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2016年10月01日

2016年8月15〜26日◆ネアンデルタール人は私たちの先祖か(後編)

これの続きです。

今、犯罪捜査でDNA捜査が科学力をぐんぐんあげている。
それは、このペーボ博士の基本的な研究姿勢が世界に広まったから。
どんなふうにして研究材料を洗うかとか、研究者はどの薬品で洗うとよい、使ったその薬品をさらに薬品で洗う時はこの薬品がよいとか、そういう何十年もかかって基礎を作った。
そういうのを読んでいると「あ、この人は信用していいなあ」と思う武田先生。
このペーボさんがしっかりした研究をしてらっしゃるということがだんだん世界で知られるようになって、ものすごい死体が彼のところに持ち込まれる。
DNA研究は死体研究。
1993年、彼のところにある遭難者の死体のDNAがオーストリア政府から依頼される。

 1991年9月にふたりのドイツ人ハイカーが、アルプス山脈の、オーストリア・イタリア国境のハウスラプヨッホに程近いエッツ渓谷の氷河で、溶けかかった雪の下にミイラ化した男性の死体があるのを発見した。当初、ハイカーたちも、その話を聞いた専門家も、現代人の遺体だと思った。戦死者か、吹雪で道に迷った気の毒なハイカーだろう、と。しかし、遺体を氷河から取り出し、衣服や装備を調べてみると、そのどちらでもないことが明らかになった。彼が亡くなったのは5300年前の青銅器時代だったのだ。(97頁)

1993年にインスブルック大学の教授から連絡があり、アイスマン──またの名をエッツィ(発見場所に因んでつけられた)──のDNAを分析してみないかと尋ねられた時には、ずいぶん驚いた。(97〜98頁)

アイスマンは服も着ているしブーツも履いている。
エジプト文明がどうのこうのという時代に、もうドイツ・イタリア国境付近でこれくらいちゃんと人類はもう生活をしていた。
それで腹の中を断ち割ったら、パンは出てくるは何は出てくるわ。
これが有名なアイスマン。
でもちゃんとした人類の顔をしている。
5300年間冷凍保存。
オーストラリア政府から頼まれて(本には「政府から頼まれた」とは書いていないが)その人のDNAを解読する。

現地では、わたしたちのために病理学者がアイスマンの左の腰から8個の小さな標本を採取した。−中略−8つの標本には由来の異なる配列が混入していて、しかもそれぞれ内容が違っていた。実に苛立たしい結果だった。混入したDNAのすべてではないとしても、大半は発見時にアイスマンに触れた人々のものだろう。(98頁)

オリヴァはついに、アイスマンのものと思われるmtDNA配列を再構築した。増幅した断片に重複から、300ヌクレオチドよりも少し長い配列を決定することができたのだ。その配列は、現代ヨーロッパ人のmtDNAの参照配列との違いが2か所だけで、現代ヨーロッパでもそれほど珍しくない配列だった。寿命が80歳から90歳である人類にとって、5300年というのは長い年月であり、およそ250世代に相当する。−中略−実際、わたしたちの予測では、青銅器時代以来、対象とするセグメントでは、変異は多くてもひとつしか起きないはずだった。(100頁)

この研究を踏まえて、ペーボ博士はアイスマンを通してもっと配列に変化のある研究をしたくてたまらない。
その時に彼の頭にひらめいたのが五千年とかそんなのではなくて万単位。
三万年前まで人類を遡って2000世代まで遡るネアンデルタール人の遺伝子配列を調べたいなぁという気になってきたというところで。
ついこの間のことかも知れないが、1999年、彼のところにこれも遺跡、遺物でクロアチアで発見された800個以上のネアンデルタール人の骨の一つが持ち込まれる。
一体何に彼は惹かれたのか?
例えば現代人のmtDNA(ミトコンドリアDNA)は種類、バリエーションが非常に少ない。
その意味するところは「現生人類は一度激減してまた増えた」という歴史を持つ。
mtDNAは母系のDNA。
これは変わらないが、男の方は変わってしまう。
男の方は精子と卵子がくっついた段階で精子のほうが自分のところの系統を消してしまう。
ところが卵子の方は消されないのでそのまま残る。
mtDNAのバリエーションが現生人類はものすごく少ない。
これはどういうことを意味するか?
これは「オッカサン」はどうも一人じゃないか?という。
つまりアフリカにいた頃、人類のDNAを持った女性が数少なくいて、その数少ない女性を経由して人類が生まれたんじゃないか?
これが例の「ミトコンドリア・イブ」というヤツ。
人類なんて今60億いるが、どうもオッカサンは一人じゃないかというので、旧約聖書がピッタリ当てはまる。

かなり前、今の人類は一回だけ絶滅寸前までいったらしい。
二〜三万人の小さい集団だった。
基本線は人類は同じ。
言語でもそういうところがある。
太陽の光が降り注ぐことを日本人は「さんさん」と言うが、アメリカ人は太陽のことを「SUN(サン)」と呼ぶ。
「一本道が出来上がった。あー、立派な道路ができたねぇ」と言うと、アメリカ人は「オー!ビューティフルロード」って言ったりなんかするという。
人類というのは何かしら強烈な共通項を持っているという。
「一回人類は減ってそこから増えたから似ているんだ」と。
そういうのもmtDNAで分かる。
ではネアンデルタール人はどうか。

わたしたちは、全体像を見るために、それを人間および類人猿の配列のバリエーションと比べることにした。まず他のグループによってすでに配列決定されていた、世界各地の現代人、5530人のmtDNAの同じ部分と比べてみた。条件をネアンデルタール人と同じにするために、ランダムに3人を選んで配列の違いを数え、それを繰り返して平均値を出した。結果は3.4パーセントで、ネアンデルタール人の数値に非常に近かった。チンパンジーでは、入手可能な359頭分の同じセグメントを同様の方法で調べたところ、違いは平均で14.8パーセント、ゴリラ28頭では18.6パーセントだった。つまりネアンデルタール人はmtDNAのバリエーションがきわめて少ないという点で、現代人に似ており、類人猿とは異なっていたのだ。(113頁)

(番組で「ネアンデルタール人とヒトとのmtDNAの違いが3.7%」と言っているが、本によるとネアンデルタール人同士のヌクレオチドの3.7%が異なるということらしい)
全体が教えることは、人類とネアンデルタール人は非常に似ている。
チンパンジーよりもゴリラよりも、ネアンデルタール人と人間は似ていた。
これは間違いなく共通の先祖から系統図で別れて別の種になったのではないか。
ここでまた謎が。
ではなぜ彼らは絶滅し、私達は生き残ったのか?
そのことは何を意味するのか?
ネアンデルタール人と現生人類は実は故郷が同じだったのだ。

系統で言うと、人類とネアンデルタール人というのは別れて日の浅い、同じ種であったということ。
お互いの故郷はアフリカ東部の海岸に沿う草原地帯。
大地の関係でキリマンジャロみたいな高い山は今、ギューッとプレートが押している。
東側の方に高い山脈があって、片一方は窪地になってどんどんへこんでいって、いつか裂ける。
一番最初、大陸はゴンドワナで一つだった。
それが千切れてこんなふうになった。
今、ゆっくり千切れかかっているのはアフリカの東側。
そんなふうに下のプレートが動いていて、そこがボコっとへこんで大密林だったものがへこんじゃったので、そこが草原になった。
木の上が安全だから「サル」だった。
私達は指紋を持つ。
手のひらも汗をかく。
それはすべらないように、木の上で生きていた証拠。
ところがその密林が無くなってしまう。
それで「どうしようかなぁ」と思ったサルの一群が木の上を降りる。
降りた瞬間に「もう足、歩く専門にしちゃおう」と立ち上がって歩きはじめたという。
これが直立歩行で、人類が生まれるという起源。
この直立歩行がやっぱり『2001年宇宙の旅』じゃないけど決定的に人間を変えていく。
ペーボ博士は「ネアンデルタール人と現生人類はそこなんだ」と。
「同じポイントで生まれた」
このことを発表した段階でものすごく彼は非難される。
人類はバラバラに産まれたという説「多地域進化論」があって、これは1990年の段階だが多地域進化論はまだ生きていた。
彼は否定した。
「人類はアフリカ東部の海岸線の一か所から生まれた」
それで彼の研究、mtDNAの解読だけでは決定できないということで激しく論破された。
何でかというとmtDNAはその母が娘を産んだ場合は残されるが男を産んだ場合は消えていく。
だから事実の半分しか語っていないのが『ミトコンドリア・イブ』である。
完全には証明できなかったということ。
ペーボ博士は復元の難しい母と父の遺伝子を収めた「核DNA」を解読しなければこの主張は認められないと気づき、DNAの研究をするのだが、今でもそうだがDNAは大ブームを巻き起こしてライバルたちが次々の登場、出現、世界を驚かすDNA解読がどんどん発表されるが、かなりいい加減なものもある。
とにかく他のライバルたちがバンバカバンバカDNA解読をやる。
そしてすぐ『ネイチャー』などに発表する。
もうどんどん発表する。
それでも『ネイチャー』はもう「驚異の発見」ばっかりに連続する。
でもペーボさんはじっと我慢する。
ペーボさんは他の方たちの研究発表を全部横において一つの仮説を立てる。
それはどんな仮説かというと「現生人類」(今の人類)がヨーロッパにやってきて、ネアンデルタール人と出会った。
それで彼らと共に一緒に暮らして、恋もしたのではないだろうか。
人類はそれで集団を巨大にして、さらにアジア、アメリカ、オーストラリアまでの旅に出かけて行ったという。
旅をしなかったネアンデルタール人は絶滅したのではないか。
そういう仮説を立てて、そこから更に調べる。

ネアンデルタール人の男性と現生人類の女性の場合、mtDNAはこの遺伝子プールには残らない。
とにかく困難な「核DNA」を解読するしかない。
ペーボさんは一番難しいネアンデルタール人の骨から「核」、真ん中のDNAを一個取りだして、お父さんとお母さんの両方の遺伝子の入っている「核DNA」を解読するしかない。
ペーボの入念さというのは「核DNA」の解読のトレーニング練習をする。
mtDNAは捕まえやすい。
複製も作りやすい。
ところがこれは母と娘に残ったDANなので「オッカサン由来」しかない。
オトッツアンをとにかく探さなきゃいけないので、DNAの中の「核DNA」を取りだすという。
これはものすごく困難なことらしい。
この「核DNA」にはお父さんとお母さんから貰った遺伝子が入っている。
それを取りだす。
この「核DNA」解読の練習として、この人はシベリア永久凍土で見つかったマンモスのDNAで練習する。

アジアゾウの配列はマンモスと同じだったが、アフリカゾウの配列は2か所が違っており、マンモスがアフリカゾウよりもアジアゾウと近い関係にあることを示唆していた。(145頁)

マンモスは毛の生えたアジアゾウと同じだった。
だから「斎藤さんだぞ」とだいたい同じようなヤツ。
あの人(トレンディエンジェルの斎藤司)はカツラをかぶると全然わからない。
毛であれぐらい変わる。
でも所詮、毛の違いだったという。
苦労したワリにはたいしたことはわからなかった。
毛の抜けきった「斎藤さん」か、毛の生えた「斎藤さん」か。
正体は吉本のお笑い芸人という、それぐらいの差しかなかった。

お父さんとお母さんの両方の染色体を持った、遺伝子を持った「核DNA」を解読したということでペーボ博士は「よし!この方法で間違いない」。
この人は慎重。
ここからペーボ博士のチームは、正確だからかどんどん仲間が増える。
大きい研究をするためには仲間が必要。
2000年、彼はDNA増幅チームでドイツ・ライプチヒで進化人類学研究所に集い、新しい解読方法を次々と作り出していく。
とにかく彼はひたすらマンモス同様、ネアンデルタール人の新鮮な核DNAを求めて世界中を走り回った。
その核DNAを持った骨があるかどうかが大変。
これが見つかるからすごい。
2006年5月、ドイツ・ザグレブのヴィンディヤ洞窟(本によるとクロアチア北部)で30人あまりの男女・子供のバラバラの骨が見つかった。
(骨が見つかったのはもっと前で、2006年5月は「先方から、試料の採取は許可できそうにないというメールが届いた」時)

ネアンデルタール人にとって、互いを殺し食べるのがどれくらい一般的だったのか、あるいは、弔いの儀式の一環として死者を解体し、食べていたのか、確かなことを知るすべはない。だが、他のばあ所ではネアンデルタール人の骸骨が無傷で見つかっており、時には、意図的に体位を整えて埋葬したように見えるものも発見されていることから、ヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人はたまたま運悪く、腹をすかせた隣人に出くわした可能性が高い。(189〜190頁)

(番組では骨に肉がついていたので核DNAを見つけることができたという話になっているが、本によると肉を切り取られたのでバクテリアの影響が抑えられてDNAが多く残ったという真逆の話になっている)

エル・シドロン洞窟は、スペイン北西部のアストゥリアス州にある。−中略−これまでに彼らは、ネアンデルタール人の赤ん坊ひとり、幼児ひとり、成年ふたり、若いおとな4人の骨を発見した。(197頁)

それらの素材の中から一斉に「核DNA」を探査すべく研究が開始され、グループはいくつもに分かれて新しい方法と探査、そして確認が行われた。
苦闘は続いた。
DNAの二重の鎖を解くためのアルカリ溶液で苦労して集めた60%が消えた。
薬品をちょっと間違えたりなんかすると、全部消えてしまう。
バクテリアが固まり、97%が汚れてしまったとか、これを洗うために六千回、例のDNAの鎖を洗った。
(該当する数値は本の中にも出てくるが、内容的にかなり違う)

2009年、三年でまず比較的扱いやすいmtDNAから1万6565ヌクレオチドを複製配列。
これでいよいよ10億以上のDNA配列を複製した。
それらを解読して「マッピング」、地図を作る。
何を意味しているのか、どこから来たのか、何が起こり、どこへ行くのか。
そういう遺伝子の旅を明らかにする研究が始まる。

いよいよネアンデルタール人の「核」を取り出して、お父さんとお母さんの両方を持った遺伝子の研究が始まるという。
遺伝子の「帯」それを複製する。
それが一体何を意味するのか?
「サルからいつ分かれて」とかというのをそれでわかるという。
「歴史がわかる」というのはすごい。
その研究結果。

まず、ネアンデルタール人の祖先がアフリカのどこかで生まれ、やがてアフリカを出て、およそ40万年前から30万年前に西ユーラシアでネアンデルタール人へと進化する。(273頁)

DNAが物語るのは、中東のどこかで一緒に暮らしたらしい。
現生人類とネアンデルタール人が「両種は同じ時代を生きた」という。
どんな顔をして見つめ合ったのだろう。
ネアンデルタール人と「現生人類」クロマニヨン人たちが見つめ合っている情景が。
DNAが物語るのは、人類は五万年前、アフリカを出て中東に足場を築き、ここからわずか数千年でアジアからオーストラリアまで旅をする。
日本にもこの頃来たのだろう。
その人類の中に知性が宿った一群がいた。
槍、弓矢を持ち、絵を描き、仏像や銅像を作ることを覚えて「祈る」というような精神世界を持った我等が先祖。
そして、この集団はすでにネアンデルタール人のDNAを2〜5%の割合で持った人々であったという。
もう、そうに違いない。
DNAを調べた結果、この中東を足場にしている時に「現生人類」我々とネアンデルタール人は「嫁、婿の行き来があった」という。
それでこの時に我々の遺伝子の中に2〜5%「ネアンデルタール人」が入ってきた。
洞窟や炎が上がっている夢を見る武田先生。
あれがネアンデルタール人の部分なのではないかと思う。
しかし、それでもなお、謎が残る。
どんな謎か?
現生人類が広がるにつれ、一体なぜそれと交代するようにネアンデルタール人は地上から消えていったのか?
この謎はやっぱり深い謎。
ゲノム解読と共にわかったことだが、ネアンデルタール人は40〜30万年前に出現し、およそ3万年前に「消えてしまった」という。
その間、人類と一緒に、ほぼ同じ道具を作り続け、同じようなところに。
彼らは西アジアからヨーロッパを居住地に広げたが、海を渡ってまで未知の世界へ乗り出そうとはしなかったという。
人類は何が特徴かというと、とにかく歩く。
ネアンデルタール人はヨーロッパエリアから出ない。
でも現生人類はずっと歩いて北に上っていってロシア人になって、下ってインドに渡ってインド人になって、島伝いに渡ってオーストラリアに渡って、最長の旅をしたのが日本人になった一派。
大変だったろう。
武田先生の感では「よく歩く」ということと「あまり歩かなかった」ということが「滅び」の二つの種類になったのではないか。

今、確かに言えることは、これが「最新」。
このペーボ博士のネアンデルタール人の遺伝子解読というのが行われて「アフリカ単一故郷説」が確立されて、これは何年か前の本を買うと違うことが書いてある。
「今が最新」ということはこれが古くなる可能性もある。


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