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2019年06月08日

2019年3月4〜8日◆人生は声で決まる

これの続きです。

先週の「顔」に続きまして今週は「声」。
この本『人生は「声」で決まる』竹内一郎さん。

人生は「声」で決まる (朝日新書)



この方(この本の著者)は舞台の演出なんかもやってらっしゃる。
この人から指摘されると本当に。
みんな「視覚文化」と言うが、視覚文化をつつがなく回転させているのは声の出演者。
バラエティ番組をやる。
いろいろ芸人さんたちが画像的には出てくるが、全体をまとめてヒモでくくっているのはナレーション。

『ルパン三世』のルパンの声を、山田康雄がやっていなかったら、洒脱で軽妙なルパン三世像ができたろうか。
『開運!なんでも鑑定団』のナレーターが銀河万丈でなければ、同番組の参加者が「偽物をつかまされていた」という時の「まさか」という表情を見て、視聴者は笑えるだろうか
−中略−
 NHK『プロジェクトX』のナレーターが田口トモロヲでなかったら、美しい話が、垢抜けし過ぎて却ってつまらなかったのではなかろうか(ヒットしなかったとはいわないが)。
『世界の車窓から』は放送一万回を超える長寿番組だが、石丸謙二郎という舞台俳優の持つ声のリアリティと、顔とマッチした「自然を愛する」感じの声がなくては、見ている人の心に、スーッと滑り込んでこないのではあるまいか。
(6頁)

そしてこれは武田先生の思いだが、「声」と言われたら私達も青春時代から「まさしくあの声に」という声を持っている。
例えば団塊(の世代)の方、思い出してください。
やっぱり70年代に登場した吉田拓郎という人の声は音楽の新しいページを開いた。
そして80年代。
「RCサクセション」忌野清志郎。
そしてこれはもちろん70年代からいた人。
90年代、目覚ましい活躍をした人。
「オフコース」小田和正。
「サザンオールスターズ」桑田(佳祐)。
80〜90年代、日本のJ-POPを代表する声。
著者ではなく武田先生が言っているが、吉田、小田。
この二人に関しては「何でこれほど支持されたのか?」というのをつくづく同世代として考える。
小田和正さんは『(3年B組)金八先生』の田原俊彦の回のテーマ曲にもなった。



武田先生が思うに、吉田拓郎は「老人の声」。
学生運動で70年代でみんなが甲高い声で語り合っていた。
「そんなことでマルクス・レーニン主義は・・・」みたいなことを言っていた。
その時に歌の世界の中で吉田拓郎は、同じ年齢でありながら「老人の声」だった。
歌っている声は「老人の声」だが、歌の内容は「少年」。
「ねえちゃん先生〜もう消えた〜♪」(吉田拓郎『夏休み』)
老人の声で少年の思いを歌った。

小田和正は「老人の風貌」で「少年の声」で歌った。
あの人の横顔を見ると「宮大工みたいな顔だ」と思う武田先生。
「匠」というか、もちろん人間国宝級。
そんな老人の風貌の小田さんが「もう〜終わりだね〜♪」(オフコース『さよなら』)。
このギャップが受けた。



オフコースのファンで、中学の頃に武道館にも行った水谷譲。
小田さんに「若さ」を感じたことは確かになかった。
「すごく年上の憧れの人」というイメージだった。
ところが歌に入ると少年。





「よい声」とも違う。
しかし悪声ゆえにあの声を聞くと「物語」を感じる。
そうすると惹き込まれる。
かくのごとく、実はエンターテイメントの世界でも声が支配しているのではないだろうか?というのがこの竹内一郎という著者の思い。

 動物は何のために、声を発するのだろう──。
−中略−二つ目は、オスがメスを引き寄せるため。(19〜20頁)

また、メスはオスの声に反応するというレーダーを持っている。
十代の頃にちょっとこのことを意識していた武田先生。
「オレには声しかないんだ」という。
モテるために意識していた。
それで各テレビ番組のナレーションを全部覚えて、一人でつぶやいているような子だった。
「正しかるべき正義も時として、盲(め)しいることがある 。リチャード・キンブルは髪の色を変え・・・」(『逃亡者』テレビシリーズの冒頭のナレーション)
そういうのを無我夢中でやっていた。
芥川(隆行)さんのマネもやっていた。
「琉球水天の彼方、黒船の影さして、時は幕末の警鐘を打ち鳴らし始めた。紅の血潮に触った時代の落日は・・・」(『新撰組始末記』のナレーションだと思うが、調べてもわからなかった)とか。
子供の頃は頭が柔らかく、全部覚えていた。

とにかく声というものが意外と重大である。
青春時代にフォークシンガーをやっていた武田先生。
一番やりたかった仕事はやっぱりラジオの仕事。
みなさんはびっくりなさるかもしれないが、70年代、ラジオ番組をやるやらないが人気の分かれ道だった。
あのへんから「パーソナリティ」なんていう職業が増えてきた。

アナウンサーは容姿もだが「声」。
とくに「読み原稿」が大事。
この間「嵐」が発表した時(ジャニーズ事務所のアイドルグループの活動休止の件を言っていると思われる)に「嵐」のコメント読みを間違ってばかりいるテレビ局がいてイライラした。
あれは各局に出る。
「見た目で選んだ子」というのと「読み原稿からたたき上げた女子アナ」のパワーの差というのは、飛び込みのニュースの時に、ものすごくはっきりする。
アナウンサーさんの読み原稿で一番嫌なのは「感情扱わず読んでますよ」という「できますよ宣言」みたいな読み方をされるとオジサンは・・・。
「技術持ってます」という読み原稿というのは伝わってこない。
それからあまりにも感情過多。
悲劇の事件が起きた時に眉をひそめながら、わりとベッピンなアナウンサーさんが「とっても気の毒だ」とかと、そんなことを言う時に「余計なこと言うんじゃねぇ!」という。
そういう「声」。

声で特化したのはアナウンサーの他にも声優という仕事がある。

 声優が人気者になることは、多くの人が知っている。アイドル並みの人気を持つ人もいる、ということも。(23頁)

野沢雅子(『ドラゴンボール』の孫悟空役など)、山田康雄(『ルパン三世』のルパン役など)、大塚明夫(『ブラック・ジャック』のブラック・ジャック役など)−中略−
 声優のアイドル化に先鞭をつけたのは、林原めぐみではないだろうか。『らんま1/2』の女らんま役や、『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイ役で、一躍名を馳せた。
−中略−現在では、AKB48の元メンバーである佐藤亜美菜や仲谷明香のように、アイドルから声優に転身するケースもあるほどだ。(24頁)

 とはいえ、声優で「食える」のは、三〇〇人程度といわれている。(26頁)

その他、お笑い芸人でも「声で生き残ろう」「一人だけでも生きよう」という漫才コンビの方がいらっしゃる。
相方をやがて捨てるであろう方。
麒麟の川島(明)くん。

マイクに口を近づけて、低い魅力的な声で「麒麟です」というネタが有名である。(27頁)

この人はNHKで番組をやっているがバリバリ。

 一人は、ピン芸人のケンドーコバヤシ。(27頁)

 もう一人、声のよい芸人に天野ひろゆき(キャイ〜ン)がいる。(28頁)

それから爆笑問題の田中(裕二)くん。
この人はラジオ番組なんかは、ほとんどアナウンサーと同じぐらいの声のよさ。
彼らの特徴は何かというと「あいうえお」の発音。
母音の発音が非常に正確である、という。
そうすると日本人はすごく心地よく聞くそうだ。

元NHKの森本(毅郎)さんなんかいい声をしている。
それから草野(仁)さんもいい声をしている。
そのほかにも久米宏さんという見事なスピードの方もいらっしゃった。
これらの人々は「声で印象に残す」ということ。

声というのはまた面白いもので、ラジオが好きなので内職で原稿を書いたりしている時にラジオを点けっぱなしにしている。
その時、に名前を言うと失礼なので言えないが、原稿に気が行って夢中で書いている時、まったくラジオから流れてくるその声が「気にならない人」と「なる人」がいる。
書いている筆先の考えごとを邪魔する。
番組として面白い。
これがラジオ番組の困ったところで「面白いからいい」というワケではない。

武田先生が「そういう喋り手にいつかなりてぇなぁ」と思う。
「無視しよう」と思うと簡単に無視できる人の喋り方というのも重大。
大沢悠里さんを好きな武田先生。
聞いてもいいし、聞かなくてもいい。
あの人の声が全部「ねだらない」。
「聞いてください、私を!」ではない。

 たとえば、電車の車掌さんの声だ。「つぎはあぁー、しんおおくぼー、しぃんおおくぼぉー」と独特の節回しをつけて発する声である。−中略−
 この場合、必要な情報を「いって」はいるが、乗客の心には伝わらない。というより、乗客には読書をしている人もいるし、眠っている人もいる。
−中略−むしろ、アナウンスがなくても構わないという人に向かって、邪魔にならないように発している声のようにも思える。表現を換えれば「伝える意志の少ない声」である。(43〜44頁)

飯を喰おうとして箸を出そうとした瞬間、止める料亭がある。
「前菜で何が出てるかを仲居が説明しますんで、それまでお待ちください」という。
カチンとくる。
それは声の問題なのだろう。
抜群に「間」のいい人がいる。
人と話している時にそっと割り込んできて「お料理の説明させていただきます」。
まだこっちが話をやめない。
それで、もう向こうは始められている。
「真ん中に置いてありますのは・・・」とかと。
「はぁ、はぁ」と言いながら、こっちの話をゆっくり畳みながら、あなたの説明を聞く、という。
こういう「間」。
でも完璧にこっち側がやめない限り説明しないぞ!という人もいる。
ああいうのがすごくダメな武田先生。
ファミリーレストランで、もう一度頼んだものを繰り返す人の話の割り込み方。
頼んでおいて、これからミーティングに入ろうとした時に「繰り返させていただきます!」。
意味や意志を伝える意味ではなく「薄い最低限の注意」という声の使い方。
こういう世の中になっている。

 しゃべりには、「緊張と弛緩」が大切だといったのは、二代目桂枝雀である。
 彼は「タタタッ」と早口でまくしたて、「スコッ」と抜くことがある(ユーモラスな顔をつくるのと同時に)。彼が早口でまくしたてると、観客は噺家に「押される感じ」になる。それが不意に「スコッ」と抜けると、観客はフッと前のめりになり、気持ちが噺に自然に入っていく。
(46頁)

ところが最近、テレビでは自分の喋りのスピードを一切変えない人がいる。
これは批判でもなんでもないが。
(明石家)さんまさん。
半分ぐらいしかわらかない。
あの関西風のなだれ込むようなおしゃべりに、もうこの体がついていかなくなっている。
明石家さんまというのは喋りにおいては武田先生にとって「謎」の人になってしまった。

 NHKのアナウンサーは、一分間に三五〇字程度をしゃべる。(47頁)

若い頃は(読む速度が)速かったという水谷譲。
でも(遅くなったので)だんだん声が聞きやすくなった武田先生。

視覚文化の現代と言われている日本だが、聴覚文化も重大。

「声を出す」という日本語の表現には、たくさんのバリエーションがある。「声を上げる」「声を掛ける」「声を嗄らす」「声を曇らす」「声を殺す」「声を絞る」「声を揃える」「声を立てる」「声を尖らす」「声を呑む」「声を励ます(強い声でいう)」「声を放つ」「声を張り上げる」「声を潜める」「声を振り絞る」「声を帆に上ぐ(声を高く張り上げる)」──。(51〜52頁)

そして声の存在というのは実は政治にも反映している。
挙げていきましょう。
池田勇人、吉田茂、田中角栄、佐藤栄作。
彼らは彼ら独特の声を持ち、やや低めのダミ声。
それが指導性というか強さに結び付いた、ということ。

 しかし、最近の日本の総理の声はどうだろうか──。菅直人、鳩山由起夫、麻生太郎、福田康夫、安倍晋三……。申し訳ないほどに、皆さん弱々しい。(57頁)

ご存じの方も多いと思うが、安倍首相はだいぶよくなった。
一国の宰相に向かってこんな言い方をして申し訳ないが。
最初の頃よりは舌の回りがだいぶよくなられた。
最初はちょっと「らりるれろ」が緩くて、聞いていてヒヤヒヤしていた。

この安倍さん以下の鳩山さんとか菅さんなんかの特徴は、というと、都合のいい話はすごくよく発音できるのだが、災害時、外交交渉等の不安鎮静や冷静さを求める場合、甲高い声というのは共通としてやや上ずる。
安倍首相は前に(首相を)やった菅、鳩山の轍を踏まないために、ということで、それらの事態の時、あまり発言なさらない。
集めた数字がデタラメだった時も。

麻生さんの声は喋りスピードが緩くて低いから、麻生さんというのはそういう意味ではやっぱり悪声ではあるが政治家としての、とある迫力を持ってらっしゃる。
好みはあるが、田名角栄等々に通じる。
麻生さんと田中さんの決定的な違いは生まれ育ち。
田中角栄というのはやっぱり下から来た人。
田中角栄は友達が多かったのだろう。
麻生さんはご本人もおっしゃっているが友達が少なそう。
弟さんと話したことがある武田先生。
弟さんは声がいい。

「声」で政治家を見ていきましょう。
隣国を見ましょう。
中華、韓国、朝鮮、その場合の最高指導者の声。
記憶にない。
この中国、韓国、朝鮮は指導者があまり声を発さない。
韓国は記者会見で「あなたを指名するつもりはなかった」とかというので、我々はその地声を聞くことができるが。
日本人記者を指名するはずじゃなかった!? 韓国大統領が新年会見で日本批判「問題拡散は賢明でない」 - FNN.jpプライムオンライン

でも日本人記者を指名してしまって大問題になった。
「本当はあなたを指名するつもりはなかった」とおっしゃるあの声に「しまった!」と動揺がありありとあった。
それであの場の発言だから。
あそこまで全部、本音を喋っちゃダメ。
政治家ともあろうものが。
もう一枚二枚オブラート、あるいは仮面をかぶらないと。
もう喉元まで「日本嫌い!」と出ているあの顔が。
正直な方。
元気でやってください。

中華と朝鮮においてはトップの政治家は声を出さない。
そのかわり国営放送のアナウンサーが講談調で語りを入れる、という。
この講談調の国営放送のアナウンサーさんたちの語りは、全部語尾を跳ね上げて興奮調。
講談調の語りで「彼らの偉大さを見せる」という。

平成天皇は本当に見事で、非常に声を露出なさった。
美智子様へお礼を言われたあの声なんていうのは、もう生涯忘れない武田先生。
泣いた。
人間の本音というのはあれぐらい出る。

 私たちは嘘をつくと、「声がうわずる」傾向がある。
 時間にして、〇.二〜〇.三秒と、一瞬である。
(61頁)

この0.2〜0.3秒の声の上ずりというのがなんと、6〜7歳の子でもわかる。
「あ、嘘ついてる!」と。
だからやっぱりトランプさんがtwitter文字で書きたがるというのは、そういうのもある。

好みで「あの声この声」と言ったので、自分のひいきの声にちょっと力みがありすぎて、その脇にいらっしゃる声の方をあまり好きじゃないとか言ってしまった。
あくまでも個人的な感想なので、どうぞお許しになってください。
ただ、声というのがその人の実像を伝えるにはもってこいの素材である、という。

中華あるいは朝鮮、韓国。
ここでは大きい声を出さないのが大物の風格。
通訳の人を従えていて「なんつったの、彼は?」なんて小声で言ったりすると「大物」という。

大きい声を出すと声帯が緊張し、その瞬間に眉に力が入って「心理」が出る。
貴人というか身分が高い大物さんというのは眉がほとんど動かない。
それから北朝鮮の方の将軍様の坊ちゃんも、わりとそう。
眉毛があんまり動かない。
声を聞いたことがない。

最近の若者の特徴。
空間に対して自分の声を出す量がコントロールできない人が多い、という。
近くに寄ってきてやたらデカい声を出すヤツ。
テレビスタッフで回り込んで朝の挨拶をするのだが、必要ないくらい「おはようございます!」という。
これは疑ってみてください。
ヘッドホン難聴。
あるいはスマホネック。
スマホが好きな人で声の音量が調節できない人がいる。

うつむけば、どうしても、のどを閉めてしまう。声は出にくくなる。−中略−
 近年では「スマホネック」という言葉もある。ずっと下を向いているうちに、うつむいた姿勢で頸椎が固まってしまった状態である。
(66頁)

喋り始めた出始めだけ声が大きくて、あとでモニターが効くらしくてだんだん落とす人。
「(大きい声)武田さん!・・・(小さい声)あのですね」
武田先生のスタッフにそういうのが一人いる。
これは面白いことがいっぱいある。
こんなことを言っている。
声優さんというのを職業にしている人は、普段話していてすぐわかるし、ラジオ番組を聞いていて「あ、この人声優さんだな」とわかる。
「特に今の若い女性の声優さんはすごく特徴のある喋り方をされる」と思う水谷譲。
何でわかるか?
声優さんの、特に女の人。
オンマイクすぎる。
マイクに対して寄って行く、去って行く、やや横、というマイクの使い方じゃなくて、自分の声をマイクに対してオンにし過ぎる。
だから喋りの中で「息を呑む」とか「驚く」まで全部音声で表現する。
それが異様なオンに聞こえる。
だから何気ない呑む息、小さな逡巡、ためらい。
それがあまりにも明瞭すぎる。
「へっ?へぇ!」とか、そういうの。
これはやっぱり声優の方々がマイクに対してオン過ぎるという。

ちょっとここで実験しましょう。
ノイジー。
つまりちょっと音全体がノイズが入っているということがいかに・・・。





この二曲は全然違う。
Perfumeの悪口ではない。
ファンの方は書き込みなんかやめてください。
機材が良すぎてPerfumeの場合は、音そのものがクリアカットされている。
このロネッツの『ビー・マイ・ベイビー』は、これは録音風景そのものが歴史的なのだが一発録り。
ドラムも歌詞もバンドも全部同じスタジオに放り込んで音が回っている。
小さいホールで人気のバンドが演奏しているみたいな雰囲気が伝わってくる。
一方Perfumeの『ポリリズム』は計算された音が響いているので観客席が想定できない。
「音」もしくは「声」というのは面白い。

口の周りの筋肉(口輪筋)を使わないので、顔の下半分が萎んでしまう。顔に力感がなくなってしまう。やがて蚊の鳴くような声になる。
 意識して、声を出さない限り、自分が思っているより声は老けていく。
 この傾向は女性に顕著である。また、閉経後はホルモンバランスの変化も加わり、女性らしい高音の声が失われる。とりわけ、高齢の女性の声は中性化しやすい。男性の声と判別できにくくなるのは、よく知られていることである。
(85頁)

 基本的には、次章で紹介する朗読を勧めたいが、手軽さを求めるならカラオケを推奨したい。(86頁)

posted by ひと at 10:50| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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