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2019年02月25日

2018年10月8〜19日◆知ってるつもり(後編)

これの続きです。

このスティーブンとフィリップが本の中で繰り返し言っているのは「決して人は一人で考えてはいけない」と。
人間というのは本物の知識が頭の中だけに蓄積されているわけではない、と。
例えば右手で使うもの、左手で使うもの。
それをカードで見て「これは名前は何と言いますか?」とかと言っても手に取らせるとパッと言える。
ペンが出てくる。
それをその人が右利きだったら右に握らせると「ペン」とすぐに出てくる。
つまり右手と一緒にペンを覚えている。
こんなふうにして脳に記憶があるのではなくて、記憶というのは体全部にあるんだ、と。
だから物事を覚えていくとき、体を無視してはいけない。
そういう例えなのだろう。

そしてもう一つ。
人は他者を使って考える。
他人を使って考える。
つまり「他人と一緒に考えなければダメだ」という。
だからやっぱり相撲には親方。
体操選手にはコーチ。
テニス選手にもコーチが必要、ということ。

 人類学者のジョン・スペスは、最終氷河期の末、つまり更新世後半の北アメリカ西部で行われていた集団的バイソン猟を、次のように説明する。−中略−
 獲物を殺すのは、狩猟の目的のほんの一つにすぎない。動物を屠ったら、肉をさばいて保存しなければならない。これも非常に大がかりな仕事だった。一頭あたり一六〇〇キロほどもあるバイソンを一〇頭さばき、保存処理をするのがどれだけ大変か、想像してみてほしい。これには共同体をあげて協力する必要があった。
(124〜125頁)

ところが人間の中には「オレが倒したバイソン」ということで肉を全部自分のものだと勘違いする人がいる。
そういう頭の使い方をしてしまう人がいる。

テキサス大学の心理学者、エイドリアン・ワードは、インターネット検索を利用することで、被験者の認知的な自己評価、すなわち情報を記憶し、処理する能力に対する評価は高くなることを明らかにした。しかも知らなかった事実をインターネットで検索した後、その情報をどこで見つけたのかと尋ねたところ、記憶違いをして「もともと知っていた」と回答するケースが多かった。(151〜152頁)

スマートフォンなんかで調べものをしているヤツは態度がデカい。
人の疑問に対して「すぐわかりますよ」と必ず言う。
でも繰り返し言うが、たいした解答ではない。
ゴーグル(グーグル)。
けっこうガセがある。
間違いがあるし個人的な見解がある。
個人的な見解でその手のことを書いていることがある。

スティーブンとフィリップが挙げている人間の混乱の仕方。
航空機の速度が十分な揚力を生み出せない、失速事故が起こった。
水平行動を取れなくて、ゆっくり落下し始める。
マニュアルにちゃんとあって、学校でお勉強しているはずなのだが。
人間の手の操縦に代えて、飛行機を立て直さなければならない。
その時どうするか?

航空機の速度が飛行状態を維持するのに十分な揚力を生み出さなくなると、失速する。失速すると、航空機は落下する。失速から復活する最適な手段は、航空機の先端を下に向け、飛行速度が揚力を維持できるレベルに上昇するまでエンジン出力を高めることだ。(158頁)

落ちている時は(機首を)落とす。
グライダーを飛ばすとわかる。
飛んでいるものというのは、高く上がってコクーンコクーンと下がっていくが、下がって水平を保とうとする。
これは物理の鉄則で、どこかで水平飛行の高度が見つかる可能性が、下げることによって得られる。
ところが落ち始めると、ほとんどの人が上げようとする。
そうするとますます急角度で落ちるという運動に。

武田先生が結構お世話になった大学の先生。
立命館にいらした東洋学、中国文明の研究家。
加地(伸行)先生。
新聞なんかでお名前を知っている方がいらっしゃるかも知れないが、メディアに登場する文化人の悪口を書いて今、大当たりに当っている。

マスコミ偽善者列伝 建て前を言いつのる人々



温厚ないい人なのだが、すごい売れ行きらしくて。
タイトルも何か物凄い。
ちょっと言いにくいぐらいのすごいタイトル。
「誰が知ったかぶりしてるか」「知ってるつもりで威張ってるか」というのでバーッと名前が書いてある。
でも加地先生の理路は決して感情論ではない。
それがすごくわかりやすい。
ヘイトスピーチに関することで、加地先生がお書きになっていたので「ああ、そういう考え方、なんとなく自分も支持してしまうな」と思った。
ヘイトスピーチ。
とある国の人たちに対して激しくその人たちを侮辱するようなことを言う。
そうしたらこの知り合いの加地先生が米軍の基地反対のプラカードに「ヤンキーゴーホーム」とあった、という。
ヘイトスピーチを問題にするのなら「ヤンキー」という呼び名に関してもちゃんとした反応を示すべきだ、という。
この理路は。
やっぱり侮蔑の中で「ヤンキー」だけは平気で「ゴーホーム」という。
「それはないんじゃないか?」という。
そこをきちんとしない限り、抗議運動とヘイトスピーチの壁はなくなってしまう。

世界最強の国はどこか?
アメリカ。
加地先生がすごく突っ込んで「じゃあ、何で最強なんだ?」。
「兵力とか経済力」と思う水谷譲。
加地先生が「兵力だったらいっぱいいる」と。
中国だって負けていない。
人数等々。
何でアメリカをガツーンとやっつけないんだ?
兵力が強いのに。
アメリカは「友達がいらない国」。
付き合わなくても一国で飯が喰っていける。
工業と農業のバランスが比較的いいので、自分のところの田んぼ、畑で採れたもので物を作りつつ生きていける。
そんな国は世界でアメリカしかない。
ギリギリだが。
贅沢を言ちゃダメ。
でもアメリカは紙にも困らないし電気にも困らない。
水もきっと何とかするだろう。
それに比べて中国はもう農業があぶない。
中国が小麦を輸入している。
麺類の国が。
日本も。
小麦は自分のところでなんとか・・・。
日本も一番大事なのはもしかしたら「農業」かも知れない。
やっぱり農業は絶対に持っていないと。
世界のお友達から去られた後「喰い物がない」と慌てる惨めさ。
つまり加地先生がおっしゃりたいのは「自分の持っている知識ですべてを割り切りすぎる」という、そのことなので。
人の名前を出さないということで「加地先生の本をいくつか取り上げようかなぁ」というふうに。
武田先生もメディアで働くので、(加地)先生がボロクソ言った人とすれ違うことがあるので。
ただ、加地先生のおっしゃっていることはすごくわかる。

人々は自分の知っていることだけで世界を割り切りたくて、逆の意味でいうと「錯覚を喜んでいる」という。
この『知ってるつもり』のスティーブンとフィリップは繰り返し言う。
自分の知らない人と一緒に考えるという知恵を持っていない限り、人間はバカになっていきますよ。
そういえば日本のやっぱり前半中盤ぐらいのスキャンダルは全部狭いところの範囲内だった。
日本のアメフト部。
それから日大の総長さん。
アマボクシングの会長さん。
それから東京のお医者さん関係の学長さん。
それから必死になって「自分の息子を大学に入れてくれ」と頼んだ文科省の方。
わりと狭いところでヒソヒソとお話しをなさっていた。
それから女帝部屋に呼ばれて「ナントカパワーを感じた」という選手と。
それから体育館の片隅でビンタをしているコーチとか。
いかにもこのぐらい物陰での会話であるし、話ではある。
「それではダメなんだ」と。

今、大きな時代の変化を迎えている。
それは何かというと、賢さの定義が変わりつつある。
人間の頭の良さを決めるのは実はIQとか知能テストではない、と。
別の才能がその人の賢さを決めていく、と。

思い込み。
天気予報の時にレポーターの人が地元に住んでいる人に質問して言わせている。
「ここはアンタ、ずーっと生まれた時から生きててアンタ、70年近いよ?」「始めてだよ。こんなに雨、降ったのは」という。
その70年があてにならない。
その70年というのはデータとしては非常にか細い。
そういう定型の言葉を持ってきて「異常気象である」ということを遮二無二言わせようとするのはどうかなぁと思ったりする。
みんな最近疲れてきたせいか、だんだん「異常気象」と言わなくなった。
昔、テーブルを叩いて言っていた。
いっぱい不幸があって、本当に被害に遭われた方には申し訳ないが、地球も一生懸命バランスを取るために強烈な台風が来る。
「どうしてもあのスピードで海をひっかきまわさないと全体が」というのを考えているとすれば、あんまり呪うことはできない。
そんな気がする。
切ない。
時としてこの国に住んでいることを呪いたくなる時がある。
本当に台風21号なんて見ていると「まっすぐ行けー!」と言いたくなる時があるカックーンと曲がって四国に来る。
でも時としてあんまり連続して20、21(号)とか続くともう本当に「何でオメェそこで曲がるんだ!」と「こっちくんな!」と言いたくなる時がある。
しかも今年は災害があって、また同じような台風が来たりとか「今年また来るの?」というのは・・・と感じる水谷譲。
中国地方だってまだ片付いていないのだから。
そうしたら時々するどいことを言う、武田先生のお譲さん。
「ねぇパパ。台風も来なきゃ雨も来ない。竜巻も来なきゃ、地割れとか土砂崩れもない。どこか知ってる?」
砂漠。
「日本は何でこんなに揺れたり濡れたり崩れたりするんだ」と言ったらお嬢さんが「それは地面が生きてるからよ」と。
「生きてる地面」の上に住んでいる。
まだ成長している。
川は流れを変え、山は姿を変える。
確かにもう本当に、そばに住んでいた方は大変な犠牲だが。

テレ東『YOUは何しに日本へ?』
夏だ、祭りだ、絶景だ!”日本の伝統LOVE”で猛暑をぶっ飛ばせSP:YOUは何しに日本へ?|Youは何しに日本へ?:テレビ東京
この間、変なヤツがいたので思わず結果として見た。
金継ぎ。
お皿の割れたところを「継ぐ」「修理する」という。
パテで。
たいがいは漆。
漆を固めて。
それで割れた茶碗をそれで塞いで、そこに装飾をほどこして「かつてあったものよりも、さらに美しいものを作る」という。
その「金継ぎ」にイカレたポーランドの青年がいて、日本に習いに来ている。
それで金継ぎがいかに素晴らしいかを一生懸命テレビスタッフに語る。
ヨーロッパにも金継ぎ技術みたいなものはある。
だがそれは高級なお皿とか陶器。
何でか?というと、使わないが飾っておくために修理する。
日本は違う。
金継ぎは継いだらまた使う。
そんな技術は世界にはない。
すごいのは、粉々に割れた茶碗が割れなかった茶碗よりも金継ぎの後、値段が何十倍にも上がる。
その金継ぎで名を売った名器がある。
「織部」という。
あの人は金継ぎのカブキモノ。
だから金継ぎ技術を高めるために「自ら茶碗を割った」という。
だから金継ぎ茶碗がものすごい。
割れたところにきれいに漆で。
聞いたらあれは60〜70工程。
70回ぐらい手間がかかる。
割れなかった茶碗よりも値段が上がる。
立ち上げた会社を2年間で10社も倒産させ、直後に足を骨折という黒歴史を持つYOU。「人生最悪」って時にネットで見つけたのが金継ぎだった。壊れても美しく生まれ変わる様を見て、「自分もまだやれる!」と一念発起して起こした会社が、5年目でなんと年商11億の企業に急成長。つまり、今の成功は金継ぎから始まったというから好きすぎるのも納得〜。
(ラジオでは倒産の回数は7回と言っているが上記のように10回)
カネを貯めて金継ぎ作品を買いに来るのが彼の楽しみ。
金継ぎを見ると元気が出る。
別れ際に日本のスタッフに「自分も金継ぎで前より高くなってみせる」と言いながら背中を・・・。
いい話。
さっき言ったが(日本は)山崩れはあるし地震は多いし、土は持っていかれるけど、日本人はこの大地に、生きた大地にしがみついて懸命に金継ぎしながら生きてきた。
「金継ぎ的美」というのはこの日本人の日本の土に対する感情と全く同じ感情を芸術にしたのではないか。
割れるものを恐れず!

今、時代と共に賢さの定義が変わりつつある。
かつて人の賢さを計測する方法は知能テストだった。
足し算を素早くやったり。
「四角の中に何個の三角形が隠れているか答えなさい」とか。
そういうことで賢さを測っていた。
今は違うそうだ。
まずは「g因子」。

「一般的(general)」の頭文字から「g因子」と呼ばれる。(222頁)

(この「g因子」はIQを一般的な指標とするものなので旧来の「賢さ」を指すのだが、武田先生は曲解しているようで、この後の説明は本の内容とは異なる)
これはその人の知能。
空間、言語、数学、類推、それから単純、複雑思考の使い分けなどの中で、他者との関わりを利用した方がよいと判断した時、すぐにグループに呼び掛ける力。
わかりやすく言うと、何かの問題に遭遇した時に「すぐにグループを組める」という。
そのグループを組む力のことを「g因子」という。
これは実は「賢さ」に入っている。
だからグループを組めない人は能力が低いということになる。

集団知能仮説とは、集団においても同じような相関が存在するという考えだ。あらゆる集団作業の成績には相関性があり、集団の成績を分析することでg因子と同じような因子(「集団(Collective)」に因んでc因子と名付けられた)が抽出できるはずである、と。(227頁)

(上記のように本の中では「c因子」とは個人の能力ではなく集団としての能力について想定されているものだが、これも曲解しているようだ)
グループを形成した後、グループ全体を励ましてグループ全体の成績を上げようとする。
そういう人がいるとするとその人のことを「c因子が高い」と呼ぶ。
「集団知能が高い」というふうに表現されて「知能の高さ」に。
だからグループ。
仲間を集める力。
仲間と一緒に頑張れる力。
それが今は「知能」。
日本語で難しくて「人間力」とか言う。
でもそういうのを賢さの中に、それが実は一番大事な賢さである、というふうに賢さの定義が変わりつつある。

今年(2018年)はスキャンダルの方を振り向くとその「ジェネラル(g)」も「コレクティブ(c)」も低かった人が多い。
仲間が集まらない。
それから仲間と一緒にやる気がない。
今年のスキャンダルの主のだいたいの特徴。

パフォーマンスが低い人ほど、自らの成果を過大評価していた。(278頁)

いっぱいいる。
本格的にリングに立ったことがないのにパンチの練習をやっている爺さんがいた。
「軽いパンチ、アカへんのや。ボォンと入らななー?」
やってみろよ、三分間。

運転が下手な人は、スキルが低いだけでなく、習得すべき運転のスキルがどれほど幅広いものであるかもわかっていない。だから実際よりも自分はうまいのだと思う。(227頁)

無知と錯覚が重なった人で、こういう人がコミュニティの知能から切り離されると、より大きなコミュニティに被害をもたらす人物になってしまうという。
そういうのは思い当たる。
自分の狭いスキルにうぬぼれている人は集団から切り離されると集団全体をダメにするほどのミスを犯す人になる、と。
どんなに無知であっても、集団、あるいは仲間を集め、考える力を持った人というのはg因子、c因子が高い人だが、これはものすごい偉業を残すそうだ。
その一人がJFK。
(番組ではg因子、c因子の話として紹介されているが、以下は無知であったことが成功に向かった例)

 一九六一年の段階で、ジョン・F・ケネディには六〇年代のうちにアメリカの宇宙飛行士が安全に月面に着陸できると予想する正当な理由は一つもなかった。ケネディの予測は、錯覚から生じた傲慢さによるものとしか形容できない。だが、信じられないことが起きた。アメリカはそれを成し遂げたのだ。JFKが大それた野望を語っていなければ、アメリカは挑戦すらしなかっただろう。(283頁)

これは仲間さえいれば、どんな錯覚もとんでもない奇跡を起こす引き金となりうるのだ、と。

武田先生の注文。
もうちょっと具体的に色々書いて欲しかったが(この本は)そのへんが少ない。
この特徴はアメリカの研究者の方の本というのはすごくドメスティック。
途中で腹が立って「私には少〜しも面白くないのです」と書いている武田先生。

 次ページに挙げたのは、NSBが一九七九年にアメリカ国民の科学的知識を測定しはじめて以来、最も頻繁に出題された質問だ。(173頁)

質問 ※3番以外は正誤を解答  正答率(%)
1.地球の中心はとても熱い。  84
2.各大陸は何百年もかけて現在の位置まで移動した。今後も移動を続ける。  80
3.地球が太陽の周りを回るのか、太陽が地球の周りを回るのか。  73
4.放射能はすべて人為的につくられた。  67
5.電子は原子より小さい。  51
6.レーザーは音波を集中させてつくる。  47
7.宇宙は巨大な爆発とともに始まった。  38
8.生物のクローン技術は、遺伝子的に同一のコピーをつくる。  80
9.赤ん坊の性別を決めるのは父親の遺伝子である。  61
10.一般のトマトには遺伝子はなく、遺伝子組み換えトマトにはある。  47
11.抗生物質は細菌とウィルスの両方に効果がある。  50
12.今日私たちが知っている人間は、先祖である動物から発達した。  47
(174頁)

答えは1.正 2.正 3.地球が太陽の周りを回る 4.誤 5.正 6.誤 7.正 8.正 9.正 10.誤 11.誤 12.正。(175頁)

9番のみ誤答で11点だった水谷譲。
武田先生は満点。
スタッフは10点。

 各質問の横に書かれた数字は、二〇一〇年の調査で正解した回答者の割合だ。質問七と一二は、正解を書くことが宗教上の信念に反する場合もあるので、議論の分かれるところだ。両者の冒頭に「天文学者によると」あるいは「進化論によると」と追加すると、正答率はともに約七〇%に上昇する。−中略−アメリカ人の愚かさ加減に笑い出したくなるかもしれないが、少し待ってほしい。中国、ロシア、EU、インド、日本、韓国での調査結果もさほど変わらず、ほとんどの国ではもう少し悪かった。(173頁)

ちょっとこれはおかしい。
このへんちょっとスティーブン、フィリップはもう一回研究し直して欲しい。
この12問を5点間違えるというのは宗教上の理由にしてもちょっとやっぱり『三枚おろし』をアメリカもやった方がいいかも知れない。

どうして人間は無知になってしまうのだろう?ということ。
これはもう非常に単純なことで、今の自分、今のコミュニティ、それに属しながら、更に次なるコミュニティの中に自分が入ってゆこうとするという、そういう思いがなければ。
そしていくつになっても自分を「完成しない自分」とし、決してうぬぼれず、コツコツと勉強していくという。
アナタが知らない事を一日も休むことなく加算、積算されていきます。
自分の生きていく世界のすべてを支配していると思っていた老人が、2018年夏、け躓いたプレイをたくさん見た。
今、所属しているコミュニティに満足せず、またオノレにもうぬぼれず、という意味でお届けした「知ってるつもり」。

posted by ひと at 11:06| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月8〜19日◆知ってるつもり(前編)

スティーブン・スローマンさんとフィリップ・ファーンバックさんというアメリカの学者さん。
注目されつつある学者さんということで早川書房が日本語版を出している。

知ってるつもり――無知の科学



(番組では副題が「知ってるつもり」だと言っているが、多分この部分は副題じゃない)
人間の愚かさと言うか「知っているつもり」でいるという。
「これいいかなぁ」と思って手にした本。

 一九五四年三月一日、彼らが太平洋の片隅で目の当たりにしていたのは人類史上最大の爆発だった。「シュリンプ(エビ)」と渾名された水素爆弾を使った核実験「キャッスル・ブラボー」である。だが何かが決定的におかしかった。爆心地にほど近いビキニ環礁のシェルターに座っていた兵士たちは、過去にも核実験を見たことがあり、爆発の約四五秒後に衝撃波が来ると予想していた。(9頁)

爆心地から100キロ以内の立ち入り禁止。
ビキニ環礁近くの島に住む島民たちもロンゲラップ島やウチリック島へ強制疎開させられた。
マグロ漁の全ての民間漁船も安全のため100キロ外へ出された。
そういう意味ではアメリカはエライ。
きちんと安全を考えて。
賢いアメリカ。
科学のアメリカ。
その時、厚さ90cmのトーチカに守られた兵士は安全確保し、空気中の放射能を検知のためB36という飛行機が飛んでいた。
これも全部科学的に計算した安全圏だった。
そして海上だけではなくて海中だが爆心地から深くソ連のスパイ潜水艦を警戒するため、米潜水艦が危険外で潜航し、スパイ活動を見張っていた。
そしてついにその瞬間を迎えて水爆、核実験が行われた。

地面はゼリーのようにゆらゆらと揺れた。九〇〇メートル上空では、B36の乗組員が咳き込み、パニック状態で叫んでいた。機内には熱と煙が立ち込め、−中略−そこから一三〇キロメートルほど東の海上では、日本のマグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員が甲板に立ちすくみ、恐怖と驚きをもって水平線を見つめていた。(9頁)

爆発から二時間後、放射性降下物の雲が船の上空に到達し、数時間にわたって死の灰を降らせたのだ。(10頁)

潜水艦から空中に浮かんで観測していたものから厚さ90cmのトーチカに守られ安全を確保した兵士まで全員被爆。
第五福竜丸だけではなく、ないしょにされていたがアメリカの兵士も全員被爆している。
実は計算間違いがあった。
科学のアメリカが。

一九四五年に広島に投下された原子爆弾「リトルボーイ」はTNT一六キロトンで、−中略−シュリンプを開発した科学者たちは六メガトンの核出力、すなわちリトルボーイの三〇〇倍以上の威力を想定していた。しかしシュリンプの実際の核出力は一五メガトンと、リトルボーイの一〇〇〇倍近かった。(10頁)

この実験のように、一つの水爆実験に関して数万人の関係者がいる。
その関係者のうち、その威力を計算した科学者は数人であった。
誰一人チェックしなかった。
この本のスティーブンはいいところに目をつけた。
私たちはどうやら間違いなく、そういう世界に今、住んでいる。
人間というのは、これほどのバカをしでかす生き物なのだ。
それを決して忘れてはいけない。

世の中で最も危険なのは何か?
それは「知っているつもり」。
これが最も怖いとスティーブン&ファーンバックは訴えている。
では、私たちはいかにものを知らないか?
「知っているつもり」で平気で生きているかを探っていこう。

スティーブン、フィリップも言っているが、私たちは身の回りの90%を説明できない。
知っているつもりで生きていっているという我々の暮らしがいかに脆いか、いかに危険かをスティーブンとフィリップの二人に教えてもらおうと思う。

自動ドアは何で開くかよくわからない。
エレベーターは何で上下しているのか?
説明できない。
電車は何で動いているのか。
考えてみたら説明できないことばかり。
中でも馴染み深いと言うか、みなさんがお世話になっている水洗トイレ。
何であれは水が入れ替わるのか?
このトイレの発明はもの凄く時代が古くて19世紀。
1880年代にもう発明されていた。
基本構造は21世紀の今まで、ほとんど変わっていないという。
ある意味で完璧な発明。

主な構成部品はタンク、ボウル、トラップ。トラップは通常S字かU字型で、ボウルの排水溝より高い位置でカーブして、それから下水道につながる排水管へと降りていく。最初の段階で、タンクには水が貯まっている。
 トイレを流すと、水はタンクからボウルへと一気に流れ、水位がトラップの一番高いカーブより高くなる。するとトラップから空気が抜け、水が流入する。トラップが水で満たされたとたん、魔法が起こる。サイホン効果が生じ、ボウルから水を吸い込んでトラップを通して排水管まで流すのだ。
(14〜15頁)

一番言いたかったことは、かくのごとく我々は身近な暮らしの中でも、その物がどのような仕掛けで動いているのか知らない、という。
まだいっぱいある。
エレベーターとか自動扉とか言ったが。
古い発明で未だにうまく説明できないファスナー。
何で閉じるのか?
やっぱり世界の90%が説明できない。
すなわち「知っているつもり」で生きているんだ、と。
そのような錯覚を自覚するかしないかで生き方が大いに変わってきますよ、という。

それから今年(2018年)はやっぱりそういう意味では「大活躍したんじゃないかなぁ」と思う「気象」。
お天気。
これについてもスティーブンとフィリップは提案している。
彼曰く気象について、天気について人間が持っているデータはせいぜい150年ぐらい。
ということは地球全体のことで気象を占おうとする時に(150年は)もう2秒か3秒ぐらいのデータでしかない。
だからデータとして少なすぎて天気予報、気象というのは相当正確に当てることは難しい。
大雨が降る、降らない。
台風の進路。
竜巻、高潮、海抜、時、所、山、海、川。
そういう条件がバーッと重なってくるので気象というのはやっぱり相当予報が難しい、と。
そういうことを聞きながら、踏まえながら、天気予報と付き合った方がいいですよ、と。

一番わかりやすい例だが(台風)20号は半分当たったような当たらないような台風予想だった。
平成30年台風第20号 - Wikipedia
急にカーッ!と四国方面間に上陸したヤツ。
これはダラダラと言っていたが、意外とスッと抜けた。
雨は降ったが。
(台風)21号。
「風が強い」というのがきれいに当った。
この20号と21号というのは聞く方の立場で言うと20号は半分しか当たらなくて、21号はズバリ当たった。
受け止める側は命を助ける手段。
台風がやってくるたびに全く同じことを繰り返し言うというのは、予報の方ももうちょっと言葉を・・・。
まあ、勝手な要求。

台風が来る度に同じ注意ばっかりされると、注意に関して鈍感になるということを申し上げたかった。
その意味では台風が通り過ぎるたびに気象庁の人が出てきて「今度の予報はこことここが当たったけれども、こことここは外れました」等々を少し聞かせていただけると自分の身の周りの、自分が見聞きした台風の記憶というのが、この次にやって来る台風に関して磨かれるような。
分析してもらうとわかりやすい。
もう全部同じことを言うから、どれがどれだかわからなくなっちゃう。
何でこんなことを言うかというと、本の中でスティーブンとフィリップが言っていることだが、私達人間というのは後ろ向き情報、過去の情報を前向き情報に変換するという、そういう能力を持っている。
だからこそ、我々の暮らしがそこにあるワケなので。
後ろ向き情報というのをちゃんと聞かせていただきたい。

ものすごく防災なんかに詳しい方がいらっしゃって、何かこう、反省してらっしゃる「用心した方がいい」という方がいる。
北海道の地震なんかで液状化か何かで「あ、ここらへんはね、水出ますね。この土から見て」という。
それはそうかもしれないが、先に言ってあげなさいよ!アナタ!
ああいうのがものすごく合点がいかない武田先生。
【北海道震度7地震】内陸部でなぜ液状化? 札幌市清田区、谷地に盛土 耐震化遅れた水道管も被害拡大 (1/2ページ) - 産経ニュース

それから関空に関してもそう。
滑走路の高さに関して「この飛行場は想定外の波に弱いですね」と。
みんな弱いよ!想定外に!
【台風21号】関空「50年に一度」の想定超えた!? 海上空港のもろさ露呈(1/2ページ) - 産経ニュース
あれは一見便利そうだが、本当に子供の理屈で考えたら当たり前。
飛行場に行く道が一本しかない。
そこを通れなくなったら孤島になっちゃう。
そういう意味で前向き情報ばっかりで作っちゃった飛行場という感じもしないでもない。
想定「内」「外」で「考えている」「考えない」をジャッジするのは本当にやめた方がいい。
「想定内」は昔会社を頑張って乗っ取ろうとした人が作った言葉だが。
堀江貴文 - Wikipedia

 世の中には、わかっているとわかっていることがある。これは自分たちにわかっているという事実が、わかっていることだ。一方、わかっていないことがわかっていることもある。つまり自分たちにはわかっていないという事実が、わかっていることだ。しかし、わかっていないことがわかっていないこともある。自分たちにわかっていないという事実すら、わかっていないことだ。(43頁)

そのことに関しては人間は謙虚であるべきた、と。
いつも人間は「わからないことがわからない」という、その側面を持っているんだ、と。

見ていて最近「不思議な世界になってきたなぁ」と思うのは、ちょっと武田先生のところにも数字(視聴率)なんかが具体的に入ってくるのだが、とあるクイズ番組なんて「5〜6%取ればOK」という。
そういう時代。
テレビドラマはカネがかかるので二桁。
15(%)以上というのが暗黙の了解で、そういうところに生きていた。
昔はトレンディドラマは38%とか40%近く取っていた。
幸せなことに、そういう時にそういう仕事をやっていた武田先生。
今はというと、BSはあるわCSはあるわ。
本当に山ほどチャンネルが増えたワケで。
それで割っていくとドンドン、という。
でも地上波が「現代」「今」を映し出すとすればBSが「過去」。
BSの扱いはわりと昔のヤツが多い。
この間『昭和は輝いていた』で武田先生も賞をいただいた。
番組そのものが後ろ向き。
「昭和」をやっているから。
8チャンネルのBS(BSフジ)でよくやっているのは『鬼平犯科帳』。
あれを中村錦之助さんの代からやっている。
やっぱり何かこう、ちょっと過去を。
日テレなんて相変わらず『笑点』の司会者はあの人。
円楽さんとか歌丸さんの司会のヤツをやっている。
それをつい見ちゃう。
つまりテレビの電波は今、前向き情報と後ろ(向き)情報を両方やっている。
だから東野英治郎さんの『水戸黄門』とかやっている。
「やがて私もあっち行っちゃうんだろうなぁ」と思って。
『金八先生』も始まったらものすごい本数があるから「延々と」という。
だからテレビが今、「前向き情報」と「後ろ向き情報」で「地上波」「BS・CS」となる。
そうやって考えると人間にとっては、天気予報もそうだが「前向きと後ろ向きの情報が必要である」という。
これはやっぱり「明日を予見する」そういう能力に変換するための大事な素材ではないだろうか?というふうに思う。
人間というのは実に不思議な生き物。
いろんな物語があるが、ちょっといじるとたちまち物語が別の物語になるという。
そういう不思議な側面があるということ。

イディッシュの民話にこんなものがある。商店主がある朝店に来ると、ショー・ウィンドウにスプレーで下品な落書きがされていた。商店主は落書きをすっかりきれいにしたが、翌日また同じことが起きた。そこで一計を案じた。三日目近所の不良が集まってきて落書きをすると、彼らに一〇ドルを支払い、その労力に感謝した。翌日も同じように不良たちに礼を言ったが、今度は五ドルしか払わなかった。その後も店を汚す不良たちにカネを払い続けたが、その金額は徐々に減っていき、ついに一ドルになった。すると不良たちは姿を見せなくなった。これっぽっちしかカネをもらえないのに、商店主を困らせるためにこれだけの手間をかけてもしかたがない、と思ったからだ。(76頁)

これは主人公が切り替える。
「いたずらを叱る」とかっていうことではなくて、いたずらにギャラを払うことによって、そのギャラの対価でだんだん彼は疲労を覚えてくるという。
実に巧妙な落書きをやめさせる大人の知恵だった。
これは物語の乗り換えがある。
そういう意味で後ろの物語を前向きに変えるという。
これは因果を実にうまく取り入れた。
これはマーク・トウェインなんかもそういうのがある。

トム・ソーヤーの冒険 (新潮文庫)



親からペンキ塗りを頼まれた主人公が楽しそうに、本当は楽しくないのにやっていて。
そうすると仲間が集まってきて、あんまり楽しそうにやっているので「代わってくれ。オレにもやらせてくれ。頼むよ!」と言いながら。
すっかり小銭まで巻き上げてやらせて。
綺麗に壁は塗り替えられました、という話。
態度によって、いかな物語も美しく変えることができる。

(2018年)9月につくづく思ったこと。
坂上(忍)さんがえらく興奮して。
だからついテレビを見てしまう武田先生。
体操・速見元コーチの暴力映像を流した「バイキング」 坂上忍に対する批判も集まる|ニフティニュース
ジムで走りながら見てしまうのだが、あのコーチのあの叩き方はない。
大変申し訳ないが、武田先生にも娘がいるが、娘が好きでやっていることでもあのコーチがあんなふうに叩いたら、あのコーチを叩く。
絶対許さない。
人んちのお譲さんをあの早さで叩けるというのは。
当時、選手側はそれを受け入れていた。
あのコーチの額から血の一滴も流していただかないと気が納まらない。
あんなので「今月分」と教えていただいたお給料は払えない。
あの時「こんなもんだなぁ」と思ったが、後ろ向きの人との差をモロに感じたのは大坂(なおみ)さんという人がいた。
あのコーチ。
(サーシャ・バイン氏のことを言っていると思われる。先日解任されてしまったが)
あの人はビンタをかましたとは思わない。
あの人が(大坂)なおみさんがふてくされて「できない!」とか言ったところでバチーン!と叩いたりしないと思う。
「ユーキャン!ユーキャン!」「君はできる!できる!できる!」と。
どちらがメダルを獲れるか?
どちらがトロフィーを獲れるか?
あえてあのコーチにあの方法で彼女に金メダルを獲ってもらおうと思った武田先生。
獲れたら体操界でみんなビンタが大はやり。
でも聞いたことがない。
浅田真央についていたあのジェントルマンのおじいちゃん(佐藤信夫氏のことか)が「真央!」と言いながらパチーン!と叩くか?
リンクを降りた時に真っ先に温かいコートをかける人なのに。
それは違う。

ストーリーを変える、その力が人間を人間たらしめたのである。
我々は昔々、アフリカ東海岸の草原のサルであった。
そのサルはもの凄く弱くて、もういろんなケダモノの餌食「好物」だった。
一説によれば人類になるサルというのは4万頭ぐらいまで減った。
1回減ったことのある種。
「黙れ」というのを「シッ!」と言ったりなんかするのはヘビの「シャー!」に影響を受けたサルの時の記憶。
「シーッ」と言いながら噛みつこうとするヘビがいたのだろう。
それで「ヘビがいるぞ」の合図が「シーッ!」だったらしい。
今は国際的用語。
どこにいっても「シーッ!」と言うから。
弱いサルがヒトになったのは何かというと物語の力。
「あれをこやれば、こうなるのではないだろうか」という、後ろ向きを前向きの予測に変えてストーリーを作っていく力。
これが人間を人間たらしめたのである、という。

人間はもっとも弱い生き物で、いつ絶滅してもよかった、という。
そういう実にかよわな草原のサルであった。
そのサルが80億ぐらいだと思うが、それぐらいの大勢の「人類」という「人間」という種に増えたのかというと、それは因果を共有し、同じ物語をコミュニケーションとして持つ集団だからである、という。
喰い物を探しに行って、最初はやっぱり森の喰い物とかだが、雑食であるサルは大型の獣を狙うようになる。
最後はマンモスとか狙っちゃったワケで。
その時に「前にこうやったから今度はこの手で捕まえよう」とか。
それが想像できる生き物になった。
それが人類がここまで発展して人数を増やした理由。
ところがあまりにも前を向き過ぎて「け躓く」というのが結構人間には多いぞ、ということ。
人間はわかりやすく物語を作ってしまう。
だから何か問題があると今までの知恵ですぐ答えを出そうとする。
そこに人間の大きな間違いがある、という。

一度やったヤツだが、もう一回やりましょう。
この時に紹介されている)

 バットとボールで合計一ドル一〇セントである。バットはボールより一ドル高い。ボールはいくらか。(95頁)

バットとボール合わせて1100円。
バットはボールより1000円高い。
ボールはいくらか?
「ふたつ合わせて」だからすぐに「ボールは100円」と答えそうになるが、そうならない。
これは実は50円。
だから1000円高い。

 湖面にスイレンの葉が並んでいる。その面積は毎日二倍になる。四八日で湖面全体がスイレンの葉で覆われるとすると、湖の半分が覆われるまでには何日かかるか。(96頁)

「二四日」という回答がぱっと頭に浮かんだだろうか?−中略−面積が毎日倍増するなら、二四日目に湖の半分が覆われていれば、二五日目には湖全体がスイレンの葉で覆われているはずである。−中略−正解は湖全体が覆われる一日前なので四七日である。(96頁)

読売新聞でやっていて武田先生が四日ぐらい考え続けた漢字問題。
(□の中に同じ漢字一文字を入れて熟語を作る)
馬□
神□
□鳴
□子

答えは「鹿」。
知らない単語をポン!と入れられると人間は予測がつかなくなる。
「鹿鳴館」だったら武田さんもすぐに出てくる。
だが「館」がなくて「鹿鳴」という。
これは面白かった。

posted by ひと at 10:48| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする