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2019年09月02日

2019年4月1〜12日◆I'm ageing(後編)

これの続きです。

先週の終わりはビックリするような結論で終わった。
長生きするということのために必要なのは「飢え」「命の危機」「ストレス」。
そういうことを重ねると寿命は伸びるという。
その「飢え」「命の危機」「ストレス」というのを習慣化するためにギュッと濃縮されたのが「スポーツ」であるという。
これは意味のないことで体を動かし、非常に不愉快な目で勝った負けたを大騒ぎしつつ、ハッと気がつくと空腹でたまらないという状態に人間を持っていくシステム、という。
これが実は寿命を延ばすためのドリルではないか?ということ。

 困難に直面した動物は、安楽に生きている動物よりも長生きする。この奇妙な現象はホルミシスと呼ばれている。−中略−ホルミシスはまた、老化の適応値の謎を解く手がかりも提供してくれる。どうやら、老化は死亡率を平均化するらしく、病気や飢餓で死亡する個体が減ると、反対に死亡率を上げる。(202頁)

命にはこういうみょうちくりんなところがあって、簡単にできないという。
困ったもの。
しかし命というものはそういうこと。

少量の放射性物質にさらされたり、ほんのわずかなX線放射を毎日うけた動物は、ほかの動物よりも長生きする。(197頁)

「放射線」と言うとみな、ギクッとするが、それが治療になったり。
このあたり「命というのは実に興味深いもんだ」ということで生きていきましょう、ご老人方。

単純な自己増殖システム──初期の地球に偶然′サわれたとされるシステム──を実験室で再現しようとすると、うまくいかないのである。一九五〇年代に、このプロジェクトに対する最初の熱狂が巻き起こった。メタンと水とアンモニアを混ぜたガス体に放電するだけで実験室で簡単にアミノ酸がつくれることがわかったのだ。しかし、ひとつの機能を持つタンパク質をつくるためには、たくさんのアミノ酸を特定の配列で結びつけなければならないし、自己増殖するシステムをつくるためにはそうしたタンパク質がたくさん必要になる。自己増殖するこのシステムはあまりにも複雑かつ特殊で、いついかなる場所であろうとも、偶然に発生するとは考えにくいのである。(206頁)

(番組では「偶然に発生するとしか考えられない」と逆のことを言っているが本には上記のように書かれている)

量子力学によれば、量子の王国を支配する不可思議なルールを公式化するには「観察者」が必須の構成要素であるという。そこで科学者のなかには、発生期の生命──それも観察者となりえる意識を持った生命──が、物理学の基本構造のなかに組みこまれているのではないかと考える者も現われたのである。(206頁)

つまり誰かが見ていないとタンパク質が生き物にならない。
これはまさしく手塚治虫の『火の鳥』。

火の鳥【全12巻セット】



だから「目撃者」というのがいないと生命が誕生しないとすれば、そこが宗教の
原点ではないか?という。
人間という生き物を創るために誰かがその生命の誕生を目撃していた、という。
それがいない限り生命は生まれない、という。
それほど自己を複製できる生命を創るということは、もの凄く不思議なこと。

メンデルの遺伝子からDNAの発見。

 染色体はDNAの長い鎖で、何億もの核酸サブユニット──塩基T、A、C、G──とともに、すべての細胞核に存在している。−中略−細胞が分裂すると、染色体はその二重らせんを解き、それぞれの鎖が新しい相手をつくる。ここでDNAレプリカーゼという酵素が登場する。このDNAレプリカーゼが染色体を端から端まで這い進んで新しい塩基(T、A、C、G)を集め、マッチする染色体の半分をつくりだすのである。こうして一対の染色体が二対になり、ふたつの娘細胞が生まれる。(226頁)

染色体を横切っていくDNAレプリカーゼは、任務の最後でトラブルに直面する。自分自身の安全を確保する余地を残しておく必要があるため、最後の数百の塩基ユニットをきちんと複写できないのだ。どういうことかというと──−中略−コピーされるたびに染色体は少しずつ短くなっていくのだ。(226頁)

 まず、どの染色体の末端にもDNAの緩衝器があって、その部分は意味のある情報を含んでいないのである。これはテロメアと呼ばれており、−中略−通常、テロメアは自動的に折りたたまれており、DNAのエンドキャップの役目を果たしている。(227頁)

テロメア──染色体の両端についているしっぽ──を使い、細胞は自分が何回自己複製したかを数えており、一定回数を超えるとテロメアが短くなり、細胞は疲弊して死んでしまう。複製老化はテロメアの生化学の一部としてこんにちまでつづいている。複製老化は目的を達成するための手段であり、わたしたちが老いるのはそのせいだ。老いた人間の細胞はテロメアが短く、これが体の修復速度を遅くし、体に毒素を放出する。(235〜236頁)

だからジイサンは眉毛にやたらと長い毛が一本あったり、それから生えちゃいけないところ(耳とか)に毛が生えて・・・。
テロメア(留め具)が緩くなって毛を作らなくてもいいのに耳の細胞が、何かグズグズになる。
ヒモが緩い。
若いときはしっかり巻きついていたのが、緩くなってくる。
それで細胞の中で勘違いしちゃって生やさなくてもいいのに、毛を生やしたり、伸ばさなくてもいいのに眉毛に一本だけピーンと。
武田先生にもある。
メイクの女の子が切ってくれる。
「あっ!ジイサン眉になってる〜」とかと言いながら。
そんなふうなことを「老化」と呼ぶのではないか。
その緩くなったところがミスの細胞を作ると、細胞で炎症を起こしてしまう。
その炎症が実は癌細胞が発生する「癌リスク」の元になるという。
だから老化というのは何かというと、とある年齢に訪れる複製の劣化。
細胞の修復速度が遅くなる。
最近体を痛めても治りが遅い。
「風邪も長引くし咳も止まらない。傷も治りにくくなる」と感じる水谷譲。
そこの部分の細胞自体で毒素を放出するということ。
炎症がひどくなるということで癌リスクが高くなる。
そのことがどんどん進んでいくと老化はゆっくりと死に向かい始める。
「生きる」とは何か?
生きるとはゆっくり死ぬことである。
ゆっくり死に向かうために、実は体中の細胞はたくさんの細胞の死によって支えられている。
でもそれを補いうる細胞があるから「私は若い♪」なのだ。
「お肌ツルンツルン。お水弾いてる〜」
だんだん弾かなくなる。

 細胞は自殺することがある。−中略−アポトーシスの場合、細胞は自分自身の死に向けて、きちんと順序だった計画を立てる。(238頁)

そのことで次の細胞が出来ることで私は、昨日と同じような私の顔をしている。
だから「アポトーシス」。
死んでいく、自殺する細胞によって「生きる」ということが支えられている、という。
こういうのは面白い。

癌とは何者かと言えば「自殺しない細胞」のこと。
つまり「死なない老人」と言うか。
死なない老人というのが生き続けるために、入れ替わらないでそこにいることが命そのものを起すという。
死なない細胞が起こすのが癌。
逆の意味でまだ生きて欲しいのにどんどん死んじゃうというのが「アルツハイマー」。
老人が死ぬタイミングというのは生命にとっては重大。
アポトーシス、自殺を忘れた細胞が引き起こすのが癌。

 アルツハイマー病、パーキンソン病、筋肉減弱症、生殖能力の喪失──程度の差こそあれ、これらは長生きをした人間すべてに影響をあたえる。この四つはすべて自殺遺伝子の働きによるもので、プログラム細胞死と関係している。(253頁)

そういうことを考えると生き物というのはバランス。
重大なことは生物の中には死のうとしない動物もいる。
ハダカデバネズミ。
(明石家)さんまさんみたいに歯がバァン!と飛び出して全裸。
ちょっとギョッとするようなネズミ。
死なない。
事故に遭うまで生き続ける。
(ということではない)
ずっと同じ成人のまんま。
「不老不死」と言ってもいい。
でも不老不死のわりにサッパリ増えないところを見ると、彼らを待っているのは他の強い動物に喰われるとか、それから飢えて死ぬとかっていう事故が多発しているのだろう。
でないと、そこらへんがハダカデバネズミだらけになってしまう。

死なないということを前提にしている生物というのは、その数を増やすことができない。
では人間はと言うと、これは死ぬことを前提に進化した動物。
人という動物は、いつか死ぬことを前提にして生きている。
自然界の弱肉強食を避け、死を群れ全体で平均化し、群れにとって一番大事なことは「絶滅を避ける」という生存戦略。
これを選んだサルが人間。
だから我が子を父親がいじめぬいて、という。
母親もそれを横で眺めておった、という。
物凄く腹が立つ。
信じられない。
なぜ信じたくないか、なぜ腹立つかと言うと、私達が生き残ってきた生存戦略を裏切っているから。
「それやっちゃおしまいだよ?」というのが人間にはある。

ここからは武田先生の意見。
では日本の場合はどうか。
私を含む巨大な数の老人世代が若い世代にのしかかっております。
これは厳然たる事実であります。
「老人が生き延びることによって子供が生まれることが少なくなっている」という言い方をなさる方もいる。
いったいに日本人には何故こんな進化圧がかかっているのか。
日本は外部からの攻撃、体で言えば細菌、寄生虫の驚異が絶えず予想されます。
体に例えて国際社会を見ましょう。
まわりは恐ろしげな国ばっかり。
日本人を理解したくもないというような隣人の方もいらっしゃるし。
「さあ、詫びろ」を繰り返す隣人もいらっしゃる。
さらっていく隣人もいらっしゃる。
小さな島がどんどん根室に近づいているが「オレんとこ、オレんとこ!」と言い続ける人もいらっしゃる。
それから潜水艦で人ん家の庭先をブンブン走っている超大国もあるという。
その上に非常に厳しい自然にある。
まずは平べったく言うと「寒暖の差」。
これが非常に厳しい。
日本人は三か月前後にクルクル替えていかなきゃいけない。
これは生き物にとっては大変。
それから食料も「分かち合う」とか「もったいない」を繰り返していかないとこの国はたちまち食料に困る国。
その上に、これほど災害の多い国があるでしょうか?
地震、豪雨、そして台風。
そして社会環境。
武田先生も含めて老いても休めず働かねばならない。
これほどのストレスの多い国なのだが、世界に誇る長寿国。
そうやって考えると・・・。

ここに例の自然界の「ホルミシス」という。
実は長寿の原動力があるのではないだろうか?
考えてみると日本の老人は確かにストレスに強い。
その次に日本の老人は清潔を好む。
もちろん個人単位。
これくらい道路を掃いている老人はいない。
みなさん、嘘と思うならちょっと道を見て。
本当に時折「チリ一つ落ちてない」というのがある。
老人はなぜかくも増え、なぜかくも長生きをしているのか?
武田曰く、老人は「次なるバランスを準備している」。

ここではウサギの集団の成長率と草の成長について考えてみよう。(292頁)

もしウサギの繁殖速度が草よりも遅ければ、集団が環境収容力(一地域の動物扶養能力)を超えてしまうことは絶対にない。ウサギの集団は完全に安定している。(294頁)

このウサギの生存を支えている森の条件とは何か?
当然だが「草原の草の成長スピード」。
この草の成長を無視して繁殖が上回れば・・・。
特にウサギは年がら年中交尾する生き物だから。
だから「バニーガール」。
一年中いつどこでもウサギは交尾できる。
バニーガールはそういう意味。
草原の草の成長のスピードとウサギの頭数がマッチしていなければならない。
その草の成長を無視してウサギの繁殖が上回ればウサギは全滅の危機がある。
だから草の成長スピード、天敵みたいなものにヤラレる。
タカに喰われたり襲われたりすることがある。
ヘビに襲われたり。
そういうことも全部含めて危機を入れておいて、森でウサギは生きている。

現地球で起こっている政治活動、あるいは経済活動は何かというと「草原の草の奪い合い」。
自由経済というものが世界中を草原にした。
中国は世界の森へ進出しなければ13億(人)は間違いなく飢える。
このままいけば中国は2億人の老人を抱える。
老人大国を二歩も三歩も手前を行って体験しているのは日本で、老人大国を一番最初に抜けるのは日本。
もの凄い言い方をするが、私達はこれからバッタバタ死んでいく。
その時に私達老人が見事なタイミングで死に切ることと、有効なバランスをこの国にもたらすと、私達は「死にがい」のある老人になる。
その第一歩が「入管法」ではないかと近頃考える武田先生。
アジアの青年とか世界中、日本の文化に興味を持ったり、理解を示してくれた青年や若い女性をこの国に招きたい。
日本という国を、もしよかったら愛していただいて。
そういう下地作り。
日本は今、子供が少ないので多分足りないと思う水谷譲。
だからこの国が「わりといいな」と思ったり、あるいは死んでいく老人たちが「いいお父さんだったよー」とか「私は花瓶と尿瓶間違えちゃった」とか。
そういう看護婦さんがいたりする病院を。
「シビン・カビン・シビン・カビン? タクサン、ワカラナイヨー」とかと。
そんな人でも老人が幸せだったらいい。
「気持ち」の問題。
そういう人たちが「あのおじいちゃんよかったなぁ」とか「この国いいなぁ」と思って、この国を気にいって結婚していただいて、子を一人か二人産んでくれて、子が増えていくという。
一番最初にお話しした「性は多様性を好む」。
性は単一民族を嫌う。
単一民族でまとまっている国があるとする。
その国は一つの病で一夜にして滅びるという性格を持っている。
多様性。
南の病気にも強い、北の風邪にも強いという、そういう子たちが日本中に増えること。
それが日本を強くすることではないか?
街の治安もあるかもしれないが。
今、日本で活躍しているのはハイブリッド。
陸上、ケンブリッジ飛鳥。
テニス、大坂なおみ。
相撲、高安・御嶽海。
野球、ダルビッシュ。
俳優では草刈正雄。
モデルではローラ。
みんなハイブリッド。
ハイブリッド社会とは何か?
多様性。
その礎を作るのはご老人。
我々65(歳)以上の高齢者。
にこやかにフィリピンの看護婦さんと会話する。
その人が高安を産んでくれる可能性があるのだから。

多様性を求める「性」。
その形質の獲得の下準備こそが日本の老人問題なのだ、と。
若者をこの国に招き、この国の女と、あるいは男と夫婦をなし、そして生まれた子たちは日本とのハイブリッド。
やがてはダルビッシュになるかも知れない、やがては大坂なおみになるかも知れない、という。
そこに日本の未来があるのではないか?
また日本の女性はこの手の結婚に強い。
武田先生の知り合いでサウジの男と離婚してしまったが結婚して、3〜4年住んでいた女がいる。
惚れた男一人いれば、そんなのは平気。
言葉が違おうが宗教が違おうが行ってしまう。
日本の男はダメ。
日本の男はそこがいいところかも知れない。
「ダメ、オレ。豆腐喰え無いとダメ」とか。
武田先生がそう。
「やっぱり豆腐喰いたいよねー」とか。
そんなことを言っているヤツはダメ。
でも日本の女性が持っているハイブリッドの血。
これはやっぱり「豊玉姫の血」というか。
日本の神様の山彦と結婚したのは竜宮のサメの化身。
新潟の方では鶴が嫁に来た。
浜松にはタニシと結婚したヤツがいる。
「タニシ女房」というのがいる。
女房が作る味噌汁がやたら美味しいというので村中の評判になって「アタシが味噌汁を作ってるとこは覗かないでください」という。
ところが亭主が馬鹿でコッソリ覗いたらタニシがお尻を味噌の中に付けていた、という。
怖ろしい話。

老人は進化可能性の改良に貢献しているからだ。−中略−老化は、進化的変化のペースで適度の量の違いを産むことができる。−中略−老化はおそらく、ふたつの要因(競争の公平性と個体群の多様性)を提供することで、進化的変化のペースを二倍にする程度だ。(309〜310)

寿命の短い個体では、50代ぐらいで死んでしまうような国では、遺伝子の多様性はかなわない。

寿命の短い個体は、寿命が長い個体に比べて、遺伝子プールに貢献する機会が少ないからだ。(311頁)

寿命の短い国では遺伝子の多様性をなくす前に死んでしまう。
だから老人の面倒をみなくていいという手間が、回転が速い分だけ助かるのだが、その分だけ若い男がお父さんの跡継ぎをしてしまう。
そのことでジグソーパズルのピースは埋められるが絵が変わらない。
だから老人たちが生きている今こそ老いを利用して若者、つまり若い人にすがる。
それが国内でも国外の若者でも若者の本質を見抜いてすがる。
助ける若者を呼び寄せる。
くどいが「尿瓶と花瓶、間違えちゃった。おじいちゃん」「いいよいいよ。花瓶でするから」「やさしいよね。おじいちゃん」。
そんな日本語の上手じゃない看護婦さんがいても、にこやかに笑っている看護婦さんが薬剤師さんと結婚して、山中教授みたいなのができるかも知れない。

著者は長寿のために持論を展開しているがここでは触れない。
健康法に関しては安易に話に触れると、意外とその説が何年後かに簡単にひっくり返ったりする。
健康法は難しい。
ただ、この著者が繰り返しおっしゃっているのは、アンチエイジング薬は確実に進んでいるそうだ。
年を取ることに関して、私たちはますます医学ににじり寄っていくのであろうということ。

私達はなぜ老いるのか?
老化は私達が獲得した進化の形質である。
前期・後期(高齢者)、全部ご老人方聞いてください。
老化は老人が死に絶えた後、孫たちの代において意味を見出す。
私達が死んだ後、私達の孫の代でお爺ちゃんがやったことがきちんと成果として出る、と。
老いることには必ず意味がある。
しかしその老人が最後まで老人の役割を果たして死んだということは、死んだ後にしか顕現しない、出現しない、成功は確認できない。
そのことを自覚して。

いかに過去の体験というのがすごいかというのを、このアメリカの学者さんの一例からご紹介する。
(以下の話はこの本の中には見つけられなかった)
19世紀、アイルランドでジャガイモ不足による飢饉があった。
100万の単位で人々が死んでいく。
そのために彼らも生きることに必死で、移民としてアメリカへ渡っていく。
これがアメリカ文化を作っていく。
つまり孫の代になって爺ちゃんたちの苦労が初めて孫たちの体で花開く。

よい国を作るために私達老人は頑張りましょう。
一番最後に武田先生のメモ。
桃太郎、金太郎、かぐや姫を育てたのはこの国の貧しいお爺ちゃんとお婆ちゃんです。
70、80(歳)の爺さんバアサン。
老マン、老ウーマンは一日にして成らず。

posted by ひと at 08:22| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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