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2018年11月07日

2018年7月2〜6日◆バナナがなくなる前に

これの続きです。

世界からバナナがなくなるまえに: 食糧危機に立ち向かう科学者たち



自然は決して人間に従うことはない。
自然を従えていると思い込んでいる者に、自然は実に自然に復讐をする。
南沙諸島の問題は大丈夫なのか?
天気予報を見てください。
あそこはバンバカ台風が来ている。
サンゴ礁を平地にして、遮二無二にそこに船とか飛行機を置いている。
あれは飛ばされる。
そんなことを思うと人間というのは自然を従えているつもりかも知れないが、自然には基地とか何とか一切関係ない。
そんなつもりでぜひ聞いて欲しい。

アメリカ自動車王のヘンリー・フォードさん。
この人の夢は一体何だったのか?
この人は何を革命を起こしたかと言うと大量生産。
同じものをいっぱい作るというシステム作りで成功した人がフォード。
これのおかげで車がガン!と安くなったのだが。
ヘンリー・フォードさんは車の大量生産で革命を起こした人なのだが、この人は実は農業にも手を出した。
車は工業製品。
ところが一か所だけ農業がうまくできないと、できない部品がある。

 自動車は石油と鉄鋼を必要とする。−中略−自動車にはゴムも必要だ。−中略−それはアマゾン川の南方の熱帯雨林地域を原産とするパラゴムノキ(Hevea brasiliencis)という木から採取される。(191頁)

だがパラゴムノキは、食物としてより重要であった。種子は食用になる。−中略−しかし一七七〇年、(やがて酸素を発見する)進取の気質に富むイギリスの科学者ジョセフ・プリーストリーが、凝固したゴムの樹液で鉛筆のなぐり書きを消せることに気づく。−中略−
 しかし二つの発明によて、すべては変わる。一つはレインコートだ。チャールズ・マッキントッシュは薄いゴムのあいだに繊維をサンドウィッチのようにはさむことで、防水性の布地や、のちにはコートを製造できるようにした(それゆえ「レインコート」は「マッキントッシュ」とも言われる)。もう一つは加硫法(Vulcanization)である。
−中略−加硫法は、貧困にあえぎながら大きな夢を抱いていたチャールズ・グッドイヤーによって一九三九年に考案された。彼はゴムの耐久性を向上させようと何年も苦心していた。ある日、ゴムと硫黄を混ぜ、ストーブの上に置いてみた。−中略−グッドイアー(原文ママ)は、硫黄によって弾力性と抵抗力が加わり、ゴムがより安定したと理解した。加硫法の発明により、さまざまな製品に、やがてはタイヤにゴムを使えるようになったのだ。(192頁)

ゴムというのは最初食物だったが消しゴムになってカッパになって靴底になってタイヤになったという。
でも、これは繰り返し言っておくが食物。
このゴムというのがまた西洋列強にとってはムカッ腹立つことに、イギリス辺りではできない。
アメリカでもできない。
暖かいところじゃないと。
これは「もってこい」ということでイギリスはアジア支配をする中で90%のゴムを独占した。
だからイギリス辺りからお金でゴムを買わないと、マレーシア、インドネシアのゴムが手に入らなかった。

 ヘンリー・フォードは、自動車の製造のために熱帯アジアに依存することを好まず、生産過程をコントロールしたかった。(195頁)

一九一二年の時点では、アジアのラテックスの生産量は八五〇〇トンであった。それが一九一四年には七万一〇〇〇トン、一九二一年には三七万トンに増大している。(194〜195頁)

ちょうどその頃、イギリス経由でゴムを買っていたアメリカの自動車王フォードはゴムを買うことをよしとしなかった。
全部自分のところで作って純益の嵩を上げたいという。
もうアジアに出て行く隙間がない
イギリス、フランス、オランダ。
いろんな所が、列強が植民地にしているから。
アジアはダメだ、と。
そこでフォードが狙ったところがアマゾン。
アマゾンの熱帯雨林にフォードのゴムノキ生産農場を作った。
このスケールがすごい。

一〇〇万ヘクタールの土地が開墾された。(195頁)

1ヘクタールが1万平方メートルだから3025坪。
だから何坪になるかというと30億2500坪。
その1辺の距離を車でだいたい60〜70キロで行くと世田谷〜成田。
1辺行くのに1時間20分ぐらいかかる。
それぐらいの広大な土地を手に入れて。
フォードはやることがすごい。

二〇万本の木を種子から育てるために二〇〇〇人以上の労働者が雇われた。−中略−要するに、ミシガン州の自動車工場の組み立てラインをモデルにフォードランディアを建設しようとしたのだ。(195頁)

フォードが雇った二〇〇〇人の労働者は、家屋やバラックで暮らしていた。プランテーションは、最終的に一万二〇〇〇人を抱える。コミュニティの健全性を保つために、飲酒や喫煙は禁じられ−中略−食事は無料で提供されたが、食糧はトウモロコシやダイズではなくコムギやジャガイモが、ブラジルではなくアメリカ中西部から調達された。余暇は、教会、レクリエーション施設、ゴルフコース、図書館で過ごすことができた。現地に一度も足を運ばなかったフォードは、雇用者のうちゴルフをする者は誰もおらず、ほとんどが名ばかりのキリスト教徒であり、多くの人が文盲であることを知らなかったらしい。(196〜197頁)

王国を支配するのはフォードが派遣した植物学者。
と言ってもこの人たちは、やっぱりエンジニアとビジネスマン。
植物のことを知るよりも、いかに早くゴムを生産するか、という。
(番組では上記のように名ばかりではあっても植物学者を派遣したように言っているが、本によると植物学者を現地に送っていない)
こういうことはやっぱり一事が万事ある。
このフォードのゴム工場の最大の欠点は順調な計算はすぐできるが、失敗を予想できない。
何を計算していなかったかというとゴムノキの病気に関して対策の手を打てる専門家が一人もいない。

南米葉枯病(Pseudocercospora ulei)と呼ばれる子嚢菌である。−中略−農園労働者は南米葉枯病について聞いてはいた。それは太古の怪物で、熱帯雨林の奥深くに潜む、説明不能なジャングルの悪魔であった。(198頁)

アジアのプランテーションをマネしているから、フォードさんはずっとゴムノキを並べる。
プランテーションはもう一面同じ木。
このゴムノキをザーッと世田谷から成田まで並べたという。
全部同じ木。
これがまず間違い。
これは一番、ゴムノキが嫌う植え方。
このあたり、植物の復讐がゆっくり始まる。

フォードがアマゾンの密林に作ったゴムの生産工場。
ゴム畑の話。
70万本に達したゴムノキは順調に成長した。
1934年まですべてが順調だった。
そしていよいよゴムノキからラテックスというゴムの汁が流れ落ちる収穫直前の1935年、一本の木に突然葉枯病が出現。

緑の葉は黒ずんであばたのようになり、やがて腐って地面に落ちた。−中略−木は再度成長しようにも、若枝の発育は阻害され、小さな葉をつけることができるだけだった。しかもその葉も、黒ずんでしおれた。葉枯病は古木から若木に、さらには苗木床の小さな木や苗にも拡大していく。(200頁)

すべての葉が落ちきって70万本全部が死んだ。
もうまったくラテックス一滴も採れないという。
(このあたりの話はかなり本とは異なる。「70万本」はフォードランディアの失敗の後に新設されたより大規模なプランテーションでの数。ラテックスは一滴も採れないということはなくフォードランディアもそのあとのプランテーションでもラテックスは生産できていた)
何でこんなに病の広がりが速いのかというと、並べて植え過ぎ。
これはやっぱり問題がある。
牛を飼うにしてもニワトリにしても「たくさん飼う」というのはこの病に関してはものすごくもろい。
ゴムノキ自身はそのことを知っている。
だからゴムノキは100m以内は同じ木になりたくない。

ゴムノキの果実は乾燥すると、ねじれてはける。それによって、種子は最大で一〇〇メートル先まで飛ばされる。川に落ちた種子は、さらに遠くまで数十キロメートルほど運ばれる。(199頁)

それくらい葉陰を嫌う。
葉陰になるとたちまちそこから葉枯病が成長するという。
この葉枯病の残忍さは葉っぱを食べるために育ちきってから一斉に病気になる。
ところがフォードはあきらめない。

一九三六年、彼はプランテーションを別の場所に移す。熱帯雨林を伐採し、フォードランディアよりさらに広い敷地を確保したのである。(201頁)

このことを踏まえて50万本を植えて。
(本によると苗木が500万本、生育した木が70万本なので「50万本」がどこから出てきたのか不明)
土地改良とアメリカお得意の農薬で育て上げたという。
これは焦るのもわかる。
1936年。
これはヨーロッパにヒトラーが出現して、欧州は戦場になりつつあり「車の需要がものすごく必要」という。
そのためにも彼は、ゴムを自らの手で生産し、ゴムタイヤを輸出したい。
そして、この1936年から苦労して何年か待った後、いよいよラテックス収穫の時かと思ったらまた災難が襲ってくる。

今回は(少なくとも最初は)葉枯病ではなく、害虫の突発だった。グンバイムシ、アカムシ、コナジラミ、ヒメアリ、ゾウムシ、ヨコバイ、ツノゼミ、ガなどの害虫が襲ってきて、プランテーションの端から端までゴムノキを食い尽くしたのである。数千人が動員され、手で害虫をつまみ取った。魚類の毒素を成分とする新たな殺虫剤が撒かれた。(201頁)

それをやれとフォードがニューヨークでテーブルを叩いて絶叫する。
「儲ける戦争がすぐそこまできてるんだ!やれー!」と言う。
とにかく朝から晩までとりあえず効きそうな農薬は撒く。
フォードのゴム農園はまるで一日中霧がかかった状態だったという。
(このあたりは本にはないので想像か?)
これでやっと虫が落ちて死に始めた。

そうこうしているうちに、葉枯病が舞い戻ってくる。再びゴムノキから葉が失われ、今回は二度と生えてくることがなかった。(202頁)

アマゾンのジャングルというのは病原菌に関しても最高の天国。
あまりに虫、葉枯病が交代で襲ってくるので「ここは呪われている」という噂が広がって従業員たちが逃げ出しはじめた。
(という話も本にはない)
彼の経営はニューヨークではもう万能。
しかしジャングルでは実に無力で役に立たなかった。

フォードはもう撤退する。
でもここはアメリカのまた「アメリカ魂」というか、ゴム作りに挑んでいく。
それで化学的なゴムを作ろうということで合成ゴムの研究に乗り出す。
この合成ゴムの完成が戦争にすごく役に立った。
その合成ゴムで爆撃機とか戦闘機、車両等々をアメリカ軍は山ほど作る。
その機器を対日本戦に合わせて合成ゴムで乗り切ったという。
だからやっぱり戦争は空母とか戦闘機とか言うが、底辺にあるのはねじの一個とかタイヤの原材料のゴムとかのこと。
この合成ゴムというのは石油生成。
石油から作っていく。
だからアメリカのお得意はお得意。
それでこの合成ゴムで天然ゴムの需要は減ると思われたが、ゴムの戦いは永遠と続く。

 一つの問題は、一九七三年に産油国がアメリカに対して石油輸出禁止措置をとったために引き起こされた石油危機に起因する。天然ゴムも輸送や加工の工程で石油を必要とするが、合成ゴムの石油への依存度はそれとは次元が違う。だから石油危機が到来したとき、合成ゴムの価格は、絶対的にも天然ゴムと比較しても劇的に高騰したのである。そのときには、天然ゴムの使用量が増えている。産油国の石油輸出禁止措置が解除されれば、天然ゴムの使用量は減ってもおかしくはなかったが、そうはならなかった。理由はまったく意外なものであった。ラジアルタイヤの登場である。(204頁)

ラジアルタイヤは、車のタイヤの素材として十分な強度を確保するために、その側壁に天然ゴムを使用しなければならなかったことである。(205頁)

それでまた天然ゴムが必要だということで天然ゴムを欲しがるようになって、ゴム戦争はいまだに続いている。
大戦中から戦後までアマゾンに入りゴムノキの種を探し続ける「シードハンター」。
これは新しいゴムノキが欲しくて探し続ける人がいる。
彼はアジアとは違う品種を探して。
また、掛け合わせることによって廉価で提供できるゴムノキをとにかく見つけたい。
葉枯病に強い木でないとダメなんだけれども、現状では強いゴムノキもあるのだが、それはラジアルに向いていなかったりする。
この辺は実に難しい。
未だに続々とそのアマゾンなんかのジャングルに入り、新種のゴムノキを探す人というのが山ほどいる。
私たちは何となくだが、戦争とか何とかと言うとすぐ兵器を連想するけれども基礎の材料というものがなければ何もできない。
その植物に関して無知であるということがいかに危険か。
そういうことを防衛力を上げるためにも必要だ、という。
逆の意味で言うと「核を持つ・持たない」。
日本の周りはほとんど核を持っているワケだから。
極論を言うと「核を持った方がいいんじゃないか」とかいう人がいるが、でも、そんな武器を持つよりも逆に「何か」を持てば、そこに日本の生きる道が。
「まさかそういう兵器とか戦争というところにゴムとか植物とかは『関係ない』と思っている」という水谷譲。
ところがとんでもない。
やっぱり自然から学ぶというのはたくさんあると思う。

(最終日は次に紹介する本の予告編)

植物は〈未来〉を知っている―9つの能力から芽生えるテクノロジー革命



植物というと「自分たちとはあまり関係のない」というか、同じ生物でも生き物のごとく植物を見ることはない。
何もやっていないのに玄関の横のミニバラが5月にちゃんと咲いたり、アジサイが何もしていないのに毎年花を咲かせたりするのを見ると「この人たちすごいな」と思う水谷譲。
6月のこと「梅雨だ梅雨だ」というワリにはさっぱり雨が降らない関東地方。
武田先生の家の近所にアジサイの並木道がある。
そこがものすごくきれいな色を付けている。
天気はピーカン。
だからコイツらもちょっと天気予報の何かお兄さんとかおじさんたちの言うことを聞き過ぎじゃないか?
世の中で枯れているアジサイぐらい無残なものはない。
「来年、これ咲かないだろうな」というぐらい枯れている。
でもちゃんと咲く。
ちょっと仕事で何日か転々と歩いて、夜タクシーで帰ってくる。
そこの遊歩道を通る。
フッとそのヘッドライトに照らされたアジサイの小路を見ると不気味なぐらいアジサイが青々と。
あまりにも色鮮やかなアジサイを見てギクッとしたりなんかして、次の朝、雨音で目覚めたりなんかすると「昨日のアジサイは雨、待ってたんだ。だからあんな顔色になったんだ」という「生き物扱い」をしてしまう。
何か植物が生き物に見えてくる瞬間というのがある、という。
そういう時に出くわしたのが『植物は〈未来〉を知っている』という本。

藤子不二雄先生の漫画が大好きな武田先生。
『ドラえもん』の先生。
確かタイトルが『緑の街』。
(調べてみたところ『みどりの守り神』という漫画のようだ)
そういう漫画があった。
昔読んだがいまだにその漫画が忘れられない。
どういう漫画かというと戦争か何かで世界が消えた後の街なのだが、人間が戦争で消えた街に一番最初に戻ってきたのが緑。
緑の木々とかツル、花の植物が、人間のいない街にバーッと咲いている。
そこに生き延びた人間が植物の下とかで寝たりなんかすると、目を覚ますとその人間の脇に木の実が置いてあって食べると美味しかったりする。
どこに行っても木の実とか花の実とか。
それから喉が渇くとツルを切ると水が出てくる植物にバッタリ会ったりなんか。
その時にその主人公が「植物のヤツが意識を持っている」と言う。
彼らもまた人間が吐く二酸化炭素がないと生きていけないので「人間を増やすつもりなんだ」という。
そうすると巨大な木から握手を求めるが如くツルが人間の手に巻きつくという。
それで「もう一度初めから君たちを世界を作ろう」というところでエンドマーク。
その「プラント」植物が意識を持って、人間が農業を育てたように植物の方が人間を育てていて吐く息を待ちかねるという、逆サイドから見たものの見方は面白い。
そのことのバランスが人間という動物の歴史を作ったんであって、この動物の歴史は動物のみではできなかった。
そうやって考えていくと実は、案外植物は「人間の未来をコントロールする力を持っているのではないか」という。

posted by ひと at 11:07| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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