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2017年08月07日

2017年4月10〜21日◆「ぐずぐず」の理由(後編)

これの続きです。

音がしないことをも音で表現するのである。音のない動作だが、まるでかすかな衣擦れの音でそれと感じるかのように、なにかじっとしておれないような気配が察知されるときも、「そわそわ」「いそいそ」「こそこそ」といったぐあいに[s]の音がよくつかわれる。(98頁)

「ためらい」「あてつけ」「命令」「懇願」をオノマトペで表現する。
「そわそわ」「いそいそ」「こそこそ」
振る舞いのオノマトペ。
「当てつけの非難」もオノマトペである。
「おめおめ」「ずけずけ」「めそめそ」「いじいじ」「だらだら」「ちまちま」「もたもた」「あたふた」。
更に広がり「批判と否定」のオノマトペ。
このオノマトペは人の悪口を言う時に大活躍する。

 じっさい、多くのオノマトペには否定的な意味あいが色濃く含まれている。思いつくままにあげても、「うじうじ」「めそめそ」「ぐずぐず」「どんより」「べろんべろん」、「ぼろぼろ」「だらだら」「でれでれ」「めろめろ」「もたもた」「ばたばた」(101頁)

これは動きなのだが、もうこのオノマトペが出てきた段階で非難しているのは分かる。
「何だかアイツは、来たのはいいんだけどバタバタバタバタしててさ」っていうのは目に浮かぶオノマトペ。

 さらに、オノマトペを含む動詞句から派生した名詞にも否定性は色濃くうかがえる。「きりきり舞い」「のろのろ運転」「よちよち歩き」「ひそひそ話」「びしょ濡れ」「ぶつ切り」「ごちゃ混ぜ」−中略−「どんちゃん騒ぎ」「こそ泥」「がり勉」といった例がその最たるものである。
 こうした否定の強い含みは、オノマトペの動詞化のみならず形容詞化によってもおこえなる。「い」をつければ、「くどい」「のろい」「ぼろい」「とろい」
−中略−「しい」をつければ、「とげとげしい」「たどたどしい」、さらには「けばけばしい」(103頁)

「けばけばしい」という漢字。
クイズ番組に出ていた。
「毳毳しい」
漢字で書くと痒くなる。

 擬音・擬声語は、ドイツ語で「音の絵」といわれる。(92頁)

このオノマトペの豊かさは身体の感覚的な手触りの表現からお気づきの方も多かろうと思うが、これは「子供の感覚」。
これは大人の感覚ではない。
子供の目で見たその感覚がオノマトペになっている。
他の国と比べて日本では幼児の感覚を言葉に残している。
「お母さん、ベトベトしてるー」というやつ。
子供がうまく言語を使え無い時にオノマトペを使って自分の語彙を増やして伝える。
「ずーっと泣いてたから、お顔が涙でベトベトになった」とか、他の国と比べて日本語というのは幼児の感覚を言葉に残している。
ドキッとする。
日本のマンガ、実はアニメ文化を支えているのは豊かな、このオノマトペではないだろうか。
童謡やアニメソングに擬音が多いのは子供の国からそれらがやってきたからだそうだ。
ぽっくりぽっくりあるく(童謡『おうま』)
その意味で日本のオノマトペの真相を民俗学者の柳田国男は

「緑児は言わば無意識の記録掛りでありました」と、忘れがたい言葉を書きつけた。(106頁)

日本人は老人になっても幼児の言葉を使っているという。

日本の言葉の中にこの鷲田さんは「幼児性がある」と。
その幼児性というのは決して悪い事じゃないんだと。
幼児の感性みたいなものを大事に日本人っていうのは体の内側に秘めている。
そういう人種なのではなかろうかと。
こういう人種というのは中国大陸にも朝鮮半島にもいないという。
日本列島、ジャポネシアという諸島。
数々の島からできたこの国独自の国民性ではなかろうかと。

日本人はなぜ幼児の感性、感覚をこれほど濃く言葉にとどめたのであろうかと。
それには日本のオノマトペが内臓感覚から生じたものだからではないだろうかと。
「うきうき」「きびきび」「るんるん」「すごすご」「のこのこ」「よたよた」
人の動作の擬態語であるが、その動きのときのわずかな動作の違いが内臓を通して私たちには分かる。
違いは「内臓感覚」。
「うきうき」も「きびきび」も「るんるん」も、実は外から見た目は全部おんなじ。
だけど使っている筋肉が「うきうき」と「きびきび」と「るんるん」では違う。

今度は内臓の元気の無さで考えるとその違いがわかる。
「すごすご」「のこのこ」「よたよた」
これもやっぱり使っている筋肉が違う。
そういう内臓感覚の差みたいなのがオノマトペで表現されている。
日本人はすぐにわかるが、異国の人にはもう、そう簡単に分からないと思う。

「ひりひり」「びりびり」は違う。
これはおそらく皮膚の傷の痛みの違い。
「ひりひり」は「擦りむいた」とか。
「びりびり」は電気系。
つまり同じ痛みでもオノマトペ一言で使い分ける。
この「ひりひり」と「びりびり」に関しては幼児でさえも日本は使い分ける。

 その解剖学者・三木成夫は、講演録『内臓のはたらきと子どものこころ』(初版一九八二年)のなかで、次のように述べる。口は、内臓前端露出部といえるものであり、「最も古い、最も根づよい、そして最も鋭敏な内臓感覚」がここに表れている。−中略−この臓腑の波動が「大脳皮質にこだま」して、音として分節されたのが言葉である。−中略−解剖学的にいえば、口の内部と周辺では二つの系列の筋肉が交叉しているのであて、顔面の表情金は内臓系の筋肉、起源的には鰓の筋肉からなっているのに対し、舌は、手や足とおなじ体壁系の筋肉からなっている(だから「喉から手が出る」と言う)。(127頁)

表情は実は内臓であり、舌は五本目の手足である。
だから「便秘がちの人の笑顔」というのがある。
ビックリするくらい出た朝は浮かべる笑顔が何か自慢げ。
「何キロ出せば気が済むんだ」みたいな、時々自分に向かって語りかけて、「全部これ俺?」みたいな。
その時に笑顔。
それはやっぱり内臓の調子のよさというのは笑顔に出る。
内臓の悪い時は笑顔はやっぱり人を惹き付けるに足りない。
男は女の子と仲良くなるために飯を喰う。
あれは「何で飯喰うか」というとやっぱりそれではないか。
「相手の内臓を見る」というのが食事にかかっているのではないか。

 言葉も、こうして虫が地中から這いだしてくるように、ひらく。その初発の言葉はmaという音を核にかたちづくられることが多い。(125頁)

英語にはmammalという語もあって、これは哺乳類を意味する。西洋ではお乳にかかわるものをmammaで表現し、日本では食べ物を「まんま」という。(126頁)

全部「M」。
これは「ま」という唇の動きの中に特性が。
子宮に海を持つ女性。
海は「Marine」。

むらむら、むちむち、めらめら、もっこり、萌え、悶え、乱れ、淫ら、股、腿……と、性的な淫猥さを連想させる言葉にもマ行の音はよく用いられる。(126頁)

内臓は、胃袋も腸管も、膀胱も子宮も、ぐねぐねうねり、たえず蠕動しているのだが(107頁)

心拍のようなリズムと分節し難いうねりの響きを「ぐぐぐ・・・」といううねりの響きを内蔵は持っている。
その故に音を重ねるオノマトペが言葉として生じ、人の知覚の始まり「基盤」となるという。
リズムを刻む心臓と内臓のうねり、それがオノマトペに影響するという。
だから「ベチャベチャしてる」とか「ベタベタしてる」とかっていう感覚用語、オノマトペが生まれる。
言葉のスタート「喋る」はおそらく「しゃぶる」から来ているのではないだろうか。
(と三木成夫さんが言っていると番組では言っているが、本にはそういう記述は発見できず)
「舐めまわす。舌で」それが実は「しゃべる」の語源ではないだろうか。
子供は何でも口に持って行く。
これは舐めることでそのものを見ようとする。
脊椎動物は内臓部と体壁部二つに分かれている。
内臓部は体内にあって天体運行と同調。
内臓を動かしているのは星空。
大きな宇宙と連動していると三木さんは言う。
内臓は遠くと共振する不思議な力たここにはあるんだと。
だから魚が川をのぼり、産卵を開始するという秋というのは、天体運動からその時期が決定する。
水谷譲は女性だから「周期」を体の中に持っている。
生理。
それには「月齢」といって月の運行と深く水谷譲は結ばれた臓器をお腹の中に持っている。
内臓には天体の運行を感じるアンテナが秘められている。
生命というのはやっぱりリズムなのだ。
人は成長にともなって、舌から手、皮膚で見るようになり、その後やっと目で見るようになる。
おそらく日本人のオノマトペは内臓の触覚「舐めまわすこと」。
その感度の表現であろうという。

『ホンマでっか!?TV』の先生方は個性的な方が多いのだが、読んでいた本の中で一番惹かれた話。
気が合う合わないというのは「食事」。
心理学の本に書いてあった。
セックスの時間が分かる。
二人で食事する時間の長さが大体、二人がセックスで夢中になっている時間と同じ。

日本語というのは内臓感覚。
だから内臓で理解する。
日本人にとって内臓で理解するということはとても重大なこと。
内臓で理解することを「腑に落ちる」。
「内臓で理解すること」これは了解することであって「頭で理解すること」それよりも上回ることが「腑に落ちること」。
この舌によるオノマトペは日本人特有の味の肌理を伝えるオノマトペを生んだ。
おそらく「あまい」「からい」「にがい」「しょっぱい」以外に味の肌理を伝える言葉を持つ国語は世界でも日本だけではないだろうか。
喉を通過する時の感覚をオノマトペで言うのだからすごい。
「ツルッ」と。
お蕎麦は「ズルズル」と音がするかも知れないが、絶対に「ズルズル」と表現しない。
お蕎麦を食べる時、日本人は「ツルツル」と言う。
そうすると喉に入っていくあの麺の感触が分かる。
更に衣服と体のオノマトペ。
こんなのも日本独特。
着ている服の感覚をオノマトペで表現する。
ちょっと小さい衣服を着た時「キツキツ」「キチキチ」。
英語だと「little bit tired」とか何か言わなければ「a little」「any」とかを使わなければいけないのだろう。
日本では「あ!キチキチ!」とかアルファベットの「K」の音で何か言えば。
それと「肥満」「痩せ」。
これも全部オノマトペで表現する。
「weight over」とか、そんな理屈っぽくない。
「『ぼてっ』として」「『でっぷり』してる」「おいおい、あの子『ムチムチ』してる」
何かワクワクする。
もっと愛嬌のある言い方では「『ぽっちゃり』だよ」。
それから体の比率があまり合っていないことを「『ずんぐり』してる」という。

 肥満を表す英語を見てみると、chubby,fat,heavy,bloatedのように[b][f][v]といった唇子音や、huge,roly-poly,round,stockyのように[o][ʊ][u]といった円唇母音、abdominous,adipose,coporational,dumpy,plumpのように[om][po][mp]といった唇音がかならずといってよいほど含まれていると、田守はまず指摘する。一方、肥満を表現する日本語のオノマトペを見ても、「ぽてっ」「ぷよぷよ」「でぶっ」「でっぷり」「むちむち」「ぽちゃっ」「ぷりぷり」「ずんぐり」といった言葉には、英語とおなじく、[p][b][m]といった唇子音や「お」「う」といった母音のみならず、ほとんどに唇音が連続して含まれている。(173頁)

 逆に、肥満と反対の痩身を意味する語を調べてみると、
gangly,lank,lean,skinny,slender,spindly,thin,twiggyには[p][b][m]といった唇音があまり含まれておらず、おなじく痩身を表す日本語のオノマトペを見ても、「がりがり」「げっそり」「ぎすぎす」「ひょろっ」「すらっ」など、唇母音、唇子音を含むものはほとんどない。
(173頁)

英語は全部「s」で日本語は「s」と「g」の行で英語と共通する。
そういうのは不思議なのがある。
「太陽が『さんさん』と照る」とか。
全部「s」系で始まっているとか。
そのオノマトペが実はこの日本のマンガとかアニメにあるのではないだろうかという。
これはやっぱりハッとする。

オノマトペは内臓から生まれた言葉ではないか。
その上に日本人にはその他にも「からだ言葉」がある。
体が感情を表現している。

「からだ言葉」ということでよく例にあげられるのは、「胸が痛む」「胸が締めつけられる」「胸が張り裂けそうになる」「胸が膨らむ」とか、−中略−「腰が砕ける」「脚が棒になる」とか、「目をかける」「鼻であしらう」(180頁)

「腹を割って話す」とか「腑に落ちる」もそう。
だから「感覚」ではない。
だから中国人の方々、それも漢人の方、それから半島人であるところの朝鮮人の方々。
こういう人たちはユーラシア大陸の本当にしっかりした地盤の上に自分たちの文明、文化を広げた民族。
だからこの人たちを動かすためには強い情動が必要。
それに比べて日本人を動かすのは肌理の細かさ。
発生学「鰓が顔の表情を作る」と言った三木博士はこう言っている。
内臓の響きこそが世界への手触りである。
(本では「もはや響き≠ニ化した内臓表情」となっている)

オノマトペで小さいその子の歩き方を「よちよち」。
「『よちよち』歩いた」という。
そこから何十年の歳月を過ごして老人になると「『よたよた』歩いてた」という。
同じ「よ」でも「ち」と「た」でこれだけの年月の差を表現する。
これは面白い。
やっぱり日本人というのはそういう意味で変わった民族だと思う。
そのことをまず日本人が自覚すること。

さいとう・たかをは『ゴルゴ13』のなかで、高級ライターで火を点けるとき、それを百円ライターの「カチカチ」ではなく「シュボッ」と表現することで差異化したし(236〜237頁)

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これはいかに日本人が手触りの肌理の国民かというのが分かろうと思う。
そういう意味で挙げた中国のコウフン(「興奮」か?)、朝鮮半島の「恨(ハン)」、その対立項で日本人は「肌理」というものを最も大事にしているのではなかろうかと。
そんなことで「アジアは一つではない」と。
それぞれに住む地政学的な条件によって感性が違う。

本には存在への手触り等々一切書いておらず、武田先生の付け足し。
中国、韓国等々の話は全くこの本を読んでも出てこない。
日本のオノマトペの特性やら表現をひたすら現象学的に分析した一冊。
読むうちに中華の人とか半島の人々の感性の違いで語った方が皆さんに分かりやすいかと思いつつ三枚におろした武田先生。

posted by ひと at 14:41| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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