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2020年09月19日

2019年12月16〜27日◆タコ(後編)

これの続きです。

今週聞き始めてびっくりなさった方もいらっしゃるかもしれないが、生き物の「タコ」のことを話している。
これは色々本を読んでいて非常に面白かったのは(タコは)不思議な生き物。
「年末のこの忙しい時期にタコなんかどうでもいい!」という方もいらっしゃるかも知れないが。

タコはイカと同じく、時として威嚇、あるいは興味を示したもの、あるいは擬態のために全身の色を変えることができるという。
しかし彼らは色は識別できない。
擬態の時、姿を変えるという。
あれは実は中から色を出しているのではなく全身鏡。
(本によると出している色もある)
それでまわりの色を反射させてあの色になったという。
このあたりは『プレデター』と同じ。

プレデター (吹替版)



だからプレデターもなんとなくイカっぽい口元をしている。
ギギギギギギ・・・
これほどの色を皮膚に浮かべることができるならば、色をコミュニケーションで使うことができるはずだが、発信はできても受信する能力がないので孤独な色変わり。

ヒヒの発するコールは三、四種類しかなく、どれも単純なものばかりだ。だが、この単純な声を聞き取ったヒヒは、非常に高度で複雑な情報処理を行う。−中略−自分たち自身が言えるよりもはるかに複雑な情報を受け取ることになる。(172頁)

鳥も情報処理では複雑で、これはびっくりしたが鳥も心がすごい。

そうした鳥は一〇〇箇所以上にさまざまな食物を蓄えることができ、しかもあとから蓄えた食べ物を回収できると突き止めた。自分がどこに食べ物を置いたかだけでなく、どこに何を置いたかまで正確に記憶できるという。だから食べ物の中でも傷みが早いものは、長持ちするものより早めに回収するようにしているとわかった。(172頁)

イカやタコ、鳥にも高次思考、高い次元の思考があって、彼らには記憶力があり、情報があり、好奇心もある。
ただ一つ人間と違うのは「内なる声」を持っていない、とこの作者のピーター・ゴドフリー=スミスさんはおっしゃっている。
内なる声。
「哲学の声」だろう。
内なる声を持つためには、ある寿命を持っていないとダメだそうで。
子供は内なる声を持っていない。
タコ・イカも同じ。
寿命が1〜2年で。

最大のタコであるミズダコでも野生ではせいぜい四年しか生きられない。(192頁)

大きい脳があれば学習ができるが、学習の有用性は、その動物の寿命が長いほど高くなる。寿命が短ければ、せっかく世界について学んでも、その知識を活かす十分な時間がない。(193頁)

太平洋を泳ぎ回るオウムガイは、−中略−寿命は二〇年以上にもなる。海の中をうろつき、死肉を漁るだけの動物などと生物学者たちに悪しざまに言われてしまうオウムガイだが、その寿命はとても長い。(194頁)

だから食い扶持が安定するとダメ。
「俺は明日どうなるんだろう?」とかと思っている時・・・
生ぬるい環境になってしまう。
やっぱり喰い物が安定してしまうとハングリー精神がない。
そうするとずっと世界チャンピオンのまま、対戦相手はいない、という訳で。

老化を(この番組で)じゃんじゃん取り上げようと思っている。
何で老化するのか?という。
これはなかなか。
「老化シリーズ」をいっぱいやる。
これはちゃんと別枠で「供養のためにやってやろうかなぁ?」と思っていたのだが、今年(2019年)の5月に武田先生の姉(長女)が亡くなった。
84〜5歳だから何の悔いもなかったのだが。
5月に逝ってしまって、それが突然で。
5月は(武田先生の)博多での舞台公演だった。
5日が初日だったので武田先生は4日に家へ帰って、この80半ばの姉と一杯やった。
鉄矢の舞台を見るために地方に散っているも一人の姉と、福岡に住んでいるもう一人の姉。
三人姉がいて。
姉が集まって6日にどんちゃん騒ぎをやっている。
それで7日の朝に死んでいて。
血栓が飛んだということなのだが。
そんなことで、ちょっとしみじみ考えたことがいくつかあって。
それをノートにまとめているのでまた別の機会に、という。

老化の問題。
「歳を取る」ということに関してだが。
なぜ人類は老化を選んだのか?
最近そんなことばっかり考えるようになったが、だいたい普通の生物は生殖能力がなくなれば死んでいく。
鮭などは潔くて。
人間はダラダラダラダラ。
人間はしつこい。
何で死ないで老化していくのか?
これは絶対生物学的に意味がないと、そんなことはあり得ない。
本に書いてあったのは突然変異に関して、有効な突然変異を活かすためには、その生き物は長生きしなければならない。
(ということは本には書いていない)
突然変異で、その変異がその生き物にとって「得をする」「損をする」というのは長時間お試し期間がないと「役に立つ」「役に立たない」がよくわからない。
イカ・タコのごとく2年ばかりで命が絶えていくと、よい突然変異が出ても2年で終わってしまうワケだから、有効な突然変異を残す間がない。
うまく子孫に伝わらない。
その意味で、人間の場合、悪いかどうかをしっかり確認して年老いて死んでいくので。
猶予期間、お試し期間が長い。
そんなふうにして命を研いできたのが人間で、人の老化はよい変異を若いうちに集中させ、悪い変異をその一代で消去するために「長寿」というお試し期間でよい遺伝子を全体に広げるために考えられた実に合理的な方法だ。
だからダラダラ生きているお年寄りの皆さんも、生物の種として遺伝子の良し悪しを確認するための寿命だと思って生きるとずいぶんと歳の取り方も違うような気がしてきませんか?

2011年3月11日の東日本の大震災でリアス式の町・村に棲んでおられた方々が引っ越しを余儀なくされた。
そこはもう全面的に高台に引っ越そう。
下の浜辺で小さいスナックをやっていた女性が高台に移ってもスナックをやってらっしゃる。
初老前後の方。
楽しそうにしている。
ああいうのはいい。
武田先生は楽しそうにしているお婆ちゃんたちを見ながら。
「お婆ちゃん」て(武田先生と)同じ年ぐらいだが。
しみじみ思ったが、本当に表情のよい年寄りというのは何か「よくぞ生き残られた」という気がして、地域全体を明るくする。
その時にまたアホみたいだが、この放送をお聞きの少なくとも自覚のあるご老人方。
もう人生、最後の最後までどうなるかわかりませんぜ。
しかしそれを「悪運だ」とか「ついてない」とか「あの津波が」とか憎まずに、タコが殻を脱ぎ捨てた瞬間だと思って耐えましょう。
その災難に遭っても明るい魂の中から、災害に強い良い遺伝子の日本人というのが選抜されてゆくのだろう。
その証のためにも。
とんでもない方向に話が流れてしまったが、この本にあった言葉でこういうことが、老いてくるとしみじみ思う。
タコとイカは2年で終わっている命がある。
これを長くするためにはどうしたらいいか?
生き物として寿命を長くする方法がある。
弱肉強食をやめること。
この弱肉強食思想の人がいる。
だから「Amazonに勝とう」とか。
それから「美貌一本で生きていこう」とか。
そういう人たちは発想そのものが弱肉強食。
その思想だと寿命は短くなる。
だから今は「大企業になれば何でも喰える」と思っている経営者はいっぱい中国大陸にもアメリカにもいらっしゃるのではないか?
我々は「弱肉強食から脱する生き方」みたいなのが実は人間としても求められているのではないか?
話は意外なところに転がるが。
タコについて考えると色んなことが学べそうな今週。

タコについていろいろ考えてみたいと思う。
本日はクリスマス等々の行事ごともあるかと思うが。
(この放送日が12月25日)
とりあえず当番組「タコ」。

深さ一五〇〇メートルのあたりだが、そこで深海性のタコであるホクヨウイボダコに遭遇した。−中略−
 このタコは、それまで知られていたどのタコの一生よりも長い期間、卵を抱いていた。なんと五三ヶ月間である。
−中略−寿命は一六年くらいと推測できる。(210〜211頁)

これは浅い海では考えられないということ。
浅い海は餌がいっぱいある。
餌がいっぱいあるけれども、餌として喰われる危険も多い。
そうなると自分が喰われる心配がある。
それに比べてこのイボダコは、食料を集めるのが非常に困難だけれども、その分ゆっくり子育て、子供を深海で放せるという。

進化の上で人とタコ。
脳を発達させた材料は同じ。

神経系を形成するには、神経細胞どうしを正しく接着する必要がある。人間の場合は、プロトカドヘリンという物質がこの接着に利用される。タコの神経系の形成においても、やはり同様の物質が利用されることがわかった。(237頁)

今、物理学の本を三枚におろせないかと思って。
これが皆さんに楽しんでもらうために武田先生は読み下してはいるのだが、難しい。
物質の奥の奥まで入って、量子物理学まで今、いっている。
岩、石ころというのがある。
石ころと人間は量子物理学まで降りていくと「材料」は同じ。
この不思議。
石と同じ材料でできているのだが、それがどこから生き物になるのかというのは、考えてみたらすごく不思議。
これもそう。
皆さんに「タコ」と言うと「ああ、アレか」と思う。
「あのタコ」と思う皆さんと、考えている脳の材料は同じ。
どこから違うのか?というのが。

この著者、ピーター・ゴドフリーさんがおっしゃるのだが、とにかくタコ・イカというのは「殻を脱ぎ捨てた貝である」と。
タコに神経細胞を与え、脳を体中にいくつも作り、もう一度その脳を一か所に集めて脊椎動物、我々ができた。

 心は海の中で進化した。(240頁)

ということは、心は海が作った。
美しい。
でもこれは覚えておこう。
心を作ったのは海。

ここから不思議な不思議な実験にいく。
鳥が餌を隠して、それらを記憶し、保存状態まで記憶する「エピソード記憶」というのが高次の心を持っている証だ。
例えばイカはどうか?

コウイカを対象とした実験はこのように行われた。まず、二種類の食物(カニとエビ)を用意し、被験者となるイカがそれぞれどちらを好むかを確かめる。−中略−カニは食べたあと一時間で補充されるが、エビは三時間待たなければ補充されない。その環境下で学習をさせたイカにエビを食べさせたあと、いったん水槽から出し、一時間後に再び水槽に戻したとする。イカはエビを食べた場所に行っても駄目だとわかっている。そこには何もないからだ。水槽に戻されたのが一時間後なら、イカはカニを食べた場所に行く。戻されたのが三時間後ならば、エビを食べた場所に行く。(239頁)

つまりイカは、タコも同じだと思うが、他の場所に移されてもカニ、エビの場所を「時間によってある」ということを記憶しているということ。
頭がいいらしい。
「あれから一時間ぐらい経ったかな?だったらあそこにカニはあるわ」という。
「三時間経った?もう。じゃ、エビあるわ」というのは、イカは絶対に分かるそうだ。
「うちの猫より頭がいい」と思う水谷譲。
とにかく皆さん覚えておいてください。
5〜6億年前、この時は共通の生き物だった。
そこから心が、知性を持った意識がともり、脊椎動物から爬虫類、鳥類、哺乳類へと心はゆっくり巨大になっていった、ということ。

タコ・イカは腕のすべてに神経細胞があり、ある意味では小さな脳を脚ごとに一個ずつ持っている。
そこからのモニターで腕が考えて行動する。
それで口の近くにある脳へ「こんなことあったよ」と報告するという形をしているという。
タコ・イカは皮膚にも目がありそこで見るそうだ。

たとえばハトについて調べてみると、一方の目で見た情報はやはり、脳の反対側には伝達されていないらしいとわかる。(103頁)

タコは少なくとも情報は全体に送る。
ハトは右目で見た情報は左脳には送らない。
(視神経は交差しているので、おそらくハトは右目で見た情報は左脳にのみ送られていて右脳には送られていない)
ということは右側に友達がいた場合は「あ、友達だ」とか思わないのだろう。
(目に)映ってはいるだろうけれども、それをジャッジする脳がない。
カエルはというと見ているものをまとめる脳がない。
映ってはいるのだが、映っているだけ。
あまり用は成していない。
ニワトリは色を感じる脳が分かれており、ジグザグに歩いている。
ニワトリは色を感じる脳が右と左で違う。
だからジグザグに歩く。
あの子(福田彩乃さんのことを指していると思われる)がマネしているところを見ても「ココーッ!コッコッ!」とやる女の子がいる。
これは何が言いたいかというと、タコというのは八個脳が手についている。
それをまとめる脳が口元にある。
だからタコというのは映像を集中管理できている。
モニターがいっぱいあって。
生き物として、ビルの入り口、裏口、屋上とかというのを警備会社の人が管理室で見ているという。
ニワトリはそこの警備の人がいる場所に誰もいない、という。
タコほどの高次の脳機能というのはなかなか珍しいこと。
人間はというと脳を一か所にまとめるという生き物として非常に危険。
そこをやられたら全部おしまいだから。
大事なものを全部一か所に集める危険さがある。
そういう轍を人間は知っているので左右で分けた。
それが右脳・左脳。
鳥やカエルと違うのは、情報をお互いに交換できる脳梁で左右を結んでいるところ。

前も話したと思うが、人間は誰かと絶えず話していないとボケてくる。
「ボケる」という言葉はあまりよくないかも知れないが。
人間は会話して初めて人間たるもの。
それは脳の形が右と左に分かれていることからもわかる。
タコは八個脳があるワケだから、たった一人で民主主義というヤツ。
偉い。

動物の中には、視界の左側に捕食者の姿が見えた時の方が反応が良い、というものが多くいる。また魚やオタマジャクシの中には、自分の左側に同種の固体が見えるような位置にいることを好むのものが何種類かいる。一方、食物を探す際には、右側にあるもののほうをよく知覚できる動物も多い。(104頁)

右にとにかくひたすら餌を。
右に友達が来ても反応しない。
でもこれはやっぱり魚を釣る時に餌を揺らす。
あれは右目左目どっちかに見えるように(釣り竿を)ツンツンやる。
そういうのを考えると脳と感覚器、視覚器、あるいは触覚器の存在の関係がよくわかるというふうに思う。

タコの心身問題??頭足類から考える意識の起源



ピーター・ゴドフリー=スミスさん、夏目大さんの訳。
強いメッセージがあるワケではないのだが読んでいて、生き物の不思議みたいなことが伝わってくる一冊だった。

著者は生命樹を遡り、タコ・イカという生き物に触れて「心」というものを生物学と共に哲学的に見ている。
海に住む者を食物資源とのみ見ている現代人にとって、知性というものを海の生き物にあるとして生き物を見てみると、ずいぶん違う見方ができるのではないか?という。
宇宙では他の生命との交信に熱心ではあるが、同じ情熱で違う形の心を持つタコ・イカ。
それを交信相手として考えると、我々はもっと深く海を知ることができるのではないか?というのがこの著者の提案。

考えてみると海の話題と言ったら「海水温が上がった」とか「漁獲量が減った」とかそればっかり。
海の生き物にちょっと失礼は失礼。
喰うことばっかり考えているワケだから。

魚の乱獲は一九世紀にはじまり、現在に至るまで続いている。(244頁)

21世紀、やっと乱獲がいかに危険かということに気づき始めた人類。
今、グローバルな問題として、温暖化、海水温上昇等々がある。

化石燃料の使用により大気中の二酸化炭素濃度が高まると、増えた二酸化炭素の一部が海水に溶けるのだ。すると、海水のpHバランスが変化することになる。通常は弱アルカリ性の海が酸性化していく。海水が酸性化すると、−中略−特にカルシウムで硬い部分をつくるサンゴなどの生物に深刻な影響がある。硬い部分は柔らかくなり、海水へと溶け出す。(244〜245頁)

(番組ではpHを「ペーハー」と言っているが、今は「ピーエイチ」と読むことになっているらしい)
それから海水温の極端な変化。
ラニーニャとかエルニーニョとかという南米沖の海で引き起こされる海流の温度。
そういうものが世界気候を混乱させているのではないか?
大事なことは、原因は絶対一つではないので。
原因は一つではないのはともかくも、ピーター・ゴドフリー=スミスさん。
この方の面白いのは、別の形の心が海にはあるのだ、と。
ヒト、サル、ネコ、クジラ。
哺乳類が「心!」とかと言うが、魚類、タコ・イカまで含めて考えようじゃないですか。
そのことで彼らの心が読めるようになったら、もっと海に関する知識が増えるのではないか?
台風がバンバン今年(2019年)来た。
武田先生の短い人生の中でもこんなに来た年はそうそうないし、台風の動きは最近変。
グルグルそこらへんを流して歩いたり。
迷走したり。
秋風が立っているくせにわざわざやってきたり。
そのへんの知識をタコ・イカと分かち合えるようになるという交信の方法。
タコ・イカに「近頃どう?」とかと言うと「エルニーニョあるかも知んない」とかと連絡があれば「オマエは本当にイイダコ」なんちゃって。
番組の落とし方もわからなくなった。
タコを利用してサッカーの勝敗を占ったりしていた。
何とか君(パウル君)みたいなタコで。
タコを頼りにしているというかタコの知性を人間は信じてはいる。
予感能力とか。
タコとの交信を通して海の深い情報を知ることができれば、という。
これがこの人の発想。

今、タコをわさび醤油ですごく食べたくなった水谷譲。
「タコには心がある」とかと言っておいて、タコを喰いたくなるところがタコの不思議な魅力。
タコにへばりつかれると怖い。
口の中に入れてタコの足の先っぽが暴れて、ほっぺたに吸い付いたりすると何か感じる。
何かタコはちょっと意思を感じさせる。
それとタコツボの中に入って漁師さんから引っ張り出される時のタコの慌て方が「何すんだ!この野郎!」みたいな。
何かそういう声が聞こえる時がある。

posted by ひと at 07:48| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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