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2019年02月25日

2018年10月8〜19日◆知ってるつもり(前編)

スティーブン・スローマンさんとフィリップ・ファーンバックさんというアメリカの学者さん。
注目されつつある学者さんということで早川書房が日本語版を出している。

知ってるつもり――無知の科学



(番組では副題が「知ってるつもり」だと言っているが、多分この部分は副題じゃない)
人間の愚かさと言うか「知っているつもり」でいるという。
「これいいかなぁ」と思って手にした本。

 一九五四年三月一日、彼らが太平洋の片隅で目の当たりにしていたのは人類史上最大の爆発だった。「シュリンプ(エビ)」と渾名された水素爆弾を使った核実験「キャッスル・ブラボー」である。だが何かが決定的におかしかった。爆心地にほど近いビキニ環礁のシェルターに座っていた兵士たちは、過去にも核実験を見たことがあり、爆発の約四五秒後に衝撃波が来ると予想していた。(9頁)

爆心地から100キロ以内の立ち入り禁止。
ビキニ環礁近くの島に住む島民たちもロンゲラップ島やウチリック島へ強制疎開させられた。
マグロ漁の全ての民間漁船も安全のため100キロ外へ出された。
そういう意味ではアメリカはエライ。
きちんと安全を考えて。
賢いアメリカ。
科学のアメリカ。
その時、厚さ90cmのトーチカに守られた兵士は安全確保し、空気中の放射能を検知のためB36という飛行機が飛んでいた。
これも全部科学的に計算した安全圏だった。
そして海上だけではなくて海中だが爆心地から深くソ連のスパイ潜水艦を警戒するため、米潜水艦が危険外で潜航し、スパイ活動を見張っていた。
そしてついにその瞬間を迎えて水爆、核実験が行われた。

地面はゼリーのようにゆらゆらと揺れた。九〇〇メートル上空では、B36の乗組員が咳き込み、パニック状態で叫んでいた。機内には熱と煙が立ち込め、−中略−そこから一三〇キロメートルほど東の海上では、日本のマグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員が甲板に立ちすくみ、恐怖と驚きをもって水平線を見つめていた。(9頁)

爆発から二時間後、放射性降下物の雲が船の上空に到達し、数時間にわたって死の灰を降らせたのだ。(10頁)

潜水艦から空中に浮かんで観測していたものから厚さ90cmのトーチカに守られ安全を確保した兵士まで全員被爆。
第五福竜丸だけではなく、ないしょにされていたがアメリカの兵士も全員被爆している。
実は計算間違いがあった。
科学のアメリカが。

一九四五年に広島に投下された原子爆弾「リトルボーイ」はTNT一六キロトンで、−中略−シュリンプを開発した科学者たちは六メガトンの核出力、すなわちリトルボーイの三〇〇倍以上の威力を想定していた。しかしシュリンプの実際の核出力は一五メガトンと、リトルボーイの一〇〇〇倍近かった。(10頁)

この実験のように、一つの水爆実験に関して数万人の関係者がいる。
その関係者のうち、その威力を計算した科学者は数人であった。
誰一人チェックしなかった。
この本のスティーブンはいいところに目をつけた。
私たちはどうやら間違いなく、そういう世界に今、住んでいる。
人間というのは、これほどのバカをしでかす生き物なのだ。
それを決して忘れてはいけない。

世の中で最も危険なのは何か?
それは「知っているつもり」。
これが最も怖いとスティーブン&ファーンバックは訴えている。
では、私たちはいかにものを知らないか?
「知っているつもり」で平気で生きているかを探っていこう。

スティーブン、フィリップも言っているが、私たちは身の回りの90%を説明できない。
知っているつもりで生きていっているという我々の暮らしがいかに脆いか、いかに危険かをスティーブンとフィリップの二人に教えてもらおうと思う。

自動ドアは何で開くかよくわからない。
エレベーターは何で上下しているのか?
説明できない。
電車は何で動いているのか。
考えてみたら説明できないことばかり。
中でも馴染み深いと言うか、みなさんがお世話になっている水洗トイレ。
何であれは水が入れ替わるのか?
このトイレの発明はもの凄く時代が古くて19世紀。
1880年代にもう発明されていた。
基本構造は21世紀の今まで、ほとんど変わっていないという。
ある意味で完璧な発明。

主な構成部品はタンク、ボウル、トラップ。トラップは通常S字かU字型で、ボウルの排水溝より高い位置でカーブして、それから下水道につながる排水管へと降りていく。最初の段階で、タンクには水が貯まっている。
 トイレを流すと、水はタンクからボウルへと一気に流れ、水位がトラップの一番高いカーブより高くなる。するとトラップから空気が抜け、水が流入する。トラップが水で満たされたとたん、魔法が起こる。サイホン効果が生じ、ボウルから水を吸い込んでトラップを通して排水管まで流すのだ。
(14〜15頁)

一番言いたかったことは、かくのごとく我々は身近な暮らしの中でも、その物がどのような仕掛けで動いているのか知らない、という。
まだいっぱいある。
エレベーターとか自動扉とか言ったが。
古い発明で未だにうまく説明できないファスナー。
何で閉じるのか?
やっぱり世界の90%が説明できない。
すなわち「知っているつもり」で生きているんだ、と。
そのような錯覚を自覚するかしないかで生き方が大いに変わってきますよ、という。

それから今年(2018年)はやっぱりそういう意味では「大活躍したんじゃないかなぁ」と思う「気象」。
お天気。
これについてもスティーブンとフィリップは提案している。
彼曰く気象について、天気について人間が持っているデータはせいぜい150年ぐらい。
ということは地球全体のことで気象を占おうとする時に(150年は)もう2秒か3秒ぐらいのデータでしかない。
だからデータとして少なすぎて天気予報、気象というのは相当正確に当てることは難しい。
大雨が降る、降らない。
台風の進路。
竜巻、高潮、海抜、時、所、山、海、川。
そういう条件がバーッと重なってくるので気象というのはやっぱり相当予報が難しい、と。
そういうことを聞きながら、踏まえながら、天気予報と付き合った方がいいですよ、と。

一番わかりやすい例だが(台風)20号は半分当たったような当たらないような台風予想だった。
平成30年台風第20号 - Wikipedia
急にカーッ!と四国方面間に上陸したヤツ。
これはダラダラと言っていたが、意外とスッと抜けた。
雨は降ったが。
(台風)21号。
「風が強い」というのがきれいに当った。
この20号と21号というのは聞く方の立場で言うと20号は半分しか当たらなくて、21号はズバリ当たった。
受け止める側は命を助ける手段。
台風がやってくるたびに全く同じことを繰り返し言うというのは、予報の方ももうちょっと言葉を・・・。
まあ、勝手な要求。

台風が来る度に同じ注意ばっかりされると、注意に関して鈍感になるということを申し上げたかった。
その意味では台風が通り過ぎるたびに気象庁の人が出てきて「今度の予報はこことここが当たったけれども、こことここは外れました」等々を少し聞かせていただけると自分の身の周りの、自分が見聞きした台風の記憶というのが、この次にやって来る台風に関して磨かれるような。
分析してもらうとわかりやすい。
もう全部同じことを言うから、どれがどれだかわからなくなっちゃう。
何でこんなことを言うかというと、本の中でスティーブンとフィリップが言っていることだが、私達人間というのは後ろ向き情報、過去の情報を前向き情報に変換するという、そういう能力を持っている。
だからこそ、我々の暮らしがそこにあるワケなので。
後ろ向き情報というのをちゃんと聞かせていただきたい。

ものすごく防災なんかに詳しい方がいらっしゃって、何かこう、反省してらっしゃる「用心した方がいい」という方がいる。
北海道の地震なんかで液状化か何かで「あ、ここらへんはね、水出ますね。この土から見て」という。
それはそうかもしれないが、先に言ってあげなさいよ!アナタ!
ああいうのがものすごく合点がいかない武田先生。
【北海道震度7地震】内陸部でなぜ液状化? 札幌市清田区、谷地に盛土 耐震化遅れた水道管も被害拡大 (1/2ページ) - 産経ニュース

それから関空に関してもそう。
滑走路の高さに関して「この飛行場は想定外の波に弱いですね」と。
みんな弱いよ!想定外に!
【台風21号】関空「50年に一度」の想定超えた!? 海上空港のもろさ露呈(1/2ページ) - 産経ニュース
あれは一見便利そうだが、本当に子供の理屈で考えたら当たり前。
飛行場に行く道が一本しかない。
そこを通れなくなったら孤島になっちゃう。
そういう意味で前向き情報ばっかりで作っちゃった飛行場という感じもしないでもない。
想定「内」「外」で「考えている」「考えない」をジャッジするのは本当にやめた方がいい。
「想定内」は昔会社を頑張って乗っ取ろうとした人が作った言葉だが。
堀江貴文 - Wikipedia

 世の中には、わかっているとわかっていることがある。これは自分たちにわかっているという事実が、わかっていることだ。一方、わかっていないことがわかっていることもある。つまり自分たちにはわかっていないという事実が、わかっていることだ。しかし、わかっていないことがわかっていないこともある。自分たちにわかっていないという事実すら、わかっていないことだ。(43頁)

そのことに関しては人間は謙虚であるべきた、と。
いつも人間は「わからないことがわからない」という、その側面を持っているんだ、と。

見ていて最近「不思議な世界になってきたなぁ」と思うのは、ちょっと武田先生のところにも数字(視聴率)なんかが具体的に入ってくるのだが、とあるクイズ番組なんて「5〜6%取ればOK」という。
そういう時代。
テレビドラマはカネがかかるので二桁。
15(%)以上というのが暗黙の了解で、そういうところに生きていた。
昔はトレンディドラマは38%とか40%近く取っていた。
幸せなことに、そういう時にそういう仕事をやっていた武田先生。
今はというと、BSはあるわCSはあるわ。
本当に山ほどチャンネルが増えたワケで。
それで割っていくとドンドン、という。
でも地上波が「現代」「今」を映し出すとすればBSが「過去」。
BSの扱いはわりと昔のヤツが多い。
この間『昭和は輝いていた』で武田先生も賞をいただいた。
番組そのものが後ろ向き。
「昭和」をやっているから。
8チャンネルのBS(BSフジ)でよくやっているのは『鬼平犯科帳』。
あれを中村錦之助さんの代からやっている。
やっぱり何かこう、ちょっと過去を。
日テレなんて相変わらず『笑点』の司会者はあの人。
円楽さんとか歌丸さんの司会のヤツをやっている。
それをつい見ちゃう。
つまりテレビの電波は今、前向き情報と後ろ(向き)情報を両方やっている。
だから東野英治郎さんの『水戸黄門』とかやっている。
「やがて私もあっち行っちゃうんだろうなぁ」と思って。
『金八先生』も始まったらものすごい本数があるから「延々と」という。
だからテレビが今、「前向き情報」と「後ろ向き情報」で「地上波」「BS・CS」となる。
そうやって考えると人間にとっては、天気予報もそうだが「前向きと後ろ向きの情報が必要である」という。
これはやっぱり「明日を予見する」そういう能力に変換するための大事な素材ではないだろうか?というふうに思う。
人間というのは実に不思議な生き物。
いろんな物語があるが、ちょっといじるとたちまち物語が別の物語になるという。
そういう不思議な側面があるということ。

イディッシュの民話にこんなものがある。商店主がある朝店に来ると、ショー・ウィンドウにスプレーで下品な落書きがされていた。商店主は落書きをすっかりきれいにしたが、翌日また同じことが起きた。そこで一計を案じた。三日目近所の不良が集まってきて落書きをすると、彼らに一〇ドルを支払い、その労力に感謝した。翌日も同じように不良たちに礼を言ったが、今度は五ドルしか払わなかった。その後も店を汚す不良たちにカネを払い続けたが、その金額は徐々に減っていき、ついに一ドルになった。すると不良たちは姿を見せなくなった。これっぽっちしかカネをもらえないのに、商店主を困らせるためにこれだけの手間をかけてもしかたがない、と思ったからだ。(76頁)

これは主人公が切り替える。
「いたずらを叱る」とかっていうことではなくて、いたずらにギャラを払うことによって、そのギャラの対価でだんだん彼は疲労を覚えてくるという。
実に巧妙な落書きをやめさせる大人の知恵だった。
これは物語の乗り換えがある。
そういう意味で後ろの物語を前向きに変えるという。
これは因果を実にうまく取り入れた。
これはマーク・トウェインなんかもそういうのがある。

トム・ソーヤーの冒険 (新潮文庫)



親からペンキ塗りを頼まれた主人公が楽しそうに、本当は楽しくないのにやっていて。
そうすると仲間が集まってきて、あんまり楽しそうにやっているので「代わってくれ。オレにもやらせてくれ。頼むよ!」と言いながら。
すっかり小銭まで巻き上げてやらせて。
綺麗に壁は塗り替えられました、という話。
態度によって、いかな物語も美しく変えることができる。

(2018年)9月につくづく思ったこと。
坂上(忍)さんがえらく興奮して。
だからついテレビを見てしまう武田先生。
体操・速見元コーチの暴力映像を流した「バイキング」 坂上忍に対する批判も集まる|ニフティニュース
ジムで走りながら見てしまうのだが、あのコーチのあの叩き方はない。
大変申し訳ないが、武田先生にも娘がいるが、娘が好きでやっていることでもあのコーチがあんなふうに叩いたら、あのコーチを叩く。
絶対許さない。
人んちのお譲さんをあの早さで叩けるというのは。
当時、選手側はそれを受け入れていた。
あのコーチの額から血の一滴も流していただかないと気が納まらない。
あんなので「今月分」と教えていただいたお給料は払えない。
あの時「こんなもんだなぁ」と思ったが、後ろ向きの人との差をモロに感じたのは大坂(なおみ)さんという人がいた。
あのコーチ。
(サーシャ・バイン氏のことを言っていると思われる。先日解任されてしまったが)
あの人はビンタをかましたとは思わない。
あの人が(大坂)なおみさんがふてくされて「できない!」とか言ったところでバチーン!と叩いたりしないと思う。
「ユーキャン!ユーキャン!」「君はできる!できる!できる!」と。
どちらがメダルを獲れるか?
どちらがトロフィーを獲れるか?
あえてあのコーチにあの方法で彼女に金メダルを獲ってもらおうと思った武田先生。
獲れたら体操界でみんなビンタが大はやり。
でも聞いたことがない。
浅田真央についていたあのジェントルマンのおじいちゃん(佐藤信夫氏のことか)が「真央!」と言いながらパチーン!と叩くか?
リンクを降りた時に真っ先に温かいコートをかける人なのに。
それは違う。

ストーリーを変える、その力が人間を人間たらしめたのである。
我々は昔々、アフリカ東海岸の草原のサルであった。
そのサルはもの凄く弱くて、もういろんなケダモノの餌食「好物」だった。
一説によれば人類になるサルというのは4万頭ぐらいまで減った。
1回減ったことのある種。
「黙れ」というのを「シッ!」と言ったりなんかするのはヘビの「シャー!」に影響を受けたサルの時の記憶。
「シーッ」と言いながら噛みつこうとするヘビがいたのだろう。
それで「ヘビがいるぞ」の合図が「シーッ!」だったらしい。
今は国際的用語。
どこにいっても「シーッ!」と言うから。
弱いサルがヒトになったのは何かというと物語の力。
「あれをこやれば、こうなるのではないだろうか」という、後ろ向きを前向きの予測に変えてストーリーを作っていく力。
これが人間を人間たらしめたのである、という。

人間はもっとも弱い生き物で、いつ絶滅してもよかった、という。
そういう実にかよわな草原のサルであった。
そのサルが80億ぐらいだと思うが、それぐらいの大勢の「人類」という「人間」という種に増えたのかというと、それは因果を共有し、同じ物語をコミュニケーションとして持つ集団だからである、という。
喰い物を探しに行って、最初はやっぱり森の喰い物とかだが、雑食であるサルは大型の獣を狙うようになる。
最後はマンモスとか狙っちゃったワケで。
その時に「前にこうやったから今度はこの手で捕まえよう」とか。
それが想像できる生き物になった。
それが人類がここまで発展して人数を増やした理由。
ところがあまりにも前を向き過ぎて「け躓く」というのが結構人間には多いぞ、ということ。
人間はわかりやすく物語を作ってしまう。
だから何か問題があると今までの知恵ですぐ答えを出そうとする。
そこに人間の大きな間違いがある、という。

一度やったヤツだが、もう一回やりましょう。
この時に紹介されている)

 バットとボールで合計一ドル一〇セントである。バットはボールより一ドル高い。ボールはいくらか。(95頁)

バットとボール合わせて1100円。
バットはボールより1000円高い。
ボールはいくらか?
「ふたつ合わせて」だからすぐに「ボールは100円」と答えそうになるが、そうならない。
これは実は50円。
だから1000円高い。

 湖面にスイレンの葉が並んでいる。その面積は毎日二倍になる。四八日で湖面全体がスイレンの葉で覆われるとすると、湖の半分が覆われるまでには何日かかるか。(96頁)

「二四日」という回答がぱっと頭に浮かんだだろうか?−中略−面積が毎日倍増するなら、二四日目に湖の半分が覆われていれば、二五日目には湖全体がスイレンの葉で覆われているはずである。−中略−正解は湖全体が覆われる一日前なので四七日である。(96頁)

読売新聞でやっていて武田先生が四日ぐらい考え続けた漢字問題。
(□の中に同じ漢字一文字を入れて熟語を作る)
馬□
神□
□鳴
□子

答えは「鹿」。
知らない単語をポン!と入れられると人間は予測がつかなくなる。
「鹿鳴館」だったら武田さんもすぐに出てくる。
だが「館」がなくて「鹿鳴」という。
これは面白かった。

posted by ひと at 10:48| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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