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2020年05月08日

2019年9月2〜13日◆でっち上げ(後編)

これの続きです。

もうふた昔近く前。
(昨年の放送なので)16年前、2003年、教師によるいじめ。
これは福岡での事件。
ローカルのニュースであったいじめ事件が全国誌に報道されることによって、ワイドショーネタとなる。
自分のところの受け持ちの小学校4年生の子に向かって「死に方教えたろうか」と恫喝する。
あるいは「オマエの血はアメリカ人の血が流れてるんで、穢れているんだよ」と言いつつ耳を引っ張った、とかという悪魔のようないじめ事件があったということで報道される。
ところがそれが民事の裁判となって調べられていくうちに「あれれ?」という感じになるという。
川上先生は弁護士さんをやっと一人雇って裁判に臨む。
(実際には南谷弁護士と上村弁護士の二名)
その弁護士になられた南谷さんという方が事実を見ていくと、膨らんだ話の正体が縮んでゆく。
いじめの現場を実はクラスの誰も、職員の誰も、父兄の誰も見ていない。
全部お話は「いじめられている子の母親から聞いた話だ」という。
南谷は訴状を読めば読むほど、向こう側が叫んでいるそのいじめの内容が穴だらけに見えてしまう。

 唯一提出されたのは、川上にアイアンクローの技をかけられ、突き倒されて右大腿部を負傷したとする診断書だけである。病名は「右大腿後面挫傷」−中略−たとえば、サッカーの試合中に足を蹴られたり転倒した際にできる程度の傷であろう。診断書の日付は、怪我をしてから20日もたった6月10日だった。(185頁)

朝日新聞が掲載した第一報を始め、その直後の他社の後追い報道は全て、「母親の曾祖父が米国人」だった。ところが原告の訴状に「原告裕二の曾祖父がアメリカ人」と記載されていたため、直後から、新聞テレビとも一斉に変更、「週刊文春」も、和子の言葉として、「私の祖父がアメリカ人」としていた。川上自身も家庭訪問の時、そう聞いた。
 ところが驚いたことに、和子の陳述書では、「私の祖父がアメリカ人とのハーフ」と、第一報のそれに戻ってしまった。
(188頁)

つまり、矛盾することを言う時、人間の言っていることはどこかでやはりズレていく。
人種差別の訴えに母親は忙しく、その血の濃さが発言のたびに濃くなったり薄くなったり、濃くなったり薄くなったり。
「お祖父さん」が「曾祖父さん」になったり。
「お祖父さんはアメリカ人と日本人のハーフ」になったり、変わる。
これで、南谷さんというこの弁護士さんはすごい。
「全部ウソじゃないか?」と思う。
(本によるとこの件を積極的に疑問視していたのは弁護士ではなく川上先生)
つまり、そうすると「アメリカ人の血は穢れている」等々の発言というのは「お母さんの全くのウソ」ということが証明される。

川上はといえば、被告席にその姿はない。マスコミの取材攻勢を心配した南谷弁護士から出廷を見合わせるように言われてるため、第2回の口頭弁論以降、一度も姿を見せていないのだ。(206頁)

この口頭弁論で校長から話を聞く。
処分の理由を聞くと「アンケートを取って分かったんだ」というので「じゃ、アンケートどんなこと聞いたんだ」と問い詰める。
そうすると実施されたアンケートに関しては「いじめがあったか、無いか」。
〇と×だけで他は何も聞いていない。

 すると校長は、アンケートについて、
「細かいことは(子供たちに)聞いていない。個人的には何も聞いていない、聞き取った中でいじめはわからない。
(213頁)

──何度も出血したとかいうことで、その事実があったかどうかということで保健室等に浅川裕二君が来てるかどうかということの確認をされましたか。−中略−
「養護教諭に鼻血が出たとかいうことで保健室に来たということはなかったということです」
──要するに、来てないということですね
「はい」
(209頁)

 体罰で歯が折れたとする主張についてもカルテには気になる記載があった。
 そもそも裕二の年齢は乳歯の生え変わる時期であり、実際に病棟でも裕二の犬歯が抜けていた。
−中略−原告側が、自然に抜けた歯を「折れた」と主張している可能性もある。(234頁)

しかも「耳が切れた」という話にしても体罰から20日も経って発見しているというあたりで「全部おかしい」と。
これに対してこの裕二君の大弁護団は久留米医大の先生を呼び出して、久留米医大で調べたPTSDの入院記録を調べるが、これがアッ!と驚く。

16年前に福岡で起こった、とあるいじめ事件。
ある担任の先生が教え子をいじめる。
ハーフなので「血が汚れている」とか「死んでしまえ」とか。
耳を血が出るほど引っ張ったというような事件。
いじめられた子はPTSDで心に障害を受けて、先生の顔を見ると震えが止まらないという症状を呈しているということで久留米医大。
久留米にある巨大な大学病院。
そこでPTSD「心に傷を負っている」ということが診断される。
ところが民事の裁判でこのいじめた先生を守るべく立ち上がった南谷という弁護士さんが調べるとどうもその内容が・・・考えこむ。

 重度のPTSDで希死念慮、つまり自殺願望さえも認められるというのに、入院から3日後には早くも外泊が始まり、合計186日の入院期間中、なんと106日が外泊だというのである。(215頁)

それで看護婦さんが観察していると入院当初「よく眠れていない」「何か不安そう」という報告がある。
それはやはりあれだけのいじめを受ければ。
小学校4年生。
「よく眠れない」「何か不安そう」ということがある。
ところが南谷弁護士はそう読まない。
「当たり前じゃないか」
小学校4年生の男の子が病院に入院して、今までと違うところでベッドで寝る。
「何か不安そう」
それは当たり前。
(入院していた時は)武田先生だって「不安そう」だった。
「何か不安そう」「よく眠れていない」それが最後まで続かない。
病院の日誌は正直に書かれる。
その記録の後半になると問題行動が裕二君に現れる。

 ところで、裕二に関しては、11月半ば頃から、PTSDとは別の困った問題が持ち上がっていた。他患者や病院スタッフへの暴言や問題行動が目に余るようになり、他患者からの苦情も頻発、病院側は対応に苦慮する事態になったのだ。−中略−
・問題行動を注意した看護師、スタッフに対し、「おまえ、気持ち悪い」「バーカ、メガネババア」「クソババア」「穢れる」「触るな」「この話いつ終わると」「うるさい、うるさい、うるせーえっ」
−中略−
・検温、内服、食事などの片づけの拒否。
(221〜222頁)

確かに、一部の問題行動は、抗うつ剤の投与による躁転反応とも考えられるが、カルテを克明に読んだ川上にはそうは思えなかった。−(222頁)

それでは「PTSDでない」ということではないか?ということになる。
原告の言うPTSD。
これは少年の言うことを全部鵜呑みにしすぎるのではないか?
だから入院の日誌を読めばどんどんトンチンカンになっていく、という。
そして前田医師に対して症状を綿々と説明したのは母親の和子、ということで。
どうもその裕二本人の症状ではないような気がする、と。
南谷ははっきりと狙いを定めて、裁判への狙いを母・和子一本に絞った、という。
このお母さんを突き崩す。
「アメリカ人の祖父がいた」は嘘ではないか?と。
「日米双方の小学校に住んでいた」とお母さんはおっしゃっているが「だったら調べますよ」と記録を取る。
アメリカに住んだ記録が無いという。
それから川上先生の差別に基づく体罰。
これは全部ウソなんじゃないか?

 その上福岡市は別の書面で、二人が頻繁に日米を行き来していたとされる昭和42年〜47年のホノルルまでの往復航空券と初任給の比較データまで持ち出して、それがいかに非現実的であるかを証明しようとする執念ぶりである。
 そのデータによると、例えは、昭和45年は、初任給3万円に対して運賃約20万円、昭和50年は、初任給8万円に対して運賃約25万円だったという。
(264頁)

(番組では浅川氏の初任給が3万円であるという話になっているが、そういう内容ではない)

《要するに、昭和40年代の庶民にとっては、ハワイ旅行ですら夢のようなもので、原告らがいうように「何度も」行けるようなものではなかったのである。−中略−何度か飛行機を乗り継いでアトランタまで行ったことになるが、そうすると、(中略)1回の渡航に要した経費は、120万円以上はかかったものと考えられる》(264頁)

いくら調べてもアメリカと結びつかないこの夫婦の暮らしぶり。
この女性、このお母さんは「虚言」というか「ウソをつく体質である」ということを裁判で。
さらに南谷の攻撃が続く。
川上先生が裕二にアイアンクローをかけたというこの一点だが、これについても絶妙のひっくり返しをやる。
もうここからは読んでいてサスペンスドラマ。

「(教室で)とても晴れてる日にあの人が『おまえの血はけがれとうったい。早く死ね』とか言ってる時、太陽の光がまぶしくて、あのひとと重なっていた光景の時に言われました」
 この供述について、教諭と代理人が詳しく検証を行った結果、体罰が行われたとされる季節、放課後の教室に太陽の光が差し込むことはありえないことが判明した。
(327〜328頁)

でも、自分が子供の時のことを考えてください。
子供は子供ゆえにウソをつく。
そういう生き物。
この裁判の中に「子供はウソをつかない」という前提をあまりにも振り回しすぎている。
武田先生もそうだが子供はウソをつく。
「早く帰ってこい」と言ったのにグズグズ帰って「何で遅れたとか!」と母親から突っ込まれると「空飛ぶ円盤が〜!」とか何か。
そういう悲しいほど下手なウソをつくのが子供。
上手につくのが大人なら下手なウソをつくのが子供。
そんなふうに子供を理解してあげないと子供はかわいそう。

このあたり、この南谷という弁護士は大変シャープ。
朝日新聞の第一報から3年経っている。
民事が延々と続き、ついに10回の口頭弁論で結審。
3年後だから2006年7月28日午後1時。

 野尻純夫裁判長が主文を読み上げた。
「被告福岡市は原告裕二に対し、220万円およびこれに対する平成15年9月21日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(273頁)

 しかし、体罰については、「原告らが主張するような、怪我をするほどの強い力でほぼ毎日行なわれたものと認めることはできない」とした。(273頁)

また被告川上は、授業中ないしゲーム中に原告裕二に対し『アメリカ人』『髪が赤い』などと述べ、原告裕二のランドセルをごみ箱に入れたことが認められる」(273頁)

「外国人の血が混じっているので血が穢れている」「アメリカ人は頭が悪い」などの一連の人種差別発言、「早く死ね」などの自殺強要発言のすべてを否定(273頁)

純白の証明よりは仲裁を判決とした。
少年をあまり深く傷つけない、真実を追求して追い詰めるようなことのないように、ということで、仲裁を旨とした判決を出した。

 南谷と上村は、PTSDが退けられたことには安堵したが、体罰やいじめが一部にしろ認定されてしまったことに落胆した。(274頁)

地元のRKB毎日放送の報道ぶりは目を引いた。−中略−
「今回の事件を巡っては、当時、ほとんどのメディアが児童側の主張に沿って報道を続け、『血が穢された』などの言葉だけが先行し、教師と児童の間のやり取りを客観的に判断できていたのか疑問が残ります」
(275頁)

福岡市で起こった殺人教師の事件の真相。
これは刑事事件にはなっていなくて、結局民事のほうで3年後に結審する。
これはすごいのは福田ますみという女性記者なのだが、この後もまだ調べる。
そして裕二のご両親、浅川夫妻にもインタビューを重ねてらっしゃる。
そのうちハッ!とする。

 この事件はそもそも何が発端なのだろうか。−中略−
 南谷は、平成15年5月28日、学校から帰宅した裕二のランドセルの中があまりに乱雑なことに驚いた和子が叱って問いつめた際、裕二が泣きながら「10カウント」を告白したことが全ての始まりではないかと推測する。
《原告裕二は、これに先立ち、原告和子から、鉛筆や消しゴムを忘れないように、外から見えやすい手の甲に、マジックで、大きく、「えんぴつ・けしごむ」と書き込まれた。そして、「これで忘れたら、次は顔に書くよ。」と厳しく念押しされていた。
 ところが原告裕二は、原告和子の念押しにも関わらず、5月28日に、約束が守れず、また忘れてしまっており、原告和子の忘れ物がないかの確認行為と詰問に対し、ただ泣くばかりだった。
 そのままでは、原告裕二は、原告和子から、顔にマジックで、「えんぴつ・けしごむ」と書き込まれて、A小学校に登校しなければならないという状況に追い込まれたのである》
《かかる状況下で、心理的にぎりぎりまで追い込まれた原告裕二が、泣きながら、おもわず、自分の責任を回避するために、被告川上に責任転嫁する嘘をついたとしても不思議ではない。
(303〜305頁)

それを鵜呑みにし、母・和子は校長のところに抗議したのではないか?と。
抗議をしたら校長がたちまち恐れをなしたので「これは間違いない」という確信を和子は持ったのではないだろうか?
そのことが転じてやがて4年3組のクラスに見張り役の先生が一人増えた。
川上先生を見張っているという異常なクラスの雰囲気に反応した子供たちがいる。
そこに和子が訴えて騒ぎが広くなり、学校の周辺を新聞・メディアの人間がうろつくようになると、クラスの子たちも敏感になって「この騒ぎの原因は裕二だ」ということになった。
その時に裕二に向かって子供たちがその当時の流行り言葉を使ってしまった。
それは「オマエの血は穢れている」。
その表現を裕二が覚えて生徒から言われたのを「先生から言われた」と、お母さんにもう一つジャンプしたウソをついてしまった。

 南谷と上村が、この「穢れた血」の由来を調べたところ、なんとそれは『ハリー・ポッター』だった。平成12年頃から、世界中で爆発的な人気を博した『ハリー・ポッター』の本や映画の中で、「穢れた血」という言葉は頻繁に登場しており、子供たちの間でちょっとした流行語になっていたのである。(303頁)

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つまり映画の中で「ハリー、オマエの血は穢れている。早く死ね!」という悪魔の声が聞こえてくる。
あの物語の魔法学校の出来事とそっくりリンクする。
その言葉を知ってクラスの子から裕二へ。
裕二から母親へ。
母親から校長に告げられて「差別用語」ということになる。
そして「文春砲」が反応する。
西日本新聞、毎日新聞が参加し、川上先生は「悪魔の殺人教師」というふうに呼ばれてしまったという。

久留米大学もPTSDを調べたときに母親・和子から様々な症状を聞いて、ジャッジメントが緩かったのではないだろうか?
そういうことで騒ぎが大きくなった。
これが真相ではないだろうか、という。

民事裁判で3年以上争われたのだが、その後、このご夫婦は更に福岡市に対し賠償金を釣り上げて110万円等々を上乗せし、受け取っておられる。
そして福岡市から立ち去って行かれたという。

しかし川上先生はそれでは収まらない。
福岡市人事委員会に無実を訴え続けて、さまざまな先生の発言等々はやっぱり「無かった」と断じられ、福岡市は川上先生に下された停職処分はすべて取り消し、ということなのだが。

しかしすごいのはこの川上先生は戦いをやめない。
冤罪を主張してさらに裁判を続ける。
(本によると福岡市人事委員会の判定で処分が取り消された時点で終了のようだ)
この川上先生が無実を完璧に手にするまで、何と事件発生から10年。
これは報道に携わった方を責めるワケではないが、平成25年あたりで「川上先生は無実です」と報道したのはこの本をお書きになった福田さんだけ。
あとは一行も。
福田さんがおっしゃりたいのは「我々の社会はわかりやすいストーリーに事件を落とし込みすぎるんではないだろうか?」という。

子供の小さなウソというのはどんどん社会問題になって、実態が実はモンスターのようなペアレンツという話題になって、裁判闘争があって、という。

 両親の虚言がぼろぼろと裁判で崩れたとき、福田は最初に記事を書いた記者たちに取材を重ねた。「週刊文春」記者は「裁判で明らかになった事実を説明しても、一切聞く耳を持たなかった」。朝日新聞記者は教師との取材のやりとりについては語ったものの、「それ以外の質問は一切受けつけなかった」。(350頁)

この福田さんが事件の真相を追っている時に、4年3組の生徒たちの子供とか親にインタビューしている。

「事実は報道とは全然違いますよ。先生がかわいそうという声が大半ですよ。(280頁)

やっぱり皆さんトラブルに、お家も近くなんで巻き込まれるのが怖くて黙ってらしたけれども、実は訪ねていくと皆、必ずそう言った、という。
「そのことがこの事件を私に疑いを持たせた理由です」と。
(というような話は本の中には見つからない)
丸く収めようとする校長に従って川上先生にも無念がある、と。
我々、肝に銘ずべきは社会における倫理という言葉があるが、倫理の反対語「不倫」。
不思議な言葉。
ちょっと色っぽい言葉になるし、元気いっぱいの老人のことを「絶倫」という。
「倫理」も忙しい。
何を思ったか武田先生が書いているが「倫理の『倫』とはあくまでもアベレージのことであり、どんなに面倒であろうと様々な倫理を聞き取り、その平均とすべき」。
「あ、これが正義だ!」というようなのを持たないで、「正義」というのは世の中のアベレージのことだと。
それを尋ねるという姿勢を失くしたら偏ってしまう。
でないと倫理によって人を冤罪へ陥れる、そういう罠に倫理がなってしまう。

そしてもう一つ、これは武田先生の発言。
子供を聖域にしてはならない。
子供とは時として「ウソをつく子供」なのだ。

ちょっと前にも先生が生徒を殴るという映像を生徒がyoutubeで出したというのがあって、そこだけピックアップしたら「先生ひどい」となるが、実は生徒の方が先生を挑発して殴らせるようにして、わざと撮っていたみたいなこともあったので、メディアは本当にもうそこだけピックアップしてはいけないと思う水谷譲。

(最後の方はこれ以前に番組で取り上げた『磐井の乱』の話なので今回は割愛する)


posted by ひと at 08:43| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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