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2016年01月03日

年が明けたら「めでたい」のか?

年が明けてからまだ誰とも会っていない。
近所のコンビニの店員とすらだ。
ってのはどうでもいいとして。

もともと日本では一月一日に全員が一斉に「一歳年を取る」ということだったので、普通に「誕生日おめでとう」と同じ感じで「おめでとう」だったのかな?とは思うのだ。
でも今は満年齢ではなく数え年で年齢を数えるということになっているので、正月だからと言って年齢には変化がない(一月一日生まれの人を除く)。
で、誰とも会わなくてもtwitterなどの各種SNS上でやり取りのある方々や、メールをくださった方がおられ、一応「私はひねくれているので『おめでとう』とは言いません」みたいな前置きをしつつ返したりしたんだけど、その後よく考えて見たら、私は「ひねくれている」ので「おめでとう」と言わないんじゃなく、むしろ逆かな?って思い始めた。

私にとって一月一日というものは「便宜上のカレンダーの切れ目」でしかない。
それ以上でもそれ以下でもない。
障害特性上、変化に弱いというか、いつもと違うことがあると混乱したりやりづらかったりしちゃうってのがあるのだが、実際に年末には蕎麦もなく、紅白も見ず、いつも通りの時間に寝てしまい、元日にもおせちは当然のことながら無く、雑煮もまだ喰ってないな・・・って状況。
明らかに楽だ。
「いつもと同じなのが楽」っていう感覚は定型発達者には理解ができるかどうかわからんが、まあ、決まりきった手順で決まりきったことをやるのが楽です。

ってことで、単なるカレンダーの切れ目が私から見て「めでたい」か?っていうと、めでたい要素が皆無。
今でも「早く死んでおくんだった」と思い続けているぐらいなので「健康診断の結果も気色悪いぐらいよく、無事に年を越せたことに感謝」みたいな気は全く無く。
今すぐにでも人類が滅びればいいのに。ぐらいの気で。

もう一つ「おめでとう」と言えない要因がある。
嘘をつきたくないのだ。
私が正直者だとかってことではない。
むしろ年中嘘ばっかりついている。
でも嘘はつきたくない。
嘘をつかないと、途端に周囲を不快にさせてしまうのがわかっているので、イヤイヤながら嘘をつきまくっている。
私にとって
人と会う=嘘をつく
ぐらいのことだからな。
定型発達者にとっては「わからない」と思っても「わかるぅ〜♪」なんて言うのは嘘には含めないんだろう。
あれは「単なる相槌」なんだろう。
でも私にとってはそれは「嘘をついている」というカテゴリーに分類される。
だから、そのレベルの「私にとっては嘘」ってのは常に大量にある。
「私って顔が大きいから」って言われて、正直に「そうだね、大きいよね」って言っちゃあいけないっていうのは理解している。
この場合の正解は「そう?そんなことないよ」ぐらいだろう。
実際、私もそう言うだろう。
腹の中では「顔デカいよね」って思いながらも。
そうやって人と会っている間中嘘をつき続ける。
でも、本心では「嘘をつきたくない」と思っているので、こういう「めでたいと思っていないのにめでたいと言うこと」に、無意識のうちにガードがかかるのかな?と。

posted by ひと at 13:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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