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2017年05月25日

放送大学でも発達障害の番組

というか、まあ時々カリキュラムの中に登場するだけではあるけれども一応ご紹介。

放送大学 授業科目案内 乳幼児・児童の心理臨床('17)
トピックス2
発達障害
発達障害という概念はこれまで変遷を重ねてきているが、ここでは、2013年に改訂されたDSM-5における新たな診断基準に基づき、発達障害の基本的障害を概観する。また、発達障害を抱える子どもの生きにくさや困難、二次的に生じる問題を理解し支援する重要性を学び、支援の現場におけるアプローチを紹介する。

↑が放送されるのが
5月31日(水)午前7時30分〜
同じ日の22時15分〜も同じ内容を放送するようだが、こっちは「テレビ放送(S2)」っていうのなんだけど、これってBSか何かかな?
わからんけど。

posted by ひと at 19:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

NHK ハートネットTV 障害福祉賞2016 (1) ヘン子の手紙 伊藤議代さん

アンコール放送だけど昨日やっていたのを見たので感想を。って思ったけど、感想って言っても「腹立つ」しかないので、感想ってレベルですらないな。
見逃したという方は再放送が5月31日にあります。

障害福祉賞2016 (1) ヘン子の手紙 伊藤議代さん

今回は「番組まるごとテキスト」ってことで、公式の方に全部書いてあるから、映像ではなく文字で見たいっていう方はそちらをどうぞ。

伊藤議代さん
25歳でご主人と出会う
  ↓
交際2年で結婚
  ↓
三度の流産
  ↓
結婚4年目で長女を授かる
  ↓
長女が自閉症の診断を受ける
  ↓
長男も自閉症の診断を受ける
  ↓
31歳で自身の発達障害が判明

って感じですかね。
途中、鬱病になったり別居したり、とても大変でした!ってのは理解できなくもないけど、まあ、羨ましいの通り越して最近こういう人たちに対して怒りしか感じることができないワケです。
この番組から自分が何かを得るってのも皆無だしな。
こういうのを見りゃあ自分がどうすればモラハラとかじゃないマトモな人と結婚できるかがわかるとかではないし、もちろん誰も助けてくれない状況の私に何か参考にできる部分もなく。
多分、今の精神状態がより自分の状況を悪くしちゃってんだろうなとは思うけど、じゃあどうすれば?ってのも全くわからんしな。

posted by ひと at 09:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月24日

NHKあさイチ シリーズ発達障害 自分の“苦手”とどうつきあう?

シリーズ発達障害 自分の“苦手”とどうつきあう?|NHKあさイチ

今日もNHKで発達障害関連の内容を放送ってことで。
もっと短く扱うのかな?と思ったら案外長かった。
今回も全文を載せるのはやめておく。

今回は発達障害の当事者の方からのご意見でスタジオのセットが鮮やかすぎて話に集中できないっていう話があったんで、無地のヤツで。
途中から照明も落としたり。
っていうのはまあ、悪いことではないと思うんだけど、ちょっと疑問に思ってしまったんだよね。
その人たち普段はテレビ見ないの???
他の番組はごちゃごちゃしていても平気なの?
照明が明るくて〜みたいなのも、他の番組を見る時だって条件は同じだから、自分の家のテレビの明るさ調整とかしないの?
何か、とても腑に落ちない感じがした。
普段は全くテレビを見なくて(感覚過敏の為に見るのがつらくて)こういう内容だからどうしても見たいけど、色とか明るさが辛いという人が大勢って解釈でいいのかな?

発達障害の人が自分の苦手とどう向き合っているのかというのを紹介するというのが今回の主旨

今回は過去のNHKの番組で見かけた方々がVTRで何人もご登場。
当然「その話、前にも紹介したよね?」的なものが多く、それほど目新しい内容もなく。
作り手の意図は知らないけど、こうやって繰り返し繰り返し似たような発達障害を扱った番組を連発し続ければ、少しは一般に理解されやすくなるでしょう的な?

発達障害の為に片付けが苦手な女性。
幼稚園の時から「我慢が足りない」「努力が足りない」と言われてきた。
その為、自分を責め続けてきた。

うるさい音が苦手な高校生の女の子。

今回は感覚過敏を重点的に扱うワケではないから、「過敏」も「敏感」も区別しない感じで紹介しちゃってるけど。
決して「聴覚が優れている」っていう種類の話ではない。

「迷わず行く」というのが苦手なタレントの栗原類さん。
中学生の頃は道順や電車の乗り換えは母が全部やってくれた。
それでも反対方向の電車に乗ってしまって目的地に着けないことはしょっちゅうあった。
今は休みの日には初めての場所に行くように努力をしている。
スマホに頼りすぎないように気を付けている。
目的地まで遠回りをしてしまったが、早く着けることが重要ではなく、ちゃんとたどり着けることが肝心であると言う栗原さん。

発達障害はそもそも誤解されやすいのが病気とか性格とかではなくて、あくまでも生まれつきの脳の特性によるもの。
生まれつきの脳の特性による発達障害の苦手がどんなものなのかをボードにまとめて表示。

発達障害の苦手
ADHD(注意欠如・多動症):忘れっぽい 片付け 順序立てて考える
LD(学習障害):計算 読み書き
ASD(自閉スペクトラム症):空気を読む 人付き合い 光・音(感覚過敏)

上記の三種類が重なり合っていることがある。

高校2年生の男の子 あっくん。
小学校2年の時に発達障害の診断を受けた。
きのこや豆など表面が滑らかなものが苦手。
ゴムやプラスチックを口に入れたような感じがする。
発達障害の診断を受けて母も「好き嫌いではない」ということがわかった。
今は偏食を治すのではなく、食べられるものの範囲で栄養のバランスを取ろうとしている。
母「嫌なものを摂って、栄養バランスさえ整っていれば彼は幸せですか?そこに幸せはない気がしているので、あきらめたり頑張ったり綱引きして幸せ探しています」

発達障害の子どもの半数以上に偏食があると言われている。
しかしこれまでそのメカニズムが詳しくわかっていなかった。
聞き取り調査を行った東京学芸大学の高橋智教授。

イチゴのツブツブが怖い
コロッケの衣が痛くて食べられない
食べ物を噛む音が我慢できない

音や臭いの感覚過敏が原因で食事ができない人がいる。
高橋教授「従来は好き嫌い、わがままとか言われがちな問題だったのだが、これは生理学的な問題なのでそもそも受け付けることができないので『好き嫌い』と『過敏』は分けて考える必要がある」

麻婆豆腐を最初に食べたので麻婆茄子を食べられなかったり、母が作ったのと色が違って食べられなかったりして、親が学校に呼び出されたりしたという栗原さん。

これは「過敏」ではないけど発達障害者には見られる症状。
私もそうだった。
「食べ物」として認識できないんだよね。
でも給食で「食べ物として認識できていない」ものを無理やり食べせられるっていう状況になる。
非常につらいのだけど。

栗原さんによるとアメリカのテレビ番組は日本に比べて落ち着いた色。

好き嫌いとどう違うのかが詳しく分かっていないので教育の現場では非常に難しい。
先ほどのあっくんのお母さんも学校側に偏食のことを「発達障害なので」と言っていたが理解を得られず、実際にはそうではないのだが「アレルギーなので」という説明をしたとのこと。

発達障害の子供たちが通う広島の療育センター。
一人一人の感覚の特性に応じて、給食の調理方法を変えている。
噛むのが苦手な子供には食材をミキサーにかける。
やわらかい舌触りが苦手な子供には食材を素揚げにする。
こうして食べられる食材を徐々に増やしていく。
こうして子供たちは通常の食材を食べられるようになってゆくという。

早稲田大学 梅永雄二さん「相談された方の中には、無理やり食べさせると失神された方もいた。無理やり食べさせるのは虐待に近い。」

広野ゆいさん(44歳)
片づけが苦手。
今は苦手な片付けとうまく折り合いを付けてつきあっている。
どうすれば片付くのか道筋が考えられないというADHDの特徴。
タンスの前に衣類が置いてあるが、タンスの中にはあまりものが入っていない。
見えない物はないのと同じなので、当面必要な服はタンスの外に出してある。

私も見えないものはないのと同じっていう感覚はわからないでもない。
この人は根本的に収納の仕方を変更した方がいいんじゃないかと思うけどな。
タンスは障害特性上活用できないでしょ?
透明なカバーつきのハンガーかけるヤツみたいなのとか「見える状態で収納」っての可能だと思うんだけどな。
広野さん「片づけができない人間は人として認めてもらえないっていう感じがずっとあって、片付けさえできればうまくいくんじゃないか。それが解決できればいい生活、素敵な生活ができるんじゃないか」
写真を活用した独自の片付け方を考案。
これも長くは続かず、自分が片づけられる側の人間にはなれないということに気付く。
広野さん「普通の人になるための人生はもうやめなきゃいけないなと思いました」
部屋全体を片付けるのはあきらめて、部分的に片付けるように変更。
片づけができない自分を受け入れ、苦手なことは隠さず伝えて同僚にサポートしてもらうようにした。


ある学校のユニークな取り組み。
都内の公立小学校にある特別支援学級。
週に一回、集団にうまくなじめなかったり、学習に極端に苦手なことがある子供たちが通ってきている。
ここで八年前から行われているのが「自分研究」という取り組み。
研究の対象は自分の苦手なこと。
キャラクター化して、いつ、どんな場面で起きるのかを分析したり対策を考えたりする。
様々な対策グッズを子どもたち自身も作っている。
・キリカエレバー(自分の気持ちを切り替えたいときに倒す)
・気持ちっぷ(心の中を伝えるカード)
・泣き虫ゴースト(自分と苦手を分離させキャラクター化して対策を表記)


投書
大阪府 30代 ゆうこ

近所に発達障害らしき子どもがいますが、他人に害を加えることもしょっちゅう。
発達障害だからしょうがない。
なんでしょうか?
そもそも
カミングアウトされていないので
何をどうしたらいいのか分かりません。

梅永さん「発達障害という診断だけではなくて、その方の困ったことをちゃんと伝えていただければ周りも配慮できると思います」

posted by ひと at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月22日

NHKスペシャル 発達障害〜解明される未知の世界〜(23日更に追記)

5月21日(日)午後9時00分〜9時59分に放送されていたもの。
NHKスペシャル | 発達障害〜解明される未知の世界〜
小中学生の15人に1人と言われる「発達障害」。これまで、主に社会性やコミュニケーションに問題がある障害として知られてきたが、最新の脳科学研究や当事者への聞き取りにより、生まれつき、独特の「世界の見え方・聞こえ方」をしているケースが多いことがわかってきた。多くの人にとっては何でもない日常空間が、耐えられないほどまぶしく見えたり、小さな物音が大音量に聞こえてパニックになったり。その独特の感覚・認知が、実は、社会不適応につながる原因のひとつになっていたのだ。
この世界を解き明かし、周囲が理解することで、発達障害の当事者の生きづらさは軽減。さらに「新たな能力」を引き出すことにもつながると、世界の教育・ビジネスの現場が注目している。
身体障害と違い、「見えにくい障害」と言われる発達障害。番組では、当事者の感覚・認知の世界を映像化。これまで誰にも言えなかった、わかってもらえなかった当事者の思いを生放送で発信する。周囲から「空気が読めない、つきあいづらい人」などと誤解されてきた行動の裏にある「本当の理由」を知ったとき、あなたの常識が大きく変わる。


NHKによる1年間の発達障害特集「発達障害プロジェクト」の第1弾ってものらしい。
今回は諸般の事情で放送内容をすべて書き出すってのは無理なんで、感想だけって感じかな。

今回の番組は最近解明されてきたような情報なんかも入れ込んでいるけど、主に「発達障害者自身の声」みたいなのを、出演者と番組に寄せられたメールで紹介する的な。
うん。
何かあんまり意味ない感じが。
「こんなにつらいんです」ってのをいくら言っても無駄だよなぁ・・・。

発達障害の出かた自体も感覚過敏だったり感覚鈍麻だったり、アスペルガーとADHDはだいぶ違ったり、更にその人自身のもともとの「個性」みたいなものもあるので、一律に「こう接するといいですよ」みたいなのってないんだよね。
そして、どんな内容でも結論は「周囲が理解してサポートしてあげましょうね」か。
私がずっと探し続けているのは「自分が周囲とどういう接し方をするとうまくいくか」なのに、そういう方向性のアドバイスはどこにもない。

感覚過敏のことを扱うのが最近多いけど、今回のもそういうのをたくさん取り上げる。
当然のことながら、かなり極端な例ばかり紹介する。

最新の脳科学では、発達障害の人の脳は情報処理の方法が多くの人とは異なっていることが明らかになってきました。
カリフォルニア大学 エリサ・マルコ准教授「発達障害の人たちには、脳の神経のつながりに弱い部分があることがわかりました。特有の感覚の謎を解くカギだと考えています」
さらに、発達障害の人の世界の見え方、聞こえ方は、多くの人とは異なり、それが当事者たちを苦しめていることもわかってきました。


視覚過敏の人がどう見えているのかというのを可視化するという取り組みをしている大阪大学などの研究グループ。
当事者から聞き取ってどう見えているかを聞き取っているんだけど、これってそもそもが無理ない?
「こういうふうに見えますよ」って伝えても、それ自体がそもそも普通の人と違って見えているものしか示せない(っていう表現ではわかりづらいな)と思うけど。

聴覚過敏の人。
スーパーマーケットの店内で他の人が気づかないような音が常に聞こえているという。
蛍光灯の音。
冷蔵庫の音。
そのせいで店内にいるのは15分程度が限界。

聴覚性瞬目反射実験。
ヘッドフォンから様々な大きさのノイズを突然出す。
その時の目の周りの筋肉の動きを計測する。
「バチッ」とか言う音が出るので、それを聞いてびっくりしているかどうかってのを見るっぽい。
発達障害ではない人(定型発達者)にやると、音がデカくなると筋肉の反応もデカくなる。
自閉スペクトラム症の人は、小さい音でも筋肉の反応がデカい音の時と同じぐらいの反応だったりする。

確かに、ちょっと声が大きいタイプの人が苦手っていう話を聞いたことがあるな。
「怖い」って言うんだよね。
最初は「あんな温厚な人が怖い?」とか思っていたけど、大きい声を聞くのがつらいっていう。
聴覚過敏の人の聞こえ方も再現して見せているけど、これもさっきの視覚過敏の人のと同様に、それ自体「普通の人と違う聞こえ方」の人に聞いているのでどこまで再現できているのか?

自閉スペクトラム症の人の認知を研究している第一人者
ロンドン大学 認知神経科学 フランチェスカ・ハッペ教授
脳が出す指令が関係していると考えています。
ハッペ教授の仮説です。多くの人は周囲からの音を聞き続けるうちに次第に気にならなくなります。
脳の司令塔が指示を出すことで聞こえるレベルを下げることができるからです。
これが「慣れ」と呼ばれる機能です。
聞きたい音だけ聞き取ることができるのは脳の司令塔によって慣れの機能が働くため、不要な音のレベルを下げることができるからです。
しかし、自閉スペクトラム症の人の中には司令塔による慣れの機能が上手く働かない人がいます。
その場合、不要な音のレベルを下げることができにくく、高いレベルで受け取ってしまうというのです。


背景の音とそうじゃない音っていう区分を無意識にしているらしい。
カクテルパーティー効果ってヤツかな。
で、発達障害者は脳が混乱状態だそうな。

スタジオの設計を当事者の意見を聞いて変更したらしい。
カラフルなのを予定していたけど、白っぽいのに変更したけど、まだ出演者には眩しすぎるとのこと。
どうせなら薄暗い部屋みたいなのから放送すりゃあよかったのでは?と思わないでもないけど、テレビ番組である以上、やっぱり「見た目の華やかさ」みたいなのは必要なのかな。
クロマキーとか使えば・・・って思ったけどクロマキーの色自体もダメな人はダメか。

井ノ原快彦「今日はスタッフから話し相手の顔を見なくてもいいルールでいきましょうと聞いているんですけども、片岡さんと綾屋さんのご希望とのことだったんですけど、これはどういうことでしょうか」
片岡聡(大学卒業後就職・40歳で自閉スペクトラムと診断)「なぜ、他の人はそうじゃないかは分からないんですけど、私、人の顔を見るとほくろとかの情報とか、目、鼻、表情とかですね、一気に入ってきちゃって余計な情報を捨てるっていうことと会話を続けるっていうこと、どんなに少なくとも二つのことを同時にやらなきゃいけないんですね。ものすごく疲れちゃうしトンチンカンなことを理解しないで話したりする。だから最近では相手の方には『リスペクトしてるんだよ』と宣言してちょっと横を向いて話させていただくと」


うん。
そうだね。
目を見るってのもだけど、会話って相槌打ったりとかいろいろやる事がたくさんあってね、本気で相手の話をじっくり聞き取ろうとしたら、相手の顔を一切見ずに話だけに集中する。
心療内科ではそうしている。
先生は私の障害のことを知っている状態なのでそうしている。
それ以外の人の前でそれをやったら「話聞いてる?」ってなるだろうからやらない。
必死に相手の顔を見て相槌打ってとかっていう「脳のシステムリソースを無駄に喰うこと」をやっている。
疲れるし、話は聞き取りづらいし、いいことは何もないけど、定型発達者はそれを許さないんだろうと思うんで。

感覚過敏で着られる服が限定される話が出る。
スタジオの片岡さんは短い時間なら仕方がなくても頭痛がしたり吐き気がしたりするとのこと。
私は一部の素材の服はチクチクして痒いんだけど、一日中「痒いな」「不快だな」って思いながら着ている。
服のタグとか刺さるのもつらいけど、普通の人でもそうなんじゃないのかな。
タグは切ることが可能なデザインのものは切るけど、それが出来ないヤツとか我慢する。

次はADHDとかLDの人の話。
ADHDの人が小学校の授業中にどういうふうに感じているかっていうのを再現。
授業を聞こうと思っていても、ポスターや前の子のアクセサリーとか、いろいろなものがどんどん目に入ってきてしまって、どうにもならないっていう。
大人になってからも部屋がひどく散らかっているというか、片付けることができない感じ。
取材中にも物が落下。
実際、単にずぼらで片付けられないのか、脳の障害で片付けられないのかって他人にも(場合によっては本人にも)わからないからね。
非難してくれる人は大勢いるだろうし、精神的にやられるよね。

同じく小学校の授業中。
簡単な文章でもつっかえながらしか読めない子。
先生に叱られる。
学習障害。
三文字を超える単語は認識しづらい。
どこで切るのか。
「いちばん」は「いち」で切る?「いちば」で切る?
番組では触れられなかったけど、日本人の発達障害者の場合、平仮名はなんとか読めても漢字がほとんど読めないっていうタイプの人も多いようだ。

「個性」と「障害」の違い。
信州大学病院部長 本田秀夫「問題はそれがどのぐらい程度が起きいのかということと、一番重要なのはそれによってご自分や周りの人がどのぐらい生活に支障があるのかということなんだと思うんです。逆に言うとご本人にそういう特徴が強くても、周りがそういう特徴のある人を全面的に受け入れてくれるような生活環境であればあまり苦痛にならない場合もあるんです。例えば、字があまり上手に読めない方であっても字なんかそんなに読まなくたって普段の日常生活はそんなに困らないですよね。字が読めないということをそれほど頓着しないような周りの人たちが沢山いれば済むかも知れないです」

結局は周囲次第か。
自分がどうしたら?ってのはどこまで行ってもないね。

二次障害。
うつ・不安障害・強迫性障害・統合失調症・躁うつ病(双極性障害)・PTSD・不登校・ひきこもり など
で、社会に参加できなくなってしまうことを言う。

イギリスの調査でASD(自閉スペクトラム症)の最大70%がうつ

「普通」を求められ続けて苦しむ当事者リラさん。
イギリスでは感覚過敏の人に社会全体で取り組んでいる。
クワイエットアワー。
感覚過敏の人が利用しやすいように照明を落としたり。
結果的に客が一割増えた。
アメリカ(マイクロソフト社)でも発達障害の特性に注目して採用。
IT企業で活躍する発達障害者。
発達障害の人に特化した就労支援事業。
うん。
日本にだってあるけど、それとは違うな。
「他人と違うことは非常に重要」

一方日本では。
障害者枠でIT企業にお勤めの男性。
「適当に水やっといて」と言ったら床を水びたしにしたそうな。
会社側は曖昧にせずに「コップに◯杯」という指示をするように変更。
他のことでも数字で指示。
経理以外の仕事もやらせようとして問題になった。
臨床心理士に相談して仕事の幅を広げるとストレスになるってことで。

番組終了後はネット上でライブストリーミング放送。
ネットの調子が突然悪くなって、事前に準備していたのに最初の方は見られず。
こっちに関しては後で追記しようかと思う。

ということでここから追記

綾屋さんは不都合がある時に「発達障害で感覚過敏があって」という言い方ではなく、「耳が大きく聞こえすぎちゃって」と困りごとのレベルで伝えるようにしているとのこと。
確かに「発達障害で」とか言っても伝わりづらいよね。
でも、「困りごとのレベル」ってのも言ったところで「神経質」「気にしすぎ」「わがまま」「みんなだって我慢してるんだ」って言われそう。
っていうか、そんな扱いしか受けて来なかったのでそう感じるんだな。
このあたりは定型発達者から見た「見た目の印象」みたいなものに大幅に左右されてしまうことだと思う。
綾屋さんみたいに美人でか弱そうだとかなり通用しそうだけど、そうじゃない外見の人だと非難されて終わりなんじゃないかと。
定型発達者っていうクソみたいな生物は「どういう内容を言っているか」よりも雰囲気みたいなもので対応を変えまくりだからな。

「アスペ」「コミュ障」とかの言葉の扱いについて。
ネット上で差別的に使われるというような。

「発達障害に変わる、いいワードを募集しよう」という有働アナ。
「ワードに引っ張られる」と。
そういう面はあるよね。
言葉のイメージってのは。
寄せられたものは
多様性発達
発達多様性
バイアス感覚者
発達性社会適応障害
特化発達
世界が広い人

「やっと認知されてきたのに今更名前を変えるとか何考えてるんですか!」という投書も。
私は「先天性脳機能障害」でいいと思うんだけどねぇ。
今の精神疾患の一種みたいな誤解をされるような状況は回避できるといいんだけど。
役所とかも精神疾患扱いしてくるからな。
精神疾患と一緒にされると気が悪いって意味じゃなく、種類が違うから内容に応じた対応に変えてくれってだけの話なんだけど。

テレビもネット配信も全部(一部見られなかったけど)見た感想。
今現在非常に困りまくりの自分にとって何の役にも立たない内容。
これを見て定型発達者の側が理解を深めてくれるかっていうと疑問。
わかったところで配慮してやろうっていう気になれるかどうかだねぇ。
自分が大変な状況だったりすると「そんなのかまってらんないよ」ってことになるだろうし、実際ネット上でそういう内容のものも見かけたし。
とりあえず次回はこういういい大学出てたり家庭を持っているような恵まれた人たちじゃなく、ホームレスの人とか生活保護の人とか、親も子も発達障害で旦那に捨てられて悲惨な現状とか、そういう「普通の発達障害者」をゲストでお願いします。


5月23日追記

番組がyoutubeに上がっているようなので、見逃した方はどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=0mEcMiehmaU
後で削除されるかも知れないけど。

ライブストリーミングの内容が公式にアップされた。
発達障害プロジェクト

posted by ひと at 08:38| Comment(4) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月17日

「ハートネットTV」以外でも発達障害関連の番組が放送予定(5月20日修正)

前に「ハートネットTV」で発達障害関連の内容が放送予定だってのはお知らせしたけど、他にもいろいろ放送されるらしい。


5月20日(土)総合 7時00分〜7時30分
NHKニュース おはよう日本
小中学生の15人に1人に可能性があるとされる発達障害。国内外で支援が始まっています。シミュレーターに雇用支援、ショッピングモールあげての取り組みも。解明が進む発達障害の最前線に迫ります。

5月20日(土)Eテレ 午後7時00分〜(再放送:5月29日0時00分〜)
地球ドラマチック「海辺のフォックスホテル〜ちょっと特別な若者たちの日々〜」 - NHK

5月21日(日) 総合 午後9時00分〜9時59分
NHKスペシャル | 発達障害〜解明される未知の世界〜
テレビ放送終了後、引き続きWEB配信の予定だそうです。

5月22日(月)Eテレ 午後8時00分〜8時29分(再放送:5月29日午後1時05分〜1時34分)
ハートネットTV 発達障害の漫画家・沖田×華
2014年に放送されたものの再放送

5月23日(火)Eテレ 午後8時00分〜8時29分(再放送:5月30日午後1時05分〜1時34分)
ハートネットTV 発達障害の人たちが集うサッカークラブ

5月24日(水)総合 午前8時15分〜9時54分 
あさイチ
シリーズ発達障害 自分の「苦手」とどうつきあう?

5月24日(水)Eテレ 午後8時00分〜8時29分(再放送:5月31日午後1時05分〜1時34分)
障害福祉賞2016 (1) ヘン子の手紙 伊藤議代さん
2016年に放送されたものの再放送

5月26日(金)総合 午前10時40分〜10時55分(再放送:5月27日午後4時15分〜4時30分)
先取りきょうの健康
ADHD 注意欠如・多動症を知る「子どものADHD」

5月27日(土)Eテレ 午後11時00分〜午前0時00分 
ETV特集
“いるんだよ”って伝えたい 〜横浜・特別支援学級の子どもたち〜

5月28日(日)Eテレ 午後7時00分〜
バリバラ
ティーンズバリバラ 〜発達障害の悩み〜

5月29日(月)Eテレ 午後8時30分〜
きょうの健康
ADHD 注意欠如・多動症を知る 子どものADHD

5月30日(火)Eテレ 午後8時00分〜(再放送:6月6日午後1時05分〜1時34分)
ハートネットTV
シリーズ 罪を犯した発達障害者の”再出発” 第1夜 少年院の現場から(仮)

5月30日(火)Eテレ 午後8時30分〜
きょうの健康
ADHD 注意欠如・多動症を知る 大人のADHD

5月31日(水)Eテレ 午後8時00分〜8時29分(再放送:6月7日午後1時05分〜1時34分)
ハートネットTV
シリーズ 罪を犯した発達障害者の”再出発” 第2夜 出所、そして社会へ(仮)


放送日時とか間違っているのがあるかも知れないので要確認。

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2017年05月10日

発達障害当事者研究―ゆっくりていねいにつながりたい

発達障害当事者研究―ゆっくりていねいにつながりたい (シリーズ ケアをひらく)



発達障害者(綾屋紗月さん)が発達障害について書いた本。
初版が2008年なのでちょっと古い本だけど。
まずタイトル(副題?)に「ゆっくりていねいにつながりたい」ってのがあって、その時点で「ダメかも知れない」って思った。
で、実際に読んでみて、発達障害者には他人と関わりあわないとつらいタイプとそうでないタイプがいるのだが、著者は前者、私は後者っていう。
しかも共著者の熊谷晋一郎さんと「つながっている」ってのを後から知って「ああ・・・」って感じで。
内容は他の発達障害者自身が書いた本ともそれ以外の人が書いた本とも大幅に異なる感じ。
綾屋さんが自分で「こういうふうに感じている」「それをこう解釈している」みたいな内容。
それが、大部分が私の主観とは異なるので、共感できる部分が全くないってことはないけど、ほとんどなかった。
発達障害者も障害特性などがピンキリなので、彼女と共感できる部分が多いタイプの発達障害者もいるんだろうとは思うけど。
私は合わないね。ってことで。
彼女は「聴覚優位」ってことも私とは合わない部分が多い理由の一つかな。
私は「視覚優位」なので。

本の最初の方はずっと「おなかがすいた」という感覚について書かれている。
彼女は「おなかがすいた」という感覚は時間と共に増大していくと感じているようだが、普通はそういうものなのかな?
私は満腹中枢が死んでいるからなのか、一応「おなかがすいた」は感じなくはないけど、そのまま何も食べずにいればもう「おなかがすいた」という感覚は無くなるけどな。

 行動の選択肢はこれだけではない。「上司に申し訳なさそうに『昼食をとりに行ってきます』と言う」という行動ひとつとっても、「どんな声色で」「どんなスピードで」「どんな表情で」「どんなタイミングで」「どんな身振りをつけて」など、細かい所作のレベルまで数限りなく選択肢が生じる(37頁)

年中こういうことの連続だよねぇ。

 ただ、一度パターン化してしまったものについては、そのとおりにいかない場合にたいへん動揺し、混乱する。変わらずに繰り返される日常生活においては、やっとの思いで決めた具体的な行動の細部に至るまでのパターンを守り、迷わずに行動しているのだが、ほんの少しでも環境が変わるとそのパターンが適応できなくなり、登録していた「行動のまとまめあげパターン」がほどけてしまい、パニックを起こしたり、不機嫌になったり、固まって動けなくなってしまったり、具合が悪くなったりする。(41頁)

一般に「発達障害者は同じパターンが好き」みたいな言われ方をする。
「好き」とかじゃないんだよね。
パターンを崩すと、とてもつらいんだけど、そのあたりが伝わりづらいらしく「自分の思い通りに行かないと怒り出すワガママな人」ぐらいに思われたり。

 なぜ人びとは「その場にちょうどいい発声」をやすやすと決定し、話をすることができるのだろう。私の場合は、「どのくらいの音量で?」「どんな声質で?」「声の高さは?」「しゃべり方は?」「どのようなイントネーションで?」「どのタイミングで?」「呼吸との兼ね合いは?」「どんな表情をしながら?」といった大量の決定すべき具体的な項目が毎回立ち現われ、それらの所作をすべて手探りで調整し、「発声」というひとつの行動に結びつけなければならない。これがほんとうに、ため息が出るほど負担なのである。(143頁)

これは、そのまんまそうだな。

 私には音声言語が「聞こえてはいるが、意味の把握には自信がない」という状況が多々ある。(148頁)

あるね。
子供の頃は耳が悪いのかな?ってずっと思っていたし、今はテレビを見る時などにずっと字幕を表示させているし。

 『これまでなんとかギリギリできてきたが、これからはアシストしてもらう』ということを説明するときには、コツがあります。決して『自分は家事ができないのだ』と言わないことです。 − 中略 −
 だから『できるけどしません』と言う。これが大事です。嘘はついていませんし、むしろこっちのほうが正解です。自分だったら『自力でお風呂には入れるけど、しません。自力でしようとして二時間も風呂にとられていたら、それだけで一日が終わってしまう』と言うのです」(217頁)

確かに「できない」って言うと「今までできてたくせに!」ってなるよねぇ。
「できるけどしません」ってのも相手に伝わるように言うのって結構難しそうだけど。

この本は「不幸な思い出」が長々と書いてあるタイプのものではないので、読んでいて自分のつらかった過去を思い出して辛いみたいな心配はないかと思われ。
発達障害者と関わる状況の人は「こういうタイプの人もいます」っていうことで参考程度に読むのもいいかも。
障害特性上、内容が自分にピッタリ当てはまるみたいなタイプの人であれば、この本を使って周囲に自分のことを説明するのに使うのもよし。って感じかな。
私自身が、この本を読んで何か得るものがあったかっていうと・・・ないな。
うん。
美人の発達障害者が何か言ってるな〜ぐらいかな。

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2017年05月03日

みんなあつまれ 2017

本庁舎に行った時にもらったチラシにちょっと気になるものがあったんで。
どんなチラシかっていうと「みんなあつまれ2017 開催決定!」っていうヤツ。
10月21、22日に赤レンガ倉庫で何やら開催されるらしい。
このチラシを配っていた人が「障害のあるなしに関わらず〜」って説明をしてくださって、すごく引っかかったのだ。
調べてみたのだが↓こういうのだった。

「ともに生きる社会かながわ憲章」 - 神奈川県ホームページ

 平成28年7月26日、障害者支援施設である県立「津久井やまゆり園」において19人が死亡し、27人が負傷するという、大変痛ましい事件が発生しました。

 この事件は、障がい者に対する偏見や差別的思考から引き起こされたと伝えられ、障がい者やそのご家族のみならず、多くの方々に、言いようもない衝撃と不安を与えました。

 私たちは、これまでも「ともに生きる社会かながわ」の実現をめざしてきました。

 そうした中でこのような事件が発生したことは、大きな悲しみであり、強い怒りを感じています。

 このような事件が二度と繰り返されないよう、私たちはこの悲しみを力に、断固とした決意をもって、ともに生きる社会の実現をめざし、ここに「ともに生きる社会かながわ憲章」を定めます。
一 私たちは、あたたかい心をもって、すべての人のいのちを大切にします
一 私たちは、誰もがその人らしく暮らすことのできる地域社会を実現します
一 私たちは、障がい者の社会への参加を妨げるあらゆる壁、いかなる偏見や差別も排除します
一 私たちは、この憲章の実現に向けて、県民総ぐるみで取り組みます


「津久井やまゆり園」の事件の時、同胞たちは結構ショックを受けていたようだったけど、私はあまり驚かなかった。
ネットを介してではあるけど、私達にいなくなって欲しいとか目障りだとか死んで欲しいみたいな気持ちを向ける人って大勢いたから。
やっぱり生きていちゃあいけない存在なんだな・・・って思っただけ。

このイベントは「ともに生きる」っていうぐらいだから「障害があってもなくても一緒に生きていきましょうね」って趣旨なんだね。
障害者の中にはそうしたい人もいるんだろう。
っていうか、たいがいはそう思うのかな。
でもね、私は一緒にいたくない。
障害者同士で固まりたいってことではないけど、健常者と関わっても自分も健常者も両方が不幸になるだけだなって最近本当に感じる。
人間関係を切りたいと思っているワケではないけど、結果的に「やっぱりこれは無理だ」っていう状況になっていって、人間関係を切るしかない状況に追い込まれていく。
自分が障害者だってことが判明してから、もう何十冊も本を読んだり、ネットでも新しい話が公表されたら見に行ったり、日程が合わなくて全然行けないけど当事者会に行ったり。
もう何年も「どうやったら自分も相手もつらくない妥協点を見いだせるか」みたいなのを模索し続けている。
今のところ、何の糸口も見つからず、誰とも関わり合わない生活がどうやったら成立するかみたいなことを考えた方が賢明かな?ってのが現状。
なので、私は健常者と「ともに生きる」ことはできそうにない。
今日だって、会場に向かうバスの中で知的障害があるらしい人がなかなかバスを降りなくて、しばらくバスが停車。
当然他の乗客が文句を言ったり。
私は心の中で「ごめんなさい」と言っていた。
障害があってごめんなさい。
迷惑をかけたいと思っているワケではないのに迷惑をかけてしまってごめんなさい。
障害のせいで迷惑をかけてしまっているから仕方がないけど「仕方がないんだからいいだろう」では済まないと思っている。
だから私は常に迷惑をかけたりしないように最大限に気をはりつめて健常者に接している。
もう限界です。
そうやっていても、やっぱり不快な思いをさせるらしく非難される。
一緒には生きられません。

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2017年04月15日

「ハートネットTV」で発達障害関連の内容が放送予定

来月、NHKの「ハートネットTV」という番組で何度か発達障害が取り上げられます。

ハートネットTV:放送カレンダー - NHK福祉ポータル ハートネット

明らかに子供のこと限定だなっていう感じのヤツは多分見ないな。
見たとしてもこのブログでは取り上げないかも知れず。

5月3日 障害のある子どもと学校第2回「発達障害」
5月22日 発達障害の漫画家
(2014年に放送されたものの再放送)
5月23日 発達障害の人たちが集うサッカークラブ
5月30日 特集 発達障害 第1回
5月31日 特集 発達障害 第2回


発達障害 (文春新書)



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2017年04月05日

NHK おはよう日本 けさのクローズアップ「進む発達障害の研究」

今朝、テレビで発達障害のことを取り上げていたのだが、いつもとはかなり違った内容だったんで紹介しておこうと思う。
どういう内容だったかというと発達障害者(番組では子供限定で紹介していたけど)の偏食について。

おはよう日本 - NHK
サイト内では何も紹介されていないけど、後日何か載るのかもしれないけど。

けさのクローズアップ「進む発達障害の研究」

今週は発達障害啓発週間です。
発達障害への理解を広め支援の輪を広げていこうと、各地で啓発イベントが行われています。


主な発達障害(厚生労働省より)
 ASD=自閉症スペクトラム障害
 ADHD=注意欠如・多党制生涯
 LD=学習障害


他人とのコミュニケーションが取りにくいのが特徴です。
文部科学省によりますと小中学生の15人に1人に発達障害の疑いがあるとのことです。
これまでコミュニケーションが苦手という点に注目が集まり、さまざまな支援が行われてきました。
ところが最新の研究で、これとは別に、発達障害の子どもたちが直面する大きな問題に今、子どもの偏食の実態が明らかに。

静岡市に住む須田雅樹くん(10)
三歳の時に広汎性発達障害と診断されました。
会話が苦手なのに加えて、食べられるものが極端に少ないという悩みを抱えています。
この日の晩御飯は酢豚にスパゲティご飯でした。
すると正樹君、ごはんを避け、食事が進みません。
冷蔵庫にあったチーズを食べ始めました。
正樹君は、四歳から偏食が始まり、小学校入学時には、チーズ、コロッケ、納豆、ポテトサラダ以外は何も食べられなくなっていました。
白いごはんなど炭水化物が食べられない時期が続き、成長期に増えるはずの体重が逆に減少。
小学5年生の今も、21キロしかありません。
母・亜紀さん「食べられるものがないんですよ。見るからにガリガリで骨が見えていたり、足が細かったり栄養が足りていないなぁっていうのがあって」
長年、発達障害の子どもたちのカウンセリングを行ってきた、東京学芸大学・高橋智教授。
発達障害の子どもたちの半数以上に、なんらかの偏食があるという調査報告が出たことなどから、原因を探るための研究を進めてきました。発達障害の当事者137人に、偏食について聞き取り調査を行いました。すると、その背景に発達障害の人特有の感覚過敏などの感じ方があることが分かったのです。
例えば、赤くて丸いおいしそうに見えるこのいちご。
発達障害の人の中には、気持ち悪さや怖さを感じる人が多くいました。
いちごの表面にあるいくつものつぶつぶが目に飛び込んでくるというのです。
一方、こちらのコロッケ。
さくさくした食感の衣ですが、発達障害の人の中には、口の中を針で刺されているように感じられ、痛くて食べられないと訴える人が少なくありませんでした。
このほかにも、食べ物を噛む音が耳障りで我慢できないなど、音や臭いについても、同様の感覚過敏の傾向が確認され、食事がとれない原因となっている実態が浮かびあがりました。
高橋教授「従来は『好き嫌い』『わがまま』と言われがちな問題だったがこれは生理学的な問題。そもそも食に対する見え方の問題や口に入れた感じ。中にはうまく咀嚼ができなかったり、飲みこみが困難な方がいて、そういった特性や身体的な問題が食の困難、偏食を大きく規定していることがわかった。」
こうした発達障害の人特有の感じ方は、なかなか周囲の人からは理解されず、長い間、見過ごされてきました。

高校2年生 あっくん
ADHD(注意欠陥・多動性障害)と診断されました。
あっくんは、きのこや豆など、表面が滑らかな食感に敏感に反応してしまい、体が一切受け付けません。
ゴムやプラスチックを口に入れたかのように感じ、強い吐き気に襲われるのです。
保育園や小学校の給食の時間、食事がほとんど食べられず、昼休みも一人だけ教室に残されて泣いていたといいます。
食べられないと主張しても、わがままだと聞いてもらえず、人前で食べることが次第に怖くなりました。
あっくん「先生が(偏食は)おかしいと決めつけて、無理やり食べさせてくるのがつらかった。怖かった。また同じことをさせられるんじゃないかとトラウマがよみがえってくる。」
高校生になった今もトラウマは消えず、極端な偏食が続いています。
医師からは、糖尿病の予備軍と言われ、定期的に血液検査を受けています。
母親は、周りがもっと理解してあげていれば、こうした状況にはなっていなかったのではないかと考えています。
母親「(子どもが)小さい間は気が付いてあげられるのは周りしかいないので、ごめんねと思った。」

高瀬アナウンサー「池端さん、好き嫌いやわがままではないこの偏食の問題となると、深刻ですね。」
科学文化部の池端玲佳記者「こちらをご覧ください。発達障害の当事者で、その研究を続けている東京大学の綾屋紗月研究員によりますと、例えば日常生活でも、落ち葉を見たときに葉っぱの細部がクローズアップされて見えて、こちらのように見えるということなんですね。発達障害というと、これまでコミュニケーションがうまく取れないという問題に焦点が当てられてきましたけど、当事者が抱える問題を当事者の目線で解決していこうという研究が、ここ数年で進んだことで、偏食は好き嫌いの問題ではないということ、また周囲の無理解に苦しむ子どもたちの実態も分かってきたんです。」
和久田アナウンサー「そうした発達障害の子どもたちの偏食にどう向き合っていけばいいでしょうか?」
池端記者「発達障害の子どもの中には、強いこだわりがあったり、経験したことがないものに極度の不安を感じる子も多くいます。まずはこうした不安を取り除くことが大切です。そうした中、早い段階から子どもが食べやすいように調理して偏食を改善していこうという取り組みが始まっています。」

発達障害などの子どもたちが通う、広島市の療育センターです。
質問票を出しまして、ここはまず、子どもの食事の傾向を親から聞き取ります。
それを基に一人一人の子どもの感覚の特性に応じて、給食の調理方法を変えています。
この日の献立はすき焼き。
例えば固いものが食べられない子どもには、食材をミキサーにかけたりふやかしたりして食感をやわらかく仕上げます。
反対にやわらかい舌触りが苦手な子には素揚げしてサクサクの食感で提供します。
さらに、イラストなどを使って食べられる食材だということを示し、子どもに安心感を与える工夫もしています。
こうした工夫を重ねることで、偏食の子どもの九割以上が特別な調理を施さない通常の給食を食べられるようになっているとのことです。

母親「本当にこんなにいろんな食材を食べられるようになるとは思っていなかった」
母親「食べることが好きになってきてくれた。そこからどんどん『給食は楽しいからおいしい』(感想が)出てくる」

高瀬アナウンサー「食べられてよかったなーという、いい笑顔でしたね。こうして早い段階から、子ども一人一人の特性を理解して対応していけば、こういった偏食、改善することができるんですね。」
池端記者「このセンターでは、入園時は偏食の傾向が強く、一品しか食べられない子も少なくありません。例えばこの子はカレーライス、この子にはオムライスというふうに最初はそれしか食べられない食事を作ってあげるところからスタートして、徐々に食べられる食品を増やす地道な取り組みが行われているんです。その結果、九割以上の子どもが二年ほどで普通に給食が食べられるようになっているということです。」
和久田アナウンサー「九割以上というのは、こうしたきめ細かな対応の大きな成果ですよね。ただ、学校現場などでここまで対応しようというのは、大変ですよね。」
池端記者「そうですね。確かにここまできめ細かい取り組みは、どこでもできるというものではありませんけれども、例えば事前に献立を見せて、どんな食材が使われているのか、子どもに説明してあげるだけでも、不安が取り除かれて、食べやすくなるケースも少なくないということなんですね。このセンターの栄養士さんたちは、取り組みをぜひ、全国にも進めたいというふうに思っていらっしゃって、今月中にも培ってきた具体的なノウハウをまとめて、インターネット上で公開する予定だということです。」


発達障害ってどうしても「精神的なものが普通の人と違う」みたいに捉えられがちだけど、気持ちみたいなものは結果的にそうなっているだけなんだよね。
今回は「偏食」を扱ったけど、偏食に限らず、臭いも音もそれを受け取る「脳そのもの」に先天的な異常があるので、当然「どう感じるか」が違ってしまうっていう。
しかも体調や精神状態によっても感じ方が左右されるので「嘘を言っている」と思われかねないっていう。
とても理解してもらいづらい種類のことだから、本人も「わがまま」「甘えている」みたいに非難をされるし、同時に親も「しつけをちゃんとしてやれない」みたいに見られて非難されがちなんだよね。
多分私もそういったことで母につらい思いをさせてしまったと思う。
そういう「自分も他人も不幸にする障害」なんだよね。
生まれてきてごめんなさい。
ってことで。
今回の番組を見てもらってわかるように「感覚過敏」はイコール「才能」っていう種類のものではない。
でも、どうしても「そうとでも思わないと救われない」ってのもあるのかも知れないけど、ごく一部の「本当にすぐれた感覚を持っている」人がいるってのもあって「感覚過敏を活かしましょう」「強みにしましょう」みたいな話が登場することもあるけどね。
本当に「不幸」以外の何物でもないのだが。

自閉症と感覚過敏―特有な世界はなぜ生まれ、どう支援すべきか?



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2017年03月18日

大人の発達障害と就労支援・雇用の実務

大人の発達障害と就労支援・雇用の実務



タイトルからもわかるように、これは発達障害者自身が読むような種類のものではない。
実際読んでみて「これは役に立つ」っていう内容もなく。

 そこで、発達障害者の雇用に関心を持つ事業者の方々に道標として少しでもお役に立てればとの思いから、発達障害者の特性と法的制度を包括的に解説する書物を編むことを企画いたしました。(1〜2頁)

という内容です。
法律的なこととか、かなり専門的な内容も盛り込んであるし、発達障害者を雇う側にとって重要なカネの話なんかも登場なので、企業の方や企業に発達障害者を送り込む立場の人たちなんかには意味のある内容かとは思うんだけどね・・・。
ちょっと無駄な感じの内容が時々出てくるのと、どうしても避けきれないのかも知れないけど誤解を生みかねないような内容もあるので、もうちょっとそのあたりスッキリさせた方がより実用的だったのではないかと。

人事とか、企業の偉い人とかにとっては必要な内容が多いけど、現場で発達障害者に直接関わる人たちにとってこの本でいいかっていうと、この本だけでは足りないというか、内容が今一つ具体的ではない感じが。
具体的なことも出てはくるんだけど、ちょっと的外れな感じの内容だったり。

企業で働く発達障害者に結構多いと思われる「過剰適応」は一切登場せず。
過剰適応になったとしても「打つ手なし」だから載せるだけ無駄ってことでしょうか?
確かにそうかも知れないんだけど「普通に仕事をこなせているのに本人は『つらいから辞めたい』って言っている」みたいな状況ってあると思うんだ。
で、企業側は「どうしたら?」っていう。
私もそうだったけど、発達障害者自身が「自分が過剰適応を起こしている」っていうのを全く気付いていない(というかそういう言葉自体も知らなかったり)ってことが殆どだと思うんだよね。
そういう時に企業の担当者が「この人は過剰適応を起こしているのかもしれない。じゃあ仕事のさせ方はこういうふうにしてみたらどうだろう?」とか本人に過剰適応であるというのを伝えて、一緒に「仕事を辞めずにどういう対応が考えられるか」みたいなのを考えていくとかってのは重要だと思うのだ。
例え、その仕事が結局辞めるしかない状況になったとしても、その発達障害者がその後、私みたいに無駄な転職を繰り返すってことを避けられる可能性が出てくるでしょう?

本人にはわざと周りの人に迷惑をかけたり、不愉快な思いをさせる意図はないということを理解してあげることが大切です。(12頁)

うん。
そうなんだけどね、それって周囲の人が一方的に我慢するだけになっちゃって、最終的にはロクなことにならないパターンかな。
「悪気がないのが一番悪い」って思う。

33ページからの「2 発達障害者の子どもの頃の特徴について教えてください」、36ページの「3 発達障害者の成長と症状の変化についての関係を教えてください」あたりは必要かねぇ?
企業で雇うって時に子供の頃のこととか必要?

39ページに発達障害の診断の流れが載っているんだけど、これが一般的な流れとは異なるように思える。
かなり最新の情報を盛り込んだ本だから、私の時とは違うのかな?
「成育歴の問診」は普通にやるからわかるんだけど、それ以外の検査に一般的にやっているハズの「WAIS-III」が全く登場せず「こんなのあったっけ?」って感じの検査がたくさん書かれている。
MRIなんかも使っているところもあるのかも知れないけど、一般的ではなくかなりの特殊例だよねぇ・・・。

 軽度の発達障害の方がレジリエンス力を発揮する例としては、−中略−
 ・暗記力の良さを活かし「誕生日などにポジティブなメッセージを送り、仲間から良きサポートを得る」
 ・感覚の敏感さを活かし「味覚のテイスティングや音楽にかかわる仕事につく」
などがあります。
(41〜42頁)

まあ、あくまで「例」ってことで挙げてあるんだけどさぁ・・・こんな書き方をすると、発達障害者は全員記憶力がいいみたいに誤解させかねないよねぇ。
「感覚の敏感さを活かし」って感覚過敏はあくまで「過敏」なのであって「優れている」のとはまるっきり違うんだけどね。
このあたり、実際に「異常に優れている人」も時々いるので混同されがちだけど、私も「ダメな音」「ダメな臭い」は多いんだよ。
でも、耳がいい方じゃないし、鼻だってよくない。
「定型発達者が平気なもの(音・さわり心地・臭い・味等々)」が、とても不快に感じられて耐え難いってのが「感覚過敏」だと思うのだ。

48ページ以降、ヨーガ(ヨガ)の具体的なやり方が紹介されている。
実際、発達障害者にはこういったものが有効なのかも知れないけど、この本でこういうことを詳しく紹介する必然性ってあんのかな?
「ヨガなどを取り入れると、こういう効果が期待できます」程度でサラッと紹介するだけじゃあダメだったのかな?

59ページの「6 発達障害者が日常生活で気をつけることは何ですか」は、内容的に何だかなぁ・・・って感じで。
「あいさつをきちんとしましょう」って言われてもねぇ。
これを職場の人が雇った発達障害者に対して指導するのかねぇ。
発達障害者もピンキリなんであくまで私の場合だけど「あいさつをしなけりゃいけない」ってのは理解できるんだよ。
問題は「感情をこめてあいさつをすることが凄まじい苦痛を伴う」っていう。
まあ、こういう感覚的なことは定型発達者には全く理解できないだろうけど。
だから「あいさつをきちんとしましょう」ってのは私にとっては無意味な内容だな。
それよりも「いかに『あいさつ』という形式をこなすか」ってのが重要だった。

72ページの「図表3-3 発達障害者のプラス特性とマイナス特性」がひどいなと。
プラス特性のE障害者同士の結束力が強い
アスペ同士って衝突するものって相場が決まっていると思うんだけどな。
結束力が強いのか。
初めて聞いた。
更にひどいのがF純粋で優しい
え〜と・・・何を根拠に????

この本を読んだ感想としては「へぇ〜。企業にはこんなに助成金が入るんだぁ」っていう。
その程度かな。
あくまで企業に入るんであって、働く発達障害者には別段恩恵がないという。

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2017年02月27日

隠れアスペルガーという才能

隠れアスペルガーという才能 (ベスト新書)



著者の吉濱ツトム氏の「信者」から大変薦められて、ぜひ著書も読んで欲しいとのことだったので、全然順番が回ってこなくて今頃・・・って感じではあったけど読んでみた。
熱狂的な「信者」がいる一方で、よくない話も聞くので、正直「どうなんだろう」って感じだったし、ネット上での「信者」の言動や、この人自身が発信した情報を見て「あまり信用できないな」っていう感じでいたが、その情報だけでは何とも言えないので、まずは本を読んでからということで。

この本は読みやすいと思う。
さら〜っと読めるが、後に何も残らないというか、かなり偏った見方をする方だなっていう印象を持ったが。
この人のカウンセリングで劇的によくなる人も実際にいるんだろう。
でも、よくなる人ってのはIQが高くて才能もあるような人限定かなって感じもする。
確かな話ではないので違うかも知れないけど、この人のカウンセリングはかなり高額だとも聞く。
そういう負担に耐えられる人ってことになると、そう多くはないのかなと。

医学的にもっともらしい話をかなり詳しく(どういう成分が〜みたいな)書いている箇所が多々あるが、この人は別に医者でもないし、実際医者でも怪しげなことを主張する人はたまにいるぐらいなので、この人の主張をまるごと信用して大丈夫とは思えず。
ただ、私が思っていたほどはひどくないかなっていう印象だけど。
もっとひどいかと思っていたので。
「ローカーボ」ってのを推奨しまくりだけど、これも健康被害も報告されているような「素人がむやみに手を出してはいけない」という種類のものなので、生半可な知識でやらない方がよろしいかと思われ。
多少炭水化物の量を減らすぐらいなら問題ないんだろうけど。

アスペルガーのことを「アスペ」と略して書いてある箇所が多々ある。
すげぇ違和感。
確かに普段「アスペ」って表現はよく使うけど、こういう本にそういう略し方をされると、変な感じがする。
(個人の感想です)

 それと言うのも、アスペの人は、体が弱いわりに肌ツヤが良くて年齢より若々しく見える傾向があり、どういうわけか美男美女が多く、筋肉がしっかりあってスタイルも良い。(68頁)

年齢より若く見える人が多いのは事実かと思う。
やっぱり精神年齢が大幅に低いと思うから。
ただ「美男美女が多く」「スタイルも良い」ってのはどうかなと思う。
この人が普段接している人たちの多くがそうなんだろう。
つまりは、そうじゃない人たち(周囲から不当な扱いを受け続けてボロボロになって、こういうカウンセリングにすらたどり着くこともできない層)はそういう外見じゃないだろうなっていう。
美男美女が結構いるのは認める。
ただ、あくまで私の個人的な感想なので統計的にどうとかって話ではないけど、不細工がとても多い。
つまり両極端。
女の発達障害者は結構な割合でブサイクな上にデブってのがいた。
私が接してきた発達障害者はSST(無料のヤツ)とか職業訓練とかの時に一緒だった人たちなので、この人のカウンセリングに来る層とは違うってことだと思う。

最悪のパニック症状がぴたりと止んだと同時に、まったく前触れもなく「手かざし」で病気を癒せるようになったのです。(76〜77頁)

すばらしいですね!
手をかざすだけで病気を治せるんですか!!!!
正直「うわぁ・・・」って感じで、これだけでもうこの人の言うことは何も聞く耳を持てないワケですが。

アスペルガーの人の多くは通常より高いIQ(知能指数)をもっています。統計によると、真性アスペはIQ140以上という天才が多く(117頁)

その統計の出どころを詳しくお願いします。
そもそも統計の取りようもないと思うけどね。
発達障害者の大部分は診断も受けずに死んでいくだろうから。
確かに知能の高いアスペルガーもいる。
でも知能の低いアスペルガーもいる。
そして、とても知能が低いと私達のような「軽度発達障害」ではなく「重度発達障害」という別のカテゴリーに入れられてしまうので、確かに統計なんか取ったら「IQが高い」ってことになっちゃうだろう。
足切りをされている状態だからね。

このあたり、本の中にはアスペルガーの特性みたいなのを大量に列挙されているのだが、かなり偏っているというかそんな「いい面」「優れた面」ばっかりなワケなかろう?って感じ。
該当する部分もなくはないけど、何だかなぁ・・・っていう。

 写真記憶ができないアスペルガー人でも、通常より高い視覚的記憶力をもっています。(119頁)

ああよかった!
私は全然高い視覚的記憶力なんてないからアスペルガーじゃなかったんだね!ってワケあるかボケぇ!(激怒)
なんだかずっとこういう調子で、内容が断定的というか「そういう能力のある人も一部にいます」「こういう傾向があります」って感じではなく「こうなんです」的な。
違うだろ?って内容が多すぎ。

糖質を摂るとセロトニン不足になるから糖質は制限しろ!みたいな話が出てくるが、調べてみたら糖質制限するとセロトニン不足になるって話もあって、この本に書いてあることを鵜呑みにするのはどうかという感じ。
つーか、この本の内容は基本鵜呑みにしちゃいけないものばかりな感じだけど。

 コンビニでは、100個注文するはずの商品を、なぜか毎回2000個も発注。スーパーでは、店長の命令口調にキレで商品を投げつける。道路工事の現場では、車を正面衝突させそうに。(154頁)

僕がこんなに仕事ができなかったのは、重度の「どアスペ」だったからです。(155頁)

アスペのせいじゃないんじゃないかと思うが・・・。

アスペはもともと記憶力が良いのですが、記憶術を使えば、さらに7〜8倍に能力が高まります。(182頁)

うん。
私はものすごく記憶力は悪いけどな・・・。
すげぇ決めつけだよな。

 僕のもとへは、発達障害かどうかで悩む方がよく来られます。そこで、まずは発達障害か定型発達か、発達障害ならアスペルガーかADHDか、あるいは両方か。アスペルガーなら真性アスペか隠れアスペか−中略−正確を期すために、僕が紹介する医療機関で診断テストを受けていただきます。−中略−
 続いて、やはり医療機関で身体の状態を調べていただきます。
−中略−
 最近は、「遅発性アレルギー」の検査もしてもらいます。
(185頁)

思いのほか、事前にきっちりやってんだなっていう印象。
もっとこのあたりはいい加減なのかと思っていたので。

・マニュアルが具体的である
・自分のペースで仕事ができる
・自分のスペースが守られている
・少人数である、または、自分の存在が目立たないくらい大人数である
・外部からの刺激が少ない
・突発的な変更がない
 これから就職する人は、この環境設定になるべく近い職場環境の仕事を選ぶことをお勧めします。
(213頁)

うん。
そういう環境はいいとは思うけど、現実問題無理でしょ?
そんなの探してたら永遠に仕事には就けないだろうけど。

この本を読んだ方がいい人はどんな人かなぁ?
この人のカウンセリングにうまいこと合いそうな、知能も高くて見た目もいい人かな。
つまりはその逆の人は読んでも無意味かな。
ということで、大部分のアスペルガーは読んでも無駄ってことで。


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2017年02月25日

まさか発達障害だったなんて

まさか発達障害だったなんて (PHP新書)



発達障害の当事者であるさかもと未明さんと、その診断を下した医師の星野仁彦さんが書かれた著書。
さかもと未明さんは有名な方らしいのだがよく存じ上げなかったし、発達障害なのも知らなかった。
たまたまラジオ番組に出演されているのを聞いて、その時に発達障害のことなどを語られていたのでちょっと本を読んでみようかなと。
で、本の順番待ちをしている間に、どんな感じなのかな?って思ってネットで見られるこの方のマンガをちょいと読みまして・・・「爆発しろ」以外の感想は出てきません。
そういう状態で読みましたので、かなり偏見に満ちた状態で読んでいるというか、内容があんまり頭に入ってこない。
「どうせアンタは優しいダンナに愛されてうまいことやってんだろ!!!!(激怒)」っていう思いで終始読んでおります。はい。

星野医師はやたらとコンサータ押しです。
最近周囲で同胞たちの口からよくコンサータってのを聞くようになったので、コンサータを取り巻く状況が変化しつつある時期なのかも知れないが。
この本を読んで「発達障害者は全員コンサータを飲むと症状が改善するのか」っていう誤解をされても困るなと思う。
結論から言ってしまうとこの本も他の本と同様「誰かにサポートしてもらいましょうね」っていう内容の本。
うん。
それができないから苦しみまくって何か救われる手だては他にないのかって思って、本を読んだりいろんなところに顔を出したりしているワケで。
それが出来たら苦労しねぇんだよ!!!!!!!(激怒)
今後、発達障害関連の書籍には「周囲の人からサポートを得られる前提で書かれています」みたいなのを必ず入れるっていうルールでも作ってもらえないだろうか?
そうじゃないと、何の参考にもならない本を大量に読み続けることになる。
まあ、そういう結論じゃない本って見たことないけどな!(怒)

では、本の内容に入る。

「たとえばテレビとか、アイドルとか、みんなが好きだと思うものに興味がないから」(33頁)

クラス全員が休み時間にピンクレディーの振付を練習している時に、私は一切加わらなかったねぇ。
当時、クラス全員に近いぐらいの人たちが見ていた戦隊ものを「幼稚だ」って感じてしまって見なかったけど、今にして思えば、ガッツリ視聴対象年齢だったのでは?と思うのだが、なぜあれを当時「幼稚だ」って思っていたのかもよくわからない。

 このように、深い人間関係を築けないことはアスペルガー症候群のもっとも大きな特徴です。たしかにASと重複する症状が多いと説明したADHDも、対人関係は苦手。しかし、ADHDの場合には友達をつくりたいという欲求はもっている。ところが、ASの場合は「人と親しくなりたい」という欲求自体が希薄なのです。(36頁)

某当事者会みたいなヤツで会話のトレーニングなんかやってくれるのだが、テレビで見ていてそれに参加している人が「会話がうまくできるようになってうれしい!」みたいな。
それを見ていて自分は無理だなって思ったんだよね。
その人たちより遥かに自分の方が会話はスムーズにできる。
自然にじゃなく無理をして定型発達者に合わせているだけだけど。
でさ、トレーニングをやっている当事者と私との決定的な違いってのは「会話をうまく成立させられたことを喜びと感じるか否か」っていう。
喜びを感じるから、あの人たちはトレーニングに励むことができて、それで実際に定型発達者と会話をして、ちゃんと会話が成立すると、多少無理をして会話をしているんだろうが何だろうが「喜び」につながるワケです。
私は違うよな。
喜びみたいなのがないんで、関係が続くと「無理して会話すんのとかしんどい」みたいになっていっちゃうんだよな。
こんなしんどい思いをするなら、誰とも接触を持たない方がいいのではないか?って感じ始める。
このあたりがADHDとアスペルガーの違いってことなのかな。

発達障害の症状は、プラス方向にうまく活用できれば、合った職業に就くことができ、優れた仕事につながることもある。(79〜80頁)

この先生は全体に「夢見がち」というか実態をわかってんのか?って言いたくなるぐらい何だか現実離れしたこをと考える人だなって思う。
定型発達者でさえ、適職になかなか就けずに過労自殺とかしてんのにか?
より状況が悪い発達障害者がそんなのに簡単に就けるわけないだろう?
可能性としては確かに「合った職業に就くことができ、優れた仕事につながる」ことは0%ではない。
限りなく0%に近いだけで。
だから「夢を語るな!」って思ってしまうのだが。

 じつは、発達障害あらゆる精神障害のなかでいちばん遺伝率が高い。(92頁)

だろうね。
私の母もおそらくそうだろうし、子供が発達障害って判明してようやく、実は母親もそうでしたっていうパターンもよく聞くし。

 すでに大人になってから発達障害の存在が発覚したとしても、治療を始めるのに遅すぎることはありません。(120頁)

より社会から離れていく一方で何の改善もありませんけど?
責任取れや!
この後、まずは自分の障害を受け入れましょうねって話。
その次に毎度お馴染みの非常に腹の立つ内容に突入なワケです。

 アスペルガーの治療は長く、ときに厳しい闘いです。本人の心の不安定感、孤立疎外感、劣等感、絶望感、無気力感などを経験し、うつ病、依存症、不安障害などの合併症を呼ぼうするには、サポートしてくれるよき理解者を得ることがもっとも大事です。(125頁)

このあたりで私の怒りは頂点に!
で、その「サポートしてくれるよき理解者」ってのはどこにいくらで売ってますか?
そんなものがいないから困ってんだろうが!!!!!!!(激怒)
さらに次のステップが本の中には紹介されているけど、サポートが得られない時点で終了〜ってことで。

 いま思えば、自分も行きたかった「大学」に私が通うことになって、母はうらやまいかったんじゃにか。私に向かって母が口にした理不尽な言葉は、母自身が親に言われた言葉じゃなかったか。(176頁)

私もそう思う。
言われた当時はわからなかったけど、後になって「あれって母が母の母から似たようなことを言われていたんだろうな」って思うことが多々あった。
「だから許そう」っていう気は一ミリもない。
自分がつらい思いをしたからって、自分の子供にそのまま同じ思いをさせていい理由などないと思っているし、たとえ発達障害があったからといって許していい話ではないと思っていないので許さない。

大人になっていても、四十代でも五十代でも、治療を始めるのに遅すぎることはない、ということはくりかえし強調しておきます。(212頁)

「ただしサポートをしてくれる人がいる場合に限る」ですかね。
私が救われないのは遅すぎたこともあるけど、誰も助けてくれる人がいないからだ。
この本を読んで、私のように遅く診断が出た人が「私も救われるかも!」なんて思って、私と同じ絶望に突き落とされないことを祈る。

 こうした長所をもつ彼らは、一つの技能や領域などに興味・関心をもつと、すべてのパワーとエネルギーを傾注し、邁進するため、優れた技師、学者、研究者、画家、音楽家、芸術家になることがしばしばあります。(219頁)

え?
発達障害者のうち、いったいどれだけの数の人がそんなふうになっている???
これはひどい内容だなと思った。
こういうおかしなことを言うから、発達障害の子供を持つ親が必死にいろんな習い事とかさせなきゃ!みたいに追い詰められるんだよ。
それで芸術家として花開く!とかにならなかったらこの先生は責任取ってくれるのか?

 また、研究の結果、歴史に名を残す偉人で発達障害を抱えていたとされる人物は多く、音楽家のベートーヴェンやモーツァルト、科学者のエジソン、アインシュタイン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、画家のピカソ、ダリなどはその典型と言われています。(219頁)

そういう「ごく稀」な特殊例をあげつらって「発達障害者は全員天才です」みたいな誤解を煽るのやめろ!
本当に迷惑だ。

外来でニートを一五〇名ほど診ていますが、そのほとんどは発達障害者です。(221頁)

これが実態なのにな。
コイツら全員に何かすげぇ才能があって、成功できるって思いながら診察してんのかな?

「あなたにいちばん必要なのは家族です。あなたと社会をつないでくれる、あなたをわかってくれる人が必要なんです」
 それはまったく真実で、私は夫を得ることで、精神と身体の安定を取り戻していった。
(278頁)

はいはい。
で?それが無理な人は?
「いちばん必要」なものがない人は?
どうしろと?

この告白の書が、悩みつづける家族の、戸惑う医師の、そしてなかなか理解が及ばないみなさんの一助となることを願っています。(286頁)

一助になんかなるかボケぇ!
本気でこの二人を張り倒してやりたいぐらいに思う。
私のような、サポートもなく放置されて絶望的な人生を送るしかない発達障害者にとって、ただただより精神的に追い詰められるだけの内容。
そうじゃない幸せな発達障害者には何か参考になる部分もあるのかも知れないけど。

私が必要としているのは、支えてくれる家族とか優しい恋人とか、そういうものがどうやっても得られない状況でどうすればいいのか?ってのを教えてくれるような内容なのだが、いまだにそういうものには巡り合えていない。

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2017年02月04日

死刑でいいです 孤立が生んだ二つの殺人

死刑でいいです―孤立が生んだ二つの殺人 (新潮文庫)



「私は生まれてくるべきではなかった」。そう言い残して2009年夏、25歳の若者は死刑になった。
16歳で母親を殺害し、少年院を出た後、再び大阪で姉妹刺殺事件を犯した山地悠紀夫元死刑囚。
反省はしないが、死刑にしてくれていい。開き直った犯罪者の事件が続く。秋葉原の無差別殺傷事件、茨城県土浦市の連続殺傷事件・・・。
彼らは他人と自分の死を実感できていたのか。死刑にするだけでなく、なぜそうなったのか、どうすれば防げるかを考えるべきではないか。そうでないとすぐ次の凶悪犯が生まれるだけだ。
事件を起こした山地悠紀夫死刑囚は少年時代に広汎性発達障害と診断され、後に精神鑑定では人格障害とされた。
16歳で母親を殺害した男が再び犯した大阪の姉妹刺殺事件を追い、日本社会のひずみをえぐりだす渾身のルポルタージュ。
裁判員裁判が開始された今、一般市民が死刑の評決を下さなければならない時代。だからこそ読んでほしい一冊!


発達障害と思われる(最後まで診断は割れる)人による殺人事件のことを書いた本。
当時、ニュースなどでも取り上げられたんだろうと思うけど、まだ自分の障害を知らなかったから関心も持っていなかったらしく、この事件に関する記憶が全くない。

数件の「発達障害者(と思われる)による犯罪」ってのがあり、それを根拠に「発達障害者(あるいは「アスペルガー」)は犯罪者予備軍」というようなことを言う人がいたり、「発達障害者は犯罪率が高い」という話も聞く。
これに関しては裏を取ろうと思って調べてみたけど、データが発見できず。
そもそも「発達障害者」の母数ってのがまともに出てくる状況じゃないからね。
未診断の人の方が多いんじゃないかと思う。
ってことは逆に言うと「犯罪者が全員発達障害者」という可能性も出てきちゃうんだけど。

事件の凄惨な部分なども出てくるので、そういうのを見聞きしたくないという方で「でも、発達障害については知りたい」っていう人は本の最後の方の第四章の部分だけ読むんでもいろいろ参考になるんじゃないかと思う。
発達障害の当事者会みたいなのをやっている人の話なんかが出てきて、事件自体とは直接的には関係のない内容。
ここに出てくる人たちは、マスメディアが喜んで取り上げるような「感動ポルノ」のエサとして美味しい感じの人も登場しないし、ごく稀にしかいないであろう「特殊な才能に恵まれて成功した障害者」も登場しない。
「普通の発達障害者」って感じなので、実態を知っていただくのにいいように思う。
ただ、会の運営みたいなのが順調な感じに見えるので、当事者会に一度行ってみてどうも馴染めなかった私としては、アスペとADHDであればまだしも、アスペ同士では衝突しがちってのがあるので、ここまでうまく行くのって難しいというか、この本に登場する会ではどうかわからないけど、実際には当事者会のようなものにすらうまく適応できずに落ちこぼれていってしまう人もいるんじゃないかな?と思った。

山地悠紀夫という人は、最近読んだCOCORA 自閉症を生きた少女と同様に、環境に恵まれなかった人なんだなという感じ。
本の中でも周囲の状況によってものすごく差が出るというような話も出て来るけど、私もこうなりかねなかったんだなと。
特に私は「紙一重」なレベルだろうなと思う。

 ───山地は「どうしてこの時、こうしなかった?」と理詰めで聞かれると「思いつかなかった」と答えます。(93頁)

私もよく似たようなことを問われて、実際に「思いつかなかった」ってことがある。
定型発達者(発達障害者ではない人たち)にとっては「考えればわかるだろう?」っていうことでも、本当に思いつかないことがよくある。
そうして非難される。
本当に「思いつかなかった」とは誰も信じてくれない。

「法律を守ることは」
「そんなに重いと思ってない。これまでは別に破る理由もなかったし」
 少年院の規則には従うのに、法律や社会規範には考えが及ばないようだった。
(137頁)

「矛盾している」という感じなんだろうか。
私もいろんな決まりは普通の人より守ると思う。
守っているように見られない(なまけたりしているように見られる)けど。
でも法律って守る必要があるものだとは思えない。
今でも人を殺してはいけない理由ってのは、私にはわからない。
(たぶん)殺しはしないけど、普通の人だって人を殺さない理由って「殺人は罪になるから」とかっていう理由ではないと思う。
それとも普通の人は法律で殺人が禁止されてなきゃ人を殺すのかな?
「人を殺してはいけない」っていうきまりがあるのに、どうして死刑は執行できるんだろう?ってのも不思議ではあるけど。

 私たちは毎日、ストレスを抱え、むしろそれを楽しみながら仕事をしたりする。彼らはそういうことができません。(181頁)

何だそりゃ?
仕事のストレスを楽しんだりできるの?
ありえない。
絶対にそんなことはない。

 ───具体的に役立つ子育てのコツはありませんか。
 愛嬌がある子に育てるのは大切ではないでしょうか。愛嬌があれば、ちょっと失敗しても嫌な感じを与えず、誤解されないで済むかもしれません。
(184頁)

これ重要。
同じことを言ったりやったりしても、クソみたいな定型発達者の皆様は「愛嬌」みたいなものでしか判断しないので、そこで手助けをしてくれるか、排除していじめるかに分かれたりするのだ。
だから発達障害のある人が定型発達者の中で生きていく能力として定型発達者から見て「可愛げがある」「助けてあげたくなる」「大目に見てあげようという気にさせる」という「雰囲気」のようなものを獲得できるかどうかってのは大変意味がある。
それができなかった私は当然のことながら、いじめられるだけの状況になるワケです。
しかも定型発達者の99%は人をうわべでしか見る能力がないので(個人の感想です)、自分の性格や考え方なんて変えなくても、本当に表面上の言動だけで簡単に騙されてくれるという、本当にクソみたいな生物なので、特性をうまくとらえることができると(自分のじゃなく相手のだよ)結構うまいことやれるものだ。

 少年時代にアスペルガー症候群と診断され、成人後に人格障害とされるケースもある。人格障害かアスペルガー症候群かは判断が分かれることがあるのが実情で、別の鑑定結果もありえたと話す精神科医も複数いる。(259〜260頁)

この事件の時から何年も経つが、今でもやっぱり診断はとても難しい。

 発達障害は「生涯、サポートが必要な人たち」です。訓練でカバーできる部分はありますが、社会への適応力は簡単には身に付きません。(294頁)

うん。
本当にそう思う。
誰もサポートしてくれないけどね。
常に「社会通念上はどうなんだろう」なんて考えるけど、考えたってわからない。
自分の言動が常識的に合っているのか外れているのかもわからない。
いつも最適解を探し続けているが、正直しんどいし、自分一人の力ではどうにもできない。

 不登校の子や不登校をしたかったけどできなかった人も多いです。ひきこもりとかニートは、ある意味、恵まれていると思います。家がないとひきこもることもできない。(334頁)

私も家にいられなかった方なんで、これはよくわかる。
何だかんだ言っても死なずに家に留まるってことは、それだけ恵まれているんだと思う。
私みたいに「野垂れ死ぬ覚悟」で家を出なくて済んだってことだから。
それでも家族とうまく行っていないって話はよく聞くから「ひきこもりができる環境があるから幸せ」ってことではないけどね。

 親は親で育てにくいですよ。自慢の子に育てたい親には「こんな子はうちの子じゃない」となる。事件を起こすかどうかは紙一重だと思いますね。友達とか、いい先生がいたら、何とかやっていける。どうすればうまく人とやりとりできるかというのはなかなか教えてもらえないですね。(334〜335頁)

今でもそういうことはあるようだけど、やっぱり昔は「親のしつけがなってないから」なんて親も叩かれまくったようだし、実際私も母にそういう思いはさせまくったんだろう。
自分に非がないこととは言え、やっぱりいいことではない。
本当に発達障害というのは「自分も周囲も不幸にする障害」だなと思う。

頑張っても「普通」にはなりません。全部に近いエネルギーを注いで普通を目指すのは嫌じゃないですか。でも、実際はほとんどの人がそれを強要されて育てられる。(340頁)

私は完璧に「普通」を演じられるようになったけど、本物の「普通」ではないから、どこまで行っても「人間モドキ」でしかないし、常にものすごい無理をし続けるっていうね。
そんなことをやり続けたら潰れてしまうし、実際に私は二次障害を発症してしまったし。
考えて見て欲しい。
「普通」の人が宇宙人の中に放り込まれて「宇宙人そっくりな言動」を強要され続けたらどうか?

 最後まで山地の「本音」を聞けず、死刑が執行されたのは本当に残念でならない。(350頁)

死刑が執行されなかったとして「本音」を聞きだすことってできたんだろうか?
定型発達者の「感情」を表現する言葉にはたいてい「名前」が付いている。
「悲しい」「嬉しい」「せつない」「嫉妬」「優越感」等々。
私達の「感情」を表現する言葉には「名前」がついていないことが多いなって思うのだ。
まあ、私はかなりズレているというか、定型発達者から遠い感覚を持っているタイプかと思うので、定型発達者と感情面で共通する部分が多いタイプの人はそうでもないだろうけど。
何かをしていて、自分の中に何かの感情が湧いてきたのは知覚できる。
運がよければそれが「快」か「不快」かのどちらに分けられる種類のものかぐらいまでは判別できる。
でもその感情が何という名称のものかっていうと「名前」はないので説明ができない。
中には「どういう感じのものか」までは説明できるものもあるんだけど、それすらできないものとか、最近は「快」か「不快」もわからないものもある。
でも何かの「感情」は湧いている。
私達には「心」はあるが、「心」の内容が定型発達者とは違うので説明ができないものがある。
山地という人も、人を殺した時に何か思ったことがあったのかも知れないけど、それが定型発達者に説明できる種類のものだったかというと、それはわからない。

この事件について書かれた本は他にも出版されている。
読んでないけど。

我思うゆえに我あり 死刑囚・山地悠紀夫の二度の殺人



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2017年01月29日

COCORA 自閉症を生きた少女

COCORA 自閉症を生きた少女 1 小学校 篇



この本が、期間限定で無料で読めるということで読んでみた。

自閉症スペクトラム〜発達障害の当事者による「壮絶な告白」(天咲 心良) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)
第1部「小学校編」は、1月27日〜2月9日の期間限定で、有力電子書籍書店で無料で公開しています。

かなり感覚過敏が重度な方だねぇ。
私もあんまり人の顔の判別はつかないけど、相貌失認も最重度っていう感じ。
その上、親とか家庭環境には恵まれなかったんだなっていう。
小学校の最初の先生とかひでぇなと思って読んだけど、私もここまで過激じゃなくてもやっぱり似たような扱いは受けたしねぇ。
読んでいて、どうしても自分のことに重ねてしまった。
ひょっとして世間一般では「いじめ」っていうと子供同士のことみたいに思っているのかも知れないけど、担任が扇動するってのは実際にあったんでね。
この本の著者をひどい目に遭わせた教師も、私に対して滅茶苦茶な対応をした教師も、多分他のとこでも同じようなことやってんだろうなと思う。
全国に結構な数の被害者がいるんだろうなと。
私がひどい目に遭った教師って、まだ二十代と若かったんで、あの後も教師を辞めていなければ、ずっとあんなことやってたんだろうな〜と思うと、本当にやりきれない。
その後、とてもいい先生にも出会えたりで、ちょっとほっとしたけど、本は途中までしか読めていないので、この後どんなことになるのかは全くわからない。

私と同様に大人になってから自分の障害を知ったようだが(と、いっても私みたいにとっくに40歳を過ぎてからっていう悲惨な状態じゃないだろうけど)、反応が私とは大幅に違うなと。
私は結果的に「間違いだった」って状態にはなったけど、診断が出たからこれで救われるって思い違いをした。
何も救われなかったワケだけど。
この人は診断が出ても別に救われないのはちゃんとわかっている感じで。
それと、私は自分の障害がわかったら敵は障害そのものではなく、自分を非難してきた他人(定型発達者)なんだけど、この人は障害そのものが敵なのかなと。
確かに他人からヒドイ扱いを受けるのとか、障害特性のせいで「わがまま」「自分勝手」「常識がない」「ひねくれている」って見えるので、そのせいってのもあるけどさ、それでヒドイ扱いをしていいって理由はないと思っている。
私は今でも100%周囲の人たちが悪いと思っているし、今頃全員むごたらしい死(以下自粛)。

この人はとても文才のある人だとも思ったが、発達障害者は全員文才があるっていう話は聞いたこともないんで「この人は文才のある人」ってことで。
世間には結構な割合でアホがいて「発達障害者って全員こんなふうに文才があるんだ!」とか思ったりしかねないので。

ここまで悲惨な人って、そんなに多数派ではないと思うけど、テレビなんかで取り上げられる発達障害者ってたいがい家族とうまいこといっているとか、そもそも理解のある親だったり、結婚してたりとかっていう「滅多にいないぐらい恵まれた環境の人たち」だからねぇ。
それに比べるとかなり実態に近い方かなと。
結構な数の人が、こういう状況に晒されて、若いうちに死んでいっちゃったりしてるのかもねぇ。
ホームレスはかなりの割合で発達障害者って話も聞くしねぇ。

私も幻聴とか幻覚とかあったけど、あれって発達障害のせいだったのかねぇ。
最近何にも見えないし聞こえないけど。
でも本の中に出てくる内容は、一部は幻覚とか幻聴じゃなく心霊現象じゃないのか?って感じだけど。

COCORA 自閉症を生きた少女 2 思春期 篇



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2017年01月19日

発達障害 うちの子、将来どーなるのっ!?

発達障害 うちの子、将来どーなるのっ!? (こころライブラリー)



読んでみたので感想を。
そもそも何でこれを読もうと思ったのか記憶にないのだが、正直私には何の役にも立たない内容だった。
最初に著者のADHDのお子さんが登場で、ADHDの気がない私には関係ない内容かぁ・・・なんて思いながら読み進んでいったら、子供の進路の話みたいなのしかなく、結局最後まで私には何の関係もない話。
この本はまだ子供とか学生とかの当事者と、その親御さんにとって意味のある内容かと思う。
かなり具体的に学校や就労支援について書いてある。
だから、発達障害のお子さんを抱えて「この先一体どうしたら?」っていう感じの方にとって参考になるような内容かと思うのだ。
ただ、確かにちょっと「うまくいっているものばかり」にはなっているよね。
地方なんかだと、サポート体制自体が貧弱だったり、障害者向けの職業訓練なんかも実際に私もさんざん行ってみたけど、結構ひどい内容のところもあったり。
そういう「負の側面」は一切出てきません。
だから、この本を読んで「自分の子供も大丈夫!」みたいに思ってしまって、残酷な現実に直面してしまうと「こんなハズでは・・・」ってなっちゃうかなぁとは思う。
ガイドブック的に捉えて読む分にはいいかなと思うけど。

ADHDだけの人ってそれほど疲れないのかも知れないけど(個人差も大きいかなと思うけど)、私なんかもそうだけど「普通にする」(普通に挨拶とか普通に会話とかその程度)というのはかなり無理をしないとできないことなので、当然のことながら仕事以前に非常に疲れる。
だから会社で働いても仕事自体以前にそういう「余計なこと」でかなりエネルギーを消耗する。
結果、例え定時で帰してもらえても健常者と同様の働き方をするのって、正直しんどい。
どの企業もそのあたりを全く理解していなくて「定時で帰れるんだからいいだろう?」「仕事の伝え方とか配慮してやってるんだから大丈夫だろう?」みたいな感じなんだよね。
そういう「現実の企業の理解のなさ」みたいなのとか、もちろんこの本には一切出てきません。
障害をオープンにする話しか出てこないけど、オープンにしない人たちの「事情」みたいなことも出てきません。
だから、これ一冊で全て解決!ではないけど、じゃあどういうのを合わせて読めば・・・ってのは私にはわからないねぇ。
何しろ事前に若い人向けってのがわかっていたら、その本は読まないからねぇ。

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2016年12月12日

NHKスペシャル 自閉症の君が教えてくれたこと

以前にも東田直樹氏を取り上げた番組が放送されていたが、今回はその続編ということで。
もっと早く放送される予定だったのだが、トランプ氏の件で放送延期ということで、ようやく昨日放送された。
因みに前回のがこれね。

NHKスペシャル | 自閉症の君が教えてくれたこと
今回見逃したという方は再放送もあります。
12月14日(水) 午前0時15分〜

今回の内容はディレクターの丸山氏なる人物の話とか出てきて、文字で書いても分かりづらいかな?って感じはするのだが、一応書き起こしたので。
全部読んでもらうのもしんどいかなと思うので、最初に感想だけ書いておくか。

丸山氏がガンになって「ハンディキャップを背負った」ってのと、東田氏の生まれつきのハンディキャップってのとを絡めて仕上げたかったんだろうけど、噛み合ってないっつーか、全然意味ない感じがした(個人の感想です)
丸山氏はいわゆる「感動ポルノ」を求めているのかな?っていう感じもしたのだが。
東田氏の言動から「勇気をもらいました」的な展開を求めているのかな?と
でも、感動ポルノではなしに「一人の作家」として認められることを望んでいる東田氏との間にズレが生じているというような感じか。

今回もアスペルガーを「軽度」って言っちゃってるねぇ。
前回も同じことをして叩かれたと思うのだけど。
アスペルガーかどうかってことと「自閉度」の軽さとは関係ないからねぇ。
因みに私は自閉度はかなり重度だ。

番組中で「自閉症スペクトラム障害」っていう表現を使っているけど、これって「自閉スペクトラム症」に変更になったんじゃなかったっけ?

前回も見ていて「自閉症の人が全員同じ考えを持っているワケではないだろう」って思ったんだけど、今回も自閉症のお子さんをお持ちのミッチェルさんは「直樹のおかげで自分の息子の考えがわかった!」的な。
うん。
私も同じ種類の(かどうかようわからんが)カタワなんだけど、少なくとも頭の中は東田氏とは大幅に異なるよな。
あんな「人間性の豊かな健常者」みたいな心は持っていない。
だからといって私は心がないってことではないんだけどね。
「心の内容」が健常者とは大幅に違う感じかな。
だから、この番組を見たり、東田氏の本を読んだりした人が私に対して、おんなじようなものだって思われると困るな。

この番組を見て、自閉症のお子さんをお持ちの親御さんが「うちの子もっ!作家にっ!」とかならないことを祈る。
彼のように文才がある自閉症者はあんまりいないと思われ。
この前のピアニストになった人とかみたいに、結局は親がいろいろサポートできるだけの時間的、経済的な余裕があるかないかってのもネックだと思うし。

ってことで番組の内容に入る。

彼は人と会話することができません。
自分の衝動を抑えることもできません。
重度の自閉症である東田直樹さん、24歳。
しかし、東田さんは文字盤を前にした途端話せるようになります。
自閉症者が高い表現力を持つのは世界的には極めてまれなことです。

東田「パソコンの変換のように次々と言葉が浮かんでくれる」
2年前、私達は東田さんを取材したドキュメンタリーを制作しました。
東田さんの言葉を通して、これまで闇に包まれていた自閉症の世界を明らかにし大きな反響を呼びました。
物語の始まりは東田さんのエッセー

自閉症の僕が跳びはねる理由―会話のできない中学生がつづる内なる心



この本を読んだ多くの人が初めて自閉症者の心の内を知りました。

何が一番辛いですか?
何かしでかすたびに謝ることもできず、怒られたり笑われたりして、自分がいやになって絶望することも何度もあります。
そばにいてくれる人は、どうか僕たちのことで悩まないでください。
自分がつらいのは我慢できます。
しかし自分がいることで、周りを不幸にしていることには僕たちは耐えられないのです。

(『自閉症の僕が跳びはねる理由』より)

このエッセーは多くの言語に翻訳され、30か国以上で出版されました。
そして自閉症の子供を持つ多くの人に希望を与えました。
子供が何を考えているかわからず、途方に暮れていた人たちが初めて自分の子供に備わった愛情や知性を信じられるようになったのです。
「私は直樹さんの本を通して息子の心の中に入りました。息子の声を聞き、彼の感じていることがわかりました。そして『息子よ、すまなかった』と何度もつぶやきました。」
それから2年、今、東田直樹さんはプロの作家として歩み始めています。
自閉症である自分の内面世界だけでなく、障害、認知症、病気などさまざまなハンディキャップを抱える人全体にも視野を広げ、エッセーや小説を書いています。
東田「文章を書くことは生きることそのもの」
苦しみを抱えた人がどう幸せを見つけていけばいいのか。
新たな挑戦を始めた一人の自閉症の作家の迷いと成長の物語です。


ディレクター丸山拓也(33)
6月、私は東田直樹さんのもとを2年ぶりに訪れた。
直樹さんは、エッセーや詩集など20冊の著作があり、既にプロの作家として身を立てている。
自閉症は状況の変化にうまく対応したり対人関係を築くことが難しい脳の先天的な機能障害である。


自閉症スペクトラム障害
アスペルガー症候群など、症状の軽いものを含めた自閉症の総称。
軽度のものも含め自閉症スペクトラム障害と診断されるのは100人に1人と言われている。


自分の気持ちをコントロールするのが難しい直樹さんは、母親がそばにいると気持ちが落ち着く。
この2年間で直樹さんは作家としての幅を広げた。
自閉症のみならずハンディキャップを抱える人全体がどう幸せを築けばいいのか、メッセージを発し続けている。
実は私には直樹さんを再び取材したいという特別な理由があった。
私自身も思わぬハンディキャップを抱えてしまったのだ。
丸山「直樹さんちょっと最初に伺いたいんですが、僕ががんという病気で闘病していたことはご存じですか?」
東田「はい。すごく心配していました。つらいときに大変だと思います」
前回の番組を制作した直後、私は胚細胞腫瘍というがんと診断された。
既に肺や肝臓にも転移し、5年生存率は5割以下と告げられた。
大量の抗がん剤と手術。
闘病は1年間続いた。
治療の甲斐があって、がん細胞は死滅した。
しかし再発の不安、治療の後遺症が残った。
そして去年11月、職場復帰した。
突然背負うことになったハンディキャップと私はどう生きていけばいいのか。
私は直樹さんの姿をもう一度見つめ直したいと思った。
直樹さんも、私の闘病について詳しく知りたがっていた。
東田「生きていく上での価値観は、死を前にした時に変わりました?」
丸山「率直に言うと(価値観は)やっぱり変わりました。というのは今までよりも今ある生活とか見の回りのことがいかに大切かということを感じるようになって」
東田「僕は人の価値観は、そんなに簡単に変わらない。(価値観は)積み重ねた人格のようなものだからです。」
丸山「なるほど」
いきなりガツンとやられた気がした。
私はどこか借り物の言葉で語っていたのかも知れない。
作家として自信をつけてきた直樹さんの成長を実感した。
私も覚悟を決めて話始めた。
丸山「自分を産んでくれた親よりもおばあちゃんよりも、もしかしたら先に死んじゃうのかなと考えて、普通は命って繋いでいかなきゃいけない。もしかしたら繋げないのかなと感じて」
東田「丸山さんは生きる上で大切なことは何だと思われます?」
丸山「いや、いろいろ結構考えるんですけど」
東田「命のバトンもその一つですか?僕は人の一生は繋げるものではなく、一人ずつが完結するものだと思っています」
取材の翌日、直樹さんは私に話したことに、更に思索を加えた文章を送ってくれた。


僕は命というものは、大切だからこそつなぐものではなく完結するものだと考えている。
命がつなぐものであるなら、つなげなくなった人はどうなるのだろう。
バトンを握りしめて泣いているのか、途方にくれているのか。
それを思うだけで僕は悲しい気持ちになる。
人生を生き切る。
残された人はその姿を見て自分の人生を生き続ける。


日本から9000キロ離れたアイルランド。
直樹さんの存在が世界で知られるようになったのは、ここに住む一人の作家との出会いでした。
「クラウド・アトラス」などの作品で知られる作家、デイヴィッド・ミッチェルさん。
ミッチェルさんにも10歳になる会話のできない自閉症の息子がいます。
息子が何を考えているのかわからず、子育てに半ば絶望していたミッチェルさんは、4年前、直樹さんのエッセーの存在を知りました。
日本で英語教師として8年間過ごし、日本語が読めたことが幸運でした。
なぜ息子は床に頭を打ちつけるのか、突然パニックを起こすのか。
全ての答えがそこにありました。
ミッチェルさんはすぐさま翻訳に取り掛かりました。
それがまた他の言語にも翻訳され、世界30か国で読まれるようになったのです。
今、ミッチェルさんと直樹さんは、往復書簡を交わしています。
直樹さんの言葉を通して、コミュニケーションがとれない息子のことを知ろうとしていました。
ミッチェル「自閉症者の子育てはおそらく健常者の子育てより“長い旅”です。その途中に高い山や深い谷があるのです。直樹のおかげで息子が成長した姿を頭に描くことができるようになりました。直樹の言葉で私たちはつらい道のりを耐えられるのです。」


(ミッチェル)
直樹、朝目覚めた時、夢を覚えているかい?
自分が自閉症ではない人になった夢をみたことがあるかな?


(東田)
僕はよく自分が普通の子どもになった夢を見ていました。
クラスのみんなとおしゃべりしたりふざけ合ったり。
とても幸せそうに笑っているのです。
しばらくして夢だったことがわかると僕はひどく落ち込みました。
今、僕が見る夢に健常者の僕は登場しません。
自閉症のままいろいろなところに遊びに行ったり、相変わらず騒動を起こしたりしているのです。
夢から覚めていつもと変わらない朝に感謝することから僕の一日は始まります。


二人の往復書簡の中にも
がんとともに生きる私が学べるものがあるのではないか。
私はそう考えていた。
この日ミッチェルさんから新しい質問が届いていた。
「if you could email advice to your 13year-old self what would you tell him?」
ラジオ講座を聞き続けたおかげで直樹さんは英語を読むことができる。
ミッチェルさんの質問は「13歳の時の自分にアドバイスするならどんな言葉を送るか」というものだった。
直樹さんが障害を抱えていることを自覚したのが13歳の時だった。
小学校の授業についていけず、知能が遅れているとみなされ、特別支援学校に進路を変えざるをえなかった。
自分には知能がある、心がある。
そう言いたくても訴える手段はなかった。
そんな13歳の頃の自分に送ったのは「ありのままでいい」という言葉だった。
しかしその後、当時のつらさを一つ一つ思い出した時、直樹さんの頭に違う言葉が浮かんだ。
「ありのままでいい」という言葉を消して書いたのは「人生は短い」という言葉だった。


僕が13歳の頃の自分に、何かアドバイスできるのであるなら、それは励ましの言葉ではありません。
つらすぎる毎日を送っている僕の耳には届かないと思います。
僕は人生は短いという事実を伝えたいです。
当時の僕にとって、過ぎ行く時の経過は果てしなく、いつまでも降りられないブランコに乗っているみたいでした。
君が乗っているブランコもいつかは止まる。
それまで一生懸命にこぎ続ければ、同じ景色も違って見えると僕は教えてあげたいです。


がんと生きる私もまた、いつ落ちるか分からない不安定なブランコに乗せられている気がする。
どうこぎ続ければ止まるのか、見える風景が変わる時はあるのだろうか。


直樹さんはこの夏、母親の実家がある北九州に帰省しました。
ここには認知症となった祖母が暮らしています。
祖母の認知症を母親は嘆いていました。
しかし直樹さんは悲しむべきことではないと考えていました。
悲しいと思うのは周囲の人の勝手な思い込みではないか。
自分なら認知症の祖母の幸せを見出せる自信がありました。

79歳になる祖母の京子さん。
7年前から記憶を失い始めています。

祖母の京子さんは早速直樹さんの大好物だったホットケーキを作ろうとしていました。
料理上手だった祖母。
以前、作ってくれていたホットケーキはいつもこんがりきつね色でした。
東田「昔の味と少し違います。でもそんなことは関係なくおいしかったです」
直樹さんは祖母の認知症を温かく受け止めようとしていました。
しかしその変わりようは想像以上でした。
探し物をしているうちに、何を探しているのか分からなくなる。
やかんの火を点けたり消したりを繰り返す。
会う前は自分なら祖母の幸せを見出せると考えていた直樹さんは、実際に過ごして見て「おばあちゃんはそれでも幸せなはずだ」と言い切れなくなっていました。
東田「現実をなかなか受け入れることがきません。僕はおばあちゃんが変わっていないと思い込みたかったのです」


私は月に一度、検査を受けなければならない。
自分が病気というハンディキャップを背負っていることを強く自覚する瞬間である。
医師「黄色いところが最初にあったがんの転移のところ。結論からいくと今回の再発はありません。大丈夫ですね。何か生活に困っていることは?」
丸山「やっぱりしびれですね」
幸い再発はなかった。
これでまた一カ月生きられると安堵する。
直樹さんはしばしば「自閉症でよかった」という言葉を語っていた。
直樹さんは障害を自分の強さに変えることができた。
私にも「がんになってよかった」そう思える日が来るのだろうか。
取材を始めて3か月。直樹さんは私達の取材にいらだっているように見えた。
自閉症をどう強さに変えたのか。
繰り返し聞く私に対して直樹さんは「自閉症者としてではなく作家である今の自分に注目して欲しい」と訴えてきた。
東田「丸山さんがなぜそこ(自閉症)にこだわりがあるのですか」
丸山「少しさっきと重複するかもしれないんですけど、直樹さんにしか言えない言葉を聞きたいんですよね」
東田「僕が自閉症で苦しんだのは事実ですが、生み出す言葉と直接関係はないと思っています」
直樹さんはこれから幅広く読者を獲得し、プロの作家として生き残っていくためには自閉症の作家という特殊な目で見られたくないと考えていた。
直樹さんの言葉に私は戸惑っていた。
自閉症であれ、がんであれ、ハンディはハンディでしかない、そう言われた気がした。


8月中旬、直樹さんは往復書簡を交わすミッチェルさんからアイルランドに招かれた。
是非自分の家族に会って欲しいというのだ。
2年前、日本で出会って以来の再会。
ミッチェルさんは、自分の自閉症の息子と直接会ってもらうことで自分にはなかなか見えない息子の心のうちを知りたいと思っていた。

ミッチェルさんの重度の自閉症の息子は今10歳。
子供の成長は親にとっては喜びのはずだが、ミッチェルさんには不安の方が膨らむ。
ミッチェル「うちの息子は今、10歳です。友達ができるのが結構難しいです。今から友情というものは、もっと簡単になる可能性がありますか?」
東田「それは友達ができて欲しいから言っているのですか?」
ミッチェル「自分の息子に友達ができたらいいなと思って質問してみたんだ」
東田「僕に友達はいない。僕のことは不幸に見えますか?」
ミッチェル「けっこう幸せそうみたいです」
東田「僕たちが感じているのは『友達がいないと、かわいそうで気の毒だ』と思っている人たちの勘違いです」
ミッチェル「多分、私の息子の友達不足は私の息子の問題ではなく、息子の友達不足は私の問題です。今からこういう立場で考えようとしています」
ミッチェルさんは自閉症の息子の幸せを自分の尺度でとらえようとしていたことに気付かされた。

ミッチェル「直樹は何を考えているのか表現するのがとてもうまくなりました。いい意味で少し生意気になりましたね。すごく良いことだと思います」
この日、ミッチェルさん一家と直樹さんたちの食事会が開かれた。
息子のノア君も一緒だった。
ミッチェルさんからはノア君の意思を確かめることができないため、撮影は遠慮して欲しいと言われた。
ノア君も直樹さんに会うことを楽しみにしていた。
しかし食事会の場に入れず外のベンチに座って母親と気持ちを落ち着かせていた。
30分が経ち、ようやくノア君が部屋に入ってきた。
3時間の食事会で直樹さんとノア君が言葉を交わすことはなかった。
期待していた友情の芽生えはかなわなかった。

食事会が終わり、家族同士が別れようとする時のことだった。
ノア君が直樹さんに近づいてきてその手を取り、お別れの挨拶を交わしたのだ。

ミッチェル「二人の間に何らかの“以心伝心”があったと思います。多くの人に自閉症者には感情がないといまだに思っていますが、あの瞬間はその誤解を打ち砕きました。二人が手を握り合っている姿は大きな喜びをもたらしました。私はこの記憶をいつまでも宝物として持ち続けるでしょう」

ミッチェルさんがふだん見ることのできないノア君の心を直樹さんが引きだしてくれた。
東田「(ノア君は)昔の僕に似ています」

ミッチェルさんには直樹さんが日本に帰る前に伝えておきたいことがあった。
ミッチェル「直樹君、何千万読者、世界中、ある意味では直樹君の自閉症はつらいです。ある人たちに私達にも。悪いことじゃない。もちろん自閉症が大変とよく知っています。本当に直樹君の自閉症に感謝しています。ありがとう」
旅に出る前「自閉症にばかり注目しないで欲しい」と訴えていた直樹さん。
ミッチェルさんの言葉をじっとかみしめているようだった。

2週間後、直樹さんは再び北九州の祖母を尋ねました。
アイルランドの旅は直樹さんに、自分にしか見えないものがあることを改めて気づかせてくれました。
夏に帰省した時には認知症になった祖母の京子さんのことをつらがっていた直樹さん。
京子さんの家事は相変わらずの危なっかしさです。
それでも京子さんが丁寧に入れてくれたお茶の味は格別でした。
自分もまた、知らず知らずのうちに、世間一般の物差しで祖母のことを見ていたのではないか。
そう思い直し始めていました。
それを確かめるために、直樹さんは一つの質問を用意していました。
東田「もしおばあちゃんが迷子の子供を見つけたら、何て声をかけるかな?」
京子「お母さんを一緒におばあちゃんは探してあげる」
記憶をなくしていようと、京子さんの優しさは昔のままでした。
おばあちゃんは変わっていない。
不幸だと決めつけていたのは、自分んも含めた周りの人ではないか。
直樹さんはそう確信していました。

祖母自身も物忘れがひどくなっていることは自覚しているけれど、周りの人には「お茶いれようか」「座布団どうぞ」など普通の人以上に気遣いをする。
悩むのは本人以上に周囲の人々なのかも知れない。
おばあちゃんの目に映っている風景を僕は知りたい。
なぜならそれはいつの日か、僕が目にする風景だと思うから。


直樹さんは今、作家として新しい挑戦を始めている。
これまで書いたことがない、長い小説の執筆である。
タイトルは『自閉症のうた』。
交通事故に遭った自閉症の少女が入院先の病院で、患者、看護師や医師、さまざまな人と出会いながら恋し、傷つき、成長していく物語だ。
ミッチェルさんは作家としても人間としても成長した直樹さんに、本格的に小説に挑戦することを勧めていた。
直樹さんにしか見えないものを誰もが共感できる物語に置き換えることを目指している。
取材の最後、私は一番聞きたかったことをストレートに聞いてみた。
丸山「僕の人生にとって前を向いて生きるために大切なことを教えて欲しいなと思っていたんですけど」
直樹さんはじっと考えていた。
数十秒後、その言葉は私に勇気を与えてくれた。
東田「人はどんな困難を抱えていても、幸せを見つけ生きることができる」


自閉症と僕を切り離して考えることはできません。
僕が自閉症でなければ、きっと今の僕ではなくなるからです。
僕たちは、かわいそうだとか気の毒だと思われたいわけではありません。
ただ、みんなと一緒に生きていたいのです。
みんなの未来と僕たちの未来が、どうか同じ場所にありますように。


番組の最後に東田氏が言っている言葉は「しおやきそば」って聞こえるけどわからん。

いつになったらマスメディアは「心が美しくない障害者」(これはもうZ武氏がやってくれたかな?)とか「周囲から嫌われまくっている障害者」「生活に困窮している障害者」「何の才能もない障害者」「家が貧乏で才能を潰された障害者」「家族から厄介者扱いの障害者」「作業所のシャレならん低い工賃で細々とやっている障害者」とか扱ってくれるんでしょうね?
まあ、その気配が全くないけど。

自閉症の僕が跳びはねる理由 (2) (角川文庫)



posted by ひと at 15:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月03日

「金スマ」特別編 栗原類が告白…脳が原因 母が支えてくれた発達障害

金曜日に放送していたテレビ番組の内容を紹介。
一度不完全な状態でアップしたんだけど、いろいろ感想なんぞも混ぜつつ大幅に修正しました。

今回の内容はタレントの栗原類さんのことと、ピアニストの野田あすかさんのこと。
どちらも環境に恵まれすぎているし、才能にも恵まれた「ごく稀な」発達障害者だなって感じで、これで更に「発達障害者は何かものすごい才能がある」みたいな誤解を深める結果になって、より手助けがしてもらいづらくなるんだろうなって感じ。
見ている途中から腹が立ってどうにもならんなと。
テレビ局側にも「もっとこういう内容でお願いする」っていうのは伝えるつもり。
毎回やってるけど今のところ相変わらずこんなんだけどな。

TBS「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」

栗原類が告白…脳が原因 母が支えてくれた発達障害

今年10月現在出版10万部を超え、話題になっている彼の本の内容は

発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由



自身の発達障害を告白したもの。
学生時代を振り返ったページにはこんな一文がある。


同級生たちに相手にされない。
または軽蔑の目で見られる生活を送ってきました。


彼を悩ませた発達障害とは?
生まれつき脳の機能の発達に障害があり、言語、社会性運動など日常生活に支障をきたすことがある脳の機能障害の総称

具体的な症状
・じっとしていられない
・落ち着きがない
・読み書きや計算など特定の勉強が苦手
・一方的に何度も同じ話をするなどコミュニケーションが苦手

そして発達障害は脳のどこに、どの程度の障害があるかでタイプが異なり知的障害を含む場合も含まない場合もある。
文部科学省が2012年に行った調査によると発達障害の可能性がある生徒は全体の約6.5%。
通常学級の15人に1人が当てはまる。

栗原の場合
・記憶力が弱い
・感情表現が苦手
・注意力散漫
・人の心の動きを読み取るのが苦手

これまで彼のキャラクターと思われていたことも実はキャラクターではなく発達障害のためであるという。
人間関係がうまくできないなど、これまで様々な困難があったという栗原類。
また近年では大人になってから発達障害の症状を自覚したり発見されたりする人が増えており「大人の発達障害」。

テロップは「大人になってから発達障害の症状があらわれる人が多い」と出るが、音声では上記のとおり。
症状って子供の頃から表れていても、それが「発達障害のせい」とは誰も気づかないみたいな状態かと思うので何も症状が表れていないかのようなテロップの内容には「あれ?」って思った。

15人に1人の子供に可能性があるという発達障害とは?

山本アナ「発達脳科学の専門家で医師の加藤俊徳先生にもお越しいただきました」
中居「さて、類君は去年ですね、告白されました。反響大きかったのでは?」
栗原「すごい大きかったですね。親御さんとか発達障害を持ったお母さんたちからも告白をして勇気をもらったとかありがとうというメッセージが非常に多くて僕もちょっとびっくりして」
中居「僕らが類君と一緒にお仕事『いいとも!』やって全然わかんないですもん。普通におしゃべりもしますし『おはようございます』ってご挨拶もしますし」
加藤医師「例えば類さんだったら、ごめんなさいね。なぜ顔の表情が喋る時に笑ったり怒ったりっていう(感情が表に出ないこと)これも症状の一つではあります。それが例えばファッションモデルとしては非常にこう」
中居「個性の一つとして長所なんですよね。類君、今言われたように『そういえば自分の表情にレパートリーがないな』とか『笑顔があまり出てないな』とか」
栗原「最初は全然わからなかったんですよ。こうやって誰かに指摘されたことによって『あっそうなんだ』っていうふうになるんです。だから僕も障害を持っているとちゃんと自覚し始めたのが多分中学校二年生ぐらいだと思います。」
加藤医師「脳のタイプによっていろんな症状が出てくるんですね。ですから発達障害といってもものすごい差がありますね。例えば本が読めないとか、あるいは落ち着きがなくて座って勉強しているのが苦手だとかですね。自分の部屋が片づけられない」
中居「今言われたことね、自分にも思い当たる節があったりするから分かりにくいのかな」
加藤医師「そうですね」
中居「周りも気づきにくいな」
加藤医師「気付きにくいですね」

個人によってその症状が様々な発達障害。
栗原の場合、どのような特徴を持つのか。


現在も苦手なこと:新しい場所へ時間通りに行く
この日、表参道から出演する舞台のリハーサルに向かうという栗原。
そのリハーサルスタジオに行くのは初めてだと言う。
一体場所移動の何が苦手なのか。
栗原「時間の逆算が上手くできなかったというのがあります。電車に乗るとしてもどのホームで乗り換えをするとかっていうのが自分の頭でみずから考えることができなかった。それで遅刻してしまったということもあったりしました。」
先を読んで行動したり道順を考えるのが苦手。
時間に合せて始めての場所へ移動する、それができるようになったのはここ数年だという。
30分後、この日は無事スタジオがある森下駅に到着。
(道を間違える栗原)
そんな彼にとって手放せないのがスマートフォン。
栗原「スマホの地図アプリは必須ではあります」
実はスタジオに向かう前、喫茶店でスタジオの位置を入念に確認していた。
栗原「スマホがあったことによって、僕は今まで現場に一人で行く時とかもすごい助けられた」
地図ナビゲーションスケジュール機能のアプリは発達障害の彼にとって大きな支えだという。
この日は大きく迷うことなくリハーサルスタジオに着くことができた。


現在も苦手なこと:記憶が苦手
栗原「普通の人に比べたら物事を覚えるのはよくはないほうだと僕は思います」
現在は俳優としても活動しているが、セリフを覚えるのにも人一倍時間がかかるという。
彼の台本は付箋がびっしりと貼られていた。
栗原「とにかく読んで読んで読んでたりしましたね。でもそれでも全然できなかった。結構あったりしたんですけど」


現在も苦手なこと:場の空気を読む
周囲の雰囲気や曖昧な言葉から意図を理解して行動するのが苦手。
舞台の進行を務めるスタッフによると
演出助手・元吉庸泰「進行するときに例えば『ここからここまでお稽古します』って僕らはよく言うんですけど『止めなかったら続けよう』とか『じゃあこれぐらいのときに準備をしておけばいいだろう』とか普通は空気でやっちゃうところを栗原さんの場合はちょっとそれが苦手というか『止めますか?』とか『続けてるんだったら僕も続けていいですか?」とか」
スタッフ「明確に言葉にしないと」
元吉「そうですね」
栗原に何かを伝える場合、明確に言葉にするよう気をつけているという。


私も曖昧な言い方をされると全然わからないのだが(女の人の言っている内容は半分ぐらいしか理解できない)そういう配慮をうまく求められないし、配慮もしてもらえない。
配慮がうまくかみ合うっていう経験をしたことがないので(うまくいかないことはよくある)こういうふうにしてもらえてうまく行っているのは本当にうらやましい。

今では数々の苦手なことに対処できるようになった栗原だが、本人や家族でさえも気づきづらいという発達障害。
では栗原類の場合はどのようにわかったのか?
過去について母や主治医に聞き取りして書いた著書によると幼少期からそのサインがあったという。
1994年12月、母・泉さんとイギリス人男性の間に誕生。
幼い頃からベビーモデルとして活動していたが、物心つくころには父はおらず母一人子一人で育てられた。
最初のサインは母が働く間、保育園に預けられていた頃、母はよく先生からこんなことを言われていたという。
先生「類君だけお絵かきができません」
他の園児よりできないことが多かった。
母・泉さんは当時の類について著書の中で


何かを学んでいくのに時間がかかるタイプなんだとは、思っていました(『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由』より)

そして粘土遊びの時間にはなぜか「ヌメっとした感触が嫌だ」と触らなかった。
当時はわからなかったがこれは発達障害の症状の一つ「感覚過敏」。
脳のある部分が刺激に敏感すぎて起こるのだが、類は音にも敏感で歌の時間が最も苦手だと訴えていたという。
元気な歌声がまるで喚き声に聞こえる。
栗原「当然ちゃんとみんな練習も受けてないから音程がバラバラな子たちと一緒に歌ってる中で僕の耳にはものすごい嫌な音、例えるとしたら断末魔の叫びみたいなような感じのすっごく嫌な音になって、しゃがみ込んだりとか、歌をみんな歌ってる最中に教室から飛び出したり」
中居「環境が耐えられなくなって」

その後、母の泉さんが翻訳や海外の音楽雑誌のライターをしていたこともあり5歳の時にニューヨークへ移住。
アメリカの小学校に入るが成績は悪かった。
そして外国人生徒が全員入る英語の補習クラスでは、類は明らかに英語の覚えが遅かった。


「英語もかぁ」と少々落胆したのは事実です。(『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由』より)

そして1年生の後半になった頃担任の先生から
「類の今の成績では進級できません。それに発達障害の可能性があるのでテストを受けさせてください」
こうして類の発達障害のテストをすすめられ専門医を含むアメリカの教育委員会の審査会で
「類君は発達障害で間違いないようです」
7歳の時、類は発達障害であるとの認定を受けたのである。
栗原「アメリカの学校の先生たちは、少しでもそういう特徴があると思ったらそれをちゃんと親に言うっていうのが義務になっている」
中居「敏感で迅速なんですね」
室井佑月「性格との違いが親としたら一番悩ましいところだと思います」
中居「これね先生、早く気付くこと、周りが気づいてあげること、自覚してもらうことがすごく大事になってきますね」
加藤医師「そうすると適切な言葉がけだったり周囲ができるんですよね」

その後、類には発達障害ゆえの苦難が待っていた。
7歳の時アメリカで発達障害と認定され、その後成績が足りずに小学1年生を留年。
勉強が苦手な原因は症状の一つにあった。
(15分前に母から言われたゴミだしを完全に忘れる類)
記憶することが極端に苦手。
これも幼少から類にある発達障害の症状だった。


発達障害について書かれた本もだし、こういうテレビなどでも「勉強がすごくできた」タイプばっかり紹介されるので、私と同様に勉強ができないタイプの人が紹介されたのはよかったなと思った。
私もIQが低いわけではないが(あくまでもアベレージの数値はって意味だけど)勉強は全然できなかったから。

子供の頃の類は勉強のみならず、いいことも悪いことも会った人も行った場所も、一度寝ると翌日にはほとんど忘れてしまっていたという。
栗原「記憶力というのは、一緒に仕事した人でも前会ったのに次会った時に『始めまして』っていうふうな感覚で、その人を決して忘れていたわけじゃないんですけど、ちゃんと自分の中で覚えていたつもりが全くなかったり」
中居「一週間後だったり一カ月後の記憶がなくなっている」
栗原「僕の場合はそれこそいろいろと自分が失敗した時のことを母親に毎日その場で言われたりするんです。その時は反省するんですけど一日寝てしまったら何でいけなかったのかというのがすっかり忘れてしまっていて結果的にその同じ失敗をしてしまって母親に指摘される、反省する、寝るっていうのを長い間繰り返していました」
中居「反省したことすら、起こしてしまったことすらも忘れてしまう?」
栗原「寝ちゃったら多分ほとんどわかんないです」
中居「でも今日会ったら『久しぶり』って『二年ぶりですね』って」
栗原「それはちゃんと苦労してきたものをちゃんと母親や周りの人たちに少しずつアドバイスしてもらいながら、ちゃんと『この人とはこれ以来だから』って意識するようになりました」
中居「てことは先生、意識すれば改善の余地がある?」
加藤医師「全然ありますね。特にやっぱり振り返る能力っていうか、振り返る習慣ができてないので自分で日記を書いて日記を見返すとかですね、予定表を見返すってことでだいぶ変わってきますね。」


単純に忘れるのが早いのかな?
私みたいに最初から記憶できていないっていうのもありそうな気もするけど。
定型発達者とは記憶のシステムみたいなものがやっぱり違うのかな?って感じはする。

小学校5年生の時、日本へ帰国した類と母・泉さん。
モデルとしての仕事も増え始め中学校は芸能活動を許してくれる普通校へ進んだ。
だがそこで彼を待っていたのは上級生からのいじめ。
時には恐怖から記憶をなくすほどパニックに陥ったことも。
目立った容姿に加え原因となったのは類の発達障害が持つ特徴にあった。
(チョコレートをくれたクラスメイトに対して無言で無表情に受け取る類)
まず類は表情が乏しく、例え嬉しくても顔に出づらい。
また言葉のニュアンスを読み取るのも苦手。
類にとって言葉は言ったそのままの意味であり「あげる」とは文字通り物をくれること。
そこにある相手の厚意や思いやりといった感情を感じづらいのだ。
更にそれは、言葉を受け取る側の気持ちを察しづらいことにもつながり、悪気がなくても自慢話と捉えられたり不快にさせてしまったりした。


同級生たちに相手にされない。または軽蔑の目で見られる生活を送ってきました。(『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由』より)

これら発達障害の症状により人とのコミュニケーションが難しくなるとともに、本人はなぜ嫌われるのか理解できず苦しむことになる。
中居「人の気持ちを推し量れない、思いやれない」
栗原「具体的に言うとしたらこの人が今、どういう感情なのか、嬉しいのか悲しいのか読み解く力があまりない。例えばこうやって会話している時とかでもその人が嬉しい顔をしていたとしても『嬉しいんだ』って自分の中ではちゃんと認識できなかったり、悲しんでいる時は何か悲しいことがあったんだなってふうに自分の脳にそこがうまく伝わらない」
中居「なるほどね。コミュニケーション取るのすごく難しかったですか?」
栗原「思ったことをそのまま言ってしまう。自分の中では決して悪意は全くない状態で話していて、でもいざ言葉を冷静に自分の中で分析すると『ちょっと失礼な言い方だったんな』って後で思ったりとか、それを母親とか何度か指摘されたっていうのもよくありましたね。」


22歳で診断…発達障害のピアニスト ピアノが救ってくれた半生

山本アナ「さて同じく発達障害がある方でもう一人紹介したい方がいます。それは発達障害があるピアニストなんですが彼女は22歳になってようやく発達障害と診断されました。その半生とは?そして日常にも密着しています。ご覧ください」

生まれつき脳の機能の発達に障害があり日常生活に苦手なことが生じる発達障害。
だがその一方で脳の発達がアンバランスな故に何かに秀でやすいケースもあり、発達障害がありながら世界的に活躍する著名人も数多くいる
 映画監督 スティーブン・スピルバーグ
 俳優 トム・クルーズ
 俳優 ウィル・スミス
 歌手 ブリトニー・スピアーズ


またこういう「ごく稀な」才能のある人たちを引きあいに出す。
こうやってより誤解をさせるような真似をしてくれて本当に迷惑だ。

そして彼女も先月、東京で初のソロリサイタルを成功させるなど今、飛躍の時を迎えている天才ピアニスト・野田あすかさん34歳。
演奏が終わると自分でも拍手。
愛らしいしぐさで喜ぶ彼女もまた発達障害がある一人。
その中でも彼女は自閉症スペクトラムというタイプでコミュニケーション能力や社会性に障害を持つのが特徴とされている。
しかしピアノの腕では国内外で数々の賞を受賞。
東京でリサイタルを開きデビューも果たした。
そんな彼女のピアノの音色が聴く者の胸を打つと話題になっているという。

脳科学者・中野信子「広汎性発達障害を持ってこのようにデビューするというのは珍しいと思いますし、大きなステップを踏んでいけるように応援していきたいなと思っています。」
脳科学者の中野信子さんも応援しているあすかさん。
そんな彼女の素顔に去年『金スマ』は会いに行っていた。

昨年訪れたのは野田あすかさんが住む宮崎県宮崎市。
出迎えてくれたのはあすかさんの父、野田福徳(よしのり)さん。

初対面の人は苦手。
なかなか目を合わせようとしないあすかさん。
その訳を父・福徳さんが教えてくれた。
福徳「顔で人を判断しているわけではない。だからどういう気持ちで笑っているかとかどういう気持ちでどうしているのかっていうのは多分わかっていないと思います。」

彼女が持つ発達障害の特徴は

自閉症スペクトラム:顔が認識できない・相手の気持ちが推し量れない・コミュニケーション能力が低い・対人関係が苦手

更にこれは彼女が挙げた苦手な物リスト。
道を覚える気持ちを抑えるなど多岐に亘る。

間もなくピアノの練習の時間。
初対面のスタッフにどことなく不安げだったが、ひとたびピアノの前に座ると表情が一変。
人が変わったかのようにピアノを弾き始めた。
あすかさんはこれまで数々のコンクールに入賞。
そのテクニックはもちろん、独学で学んだ作曲・編曲の才能も高く評価されている。
そんなあすかさんが編曲した楽譜を見せてもらった。
こちらはカナダで行われた2009年国際障害者ピアノフェスティバルでオリジナル作品賞を受賞した『ふしぎな森の1日』。
カナダの森をイメージして書いたメロディーには独特な世界観があると絶賛された。
あすか「楽譜ができてそれを弾こうとしたら音符が11個一緒に並んでいたので」
スタッフ「指が足りなかったんだ?」
指が11本ないと弾けない曲を書いてしまったという。
あすか「でも頭で鳴った音はその音だった。足で弾けばいいのか音を少なくするかを迷いました」
昨年出版されたあすかさん自身による著書

CDブック 発達障害のピアニストからの手紙 どうして、まわりとうまくいかないの?



付録のCDには彼女が作曲した曲『ふわふわ』という曲がある。
以前、別の番組で撮影用マイクを触り、感じたイメージを即興で演奏したもの。
触ったものや自分の気持ちを曲にするのが好きだというあすかさん。
スタッフ「一日どれぐらいピアノを弾いてたりします?」
あすか「朝起きて練習してお昼ご飯食べて練習して夕ご飯食べて練習して寝ます」
あすかさんは多い時で12時間近くもピアノを弾いているという。
好きなことや興味のあることは何時間でも熱心に取り組むのも発達障害の特徴の一つ。


親が協力的すぎて、すごく腹が立った。
家事も親がやってくれるってことだよね?
障害があるから仕方がない?
自分は好きなピアノを一日中弾いていられるっていう恵まれすぎた環境で。
私だってそんなことが許されるならそうしたい。
今だって非難されまくりなのに。
こんな恵まれた環境にいられる人は本当に少ないのに。
これが普通みたいに誤解されたら本当に嫌だ。

現在はやっていないが当時あすかさんは自宅で子供たちにピアノを教えていた。
子供たちに分かりやすく教えるため手作りの教材を使うなどピアノが楽しく学べるようないろいろなアイディアが盛りだくさん。
驚いたのはレッスンになると彼女の様子が一変したこと。
先ほどとは口調・表情・態度が別人のようにしっかりとしたものに。
発達障害があるあすかさんにとって、このしっかりとした自分を保つのは短い時間でもとても労力を使うのだという。


この人も私と同様に精神年齢が小学生レベルなのかなと思う。
長いこと生きていれば精神年齢がどうだろうが「大人はこういうふうにするだろうな」みたいなのはだいたい把握できるようになる。
でもあくまで「小学生が大人の演技をしている」ような状態だから、すっげー疲れる。

この日あすかさんはお出かけ。
道順を覚えるのが苦手なのでお父さんにしっかりと確認し、一人で買い物へ。
あすかさんは11年前(2005年)パニックが原因で足を複雑骨折。
歩くのに松葉づえは欠かせない。
と、道端の雑草を手に取った。
拾った草を目印に道順を確認しながら歩いていくあすかさん。
いつも通っている道でも自分がどこにいるのか分からなくなってしまう時があるという。
そしてしばらくすると興味を惹かれたのか知らないお婆さんに付いていってしまった。
あわてて止めようとするスタッフ。
(思い出して引き返してくるあすか)
道順の目印にするための公園にさしかかるとつい寄り道したり、気になる人の身振りを真似。
興味が湧くと自分の気持ちを抑えることができなくなってしまうのも発達障害の特徴の一つ。
あすかさんはこうして三分ほど警官の身振りを真似し続けていた。
特に慣れない場所や人の多いところに行く時は目が離せない。
今は父・福徳さんがそのほとんどに付き添っている。
その後あすかさんは買い物を済ませ無事帰宅。
今は笑顔の絶えないあすかさんだが、影には壮絶な闘いがあった。
3000グラム以上と大きく生まれたが、歩けたのは1歳7か月と遅めだったあすかさん。
高速道路関係の仕事をする父・福徳さんと高校で教師をしている母・恭子さんのもとに育った。
発達障害は生まれつき脳に障害があることが原因だが、当時は発達障害に対する知識が広まっておらず、両親すらその障害に気付かなかったという。
加藤医師「発達障害という言葉がここ10年前後ぐらいでようやく徐々に浸透してきたので、今34歳でいらっしゃると今から30年前ですと、ほとんどご両親が気づくのはまず不可能に近いんじゃないかと思います。ちょっと専門家でも難しいと思います」
あすかがピアノと出会ったのは4歳の時。
音楽教室に通ったのがきっかけ。
すぐにピアノが大好きになり上達も早いほうだった。


この番組を見た発達障害のお子さんをお持ちの親御さんは「うちの子にもピアノを!」と思われたかも知れません。
それは正直オススメしません。
カネが余ってんならやってみるのもいいと思うけど。
私も彼女と同様にとても幼いころからピアノを習わせてもらいましたが、親に無駄な銭を払わせ続ける結果になりました。
ただ、今は三味線の上達に影響が出ているなと思うので、今でこそ「無駄ではなかったな」と思うけど、一生三味線に出会わない可能性もあったワケで、そうなると本当にただの無駄に終わった可能性も高いので。
どう転ぶかわからないのは事実だけど、彼女のように必ずしもよい結果に結びつく保証はありません。
ピアノを習わせるのであれば、保証がないことをご理解の上でお願いします。

そして小学校に入学。
成績は優秀で先生の評判もいい優等生だったという。
だが発達障害があるあすかにとってコミュニケーションが必要な集団生活は簡単なことではなかった。
というのも、相手の顔が認識できないあすかは声やイメージ、どんな場所で会ったかなどで人を判断する。
会う場所が変われば全く知らない人になってしまう。
そんな彼女の行動は誤解を生み、次第にあすかはクラスで孤立していった。
また発達障害の特徴としてこんなことも。
おばと出かけた時
おば「お手洗いに行ってくるから、荷物を見ておいてくれる?」
あすか「うん、いいよ」
荷物を見ておくよう頼まれたが、怪しい人物が近づき荷物を持ちさってしまった。
あすかは言葉の含みやニュアンスを理解できない。
言葉そのままの意味を受け取るだけなのだ。
あすか「おばさんが言うことをちゃんと守ってたのに何で帰ってきていきなり逆ギレするのかなって」
自分も家族も障害に気付かないまま中学校へ。
教科によって偏りはあったものの、知的障害はないため成績はよかった。
そのことが余計に障害を気づきにくくさせ
福徳「仕事の都合で私も単身赴任をずっと続けていましたので、女房も娘も私の留守中に幸せに暮らしているとしか思っていませんでしたので、今思えばもう少し寄り添って娘のことを理解してやれば、娘も自分で話してくれたかもわからないし、そこは反省しています」
コミュニケーションがうまくできないあすかと周囲との溝は深まるばかりだった。
そして高校生になり始まったのはいじめ。
心無い落書をされたりジャージが切り刻まれたことも。
そして幼少期からのストレスが遂に爆発してしまう。
なぜ周りの人とうまくいかないのか、理由が分からず自分を責めたあすかは髪を引き抜き現実から目を背けるため壁に目をぶつけるなどの自傷行為が始まった。
当時を振り返った彼女のノートには
「自分は何のためにここにいるのかっていつも思ってた。みんなと同じことができなくて、できてもうまくいかなくて、家でもうまくいかなくて」
心安らぐのはピアノを弾く時だけ。
苦しい胸の内を語りかけるように、あすかは毎日ピアノに向かい続けた。
あすか「ピアノがあったら自分の居場所ができたので高校時代もピアノは私を守ってくれました」
1997年(15歳)全国から参加者が集まる難関として有名な宮日音楽コンクールで入賞。
これが自信となり、あすかのピアノはどんどん上達していった。
そして地元の国立宮崎大学で音楽を学びたいと猛勉強。
2000年(18歳)晴れて宮崎大学教育文化学部芸術コースに入学するのである。
ところが、新たな環境がストレスになったのか入学直後、過呼吸の発作が襲うように。
そして精神病院を訪れた彼女に下ったのは解離性障害という診断。


解離性障害:強いストレスなどにより記憶や自分が誰かの認識が失われてしまう精神障害

発達障害によるストレスが引き起こした二次障害だった。
こうして精神病院に入院したあすかは時には鉄格子つきの保護室に入れられたことも。
そしてこの時あすかの発達障害に気付くものはまだいなかったのである。
宮崎大学も中退せざるを得なかった。
しかし退院後、失意のあすかに転機となる出逢いが。
それは現在のピアノの先生。
宮崎国際大学教授・田中幸子先生「素敵な音を出すんだなとかそういうのは感じてました。心の歌がピアノの音となって出てくるっていう感じですね」
あすかのピアノを聞き、田中先生は
「あなたの音は素敵よ。あなたはあなたのままでいいと思いますよ」
この時のことをあすかは
「『私が私でいい』と思うことは、私にとってすごく光で、すごくびっくりする考え方で、すくわれた。」

あすかの発達障害は意外な形で明らかになるのである。
2004年(22歳)ウィーン国立音大に短期留学していた。
だが環境の急激な変化に精神障害のパニックを起こしウィーン国立病院に救急搬送。
すると医師は
「彼女は発達障害です」
あすかが生まれて22年、ようやく発達障害と判明。
偶然海外で倒れたことによる発見だった。
福徳「持って生まれた障害なんで治ることはありませんみたいなことを言われた時に真っ暗になりましたね」
落ち込む両親とは裏腹に、実は発達障害と聞いてあすかはこんなふうに思ったという。
あすか「できないことがある障害だって聞いて『よかった』って。あたしすごい頑張ったけどできなかったのは怠けとったからじゃないって、こんなに頑張ったもんねって思いました。できることは集中がすごいから伸びるタイプだと先生に言われたのでじゃあやってみよう、頑張ろうって思いました。」
今までの人生で誰にも理解されず、否定され続けてきたあすか。
みんなと同じようにできないからだと自分を責め続けてきた。
そんな彼女にとって発達障害の判明は自身を理解し新たな一歩を踏み出すきっかけとなった。
そしてこの頃、解離性障害のパニックによる右足の骨折で脚が不自由となってしまったが、補助ペダルを使って左足だけで演奏ができるように工夫。
すると以前は入賞だけで終わった宮日音楽コンクール(2006年11月18日、19日・第12回宮日音楽コンクール)でグランプリに輝いた。
これを皮きりに数々の国際コンクールでもたくさんの受賞を果たしていく。
あすかが感じるままに演奏するピアノは人々を魅了していった。
2011年4月(29歳)宮崎県でピアノリサイタルを開催。
2016年10月(34歳)東京で初のソロリサイタルを開催。
会場は300席を超える銀座王子ホール。
数多くの一流音楽家が招かれることで知られている。
そしていよいよコンサートが開演。
「幻想即興曲」(ショパン)を演奏。
普段の彼女からは想像がつかない音色が奏でられる。
そしてコンサートはクラシックの名作から彼女が感じるままに作ったオリジナルの曲へ。
あすか「記念すべき初めてのリサイタルで今日のお客様と出会えたことが嬉しいです。私が作曲した曲から何曲か演奏します。私の『こころの世界』を覗いてもらえるとうれしいです」
そう言って弾き始めたのは故郷や家族を思って作った曲。
 「なつかしさ」野田あすか
田中先生「とても繊細なんですよね。その繊細なところが人の心を打つのではないかなと。悔しい思いをしたりとか、悲しい思いをしたりとか、寂しかったりとか人よりもちょっと多かったかも知れないのでそういうものが音となって人よりも深く出るということはあるのかなという気はします。


人よりつらい思いをすりゃあいい音出んのか?
この人より遥かに長いこと苦しみ続けて、誰も助けてくれない私の方がもっといい音が出るってか!(激怒)

福徳「音色が優しくなりましたね。音質も柔らかくなってピアノに対して感情がこもっている音」
それはあすかにしか出せない心の音だった。
あすか「(昔は人から)笑われるか、そこにいないようにされるか(今も)笑われるからやっぱりダメかなって思うけどピアノ弾くとみんながワッって変わって一生懸命聴いてくれるから私の心を聞いてくれてると思います。これは私じゃないんだけど(1つの鍵盤を叩く)これは私です。」
苦手なことが多い発達障害。
野田あすかはピアノで自分を伝えながら生きていく。

中居「ピアニストの野田あすかさんは22歳まで自覚をすることなく、ピアノという寄りどころがあって本当よかったなと思いますよね」
栗原「僕も野田さんと同じように学生時代はすごい周りと孤立していて、彼女が自分にとっての居場所がない味方がいないという気持ちは僕も痛いほどわかるんですけどでも、ああやって自分自身がピアノが好きって知っていたお父さん、お母さんたちが彼女の個性や自分が得意であることを仕事に結びつけるようにサポートしてくれたというのは家族のサポートというのがすごい重要だと思います。発達障害の親子で一番多分つらいのって母親のほうがすごいいろいろと一番つらいなと思います。先生に言われたこととか他の親御さんに言われたこととかは全部親に向けられますしそれにより母親に負担をすごくかけてしまったというのはすごい思っています。」
発達障害の「人の心の動きを読み取るのが苦手」という症状によって他人の行動や言葉に込められた行為(字幕ママだが「好意」か?)や思いやりなどを感じづらい。
何気なく思ったままを口にしてしまい相手を不快にさせてしまうなど、学生時代周りから孤立していたという栗原類。
学校になじめない息子に対し母・泉さんは何度も何度もこう言って聞かせたという。
泉「類、誰かが何かをしてくれるのはあなたへの心遣いなんだよ。それだけ周りに大事にされてるってこと。だからそういう時は感謝をしなさい」
栗原「自分から人の心を読み解くのが苦手ならその逆にちゃんと言葉でそれを相手に伝えるっていうふうに意識しなさいと言われました」
それでも失敗してしまう類に
泉「自分がされて嫌なことは人に対してしない。だからと言って自分がされても嫌じゃないからっていう基準で相手に何をしてもいいわけじゃない。自分は嫌じゃなくても相手は嫌かも知れないっていう考えを常に持ちなさい」
そういう時はこういうんだと言葉上だけで教えるのではなく情緒的な観点から説明したり、相手の視点に立って考えさせるなど、根気よく何年も続けたという。
そして当時の類はテレビゲームとインターネットにのめり込んでいたのだが、泉さんはとがめるどころかアドバイス。
学校では苦手だったコミュニケーションがネットの世界でなら上手にできていたからだった。


この人の母親の出来のよさがただただ腹立たしい。
私は何もかも自分一人の力だけで獲得するしかなかったのに。

子どもが自分から興味を持って好きになったものは否定すべきではないし、発達障害児にとって、「コツコツやっていくと、こんなにできるようになる」と納得できる成功体験が他にないのであれば、ゲームでもいいと思うのです。(『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由』より)

だが一方で
泉「あんたが最低限のことをやらないからこうなるんでしょ。」
類が高校受験に失敗したときなど、記憶として留めておけない彼に痛さを身に刻んでもらうためあえて厳しい説教も繰り返した。
栗原「僕は全部忘れちゃうんですけど、母親は全部細かいこと何が起きたのかということをちゃんと完璧に覚えているので、例えば5カ月以上前にも同じ失敗したんでしょってふうに細かくディティールで教えて下さるので、それによって僕も、本当地道だったんですけど意識できるようにはなっていきました」
そんな子育ての中、泉さんはあることを心掛けていたという。
それは7歳の類に発達障害が判明した時、アメリカの教育委員会で掛けられたこの言葉。


子どもの頃に自分ができなかったことをたくさん思い浮かべてください。
そして、自分ができなかったことで息子さんができていることを、ひとつでも多く見つけてあげてください。
そうすれば「なんでこんなこともできないの?」という気持ちがしずまり子どもを褒めてあげられるようになります
(『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由』より)

中居「自分の子供だとか家族だとか周りの友達とかでもしかして発達障害かも知れないと少しでも感じたらどうすればいいんですか?」
加藤医師「まず地域の保健センターあるいは発達支援センターが全国にありますので早めに相談されると次のステップに行きますので」
中居「病院を紹介してくれるだとか?」
加藤医師「そうですね。しっかりそこで診断してもらうのが大事だと思います」


そうでなくても最近の「発達障害ブーム」で相談機関はいっぱいだけど、この番組のせいでまた混み合うだろうねぇ。
数カ月待ちとかってのを前から聞くので、かなり待たされる覚悟は必要でしょう。
それに、たとえ診断が出ても学校でもいろいろ問題発生で結局救われないみたいな人もよくいるみたいなので「正しい診断が出たので適切な療育が受けられて、全部うまくいく」っていう過度な期待をすると失望する結果になるかと。

中居「ただ、この発達障害というのを告白したあとにブログで『僕の行動に関して今まで面白いとバラエティーで笑ってくれた方々、僕が発達障害者だと知ったからといって笑ってはいけないとは思わないでください』と書かれました」
栗原「僕が発達障害を持っていると告白したとしても結論としては何も変わらないとお思います。こうやって今まで通りに皆さんが接してくれてることが一番の理想ではあるんです。」
中居「確かに周りも慣れてないから『発達障害です』って言われたら構えてしまう。これは正直あると思う。でも一瞬喋ったら変わらないからね。その時と」

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2016年11月14日

「自閉症の君が教えてくれたこと」は放送日が変更になりました

11月12日(土)にNHKスペシャルで「自閉症の君が教えてくれたこと」という番組が放送される予定になっていた。
これは以前ご紹介した君が僕の息子について教えてくれたことの続編。

NHKスペシャル | 自閉症の君が教えてくれたこと

因みに、11月12日に実際に放送されたのはトランプ氏の大統領選勝利関連の番組。
ってことで、いつ放送されるんだろう?と思ったワケです。
リンク先を見ていただければおわかりのように
2016年12月11日(日)午後9時00分〜9時49分
となっているので、多分来月放送されるんだろうなということで。

風になる―自閉症の僕が生きていく風景



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2016年10月20日

ご存知ではないです「コミュニケーションボード」

障害者手帳の更新に区役所に行くと「障害福祉のあんない」っていう冊子をくれるのだが、初回に「ここが関係のあるページで」みたいな話があったから、その箇所だけ見て終了にしていた。
で、今回、他のところもいろいろ見ていたら、こんなものが。

ご存知ですか?「コミュニケーションボード」

そんなのがあるのを全く知らなかった。
使っている人も見たことがない。
外を歩いていると、統合失調症か同士かどっちかだろうなって感じの人も時々見かけるんだけど。
中身をよく見てみたのだけど、正直あまりよくわからない。
とっさに言葉が出にくいタイプの人だと、コミュニケーションボードを用意しておいて伝えたいことを指差して伝えるみたいなことで使えるのかな?って思うのだが、これで全部間に合うっていう感じでもないし、どう活用したらいいのかがあんまりよくわからなかった。

オリジナルのものも作れるようになっているので、何か自分の障害の内容に合ったものを作ってみようかなと思って開いてみたのだが、別段役に立ちそうなものもなく。
一つ一つの絵に付けられている文字が小さくて、私には非常に見づらい。

1020_01.PNG

上の写真は「身につけるもの」っていう項目の一覧なのだが、なぜこのチョイスなのかが全くわからない。
長袖のシャツがあるのに半袖のシャツはない。
っていうか、シャツが一種類しかないのならわざわざ「長袖」って指定している意味って何だろう?
ズボンはあるがスカートはない。
マスクとかあってもよさそうに思うけどないね。

私には活用できそうにないが、こういうのを必要としている人で知らないでいる人もいるのかも知れないのでご紹介してみた。

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2016年10月06日

栗原類さんが発達障害について綴った本が本日発売です

母や主治医、芸能界で親交のあるピース又吉直樹さんらのインタビューも収録されるそうです。
2015年5月に出演したNHK「あさイチ」で発達障害のひとつである「注意欠陥障害(ADD)」と診断されたことを公表し、反響を呼んだことから書籍化が実現だそうです。
「書かれている事も全て僕自身の言葉で伝えたいと思ったので僕の項は全部自分で書きました」(栗原類)。

発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由



◆目次
はじめに
PART1 僕はADD(注意欠陥障害)
PART2 僕が輝く場所をみつけられるまで
Colum 「あの時、実はこうだった」 〜母、泉さんの解説〜
PART3  僕が輝く場所をみつけられた理由
PART4 彼はなぜ輝く場所をみつけられたのか
    Section_1 母・栗原泉さん
    Section_2 主治医・高橋猛さん
    Section_3 友人・又吉直樹さん(芸人「ピース」/作家)
おわりに


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2016年09月12日

NHK バリバラ「発達障害のある人の就労」

昨日の夜に放送していたヤツ。
私達の中では当然のことながら、かなり話題になった。

NHK バリバラ | 発達障害のある人の就労

見逃したという方は再放送もあります。
9月16日(金)0:00(木曜深夜)

見た目ではわかりにくい発達障害。就職活動や職場で悩みを抱えている当事者は少なくない。また周囲もどう接していいかわからない、という声も多い。番組では、全国でも珍しい、発達障害のある人たちの就労を専門にサポートしている事業所を取材し、当事者が自分の苦手な部分やつまずきに気づくためのヒントを紹介。また、どうすれば発達障害のある人を社員として活用できるか、ある会社の取り組みをもとに考える。

発達障害のある人たちの就労を専門に支援している事業所(kaien)を訪ね、彼らが働く上でどんなところでつまずくのか、どんな工夫をすればいいか、取材した。 ここでは、毎朝、「雑談」の練習から始まる。仕事の第一歩としての会話でつまずかないようにするためだ。

確かに普通に働いていたら「雑談」ってのは避けて通れない。
女が多い職場なんかだとなおさら。
確かに無難に雑談ができる能力があれば一番いいよね。
それはわかる。
でも、私みたいに「無理の仕方を覚える」だけだと、短期的にはよくても、長期的に(職場だと当然毎日のことになるだろう)だんだんヤラレていってしまうので、雑談をする能力はないよりはあった方がいいけど、それが「定型発達者と同様に」できるようになるみたいに思われると困る。
アスペルガーよりADHDなんかの方が、そのあたりは定型発達者と似たようにできるようになるのかも知れないけど、少なくとも私の障害特性上「無理をして普通にできているように見せかける」ことはできても、ずっとつらいままだ。
定型発達者は「できる=つらくない」みたいに思っているようなのだが、私にとっては「できるがすごくつらい」ことだらけなのだが。

メインプログラムは、実践的な仕事の訓練。オンラインショップを運営し実際に販売も行う。企業に勤めた経験のある講師が「管理職」としてサポートする。実際に仕事をしていくと、どの作業から手をつければいいのか優先順位がわからずパニックになってしまったり、自分の思い込みでミスをしてしまったり。

ここの職業訓練もうまくハマればいいのかも知れないけど、多くの発達障害者はハマらないだろうと思うし、内容的にも、過去にさんざんいくつもの職場を経験してきた私から見ると「現実にはそれはおかしいだろ」みたいなことだらけだ。
今は改善されているのかも知れないけど。
そういえばかなり聴覚過敏がひどくて、テープ起こしの課題が全然できない人に何のサポートもなかったな。
全体に「一人一人の障害特性」みたいなものに対する、適切なアプローチがない場所だなって感じがした。

事業所に通う関口麻紀さんは、ADHD。3か月の訓練を経て就職活動を本格的に開始した。以前は障害の自覚もなく仕事上のトラブルも多かったが、就職面接では、自分のプラス部分とマイナス部分を説明し、苦手なことに対してどのような配慮をしてほしいかという希望も伝えることができるようになった。

この方は順調に就職活動が進んでいるようだ。
見た感じ、普通の人っぽく会話ができる人。
発達障害者の中には結構それができない人がいる。
面接では、普通の人っぽく会話ができる人は明らかに受けがいい。
仕事ができるかどうかってのとは関係のないことではあるが、定型発達者にとっては視線も合わなかったり、会話自体が難しかったりってのは採用しづらいよねぇ。

実際に発達障害のある人たちを雇用している企業はどのような配慮ができるのか。社員20名のうち4名が発達障害のある人という神戸市の会社では、毎月1回社員全員に個人面談を行い、必要に応じて業務内容を見直している。入社4年目の吉宗さんは、口頭でのコミュニケーションが苦手で、最初は電話対応を免除してもらっていたが、次第に電話にもチャレンジしたいと考えるようになり、上司に相談。まずはファックスを送った上での確認の電話をかけることから始めた。短い会話の経験を積んで自信をつけ、今では、特定の番号にかかってくる電話の取り次ぎができるまでになった。

電話もねぇ、障害特性上、難しいことが多いよね。
私もそうだし。
私は障害者枠では働いたことがないんで当然だけど、会社に来る電話全部を取り継がされたりしたことがある。
当然毎日すごい数の電話を受けるんだけど「段階を踏んでいないから」とかっていうことじゃあ多分なく、半年間やらされたけど慣れることはなかった。
確かに一応やれはするんだよ。
でも、ものすごくつらいのが最後まで続いた。
内容的にも障害がなくったって「どうやって取り次いだら?」みたいなひどい電話が殆どだったってのもあるけどね。

今後はこの手のヤツを取り上げるなら、うまくいかなかった事例とか、なんとかやってはいるけど職場の人たちが「こういうことで困っている」「迷惑している」みたいな話とか、そういうのもやって欲しいな。
実際に、私が職場の人で、ある日突然上司から「今日から発達障害のある人がこの職場に入るので配慮して欲しい」とか言われたら、すっげー迷惑だと思うんだよね。
番組では「うまくいっている事例」みたいなのしか取り上げないんで、うまくいっている職場がたくさんあるかのように視聴者が誤解してしまったかも知れないが、実際には「うまくいっている事例」ってのは特に日本ではほとんどない。

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2016年08月22日

女性のアスペルガー症候群

女性のアスペルガー症候群 (健康ライブラリーイラスト版)



男性の発達障害者が読んでも何の役にも立たないと思うけど、女性で特に若い人とか、その親とかにとても読んでおいて欲しい本。
正直私は手遅れというか、今更読んで何か変わるようなこともなく。
この本も絵が多くて内容もわかりやすくて具体的。
女のお子さんをお持ちで「アスペルガー」と診断を受けたという親御さんは是非買って置いた方がいいと思う。
それで随時必要そうな箇所を一緒に読むとか、中学生ぐらいになったら一人でも読めると思うので、本人に渡して読ませるとか。
一つ気になったというか、他の本もそうだし、実際仕方がない(他の方法がない)ということなんだけど、特に本の後半の方は「家族に協力してもらいましょう」って内容が多い。
私のようにおそらく母も発達障害(未診断だが、障害がなかったとしてもかなり社会性に欠けている)という人も多いと思うのだが、親も発達障害でも社会性を獲得できているようなタイプならまだしも、そうじゃなかったら?
やっぱり頼りにはできないと思うのだ。
内容的に父親では難しい部分もあるし、私の母のように私に対して妬みを持っている状況で社会性があるからと言って父親に頼れるワケもなく。
つまりは、かなりの部分、その人の母親がマトモじゃないともうお手上げってことだよな。
そのあたりのことは本人の努力ではどうにもできないので、一刻も早く親がダメでも救済されるような受け皿が整備されることを望む。
無理だろうけどな。

話を本の内容に戻そう。
この本の内容の九割ぐらいは自分にも当てはまるなっていう感じ。
私はあまり標準的なタイプではないので、当てはまらない内容のことが多いのだが、これは「女性」で「アスペルガー」であればかなり当てはまる部分が多い内容かと思う。
つまりはADHDだったりすると、大幅にこの本の内容とは異なるということで。
と思ったらちゃんとADHD向けの本も出ていた。

女性のADHD (健康ライブラリーイラスト版)



社会的に価値があっても、実際的でないものには、価値を感じにくいのです。そのため、「女性らしさ」の重要性がなかなか理解できません。(19頁)
え?「女性らしさ」って何か社会的に価値があるの???
全くわからん。
よく読んでも何のことを言っているのか全くわからない。

貧血が多いっていう話が出てくるが、私も今でもサプリメントを常に飲んでいないとダメなぐらい貧血になりやすい。
アスペルガーだと貧血になるってのは、どういう関係があるのかわからないけど実際になっているから、そういうものなんだな。
貧血に対してヘム鉄(53頁)

[海外直送品] アイアン イーズ(鉄分) 27mg 60粒



いろいろなものを試したが、カフェインを前後に摂取すると吸収が悪いとか、すごく飲み方が難しくて、その上消化器系を荒らしたりするみたいな話もあったので、最終的にはこれになった。
性能的にもコスト的にもこれが一番いいと思うのだが。

食事中にしてはいけない話題を決める
(トイレや虫などの話をしないように)
(91頁)
ごめんなさい。
虫の話をしまくりです・・・。

この本には性の問題についてもかなりしっかりと書いてある。
とても重要なことだ。
実際私も何度も被害に遭っているから。
ただ、詐欺に関しては何も書いていないけど、詐欺に遭いやすいのは男女に関係なくだからかな?

本の最後の方に参考になる本が紹介されている。
自閉症だったわたしへ
これは読んだがそれほど参考になるっていうほどでもなかったから(個人の感想です)これ以外の紹介されている本も、あまり読んでみようっていう気にもならないけどな。
まだまだ経験値の低い若い人には「他人がどうやって切り抜けていったか」みたいなことは参考になるかな。
とっくに何もわからずにボロボロになった私には今更何も役に立たないということか。

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2016年08月20日

14歳からの発達障害サバイバルブック: 発達障害者&支援者として伝えたいこと

14歳からの発達障害サバイバルブック: 発達障害者&支援者として伝えたいこと



珍しく図書館じゃなく購入。
文字が多いヤツかな?と思ったらイラストも多いので、読みやすいと思う。
「14歳からの」ということで、そのぐらいの年齢以上であれば普通に読める内容かと。
若い人で、診断を受けたけど一体何をどうしたら?っていう状態の人にオススメな感じの内容かな。
本人だけでなく、周囲の人にも読んでおいてもらえるとよりよい感じで。

すでにかなり年をとってしまっている私には「なるほど。こうやればいいのか」みたいな部分はなかったけど「自分の取り扱い説明書」について書かれている部分はとても参考になった。
この本全体が、これから自分が「自分の取り扱い説明書」を作ろうという時の参考になるような書き方かなと思った。
いままでもそういったものを作りましょうみたいなので、他の人のを見たりもしたけど、どれも文字が中心だし「これで伝わるんだろうか」とか「自分とはかなり特性が違うから全然内容が合わない」なんていうのばっかりだったんだけど、この本の著者に関しても私はアスペルガーだけなので障害特性は大幅に異なるけど「こういう表現の仕方だとわかりやすいのかも」みたいなとっかかりみたいなものが掴めた感じがする。
実際にやってみないと、どこまでできるのかわからないけど。

残念ながら、生きづらさからは、解放されません。生きづらいからこそ、生きやすく生きるために動きだすのです。(185頁)
この本は一貫して「定型と同じに行動できるようにしましょう」みたいなことではなく「生きやすくしましょう」って感じ。
この視点はとても重要なことだと思う。
SSTなんかもそうだけど何かというと「いかにして定型のやり方を理解して、うまくそれに合わせるか」みたいなことになっているから。
それはそれで必要なことだし「生きづらさ」を軽減する上では重要なことではあるだろうけど、そればっかりになっても本人が無理をしているだけになって、どこまで努力しても「定型モドキ」みたいなものにしかなれないっていう。

この本の著者とは全く無関係な人だけど、どうやらご家族と仲良くやっているらしい発達障害者がいて「そういう人もいるのか」って思っていたけど、この本の著者もかなりご両親との関係は良好なようだ。
「そんな恵まれたヤツに何がわかる!」って言う気もないけど、やっぱりそういう「土台」みたいなものがしっかりある人と、全くない人とでは状況が大幅に違うかなと思う。

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2016年08月08日

自閉症スペクトラムとは何か ひとの「関わり」の謎に挑む

自閉症スペクトラムとは何か: ひとの「関わり」の謎に挑む (ちくま新書)



内容がかなり学術的で、歴史的な経緯みたいなものにも触れている。
「自閉症が治る」みたいなおかしなものにひっかからないように、きちんとした基礎的な情報を入れておくという意味では非常に役に立つ内容かと思う。
ただ、具体的に「こうすればいいですよ」的なものはなく。
だから、他の本も読んでこの本も読んでおくみたいな感じで、この一冊だけ読めばそれで全部網羅っていう種類のものではないなと。

 ところが、こういった方々でも、日常場面で「自然に」相手の考えや気持ちに注意が向く、という傾向は弱いようなのです。そうなると、相手の考えや気持ちに注意を向けるには、意識的な努力が必要になります。めまぐるしく展開される日常場面や会話の最中に、相手の気持ちに「努力して」注意を保ち続けることは簡単ではありません。他のことに気が取られると、見落としも出てくるでしょう。(85頁)

本当にそんな感じだよねぇ。
でも自覚するのってすごく難しいし「どうやら自分は普通の人が普通にやっていることが、すごく大変なことらしい」って自覚できてきたところで、周囲からは「普通にできている」っていうふうにしか見えていないワケで、当然「自分ばっかり大変がっている」みたいなことにされてしまうワケで。
一日中そういう「努力」した状態で気をはりつめて、なおかつ仕事をするっていうのが、どれだけ大変かってのが、障害者枠で受け入れますよっていう職場でさえ全く配慮できないというか、理解する気も能力もないんだろう。

 また、私達の研究では、自閉症児は定型発達児と比べて、相手の「あくびがうつる」傾向が弱いことも見て取れました。(87頁)

うん。
あくびってうつらないよね。
そんなものだ。


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2016年08月04日

「好き」なのではなく「苦痛が少ない」

自分でもあんまりよくわかっていなかったし、本とかネットとかでも頻繁に見かける表現がある。

発達障害者は状況の変化が好きではありません。
同じやり方を繰り返すのが好きです。
特定の素材の衣類を好むことがあります。


みたいなヤツ。
前はそれはそうだなみたいに思っていたんだけど、根本的にものすごく違うってことに気付いたので、私が何か言ったところで世間の認識が変わるとも思えないけど一応書いておこうかなと。

例えばさ、二人いて一人は発達障害者で突然状況が変わるのが「嫌い」だとする。
もう一人は定型発達者で、いろいろと新しい状況に置かれるのが「好き」だとする。
もし本当に「好き」「嫌い」の話であれば、定型発達者が一方的に発達障害者の「好み」に合わせて、なるべく状況が変化しないように配慮を・・・っておかしくないか?って話。
おかしいよね?
どっちも単なる「好き」「嫌い」なのに、一方的に片方が合わせ続けるって。
そりゃあ「甘えるな」「自分勝手」って言われるよね。

私は突然状況が変化するとパニックを起こして、最悪の場合気持ち悪くなっちゃったりする。
これって「状況が変化するのが好きではない」って話ではない。
確かに好きか嫌いかで言ったら嫌いなんだろう。
でもそういうことじゃなく「苦痛」「負担が大きい」といった種類のことなのだ。
結果、確かに「嫌い」なのは事実だ。

感覚過敏に関しても「こういう音が嫌い」「こういう肌触りの衣類が好き」とか、全部「好き」「嫌い」の話にされている。
「この音は聞くのが非常に苦痛で」「この繊維の感触は皮膚へのダメージが大きい」とかってことが多いのではないかと。
で、単純に「好き」「嫌い」もないわけではないので、更に話がわけがわからなくなるという。

このことを考えていて思い出したのが「障害特性上これは苦痛です」みたいな話を受け入れづらい種類の人がいるっていうこと。
なるべく単なる「好き」「嫌い」ではないというのを説明しようとすると、当然「障害特性なので」みたいな説明になる。
そうじゃないと「わがままなヤツ」ってことで片付けられかねないから。
実際に長年そういう扱いを受けてきたのだし。
で、そういう説明を続けてみた結果、何割かの人が「何でもかんでも障害特性って話ばっかり」みたいな。
「だって単純に『好き』とか『嫌い』って言っちゃったらただのわがままだって言われるでしょ?」とは思ったのだが、こういうタイプの人にはむしろ「こういうのが好きなんだよね」「嫌いなんだよね」ぐらいの話の方が通りがいいのかな?と思った。

本題は以上。
ここ数年、なるべく「障害特性上こうしていただけるとありがたい」みたいなことを相手に伝える努力をしてきたが、今のところうまくいっていない。
上記のように、それに対して否定的な人もいるし、そうではなくむしろ「何とか合わせてあげよう」みたいに思ってくれる優しい人も多いのだが、やっぱり感覚的なことだからか、相手の配慮と自分のして欲しいことみたいなのがズレちゃったりして、相手に変に気を遣わせているだけで、自分も楽になっていないみたいな状況になりがちだ。
未だに「どういう対応をするのが、自分にとっても相手にとってもベストなのか」みたいなものは見いだせない。
他の発達障害者たちに問うてみても結論は「他人と接触しないのが一番」みたいな。

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2016年06月22日

NHKあさイチ ほめて伸ばす!子どもの発達障害

ほめて伸ばす!子どもの発達障害|NHKあさイチ

ネットで同胞たちから評判がすこぶる悪かったので、今回はいつものように番組内容をすべてご紹介って形ではなく、私が番組を見た感想みたいなものを中心に紹介しようかなと。

今回は主にABAというものを紹介する内容だった。
「子どもの」だけど、まだ2歳とか3歳から始めたっていう事例しか出て来ないので、相当早期の「子ども」が対象なのかなと思う。

ほめて伸ばす ABA(応用行動分析)
社会生活の困難を軽減する方法として国際的に広く用いられている手法にABA(応用行動分析)があります。望ましい行動の直後にほめるなどのごほうびを子どもにあげることによって、その「望ましい行動を増やす」ことができるという考え方です。

  行動+ほめる→行動が増える
できない時は「手助け」

見ていて正直私は「これで本当にいいのかな?」っていう感じがずっとしていた。
何人かの事例も紹介されるのだが、現段階ではまだその子たちが大人にはなっていない状態。
つまり、最終的に本人が納得できるような人生がおくれるかっていうのはまだ結果が出ていない。
アメリカではABAを受けた子供がある程度大きくなっているだろうと思うんだけど、アメリカではどうなのかは番組では全く紹介されなかった。

本場アメリカで学んで指導を行っているセラピストの松井絵理子さん。
こうくん(4歳)に対してトレーニングを行っている。
2年前からトレーニングを行っているそうな。

ポイント@すぐほめる
「正解!」「上手!」「素敵!」「最高!」

うん。
見ていてちょっと気色悪い感じがしました。
すぐにほめて、何をほめられたのかっていうのがわかりやすくなるっていう。

ポイントAできるように手助けする
間違えた時は指差しなどで手助けをして、成功体験を積み重ねる。

ポイントB子供に主導権を渡さない
セラピスト「これができなかったら、チャイムが鳴っても席につけない。保育園や幼稚園でも「みんな集まって」と言われたときに集まれない。集団で動くためにも大人が言ったことに素直に耳を傾けるのが大事」
うん。
そうなんだけどさ、それができるようになった方がいいのはわかるんだけどね・・・。

ここでゲストの浜島直子さん(モデル)が語る内容も同胞たちには評判が悪いし、私も聞いていて気分が悪いですね(はぁと
私、以前、脳科学の先生とお話する機会をいただいて話させていただいたんですけども、その方も実は小さいとき発達障害だったと言っていました。
小学校3年生のときに担任の先生がめちゃくちゃほめる先生だったそうです。
そうしたらものすごく勉強にはまってどんどん勉強が好きになって今、大学の教授になったと。

たまたま知能が高いとか、ありがちな「勉強ができるタイプのアスペ」とかの人だったんでしょう。
発達障害者をほめれば必ず勉強ができるようになって学者になれるとかってことではない。
私みたいに壊滅的に勉強ができないタイプもいるし、発達障害者は全員知能が高いみたいなウソをよくみかけるけど、知能がとても低いのは足切りで別の名称にされているから「いない」ことになっちゃってるだけで知能はピンキリだ。

星野さん(仮名)夫婦の全然喋ることができない2歳9か月の子供。
NPOの施設に毎週通って指導を受けることになったそうな。
この子の場合はずいぶん改善が見られたようだけど、それにしても金銭的にも時間的にも両親の負担は半端ないだろうなと思うと、考えただけで気が遠くなる。
つまりは、こういう重度の発達障害を持った子供を持つと、両親がものすごい負担を引き受けなければどうにもならないということだろうか。
そして障害の程度や特性によっては、あまり改善が見られなかったりしちゃうんだろう。
そうなった時に、この人たちは一体どうなるんだろう。

ほめるのがうまくできないっていう視聴者からの相談。
それに答える専門家ゲストの平岩幹男さん(小児科医)。
子供に手伝いをさせろってさ。
手伝いをさせてほめまくれって。
うん。
自分が子供の頃のことを考えると、そもそも親から言われて手伝いなんかするかというと、絶対しないよねぇ。
私の場合は常に「親の要求を無理やり飲まされている」みたいな感覚があったので「これ以上要求を飲んでなるものか!」みたいになっていたからねぇ。
親の側から見たら「何一つ親の要求を受け入れない子供」だったみたいだけど。
今回の専門家のおっしゃることはどうにも腑に落ちないというか「きれいごと」「一部の子供にしか効果が出ない内容」」に思える。

視聴者からの質問
大阪府50代
小学校3年から不登校が始まって、中学に上がることに発達障害と診断されました。
もうすぐ18歳になるので子供の支援も大人の支援も微妙な年齢です。
相談するところもなかなかなくて将来、心配しています。
この年齢になってもまだまだほめることは有効ですか?

平岩幹男さん
ほめるということは年齢に関わりないと思っています。
18歳になってしまって不登校から徐々に引きこもりになっている。
外界とのつながりが切れてくることが多いです。
スマホの場合、LINEとかいろいろあります。
家族以外の人とのコミュニケーションができる体制を作ることが大事です。
家の中でずっと生活していると体を動かさなくなります。
そうすると気持ちが沈んできます。
ちょっとした運動をするとか、運動ができたらすごいねということが大事です。
親子のコミュニケーションがうまくいっていない可能性もあります。
親子でLINEしてもいいです。
テレビを見ながらお互いにLINEしてもいいです。
関係性が煮詰まってくると話しづらくなります。
それも有効だと思います。


次に紹介された視聴者からの相談。
小さいときにほめすぎたことの後遺症というかいまだに何をしてもほめてくれることを要求し、ほめことばがないと相手にほめることを要求するようになりました。
ほめられなくてもできる、やるようになるには幼少時にどのようなことをするべきでしたか?

平岩幹男さん
常にほめるということが大切ですが、どうしてもほめなさいと言われていると形式的になります。
ほめことばを言えばいいとなるとなかなか子供が動きにくくなります。
そこに物理的なご褒美が絡むとよけいそういうことが起こります。
簡単でもいいので心からほめてくださいということが一つ、あとはほめても下心を疑うことはできませんが、ありがというというのは違います。
だからお手伝いもこの場合もとても有効です。
そこからほぐしていかないと何となく煮詰まると親子関係をほぐすというのは難しいです。
重要なのはほめることだけではなくて、急がないということも大事です。

番組内で紹介されていたトレーニングは「形だけ」ほめているようにしか見えなかったけどねぇ?
ほめているというよりは「これはOK」みたいなわかりやすい合図を出している感じに見えた。

全国で唯一徳島県が県を挙げてABAを導入しているそうな。

番組の中で、すでに発達障害をカミングアウトされている栗原類さんが
「ほめられることは誰もがうれしいと思います」
うん。
私はほめられてもうれしくないんだけどね。
定型発達者ってほめ言葉を「バカにする時」「嫌味を言う時」にも使うじゃん。
だから「ほめられたのかな?」って思っても素直にほめられたかのような反応をするとおかしなことになるし。
他人をバカにしたり嫌味を言ったりしない人っていうのも世の中にはいて、そういう人が本気でほめてくれることもあるんだけどね。
全然うれしいとは思えないんだよね。
障害特性なのか自己肯定感の低さとか自尊心の無さとかと関係しているのか、他の要因なのか全くわからないけど。
因みにtwitter上で発達障害をお持ちの方にアンケートをとってみた結果、パーセンテージとしては多くない(一割ぐらいかな)けど「ほめられてうれしくない」という方もいるという。

この「ほめる」っていうやり方っていうのは、他の療育なんかと同様に最終的には「定型発達者と同じような言動ができるように矯正する」みたいなことかなと思うのだ。
確かに本人もそれを希望する場合だってあるだろう。
ごく普通に働いて、ごく普通に結婚して家庭を持って・・・みたいな。
でも、そういうのを希望しない人もいると思うのだ。
テクニックとして定型発達者と同じような行動ができるようになっても、私はいつまでたってもつらいままなので、積極的にやりたいとは思っていないし「定型発達者とは全く異なった生き方」みたいなものを選択させてもらえないのかな?って。
子供のころから徹底した療育を受けると、そういう考えは持たないのかも知れない。
私は療育の経験が一切ないから、そのあたりは全くわからない。
ただ、どこまでいっても「人間モドキ」みたいなものにしかなれないよなっていう感じはしている。
幼いころから日々、無理に無理を重ねて、親もボロボロになりながら「普通の人間になるトレーニング」を続けるっていう。
それでいいのかようわからん。
ただ、自分で一通りのこと(買い物に行けるとか、乗り物に乗れるとか、料理・選択などの家事)は本人のためにできたほうがいいなとは思う。
私はそういうことができるから常にしんどいとは思っていても一人暮らしが成立するのだし。
家族との関係に問題を抱える発達障害者は多いが、家事能力などに欠けるために家を出ることもできないという人も少なくない。
ひどいのになると障害年金を家族にむしりとられて、家に引きこもって何もできない状態で生き続けているみたいな人もいるワケで。

他にも気になったことは「ほめる」っていう子育ては否定されたんじゃなかったっけ?っていう。
「同情」もそうであるように「ほめる」っていうのは相手を下と位置付けなければ成立しない行為だ。
「相手は子供なんだからそれでいいんじゃないの?」ってことかな。
確かにそうかも知れないけど、見ていてずっと腑に落ちない感じがした。

ほめることが悪いことだとは思わない。
自分が発達障害だと知らなかった時、自分がほめられても全くうれしくない原因は、私を一度もほめなかった母にあると思っていた。
実際にそうかも知れないしそうじゃないかもしれないし、本当のことは誰にもわからないけど。
ただ、子供の頃の自分を思い出してみると、ほめたくてもほめられる要因は皆無だったと思う。
母の人間性がカスだからとかそういうことじゃなく、別の人が私の母だったとしても、何をやってもグズで勉強もできないし運動もできないし、障害特性上仕方がなかったとはいえ偏食、気温などに対する過敏とか、どうにもならんかったと思う。
番組に登場した医師の話が「絵空事」みたいに思えてしまうのだ。

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2016年06月20日

2016年度神奈川県自閉症児・者親の会連合会 総会記念講演会

昨日アップしちゃいたかったけど、時間がなかったんで。

昨日、海老名市文化会館で「自閉症児・者親の会連合会 総会記念講演会」っていうのがあったんで、事前申し込みをして行ってみた。
今回は
「自閉症スペクトラム(ASD)の人の余暇と社会的活動」〜 一人ひとりの豊かな生活を目指して 〜
っていうお題。
講師は安倍陽子氏。
結論から申しますと、他のと一緒で子供が中心の内容だなっていう。
自分にとって全くの無駄とまでは言わないけど、お題を見て今回はちょっと期待できるかな?って思っただけにガッカリっていう。
最初に講演の中での個人の事例などをネットで拡散したりせんようにというご注意があったが、まあしないけど。

「余暇とは?」って話から始まるのだが、そう言われてみると考えたことがなかったなと。
余暇は「余った暇」なワケで、そんなものに「スキル」なんていうものが必要か?っていう。
実際には「スキル」を身に付ける必要がありますよということで。
これは自閉症者に限ったことではなく、定年退職したオッサンがやることもなく、スーツ着て毎日公園に行ってボーっとして時間を潰しちゃうみたいなこともあるので、やっぱり「スキル」は必要ですよねという。

ここからTEACCHってのが登場するのだが、これについては何の知識もないので「なんじゃらほい?」って感じだが。
ノースカロライナの事例がいろいろと紹介された。
「センター」という考え方があって、興味が向かうコーナーを作るという必要性があるとのこと。

頻繁に「評価」という言葉が出てくる。
余暇を楽しむためのスキルを身に付けるのに「評価」というものが必要ということなのだろうけど、それって自分で自分に対してできるもんじゃなさそうだし、私にはどうにもできない気が。

ASDの特性
「自由時間」は、「何をしても良い時間」
       ↓
「何をしたら良いのかわからない時間」「不自由な時間」

そうだね。
実際職場での休憩時間など、何をしたらいいのかわからなくて困るっていう話はよく聞く。
私のように、普通の人間のフリが得意でも、他の人みたいに楽しむっていうんじゃなく、無理をして周りに合せるだけだから、ただただ疲れるだけの時間だし。
「終わりがわからないので切り替えが困難」って特性があって、これを大きくなってからどうにかするのは難しいですよっていう話。
うん。
療育を受ける機会もなく、実際に大きくなってしまった私たちは、一体どうすれば?

リラックスの仕方を教える必要もあるということで。
コーピングスキルというストレス対処法みたいなものを身に付けさせようねっていう。
聴覚への支援ってことでイヤーマフとかデジタル耳栓
私もそうだけど気圧の影響を受けてしまう人がいるので、そういう人に便利な「ズツール」が紹介される。
これを見て本人も気圧の変化を知るし、周囲も「今日は気圧が低いから課題を少な目に与えよう」みたいな。
調べてみたら正しくは頭痛ーるだな。
パソコンで使えるなら私も使いたいなと思ったけどスマートフォン向けっぽい。

言葉で聞いただけでは理解しづらい子供が多いので、視覚的にしてボードに予定を貼りだすような感じとか、きっちり作り込まなくてもチラシの裏に書いたようなものでも何度も見ることができるから効果的っていう。

地域で過ごす余暇や外出を経験していないと、大きくなってから負担が大きいので、公共交通機関を利用する練習をしましょうね。っていう。
確かに、そういうのがうまくできないと自立できないからねぇ。
本人の為には、そういうことができるようになっているのって重要かと。

「待ちグッズ」というものが紹介される。
乗り物に乗る時でも、病院なんかでも「待つ時間」ってのが発生する。
そういう時に走り出しちゃったり、落ち着きなく騒いだりするとイカンので、外出する時に用意しましょうっていう。
実際に自閉症の子が使っている「待ちグッズ」はぬいぐるみとかオイルタイマーとやらとか。


紹介されたのはこれだったかな。
歯医者なんかでもこういうのを握りしめて落ち着けるみたいな。

オイルタイマー グリーン/イエローオイル時計 OIL001



自閉症の程度や種類にもよるみたいだけど、余暇を楽しむスキルを身に付けるために用意されたグッズを使って学習的なものも組みあわせていく(数を数えるとか)なんていうのもやったり。

社会性っていうのが問題になることが多いけど、それも「評価」ってものを使うらしい。
意味の理解・共有→意志の交換→感情・情緒の交流
っていう段階を踏むっていう。
その時に「評価」ってのをするんだろうけど、私にはなんのこっちゃ全くわからん。

「みんなで遊びましょう」みたいなのをいきなりやってもダメで、まずは「一人で遊べる技能」が身に付けるのが先だろ。ってことで。
子供の理解力とか興味・関心に合わせたものを用意する必要があって、トミカが好きっていう子が多かったり。
AKBが好きな子に対してはAKBのカードを作って使うとか。
市販の物をそのままっていうワケにはいかんことが多い感じ。
何ていう歌か忘れたけど(最近の子供向けの歌なんか知らないし)八百屋の歌か何からしいが、野菜の名前が次々に登場しても自閉症の子供たちは全く興味を持てない。
偏食がひどくて野菜や果物はダメって子が多いらしい。
そこで自閉症の子供たちが大好きなファストフードなんかに歌詞を変更っていう。
ちょっと驚いてしまった。
化学調味料系を受け付けないみたいな系統の味覚過敏の人もいるみたいな話を聞いたことがあったので、その手のものはむしろダメなのかと思っていたが、ハンバーガーだのポテトだのが大好きなのか・・・。
実際私もその手のものは大好きだけどな。
今は滅多に喰わないけど。
歌の二番は家電量販店なんかを。
自閉症児は電化製品も大好き♪ってことか。

落ち着かない子供に対して「ここでやる」みたいな場所をきっちり決めてあげるみたいなやり方が紹介されていた。
その子専用の椅子やソファを自宅の一角に置くとか、ソファもどんなのがいいかいろいろ試したり。

テレビなんかダラダラ見ちゃうとか「終わり」ってのが難しいので、タイマーを使ったり。

タイムタイマーアラーム付き (M) 20センチタイプ



紹介されていたのはこういうヤツだな。
テレビを見る時間の30分ずつのカードを使って、一日に見ていいのは2時間までねとか。

大人になって働くと、体力がとても必要になるので運動もちゃんとやりましょうねっていう。
ここでは全く話題にもならなかったけど、実際に会社なんかで働くことになると定型発達者と同レベルの体力では全然追いつかないからね。
すごく無理をしなきゃいけないから、負担が半端ないんで。
無駄に体力が大量にあるぐらいだと、本人が生きやすいだろうなと思う。

参考本の紹介。

発達障害の子ものびのび暮らせる生活サポートブック 幼児編 (あんしん子育てすこやか保育ライブラリーspecial)



発達障害の子に「ちゃんと伝わる」言葉がけ (あんしん子育てすこやか保育ライブラリーspecial)



参考DVD。
DVD 親と教師のための 自閉症の人が見ている世界 | 事業団からのお知らせ | 社会福祉法人朝日新聞厚生文化事業団
DVD 親と教師のための 自閉症の人が求める支援 | 事業団からのお知らせ | 社会福祉法人朝日新聞厚生文化事業団
Amazonで売ってないし、売り切れ?と思ったら↑から買えるっぽい。

全部で約二時間半。
長かったね。
自閉症の子供を持っていて困っている親御さんとか、教育関係の人でそういう子供に対応をしなきゃいけない人とか、そういう人たちにとっては意味がある内容だったかな。
私みたいに年喰っちゃってから自分が当事者だって判明したような人向けじゃあない感じだからな。
こういう自閉症関連の講演会なんかには、行ける限りは行くようにしているけど、今のところ自分にとってすごく有用っていう内容のものはない。
毎回「年寄りは死ねってことか!」って思ってしまう。
いろんな支援団体はあるんだろうけど、自分が利用できるのはどれで、実際にどういった支援が受けられるのかも全くわからない。
クソみたいな行政の支援は受け倒したけど、結局何にもならなかったからな。

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2016年06月18日

22日のNHK「あさイチ」で発達障害を取り上げるそうです

ほめて伸ばす!子どもの発達障害|NHKあさイチ

内容的に子供の話しかないみたいだから、一応録画はするけどご紹介するかどうかは微妙。
ご興味のある方はどうぞ。

娘が発達障害と診断されて… 母親やめてもいいですか (文春文庫)



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2016年06月13日

6月13日 NHKニュース おはよう日本 自閉スペクトラム症 早期発見で支援を

おはよう日本 - NHK

発達障害を扱うらしいので録画して見てみた。
子供の話しかないので、私のように年を喰ってから診断が出たような人には、何の役にも立たない内容。

100万人いるとされる発達障害、ASD・自閉スペクトラム症。
かつて自閉症やアスペルガー症候群とも呼ばれ人間関係などに影響を与えることも。
このASDで新たな医学的特徴や療養法が注目。
その研究最前線。


皆さんの周りに、こんなことで悩んでいる人はいませんでしょうか。
意味が分からない。
相手の気持ちや言葉の意図を理解しづらく、臨機応変なコミュニケーションが苦手。
さらに、こだわりが強く、興味や行動に偏りがある。
これらは生まれながらの脳の働きの違いから起こる発達障害の一つ、ASD・自閉スペクトラム症と見られる特徴です。
ASDは、自閉症やアスペルガー症候群などと呼ばれてきたもののの総称で、国内に100万人以上いるとされていますが、診断を受けている人は、ほんの一部に過ぎないとも言われています。
知的障害がない場合、ASDだとわからないまま成長し、大人になってから困難に直面するケースも少なくありません。
こうした中、早期に発見することで、適切な支援につなげていこうという取り組みが進んでいます。

ASD・自閉スペクトラム症 見過ごされる実態

佐藤隆さん(29歳・仮名)
5年前にASD・自閉スペクトラム症と診断されました。
知的障害はありませんが、子供の頃から人間関係に悩み、大学を卒業してからも、転職を繰り返してきました。
ASDの特徴であるコミュニケーションがうまく取れないことが原因でした。
スーパーで働いていた時のこと
客「この商品はどこにありますか?」
佐藤さん「分かりません」
商品を探して欲しいという客の意図が汲み取れなかったのです。
“分からないということでは困る。気のきいた返答をするべき”と指摘されました。
しかしその後も、上司の指示を理解できず、トラブルを繰り返したといいます。
佐藤さん「人間関係が悪くなっていく。いづらくなって最終的には辞めることになる。」
その後、テレビで初めてASDを知り、診断を受けた佐藤さん。
今はコミュニケーションをあまり必要としない職場や、ASDを理解してくれる会社を探しています。
佐藤さん「仕事に悩んだ時期とか、結局なんだったのかと思う。(早く)知っておけば対策の立てようがいくらでもあったと思います。」

問診“見極め”困難なケースも

現在、ASDの診断は、専門の医師が子供の行動を観察したり、親に日頃の様子を質問したりして判断します。
ただ、問診だけでは完全に見極めることが難しいケースもあると言います。
そこで、ASDを科学的に診断していこうという研究が進んでいます。

小児用MEG(脳磁計)
金沢大学が企業と共同で開発したこの機械。
151個の高感度センサーが、脳から発生する僅かな磁場の変化を捉え、脳の動きを細かく分析することができます。
金沢大学の研究チームは、ASDの子供とそうでない子供、合わせて100人に幼児番組の映像を見せて、脳の働きを調べました。
ASDではない子供の場合、左脳の前側と右脳の後ろ側が活発に信号を送り合います。
これがコミュニケーションにおいて、重要な役割を果たしていると見られています。
一方、ASDの子供の場合は、送り合う信号の量が少ないことが分りました。
この装置はまだ実用化に向けた研究段階ですが、こうした脳の特徴を捉えることが、より早期の診断につながるのではないかと期待されています。

金沢大学 子どものこころの発達研究センター 菊知充教授
「問診がとても難しい場合に、客観的な指標でより正確に、早期診断の補助となることが期待されています。より効果的な早期介入(支援)が可能になってくると考えられます。」

ASDであることが早期に分かったことで、納得のいく進路を選ぶことができたという人がいます。
源空(みなく)くん(6歳)
母 直子さん
母親の呼びかけに応じることが少なく、言葉を発するのも遅かった源空君。
知的障害はありませんでしたが、列に並ぶなどの集団行動がほとんどできませんでした。
直子さんは、源空君が3歳になる前に、思い切って病院を受診。
直子さん「『やっぱりそうか』という気持ちと、なんとかならないかな、親の努力でなんとかならないかなと思いました」
診断は大きなショックでしたが、直子さんは、ASDの特徴の一つである、強いこだわりを活かせないかと考えるようになりました。
ページの番号を塗りつぶすなど、数字に強い興味を示していた源空君。
直子さんが九九を教えると、小学校入学前に全て覚えました。
こうして関心を持つ分野の力を伸ばしてきました。
さらに、今年の春、両親は医師や学校と相談し、大きな決断をしました。
障害のある子供たちが通う、特別支援学校に入学させたのです。
源空君には、少人数のクラスで、少しずつ人との関わり合いに慣れてもらい、将来社会で生きていく力を身に付けて欲しいと考えたからです。
直子さん「こういう子は幼稚園選びから人生の岐路が始まるんですよ。就学も大きな岐路だったんですけれども、そこで親がしっかり受け止めて考えることができるというのは(早期発見の)すごくメリットだと思います。」

ASDの早期発見への取り組みが進む一方で、コミュニケーション能力を高めるための研究も始まっています。
ASDの子供たちの中には、会話も困難なほど、症状が重い場合もあります。
普段は家族ともほとんど会話をしないという14歳の男の子。
こうした子供に対して使われているのがロボットです。
ASDの子供の中には、人の表情の変化などに不安感を覚える子供もいるといいます。
しかし、感情に左右されずに、いつも同じ動きをするロボットなら安心感を与え、会話のトレーニングに活用できるのではないか、と研究チーム(大阪大学・金沢大学など)は考えたのです。

医師がロボットを通じて話しかけます。
ロボット「屋上で何したいの?」
子供「ひなたぼっこかな」
ロボット「どんな大人になりたいかな?」
子供「普段はのんびりしているけど、いざという時は真面目」
母親「自分の意見を言うことがほとんどない子。そんなこと思ってたんだというのが何個かあって、ちょっとびっくりしました。ロボットの目を見ていたのがびっくりで、目をほとんど見ない子だけど、自然と目が合っていたというのが人間関係で大事だと思う」

研究チームは、こうしたトレーニングが、将来的に人と対話する力に結びつくのではないかと考え、今後、効果を検証することにしています。

アナウンサー「ASDをより早期に発見して、支援につなげていくことが大事ということですね」
池端記者「そうですね。今日ご紹介した、早期発見の研究は無理に診断を強いるのではなくて、あくまで自分や自分の子供がASDであるかどうか知りたい、あるいは分からずに悩み続けている人のために、役立てていこうとするものです。ASDだと診断されずにいる人の中には、学校でいじめを受けて不登校になるような場合もあります。早い段階で発見することで、その人に合った進路を選んだり、周囲に相談してアドバイスを受けることにもつながります」
アナウンサー「そうですね。では、私たちはASDの人たちにどんなふうに接すればいいんでしょうか」
池端記者「ASDの特性には個人差があるんですけれども『とりあえずやっといて』といった、曖昧な表現で言われると、理解できないような人もいます。できるかぎり具体的な言葉で説明するといった配慮だけでもASDの人たちが抱える、コミュニケーションの困難さを和らげることができます。まずは、そういったASDの特徴を知るということが何よりも大切だと思います。


ということで十数分のコーナーは終了。
うん。
誰も私みたいにはなって欲しくないので、それが回避できるような早期発見早期療育みたいなのを受けられる子供が増えるってのは喜ばしいことだろう。
でも、私にとって必要なのは子供がどうとかってことではなくて、すでに年を喰ってしまっている人が今後どうしたらいいのかってことなんだよね。
それに関してはほとんど役に立つようなサポートもないし、今更どうにかできるようなこともない。
「年寄りは絶望してろ」とか「死ね」とかってことかな?
まあ、優先順位的にガキから先ってことで。

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2016年06月04日

すぎさくスピーチ「発達障害について思うこと」@Neccoカフェ160601



拡散して欲しいようだったのでご紹介。
音声を聞き取ることが出来なくても、全文はyoutubeに(動画の下の方ね)書いてあるってことで。

一度直接お会いしたことがあるのだが(っていうか、私が認識できていないだけで多分何度も見かけてんだろうな)大変男前でした。
発達障害があるのは全然気づかなかったけど。
それは向こうも一緒かと思うけど。

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2016年05月10日

病み上がりの夜空に

病み上がりの夜空に [ 矢幡洋 ]
価格:1620円(税込、送料無料)


著者がtwitterでフォローしてくれたか何か(記憶が定かじゃない)で読んでみたワケです。
読んでいてかなりつらくなったけど、読み進まずにはいられない感じで最後まで読んだ。
ノンフィクションらしいのだが、自閉症とはかかわりのない定型発達者がこれを読んでも「大げさ」「とても特殊な話」「自分には無縁な世界」みたいな感じかな。
私は著者の娘である「エリ」に自分を重ねて読んでしまったが。

自閉症とか発達障害を扱った本ってたくさんあるけど、家族から見た内容が詳しく書かれているのってあんまりなかったよね。
本人からの「こう思った」とか「こんなことがあった」っていう内容の本はよくあるけど。
発達障害に限らず「障害を持った子供を育てる」ってのがきれいごとでは済まないってのをつきつけてくれる良書かと思う。

エリは自閉症。
最近よく思うことなのだが、この本を読んでいて改めて痛感したのは「発達障害は本人も周囲も不幸にする」っていうこと。
著者はそういうふうに考えて欲しくないのかも知れないけど。
エリが生まれてからの家族の様子は壮絶なのだが、健常者に生まれてくれば、こんなことにはならなかったのにと思ってしまう。
私は最近「自分の障害のせいで母にはかなり負担をかけていた」っていう事実に気付くようになったが(以前は母に対する恨みばかりだったし、今でも恨んでいるというか許す気は一切ないのだが)この本を読んでその気持ちが強くなった。
偏食や眠れないことは障害特性の問題で私には非はない。
非がなければいいってもんじゃないので、親の負担はそうとうなものだ。
私もそうやって親に負担をかけていたんだろうなと思い知らされる。

発達障害者の事例を多く集めた本って結構「勉強がよくできた」人に偏るのだが、勉強がなかなかできないというタイプ(極度に飽きっぽいというか、落ち着いて勉強をできない様子とかとても自分に重なるし)であることなんかも、私にとっては受け入れやすい内容だったかなと。
これで「異常に勉強だけはできたけど」みたいな話だと、拒絶反応を起こしそう(苦笑)。

最初はこのようにエリにばかり意識が行っていたのだが、だんだんエリの母である奈緒が私の母の姿に重なってくる。
私の母は未診断だがおそらく発達障害だろうし、奈緒とは違って誠実さのかけらもない人なので違う部分の方が多いのだが、不遇な少女時代を過ごして、障害のある子供を産み育てたという共通する部分のある人だから、そう感じたんだろう。
私の母と奈緒の一番の違いは「自分が母からされたことを正当化しているか否か」かな。
私の母は明らかに理不尽な扱いを親から受けているのに、それをすべて「愛情ゆえ」みたいなことにしてしまってるので、私に対して同じことをやって尚且つ、私から「お母さんありがという」みたいなのが返ってこなければ困るという。

私は「療育」というものを受けた経験がないのだが(年代的に私たちはたいがいそうなのだが)、エリはかなり早期から徹底した療育を受けている。
私はなにしろ経験が全くないものだから「療育を受けたヤツはいいなぁ〜」みたいに漠然と考えていたけど、この本を読むと「療育=楽ができる」みたいなもんじゃないんだなということに気付かされる。
親の負担もハンパないが、本人もかなりしんどそうだなと。

エリが今はどういう状態になっているのかはわからないが(twitterでフォローしてんだから直接訊けよと思わないでもないが)本人にとっても親にとっても納得のいく方向に向かっていればいいなと思う。
誰にも私みたいにはなって欲しくない。


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2016年04月06日

成人アスペルガー症候群の認知行動療法

成人アスペルガー症候群の認知行動療法



結論から申しますと、当事者にはあんまり役に立つ内容ではないな。
当事者の家族とか周囲の人にもあまり役には立たないと思う。
専門用語なんかも多いし、医療関係者とかカウンセラーとか、専門職の人がアスペルガーの人に対応するのに役に立つっていう種類の内容かと。

この本の中に何度も「アスペルガー症候群は高学歴の人が多い」みたいなことが書いてあるんだけど、それはどうかな。
外国の人が外国の事例を基に書いているから日本とは状況が違うだろうけど、所詮は「高学歴になれるだけの知能が高めで経済的にも恵まれている」っていう人たちだけが、この先生のセラピーとやらに辿り着けるんだろうなって思った。
経済的にひどい状態だと、そんなもん受けてられないだろうし、ホームレスを調べてみたら結構な割合で発達障害者だったって話があるぐらいだからな。
知能が低いとか、私みたいに全然勉強ができないタイプだと、いろいろ普通の人みたいにやれなくても「バカだから」で片付けられちゃうし、本人もそれで納得しようとするしな。
やっぱり「頭がいい」とか「仕事ができる」のに、周囲とうまくやれないとか日常生活で問題が発生するとかってことになると「何かあるのでは」って話になって、いろいろ調べたり次の段階に進むんだろうなって思う。
実際、私なんて四十過ぎてから自分で気づくまで、医者もカウンセラーも気づいてくれなかったし「気付かれやすい状況に置かれているアスペルガー」とそうでないアスペルガーがあるかな。
特に女のアスペルガーはわかりづらい障害特性の出方の場合も多そうだし。

ある患者は、「人々の集まりに加わるとき、私はいつも皆がすでに知っていて、私だけが知らないゲームをしている部屋に入っていくような気がします。私はそのゲームに参加したいのですが、誰も中断してそのルールが何なのか私に教えてはくれないのです」と言った。(215〜216頁)

うん。
そんな感じだね。
で、ルールがわからないんで教えてくれって言うと「知っているくせにわざとそんなことを言っている」って誤解されて、教えてもらえないだけじゃなく「ひねくれもの」「悪意がある」「反抗的」なんて思われて、余計に状況が悪くなる。
だから、仕方がなくわからないのに「わかったふり」をしている。

私は、ホームワークに関する単純な指示を彼が理解できているものと誤解してしまい、彼が繰り返しそのホームワークを実行することができなかったときにも、それを彼のやる気不足のせいにしていた。学歴や、併存して抱えているメンタルヘルスの問題のために、彼は他者の言うことを理解できないことについて恥ずかしさを感じ、話を繰り返してもらったり、わかりやすく言い直してもらったりするよう人に頼むことができなかった。彼は、話を聴いて理解しているふりをする、という「技術」を身につけていた(352頁)

この人(アンドリューという患者)はもしかしたら本当に「他者の言うことを理解できないことについて恥ずかしさを感じ」てのことだったのかも知れないけど、私は違う理由で頻繁に同じようなことをしている。
私はそれを「恥ずかしい」とは思っていないのだが、先のゲームみたいっていう話と同じで聞いたところでまともな答えが返ってきた試しがないから。
子供の頃に何度もそういう経験を繰り返していく中で「どうやらこれは自分だけがわからなくて、他の人はわかるらしい」と思われることに関しては、無意識のうちに「話を聴いて理解しているふりをする」という技術で乗り切る習慣がついてしまった。

本の中に参考になりそうな本の話なんかも出てくるけど、日本語のは出ていないだろうな。
日本にはない制度的なものとか、巻末のサポート団体のサイトとか、日本人には役には立たないだろう。
ここまで手厚いというか、アスペルガーに対する豊富な知識に基づいたしっかりとしたセラピーとやらは、海外でもまだまだ充実していないんだろうし、日本でこのレベルのものは期待できそうにないと思う。
やってくれているところもあるのかな?
日本では当事者会とSST、バカ高い金のかかるカウンセリングぐらいかな。
大人になってしまっていて療育ってのも全く受ける機会がなかったような私のような人も大勢いるのが現状なので、そういう人たちを対象としたサポートがもうちょっとどうにかなってくれるといいけどねぇ。
あんまり期待はできないよねぇ。

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2016年04月02日

今日は「世界自閉症啓発デー」

うん。
知らなかった。
青い服を着て出かけなきゃいけないっていうのはチラリと見たような気もするけど、事前に服は用意しないと支度ができないタチなので、赤い服で出かけたワケだが。

4月2日は世界自閉症啓発デーです。〜青い光が増えると共に、自閉症の人がより生きやすくなりますように〜 | 高瀬真歩

今日の夜(ってか今)、東京タワーとかいろんな建物が青くライトアップされたりしているっていう。
正直に言います。
私にはこの「世界自閉症啓発デー」に何の意味があるのかが全くわかりません。
どなたかバカにもわかるように説明していただけるとありがたい。
自閉症とか発達障害っていうものがあるってことを知ってもらいたい?
どういう症状があるとか、どういうことで困っているみたいなことを理解してもらいたい?
配慮をして欲しい?
かわいそうだね〜って同情して欲しい?

現時点で「発達障害なんて存在しない」って言いきる人もいる。
そういう人たちに何を言っても無駄だろう。
ってことは残りの「存在は信じてくれる」人たちに向けてってことかな。
障害特性には個人差が大きい。
私自身、自分のことについて全部理解できているワケではないし、医学的にも未解明な部分も多い。
それを誰かに「理解してもらう」なんてことが可能だとは思っていない。
私だって定型発達者のことをあまり理解しきれていないんだし。

そういう「自閉症の人達の生きにくさに少しでも気づいて頂ければ」ということで始まった取り組みが、毎年4月2日の世界自閉症啓発デーに世界中を青い光で包むことで自閉症啓発を促す「ライト・イット・アップ・ブルー」というイベントなんです。

青くライトアップしてんの見たら自閉症の人たちの生きにくさに気付くの?
バカだから意味がわからないのだが。
生きにくいことに気付いてもらえたとしよう。
まあ、気付いてもらえるとも思ってないけど。
で?
「生きにくいんだね〜」って?
それで?
生きやすくなるの?



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2016年03月31日

自閉スペクトラム症の診断に視線の計測が有効

対人の障害、視線で8割判別…福井大など : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)
発達障害の一つで、対人関係などに問題を抱える「自閉スペクトラム症」(ASD)について、思春期から成人までの男性患者の視線を専用の機器で計測したところ、約8割の確率で判別できたと、福井大などの研究チームが発表した。視線が客観的な診断指標になり、早期診断、改善につながると期待される。

先ほどの記事にも書いたけど誤診されちゃうことも多いから、8割であっても診断がつきやすくなるシステムができるのは喜ばしいことだと思う。

「目を合わせない」といった視線の特徴がよく見られる
ってことだけど、定型発達者の「視線恐怖」みたいなものとは違うだろうなと。
もちろん、子供のころから壮絶ないじめにあったり、周囲とうまくやれない状況多発で対人恐怖みたいになっちゃう人もいるとは思うけど、ミラーニューロンが死んでいるのか目を合わせたところで相手の意図が読み取れないんだよね。
定型発達者は相手の目を見て「空気」を読んだりいろいろできるんだろうけど、そんなことはできないので無意味な行為。
私は定型発達者に合わせてやっているので(あくまでこっちが合わせてやってんだからね!)目を見たりはする。
で、その結果「この人コンタクト入れてるんだ〜」とか思いながら話を聞いている。
むしろ話の内容が頭に入って来なくなるので、目を見るのって逆効果なぐらいだけど、定型発達者は
 目を見ない=話を聞いていない
って決めつけているみたいだから、仕方なくやってる。
私がちゃんと目を見て、相槌を打って「すっごく話を聞いているように見える」状態の時は、あんまり話は聞き取れておりませんのでご注意ください。

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発達障害とまぎらわしい症状の『ひといちばい敏感な子』

ひといちばい敏感な子



本は読んでないんだけど。
ADHDやアスペルガーじゃない? 5人に1人はHSC(ひといちばい敏感な子)。その特徴とは? | ダ・ヴィンチニュース
ここで紹介されていたのでご紹介。
発達障害ってわかりづらいし、診断ができる医者も限られているので別の病気にされちゃうことって多いらしいんだけど、新手の「まぎらわしい病気」(「病気」っていう区分でいいのかどうかは知らないけど)があるらしい。

「敏感な子」の存在は、日本ではあまり知られていない。本書によると、冒頭のような項目に当てはまる子どもがいた場合、たいていは「臆病」「感覚的な刺激を受けやすい」「神経質」「内向的」「恥ずかしがり屋」などと表現される。ときにはADD/ADHD(注意欠陥・多動性障害)やアスペルガー症候群と誤解されることすらある。

精神的な問題ではなくて、神経システムとやらの問題らしい。
でも、実際には「神経質」「おおげさ」「わがまま」とか言われて片付けられちゃうんだろうな。

服の布地がチクチクしたり、靴下の縫い目や服のラベルが肌に当たったりするのを嫌がる

むしろ嫌がらない人っているのかと。
詳しいことは割愛するが、私の場合は普通の人間が感じ取れないレベルの皮膚感覚みたいなのを感じ取ることができているらしいので、服の布がちょっと毛羽立ってるとかでも不快に感じちゃうってのはあるけど。

Self-Tests
「自分もそうなのかな?」って思う方は、ここでテストができます。
因みに私はHSCは13、HSPは3だった。
あくまで英語のヤツを日本語に翻訳しただけっぽいから、日本人の感覚とはズレる部分もありそうだし、主観が入るからこれで正しく判定できるってもんじゃないだろうけど。
発達障害者がこれをやると、HSPの方は知らないけどHSCは高い数値が出る人が多そうだなと思う。

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2016年03月22日

自閉症者が喋れるようになることは「症状改善」なのか?

自閉症の女の子が猫との交流で症状改善「全てが変わった」/2016年3月21日 - 気になる - ニュース - クランクイン!

イギリスの現在6歳の重度の自閉症の少女アイリス。
医師は話せるようにはならないと言っていたが、二年前に猫が来てから言葉を発するようになったという話。
私がこの話でひっかかったのは「症状改善」っていう表現だ。
「定型発達者に近い方向へ変化した」って状況かと思う。
それって「改善」なのかな?って思ってしまったのだ。

視力がすごく悪くて日常生活にも困るような人が手術を受けて劇的に視力が向上しました。
「改善」だな。
指に障害があって思うように動かせなかった人が手術を受けて、普通に動かせるようになりました。
「改善」だな。
自閉症で言葉が話せない人が、言葉を話せるようになりました。
「改善」なのかな?
わからん。

 以前からアイリスちゃんは、絵の才能を見いだされ彼女の作品には1500ポンド(約24万円)もの値がつけられるなど、アーティストとして世界的な人気を得ていた。

本当に才能があるのか「感動ポルノ」で「重度の自閉症」っていう肩書きでもてはやされているのか、芸術には疎い私には判断できないけど、才能が本当にあったとして、言葉を話すっていう「本来脳の性能上無理なこと」に能力を使っちゃったら、せっかくの絵の才能が阻害されちゃったりしないのかな?って思ったり。

 “変わった”後は、「彼女は「もっと、猫」とか「病気、猫」とか、自分の希望を伝えられる様になった。『違うことは素晴らしいこと』とよく言うけど、本当にそう思う。今の私にとって、自閉症は素晴らしいことです」とコメントした。

今のところ猫のことしか喋ってないってことかな?
この先もずっと猫のことしか言わなかったらせっかく喜んでいるご両親はガッカリかな?


私はセルフモニタリング能力が極端に低いので、最近気づいただけでもともとなのか、最近そうなったのかが不明だけど、言葉を聞き取ったり会話をしたりするのってすごく疲れる。
喋っている間に自分が疲れていることを自覚する能力はないのだが。
長時間慣れない相手と会話をした後は何日も頭痛がしちゃったりすることもあるぐらい。
明らかに脳がものすごく疲れているなっていう感じがする。
実際には関係があるのかないのかわからないことだけど、以前とは比べものにならないぐらい、曲を覚えるのが早くなった。
私はWAIS-III なんかの結果では単なるアスペルガーらしいけど、自閉度から考えると重度の自閉症だ。
「本来は喋れないんじゃないのか?」って思っている。
喋る能力が生まれつきないのに、脳にものすごく無理をさせて喋っている。
それをやめてしまったら、今以上に曲を覚えることができるようになって、テレビなんかで見かける「一度聞いただけでピアノで再現できるサヴァンの人」みたいになっちゃうのかな?って。
私にとっては、そうなる方が「改善」なんじゃないかと思うのだ。
阻害されている本来の能力が引き出されるのだから。
社会生活が壊滅的になるだろうから(実際、その手のサヴァンの人たちは自分一人では日常生活を送れない)定型発達者から見たら「改善じゃないだろ?」って感じだろうと思うけど。
私は今後「本来の」喋れない状態になるのかな?っていう気もするんだけど、今の中途半端に定型発達者と同じような行動ができている状態よりいいんじゃないかぐらいに思ってしまったり。
所詮は無理やりだからな。
常に無理をしている状態なのに、それが普通みたいに扱われるのはもう、うんざりだ。

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2016年02月29日

横浜市立大学市民医療講座 青年期・成人期の発達障害の理解

青年期・成人期の発達障害の理解 | 横浜市立大学 医学科・医科学専攻

今日、横浜市港北公会堂ってところで開催された講座。
入場無料。
講演は附属市民総合医療センター 精神医療センター 准教授 高橋 雄一先生。

一応子供に関する内容ではなさそうだから行ってみたけど、そもそもこの先生は児童精神科がご専門だし「成人期」っていっても20代ぐらいまでの話しかなく。
まあ、そんなものだな。
で、当然のことながらかなり基本的な内容。
もっと突っ込んだ内容のものって聞いたことがないなって思ったけど、突っ込んだ内容にしようと思ったら、すごく狭い範囲の話に限定せんと無理だから、それはそれで面白そうだけど難しいんだろうな。
例えば「嫁がアスペの場合」とか「障害発覚が40代以降の場合」とか「アスペとADHDを併発している会社員」とか。
問題になる部分がまるっきり違うだろうからな。

まず、最初に高橋先生ではなく、別の方がちょっとだけお話をされたのだが、耳で聞いた情報を記憶できようハズもなく。
わからん。
三者ぐらいの協賛だそうで、その中の一つの団体の人。
港北区がどうとかって言っていたけど、私は港北区民じゃないので関係ないかな。

その次に今回のメインとなる高橋先生のお話。
基本的な話を紹介しても仕方がないので、目新しい部分だけご紹介。
MSPA(Multi-dimensional Scale for PDD and ADHD)ってのが登場。
詳しくはこのあたりを。

ASDの人への対応ポイント
呈示と同意 ○→社会化
命令と服従 ×→反社会化
受容(放任)とやり放題 ×→反社会化

命令と服従って楽な気もするけどダメなのか。
自分で判断しろっての苦手なのだが。

べからず集(特に高機能例)っていうのの中に
失敗から学ばせようとするべからず
失敗から学ぶこともあると思うけど、どうなんだろうね?
確かに定型発達者みたいに、失敗から自力で学ぶってのは難しい感じはする。
失敗をした時に適切な指導みたいなのが入るといいように思うが、そういうサポートをうまくやれる人ってのもあんまりいないだろうなぁ。
それなりに障害に対する知識とか理解とかもあって、障害以外の「個性」とか「性格」みたいなものに対しても配慮できるっていうんじゃないと難しそうだ。

講演が終わってから質疑応答っていうのがあった。
これは、講演後の休憩時間に紙に質問を書いてスタッフに渡すと、その中から多い質問に先生が答えてくださるという。
で、私も一応書いて出したんだけどね・・・平日の昼間にここまで来る人たちだけあって、かなり熱意があるのか、結構な割合で書いている人が。
ってことで、私が出したのは取り上げていただけませんでした。
多数派の質問っていうと若い人とか子供とかの内容に偏るので、先生が紹介してくれたサイトとか見てみたけど、子供向けだねぇ。
私には役に立ちそうにない。

今回は実際に現場で医療に携わっている講師の方ということで、実例を紹介していただいたりして、それなりにいい内容だったかなと。
ただ、やっぱり「ハッピーエンド」とはいかないのが、この障害の難しいところで。
本人も周囲の人も不幸にしちゃう障害なんだよな・・・っていう感を強くした。

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2016年02月07日

横浜で自閉症の講演とシンポジウムが開催されます

広報で見つけたのだが「申し込み方法等詳細はHPで」って書いてあるのにホームページのURLもなく。
問い合わせ先である「こども青少年局障害児福祉保健課」ってのを検索してみてもこの件は見つからず。
更にいろいろ検索してみてやっと出てきたワケです。
ちょっと不親切かなと思いました。

横浜市 こども青少年局 世界自閉症啓発デーin横浜〜学齢期の発達障害児への放課後支援〜を開催します。

世界自閉症啓発デーin横浜 〜学齢期の発達障害児への放課後支援〜

学齢期の発達障害児の放課後等デイサービス事業が広がるなか、「発達障害児の放課後支援」をテーマとするシンポジウムを、「世界自閉症啓発デー」の啓発活動の一環として開催します。


●日時  平成28年3月27日(日) 13時00分〜16時30分

●会場  関内ホール(JR関内駅北口徒歩6分・みなとみらい線馬車道駅徒歩4分)

●内容
  第1部【基調講演】
  演題   「放課後等デイサービスの質の向上を目指して」
  講演者  大塚 晃(上智大学総合人間科学部教授)

  第2部【シンポジウム】
  テーマ     「学齢期の発達障害児への放課後支援(仮題)」
  シンポジスト  森 佳代子 (横浜市障害児を守る連絡協議会 副会長)
            渡辺 幹夫 (地域活動ホーム ガッツ・びーと西 所長)
            勝俣 恵子 (特定非営利活動法人ワーカーズわくわく 理事)
            飯島 万里 (港南台ひの特別支援学校 特別支援教育コーディネーター)
  指定発言者  大塚 晃
  司   会    佐藤 祐子 (横浜市こども青少年局障害児福祉保健課長)

●申込方法
  (1)お名前、(2)住所、(3)電話番号を明記し、FAXまたはEメールでお申し込みください。
  ・筆記通訳が必要な方、車椅子スペースが必要な方は、その旨も明記してください。
  ・所属団体がありましたら、差支えなければご記入ください。
  ・取得した個人情報は、本事業の目的以外には使用いたしません。
 
●申込先  横浜市こども青少年局障害児福祉保健課「世界自閉症啓発デーin横浜」係

●申込期間  平成28年2月12日(金)から3月4日(金)まで〔ただし先着850名まで〕
  ※特段の事情がない限り、申込受付のご連絡はいたしませんので、そのままご来場ください。
   (ご参加いただけない場合のみご連絡いたします)

●問い合わせ先  横浜市こども青少年局障害児福祉保健課
  電話045-671-4279(平日8:45〜17:15)

●主催・協力
  主催:横浜市こども青少年局/健康福祉局/教育委員会
  協力:横浜市自閉症協会、社会福祉法人 横浜やまびこの里(順不同)


行こうかなと思ったので詳細を調べたワケだが、どうやら子供のことしかやらないみたいなんで、私には何の関係もなさそうだし行かない予定です。


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2016年02月05日

ザ!世界仰天ニュース 誰にも理解されない孤独な苦しみ

2月3日放送のものをご紹介。
誰にも理解されない孤独な苦しみ
この番組では以前にも同じ障害の人のことを取り上げている。
ザ!世界仰天ニュース 子どもを守れスペシャル

1月31日。新潟県新潟市にある県民会館で、「障害への差別」をテーマに内閣府が主催する講演会が行われた。
その壇上にいる一人の男性、南雲明彦さん(31)。
実は、彼自身も長い間、ある発達障害と闘い続けていた。
発達障害とは脳機能の一部に異常がある事で発症する障害だが、2012年の調査では、小学校の、1クラス(約30人)に2人ほどにがこれに該当するという。
授業中にじっとしていられない・極端に片付けられない・空気を読めないなど、「行動面での著しい困難」や「学習面での著しい困難」を示す場合がある。
南雲さんもこの症状に苦しんできた。
スタッフから「日暮里」という文字を書くように言われる南雲さん。
南雲「イメージができないですね」
南雲さんは今もうまく文字を書くこと読むことができないという症状と闘っている。
南雲「その状況も辛かったけど、それを伝える術を知らなかったっていうのは、自分の内側を明確に表現するものがなかったっていうのはつらかったですね。極限まで自分の中で悩んで、自傷行為をしてみたり、どこかから飛び降りてみたり、苦しさを伝えたかっただけなんですよね。」
誰にも理解されず苦しんだ21年間。その壮絶な闘いとは!?

新潟県 南魚沼郡 湯沢町。
バブル期のスキーブームで有名リゾートとなった町。
1984年町役場で働く父と保育士の母との間に次男として生まれた南雲明彦は幼少期にはこんな行動をとっていた。
母が絵本を読み聞かせていると初めは見ているが、すぐに他のことを始めてしまう。
実は「文字が読めない症状」の徴候だったが「子どもにはよくあること」と母は気に留めていなかった。
1991年、明彦は小学校に入学。
集合写真は常に真ん中、と目立ちたがり屋の存在。
口が達者で明るい明彦は、いつもみんなの中心にいた。
しかし、元気な笑顔も授業になると一変する。
教師「字には書く順番というものがあります。まず『あ』は…」
南雲「なんか、また字が見えない」
黒板に書かれた文字が揺れたり傾いたり、回転したりゆがんだりして形があいまいで覚えられない。
南雲「先生、字が見えにくいんですけど」
聞いてみたが
教師「明彦。先生の字が汚いって言いたいのか?」
(クラスメートの笑い声)
それ以上は聞けず。
手本通り真似ようとするが、それができない。
教師「枠からはみ出ないように書いてみようか」
実はノートの線もゆがんだり斜めに見えたりしていた。
そのためきちんと枠に文字を収められなかった。
教師「一生懸命練習すれば、ちゃんと書けるようになるから、頑張ろうか」
なぜ?みんなはちゃんと書けているの?
南雲「みんなできてるのに、僕だけできないんて…恥ずかしい」
自分はみんなと違う。
それがとても恥ずかしかった。
この事を誰にも知られてはいけない。
徐々に膨らむ劣等感。
明彦はこの日から大人になるまで、文字と孤独な闘いを始める。
それがある障害だとは知らずに。

脳の障害、「ディスレクシア」。
脳機能の一部に障害があるため、文字を認識できない。
常に動きっぱなしだったり大きさがバラバラに見えるなど個人差はあるが、文章を読むことが非常に困難になる障害である。
今でこそ、この障害は認知され、多くの著名人も多数カミングアウトしている。
(スティーブン・スピルバーグ、オーランド・ブルーム、キアヌ・リーブス)
しかし、25年前の日本でこの発達障害の存在を知る人はほとんどいなかった。

漢字が登場すると、明彦の文字の解読はさらに困難になった。
参観日にやる劇の台本が読めない。
ディスレクシアの症状として「音読」が極めて苦手なことが多い。
明彦もこの症状が強く出ていた。
台本を読むように言われ、読めないのをごまかすために「先生のお手本が見たい」と言って耳で聞いて覚えるということで切り抜ける。
家に帰っても、文字が読めないことがばれないように、音を忘れないようにと、幼いながらに自分でできる方法で明彦は必死に何度も何度も繰り返した。
明彦は母にも「字が読めない」ことを言っていなかった。
学校から帰ると自分の部屋に直行。
「字が読めない」ことを隠し、母の前で絶対に宿題をしなかった。
そして小学3年生の時、あることが分かる。
視力検査表のマークも、ゆがんだり回ったりしていた。
両目とも0.1。
すぐにメガネを作ることになったが、何をつけてもよく見えない。
しかし、いくつもいくつも試した結果、なんとなく見えやすくなったと感じるものがあった。
以来、明彦は近視のメガネをかけ続けることに。
明彦の席は常に一番前に。
書き写せない分、先生の話を丸暗記。
小学3年3学期の通知表は、国語や社会、そして算数など文字を書かなければならないものはどれも最低評価だが、その他は特に悪いものはなく、ほぼ平均。
「文字と格闘」していたことを示す一文がこの通知表に残っている。
それは母が書いたもの。
「習字は三日間かけて仕上げました」
手本を見ながら「文字をきちんと」書かなければならない書道。
明彦にとっては、ほぼ不可能とも思える作業。
三日間やり続ける。

絶対に弱音を吐かない息子。
しかしそれは、突然の告白だった。
南雲「塾に行かせて欲しいんだ」
母「どうして?」
南雲「僕、どんどんバカになっちゃってる。バカになって…」
母「明彦はバカじゃないよ」
明彦「もっと頑張れば、もっとできると思うんだ。行ってもいい?」
実は5年生のクラスが始まると、授業の情報量が増加し、スピードが上がり、さらに漢字も難しくなった。
このままではどんどんみんなと差がつく。
そのうち、字が読めないことがみんなにばれる。
みんなと同じ「普通」になりたい。
だから塾へ通おう。そう考えたのだ。
するとこの塾の先生は、みんなと同じではなく明彦のペースにあわせて教えてくれた。
それが明彦にとっては救いとなり、さらに授業の後も間違えてもすぐ消せるホワイトボートで何度も何度も練習した。
やがて読んで書ける文字が格段に多くなり学校の授業にもついていけるようになった。
こうして、読み書きが困難なことに誰も気が付かないまま、小学校を卒業。


うん。わかる。
私もずっと「普通の人みたいに頭がよくなりたい」とか「もっと努力すれば」とか思っていたからねぇ。
それが間違いだったってわかってどれだけショックだったか。
この人って、ものすごく努力家だよねぇ。
ディスレクシアなのに、これだけ読み書きができるようになるまで努力するって、どれだけの努力かって考えただけで悲しくなるよね。

中学校に入ると古文や英語など、全く初めての文字も多くなったが、明彦は分かる所だけノートに取り、他はクラスメートのノートを借りてコンビニでコピー。
拡大コピーすれば読みやすくなることも分かって来ていた。
小遣いやお年玉はほとんどコピー代に消えた。
さらに歴史や古文など、漢字の多い教科は、絵の多い歴史マンガで情報を補強。
やがて、勉強が楽しくなった。
中学校1年の時の通知表。
主要5教科は全て平均以上を保てている。
さらに明彦はソフトテニス部に入部。
郡大会に個人優勝するほどの実力者となった。

一方、友達と遊びに行くと、気の抜けないことの連続。
みんなでご飯。
初めての店のメニューは読めない。
そんな時は、注文を取る係りを買って出て、みんなの注文を先に聞きその中から選ぶ。
友達にもばれないように、どんなシチュエーションでも完璧にごまかす方法を考え出していた。
そして、地元では有数の公立高校へ進学。

しかし、これが悲劇の始まりとなってしまう。

高校時の明彦は将来体育大学に進学し、スポーツトレーナーの勉強をしたいという目標があった。
が、1年生からハイレベルな授業。
ひさびさに文字による圧迫感を覚えた。
中学時代に築いた自信はわずか入学2か月で崩れた。
成績は急降下、テニスも実力が伸びない。
そして高校2年生の夏、仮病で学校を休む明彦。
実はその数日前、これまでと同じように高校のクラスメートにノートを借りようとしたが、「サボっている」と誤解をされてしまった。
みんなにずっとサボっていると思われていた。
できることは全てやってきた。
なのに、みんなと同じになれない。
そして、学校に行かなくなった。
何がこんなに辛いのか?
苦しんでいるのか?
母「ねえ、明彦。どういうふうに苦しいのか母さんに教えて。何で明彦が学校に行きたくないのか」
南雲「うるせぇな!」
明彦が母を怒鳴ったのは初めてだった。
この日から家族に笑顔が消えた。
母はそんな明彦のそばにいくことをやめなかった。
少しでもご飯を食べて欲しい。
仕事をしていてもそればかり思ってしまう。
勤めて明るく話しかける母。
何を言われてもそばにいたい。
11月26日、17歳の誕生日。
初めて「おめでとう」と言えなかった誕生日。
そして学校へ行かなくなって10日目。


サイトの方には9日目ってなってるけど何で?

南雲「俺、精神がおかしいんだ。だから病院に連れていって欲しい。」
こうして母と共に自宅から車で40分ほどのところにある病院の精神科を訪ねた。
誰かに見られたらどうしよう。
そう脅えながらもなんとか自分を奮い立たせていた。
南雲「成績が伸びなくて、周りに置いて行かれたような気分になったんです。実は、文字を読むのが難しくて、人より時間がかかって、細かい文字を見ると…」
母は初めて知った。
息子が文字に苦しんでいたなんて。
それは明彦にとってまさに一世一代の告白だった。
ところが
医師「なるほど、君は受験が怖いんじゃないのかな?そういう学生は多いんだ。みんな大変なんだよ。強い気持ちを持って学校に戻りなさい。」
それは絶望的な答えだった。
医師「君なら頑張れるよ。」
机をガンガン叩いて叫ぶ明彦。
どうして誰も理解してくれないのか?
自分はやはり普通じゃないのか?


私も最初の病院では発達障害を発見してもらえなかったし、今からずいぶん前の話だろうから、医師の側に発達障害の知識がなかったものと思われる。
今でも発達障害についてあまり知識がない医者もいるだろうから、病院選びは重要だよねぇ。

自暴自棄になった。
自宅二階から飛び降り自殺を図ることもあった。
そんな明彦に母は初めて手を上げた。
初めて母にぶたれた明彦。
南雲「ごめん」
素直に言葉が出た。
そして数日後、自らの意思で退学届を出した。


このシーンはサイトでは「ようやく正気に戻った明彦は」って書いてあるけど、ずっと正気だったと思うんだけど?
かなり失礼な内容にされちゃってる気がする。

治療する決意を固めたのだ。
母と共に病院を探し、車で1時間ほどの場所にある病院の精神科に入院。
診断の結果は重度のうつ病。
この頃の明彦は自らを汚いと思いこみ、洗わずにはいられない強迫性障害という症状も。


うつ病とか強迫性障害は発達障害の「二次障害」ってヤツだろうねぇ。
私もなったし。
毎日すごい回数手を洗ったりしてたねぇ。

病状はいい時と悪い時の繰り返し。
そして母は電話が鳴るたびに明彦に何かあったのでは、と脅えた。
元気な子どもたちに思わず昔の明彦を重ねてしまう。

入退院を繰り返し、1年が過ぎた頃、カウンセラーが東京から訪ねてきてくれた。
カウンセラー「今、一番嫌なことは何?」
南雲「普通じゃないこと。」
それは明彦の胸の奥にずっと支えていたこと。
カウンセラー「明彦くんにとって、普通じゃないことってどういうこと?」
南雲「う〜ん。友達と一緒じゃないこと?」
カウンセラー「私はあなたになれないし、あなたは私になれない。人はみんな違うでしょ?普通なんてこと考えなくていいのよ。ねっ。」
その言葉で少し気持ちが楽になった。

退院した明彦は、ホテルの清掃業のアルバイトを始めた。
潔癖症ともいえる「強迫性障害」を患っていた明彦の挑戦だった。
うつの症状はよくなってきていたが、文字が書けないことは治らない。
仕事の評判は良かったが、指示をメモに取ることが出来ずここでも一苦労。
自分を苦しめ続けるこれは一体何なのか?
そして、ついにその症状の謎を知る時が来た!

2006年、21歳の時、明彦はやりたいことができた。
それは、ボランティア。
今まで周囲にさんざん迷惑をかけてきた自分が恩返しできることはないか?そう思ったのだ。
職員「うちの団体は脳の機能の障害で読み書きができない人たちをサポートさせていただく団体です。」
南雲「読み書きができない?それは?」
職員「ディスレクシアという障害です。」
それはまさしく自分のこと。
明彦はボランティアをする側ではなくされる方だったのだとこの時知った。
真っ先に電話で母に伝える明彦。
南雲「母さん、俺、バカじゃなかったよ。ディスレクシアっていう肩書きができたよ。」
母「気が付いてあげられなくてごめんね。」
親子で苦しんだディスレクシア。
原因が分かったことで、症状が劇的に良くなることはなくても様々な工夫で読み書きに対処できるようになった。
そして南雲さんの現在の思いは。

場面はスタジオに移る。
ディスレクシアに詳しい大阪医科大学LDセンター顧問 武田契一先生。
中居「今、ああいう小さい子がいて、SOS出したら先生とか親はすぐ察知できるものなんですか?」
武田「南雲さんの小学校時代と違って、今は比較的先生方の理解が深まっていますから、こんな苦労は小学校でしないで済んだと思います。」
アナウンサー「ディスレクシアというのは何歳ぐらいで判断できるものなんでしょうか?」
武田「小学校1年生で判断できます。
中居「ひらがなを逆に書いちゃう記憶がある」
武田「その反対に書くというのがずっと継続している時には要注意で、やはり専門家が調べた方がいいと思います」
武田「ディスレクシアは話す、聞くは大丈夫なんですよね。だから、手を上げて授業で答えたりするから、先生も誤解してなんでもできると思っているのに何で読めないの?なんで漢字書けないの?とやられてどんどん落ち込んでいく」
鶴瓶「やっぱりごまかそうとするんですよ。なにかでね。」
武田「よく保護者の方が言われるのが『私のせいかしら』。ところが脳の機能障害なので、お母さんの子育ての失敗例じゃないんですよ。子育ては何の関係もないんです。そこをちゃんとわかっていただかないと。」

親子で苦しんだディスレクシア。
この症状が劇的に良くなるわけではないが、知って本当に楽になった。

南雲「ほんと言うと気楽にね、話をすればよかったのに、どうしても普通とかにとらわれて、あと行ったらからかわれるというか『何それ?』みたいなバカにされるんじゃないかと思って、言わなかったら苦しくなったわけですよ。いろんな大人がちょっとでも違和感とかを感じたら、発達障害の疑いを持って医療機関なり相談機関なりにつなげていくっていうのがずっと増えたと思いますけど、同じような子を生み出す社会であってはいけない。」

SOSを出すのは決して恥ずかしいことではない。
南雲さんは子どもたちのSOSを見逃すことのないよう、家族や学校に対しての講演を行っている。


この番組の中では一貫して「ディスレクシア」という表現を使っていたが「LD」っていう表現もよく使われるし日本語で「学習障害」って表現もあると思うのだが、なぜかそれは登場しない。
学習障害=LD
で、その中に文字の読み書きに障害を抱える「ディスレクシア」が含まれる。ってことかな?
ディスレクシア以外の学習障害ってあるんだろうけど、どんなのがあるか全く聞いたことがないけど。
どんなんだろう?
私は学習障害はないと思うけど(わからんのだけど)漢字の書き取りをいくらやっても全く記憶することができないっていう状態だった。
小学生の時から漢字は全く覚えられず、高校ぐらいで短文のテストが毎週だったかあって、そのたびにかなりの時間を「書いて覚える」ってことをやったけど、自分で勉強をしていて「絶対記憶できないよな」って気づきつつ、それでも勉強をし続けた。
ものすごく勉強をやっても、もちろん記憶できていないんだから毎回点数は低いっていう。
自分が普通の人みたいなやり方ではダメで、他のやり方をした方がいいってことに気付いたのはとっくに二十歳を過ぎていたので、学生のころはずっと「努力をするが結果は出ない」って状況だった。
おかげで担任からは、なじられたりしたから、今でもあの担任は死(略
今は「やり方」がわかったんで漢字検定二級なんて楽勝で合格したワケだが、いまごろできるようになっても意味がない。
やっぱり学生の頃が重要だよなと思う。
私も「自分は頭が悪いんだ」って思っていたし(実際にはIQは日本人の平均並み)、他のやり方をやってみようっていう発想自体がなかった。
考えても仕方がないことなのはわかっているので、なるべく考えないようにはしているけど「本当はどうすればよかったんだろうか?」って考えてしまう。
もちろん答えは出ない。
そして南雲さんもそうだろうけど「こういう思いを他の人にはして欲しくない」って思う。
今はこうやって何かとテレビなんかで発達障害のことが取り上げられるから、診断ができる病院とか相談機関なんかがパンク状態で何カ月も待つとか、地方だったら数年待ちなんていうのも聞く。
確かに大勢の人に知ってもらって、早期に発見されて適切な対応がされるようになればいいなとは思うけど、この国は福祉がどんどん縮小されていく方向に向かっているし、受け皿がただでさえ不足しているのに「発見されてもその後がない」みたいなことになりかねない。
そのあたりもマスメディアは取り上げてくれるといいかな。
まあ、定型発達者(発達障害者ではない人たち)にとっては他人事だし、自分がブラック企業で死ぬ目に遭わされていたりしたら、「障害者の世話どころじゃないだろ!こっちを先に助けてくれよ!」なんて思うかも知れないし。

僕は、字が読めない。 読字障害(ディスレクシア)と戦いつづけた南雲明彦の24年



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2016年01月14日

NHK「きょうの健康」で子どもの発達障害が取り上げられます

きょうの健康|放送カレンダー

NHKの「きょうの健康」という番組(Eテレ・午後8:30〜8:45)で「子どもの発達障害 徹底解説」というのが三日間にわたって放送される予定です。
1月18日 自閉症スペクトラム
1月19日 注意欠陥・多動性障害
1月20日 学習障害


テキストは↓です。

NHK きょうの健康 2016年 01 月号 [雑誌]



子供のことしかやらないみたいなんで、私は見ないつもりでいます。


posted by ひと at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月13日

発達障がいサポーター養成講座に行ってきた

本当は全部で三回のヤツで、今日が第一回だったんだけど初回だけでも参加可ってことでこれだけ行ってきた。
主催はNPO法人夢コミネットっていうところ。
申し込みは電話のみってことですごく困ったんだけど、本当は「当事者だけどいいですか」って訊けばよかったんだなと後から思ったけど、そういうのをうまく電話で伝えるのって難しいんだよね。
普通に受け付けを済ませるだけでも実は大変だったのだ。
当事者向けのものではなかったので「ご意見ご感想」なんかも書くところがあるアンケートに「電話以外でもお願いしたい」みたいなことは書かなかったけど。
電話での申し込みもまともにできないヤツが、発達障害者の「サポーター」ってのは無理ありすぎだろってことで。

内容はとてもわかりやすくてよかったと思う。
発達障がいを理解し、そっと寄り添ってくれる存在が「発達障がいサポーター」です。
ってことで、周囲にそういうので困っている人がいるんじゃないのかな?暖かく見守っていこうね。みたいな趣旨らしいです。
まあ、それは有難いことだと思う。
しかも今日は三十名ほどの方々が、本当に熱心に理解しようと集まっておられたので、よいことだと思う。

でもね・・・
こういう「理解しよう」って思ってくれるようなタイプの人たちがどんなに熱心に勉強しようが理解を深めようが、問題は「発達障害なんて存在しない」みたいに思っていたり「ただのわがまま」「誰にでもある」で全部片付けちゃうような人には変化がないっていうか影響がないっていう。
どちらかというと問題はそっちかなぁと思うんだけど、まあ、どうにもしようがないよね。

もう一つ気になったのは、私が引っ越してきた時に、当然障害者手帳なんかの手続きもあったんで区役所の窓口に行ったのだが、こういう支援なんかをやっている団体が存在するってことは一切知らされなかったんだよね。
発達障害者支援センターとか就労相談センターに長いこと行っていないので、そっちからは紹介されたかどうか何とも言えないけど、病院でもそういうのは紹介されないし、このあたりの「連携のなさ」みたいなのは気になった。
本当はいろいろと利用できるようなところが存在するのかも知れないけど、障害者に情報が入らないっていう。
このあたりのことは前々から知りたい情報がなかなか入手できないなっていう感じはしていたけど、どうにかならないもんだろうかと思う。
どこかにアクセスすると、どういう団体がどういう支援をやっているとか、一通り知ることができるようなシステムとかあるといいんだけど。

簡単に内容を紹介する。
今回は内容的に「子供の発達障害者限定」っていうような感じ。

最初に「いそごキャラバン出前講座」というのを三十分ほど。
寸劇で最初にスーパーマーケットでの場面。
「こだわり行動」「感覚過敏」などについてわかりやすく(きれいに並べた状態じゃないと気がすまないっていう障害特性で売り場の肉のパックをキッチリ並べ続けようとしちゃうとか)コミカルだが適切な演技で紹介してくださった。
次の寸劇は電車の中での場面。
他の座席がガラガラでも同じ座席に座らないと気が済まないとか、キラキラしたものを見たいという衝動を抑えられなくて見ず知らずの人に話しかけちゃったりとか。
実際電車に乗っていると「多分仲間だな」と思われる人が一人でなにか喋っていたり、突然見ず知らずの人にワケのわからんことを言い出したりしているのは見かけるな。
寸劇が一つ一つ終わった後にちゃんと「これとは逆にこういうタイプの人もいますよ」みたいな説明もしてくれるので「全員こうなんだ」みたいな誤解もせずに聞ける感じ。
こういう細かい部分にも気を配って構成しているなっていう。
寸劇の次は「発達障がい」というものがどういうものかという話。
「こだわり行動」「コミュニケーション障害」についての説明。
「発達障がいの特徴・見え方」として対応のヒントなど。
ここでちょっと気になるというか納得いかん話があったけど、その件をアンケートに書くの忘れた。
最期の方にね「すばらしい才能を活かして活躍!」ってのがあったんだよね。
うん。
なんか、そういう人が結構いますみたいな話の展開だったけど、実際にはそういう人はごくわずかで、残りはもう人生詰んでますぐらいの感じなんだけど。

次に「基礎から学ぶ 発達障がい」。
講師は横浜市南部市域療育センター ソーシャルワーカー 清水英子さん。
時間は約一時間。
内容は「療育センターの紹介」「発達特性の理解」「具体的対応」。
これも内容的には子供のことだけということで。
まあ、私には関係のない内容ではあるのだが。
内容はわかりやすかったし「それに対してどう対応すればいいのか」みたいな話も具体的だったんでよかったと思う。

その後は質疑と六人ずつのグループになっているので、グループごとに感想などを話し合うっていう。
どういう話し合いの内容だったかは書かないが(プライバシーの侵害だから)、この障害は本人も不幸にするが、周囲の人も不幸にしてしまうんだなっていう感じがした。
実際自分もいまだに殺してやりたいぐらいに思っている母に対しても、障害のために相当な苦労をかけてきたんだろうなっていうのは思うから。
それでも許す気はないけど。

次回は「学齢期、思春期について」で、三回目(最終回)は「成人期について」。
次回も私には関係がないけど、三回目だけは参加したいなって思わないでもないけど、三回目の副題が「生きづらさを抱える若者たち」なんだね。
うん。
とっくに中年になっている私には、これも関係がない内容かな。

今日、参加して思ったことは「子供の頃には周囲の理解とか療育とかサポートなんかが必要」。
でも「そういうのが一切なく現在大人になっちゃってる人にはサポートとかよりも働かなくても生きて行ける現金が一番意味があるのではないか」っていう。
自活しようと思ったり、ましてや女房や子供を養わなけりゃいけない立場になったりってなると、障害があることを伏せて働くしかなかったりする。
そうでもしないと収入が少ないからね。
でも障害があるのに普通に働くってのは、ものすごく大変なことだから、私みたいに二次障害で面倒なことになったりする。
でも、カネの為には働くしかないみたいな。
結局カネがあれば解決することなんだよね。
働く環境を整備してぇ〜みたいなのが無意味とは言わないけど、能力が高いとか特殊な能力があるとかっていう一部の人は別として、いわゆる「使えない」タイプの障害者が職場にいたら周囲に「コイツにどう接したら?」みたいな無用なストレスとかやりづらさみたいなものを与えて、本人もしんどい思いをしながら二次障害を発症させるリスクを背負いながらも働くっていうのは、本当にいい状態かね?
実際には年金が打ち切られるとか、最初からもらえないとか、現在もらえていても多分金額は下げられていく方向に行くだろうし(消費税は上がるのに?)、どんどん厳しい方向に行っちゃうんだろうねぇ。

posted by ひと at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月03日

年が明けたら「めでたい」のか?

年が明けてからまだ誰とも会っていない。
近所のコンビニの店員とすらだ。
ってのはどうでもいいとして。

もともと日本では一月一日に全員が一斉に「一歳年を取る」ということだったので、普通に「誕生日おめでとう」と同じ感じで「おめでとう」だったのかな?とは思うのだ。
でも今は満年齢ではなく数え年で年齢を数えるということになっているので、正月だからと言って年齢には変化がない(一月一日生まれの人を除く)。
で、誰とも会わなくてもtwitterなどの各種SNS上でやり取りのある方々や、メールをくださった方がおられ、一応「私はひねくれているので『おめでとう』とは言いません」みたいな前置きをしつつ返したりしたんだけど、その後よく考えて見たら、私は「ひねくれている」ので「おめでとう」と言わないんじゃなく、むしろ逆かな?って思い始めた。

私にとって一月一日というものは「便宜上のカレンダーの切れ目」でしかない。
それ以上でもそれ以下でもない。
障害特性上、変化に弱いというか、いつもと違うことがあると混乱したりやりづらかったりしちゃうってのがあるのだが、実際に年末には蕎麦もなく、紅白も見ず、いつも通りの時間に寝てしまい、元日にもおせちは当然のことながら無く、雑煮もまだ喰ってないな・・・って状況。
明らかに楽だ。
「いつもと同じなのが楽」っていう感覚は定型発達者には理解ができるかどうかわからんが、まあ、決まりきった手順で決まりきったことをやるのが楽です。

ってことで、単なるカレンダーの切れ目が私から見て「めでたい」か?っていうと、めでたい要素が皆無。
今でも「早く死んでおくんだった」と思い続けているぐらいなので「健康診断の結果も気色悪いぐらいよく、無事に年を越せたことに感謝」みたいな気は全く無く。
今すぐにでも人類が滅びればいいのに。ぐらいの気で。

もう一つ「おめでとう」と言えない要因がある。
嘘をつきたくないのだ。
私が正直者だとかってことではない。
むしろ年中嘘ばっかりついている。
でも嘘はつきたくない。
嘘をつかないと、途端に周囲を不快にさせてしまうのがわかっているので、イヤイヤながら嘘をつきまくっている。
私にとって
人と会う=嘘をつく
ぐらいのことだからな。
定型発達者にとっては「わからない」と思っても「わかるぅ〜♪」なんて言うのは嘘には含めないんだろう。
あれは「単なる相槌」なんだろう。
でも私にとってはそれは「嘘をついている」というカテゴリーに分類される。
だから、そのレベルの「私にとっては嘘」ってのは常に大量にある。
「私って顔が大きいから」って言われて、正直に「そうだね、大きいよね」って言っちゃあいけないっていうのは理解している。
この場合の正解は「そう?そんなことないよ」ぐらいだろう。
実際、私もそう言うだろう。
腹の中では「顔デカいよね」って思いながらも。
そうやって人と会っている間中嘘をつき続ける。
でも、本心では「嘘をつきたくない」と思っているので、こういう「めでたいと思っていないのにめでたいと言うこと」に、無意識のうちにガードがかかるのかな?と。

posted by ひと at 13:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月10日

ザ!世界仰天ニュース 空気がよめないと言われ続けた女性の苦しみ

日テレの『ザ!世界仰天ニュース』で12月9日に放送された「脳と心の不思議スペシャル」の「空気がよめないと言われ続けた女性の苦しみ」の感想を。

最初から最後まで登場するのは「木下直子」さん。
最後に出てくるし、名前を聞いただけで私たちはピンと来るワケだが「アズ直子」さんです。
私が彼女のことをどう思っているかっていうのはこれとかこれに書いたので、そちらをご覧ください。
正直に言います。
毎朝スターバックスに行くようなセレブを「アスペルガーの代表」みたいに取り上げた番組を最後まで見て、すっごくムナクソ悪いです。

幼いころから空気が読めず、みんなを困らせて来た少女。
人間関係はトラブル続き。
さらに少女は片付けることができなかった。
その原因は彼女の脳にあった。
アスペルガー症候群
先天性の脳機能障害
彼女は苦しみ何とか乗り越えた。
その人生とは。

木下直子さん。
彼女は幼い頃から苦難の連続だった。
木下「『普通じゃない』はたくさん言われました。『空気がよめない』『常識を知らない』『変な子』『宇宙人みたい』って本当に嫌な事ばっかりでした。」
彼女が苦しみ続けた様々な出来事。
それは一体どんなものだったのか?

1971年東京都調布市。
直子は中村家の長女として誕生した。
直子には3歳下の弟と、6歳下の妹がいた。
妹は体が弱く、母は手が離せなかったため、直子はよく家のお手伝いをした。
読み書きを覚えるのも早く、両親は直子を天才なのではと思っていた。


テレビで取り上げれられる発達障害者の9割ぐらいは「勉強がよくできた」タイプの人な気がするんですけどね。
悪かったな!勉強が全然できなくて!!!!(激怒)
この番組を見た人が「へぇ〜アスペルガーの人って勉強はできるんだねぇ」みたいに誤解しないように祈ります。
無理だろうけど。
この番組に限らない取り上げ方だからな・・・。

一方、運動はからっきしダメ。
特にダンスが苦手で人の動きを見て真似る動作がどうしてもできなかった。
そんな直子、小学生になると、授業中困ったこと。
なぜか臭いが気になって仕方がない。
それは隣のクラスから。
墨汁の臭いだった。
誰も気にしない程度だったが、敏感に感じ取った直子はそれを異常に嫌った。
さらに、聴覚が過敏。
一度音が気になり始めると、人が気にも留めないほどの音がまるで大合唱を始めたように聞こえる。
他にも絵の具や体操のマット、学校で使う物の臭いが苦手。
でも家に帰るとけろっとしている。
だからそんな直子を両親は気にしなかった。
しかも、実際直子の成績は優秀。
でも、こんなこともしょっちゅうだった。
興味があることへの情熱は教師を驚かせたが、実は直子、暗記する科目は得意だったが算数などの応用を必要とする科目は苦手だった。
すると、苦手な授業はじっとできない。
一方で一度好きになると同じ本を何度も読む。
変化を嫌い一つの事に固執する直子は、わかっているストーリーの方が、安心して読めた。
ちょっと変な子。それを決定づける出来事が。


直子を見ると吠える犬が近所にいた。
ある日のこと同級生が、あの吠える犬が死んで悲しんでいた。
だが、直子にとってその犬がいなくなったことは、うれしいことだった。
だから「そうなの?あのバカ犬が死んだの?よかったじゃん」そう言ってしまった。
空気が読めず人を傷つけてしまう。


私も空気は読めないし「常識がない」みたいなことはさんざん言われたけど、これはどうなのかな?
アスペルガーだから言っちゃう?
違和感があるのだが。

実は直子はある発達障害を抱えていた。
アスペルガー症候群
自閉スペクトラム症といわれる発達障害の一種で知能の低下はないが、コミュニケーション障害、興味のかたよりがみられる先天性の疾患。

脳に原因があるとされており、人工のおよそ0.3%にみられるという。
こだわりが強いところがあり、不器用や感覚の過敏といった症状がみられることがある。
さらに、人の気持ちを想像するのが苦手で、その言葉にみんな傷つく。
先生に注意されたが、なぜ怒られているのかわからない。
直子にしてみれば、怒られる理由がわからないことで怒られていたのだ。
直子はその「ちゃんと」という意味がよくわからない。
でも、服装や成績の事は言ってはダメ。
そのことはしっかり学んだ。
だから、服装の事以外は大丈夫だと思ってしまった。
言ってはいけない事を判断できない。
一方で直子は明確なルールはきっちり守る。
例えば、横断歩道で押しボタンに気付かず、信号が30分以上変わらなくても、なんの疑いももたず待ち続けた。
そうかと思えば、注意をされても名前を言われないと自分の事だと気づかない。
変な事ばかり言う、普通じゃ無い子。
直子はそう思われ始めた。
誰かと話すたび、問題が起こるため、友達の表情を見て少しでも合わせようと必死に努力した。
今日は変な子だと思われなかっただろうか。
それだけが心配だった。
直子はから言われる悪口を一つのノートに書きつづって、何がいけなかったか必死に探った。
だが、次々に起こる出来事。
直子のカバンの中はいつもぐちゃぐちゃ。
実は直子はアスペルガー症候群に加え、もう一つの発達障害を抱えていた。
それはADHD(注意欠陥・多動症)


ADHD
不注意
・忘れ物、亡くし物が多い
・時間の管理が苦手
・過度に集中する
・片付けるのが苦手
多動性
・他のことに気をとたれやすい
・落ち着きがない
衝動性
・思ったことをすぐ口にする
・考える前に行動する


中学になり、直子のこれらの特性は次第に目立つようになっていった。
部屋は足の踏み場もないほど散らかしっぱなし。
しかし、何をどう片付けたら良いのかわからない。
通常物を整理する際、きれいになった状態や、片付いた状態を無意識のうちに思い浮かべ、それに向かって片付ける。
だが、、直子は片付いた後をイメージするのが苦手だった。
その上、何かに興味を惹かれるとすぐにそれに夢中になってしまう。
学校でも、机の中はいつもぐちゃぐちゃ。
直子にとって片付けるということはとにかく詰め込むこと。

毎日何かしらを忘れてしまう。
そんな娘に母も、まさか我が子が発達障害を抱えているとは夢にも思っていなかった。
その後も直子は周りが理解できない行動を繰り返した。
場所をわきまえない行動。
友人も注意するが
それは当たり前のことなのか。
なぜみんなは言われなくてもわかるのか?

何度も失敗を繰り返しながら、やってはならないことを一つ一つ学ぶしかない。
しかしこんなことが。
人の悪口は言わないように心掛けた。


友達の美奈がその場に居ない京子の悪口を言い始める。
美奈と京子が一緒にいるのを見かけた直子。
「何で?美奈って京子のこと嫌いって言ってたじゃん?何で一緒にいるの?何で何で?おかしくない?」
なぜ友達が私に言ったことと違う行動をするかが理解できなかった。
自分が何かをやってしまったと気づくのは決まって相手の反応があってからだった。
どうしてみんなとうまくいかないのか。
何がよくて何がいけないことなのか。
それが分らない。
このころの直子は勉強に励むことでしか自分の価値を見出すことができなかった。


これもアスペルガーだから?
何か違う気がするんだけど。
空気が読めないとかってのとは違う感じがするし。
まあ、私も似たようなことを言ったりやったりしてるんだろうけど、この人のエピソードは何か変な感じがする。

その後、直子は得意の語学を生かし、小論文で大学に合格。
そしてであったのが9歳年上の男性。
多少変わったところはあるが、素直で嘘などつかないところに彼は惹かれていった。
1995年二人は結婚。
だが、それは新たな苦悩の始まりだった。
部屋の中はぐちゃぐちゃ。
夫が何度片付けてもすぐに散らかしてしまう。
部屋は足の踏み場もない。
何でもやりっぱなし。
一歩間違えれば大惨事ということもあった。
だがいったん夢中になると凝りに凝って素晴らしい能力を発揮した。
直子は横浜の運送会社に就職していたが、いつも時間が守れない。
仕事は真面目て的確な指示があれば黙々とこなす。
一度決められたルールにこだわる。
状況に合わせ臨機応変に対応するということが全くできなかった。
社会人としての行動は直子にとってはあまりにも複雑だったのだ。
結局うまくいかず一年で退社。
その後外資系の商社に転職。
書類などのミスが多い。
迷惑を掛けないようにと必死に努力するが、直子は枠内に字を収めることが苦手で何度も書き損じを繰り返してしまう。
結局ここも一年半でクビ。
そんな中、直子は長女なつきちゃんを出産。
空気を読まない発言は少なくなっていったが、さまざまな状況に優先順位をつけることが苦手だった。
毎日が混乱の連続。
努力が足りない。
そう考え、片付け本や子育て本なども読み漁った。
そして、娘が幼稚園に入園。
それはママ友地獄の始まりだった。


笑福亭鶴瓶「ゆるいアスペルガーもあるんですか?」
ハートクリニック横浜 精神科 柏淳医師「今、専門的には自閉スペクトラムっていうんですけれども、こういう特性、やっぱり色が濃い人から薄い人まであります。」
中居正広「軽度・重度ってあるんですか?」
柏「ありますね。その中の
アスペルガー症候群
・空気がよめずコミュニケーションがとれない
・こだわりが強い
など

割とはっきりした人をアスペルガー症候群っていってます。」
ウエンツ瑛士「アスペルガー症候群だと思って、受診して違ったという場合もあるんですよね?」
柏「たくさんあります。」

診断の目安
幼い頃からアスペルガー症候群の特性があるかどうか

というのがひとつ大事な点なんですね。」

ここでサリーとアン課題 が紹介される。
アスペルガー症候群の特性の一つ
人の立場で考えるのが苦手

自分がアスペルガー症候群とは知らない直子。
次にぶつかった壁はママ友との人間関係。
それはお世話になった先生が退園する際、作った寄せ書き。
出来たらで良い。
明確な期限の決められていないものに関していつやれば良いのかそれが分らない。
結局、直子のせいで寄せ書きが渡せなかった。
こうして直子はママ友の中でも孤立。
そんな母のせいで悲しい思いをするのは娘、なつきだった。


この寄せ書きの話も、直子が被害者みたいな描き方だが、まあ、被害者は周囲の人だよね。
気持ちがわからないのは仕方がないというか、私だってわからないのだが、これは「期限が決められていないから」って、理屈みたいなもので考える能力はないのかな?って感じなのだが。
障害特性上、この人は理屈みたいな系統の考え方が不得手なのかも知れないのだが、少なくとも私には全く理解できない。

なつきの遠足なのに弁当を用意していなかった直子。
大慌てでお弁当を作ろうとしたのだが、結局この日以来、なつきはだらしのない家の子、そう思われてしまった。
自分のせいで娘につらい思いをさせている。
それが悲しくて仕方がなかった。
自分が変わらなければ、そう重い努力するが、作業に集中すると今度は終えることができない。
そんな生活を続け、なつきも小学生に。
よばれた家で驚くのはその部屋のきれいさととても頼りになるお母さん。
友達がうらやましかった。
なぜ、私のママは違うのか?

なつき「なんでママ普通じゃないの?普通にしてよ!ママの子じゃなくてちーちゃん家の子に生まれたかった!」

私は小さいころから同じことの繰り返し、みんなに嫌な思いをさせてきた。
そして、大事な娘にまで。
何をどう頑張って良いのかわからなくなってしまった。
あれ以来、学校のことを話さなくなった娘。

そんなある日、運命を変える出来事が。
たまたま発明家エジソンのことを調べていると、自分と似ている部分がいくつもあった。
エジソンが持っていたといわれる特性、それがアスペルガー症候群だった。


はいはい。
アスペルガーっていうと何かというとエジソンの名前が出てきますね。
あの方もそうとう根性がババだったようなので、私はあの人とも一緒にして欲しくない!(激怒)
そうやって「アスペルガー=頭がいい」って誤解を広めるのやめろ!

すぐに心療内科へ行き、医師に自分の症状をこと細かく話した。
医師「木下さんはADHDをもったアスペルガー症候群という発達障害だと思われます。」
初めて自分は生まれ持った発達障害だと分かった。
だがショックはなかった。
今まで自分を責め続けてきた、その原因がわかったことに直子は心から安堵していた。
家族にはすぐに打ち明けた。
今までのことを考えると、なつきはすぐには納得できなかった。
しかし、ひとより不器用で空気もよめない母。
アスペルガー症候群と闘う母の努力を理解し、なつきは変わっていく。
苦手な事でも一生懸命努力してくれていた。
だれよりも私のことを思って必死に頑張ってくれていた。
そう思えるようになった。
そして、家族は直子の苦手なっことを理解し、サポートするようになった。
スケジュールはみんなが共有できるように一枚のカレンダーに書き込んだ。

アスペルガー症候群で苦しんできた直子さん。
以前は部屋を片付けられずぐちゃぐちゃだった。
果たして今、部屋はきれい。
(夫が掃除している)
さらに役に立っているのは、携帯のアラーム機能。
木下「『もうそれ終わり』という終わりを知らせるのは大事。」
没頭すると時間を忘れることが多いため、終了時間を決めて行動しているという。
夫「前はイライラしていました。どうしてやってくれないんだろう。できないんだろうみたいなことがわからなくて。」
なつき「出来ないことがやぱり人より多いっていうのがあるので、だけどそこでできないって終わるんじゃなくて、やろうって頑張っているんですよね毎日。本当に他のお母さんと比べて自分の母が嫌だったんですけど、今はアスペルガーの母でよかったなって思っています。」

アスペルガー症候群の直子さんの新しい生き方とは。
現在、アズ直子としてインターネットで雑貨の卸売をする会社の代表を務める傍ら、講演も行い、広く世間に認知されることを願っている。


ネットでさ、最近「発達障害者でも女だったら結婚っていう逃げがある」みたいな話が流れてきてさ、私も結婚してうまくいかなかったし、職業訓練の時に一緒だった「若いけど太っていてブッ細工」な女たちが結婚できるとも思えず。
実際、結婚して子供がいるけど、夫とうまくいかなくて結局離婚みたいな話はよく聞く。
こんなに家族からの理解や支援が受けられて・・・ってのは、テレビではよく見かけるが、そんなのごくごく稀。
実際知り合いにそんな人は一人もいない。
発達障害とかアスペルガーの人が、みんなこんな感じって思われると、とても困る。
こういう恵まれた人はごくごく一部です。
私は(私だけじゃなく大多数の発達障害者は)周囲の人にも恵まれず、マトモな仕事にも就けずに人生が積むのです!

アスペルガーですが、ご理解とご協力をお願いいたします。



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2015年09月24日

「行けたら行く」っていう返事の必要性

私が「行けたら行く」っていう言葉が遠回しに「行かない」って言っているっていう事実を知ったのって去年だったかな?
知ってびっくりした。
今まで本気で「行けたら行こう」と思って「行けたら行く」って返事をしたことが何度もあったから。
で、もちろん行けたら行っていたものだから、相手をギョッとさせていたのでは・・・って思って焦った。
誰も何も言ってくれなかったし。
それからが大変だ。
今まで「行けたら行こう」と思った時には「行けたら行きますね」って言っていたのに、それを言うと「ああ・・・来ないんだ」って判断されるワケだから、言えない。
ってことで、いちいち考えながら、他の言葉で返事をしていた。

「行かない」っていうのを正直に言わずに、どうしてそんな変な「お約束」があるんだろう?ってずっと(っていっても一年ぐらいか)思っていたのだが、どうやら理由らしきものを発見したのでご紹介。
本当は違う理由があるのかも知れないけど。

日程的にも「これは行けないなぁ・・・」って思っているイベントがあった。
で、誘われたのだが「行けたら行きます」は「遠回しな断り」なので、相手に失礼だと思ったので言えなくて、その時も他の表現で答えたんだけど、正直に「行けません」って答えたら中にはしつこい人がいて「どうして?」って言ってくる状況もあるかな?って思ったのだ。
「行けたら行く」っていう話じゃなく、全然違う話で適当に話を合わせていたら、しつこく追及されて、すごく困った経験がある。
「行けません」「行きません」は、そういう相手にうっかり引っかかってしまうと「どうして」「なんで」攻撃にさらされる危険性があるっていう。
でも「行けたら行く」と言っている相手に対して「どうして?」って言えないよね。
事実上「行かない」って言っているワケだけど、言葉としては「行く」って言っているんだから。

まだまだ私がわかっていないだけで、そういう「遠回しな言い方」ってのがいっぱいあるんだろうなぁ・・・。

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2015年09月19日

アスペルガー流人間関係 14人それぞれの経験と工夫

アスペルガー流人間関係 14人それぞれの経験と工夫



この本はアスペルガーの当事者向けというよりも、周囲の人たちに「アスペルガーの人たちは、こういうふうに考えていますよ」みたいなことを知ってもらうっていうような種類の本かと思う。
最初の方はわりといい本だなって感じで読んでいたのだが、後半になると文章が難しいというか、私にはちょっと理解がしきれない感じだったり、イギリスの話が中心なので日本人では利用できそうにないようなサイトの紹介とか、あんまり役には立たないなって感じがした。
今現在、アスペルガーの人のことを理解したいんだけど、なかなかわからないみたいな人は読んでみると参考になる部分もあるかとは思う。
他の本では見かけないようなNT(定型発達者のことをこの本の中ではこのように表現している)っていうのがどういう生き物かみたいな話もあったり、目新しい内容だと思う。

たとえば何気ない挨拶さえも悩みの種になります。誰かが私に「グッド・モーニング」と言う。とっさに私は、なぜ「グッド」なのだろうと疑問をもつ。あるいは、何のために私にそれを言ったのだろうかと考え、一瞬返答をためらい、答えに詰まる。すると、相手から、「あれっ」という反応がある。NTの人たちはこういったちょっとしたことに対して、居心地が悪く感じるのです。(52頁)

私もだけど挨拶が難しいアスペルガーは多い。
しかも定型発達者は挨拶に限らず、即座に反応が返ってこないことには容赦がない。
反応が返ってこないことを「反発」とか「否定」と受け取っているようだ。

NTの場合、困ったときに人に相談に行くのはふつうのことかもしれません。しかし対人スキルに欠ける者にとっては、これは至難の業です。(60頁)

世の中には優しい人がいるもので、障害について知っていても知らなくても親切にしてくれたりするが、そういう人に相談したり頼ったりしたいのはヤマヤマでも「どうやったら?」って感じになる。
とても難しいことだ。
twitterだったかも知れないけど、発達障害者にとって「誰かに頼る」みたいなスキルも身に着けるべきみたいな話があった。
実際、そういうのがあるのとないのとでは大違いだろうなと思う。

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2015年08月02日

それ分かる!

ご覧になった方もおられるかと思うが、tvkのsakusakuっていう番組のゲストに町あかりさんという歌手の方が出演されていて、そこで非常に興味深い話をされていた。



「それ分かる!」という曲の内容についての話だったのだが、男の人はピンとこないかも知れないが、定型発達者の女性は、会話の中で「わかるぅ〜」みたいなことを頻繁に言う。
今まで私は「わかるぅ〜」と言われるたびに非常に気分を悪くしていて、でも「わかりもしないのにそんなことを言われたら気分が悪い」とも言えないので、曖昧に愛想笑いなんかをするだけみたいな状況だった。
当然、他の人みたいにやたらと「わかるぅ〜」と言うこともない。
そんな「嘘」をつきまくるのは精神的につらいだけだし。

で、番組を見ていてすごく勉強になったのだが、どうやら定型の女は別に本当に「わかる」と思って「わかる」っていっているワケではないということ。
全然わからないのに、とりあえず「わかる」って言っとけば何とかなるみたいな感覚で。
私も定型発達者と話をする時には、適当に話を合わせないと面倒なことになるので、内心すごくイヤだなと思いながらも嘘を言うことは頻繁にある。
でも、定型発達者にとって、わかりもしないのに「わかる」っていうことは「嘘」の範疇に入らないらしい。
それを「嘘」に入れていたら、毎日とんでもない数の嘘を言いまくっている計算になる。
前から漠然と「嘘」の範囲が定型発達者は狭いように感じていたんだけど、どうやらその考えが正しかったのかな?と。

今まで私が思っていたこと
定型発達者同士は本気で「わかる」と思っている
でもこれは間違いだった。
定型発達者同士でもわかっていないことは多々あるのに「わかる」って言っている
ってのが実態。
これからは「わかる」って言われても気分を悪く・・・するよな。やっぱり。

定型発達者と違って、わかりもしないのに「わかる」っていうのにすごく無理がかかるので、そんなキツイことをやりまくったら、あっという間にセロトニンが止まって二次障害再発!だよな・・・。

ア、町あかり



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2015年07月05日

栗原類、翻訳に初挑戦! 完成に5カ月も「笑いのつぼ学べた」

栗原類、翻訳に初挑戦! 完成に5カ月も「笑いのつぼ学べた」 - 芸能社会 - SANSPO.COM(サンスポ)

5月25日放送のNHK情報番組「あさイチ」(月〜金曜前8・15)で、子供のころに発達障害のひとつである「注意欠陥障害(ADD)」と診断されたことを告白したが「周りの支えがあれば、普通に生活できることを知ってほしい」と語った。

そうだねぇ。
周りの支えがあればね。
支えないけどな。
知ってもらって何かなるのかな?
知ってもらっても誰も支えてくれないけど。

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2015年07月02日

アスペルガー症候群 思春期からの性と恋愛

アスペルガー症候群 思春期からの性と恋愛



この本を読んで内容にハラを立てている人がいたので、読んでみた(笑)。

発達障害者の夫婦(多分アメリカ人)が書いた本らしい。
結論から言ってしまうと、役には立たないなという感じがした。
今まで発達障害者に対して恋愛とかセックスに関する指南書のようなものってなかったと思うし、そういうことで困ってしまう人は多いかと思うので、必要なジャンルだと思うのだ。
ただ、実際に読んでみて私が「こういう内容を知っておきたかったな」とか「ためになるな」っていう内容があるかというと疑問。
誰の役にも立たないということではないのだが、具体的な内容なのはいいんだけど「これで役に立つか?」っていうと、いかがなものかと。

旦那が書いた部分と嫁が書いた部分ではフォントを変えてある。
同胞たちはよく「フォントや改行などが変わると全く違う本である」みたいなことを言っていて、私にはよくわからなかったが、フォントが変わるのはダメだなと初めて実感。
嫁の部分のフォントは読めない。
定型発達者にとってどうかは知らない。
多分平気なんだろう。
こうしちゃっているワケだから。
でも、私にとっては非常に読みづらいフォントだ。

旦那が主に書いているのだが、このジェリー・ニューポートさんの文章の問題なのか、翻訳者のニキ・リンコさんの問題なのかがわからないのだが、文体が非常にわかりにくいというか何ていうんだろう?
内容が伝わりにくいというか、私にとっては生理的に受け付けにくい文章。
かなり砕けたしゃべり言葉みたいな感じなんだけどね。
「アメリカ人が書いた砕けた文章」みたいなのが私には合わないのかも知れない。

特に前半だが、アメリカではそうなんだろうけど日本では全く当てはまらない内容が結構ある。
日本ではホームスクーリングなんていう制度は認められていないし。
アメリカでは発達障害者でも自活できるだけの仕事と収入があるのかも知れない。
そのあたりの話はこの本には登場しないけど。
日本の場合は仕事と収入の面でかなり不利なので、特に男の場合は「恋愛」みたいなものに進もうにも、この本で指南してくれているテクニック的なものの問題ではなく、それ以前の段階で踏みとどまってしまうと思うのだが。
しかもその肝心の「テクニック」も日本人相手に通用するのか?って感じだし。

だから、かならずコンドームを使っているという女性でも、ピルは飲んでおくべきだろう。(148頁)

ピル推奨らしい。
私個人の意見としては、例えその後すぐに捨てられようが何だろうが「この男の子供が産みたい」ぐらいの男としか寝ない方がいいと思うが。

ASの男性は、恋愛関係については、女性より不利なんですよね。女性なら、ヘアスタイルと服を変えるだけでセックスの対象として見てもらえます。男性のように、マッチョでなくても許されますから。髪と服と体さえ良ければ、中身は変でもなんとかなっちゃいます。(221頁)

ヘアスタイルと服を変えるだけで?
そんなんでどうにかなるヤツは一握りだと思うけど。
ただ、中身は変でも外見がよけりゃあ何とかなるってのは同意。
特に女の場合はそうだろうな。
でもね、残念ながら発達障害者の女の大部分が「ジャイ子」なんだよね。
あれはまだ若くてもかなり救いがたい。
髪型だの服だのだけではどうにもできない。

発達障害者でも定型発達者のように「思春期」は必ず来るっていう主張の本なワケだが、私は主観的には「思春期」はなかった。
同級生たちが大人に切り替わる不安定な時期を迎えている中、「何だか周囲がどんどん変わっていっているけど何だろう?」って感じで。
だから、今でも物の見方とか考え方は小学生レベルだと思う。
子供の頃から「若さがない」って言われていたから「年寄りじみた子供」だったんだろうけど、多分今でもその頃の「年寄りじみた子供」みたいな感覚しか持っていないと思うんだけど。
てっきり発達障害者って定型発達者みたいな「思春期」はないと思っていたけど(特にアスペルガーは。ADHDはある感じがする)私以外は普通に大人に切り替わっていってるのかな?

発達障害者は詐欺に遭いやすかったりするので、そのあたりのことをちゃんとわかりやすく説明してくれる本とか必要だろうなとも思うけど、この本は役には立たないだろうな。
まだ若い当事者や、その支援者が読むのにはいいようにも思うけど、役に立たなくても知らない。
読みづらいし。

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2015年05月26日

栗原類さんがブログで昨日の番組について触れています

NHK あさイチ どう向き合う? 夫の発達障害(加筆修正)に追記にするかとも思ったけど新記事で。

昨日の番組自体もかなり話題になったけど、タレント(っていう表現じゃない方がいいのかな?)の栗原類さんがカミングアウトしたということも話題になっている模様。
そしてご本人がブログで番組のことを書かれている。

改めて|栗原類オフィシャルブログ「栗原類 の ブログ」Powered by Ameba

僕の行動に関して今まで面白いとバラエティで笑ってくれた方々、
僕が発達障害者だと知ったから”笑っちゃいけない”とは思わないでください。


「かわいそうな障害者だから、笑っちゃ悪い」みたいに思う人がいるってことかな?
私の経験上、カミングアウトをしたら「うらやましい」っていう殺意が沸く反応をされることが多いが、この人は大変外見もよいのでエジソンだのダ・ヴィンチだのを引き合いに出されて「うらやましい」とか言われまくりそうな気もするけど。

栗原さんの件はニュースなどで取り上げられまくりだけど、どうも内容がずれているらしい。
再度確認してみたが、番組内でご本人が言われているのは「ADD」。
でも、ニュースなどで「症状」として言われているのは「ASD」の内容らしい。
部外者から見たら全部一緒ってことでしょう。

このタイミングでキングジムの耳栓が宣伝強化なのか、再注目なのか不明だけど拡散の模様。
私も持っているが、私の場合は不快に感じる音域がカットしてくれない音域なせいか、使ってもあんまり改善しないけど、障害特性や程度によっては非常に効果が高いそうなので、雑音がつらくて言葉などが聞き取りづらいという方は試してみてもいいかと思われ。

キングジム デジタル耳せん MM1000 ホワイト



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2015年05月25日

NHK あさイチ どう向き合う? 夫の発達障害(加筆修正)

NHKで午前8時15分からやっている「あさイチ」という番組で、今朝は「どう向き合う? 夫の発達障害」ってテーマだったので見てみることに。

どう向き合う? 夫の発達障害 【番組冒頭】コーヒーは体にいい!? |NHK あさイチ

出演者
専門家:どんぐり発達クリニック院長 宮尾益知さん
ゲスト:山口もえさん(タレント)、栗原類さん(モデル)
リポーター:瀬田宙大アナウンサー


この番組の中で、栗原類さんが自信の発達障害をカミングアウトされたので、それが早速ニュースとして取り上げられている。
栗原類 「あさイチ」で発達障害の一つADDであると告白 - ライブドアニュース
栗原類、注意欠陥障害を番組で生告白 アメリカで8歳時に発見 (デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース
栗原類、発達障害を告白 8歳の時に判明「人に合わせられない」 (スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース
栗原類、発達障害を告白「周りの環境があったからこそ今がある」 (トレンドニュース(GYAO)) - Yahoo!ニュース

あなたの夫 こんなことしていませんか?
一つの物事に集中しだすと他のことには全く目もくれず時間を忘れてやり続ける。
自分の決めた手順に強いこだわりがあり、それ以外は徹底的に認めない。
ちょっと変わっているだけ?
行き過ぎていてどうもおかしい。
ひょっとしてそれは発達障害かもしれません。


この番組では、どうやら「発達障害かも知れません」という煽り方はするが「他の可能性(人格的な問題)」もあるよって話はないらしい。

実は今、こうしたパートナーの発達障害に悩む人が増えているんです。
先日、横浜市で開かれた講演会にも女性を中心に200人近くが訪れ悩みを訴えていました。

講演会の音声
「結婚した頃からコミュニケーションに違和感を感じておりまして・・・」
「自分が選んだ人(夫)だから不安がものすごくある。越えていくしかない・・・」


こうした夫の発達障害に悩む妻の状態はカサンドラ症候群と名付けられています。
注目されるようになったきっかけは障害のある夫との生活を細かく描いた漫画です。
大きな反響を呼び、5巻まで出版。
10万部を売り上げています。

旦那(アキラ)さんはアスペルガー




旦那(アキラ)さんはアスペルガー―4年目の自立!?



旦那(アキラ)さんはアスペルガー しあわせのさがし方



こんな本があるのは知らなかった。
ていうか、私の場合は関係ないからな。

作者「私と主人みたいな人がたくさんいて、私のように悩んでいる人がたくさんいることで驚きましたし、本当に根深いし無視できないです。」

また、大人になってから深刻な状態を招かないために手厚い検査体制や脳波の測定など障害の早期発見です。
こちらの青年は脳波測定によって障害がわかり投薬など、適切な対応に結びつきました。

医師「異常があればそれを治療してあげれば、結構、落ち着いた生活ができます。かなり発達も伸びる。」

脳波測定って話は初めて聞いた。
そんなのやっている医療機関って極端に少ないと思うんだけど、この取り上げ方だと誰でもそういうのが簡単に受けられるような印象を受けてしまいかねないかなぁ。
実際には普通の診断(脳波測定なんか無しで)でも結構受けるのは大変なんだけど。

発達障害、そもそもは生まれつきで脳機能に偏りがある脳機能障害と言われています。
国内には100人に1人の割合でいるとされています。

(私が数年前に大学で習った時には0.4%って書いてあったから、ほんの数年でものすごい増加だな)

視聴者 福岡県の30代の方
夫に発達障害のような節があり、1から10まで0.01刻みで説明しないとわかってもらえなかったり、どんなに説明しても分かってもらえなかったりする毎日にくたくたです。
どう対処していけばいいのか。


夫の発達障害を考える上でキーワードがあります。

 自閉症スぺクトラム障害
  (ASD)
※自閉症、アスペルガー症候群


ん?
「自閉スペクトラム症」に変更になったのでは?

特徴としては子供のころには見えにくく、大人になってから、しかも結婚したあとに障害の特徴というのが表に出てきやすいというんです。
だからこそ家の中で妻が悩んでしまう、パートナーが悩むということなんです。いったい妻がどのような悩みを抱えているのか、ある女性を取材しました。


主婦 とう子さん(仮名)
2年前にASDと診断された夫と、4人の子どもと暮らす女性を取材。結婚当初は人づきあいなどで夫の不器用さを感じることはあったものの、「真面目でいい人」という印象だった。違和感を感じ始めたのは結婚後で、たびたび向けられる非難めいた冷たい物言いや自分を否定するような言葉に、妻はだんだん追い詰められていき、言い争いも増え、ついにうつ病を発症してしまいます。
その後、長男に宿題を忘れるなどの問題行動が見られるようになったことをきっかけに「発達障害」について知り、専門書などで調べた結果、その特徴がむしろ夫に当てはまると気づきました。そして、検査の結果夫にASDという診断が下ったことで、妻はむしろ、「原因が自分にあったわけではなかった」と、悩みから抜け出す一歩を踏み出すことができました。
発達障害とはどのような特徴があり、家庭生活で困難が生じるのか、実際の夫婦の生活の様子と、専門家の解説を交えて、伝えました。さらに、発達障害の夫と生活する中で、悩む妻が陥ってしまう「カサンドラ症候群」という状態についても解説しました。


アスペルガーとかアスペルガーじゃないとかってこと以前に、この旦那は人格的に問題があるのでは?って思ってしまった。
調味料の順番なんかに強いこだわりがあるみたいで、それをいちいち嫁に言うらしい。
そりゃ嫁もたまったもんじゃないよな。
発達障害がどうこうじゃなく「それで傷つくオマエがおかしい」っていう発想(これは障害由来ではないと私は思う)が問題なんじゃないかと思うけど。
食器の位置から漢字の読み方までいちいち非難するのか・・・。
発達障害者がこういうものだと思われると迷惑だな。
そりゃ嫁もうつ病になるわ。

今日のゲストの栗原類さんも公表されていませんが、発達障害の当事者でいらっしゃいますますね。
栗原「アメリカにいた頃、8歳の時に注意欠陥障害でADDと言われました。昔から僕の担任の先生が親に言語的な問題もそうだったんですけれど、アメリカに引っ越したばかりで英語がわからなかったんですけれど、行動的な場面もちょっとおかしいと思ったから親に診断されてみるのはいかがですかと言われて、それで初めてADDと診断されました。」
「人とはちょっと違うような。例えば、ゆらゆら揺れるんじゃないけれど、人に合わせられなかったりとかVTRにあったように決め事とか家を出る時間はぴったりとか、水を飲まないと授業に出ないとか、こだわりがありました。」

柳澤「診断されたときに自分では精神的にショックでしたか?」
栗原「その時には子供だったので深く考えていませんでしたけれど、今、早期診断されて自分の弱点とかできること、できないことが主治医とか親に言われてよりわかりやすく言われたと思っています。」
井ノ原「小さいころからわかっていたから乗り越えられる部分もたくさんあったということですね。」
栗原「そうですね。周りの環境、親とか主治医とかいろいろ言ってくれたり周りの環境があったからこそ今があるのかなと思っています。」
井ノ原「それで考えると大人になって、結婚するまで気が付かなかったりということは大変なことですよね」
栗原「そうですね。VTRにあった幸夫さんが例えば食事の位置とかこれじゃないとダメと僕もすごくよく分かって冷蔵庫にお茶はいつもは一番横に置いてあるんですけれど、そこに置くべき場所に違うものが置いてあったりすると、別にいいんだけれど何か気持ち悪いという感じで、戻してしまうという感じがしています。そういうこだわりが今でもあります。」
柳澤「世間では几帳面と言われるような感じもするんですけれどね。」

実際に、とう子さんのご家庭で夫の幸夫さんが行っている行動です。
VTRにもありましたけれど

1.ストレートな言動
自分がそう思ったから正しいと思ったから、その言葉をそのまま伝えてしまう。
2.変化が苦手
この時はハサミを探していたんですけれど、本来は自分から向かって一番左側にハサミがあるハズだと思っていたんです。
でもこの時は、たまたま右側にあったんです。
目の前にあったのに、そのことに気が付かないで、なんでここにないんだろう。そこだけに集中してしまって気が付かない。あるはずのものがない。
そこに注意がいってしまって変化についていけない。

3.気持ちを察することが苦手
とう子さんが熱を出して体がつらい。
なかなか言えないから夫に察して欲しいと行動の現れとして、たまっていた洗い物をせき込みながら一生懸命洗っていたんですけれど、先ほど言っていたようにつらいから手伝ってほしいとか助けてあげようかとか思いやる気持ちが欲しかったんですけれど、そういう言葉がなく気持ちを察することが苦手。

これは嫁が悪い。
察してとかじゃなくちゃんと言え。

瀬田「自分にも思い当たる節があるということは、ゲストのみなさんもおっしゃっています。どう違いますか?」
どんぐり発達クリニック院長 宮尾益知「まずストレートな言動ですけれど、誰でもそうですけれど一瞬、感じるんですよね。一瞬感じるんだけれど、これを言うと相手が傷つくんだという言動は言わないですよね。だから気が付いたことをそのまま言ってしまう。それはストレートな言動なんです。それともう一つは言ってもいい場所と言ってもいけない相手がいますよね。そこまで配慮がいかないということです。」
「2番目の変化の苦手というのは基本的には自分がとこに置いたのかということはカメラで写真を写したかのごとく覚えているんです。この中からなくなってしまっているということが、実際には自分ではわからないんです。映像がないから。ただ、映像がないということもそうなんですけれど、逆に言うと部屋の中はぐちゃぐちゃでもいいんです。写真を撮ってどこに何を置いてあるかということが残っていれば、それを探すことは簡単なんです。むしろ整理をしなくてもいいから、ぐしゃぐしゃになってしまうんです。」
「(3.気持ちを察することが苦手)実際には自分がどうしたらいいのか。病気になっている人がいますよね。病気を治すのはお医者さんですよね。それから養生すればいいですよね。自分は何をしていいかわからないです。洗い物をしているということは、できているんだから、自分で。やらなくてもいいだろうということなんです。」
「つらいから寝ていればいいのに立ってやっているから大丈夫だと思ってしまうんですよね」
「そのとおりです。私は熱があって今、一生懸命やっているんだけれど、手伝ってほしいと独り言を言えばいいんです。ト書きを出せばいいんです。お芝居だと考えてそこでト書きを出せばわかるんです。」


感覚過敏
音や光などの刺激に対して異常に敏感に反応する。


宮尾「感覚過敏というのは非常に重要な新しい診断基準になりました。2000年ぐらいからです。砂や粘土を触るのはダメだとか、洋服を着た時に背中にあるタグが気になるとか、食事のときに食べるものの食感ですよね。食感がダメだとか。通常は部分的にはあるんですけれど、程度がやはり強いんです。それが偏食につながったりします。」
栗原「実は僕も小さい時から音の感覚は過敏でアメリカにいた頃は普通に音楽や音の授業は参加できていたんですけれど、日本の小学校や保育園の時は基本的にアメリカと違って正しい音程や正しい発声で歌うことを教えていなくて、どなったりガヤガヤ歌うような。『きらきら星』とかも完全に元気がいいように歌うというのがいいというふうにされていて、それに我慢できずに耳をふさいだり教室から逃げ出したりということが結構あって、それで僕が何度も先生に怒られて親が『アメリカでは普通にきれいに歌っていて参加できていたのに問題なかったんですけれど』と言ったら、先生が親に『楽しく歌う子供を批判するんですか!』と逆ギレされて、僕が歌を楽しむ情緒のない子供とみなされてしまって、すごく毎日がストレスで、小さい頃。テレビの大きい音とかすごく苦手で、今でもそうですし、人の大きい声がすごく苦手です。」

視聴者 石川県から
アスペルガー症候群の診断を受けています。
診断にたどり着くまでの苦難の年月と現在進行形の苦痛に健康を保てません。
主人に合わせた対処をしても子育てのように成長が見られないので自分の平常を保てる神様のような心が欲しいです。

診断が出ても、嫁が一方的に旦那に合わせいてたってうまくいくわけがない。
アスペの旦那自身も、ものすごい努力をして初めてなんとか双方の努力でやっていけるものだろうから、そういう気のない旦那とは別れられるなら離婚を推奨する。(個人の意見です)

夫婦の間で話し合っても折り合いがついていればいいんですけれど、実際にうまくやっていると思いますけれど、それがちょっとクエスチョンマークでは済まなくなってしまうと女性はどうなるかと言いますと、そういった夫への不満が募って結果的にそれを誰に言っても理解されないという状況が産まれてきて孤独になってしまいます。そういった状態を新しい言葉でカサンドラ状態と言っています。
7年前に海外でできた言葉で、ここ2年ぐらい日本でも知られるようになってきました。
あくまでもこういった状況から女性たちを救い出すためにできた言葉です。
実際どうすればカサンドラ状態を抜け出すことができるのか。
悩んだ末に一歩踏み出した女性を取材しました。

この日、集まったのは夫のASDに悩む妻たち。
月に一度、都内で開かれているASDの情報交換会です。
スタートして2年。
悩みを共有し、具体的なアドバイスを得ようと延べ700人が参加しました。
会を主催するのはASDの夫と結婚して20年になる、SORAさんです。
SORAさんの司会でそれぞれの状況や思いを語り合います。


参加者の女性
「夫は未診断なんですけど、ほぼアスペルガー。困っているのはもう20年ぐらい。子供に対処するように夫も育ててきて、もう大人なんだから自分でやってよって」
「人をひとり変えていくのは大変なことだよね。」
「(夫は)『立派なご主人よ』と皆さんに言われるタイプ。ところが家にいると何を話しかけても、あまり価値のないような話だと無視してテレビとパソコンをずっとやっているイメージで『無視したでしょ。くだらないとダメなの?』と言うと『確かに(家族を)見下しているところもあるかも知れない』と言う。」


半年前から参加している ともさん(仮名)
「夫は1歳下なんですけれど『永遠の5歳児』といった感じで・・・」
夫はASDの診断は受けていませんが、疑わしい言動が数多くみられるといいます。
例えば物事への強いこだわり。
パンを買う店、調味料の使い方、味付けなど、常に細かい指示があります。
また、子供のような一面もあり、時には駄々っ子のように怒るという夫と13年間、暮らしてきました。
「(周りから)『人は変わらないから自分が変わるんです』と言われる。でも、これ以上どうしたら?」
「『見方を変えればいいんだよ』と言われるけれど、見方を変える?どうしたら?」

参加者の女性「自分を変えれば、見方を変えれば、何が出てくるかというとそういうわけでもない。」

周囲に理解されにくい悩みも、同じ境遇の人と共有できると、ともさんにとって救いになっています。

ともさん「それぞれ夫のタイプは違うけれど1言われて10、下手したら大げさかも知れないけど100わかる感じ。(話を聞いてもらうと)すごく楽になりますね。」
ともさんにはもう一つ、心の支えになっているものがあります。


ここで先ほども紹介されていた「旦那さんはアスペルガー」というマンガの本が登場。
ASDの夫の行動や夫婦での生活についてユーモアを交えたエピソード。
妻として抱える悩み。
さらにASDとうまくつきあっていくヒントまで、マンガでわかりやすく描かれています。

こうしたマンガや情報交換会と出会ったことで、前向きになり始めたともさんは最近、夫に対してASDを疑っていること、そして自分が悩んでいることを少しずつ伝え始めています。
「『気持ちの持って行き場』がなくて苦しんでいる奥さんがたくさんいる。」
この日も夕食後、マンガを見せながら語り出しました。
「私自身も結構、摩耗したところもあったの。それは一体何なのか。『発達障害』という見解もあるなと思って。今までは、私は全部胸に秘めてって言うか、私が買ってに思いついたことだから、言うことではないっていうところもあったけど、こういうことも全部あなたに言って・・・」

「お互い夫婦でもわかってない人も多いんでしょうね。そういうことだよね?」
ともさん「何度も言うけれど、それは悪いことではない。もしかしたらそうなんじゃないかと。それは一つのカテゴリーだから」

障害について語り合うことで夫の方にも情報交換会に参加してみたいと言うなど、気持ちの変化が表れてきています。

「言われてみれば(私は)確かに細かい。他の男性と比べても、ちょっとこだわりがありすぎるのかなというのもわかって。直すところは直さないといけないと思うので、そういう(障害の)話も聞いてみたいなと」

こういう物分りのいい旦那って滅多にいないだろうなぁ・・・。
番組では一度にこういうことを旦那に言ったんじゃなく、段階を踏んで最終的には「提案」という形で告げましたよってことだけど、それでも本人に「嫁に歩み寄ろう」みたいな気が全くなくて「自分が全部正しい」みたいな人は絶望的だと思うが。
まあ、多少はテクニックってのはあるのかも。

宮尾「今日出てきている例は、みんな旦那さんがちゃんと認めてきちんとできているんです。ただ、私たちが扱ってきたというか対応してきた旦那さんたちの中には、われわれがそういう状態の話をしても全然受け入れられない人がいて、カウンセリングしていくと旦那さんの方がだんだん鬱になっていって自分が社会的にできないのではないかということをおっしゃる方がいるんです。カウンセリングを打ち切った方もいらっしゃいます。」
「旦那さんの話ですけれども、男の人が多いんですか?」
「男性か女性でいうと男性の方が強く出る傾向があるということですね。女性は共感能力が高い。男性は低いです。あまり共感してもらわなくても大丈夫なんです。」
「だから気づかれないケースが多いということなんですね。」

瀬田「伝えていく、でも伝え方をどうすればいいんだろう。あと宮尾さんから指摘があったように場合によっては伝えたことで悪い方に向かうこともあります。慎重にしなければなりませんが、カサンドラ状態を考えた時に、一つ、夫の側の気づき、自覚というものも大事になってくる。これは間違いありません。どうしていくかということも考えていかなければいけないんですね。」
栗原「VTRで出てきた人たちは自分も自覚しているというのがありましたが、やっぱりそれは昔からの育った環境とか周りの理解があったからこそちゃんと自分も少しずつだけれども、理解しているというのは関係しているんですか?」
宮尾「とっても関係していると思います。だからおそらく出てこられた方たちは自分自身がしっかりされている方ですね。だから逆に言うと本当に褒められてしか育ててもらえなくて、超エリートの道を歩んでいる人たちは弱いですね。特に日本の男性は自分自身に立ち向かうというところが弱いので、やはりカサンドラとうのは海外の言葉ですけれどもだいぶ違うような気がします。男性が全部、立ち向かってきっちり自分を認めるというようなカウンセリングとかもちゃんと受けるんですよね。一緒に夫婦で闘っていけるというか、歩んでいけるんだけれども日本の場合は気づいてもらうのも、ちゃんと気づかせなければいけないし、というところがあるんですね。」
有働「日本の男性は立ち向かわないんですか?」
宮尾「だらしない、と思っていてね。日本の男性は。日本の男性は外の世界で頑張ればいいんだというふうに言われていました。」

そういった意味でも気づきが重要だと言いましたが、最初に取材さしていただいた夫婦を思い出してください。
診断から2年、様々な模索を続けた結果、二人は変わってきています。
診断のあと発達障害について夫婦で学んできた、とう子さん。
そこから夫婦で話し合い夫の特性とうまく付き合いながら生活する工夫を始めました。


1.夫へのお願いは明確に
範囲や数、目的をはっきり伝える。
2.役割分担を決める

お互いに話し合って、模索だと本人たちはおっしゃっていましたが、解決の道というよりは、まだまだ模索を続けたいと言っていました。
気づいたことによって一人で悩んでいた妻は笑顔が戻りました。
今後も気づきを二人で続けていきたいということです。


この旦那の性格が悪いと思っていたけど、そうじゃないのかなぁ?
周囲に甘やかされすぎてきた?

視聴者 兵庫県から
夫も娘もアスペルガー、ADHD。
会話が噛みあわず、他人の気持ちを理解するのが難しいので、家族でいてもいつも独りぼっちな気分です。
病気とはわかっていても割り切れない日々です。


30代の方から
夫がネット上の診断などで調べると当てはまる項目が多いのではという気がします。
プライドの高い夫です。
私が下手なことを言うと腹を立てたり傷つくのではないかと思いやめています。
そのぐらいのことは誰にでもあると思ってあきらめることしかできないでしょうか。


有働「宮尾さん、夫がそうじゃないかというふうに気づかせるかどうかというのは、どういう判断をしてどういうふうに伝えればいいですか?」
宮尾「社会性をどうやって獲得したのか、その人たちの経験を見ると、社会の中で損得でやったんですね。自分で得になるような行動をとってきた。損をした行動は次からやらないということなんです。だから家庭の中で、夫が奥さんが喜ぶ行動をすると、どれだけ旦那さんが得をしたのかというようなことを明白にしていければ一ついいんですね。それからもう一つは今日はお子さんの話は出てこないですけれども、外で働いている時と、家の中で夫でいる時、父でいる時、全部対応の仕方が違ってくるんです。そこも明確にした方がいいです。もう一つは自分が反対側に立てば必ず理解できる人たちなんですよね。こちら側からは、相手の気持ちはわからないけど、相手の立場になればいいです。極端に言えば奥さんがストライキしてしまって旦那さんが一人でやらなきゃいけないというふうになると、あるいは、その時に旦那さんが病気になってしまえば病気になった奥さんの気持ちがわかります。非常手段としてそういうのが一つあるかも知れません。できるだけ得になるような話し方をすればいいと思います。」
柳澤「障害という言葉で表現しなければいけないのかなという気がします。他にはないのかな?」
宮尾「結局、もともとのアメリカで使われていた『障害』という言葉は社会的にうまくいかないというような意味の『障害』なんです。」
井ノ原「社会的にはうまくいっているわけですよね。家庭ですよね」
瀬田「実際に取材する中で、様々な意思の方とお会いしましたが、診察の時には、この言葉を使わないで『発達障害的特性』とか『発達凸凹』と言って『得意なもの苦手なもの、それぞれあると思いますが、凸凹した状態が極端に減っている、あるいはたくさんあるよ』というのを示して、可能な限り障害という言葉を使わないで診断したり伝えるように心掛けているということでした。」
有働「言葉の伝え方は栗原さんは、どのように思っていますか?」
栗原「全然何とも思わなかったです。昔から自分自身も自分の症状とかもわからなかったので、先生とか親とかの人たちの理解も困っていたりしたんですけれども、小さいころに見たアメリカのアニメーションの映画で魚が主人公の映画なんですが、登場人物が僕が『すごい面白いね』と母親に言ったら『類も同じような症状なんだよ』と言って、その映画を見て、自分自身初めて向き合うといういい題材だったのかなと思います。客観的に自分のことや症状を改めて深く考えられるようになりました。」
井ノ原「その主人公が周りでどのように思われているのか、誰がどのように困っているのか、自分に照らし合わせて考えることができたっていうことですか?」
栗原「そうです。より深く、自分自身のことも分かって、それ以降、自分が起こした言動とかミスとかも親がちゃんと言ってくれて、自分のADD、そういう部分なのかなと意識できるようになりました。」

発達障害は、障害そのものを完全に治療することはできなくても、周辺の環境を整え、本人も自覚を持って生活していくことで“適応することのできる”ものです。
発達障害の発見には、障害の特性について細かく調べる「問診」に加え、睡眠時の「脳波」を測定する方法などの研究が進んでいます。発達障害の場合、感情の抑制や物事に集中するときに働く前頭葉の神経に異常をきたしている場合が多いと言われています。その結果、通常の睡眠状態を得にくくなり、衝動性や不注意など、発達障害の特性が強く出てしまうということがあります。
取材した青年は、睡眠の質をよくする薬を飲み始めたところ、生活改善が見られ、得意の理系の勉強に集中して取り組めるなどのよい変化を自覚できるまでになりました。
早期発見の重要さについて考えるともに、スタジオでは、1歳半の時点で発達障害かもとチェックするポイントや、サポート的な手段としての投薬のあり方について情報提示を行いました。


丸さん一家が紹介される。
その息子が3年前にASDの診断を受け、投薬によって状態が安定している。
薬を飲むようになって叫んで暴れることがなくなったらしい。
診断で睡眠の時の脳波を調べたらしい。
こういう種類の検査をやるっていう話は聞いたことがない。
レアケースかと思うのだが。
で、薬っていうから精神安定剤みたいなヤツ?と思ったら「睡眠を助けるお薬」だそうだ。
睡眠導入剤みたいなヤツかな。
それで眠りのリズムが整ったので昼間の活動が活発になってイライラしなくなったっていう。
思っていた「お薬」とはちょっと違った。
でも子供の頃にそういう薬飲んで大丈夫なのかな?
そのまま何もしないでイライラしたり暴れるのよりは、いいってことなのか。

早期発見のポイント

模倣
例えば赤ちゃんに何かをするとブブブというとバブバブと返ってきます。それが実際にないんです。
共同注意
お母さんが見ているものに対して子供が興味を示す。自分の知り合いが車の中に乗っている、それを見ていると子供はお母さんはどうしているんだろうなと思う。
感覚過敏

この三つが一歳ぐらいまでに全部そろっている場合には疑う。

地域ぐるみで支える
発達障害のある人たちの生きづらさを解消するために、今後必要となってくるのが、「地域単位」での支援です。家族や医師だけではなく、さまざまな機関がつながることで、一人の子どもが成長して就職するまでの環境を整えることができます。
岡山県倉敷市では、5年前から小児科の医師が中心となって「倉敷発達障がい研究会」を立ち上げました。メンバーは保健所や児童相談所、教育委員会、福祉施設など200を超える組織で、年に4回開催する会合を通して、横のつながりを構築してきました。また、最近新たに商工会議所が加わり、地元の中小企業が参加し、発達障害がある人の能力をどう生かしていくか、ノウハウの構築を始めようとしています。


栗原「早期発見によってより家庭的な面もそうですが、社会に出るというときにも、より自分自身も整えやすくなるのも大きいですし、テレビで取り上げられる障害は天才や著名人の名前とかを出したりするから、それを見ている人は僕は発達障害と障害のある人に、実際に相談しにくいと思うんですけれども、周りが理解してくれるような環境がもっと整ったらいいなと思います。」

栗原「僕も本当に小さいころから、感覚過敏が理解されなかったりとかアメリカにいた時は先生や周りの同じクラスメートとか自分の症状のことを理解してくれたんですけれども、日本の場合は何か先生が説明しても僕が同じようなミスをすると『また類かよ!(怒』と冷たい目で見られたりすることが多かったので、本当に周りの環境とか先生とか、信頼している主治医との相性とか、それも出てくると思います。周りの人がちょっとでもいいから理解して欲しいとすごく思います。」

視聴者 神奈川県30代の方から
今年に入って結婚した夫が、籍を入れた途端、態度が豹変。アスペルガー症候群かも知れないと、一昨日気づきました。私を動物の名前であだ名をつけ、家のみならず、外出先や実家などでも大声で呼ぶ。「動物は可愛いから問題はない。気にする方がおかしい」との事です。私が体調を崩して横になっていると、「こんな体の弱い人間だとは知らなかった。騙された!」と言えを追い出され、電車で眠る事もありました。=中略=アスペルガーだと私は確信していますが、本人のプライドもありますし、言い出せません。どう受診を勧めていいか、もしうまくいってもその治療でどの程度の効果があるのか。天秤にかけて悩んでいます。

えっ?これってただの性格の悪いバカでは?

宮尾「まず自分が受診するというのはとても抵抗があるんだと思います。自分で問題があるとあまり思っていらっしゃらないと思います。逆に言うと奥さんが少しでもよくなるために、旦那さんとして、手伝ってあげることがないだろうか、どんなふうに考えればいいのかということ。あらかじめ医者と打ち合わせをして来てもらってその場で話をしてもらうということがとてもいいと思います。」

まあ、心理検査とかやってもらえばシロクロつくんだろうけど、こういう場合パーソナリティ障害だったり、単に人格的に未熟なだけだったりっていう可能性もあるよねみたいな話は無し?

大人の発達障害の当事者の方は
・発達障害者支援センター(各都道府県/相談員常駐)
妻の側の立場の場合は
・配偶者のための自助会(東京、神奈川、名古屋、大阪など)
NHKに問い合わせても、取材でご協力いただいたところを口頭でお伝えすることはできます。


posted by ひと at 17:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする