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2018年02月06日

2017年7月31日〜8月11日◆「いい質問」が人を動かす(後編)

これの続きです。

浜渦さんは偽証か何かの罪に問われたが、その後の動きはあるのか?
逮捕されるとか。
何か最近、本当に中途半端。
石原さんも、あれは大丈夫なのか。
それから升添さんはどうなったのか。
このへんは話題から逸れるともうスーッとフェイドアウトという。
そういう意味で早い。
浜渦さんは(この放送当時)ついこの間の方。
この方が行なった記者との一問一答会、公開ヒアリングの様子を伝えたが、浜渦さんはやっぱりその力量が只者ではない。
記者を指名する、指を差すことによって主導権を全部握る。
そして鮮やかだったのは、非常に饒舌に語る質問とケンもホロロに「あ、記憶にない」と取捨選択していけるという。
一問一答しか許さないというルールがあるので「記憶にない」って言われるのは、もう二問目ができないわけだから。
質問の方角を自分で全部操ることができる。
このへん、浜渦さんは只者ではないという感じがする。
何一つ決定的なことは聞き出せない。
「結局なんだったんだろう」という。
相対的に質問力が落ちているのではないだろうか?と。
しかし今、現状メディアにあふれているのは「『ダメだ』と思った瞬間はいつか?」「一番つらかったのはいつか?」「なぜそんな人とオマエは付き合ってるんだ?」「責任者はあなたですよ?あなた責任全うしてるのか」「悩んでる人、たくさんいるんですよ?切り捨てるんですか」。
だいたいこんな質問で、反論できないところまで相手を追い込んで「勝ちを取りにいく質問」というのが大手を振っているようだ。
質問の根底には「わからないことを聞く」という素直さがもう少しあってもいいのではないかなぁと思う武田先生。

 私が弁護士になった後、賃貸マンションを探していたときの話です。−中略−
 すると不動産会社の社員は「かしこまりました。でも、この○○マンションシリーズはとても人気があって、すぐに借り手が見つかってしまいます。このお部屋はご契約なさらないということでよろしいですね?」と言いました。
 私は、その瞬間、とても不安になりました。
(142頁)

そうすると「ちょっともう一回いい?」と言いながら見直してしまう。

少なくなったり、なくなってしまったりするものほど価値があるもののように感じてしまう心理を「希少価値の法則」と言います。(143頁)

「契約しない。これはしないんですね?これはしない。これは検討するけども、こっちはしない。こっちはしないですね?」と言っていると、冷静な判断ができなくなってくる。

マーク・トウェーンは、「アダムがリンゴを欲しがったのは、そのリンゴが食べたかったからではない。それが禁じられていたから、というだけのことだ」(145頁)

そういうタブーとか拒絶に関して、人間は結構どこかでたじろぐところがある。

他人が自分に何かをもらったら、そのお返しをしなくてはならない気になることを、「返報性の法則」と言います。
 この返報性の法則は、日常生活のあらゆる場面で見ることができます。年賀状をもらったら、同じく年賀状を返し
−中略−バレンタインデーに女性から男性にチョコレートをあげると、男性は、何が起ころうともホワイトデーにお返しをしようとします。(149〜150頁)

スーパーの試食は−中略−それをもらって試食をし、爪楊枝と皿を返しただけで立ち去るのは少し心苦しい気がします。つい少しでも購入した方がよいのでは? という気になってしまいます。(150頁)

コンビニなんかで絶対にある。
この番組(『今朝の三枚おろし』)のために「ここだけは語ろう」というので赤鉛筆でシュッと線を引く。
その赤鉛筆の芯が、もうポキポキポキポキ折れる。
それで鉛筆削り器を回してもまた置くとポキっと折れている。
それで朝の散歩のついでに赤鉛筆をコンビニに買いにいった武田先生。
「あ、武田さん。今日、赤鉛筆だけでいいの?」と言われると「いや。あ、ちょっと待って、ちょっと待って。俺何か買い忘れてる」と言いながら付箋を買ったり、あと三つぐらい買っている。
これはやっぱりどこかで返報性の法則が体の中によみがえる。
人の心理。

「ここらへんではこれに決まっている」という商品がある。
「ここのこのお菓子を持っていくと喜ばれる」という。
「切腹饅頭」
会社同士の付き合いで何かミスがある。
その時に切腹饅頭とか切腹最中があって「切腹する代わりにこれを差し上げます」というのがある。
それをもらうと許さざるを得ない。
「おいおい。切腹饅頭かい?」と言いながら許してしまうという。

【新正堂】切腹最中(5個入り)



九州福岡だと、武田先生の子供の頃は、たとえば「銘菓ひよこ」「鶏卵素麺」とか。

九州銘菓 ひよ子本舗吉野堂【ひよ子14個入】



卵の黄身とはちみつで作った甘い、素麺に似せたお菓子。

鶏卵素麺(けいらんそうめん)1本入  【石村萬盛堂 和菓子】



それから千疋屋の果物。
(長嶋)一茂くんが言っていたが、長嶋さん家はだいたい贈り物は千疋屋のメロンだった。
だから「箱に入っていないメロンを初めて見た」とかっていう話を聞いたことがある武田先生。

返報性の法則。
爪楊枝に刺したお試し食品。
カマボコやハム。
味見のお試し食品の切り方が大きければ大きいほど返報性が高くなり、買って帰るという例が増大する。
小っちゃいのは「フムフム」とかと言いながら、それでけっこう喰って何も思わないのだが、やや大きめに切ってあると商品の眺めわたし方「あ、今食べてるのこれ?」とかっていう質問がちょっと大きくなる。
この前カブの漬物を試食でいただいた時に、カブがちょっと大きかったという水谷譲。
最近は爪楊枝のお試し食品の切り方が大きい。
昔より切り方が大きいような気がして仕方がない武田先生。
このへんは、やっぱりそういう人間の心理を捉まえた動かし方というのはある。
そして、女性がよく使うが、科学的には「譲歩の提供」というのがある。

何も与えるものがない場合−中略−「譲歩」を相手へのプレゼントにする方法があります。
 心理学者のロバート・チャルディーニが行ったこんな実験があります。「州のカウンセリング・プログラム」の担当者を装い、学生を呼び止めて非行グループを動物園に連れて行く付き添いを依頼したそうです。当然学生は嫌がり、83%の学生が断りました。次に実験者は、まず呼び止めた学生に「2年間にわたり、1週間に2時間、非行少年たちのカウンセラーを務めて欲しい」と依頼したところ、全員が拒否しました。すると実験者は、続いて「では、非行グループを動物園に連れて行く付き添いをして欲しい」と依頼をしました。すると、承諾率は劇的に上昇し、なんと50%もの学生が承諾したそうです。
(151頁)

つまりこれは「君が引き受けてくれないんだったら、どう?この条件で」と、さも譲歩したように見せかけて誘導する。
最初に難しい、乗らない条件があって、これは「譲歩を与えた」というように相手に思い込ませる。
これは女の人がよく使う。
よく引っかかった気がする武田先生。

人は、一旦ある行動を取ると、それに矛盾した行動が取りづらくなり、その行動と一貫した行動を取るようになる傾向にある、という法則で、心理学では「一貫性の法則」と言います。(155頁)

 アメリカの社会心理学者フリートマンとフレイザーはこんな実験をしています。−中略−ある町の家庭を対象にした、『「安全運手」と書かれた大きな看板を家の前に設置させていただけますか?』という依頼です。次のように行いました。

 A……いきなり訪ねて頼んだ。
 B……まず「安全運転をしよう」と書かれた8センチ角の小さなステッカーを窓に貼ってもらうように依頼し、承諾を得た後に大きな看板の設置を依頼した。

 実験結果では、Aは17%しか承諾しなかったにもかかわらず、Bではなんと76%の人から承諾を得ています。調査を受けた人は、小さなステッカーを窓に貼ることにより、「自分は安全運転を推進する立場の人間だ」という態度を表明したことになり、その後大きな看板を設置する際にも抵抗なく承諾する結果となるのです。
(155〜157頁)

今年(2017年)初めから総理も含めて発言とか失言が問題になっている。
こういう「発言が問題になる」「失言が問題になる」というのはどういうことなのか?という。
何であんなっことを言うのか?
「普段からそういうことを思っているからポロッと出ちゃうのではないか」と思う水谷譲。
失言にはやっぱり絶対、失言の何か手順みたいなヤツがある。
少なくとも言えることは失言というのは「その後に何かを言おうとした」という。
その言葉を経て何かを言おうとしたその手前で「失言だ」と騒がれていたという。
何か肝心なことをこれから言うべく、枕として言ったことが失言として取り上げられたというような気がする。

質問というのはすごく面白くて、まず自分に質問することによって自分の質を上げていかなければならないという。
まず「そもそも」「ところで」「だとすれば(だとすると)」この3節を枕にして質問を自分に重ねていく。
例えば「私はそもそも、なぜ『三枚おろし』という番組をやっているのか?」。
(この番組を続けていることは)けっこうきつい。
今(放送当時)はもう一つ大仕事を抱えている武田先生。
暑い暑い京都という所で、本当に日本一有名な老人役(水戸黄門)を演っているのだが京都は暑い。
しかもロケ地は滋賀県。
毎朝忍者と手代の若者二人を引き連れて移動。
そこでいろいろ着せられ、それで演んなきゃいけない。
その時にこの番組は重荷。
もちろんうれしい。
聞いてらっしゃる方で、時々すれ違ってものすごく褒めてくださる方が二か月に一回ぐらい現れる。
ある経済学者の先生、コメンテーターの方が聞いているそうで「面白いわ〜ん♪」としみじみ言われて、それがすごくうれしかった。
でも評判だけを目指しているのではない。
この番組をやっていることによって、自分の中で好奇心というのがいつも刺激されている。
そもそも:私はなぜ『三枚おろし』をやっているのか?それは聞く人のためでもあり、自分で好奇心いっぱいの自分でいるかどうか、それが確認できるからだ。
ところで:自分のためというなら「なぜ?」という問いを忘れない自分であることが大事なんだ。
だとすると:この番組を続けるしかない。
「そもそも」「ところで」「だとすると」という、こういう手順。

「いい質問が人を動かす」は自分に対することでもそうなんだと、そういうふうに谷原誠さんのご本を読んでそう解釈した武田先生。
「自分に対しても質問力を持っていないと人間ダメだ」と。
「発言にミスがあって」とかがいらっしゃるとすれば、やはり自分に対する質問がよくなかったんじゃないだろうか?
「なぜ?」を五回、自分に重ねて考えてみるとか「そもそも」「ところで」「だとすると」というような手順で自分というものを考える。
自分に対する質問力ということも大事なのではないだろうか。

四年ぐらい前からものすごい勢いで気力の衰えを感じ始めた武田先生。
ささやかなことがすごく気になり始めた。
眠れない日が続いたりしていた頃。
困ったことに奥様の一言が胸に突き刺さって眠れなくなったり。
それは奥様の言葉づかいが悪かったりということではない。
奥様から「あなた、どうするの?」と言われると本当にたじろぐ。
「どうなるんだろうか?」とか。
自分に質問を重ねていくうちに出た結論が「もしかすると自分の気持ちが衰えてるんじゃないだろうか?」。
お嬢さんが言った一言が気力を削ぐし、奥様から言われた一言が気力を削ぐ。
本当に削ぐ。
削り取る。
また身内は痛いところを突いてくる。
トイレを終わって出てきて、その次に奥様がパッと入った瞬間「臭〜い!」とかって言われると。
もう笑いごとじゃない。
本当に落ち込んで夢に見る。
他にも「あの件どうするの?」「この件どうするの?」「事務所どうすんの?」と。
あえて「事務所」と。
そういう公的な、それからプライベートな、その両方から「どうするの?どうするの?」の質問攻めにあうと、もう本当に「どうしよう?どうしよう?」しか言えないという。
その時に強烈な気力の衰えを感じて「これは何とかせんと。自分を変えんとイカンな」というので、ゴルフをやめてみた。
ゴルフどころじゃない。
それで合気道をやってみようと思って。
内田先生が大好きだったから。
内田樹という鮮やかな論理の関節技を使うというこの先生の一言に誘われて、とにかく合気道場を探して見つかった。
そこにも三年。
七月(2017年7月)で三年が過ぎた。
さっぱり上達しない。
しかし面白いものだ。
合気道の先生がいらっしゃる。
70代後半の館長が稽古が終わるとポソッと一言おっしゃる。
それが胸に沁みる。
館長「武田くーん!」
武田「はい」
館長「『元気』でも『景気』でも『病気』でもね、あんた漢字上手だろ?書いてごらん?『病気』『元気』『景気』。みんな半分『気』だよ、気。私どもはね、毎日こうやって練習しております。合気道もね『合気』。半分『気』があります。『気』は自分で作るしかないんですよ。そういうわけです」
これは本当に堪えた。
その「気」を養うため、自分への質問から一つの答えが見つかって、今度はゴルフをもう一回やり直してみようと思った武田先生。
今度の手順はすごい。
半年間でゴルフ場に行ったのは二〜三回。
でも打ったボールの数はもう一万発近い。
ひたすら練習をしている。
何で自分が下手かが、やっとわかった。
結局見つかったのは「ゴルフの理論がわかっていないからだ」というので、またこれも先生に付いて。
自分のゴルフスイングのスローモーションを初めて見た。
ひどい。
己の姿を見てびっくりした。
「はっはー!」と思った。
「遊ぶ」というのは何のために遊ぶか?というと「気を作るためだ」と思って。
そのために必死になってやっている。
そうすると発想が変わってくる。
奥様に対してもゆっくりと受け身が取れるようになってくる。
そこで今年(2017年)に起こったのが「スマートフォン事件」。

今年スマートフォン・デビューした武田先生に奥様の厳しい質問が待っている。
それは商品を見た瞬間に「何であなた、スマートフォンにしたの?」。
あの冷たい、鼻に引っかかったような、人に突っかかってくるあの物の言い方。
そしてこれは携帯の場合もそうだが奥様曰く「ねぇ、あなた。電話帳の履歴とか見せられる?電話帳どんな人入れてるの?残ってるんでしょ、記録。ちょっと見せて。やましくないなら見せられるでしょ?」と70歳を手前にした男に突っかかってくる。
これはどこの家庭でもある。
でもこの時に大事なのが「質問されることに関して、質問を仕返しする」という。
「質問で返す」という質問力。
どう奥様に質問するのか?
同じ悩みで悩んでらっしゃる方に教えてあげましょう。
どう質問を返すのか?
「どうして見たいのか?」
「何を見つけたいのか?」
「見つけたらどうするのか?」
「お互い見せ合うのはどうか?」
「あなたの方のスマートフォン、あるいは携帯に男性の名や奇妙な店の名を見つけた場合、私は少しもあなたを疑わないが、あなたはどうなのか?」
「同じことが私の方にあった場合、あなたはどうするのか?」
「質問をする力」とは自分を守る力、ディフェンス力。
大した騒ぎにはならなかったが。
スマートフォンとの歴史が始まったばかり。
下の方のボッチ(ホームボタンのことか?)を押して画面が出てくる。
その時にびっくりしたのは声が訊いてくる。
音声ガイドみたいなヤツ。
「あなたは何を訊いているのですか?」
機械が武田先生に突然質問する。
「あなたは何を知りたいのですか?もっとはっきり質問してください」という音声入力検索の声が聞こえてくる。
奥様もびっくりしていたが、ボタンを押すたびに機械から訊かれるとびっくりする。
思わず「いや、別に知りたいことはありません」とか「今ちょっとボタン押しただけなんですけど」とか答えたのだが、ずっとそれ。
画面が出てこないで検索の声が聞こえてくる。
解除の仕方がわからない。
解除しようと思ってボタンを押しているのに「何を訊いているんですか?よく聞こえません」とか。
それで会社の方に連絡をしたら「すでに押してる段階で長押しになっているんじゃないですか?」と言われた。
でも強く押せば何か立ち上がるのも早くなるような(気がしてしまう)。
テレビでもある。
映りが悪い時、わりと強めにボタンを押すという、戦後の習慣が。
これが武田家の「スマートフォン事件」。

考えるというのは、自分に質問するということです。自分に良い質問をすれば、良い方向に思考が回転し、悪い質問をすれば悪い方向に思考が回転します。(238頁)

更に質問を繰り返す。
そのことによって問題がはっきりする。
・なぜよいのか?
・なぜうまくいったのか?
・これは続けるのか?
・それを続けるのか?
・うまくいかないのはどうしてか?
・なぜうまくいかないのか?
・やめた方がいいのか?
・どこをどう変えるのか?
こういうフィードバック・クエスチョン。
それを必ず繰り返すこと。
そしてあきらめていないということがとても大事なことで「あきらめていないということが質問をよい答えに持っていく道なのだ」ということ。
ありとあらゆるものがそう。

 北海道の旭川市に旭山動物園があります。開業したのは1967年。−中略−北海道旭川という人の流れもあまりなく、札幌などからの交通の便もよくない場所でありながら、上野動物園(東京都)をもしのいだことがある驚異の動物園です。この動物園も、一時期は年間入園者数がピーク時の10分の1の30万人を割り込み、廃止論も出たほどでしたが、小菅延長が1995年に就任して動物たちの自然の行動を見せる「行動展示」を取り入れて一気に流れが変わり、入園者数が10倍も急増しました。
 実はこの旭山動物園の成功も短所を長所に変える逆転の発想に基づいています。
−中略−ところが、旭川空港から直行すると、30分〜35分くらいで動物園に着いてしまいます。−中略−また、「寒い」という短所は、「寒い環境に適応する動物には最適な地である」という長所に変換していまいました。(260〜261頁)

「なぜなんだ?」「なぜうまくいかないんだ?」「なぜうまくいくのか?」という自分に対する質問が上手だったという。
そのことによって新しい動物園ができる。
よき質問は自分の立場を考える。
次に相手の立場を考える。
そしてその「私と相手とのやりとりを見ている第三者の自分」をいつも想定できるかどうか。
それがいい質問を繰り出すための条件であると。
このへんはやっぱり見事だというふうに思う。
ぜひ「よき質問ができる人に」という一冊。

posted by ひと at 10:35| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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