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2020年07月20日

マルコメ プラス糀 糀甘酒の素

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プラス糀 糀甘酒の素|マルコメ
アルコール0%、砂糖を使わない自然な甘みの糀甘酒の素です。希釈せずにそのまま無菌充填しています。ストレートタイプの糀甘酒に比べて約2倍(※)の濃さがあり、希釈してドリンクとしても、そのまま砂糖代わりの発酵甘味料として料理やスイーツの甘みづけにも使えます。
※自社従来品「糀甘酒」と比較


内容量500ml。
100ml当たりエネルギー173kcal。

1リットル入りの薄めない甘酒を飲んでいた時期があったけど、さすがに1リットルだと冷蔵庫の中で結構邪魔なんだよね。
これは500ml入りだから、冷蔵庫の中に入れやすい。

普通の甘酒の二倍の濃さってことなので、まずは普通に半分に薄めて甘酒として飲んでみることに。

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カップに半分ほど入れてみた。
で、てっきり白いというか乳白色的な色かと思ったら、ずいぶん濃い色。
こういう商品なのかな?と思って売っているサイトなんかの写真を見たら白っぽい。
届いた翌日に開けたので、日数が経っているとかでもなく。
ってことで不安になったので調べてみる。

よくあるご質問(FAQ)|マルコメ
Q.糀甘酒がミルクティーの色みたいになっていたのですが、大丈夫ですか。
A.保存料等を加えない製品特性上、 保管方法によっては色が濃くなってしまうことがあります。
甘酒の色の変化につきましては、甘酒の原料であるお米が分解された「糖」と、
分解された「タンパク質やアミノ酸」が互いに反応することによって起こります。(メイラード反応といわれています)
尚、飲んでも身体の害になることはありません。


ということで問題はないそうです。
でも味はちょっと変わるのでは?と思ったけれども、色が変わる前の味がわからんので比較もでけんということで。

で、先ほどのカップに残りの半分はお湯を入れ、それだと冷たいんでちょっとレンジで温める。

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お湯を入れてもやっぱり色は茶色い。
味は思ったよりも甘いな。
半分よりも若干多めに入った気もするので、そのせいもあるかも知れないけど、半分より少なめに入れたぐらいでも十分な甘さがあるのではないかと思う。

ヨーグルトに入れたりしてもいいらしいんだけど、とりあえずヨーグルトもなく。
いろんな料理とかデザート作りにも使えるということなので、何か簡単にできそうなものを。
ジューシーいなり寿司|レシピ|マルコメ
酢飯を作るのに必要な昆布がないので、いなりあげだけに使ったけれども。
いなりあげは油揚げをこの「プラス糀 糀甘酒の素」と醤油で煮るだけということで。
最初はかなり甘酒の臭いがしたけど、火にかけているとそういう臭いもしなくなった。

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もっときれいに並べればよかったな。
どんな味なのか想像がつかなかったけど、思ったほど奇抜な味もせず。
これを出されて「何が入っているか」って訊かれたとしても「甘酒」っていうのは全然思い浮かばないと思う。
甘酒と醤油しか入っていないんだけど、ちゃんといなりずしっぽい味になっている。
もちろん普通のいなりずしとはちょっと違う感じはするんだけど、甘さもほどよい感じで美味しい。

マルコメ 甘酒 プラス糀 糀甘酒の素 【国産米100% 使用】 500ml ×3個


posted by ひと at 19:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年7月1〜12日◆誰も農業を知らない(後編)

これの続きです。

 殺虫剤の歴史を調べると、必ず出てくるDDT。なぜ出てくるかというと、化学合成された最初の殺虫剤であり−中略−
 DDTは一八七三年、オーストリアのオトマール・ツァイドラーが書いた博士論文に製造法が記載されましたが
−中略−
 一九三九年、そのDDTにきわめて高い殺虫効果があることを発見したのが
−中略−ガイギー社はDDTをすばらしいスピードで農薬用と公衆衛生用殺虫剤として製品化し−中略−
 DDTは農薬としても大いに普及しましたが、公衆衛生分野ではマラリア対策の殺虫剤として普及しました。熱帯で猛威をふるうマラリアの発生源であるマラリア原虫は、「ハマダラカ」という蚊によって媒介されます。
(217〜218頁)

 第二次世界大戦の直前に開発されたDDTは、−中略−ガイギー社のあったスイスは永世中立の立場から各国にDDTのサンプルを出荷し、これにイギリスとアメリカが飛びついて大量生産を始めました。
 かのロンメル将軍(ドイツ人であるも最後までナチスに入らず、英軍も敬意を表した人物)が活躍した北アフリカ戦線や、日本軍が進出していた太平洋戦線ではマラリア対策が重要だと判断したからです。
 これに対し、ドイツや日本はDDTにあまり関心を持たず、結果として多くの兵士が戦闘前にマラリアで倒れました。マラリアによる兵士の損傷は連合軍のほうが圧倒的に少なく、DDTの採用が連合軍勝利の一因として挙げられるほどでした。
(218〜109頁)

(番組ではスイスの企業がDDTをドイツと日本には売らないという約束をしたと言っているが、本によるとそういうことではない)

ある意味でDDTは空母、戦闘機より優秀な兵器であった、と。
「これはすごい」というので戦後になって米英両国がこれを解禁して(ということではない)ドイツ、あるいは日本でシラミ退治、あるいは水田の害虫駆除のために、これが農薬として使われた。
これは、戦後の食糧難を乗り切るために日本ではDDTはもう、そこらへんに振り撒かれた。
武田先生の奥様が言うが、お義父さんとお義母さんは熊本のお百姓さんだから、戦後は農薬をいじって7〜8月は(手が)腫れあがって。
それぐらい劇薬だった。
このDDTの高い殺虫能力というのは絶賛された。
「さすがに化学の力だ」ということだった。
子供たちをマラリアから守るために、アメリカなんかでもさんざん使われた。
街中にDDTを振り撒いて。
子供たちにもDDTを振りかけていた。

