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2016年06月09日

映画『FAKE』を観に行ってきた

貧しいので滅多に映画館に映画を観に行くことなんかないのだが、久しぶりに映画を観に行った。

映画『FAKE』公式サイト|監督:森達也/出演:佐村河内守

DSCN0925.JPG

写真は劇場に置いてあったチラシ。

数カ所でしか上映されていないのだが、一番近場と思われるシネマ・ジャック&ベティへ。
横浜の映画館・ミニシアター「シネマ・ジャック&ベティ」 - 名画座ジャックとミニシアター系新作ベティ -
帰りは別ルートだったが行きは黄金町駅から行った。
ちゃんと地図は駅に置いてあったんで、それを見ながら行った。
思ったより若干遠い感じはしたけど、迷わずに到着。
早めに行ったのだが、チケットの番号は30。
上映10分前に番号順に入場。
席は100席以上あるので、全員余裕で座れた。
東京の方の映画館は満員になっちゃったりしているらしいけど。
売店でパンなんかも売っているとのことだったので、買って見ながら食べようって思ったのも早めに行った理由の一つだったのだが、売っているパンの種類が少なく、私の嫌いな惣菜パン系のものしか置いていなかったので、ここで買うのは断念。
まだ時間はあったので劇場の周囲に店はないだろうかとウロウロした結果、ファミリーマートがあったんで、そこでパンを購入。

DSCN0927.JPG

パンフレットも買ってみた。
内容がより深く理解できるかなと思って。
結論から言うと、別段理解は深まらず。
大量に「観た人の感想」が書いてあるだけな感じがした。
600円(税込)。

どうせ観るなら字幕入りの回に観たかったのだが、別の用事で行くことができなくて、字幕が入っていないヤツ。
私は音だけで全部聞き取るってのが難しいので、必死に聞き取ろうとしていて途中で気分が悪くなってしまった。

以下はネタバレを含みますので、そういうのを見たくない方はこれ以上、下をご覧にならないようにお願いします。

事前に観客が笑うシーンがあるっていう話を聞いていたのだが、正直、自分が他の人が笑うシーンで笑うかどうか自信がなかった。
話の筋みたいなものも理解しきれるかどうかがわからないなと思っていたし、実際わかっていない部分もあるかも知れないと思う。
笑うシーンは一か所を除いて私も笑えた。
一か所はなぜみんなが笑ったのか分からなかった。
わからなかったのは猫が大写しになるシーン。
そこで笑い声が上がった。
なぜ?
猫が写ると面白い???

「残酷なるかな、森達也」- 神山典士(ノンフィクション作家) (1/2)
神山典士氏は、この映画の中では「ヒール」的な存在。
私は映画を観ていて佐村河内氏は「ピエロ」のように扱われているのかな?と感じたが、この方は「パンダ」と仰せだ。
パンダの方がしっくりくるかな。
森氏は決してそういう笑いものにすることを目的とした撮り方をしたワケではないのだろうけど、ただただ真実を流していたら、結果的にそういう感じに仕上がっちゃったのかな?と。
佐村河内氏が自分の頬を手でたたいて曲を演奏するシーンが延々と流れる。
何度も自分の診断書結果を提示して熱弁をふるう。

それらは真実なんだけど、滑稽な姿に写る。

私が思っていた以上に佐村河内氏はいろいろと感じている。
「あの一件」の時、佐村河内氏と同様の聴覚障害を持っている人たちが周囲の人たちから冷遇されるようになったという声が上がった。
それまで手話を覚えようとしてくれたり、何かと協力的な態度だった人たちが突然手のひらを返して「オマエも嘘を言っているんだろう」みたいな。
そういうことがあったっていうのも佐村河内氏はご存じだった。
てっきり全く知らないかと思っていたんだけど。
で、よく考えたら、そういう「周囲の態度が急変した」っていうのも、実際そういう目に遭った人がいるのは事実だろうけど、一体どの程度の人たちがそういう思いをしたかっていうのを実は私たちは知らないんだなっていう。
聴覚障害者の0.1%かも知れないし50%かも知れない。
「そういう人がいる」っていうことしか知る機会がないのだが、エビデンスが皆無な情報ばかりだったんだなと気づかされる。

テレビや雑誌での扱われ方にも、とてもナイーブになっている佐村河内氏。
自分がその立場になったらどう感じるかって考えてみれば、当然のことだったんだな。
全くそこまで思い至っていなかった。
新垣氏のテレビや雑誌での扱われ方。
テレビドラマで「ゴーストライター」を扱った番組の内容。

そういったものに常に悩まされ苦しまされる佐村河内氏。
何度も放り投げられる部屋の前の消火器。
そして家族にも類が及ぶ。

シーンは主に佐村河内氏の家の中。
手話通訳をする佐村河内氏の妻。
家の中で妙に堂々としている猫。

取材を何度申し入れても新垣氏の側は応じない。
新垣氏本人がどう考えているのかはわからない。
雑誌などに載っている内容も、本当に新垣氏の言った内容が反映されているのか、わかりゃしないのだし。
事務所サイドに「売れっ子」である新垣氏を守ろうという意思があるのは当然のことだろう。

健常者は
障害がある人=障害者手帳を持っている人
みたいに思っているんだろう。
実際にはそうじゃない。
私だって生まれつき障害があったのに、数年前まで障害者手帳を持っていなかった。
佐村河内氏の聴覚障害に関しては、WHOが推奨する基準から言えば完全に「聴覚障害者」だ。
事実、欧米であれば「統計上の」障害者に加えられただろう。
日本の障害認定基準で切ると、佐村河内氏は「障害者ではない」「障害者手帳の交付対象とはなり得ない」ということ。
じゃあ障害はないのか?っていうことになると、私はあまり詳しくないので全部を理解しているワケではないのだが、佐村河内氏のレベルだと、かなり聞き取りはしんどいだろうなと思う。
デシベルから考えてもかなり小さくしか聞こえないだろうし、感音性難聴も併発していることを考えると、小さい音を更に不完全な聞こえ方でしか聞くことができないということだ(このあたり、私の理解が正しくないかも知れない)。
ネタバレも含めて事前に情報をできる限り集めてから観ようと思って情報を漁っていたら、その中に
体調などによって、聞こえづらかったりする
というような内容のものがあった。
私が抱えている障害と似た部分があるなとは思っていたが、思っていた以上に近いものなのかも知れない。
聞こえ方の面で。
一日中雑音を拾いまくりでとんでもなく鬱陶しい日があるのは別として、普段でも体調なのかストレスなのか、余計な音がすごく大きい時と、そうでもない時がある。
こういうのって他人からは理解されにくい。
昨日、普通に会話していたくせに、翌日に全く同じ状況で「聞き取りづらいんだよね」とか言い出したら「コイツ嘘言ってる」「同情でもして欲しいのか?」みたいな反応をされかねない。
私と佐村河内氏の違いと言ったら、難聴は多分悪化する方向だろうなってことかな。
それを考えるとつらい感じがする。

この映画は佐村河内氏と奥様の「純愛」みたいなのが主題なのかな?
監督の森氏の本は以前取り上げているのだが「本を二冊読んで映画を一本見ただけで、一体何がわかる?」と言われても仕方がないのだが、この方はそういうものを描きたい人ではないように感じる。

2015年3月30日〜4月10日◆『たったひとつの「真実」なんてない メディアは何を伝えているのか?』森達也(前編)
2015年9月28日〜10月9日◆正義という幻(前編)

佐村河内氏の曲を聞いている時に奥様の手元にカメラが向くのだが、結婚指輪を映そうとしているのかな?って思った。
更にその後に登場する奥様から佐村河内氏への言葉、佐村河内氏から奥様への言葉が、完全に森氏による誘導ではあるけれども「二人はとても深く愛し合っていますよ」みたいな。
うん。
すげー興味がない(個人の感想です)。

この映画を観る前から思っていたことだが、自分に直接的に関係のないことで騒ぐバカが多すぎだなと。
メディアは儲けたいという理由で、客にとって興味のありそうなことを取り上げる。
結果、どうでもいい芸能人の不倫や、政治家のスキャンダルで盛り上がる。
そういうことで騒ぐことで「ストレス解消」「うっぷん晴らし」をするってことなのかな。
そうやって自分は安全な場所にいて、そこから石を投げつけるんだろう。
明日は我が身なのに。
全くの無実であっても、ある日突然、その石は自分に向かって飛んでくる。
ロシアンルーレットみたいだな。
これが今の日本人の「民度」かな。

森氏はタチが悪い人だなっていう感じがした(個人の感想です)。
映像を見た限りでは敵ではないが味方でもない感じ。
それが、よく言えば「中立」っていうことなのかな。

それでもドキュメンタリーは嘘をつく (角川文庫)



posted by ひと at 16:47| Comment(0) | TrackBack(0) | おでかけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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