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2018年04月13日

2017年7月17〜28日◆人体5億年の記憶(前編)

この本以外からの引用なのか、番組で言っている内容がちょいちょい本の中にはない個所がある。
いつものように本に書かれている部分のみ抜粋するけど。

人体 5億年の記憶: 解剖学者・三木成夫の世界



以前にも番組で取り上げている三木成夫さん。
その三木成夫さんの授業を受けられた学生さんの著書。
もう結構年月が経っているので著者(布施英利さん)も中年以上の年齢になられた方。

 1980年のことだ。その年の4月、私は上野の東京芸術大学に入学した。そこで奇妙な授業を受けた。
 「保健体育」という科目が、五月の連休の頃、集中講義としてあった。講義では保健体育という名称の授業らしからぬ、独特な話がされた。
−中略−ある音を流した。子宮にマイクを入れて録音したという、心音や血液が流れる音だ。−中略−性の行動の果てに、どんな世界があるのか。それを実感させることで、生命の尊さと性の厳粛さを伝えようとしたのだろう。(9〜10頁)

非常に常識を突き破るような授業をなさった。

塩を持ってきて、それを持った手を、バーテンがカクテルを作るように動かす。「メビウスの輪の軌跡の動きが、いちばんベストだ」という。動きを止めて、最前列の学生に、その塩を舐めさせ(じつはその前に比較のために一回舐めさせてあり、メビウスの輪にゆすった後、また舐めさせたのだ)、「どうだ、味が変化したろう。甘くなっただろう」などという。−中略−三木先生は、メビウスの輪というより「らせん」の形と動きに、深い意味と価値を認めていて、らせんの動きを、学生に生々しく伝えようとしていたのだ。(11頁)

それでその「らせんの形」とういところからウンコが偉大な証拠であるという。
東京芸大の学生さんたちが、三木の授業が終わるたびに「授業のできがいい」とスタンディングオベーションしたという。
(本には「東京大学の医学部の学生が特別講義を聞き終わった後、感動の余り拍手したという伝説の解剖学者」という記述のみ)

三木はヒトの体を大きく二つに分けてみていた。「植物性器官」と「動物性器官」である。(33頁)

「全部動物ではないか?」と私どもはつい、人間をそんなふうに考えてしまう。
三木さんは独特。

からだの基本形は何か?
 三木は、それを「一本の管」であると考えた。口から始まって、胃や腸を通り、肛門という出口へと至る一本の、管。
(123頁)

 それは、ただの動物のぬいぐるみではなかった。体の中も作られていたのだ。しかも、普通の内部構造、というものではない。三木先生は教壇で、ぬいぐるみをつまんで、くるっとひっくり返す。靴下を裏返して、表と裏を逆にするような要領だ。すると、その小動物の姿は内側に包み込まれ、その代りに、内側にあった形が、表面に現れる。裏返して現れたのは、植物の樹木の形だ。ぬいぐるみのような素材の造形物なので、太く丸みを帯びている。リアルな樹木っぽくはないが、幹があり枝が伸び、葉が付いていて植物の形をしている。(12頁)

小腸というのが栄養を吸収する大事な器官で、新陳代謝の回転が早い。
それでガンの発生があまり見られない。
「小腸ガン」は聞いたことがない。
武田先生の奥様曰く「小腸は回転が早い」。
それでありとあらゆるものを作ってしまう。
神経伝達物質からタンパク質から何とかバーッと。
それでこれから排出するものを再処理する、最後に取り上げるのが大腸。
ここは古いのでガンが発生しやすい。

人間はとどのつまり一本の管である。
この管を引っくり返していくと細かな根の密集した樹木の根、根毛みたいな内臓器官があるのだが、その根が栄養と生殖を支配する。
「ムラっときた」とかと言うが「ムラっと」という感覚は内臓が支配している。
地上が感覚、伝達、運動の動物的側面であるのに対し、神経の情報、筋肉、骨、体の動きの世界は内側にあるという。
内臓にあるという。

三木はそれを肛門からの脱腸にたとえて、「顔というのは、脱腸が張り付いているようなものだ」と言っていた。(71頁)

 えらが、顔の筋肉になった。(71頁)

水族館でエイの裏側を見ると、やはりいくつもの切れ目(=えら)が並んでいる。もっと原始的な魚、ヤツメウナギなどを見ると、八つの穴が並んでいるように見えるが、そのうちの一つは目だが、残りの七つはえらだ。(67頁)

中生代1億年かけて海と陸とが激しく揺れ動いた1億年の時代があって「バリスカン造山運動」という時期があった。
(調べてみたが「バリスカン造山運動」は中生代ではなく古生代後期のようだ)
これは大変だっただろう。
陸地が盛り上がったと思ったら海の底に沈んで。
海の底だったと思ったのがブワーッと盛り上がって山になるという。
ヒマラヤもそう。
昔海底だった。
奥様と温泉旅行で伊豆に行った武田先生。
あれは島だったようで、ゴーンとぶつかった。
修善寺あたりを先頭にしておいて、下田が一番の島の尻で。
だからあそこは山のタイプが変わる。
ものすごく山が高い。
押し出された分が高くなっている。
そこに修善寺の岩山があったり。

天城越え



あれはメリメリメリメリと押されてしまって。
下田から天城越えはもういきなり坂道。
それでループ橋で上り下りしなきゃいけないぐらい、らせんで。
それは伊豆半島はああやってめり込んだから、それがバリスカン造山運動で島は動くわ大陸は裂けるわ。
(伊豆はバリスカンとは関係ないようだが)
裂けたと思った大陸、海になったと思った瞬間、海の底が盛り上がって、かつて海だったところが今度は陸になったりする。
そうするとそれについていけない魚類がいた。
それが何万匹何億匹と浅瀬に取り残される。
そいつらがギリギリの水でゼイゼイ言っているうちにもうエラ呼吸をやっている暇がない。
「これ塞いだ方がいいや」というので塞ぎ始める。
それで穴を一か所にまとめて口にしちゃって、耳の穴、鼻の穴にして。
それでゆっくりとヒレなんかを手足にしたという。
そこから両生類が始まる。
だから1億年は辛かったろう。
1億年、そんな目に遭っている。
それでめちゃくちゃ苦しんでいるうちに表情を作る筋肉になっていった。
顔とは腸の入り口であり、新しい仕事として嚥下、飲み込むその筋肉、発声、そして泣き笑いする表情。
表情というのは何かというと、内臓の意思を伝える道具。
ものを噛む、すする、舐める、声まで変化するのだが、実は内臓の思いを伝えるために顔の筋肉となった。
だからやっぱりあれは間違っていない。
「ムカつく!」
あれは本当にムカついている。

(番組冒頭のインタビューから続くスマートフォンの話が入るが、この部分は割愛)

五感は、まずは二つに分けられる。−中略−「近接受容器」と「遠隔受容器」だ。触覚器(皮膚)と味覚器(舌)が、近接受容器となる。−中略−嗅覚器(鼻)と聴覚器(耳)と視覚器(目)が、遠隔受容器となる。(97頁)

 三木は、舌という身体の部位について、進化の観点からも説明する。−中略−
 「ミミズのような下等動物では、この味細胞が触細胞と同じく全身に散らばり、からだ中で味をきき分けることができる。
(99頁)

だからアイツ(ミミズ)はこうやって地中の中に「うわぁ!塩辛ぇ〜!」とかって言いながら動いているのだろう。
魚類ぐらいから味を味わうというのは口の中に集めた。

 「舌は、口腔の底がもり上がった筋肉の塊を口腔の粘膜がおおったものである。この筋肉は、くびの前面の筋肉の続きで、手足と同じ体壁系、すなわち動物性筋肉に属する」(『ヒトのからだ』、110ページ)(100頁)

舌はどうやら三番目の手である。
「舐める」というのは触るのと同じこと。

まず子どもは、なんでも舐めるのだ。−中略−目や耳よりも、まず舌で、それを触覚といってもいいが、世界を把握しようとする。(223〜224頁)

ものすごくこの「舐める」という感覚が大事なのは、何せ我々は呼び名として「哺乳」類。
「乳を吸う」という。
乳を舐める生き物。
だから我々は唇と舌でおっ母さんの乳を吸ったというこの経験がこの世に生まれてきた一歩目の人間としての体験だから、舐めるというのは重大な感覚。

 三木は、このようなことから、たとえば接吻という、舌と舌を絡ませる男女の行為について、それが身体的にいかに「深い」ものであるか、大学の講義で熱く語っていた。(100頁)

若いうちしかしないが。
昨日、(綾小路)きみまろさんのアレ(CDか何かか)を聴きながら「本当におっしゃる通りだ」と思った武田先生。
お父さん!
若い頃、お父さんに叫んだ「めちゃくちゃにして!」。
そしたらお父さんが言うんです。
「めちゃくちゃにしなくても、オマエはめちゃくちゃになった」

でも若い頃を思い出しましょう。
本当に内臓感覚として舐めなければ確認できない何かがあった。
そういうところを三木先生がおっしゃっているのが面白い武田先生。
この先生がおっしゃっている中で「脳は意識を支配しています。しかし私たちは内臓の中にこころを持っている」。

舌を使ってものを確認するという。
それが人類の一番最初。
お母さんのおっぱいがわからないと死んでしまうわけだから。
だから人々は舌でものを確認する。
その中に男女の唇を重ねるとか舌を絡ませるとかというのは実に哺乳類的行為ではなかろうかという。
舌による愛撫を細かく見ていく。
相手を「舐める」「吸う」「噛む」。
これはまさしく接触行為と同様。
本当に考えた武田先生。
男は何で好きな人に向かって「舐める」「吸う」「噛む」をやりたがるのだろう。
本能。
その本能のことを「本能」で逃げないで「内臓」と呼ぶ。
それが三木先生の考え方。

武田先生の自説。
なぜ人は愛する人に対して「噛む」をやりたがるのか?
何とかさんというかわいらしいアイドルの人は猫を飲む人がいる。
口の中に猫の頭を入れる「猫吸い」。

夜の歌



『夜の歌』という自伝的小説をお書きになった作家、なかにし礼さん。
この方が中国大陸で迎えた敗戦によって大日本帝国崩壊の混乱を7歳で体験なさっている。
この7歳で体験し、しかもソ連機戦闘機の銃撃あるいはソ連兵の婦女暴行、殺人
中国人の盗み等々の生き地獄の中で隠れ住むような暮らしをなさっていて、いよいよ明日、日本に引き上げるという時に白系ロシアの美少女とお医者さまごっこをやっている。
小説として書かれているが、実際にあったことではないかと思う武田先生。

 ナターシャは私のまだ子供のチンチンを手で愛撫し、口に含んで愛しげにもてあそんだ。
 私は夢の中にでもいるかのように快感に身ぶるいしたが、だからといって、それ以上のことにはならなかった。
「レイのピーシャ可愛い! まだ七歳だものね」
 と薄く笑ってナターシャは自分の下腹部に私の手を誘導した。
「これ私のピーシャ。トゥローガチ!」
 触れと命じた。私は言われる通りにした。そこにはうっすらと柔らかい毛が生えていて、その下の方にはもう一つの口のようなものがあった。そのピーシャの上を私の手が物珍しそうにさまよっていると、
「ハラショ、ハラショ、ピーシャハラショ」
 と甘い声を出して身をよじり、私の指が恐る恐る中へ入ろうとすると、
「レイ、イヤ・リュブリュ・チュビア」
 私を強く抱きしめ両足を開いた。
「愛するということは舐めるということよ。動物も人間も愛しいと思ったものに頬ずりし、舐めるものなの。リーザイチ、それが愛情の表現なのよ。それが自然なのよ」
(『夜の歌』179〜180頁)

ソ連兵が乱暴を繰り返し、逃げていく日本人を惨殺し、中国人がものをかっぱらう、日本人を騙すという。
そういう最悪、最低の魑魅魍魎の世界の中で白系ロシアの娘、ソ連でも差別されている白系ロシアの娘。
綺麗な綺麗な中学一年生ぐらいのお姉さんの娘が7歳の日本人少年のオチンチンを触る。
それは死に取り囲まれれば少年や少女でさえも性にすがるという、もう重大な、なかにし礼からの指摘。
やがてこれらの引き揚げ体験が、なかにし礼の中で戦後歌謡曲になっていく。
この文章を読んだ時に三木成夫が言う「舐めるという行為が哺乳類の行為としていかに重大か」ということを感じた武田先生。

三木教授の指摘は舐めることは性へ繋がり、その性はどこに繋がっているかというと内臓へつながっている。
内臓はどこへつながっているか。
宇宙へつながっている。

 うんちは、日本語では大便という。大きな、便りだ。ではその便りは、どこから来るのか?それは宇宙から、としか答えようがない。(129頁)

海のサンゴは、6月の満月の夜に、一斉に産卵をする。サンゴなどという、理性や知性のかけらもない生き物が、いつが夏の初めの満月の夜なのか、それを知っていて、そのカレンダーに合わせて産卵をする。−中略−
 クサフグは、7月の満月の大潮の夜、日没から一時間後が大潮の満潮になる日にいっせいに産卵する。
(126頁)

彼らは決して間違えない。
なぜなら間違えたものは今までですでに死んでいる。
今、その時を間違えないものだけが生き残った。
これら生き物はその臓器が宇宙のリズムと結ばれている。

太陽や月の運行によって生まれる、海辺のカレンダー、それを察知するのが、この「遠・観得」で、それこそが「こころ」の正体であると三木は考えた。
 この一本の管を通って、からだの外に出てくるのが大便、つまりうんちである。三木はこのうんちに、こころが宿っていると考えた。
(128〜129頁)

 そもそも「こころ」という文字を眺めていると、その文字の形態が、自分にはうんちのあの形に似て見えて仕方ない。漢字で「心」と書いても、やはり巻きグソの、あのうねりとかさなって見える。(129頁)

(番組中では著者の意見も三木成夫の意見も区別せずに紹介しているが、上記は著者の意見)
「心」の古代系は金文に残っているが、ちょっと垂れ下がったオチンチンのよう。
男性性器とも言われているが、やっぱり「心」というのは内臓的。
排泄もそうだし、腎臓なども内臓の一部。
そこは植物的世界と同期リズムを持っている。

寄生虫が最も住み着くのが「腸」。
腸に住んでいる細菌が人間を操っているという説が最近グングン出てきている。
こういうことを考えているから「内臓支配」という考え方で世界を見てはどうだろうか?という。

posted by ひと at 20:00| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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