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2019年05月31日

2018年10月29〜11月8日◆Boys and Girls Be Cool(後編)

これの続きです。

「これからどんな職場で働こうか」とか「働きつつ何を目指そうか」とかと思っている諸君に、一番必要なものは何だろうか?
コミュニケーション能力とかクラフト「腕前」。
自分の手で何ができるか?とかあるが「美意識」「美しさを求めるという心」がないとうまくいきませんよ、という。

先週、お話でオウム真理教という宗教集団があって、その人たちが偏差値ではすごい、学歴社会に最も通用する方々。
その方々があれほど大量に死刑判決を受けるという、あのオウム真理教とは一体何だったのか?
それは頭がよかったんだけど美意識がなかった。
何が美しいか。
何が醜いか。
何が清潔か。
何が汚いか。
それがジャッジできなかった。
その不幸があの巨大な犯罪を生んだのではないだろうか?

日本をすべて捨て去り、自分たちの手により新しい日本を作ること。
それを信じたというところにオウム真理教の悲劇がある、と。

システムを全否定し、それに代わる新しいシステムへリプレースしようという運動は、それこそ星の数ほど限りなく行われてきました。先述したオウム真理教もまた、そのような運動の一つと考えることができますし(183〜184頁)

列車を止めて別の線路を敷いて、その上を走ろうとした、という。
しかしとんでもない間違い。
システムを変えられる者は、システムに今、従っている者。
新しい列車で行くにしても、新しい旅は今ある線路の向こう側にしかない。
新しい線路を敷き直すなんてことはできない。
ダイナマイトとトンカチで新しい道を建設できると思ったら大間違い。
ではどうするか?
美を身に付ける。
自分の直観として人には説明できない何か。
「私はこれが美しく、つい見とれて足を止め、気づくと微笑んでいるんだ」という感性や感情を持つこと。
これが美意識を持つことではなかろうか?
水谷譲にとって「いつのまにか気が付くと見ている。足が止まっている。そして微笑んでいる」というものは「子供」。
だから子供のことを忘れたら人間はどんな醜いことでもできるということ。

花を見ても空を見ても立ち止まる能力、微笑む能力。
これを繰り返している人こそが哲学者になれるんだ、と。
哲学の本質とは何か?

現代社会を生きるエリートが、哲学を学ぶことの意味合いのほとんどが、実は過去の哲学者たちの「1.コンテンツ」ではなく、むしろ「2.プロセス」や「3.モード」にあるということです。(235頁)

すぐに役立つ知識はすぐに役立たなくなる」と言って基礎教養の重要性を訴え続けましたが、哲学の学習にも同じことが言えます。(235頁)

朝からこんな話をしているのは武田先生たちだけ。
日本中「シーン」としてるのだろう。
みんな「安倍政権」とか、そんなことを話しているのに。
「すぐに役立つ結論はすぐに役立たなくなる。すぐに役立つ知識はすぐに役に立たない知識になる」
「シーン・・・」
でも若い方はもしかしてこれを今、電車の中で聞いて「そうかー」と思っているかも知れない。
新聞を読む手がスッと脱力して、その若者は風景に目をやっているかもしれない。
今はみなさん新聞よりスマホだと思う水谷譲。
「(新聞を)畳めないよ!こんな満員じゃ!」と言っている人はいないのか?
それでは今、フッとスマホの手を休めて、フッとあなたの目が車窓の向こう側に行った若者にこの言葉をお送りしましょう。

大正末期から昭和にかけて駐日フランス大使を務めたポール・クローデルでしょう。−中略−
 クローデルは1921年から1927年にかけての6年間、フランスの駐日大使として日本で過ごした後、アメリカとベルギーの大使を務め、外交官を退官します。その後、ご存じのように日本は泥沼の戦争に突き進んでいくわけですが、敗色も濃厚になった1943年の秋、パリで行われたパーティにおいて、クローデルは多くの参加者の前で次のようなスピーチをしたと言われています。
 私がどうしても滅びて欲しくないと思う一つの民族があります。それは日本人です。あれほど古い文明をそのままに今に伝えている民族はありません。彼らはたしかに貧しい、しかし高貴なのです。
(114〜115頁)

戦前の日本に駐日大使としてやってきて、日本人とすれ違ったのだろう。
確かに軍部の跳梁跋扈とかがあり、日本はおかしな方向に進んでいくのだが。
しかし一般庶民と接した欧米人の中で、日本に関して深く傾倒した人はいっぱいいるらしい。

本とは関係のない話。
テレビを見ていて「訪日客」は多い。
特に中華の人が多い。
10月前半に向こうに大きいお休みがある。
国慶節。
それで700〜800万人の海外旅行客がいて、半分以上が日本に着ている。
特に福岡でレギュラーを持っている武田先生。
まあ、来るわ来るわ。
ビビデバビデブー。
本当に。
その中で欧米の人たち。
この間「あなたのお土産は何ですか?」みたいな特番をやっていた。
ドイツ人がお好み焼きを引っくり返すヘラをかっぱ橋で求めている。
それを一本手に入れて幸せそうに握りしめて「ドイツで売ってないんだ」とか言っている。
あの人たちはお好み焼きをやっているのだろうか。
彼らが「日本はクールだ。カッコイイよ」という。
なぜ日本をそんなふうに褒めてくれるのか?
それが一体どこの点なのか?というのは知りたい。

とあるテレビ番組で見た異国の人の話。
これに出てきたテレ東『YOUは何しに日本へ?』の話かと思われる)
この人はポーランドの人で。
日本に「金継ぎ」という技術がある。
金継ぎというのは割れた陶器とか漆器などの割れ目、裂け目を漆などで繋ぐ。
それから別の陶器の割れたものを持ってきて、そこにはめて継ぐ。
そこに薄く金の張物を、金箔などをするところから「金継ぎ」と言われているが修理する技術。
ところがすごく面白いことに、もう先に事実から言ってしまうが、割れた茶碗で金継ぎをしたら、割れていない茶碗より値段が上がる。
こういう美意識に魅せられたヨーロッパの一人の青年がいて、その青年は今、小さな会社を興しているのだが、お金が貯まると日本にやってきて、金継ぎを勉強しながら金継ぎの傑作を買い求める。
「何でそんなこと知ったんですか?」と言ったら「インターネットで見たんだ」と。
戦国時代、割れた湯呑茶碗に金継ぎがしてあって。
「織部」とかだろう。
それがものすごい価値を呼んで。
彼はもう「アートだ」と言う。
お茶碗もアートだけど、金継ぎしたお茶碗はもっとアートだ。
ヨーロッパにも同じように割れたガラスとか何とかを直す方法もあるが、ヨーロッパではもう二度と使わない。
日本人は使うことを目的に修理する。
それでその修理の仕方を技術として持っている。
若い方、覚えておいてください。
金継ぎ。
みなさん方に日本の別の面を教えてくれますから。

京都なんかに行ってちょっと無理して二万円ぐらいの懐石を食べよう。
そうしたら器がいっぺんによくなる。
京都は器で値段を取る。
その時にひび割れたようなところに継いだヤツがあるから「金継ぎですね」と言うと女将が出てきて説明してくれる。
京都へ行って黄門さま(ドラマ『水戸黄門』)をやっている時に、その手の1万5千円以上の京懐石を食べた。
そうしたらやっぱり出す。
それで「天保のだす」とか言いながら。
天保は坂本龍馬が生まれた年。

それでこのポーランドの男性はうっとりしている。
金継ぎの技術を教えてくれる学校もある。
金継ぎのテクニックを教えてくれる学校で彼が勉強しているところがテレビに映されていたのだが、円く欠けているお茶碗に別の欠けたヤツを持ってきて漆でくっ付ける。
何回も何回も塗って。
最後に金箔を、その欠けたところに乗っける。
先生が「見立て」といって金箔を乗っけた半円型のところを指さして「it's a moon」と言う。
そういう新しい風情を入れて「○○のようには見えないか?」と言うと、ポーランドの彼が「it's Cool!」と言う。
「割れたら割れた価値が、別の角度から見るとあるんだ」というので。
これが「美」。

立ち上げた会社を2年間で10社も倒産させ、直後に足を骨折という黒歴史を持つYOU。「人生最悪」って時にネットで見つけたのが金継ぎだった。壊れても美しく生まれ変わる様を見て、「自分もまだやれる!」と一念発起して起こした会社が、5年目でなんと年商11億の企業に急成長。つまり、今の成功は金継ぎから始まったというから好きすぎるのも納得〜。
夏だ、祭りだ、絶景だ!”日本の伝統LOVE”で猛暑をぶっ飛ばせSP:YOUは何しに日本へ?|Youは何しに日本へ?:テレビ東京

彼は深いことを言う。
「欧州にもお皿やグラスを修理するという技術はあります。しかしもう一度使用しようという、そういうことは目指しません。ヨーロッパにある修理技術は、ただ飾るためだけのものです。だから非常に高価な物だけしか割れた物を修理しようとはしません。しかし日本の金継ぎは違います。自分が愛している器だったら割れても金継ぎで修繕し、ほとんど永遠に使用しようとする情熱があります。そして日本のすごいところは、割れなかったよりも、割れて金継ぎされた物の方がアートとして遥かに優れ、価値も上がるということです。驚くべき美意識です。私の人生をこれに重ね、私は金継ぎから勇気をもらいました。私は何度もひび割れた陶器です。
しかし金継ぎで今やっと5つ目の会社で成功し、私も少し値段を上げています。」
日本の美の探訪ということで、どこぞに行って金継ぎの器か何かでぜひ。
私達も「美」を、自分の「美を感じる能力」というのを鍛えていきましょう。
「これは美しい」と思う。
これは私だけにしか宿らない。
その美で仲間と集団を見つけることが美の鍛え方です。
「美を感じるモノサシを自分の中に持ちましょう」ということ。

 モーツァルトを愛し、どこに旅行に行くにも必ず愛用のバイオリンを携えていたアルバート・アインシュタインのエピソードは有名ですし、物理学の分野での先端的な研究をしながら、ユーモア溢れるエッセイを数多く生み出したリチャード・ファインマンには高い文学的素養がありました。(214頁)

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)



ルドヴィゴ・チーゴリにデッサンを習い、水彩画で陰影を表現する技術を身につけていたガリレオ・ガリレイは、だからこそ低倍率の望遠鏡で「月のデコボコ」を発見することができましたし(214頁)

20世紀の歴史において最も強力なリーダーシップを発揮した二人の政治家、すなわちウィンストン・チャーチルとアドルフ・ヒトラーがともに本格的な絵描きであったことは偶然ではありません。(70頁)

「日本は汚い」と革命を叫んだ人々がいた。
今も激しく日本のシステムを罵る人。
そういう方が現われる。
だが「ゼロ・オア・ナッシング」では何もできない。

 重要なのは、システムの要求に適合しながら、システムを批判的に見る。ということです。なぜこれが重要かというと、システムを修正できるのはシステムに適応している人だけだからです。(184頁)

そして発言力、影響力を身に付けながら、システムの改変を試みる人こそがエリートなのだ、という。
我々は乗った列車、走らせながらその列車を改良していくという、そういう離れワザを演じるという能力を持っていなければ。
止めて全部ぶっ壊して線路からやり直すなんて、そんなことが可能なはずがない。
それは無理。
まず発言というのは「美しく」なければ。

美しい言葉を持とう。
詩。
詩人の友だちを持つこと。
スピーチにおいて、レトリック「飾る言葉」として、メタファーとして、喩える言葉を豊かに持っている人。
そういう人たちが美意識があるんだ、と。
壊れた物を美しく直す金継ぎの言葉の技、そういうものも持っていないとダメなんだ。

 このような「メタファーの力」は、多くの優れたリーダーが残した名言にも、見て取ることができます。
 例えば、本書を執筆している2017年2月現在、米国で大きな問題となっているトランプ大統領の移民政策に対して、アップルのティム・クックCEOは、マーティン・ルーサー・キング牧師の「私たちは違う船でやってきた。しかし、いまは同じ船に乗っている」という言葉を引用して、この政策を支持しないことを明言しています。
 指摘するまでもありませんが、キング牧師は、人種政策で割れる米国を「同じ船」というメタファーで表現しているわけです。
(246頁)

これは一つカギがあって、ちょっと勉強しないとわからない。
黒人差別をする人、黒人差別をなくそうとする人たち。
黒人と白人は、違う船でやってきた。
しかし今、同じ「アメリカ」という同じ船に乗っているではないか?
ルーサー・キングが言いたかったのは「ピューリタンの移民船メイフラワー号で白人たちはやって来、私達黒人は奴隷船ブルックス号でやってきた。船は違う。だけど今乗っている船は『United States of America』という名前の船ではないか?」。
「I have a dream that one day」に続く。
やっぱりスピーチの力。
美。

(今回の本は)唐突なタイトル。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』というタイトルなのだが「エリートになるために美しいもの、いっぱい見なきゃいけませんよ」というのはすごく納得できる。

リーダーがやれる仕事というのは徹頭徹尾「コミュニケーション」でしかない、ということになります。(249頁)

コミュニケーションのためには言葉をアートとして磨くというくらいの強さを持っていないとダメですよ、と。
この(著者の)山口さんは面白いことを言う。
「詩を口ずさむ若者になっててください」と。
だから昨日話したキング牧師の演説なんて英語で2〜3行呟けるように。

武田先生からのオススメ。
『プレバト!!』
俳句の先生(夏井いつき)の言葉に感動する時がある。
五七五のここ、ちょっと入れ替えたりなんかするだけで、ものすごいいい句になっていくという。
五七五だけで深々とものを描き伝えた詩人たちは日本にいる。
やはり俳句は「世界最短のポエム」。
だからああいうのを見て言葉を。
そういう意味で、みなさん(松尾)芭蕉と(与謝)蕪村は読みましょう。
蕪村がオススメな武田先生。
一句だけ紹介。
つまみたる夢見心地の胡蝶哉
(「うつつなきつまみごころの胡蝶哉」のことを言っているのかと思われる)
ヒラヒラヒラヒラ庭に蝶々が飛んできた。
指でパッとつまんだ。
あんまりにも羽が薄いので夢で蝶々を捕まえたよう。
人差し指と親指の腹の熱を感じて幻を捕まえたよう。
でもこれが例の老子の『胡蝶の夢』に引っかかっている。
(番組では「老子」と言っているが「荘子」らしい)

老子・荘子 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス 中国の古典)



遠い遠い三千年くらい前、老子という哲学者がいて、荘周という男が夢を見る。
それは蝶々になった夢で。
夢から覚めた後、荘周はフッと思う。
「本当は蝶々が俺の夢を見てるんじゃないかな」と。
俺が蝶の夢を見たんじゃなくて。
人生はいかにも反転する。
そのことを踏まえて「夢見心地の胡蝶哉」。
深々とした奥行きを五七五の中に、という。
これはご同輩にも訴えましょう。
中期・後期高齢者の皆さま方。
やっぱり言葉というのは必要な生存術。
その中で特に若い方にわかりやすくオススメしましょう。
自分の好きな詩句、語句、言葉を持つこと。
それがAKBの歌でも構わない。

会いたかった



紅 (シングル・ロングヴァージョン)



ただ一つだけ若い方に条件を。
AKBの歌でもX JAPANNの歌詞でも構わない。
それは君の詩になりうる。
ただし一つ条件がある。
君がその言葉をつぶやき、そのつぶやきを聞いた誰かが「いいね。今の一言」という言葉じゃないと詩ではない。
誰か一人の心が動くという、それが詩であることの条件で「この詩が好き」だけじゃダメ。
「響く」ということが人の胸で試された言葉でないとダメ。
コウホウ(と言っているように聞こえたがわからなかった)はあくまでも人を介して。

この本の中で一番好きだったのは一番最後のたった一言。
これは抜群にいい。
一番最後にオスカー・ワイルドの言葉でこの本は結ばれている。
(実際には本の中では一番最後ではないのだが)
オスカー・ワイルドは詩人であり作家。
童話もある。

幸福な王子―ワイルド童話全集 (新潮文庫)



 俺たちはみんなドブの中を這っている。しかし、そこから星を見上げている奴だっているんだ。    オスカー・ワイルド(239頁)

何という美しい言葉でありましょうや。

(最終日の11月9日は今回の本のことではなくこのあたりのことについての予告的な内容なので割愛)

posted by ひと at 19:47| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月29〜11月8日◆Boys and Girls Be Cool(前編)

(去年放送された分なので、内容がずいぶん古いけど)

(今回のタイトルは)「Boys and Girls Be Cool」
少年少女たちよ!Be Cool!
「カッコよさ」を目指せというタイトルでまな板の上に乗せた。

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」 (光文社新書)



なんでこんなこと(この手の本を取り上げること)をやるかというと、ちょっと「高齢者のための保健体育」とか、そっちのほうにわりと最近偏りつつあるから。
話題が高齢化していた。
だから若い方にも、それも社会に出て今、働き始めたばっかりのフレッシュマンたちに『(今朝の)三枚おろし』を、二週ばかりお送りしてみようかと。

この方なんかも大変な大物さん。
剛力彩芽さんの恋人の方。
ZOZO(ゾゾ)の前澤(友作)社長。
今度月を一周なさるそうでこの間、全世界に向かって記者会見をやってらっしゃったが、あのへんの人がよくわからない。
堀江(貴文)さんぐらいからわからない武田先生。
堀江さんの本も読んでいる。
それからZOZOの人も。
何かヒゲの生え方が半端。
彼は世界の企業エリートに入るぐらいの凄い方なのだが、絵なんかもすごく造詣が深い。
いろんな高い絵も購入されている。
そういう、そのZOZOの方なんかとフッと像が結んだ。
「美意識をエリートは鍛えないとダメなんだ」という。
今の若い起業を目指す若者たちなんかに『三枚おろし』を、という。
この本はビジネスの本なのだが、もうビジネスが終わっているような人が読む本ではない。
でも、世界の企業エリートがオープンカレッジなどでしきりに美術を学ぶという、そういう現象があるそうだ。
ビジネスの成功のカギとして「アートの美意識を鍛えねば」との新しい潮流が世界で渦巻始めている、と。

 さて、では「他の人と戦略が同じ」という場合、勝つためには何が必要になるでしょうか?
 答えは二つしかありません。「スピード」と「コスト」です。実は「論理と理性」に軸足をおいた多くの日本企業が、長いあいだ追及してきたのがまさにこの二つでした。
(49〜50頁)

例えば車。
車を生産する企業がこれをより早く、より安く作れる会社が世界企業に成長できた、と。
より具体的に言えば、お客さんの欲望、そして社会の展望をサイエンスで分析し、評価し、次に「クラフト」技術。
これで生産していくという。
戦後日本はこの二つで経済成長を果たしてきた、と。
「サイエンス」と「クラフト」による成長は、現在は中国によって更に磨かれ、中国は何と、このクラフト&サイエンスで世界第二位の経済大国に成り上がり、今やもう「世界に君臨している」と言っても過言ではない。
サイエンスとクラフトはアカウンタビリティによって支えられている。

アカウンタビリティというのは、「なぜそのようにしたのか?」という理由を、後でちゃんと説明できるということです。(57頁)

かのNHK『プロジェクトX』のような再現ドラマ、物語にしても立派なドラマができるような、今そういう説明がつかないとダメなんだ、と。

「この包丁は良い包丁だ」と言うとき、人はその「良さ」を「モノを切るという包丁の目的」に沿って理解する。(28頁)

殺人者が「この包丁いいね」と言うと別の物語になっちゃう、という。
「この日本刀いいね」というのは、日本刀の美しさを言うんであって、切れ味は横に置いとこう、という。

 日本・米国で長く活躍しているイチロー選手は、通算安打数世界記録を達成した際に、次のような言葉を残しています。
 僕は天才ではありません。なぜかというと、自分が、どうしてヒットを打てるかを説明できるからです。
(58頁)

イチロー選手は、自分がヒットを打てた理由、打てなかった理由について合理的に説明できる。これはつまり、自分のバッティングについてアカウンタビリティを持っているということです。そして、このアカウンタビリティゆえに、イチロー選手は「自分は天才ではない」と言っているわけです。(59頁)

 一方で、では天才はどうなのかというと、天才はアカウンタビリティを持てない。つまり、自分がヒットを打てた理由、打てなかった理由について、合理的に説明できないということです。天才バッターと言われた長嶋茂雄氏は、その指導のわかりにくさでも有名でした。「ボールがスーッと来たら、腰をガッといく」といった、相手を煙に巻くような指導をして、しばしば周囲を困惑させていたという逸話が残っています。(59頁)

張本(勲)さんがおっしゃったこと。
「王は失投をホームランにする。『打てないだろ!打ってみろ長嶋!』という玉を長嶋は打つ。それが二人の野球の違いです」

 例えば、江戸時代の武芸家である松浦静山は「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉を残していますが、これも同様の指摘ですね。プロ野球の野村克也監督が好んで用いたこともあって−中略−
 まず「勝ちに不思議の勝ちあり」という指摘について考えてみましょう。「不思議」というのはつまり、「論理で説明ができない」ということです。ですから「勝ちに不思議の勝ちあり」というのは、「論理ではうまく説明できない勝利がある」という指摘です。
−中略−
 一方で「負けに不思議の負けなし」という指摘はつまり
−中略−負けは常に、負けにつながる論理的な要因があるということです。(38〜41頁)

経営においても同然で、経営はアートとサイエンス。

当番組でもよく扱っているスティーブ・ジョブズが亡くなられたが、その人の言葉。

インドの田舎にいる人々は僕らのように知力で生きているのではなく、直感で生きている。そして彼らの直観は、ダントツで世界一というほどに発達している。直感はとってもパワフルなんだ。僕は、知力よりもパワフルだと思う。(37頁)

スティーブ・ジョブズはハーバードとか行かないで、禅もやっている。
鈴木(俊隆)さんという禅宗、永平寺の方のお師匠さんにくっついて、よくお勉強したりなさっていた方らしい。
こんなことがあったらしい。
このスティーブ・ジョブズは天才と言われた経営者。
この方は一時期「狂気の経営者」と言わた。
ジョン・スカリーなる人物が経営権を奪取した。
彼からアップルを取り上げた。
そしてアップルを作ったジョブズを追放した。

 ジョブズの辞任を受け、アップルの株価は7パーセント近く、ほぼ1ポイントも上昇した。−中略−アタリ創業者のノーラン・ブッシュネルは、タイム誌の取材に、ジョブズがいなくなったのは大きな損失だと答えている。
「今後、アップルはどこからインスピレーションを得るのでしょうか。ペプシの新ブランドという飾りでも付けるのでしょうか」
(68〜69頁)

いろんな企業を当てているノーラン・ブッシュネルさんも、この発言の時は「あの人もトンチンカンになっちゃったね」とかと言われたらしい。
ところが本当にここからアップルは急激に業績を落とす。
そして呼び戻されたスティーブ・ジョブズ。

ジョブズがアップルに復帰した直後に販売したiMacでは、発売直後に5色のカラーを追加していますが、この意思決定の際に、ジョブズは製造コストや在庫のシミュレーションを行うことなく、デザイナーからの提案を受けた「その場」で即断しています。−中略−もともと1色しかなかった製品に5色を追加するというのは、ロジスティクス全体の管理の難易度を飛躍的に高めることになるので、慎重な分析とシミュレーションを経て行われるのが常識です。−中略−実際にiMacは、アップル復活を象徴する大ヒットとなりました。(37〜38頁)

彼の本なんか読んであげてくださいね。

ペーパーバック版 スティーブ・ジョブズ 1



今やっているわけのわからない時代劇でチックタック(「TikTok(ティックトック)」のことを指している)とか意味がわからない。
「『チックトック』って何だよ?これ漫才師か何かか?」と聞いた武田先生。
「知らないですか?」
「知らねぇよ、そんなの。俺、ここんとこのセリフ言いたくねぇからカットする」
「やめてください。願いです!」だって。
出てくる用語の4〜5が全然わからない。
そういうのがバンバン(セリフに)出てくる。

クックバッド戦争。

 2016年の3月、レシピサイトを運営するクックパッドの創業者が現社長に不信任を突きつけ、経営陣の総入れ替えを提案して世間も耳目を集めました。(60頁)

創業者である佐野氏から経営のバトンを渡された穐田誉輝氏はもともとベンチャーキャピタリストで、特に「食」への強い思い入れがあるわけではありません。−中略−「熱いロマン」よりも「冷たいソロバン」が優先する人です。−中略−穐田氏は、この期待に応えるために「食」とはなんら関係のない分野でM&Aを繰り返していきます。一方で創業者である佐野氏のロマンと言っていい「食」に関する事業については、投資対効果の問題から積極的な投資は行いませんでした。−中略−
 創業者である自分が追及したい「食」のビジネスへ、なかなか積極的な投資をしようとしない経営トップに対して業を煮やした創業者の佐野氏は、最後には議決権の4割以上を握る大株主という立場から、穐田氏の解任及び取締役の総入れ替えという大ナタを振るわざるを得ない状況に追い込まれたわけです。
(61〜62頁)

著者はここで企業というもの、仕事というものが「なかなか難しい」と。
佐野さんは自分の持っている料理への「熱い思い」というのを「アカウンタビリティ」説明できない。
説明できないことでそういう揉め事が起こっている、と。
でも、この本の著者は「説明できないものを胸に抱えている人でないと企業なんかできませんよ」と。
「熱いロマンと冷たいソロバンは全然違う」「一緒くたにしないでくれ」という。
「企業乗っ取りなんかで儲かるような、そんなことでレシピサイトのクックパッドの企業精神は成立しないんだ!」という彼の雄叫びは何となく。

ビジネスにおけるアートとは一体何か?
それは何を選び、何を捨てるか?
「これがはっきりしない人はダメなんだ」ということ。

なにをしないのか決めるのは、なにをするのか決めるのと同じくらい大事だ。会社についてもそうだし、製品についてもそうだ。    スティーブ・ジョブズ(80頁)

目を転じてニュース、ワイドショーなんかで取り上げられている企業スキャンダル。
今年(2018年)も多かった。
それから政界スキャンダル。
それから医大スキャンダル。
医大というのは何かちょっと言い方がよくわらかないが。
それから大学スキャンダルでは日大。
それからアマ(チュア)ボクシング。
それから体操女子強化合宿。
それから官僚と学長の問題。
今年ギッシリだった。
全てに共通する一語は何か?
大雑把な言い方をすると「美しくない」。
醜い。
ちっとも美しくない。
アメフトもそう。
「美しくない」どころか「おかしい」。
全員だが、取材陣のマイクが伸びてくればお話ができる方ばっかり。
よくしゃべる「美しくない人たち」だった。
だから彼らには説明能力はある。
ただ、喋れば喋るほどみっともない感じ。
責任の自覚がないだけで説明の能力はある、という。
そういう人たちに対してはやっぱり「美しくない」としか言いようがない。
「美意識がない」としか言いようがない。

棋士の羽生氏はまた「将棋における美意識」に関連して次のようなことを述べておられます。
 美しい手を指す、美しさを目指すことが、結果として正しい手を指すことにつながると思う。
(88頁)

捨てる力 (PHP文庫)



つまり勝負事に関して、若きビジネスマンたち、聞いてください。
「美しさ」というのは大事。
これは武田先生の個人的な発言だが繰り返す。
私は日本の企業、組織、政界を批判。
それをみなさんに聞いて欲しいということではありません。
様々なメディアが正しさを求めて、スキャンダル、政治経済をいろいろ批判しております。
「正しさを求める」ということは専門の方にお任せしましょう。
私は当番組も含めまして、何がやりたいかと言うと「日本的美しさを探したい」と。
こんなふうに考えている。

今、取り上げたスキャンダル。
ザッと「騒がれた人々」。
共通しているのは「美しくない」。
ではなぜ美しくないのか?
それを考えていきましょう。
彼らが美しくないのはなぜか?
そうです。
日本のスキャンダルの主人公たちに美しくない共通点がある。
それは彼らは「日本は美しくない」と思っている。
大臣の方も学長の方も、それをお願いに行った官僚の一番エライさんも「日本は汚い。その汚い日本の中で私のやっていることは、汚さとしてはあんまり汚くない」。
だから「これぐらいやってもいいんじゃない?」という。
「だって汚いんだもん、ニッポン!」「そん中で、オレ割ときれいな方じゃない?」という。
「美しい」と思っていたら自分のやっていることが「恥」。
「日本が美しい」と思っていないということ。
ディズニーランドにゴミが落ちていないのと同じ。
「日本は美しくない」と言うんだったら、私はいつも「ホウキは持ってよう」と思う。
美しくない人たちに共通しているのは、この人たちはホウキも持たなければ袋も持たない。
汚いゴミを舌打ちしながら「誰だよ!こんなとこ!汚ったねー!こんなとこ捨てて!」とかと言いながら車の中のゴミをザーッとそこに捨てて「これっくらいはイイじゃん」とか「これ捨てたヤツに比べればオレ、少ないよ?」とかと。
さあみなさん。
小さなホウキでも結構です。
とにかくホウキを持ちましょう。
そしてなぜこの話をしたかというと、この本の中で一番武田先生が賛同したのは「日本は美しくない。だからオレたちは・・・」という、この発想こそがオウム真理教なんです、という。
ここに行くところが深く頷いた武田先生。
若い人たちにはちょっと難しいかも知れない。
でもオジサン(武田先生)たちはオウム真理教の人たちとすれ違った。
そこで半分おじいさんになった「オジサン」が感じたことも込みで、若い方にこの話ができればなと思う。

若いビジネスマンたちに美意識がいかに大事か、美意識がないとどういうことになるかというと、スキャンダルで大騒ぎ。
いろんな企業が企業スキャンダル。
政界には政界スキャンダル。
美しくないからなのではないだろうか?と。
彼らがなぜそんな美しくないことをやったかというと「むしろオレの方が汚い日本よりきれいなんじゃないか?」とかという美的水準の低さみたいなものが、こういうスキャンダルを起こしている。
そのスタートとして、この本の著者、山口さんの慧眼。
ギクッとした。
オウム真理教事件を挙げてらっしゃる。

 オウム真理教という宗教集団の特徴の一つとして、幹部が極めて高学歴の人間によって占められていた、という点が挙げられます。−中略−おそらく平均の偏差値が70を超えるのではないかというくらい、高学歴の人物を幹部に据えていたことがわかります。(166頁)

だから世に言う日本の中で言う「頭のいい人たち」。
頭のいい人たちが何であんな、あれだけの死刑囚を出したワケだから。
あれから23年経って、大量に死刑囚を生んだ宗教団体。
まずは概要から言う。
急成長する集団。
それは企業でもいいし、若い方、聞いておいてください。
それはシステムがものすごく荒い。

通常の企業ではだいたい8〜9程度の等級が設定されていることが多いのですが、コンサルティング会社には基本的に4階層しかありません。(172頁)

オウム真理教では、修行のステージが、小乗から大乗、大乗から金剛乗へと上がっていくという非常に単純でわかりやすい階層を呈示した上で、教祖の主張する修行を行えば、あっという間に階層を上りきって解脱できる、と語られていました。(167頁)

最後の金剛乗にたどり着くと、もう超人が生まれて、空中に浮かび、水中で息をすることができるという。
「これとこれとこれができれば、これができるはず」というようなシステムで、オウム真理教と同じようなシステムを採用している新興ベンチャーというのが、こういう集団。
通常の会社では8〜12もある等級、出世の階段があるのに、そのシンプルさを自慢する。
それで落差を付ける。
エリートが持つ一歩の幅がデカい階段を設けるという。
何かできれば、その一段を上がれるという。
そこを魅力にして集団を固めてゆく。
そしてその集団のシステムを非難すること、これは「絶対悪」。
この粗い階段の組織作りというのは、ナチスドイツがそうだった。
マークが一個入るか入らないかで天と地ぐらいの差が、という。
そんなことをして人間をまとめていく。
その偏差値の高い者が一辺に寄ってしまうこの集団のシステム作り。
ところが「オウムは変じゃないか?」と見ただけでそう思った人がいた。
オウム真理教の人を見ただけで「この人たちは変だ」「この人たちは何か間違ってる」と言う人がいた。

小説家の宮内勝典氏は著書『善悪の彼岸へ』の中で、次のように指摘しています。
 オウム・シスターズの舞いを見たとき、あまりの下手さに驚いた。
−中略−オウムの記者会見のとき、背後に映しだされるマンダラがあまりにも稚拙すぎることが、無意識のままずっと心にひっかかっていたからだ。(中略)
 麻原彰晃の著作、オウム真理教のメディア表現に通底している特徴を端的に言えば、「美」がないということに尽きるだろう。出家者たちの集う僧院であるはずのサティアンが、美意識などかけらもない工場のような建物であったことを思い出して欲しい。
(168〜169頁)

それと使われた、もう思い出すのも嫌だが彰晃を讃える歌のメロディのヘタクソさ。
あれは全然遊んだことのない人。
「しょーこーしょーこーしょこしょこしょーこー♪」
そして衣装の粗末さ。
そして大きな麻原彰晃のお面。
あの下手さ。
宮内さんが一発で見破られたのは「美しくない」。
美意識が全くない。
そして彼がつくづく思ったのは、オウム真理教が発案したヘッドギア。
あのグシャグシャのコード。
「美しくまとめることすらできないのか」ということで、デザイン能力がまったくない。
(この本の中にはヘッドギアのことは出てこない)
こうなってくると「本物と偽物の違いを美で分ける」というこの本の著者の目はなかなかのものだと思いませんか?

「何かビジネスを起そう」とか「起業してみたい」とか思っている少年や少女たち、ぜひBE COOL、美しくあってください。
恰好よくあってください。
なぜならば美しくない人には何も企業はおこせませんよ。
ということで二十代の方はもうほとんど知らないと思うが日本で起きた犯罪史に残る大事件だが、地下鉄サリン事件。
それを行っていたオウム真理教。
本当に大騒ぎになった。
誰を殺した彼を殺した。
本当にご同情申し上げて、一緒に泣いた。
オウムと闘う弁護士の坂本さんという方が殺された。
坂本龍彦ちゃんという男の子。
赤ちゃんまで殺しちゃった。
その坂本龍彦ちゃんの文字を見るたびに「坂本さんは龍馬が好きだったんだな」と思って同じ龍馬好きとして胸が痛い武田先生。

宮内(勝典)さんは「オウムって変だ」と見抜いた。
それは「美しくない」。
この一点において「この集団はおかしい」と。
「この集団は異様だ」ということを見抜かれた。
だから「異様かどうかを見抜くために『美しいか美しくないか』というのはもの凄く大事な、あなたを守るための術になりますよ」ということ。
宮内さんはおっしゃる。
あのオウム真理教。
あの髪の毛をだらりと長くしたパジャマのような服を着たオウム衣装を着たお嬢さんたちが駅前で「しょーこしょーこ」と言いながら踊ってらした。
その踊りがあまりにも下手糞。
そして麻原彰晃を讃える歌の幼さ。
しかも彼らが修行のためと称してヘッドギアを付けているけれども、あの配線コードグシャグシャの。
これはやっぱり「美意識の欠如」。
どんなに偏差値がよくても「美」というものを完璧に忘れた集団であった。
そして(オウムの)広報の方が上祐(史浩)さん。
今でもがんばってらっしゃるが。
あの方が記者会見のたびに後ろにマンダラが置かれる。
それを宮内さんが「下手」とおっしゃる。
「美意識」というのがこの団体にはない。
そして宮内氏が「これ、宗教団体でもなんでもない」と見抜くのはサティアン。
あの道場。
汚い。
清潔でない道場を持つ宗教なんてありえない。
それから麻原彰晃が信者の人に読ませるために本を出している。
表紙のデザインが下手。
若い方はピンとこないかも知れないが、その頃から世田谷に住んでいる武田先生。
「淡島通り」という通りがあって、そこの中途にオウム真理教の弁当屋さんがあった。
「オウムの弁当屋さん」という看板を揚げて。
信者の方があのテロンテロンを着て「ほっかほっか」か何かに対抗して弁当を売ってらっしゃった。
すぐに潰れてしまう。
汚いから。
麻原彰晃の顔が看板に描いてある。
下手。
下手なミッキーマウスを描いた軽食屋さんとかは嫌。
中国の方が描いたミッキーマウスみたいな。
中国の方が描いたドラえもんみたいな。
考えてみたら淡島通りの人たちは美意識があったのだ。
買に行かなかった。
こういうものの見方をする人というのは、宮内勝典さんという方だが、頭のいい方なのだ。
オウムに感じた違和はまさに「不潔さ」「美しくない」というその一点であった、という。
集団のシステムにすべて従う時に、これはもうどうしようもないことだが、水道管に水垢が付くように、いかな集団のシステム、あるいはルールに従っていても、垢が付いていく。
だから自分の内側に「美」というモノサシを持ちながら、コツコツ水道管を掃除していくしかない。
本当に困ったことにオウムのエリートたちは、自分たちの手によって別の日本を作ることを目指した。
でも、そういう日本が作れるワケがない。
何かそういうことを言う人がいる。
「日本の学校教育はなっとらん」「全員先生クビにして、もう一回新しく作り直そう」という。
時々そういうことを言う人がいる。
出来るワケがない。
今日も明日も子供たちを学校に送りながら「コツコツと学校を変える」という「そういう提案をする」ということこそがオノレの内側に美を持つことではないでしょうか。


posted by ひと at 19:28| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

木村屋總本店 こだわりメロンパン

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キムラヤのパン商品詳細 | あんぱんなら銀座 木村屋總本店

メロンピューレを使用し、完熟メロンの甘みと
香りを味わう、中も外もしっとり食感に焼き
上げたメロンパンです。


発売日不明。
まいばすけっとで78円(税別)で購入。
1個あたりエネルギー331kcal。

「新発売」って書いてあったから買ったんだけどさ、木村屋のサイトの「人気商品」のところにあるから、別に新発売じゃないと思うのだけど。
袋の裏に
しっとり食感とフルーツの味わいに
こだわったフルーツパン
メロンピューレを練り込むことで、
生地全体に味わいが広がります。

と書いてある。

DSCN8028.JPG

DSCN8029.JPG

表面は普通のメロンパンみたいなクッキーの生地の部分がなくて、表面もしっとりな感じ。

DSCN8031.JPG

中も緑。

全体にしっとりってことなのかなぁ?
メロンピューレも入ってメロン味ですよ!ってのはわかるのだけど、「メロンパン」ってものは、たい焼きに鯛が入っていないのと同様に、メロンは入っていないのがお約束ではないかと思うのだ。
これはこれでメロンの風味がして美味しいとは思うけど、私は「メロンパン」が食べたいのだ。
ちょっと違うよなと思った。
甘味がないとか、甘味が足りなくて食べづらいとかってことではないけど、普通のメロンパンよりも甘さが控えめというか「自然な甘み」みたいな。
メロンパンである以上、普通の「チープな甘さ」を求めているのだけれども。

セルタン メロンパン座椅子低反発 PN2a-305GRN



posted by ひと at 19:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

NHK「発達障害キャンペーン」の放送予定(6月4日追記)

前のに追記していこうかなと思っていたけど、わかりづらいかも知れないから新規で。
6月4日に追記しました。


発達障害キャンペーン “発達障害って何だろう”「沖田×華さん」
[総合] 6月1日(土) 午前0:35〜午前0:40(5分)
[総合] 6月3日(月) 午前0:05〜午前0:10(5分)
[Eテレ]6月11日(火) 午前5:55〜午前6:00(5分)

自身の発達障害の経験を赤裸々に描いている漫画家・沖田×華さん。普段、どんなことに困っているのでしょうか?また、どんな工夫で対処しているのでしょうか?
【出演】漫画家…沖田×華
2分と5分の両方を全文書き起しました。

発達障害キャンペーン “発達障害って何だろう”「小島慶子さん」
[総合] 6月2日(日) 午前4:15〜午前4:17(2分)
[総合] 6月5日(水) 午前4:02〜午前4:07(5分)

発達障害のひとつ、軽度のADHDと診断されている、エッセイストの小島慶子さん。普段の生活で、どんなことに困っているのでしょうか?
【出演】タレント・エッセイスト…小島慶子
2分バージョンを全文書き起しました。

発達障害キャンペーンアニメシリーズ“ふつうってなんだろう?”#1 柳家花緑さん
[総合] 6月3日(月) 午後11:18〜午後11:20(2分)

さまざまな困りごとを抱える人たちの「ふつう」を知る2分のアニメシリーズ。当事者の語りに合わせ、毎回手法の違うアニメーションで、彼らの生きる世界を描いていく。今回の主人公は、落語家の柳家花緑さん。小さなころから、文字を認識することが苦手だった花緑さんが、周りと違うことで悩んでいるこどもたちにいま伝えたいこととは?アニメーション:姫田真武
全文書き起しあり

発達障害キャンペーン “発達障害って何だろう”「柳家花緑さん」
[総合] 6月7日(金) 午前4:02〜午前4:07(5分)

発達障害のひとつ、学習障害のある落語家・柳家花緑さんは、文字を読むのがとても苦手です。日常の生活で、どのようなことに困っているのでしょうか?また、文字を読むのに苦労するのはなぜなのでしょうか?
【出演】柳家花緑

posted by ひと at 18:54| Comment(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする