(本放送では初日の冒頭にQloveR(クローバー)の入会キャンペーンの宣伝が入る)
水谷譲が直感鋭く「うわぁ〜物理ぃ〜!?」と言っていたが、普段の暮らしの中で物理の法則を意識するなんていうことは無い。
「ああなるほど。これは物理だ」とかニュートンみたいにリンゴが落ちる、その時に頭の中に引力というものの方程式が横切るとか、ピサの斜塔から物を落として落下速度とかそういうものの方程式が駆け巡るというのは無いワケで。
ただ、最近凄く面白い作家さんが現れた。
武田先生の普段の暮らしだが、まだ朝明けきらぬ空だが、人の声が聞きたくなって、申し訳ない。
つい(ラジオの放送局を)NHKにする。
喋り口が静かなので勉強しやすい
(「NHKの放送というのはこっち側の考え事を邪魔しない」は本放送ではカット。QloveRの宣伝に使った分の調整と思われる)
その番組の中で作者が出てきて自分の本をプレゼンするという、そういうコーナーがある。
ある作家さんが出てきて、
(「『どうしてこのような物語にしたんですか?』とアナウンサーが訊くと」は本放送ではカット。この後もところどころ細かくカットされている)
「世界には物理の法則というのがあるんですよ。物理の法則というのは普段の暮らしと結び付いた時、私達はその出来事から宇宙全体を感じる時がある。そんな小説が書いてみたかった」
これが引っかかった。
その目の前の出来事から宇宙全体の動きがわかるという。
でもそんなことが日常あるワケがない。
リンゴを見ても別に何とも思わないし。
でも武田先生の頭の中に一瞬よぎる思い出があって、武田先生が17歳ぐらいのいわゆる反抗期の頃。
高校に通っていて丸坊主頭で、生徒会長をやりながら柔道部に所属していて。
そんな時に物理の授業が面白くなくて。
もう物理に関しては、平べったく言うと「だから何だ」「何が面白いんだ、それが」みたいな。
そんな時に高校で教わる物理教師で地味な先生がいてせっせと授業をやるのだが、申し訳ない、誰も聞いていない。
クラス全体が騒ぐ。
「喧しい!聞け!」とかと言えばちょっと怯えるのだが、その教師がずっと我慢しているものだから、先生の声なんか聞こえないぐらいみんな世間話をしている。
武田先生は「柔道の練習が終わったら、今日はうどんにするか焼きそばにするか」というのをハンドボール部キーパーのイトウ君と語り合っていた。
さすがに教師もキレたらしくて授業をやめた。
すると物理教師がこんなことを言った。
「皆さん方は今朝学校に来る時、西鉄電車でやってきました」
武田先生達は西鉄電車の下大利という駅で降りる。
「西鉄電車でやってきました。その時に皆さんは電車が今動いている、止まっているというのは皆さんどうやってわかっているんですか?」
「それは体が揺れますもん」とかみんな言う。
その物理教師が「西鉄電車にはみんなつり革が下がっています。つり革が止まっていれば電車は止まっています。つり革が僅かでも揺れていれば電車は走っています。それは皆さんわかりますよね」。
そんなことわかる。
それにハンドボール部のイトウ君が「目をつぶってもわかります」と言った。
電車が走っているか止まっているかぐらいだったら。
そうしたらその物理教師が「では同じ理屈を使って地球が自転していることを証明しなさい」。
電車のつり革から、いきなり地球の自転に持って行った。
それがワケわからなくて、クラス全員50数名いるのだが「はぁ?」というヤツ。
教師はやはり武田先生達を物理世界に誘いたかったのだろう。
「いや、わかる。そういうことがつり革一つで。それはね・・・」と言った時にチャイムが鳴った。
もう聞きはしない。
全員早速学級委員が「起立!」と言ってお終い。
つり革で地球が自転していることを証明するなんて、もう全く興味が無かった。
でも、ここからが年齢ということの不思議さ。
変わってくる。
「あの先生は何を言いたかったんだろう?」とか「つり革で本当に地球の自転が証明できるんだろうか?」とか不思議になる。
それで30年の歳月が過ぎて、創立記念日に会った時に武田先生はその高校に舞い戻る。
それで体育館でパーティーをやっていたのだが、武田先生は物理教師を探した。
残念ながら亡くなられておられた。
目の前の出来事から宇宙の動きを察する。
そんなことが果たして・・・という思い出と、「普段の小さな暮らしから宇宙全体を察することのできる現象があるんです」というその作家さんのことが気になって、その作家さんの本を読みたくなった。
まあ探した。
とにかくこの本を今週、紹介しようと思っている。
齢(よわい)70を過ぎた武田先生だが、日常の現象から宇宙全体の現象が繋がるというその作家さんの一言に惹かれて彼の本を探し出した。
作家の名前は伊与原新さん、文藝春秋刊。
これはたくさんの方が読んでいるのではないか?
「宙わたる教室」
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(本の中の傍点部はアンダーラインで表記する)
この人は今年の直木賞を取った。
それも凄く面白かったが、伊与原さんすみません。
武田先生は「宙わたる教室」が一番面白かった。
小説。
これはNHKでドラマ化されていた。
(宙わたる教室 - NHK)
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申し訳ない。
見なかったが。
これは見ておけばよかった。
これはテレビの人が飛びつくハズ。
テレビドラマとして面白くできそうな予感がする小説。
物語の舞台は東京新宿にある都立高校の定時制。
髪の毛を真っ赤に染めた(本によると金髪)廃品業の青年とか、自分の経営する中小企業の工場を閉めて看病に当たっている中小企業の男、それからフィリピンの中年女性もいたり、それから手首を切ること、そういう自傷行為に走る子とか、そういうゴッタ煮の教室の中で藤竹なる教師は物理の面白さを説いてゆく。
しかしどう考えても「そんな人達がいわゆる物理に興味を持つハズが無いな」と思ったりする。
最初の方の物語に出てくるのは廃棄物処理で働く岳人なる青年。
(番組では「岳人」を「ガクト」と紹介しているが、本によると「タケト」)
小学校、中学校・高校でも成績不振。
(本によると高校へは進学しなかったようだ)
読み書きに難があることは、どの職場でもふとしたきっかけで知られてしまった。露骨にばかにされたときはもちろん、冗談半分にからかわれただけで、今回のように手が出た。−中略−そんな人間が、職場に長く留まれるわけがない。(24頁)
この子はどうしても高校卒の免状が欲しい。
トレーラーの大型免許を取る為にはその免状が無いと取れないらしい。
(そういった事実は無い。本によると高卒資格取得の為ではなく運転免許を取得できる程度の読み書き能力を見に付けることが目的)
でも彼は文字を読むのが凄く苦手。
この作家さんは惹き込むのが上手い。
夜間高校に行くと、この藤竹なる熱心な先生がいる。
岳人が字が読めないということを、その先生が見抜いてしまう。
それで岳人も呆然とするのだが。
「ディスレクシア……」初めて聞く言葉だった。
「読み書きに困難がある学習障害です。(32頁)
でもこういう例を使った方が分かりやすいだろうと思うがトム・クルーズがこれ。
読字障害、文字が読めない。
はねやはらいも含めて線の太さが均一で、濁点なども大きめ。より手書きに近いので、文字の形をとらえやすい。ディスレクシアのために開発されたフォントです」(31頁)
脳の方の障害らしいのだが、その形を見ると脳がはじくという。
藤竹のその診断を聞いて、岳人は烈火のごとく怒る。
「オマエ俺のこと生まれつきのバカって言いたいのか」
でもそうではない。
藤竹は説得する。
「バカどころか、聡明な人だと私は思いますよ。いくら練習しても歌が下手な人、球技がだめな人がいるように、単に君は読むことや書くことが──」(32頁)
大谷翔平なんかもそう。
あれだけ凄い人ながら、バスケットなんか突いた瞬間手が合わないという。
サッカーも相当下手。
これと同じで「フォント」というそうだが、書体を変えたら夢のように読めるようになる。
今、簡単にできるから。
パソコンなんか文字の書体を変えられるから。
だから彼に渡すメモに関してはタブレットで書体を変えて渡す。
そうすると岳人は読める。
それはただ単にその文字の形が苦手というだけで知能とは関係ない。
その時に藤竹の魔法にかかった岳人は一瞬で世界が変わる。
この岳人を導く藤竹なのだが、ある日授業でとても不思議なことを言い始める。
藤竹は天井を指差した。「空はなぜ青いのか? 正しく答えられる人はいますか」(37頁)
そうするとフィリピン人の奥さんもリストカット好きの少女も中小企業の元社長もその当然は知らない。
「目の前の出来事を宇宙にまで拡大できるという授業が実は物理なんだ」ということで藤竹は「なぜ青空は青く見えるのか」「夕日は赤く見えるのか」の実験を教室で見せるという物語。
というわけで教師藤竹が授業で「空はなぜ青い」「夕焼けはなぜ赤い」という、空の物理を説明し始める。
藤竹は、黒板の前に立てた縦長の段ボール箱の頭を開き、上から中に腕を突っ込んだ。何かスイッチを入れたらしく、白い光が開いた口から上方に放たれる。
「箱に入っているのは、強力なスポットライトです。−中略−
「このライトを太陽だと思ってください。太陽の光は白色光ですが、プリズムなどを通すと、赤、橙、黄、緑、青というふうに連続的に分かれて見えることは知っていますか」−中略−
太陽光には様々な波長の光が含まれていて、波長によって色が違う。波長が短いのが青色で、長いのが赤。すべて混ざっていると白い光になる。−中略−
「誰か、たばこを吸う人──ああ、柳田君、たばこ持ってますよね? ちょっと前へ来て手伝ってください」−中略−
藤竹はすたすたとスポットライトに近づき、その直上にたばこの束を掲げた。光の帯の中に、煙が立ちのぼる。
「どうです? 煙が青く見えませんか?」−中略−
光の当たった部分が青みがかって見える。−中略−
「太陽光が大気中で、空気の分子などの微粒子にぶつかると、四方八方に散乱を起こします。レイリー散乱という現象です。その際、波長の短い光は空気分子にぶつかりやすく、波長の長い光は通り抜けやすい。つまり、太陽光のうち波長の短い青い光がもっとも強く散乱されて空全体に広がり、たとえ太陽に背を向けていても、我々の目に飛びこんでくる。それが、空が青い理由です。(38〜39頁)
この光が強ければ強いほど青は深くなる。
だから電灯では無くて太陽の明かりなんていうのは真上からバーっと降り注ぐと真っ青な青空になる。
まだ水谷譲はついていけていない。
武田先生もしばらくこれを考えた。
でも皆さんは経験したことは無いか?
昔は映画館でタバコを吸っていた。
(あの時の映画館でのタバコの煙の色は)青い。
武田先生は覚えている。
小林旭「銀座旋風児」
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武田先生は小学校六年生。
その時に館内にタバコを吸うおじさんがいて、タバコ(の煙)をフーっと吹くとそのスクリーンを映すための光が出ている。
それにタバコの煙が混じると、青かった。
何でかというと吐く時は白い。
闇の中でも白く見える。
それが光の中に当たった瞬間、青くなる。
だから今、みんな礼儀正しくなっちゃってそういうのがわかりにくくなった。
それで藤竹の凄いのは、そこからまた一工夫する。
そのタバコを吸ってフーっと吹く。
「これが青空が青く見える物理ですよ」
藤竹は別の一本をこちらに差し出す。「すみませんが、煙をしばらく肺に溜めてもらえませんか。できれば一分間」−中略−
「はい、光の当たっているところに吐き出して。ゆっくり、そっとですよ」
岳人は口をすぼめ、静かに煙を吐く。
「今度は煙が真っ白でしょう。雲のように」−中略−
「煙の粒が、柳田君の肺の中で水蒸気を含んで、ふくらんだんです。粒子がある程度大きくなると、すべての波長の光を同程度に散乱させます。だから、出てくる光は白くなる。ミー散乱という現象です。雲を構成する水滴や氷の結晶は粒が大きいので、ミー散乱が起きます。それが、雲が白く見える理由」(40頁)
水谷譲は波長とか微粒子は全くよく理解していないのだが「同じことがここでできるんだな」ということにちょっとびっくりした。
つまり大きい言葉で言うと、ここに物理の面白さがあって、目の前の事象は全宇宙を貫いている真実だということ。
これで「雲が白い」「空が青い」がわかった。
日没近くになると、太陽光が大気を通る距離が長くなり、青色以外の光も散乱の影響を受けるようになる。したがって西の空を見ると、もっとも波長が長く散乱されにくい赤い光が生き残って目に届く。それが地球の夕焼けが赤い理由だという。(99頁)
赤い色は長い波に乗ってやってくる。
「理解できません」という。
もうずっと(スタジオの中で)語り合っている。
とにかく光というのは波。
後にアインシュタインが見抜いた如く、光は粒であり波。
その両方の性質を持っている。
波でやって来る。
波の名画と言えば葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」。
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あの中には三パターンの波が出てくる。
富士山を包まんばかりの大波と、人間がしがみついている中波があって、その一番右端に小波がある。
あの大波に乗っかっているのが赤い色。
全部波なのだが大きな波に乗ってくるのが赤い色。
一番小さい波に乗ってくるのは青。
乗っている波が違う。
太陽が真上にいる時は真っ青に空が見えるのは地表と太陽の関係で垂直なので、短いので真っ青に上空が見える。
ところが夕日が沈んでいくので、横になるから空気の層が厚くなる。
そうすると次々に青いヤツははじかれて見えない。
一番大波でやってくるヤツに空気中の埃みたいなものがぶつかって真っ赤に見えるという。
「埃」というと響きが悪くてごめんなさい。
その空気の成分に当たってしまう。
だからどの波がどの塵に当たるかで色が変わる。
どの波がどの塵に当たるかで色は変わる。
この授業が終わった後、ちょっと不思議な習慣が出て、定時制の彼らはそれから空を見上げる人間になってゆくという。
この作家さんは上手い。
次々に藤竹は面白い実験をやっていく。
ビーカーは小さなホットプレートに載せられ、加熱されている。味噌汁が温まる様子をこうして真横から見るのは初めてだ。(50頁)
「味噌汁の表面に、サラダ油を浮かべてありましてね」藤竹が眼鏡に手をやった。「表面の蒸発による冷却が抑えられていることもあって、対流が間欠的に起こるんです」(51頁)
「味噌汁で積乱雲を作る実験ですよ」藤竹が答える。−中略−
味噌の濃い部分がビーカーの底から三分の一あたりまで溜まり、上澄み部分と分離した。そのまましばらく待っていると、突然味噌が下からもくもくと沸き上がり、液体の上面で横に広がる。
「ほんとだ。入道雲みたい」
ビーカーの中をぐるっと回った味噌は、またゆっくりしたに落ちていく。
「液体や気体をしたから温め、上を冷やすと、対流が起こりますね」藤竹が手振りをまじえて説明する。「温められた部分は密度が小さくなって上昇し、上で冷やされてまた落ちてくる。物質そのものが上下にぐるぐる回って熱を運ぶわけです」(50〜51頁)
そしてこの一言は魅せられた。
「我々は、対流の世界を生きているんですよ」藤竹が続ける。「地球のダイナミックな現象は突きつめればほとんどすべて、対流による熱の輸送が引き起こしたものです。雲も雨も風も海流も、地震も火山も」(51頁)
この対流の法則というのは恋愛関係も対流。
よく考えてみると恋というものは入道雲かも知れないという。
雨も降れば雷も鳴る。
それは対流だから。
新婚当初からもう70、80になると、綾小路きみまろのやるあの漫談の通り。
あれは悲しい。
「あなた、どこにいるの?あなたがいなければ生きていけない」
あれから40年
「何呼んでんの、人を」
対流。
これは武田先生の家庭のことを話しているのではない。
一般論として語っている。
面白い。
「世の中は全て対流で」という。
皆さん、全部「対流」。
アメリカは今、元気がいいが、もうすぐ元気がなくなる。
対流。
そうやって考えると簡単に「勝った負けた」なんぞ口にするものではない。
藤竹は小さな世界で次から次へと面白い物理現象を見せてくれる。
まず、すき焼き鍋に水飴を深さ数ミリ程度まで流し入れ、IHヒーターで加熱する。百四十度で煮立たせて一分ほどすると、泡立ちがおさまり、粘り気が出てくる。水飴が黄金色に変わってきたところで、藤竹が「もういいでしょう」と声をかけた。−中略−このまま固まれば、べっこう飴の完成だ。冷めるのを待つ間に、岳人が大きなバットに氷水を用意する。−中略−藤竹は、「よし、氷水へ」と命じる。岳人はすき焼き鍋を両手で持ち上げ、静かにバットに入れた。
「何なに? 何が起きるの?」
「地震だよ」(63頁)
すき焼き鍋の飴からピチピチとかすかな音が聞こえてくる。音はだんだん大きくなり、やがてパリッという音とともに、ふちのほうに小さなひびが入った。(63頁)
パリッ、パリッという断続的な音とともに、新しい割れ目がどんどん生まれていく。直線的ではなく、円形に閉じた割れ目だ。
「地震というのは、地殻の破壊現象です」藤竹は言った。「固い物質に力が加わると、わずかに変形することでそれに抵抗しようとしますが、力が大きいとどこかで限界を迎え、破壊が起きる。同様に、固まりけたべっこう飴を急冷すると、熱収縮によって飴の内部に力が加わって、クラックが生じます。つまりこれは、地震発生モデル実験になっているわけです」(64頁)
割れていくプチプチプチという音があるが、あれを録音しておいて波形を取る。
それを地震と比べると全く同じだそうだ。
つまり我々はべっこう飴の上に住んでいる生き物。
では鍋の底は?というとマグマで。
距離があって熱は我々には届かないが、でも急激に冷えることによって裂け目ができやすい。
地震の波と同じ波形をこのピチピチピチは描くそうで、割れ方は地球の逆断層、正断層の割れ方と全く同じ。
我々はべっこう飴の上に住んでいる生き物。
鍋で大地震を縮小して見せてくれる科学実験。
もの凄くわかりやすい。
藤竹の物理はだんだんだんだん夜間の生徒達を巻き込んで物理実験にのめり込んでゆく。
そしてある日のこと、この藤竹が凄いことを言いだす。
それは「物理実験で違う世界に行ってみよう」と。
「今までは地球であるものを再現してきたけど、我々は知恵さえあれば宇宙のどこにでも行けるから宇宙のどこにでもあることそれを小さくして見ることもできるかも知れないよ」ということで。
アクリル水槽は、幅二十五センチ、高さ十センチほどのものだ。中に入っているのは、今回も、水と酸化鉄の粉末。
水槽の右側にはスタンドに取り付けた白色LEDライト、左には小さなスクリーンがセットしてある。ライトを点けると、光は水槽を通り抜けて、スクリーンに当たる。その色は、うっすら青い。火星の夕焼けだ。(112頁)
酸化鉄というのは遠い遠い火星にある地面の成分。
だから風が吹くところみたいなのでその酸化鉄の粉がアクリル水槽の中で少し微塵、粉となって浮かんでいる。
それを強烈なライトで照らすと青になる。
火星の大気は極めて薄いのですが、その代わり風によって巻き上げられた塵が大量に含まれている。塵の粒子のサイズは赤色の波長に近いので、太陽光のうち赤い光をより強く散乱させます。ですから、火星の昼間の空は赤っぽい。夕方になって太陽高度が下がると、散乱されずに残った青い光が我々の目に届くので、青い夕焼けが見られるというわけです」(99頁)
これはただ単に想像ではない。
オポチュニティは、−中略−二〇〇三年七月に打ち上げられ(101頁)
NASAの火星探査車です」(100頁)
これが送って来た火星の一日の情景で、オポチュニティが火星の赤い青空と火星の青い夕焼けを送ってきている。
このブルーが綺麗の何の。
「何のごみもないから綺麗なんだ」と思う水谷譲。
違う。
そんなふうにして持ち上げてはダメ。
「火星だから人間住んでないから綺麗だろ」と思ってはいけない。
これは火星の事情でそうなっている。
つまり大気の質が違う。
大気中に漂っているこまやかな微塵。
それが性質が変わると見えてくる色が変わる。
つまり波がやってくるのだが、当たるもので色は変化する。
「オポチュニティ」を引くと、この火星の赤い青空と青い夕焼けを見せてくれる。
(72 火星探査機オポチュニティ Stock Photos, High-Res Pictures, and Images - Getty Images)
そうすると、とにかくあの夕焼けの美しさ。
吸い込まれる。
話はここから壮大なる宇宙へと繋がっていく。






