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2021年02月11日

2020年7月27〜8月7日◆記憶する体(後編)

これの続きです。

オリンピックが終わって「始まるぞ!パラリンピックが」今年あるはずだったのだが、諸般の事情によりましてということで、世界史が大きく動いてしまった。
そのパラリンピック用に「障害を持った方」の世界というものを我々が勘違いしているのではないだろうか?
彼らの世界を正しくもう一回捉え直したいということで

記憶する体



彼女の文章の中ですごく惹かれたのは、障害を持った方、肢体の不自由さとか知的な障害とか情緒とか、いろんな障害が人間にはあるワケだが、実はそれはその人が自分を作っていくための一種、ルールを作るための固有性になりうるんじゃないか、という。
このローカル・ルールに従って個人は個人を作っていく。
この言葉遣いが気に入って、「病」というものを自分から切り離さずに「自分の中の一部分として」という伊藤さんのこの考え方が大好きな武田先生。

今年、典型的な年で、皆さんも生々しい記憶を持ってらっしゃると思うが、新型コロナウイルスというのが中国から発生して全世界にたちまち一帯一路を伝わって全世界へ、という。
歴史の一種曲がり角というか、世界史の年表の縦線一本みたいな感じになった。
武田先生もテレビを見て、埼玉の人が東京の人に向かって「来るな!」と、そんなことを言ったというのが凄い出来事だったんだなというふうに思う。
そして首都圏とローカル。
何か「鄙(ひな)」と「都(みやこ)」というのの差みたいなものを「明らかに日本を回してるんだな」という。
そんなことを含んで、私たちが前から持っていた考え方をコロナ以降、変えた方がいいのではないかという一環で『記憶する体』を取り上げてみたかった。

 鄭堅桓(チョン・ヒョナン)さんは−中略−在日朝鮮人三世として生まれました。−中略−二〇〇六年に慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)という難病を発症します。(206頁)

 CIDPは、神経をつつむミエリン鞘という組織がはがれていく病気です。日本での患者数が二〇〇〇人ほどの難病です−中略−
 CIDPにかかると、ミエリン鞘がはがれることによって神経がむき出しになってしまうため、全身の抹消に痺れが生じます。チョンさんの場合には、足に強い痺れがあり、いつもジンジンしている感じで、慢性的に傷むそうです。
(208頁)

CIDPは神経の病気ですので、体を思うように制御できない、といったことが起こります。(210頁)

右手で箸を持つことはできるのに、スプーンになると震えが大きくなって持つことができません。(211頁)

サンドイッチやハンバーガーを食べるとき。−中略−パンがふわふわしているんで、手が暴れ出して、飛んで行っちゃうんですよ」。−中略−両腕を上にバンザイすることはできるけど、そのまま下ろすことができない。でも右か左、どちらか一方ずつであればスムーズに下ろすことができる。(211頁)

(番組では両手だとバンザイができないと言っているが、上記のようにバンザイまではできるが下ろすことができない)

ティッシュを渡したり、お金を支払ったりするとき。ティッシュを取れたとしても、それを相手に渡そうとすると、手が頑なに離してくれないのだそうです。−中略−
 町で人とすれ違うのも大変です。避けようとすると、逆に引っ張られてしまう。
−中略−人がすーっと通って行っただけで、磁石のN極とS極みたいにひっぱられちゃう」(212頁)

普通に歩けない。

「夏場は焚き火を燃やしているところに足をずっと突っ込んでいる感じ」。−中略−
 これに対して冬は、刺すような痛みになると言います。爪と肉のあいだを「針でチクチクされている感じ」
(215頁)

チョンさんは自分の体から出られない苦しみにのたうち回る。

特に夜も眠れないのが辛く、「家族を起こして、『足を切ってくれ』と頼んでいた」。(216頁)

 家族がそのような「献身」でも「突っぱね」でもない関わりをしていたために−中略−
 チョンさんの爆発に対して家族が同じ力で返していたら、チョンさんは「自分の」痛みに囚われてしまっていたことでしょう。けれども家族がどこか他人事で「暖簾に腕押し」の反応であったために、チョンさんは自分と対話することになった。
(223頁)

その上にチョンさんには朝鮮人差別の苦しみもあった。
マイノリティでいじめられ、難病でいじめられということで、落ち込む。
ところが、ある日、希望の光が差し始める。
これはとある人物に会って、チョンさんの人生は一変する。
それが向谷地(生良)さん。
武田先生が「ベテルの家」で取り上げた社会福祉士の向谷地さん。
この人が北海道の浦河、襟裳岬の根っこのところの町で精神障害者の人たちだけが集まって共同体を形成しつつ自立しながら生きてらっしゃる「ベテルの家」という組織体がある。
その人たちの活動を知って、チョン・ヒョナンさんは救われる。
(本によると向谷地さんを知ったのは発病前)
向谷地さんというのはこういう物言いの人なのだが、いいことを言う。
チョンさんに会って何と言ったか。
名言。
「チョンさん。安心して絶望しましょう」
(という話はこの本にはない)
大変な難病で、しかも在日朝鮮人三世という苦しい立場にありながら、のたうち回る。
そんなチョンさんに向かって浦河ベテルの家の向谷地さんは「チョンさん。安心して絶望しましょう。あがくのはやめましょうよ。もっと堂々と絶望しましょう」。
こういう絶望の勧め。
こういうベテルの家というのは好き。

初めての方のために少し説明する。
これは精神障害の人たちが共同生活を過ごしてらっしゃるのだが、共同で生活しながら自分の病について書き留めるという作業をやってらっしゃる。
こんなことは世界で本当にここだけではないかと思う。
患者さんが自ら医師となって患者である自分と向き合う、という。
幻覚・幻聴が出る人は当たり前にこの共同体の中におられて、その中に「UFOが舞い下りて宇宙に誘われている」という方がいらっしゃる。
その人が夜中に突然その共同体の家から走り出て、襟裳岬の先に円盤を急降下させるので「そこまで走れ!」と言われて、危ないのでみんなで止めて。
でもその人は「どうしても円盤に乗るんだ」ということで精神障害を患った方ばかり5〜6人でこの方を説得するのだが、この説得の仕方がベテルの家らしく独特。
どんなふうに説得するか?
それは「UFOに乗った」なんていう方はこのベテルの家では何人もいらっしゃる。
その方のうちの一人が「UFOに乗るんだったらば、確認しなけれならないことがある」。
それは何かというと「免許証を持っているかどうか」。
その宇宙人の中には免許を持たないで人間をさらいに来る宇宙人がいる。
「非常に運転が危ないんだ」と。
その人曰く「自分はそれで一回、十和田湖に堕ちたことがある」みたいな。
「確認した?」「いや、免許証は確認してない」「いや、それは危ない。ちゃんとライセンス持ってるはずだから」
「何人乗り?」と訊く人もいるという。
「いや、何人か乗れる」「いや、ダメだ!安全ベルトとかあるのかって訊かないと、今危ないんだってUFOは!」
それで「行くのやめた」とか。
つまり、精神障害者の治療に精神障害者の人が当たる。
それは正常者が気づかない、全く別種の治療の仕方、治し方、説得の仕方をする。
向谷地さんはそこに賭けてらっしゃる。
都会でただひたすら階段を上る生活。
このベテルの家というのは一生懸命、都会で上る生活にくたびれた人。
その人たちが集まって作った標語が「降りていく生き方」。
降りるんだ、人生を。
これは武田先生も60歳代の前半だったが教えられた。
とにかく上ることばかり考えていた人生だったので「降りていく生き方」「上った以上は降りねばならぬ」と自分に言い聞かせる毎日。

このチョンさんのお感じになった意味はわかる。
「安心して絶望しましょうよ」
向谷地さんの勧め方が抜群。
(向谷地さんといろいろやり取りをしたように語られているが、本にはそのような記述はない)
「箸は持てるがスプーンは持つと震える。サンドイッチは投げてしまう。両手でバンザイできず、バンザイをすると片手ずつになってしまう。あるいは人を見ると何だか吸い寄せられるようにぶつかってしまう。ティッシュペーパーが奇術のように手から離れない。そんな奇妙な病気なんです。しかも全身が火で炙られるように、氷の針で刺されるように痛い」と自分の絶望をさんざ語るチョンさんに向かって、向谷地さんは多分おっしゃったのだろう。
「三重苦どころじゃない。四重、五重、六重。・・・これは珍しいですよ」
珍しいことは人間の性だが、聞きたがる。
向谷地さんは「だったらチョンさん。痛みってのがどんな痛みなのかってのをちゃんと記録してください。それで人に聴いてもらいましょう。お金は私が取りますから」。
そこまでおっしゃったかどうかわからないが。
チョンさんの話が余りにも変わった人間の苦悩の話なので、お客さんが集まってくる。
そうするとチョンさんも正確に痛みを伝えたいから家族に当たっているヒマがなくなる。
痛みが出たら「何時間続く」とかというのも克明に記録し始める。
痛みの種類、時間、日時、風、日差し。
それは記録しようと思ったら手間がかかる。
そうすると痛みが来ると前は絶望だったのだが、観察しているうちに「あっ!来た来た。ああ〜これだこれだ」と言いながら、ペンを持つものだから、何だか痛みに対しても安心して本当に絶望できるようになったという。
痛みの最中にじっと観察していくとだんだんその痛みが引いてきたというから、人間の病というのは信じられないくらい複雑なものがある。
自分が抱えたハンデに対するものの考え方、見方。

伊藤亜紗さん春秋社『記憶する体』。
これは本当にお値段以上だった。
勉強になった。
この方は前に『(今朝の)三枚おろし』で取り上げた『どもる体』。

どもる体 (シリーズ ケアをひらく)



吃音で悩む、そのことを苦にして自殺する方もいらっしゃる。
そこまで深い苦悩だとは思わなかったので本当に失礼した。
『どもる体』をお書きになった伊藤さんだが、最後の章で吃音に苦しむ女性も取り上げておられる。
ここでも興味深い当事者からの報告があるのだが

二〇一八年の夏に『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』−中略−という吃音をモチーフにした映画が公開されました。主人公は吃音のある女子高生大島志乃。(232頁)

自分も吃音なのでその映画を観に行こうという柳川太希さんという女性がいらっしゃるのだが、この映画がやっぱり行こうかどうか迷いつつ。
(番組では「やながわたき」さんという女性と紹介しているが、「やながわたいき」さんで、おそらく男性)

どもる体を見る不安とは、それにつられて自分も再びひどくどもり始めるかもしれない、という不安なのです。(243頁)

太希さんも必死になって吃音と向かい合い、闘う人だったが、この方は自分なりにローカル・ルールをお決めになった。

柳川さんは、一人称を、「私」に統一することにします。−中略−起点はあくまで「私」に置き、そこから使い分けるという意識でいるようにしたのです。(235頁)

どもる時にちょっとでも迷うと吃音が始まるので、語り出しの一人称をしっかり英語ふうに安定させる。
それで吃音、どもる語り出しを抑え込もうとした、という。
そのことで、かなり楽になったらしい。
(本によると一人称を統一した理由は迷うと吃音が始まるからではなく「自分のモード」のため)
それを青春の頃にずっとやっておいて、知恵として様々な人称を使ってみようと逆に考えて

大学二年生のときに、司馬遼太郎の『坂の上の雲』を読んだことがきっかけで、不安になる心の動きそのものを消すのではない方法を思いつきます。それが、「もう一方の極を作る」ということ。−中略−
 安定した鈍感な極を作れば、まさに振り子のように、いったんは不安定な極に振れたとしても、いずれそれ自体の力によって安定した鈍感な極に戻ってくるのを待つことができます。
(238頁)

坂の上の雲(一) (文春文庫)



司馬遼太郎作品を読んだら吃音がゆっくり和らいだとおっしゃる。
文学にはこういう力もある。
司馬さんの文体の中に柳川さんに作用している何かがある。
それは司馬さんの文体の中に「自在に動く私」がいる。
だからこの人の文体というのは惹き付ける。
この方は司馬さんの文体を読みながら声に出したりもなさったのだろう。
そうするとどんどん落ち着く。
この柳川さんの考え方をもう一回言っておく。
「私」という主語をいつも持っている。
その「私」という主語から大学生になったことを契機に司馬遼太郎を学びつつ、この方は女性だと思うのだが、ある時は「オレ」になったり、ある時は「アタイ」になったり「ボク」になったり、様々な「私」を語る「私」に司馬さんを通してなっていけたという。
(本によると文体によってではなく、作品の内容によって考えが変わったようだ)
文学にはそういう力がある。

そこで、ちょっと読んでみる。
この方が吃音が治ったという司馬さんのほんの一部分の文章だが。
司馬さんはこういう文章をお書きになる。
これは書棚にあった本。
『人間というもの』という名文集。

人間というもの PHP文庫



歴史とはなんでしょう、と聞かれるとき、
「それは、大きな世界です。かって存在した何億という人生がそこにつめこまれている世界なのです。」と、答えることにしている。
 私には、幸い、この世にたくさんのすばらしい友人がいる 。歴史のなかにもいる。そこには、この世では求めがたいほどにすばらしい人たちがいて、私の日常を、はげましたり、なぐさめたりしてくれているのである。


いい文章。
『竜馬がゆく』の中から

竜馬がゆく(一) (文春文庫)



竜馬は人生は一条の芝居だというがと、かつて言ったことがある。芝居と違う点が大きくある。芝居の役者の場合は舞台は他人が作ってくれる。生の人生は自分で自分の柄に合う舞台をコツコツ作ってその上で芝居をするのだ。他人が舞台を作ってくれやせん。どうやら竜馬がその上で芝居をすべき舞台がそろそろ出来上がりつつあるらしい。
こういう文章に遭遇するとゾクッとする。
こういう文体を読んでそれが何か治療に役立つ何かがある。
人格によどみがないというか、描く人物の主語がしっかりしているというのが、吃音の方にはすごく楽。
「文学作品」とか「読み物」というのが吃音の治療の役に立つという面白さをご紹介した。

体に様々な支障を抱えつつも、その人たちが自分で自分を作っていく過程。
その面白さ。
パラリンピックの時にこんな話をすれば・・・と今年(2020年)の年始めに用意したネタなのだが。
男性で片足が義足の陸上選手の方。
コマーシャルなんかにも出てらっしゃる。
それから、片腕の無い水泳選手とか。
ああいう人たちの思いなのだが。
我々の体験が及ばないような痛みなんかとも闘いながらオリンピック(「パラリンピック」と言いたかったと思われる)に向けて練習なさっているのだろう。
心から健闘を祈るばかり。

昨日はまた実に不思議なことに「吃音」言葉がどもって仕方がないという方が司馬遼太郎さんの著作に触れているうちに「自分」というものを取り返し、そして吃音がだんだん治って来たという。
その中の分析で司馬さんの文体の中にある「私」というものが幾人も出てくるのだが、その「私」を渡り歩くことによって吃音の人が悩んでいる「私」というのが鍛えられていくのではないか?という。
武田先生は『竜馬がゆく』というのがアホみたいだが18歳の時に読んで目まいがするぐらい好きになったが、この吃音の方は『坂の上の雲』だそうだ。

『坂の上の雲』との関連は、作品に登場する秋山兄弟の性格の違いに由来するのだそうです。(239頁)

そういう「私」を体験することによって「私」が強くなっているという。

 柳川さんがいけばなに出会ったのは大学生時代のこと。−中略−柳川さんをいけばなに引き込む一言を叔母さんが発します。曰く、いけばなをしていると、「花がしやべってくれる」のだと。(240頁)

こういう「幻の会話」みたいなものが、だんだん人を強くするのだろう。
物が語りかけてくる錯覚を持つというのは大事。
坂上忍さん。
シャープ。
今は現代トップを行くニュースが語れるバラエティータレント。
あの人がやってらっしゃる動物番組で、犬が特にお好きで抱きしめて「眠たいの。眠たいの?」という。
意外な一面。
「眠たいの?お〜!眠たい眠たい」という。
あの手の人を喋らせる動物というのが凄い。
坂上さんを見ながらつくづく思ったが、生き物は人間を喋らせる。
犬好きの方が散歩をしながら犬に、さも会話しているように話す方がいる。
「怖くない。武田さんはいい人よ。怖くないの。コラ!」
ああいう喋らせる力。
そういう力を動物が持っているとすれば動物というのは凄いもの。

『記憶する体』
「面白いな」と思うのは、私という人間がいる。
私という人間の中に体が記憶したことと、頭が記憶したことが別々に存在するんじゃないか?
体は記憶したことを忘れない。
そういう部分がある。
そういう意味では人間は体の中に、前にもオリンピックの時に話したが「様々な生き物を飼ってる」という。
魚の話をした。
「オリンピックの消えた夏」あたりの話かと思われる)
走る時には四足動物の話を、立ち上がる時にはサルの幻影を、そういうものがいくつも体の中に何匹も実は生きているのではなかろうか。
パラリンピックに出場する選手たちを眺める時に、その体から眺めること。
オリンピックの選手もそうだが、それがやっぱり彼らのスポーツを鑑賞する時のポジションではないかなと。
テレビというのは本人が合わないと成立しない。
バーッとブロマイドを並べたような画面でバラバラに動くのだが、見るのが疲れる。
それともう一つ。
BSでやっていた番組で、試合を丸ごともう一回再放送というのがあった。
思わず見るのがラグビー。
2019のJapanの活躍。
結果がわかっているのに見るという。
ラグビーは過去にならない。
衝撃がまんま伝わってくる。
あの時は「勝つか負けるか」のハラハラドキドキでしっかり見ていない。
現場をまた味わえる。
そういう意味でスポーツが見せてくれるライブというのは、時を超えて我々に伝わってくるという。
そんな目でオリンピック、あるいはパラリンピックが見られたらと思ってやっている今週。

伊藤亜紗さん。
春秋社から出ている『記憶する体』をまな板の上に置いたという次第。
なかなか面白かったというか感じさせられた。
これは面白かったので似たような本を読んでみたのだがダメだった。
その本も着目点がすごく面白くて、脳のある部分に障害のあるご婦人の記録。
レビー小体とかというのか。
脳のある一部分。
その人の病が凄い。
そこに障害を受けると幻覚、幻聴が凄い。
この方は自分の脳の病気をずっと観察していて、それが「幽霊を見た」という人の証言に近くなっていく。
だから「幽霊が見える」というのは脳に関する機能障害ではないか?という。
その文章は途中まで面白かったのだが、何せ脳しか出てこないので二週間持たないと思って手放してしまった。

伊藤亜紗さんの方はというと、様々な障害を持つ人が自分の障害と向かい合い、ローカル・ルールと名づけて自分の体を律していくという観点が面白かった。
人間の体が持っている性(さが)、あるいは柄、あるいは病、そういうものを切り捨てずに体に残されたもの、体が記憶しているものとして見つめて、その障害、病、柄、性、と力を合わせつつ「私のルール」を作っていく。
これが人生にとって大事なことではないだろうか?
武田鉄矢さんもきている。
これは年齢。
年は感じているし、年どころではなくて「死ぬ」ということでさえも、そんなに遠いことではない。
武田さんは視野に置かねばなりません。
「そんなことおっしゃらないで」と引き留めるように言われたが。
もうそれはここまできて何のグズグズ不満がありましょうぞ。
特に今年は突然亡くなられた同業の方もいらっしゃるので、年もそんなに遠いものではない。
だが、それを見つめつつ、自分のルールを作っていくという。
これにちょっと今、少し燃えている武田先生。
この本の中にこんなことが書いてあった。
これがハッとした。

 以前、吃音の当事者会数名でおしゃべりしていたときに、こんな「究極の問い」の話になりました。
「もし目の前に、これを飲んだら吃音が治るという薬があったら飲む?」
−中略−
 答えは、意外にも、そこにいた全員が「NO」でした。
(267頁)

彼らにとってはきっと「吃音者であること」がアイデンティティになっているのだ。(268頁)

共に人生の時間を過ごした「体の証拠」が吃音である。
これは視覚、聴覚、身体不自由、あるいは精神障害。
そういうものを体の中に持った人も同じことが言える。
それがなければこの世界はできなかった。
その世界を誰も否定できない。
「不自由に」「かわいそうに」
だからそんなことで犯罪が起こったりもした。
死刑判決が出たが。
だが、あの犯人が間違っているのは「そこも世界」。
アナタが知らないだけの。
その「世界」を「不自由だ」「かわいそうだ」「だから」なんてアナタが結論を出させる問題ではないんだ、と。
障害が自分を作っている。

では、体とは何か?
体とは「自然」。
周りの緑に「わぁ!綺麗」と言っている場合ではない。
アナタの体そのものが大自然。
その自然に意思を加えて、体に様々なものを刻み込んだ、蓄えた。
それがアナタが生きて来た「人生」。
薬や技術で障害を軽くする選択肢はもちろんあっていい。
しかし、一番大事なことは体が持っている宿命からは逃げてはならない。
それがオリンピックであれパラリンピックであれ。
体で宿命に挑んだからこそ美しいのであって、私たちは「体」という自然に感動したいのだ。
それ故にオリンピックがあり、パラリンピックがあるのだ。
いいことを言う。
私たちは体という自然に感動したいのだ。
私たちは「体」が見たい。
あの八村(塁)のダンクシュート、100mの10秒以内のあの記録の走り。
そしてリーチマイケルの魂が燃えるような倒れない、引き下がらない、あの意欲。
これからの遠い目標なのだが、体に感動するという一部分で私たちの老いてゆくことも含めての「体」というのが武田先生の70歳を過ぎてからの一つのテーマになっている。
水谷譲には言ったが、コロナ休暇、コロナの蟄居閉門の時にずっとけん玉をやっていた。
けん玉は考えたら不思議。
「何が不思議か」というのを今、テーマにしてまたネタを作っているので、老いていく体も込みでの体という大自然の不思議さ。
この後もテーマにしていきたいというふうに思っている。

posted by ひと at 20:17| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年7月27〜8月7日◆記憶する体(前編)

もし今年が順調な時が流れていたら、一か月先になるがパラリンピックが始まったハズ。
これはオリンピックに続いて「パラリンピックを語ってみようかなぁ」と思って用意したネタ。
長期計画に則って集めたネタ。
事件もあったので。
「事件」というのは神奈川県の方でハンデキャップを持った方々のための施設に、ゾッとするような殺傷事件が起こって、もう判決が出たが。
【相模原殺傷事件初公判】大半が匿名審理に傍聴席に遮蔽板の異例の措置 8日初公判(1/2ページ) - 産経ニュース
私たちは身障者の方々の施設の事件等々に触れると、障害者の人たちの存在というものに関して、何となくイメージが。
パラリンピックに関してもそう。
障害を抱える人たちが「身体操作」体を使うことに関して、「不自由なのによく頑張っておられる」という思いがあるのだが、そういう思いが本当は正しいのかどうか?という。
ちょっといけすかない言い方になるが、流行り言葉にもなるが「五体満足の我ら」と「不満足な彼ら」の間には差があって、「彼らはそういう不満足みたいなものをこらえながら生きているんだ」というふうに思ってしまう。
だが、これはちょっと考え違い。

記憶する体




 インタビューしたとき、西島怜那さんは三〇代に入ったばかりでした。−中略−
 彼女の目が急激に見えにくくなったのは、
−中略−高校一年生の夏休みのこと。−中略−吉野家の看板を見ても、オレンジしか見えなかったと彼女はいいます。そこからさらに視力が低下していき、一九歳で完全に失明しました。(26頁)

この人は大事なことはメモをする。
この方は「目が見えた」という「視力があった」という時間が高1まであるので、「視力があったという体験」が脳の中にある。
だから「これ、忘れちゃいけない」と思ったことは見えないのだが、メモに文字を書く。
そうすると「メモに書いた」ということで、メモと同じ役割を頭がする。
つまり、この世界。
パラリンピックの代表選手の中で片足のない短距離競争の選手の方が出ていらっしゃる。
「あの方は不自由な片足で片一方の足が義足で懸命にバランスを取って」と我々はイメージしがち。
ところが、彼から言わせるとバランスは取れている。
そういう目で考えたことがない。
西島怜那さんがすごく面白いなと思っているのは、この人は目が見えないということで障害者らしく白い杖を突いてらっしゃる。
そうすると視力のある方、健常者の人がいて、その人が「手を貸しましょうか」と手を貸される。
その時に実は駅のプラットホームとか階段で間違いなく自分で歩けるのだが、障害者らしく振舞う。

 確かに見える人は親切だし、介助を受けているのは楽です。けれどもひとつひとつの介助は、必ずしも怜那さんのニーズにあっているわけではありません。(45頁)

「『障害者は障害者らしく』みたいなものがあって、『いや、大丈夫です』と言うことが失礼にあたるんじゃないかということをどこか頭で考えていた。(45頁)

つまり関係の中で、目が見えない方なのだが、目が見えない人を演じなければ、うまく世の中と折り合っていけないという状況もあるということで、そういう人との付き合いをこの怜那さんは「やっぱりつまらない」と言っている。
(という内容のことは書かれていないし、この後の話も本にはない)
彼女が付き合いやすい人はどういう人かというと、話したり一緒に行動しているうちに、西島さんの「目が見えない」ということを忘れてくれる人の方が付き合いやすい。
「ちょっとおかしい!これ読んで!」とかと手紙を出されたり本を出されたり漫画の本を差し出されると、その人とはうまくいく。
我々は障害者を「欠損」と考えてしまうが、それが欠損ではなくて、「目に見えない人のものの見方」というのがあるという、それを今週扱ってみようかなと思う。

「来年になった」ということだが、パラリンピックが本当なら8月の下旬から、という。
そのパラリンピックに関して我々は「頑張ってるんだ、不自由な体で」とかと思いがちだが、何か我々の思いと彼らパラリンピックのアスリートたちの思いというのが少しズレているのではないか?という。
そのズレというのをどこかで引き寄せられないかなぁと。

(著者が)武田先生好みの言葉遣いの方。
この方は障害の方から健常というか健康というを見つめてらっしゃる。
この伊藤亜紗さんの表現の仕方だが「世の中は二つのルールでできているのではないだろうか?」と。
一つはパブリック・ルール。
「倫理」というヤツ。
「不倫はいけない」とか。
「不倫」は悪いことではない。
ただ「パブリック・ルールに違反している」という意味。
我々は二つのルールの世界を生きていかなければならない。
パブリック・ルールとローカル・ルール。
ローカル・ルールというと、例えば「吉本興業」。
あれはローカル・ルールの会社。
例えば「松ちゃんが笑えばOK」。
あれは吉本興業というローカル・ルール。
ジャニーズ事務所。
あれもジャニーズルール。
「あそこだけのルール」というのがあるような気がする。
パブリック・ルールとローカル・ルール。
その二つのルールを守りながら生きているのと同じように、パラリンピックに出るアスリートたちも実は自分の体のローカル・ルールに従っているのだ、という。

この「ローカル・ルール」という表現が好きな武田先生。
何でかというとローカルから出てきた人間。
武田鉄矢というのは博多・福岡というところを引くとあまり残りがない。
武田先生を成立させているのは、福岡・博多というローカル。
それを東京で振り回しているというローカルタレント。
あまりいい例えではないかも知れないが皆さん頷かれると思う。
井上陽水から福岡を引いても井上陽水は残る。
チューリップから福岡・博多を抜いてもチューリップは残る。

TULIP BEST 心の旅



海援隊の武田鉄矢から福岡・博多を抜くと半分以上が消えていく。
ヒット曲が全然違う。
武田鉄矢が歌ったのは「博多のローカル・ルール」を歌っている。
それが「おっかさんに捧げるバラード」とか、飲み屋でヤケになって叫ぶ「アンタが大将」とか。

母に捧げるバラード



あんたが大将



つまりローカル・ルールのタレント。

体のローカル・ルールが、まさにその人の体のローカリティ=固有性を作り出します。(6頁)

その人のアイデンティティ。
それがローカル・ルール。
だから、考えてみるとみんな「体の都合」で半分生きている。
体というのはやっぱりローカルのもの。
自分の中にあるローカルというのを否定できない。
「障害を持った人」というのは自分の体のローカル・ルール。
その中で精一杯生きてらっしゃるという、武田先生と同じようなもの。
自分のルールにどう従うか。
この伊藤亜紗さんの『記憶する体』はローカル・ルールの面白さというか興味深さ。
全盲の西島怜那さんがおっしゃっていることなのだが、目が見えない人は「見えるということを引かれた人」ではない。
「見えない」というそのローカル・ルールで生きている人だ、と。
これは面白い。
目の見えない人はどこで見るか?
目の見える人は正面を見て目標物を見る。
目の見えない人は横を見る。
道を歩く時、横丁の路地裏から吹いてきた風で正面がわかる。
興味が尽きない『記憶する体』。

私たちはどうも、体の不自由な人を見るとその人については「引き算」、「視力が無いんだ」「聴力が無いんだ」「片足が無いんだ」「片手が無いんだ」「思考する、認識する力が無いんだ」とかそういうふうに「引き算」で障害というものを考えてしまうが、そうではないのではないか?

 大前光市さんは、二三歳のときに、酔っ払いの車に轢かれるという痛ましい事故によって、左足膝下を失いました。(72頁)

(番組では「劇団四季にいた」と言っているが、本には「劇団四季が好きで」と書かれているのでそれを曲解したものと思われる)
そこから15年。
左足に義足で踊ることを修練し直して、今はプロのダンサー。

自身がダンサーであるだけでなく、他人にダンスを教える先生でもあります。(74頁)

左足を無くした大前さんなのだが、自分の体についてどういうことを思ってらっしゃるかというと

 この変化を一言でいうなら、「オートマ制御からマニュアル制御への移行」ということになるでしょう。(75頁)

腕の三倍の力が足にはある。(79頁)

その半分を無くすと、上半身で補おうとして、すさまじく腕と胸が鍛えられる。
そのことによって全体のバランスが悪くなる。
そこで義足に慣れる訓練をして、左足の不幸というのを補おうとした。
ところが、この方が一番苦しむのは無くしたはずの左足膝下が痛む。
(以下「幻肢痛」について語られているが、幻肢痛に苦しめられたのは本の中では大前さんではなく別の人)
半分はイメージらしいが、膝から下が無いのだが、そこの先にイメージで(足が)付いている。
それが痛む。
困ったことに幻の足の指、一本一本をバラバラに動かすことができる。
動かせるのだが、動かしているものがないから脳が痛みを感じてしまう。
脳には記憶がそのまま残っていて、脳の記憶が消えないから痛む。
その幻の指の痛みに耐えながら、それでもこの方はめげない。
その幻を動かし続ける。

「幻の指を動かす」経験を積み重ねた結果、物理的にも、大前さんの体が鍛えられているということです。幻の指であっても、力を入れればつられて近くの筋肉が動きます。−中略−大前さんの断端は、一般の切断者に比べて硬く、筋肉に覆われています。(87頁)

そこに義足を付けると、はっきり「道具を付けた」という感じがするそうだ。

 大前さんの利き足は切断面は右足でした。けれども今では、マニュアルで制御する訓練を重ねた結果、左足のほうが器用になり、利き足という位置づけになっている。−中略−「お茶碗とお箸が入れ替わりました」と大前さんは言います。(90頁)

(番組では茶碗と箸の話は「義足を付けた時と付けていない時」というような説明になっているが、本によると利き足が入れ替わったことを差しているようだ)
我々は「道具を使いこなす」と思っている。
そうではない。

障害を持っている方と関わっていると、「この人の体は本当に一つなんだろうか?」と思うことがあります。物理的には一つの体なのに、実際には二つの体を使いこなしているように見えるのです。(11頁)

無くなった左足の幻肢の痛みに耐えて懸命に踊っている。
そうすると、ゆっくり痛みが引いてくるということがある、と。
(本によると痛かったのは幻肢痛ではなく、硬い義足に断端が当たるから)
だが、義足を付けた自分と付けない自分の二人の自分を生きているという表現が面白い。
この方がおっしゃっているのは「左足を無くさなければ二人の自分にはなれなかった」という。
(大前さんは言っていないが)
「二人の自分というのは得なことなのか?」と思う水谷譲。
「得なことなのではないか」と思う武田先生。
全く違う体の自分を二人持っているということ。
そういう方を見ると「不自由な体なのに」と我々はその人の体から無くなった足を引いてしまうのだが、ご本人は違う。
我々はオートマで今、動いているが、彼らはマニュアル。
だからスイッチさえ入れ替えればオートマの時よりももっと細かく自分の体がいじれるということ。
だからこそこの方はダンスの先生をやってらっしゃる。
おそらく踊れない人の気持ちがすごくよくわかるダンスの先生なのではないか?
自分の体をオートマ化しているダンスの先生は付き合うのも嫌。
芸能界なので2〜3度(そういう先生と)付き合ったことがある。
「左足から!左足から!出す!ワン・ツー!」「逆!逆逆!」
そういう意味で障害がもう一人の自分を与えてくれたという。

体が覚えているということの不思議。
そしてその体は「ローカル・ルール」「個人的なルール」の中で生きてゆく、という。
私たちはハンデを持つ体の方、あるいは知的障害を持つ方を見ると、その人がその足に障害があれば「歩けない人なんだ」、「聞こえない人なんだ」「見えない人なんだ」。
知的障害がある方を見ると「認知機能が無い方なんだ」とか「欠落してるんだ」とか。
引いて考えてしまう。
ところがちょっと違う。
聴覚を失った方、視力を失った方などに顕著になのだが、聴覚を失った、視覚を失ったことで気づくポイントが健常者の人と変わる。

 中瀬恵里さんは、全盲の読書家です。−中略−それゆえ、目が見える人の文章を読んだときに、小さな違和感を感じることがあると言います。(118頁)

触覚に関する記述のない作家の文章がまことにつまらなく感じられる。
「主人公の〇〇はある日、その椅子にドッカと座った」
その時に「尻に伝わる表現」がない人というのは読みながら「下手〜!この人」と思う。
(とは書いていない)
作家というものにとって情景描写というのがとても大事な才能だとすると、うまい作家さんは書いている、という。
だから目が見えない、あるいは音が聞こえない。そういうのを全部文字で体験することができる。
作家さんの選び方がシビア。

無響室に入ったときに、彼自身の神経が働く音と心臓の音が聞こえたことがきっかけだったと言われています。(138頁)

あれと同じことなんだ。
ありありと自分を感じることができるんだ。

 倉澤奈津子さんは、二〇一一年に骨肉腫で肩を含む右腕をすべて切除しました。−中略−
 病気になって腕を切除、余命五年と宣告されます。
(140頁)

「切断しなかったら余命二年」と宣告されたときには(149頁)

ところが、この方は七年を過ぎてもまだ存命ということで、この続く命を受けて、義手で生活しようということで、肩と右腕を義手で、という。
倉澤さんももちろん幻肢が現われるのだが、変わった幻肢。

幻肢が自由に動く人だと「うつぶせに寝ると幻肢が床をつきぬけて床下を触っている」。(144頁)

(番組では上記の事例を倉澤さんのことであるように言っているが、別の人の事例)
この幻肢というのは凄いもの。

幻肢痛は、−中略−低気圧になると痛いのは、−中略−倉澤さんに協力していただいて、その変化の様子をレコードしたことがあります。(144〜145頁)

「親指の付け根が爆発している感じですね。(145頁)

 幻肢の質感もいろいろに変化します。「腕の中でぐじゅぐじゅになっちゃっている感じ」のときもあれば、−中略−「腫れようとしている感じ」(146頁)

「何かに刺された感じ」とか事細かに気温とかそういうものと一緒に記録してらっしゃる。
幻肢というのも痛みが一様ではない。
何で無くした右手が吊ったような感じなのかというと

手術前の一ヶ月の記憶が濃厚に影響しているのではないか。
 というのも、倉澤さんは、病院に入院しているあいだ、肉腫のできた右腕を三角巾で吊って、ずっと固定していたからです。
(148頁)

この方が義手、肩から全部再建しようと決意するのだが

左側の肩を立体的にスキャンしてそのデータを反転させ、3Dプリンターで出力するのです。(152頁)

この3Dプリンターで設計した左腕の反転の右腕を装着装置を付けて結び、試行錯誤を繰り返してらっしゃる。
彼女には同居する仲間がいて、様々な不都合に応じながら肩と腕を作り直すというローカル・ルールを懸命に自分で作ってらっしゃる。
(同居は義手の開発のために期間限定でシェアハウスを借りていた)
そうすると、健常者が気づかないような工夫を次々と発見する。
そして、障害を持った方がこういう記録を取ったり、個人のローカル・ルールの闘いを克明に記録してくれると、補助器具テクノロジーが急速に発展する。
パラリンピックもそう。
道具がよくなったら何と凄いことに、健常者の記録を抜くぐらいのところまできてしまった。
だからやっぱりそういう補助器具テクノロジーの発達というのは国際的な目標。

 以前、アメリカのカリフォルニア州バークレーで開催された「Crip Tech」という国際会議に参加したことがあります。(158頁)

(番組ではアメリカに行ったのは倉澤さんであると紹介されているが、本によると行ったのは著者)
これは障害を持つ人が便利な生活を取り返すというようなことを研究をしているチーム。
カリフォルニア州バークレーに倉澤さんが赴いて、その会場に行ったら目の見えない方とか耳の聞こえない方とか両足が不自由な方とか知的障害を持つ方がいらっしゃる。
その会場に選ばれた建物が歩きやすい。
倉澤さんはこの建物はなんで私たちみたいなハンデを背負った者に使いやすくできてるんだろう」と関係者の人に訊くと

このビルの設計自体が視覚に障害のある建築家によってなされているのですが(159頁)

目の見えない方のある特徴が建物全体に出ている。
(視覚障碍者が設計したのは会場ではなくサンフランシスコの視覚障害者向けのライトハウスという施設)
アメリカはすごい。
目の不自由な方に設計を依頼するという発想そのものが。
絶対そう。
やっぱりパラリンピックもそういう人たちが会場を設計すると全然違うものになる。
意見を訊くぐらいはあっても、設計自体をを任せるというのは・・・
凄いと思うのは「設計図を書いた」というのが、できる。
そういうのに接した倉澤さんはますます自分の障害に付き合おうと、そう固く決心なさり、自分の体のシルエットにも自信ができてきた。
そして不思議なことにそうすると自然と幻の痛みが消えていく。
「私には肩も腕もあるんだ」と感じると痛みが消える。
それでまたすごいのが、それができるようになったということ。
こういう人たちの証言からいろんな技術、補助器具テクノロジー、そういうものが発達していく。
最先端で医療で扱っているのだが、VR(バーチャルリアリティ)。
幻肢にはこのバーチャルリアリティというのは抜群の効果を発揮するらしい。

幻肢痛は「動くだろう」という脳の予測に対して、「実際に動きました」という結果報告が返って来ないことが原因で生じると考えられています。(183頁)

たとえば右腕が無いとする。
VRで「右腕がある」という幻で右手で物を掴む。
そうすると痛みがサッと消える。
「右手はないが、あると思って掴みました。あっ!ちゃんと掴んだ手ごたえもあります」と思った瞬間に脳は「だろう?」と言いながら痛みを消してしまうという。

この本の中にはなかったのだが、二足歩行ロボットがいる。
あの二足歩行のロボットは歩行とかジャンプとかが今はできている。
だが、片足を義足にしてジャンプするということはできない。
つまり、パラリンピックに出場するような人はロボットでは再現できない。
ここに命というものの凄味がある。
何でかというとここがアフォーダンス。
人間の感性、感覚というものが実はもの凄く複雑。
いとも簡単に考えていることはアフォーダンス的にいうとロボットも再現できない難度。
その一つが赤ちゃんがハイハイをしているうちにつかまり立ちをして立つということ。
あれはアフォーダンスの結晶。
あれは本当に難しい。
アフォーダンスは「提供されるもの」。
赤ちゃんがつかまり立ちをする。
「ああ〜立った立った」と言うが、それまでの赤ちゃんの苦労はすごい。
それを全部忘れてしまうところにまた面白さがあるのだが。
「立つ」「歩く」そういうことがいかに生物として難度が高いか。
来週も頑張って、この不思議な不思議な体にまつわるお話を続けていこうと思う。

posted by ひと at 19:52| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする