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2020年07月20日

2019年7月1〜12日◆誰も農業を知らない(前編)

誰も農業を知らない: プロ農家だからわかる日本農業の未来



この間まで「死活問題」とかとTPPか何かで揉めていた。
そういうのは前はものすごくナーバスだった。
サクランボ問題とかカリフォルニアオレンジの問題。
「ミカンが全滅する」とか。
TPPは米の問題があった。
「死活問題」とか何とか。
何か静か。
それから遺伝子組み換え。
あれだけ騒いでいたが、遺伝子組み換えじゃないヤツが今度もう売られる。

あんなに騒いでいたのに最近先細りになっているというのがすごく気になって『誰も農業を知らない』というこの有坪さんの本のタイトルが衝撃的で。
例えばこういうことをおっしゃっている。
農業についての農業論が混乱したままの状態になっているんだ、と。
遺伝子組み換え。
それから農薬の問題。
「農薬悪いんだ!」というヤツ。
それから米の自由化。
それから無農薬農家とか。
農業人口がものすごく減っているんだ、とか。
「農協は改革すべき!」とかという。
そういうのが大騒ぎになっていた。
後は「政治に甘えている農家」とかというお叱りがあった。
「補助金ばっかり貰いやがって」とか。
専業農家というのがものすごい勢いで少なくなっている。
歯止めが効かない。
これほど多くの問題を抱えつつ、誰も農業の未来を指させないままでいるんだ、と。
農家あるいは農業を激しく批判する人はいるのに、何かみんなトンチンカンで、という。
この著者は農業をメディアの中で語る人というのが、みんな意見ばピンボケなんだとおっしゃっている。
著者は「実は誰も農業を理解していない」と主張しておられる。
本当の問題とか本当の希望は農業のどこにあるのかを提案したい、ということでこの本をお書きになった。
この方はもちろん専業農家の方。
この本は最初、農業問題として読んでいたのだが、問題の構造が入り組んでいる。
だから短いコメントなんかで農業を語れるはずがない。

有坪民雄(ありつぼ・たみお)
1964年 兵庫県生まれ。香川大学経済学部経営学科卒業後、船井総合研究所に勤務。94年に退職後、専業農家に転じ、現在に至る。2ヘクタールの農地で山田錦を中心にコメの栽培をするほか、和牛60頭を肥育。
(本の袖)

著者は企業としての農家、農業というのを追求したい、と。
生きがいとかそういうことではなく。
品質について手を惜しまず、世界をリードする技術を持ちながら、後継者の不足で農業は非常に苦しんでいるんだ、と。
「輸入作物がどんどん増えてくる」と言われている現況の中で、日本の農業はどうすればいいのか?
そのことを懸命に語ってらっしゃる。
ちょっと興味深い。
「TOKIOばかりに農業は任せられない」ということで、古希のおじいさんが乗り出したワケで。

かつての米作りは、牛馬に鋤(土を掘り起こす道具)を引かせて土を耕し、田植えは家族だけでなく近所の人も総出で行いました。−中略−
 一九六〇年代に進行した農業機械革命により、牛馬はまず耕運機に、そしてトラクターに置き換えられました。
(2〜3頁)

赤いトラクター



この耕運機、トラクターが導入されて変わった。
田植機、それからコンバイン。
腰を曲げなければならない作業から農家は開放されて、この機械によってものすごいスピード効率が上がったんだ、と。
「すべてはコイツなんだよ」と。
田植え機。
コイツがすごい。

 だいたい昔の手作業ですと、一農家ができる規模の限界は一町歩(約一ヘクタール。一ヘクタールは一万平方メートル)でしたが、現代の田植機やコンバインはこの程度の面積は一日で済ませてしまいます。(3頁)

考えてみれば農作業というのは弥生時代から変わらなかった。
武田先生は福岡だが、小学校の周りの田んぼはやっていた。
それがもう高校生になる頃は田植機でやるようになった。
これは弥生から時代が一変した、とおっしゃる。
こんなふうにして農業はものすごい勢いで革命が進んでいる。

日本の農業というのが急速に機械化が進んだ、と。
それは米だけじゃない。

 現在、リンゴやナシの選別機は実用化されています。−中略−
 さらに言えば、収穫作業もロボットがやってくれる時代がすぐそこにやってきています。収穫作業に必要な技術の基本は三つ。農作物を見て、どこにどんな状態の作物があり、収穫すべきかどうかを判断する「マシンビジョン」。収穫物に手を伸ばし、作物を傷つけることなく取り上げ、収穫用のコンテナに入れる「エンドエフェクタ」や「アーム」の設計。
(5頁)

IoT(Internet of things モノとつながるインターネット)技術も(4頁)

スマホとかを使って冷房を点けたり家電を動かしたり、ということ。
インターネットで確認しながら愛犬の面倒を看たり。
それを農業でやろうという技術がもう始まっているらしい。
つまり田んぼにカメラが付いていて、インターネットに結ばれていて、農薬の散布、出荷のタイミング。
ただのタイミングではなくて全国の市場での値段を見て「うちはどこの市場へ何時頃出すと一番効率的に高く買ってくれるだろうか?」という。
IoT。
畑とか田んぼとかビニールハウスの集中管理を人工知能がやる、という。

 有名なのは「とよのか戦争」でしょう。人気の高いイチゴの品種である「とよのか」を作っている産地は、自分の地域だけでなく、競合するライバル産地の気象情報も常に見ています。そしてライバル産地が台風などの気象災害を何月何日に受けそうだとわかると、自分たちの体制を整えて、ライバル産地の台風の翌日から数日の間、大量にイチゴを出荷するのです。なぜなら、ライバル産地が気象災害で打撃を受けると出荷量が激減して市場の商品流通量が大幅に減るため、価格が高騰するからです。(8頁)

イチゴは完璧に今、ビジネス情報戦の時代に入ったそうだ。
このあたりは何も知らないがすごい。

残っている農家も高齢化し、むしろ規模縮小を考えていることも多いのです。引退する農家の代わりに耕作してくれる農家が現れてくれなければ、耕作放棄地が発生します。その数は年々増え、直近の資料によれば日本の全耕作地の六.一パーセントにあたる約二七万六〇〇〇ヘクタール(二〇一五)にも達しています。(9頁)

イノシシとかクマとかサルが増えて「国立の街中にサルが出た」とかと大騒ぎに。
京都の鴨川に鹿が水を飲みにきているというのだから。
鹿は結構恐ろしい。
全山全部喰っちゃう。
そして我々が全然わかっていないのが遺伝子組み換えとゲノム編集技術。
これは技術的には違うらしいのだが、ごっちゃにしていて。

 遺伝子組み換え作物が日本で話題になったのは−中略−一九六六年あたりからです。−中略−
 ところが、遺伝子組み換え作物を危険だとする主張はいくらでも見つかりますが、たいていは
−中略−モンサント社が批判対象となっています。(13頁)

だから「遺伝子組み換え使っておりません」とかというのが表示でよくあった。
ところがものすごく安全なヤツが出始めている。
ゲノム編集の穀物等々はその毒性が食塩よりも低い。
(このあたりは本の内容をごちゃまぜにして語られている。「食塩よりも毒性が低い」と紹介されているのは、遺伝子組み換え作物に使用される農薬の残留に対して)

ゲノムは遺伝子のグループ。
安全性がボンと上がった。
この差がちょっとよくわからなくて申し訳ない。
でも遺伝子組み換えとゲノム編集というのを同じものだと思って嫌う人がいるというところが問題で「もうそんなことを言っていたらアナタに喰うものはありませんよ」という。

そして武田先生が一番やっぱり衝撃を受けた。

代表的な作物としてモンサントのトウモロコシや大豆などに使われている除草剤耐性と害虫抵抗性を挙げましょう。−中略−害虫耐性を持つ遺伝子組み換え作物は、殺虫剤の散布回数を減らします。(14〜15頁)

だから殺虫剤をかぶっていないという大豆やトウモロコシを作るために遺伝子組み換えをやってきたのだが、それがひどく嫌われた。
そしてゲノム編集に至ったワケだが、これは安全性が非常に担保されたというか、保証されている。
そのあたりを考えると我々が思っている以上に技術は進んでいる。
そのあたりがこの著者がおっしゃる「農業をわかっている人がいない」という怒りになったのだろう。

レイチェル・カーソン『沈黙の春』。

沈黙の春(新潮文庫)



一九六二年、レイチェル・カーソンが『沈黙の春』を出版し、自然環境への被害の大きさを告発してからでした。(20頁)

春がやってきたのだが鳥が全くさえずらない、という異様な春を人類は迎えることになる。
その原因は何かというと、農薬が全ての虫を殺し、虫から小鳥を殺し、小鳥から作物を全滅させて、農村に鳥のさえずりのない春がやって来る、という近未来ルポルタージュだった。
これでドーン!と問題になった。
その衝撃で農業というのは自然に任せた方がいいんだ、と。
農業による収穫は全て人が作ったものなのだが、全部自然に任せた方が人間にとっては安心なんだ。
「その考え方をちょっと、ちょっともう一回勉強してくれ」というのがこの有坪さん。
この方がおっしゃっているのは、日本は「無農薬、土づくりと輪作で虫、病原菌と戦おう。そういう農業がいいんんだ」という頑固な考え方がある。
その間に世界は遺伝子組み換えから発展して、ゲノム編集へと農業を進めていった。
基礎はだから遺伝子組み換え。
だがそれを「安全に」でゲノム編集にした。
(本によるとそいういうことではないようだ)
日本人と消費者とメディアがもっとも嫌うのが農薬。

農薬の歴史はどこからかというと、除虫菊に殺虫能力があるということで、1885年に蚊取り線香が生まれ。
その成分のピレスロイド。
これを農薬として取り入れた。
(本にはピレスロイドは単に例として挙げているだけで農薬の始まりという話ではない。蚊取り線香が発明されたのは本によると1890年)

ピレスロイドは幅広い殺虫スペクトルを持ち、哺乳類や鳥類には安全性の高い化合物でした。(37頁)

 戦前に登録がなされた農薬では一〇アールあたり散布量が一〇キログラムなんてものもざらにあったようですが、新しい農薬が開発されるごとに有効散布量は減り続け、現在では一ヘクタールあたりの有効成分量が一〇グラム以下など、きわめて少量で効く薬剤も出てきました。つまり、八〇年で一〇〇〇分の一くらいまで減った計算になります。−中略−
 一〇アールあたりのコメの生産量を五〇〇キロとして、すべての農薬が残留するという「ありえない仮定」で考えたとしても、コメ一キロあたりの残留は三ミリグラムです。
−中略−残留量の実際は三〇分の一程度になっていると考えて問題ないでしょう。(40〜42頁)

更に機械化はどんどん進化していて、一軒で水田20ヘクタールを耕す力がある。
だから農業人口が減っていると思うと不安になる。
でも機械力が上がっているので、もうそんなにたくさんの農業人が欲しいワケではないことは事実。
100軒あった農家が今は1軒で同じ力を出せる、と言っている。
だから減少が問題ではない、と。
元々農業というのは人手を減少するという努力をし続けた産業。

農業について無知な人ほどしきりに言う人がいる。
「兼業とか零細農家というのはダメだ」「アメリカみたいに大型化しないと農業というのは儲からないんだ」と言う方がいるが、農業は大量生産がコストダウンに向かうワケではない。

現在のアメリカでは専業農家は二割もいません。(59頁)

私たちは(アメリカの農業は)でかいトラクターで、ヘリコプターで農薬を撒いたりとイメージする。
そんな専業農家、農家だけで飯を喰っている人は二割しかいなくて「規模が大きいから安心だ」というワケではない。

たとえば、一日二ヘクタールの仕事ができる田植え機があります。この機械を使えば一〇日間で二〇ヘクタールの田植えができます。(61頁)

だから1辺2km?
(20ha=200000m2。正方形だとすると1辺が450m弱ぐらいの計算になる)

農家の水田面積が二〇ヘクタールなら、機械をフル稼働させることができるでしょう。そのため、二〇ヘクタールまでは規模を拡大するほどに生産性は向上します。しかし農家の水田面積が三〇ヘクタールになるとどうでしょうか? 二台で一五ヘクタール時代の生産性に逆戻りです。−中略−田植え機一台なら夫婦ふたりで仕事は済むかもしれませんが、二台あると別に二名を雇う必要があります。当然、人件費が発生します。そうなると三〇ヘクタールやっているより、二〇ヘクタールやっていたほうが効率よく所得を増やせたなんてこともよくあるのです。(61〜62頁)

人間が増えるから取り分も減っていく。
だったら小さいほうが農業は純益が上がりやすい。
アメリカの場合、自宅から農地まで80km以上というのが。
トラクターとかコンバインで走るには、80kmだから世田谷から成田まで毎日行かなければいけない。
だから滅茶苦茶非効率的。
だからアメリカ型の大きい農家というのはすごいだろうというのは「皆さん、ウソですよ」と。
それだったら日本のように、ちまちま家の近くの田んぼの方がよっぽど効率がいいじゃありませんか?という。
それからもう一つの問題。
規模が大きいばっかりに倒れる農家が増えるという、その理屈。

 二〇一四年、大規模化に対する幻想を持つ人を完膚無きまで叩きのめした事件が発生します。米価の記録的下落です。三〇キロ袋あたり全国平均の価格が六五〇〇円−中略−魚沼産コシヒカリでも九二五〇円まで価格が落ちたのです。(67頁)

農業的大事件が起こっている。
ただ、ちっとも報道していない。
(番組では巨大な農家が次々と倒産して零細が耐えられたと言っているが、本の内容とは異なる)

米価下落を予想していた農水省は、それより前から対策を打っていました。飼料米です。(67頁)

もちろんいいお金じゃないだろうけれども買い上げて、赤字幅をうんと狭くしてあげて、何とかもたせてあげた、という。
それでその年を乗り切った、と。
そのことも含めて、農水省が零細から大型までの農家を、この2014年、一生懸命救ったという。
何で米価が下がったか?
これは経済載は難しい。
豊作貧乏。
大型になるといつも取引してくれるキロ当たりの値段で900円から1000円安いと借金が数千万円になる。
これが零細の場合は数万円の赤字で済むので乗り切れる。
だから大きいことというのはやっぱり何かが起こった時、大惨事になってしまう、という。
このへん、なかなか農業は語りにくいもの。
だから大型化するアメリカ型、そんな農家が絶対いいワケではない、と。
それから専業農家がいいワケではない、と。
それ一本しかないから。
零細の兼業農家がなぜもったかといったら農業じゃ儲からないから「お父さんがいつも勤めているあの会社のお給料で今月はしのごう」ということになった。
ということは兼業というのは農家にとっては助け船になりうる。

この有坪さんのおっしゃっていることはなかなか手厳しい。
現実に農家を営む著者の言葉は厳しく、実に生々しい。
それが第5章の言葉で

農薬を否定する人は農業の適性がない(204頁)

著者は「農薬を使わない」と断言する人たちに対してこんなことをおっしゃっている。

 私の知る限り、無農薬農家には大きく分けて四種類あります。
(1)農薬を危険だと考え、安全な農作物を作ろうとする農家
(2)高収益を得る手段として無農薬を選択する農家
(205頁)

これは例えば『奇跡のリンゴ』の木村(秋則)さん。

奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録



農薬を使わないので「奇跡」と言われたのだから。

(3)自分の栽培スキルを高めようとする農家
(4)生き方、ライフスタイルとして無農薬を選ぶ農家
(205頁)

農家は「のどけさ」とかという憧れがちょっとある。
定年後は農業をやって田舎暮らしを・・・
「土でもいじりながら」という。

 しかし農村では、この(1)の無農薬栽培農家が最も嫌われます。なぜならたいていの場合、長続きしませんし、周囲に迷惑をまき散らしていることが多いからです。(206頁)

 二五年ほど前、北海道でリンゴの無農薬農家が隣の農家から訴えられるという事件が発生しました。訴えられた理由は、無農薬栽培を行うリンゴ農家が農薬をかけて防除をしないために隣の自分の果樹園にも害虫がやってきて被害が出ているからというものでした。(206頁)

この時に参考人として木村さんが呼ばれている。

(『誰も農業を知らない』を)読みながら「若い人たちが新しい考え方を持って登場しているんだなぁ」というのをつくづく思った。
武田先生たちの真下にいるのがコロッケたち。
そういう年齢。
コロッケたちよりもさらに十歳若いのが共演者でいえば福山(雅治)君たち。
福山君たちのその下にいるのはNEWSなんかで頑張っている増田(貴久)とか加藤(シゲアキ)とか。
その加藤や増田の下にいるのが水戸黄門の助さん(財木琢磨)や格さん(荒井敦史)。
そうやって考えるとちょっとコロッケだけ浮いているが、こんなに体形からルックスから変わるんだなぁと思うと、農業も変わっている。

二〇世紀のスポーツカーには、速く走らせるために燃費は犠牲にしてターボやスーパーチャージャーといった過給メカニズムを搭載するということがよくありました。今のターボやスーパーチャージャーの主流は、昔とは正反対の省燃費のメカニズムとして使われています。
 農薬の開発も自動車に負けず劣らず進んでいます。
−中略−
 いまや人体に安全な農薬開発など、開発者にとっては常識以前の話で
−中略−人体の安全性から環境保全(ターゲットとする害虫や病気に効く以外に、環境中の魚やミツバチなどに影響を及ぼさないこと)へと移っています。(206〜207頁)

武田先生が子供の頃、田植えが終わった後、田んぼに全部赤旗が経つ。
それは「近づくな」ということ。
田んぼなんかのあぜ道で突っ転ぶんで田んぼに顔を突っ込んだりしたら赤いブツブツができたりした。
ホリドールという農薬。
校長先生が、それを撒く頃になると全校集会で言う。
「ホリドールの散布も始まり、田んぼに近づかないようにしてください。また、田んぼの水を飲むようなバカな真似はやめてください」とかと。
それは劇薬だったと思う。
農薬を撒いた後、あぜ道の水の通り道にフナが全部死んで浮いていたのだから。
赤い旗というのは「危険」という意味。
それをヤマダ君とふざけて田んぼの中に倒れたことがあった。
あの恐ろしさは忘れない。
結局何ともなかったが。
それぐらい危険なものが今はものすごく、魚、ミツバチに影響を与えない安全性を目指し、今それを保っている。
だから「農薬を撒いたので魚が浮いた」なんて聞かない。

 近年はあまり聞かなくなりましたが、昔、無農薬農家がよく使った「自然農薬」に「ニコチン液」があります。−中略−
 ニコチンはほぼすべての生物に毒性を持っており、経口摂取(口から入れて食べる場合)のLD50は一キログラムあたり三.三四〜五〇ミリグラムです。
(208頁)

 また、今も無農薬農家がよく使うものとして「木酢液」がありますが−中略−もちろん読者諸兄がコップ一杯分飲んだりしたら命の保証はありません。(209頁)

「食塩よりも安全」と言える農薬も少なからずありました。(210頁)

 大村智先生がノーベル生理学医学賞を受賞されたことは記憶に新しいところです。大村先生がゴルフ場で見つけた微生物から「エバーメクチン」という抗生物質が発見され、これをもとに、さらに効果を高めた「イベルメクチン」が作られました。このイベルメクチンは、アフリカに多い寄生虫感染症(オンコセルカ症、象皮症)から多くの人を救いました。
 抗生物質として人にも処方される薬剤ですが、私も家畜の牛によく使っています。
(211頁)

使い方に気をつけないと犬まで殺してしまうこともあるようです。(212頁)

だから「農薬とかその手の薬というものは、量を間違えると劇薬なんだということを忘れないでください」という。

これは理屈っぽくて難しいかもしれないし、前に絶賛した木村さんの無農薬のリンゴに関して『奇跡のリンゴ』というのをずいぶん『三枚おろし』で取り上げて絶賛したワケだが。

奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録



でも、木村さんの場合はそれでうまくいっているということで、農薬を全否定することが必ずしも正しいことではない、という。
木村さんのところは加工リンゴとして抜群の味わいを持っている。
木村さんもものすごく悪戦苦闘して土自体を変えるという大発見をなさっているワケだが。
その方法が全てのリンゴ畑に通じるというワケではない。
木村さんのところは特殊かも知れない。
土地にふさわしい土の改良の仕方に成功したのが木村さんの「奇跡のリンゴ」で、違う山だったり違う土地の条件だと、やっぱり違うやり方を発見しないと無農薬では通用しない、という。
そういう現実があるんだ、と。
それをこの作家、有坪さんから教えられたような気が。

posted by ひと at 10:41| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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