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2020年04月05日

2019年5月6〜24日◆バカシリーズ(中編)

これの続きです。

「バカシリーズ」と題して、先週は『バカとつき合うな』。
堀江貴文氏と西野亮廣氏の一冊。
後半の方で取り上げたのがこれとは対極にある一冊で『世界初は「バカ」がつくる』という。
(著者は)科学者の方なのだが生田幸士さん。
マッドサイエンティストという『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に出てくるあのオッサンみたいな人が世界を切り拓くんだ、と。

バック・トゥ・ザ・フューチャー (字幕版)



あれは非常に大事なバカで。
今、東大も含めてバカが少なすぎる、と。
そのバカの少なさが普通のバカを暗躍させている、跳梁跋扈を許しているんだ、とそうおっしゃる。

この生田氏、どんなバカかと言うと、一番最初の研究が魚のヒレの推進力を考えるという論文で注目されたらしい。

「え?魚の推進効率って90%超えるのか?」
「そういう論文も出てます」
「ふつうのスクリューってな、80なんていかんよ。70、60%だよ。
(102頁)

だから船も尾ヒレとか胸ビレで航行するようになるとすごい船ができる。
確かに魚は速い。
潜水艦が尾ビレで動いたらおかしい。
でも可能。
それでものすごく注目をされて。
バカな研究をやる人にはなんだかおもしろがって人が寄ってくる。
それでこの方々はどこか大学の巨大なプールを借りて、魚のヒレの回転効率の研究をやったらしい。
その中で論文にしたくてロボット用のヒレにコンデンスミルクを塗って。
水を真っ黒にして(とは本には書いていないので、水は黒くないと思われる)。
それで渦巻の形状を調べようとした。
そうしたらプール全体が汚れた牛が落ちたみたいな、そんな感じになって怒られたとか。
(本によると怒られる前に水を抜いて新しい水を入れた)
でもそういう「バカじゃないか、オマエら」と言われているうちに、そういう噂はどんどん広がる。
それで魚のヒレよりもっと面白いヒレはないかと思って始めたロボットがアワビ型ロボット。
ベロ出しながら進む、という。
「ヌルっとしたものを推進力にして進むというロボットはできないだろうか」というので新しいロボットの分野を作った。

現在「ソフトロボティクス」といわれ、世界で研究が活躍している最先端分野の草分けです。(107頁)

 しかし、当時はロボットは「ゲテモノの学問」なんてバカにされていました。そんなものを研究してどうするのか? 遊んでるのか? ふざけてるのか? というのが、外部からの目でしたが、一部の医者は注目していました。
 大腸のS字結腸という急角度で曲がった箇所を、いかにして内視鏡をくぐらせるのか。大腸を傷つけず、患者を苦しませない方法はないか? それにさんざん苦労していたからです。
 梅谷先生や広瀬先生は、医者に言われていました。
「蛇のロボットやっているなら、お腹に入っていく蛇はつくれないのか?」
(108頁)

それでこの方はアワビ型ロボットをいったん保留しておいて(というワケではないようだが)ヘビ型ロボットの研究に突入する。
だから大腸検査などを受けている武田先生もこれをやられているだろう。
今はもう活躍しているらしい。
これは今までのロボットと発想からして全然違う。
ヘビ型ロボット、特に人体に潜り込ませるヘビ型ロボットの特徴は全身が形状記憶合金。

関節が五つあって、全部の関節が自由にクネクネします。−中略−
 ロボットの内部には、小さな形状記憶合金のコイルバネが入っていて、そこに電流を流すと、温度が上がり、伸びたり戻ったりしてクネクネするのです。
(113頁)

だからこういう発想はバカじゃないとできない。

 形状記憶合金の組成は、チタンとニッケルの合金です。
 チタンとニッケルが1対1がちょうどいいのです。
−中略−それがチタンとニッケルの組成比が0.1%でもずれたらもうだめなんですね。(109〜110頁)

これは新分野だから独占。
それでこの生田さんに古河電工は何もかも全部プレゼントしたらしい。
研究室から何から。
とにかくここから医療用のヘビ型ロボットができたという。
でもこの人のバカさはまだまだ続く。

堀江貴文さんの『バカとつき合うな』。

バカとつき合うな



そして今は第二弾、生田博士の『世界初は「バカ」がつくる』。

世界初は「バカ」がつくる! ?「バカ」の育ち方あります!



「バカ」
どんなことに挑戦したかと言うと「ヘビ型ロボット」。
肛門から入れて形状記憶合金のコイルのバネで進んで電流を通し、温度を調節、伸び縮みするというロボット。
関節は五つ。
これで大腸のS字結腸も完全に痛みなく通過。
ガンの場所を見つけたりという。
これが直径10mmの太さが必要だった。
ついに研究五年でヘビ型能動内視鏡を完成。
これはやっぱり大進歩。
日本での評価は大したことがなかったらしいが、アメリカというのはやはりすごい反応をする。
「オメェ、おもしれぇこと言うな〜」というようなもので。

 東工大のドクター時代に、アメリカのカリフォルニア大学のサンタバーバラのロボット研究所の所長にスカウトされ、渡米しました。(119頁)

(番組では「部長」と言っているが、本によると上記のように「所長」)
「面白いからいっぱいロボット考えて」ということで。

 アメリカでは、もう能動内視鏡の研究はやりませんでした。その研究所はロボットの研究所なのですが、最初の私のテーマは、半導体プロセスで動くロボットの開発です。(122頁)

これは面白い。
ロボットはたいがいモーターがあって、という。
そういうもので動く。
彼はその原理を全部変えて、電流で操作できるというロボットを夢見る。

 私は、切手サイズの小さい指をつくりました。
 形状記憶合金で動くバネがついているものです。
−中略−
 指の中はこうなっています。バネがあります。上と下で3本ずつ。例えば下の部分に電流を流すと、縮もうとします。そうすると下に曲がる。今度は上に電流を流すと、上が伸びます。
(122〜123頁)

カテーテルの先っぽにこの切手サイズぐらいのヤツを人間の体の中に入れる。
それでこいつにパーを出させて、もう一本入れて右と左手にして。
そこで切手サイズの手のひらが手術するという。
それに今、挑戦している。
(本の中に「能動カテーテル」の話が出てくるが、上記のような内容ではない)
だから昔、映画で『ミクロの決死圏』というのがあった。
小人の人間を内部に。

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もっとすごいのは「カテーテルカプセル」というのを今発明して。

 カプセル状のロボットの先に手がついている。−中略−これを飲み込んだら、体の中をずーっと落ちていって、その間、カメラで内部をずーっと写している。粘膜の下に腫瘍があったら、医者が無線で操作して、カプセルについている手でキュッと粘膜を持ち上げて、腫瘍を切ったりする。(124頁)

今はまだ動力部等々が完成せず研究中だが、博士は「絶対できる」と言い切っている。
(言い切っていない)
この博士の研究が何が大事かと言うと、これは福島原発にこの博士が参入するらしい。
あそこはロボット工学の最先端だから。
狙いとしてあるのではないか。

一番最後に博士はすごいことを我々に教えてくれる。

 2011年3月の福島原発事故のとき、日本政府を指導した人が高校の先輩だったと聞いたときには。その人はアメリカに住む研究者で−中略−大西康夫博士でした。(160頁)

もう本当に「バカ一代」みたいな博士がいて。
この人は原子炉と水の関係では世界No.1。
それで実は一番怖かったのは壊れきった二号機よりも四号機の使用済みプールに貯まっているウランの方が怖かった。
その四号機の使用済みプールの中の燃料棒に関して彼が「徹底して冷やせ」というのをアメリカから指示する。

「海江田大臣が米国エネルギー省大臣に、大西がそちらのエネルギー省で働いているから、すぐ帰してくれ、と電話したんです。今日か明日帰って来てくれるのか、といわれたが、まだ米国のOKが出ない、と返事をしたら、菅総理がオバマ大統領に電話した結果、すぐ次の便で帰れ、といわれ、日本に来ました」(162頁)

自衛隊がヘリコプターから水を撒いていたのをやめる。
それで何をやったかと言ったら東京の消防車で首の長い恐竜みたいなクレーン車で「直に水をかける」という。
それも四号機中心だった。
あのことを発案したのが大西康夫博士。
そのおかげで関東圏、東京も含めて葛西ぐらいまで住めなくなるところを、チェルノブイリの7倍(本は「6倍」となっている)の原発事故を大西博士のおかげで、チェルノブイリの7分の1に抑え込んだ。
今はさらにそこから50分の1まで抑え込んでいるので、もちろん取り出し等々の困難はあるにしても、もうこれからはロボットの出番ということで「バカとつき合うな」と堀江さんは言うが、この手のバカと付き合わないと原発の処理はできないということ。

チェルノブイリの原発事故が発生すると、ソ連側からアメリカ政府に、チェルノブイリの環境の米国責任者はオオニシにしてくれと要求されその後30年チェルノブイリで問題解決をしてきたことなど(167頁)

チェルノブイリより日本が助かったのはやはり水の国だから。
チェルノブイリは内陸。
だから冷やす水がないから、あそこはもう放置しかなかった。
日本は幸いなことに、と言うと漁業関係の方に迷惑な発言になるかも知れないが、海に近かった、と。
そしてまた水に関しては豊かな資源を空からも陸からも持っているという日本だから。

 当時、東海岸にイタリア系のドニジアンという研究者がおり、「陸の問題はドニジアン、水の問題はオオニシ」といわれるような専門家になり(167頁)

(番組では「世界中の原子炉の脇に貼ってある」と言っているが、本にはそうは書いていない)
この生田氏は一番最初の研究が「魚のヒレの推進力を考える」という。
それから新しいロボットの分野を作った。
この生田博士の主張は「いろんなバカがいないと世界は前へ行かないんですよ」という。

興味深かったのだがネタがこれで尽きてしまって。
ここからは第三弾。
「バカの系譜」別名「自虐の系譜」ということで武田先生の研究成果をここで発表する。
日本にはもともと「己の愚かを笑い、自らを貶め、自らを蔑む歌」というジャンルがある。
例えば恋を失った時、アナタに罪がないということを証明するために、私が寂しさを引き受けましょう、という。
自責、己を責める。
そして自虐。
「オレぁバカだぜ」という。
この自虐の系譜のスタート地点となったのは、このあたりの歌から始めていいのではないか?と思う。

作詞・野口雨情
作曲・中山晋平
『船頭小唄』

船頭小唄



俺は河原の枯れすすき
おなじお前も枯れすすき
どうせ二人はこの世では
花の咲かない枯れすすき
死ぬも生きるも ねえお前
水の流れに何かわろ


この中にあるのは「自分の不遇」。
「自分がついていない」「不幸である」ということを誰のせいにもしない。
全部自分で引き受けて。
「俺は枯れすすき」こういうところに自虐の。
この自虐の系譜からこぼれだすのが昭和の世で「バカ」と自らを罵ったのは映画『網走番外地 望郷篇』1965年。

網走番外地 望郷篇



かの高倉健がこう歌った。

馬鹿を馬鹿を承知のこの稼業
赤い夕陽に背を向けて 無理に笑った渡り鳥
その名も網走番外地


(1965年のテイチク盤は歌詞が異なる。番組で流れたのは1984年のキング盤)
「馬鹿を馬鹿を承知のこの稼業」という。

自分を蔑み貶める唄。
これの名曲が美空ひばりの『悲しい酒』。

悲しい酒(セリフ入り)



ひとり酒場で飲む酒は 別れ涙の味がする
飲んで棄てたい面影が 飲めばグラスにまた浮かぶ


自虐。
武田先生はそう思う。
武田鉄矢は美空ひばりさんのあの歌をこう解説している。
天才と称賛された彼女の歌唱は聞く者を圧倒し、何者とも繋がらない自虐の痛々しさとその美しさ。
これが60年代の歌だとすると、70年代からこの自虐に新スターが誕生する。
この人は「どう咲きゃいいのさ、このあたし」とすねる。
藤圭子さんの登場。
『圭子の夢は夜ひらく』

圭子の夢は夜ひらく (MEG-CD)



赤く咲くのは けしの花
白く咲くのは 百合の花
どう咲きゃいいのさ この私
夢は夜ひらく


藤圭子というのは歌謡界のバカの系譜の「華」。
続く作品が自虐ソングの傑作『新宿の女』。

新宿の女



後半二行のサビにそのヒットフレーズがある。

何度もあなたに泣かされた
それでもすがった すがってた
まことつくせば いつの日か
わかってくれると信じてた
バカだな バカだな
だまされちゃって
夜が冷たい新宿の女


これは一世風靡するヒットフレーズ。
「バカだなぁ〜♪バカだなぁ〜♪」こうくる。
この「バカ」という一語の発見は、自虐の歌謡界におけるビッグバンを生む。
これはヒットフレーズ。
この「バカ」というフレーズが歌謡界にあふれる。

バカヒットメドレー。
黒沢明とロス・プリモス『ラブユー東京』

黒沢明とロス・プリモス ベスト ラブユー東京 EJS-6027



お馬鹿さんね
あなただけを 信じたあたし
ラブユー ラブユー 涙の東京


さらにこれに演歌の細川たかしが続く。
『心のこり』ではいきなりこれ。

心のこり



私バカよね おバカさんよね
うしろ指 うしろ指 さされても


「私バカよね〜♪」と、バカを公言する。
バカの系譜は女心の表現も転じて、女が自ら自分の愚かしさを歌う。
都はるみ『北の宿から』

北の宿から



あなた変わりはないですか
日ごと寒さがつのります
着てはもらえぬセーターを
寒さこらえて編んでます
女ごころの未練でしょう
あなた恋しい北の宿


これはもう自虐。
ところが80年代に入ると、ピタッと「バカ」が出てこなくなる。
たった一人の歌手が登場したばっかりに、明治以来のバカの系譜がここで急ブレーキがかかる。
時代は別の時代にうつる。

1970年代に「バカ」というフレーズが一世を風靡して、あらゆる歌の中に「バカ」が出てくる。
パターンは一緒。
女性が男性の裏切りにあって恋を失くした。
でも女は男を責めない。
そして「恋したことが私の愚かさなんだ」と。
それで去って行くその人を見送るという。
この時に「バカ」というフレーズは最も自分を叱る言葉としては最適だった。

何度もあなたに泣かされた
それでもすがった すがってた
まことつくせば いつの日か
わかってくれると信じてた
バカだな バカだな だまされちゃって
夜が冷たい新宿の女


ところが80年代に入るとそのシンガーの登場によって、こういう「自分をバカにして相手を立てる」というような歌が消えていく。
そういう時代を呼び寄せたのが松田聖子。
『青い珊瑚礁』

青い珊瑚礁



あなたと逢うたびに
すべてを忘れてしまうの
はしゃいだ私は Little girl
熱い胸聞こえるでしょう
素肌にキラキラ珊瑚礁
二人っきりで流されてもいゝの
あなたが好き!
あゝ私の恋は南の風に乗って走るわ
あゝ青い風切って走れあの島へ


松田聖子の登場は、ただひたすら歌の中に溢れているのはリゾート地での恋人と眩しい、銭も持つだけ持ってるものだから「余っちゃって」みたいな。
どこかの会社の令嬢の夏の恋を歌うのが、松田聖子のアイドルソング。
向日性の高い歌唱で恋を歌いあげる。
この彼女を迎えて日本の歌詞から影が消えていく。
影がない。
やたら明るい。
「あ〜♪わた〜しの〜こ〜・・・はし〜るわ〜♪」
ここで仄暗い自虐ソング、バカと罵るような歌は色あせてゆく。
この松田聖子から男女の恋歌が一変する。
自虐を引き受けていた藤圭子が「バカだな、騙されちゃって」と言うが。
この松田聖子以降、1982年などでは、女がもう自虐というポーズをとらない。
そして女性が恋に関して、しつこくなる。

1988年『待つわ』

待つわ



行ったり来たりすれ違い
あなたと私の恋
いつかどこかで
結ばれるってことは
永遠の夢
青く広いこの空
誰のものでもないわ
風にひとひらの雲
流して流されて
私待つわ いつまでも待つわ
たとえあなたが
ふり向いてくれなくても
待つわいつまでも待つわ
他の誰かに
あなたがふられる日まで


「待つわ。いつまでも待つわ。他の誰かにあなたがふられる日まで」
「ただひたすら男の不幸を待つ」という女性の登場。
去っていく男を70年代はジーッと見送っていた女性が、去って行こうとする男に呼びかけるという、話しかけるという。
そしてこれらの女心の歌を受けてJ-POPはこの一曲で様変わりする。
革命的な歌。
「自虐の系譜」の息の根を止めた一曲。
さあ、その一曲とは。
全く違う歌のジャンルがこの一曲から始まり、J-POPに巨大な影響を与える。

posted by ひと at 10:37| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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