これは本のタイトルそのまんま「(今朝の)三枚おろし」のまな板の上に乗せて。
高橋久美子さんという方がお書きになった本で「いい音がする文章」
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ダイヤモンド社から出ていて、タイトルが惹きつける。
本を読む時そうなのだが、読み始めて何か足踏みしてしまうヤツとズーっと流れていくという・・・
その差は一体何だろうか?と考えた時に「いい文章」というのは音がいい。
だから「いい音」で文章を作れるかどうか。
その人の文章を読むと、たちまち文章が絵になってゆくという。
世の中にはそういう人がいる。
その人に一回催眠術にかかると、(その人の文章であれば)どの本を読んでも全部かかる。
だから呼吸とリズムとかが文章の中にあって、結局文章というのはよく考えると音で読んでいるのではないか?という。
これは面白い。
(特定の作家の本を読んでいて)見えることがある水谷譲。
色になるとか。
これは不思議なことに、書き手と読者の相性というのがあるのだろう。
この作家の高橋久美子さん
この方は作家であり作詞家でもある。
プロのバンドを持っておられて、ドラムを叩いておられる。
故に文章にリズム、リズムに噛む音の響きの良さを感じる感性をお持ちの方。
そもそも、言葉とはビートなのだと私はとらえています。
意味ではなく、まず音で相手の体をノックするものだと。(7頁)
「それが文章なんだ」という。
高橋久美子さんが」言葉とはビートである」と。
それから作家と読者というのは相性があって、この人のリズムだったらついていけると思ったらどこまでもついてゆくんだ、という。
それが読者と筆者の関係なんだ。
音で相手の体をノックする。
こういう作家さんに人生で会える・会えないというのはもの凄く大きい。
高知県に行った時にいただいた本があって、土佐の高地の新聞で連載されていたヤツで「司馬遼太郎『竜馬がゆく』を読み直す」というヤツで、その中で「竜馬がゆく」が武田先生のバイブルみたいなヤツ。
武田先生は18(歳)の時に読んだのだが、何で惹き付けられたかというのは未だ謎。
その司馬遼太郎「竜馬がゆく」を分析なさっている方が「司馬遼太郎には講談がある」という。
神田伯山とかというような「調子があるんだ」という。
「そうかな?」とか思っていたのだが、確かに司馬遼太郎の文章は(机を叩く音)何か、神田伯山にも負けないリズム感がある。
そのリズム感とは一体何か?
その」講談調とは何か」と言うのを考えたというか。
武田先生の謎が少し溶けた。
司馬さんの「竜馬がゆく」の中で講談と同じ表現方法を使った文章がある。
桂は龍馬を見た。
その瞬間、この男は俺は苦手だとそう思った
だがそれを言葉では言わない。
思っていることを否定することをわざと文章にしてある。
何かに似ている。
否定していることを敢えて表現してしまう。
「俵星玄蕃」
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あの中で、「コイツ武士だな」と思った蕎麦屋に向かって、その侍に向かって、本当は杉野十平次という名前なのだが、蕎麦屋のなりをしている以上は身を隠しているワケだから「オマエ侍だな。名前は何と言うんだ」と訊きたいところをぐっと俵星がこらえて
せめて名前を聞かせろよと
口まで出たがそうじゃない(三波春夫「俵星玄蕃」)
という、この「そうじゃない」という否定形が「竜馬がゆく」の中にポンポン出てくる。
その本人が否定しているワケだから、それを書く必要が無いのだが何を否定したかが書いてある。
講談はそこで言わなかったことも言ってみせるという。
司馬遼太郎の持っている文章の中に於ける講談調。
18の時、何でこんなに読みやすいのかわからないが、まだ覚えているが際限も無く読んでいけるという。
高橋さん、ごめんなさい。
あなたの本を紹介すべきなのだが、あなたから指摘されたところを我が人生で振り返ってみようと思う。
あなたが指摘なさったことを自分に置き換えて「俺にとっていい音がする文章って何だろうか?あっ!司馬遼太郎だ」と思ってしまった。
あなたの本を紹介すべきなのだが。
高橋さんはあまり「いい音がする文章、この人」とかとおっしゃっておられなくて、一種論説として書いてあるのだが、武田先生はあなたから浮かんでしまってしょうが無い。
昨日は「竜馬がゆく」を紹介した。
司馬遼太郎さんの本で、これは地味な本。
「菜の花の沖」という。
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北海道まで旅をして、港々で仕入れ物をする、或いは物を卸してゆくという。
北前船の船頭の物語で高田屋嘉兵衛という男がいて、江戸時代の方なのだが大阪から旅立って商品経済、経済を回すという。
その司馬さんの書き方が上手い。
もの凄く躍動感に溢れて。
プラスなのだが、それを読んでいて北前船で北海道も行く。
途中で日本海だから荒れて船が揺れる。
(本を読んでいて)船酔いしてしまった武田先生。
途中で気持ち悪くなってしまって。
そこまで凄い。
そんなに船酔いするほど荒波の描写がリアルなのかと思う水谷譲。
嵐で北前船が揉まれるのだが行間から、日本海の吹雪が出てくる。
それでもう、波しぶきが当たる。
そうしたらもう海の臭いの荒いヤツを嗅ぐものだから、胸がいっぱいになってしまって。
前にもあった。
「竜馬がゆく」を読んでいて薩摩の侍同士が殺し合うという寺田屋騒動という大事件があった。
読んでいたら血が顔にかかってくる。
それで目に入ってしまうものだから。
それはやはり司馬遼太郎の講談調の文章に酔わされてしまう。
凄い。
薩摩人同士が切り殺し合いをする。
殿様の言うことを聞くか討幕運動に生きるかでケンカが始まる。
そうすると凄い猛者がいてダメだと思ったらしく「おぉ!来い!」と言って刀を抜かない。
それで斬られてしまう。
道島五郎兵衛とかがいた。
その人がわざわざ仲間に額を割らせる。
死んでいく為に座っている。
日本刀で頭蓋骨を切ったら刃が跳ね返って両眼が飛び出したとかがある。
その綿密な。
それは何だろうから。
「菜の花の沖」にいってみる。
ここのところにゾクッとくる。
これは江戸時代の話なのだが、司馬さんの文章を借りると江戸だけでは無いような気がする。
こんな文章。
港々で商売を繰り返す北前船。
その船頭の高田屋嘉兵衛。
この人が江戸の消費経済の沸騰する中で江戸を見下している。
江戸は消費のみで生産ができない。
織物から酒まで、関西圏のよいものを欲しがる。
ただただ良いものを高く買う。
消費者の町が江戸であると、バカにしている。
つまらないものを「くだらない」という。
あれは大阪の方から下って江戸まで行かないというので「くだらない」、「つまらない」ということになったのだが、その江戸で大阪人が最も相手にした消費者が武士階級。
武士階級というのは銭も持っていない癖によいものはやたらと買いたがる。
故に関西人の嘉兵衛は心中、この侍という階級を軽蔑していた。
しかしその侍と知り合ううちに嘉兵衛は考え直すようになった。
その理由をこんなふうに司馬遼太郎は語る。
(侍など、ばかだ)
と、嘉兵衛はひそかに思っていたのに、殿様とよばれている幕臣高橋三平の商品知識や経済地理の知識は、ときに嘉兵衛のおよばぬほどにみずみずしかった。しかも、志がある。
(志というものは、上方にはない)
と、嘉兵衛は、このふたりのふんいきに接して、こころよい敗北感をもった。上方にあるのは、認識だけである。認識は、わけ知りをつくるだけであった。わけ知りには、志がない。志がないところに、社会の前進はないのである。志というものは、現実からわずかばかり宙に浮くだけに、花がそうであるように、香気がある。
トントント〜ン!といく。
いい。
しかももの凄く難しいことを話している。
嘉兵衛は「見下していた侍には志がある。志の無い人が経済をいじるとろくなことにならない」。
文章量としては何行かなのだが、もの凄く重要なことをおっしゃっていると思う水谷譲。
プラス、今にもあてはまる。
すぐお金に換算する人がいる。
「経済はそれじゃあダメなんだ」と司馬さんは言っている。
高橋さんごめんなさい。
あなたの本に触れながら、でもおっしゃる通り「いい音がする文章」がここにあるというワケで。
今日はもう一人紹介する。
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」。
これは本当にいい音がする文章。
「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快になって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛を吹きながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼の加減か、ちらちら紫いろのこまかな波をたてたり、虹のようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光の三角標が、うつくしく立っていたのです。(59頁)
こういう文章。
天の川をずっと見上げていると、天の川に星がバーっと流れているように見えて、天の川の星の隙間に水が見えたという。
その水は紫色の淡い影を浮かべているという。
宮沢賢治というのは凄い。
目をつぶって今、聞いていたが、キラキラしていたと思う水谷譲。
ほんの一部分だがいい文章。
賢治さすが。
「三角標」というのは聞き慣れない単語かも知れないが、夜の飛行場なんかで見ている誘導灯の灯りだと思ってください。
あれが夜空いっぱいの天の川に光っているという。
上手い人が書いた文章というのは、次々イメージが浮かんでくる。
高橋さんごめんなさい。
まだあなたの文章は一行も出てきていない。
このへんから高橋さんが論考なさっている。
つまり「いい音がする文章」。
これは作詞もそうではないか?
これはギクリとする。
基本的に作詞というのは何かといったら「音」ですよ、という。
その「音」というのが時代に受け入れられるかどうか。
これがその歌がヒットするしないの分かれ道で。
実は作詞家というのは音を競っているのだという。
まず高橋さんの論考、考えを聞く。
作品は永六輔・中村八大、歌唱・坂本九の「上を向いて歩こう」。
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ヨナ抜き音階でジャズアレンジにした。−中略−ドレミファソラシドからファとシを抜いた音階だ。(174頁)
中村八大さんは、最初はメジャーコードで作曲し、「幸せは雲の上に」からマイナー調に変化させたあと、またメジャーに戻っている。(174頁)
イメージ的に言うと月が出ていて、それに雲がかかって「幸せは雲の♪」あたりで雲がかかったかなと思ったら、その雲がゆっくり流れて「上を向いて♪」戻ってゆくという。
そういう夜空の情景を巧みに表現した。
永六輔さんの詞も抜群で、「上を向いて歩こう」と誘いつつ、「ひとりぽっちの夜」と繰り返すという。
その矛盾が聞き手の「私」を一人にしない、「ひとり」と言いながら一人にしないという。
坂本さんは、邦楽が日常的に鳴り、唄われる家で育ったのだ。(175頁)
あの人の歌き方を一度、じっくり聞いていただくとわかるんですが、完全に邦楽の歌い方なんです。(中略)『♪ふへほむふひいて あはるこおおほほ』と聞こえてきませんか?
あれは邦楽の歌い方なんです。
新内、常磐津、端唄、これが全部彼のロカビリーの中に入っているんです。(175頁)
「ととさんの名は。あいあい〜阿波の十郎兵衛と・・・(傾城阿波の鳴門)」という。
母音を伸ばして言葉をいちいち揺らしながら引っ張る。
(本放送ではここで「上を向いて歩こう」が流れる)
それが坂本九さんの歌唱になる。
「ふへほむうひぃて♪あ〜るこおほほ♪なみだ・・・」
この独特の引き延ばし。
同じことですが、さだまさしもそうです。(175頁)
さださんも引っ張る
「きょ〜ねんの♪あ〜なたの・・・」
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上手く再現できなくて申し訳ないが、(歌い方は音を)引っ張る。
そうすると日本人は哀愁を感じる。
「目を閉じて何も見えず〜♪」
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これも常磐津とか浄瑠璃語りの発声法。
これは武田先生では無くて高橋さんの論説。
ここの指摘の中で凄く面白かったのは、この「上を向いて歩こう」に関して永さんはあまり良い思いをなさらなかったという。
このあたりから始めるが、これは高橋さんのご意見。
これは傾聴に値するご意見。
永六輔さんは坂本九さんの歌唱法に関しては納得しておられなかった。
それともう一つ永六輔さんの神経を触ったのは
「この詞は、励ましの詞じゃないんです」と言っている。1960年の安保闘争で永さんが感じた挫折を歌ったものだそうで(178頁)
岸信介とかという自民党のボスによって安保闘争は潰された。
その敗北を歌った歌で、悔しさのあまり涙が流れた。
ほとんどの人は生きる上での応援ソングと思って聞いたり買ったりしていると思う水谷譲。
(そういう歌)ではない。
敗北の歌。
それを皆さん、ちょっと勘違いなさって「希望をみつけよう」という歌という。
それで高橋さんからの報告によると、永さんは「作詞した人間の思いが歌詞で伝わらないのだったら、何の為に作詞家をやってるんだ」というので絶望を味わわれたという。
この方の人生の不思議さなのだが、その絶望を作った歌が「遠くへ行きたい」。
全てを打ち捨てて作詞から遠ざかろうとした歌が「遠くへ行きたい」だった。
ところがそれが旅の歌で大ヒットする。
かくのごとく作詞家の思いは聞いている人に伝わらない。
それを言ったら武田先生の歌もそうだと思う水谷譲。
武田先生はネタバラシしているが、「贈る言葉」というのは22歳の失恋をベーシックに作った歌。
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まさかそれが卒業式の歌になるとは思わなかった。
詞を作っても真意が伝わらない。
ところが若い高橋さんは
音という翼をもつ歌詞の良さと辛さである。(178〜179頁)
「音を解釈するのは聞いている人なんだ。だから音を解釈した人に委ねられて、作詞家は消えていくんだ」という。
これはもの凄く深く頷ける。
その音を「音」としてお客が楽しんだ場合、ヒットしていく。
星野哲郎という作詞家がいて
例えば同世代の方、思い出してください。
北島三郎の「なみだ船」
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涙の終わりの ひと滴
ゴムのかっぱに しみとおる(北島三郎「なみだ船」)
あれは逆。
「ゴムのかっぱにしみとおる 涙の一滴」
倒置法。
どうしても星野は「涙」を先に持って来たかった。
母音の「あ」。
「なぁ〜♪」
「あ」で始まると印象が明るくなる。
星野は「あ」を持ってきたかったから倒置法でひっくり返した。
つまり響きとして、音としての「あ」が欲しいという。
作詞はこんなもの。
この高橋さんのおっしゃる通り、「いい音」なのだ。
山田洋次監督から聞いたのだが、寅さんの口上がそう。
仁義。
「私、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します」
「あ」がどんどん連続して出てくる。
そうすると、母音の「あ」の引っ張りが明るくなる。
高橋さんのご指摘の通り「いい音」まで考えて歌は作らないとダメだという。
高橋さんの論説、思いをこれから語っていく。
高橋久美子さんと同じ思いを坂本龍一さんもおっしゃっているそうで
音楽についてこう語っていた。
感動するかしないかは、勝手なこと。−中略−音楽に力があるのではない。音楽を作る側がそういう力を及ぼしてやろうと思って作るのは、言語道断でおこがましい(179頁)
「私の音」を「あなたの音」に介していく。
音をひたすら目指すんだ、という。
高橋さんは若いから、もの凄く面白い例をいっぱい挙げてあるのだが、流行言葉「チョベリバ」「チョベリグ」。
それから「ヤバい」。
これは両方とも発生した時期は同じ。
チョベリバとかチョベリグが流行って、速攻で消えていきました。(190頁)
死語になっている。
何で「ヤバい」はこんなに生き残っているかということだと思う水谷譲。
考えると面白い。
ヤバいは、反射なんだと思う。−中略−熱いヤカンを触って「あちっ!」と言うような。(193頁)
「ヤバい」は江戸時代。
「あれはヤクザの言葉だから、軽々しく使ってはいけない」と大人たちは非難するわけなんだけれど(192頁)
これは「法に触れる」という意味だそうだ。
「おまえさん。そんなやばな」
それにいいつけて「ヤバい」になったそうだが
この「ヤバい」は生き残って、平成・令和で広がっているワケで。
これは「ヤバ!」という反射語。
「熱ち!」「痛て!」
音として好ましい。
非常に使いやすい。
意味もいい「ヤバい」もあるし悪い時の「ヤバい」もどっちもあると思う水谷譲。
音が楽しい。
こういう音の言葉、音が言葉になってゆく。
ちょっと長いのだが、江戸時代からあって今も残っている。
しっちゃかめっちゃかって、すごい音ですね。(194頁)
言葉の並びが何となく楽しい。
こういうリズム、「音」の言葉。
武田先生と高橋さんの年齢差だが、武田先生は1949年生まれで高橋さんは1982年生まれ。
もう年齢差は30歳以上。
この差があるワケで、時代の差もあるのだが、高橋さんのおっしゃってる言葉に頷いた。
この方も作詞をやる方で。
作詞家は「意味に縛られない音としての言葉」というのに注目しないとダメなのではないか?
一世を風靡したAdoの〈うっせえうっせぇうっせぇわ〜〉の一節。(240頁)
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あの歌も一種「音」。
正確な発音とか意味ではなくて、あの音がいかにも振り切るようないい音。
今はテレビ・ラジオでも音が人気を席巻している。
文字の方はというと元気が無い。
それは音の音楽が軽やかに広がる力を持っているからで、再生回数が時代を動かしているからだという。
「再生回数=音楽の評価」と考えることに私は多少の違和感を覚えている。(200頁)
なるほどなと思う。
先日、原田知世さんのレコーディング現場で、作曲家の伊藤ゴローさんと制作についての雑談をしていたときのこと。私が「旅先でアイデアが浮かんだら、ボイスレコーダーに鼻歌を録るんですか?」と尋ねた。ゴローさんは「ううん、文章でそのときのことをメモしておくんだよ」と言うので驚いた。−中略−
「だって、メロディの鼻歌だけ残っていたって、そのときの感動とか細かな状況は覚えていないでしょう。ドレミだけでなくて、そのときイメージした気配を言葉に書いておくんだ」(198頁)
これは高橋さんに武田先生は乗ってしまった。
とりあえずどんどん言葉を書いていく。
それを組み合わせていくうちに文章になっていく。
文章を読み返すうちにそれがリズムになっていく。
リズムになったらメロディーが浮かんでくる。
遠い昔に書いた作品だが「心が風邪をひいたようで」、時々心が風邪をひくという、そういうのがある。
ちょっと心が下向きになってしまう。
その中でサビの文句なのだが「こんなの若いうちに書いてたんだ」と思ったのだが。
心の冬に なすすべもなく
佇んでいても しかたないじゃないか(海援隊「心が風邪をひいたようで」)
心が風邪をひいてしまって心が寒気がする。
その心に冬がやってきた。
「心の冬に なすすべもなく」
手も足も出なくて、じーっと立っているだけ。
それじゃあ仕方ないじゃないか。
これを繰り返し口の中で唱える。
「心の冬に〜なすすべもなく♪佇んでいても〜♪」
これを喋り言葉にすると「仕方ないじゃないか〜♪」。
「心の〜♪冬に〜♪なすすべ〜も〜なく〜♪佇んでいても〜♪しかたないじゃないか〜♪心が〜♪」
文章を作っておいて、文章を何回も読むうちにリズムを見つけていく。
「くれなずむ〜まちの〜光と〜」「くれなずむ〜♪まちの〜♪」という。
ここの面白さを高橋さんは訴えておられる。
ちょっと難しい話だが、また来週は高橋さんの文章を離れて、高橋さんから指摘されたことを武田先生の出来事で語っていきたいと思う。
ということで、完全に人間寄生虫になっているが、この続き、来週のまな板の上で。











