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2019年07月02日

2019年1月28日〜2月8日◆ガッツだぜ(後編)

これの続きです。

この本の著者エムラン・メイヤーさん。
ドイツの方でアメリカで今、腸内のことを研究なさっている。
この方は内臓、小腸・大腸の中にある微生物が人間を決定しているのではないか?
腸の役割は消化吸収のみではないんだ、と。
食欲から感情まで、実は腹の虫が人を動かしているという説。
なんとなく与したくなる、説得力を持った説。
そういえば度胸のいい人のことを「腹がすわっている」とか、真剣に語り合うことを「腹を割って話す」とか「腹の底から笑う」とか。
腹というのは絶えず人間の人格と深く結びついている。
マイクロバイオームの活動によって内臓感覚も変化していく、という。

正月5日、奥様と京都へ行って京懐石を楽しんだ武田先生。
京都だからいろいろ凝っていて凄まじい。
「カニお食べになります?」「お願いしますわー」
デカいカニでも出てくるのかと思ったら、金沢で仕入れたという香箱ガニ。
小っちゃなヤツ。
あれに味噌と卵を足の部分に混ぜて、とか。
小っちゃいけど濃厚。
内子と外子。
それから伊勢海老一匹。
あれ一匹で1万円ぐらいするのではないか?
それでお味噌汁。
白みそをお餅を入れて作ってくれる。
さすが京都。
意味もなく金粉ばっかりかけてある。
それがまた箏の音色と一緒にアレすると「文句言えなくなる」という。
その一番最初に出た、お猪口一杯の「おじや」。
「最初にお腹を温めてください」ということ。
「懐石」というのはそういう意味。
食べ物がない、貧しいお寺の方が一番最初に石を温めて客人にふるまって「お腹を温めてもらった」というのが「懐の石」と書く「懐石」。
だからお茶碗一杯だけおじやを喰わせる。
それもフグ。
すするだけ。
だけどまず「腸を温めてください」という。
このあたりはやっぱり京都人というのは内臓感覚に訴えてくれる食事の手順。

内臓感覚というのが世界の歴史を変えたという一例。

 一九八三年九月二六日、モスクワ郊外にある掩蔽壕に詰めていたソビエト防衛空軍の若き将校スタニスラフ・ペトロフは、ソビエトの衛星から、アメリカが自国に向けて放った五発の弾道ミサイルが飛来中であるという警報を受け取った。警告音が鳴り響き、画面には「発射」の文字が躍っていたにもかかわらず、彼はそれが誤報であり、事実ではないという決定的な判断を下す。もし彼がそのような状況を想定して設定された「合理的」手続きに従っていたら(他の将校ならそうしていたはずだ)、報復攻撃がさらなる報復攻撃を呼び、まちがいなく数百万人の死者が出ていたところだった。
 当初ペトロフは
−中略−「ほんとうにアメリカが総攻撃を仕掛けてきたのなら、数百発のミサイルが発射されたはずだ」「発射検知システムはまだ新しく、全面的には信頼できない」−中略−と考えたという。
 しかし、本音を告白してもそれほど差し障りがなくなった二〇一三年に行なわれたインタビューでは、ペトロフは、警報が誤りだという確信がないまま、「奇妙な内臓感覚に導かれて」判断したと述べている。
(173〜174頁)

かくのごとく腸内細菌が世界を救うということがある、という。

腸内細菌を産まれたての新生児はどこから取り込むかというと、お母様の産道から。
肌にくっ付けてくる。
だからお母様と同じ腸内細菌をまず赤ちゃんは持つ。
お母様の産道とか、そのあたりの細菌を全身に浴びて、それを我が身に取り込んで、最初の腸内細菌とするそうで。

人間が普段の暮らしの中で持つ感情というのは、実は脳が醸し出す気分ではなくお腹の中、腸の気分。
それがその人の表情となって顔に現れるのではないかという説。
これは腸の中に住んでいるマイクロバイオームという、たくさんの腸内細菌の不調が情動、気分に影響しているのではないか?と。
こう言われると何かハッとする。
例えばパワハラなんかで「若い方にとんでもない指示を出した」というような方がいらっしゃる。
何かやはりお顔を拝見していると「ちょっと食事に偏りがあるのかな?」という方が多い。
誰とは言わないが、たとえばウチダという方がいらっしゃると。
あのお年で「用意しろ」と言った物に偏りがある。
メニューを見たら出ていた。
それからヤマネという方はもうはっきり偏りがある。
もしヤマネという方がいらしゃれば、だが。
それからツカハラさん。
ちょっと肥満が先行している。
人の指導は痩せてからでいいのではないか?
例えばの話。
トランプくん。
もうちょっと絞ったほうがいいかな?
美味しいものを召し上がっている。
「北の将軍さま」のお顔がどんどん大きくなられる。
ああいう方も「腸内というのが世界中を揺り動かしているのではないかなぁ?」と思ったりする。

現在のところ科学的な証拠はないが、腸や腸内細菌が脳に送るシグナルの激しい流れが、その過程で放出される神経伝達物質とともに、夢に情動的な色合いを付与するのに一役買っているのかも知れない。(195頁)

脳が眠っている間も腸は蠕動運動等々で活動している。
「懐石料理喰った」といって金箔を消化している。
そういう代謝とかを懸命にやっている時に内臓が消化に追われると、追われる夢を見ちゃう、という。
それから何かに遅れそうになる、というのは腸が「朝の排便にはとても今日中には済みそうにない」とかというのが「遅れる」という言葉と結びついて脳に夢となって現れるのではないだろうか、という。
夢と消化吸収が結びつくんじゃないかな?と思ったら去年、(南)こうせつさんとかと博多でコンサートをやった武田先生。
そうしたら前日に主催者がおごってくれた。
「博多の肉、喰おう」と「熊本の美味い肉ありますから」というので行ったのだが、その肉屋がすごい。
前菜がしゃぶしゃぶ。
そしてメインがすき焼き。
それでサービスもあって、一切れの肉の切り方が厚い。
奥様の指導の下「65歳以上、肉喰わなくていい」という家庭の掟の下に生きている武田先生。
しゃぶしゃぶはともかく、メインのすき焼きが始まったら生卵を落として絡めて喰うと美味くて。
200(g)のところが400(g)ぐらい喰っちゃったのだろう。
宿に帰って寝たら腹が重たい。
肉を消化分解できなくなっている。
それで眠ったら夢を見た。
その夢がすごい。
牛のモモが武田先生の腹に乗っている夢。
ちょっと悪夢の話のうちに終わってしまったが「夢と内臓は案外結びついているんじゃないかなぁ?」と思った実体験。

腸と脳と心の複雑な相互作用には、マイクロバイオータが重要な役割を果たす。この種の瞠目すべき発見は、内臓反応や内臓感覚、およびその双方が気分、心、思考に与える影響という面で、目に見えない生物が果たす役割をめぐって、画期的な見方を生み出したのである。(143頁)

 さまざまなストレスによって、一時的に腸内微生物の構成が変わることは知られていた。特にストレスを受けた個体の便には、乳酸菌の減少が見られる。しかし、別の分野で得られたデータによれば、ストレスの影響は、腸内微生物の構成の一時的な変化以外にも見られる。ストレス下で分泌される化学物質ノルエピネフリンが、心拍を速め、血圧を上昇させることは以前から知られていた。(155〜156)

すると腸内は炎症や潰瘍、傷ができてしまう。
これを起しやすい環境となる。
この炎症というのはよくないようだ。
後々にガンの元になったりする。

むろん腸からも抗微生物ペプチドを分泌してディフェンスに一生懸命まわる。
この戦いの模様は腸から直ちに「気分」「夢」などの手段で脳へ打電されているようだ。
それでバランスを取ろうとする。
だから何か重たいものが心にあるとか、夢なので変な夢ばっかり見るとか。
どうも気分が上向いていかないとかというのは、ある意味で「内臓の不調をあなたに訴えていますよ」と。
これは一つキモに銘じておくべきことだろう。

幸福なときにはエンドルフィン、配偶者や子どもに親愛を感じているときにはオキシトシン、何かを望んでいるときにはドーパミン、などというように、おのおのの情動と、その基盤をなす脳のOSが、情動の種類に応じた科学的シグナルによって働きかけられることを見てきた。(159頁)

脳からの受信機は右脳にいっぱいある。

成人後には一九万三〇〇〇個ほどの直感細胞を持つ。(185頁)

エコノモ・ニューロン(本によると「フォン・エコノモ・ニューロン(VENs)」)と呼ばれる内臓からの連絡を受け取るニューロン、アンテナがある。
右脳はやっぱり「感覚脳」と言う。
最近これが「直感細胞」と呼ばれている。
(本には「このニューロンをわかりやすく『直感細胞』と呼ぶことにしよう」とあるので、別にそう呼ばれているとかっていうことでもない)

 直感細胞を動員する高速コミュニケーションシステムは、複雑な社会組織のもとで暮らすようになった哺乳類に、内臓感覚に基づく判断を行なう能力を付与した。(186頁)

人間の情動を操って「この人と会いたい」とか「今夜誘っちゃおうかな、デートに」とかという決断を下したり「よし、次のボール打とう」とか「勝負だ!」「コイツは悪いヤツだ」とかという直感を判断し、これを左脳の方、隣の方へ打電する。
だから第一印象を決定するのは実は腸。

 医師としての私の経験からいえば、女性の多くは、男性に比べ、自分の内臓感覚に耳を澄ませ、直感的な判断を下すことに長けているように思われる。(189頁)

年齢と共に腸内細菌のバランスがおかしくなりがちで、そうすると直感がきかなくなる。
それが「オレオレ詐欺」ではないか。
それがこの人の本を読んでいての面白さ。
老人はやっぱり食事の傾きというのは大きい。
オレオレ詐欺にひっかかる。
あれほど何べんも警告してもダメなのは内臓感覚の不調かも知れないという武田先生の説。
だから腸内の微生物で操っている。
その中で敏感なはずの女性が引っかかってしまうというのは、腸内の、内臓の不調そのものが引き金になっているのかも知れない。
だからそこまで調べさせて欲しい。
前にも「もう全部調べさせて欲しい」と言ったことがある武田先生。
サルの頃から「協力する」ということだけで、生存競争を生きてきた人類という中で、我が子を殺す母性というのがもしあるとすれば、絶対にどこかに何かがあるはずで、その悪魔の正体を追求するためにぜひ、罪を犯した方にも協力して頂ければと。
腸内細菌を調べるとか、そこまで一回分析してみるというのも。

前に一回だけ(『今朝の三枚おろし』で)内臓を取り上げたことがある。
これもどんどん新しい説が出てくるのだろう。
前に(スヴァンテ)ペーボ博士の説で「ネアンデルタール人と現生人類が交雑している」という「それが遺伝子に残ってる」という話をした。
ネアンデルタール人は私たちの先祖か
あの後の研究が出た。
本のタイトルもすごく興味津々で『交雑する人類』という。

交雑する人類―古代DNAが解き明かす新サピエンス史



これがまた電話帳ぐらい厚い。
エムラン・メイヤーさんの『THE MIND-GUT CONNECTION』。
この本もそうだが。
嘆きのメモが取ってあるが「話がしつこい」とか書いてある。
もう延々と説明する。
それで何か一つ「武田鉄矢の仮説」みたいなのを入れないと、ちょっとみなさんも飽きて持たないのではないかと思った。
母親が子を虐待する等々の人類の逆を行くようなことがあった場合は実は「腸内細菌のせいでそうなったんじゃないか」とか。
そういう仮説を折り込みながら説明している。
最も知りたいのは「それじゃ内臓微生物を健康のためにどうやって私に招くか?」。
今、毎日少しずつヨーグルトを必ず食べるようにしている水谷譲。
言われたのは「食べるのはいいことなんだけれども、同じ種類をずっと食べ続けないと、ちゃんとした微生物が育たないよ」と言われて。
安売りの物を「これでいいや。これでいいや」と別々のものを食べてしまっていたので「じゃ、同じヨーグルトを食べなきゃいけないんだ」と思って。
ヤクルトなんて「何とかシロタ株をいっぱい入れました」みたいなのを結構飲んでいるが便が固い武田先生。
餅の喰いすぎが原因か?

内臓微生物を健康のためにどうやって人類は増やしていったか。
著者は言う。
これはとても大事なこと。
なぜ草原のサルだった現生人類は生き残ったのか?
一つは雑食性。
何でも喰った。
木の実から草、草の根。
これは海に一回出ている。
海のそばに住んだから直立歩行が上手になったんじゃないか?という説もあるくらい。
これはよい説。
「海がサルに直立歩行を教えた」という。
海に入ったら波をかぶっちゃうから立ち上がった。
水中なので負荷なく歩ける。
そこでワカメとか貝を喰ったヤツがいる。
海が歩行器となってサルを二足歩行に変えた。
そのあたりから集団と化して「狩りをするサル」になった。
ケモノを襲って、シカ、ウシ、トリを喰うようになった。
すごいのはマンモスまで襲って喰い始めた。
新しい食べ物を次々に増やしていった。
ということで腸内の微生物を増やしたことが人類に大きく貢献したかと思えば、これはなかなかの説。
それで長寿を得て、長寿ゆえに今、新しい病に遭遇しているが、これも寿命が延びたせい。
我々は腹の虫をどう取り込み、どう守り、どう育てるかという。
そういうところに来ているのではないだろうか?という。
でも、これに関してはこの本に書いてあったことをみなさんに紹介しようかと思ったが、健康につながる食事というのは安易にオススメできないところがある。
昔は「魚を食べろ」と言われて今は「いや、肉だ」と言われて「どうなんだ?」と思う水谷譲。
個人個人で相当分かれるのではないか?
ガイダンス、外枠のみで具体的な何々はオススメしない。

腹の虫というやつ、それをどう守り、どう育てるか?という。
その話に収斂していくということ。
エムラン・メイヤーさんが終章でおっしゃっていること。
「内臓微生物の多様性を守れ」
コレステロールも善玉とか悪玉とかがいるが、悪玉もいないとダメなんだそう。

乳酸菌、ビフィズス菌を求めて、脂肪分の少ないお肉。
これは一般的な概要だけ。
具体的には言わない。
それから「有機のものに目を向けよう」と。
そして「あまりにも綺麗に殺菌されてしまっている食品というのは不味い」と。
いわゆる「発酵食品」。

キムチ、ザワークラウト、昆布茶、味噌など、現在でも簡単に手に入る食品も多い。(286頁)

これは世に喧伝されている通りの健康食品。
その次に、やっぱり「食べ過ぎない」。
これはつらい時がある。
大事なことは「腹をすかせること」。
日本人のこの「腹八分目」は欧米にはないらしくて。
「腹が鳴る」
これはとても大事なことで。

 胃に内容物が残っていないときには、食道から結腸の末端に向かって、ゆっくりと力強く移動する高振幅の収縮が周期的に生じることを思い出してほしい。それとともに、膵臓と胆嚢は同期して消化液を分泌する。(288〜289頁)

「腹減った!」という。
この時に小腸から結腸に向かって腸内細菌を吐き出す。
これによって微生物の新旧が入れ替わる。
お腹がすくことによって。
お腹が鳴るというのは緞帳が一回閉まるようなもの。
一幕目が終わって、消化吸収で。
それで内側の準備が出来て幕を開けると物が入ってくるという。
だから二幕目が始まるという。
これが飯を喰いすぎると幕がつっかかって降りなくなる。
それが悪いらしい。
そしてこれはよっぽど指導者の方がいないと危険だが、断食をすると脳と腸の連絡網がリセットされる。
入ってこないので。
この「リセット点検」というのがいいらしい。

ストレスを受けているあいだや、不安、怒りを感じているときには、腹に食物を詰め込んで事態を悪化させることは避けるべきだ。(290頁)

喜怒哀楽が激しく渦巻く時、特に「怒り」と「悲しみ」。
そういうものが激しく渦巻いているんだったら、情動を優先して他の作業をさせるべきではない、と。
悲しいのに飯を喰う、怒っているのにご飯を食べるたりすると、二つやることが増えて、腸がものすごく混乱する。
あんまりムカッ腹が立ったら「もう、飯喰わなくていい」と。
「かえって悪い影響を腸に与えてしまうよ」と。
楽しく食事ができないと、腸には大きなストレスになってしまう。
そういう「感情と飯の味」というのはリンクしている。

エムラン・メイヤーさんという方は後にちょこっと書いてらっしゃるが、滅茶苦茶日本食を褒めてらっしゃる。
その腹八分目という言葉に対する驚きとかもおっしゃっていて(そういった記述は本の中にみつからず)ちょっとエコ贔屓みたいな感じで日本と日本食はりスペクトなさっているので。
あまり皆さんに具体的に言うよりは、エムラン・メイヤーさんの考え方、科学的な考え方をご紹介した方が参考になるのではなかろうかというふうに思っている。
このエムラン・メイヤーさんが日本の食事に関して「これは素晴らしい」と言ったのはたった一言にまとまる。

日本食のもう一つの重要な要素は、食事の準備から食べるときの作法に至る、審美的側面への配慮である。(299頁)


posted by ひと at 10:05| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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