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2024年08月21日

2024年4月29日〜5月10日◆Why Study Japan?(前編)(2025年1月3日修正)

まな板の上は「Why Study Japan?」。
「なんで日本なんか勉強すんの?」
そういう意味。
「WHY JAPANESE」というのがあったが。
あれと同じ。
「Why Study Japan?」

なんで日本研究するの?



これは新聞の書評欄に載っていた本で文学通信という出版社から出ている。
まあ、読み出すと一気。
理由は簡単。
これは「最近インバウンドのお客さんが何でこんなに日本、増えてんのか?」。
日本は「極東」。
「東の果て」という意味で。
武田先生の大好きな哲学者、フランス哲学の内田樹先生はこの日本のことを論ずる本のタイトルを「日本辺境論」とした。

日本辺境論 (新潮新書 336)



ここは辺境。
しかも世界史に登場したのは明治維新から40年ぐらいかかって、その後はもう惨憺たる戦争で大日本帝国という看板を降ろした国。
「そんな国に何で来るんだ?君たちは」と。
見どころはいっぱいあると思う水谷譲。
京都、清水寺、広島、秋の宮島、見に行きたいのではないかと思う。
水谷譲が新しいからそんなことを言う。
「二百三高地」という映画。

二百三高地



さだまさし君が主題歌を歌って

海は死にますか 山は死にますか(さだまさし「防人の詩」)

山も海も死なない。
あのラストシーンで夏目雅子が明治の女を演じていて、小学校の生徒に(先生役の)夏目雅子が教えた言葉が「美しい日本」。
それを書いた夏目雅子を見ながら吹き出しそうになった武田先生。
「どこが美しいんだ?肥溜めだらけの日本」
そんなふうに思った。
世代間。
ここから話さなければならないのでなるべく早く話すがお付き合いのほど。

この本を何で読みたかったのか?
「Why Study Japan?」
「何で日本、アナタ研究すんの?そんな面白い?この国が。面白いもんなんか無いよ」というのが武田先生の少年期・青年期・中年期にあった思い。
ところが昨今、水谷譲が言う通り、日本が変わった。
三月中旬だったが、ちょっと大阪の外れの町で歌を歌うことになって、そこまで行った。
奈良に近いその街へ。
帰ってくる新幹線、何と大阪の駅で柿の葉弁当を買うのに三十分並ぶ。
もう満杯。
その半分が驚くなかれインバウンド、外国の方。
武田先生達世代は戦後っ子として「民主主義の子」ということで育てられた団塊の世代。
だからやたら学校に話し合いが多かった。
クラス会とか朝の学級会、それから夕方、お別れの学級会等でお互いに討論するというのが流行った。
民主主義のルール、議長の元に話し合いをするというのは、父母がやったことが無い。
武田先生達が教えられたのは「思想的に正しいことは生きて行く上でとても大事なことだ」という。
「日本は間違った戦争から大敗北を経験したんだ。だから親の世代からすると敗北の無念を埋める為には勝者アメリカをマネすること」
そこから日本は始まった。
1950年代に子供時代を迎える。
武田先生達はどんな教育を受けたかというと豊かで景気がいいのはアメリカ。
思想的に正しい考えで国創りが行なわれているのがソ連、今でいうロシア、そして北朝鮮。
知的で政治制度がとっても優れているのはヨーロッパ。
それが教科書に書かれている内容で、基本的にはそういう教育。
北朝鮮映画とかを見ていた。
学校で見せる「北朝鮮がどんなに素晴らしい国か」。
「チョンリマ」
(1964年8月末に封切りされた『チョンリマ(千里馬) 社会主義朝鮮の記録』のことを指していると思われる)
タイトルも覚えている。
北朝鮮の政治情勢を描いている。
凄くみんなまとまっていてニコニコ笑っていて。
マスゲームをする人達の。
赤いマフラーをなびかせて北朝鮮の小学生達が元気いっぱい、金様の歌を歌いながら学校に行くという登校風景を描いたり、私有財産が無いからみんな争わない。
ニコニコ笑っている。
日本の外交官が書いた本で小学校時代にベストセラーになった本で「醜い日本人」

新版 醜い日本人 日本の沖縄意識 (岩波現代文庫 社会 14)



そういう思春期や青年期を体験していたら、アメリカがベトナムで凄い戦争を始めているという映像が流れ始める。
それが70年代。
日本は経済で見ると「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた。
ところがジャパン・アズ・ナンバーワンと言われながら「エコノミックアニマル」
「カネ儲けする為には24時間戦うジャパニーズ」とか「奴らはウサギ小屋に住んでいる」とか。
世界からまた見下される日本で。
ずっとそれで生きてきたら、これほどのお客さんが外国からやってきて「これは一体何なんだ?」という。

「Why Study Japan?/なんで日本研究するの?」
その一冊に出会ってもう無我夢中で読んだ次第。
これはもうひとえにインバウンドのお客さんの多さ。
外国のお客さんは本当にそこらじゅうにいる。
よっぽど来たくて来ておられるのだろう。
「インバウンド」と称する異国の旅人。
日本に溢れている。
「何でこんなにお客さんが増えたんです?」
誰も教えてくれない。
メディアも追いかけている人はいないだろう。
何でか?
「お土産は何買った」とか「何食べたか」とか、そればっかり訊いて回って根本のことを訊いていない。
時々変わったインバウンドの人に遭遇する。
大阪・堺の街でで遭遇した。
包丁を買いに来ている。
「堺でいい包丁売ってる」なんて誰が広めたのか?
それと泉岳寺に中東の人が来ている。
赤穂浪士の墓参り。
「赤穂浪士は侍のお手本だ」というので見に来たがる人がいるという。
他にも北海道には「雪質がいい」というスイスの人とかがいる。
(雪質は)スイスの方がいい。
何で武田先生が憧れたのか?
トニー・ザイラーとかというので。
「白銀は招くよ」
何で今、北海道が招いているのか?
北陸まで新幹線が走った。
どっと行っている。
季節もいいし。
神宮外苑の銀杏並木が色付いた時に外国の方ばかりだったと思う水谷譲。
そんなものは(日本でなくても)いくらでもある。
映画で「第三の男」で最後、ポプラ並木を女が・・・

第三の男(日本語吹替版)



あれは武田先生は憧れた。
それでダダダダダ〜ンダダ〜ン♪という。



神宮外苑はマネ。
それを見に来る人がいるという。
それから大阪城で巡り合った、葉っぱを落とす銀杏を見ながら感動しているインド人。
親子連れが嬉しそうに銀杏を見ている
子供がテンションが上がってしまっている。
何が珍しい?
でもふと考えたら「本国に帰って葉っぱを落とす木なんかないんだ」と思って。
ドイツ人で遭遇したのは信州のサルが入る温泉。
あそこにフランクフルトから来たドイツ人が、風呂に入っているサルを見ている。
サルが風呂に入っているだけ。

この本に遭遇して驚いたのはヨーロッパだけを取り上げるが、ヨーロッパ全体でアジアのことを研究しているという国があるんだそうだ。
中国、韓国を研究すべき機関を持っている。
20か所ある。
日本の勉強をしている国。
120か所。
大変申し訳ない。
嫌味な言い方になるが、中国や韓国を勉強したいという人よりも、六倍も多いということ。
「Why Study Japan?」
観光もあるだろうが、どうも観光だけでは来ていないという。
武田先生はこの本を読みながら日本を勉強しておれられる方を知った。

一番最初の方をご紹介しましょう。
シュミット堀佐知さん。
長い名前だが

 私は1997年にアメリカに移住し、2000年に帰化した「アメリカ人」で(14頁)

この方は結構アメリカ文化に馴染めずに苦しまれた、鬱病になった。
この方は興味あることは何かというと日本の古典文学。
源氏物語にも言えることだが、平安期の日本の文学はアメリカでは全く役に立たない。
アメリカから見れば平安の日本文学の作品なんていうのは全く理解できない世界を描いた文学。
アメリカの特徴。
アメリカの言葉はインド・ヨーロッパ語族で、キリスト教であって、それもプロテスタントで異性、男女間で家庭を持つ。
そして社会の中心は白人男性。
それから外れた人は、はじいてしまうのがアメリカ文化。
憲法の中で武装することが認められている。
コロナ・パンデミックに対してもマスク、ワクチン等は個人の自由。
したくなければしないでいい。
「選択の自由がある」というのがアメリカ。
アメリカという国というのは、全て正義も含めて個人に任されているという。
そんな国の中でこのシュミットさんは得意分野が平安のいわゆる文学である。
紫式部、清少納言。
それでシュミットさんはアメリカの大学で教え始める。
一体このシュミットさんはどうやって平安期の文学をアメリカの若い男女に伝えようとしたのか?
このあたりから日本研究「Why Study Japan?」続けていきたいと思う。

アメリカというこの国は自由と平等が売り物だが平等はあまり得意ではなくて人種による差別があるので、平等はなかなか難しい。
ただし自由であるというのはアメリカのやはり大事な看板。
だから犯人もやはり逃げる。
車でよく逃げ回っている。
「バカなヤツだなぁ」と思うが必死になって逃げている。
「犯罪者にも自由がある」という、そういうのが徹底しているのだろう。
そして白人の男性でプロテスタント。
そういうことがアメリカ人の中枢・真ん中を成している。
もう一つアメリカの特徴は、俗っぽい言葉だがアメリカは敵がいないとまとまらない国。
今、アメリカ人が好む敵は中国。
このあたりはトランプさんの報道を見ているとよくわかる。
この人はもう典型的で「とにかく敵を作る」という。
選挙に勝つ為だったらば共和党・民主党で敵対するし、マイノリティ・白人という対立。
労働者とエリート、都市と地方という対立を激化させて人数の多い方に味方するというのがトランプさんのやり方。
対立、それがトランプさんの一番好むところだろう。
こういうアメリカに対して、このシュミットさんが教える古典の中の日本はというと異世界。
まずは一夫多妻。
奥さんが何人いてもいい。
それから夫の通い婚。
夫が通って来る。
男女に関してはもの凄くルーズ。
これは本当に日本の文化の特徴で、性にルーズ。
古典の中にある。
「とりかへばや物語」

とりかへばや物語 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫 A 3-3 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典)



女の子を男の子として育て、男の子を女の子として育てるという物語が平安時代にある。
持っている子供の特性、その子がやりたいことをやらせていくうちに女の子が男の子になりたがって、男の子が女の子になりたがるという。
アメリカから見るとルーズということなのだろう。
平安が一番特徴的なのは、強いというのは野蛮。
弱い事、悲しいこと、これが美しい。
「いとをかし」
正しいかどうかは重大ではない。
潔いかどうか?
それを「美」としたという。
美的でなければならない。
こういう日本独特の平安の文学の文化をどうやってアメリカの若い子に教えるかという。
これをシュミット堀佐知さんというのは頑張られた。
特別講師という職を得て日本の古典を教えるという仕事をするのだが、この方は日本の古典を「What」な情報ではなく、「How」これで教えていく。

『蜻蛉日記』の中で、道綱母−中略−が、夫・兼家に「病気で心細いからお見舞いに来て」という内容の手紙をもらうシーンである。平安貴族の夫婦は基本的に別居しており、夫が複数の妻のもとに通って来ていた。妻が夫に呼ばれたからと言って、のこのこ出かけて行くと、「召人」という「お手つきの女房」並みの扱いになってしまう。だから道綱母の女房たちは「奥様、だめです!」と諭すのである。−中略−道綱母は女房たちの制止を振り切って、兼家のもとに駆け付ける。(127頁)

(番組内で「道綱母」を「道綱の女房」と言ったが、12月13日の番組内で訂正)
「この物語から何を学びますか?」という。
そうしたらジョンとかラリーは「アメリカとは全然違う」という。
そのことだけでもシュミット堀佐知さんは「いい勉強じゃないか」。
世界はアメリカが持っている道理・理屈・倫理、この一尋ではないんだ。
自分達の持っている「What」な情報よりも「How」いかに受け止めるか、それが重大なんだ。
そうやってみると日本って面白いんじゃないの?という
このシュミットさんというのはいいことを言う。
「人間の理想はわかってるんだ。清く正しく美しく生きることでしょ?でも清く正しく美しくは世の中変える力は無い」
これは名言。
インバウンド、なぜ日本にやってくるのか?
その奥の奥にある何かを三枚おろしで訪ね歩きましょう。

文学は清く正しく美しいものを教える芸術ではない。
文学というのは清くなく正しくなく美しくない。
それを描く。
それに耐えること。
それを許すこと。
それで真理・正義を教えていくんだという。
その通り。

最近また歎異抄を読んでいて、親鸞が言った「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」と。
「善人?極楽行けますよ。いや、悪人こそ行けるんですよ」
人間は間違うんだ。
間違うから人間なんだよ。
それで、このシュミット堀さんが担当している学生さん達から見れば、(日本人は)「よくあんなとこ住んでるな」というようなものだろう。
周りを見ると隣はロシア。
その隣は中国。
その隣は北朝鮮。
最も危険な国で、それにすぐ近く。
横でボンボンロケットを撃っている。
日本は多少ボーッとしていないと生きられない。
あんまり気を張り詰めていると。
向こうから見ると「危ねぇとこ住んでんな」というようなもの。
アメリカなんていうものは、嫌な国の中国とは遠いし、爆弾を撃ってきたにしても、ロケットを撃ってきたにしても撃ち返せる時間が(ある)。
日本は無い。
撃たれたらもうみんなで死ぬしかない。
そのどっちが撃ってくるかわからない。
ロシアが撃ってくるかも知れないし、北朝鮮が撃って来るかも中国が撃ってくるかも。
そんなところに住んでいる。
こんなに幸せに。
「平和ボケ」と言われるが、ちょっとそのぐらいじゃないと毎日過ごしていけないかも知れないと思う水谷譲。
アメリカはというと、敵の国から遠くて観光に来いと言ったらいっぱい名所がある。
ニューヨーク、それからワシントンだけではない。
ロスもあればサンフランシスコ、フロリダ、ボストン、ニューヨーク。
大西洋を渡れば世界の文明ヨーロッパ。
西ヨーロッパが広がっている。
そんないいとこに住んでいる方達が日本にやってきて長期滞在している。
これは一体何なのか?
普通ヨーロッパを旅したらパリ、ロンドン、イタリア・ミラノ・ローマと行く。
お決まり。
日本は違う。
日本は狭いエリア。
何でこんな狭いところに来るのか?
昨今のインバウンドの方達の最大の特徴はローカルに出ていくこと。
一番最初に申し上げたが、大阪の堺の町に包丁を買いにきたヨーロッパ人がいるのだから。
ちょっとした温泉街にも(インバウンドが)いると思う水谷譲。
彼等はローカルを発見して「日本は面白い」と言っている。
日本のローカルは面白いらしい。
最近の流行りで体験型の旅行が多い。
農業を体験したり何だりしているが、それもローカル。
日本は都会の首都圏みたいなところともう一個、千差万別のローカルを持っているというところが、彼等異国の人達を惹きつける。

さあここで考えよう。
日本のインバウンドの旅人の第一号。
ドナルド・キーンさん。
(ドナルド・キーンに関しては以前、この番組で詳しく紹介されている。2024年2月5〜16日◆ドナルド・キーン
あの方はもちろん東京を知っておられたのだが、京都で日本を勉強する。
もう一回繰り返すが、ドナルド・キーンさんの一番最初の驚きは「源氏物語」。
平安の文学の最高峰、源氏物語を読んでドナルド・キーンという青年は引っ繰り返る。
光源氏というのがヒーローでありつつ、戦闘シーンが物語に一か所も出てこない。
ただひたすらに恋をして別れる度に泣いている。
確かに「何でそんなにモテるの?」という男の人のタイプだと思う水谷譲。
そのくせ、ちっとも恋をエンジョイしない。
それに源氏物語の中に小さな引っ掛けがある
源氏物語には地名が出て来る。
その地名と物語の流れがシンクロしている。
光源氏が恋に悩む。
悩んでいるその町は「宇治」。
ウジウジ悩んでいる。
希望を見つけるのは「明石」。
光が見えた「あかし」。
それで旅をするのだが、そこから心機一転頑張ろうと思う地名は「吉野」。
運が「よしの」。
こんなふうにして地名を引っ掛けつつ物語の舞台にしてゆく。
ドナルド・キーンは膝を打って「何て巧妙なんだ!日本は」という。
だから「うし」「鬱陶しい」。
こんなふうにして日本はローカルに目を向けると物語の奥行がいっぺんに深くなるという。
ドナルド・キーンというのは巨人。
また来週、キーンさんの話が出て来る。
裏話にびっくりする。
ドナルド・キーンは日本のローカルに眠っている文化の深さに驚いた。
この人は何せニューヨークと京都を往復なさっている。
だから文明の差を体感なさったのではないだろうか?
キーンさんはそういう言葉では残してはおられないが、シュミットさん、アメリカの国籍の方なのだが、結婚なさってアメリカ人になったという方。
この方が平安の古典文学が好きで、それを大学で講師として教えてゆく。
そのうちに生徒達が日本文化に興味を持つようになった。
「アメリカの仕方とは全く違う世界の割り切り方を日本は持っているのではないだろうか?」という。
アメリカというのは一体何かというと、これはシュミット堀佐知さんが感じられたアメリカ。
まずはアメリカは性に対して革新的でオープンである。
ジメジメと隠したりしない。
特にニューヨーカー、ニューヨークに住んでいる人間は、性のオープンに対して胸を張って。
武田先生もニューヨークでロケをやったことがある。
エッチな話を聞いたことがある。
「美女のいけす」という。
どこかで食事をしていると窓が開くので見ると向こうが水槽。
そこに綺麗なお姉さんが泳いでいる。
それを値段を付けて買うというようなお店があるとか。
そういうのを聞いたことがある。
武田先生は「不適切な時代」を生きていた。
一つだけはっきりしていることは、ニューヨーカーの性に関してもアメリカ全土もそうだが男性的。
性の割り切りは男性。
性を支配するのは男性であり、性に積極的な女性をもの凄く卑しく見下ろすという。

アメリカ社会は暴力という、男性性を付与された反社会行為に対して、概ね寛容であり、しばしばそれを「勇敢さ」「正義」「強さ」「カッコよさ」などと関連付け、美化する。(130頁)

映画・テレビ番組・ビデオゲームなどでは、戦闘・爆発・爆破シーンは「カッコいいもの」として描かれ(130頁)

バーン!と何かガスタンクみたいなものが爆発して、その前をシルエットが飛んでいるという、よくありがちな。
必ずあれをやりたがる。
つまり破壊というのはアメリカにとってはクライマックスの象徴。
面白いことに本当にそうなのだろう。

赤ちゃんの裸体も、アメリカではタブーである。(130頁)

日本はゴロゴロ出て来る。
パンツ一枚でも「全裸」。
日本ではオムツだけとかがある。
それが赤ちゃんの証拠。
アメリカは
ヒヨコを乗っけて
「お母さんから生まれてきたの」というのがある。



あれはアメリカではダメ。
家族そろってテレビを見る日曜夜八時。
ここはアメリカでは明るく楽しいホームドラマ。
夜八時は戦争、流血等々は描かない。
日本は逆。
これだけ平和な国で大河ドラマではだいたい夜の八時は戦国ドラマ。
大阪城は燃えるわ淀君は死んでいくわという。
今回の光の君(「光る君へ」
これは無いか。
NHKのもの凄く変わったドラマ。
でもこのドラマでも物語は殺されたお母さんのところから始まった。
武田先生もそんなに詳しく見ているワケではないが、でも殺人から物語を始めないと歴史物語にならないというのが日本のドラマの面白いところ。

アメリカ英語の全語彙の中で最も侮辱的な罵倒語は、女性器を指す言葉の1つである。(130頁)

これは映画でさんざんやっているから皆さんもご存じだろうと思う。

くだけた会話の中で、「殺す・殴る・蹴る・破壊する・虐殺する」などの動詞は「大成功する」を意味する。面接の感触がよかったらI killed that interview!≠ネどと表現するのである。「暴力団員」を指すgangsterは「めちゃくちゃカッコいい人」。(130頁)


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