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2020年07月07日

2019年11月4〜15日◆日本語を学ぶ(後編)

これの続きです。

言葉というのは一つが生まれる。
そうするとその言葉がどんどん転がって、いろんな言葉に派生していく。
その面白さ。
最近若い人たちが使う「ヤバい」というのも「ヤクザ言葉」。
「ヤクザ言葉」とか「犯罪者言葉」で。
牢獄に捕まっている囚人さんの隠語だったようだ。
囚人さんたちの隠語はいっぱいあったようで、例えばお酒のことを「きす」と呼んだりする。
(高倉)健さんの歌の中い「きすひけーきすひけー」と出てくる。

酒(きす)ひけ酒ひけ酒暮(きすぐ)れて どうせ俺らの行く先はその名も網走番外地(網走番外地)

それから刑事さんのことを「デカ」と読んだり。
偉い人が角袖の大きいの、袖が大きいのを着ていた。
「でっかい袖」というので「デカ」と。
(一説によると「カクソデ」→「クソデカ」→「デカ」らしい)
それから「賭場」。
博打場。
そこでディーラーの人がいる。
ディーラーの人が明るいと賭場が盛り上がる。
サイコロいじくったりなんかする人が明るいと盛り上がるのだが、陰気だと、暗い人だと盛り上がらないので。
「盆」でサイコロ振ってるヤツが暗いので「ぼんくら」。
「ぼんくら」はヤクザ言葉。
そんなふうにして言葉は生まれていく。

言葉は一つは情景、その風景の景色を例えたものでもある。
日本人は面白いことに、雨も敏感だが風に関しても敏感。

「風」が「凪ぐ」の「凪」という漢字は日本で作られた国字です。同じように「風」の省略形を使って、日本で作られた国字の例に「凩(こがらし)」や「凧」などがあります。(42頁)

「なぐ」という言葉は「薙ぐ」とも書きますが−中略−
 この「薙ぐ」という言葉は横ざまになぎ倒すことです。そこから海の波浪がおさまり、また強い風が止むことをも言います。
(43頁)

「渚(なぎさ)」は波打ち際のことですが、その「渚」について、大槻文彦の『大言海』に「和浅」の意味などであろうと出ていることを白川静さんが紹介しています。「和浅」は「和(なぎ)」は和き状態で、穏やかなことです。
『大言海』によると「名残」は「余波(なごり)」から生まれた言葉です。
−中略−
 その「余波」から転じてできた「名残」は、あることが過ぎ去った後、なおその気配や影響が残っていることです。
(44頁)

白川静さんの『字訓』の「なぐ」の漢字には「和」が挙げられています。−中略−「和」は「禾」と「口」を合わせた文字です。「禾」は軍門に立てる標識の木の形です。「口」は顔にある「くち」ではなく、神様への祈りの言葉である祝詞を入れる器「口」(サイ)です。この「口」(サイ)を置いた軍門の前で誓い約束をして講和する(戦争をやめ、平和な状態にもどす)ことを「和」と言い(44〜45頁)

日本人はこの「和」が好き。

「わたつみ」の「わた」は海のことです。「つ」は「の」の意味の古い格助詞。「み」は霊のこと。ですから「わたつみ」とは「海の神」のことです。−中略−
「わた」の意味が今に生きている言葉は「渡る」です。「わたる」は「海を渡ることが原義であろう」と白川静さんの『字訓』にあります。
(102〜103頁)

(番組では「わたつみ」の語源が「わたる」と言っているが、本によると逆)

「うみ」は「居水(うみ)」のこと。流れる水に対し、動かざる水を言うものです。「みずうみ(湖)」という言葉は別な書き方をすると「水居水」ですから、これは重複語ですね。(103〜104頁)

「国生み神話」と呼ばれる『古事記』『日本書紀』に記された日本の国土創造の神話があります。−中略−
イザナギ・イザナミが天之瓊矛を引き上げると、矛の鋒から滴り落ちた海水が「凝りて一の嶋に成れり」の部分にある「凝りて」に関わる日本語について、説明したいと思います。
 天之瓊矛の鋒から滴り落ちた海水の流動性が失われて、日本列島が生まれたという神話ですが、この「こる」という言葉は「水のように流動性のあるものが、凝り固まってその流動性を失うことをいう」と白川静さんは、日本の国生み神話を例に挙げながら、『字訓』の中で説明しています。最初にできた島である「磤馭盧嶋(おのごろしま)」の「おの」は「自」の意味、「ごろ」は「凝る」という意味です。
(106〜107頁)

福岡県福岡市。
あそこの海岸に立つと福岡の有名な「百道(ももち)」という海岸に立つとちょうど正面に「能古島(のこのしま)」がある。
「の」「こ」。
こちらは「志賀島(しかのしま)」なのだが、その「の」「こ」というのが「おのごろ」の「のご」と重なる。
武田先生は何となく「磤馭盧嶋」は福岡県の「能古島」ではないかと、そう思って見つめたことがある。

「心」は体内の五つの内臓、五臓の一つである心臓のことです。「こころ」はものが「凝り固まる」ことの「こる」と同語源で、「心」とは「凝るところ」の意味なのです。(107頁)

心臓と人間の「思う」物事を考えたりなんかする内面というので固くなっていること。
この「こる」という言葉がどんどん日本語の中に生まれてくる。

「志(こころざし)」は、心の志向するところの意味です。−中略−
「試みる」も「こころ」(心)が関係した日本語です。「試みる」とは、ある行為によって、相手の「心を見る」ことです。
(108頁)

うまくいってホッと一息。
さっきまでバクバクしていたのに、すうっと気持ちが落ち着いて、ハア〜っと心地よいため息をつくという。
こういう心臓の状態と心理の状態を重ねるという表現。

水谷譲も武田先生も悩んでいる肩が「凝る」という。
これも一種、柔らかいところが固くなったことへの異変。
肩が「こる」から、今度は水が「氷(こお)る」。
これも当然「凝固」。
柔らかい水が固くなるわけだから「凍る」。
流動性を失くすという。
「こる」から言葉が広がっていったというわけだろう。

だから朝鮮語が日本語になったという説を司馬遼太郎さんも笑っておられたのだが。
だから朝鮮語で「笛と太鼓」。
「マトゥリ」だから「祭り」という本があった。
それに韓国の学者さんでもいた。
「奈良」というのは韓国の国のこと「クンナラ」から出た言葉だ。
そういう説を向こうの学者さんで言う人がいるのだが、カンラカラカラと笑った人がいた。
というのは国は他にもいっぱいある。
奈良以外にも「武蔵国」とか。
だったらそこも「なら」と付くべき。
そこの場所だけに特別にその名が付いた、なんていう言葉というのは無い。
言葉はそんなに単純なものではなくて、共通したり、一つがあって、そこから枝分かれしていく、という。
そんなふうに発展していくもの。

「生きる」の「生き」と「息」は同じ語源の言葉です。−中略−
 例えば「憩う」は「息」を動詞化した語です。息をついで休息することです。
−中略−日本語の「い」は「尖っていて、外へ衝く」ような言葉としては「いかる」などはまさにそうかもしれません。−中略−
「いきどほる(いきどおる)」は息が通ることではなくて、激しい怒りで息が胸につかえることです。
−中略−
「厳(いか)し」「厳めし」の「いか」も「いき」の系統です。
「雷(いかづち)」の「いか」も「厳」のことです。「つ」は「の」の意味の古代語。「ち」は「霊」のことです。恐るべき神だった雷鳴のことです。
−中略−
「鼾(いびき)」は「気響」のことです。「癒(い)ゆ」は「気延(いきは)ゆ」を短くしたものだそうです。「いきごむ」は「気籠(いきご)む」です。「いきほひ(いきおい・勢い)」の「いき」は生命力を示すもので、その「いき」が盛んに活動する状態のことです。
(166〜168頁)

(番組冒頭の「街の声」で眠れない時にはアロマを使うという話を受けて)
ちょうど(街の声の)お嬢さんと同じ話を水谷譲にしたばかりの武田先生。
一昨日の朝だが、九時半ぐらいに眠って、朝起きたのが七時半だった。
自分でびっくりした。
一回も起きていない。
もうそれだけでもジジイになると嬉しい。
「よく眠った」ということで自分でびっくりして。
その時にフッと思ったのだが。
その日は夕方から合気道場に行っている。
合気をやると眠る。
心地いいどころじゃなくきつい。
本当のことを言うときつい。
でも正座して「お願いします」と師範代に頭を下げるのだが、その時に自分でずっと囁き続けている。
「一生懸命やろう。一生懸命やろう。一生懸命やろう・・・」
少年のごとく。
それで眠れる日はいいのだが何日しかない。
あとは二時半ぐらい目覚めて「ああでもない、こうでもない」と考える。
一時期眠れない時があった武田先生。
あおそこまで病的ではないので、もう薬に頼らなくていいのだが本当に眠れない。
それでフッと思い出す。
一生懸命芸能活動をやって、それなりに順調にいっているのに家に電話をすると「アンタなんなん、テレビで言いよったがどげんね?体の具合は」と母親が。
電話を切る時に「覚せい剤だけはしたらイカンばい」という。
「女遊びしても何にしても全部冗談で済むばってん、覚せい剤だけはイカン!」「吸うとらん!何でそんなことばっかり心配すると?母ちゃんは」と言ったら。
母親の反論だったが、その声が耳に残っている。
「心配するとは親の仕事たい」と言いながらガチャーン!と切れた。
「年を取ると心配することが絶えずになるんだ」という。
「嫌だなぁ〜ジジイとババアは」とかと思っていたら、今度は自分がジジイになったら本当に。
ジイサンバアサンを見ながら思ってください。
年を取るというのは結構眠れぬ夜を幾晩も耐える。
それが本当に朝日が昇るとフワァっと消えてなくなる。
でも夜中の二時半ぐらいの闇の中から心配することが雪のように降り積もる。
これを何とお話していいか。
年を取るのは体力がいる。
それと義理の母親、奥様の方の母親から「鉄矢さん。人間はですな、死ぬ元気だけはもっとかなイカンですばい」。
というのは全然わけがわからないが、今はわかる。
老人にも2タイプがいて「死ぬ元気をキープしてる人」と「死ぬ元気もなくなった人」と。
奥様のお母さんの名言。
「人生の幕ば降ろすとは、ひと仕事ですばい」と言われたことがあって。
人生の幕を降ろせずに苦しんでいる、そんな人がフッと目に入ってきたりする。

「さかな」の「な」は野菜や魚肉などの副食物のことです。白川静さんの『字訓』の「な」には「菜・魚・肴」の三字が挙げられています。
 つまり「さかな」は飲酒の際、副食物としてそえるものです。「魚」は酒の副食物として最も適しているので「酒魚(さかな)」と言いました。
(26頁)

「肴」は「爻(こう)」と「月」を合わせた字ですが、このうちの「月」は「にくづき」で、肉のことです。「爻」は木や骨などが交わる姿で、この場合の「爻」は骨の形。(29頁)

(番組では「肴」の「メ」は「『菜』の略字」と言っているが、本には上記のように書いてある)

「なべ」(鍋)の「な」も「魚」や「菜」のことです。「べ」は「へ」(瓮)のことで、酒食を入れる瓶の類です。つまり「なべ」は魚菜などを煮炊きする器のこと。(27頁)

一つの言葉が坂道を転がるように、という。

 日本料理のメインディッシュは、魚料理ですが、それには次のような理由があります。日本人は明治時代まで長い間、牛肉を食べてきませんでした。天武四年(六七五年)に、天武天皇が最初の肉食禁止令を出します。−中略−食肉が貴重な役畜である牛や馬の減少につながることを恐れた政府が農耕儀礼との関連で禁止したのです。
 これに、殺生を禁じる仏教の考えが重なってきて、東大寺の大仏開眼会の七五二年には一年間、日本中で生き物を殺すことを禁じる令が出ました。
−中略−明治四年末には明治天皇が一二〇〇年間の肉食禁止令を解いて、肉食再開を宣言。(28頁)

ここからやっと牛肉等々の肉食が日本は再開して。
それで肉もお酒の肴になり、骨付きの肉の漢字で。
「肴」という字は明治時代に考えられたようだ。
それまでは肉を喰っていなかったので。

元々、魚類の総称としての「さかな」を言う語には「いを(いお)」「うを(うお)」が用いられていました。−中略−江戸時代以降、次第に「さかな」が魚類の総称を意味する言葉として使われだし、明治時代以降、「いお」「うお」にとって代わるようになったそうです。(29頁)

多分これはお酒と一緒に食べるということで魚類の「うお」が「さかな」になったのだろう。
江戸言葉、江戸の言葉から流行した、という。

江戸というのはそういう意味では、流行語を広げる大都市だった。
ここからは余談。
江戸は新しい言葉を生む発信地ということで、昔、浅草は浅草海苔を作る遠浅の江戸の海があった。
あれは竹のすだれに干す。
それで例の四角い海苔を乾かす。
昔はエコだから、物を大事に使ったから、紙屑拾いの仕事の人がいて、それを買ってきて釜でグツグツ煮る。
同じ技術で海苔を作る要領で、それを一枚ずつすだれの上に広げて乾かして化粧紙を作った。
浅草の紙商人の人たちがそんなふうにしてやっていたのだが。
紙をそうやっていると乾くまで待っておかなければいけない。
それでお兄ちゃんたちが乾くまでのヒマつぶしに、昼間の吉原を歩くようになった。
吉原という大遊郭があって、キレイなお姉さんたちがいっぱいいる。
その花魁を見物してまわる。
いい女だから。
そうすると吉原の方でも「カネは持ってないくせに覗きに来やがる」というので、誰かが「あの野郎、また冷やかしに来やがった」。
紙が冷えるまでブラブラしているので「冷やかす(ひやかす)」。
「ひやかす」は「冷やす」という意味。
買いもしないくせにウィンドウショッピングをしているのを「ひやかす」。
そういう言葉が生まれた、という。

『日本語源大辞典』によりますと、「首っ丈」は「着丈」に対する言葉です。「着丈」は、その人の身長に合わせた襟から裾までの着物の寸法です。「首っ丈」は足もとから首までの丈のことです。−中略−明治以降になると、「首っ丈」は主に「異性にすっかり惚れ込む」意味で使われるようになったそうです。(33頁)

「ひやかす」にしろ「くびったけ」にしろ、かくのごとくして暮らしの中から言葉というのは広がっていく。

 頭のことを「頭(かぶ)」と言います。−中略−「かぶ」には「頭」のように「まるくふくらんだ形」の意味が含まれています。例えば「蕪」も頭のように、まるくふくらんだ野菜のことです。(30頁)

防御用の鉄製の鉢形の武具である「冑(かぶと)」(兜・甲)の「かぶ」も「頭」のことです。(30頁)

 その「頭(かぶ)」を動詞化した言葉が「かぶす」です。−中略−この「傾す」につながる言葉に「傾く(かぶく)」があります。そこから生まれたのが「歌舞伎」です。(31頁)

「歌舞伎」は「傾(かぶ)き者」の意味です。「かぶき」とは並外れた華美な姿をしたり、異様なふるまいをしたりすることの意味でした。(31頁)

「わる」は固体がひびのため砕け、両分すること、分割することです。(62頁)

 日本語の「わらう」は顔の緊張を解いて(破って)声を立てて楽しむことです。つまり顔が「破(わ)れる」のが「笑う」ことです。−中略−
「わる」は、すべてのものを両分する意味。そこからできた言葉が「ことわり」(理)です。
−中略−「ことわり」の動詞形、「ことわる」は「事割(ことわ)る」が元々の意味だそうです。−中略−
 今は「断る」は拒絶する意味ですが
(62〜63頁)

 また道理に外れ、分別がないことを「わりない」と言います。「ことわり」(理)が無い意味です。女優の岸惠子さんが書いた小説に『わりなき恋』という作品がありますが(63頁)

わりなき恋



恋にはやっぱり筋道とか道理とかがない。
「好きになっちまったものは仕方ねぇじゃねぇか」という。

「犯人の身柄を確保しました」。事件のニュースで、そんな言葉によく出会います。「通報者の力が大きいです。お手柄です」との場合もあります。−中略−「身柄」「手柄」の「柄(から)」と「からだ」の「から」は、実はつながった言葉なのです。−中略−それらの「から」には「外皮・外殻のこと」「草木の幹茎など、ものの根幹をなすもの」「血縁や身分について、そのものに固有の本質をなすもの」などの意味があるのだそうです。(66頁)

ちょっと縁起が悪いのだが「亡骸(なきがら)」。
それから同国民の「同胞(はらから)」「お国柄(くにがら)」。

 水が涸れたりして、みずみずしい生気を失い、木が枯れたりすることを「かる」と言います。この「かれる(枯れる、涸れる)」は草木の「外皮・外殻」を示す「から」と同語源の言葉です。そして、中身が「枯れ」て、「涸れ」て、「空(から)」となると、そのものは「軽く」なります。この「かるし」(軽)も「から」と同じ語源の言葉なのです。(67頁)

「ちから」も「から」と関係した言葉だそうです。−中略−ものを扱うときの「肉体的な力」のことです。漢字の「力」は農具の鋤の形で、「男」は「田」を「力」(鋤)で耕す人のことですが(69頁)

 赤穂浪士の一人に「大石主税(おおいしちから)」がいます。白川静さんは「ちから」の字に「力」と「税」を挙げています。これは「ちから」という言葉が農作物による納税の意味にも用いられるからです。力を使った労働で得られるものなので「税(ちから)」と言います。白川静さんは『字訓』の「ちから」の項に「farmerはもと一定額の年貢請負人の意で、farmはもと借地。農耕と税とは、はじめから分離しがたいものであった」と記しています。(69頁)

(番組では「税」を「ちから」と読む理由は「政治家にとって税金が力になるから」と言っているが、本では上記の通り)
「税金を取っている」というのはものすごく政治家の人たちにとって気持ちがいいのだろう。
8%から10%へ。
(消費税率を)「2%上げた」という喜び。
財務省の人とか麻生さんとか喜んでいるのだろう。
「やったぜぇ!文句も言われる」「いやぁ、力になるわ」というので税金の「税」のことを「ちから」と読む。
これは江戸時代からそうだったのだろう。

この「税」の漢字。
「禾」に「兌」と書く。
「禾」は木に印を括り付けている、という。
横に「兌」がいる。
お兄さんが二本の角を生やしているようなヤツ。
心(りっしんべん)を置くとこれは悦楽の「悦」とも読む。
これは何かというと巫女さんが躍りまくっている。
だから税金の「税」というのは、この神がかりした巫女さんが、もううれしくて舞い上がっている。
だから税金というのはそれぐらいうれしい。
この税金の「税」はやっぱり「力になる」という。
国の力になることを祈っている。

 さらに「宝」も「から」に関係した言葉のようです。白川静さんによると「宝」は「力」と対応する言葉なので、やはり農耕と関係のある語と考えられるそうです。(68頁)

大石主税の「ちから」も「主税」と書く。
だから税金というのはやはりお侍さんもうれしかったのだろう。
「力になります!」というようなもので。
それを考えると日本の一語一語は歴史をくぐってそこに。
そして今にあるワケだろう。


posted by ひと at 20:51| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月4〜15日◆日本語を学ぶ(前編)

白川静さんに学ぶ これが日本語



白川静さんは『字統』『字訓』『字通』という大部な三つの字書を一人で書いてしまったことで知られます。このうちの『字統』は漢字の字源字書、『字通』は漢字の総合字書ですが、でも『字訓』は日本語の語源に関する字書なのです。(i頁)

(『字訓』は)日本語の誕生からその一語がどう育ち、意味を広げて派生し、他の言葉へ広がっていったか、変容したかという。
これが調べるとなかなか面白い。
だからちょっと『字訓』もやってみないといけない。

日本人は外国の文字である漢字を中国語に近い音読みで使い、さらに日本語の読みである訓読みをし、片仮名、平仮名を生み出して、それらを組み合わせながら日本語を書き記してきました。(iii頁)

これにローマ字を加えると日本には文字が四種類もあるという。
こんな複雑な文章を綴る民族は世界に一つもない。
日本語と漢字の関係を維持したまま、二千年に近い歳月をその輸入した文字と自分たちの今の言葉と抱き合わせにして使っている民族は世界にこの民族しかいない。

中国の一番偉い人「習近平(シュウキンペイ)」と言う。
でも中国の読み方は「シー・チンピン」。
これは何でこんなに違うのか。
中国は支配者によって漢字の読みが変わってくる。
支配者の人がそう読んだらそれが国語になる。
だから何回も支配者が代わっているので、それで読み方が色々ある。
我々の読み方、例えば「習近平」というこの文字の読み方は唐の時代。
私たちは楊貴妃とかあのへんの人たちと同じ漢字の読み方。
私たちの漢字の読み方は唐とか隋。
そのへんの古い読み方がそのまま残っている。
だが中国は度々権力者が代わったので変化していく。
だから昔は「上海(シャンハイ)」のことは「ジョウカイ」と読んでいた。
「香港(ホンコン)」は「コウコウ」と読んでいた。
それが支配者が代わって漢字の読み方が「ホンコン」になったりしている。
そういう中国の歴史の中でも我々は、音読みでは漢とか唐の時代の古い読み方を漢字にそのまま残している。

白川静さんの元々の出発は『万葉集』を研究する国文学者でした。(i頁)

ものすごい「もの知り」の方。
この「もの知り」というのもよく見つめると面白い。
「もの」を知っているワケで。
何「者」。
人物の「もの」。

『もののけ姫』の「もののけ」のほうは「物の怪」などとも書きますが、これは人にとり憑いて悩まし、病気にしたり、死にいたらせたりする死霊、生霊、妖怪のことです。(4頁)

「もの」は「鬼」「霊」など霊力をもったものを言い、「もとは超現実の世界を語るという意味であった」(5頁)

 古代の大富豪に、軍事・警察・裁判などをつかさどる物部氏がありました。−中略−天皇の親衛軍を率いた、この「もののべし」も、元々は精霊をつかさどり、邪悪な霊を祓うのが職務の集団だったと思われます。(5頁)

「もののふ」は朝廷に仕えるもろもろの集団の意味です。後に「武士」と書いて、戦士たちの意味となりました。−中略−この「もの」も元々は「霊」の意味で、「もののふ」は悪い邪霊を祓う集団のことでした。(4頁)

だから一つの言葉からバアッといろんな言葉が、日本語が溢れてきている。
例えば「もののけ」。
「もののけ」になるには、やっぱりもののけになるだけの理由がある。
「私は幽霊ですけども、何年前に殺されて」とかという。
それを「物語(ものがたり)」。
(このあたりは本の内容とは異なる)
それで日本語の微妙なニュアンスで頭のいい人とか科学的な人を「もの知り」とは言わない。
微妙な違いがある。

精霊の世界、お化けの世界をよく知っている者が「もの知り」です。(3頁)

広い知識のことを「もの知り」と言って特化した。
「あ・・・それCO2ですね」なんていうのは「もの知り」とは言わない。
「あのおばあさんはもの知りよ」ということになる。
そうやって考えると日本語というのはまことに興味深いもので、一言の中にたくさんの歴史、時間を秘めている。

本書は白川静さんの字書『字訓』を読み、学びながら、それらの本の日本語編として書いたものです。(iii頁)

一つの言葉で大体1ページがおしまいということなのだが、やっぱり漢字を日本に引き入れる時に、例えば一日の「日」という字があるが、これを大和言葉では「ひ」と言うというので「ひ」とか。
そんなふうにいちいち読み方を変えた。
葉っぱの「葉」と書いて「は」でいいのに「よう」と読んでいるとか。
そういうことで漢字を日本に引き入れる時に「日本語でそれを言う場合」というのをいっぺんにやった。
だから私たちは「『けん』と書いてあるもののことは『犬』と呼ぶんだ」という。
この民族は、よくまあ、そんなややこしいことで生きてきた。
もし外国人で日本語の勉強をする人がいたら大変なので、日本人に生まれてよかったと思う水谷譲。
(日本語は)言葉の発音としては簡単。
英語は大変。
英語は500種類ぐらいあるらしい。
「シュシャシュシュシュ」みたいなヤツが。
私たちの耳にはわからない。
ネイティブが使う英語の発音は聞こえない。
聞きなれた音楽を聞いていても、聞き間違えていることがいっぱいある。
よく聞くと非常に単純なのだが、でも耳から入って来る時に「何を言っているのかさっぱりわからない」という。

日本語では「裏」と「表」。
こういう対立した表現がある。
布切れの「表」「裏」なのだが。
この「表」「裏」というのがどんどん広がっていく。
感情面でもこの「裏」とか「表」というのを使うようになる。
つまり「表の心」「裏の心」。
これで枝分かれしていく。
嫉妬。
女偏があるので漢字の人は女性特有の感情だと絡めたのだろう。
ところが日本人は性を絡ませない。
心がしつこくそのことを思い続けること。
これを心の状態になりきって「病(やまい)」と読んだ。
(このあたりは本の内容とは異なる)

 「うらやむ」とは「心病(うらや)む」の意味です。(14頁)

よくできている。
「心の裏側」のこと。
口に出しては言わないけれども、実は腹の中で「ばかやろう」「このやろう」「死ねばいいのに」と呪うヤツ。
「いつまで肉喰ってるんだよ」というのも。

 この「心(うら)」を動詞化した言葉が「うらむ」です。−中略−
 さらに関連する日本語を紹介すると、「うれふ」(憂う)も「心(うら)」を活用した動詞形で
(15頁)

小さく怒り、憎しみのために「心」が震えているのだろう。
そして、ついその人のことを思って心が震えるのだろう。

 落ちぶれた様子や見た目のみすぼらしさをいう「うらぶれる」という言葉がありますが(15頁)

口では威勢がいいのだが、心の中では小さく感情の高ぶりが震えている。
「心(うら)」が震えている。
「うら・ぶれる」
(本によると「震えている」のではなく「ぶる」は「触る」)

「他人にうれしいことがあると」の「うれし」の「うれ」も「心(うら)」のことです。
「し」は「良」「吉」の意味で「心」の形容詞化した言葉です。
(16頁)

それから心の中で懸命に祈ること。
心を「うら」と思ってください。
懸命に祈る。
思いを積み重ねるというか編んでいくというか。
「占う(うら・なう)」
(本によると「うらなう」の「なう」は動詞化する「なう」)

「心(うら)」「裏(うら)」と同じ語源の日本語「浦(うら)」について記しておきましょう。「浦」は海や湖などの岸が、湾曲して陸地の方に入り込むところです。−中略−
 東京ディズニーリゾートが千葉県浦安市にあります。
(17頁)

ものには「うら」と「おもて」がある。
そういう日本語の解釈が発展して心理、感情も表すようになる。
「うら寂しい」なんていうのは「心が寂しい」。
「隠しているのだが、実は寂しい」という。
心の奥底のことを「うら」という表現で隠している。

今度は「おもて」。
一番単純なこと。
これがなんと「思う」。

漢字の「思」の「田」は頭脳の形で、頭がくたくたする意味。(20頁)

考えがぐるぐる巡り「重たい」。
考えていることが「重たい」ということで「思う」。
(とは本には書いていない)

「念」の「今」の部分はモノにふたをする形で、じっと気持ちを抑えている意味です。(20頁)

「念ずる」というのは手のひらでグゥッと頭を押さえつけられているような、という(ことは本には出てこない)。
「面白い」
これは表情のこと。
顔の「おもて」。
表情のこと。
(このあたりも本の内容とは異なる)

 その「趣き」も「面(おも)」の関連語です。−中略−「おもぶく(おもむく)」は「面向く」の意味で、ある方向に向かって進むことです。−中略−
「趣き」もある方向へ向かっていくことから、心がある方向に動いていくこと、心の動きの意味となり、さらに事柄のだいたいの方向、趣旨などの意味になりました。
−中略−
「おもねる」です。人にへつらいこびることですが、これは面(おも)を向けて機嫌をとる動作を言う言葉です。
「おもねる」意味の漢字「佞・阿」。白川静さんによると「佞」も「阿」も、もとは神に祈る時の言葉巧みな、またねだるような姿態を言う語です。
(21頁)

「おもて」と「うら」というのは日本人にとっては重大な言葉。
あまりいい意味ではない。

武田先生の傷。
昨日、合気道の練習の時にマスダさんという握力の強いおじさんがいて、腕のつかみ合いをするので内出血する。
「痣(あざ)」
昔の人も手や足にあざができたのだろう。
ガァン!と打ったりなんかして。
この負傷するところを「あざ」で青紫の傷が残る。
「痣」
中は「志」。
ヤマイダレ。
「病」の上の部分を書いておいてそこに「志」。
「あざ」というのは「あやまった心」という意味。
その人の欠点から皮膚に残った打撲のあと。
これを「青あざ」と言うが、意図として「こいつに痣の一つも作らせてやろうか」と思う人がいるとする。
それが言葉になって「欺く(あざむく)」。

「欺く」は「『あざ』『向く』の複合語とみてよい」と白川静さんは説明しています。(46頁)

そしてうまく騙せたので物陰でヒヒヒと笑う。

 相手の欠点とするところを言葉に出して、明確に指摘し、嘲笑することを「あざける」と言います。(46頁)

うまいこと人を罠にはめたのでもう面白くて仕方がない。
「いやぁ、うまくいったな〜」というのを「鮮やか(あざやか)」に。
これもおそらく傷口から生まれた言葉ではないか。
見事に入るから。
「鮮やか」に「痣」が。

「詐欺」
「詐」は「木の枝を曲げて細工している」ということ。
「言葉を曲げてウソをついている」という意味。

左の「其」は「四角形」のものを意味する文字です。つまり「欺」は四角い、怖い鬼の面をかぶり、声を発して相手を驚かせて「あざむく」の意味の字です。(48頁)

言葉を曲げてお面をかぶって大声を出すというのは詐欺の特徴。
「おばあちゃん!200万円失くした!」とかというのを電話口で叫んだりなんかするという。
いずれにしろ顔を隠して声で伝えてくるもの。

「期」は少し抽象的な四角形ですが、ついでに紹介しておきましょう。「其」には四角形のものという意味から発して「一定の大きさのもの」という意味があるのです。そこから「時間の一定の大きさ」を「期」と言います。これは「時間を四角形の升」で、はかっていく感じですね。(49頁)

武田先生たちは団塊の世代。
「運が悪くてひどい国に生まれましたね」というのが小学校で教わったこと。
アジアの人たちにいっぱい迷惑をかけて、原子爆弾を二つも落とされて、戦争にボロ負けした国、という。
何も恨みも何もしていないが、小学校5年の時に、講堂に集められて月に何回か映画を見せてもらえるのだが、それが見た映画の中で覚えているのは『チョンリマ』だった。
(1964年8月末に封切りされた『チョンリマ(千里馬) 社会主義朝鮮の記録』のことを指していると思われる)
『チョンリマ』という北朝鮮の映画。
それでフィルムの中に収められた北朝鮮は素晴らしい国。
金日成という指導者がいて、毎年豊作。
お国の真ん中に「チョンリマ」といって天を駆ける馬がいる。
「とにかく日本でひどい目に遭ったりなんかしている朝鮮民族の人は帰りましょう」というキャンペーンの映画だった。
新聞社が応援していたし。
今でも残っている大きな新聞社がそのキャンペーンを応援している。
日本中で「北朝鮮にみんなで帰ろう」という。
「日本人も来てもいいんじゃないの?」「受け入れてくれるんじゃないの?」というような映画の内容。
私有財産もないからおじいさんは三匹のガチョウを飼っているのだが、そのガチョウを大事に育てている、という。
そのナレーションまで覚えている。
「このおじいさんの私有財産はガチョウが三匹。とても愉快なおじいさんと三匹のガチョウの暮らしです」
科学は進んでいる。
住宅は完璧。
農民はイキイキとして鎌で麦か何かを肩に背負いで「マンセー(만세)!」と言いながら広場に集まって。
収穫祭が終わればチマチョゴリを着てみんなでフォークダンス。
それでナレーションが「この朝鮮民主主義人民共和国は、そうです!『地上の楽園』と呼ばれています!」という。
ちょっとマインドコントロール的な映画。
でも日本はボロボロで、それに比べて北朝鮮は地上の楽園。
工業も科学も農業も全部発達している。
「あんたがたひどい国に生まれたね」という。
武田先生たちはそんなふうに思っていた。
「ろくな国に生まれていない」と思っていた。
高校時代にヒットしたベストセラーが『みにくい日本人』といって、国際社会で日本人がどのくらい嫌われているかを大使館の人が書いたという本で。
『万葉集の記号』だったか「万葉集を作ったのは朝鮮半島からやってきた亡命渡来人である」という本で、ベストセラーになった。
大和の王族、天皇家がすごくひどいことをして、日本の民をいじめているというのを万葉集の歌の中に隠して暗号で書いて。
それで万葉集をハングルで読んだらその暗号が解けて、日本の王族がやった非道なことが全部浮かび上がってくる、という。
そういう本がベストセラーになった。
その中で「日本の言葉は大半が朝鮮語でできている」という説で。
「祭り」というのは笛と太鼓のことを朝鮮語で「マトゥリ」。
朝鮮では「国」というのを向こうは「ナラ」という。
それで日本の都は「奈良」になった。
だから「日本語のほとんどは朝鮮の言葉です」ということがその本に書いてあった。
(その説を)「面白いなぁ」と思っていた武田先生。
ところがこの本は歴史家の人から「噴飯もの」という折り紙がつく。
なんでかというと万葉集が生まれた頃、朝鮮半島の王朝は漢字を朝鮮読みにしていて、ハングルは無い。
つまりハングルで読めば暗号が解けるというのはナンセンス。
それで「祭り」というのは朝鮮語ではない、日本語だ、と。
「奈良」も違う。
ところが武田先生がラジオでしゃべった。
「朝鮮語の『笛と太鼓』マトゥリが日本の『祭り』になったんだ」と。
それを学生だった、今社長をやっているイトウさんが聞いて感動したらしい。
それで学校に行って「俺らが使ってる言葉の半分ぐらいは朝鮮語なんだ」と言ったらクラス中が静まり返った、という。
あれから40年。
僕、間違ってました!
白川静先生によると「祭り」は「笛と太鼓」ではありません。
樹木の「松」です。

ゴロゴロ引いて歩くアレ(キャリーバッグのようなものを指していると思われる)が嫌いな武田先生。
みんな引いて歩いている。
男が引くというのに関して、引いて歩くのは嫌い。
女だったらいい。
「007」が旅をする時にあれを引いていたらおかしい。
人間には何かやっぱりシルエットがあるのではないか。
007がイギリスからアメリカに行く時にアレをガラガラ引きながら。
おかしい。
やっぱりアタッシュケースにしておいて欲しい。
「寅さん」だってそう。
寅さんがカートを引いていたらおかしい。
やっぱりトランクを提げていないと。
インディ・ジョーンズが(キャリーバッグを)引いてたらおかしい。

インディ・ジョーンズ/レイダース 失われたアーク《聖櫃》 (字幕版)



悪いヤツと戦っている時にアレを引きながら過ぎていったら。
やはり雑嚢っぽいので飛んで歩かないと。

正確には覚えていないのだが、武田先生は遠い昔、違う放送局で深夜放送の番組の中、本を読んで感動したので、そのことを喋った
万葉集を書いたのは亡命渡来人、朝鮮系の人たちで、その人たちが日本の貴族の悪さを告発する意味で万葉集の歌に書いた。
ハングルで読めばそれが分かる、という。
たとえば笛と太鼓。
それは朝鮮読みにすると「マトゥリ」「笛と太鼓」になる。
だから「お祭り」という。
それを信用したら、それをちょっとうっかりラジオでしゃべったら後にウソだとわかった。
では「祭り」とは何か。
樹木の「松」。

 白川静さんの『字訓』には「松」は「神を待つ木の意味であろうか」とあります。(50頁)

「り」はちょっとわからないが「まつ・り」。
これはどうして「祀」とか「奉」になったかというと、樹木の松なのだが、そこに神様が降りなきゃいけない。
そこで降りてくるまで待っている、という。
樹木の「松」という名称と、祈る人がそこで待っているということで「まつる」。
「いいことがありますように」とみんなで祈る。
それが「政(まつりごと)」という。
「政治」ということの別の読み方にもなった、という。

 その「まつる」の語尾に反復や継続を表す「ふ(う)」を加えた形の言葉に「まつろふ(まつろう)」があります。この「まつる」は奉ずることです。「まつろう」は継続的に奉ずることから服従する意味になりました。「まつろう」の漢字は「伏・服」です。(51〜52頁)

「待」には「寺」がありますが、この「寺」を含む文字の多くに「ものを保有し、その状態を継続する(保ち続ける)」意味があります。もともと「寺」が「持」の最初の字形ですが、この「寺」に「扌」(手)を加えた「持」は「手にもち続ける」意味の文字です。−中略−
「侍」は「はべる」「つかえる」と読む文字ですが
(52〜53頁)

「寺」という字は「土」の下に「寸」。
「寸」は手の形。
物を掴もうとする手の形のことが「寸」。
見えてくるとどんどん見えてくる。
例えば「尋」。
下に「寸」がある。
「ヨ」を書いて「エ」「ロ」と書いて「寸」。
「ヨ」は箱の片側が外れて中で異変が起こっている。
つまりこれは神様の祭壇みたいなところ。
そこの壁が外れてしまっている。
手前に書いてある「エ」「ロ」というのは貢物。
貢物を二つ置いた。
その手がまだ残っているので神様に「尋」ねる。

「祭」は「月」と「又」と「示」でできた文字です。「又」は「手」を表す字です。特に「右手」の形です。「月」は夜空の月ではなく、一枚の肉を表す「にくづき」です。「月」の字形内にある二つの横線は肉の筋の部分。そして「示」は神へのお供えものをのせるテーブルの形です。−中略−
 つまり「祭」は神への捧げものをのせるテーブル「示」の上に、お供えの「肉(月)」を「右手(又)」で置いて、神へのお祭りをするという意味の漢字です。
(53頁)

もう一回繰り返すが、朝鮮語の「笛と太鼓」は何の関係もなかった。


posted by ひと at 20:37| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする