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2016年11月27日

日清 フレンチヌードル デミグラスソース風 

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イオンで105円(税込)で購入。
11月3日発売っぽいけど裏はとれず。

調べても日清のサイトの中に情報が見つからず。
イオン限定っていう話もあるけど、よくわからない。
世界のいいものイオンから。イオン ワールドフェスタ!
11月3日からの「フランスフェア」とやらと関連した商品か?とも思ったけど、そこにも登場しないし。
これと一緒に「ポタージュ風」ってのも売っていたけど、こっちだけ買った。

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お湯を入れて三分っていう普通のタイプ。

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やっぱりうまいこと撮れないな(鬱)。
味はもっと濃厚な感じの、いかにもデミグラスソース!って感じかと思ったらそれほど主張しない感じ。
以前食べたソースラーメンに近いように感じた。
思ったより食べやすい味だなとは思うが、美味しいかって言われると・・・普通のヤツの方が美味しいよね。

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第50回神奈川県名流三曲祭

第50回神奈川県名流三曲祭 | ヨコハマ・アートナビ

今日の八時ぐらいまでやってるので、現時点でまだやっているのだが。
ネットに全然詳しい情報もなかったけど、見にいってみたのでご紹介。

場所は神奈川県立音楽堂
桜木町駅から10分って書いてあるけど、結構急な坂の上にあるので大変かも。
私は近くの紅葉坂っていうバス停から行ったんで近かったけど、それでも坂が大変だった。
足腰の悪い人は大変かも。
で、無事に到着。
っていっても初めて行った場所だったから、複数の建物があってどれかわからんが、結局一番奥の方にあった。
受け付けっぽいところがあって、そこでパンフレットみたいなのと他の演奏会のチラシみたいなのをいただく。

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この催しは何と無料!なのですよ。
で、バスが遅れやがって最初からは見られなかったのだが、ちょうど二つ目(越後獅子)が始まるところだった。
妙に時間が長いな(朝の10時から初めて夜の8時だもんね)と思ったら一つ一つの演目が結構長い。
一つ一つ出演者の数は違うんだけど、基本的に尺八・三味線(細竿)・箏。
三味線は三味線本体は普通の民謡の人が使っているヤツっぽいんだけど、バチが「え?」っていうぐらいデカい。
あんなの見たことがないのだが。
で、尺八を吹きながら歌うワケはないので尺八の人は歌わないけど、三味線を弾きながら歌う。
箏の人も歌うのだが、箏を弾きながら歌うっていうのは今まで見たことがなかった。
歌は私が今まで聞いたことがあるような種類の民謡とかっていうのとは違う感じ。

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最後まで見ていたかったけど、他の用事もあったので五曲目(笹の露)まで見て帰ることに。

今まで民謡や踊りの人が出るような催しはいくつか見に行っているのだが、そういうのってどれも「上手いな〜」っていう人も混ざっているけど、後はご老人が趣味で始めて、それを発表するのが目的なんだなって感じのグレードの方々とか・・・って感じだった。
だからこれもそんな感じだろうと思ったんだけどもっとグレードが高い感じ(個人の感想です)。
箏のことはわからないんだけど、三味線の人たちとか音のズレがない。
普段は私の悪い耳でも尺八なんかとも音が合ってなかったり、結構ぐちゃぐちゃなことが多々あるけど、そういうのがなく。
耳のいい人とか、音楽のことがわかっている人が聞いたらまた違う感想なのかも知れないけど、私の悪い耳で聞いたかぎりでは、どの方も結構なレベルで。
年配の方ばかりで、若くても60代ぐらいかなぁという感じではあったけど。
三味線を弾いている最中に糸がプツンと切れた人がいたのだが、後ろに下がったから「ああ・・・後ろで糸を張りなおすんだな」って思ったら違った。
後ろに予備の三味線が一本(っていう数え方で合ってる?)置いてあって、それを使って続行っていう。
いいシステムだな。
私が今まで見ていたものと大幅な違いはマイクを使っていないことと、椅子ではなく全員正座なところかな。
マイクがないから後ろの方の客席だとあんまり聞こえないのでは?って思ったら、建物自体が何か特殊な作りなのか、ちゃんと歌も後ろの方でも聞こえる。
ただ、前の方だと箏の爪(もちろん箏用の爪のことね)で糸をシャッ!ってやる音とかすげぇ聞こえるので、そういうのを聞きたいとか、三味線を弾いている人の指使いをじっくり見たいっていうなら、何しろ客席は残酷なぐらいガラガラなので、一番前とかで見ることも可能っていう。
来ている人は、出演者の知り合いか、こういうのが好きなご老人とかかな。
私が出た催し(何に出たかは教えてやらない)も結構過疎ってる感じだったけど、その比じゃなかった。
これだけのものを、しかも生で無料で見られるっていうのはとてもいいと思ったけど、若い人はこういうのは興味ないかもな。
私も来年はもっと時間をとって見に行きたいぐらいに思うのだが、誰かを誘えるかっていうと誘えないよな。

で、受付でくれたチラシの件ね。
興味のある方もおられるかと思うのでご紹介しておく。

第54回弥生会尺八演奏会
日時 平成29年3月12日(日)午前10時30分開演
場所 関内ホール(小ホール)
主催 弥生会
後援 横浜三曲連盟
協力 関内ホール


尺八も本当に上手い人のは「すげぇな」って感じなんで、そういうのが聞けるようなら行きたいことは行きたいけどね。

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2016年11月26日

カルビー ポテトチップス コンソメトリプルパンチ



ポテトチップス コンソメトリプルパンチ | 商品検索 | カルビー株式会社

イオンで73円(税込)で購入。
内容量50g。
発売日は9月26日っぽいのだが、これと何種類かが店頭で「新発売」みたいな感じで売っていたから買ったのに。
しかもカルビーのサイトでは「コンビニ限定」ってなっていて、どういうことなのか全くわからず。

普通のコンソメ風味のヤツよりコンソメの風味が三倍になってますよってことで。
まあ、確かにコンソメの味が濃いよね。っていう味。

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パルゆめつなごう展

パルゆめつなごう展(商品展示会) │ パルシステム神奈川ゆめコープ

パルシステムの商品展示会がパシフィコ横浜で開催されていたので行ってみた。
展示ホールAってところだったよな〜と思って入っていくと、下へ降りるエスカレーターのところに全然違うイベントの看板が。
あれ?勘違い?違うとこだっけ?と思って更に進んで別のエスカレーターのところから降りようとしたら、そこも違うイベントのしかない。
確認してみたけどやっぱりAだよなぁ?って思いつつ下に降りてみたら、何やら行列が。
をを!こんなに人気がっ!と思ったら違うヤツのだった。
で、結果的にAでやっていたけど、せめてエスカレーターの上に案内は欲しいよね。
ちょっと遠回りをしちゃう感じになってしまったから。

中はそれなりに人は来ていたけど、ほどよく混んでいるっていう感じかな。
でも人気のある試食の時は結構殺到な感じ。
試食もたくさんあったけど、サンプルをくれるところもあった。
試食はパン、ロールケーキ、イクラの醤油漬け、プリン等々。
売っている商品もいろいろあった。
何も買わなかったけど。

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写真を撮っていいとも悪いとも言われていないけど、着ぐるみがいたので写真を撮った。
共済のキャラクターらしい。

30分もあれば全部見られるかな?と思って行ったんだけど、結局一時間弱ぐらいいた。

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クリスマスマーケット in 横浜赤レンガ倉庫

クリスマスマーケットin 横浜赤レンガ倉庫
昨年は65万人以上の方にご来場いただき、今年で7回目の開催となる「クリスマスマーケットin横浜赤レンガ倉庫」。今年は会場全体を雪の装飾やホワイトカラーの装飾で統一し雪景色を演出します。ヒュッテ(木の屋台)ではホットワインやソーセージなどドイツのクリスマスに欠かせないメニューが楽しめます。 会場の海側には高さ10mの本物のモミの木のツリーが皆さまをお出迎え。 今年は大切な人への花贈りを提案するフラワーショップ「サンジョルディフラワーズ ザ・デコレーター」がツリーのデザインをプロデュース。 夜には会場全体がライトアップされ幻想的でおとぎ話の中にいるような雰囲気を演出します。

ってことで、赤レンガ倉庫まで行ってきた。
桜木町駅からも関内駅からも微妙に遠いのが困るな。
もうちょっと行きやすい場所だといいんだけど。

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今日は土曜日なので、すごい混雑かと思ったら、それほどでもなく、どの店も行列できまくりみたいなこともなかった。
入り口のところに大きい雪だるま。
本物の雪なのか人工降雪機で降らせる日も何日かあるから、そういうのを使ったのか。
因みに次回の雪を降らせる日は12月2日。

せっかく来たので何か喰うかなと思ったのだが、結構いいお値段。
晴れて結構暑かったんで(長い距離歩いたしな)冷たいジュースみたいなのはないのかな?と思ったら全然なく。
ビール類かホットドリンクばっかり。
仕方がないのでハーブティーを飲むことに。
ポンパドールハーブティーの何かオレンジ系のヤツ。
結構量が入っているけど500円(税込)もする。
他の店(レシートに店名が入っていないので、どの店かは不明)でポテトとチーズのフライ(ポムチーズフリット)も購入。
こちらは600円(税込)。

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たったこれだけで1100円。
今月の食費ってかなりヤヴァい感じなのだが、更にヤヴァいことに。
チーズのフライって美味しいんだけどね。
たまには喰いたいよねぇ。
食べ始めた時には12時前だったんで飲食スペースもすいていたけど、飯時になったら混み合うかな?と思ったらそれほどでもなく。
まだまだ空席はあった。

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会場の一番奥の木。

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ここで写真を撮るようになっていると思われるヤツ。

休日なので、当然カップルのデートみたいなのばっかりかな?と思ったのだが、そういう人ももちろんいるけど家族連れみたいなのも多数。
カップルじゃないと入りづらいみたいなこともない感じなので、クリスマス気分を味わいたい方は行かれてもよろしいかなと思う。
入るだけなら無料だし。
12月25日まで。

ありあけ 濱の赤煉瓦 9個入(ワッフルラスク)



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2016年11月25日

2016年11月発行のヴィア・ホールディングスの株主優待

今年もヴィア・ホールディングスの株主優待のシーズン到来。

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今回も甘酒無しか・・・。
他もそれほど欲しいようなものもなく。
カレンダーは今回も4枚と交換だからね。
全く安くない。
最低限必要な数だけ買えばいいか。
また必要になったら店で同じ金額分で買えるんだしねぇ。
去年は無駄にしちゃったし。
誰かに渡せるかな?って思って余分に買ったんだよね。



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日清食品 チキンラーメンどんぶり チキンのアヒージョ風

日清チキンラーメンどんぶり チキンのアヒージョ風 98g×12個



「チキンラーメンどんぶり チキンのアヒージョ風」(11月14日発売) | 日清食品グループ

11月14日発売。
スーパーで128円(税別)で購入。
内容量88g (麺80g)。

普通のカップ麺と同様、お湯を入れて三分っていうタイプ。
中に調味オイルの小袋が入っていて、これは三分経ってから入れろと。

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かなり再現度の高い鶏肉みたいなのが何個か入っている。
いつもの「チキンラーメン丸出し」みたいな味に比べると、オイルにごまかされてしまったのか、多少違う感じの味がしないでもないけど、基本チキンラーメンっていう。
塩分が少ないワケでもないのかも知れないけど、アッサリ系というか塩味薄めな感じの味。
アヒージョっぽい味なのか?って言われるとよくわからない。
アヒージョ自体がようわからんので。

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2016年11月21日

エホバの証人の「コンタクトカード」

JW.ORGコンタクトカードを活用していますか

大患難が迫っているので,宣べ伝える業は急務です。(箴24:11,12,20)コンタクトカードを使って,人々の注意を神の言葉やわたしたちのウェブサイトに向けることができます。このカードに印刷されているコードは,「聖書を学ぶべきなのはなぜですか」というビデオにリンクしています。そこでは,さらに多くの情報を得たり,聖書レッスンを申し込んだりすることもできます。文書を受け取ろうとしなくても,ウェブサイトなら喜んで見てくれる人はいます。そのような人にはためらうことなくコンタクトカードを手渡してください。しかし,関心を示さない人に渡すことは避けましょう。

だそうです。
実物はこんなんです。
名刺サイズ。

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で、それとは別に小さい紙も配っている模様。
「集会の様子がわかる招待ビラ」だそうで、これについているQRコードを開くと集会の様子が見られるのかな?

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集会の日時まで書いてあるけど、これを見て実際に集会に行くのはハードルが高すぎる気が。
まあ、どこかでちょっと話ができて(「証言」っていうのか?)、「こういう集会をやってますからいかがですか?」みたいな感じで手渡すのにいいかなって思うが。
こちらにもQRコードが入っております。

ってことで実際にQRコードを読み込んでみたんだけど、どっちも同じとこに行くっぽいな。
「聖書を学ぶべきなのはなぜですか」の動画。
その動画の右に「王国会館においでください」ってのもあるけど。
内容は「ふーん・・・」って感じだな。

posted by ひと at 07:42| Comment(0) | TrackBack(0) | エホバの証人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月19日

ダライ・ラマ法王 横浜講演のチラシ類のこととか

ダライ・ラマ法王 横浜講演でいただいたチラシ類などを見ていたら映画のお知らせとかいろいろあったんでご紹介していこうと思う。


映画『ラサへの歩き方 〜祈りの2400km』公式サイト


巡礼のために五体投地で2400kmも進むっていう、ドキュメンタリーっぽいんだけど、一応フィクションっていう。
入っていたチラシは横浜の「ジャック&ベティ」っていう映画館のヤツで、11月12(土)〜11月25日(金)の2週間限定ロードショーだそうです。



池谷薫監督最新作『ルンタ』 オフィシャルサイト

ルンタ [DVD]



こっちはドキュメンタリー。
チベットの「焼身抗議」のことを扱っている内容らしい。
チラシによると
立教大学上映会
11月25日(金)
上映18:00@池袋キャンパス11号館地下1階AB01教室
上映後に池谷薫監督の公演あり
入場無料・申込不要 どなたでもご覧いただけます
主催:立教大学コミュニティ福祉研究所
問合せ:蓮ユニバース




『ブリンギング・チベット・ホーム』上映会。
届かぬ故郷と人々を結んだ、チベットの土を巡る秀作ドキュメンタリー映画
だそうです。
12月23日 18:00 チベットレストラン「タシデレ」3000円
 チベット料理4皿とソフトドリンク1杯付 要電話予約:03-6457-7255
12月11日 19:00 アカデミー文京 学習室 1500円
12月25日 19:00 中目黒・青少年プラザ 視聴覚室 1500円

Students for a Free Tibet: 日本
チラシには↑のリンクがあったので、ここにいろいろ掲載されるものと思われる。



愛と信念の言葉 (PHP文庫)



ダライ・ラマ法王の最新刊で、当日会場でも発売していたらしいけど、全然気づかなかった。
そういうコーナーもあったのかな?
強くて優しい、
ダライ・ラマ法王14世
の名言集。

だそうです。

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2016年11月18日

2016年9月5〜16日◆流れは次第に(後編)

これの続きです。

都市部「大東京」。
東京というものと地方のズレがあって地方消失、消滅という「田舎は消えていくんじゃないだろうか?」という不安があった。
それは「限界集落」とか過疎の問題がある。
それからもう人口減に入った日本では百万都市が何年かに一度で一つ消えていくような減少傾向にあるわけだから、日本の国力そのものが急速に落ちていくのではないだろうかという不安が。
だけど、その手の見方だけでいいのだろうか?
東京一極集中。
前からちょっと思っていたが「東京の時代」というのも、もしかしたらゆっくり終わりつつあるんじゃないかというふうに思うところもある。
日本というのは様々な町が、村があって、浦がある。
そういう総合力で持っているところで、明治以来ずっと、東京が司馬遼太郎さんが言うところの「電気を各地方都市に送る」ということで日本というのは回っていたのだが「配電盤としての東京」というのが実は終わりつつあるのではないだろうかと、そういう考え方。
東京オリンピックを4年後に控えている。
あれはもしかしたら地方の方がよかったかも知れない。
いろんな考え方があると思うが、何も東京が独り占めすることはないと思う。
会場を分けてしまっても、日本みたいな小さいエリアだったらいいんじゃないかなぁと思う武田先生。
「聖火が灯っているところが東京」ということでもいいような気がする。
多分ゴルフもあるだろうが、ゴルフの競技会場も軽井沢あたりでいい。
あんまりガチガチに東京メインに考えるというのが「力み」みたいなのに繋がっているのではないか。
もう、今から言っても遅いかも知れないが。
しかしちょっとショックなのが一つだけある。
これはどことは言わないが地方が地方だけで作っている番組というのが全国でゆっくり増えつつある。
東京には「キー局」という局があって、それがローカル局に電波を送っている。
ところが昨今、東京からやってくる番組で数字が取れなくなっている。
ローカルはローカルのためだけの番組が結構数字がいい。
ということは、やっぱり東京の「とあるセンス」がもうローカルでは受けないと言うか。
それが先週(「前編」の方に入れた分)の「都知事選の情報を何で何時間もやるんだ」「俺ら関係ねぇよ、ローカルは」という感覚。
福岡オンリーの番組を博多華丸・大吉が。
そういうローカルのためのタレントさんというのが今、続々生まれている。
それは今のところ小さいが、もしかするとこれからものすごく大きな溝を地方と東京の間に作っていくのではないかという予感がしている武田先生。

過疎に指定されている市町村は全国は797あり、全市町村に対する割合は46.4%です。すなわち、全国市町村の半数に近い自治体が、過疎地域を抱えているということです。また、こうした過疎の地域に住んでいる人口は1100万人を超えており、総人口に占める割合はおよそ9%です(2010年国勢調査)。
 これだけの規模の市町村で民間ビジネスが衰退し、総人口の1割近い人口を支えるのが国や地方自治体の財源に依存した公共丸抱えのサービスのみになってしまうというのは、日本全体で考えたときに極めて非効率的であると言えるでしょう。
(126頁)

多角経営で企業全体のコストが圧縮。
規模の小ささの苦しさを超えて、「範囲の経済」を実らせている。
「巨大な範囲ではとても通用しないけど、この範囲だったら充分生きていける」という。
だから「おじいちゃん、おばあちゃんの買い物の手伝いをします。電話で呼んでくだされば、おじいちゃんとおばあちゃんをどこどこまで運ぶタクシーの代わりをしましょう」「ここからここまで荷物を運ぶ業務も私共がやります」「農家さんがこういう物を出荷なさった時は、この出荷物をここへ運ぶ業務も私がやりましょう」。
その出荷物の中から名物を作る会社を立ち上げて「味噌を作った」「醤油を作った」。
「その会社もやります」
六つ位を兼務すると喰っていけるようになる。
そういうところにゆっくり若者が今、流入しつつあるという、いわゆる地方の小さな村、町の出来事。

つい一年前まで大阪で大論議となった「大阪都構想」。
橋本徹市長で大きく揺れた。
この橋本市長の主張と言うのは「大阪は東京の代わりになりうるんだ」。
だから町の行政の構造そのものを東京と同じようにして「第二の首都を目指そう」という。
でも、この藤波さんの分析を読むと、大阪は橋本元市長が言っていることは景気がよかったのだが、厳しく現状を分析していないような気がしてきた。
大阪の苦境をやっぱりキッチリもう一回分析し直した方がいいのではないか。
ここも人口が減りつつある。
特に大阪圏では大問題だと思うのだが、実は神戸が福岡に抜かれてしまった。
人口流入で福岡が神戸を抜いた。
武田先生が学生の頃に広島が都会だった。
西日本で最大の都会、神戸を離れて。
それが広島だった。
そこで「広島商科大学四年 吉田拓郎」という名前を聞いた時に、きらびやかに思った。
山陽道に「吉田拓郎」という、大学四年生でオリジナル200曲持っているという評判が強烈だった。
「やっぱり広島はマツダとか大久があるからいいよな。それに比べて福岡はちょっとパッとしねぇよな」
神戸となるともう「花の都」。
(番組内では「サンフラワー通り」だの「フラワー通り」だのと仰せだが、どうやら「フラワーロード」)
しかも、そこを宝塚のスターたちが日曜に素敵な散歩をして、イタリア靴店で革靴を買っているというのがたまらない。
小鹿のようなお尻をしたタカラジェンヌが。
それに比べて博多は「にわか煎餅」みたいな。

【九州銘菓】東雲堂 にわか煎餅 16枚入り



そんな差があった。
ところが福岡が抜いた。
もう本当に福岡は名古屋、大阪の後ろに回り始めた。
福岡の人はそれほど興奮していないのだが。
とにかく大阪の苦境に関して分析してみよう。

 東証1部に上場している企業の時価総額をみると、大阪圏に本社を置く企業で最も大きいのは18位に位置する武田薬品工業です。−中略−1位のトヨタ自動車や14位のデンソーを抱える名古屋圏からみても見劣りする状況です。(136頁)

「大阪は今、地方都市なのであります」と。
京都に比べても大阪は本社の数が少ない。
「村田製作所」は「島津製作所」と共に本社が京都。
それに京都は「京セラ」「任天堂」。
これを聞くとちょっと「大阪は京都に負けるんじゃないか」という勢いの差というのは事実としてある。
行政面に関しては地域産業活性化を励まし続けた京都と大阪が大きく溝があるとことは、もう事実としてある。
必死になって大阪も頑張っているのだが、やっぱり今、近畿圏で一番勢いのある都市というのは実は京都。
しかもここは観光客もすごい。
京都にホテルが取れないから大阪に行っている。

それにつけても官主導ではなく、独自で地域産業を支援する取り組みが民間でものすごく頑張っているのが実は福岡。

福岡地域戦略推進会議(FDC)は、9市8町で構成される福岡都市圏の成長戦略を構築、実践することを目的として、産業界、大学、金融機関、行政の参画により2011年に創設されました。−中略−アジアの中核的なビジネス拠点として成長するべきであるとの結論に至り、MICEを柱に据えた成長戦略を打ち出しました。(149頁)

「アジアの臭いのする福岡」というのは、子供の時は全然予想もつかなかったが今、福岡を励ます最大の利点。

2020年の目標として、FDCが存在しない場合に比べ、雇用6万人、域内総生産2.8兆円、人口7万人を増やすことが設定されています。(151頁)

行けば本当に分かるが福岡という町は中国、上海、香港、台湾の観光客が溢れている。
それからもう一つ、イスラム圏の人が多い。
西鉄バスに乗っている例のネッカチーフを頭に巻いた方、感じのよいアジアの「インドネシアからやってきました」みたいな若者が着実に増えている。

これは本に書いていなくて、武田先生が体験したこと。
九州大学という九州圏内ではものすごい名門の大学「九大」。
箱崎にいたのだが、市内を捨てて引き払って糸島半島のミカン畑に広大な敷地面積で移転した。
九州大学糸島キャンパス。
学生さんと大学職員が三万人。
風景が一変した。
武田先生たちの頃は糸島を小馬鹿にして、糸島の街灯を「湾に火の玉が並んどる」。
そんなことばっかり言っていた。
有名だったのは糸島というのはいわゆる郊外地域からお百姓さんたちが野菜をリヤカーに突っ込んで朝、天神まで売りに来る。ずらーっと大通に並べて売る。
たくましき農家のおばさんたち。
それを武田先生たちは少し小馬鹿にしながら「糸島のリヤカー部隊」といっていたようなところ。
それが今は農業はもちろん中核なのだが、福岡という巨大消費地があるので、農業生産はものすごく元気がいい。
そこにプラス、若くて喰い盛りの三万人がやってきた。
箱崎キャンパスの近くでスナックをやっていたのが武田先生のお姉さん。
そこに九大の学長さんなんかが飲みに来ていた。
「武田タバコ店のお姉さんがやってる」というので。
そこの常連でよく酒を飲んでいたのが心理学の北山教授。
(北山修名誉教授のことか?)
飲むと必ず『あの素晴らしい愛をもう一度』を歌って帰るという変な教授がいて、それが結構名物だった。
(北山修氏が作詞した歌らしい)
ここにテレビの取材で訪れた時に教務課の人が小声で「お姉さん、もう一回店やってください」と頼まれた。
つまり糸島キャンパスに全員で引っ越したものだから、いわゆる「遊興地区」が何もない。
糸島にはこれから若い経営者たちがドーッと流れ込んでいくと思う。
洒落た喫茶店なんかができたり。
糸島半島を本当に小馬鹿にしていた。
それがサンタモニカ風になっている。
ハンバーガーショップが点々とあって、若い女の子たちがキャッキャキャッキャ言いながら白浜で遊んでいたりする。
昔は行きもしなかった。
でも今、ガイドを見ると「福岡からちょっと足を延ばして糸島へ」と、女の子たちがすごく行きたそうな感じの写真が載っている。
もう、武田先生たちの頃はボロクソだった。
「糸島行ってステッキと思うて踏んだら、全部蛇やった」とか、そんなことばっかり。
「あそこは蛇がウロコ干ししようもん」とか。
それがこの間行ったら本当にもうキャリホルニア。
もうガックリ。
そして九州大学の中身を見せてもらったのだが、言い方を忘れてしまったが学生食堂にはイスラム食のコーナーがある。
教務課が武田先生に向かってハッキリ言ったが「ドバイまで睨んでいる」。
ドバイの学生が来ても困らないような、いわゆる「キャンパスライフ」が楽しめるような設備を九大は準備しているという。
大講義室の脇にメッカの方角を指す矢印があって、お祈りできるボックスがある。
中東近辺の学生さんたちがすごく過ごしやすい空間であるように工夫している。
その他、風力発電、水素自動車、新電力に関して、産業界を惹き付ける工学部が九州大学にある。
その辺、やっぱりワクワクしてくる。

仙台の「けやき通り」。
奥様と二人でドライブをした武田先生。
山奥の温泉に行ったのだが、レンタカーで駅前から出て走っていると「広瀬川〜」。

青葉城恋唄/岩尾別旅情



みんな「さとう(宗幸)さんのモノマネ」になってしまう。
それから金沢は本当にいい町。
富山はいい。

福岡に話を戻す。
とにかく七千人以上の転入者、若い転入者で膨らむ福岡。
福岡は今、大学都市としても注目を浴びている。
東京あたりで学ぶんだったらば、あえて福岡のほうがいいのだと、あえて福岡の大学に行く女子が増えている。
何でかというと、東京より安い。
家賃は安いわ、喰い物は安いわ。
それで福岡はものすごい勢いで、女の子の洋服系列のデパートが次々に。
九州圏内から集まってきて、西日本からも集まってくる。
東京に行かせないで「福岡に行って来い」という。
「西南女子」とか。
それと、武田先生の奥様がボソッと言っていたが、結構イケメンが多い。
武田先生のお嬢さんも博多座に遊びに来て、喫茶店で1500円のコーヒーを飲んでいた。
かっこいいお兄さんが勧めたそうで。
それで「味はどうだった?」「う〜ん、普通やった」とかって博多訛で言っていた。
こういうふうにして魅力のある地方都市というのが若い人は敏感。
だから福岡以外でも若い人で膨らんでいる地方都市はある。
更に福岡というところの面白いところは、福岡本社が増えている。
新しい地方の形が福岡にはある。
何せ『妖怪ウォッチ』は福岡。
『妖怪ウォッチ』のあの妖怪どもは西鉄電車に本当に乗っている。
「東京一極集中」という言葉使いは、やっぱり事実を少し歪んで見ている言葉なのである。
「地方消滅」や「限界集落」なども事実を歪ませている。
藤波匠さんは面白い統計を出している。

 2006年の調査で「10年以内に消滅する」とされた集落は423(調査エリアの全集落の0.7%)あり、このうち4年後の再調査で本当に消滅していたのは35集落でした。これは、「10年以内に消滅する」とされた集落の8.3%に過ぎません。−中略−1999年の段階で10年以内に消滅すると予想された集落のうち、2006年までの7年間に消滅した集落は14.6%でした。関連資料では、「予想よりも消滅していない」と結論づけています。(179頁)

同期間に新規に誕生した集落は、消滅集落の10倍に相当する928もあります。(180頁)

つまり消えるよりも増える方が多い。
集落はどんどん生まれている。
これも、いとも簡単に四文字で、ある現象を表現できなくなってきているという。
山梨県甲府などは、消滅31に対して新規誕生した集落は351。
甲府あたりでは、別荘みたいな家が1軒できると、その周りに5〜6軒家ができて、小さな集落をつくるというのが多い。
今は電気に関しても移動に関しても便利になっている。
これはもう物流が抜群に飛躍している。
物流革命。
それからインフラの整備。
それから光ファイバー、インターネット。
こういうものが人の暮らしをものすごい勢いで簡単に成立させることができる。
だからそこに若い世代が生きていく仕事さえあれば、いともたやすく集落というのは形成できる。

人口減少が進む日本において、人口を奪い合うこと自体、意味のないことであると考えるべきです。(204頁)

人口が減少することで消滅するのは自治体という枠であり、地域ではありません。(204頁)

行政機関で目指すべきは住民の経済も含めての豊かさである。
著者は「付加価値の高い仕事に就けるか否かが地方の命運を握っており、政治制度、行政支援では地方は創生できない」「政治にたよるな」と。
(上記の文章は本の中に発見できませんでした)
やっぱり住民自身が自分たちの「暮らし」「幸せ」というものを真剣に考えていくと、そっちの方が地方を遥かに、いとも簡単に励ますことになるのである。

「時代」というか、そういうものが全体的に「回り舞台」のようにガラッと回転しながら変わっちゃうという、そういう時代を生きているんじゃないだろうかなぁと思う、そんな思いを込めて『流れは次第に』。
地方と首都圏という対立構造で、首都圏が真ん中にあって文化の配信を。
ところが『福井モデル』という大変売れた本があるが、どうもそうではなくて、人間が快適に幸せに暮らすというのは、地方にもいくつもの理想のモデルがあるっていう。
更にそれを推し進める意味で、藤波匠さんという方が『人口減が地方を強くする』という本を書かれて。

ちょうど福岡にレギュラーがあって、月に二回帰るようになった武田先生。
自分の故郷の福岡が急激にアジアに渡っていくための橋として重大な都市に成長しつつあるという。
何かそんなことを感じるようになった。
だからこの『人口減が地方を強くする』という本が目についた。

福岡は空港から繁華街まで地下鉄で二駅ぐらい。
飛行場から地下鉄に乗ると10〜15分。
階段を登って上にあがると屋台が並ぶ長浜ラーメンが喰える。
7月、二十日間以上、福岡の町に住むことになった武田先生。
共演者が柴田理恵さんと中村玉緒さん。
中村玉緒さんはパチンコに行く。
「玉緒、玉を打ちに行ってまいります」って言いながらゆっくり楽屋の入り口から出ていく。
柴田さんは武田先生と一緒にお芝居をやりたかったらしい。
休演日が二日もあった。
その二日は実は柴田さんのスケジュールが埋まっていて休みとなった日で、つまり武田先生たちが休んでいる時、柴田さんは中京あたりで「ワハハ本舗」の全体公演、ライブがあった。
もう一日も東京のレギュラーが溜まるだけ溜まっていて、東京に戻り、ものすごい勢いで。
昼の部は11〜3時。
休憩時間が15分ぐらいしかない。
4時から夜の部は8時にはねる。
そこで柴田さんはリュックサックを背負って飛び出していく。
「すまないねぇ」と言うが、柴田さんは階段を降りながら「楽勝〜!」と言いながら飛び降りて行く。
8時の舞台を終えて飛行場まで15分。
そうするともう8時半に間に合う。
博多だと飛行機に乗れる。
8時半だと10時に東京に着けるので、翌日、朝7時からのラジオをこなして、テレビのレギュラーをこなして朝一で戻ってくる。
7時半の飛行機に乗ると10時に着くので、10時半にはもう入れる。
それで11時の回に備えるという。
それが福岡は可能。
だから足は便利がいい。

福岡の町はアジアに開いている町。
上海からやってくる船の便は1隻で5千人乗っているという船があるのだが、福岡へやってくる回数が1年間で430回。
釜山まで船で3時間くらいで行き来しているので、大陸と結ばれている都市として活き活きと呼吸している。

地方の生き方というのが、かつてはずいぶん東京流入が続いたが、そういう戦後のパラダイムが全部崩れていって、別種の可能性を感じさせる。

(後は本とは無関係なネタ帳の話などなので割愛)

2016年9月5〜16日◆流れは次第に(前編)

「海援隊」のデビューアルバムの中の一曲『流れは次第に』というフォークソング。

海援隊がゆく (紙ジャケット仕様)



川の流れに世の中を喩えるなら
あなたは流れに浮かんだ船
私はその下を流れる流れ
川の流れを操っているつもりでいるなら
それは思い違いというものだろう
実は小舟を操っているだけなのだ
うまくおやりなさいやれるあいだに
いつまでも流れは同じではないだろう
うまくおやりなさいやれるあいだに 流れは次第に


あなたはその川のおもてばっかりを見ているけれども、でも川底ではもう変化が起こっていて、実はあなたのイカダを動かしているのは表面の水じゃなくて、川底の水なんだ。
何が言いたかったかというと「東京みたいな大きい流れを突き動かしているのは地方の流れだぜ」という。

七月の博多座。
その中でちょっと「いたらん」ことをポロっと喋った武田先生。
ある回でお客さんに向かって「福岡県はライバルが多くてね、僕らもう大変でした。井上陽水はいるわチューリップ、財津さんっていうメロディーメーカー、天才的な人がいるしね。本当に僕ら、どこで個性を発揮していいか。でも僕、いつも思ってた。井上陽水さんは福岡県に生まれなくても『夢の中へ』を作ってる。それから財津さんは福岡県に生まれなくても『心の旅』は作ってる。彼らはそういうシンガーなんだ。でも、私は福岡県に生まれてなかったらここに立ってない。『母に捧げるバラード』は福岡県の下町に生まれないと作れない歌です。」
歳をとるとだんだん見る目が変わってくる。
自分が墓を作りたい、そこの地面の方から全体を見てしまうのか。
七月だったのでことさら思ったのは、だんだん地方で東京のテレビを見ていると、腹が立ってくる。
小池だろうが誰だろうが、都知事を決めるのに全国放送を大いばりで流すというのは東京の思い上がりではないか?
申し訳ないが、少し「都知事都知事」と騒ぎすぎ。
それを福岡で見ているとだんだん腹が立ってくる。
それから、平然と東京の天気を話題にする。
「赤坂は今」と。
「うるせぇ!博多だよ、俺は」
自分は東京で生活しているくせに、地方に長期出張に行っているから「急にお前、博多帰りしたのか」と言われるかもしれないが、あんまり「東京東京」と言うのが。
最近ちょっと福岡の方にレギュラーが出来たりしたものだから、福岡帰りがしばしば重なるようになって今回の『三枚おろし』のネタに大きく影響している。
ということで藤波さんの一冊。

人口減が地方を強くする (日経プレミアシリーズ)



これは福井モデルに続く、いささか硬めの「地方論」ではないか。
福井モデルがショックだった武田先生。
「日本で一番幸せな県は?」「福井です」という。
これはたじろぐ。
福井県は「幸せ度」が高い。

『人口減が地方を強くする』の腰帯の宣伝文句が本屋さんで目に刺さった武田先生。
腰帯は「福岡は東京よりも若者が多い」。
トンチンカンに聞こえるが、福岡に行くと福岡の町の特に盛り場は若者が圧倒的に多い。
若者の「鮮度」が東京の若者よりいい。
「年齢」ではない「鮮度」。
かつては小さな支店ばかりが多かった武田先生の故郷、福岡。
武田先生が全く知らない別の風が福岡で立ち起こっているような気がしてページを開いたのが『人口減が地方を強くする』。
つまり「流れがゆっくり変わりつつあるのではないか?」という提案。

「地方消滅」は流行りの四文字熟語にもなったが「地方が滅びつつある」と。
だが「本当だろうか?」という意見がこの藤波匠さんの『人口減が地方を強くする』という一冊。
地方については「違う見方もある」と著者が言っている。
細やかに見れば今、地方の郡部、田園の若者たちは県庁所在地の都市部へ流れ込んでいる。
この流入の最も激しい地方都市の代表が仙台と福岡。
東京が地方の若者を吸い上げて「一極集中」が問題にされているが、東京ほどではないにしろ、若者流入は金沢、甲府でも起こっている。
だから仙台、福岡、金沢、甲府。
こういうところはどんどん若い人が今、増えていっている。

金沢が「チャーム」。
昔の赤レンガの市役所か何かがレストランになっていて、それが金沢城の近くにある。
そこにフッと入ると「兼六園」と込みでいい。

地方創生論は、なるべく高齢者に対して地方移住を促している。
「年寄りは田舎行け」
「60歳前後でUターン、郡部へ」という人も確かにある。

 しかし、高齢者の移動は若い世代に比べ圧倒的に少なく、県内、県外を問わず、世代別の人口に対する割合は若い世代の10分の1以下です。(33頁)

 しかも、75歳を上回る後期高齢者では、逆に大都市への移動が増えます。その理由は、主として健康面に起因するもので、都市部に住む子どもとの同居や近居、施設への入所が中心となります。(33頁)

例外は沖縄県のみ。

一般に女性のほうが移住に対する希望は低く、家族との兼ね合いなどもあり、男性も移住適齢期である60歳くらいになると、移住希望者は急減するのが常です。(35頁)

父ちゃんは田舎へ行きたがる。
母ちゃんは街へ行きたがる。
武田先生の家も同様。
この件で大ゲンカになる。
ちょっと里心がついてきている武田先生。
福岡に帰る度に「このあたりに『南の国から』みたいな住み方ができないか」。
憧れがある。
福岡には、つい住みたくなるようないいところがある。
奥様は何で武田先生を「男として選んだか?」
それは「この田舎から救ってくれるのはあなたしかいなかった」。
奥様は熊本のスイカ畑しか広がっていないようなところなので、そこを行き来するうちに、ものすごく激しく都会への憧れが。
そこに長髪の武田先生が「節子さ〜ん!」と言いながら現れた。
まんまと罠に引っかかった。

 三大都市圏に多くの人口が流入した高度成長期がオイルショックをきっかけに終焉を迎えると、名古屋圏や大阪圏で流入が停滞し、東京と地方の中枢・中核都市への流入が目につくようになりました。1972年から東日本大震災の前年である2010年までの人口移動をみると、福岡市は多い年で1.7万人、平均で7000人の転入超過でした。札幌市は同期間、年平均で1.3万人の転入超過です。(44頁)

これは福岡に帰ると本当にわかる。
もう昔の「福岡の外れ」と思ったところが巨大な商業地になったり巨大な住宅地になったりしている。

 仙台市はデータが整った1989年以降をみると、年平均2800人の転入超過でした。(44頁)

10万人の東京に比べようもないが、これら中小都市は膨らみ続けている。
政治は東京の過剰を均すべく、政策として「地方創生」をしきりに言い、戦略を打ち出している。
「お金あげるから地方に住みな」みたいなことを言い始めている。

 移住者を呼び込もうとする地方自治体では、低所得でも暮らしていけることを売りにしている例が散見されます。(53頁)

 全農家の12%に過ぎない主業農家であれば、年間500万円以上の農業所得を得ていますが、農家全体の平均的な農業所得は132万円に過ぎません。(55頁)

しかし地方は低所得とは限らないのも事実。

前に三枚におろしたが、総務省によれば北陸地方の世帯所得は軒並み高く、特に福井は所得で東京を上回っている。
これは「爺ちゃんも働く、父ちゃんも働く」ということ。
三世代同居だから。
だから、そういう意味で「豊かさ」ということを考えると、政治を待たずして独自の幸せを目指す市町村が日本にポツリポツリと灯り始めているという。

自分が思っていた枠組みと違うパラダイムが日本の中で進行しつつあるのではないかと思う武田先生。
テレビ番組も今、地方へ移住する物語で『イチから住』とか。
イチから住(いちからじゅう) 〜前略、移住しました〜|テレビ朝日
『人生の楽園』
人生の楽園|テレビ朝日
(番組中では『二人の楽園』と言っているが、内容的にこの番組かと思われる)
といって、定年退職後のご夫婦が『黄昏流星群』ではないけれど、地方へ行って小さな喫茶店を始めるとかという西田(敏行)さんの番組なんかがわりと視聴率がいい。
そんなことを考えると、ちょっと人間の暮らしの見方が。

 まず、移住者の経済的な自立に向けて、受け入れ地域が可能限り移住者を支援している例です。福島県二本松市の東和地区は以前から有機農業が盛んで、移住希望者が絶えない地域です。−中略−
 まず、農業初心者のIターン者は、およそ1年間、農業研修を受けることになります。
−中略−
 2年目以降は自力で生産活動に入ることになりますが、協議会では収穫物の販路についても紹介しています。それでも移住者の農業による年収は100万円に満たず、それだけで生活を維持していくことは難しいのが現状です。そのため、協議会では、建設業や造り酒屋など農閑期の就労先を紹介し、移住者の経済的な補填を図っています。
(60〜61頁)

 Iターン者の経済的な自立に向けた受け入れ地域の取り組みということでは、徳島県美波町の伊座利漁港の取り組みも注目されます。伊座利地区では、地域の学校を存続させるため、親子一緒の漁村留学を推進しています。取り組みは功を奏し、周辺の沿岸地区では唯一学校を残すことに成功し、人口わずか100人程度の狭い集落には子どもの姿が絶えません。−中略−漁師になることを希望するIターン者のために、漁船の乗組員としての就労の機会を提供するほか、古くから地域の中心的な漁法であるアワビや伊勢海老の素潜り漁で生計を立てようという新人漁師にも漁業権を解放しています。
 一見、当たり前のことのように感じられるかもしれませんが、漁師にとって漁業権は不可侵的な飯の種であり、その開放に対して抵抗感を持たれることが多いのが実情です。
(61〜62頁)

流入者が数人いたおかげで、町立の小学校は維持できている。
だから移住流入のために必要なものは、実は補助金ではなくて「仕事」なのである。

博多祇園山笠 - Wikipedia
十何日か(調べて見たところ7月15日早朝とのこと)に「追い山」競争をする日なのだが、それまで一週間くらい男たちは締め込み(ふんどし)一つでお尻丸出しで毎日駆けて足腰を慣らしていく。
その中で、山の担ぎの練習日がある。
昼間にそれをやるのだが、ジーンときたのは、その山笠の祭りをものすごく大事にしていた「とある方」が亡くなられたのだろう。
練習している山が止まる。
その亡くなった人の家の前で。
それで、山が一旦置かれると台の上の人、山の上に乗っかっている長老が『祝いめでた』を歌う。
『祝いめでた』というめでたい時にしか歌ってはいけない歌。
祝い目出度の若松様よ
枝も栄ゆりゃ葉もしゅげる
エーイーショウエ エーイショウエー

山が左右に若い人が揺らしながら霊を弔う。
500人ぐらいの人がビルの谷間で『祝いめでた』を歌うと、古代の人の弔いシーンを見ているよう。
それで「手締め」をやる。
「よーっ!パンパン。もひとつ!パンパン」
博多一本締め。
それで、その亡くなられた黒縁の写真に、今年の夏の山笠の山を見せてあげて、突然「やー!」と担ぎ上げて嵐のように去っていく。
博多の(武田先生の)後輩が小さい声で「武田さん。よかろうが?俺たちゃ死んでもこげんしてもらえるとよ」。
「あれが楽しみ」って言いながら、何人も爺さんや婆さんが死んでいったという。
供養のお経もありがたいだろうが、死して聞く「祝いめでたの若松様よ」というのは値打ちがある。

東京の他に「二大都市」が日本にはある。
大阪圏と名古屋圏。
これは「大阪」「名古屋」ということではない。
「大阪」というエリア。
だから奈良とか和歌山も入っているという「大阪圏」。
そして「名古屋圏」。
岐阜とか三重とかも入っている「名古屋圏」という。
ここも遂に人口減少。

大阪圏の総人口は21世紀に入っておおむね1850万人で推移してきましたが、2010年以降減少が顕著となり、2014年までにピークからおよそ13万人の減少となっています。(91頁)

 名古屋圏も同様です。2008年の1140万人をピークに、2014年までにおよそ5万人減少しています。(92頁)

「地方消滅」という危機感は地方の問題ではなく、実はこういう大阪や名古屋という都市部へも迫りつつあるという。
ここで何が問題かというと、両都市とも人口減少に対して「機械化」を図っているため、人件費が安くなりつつあるものの「機械化」は業種を限定するため、ものづくりの応用力がぐんぐん落ちていく。
そういう危険性が大阪・名古屋圏では出てきている。
高い技術を持つ高齢者も追われるように去っていく。
ここでの「道」は、この人たちを他の地方で活用する流動性、移住の拡大こそ求められる。
人口が減少するならば、人が二つ三つの町に住むライフスタイルもあるだろう。
確かに新幹線が縦横に行き交う日本ではこのライフスタイルは可能かも知れない。
だから名古屋限定とか大阪限定の「その県内に留まらないと仕事が無くなる」と思うと、ものづくりのパワーそのものが落ちていく。
新幹線がこれだけ便利になったわけだから、この手の技術者たちがプールできる別個の町、あるいは「二つか三つくらいの町を行き来する」というような、そういう通勤が可能になればもうちょっと日本でその技術を生かすことができるのではないか。
白物家電の中国への流出。
これはほとんど日本人の技術者が支えている。
それから大阪はやっぱり「シャープ」。
まことにもったいなくはある。
変化はとにかくゆっくり始まっている。
例えば農業。
決して助成金にすがりつく滅びゆく産業ではなくて、また後継者の無い産業でもない。

 農地集約という発想は、必要迫られているということもあり、すでにかなり根付いてきています。過去10年で、1経営体あたりの水田面積は1.5倍になりました。もちろんこれは、農家1軒あたりの農地面積を積極的に拡大しようという動きによりもたらされたとばかりは言いきれず、小規模農家が離農したことによる効果も含まれています。(104頁)

明治以来、人口と逆に減り続けている農業人だったが、ここに至り、人口が減ると農業人が増え始めたのである。

農林水産省のまとめによれば、農業への年間新規参入者は、過去4年間で1730人から3660人に倍増しています。(106頁)

だから「農業に魅せられる人」はゆっくり増えている。
このへんはやっぱりTOKIOの力などもあるのだろう。
ジャニーズも有能な人材が育っている。

 徳島県上勝町には、地域作りとして日本で最も有名と言っても過言ではない「葉っぱビジネス」があります。地元のおばあちゃんたちが、携帯情報端末を駆使して、日本料理でつまものとして利用される葉っぱを売っています。多い人は年間1000万円以上売り上げるという触れ込みで(112頁)

特にポイントとなるのは、320種におよぶ多品種の生産、直販、即日発送など市場のニーズに確実に対応するシステムを構築している点です。(113頁)

上勝町の市場シェアは70%に及び、他の追随を許さない状況です。(113頁)

第三セクター「いろどり」がこのばあちゃんたちを引き連れて研修し、市況情報の提供なども担っている。
しかも上勝は若い移住者も今、受け入れているそうだ。
いろどりでは従業員「事務方」として若い人を入れて、ばあちゃんたちが事務でメシが喰える反面、やがてばあちゃんたちが亡くなった場合は、その後の技術者として若い人たちを補填していくという。
そういう定住化が推進されている。
横石さん(いろどりの横石知二社長のことだと思われる)は「絶対に町が生き残るために、よそ者は必要です。よそ者がいないと町というのは滅びていくんです」。

武田先生が大学生の頃、福岡で「こんな田舎町にいたんじゃ、俺はダメになる」とどこかで思ったところがある。
それが、もう今は全く別の町。
いろいろな思いがあって、博多座の成功を祈ってお祈りをした神社がある。
何か知らないが、神がかってうまくいったものだから、最後の日にそこにお礼参に行った。
そうしたら階段の途中で、その神社で映画の撮影をやっていて、撮影が邪魔をしていて拝みに行けない。
でも、こちらは同業なのであまり無碍にもできない。
止める人が「ちょっと待って下さい」とかと言うから「はいはい。いいよ」といってしばらく止められていた。
リリー・フランキーさんがいた。
青春映画を撮ってらしたのだろう。
溜まるだけ溜まった参拝帰りのお客が撮影で止められている。
やっと撮影がちょっとワンカット終わったようで「どうぞ急いでください」とか言われているのだが、そこを武田先生が通りがかかったものだから「ちょっと写真一枚、よかですか」が始まった。
それで肩を組んで写真を撮っていた。
それが、そういうのを撮りたくなるポイント。
例の嵐が行って大騒ぎになった「鳥居の向こう側に夕日が沈む」という「光の道」という神社(嵐が出演するJALのCM「旅の出会い編」に登場する宮地嶽神社のことらしい)。
これは今、大ブームになっている。
春分・秋分の日は鳥居の向こう側に夕日が沈む。
そこで参道が太陽の一直線で、みんな夕暮れぐらいにそこへ行きたがる。
そこで「一枚写真撮ってくれ」と、こっちの撮影が始まってしまった。
あまり迷惑をかけてはいけないので早めに。
だけど、地方の名所みたいなのが、いとも簡単にブームになる。

岡山県笠岡の笠岡諸島。
これは瀬戸内海にいくつもの島が並んでいる。

岡山県笠岡市の笠岡諸島には、かさおか島づくり海社というNPO法人があります。笠岡諸島は、諸島を構成する7つの有人の島を合わせても人口は1954人しかおらず、高齢化率は66%に達します−中略−
 島づくり海社の活動は、デイサービス、コミュニティバス運行、島のきずな便(買い物支援)、特産品開発、保育園運営、空き家対策、笠岡諸島のプロモーションなど、書ききれないほど多岐にわたります。
(121〜122頁)

それを数人の中年のオッサンたちが一手に担ったら結構うまいこと回転し始めて「ゆっくり人口も」という。
小さい試みではあるが、小さいところから大きな流れが、もしかすると始まるのかも知れないというふうに思う。

四国の四万十市は本当に四国の果ての果て。
ここはガソリンスタンドが無い。
ガソリンスタンド経営が上手くいかずに撤退した。
何をやったかというと、全住民が自分で出資して会社を作った。
それでやったのがガソリンスタンドの経営から始めた。
これが上手くいった。
つまり行政にすがりついて「助けて」じゃなくて「住んでいる住民自らが立ち上がると上手くゆくんだ」という、そういう例を残してくれている。
日本の町のささやかな運動、そういうものが「町づくり」「村づくり」、あるいは市、県の単位でうまく回転し始めたというところがある。

2016年11月17日

2016年ユーキャン新語・流行語大賞候補30語

新語・流行語大賞
ノミネートされた30語の中から「2016年ユーキャン新語・流行語大賞」トップテンならびに年間大賞を、来たる12月1日(木)午後5時に発表します。

今年も全然知らないのがある。
どうせなら一つ一つの簡単な説明を載せてくれればいいのにと思うのだが。

【ノミネート30語】
アスリートファースト
新しい判断
歩きスマホ
EU離脱
AI
おそ松さん
神ってる
君の名は。
くまモン頑張れ絵
ゲス不倫
斎藤さんだぞ
ジカ熱
シン・ゴジラ
SMAP解散
聖地巡礼
センテンススプリング
タカマツペア
都民ファースト
トランプ現象
パナマ文書
びっくりぽん
文春砲
PPAP
保育園落ちた日本死ね
(僕の)アモーレ
ポケモンGO
マイナス金利
民泊
盛り土
レガシー


意味を正しく把握しているかどうかはともかくとして、全く聞いたことがないのは
新しい判断
くまモン頑張れ絵
(僕の)アモーレ

ぐらいかな。

あれ?
「生前退位」が入ってない。
最近話題になった「電通過労死」とか。
「福山ショック」とか、いろんな芸能人の結婚が相次いで、ファンの人たちが大混乱ってことが続いていた気がするんだけど。

【流行語ステッカー】倍返しだ!(S・ゴールド)



posted by ひと at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ダライ・ラマ法王 横浜講演 2016 『思いやりのこころ―幸せへの鍵』

ダライ・ラマ法王 横浜講演 2016 『思いやりのこころ―幸せへの鍵』 | ダライ・ラマ法王日本代表部事務所

毎回行きたいと思うのだが、チケットが手に入らず行くことができていなかった。
今回はいつものような「いい席」が存在しないのだが(お弁当付きのすげーいい席があったのに)、そのせいかチケットが入手できたので行けることに。
また売り切れとかだと困るので、前売りで買ったけど、当日でも入れたかな。
結構空席があった。

パシフィコ横浜 国立大ホールってとこでやっていたのだが、まず入り口の前に行列が。
何だ?と思ったら、手荷物検査とボディチェック。
飲み物の持ち込み不可だそうで、その場で飲んでいる人多数。
実際テロでもあったらエライことだしな。
そういうのは仕方がないんだろう。

DSCN1474.JPG

これをくれた。

一番安い席にしたので、かなり後ろだし、それは事前にわかっていたからオペラグラスを持っていったけど、大きいスクリーンに映し出して下さるので見づらいということはなく。
で、当然のことながら撮影不可だったんだよね。
途中で客が撮影しようとしていたらしく「マスメディアの方以外の撮影はご遠慮ください」的なことがアナウンスされたら、それを聞いた法王が「え?撮影してもいいじゃん」(英語だったのでわからんかったけど、多分そんなようなこと)と仰せで、そこから撮影可に。

IMG_3255.JPG

そこから皆様、もう撮影に夢中で「話聞いてる?」って感じにはなったけど。

最初は法王が立ってしばらくお話をされた。
結構長かったけど、ずっと立っていた。
長々と法王がお話。
それを通訳の人が日本語で喋る。
ってのを交互に。
次に法王への質問。
質問がある人は並んでくださいってことだったのだが、すごい人数が並んでいた。
当然、全員はさばききれず、時間切れってことで。
その後花束贈呈みたいなのが始まったので、そこで帰った。
だからその後も何かあったとしても知らない。

ようわからんのだけど「神は存在しない」みたいな話だったような。
ずっと誤解していた。
確かに仏教の経典とかいろいろ読んでみたけど、神は登場しない。
でも、神について言及していないだけだって思っていた。
そうじゃないのか。
神的な存在ってもの自体が「無い」って宗教なのかな?

有難い話だったんだけど、私が知識がなさすぎてようわからんよな。
そしてとても眠くなってしまったし。

法王は途中であくびをしたり鼻をかんだりしていた。
何をやっても可愛い感じの方だ。
写真などで見るよりも老けて見えたというか、写真などでは「全然歳を取らないな」みたいに見えていた。
年相応よりも遥かにお若く見えるけど、写真で見るより「おじいちゃん」な感じ。

来ていた人は日本人だけではなく、外国の方もいた。
平日の昼間ということもあって、女の人が多かったけど、全体に若い人が多いなという印象。

ダライ・ラマ法王 14世 読経CD「祈りの響き」



posted by ひと at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | おでかけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月16日

崎陽軒 帆立と蟹のあんかけチャーハン

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崎陽軒のお弁当|帆立と蟹のあんかけチャーハン

11月16日から店舗限定で発売。
680円(税込)。
エネルギー473kcal。

「五目野菜あんかけ丼」630円(税込)も同日発売ってことで店頭に両方あったんでどっちにしようかと思ったけど、若干お高いことはお高いけど、中身が自分が好きな方がこっちだったんで、こっちにしてみた。

期限が四日間と普通の弁当よりも長持ちっていっても、要冷蔵だからな。
容器ごと電子レンジに入れる。
500Wの場合4分半。
中が二段になっている。

DSCN1471.JPG

下は「玉子チャーハン」。
崎陽軒の冷めてもおいしいチャーハンを、パラっとした食感はそのままに、アツアツの状態でお楽しみいただけます。 ※あんとの相性から、チャーシューは使用しておりません。

DSCN1469.JPG

上が「帆立と蟹のあんかけ(トッピング:紅ズワイ蟹、枝豆)」。
帆立、蟹といった海鮮素材の旨みを閉じ込めたあんに、色鮮やかな紅ズワイ蟹の棒肉と枝豆をトッピングしました。

で、あんかけを炒飯にかけるとこんな感じ。

DSCN1473.JPG

味つけはもっと濃厚な感じなのかと思ったのだが(あんかけっていうとそういうイメージだったので)わりとアッサリして塩系な感じの味。
寒い時期にはなかなかいいんじゃないかと思う。
あんかけがずっと熱々で、ちょっと喰うのが大変だったけど。

買った時に袋の中にチラシみたいなのが。
それには「シウマイ年賀状」なるものが書いてある。
崎陽軒|送ってうれしい、もらってうれしい シウマイ年賀状
どうやら、一枚620円で、崎陽軒のシウマイと引き替えられちゃう年賀状が発売されているらしいのだが、これは引き替えられる場所が限られている。
面白いなとは思うんだけど、崎陽軒がない地域に送っても意味がないしね。
でも、すごく気になるなぁ・・・。

崎陽軒 おいしさ長もちシウマイ4種と中華まん詰合せ



posted by ひと at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「そば」と「親子丼」の郵便切手

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グリーティング切手「海外グリーティング(差額用)」の発行 - 日本郵便
国内・国外の人々が日本を想起しやすい食べ物として、「そば」と「親子丼」を郵便切手の題材としました。
シート余白には、左側に「そば湯」と「わさび」、右側に「さじ」と「七味」を描いています。
グリーティング切手「海外グリーティング(差額用)」は、年賀状をはじめ、クリスマスカードなど郵便による季節のごあいさつにご利用いただけます。


前にも変わったデザインの「海外グリーティング(差額用)」が発行されていたんで、ずっと同じのが売っているのかな?と思ったら期間限定品だったらしい。
で、今年も期間限定(2016年11月1日〜2017年1月31日)で発売だそうなので買ってきた。
今回は「そば」と「親子丼」。
一枚18円なので、ワンシート(10枚セット)を買っても180円。
ってことでワンシートを購入。
外国に送る予定もないんで、実際に使うことができるかどうかは不明だけど。

で、窓口に行ったら年賀用の切手も売っていたのでついでに買った。
そういうものも売っている時期だってのが全く頭になかったんだよね。
基本的に年賀状っていう制度は廃止しているんで、年賀状自体は送らないけど、年賀状をくれた人に対して寒中見舞いぐらいは送ることにしているので、そういうのにどうせならお年玉付きの切手を貼りたいなと思うので、お年玉付きの切手は毎年何枚か買っている。

さくら日本切手カタログ2017年版: 日本の新切手を味わおう



posted by ひと at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月14日

「自閉症の君が教えてくれたこと」は放送日が変更になりました

11月12日(土)にNHKスペシャルで「自閉症の君が教えてくれたこと」という番組が放送される予定になっていた。
これは以前ご紹介した君が僕の息子について教えてくれたことの続編。

NHKスペシャル | 自閉症の君が教えてくれたこと

因みに、11月12日に実際に放送されたのはトランプ氏の大統領選勝利関連の番組。
ってことで、いつ放送されるんだろう?と思ったワケです。
リンク先を見ていただければおわかりのように
2016年12月11日(日)午後9時00分〜9時49分
となっているので、多分来月放送されるんだろうなということで。

風になる―自閉症の僕が生きていく風景



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2016年11月11日

2016年2月15〜25日◆『困難な成熟』内田樹(後編)

これの続きです。


ドラマ『白夜行』の中で演じた笹垣(潤三)を自画自賛する武田先生。
何がよかったかというと十数年ぶりに自分のアドリブを見て「外れてねぇな」と思う。
それは母親を殺した少女が去っていくのだが、それをじっと見送る刑事が武田先生の役。
彼女が去っていく後姿に向かってアドリブで親鸞の歎異抄をつぶやく武田先生。
「心が良くて人を殺さないんじゃない。人間はある状況に追い込まれたら人を千人殺すことだってあるんだ。それが人間なんだ」という親鸞の言葉を、その少女のランドセルの後ろ姿に向かって「人を千人ころしてや、極楽往生間違いなし」とつぶやく。
可能な限りはもらった役に関しては盛り込みたいと思う武田先生。
その台詞から派生する何かが自分をせっかく撮ってくれるんだったら、絶対に唇だけは動かしておきたい。
「撮らなくてもいい」とあの時言った。
でも唇が動くとオーディオさんはやっぱり録る方に走っちゃう。
それが私達の仕事。
だから「台本になかったから」とか「そんなこと思いつかないよ」とか「演出家言わなかったよ」それじゃあダメ。

「誰のせいだ!」という他責の言葉使いは、場の主催権「俺がこの場を何とかしなければという生きる力」を消してしまう。
自分を放棄してしまう。
武道で言えば「先手を取られた」という失敗の言葉使いになってしまう。
ここでは先手を取られても、あえて「取らせてやったよ、君に」とつぶやくことによって武道家は次の技を思いつく。
次の技を思いつくか否かが成熟への階段。

今の若者は「やるべきこと」「やりたいこと」に関心があるが、自分が「やれること」には関心がない、という対比における助動詞の使い方でした。−中略−
 英語で書いたらshouldとwould likeとcanですね。「ねばならぬ」「したい」と「できる」の対比です。ちょっと古めかしい文法用語で言うと、「当為」「願望」と「可能」です。
−中略−
 動詞に「当為」と「願望」の助動詞をつけて話すのが「子ども」で、動詞に「可能」の助動詞をつけて話すのが「大人」である。
(138〜139頁)

あえて哲学者内田樹さんは、この手の言葉使いの人のことを「ガキ」と呼び捨てている。
(本の中では「子ども」という表現しか使われていない)
「しなくては」「したい」は子供の喋り言葉。
「○○がしたい」とかというのはだいたい子供の喋り言葉。
では、大人は何と言うか?
「可能」つまり「できる」と話すこと。

「自分がやらねばならぬこと」「自分がしたいこと」というのは個人的なことがらです。それに対して「自分にできること」は公共的なことがらです。「個人的なことがら」というのは、ひとことで言えば、他人の同意や参与ぬきで自己決定できることです。「公共的なことがら」というのは、他人の同意や承認ぬきでは決定できないことです。(139〜140頁)

それは他者からの要請の返答で、まず他者がいて、それは他者からの要請への返答なのでそれを修正しようと助けを求める状況であり、その応答に対してそれを満たすことが私には「できる」と、こう提案すること。
これが大人の言葉使い。
一番分かりやすいのは「セックス」。
ガキの言葉使い「おぁ〜君とやりたい。したい。快楽に満足したい。俺、俺、俺は〜!」
これがガキの言葉使い。
大人はどう言うか?
絶世の美女がいる時に大人はこういう。
「僕は君を満足させることができる」
「私はあなたが欲しい」とか「あなたを○○したい」とかそんな「should」「would」じゃなく「can」で話す。
他者に対して自分の欲求を向けるのではない。
他者の欲求に対して自分はどう応答できるかを可能性として話す。

「教育格差」と言われる言葉がどうしてもわからない武田先生。
これは今、よくメディアで取り上げる。
親が高学歴で高収入の子供のみが高い得点を得て優秀であり、収入が低くてろくに学校も出ていない親から生まれた子は成績も低く、その学力差はぐんぐん開きつつあるという。
そのことを「教育格差」という四文字熟語で語っている。
これがよくわからない武田先生。
これは「氏か育ちか」「遺伝か生活習慣か」あるいは「運か努力か」ということだろう。
単純に言えば「高収入のおうちはそれだけ塾にも行かせられるから、学校以外の塾での勉強でどんどん頭が良くなっていく」というのが主な理由だとは思う。
これは言葉で言うと「トンビがトンビを産んだ」ということだろう。
教育の面白さは何かというと「トンビがタカを産む」ということ。
だから「トンビがタカを産む」ということが教育の成果。
内田師範がそのことを「運と努力の間で」という章(158頁〜)で非常に魅力的な理説で説いてくださっている。
内田先生は言う。
「運か努力かと考えると、運の良い人は努力をしなくていいわけですよね。だから努力に気付きません。運の悪い人だけが努力に気が付くのです。」
「裕福な子は家庭教師が雇えますので、それは親が用意したただの道具です。でも貧しい子は塾へ行けませんので、本を開くたびに『あ、俺今、努力してる』と思うんです。そして貧しいので親の手伝いもあり、やがて本を開いて努力するたびに『ああ、今日は運よく勉強できた』と努力する自分に感謝するわけです。」
「努力できる幸運を持っているのは、貧しい環境にいる子どもたちだけなんです。」
「これに対して『教育格差』と言い立てる人は、貧しくボンクラの親から生まれたので勉強しても仕方がないのです。逆に豊かな頭の良い親から生まれた子は頭が良いのは当然ですので、本人の努力など何の意味もなく、努力できる幸運を手にすることはできないのです。」
(本を読んだかぎりでは、むしろ内田氏が言っているのは真逆で、勉強ができる資質や、勉強ができる環境があることを「幸運」と言っているようだ)
生き延びるための技術の永遠の欠落。
例えば『プロジェクトX』魂。
これが「ええところ」の環境に生まれて教育格差なく上位で育った子には『プロジェクトX』はちっとも面白くない。
ところが貧しい家庭で何とかのし上がって勉強して、ある弱電メーカーに入った子は、研究費がなくても何がなくても努力することに喜びがあるわけだから『プロジェクトX』が始まる。
『プロジェクトX』が理解できるできないというのは、つまり努力できる幸運の差だという。
この努力できる幸運の味を知る人は、際限もなく努力することが楽しい。
それこそ最高の教育。
危機的な時、自分の不幸を嘆くのに「格差」という言葉使いで与党や政権を罵倒し、文科省ステムを批判するうちに、己の置かれた状況を忘れ果て、泥沼に沈む能力しかなくなるという。
危機の時、生き延びる技とは、いかに楽観的になれるかどうかなんだ。
「それを本当の強さだと思いませんか?」というのが内田先生の提案。

武田先生のメモ。
「教育格差」というのはある意味ではひどい差別用語ではないだろうか。
「苦学生」とか「夜間に通う」というような昭和の言葉使いの逆転の温もりが「教育格差」という言葉には少しもない。
教育格差とは何か?
これは「バカは死ななきゃ治らない」ってのと同じことだ。
「そんな無体な言い方があるか」という。

この間のこうせつ(南こうせつ)さんとのイベントだったかでの話。
こうせつさんのところは下のお坊ちゃんが実はものすごい頭がいい子。
今、医学部に行っている。
こうせつさんは言わないが、防衛大学の医学部は給料も貰える。
だからめっちゃ頭のいいヤツが行く。
「頭がいいからあの子は給料貰いながら医学部にいる」とかというと興奮する武田先生。
「あの子、おめぇすげぇよ。防衛大学の医学部だよ」っていう。
「給料貰いながらおめぇ医学部行ってるよ」というのは。
本当に「トンビがタカを産む」というのはこういうことだ。
それで医学部に入ってもガリ勉じゃなくて、1日40km走らなければいけない日がある。
防衛大だから。
丼物は三杯続けて喰わなきゃいけないとか。
(という武田先生のイメージ)

「三大嘘」と「結局嘘になっちゃった」ということなのだが、現代のベートーベンと言われた方がいらっしゃった。
それからSTAP細胞で大きく揺れた。
それからオリンピック・エンブレム。
あえてお名前をお出しすると、佐村河内さん、小保方さん、佐野さん。
こういう方がいらっしゃった。
(本の中では佐野さんではなく「野党党首の献金疑惑」)
無論、この三人をウソつきと呼び捨てるにはあまりにもお気の毒のような気がする。
ただ「嘘をつかれて私は傷つけられた」という被害者が三人ともそれぞれに登場した。
この三人によって傷つけられたという被害者が出たので大きなスキャンダルになった。
例えば佐村河内さんにはゴーストライターをやらされたという方(新垣隆氏)がいらっしゃって、今、人気者だが。
それから小保方さんもやっぱり共同研究者の先生方がいらっしゃって、自死なさった方がいらっしゃるので。
佐野さんには盗作されたとされるデザイナーたち、被害者がいるという。
その三人の特徴は、その被害者たちはそれぞれ、彼らの住む専門職の世界の仲間。
佐村河内さんはクラシック畑の仲間がいて、小保方さんには同じ医学会の同じ研究をなさっている方がいて、佐野さんには同じように商業デザインをやってらっしゃる方がいらっしゃったという。
この三人の蹉跌、つまづきは何かというと「できの悪い嘘でした」という。
ゴーストライター、コピペ、トレース。
そういうことが嘘になってしまった。

 問題は「寿命」です。もし、ある人が寿命100年の生物としてふるまうとしたら、「今は良い思いができるけれど、10年後には手痛いしっぺ返しを受けることが確実」であるようなことはしません。「間尺に合わない」からです。でも、寿命1年の生物としてふるまうならば、「10年後に受けるであろうペナルティ」は「ない」のと同じです。それなら「すぐばれる嘘」をついても、今いい思いをするほうが「間尺に合う」わけです。
 なぜ、人々が「すぐばれる嘘」をつくようになったのか。私の仮説は「それは寿命の設定が短縮されたからだ」というものです。
(268頁)

メダルの数を増やせるか否かの成果を激しく競争させる個人の時代が到来している。
考えてみれば、一から十まで自分の手柄を激しく主張する主体の時代である。
「私がいたから成功したんだ」と言わなくてはいけない。
人が邪悪になったわけでもなく、愚鈍になったわけでもなく、己のオリジナリティを己だけで独占しようとした人たちの失言。
この三人に共通しているのはどこか個性的で知的で誠実そうな風貌の方。
三人とも意外と悪者の顔をなさってらっしゃらない。
三人ともやっぱりどこか誠実だし、人間として愛すべき風貌をお持ちだ。
ところがもう一つ別の言い方をすると友達が少なそうな、寂しげな風貌が表情に宿っているという。
ということは、この三人は「うそつき」というよりも「仲間づくりに失敗した」人たち。

内田師範曰く「この三人には『しみじみさ』がない」。
(こういう表現は本の中にはみつけられませんでした)
「しみじみさ」というのは、一種人間に宿った迫力。
どんな人気者でもこの「しみじみさ」がないと、とある人間の迫力が出て来ない。
福井謙二さん。
「小さな巨人」と言われた方。
福井さんの喋りには「しみじみさ」がある。
哀れさ、ペーソス。
屋台であの方が飲んでらして、武田先生が酔っぱらって入ってきて「おい、詰めろよ!」と言いにくい。
言った瞬間に詰めるために努力しようとして屋台ごと倒れちゃうという「しみじみさ」の危険がある。
「しみじみさ」が無い人がいる。
「しみじみさ」が無くて、コーン!とスネなんか蹴って「おい、詰めろよ!」と言いたくなるような。
でも、福井さんにはそれがない。
スネを蹴ろうとしてもきちんとエックス脚で閉じてらっしゃるような気がして。
「コイツ、ここまで自分を畳んで飲んでいるんだ」と思うと。
何で人は人の言うことを聞くか?
それはその人が醸し出す「しみじみさ」に「私がいなくなったら、そんなことを言うのは誰もいなくなっちゃいますよ」という一種の迫力があるからこそ、人は思わず聞いてしまう。
「私の代わりをする者はこの世の中に誰もいません」
そう、しみじみと雰囲気で伝えられる人。
「その人には成熟の技が宿っている」と。
民放でブイブイ言わせている報道番組のキャスターの人ではなくて、律儀に今日も報道してらっしゃる方の急に増えた白髪頭なんか眺める時に。
この人がもし屋台で飲んでいたら「詰めろよ」とは言いにくい、という。
そういう人はいる。
同じ10時台のニュース番組でもしみじみと「今日も素敵な週末でありますことを」なんていう。
それで天気予報に渡していく人。
しみじみさ。
屋台で飲んでいる時に「詰めろよ」って言われる人と言われない人の差。
それが実は大きな人生の曲がり角の、はじき返す力か何か。
それを内田先生はどうも「成熟」と言っているのではないだろうか。
何となくどこか雰囲気の中で「しみじみさ」を持っている人というのは、たとえ一杯の酒でも「う、うまい」というように、なんでも美味くする不思議な雰囲気を持っている、という。
おでんか何か喰っていて、つまんないものを喰っているんだけど、その人が「おやっさん、これ美味しいね」と言うと本当に美味しく感じる人がいる。
安酒を飲んでいても「あ、なんか飲みたいな。この同じ酒」と思わせるような飲み方の人がいる。
そういう一種、人間の迫力というものを内田樹さんは「人間の成熟」と捉えてらっしゃる。
人間が持っている「しみじみさ」という。

(この週は最後の一日は無関係な話題に入るので、このブログでは取り上げない)

2016年2月15〜25日◆『困難な成熟』内田樹(前編)

困難な成熟



武田先生の哲学の師匠である内田先生の著書。
何をもって成熟か?
何をもって大人とするか?
「荒れる」と言われる「成人の日」。
「成人式」という成熟のスタートの記念日なのだが、各地で起こった成人式は実に子供っぽい乱痴気騒ぎという。
ところが成人の数がやっと100万人を超えたぐらい。
日本国民が1億2千万人。
それを100人とすると、その中に1人も二十歳の人がいない。
120〜130人集まってやっと1人いるかいないかという。
メディアは「荒れる成人式」と騒ぐが「120人中1人いるかいないかの何人かが騒いだ」ということぐらい。
武田先生の頃の成人式とは意味合いが違う。
1970年代に成人式を迎えた武田先生。
1975年、人口の49.4%が30歳以下。
ヤング・ジャパン。

内田樹氏はエマニュエル・レヴィナスというフランスのユダヤ人の血を引く哲学者が大好き。
この方はかつてナチズムと命をかけて戦った方。
しかしこの人は、ナチス崩壊後、「ユダヤ人を虐殺した」と告発し続けるユダヤ人の怒りを鎮めた。
本当はもっと多いのだが、あの段階でナチスの犯罪の中では600万人ものユダヤ人が平然と虐殺された。
なぜ、そんなことになったんだろうか?
ユダヤ教を信じ、ひたすら神の救援を待ち続けた600万人の同胞、ユダヤ人の死は、一体何の意味があるのだろうか?
レヴィナスはその死を懸命に考え続け、その死に意味を見出そうとした。
そういう「哲学的な考え方」を積み上げた人。
彼が言ったのは「成熟」。
人間はどんなことがあっても成熟しなければならない。
その故にナチスを告発するのではなくて、あの600万人のユダヤ人の死を「人類の成熟のための踏切板」。
そういう考え方で考えていこうという。
そのレヴィナスの名著が『困難な自由』。

困難な自由―ユダヤ教についての試論



 タイトルは「困難な成熟」としました。我が師エマニュエル・レヴィナス先生の『困難な自由』から拝借しました。全体を貫く主題は「いかにして市民的成熟を達成するのか」というただひとつの問に集約されるように思ったからです。(2頁)

日本社会ではなかなか成熟について教えて下さる方は少ない。
その難しい成熟に向かって哲学者内田樹さんがお考えになったという。

成熟というプロセスは「それまでそんなふうに見たことのない仕方でものごとをを見るようになった」「それまで、そんなものがこの世に存在するとは知らなかったものを認識した」というかたちをとるからです。(4頁)

だから年齢に任せたり「あー、もう俺は場数踏んできたからよ」「修羅場生きたよ」こういうことで達しうる境地ではない。
そんな単純なものではないのだ。
達成目標に掲げても、そこに行けるかどうかわからない。
自己の点検で、自分でこう考えて「あ、俺は成熟した」。
そんなもんじゃない。
いつの間にか身についてしまっている「技術」「能力」。
それを「『成熟』と呼ぼう」と。
この「いつの間にか身に付いてしまっている『技術』『能力』の凄み」というのは本物の技術。
そういうものを若いながら持ってらっしゃる方もやっぱりいる。
羽生結弦は成熟している。
みなさんが満点を出しても彼は舌打ちをする時がある。
それでうつむいて。
つまり「他者に自分の採点を任せない能力」を持ってらっしゃる。
自己で自己をきちんと、自分の成熟をチェックできるという。
あれは「身に付いてしまった彼の『能力』『技術』」なのではないか。
その他にもいっぱいいらっしゃる。
そういう意味合いでの成熟、自分に身に付いてしまった技術を持ってらっしゃるという。

内田樹先生は実に巧みに少年や少女にもわかるように成熟を説明してくださる。
例えば内田先生はこうおっしゃる。
これは哲学の基本的な技。
例えば「君たちの学校に校則はありますか?」。

「スカート丈はひざ下5センチ」というような一見するとナンセンスな校則にも人類学的叡智の断片が生き残っていることがわかります。
 制服の「真実」は、「集団構成員を外形的には差別化しない」ということです。できるだけ強弱の差や貧富の差や美的センスの差を顕在化させない。そのために制服がある。
(51頁)

集団は時として弱肉強食というゲームが頻発しやすい。
成熟していない少年や少女たちだけになってしまうと、弱肉強食というゲームが始まってしまう。
特に少年というのは、放っておくと弱肉強食をやりたがる。
そういう事故は2015年から多い。
喰うか喰われるかのゲームというのは、やると楽しい。
だけどこれは喰うか喰われるかのゲームはもうやらなくてもわかっている。
つまり弱いものが喰われる。
ただそれだけの結論しかないのだが、強いものはそのゲームをやりたがる。
集団というのはそういう弱肉強食のゲームに陥りやすい。

集団として生き延びることを目的とした場合には、「誰も見捨てない」ということと、「どうやって集団全体の生命力を高めるか」を考える。(51頁)

そのためには集団の外側、外形を差別化させない。
強い子は学生服の袖に二本線が入って、弱い子は線が入っていない。
そういうことを差別化してしまうと集団全体のパワーが落ちてしまう。
強い子数人だけが強くなって、弱い塊が生まれてしまう。
だからとにかく学校という集団の場合は美的なセンス、恰好いいとか恰好悪い、あの子は足が長い、あの子は足が短い、そういうことを顕在化させない。
そのための知恵が制服でがんじがらめにするということなのだ。

池に浮かんでいる鴨。
鴨はタスキをかけて「リーダー!」とかということがない。
王冠を被っているとかペンダントを下げているということをしない。
なぜかというと、そういうのが狙われる。
他の集団から狙われると一発で滅びる。
つまり強弱を外形化させない。
だから制服が必要なんだ。

同じ制服を着ていると集団としてのパワーが上がる。
皆さん方は、一月に高校生のスポーツをよく観ていた。
サッカーとかラグビー。
ユニフォームがバラバラというのはいない。
みんな同じユニフォーム。
女子のサッカーでもラグビーでも男子の方のサッカーでも。
学校のユニフォームを着る。
あれは学校のチーム全体のパワーがそれで増す。

 不良高校生たちが学ラン着て殴り合うマンガって山のようにありますけれど(『ビーバップ・ハイスクール』とか)、あれは学生服着用が基本ですね。制服だけが他校との識別指標ですから。生徒たちが私服だと物語が始まらない。あれも一応制服を着ることによって集団のパフォーマンスは向上するという人類学的叡智の断片を今に伝えているんだと思います。(53頁)

制服の時代を通過して、いよいよ私どもは私服の社会人になる。
そこで集団化、社会全体の成員となる。
ここには社会的ルールが支配している。
あなたが出てきたこの社会というところにはルールが厳然としてある。

「フェア」の反対語は「ファウル」。野球の用語です。ダイヤモンドの中は「フェア(美しい)」フィールド、その外は「ファウル(穢れた)」フィールドです。
 野球やサッカーやラグビーのようなボールゲームはこれらの遊戯の太古的な本質をかなり正確に今に伝えてくれています。
−中略−
子どもたちはこの遊戯を通じて、世界は「敵と味方」「戦争と平和」「生と死」「清浄と汚濁」といった二項対立を積み重ねて構造化されているという基本的な世界認識の「仕方」を学びます。
(56〜57頁)

ラジオ・テレビでは全ての朝番組がこの同じ時間帯(「三枚おろし」が放送されている朝の時間帯)に様々な我が国日本の政治について語っている時分だ。
「国家」について語り続けているわけだが、その「国家」とは何か?
この「国家」こそがそもそも二項対立だ。
国家というのはつまりゲームでできたもの。
そんなものは本当はない。
でも、あることにしておいてフェアとファウルを競い合う。
これが政治。
国境というものはない。
国境を見た人は一人もない。
ただある。
それで国同士が命をかけてケンカをするというようなこともある。
「尖閣は俺のものだ」とか。
尖閣諸島あたりの海の上に引かれている国境とかというものも見た人はいない。
だから見たこともないもので国家はケンカができる。

福沢諭吉はその『痩我慢の説』の冒頭にこう書いています。
「立国は私なり、公に非ざるなり」
(57〜58頁)

国というものはプライベートなものだ。
そんなのはパブリックなものではないという。
国家とは「私」である。
「公」、パブリックなものではない。

「なんぞ必ずしも区々たる人為の国を分て人為の境界を定むることを須いんや。いはんやその国を分て隣国と境界を争うにおいてをや。いはんやその国に一個の首領を立て、これを君として仰ぎこれを主として事え、その君主のために衆人の生命財産を空うするがごときにおいてをや。」
 国境線を引いて「こっちからこっちは日本だ」というようなことを言う必然性があるのか。隣国とこの土地はどっちのものだとがみがみ言い争う必然性があるのか。うちさえよければそれでいい、隣国の奴らなんか飢え死にしても知るかというような考え方をする必然性があるのか。ましてや誰かを担ぎ上げて君主だと仰ぎ、この君のためには命も財産も惜しくないとのぼせ上がる必然性がどこにある。福沢はそう言っているのです。明治24年に。国民国家なんかただの幻想に過ぎないと言い切っているのです。
(58頁)

 国家はもともとは人間が創り出した政治的な装置に過ぎないが、それをあたかも海や山のように遠い昔からずっとそこにあった自然物のように見なすのが「当今の世界の事相」である。−中略−
 それは野球のチームが「敵と味方」に別れて「勝負」をするのと同じです。
(59頁)

福沢諭吉の言葉にドキッとする。
国家なんてそんなものは幻想に過ぎない。
そんなことを実は言っている人。
でも、この人は大日本帝国ができるところをその両のマナコで見た人だから、国の本質みたいなものをしっかり見つめたんじゃないか?
福沢は言っている。
「総理とか国会議員がいるが、そういうものは仮の装置であって実態じゃない」んだと。
彼らにとって一番重大なことは一体何か?
その政治的な装置としての政治家さん。
これは対立すべきグループがいるか否か。
それがいないと彼らは存在する意味がない。
だから世界を恣意的に彼らのやり方で切り分ける。
そしてゲームを活性化させることが彼らにとっては生きがい。
では、何のためのゲームなのか?
それは所属する人たちの幸福や成熟を高める、または生き延びるためのゲーム。
ロシアが今、燃えている。
プーチンという人はこのゲームがうまい。
ロシアの人たちはゲームがこう盛り上がってきている。
プーチンは煽り方が上手。
啖呵みたいなのがプーチンは上手。
「ウクライナは俺のもの、俺のものは俺のもの」みたいな。
同じことは経済活動も同様で、実は経済というのは成熟のための活動でなければならない。
これらのゲームを通して私達は生きのびる力を得る。
武田先生の意見。
もし政治的活動や経済活動であなたが生きていく力が「ハーッ」と衰えていくようだったらば、急いでこのゲームから離れるべきだ。
経済も政治もゲームだ。
自身の中でゲームが楽しくなければ、すぐにこの賭場からあなたは出ていくべきだ。
出ていく場所はある。
これは武田先生が内田師範から受け取った思い。

内田氏はこんなことを言っている。
「100%正しい世界を構築していこうという人たちを僕はどうも共感することができない。100%正しい世界を創りたいと叫ぶ人、何かそういう人たちを僕は信用できないんです。彼らが仕込んだ切れ味の良いストックフレーズを複製して、しゃべり方も推論の仕方も、論拠とする事例まで出来合いの型にはまってしまう、何かそういうの僕、全然よくないぜと思うんですよ。みんな同じような言葉使い、同じような表情、同じような話っぷりになってしまいます。そんなのが正しいわけがない」
「ある種の言説がロジカルに正しいということは、それが生きる力を高めるということだったらいいけれども、生きる力がなくなるんだったら人間は正しさから離れるべきだ。正しいことは人の心の病の元だ」
(このあたりの文章は本の中にはみつけられなかった)
正しいことを言い続ける人は顔を見ていると病的な顔になっている。
「自分なりに何か正義は貫きたい」という思いがある水谷譲。
「君にとっては正義だけれども、僕にとっては迷惑なんだよね。」
二人とも活き活きしているかどうかが一番すばらしいことで、片一方が暗い顔になって片一方が正しいことをやり抜いているんだったら、その「正しいこと」は絶対に正しくない。
内田氏曰く「政治にしろ経済にしろ、これは一種ゲームフィールド、ゲームの場の出来事なんであるから、絶対にどんなことがあっても対戦相手に呪いの言葉を投げつけてはいけない」。
これが「マナー」。
反対運動をやる人たちは、あるラインを超えると全部呪いになってしまう。
同じことを連呼し続けて「絶対反対絶対反対・・・」。
だんだん呪いのリズムに。
そういうのは内田先生は「不健康じゃないか」。
ズバリ言うと「『絶対反対』っていう言い方そのものが病的ではないか」。
「絶対反対」は一種狂気を秘めた相手への罵り。
「とりあえずあなたの意見を聞いてみましょう」という態度からは遠い。
「一切聞かない」という態度。

とにかく社会というそのゲームフィールドにおいて、その時にその呪いの言葉使いを絶対に避けるべきである。
ゲームに疲れたりゲームが無為に見えたらすぐゲームから退室しなさい。
その資格、権利はあなたにあるんだ。
それが基本的人権なんだ。

その次に師範がおっしゃっているのは「取り越し苦労を禁じる」。
「想定内」というのをしきりに振り回した若き大金持ちがいた。
今、クイズ番組なんかにたくさん出てらっしゃっている。
ホリエモン。
絶えず「このことは予想してた」みたいな。
「最悪の事態をたえず予想して私は動いております」なんて言う。
その「最悪の事態を予想する」というあなたの考え方そのものは、あなたに呪いをかけている。

「最悪の事態」に備えた人は無意識のうちに「最悪の事態」の到来を願うようになる。(71頁)

この人はあちこちで鳴る危険のアラーム信号を無視するようになる。
「最悪の事態を想定するんだろ?」と。
最悪でないことでポツ、ポツとアラームが鳴る。
ところが「まだ最悪じゃない」と最悪をじっと待つようになってしまう。
その「最悪の事態」がやって来るまで一切動かなくなってしまう。
結婚する時に最悪の事態を想定して離婚の取り決めなんかやっちゃうとだいたい離婚する。
ハリウッドの大スターなんかで「財産の○%は分ける」とかっていう人がいるが、だいたいその通りになる。
それで「うちの宿六は」とかって罵り合いながら「別れろ切れろ」ばっかり語り合っている夫婦で、ずっと続く夫婦っていうのが巧みに離婚の危機を乗り越えていく。
なぜならば「最悪」を想定していないから。
これは内田先生の知見だと思う。

 なにしろ生き死ににかかわる危機的状況に立ち入ったわけですから、心身のパフォーマンスを最大化しなければとてもじゃないけど生き延びられない。
 恐怖、不安、後悔といった感情が心身の働きを高めることはありません。絶対にありません。
 だから、どんなことがあっても、こういうネガティヴな感情がのさばり出ることを抑止しなければならない。
 そのためには「場を主催しているのは私だ」という話にしなければならない。私がこのイベント全体の「プロデューサー」なのであるという気構えで場に処さないといけない。
(76〜77頁)

 さて、プロデューサーが現場でする仕事とは何でしょう?−中略−
「床のゴミを拾うことだよ」
(77頁)

普段から足元のゴミを拾う人というのは、その「場」を主催しているプロデューサーの自覚を持つことができる。

レジ袋が武田先生の家の前に落ちていたので、朝に散歩に行く時にそれを拾い上げて歩いていた。
ハッと気が付いたらずっとゴミを拾っている。
犬のウンコまで。
人の家の犬に餌をやる趣味の武田先生。
だから遊歩道で始末の悪い人がいて、犬のウンコが落ちているが、拾っておけば犬も責められない。
それで落ちていたミカンの皮でウンコをつかんで、レジ袋に貯めて燃えるゴミのところに捨てていった。
それがよいことかどうかはよくわからないが、その時にこの言葉に。
つまり「自分の人生に責任を持って生きていこうと思うと、目の前のゴミを拾うことです」という。
そういうことを内田先生は言いたいのではないか。
目の前のゴミを拾うということが成熟への次のステップである。

2016年11月10日

カフェ&マーケットCOREに行ってきた

カフェ&マーケットCORE|レストラン|横浜テクノタワーホテル【公式】

以前は金沢区の工場の商品はそれぞれの工場の直売所みたいなので売っていたみたいだけど、ここが出来ていろんなメーカーのヤツが一か所で買えるようになったらしいので行ってみた。
ついでにランチも食べてみた。

場所はシーサイドラインの産業振興センター駅の近くの横浜テクノタワーホテルっていうところの一階。
入り口から入ってすぐに右側。
で、工場直売コーナーは店に入って右側にある。
もっと大量に商品があるのかな?と思っていたので、少ないなっていう印象。
普通の値段なんだか安いんだかが今一つよくわからなかったけど、割れたクッキーなんかは安く売っていた感じだったけど。
どれがいいのかようわからんかったけど、ケーキみたいなのを二つ購入。

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右が株式会社濱鈴のオレンジブランデーケーキ。
540円(税込)。
これは重さが書いていないのでどのぐらいの量かは不明。
左が株式会社かをりのブランデーケーキ/ロング(チョコ)。
600円(税込)。
350g。

で、ランチね。

IMG_3200.JPG

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ランチもいろいろなメニューから選べるようになっていたのだが、早めに行ったのでまだ限定のがあったから、せっかくなので限定のヤツにした。
1日限定10食 トラウトサーモンと地元野菜のフリカッセのパイ包み焼き(ミニパン付き)
980円(税込)。
会計は直売所と共通。
そこで注文して、番号札を貰い、呼ばれたらトレイに乗った料理を受け取りに行く。
で、箸だのスプーンだのが置いてあるので、それを自分で必要なだけ取るっていうシステム。
パイ包み焼きは美味しかったけど(サーモンもたっぷりだった)パイがバラバラちゃってちょっと散らかしちゃった。

平日とは言え、昼飯時になったら混んじゃうかな?って思って早めに行ったんだけど、12時過ぎぐらいになっても席は空いているところもあったので、これなら別に普通に昼飯時に行っても余裕だったなと。
直売所の商品とか限定のランチとかが無くなっちゃうってのはあるかも知れないけど。



posted by ひと at 20:17| Comment(0) | TrackBack(0) | おでかけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月09日

御剣ミコト先生って誰だよ?

久しぶりにスパム。

件名: 御剣 ミコト先生

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