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2018年12月31日

2018年9月3〜14日◆スキャンダル 突き落とされた人々(後編)

これの続きです。

アマチュア考古学者、相澤忠洋の人生を辿っている。
この人の人生を辿ると、その後の捏造事件の深い真相なんかも見えてくる。

一生懸命働くよい少年だったのだろう。
上野のそのお店が彼に自転車を貸してくれたそうで。
(本によると自転車は浅草の履物屋のもの)
その自転車に乗り小豆沢に出かける。
それで一生懸命スコップで掘っていくという。
だからやはりその頃の日本は、いい人ばかり住んでいたのだろう。
夕暮れになると少年が土をほじくり返しているので近所のおばさんが来て「兄ちゃん何やってんの?ああ、土器探してんのかい?お腹空いたろ?ほら」といいながらサツマイモをくれたり。
(本によると道に迷って小豆沢にはたどり着けず。近くにあった民家に水をもらいに行ったところ、サツマイモを出された)
だんだん「あの子は土器を探してるんだよ」というのがその板橋区小豆沢あたりで有名になった。
(ということはない)
そのうち別のおばさんが「うちの庭掘ってごらんよ。うちの庭だ、何だか知んないけどさー、貝殻がボロボロボロボロ出てくんだよ」。
「そうですか。じゃあ掘らしてください」と言いながら、おばちゃんの所の庭を掘る。
貰ったイモか何か喰いながら。
(番組では上記のように「別のおばさん」となっているが、貝殻が出ると言ったのは最初にサツマイモをくれた人)
土器片をいくつも発掘していく。
その土器片を教えてくれたあの博物館の考古学に詳しいお兄さんのところに駆けて行って「これはこの間、小豆沢で見つけたんです!」と言うと、そのまた学芸員をしていたお兄さんがよい人だったのだろう。
「今度○○博士がやってくるから訊いてみるよ、これ」
(最初の時点で小豆沢にはたどり着けていないので、小豆沢で掘るようになったのは「おばさん」とは別件。最初に親切にしてくれた人は学芸員ではないし、この時に行ったという記述はないし、この後の文章も大幅に本の内容とは異なる)
そうしたら何とこれが、大変な土器の発見につながっていった。
もうただのおばさん家の裏庭じゃなくて、土器片、石器片の発掘が相次ぐ。
相澤少年は誘導灯に誘われるがまま、土の中の遺跡を掘る青年になっていくという。
後に兵隊にとられ苦労はするものの、戦争が終わると桐生横山町というところに住んで、戦後は一人暮らし。
闇市の物品を仕入れて手売りで歩くという商売をしながらも、そこでも「あそこには土器が出るぜ」という噂を聞くとスコップを持って土をはぐという日々を過ごす。
でもこの熱心さは一種、健気すぎて一直線すぎて布団も綿がなくなっちゃって。

「布団といっても、中の綿が飛び出したすごい布団です。布団の綿は土器が壊れないように包むのに使っていたので、中身が少なくなっていました。私はその少なくなっていた綿を出して包まり、堀越さんは布団の皮≠体に巻き付けて寝てた。(57頁)

もう極貧生活。
ところが二十代の前半の時、そのいつも通う稲荷山の切り通しで発見した黒曜石が日本の石器時代を発見するということで、彼は考古学界の大ヒーローになる。
そして大発見の人生を抱え込むことになる。
ところが岩宿遺跡の発見者は誰かという問題が相澤と杉原の間でわだかまる。
杉原さんは中途まですごくいい人なのだが、だんだん発見が重大になっていく。
そうすると杉原さんがあんまり相澤さんのことを言わなくなる。
「私が見つけた手斧は」ばっかり語るようになり、二人の間にわだかまりが。
だから難しい。
相澤の黒曜石は文化財の扱いを受けない。
でも杉原が発見した石斧は重要文化財の指定を受ける。
メディアは相澤のことを「アマチュア考古学者」とのみ伝えるワケで。
(相澤の名を掲載せず「アマチュア考古学者」と発表したのは毎日新聞のみ)
さらに朝日は相澤を「岩宿の発見者」とし「旧石器の発見者は杉原とする」という。
(本には朝日には「東京考古学会会員で桐生市在住の相沢忠洋氏」と書いてあったという記述のみ)
メディアでも扱いが変わってくる。
この二人のわだかまりに芹沢は「すべては相澤と知り合った自分から大発見が始まった」と思うようになる。
ところが杉原は発見のすべてを牛耳っているというような感じになり、芹沢は師である杉原に、わだかまりを持つようになる。
芹沢さんも学者さんになっていくが、どの論文でも杉原を無視するようになるという。
人間関係というのはなかなか難しい。
このあたりが実は考古学の根っ子にあるという。
これは今も変わりないのではないか?
スキャンダルの裏には実はその前に深い病巣というか、根っ子があるのかもしれない。
だからただ単純に「あの人はいい人で、この人は悪い人」と言われないのがスキャンダル。

相澤忠洋というアマチュア考古学者がいる。
彼の紹介の元でまた別の石器を発見した大学教授、明大の杉原教授がいる。
この二人が「旧石器を発見したのは自分である」という。
そこにこだわり始めると「それは相澤さんが気の毒だ」と思う考古学ボーイが出てくる。
これが芹沢さん。
ちょっとややこしい。
杉原さんのお弟子さんが芹沢さん。
アマチュアの相澤さんがいる。
相澤さんの導きで旧石器の発見があった。
その相澤さんを横に置いておいて自分を売り出そうとする杉原という先生が教え子の芹沢さんは気に入らない。
そういうことも黙って耐えているアマチュアの相澤さんのことが好きになって、好きになった分だけ師匠の杉原さんが許せなくなってしまうという。
人間の感情は動く。
芹沢さんは夢を見る。
それは何かというと、相澤と組んで岩宿から杉原という先生を圧倒する大発見をすること。
それが自分の生きる道ではないかと思うようになる。
この芹沢さんは自分の学問をさらに深めるために明治大学に居残らない。
「先生と違う所に行った方がいいんだ」ということで東北大学。
そこに居を構え、足場を作る。
芹沢には仮説があった。
それは何かというと、杉原の石斧は旧石器後期のもの。
杉原を打ち倒すために芹沢が夢見たのは後期ではなくて前期。
さらに古い時代の石器を見つけること。
芹沢は相澤を先頭にし、相澤さんがいるとたくさんのアマチュア考古学者が集まってくる。
そういうアマチュアの力を結集し「共に掘ろう」ということで。
旧石器、それも前期の発掘に燃える。
この芹沢という人はアマチュアをものすごく大事にした。
自分のところの杉原教授が冷たかったから。
そのかわり芹沢は何としても自分の師匠である杉原を打ち倒すためにも狂気の如く「前期の旧石器を探す」ということに命を懸ける。
(このあたりの内容は本とはかなり趣が異なる)

人間らしい葛藤で、悲しみも含めて、世紀の大発見の後にはこうなってしまうのだろう。
長野県から情報が寄せられる。
これはやはり情報一つ。
「何かあのあたり出るみたいですよ」と言うので由井茂也くんという少年か青年がいて「矢出川という河原で旧石器みたいなものが出るんです」ということで、冬場、雪が降る中、全員で発掘に行っている。
そしてそこで黒曜石で細刃の刃を発見する。
この執念は凄い。
泥と雪、霜柱で、小さな石の刃の石器を見つけても見分けがつかない。
水で洗いたくても水をかけると凍って、今後抜けなくなってしまう。
「破損してしまう」ということで由井くん他の仲間たちに大声で叫び声を上げさせながら、その採石場の掘り出しに芹沢は燃えた、という。
何で大声で叫ばせたか?
熊が出現する。
だから数人が叫んで「その間に掘るように」ということで熊よけの叫び声を弟子たちに叫ばせながら。
(本によると叫んだのは熊をよけるためではなく「吹雪の中で黒いものが動いていると、熊と間違えて撃ってくる者がいる」から)
芹沢はもう、地に伏せて黒曜石で作ったカミソリ刃を固い霜柱の立った地面から引き出そうとする。

 とにかく出てきたものを確認するために必死だった芹沢は、雪の上に泥にまみれた石器を置き、その上から自分の小便をかけて洗った。(180頁)

(本には上記のように書いてあるが、番組では弟子にも命じて叫び声を上げながら辺り一面に小便をかけたと言っている)

芹沢は当時、「旧石器時代の終末期には、ユーラシア大陸と同じようにきわめて小さな石器、細石器の盛行した一時期があるにちがいない」という仮説を打ち立てていた。
 そんな自らの仮説を証明した第一歩が、この矢出川の細石刃発見だったのである。
(181頁)

つづいて向かった新潟県荒屋遺跡では四〇〇を超える後期旧石器を発掘した。また北海道では荒屋と同型の石器と、舌のような形をした茎部を持つ有舌尖頭器を発見している。−中略−
 芹沢は相澤と共に長崎県福井洞穴から、当時日本最古とされた土器を掘り出していた。芹沢はこの土器の古さを測るため、炭素一四年代測定法を使うことにした。
(182頁)

 当時の常識では、土器は約八〇〇〇年前に中近東で発見され、その後、世界各地へ広がったとされていた。−中略−
 しかし自然科学の炭素一四年代測定の検証によって、芹沢が発掘した土器は、約一万二〇〇〇年前という結果が出た。つまり、極東の果ての日本で、「世界最古の土器」が出土したということになる。
(183頁)

この発見は日本史どころではなく、世界史を揺るがす大発見ということになる。
中東から土器が始まったのではなくて、土器は日本から始まったんじゃないかという仮説も成り立つ。
これはひっくり返る。
これは大騒ぎになる。
縄文時代というのが、日本人が思っているより遥かに古い、長い年月を持っていた。
1万2千年前から一万年も続いた。
その時代が日本にはあったというふうに日本史が書き換えられた。

東北大学芹沢助教授は考古学界の台風の目になった。
これに対してかつての恩師、杉原は「負けてなるか!」というので岩宿遺跡にこもって再度発掘を進めて旧石器を発見する。
もう二人のケンカ腰の発掘合戦になる。
この物語の主人公である相澤さんは気がいい。
杉原教授に付き添っていらっしゃる。
杉原さんから頼まれると、相澤さんは「嫌」と言えなくて。
それでちょっとむごいことだが、この時の発掘した物は、これは読み間違いがあるかも知れないが、ほとんど杉原教授の発見ということで博物館に置かれた。

芹沢率いる東北大学のメンバーにより−中略−岩宿遺跡の再発掘調査が行われた。−中略−
 再発掘は一九七〇年(昭和四五)三月から一ヶ月間行われ、芹沢はそこで多数の珪岩製石器を発掘する。珪岩とは「チャート」と呼ばれる硬質の石のことで
(215頁)

芹沢はこれをもって「前期旧石器」ということにした。
これは大発見。
もう歴史はさらに3〜4万年以前から始まるという証拠を発見したという。
これに対して杉原は何と言ったかというと「それは石器ではない。礫である」。
(本によるとこれを言ったのは杉原ではない)
「自然の石だ」と言った。
外国に鑑定を頼もうということだったが(このあたりのページにはそういった記述は見つからない)前期旧石器と折り紙が付けられるのか、日本考古学界は「日本の地層を把握せずに、その結論は出せない」ということで芹沢長介さんの発見は強く否定される。
つまり「石器かどうか」というよりも石器が出た地層そのものをもう一回ちゃんと調べなおさないとわからないということで棚にあげられる。
対立する杉原らは芹沢の前期旧石器発見を「長介石器」と称して、からかい始める。
ここに二人の対立は深く根を持つことになる。

学者さんが「○○時代の土器発見」「石器発見」と言うと私たちはすぐに信じてしまう。
「へぇ〜そんな古いヤツなんだ」と思ってしまう。
断定はできない。
特に石器は自然物で「握りやすい形に丸まった斧らしきもの」とかというのは河原を探せば出てくる。
だからそれまで地層環境というのをよく把握せずに「発見発見」で騒いでいたのだが、実は芹沢さんも含め、日本の旧石器に関しては「かなり怪しいのではないか」と。
だが、国内ではこの芹沢一派と杉原一派というのは東北大学と明治大学で学閥で激突する。
その激突のさ中、芹沢さんは「負けてなるか」となお、全国のアマチュアに向かって「集まれ〜!」と声をかけるその一人にゴッドハンドの藤村が混じっていたという。

旧石器発見という、それも前期旧石器発見という日本の歴史を、いや、世界の歴史を塗り替える発見というのが1960年から70年に続く。
それはそれなりに武田先生も「これはすごいなぁ」と思っていた。
日本の考古学界は世界中から注目を一旦浴びた。
ところが冷や水を浴びせられる。
大学の学閥同士の激突が学会で始まった。
それは「片一方の学閥をやっつけよう」。
そのために東北大学、芹沢という人は日本中のアマチュアに声をかけて。
アマチュアに声をかけると様々な人が寄ってくる。
なにせヒーローがいるから。
相澤さんという日本の歴史を塗り替えたような人がアマチュアでいるワケだから。
だからやっぱりみんな憧れで集まってくる。
ところが人を集めているのは難しい。
そこに相澤さんにあこがれ続ける少し夢見がちな藤村という青年が混じっている。
この青年が芹沢さんの教えの元、土器石器を発掘し始める。
スキャンダルというのは不思議なもの。
この純朴な北の青年の藤村が、やがて考古学界に一大捏造事件を引き起こす。

スキャンダルというのは突風のごとく突然巻き起こるものではない。
人の感情があり、その人の感情が激しく行き交いし、渦巻き、絡み、波打ち、澱みができ、やがて思いもよらぬ人影によって一挙に破局にもっていくスキャンダルのうねりが生まれる。

ただ、事の真相を聞くとガックリくる時がある。
武田先生が人間ドックで行っている病院とよく似た名前のお医者さんを作る大学が「女の子の点数引く」と。
東京新聞:順大「女子、浪人差別」認める 医学部入試、2年で計165人不合格:社会(TOKYO Web)
失礼だ。
「科学的に物を見る」という医者。
医者を選抜する試験というのはそんなものなのか?
しかもお役人のエライさんの坊ちゃんは加点してくれる。
汚い。
京都で例の役(水戸黄門)を演っていた時に、何人もすれ違う人から「やっつけてください」と本当に言われた。
助と格を連れて乗り込もうかと思った。
テープを聞いたか?
「合格は予約ということで・・・」
あんなのは「越後屋」「代官」。
ところが「どこの大学でもこれやってんじゃねぇか」と。
何でかというと女の子が入ってくるのはいいのだが、病院の大看板であるところの「外科手術をやる医師がいなくなるんだ」という。
それはやはり「男の性」と「女の性」は違う。
子供の頃は人形を大事に抱きしめて寝ていた水谷譲。
ネコのぬいぐるみとかフランス人形っぽい柔らかいドレスを着ているようなお人形とか。
男の子にその人形を与えると、まずスカートをめくる。
「分解癖」というのは男の子の本能。
分け入る。
男の子のほとんど本能。
とにかく男の子は何かを見ると分解する。
ボールペンとか。
何でもバラバラに一回しないと気が済まない。
でも、そのことによって外科医が全然いなくなったら大変。
それだったら最初からそんなふうに言え。
女の子でどこを希望するかによって、外科医選ばないんだったら○と○というところで「女の子同士で戦ってください」とか。
「裏から入れてくれ」と頼んだ「はいはい、いいですよ」と言った大学の学長もいい加減でお医者さんになるには、また国家試験受けなきゃいけないので「だから入れるんだ」と。
とにかく、ささやかな人間関係のもつれとか澱みとか絡みが大きなスキャンダルに結び付く、という。

1972年(昭和47年)まで時は進んだ。
仙台東北大学の芹沢班、芹沢グループは県内のアマチュア考古学者に必死で情報を求め続けた。
「長介石器」と言って東京の方で自分の発見を嘲笑っている人がいる。
「どんどんオレが発見して叩きつけてやる!」と芹沢教授は燃えた。
前期旧石器発見。
これが彼の野望。
県内で石器を並べてしきりに考古学展を開く。
(本には古川市民会館で一週間の予定で「宮城県考古展」が開かれたということしか書いていない)
熱心に芹沢教授がやっていくうちに、そこにものすごく熱心に通ってくる男がいる。
22歳、藤村。
芹沢グループに座散乱木という地名の宮城県内の情報を持ちこんだ。
鎌田くんというのがいて、藤村と一緒に旧石器を座散乱木に探す。
藤村が「鎌田さん、鎌田さん。あすこらへんに何かあるような気がするんですよ」と指をさして鎌田がそのあたりを掘ると何かにあたる。
掘ってみると後期ではあるが石器に間違いないものが出る。

 座散乱木には一本の農道が通り、それが岩宿のように、地層に深く切り込んだ切り通しになっていた。そこでは旧石器時代の目安となる火山灰のローム層が露わになっていた。鎌田が早速、露出しているローム層を削っていくと、移植ゴテに堅い物が当たる感触があった。
 出てきたのは、地層からいって旧石器と思われる物だった。鎌田は郷里で初めて後期旧石器を掘り出したことに感動し、藤村と手を取り合って「バンザーイ」と喜んだ。
(269頁)

 七五年に鎌田が発表したレポートには、「発見した旧石器時代の遺跡は六ヶ所に達した」と記された。もちろん、そのほとんどに藤村は関わっている。(272頁)

今まで他の所を一生懸命掘っていた芹沢教授も乗り出して座散乱木の発掘に力を出す。
ここでなんと驚くなかれ、芹沢自身の手により藤村の「あそこに何かあるんじゃないですかね」という一言に導かれ、掘った所に4万年以前の前期旧石器の発見。
(藤村に言われて芹沢自身で掘ったという記述は本の中には発見できず)
これは学会が無視した石器とは違って、礫岩ながらはっきりと剥離面が確認され、しかもほとんど石を含んでいない地層から出ているワケだから人工的。
誰が見ても間違いない、ジャスティスを秘めた石器。
この発見は岩宿の発見より衝撃的発見ということでバァン!と地元新聞に大ピックアップとなり、何と藤村はこの時、アマチュア考古学界のゴッドハンドという名前をもらう。
芹沢は藤村が発見現場に立つと頼もしくなる。
何気なく藤村が「芹沢さん、あそこ」と言ってそこを掘ると出てくる。
この時期、相澤さんはもう60代半ばで体調を崩しておられた。
芹沢さんと藤村くんのコンビは頼もしくて、杉原が主張する3万年以前を否定し、必ず芹沢が4万年以前の石器を発見し、日本史の1ページ目の決着をつけるに違いない。
そう確信するようになったということ。
ゴッドハンドというニックネームがついたこの二人が「出たぞー!」というたびに奇跡的発見が続々と次ぐ。

 この報告書が発表された八三年(昭和五八)、一人の考古学者がひっそりと亡くなっていた。「考古学の明治」を一代で築きあげた、杉原荘介だ。(274頁)

芹沢はついに日本の考古学界の先頭に立った。
ところがこのゴッドハンドとトップオブリーダー。
このペアが日本の旧石器の記録を塗り替えている時点で、同じ芹沢班の中で「あまりにも出すぎるんじゃないか」と不安になった人が出てきたという。
これも人間の絡みとか澱みとか、そういうものなのだろう。
これが後の旧石器捏造という大スキャンダルになる。

posted by ひと at 11:13| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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