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2018年12月31日

2018年11月12〜19日◆ゴッドハンド

これの続きです。

これは前に考古学ブーム、そして旧石器ブームを巻き起こした学者さんたちの戦いを語ったが、やがてそれは一人の男の出現によって旧石器の研究がすっ飛んだというスキャンダルになってしまうという。
その顛末をみなさんにお話ししたいと思う。
一番最初に杉原さんという登呂遺跡なんかやってらした方。
それで芹沢さんという方。
これは東北大学の教授。
この方が旧石器に目覚めて。
そして相澤(忠洋)さん。
縄文土器を見つけた方。
これはアマチュアの方なのだが、この方のおかげで教科書が変わったというくらいの大発見があったのだが、その後、一大スキャンダルで先人たちの功績というのがすっ飛んだという、その顛末。

発掘狂騒史: 「岩宿」から「神の手」まで (新潮文庫)



前に話したのは杉原さん、東北大学に行かれた芹沢さん、相澤さんの感動的物語だったのだが、この『発掘狂騒史』の中で1990年代後半になって藤村新一(番組中「本には『一郎と書いてあるので』」ということで「一郎」と言い続けているが、本の中でも「新一」)という青年が登場する。
ついた名前が「ゴッドハンド」。
この青年が一地点を指差して「出たぞー!」と叫ぶと日本を揺るがすような旧石器の発見が相次いだ、という。

何かの雑誌で読んでびっくりした話。
1997年(平成9年)にこのゴッドハンドは山形・宮城県境約30kmも離れた2地点からピッタリ接合する一つの石器を発見している。
これは石器の半分と石器の半分が遠いところにあったのだが、その両方を発見して「ほら、ピッタリ合いますよ」というので奇跡を呼んだ。
そしてテレビ、雑誌メディアのスターと彼はなった。
その頃にかつて日本の考古学をけん引した相澤さんが60代半ばで病死され、この相澤さんの後釜として藤村というアマ考古学ボーイは発掘の星となった。

この藤村新一くんはこんなインタビューを残している。
子供の頃から土器に興味があり、近所の空き地から土器を見つけて先生に見せると大発見だと褒められてうれしかった。
仕事が終わると芹沢先生の宮城県内での考古展を見に行き、親切な芹沢班の人に特別に毎日見せてもらった。
自分もその人のおかげで石器へのロマンを持った、という。
感動的なお話なのだが。
これは彼が憧れた考古学ボーイが話した話と一緒。

相澤忠洋のコピーだ。日中は履物屋の丁稚をして苦学していた相澤が、露天商から手に入れた石斧を通っていた夜間中学に持っていき、先生に褒められて得意になったエピソードとほとんど同じだ。ただ石斧が土器になっただけである。(266頁)

 藤村の捏造事件を、最初に世に知らしめるきっかけとなったのは、発掘調査会社アルカ代表角張淳一だった。(278頁)
 
この方は長野の人で旧石器を学び、私財をなげうってアマ考古学チームを自らの手で立ち上げた、という。
この方が藤村の相次ぐ世界的な発見、日本史を揺るがすような旧石器の発見に「ちょっとおかしいんじゃないか?」と。
あまりにも大発見が集中しすぎている。

 そして捏造が発覚する歳、二〇〇〇年(平成一二)二月には、ついに埼玉県秩父で五〇万年前とする住居跡までが藤村らによって発見される。これら東北も含めた一連の発見は、発掘チームによって「原人は男女を現わすように石器を埋めた儀礼や、埋葬などの宗教活動も行っていた」と発表された。もはや世界の考古学はもちろん、人類学にも大きく影響する、驚愕すべき事態になっていた。(300頁)

そういう世界的な大発見をすればするほどアマ考古学の角張さんは発見が「どう考えても、これは藤村が自分で石を埋めているとしか思えない」と。
その嘘を告発することで、考古学そのものを深く傷つける恐れゆえに、アルコールでごまかして耐え忍んだという。

そして角張さんに続いて藤村の発見に疑問を持った人で竹岡俊樹さんというアマの方が出てくる。
この二人が「どうも藤村はおかしい」と心を痛めるようになった。

 事件が発覚する約三ヶ月半前の二〇〇〇年七月二四日、ついに角張は自らの会社アルカのHP上で「前期・中期旧石器発見物語は現代のおとぎ話か」と題して、藤村の捏造を指摘する起爆剤≠ニなった論文を一般に公開する。(303頁)

「面と向かって『考古学を売りやがって』と言われたこともありました。『神の手を疑うのか』という雰囲気で、何かの新興宗教みたいでしたね」(304頁)

藤村はというと、考古学界の一大スターだからテレビ、活字メディアで大活躍。
ところがよく見るとやっぱり変。
この捏造というのは科学的発見でもなんでもそうだが、よく見ていると変。
藤村は一人であれほどの発見を重ねながら論文を一本も書いていない。
(本には「正式な論文がほとんどなかった」と書いてあるので「一本も書いていない」ということではなさそう)

捏造はこの間もあった。
ナントカ細胞。
STAP細胞問題とは何だったのか? | ハフポスト
あの時も大騒ぎになったが、やっぱりよく見ていると変。
ノーベル賞を貰った先生が言っていた。
あの先生は頭から疑っている。
「論文がおかしい」と。
鋭い方には見抜ける。
だから藤村の捏造に関しては角張さん。
それからもう一方、竹岡さんという方が「おかしいぞ」ということで見ていた。
しかし、このへんがまた不思議。
前の細胞の捏造(STAP細胞)の時もそうだが。
この藤村の後ろ盾には東北大学の芹沢さんという大教授がついている。
その芹沢さんはとのかく前期旧石器に燃えている人なので、藤村の発見がありがたくて、わくわくして仕方がない。
考古学を引っ張っているのは日本ではとにかく芹沢さんの権威なので、誰も文句を言えない。
前の細胞の捏造の時もそうだった。
くっついている人がすごい人なので、つっこめないし質問できない。
でも竹岡さんと角張さんは心の痛みを隠しながら捏造というのを内部告発する。

毎日新聞北海道支社の根室通信部にいた本間浩昭記者は、「藤村の発掘はおかしい」という一本の電話を受け取る。(304頁)

本間は本社報道、あるいは新聞報道に強い疑問を持つ記者だった。
この記者は大学の権威のまま、素人の発見を新聞で報道してしまう大手新聞というものに関して、すごい疑いを持っていた。

 さらに本間は新聞記者として、ジャーナリズムの欠点も承知していた。
「やっぱり記者は『最古』のとか『初』ものに弱い。大本営発表をそのまま書いてしまう。
−中略−彼の発見の多くは、そうした科学的な裏付けを欠いていた。非常に雑だと感じた」(306頁)

STAP細胞もそうだった。
割烹着で大騒ぎし、ビーサンで大騒ぎし、本質はちっともついていなかった、という。
「教科書を疑え」とノーベル賞の先生がおっしゃったが、「新聞も怪しげだ」とどこかで思っていないといけない。
これは記者さん自らがおっしゃっている。

ビジネスの安全と成功のために、当たり前や常識を疑え (1/3) - ITmedia ビジネスオンライン

 本間は、毎日新聞社北海道支社の真田和義報道部長に「藤村氏の石器はおかしい。もしかしたら一面トップを狙えるかもしれない」というメールを、疑惑の根拠も添えて送る。(306頁)

毎日新聞北海道支社の六人の取材チームは、連日会議を重ね、北海道新十津川町、埼玉県秩父市、宮城県築館町と約二ヶ月、計一四日間の張り込み、約一〇〇〇万円もの取材費をついやして藤村を追い続けた。(308頁)

目撃情報だけでは駄目で、写真は絶対条件だ。しかし広い発掘現場での、薄明かりの下での望遠レンズを使った撮影は困難を極めた。取材班は実際に藤村が埋めにきた現場にも居合わせたものの、そのシーンの撮影は失敗の連続だった。(308〜309頁)

藤村が石器を埋めているのは間違いないからその瞬間をとらえてほしい、それがジャーナリズムの責務だと言ってね。それと恐らく夜に埋めてるだろうから、ナイトスコープでの撮影も提案した。まさか朝になって堂々と埋めてるなんて、このときは思ってもみなかったからね」(308頁)

「大スクープもこれまでか」と危ぶまれた一〇月二二日早朝、取材班はついに、藤村新一が石器を埋めている決定的瞬間を鮮明な映像で捕えたのだった。(309頁)

でも、この油断を見てもそうだが、藤村という人は子供っぽさがあって、余り深い計算とか悪意がなかったのではないか?という。
写真を撮った後、取材班は彼を追いつめていく。
まずは連続写真でしっかりと埋めている行動を撮り、藤村の上司役にあたる芹沢班の責任者たちを呼びつけて、これを突きつけた。
「ゴッドハンドなんて呼んでますが、朝、こんなことやってましたよ?」と。
(といった記述は本の中にはない)

 取材の総仕上げとして、藤村に実際にこの映像を見せ、この事実を本人に当てなければならない。インタビューは極秘のまま一一月四日、仙台市内のホテルのスイート・ルームで行われることになった。−中略−
「藤村氏はアポをとっても、すぐにドタキャンすることで有名だった。しかし相手が若い女性だと受けることがわかっていたので、当日は若い女性に同席してもらうように手配し、万全を期しました」
(309頁)

(番組では「美人記者」と言っているが、本には美人だったとは書いていない)
美人記者を先頭にしておいて五人(とは本には書いていない)。

「当日は藤村氏が自殺しないよう、部屋の窓を家具でふさいだりしたよ。(310頁)

(番組では隣の部屋に奥さんを呼んでいたと言っているが本にはそのような記述はない)
美人記者に旧石器を発見するコツなんかをしゃべらせといて、突然男性記者に変わって、連続写真をバァーン!と。
「あなた埋めてるでしょ?これ。何を埋めてるんですか?」
「この日、あなたこれとこれを発見したと言いましたね?」
「あなた、発見したこれを朝、何時埋めてたんでしょ?」
突きつけられた瞬間に藤村は旧石器捏造を認めた。
(このあたりも本の内容とはかなり違う)

藤村が捏造を認めると、すぐに東京本社へゴーサインがいき、予定原稿が次々に入稿されていった。(310頁)

許可を出してNHKにも。
NHKも動いていた。
もう毎日(新聞)がつかんでいるので「毎日より先に出さない」ということで。
(本にはNHKが動いていたことは書いてあるが、そういった取決めがあったようなことは書いていない)
一面が終わった後のニュース報道のフィルム回しはNHK。
日本考古学界の大混乱は凄まじかったようだ。
今のスキャンダルと全く同じ。
芹沢班は激しく責められ、検証委員会は藤村を呼び出し、藤村を考古学界から追放した。

 藤村は捏造発覚後、精神科医から「鬱」や「解離性人格障害」などと診断されていたので、聞き取りには必ず、鎌田が紹介した医師が立ち会っていた。(318頁)

本当にお気の毒だが、藤村を応援し続けた芹沢もまた、弟子たちがブワーッと離れていく。
そして寂しさの中で死んでいったという。
最初の告発者の角張さんもアルコール中毒になり、この報道の後、体を壊し絶望のうちに死んでいったという。
そして芹沢班に集められた日本の考古学、旧石器の研究者であった大学講師、准教授の人たちも東北大学からほとんど追放同然で。
この毎日(新聞)、それからNHKのテレビ報道によって日本の旧石器研究というのは完膚なきまでに、きれいに爆破されていった、という。

「あなたは事件当時、相澤忠洋になろうとしてましたよね。最初に石器と出会った話から、旧石器の展示に何度も通った話も、相澤さんの真似をした」(324頁)

「アマチュアの星である相澤になりたかった」という単純な動機こそが巨大な捏造を生んだのではないだろうか?という。

捏造が毎日新聞のトップ一面を飾って、すぐにNHKが全国放送でこの捏造事件「ゴッドハンドは嘘だった」というのを報道する。
東北大学の旧石器研究チーム、主催をしていた芹沢さんから研究者から、告発した角張さんというアマチュアの方なんかも孤独と絶望のうちに、数年のうちに亡くなられている。
しかしその中でも首謀者である藤村は生きていた。
自殺防止のために駆け付けた(という事実はなさそうだが)奥さんとはその後離婚。
それでも藤村は別の女性と再婚をしている。
そしてひそかに福島南相馬で生活をしていたという。

これは何がすごいかというと、この本の著者である上原善広さんは最近、藤村さんの所にインタビューに行っている。
「最近」と言っても○年前。
その事件が人々の記憶からない頃、このルポルタージュをお書きになった上原さんだけは「神」と呼ばれたかつての男にインタビューを。
何度も何度も彼の家の扉を叩いて、その扉が開いて、藤村はインタビューに応じている。
著者曰く「藤村は神であったことを無邪気に著者に語り続けた。核心に触れる質問をすると『幻覚とか幻聴に導かれて石器を発見した』などという神がかった発言を平然とする」という。
そして手のひらを「触っていいですよ?」と言いながら、著者が手のひらを触ると「神の手ですよ」と言いながら笑ったという。
著者曰く藤村の様子を、インタビューも含めて「全部芝居してるのかもしんない」と。
(このあたりも本の内容とは大幅に異なる)

この藤村の捏造事件に相対して協力した角張さんという方がいらした。
この方はアルコール中毒で無念の思いで亡くなられた。

 竹岡は「自分が参加していれば、もっと違った結果が出ていた」と断言する。−中略−藤村の石器には、実は本物も混じっているんだ。(315頁)

この竹岡さんというのはヨーロッパで地層の研究をなさって、科学的知識を持った考古学者だった。
それで半分以上嘘かもしれないが、もう一回調べてみないとわからないというのを必死になって世間に訴えるが、もう捏造事件があるから「全部破棄」。
もう捏造スキャンダルの威力は凄まじくて「戦後の考古学のすべてを吹き飛ばした」という。
いわゆる「捏造あばき」というのはパワーを持っているが「もしかしたら」とこの竹岡さんが無念がってらっしゃる。

ひたすら藤村は批判で罵られ、彼を守った芹沢も激しく疑われ

 そして二〇〇六年(平成一八)、芹沢はついに倒れる。(345頁)

享年八六歳。(346頁)

芹沢教授が発掘していたという遺跡も全部捨てられた。
藤村と一緒に研究に関わった人々は非常に無残な人生を送られた。

竹岡さんというのはクール。
この方は捏造スキャンダルの破壊力で無残に崩れ落ちた「石の塔」とおっしゃっている。
(本によると「石の塔」というのは竹岡さんが言った言葉ではないようだ)
「象牙の塔」ではなくて。
研究者が積み上げた旧石器という石の塔は無残にも、という。
間違いなく旧石器の後期はあった。
そういうものも全部いっぺんに壊れた。
このむなしい話の中から何かをみなさん、見つけ出しましょう。
そしてスキャンダルが暴かれて正義が見えた瞬間「その正義と同時にとても大事なものを失う」ということがありうるということを少し考えましょう。

今、日本中から旧石器に関する研究はもうほとんど消えていると思われているが、竹岡さんは頑張ってやってらっしゃるようだ。
健闘を祈りたい。

4万年以上前の前期旧石器。
日本にはあるのかないのか?
その頃、日本はあちこち火山が噴いていて、人が住めるような所ではなかったというのが通説。
しかし氷河期で今より氷が厚かった。
北海道と大陸がつながった関係が冬の間だけできるので、マンモスを追って原人は来たのではないか?と。

間宮海峡に立ったことがある武田先生。
仕事でロシア側と樺太のあそこの海峡に船で行ったことがある。
引き潮の時にあそこの海峡は降りられる。
長靴で水が入ってこない。
そんなに浅い。
船を深みのところに置いておいてあそこを歩いたことがある。
間宮海峡はそんなに浅い。
ロシアの人はその海峡のことを「タタール海峡」と呼んでいる。
そこが氷が張っているワケだからマンモスは当然やってくる。
まだ津軽海峡が浅い。
10mぐらいしかない。
そんな時代。
原人がこの列島にやってきて住み着いたことは間違いない。
その証拠が捏造をやったかも知れないが、藤村の発見の中に一つか二つあったかも知れない。
でもそういう調査は一切行われず、毎日新聞の報道の後、全部ただの石ころとして処分されてしまった。
竹岡さんという研究者は、相澤から杉原、芹沢が命をかけて積み上げた石の塔が藤村の捏造ですべて引っくり返され、賽の河原のようになった日本考古学界にありながら、その石を一つずつ拾いながら、もう一回積み上げている。
だから大発見がこの竹岡さんたちのグループでできるかもしれない。

ここでもう一回くどいが、毎日新聞のスキャンダルというのは60年の研究が壊れた。
「文春砲」とか「新潮」とかがあるが、スキャンダルというのはやっぱりむごい。
スキャンダル発覚から10年以上経って主犯の藤村はおどおどと地方の小さな村で幻聴幻覚に悩まされながら生きている。

 私はふと「いっそ刑事事件として罰せられた方が、彼にとって楽だったのかもしれないな」と思った。(326頁)

犯罪ではないから。
捏造スキャンダルで暴かれた瞬間から手足を縛られたまま、水の中に突き落とされるような生涯を藤村は過ごしている、と。
今もスキャンダルに縛られて顔を晒されて、手足を縛られたまま水の中で生きるが如く、アップアップしながら浮き沈みを繰り返し、息だけしている。
そういう人たちもいるのではないか?という。

藤村を責めつつも、捏造スキャンダルがどのようにして生じ、その藤村の心が澱んでいったか、腐っていったか。
それをちゃんと見ようとするこの本の著者の目が実に優しいと思う武田先生。

人生をスキャンダルで棒に振った人たちをさらに追い詰めて、さらに鞭打つような正義はない。
この「神の手」と偽ったこの男に対してノンフィクションの手法で著者は手を優しく差し伸べていると思う武田先生。
この著者は優しいと思う。
やっぱり懸命に藤村の今後を心配してらっしゃる。

この上原善広さんの『発掘狂騒史』というノンフィクション。
この一作こそ「神の手を持った男を描く、人の手のぬくもりを持った正義の一冊」である。
何が言いたいかというと、スキャンダルメディアの方、スキャンダルを暴かれる時にその「人の手のぬくもり」をお持ちになってくださいと、こう言いたい。


posted by ひと at 11:22| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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