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2017年05月05日

東洋水産 マルちゃん やみつき旨辛 辛黒 富山ブラック風焼そば

マルちゃん やみつき旨辛 辛黒 富山ブラック風焼そば 112g×12個



やみつき旨辛 辛黒 富山ブラック風焼そば | 商品情報 - 東洋水産株式会社
黒胡椒のさわやかな香りと辛みを利かせた、深みとコクのある富山ブラック風のやみつき旨辛焼そば。

4月17日発売。
まいばすけっとで139円(税込)で購入。
内容量112g(麺90g)。
カロリー494kcal。

「辛白 ちゃんぽん焼きそば」ってのも同時発売で、店頭にあったけどこっちだけにした。
連日カップ麺ばっかりってのはつらいので。
もう三日もカップ麺だねぇ。
毎日でもカップ麺を喰いたい!ってタチではないので。

DSCN2427.JPG

かやくは「少なっ!」って思った。
なるととシナチク。
スープは粉末のと液体のと両方入っていた。
お湯を入れて4分待つタイプ。

DSCN2431.JPG

麺は太め。
香りも味も普通の焼きそばソースみたいな感じではなく。
じゃあ何?って言われると困るけど。
醤油系なんだろうけど、ニンニクが入ってるなって感じの味がする。
ちょっと変わった味だけど、それなりに美味しいかなと思う。

マルちゃん やみつき旨辛 辛白 ちゃんぽん焼そば 114g×12個



posted by ひと at 19:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年1月9〜20日◆ニワトリ(後編)

これの続きです。

歴史の中でニワトリはかなりの大昔、神話の時代から朝を告げる鳥として時の声を買われて世界中に広がり始め、宗教家たちの足元でコココッと鳴いていたのだろう。
神話なんかにかなりたくさん姿を残している。
その次にアジアで発祥したが、これはすごい大文化なのだが。
西じゃなくて東の方に渡って行ったニワトリ。
おそらく羅針盤も六分儀もなかった時代。
剥き出しの双胴船、カヌーで人間と一緒にニワトリは海を渡ったのではないかという説もある。
このニワトリをカゴに入れて島々を旅したという、そういう人たちの「ラピュタ文化」。

ラピタとはニューギニアとニュージーランドの中間に位置するニューカレドニア島の遺跡の名前で、一九五〇年代に発掘された。それ以来、この海域全体で似たような遺物のある何百もの遺跡が発見されている。(118頁)

一回だけ南の島で見たことがある武田先生。
大きな岩に不思議な絵文字が書いてある。
「何だろうか?」と解説書を読んだら、ラピュタ文化の名残だという。
そのラピュタ人と呼んでいいような古代のポリネシア文化を持った人たちがニワトリで始めたのが闘鶏。
ニワトリを闘わせるという。
これは宗教に潜り込んだ後、占いでニワトリを闘わせたようだ。
その名残は日本でもそう。
シャモとかっていう戦闘的なニワトリを開発してあったようだ。
トランプ(大統領ではなくカードゲームの方の)なんて「あんなもんで遊べるか!」という。
やっぱりアジア人だったら「ラピュタの血が騒ぐ」というので闘鶏でシャモとシャモの闘いなんていうのはよい。
この闘鶏というのは全世界でその後バーッと広がる。
アメリカなんかでも闘鶏が盛んになったが、だんだん他の賭け事に席を追われた。
闘鶏、ニワトリが闘うという賭け事がなくなってしまうのだが。
まだ熱きラピュタの、ポリネシアの文化を濃厚に残している国がある。
それがフィリピン。

 一度にリング内に入れるのは四人だけだ──ハンドラーが二人、レフェリーが一人、アシスタントレフェリーが一人、フィリピンのあちこちに二〇〇〇カ所程度ある村の闘鶏場では、ハンドラーはたいていオーナーが兼任している。(124頁)

「俺が見た中で一番早かった試合は、八秒で終わったよ」とルソンが言っている間に、下のほうのリングで雄鶏が対戦相手に飛びかかる。試合が一〇分間続いたら、引き分けとみなされる。だが、大半は二分程度で終わる。(125頁)

売り上げは年間で八千万ドルを超える。

 フィリピンの闘鶏場では、年間に約一五〇〇万羽のニワトリが死んでいる。(136頁)

日本ではこの闘鶏の方は衰えた。
その他にはベネズエラ、ケンタッキー、テネシーは今でも続いているそうだ。

フィリピンで一年間に1500万羽のニワトリが死ぬ。
それはやっぱり鶏鍋にするようだ。
敗者は鍋になるという。
全部後始末する。
(本には「家族の夕食に使う」と書いてあるが「鍋にする」とは書いていない)

闘鶏場のことは「cock(コック)」が闘うから「cockpit(コックピット)」。

今度は西側の事情を少し広げていく。
ヨーロッパでは17世紀の初めまでハトが鳥肉の代表だった。
向こうの人は本当にハトを食べたがる。
我々は食べる習慣がない。
ハトというのは非常に重宝な鳥。
ハトのフンそのものは窒素を多量に含んでいるので、このハトのフンから火薬ができる。
だから軍事国家になるためにはハトをたくさん飼わなければならないという。
そういう意味でイギリスというのはハトを食べる。
そのイギリスからすっかりアジアの拠点にされた香港はハトを食べる。
アグネス・チャンが日比谷でハトを捕まえようとしたという。
「食べられるよ!」とよくアグネス・チャンが話す話。

17世紀初め、鳩肉が鳥肉の代表だった。
ハトのフンというのは窒素分を大量に含むため、うんと乾燥させて火薬の材料になる。
だから世界に冠たる大英帝国はもう、遮二無二ハトを食べた。
その他にもさまざまな鳥の肉が食べられたが、17世紀のイギリスの貴族たちはだいたいマガモ、ガン、ガチョウ、アヒル、七面鳥、時にはクジャクも喰ったという。
だからどこにもニワトリはいない。

 そして一八四二年、エドワード・ベルチャー艦長が、世界周航の任務を終えてイングランドに帰国した。(152頁)

エドワード・ベルチャー艦長が世界中の動植物、そういう物の面白いものをいっぱい集めて、貴重希少の外来種を土産物にして女王陛下に献上した。
この女王陛下こそヴィクトリア女王。
その献上品の中にセキショクヤケイがいた。
それまでニワトリといえば、グレートブリテン島には小さいタイプのニワトリがいた。
それで女王に献上されたのはセキショクヤケイなので、あまりにも美しいニワトリにヴィクトリア女王が夢中になる。
それで「もっとこんなニワトリ欲しい」とかっていうことで数をどんどん増やす。
女王陛下はペットとしても可愛いのだが「肉も美味いだろう」というので喰ったら意外と美味かった。
それでヴィクトリア女王自らが仲の良い貴族にクリスマスにこの種のニワトリの肉を贈った。
これで「ニワトリの肉は美味い」という火が付いた。
それまでイギリスにいたニワトリはだいたい一羽で2.7kgしか肉が取れなかった。
それを3.2kgまで増やしたという。
種の掛け合わせで2倍近く肉が増えた。
女王陛下のニワトリは103日間で9千個の卵を産んだ。
(本には103日間で94個の卵を産んだニワトリの話は出てくるが、このあたりの内容は本のどのあたりと関連しているのかが不明)
それで欧州あたりで肉は美味いわ卵は美味いわというので大騒ぎになっちゃったという。
そして、さらに世界に冠たる大英帝国の時代。
スペインを打ち破ってぐんぐん国威が海軍を中心にして盛んだった頃のイギリスだから、例えばオスマン帝国、それからイスタンブールあたりからも続々とニワトリが集められて、つがいで2千ドルというような法外な値段でニワトリが取り引きされるようになった。
一方でロンドンに人口が集中するので、食糧の心配が出てきた。
それで「ニワトリを飼おう」という。
あの定番のニワトリの歴史がこのイギリスあたりから始まる。
このヴィクトリア女王は悪い方じゃなかったのだろうが、その横、イギリスが支配しているアイルランドはジャガイモの疫病が流行ってジャガイモの大不作となって、1846年4月から餓死者が出ている。
何と死者数はたちまち100万人と言うからすごいもの。
アイルランドでは人は生きられないんじゃないかっていうので、人々は新大陸アメリカに渡り始める。
これがアイルランド系の人たちがアメリカに渡った理由。
人間の歴史ってこういうの。
アイルランドでジャガイモが採れなくて、本国のイギリスはニワトリに夢中で自分たちに何もかまってくれない。
それでアイルランドの人たちはアメリカに渡っていく。

その時にアメリカに渡った一家の中にケネディ家がいる。
だからジャガイモさえ豊かだったらケネディ家はアメリカに行っていない。
ニワトリに女王様が夢中になったばっかりに捨てられたアイルランドにケネディ一家がいて、それがアメリカを目指して渡って行く。
この時にアメリカに渡ったアイルランドの人はいっぱいいる。
映画監督のジョン・フォード。
それから西部劇の王様のジョン・ウェイン。
この人たちはアイルランド系。
「ジョン」が付く人はだいたいアイルランドだと思ってください。
だからアイルランドの港町でダブリンで働いていたのだが、このジャガイモの不作あたりで喰えずにアメリカに行くお金もなかったので、対岸のリバプールに住みついたという人もいた。
ジョン・レノン。
ジョン・F・ケネディ、ジョン・フォード、ジョン・ウェイン、ジョン・レノン。
この人たちはジャガイモさえ豊かだったら、女王様がニワトリに夢中にならなければ、20世紀の彼らはいなかったという。
かくのごとくニワトリは人間の歴史を陰で操っている。

ジョン・F・ケネディが大統領になった時に、結構イギリスが青ざめた。
ジャガイモが喰えないような生活を押し付けた大英帝国だから。

ダーティハリー コレクション スペシャル・バリューパック(初回限定生産/5枚組) [Blu-ray]



『ダーティハリー』に出てくるあのキャラハン警部。
あれもアイリッシュ。
アイルランドの人。
だから彼は孤独。
孤独でいつも一人で戦うダーティハリー。
それから『風と共に去りぬ』の一人で戦うスカーレット・オハラ。

DVD 風と共に去りぬ (NAGAOKA DVD)



あれはアイリッシュ、アイルランドの人。
最後に「タラへ」って言うが「タラ」っていうのは日本人で言うと「関ヶ原へ帰ろう」っていうのと同じ。
古戦場の名前。
それはアイルランドが独立を目指して立ち上がった古戦場がタラ。
それでイギリス軍にやっつけられる。
スカーレット・オハラはボロボロになってもまだ「アイリッシュの魂を失わなかった」っていうのでアイルランド人が涙ぐむ。

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「コロンボ」っていう名前はもう名前を聞いただけでアメリカの人は出身の国がわかる。
コロンボというのはイタリア系の名前。
そのイタリア系の人が刑事さんをやってるっていうのがもう、一つの疼き。
マフィアは(イタリア系だから)。
それが刑事さんをやっていて、いつも威張っているイギリス系のホワイトをやっつける。
「ちょっと待ってください」って言いながら。
そのことが黒人も含めて痛快でたまらない。
「白いヤツをやっつけろ!」っていう。
全部悪人(犯人)はイギリス系のジェントルマンばっかり。
それをヨレヨレのコロンボが「ちょっと待って、うちのカミサンがね・・・」って言いながら。
そうすると、もうその手のことで苦い目に遭っている人は「コロンボ、やっつけてくれ」っていう。
こういう人種で見るとアメリカの物語というのはグッと・・・。

アイルランドの人がアメリカに渡った。
ジャガイモが喰えなくてアメリカに来たのだが、最初に住みつくところはアメリカ南部。
それで彼らはハトとかカモが喰えないので、安いニワトリをクリスマスに食べていた。
イギリスからやってきた移民の人がアメリカにニワトリを持ち込んで、そのニワトリを食べるという習慣を横で見た人たちが黒人たち。
アイルランドの人たちと同じくらい、彼らも貧しい暮らしをしていた。
トランプさんみたいなアメリカの金持ちは、食べる肉といえば七面鳥、ハト、ウズラ、アヒル。
それからあとは鹿肉、羊、ブタ、牛。
これを食べていた。
ニワトリなんて食べる人はいなかった。
貧しさが故に自分で買える鳥ということで黒人たちが真似してニワトリを飼い、野菜を育てた。
それが西アフリカの人たちの料理に野生の鳥を食べるという習慣があったので南部の料理になる。

メアリー・ランドルフは──現在では「クイーン・モリー」の呼び名で知られている──家計をやりくりするためにリッチモンドで賄い付きの下宿屋を開いた。料理人としての名声が広まった彼女は、一八二四年に著書『ヴァージニアの主婦』を刊行し、これは最古の南部料理の本とみなされている。−中略−南部風フライドチキンのレシピが初めて載ったのもこの本だった。(265頁)

そんなふうにしてニワトリ料理がアメリカの南部の地方の料理として発展していく。
これが黒人の奴隷たちとアイルランドのジャガイモが喰えなかった貧しい白人たちの間でニワトリが重宝されるようになると、家でニワトリを飼おうというので数を増やすという工夫がアメリカで始まる。

 一九世紀終わりごろに新たな技術が登場して、何千個もの卵を収容できる効率的な孵卵器が実現可能となった。−中略−一八八〇年にはアメリカ国内で一億羽のニワトリが五五億個の卵を産み−中略−一〇年後、二億八〇〇〇万羽以上のニワトリが一〇〇億個の卵を産み(274頁)

一八八〇年から一九一四年の間に、約二〇〇万人のユダヤ人──東欧のユダヤ人全人口の三分の一──がアメリカ国内に到着し(274頁)

牛肉より安価なニワトリというのは、もうたまらないごちそうになっていったということ。
この南部にいた青年がサンダース君。

それから一世紀後、別の白人、つまり中西部のハーランド・サンダースという人物が、このレシピのバリエーションに圧力釜という技術的革新を組み合わせて、いまや世界第二位の利益率を誇るファストフードチェーン、ケンタッキー・フライド・チキンをスタートさせたのだ。(266頁)

ジャガイモ飢饉で死者を100万人出したアイリッシュ、アイルランド移民たちが流れ込み、それから黒人奴隷たち、その上にヨーロッパの方でユダヤ移民。
そういう貧しい人たちが生きるために動物性蛋白質としてニワトリを選ぶ。
アメリカというのは本当に今でもそういう国。
黒人奴隷、それからジャガイモ移民のアイリッシュ、それからナチス・ドイツなんかから激しく憎まれた、そういう人たちがアメリカの、言葉は悪いが「下層」を形成していく。
それでニワトリを食べるものだからニワトリそのものが差別用語になる。
臆病者のことを「チキン(chicken)」と言う。
オスが「コック(cock)」、メスは「ヘン(hen)」。

 アメリカ大陸の植民地では、独立革命の直前に無難な「ルースター(rooster)」が「コック」に取って代わるようになり(207頁)

差別用語としては生意気なことを「コッキー(cocky)」と言う。
それから「チキンアウト(chicken out)」これは「怖気づいた」。
それから「ヘンペッド(hen pecked)」。
これは「雌鶏につつかれる」とか「尻に敷かれる」という意味。
「コック」というのは米英語では禁断の西洋語、もっとも汚い言葉のナンバー1。
アメリカの成人映画なんかを見ると「コック」という言葉が出てくるが、ズバリ「男性の性器」のこと。
だから汚い言葉で有名なトランプさんも使わない。
本当に「だったら考えろよ」と言いたくなるが、水道の蛇口のことも「コック」。

ゴキブリを意味する「cockroaches」でさえ、ただの「roaches」に変えられた。(207頁)

ことほどさように「コック」っていう呼び名は、言葉はあるが使われない米英語でナンバー1の言葉だそうだ。
(本には「イギリス人はなんの恥じらいもなく口にする」と書いてあるので「米英」ではなく「米」限定の話のようだ)
牛は「カウ(cow)」。
肉になったら「ビーフ(beef)」。
そのくせニワトリをこれだけすがっていて舐めているのは、ニワトリは生きていようが肉になろうが英語では「チキン」という。
だからいかにニワトリを見下ろしているかが言葉の上でもわかる。
日本人はニワトリと鶏肉を明らかに生きている状態と肉を使い分ける。
アメリカって、イギリスもそうなのかも知れないが「チキン」で全部まとめてしまう。
そういうものをニワトリというのが背負っている。

この本は本当に膨大で、まだこれで三分の一ぐらい。
このアンドリュー・ロウラーさんという人のニワトリ追跡の旅というのはまだまだ道半ば。
この後も更に彼女のニワトリへの執念っていうのが実るような旅が続く。
(武田先生は著者のアンドリュー・ロウラー氏を女性であると認識しているようだが、調べてみても不明だったが「アンドリュー」という名は男性であると思われる)

よくよく見るとニワトリというのは謎が多い。
美しい羽を持ち、時を告げるというところから闘鶏になったりして。
やがて肉が注目され、卵が注目されるというニワトリの歴史が18世紀、19世紀に始まる。

ニワトリというのはスウェーデンの博物学者カール・リンネによって脊索動物─鳥─キジ目─キジ科とされている。
空中よりも地面を好み、足に蹴り爪を持つ、ウズラやクジャクと同じ種類。
これが東南アジア、メコン川の河口、デルタ地帯にいたという。
そこから世界に広がったのであろう。
様々な鳥と掛け合わされながら、交雑しながら、今いる様々なニワトリになったのではないかということ。

ニワトリのセクシーなイメージ。
ちょっとセックスと結びつけられているという。
「コック」とかってもう、アメリカの方が聞いたら「何て朝の番組ですごい単語を投げるんだ」とかっていう呼び名が付いている。

 雄鶏にはコックがない。これは禅問答などではない。雄鶏にはペニスがないのだ。(203頁)

生殖は口づけと同じ。
口移しで移すようにして精子をメスに送り込む。
これもニワトリの進化の途中で、ダーウィンも注目したらしいが、鴨は時々オスがメスを捕まえて首根っこを押さえて性行為が激しすぎて殺すことがあるそうだ。
ニワトリはそういう犠牲をなくすために「口づけ式」っていう、そういうセックスを思いついた。

20世紀になってから「ニワトリはどこから来たか」というのを追求するという研究が再燃した。
インドシナ半島のどこかの森の中、その「どこか」のどこかとはどこかというので遺伝子の解読が始まったから「遺伝子を通してニワトリの原種を探そう」というのが研究家によって始まった。

秋篠宮文仁親王は生物学者だ。−中略−今上天皇の次男である秋篠宮は幼いころからニワトリに魅せられていた。祖母にあたる香淳皇后が第二位次世界大戦の直後、皇室の食卓の足しになればとニワトリを飼い始めていたのだ。東南アジアで野外研究をしたのち、秋篠宮らの研究チームはセキショクヤケイのミトコンドリアDNAの断片を抽出した。−中略−
 研究チームが一九九四年に出した結論は、ニワトリの家畜化が起きたのは一度きりで、場所はタイだというものだった。この研究結果に基づいて秋篠宮は博士論文を書き、八年後には別のグループの研究による裏付けも得られたのだが、それから二〇年後、この説はほころび始めた。アメリカの生態学者I・レア・ブリスビンによると、この研究で野生種として使われたセキショクヤケイはバンコクの動物園のもので、家畜化された雑種だったらしい。
(198頁)

だけどこの秋篠宮さまの発表によって、ふたたび遺伝子レベルでニワトリの野生を追うという新しい科学の道が開けた。

日本の皇族のインタビューを手配するのは難しいため、直接に話を聞くことはできなかったが(199頁)

まことに残念ながら認められなかったけれども、ニワトリによせる思いということと遺伝子レベルまで降りて野鶏、野生のニワトリにまで接近しようとする科学態度に対して、彼の論文がパーフェクトではなかった、実験材料が野生ではなかったので、その遺伝子が野生からやってきた遺伝子だと断定はできなかったものの、非常に高い科学的水準を保っていたことは間違いなく、貴重なニワトリの研究であると絶賛している。

人間力を高める読書法



2017年1月9〜20日◆ニワトリ(前編)

ニワトリ 人類を変えた大いなる鳥



案外この世界を回しているのはニワトリかも知れない。
人類をニワトリが操っているのではないか?
これを読み始めるとニワトリの世界に吸い込まれていく。

世界で最も広範囲にその個体数の多さを誇っている生き物、それは一体何だ?
人口が一番多い生き物は地球上で何だ?
一番身近なところでは猫、犬、豚、牛等々いるが、とにかく人類よりも多く生きている「温血脊椎動物」は実はニワトリ。

この地球上には、常時二〇〇億羽以上のニワトリが生息している。(6頁)

 世界中で一カ国と一大陸だけ、ニワトリのいない場所がある。ローマ教皇フランシスコ一世の食卓に定期的に並ぶ皮なし胸肉がローマの市場で購入されているのは、小さなヴァチカン市国には鶏小屋を置くスペースがないからだ。そして、南極大陸ではニワトリはタブーとされている。南極のアムンゼン・スコット基地の新年会では鶏手羽のグリルが定番料理なのだが、南極大陸に関する国際条約により、ペンギンを病気から守るため、生きたニワトリも生の鶏肉も輸入を禁じられているのだ。(6頁)

去年から今年にかけてもまた話題になっている「鳥インフルエンザ」。
考えてみれば、あの鳥インフルエンザもニワトリの問題。

アメリカのNASAは火星旅行の準備に入っていて、ここでの最大の目的はなんと、宇宙船の中でニワトリが飼えるかどうか。
NASAは真面目にやっているみたいで、今、実験が続いているそうだ。
ニワトリの場合は「旅の最中の食糧になりうる」或いは「卵をある程度の無重力状態で産めるか」とかっていう、研究課題があるのだろう。
ニワトリというのは世界中の遺跡を見ると必ず骨が出てくる。
ということは相当の昔から人間が旅すると同時に持ち歩いた形跡があるという。
四千年以前のことだが、アラビアの海岸でインドの商人が交易の為、アフガンから材木を仕入れていたという、その材木の遺跡が見つかった。
何と驚くなかれ。
その材木の遺跡の中から、時代的に言えばピラミッドがもうちょっとでできるっていう時代に、アラビアの海岸でニワトリの骨が発見され「喰ってたんだ」というので、これがおそらく人類が最初に食べたフライドチキンじゃないかというので大騒ぎになった。
よく調べてみたら何のことはない。
発掘スタッフが昼休みに食べたケンタッキー・フライドチキンだったというので、大発見は反故にされたという。
こういう、わりとシャアシャアとしたジョークも書いてあるのだが、人類と共に歩いたニワトリの足取りは消えやすくて非常に探りにくい。
しかし、この著者アンドリュー・ロウラーさんが言ってらっしゃることは、どこかヒタヒタと「ニワトリがいかに偉大か」っていうことが伝わってくる。

 もしイヌ科とネコ科に属するすべての動物が明日消滅してしまい、わずかばかりのインコとスナネズミも一緒に消え失せてしまったら、大勢の人々が嘆き悲しむことになるだろうが、世界経済や国際政治に及ぼす影響は最小限で済む。しかしながら、世界から突然ニワトリが消えたなら、即座に大惨事になるだろう。二〇一二年、メキシコ・シティで何百万羽ものニワトリが病気で殺処分されたために卵の価格が急騰すると、デモ隊が街頭に繰り出し、新政府は混迷に陥った。(9頁)

そんなふうにして、実は世界の大きな政治的転換というのは意外とニワトリがキーを持っている。

近ごろイランで鶏肉の価格が三倍になったときには、警察のトップからテレビのプロデューサーへ、鶏肉を食べる人の映像を放送しないようにという警告があった。焼いたケバブを買えない人々の暴力行為を誘発するのを避けるためだ。(9頁)

かくのごとく、世界あるいは政治、そういうものとニワトリは深く結びついている。
ところがニワトリの恐ろしさ。
牛肉はTPPで大問題になる。
ブタも大騒ぎになる。
ブタの場合は宗教が絡んでくるので「あ、豚肉食わせたな」というもので、とある宗教を信じてらっしゃる方からは目のカタキにされる。
ところが脇役に追いやられているニワトリは全然牛、ブタに比べて騒ぎにはならないのだが、実はこれほど身近なものはない。
牛肉を扱っていない、豚肉を扱っていないという店はコンビニにある。
でも日本中のコンビニでタマゴサンドを置いていないところはない。
ゆで卵を売っていないコンビニはない。
ファミチキをレジの横で並べていないコンビニもない。

私達の暮らしの中に深く入り込んだニワトリという生き物。
私共はその茶色に焼かれた太ももとか手羽とか卵とか、そういうものには毎日接するのだが、ニワトリそのものはなかなか見かけることができないという。
よく考えると不思議な生き物。
何と今、全地球で200億いる。
中国の方が13億(人)。
もうニワトリに比べれば、ニワトリは笑う。
「えー?少ないんじゃないの?」とか言っているのかも知れない。
とにかくニワトリほど繁殖し、数を増やしているのは地球上であのニワトリしかいないワケだから、酉年の今年、彼らを追跡してみようというふうに思う武田先生。
「コンビニで鶏のから揚げ、タマゴサンド、ゆで卵を売っていないところは一軒もない」と断言した武田先生。
確かにその通りで、いかな商店街でも焼き鳥というのはある。

それではそのニワトリはどこから来たのか。
今のニワトリというのは、ある意味ではもう工業製品。
養鶏用のためのニワトリというのは各地のニワトリが様々混じるのだが、スタートは一種類。
だから故郷がある。
ニワトリも大昔は野生で生きていた。
間違いない。
ワイルドでこいつも生きていた。
上手に飛べない鳥として、おそらく密林の中なんかで生きていたのだろう。
空を飛ぶのはアレだが、枝から枝へ移って行く位の飛翔力、飛行力の方が生存には適しているということで。
狩りなんかを一緒にやるためにオオカミの一派が人間に接近して「飯喰わせてくれるんだったら一緒にオマエと生きていこうぜ」ってオオカミの方から申し出て、それが犬になった。
で、人間が農業をやるようになった。
穀物を倉庫に置く。
「ネズミが出てまいったな」ということでネズミを喜んで喰ってくれる森の生き物で山猫がいるというので基本的な飯は持つことにして「時々ネズミ駆除してくれよ」というので猫と同居し始めた。
ではニワトリはどうやって人間に接近してきたのか。
考えたら不思議。
まずはちょっと周りの動物を見る。

二五〇〇〇種いる魚類の中で、飼い慣らされたとみなすことができるのはキンギョとコイだけだ。五〇〇〇種以上の哺乳類のうち二、三〇種が家畜化され、一万種近くいる鳥類の中でも、家の中や農家の庭でくつろいでいるのはわずか一〇種程度だ。(17頁)

(番組では金魚も鯉も飼い慣らしたのが日本人と言ってるが、調べてみた限りでは鯉は日本のようだが金魚は中国)
その中で人間の側にいて離れずに、懐きはしないのだが、卵をプレゼントすることによって人間と一緒に暮らせる。
人間もニワトリがありがたかった。
何でか?
人間にとってもこのニワトリが有難かったのは、穀物に手を出さなかった。
ある程度の穀物を分け与えておくと、それ以上は求めない。
後はそこらへんの雑草を喰ったり虫を喰ったりなんかしながら卵を産んでくれるという
そういうことで人間は彼らをパートナーに選んだのではないだろうか。
ニワトリにとっても森の中でトカゲ、蛇から襲われて卵や雌鶏そのものも喰われるよりは、人間と一緒にいて卵だけっていうのが「セーフ」という感じがしたのだろう。

ニワトリの故郷は出身地を縮めて言うとインドシナ半島の密林。
ここに赤色野鶏(セキショクヤケイ)なる飛べない鳥がいる。
どうもこれがニワトリの原種らしい。
ニワトリというのは考えてみると恐竜の末裔。
足の爪とか骨格は恐竜。
恐竜がちっちゃくなったのがニワトリ。
警戒心が強くて、闘争本能がすごくある。
この原種には優れた可塑性がある。
つまり掛け合わせによって様々な特徴を生み出す。
だからある原種と組み合わせると尾っぽだけ伸びるっていう鶏もいる。

日本のニワトリのある品種では尾が二〇フィート(約六一〇センチ)にも及ぶ。(22頁)

オナガドリ。
こういう可塑性があるという。

ニワトリに関して、私共は毎日食品として接しているワケだが、その実態についてはあまり知らなかった。
御存じの如く、ニワトリはオスがトサカとか頬、それからアゴ等々に肉冠というタブタブを持ち、オスの方はものすごく派手。
メスの方はというとただひたすら茶色で、あまりたいして飾りを持っていない。
これは地面で卵を温めるためで、襲われないためにメスは地味に、オスはただメスのお気に召すように命をかけて派手な衣装を着て、襲われる時は率先して自分が襲われているという、そういう宿命を背負っている。

ニワトリというのは目の、色を感じる細胞が人間より多い。
色鮮やかにカラーの世界が人間より見える。
だから私共が雄鶏を見るよりも、雌鶏になって雄鶏を見ると本当に「リオのカーニバル、フルライト」みたいな「ビバ!」みたいな。
それで世界が華やかに見えているらしい。

ニワトリと言えば「コケコッコー」。
時の声「夜が明ける」ということは、体内時計がしっかりある。
だから曇ってもその時刻になると大声で時を告げるという。
それから夜になると目がカタンと落ちるという「鳥目」。
あれは、つまり昔からニワトリは昼間活動して夜は寝ていたということ。

ニワトリはインドシナ半島のジャングル、密林に生まれて、セキショクヤケイはどのような旅をして世界に広がっていったのか。
1923年、エジプトでイギリスの歴史家、ハワード・カーターさんはツタンカーメン王の墓を発見する。
(この表現だと1923年に墓が発見されたように思ってしまうが墓の発見は1922年で、1923年に古代エジプトでニワトリが珍しい高貴な鳥だったということが明らかになった)

その四カ月後に彼は、近くにあるラムセス九世とアクエンアテンの墓の間で、割れた陶器のかけらを見つけたと報告した。(46頁)

その陶器の模様が何とニワトリだったという。
これはセキショクヤケイ。
これが紀元前1300年のことなので、おそらくインドシナ半島からも、もうやっぱり紀元前二千年の頃までエジプトまで行っていたのだろう。
どうも絵にあるニワトリを見ると卵目当てではなかったようだ。
ニワトリは家畜ではかった。
では、ニワトリは何のためにエジプトにやってきて、何に利用されていたのか?
一番最初のスタートはマダニや蚊を食べてくれる害虫対策のための鳥だった。
それとピラミッドとか建てなきゃいけないので「朝は定時で仕事開始したい」ということで時計として重宝されたようだ。
それで時計として作業の開始を「コケコッコー」で叫ぶものだから、だんだん宗教の方に入ってきて「朝を知らせる鳥」という。
この朝を知らせる鳥から「希望の朝を象徴している」という。
それから古代アッシリアの首都では納骨堂の副葬品に象牙と金で作られた箱があり、その箱に刻まれたのが何とニワトリ。
ヒンドゥーの世界からニワトリはゾロアスター教、ユダヤ教、キリスト教へと渡り歩く。
イスラムの宗教の中にもニワトリは登場する。

イエスが磔刑に処せられる日にペトロに予告したことを思い出させるためのものだとされている。雄鶏が二度鳴く前にペトロは師のことを知らないと三度言うだろいうという予告だ。(210頁)

だからイエスの時代にもイエスの足元にニワトリがいたということ。
パレスチナにたくさんニワトリがいたという。

預言者ムハンマドは、ペルシャ帝国の繁栄から一〇〇〇年後に信徒に次のように語っている。「雄鶏の鳴き声が聞こえたら、天使が見えたということだから、アッラーに頼み事をすると良い」。(69頁)

インドシナ半島から世界へ旅立ったニワトリだが、まずはエジプト方面からパレスチナの方に潜り込んだニワトリは様々な世界宗教の1ページの中にも潜り込んで生きていく。
最初は卵でもなければ肉でもない、朝を告げる鳥ということで時計代わりに非常に便利に使われたということだ。
時計代わりに使われるうちに宗教のシンボルとしてこれらの文明に住みつく。
ニワトリは目覚めと勇気と復活を象徴した。
現在一部の国では激しく対立するキリスト教とイスラム教だが、その両方の宗教の中で鶏は生きている。
ニワトリは恐るべき生き物。

ある学者の意見では、ニワトリの形そのものが古代人にオイルランプ──古代世界において一般的な人工の光源──を思い起こさせたのだろうという。ランプの口は突き出したくちばしに似ているし、ランプの取っ手はぴんと立てた尾羽のようだ。(70頁)

つまりイスラム世界ではニワトリというのは光と結び付けられた神の使いという扱いだった。
かくのごとく最初は肉や卵ではなくて、時告げ鳥として良き訪れを知らせる鳥という縁起の良い鳥ということで世界にもてはやされたようだ。
因みに新年の挨拶で短く春を寿ぐ時に「慶春」を使う。
「慶」というのは「良い知らせがやって来るぞ」という意味。
「鶏」の中国読み、ニワトリの肉のことを何と言うか?
鶏肉(ケイニク)。
つまり中国人がなぜあの「鶏」という字を「ケイ」と読ませたかというと「良き報せを持ってくる」というので「慶」と同じ音にしたと言われている。

天照大神が洞窟に隠れてしまったとき、誘い出すことのできる動物はニワトリだけだったのだ。(71頁)

かくのごとくニワトリというのはあらゆる世界中の神話の中に潜り込んでいる。
このあたり「卵欲しさに飼われた」とか「鶏肉が欲しいから」とかっていうんじゃなくて、最初は時告げ鳥「太陽を呼び出す」という霊力がニワトリにはあるのではないかと、宗教の中に住みついたのがニワトリ。

今から何千年も前、ニワトリは西洋方面、西ばかりではなく、東へも旅を開始する。
太平洋を渡ることになる。
アジアを横断しオーストラリア、それから三万年前にはニューギニア・ソロモン諸島へ行ったという。
海に阻まれたりするが、ベーリング海峡を渡る一派に混じってカゴに入れられてきっと持ち歩かれたのだろう。
新大陸へと渡って行った。
これが大体、今出ている遺跡から推測できるが、一万三千年前は南米の最南端までニワトリは行ったようだ。
それからあっと驚くなかれ、イースター島にニワトリの骨があったというから、太平洋を渡る旅人達は丸木舟で、その人たちもニワトリだけは小脇に挟んで旅をしたのだろう。