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2020年07月20日

2019年7月1〜12日◆誰も農業を知らない(後編)

これの続きです。

 殺虫剤の歴史を調べると、必ず出てくるDDT。なぜ出てくるかというと、化学合成された最初の殺虫剤であり−中略−
 DDTは一八七三年、オーストリアのオトマール・ツァイドラーが書いた博士論文に製造法が記載されましたが
−中略−
 一九三九年、そのDDTにきわめて高い殺虫効果があることを発見したのが
−中略−ガイギー社はDDTをすばらしいスピードで農薬用と公衆衛生用殺虫剤として製品化し−中略−
 DDTは農薬としても大いに普及しましたが、公衆衛生分野ではマラリア対策の殺虫剤として普及しました。熱帯で猛威をふるうマラリアの発生源であるマラリア原虫は、「ハマダラカ」という蚊によって媒介されます。
(217〜218頁)

 第二次世界大戦の直前に開発されたDDTは、−中略−ガイギー社のあったスイスは永世中立の立場から各国にDDTのサンプルを出荷し、これにイギリスとアメリカが飛びついて大量生産を始めました。
 かのロンメル将軍(ドイツ人であるも最後までナチスに入らず、英軍も敬意を表した人物)が活躍した北アフリカ戦線や、日本軍が進出していた太平洋戦線ではマラリア対策が重要だと判断したからです。
 これに対し、ドイツや日本はDDTにあまり関心を持たず、結果として多くの兵士が戦闘前にマラリアで倒れました。マラリアによる兵士の損傷は連合軍のほうが圧倒的に少なく、DDTの採用が連合軍勝利の一因として挙げられるほどでした。
(218〜109頁)

(番組ではスイスの企業がDDTをドイツと日本には売らないという約束をしたと言っているが、本によるとそういうことではない)

ある意味でDDTは空母、戦闘機より優秀な兵器であった、と。
「これはすごい」というので戦後になって米英両国がこれを解禁して(ということではない)ドイツ、あるいは日本でシラミ退治、あるいは水田の害虫駆除のために、これが農薬として使われた。
これは、戦後の食糧難を乗り切るために日本ではDDTはもう、そこらへんに振り撒かれた。
武田先生の奥様が言うが、お義父さんとお義母さんは熊本のお百姓さんだから、戦後は農薬をいじって7〜8月は(手が)腫れあがって。
それぐらい劇薬だった。
このDDTの高い殺虫能力というのは絶賛された。
「さすがに化学の力だ」ということだった。
子供たちをマラリアから守るために、アメリカなんかでもさんざん使われた。
街中にDDTを振り撒いて。
子供たちにもDDTを振りかけていた。

 しかし一九六二年、レイチェル・カーソンのベストセラーである『沈黙の春』が出版されたことで、DDTの評価は一変します。(219頁)

沈黙の春(新潮文庫)



 DDTは、生物のホルモンの働きを乱す環境ホルモン(外因性内分泌攪乱物質)として作用し、虫を食べる鳥にも害があり、土壌にも長期間残留するとされました。また、発ガン性にも疑いがかかり、人間の母乳から検出されたことなどから、危険な農薬の代名詞になってしまったのです。(219頁)

タイトルも不気味。
『沈黙の春』
「一羽の鳥もさえずらない春がやってくる」ということで、「公害としての農業」というのを訴えた。
これはレイチェルさんはすごい書き方だが「原爆に次ぐ新たなる化学の脅威」と呼んだ。

そのため一九六八年には世界各国で使用が全面的に禁止となりました。(219頁)

公害告発の書として『沈黙の春』。
これは歴史に残る名著になった。
ここまですごくいい話。
ここまでは一冊の本が公害(DDT)を告発して追放したワケだから。
それで「すごい」という話になった。

 一九四六年、DDTが散布されはじめてからセイロンでは急速にマラリア患者が減っています。(220頁)

マラリアに罹る人はそれまでスリランカ(セイロン)では280万人いた。
死亡率が高いから。

一九六三年には患者数は一七人と絶滅寸前まで持ってきていたのです。(220頁)

(罹患数が)280万人いたのがDDTのおかげで17人になった、という。
劇的に減った。
しかし「将来ガンになる可能性がある」ということで、国連の命令を聞いて1964年に散布中止、使用禁止。
DDTは追放された。
1968年にこのスリランカでどのくらいの人がマラリアに罹ったか?
250万人。
農薬というものの扱いの難しさというのはこのこと。
発ガン性物質からは救われたのだが、その前にマラリアで死んでいく人が250万人。
(250万人は「罹患数」なので、死亡者数ではない)
このへんが「告発」ということの難しさ。

インドとアフリカは特にひどくて。

マラリアの患者数は二〇一三年段階でも推定で年間患者数は二億人で、そのうち五〇万人ほどが命を落としています。(220頁)

『沈黙の春』というこの告発の書のおかげで、数十年後の健康被害をゼロにしたことは間違いないが、(DDTが)無くなったおかげで数年後、マラリアによる死亡者というのが何と50万人になった。

 そのためWHOは、二〇〇六年、ついにマラリアの流行している地域に限ってDDTの使用を認める決定をします。DDTを使用することのメリットとデメリットを比較した場合、メリットのほうが上まわると判断したからです。(221頁)

 ではこれで問題は解決したかというと、そうは問屋が卸しません。−中略−
 しかし完全に根絶できなかった場合は、ハマダラカに「抵抗性」がつきます。DDTをかけられても生き残った蚊が子孫を増やし、DDTをかけても死なない薬剤耐性をもった蚊が増えてきているのです。
(221〜222頁)

この辺がケミカルの恐ろしさで、生き物というのは必ず耐性を。
人間もそうやって生き残ってきたし。
日本でも何年か前にデング熱とか蚊による(伝染病が)流行った。
だから耐性を急に帯びてくる。
結局ハマダラカというのがいるのだが、これも現在抵抗性を付け始めて、DDTでは死なない蚊がどんどん増えている。
そこで発想はどこに行ったか?

 DDTが効かなくなれば、別の対策が必要です。そこで現在最も有効だと言われているのが蚊帳の使用です。−中略−
 住友化学は「オリセットネット」という商品名の蚊帳を開発し、二〇〇一年にWHOから使用推奨指定を受けています。ポリエチレンに農薬のピレストロイド(蚊取り線香の成分)を練り込んで糸を作り、その糸でこの蚊帳を作っています。
−中略−五年間以上も効果を持続させることが可能だということです。
 ちなみに、この技術はタンザニアの企業に無償供与されており、現地で生産することで雇用の創出につなげるなど、さまざまな角度から途上国を支援しています。
(222頁)

そんなのを聞くと「住友化学て偉いなぁ」と思う。
それにしてもプラス蚊帳という文化をよくぞここまで持っていた、と。
蚊帳は虫をどける。
「殺す」となると色々問題だろうが、「嫌う」ということだったらば。
住友化学の方は「5年以上の効果は絶対にあるんだ」と。
その間に街をきれいにし、ドブとか下水道を整備して。
これが蚊退治には最も有効で。
その間を蚊帳でしのいではくれないだろうか?と。
こうやって考えると告発は簡単。
「オマエが悪いからこんなことになったんだ!」と指さして言うのは簡単で。
リスク・ベネフィットというのは秤にかけないと。
有坪さんはいよことをお書きになったなぁと思う。
つくづくそんなふうに思う。
物事の考え方としてリスク・ベネフィット。
これを必ず、という。
つまり、「告発の書」ではなく「告発の発言」ではなく、人間同士がうまくいく「蚊帳」のようなものを、という。
そういう発想を悩みながら考えましょう、皆さん。

レイチェル・カーソンの『沈黙の春』。
これは武田先生の奥様が娘たちに読ませて「たくさんの人を救った本よ」と。
早速娘の部屋へ行って「それだけじゃぁないみたいよ」とかと言いながら来た。
とにかく農薬を考える時に「何が正しい」とか一点だけ主張しないで、リスクとベネフィット、利点、マイナスとプラスを図りながら考えていきましょう。
世の中全部そうである。

農薬への杞憂は一体どこからやってきたのか?
それは「食品は無害」という思い込みがあるからではないか?

我々が普段「無毒の食品を食べている」という誤解です。−中略−
 人間がわざわざ毒を嗜んできたと先に書きました。大根おろしやワサビの類はアリルイソチオシアネートを、トウガラシはカプサイシンを含みますが、その毒物が生み出す辛味を人間は昔から楽しんできたのです。
 そんな食べて楽しむ毒物だけではなく、我々が普段食べる食品には、量は少ないながらもいくつもの有毒な天然物質が含まれています。
(223頁)

このキャッサバ、青酸配糖体(シアン化合物)という文字通り青酸カリの親戚みたいな毒物が大量に含まれているのです。(224頁)

ソラニンはジャガイモが土中からはみ出たときに食害されないように作られる毒で(228頁)

グレープフルーツは薬品と同時に摂取すると意図しない危険な効果を及ぼす薬物相互作用でも知られていますが、グレープフルーツでこうした作用を引き起こすのが、フラノクマリンです。(229頁)

「何で毒があるか」は当たり前。
害虫から我が身を守るために毒を持っている。
どんな植物もどんな作物もそれぞれ毒を持っている。
人はそれらの毒に対して、煮る、蒸す、毒の部分を切り落とす。
更に少量しか食べないという接触技術を磨いてきたサルである、と。
だから「毒と付き合う」ということを前提に物を喰ってきたじゃないか?と。
「何で完全に無農薬がいいだなんて、そんなバカなことを言うようになっちゃったんですか?」とこの著者はおっしゃっている。

 フラノクマリンの濃度は、健康なセロリではせいぜい二ppm程度で、冷蔵時で五ppm程度になります。しかしこれが菌核病に感染していると、濃度は四〇〜一〇〇ppm程度まで上がります−中略−当然口にすれば害です。(229〜230頁)

セロリの場合、何かの病気にかかると、その病気と戦うために毒を実の中に。
他愛のない添え物であるセロリも強烈に毒を溜める。
セロリが病気になった場合、病気と戦うために体の中に猛毒を作っていく。

 エイムス博士は、アメリカで普段食べられている食品についても調べ、一九九〇年に「アメリカ人の食事に含まれる農薬物質の九九.九九パーセントが植物由来の天然農薬である」という驚きの調査結果を発表しました−中略−
 九九.九九パーセントを占める天然農薬に比べて人工農薬は〇.〇一パーセント。
(225頁)

だからこれはもう「毒」とも呼べない残留。
だから「もっと考えてみてくれ」と。
農薬を批判する人の中に昔のまんまの農薬のことを言っている人がいる。
それから「国家規模で農業を守っている」なんて言っている人もいるかもしれないけれども、日本の農家というのは、やる気のある農家の人がどんどん増えている。
国際競争力をつけるため品種改良。
そして遺伝子組み換えも含めて前進すべきだ、と。

品種や地域によって違いはありますか(原文ママ)、現在コメは一般に一反(一〇アール)あたり四〇〇キロから六〇〇キロ程度とれます。昔はこの半分程度でした。また昔は草丈が長く−中略−草丈が長いと、よく実っているイネほど全体の重心が高くなります。そんなときに台風などが来ると簡単に倒されてしまいます。これを倒伏と言いますが、倒伏したイネはコンバインを使えなくなるうえに穂が地面と接するので高温多湿だと発芽してしまい、著しく品質が落ちます。
 現在は品種改良によって短稈と呼ばれる草丈の低い品種が主流になっています。
−中略−草丈が低くなったことで台風時の被害もある程度は減らすことができたのです(255〜256頁)

一時期「アメリカンチェリーが入ってきたら、日本のサクランボなんかガタガタになりますよ」と、そんなことを言っていたのだが、「佐藤錦」の地位は不動。
入って来る前はあんなことに怯えていた。
オレンジだってどれほど我々は息をのんでいたか。
カリフォルニアオレンジが入ってきたら。
でも違う。
そうじゃない。
それと同じことで、この間、サクランボに関する重大情報を聞いた。
これが胸がときめく。

東京では報道されることもない。
この間、福島を旅していたら福島のローカルニュースのトップニュースが「山形で新しいサクランボができた」。
これは感動したのだが、色は佐藤錦みたいにサンゴ色ですごくきれい。
これは玉の一粒が大きい。
五百円玉の大きさ。
名前が「やまがた紅王」。
サクランボの大型新品種名 「やまがた紅王」に - 産経ニュース
これは来年か再来年ぐらいには出荷できる態勢が整ったというので、山形の農業人が大喜びしている、という。
今、「やまがた紅王」という新品種の話をしたが、アメリカンチェリーと佐藤錦を置いたら佐藤錦を喰う。
一つの作物、果物でもいいが、懸命に磨き上げていくという日本人の農業の知恵を結集すると、もっと開けるんじゃないか?
だってイチゴなんてアジアの人は飛びつく。
それからメロン、マンゴー。
この手のもので勝負する商品はいくらでもあるというのが、この本の著者、有坪さんの主張。
そして有坪さんは米も米ばかりではない、と。
米から生まれる日本酒。
これをフランスのワイン並みにブランド化し、日本食全体の組み合わせ。
例えば「干物を杉の升で飲むのに美味い日本酒はこれ」という。
この農業と林業と水産業をセットにした売り方を考えると、もっと深い可能性を、という。
ワクワクする。
脚の高いワイングラスにワインを注いで、チーズというあのセット。
つまりガラスを作るという手工業と飲み物のワインと。
それで発酵のチーズが組み合わさったように。
この升酒。
「杉の升酒でこの日本酒をこの干物で喰うと美味いんです」なんて言うと飛びつくんだろう。
日本人でもそういうのがある。
こういう可能性を農業は持っているし、そこを行くべきではないか?

 六次産業とは−中略−農業が「一次産業+二次産業+三次産業=六次産業」になるべきだとするキャッチフレーズです。
 農家が農産物生産だけをやるのではなく、農産物を使った加工食品を生産し、自前で流通させることで、食品メーカーや流通業が得ていた利益を奪取してしまおうという提言がなされています。
(74頁)

(番組では著者がこの「六次産業」を推奨しているような感じで話しているが、本には「六次産業は絵に描いた餅の典型」と書いてある)

「農林水産省もよく奮闘している」と評価なさっている。
今、官僚の悪口を言えばなんとなく気が済んだような人がいっぱいいる。
そうじゃなくてこの方(著者)は日本の農林水産業というのはボロクソに言われながらも、官僚たちがみんなよく頑張っているんだ、と。

新規就農者援助態勢。
これが整備されつつある。
日本が今、農業人として一番欲しがっているのは兼業農家の人。
農業の他にもう一つ仕事を持ってらっしゃる方。

私は、農業に転職する場合の必要資金は、設備投資とランニングコストを勘案すれば二〇〇〇万円以上が理想であり(261頁)

 行政の、近年の新規就農者に向けた援助体制はかなり整備されてきています。なかでも青年就農給付金事業は目を見張ります。就農準備中の最長二年間、就農後最長五年間、年一五〇万円の給付金が支給されるのです。夫婦なら三〇〇万円になります。(194〜195頁)

(番組では上記の内容を「国にこれから実施して欲しい」というような内容で語っているが、本によると現在すでに整備されている。著者によると実際に援助して欲しい金額はもっと多い)
そうすると5年後には税金の払える農家に育つ、と。
こうおっしゃっている。

 実際のところ、新規就農は誰でも成功する、食っていける、とは言いませんが、サラリーマンが社会を辞めたいと思ったときによく候補にのぼるラーメン屋と比べたら、何倍も容易だと思われます。(195頁)

それさえクリアできたら立派な農業人が必ずできる、と。
それでこの方は兼業農家で面白い人のことを紹介してらっしゃる。

宝塚市で大工をしながら一七町歩でコメを作るほか−中略−
 三重県甲賀市には、宮大工をしながら地域の特産品を新規開拓しようと朝鮮人参の栽培試験を続けておられる方がいます。
(263頁)

昔から専業農家の人なんて日本の村にはいない。
奥様から時々話を聞くが、奥様の家は熊本の農家だった。
お酒はやっていなかったが、味噌も醤油も全部自分のところで作っていたようだ。
昔の農業をやる人は多角経営。
お蚕さんを飼って絹を作った人も農業の人。

 日本は高付加価値の農産物を作れる国なのだから、その方向に特化すればいいとおっしゃる方もおられます。(269頁)

しかし、そればっかりを目指しているのはダメなんだ、と。
ちょっと話ははずれるが、中国というのは日本を「小日」という。
「大中華」に対して「小さい日本」という意味。
おっしゃる通りで、日本は小さい。

面積は三七八.〇〇〇平方キロで全世界の土地面積の〇.二五パーセントほどですが、これは世界に二〇〇近くある国の六〇番目くらいの位置にあたります。−中略−排他的経済水域は四四七万平方キロもあり、世界第六位です。−中略−人工は−中略−世界一一位ですが、一億人もの人口を抱える国は二〇一八年時点で一二か国しかありません。(269〜170頁)

一番重大なことは腐植土。
葉っぱが降り積もって腐って。
実はこれは農業にはもってこいという。
農地としての土地をいっぱい持っていること。
植物の分解が進み、栄養分豊かに蓄えている農地、地面を持っている。
それがいい証拠に商業地でもある銀座でも、空き地は放っておくと雑草がすぐ伸びてくる。
だから、あそこでも田んぼができる。
銀座でも牛が飼える。

アフリカの土が赤いのは、気温が高く岩石鉱物が分解して鉄が分離し、赤い酸化鉄になるのに加えて−中略−
 また、雨の少ない国の多くは灌漑農業をします。雨があまり降らない、あるいはほとんど降らないので川から水を引っ張ってきたり、地下水を汲み上げたりして作物を栽培します。
−中略−まかれた水が蒸散するときに浸透圧によって地下から水分が上がってくるのですが、このとき土壌に含まれる塩分も一緒に地表に持ってきてしまいます。これが繰り返されると地面が塩だらけになり、作物栽培ができなくなるのです。(270〜271頁)

 オーストラリアは農業大国のイメージを持たれますが、実際は地表の塩分集積が多く、農業に向いた土地ではありません。−中略−
 アメリカも日本ほど恵まれてはいません。
(271頁)

ここはもう塩かぶりの土地がどんどん増えている。
ロッキー山脈の麓のアメリカの牧草地帯なんか塩で真っ白。
中国はもう砂漠化が北京のすぐそばまで来ているはず。
そして間違いないことは、北朝鮮はそうとう農業が荒れている。
あれはやっぱり色々問題があるかも知れないが、何とかするためには日本の農業関係者が出撃したほうがいい。
でないと本当にあの国は喰えない国になってしまう。

日本のことに関して言う。
今、「防衛防衛」とか「迎撃ミサイル」とか言っているが、日本の防衛というのは何も火薬関係だけに限らない。
その中でこの著者の有坪さんがおっしゃっているのは日本の農業人は、農業をやる人は細くなりつつあるが、日本の農地、地面自体は4億人ほどの食料を作る土壌を持っている。
西日本は二期作が可能だから。
種子島とか鹿児島は、今はあんまり米が余っているので作らないが、年二回米が穫れる。

今後の作物の品種改良が多収の方向で進めば、四億人の倍になる八億くらいは食わせられる程度の生産ができるようになる可能性もあります。(274頁)

グラウンドは、地面は。
8憶(人)が喰える農地を耕して農作物を作れる、米麦を作れるという能力を持っているか否かというのは、これは巨大な防衛力。

現在の世界人口は七三憶人ほどで(274頁)

その8憶(人)を養うだけの土壌を持っている、という。
これはいかな防衛力よりも強力な重大な防衛力。

コメの減反は廃止されましたが、廃止前には四〇パーセントほどの減反率でした。−中略−一〇〇パーセントを超えた計算が成り立ちます。(273頁)

これは今の人数で可能。
だから日本というのは食糧難に直面した時は、自国を救うどころか他国を救うだけの能力を持っている。
しかも今大好評の「日本食、食べてみませんか?」という誘い方をすれば嫌がる国はない、と。
中国の人がいっぱい(日本に)Tシャツを買いに来ている。
そんな国。
「日本食を展開しますよ」というのは他国を援助する援助の力になるのではないかな?と。
本当に農業について何も知っていなかったと思う水谷譲。
潜在能力についても。
このほかにも著者のアイデアはたくさんあるが、それはまた別の機会に。
生きる道は日本にはいくらでもあります。
というワケで大変学んだ農業だった。

posted by ひと at 11:03| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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