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2020年02月24日

2019年6月17〜28日◆吃音(前編)

吃音。
あまりいい言い方ではないが「どもり」という。
これは様々説がある。
この様々な問題点をやってみようかなぁと思って。
これはいい本。

吃音: 伝えられないもどかしさ



近藤雄生さんという方が新潮社からお出しになった本。
副題がズバリ「伝えられないもどかしさ」。
吃音。
発声の第一音が出ない。
これが身体的な障害なのか心理的な障害なのかさえもはっきりしない、という。

どんな集団にも概ね一〇〇人に一人、つまり約一%の割合で吃音のある人がいるとされる。(19頁)

日本ではざっと一〇〇万人が吃音を抱えている計算になる。(19頁)

しかもこれは障害として小さいということで、あまり取り上げられることがないという。
デリケートな問題だから取り上げにくいというのもある。
ヨーロッパやアメリカなどでは全人口の1%。

 吃音を発症するのは、幼少期の子どものおよそ二〇人に一人、約五%と言われている。(18頁)

 ひと言で吃音と言っても、症状は多様だ。大きくは三種に分けられる。「ぼ、ぼ、ぼ、ぼく」のように繰り返す「連発」、「ぼーーくは」と伸ばす「伸発」、「………(ぼ)くは」と出だしなどの音が出ない「難発」。(19頁)

進行していくと最後に全く言葉が出なくなる重症化が、現代は進んでいるのではなだろうかというふうに言われている。

実は思わず「小さな障害」と呼んでしまったのは「どもる」ということに関して、武田先生自信はそれほど「大きな障害」とは考えていなかった。
(『今朝の三枚おろし』の)ディレクターさんとも朝、話していたのだが子供の頃、吃音の人というのはいっぱいいたような。
水谷譲も十代の頃にすごく仲がよかった女の子は軽い吃音で、自分でもそれが分かっていて「私(言葉が)詰まる」と。
でも大人になってからいつの間にか治っていた。
そういうことがある。
そのことも含めて「吃音」を考えてみませんか?
武田先生も高校の同級生で柔道部の子だったがいた。
それからアマチュアの音楽仲間。
ロックグループでベースを弾いている浜田(卓)というのがいて、かなり重度の吃音だった。
もう話してもいいと思うから話すが「サンハウス」というロックグループにいて、リードギターが鮎川まこ(鮎川誠)ちゃん。
あそこのグループで抜群のベースの腕前。
この浜田というのは気のいいヤツだった。
「た・・・たけだー」と言ってくるヤツだった。
家の近所に農業をやっているおじさんで、ちょっとお酒が大好きで、いつも酔っぱらっているおじさんで「ケンちゃん」というニックネーム。
当然「どもりのケンちゃん」というおじさんがいた。
それから学生運動の時に学生運動をやっていてアジ演説やるヤツに吃音のひどいのがいた。
「わ、わ、わわ、我々はー」と言いながら。
彼らのニックネームはもう本当に申し訳ない。
全部「どもり」と付いていて、そう呼んだこともあったが。
我々は重度の障害と考えていないから気安く呼んでいた。
しかしこの本の著者、近藤雄生さんは自ら吃音の障害をお持ちで、同じ障害を持つ人の現場を一冊の本にまとめ、ルポなさっている。
吃音というのがこれほど苦痛、苦悩であったかと反省しつつこの一冊を読みながら驚いてる。

今、テレビバラエティなどになると、テンポの速い会話が娯楽となっている。
あるいはビジネスでもいかにテンポよく会話を展開するか、プレゼンをやるかというのは、その人の能力と言われている時代。
中身はなくてもテンポだけでおかしいと言って、それで大当たりをとる一発芸人というのは山ほどいる。
そういう意味では吃音という障害を持った方なんかに関しては非常に生きにくいという時代。
それが近藤さんの筆によってありありと伝わってくる。
伝えられないもどかしさがいかに苦しいのか。
武田先生はフッと足を止めて考えているようで。
原因も知りたいし、どうやったら治るのかも知りたいし、自然に治るのはなぜかも知りたいし、本当に不思議だなと思う水谷譲。
今、こうやってお話をしているが、朝からコメンテーターの人から番組を回す「何とかちゃん」まで、みんなあるリズムでボンポン言っているが、うまく発声できないというおかげで批判も不満も言えない、という方がいらっしゃるということ。
この本の最初の方、ツカミで意外な人物が吃音に悩んでいたという実例を出してらっしゃる。

マリリン・モンローも、その一人だった。(13頁)

「言葉を発するのが辛いの。体を見せるだけならずっと楽」という彼女の言葉が紹介され(13頁)

(番組では上記の言葉は彼女の姉、バーニース・ベイカー・ミラクルの著書に書かれているような説明になっているがフランスのドキュメンタリー作品『マリリン・モンロー 最後の告白』から)
この吃音で言葉が時折詰まるという癖は女優さんをやってらして、これはずっと続いていたらしい。

未完の遺作となった『女房は生きていた』(原題“Something's Got to Give”)の撮影の際には、どもって台詞に詰まることもあったとされる。(14頁)

もしかするとモンロ・ウォークもあるし。
お尻を振った歩き方。

 マリリンを特徴づける、吐息を漏らすような妖艶な話し方も、吃音が関係していた可能性がある。息を吐きながら話せばどもらない。−中略−そうして、彼女をセックスシンボルとした要素の一つであるあの話し方が出来上がった──とも言われている。(14頁)

 彼女の死はいまも謎に包まれているが、吃音がその要因の一つだった可能性もあるのではないかと私は思う。周囲にはわからずとも、吃音は本人にとて極めて大きな悩みとなりうるのだ。
 なぜそう言い切れるのか。私自身がそうだったからだ。
(14〜15頁)

本当に切ないことに、この吃音。
なぜ吃音が起こるのか。
実はそのメカニズムはわかっていない。
それにしてもこの吃音という、どもるという言葉の発達障害は体の気質、脳の気質、環境、心理とも絡んでくるゆえに吃音の方が100万人いるとすると、100万通りの病態がある。
だからスッと治る人もいる。
この中で紹介されているので切ないのは、吃音ゆえに自殺なさる方が多い。
その彼らの苦しみみたいなものを近藤さんがトクトクと。

医療関係者として古くから吃音に身近なところにいたのは、「言語聴覚士」と呼ばれる人たちである。言語聴覚士とは、話したり聞いたりといったコミュニケーションや嚥下(食べ物を飲み下すこと)の問題を抱える人を支援する専門職だ。−中略−現在、言語聴覚士は全国に三万一〇〇〇人以上を数え(二〇一八年)、その多くは医療機関や介護・福祉施設に勤務している。(21頁)

しかも100万人の100万通りもあるほどだから、相談者が少ないということが吃音者の悩みを深めている、と。
さっきディレクターと話していて「最近、吃音の方、少ないですね」と。
でも近藤さんは逆にそういう人たちが世の中に出てこないようにしているのではないか?と。
だからますます孤独が深まっているのではないか?と。
今、ネット社会なので家でパソコンをやっているだけの人も多い。
喋らなくていい職業についたりして出てこない、という。
現代社会がはじいているのではないか?と。
「がんばれ!」と大声を出したくなるが、そういう療法士の少なさに対して敢然と立ちあがった地方がある。

吃音を扱う医師の先駆けである九州大学病院耳鼻咽喉科の菊池良和−中略−
 菊池は、吃音を直すより吃音があってもポジティブに社会生活を送れる方向に患者を導く診療や考えで広く知られ吃音ドクター≠ニも呼ばれている。
(24頁)

 橋啓太に初めて会ったのは、吃音について取材を始めてまだ間もない二〇一三年六月、NHKの大阪放送局でのことだった。
 障害をテーマとしたNHKのバラエティー番組『バリバラ』で今度吃音が取り上げられる。そのことを知って、私は、番組に出演する人たちに直接会ってみたいと思い、大阪で行われる打ち合わせと収録に同席させてもらったのである。
(24頁)

(番組内で橋啓太さんを「仮名だと思う」と言っているが、この本によると「本文中の氏名は、仮名などの記載がある場合以外はすべて実名である」と明記されているので仮名ではない)
事情はよくわからないが、女の子を育てておられて奥様はいらっしゃらない。
何か事情があったのだろうが、近藤さんは一切そのことについて触れていらっしゃらない。
(と番組では言っているが、本によると奥様の体調が悪く、自分が子供の世話をしなければならない状況だったらしい)
近藤さんがこの橋さんがどもりで苦しんでいることについて真剣に聞こうと思ったのは、この橋さんは17歳の時に吃音が治らずに高校の校舎から飛び降りて自死なさろうとしていた。(本によると高校の校舎ではなく「団地の八階」。番組内で「両足を骨折」と言っているが「大した怪我もなかった」そうだ)
だから必死になって吃音と戦っておられる方。
シングルファザーで「ももちゃん」という三歳児を懸命に育てておられて。
あんまり会話をしなくていい板金工をお勤めということだが。
NHK『バリバラ』で吃音の苦しみをテレビでしゃべった。
この橋さんの吃音は難発で「言葉が続いて出てこない」という。
ブチブチ切れてしまう。
それも重度。
かなりひどい難発の吃音。
80〜90年代は吃音の日本人に対して、非常に日本全体の理解度がなかった。
激しく彼らを傷つけていたという。
これは一つのいい加減なアレだが、武田先生も聞いたことがある。
吃音はうつる、という。
「どもっている人のマネしたりなんかするとうつるぞ」というようなのが。

 私が高校、大学に通っていた九〇年代から二〇〇〇年代初頭ごろまでは、「どもり・赤面・治します」などという文句の、吃音に悩む人たちをターゲットにする吃音矯正所≠フ広告が電柱などに貼ってあるのをよく見かけた。(147頁)

今はない。
これは橋さんという方も本当に気の毒で、引っかかっておられる。
「引っかかる」と言ってしまっていいのか。
ことごとく「しろうと」。
だから「自分はこうやったら治った」というのを人に当てはめて、この手のアイディア商品を売ったりしている人がほとんどで。
我流の治療の方法で、ちゃんとした病理を通っていない。
日本全体が吃音、どもりを障害と考えずに、貧乏ゆすりとかそういうものと同じような「クセ」と考えていたようで。
これも本当に許してほしいのだが、重篤な発達障害とは思っていなかったので。

「どもりがうつる」という考え方は1920年代、教育学者の伊沢修二が唱えたもの。
(本によると1920年よりも前。番組では「イザワシュウゾウ」と言っているが「シュウジ」)
1920年代、アイオワ大学で、例えば左で書記、筆を握って文字を書いていた人をしゃにむに右に持ち替えさせたりしようとするときに吃音が出るというような実験をされた。
(このあたりは本の内容とは食い違っている)
ところがこれは科学的に全く証明されずに。
吃音がうつるというのは嘘、でたらめ。
このアイオワ大学は何百人と実験で吃音が出るような強制的なことをさせられている。
あとで裁判沙汰になって訴えられた。
でもそれは一種、吃音というものの謎の深さ。

二〇〇五年以降には−中略−三つの遺伝子の突然変異が一部の吃音者に特徴的にみられることがわかってきた。−中略−この突然変異によって吃音を発症したと推定できるのは、吃音のある人の全体の約一〇%に過ぎないともドレイナらは言う。吃音と遺伝子との関連については、まだ多くが謎に包まれたままである(41頁)

 日本でも現在、複数の研究者や言語聴覚士、医師によって、吃音の臨床や治療法に関する研究が進められている。大学などの機関の研究者としては、前述の九州大学病院の菊池良和、国立障害者リハビリテーションセンターの森浩一や坂田義政、金沢大学の小林宏明、北里大学の原由紀、広島大学の川合紀宗、福岡教育大学の見上昌睦らが知られ、その他、各地の病院や施設の言語聴覚士も、それぞれの方法で臨床や研究にあたっている。(41〜42頁)

悩んでおられる方は「希望を捨てずに」というふうに思う。

橋さんは愛知県内で羽佐田さん、この方も吃音の方。
それでこの方は言語聴覚士に通いながら、自分も吃音、どもり矯正と戦ってらしゃるという方。
この方も我流。
はっきりおっしゃる。
我流で治療方法をいくつか見つけたらしい。

 羽佐田の実践していた方法は−中略−話すときの速度を落とし、話し手にかかる負荷を下げることを基本として−中略−どもらないように自らコントロールできる発話方法の獲得を目指す。(50頁)

羽佐田さんという方は我流であることを自覚しつつ、治療法を懸命に開発しながら、どもりの、吃音の治療方法を探っておられる、という。
しかもこの羽佐田さんというのはすごい。
治療無料。
(番組ではまるで全員に対して無料でやっているような表現をしているが、橋さんに対してのみ)

 費用は一切払わなくていい。その代り、決してあきらめないでやり続けてほしい。それだけ約束してほしい。そう告げたのだ。(46頁)

この羽佐田さんの申し出からして、吃音、どもりがいかに苦しいかが伝わってくる。
それで、この作家はなかなかさえている。
羽佐田さんにも取材している。
羽佐田さんというのは切ない人。

品のない言葉だが「どもる」という人たちの苦悩をまな板の上に乗せている。
我々はトントン言葉が出てくるものだから、こんなふうに話しているが。
ちょっとどもりながら話す人の迫力を信じている。
一番最初に映画で演技を教えてくれた山田洋次監督は、演出で悩んだりするとちょっとどもられる。

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「い、いやいや、いや。そ、そ、そうじゃなくってさ」という。
「に、人間ていうのはさぁ、そんなに、つ、強くないんじゃないか?」とかと言われると涙が出てくる武田先生。
そういう言葉に詰まるから説得力が増すんだ、と。
ただ、生まれついて思春期から言葉に詰まった人というのは大変。

羽佐田さんの紹介をする。
この方は警察官になることを目指して警察学校に通うのだが、緊張と共にどもりが激しくなるということで。
上司への一日の報告というのが訓練所である。
これがうまくいかない。
「〇時から〇〇を巡回」とかという、それができない。

羽佐田は、電話帳を調べて見つけた催眠療法の施設に通うことにした。−中略−一時間八〇〇〇円ほどしたが、吃音が治るのであればそんな金額はなんでもなかった。(54〜55頁)

(毎日続けたと番組では言っているが本によると「外出が許されている週末」)
お父様もお母様も警察官として張り切っている息子を温かく迎えてくれるものだから、立派な警察官になりたいという夢が捨てられない。
この方は切ない。
ついに警察学校を卒業なさった。
交番にお立ちになるが、会話となると吃音、どもりが出る。

「職務中に死ぬことができれば、名誉を保ったまま、両親を失望もさせずにいまの状況から解放されるだろうなって。だから、勤務しながらいつも願うようになったんです。誰でもいい、暴漢よ、来てくれ、自分を刺し殺してくれないか、と」(56頁)

とにかく吃音、どもりの苦しみで死を覚悟し、ノイローゼにまでなったという。
結局最後は警官をお辞めになるのだが。
10年間の努力がすべて無に帰したという。
(辞めたのは入庁から3年近く。10年というのはその後の仕事や勉強も含めた年数)
彼はやがて病院勤務のスタッフとなる。
非常勤の勤め先で苦しい生活をしながら本気でどもりと戦う。
吃音療法士としての資格をとり(「吃音療法士」という資格は存在しないので、実際には「言語聴覚士」)自分の病の「どもる」ということと対決した人で。
それゆえに同じようにどもりで苦しむ橋さんに対しても必死になって矯正をやったようだ。
橋さんはどうしても、どもりを治したい。
なんでかというと、今、旋盤工みたいなことをやってらっしゃる。
溶接工みたいなことをやってらっしゃるけれども、はっきり言って外交ができないと正社員にしてもらえない。
お子様もいらっしゃるので必死になって訓練を。
ジンときたのだが、訓練開始から半年後、橋さんはゆっくりと吃音が治っていく。
橋さん曰くだが。
この喜びがヒタヒタと伝わってくる。
「治りつつある」という喜びが。

「『アメリカンドッグ』という言葉が、言えなくて、一〇年以上、買うことができなかった、んですが、それがいまは、買えるように、なったんです。(61頁)

その時に涙が出るぐらい嬉しかったと(とは本には書かれていない)。

 二〇一三年初め、橋啓太同様に、吃音による大きな困難を抱えた男性が、ある大学病院を訪れて、吃音の治療を受け始めた。その男性、小林康夫(仮名)は−中略−彼の症状は重かった。−中略−
 自分の名前を言うだけで一分も二分もかかってしまう状態だった。
(66頁)

八〇文節を読むのに一〇分以上もかかったという。(71頁)

ニュース原稿は360文字で1分ぐらい。
80文節というのは原稿用紙一枚前後。
それで10分だからお気の毒。

「言語機能の著しい障害がある」旨の診断をし、その結果をもとに小林は身体障害者手帳の申請をし、この時すでに手帳の交付を受けていた。(71頁)

会話補助装置も手に入れた。タブレットPCに文字を入力すると音声が出るというもので、その音声を聞かせてもらうと、無機質で鋭い機械音がこう発した。
《ワタシ ハ コバヤシ ヤスオ ト モウシマス》
(71頁)

障害者として生きていこうと決心なさった。
よほど苦しかったのだろう。
彼は障害者手帳を手にしたときに「ホッとした」と書いてらっしゃる(書いていない)。

この吃音の問題を取り上げた映画で『英国王のスピーチ』。

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あれはアカデミー賞を取った。
かわいそうに兄ちゃん(エドワード8世)が恋か何かに生きてしまって、弟が英国王を継ぐことになったのだが吃音で。
よりによってその時にドイツにヒトラーが生まれて、コイツがしゃべりの名人でやたら早くしゃべるもので。
そのナチスドイツと対決する時に英国王になった彼が、しゃべらなきゃいけないのだが、吃音で、という。
そこで彼が必死になって小石を舐めたり早口言葉を練習したり、という。
「こんな治療法あんのかな〜?」と思いながら観ていた水谷譲。
あれは民間療法。
結局それを乗り越えたということだが。
ああいうことをやったから乗り越えたワケではなくて、やっぱり他に。

二〇一三年七月、吃音のある三四歳の看護師の男性が札幌市内で自ら命を絶ったが(102頁)

二〇一四年一月に朝日新聞で記事になると、テレビ朝日「報道ステーション SUNDAY」にて、その週の注目ニュースランキングで一位となった。(102頁)

(番組では「2010年」と言っているが、上記のように2014年)

就職説明会のブースで、その病院の当時の看護部長と直接話す機会があり、「吃音があるから看護師に向いていないということはない、循環器系で働きたいなら自分の病院に来なさい、万全の態勢で待っているから」と言われていたのだ。その看護部長は、飯山の看護学校の講師もしていて面識もあったため、彼女の言葉は飯山にとって大きな安心材料となっていた。
 しかし、飯山が病院に勤務し始めた時、看護部長は別の人物に替わっていた。
(121頁)

 病院での四カ月間にいったい何があったのか。−中略−指導者が飯山にだけ特にきつく当たっていたという声があった。−中略−何度も、どもりながら言わされて指導者には「何度練習してもダメだね」などと言われていた。(116頁)

「亡くなる前、弟はスマホにこんなメッセージを遺していました」と言ってその言葉を読み上げた。−中略−誰も恨まないでください。もう疲れました。−中略−こんな自分に価値はなく、このまま生きていても人様に迷惑をかけるだけ。だから、自分の人生に幕を閉じます》(103〜104頁)

家族は調べた内容を元に労災の申請を行った。−中略−家族が予想した通り、病院は労災の証明を拒否したが(120頁)

著者はこの病院まで行かれて、その時にどんなことがあったのか、飯山さんを自殺に追い込んだひと言は一体何だったのかということを、抗議ではなく聞かせてほしいと掛け合うのだが、門前払い同然だったという。
吃音の無念というのは苦しむ人にとっては自殺を思い詰めるほど厳しい。
ところが周囲の人たちは「そこまでは考えてはいるまい」といって叱ったり「治せ」と迫ったり笑ったりするのではないだろうか、という。

飯山さんは気の毒で「奇跡のようにどもりが治る」という矯正ベルトが。
あれを横隔膜の上までずり上げてギュッと巻くと吃音が治るというので。
これは一本10万円だったそうだ。
それをお買いになったらしいが、送られてきたベルトはただの紐だったそう。
号泣なさったようだ。
自転車の内側に入っているチューブだった。
それが一本、乱暴に紙の包みの中に入っていて。
10万円で買った自分も情けなかったのだろう。
(「隔膜バンド」に関しては150ページあたりに書いてあるが、飯山さんの話とは無関係)

このあたりが吃音という、言葉が詰まってうまく出てこないという障害の重大さ。
CMにおいて5秒が1音節。
「マルちゃん。赤いきつねと緑のたぬき」



これを武田先生は4秒で言わないといけない。
ぶら下がりでいつも叫んでいる。
かくのごとく5秒1文節で放り込めるぐらいの早口。
あるいはラジオ、テレビにおいてこの方々(水谷譲のようなアナウンサーなどの職種の人を指していると思われる)が「噛む」という不始末をしでかすと結構重大。
噛むだけでその人の裁量、技術を疑われる。
アナウンサーは大変。
小声で「あいつ、よく噛むから」と言われると「怖い、胸が痛い」という水谷譲。
だから言葉に詰まって吃音の人達の苦悩がいかに深いかわかる。
そして現代社会だが、あえて名前を出してしまう。
明石家さんまさんあたりがトップグループだが、吉本芸人というのは笑いを全部リズムにしている。
だからテンポで語っている。
時としてテンポがおしゃべりを追い越している。
だからよく聞くと、何も面白くないのだが、テンポだけで笑ってしまう。
テンポと間で笑うことが多いという水谷譲。
でも「間」というのは言葉と言葉の隙間だが、現代の間というのはその間ではない。
喋りのスピードというのがものすごく早くなっているということが重大なこと。
そしてこれは本に書いてあったか自分で思いついたかわからないが、何か人からものを尋ねられると同じリズムになってしまう。
だから同じスピードで返そうとする時に「失言」が出る。

posted by ひと at 14:10| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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