 しかし一九六二年、レイチェル・カーソンのベストセラーである『沈黙の春』が出版されたことで、DDTの評価は一変します。(219頁)

沈黙の春(新潮文庫)



 DDTは、生物のホルモンの働きを乱す環境ホルモン(外因性内分泌攪乱物質)として作用し、虫を食べる鳥にも害があり、土壌にも長期間残留するとされました。また、発ガン性にも疑いがかかり、人間の母乳から検出されたことなどから、危険な農薬の代名詞になってしまったのです。(219頁)

タイトルも不気味。
『沈黙の春』
「一羽の鳥もさえずらない春がやってくる」ということで、「公害としての農業」というのを訴えた。
これはレイチェルさんはすごい書き方だが「原爆に次ぐ新たなる化学の脅威」と呼んだ。

そのため一九六八年には世界各国で使用が全面的に禁止となりました。(219頁)

公害告発の書として『沈黙の春』。
これは歴史に残る名著になった。
ここまですごくいい話。
ここまでは一冊の本が公害(DDT)を告発して追放したワケだから。
それで「すごい」という話になった。

 一九四六年、DDTが散布されはじめてからセイロンでは急速にマラリア患者が減っています。(220頁)

マラリアに罹る人はそれまでスリランカ(セイロン)では280万人いた。
死亡率が高いから。

一九六三年には患者数は一七人と絶滅寸前まで持ってきていたのです。(220頁)

(罹患数が)280万人いたのがDDTのおかげで17人になった、という。
劇的に減った。
しかし「将来ガンになる可能性がある」ということで、国連の命令を聞いて1964年に散布中止、使用禁止。
DDTは追放された。
1968年にこのスリランカでどのくらいの人がマラリアに罹ったか?
250万人。
農薬というものの扱いの難しさというのはこのこと。
発ガン性物質からは救われたのだが、その前にマラリアで死んでいく人が250万人。
(250万人は「罹患数」なので、死亡者数ではない)
このへんが「告発」ということの難しさ。

インドとアフリカは特にひどくて。

マラリアの患者数は二〇一三年段階でも推定で年間患者数は二億人で、そのうち五〇万人ほどが命を落としています。(220頁)

『沈黙の春』というこの告発の書のおかげで、数十年後の健康被害をゼロにしたことは間違いないが、(DDTが)無くなったおかげで数年後、マラリアによる死亡者というのが何と50万人になった。

 そのためWHOは、二〇〇六年、ついにマラリアの流行している地域に限ってDDTの使用を認める決定をします。DDTを使用することのメリットとデメリットを比較した場合、メリットのほうが上まわると判断したからです。(221頁)

 ではこれで問題は解決したかというと、そうは問屋が卸しません。−中略−
 しかし完全に根絶できなかった場合は、ハマダラカに「抵抗性」がつきます。DDTをかけられても生き残った蚊が子孫を増やし、DDTをかけても死なない薬剤耐性をもった蚊が増えてきているのです。
(221〜222頁)

この辺がケミカルの恐ろしさで、生き物というのは必ず耐性を。
人間もそうやって生き残ってきたし。
日本でも何年か前にデング熱とか蚊による(伝染病が)流行った。
だから耐性を急に帯びてくる。
結局ハマダラカというのがいるのだが、これも現在抵抗性を付け始めて、DDTでは死なない蚊がどんどん増えている。
そこで発想はどこに行ったか?

 DDTが効かなくなれば、別の対策が必要です。そこで現在最も有効だと言われているのが蚊帳の使用です。−中略−
 住友化学は「オリセットネット」という商品名の蚊帳を開発し、二〇〇一年にWHOから使用推奨指定を受けています。ポリエチレンに農薬のピレストロイド(蚊取り線香の成分)を練り込んで糸を作り、その糸でこの蚊帳を作っています。
−中略−五年間以上も効果を持続させることが可能だということです。
 ちなみに、この技術はタンザニアの企業に無償供与されており、現地で生産することで雇用の創出につなげるなど、さまざまな角度から途上国を支援しています。
(222頁)

そんなのを聞くと「住友化学て偉いなぁ」と思う。
それにしてもプラス蚊帳という文化をよくぞここまで持っていた、と。
蚊帳は虫をどける。
「殺す」となると色々問題だろうが、「嫌う」ということだったらば。
住友化学の方は「5年以上の効果は絶対にあるんだ」と。
その間に街をきれいにし、ドブとか下水道を整備して。
これが蚊退治には最も有効で。
その間を蚊帳でしのいではくれないだろうか?と。
こうやって考えると告発は簡単。
「オマエが悪いからこんなことになったんだ!」と指さして言うのは簡単で。
リスク・ベネフィットというのは秤にかけないと。
有坪さんはいよことをお書きになったなぁと思う。
つくづくそんなふうに思う。
物事の考え方としてリスク・ベネフィット。
これを必ず、という。
つまり、「告発の書」ではなく「告発の発言」ではなく、人間同士がうまくいく「蚊帳」のようなものを、という。
そういう発想を悩みながら考えましょう、皆さん。

レイチェル・カーソンの『沈黙の春』。
これは武田先生の奥様が娘たちに読ませて「たくさんの人を救った本よ」と。
早速娘の部屋へ行って「それだけじゃぁないみたいよ」とかと言いながら来た。
とにかく農薬を考える時に「何が正しい」とか一点だけ主張しないで、リスクとベネフィット、利点、マイナスとプラスを図りながら考えていきましょう。
世の中全部そうである。

農薬への杞憂は一体どこからやってきたのか?
それは「食品は無害」という思い込みがあるからではないか?

我々が普段「無毒の食品を食べている」という誤解です。−中略−
 人間がわざわざ毒を嗜んできたと先に書きました。大根おろしやワサビの類はアリルイソチオシアネートを、トウガラシはカプサイシンを含みますが、その毒物が生み出す辛味を人間は昔から楽しんできたのです。
 そんな食べて楽しむ毒物だけではなく、我々が普段食べる食品には、量は少ないながらもいくつもの有毒な天然物質が含まれています。
(223頁)

このキャッサバ、青酸配糖体(シアン化合物)という文字通り青酸カリの親戚みたいな毒物が大量に含まれているのです。(224頁)

ソラニンはジャガイモが土中からはみ出たときに食害されないように作られる毒で(228頁)

グレープフルーツは薬品と同時に摂取すると意図しない危険な効果を及ぼす薬物相互作用でも知られていますが、グレープフルーツでこうした作用を引き起こすのが、フラノクマリンです。(229頁)

「何で毒があるか」は当たり前。
害虫から我が身を守るために毒を持っている。
どんな植物もどんな作物もそれぞれ毒を持っている。
人はそれらの毒に対して、煮る、蒸す、毒の部分を切り落とす。
更に少量しか食べないという接触技術を磨いてきたサルである、と。
だから「毒と付き合う」ということを前提に物を喰ってきたじゃないか?と。
「何で完全に無農薬がいいだなんて、そんなバカなことを言うようになっちゃったんですか?」とこの著者はおっしゃっている。

 フラノクマリンの濃度は、健康なセロリではせいぜい二ppm程度で、冷蔵時で五ppm程度になります。しかしこれが菌核病に感染していると、濃度は四〇〜一〇〇ppm程度まで上がります−中略−当然口にすれば害です。(229〜230頁)

セロリの場合、何かの病気にかかると、その病気と戦うために毒を実の中に。
他愛のない添え物であるセロリも強烈に毒を溜める。
セロリが病気になった場合、病気と戦うために体の中に猛毒を作っていく。

 エイムス博士は、アメリカで普段食べられている食品についても調べ、一九九〇年に「アメリカ人の食事に含まれる農薬物質の九九.九九パーセントが植物由来の天然農薬である」という驚きの調査結果を発表しました−中略−
 九九.九九パーセントを占める天然農薬に比べて人工農薬は〇.〇一パーセント。
(225頁)

だからこれはもう「毒」とも呼べない残留。
だから「もっと考えてみてくれ」と。
農薬を批判する人の中に昔のまんまの農薬のことを言っている人がいる。
それから「国家規模で農業を守っている」なんて言っている人もいるかもしれないけれども、日本の農家というのは、やる気のある農家の人がどんどん増えている。
国際競争力をつけるため品種改良。
そして遺伝子組み換えも含めて前進すべきだ、と。

品種や地域によって違いはありますか(原文ママ)、現在コメは一般に一反(一〇アール)あたり四〇〇キロから六〇〇キロ程度とれます。昔はこの半分程度でした。また昔は草丈が長く−中略−草丈が長いと、よく実っているイネほど全体の重心が高くなります。そんなときに台風などが来ると簡単に倒されてしまいます。これを倒伏と言いますが、倒伏したイネはコンバインを使えなくなるうえに穂が地面と接するので高温多湿だと発芽してしまい、著しく品質が落ちます。
 現在は品種改良によって短稈と呼ばれる草丈の低い品種が主流になっています。
−中略−草丈が低くなったことで台風時の被害もある程度は減らすことができたのです(255〜256頁)

一時期「アメリカンチェリーが入ってきたら、日本のサクランボなんかガタガタになりますよ」と、そんなことを言っていたのだが、「佐藤錦」の地位は不動。
入って来る前はあんなことに怯えていた。
オレンジだってどれほど我々は息をのんでいたか。
カリフォルニアオレンジが入ってきたら。
でも違う。
そうじゃない。
それと同じことで、この間、サクランボに関する重大情報を聞いた。
これが胸がときめく。

東京では報道されることもない。
この間、福島を旅していたら福島のローカルニュースのトップニュースが「山形で新しいサクランボができた」。
これは感動したのだが、色は佐藤錦みたいにサンゴ色ですごくきれい。
これは玉の一粒が大きい。
五百円玉の大きさ。
名前が「やまがた紅王」。
サクランボの大型新品種名 「やまがた紅王」に - 産経ニュース
これは来年か再来年ぐらいには出荷できる態勢が整ったというので、山形の農業人が大喜びしている、という。
今、「やまがた紅王」という新品種の話をしたが、アメリカンチェリーと佐藤錦を置いたら佐藤錦を喰う。
一つの作物、果物でもいいが、懸命に磨き上げていくという日本人の農業の知恵を結集すると、もっと開けるんじゃないか?
だってイチゴなんてアジアの人は飛びつく。
それからメロン、マンゴー。
この手のもので勝負する商品はいくらでもあるというのが、この本の著者、有坪さんの主張。
そして有坪さんは米も米ばかりではない、と。
米から生まれる日本酒。
これをフランスのワイン並みにブランド化し、日本食全体の組み合わせ。
例えば「干物を杉の升で飲むのに美味い日本酒はこれ」という。
この農業と林業と水産業をセットにした売り方を考えると、もっと深い可能性を、という。
ワクワクする。
脚の高いワイングラスにワインを注いで、チーズというあのセット。
つまりガラスを作るという手工業と飲み物のワインと。
それで発酵のチーズが組み合わさったように。
この升酒。
「杉の升酒でこの日本酒をこの干物で喰うと美味いんです」なんて言うと飛びつくんだろう。
日本人でもそういうのがある。
こういう可能性を農業は持っているし、そこを行くべきではないか?

 六次産業とは−中略−農業が「一次産業+二次産業+三次産業=六次産業」になるべきだとするキャッチフレーズです。
 農家が農産物生産だけをやるのではなく、農産物を使った加工食品を生産し、自前で流通させることで、食品メーカーや流通業が得ていた利益を奪取してしまおうという提言がなされています。
(74頁)

(番組では著者がこの「六次産業」を推奨しているような感じで話しているが、本には「六次産業は絵に描いた餅の典型」と書いてある)

「農林水産省もよく奮闘している」と評価なさっている。
今、官僚の悪口を言えばなんとなく気が済んだような人がいっぱいいる。
そうじゃなくてこの方(著者)は日本の農林水産業というのはボロクソに言われながらも、官僚たちがみんなよく頑張っているんだ、と。

新規就農者援助態勢。
これが整備されつつある。
日本が今、農業人として一番欲しがっているのは兼業農家の人。
農業の他にもう一つ仕事を持ってらっしゃる方。

私は、農業に転職する場合の必要資金は、設備投資とランニングコストを勘案すれば二〇〇〇万円以上が理想であり(261頁)

 行政の、近年の新規就農者に向けた援助体制はかなり整備されてきています。なかでも青年就農給付金事業は目を見張ります。就農準備中の最長二年間、就農後最長五年間、年一五〇万円の給付金が支給されるのです。夫婦なら三〇〇万円になります。(194〜195頁)

(番組では上記の内容を「国にこれから実施して欲しい」というような内容で語っているが、本によると現在すでに整備されている。著者によると実際に援助して欲しい金額はもっと多い)
そうすると5年後には税金の払える農家に育つ、と。
こうおっしゃっている。

 実際のところ、新規就農は誰でも成功する、食っていける、とは言いませんが、サラリーマンが社会を辞めたいと思ったときによく候補にのぼるラーメン屋と比べたら、何倍も容易だと思われます。(195頁)

それさえクリアできたら立派な農業人が必ずできる、と。
それでこの方は兼業農家で面白い人のことを紹介してらっしゃる。

宝塚市で大工をしながら一七町歩でコメを作るほか−中略−
 三重県甲賀市には、宮大工をしながら地域の特産品を新規開拓しようと朝鮮人参の栽培試験を続けておられる方がいます。
(263頁)

昔から専業農家の人なんて日本の村にはいない。
奥様から時々話を聞くが、奥様の家は熊本の農家だった。
お酒はやっていなかったが、味噌も醤油も全部自分のところで作っていたようだ。
昔の農業をやる人は多角経営。
お蚕さんを飼って絹を作った人も農業の人。

 日本は高付加価値の農産物を作れる国なのだから、その方向に特化すればいいとおっしゃる方もおられます。(269頁)

しかし、そればっかりを目指しているのはダメなんだ、と。
ちょっと話ははずれるが、中国というのは日本を「小日」という。
「大中華」に対して「小さい日本」という意味。
おっしゃる通りで、日本は小さい。

面積は三七八.〇〇〇平方キロで全世界の土地面積の〇.二五パーセントほどですが、これは世界に二〇〇近くある国の六〇番目くらいの位置にあたります。−中略−排他的経済水域は四四七万平方キロもあり、世界第六位です。−中略−人工は−中略−世界一一位ですが、一億人もの人口を抱える国は二〇一八年時点で一二か国しかありません。(269〜170頁)

一番重大なことは腐植土。
葉っぱが降り積もって腐って。
実はこれは農業にはもってこいという。
農地としての土地をいっぱい持っていること。
植物の分解が進み、栄養分豊かに蓄えている農地、地面を持っている。
それがいい証拠に商業地でもある銀座でも、空き地は放っておくと雑草がすぐ伸びてくる。
だから、あそこでも田んぼができる。
銀座でも牛が飼える。

アフリカの土が赤いのは、気温が高く岩石鉱物が分解して鉄が分離し、赤い酸化鉄になるのに加えて−中略−
 また、雨の少ない国の多くは灌漑農業をします。雨があまり降らない、あるいはほとんど降らないので川から水を引っ張ってきたり、地下水を汲み上げたりして作物を栽培します。
−中略−まかれた水が蒸散するときに浸透圧によって地下から水分が上がってくるのですが、このとき土壌に含まれる塩分も一緒に地表に持ってきてしまいます。これが繰り返されると地面が塩だらけになり、作物栽培ができなくなるのです。(270〜271頁)

 オーストラリアは農業大国のイメージを持たれますが、実際は地表の塩分集積が多く、農業に向いた土地ではありません。−中略−
 アメリカも日本ほど恵まれてはいません。
(271頁)

ここはもう塩かぶりの土地がどんどん増えている。
ロッキー山脈の麓のアメリカの牧草地帯なんか塩で真っ白。
中国はもう砂漠化が北京のすぐそばまで来ているはず。
そして間違いないことは、北朝鮮はそうとう農業が荒れている。
あれはやっぱり色々問題があるかも知れないが、何とかするためには日本の農業関係者が出撃したほうがいい。
でないと本当にあの国は喰えない国になってしまう。

日本のことに関して言う。
今、「防衛防衛」とか「迎撃ミサイル」とか言っているが、日本の防衛というのは何も火薬関係だけに限らない。
その中でこの著者の有坪さんがおっしゃっているのは日本の農業人は、農業をやる人は細くなりつつあるが、日本の農地、地面自体は4億人ほどの食料を作る土壌を持っている。
西日本は二期作が可能だから。
種子島とか鹿児島は、今はあんまり米が余っているので作らないが、年二回米が穫れる。

今後の作物の品種改良が多収の方向で進めば、四億人の倍になる八億くらいは食わせられる程度の生産ができるようになる可能性もあります。(274頁)

グラウンドは、地面は。
8憶(人)が喰える農地を耕して農作物を作れる、米麦を作れるという能力を持っているか否かというのは、これは巨大な防衛力。

現在の世界人口は七三憶人ほどで(274頁)

その8憶(人)を養うだけの土壌を持っている、という。
これはいかな防衛力よりも強力な重大な防衛力。

コメの減反は廃止されましたが、廃止前には四〇パーセントほどの減反率でした。−中略−一〇〇パーセントを超えた計算が成り立ちます。(273頁)

これは今の人数で可能。
だから日本というのは食糧難に直面した時は、自国を救うどころか他国を救うだけの能力を持っている。
しかも今大好評の「日本食、食べてみませんか?」という誘い方をすれば嫌がる国はない、と。
中国の人がいっぱい(日本に)Tシャツを買いに来ている。
そんな国。
「日本食を展開しますよ」というのは他国を援助する援助の力になるのではないかな?と。
本当に農業について何も知っていなかったと思う水谷譲。
潜在能力についても。
このほかにも著者のアイデアはたくさんあるが、それはまた別の機会に。
生きる道は日本にはいくらでもあります。
というワケで大変学んだ農業だった。

posted by ひと at 11:03| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年7月1〜12日◆誰も農業を知らない(前編)

誰も農業を知らない: プロ農家だからわかる日本農業の未来



この間まで「死活問題」とかとTPPか何かで揉めていた。
そういうのは前はものすごくナーバスだった。
サクランボ問題とかカリフォルニアオレンジの問題。
「ミカンが全滅する」とか。
TPPは米の問題があった。
「死活問題」とか何とか。
何か静か。
それから遺伝子組み換え。
あれだけ騒いでいたが、遺伝子組み換えじゃないヤツが今度もう売られる。

あんなに騒いでいたのに最近先細りになっているというのがすごく気になって『誰も農業を知らない』というこの有坪さんの本のタイトルが衝撃的で。
例えばこういうことをおっしゃっている。
農業についての農業論が混乱したままの状態になっているんだ、と。
遺伝子組み換え。
それから農薬の問題。
「農薬悪いんだ!」というヤツ。
それから米の自由化。
それから無農薬農家とか。
農業人口がものすごく減っているんだ、とか。
「農協は改革すべき!」とかという。
そういうのが大騒ぎになっていた。
後は「政治に甘えている農家」とかというお叱りがあった。
「補助金ばっかり貰いやがって」とか。
専業農家というのがものすごい勢いで少なくなっている。
歯止めが効かない。
これほど多くの問題を抱えつつ、誰も農業の未来を指させないままでいるんだ、と。
農家あるいは農業を激しく批判する人はいるのに、何かみんなトンチンカンで、という。
この著者は農業をメディアの中で語る人というのが、みんな意見ばピンボケなんだとおっしゃっている。
著者は「実は誰も農業を理解していない」と主張しておられる。
本当の問題とか本当の希望は農業のどこにあるのかを提案したい、ということでこの本をお書きになった。
この方はもちろん専業農家の方。
この本は最初、農業問題として読んでいたのだが、問題の構造が入り組んでいる。
だから短いコメントなんかで農業を語れるはずがない。

有坪民雄(ありつぼ・たみお)
1964年 兵庫県生まれ。香川大学経済学部経営学科卒業後、船井総合研究所に勤務。94年に退職後、専業農家に転じ、現在に至る。2ヘクタールの農地で山田錦を中心にコメの栽培をするほか、和牛60頭を肥育。
(本の袖)

著者は企業としての農家、農業というのを追求したい、と。
生きがいとかそういうことではなく。
品質について手を惜しまず、世界をリードする技術を持ちながら、後継者の不足で農業は非常に苦しんでいるんだ、と。
「輸入作物がどんどん増えてくる」と言われている現況の中で、日本の農業はどうすればいいのか?
そのことを懸命に語ってらっしゃる。
ちょっと興味深い。
「TOKIOばかりに農業は任せられない」ということで、古希のおじいさんが乗り出したワケで。

かつての米作りは、牛馬に鋤(土を掘り起こす道具)を引かせて土を耕し、田植えは家族だけでなく近所の人も総出で行いました。−中略−
 一九六〇年代に進行した農業機械革命により、牛馬はまず耕運機に、そしてトラクターに置き換えられました。
(2〜3頁)

赤いトラクター



この耕運機、トラクターが導入されて変わった。
田植機、それからコンバイン。
腰を曲げなければならない作業から農家は開放されて、この機械によってものすごいスピード効率が上がったんだ、と。
「すべてはコイツなんだよ」と。
田植え機。
コイツがすごい。

 だいたい昔の手作業ですと、一農家ができる規模の限界は一町歩(約一ヘクタール。一ヘクタールは一万平方メートル)でしたが、現代の田植機やコンバインはこの程度の面積は一日で済ませてしまいます。(3頁)

考えてみれば農作業というのは弥生時代から変わらなかった。
武田先生は福岡だが、小学校の周りの田んぼはやっていた。
それがもう高校生になる頃は田植機でやるようになった。
これは弥生から時代が一変した、とおっしゃる。
こんなふうにして農業はものすごい勢いで革命が進んでいる。

日本の農業というのが急速に機械化が進んだ、と。
それは米だけじゃない。

 現在、リンゴやナシの選別機は実用化されています。−中略−
 さらに言えば、収穫作業もロボットがやってくれる時代がすぐそこにやってきています。収穫作業に必要な技術の基本は三つ。農作物を見て、どこにどんな状態の作物があり、収穫すべきかどうかを判断する「マシンビジョン」。収穫物に手を伸ばし、作物を傷つけることなく取り上げ、収穫用のコンテナに入れる「エンドエフェクタ」や「アーム」の設計。
(5頁)

IoT(Internet of things モノとつながるインターネット)技術も(4頁)

スマホとかを使って冷房を点けたり家電を動かしたり、ということ。
インターネットで確認しながら愛犬の面倒を看たり。
それを農業でやろうという技術がもう始まっているらしい。
つまり田んぼにカメラが付いていて、インターネットに結ばれていて、農薬の散布、出荷のタイミング。
ただのタイミングではなくて全国の市場での値段を見て「うちはどこの市場へ何時頃出すと一番効率的に高く買ってくれるだろうか?」という。
IoT。
畑とか田んぼとかビニールハウスの集中管理を人工知能がやる、という。

 有名なのは「とよのか戦争」でしょう。人気の高いイチゴの品種である「とよのか」を作っている産地は、自分の地域だけでなく、競合するライバル産地の気象情報も常に見ています。そしてライバル産地が台風などの気象災害を何月何日に受けそうだとわかると、自分たちの体制を整えて、ライバル産地の台風の翌日から数日の間、大量にイチゴを出荷するのです。なぜなら、ライバル産地が気象災害で打撃を受けると出荷量が激減して市場の商品流通量が大幅に減るため、価格が高騰するからです。(8頁)

イチゴは完璧に今、ビジネス情報戦の時代に入ったそうだ。
このあたりは何も知らないがすごい。

残っている農家も高齢化し、むしろ規模縮小を考えていることも多いのです。引退する農家の代わりに耕作してくれる農家が現れてくれなければ、耕作放棄地が発生します。その数は年々増え、直近の資料によれば日本の全耕作地の六.一パーセントにあたる約二七万六〇〇〇ヘクタール(二〇一五)にも達しています。(9頁)

イノシシとかクマとかサルが増えて「国立の街中にサルが出た」とかと大騒ぎに。
京都の鴨川に鹿が水を飲みにきているというのだから。
鹿は結構恐ろしい。
全山全部喰っちゃう。
そして我々が全然わかっていないのが遺伝子組み換えとゲノム編集技術。
これは技術的には違うらしいのだが、ごっちゃにしていて。

 遺伝子組み換え作物が日本で話題になったのは−中略−一九六六年あたりからです。−中略−
 ところが、遺伝子組み換え作物を危険だとする主張はいくらでも見つかりますが、たいていは
−中略−モンサント社が批判対象となっています。(13頁)

だから「遺伝子組み換え使っておりません」とかというのが表示でよくあった。
ところがものすごく安全なヤツが出始めている。
ゲノム編集の穀物等々はその毒性が食塩よりも低い。
(このあたりは本の内容をごちゃまぜにして語られている。「食塩よりも毒性が低い」と紹介されているのは、遺伝子組み換え作物に使用される農薬の残留に対して)

ゲノムは遺伝子のグループ。
安全性がボンと上がった。
この差がちょっとよくわからなくて申し訳ない。
でも遺伝子組み換えとゲノム編集というのを同じものだと思って嫌う人がいるというところが問題で「もうそんなことを言っていたらアナタに喰うものはありませんよ」という。

そして武田先生が一番やっぱり衝撃を受けた。

代表的な作物としてモンサントのトウモロコシや大豆などに使われている除草剤耐性と害虫抵抗性を挙げましょう。−中略−害虫耐性を持つ遺伝子組み換え作物は、殺虫剤の散布回数を減らします。(14〜15頁)

だから殺虫剤をかぶっていないという大豆やトウモロコシを作るために遺伝子組み換えをやってきたのだが、それがひどく嫌われた。
そしてゲノム編集に至ったワケだが、これは安全性が非常に担保されたというか、保証されている。
そのあたりを考えると我々が思っている以上に技術は進んでいる。
そのあたりがこの著者がおっしゃる「農業をわかっている人がいない」という怒りになったのだろう。

レイチェル・カーソン『沈黙の春』。

沈黙の春(新潮文庫)



一九六二年、レイチェル・カーソンが『沈黙の春』を出版し、自然環境への被害の大きさを告発してからでした。(20頁)

春がやってきたのだが鳥が全くさえずらない、という異様な春を人類は迎えることになる。
その原因は何かというと、農薬が全ての虫を殺し、虫から小鳥を殺し、小鳥から作物を全滅させて、農村に鳥のさえずりのない春がやって来る、という近未来ルポルタージュだった。
これでドーン!と問題になった。
その衝撃で農業というのは自然に任せた方がいいんだ、と。
農業による収穫は全て人が作ったものなのだが、全部自然に任せた方が人間にとっては安心なんだ。
「その考え方をちょっと、ちょっともう一回勉強してくれ」というのがこの有坪さん。
この方がおっしゃっているのは、日本は「無農薬、土づくりと輪作で虫、病原菌と戦おう。そういう農業がいいんんだ」という頑固な考え方がある。
その間に世界は遺伝子組み換えから発展して、ゲノム編集へと農業を進めていった。
基礎はだから遺伝子組み換え。
だがそれを「安全に」でゲノム編集にした。
(本によるとそいういうことではないようだ)
日本人と消費者とメディアがもっとも嫌うのが農薬。

農薬の歴史はどこからかというと、除虫菊に殺虫能力があるということで、1885年に蚊取り線香が生まれ。
その成分のピレスロイド。
これを農薬として取り入れた。
(本にはピレスロイドは単に例として挙げているだけで農薬の始まりという話ではない。蚊取り線香が発明されたのは本によると1890年)

ピレスロイドは幅広い殺虫スペクトルを持ち、哺乳類や鳥類には安全性の高い化合物でした。(37頁)

 戦前に登録がなされた農薬では一〇アールあたり散布量が一〇キログラムなんてものもざらにあったようですが、新しい農薬が開発されるごとに有効散布量は減り続け、現在では一ヘクタールあたりの有効成分量が一〇グラム以下など、きわめて少量で効く薬剤も出てきました。つまり、八〇年で一〇〇〇分の一くらいまで減った計算になります。−中略−
 一〇アールあたりのコメの生産量を五〇〇キロとして、すべての農薬が残留するという「ありえない仮定」で考えたとしても、コメ一キロあたりの残留は三ミリグラムです。
−中略−残留量の実際は三〇分の一程度になっていると考えて問題ないでしょう。(40〜42頁)

更に機械化はどんどん進化していて、一軒で水田20ヘクタールを耕す力がある。
だから農業人口が減っていると思うと不安になる。
でも機械力が上がっているので、もうそんなにたくさんの農業人が欲しいワケではないことは事実。
100軒あった農家が今は1軒で同じ力を出せる、と言っている。
だから減少が問題ではない、と。
元々農業というのは人手を減少するという努力をし続けた産業。

農業について無知な人ほどしきりに言う人がいる。
「兼業とか零細農家というのはダメだ」「アメリカみたいに大型化しないと農業というのは儲からないんだ」と言う方がいるが、農業は大量生産がコストダウンに向かうワケではない。

現在のアメリカでは専業農家は二割もいません。(59頁)

私たちは(アメリカの農業は)でかいトラクターで、ヘリコプターで農薬を撒いたりとイメージする。
そんな専業農家、農家だけで飯を喰っている人は二割しかいなくて「規模が大きいから安心だ」というワケではない。

たとえば、一日二ヘクタールの仕事ができる田植え機があります。この機械を使えば一〇日間で二〇ヘクタールの田植えができます。(61頁)

だから1辺2km?
(20ha=200000m2。正方形だとすると1辺が450m弱ぐらいの計算になる)

農家の水田面積が二〇ヘクタールなら、機械をフル稼働させることができるでしょう。そのため、二〇ヘクタールまでは規模を拡大するほどに生産性は向上します。しかし農家の水田面積が三〇ヘクタールになるとどうでしょうか? 二台で一五ヘクタール時代の生産性に逆戻りです。−中略−田植え機一台なら夫婦ふたりで仕事は済むかもしれませんが、二台あると別に二名を雇う必要があります。当然、人件費が発生します。そうなると三〇ヘクタールやっているより、二〇ヘクタールやっていたほうが効率よく所得を増やせたなんてこともよくあるのです。(61〜62頁)

人間が増えるから取り分も減っていく。
だったら小さいほうが農業は純益が上がりやすい。
アメリカの場合、自宅から農地まで80km以上というのが。
トラクターとかコンバインで走るには、80kmだから世田谷から成田まで毎日行かなければいけない。
だから滅茶苦茶非効率的。
だからアメリカ型の大きい農家というのはすごいだろうというのは「皆さん、ウソですよ」と。
それだったら日本のように、ちまちま家の近くの田んぼの方がよっぽど効率がいいじゃありませんか?という。
それからもう一つの問題。
規模が大きいばっかりに倒れる農家が増えるという、その理屈。

 二〇一四年、大規模化に対する幻想を持つ人を完膚無きまで叩きのめした事件が発生します。米価の記録的下落です。三〇キロ袋あたり全国平均の価格が六五〇〇円−中略−魚沼産コシヒカリでも九二五〇円まで価格が落ちたのです。(67頁)

農業的大事件が起こっている。
ただ、ちっとも報道していない。
(番組では巨大な農家が次々と倒産して零細が耐えられたと言っているが、本の内容とは異なる)

米価下落を予想していた農水省は、それより前から対策を打っていました。飼料米です。(67頁)

もちろんいいお金じゃないだろうけれども買い上げて、赤字幅をうんと狭くしてあげて、何とかもたせてあげた、という。
それでその年を乗り切った、と。
そのことも含めて、農水省が零細から大型までの農家を、この2014年、一生懸命救ったという。
何で米価が下がったか?
これは経済載は難しい。
豊作貧乏。
大型になるといつも取引してくれるキロ当たりの値段で900円から1000円安いと借金が数千万円になる。
これが零細の場合は数万円の赤字で済むので乗り切れる。
だから大きいことというのはやっぱり何かが起こった時、大惨事になってしまう、という。
このへん、なかなか農業は語りにくいもの。
だから大型化するアメリカ型、そんな農家が絶対いいワケではない、と。
それから専業農家がいいワケではない、と。
それ一本しかないから。
零細の兼業農家がなぜもったかといったら農業じゃ儲からないから「お父さんがいつも勤めているあの会社のお給料で今月はしのごう」ということになった。
ということは兼業というのは農家にとっては助け船になりうる。

この有坪さんのおっしゃっていることはなかなか手厳しい。
現実に農家を営む著者の言葉は厳しく、実に生々しい。
それが第5章の言葉で

農薬を否定する人は農業の適性がない(204頁)

著者は「農薬を使わない」と断言する人たちに対してこんなことをおっしゃっている。

 私の知る限り、無農薬農家には大きく分けて四種類あります。
(1)農薬を危険だと考え、安全な農作物を作ろうとする農家
(2)高収益を得る手段として無農薬を選択する農家
(205頁)

これは例えば『奇跡のリンゴ』の木村(秋則)さん。

奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録



農薬を使わないので「奇跡」と言われたのだから。

(3)自分の栽培スキルを高めようとする農家
(4)生き方、ライフスタイルとして無農薬を選ぶ農家
(205頁)

農家は「のどけさ」とかという憧れがちょっとある。
定年後は農業をやって田舎暮らしを・・・
「土でもいじりながら」という。

 しかし農村では、この(1)の無農薬栽培農家が最も嫌われます。なぜならたいていの場合、長続きしませんし、周囲に迷惑をまき散らしていることが多いからです。(206頁)

 二五年ほど前、北海道でリンゴの無農薬農家が隣の農家から訴えられるという事件が発生しました。訴えられた理由は、無農薬栽培を行うリンゴ農家が農薬をかけて防除をしないために隣の自分の果樹園にも害虫がやってきて被害が出ているからというものでした。(206頁)

この時に参考人として木村さんが呼ばれている。

(『誰も農業を知らない』を)読みながら「若い人たちが新しい考え方を持って登場しているんだなぁ」というのをつくづく思った。
武田先生たちの真下にいるのがコロッケたち。
そういう年齢。
コロッケたちよりもさらに十歳若いのが共演者でいえば福山(雅治)君たち。
福山君たちのその下にいるのはNEWSなんかで頑張っている増田(貴久)とか加藤(シゲアキ)とか。
その加藤や増田の下にいるのが水戸黄門の助さん(財木琢磨)や格さん(荒井敦史)。
そうやって考えるとちょっとコロッケだけ浮いているが、こんなに体形からルックスから変わるんだなぁと思うと、農業も変わっている。

二〇世紀のスポーツカーには、速く走らせるために燃費は犠牲にしてターボやスーパーチャージャーといった過給メカニズムを搭載するということがよくありました。今のターボやスーパーチャージャーの主流は、昔とは正反対の省燃費のメカニズムとして使われています。
 農薬の開発も自動車に負けず劣らず進んでいます。
−中略−
 いまや人体に安全な農薬開発など、開発者にとっては常識以前の話で
−中略−人体の安全性から環境保全(ターゲットとする害虫や病気に効く以外に、環境中の魚やミツバチなどに影響を及ぼさないこと)へと移っています。(206〜207頁)

武田先生が子供の頃、田植えが終わった後、田んぼに全部赤旗が経つ。
それは「近づくな」ということ。
田んぼなんかのあぜ道で突っ転ぶんで田んぼに顔を突っ込んだりしたら赤いブツブツができたりした。
ホリドールという農薬。
校長先生が、それを撒く頃になると全校集会で言う。
「ホリドールの散布も始まり、田んぼに近づかないようにしてください。また、田んぼの水を飲むようなバカな真似はやめてください」とかと。
それは劇薬だったと思う。
農薬を撒いた後、あぜ道の水の通り道にフナが全部死んで浮いていたのだから。
赤い旗というのは「危険」という意味。
それをヤマダ君とふざけて田んぼの中に倒れたことがあった。
あの恐ろしさは忘れない。
結局何ともなかったが。
それぐらい危険なものが今はものすごく、魚、ミツバチに影響を与えない安全性を目指し、今それを保っている。
だから「農薬を撒いたので魚が浮いた」なんて聞かない。

 近年はあまり聞かなくなりましたが、昔、無農薬農家がよく使った「自然農薬」に「ニコチン液」があります。−中略−
 ニコチンはほぼすべての生物に毒性を持っており、経口摂取(口から入れて食べる場合)のLD50は一キログラムあたり三.三四〜五〇ミリグラムです。
(208頁)

 また、今も無農薬農家がよく使うものとして「木酢液」がありますが−中略−もちろん読者諸兄がコップ一杯分飲んだりしたら命の保証はありません。(209頁)

「食塩よりも安全」と言える農薬も少なからずありました。(210頁)

 大村智先生がノーベル生理学医学賞を受賞されたことは記憶に新しいところです。大村先生がゴルフ場で見つけた微生物から「エバーメクチン」という抗生物質が発見され、これをもとに、さらに効果を高めた「イベルメクチン」が作られました。このイベルメクチンは、アフリカに多い寄生虫感染症(オンコセルカ症、象皮症)から多くの人を救いました。
 抗生物質として人にも処方される薬剤ですが、私も家畜の牛によく使っています。
(211頁)

使い方に気をつけないと犬まで殺してしまうこともあるようです。(212頁)

だから「農薬とかその手の薬というものは、量を間違えると劇薬なんだということを忘れないでください」という。

これは理屈っぽくて難しいかもしれないし、前に絶賛した木村さんの無農薬のリンゴに関して『奇跡のリンゴ』というのをずいぶん『三枚おろし』で取り上げて絶賛したワケだが。

奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録



でも、木村さんの場合はそれでうまくいっているということで、農薬を全否定することが必ずしも正しいことではない、という。
木村さんのところは加工リンゴとして抜群の味わいを持っている。
木村さんもものすごく悪戦苦闘して土自体を変えるという大発見をなさっているワケだが。
その方法が全てのリンゴ畑に通じるというワケではない。
木村さんのところは特殊かも知れない。
土地にふさわしい土の改良の仕方に成功したのが木村さんの「奇跡のリンゴ」で、違う山だったり違う土地の条件だと、やっぱり違うやり方を発見しないと無農薬では通用しない、という。
そういう現実があるんだ、と。
それをこの作家、有坪さんから教えられたような気が。

posted by ひと at 10:41| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする