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2020年05月08日

2019年9月2〜13日◆でっち上げ(後編)

これの続きです。

もうふた昔近く前。
(昨年の放送なので)16年前、2003年、教師によるいじめ。
これは福岡での事件。
ローカルのニュースであったいじめ事件が全国誌に報道されることによって、ワイドショーネタとなる。
自分のところの受け持ちの小学校4年生の子に向かって「死に方教えたろうか」と恫喝する。
あるいは「オマエの血はアメリカ人の血が流れてるんで、穢れているんだよ」と言いつつ耳を引っ張った、とかという悪魔のようないじめ事件があったということで報道される。
ところがそれが民事の裁判となって調べられていくうちに「あれれ?」という感じになるという。
川上先生は弁護士さんをやっと一人雇って裁判に臨む。
(実際には南谷弁護士と上村弁護士の二名)
その弁護士になられた南谷さんという方が事実を見ていくと、膨らんだ話の正体が縮んでゆく。
いじめの現場を実はクラスの誰も、職員の誰も、父兄の誰も見ていない。
全部お話は「いじめられている子の母親から聞いた話だ」という。
南谷は訴状を読めば読むほど、向こう側が叫んでいるそのいじめの内容が穴だらけに見えてしまう。

 唯一提出されたのは、川上にアイアンクローの技をかけられ、突き倒されて右大腿部を負傷したとする診断書だけである。病名は「右大腿後面挫傷」−中略−たとえば、サッカーの試合中に足を蹴られたり転倒した際にできる程度の傷であろう。診断書の日付は、怪我をしてから20日もたった6月10日だった。(185頁)

朝日新聞が掲載した第一報を始め、その直後の他社の後追い報道は全て、「母親の曾祖父が米国人」だった。ところが原告の訴状に「原告裕二の曾祖父がアメリカ人」と記載されていたため、直後から、新聞テレビとも一斉に変更、「週刊文春」も、和子の言葉として、「私の祖父がアメリカ人」としていた。川上自身も家庭訪問の時、そう聞いた。
 ところが驚いたことに、和子の陳述書では、「私の祖父がアメリカ人とのハーフ」と、第一報のそれに戻ってしまった。
(188頁)

つまり、矛盾することを言う時、人間の言っていることはどこかでやはりズレていく。
人種差別の訴えに母親は忙しく、その血の濃さが発言のたびに濃くなったり薄くなったり、濃くなったり薄くなったり。
「お祖父さん」が「曾祖父さん」になったり。
「お祖父さんはアメリカ人と日本人のハーフ」になったり、変わる。
これで、南谷さんというこの弁護士さんはすごい。
「全部ウソじゃないか?」と思う。
(本によるとこの件を積極的に疑問視していたのは弁護士ではなく川上先生)
つまり、そうすると「アメリカ人の血は穢れている」等々の発言というのは「お母さんの全くのウソ」ということが証明される。

川上はといえば、被告席にその姿はない。マスコミの取材攻勢を心配した南谷弁護士から出廷を見合わせるように言われてるため、第2回の口頭弁論以降、一度も姿を見せていないのだ。(206頁)

この口頭弁論で校長から話を聞く。
処分の理由を聞くと「アンケートを取って分かったんだ」というので「じゃ、アンケートどんなこと聞いたんだ」と問い詰める。
そうすると実施されたアンケートに関しては「いじめがあったか、無いか」。
〇と×だけで他は何も聞いていない。

 すると校長は、アンケートについて、
「細かいことは(子供たちに)聞いていない。個人的には何も聞いていない、聞き取った中でいじめはわからない。
(213頁)

──何度も出血したとかいうことで、その事実があったかどうかということで保健室等に浅川裕二君が来てるかどうかということの確認をされましたか。−中略−
「養護教諭に鼻血が出たとかいうことで保健室に来たということはなかったということです」
──要するに、来てないということですね
「はい」
(209頁)

 体罰で歯が折れたとする主張についてもカルテには気になる記載があった。
 そもそも裕二の年齢は乳歯の生え変わる時期であり、実際に病棟でも裕二の犬歯が抜けていた。
−中略−原告側が、自然に抜けた歯を「折れた」と主張している可能性もある。(234頁)

しかも「耳が切れた」という話にしても体罰から20日も経って発見しているというあたりで「全部おかしい」と。
これに対してこの裕二君の大弁護団は久留米医大の先生を呼び出して、久留米医大で調べたPTSDの入院記録を調べるが、これがアッ!と驚く。

16年前に福岡で起こった、とあるいじめ事件。
ある担任の先生が教え子をいじめる。
ハーフなので「血が汚れている」とか「死んでしまえ」とか。
耳を血が出るほど引っ張ったというような事件。
いじめられた子はPTSDで心に障害を受けて、先生の顔を見ると震えが止まらないという症状を呈しているということで久留米医大。
久留米にある巨大な大学病院。
そこでPTSD「心に傷を負っている」ということが診断される。
ところが民事の裁判でこのいじめた先生を守るべく立ち上がった南谷という弁護士さんが調べるとどうもその内容が・・・考えこむ。

 重度のPTSDで希死念慮、つまり自殺願望さえも認められるというのに、入院から3日後には早くも外泊が始まり、合計186日の入院期間中、なんと106日が外泊だというのである。(215頁)

それで看護婦さんが観察していると入院当初「よく眠れていない」「何か不安そう」という報告がある。
それはやはりあれだけのいじめを受ければ。
小学校4年生。
「よく眠れない」「何か不安そう」ということがある。
ところが南谷弁護士はそう読まない。
「当たり前じゃないか」
小学校4年生の男の子が病院に入院して、今までと違うところでベッドで寝る。
「何か不安そう」
それは当たり前。
(入院していた時は)武田先生だって「不安そう」だった。
「何か不安そう」「よく眠れていない」それが最後まで続かない。
病院の日誌は正直に書かれる。
その記録の後半になると問題行動が裕二君に現れる。

 ところで、裕二に関しては、11月半ば頃から、PTSDとは別の困った問題が持ち上がっていた。他患者や病院スタッフへの暴言や問題行動が目に余るようになり、他患者からの苦情も頻発、病院側は対応に苦慮する事態になったのだ。−中略−
・問題行動を注意した看護師、スタッフに対し、「おまえ、気持ち悪い」「バーカ、メガネババア」「クソババア」「穢れる」「触るな」「この話いつ終わると」「うるさい、うるさい、うるせーえっ」
−中略−
・検温、内服、食事などの片づけの拒否。
(221〜222頁)

確かに、一部の問題行動は、抗うつ剤の投与による躁転反応とも考えられるが、カルテを克明に読んだ川上にはそうは思えなかった。−(222頁)

それでは「PTSDでない」ということではないか?ということになる。
原告の言うPTSD。
これは少年の言うことを全部鵜呑みにしすぎるのではないか?
だから入院の日誌を読めばどんどんトンチンカンになっていく、という。
そして前田医師に対して症状を綿々と説明したのは母親の和子、ということで。
どうもその裕二本人の症状ではないような気がする、と。
南谷ははっきりと狙いを定めて、裁判への狙いを母・和子一本に絞った、という。
このお母さんを突き崩す。
「アメリカ人の祖父がいた」は嘘ではないか?と。
「日米双方の小学校に住んでいた」とお母さんはおっしゃっているが「だったら調べますよ」と記録を取る。
アメリカに住んだ記録が無いという。
それから川上先生の差別に基づく体罰。
これは全部ウソなんじゃないか?

 その上福岡市は別の書面で、二人が頻繁に日米を行き来していたとされる昭和42年〜47年のホノルルまでの往復航空券と初任給の比較データまで持ち出して、それがいかに非現実的であるかを証明しようとする執念ぶりである。
 そのデータによると、例えは、昭和45年は、初任給3万円に対して運賃約20万円、昭和50年は、初任給8万円に対して運賃約25万円だったという。
(264頁)

(番組では浅川氏の初任給が3万円であるという話になっているが、そういう内容ではない)

《要するに、昭和40年代の庶民にとっては、ハワイ旅行ですら夢のようなもので、原告らがいうように「何度も」行けるようなものではなかったのである。−中略−何度か飛行機を乗り継いでアトランタまで行ったことになるが、そうすると、(中略)1回の渡航に要した経費は、120万円以上はかかったものと考えられる》(264頁)

いくら調べてもアメリカと結びつかないこの夫婦の暮らしぶり。
この女性、このお母さんは「虚言」というか「ウソをつく体質である」ということを裁判で。
さらに南谷の攻撃が続く。
川上先生が裕二にアイアンクローをかけたというこの一点だが、これについても絶妙のひっくり返しをやる。
もうここからは読んでいてサスペンスドラマ。

「(教室で)とても晴れてる日にあの人が『おまえの血はけがれとうったい。早く死ね』とか言ってる時、太陽の光がまぶしくて、あのひとと重なっていた光景の時に言われました」
 この供述について、教諭と代理人が詳しく検証を行った結果、体罰が行われたとされる季節、放課後の教室に太陽の光が差し込むことはありえないことが判明した。
(327〜328頁)

でも、自分が子供の時のことを考えてください。
子供は子供ゆえにウソをつく。
そういう生き物。
この裁判の中に「子供はウソをつかない」という前提をあまりにも振り回しすぎている。
武田先生もそうだが子供はウソをつく。
「早く帰ってこい」と言ったのにグズグズ帰って「何で遅れたとか!」と母親から突っ込まれると「空飛ぶ円盤が〜!」とか何か。
そういう悲しいほど下手なウソをつくのが子供。
上手につくのが大人なら下手なウソをつくのが子供。
そんなふうに子供を理解してあげないと子供はかわいそう。

このあたり、この南谷という弁護士は大変シャープ。
朝日新聞の第一報から3年経っている。
民事が延々と続き、ついに10回の口頭弁論で結審。
3年後だから2006年7月28日午後1時。

 野尻純夫裁判長が主文を読み上げた。
「被告福岡市は原告裕二に対し、220万円およびこれに対する平成15年9月21日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(273頁)

 しかし、体罰については、「原告らが主張するような、怪我をするほどの強い力でほぼ毎日行なわれたものと認めることはできない」とした。(273頁)

また被告川上は、授業中ないしゲーム中に原告裕二に対し『アメリカ人』『髪が赤い』などと述べ、原告裕二のランドセルをごみ箱に入れたことが認められる」(273頁)

「外国人の血が混じっているので血が穢れている」「アメリカ人は頭が悪い」などの一連の人種差別発言、「早く死ね」などの自殺強要発言のすべてを否定(273頁)

純白の証明よりは仲裁を判決とした。
少年をあまり深く傷つけない、真実を追求して追い詰めるようなことのないように、ということで、仲裁を旨とした判決を出した。

 南谷と上村は、PTSDが退けられたことには安堵したが、体罰やいじめが一部にしろ認定されてしまったことに落胆した。(274頁)

地元のRKB毎日放送の報道ぶりは目を引いた。−中略−
「今回の事件を巡っては、当時、ほとんどのメディアが児童側の主張に沿って報道を続け、『血が穢された』などの言葉だけが先行し、教師と児童の間のやり取りを客観的に判断できていたのか疑問が残ります」
(275頁)

福岡市で起こった殺人教師の事件の真相。
これは刑事事件にはなっていなくて、結局民事のほうで3年後に結審する。
これはすごいのは福田ますみという女性記者なのだが、この後もまだ調べる。
そして裕二のご両親、浅川夫妻にもインタビューを重ねてらっしゃる。
そのうちハッ!とする。

 この事件はそもそも何が発端なのだろうか。−中略−
 南谷は、平成15年5月28日、学校から帰宅した裕二のランドセルの中があまりに乱雑なことに驚いた和子が叱って問いつめた際、裕二が泣きながら「10カウント」を告白したことが全ての始まりではないかと推測する。
《原告裕二は、これに先立ち、原告和子から、鉛筆や消しゴムを忘れないように、外から見えやすい手の甲に、マジックで、大きく、「えんぴつ・けしごむ」と書き込まれた。そして、「これで忘れたら、次は顔に書くよ。」と厳しく念押しされていた。
 ところが原告裕二は、原告和子の念押しにも関わらず、5月28日に、約束が守れず、また忘れてしまっており、原告和子の忘れ物がないかの確認行為と詰問に対し、ただ泣くばかりだった。
 そのままでは、原告裕二は、原告和子から、顔にマジックで、「えんぴつ・けしごむ」と書き込まれて、A小学校に登校しなければならないという状況に追い込まれたのである》
《かかる状況下で、心理的にぎりぎりまで追い込まれた原告裕二が、泣きながら、おもわず、自分の責任を回避するために、被告川上に責任転嫁する嘘をついたとしても不思議ではない。
(303〜305頁)

それを鵜呑みにし、母・和子は校長のところに抗議したのではないか?と。
抗議をしたら校長がたちまち恐れをなしたので「これは間違いない」という確信を和子は持ったのではないだろうか?
そのことが転じてやがて4年3組のクラスに見張り役の先生が一人増えた。
川上先生を見張っているという異常なクラスの雰囲気に反応した子供たちがいる。
そこに和子が訴えて騒ぎが広くなり、学校の周辺を新聞・メディアの人間がうろつくようになると、クラスの子たちも敏感になって「この騒ぎの原因は裕二だ」ということになった。
その時に裕二に向かって子供たちがその当時の流行り言葉を使ってしまった。
それは「オマエの血は穢れている」。
その表現を裕二が覚えて生徒から言われたのを「先生から言われた」と、お母さんにもう一つジャンプしたウソをついてしまった。

 南谷と上村が、この「穢れた血」の由来を調べたところ、なんとそれは『ハリー・ポッター』だった。平成12年頃から、世界中で爆発的な人気を博した『ハリー・ポッター』の本や映画の中で、「穢れた血」という言葉は頻繁に登場しており、子供たちの間でちょっとした流行語になっていたのである。(303頁)

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つまり映画の中で「ハリー、オマエの血は穢れている。早く死ね!」という悪魔の声が聞こえてくる。
あの物語の魔法学校の出来事とそっくりリンクする。
その言葉を知ってクラスの子から裕二へ。
裕二から母親へ。
母親から校長に告げられて「差別用語」ということになる。
そして「文春砲」が反応する。
西日本新聞、毎日新聞が参加し、川上先生は「悪魔の殺人教師」というふうに呼ばれてしまったという。

久留米大学もPTSDを調べたときに母親・和子から様々な症状を聞いて、ジャッジメントが緩かったのではないだろうか?
そういうことで騒ぎが大きくなった。
これが真相ではないだろうか、という。

民事裁判で3年以上争われたのだが、その後、このご夫婦は更に福岡市に対し賠償金を釣り上げて110万円等々を上乗せし、受け取っておられる。
そして福岡市から立ち去って行かれたという。

しかし川上先生はそれでは収まらない。
福岡市人事委員会に無実を訴え続けて、さまざまな先生の発言等々はやっぱり「無かった」と断じられ、福岡市は川上先生に下された停職処分はすべて取り消し、ということなのだが。

しかしすごいのはこの川上先生は戦いをやめない。
冤罪を主張してさらに裁判を続ける。
(本によると福岡市人事委員会の判定で処分が取り消された時点で終了のようだ)
この川上先生が無実を完璧に手にするまで、何と事件発生から10年。
これは報道に携わった方を責めるワケではないが、平成25年あたりで「川上先生は無実です」と報道したのはこの本をお書きになった福田さんだけ。
あとは一行も。
福田さんがおっしゃりたいのは「我々の社会はわかりやすいストーリーに事件を落とし込みすぎるんではないだろうか?」という。

子供の小さなウソというのはどんどん社会問題になって、実態が実はモンスターのようなペアレンツという話題になって、裁判闘争があって、という。

 両親の虚言がぼろぼろと裁判で崩れたとき、福田は最初に記事を書いた記者たちに取材を重ねた。「週刊文春」記者は「裁判で明らかになった事実を説明しても、一切聞く耳を持たなかった」。朝日新聞記者は教師との取材のやりとりについては語ったものの、「それ以外の質問は一切受けつけなかった」。(350頁)

この福田さんが事件の真相を追っている時に、4年3組の生徒たちの子供とか親にインタビューしている。

「事実は報道とは全然違いますよ。先生がかわいそうという声が大半ですよ。(280頁)

やっぱり皆さんトラブルに、お家も近くなんで巻き込まれるのが怖くて黙ってらしたけれども、実は訪ねていくと皆、必ずそう言った、という。
「そのことがこの事件を私に疑いを持たせた理由です」と。
(というような話は本の中には見つからない)
丸く収めようとする校長に従って川上先生にも無念がある、と。
我々、肝に銘ずべきは社会における倫理という言葉があるが、倫理の反対語「不倫」。
不思議な言葉。
ちょっと色っぽい言葉になるし、元気いっぱいの老人のことを「絶倫」という。
「倫理」も忙しい。
何を思ったか武田先生が書いているが「倫理の『倫』とはあくまでもアベレージのことであり、どんなに面倒であろうと様々な倫理を聞き取り、その平均とすべき」。
「あ、これが正義だ!」というようなのを持たないで、「正義」というのは世の中のアベレージのことだと。
それを尋ねるという姿勢を失くしたら偏ってしまう。
でないと倫理によって人を冤罪へ陥れる、そういう罠に倫理がなってしまう。

そしてもう一つ、これは武田先生の発言。
子供を聖域にしてはならない。
子供とは時として「ウソをつく子供」なのだ。

ちょっと前にも先生が生徒を殴るという映像を生徒がyoutubeで出したというのがあって、そこだけピックアップしたら「先生ひどい」となるが、実は生徒の方が先生を挑発して殴らせるようにして、わざと撮っていたみたいなこともあったので、メディアは本当にもうそこだけピックアップしてはいけないと思う水谷譲。

(最後の方はこれ以前に番組で取り上げた『磐井の乱』の話なので今回は割愛する)


posted by ひと at 08:43| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年9月2〜13日◆でっち上げ(前編)

でっちあげ (新潮文庫)



福岡・博多の街に舞台公演のために一か月間逗留していた武田先生。
その一冊はその一か月の間に行きつけの橋のたもとの本屋さんで見つけた文庫本。
新潮文庫で福田ますみさんという方がお書きになった。
これ(この本に書かれている事件について)を福岡の人に聞いた。
みんな「あったっけかなぁ?そんなこと」という。
この事件が起こった頃、ちょうど舞台公演で福岡にいた武田先生。
武田先生は福岡で教員養成の大学に通っていた。
福岡・博多の公演の時に、みんなもう年を取って現役は退職しているのだが、大学の時の同級生が集まった。
集まったのだが、一人だけ欠席するヤツがいて「どうした、アイツは?」と訊いたら「いやぁ〜ちょっと今、大騒動が福岡で持ち上がっててな〜」という。
「その事件じゃないかなぁ」と思ってこの本を読み始めた。
武田先生は大学が一緒で福岡市内で小学校、中学校の校長先生にまでなったという友人がいる。
そいつらがその頃、武田先生に会うたびに「いやぁ武田。福岡の教師は疲れ切っとるよ」という。
「オマエ悪いけど、教員集めるんで金八先生として、小中学校の教師ていうの励ましてくんないか?」
そんなことをしきりに頼まれて。
「いや、俺できるわけねぇじゃん」と断っていたのだが。
その教師たちをものすごく疲れさせた事件というのがこの『でっちあげ』という事件じゃないかなと思った。
何でありもしない大事件が持ち上がったのか?
その中には騒動が大きくなる行程がある。
実にささやかなクラスの出来事が報道されるたびに炎のように焼き尽くしていくというか。

 火付け役は朝日新聞である。平成15年6月27日の西部本社版に、「小4の母『曾祖父は米国人』 教諭、直後からいじめ」という大きな見出しが踊った。そのショッキングな内容に地元のあらゆるマスコミが後追い取材に走ったが、その時点ではまだ、単なるローカルニュースに留まっていた。
 これを一気に全国区にのし上げたのは、同年10月9日号の「週刊文春」である。「『死に方教えたろうか』と教え子を恫喝した史上最悪の『殺人教師』」。目を剥くようなタイトルと教師の実名を挙げての報道に全国ネットのワイドショーが一斉に飛びつき、連日、報道合戦を繰り広げる騒ぎとなった。
(9頁)

(週刊文春の記事を番組では「9月号」と言っているが、上記のとおり10月9日号)
実名報道というのはもう文春さんが確信を持っている、ということで、東京のワイドショーのテレビ番組がこの殺人教師事件に飛びつく。
しかし「真相はどうなのか」というのをこの福田ますみという、女性ルポルタージュの作家さんが調べていく。
それが「あっ」と驚く。
つまり騒ぎというのはなんでもそう。
いかにして膨らんでいくか、という現代のマスコミの在り方みたいなものを教えてくれるような。
それで(この本を三枚におろすのを)やってみようかなぁと。

 事件の舞台となったA小学校は福岡市の西部、室見川の下流域に位置している。−中略−事件が起こった平成15年当時の生徒数は780名で学級は22学級である。−中略−
 川上譲(仮名)は、平成10年からこのA小学校に勤務している中堅どころの教師で、平成15年には46歳である。
(17頁)

 平成15年は4月から4年3組の担任となり、児童32名を受け持っていた。(18頁)

その32名の生徒の一人に向かって「死に方、教えてやろか」というような恐ろしい文句を、という。
現場で何が起こっていたかというのは現場でしかわからない。
皆さん、少し落ち着きましょう。
日韓関係もそうだが、少し落ち着きましょう。
まず、この文春砲がタイトルに掲げた「死に方教えたろうか」。
この言葉遣いは方言。
大阪の方言だろう。
文春砲に申し上げるが、熊本生まれで福岡で生活している人は、こんな関西弁を使わない。
福岡の人は日常の言葉で大阪なまり、河内なまり等々を使わない。
武田先生は福岡生まれなので断固として言う。
「死に方教えたろか」
こんな言い方はしない。
このタイトルに武田先生個人はものすごい違和を感じた。
福岡で聞いてらっしゃる方は頷いてらっしゃる。
「死に方教えたろか」
福岡の人は絶対に言わない。
まして熊本生まれの人は。
このあたりから違和を感じ、この本を読み進めていく。

10年以上の、ある意味では遠い昔のことではあるが、現代に通じる事件だと思う。
2003年。
今から16年前の事件。
(この番組の放送は昨年なので)
その2003年の5月12日夜、川上先生。
福岡市内、室見川のすぐ近くの小学校の先生。
40代前半(実際には46歳なので後半)の方。
受け持ちのクラスの浅川裕二(仮名)の家を訪問した。
その時、母・和子(仮名)さんが、息子裕二が「多動である」と。
「落ち着きがない」という相談を家庭訪問で川上先生は受ける。
(本によると相談されている感じではなく「ADD(注意欠陥障害)なので誤解されやすい」というような話をしている)
更にお母さんはちょっと舌が滑らかになったのだろう。

私の祖父が、裕二にとってみればひいお祖父ちゃんがアメリカ人で、今、アメリカに住んでいます。私も小さな頃に向こうに住んでいたんですよ。(30頁)

自分の家族のことは「ファミリー」とつい言ってしまうという、英語のクセが治らない。
アメリカで自由の暮らしを送ったので日本・福岡、そういうアジアのローカルの街の暮らしというのは「アメリカの文化が身についた私にはちょっと肌に合いませんのよ」という。
「裕二にもそんなところが見受けられるかも知れません」というようなことをおっしゃる。
「ああ、そうですか、そうですか」とお母さんの話に相槌を打つ川上先生。

 それから3週間たった6月2日の朝のことである。−中略−教頭が近寄って来て耳打ちした。
「川上先生、話があります。校長室へ行ってください」
(39頁)

(番組では校長に呼ばれたのが5月30日と言っているが、上記のように6月2日。5月30日は浅川夫妻が学校に抗議に来た日)
家庭訪問をしたその裕二君が体罰を受けたとお母さんに報告した、と。

「どうするのかはわかりませんが、頬をつかんだり、鼻をつかんだりしていませんか?」
(えっ、自分が体罰をしているかどうか聞いているのか? そんな覚えはない)
「していません」
 即座に答えるが、校長は重ねて聞く。
「ミッキーマウスとかピノキオとかアンパンマンとか、浅川君ができないことをすると、頬をつかんだり、鼻をつかんだりしたことはありませんか?」
(46頁)

ところが川上先生は全く身に覚えがない。
話が逆。
川上先生がいつも気にしているのは、その体罰を受けたという裕二君の方がやや粗暴で。

裕二君は帰り支度をなかなかしないで、友達を廊下に待たせているんですよ。『早くしなさい』って言っても聞かないので、『はい、10数える間に出ていってね』と言っただけですが」
「ランドセルをゴミ箱に捨てたとことは?」
「蓋の上に置きました。ランドセルが棚の前に落ちていて、『これは誰のですか?』って言っても取りに来ないので、『いらないなら捨てちゃうよ』と。でも、実際に中に捨ててはいません」
(45頁)

 ところが6月5日頃、授業中に児童の一人の及川純平(仮名)の顔を何気なく見た時、裕二の頬を払ったいきさつがはっきりよみがえってきた。
 及川は4月になって以降、裕二から立て続けに暴力を受けていた。
−中略−
 裕二を呼んで聞いてみると叩いている事実を認めたので、「もう絶対にやっちゃだめだよ」と言い聞かせた。しかし反応がない。2日後の18日に念のため及川に確認すると、暴力は止んでおらず、続けて叩かれており70数回にもなると言う。
−中略−
 思い余った川上は、右手の甲で裕二の右の頬を払うように軽くたたいた。
−中略−
「今叩かれた痛さがわかるか? その痛さが、君が及川君にしてきた暴力だろう?」
 川上は裕二にそう諭したが、本人はちっとも懲りなかったようだ。なぜなら裕二はその後も、他の同級生に暴力を振るっているのである。
(61〜62頁)

(番組では及川の一件を6月のことと言っているが実際には4月)

 裕二のこうした問題行動は、以前からA小学校の保護者の間で心配の種になっていた。
 1年生の時に、「このはさみ切れるんかいな」と言って同級生の女の子の手を切り、何針か縫う怪我をさせた事件は有名である。そのため、「あの子とは関わりたくない」「うちの子があの子と一緒のクラスになったら困る」といった声が少なくなかったことは事実である。
(64頁)

ところが裕二君のご両親が学校へ体罰への抗議。
その上に裕二に向かって川上先生が曾祖父ちゃんがアメリカ人ということで「君はアメリカ人の血が流れてる。アメリカ人の血は穢れているんだよ」と罵ったということが報告される。
(本によると、和子は家庭訪問の時にドア越しに先生が『血が穢れた』と言っているのを裕二が聞いてしまったと主張している)
しかも裕二君は耳の付け根が切れている。
その切れているのも先生から引っ張られた。
そういう報告を両親にしている。
それで騒ぎは広がって、校長、教頭、川上先生を含めて相手方の裕二君のご両親と話し合いが、という。
とにかく校長先生は「川上先生、頭下げよう、頭下げよう、頭下げよう」というので謝りに行く。
(この時点では裕二の両親の方が学校へ来ている)
ここからどんどん両者の溝が広がっていくということになる。

どんな小さな事件でもサスペンスというような出来事がある。
ここからは武田先生にとっては「怪談」。
6月に入るとこの川上先生と裕二君のご両親との噛みあいというのが悪くなって。
本の方に書いてあるのだが、川上先生は裕二君のお母さんの和子さんに異常を感じるようになる。
会うと睨む。
そして裕二君のお父さんの方も睨みながら低く唸るような。
(本にはお父さんがすごく睨んだということは書いてあるが唸るというようなことは書いていない)
そんな目線にさらされるだけで嫌。
「何でここまで、この人たちは自分を憎むんだろう?」と。
校長はひたすら騒ぎを大きくしたくない。
だからとにかく謝らせる。
ところが謝るたびにどんどん向こうの態度が硬化していく。
そこで何をやったか?
屈辱的。
川上先生の授業には監視役の先生が付くようになる。
子供に暴力をふるわないかどうか。
それは裕二君の両親からの強い要請があったのだろう。
(本によると両親の方からの要請は「担任を変えろ」だった)
ところが何べん見ても裕二君の粗暴こそ問題。
ところが校長はその川上先生を頭を押さえつけるようにして謝らせて。
「教師が教え子をいじめているのは大変なことになる」というので「学校内でも川上先生を見張れ」という話になって。
その上に裕二の心のケアを学校全体でやろう、ということで父兄を集めての懇談会等々が。
その懇談会にも裕二君のご両親がやってくるが、すごい目で睨む。
怖い。
川上先生がクラス担当をとうとう外される。
しかしそれでも彼は学校に行く。

「学校内で2、3度、川上先生にばったり出くわした裕二が、ショックのあまり具合が悪くなったんです。帰宅するなりトイレに駆け込んで下痢や嘔吐を繰り返すんですよ。(106頁)

何と6月25日に和子さんは自ら地域の新聞である朝日新聞に出向いて、この顛末を話す。

 この日の夜8時半頃、川上の自宅にも朝日新聞の記者がやって来た。−中略−「朝日新聞の市川です」と名刺を差し出して自己紹介した。−中略−実際のところ、浅川君への体罰や、血が穢れるなどの差別的な言葉はあったんですか?そのことを直接、先生の口から伺いたい」と言う。(107〜108頁)

川上先生は「冷静になんなきゃ」と思う。
そこで何を思ったかというと、即答は止める。
(即答を止めたのはこの時のことではなく、その次の取材の時)
即答しないで「校長が全部その間のことをメモしてますんで、発言を一本化するために校長が来たところで同じ質問をして真実かどうかを確認してくれ」という。
ところがこの川上先生の柔軟な姿勢が、朝日の新聞記者をして「逃げた」と思わせる。
(この時の記者は朝日新聞ではなく『週刊文春』)

朝日新聞の西部本社版に
《小4の母「曾祖父は米国人」
 教諭、直後からいじめ》
 という大見出しで、ほぼ浅川側の言い分に沿った記事が掲載された。
(113頁)

このほんのわずかな食い違い。
逃げじゃなかったのだが新聞記者の方がそう取られたのだろう。
朝日の方は書くのだが、すべて母・和子からの取材による新聞の大告発だった。
人間のすれ違いというのは、何か胸が痛くなる。

校長は「学校に置いとくとまずい」ということで、早良区百道の教育センターへ研修へやらせる。
とにかくマスコミの嵐から小学校を守りたいという一心の校長。
「川上先生、オマエ喋ると問題がさらに広がるから、絶対喋るな!」というワケで。

 一般の会社勤めから回り道して小学校教師を志した川上は、教員採用試験を連続9回不合格になっている。10回目でようやく合格を手にした時のあの天にも昇るうれしさを彼は忘れたことがない。(118頁)

とにかく「教職だけは辞めたくない」ということで「がんばってたらいつか誤解も解ける」ということで教育センターに通いつつ、校長から言われた「私に任せておきなさい」を信じて待っている。
しかし、校長が謝罪を繰り返していくうちに川上先生に身に覚えのない体罰がどんどん膨らんでいく。

 7月7日。校長は、この日出席していた4年3組の児童28人を、5人ずつ図書室に呼んでアンケート用紙を配った。このアンケートは5つの設問から成っているが、重要な最初の2問だけを紹介する。

 4月から 先生がたたいたことが
ある ない


 先生が じゅぎょう中やゲーム中に
  アメリカ人のことや 髪の毛のこと などを
  みんなの前や一人の子どもに言ったりしたところを
  見たり 聞いたり したことが
ある ない
(127頁)

 子供たちが日付まで覚えているとは思えないが、裕二が頬を叩かれたのは4月18日頃である。そのため、これを目撃した児童が「ある」と答えるのはむしろ当然で、実際に、「ある」に丸をしたのは22人で全体の80%に上がった。(128〜129頁)

「アメリカ人の血は穢れている。君にはその血が流れている」と罵ったという訴えに対して校長先生が「先生が授業でアメリカ人のことや髪の毛の色のことなどを喋ったことがありますか。ありませんか」。
クラスのうち60%近い子が「ある」。

6月になると4年生は平和学習の一環として福岡大空襲について学ぶ。子供たちは当然、川上が授業中に、「アメリカ」とか「アメリカ人」と言うのを聞く≠アとになる。
 また、4年3組の前出の児童によれば、「ゲームをしている時、先生ではなく、同級生のある女の子が裕二君に向かって、『髪の赤い人』と言ったことはある」と話す。
(129頁)

つまり不用意なこの手のアンケートが日常「裕二を先生はいじめている」ということになってしまう。
それから片付けの遅い裕二君に関して先生はせかせる意味で「はぁい!急がないとランドセル捨てちゃうよ!10・9・・・」というような行為もこのアンケートの中では「ゴミ箱に捨てようとした」になる。
だから世論調査とかアンケートは鵜呑みにしちゃ、細部を切り落としてはいけない。
この校長がアンケートをやってその実態が分かったということで、今度は西日本新聞という地元の、かつて武田先生の兄も勤めていた会社。

 地元マスコミの中で、とりわけ熱心にこの事件を追いかけたのは西日本新聞の地域報道センター所属の野中貴子記者である。
 9月9日、彼女は衝撃的な記事を掲載した。校長や友人から連絡を受けすぐさま同紙夕刊を開いた川上の目に、「自殺強要発言も」
(131頁)

今でもそういうものだが。
この西日本新聞という地元でニュースを追っている新聞社が「『死ね』と平気で子供に言うような教師が存在するぞー」と言ったことによって、何と『週刊文春』が騒ぐ。
そして『週刊文春』は母・和子さんからまた取材をし、校長に取材をし、教師へも連絡を付けて欲しいということなのだが、校長はもう『文春』と聞いただけで怯えている。
『週刊文春』が書くともう全国区になる。
それで「連絡来ても応じるな」と「居留守を使え」と言ってしまってそれで無視をしてしまう。

 10月頭、川上宅に「週刊文春」が郵送された。−中略−
「『死に方教えたろうか」と教え子を恫喝した史上最悪の『殺人教師』」
(141頁)

 10月8日。予期していたように、浅川裕二とその両親は、裕二のPTSDを理由に、川上と福岡市を相手取って約1300万円の損害賠償を求める民事訴訟を福岡地裁に起こした。(150頁)

 刑事告訴ではなく民事訴訟であるという点にも川上は納得がいかなかった。体罰によって大量の鼻血が出たり耳が千切れて化膿するほどなら、これはもはやりっぱな傷害事件ではないか。浅川夫婦はどうして警察に被害届を出さないのか。(158頁)

これは著者の福田ますみさんがおっしゃっているが、民事は緩い。
刑事事件となると「何cm切れた」とか「何か月」とか全部書かなければいけない。

6月20日に学習遠足に出かけたのが最後になった。−中略−
 展示物を前に裕二は興味をそそられたのだろう、「あれ何や? これ何や?」とひっきりなしに川上に質問してくる。川上がデジタルカメラを向けると、裕二は満面の笑顔でポーズを取った。
(104〜105頁)

この先生は気の毒。
「君さえ黙っておけば丸く収まる」という言葉を信じている。
逆。
油を注いで爆発させるように騒ぎはどんどん大きくなる。

原告側弁護団はこの時点で、大谷弁護士を筆頭に、なんと503名という途方もない人数に膨れ上がっていた。(158頁)

「ならば一人でも戦う」ということで、先生は裁判に立ち続ける。
(上村弁護士に何度も依頼しているが保留され続けて、結果的にはこの時点で一人で戦う状況になっている)

 10月10日、川上は、停職6か月の処分の撤回を求めて福岡市人事委員会に不服申し立てを行なった。(159頁)

この間にも川上先生は鬼教師とか殺人教師という、全国版になってしまったバッシングで裁判で争われることになる。
川上先生は一人きりだから大変だっただろう。
ところが取り囲んだマスコミの中で「ちょっと話が出来すぎてないか?」という話に。
それで、これは全部実名をあげる。
この福田さんの本の通りに社名をあげているが。
今度はテレビ局が騒ぎに参入する。

10月13日に放映された日本テレビの「ザ・ワイド」、翌14日のテレビ朝日の「スーパーモーニング」ではいずれも川上の釈明を詳しく取り上げた。
 特に「スーパーモーニング」では、保護者と思われる人物が登場して、「体罰があったとは考えにくい」と証言。さらに番組の女性レポーターが、これだけの体罰があれば、児童間で話は広まるし父母の耳にも入るはずだが、取材の範囲では、学校内でそうした噂が出た事実はないと疑問を投げかけている。
(160頁)

「何かの間違いですよ」という父兄が出てきて。
「あの先生はすごい真面目で、いい先生で」というのとテレビ二社のレポーターに対してある父兄が「乱暴なのは裕二君ですよ」という密告が入った。
テレビ二社が調べたところによると殺人教師なのに体罰の目撃例がない。
「これは少しおかしい」と報道する。

 ところがこれらの報道に「週刊文春」(10月30日号)がまた噛みついた。「史上最悪の『殺人教師』を擁護した史上最低のテレビ局」と銘打って、「ザ・ワイド」「スーパーモーニング」の両番組を激しく非難、大谷弁護士の怒りのコメントを紹介している。(160〜161頁)

「検証もしないくせにテレビの報道はトンチンカンな事ばっかりよ」という。
悪い人ではないのだろうが言葉に勢いがついてしまって。

 裕二は、この前田医師の勧めによって休学し、10月14日から久留米大学病院の精神神経科閉鎖病棟に入院していた。−中略−
 前田は、「男児は非常に深刻な外傷後ストレス障害(PTSD)で、抑うつ症状なども併発している。
(168頁)

そうするとやっぱりある。
「入眠困難」「自殺衝動」ということで診断されて「いじめが放置され教師による学級王国がこういう悲劇の子供を生んでしまった」というのだが。
このPTSDの検査もどうも緩かったようだ。

いよいよ裁判が始まる。
新聞メディアと550人の弁護団に守られた浅川親子対川上たった一人。
たった一人なので裁判が成立しないので「形だけでもいい」ということで無料法律相談所へ行って、一人だけ弁護士さんがいた。
南谷(洋至)さんという方がいらっしゃって、この南谷さんにお願いして弁護をやってもらう。
南谷さんは体罰が凄まじいワリには目撃者が一人もいない。
お母様は何かというと、裕二君から話を聞いているだけ。
それと「ミッキーマウス」という体罰。
耳を千切れるぐらいひっぱるという。
化膿して膿が出ているのだが、親御さんが耳が切れてから膿を見つけるまで二週間以上かかっている。
この一点にこの南谷という弁護士さんはものすごい危なさを感じて(ということではなさそうだが)全ての出来事が実はお母さんの和子さんから語られたことで「それ以外誰も目撃していない」という、ことの真相に思い至る。
それだけのいじめをやる。
耳を引っ張って血が出る。

被告川上は、原告裕二に対し、「お前は生きている価値がない。早く死ね。」と言ったが−中略−原告裕二に、「お前の住んでいるマンションは何階建てか。」と尋ねた。原告裕二が「6階建て」と答えると、「お前の住んでいるマンションの6階から飛び降りろ。今日やるんだぞ。」と、具体的な自殺の方法を教えるとともに、期限まで指定した。(154頁)

(番組では「建物の6階まで連れあがって「突き落とすぞ」とか1階に降りてきて罵ったりという話をしているが本に書いてあるのは上記の内容)

 最後の授業が終わると、子供たちは2、3分で帰りの用意をする。−中略−簡単な担任の話があり、日直が、「帰りのご挨拶、さようなら」と声をかけて終わる。
 この間、およそ15分程度である。こんな慌ただしい状況では、担任が一人の子どもに必要以上にかかずらい、まして、怪我を負わせるほどの体罰をふるう時間的余裕など全くない。
−中略−
 なにより、これほどの体罰なら、目撃した子供たちが保護者に話したり、他のクラスの子供に漏らしたりで、浅川和子が学校に抗議に出向くまでもなく、あっという間に大騒ぎになるはずだ。
(184頁)

この南谷弁護士がことの真相を調べに入る。


posted by ひと at 08:22| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする