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2016年12月03日

「金スマ」特別編 栗原類が告白…脳が原因 母が支えてくれた発達障害

金曜日に放送していたテレビ番組の内容を紹介。
一度不完全な状態でアップしたんだけど、いろいろ感想なんぞも混ぜつつ大幅に修正しました。

今回の内容はタレントの栗原類さんのことと、ピアニストの野田あすかさんのこと。
どちらも環境に恵まれすぎているし、才能にも恵まれた「ごく稀な」発達障害者だなって感じで、これで更に「発達障害者は何かものすごい才能がある」みたいな誤解を深める結果になって、より手助けがしてもらいづらくなるんだろうなって感じ。
見ている途中から腹が立ってどうにもならんなと。
テレビ局側にも「もっとこういう内容でお願いする」っていうのは伝えるつもり。
毎回やってるけど今のところ相変わらずこんなんだけどな。

TBS「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」

栗原類が告白…脳が原因 母が支えてくれた発達障害

今年10月現在出版10万部を超え、話題になっている彼の本の内容は

発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由



自身の発達障害を告白したもの。
学生時代を振り返ったページにはこんな一文がある。


同級生たちに相手にされない。
または軽蔑の目で見られる生活を送ってきました。


彼を悩ませた発達障害とは?
生まれつき脳の機能の発達に障害があり、言語、社会性運動など日常生活に支障をきたすことがある脳の機能障害の総称

具体的な症状
・じっとしていられない
・落ち着きがない
・読み書きや計算など特定の勉強が苦手
・一方的に何度も同じ話をするなどコミュニケーションが苦手

そして発達障害は脳のどこに、どの程度の障害があるかでタイプが異なり知的障害を含む場合も含まない場合もある。
文部科学省が2012年に行った調査によると発達障害の可能性がある生徒は全体の約6.5%。
通常学級の15人に1人が当てはまる。

栗原の場合
・記憶力が弱い
・感情表現が苦手
・注意力散漫
・人の心の動きを読み取るのが苦手

これまで彼のキャラクターと思われていたことも実はキャラクターではなく発達障害のためであるという。
人間関係がうまくできないなど、これまで様々な困難があったという栗原類。
また近年では大人になってから発達障害の症状を自覚したり発見されたりする人が増えており「大人の発達障害」。

テロップは「大人になってから発達障害の症状があらわれる人が多い」と出るが、音声では上記のとおり。
症状って子供の頃から表れていても、それが「発達障害のせい」とは誰も気づかないみたいな状態かと思うので何も症状が表れていないかのようなテロップの内容には「あれ?」って思った。

15人に1人の子供に可能性があるという発達障害とは?

山本アナ「発達脳科学の専門家で医師の加藤俊徳先生にもお越しいただきました」
中居「さて、類君は去年ですね、告白されました。反響大きかったのでは?」
栗原「すごい大きかったですね。親御さんとか発達障害を持ったお母さんたちからも告白をして勇気をもらったとかありがとうというメッセージが非常に多くて僕もちょっとびっくりして」
中居「僕らが類君と一緒にお仕事『いいとも!』やって全然わかんないですもん。普通におしゃべりもしますし『おはようございます』ってご挨拶もしますし」
加藤医師「例えば類さんだったら、ごめんなさいね。なぜ顔の表情が喋る時に笑ったり怒ったりっていう(感情が表に出ないこと)これも症状の一つではあります。それが例えばファッションモデルとしては非常にこう」
中居「個性の一つとして長所なんですよね。類君、今言われたように『そういえば自分の表情にレパートリーがないな』とか『笑顔があまり出てないな』とか」
栗原「最初は全然わからなかったんですよ。こうやって誰かに指摘されたことによって『あっそうなんだ』っていうふうになるんです。だから僕も障害を持っているとちゃんと自覚し始めたのが多分中学校二年生ぐらいだと思います。」
加藤医師「脳のタイプによっていろんな症状が出てくるんですね。ですから発達障害といってもものすごい差がありますね。例えば本が読めないとか、あるいは落ち着きがなくて座って勉強しているのが苦手だとかですね。自分の部屋が片づけられない」
中居「今言われたことね、自分にも思い当たる節があったりするから分かりにくいのかな」
加藤医師「そうですね」
中居「周りも気づきにくいな」
加藤医師「気付きにくいですね」

個人によってその症状が様々な発達障害。
栗原の場合、どのような特徴を持つのか。


現在も苦手なこと:新しい場所へ時間通りに行く
この日、表参道から出演する舞台のリハーサルに向かうという栗原。
そのリハーサルスタジオに行くのは初めてだと言う。
一体場所移動の何が苦手なのか。
栗原「時間の逆算が上手くできなかったというのがあります。電車に乗るとしてもどのホームで乗り換えをするとかっていうのが自分の頭でみずから考えることができなかった。それで遅刻してしまったということもあったりしました。」
先を読んで行動したり道順を考えるのが苦手。
時間に合せて始めての場所へ移動する、それができるようになったのはここ数年だという。
30分後、この日は無事スタジオがある森下駅に到着。
(道を間違える栗原)
そんな彼にとって手放せないのがスマートフォン。
栗原「スマホの地図アプリは必須ではあります」
実はスタジオに向かう前、喫茶店でスタジオの位置を入念に確認していた。
栗原「スマホがあったことによって、僕は今まで現場に一人で行く時とかもすごい助けられた」
地図ナビゲーションスケジュール機能のアプリは発達障害の彼にとって大きな支えだという。
この日は大きく迷うことなくリハーサルスタジオに着くことができた。


現在も苦手なこと:記憶が苦手
栗原「普通の人に比べたら物事を覚えるのはよくはないほうだと僕は思います」
現在は俳優としても活動しているが、セリフを覚えるのにも人一倍時間がかかるという。
彼の台本は付箋がびっしりと貼られていた。
栗原「とにかく読んで読んで読んでたりしましたね。でもそれでも全然できなかった。結構あったりしたんですけど」


現在も苦手なこと:場の空気を読む
周囲の雰囲気や曖昧な言葉から意図を理解して行動するのが苦手。
舞台の進行を務めるスタッフによると
演出助手・元吉庸泰「進行するときに例えば『ここからここまでお稽古します』って僕らはよく言うんですけど『止めなかったら続けよう』とか『じゃあこれぐらいのときに準備をしておけばいいだろう』とか普通は空気でやっちゃうところを栗原さんの場合はちょっとそれが苦手というか『止めますか?』とか『続けてるんだったら僕も続けていいですか?」とか」
スタッフ「明確に言葉にしないと」
元吉「そうですね」
栗原に何かを伝える場合、明確に言葉にするよう気をつけているという。


私も曖昧な言い方をされると全然わからないのだが(女の人の言っている内容は半分ぐらいしか理解できない)そういう配慮をうまく求められないし、配慮もしてもらえない。
配慮がうまくかみ合うっていう経験をしたことがないので(うまくいかないことはよくある)こういうふうにしてもらえてうまく行っているのは本当にうらやましい。

今では数々の苦手なことに対処できるようになった栗原だが、本人や家族でさえも気づきづらいという発達障害。
では栗原類の場合はどのようにわかったのか?
過去について母や主治医に聞き取りして書いた著書によると幼少期からそのサインがあったという。
1994年12月、母・泉さんとイギリス人男性の間に誕生。
幼い頃からベビーモデルとして活動していたが、物心つくころには父はおらず母一人子一人で育てられた。
最初のサインは母が働く間、保育園に預けられていた頃、母はよく先生からこんなことを言われていたという。
先生「類君だけお絵かきができません」
他の園児よりできないことが多かった。
母・泉さんは当時の類について著書の中で


何かを学んでいくのに時間がかかるタイプなんだとは、思っていました(『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由』より)

そして粘土遊びの時間にはなぜか「ヌメっとした感触が嫌だ」と触らなかった。
当時はわからなかったがこれは発達障害の症状の一つ「感覚過敏」。
脳のある部分が刺激に敏感すぎて起こるのだが、類は音にも敏感で歌の時間が最も苦手だと訴えていたという。
元気な歌声がまるで喚き声に聞こえる。
栗原「当然ちゃんとみんな練習も受けてないから音程がバラバラな子たちと一緒に歌ってる中で僕の耳にはものすごい嫌な音、例えるとしたら断末魔の叫びみたいなような感じのすっごく嫌な音になって、しゃがみ込んだりとか、歌をみんな歌ってる最中に教室から飛び出したり」
中居「環境が耐えられなくなって」

その後、母の泉さんが翻訳や海外の音楽雑誌のライターをしていたこともあり5歳の時にニューヨークへ移住。
アメリカの小学校に入るが成績は悪かった。
そして外国人生徒が全員入る英語の補習クラスでは、類は明らかに英語の覚えが遅かった。


「英語もかぁ」と少々落胆したのは事実です。(『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由』より)

そして1年生の後半になった頃担任の先生から
「類の今の成績では進級できません。それに発達障害の可能性があるのでテストを受けさせてください」
こうして類の発達障害のテストをすすめられ専門医を含むアメリカの教育委員会の審査会で
「類君は発達障害で間違いないようです」
7歳の時、類は発達障害であるとの認定を受けたのである。
栗原「アメリカの学校の先生たちは、少しでもそういう特徴があると思ったらそれをちゃんと親に言うっていうのが義務になっている」
中居「敏感で迅速なんですね」
室井佑月「性格との違いが親としたら一番悩ましいところだと思います」
中居「これね先生、早く気付くこと、周りが気づいてあげること、自覚してもらうことがすごく大事になってきますね」
加藤医師「そうすると適切な言葉がけだったり周囲ができるんですよね」

その後、類には発達障害ゆえの苦難が待っていた。
7歳の時アメリカで発達障害と認定され、その後成績が足りずに小学1年生を留年。
勉強が苦手な原因は症状の一つにあった。
(15分前に母から言われたゴミだしを完全に忘れる類)
記憶することが極端に苦手。
これも幼少から類にある発達障害の症状だった。


発達障害について書かれた本もだし、こういうテレビなどでも「勉強がすごくできた」タイプばっかり紹介されるので、私と同様に勉強ができないタイプの人が紹介されたのはよかったなと思った。
私もIQが低いわけではないが(あくまでもアベレージの数値はって意味だけど)勉強は全然できなかったから。

子供の頃の類は勉強のみならず、いいことも悪いことも会った人も行った場所も、一度寝ると翌日にはほとんど忘れてしまっていたという。
栗原「記憶力というのは、一緒に仕事した人でも前会ったのに次会った時に『始めまして』っていうふうな感覚で、その人を決して忘れていたわけじゃないんですけど、ちゃんと自分の中で覚えていたつもりが全くなかったり」
中居「一週間後だったり一カ月後の記憶がなくなっている」
栗原「僕の場合はそれこそいろいろと自分が失敗した時のことを母親に毎日その場で言われたりするんです。その時は反省するんですけど一日寝てしまったら何でいけなかったのかというのがすっかり忘れてしまっていて結果的にその同じ失敗をしてしまって母親に指摘される、反省する、寝るっていうのを長い間繰り返していました」
中居「反省したことすら、起こしてしまったことすらも忘れてしまう?」
栗原「寝ちゃったら多分ほとんどわかんないです」
中居「でも今日会ったら『久しぶり』って『二年ぶりですね』って」
栗原「それはちゃんと苦労してきたものをちゃんと母親や周りの人たちに少しずつアドバイスしてもらいながら、ちゃんと『この人とはこれ以来だから』って意識するようになりました」
中居「てことは先生、意識すれば改善の余地がある?」
加藤医師「全然ありますね。特にやっぱり振り返る能力っていうか、振り返る習慣ができてないので自分で日記を書いて日記を見返すとかですね、予定表を見返すってことでだいぶ変わってきますね。」


単純に忘れるのが早いのかな?
私みたいに最初から記憶できていないっていうのもありそうな気もするけど。
定型発達者とは記憶のシステムみたいなものがやっぱり違うのかな?って感じはする。

小学校5年生の時、日本へ帰国した類と母・泉さん。
モデルとしての仕事も増え始め中学校は芸能活動を許してくれる普通校へ進んだ。
だがそこで彼を待っていたのは上級生からのいじめ。
時には恐怖から記憶をなくすほどパニックに陥ったことも。
目立った容姿に加え原因となったのは類の発達障害が持つ特徴にあった。
(チョコレートをくれたクラスメイトに対して無言で無表情に受け取る類)
まず類は表情が乏しく、例え嬉しくても顔に出づらい。
また言葉のニュアンスを読み取るのも苦手。
類にとって言葉は言ったそのままの意味であり「あげる」とは文字通り物をくれること。
そこにある相手の厚意や思いやりといった感情を感じづらいのだ。
更にそれは、言葉を受け取る側の気持ちを察しづらいことにもつながり、悪気がなくても自慢話と捉えられたり不快にさせてしまったりした。


同級生たちに相手にされない。または軽蔑の目で見られる生活を送ってきました。(『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由』より)

これら発達障害の症状により人とのコミュニケーションが難しくなるとともに、本人はなぜ嫌われるのか理解できず苦しむことになる。
中居「人の気持ちを推し量れない、思いやれない」
栗原「具体的に言うとしたらこの人が今、どういう感情なのか、嬉しいのか悲しいのか読み解く力があまりない。例えばこうやって会話している時とかでもその人が嬉しい顔をしていたとしても『嬉しいんだ』って自分の中ではちゃんと認識できなかったり、悲しんでいる時は何か悲しいことがあったんだなってふうに自分の脳にそこがうまく伝わらない」
中居「なるほどね。コミュニケーション取るのすごく難しかったですか?」
栗原「思ったことをそのまま言ってしまう。自分の中では決して悪意は全くない状態で話していて、でもいざ言葉を冷静に自分の中で分析すると『ちょっと失礼な言い方だったんな』って後で思ったりとか、それを母親とか何度か指摘されたっていうのもよくありましたね。」


22歳で診断…発達障害のピアニスト ピアノが救ってくれた半生

山本アナ「さて同じく発達障害がある方でもう一人紹介したい方がいます。それは発達障害があるピアニストなんですが彼女は22歳になってようやく発達障害と診断されました。その半生とは?そして日常にも密着しています。ご覧ください」

生まれつき脳の機能の発達に障害があり日常生活に苦手なことが生じる発達障害。
だがその一方で脳の発達がアンバランスな故に何かに秀でやすいケースもあり、発達障害がありながら世界的に活躍する著名人も数多くいる
 映画監督 スティーブン・スピルバーグ
 俳優 トム・クルーズ
 俳優 ウィル・スミス
 歌手 ブリトニー・スピアーズ


またこういう「ごく稀な」才能のある人たちを引きあいに出す。
こうやってより誤解をさせるような真似をしてくれて本当に迷惑だ。

そして彼女も先月、東京で初のソロリサイタルを成功させるなど今、飛躍の時を迎えている天才ピアニスト・野田あすかさん34歳。
演奏が終わると自分でも拍手。
愛らしいしぐさで喜ぶ彼女もまた発達障害がある一人。
その中でも彼女は自閉症スペクトラムというタイプでコミュニケーション能力や社会性に障害を持つのが特徴とされている。
しかしピアノの腕では国内外で数々の賞を受賞。
東京でリサイタルを開きデビューも果たした。
そんな彼女のピアノの音色が聴く者の胸を打つと話題になっているという。

脳科学者・中野信子「広汎性発達障害を持ってこのようにデビューするというのは珍しいと思いますし、大きなステップを踏んでいけるように応援していきたいなと思っています。」
脳科学者の中野信子さんも応援しているあすかさん。
そんな彼女の素顔に去年『金スマ』は会いに行っていた。

昨年訪れたのは野田あすかさんが住む宮崎県宮崎市。
出迎えてくれたのはあすかさんの父、野田福徳(よしのり)さん。

初対面の人は苦手。
なかなか目を合わせようとしないあすかさん。
その訳を父・福徳さんが教えてくれた。
福徳「顔で人を判断しているわけではない。だからどういう気持ちで笑っているかとかどういう気持ちでどうしているのかっていうのは多分わかっていないと思います。」

彼女が持つ発達障害の特徴は

自閉症スペクトラム:顔が認識できない・相手の気持ちが推し量れない・コミュニケーション能力が低い・対人関係が苦手

更にこれは彼女が挙げた苦手な物リスト。
道を覚える気持ちを抑えるなど多岐に亘る。

間もなくピアノの練習の時間。
初対面のスタッフにどことなく不安げだったが、ひとたびピアノの前に座ると表情が一変。
人が変わったかのようにピアノを弾き始めた。
あすかさんはこれまで数々のコンクールに入賞。
そのテクニックはもちろん、独学で学んだ作曲・編曲の才能も高く評価されている。
そんなあすかさんが編曲した楽譜を見せてもらった。
こちらはカナダで行われた2009年国際障害者ピアノフェスティバルでオリジナル作品賞を受賞した『ふしぎな森の1日』。
カナダの森をイメージして書いたメロディーには独特な世界観があると絶賛された。
あすか「楽譜ができてそれを弾こうとしたら音符が11個一緒に並んでいたので」
スタッフ「指が足りなかったんだ?」
指が11本ないと弾けない曲を書いてしまったという。
あすか「でも頭で鳴った音はその音だった。足で弾けばいいのか音を少なくするかを迷いました」
昨年出版されたあすかさん自身による著書

CDブック 発達障害のピアニストからの手紙 どうして、まわりとうまくいかないの?



付録のCDには彼女が作曲した曲『ふわふわ』という曲がある。
以前、別の番組で撮影用マイクを触り、感じたイメージを即興で演奏したもの。
触ったものや自分の気持ちを曲にするのが好きだというあすかさん。
スタッフ「一日どれぐらいピアノを弾いてたりします?」
あすか「朝起きて練習してお昼ご飯食べて練習して夕ご飯食べて練習して寝ます」
あすかさんは多い時で12時間近くもピアノを弾いているという。
好きなことや興味のあることは何時間でも熱心に取り組むのも発達障害の特徴の一つ。


親が協力的すぎて、すごく腹が立った。
家事も親がやってくれるってことだよね?
障害があるから仕方がない?
自分は好きなピアノを一日中弾いていられるっていう恵まれすぎた環境で。
私だってそんなことが許されるならそうしたい。
今だって非難されまくりなのに。
こんな恵まれた環境にいられる人は本当に少ないのに。
これが普通みたいに誤解されたら本当に嫌だ。

現在はやっていないが当時あすかさんは自宅で子供たちにピアノを教えていた。
子供たちに分かりやすく教えるため手作りの教材を使うなどピアノが楽しく学べるようないろいろなアイディアが盛りだくさん。
驚いたのはレッスンになると彼女の様子が一変したこと。
先ほどとは口調・表情・態度が別人のようにしっかりとしたものに。
発達障害があるあすかさんにとって、このしっかりとした自分を保つのは短い時間でもとても労力を使うのだという。


この人も私と同様に精神年齢が小学生レベルなのかなと思う。
長いこと生きていれば精神年齢がどうだろうが「大人はこういうふうにするだろうな」みたいなのはだいたい把握できるようになる。
でもあくまで「小学生が大人の演技をしている」ような状態だから、すっげー疲れる。

この日あすかさんはお出かけ。
道順を覚えるのが苦手なのでお父さんにしっかりと確認し、一人で買い物へ。
あすかさんは11年前(2005年)パニックが原因で足を複雑骨折。
歩くのに松葉づえは欠かせない。
と、道端の雑草を手に取った。
拾った草を目印に道順を確認しながら歩いていくあすかさん。
いつも通っている道でも自分がどこにいるのか分からなくなってしまう時があるという。
そしてしばらくすると興味を惹かれたのか知らないお婆さんに付いていってしまった。
あわてて止めようとするスタッフ。
(思い出して引き返してくるあすか)
道順の目印にするための公園にさしかかるとつい寄り道したり、気になる人の身振りを真似。
興味が湧くと自分の気持ちを抑えることができなくなってしまうのも発達障害の特徴の一つ。
あすかさんはこうして三分ほど警官の身振りを真似し続けていた。
特に慣れない場所や人の多いところに行く時は目が離せない。
今は父・福徳さんがそのほとんどに付き添っている。
その後あすかさんは買い物を済ませ無事帰宅。
今は笑顔の絶えないあすかさんだが、影には壮絶な闘いがあった。
3000グラム以上と大きく生まれたが、歩けたのは1歳7か月と遅めだったあすかさん。
高速道路関係の仕事をする父・福徳さんと高校で教師をしている母・恭子さんのもとに育った。
発達障害は生まれつき脳に障害があることが原因だが、当時は発達障害に対する知識が広まっておらず、両親すらその障害に気付かなかったという。
加藤医師「発達障害という言葉がここ10年前後ぐらいでようやく徐々に浸透してきたので、今34歳でいらっしゃると今から30年前ですと、ほとんどご両親が気づくのはまず不可能に近いんじゃないかと思います。ちょっと専門家でも難しいと思います」
あすかがピアノと出会ったのは4歳の時。
音楽教室に通ったのがきっかけ。
すぐにピアノが大好きになり上達も早いほうだった。


この番組を見た発達障害のお子さんをお持ちの親御さんは「うちの子にもピアノを!」と思われたかも知れません。
それは正直オススメしません。
カネが余ってんならやってみるのもいいと思うけど。
私も彼女と同様にとても幼いころからピアノを習わせてもらいましたが、親に無駄な銭を払わせ続ける結果になりました。
ただ、今は三味線の上達に影響が出ているなと思うので、今でこそ「無駄ではなかったな」と思うけど、一生三味線に出会わない可能性もあったワケで、そうなると本当にただの無駄に終わった可能性も高いので。
どう転ぶかわからないのは事実だけど、彼女のように必ずしもよい結果に結びつく保証はありません。
ピアノを習わせるのであれば、保証がないことをご理解の上でお願いします。

そして小学校に入学。
成績は優秀で先生の評判もいい優等生だったという。
だが発達障害があるあすかにとってコミュニケーションが必要な集団生活は簡単なことではなかった。
というのも、相手の顔が認識できないあすかは声やイメージ、どんな場所で会ったかなどで人を判断する。
会う場所が変われば全く知らない人になってしまう。
そんな彼女の行動は誤解を生み、次第にあすかはクラスで孤立していった。
また発達障害の特徴としてこんなことも。
おばと出かけた時
おば「お手洗いに行ってくるから、荷物を見ておいてくれる?」
あすか「うん、いいよ」
荷物を見ておくよう頼まれたが、怪しい人物が近づき荷物を持ちさってしまった。
あすかは言葉の含みやニュアンスを理解できない。
言葉そのままの意味を受け取るだけなのだ。
あすか「おばさんが言うことをちゃんと守ってたのに何で帰ってきていきなり逆ギレするのかなって」
自分も家族も障害に気付かないまま中学校へ。
教科によって偏りはあったものの、知的障害はないため成績はよかった。
そのことが余計に障害を気づきにくくさせ
福徳「仕事の都合で私も単身赴任をずっと続けていましたので、女房も娘も私の留守中に幸せに暮らしているとしか思っていませんでしたので、今思えばもう少し寄り添って娘のことを理解してやれば、娘も自分で話してくれたかもわからないし、そこは反省しています」
コミュニケーションがうまくできないあすかと周囲との溝は深まるばかりだった。
そして高校生になり始まったのはいじめ。
心無い落書をされたりジャージが切り刻まれたことも。
そして幼少期からのストレスが遂に爆発してしまう。
なぜ周りの人とうまくいかないのか、理由が分からず自分を責めたあすかは髪を引き抜き現実から目を背けるため壁に目をぶつけるなどの自傷行為が始まった。
当時を振り返った彼女のノートには
「自分は何のためにここにいるのかっていつも思ってた。みんなと同じことができなくて、できてもうまくいかなくて、家でもうまくいかなくて」
心安らぐのはピアノを弾く時だけ。
苦しい胸の内を語りかけるように、あすかは毎日ピアノに向かい続けた。
あすか「ピアノがあったら自分の居場所ができたので高校時代もピアノは私を守ってくれました」
1997年(15歳)全国から参加者が集まる難関として有名な宮日音楽コンクールで入賞。
これが自信となり、あすかのピアノはどんどん上達していった。
そして地元の国立宮崎大学で音楽を学びたいと猛勉強。
2000年(18歳)晴れて宮崎大学教育文化学部芸術コースに入学するのである。
ところが、新たな環境がストレスになったのか入学直後、過呼吸の発作が襲うように。
そして精神病院を訪れた彼女に下ったのは解離性障害という診断。


解離性障害:強いストレスなどにより記憶や自分が誰かの認識が失われてしまう精神障害

発達障害によるストレスが引き起こした二次障害だった。
こうして精神病院に入院したあすかは時には鉄格子つきの保護室に入れられたことも。
そしてこの時あすかの発達障害に気付くものはまだいなかったのである。
宮崎大学も中退せざるを得なかった。
しかし退院後、失意のあすかに転機となる出逢いが。
それは現在のピアノの先生。
宮崎国際大学教授・田中幸子先生「素敵な音を出すんだなとかそういうのは感じてました。心の歌がピアノの音となって出てくるっていう感じですね」
あすかのピアノを聞き、田中先生は
「あなたの音は素敵よ。あなたはあなたのままでいいと思いますよ」
この時のことをあすかは
「『私が私でいい』と思うことは、私にとってすごく光で、すごくびっくりする考え方で、すくわれた。」

あすかの発達障害は意外な形で明らかになるのである。
2004年(22歳)ウィーン国立音大に短期留学していた。
だが環境の急激な変化に精神障害のパニックを起こしウィーン国立病院に救急搬送。
すると医師は
「彼女は発達障害です」
あすかが生まれて22年、ようやく発達障害と判明。
偶然海外で倒れたことによる発見だった。
福徳「持って生まれた障害なんで治ることはありませんみたいなことを言われた時に真っ暗になりましたね」
落ち込む両親とは裏腹に、実は発達障害と聞いてあすかはこんなふうに思ったという。
あすか「できないことがある障害だって聞いて『よかった』って。あたしすごい頑張ったけどできなかったのは怠けとったからじゃないって、こんなに頑張ったもんねって思いました。できることは集中がすごいから伸びるタイプだと先生に言われたのでじゃあやってみよう、頑張ろうって思いました。」
今までの人生で誰にも理解されず、否定され続けてきたあすか。
みんなと同じようにできないからだと自分を責め続けてきた。
そんな彼女にとって発達障害の判明は自身を理解し新たな一歩を踏み出すきっかけとなった。
そしてこの頃、解離性障害のパニックによる右足の骨折で脚が不自由となってしまったが、補助ペダルを使って左足だけで演奏ができるように工夫。
すると以前は入賞だけで終わった宮日音楽コンクール(2006年11月18日、19日・第12回宮日音楽コンクール)でグランプリに輝いた。
これを皮きりに数々の国際コンクールでもたくさんの受賞を果たしていく。
あすかが感じるままに演奏するピアノは人々を魅了していった。
2011年4月(29歳)宮崎県でピアノリサイタルを開催。
2016年10月(34歳)東京で初のソロリサイタルを開催。
会場は300席を超える銀座王子ホール。
数多くの一流音楽家が招かれることで知られている。
そしていよいよコンサートが開演。
「幻想即興曲」(ショパン)を演奏。
普段の彼女からは想像がつかない音色が奏でられる。
そしてコンサートはクラシックの名作から彼女が感じるままに作ったオリジナルの曲へ。
あすか「記念すべき初めてのリサイタルで今日のお客様と出会えたことが嬉しいです。私が作曲した曲から何曲か演奏します。私の『こころの世界』を覗いてもらえるとうれしいです」
そう言って弾き始めたのは故郷や家族を思って作った曲。
 「なつかしさ」野田あすか
田中先生「とても繊細なんですよね。その繊細なところが人の心を打つのではないかなと。悔しい思いをしたりとか、悲しい思いをしたりとか、寂しかったりとか人よりもちょっと多かったかも知れないのでそういうものが音となって人よりも深く出るということはあるのかなという気はします。


人よりつらい思いをすりゃあいい音出んのか?
この人より遥かに長いこと苦しみ続けて、誰も助けてくれない私の方がもっといい音が出るってか!(激怒)

福徳「音色が優しくなりましたね。音質も柔らかくなってピアノに対して感情がこもっている音」
それはあすかにしか出せない心の音だった。
あすか「(昔は人から)笑われるか、そこにいないようにされるか(今も)笑われるからやっぱりダメかなって思うけどピアノ弾くとみんながワッって変わって一生懸命聴いてくれるから私の心を聞いてくれてると思います。これは私じゃないんだけど(1つの鍵盤を叩く)これは私です。」
苦手なことが多い発達障害。
野田あすかはピアノで自分を伝えながら生きていく。

中居「ピアニストの野田あすかさんは22歳まで自覚をすることなく、ピアノという寄りどころがあって本当よかったなと思いますよね」
栗原「僕も野田さんと同じように学生時代はすごい周りと孤立していて、彼女が自分にとっての居場所がない味方がいないという気持ちは僕も痛いほどわかるんですけどでも、ああやって自分自身がピアノが好きって知っていたお父さん、お母さんたちが彼女の個性や自分が得意であることを仕事に結びつけるようにサポートしてくれたというのは家族のサポートというのがすごい重要だと思います。発達障害の親子で一番多分つらいのって母親のほうがすごいいろいろと一番つらいなと思います。先生に言われたこととか他の親御さんに言われたこととかは全部親に向けられますしそれにより母親に負担をすごくかけてしまったというのはすごい思っています。」
発達障害の「人の心の動きを読み取るのが苦手」という症状によって他人の行動や言葉に込められた行為(字幕ママだが「好意」か?)や思いやりなどを感じづらい。
何気なく思ったままを口にしてしまい相手を不快にさせてしまうなど、学生時代周りから孤立していたという栗原類。
学校になじめない息子に対し母・泉さんは何度も何度もこう言って聞かせたという。
泉「類、誰かが何かをしてくれるのはあなたへの心遣いなんだよ。それだけ周りに大事にされてるってこと。だからそういう時は感謝をしなさい」
栗原「自分から人の心を読み解くのが苦手ならその逆にちゃんと言葉でそれを相手に伝えるっていうふうに意識しなさいと言われました」
それでも失敗してしまう類に
泉「自分がされて嫌なことは人に対してしない。だからと言って自分がされても嫌じゃないからっていう基準で相手に何をしてもいいわけじゃない。自分は嫌じゃなくても相手は嫌かも知れないっていう考えを常に持ちなさい」
そういう時はこういうんだと言葉上だけで教えるのではなく情緒的な観点から説明したり、相手の視点に立って考えさせるなど、根気よく何年も続けたという。
そして当時の類はテレビゲームとインターネットにのめり込んでいたのだが、泉さんはとがめるどころかアドバイス。
学校では苦手だったコミュニケーションがネットの世界でなら上手にできていたからだった。


この人の母親の出来のよさがただただ腹立たしい。
私は何もかも自分一人の力だけで獲得するしかなかったのに。

子どもが自分から興味を持って好きになったものは否定すべきではないし、発達障害児にとって、「コツコツやっていくと、こんなにできるようになる」と納得できる成功体験が他にないのであれば、ゲームでもいいと思うのです。(『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由』より)

だが一方で
泉「あんたが最低限のことをやらないからこうなるんでしょ。」
類が高校受験に失敗したときなど、記憶として留めておけない彼に痛さを身に刻んでもらうためあえて厳しい説教も繰り返した。
栗原「僕は全部忘れちゃうんですけど、母親は全部細かいこと何が起きたのかということをちゃんと完璧に覚えているので、例えば5カ月以上前にも同じ失敗したんでしょってふうに細かくディティールで教えて下さるので、それによって僕も、本当地道だったんですけど意識できるようにはなっていきました」
そんな子育ての中、泉さんはあることを心掛けていたという。
それは7歳の類に発達障害が判明した時、アメリカの教育委員会で掛けられたこの言葉。


子どもの頃に自分ができなかったことをたくさん思い浮かべてください。
そして、自分ができなかったことで息子さんができていることを、ひとつでも多く見つけてあげてください。
そうすれば「なんでこんなこともできないの?」という気持ちがしずまり子どもを褒めてあげられるようになります
(『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由』より)

中居「自分の子供だとか家族だとか周りの友達とかでもしかして発達障害かも知れないと少しでも感じたらどうすればいいんですか?」
加藤医師「まず地域の保健センターあるいは発達支援センターが全国にありますので早めに相談されると次のステップに行きますので」
中居「病院を紹介してくれるだとか?」
加藤医師「そうですね。しっかりそこで診断してもらうのが大事だと思います」


そうでなくても最近の「発達障害ブーム」で相談機関はいっぱいだけど、この番組のせいでまた混み合うだろうねぇ。
数カ月待ちとかってのを前から聞くので、かなり待たされる覚悟は必要でしょう。
それに、たとえ診断が出ても学校でもいろいろ問題発生で結局救われないみたいな人もよくいるみたいなので「正しい診断が出たので適切な療育が受けられて、全部うまくいく」っていう過度な期待をすると失望する結果になるかと。

中居「ただ、この発達障害というのを告白したあとにブログで『僕の行動に関して今まで面白いとバラエティーで笑ってくれた方々、僕が発達障害者だと知ったからといって笑ってはいけないとは思わないでください』と書かれました」
栗原「僕が発達障害を持っていると告白したとしても結論としては何も変わらないとお思います。こうやって今まで通りに皆さんが接してくれてることが一番の理想ではあるんです。」
中居「確かに周りも慣れてないから『発達障害です』って言われたら構えてしまう。これは正直あると思う。でも一瞬喋ったら変わらないからね。その時と」

posted by ひと at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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