっかり紹介されるので、私と同様に勉強ができないタイプの人が紹介されたのはよかったなと思った。
私もIQが低いわけではないが(あくまでもアベレージの数値はって意味だけど)勉強は全然できなかったから。

子供の頃の類は勉強のみならず、いいことも悪いことも会った人も行った場所も、一度寝ると翌日にはほとんど忘れてしまっていたという。
栗原「記憶力というのは、一緒に仕事した人でも前会ったのに次会った時に『始めまして』っていうふうな感覚で、その人を決して忘れていたわけじゃないんですけど、ちゃんと自分の中で覚えていたつもりが全くなかったり」
中居「一週間後だったり一カ月後の記憶がなくなっている」
栗原「僕の場合はそれこそいろいろと自分が失敗した時のことを母親に毎日その場で言われたりするんです。その時は反省するんですけど一日寝てしまったら何でいけなかったのかというのがすっかり忘れてしまっていて結果的にその同じ失敗をしてしまって母親に指摘される、反省する、寝るっていうのを長い間繰り返していました」
中居「反省したことすら、起こしてしまったことすらも忘れてしまう?」
栗原「寝ちゃったら多分ほとんどわかんないです」
中居「でも今日会ったら『久しぶり』って『二年ぶりですね』って」
栗原「それはちゃんと苦労してきたものをちゃんと母親や周りの人たちに少しずつアドバイスしてもらいながら、ちゃんと『この人とはこれ以来だから』って意識するようになりました」
中居「てことは先生、意識すれば改善の余地がある?」
加藤医師「全然ありますね。特にやっぱり振り返る能力っていうか、振り返る習慣ができてないので自分で日記を書いて日記を見返すとかですね、予定表を見返すってことでだいぶ変わってきますね。」


単純に忘れるのが早いのかな?
私みたいに最初から記憶できていないっていうのもありそうな気もするけど。
定型発達者とは記憶のシステムみたいなものがやっぱり違うのかな?って感じはする。

小学校5年生の時、日本へ帰国した類と母・泉さん。
モデルとしての仕事も増え始め中学校は芸能活動を許してくれる普通校へ進んだ。
だがそこで彼を待っていたのは上級生からのいじめ。
時には恐怖から記憶をなくすほどパニックに陥ったことも。
目立った容姿に加え原因となったのは類の発達障害が持つ特徴にあった。
(チョコレートをくれたクラスメイトに対して無言で無表情に受け取る類)
まず類は表情が乏しく、例え嬉しくても顔に出づらい。
また言葉のニュアンスを読み取るのも苦手。
類にとって言葉は言ったそのままの意味であり「あげる」とは文字通り物をくれること。
そこにある相手の厚意や思いやりといった感情を感じづらいのだ。
更にそれは、言葉を受け取る側の気持ちを察しづらいことにもつながり、悪気がなくても自慢話と捉えられたり不快にさせてしまったりした。


同級生たちに相手にされない。または軽蔑の目で見られる生活を送ってきました。(『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由』より)

これら発達障害の症状により人とのコミュニケーションが難しくなるとともに、本人はなぜ嫌われるのか理解できず苦しむことになる。
中居「人の気持ちを推し量れない、思いやれない」
栗原「具体的に言うとしたらこの人が今、どういう感情なのか、嬉しいのか悲しいのか読み解く力があまりない。例えばこうやって会話している時とかでもその人が嬉しい顔をしていたとしても『嬉しいんだ』って自分の中ではちゃんと認識できなかったり、悲しんでいる時は何か悲しいことがあったんだなってふうに自分の脳にそこがうまく伝わらない」
中居「なるほどね。コミュニケーション取るのすごく難しかったですか?」
栗原「思ったことをそのまま言ってしまう。自分の中では決して悪意は全くない状態で話していて、でもいざ言葉を冷静に自分の中で分析すると『ちょっと失礼な言い方だったんな』って後で思ったりとか、それを母親とか何度か指摘されたっていうのもよくありましたね。」


22歳で診断…発達障害のピアニスト ピアノが救ってくれた半生

山本アナ「さて同じく発達障害がある方でもう一人紹介したい方がいます。それは発達障害があるピアニストなんですが彼女は22歳になってようやく発達障害と診断されました。その半生とは?そして日常にも密着しています。ご覧ください」

生まれつき脳の機能の発達に障害があり日常生活に苦手なことが生じる発達障害。
だがその一方で脳の発達がアンバランスな故に何かに秀でやすいケースもあり、発達障害がありながら世界的に活躍する著名人も数多くいる
 映画監督 スティーブン・スピルバーグ
 俳優 トム・クルーズ
 俳優 ウィル・スミス
 歌手 ブリトニー・スピアーズ


またこういう「ごく稀な」才能のある人たちを引きあいに出す。
こうやってより誤解をさせるような真似をしてくれて本当に迷惑だ。

そして彼女も先月、東京で初のソロリサイタルを成功させるなど今、飛躍の時を迎えている天才ピアニスト・野田あすかさん34歳。
演奏が終わると自分でも拍手。
愛らしいしぐさで喜ぶ彼女もまた発達障害がある一人。
その中でも彼女は自閉症スペクトラムというタイプでコミュニケーション能力や社会性に障害を持つのが特徴とされている。
しかしピアノの腕では国内外で数々の賞を受賞。
東京でリサイタルを開きデビューも果たした。
そんな彼女のピアノの音色が聴く者の胸を打つと話題になっているという。

脳科学者・中野信子「広汎性発達障害を持ってこのようにデビューするというのは珍しいと思いますし、大きなステップを踏んでいけるように応援していきたいなと思っています。」
脳科学者の中野信子さんも応援しているあすかさん。
そんな彼女の素顔に去年『金スマ』は会いに行っていた。

昨年訪れたのは野田あすかさんが住む宮崎県宮崎市。
出迎えてくれたのはあすかさんの父、野田福徳(よしのり)さん。

初対面の人は苦手。
なかなか目を合わせようとしないあすかさん。
その訳を父・福徳さんが教えてくれた。
福徳「顔で人を判断しているわけではない。だからどういう気持ちで笑っているかとかどういう気持ちでどうしているのかっていうのは多分わかっていないと思います。」

彼女が持つ発達障害の特徴は

自閉症スペクトラム:顔が認識できない・相手の気持ちが推し量れない・コミュニケーション能力が低い・対人関係が苦手

更にこれは彼女が挙げた苦手な物リスト。
道を覚える気持ちを抑えるなど多岐に亘る。

間もなくピアノの練習の時間。
初対面のスタッフにどことなく不安げだったが、ひとたびピアノの前に座ると表情が一変。
人が変わったかのようにピアノを弾き始めた。
あすかさんはこれまで数々のコンクールに入賞。
そのテクニックはもちろん、独学で学んだ作曲・編曲の才能も高く評価されている。
そんなあすかさんが編曲した楽譜を見せてもらった。
こちらはカナダで行われた2009年国際障害者ピアノフェスティバルでオリジナル作品賞を受賞した『ふしぎな森の1日』。
カナダの森をイメージして書いたメロディーには独特な世界観があると絶賛された。
あすか「楽譜ができてそれを弾こうとしたら音符が11個一緒に並んでいたので」
スタッフ「指が足りなかったんだ?」
指が11本ないと弾けない曲を書いてしまったという。
あすか「でも頭で鳴った音はその音だった。足で弾けばいいのか音を少なくするかを迷いました」
昨年出版されたあすかさん自身による著書

CDブック 発達障害のピアニストからの手紙 どうして、まわりとうまくいかないの?



付録のCDには彼女が作曲した曲『ふわふわ』という曲がある。
以前、別の番組で撮影用マイクを触り、感じたイメージを即興で演奏したもの。
触ったものや自分の気持ちを曲にするのが好きだというあすかさん。
スタッフ「一日どれぐらいピアノを弾いてたりします?」
あすか「朝起きて練習してお昼ご飯食べて練習して夕ご飯食べて練習して寝ます」
あすかさんは多い時で12時間近くもピアノを弾いているという。
好きなことや興味のあることは何時間でも熱心に取り組むのも発達障害の特徴の一つ。


親が協力的すぎて、すごく腹が立った。
家事も親がやってくれるってことだよね?
障害があるから仕方がない?
自分は好きなピアノを一日中弾いていられるっていう恵まれすぎた環境で。
私だってそんなことが許されるならそうしたい。
今だって非難されまくりなのに。
こんな恵まれた環境にいられる人は本当に少ないのに。
これが普通みたいに誤解されたら本当に嫌だ。

現在はやっていないが当時あすかさんは自宅で子供たちにピアノを教えていた。
子供たちに分かりやすく教えるため手作りの教材を使うなどピアノが楽しく学べるようないろいろなアイディアが盛りだくさん。
驚いたのはレッスンになると彼女の様子が一変したこと。
先ほどとは口調・表情・態度が別人のようにしっかりとしたものに。
発達障害があるあすかさんにとって、このしっかりとした自分を保つのは短い時間でもとても労力を使うのだという。


この人も私と同様に精神年齢が小学生レベルなのかなと思う。
長いこと生きていれば精神年齢がどうだろうが「大人はこういうふうにするだろうな」みたいなのはだいたい把握できるようになる。
でもあくまで「小学生が大人の演技をしている」ような状態だから、すっげー疲れる。

この日あすかさんはお出かけ。
道順を覚えるのが苦手なのでお父さんにしっかりと確認し、一人で買い物へ。
あすかさんは11年前(2005年)パニックが原因で足を複雑骨折。
歩くのに松葉づえは欠かせない。
と、道端の雑草を手に取った。
拾った草を目印に道順を確認しながら歩いていくあすかさん。
いつも通っている道でも自分がどこにいるのか分からなくなってしまう時があるという。
そしてしばらくすると興味を惹かれたのか知らないお婆さんに付いていってしまった。
あわてて止めようとするスタッフ。
(思い出して引き返してくるあすか)
道順の目印にするための公園にさしかかるとつい寄り道したり、気になる人の身振りを真似。
興味が湧くと自分の気持ちを抑えることができなくなってしまうのも発達障害の特徴の一つ。
あすかさんはこうして三分ほど警官の身振りを真似し続けていた。
特に慣れない場所や人の多いところに行く時は目が離せない。
今は父・福徳さんがそのほとんどに付き添っている。
その後あすかさんは買い物を済ませ無事帰宅。
今は笑顔の絶えないあすかさんだが、影には壮絶な闘いがあった。
3000グラム以上と大きく生まれたが、歩けたのは1歳7か月と遅めだったあすかさん。
高速道路関係の仕事をする父・福徳さんと高校で教師をしている母・恭子さんのもとに育った。
発達障害は生まれつき脳に障害があることが原因だが、当時は発達障害に対する知識が広まっておらず、両親すらその障害に気付かなかったという。
加藤医師「発達障害という言葉がここ10年前後ぐらいでようやく徐々に浸透してきたので、今34歳でいらっしゃると今から30年前ですと、ほとんどご両親が気づくのはまず不可能に近いんじゃないかと思います。ちょっと専門家でも難しいと思います」
あすかがピアノと出会ったのは4歳の時。
音楽教室に通ったのがきっかけ。
すぐにピアノが大好きになり上達も早いほうだった。


この番組を見た発達障害のお子さんをお持ちの親御さんは「うちの子にもピアノを!」と思われたかも知れません。
それは正直オススメしません。
カネが余ってんならやってみるのもいいと思うけど。
私も彼女と同様にとても幼いころからピアノを習わせてもらいましたが、親に無駄な銭を払わせ続ける結果になりました。
ただ、今は三味線の上達に影響が出ているなと思うので、今でこそ「無駄ではなかったな」と思うけど、一生三味線に出会わない可能性もあったワケで、そうなると本当にただの無駄に終わった可能性も高いので。
どう転ぶかわからないのは事実だけど、彼女のように必ずしもよい結果に結びつく保証はありません。
ピアノを習わせるのであれば、保証がないことをご理解の上でお願いします。

そして小学校に入学。
成績は優秀で先生の評判もいい優等生だったという。
だが発達障害があるあすかにとってコミュニケーションが必要な集団生活は簡単なことではなかった。
というのも、相手の顔が認識できないあすかは声やイメージ、どんな場所で会ったかなどで人を判断する。
会う場所が変われば全く知らない人になってしまう。
そんな彼女の行動は誤解を生み、次第にあすかはクラスで孤立していった。
また発達障害の特徴としてこんなことも。
おばと出かけた時
おば「お手洗いに行ってくるから、荷物を見ておいてくれる?」
あすか「うん、いいよ」
荷物を見ておくよう頼まれたが、怪しい人物が近づき荷物を持ちさってしまった。
あすかは言葉の含みやニュアンスを理解できない。
言葉そのままの意味を受け取るだけなのだ。
あすか「おばさんが言うことをちゃんと守ってたのに何で帰ってきていきなり逆ギレするのかなって」
自分も家族も障害に気付かないまま中学校へ。
教科によって偏りはあったものの、知的障害はないため成績はよかった。
そのことが余計に障害を気づきにくくさせ
福徳「仕事の都合で私も単身赴任をずっと続けていましたので、女房も娘も私の留守中に幸せに暮らしているとしか思っていませんでしたので、今思えばもう少し寄り添って娘のことを理解してやれば、娘も自分で話してくれたかもわからないし、そこは反省しています」
コミュニケーションがうまくできないあすかと周囲との溝は深まるばかりだった。
そして高校生になり始まったのはいじめ。
心無い落書をされたりジャージが切り刻まれたことも。
そして幼少期からのストレスが遂に爆発してしまう。
なぜ周りの人とうまくいかないのか、理由が分からず自分を責めたあすかは髪を引き抜き現実から目を背けるため壁に目をぶつけるなどの自傷行為が始まった。
当時を振り返った彼女のノートには
「自分は何のためにここにいるのかっていつも思ってた。みんなと同じことができなくて、できてもうまくいかなくて、家でもうまくいかなくて」
心安らぐのはピアノを弾く時だけ。
苦しい胸の内を語りかけるように、あすかは毎日ピアノに向かい続けた。
あすか「ピアノがあったら自分の居場所ができたので高校時代もピアノは私を守ってくれました」
1997年(15歳)全国から参加者が集まる難関として有名な宮日音楽コンクールで入賞。
これが自信となり、あすかのピアノはどんどん上達していった。
そして地元の国立宮崎大学で音楽を学びたいと猛勉強。
2000年(18歳)晴れて宮崎大学教育文化学部芸術コースに入学するのである。
ところが、新たな環境がストレスになったのか入学直後、過呼吸の発作が襲うように。
そして精神病院を訪れた彼女に下ったのは解離性障害という診断。


解離性障害:強いストレスなどにより記憶や自分が誰かの認識が失われてしまう精神障害

発達障害によるストレスが引き起こした二次障害だった。
こうして精神病院に入院したあすかは時には鉄格子つきの保護室に入れられたことも。
そしてこの時あすかの発達障害に気付くものはまだいなかったのである。
宮崎大学も中退せざるを得なかった。
しかし退院後、失意のあすかに転機となる出逢いが。
それは現在のピアノの先生。
宮崎国際大学教授・田中幸子先生「素敵な音を出すんだなとかそういうのは感じてました。心の歌がピアノの音となって出てくるっていう感じですね」
あすかのピアノを聞き、田中先生は
「あなたの音は素敵よ。あなたはあなたのままでいいと思いますよ」
この時のことをあすかは
「『私が私でいい』と思うことは、私にとってすごく光で、すごくびっくりする考え方で、すくわれた。」

あすかの発達障害は意外な形で明らかになるのである。
2004年(22歳)ウィーン国立音大に短期留学していた。
だが環境の急激な変化に精神障害のパニックを起こしウィーン国立病院に救急搬送。
すると医師は
「彼女は発達障害です」
あすかが生まれて22年、ようやく発達障害と判明。
偶然海外で倒れたことによる発見だった。
福徳「持って生まれた障害なんで治ることはありませんみたいなことを言われた時に真っ暗になりましたね」
落ち込む両親とは裏腹に、実は発達障害と聞いてあすかはこんなふうに思ったという。
あすか「できないことがある障害だって聞いて『よかった』って。あたしすごい頑張ったけどできなかったのは怠けとったからじゃないって、こんなに頑張ったもんねって思いました。できることは集中がすごいから伸びるタイプだと先生に言われたのでじゃあやってみよう、頑張ろうって思いました。」
今までの人生で誰にも理解されず、否定され続けてきたあすか。
みんなと同じようにできないからだと自分を責め続けてきた。
そんな彼女にとって発達障害の判明は自身を理解し新たな一歩を踏み出すきっかけとなった。
そしてこの頃、解離性障害のパニックによる右足の骨折で脚が不自由となってしまったが、補助ペダルを使って左足だけで演奏ができるように工夫。
すると以前は入賞だけで終わった宮日音楽コンクール(2006年11月18日、19日・第12回宮日音楽コンクール)でグランプリに輝いた。
これを皮きりに数々の国際コンクールでもたくさんの受賞を果たしていく。
あすかが感じるままに演奏するピアノは人々を魅了していった。
2011年4月(29歳)宮崎県でピアノリサイタルを開催。
2016年10月(34歳)東京で初のソロリサイタルを開催。
会場は300席を超える銀座王子ホール。
数多くの一流音楽家が招かれることで知られている。
そしていよいよコンサートが開演。
「幻想即興曲」(ショパン)を演奏。
普段の彼女からは想像がつかない音色が奏でられる。
そしてコンサートはクラシックの名作から彼女が感じるままに作ったオリジナルの曲へ。
あすか「記念すべき初めてのリサイタルで今日のお客様と出会えたことが嬉しいです。私が作曲した曲から何曲か演奏します。私の『こころの世界』を覗いてもらえるとうれしいです」
そう言って弾き始めたのは故郷や家族を思って作った曲。
 「なつかしさ」野田あすか
田中先生「とても繊細なんですよね。その繊細なところが人の心を打つのではないかなと。悔しい思いをしたりとか、悲しい思いをしたりとか、寂しかったりとか人よりもちょっと多かったかも知れないのでそういうものが音となって人よりも深く出るということはあるのかなという気はします。


人よりつらい思いをすりゃあいい音出んのか?
この人より遥かに長いこと苦しみ続けて、誰も助けてくれない私の方がもっといい音が出るってか!(激怒)

福徳「音色が優しくなりましたね。音質も柔らかくなってピアノに対して感情がこもっている音」
それはあすかにしか出せない心の音だった。
あすか「(昔は人から)笑われるか、そこにいないようにされるか(今も)笑われるからやっぱりダメかなって思うけどピアノ弾くとみんながワッって変わって一生懸命聴いてくれるから私の心を聞いてくれてると思います。これは私じゃないんだけど(1つの鍵盤を叩く)これは私です。」
苦手なことが多い発達障害。
野田あすかはピアノで自分を伝えながら生きていく。

中居「ピアニストの野田あすかさんは22歳まで自覚をすることなく、ピアノという寄りどころがあって本当よかったなと思いますよね」
栗原「僕も野田さんと同じように学生時代はすごい周りと孤立していて、彼女が自分にとっての居場所がない味方がいないという気持ちは僕も痛いほどわかるんですけどでも、ああやって自分自身がピアノが好きって知っていたお父さん、お母さんたちが彼女の個性や自分が得意であることを仕事に結びつけるようにサポートしてくれたというのは家族のサポートというのがすごい重要だと思います。発達障害の親子で一番多分つらいのって母親のほうがすごいいろいろと一番つらいなと思います。先生に言われたこととか他の親御さんに言われたこととかは全部親に向けられますしそれにより母親に負担をすごくかけてしまったというのはすごい思っています。」
発達障害の「人の心の動きを読み取るのが苦手」という症状によって他人の行動や言葉に込められた行為(字幕ママだが「好意」か?)や思いやりなどを感じづらい。
何気なく思ったままを口にしてしまい相手を不快にさせてしまうなど、学生時代周りから孤立していたという栗原類。
学校になじめない息子に対し母・泉さんは何度も何度もこう言って聞かせたという。
泉「類、誰かが何かをしてくれるのはあなたへの心遣いなんだよ。それだけ周りに大事にされてるってこと。だからそういう時は感謝をしなさい」
栗原「自分から人の心を読み解くのが苦手ならその逆にちゃんと言葉でそれを相手に伝えるっていうふうに意識しなさいと言われました」
それでも失敗してしまう類に
泉「自分がされて嫌なことは人に対してしない。だからと言って自分がされても嫌じゃないからっていう基準で相手に何をしてもいいわけじゃない。自分は嫌じゃなくても相手は嫌かも知れないっていう考えを常に持ちなさい」
そういう時はこういうんだと言葉上だけで教えるのではなく情緒的な観点から説明したり、相手の視点に立って考えさせるなど、根気よく何年も続けたという。
そして当時の類はテレビゲームとインターネットにのめり込んでいたのだが、泉さんはとがめるどころかアドバイス。
学校では苦手だったコミュニケーションがネットの世界でなら上手にできていたからだった。


この人の母親の出来のよさがただただ腹立たしい。
私は何もかも自分一人の力だけで獲得するしかなかったのに。

子どもが自分から興味を持って好きになったものは否定すべきではないし、発達障害児にとって、「コツコツやっていくと、こんなにできるようになる」と納得できる成功体験が他にないのであれば、ゲームでもいいと思うのです。(『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由』より)

だが一方で
泉「あんたが最低限のことをやらないからこうなるんでしょ。」
類が高校受験に失敗したときなど、記憶として留めておけない彼に痛さを身に刻んでもらうためあえて厳しい説教も繰り返した。
栗原「僕は全部忘れちゃうんですけど、母親は全部細かいこと何が起きたのかということをちゃんと完璧に覚えているので、例えば5カ月以上前にも同じ失敗したんでしょってふうに細かくディティールで教えて下さるので、それによって僕も、本当地道だったんですけど意識できるようにはなっていきました」
そんな子育ての中、泉さんはあることを心掛けていたという。
それは7歳の類に発達障害が判明した時、アメリカの教育委員会で掛けられたこの言葉。


子どもの頃に自分ができなかったことをたくさん思い浮かべてください。
そして、自分ができなかったことで息子さんができていることを、ひとつでも多く見つけてあげてください。
そうすれば「なんでこんなこともできないの?」という気持ちがしずまり子どもを褒めてあげられるようになります
(『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由』より)

中居「自分の子供だとか家族だとか周りの友達とかでもしかして発達障害かも知れないと少しでも感じたらどうすればいいんですか?」
加藤医師「まず地域の保健センターあるいは発達支援センターが全国にありますので早めに相談されると次のステップに行きますので」
中居「病院を紹介してくれるだとか?」
加藤医師「そうですね。しっかりそこで診断してもらうのが大事だと思います」


そうでなくても最近の「発達障害ブーム」で相談機関はいっぱいだけど、この番組のせいでまた混み合うだろうねぇ。
数カ月待ちとかってのを前から聞くので、かなり待たされる覚悟は必要でしょう。
それに、たとえ診断が出ても学校でもいろいろ問題発生で結局救われないみたいな人もよくいるみたいなので「正しい診断が出たので適切な療育が受けられて、全部うまくいく」っていう過度な期待をすると失望する結果になるかと。

中居「ただ、この発達障害というのを告白したあとにブログで『僕の行動に関して今まで面白いとバラエティーで笑ってくれた方々、僕が発達障害者だと知ったからといって笑ってはいけないとは思わないでください』と書かれました」
栗原「僕が発達障害を持っていると告白したとしても結論としては何も変わらないとお思います。こうやって今まで通りに皆さんが接してくれてることが一番の理想ではあるんです。」
中居「確かに周りも慣れてないから『発達障害です』って言われたら構えてしまう。これは正直あると思う。でも一瞬喋ったら変わらないからね。その時と」

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2016年12月02日

崎陽軒 おべんとう冬

DSCN1505.JPG

崎陽軒のお弁当|おべんとう冬 (冬季限定)
醤油や出汁を炊き込んだ「茶飯」には、旬のごぼうと牛そぼろを甘辛く煮付けてトッピング。おかずには、ふっくらと焼き上げた「赤魚の昆布風味塩焼き」、身体を温める効果があるといわれる生姜を使用した「鶏肉の香味あんかけ」、旬の小松菜を使用した「小松菜のおひたし」など、冬ならではの素材を少しずつ楽しめるお弁当に仕上げました。雪のように白い「小粒大福」が見た目にも冬らしさを演出するかわいらしいお弁当です。

12月1日発売。
700円(税込)。

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茶飯:(トッピング:牛そぼろとごぼうの甘辛煮、錦糸玉子、グリーンピース)、赤魚の昆布風味塩焼き、鶏肉の香味あんかけ、小松菜のおひたし、昔ながらのシウマイ、蓮根白煮、人参煮、筍煮、玉子焼き、しば大根漬け、小粒大福(白餡)

魚の焼いたのは美味しいと思う。
タケノコはいつも通りの味付けだけど、とても美味しい。
弁当に甘い菓子が入っているのは不要だと思っているので、美味しいとは思うけど大福はいらない。
おひたしは素材の味を生かした味付けなんだろうなと思うけど、多分素材の味が好きじゃないんだと思う。
鶏肉はから揚げっぽいんだけど、ウェットな感じ。
あんかけなのか?
今一つな感じかな。
不味いっていうんじゃないけど、ウェットな感じならザンギみたいに醤油みたいな味が濃く付けてあるぐらいの方が合うんじゃないかと思うんだけど。
何か中途半端な感じがした。

崎陽軒 おいしさ長もちシウマイ4種と中華まん詰合せ



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サッポロ一番×全農 カップスター 鹿児島県産黒豚チャーシューが入った 塩ラーメン

サッポロ一番×全農 カップスター 鹿児島県産黒豚チャーシューが入った 塩ラーメン 66g×12個



サッポロ一番 | 製品情報 - サッポロ一番×全農 カップスター 鹿児島県産黒豚チャーシューが入った 塩ラーメン
具材は鹿児島県産鹿児島黒豚チャーシューをメインに、キャベツ、かき卵、ねぎを組み合わせました。スープは、すっきりとした味わいのポークエキスをベースに、調理感のある野菜のうまみを合わせ、ガーリック、オニオンの香味野菜の風味をきかせた塩味のスープです。麺は、程よいちぢれを付けることで、スープが良く絡む、しなやかな中細麺に仕上げました。全国農業協同組合連合会とのコラボレーションで企画開発した、具材にこだわったカップスターです。

ダイエーで127円(税込)で購入
11月28日発売。
内容量66g(麺50g)。

他の種類のも売っていたけど、これだけ買った。
普通にお湯を入れて三分待つっていうヤツ。

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麺は比較的硬めかな。
塩味だけど、アッサリって感じでもなく、結構しっかりした感じの味(出汁か何かか?)だけど食べやすい味で美味しいと思う。
黒豚チャーシューがウリっぽい感じだけど、小さくてペラペラで、味っていうほどの味もようわからん感じ。
これなら別に入ってなくてよかったんじゃないかと思うレベル。
しかも食べる前にかきまぜたら、このチャーシューだけでなく具は全部底の方に行ってしまった。

サッポロ一番×全農 カップスター 秋田県産白神ねぎが入った しょうゆラーメン 64g×12個



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2016年12月01日

「2016ユーキャン新語・流行語大賞」の年間大賞とトップ10

2016年ユーキャン新語・流行語大賞候補30語

新語・流行語大賞
2016年12月1日、ユーキャン新語・流行語大賞 選考委員会は
今年の新語流行語大賞のトップテンおよび大賞を発表いたしました。


年間大賞
 神ってる
トップ10
 ゲス不倫
 聖地巡礼
 トランプ現象
 PPAP
 保育園落ちた日本死ね
 (僕の)アモーレ
 ポケモンGO
 マイナス金利
 盛り土
選考委員特別賞
 復興城主


年間大賞の「神ってる」の受賞者が「緒方孝市さん(広島東洋カープ監督)鈴木誠也さん(広島東洋カープ外野手)」ってことなので、何かカープ関連の言葉なんだろうけど、聞いたことがない。
流行語っていうぐらいだから、普通に使っている人もいたっていうことなんだろうか?
まあ「え?そんなの全然流行ってないよ?」ってのが大量に入っているのが毎年のお約束って感じもする。

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2016年11月27日

日清 フレンチヌードル デミグラスソース風 

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イオンで105円(税込)で購入。
11月3日発売っぽいけど裏はとれず。

調べても日清のサイトの中に情報が見つからず。
イオン限定っていう話もあるけど、よくわからない。
世界のいいものイオンから。イオン ワールドフェスタ!
11月3日からの「フランスフェア」とやらと関連した商品か?とも思ったけど、そこにも登場しないし。
これと一緒に「ポタージュ風」ってのも売っていたけど、こっちだけ買った。

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お湯を入れて三分っていう普通のタイプ。

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やっぱりうまいこと撮れないな(鬱)。
味はもっと濃厚な感じの、いかにもデミグラスソース!って感じかと思ったらそれほど主張しない感じ。
以前食べたソースラーメンに近いように感じた。
思ったより食べやすい味だなとは思うが、美味しいかって言われると・・・普通のヤツの方が美味しいよね。

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第50回神奈川県名流三曲祭

第50回神奈川県名流三曲祭 | ヨコハマ・アートナビ

今日の八時ぐらいまでやってるので、現時点でまだやっているのだが。
ネットに全然詳しい情報もなかったけど、見にいってみたのでご紹介。

場所は神奈川県立音楽堂
桜木町駅から10分って書いてあるけど、結構急な坂の上にあるので大変かも。
私は近くの紅葉坂っていうバス停から行ったんで近かったけど、それでも坂が大変だった。
足腰の悪い人は大変かも。
で、無事に到着。
っていっても初めて行った場所だったから、複数の建物があってどれかわからんが、結局一番奥の方にあった。
受け付けっぽいところがあって、そこでパンフレットみたいなのと他の演奏会のチラシみたいなのをいただく。

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この催しは何と無料!なのですよ。
で、バスが遅れやがって最初からは見られなかったのだが、ちょうど二つ目(越後獅子)が始まるところだった。
妙に時間が長いな(朝の10時から初めて夜の8時だもんね)と思ったら一つ一つの演目が結構長い。
一つ一つ出演者の数は違うんだけど、基本的に尺八・三味線(細竿)・箏。
三味線は三味線本体は普通の民謡の人が使っているヤツっぽいんだけど、バチが「え?」っていうぐらいデカい。
あんなの見たことがないのだが。
で、尺八を吹きながら歌うワケはないので尺八の人は歌わないけど、三味線を弾きながら歌う。
箏の人も歌うのだが、箏を弾きながら歌うっていうのは今まで見たことがなかった。
歌は私が今まで聞いたことがあるような種類の民謡とかっていうのとは違う感じ。

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最後まで見ていたかったけど、他の用事もあったので五曲目(笹の露)まで見て帰ることに。

今まで民謡や踊りの人が出るような催しはいくつか見に行っているのだが、そういうのってどれも「上手いな〜」っていう人も混ざっているけど、後はご老人が趣味で始めて、それを発表するのが目的なんだなって感じのグレードの方々とか・・・って感じだった。
だからこれもそんな感じだろうと思ったんだけどもっとグレードが高い感じ(個人の感想です)。
箏のことはわからないんだけど、三味線の人たちとか音のズレがない。
普段は私の悪い耳でも尺八なんかとも音が合ってなかったり、結構ぐちゃぐちゃなことが多々あるけど、そういうのがなく。
耳のいい人とか、音楽のことがわかっている人が聞いたらまた違う感想なのかも知れないけど、私の悪い耳で聞いたかぎりでは、どの方も結構なレベルで。
年配の方ばかりで、若くても60代ぐらいかなぁという感じではあったけど。
三味線を弾いている最中に糸がプツンと切れた人がいたのだが、後ろに下がったから「ああ・・・後ろで糸を張りなおすんだな」って思ったら違った。
後ろに予備の三味線が一本(っていう数え方で合ってる?)置いてあって、それを使って続行っていう。
いいシステムだな。
私が今まで見ていたものと大幅な違いはマイクを使っていないことと、椅子ではなく全員正座なところかな。
マイクがないから後ろの方の客席だとあんまり聞こえないのでは?って思ったら、建物自体が何か特殊な作りなのか、ちゃんと歌も後ろの方でも聞こえる。
ただ、前の方だと箏の爪(もちろん箏用の爪のことね)で糸をシャッ!ってやる音とかすげぇ聞こえるので、そういうのを聞きたいとか、三味線を弾いている人の指使いをじっくり見たいっていうなら、何しろ客席は残酷なぐらいガラガラなので、一番前とかで見ることも可能っていう。
来ている人は、出演者の知り合いか、こういうのが好きなご老人とかかな。
私が出た催し(何に出たかは教えてやらない)も結構過疎ってる感じだったけど、その比じゃなかった。
これだけのものを、しかも生で無料で見られるっていうのはとてもいいと思ったけど、若い人はこういうのは興味ないかもな。
私も来年はもっと時間をとって見に行きたいぐらいに思うのだが、誰かを誘えるかっていうと誘えないよな。

で、受付でくれたチラシの件ね。
興味のある方もおられるかと思うのでご紹介しておく。

第54回弥生会尺八演奏会
日時 平成29年3月12日(日)午前10時30分開演
場所 関内ホール(小ホール)
主催 弥生会
後援 横浜三曲連盟
協力 関内ホール


尺八も本当に上手い人のは「すげぇな」って感じなんで、そういうのが聞けるようなら行きたいことは行きたいけどね。

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2016年11月26日

カルビー ポテトチップス コンソメトリプルパンチ



ポテトチップス コンソメトリプルパンチ | 商品検索 | カルビー株式会社

イオンで73円(税込)で購入。
内容量50g。
発売日は9月26日っぽいのだが、これと何種類かが店頭で「新発売」みたいな感じで売っていたから買ったのに。
しかもカルビーのサイトでは「コンビニ限定」ってなっていて、どういうことなのか全くわからず。

普通のコンソメ風味のヤツよりコンソメの風味が三倍になってますよってことで。
まあ、確かにコンソメの味が濃いよね。っていう味。

posted by ひと at 19:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする