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2010年11月05日

オニババ化する女たち

オニババ化する女たち

オニババ化する女たち

価格:756円(税込、送料別)



私は母との関係をあきらめているのだが、私と母との構図に似た問題が起こっているらしい人が知人の身内にいるので、その解決のヒントになるようなものを探していた。
で、この本が参考になりそうだから図書館で借りて読んでみた。

期待した内容ではなかったのだが、とても重要で、しかも他では紹介されていないような内容だったので、これは多くの人に読んでもらいたい本だと思った。
特に女の人。
それも若い人。
十代の女の人に読んで欲しい。
女の人と関わりあう立場の男の人にも読んで参考になる部分が多いかと思うが、魔法使いまっしぐらの男の人には用の無い本かな。

今の時代は「カラダ」ってものと「心」ってものを別々に管理しようとしているように思うのだ。
でも本来「カラダ」ってものは「心」を使ってうまくコントロールできる種類のもので、そのテクニックというか、要領っていうか、そういうものを女の人が自分の体に対して行えるという。
たった数十年で日本人の女の人を取り巻く状況が変わってしまって「自分の体の扱い方」の伝承が途切れてしまったらしい。

この本を読んで再確認したこと。
私の母は誰からも愛されていないって感じている(実際にどうかっていうこととは別の問題として)ってこと。
生まれてきただけで、無条件に父親に愛情を注いでもらった私のことが、ねたましかったんだね。

この本に「子どもは親を許すために生まれてくる」って書いてあるけど、私には無理。
確かに「受け止められてこなかった世代」である母を誰かが受け止めてあげなきゃいけないのかも知れない。
でも私はそこまで強くないし、相手が母でなかったとしても、誰かを受け止めるなんてことができるような能力は無い。

本の内容とは関係無いのだが、私は本を読む前後に母のことを考えている。
まったく愛おしいとか恋しいとかそんな感情は無いし、考えたところで解決の糸口が見つかるとも思っていないのだが、とにかく考えてみている。
で、わかったこと。っていうか思ったこと。
母は私が思っていた以上に無能というか企業などでやっていけないような人だったんじゃないかってこと。
あんまり深く考えたことがなかったけど、私にかかってきた電話を(当時は携帯電話なんかなかったから)まともに取り次ぐことができなかったんだよね。
で、電話の相手と全く違う名前を言って、私が「違ったよ!」と言っても「声が似てたから」なんてことを平然と言うようなクソババアだった。
論理的にものを考える能力も無いようだし、常識にも欠ける人だなと思うのだ。
でも本人は「当時は結婚しないで生きていくことが出来ない時代だったから結婚した。でも、外で働いて生きていけるならそっちの方がいい」って言っていた。
多分、実際にはそんなことができる能力は無かっただろうね。
でも、やってみたことがないからわかってない。
母は子どもの頃から勉強もできるし運動もできるし・・・。
それに引き換え、私は父に似て頭も悪いし運動神経も切れてたから、私のことがもどかしいっていうか、いらいらするっていうか、そういう感情を持たれているなっていうのは、子どもの頃から感じていた。
でも、私も好きでトロいワケでは無いのだ。
そうやって年中「オマエになんかできるか」って言われ続けてきた。

本の内容と関わる部分だが、私が思っていた以上に私に対してねたみを大量に持っていたなとも思う。
ねたまれていたというのは、子どもの頃には気づかなかったが、大人になってからは理解してきたつもりだったのだが、「ねたみ」とは結びつけずに「昔の人だから」「田舎の人だから」というような解釈をしていたことも多かったのだ。
本当のことなんて一生わからないだろうけど、本を読んだりしつつ、深く考えてみると「ねたみ」が根本にあって言ったことだったのかなぁ。ってことがいくつか。

私の髪が伸びるのをものすごく嫌がった。
せいぜい肩ぐらいまでしか伸びていない髪でも、異常なぐらいしつこく「切れ」といい続けた。
おかげで私はいまだに自分で自分の髪の長さがどのぐらいなのが好きなのかが全くわからないのだが。ってことは置いといて。
母は生まれつき極度のクセ毛で、量も少なかった。
当然かなりのコンプレックスだったワケです。
私も生まれてすぐは全然髪の毛が生えてこなくてツルツルだったらしいけど、何とかいう薬をかけたら生えてきたらしい。
まっすぐフサフサ生えましたねぇ。
今はさらに増えたけど、実家にいた当時は普通の人よりはボリュームが乏しい程度に生えていた。
私としてはそれでも十分コンプレックスだったけど、母のコンプレックスの威力はそんなもんじゃなかったんでしょう。

ヒザがちょっとでも見えるような丈のスカートは「みっともない」って言われた。
友達はミニスカートをはいていたりするのに、私はミニスカートどころか、ヒザが隠れるような丈のスカートしか許されない。
「年寄りだから」ぐらいにしか思ってなかったけど、世間的には十分太っている私よりも、さらに若い頃から太っていた母にとっては、とってもとってもねたましかったんだろうかねぇ。
おかげさまで、三十歳過ぎてから、ものすごく短い丈のスカートをはいて外を練り歩くようになりましたよ。
あまりにも縛り付けられていたので、自分が本当にしたい格好とか、全くわからないんだよね。
自分が短いスカートが好きなのか好きじゃないのかわからんのだけど、禁止されていた反動ではくだけ。

母は私の顔を見るたびに「もっと太れ」(私は世間的に見て、決して痩せているワケではありません)って言うけど、それも今までは「家族全員デブだから、私が変に痩せているように思っているんだろうな」程度にしか思っていなかったけど、一度も細かった時期のない母にとっては、ムカついて仕方が無いのかも知れない。
実家にいたときは、かなり太っていた時期もあったけど、食べすぎを注意されたことって一度もないんだよね。
でも、食べないとすごくうるさいから、朝起きてすぐなんて、食事が喉を通らないのに(今はそうじゃないけど、そういう時期もあったのですよ)うるさく言われるのがイヤで牛乳か何かで吐きそうになりながら、流し込んでいたこともあったな。
posted by ひと at 20:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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