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2019年12月30日

2019年4月15〜26日◆諏訪大社(後編)

これの続きです。

諏訪大社のもう一つ、御柱以外の大祭で「御頭祭」というのがあって

鹿の首、兎や蛙の串刺し、脳和えなどの「特殊神饌」が描かれている。(86頁)

血みどろの神が諏訪大社の奥の方に眠っている。
それから御柱の扱いがまるで「人柱」。
怨霊を閉じ込めるが如く四隅に打ち付ける、というような。
ちょっとやはり御柱というのは「奇祭」。

その中でここまで逃げ込んできて殺された大物貴族の中に物部守屋大連という人がいて、天皇家に仕えた方。
ところがちょっとした政治的な論争があり、彼は破れて。
物部氏はこの守屋を最後に滅ぼされてしまう。
物部。
朝廷で天皇を守っていたらしいのだが。

 なお、物部とは、文字通り「物」の「部」であって、職掌がそのまま氏の名になったものだ。
 そして「もの」には二つの意味があった。
 一つは「武器・軍人」の意。「もののふ」である。もともと鍛冶・鍛鉄を支配する一族であったところから、金属製の武器・武具を造ることで軍事氏族として頭角を現した。
(126頁)

 さてそれでは、物部守屋大連とはどのような人物であったのか。(107頁)

『日本書紀』によれば西暦587年、有力豪族であった物部守屋は仏教導入を進める大和朝廷、蘇我馬子あたりと激しく対立。
物部守屋が何を主張したかというと「異国から神様なんか入れる必要ない!日本には日本の神様がいる!」ということで「神道で十分だ」ということで神道主義を叫んだ。
短気な方だったのだろう。
まあ、事実かどうかわからないが。

「物部守屋はみずから寺におもむいて、胡床に陣取り、仏塔を倒させ、火を点けて焼き、仏像と仏殿をも焼いた。−中略−
 役人は即座に尼らの法衣を奪い取り、捕縛し、海石榴市の馬屋館につなぎ、尻や肩を鞭打つ刑に処した。」
(108〜109頁)

厩戸皇子(番組中ずっと「うまどやのおうじ」と言っているが、もちろん「うまやどのおうじ」)。
お母さんが産気づいて馬小屋で出産したという。
キリストみたいな伝説。
聖徳太子も敵に回してしまう。
それでなんと蘇我馬子と厩戸皇子から攻めたてられて。
守屋は「天皇の座を狙っているんだ」という、そういう汚名をかぶせられて追われるという。
そしてとうとう諏訪辺りで打ち滅ぼされて、物部は戦いに破れ、勝った側はと言うと厩戸皇子(聖徳太子)を中心に大阪天王寺にお寺さんができる。
ところがこれは変なお寺さん。
これは「天王『寺』」。
(番組中、ずっと「四天王寺」のことを「天王寺」と言っている)
ところが西側の門は鳥居が建っている。
これは「物部を殺した」というのが心に痛かったか。
あるいはこの寺を物部守屋が襲ってくるのではないか、ということで石の鳥居を築いて、その呪いの侵入を防いだのではないか?という。

動物の名前がポンと出てくる時に、その動物に何かが込められている。
物部守屋を反逆者にして打ち滅ぼしたのは蘇我馬子と厩戸皇子。
両方とも「馬」。
それで馬肉を喰っちゃうのではないか?(鉄矢論)

それで今度は諏訪大社の方はご存じだと思うが、諏訪大社の御柱の頭に鳥の形をした金属を打ち込む。
「トリガマ」という鳥の形をした金属を打ち込むというところが物部と結びついて、不思議な動物の呪いか何かを込めているのではないだろうか、という。
(番組では「トリガマ」と言っているが本によると「薙鎌(なぎかま)」)

とにかく、この物部守屋はこれだけでは終わらない。
日本の怨霊の原点みたいなもの。

天武天皇元年(672)壬申の乱のとき村屋神が神主にのりうつって軍の備えに対する助言があったという(123頁)

 壬申の乱の時に「軍の備えに対する助言」があって、ために天武天皇より位を賜ったという。よほど重要な神託であったと思われるが、これこそは「軍神」物部守屋の神託であることの証しだろう。(124頁)

物部を祟り神ではなくて天神様同様の身分の高い神様にして、物部神社を作ることを許した、という。
死んでも物部は天皇家を守ろうとする、というので、そのようなパワーのことを「もの」が付く単語で、日本語で「死んでからのパワーを発揮するもの」で、そういう人たちのことを「もののけ」。
「物部」という滅び去ったかつての豪族。
その物部の話。
最初は祟り神で朝廷を苦しめるのだが、その後は守るパワーとなって「もののけ」となって天皇家を守ったという。
御柱との関係ははっきりはしないが、ただ、御柱に鳥の楔みたいなヤツを打つ。
キツツキみたいなヤツ。

四天王寺の堂塔は、合戦で敗死した物部守屋の怨魂が悪禽となって来襲し、そのために多大の損害を受けるという被害に悩まされた。−中略−
『源平盛衰記』などにも守屋が啄木鳥と化した伝承のあることを指摘している。
(116頁)

「鳥」というのが物部のトーテム。
つまりシンボルの鳥じゃないか、という。

 言うまでもないが、寺に鳥居は不要である。寺にとっては「異教の象徴」であるのだから、邪魔にこそなっても、歓迎するような類のものではない。−中略−四天王寺が大鳥居を建てたのは、寺の力だけでは足りずに神祇の力を頼ったからに他ならない。これは「封印」である。物部守屋の怨霊を恐れるあまり、神仏合同の力を借りて封印したのだ。(118頁)

アマテラス(天照大神)さんがいました。
アマテラスさんの天孫族のお孫さんで、二人目のお孫さんがニニギノミコト(瓊瓊杵尊)。
この人が天から降ってきて、南九州に降り立ってコノハナサクヤヒメ(木花開耶姫)という人と結婚して三人の子供が生まれる。
その上と下が「海彦」「山彦」。
山彦の方は海人の豊玉姫という人と一緒になって、生まれた子が神武になるのだが、これが大和に上って行って朝廷を作った、というのだが。
不思議なことに、このニニギに兄ちゃんがいる。
ニニギの兄ちゃんの名前はニギハヤヒノミコト(饒速日命)。
これが天孫族の長男坊。
このニギハヤヒノミコトの末裔が物部。
つまり物部は天皇家よりも古い血統を持っている。
それで「弟を守った」ということなのだろう。
いい兄ちゃん。
それから三人兄弟が生まれるのだが、一番上が海彦で一番下が山彦。
(一番下ではなく二番目らしい)
山彦から天皇家に繋がる神武が生まれるのだが、この海彦も山彦に「もう、わかったわかった。オマエの言うこと聞くよ」と言いながら子分になってくれた。
天皇より古い氏族として物部。
だからこの物部を慕って、備前・日向・土佐・筑後、肥前・日向・陸奥までに物部神社があるという。
しかもこの物部神社は諏訪神社と繋がっている。
かなりの確率で備前・日向・土佐・筑後、肥前・日向・陸奥の人たちの中で「馬を食べる」という習慣が点々とある。
これは氏族の中で許された食べ物として「馬を食べる」という食習慣を持っていた、という。
「郷土料理」というものの中に何か深い宗教観みたいなのがあったんじゃないかな?という。

ちょっと整理しよう。
この諏訪の地に建御名方(タケミナカタ)という出雲から逃げて来た神がいる。
ここには更に石にまつわる「シャグジ」なる縄文の神がいる。
それから物部守屋からなる聖徳太子や蘇我馬子と戦った大和の豪族がいる。
出雲から逃げて来た神。
縄文から続く神。
そして大和での政権争いに敗れた豪族の最後の人がいるという。
彼らは滅ぼされて怨霊の無念を込めて諏訪大社に祭られているのではないか?と。
そしてこの三つよりもっとパワーのある神様が眠っているので大和朝廷も「大社」という最大級の祈りをここに捧げたんじゃないか?

 日本の「縄文」という概念と「弥生」という概念は、まるで正反対の対立概念≠フように、いつの間にか取り扱われるようになってしまった。(173頁)

一方は狩猟民族で一方は農耕民族。
弥生時代は渡来系の人々が原住民を南北に追いやることで大和政権が確立したという歴史観があるが、どうもそれがおかしい。
新しく入ってきた弥生人、渡来系の人々が縄文人をやっつけて出来上がったのが大和朝廷、という考え方では納得がいかない。

古代史は前後がややこしいので、順番に並んでないので。
この戸矢さんの本もそう。
年代を調べるのに、ものすごく疲れる武田先生。
古代史の中でどれが先に起こった事件かわからないのに「○○の事件がある」とかと言われるとグジャグジャになってしまう。
それで武田先生のお譲さんが昔使っていた『日本史一覧表』という副読本があって、それで年月日を確認してこの番組用に整理している。
お嬢さんが使ってた副読本の「日本史の流れ」というのを見ると、とある傾向がある。
朝鮮半島に出て行った事は「侵略」と書いてある。
だが逆の発想として、別の学者さんが言っていることだが、たとえば邪馬台国の中に、2〜3世紀のことだが、朝鮮半島の南が入ってきたのではないか?
つまり海上を結ぶ王国であったのではないか、という。
だから「侵略侵略」と書き続けるというのは正確ではない、という。
向こうが攻め込んで来て半島の日本を奪ったということだって古代ではあったワケで。
伽耶国(かやこく)という国があった。
そこに「日本府」という地名が残っているのだが、日韓問題を気にしてあまり日本は積極的に言わない。
それから韓国の南部の方に前方後円墳がある。
韓国の学者さんは前方後円墳を作ったのは朝鮮半島の文化で、それを日本が真似たと教えてらっしゃる。
でもおかしい。
韓国にある前方後円墳は「韓国の王様が入っている」とおっしゃるが、大和の貴族が入っている可能性がある。
その中から日本の例の姫川のヒスイなんかが見つかる。
お嬢さんたちが使っていた教科書の歴史観に全部共通しているのは、まず半島から先進文化を持った朝鮮人が日本に渡ってきた。
あるいは江南、中国の南部から呉や越の人たちが稲作や鉄器を持って日本にやって来て、弥生文化を築いたということ。
これが今の教科書の日本史の流れ。
縄文人は北と南。
つまり北海道と沖縄に追いやられていった、という。
でもそうならば、中国から漢字が入って来る。
日本は文化学術用語として漢字を取り入れて、読み方を二つにしてしまう。
「訓読み」と「音読み」。
つまり大和には大和独特の言葉があった、ということで。
向こうと違う読み方をせざるを得なかったぐらい豊かに言葉はあった、ということ。
そんなふうに加工した。
その上で日本語と朝鮮系の言語を比べても類似しているところが皆無と言ってもいい。
あまりにも似ていない。
私たち日本人は、と言うと「呉人」。
呉の人々。
あるいは漢の人「漢人」。 
そして朝鮮人にも似ていない。
風土の作り方が違う。
例えば日本は稲作を開始するが、「里山」という自然の流れを利用して山の手前の方、里近くに農業用の肥料を集める小さな山を作る。
それは中国で稲作をやってる江南の人とは、水の活かし方とか肥料の集め方が全く違う。
「こんなに似てない」ということを踏まえて、いとも簡単に縄文人が駆逐されて、弥生人、つまり渡来人が日本を作ったという説はかなり怪しいという(鉄矢論)。
同様のことを言う人も今、点々と出てきた。
だから戦争でご迷惑をかけてものだから、謝るのと同時に、正確にものを、歴史を開く意味では、あんまり遠慮をしているとガタガタになってくるので。
だから韓国の人たち、あるいは北朝鮮の人たちが、日本に対してあまりいい感情を持ってらっしゃらないのは戦後の価値観で。
遥か太古の昔、朝鮮半島込みでの日本は東アジアに一つの政治勢力としてすでに存在していた、という。
そんなふうに解いていった方が日本史は分けやすい。
この朝鮮半島と日本はまた頑張って今、一生懸命(この番組で紹介できるように)おろしている。
物凄く深く朝鮮半島に関わった日本の時代がこの後すぐに始まる。
この物部氏が滅ぼされたあたりから日本の大和朝廷は半島問題に深入りしていく。
そして今の北朝鮮まで攻め込んだりするという、大戦争を古代で起こしている。
そのあたりも話がちょっとアレから外れたが、そういう意味合いで今、大社の神々を語っている。

諏訪大社。
そして怨霊文化。
祟る神の歴史というのを語っている。
「祟り神」というと怖い。
『もののけ姫』でも出てきた「タタリ神」。

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「神様は祟る」という。
日本の宗教観のものすごく大きいところではないかなぁと思う。
漢字を見ていてドキッとするのは

これは「禁ずる」ワケだから奥の方には神様がいたのだろう。
それで神様がいる所を木で囲んだのだろう。
それで「示」で「タブーなエリアだ」という。
だからおそらく神様がいる所は木がいっぱいだったのだろう。
そんなのを考えると何か面白い。

もちろん中国の文明、あるいは朝鮮半島から流れ込んできた文明の中で生きていくワケだが、独自の解釈をして日本独自のものを作っていった。
その根本にあるのは何か?
それは「風景」。
韓国の旅行者の中で日本の山を登るのがやたら好きな人がいる。
きっと無いのだろう。
日本の森、あるいは山林は古代から人の手によって守られてきた。

これは漢字を調べていって武田先生も感動した。
昔は揚子江のデルタ地帯にはゾウがいた。
それぐらい風景に緑が多かった。
だから漢字で「象」。
あんな「象」なんていう字は決して南のゾウの目撃から来たのではなくて、北京の周辺でもゾウがいたという。

長い鼻で木を巻き上げるゾウの姿。
「ゾウは人のために働いている」という。
だからそれぐらい緑が濃かったのだが、北京辺りはすぐ側まで砂漠が来ていて。
タクラマカン(番組では「タカラマカン」と言っているようだが多分「タクラマカン」)で巻き上げられた砂埃が北京の石炭の煙なんかと合体してPM2.5になり、朝鮮半島から日本、九州にかけて流れてきているという公害が起こっているが。
木を植える習慣さえあたらこんなことには。
この「森を持っている」ということが日本の宗教観で大事だったのだろう。
だから神様の木と言われる榊(さかき)。
お祈りする時にこれ(柏手を打つ)をやるヤツ。
あれなんていうのは南の常緑樹。
そういう木が宗教と結びついた、ということなのだろう。

御柱の方、諏訪大社の方は、切り倒してくる木は樅の木。
その樅の木を持ってくるワケだが。
諏訪他社の方から怒られるかも知れないが。
戸矢さんは諏訪大社の性格として、諏訪大社には「拝殿」拝む場所という所があったが「本殿」がないとおっしゃっている。
「本殿がない」ということはご神体は別個の所にあるという。
御神体というものはもしかすると諏訪大社から見える後ろの山そのものが「神奈備(かんなび)」という御神体ではなかろうか?と。
山そのものが神様だ。
そういう信仰は日本には点々とある。

いずれも神隠(かんなび)の意味で、神の居る山、すなわち神体山として崇敬、信仰されているものをそう呼ぶ。−中略−
 このタイプの神道信仰は、三輪山と大神神社(奈良)、白山と白山比盗_社(北陸)、大山と大山阿夫利神社(神奈川)、岩木山と岩木山神社(青森)など全国各地にみられる。
(160〜161頁)

またこれを言うと怒られてしまうかも知れないが、福岡には太陽が一直線に照らす道として宮地嶽神社というのがある。
あそこは宮地嶽という山がある。
それがご神体。
おそらく山そのものを信仰の対象にしたということは、諏訪大社は縄文から延々と続く宗教の地であった、という。
その古い信仰に怨霊文化、御霊文化。
ある霊が宿って。
そしてそこに生きているので、それを鎮めるためにみんなで祈ろう、という。
恐れる、鎮護の宗教が生まれる。
それが諏訪大社ではないか?という。

本宮が北向きである。−中略−前宮、秋宮、春宮、と合わせて四つもの社で諏訪湖を取り囲んでいる。(183〜184頁)

建御名方という出雲から逃げて来た神と、縄文から続く「シャグジ」なる石の神様。
そして大和地方で権力に追われ、ここの地で死亡したと言われる物部守屋の霊。
その他にもっと巨大なものがこのお宮の下で眠っているのではないか?と。
諏訪大社の地下に眠るもの。
それは大和で権力を失った豪族か?
古代から続く石を拝むシャグジの神か?
色々説はあるが、もっと巨大なものがこの諏訪大社の地下に眠っているのではないか?
その神を鎮めるために、その神が暴れないように四隅に御柱という杭を打って鎮めているのではないか?というのが

諏訪の神: 封印された縄文の血祭り



その神の名前をいっぺん触ったことがあるので、この本は膝を打って「そうなのか!」と武田先生が驚いた。

 フォッサマグナ──私がその名を初めて知ったのは中学の時の教科書で、ドイツ人地質学者ナウマンによって明治期に発見され命名された大断層、と学んだ。
 北は糸魚川から、南は富士川に続く地層の裂け目で、日本地図で見ると本州中央部を東と西に両断しているのが一目でわかる。ラテン語でfossaは「裂け目」、magnaは「大きい」の意である。その名の通り最も大きいところでは数十メートルほどの垂直断層となっており、本州を真っ二つに分けていると言ってもよい。
−中略−
 諏訪湖はこの巨大断層の真ん中に出来た断層湖である。
(184頁)

諏訪湖というのは、そのくっついた地点のへこみの部分に溜まった水。
そのフォッサマグナの中に眠る巨大な火の鳥を何とか鎮めるために、四隅に杭を打って懸命に祈っているのではないか?という説。
これは面白い。
「そんなフォッサマグナなんてわかるわけがないじゃないか?」
わからずともあの地形・地勢を見て「何事かある」という。
縄文時代に石を拝むというのも、地面の下で動くものを石で押さえようという、巨石への信仰がここで発展したのではないか?

皆さんもついこの間のことだから覚えてらっしゃるだろう。
2011年、本当にお気の毒。
3.11でマグニチュード9というような大地震が。
それは東日本を襲って大変な被害を出したのだが、その後揺れたのはどこか?
あの大地震のすぐ後に揺れた所。
長野。
小谷村とかというのがものすごく激しく揺れた。
つまり、マグマが太平洋までドォン!と沈むと、くっついた部分のフォッサマグナの長野あたりが揺れる。
その地震の恐ろしさみたいなものの記憶から、巨石信仰とか縄文の地底の神への信仰として御柱「柱で食い止める」というようなお祭りになったのではないか?ということ。
ここには日本の東西で結ぶ帯がある。
そうやって考えると、ここになぜ諏訪大社があるのかが分かるような気がする。

 森羅万象に神の遍在を見るという神道の思想は、実は「縄文人の信仰」のことだ。(189頁)

中国の道教、風水などの遥か以前に「湖」「岩」「滝」「森」。
それがなぜそこにあるのかを記憶にとどめるために、出来事の記憶として神社が置かれる。
巨大な出来事があった地勢・地形に対しては必ずそこに神社が存在するワケで。
諏訪大社というのは日本の東西を結ぶその地点に巨大な社(やしろ)があるというのは、これはある意味ではとても自然なことではなかろうか?ということ。
これはあくまでもこの戸矢さんという方の仮説。
お聞きになっている諏訪大社の方々、歴史や縁起に関して激しく対立する側面を持ってらっしゃる。
でもその対立の部分は、お聞きの皆様には「喉につっかえる小骨」となろうと思って、骨を抜いた部分が『三枚おろし』。
相当「武田節」も混じっているぞ、ということでご記憶ください。

posted by ひと at 15:05| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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