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2020年08月30日

2019年12月2〜13日◆死に山(後編)

これの続きです。

死に山: 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相



ドニー・アイカーというノンフィクション作家(ドキュメンタリー映画作家)が書いた河出書房の一冊。
9人のウラル工科大学の学生さんが1959年のこと、ウラル山脈のホラチャフリ山、ディアトロフ峠でテントを引き裂き、ほとんど裸足で−30℃の吹雪の夜に全員死亡した。
なぜ彼らはテントを切り裂いて外へ飛び出したのか?という謎の遭難事件。
UFOが絡んでいるのでは?
あるいは秘密兵器の基地があるんじゃないか?とか。
それからウラル山脈なのでウランか何かを発掘している国家の陰謀みたいなものに巻き込まれたのではないか?
様々な憶測がなされるのだが、このディアトロフ事件、今も実は解決していない。
そのことに関してこのドニー・アイカー、アメリカの作家が、その真相を自分なりに解決する思いで、その事件現場に同じ季節に行ってみようということで思い立つ。
9人の学生さんが死亡しているのだが、実は10人だった。
一人、ユーリさんという方。
これはロシア人の方だが、その人が70いくつで生きているという。

「もし神に
ひとつだけ質問できるとしたら、
あの夜、友人たちに
ほんとうはなにが起こったのか
訊きたい」
 ──ユーリ・ユーディン
(10頁)

そんなことを言われ、彼は同じ旅程で現場に立つ。
これは写真もなかなかこの本は豊富で、彼らの日記とか弾いた楽器とか、それから雪の上に散らかったテントとか、死体まで一部写っている。
ぼかしてあるが。
その中でも特に印象的なのは風景写真があって彼ら自身が彼らを撮っているのだが、このディアトロフ峠の下の方に「ブーツ岩」という岩がある。
これが本当に奇怪な岩。
えぼし岩とかがあるが、あれとよく似たヤツで。
長靴をひっくり返して置いたみたいな。
雪原にポツンと一個あるのだが。
そのブーツ岩のわりと近いところに9人はテントを張っている。
このあたり、犯人捜しの材料になっていくから覚えておいてください。
これは目印になるので、見つかったご遺体はブーツ岩の影に置かれたのか?
ということで、このドニーさんがその場所に立つのだが、ブーツ岩が風が吹くたびによく鳴る岩。
風をブーツ岩が切るもので「ヒュゥ〜ウゥゥゥゥ〜」という。
そういう音を立てる。
ドニーはその音がテントにワリと近いので、あの−30℃の吹雪の吹く日、この岩は50年前とはいえ、相当異様な音で鳴ったのではないだろうか?と推測するという。
いよいよ第一歩が始まる。
更に春先やっと見つかった四遺体があった場所では、衣服を脱ぎ、それもナイフで切り散らかして衣服を脱ぎ、木の枝を辺り一面に敷き詰めている。
そして舌のないリュダの遺体があった。
この娘さんは21歳だったか(享年20歳)。
その人はもう腐乱が始まって舌が無かった。
川床の雪と泥にまみれた死体。
この川床のすぐ近くには森がある。
そこでドニーは森の中に何か気配を感じる。
何の気配か?
どうも生き物がいる、と。
キツネのようなテンのような寒さに強い。
そうすると、舌がないというのは非常に異様なのだけれども、厳しい寒さの中で生き物の気配がするということは、リュダ(番組では「ドニー」と言ったが当然これは「リュダ」だろう)の舌というのは頬を食い破ってその小動物が肉としてかじり取ったのではないか?というふうに推測する。
(本には「小動物のしわざという説もあるが、遺体は融けた雪のなかに数週間も横たわっていたのだから、水中の微生物によって、最も柔らかい部分が先に分解されたと考えるほうが妥当ではないだろうか」となっている)
ドニー君はなかなか冴えている。
クール。
UFOとかそういうものに惑わされないで事実を見つめてゆく。
そしてドニーは案内人の二人と共にそのディアトロフ峠、9人のテントのあった場所に立つ。
ここで彼は何とテントを全く同じ場所にテントを張る。
(三人で登った時、ホラチャフリ山でキャンプをせずに夜には村に戻るという条件で行っているし、本にはテントを張ったという話は出てこない)
あの夜、何が起こったか?
これを懸命に推理する。

雪崩の統計データは信じられないほど説得力があった。−中略−それがいちばん可能性の高い説ではないだろうか。キャンプ地のうえの雪が崩れて恐ろしい音を立てるのを耳にして、トレッカーたちはパニックを起こしてテントから逃げ出したのだろう。(200頁)

という推測を立ててみて、同じ季節に行ってその現場に当てはめる。

驚いたことに、ここの斜面は思っていたほどきつくないようだった。−中略−この斜面の「見通し角」、つまり雪崩がどこまで到達するかを決める角度は、斜面のてっぺんからテントの場所までは一六度だった。一六度では、雪崩がかりに起こったとしても、サッカー場の幅の半分も流れることはほぼ不可能であり、これほど平坦な表面を流れてテントに到達するとは考えにくい。(263〜264頁)

「もっと他に」ということで彼は推理を巡らせる。
50年の歳月を挟んで向かい合うという。
構造が面白い。
ドニー君は現場まで行って、その日を振り返る。

一九五九年二月一日からの周辺の天候を調べたところ、かれらが斜面を下ってヒマラヤスギの林に逃げ込んだときは、毎秒一八メートルもの強風に直面したはずだという。二月一日の月は三三パーセントの下弦の三日月だから−中略−月が出るのは午前四時以降──九人のトレッカーがテントを出たと思われる時刻より、四時間から六時間もあとだ。マイナス三〇度という現在の条件は、ディアトロフ・グループが一九五九年に経験した条件に近い。(264〜265頁)

なのに服も着ず、靴下だけでなぜ飛び出したのか?

私たちは暖かい服を着込み、最新の装備をそなえているにもかかわらず、ここでは八〇〇メートル歩くだけでゆうに一時間はかかった。(264頁)

ドニーは考え続ける。

なんらかの兵器、おそらくは核兵器がキャンプ地の上空または近くで爆発し、それでトレッカーは負傷し(284頁)

トレッカーたちの皮膚が暗い色、つまり「オレンジ色」に変色していたのは、放射線被ばくよりも重度の日焼けと考えるほうが当たっているだろう。(284頁)

そして今までの仮説を彼は一つずつ消してゆく。
「どんなミステリーより面白く、ここからよく整理されています。全体はちょっとしつこいです」というのが武田先生の(この本の)感想。
328ページあるこの大作の287ページまで「くどい」と。
「残り40ページを残したところから急に面白くなる」と(武田先生のメモに)書いてある。
こういう本がある。
でもこの(最後の)40ページが(読んだ)甲斐がある。
まさにミステリー。

ドニーはサーフィンをやってフロリダでいつも遊んでいるものだから。
遥か沖合からこっち側に打ち寄せてくる「波」というものに関して敏感。
サーファーが謎を解いていく。

サーファーならだれでも知っているように、沖合で激しい気象現象、たとえばハリケーンとか低気圧が発生すると、それによって生じた大波は長期間持続し、それが海岸に達して絶好のウェーブになるのだ。(287頁)

そして走る波には音がある。
彼はここに目を付けた。

二〇〇〇年の『フィジックス・トゥディ』誌に掲載された論文で、タイトルは「大気の作用で生じる超低周波不可聴音について」、著者はドクター・アルフレッド・J・ベダード・ジュニアとトーマス・M・ジョーンズだった。(287頁)

サーファーなのだが、やっぱりちゃんと勉強していた。

超低周波というのは超音波の逆で、人の可聴域の下限である二〇ヘルツより周波数の小さいものを言い、いっぽう超音波のほうは、上限の二万ヘルツより大きいものを言う。(287頁)

20ヘルツ以下では耳では聞こえない音というのが存在する。
これが「超低周波」と呼ばれている音で。

超低周波音は、鼓膜を通じて内耳の有毛細胞を振動させる。その結果、その音はふつうの人には「聴こえない」かもしれないが、興奮した内耳の有毛細胞は信号を脳に送るので、その乖離──なにも聴こえていないのに、脳はそれとは異なる信号を受け取っているという──から、身体にきわめて有害な影響が及ぶことがあるというのだ。(288頁)

パニックはこういうことで起こるらしい。
その時にドニーの頭にバッ!とひらめいた。
超低周波を起こす。
それは何だ?
彼は言った「ブーツ岩が超低周波を!」。
(ブーツ岩と言い出したのはヴラディーミル・プルゼンコフ)
さあ、いよいよ謎が解けるか?
ドニーはあのブーツ岩に駆け出したのである。

9人の人が自らテントを切り裂いて、−30℃の吹雪の夜に飛び出したあのディアトロフの遭難事件。
これにアメリカの青年ドニー・アイカーは「超低周波が絡んでいるのではないだろうか?」と見た。
ここで240ページまで行って現地の探索は終わる。
いきなりフロリダに行ってしまう。
そして彼は超低周波関係の謎を解くべく、アメリカの大学を転々とする。
彼は推理と自分の調査資料を持って自国へ帰る。

超低周波音技術が最も早く応用されたのは、冷戦時代の五〇年代前半のことだった。アメリカはこのころから、ソ連の核実験によって生じる超音波音を測定しはじめたのだ。−中略−二〇〇九年にも、北朝鮮での「事件」がこの超低周波音の測定によって明らかになったが(295頁)

これは同盟のイギリスと組んでアメリカは超低周波で世界を探るというのはやっていた。

超低周波音曝露の症状を調べていたロンドンの研究者は、サウス・ロンドンのコンサートホールの裏に「超低周波音発生機」をひそかに設置した。そのうえで、七五〇人の被験者に同じような現代音楽を四曲聴いてもらったが、かれらには知らせずに、うち二曲には超低周波音発生機で生成した音波を含めていた。−中略−その結果、一六五人(二二パーセント)が超低周波音の部分で寒けを感じたほか、不安、悲しみ、緊張、反感、恐怖などの奇妙な感情を覚えたと答えている。(296頁)

(番組では上記の実験はイギリスとアメリカがやったと言っているが、本には上記のように「ロンドンの研究者」としか書かれていない)
これは22%だから敏感な人でなければダメなのだが。
このあたりから「超低周波というのは人間を苦しめる武器になるぞ」ということで注目されるのだが。
公害として超低周波が出てきてしまう。

カナダ国境の町(ミシガン州デトロイトと、デトロイト川をはさんで向かいのオンタリオ州ウィンザー)の住民は「ウィンザーのハム音」に悩まされ−中略−工場の機械が超低周波音の発生源だと考える人は少なくない。(296〜197頁)

皆さんも風力発電の風車はご存じだろう。
「ゴットン、ゴットン」という。
しかも超低周波音を聞いていると幽霊を見たりする。

「イスラエルでは、群衆の暴発を抑えるために利用されています」(297頁)

ドニーはこの超低周波をテントから1kmばかり離れたあのブーツ岩。
何でかというと構造物で、ある程度の対称性を持ったもので、風が移動するとカルマン渦という渦を発生させる。
このカルマン渦が低周波音を生み出す。
これはかなりの確率で人間がパニックを起こすらしい。
例えばローレライの伝説。
人魚が岩の上にいて、船人がその岩の上の人魚の歌声に引きずり込まれたり。
それからもう一つある。

たとえば、ジブラルタルの岩に強風が吹きつけると強力な渦が発生し、この海峡を通る船が転覆する原因になると考えられている。そしてこの危険な渦には、超低周波音という双児の危険がつきものなのだ。(299頁)

そういう季節の風、低気圧が吹くことによって自然界が奏でるカルマン渦による超低周波音が、人間をパニックに陥れるのではないだろうか?
これは鋭い。

私はデイヴィッド・スカッグズ研究センターと呼ばれるNOAAのビルに到着した。(291頁)

超低周波音を研究しているベダード博士に、あのブーツ岩で収録した音を聞かせる。
(音を聞かせたという記述は本にはない)
謎が解けるか?
ブーツ岩はアメリカ人、ロシア人が見るとブーツに見えるかも知れないが、私たちが見るとゴジラに見える。
海の中を歩いていて海面に上半身を出したゴジラに見える。
その岩が20m前後の吹雪でものすごい超低周波を発生させて、すぐ近くにテントを張った9人の若者をパニックに追い込んだのではないか?というのでドニー・アイカーさんは「これが原因じゃないですか?これが超低周波を起こしたんではないですか?」とベダード博士に見せる。

 ベダードらはそのあいだも、私が広げた写真や地図を調べつづけていたが、かれらがとくに関心を示したのはブーツ岩の二枚の写真だった。−中略−
 やがて、ベダードは顔をあげてこちらに目を向けた。「ブーツ岩は、さまざまな周波数のかすかな唸りを立てることはあるでしょう。しかし……」と言って、きっぱりと首をふった。「これではカルマン渦は生まれません」。
−中略−「ブーツ岩は奇妙な形をしていますから、これのせいだと考えたくなるのはわかります。しかし、これは無害な岩です。(299〜300頁)

それに言うまでもなく、ブーツ岩からは一、二キロも離れていたんですから、その音も大して聞こえなかったはずです」(300頁)

「なぜなんだ〜!」とドニーは自分の推理がガタガタと音を立てて崩れていくのを見る。
ドニーさんも努力の全てをベダード博士から否定されたワケだから、必死になってホラチャフリ山の伝説を伝えた。

「ウラル山脈……つむじ風が起こると、山ではさまざまな音がします。獣が吠えるような、人間の苦悶の叫びのような、恐ろしい不思議な音がするんです……その場で聞いているとぞっとしますよ。初めて聞いた人は何事かと思っておびえるかもしれません」
 また、テントのあった場所の画像も何枚か送ったが
(302頁)

「ブーツ岩のせいではなく、この山の丸い頂のせいだったんですよ」。雪をいただく山のてっぺんを指でなぞりながら、彼は言った。「まさに左右対称の、ドーム形の障害物です」(304頁)

ホラチャフリ山の山頂の向こうに、ディアトロフたちの最終目的地だったオトルテン山の頂も見える。この山の名を「行くなかれ」という意味だと訳している人もいるが、これはまちがっている。(303頁)

(番組では「行くなかれ」説を肯定してしまっているが本によると上記のように間違い)
ベダード博士は二つの山を見て「ブーツ岩じゃない。現地の人が言う通りだ。この山二つがカルマン渦を発生させ、超低周波を発生させているんだ」。
(本を読んだ限りでは二つの山によってカルマン渦が発生したのではなく、ホラチャフリ山の丸い頂の形状が原因だったようだ。そもそも手前のブーツ岩が「遠すぎる」と言っているのに、さらに向こうの山が原因のワケはない)

この山頂の左右対称の円蓋のような形状も、またテントの場所に近いという点からも、カルマン渦の発生する条件がそろっていたのはまちがいないと彼は説明した。(304頁)

カルマン渦列──そのなかの渦が超低周波音を生み出す(304頁)

地表との摩擦で風の剪断が起こり、風が山を登って高度があがるにつれてそれが強まり、丸まって、水平方向の渦すなわち竜巻が発生する。−中略−水平の渦がドーム形の山頂を転がりつつ超えるにつれて、回転が上向きになり、また強度も増して、ふたつの垂直の竜巻すなわち渦が発生する。−中略−ふたつの渦は点との両面を通過し、そのまま斜面を下って消滅する。(306頁)

それが生き物のように大気を巻き込み、やがて吠える。
その風の吠える音が脳にしか聞こえない。
実は「死に山」と「行くなかれ山」この二つがカルマン渦を発生させ(違うけど)、あの9人をパニックに追い込んだ。

カルマン渦を起こす形状というのは科学的にもう突き止められているので、超高層はカルマン渦を発生させない構造で建てないと許可されない。
構造計算というのはそういうこと。

1959年代にはカルマン渦に関する知識がなかった。
(この番組で)夏場に話した。
ここに結び付く。
八甲田山。
あの時にマタギの人と軍人の人が吹雪の夜、恐ろしい幻を見た、と言った。
(この放送より以前の「山彦の子ら」の中で八甲田山のことが取り上げられている)
あれは行くとわかるが、八甲田はもしかするとあの吹雪の夜、カルマン渦が発生した可能性がある。
しかも雪女が登場したり火の玉が飛んだり、雪男が現れるというような一種奇怪な幻覚はこのカルマン渦が、という。
そうやって考えると「山の怪奇」というものが見えてくる。
そうすると9人がいともたやすくパニックになるというのはありうるし、このカルマン渦は現実に今、都市でも起こっている。
だから風力発電も塔をあまり近づけてはいけない。
近隣にわりと、2km離れていれば大丈夫だが、すぐ足元なんかはカルマン渦が発生する可能性がある。
そうやって考えると・・・
このドニーは最後の章で、あの夜の9人のパニックを推理する。

世界一不気味な遭難事故、ディアトロフ事件。
最後の章になった。
最後も鮮やかなもので、このドニー・アイカーさんは実に気持ちのいい終わり方を。
一番最後、9人の遭難した学生さんたちのその日の行動を推理している。
これは読んでいるといい。
今まで気持ちが悪かった事件がスーッと腑に落ちてくる。

(ここからの事件の経緯は本の内容に沿っているけれども、かなり間違っている箇所がある)
1959年2月1日夕から2日早朝にかけての遭難事件。
午後4時半、ホラチャフリ、そこへテントを張った彼ら9人。
彼らはここでココアを飲み、ビスケットの簡易食でお腹を満たした。
彼らはしっかり着込み、横になった。
やがて夜がやってきた。
吹き下ろす風は強くなった。
男性陣は二人の女性をテントの中央に寄せてあげて、風の吹き込む端は男性たちが防いだ。

風はふたつの渦列となって山頂から吹き下ろしてきていた。−中略−これらの渦は轟音をあげて時速六〇キロでトレッカーたちの横を駆け抜けていく。内側の回転速度は毎時一八〇キロから二五〇キロに達し(319頁)

超低周波がまずやるのは9人の内臓をゆさぶる。
じっと横になっているのだが、細かく内臓が揺れる。
この震えは不快から恐怖を感じる。
人間というのは「悲しいから泣く」のではなく「泣くから悲しい」という理屈があるのと同じで、震えているワケだから脳そのものは「恐怖だ」と思う。
その「恐怖」が逃避反応をとらせる。
誰かが「逃げよう!」と叫ぶ。
9人はパニックになってテントの入り口に殺到する。
これは間違いない。
テントのファスナーに手をかけるのだが、この寒さでファスナーが凍り付いて開かない。
開かないことがさらにパニックを呼んで、誰かがもうほとんど夢中でテントを内側から切り裂いた。
靴は入り口の内側にあって9足そろえてあったが、靴を考える余裕はなかった。
超低周波によるパニックなど、彼らの時代、誰一人として知識がなかった。
まさに未知の不可抗力に彼らは襲われた。

月はまだ出ておらず、周囲は漆黒の闇だ。−中略−風を背に受けて斜面を下っていたときには、周囲の轟音のせいで言葉を交わすのはほとんど不可能だった。(320頁)

またかれらは三つのグループに分かれていた−中略−このまま風を背に受けて森の奥へ進み、日の出まで生き延びることに集中することだ。しかしこれは、その前に低体温症で倒れずにすめばの話だ。そしてその症状はすでにあらわれはじめていた。(320〜321頁)

あの川底の死体の一因は、超低周波から逃れた。
これは間違いない。
彼らが考えたのは一人21歳の女の子がいるので「この子は何とかして助けたい」ということで川底へ。
そこに飛び込んだためにそれぞれ骨折してしまう。
骨折しながらもヒマラヤスギの麓まで逃げ切った時に、誰かがライターを持っている、あるいはマッチを持っていることに気がついた。
そこで女の子を守るために何か燃やすものを。
それで自分の着ているものを切り裂いて火元にし、まわりのヒマラヤスギの小枝を折ってかけた。
そんなふうにして火をなんとか点けようと頑張った。
必死になって雪洞を作り、火も起きたらしい。
焼け焦げの跡はその跡。
ほんの僅か、火が川底で風を逃れて起こったのだが。

重度の低体温症にかかった人が急に熱に接すると、「アフタードロップ」現象の危険がある。−中略−いきなり火にあたったせいでふたりは強烈な眠気を催し、そのまま深い無意識状態に陥ってしまったのだ。(323頁)

必死になって彼らは女の子を守ろうとするのだが、ついに倒れ込み、眠って凍死したという。
グループは三つに千切れる。
でも友のために必死になって誰か生き残るための努力を気を失うまでやり続けたという。

その勇気と忍耐はトレッキング第三級の称号を得るにじゅうぶんだった。ついに勝ち得ることはできなかったが、かれらにはその栄誉を受ける資格がある。(324頁)

これが実は『死に山 世界一不気味な遭難事故』の模様。
これはもうネタばらししてしまったので、本当に卑怯なことかも知れないが。
こんな恐ろしい事件でありながら、一番最後に懸命に火を起こす若者たち、女の子を守ろうとする清らかな潔い青年たちの姿が見えてきて、これは映画になりそう。


posted by ひと at 15:56| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月2〜13日◆死に山(前編)

この本を読んで「引き返そうかなぁ」と思った。
「もうちょっと読んでみよう」とか「やっぱりこれ捨てよう」「『(今朝の)三枚おろし』にはおろせない」とかと格闘しつつ読み終えた。

死に山: 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相



副題がギョッとする。
だから『三枚おろし』「朝の番組に向かねぇのかなぁ」と思いつつ読み進んだが、結局読み通した。
もう捨てられない。
引き返せなかった。
これはノンフィクション、本当にあったこと。
ネットの中に謎の多い事件で真相がわかっていないミステリー事件。
これを通称「ミステリー遺産」と言うそうで。

この『死に山』。
副題は「世界一不気味な遭難事故〈ディアトロフ峠事件〉の真相」。
ドニー・アイカーという人が書いている。
とにかく奇怪な本で、よくぞ本になったものだと感心すると同時に、よくぞ日本語に訳されて書棚に並んだものだと感動するような、もう本当に変わった本。

これから進んでいくこの遭難事故。
起こったのは1959年。
冷戦下のソ連。
ウラル山脈のホラチャフリ山の峠道で9人のソビエトの若きトレッカーが遭難死亡した事故。
今、この話をしている武田先生がこの時10歳、小学校4年生。
かのウラジミール・プーチンでさえまだ2歳。
その1959年にソビエト、(現)ロシア。
そのウラル山脈の一角で摩訶不思議な遭難が起こっている。
そんな遠い昔の出来事をフロリダ生まれのドキュメンタリー作家(本によると「ドキュメンタリー映画作家)ドニー・アイカー。
この人が2010年、サイトでミステリー遺産として残っている遭難事故の事実を知る。
もう一度、そのディアトロフ峠まで一人で行ってみよう、という。
それだけで不思議な本。
このドニーを刺激したのは何かと言うと、証拠品というか遺品は全部サイトの中にとってある。
事故現場とか死体の有様、残されたテントとか。
これは1959年、ソビエトで大問題になって軍隊まで出動して、亡骸を探したり事故の真相を追いかけたりしている。
それでもわからない。
そしてこのドニー・アイカーという元気のいいヤンキーくんが目をつけたのが、遭難したその季節に現場に行った人が一人もいない。
「じゃあアメリカ人の俺が一丁行ってみるか」と思ったところから330ページにも及ぶ分厚い真相を探る『死に山』という本が生まれたという。
「死に山」と気持ち悪い。

この地に昔から住むマンシ族の言葉で「死の山」だった。(20頁)

よく亡くなる場所だったらしい。
それが記録としては残っていないのだが。
ソビエト内に住んでいる山岳民族の人たちが「あそこは死に山だ」という。
(本には「この山に草木が生えないことを意味しているらしい」とあり、人が死ぬということではないようだ)
ウラル山脈のこの遭難事故、何が奇怪かと言うと9人の遭難した死体が異様。
その現場の惨状から説明したいと思う。

一九五九年初めの冬、ウラル工科大学(現ウラル州立工科大学)の学生と卒業してまもないOBのグループが、ウラル山脈北部のオトルテン山に登るためにスヴェルドロフスク市−中略−を出発した。−中略−一行が戻ってこなかったため、三週間近くたってから捜索隊が送り込まれた。(21頁)

一九五九年二月二六日−中略−
ホラチャフリ山の東斜面の高所でトレッカーたちのテントを発見する。
(340頁)

テントは見つかったが、最初のうちはメンバーの形跡はまったく見当たらなかった。(21〜22頁)

そして9人の足跡が降った雪に隠されながらも薄く残っている。
9人はなんとテントを飛び出して、谷へ向かって歩いて行った足跡は発見された。
ゾッとするが、テントの中に9人の靴が全部並んでいる。
(本によると並んでいたのは6足で他の靴は別の縁にあった)
つまり彼らは靴下でテントを飛び出した。
あるいはテントから拉致された。
外の気温はというと、その日の記録が残っているのだが−30℃。
−30℃の外へ向かって、裸足同然になぜ9人の学生さんは飛び出したのか?

テントがナイフで切られていた。
それで警察が乗り出す。

テントは内側から切り開かれていたのだ。(218頁)

そんな不思議なことが、という。
だからテントの中で誰かがケンカでもして、もみ合ううちに表に出て取っ組み合いのような事件ではないかということになったワケだが。
二人の遺体がテントから1km半。
−30℃の外を靴下で歩いた二人の遺体が、1km半ほどのヒマラヤスギの側から発見。
全くの別方向、1.2kmでさらに二遺体が見つかる。
(本によるとテントから1200mほどの場所で見つかっている)
月が変わって1959年3月5日、その二遺体から300mの所にさらに一人の遺体を発見。
(このあたり発見される順番が飛んでしまっているが、四名が発見されたのと同じ日にさらに一人の遺体が発見されている)

この見つかった遺体ごと葬儀が始まるのだが。
犯罪者がテントを切り裂き襲撃し、9人が必死に逃げたもの、ということで犯罪捜査官が捜査に取り組む。
残る4人を必死になって探す。
残った4人は生きている可能性があるかもしれないということで、必死になって残り4人を探すための捜索が続く。
ところがその1959年3月17日。
ホラチャフリ山の山の夜空に

 イヴデルの気象学者や兵士たちが光球を目撃する。(343頁)

(番組では「捜索隊全員が光の玉が飛ぶのを見ている」と言っているが本によると捜索隊が見たのは3月31日)
光の玉が飛ぶというのは自然現象で時折あること。
それは原因がわかっていない。
元々このウラル山脈のこの辺りは隕石が飛びやすいという地理的条件を備えているのだが。
雷は上から落ちると思っているが、あれは横に飛ぶこともある。
火の玉みたいに這う。
横にスーッと飛ぶという光の玉がある。
この目撃例から「誰かに襲われた」か「身内でケンカした」ともう一つ「宇宙からの何か」というのもこの事故、事件の裏側にあったのではないか?
3月17日から30日の間に最初に見つかった5人の遺体。

五人は低体温症で死亡したと結論された。(218頁)

死因はわかったのだが、なぜ凍死したのか、それがわからない。
これがこのディアトロフ峠事件の最大の謎。
何で−30℃の吹雪の中、ほとんど素足で彼らはテントの外に出たのか?
この間に現場に残されたテントが調べられ、テントを切り裂いたのは刃物。
前に言ったとおりテントは外ではなく内から切り裂かれた。
つまり襲われたのではなく、彼らは内から脱出するためにテントを切り裂いた。
何かあった。

 五月三日、−中略−ヒマラヤスギの近くの谷で、雪に浅く埋もれた妙な格好の枝に出くわした。−中略−問題の枝から五メートルほど離れたところで、ひとりのボランティアが金属棒の先に服の切れ端が引っかかってきたのに気が付いた。−中略−
 その日のうちに大量の衣服が見つかった。奇妙なことに、衣服は遺体を包んでいるのでなく、なぜか雪のなかに脱ぎ捨てられていた。
(251頁)

−30℃の中で持っていたナイフで自分で切り裂いたらしい。
その周りには川岸にあるヒマラヤスギの小枝が折られて散らばっているという。
この痕跡を使って川底を掘ると残りの四遺体が発見された。
ところがこの遺体がちょっとまた不思議。

春に見つかった四遺体に関しては腐敗で痛みが激しいために崩れやすく、肉がボロボロなので漏れを防ぐために亜鉛の棺、金属のお棺の中に入れて搬送されたという。
(本によると遺体を搬送するための空軍のヘリコプターを要請したら亜鉛で内張りした棺に入れ、有毒物質や細菌などの漏出を防ぐために密閉するよう要求してきた)

検死の結果、頭蓋骨骨折などの激しい損傷、打撲の痕が三遺体にあった。
これは当時のソ連でもそうとう真剣になったのだろう。
この9人の死にざまとかパニックぶりが凄まじいので、秘密裡のことらしいのだが、この事件が起こったのがウラル山脈。
だからウラン鉱石が多いらしい。
それで国が原水爆を作るために秘密の採掘場を持っていた、という噂がある。
それから夜空を走った光の玉も、秘密兵器の実験をやっているんじゃないか?とか。
UFOの基地みたいなものがあるという、いわゆる都市伝説みたいなものがある。
それで犯罪捜査官であったレフ・イヴァノフ氏は探っても探っても真相が見つからない。
それでこの捜査官は他にもいろいろと事件があって忙しいので、この事件を放棄せざるを得なかったのだが。
一部では国そのものが「やめろ」と言ったという噂も立つのだが。

これを最後に事件簿を閉じる前に、イヴァノフはトレッカーたちの死因について「未知の不可抗力」と書いている。(275頁)

何か我々では今、見つかっていない何か別の力がこの9人を死に追いやったんだ、ということでこの事件をまとめた。
一番ゾッとするのは、この9人の学生のうち2人が女学生。
川底から見つかったデュドミラ・ドゥビニナさん21歳(本によると享年20歳)ニックネームはリュダさんという人。

なにより異様だったのは、口内を調べてみたら舌がなくなっていたことだ。(271頁)

切られたような塩梅だったのだろう。
不可抗力のワケのわからない何かパニックが9人を死に追いやった。
捜査をしていると夜空にしきりに光の玉が飛ぶという。
この不気味さを全部合わせて、もう様々な憶測が飛ぶ。
テント地で雪崩がゴーッと襲ってきた気配があって、それに驚いて9人は飛び出したのではないか?
それから脱獄囚が攻撃したのではないか?
秘密兵器の開発を目撃したので国家から殺されたのではないか?
9人が何か特殊な薬物で狂乱したのではないか?
それから女性が二人いるので女の子の取り合いを始めてしまったのではないか?とか。
それからUFOに攻撃されたのではないか?とか。
全ての可能性を残しつつ、その日から50年。
国はソ連からロシアに代わってもこの事件は諸説が入り乱れて。
インターネットの時代、それは世界ミステリー遺産として残され、掲示してある。

どう考えてもほとんど裸足で吹雪の中を1kmは進めないと思う水谷譲。
凄まじいパニックだったのだろう。
それで全員寒さで死ぬワケだから。
とにかく異様な何か出来事を目撃したか出会ったか。
その事件から50年経ったと思ってください。
時は移り二千年代。
一人のアメリカ人、ドニー・アイカー。
(この本に)写真が載っているが。
フロリダか何かでサーフィンなんかやっていたのだが。
インターネットの掲示板で世界ミステリー遺産のこのディアトロフ峠事件を知る。
興味を持ち、コツコツとお金を溜めたり、インターネットに公表されている遭難事故の資料を読み込んで、ある日、インスピレーションがひらめいた。
(このあたりの経緯は本の内容とは多少異なる)

ただ驚いたのは、これらのロシア人著者のだれひとり、冬に事件現場を訪れたことがないらしい。(22頁)

アメリカ人らしい。
50年前の遭難事件。
「よぉし!俺が調べてやる」ということで調査に向かう。
結構命がけの調査。
たった一人でロシア。
ところが行ってみたくもなる。
この事件はそんなふうにできている。
死者は9人。
実は10人だった。
たった一人、ディアトロフ峠に行く朝に腹痛で引き返した学生がいる。
(本によると腹痛ではなく腰痛)
その人がまだ生きている。
これはドニー君は行く。
彼を尋ねるところからこの作家ドニー・アイカーのディアトロフ峠を目指して事件を追うというノンフィクションに入る。

そしてドニー・アイカーが残された遺品等々、日記帳からずっと探っていくが9人の遭難者だが、実はディアトロフ峠へ向かうその朝に腹痛(腰痛だけれども)で引き返した青年が一人いた。
その青年こそがユーリ・ユーディンさんという方で。
2000年の始めに、70代半ばで生きてらっしゃった。
それでドニーはとにかくこのユーリさんから遭難の一日前までの彼らを調べるべく、あるいは話を聞くべくこのユーリ・ユーディンさんに会いに行く。
「死ぬまでに真相が知りたい」とユーリさんもおっしゃる。
そのユーリさんから9人の関係等々を聞く。
(本によと以下はユーリさんからの聞き取りの内容ではない)
例えばリーダーはイーゴリという方。
23歳でロシアの青年らしく責任感の強い、なかなかの美男子であった。
(本には「一般的に言う美男子ではなかった」とある)

ユーリ・ドロシェンコは−中略−熱血漢で勇敢で、伝説の英雄めいた雰囲気をまとっていた。これはおそらく、度胸と地質調査用のハンマーだけを頼りに、キャンプからクマを追い払ったことがあるせいだろう。(34頁)

「ゲオルギー」ことユーリ・クリヴォニシチェンコは、グループ専属のコメディアン兼ミュージシャンで、気の利いたジョークとマンドリンならお手のものだった。(35〜36頁)

(番組では「ユーリ・グリバシンネンチェンコ」というようなことを言っているが、本によると上記のとおり)
女性の方はジナイダ・コルモゴロヴァ。
(愛称)「ジーナ」22歳。
共産党を愛した、理想的なソ連の娘だった。
(本によると共産主義の信奉者だったのはリュダ)
舌を無くした娘さん「リュダ」21歳(本によると20歳)。
ジーナの妹のような愛らしい存在だった。
ウラル工科大学で勉強をしていて。
一人年長で38歳(本によると37歳)のアレクサンドル、(愛称)「サーシャ」等々がいる。
このユーリさんから話を聞いても不健全な青年は一人もいない。
それを言い切る。
彼らは暗いスターリンの時代を批判するというような感性を持っていて、9人とも心からソ連邦を愛していたという立派なソビエトの青年たちだった。
そして遥かな高い夢を持っていた。

数年前に政権を握ったフルシチョフは、−中略−スターリン後の全国的なこの軟化は「雪解け」と呼ばれている。芸術家や知識人にとってのフルシチョフ時代は、何十年も文化的な干ばつが続いたあとの、待ちに待った慈雨のようなものだった。(44〜45頁)

アメリカには若い大統領ケネディーがいたが「負けるもんか!俺たちには同じくらい素晴らしい指導者、フルシチョフがいるから」というような若者たちだった。

 一九五〇年代なかばから後半にかけて、ロシアの若者は数十年ぶりに、将来への希望を感じられるようになった。(45頁)

体を鍛えるべくトレッキングをするというのはソ連時代の若者の趣味だったようだ。
ワンダーフォーゲルというようなものが大評判になって。
ワンダーフォーゲルだからやっぱり「Wander」。
さすらう。
これは「山岳登山」ではない。

著者のドニー・アイカー君の旅が始まる。
ロシア中央のスヴェルドロフスク州から州都のエカテリンブルク(番組では「エカリンテブルグ」と言ったようが「エカテリンブルク」)から汽車に乗り、州を横断して山の方に、ウラル山脈のほうに行く。
そのウラル工科大学があった町からこのキャンプ地、トレッキングに選ばれた場所まで二日ぐらい汽車でかかるらしい。
このドニー・アイカー君は彼らが残した日記を持っているので、照らし合わせていく。
彼らが町で残したエピソードは、セロフという町では小学生たちにボランティアで歌と童話の読み聞かせで楽しませたという。
(本のには歌を歌ったことは書いてあるが童話の話は出てこない。トレッキングの話などを子供たちにしたようだ)
それからこのディアトロフに通じる現地の町でも、木材伐採班の人たちや現地にマンシ族ていう現地の方、現地人の方がいらっしゃるが、非常に仲良く全員でワンダーフォーゲルの旅を楽しんでいたという。
それでだんだんだんだんと例のディアトロフのあの峠に近づくという日程。

いよいよ50年前のそのポイントにノンフィクション作家ドニー・アイカーは着く。
日記とか出来事を時系列で追っていくとディアトロフで遭難した9人のウラル工科大学の学生さんたちは、1959年2月1日に出発するのだが、その前日にたった一人だけユーリ・ユーディンさんという方がお腹が痛くなり、町に近い木材伐採所があるところでトラックがちょうど引き返すのがあるのでそれに乗せてもらうということで、このユーリさんは9人を見送る。
不思議なもの。
その9人が次の次の日には全員死亡していたワケだから。
(上記の時系列は本の内容とは異なる。ユーリが引き返したのは1月28日。前述したように腹痛ではなく腰痛)

1959年2月1日。
ホラチャフリ山の標高1079m地点に9人がテントを設営。
その深夜、全員がテントの外で死亡。
作家であるドニー・アイカーは50年前のその日を辿りながら、この峠のルポを書き続ける。
ありとあらゆるとんでもないことが考えられたのだが、一つ当時からよく言われたのは、マンシ族という雪山に住んでいる原住民の人たちが物品を強奪するために襲撃したのではないかということで。
(本によると強奪目的ではなく「ロシア人が聖地に土足で踏み込んで汚したと憤慨したのではないか」とのこと)
このマンシ族の親方に会ったりする。
ところが、ものすごくのどかな原住民で、金品を奪うような山岳民族ではない。
しかも決定的な物的証拠だが、テントを切り裂いたのは外ではなく内から。
次に娘二人がいて青年7人。
深夜、娘の取り合いか何かが起こったのではないか?
死を賭けての戦いにまで発展したのではないか?
ところがその直前に書いた日記を辿っても、ものすごく彼らは真面目で清潔な青年。
ドニーは調べるほどこの死んだ9人の若者が好きになる。
ドニーは50年後、同じ旅程、旅の日程を辿りながら考えられる真相を一つずつ消していく。

 ゲオルギーのカメラで撮影された最後の写真──正体不明の光源をとらえた──は、トレッカーたちが実験的な兵器やUFOと遭遇したという憶測を数多く生み出した。−中略−中央の八角形の光は、カメラの絞りの八枚のブレードによるフレアなのはまちがいないだろう。光源の正体を突き止めるのはほとんど不可能だが、この写真はピントが合っていないし、光源がぶれていることからしても、うっかりシャッターを押してしまったと考えて矛盾はないと思う。(283頁)

それはミスだった、ということだった。
何でハリウッドは映画にしないのだろうと思う水谷譲。
よく似た設定のドラマに出演したことがある武田先生。

リバース DVD-BOX



あの番組はちょっと申し訳ないが演りながら思ったのは「面倒くせぇ〜」。
もう「誰にも喋らないでください」ばっかり。
武田先生は特に警戒されて、必ず稽古とかリハ(ーサル)が終わる度に(小声で)「誰にもおっしゃらないでください」と言われる。
あれも吹雪の中を出ていったりする。
だからこのディアトロフ事件によく似ている。
そういうのもあったので、なおさらこの事件は読みながら「しょうもないところで落としたら許さないぞ!」とかと思ったのだが。
この作家の推理だが、犯人は見つかる。
この作家の考え方によってこの事件にスーッと一本見える。
それが真相かどうかはわからないまでも、これが皆さんアッ!と驚く。
『リバース』より面白い。
50年前の遭難事件の真相を追う。
ディアトロフ峠事件の真相それは来週。


posted by ひと at 15:36| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月27日

カルビー ポテトチップス コクと薫りの北海道チーズ味

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発売日不明。
内容量55g。
イオンで88円(税別)で購入。
1袋当たりエネルギー305kcal。

カルビーのサイトを見ても情報を発見できず。
店頭に「新発売」って書いてあったから買ってみたけれども、調べてもイオンで売っている情報しか出てこないからイオン限定の商品かも知れず。

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チェダーパウダーには、北海道製造のチェダーチーズを使っているそうな。
厚切りでギザギザしたタイプのポテトチップス。
チーズの味のポテトチップスってのは今までもいろんなのが出ているので、まあそういう味なのだけれども、チェダーチーズ自体の味なのか、結構甘味がある。
量が少ない上に結構なカロリーだけど、美味しいと思う。

posted by ひと at 20:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フジパン メロンパン ハッピーターン味

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ハッピーターンがメロンパンになって登場!|お知らせ|フジパン
フジパン株式会社(愛知県名古屋市)は、亀田製菓株式会社(新潟県新潟市)のロングセラー商品「ハッピーターン」とコラボレーションした「メロンパン ハッピーターン味」を9月1日に全国(北海道・沖縄除く)で発売します。

9月1日から北海道・沖縄を除く全国で発売。
8月18日から東北、関東、甲信越、北陸、東海、近畿、中国、四国、九州のセブンイレブンで先行発売。
イオンで98円(税別)で購入。
セブンイレブンでは115円(税込124円)。
1個当たりエネルギー334kcal。

セブンイレブン以外では9月から発売のような気がするが、普通にたくさん売っていたのだけれども。
フジパンと亀田製菓のロングセラー商品「ハッピーターン」とのコラボ商品。
パン市場で若年層の獲得を目指したいフジパン株式会社と、新たなファン層を獲得したい亀田製菓株式会社の目的が合致し、2018年5月にコラボレーション企画がスタート。
2年間の期間を経て開発を行い、亀田製菓株式会社監修の「メロンパン ハッピーターン味」がついに誕生しました。

だそうな。
袋の右上の「New! 新発売」っていうのは楕円形のシールが貼ってある。

〜商品特長〜
●メロンパンの皮にチーズパウダーや欧州産発酵バターマーガリンなどを練りこんでいます。
●ハッピーパウダーをイメージしたハッピーターン味のクリームをサンド。
●ひとくち食べると"甘さ"から"甘じょっぱい"への味の変化が楽しめます。
●パッケージには、ハッピーターンのキャラクターであるハッピー王国の「ターン王子」が登場した注目のデザインです。


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メロンパンの皮は当然メロンパンみたいな味がする。
で、中のクリームにはハッピーターンとかハッピーパウダーが入っているワケではないそうなのだけれども、ハッピーパウダーをイメージした味ということで。
ハッピーターンっぽい味と言われればそんな感じもする。
あの甘じょっぱいような味がしないでもない。
せんべいっぽい味に感じたけれども。
この手の斬新なヤツは「買うんじゃなかった」っていう味のことが多いけれども、これはだいぶマシな感じ。
もちろん普通のメロンパンの方が好きだけれども。

亀田製菓 TOKYO限定スモークハッピーターン 12枚



posted by ひと at 19:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月26日

カルビー ビネガー

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ビネガー|カルビー
酢芋 愛(すいも あい)※がお届けする美味しいカルビーの酸味系ポテトチップス。ビネガーの酸味と薄切りポテトチップスのパリパリ食感で食欲をそそります。
※酸芋 愛はキャラクター名称です。


8月24日発売。
コンビニエンスストア以外の店舗での販売。
OKで69円(税別)で購入。
内容量55g。
1袋当たりエネルギー305kcal。

この商品は辛味系厚切りポテトチップス「カラビー」シリーズの姉妹ブランドだそうな。

カルビー カラビー厚切り ホットチリ味 55g×12袋




辛味系厚切りポテトチップス「カラビー」は、架空のキャラクター「辛沢 シゲキ」がプロデュースした商品という設定で、2014年3月にエリア限定で初めて登場したポテトチップス。

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袋の裏には「酢芋 愛(すいも あい)」とやらのプロフィールなんかが書いてある。

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見た目はごく普通の空気ポテトチップス。
まあ少ないよねぇ。
たった55gだからねぇ。

酸っぱい味のポテトチップスのようだったから、かなり酸っぱいのかなと思ったら、それほどでもなく。
わりと食べやすい味だった。
単に酸っぱいってだけでなく、何やら他の味がする。
原材料のところに「粉末しょうゆ」ってのがあるから、そのあたりの味かな。

カルビー ビネガー 55g ×12袋



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横浜市の新市庁舎に行ってきた

新しい市庁舎ができたっていうことで(何か月も経ってしまっているけれども)行ってみることに。
上の方は普通に役所なんだろうけど、下の方は飲食店なんかも入っていたりだそうなので、事前にオススメとか調べてみたけれども、どうもよさそうな情報が得られず。



みなとみらい線「馬車道駅」1C出入口直結ということだけれども、貧しいので桜木町駅から歩く。
地図で見たらちょっと距離がありそうに見えたけど徒歩3分だそうな。

JRの桜木町駅の南改札(前からある方の改札)の側の東口(南改札から出たら左)の方に、市庁舎に向かう歩行者デッキ「さくらみらい橋」に行くエスカレーターがある。
「さくらみらい橋」へは他のところからも入れる構造だけれども。
「さくらみらい橋で雨に濡れずに市庁舎まで行けるんです!」っていう話だったけれども、途中まで屋根が付いてないんだね。
と思ったら、濡れずに行けるのは私が侵入した経路ではなく「新南口」とやらかららしい。
どこにあるのか行ったことがないからわからんけれども。
知らないうちに桜木町駅には出口が増えていたっぽい。
ということで雨の日に私と同じ道順で行って「濡れるじゃん!」ってならんように。

で、新南口からだと違うルートかも知れないけれども、私が行ったルートではまずはクロスゲートビルの方へ歩く。
クロスゲートビルって、四角くて中が空いているみたいな変な建物あるじゃん。
あれですわ。
で、そのビルの中っていうか手前っていうかを歩いていくと、市庁舎が見えてくる。

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市庁舎全体を撮ろうと思って、何度もやってみたけれども、さくらみらい橋の上からでは近すぎてうまく撮れなかった。
全体を撮りたければ、橋から降りて別のアングルから狙わないとダメかな。

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一階にはイスとテーブルがいくつかあって、半分ぐらいは埋まっていた。
昼飯時なんかだとすげぇ混みそうだけれども。

飲食店もたくさん入っているから、どこかでご飯を食べようと思ったんだけれども、こういうところは高いんだよね。
暑いからソフトクリームでも喰うかと思ったら、いいお値段で・・・。
と思っていたらコンビニみたいなのが飲食店がたくさんあるところの奥の方にあって、そこでいろいろ売っていたのでアイスを一個買って喰うことに。
あっちこっちに座れるような場所もあるんで、座って食べる場所には困らなかったのだけれども、食べた後がとても困った。
ゴミ箱がないのだ。
すぐに食べるし、レジ袋は有料だからレジ袋は買わずにそのまま受け取った。
ってことで、アイスを喰った後の容器をそのまま手に持った状態でそのあとずっと移動をする羽目に。
飲食店だったらゴミで困ることはないだろうけど「飲食店は高いから〜」なんて思って、建物の中には弁当類も豊富に売っているし、レジ袋は有料だしと弁当なんか買ってここで喰ったら、弁当の容器をそのまま持って歩かなきゃいけないことになるな。
だいぶゴミ箱を探し回ったけれども発見できなかったのだが、私が見落としていただけで実はどこかにあったって可能性も否定しないけど。

中は広々としていて、いろいろ置いてあった。

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【7月29日 新市庁舎】
新市庁舎1階の展示スペースにガーデンベアが登場しました!
花壁と一緒に華やかな空間になっています。
新市庁舎にお越しの際には、ぜひお立ち寄りください!

ということらしい。

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オリンピックですな。

大岡川に面した側に庭みたいなのがある。

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で、それを眺めながら飲食できるテーブルがある。

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せっかく来たので建物の周りもぐるっと回ってみる。

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航路標識管理所 煉瓦造導水管

建物には地下もある。
地下一階は駐車場とかタクシー乗り場らしい。
さらに下に降りて地下二階へ行くとみなとみらい線「馬車道駅」1C出入口へ行けるということで。
貧しいので帰りも歩いて桜木町駅まで行こうと思っていたので、当然みなとみらい線には乗らないのだけれども。
で、地下二階へ降りる階段の下の左側(だったと思う)に何かある。

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関東大震災で隆起した地層
両脇の煉瓦壁と地層上面はレプリカとのこと。
何か恐竜の骨だの三葉虫的なものでも刺さってないかな?と思ってしばらく眺めてみたけれども、割れた貝殻っぽいものがあったぐらいで珍しい感じのものはなかった。
まあ、関東大震災の揺れの激しさを感じるためのものだから、珍しい地層が見られるみたいな趣旨ではないしな。

コロナのこともあるのか、平日の午前中だったからか、あっちこっちにある座れるような場所は豊富に空いているし、飲食店にもまだ行列もなかったし、ゆっくり見て歩ける状態だった。
時間帯とか曜日によっては混むのかも知れず。
橋の方から入ってすぐに土産物屋みたいなのもあるのだけれども、横浜だけでなく、神奈川県内の他の地域の土産物なども売っていた。

桜木町駅からも近いし、馬車道駅直結なので、とても行きやすいかと思う。
飲食店がたくさん入るみたいな話だったけれども、一つずつの店が小さいなと思った。
場所が場所だからどこもそれなりの値段だしな。

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みなとみらいのロープウェイ

次は桜木町から歩行者デッキ「さくらみらい橋」とやらを通って、新しい市役所に行こうと思って桜木町の駅前を通ったら、すでに「さくらみらい橋」はできているハズなのになんだか工事をやっているけれども、実はまだ橋はできていなかったんだろうか?なんて思いつつ近寄ってみたら!

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2021年春 完成予定
日本圧の都市型ロープウェイ
桜木町駅〜運河パークに建設


知らんかったわ。
こんなところにロープウェイを作るのか。
横浜市って中学生に学校給食も満足に提供できないぐらい財政が逼迫しているのに?
違った。
民設民営だそうだ。
作るカネも運営するカネも横浜市ではないということで。
昔は盛んに第三セクターなんてのをやっていたけど、今はそういうのは流行らないのかな?

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来年の三月ぐらいに開業予定らしい。

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BAYSIDE BLUE(ベイサイド ブルー)の連節バス

7月23日から、横浜ベイエリアの新たな交通手段となる連節バス「BAYSIDE BLUE(ベイサイド・ブルー)」っていうのが運行している。

ベイサイドブルー 横浜市
2020年7月23日から運行を開始しました!
横浜駅から出発し、みなとみらいや山下エリア、中華街や赤レンガ倉庫といった、有名スポットにアクセスできる便利なバスです!


事前に知っていたけれども、どうせ「あかいくつ」と同様に福祉パスなどは不可なんだろうと思っていたのもあって、よく読んでもいなかった。
で、たまたま乗る機会があったんで調べてみたら福祉パスは使えるとな!
どうせ乗るなら写真なんかも撮ってこようなんて思って行ったワケです。

で、横浜駅の東口バスターミナル(そごうの方の他の路線バスなんかもたくさんいるようなバス停)へ行く。
4番っていう乗り場から出るらしい。
4番はAっていうとこか。
かなり早めに到着したので、これはバスが来るところを動画で押さえておこうなんて思って、バス停から離れたターミナルの入り口のところで待ち構える。
ターミナルの入り口のところやバス停には私と同様に撮影をしようという人が何人か。
私と違うところは、本格的なカメラを構えているってところだが。
で、待つ。
来ない。
ええ?
出発時間の5分前だけど来ない?
ギリギリになって撮影していてバスに乗り遅れるとかだとイカンので、あきらめてバス停の近くで構える。
来たのは3分前ぐらいかな。
近すぎて全然撮れなかったけど。

で乗る。
料金は先払いのシステム。
もちろん福祉パスを見せてのる。
アホなので一人掛けの前の方のイスのかけてしまったんだけど、真ん中が蛇腹だから、それが見える後方に乗るべきだったんだなと。
ただ、何か所か右側にぐぃ〜〜〜ん!と曲がることがあるので、右側の前の方に座ると窓からバスのケツが見えるという、カーブを曲がる電車みたいな景色が堪能できる。
横浜駅から出る方にしか乗らなかったので、逆方向だとまた違うかも知れず。

バスの中の右側の前(運転席の真後ろ)には、IKEAのバスみたいにテレビみたいなのがついている。
IKEAのバスなんて知らないよ!って言われそうだけれども。
外ばっかり見ていて全然画面を見ていなかったけれども、横浜市の観光案内的なものでもやっていたんじゃないかと思うけど、違うかも知れない。

バス停で結構長い時間止まる。
時間調整のためだろうけど。

一回目の見どころは「パシフィコ横浜ノーズ」というバス停の手前。
そこですげぇ曲がる。
っていっても中に乗っていたらあんまりすごさがわからん。
ということで、事前にそのポイントですげぇ曲がるのをご存じの皆さんが大勢炎天下だというのにカメラを構えて待ち構えている。

二回目の見どころは「パシフィコ横浜」というバス停の手前。
ここは人はいなかったと思う。
気づかない場所にいた可能性もあるけれども。

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報道の写真を見るともっと長い感じに映っているなと思ったけど、実物を見ると思ったほどでもないなと思ったけど、改めて写真で見るとやっぱり長い。

当然私は車内だから、外側からのすげぇ曲がっていく場面は撮っていないけれども、普通に動いているのは動画でも撮ってみた。





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全長18m追い越し注意
後ろから見たら「バスだな」ってなっちゃうから、普通に追い越そうとしたら「なげぇ〜〜〜〜!」ってなって危険だからな。

横浜駅から赤レンガ倉庫に行ってくれるとかだと非常に使い勝手がいいんだけど(赤レンガは山下ふ頭発のに乗らないと寄ってくれない)、私にはあんまり乗る機会もなさそうだなとは思うけれども、今度乗る機会があったら蛇腹の近くに乗ろうと思う。

トミカ ロングタイプトミカ No134.メルセデスベンツ シターロ 京成 連節バス



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2020年08月25日

敷島製パン Pasco クランベリーチーズパン

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クランベリーチーズパン | Pasco | 超熟のPasco | 敷島製パン株式会社
糖漬クランベリー入りのしっとりしたパンでクリームチーズ入りのクリームを包みました。

多分8月1日発売。
OKで90円(税別)で購入。
1個当たり271kcal。
東日本エリア(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、茨城県、栃木県、山梨県、群馬県、新潟県)限定発売。

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生地全体に糖漬クランベリーが混ぜ込んであって、真ん中にクリームチーズ入りのクリームが入っている。
クランベリーって他のベリー類と一緒に混ぜたものがパンや菓子に入っていることが多いので、単独で食べたことがなかった気が。
どんな味かっていうと説明しづらいけど、木の実だなって感じの。
そんなに酸味は強くないというか糖漬だからこういう味なんだとしたら、案外甘味は強くないものなのかも知れず。
クリームチーズ入りのクリームはかなりしっかりクリームチーズの味がする。
パンは「しっとりしたパン」とのことだが、まあそうだね。
フワフワなパンとかパサパサしたパンとかではないから「しっとり」だな。
今までなかった組み合わせのパンだなと思ったけど、それほど奇抜な味でもなく食べやすい味だと思う。

クランベリー 1kg 香料・保存料不使用(ドライフルーツ クランベリージュース クランベリーソース パン作り)便利なアルミチャック付袋 防災食品 非常食 備蓄食 保存食



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2020年08月24日

パースピレックス(Perspirex)を使ってみた

汗の量が少ない人は少ない人でいろいろ不都合があるのかも知れないけれども、大量の汗をかくと不都合が多いワケで。
普段でも暑い中を歩いてきてイスにかけるとすぐに「漏らしたんか!」みたいにビショビショになる。
ヒジの内側に汗をかきまくりで、皮膚が異常に弱いのでその汗で皮膚がただれていっちゃうっていうね。
三味線を弾く時にも不都合満載で。
三味線の上に右腕を載せるじゃん(知らんがな!って感じだろうけど)。
腕と三味線が接している部分が汗でビショビショに。
三味線の皮がどんなに気を付けていても破れてしまう一因かなと思う。
汗を吸う材質でも怖いし、汗を吸わないつるつるした素材のヤツ(カバーみたいなのなんていう名前か知らんけど)の時は汗でぬるぬるして弾きづらいし。
首の後ろも皮膚が弱いのと汗をかくのとでただれがちだ。
ってことで、これらの問題を解決しようにも、普通の制汗スプレーみたいなのを大昔に一度使ってみたことがあるのだけれども、何の効果もなかったし、いくらかけても効果がないから何度もかけていたら当然のことながらすぐにわきの下がただれたっていうね。
痩せれば(もちろん病的なレベルでガリガリなぐらいに)汗の量も減るんだろうなと思って頑張ってみているけれども、健康診断でBMIの数値が正常値を切る程度ではダメらしく相変わらずで。
ということで、どうにも解決できずに汗をかきまくりで生活しておりましたら!
劇的に汗を押える商品が出ているではないですかっ!
こんなのあったんだな〜ってことで、ネットでしか買えない(日本では普通に売っていない模様)ので、注文してみた。

パースピレックスっていう商品なのだが、汗腺をふさいでしまうというものらしい。
三種類売っているのだけれども、皮膚が弱いので、一番皮膚に優しいっぽいコンフォートってのをまずは使ってみることに。



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写真はコンフォートのじゃないけど、まあ一緒の形状なので。
フタをとると、中はでかい玉みたいなのが回って出てくるっていう。
ロールオンっていうのかな。
説明書は日本語は書いていない。
ネットで調べると微妙に内容が違うけれども、最初は毎日塗って、だんだん間隔を空けていくっぽい。

毎日塗っていて四日目ぐらいだったと思うが、腕から出ている汗の量が格段に減ったな〜って感じだった。
でもまだ汗は出ているので、これでは不十分だと思ってさらに塗り続けてみたが、一週間以上毎日塗ってみてもそれ以上すごく汗が減るっていう感じでもなく。
正確にどのぐらいの減り方かっていうのはわからないけど、今までの三分の一以下にはなったかなっていう感じ。

首の後ろにも塗ってみたけど、乾燥した状態で塗らなきゃいけないんだけど、髪の毛は乾かさない主義だしねぇ。
うまく塗れないし、やっぱりかぶれてくる感じもあって首の後ろには塗るのをやめた。
それ以外の尻まわり(尻から太ももの裏ぐらいにかけて)と左右のヒジの内側と右腕の三味線に乗せるところには塗り続けた。

コンフォートだとやっぱり汗を止める効果も弱いよなって思ったんで、すぐにただれちゃうヒジの内側は仕方がないとして、それ以外の場所はもっと強いヤツにしようと思って、一番強いらしいストロングっていうのを買ってみた。



右腕の三味線の乗せる場所に塗ったら、どうにも痒くて刺激が強すぎる感じだったんで、コンフォートに戻した。
ってことで、尻にはストロングを。
ストロングの方が劇的に汗が出なくなる!って感じはしないな。
汗をかくような暑い時には尻は湿気っている感じ。
以前みたいにビショビショな感じにはならないけど。

他にオリジナルってのがある。
皮膚が異常に弱いとかっていうんじゃなければオリジナルでいいのかなと思うけど。
塗ると痒い感じがあるんだよね。



全部使い方は同じで
・夜に体を洗った後に乾かしてから塗る
・朝に洗い流す
・最初の一週間は毎日使う
・二週目あたりから一日おき
・三週目ぐらいから、人によるけど長い人(新陳代謝が悪い人?)だと5日ぐらい効果が続くらしいけど、まあ3日に1度とか使う
って感じかな。

Amazonではなぜか売っていないけど、楽天とかyahooショッピングなんかにはある。
他には個人輸入みたいな薬を扱っている店とか。
で、私はロールオンのヤツしか使っていないけれども、他のタイプもあるらしい。



ローションタイプは配合されている塩化ナトリウムがロールオンタイプに比べて濃度が高いのでワキではなく手足専用となっています。
だそうだ。
効果は高そうだけど、ものすごく刺激も強そうだな。
手のひらに汗をかいて手に持っている切符がビショビショで自動改札が通らなくなって日常生活に困るレベルの人ってのもいるらしいから、そういう人が使うのかな。

尻自体は薄っすら汗をかく程度で済むようになってありがたいんだけど、背中の汗がツツーと尻の方に流れていくんだよね。
じゃあ背中にも塗れば?って話になるが、あんまり大量に汗腺をふさいでしまって大丈夫か?ってこともあるし、自分一人で背中にうまく塗れる気もしないし。
これを塗っている箇所はあまり汗をかかなくなるので、塗っていない部分はちょっと汗をかいていて気化熱で冷えていても、塗っている部分は冷えないから若干温かく感じる。
まあ、じっとしている時だけわずかに感じる程度で、動き回っていると気にならないけど。
汗をかかなくなるせいか、塗っている場所は表面が若干カサカサした感じ。
塗った翌朝に洗い流した後は何か塗ってもかまわないそうなので、保湿クリームなんかを塗ればいいんだろうけど、別に誰に触られるワケでもなく、ババアの皮膚がカサカサしていても支障なかろうと思って放置している。

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2020年08月23日

2019年8月5〜16日◆負けるが勝ち(後編)

これの続きです。

38億年の生命史。
生き物たちの歴史そのものを振り返っている。
そこでは弱肉強食と言われてはいるのだが、よく事態を眺めると「負けるが勝ち」という方が進化論、あるいは生命史にとっては重大な目標のようだ。
「戦争をしてでも(北方)領土を取り返せ!」というようなすごい議員さんがいらっしゃる中で、「強いというのはそんなに得することがないぞ」という、逆説に満ち満ちた生命史の話をしたいというふうに思っている。

敗者の生命史38億年



私たちは
海から
追い出された
生物の
子孫である──。
(本の帯)

 マツは春に新しい松かさを作る。これがマツの花である。
 裸子植物であるマツは、花粉を風に乗せて他のマツの個体へと飛ばす。そして、松かさのりん片が開いたとき、マツの花粉が開いた松かさの中へ侵入するのである。すると、松かさは閉ざされ、翌年の秋まで開かない。そして、松かさの中で長い歳月をかけて雌の配偶子である卵と雄の配偶子である精核が形成され成熟するのである。
 裸子植物として進化を遂げてきたマツでさえも、花粉が到達してから受精するまでに、およそ一年を要するのである。
(127頁)

 現代でもスギやヒノキなどの裸子植物が、大量の花粉をまき散らして、花粉症の原因として問題になるのは、裸子植物が風媒花だからなのである。(129頁)

あの人(スギ)はやはり古いタイプの植物。
この裸子(植物)の後に登場した被子植物はというと

被子植物は花粉がやってくる前から、胚を成熟させた状態で準備しておくことができるのである。
 そして、花粉がやってくると、すぐに受粉を行うのである。
(127〜128頁)

種を作るスピードが格段に速く、風には任せない。
これはイチョウでもマツでもみんな風に任せる風媒花なのだが、被子植物はそうではなくて花を用意する。
風に頼るのではなくて虫に受精を頼むという。
被子植物というのはすごい。
まず虫に頼むので花を咲かせるようになった。

 やがて植物は、ついには昆虫のエサとなる甘い蜜まで用意し、芳醇な香りを漂わせて、あの手この手で昆虫を呼び寄せるようになった。(130頁)

その上に、何と驚くなかれ。
実まで用意した。
喰われたあとの可能性にかけるために。

 植物は、木から草へと進化していった。(137頁)

雨に降られ、地面が流されるかも知れない環境下で草というのは、高くなるのは時間がかかるから「もう低いままでいいや」というもので、増えていくスピードを上げて低いまま増えてゆくという。
植物も考えると「意識がないと、ここまで考えつかないのではないかな?」というぐらい意識があるようだ。

 それまでの草食恐竜たちは、裸子植物と競って巨大化し、高い木の葉が食べられるように、首を長くしていった。しかし、トリケラトプスは違う。−中略−これは地面から生える小さな草を食べるのに適したスタイルである。(133頁)

ジュラシック・パーク (吹替版)



恐竜が現代に蘇るSF映画「ジュラシックパーク」でもトリケラトプスが有毒植物による中毒でよこたわっているシーンがあった。(134頁)

トリケラトプスというのは被子植物と草を食べるのだが。
襟巻をしたサイみたいなヤツ。
腹痛を起こしてしまう。
何でトリケラトプスが腹痛を起こしたかというと、植物の持っている毒に弱かった。

たとえば植物は、アルカロイドなどの毒性のある化学物質を次々に身につけた。そして恐竜は、植物が作りだすそれらの物質に対応することができずに、消化不良を起こしたり、中毒死したのではないかと推察されている。(134頁)

 カナダ・アルバータ州のドラムヘラーからは、恐竜時代末期の化石が多く見つかっている。この地域の七千五百万年前の地層からは、トリケラトプスなど角竜が八種類も見つかっているのに対して、その一千万年後には、角竜の仲間はわずか一種類に減少してしまっているという。(134頁)

これが一体何を示しているのかというと、やっぱり8種類いた角のある恐竜の中で強い一種類が生き残ったのだろう。
最強の者が勝ち残り、他の種を全部滅ぼしていったのだが、恐竜はすべて滅びることになった。
肝に銘ずべきは「最強を目指してはならない」。
「最強」というのは滅びの道。
これを現代社会で言うと、最強の国。
世界に二つあるが。
最強というのは一瞬のうちにして滅びるという。

あれだけの種類がいた恐竜たちがほとんど一瞬のうちに滅びたのはもう下準備があったからのようだ。
被子植物、花を咲かせる植物が増えて行って、それを恐竜が喰うと毒素となって彼らが消化できなかった、というのと最強を競い合うあまり、仲間同士で殺し合いをやっていくうちに種類が減っていった。
種類が減っていったら滅びる。
だから人間社会が自由でなければならないというのは、その自由さがなくなるとやっぱり滅びてしまうからだろう。

先週のところでしゃべり忘れたが、子供を育てる時にお母さんが新しい恋人のために子を虐め抜く、とかという(事件が)ある。
自分の子に危害を加えるということは、進化に反しているとは思いませんか?
草原のサルが人間になったのは、必死になって子供を守ったから。
「自分のために子を殺す」なんていう親は進化に逆らっているワケなので、一番の罪なのではないか?
全く理解できないので、どういう遺伝子、DNAが彼らの中に入っちゃったのかな?と思う水谷譲。
だからそこまでのところを追求した方がいいのではないか?
「鬼の母」とかそんな簡単な形容詞ではなくて、38億年の進化に逆らう行動をなぜとれたか?という。
そうやって考えると不快かもしれないが、彼女、あるいは彼らを人類史にかけて、彼らをその病理がどこから来たかを突き止めないと、いてもたってもいられないような気がする。
一つ言えることは弱い者を虐めるということは、自分に弱さの自覚が無いからなのではないか?
自分が弱いというこの自覚というのが、実は命として生物としてものすごく大事なことなのではないか?と思って。

話が横道にそれているが、あくまでも進化論の生命史。
その生命史の中に現代の世界を読み解く何か知恵があるような気がする。

恐竜という最強の生物だろうと思うが、恐竜の時代が過ぎた。
この恐竜が絶滅したあと、地上に広がった者はというと、これは全部弱いもの。
脊髄を持つ哺乳類、鳥類。
そして海に棲めなくて岸部まで逃げて来た爬虫類。
この三種類が地上という新天地に向かって広がっていった。
そうやって考えると生命史というのはわかりやすい。
そういうものたちは生物の隙間「ニッチ」を求めた。
その隙間を持っているということが生物にとって生き残る最大の条件であったという。

恐竜絶滅後、哺乳類、鳥類、爬虫類、それぞれが地上に広がった。
いずれにしても小さくて誰もいない空とか、住みたがらない水辺。
そういうニッチ、隙間を生きる場所に選んだ。
そういう進化論。
ホラー映画やパニック映画が大好きな水谷譲。
ネズミが集団となって人間を襲うとか、ミミズが襲うとか虫が襲うとか、ヒッチコックの『鳥』などもそうだが怖い。

鳥 (字幕版)



そこに人間は何か驚異があるのかなと思う水谷譲。
「生きていく空間が重なる者に対する恐怖」というのがある。
まさにニッチ。
ニッチ、隙間の奪い合いというか。

世田谷のとある公園を歩いていた武田先生。
枯れ枝だと思った。
ボォン!と頭に当たった。
振り返ったらカラスだった。
6月だったか、ちょうど子育てのシーズンだろう。
だからヤツにとっては「縄張りに入った」ということで。
それがまた絶妙で、攻撃というほど強くない。
彼自身にもさしたる危機はない。
人間の言葉で形容すると「ほら!出てけよ」というヤツ。
その叩き方が肩を叩くぐらいの強さで、武田先生の頭を両足で押したという。
カラスは人間に接近して生きているので。

この間、番組で見ていてすごく感動したのだが、パブリックの男性トイレ。
男性トイレの自動扉の内側に巣を作ったツバメ。
すぐ横には女性トイレがあるのだが、そっちには作らない。
男性トイレの内側にツバメが巣を作って子育てをしている。
このツバメがすごいのは自動扉の所にホバリングする。
それで扉が開いて中にエサを運ぶ。
何で男性トイレを選んだか?
おそらく男性トイレの方が扉が開く回数が激しいから、いちいちホバリングをやらなくても、つまり時間がかからない。
その便利のよさで男性トイレを。
明らかに男性(トイレ)。
それと妙な悲鳴を上げないから。
フンが落ちてきたりなんかすると、女性の方が大騒ぎになる。
それをツバメ夫婦は察しているのか、そのへんがわからないが。

イノシシの害とかサルの害とかクマの害とかがあるが、長い進化の物語でいえばニッチの重なり合い、その奪い合いがケモノと人間の困った問題になる。
サルという生き物も実はそうらしくて、サルというのはものすごく種類が多い生命。
サルというのは場所によって姿を変えた。

 ギガントピテクスは、百万年ほど前に、人類との共通の祖先から分かれて進化した類人猿である。−中略−
 その名のとおり、ギガントピテクスは大型で身長は三メートル、体重は五〇〇キログラムもある。
−中略−
 こんなに強そうな類人猿が、どうして滅んでしまったのだろう。
 一説によると、ジャイアントパンダとのニッチをめぐる競合に敗れてしまったのではないかと考えられている。
−中略−ジャイアントパンダは竹を主食とする大型の哺乳類であった。そして、ギガントピテクスもまた、竹を主食としていたことによって、ジャイアントパンダとニッチが重なってしまったことが絶滅の原因と考えられているのである。 たとえば同じ場所で暮らしていてもエサが異なれば共存することができる。あるいは、エサが同じでも場所が違えば共存できる。(167頁)

小さいこと、弱いこと。
そして自分の生きる場所を誰かと競合した場合はずらして生きること。
生き残る進化の道は様々なことを学ばなければならない。

中国のHuawei(ファーウェイ)。
アメリカがあんなに「使うな使うな」とアメリカ本国で言いまくっているくせに、日本はテレビでコマーシャルをやっている。
だから何でもアメリカの言うことをすぐ聞く日本だが「日本、緩いんだなぁ」とかと思って眺めている。
この米中のトレードウォーに関してはお互いに自分たちがあの手の通信機器というか便利器具で利権がぶつかっているので、どちらかが潰そうとしているということ。
でもスマートフォンは本当にアホみたいなことを今更言うが、便利なもの。
あれ一台あったら怖いものがないというか、逆にないと怖いし不安だと思う水谷譲。
自分でも調べものをしている武田先生。
それが主(なスマートフォンの使い方)。
英語で日記を書くのもアイツ(スマートフォン)に相談すればいいし「すげぇ道具だなぁ」と思いつつも、何かあまりに便利すぎて。

話しているその生命史、進化論の中では「ずらす」ということができなければ「滅びる」という。
若い頃、合コンをよくやった水谷譲。
その時に「女友達、私が連れてくから」と言う。
その時に自分と同じタイプの女の子は連れていかない。
ずらしたタイプを連れて行く。
それが「生き残り」みたいな。
自分よりキレイな子は、キレイでもちょっと自分とはタイプが違うキレイな感じの(子を連れて行く)。
ニッチ。
だから生命体がやっぱり生き残っていくためには・・・
本能。
やっぱりニッチ。
たえず隙間を求め続ける。
タレント稼業もそう。
同じ色合いは、ひな壇でも招いてもらえない。
先週、お葉書にお答えする時に、武田先生はラジオとテレビでは「出し方が違います」と言う。
テレビの場合は全体を見る。
全体を見ないとテレビは生きていけない。
ラジオというのはやっぱり語ること、あるいは主張を持っていないと務まらない。
同じでは絶対にいけない。
そうやって考えると「ずらす」というのを、これはちょっと生き残るために覚えておいてください。

 サルの仲間は、樹冠に棲む昆虫を餌にするものが多いが、ある者は、木の上に豊富にある果実を餌とするようになった。−中略−植物の果実が赤くなるのは、それは熟した実であるというサインを表すためであった。−中略−サルの仲間の一部は、赤色を見ることができる。(178頁)

それが森の実を付ける木に適応したことがいわゆる「雑食のサル」という。
木の実も食べる。
そのうちサルの一派は青いヤツも喰い始める。
そういう何でも喰っちゃう、というそういうサルがアフリカで誕生した。

ここでは何遍も話すが、アフリカの東の方で大地溝帯による地殻変動があって、ぶつかる山がないので森がたちまち草原になった。
その平べったい草っぱら。
木々もなく食物もない環境で森から取り残されたサルが生き抜いていく。
その時にサルたちが見つけた進化の方法が雑食「何でも喰っちゃう」というヤツと、遠くから襲ってくる者を発見するために立ち上がった「二足歩行」。
その次に「青い実でもしばらく置いておけば熟れて甘くなる」というので保存して熟れるのを待つ、という。
そういう道具とかタイミングを。
あとはひたすら集団を作る。
この本能。
仲間とうまくやっていく。
単独では生きられない。
ホモ・サピエンスといって「人類」という種ができていった。
この中に進化というものが何を原動力にしているのか?
それはやっぱり強いことではない。
「弱いから力を合わせよう」そういう本能がないとたちまち人間はサル以下になってしまうという生き物なんだ、とそんなふうに思う。
強さに憧れるのではなく、弱さを繋ぐところから生き残る、というサバイバルの力が湧いてくるのではないだろうか?と。
そんな思いで語っている。

私たちは
海から
追い出された
生物の
子孫である──。


(番組では上記の文言は「副題」と言っているが帯に書かれている文章)
小さくて弱くて、そういう生き物が弱さゆえに生き続けようとするという。
それがやがて進化を招いた。
もちろんこれは生命史の話。
昨今、強い国が世界を揺さぶっているようだが、本当は小さな国がこの世界を動かしているのではないか、というそういう発想にもなればと思う。
類人猿という生き物がいる。
この中から人類は生まれるのだが。
強い力を持った類人猿が生き残ったとは限らないところに進化の秘密がある。

 ネアンデルタール人は強靭な肉体と強い力を持っていた。しかも、脳容量もネアンデルタール人の方が、ホモ・サピエンスよりも大きかったと言われている。ネアンデルタール人はホモ・サピエンスに勝る体力と知性を持っていたのである。(191頁)

アフリカから出てきてヨーロッパを中心に活動し、宗教の感情まであった。
というのは、仲間が死ぬとその死体の上に花を置いたというようなところもネアンデルタール人というのはあったようだ。
ただ、このネアンデルタール人は滅びていく。
クロマニヨンが生き残って我々になるのだが。
何でネアンデルタールは強い肉体とか宗教心まで持っていたのに滅んでしまったかというと、集団を作る能力がなかったようだ。
だから繰り返すが集団を作る、お隣さんと共に生きてゆくというのは人類にとって必要な能力。
でないと滅びる。

 力の弱いホモ・サピエンスは集団を作って暮らしていた。(191頁)

 一方、集団で暮らすホモ・サピエンスは新たなアイデアを持てば、すぐに他の人々と共有することができた。(192頁)

そしてうまくやっていくコミュニケーション能力を持つ。
その作られた集団こそが人間を世界中に住ましめた、という。
形成された、作られた集団は争うことよりもずらす能力に恵まれていて、アフリカを出発してニッチを求めて世界中ずらす。
すごいもの。
北極のそばから南米の近くぐらいまで歩いていくのだから。
そうやって考えるとニッチを分け合うというのは大事な人間の知恵なのではないか?
思えば危機の後に生物はチャンスを迎えていた。
スノーボール、−50℃まで下がった氷の世界。
深海や地下に追いやられた生命はそこで懸命に生き残り、多細胞生物になり弱肉強食、弱い者が喰われるという生命進化を辿った。
でも喰われることが恐ろしくて逃げだした者が背骨を持つようになり、両生類になり、ネズミのような哺乳類になって、森で生きていくところからサルに成長し、そのサルの中から弱いサルが人となった、という。
こやって考えると最初のテーマを貫いている。
「弱さこそ進化の原動力」という。
それと「何でも喰う」というのは大事。
海藻とか貝なんかもサルは好きだったようだが、ドーキンスだったかの考え方が好きで。
「サルが二足歩行になれたのは、海行って遊んだからじゃねぇか?」と。
海を這いまわって探っている。
そのうちにだんだん潮が満ちてくる。
自然と立つようになる。
立つと早い。
それを生物学者が例えで「海が歩行器をつとめてくれた」と。
そうやって考えると海に導かれて人間は立つことを覚えた、という。
私たちが弱いながらもかくのごとく繁栄したのは、男と女に分かれて「性」というものを持った。
そして死によって子供たちに自分たちの遺伝子を繋いだ。
そのことによって永遠に弱さを繋ぐことで、私たちは人類という長い生命史の真ん中に立つことができるようになった。

(奥様と)口喧嘩ばかりしている武田先生。
奥様が「よく頭のいい人がさぁ『一度っきりの人生。何でもやってみよう』って言うじゃん?あれを非常に人生に絶望した人が聞いたら『人を殺してでも自分の思いは遂げた方がいい』なんていう発想になっちゃうんじゃないかな?」「人生とか命って一度っきりじゃないと思うんだ」と。
「『一度っきりの人生』なんて人前で使ってはいけない言葉んなんじゃない?」という。
少し現代人は科学を盾にして「一度っきり」と言いすぎ。
「一度っきり」で人生を乱暴に生きた人は取り返しのつかないことになってしまうと思う。
そういう意味で私たちは死によって繋がり。
そんなふうに考えた方が世界を明るく解き明かすことができるのではなかろうか?
『敗者の生命史』
負けるが勝ち。

posted by ひと at 14:27| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年8月5〜16日◆負けるが勝ち(前編)

いろんな世界もそうだが生物全体、今、生き残っている生き物はどんなふうにして生き残ったのか?
この学者さんは「負け続けた生き物だけが勝ち残った」という不思議な進化論の展開をなさる方で。

私たちは
海から
追い出された
生物の
子孫である──。


(番組では上記の文言は「副題」と言っているが帯に書かれている文章)
生物学者・稲垣英栄洋(ひでひろ)さん。
静岡大学の教授。

敗者の生命史38億年



これは何となく武田鉄矢が引っかかりそうなタイトル。
これは何で「こういうことを取り上げてみようかなぁ」と思ったかと言うと、今、世界を動かしている二大強国がある。
中国、アメリカ。
強肩の大国。
これが世界を揺さぶっている、という。
令和元年のトップニュース。
これは皆さんもおわかりだろうと思うが、米中貿易戦争。
スターウォーズではなくてトレードウォーズ。
「本気でケンカするぞ」と相手を脅したりするという。
「そういう力を持っていないと舐められてダメなんだ、世界では」というので東大出身のエリートさんが、維新(日本維新の会)をクビになった方だが。
「北方領土まで行って戦争やんないと取り返せないんじゃないの?」というのを大声でおっしゃって。
北方領土返還「戦争しないと」 維新・丸山議員が発言 (写真=共同) :日本経済新聞
そのあと「呑みに行こう」と女性のいる飲み屋さんまで。
もうほとんどガード下の屋台で口論好きの酔ったオヤジの論法で。
「ケンカしないと返してもらえませんよ」という「強いもん勝ち」という、そういう世界だと思ってらっしゃる若手の議員さんの発言。
この人たちの頭の中にあるのは「強くないと生き残れない」という。
この人が正しいかどうかというのを「勝者だけが生き残ったか」ということを38億年の生命史に重ねて検証しようという今週。
このしつこさ。
たった一言を確認するために「38億年を振り返ってみよ」うというのは当番組のみ。

 一九六三年、スウェーデンの生物学者、マーギット・ナスは、細胞内にある小さな器官であるミトコンドリア中に、DNAがあることを発見した。しかもミトコンドリアが持つDNAは、細胞核の持つDNAとは明らかに違う独自のものだったのである。(19頁)

 ミトコンドリアは、細胞の中で増殖し、細胞分裂に伴って、それぞれの細胞に分かれていく。まるで、ミトコンドリア自体が、細胞の中に棲む生物であるかのようである。
 同じようなDNAは、同じ年の一九六三年、コロンビア大学の石田正弘博士によって、植物細胞が持つ葉緑体の中にも発見された。
(20頁)

自然界は弱肉強食。
維新をクビになった三回生の東大出身、エリートの方と同じ。
弱肉強食。
はっきり言って強い人が威張っている。
堂々たる中国の習近平さん。
そしてトランプ大統領。
強い方。
議員をお辞めにならない方の世界観もその通りで「強いものが弱いものを喰う」という世界観。
これが一見正しいようで、実は生物世界、重大な見落としがあった。

 生物はDNAが格納される核を持たない原核細胞から、核を持つ真核生物へと進化を遂げた。(21頁)

この差というのが弱者を細胞内に取り込み色々な仕事をしてもらえるというメリットを産んでいるのだ、と。

「負ける」ということが生物を強くしているんだ、という、そんな不思議な話。
弱肉強食。
強いものが世界でも威張っている。
今、現代社会を見ても中国が、あるいはアメリカが、というような発想があるが。
生物を強くしているのは武器とかケンカ腰とか強い主張ではないのではないか?という。
それを38億年の生命史に置き換えて考えてみようという今回。

バクテリアと乳酸菌。
バクテリアというのは他の物を取り込んで消化してしまう。
乳酸菌は喰わないでお腹の中にためておくヤツもいる。

 ミトコンドリアの祖先は、酸素呼吸を行う細菌である。そして、細胞の中でミトコンドリアの祖先の生き物は、消化されることなくエネルギーを生み出した。また、細胞の中に取り込まれた葉緑素の祖先の生き物は、細胞の中で光合成を行うようになった。(24頁)

それで乳酸菌というのは、取り込んだもののすべてを喰い物にしなかった。
ある一部分のヤツとは共生、一緒に生きることにした。

 ゴクラクミドリガイと呼ばれるウミウシの仲間も、奇妙な生き物である。このウミウシは、エサとして食べた藻類に含まれていた葉緑体を体内に取り入れる。そして、その葉緑体を働かせて、栄養を得ているのである。(26頁)

何か「ロッテグリーンガム」みたいでいい。
「お口の臭いを消す葉緑素」でロッテグリーンガムに感動した武田先生。

ロッテ グリーンガム 9枚×15個



「葉緑素が口の臭いを消すんだ!」とかと興奮した。
藻を食べて葉緑体だけは体内に残し、動物でありつつ光合成をしつつ栄養を得るという。

 私たちの体の中には腸内細菌がいる。−中略−一人の人間の超の中にいる腸内細菌は、一〇〇兆とも、一〇〇〇兆とも呼ばれている。
 この腸内細菌は、もともとは外部から、やってきたものである。私たちは食べ物などを介して、口から体内に取り入れた大腸菌と共生しているのである。
(26〜27頁)

外部から来たものをどのようにして共生に導くか、一緒に過ごしていくか、暮らしていくか、生きていくか。
それが実は全ての生物の課題。
「競い合って強い」より、「弱くて助け合う」という共生の力を持っているかどうか。
これが生物の中で最強の道。
そうやって考えると今、生物の一個の単位の話をしているのだが、世界全体もこれで語れるのではないか。
自分たちだけが勝って生き残るのではなくて、他と協力しあって生きていく、ということ。
陸上競技でこんなに景気のいい話がワーっと立ち起こったのは、お母さんはジャパニーズでお父様はアフロ系の方、あるいはカリブ系の方。
そういう方々と結婚した坊ちゃんやお嬢ちゃんたちが日本人として。
アメリカの陸上競技。
バスケも「八」の付く人(八村塁)。
昔は「ゴールデンエイト(金八)」と言われていたので共感してしまう武田先生。
日本国というのも「共生の力」が新しい人材、ハイブリッドのお嬢さんやお坊ちゃんを産んでいる。
ハイブリッドの力がないと国力は衰える。
だから一国主義というのは破綻する。
これは国際情勢ではなくて、生物進化の上で決まっている。
なぜならば、(稲垣)先生の話はすごいところへ行ってしまう。
最初、生物は単細胞だった。
それが多細胞になっていく。
何で多細胞になったかと言うと、たくさん集まった方が防御力を高めることがある。
一個の生き物よりも群れを作った方が楽。
例えばサルの群れでもそうだし、牛の群れ、魚の群れ、どれ一つとっても生命体は一つの集合体を成した方が生き残る可能性がガッと増える。
なぜ集合体へ進化は舵を切ったのか?
これまたすごい。
トランプさんにも習近平さんにも聞いて欲しい。
何で単独より集まった方がいいか?
実は23億年前、地球上に皆さんの想像もつかない大変なことが起こった。
大変なことが起こったゆえに生物は一斉に多細胞という道を選んだ。

人間は一匹で生きるよりも、たくさんで生きた方が生きられるのだ。
細胞もそう。
細胞分裂を繰り返す単細胞で生きるよりは、多細胞生物で生きた方がいい、という。
何でそういうことになったのか?
ここにものすごく大きな出来事がある。

 地球上が凍りついてしまうような劇的な全球凍結は、数度にわたって起こったと考えられている。最初のスノーボール・アースがおよそ二十三億年前のことである。(40頁)

雪の玉、あるいは丸い氷みたいな感じで、まるごと凍った体験があるのではないだろうか?という。
このスノーボール・アース「超寒冷体験」。
氷河期ではない。
氷河期よりももっとすごい。
全部が北極南極みたいになってしまったという超寒冷期の体験が地球にはあったのではないだろうか?
その時に単細胞生物は身を寄せ合って一生懸命固まって生きた。
それが多細胞生物へ命のモデルチェンジを引き起こす時期だったのではないだろうか?という。
これは面白い。
「みんなで固まろう」というので固まって一匹になったという。

モデルチェンジというのはどんなふうな手順で行われたかというと、遺伝子のコピーは時々エラーする。
エラーしながら変化をさせる。
生命は変わる。
変わるものだけが生き残れる。
変わらない生物は絶滅する。
そのチャンスを目指してついに性を持つ生き物が生まれた。
これはまた後で詳しくお話するが。
オス・メスに分かれるとこのモデルチェンジのための変化がいっぱい起きる。
細胞分裂をしていると同じものしか生まれないが、オス・メスに分かれて遺伝子をまた一個作るとなると「多様性」いろんなタイプが生まれる。
そこで性を持つ動物はなるべく自分には似ていない子孫を作るために異性を求めた。
何で性を交わして命を繋ぐのか?
これは自分に似ていない子を作るためである、という。
だから武田先生なんかもダメ。
自分に似た子を作ろうとするから浅はか。
水谷譲もこれから何回も感じる。
どんどん子供が憎たらしくなる。
腹が立つことを言う。
でもそれは子供は親に似ない方角に向かって成長していく。
それを勘違いしてお人形さんみたいに扱おうとするところから歪みみたいなものが。
「オマエをそんなふうに育てた覚えはない」
当たり前。
最初から子は親に似ないように育っているワケだから。
これはやっぱり38億年の生命として受け止めましょう。

 たとえば、人間は二三対の染色体を持っている。その子供は親から、二本ある染色体のどちらかを引き継ぐことになる。二本ある染色体から、どちらか一つを持ってくる。この単純な作業でいったい、何通りの組み合わせができるだろうか。
 これは二の二三乗となり、驚くことに組み合わせの数は八三八万通りになる。
 これが、父親と母親のそれぞれに起こるから、八三八万×八三八万で七〇兆を超える組み合わせができる。
(70〜71頁)

とにかく無限大に違う人間を、親に似ていない子供を産めるという。

 さらに、実際には染色体が減数分裂をするときに組み換えが起こる。実際には、人間の遺伝子は七〇〇〇もあって、組み換えを起こしている。つまりは二の七〇〇〇乗である。そう考えれば、オスとメスという二種類の性だけでも、無限の多様性を生みだすことができるのである。(71頁)

だからやっぱり子は大きくなると、水谷譲も思うだろうがちっとも似ていない。
それをガッカリきて「アタシに似てない」とか。
それは違う。
子供というのは親に似ないように生まれてくる、という。
そういう進化のエネルギーを持っている。
武田先生も子持ちだが、最近そういう目で子を見るようになった。
「パパのここも似てないし、ママのここも似てないし、全然いいとこ取ってないじゃん!」ということがあるのだが、それでいいのかと思う水谷譲。
それでちょうどいい。
お父さんとお母さんのいいとこ取った子なんてロクな子ではない。
芸能人の子で才能も無いくせに芸能人になりたがる子がいる。
はっきり言ってしまうが。
それと同じこと。
つくづく思うのだが、子供は何のために生まれてきたかといったら親に対して親不孝をするため。
武田先生の母親が晩年によくつぶやいていた言葉に「思い通りに育たんですばい。それが親子ですたい。私ぁ鉄矢に望んだとは福岡県のシェンシェイになることだけでした。まさかこのバカがテレビでシェンシェイするとは思いませんでした」という。
その「母親の思惑の違い」こそが私(武田鉄矢)という一生だったのではないか?
同じことを子供たちにもそんなふうに武田先生も覚悟しなければならない。
「絶えず子は親の期待を裏切るもの」という。
38億年の生命史にかけて言えること。

 生物の進化における「性」の発明は、もう一つ偉大な発明を行った。それが「死」である。(74頁)

 一つの命がコピーをして増えていくだけであれば、環境の変化に対応することができない。(74〜75頁)

似たような人ばっかりが集まったら一瞬のうちに滅ぶ可能性がある。
違う人間がいるからこそ歴史は続く。

 ゾウリムシは分裂回数が有限である。そして、七〇〇回ほど分裂をすると、寿命が尽きたように死んでしまう。(75頁)

 永遠であり続けるために、生命は「限りある命」を作りだしたのである。(77頁)

地球が凍りつくスノーボール・アースの直後から、突然、多細胞生物が出現し始めた。(81頁)

そして彼らが生き残っていく。
五千万年前、生命に優しい海が広がり、この海によって生命は育まれる。
(五千万年ではなく五億五千年前だと思われる)

 地球の歴史を振り返ると、SF映画の怪物よりも、奇妙な生き物たちが次々に出現した時代があった。それは、五億五千年前の古生代カンブリア紀。後に「カンブリア爆発」と呼ばれる一大イベントである。(83頁)

 この時代に、現在の分類学で動物門となる生物の基本形がすべて出そろう。(83頁)

 生物が最初に獲得したのは、小さな目だった。−中略−「目」は、生物にとって革新的な武器であった。(88頁)

この目が生まれたが故に「喰う」「喰われる」という弱肉強食世界が生まれた。
(目が出現する前から喰ったり喰われたりはしていたようだが)
目によって弱いものは強いものに喰われ続けた。

身を守る方法は二つしかない。

 外敵から身を守る最大の防御方法は、体の外側を固くすることである。旧口生物は外骨格を発達させて固い殻で身を包んでいく。こうして生まれたのが、エビやカニ、昆虫などの節足動物の祖先である。(89頁)

固い殻で身を包むヤツと、もう一つが早く逃げること。
タコというのは何者かというとオウムガイが殻を捨てた。
「こんな重いものを背負って生きていくより、全部脱ぎ捨てて素っ裸で生きていたほうがいいや」で生まれたのがタコ、イカ。
そうやって考えると面白い。
そして早く逃げるためにもう一つ生まれたのが「背骨を持った方がいい」。

 食べられる一方の弱い魚たちは天敵から逃れるように、川の河口の汽水域に追いやられていく。(94頁)

そのうちさらに弱いヤツはその川を遡った、という。
そうやって考えると面白い。
それで一部の魚たちは子供を産む時だけ川に上った。
鮭とか。
体内の塩分濃度をとにかく自分たちで調節して。
それで産み終わったら死ぬか戻るかという。
こんなふうにして世界がゆっくり。

元々大型の魚類であった両生類の祖先は、敏捷性を発達させていない。のんびりと泳ぐのろまな魚である。そのため、泳力に優れた新しい魚たちに棲みかを奪われていったと考えられている。そして、浅瀬へと追いやられていくのだ。(97頁)

弱いものが逃げていくうちに生きていく環境と自分を合わせて、だんだん進化していくという。
やがて海から陸への進化が始まったというワケで。

 両生類の祖先となる魚類の上陸は、生物の進化の一大イベントとして描かれる。しかし、そのときには、すでに地上には植物が生えている。(103頁)

 光合成を行う緑藻類にとって、光を存分に浴びることのできる陸上は魅力的な環境であった。
 ただし陸上は、生物にとって有害な紫外線が降り注いでいるという問題があった。
 ところが、この問題は、植物たち自身の営みによって改善されていく。
 海中にあった植物たちが放出する酸素によって、次第に上空にオゾン層が形成される。するとオゾン層が紫外線を吸収し、紫外線が陸上に降り注ぐのを防いでくれるようになったのである。
(105頁)

やっぱり「弱さ」。
「弱い」ということが環境をいかに変えるか。

 植物の上陸は、古生代シルル紀の四億七千年前のことであるとされている。(105頁)

(番組では「4億7千万年前」と言っているが、本によると「4億7千年前」)

 最初に上陸をした植物はコケ植物に似た植物であったと考えられている。−中略−
 その後、陸上生活に適するように、さらに進化をしたのが、シダ植物である。
(106頁)

このシダ類に続くようにして両生類が陸上へ這いあがって行った。
こんなことを考えるとワクワクする武田先生。
最初に陸上に向かっていった生き物の思いというのが「辛いけど生きていくんだボク!」みたいな。
伝わってくるものがある。

38億年に亘る生命の歴史、生命史をたどっている。
38億年という巨大な生命史なのだが、よく見ると現代社会を生き抜くある種の知恵みたいなものがその生命史の中にあるのではなかろうかというふうに思って紹介している。
動植物が生きて来た38億年の生命史。
その中にはもう本当に危機が何度もあった。
例えばスノーボール・アース。
地球が「全球凍結」と言って、アイスボール、氷のようになった、という。
その時の体験がシロクマを作った、とか。
だから緑の山があったのだが、全球凍結で凍ってしまった。
その時には茶色より黒っぽいより白い方がいいなぁと思って、という。
シロクマはもともと茶色いクマだった。
雪の方に適合した。
ホワイトタイガーも地球が寒冷期でアフリカまで雪が降ったので、白いヤツが生き延びたというのがDNAの記憶であるのではないか?と。

とにかく今年(2019年)も梅雨先また九州の方で被害が出る大雨があった。
でも皆さん、38億年を振り返りましょう。
気候変動、地殻変動、大気の変動。
これは必ずこの地球に起こったこと。

 その後、生物が著しく進化を遂げて、動物の化石が発見される時代になってからも、生物は少なくとも五回の大量絶滅を乗り越えてきたと言われている。(114頁)

生き抜いた生物たちには、共通点がある。それは、恐竜たちに虐げられ、限られた生息場所を棲みかとしていた敗者たちであったということである。(118頁)

弱い者が絶滅を耐え忍んで生きたという。
弱くて逃げ場所を探し求めた者だけが生き残った。
肉食恐竜は強大であった。
逃げる、あるいは逃げる場所、これを持たなかった。
それぐらい強かった。
でも逃げること、逃げる場所を持たない生物は絶滅する。
逆説に満ち溢れているけれども、これはすごい。
恐竜でもうまいこと逃げ場所を探して逃げたヤツがいた。
今でもソイツは生きている。

 鳥もまた、この大災害を乗り越えた。
 鳥は恐竜から進化したとされている。しかし、大型の恐竜が大地を支配する中で、鳥となった恐竜は、他の恐竜の支配が及ばない空を自分たちの生息場所としていた。そして、地上では弱者であった鳥たちは、穴の中や木の洞の中に巣を作っていた。こうした隠れ家を持っていたことから、災害を逃れることができたのではないかと考えられるのである。あるいは、翼を持つ鳥は遠くに移動することができることも功を奏した要因かも知れない。
(119頁)

小さいものだけが、ハトやスズメになったと思うと、ヤツもよく生き残った。
小型の魚類は浅瀬へ逃げた。
逃げて海から川へ上り、川から岸へ逃げた。
哺乳類もそう。
地球の5回のピンチの中で生き残るために一番重要な条件は何だったか?

哺乳類が取った戦略が「小さいこと」を武器にしたのである。(120頁)

日本は小さくて、国としてそういう国。
だからG20とか見ていると、やっぱり大国が威張っている。
だが小国の時代が絶対に来る。
信じましょう。
アメリカが強くなくちゃいけない「アメリカファーストだ」と言っていると生き残れない。
中でも「ミトコンドリアあっちいけ」とか平気で言う。
アメリカはそういう国。
トランプさんみたいなアメリカ人ばっかりになったら相当問題が。
チャイナも香港問題は揺らいでいる。
「革命の条件」を昔、調べたことがある武田先生。
人口100万(人)ぐらいの街で犯罪者が2万人を超えると、その街、国というのは壊れる。
だから100万で2万とかといったので、14〜15億(人)国民がいたにしても1千万人単位で人間が言うことを聞かなくなると崩壊する。
香港は確かデモの波が200万人を超えている。
これはやっぱりかなりきついこと。

 生きた化石と言われるほど古いタイプの裸子植物であるイチョウの例を見てみよう。
 よく知られているようにイチョウにはオスの木とメスの木とがある。オスの木で作られた花粉は風に乗り、メスの木のギンナンにたどりついて内部に取り込まれる。そして花粉はギンナンの中で二個の精子を作るのである。花粉がやってきたことを確認してから、ギンナンは四ヵ月をかけて卵を成熟させる。このときイチョウは、ギンナンの中に精子が泳ぐためのプールを用意する。そして卵が成熟すると精子が用意されたプールの水の中を泳いで卵にたどりつくのである。
(126頁)


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2020年08月22日

カルビー おさつスナック

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おさつスナック|カルビー
さつまいもの自然な甘みをふんわりとしたやさしい食べ心地で楽しめるスナック。焼いて甘みが増した種子島産安納芋の美味しさを存分に味わえます。さつまいものおいしい季節だけの期間限定発売。

8月17日から全国のコンビニエンスストア以外の店舗で先行発売。
8月24日から全国のコンビニエンスストアで発売。
2021年3月中旬終売予定。
イオンで88円(税別)で購入。
オープン価格。
想定価格130円前後(税込)。
内容量57g。
1袋当たりエネルギー298kcal。

毎年出ているっていうのは知っているので、見かけたから「今年も売り始めたんだな〜」と思って買ってみた。
今回も18g入りのものも発売になっているらしいが、店頭では見かけなかった。
小さいのは違う売り場がなのかも知れないけど。

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去年も同じだったと思うけど「種子島産安納芋を焼きさつまいも中50%使用」ということで。
ってことは味も去年のと同じかな?
パッケージはちょっとだけ違うな。

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さつまいもっぽい自然な甘み。
塩味ってほどではないけど、かなり塩も入ってるかな?って感じがした。
食べた後に口の中に甘ったるさが残ったりしなくて、食べやすい味。
という去年と全く同じ感想なので、味も去年と同じかも知れず。

カルビー おさつスナック 57g ×12袋



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2020年08月21日

カルディコーヒー カルディオリジナル シチリアンレモンサワー

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【お酒】シチリアンレモンサワー 350ml - カルディコーヒーファーム オンラインストア

6月末発売。
151円(税込)で購入。
内容量350ml。
アルコール分5%。
イタリアシチリア産有機JAS認証ストレートレモン果汁7%。
100mlあたりエネルギー64kcal。
販売者株式会社キャメル珈琲。
製造場三幸食品工業株式会社K。

新発売って書いてあったから買ったのに、6月じゃん!
定価はもっと高いらしいけれども、いくらなのかは不明。

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裏側にはごちゃごちゃ何かが書いてある。

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写真で見るとちょっと黄色が強く見えるけど、もうちょっと透明に近い感じ。
私が飲むようなレモン味のサワーはアルコール度数も低いからっていうのもあるかも知れないけど、他のよりも甘さが控えめでかなり酸味が強い味。
でもアルコールがきついっていう感じの味ではないので飲みやすい。
すごくレモンだな〜って味。
なかなか美味しいと思う。

シチリア産有機レモン生搾りストーレート果汁 500ml 有機JAS認証



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アラクス PITTA MASK 2020年新モデル

夏だというのに今年はずっとマスクをせんとイカンワケです。
私は花粉症だし、杉やヒノキ以外にも年中何の花粉かわからんヤツで鼻水が出るので、真夏以外はマスクをしていたので、去年ぐらいから洗って使えるマスクを使っていた。
洗って使えるとはいっても当然何度も使っているとダメになるワケで。
何十回も使っているが、汗をかくからマスクの中を拭いたりするので伸びやすい感じになってしまって、若干ダルダルだし、いいかげん新しいのに替えようかな〜なんて思っても、他のマスクは豊富にドラッグストアやディスカウントストアに並んでいても、PITTAは全然ないんだよね。
ネットでも売っていないことはないけど、あっても結構高い。
もともとの値段がいくらなのかはわからないが、去年は数百円で普通に売っていた気がするのだけれども。
どうしようかなぁ・・・と思ったけど、当分マスクを着け続けなきゃいけない状況は終わりそうにないし、ちょっと高いけど買っておくかと思って、それでも少しでも安いヤツ・・・なんて思って探しておりましたら!
何やら新しくなった商品がある模様。
旧商品のご紹介は去年のヤツを見ていただくとして。
で、新しいヤツね。
今回も当然「スモール」ってヤツで。

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↑新パッケージ

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↑旧パッケージ
色も違うヤツだけれども。

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新しいヤツは入れてある透明の袋に「PITTA MASK」と書いてある。

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古いヤツは何も書いていない。

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形や大きさは変わらない感じ。

新しいバージョンは8月7日より順次発売。
変更になったのは「抗菌加工」と「洗える回数が5回に増えた」ってことで。

▼抗菌加工
抗菌加工を施して、マスク表面の菌の増殖を抑制します。
※全ての菌に対して効果があるわけではありません。

今までのは抗菌加工はされていなかったってことか。
どうせ毎回「イータック抗菌化スプレーα」をかけているし、多分これからもかけるから抗菌加工がされていてもされていなくても私にはあまり関係ない感じだけれども。

▼洗える回数が5回に
洗って繰り返し使用できて、5 回洗って繰り返し使用しても花粉99%カットのフィルター性能は変わりません。

今まで3回だったのが5回に増えたということで。
うん。
3回っていうヤツを何十回も洗って使っています!
どうせ前のと同様に鼻の上の脇に隙間が開くからフィルターの性能がよくてもウイルスでも花粉でも何でも入ってくるけどな!

イータック 抗菌化スプレーα 250ml



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ロッテ トッポ<とうもりこ>

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トッポ<とうもりこ>|チョコレート|お口の恋人 ロッテ
カルビー「とうもりこ」味のトッポ登場!とうもりこのおいしさリスペクト!

8月4日発売。
イオンで98円(税別)で購入。
想定価格150円(税別)。
内容量36g×2袋。
1袋当りエネルギー193kcal。
スイートコーンパウダー0.6%使用。

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裏側のデザインは3種類あるらしい。
そんなのひっくり返して見たりしていないので気づかなかった。
裏側の上下に謎の切り込みがあるが、これは絵柄をつなげて大きな「ノッポトッポちゃん」とやらが出来上がるということらしいのだけれども、変な切り込みのせいで(しかもパッケージにはノッポトッポとやらに関することが何も説明がない)どこから開けるんだろうか?ってちょっと悩んでしまった。

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中身は二袋に分かれている。
一袋はたった36gしか入っていないというのに200kcal近いのだな。
一度にひと箱食べると400kcal弱ってことで。

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ロッテのチョコレート菓子「トッポ」とカルビーのスナック「とうもりこ」のおいしさが楽しめるとのこと。
トッポをベースにとうもりこの味が再現されているという、何やらカオスな感じがする商品。
中に入っているチョコレートにスイートコーンパウダーが使われているそうな。

味は、すごくとうもろこし。
違和感を感じるけれども、不味いってことでもなく。
何か変な感じだな〜っていう。
とってもとうもろこしの味がするトッポってことで。

ロッテ トッポ とうもりこ 2袋X10個



posted by ひと at 19:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

NHK BS1で発達障害関連のドキュメンタリーの再放送があります

これが再放送されるようですが、番組のサイトの放送予定にはまだ掲載されていません。

BS世界のドキュメンタリー選▽兄と奏でるノクターン〜発達障害 家族の情景※字幕
[BS1]8月28日(金) 午後5:00〜午後5:45(45分)



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2020年08月19日

オリジン弁当 ぷるっとろ杏仁豆腐

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ぷるっとろ杏仁豆腐 | オリジン弁当 | オリジン東秀株式会社

内容量80g。
本体価格120円(税込129.60円)。
1個当たり熱量117kcal。

プリンの方よりも5g少なくて10円安いのだな。
カロリーは大幅にこっちの方が少ない。

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「ぷるっとろ」な感じの食感。
味は「杏仁豆腐だね」っていう味。
他に説明のしようがないけれども。
甘さはしつこさがなく後味が悪くないのでよろしいのではないかと思う。
いかにも杏仁豆腐っぽい味がするから杏仁が入っているのかなと思ったんだけど、原材料にはそれらしいものが書かれていないな。
美味しいとは思うけれども、これもプリンと同様に貧乏人にはちょっとお高いお値段だから、なかなか買えないな。

【 業務用 】 麒福食品 七福杏仁霜 400g 杏仁豆腐 杏仁プリン 杏仁 の素



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2020年08月17日

オリジン弁当 オリジンプリン

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オリジンプリン | オリジン弁当 | オリジン東秀株式会社

内容量85g。
本体価格130円(税込140.40円)。
1個当たり熱量172kcal。

別に新発売ってワケじゃないけど、今朝ラジオ番組で「すごく美味しい」って言っていたし、オリジン弁当の近くまで行く用事があったんで寄ってみた。

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プッチンプリンよりも白っぽい色。
底の方にカラメルが沈んでいるんだけど、プッチンができるような容器ではないので店で付けてくれたスプーンでそのまま食べたのだけれども。
オリジン弁当のサイトには容器から出して逆さにした写真が出ているけれども、こんなにきれいに出せるのかな?
お湯にちょっと付けて出すとかかな。

私はやわらかいプリンはプリンとは認めない派なのだけれども、これはかなり固さがあるのでとてもよろしいですね。
なめらかで濃厚な感じはするけれども、甘ったるくはなく。
原材料の一番最初に卵って書いてあるから卵はかなり入っているんだろうけど、二番目には牛乳って書いてあるから、白い感じに見えるのは牛乳のせいかな。
そういわれてみると普通のプリンと牛乳プリンの中間みたいな味にも感じる。
美味しいとは思うけれども、普段から三個で100円みたいなプリンもめったに買わないので、このお値段ではそうそう頻繁には買えないな。

東京自由が丘モンブラン 自由が丘プリン 6本入 お取り寄せスイーツ お菓子 お中元ギフト 御中元ギフト



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2020年08月13日

2019年9月30〜10月11日◆磐井の乱(後編)

これの続きです。

古代史を話している。
皆さま方も「古代史」と言われてピンとこないだろうし、興味もないだろうが。
でも武田先生は好き。
自分の生まれたところが北部九州。
九州の福岡県というところで。
そこには古代の匂いがするエリアポイントがあって。
水城とか大野城がある。
春日原(かすがばる)とか白木原(しらきばる)とか。
そういう地名の中を青年期まで生きていた。
武田先生が生まれた町の名前は雑餉隈。
これは大宰府王朝に仕える小間使いの雑掌(ざっしょう)の人たちがたくさん住んでいたとか。
そういう、いわゆる古代がかった地名。
そういうところで自分が生まれた。
大野城というのも、ものすごい歴史的な遺産が残っていて。
野城。
そこの大野城という丘の上てっぺんに行くと真っ黒な米粒が見つかる。
それは千年の時を隔てた米蔵の跡。
それは何のためにかというと朝鮮半島から朝鮮の国が攻めて来る。
その時に大宰府王朝を目指して来るだろうから水城、丘の上にプールを作っておいて下から来たら上から水を落とす。
基山という山があって、そこと大野城を結んで、二つのポイントに兵隊を置いておいて、朝鮮半島を渡って来た敵兵に向かって矢を射かけたり石を投げつけたりする基地を山のてっぺんに。
つまり今で言う尖閣の最前線が福岡市にはいっぱいあった。
武田先生はそういうところで大きくなったものだから「古代史」と聞くとその風景が蘇ってくる。

百済の人がいて、日本のヤマト朝廷に潜り込んで。
「潜り込む」という表現はよくないかもしれないが、ロビイストとして朝鮮半島の人たちの意見を彼らに伝える。
その意見が正し時とひどく間違った時があるのだが。
とにかく百済という国が「白村江(はくそんこう・はくすきのえ)の戦い」。
663年だが。
これで百済が消えてなくなって。
難民というか百済を失くした朝鮮半島の人たちを日本に安全のために亡命させる。
彼らのために大和朝廷は近江の地を与えたりしている。
その中でも百済王族でプライドの高い人は「何とかもう一度朝鮮の地に帰りたい」と思う人がいて、強力な政治家にヤマト朝廷の元でなっていく。
この関さんの説の中ですごく面白いのは、正しいかどうかはわからないが。
そう考えると武田先生にとっては日本史がすごくわかりやすい。
親日の朝鮮人が叩きだされた。
今もそう。
「親日の人は出ていけ」とか。
日本に協力した人、そういう企業は「親日企業」という「ブラックレッテルを貼るぞ」とかという「ウェノム嫌い」「倭人嫌い」はもう二千年前から持ってらっしゃる。
だからそういうところでやっつけられた百済。
日本に協力したばかりに、日本を誘い込んだばかりに。
それを我が連合ヤマトは全部引き受けて亡命させている。
その百済系の亡命人の中に日本名に変えた人たちがいて、それが中臣鎌足ではいかと。
百済人ではないか?と。
この人の献策で新羅が攻めてくるかも知れないので、対馬、壱岐、筑紫。
これは武田先生が生まれた町。
そこらあたりに防人を置いて、防衛体制をとろう、と。
ところが本当に国際政治はわからない。
新羅と一緒に唐が攻めて来るとあれほど怯えていたのだが、その唐と新羅が不仲になってしまう。
戦争を開始する。
高句麗、北朝鮮も不仲になって戦闘状態に入ってしまう。

筑紫国造、磐井が反乱を起こしたという。
その磐井の乱から時は流れてこれから話すところは662年以降。
磐井の乱からいつの間にか半島問題に巻き込まれた日本。
連合ヤマトは唐、新羅を相手に白村江の戦いを経て、大敗北を喫する。
それで百済が滅亡する。
その百済の王族たちを日本に保護した。
いわゆる百済系の王族たち。
彼らは朝鮮の人なのだが、やがて日本名を名乗り始めて大和朝廷の政治に絡んでいったのではないか?

『日本書紀』は、中臣鎌足の父母の名をまったく掲げていない。古代史最大の英雄で、『日本書紀』編纂時の権力者・藤原不比等の父が中臣鎌足なのに、なぜ藤原氏の素姓が定かでなはないのか。ボウフラが湧くように、無位無冠の中臣鎌足が忽然と歴史に登場し、有力な皇位継承候補の中大兄皇子と、まるで同等であるかのように振る舞い、蘇我入鹿暗殺現場では、中大兄皇子が自ら蘇我入鹿に斬りつける中、背後で弓を持って高みの見物としゃれ込んでいる。(146頁)

とにかくこの鎌足というのはものすごいヤリ手。
汚れ仕事まで平気でやるという貴族。

筆者は中臣鎌足を百済王子・豊璋(余豊璋)とみる。(145頁)

百済のロビイストは連合ヤマト、ヤマト朝廷に潜り込んで様々な政治を操り始めたと言っている。
この鎌足あたりに反対したのが大伴氏だったり九州南部の隼人族、日向族の海人族。
彼らの天皇に対する忠誠心はものすごく激しい。
それで彼らが天皇という巫祝王、神様に向かって祈ることができる天皇の地位を独自のものにしていく。
本当に珍しいことで、日本は「強い王様」を望まない。
天皇そのものが強健であることは望まない。
ただ巫祝王、祈る王様として豪族をまとめてゆくというのが日本人が、日本が求めた天皇像。
祭祀王の天皇と豪族たちの合議によって政治を回していくという統治システムが古代から日本では適していたし、それがうまくいっていたのだろう。

『日本書紀』に従えば、磐井の子の葛子が糟屋屯倉を献上しただけで、許されたとあり、実際考古学者も、筑紫君らの眠る八女古墳群は岩戸山古墳ののちも継続したことをあきらかにしている。(173頁)

というのは、あんまり徹底してやっつけちゃうと恨みが残って反抗が続く、という。
聖徳太子が言った「和を以て尊しとする」という。
磐井の子らも徹底して滅ぼされなかったということで、連合ヤマトに組み込まれていったという。
日本はまとまりを作り始める。

蘇我氏は8世紀に没落する。
中臣鎌足は中大兄皇子に取り入って中臣という役職名で鎌足が語っていたが、中大兄皇子と仲良くなって名前を変える。
何という名前に変えたか?
藤原姓に変える。
「藤原鎌足」になる。
つまりここからあの藤原氏が始まる。
藤原氏というのは貴族の中で最高の力を持った貴族。
この藤原鎌足が大化の改新から律令国家づくりまで全部やる。
海外の知識を豊富に藤原鎌足は持っていたのだろう。
だから唐のマネをするという律令国家づくりなんかを始めるという。
そのあたり、関さんが「この人の国際感覚は日本人じゃない」という。
そして例の藤原時代を築く。
武田先生の(会社の)社長の名前は「伊藤」と言うが、これは「藤」が付く字は全部藤原氏から来ている。
「伊勢にいた藤原の一族」というので「伊藤」。
「藤原氏を助けた」というので「佐藤」。

今語っているのはどのあたりかと言うと、中大兄皇子即位だから668年ぐらいまで来た。
白村江の戦いから5年ぐらい経ったぐらいか。
そのへんを語っている。
中大兄皇子の子分となった中臣鎌足。
百済からやってきた豊璋という百済の王子様だったのではないか?
そして日本を百済化して、百済人の住みやすいような日本に。
海外のことは詳しいから「乗っ取っちゃおう」。
それで貴族の中で「藤原」という姓を唱えて藤原文化を作る。
この「藤」を選んだところがまた見事。
(野生の藤は)気持ち悪い。
一本の木があったら巻き付く。
その巻き付き方がアマゾンの大蛇みたいな。
幹に喰い込む。
それで木の養分を吸い尽くすというから。
ずばり言うと、藤原鎌足が夢見たのは、天皇家に絡みつく藤の花。
こうやって考えると面白い。
そして自分たちの半島ではできなかった国家づくりを鎌足は始める。
それは藤原一族の栄華。
そして自分たちが住みやすいように大化の改新を起こし、律令国家をつくる。
そして次にやったことが、これがすごい。
朝廷にいた他の豪族たちを追いやる。
藤原鎌足が中大兄大氏、天智天皇に絡みつくことによって奈良から追放した豪族。
蘇我氏を東北へ追いやる。
そして安倍氏。
天皇家に一生懸命仕えた日本の豪族。
これも東北にやられてしまう。
今、総理をやってらっしゃる安倍さんの先祖。
元々ヤマトだったのだが藤原氏に追われて東北へ追いやられた。
そしてこの藤原氏がやったことは蝦夷地征伐。
蝦夷を攻めると言って、東よりの豪族を抑え込む。
それから西の方も全部やられてしまう。
北部九州の筑紫とか奴国とか。
そういうのも全部この藤原氏によってペッタンコにされる。
ところがこの藤原氏の登場によって地方へ追いやられた豪族が心の中で「いつかやっけてやる藤原!」。
これが日本史の原形。
日本史はいつも中央政府があると遠い東か西の別勢力が上って来て天下を獲る。
そのことによって日本史は対流が起きる。
その対流の一番最初のエネルギーは「藤原氏憎し」。

そしてここからが、あれほど巻き付かれながらよく頑張ったと思うが。
藤原氏は娘が生まれると天皇家に入れて、自分たちの血を濃くする。
ところが藤原氏に巫祝王としての天皇は絶対にその座を乗っ取られることはなかった。
そして巫祝王として霊性、スピリチュアルな力を持っていた。
どうしても百済人たちが朝廷を牛耳られなかった。
それは彼らが仏教を操るために教え込もうとしたのだが、天皇は言うことを聞かない。
そして「神仏習合」という日本だけの仏教に切り替えてしまう。
どういうことかと言うと、日本に昔からいた神様が修行にインドまで行って、帰ってきたのが菩薩様とか、どんどん日本風に意訳してしまう。
仏教と神道を合体させる。
仏教は仏教でもこれは「日本教」としか言いようがない。
そのことによって天皇家のみの効力、能力、霊力を天皇家は胸に秘めた。
祟りの神を抑える呪能、能力というのは天皇家の帝しかない。
これは関さんが別の本で、藤原氏もどこかで天皇家を舐めていた。
祈りで何かを動かすという力なんか信じていなかっただろうが、天皇に「ああしましょう」「こうしましょう」といろいろ注文をつけていくうちに、藤原氏の息子四人同時に全員死んでしまうという事件が起きる。
天然痘。
それから藤原氏がやろうとして誰かが邪魔をする。
そいつを左遷する。
菅原道真とかというヤツがいて、藤原氏の言うことを聞かない。
「あ、もういいよ。大宰府行っちゃえ」と言って大宰府にやらせてしまう。
そうしたら疫病が流行る。
それで天皇が「道真、もう怒らないで」と言うまで疫病が殺していく。
それぐらい恐ろしいし、これを祓う力を持っているのは天皇しかいない。

天皇家が神仏習合で仏教と神道を合体させ「日本教」とでもいうべき新しい宗教形態を作ったというのは武田先生の説だろう。
歴史の読み方についてだが、関さんの説が今までくすぶっていたものに再び「焼けぼっくいに」というヤツなのだが、火が点いてしまって、面白くて仕方がない。
朝鮮とヤマト、あるいは邪馬台国との関係というのを昔、すごく興味を持って。
自分がそういう古代史の最前線、筑紫の国に生まれたから。
だが、フッと嫌になったのは、こういうことがあった。
平壌のすぐそばか何かに見つかった遺跡らしいのだが、好太王碑(こうたいおうひ)文というのか、モニュメントが建っていて、そこの「好太王」という高句麗の王様が、どのぐらい立派な人だったかというのを書いてある。
その中に平壌、4世紀391年に倭が攻め込んで、倭と好太王は戦って追い返した、というのが石文に書いてある。
ヤマトが、倭が、それこそウェノムを押し返した。
この石文に関する解釈で、韓国の学者(李進熙)が「倭というのは391年に日本列島から兵隊を集め、船で平壌まで攻め込む兵力を持っていたのか?どう考えてもそんな力は日本にあるはずがない」と疑った。
それで「この碑文は日本人が勝手に捏造したんだ」と。
391年に日本にそんな力があるワケがない。
日本が平壌まで来る力があるハズがない。
これは日本の軍部が戦前、朝鮮に来た時にカンカンカンカーン!と刻んだ、という。
それが歴史的事実として、何十年か通っている。
学説として日本も採用していた。
それが最近になってやっと「それはおかしい」と言い始めた。
(実際にはかなり前から反論はあったようだ)
向こうの学者さんも「まあ無理かな」とかと言い始める。
つまりその手の「侮蔑語で日本を歴史的に見る」という足場があるから、この一つをとって考えてみても、この4世紀、391年。
九州とか例えば出雲から船を出して朝鮮半島、平壌まで行くのは無理かも知れないが、もしかしたら朝鮮半島の釜山のすぐ近くあたりに半島の中に日本という国を持っていたのではないか?
それは伽耶国とか倭館とか。
任那府とかと言われていた。
そこにある程度の軍隊がいた。
それが平壌まで行ったと思えば、そっちのほうが合理的。
それを向こうの方が「日本がこんなところにいるハズがない」という、そういう歴史の取り方ではダメなんじゃないかなぁと。

司馬遼太郎氏は古代史について4世紀、391年。
ヤマトが朝鮮半島の高句麗まで進出し、百済や新羅の国を次々と打ち破ったと記録されているが、それはおそらく事実であろう、と。
そして高句麗によって押し返された。
倭、ヤマトというのはそれぐらいの力を持っていたのではないだろうか?という。
その中に天皇家があったが、天皇家は力だけではない別種の力を持っていたのではないだろうか?ということをおっしゃっている。
それと関さんが縄文からの祈りの力を天皇家は巫祝王として持っていた。
パンデミック、巨大な疫病が流行した時、それを鎮める力を持っているのは日本には天皇しかいなかった。
そういわれるとすごく納得がいく。
京都の祇園祭も博多の博多祇園山笠も、そして小倉にある小倉祇園太鼓も、夏の疫病退治のためのお祭り。
そうやって考えると、その中心に疫病対策として天皇がいるということになると、関さんの説に武田先生が深く頷いたというのはご理解いただけようかなぁというふうに思う。

古代。
2、3世紀〜7世紀。
400年ぐらいを二週間で語っているので、ちょっととっ散らかったりして誠に申し訳ございません。
わかりにくかろうとも思う。
教科書通りのことではなく、こういうことを学校の歴史の時間に教えてくれればまた違うと思う水谷譲。
不思議なもので、教わった方は教科書通りじゃないところしか覚えていない。
この辺は全部寝ていた武田先生。
古田武彦という古代史の大先生がいて、その古田武彦という人は説として間違いであったということもこの人の中にあるのだが、この人の仮説というのが無茶苦茶面白い。
この関さんの今週オススメした『磐井の乱』というのも面白いのだが、一番最初に武田先生を虜にしたのは古田武彦という人で。

我々は国歌として『君が代』を歌う。
君が代というのも不思議な唄。

君が代は 千代に八千代に さざれ石の
巖となりて 苔のむすまで
(君が代)

これは古今和歌集の「詠み人知らずの句」なのだが、我が君、君が代は、あなたの時代がいつまでも続きますように。
小さなさざれの石、砕けた石が固まって、大岩になって、コケが生え揃うまで永久(とわ)に続きますように。
よく考えてみると一種のお誕生日の歌。
「ずっとずっと長生きしてね」「ハッピバースデー、トゥーユー」みたいな歌。
日本はハッピーバースデーを国歌にしている。
「石」とか「苔むす」とか、こういうものに美を感じるところから縄文の匂いがする。
関さんの考え方の中ですごく納得したのは縄文人がいた、いわゆる「倭」。
倭がいた。

 渡来人がやってきて水田を造り、稲作をはじめ、あっという間に東に向かって侵略していったというイメージが強かったが、まったく違う図式が見えてきたのだ。先住の縄文人が、稲作を選択し、北部九州で本格的な水田が誕生していったのだ。(65頁)

だから弥生時代、縄文時代とアッサリ線は引けない、という。
一番最初に話したように「ふんどし文化」という、天皇家でさえも学校行事として遠泳の時は赤いふんどしを。
これはどう考えても縄文、海人文化。
これがやっぱり日本の文化の特徴ではないだろうか?
「日本」ということを考える時に、このあたりから古代史が解けていくといいなぁというふうに思ったりした。
この本(『磐井の乱』)をお書きになった関さんは百済系は半島を脱出したのち、藤原鎌足と名を変え、新興国家の新たなる豪族として藤原姓を起こして、天皇家にまるで藤の花のように絡みついた。
この藤原氏が最も恐れたのがパンデミック、大陸から伝わってくる疫病による一族の大量死であった。
4〜8世紀、パンデミックは一種の呪いとされた。
だから都を替えたりしている。
仏教文化を取り入れたのも、おそらくこの巨大なパンデミック、人口の半分が死んでしまうような極端な大流行が日本であったのではないだろうか?
その藤原氏はやがて、平安の世を築く。
このことによって地方の豪族の生き残りを触発し、やがては取って替わって「武士」という武家政治が。
平氏もそうだが鎌倉からバァン!と出てくるという。
この武家が政治を行ったというところから日本は独特の道を、という。
そのあたりが半島の人々と当初島に住む我々日本人は大きく分かれていったのではないだろうか?
アジアは一つで隣の国、韓国、あるいは朝鮮。
だから「我々は」とすぐにまとめない。
私達と朝鮮文化、あるいは韓国、あるいは朝鮮の人たちは、かくも違う文化を持っているんだという。
そういう自覚の中からうまくゆく方法が見つかるのではないだろうか?
似たところを探すよりも、違うところを見つけ合うことによって私たちは、もっといい関係が逆に見つかるような気もする。
そういう意味を込めてあえてお送りした『磐井の乱』。


posted by ひと at 21:51| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする