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2019年04月09日

2019年1月14〜25日◆漢字とアジア(前編)

「漢字」と言えば、何となく武田先生のイメージが強い。
金八先生(『3年B組金八先生』)で多用していたというようなシーンを思い浮かべられる方もいらっしゃるだろう。
そして「漢字名誉博士」みたいな称号もいただいている武田先生。
白川静博士(漢文学者)。
「この方を演じてみたい」というのが武田先生の俳優としての夢。
「このお芝居のうちに死ぬなら死んでもいいな」と思うぐらい。
白川静博士を演じてみたいと夢見ている。
白川先生ばかりでは、意見は広く聞かないと。

「勤」
あれは甲骨文字を見るとひっくり返る。
祈りの箱の「サイ」を掲げた女が立ってている。
その女の足元には火が燃えている。
天に向かって「雨を降らせてください」という、生贄のために女が焼かれているという図が勤労感謝の「勤」。
(「サイ」は以下のようなもの。白川静氏が命名した甲骨文字。)
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この白川説に対していろいろ反論もある。
ちくま文庫から出ている文庫本。

漢字とアジア (ちくま文庫)


「白川静の他の意見を聞く」という意味合いでは非常に刺激的な本。
著者、石川先生、石川博士はこうおっしゃる。

 結論的にいえば、日本、中国、韓国・朝鮮、台湾、越南(ベトナム)が含まれるアジアというのは、単なる地理的な概念ではありません。「漢字文明圏」というかたちで括ることのできる歴史的、地理的、文化的な共通性を持つ地方です。(17頁)

アルファベット文化、アラビア文化。
それからインド文字の文化等々が世界にはあるが、それらと一線を画し、漢字世界というのが東アジア、アジア圏にある、と。
まことに残念なことながら、現在この漢字を使用しているのが日本と台湾のみ。
朝鮮・韓国、それからベトナムは漢字文化圏から離れていった。
この石川先生はもともと、中国、日本、韓国・朝鮮、台湾、ベトナム。
漢字が東アジアを支配していた。
そういう文明なんだ、と。
この石川先生なりの正しさだと思うが、もの凄い言い方をなさる。
日本、韓国・朝鮮、台湾、ベトナム。
これは正体は何か?
昔中国人だった。
「そのことをリアルに認めましょう」と。
文字がそうなんだから。
異論はあると思うが、石川先生はガバッと大づかみに。
(本の中にはそういう極端な表現では書かれていないが「東アジアは中国を中心とする非常に曖昧なグラデーションで繋がる地方であり、中国といわれている国も実のところはヨーロッパのように複数の国が寄り集まってできている」と書かれている)

 中国は多民族国家ということになっています。−中略−人口は約一四億で−中略−その九十数パーセントが漢族で、残り数パーセントを占めるのが少数民族で、その数は五五あるといわれています。(23〜24頁)

その13億の漢族が同じ言葉でまとまっているのが中国ではない。
そのことが結構驚きだった武田先生。
中国のみなさんは北京語が標準語でありながら、体験したことがある。
上海に行くと蘇州の「呉(ご)音」になる。
「呉」という国の発音になる。
福建に行くと「閩(びん)語」になる。
漢字の読みが「閩」という種族の言葉に変化する。
広東に行くと「粤(えつ)語」と言って「粤」なまりになる。
四川に行くと「客家(はっか)」のなまり。
その他、蒙古、ウイグル、チベット、満州、朝鮮、ヤオ、ミャオ族に分かれているので、13億といえども一言語で会話が通じるわけではない。
「北京語を習っても中国全部では通じない」「いろんな言葉がある」と聞くという水谷譲。
そのことをまず覚えておかなければならない。
この石川先生の資料はちょっと古いかも知れないので、数字は変化しているかも知れないが。
石川先生はその会話する言葉の違いをこんなふうにおっしゃっている。

浙江省の温州というところで、北京語を中心とした普通話(標準語)を使ってテレビやラジオなどで話すと、それを理解できる人は五パーセントしかおらず−中略−その範囲は六〇キロ圏域だけで、そのエリアを越えた人には温州語は通じないらしいという話が(25頁)

これぐらい中国は多言語国家。
中国を中華人民共和国たらしめているのは言葉ではなく「文字」「漢字」。
漢字は語形は変化しない。
労働党の「働」と書く。
「働」は変化しない。
英語だと「ワーク(work)」。
働く。
「ワークド(worked)」とか語形が変化する。
過去形になったり。
中国語は過去形がない。
過去完了形とか現在進行形とか、そういう変化を一切しない。
日本語もしない。
「過去の掴み方」がおおざっぱ。
英語では「have」を使って「have been」とか過去完了とか。
日本語は過去はもう「過去だ」でおしまい。
「しました」「(聞き取れなかった)た!」みたいな。
ちょっと話が広大すぎるかも知れないが、とにかくこの漢字というものからアジアというか考えていただければ、なかなか面白い視点が見えてくるように思う。

中国の方、申し訳ありません。
私達の耳にはあなた方の話している言葉というのは断言に満ち溢れ、主張する言葉。
「ワタシ、ラーメン喰いたいヨ!」
日常語に聞こえずに政治的スローガンを訴えるように聞こえてしまう、という。
響きが強い。
中国語は破裂音が世界中の言葉の中でも多い。
中国の方のおしゃべりが私達にはなんとなく相手を威圧するような強い響きに聞こえてしまうのは当然。
漢字をレンガのごとく積み上げて語る言語だから。
だからあの方々はズバリ言うと、毎日四文字熟語で話しているようなもの。
「弱肉強食」「旧態依然」「千客万来」「チュウガイキョクリツ(「局外中立」のことか?)」「相思相愛」「盆栽売店」「天網恢恢」「一体一路」「ファーウェーイ!(華為)」
この四文字熟語を速読みすると北京の街角の市場の賑わいに聞こえてくる。
「弱肉強食」「旧態依然」「千客万来」「チュウガイキョクリツ」「相思相愛」
聞こえてくる。
これは何でかというと四文字熟語がそうであるように、非常にロゴス的。
そう石川さんはおっしゃる。
これはわかりやすい。
そういう意味で漢字における文明というのは、ご本人たちもだんだん息苦しさを感じてくる。

まずは漢字の成り立ちから。
この漢字の成り立ちが大好きで、白川静先生のことが好きな武田先生。
これは石川博士も認めてらっしゃる。
まず漢字は宗教、神への言葉とし、神への思いを伝えるツールとして誕生した。
甲骨文字。
そしてこの頃、甲骨文字の主語は「神」であった。
「我、問う」と言うと誰に問うておるか?
それは「天の神」に対して聞くという態度が「我、問う」。
これが宗教として生まれた漢字。
この殷から周になると、今度は「金文」という別の形の文字になる。
これは鋳物に鋳込んだという意味で金属の「金」を当てている。
漢字の主語がここから変わる。
「神」から「天」という概念が主語になる。
「我、問う」と言えば「天」に問う。
天命思想。

 諸子百家の言説によって、天にいる帝が「天の理」もしくは「天の道」となりこのようなロゴス化運動を経て、ついに地上の帝、皇帝が生まれます。その始まりの皇帝こそが、始皇帝です。(42頁)

本当に中国のスパイの方も(『今朝の三枚おろし』を)聞いてらっしゃるかも知れないが、こういう言い方はトゲがあって申し訳ないないが、日本人にわかりやすく言うためには。
今、中国の皇帝は誰かと言うと習近平さん。
皇帝的力をお持ちで。
習近平さんは最高権力者として、北京のどこかに住んでらっしゃる。
住んでらっしゃる所は皇帝のもの。
日本は違う。
安倍(晋三)さんは皇帝ではない。
あの方は今、代々木公園の近くだが、おうちを借りられた場合は家賃を払わなければならない。
これは中国人はびっくりする。
感動されたことがあった武田先生。
昔、総理大臣で中曽根(康弘)さんがいた。
あの人は長嶋茂雄さんが持っていたマンションを借りてらした。
足の便がいいから。
大家さんは長嶋茂雄さんだったという時期があって。
そのことが新聞に載った時に中国のスパイの方が「ウソ!」と言った、という。
それが北京で広がったらしい。
長嶋さんのお立場は何かといったら、漢字で言ったら「棒球選手」。
棒を振り回す。
棒球選手のおうちを皇帝が借りて家賃を払う。
日本は家賃を払うし、飲み喰いしたらお代金も払わなきゃいけない。
当たり前。
中国では当たり前ではない。
とにかく中国の政治的形は秦の始皇帝で決定する。
この秦の始皇帝は神の代理者であり、彼はまず中国全土に文字の統一を図る。
彼が甲骨文字とかを全部削っていく。
周が作った金文なんかも削って行って。
篆刻。
篆書体として文字を統一する。
水谷譲の実印の印鑑。
あれは篆書体。
あれは不思議な文字。
あなた(水谷譲)も、半分秦の始皇帝に仕えているようなもの。

神から生まれた、その神様との会話のために生まれた「漢字」という文字が、やがて天下人、秦の始皇帝によって紀元前200年、神の代理者となった始皇帝は文字の統一を図り篆書体という文字を。
篆刻。
これはみなさん方の印鑑でよく利用されている、その文字。
つまり印鑑に使うということなので、政治的文字。
同時に隷書体。
これは奴隷の「隷」を書くが、隷書もここから生まれてくる。
自らを奴隷とし、おエライお役人に差し出す文字、という。
つまりお役人の「お上との連絡のための文字」ということだったのだろう。

ところがその秦がたちまち滅んでしまい「漢」という時代。
前漢二つあるが(「前漢」が二つあるのではなく「前漢」と「後漢」の二つがあると言いたかったのではないかと思われる)、漢という大帝国が中国に生まれる。
隷書体はこの漢でますます中国全土に染み込む。
このあたり、この漢字文明を漢はアジア諸国に輸出した。
「漢の息かかってんだぞ」というような。
ところが漢という国家そのものは、非常に内向きな国家で。
この自分たちが作った漢字という文化から何かを醸成させる、発酵させて次の文化を作るという文化的力はなかったようだ。
これは漢を作った劉邦という方が文字があまり好きじゃなかった。
この方は口癖だが「文字なんてのは名前さえ書ければ用は足りる」と。
「それぐらいのもんでいいんだ」と公言する戦国期の英雄であったために文字に対する興味みたいなものは、あまり醸し出されなかった、と。

前漢・後漢の大帝国を経て、やがて漢が滅び、三国、さらには六朝、南北朝ともいわれる分裂の時代が到来します。(45頁)

これは面白い。
戦争がまた激しく中国が分裂して戦うようになると、情緒が不安定になったりするのだろう。
ここから鉄板みたいだった漢民族から情感の時代になり、冒険家がいた。
お上に差し出す書類の文字を家族に向かって書いたヤツがいる。
通信手段で政治家への訴えを書くべき文字を家族へ便りとして書いた中国人がいた。
だからこんなのを中国ポリスマンに見つかったら引き破られてしまう。
「文字をこんなことに使うな!」
ところがこっそりやった人がどうもいる。
「私信」という自分の便りとして。
その時に篆書体とか隷書体でカクカクに書くと情感が伝わらないので、ひん曲がったような字で漢字を書いちゃった。
草書体。
「草が倒れるような文字の書き方をした」というので「草書」という書き方が生まれた。
(本によるとそういうことではなく「草卒」の「草」で、早書き、省略書き、要するに普段書きとのこと)
この草書体は個人の心情を書くという文字。
個人の思いを書く、という。

王義之(おうぎし。一般には「王羲之」のようだが、本では「王義之」となっているのでこう表記しておく)なんていう書の天才がいるのだが、この方は草書体の達人。

 王義之は手紙のなかで友人や親類に病苦や労苦の思いを告げました。−中略−これに対応しているのが草書体です。(46頁)

その中には政治的に一切使わない「我、君を心配する」とか、そういう新しい四文字熟語、私的四文字熟語の文字作りがこの王義之さんあたりから始まる、という。
草が倒れるような、風に吹かれるような文字なので、それを草書と言う。
(前述のように、そういうことではない)
「これは私信ですよ」という暗号で。
「これ、お上に出した手紙じゃないですよ。アンタだけには書いて渡してんだからね」という意味合いで。
その手紙の文面に「草書で書きます」ということを含めて「早々」と書く。
「これは市役所に出すんじゃない。アンタに出す手紙ですよ」というので「早々」と書いたという。
(本によると「早々」は「早書きで失礼します」という意味)
「拝啓」なんていうのは「公式的文書」という意味なのだろう。
「早々」というのはやっぱり「さだまさし」という。
「元気で〜い〜るか〜♪」という、あの「さだまさし風」になる。



やっぱり「自分の思い」というのを文字があれば書きたくなる。
日本の場合は凄い事に、草書体の崩しからやがて物語を作っていく。
このへん凄い。
そのうちにこの漢字にアジア圏で大革命が興る。
その大革命の千頭に立ったのが、私達日本。
いかにして日本は漢字大革命の先頭に立ったか?

漢字の文化の話をしている。
甲骨、金文。
それから篆書、隷書。
それから草書体まで来た。
これぐらい漢字の書き方一つでも大きな歴史のうねりが。
この間にアジア、特に東アジアにおいて漢字はもう権威だった。
だから日本からの古墳で見つかる鉄剣なんかに漢字が刻んである。
漢字そのものが権威で、あれを見るとみんなが「ハハーッ」と拝むぐらいのパワーがあったのではないか。

そこにまたもう一つ曲がり角。
アジアと漢字の曲がり角がやってくる。
隋が天下統一。
618年には取って代わって唐が隋を倒して統一する。
日本の官僚が遣唐使の何かを決定した。

八九四年の菅原道真による遣唐使の廃止です。(83頁)

一生懸命中国文明を学んできた島国の日本が派遣をやめている。
これは何でかというと、どうも日本は漢字が嫌になってきた。
何でかというとやっぱり漢字が窮屈。
漢字世界に対して窮屈を感じた小国日本。
(本にはそういうことは書いていない)
本当に中国の方が今でも日本をバカにする時に「小国」とおっしゃるが、「小さな国」日本は辞めてしまう。

今もってこの戦が謎だが、古代に大変なことが起こる。
朝鮮半島の小国である百済と手を結んだ「倭」であるところの日本、ヤマトは連合軍を組み、大唐軍と海戦をしている。
白村江(はくそんこう)の戦い。
その時にボロ負けする。
百済の人は日本にその後滅びると逃げてくる。
いろんな所の日本に住みこんだり、皇室に一部入ったりしている。
それは平成天皇がお認めになっている。
日本の皇族と天皇家、百済の人と結婚している。
ただし韓国の方は誤解しないでください。
「百済の人たちと」です。
韓国とではありません。
それを「天皇家は韓国の支配下に」と拡大解釈なさる方がいらっしゃるが、日本の天皇がお認めになったのはそうではない。
一部避難してきた百済の貴族たちを日本に入れている。
お墓も近江とかにいっぱいある。
もうその時代にすでに入管難民法は立派にあった。
「何をいまさら騒いでいるのか」と言いたいのが『三枚おろし』武田鉄矢の立場。
「大和民族の血が失われる」なんて反対する方で叫ぶ方がいらっしゃったが、何を言っとるんだ。
日本はそうやって人口を増やしてきた。
古代に、あるいは歴史に学びましょう。

戦って敗れた。
この敗れたことが重大。
その時に「仕返しに唐が攻めてくるんじゃないか」という恐怖心がしばらく日本を支配した。
確か中大兄皇子の頃。
一旦日本は、ヤマトは国を閉じた。
閉じることによって急に変化が。
自分たちで字を作り始めた。
このへんからひらがな、カタカナが生まれてくる。

太陽の「太」。
太陽の「タ」と読んだり「ふとい」と読んだりするという、一漢字に対して自分のところの解釈と向こうの呼び方みたいなものを合わせるようになった。
これは複雑なのだが、うまいことを考えた。
だから水谷譲も武田先生も、お互いの漢字の名前には大和風の読み方であって、中国風にも読める。
武田鉄矢(ウーテン・テイエ)
『101回目のプロポーズ』の時、台湾ではそう呼ばれていた
この「ウーテン」という言葉そのものも現代中国語とは違って唐の時代の読み方。
中国の方、そのあたり日本を楽しんでください。
日本はあなた方が歴史上で作った最大の帝国。
唐の漢字の読み方ができる島国。

アジアにおける文字の変化。
日本においては漢字の変遷みたいなものを追いかけている。
白村江の戦いで大唐と戦った日本。
そのあたりから日本は国を閉じて、大宰府というような所に出張所を置いて、防人たちを九州の海側にバァッと張り付かせて国防態勢に入った。
これは非常に不幸なことだが。
しかしわからない。
この不幸から日本は日本らしい文化を醸すようになった、ということ。

中国大陸と縁を切った日本だが、唐から初期に学んだものもあった。
唐の時代に漢字を詩に使うというのが流行る。
これは我々は勉強した。
「七言絶句」とか、そういう詩形で漢字を楽しむ、という。
「文学としての漢字」がそこにはあった。
楷書なんかがそう。
楷書なんかがこのあたりで、感情によって崩さず、それでも柔らかく丁寧に書くということで、楷書が生まれたりする。
この時代に「狂草(きょうそう)」という文字の中から。
針金を丸めたような字。
毛沢東さんが狂草という書の書き方がものすごくうまかった。

唐の滅亡を受けて、唐が滅んだ後にアジア圏において文字の曲がり角がやってくる。
ベトナムが離れ、朝鮮半島の国々が中国から離れていく。
そのトップランナーが日本。
ひらがなの発明。
日本は漢字的世界が窮屈に感じた。
では、漢字のどこが窮屈か?

この漢字が話し言葉になると助詞がない。
ゆえに「僕は学校へ行きます」が中国ではどういう漢字を充てるかというと「僕行学校」。
こういうふうになる。
動詞は名詞にもなる。
日本語の場合は名詞を動詞にする時は付け足さなければならない。
中国語の場合は、「成長」だけで実は動詞でもあり名詞でもある。
日本は名詞を動詞にする時は漢字二文字の後ろに大和言葉で「する」と付けると動詞になる。
「成長」これは名詞。
「成長する」これは動詞。

中国語の語彙というのは漢字二文字を基本としている。
漢字二文字で主語述語の関係で扱う。
「地震」
これは名詞にも動詞にもなる。
「地が震える」ということで補充している。
それで「飲酒」「乗車」というのは、これは「引っくり返し」。
それで名詞、動詞、両方OK。

修飾語が前に来る場合が多く、これは日本語と同じです。白い花ということで「白花」。最も高いということで「最高」。(49頁)

並列の構造。学ぶことと習うことで「学習」。大きいことと小さいことで「大小」。(49頁)

なかなか面白い。
石川さんの説。
怒る方もいらっしゃるかも知れないが。
中国全土を支配した元。

元の支配が弱まっていくなかで、それまでとは違った朝鮮的なるものが少しずつ生まれてくる。一三九二年には高麗が滅亡し、李成桂(一三三五−一四〇八)が朝鮮王朝を建国します。いわゆる李氏朝鮮(一三九二−一八九七・一九一〇)はここからはじまります。そして一四四三年にハングルが生まれます。(158頁)

日本の場合は面白いことに、わりと圧倒的国民の支持で。
政界で使う文字は漢字、普段はひらがな、カタカナを入れた「女文字の入った」という。
そういいう文化の世界。
『土佐日記』
「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。」
あの異様さ。
「女もしてみむ」と言う。
その「女」は紀貫之。
だから男。
男が女のふりをして「男がよくやっている日記を書いてみようと思う」という。
もうすでにジェンダフリー。
性を離れている。
谷崎潤一郎みたいなもの。
「指でつくんです。あの人が」みたいな。
三浦瑠璃さんみたいな。
「うふふふふ」
この間(番組で)ご一緒した。
あの方はいい。
耳たぶを噛むような喋り方が大好き。
「間違ってると思うんです」とか何か。

posted by ひと at 10:19| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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