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2016年04月02日

今日は「世界自閉症啓発デー」

うん。
知らなかった。
青い服を着て出かけなきゃいけないっていうのはチラリと見たような気もするけど、事前に服は用意しないと支度ができないタチなので、赤い服で出かけたワケだが。

4月2日は世界自閉症啓発デーです。〜青い光が増えると共に、自閉症の人がより生きやすくなりますように〜 | 高瀬真歩

今日の夜(ってか今)、東京タワーとかいろんな建物が青くライトアップされたりしているっていう。
正直に言います。
私にはこの「世界自閉症啓発デー」に何の意味があるのかが全くわかりません。
どなたかバカにもわかるように説明していただけるとありがたい。
自閉症とか発達障害っていうものがあるってことを知ってもらいたい?
どういう症状があるとか、どういうことで困っているみたいなことを理解してもらいたい?
配慮をして欲しい?
かわいそうだね〜って同情して欲しい?

現時点で「発達障害なんて存在しない」って言いきる人もいる。
そういう人たちに何を言っても無駄だろう。
ってことは残りの「存在は信じてくれる」人たちに向けてってことかな。
障害特性には個人差が大きい。
私自身、自分のことについて全部理解できているワケではないし、医学的にも未解明な部分も多い。
それを誰かに「理解してもらう」なんてことが可能だとは思っていない。
私だって定型発達者のことをあまり理解しきれていないんだし。

そういう「自閉症の人達の生きにくさに少しでも気づいて頂ければ」ということで始まった取り組みが、毎年4月2日の世界自閉症啓発デーに世界中を青い光で包むことで自閉症啓発を促す「ライト・イット・アップ・ブルー」というイベントなんです。

青くライトアップしてんの見たら自閉症の人たちの生きにくさに気付くの?
バカだから意味がわからないのだが。
生きにくいことに気付いてもらえたとしよう。
まあ、気付いてもらえるとも思ってないけど。
で?
「生きにくいんだね〜」って?
それで?
生きやすくなるの?



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2016年03月31日

自閉スペクトラム症の診断に視線の計測が有効

対人の障害、視線で8割判別…福井大など : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)
発達障害の一つで、対人関係などに問題を抱える「自閉スペクトラム症」(ASD)について、思春期から成人までの男性患者の視線を専用の機器で計測したところ、約8割の確率で判別できたと、福井大などの研究チームが発表した。視線が客観的な診断指標になり、早期診断、改善につながると期待される。

先ほどの記事にも書いたけど誤診されちゃうことも多いから、8割であっても診断がつきやすくなるシステムができるのは喜ばしいことだと思う。

「目を合わせない」といった視線の特徴がよく見られる
ってことだけど、定型発達者の「視線恐怖」みたいなものとは違うだろうなと。
もちろん、子供のころから壮絶ないじめにあったり、周囲とうまくやれない状況多発で対人恐怖みたいになっちゃう人もいるとは思うけど、ミラーニューロンが死んでいるのか目を合わせたところで相手の意図が読み取れないんだよね。
定型発達者は相手の目を見て「空気」を読んだりいろいろできるんだろうけど、そんなことはできないので無意味な行為。
私は定型発達者に合わせてやっているので(あくまでこっちが合わせてやってんだからね!)目を見たりはする。
で、その結果「この人コンタクト入れてるんだ〜」とか思いながら話を聞いている。
むしろ話の内容が頭に入って来なくなるので、目を見るのって逆効果なぐらいだけど、定型発達者は
 目を見ない=話を聞いていない
って決めつけているみたいだから、仕方なくやってる。
私がちゃんと目を見て、相槌を打って「すっごく話を聞いているように見える」状態の時は、あんまり話は聞き取れておりませんのでご注意ください。

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発達障害とまぎらわしい症状の『ひといちばい敏感な子』

ひといちばい敏感な子



本は読んでないんだけど。
ADHDやアスペルガーじゃない? 5人に1人はHSC(ひといちばい敏感な子)。その特徴とは? | ダ・ヴィンチニュース
ここで紹介されていたのでご紹介。
発達障害ってわかりづらいし、診断ができる医者も限られているので別の病気にされちゃうことって多いらしいんだけど、新手の「まぎらわしい病気」(「病気」っていう区分でいいのかどうかは知らないけど)があるらしい。

「敏感な子」の存在は、日本ではあまり知られていない。本書によると、冒頭のような項目に当てはまる子どもがいた場合、たいていは「臆病」「感覚的な刺激を受けやすい」「神経質」「内向的」「恥ずかしがり屋」などと表現される。ときにはADD/ADHD(注意欠陥・多動性障害)やアスペルガー症候群と誤解されることすらある。

精神的な問題ではなくて、神経システムとやらの問題らしい。
でも、実際には「神経質」「おおげさ」「わがまま」とか言われて片付けられちゃうんだろうな。

服の布地がチクチクしたり、靴下の縫い目や服のラベルが肌に当たったりするのを嫌がる

むしろ嫌がらない人っているのかと。
詳しいことは割愛するが、私の場合は普通の人間が感じ取れないレベルの皮膚感覚みたいなのを感じ取ることができているらしいので、服の布がちょっと毛羽立ってるとかでも不快に感じちゃうってのはあるけど。

Self-Tests
「自分もそうなのかな?」って思う方は、ここでテストができます。
因みに私はHSCは13、HSPは3だった。
あくまで英語のヤツを日本語に翻訳しただけっぽいから、日本人の感覚とはズレる部分もありそうだし、主観が入るからこれで正しく判定できるってもんじゃないだろうけど。
発達障害者がこれをやると、HSPの方は知らないけどHSCは高い数値が出る人が多そうだなと思う。

posted by ひと at 09:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月22日

自閉症者が喋れるようになることは「症状改善」なのか?

自閉症の女の子が猫との交流で症状改善「全てが変わった」/2016年3月21日 - 気になる - ニュース - クランクイン!

イギリスの現在6歳の重度の自閉症の少女アイリス。
医師は話せるようにはならないと言っていたが、二年前に猫が来てから言葉を発するようになったという話。
私がこの話でひっかかったのは「症状改善」っていう表現だ。
「定型発達者に近い方向へ変化した」って状況かと思う。
それって「改善」なのかな?って思ってしまったのだ。

視力がすごく悪くて日常生活にも困るような人が手術を受けて劇的に視力が向上しました。
「改善」だな。
指に障害があって思うように動かせなかった人が手術を受けて、普通に動かせるようになりました。
「改善」だな。
自閉症で言葉が話せない人が、言葉を話せるようになりました。
「改善」なのかな?
わからん。

 以前からアイリスちゃんは、絵の才能を見いだされ彼女の作品には1500ポンド(約24万円)もの値がつけられるなど、アーティストとして世界的な人気を得ていた。

本当に才能があるのか「感動ポルノ」で「重度の自閉症」っていう肩書きでもてはやされているのか、芸術には疎い私には判断できないけど、才能が本当にあったとして、言葉を話すっていう「本来脳の性能上無理なこと」に能力を使っちゃったら、せっかくの絵の才能が阻害されちゃったりしないのかな?って思ったり。

 “変わった”後は、「彼女は「もっと、猫」とか「病気、猫」とか、自分の希望を伝えられる様になった。『違うことは素晴らしいこと』とよく言うけど、本当にそう思う。今の私にとって、自閉症は素晴らしいことです」とコメントした。

今のところ猫のことしか喋ってないってことかな?
この先もずっと猫のことしか言わなかったらせっかく喜んでいるご両親はガッカリかな?


私はセルフモニタリング能力が極端に低いので、最近気づいただけでもともとなのか、最近そうなったのかが不明だけど、言葉を聞き取ったり会話をしたりするのってすごく疲れる。
喋っている間に自分が疲れていることを自覚する能力はないのだが。
長時間慣れない相手と会話をした後は何日も頭痛がしちゃったりすることもあるぐらい。
明らかに脳がものすごく疲れているなっていう感じがする。
実際には関係があるのかないのかわからないことだけど、以前とは比べものにならないぐらい、曲を覚えるのが早くなった。
私はWAIS-III なんかの結果では単なるアスペルガーらしいけど、自閉度から考えると重度の自閉症だ。
「本来は喋れないんじゃないのか?」って思っている。
喋る能力が生まれつきないのに、脳にものすごく無理をさせて喋っている。
それをやめてしまったら、今以上に曲を覚えることができるようになって、テレビなんかで見かける「一度聞いただけでピアノで再現できるサヴァンの人」みたいになっちゃうのかな?って。
私にとっては、そうなる方が「改善」なんじゃないかと思うのだ。
阻害されている本来の能力が引き出されるのだから。
社会生活が壊滅的になるだろうから(実際、その手のサヴァンの人たちは自分一人では日常生活を送れない)定型発達者から見たら「改善じゃないだろ?」って感じだろうと思うけど。
私は今後「本来の」喋れない状態になるのかな?っていう気もするんだけど、今の中途半端に定型発達者と同じような行動ができている状態よりいいんじゃないかぐらいに思ってしまったり。
所詮は無理やりだからな。
常に無理をしている状態なのに、それが普通みたいに扱われるのはもう、うんざりだ。

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2016年02月29日

横浜市立大学市民医療講座 青年期・成人期の発達障害の理解

青年期・成人期の発達障害の理解 | 横浜市立大学 医学科・医科学専攻

今日、横浜市港北公会堂ってところで開催された講座。
入場無料。
講演は附属市民総合医療センター 精神医療センター 准教授 高橋 雄一先生。

一応子供に関する内容ではなさそうだから行ってみたけど、そもそもこの先生は児童精神科がご専門だし「成人期」っていっても20代ぐらいまでの話しかなく。
まあ、そんなものだな。
で、当然のことながらかなり基本的な内容。
もっと突っ込んだ内容のものって聞いたことがないなって思ったけど、突っ込んだ内容にしようと思ったら、すごく狭い範囲の話に限定せんと無理だから、それはそれで面白そうだけど難しいんだろうな。
例えば「嫁がアスペの場合」とか「障害発覚が40代以降の場合」とか「アスペとADHDを併発している会社員」とか。
問題になる部分がまるっきり違うだろうからな。

まず、最初に高橋先生ではなく、別の方がちょっとだけお話をされたのだが、耳で聞いた情報を記憶できようハズもなく。
わからん。
三者ぐらいの協賛だそうで、その中の一つの団体の人。
港北区がどうとかって言っていたけど、私は港北区民じゃないので関係ないかな。

その次に今回のメインとなる高橋先生のお話。
基本的な話を紹介しても仕方がないので、目新しい部分だけご紹介。
MSPA(Multi-dimensional Scale for PDD and ADHD)ってのが登場。
詳しくはこのあたりを。

ASDの人への対応ポイント
呈示と同意 ○→社会化
命令と服従 ×→反社会化
受容(放任)とやり放題 ×→反社会化

命令と服従って楽な気もするけどダメなのか。
自分で判断しろっての苦手なのだが。

べからず集(特に高機能例)っていうのの中に
失敗から学ばせようとするべからず
失敗から学ぶこともあると思うけど、どうなんだろうね?
確かに定型発達者みたいに、失敗から自力で学ぶってのは難しい感じはする。
失敗をした時に適切な指導みたいなのが入るといいように思うが、そういうサポートをうまくやれる人ってのもあんまりいないだろうなぁ。
それなりに障害に対する知識とか理解とかもあって、障害以外の「個性」とか「性格」みたいなものに対しても配慮できるっていうんじゃないと難しそうだ。

講演が終わってから質疑応答っていうのがあった。
これは、講演後の休憩時間に紙に質問を書いてスタッフに渡すと、その中から多い質問に先生が答えてくださるという。
で、私も一応書いて出したんだけどね・・・平日の昼間にここまで来る人たちだけあって、かなり熱意があるのか、結構な割合で書いている人が。
ってことで、私が出したのは取り上げていただけませんでした。
多数派の質問っていうと若い人とか子供とかの内容に偏るので、先生が紹介してくれたサイトとか見てみたけど、子供向けだねぇ。
私には役に立ちそうにない。

今回は実際に現場で医療に携わっている講師の方ということで、実例を紹介していただいたりして、それなりにいい内容だったかなと。
ただ、やっぱり「ハッピーエンド」とはいかないのが、この障害の難しいところで。
本人も周囲の人も不幸にしちゃう障害なんだよな・・・っていう感を強くした。

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2016年02月07日

横浜で自閉症の講演とシンポジウムが開催されます

広報で見つけたのだが「申し込み方法等詳細はHPで」って書いてあるのにホームページのURLもなく。
問い合わせ先である「こども青少年局障害児福祉保健課」ってのを検索してみてもこの件は見つからず。
更にいろいろ検索してみてやっと出てきたワケです。
ちょっと不親切かなと思いました。

横浜市 こども青少年局 世界自閉症啓発デーin横浜〜学齢期の発達障害児への放課後支援〜を開催します。

世界自閉症啓発デーin横浜 〜学齢期の発達障害児への放課後支援〜

学齢期の発達障害児の放課後等デイサービス事業が広がるなか、「発達障害児の放課後支援」をテーマとするシンポジウムを、「世界自閉症啓発デー」の啓発活動の一環として開催します。


●日時  平成28年3月27日(日) 13時00分〜16時30分

●会場  関内ホール(JR関内駅北口徒歩6分・みなとみらい線馬車道駅徒歩4分)

●内容
  第1部【基調講演】
  演題   「放課後等デイサービスの質の向上を目指して」
  講演者  大塚 晃(上智大学総合人間科学部教授)

  第2部【シンポジウム】
  テーマ     「学齢期の発達障害児への放課後支援(仮題)」
  シンポジスト  森 佳代子 (横浜市障害児を守る連絡協議会 副会長)
            渡辺 幹夫 (地域活動ホーム ガッツ・びーと西 所長)
            勝俣 恵子 (特定非営利活動法人ワーカーズわくわく 理事)
            飯島 万里 (港南台ひの特別支援学校 特別支援教育コーディネーター)
  指定発言者  大塚 晃
  司   会    佐藤 祐子 (横浜市こども青少年局障害児福祉保健課長)

●申込方法
  (1)お名前、(2)住所、(3)電話番号を明記し、FAXまたはEメールでお申し込みください。
  ・筆記通訳が必要な方、車椅子スペースが必要な方は、その旨も明記してください。
  ・所属団体がありましたら、差支えなければご記入ください。
  ・取得した個人情報は、本事業の目的以外には使用いたしません。
 
●申込先  横浜市こども青少年局障害児福祉保健課「世界自閉症啓発デーin横浜」係

●申込期間  平成28年2月12日(金)から3月4日(金)まで〔ただし先着850名まで〕
  ※特段の事情がない限り、申込受付のご連絡はいたしませんので、そのままご来場ください。
   (ご参加いただけない場合のみご連絡いたします)

●問い合わせ先  横浜市こども青少年局障害児福祉保健課
  電話045-671-4279(平日8:45〜17:15)

●主催・協力
  主催:横浜市こども青少年局/健康福祉局/教育委員会
  協力:横浜市自閉症協会、社会福祉法人 横浜やまびこの里(順不同)


行こうかなと思ったので詳細を調べたワケだが、どうやら子供のことしかやらないみたいなんで、私には何の関係もなさそうだし行かない予定です。


posted by ひと at 10:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月05日

ザ!世界仰天ニュース 誰にも理解されない孤独な苦しみ

2月3日放送のものをご紹介。
誰にも理解されない孤独な苦しみ
この番組では以前にも同じ障害の人のことを取り上げている。
ザ!世界仰天ニュース 子どもを守れスペシャル

1月31日。新潟県新潟市にある県民会館で、「障害への差別」をテーマに内閣府が主催する講演会が行われた。
その壇上にいる一人の男性、南雲明彦さん(31)。
実は、彼自身も長い間、ある発達障害と闘い続けていた。
発達障害とは脳機能の一部に異常がある事で発症する障害だが、2012年の調査では、小学校の、1クラス(約30人)に2人ほどにがこれに該当するという。
授業中にじっとしていられない・極端に片付けられない・空気を読めないなど、「行動面での著しい困難」や「学習面での著しい困難」を示す場合がある。
南雲さんもこの症状に苦しんできた。
スタッフから「日暮里」という文字を書くように言われる南雲さん。
南雲「イメージができないですね」
南雲さんは今もうまく文字を書くこと読むことができないという症状と闘っている。
南雲「その状況も辛かったけど、それを伝える術を知らなかったっていうのは、自分の内側を明確に表現するものがなかったっていうのはつらかったですね。極限まで自分の中で悩んで、自傷行為をしてみたり、どこかから飛び降りてみたり、苦しさを伝えたかっただけなんですよね。」
誰にも理解されず苦しんだ21年間。その壮絶な闘いとは!?

新潟県 南魚沼郡 湯沢町。
バブル期のスキーブームで有名リゾートとなった町。
1984年町役場で働く父と保育士の母との間に次男として生まれた南雲明彦は幼少期にはこんな行動をとっていた。
母が絵本を読み聞かせていると初めは見ているが、すぐに他のことを始めてしまう。
実は「文字が読めない症状」の徴候だったが「子どもにはよくあること」と母は気に留めていなかった。
1991年、明彦は小学校に入学。
集合写真は常に真ん中、と目立ちたがり屋の存在。
口が達者で明るい明彦は、いつもみんなの中心にいた。
しかし、元気な笑顔も授業になると一変する。
教師「字には書く順番というものがあります。まず『あ』は…」
南雲「なんか、また字が見えない」
黒板に書かれた文字が揺れたり傾いたり、回転したりゆがんだりして形があいまいで覚えられない。
南雲「先生、字が見えにくいんですけど」
聞いてみたが
教師「明彦。先生の字が汚いって言いたいのか?」
(クラスメートの笑い声)
それ以上は聞けず。
手本通り真似ようとするが、それができない。
教師「枠からはみ出ないように書いてみようか」
実はノートの線もゆがんだり斜めに見えたりしていた。
そのためきちんと枠に文字を収められなかった。
教師「一生懸命練習すれば、ちゃんと書けるようになるから、頑張ろうか」
なぜ?みんなはちゃんと書けているの?
南雲「みんなできてるのに、僕だけできないんて…恥ずかしい」
自分はみんなと違う。
それがとても恥ずかしかった。
この事を誰にも知られてはいけない。
徐々に膨らむ劣等感。
明彦はこの日から大人になるまで、文字と孤独な闘いを始める。
それがある障害だとは知らずに。

脳の障害、「ディスレクシア」。
脳機能の一部に障害があるため、文字を認識できない。
常に動きっぱなしだったり大きさがバラバラに見えるなど個人差はあるが、文章を読むことが非常に困難になる障害である。
今でこそ、この障害は認知され、多くの著名人も多数カミングアウトしている。
(スティーブン・スピルバーグ、オーランド・ブルーム、キアヌ・リーブス)
しかし、25年前の日本でこの発達障害の存在を知る人はほとんどいなかった。

漢字が登場すると、明彦の文字の解読はさらに困難になった。
参観日にやる劇の台本が読めない。
ディスレクシアの症状として「音読」が極めて苦手なことが多い。
明彦もこの症状が強く出ていた。
台本を読むように言われ、読めないのをごまかすために「先生のお手本が見たい」と言って耳で聞いて覚えるということで切り抜ける。
家に帰っても、文字が読めないことがばれないように、音を忘れないようにと、幼いながらに自分でできる方法で明彦は必死に何度も何度も繰り返した。
明彦は母にも「字が読めない」ことを言っていなかった。
学校から帰ると自分の部屋に直行。
「字が読めない」ことを隠し、母の前で絶対に宿題をしなかった。
そして小学3年生の時、あることが分かる。
視力検査表のマークも、ゆがんだり回ったりしていた。
両目とも0.1。
すぐにメガネを作ることになったが、何をつけてもよく見えない。
しかし、いくつもいくつも試した結果、なんとなく見えやすくなったと感じるものがあった。
以来、明彦は近視のメガネをかけ続けることに。
明彦の席は常に一番前に。
書き写せない分、先生の話を丸暗記。
小学3年3学期の通知表は、国語や社会、そして算数など文字を書かなければならないものはどれも最低評価だが、その他は特に悪いものはなく、ほぼ平均。
「文字と格闘」していたことを示す一文がこの通知表に残っている。
それは母が書いたもの。
「習字は三日間かけて仕上げました」
手本を見ながら「文字をきちんと」書かなければならない書道。
明彦にとっては、ほぼ不可能とも思える作業。
三日間やり続ける。

絶対に弱音を吐かない息子。
しかしそれは、突然の告白だった。
南雲「塾に行かせて欲しいんだ」
母「どうして?」
南雲「僕、どんどんバカになっちゃってる。バカになって…」
母「明彦はバカじゃないよ」
明彦「もっと頑張れば、もっとできると思うんだ。行ってもいい?」
実は5年生のクラスが始まると、授業の情報量が増加し、スピードが上がり、さらに漢字も難しくなった。
このままではどんどんみんなと差がつく。
そのうち、字が読めないことがみんなにばれる。
みんなと同じ「普通」になりたい。
だから塾へ通おう。そう考えたのだ。
するとこの塾の先生は、みんなと同じではなく明彦のペースにあわせて教えてくれた。
それが明彦にとっては救いとなり、さらに授業の後も間違えてもすぐ消せるホワイトボートで何度も何度も練習した。
やがて読んで書ける文字が格段に多くなり学校の授業にもついていけるようになった。
こうして、読み書きが困難なことに誰も気が付かないまま、小学校を卒業。


うん。わかる。
私もずっと「普通の人みたいに頭がよくなりたい」とか「もっと努力すれば」とか思っていたからねぇ。
それが間違いだったってわかってどれだけショックだったか。
この人って、ものすごく努力家だよねぇ。
ディスレクシアなのに、これだけ読み書きができるようになるまで努力するって、どれだけの努力かって考えただけで悲しくなるよね。

中学校に入ると古文や英語など、全く初めての文字も多くなったが、明彦は分かる所だけノートに取り、他はクラスメートのノートを借りてコンビニでコピー。
拡大コピーすれば読みやすくなることも分かって来ていた。
小遣いやお年玉はほとんどコピー代に消えた。
さらに歴史や古文など、漢字の多い教科は、絵の多い歴史マンガで情報を補強。
やがて、勉強が楽しくなった。
中学校1年の時の通知表。
主要5教科は全て平均以上を保てている。
さらに明彦はソフトテニス部に入部。
郡大会に個人優勝するほどの実力者となった。

一方、友達と遊びに行くと、気の抜けないことの連続。
みんなでご飯。
初めての店のメニューは読めない。
そんな時は、注文を取る係りを買って出て、みんなの注文を先に聞きその中から選ぶ。
友達にもばれないように、どんなシチュエーションでも完璧にごまかす方法を考え出していた。
そして、地元では有数の公立高校へ進学。

しかし、これが悲劇の始まりとなってしまう。

高校時の明彦は将来体育大学に進学し、スポーツトレーナーの勉強をしたいという目標があった。
が、1年生からハイレベルな授業。
ひさびさに文字による圧迫感を覚えた。
中学時代に築いた自信はわずか入学2か月で崩れた。
成績は急降下、テニスも実力が伸びない。
そして高校2年生の夏、仮病で学校を休む明彦。
実はその数日前、これまでと同じように高校のクラスメートにノートを借りようとしたが、「サボっている」と誤解をされてしまった。
みんなにずっとサボっていると思われていた。
できることは全てやってきた。
なのに、みんなと同じになれない。
そして、学校に行かなくなった。
何がこんなに辛いのか?
苦しんでいるのか?
母「ねえ、明彦。どういうふうに苦しいのか母さんに教えて。何で明彦が学校に行きたくないのか」
南雲「うるせぇな!」
明彦が母を怒鳴ったのは初めてだった。
この日から家族に笑顔が消えた。
母はそんな明彦のそばにいくことをやめなかった。
少しでもご飯を食べて欲しい。
仕事をしていてもそればかり思ってしまう。
勤めて明るく話しかける母。
何を言われてもそばにいたい。
11月26日、17歳の誕生日。
初めて「おめでとう」と言えなかった誕生日。
そして学校へ行かなくなって10日目。


サイトの方には9日目ってなってるけど何で?

南雲「俺、精神がおかしいんだ。だから病院に連れていって欲しい。」
こうして母と共に自宅から車で40分ほどのところにある病院の精神科を訪ねた。
誰かに見られたらどうしよう。
そう脅えながらもなんとか自分を奮い立たせていた。
南雲「成績が伸びなくて、周りに置いて行かれたような気分になったんです。実は、文字を読むのが難しくて、人より時間がかかって、細かい文字を見ると…」
母は初めて知った。
息子が文字に苦しんでいたなんて。
それは明彦にとってまさに一世一代の告白だった。
ところが
医師「なるほど、君は受験が怖いんじゃないのかな?そういう学生は多いんだ。みんな大変なんだよ。強い気持ちを持って学校に戻りなさい。」
それは絶望的な答えだった。
医師「君なら頑張れるよ。」
机をガンガン叩いて叫ぶ明彦。
どうして誰も理解してくれないのか?
自分はやはり普通じゃないのか?


私も最初の病院では発達障害を発見してもらえなかったし、今からずいぶん前の話だろうから、医師の側に発達障害の知識がなかったものと思われる。
今でも発達障害についてあまり知識がない医者もいるだろうから、病院選びは重要だよねぇ。

自暴自棄になった。
自宅二階から飛び降り自殺を図ることもあった。
そんな明彦に母は初めて手を上げた。
初めて母にぶたれた明彦。
南雲「ごめん」
素直に言葉が出た。
そして数日後、自らの意思で退学届を出した。


このシーンはサイトでは「ようやく正気に戻った明彦は」って書いてあるけど、ずっと正気だったと思うんだけど?
かなり失礼な内容にされちゃってる気がする。

治療する決意を固めたのだ。
母と共に病院を探し、車で1時間ほどの場所にある病院の精神科に入院。
診断の結果は重度のうつ病。
この頃の明彦は自らを汚いと思いこみ、洗わずにはいられない強迫性障害という症状も。


うつ病とか強迫性障害は発達障害の「二次障害」ってヤツだろうねぇ。
私もなったし。
毎日すごい回数手を洗ったりしてたねぇ。

病状はいい時と悪い時の繰り返し。
そして母は電話が鳴るたびに明彦に何かあったのでは、と脅えた。
元気な子どもたちに思わず昔の明彦を重ねてしまう。

入退院を繰り返し、1年が過ぎた頃、カウンセラーが東京から訪ねてきてくれた。
カウンセラー「今、一番嫌なことは何?」
南雲「普通じゃないこと。」
それは明彦の胸の奥にずっと支えていたこと。
カウンセラー「明彦くんにとって、普通じゃないことってどういうこと?」
南雲「う〜ん。友達と一緒じゃないこと?」
カウンセラー「私はあなたになれないし、あなたは私になれない。人はみんな違うでしょ?普通なんてこと考えなくていいのよ。ねっ。」
その言葉で少し気持ちが楽になった。

退院した明彦は、ホテルの清掃業のアルバイトを始めた。
潔癖症ともいえる「強迫性障害」を患っていた明彦の挑戦だった。
うつの症状はよくなってきていたが、文字が書けないことは治らない。
仕事の評判は良かったが、指示をメモに取ることが出来ずここでも一苦労。
自分を苦しめ続けるこれは一体何なのか?
そして、ついにその症状の謎を知る時が来た!

2006年、21歳の時、明彦はやりたいことができた。
それは、ボランティア。
今まで周囲にさんざん迷惑をかけてきた自分が恩返しできることはないか?そう思ったのだ。
職員「うちの団体は脳の機能の障害で読み書きができない人たちをサポートさせていただく団体です。」
南雲「読み書きができない?それは?」
職員「ディスレクシアという障害です。」
それはまさしく自分のこと。
明彦はボランティアをする側ではなくされる方だったのだとこの時知った。
真っ先に電話で母に伝える明彦。
南雲「母さん、俺、バカじゃなかったよ。ディスレクシアっていう肩書きができたよ。」
母「気が付いてあげられなくてごめんね。」
親子で苦しんだディスレクシア。
原因が分かったことで、症状が劇的に良くなることはなくても様々な工夫で読み書きに対処できるようになった。
そして南雲さんの現在の思いは。

場面はスタジオに移る。
ディスレクシアに詳しい大阪医科大学LDセンター顧問 武田契一先生。
中居「今、ああいう小さい子がいて、SOS出したら先生とか親はすぐ察知できるものなんですか?」
武田「南雲さんの小学校時代と違って、今は比較的先生方の理解が深まっていますから、こんな苦労は小学校でしないで済んだと思います。」
アナウンサー「ディスレクシアというのは何歳ぐらいで判断できるものなんでしょうか?」
武田「小学校1年生で判断できます。
中居「ひらがなを逆に書いちゃう記憶がある」
武田「その反対に書くというのがずっと継続している時には要注意で、やはり専門家が調べた方がいいと思います」
武田「ディスレクシアは話す、聞くは大丈夫なんですよね。だから、手を上げて授業で答えたりするから、先生も誤解してなんでもできると思っているのに何で読めないの?なんで漢字書けないの?とやられてどんどん落ち込んでいく」
鶴瓶「やっぱりごまかそうとするんですよ。なにかでね。」
武田「よく保護者の方が言われるのが『私のせいかしら』。ところが脳の機能障害なので、お母さんの子育ての失敗例じゃないんですよ。子育ては何の関係もないんです。そこをちゃんとわかっていただかないと。」

親子で苦しんだディスレクシア。
この症状が劇的に良くなるわけではないが、知って本当に楽になった。

南雲「ほんと言うと気楽にね、話をすればよかったのに、どうしても普通とかにとらわれて、あと行ったらからかわれるというか『何それ?』みたいなバカにされるんじゃないかと思って、言わなかったら苦しくなったわけですよ。いろんな大人がちょっとでも違和感とかを感じたら、発達障害の疑いを持って医療機関なり相談機関なりにつなげていくっていうのがずっと増えたと思いますけど、同じような子を生み出す社会であってはいけない。」

SOSを出すのは決して恥ずかしいことではない。
南雲さんは子どもたちのSOSを見逃すことのないよう、家族や学校に対しての講演を行っている。


この番組の中では一貫して「ディスレクシア」という表現を使っていたが「LD」っていう表現もよく使われるし日本語で「学習障害」って表現もあると思うのだが、なぜかそれは登場しない。
学習障害=LD
で、その中に文字の読み書きに障害を抱える「ディスレクシア」が含まれる。ってことかな?
ディスレクシア以外の学習障害ってあるんだろうけど、どんなのがあるか全く聞いたことがないけど。
どんなんだろう?
私は学習障害はないと思うけど(わからんのだけど)漢字の書き取りをいくらやっても全く記憶することができないっていう状態だった。
小学生の時から漢字は全く覚えられず、高校ぐらいで短文のテストが毎週だったかあって、そのたびにかなりの時間を「書いて覚える」ってことをやったけど、自分で勉強をしていて「絶対記憶できないよな」って気づきつつ、それでも勉強をし続けた。
ものすごく勉強をやっても、もちろん記憶できていないんだから毎回点数は低いっていう。
自分が普通の人みたいなやり方ではダメで、他のやり方をした方がいいってことに気付いたのはとっくに二十歳を過ぎていたので、学生のころはずっと「努力をするが結果は出ない」って状況だった。
おかげで担任からは、なじられたりしたから、今でもあの担任は死(略
今は「やり方」がわかったんで漢字検定二級なんて楽勝で合格したワケだが、いまごろできるようになっても意味がない。
やっぱり学生の頃が重要だよなと思う。
私も「自分は頭が悪いんだ」って思っていたし(実際にはIQは日本人の平均並み)、他のやり方をやってみようっていう発想自体がなかった。
考えても仕方がないことなのはわかっているので、なるべく考えないようにはしているけど「本当はどうすればよかったんだろうか?」って考えてしまう。
もちろん答えは出ない。
そして南雲さんもそうだろうけど「こういう思いを他の人にはして欲しくない」って思う。
今はこうやって何かとテレビなんかで発達障害のことが取り上げられるから、診断ができる病院とか相談機関なんかがパンク状態で何カ月も待つとか、地方だったら数年待ちなんていうのも聞く。
確かに大勢の人に知ってもらって、早期に発見されて適切な対応がされるようになればいいなとは思うけど、この国は福祉がどんどん縮小されていく方向に向かっているし、受け皿がただでさえ不足しているのに「発見されてもその後がない」みたいなことになりかねない。
そのあたりもマスメディアは取り上げてくれるといいかな。
まあ、定型発達者(発達障害者ではない人たち)にとっては他人事だし、自分がブラック企業で死ぬ目に遭わされていたりしたら、「障害者の世話どころじゃないだろ!こっちを先に助けてくれよ!」なんて思うかも知れないし。

僕は、字が読めない。 読字障害(ディスレクシア)と戦いつづけた南雲明彦の24年



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2016年01月14日

NHK「きょうの健康」で子どもの発達障害が取り上げられます

きょうの健康|放送カレンダー

NHKの「きょうの健康」という番組(Eテレ・午後8:30〜8:45)で「子どもの発達障害 徹底解説」というのが三日間にわたって放送される予定です。
1月18日 自閉症スペクトラム
1月19日 注意欠陥・多動性障害
1月20日 学習障害


テキストは↓です。

NHK きょうの健康 2016年 01 月号 [雑誌]



子供のことしかやらないみたいなんで、私は見ないつもりでいます。


posted by ひと at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月13日

発達障がいサポーター養成講座に行ってきた

本当は全部で三回のヤツで、今日が第一回だったんだけど初回だけでも参加可ってことでこれだけ行ってきた。
主催はNPO法人夢コミネットっていうところ。
申し込みは電話のみってことですごく困ったんだけど、本当は「当事者だけどいいですか」って訊けばよかったんだなと後から思ったけど、そういうのをうまく電話で伝えるのって難しいんだよね。
普通に受け付けを済ませるだけでも実は大変だったのだ。
当事者向けのものではなかったので「ご意見ご感想」なんかも書くところがあるアンケートに「電話以外でもお願いしたい」みたいなことは書かなかったけど。
電話での申し込みもまともにできないヤツが、発達障害者の「サポーター」ってのは無理ありすぎだろってことで。

内容はとてもわかりやすくてよかったと思う。
発達障がいを理解し、そっと寄り添ってくれる存在が「発達障がいサポーター」です。
ってことで、周囲にそういうので困っている人がいるんじゃないのかな?暖かく見守っていこうね。みたいな趣旨らしいです。
まあ、それは有難いことだと思う。
しかも今日は三十名ほどの方々が、本当に熱心に理解しようと集まっておられたので、よいことだと思う。

でもね・・・
こういう「理解しよう」って思ってくれるようなタイプの人たちがどんなに熱心に勉強しようが理解を深めようが、問題は「発達障害なんて存在しない」みたいに思っていたり「ただのわがまま」「誰にでもある」で全部片付けちゃうような人には変化がないっていうか影響がないっていう。
どちらかというと問題はそっちかなぁと思うんだけど、まあ、どうにもしようがないよね。

もう一つ気になったのは、私が引っ越してきた時に、当然障害者手帳なんかの手続きもあったんで区役所の窓口に行ったのだが、こういう支援なんかをやっている団体が存在するってことは一切知らされなかったんだよね。
発達障害者支援センターとか就労相談センターに長いこと行っていないので、そっちからは紹介されたかどうか何とも言えないけど、病院でもそういうのは紹介されないし、このあたりの「連携のなさ」みたいなのは気になった。
本当はいろいろと利用できるようなところが存在するのかも知れないけど、障害者に情報が入らないっていう。
このあたりのことは前々から知りたい情報がなかなか入手できないなっていう感じはしていたけど、どうにかならないもんだろうかと思う。
どこかにアクセスすると、どういう団体がどういう支援をやっているとか、一通り知ることができるようなシステムとかあるといいんだけど。

簡単に内容を紹介する。
今回は内容的に「子供の発達障害者限定」っていうような感じ。

最初に「いそごキャラバン出前講座」というのを三十分ほど。
寸劇で最初にスーパーマーケットでの場面。
「こだわり行動」「感覚過敏」などについてわかりやすく(きれいに並べた状態じゃないと気がすまないっていう障害特性で売り場の肉のパックをキッチリ並べ続けようとしちゃうとか)コミカルだが適切な演技で紹介してくださった。
次の寸劇は電車の中での場面。
他の座席がガラガラでも同じ座席に座らないと気が済まないとか、キラキラしたものを見たいという衝動を抑えられなくて見ず知らずの人に話しかけちゃったりとか。
実際電車に乗っていると「多分仲間だな」と思われる人が一人でなにか喋っていたり、突然見ず知らずの人にワケのわからんことを言い出したりしているのは見かけるな。
寸劇が一つ一つ終わった後にちゃんと「これとは逆にこういうタイプの人もいますよ」みたいな説明もしてくれるので「全員こうなんだ」みたいな誤解もせずに聞ける感じ。
こういう細かい部分にも気を配って構成しているなっていう。
寸劇の次は「発達障がい」というものがどういうものかという話。
「こだわり行動」「コミュニケーション障害」についての説明。
「発達障がいの特徴・見え方」として対応のヒントなど。
ここでちょっと気になるというか納得いかん話があったけど、その件をアンケートに書くの忘れた。
最期の方にね「すばらしい才能を活かして活躍!」ってのがあったんだよね。
うん。
なんか、そういう人が結構いますみたいな話の展開だったけど、実際にはそういう人はごくわずかで、残りはもう人生詰んでますぐらいの感じなんだけど。

次に「基礎から学ぶ 発達障がい」。
講師は横浜市南部市域療育センター ソーシャルワーカー 清水英子さん。
時間は約一時間。
内容は「療育センターの紹介」「発達特性の理解」「具体的対応」。
これも内容的には子供のことだけということで。
まあ、私には関係のない内容ではあるのだが。
内容はわかりやすかったし「それに対してどう対応すればいいのか」みたいな話も具体的だったんでよかったと思う。

その後は質疑と六人ずつのグループになっているので、グループごとに感想などを話し合うっていう。
どういう話し合いの内容だったかは書かないが(プライバシーの侵害だから)、この障害は本人も不幸にするが、周囲の人も不幸にしてしまうんだなっていう感じがした。
実際自分もいまだに殺してやりたいぐらいに思っている母に対しても、障害のために相当な苦労をかけてきたんだろうなっていうのは思うから。
それでも許す気はないけど。

次回は「学齢期、思春期について」で、三回目(最終回)は「成人期について」。
次回も私には関係がないけど、三回目だけは参加したいなって思わないでもないけど、三回目の副題が「生きづらさを抱える若者たち」なんだね。
うん。
とっくに中年になっている私には、これも関係がない内容かな。

今日、参加して思ったことは「子供の頃には周囲の理解とか療育とかサポートなんかが必要」。
でも「そういうのが一切なく現在大人になっちゃってる人にはサポートとかよりも働かなくても生きて行ける現金が一番意味があるのではないか」っていう。
自活しようと思ったり、ましてや女房や子供を養わなけりゃいけない立場になったりってなると、障害があることを伏せて働くしかなかったりする。
そうでもしないと収入が少ないからね。
でも障害があるのに普通に働くってのは、ものすごく大変なことだから、私みたいに二次障害で面倒なことになったりする。
でも、カネの為には働くしかないみたいな。
結局カネがあれば解決することなんだよね。
働く環境を整備してぇ〜みたいなのが無意味とは言わないけど、能力が高いとか特殊な能力があるとかっていう一部の人は別として、いわゆる「使えない」タイプの障害者が職場にいたら周囲に「コイツにどう接したら?」みたいな無用なストレスとかやりづらさみたいなものを与えて、本人もしんどい思いをしながら二次障害を発症させるリスクを背負いながらも働くっていうのは、本当にいい状態かね?
実際には年金が打ち切られるとか、最初からもらえないとか、現在もらえていても多分金額は下げられていく方向に行くだろうし(消費税は上がるのに?)、どんどん厳しい方向に行っちゃうんだろうねぇ。

posted by ひと at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月03日

年が明けたら「めでたい」のか?

年が明けてからまだ誰とも会っていない。
近所のコンビニの店員とすらだ。
ってのはどうでもいいとして。

もともと日本では一月一日に全員が一斉に「一歳年を取る」ということだったので、普通に「誕生日おめでとう」と同じ感じで「おめでとう」だったのかな?とは思うのだ。
でも今は満年齢ではなく数え年で年齢を数えるということになっているので、正月だからと言って年齢には変化がない(一月一日生まれの人を除く)。
で、誰とも会わなくてもtwitterなどの各種SNS上でやり取りのある方々や、メールをくださった方がおられ、一応「私はひねくれているので『おめでとう』とは言いません」みたいな前置きをしつつ返したりしたんだけど、その後よく考えて見たら、私は「ひねくれている」ので「おめでとう」と言わないんじゃなく、むしろ逆かな?って思い始めた。

私にとって一月一日というものは「便宜上のカレンダーの切れ目」でしかない。
それ以上でもそれ以下でもない。
障害特性上、変化に弱いというか、いつもと違うことがあると混乱したりやりづらかったりしちゃうってのがあるのだが、実際に年末には蕎麦もなく、紅白も見ず、いつも通りの時間に寝てしまい、元日にもおせちは当然のことながら無く、雑煮もまだ喰ってないな・・・って状況。
明らかに楽だ。
「いつもと同じなのが楽」っていう感覚は定型発達者には理解ができるかどうかわからんが、まあ、決まりきった手順で決まりきったことをやるのが楽です。

ってことで、単なるカレンダーの切れ目が私から見て「めでたい」か?っていうと、めでたい要素が皆無。
今でも「早く死んでおくんだった」と思い続けているぐらいなので「健康診断の結果も気色悪いぐらいよく、無事に年を越せたことに感謝」みたいな気は全く無く。
今すぐにでも人類が滅びればいいのに。ぐらいの気で。

もう一つ「おめでとう」と言えない要因がある。
嘘をつきたくないのだ。
私が正直者だとかってことではない。
むしろ年中嘘ばっかりついている。
でも嘘はつきたくない。
嘘をつかないと、途端に周囲を不快にさせてしまうのがわかっているので、イヤイヤながら嘘をつきまくっている。
私にとって
人と会う=嘘をつく
ぐらいのことだからな。
定型発達者にとっては「わからない」と思っても「わかるぅ〜♪」なんて言うのは嘘には含めないんだろう。
あれは「単なる相槌」なんだろう。
でも私にとってはそれは「嘘をついている」というカテゴリーに分類される。
だから、そのレベルの「私にとっては嘘」ってのは常に大量にある。
「私って顔が大きいから」って言われて、正直に「そうだね、大きいよね」って言っちゃあいけないっていうのは理解している。
この場合の正解は「そう?そんなことないよ」ぐらいだろう。
実際、私もそう言うだろう。
腹の中では「顔デカいよね」って思いながらも。
そうやって人と会っている間中嘘をつき続ける。
でも、本心では「嘘をつきたくない」と思っているので、こういう「めでたいと思っていないのにめでたいと言うこと」に、無意識のうちにガードがかかるのかな?と。

posted by ひと at 13:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月10日

ザ!世界仰天ニュース 空気がよめないと言われ続けた女性の苦しみ

日テレの『ザ!世界仰天ニュース』で12月9日に放送された「脳と心の不思議スペシャル」の「空気がよめないと言われ続けた女性の苦しみ」の感想を。

最初から最後まで登場するのは「木下直子」さん。
最後に出てくるし、名前を聞いただけで私たちはピンと来るワケだが「アズ直子」さんです。
私が彼女のことをどう思っているかっていうのはこれとかこれに書いたので、そちらをご覧ください。
正直に言います。
毎朝スターバックスに行くようなセレブを「アスペルガーの代表」みたいに取り上げた番組を最後まで見て、すっごくムナクソ悪いです。

幼いころから空気が読めず、みんなを困らせて来た少女。
人間関係はトラブル続き。
さらに少女は片付けることができなかった。
その原因は彼女の脳にあった。
アスペルガー症候群
先天性の脳機能障害
彼女は苦しみ何とか乗り越えた。
その人生とは。

木下直子さん。
彼女は幼い頃から苦難の連続だった。
木下「『普通じゃない』はたくさん言われました。『空気がよめない』『常識を知らない』『変な子』『宇宙人みたい』って本当に嫌な事ばっかりでした。」
彼女が苦しみ続けた様々な出来事。
それは一体どんなものだったのか?

1971年東京都調布市。
直子は中村家の長女として誕生した。
直子には3歳下の弟と、6歳下の妹がいた。
妹は体が弱く、母は手が離せなかったため、直子はよく家のお手伝いをした。
読み書きを覚えるのも早く、両親は直子を天才なのではと思っていた。


テレビで取り上げれられる発達障害者の9割ぐらいは「勉強がよくできた」タイプの人な気がするんですけどね。
悪かったな!勉強が全然できなくて!!!!(激怒)
この番組を見た人が「へぇ〜アスペルガーの人って勉強はできるんだねぇ」みたいに誤解しないように祈ります。
無理だろうけど。
この番組に限らない取り上げ方だからな・・・。

一方、運動はからっきしダメ。
特にダンスが苦手で人の動きを見て真似る動作がどうしてもできなかった。
そんな直子、小学生になると、授業中困ったこと。
なぜか臭いが気になって仕方がない。
それは隣のクラスから。
墨汁の臭いだった。
誰も気にしない程度だったが、敏感に感じ取った直子はそれを異常に嫌った。
さらに、聴覚が過敏。
一度音が気になり始めると、人が気にも留めないほどの音がまるで大合唱を始めたように聞こえる。
他にも絵の具や体操のマット、学校で使う物の臭いが苦手。
でも家に帰るとけろっとしている。
だからそんな直子を両親は気にしなかった。
しかも、実際直子の成績は優秀。
でも、こんなこともしょっちゅうだった。
興味があることへの情熱は教師を驚かせたが、実は直子、暗記する科目は得意だったが算数などの応用を必要とする科目は苦手だった。
すると、苦手な授業はじっとできない。
一方で一度好きになると同じ本を何度も読む。
変化を嫌い一つの事に固執する直子は、わかっているストーリーの方が、安心して読めた。
ちょっと変な子。それを決定づける出来事が。


直子を見ると吠える犬が近所にいた。
ある日のこと同級生が、あの吠える犬が死んで悲しんでいた。
だが、直子にとってその犬がいなくなったことは、うれしいことだった。
だから「そうなの?あのバカ犬が死んだの?よかったじゃん」そう言ってしまった。
空気が読めず人を傷つけてしまう。


私も空気は読めないし「常識がない」みたいなことはさんざん言われたけど、これはどうなのかな?
アスペルガーだから言っちゃう?
違和感があるのだが。

実は直子はある発達障害を抱えていた。
アスペルガー症候群
自閉スペクトラム症といわれる発達障害の一種で知能の低下はないが、コミュニケーション障害、興味のかたよりがみられる先天性の疾患。

脳に原因があるとされており、人工のおよそ0.3%にみられるという。
こだわりが強いところがあり、不器用や感覚の過敏といった症状がみられることがある。
さらに、人の気持ちを想像するのが苦手で、その言葉にみんな傷つく。
先生に注意されたが、なぜ怒られているのかわからない。
直子にしてみれば、怒られる理由がわからないことで怒られていたのだ。
直子はその「ちゃんと」という意味がよくわからない。
でも、服装や成績の事は言ってはダメ。
そのことはしっかり学んだ。
だから、服装の事以外は大丈夫だと思ってしまった。
言ってはいけない事を判断できない。
一方で直子は明確なルールはきっちり守る。
例えば、横断歩道で押しボタンに気付かず、信号が30分以上変わらなくても、なんの疑いももたず待ち続けた。
そうかと思えば、注意をされても名前を言われないと自分の事だと気づかない。
変な事ばかり言う、普通じゃ無い子。
直子はそう思われ始めた。
誰かと話すたび、問題が起こるため、友達の表情を見て少しでも合わせようと必死に努力した。
今日は変な子だと思われなかっただろうか。
それだけが心配だった。
直子はから言われる悪口を一つのノートに書きつづって、何がいけなかったか必死に探った。
だが、次々に起こる出来事。
直子のカバンの中はいつもぐちゃぐちゃ。
実は直子はアスペルガー症候群に加え、もう一つの発達障害を抱えていた。
それはADHD(注意欠陥・多動症)


ADHD
不注意
・忘れ物、亡くし物が多い
・時間の管理が苦手
・過度に集中する
・片付けるのが苦手
多動性
・他のことに気をとたれやすい
・落ち着きがない
衝動性
・思ったことをすぐ口にする
・考える前に行動する


中学になり、直子のこれらの特性は次第に目立つようになっていった。
部屋は足の踏み場もないほど散らかしっぱなし。
しかし、何をどう片付けたら良いのかわからない。
通常物を整理する際、きれいになった状態や、片付いた状態を無意識のうちに思い浮かべ、それに向かって片付ける。
だが、、直子は片付いた後をイメージするのが苦手だった。
その上、何かに興味を惹かれるとすぐにそれに夢中になってしまう。
学校でも、机の中はいつもぐちゃぐちゃ。
直子にとって片付けるということはとにかく詰め込むこと。

毎日何かしらを忘れてしまう。
そんな娘に母も、まさか我が子が発達障害を抱えているとは夢にも思っていなかった。
その後も直子は周りが理解できない行動を繰り返した。
場所をわきまえない行動。
友人も注意するが
それは当たり前のことなのか。
なぜみんなは言われなくてもわかるのか?

何度も失敗を繰り返しながら、やってはならないことを一つ一つ学ぶしかない。
しかしこんなことが。
人の悪口は言わないように心掛けた。


友達の美奈がその場に居ない京子の悪口を言い始める。
美奈と京子が一緒にいるのを見かけた直子。
「何で?美奈って京子のこと嫌いって言ってたじゃん?何で一緒にいるの?何で何で?おかしくない?」
なぜ友達が私に言ったことと違う行動をするかが理解できなかった。
自分が何かをやってしまったと気づくのは決まって相手の反応があってからだった。
どうしてみんなとうまくいかないのか。
何がよくて何がいけないことなのか。
それが分らない。
このころの直子は勉強に励むことでしか自分の価値を見出すことができなかった。


これもアスペルガーだから?
何か違う気がするんだけど。
空気が読めないとかってのとは違う感じがするし。
まあ、私も似たようなことを言ったりやったりしてるんだろうけど、この人のエピソードは何か変な感じがする。

その後、直子は得意の語学を生かし、小論文で大学に合格。
そしてであったのが9歳年上の男性。
多少変わったところはあるが、素直で嘘などつかないところに彼は惹かれていった。
1995年二人は結婚。
だが、それは新たな苦悩の始まりだった。
部屋の中はぐちゃぐちゃ。
夫が何度片付けてもすぐに散らかしてしまう。
部屋は足の踏み場もない。
何でもやりっぱなし。
一歩間違えれば大惨事ということもあった。
だがいったん夢中になると凝りに凝って素晴らしい能力を発揮した。
直子は横浜の運送会社に就職していたが、いつも時間が守れない。
仕事は真面目て的確な指示があれば黙々とこなす。
一度決められたルールにこだわる。
状況に合わせ臨機応変に対応するということが全くできなかった。
社会人としての行動は直子にとってはあまりにも複雑だったのだ。
結局うまくいかず一年で退社。
その後外資系の商社に転職。
書類などのミスが多い。
迷惑を掛けないようにと必死に努力するが、直子は枠内に字を収めることが苦手で何度も書き損じを繰り返してしまう。
結局ここも一年半でクビ。
そんな中、直子は長女なつきちゃんを出産。
空気を読まない発言は少なくなっていったが、さまざまな状況に優先順位をつけることが苦手だった。
毎日が混乱の連続。
努力が足りない。
そう考え、片付け本や子育て本なども読み漁った。
そして、娘が幼稚園に入園。
それはママ友地獄の始まりだった。


笑福亭鶴瓶「ゆるいアスペルガーもあるんですか?」
ハートクリニック横浜 精神科 柏淳医師「今、専門的には自閉スペクトラムっていうんですけれども、こういう特性、やっぱり色が濃い人から薄い人まであります。」
中居正広「軽度・重度ってあるんですか?」
柏「ありますね。その中の
アスペルガー症候群
・空気がよめずコミュニケーションがとれない
・こだわりが強い
など

割とはっきりした人をアスペルガー症候群っていってます。」
ウエンツ瑛士「アスペルガー症候群だと思って、受診して違ったという場合もあるんですよね?」
柏「たくさんあります。」

診断の目安
幼い頃からアスペルガー症候群の特性があるかどうか

というのがひとつ大事な点なんですね。」

ここでサリーとアン課題 が紹介される。
アスペルガー症候群の特性の一つ
人の立場で考えるのが苦手

自分がアスペルガー症候群とは知らない直子。
次にぶつかった壁はママ友との人間関係。
それはお世話になった先生が退園する際、作った寄せ書き。
出来たらで良い。
明確な期限の決められていないものに関していつやれば良いのかそれが分らない。
結局、直子のせいで寄せ書きが渡せなかった。
こうして直子はママ友の中でも孤立。
そんな母のせいで悲しい思いをするのは娘、なつきだった。


この寄せ書きの話も、直子が被害者みたいな描き方だが、まあ、被害者は周囲の人だよね。
気持ちがわからないのは仕方がないというか、私だってわからないのだが、これは「期限が決められていないから」って、理屈みたいなもので考える能力はないのかな?って感じなのだが。
障害特性上、この人は理屈みたいな系統の考え方が不得手なのかも知れないのだが、少なくとも私には全く理解できない。

なつきの遠足なのに弁当を用意していなかった直子。
大慌てでお弁当を作ろうとしたのだが、結局この日以来、なつきはだらしのない家の子、そう思われてしまった。
自分のせいで娘につらい思いをさせている。
それが悲しくて仕方がなかった。
自分が変わらなければ、そう重い努力するが、作業に集中すると今度は終えることができない。
そんな生活を続け、なつきも小学生に。
よばれた家で驚くのはその部屋のきれいさととても頼りになるお母さん。
友達がうらやましかった。
なぜ、私のママは違うのか?

なつき「なんでママ普通じゃないの?普通にしてよ!ママの子じゃなくてちーちゃん家の子に生まれたかった!」

私は小さいころから同じことの繰り返し、みんなに嫌な思いをさせてきた。
そして、大事な娘にまで。
何をどう頑張って良いのかわからなくなってしまった。
あれ以来、学校のことを話さなくなった娘。

そんなある日、運命を変える出来事が。
たまたま発明家エジソンのことを調べていると、自分と似ている部分がいくつもあった。
エジソンが持っていたといわれる特性、それがアスペルガー症候群だった。


はいはい。
アスペルガーっていうと何かというとエジソンの名前が出てきますね。
あの方もそうとう根性がババだったようなので、私はあの人とも一緒にして欲しくない!(激怒)
そうやって「アスペルガー=頭がいい」って誤解を広めるのやめろ!

すぐに心療内科へ行き、医師に自分の症状をこと細かく話した。
医師「木下さんはADHDをもったアスペルガー症候群という発達障害だと思われます。」
初めて自分は生まれ持った発達障害だと分かった。
だがショックはなかった。
今まで自分を責め続けてきた、その原因がわかったことに直子は心から安堵していた。
家族にはすぐに打ち明けた。
今までのことを考えると、なつきはすぐには納得できなかった。
しかし、ひとより不器用で空気もよめない母。
アスペルガー症候群と闘う母の努力を理解し、なつきは変わっていく。
苦手な事でも一生懸命努力してくれていた。
だれよりも私のことを思って必死に頑張ってくれていた。
そう思えるようになった。
そして、家族は直子の苦手なっことを理解し、サポートするようになった。
スケジュールはみんなが共有できるように一枚のカレンダーに書き込んだ。

アスペルガー症候群で苦しんできた直子さん。
以前は部屋を片付けられずぐちゃぐちゃだった。
果たして今、部屋はきれい。
(夫が掃除している)
さらに役に立っているのは、携帯のアラーム機能。
木下「『もうそれ終わり』という終わりを知らせるのは大事。」
没頭すると時間を忘れることが多いため、終了時間を決めて行動しているという。
夫「前はイライラしていました。どうしてやってくれないんだろう。できないんだろうみたいなことがわからなくて。」
なつき「出来ないことがやぱり人より多いっていうのがあるので、だけどそこでできないって終わるんじゃなくて、やろうって頑張っているんですよね毎日。本当に他のお母さんと比べて自分の母が嫌だったんですけど、今はアスペルガーの母でよかったなって思っています。」

アスペルガー症候群の直子さんの新しい生き方とは。
現在、アズ直子としてインターネットで雑貨の卸売をする会社の代表を務める傍ら、講演も行い、広く世間に認知されることを願っている。


ネットでさ、最近「発達障害者でも女だったら結婚っていう逃げがある」みたいな話が流れてきてさ、私も結婚してうまくいかなかったし、職業訓練の時に一緒だった「若いけど太っていてブッ細工」な女たちが結婚できるとも思えず。
実際、結婚して子供がいるけど、夫とうまくいかなくて結局離婚みたいな話はよく聞く。
こんなに家族からの理解や支援が受けられて・・・ってのは、テレビではよく見かけるが、そんなのごくごく稀。
実際知り合いにそんな人は一人もいない。
発達障害とかアスペルガーの人が、みんなこんな感じって思われると、とても困る。
こういう恵まれた人はごくごく一部です。
私は(私だけじゃなく大多数の発達障害者は)周囲の人にも恵まれず、マトモな仕事にも就けずに人生が積むのです!

アスペルガーですが、ご理解とご協力をお願いいたします。



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2015年09月24日

「行けたら行く」っていう返事の必要性

私が「行けたら行く」っていう言葉が遠回しに「行かない」って言っているっていう事実を知ったのって去年だったかな?
知ってびっくりした。
今まで本気で「行けたら行こう」と思って「行けたら行く」って返事をしたことが何度もあったから。
で、もちろん行けたら行っていたものだから、相手をギョッとさせていたのでは・・・って思って焦った。
誰も何も言ってくれなかったし。
それからが大変だ。
今まで「行けたら行こう」と思った時には「行けたら行きますね」って言っていたのに、それを言うと「ああ・・・来ないんだ」って判断されるワケだから、言えない。
ってことで、いちいち考えながら、他の言葉で返事をしていた。

「行かない」っていうのを正直に言わずに、どうしてそんな変な「お約束」があるんだろう?ってずっと(っていっても一年ぐらいか)思っていたのだが、どうやら理由らしきものを発見したのでご紹介。
本当は違う理由があるのかも知れないけど。

日程的にも「これは行けないなぁ・・・」って思っているイベントがあった。
で、誘われたのだが「行けたら行きます」は「遠回しな断り」なので、相手に失礼だと思ったので言えなくて、その時も他の表現で答えたんだけど、正直に「行けません」って答えたら中にはしつこい人がいて「どうして?」って言ってくる状況もあるかな?って思ったのだ。
「行けたら行く」っていう話じゃなく、全然違う話で適当に話を合わせていたら、しつこく追及されて、すごく困った経験がある。
「行けません」「行きません」は、そういう相手にうっかり引っかかってしまうと「どうして」「なんで」攻撃にさらされる危険性があるっていう。
でも「行けたら行く」と言っている相手に対して「どうして?」って言えないよね。
事実上「行かない」って言っているワケだけど、言葉としては「行く」って言っているんだから。

まだまだ私がわかっていないだけで、そういう「遠回しな言い方」ってのがいっぱいあるんだろうなぁ・・・。

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2015年09月19日

アスペルガー流人間関係 14人それぞれの経験と工夫

アスペルガー流人間関係 14人それぞれの経験と工夫



この本はアスペルガーの当事者向けというよりも、周囲の人たちに「アスペルガーの人たちは、こういうふうに考えていますよ」みたいなことを知ってもらうっていうような種類の本かと思う。
最初の方はわりといい本だなって感じで読んでいたのだが、後半になると文章が難しいというか、私にはちょっと理解がしきれない感じだったり、イギリスの話が中心なので日本人では利用できそうにないようなサイトの紹介とか、あんまり役には立たないなって感じがした。
今現在、アスペルガーの人のことを理解したいんだけど、なかなかわからないみたいな人は読んでみると参考になる部分もあるかとは思う。
他の本では見かけないようなNT(定型発達者のことをこの本の中ではこのように表現している)っていうのがどういう生き物かみたいな話もあったり、目新しい内容だと思う。

たとえば何気ない挨拶さえも悩みの種になります。誰かが私に「グッド・モーニング」と言う。とっさに私は、なぜ「グッド」なのだろうと疑問をもつ。あるいは、何のために私にそれを言ったのだろうかと考え、一瞬返答をためらい、答えに詰まる。すると、相手から、「あれっ」という反応がある。NTの人たちはこういったちょっとしたことに対して、居心地が悪く感じるのです。(52頁)

私もだけど挨拶が難しいアスペルガーは多い。
しかも定型発達者は挨拶に限らず、即座に反応が返ってこないことには容赦がない。
反応が返ってこないことを「反発」とか「否定」と受け取っているようだ。

NTの場合、困ったときに人に相談に行くのはふつうのことかもしれません。しかし対人スキルに欠ける者にとっては、これは至難の業です。(60頁)

世の中には優しい人がいるもので、障害について知っていても知らなくても親切にしてくれたりするが、そういう人に相談したり頼ったりしたいのはヤマヤマでも「どうやったら?」って感じになる。
とても難しいことだ。
twitterだったかも知れないけど、発達障害者にとって「誰かに頼る」みたいなスキルも身に着けるべきみたいな話があった。
実際、そういうのがあるのとないのとでは大違いだろうなと思う。

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2015年08月02日

それ分かる!

ご覧になった方もおられるかと思うが、tvkのsakusakuっていう番組のゲストに町あかりさんという歌手の方が出演されていて、そこで非常に興味深い話をされていた。



「それ分かる!」という曲の内容についての話だったのだが、男の人はピンとこないかも知れないが、定型発達者の女性は、会話の中で「わかるぅ〜」みたいなことを頻繁に言う。
今まで私は「わかるぅ〜」と言われるたびに非常に気分を悪くしていて、でも「わかりもしないのにそんなことを言われたら気分が悪い」とも言えないので、曖昧に愛想笑いなんかをするだけみたいな状況だった。
当然、他の人みたいにやたらと「わかるぅ〜」と言うこともない。
そんな「嘘」をつきまくるのは精神的につらいだけだし。

で、番組を見ていてすごく勉強になったのだが、どうやら定型の女は別に本当に「わかる」と思って「わかる」っていっているワケではないということ。
全然わからないのに、とりあえず「わかる」って言っとけば何とかなるみたいな感覚で。
私も定型発達者と話をする時には、適当に話を合わせないと面倒なことになるので、内心すごくイヤだなと思いながらも嘘を言うことは頻繁にある。
でも、定型発達者にとって、わかりもしないのに「わかる」っていうことは「嘘」の範疇に入らないらしい。
それを「嘘」に入れていたら、毎日とんでもない数の嘘を言いまくっている計算になる。
前から漠然と「嘘」の範囲が定型発達者は狭いように感じていたんだけど、どうやらその考えが正しかったのかな?と。

今まで私が思っていたこと
定型発達者同士は本気で「わかる」と思っている
でもこれは間違いだった。
定型発達者同士でもわかっていないことは多々あるのに「わかる」って言っている
ってのが実態。
これからは「わかる」って言われても気分を悪く・・・するよな。やっぱり。

定型発達者と違って、わかりもしないのに「わかる」っていうのにすごく無理がかかるので、そんなキツイことをやりまくったら、あっという間にセロトニンが止まって二次障害再発!だよな・・・。

ア、町あかり



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2015年07月05日

栗原類、翻訳に初挑戦! 完成に5カ月も「笑いのつぼ学べた」

栗原類、翻訳に初挑戦! 完成に5カ月も「笑いのつぼ学べた」 - 芸能社会 - SANSPO.COM(サンスポ)

5月25日放送のNHK情報番組「あさイチ」(月〜金曜前8・15)で、子供のころに発達障害のひとつである「注意欠陥障害(ADD)」と診断されたことを告白したが「周りの支えがあれば、普通に生活できることを知ってほしい」と語った。

そうだねぇ。
周りの支えがあればね。
支えないけどな。
知ってもらって何かなるのかな?
知ってもらっても誰も支えてくれないけど。

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2015年07月02日

アスペルガー症候群 思春期からの性と恋愛

アスペルガー症候群 思春期からの性と恋愛



この本を読んで内容にハラを立てている人がいたので、読んでみた(笑)。

発達障害者の夫婦(多分アメリカ人)が書いた本らしい。
結論から言ってしまうと、役には立たないなという感じがした。
今まで発達障害者に対して恋愛とかセックスに関する指南書のようなものってなかったと思うし、そういうことで困ってしまう人は多いかと思うので、必要なジャンルだと思うのだ。
ただ、実際に読んでみて私が「こういう内容を知っておきたかったな」とか「ためになるな」っていう内容があるかというと疑問。
誰の役にも立たないということではないのだが、具体的な内容なのはいいんだけど「これで役に立つか?」っていうと、いかがなものかと。

旦那が書いた部分と嫁が書いた部分ではフォントを変えてある。
同胞たちはよく「フォントや改行などが変わると全く違う本である」みたいなことを言っていて、私にはよくわからなかったが、フォントが変わるのはダメだなと初めて実感。
嫁の部分のフォントは読めない。
定型発達者にとってどうかは知らない。
多分平気なんだろう。
こうしちゃっているワケだから。
でも、私にとっては非常に読みづらいフォントだ。

旦那が主に書いているのだが、このジェリー・ニューポートさんの文章の問題なのか、翻訳者のニキ・リンコさんの問題なのかがわからないのだが、文体が非常にわかりにくいというか何ていうんだろう?
内容が伝わりにくいというか、私にとっては生理的に受け付けにくい文章。
かなり砕けたしゃべり言葉みたいな感じなんだけどね。
「アメリカ人が書いた砕けた文章」みたいなのが私には合わないのかも知れない。

特に前半だが、アメリカではそうなんだろうけど日本では全く当てはまらない内容が結構ある。
日本ではホームスクーリングなんていう制度は認められていないし。
アメリカでは発達障害者でも自活できるだけの仕事と収入があるのかも知れない。
そのあたりの話はこの本には登場しないけど。
日本の場合は仕事と収入の面でかなり不利なので、特に男の場合は「恋愛」みたいなものに進もうにも、この本で指南してくれているテクニック的なものの問題ではなく、それ以前の段階で踏みとどまってしまうと思うのだが。
しかもその肝心の「テクニック」も日本人相手に通用するのか?って感じだし。

だから、かならずコンドームを使っているという女性でも、ピルは飲んでおくべきだろう。(148頁)

ピル推奨らしい。
私個人の意見としては、例えその後すぐに捨てられようが何だろうが「この男の子供が産みたい」ぐらいの男としか寝ない方がいいと思うが。

ASの男性は、恋愛関係については、女性より不利なんですよね。女性なら、ヘアスタイルと服を変えるだけでセックスの対象として見てもらえます。男性のように、マッチョでなくても許されますから。髪と服と体さえ良ければ、中身は変でもなんとかなっちゃいます。(221頁)

ヘアスタイルと服を変えるだけで?
そんなんでどうにかなるヤツは一握りだと思うけど。
ただ、中身は変でも外見がよけりゃあ何とかなるってのは同意。
特に女の場合はそうだろうな。
でもね、残念ながら発達障害者の女の大部分が「ジャイ子」なんだよね。
あれはまだ若くてもかなり救いがたい。
髪型だの服だのだけではどうにもできない。

発達障害者でも定型発達者のように「思春期」は必ず来るっていう主張の本なワケだが、私は主観的には「思春期」はなかった。
同級生たちが大人に切り替わる不安定な時期を迎えている中、「何だか周囲がどんどん変わっていっているけど何だろう?」って感じで。
だから、今でも物の見方とか考え方は小学生レベルだと思う。
子供の頃から「若さがない」って言われていたから「年寄りじみた子供」だったんだろうけど、多分今でもその頃の「年寄りじみた子供」みたいな感覚しか持っていないと思うんだけど。
てっきり発達障害者って定型発達者みたいな「思春期」はないと思っていたけど(特にアスペルガーは。ADHDはある感じがする)私以外は普通に大人に切り替わっていってるのかな?

発達障害者は詐欺に遭いやすかったりするので、そのあたりのことをちゃんとわかりやすく説明してくれる本とか必要だろうなとも思うけど、この本は役には立たないだろうな。
まだ若い当事者や、その支援者が読むのにはいいようにも思うけど、役に立たなくても知らない。
読みづらいし。

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2015年05月26日

栗原類さんがブログで昨日の番組について触れています

NHK あさイチ どう向き合う? 夫の発達障害(加筆修正)に追記にするかとも思ったけど新記事で。

昨日の番組自体もかなり話題になったけど、タレント(っていう表現じゃない方がいいのかな?)の栗原類さんがカミングアウトしたということも話題になっている模様。
そしてご本人がブログで番組のことを書かれている。

改めて|栗原類オフィシャルブログ「栗原類 の ブログ」Powered by Ameba

僕の行動に関して今まで面白いとバラエティで笑ってくれた方々、
僕が発達障害者だと知ったから”笑っちゃいけない”とは思わないでください。


「かわいそうな障害者だから、笑っちゃ悪い」みたいに思う人がいるってことかな?
私の経験上、カミングアウトをしたら「うらやましい」っていう殺意が沸く反応をされることが多いが、この人は大変外見もよいのでエジソンだのダ・ヴィンチだのを引き合いに出されて「うらやましい」とか言われまくりそうな気もするけど。

栗原さんの件はニュースなどで取り上げられまくりだけど、どうも内容がずれているらしい。
再度確認してみたが、番組内でご本人が言われているのは「ADD」。
でも、ニュースなどで「症状」として言われているのは「ASD」の内容らしい。
部外者から見たら全部一緒ってことでしょう。

このタイミングでキングジムの耳栓が宣伝強化なのか、再注目なのか不明だけど拡散の模様。
私も持っているが、私の場合は不快に感じる音域がカットしてくれない音域なせいか、使ってもあんまり改善しないけど、障害特性や程度によっては非常に効果が高いそうなので、雑音がつらくて言葉などが聞き取りづらいという方は試してみてもいいかと思われ。

キングジム デジタル耳せん MM1000 ホワイト



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2015年05月25日

NHK あさイチ どう向き合う? 夫の発達障害(加筆修正)

NHKで午前8時15分からやっている「あさイチ」という番組で、今朝は「どう向き合う? 夫の発達障害」ってテーマだったので見てみることに。

どう向き合う? 夫の発達障害 【番組冒頭】コーヒーは体にいい!? |NHK あさイチ

出演者
専門家:どんぐり発達クリニック院長 宮尾益知さん
ゲスト:山口もえさん(タレント)、栗原類さん(モデル)
リポーター:瀬田宙大アナウンサー


この番組の中で、栗原類さんが自信の発達障害をカミングアウトされたので、それが早速ニュースとして取り上げられている。
栗原類 「あさイチ」で発達障害の一つADDであると告白 - ライブドアニュース
栗原類、注意欠陥障害を番組で生告白 アメリカで8歳時に発見 (デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース
栗原類、発達障害を告白 8歳の時に判明「人に合わせられない」 (スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース
栗原類、発達障害を告白「周りの環境があったからこそ今がある」 (トレンドニュース(GYAO)) - Yahoo!ニュース

あなたの夫 こんなことしていませんか?
一つの物事に集中しだすと他のことには全く目もくれず時間を忘れてやり続ける。
自分の決めた手順に強いこだわりがあり、それ以外は徹底的に認めない。
ちょっと変わっているだけ?
行き過ぎていてどうもおかしい。
ひょっとしてそれは発達障害かもしれません。


この番組では、どうやら「発達障害かも知れません」という煽り方はするが「他の可能性(人格的な問題)」もあるよって話はないらしい。

実は今、こうしたパートナーの発達障害に悩む人が増えているんです。
先日、横浜市で開かれた講演会にも女性を中心に200人近くが訪れ悩みを訴えていました。

講演会の音声
「結婚した頃からコミュニケーションに違和感を感じておりまして・・・」
「自分が選んだ人(夫)だから不安がものすごくある。越えていくしかない・・・」


こうした夫の発達障害に悩む妻の状態はカサンドラ症候群と名付けられています。
注目されるようになったきっかけは障害のある夫との生活を細かく描いた漫画です。
大きな反響を呼び、5巻まで出版。
10万部を売り上げています。

旦那(アキラ)さんはアスペルガー




旦那(アキラ)さんはアスペルガー―4年目の自立!?



旦那(アキラ)さんはアスペルガー しあわせのさがし方



こんな本があるのは知らなかった。
ていうか、私の場合は関係ないからな。

作者「私と主人みたいな人がたくさんいて、私のように悩んでいる人がたくさんいることで驚きましたし、本当に根深いし無視できないです。」

また、大人になってから深刻な状態を招かないために手厚い検査体制や脳波の測定など障害の早期発見です。
こちらの青年は脳波測定によって障害がわかり投薬など、適切な対応に結びつきました。

医師「異常があればそれを治療してあげれば、結構、落ち着いた生活ができます。かなり発達も伸びる。」

脳波測定って話は初めて聞いた。
そんなのやっている医療機関って極端に少ないと思うんだけど、この取り上げ方だと誰でもそういうのが簡単に受けられるような印象を受けてしまいかねないかなぁ。
実際には普通の診断(脳波測定なんか無しで)でも結構受けるのは大変なんだけど。

発達障害、そもそもは生まれつきで脳機能に偏りがある脳機能障害と言われています。
国内には100人に1人の割合でいるとされています。

(私が数年前に大学で習った時には0.4%って書いてあったから、ほんの数年でものすごい増加だな)

視聴者 福岡県の30代の方
夫に発達障害のような節があり、1から10まで0.01刻みで説明しないとわかってもらえなかったり、どんなに説明しても分かってもらえなかったりする毎日にくたくたです。
どう対処していけばいいのか。


夫の発達障害を考える上でキーワードがあります。

 自閉症スぺクトラム障害
  (ASD)
※自閉症、アスペルガー症候群


ん?
「自閉スペクトラム症」に変更になったのでは?

特徴としては子供のころには見えにくく、大人になってから、しかも結婚したあとに障害の特徴というのが表に出てきやすいというんです。
だからこそ家の中で妻が悩んでしまう、パートナーが悩むということなんです。いったい妻がどのような悩みを抱えているのか、ある女性を取材しました。


主婦 とう子さん(仮名)
2年前にASDと診断された夫と、4人の子どもと暮らす女性を取材。結婚当初は人づきあいなどで夫の不器用さを感じることはあったものの、「真面目でいい人」という印象だった。違和感を感じ始めたのは結婚後で、たびたび向けられる非難めいた冷たい物言いや自分を否定するような言葉に、妻はだんだん追い詰められていき、言い争いも増え、ついにうつ病を発症してしまいます。
その後、長男に宿題を忘れるなどの問題行動が見られるようになったことをきっかけに「発達障害」について知り、専門書などで調べた結果、その特徴がむしろ夫に当てはまると気づきました。そして、検査の結果夫にASDという診断が下ったことで、妻はむしろ、「原因が自分にあったわけではなかった」と、悩みから抜け出す一歩を踏み出すことができました。
発達障害とはどのような特徴があり、家庭生活で困難が生じるのか、実際の夫婦の生活の様子と、専門家の解説を交えて、伝えました。さらに、発達障害の夫と生活する中で、悩む妻が陥ってしまう「カサンドラ症候群」という状態についても解説しました。


アスペルガーとかアスペルガーじゃないとかってこと以前に、この旦那は人格的に問題があるのでは?って思ってしまった。
調味料の順番なんかに強いこだわりがあるみたいで、それをいちいち嫁に言うらしい。
そりゃ嫁もたまったもんじゃないよな。
発達障害がどうこうじゃなく「それで傷つくオマエがおかしい」っていう発想(これは障害由来ではないと私は思う)が問題なんじゃないかと思うけど。
食器の位置から漢字の読み方までいちいち非難するのか・・・。
発達障害者がこういうものだと思われると迷惑だな。
そりゃ嫁もうつ病になるわ。

今日のゲストの栗原類さんも公表されていませんが、発達障害の当事者でいらっしゃいますますね。
栗原「アメリカにいた頃、8歳の時に注意欠陥障害でADDと言われました。昔から僕の担任の先生が親に言語的な問題もそうだったんですけれど、アメリカに引っ越したばかりで英語がわからなかったんですけれど、行動的な場面もちょっとおかしいと思ったから親に診断されてみるのはいかがですかと言われて、それで初めてADDと診断されました。」
「人とはちょっと違うような。例えば、ゆらゆら揺れるんじゃないけれど、人に合わせられなかったりとかVTRにあったように決め事とか家を出る時間はぴったりとか、水を飲まないと授業に出ないとか、こだわりがありました。」

柳澤「診断されたときに自分では精神的にショックでしたか?」
栗原「その時には子供だったので深く考えていませんでしたけれど、今、早期診断されて自分の弱点とかできること、できないことが主治医とか親に言われてよりわかりやすく言われたと思っています。」
井ノ原「小さいころからわかっていたから乗り越えられる部分もたくさんあったということですね。」
栗原「そうですね。周りの環境、親とか主治医とかいろいろ言ってくれたり周りの環境があったからこそ今があるのかなと思っています。」
井ノ原「それで考えると大人になって、結婚するまで気が付かなかったりということは大変なことですよね」
栗原「そうですね。VTRにあった幸夫さんが例えば食事の位置とかこれじゃないとダメと僕もすごくよく分かって冷蔵庫にお茶はいつもは一番横に置いてあるんですけれど、そこに置くべき場所に違うものが置いてあったりすると、別にいいんだけれど何か気持ち悪いという感じで、戻してしまうという感じがしています。そういうこだわりが今でもあります。」
柳澤「世間では几帳面と言われるような感じもするんですけれどね。」

実際に、とう子さんのご家庭で夫の幸夫さんが行っている行動です。
VTRにもありましたけれど

1.ストレートな言動
自分がそう思ったから正しいと思ったから、その言葉をそのまま伝えてしまう。
2.変化が苦手
この時はハサミを探していたんですけれど、本来は自分から向かって一番左側にハサミがあるハズだと思っていたんです。
でもこの時は、たまたま右側にあったんです。
目の前にあったのに、そのことに気が付かないで、なんでここにないんだろう。そこだけに集中してしまって気が付かない。あるはずのものがない。
そこに注意がいってしまって変化についていけない。

3.気持ちを察することが苦手
とう子さんが熱を出して体がつらい。
なかなか言えないから夫に察して欲しいと行動の現れとして、たまっていた洗い物をせき込みながら一生懸命洗っていたんですけれど、先ほど言っていたようにつらいから手伝ってほしいとか助けてあげようかとか思いやる気持ちが欲しかったんですけれど、そういう言葉がなく気持ちを察することが苦手。

これは嫁が悪い。
察してとかじゃなくちゃんと言え。

瀬田「自分にも思い当たる節があるということは、ゲストのみなさんもおっしゃっています。どう違いますか?」
どんぐり発達クリニック院長 宮尾益知「まずストレートな言動ですけれど、誰でもそうですけれど一瞬、感じるんですよね。一瞬感じるんだけれど、これを言うと相手が傷つくんだという言動は言わないですよね。だから気が付いたことをそのまま言ってしまう。それはストレートな言動なんです。それともう一つは言ってもいい場所と言ってもいけない相手がいますよね。そこまで配慮がいかないということです。」
「2番目の変化の苦手というのは基本的には自分がとこに置いたのかということはカメラで写真を写したかのごとく覚えているんです。この中からなくなってしまっているということが、実際には自分ではわからないんです。映像がないから。ただ、映像がないということもそうなんですけれど、逆に言うと部屋の中はぐちゃぐちゃでもいいんです。写真を撮ってどこに何を置いてあるかということが残っていれば、それを探すことは簡単なんです。むしろ整理をしなくてもいいから、ぐしゃぐしゃになってしまうんです。」
「(3.気持ちを察することが苦手)実際には自分がどうしたらいいのか。病気になっている人がいますよね。病気を治すのはお医者さんですよね。それから養生すればいいですよね。自分は何をしていいかわからないです。洗い物をしているということは、できているんだから、自分で。やらなくてもいいだろうということなんです。」
「つらいから寝ていればいいのに立ってやっているから大丈夫だと思ってしまうんですよね」
「そのとおりです。私は熱があって今、一生懸命やっているんだけれど、手伝ってほしいと独り言を言えばいいんです。ト書きを出せばいいんです。お芝居だと考えてそこでト書きを出せばわかるんです。」


感覚過敏
音や光などの刺激に対して異常に敏感に反応する。


宮尾「感覚過敏というのは非常に重要な新しい診断基準になりました。2000年ぐらいからです。砂や粘土を触るのはダメだとか、洋服を着た時に背中にあるタグが気になるとか、食事のときに食べるものの食感ですよね。食感がダメだとか。通常は部分的にはあるんですけれど、程度がやはり強いんです。それが偏食につながったりします。」
栗原「実は僕も小さい時から音の感覚は過敏でアメリカにいた頃は普通に音楽や音の授業は参加できていたんですけれど、日本の小学校や保育園の時は基本的にアメリカと違って正しい音程や正しい発声で歌うことを教えていなくて、どなったりガヤガヤ歌うような。『きらきら星』とかも完全に元気がいいように歌うというのがいいというふうにされていて、それに我慢できずに耳をふさいだり教室から逃げ出したりということが結構あって、それで僕が何度も先生に怒られて親が『アメリカでは普通にきれいに歌っていて参加できていたのに問題なかったんですけれど』と言ったら、先生が親に『楽しく歌う子供を批判するんですか!』と逆ギレされて、僕が歌を楽しむ情緒のない子供とみなされてしまって、すごく毎日がストレスで、小さい頃。テレビの大きい音とかすごく苦手で、今でもそうですし、人の大きい声がすごく苦手です。」

視聴者 石川県から
アスペルガー症候群の診断を受けています。
診断にたどり着くまでの苦難の年月と現在進行形の苦痛に健康を保てません。
主人に合わせた対処をしても子育てのように成長が見られないので自分の平常を保てる神様のような心が欲しいです。

診断が出ても、嫁が一方的に旦那に合わせいてたってうまくいくわけがない。
アスペの旦那自身も、ものすごい努力をして初めてなんとか双方の努力でやっていけるものだろうから、そういう気のない旦那とは別れられるなら離婚を推奨する。(個人の意見です)

夫婦の間で話し合っても折り合いがついていればいいんですけれど、実際にうまくやっていると思いますけれど、それがちょっとクエスチョンマークでは済まなくなってしまうと女性はどうなるかと言いますと、そういった夫への不満が募って結果的にそれを誰に言っても理解されないという状況が産まれてきて孤独になってしまいます。そういった状態を新しい言葉でカサンドラ状態と言っています。
7年前に海外でできた言葉で、ここ2年ぐらい日本でも知られるようになってきました。
あくまでもこういった状況から女性たちを救い出すためにできた言葉です。
実際どうすればカサンドラ状態を抜け出すことができるのか。
悩んだ末に一歩踏み出した女性を取材しました。

この日、集まったのは夫のASDに悩む妻たち。
月に一度、都内で開かれているASDの情報交換会です。
スタートして2年。
悩みを共有し、具体的なアドバイスを得ようと延べ700人が参加しました。
会を主催するのはASDの夫と結婚して20年になる、SORAさんです。
SORAさんの司会でそれぞれの状況や思いを語り合います。


参加者の女性
「夫は未診断なんですけど、ほぼアスペルガー。困っているのはもう20年ぐらい。子供に対処するように夫も育ててきて、もう大人なんだから自分でやってよって」
「人をひとり変えていくのは大変なことだよね。」
「(夫は)『立派なご主人よ』と皆さんに言われるタイプ。ところが家にいると何を話しかけても、あまり価値のないような話だと無視してテレビとパソコンをずっとやっているイメージで『無視したでしょ。くだらないとダメなの?』と言うと『確かに(家族を)見下しているところもあるかも知れない』と言う。」


半年前から参加している ともさん(仮名)
「夫は1歳下なんですけれど『永遠の5歳児』といった感じで・・・」
夫はASDの診断は受けていませんが、疑わしい言動が数多くみられるといいます。
例えば物事への強いこだわり。
パンを買う店、調味料の使い方、味付けなど、常に細かい指示があります。
また、子供のような一面もあり、時には駄々っ子のように怒るという夫と13年間、暮らしてきました。
「(周りから)『人は変わらないから自分が変わるんです』と言われる。でも、これ以上どうしたら?」
「『見方を変えればいいんだよ』と言われるけれど、見方を変える?どうしたら?」

参加者の女性「自分を変えれば、見方を変えれば、何が出てくるかというとそういうわけでもない。」

周囲に理解されにくい悩みも、同じ境遇の人と共有できると、ともさんにとって救いになっています。

ともさん「それぞれ夫のタイプは違うけれど1言われて10、下手したら大げさかも知れないけど100わかる感じ。(話を聞いてもらうと)すごく楽になりますね。」
ともさんにはもう一つ、心の支えになっているものがあります。


ここで先ほども紹介されていた「旦那さんはアスペルガー」というマンガの本が登場。
ASDの夫の行動や夫婦での生活についてユーモアを交えたエピソード。
妻として抱える悩み。
さらにASDとうまくつきあっていくヒントまで、マンガでわかりやすく描かれています。

こうしたマンガや情報交換会と出会ったことで、前向きになり始めたともさんは最近、夫に対してASDを疑っていること、そして自分が悩んでいることを少しずつ伝え始めています。
「『気持ちの持って行き場』がなくて苦しんでいる奥さんがたくさんいる。」
この日も夕食後、マンガを見せながら語り出しました。
「私自身も結構、摩耗したところもあったの。それは一体何なのか。『発達障害』という見解もあるなと思って。今までは、私は全部胸に秘めてって言うか、私が買ってに思いついたことだから、言うことではないっていうところもあったけど、こういうことも全部あなたに言って・・・」

「お互い夫婦でもわかってない人も多いんでしょうね。そういうことだよね?」
ともさん「何度も言うけれど、それは悪いことではない。もしかしたらそうなんじゃないかと。それは一つのカテゴリーだから」

障害について語り合うことで夫の方にも情報交換会に参加してみたいと言うなど、気持ちの変化が表れてきています。

「言われてみれば(私は)確かに細かい。他の男性と比べても、ちょっとこだわりがありすぎるのかなというのもわかって。直すところは直さないといけないと思うので、そういう(障害の)話も聞いてみたいなと」

こういう物分りのいい旦那って滅多にいないだろうなぁ・・・。
番組では一度にこういうことを旦那に言ったんじゃなく、段階を踏んで最終的には「提案」という形で告げましたよってことだけど、それでも本人に「嫁に歩み寄ろう」みたいな気が全くなくて「自分が全部正しい」みたいな人は絶望的だと思うが。
まあ、多少はテクニックってのはあるのかも。

宮尾「今日出てきている例は、みんな旦那さんがちゃんと認めてきちんとできているんです。ただ、私たちが扱ってきたというか対応してきた旦那さんたちの中には、われわれがそういう状態の話をしても全然受け入れられない人がいて、カウンセリングしていくと旦那さんの方がだんだん鬱になっていって自分が社会的にできないのではないかということをおっしゃる方がいるんです。カウンセリングを打ち切った方もいらっしゃいます。」
「旦那さんの話ですけれども、男の人が多いんですか?」
「男性か女性でいうと男性の方が強く出る傾向があるということですね。女性は共感能力が高い。男性は低いです。あまり共感してもらわなくても大丈夫なんです。」
「だから気づかれないケースが多いということなんですね。」

瀬田「伝えていく、でも伝え方をどうすればいいんだろう。あと宮尾さんから指摘があったように場合によっては伝えたことで悪い方に向かうこともあります。慎重にしなければなりませんが、カサンドラ状態を考えた時に、一つ、夫の側の気づき、自覚というものも大事になってくる。これは間違いありません。どうしていくかということも考えていかなければいけないんですね。」
栗原「VTRで出てきた人たちは自分も自覚しているというのがありましたが、やっぱりそれは昔からの育った環境とか周りの理解があったからこそちゃんと自分も少しずつだけれども、理解しているというのは関係しているんですか?」
宮尾「とっても関係していると思います。だからおそらく出てこられた方たちは自分自身がしっかりされている方ですね。だから逆に言うと本当に褒められてしか育ててもらえなくて、超エリートの道を歩んでいる人たちは弱いですね。特に日本の男性は自分自身に立ち向かうというところが弱いので、やはりカサンドラとうのは海外の言葉ですけれどもだいぶ違うような気がします。男性が全部、立ち向かってきっちり自分を認めるというようなカウンセリングとかもちゃんと受けるんですよね。一緒に夫婦で闘っていけるというか、歩んでいけるんだけれども日本の場合は気づいてもらうのも、ちゃんと気づかせなければいけないし、というところがあるんですね。」
有働「日本の男性は立ち向かわないんですか?」
宮尾「だらしない、と思っていてね。日本の男性は。日本の男性は外の世界で頑張ればいいんだというふうに言われていました。」

そういった意味でも気づきが重要だと言いましたが、最初に取材さしていただいた夫婦を思い出してください。
診断から2年、様々な模索を続けた結果、二人は変わってきています。
診断のあと発達障害について夫婦で学んできた、とう子さん。
そこから夫婦で話し合い夫の特性とうまく付き合いながら生活する工夫を始めました。


1.夫へのお願いは明確に
範囲や数、目的をはっきり伝える。
2.役割分担を決める

お互いに話し合って、模索だと本人たちはおっしゃっていましたが、解決の道というよりは、まだまだ模索を続けたいと言っていました。
気づいたことによって一人で悩んでいた妻は笑顔が戻りました。
今後も気づきを二人で続けていきたいということです。


この旦那の性格が悪いと思っていたけど、そうじゃないのかなぁ?
周囲に甘やかされすぎてきた?

視聴者 兵庫県から
夫も娘もアスペルガー、ADHD。
会話が噛みあわず、他人の気持ちを理解するのが難しいので、家族でいてもいつも独りぼっちな気分です。
病気とはわかっていても割り切れない日々です。


30代の方から
夫がネット上の診断などで調べると当てはまる項目が多いのではという気がします。
プライドの高い夫です。
私が下手なことを言うと腹を立てたり傷つくのではないかと思いやめています。
そのぐらいのことは誰にでもあると思ってあきらめることしかできないでしょうか。


有働「宮尾さん、夫がそうじゃないかというふうに気づかせるかどうかというのは、どういう判断をしてどういうふうに伝えればいいですか?」
宮尾「社会性をどうやって獲得したのか、その人たちの経験を見ると、社会の中で損得でやったんですね。自分で得になるような行動をとってきた。損をした行動は次からやらないということなんです。だから家庭の中で、夫が奥さんが喜ぶ行動をすると、どれだけ旦那さんが得をしたのかというようなことを明白にしていければ一ついいんですね。それからもう一つは今日はお子さんの話は出てこないですけれども、外で働いている時と、家の中で夫でいる時、父でいる時、全部対応の仕方が違ってくるんです。そこも明確にした方がいいです。もう一つは自分が反対側に立てば必ず理解できる人たちなんですよね。こちら側からは、相手の気持ちはわからないけど、相手の立場になればいいです。極端に言えば奥さんがストライキしてしまって旦那さんが一人でやらなきゃいけないというふうになると、あるいは、その時に旦那さんが病気になってしまえば病気になった奥さんの気持ちがわかります。非常手段としてそういうのが一つあるかも知れません。できるだけ得になるような話し方をすればいいと思います。」
柳澤「障害という言葉で表現しなければいけないのかなという気がします。他にはないのかな?」
宮尾「結局、もともとのアメリカで使われていた『障害』という言葉は社会的にうまくいかないというような意味の『障害』なんです。」
井ノ原「社会的にはうまくいっているわけですよね。家庭ですよね」
瀬田「実際に取材する中で、様々な意思の方とお会いしましたが、診察の時には、この言葉を使わないで『発達障害的特性』とか『発達凸凹』と言って『得意なもの苦手なもの、それぞれあると思いますが、凸凹した状態が極端に減っている、あるいはたくさんあるよ』というのを示して、可能な限り障害という言葉を使わないで診断したり伝えるように心掛けているということでした。」
有働「言葉の伝え方は栗原さんは、どのように思っていますか?」
栗原「全然何とも思わなかったです。昔から自分自身も自分の症状とかもわからなかったので、先生とか親とかの人たちの理解も困っていたりしたんですけれども、小さいころに見たアメリカのアニメーションの映画で魚が主人公の映画なんですが、登場人物が僕が『すごい面白いね』と母親に言ったら『類も同じような症状なんだよ』と言って、その映画を見て、自分自身初めて向き合うといういい題材だったのかなと思います。客観的に自分のことや症状を改めて深く考えられるようになりました。」
井ノ原「その主人公が周りでどのように思われているのか、誰がどのように困っているのか、自分に照らし合わせて考えることができたっていうことですか?」
栗原「そうです。より深く、自分自身のことも分かって、それ以降、自分が起こした言動とかミスとかも親がちゃんと言ってくれて、自分のADD、そういう部分なのかなと意識できるようになりました。」

発達障害は、障害そのものを完全に治療することはできなくても、周辺の環境を整え、本人も自覚を持って生活していくことで“適応することのできる”ものです。
発達障害の発見には、障害の特性について細かく調べる「問診」に加え、睡眠時の「脳波」を測定する方法などの研究が進んでいます。発達障害の場合、感情の抑制や物事に集中するときに働く前頭葉の神経に異常をきたしている場合が多いと言われています。その結果、通常の睡眠状態を得にくくなり、衝動性や不注意など、発達障害の特性が強く出てしまうということがあります。
取材した青年は、睡眠の質をよくする薬を飲み始めたところ、生活改善が見られ、得意の理系の勉強に集中して取り組めるなどのよい変化を自覚できるまでになりました。
早期発見の重要さについて考えるともに、スタジオでは、1歳半の時点で発達障害かもとチェックするポイントや、サポート的な手段としての投薬のあり方について情報提示を行いました。


丸さん一家が紹介される。
その息子が3年前にASDの診断を受け、投薬によって状態が安定している。
薬を飲むようになって叫んで暴れることがなくなったらしい。
診断で睡眠の時の脳波を調べたらしい。
こういう種類の検査をやるっていう話は聞いたことがない。
レアケースかと思うのだが。
で、薬っていうから精神安定剤みたいなヤツ?と思ったら「睡眠を助けるお薬」だそうだ。
睡眠導入剤みたいなヤツかな。
それで眠りのリズムが整ったので昼間の活動が活発になってイライラしなくなったっていう。
思っていた「お薬」とはちょっと違った。
でも子供の頃にそういう薬飲んで大丈夫なのかな?
そのまま何もしないでイライラしたり暴れるのよりは、いいってことなのか。

早期発見のポイント

模倣
例えば赤ちゃんに何かをするとブブブというとバブバブと返ってきます。それが実際にないんです。
共同注意
お母さんが見ているものに対して子供が興味を示す。自分の知り合いが車の中に乗っている、それを見ていると子供はお母さんはどうしているんだろうなと思う。
感覚過敏

この三つが一歳ぐらいまでに全部そろっている場合には疑う。

地域ぐるみで支える
発達障害のある人たちの生きづらさを解消するために、今後必要となってくるのが、「地域単位」での支援です。家族や医師だけではなく、さまざまな機関がつながることで、一人の子どもが成長して就職するまでの環境を整えることができます。
岡山県倉敷市では、5年前から小児科の医師が中心となって「倉敷発達障がい研究会」を立ち上げました。メンバーは保健所や児童相談所、教育委員会、福祉施設など200を超える組織で、年に4回開催する会合を通して、横のつながりを構築してきました。また、最近新たに商工会議所が加わり、地元の中小企業が参加し、発達障害がある人の能力をどう生かしていくか、ノウハウの構築を始めようとしています。


栗原「早期発見によってより家庭的な面もそうですが、社会に出るというときにも、より自分自身も整えやすくなるのも大きいですし、テレビで取り上げられる障害は天才や著名人の名前とかを出したりするから、それを見ている人は僕は発達障害と障害のある人に、実際に相談しにくいと思うんですけれども、周りが理解してくれるような環境がもっと整ったらいいなと思います。」

栗原「僕も本当に小さいころから、感覚過敏が理解されなかったりとかアメリカにいた時は先生や周りの同じクラスメートとか自分の症状のことを理解してくれたんですけれども、日本の場合は何か先生が説明しても僕が同じようなミスをすると『また類かよ!(怒』と冷たい目で見られたりすることが多かったので、本当に周りの環境とか先生とか、信頼している主治医との相性とか、それも出てくると思います。周りの人がちょっとでもいいから理解して欲しいとすごく思います。」

視聴者 神奈川県30代の方から
今年に入って結婚した夫が、籍を入れた途端、態度が豹変。アスペルガー症候群かも知れないと、一昨日気づきました。私を動物の名前であだ名をつけ、家のみならず、外出先や実家などでも大声で呼ぶ。「動物は可愛いから問題はない。気にする方がおかしい」との事です。私が体調を崩して横になっていると、「こんな体の弱い人間だとは知らなかった。騙された!」と言えを追い出され、電車で眠る事もありました。=中略=アスペルガーだと私は確信していますが、本人のプライドもありますし、言い出せません。どう受診を勧めていいか、もしうまくいってもその治療でどの程度の効果があるのか。天秤にかけて悩んでいます。

えっ?これってただの性格の悪いバカでは?

宮尾「まず自分が受診するというのはとても抵抗があるんだと思います。自分で問題があるとあまり思っていらっしゃらないと思います。逆に言うと奥さんが少しでもよくなるために、旦那さんとして、手伝ってあげることがないだろうか、どんなふうに考えればいいのかということ。あらかじめ医者と打ち合わせをして来てもらってその場で話をしてもらうということがとてもいいと思います。」

まあ、心理検査とかやってもらえばシロクロつくんだろうけど、こういう場合パーソナリティ障害だったり、単に人格的に未熟なだけだったりっていう可能性もあるよねみたいな話は無し?

大人の発達障害の当事者の方は
・発達障害者支援センター(各都道府県/相談員常駐)
妻の側の立場の場合は
・配偶者のための自助会(東京、神奈川、名古屋、大阪など)
NHKに問い合わせても、取材でご協力いただいたところを口頭でお伝えすることはできます。


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2015年01月30日

福祉パスをシーサイドラインで使ってみた

金沢シーサイドラインってのがある。
今まで、滅多に乗る機会もなかったんで、どこからどこまで走っているとか全くわかっていなかった。
で、横浜市の特別福祉乗車券(福祉パス)を使える!ってことで使ってみたワケです。
実は、シーサイドラインで使えるってのは知らなかったんだよね。
たまたま全然別のことを調べていたら、使えるってのにたまたま気づいて、よくパスの裏側の細かい文字(細かすぎて見えないよねぇ)を読んでみたら

7 金沢シーサイドラインをご利用の際は、乗車当日、新杉田駅・並木中央駅・金沢八景駅の窓口で本券を提示し、往復の乗車券を受け取ってください。
また、他の駅からご利用の際はインターホンで係員のお申し出ください。
※本券で直接乗車できません。


地下鉄に乗る時みたいに、パスを見せて通過っていうんじゃないんだねぇ。

割引乗車券のご案内 | シーサイドライン
これの下の方に、無人駅でのやり方なんかが詳しく書いてある。

で、新杉田駅に行ってみた。
駅員がいるので、窓口に行って往復の乗車券を受け取ろうと思ったワケです。
往復の乗車券をくれるっていうことは、なんていう駅まで行くかを言わなきゃいけないかな?と思っていたけど違った。

IMG_1159.JPG

パスを見せると速攻、この切符を二枚くれる。
なるほど。
これはどこで降りてもいいワケですね!
あんまりパスを使う人がいないと駅員も不慣れだったりするだろうから、窓口で「わからん」とか言われたらどうしよう・・・なんて思っていたけど、私の前にもパスを持った人がどんどん通っていて、慣れた感じですぐに切符をくれた。


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2015年01月27日

「君が僕の息子について教えてくれたこと」のDVDが発売されます

以前紹介したNHKで放映された番組君が僕の息子について教えてくれたことのDVDが2月27日に発売予定だそうです。
特典映像としてデイビッド・ミッチェル氏のインタビューが予定されているそうです。

君が僕の息子について教えてくれたこと [DVD]



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2015年01月18日

障害者は生きているだけでみんなに感動を与えられるんです!!!

障害者は「感動ポルノ」として健常者に消費される--難病を患うコメディアンが語った、"本当の障害"とは | ログミー[o_O]

すごくいい内容だなと思った。
私自身よくわかっていないというか曖昧な感じでいたことを、かなり明確に提示してもらえている感じがする。
先日テレビで取り上げられたラッパーのGOMESS(ゴメス)氏に対するファンの反応とか、そもそもテレビで取り上げられたということも「それがなぜなのか」っていうことに関わっている内容かと。

「感動ポルノ」のわかりやすい例が「24時間テレビ」かなと思った。
24時間テレビにナメられてしまっている障害者の現在地 | Plus-handicap

障害者ってのは健常者を「いい気分」にさせるべく「消費」されるものだというのが現状ってことで。

私が職業訓練に行っていた時、多分私と同じ種類の障害を持っている人なんだろうけど、すばらしく性格の悪い人がいた。
まだ二十歳ぐらいの男なんだけど、見た目もかなり残念な感じで、障害特性のせいで仕方がない部分もあったけど、とにかく周囲を不快にさせるような言動連発。
周囲を不愉快にさせるかどうかってのは、所詮は表面だけのテクニックで大部分がカバーできる種類のものなので、まだ若いんだし教えてあげようかなと思わないでもなかったけど、本人に「改善しよう」って気がないとダメだし、そもそもすごく魅力がないというか関わり合いになりたくないタイプだったんでやめておいたけど。
ああいう人って、当然マスメディアも取り上げないし(何の才能もないし、見た目もアレだし)、周囲から「この人、すっごく感じ悪い」って思われて一生生きて行くんだろうなぁ〜程度に思っていた。
でも、利用価値(っていう表現は失礼かとは思うが)が実はあるのかも!
ああいう人は「感動ポルノ大好き」なタイプの人たちの気持ちを粉々にするパワーというか能力があると思うのだ。
まあ、私自身、かなりのカスっぷりを発揮しているので、十分その素質アリかとは思うけど。



この記事からはステラ・ヤング氏のことがよくわからなかったけど、オーストラリアの人で、昨年12月6日に、32歳で突然亡くなったらしい。

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2015年01月13日

ハートネットTV 言葉に傷つき 言葉に救われる ―ラッパー・GOMESS―

1月12日の放送で、発達障害者のラッパーが紹介されていたので見てみた。

ハートネットTV:ブレイクスルー File.21 言葉に傷つき 言葉に救われる ―ラッパー・GOMESS― - 2015年1月12日の放送 - NHK福祉ポータル ハートネット

第21回の主人公は、ラッパーのGOMESS(ゴメス)。10歳で広汎性発達障害と診断され、いじめ、ひきこもりを経験したゴメスのラップは鮮烈。「僕は、人間の器に入って生まれ育ったエイリアン」と言い、孤独の世界を生きていると叫びます。

今回、番組で取り上げられるのはラッパーとしての才能のある発達障害者の青年ってことで。
もっと才能が何もない大多数の発達障害者の方を取り上げて欲しいなと思うけど、それだと番組にしづらいよな。
この番組を見て「発達障害者は必ずみんな何かしらのものすごい才能がある」っていう誤解が拡大しませんように。

あい



多分これだと思うんだけどね。
確証はないけど。

GOMESSさんは「広汎性発達障害」という診断を受けているということしか語られず、具体的にどういう内容かとか、障害者手帳を取得しているのかとか障害年金を受給しているのかみたいな話は全く出てこない。
ただ、ラッパーとして活躍している様子とか、パニックを起こしている状況とか、そういうのが流される。

ラッパー仲間とやらがGOMESSさんを訪ねてきて、ラップで会話のようなものを展開する。
ラップでの会話ではGOMESSさんは非常に多弁だ。
撮影スタッフから「普通に会話するとどうなるんですか?」と言われ、GOMESSさんは答える。
「口数が10分の1ぐらいになります」
仲間(おそらく定型発達者)は「俺は逆に増えるかな」。
GOMESSさんは「人の気持ちを考えて会話をするのが苦手だ」というふうに理由を説明していたが、私はラップなんぞの才能はないだろうけど、確かに「普通に喋る」ってのはかなり負担が大きいことだ。
番組とは関係なく単なる私の考えだけど「普通に喋る」ってのは内容はもちろん、タイミングとか声の大きさとか、いちいちすごく考えながらやらなきゃいけないんだよね。
まず内容が、思ったことを言えば「ひねくれている」「悪意がある」「わがまま」って叩かれるのがわかってしまっているので「これを言って大丈夫だろうか?」ってまず考え考え言う。
しかも自分の気持ちみたいなものって捉えにくいから「どう思う?」「どう感じる?」って訊かれて即答をするのも難しい。
即答しないことに定型発達者たちは容赦がない。
「即答しない」ということを「拒否の意思」みたいに捉えているように思う。
そしてタイミング。
ずれると笑われたりする。
「即答しなきゃ」っていうものすごいプレッシャーみたいなものがある状況で常にいるが、かといって、変に早すぎてもダメなのだ。
声が大きすぎれば笑われる、バカにされる。
小さいと「声が小さい」と言われる(当たり前だけど)。
「普通に喋る」ってのは本当に難しいことだ。
その上聞き取るのも大変だから、よけいにしんどいんだけど。

ライブに出演した後、パニックを起こしてしまったGOMESSさん。
その時にちゃんと障害を理解している人が対応をしていたのだが、やっぱり周囲の協力ってのは必要なんだよなと。
見た目や障害特性上「可愛げがある」タイプの人は、比較的周囲の協力が得やすいだろうし、彼のように何等かの才覚がある場合も同様かと思われるが、周囲から「性格が悪い」と誤解されがちで、見た目も残念で何の才能もないと、まず協力してくれる人っていないだろうな。
って、現に助けてくれる人もいない私は思うワケだが。

私はラップというものに興味もないし、GOMESSさんのラップのクオリティが高いのか低いのかは知らない。
ただ、全然いいと思わなかった。
レベルが低いとか、内容がよくないとかっていう意味ではなく、単に私の「好み」には合わないなっていうだけのことなんだけど。

ファンの人が「自閉症だから」とかっていうことに関係なく好きだから聞いてるんじゃないか、って声があるけど、確かにそういう人もいないってことはないと思う。
でも佐村河内さんの件を考えると「障害者なのにすごい」みたいなのが意識的にしろ無意識的にしろ、ある人が大部分かなと思うんだけど。
どうなんだろうね?
私はもう「障害者側」からしか見ることができないからわからないんだけど。
あ〜最近、他の方のブログで書いてあった
「他の人も辛い状況を生きている」とか,あるいは「自分よりもっと厳しい状況で頑張られている」と感じられるようになると,なんだか気持ちが少し軽くなったり,励まされる思いがしたりする
ってのがあったな。
私はそういう感覚が全くないから、わけがわからないけど、佐村河内さんのファンだった人や、GOMESSさんのファンは「こんなにつらい状況でもすごく頑張っている!」みたいなので励まされる気になるっていうことか。
うん。
私には多分一生理解できない感覚だね。

見逃しちゃった!という方は再放送が1月19日(月)午後1時5分〜1時34分にあります。

D.I.Y. -MEMORIES AND WINTER-



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2014年12月24日

発達障害や精神病には遺伝子が関係しているんです!

自閉症、ADHDなど複数の精神疾患に関わる遺伝子の働きを解明 ‐ NCNP | マイナビニュース
独立行政法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)はこのほど、同センター神経研究所病態生化学研究部の堀啓室長、星野幹雄部長らの研究グループが、さまざまな精神疾患に広く関わる「AUTS2」遺伝子の働きを世界で初めて明らかにしたことを発表した。

AUTS2遺伝子っていうのが、自閉症スペクトラム障害(「自閉スペクトラム症」でなく?)、統合失調症、ADHD、薬物依存などの精神疾患、てんかんの発症に関わっているっていうのは前からわかっていたらしい。
その割に「うつ病なんかない」「アスペルガーなんて甘え」とかっていう話がいまだになくなっていないけど。
で、私には難しいことはさっぱりわからないけど、このAUTS2遺伝子がどういうふうに働いてんのかっていうのがわかってきましたよ。って話でしょうか。
「精神病」は治るといい種類のものだと思う。
疾病利得に浸っていて抜け出せない人以外は。
でも発達障害は症状が重くて社会生活に支障が出まくりだったりすると、確かにそういうことが軽減されたりすると格段に楽になるかなとは思うんだけど、なんかイヤだな。

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2014年12月20日

グーグルがゲノム解析を支援:自閉症研究などと提携

グーグルがゲノム解析を支援:自閉症研究などと提携 ≪ WIRED.jp
グーグルは「Google Genomics」で、自閉症者とその家族10,000人のゲノムを解析するプロジェクトに協力する。膨大な解析データを取り扱い研究を前に進めるために、グーグルひいてはクラウドが、どんな貢献をできるのか。

続きを読んでもよくわからなかった。
今後、自閉症者に対して何か役に立つような研究なのかも知れないけど、現時点で人生積んでる私たちにはおそらくなんの影響もない。
この先、むごい思いをする人が減るのはいいことだと思うけど。

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2014年12月11日

ザ!世界仰天ニュース 子どもを守れスペシャル

昨日テレビでディスレクシアについて放送していたので紹介する。
番組の中では「ディスレクシア」という表現ばかり使われていたけど、LDって表記するのも結構一般的だと思うけど。

ザ!世界仰天ニュース

大工の井上智さん(52歳)は、自らが抱える障害についてこう語る。
「皆が出来て当たり前の事が僕には出来へん。
生きていくってものすごい大変。
書かれへんってものすごい大変。
信用されへん。」

1962年、大阪に生まれた井上智さんは、いつも明るく元気で活発な小学生だった。授業で聞いたことの理解も早かったが、文章をすらすら読むことが出来ず、平仮名を書くのもとても苦労した。『ディスレクシア』と呼ばれるこの障害は、視覚・聴覚器官の異常がないにも関わらず、「読み」「書き」のどちらか、あるいは両方の正確さと流暢さに困難のある症状。

智は文字の見え方に問題はなかったが、文字を見てもそれがどんな音を表しているかがスムーズに浮かんでこなかった。


番組では紹介されなかったけど、日本人の場合はひらがなは読めても漢字が読めないというタイプの人が多いらしい。

井上さんは自分が「怠けている」って自分で自分を責めて(その前に先生からも責めまくられているし)、本当に努力をして、しまいには一晩中漢字の書き取りをしたりする。
でも、全然書けるようにはならない。
再現VTRの中では頻繁に先生が「怠けている」と責めているが、テレビだから大げさにやっているんじゃないかなんていう話もネットでチラホラと。
人間の記憶なんてあてにならないものだし、こういったテレビ番組では出演者と後々もめごとになるレベルで脚色されることもあるので、実際のところは不明。
でも、私も実際に経験があることだが、ものすごく努力して「怠けている」みたいなことを教師から言われるのがどれほどつらいかっていうのは、経験のない人には理解できないだろうなと思う。
私は今でも恨んでいるし、あの時殴ってやればよかったと思っている。

運動神経が良かった智は特待生として高校に進学。しかし、進学先は不良のたまり場で、三ヶ月で高校を中退、家も出た。必死に完成させた履歴書でなんとか大衆酒場での職を見つけ、朝から晩まで汗だくになって働いた。メニューや注文を丸暗記するなど努力したが、領収書や注文書を書く際に苦労し、結局辞めてしまった。

次に選んだのは建築現場での内装の仕事。必要な知識は見て、聞いて覚えた。個人的な努力に加え、コミュニケーション能力・空間認識能力・問題解決能力に長けていた智はこの仕事で頭角を現し、遂には独立を果たす。この頃普及し始めたレンタルビデオで独自に漢字を勉強していた智は、車の免許の試験にも一発合格。仕事でも仲間に代筆を頼んだり、当時高価だった携帯電話をメモ代わりに使ったりと工夫を重ねたが、バブル崩壊とともに業績は下降し会社は倒産。


読み書きに困難があることをいろいろな工夫で隠しつつ、努力もしつつ。
結婚しても、そのことは伝えられず。

そして43歳の時、智の人生が変わる出来事が起こる。「怠けてなんかない!」その本のタイトルに興味を引かれ読み進めていくと、そこには自分が体験してきたことと同じことが記されていた。それは「ディスレクシア」について書かれた本だった。自分は怠けていたわけでも、バカだったのでもない。初めて知った真実に、“これまで自分を責め続けてきた時間を返してほしい"と誰にもぶつけようのない怒りが込み上げた。

怠けてなんかない! ディスレクシア~読む書く記憶するのが困難なLDの子どもたち

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「障害だとわかっていれば、こんなに自分を責めずに生きてこられた。」

そうだねぇ。
私もこの人も年代的に仕方がなかったって言われればそれまでだけど、周囲から責められて、自分でも自分を責めまくって、それがどれだけつらいか。
井上さんは「時間を返して欲しい」って思ったようだけど、私は責めていた人たちを「殺したい」って思ったねぇ。
確かに殺しても何にも意味がないけど、時間を返してもらえた方がいいね。

ディスレクシアに詳しい大阪医科大学LDセンター顧問の竹田契一氏登場。
文部科学省の調査では小学校の通常の学級に在籍している子供たちの中で、読み書きが困難な子供が4.5%。
その中でディスレクシアは多分1%。
病院で見つけることではなくて、教育の問題。
専門家のチームが各都道府県にいて、巡回相談で各学校をまわる。
「そういう特性を持った子と捉えて欲しい。障害ではないんです。」

この部分ね。
ちょっと話題っていうか問題になっているの。
「障害ではないんです」
脳の障害だと思うんだけどな。
違うの?
「特性」と「障害」の違いってのがようわからんけど、脳に障害がある時点で「特性」じゃないと思う。
それともディスレクシアって「脳の障害」ではないっていうことなのかな?
そもそも「どこからが障害」みたいな線引きなんて、障害認定なんかに必要になるから基準を「作る」だけで、あってないようなものだけど。
欧米では「障害者」のはずの佐村河内氏が、日本では「健常者」になるっていう。

番組では現在の子供たちが受けているサポートについて紹介。
読み書きが苦手な子供に勉強方法を教える「ハイブリッド・キッズ・アカデミー」。
iPadを使って学習をさせる。
テストなど紙に記入する場合、専用アプリで取り込み、答えを入力する。

番組の中にも何度も出てくる言葉だけど「やればできる」っていう言葉って残酷だよね。
井上さんはすげーやってるのにできないっていう。
私もそうだったけど。
「やればできる」ってことは「やっていないからできないんだ」ってことだもんね。
「やってるよ!」って言っても、結果を出せていないと、誰も認めてくれない。

なぜか番組では紹介されなかったが(しかもなぜかAmazonでは取り扱っていないし)井上さんは本を出版されている。

この本を書くのは、奥様の助けがあったとは言え、さぞかし大変だったことと思う。

井上さんは本当に努力家だし、人柄もよさそうに思う。
ディスレクシアの人は大勢いるだろうけど、努力家でもないし、人柄も良くない人って大勢いるだろうし、こんな人生を送っていたらどんどん性格が歪んでいって当然だと思う。
転落人生みたいになっている人はきっと、こういう番組には登場しないだろうなぁ。
障害者でも本当にカスみたいな人っているからねぇ(私のことか)。
今回の番組自体はとてもよかったと思う。
こういう障害が存在すること自体を全く知らなかった人たちに、それがどれたけつらいことかとか、どういう内容の障害なのかっていうことを、わかりやすく紹介できていると思うので。
ただ、相変わらず「善良な障害者」しかオモテには出てこないんだなと。
東田直樹氏が取り上げられるように。

私が(多分)ディスレクシアを知ったのは二十代の頃。
当然当時はそんなものがあるっていうのは世間には知られていなかったし、私も知らなかった。
当時、私は保険会社で働くために試験に向けた講習みたいなものを受けていた。
一緒に受けている中の一人がおそらくディスレクシアだった。
講習の中でテキストを音読させられたりするのだが、一人だけ明らかに「漢字が全く読めない」人がいた。
ひらがなは読めるのだが、漢字は簡単なものも全く読めない。
一度だけだが、たまたま帰るタイミングがその人と一緒になり、駅までの十分ほどの道程をその人と話をしながら帰った。
その人は子持ちの主婦だったのだが、会話は全く問題がない。
話している内容が「頭が悪そう」な感じが全くせず。
ずいぶん後になってから「あの人はLDだったのではないか」と思ったワケで。

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2014年12月07日

風邪を引いたような気がするけど、よくわからない件

オマエは自分が風邪引いてんのか引いてないのかもわからんのか?とお思いでしょうか?
その通りです。
ってことで、多分風邪を引いているんだろうと思う。

発達障害だと他人の気持ちがわからないぃ〜みたいな障害っていう認識が主流な気がするが、対象が他人に限定されず「わからない」ので困る。
同じ音や映像を見聞きしても、それを処理する脳に先天的な異常があるのだから、同じように認識することはできない。
ここまではご理解いただけるだろうか?
別にご理解いただけなくてもいいけど。
で、現在絶賛困り中なのが!

自分の体についてもうまく認識しきれていない

っていう。
はぁ?って感じですか。
このあたりが「自分で自分の体に違和感」っていう現象の一因かとも思うけど、今回はそれは置いておいて。

個人差が非常に大きいので、発達障害者が全員私と同じように感じるっていうことではない。という前置き。
私の場合は喉の違和感が
1.風邪などで扁桃腺に異常が生じている
2.喉が渇いている
のいずれなのかの判別ができない。
わかんないんだから仕方がない。
さすがに「痛い」っていうレベルになると「ああ・・・扁桃腺腫れてんのか」みたいな判断ができるのだが、全く区別がつかないので、実際には扁桃腺が腫れてきているのに水をガバガバ飲んで「あれぇ?全然治らない」みたいなこともあった。

私はもともと鼻も悪く、何かの花が咲くとその数日間、鼻水がズルリズルリっていう。
数日前から鼻水が出るけど花粉か気圧か気温の変化か?ってことで、風邪とは結び付けて考えていなかった。
喉もおかしいような気もしたけど、前述の理由でよくわからず。
ってことで、どうやら風邪を引いたっぽいなぁという結論に至ったワケです。

私の場合は痛みも鈍いので「私がこんなに痛いって感じるってことは、定型発達者に換算するとかなりヤヴァいレベル」みたいに考えて、どう対処するかを検討するってことをやっている。
面倒くさい。

自分で自分の感情も把握しづらいし、体の状態も把握しづらい。
すごく不便で面倒くさいけど、どうにもできない。

発達障害でつまずく人、うまくいく人 (ワニブックスPLUS新書)



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2014年11月07日

アタシったらアスペだけど、アスペ同士だったら共感できちゃうんです!

同じ傾向の人に共感 自閉スペクトラム症 福井大など解明:福井発:日刊県民福井から:中日新聞(CHUNICHI Web)

 他人の気持ちを読み取るのが難しいなどの障害がある「自閉スペクトラム症」の人は、同じ障害の傾向を持つ人に共感できることを福井大、京都大などのグループが解明した。五日、英科学誌電子版に発表した。

 自閉スペクトラム症は、自閉症やかつてアスペルガー障害と称された症状の総称。児童精神医学などを専門とする福井大子どものこころの発達研究センターの小坂浩隆特命准教授、京大の米田英嗣特定准教授、金沢大の棟居俊夫特任教授らは、自閉スペクトラム症の十五人に「人付き合いが嫌い」「興味の範囲が狭い」など自閉スペクトラム症の性質を示す文章と、「人と話すのが好き」など症状がない人の記述を繰り返し示した。

 この間、磁気共鳴画像装置(MRI)で脳の活動を調べると、自閉スペクトラム症の性質を示す文章を読んだときは、共感に関わる脳の部位が活発に働いた。一般の人の性質には共感を示さなかった。病気の傾向が強い人ほど、また、共感の度合いが強かった。

 小坂特命准教授は「これまで、一般の人の視点だけで共感力がないとみていた。今後、特別支援学級などで当事者同士が思いを共有する仕組みをつくれば、教育や治療に有効だろう」と話している。


もっと詳しい情報がないかなと思って探してみたけど、47NEWS(よんななニュース)にあったものは更に短いし、これ以上の情報が発見できなかった。
ってことで、この記事の情報だけを頼りに考えてみる。

まず、読んでみて「え?」って感じだよね。
結論がおかしいっていうか。

自閉スペクトラム症の性質を示す文章を読んだときは、共感に関わる脳の部位が活発に働いた。

あくまで「文章」に反応しましたってことです。
他の人が自分と似たような性質を持っているのを見て、それに反応したとかではないです。
どうして動画で見せるとかっていう手段じゃなく「文章」を使ったのかよくわからないけど、定型発達者は「文章に反応する」=「現実のレベルでも反応する」っていう性質を持っているのかも知れない。

今後、特別支援学級などで当事者同士が思いを共有する仕組みをつくれば、教育や治療に有効だろう

ヘソで茶を沸かしてしまうわ!
私もわけがわからなかった当時、定型発達者から苦しめられずに、統合失調症の人たちの「べテルの家」みたいな感じで、発達障害者だけの場所みたいなのが作れたらみたいに思っていたことがある。
でもね、実際には発達障害者同士って定型発達者相手以上に衝突しやすいんだよね。
それとさ、多分大部分の発達障害者って「共感」を欲していない。
定型発達者って「共感されないと死んじゃう〜」みたいな生物なんだろうけど、自分がそうだからって発達障害者も同じだと思うなよ!(激怒

そもそも「自分と同じようなことを考えている」っていう人がいれば「わかる〜」って誰でも思うでしょ?
私たちにしてみれば定型発達者の方が宇宙人みたいなものだから、何を言っているのかわけわからんのだから「共感」とやらをしづらくて当然じゃん。
発達障害者でも自分の考えと同じようなことを言われたら「共感」みたいに感じるって誰でもわかるよね?
この研究結果で何を導き出したいのかが全くわかりません!
この記事に共感できなぁ〜い♪
多分「アスペでも、アスペ同士だったら相手の気持ちを汲み取ったりできるんだよね!」って言いたいんだろうなぁ・・・。
発達障害者がそんなことを望んでいるかどうか疑問だけど。

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2014年11月05日

自閉症の僕が跳びはねる理由―会話のできない中学生がつづる内なる心

自閉症の僕が跳びはねる理由―会話のできない中学生がつづる内なる心



以前紹介したテレビ番組君が僕の息子について教えてくれたことで取り上げられていた本がようやく読めたので感想を。
この本の著者の東田直樹氏の本は以前にも読んだことがある。
風になる−−自閉症の僕が生きていく風景
その時には「ずいぶん自分とは違う」と思ったので、同じ「発達障害」という種類の生物であっても、脳の障害がある部位が異なるなどの理由で(周囲の環境とか、その人自身の個性とかっていうレベルじゃなしに)私とは違うかな?って感じだった。
でも、今回の本を読んで、見方が全く変わった。
同じだねぇ・・・。
すごくわかる部分が多い。
もちろん「全然違うな」っていう部分もあるけど。
自分と同じ種類であるハズのアスペルガーが主題の本でも、ちょっとADHDの話が混ざったりされると「この本で私を理解してもらうのは無理だろうな」っていう部分が多かったりするのだが、この本は私が誰かに自分のことを理解してもらいたいと思った時にも役に立つんじゃないかと思う。
すごく根本的っていうか基本的な部分で、定型発達者とは違う部分が説明されている。
「手記」みたいなのをまとめた本なんかだと、確かに「わかる」部分はあるんだけど、過去のつらかった体験まで思い出させられて読むのがすごくつらかったりするけど、この本を読んでもそういうつらさはない。
全体に文字も少ないし、わかりやすい言葉で書かれているので読むのにも時間があまりかからなかった。

小さい子に言うような言葉使いの方が分かりやすいですか?
 僕たちだって成長しているのに、いつまでたっても赤ちゃん扱いされます。

−中略−
 僕が言いたいのは、難しい言葉をつかって話をして欲しいと言っているわけではありません。年齢相応の態度で接して欲しいのです。(22頁)

私に障害があることを知る前からの知人であれば、私のことを突然子ども扱いなんていうことはないんだけど、職業訓練などで最初から私のことを「障害者」として接する人からは「子ども扱いしているな」と感じさせられることが多々ある。
そのことで腹を立てたりは別段しないけど「この人、私よりはるかに年下だけどな」とは思う。
多分、無意識のうちにやっていることなんだろうと思うんだけどね。

どうして目を見て話さないのですか?
−中略−
 声は見えるものではありませんが、僕らは全ての感覚器官を使って話を聞こうとするのです。
 相手が何を言っているのか聞き取ろうと真剣に耳をそばだてていると、何も見えなくなるのです。目に映ってはいますが、それは何かを意識できません。意識できないということは、見ても見ていないのと同じです。
 僕がずっと困っているのは、目を見ていれば相手の話をちゃんと聞いていると、みんなが思い込んでいることです。
(34頁)

私はさすがに周囲が見えていないってところまではいかないけど、見ようとすると気が散るっていうか、話には集中できないよねぇ。
定型発達者同士だと「目を見ているのは話を聞いている証拠」ぐらいに思っているみたいだけど、迷惑な話だ。
私はそれを悪用?して「話を聞いているふり」をするのは得意になったけど。

どうして言われてもすぐにやらないのですか?
−中略−
 自分がやりたくても、やれない時もあります。体がいうことをきいてくれない時です。体がどこか悪いのではありません。なのに、まるで魂以外は別の人間の体のように、自分の思い通りにはならないのです。それは、みんなには想像できないほどの苦しみです。
(56頁)

定型発達者ってのは、自分の体(っていうか体に命令を出す脳みたいな部分)と、心が一致しているのかな?って思う。
思うだけで実際はどうなのか知らない。
自分では「これやってちゃイカン。切り上げて支度せんと!」みたいに思って焦っていたりする。
私の「体」は、それをガン無視。
そういう自分の体を何とか説得して、言うことをきかせるのがどれだけ大変なことか。

 僕たちは、おかしいほどいつもそわそわしています。
 一年中まるで夏の気分なのです。
−中略−
 時間の流れに乗れない僕たちは、いつも不安なのです。太陽が昇って沈むまで、ずっと泣き続けるしかないのです。
(88頁)

常に落ち着かないというか不安というか。
逆にそうじゃない時ってまずないよねぇ。
だから、それが「普通」な感じかな。

自由時間は楽しいですか?
−中略−
 僕たちにとって自由というのは、とても不自由な時間なのです。
「好きなことをしてもいいよ」
と言われたとします。けれども、好きなことと言われても、何をしたらいいのかを探すのが大変です。
(112頁)

学校の休み時間に発達障害者が孤立して困るって話はよく聞くし、実際私もかなり困った方だから、発達障害者全般に言えることだろうねぇ。
会社の休み時間もやっぱり困るよねぇ。
変な「空き時間」みたいなものって本当に困る。
周りに人が一切いなけりゃあ好き勝手にできるけど、他人が周囲にいる状態で何かできるもんじゃないし、無駄話は疲れるだけだ。

なぜくり返し同じことをやるのですか?
 自閉症の人が繰り返しを好きなのは、自分のやっていることが好きだとか、楽しいからではないのです。
 まるで、何かにとりつかれたかのような態度に驚く人もいると思います。
−中略−
 たぶん、脳がそう命令するのです。
 それをやっている間は、とても気持ち良くすごく安心できます。
 だから、僕らから見れば自分の気持ちに正直で、なんにでも取り組める普通の人がとても羨ましいのです。
 自分の気持ちとは関係なく、いつも脳はいろんなことを僕に要求します。
(124頁)

同じパターンってのは「先が読める」から楽なんだよね。
「決まっている」っていうか。
それ以外のことをやるのってめちゃくちゃ苦痛。
読めないし、決まっていないし。
なにかに取り組もうとするときに、シナリオみたいなものがないと進めない。
「最後まで頭の中で構築されている状態」っていうものになって初めて、落ち着いて取り組める。
子供の頃、おもちゃで遊ぼうとしている時に、途中から他の子供がそれを「貸して」って言って来たり、大人から「みんなで遊びなさい」なんて言われたら、自分が作った「一人で、このおもちゃで遊ぶ」というシナリオの変更を余儀なくされる。
私たちはそれには対応できない。
頑なに「自分のシナリオ」を守ろうとするか、パニックになって泣きわめくか。
どっちにしても「わがままな子」ってことで片付けられる。
私はずっと「わがまま」「自分勝手」と言われ続けてとてもつらかった。
そういうふうにしているつもりは全くないのに。
どうしてそう言われるのか?
何十年も経ってようやく「そういう障害だった」ってわかっても、何も救われない。
本当に大人になってしまってから「どうにかできること」なんて何もないと思う。

この本が私にはとても当てはまるというか、ためになる本だなと思えても、私以外の自閉スペクトラム症(この名称に変更になったハズなのだが、調べても「自閉症スペクトラム障害」どまりなんだけど?間違ってないよね)の人にどの程度あてはまるかは疑問。
考えてみたら、私はとびきり「自閉度」は高いタイプなんだよね。
もしかしたら「自閉度」の低い人だと、あんまりあてはまらないのかも知れないと思う。

私は自分の障害が判明してから、いろいろとできる限りのことはやりつくしてきたつもりだけど、結果的にもう「定型発達者たちとうまいことやっていく」みたいなのはあきらめてしまっている。
もう無理をして「普通の人間のふり」をするつもりもない。
でも、東田さんはあきらめていない。
それでも理解しあって先に進もうとしている。
私も若いころに「自分の障害」を知っていたらそうなっていたかねぇ?

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2014年10月10日

自閉症の大規模臨床試験 来月から実施へ

自閉症の大規模臨床試験 来月から実施へ NHKニュース

他人の気持ちを理解することが困難な自閉症の患者に「オキシトシン」と呼ばれるホルモンを投与し、コミュニケーション能力の改善を目指す大規模な臨床試験を金沢大学や東京大学などのグループが、来月から始めることになりました。研究グループは、効果が確認されれば、薬としての承認を目指す「治験」を行う予定で、自閉症の初めての治療薬になる可能性があると期待されます。

スペクトラムも対象になるのかな?
他人の気持ちを理解することが困難かどうかっていうのは、知能とはあんまり関係ない気がするから、スペクトラムでもすげーダメな人もいそうだけど。
私みたいにミラーニューロンが死んでいると、あんまり効果がない気もするし、こんなんで簡単に定型発達者みたいにいろいろわかるようになっちゃうと逆に混乱しそう。

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2014年10月03日

視線と唾液で自閉症診断

視線と唾液で自閉症診断 福井大助教が新知見:福井発:日刊県民福井から:中日新聞(CHUNICHI Web)

福井大子どものこころの発達研究センターのチームは二十九日、視線の動きと、唾液中に含まれるホルモン・オキシトシン(OT)の濃度との関係性を調べることで、「自閉症スペクトラム」(ASD)の子どもの早期診断に結びつく可能性のある知見を突き止めた、と発表した。世界初の試みといい、負担が大きい従来のASD児診断の新たな検査法の確立につながるものと期待されている。

しょせんは子供の話なんで、私みたいに大人になっちゃってからは何の意味もないんだけど。
でも、今後私のような悲惨な状態にならないように、子供の頃に正確な診断を受けられるのはいいことです。
このニュースによると、視線の動きと、唾液中に含まれるホルモン・オキシトシンの濃度を調べると診断可能とのこと。

自閉症スペクトラム障害 脳画像で早期発見 福井大・金沢大などチーム : 地域 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

こっちも福井大だったし、日付も近かったから同じ内容?と思ったけど、内容を読んでもちょっと違う気がする。
一般男性21人と、ASDの男性19人の脳画像をfMRIで撮影し、比較した。
だから、こっちは大人でも使える診断なのかな?

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2014年09月28日

障害者苦しめる「65歳の壁」

ちょっと興味深い内容の記事があったので紹介。

NHK NEWS WEB 障害者苦しめる「65歳の壁」

障害のある人が65歳になると、障害福祉から介護保険のサービスに変わることで、サービスが減ったり負担額が増えたりするケースが各地で相次いでいる実態が、障害者団体の調査で明らかになりました。

障害者は「障害福祉制度」に基づいてサービスを受けています。
ところが65歳になると、サービスの枠組みは原則として「介護保険制度」に切り替えられます。


自分が障害者だから気になったんだと思う。
健常者だったら「ふーん」ぐらいにしか思わない内容かと。
私が65歳になるのは、まだちょっと間があるけど、このままボーっとしていると、受けられるサービスがある日突然、減った!とか消滅!っていう流れに?
だって福祉に回すカネの余裕がないしぃ〜ってのはわかるけど、福祉目的とか言われて消費税がスタートして、また「足りない」っていう話でどんどん消費税を絶賛増額中っていう現状で、実際にはどんどん不景気になって税収は減る一方っていうことでは、まあ65歳まで待たなくてもどんどん減らされる方向だろうねぇ。

障害者が満足をした生き方をできるような体制にするために、私に何かできることってあるんだろうか?
よく「普通の生活がしたいんです!」っていうのを見聞きするけど、私は普通の健常者と同じ生活は望まない(あきらめている部分もあるし、同じだと不具合が発生するってのもある)けど、その「健常者」ですら、ブラック企業に勤めて結婚もできなくてみたいな状況で「障害者ばっかりにいい思いさせんのか!」って思うのは当然と言えば当然。

私は長いこと「健常者」として働いてきたが(実際には健常者だったことは一日もないのだが)、自分の職場に発達障害者とか精神障害者が配属されて「この人にはこういう配慮をお願いします」みたいなことを言われたら、私だったら「めんどくせぇ!」って思うだろうなと。
私がアスぺだからそう思うだけで、心優しい定型発達者の皆様は「かわいそうな障害者に優しくしてあげよう」って思うのかも知れないけど。

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2014年09月21日

キングジム デジタル耳せん

キングジム デジタル耳せん MM1000 ホワイト



聴覚過敏がある発達障害者の間で大評判!なので買ってみた。
ここのところ換気扇とか秋の虫とかがうるさくて眠れ無かったりしていたので。

イヤホンの先っぽ(イヤピース)は大きさを変えられるように付属品が入っているんだけど、最初にMサイズのものが取り付けられている。
見た感じ大きすぎるかな?って思ってSに付け替え。
単四の電池が一本必要なのだが、付属していないので注意!
ってことで準備ができましたので耳の穴に突っ込んでスイッチオン!
あれ?
何も変わらない???
これってひょっとして初期不良???
再度説明書きをよく読んでみる。
イヤピースをしっかり突っ込めとのこと。
確かに現時点ではしっかり奥まで入っていない。
私は耳の穴が小さい方でもないとは思うけど、更に小さいのっていうと一番小さいXSってやつか。
ってことで、XSに代えてから耳に突っ込んでスイッチオン!
今度はちゃんと音が変わった。
っていうか、スイッチを入れる前の段階でかなり音の聞こえ方が変わる。

数人でこの商品を試してみて、全く変わらないっていう人もいたなんていうのを見かけるけど、多分「耳にしっかり入っていない」っていうことだと思う。
全く変わらないっていうことはないと思う。
あるとしたら、その人は最初から低めの音が聞こえていない。

私は耳がよくないけど、明らかに低い音が聞こえなくなったってのはわかる。
で、高い音(秋の虫の声)は、耳栓をつっこんだ時点で(スイッチは切)でもう聞こえない。
もっとデカい音だとどう聞こえるのかは不明。

音は確かに変わるんだけど、私が不快に感じている音の大部分が、カットされない音域なんだよね。
しかも寝る時に使うと結構「シャー」っていう、耳栓自体が出す音が聞こえる。
コードレスじゃないから寝返りも打てないし。
寝る時に使うもんじゃないんだろうけど。

ってことで、外でも使ってみる。
乗り物の中の音が静かになるような話だったけど、確かに低い音域はカットされているのはわかる。
でも、私が気になるのはもっと高い音域なんだよ!!!!
ってことで「格段に疲れ方が違う」なんていう感想をよく見かけるけど、私の場合はそういうことも全くなく。

この商品はポケットなどに止めるような部分もないので、ポケットに入れていると揺れるのか、歩くたびに変な音がする。
どこかに固定しないと不快でダメだな。
ストラップを取り付けられる穴はあるので、こういうのは付けられる。

choose MODERN CLIP ストッパー ストラップ (ストラップ) MODS1-A



コードの長さの調節なんかもしにくいし(巻き取り式じゃないので)、軽くて本体部分は薄いんだからもっと小型化できるんじゃないかと思うけど、デザイン的に「もうちょっと」な感じがする。

あくまで私個人の結論。
低音がうるさい状況では有効かと思われるが、それ以外の音がうるさいと、ほとんど無効。
でも小さい音だと(特に高音は)電源を入れていなくても聞こえにくくなる。
人の声は聞こえるっていっても、耳栓をしちゃうから多少は聞こえにくくなるし、人の声と同じ音域の雑音は聞こえまくりだよねぇ。

これじゃなくて、全部の音を完全に聞こえなくするタイプのものを買えばよかったなと思った。

イヤーマフ 【耳せん セット】防音・消音ヘッドホン 安眠・工事現場・勉強集中・生活騒音対策グッズ



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2014年09月15日

性同一性障害ではありませんでした

タイトルで「いきなり何?」って感じかも知れないが、まあそういうことで。

本人の承諾を得ていないので(得ればいいけど、ちょっと言いづらいし)ここにリンクをするとか紹介はできなんだけど、ある人が書いたものを読んだのだ。
それを読むまで「性同一性障害」ってものは、わかりやすく「小さいころからものすご〜く違和感があって、いやでいやで仕方がなくて、どうやって抑え込もうとしても、自分の生まれ持った性別以外の恰好をしたくてたまらない」みたいなものかと思っていた。
テレビとかメディアで見かける人たちってそういう人しかいなかったし。
でも、その「読んだもの」はそういう内容じゃなかった。
普通に男として生まれて、普通に女の人と結婚して・・・っていう。
でも実は「性同一障害でした」っていう内容。

多分、それを読んでいた時の私は、ネットのアスペルガーの検査でおかしな数値が出た時と同じ顔色になっていたと思う。

ずっと自分でも違和感はあった。
でも、テレビなんかで見かける人たちとは違うし、発達障害って「体に違和感がある」ってのは普通のことだし。
アスペルガーは女の人のような考え方をするのが難しいのは普通だし。
そうやって何とか「折り合い」を付けて無理やり過ごしてきたのが、その文章を読んで根底から覆された。気がした。

診断を受けることは、年齢的なこともあるし、性同一性障害だったとしても「適合手術」をするワケでもなしってことで、診断は無意味ということは私も承知していたけど、主治医もあまり乗り気ではなかった。
で、乗り気ではない主治医を説得して、紹介状を書いてもらって(発達障害がベースにあるので「正しい診断」には発達障害の内容なんかも必要になるので)、行ってきた。
性同一障害を診断できる病院ってどの精神科でも心療内科でもいいってもんではないので、ちゃんと診断ができる病院も紹介してもらった。

ってことで、先日行ってきた。
結果としては、すでに言っちゃってるけど「性同一性障害ではないでしょう」って話。
確かに私は「すごく男らしくなりたいです!」みたいな気は一ミリもないな。
多分、そういうのがないってのが「性同一性障害」からは外れてしまうんだろう。
「女であることが気色悪りぃ」っていう程度じゃあダメってことで。

とりあえず今後も女として生きて行くことが決まったワケだが、診断が出るまで「これからはオッサンとして生きていかなきゃいけないんだろうか?」って本気で思っていた。
でもね、オッサンとして生きて行くのは大変だろうとは思うんだけど、私はどうしても「オバサンとして生きて行く」ことが受け入れられない。
これは困っていること。
それもあって診断を受けに行ったワケだが。
まあ、時間が経てば「オバサン」どころか「オバアサン」に自動的になって解消・・・するのかなぁ?

で、「結局自分は何なんだ?」って考えている。
自分が知りうる中で一番近いかな?って感じなのが
【ガチ】人間の男性性器を食べるイベントが東京で開催された【なんと?!】
このあたりの気がするのだが。
私は今の自分の体と自分の頭の中の状態とが噛みあっていないって気がする。
合うように改造したいなって思うのだが。

あなたが「僕」を知ったとき 性同一性障害、知られざる治療の真実



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2014年09月08日

発達障害者から「障害」を除くと「人間性」が残るのか?(9月10日修正)

他の方のブログで提示された問題。
「リンクフリーです」とのことなので該当記事をリンクさせていただきます。

人間性が問題じゃないということ(アスペと定型)

定型発達者と発達障害者。
友達になったとか恋人になったとか結婚したとか。
一緒にいてやり取りをすると、定型発達者は発達障害者の言動にいらだたされたり傷つけられたりする。
発達障害者もたいてい、そうしたいと思っているワケじゃあないだろうけど。
で、定型発達者は考える。
「これって、障害がそうさせちゃっていることだよね?」
目の前の自分を傷つけボロボロにした張本人である発達障害者も、障害を取り除くとその中にはあらびっくり!
とっても素敵な人間性がっ!
っていう。
ポエムだなぁ〜。メルヘンだなぁ〜。

エホバの証人は「楽園」ってのが到来すると障害者は存在しなくなると考えている。
その時,盲人の目は開かれ,耳の聞こえない者の耳も開けられる。その時,足のなえた者は雄鹿のように登って行き,口のきけない者の舌はうれしさの余り叫びを上げる。(イザヤ書35章5〜6節)
私は自分が障害者だっていうことを知らなかった時から「楽園での生活」はあまり魅力的だとは思っていなかったが、自分の障害に対する理解が深まるにつれて「楽園での生活」は「お断り」ぐらいの気になってきている。

楽園では私は障害者ではなくなり、定型発達者となる。
それって「私」なのか?
「私」ではないと思う。
生まれつき脳に障害があって、普通の人とは異なる考え方や物の見方しかできない「私」こそが「私」であり、それらが取り除かれた後の「私」は「私の姿をした知らない人」でしかない。
だから、エホバの証人が言っていることが本当だとしても(本当なワケがないと思っているが)、私は楽園に存在できないのだ。

就労支援の時などに「どこからが障害」「どこまでがわがまま」みたいなことを問われる。
簡単に切り分けることができないが「全部障害」にしてしまうと「障害に甘えるな」だし、「全部わがまま」にしてしまうと、ものすごく苦痛なのを常に我慢を強いられてしまうし。
ちょうどいい加減というのは、本当に難しいし、完全に分離させることなどできるものではないと思う。

私のようなアスペルガーだとこんな感じだけど、全く発達障害者と接したことも予備知識もない人がテレビで取り上げられた東田直樹さんを見てしまうと、「体を思うように動かせない」「動かしたくなくても自分で抑えられない」っていう「障害」の部分と、定型発達者以上に美しい「人間性」とが明確に切り分けられる(個人の感想です)。

私も東田さんも同じ「発達障害圏」に存在している。
一方は「障害」と「人間性」を切り分けることができ、一方は切り分けられない。
確かに変かな?とは思う。
私は医学的なことはわからないし、未解明な部分が多い。っていう状況であくまで私の個人的な見解だけど
同じ「先天的な脳の障害」であっても感情面に影響を与えるような部位の障害の人と、そうじゃない人がいるんじゃないか?
私は前者なので、いろいろな感情や感覚が欠落してたり、内容が定型発達者とは異なったり。
そういう土台の上に「人間性」は構築されている。
その「土台」が変われば、上に乗っている「人間性」も当然のことながら変わらざるを得ない。
だって「見え方」「感じ方」が全然違っちゃうんだから。

仮に「障害」と「人間性」が切り分けられる性質のものだとしても、「障害」を取り除いて残された「人間性」は美しいものとは限らない。
逆に「嘘をつくのが難しい」みたいな「障害」特性のために「正直者」とみなされている人が、「障害」が取り除かれると「大嘘つき」な「人間性」を現してくれるかも知れないでしょう。

posted by ひと at 20:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最初から備わっている能力は無価値だと感じるらしい

出典を探したんだけど見つからなかったんで、正しく理解できているかどうかも不明なんだけど、だいたいこんな感じっていうのをまず説明。

人間というものは、自分が生まれつきできちゃうこと(努力をした結果とかじゃなしに)は「無価値」っていうふうに感じてしまう傾向がありますよ。っていう話。

例えば何の苦労もなしに「空気が読める」っていう能力がある人は、自分のその能力が「すごいもの」「恵まれた才能」というふうに感じなくて「それが普通」みたいに思っているってことかな?

走り幅跳び(走り高跳びでも可)をするには、まず走れることが前提になる。
更に飛ばなきゃいけない。
生まれつき脚に障害がある人がそれをやろうとしても無理だろう。
やれるとしたら走るとか飛ぶとかっていうために必要な義足を用意しなくちゃいけない。
だから、車いすに乗っていて、見るからに「両足に障害がある」という人を健常者が見た時に「走り幅跳びをさせよう」とは思わないだろう。
「なんで走らないんだ!」とか「なまけているのか!」なんて言わないと思う。

で、一方発達障害者に対してはどうか?
生まれつき脳に障害があるので、普通の人のようにはできないことがたくさんある。
相手の言葉が理解できなかったり、その場に応じた行動がとれなかったり、自分の体の状態が把握しきれていないとか、まあいろいろある。
見た目は健常者と変わらないので、健常者たちが発達障害者と対峙した時、最初に紹介した「原則」によって「できて当然のことができない人が目の前にいる」っていうのが、たとえ理屈として理解していたとしても「腑に落ちない」っていうか「感覚的に受け入れがたい」ってことになるんじゃないかなと思ったのだ。

障害があることをカミングアウトしてでさえ「腑に落ちなさ」があるのだとしたら、カミングアウトをしていなければ、私たちは「ひねくれている」「わがまま」「自分勝手」にしか映らないかもしれない。
だって定型発達者にとっては「ひねくれていなくて」「わがままじゃなくて」「自分勝手じゃない」行動が自然に取れる状態がベースなんだから。
それ以上は評価対象になっても、それ以下ってのは非難の対象でしかない。

私は生まれつき時刻表が読める。
鉄道に興味のない方はこの表現では何を言っているのかがわからないかも知れないけど、鉄道オタクみたいな人が愛用するような、分厚くて大量に数字が書いてあるようなタイプの時刻表のこと。
私は誰かから見方を教えてもらった記憶が全くないが、時刻表と同じ形式で書かれているバスの時刻表(今はそういうのを見かけないけど)が当然のように読めていた。
だから私は「全ての人が時刻表を読むことができる」って思いこんでいた。
中学の時に、たまたまバス停で一緒になったクラスメートが、この「数字が大量に書いてあるタイプ」のバスの時刻表を指して「読み方わからないから見て」と私に言った。
私は「おかしなことを言う人だ」と思った。
決して頭の悪い人ではなかったし(むしろ頭がいいぐらいの人だと思っていた)、「誰でも生まれつき読めるはずのものが読めないってどういうこと?」と思った。
大人になってから鉄道ファンの若い女性たちと話をする機会があった。
その中の一人が「時刻表を読めるようになりました!」と言ったら、周囲のみなさんは「すごい〜!」「うらやましい〜!」みたいな反応。
私は「はぁぁぁ???」と思ったけど、顔には出さずに一緒になって「すごい〜!」とか言っておいたけど。

ってことで、確かに自分が何の苦労もなく「生まれつきできる」ことってのは、他人も当然できるんだろうなって思いがちなように人間というものはできていて、そのことが「見てわかりづらい」障害者への対応の難しさの原因にもなっているんじゃないのかな〜ってことで。

JR時刻表 2014年 09月号 [雑誌]



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2014年08月18日

発達障害者と達成感とゼロ百思考

記事はコンスタントに毎日少しずつ更新していきたいんで、これも明日ぐらいにゆっくり時間をとってと思っていたんだけど、思いのほか君が僕の息子について教えてくれたことで検索をかけてくる人が多いので、ちょっとそれに関係した話を。
あと、昨日アップしたヤツの下の方に追記しておきました。

この日、ミッチェルさんは直樹さんに向けて、「人生の成功とは何だろう?」と問いかけました。
ミッチェル「私の成功は息子が障害を乗り越えられた時だ。とても誇り高く幸せな気分にしてくれる。例えば息子が『オレンジジュースをください』と言えた時だ。あるいは息子が靴箱に靴をきれいにそろえて入れられた時だ。私はそれを成功だと思う。誇りと喜びが波のように押し寄せるのを感じる。」


これを見て、私は昨日書いたように「健常者がやってるようなことができるようになることなのかねぇ?」って思ったワケだが、定型発達者はそう思わないっぽい。
定型発達者だっていろんな人がいるから、全員がそう思ったってことはないだろうけど。
んで、どうも
「ミッチェルさんはお子さんが『達成感』を持てることを『成功』って言っているのではないか?」
みたいな。
このあたり、私の認識が間違っていたらすみません。
本気でわからないので。

で、「達成感」ってものだけど、私にはない。
感覚的にまったくつかめないし、そういう感覚を持った経験がない。
何の努力もしていなかったワケではなく「達成感」を持つために、無駄な努力をさんざんやって出た結論が「私にはそういうものはないらしい」ってことで。

私たちのように「脳」に障害を持つタイプの障害者じゃなく、例えば先天的にしろ後天的にしろ、手に障害を持つ人がいる。
で、手に障害があるので、足で箸を持ったり車を運転したりなんていうことをしている人がテレビでたまに紹介されている。
ああいう人たちって「足で箸が持てた!」みたいな「達成感」を持つんだろうか?って思ったワケで。
私は障害のせいで、普通の人が何の努力も必要とせずにできることが、無理に無理を重ねて(「努力」をしているという認識はなかった)できるようになったことはいろいろあるが、すでに述べたようにそれらに対して「達成感」は一切持っていない。
「達成感」を持たない私にとってはすべて想像だけど、「達成感」っていうものは、「努力」と「結果」が釣り合わないと持てないんじゃないかと思うけど、違うのかな?
考えたところで、わかるようにはならないんだけど。

発達障害者もピンキリで、直接会ったり、テレビなどのメディアを通したり、ネット上で交流したりした中で、私以上に精神的に欠落している(多分「欠落」ではなく、普通の人にはないものを持っている割合が多いんじゃないかとは思うが)タイプの発達障害者って見たことがない。
だから、むしろ私を「極端な事例」というふうに考えてもらって問題ないと思うのだが、君が僕の息子について教えてくれたことを見て、今まで「自閉症者には定型発達者みたいな心は存在しない」って思っていた人たちが「自分たちとまったく同じ心を持っている!」って思ったとしたら、ちょっと怖いなと。

定型発達者は私たちをよく「ゼロ百思考」であると非難する。
「同じ心を持っていない」or「同じ心を持っている」
っていう二択しかない(ように私には見える)のって、それこそ「ゼロ百思考」なんじゃないのか?って思ったのだ。
多分、大部分の定型発達者は、東田さんほどのレベルではないにしろ(私は東田さんは私とは逆方向の「極端な事例」だと思っている)、普通の人と近い感情(心)を持っている。
でも、中にはそうではない人もいる。
「そうではない人」でも、普通の人と同じように感じることが皆無かというと多分そういうことではなく、私だって美味しいものを食べれば「美味しい!」って思っているし、モテたいとかヤリたいとか、そういうことはむしろ普通の人以上に思っていたりもするので「何もかもが違う」ってことではない。

しかも、こういう「心の中のこと」は実際に目に見える形で比較をすることが不可能に近いので「ここが一緒で、ここが違う」みたいに判別もできない。
私は今まで生きてきた経験や、本やネットの知識から「これは一緒のようだ」「これは違っているようだ」と「予想している」というレベルで、断言できるワケでも証明できるものでもない。

このあたりの「わかりにくさ」が出てきてしまう話なので、まあ、スッキリとした話もできないよねってことで。

マスメディアはどうしても障害者を「魅力的」に取り上げがちだ。
決して東田さんが「魅力的」に装飾されて紹介されたっていう風には思っていない。
そうじゃなく、とても「魅力的」な障害者だったので、マスメディアからすれば「取り上げたい対象」なんじゃないかと。
私のような「魅力的ではない障害者」は、取り上げても喜ばれないだろうなってのもわかる。
障害者について取り上げてもらえるのはいいことだと思うんだけど、こうやって「魅力的」な部分ばかり扱われると、そんなのばっかり見ている人たちが「障害者って魅力的な人ばっかりなんですね!」みたいな誤解をするんじゃないかと・・・。
杞憂だよね。

あの人はなぜ相手の気持ちがわからないのか―もしかしてアスペルガー症候群!? (PHP文庫)



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2014年08月17日

君が僕の息子について教えてくれたこと

昨日テレビでやってたヤツ。
今のところ再放送は予定されていないみたいだけど、反響が大きければやるんだろう。
君が僕の息子について教えてくれたこと - NHK

この番組に登場する東田直樹さんは、以前に「風になる−−自閉症の僕が生きていく風景」の感想を書いたことがあるし、時折購入するビッグイシューにも連載があって読んでいるから知っている。
私だけ知っていても仕方がないので説明しておくと、東田さんは重度の自閉症でありながら本を執筆されている。
で、当時13歳の東田さんが七年前に出版した「自閉症の僕が跳びはねる理由」っていう本が、
世界20カ国以上で翻訳され、ベストセラーになっている。
ってのが、この番組の中心になる話。

自閉症の僕が跳びはねる理由―会話のできない中学生がつづる内なる心



The Reason I Jump: One Boy's Voice from the Silence of Autism



で、この本を最初に翻訳した人は、アイルランド在住の作家デイヴィッド・ミッチェルさんってことで。

ミッチェルさんにも重度の自閉症の息子がいます。
息子が何を考えているのか分からず、どう愛せばいいのか途方に暮れていたミッチェルさんは、ずっと探していた答えをこの本の中に見つけました。
「『自閉症の僕が跳びはねる理由』を読んだ時に、ナオキの言葉を借りて息子が話しかけてくれるのを感じたのです。ナオキは私の感情を揺さぶります。泣かせられるのです。」
ミッチェルさんは、この本は多くの人を救うはずだと考え、すぐさま翻訳に取りかかりました。
そして世界20か国以上で出版される事になったのです。


<自閉症の息子を持つ母親>(海外)
この本を読んで息子の行動、気持ち、夢、すべてがわかったの。
この本はつらかったことも前向きにとらえさせてくれます。


<自閉症の息子を持つ母親>(日本)
理解したい、もっと寄り添いたいという思いがふくらみました。

<自閉症の息子を持つ父親>(海外)
この本のおかげで息子を愛し、受け入れ、より良い親になれました。
幸せをもたらしてくれたのです。

これは、日本の自閉症の若者と外国人作家の出会いから生まれた希望の物語です。


いやぁ・・・感動的ですねぇ・・・。
って言いたいところだけど、私は番組冒頭のこのあたりは頭の中は「?????」って感じだった。
え?自閉症の人って全員同じような精神構造なの?
全員同じことを考えて、同じことを要求して、同じことをしたいと思っている????
この本を読んで、どんなことが書いてあるのかを確認したいと思ったんだけど、残念ながら図書館の予約は数十人待ちで(放送後にそうとう数が延びたんだろうけど)当分読めそうにない。

で、場面は日本。
東田さんは自宅近くに執筆専用の仕事場を1か月前に構えたばかりです。
そういう目で見るべきじゃないんだろうけど「カネあるんだなぁ〜」と。
なかなか小奇麗でステキな仕事場でした。

自閉症を抱える人はアスペルガー症候群など、軽度のものを含めると100人に1人といわれています。
この部分ね。
ちょっと問題になっている。
「軽度」じゃないだろ!っていう反論の声が。
この番組は、アスペルガーなどを「軽度」と言っているシーンが、後からもう一回出てくるんだけど。
私としては「軽度」と呼んでいいのか悪いのかは、よくわからない。
ちなみに「軽度発達障害」ってのは「発達障害が軽い」って意味ではなく、「知能に障害を伴わない」って意味ですのでご注意を。
しかも「アスペルガー症候群」っていう名称は廃止になってんだけどね。
このあたりどうなんでしょうか?

日常会話はできない直樹さんですが、パソコンを使うと自分の考えを存分に表現できるのです。
会話ができないほど重度の自閉症を抱える人が高い表現力を持つのは、世界でも極めてまれな事です。


番組で「月に2度の雑誌の連載エッセー」と紹介されていたのは、先に紹介したビッグイシューのことと思われます。
名前出しちゃあイカンかったの?

直樹さんは、キーボードと同じ配列で並んだ母親手作りの文字盤を使うと他人と会話することが可能になります。
インタビュアー「何で直樹さんは文字盤を使えばコミュニケーションがとれるのですか?」
東田「自分の忘れてしまいそうになる言葉を思い出せるからです。終わり。」
伝えたい言葉の頭文字を常に目で確認しておく事で、頭に浮かんでいた言葉を記憶にとどめられるといいます。
東田「パソコンの変換のように次々と言葉が浮かんでくれるのです。終わり。」


文字を使うと会話がしやすいっていうのは、感覚的にわかる。
私の場合、相手の言葉も文字だとすごくいいんだけど。
聞き取るのは難しい。
普通に会話をしていて、自分で何を言っているんだか途中でわからなくなるんだよね。
その点、チャットみたいに文字だけでやり取りをすると、混乱せずに会話をすることができるんで、普通に対面で会話をするよりも私は「多弁」になる。
そのせいでチャットで先に接触した人に後から会うと「もっとマシンガンみたいによくしゃべる人かと思った」と言われる。

以下、「自閉症の僕が跳びはねる理由」より。

どうしてうまく会話できないのですか?
話したいことは話せず、関係のない言葉はどんどん勝手に口から出てしまうからです。
僕たちは、自分の体さえ自分の思い通りにならなくて、じっとしていることも、言われた通りに動くこともできず、まるで不良品のロボットを運転しているようなものです。

いつも同じことを尋ねるのはなぜですか?
今、言われたこともずっと前に聞いたことも、僕の頭の中の記憶としてはそんなに変わりません。
よく分かりませんがみんなの記憶は、たぶん線のように続いています。
けれども僕の記憶は点の集まりで、僕はいつもその点を拾い集めながら記憶をたどっているのです。


発達障害者が全員ってことではないんだけど、私も自分の体が思うようには動かせなくて、ものすごい違和感みたいなのをずっと感じていた。
自分の障害に気づかずに、周囲からの激しいバッシングを受けて、無理に無理を重ねて普通の人が普通にやれることはたいていできるようにはなったけど。
決して「普通にできる」ようになったわけじゃなく、今でも無理をして「普通であるかのように」やっているだけなんだけど。
そのあたりは理解されない。
「問題なくできているのだから、何の問題もない」みたいに片付けられるのがつらい。
記憶の仕方に関しては、私も普通の人と比べると「そのエピソードが前か後か」みたいな関連性が、かなり曖昧だったりするんで、普通の人はこうじゃないのかも知れない。

ミッチェルさん来日で、感動のご対面!
会見の場に向かう東田さんは、喜びのあまり唸りながら跳びはねまくり。
この人は、私が「風になる」を読んだ感じでは、非常に知的で豊かな人間性を持った人という感じだったけど、唸りながら跳びはねている人を目の前にしたら、通常は誰しもそんな内面を持っている人だとは思わないだろう。
むしろ「池沼かな?」みたいな感想を持つんじゃないかと。

会見の場に到着しても、すぐにはミッチェルさんの方を向かずに、15分間窓の外を見たりしている東田さん。
直樹さんはいつものように、外の景色に目を奪われてしまいます。
「目を奪われている」っていうのとは違うんじゃないかと思うんだけどね。
「儀式」っていうか、気持ちを落ち着けるために必要な手順っていうか。

ミッチェル「怖いものについて聞きたいと思っています。どんなものが怖いですか?」
東田「人の視線が怖いです。人はいつも刺すような視線で見ます。」


そうだねぇ。
跳びはねたりしてる人がいたら、見ちゃうよねぇ。
しかも、普通の人と同じかそれ以上にしっかり「感情がある」人だってのが外見からはわからないもんだから、余計に無思慮な視線を向けてしまうだろうねぇ。
これだけすごく「感情がある」と、相当つらいだろうけど。

ミッチェルさんは、もっとも聞きたかったことを切り出しました。
ミッチェル「お父さんとして、どうやって俺の息子を手伝うことができますか?どうすればいいですか?俺の自閉症の息子に」
東田「僕はそのままで十分だと思います。お子さんもお父さんのことが大好きで、そのままで十分だと思っているはずだからです。終わり。」


そりゃ、親として悩むよねぇ。
どうして欲しいの?とか聞いてもなかなか答えを引き出すこともできないだろうし。
何かもっとやった方がいいことがあるんじゃないか?とか、常に不安になるよねぇ。

(東田さん)
自閉症のお子さんに父親として何をしてあげればいいかと僕に質問されました。
僕はそのままで十分だとお答えしました。
子供が望んでいるのは、親の笑顔だからです。
僕のために誰も犠牲になっていないと子ども時代の僕に思わせてくれたのが、僕の家族のすごいところです。


なぜ、重度の自閉症である直樹さんがこれだけ豊かな表現力を持っているのか研究者も関心を寄せています。
精神科医の杉山登志郎医師登場。
杉山登志郎医は40年近く自閉症の研究に取り組んできました。
実際に直樹さんとコミュニケーションを取り診断します。
その結果、直樹さんは感情は豊かに発達しているものの、何らかの原因でそれが言葉に結びつかない、「言語失行」という状態ではないかと診断しました。
杉山医師は、その原因を探るために脳の状態を調べるMRI検査を行いたいと申し出ました。

で、杉山医師と東田さんがやり取りをして、最終的にはMRIを受けることを決定。
後日MRI検査が行われました。
脳神経の結び付きと、脳の部分ごとの体積を調べます。
密閉した空間に40分間閉じ込められるこの検査は、直樹さんには過酷なものです。
睡眠薬を服用して検査に臨みました。
検査結果から直樹さんの症状を解明する手がかりが得られました。
異常が見られたのは弓状束(きゅうじょうそく)という神経線維の集まりです。
弓状束は言葉を話す役目を担うブローカ野と、言語を理解するウェルニッケ野をつないでいます。
その伝達がうまく機能していない事が会話のできない原因と考えられます。
もう一つ分かったことがあります。
他人の意図を読み取る右脳の一部分の体積が健常者よりも大きかったのです。
直樹さんの豊かな表現力と結びついている可能性があります。
これは自閉症者は、脳のある部分が機能していない分だけ、それを補おうとほかの部分が発達する可能性があることを示していると杉山医師は考えています。
杉山医師「ハンディキャップがあるところには、その代償のための脳をうんと発達させた部分がある訳ですよね。で、我々は今までマイナスの部分に目を留める事が多かったんですね。でもそうじゃなくて、むしろこれだけ自閉症グループというか、自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群など症状が軽いものを含めた自閉症の概念)が広がりがあるということが分かっている以上、この代償的に伸びているところはどこなんだろうという、それを注目をすることがこれからの療育の中心になると思います。その子の脳が喜ぶ事をやってやればいいんですね。それが一番、自閉症の子を伸ばしていく道になると思います。」


この後、番組は海外に住んでいる自閉症の人たちや、その家族の話を展開。
本によって救われたっていうことで。

アメリカの医療機関からの講演の依頼に応じて渡米をした東田さん。
講演はあらかじめ作成された文章を東田さんが日本語で読み上げ、それを英訳したものがスクリーンに映し出されるっていう形式で進行するのだが、東田さんの言葉がどうも読み上げるのに追いついていないというか、ちょっと説明がうまくできないんだけど「口が動く速度が、言おうとしている内容(文字数)に全く追いついていない」感じがした。

アイルランドの作家ミッチェルさんは、日本で直樹さんと会った際に、一つの約束をしていました。
自閉症についての本を一緒に書くことでした。
1年間メールを交わしながら、自閉症の直樹さんしか持ちえない感性を引き出し、自分と同じ立場にある人に、希望をもたらす本にするつもりです。
この日、ミッチェルさんは直樹さんに向けて、「人生の成功とは何だろう?」と問いかけました。
ミッチェル「私の成功は息子が障害を乗り越えられた時だ。とても誇り高く幸せな気分にしてくれる。例えば息子が『オレンジジュースをください』と言えた時だ。あるいは息子が靴箱に靴をきれいにそろえて入れられた時だ。私はそれを成功だと思う。誇りと喜びが波のように押し寄せるのを感じる。」
東田「成功からほど遠いように見える人の瞳にもきっと、美しい山が映っています。僕は、自分の言葉を世界中の人に届けられた幸運に感謝し、さらに高い山の頂上を目指すつもりです。」


ミッチェルさんが考える「成功」ってのは、健常者がやってるようなことができるようになることなのかねぇ?

東田「自由の女神を見たときに自分もこんなふうに空に向かってまっすぐに生きて行きたいと思いました。終わり。」

自閉症の君が教えてくれたこと。
それは、世界を見つめる曇りのない目でした。


はいはい。美しいお話でしたねぇ。
別に今回の内容がそんなに悪かったとは思っていないんだけど、「障害者は全員心が美しい」みたいに思っている人たち大喜び!って印象を受けた。

子供が障害者でも、親の側の状況っていろいろなんだよね。
特に発達障害は親自身も同じ障害を持っている可能性が大だったり。
重度の自閉症なんかだと、親がどんなに認めたくない!って思ったところでどうにもならんだろうけど、「自閉スペクトラム症」(今後はこう呼んでください!無意味だけど)なんかだと「障害なんてない!」って言い張ることも可能だからな。
実際、私だって「ガッツリ障害者」っていう結果を前に「それでも健常者として生活していきます」っていう選択肢はあったワケで。
間違いなく生まれつき障害者でしたってことが判明してもなお、障害者じゃないことにして生きることもできるっていうのもどうかって気はするんだけど。
日本の場合は特に「障害者として生きる」ってことに対してデメリットの部分がデカ過ぎるから、受け入れなくても済めば受け入れない方が得じゃん!ってことかな。

子供が自閉症で、東田さんの本を読んで改善をしようとして、っていうのはいいことだと思うけど、親の側に余裕がなくて、それが金銭的なことだったりすることもあるだろうし、夫婦仲がいいとは限らないどころか、障害児が生まれてきた時点で、それ自体が争いの元になりえるワケだし。
障害者に対するサポートだけじゃなく、障害者の親に対するサポートってのも必要だよねぇ。
頑張れ!って言うだけじゃなくてさ。


8月18日 追記

別記事を立てるほどでもないと思うので。
東田さん関連の文章がcakesにも掲載されていたのでリンクを貼っておきます。

「壊れたロボット」のような身体と対峙しながら――二十歳の自閉症作家・東田直樹インタビュー|跳びはねる思考――21歳の自閉症作家が見た世界|東田直樹|cakes(ケイクス)


自閉症者の困難も、家族の愛情も、国が違っても変わらない。――東田直樹特別インタビュー|跳びはねる思考――21歳の自閉症作家が見た世界|東田直樹|cakes(ケイクス)

posted by ひと at 13:34| Comment(4) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月15日

新しい障害者手帳は性別がなくなりました

名古屋あたりで、障害者手帳に性別を抹消するハンコが押されまくっているみたいなウワサは聞いていた。
横浜が行政としてどうするのかっていう話は耳に入ってこなかったし、今、調べてみたけど横浜市からのお知らせみたいなのは発見できなかった(どこかにあるのかも知れないけど)。

「精神障害者手帳」から性別欄削除…厚労省方針

こういう事情だそうですが。
で、私が持っていた障害者手帳には、ガッツリ性別が書いてあった。
んで、先日手帳の更新手続きに行きましたら窓口で「今の手帳を引き継ぐこともできます」って言われた。
で、引き継がずに新規で作ると、写真(私の顔が写ったヤツね)が新しくなって性別が表示されなくなるとのこと。
写真が気に喰わなかったのと、性別が無い方がいい(この件に関してはいずれご紹介することになると思う)ので、新しいのを作っていただくことに。
「それって俺たちの血税を余計に使うってことか!」とお怒りのアナタ!
その通りです!

DSCN6734.JPG

左側が今までのヤツ。
右側が新規のヤツ。
性別がサックリ無くなっております。
市営交通のパスもどうにかしてくんないかな〜。
名前が名前だからどうにもならんのだけど。
改名しないとダメかな。

発達障害に気づかない大人たち (祥伝社新書 190)



posted by ひと at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月06日

ADOSの結果

とっくにブログには書いているものと思っていたけど、どうやら忘れていたらしい。

発達障害の検査の種類はいろいろあるのだが、一般的に病院で診断に使うのはWAISと言うヤツ。
それは私も受けて、きっちり「障害者」ってことで診断が出たワケです。
で、それはあくまで「障害があるかどうか」(要するに障害者手帳の交付対象になるかどうか)っていうことの判断の為にやるワケで、他にADOSという検査もあります。
これは普通の病院なんかではまず受けることができないらしい。
それを幸運にも受けることができました。

アメリカから来た検査(鬱病のでもなんでも、この手のやつって基本アメリカのヤツ)なので、絵本などを使いますが、アメリカで使っているヤツをそのまま日本語の紙を貼りつけて流用みたいな。
検査の詳細は書かないでおきます。

結果は数字だけでした。
一応説明はしてくれるけど、よくわかりませんでした。

コミュニケーション 4点
社会的なやりとり 10点
  合計 14点
(想像力1点・こだわりの強さ0点)


記憶が定かじゃないけど、コミュニケーションは定型発達者だと2点ぐらいらしい。
社会的なやりとりは6点ぐらいって言ったかな。
どっちもマトモな人の倍ぐらいだから、とってもいい結果ね♪
想像力ってのが、高いといいのか低いといいのかは不明。
もっと結果の意味みたいなのを詳しく知りたかったんだけど。

posted by ひと at 11:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月29日

ハートネットTV シリーズ 選ばれる命 第3回 誰が決める?命の価値

第3回 誰が決める?命の価値
ハートネットTV:2014年6月5日の放送詳細 - NHK福祉ポータル ハートネット

出生前検査の先進国、アメリカ。
「命の選別」はビジネスとして急成長しています。
この検査会社は、世界60か国にマーケットを広げています。
現在行っている血液検査では、10の染色体の異常の可能性を調べることができます。

この会社のCEOは「早く白黒つくんだからいいだろう?」みたいな感じです。

日本の話。
出生前検査を受けた上で出産をした人。
障害があると分かった場合は、中絶も考えていました。
検査をして「問題ないですよ」ってことだったから産んだワケですが、その「問題ない」ハズの子供が実は自閉症で・・・。
障害を持っている子供を育てるのは自分にとってどうか(精神的なことだけじゃなく、経済的にとか体力的にとかいろいろあると思う)ってことを考えた結果「障害を持った子供は産まない」っていう決断をした人だったワケです。
で、障害のない子供だと思って産んだら実際には障害児だったワケで・・・。
自閉症ってわかって、あ、そういえば検査受けたよなって思いだした時に、ああ、私は何をやってるんだろうっていうのが、強くて。
そりゃあ、そう思うよねぇ・・・。
悩んで決断しただろうに、あんだけ悩んだのって何だったの?だよねぇ。
このように「出生前検査」はどの障害にも万能ってことではなく。
ダウン症の子供を産むことは避けられても、私のような発達障害を持っている子供は生まれてきちゃうんですよ!

一方で、出生前検査を必要とする母親は多いと語るのは、日本で検査の普及に努めてきた第一人者、名古屋市立大学名誉教授の鈴森薫さんです。
鈴森さんは、ダウン症の子どもを産んだ、ある母親のことが忘れられないと言います。

この先生の患者さん。
最初の子供はダウン症。
次の子供は健常児をってことで、検査を受けて、無事に正常な子供を出産。
私も60になりまして、やっとダウン症の子どもが、養護施設、介護施設に入る事になります。
これから、私の人生が始まるような気がしますという手紙が参りました。

このお母さんは60歳になるまで自分の人生が始まってない状態だったってことで。
ダウン症の子供のことで、何十年も大変な苦労をされたんでしょう。
今はどうか知らないけど、昔であればあるほど障害に対するサポートは手薄だしな。

私が子供の頃に住んでいたところにもダウン症の人がいた。
普通の両親、兄、そしてダウン症の女の子。
両親も会ったことがあるけど、まともそうというか普通の感じの人だし、ちゃんとしたところにお勤めで。
お兄さんも社名は伏せておくけど、十分な給料が貰えるだろうなぁ〜って感じのところにお勤めで。
でもね、お兄さんはいつまでたっても独身でした。
本人に訊いたワケじゃないから、本当のことは不明だけど、私を含めて周辺の人はみんな原因は「ダウン症の妹」だと思っていた。
その当時はまだご両親も高齢じゃなかったけど、高齢になったり亡くなったりした後、誰が面倒を見るのか?
普通に考えたら兄弟がいるならそっちに行くよねぇ・・・。
親は「大丈夫だ。施設に入れるとかなんとかする」みたいに言うだろう。
ダウン症だろうがダウン症じゃなかろうが、子供には幸せになって欲しいだろうから。
でも「結婚相手」はそうは考えないからね。
テレビなんかでダウン症の人が出てきて、何か素晴らしい才能を発揮して見せたりして「ほら!ダウン症でもこんなに幸せ!」みたいなのが目につくけど、そういうパターンばっかりじゃないぞと。
それはダウン症に限らず「障害者」っていうもの全般に言えることだけど。

アメリカでは、受精卵の段階で、子どもの性別などを選択する技術も、普及し始めています。
最初は自然に妊娠することが難しい人の為に始まった人工授精が、どんな子供を産むか(性別だの髪の色だの)を選択するっていう目的で盛んにおこなわれるようになりましたとさ。ってことで。
健康で幸せで、自閉症もがんもダウン症もない子どもが持てるとしたら、それを選ばない人がいるでしょうか。
正論ですね。
私も今からでも「健康で幸せで、自閉症もがんもダウン症もない」人間になりたいです。
今は「不健康で不幸で発達障害がある」からな!(激怒

NHK白熱教室でおなじみのハーバード大学、マイケル・サンデル教授。
車を買う時みたいな気分で子供を産むな!
無償の愛が無くなるだろ!
ってことで。
しかし、生まれてくる子どもの特性をコントロールし、選択する事にもし我々が慣れてしまったら、全てを意のままに操作するという傾向に拍車をかける事になります。
そうなれば人と人との連帯感が失われるばかりか、道徳的意識も損なわれてしまいます。
自分とは少しでも異なる人を許容しなくなり、つながりが希薄で生きづらい社会を我々自身が作り出す事になるのです。

そうだねぇ・・・。
障害がある人が更に少数派になったら、今だって大変なのに更に肩身が狭い思いをすることになるだろうねぇ。
で、健常者って生き物は「自分が明日にも障害者になるかも知れない」っていう事実を忘れている生物のようなので、自分で自分の首を絞めかねないことをしようとしているのに気付かないんだよねぇ。


第4回 反響編ってのが放送されたようだが、見ていないので再放送(7月2日)を見てみようと思う。
「番組に寄せられたご意見を受けての反響編」だそうです。

posted by ひと at 14:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハートネットTV シリーズ 選ばれる命 第2回 出産・母親たちの苦悩

第2回 出産・母親たちの苦悩
ハートネットTV:2014年6月4日の放送詳細 - NHK福祉ポータル ハートネット

4月、来日したイタリア人女性の話を聞こうと、多くの人々が会場を埋め尽くしました。
シモーナ・スパラコさん。35歳の作家です。3年前、おなかの中の子どもを亡くした経験から、一冊の小説を書き上げました。

誰も知らないわたしたちのこと



出生前検査で胎児に重度の障害があると告げられた主人公が、苦悩の末、人工妊娠中絶を決断。その葛藤と孤独感が綴られています。

日本で地道に活動をしている人が紹介される。
誰にも打ち明けられない会員たちの思いをボランティアで一身に受け止めているのが、藤本佳代子さんです。自らもおなかの子を失った事がきっかけでこのサイトを開設。悩みを抱える女性たちの相談に応じるようになりました。
出生前診断の告知のあり方と自己決定の支援を考える【泣いて笑って】
日本ではこういうのはボランティア頼みってことですね。
で、ボランティアじゃなく、国の制度としてやっているのがドイツ。

ドイツでは妊娠葛藤相談所と呼ばれる相談機関を全国1500か所に設置しています。
ここでは、妊婦とその家族が専門の相談員のカウンセリングを無料で何度でも受ける事ができます。

突然「ダウン症の可能性が〜」とか告知されても、何をどう判断したらいいかなんてわからんし、産んだ場合、どういうサポートが受けられるとか、カネの負担がとか、実際にどういう問題が発生するかとか何の情報もない状況で、しかも堕ろせる期間ってのは限られていて・・・。
かなりのショック状態で冷静に判断して決めろってのは無理な話です。
しかも、ダンナが真剣に考えてくれないって状況もアリアリでしょう。

次に登場するのはアメリカ。
ダウン症協会ってのがあって、医師なんかとも連携していろいろ活動している。
サポート体制としては途上だそうだ。

posted by ひと at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハートネットTV シリーズ 選ばれる命 第1回 問われる出生前検査

※内容的に発達障害とは関わり合いがほとんどありませんが、カテゴリは「発達障害」に入れています。

Eテレで「ハートネットTV シリーズ 選ばれる命」っていう番組を何回かに分けて放送していて、たまたまそのうちの何回かをところどころ見たワケです。
ちゃんと全部見たいなぁって思っていたところ、
シリーズ 選ばれる命 (1)、(2)、(3)一挙アンコール放送
ってのがありまして、全部見ることができました。

私は「親」という目線とか立場から見ることはできない。
で、どういう立場で見ているかっていうと「『生まれてくるんじゃなかった』って今でも思っている、障害を持って生まれてきた子供」っていうことで。


第1回 問われる出生前検査
ハートネットTV:2014年6月3日の放送詳細 - NHK福祉ポータル ハートネット

2013年4月から始まった新しい出生前検査。
わずかな血液を採取するだけで、胎児の病気を調べる事ができます。
費用は20万円ほどかかりますが、1年間で8,000人が検査を受けました。


番組ではまずイギリスでの事例を紹介。
イギリスでは、障害のある子供を普通の学校に通学させているようなのだが、各クラスに担任の他に障害児をサポートする専門の教師が配置されている。
そのぐらいのことをせんと、健常児までかき乱されて授業にならないだろうな。
でも予算はかかりそう。
こうして普通学校に通う事で、障害児たちはいち早く社会へ順応できます。
うん。重要だね。
作業所にいた発達障害の人で、頭は悪くなさそうなのに「世間一般のこと」っつーか、普通の人なら知っているような知識が抜けている人がいたんで。
あれは、本人が困るだろうな。って思った。
何でも知ってればいいってもんでもないけど、学校とかで習う以外のことで、別段誰かから教えてもらう経験もなく身に付けていることって、すごく多いと思うんだよね。
どんな障害でもってことではないけど、最終的には社会の中で生きて行かなきゃいけないワケで、その時に「普通のこと」がわかるかわからんかっていうのって、すごく重要かと思う。

こういう支援をやるにはすげーカネがかかるのでイギリスは困っちゃったな〜って状況に。
で、どうしたかっていうと
イギリス政府は、出生前検査を積極的に導入する事にしました。
検査が無料ですよ!
検査の結果を受けて、中絶を選択する人は9割を超えています。
その一方で、胎児に障害があっても産む決断をした人には、手厚い支援を行っています。

検査無料だから障害児は全員殺せ!ってことではなく、よく考えた結果産むっていう決断をしたらしたで、ちゃんとサポートしますよ。ってことですね。

イギリスのダウン症の大人も登場。
この人は週に五日働いているし、一人暮らしをしている。
んで、家賃は全額国の補助金!
日本みたいに障害年金だけっていうようなことじゃないんだな。
どういうシステムなのかがわからんけど。
炊事、洗濯・・・、身の回りの事は一人でこなしています。
最初は何もできませんでしたが、専門のヘルパー(自立支援員)が訪問し、教えてくれました。
今でも週に4回やって来て、苦手な事を克服できるようサポートしています。

身の周りのことができにくいってのはダウン症だけじゃなく、発達障害者でもそういう人が多いみたいだけど、日本ではサポート体制はほとんどないよねぇ・・・。
一応デイケアとやらがあったと思うけど、なかなか使えるもんじゃあないよねぇ。

次に日本の現状。

障害児を親が育てきれなくなって、行き場がなくなった子供は児童養護施設へ。
今までだって児童養護施設って結構運営が大変だったみたいだけど、収容される障害児の数が増えまくりで、更に大変な状況に。

障害児を受け入れている里親。
61歳と65歳の夫婦。
岩木さん夫婦は、ともき君の里親になる前にも障害のある子どもを里子として引き受け、育てた経験がありました。
そんな夫婦のもとに、再び児童相談所から、里親になってほしいという連絡が入りました。
夫婦は悩みました。

健常児だって体力的にも精神的にも育てるのは大変なのに、更に障害を持っているっていうことになると、更に大変。
年齢的に体力とか気力とかどうなんだろう?って考えちゃうよねぇ・・・。


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2014年06月07日

アイデンティティーが崩壊すると夢を見なくなる件

私自身にも何がどうなっているのかがよくわからないし、そもそも自分の感情みたいなものって定型発達者みたいに把握できるもんじゃないから、説明のしようもない感じだけど、とりあえずできる限り説明してみる。

一週間ほどおかしかった。
「オマエは常におかしいだろ?」とお思いかも知れないし、実際そうだけど。
そういう普段のおかしい状態とは違う感じにおかしかったので。

一日中眠いのだ。
まあ、そういうことってたまにあるんだけど、夜も普通に寝て、昼間も眠くて起きていられない(いつも以上に眠気がひどかった)状態で、何時間も寝るんだけど、夜もやっぱり普通に寝る。
一番「おかしい」って感じたのは、夢を見ないこと。
いつもなら朝起きて、内容は覚えていなくても「夢は見たな」っていう記憶は薄っすらあったりするものだ。
昼寝に至っては、夢を見るのが目的か?ってぐらい、夢を見まくるのが私の場合は普通だった。
それが、夜はもちろん、昼も夢を見ない。
それだけ深く寝ていることでは?とお思いかも知れないが、夜も何度も目を覚ましては寝るっていうのを朝まで繰り返しているので、深く寝ているとは思えない。

同時期に更におかしいことが。
喰えないのだ。
正確に言うと「何を喰ったらいいのかを考えることができない」っていう。
食欲がないっていうことは私の場合はまずないし、実際食欲が落ちたということは全くない。
胃が悪いワケでもないし。
でも、何を食べるかを考え切れずに「出かける用事があって忙しいから食事のことは考えなくていいか」みたいな感じになって、一日二食の生活をしているのに、気づくと一日一食になったり。
さすがにちょっとまずいかな?って感じがしたので、それなりに食べるようには心掛けたけど。

私は発達障害の診断が出て以来、アイデンティティーが崩壊したような状態になっている。
今まで土台としてきたものが全部否定されてしまって、新しい土台の上に新しい人格を構築する必要性が発生したが、年齢的なものもあって、それが全くできていない。
このままずっとこういう状態か・・・って思っていたが、私の意志みたいなものとは無関係に、私の脳なのかなんなのかわからんけど、ソイツは新しい人格みたいなものを構築しようとしているらしい。
危機的状況化に於いてはアイデンティティーみたいなものは無い方がいいらしいけど、日常生活ってものはそういうのがないと非常にキビシイ。
自分の現状が「アイデンティティーの崩壊が更に進んでいる途上」なのか「崩壊の底」なのか「再構築の途上」なのかは全くわからなくて、何か変化が起こっているらしいことしかわからん。
今はサナギの中味みたいにドロドロな状態で、時間が経つと中から大きくて美しい蝶が・・・ではなく、貧相な蛾とかが出てくるかな?って思うけど。

人格レベルでは「生まれたて」みたいな状態かと思うけど、オノレの肉体がすでに老いてきている事実に感覚的についていけないっていう変な感じにもなってきている。
もともと今の日本の社会では若ければ若いほど価値が高いっていうイカレた考え方が主流なので、老いを受け入れるっていうのがそもそも困難ではあるが。
アンケートなんかに年齢を入れる時に、一瞬混乱する。
今までこんなことはなかったのに。
自分の年齢は記憶しているが、実際にそれを入力しようとして「あれ?そんなに長いこと生きてたっけ?」みたいな変な感じに。

発達障害の診断って、結果の告知と就労支援(他は二次障害の治療とか)ぐらいで、精神的なサポートってないからな。
実は精神的なサポートが最も必要なんじゃないかと思うけど。
「大人だから放置の方向で」ってことになっているのかも知れないけど、むしろトシを喰っていれば喰っているほどキツイと思うのだ。
それだけ手厚いサポートが必要だろうとは思うけど、こういう状態になっている人の絶対数が少ないだろうから、サポートのやり方みたいなものも用意できないんだろうな。




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2014年05月28日

一緒にいてもひとり―アスペルガーの結婚がうまくいくために

一緒にいてもひとり―アスペルガーの結婚がうまくいくために



以前読んだアスペルガーと定型を共に生きる: 危機から生還した夫婦の対話という本の中で紹介されていたので読んでみた。

外国の人たちの話なので、日本人に当てはまる内容ばかりではないだろうなと思いつつ読んでみたけど、アスペルガーの人を配偶者に持つ人だけでなく、知り合いとか職場にアスペルガーの人がいるっていう人に読んでもらうと、理解を深めるのに役立つ本かな?って思った。
ただ、一部私には理解ができなかった部分と、絶対に許せない部分があったワケだけど。

 今ならギャビン(著者の夫でアスペルガー症候群)は短期記憶より長期記憶のほうが数段優れていると知っています。彼は日常のことより事実や情報を記憶するほうがずっと優れています。これはAS(アスペルガー症候群のこと)の人にはよくあることのようです。株式市場のことなら完璧に頭に入っているのに、スーパーマーケットでの買い物は三つ以上になるとリストが必要というのはこっけいです。(42〜43頁)

私も短期記憶はものすごくダメだね。
特に耳から入った情報は全く記憶しておくことができないから、電話から必要な情報を得るっていうのは絶望的だ。
でも、円周率は何十桁も覚えていたりする。
スーパーで買い物をする時に、私も「三つ以上になるとリストが必要」どころか三つでもあやしいので、毎回メールで自分の携帯にリストを転送しているけど、普通の人って三つ以上でもリストなしでちゃんと買えるのか。
すげぇな!
スーパーマンみたいだね!!!

 思いやりのある聞き手であるには、興味をもっていなくてはなりません。言い換えれば、相手の目を見なくてはなりません。話を理解していることを確かめるために私たちは相手の目を見ます。相手がよそ見をしていたら、聴いていないと思います。ASの人は違います。アイコンタクトは気をそらすので、話に集中するためにアイコンタクトを避けようとします。(61頁)

私も長年の学習で、話を聞く時には相手の顔の方に視線を向けなきゃいけないっていうことは理解している。
だから通常、定型発達者と話をする時には意識的に相手の目を見てぇ〜ちょっと視線を下げてぇ〜みたいなのをやっているのだが、これは非常に「無駄にエネルギーを使う」行為なので、話に集中する妨げになる。
つまり、私が相手から見て「すごく熱心に話を聞いている」っていう状態の時っていうのは、実は私は全く熱心に聞いていない(聞くことができない)状態にあるという。
一番話に集中できる聞き方は、相手の方を全く見ないし相槌も打たないみたいなやり方かな。
そんなことをしたら、話をしている人の方は「この人、私の話を聞く気がないのかな?」って思っちゃうだろうけど。

 人の中にいると、ぼくはいつもスペシャルゲストとして招待された観客のような気がする。いつ自分が話せばいいのか、話すことを期待されているのか、まったくわからない。ほかの人はみんなリラックスしてくつろいでいるのに、ぼくは、いつ自分に何か言う番が回ってくるかを考えている。みんなそんなことで悩んでいないようだ。それどころか、安心しきってしゃべっている。会話の流れはリズムにのっている。ちょっとしゃべって、ちょっとクスクス笑って、また話すという具合だ。ぼくにはその流れがつかめない。(71頁)

うん。
そんな感じだね。
他人と一緒にいる時って、常にかなりの緊張状態でいなきゃイカン。
そうじゃないと、とっさに挨拶をするとか礼を言うとかってことも全くできないからね。
優しい人が「無理をしなくていいよ」って言ってくれたことがあるけど、無理をしないと普通に会話が成立しないから!

私と違い、彼は自分の身体に聞いてみるということをしません。言い換えれば、自分の身体がどういっているか聞こえないのです。(115頁)

普通の人みたいに、私も自分の身体の状態に敏感に気付く能力があれば、どんなにいいか!とは思うけど、生まれつきのことだからな・・・。

142ページから、かなり長く「エネルギー理論」というものに関して書かれている。
このあたりは、私にはよくわからなかった。
確かに自分で自分の「エネルギーが少ない状態にある」っていうのは、なんとなく感じ取れたりするけど、それを他人から奪い取るみたいなのが、経験がないのか、意識化できないのか、とにかくわからない。

 人はさまざまなことからエネルギーを得ます。ASの人の場合、誉め言葉、彼らがしてくれた仕事への感謝、特別な関心事についての会話、趣味を楽しむように励まされることが一番効果的なようです。(154〜155頁)

これは国民性なのかな?
単に私が変わっているのか?
後半の「特別な関心事についての会話」「趣味を楽しむように励まされること」に関しては、経験がないのか、それをされていても私が気づく能力に欠けるのか、そうされた記憶がないので何とも言えないんだけど、前半の「誉め言葉」「彼らがしてくれた仕事への感謝」は、私を不快にするだけなんだけどな。
誉められた時、誉められたということをすぐに理解して、その状況にふさわしい応対(愛想笑いをして「ありがとうございます」と言う等)をしなければ、相手を不快にさせると考えているので、必死にそういう状況での「最適解」を求めて頭をフル活動だし、仕事で感謝なんかされても今まで一度もうれしいと思ったことはないので(不快に思ったことはある)、何もよいことはない。

 家族という単位は、自信を得られる場所であり、支援を受けられる場所です。リラックスできて安全を感じられる場所です。(162頁)

これは理想論を言っているのか、一般論なのか?
私は今までそういう内容の「家族」を経験したことはない。
自信を失わされる場所だったし、支援は受けられないし、常にリラックスはできず、不安な場所でしかなかったのだが。

診断を受ける前に、ASであることはけっして不完全を意味しないと肝に銘じておく必要があります。不完全どころか、ASの人の脳は定型発達(普通)の人より進んでいる、進化していることをさまざまな記事が示しています。ベートーベン、モーツァルト、ヴァン・ゴッホ、ミケランジェロ、オーウェル、ダーウィンのような天才たちはASだったらしいという事実を見逃すことはできません。(178頁)

この本は全体によい本だと思うが、この部分だけは許せない。
アスペルガー症候群の中には、ごくまれに天才も存在する。
でも、それは本当に一部だけで、大部分は何の才能もないし、一般に誤解されているように「よく勉強ができる」という人ばかりではない。
この本の中に登場するアスペルガー者は、とても運動神経もいいし、頭もいいようなんだけど、もちろんそういう人ばかりではないので、そのあたりのことを誤解せずに読んでもらいたいなと思う。

この本に登場するアスペルガー者である「ギャビン」は私よりも私の母に近いなと思った。
母は未診断ではあるが、多分発達障害だろう。
私を含めてたいていの発達障害者は運動神経がにぶいのだが、私の母は勉強も運動もよくできたそうだ。
本人がそう言っているだけだから、事実かどうかは不明だが。
母は、私が勉強も運動も全然できないっていうことが、どういうことなのかよく理解できていないようだった。
生まれつきの能力で、できないものはできないのだが。
一番母と似ていると思ったのは「ギャビン」が決して謝るということをしないこと。
母も謝るっていうことができない人だった。
自分には一切非がないっていう態度しか取らなかった。
「ギャビン」は謝るっていうのは自分が負けを認めるっていうことだから、絶対にしたくなかったみたいだけど、母もそうなのかな。
自分は完璧だ!みたいな思い込みで生きているっていうことか。

世の中には「夫がアスペルガー」っていう人は大勢いるようだ。
でも、本人が認めないことには、一方の努力だけでは限界があるし、共に生活していくっていのは難しいだろうな。
でも、自分が困っていなかったり、困っていても「相手に100%非がある」って思っている人に「自分はアスペルガーだ」っていう考えを受け入れてもらうのは難しいだろうな。
この本は、そういう状況の当事者に読ませても、あまり役には立たないかも知れない。
そもそも読もうともしないか。

巻末に「役に立つ情報源」っていうのも掲載されているけど、英語圏のものばかりなので、英語が全く読めない(中学生レベルのものすら無理)なので、私には役に立たない。
まだまだ日本では支援が不十分だし、「空気を読む」ことが必須とされている文化があるので、発達障害者には非常に生きづらい状況だけど、海外ではいろいろと進んでいるようだ。
日本も早くそうなって欲しい・・・って思っていないワケじゃないけど、そうなったところで、すでにかなりの年齢に達している私にとっては手遅れでしかないよな。


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2014年05月11日

アスペルガーと定型を共に生きる: 危機から生還した夫婦の対話

アスペルガーと定型を共に生きる: 危機から生還した夫婦の対話



時々拝見しているブログの主の本のようなので、読んでみた。
アスペルガーの人で結婚している人って、たまにテレビ番組の中でチラリと紹介されたりはするけど、本の内容まるごと一冊!ってのは珍しいなと。
アスペルガーのことに知識の無い人にでも読みやすい内容だと思うし、今結婚している人や、これから結婚を考えている人で、どちらもアスペルガーじゃない人にも、何かと参考になる部分ってあるんじゃないかと思う。

定型発達者で特に女の人は、無意識のうちにかなり遠回しな言い方をしている。
定型発達者同士だと、むしろそういう言い方をしないと「無神経な人」「ずけずけ言う人」みたいなレッテルを貼られかねないので、日常的にそういう状況を回避するような言動をするワケだけど。
そういうのって発達障害者には伝わらないんだよね・・・ってのが、この本には具体的にいろいろな事例が登場する。
定型発達者の側には、ちょっとだけ「自分は日頃、発達障害者には理解しにくい遠回しな言い方をしている」っていう認識を持ってもらえるとありがたいかなと思う。

この本に登場するアスペルガー者であるご主人は子供の頃から非常に勉強ができる方だったというのが読んでいるとわかるが、大丈夫だとは思うけど一応誤解のないように言っておきます。
アスペルガーでも、勉強ができたり知能が高かったりしない人もいます(私みたいに)。
アスペルガーの人は優秀で何か才能があるっていう方向でマスメディアが煽っているので、今後もしつこく、このことは訴えていこうと思います。

1章にまず「離婚をめぐる二人の手紙」が紹介される。
アスペルガーであるご主人が書いた手紙と、定型発達者である奥様が書いた手紙を読み比べると、笑ってはいけない状況だけど(内容は非常に深刻なものなので)ついつい笑ってしまいそうになるぐらいの違いがある。
ご主人の手紙は「いかにもアスペルガーの人が書きそう」な感じで、一方の奥様の手紙は「いかにも定型発達者が書きそう」というふうに感じた。

伸 夫 教員になるんだったら、「あ、なりたい」じゃなくて「なろうかな」って感じなんですよね。すごく失礼な話なんですけれど。特に、国語の教員が中学の時すごいハズレで、ずっと思ってました。「この人が教えるぐらいだったら、教えてもらわない方がいい」と。
パンダ 「国語の先生がとってもすばらしかったから自分も国語の先生になろうと思った話はしばしば聞くと思うんだけれど…。
伸 夫 正反対、正反対。
パンダ あの人がやるぐらいだったら、自分の方がいいということですか?
伸 夫 はい、まさにそうです。
(35〜36頁)

私は以前、簿記の講師になろうかな。と思ったことがあった。
日商二級の授業を担当されていた先生が、商業高校で長年教壇に立たれていた「この道一筋」の大ベテランの先生で、それはそれはすばらしく・・・ヒドい授業で。
「私の方がもっと上手に教えられる」と思った。

大学で産業カウンセラーのコースを受講したのも、自分自身が心療内科のカウンセラーにボロボロにされて「これなら自分でもできるな」と思ったから。

こういう考え方をするのって、アスペルガーにありがちなのか、むしろ少数派なのかは不明だけど、私としては、このあたりの話は非常に共感できた。

一緒にいてもひとり―アスペルガーの結婚がうまくいくために



お二人の関係がかなりこじれていた時に読んだ本だそうで、この本からはかなり得るものがあったようだ。
私はまだ読んでいない本なので、早速読んでみたいと思う。
この本は結婚した相手がアスペルガーだったっていう内容らしい。

(聞き手のパンダさん)が東山ご夫妻と最初に出会ったのは、ネットで見つけた「配偶者の会:井戸端掲示板」という、配偶者がアスペルガーの方たちが情報交換したり、悩みを語り合ったりする場でのことでした。(189頁)

私自身、結婚をしたことはあるけど、すぐにうまくいかなくなってしまったし、最近は定型発達者でさえ結婚ってのが難しいようだから「アスペルガーの人で結婚している人は少数派」みたいな考えを持っていた。
だから、こういう掲示板があるなんて考えてもみなかった。
mixiのコミュでもアスペルガー(未診断)のご主人と子育てでボロボロになっている人の書き込みなんかを見かけたりしたが、こういう掲示板があるって知っていたらよかったんだけど知らなかったからな。

本の中で「聞き手」として登場する「パンダ」さんのブログ(ご自身も配偶者がアスペルガー)アスペと定型も是非読んでみたい。

お互いがお互いの「違い」をしっかり理解すること、そして「違う者どうし」として、あらためてどんな関係を結べるかを考えること、そういうことを考えていきたいブログです。(193頁)

私はこの先、結婚することもないと思うし、年齢的に子供を持つこともあり得ないから、よくも悪くも「結婚生活を続ける上での苦しみ」みたいなものは二度と経験しないと思うけど、それがいいのか悪いのかはよくわからないし、やっぱり発達障害を持っている人が、私のように一生一人で生きていくっていうのはかなり難しいことだから、まだ若い発達障害者には、この本を参考にしつつ結婚には前向きに考えて欲しいかなと思う。

posted by ひと at 10:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月05日

自分以外の障害者に対する認識

数年前、手話の授業で「今まで障害者と関わり合ったことがありますか」みたいな質問があったのだ。
当時、私は自分で自分が障害者じゃないかという疑いは持っていたけど、まだ診断前だったものだから、自分は除外して考えるとして・・・
で、ちょっと考えて「いない」って思ったのだ。
近所に住んでたじゃん!ってのに気付くのには、結構時間がかかった。
記憶力がないとか忘れっぽいからってことも関係があるのかも知れないけど、私はどうやら「障害者」を「障害者」として見ていないらしいってことが判明。
定型発達者にはあって、自分には存在しない感情とか感覚があるけど、これもその一つかも知れない。

近所に何人か住んでいた「障害者」の一人に耳の聞こえない人がいた。
普通に考えれば、この人は「聴覚障害者」なワケです。
でも、どうやら私の中には「障害者」っていう概念がないので(一応どういうものかを言葉で説明したりはできるけど、感覚的に認識できていないらしい)、その人は「耳の聞こえない人」以上でも以下でもないという。
「背の高い人」「走るのが速い人」「手先が器用な人」「勉強ができる人」なんていうのと同列っていうことで。
この説明でわかるかな?
わからんかも知れん。

このように他人の「障害者」に対しても偏見以前の感情が持てていないので、自分が障害者になったところで屁でもないという。
これが、障害者に対する偏見があるってところまで行かないまでも「他とは違う人」ぐらいの感覚を持っている人が、ある日突然「アナタは生まれつき障害者ですよ」なんて言われたら、そのショックで当分立ち直れないだろうなぁ〜と思うのだが。

偏見みたいなものって多分ない方がいいものなんだろうけど、「そんなものはよくない!」とか言ったからって、自分でも「そういうふうに人を見たくない」って思っても、どうにもならんのが人間の感情というものだと思うんだよね。
じゃあ、どうしたらいいんだろう?って考えても、私の悪い頭では何もわからんのだが。

自分がまだ「被差別」みたいなものを経験していないってのも、未知の部分を拡大させちゃってる気もする。
経験しちゃうと、きっと違うと思うんだよね。
もちろん「差別されたぁ〜い♪」なんてことはないんだけど。
ってことで、あくまで想像だけど多分、明確に自分で「差別意識がある」って自覚している人よりも、「自分は差別なんかしない」って思いこんでいて、実際には無自覚な差別意識がある人の方がタチが悪いんじゃないかなと思う。
このあたり、今後いろいろ私も経験していったり、考えが変わったりいろいろあると思うので、そのうち考えてみたいと思う。

posted by ひと at 13:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

青年期の発達課題と支援のシナリオ

青年期の発達課題と支援のシナリオ



自分が「青年期」どころか「老年期」にさしかかりつつあるのは重々承知だが、子供が対象じゃなさそうだったんで、まあ何か参考になる部分があるかな?と思って読んでみた。
結論から申しますと、何もなかったという。

この本の「青年期」ってのは「高校時代」限定って感じです。
自分が高校生の時だったらどうだったろう?って考えながら読んでみたけど、なんかしっくりこないっていうか、「そうそう!」みたいな部分がなかった。
この本の対象者は当事者ではなく、親とか教師とかっていう周囲の人だな。
当事者が読んでも(高校生ぐらいの年齢だったとしても)参考にはならなさそう。
ましてや、高校生だったのが何十年も前な私が読んでも仕方がない感じで。

内容はあくまで当事者以外の立場から書かれている。
暴力をふるうとか、周囲に暴言を吐くとか、性にだらしない行動を取るとか、いろいろな問題行動をする発達障害者に対してどう対応するかみたいなことが書いてある。
私みたいに高校時代に精神的にボロボロになりながらも周囲に合わせていた(周囲からはそう見えていなかっただろうけど)タイプには、あんまり関係ないっつーか、役には立たない感じ。
実際、問題行動は起こしていなかった(と思う)から。

高校生ぐらいの発達障害者と関わり合うことになった人(親でも教師でも)が、参考程度に読むと少しは意味があるかな?という本でした。


posted by ひと at 12:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月06日

アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか? 大人の発達障害を考える

アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか? 大人の発達障害を考える (こころライブラリー)



なかなかしっくりくる本ってなかったんで、この本もそうかなと思ってあんまり期待せずに読んだ。
他の本はアスペルガーだけじゃなく、ADHDの要素が強い人のことが書いてある場合が多くて、自分にはさっぱり当てはまらないなぁ。なんてことが多かったのだが、これは割とそういうこともなく。
自分の障害のことを理解してもらうのに、自分で説明するよりも本を読んでもらう方がいいって話も聞くが、私の場合はこの本がいいかな。
他の本では見られなかった内容も結構盛り込まれているし、発達障害者と一緒に働く人の気持ちと、発達障害者本人の気持ちが両方わかりやすく書いてあったりして画期的だなと。
他の本は、どちらか一方だけなんだよね。
ただ、残念なのは(つーか仕方がないけど)男の人のことが書いてあるなって感じ。
女の人の場合は、脳に性差があるせいで、やっぱり出方も違うし、社会的に期待されるものが異なるので、不具合が発生する部分にも違いがあるんだよね。

 たいへん残念なことですが、多くのいわゆる健常者にとって、アスペルガー障害に悩む人々の言動が、しばしば不愉快であることは否定できません。もっと言ってしまえば、アスペルガー障害とは「悪気がないのに他人を不愉快にしてしまう病気」でさえあるかもしれません。(1〜2頁)

その通りだねぇ・・・。
本当に残念だねぇ。
「病気」じゃないけどな!

 まず、シングルフォーカス特性によって、自己モニターの機能が障害される理由は、対象に注意を向けているあいだは、自分の心や体の状態に同時に注意を向けることができないからであると説明できます。(85頁)

軽くパニックを起こして気持ち悪くなったりなんていうことは、よくあるんだけど、自分で自分が気持ち悪くなっているっていうのに気付くのは難しいんだよね。
何かの用事で出かけて「疲れたらちょっと喫茶店で一休みでもするか」なんて感じにできたらいいんだろうけど、自分が疲れているかどうかってのはわからない。
だから、どのタイミングで休憩をしたらいいのかは不明。
で、翌日、疲れすぎて非常に体調が悪いなんてことになる。
困るんだけど、自分ではどうにもできないんだよね。

いわゆるふつうの人にとっては、他者の感情的な同調や共感は、生きる目的と言えるほどの重要性を持っていますが、大半のアスペルガー者にとっては、そうではないのです。(111頁)

ええええええ?
他の人に同調とか共感してもらうのって重要だったのか!
知らなかった。
びっくりです。
アスペルガーだからそういうものが重要じゃないのか?
アスペルガーのせいで同調や共感をしてもらえなかったから、どうでもよくなっちゃったのか?

130頁から始まる「二 特性」に、どの特性が高いと(または低いと)どうなるかみたいなことが詳しく載っている。
言語性と動作性ってのは、発達障害者でも高い人もいれば低い人もいる。
一緒くたにされちゃうけど、ずいぶん違うので、これを読んで本人も周囲の人も理解を深めて欲しいなと思う。

163頁から始まる「過剰適応による不適応」は、過剰適応に対する対応策も書いてあるので「画期的」と思ったのだが・・・。
大変期待して読み進んでみたのだが、本人がどうこうするっていうより、周囲にやってもらうって部分がほとんど。
そうじゃなく、自分がどう対応すればいいかを知りたかったのに。
要するに「本人の努力で改善が難しい問題」ってことなんだろうな(鬱

 結論として、一般的な考えと異なり、アスペルガー者の環境調整においては、「対人交流の最小化」という観点が必要になることに注意しなくてはなりません。−中略−実はアスペルガー者たち自身も対人関係の多様さに重きを置くような価値をすり込まれて成長しているため、そう言われると当事者自身も不思議に思うこともあるようです。(228頁)

何かびっくりっつーか、画期的!
アスペルガーだろうが何だろうが、やっぱり友達ができないのって問題だよねぇ。みたいに思っていたけど、むしろそんなのいなけりゃいないほどいい!ってことで。
すばらしい!
ただ、私のように誰とも接触しなくても平気なタイプの人と、定型発達者並みに(あるいはそれ以上に?)誰かと接触していないとつらいっていうタイプの人がいるので、私みたいなのは誰とも接触しなくていいけど、寂しいと思う人はそれはそれでつらいよね?
そういう人でも、たった一人の理解者みたいなのがそばにいればそれでいいんだろうけど、それも難しいのが現状だよな。

 職場の環境調整について重要なことを、最後に一つだけ述べておきます。それは、「働くのをやめる」という環境調整もあるということを、忘れないことです。働くのがうまくいかないのですから、働かないという選択肢もあっていいはずです。(239頁)

これも他の本では見ない話だな。
私は今は諸般の事情で働いていないが、後ろめたいっつーか、私と同じような障害の状態でも自分の意志とは無関係に経済的な事情から、とてもつらい思いをしつつ働いている人が大勢いる。
大勢いるどころか、大部分がそういう状況だと思うのだ。
だからこそ「悪いことをしている」みたいな気で過ごしている。
発達障害者に限らず、普通に会社勤めをするのがつらいっていう人が、働かなくても、最低限人間らしい生活ができるようになっていればいいのになと思うが、実情はブラック企業で過労自殺だからな。

日常生活においては、心に依らずに相互作用の形式に注目することで、社会とのかかわりを適切に制御できる可能性はあります。
 お礼を言わなくてはならない理由がわからなくても、たとえば、「ものをもらったら感謝を伝えねばならない」と知っていれば、「ありがとう」という言葉を口にすることはできます。あまり難しいことを考えずに、単純にそういう社会的な規則性のセットを学習していけば、内容の有無とは関係なく、表面的な感じの良さを獲得することは不可能ではありません。
(247頁)

これの前に「心を探求する」っていう正反対の対応策も示されているのだが、私はこれは無理だった。
んで、自力で編み出したのが、この「心に依らずに相互作用の形式に注目する」ってやり方だったんだな。
実際に「ありがとう」っていう言葉を発するのは「単純にそういう社会的な規則性のセットを学習」するっていうやり方でこなしている。
挨拶なんかもそう。
でも、実際にそれでやると、心はないから、その場に合った声の大きさやタイミングなんかが難しすぎて(毎回、すごく必死に周囲の動きを気にしながらやっているのにも関わらず)、それらが適切ではないらしく(たいていフライング)笑われたり、ご注意を受けたりする。
本当に難しい。
でも、定型発達者ってのは、そういう変なもの(私にとってはそういうふうにしか受け取れない)をものすごく重視するっていうか、それ以外をほとんど見てないだろ?ってレベルなので、練習が必要だけど身に着けられるものなら、身に着けておいて欲しいと思う。
自分自身のために。

 「アスペ力」という言葉があります。当事者が使い始めたと思われますが、「アスペルガーらしさの力」というほどの意味です。−中略−
 「アスペ力」は、際立った論理性や数理的な能力などの特殊な力を指す言葉ではありません。他者の感情よりも客観的な事実を価値の基準として重視する、ある意味で超俗的な生活態度、あるいは実態のない感情や心に左右される社会を相対化する視点とでも考えるのがよいのではないでしょうか。
(251〜252頁)

「アスペ力」(「あすぺりょく」と読むそうです)という言葉は知らなかった。
仕事を辞めて(辞めてっつーかクビだから「辞めさせられて」だけど)人と全く接触がなくなると、自分でも自分の内側が変化していくのは感じていた。
「普通の人間じゃなくなっていく」って感じがしていた。
その当時は自分が生まれつき「普通の人間じゃない」ってことを知らなかったからな。
仕事をしていると、周囲の人に合わせて行動しているが、自分一人だとそういう必要がない。
「このままだと、二度と社会復帰ができないんじゃないか?」っていう感じがしていたものだが、その状態が「アスペ力」全開の、本来の状態なんだな。

この本は、ADHDが強いタイプの人だとあんまり参考にはならないかも知れない。
共通している障害特性もあるから、まったく参考にならないってことはないだろうけど。
アスペルガーの当事者はもちろん、周囲の人が読むといい本かなと思う。

posted by ひと at 17:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月28日

「こころがかぜをひいたとき」〜ご本人に寄りそうご家族のために〜

紹介しようと思って、きれいさっぱり忘れていた。
もう締め切られていたらごめん。

DSCN5303.JPG

3月17日の10時から、保土ヶ谷区役所本館3階の301−302会議室ってところで、ほんごうメンタルクリニックの本郷裕明先生による「こころがかぜをひいたとき」っていう精神保健福祉家族教室とやらがあるそうです。
お申込み・お問い合わせは保土ヶ谷区福祉保健センター障害担当まで。

個人的には鬱病を「こころの風邪」みたいな表現をするのって好きじゃないんだけどな。
風邪みたいに必ず全ての人がなるもんじゃないし、完全に治っちゃうような種類のもんじゃないし。

posted by ひと at 13:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月19日

アスペルガーですが、妻で母で社長です。

アスペルガーですが、 妻で母で社長です。



何か参考になるだろうか?と思ったので、読みたいとは思っていたが、図書館には置いていないし、結構いいお値段だし・・・ってことで、ようやく読んだので感想を。

著者のアズ直子さんは、タイトル通り「アスペルガー」で「妻」で「母」で「社長」ってことで。
自分で発見したルールを紹介してくれるらしいので、何か自分にも使えそうなものもあるだろうか?と思ったのだ。
結論から申しますと・・・全くなかった。
アズ直子さんは「ADD(注意欠陥障害)の傾向の強いアスペルガー症候群」ということなので、私のようにADDがないタイプとは大幅に違うかなという感じ。

「マインドマップ」というものが紹介されているのだが、これも私には合わないかな?
考えが次々に展開していく感じに発想できそうにない。
マインドマップ
本の中で「マインドマップ公式サイト」のURLも紹介されているのだが(http://www.mindmap.or.jp/)ないのだが?
なんでだろう?
そんなに古い本じゃないのにな。

第3章から始まる「宇宙人(アスペルガー)でも生きやすくなる30のルール」。

1 朝8時に“スタバ”に行く

どうやらアズさんは毎朝スターバックスに行っているらしい。
うむ・・・金持ちだな。
社長なんかやってる人は、やっぱり違うな。
歩いて行ける距離にスターバックスがある人ってのも限られるよな。
私もそうだが、発達障害者で、毎朝スターバックスに行けるほどの収入がある人って、滅多にいないと思う。

6 人の顔の見方
相手が何か話をしているときにはその人の顔を見る。
相手の目をじろじろ見ない。目ではなく眉間あたりに視点を置くとよい。

この人はこのやり方でうまくいっているのか。
私は相手の顔を数秒見たら、次の数秒は少し視線を下げて、また視線を上げて・・・ってのを繰り返している。
相手の表情から読み取れないから、顔を見ているというか「あ〜コンタクト入れてる」とか「生え際が白いから、白髪染めで染めているんだな」って思いながら見ている。
相手の眉間あたりを見ると、近くにいる相手だと寄り目になっちゃうと思うんだけどな。
変じゃないのかな?

24 「人にわかりやすい特技」を持とう
孤独を愛し、自分の世界に浸り込むタイプのアスペルガーもいますが、それでも、誰にだって人に愛されたい、好かれたい、友達が欲しい気持ちはあるのではないでしょうか。

まず「孤独」は愛していない。
一人でいたいってのとは違うな。
もちろん人と接したくないけど、説明できないけど、そういうことじゃない感じがする。
「人に愛されたい」ってのは完全に否定もしないけど、それほど重視しない。
「友達が欲しい」も同様。
愛されないより愛された方がいい、友達がいないよりいた方がいい、って思うけど。
で「好かれたい」ってことは全くありませんので!

27 「過集中」で人にはできないことをやり遂げる
アズさんはこの「過集中」によって、いろいろなことを身に着けておられるようだ。
で、私はもともとは過集中をしまくっていたらしいけど「悪いこと」という認識を持ったのでやらんようにしていたらでけんようになったんで、今はやろうと思ってもできない。
他の発達障害者が「過集中」って状態になってんのを職業訓練の時に隣の席でじっくり見学する機会があった。
その時、あるパソコンソフトで図を描くっていうのを過集中になりまくる子に振り分けたんだよね。
で、過集中になりまくって長い時間をかけて仕上げました!
仕上がったものを見ましたら!
なんじゃこりゃ?
私ならもっと短い時間で、もっとマシなものを作れるよな・・・っていう、かなり無残な出来でした。
それまで私は「過集中=高いクオリティのものを生み出す」って思いこんでいたので、思ってもみなかった結果にびっくりだった。
向き不向きとか、そもそもの能力とかに個人差がありすぎるほどあるから、同じように「過集中」をしたからといって、いい成果が出るとは限らないんじゃないのかなぁ・・・ってことで。

156頁
「アズ直子です。アスペルガーという“うそがつけない病気”です。

私はアスペルガーだが、むしろ嘘ばっかりついているがな。
嘘をついているっていう表現はちょっと大げさかも知れないけど、自分の正直な気持ちで受け答えをしたら、すぐに相手が気分を悪くしてしまったり、人間関係がおかしなことになるので、たいてい「心にもないこと」を言っているので。
それと「病気」か?
発達障害を「病気」って表現するのはすごく不快っていうか、事実と異なるのでおかしいんじゃないか?っていつも感じるのだ。
表現をされることはよくあるんだけど。

アズさんは、やたらとフェイスブック押しです。
フェイスブック以外のネット上のコミュニケーションツールみたいなものも、すごく推奨してくる。
私は仕方なく(情報を取るために)Twitterを使っているけど、フェイスブックは使っていないし、今後も使う気はない。
そういうものってあくまで「便利な道具」であって、変に深入りすると「時間を限りなく浪費させられるもの」だと思うのだ。
だから、必要最低限にとどめるべきだと思っている。
アズさんは、こういうツールによって周囲とのつながりを持つことができているっていう考え方のようだが、私は、そんなものがなくても構築できるものが本来の正しい関係のあり方だと思っている。
ネットは、そういうリアルな関係を補助する「道具」として使うべきものだと思うので。

つーことで、私には当てはまらない内容ばかりだったけど、ADDが強いタイプの人で、子育てなんかに困っている人だと、役に立つこともあるのかもしれない。
私みたいにアスペルガーだけみたいな人は読んでもカネと時間の無駄になるかな。

アスペルガーですが、ご理解とご協力をお願いいたします。



posted by ひと at 12:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする