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2020年07月07日

2019年11月4〜15日◆日本語を学ぶ(後編)

これの続きです。

言葉というのは一つが生まれる。
そうするとその言葉がどんどん転がって、いろんな言葉に派生していく。
その面白さ。
最近若い人たちが使う「ヤバい」というのも「ヤクザ言葉」。
「ヤクザ言葉」とか「犯罪者言葉」で。
牢獄に捕まっている囚人さんの隠語だったようだ。
囚人さんたちの隠語はいっぱいあったようで、例えばお酒のことを「きす」と呼んだりする。
(高倉)健さんの歌の中い「きすひけーきすひけー」と出てくる。

酒(きす)ひけ酒ひけ酒暮(きすぐ)れて どうせ俺らの行く先はその名も網走番外地(網走番外地)

それから刑事さんのことを「デカ」と読んだり。
偉い人が角袖の大きいの、袖が大きいのを着ていた。
「でっかい袖」というので「デカ」と。
(一説によると「カクソデ」→「クソデカ」→「デカ」らしい)
それから「賭場」。
博打場。
そこでディーラーの人がいる。
ディーラーの人が明るいと賭場が盛り上がる。
サイコロいじくったりなんかする人が明るいと盛り上がるのだが、陰気だと、暗い人だと盛り上がらないので。
「盆」でサイコロ振ってるヤツが暗いので「ぼんくら」。
「ぼんくら」はヤクザ言葉。
そんなふうにして言葉は生まれていく。

言葉は一つは情景、その風景の景色を例えたものでもある。
日本人は面白いことに、雨も敏感だが風に関しても敏感。

「風」が「凪ぐ」の「凪」という漢字は日本で作られた国字です。同じように「風」の省略形を使って、日本で作られた国字の例に「凩(こがらし)」や「凧」などがあります。(42頁)

「なぐ」という言葉は「薙ぐ」とも書きますが−中略−
 この「薙ぐ」という言葉は横ざまになぎ倒すことです。そこから海の波浪がおさまり、また強い風が止むことをも言います。
(43頁)

「渚(なぎさ)」は波打ち際のことですが、その「渚」について、大槻文彦の『大言海』に「和浅」の意味などであろうと出ていることを白川静さんが紹介しています。「和浅」は「和(なぎ)」は和き状態で、穏やかなことです。
『大言海』によると「名残」は「余波(なごり)」から生まれた言葉です。
−中略−
 その「余波」から転じてできた「名残」は、あることが過ぎ去った後、なおその気配や影響が残っていることです。
(44頁)

白川静さんの『字訓』の「なぐ」の漢字には「和」が挙げられています。−中略−「和」は「禾」と「口」を合わせた文字です。「禾」は軍門に立てる標識の木の形です。「口」は顔にある「くち」ではなく、神様への祈りの言葉である祝詞を入れる器「口」(サイ)です。この「口」(サイ)を置いた軍門の前で誓い約束をして講和する(戦争をやめ、平和な状態にもどす)ことを「和」と言い(44〜45頁)

日本人はこの「和」が好き。

「わたつみ」の「わた」は海のことです。「つ」は「の」の意味の古い格助詞。「み」は霊のこと。ですから「わたつみ」とは「海の神」のことです。−中略−
「わた」の意味が今に生きている言葉は「渡る」です。「わたる」は「海を渡ることが原義であろう」と白川静さんの『字訓』にあります。
(102〜103頁)

(番組では「わたつみ」の語源が「わたる」と言っているが、本によると逆)

「うみ」は「居水(うみ)」のこと。流れる水に対し、動かざる水を言うものです。「みずうみ(湖)」という言葉は別な書き方をすると「水居水」ですから、これは重複語ですね。(103〜104頁)

「国生み神話」と呼ばれる『古事記』『日本書紀』に記された日本の国土創造の神話があります。−中略−
イザナギ・イザナミが天之瓊矛を引き上げると、矛の鋒から滴り落ちた海水が「凝りて一の嶋に成れり」の部分にある「凝りて」に関わる日本語について、説明したいと思います。
 天之瓊矛の鋒から滴り落ちた海水の流動性が失われて、日本列島が生まれたという神話ですが、この「こる」という言葉は「水のように流動性のあるものが、凝り固まってその流動性を失うことをいう」と白川静さんは、日本の国生み神話を例に挙げながら、『字訓』の中で説明しています。最初にできた島である「磤馭盧嶋(おのごろしま)」の「おの」は「自」の意味、「ごろ」は「凝る」という意味です。
(106〜107頁)

福岡県福岡市。
あそこの海岸に立つと福岡の有名な「百道(ももち)」という海岸に立つとちょうど正面に「能古島(のこのしま)」がある。
「の」「こ」。
こちらは「志賀島(しかのしま)」なのだが、その「の」「こ」というのが「おのごろ」の「のご」と重なる。
武田先生は何となく「磤馭盧嶋」は福岡県の「能古島」ではないかと、そう思って見つめたことがある。

「心」は体内の五つの内臓、五臓の一つである心臓のことです。「こころ」はものが「凝り固まる」ことの「こる」と同語源で、「心」とは「凝るところ」の意味なのです。(107頁)

心臓と人間の「思う」物事を考えたりなんかする内面というので固くなっていること。
この「こる」という言葉がどんどん日本語の中に生まれてくる。

「志(こころざし)」は、心の志向するところの意味です。−中略−
「試みる」も「こころ」(心)が関係した日本語です。「試みる」とは、ある行為によって、相手の「心を見る」ことです。
(108頁)

うまくいってホッと一息。
さっきまでバクバクしていたのに、すうっと気持ちが落ち着いて、ハア〜っと心地よいため息をつくという。
こういう心臓の状態と心理の状態を重ねるという表現。

水谷譲も武田先生も悩んでいる肩が「凝る」という。
これも一種、柔らかいところが固くなったことへの異変。
肩が「こる」から、今度は水が「氷(こお)る」。
これも当然「凝固」。
柔らかい水が固くなるわけだから「凍る」。
流動性を失くすという。
「こる」から言葉が広がっていったというわけだろう。

だから朝鮮語が日本語になったという説を司馬遼太郎さんも笑っておられたのだが。
だから朝鮮語で「笛と太鼓」。
「マトゥリ」だから「祭り」という本があった。
それに韓国の学者さんでもいた。
「奈良」というのは韓国の国のこと「クンナラ」から出た言葉だ。
そういう説を向こうの学者さんで言う人がいるのだが、カンラカラカラと笑った人がいた。
というのは国は他にもいっぱいある。
奈良以外にも「武蔵国」とか。
だったらそこも「なら」と付くべき。
そこの場所だけに特別にその名が付いた、なんていう言葉というのは無い。
言葉はそんなに単純なものではなくて、共通したり、一つがあって、そこから枝分かれしていく、という。
そんなふうに発展していくもの。

「生きる」の「生き」と「息」は同じ語源の言葉です。−中略−
 例えば「憩う」は「息」を動詞化した語です。息をついで休息することです。
−中略−日本語の「い」は「尖っていて、外へ衝く」ような言葉としては「いかる」などはまさにそうかもしれません。−中略−
「いきどほる(いきどおる)」は息が通ることではなくて、激しい怒りで息が胸につかえることです。
−中略−
「厳(いか)し」「厳めし」の「いか」も「いき」の系統です。
「雷(いかづち)」の「いか」も「厳」のことです。「つ」は「の」の意味の古代語。「ち」は「霊」のことです。恐るべき神だった雷鳴のことです。
−中略−
「鼾(いびき)」は「気響」のことです。「癒(い)ゆ」は「気延(いきは)ゆ」を短くしたものだそうです。「いきごむ」は「気籠(いきご)む」です。「いきほひ(いきおい・勢い)」の「いき」は生命力を示すもので、その「いき」が盛んに活動する状態のことです。
(166〜168頁)

(番組冒頭の「街の声」で眠れない時にはアロマを使うという話を受けて)
ちょうど(街の声の)お嬢さんと同じ話を水谷譲にしたばかりの武田先生。
一昨日の朝だが、九時半ぐらいに眠って、朝起きたのが七時半だった。
自分でびっくりした。
一回も起きていない。
もうそれだけでもジジイになると嬉しい。
「よく眠った」ということで自分でびっくりして。
その時にフッと思ったのだが。
その日は夕方から合気道場に行っている。
合気をやると眠る。
心地いいどころじゃなくきつい。
本当のことを言うときつい。
でも正座して「お願いします」と師範代に頭を下げるのだが、その時に自分でずっと囁き続けている。
「一生懸命やろう。一生懸命やろう。一生懸命やろう・・・」
少年のごとく。
それで眠れる日はいいのだが何日しかない。
あとは二時半ぐらい目覚めて「ああでもない、こうでもない」と考える。
一時期眠れない時があった武田先生。
あおそこまで病的ではないので、もう薬に頼らなくていいのだが本当に眠れない。
それでフッと思い出す。
一生懸命芸能活動をやって、それなりに順調にいっているのに家に電話をすると「アンタなんなん、テレビで言いよったがどげんね?体の具合は」と母親が。
電話を切る時に「覚せい剤だけはしたらイカンばい」という。
「女遊びしても何にしても全部冗談で済むばってん、覚せい剤だけはイカン!」「吸うとらん!何でそんなことばっかり心配すると?母ちゃんは」と言ったら。
母親の反論だったが、その声が耳に残っている。
「心配するとは親の仕事たい」と言いながらガチャーン!と切れた。
「年を取ると心配することが絶えずになるんだ」という。
「嫌だなぁ〜ジジイとババアは」とかと思っていたら、今度は自分がジジイになったら本当に。
ジイサンバアサンを見ながら思ってください。
年を取るというのは結構眠れぬ夜を幾晩も耐える。
それが本当に朝日が昇るとフワァっと消えてなくなる。
でも夜中の二時半ぐらいの闇の中から心配することが雪のように降り積もる。
これを何とお話していいか。
年を取るのは体力がいる。
それと義理の母親、奥様の方の母親から「鉄矢さん。人間はですな、死ぬ元気だけはもっとかなイカンですばい」。
というのは全然わけがわからないが、今はわかる。
老人にも2タイプがいて「死ぬ元気をキープしてる人」と「死ぬ元気もなくなった人」と。
奥様のお母さんの名言。
「人生の幕ば降ろすとは、ひと仕事ですばい」と言われたことがあって。
人生の幕を降ろせずに苦しんでいる、そんな人がフッと目に入ってきたりする。

「さかな」の「な」は野菜や魚肉などの副食物のことです。白川静さんの『字訓』の「な」には「菜・魚・肴」の三字が挙げられています。
 つまり「さかな」は飲酒の際、副食物としてそえるものです。「魚」は酒の副食物として最も適しているので「酒魚(さかな)」と言いました。
(26頁)

「肴」は「爻(こう)」と「月」を合わせた字ですが、このうちの「月」は「にくづき」で、肉のことです。「爻」は木や骨などが交わる姿で、この場合の「爻」は骨の形。(29頁)

(番組では「肴」の「メ」は「『菜』の略字」と言っているが、本には上記のように書いてある)

「なべ」(鍋)の「な」も「魚」や「菜」のことです。「べ」は「へ」(瓮)のことで、酒食を入れる瓶の類です。つまり「なべ」は魚菜などを煮炊きする器のこと。(27頁)

一つの言葉が坂道を転がるように、という。

 日本料理のメインディッシュは、魚料理ですが、それには次のような理由があります。日本人は明治時代まで長い間、牛肉を食べてきませんでした。天武四年(六七五年)に、天武天皇が最初の肉食禁止令を出します。−中略−食肉が貴重な役畜である牛や馬の減少につながることを恐れた政府が農耕儀礼との関連で禁止したのです。
 これに、殺生を禁じる仏教の考えが重なってきて、東大寺の大仏開眼会の七五二年には一年間、日本中で生き物を殺すことを禁じる令が出ました。
−中略−明治四年末には明治天皇が一二〇〇年間の肉食禁止令を解いて、肉食再開を宣言。(28頁)

ここからやっと牛肉等々の肉食が日本は再開して。
それで肉もお酒の肴になり、骨付きの肉の漢字で。
「肴」という字は明治時代に考えられたようだ。
それまでは肉を喰っていなかったので。

元々、魚類の総称としての「さかな」を言う語には「いを(いお)」「うを(うお)」が用いられていました。−中略−江戸時代以降、次第に「さかな」が魚類の総称を意味する言葉として使われだし、明治時代以降、「いお」「うお」にとって代わるようになったそうです。(29頁)

多分これはお酒と一緒に食べるということで魚類の「うお」が「さかな」になったのだろう。
江戸言葉、江戸の言葉から流行した、という。

江戸というのはそういう意味では、流行語を広げる大都市だった。
ここからは余談。
江戸は新しい言葉を生む発信地ということで、昔、浅草は浅草海苔を作る遠浅の江戸の海があった。
あれは竹のすだれに干す。
それで例の四角い海苔を乾かす。
昔はエコだから、物を大事に使ったから、紙屑拾いの仕事の人がいて、それを買ってきて釜でグツグツ煮る。
同じ技術で海苔を作る要領で、それを一枚ずつすだれの上に広げて乾かして化粧紙を作った。
浅草の紙商人の人たちがそんなふうにしてやっていたのだが。
紙をそうやっていると乾くまで待っておかなければいけない。
それでお兄ちゃんたちが乾くまでのヒマつぶしに、昼間の吉原を歩くようになった。
吉原という大遊郭があって、キレイなお姉さんたちがいっぱいいる。
その花魁を見物してまわる。
いい女だから。
そうすると吉原の方でも「カネは持ってないくせに覗きに来やがる」というので、誰かが「あの野郎、また冷やかしに来やがった」。
紙が冷えるまでブラブラしているので「冷やかす(ひやかす)」。
「ひやかす」は「冷やす」という意味。
買いもしないくせにウィンドウショッピングをしているのを「ひやかす」。
そういう言葉が生まれた、という。

『日本語源大辞典』によりますと、「首っ丈」は「着丈」に対する言葉です。「着丈」は、その人の身長に合わせた襟から裾までの着物の寸法です。「首っ丈」は足もとから首までの丈のことです。−中略−明治以降になると、「首っ丈」は主に「異性にすっかり惚れ込む」意味で使われるようになったそうです。(33頁)

「ひやかす」にしろ「くびったけ」にしろ、かくのごとくして暮らしの中から言葉というのは広がっていく。

 頭のことを「頭(かぶ)」と言います。−中略−「かぶ」には「頭」のように「まるくふくらんだ形」の意味が含まれています。例えば「蕪」も頭のように、まるくふくらんだ野菜のことです。(30頁)

防御用の鉄製の鉢形の武具である「冑(かぶと)」(兜・甲)の「かぶ」も「頭」のことです。(30頁)

 その「頭(かぶ)」を動詞化した言葉が「かぶす」です。−中略−この「傾す」につながる言葉に「傾く(かぶく)」があります。そこから生まれたのが「歌舞伎」です。(31頁)

「歌舞伎」は「傾(かぶ)き者」の意味です。「かぶき」とは並外れた華美な姿をしたり、異様なふるまいをしたりすることの意味でした。(31頁)

「わる」は固体がひびのため砕け、両分すること、分割することです。(62頁)

 日本語の「わらう」は顔の緊張を解いて(破って)声を立てて楽しむことです。つまり顔が「破(わ)れる」のが「笑う」ことです。−中略−
「わる」は、すべてのものを両分する意味。そこからできた言葉が「ことわり」(理)です。
−中略−「ことわり」の動詞形、「ことわる」は「事割(ことわ)る」が元々の意味だそうです。−中略−
 今は「断る」は拒絶する意味ですが
(62〜63頁)

 また道理に外れ、分別がないことを「わりない」と言います。「ことわり」(理)が無い意味です。女優の岸惠子さんが書いた小説に『わりなき恋』という作品がありますが(63頁)

わりなき恋



恋にはやっぱり筋道とか道理とかがない。
「好きになっちまったものは仕方ねぇじゃねぇか」という。

「犯人の身柄を確保しました」。事件のニュースで、そんな言葉によく出会います。「通報者の力が大きいです。お手柄です」との場合もあります。−中略−「身柄」「手柄」の「柄(から)」と「からだ」の「から」は、実はつながった言葉なのです。−中略−それらの「から」には「外皮・外殻のこと」「草木の幹茎など、ものの根幹をなすもの」「血縁や身分について、そのものに固有の本質をなすもの」などの意味があるのだそうです。(66頁)

ちょっと縁起が悪いのだが「亡骸(なきがら)」。
それから同国民の「同胞(はらから)」「お国柄(くにがら)」。

 水が涸れたりして、みずみずしい生気を失い、木が枯れたりすることを「かる」と言います。この「かれる(枯れる、涸れる)」は草木の「外皮・外殻」を示す「から」と同語源の言葉です。そして、中身が「枯れ」て、「涸れ」て、「空(から)」となると、そのものは「軽く」なります。この「かるし」(軽)も「から」と同じ語源の言葉なのです。(67頁)

「ちから」も「から」と関係した言葉だそうです。−中略−ものを扱うときの「肉体的な力」のことです。漢字の「力」は農具の鋤の形で、「男」は「田」を「力」(鋤)で耕す人のことですが(69頁)

 赤穂浪士の一人に「大石主税(おおいしちから)」がいます。白川静さんは「ちから」の字に「力」と「税」を挙げています。これは「ちから」という言葉が農作物による納税の意味にも用いられるからです。力を使った労働で得られるものなので「税(ちから)」と言います。白川静さんは『字訓』の「ちから」の項に「farmerはもと一定額の年貢請負人の意で、farmはもと借地。農耕と税とは、はじめから分離しがたいものであった」と記しています。(69頁)

(番組では「税」を「ちから」と読む理由は「政治家にとって税金が力になるから」と言っているが、本では上記の通り)
「税金を取っている」というのはものすごく政治家の人たちにとって気持ちがいいのだろう。
8%から10%へ。
(消費税率を)「2%上げた」という喜び。
財務省の人とか麻生さんとか喜んでいるのだろう。
「やったぜぇ!文句も言われる」「いやぁ、力になるわ」というので税金の「税」のことを「ちから」と読む。
これは江戸時代からそうだったのだろう。

この「税」の漢字。
「禾」に「兌」と書く。
「禾」は木に印を括り付けている、という。
横に「兌」がいる。
お兄さんが二本の角を生やしているようなヤツ。
心(りっしんべん)を置くとこれは悦楽の「悦」とも読む。
これは何かというと巫女さんが躍りまくっている。
だから税金の「税」というのは、この神がかりした巫女さんが、もううれしくて舞い上がっている。
だから税金というのはそれぐらいうれしい。
この税金の「税」はやっぱり「力になる」という。
国の力になることを祈っている。

 さらに「宝」も「から」に関係した言葉のようです。白川静さんによると「宝」は「力」と対応する言葉なので、やはり農耕と関係のある語と考えられるそうです。(68頁)

大石主税の「ちから」も「主税」と書く。
だから税金というのはやはりお侍さんもうれしかったのだろう。
「力になります!」というようなもので。
それを考えると日本の一語一語は歴史をくぐってそこに。
そして今にあるワケだろう。


posted by ひと at 20:51| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月4〜15日◆日本語を学ぶ(前編)

白川静さんに学ぶ これが日本語



白川静さんは『字統』『字訓』『字通』という大部な三つの字書を一人で書いてしまったことで知られます。このうちの『字統』は漢字の字源字書、『字通』は漢字の総合字書ですが、でも『字訓』は日本語の語源に関する字書なのです。(i頁)

(『字訓』は)日本語の誕生からその一語がどう育ち、意味を広げて派生し、他の言葉へ広がっていったか、変容したかという。
これが調べるとなかなか面白い。
だからちょっと『字訓』もやってみないといけない。

日本人は外国の文字である漢字を中国語に近い音読みで使い、さらに日本語の読みである訓読みをし、片仮名、平仮名を生み出して、それらを組み合わせながら日本語を書き記してきました。(iii頁)

これにローマ字を加えると日本には文字が四種類もあるという。
こんな複雑な文章を綴る民族は世界に一つもない。
日本語と漢字の関係を維持したまま、二千年に近い歳月をその輸入した文字と自分たちの今の言葉と抱き合わせにして使っている民族は世界にこの民族しかいない。

中国の一番偉い人「習近平(シュウキンペイ)」と言う。
でも中国の読み方は「シー・チンピン」。
これは何でこんなに違うのか。
中国は支配者によって漢字の読みが変わってくる。
支配者の人がそう読んだらそれが国語になる。
だから何回も支配者が代わっているので、それで読み方が色々ある。
我々の読み方、例えば「習近平」というこの文字の読み方は唐の時代。
私たちは楊貴妃とかあのへんの人たちと同じ漢字の読み方。
私たちの漢字の読み方は唐とか隋。
そのへんの古い読み方がそのまま残っている。
だが中国は度々権力者が代わったので変化していく。
だから昔は「上海(シャンハイ)」のことは「ジョウカイ」と読んでいた。
「香港(ホンコン)」は「コウコウ」と読んでいた。
それが支配者が代わって漢字の読み方が「ホンコン」になったりしている。
そういう中国の歴史の中でも我々は、音読みでは漢とか唐の時代の古い読み方を漢字にそのまま残している。

白川静さんの元々の出発は『万葉集』を研究する国文学者でした。(i頁)

ものすごい「もの知り」の方。
この「もの知り」というのもよく見つめると面白い。
「もの」を知っているワケで。
何「者」。
人物の「もの」。

『もののけ姫』の「もののけ」のほうは「物の怪」などとも書きますが、これは人にとり憑いて悩まし、病気にしたり、死にいたらせたりする死霊、生霊、妖怪のことです。(4頁)

「もの」は「鬼」「霊」など霊力をもったものを言い、「もとは超現実の世界を語るという意味であった」(5頁)

 古代の大富豪に、軍事・警察・裁判などをつかさどる物部氏がありました。−中略−天皇の親衛軍を率いた、この「もののべし」も、元々は精霊をつかさどり、邪悪な霊を祓うのが職務の集団だったと思われます。(5頁)

「もののふ」は朝廷に仕えるもろもろの集団の意味です。後に「武士」と書いて、戦士たちの意味となりました。−中略−この「もの」も元々は「霊」の意味で、「もののふ」は悪い邪霊を祓う集団のことでした。(4頁)

だから一つの言葉からバアッといろんな言葉が、日本語が溢れてきている。
例えば「もののけ」。
「もののけ」になるには、やっぱりもののけになるだけの理由がある。
「私は幽霊ですけども、何年前に殺されて」とかという。
それを「物語(ものがたり)」。
(このあたりは本の内容とは異なる)
それで日本語の微妙なニュアンスで頭のいい人とか科学的な人を「もの知り」とは言わない。
微妙な違いがある。

精霊の世界、お化けの世界をよく知っている者が「もの知り」です。(3頁)

広い知識のことを「もの知り」と言って特化した。
「あ・・・それCO2ですね」なんていうのは「もの知り」とは言わない。
「あのおばあさんはもの知りよ」ということになる。
そうやって考えると日本語というのはまことに興味深いもので、一言の中にたくさんの歴史、時間を秘めている。

本書は白川静さんの字書『字訓』を読み、学びながら、それらの本の日本語編として書いたものです。(iii頁)

一つの言葉で大体1ページがおしまいということなのだが、やっぱり漢字を日本に引き入れる時に、例えば一日の「日」という字があるが、これを大和言葉では「ひ」と言うというので「ひ」とか。
そんなふうにいちいち読み方を変えた。
葉っぱの「葉」と書いて「は」でいいのに「よう」と読んでいるとか。
そういうことで漢字を日本に引き入れる時に「日本語でそれを言う場合」というのをいっぺんにやった。
だから私たちは「『けん』と書いてあるもののことは『犬』と呼ぶんだ」という。
この民族は、よくまあ、そんなややこしいことで生きてきた。
もし外国人で日本語の勉強をする人がいたら大変なので、日本人に生まれてよかったと思う水谷譲。
(日本語は)言葉の発音としては簡単。
英語は大変。
英語は500種類ぐらいあるらしい。
「シュシャシュシュシュ」みたいなヤツが。
私たちの耳にはわからない。
ネイティブが使う英語の発音は聞こえない。
聞きなれた音楽を聞いていても、聞き間違えていることがいっぱいある。
よく聞くと非常に単純なのだが、でも耳から入って来る時に「何を言っているのかさっぱりわからない」という。

日本語では「裏」と「表」。
こういう対立した表現がある。
布切れの「表」「裏」なのだが。
この「表」「裏」というのがどんどん広がっていく。
感情面でもこの「裏」とか「表」というのを使うようになる。
つまり「表の心」「裏の心」。
これで枝分かれしていく。
嫉妬。
女偏があるので漢字の人は女性特有の感情だと絡めたのだろう。
ところが日本人は性を絡ませない。
心がしつこくそのことを思い続けること。
これを心の状態になりきって「病(やまい)」と読んだ。
(このあたりは本の内容とは異なる)

 「うらやむ」とは「心病(うらや)む」の意味です。(14頁)

よくできている。
「心の裏側」のこと。
口に出しては言わないけれども、実は腹の中で「ばかやろう」「このやろう」「死ねばいいのに」と呪うヤツ。
「いつまで肉喰ってるんだよ」というのも。

 この「心(うら)」を動詞化した言葉が「うらむ」です。−中略−
 さらに関連する日本語を紹介すると、「うれふ」(憂う)も「心(うら)」を活用した動詞形で
(15頁)

小さく怒り、憎しみのために「心」が震えているのだろう。
そして、ついその人のことを思って心が震えるのだろう。

 落ちぶれた様子や見た目のみすぼらしさをいう「うらぶれる」という言葉がありますが(15頁)

口では威勢がいいのだが、心の中では小さく感情の高ぶりが震えている。
「心(うら)」が震えている。
「うら・ぶれる」
(本によると「震えている」のではなく「ぶる」は「触る」)

「他人にうれしいことがあると」の「うれし」の「うれ」も「心(うら)」のことです。
「し」は「良」「吉」の意味で「心」の形容詞化した言葉です。
(16頁)

それから心の中で懸命に祈ること。
心を「うら」と思ってください。
懸命に祈る。
思いを積み重ねるというか編んでいくというか。
「占う(うら・なう)」
(本によると「うらなう」の「なう」は動詞化する「なう」)

「心(うら)」「裏(うら)」と同じ語源の日本語「浦(うら)」について記しておきましょう。「浦」は海や湖などの岸が、湾曲して陸地の方に入り込むところです。−中略−
 東京ディズニーリゾートが千葉県浦安市にあります。
(17頁)

ものには「うら」と「おもて」がある。
そういう日本語の解釈が発展して心理、感情も表すようになる。
「うら寂しい」なんていうのは「心が寂しい」。
「隠しているのだが、実は寂しい」という。
心の奥底のことを「うら」という表現で隠している。

今度は「おもて」。
一番単純なこと。
これがなんと「思う」。

漢字の「思」の「田」は頭脳の形で、頭がくたくたする意味。(20頁)

考えがぐるぐる巡り「重たい」。
考えていることが「重たい」ということで「思う」。
(とは本には書いていない)

「念」の「今」の部分はモノにふたをする形で、じっと気持ちを抑えている意味です。(20頁)

「念ずる」というのは手のひらでグゥッと頭を押さえつけられているような、という(ことは本には出てこない)。
「面白い」
これは表情のこと。
顔の「おもて」。
表情のこと。
(このあたりも本の内容とは異なる)

 その「趣き」も「面(おも)」の関連語です。−中略−「おもぶく(おもむく)」は「面向く」の意味で、ある方向に向かって進むことです。−中略−
「趣き」もある方向へ向かっていくことから、心がある方向に動いていくこと、心の動きの意味となり、さらに事柄のだいたいの方向、趣旨などの意味になりました。
−中略−
「おもねる」です。人にへつらいこびることですが、これは面(おも)を向けて機嫌をとる動作を言う言葉です。
「おもねる」意味の漢字「佞・阿」。白川静さんによると「佞」も「阿」も、もとは神に祈る時の言葉巧みな、またねだるような姿態を言う語です。
(21頁)

「おもて」と「うら」というのは日本人にとっては重大な言葉。
あまりいい意味ではない。

武田先生の傷。
昨日、合気道の練習の時にマスダさんという握力の強いおじさんがいて、腕のつかみ合いをするので内出血する。
「痣(あざ)」
昔の人も手や足にあざができたのだろう。
ガァン!と打ったりなんかして。
この負傷するところを「あざ」で青紫の傷が残る。
「痣」
中は「志」。
ヤマイダレ。
「病」の上の部分を書いておいてそこに「志」。
「あざ」というのは「あやまった心」という意味。
その人の欠点から皮膚に残った打撲のあと。
これを「青あざ」と言うが、意図として「こいつに痣の一つも作らせてやろうか」と思う人がいるとする。
それが言葉になって「欺く(あざむく)」。

「欺く」は「『あざ』『向く』の複合語とみてよい」と白川静さんは説明しています。(46頁)

そしてうまく騙せたので物陰でヒヒヒと笑う。

 相手の欠点とするところを言葉に出して、明確に指摘し、嘲笑することを「あざける」と言います。(46頁)

うまいこと人を罠にはめたのでもう面白くて仕方がない。
「いやぁ、うまくいったな〜」というのを「鮮やか(あざやか)」に。
これもおそらく傷口から生まれた言葉ではないか。
見事に入るから。
「鮮やか」に「痣」が。

「詐欺」
「詐」は「木の枝を曲げて細工している」ということ。
「言葉を曲げてウソをついている」という意味。

左の「其」は「四角形」のものを意味する文字です。つまり「欺」は四角い、怖い鬼の面をかぶり、声を発して相手を驚かせて「あざむく」の意味の字です。(48頁)

言葉を曲げてお面をかぶって大声を出すというのは詐欺の特徴。
「おばあちゃん!200万円失くした!」とかというのを電話口で叫んだりなんかするという。
いずれにしろ顔を隠して声で伝えてくるもの。

「期」は少し抽象的な四角形ですが、ついでに紹介しておきましょう。「其」には四角形のものという意味から発して「一定の大きさのもの」という意味があるのです。そこから「時間の一定の大きさ」を「期」と言います。これは「時間を四角形の升」で、はかっていく感じですね。(49頁)

武田先生たちは団塊の世代。
「運が悪くてひどい国に生まれましたね」というのが小学校で教わったこと。
アジアの人たちにいっぱい迷惑をかけて、原子爆弾を二つも落とされて、戦争にボロ負けした国、という。
何も恨みも何もしていないが、小学校5年の時に、講堂に集められて月に何回か映画を見せてもらえるのだが、それが見た映画の中で覚えているのは『チョンリマ』だった。
(1964年8月末に封切りされた『チョンリマ(千里馬) 社会主義朝鮮の記録』のことを指していると思われる)
『チョンリマ』という北朝鮮の映画。
それでフィルムの中に収められた北朝鮮は素晴らしい国。
金日成という指導者がいて、毎年豊作。
お国の真ん中に「チョンリマ」といって天を駆ける馬がいる。
「とにかく日本でひどい目に遭ったりなんかしている朝鮮民族の人は帰りましょう」というキャンペーンの映画だった。
新聞社が応援していたし。
今でも残っている大きな新聞社がそのキャンペーンを応援している。
日本中で「北朝鮮にみんなで帰ろう」という。
「日本人も来てもいいんじゃないの?」「受け入れてくれるんじゃないの?」というような映画の内容。
私有財産もないからおじいさんは三匹のガチョウを飼っているのだが、そのガチョウを大事に育てている、という。
そのナレーションまで覚えている。
「このおじいさんの私有財産はガチョウが三匹。とても愉快なおじいさんと三匹のガチョウの暮らしです」
科学は進んでいる。
住宅は完璧。
農民はイキイキとして鎌で麦か何かを肩に背負いで「マンセー(만세)!」と言いながら広場に集まって。
収穫祭が終わればチマチョゴリを着てみんなでフォークダンス。
それでナレーションが「この朝鮮民主主義人民共和国は、そうです!『地上の楽園』と呼ばれています!」という。
ちょっとマインドコントロール的な映画。
でも日本はボロボロで、それに比べて北朝鮮は地上の楽園。
工業も科学も農業も全部発達している。
「あんたがたひどい国に生まれたね」という。
武田先生たちはそんなふうに思っていた。
「ろくな国に生まれていない」と思っていた。
高校時代にヒットしたベストセラーが『みにくい日本人』といって、国際社会で日本人がどのくらい嫌われているかを大使館の人が書いたという本で。
『万葉集の記号』だったか「万葉集を作ったのは朝鮮半島からやってきた亡命渡来人である」という本で、ベストセラーになった。
大和の王族、天皇家がすごくひどいことをして、日本の民をいじめているというのを万葉集の歌の中に隠して暗号で書いて。
それで万葉集をハングルで読んだらその暗号が解けて、日本の王族がやった非道なことが全部浮かび上がってくる、という。
そういう本がベストセラーになった。
その中で「日本の言葉は大半が朝鮮語でできている」という説で。
「祭り」というのは笛と太鼓のことを朝鮮語で「マトゥリ」。
朝鮮では「国」というのを向こうは「ナラ」という。
それで日本の都は「奈良」になった。
だから「日本語のほとんどは朝鮮の言葉です」ということがその本に書いてあった。
(その説を)「面白いなぁ」と思っていた武田先生。
ところがこの本は歴史家の人から「噴飯もの」という折り紙がつく。
なんでかというと万葉集が生まれた頃、朝鮮半島の王朝は漢字を朝鮮読みにしていて、ハングルは無い。
つまりハングルで読めば暗号が解けるというのはナンセンス。
それで「祭り」というのは朝鮮語ではない、日本語だ、と。
「奈良」も違う。
ところが武田先生がラジオでしゃべった。
「朝鮮語の『笛と太鼓』マトゥリが日本の『祭り』になったんだ」と。
それを学生だった、今社長をやっているイトウさんが聞いて感動したらしい。
それで学校に行って「俺らが使ってる言葉の半分ぐらいは朝鮮語なんだ」と言ったらクラス中が静まり返った、という。
あれから40年。
僕、間違ってました!
白川静先生によると「祭り」は「笛と太鼓」ではありません。
樹木の「松」です。

ゴロゴロ引いて歩くアレ(キャリーバッグのようなものを指していると思われる)が嫌いな武田先生。
みんな引いて歩いている。
男が引くというのに関して、引いて歩くのは嫌い。
女だったらいい。
「007」が旅をする時にあれを引いていたらおかしい。
人間には何かやっぱりシルエットがあるのではないか。
007がイギリスからアメリカに行く時にアレをガラガラ引きながら。
おかしい。
やっぱりアタッシュケースにしておいて欲しい。
「寅さん」だってそう。
寅さんがカートを引いていたらおかしい。
やっぱりトランクを提げていないと。
インディ・ジョーンズが(キャリーバッグを)引いてたらおかしい。

インディ・ジョーンズ/レイダース 失われたアーク《聖櫃》 (字幕版)



悪いヤツと戦っている時にアレを引きながら過ぎていったら。
やはり雑嚢っぽいので飛んで歩かないと。

正確には覚えていないのだが、武田先生は遠い昔、違う放送局で深夜放送の番組の中、本を読んで感動したので、そのことを喋った
万葉集を書いたのは亡命渡来人、朝鮮系の人たちで、その人たちが日本の貴族の悪さを告発する意味で万葉集の歌に書いた。
ハングルで読めばそれが分かる、という。
たとえば笛と太鼓。
それは朝鮮読みにすると「マトゥリ」「笛と太鼓」になる。
だから「お祭り」という。
それを信用したら、それをちょっとうっかりラジオでしゃべったら後にウソだとわかった。
では「祭り」とは何か。
樹木の「松」。

 白川静さんの『字訓』には「松」は「神を待つ木の意味であろうか」とあります。(50頁)

「り」はちょっとわからないが「まつ・り」。
これはどうして「祀」とか「奉」になったかというと、樹木の松なのだが、そこに神様が降りなきゃいけない。
そこで降りてくるまで待っている、という。
樹木の「松」という名称と、祈る人がそこで待っているということで「まつる」。
「いいことがありますように」とみんなで祈る。
それが「政(まつりごと)」という。
「政治」ということの別の読み方にもなった、という。

 その「まつる」の語尾に反復や継続を表す「ふ(う)」を加えた形の言葉に「まつろふ(まつろう)」があります。この「まつる」は奉ずることです。「まつろう」は継続的に奉ずることから服従する意味になりました。「まつろう」の漢字は「伏・服」です。(51〜52頁)

「待」には「寺」がありますが、この「寺」を含む文字の多くに「ものを保有し、その状態を継続する(保ち続ける)」意味があります。もともと「寺」が「持」の最初の字形ですが、この「寺」に「扌」(手)を加えた「持」は「手にもち続ける」意味の文字です。−中略−
「侍」は「はべる」「つかえる」と読む文字ですが
(52〜53頁)

「寺」という字は「土」の下に「寸」。
「寸」は手の形。
物を掴もうとする手の形のことが「寸」。
見えてくるとどんどん見えてくる。
例えば「尋」。
下に「寸」がある。
「ヨ」を書いて「エ」「ロ」と書いて「寸」。
「ヨ」は箱の片側が外れて中で異変が起こっている。
つまりこれは神様の祭壇みたいなところ。
そこの壁が外れてしまっている。
手前に書いてある「エ」「ロ」というのは貢物。
貢物を二つ置いた。
その手がまだ残っているので神様に「尋」ねる。

「祭」は「月」と「又」と「示」でできた文字です。「又」は「手」を表す字です。特に「右手」の形です。「月」は夜空の月ではなく、一枚の肉を表す「にくづき」です。「月」の字形内にある二つの横線は肉の筋の部分。そして「示」は神へのお供えものをのせるテーブルの形です。−中略−
 つまり「祭」は神への捧げものをのせるテーブル「示」の上に、お供えの「肉(月)」を「右手(又)」で置いて、神へのお祭りをするという意味の漢字です。
(53頁)

もう一回繰り返すが、朝鮮語の「笛と太鼓」は何の関係もなかった。


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2020年06月27日

2020年1月6〜17日◆あわいの時代(後編)

これの続きです。

 『論語』の中でもっとも有名な章句は「四十にして惑わず(四十而不惑)」でしょう。−中略−そんなに有名な「不惑」ですが、孔子が生きていた時代には、不惑の「惑」の字がありませんでした。(8頁)

 孔子は「不或」と言った。それを弟子たちが五〇〇年の間、口承で伝えてきて、文字化するときに、同音の「不惑」にしてしまったのではないか、そう推測ができるのです。−中略−
 つまり孔子は、「四十にして惑わず」ではなく、「四十にして或らず」と言った。
 すなわち、四十歳くらい(現代でいえば五十歳から六十歳くらい)になったら、「自分はこういう人間だ」、「自分ができるのはこれくらいだ」と限定しがちになる。それに気をつけなければならない、そう孔子は言ったのではないか、そう推測ができるのです。
(10頁)

この『論語』はお弟子さんが書いた言行録で。
孔子伝を書いた人が司馬遷という人。
司馬遷の『史記』という中国の人がバイブルのように大事にしている本なのだが、白川(静)先生は「司馬遷だけの作品じゃない」と言っている。
「誰かの作品、こっち側に持ってきて、書き写してる」という。
そういうカラクリも含めて『論語』というのはなかなか謎の多い書物だ、ということは覚えておいてください。

孔子というこの偉人が、心を得るために、つまり立派な君子になるために「六つの学び」を提案している。

六芸というのは「礼・楽・射・馭(御)・書・数」の六つです(『周礼』)。(77頁)

身体拡張装置としての六芸を身につければ、自己の身体の拡張だけでなく、ふつうだったら意思の疎通ができない対象とのコミュニケーションも可能になり(77頁)

礼・楽。
これは何かと言うと「礼」は礼儀、「楽」は音楽。
(本によると「礼」は礼儀とは異なる)

 「御」というのは、言葉が通じない馬を操る技術であり、「射」というのは自分の手を離れた矢を操る技術です。(79頁)

「礼・楽・射・馭(御)・書・数」この六つ。
この六つを学ぶことがコミュニケーションツールである、と。
六つの芸「六芸」と呼ばれていて。
この六つを磨かないと立派な君子にはなれませんよ、という。
それでは「一番大事だ」という「礼」から見ていこう。

 「礼」は旧字体では「禮」と書きます。古い字形では右側の「豊」だけです。−中略−
 この字は、食器である「豆」の上に穀物や草などのお供え物を盛った形です。
(103頁)

 また「禮」の左の「示」偏は甲骨文字では次のように書きます。−中略−
 この文字は、祭卓の上に置かれた生け贄から血がたらたらと滴る形です。
 すなわち「礼(禮)」という字は、生け贄を備え、酒を飲むことによって、神がかりして神霊や祖霊とコミュニケーションをするということが原義であり、そこから神霊とのコミュニケーションの方法を「礼(禮)」というようになりました。
 姿のない神霊という、通常ではコミュニケーションができない相手との交流をするという「礼」の機能は、六芸すべてに通底するものです。
(103〜104頁)

今もオロオロしながら教わっているが、合気道をやる。
道場に入る時に一礼する。
何気ないのだが一礼する。
道場から一旦出る時も必ず一礼。
それから稽古が始まる時も一礼。
終わった時も一礼。
全部「礼」。
師範たちが言うが「やってるうちに何か身に付きますから」という。
決して勇猛果敢な話ではない。

この間、自分でも自分にびっくりしたのだが、行列のできる麺類屋さんで昼間食べようと狭い道に(並んだ)。
人気店なので、ずっと並んでいる。
もう本当に車一台、やっと通れるという。
だから車なんかほとんど通らない。
人がいっぱい並んでいる。
そこで(武田先生は)一人で並んでいた。
そうしたら、ちょっと気の荒い人の運転する車が道ギリギリでやってきて、そのお兄ちゃんが窓を開けて、関東の人だろうと思うのだが、大阪弁で「コラ!どかんかいアホー!」。
ものすごい言い方をなさる。
カチーンとくる。
しかもこの人は関西の人じゃないのはもう気配でわかる。
困ったことに、そういう時だけ関西弁を使いたがる人がいる。
「コラ!どかんかいアホー!」
その言い方が。
その時に武田先生の口から出た言葉。
「あ・・・申し訳ありません」
そうではなくて、武道の練習とかしているワケだから「フッハッハッハッハッ・・・お兄ちゃん、降りてらっしゃい。その今の言い方」とかと出てこない。
逆に礼儀正しく「申し訳ありません」と言われた方が、向こうも何も言えなくなる。
その時に言ったはいいけれど、並んでいる人がずっといる。
曲がり端で「コラ!どかんかい、どアホー!」で、曲がったら並んでいる人が十人ぐらいでその兄ちゃんを見る。
そこから何かその人はわりと早めにスーッと通り過ぎて、そのお店のすぐ隣の駐車場に車を入れた。
それで大回りして違う店に入って行った。
気持ち悪かったのだろう。
武田先生も「よく(そういう言葉が)出たな」と思った。
腹の中でムカーッときたのだが。
でも、それが師匠が言っていたことなのかな?と思った。
自分がその人に向かって失礼なことをした。
バーン!と肩がぶつかった。
その時に何も言わず「フン!」と言いながら通り過ぎるのと「あ〜悪い悪い!」と言いながら通り過ぎるのと、どっちがいいか?
何か一言声をかけたほうがいいかなぁ?と思うだろう。
でも武田先生を教えてくれる若い合気道の先生は「両方ともダメです」と。
黙って行くのもダメ。
ヘラ笑いで「あ〜悪い悪い!」と謝るのもダメ。
謝るんだったらはっきり謝る。
「すいませんでした」
頭を一回、きれいに下げる。
全てそこから始まる。
「私たちは合気道を、そのために練習してるんですよ」というようなことをおっしゃった。
申し訳ないのはそっちだと思う。
あんな細い道に、こすれそうな車を突っ込んできて。
それで「どけどけどけ〜!」という。
それも関東弁じゃなくて、わざわざ大阪の、大阪の人だって聞くと気持ち悪くなるような言葉を。
でも「礼儀」はきっとそういうことなんだなぁと思う。

武田先生がいつも思うこと。
水谷譲も息子さんを合気道をやらせているので思うだろう。
状況が悪くなくても「申し訳ありませんでした」という時に、人間は不思議と攻撃できない、という。
攻撃してくる人がいたら、これはもう相当おかしい人なのでボッコボコにやっつけていい。
そのチョイスの分かれ道が「申し訳ありませんでした」の一礼。
つまりこれを論語にかぶせると、目に見えないもの、コミュニケーションが取れないものに対して、その一礼さえ知っていれば相手を開錠できる、という。
これはとてつもなく深いもので。
「礼儀」というコミュニケーションツールを持って相対すれば、それを追い払うことができる。
孔子というのはそのことが言いたかったのではなかろうか?

『論語』の中にこんな出来事が著してある。
孔子が理想とした人物。
それは魯の周公という方。
これは武田鉄矢が坂本龍馬が大好きなように、孔子というのは500年前の偉人の魯の周公という人が大好き。
この人の夢を見て、この人のファン。
理想の人格。

 魯の周公の霊廟(大廟)に入ったときのことです。孔子は、大廟内の礼儀をひとつひとつ問いました。するとある人が「鄹の役人の子(孔子のこと)が礼を知っているなんて誰が言ったんだ。大廟の中でことごとに問うている」と揶揄しました。それを聞いた孔子は「問うこと、それこそが礼なのです」と答えました【3-15】。(146頁)

これはジンと来るというか、ハッとする。
わからないことがあったら訊くこと。
これはもう人生の基本。
また礼儀の基本。
とくに周公のように偉人で、もう亡くなっているワケで。
この人と繋がるためには絶対に礼が必要。
中国の古典ではお酒と肉を捧げること。
捧げて彼に正しく問う。
それが作法なのである、と。
だから両手を合わせてお祈りをする。
それからお花をあげる、お酒をあげるのも大事だが「問う」。
死者に向かって何かを訊く。
それが礼儀の一つ。

 正しい「問い」を立てる、それが温故知新の最初にすべきことであり、そしてしっかりと時間をかけることなのです。(149頁)

 子曰わく、故きを温めて新しきを知る、以て師となるべし。
 (子曰、温故而知新、可以爲師矣。)【2-11】
(140頁)

真ん中に「而」。
「しかして」あるいは「しこうして」という一文字がある。
だから「温故知新」という四文字ではなく、実は五文字で「温故而知新」。

 さて、「温故而知新」のレシピをまとめておきましょう。「知」の過程です。
 (一)問いを立てる
 (二)さまざまな「識(知識)」を脳内に(鍋、ぬか床)に投げ込む
 (三)「温」をする(ぐつぐつ煮る、かき回す)
 (四)忘れる(煮ること、かき回すことは忘れずに)
 (五)「新(まったく新しい知見)」が突然出現する。
(149頁)

だからデリケートに訳さないとダメ。
古から新を作るためには、新しいものを作るためには時をかけなさい、と。
己の体でしっかり温めて、古から新しいものを作りなさい。
これが孔子の本当に言いたかったことなのです、と。
だから「待つことが大事ですよ」。
「読書量を増やしたい」といたが、そういうこと。
知識を入れておいて、今すぐに役に立つ知識なんて、本当の新しいものを生む知識にはならない。
新しいものを生み出すためには長いこと抱いておいて温めて、発酵させるという時間が必要なので。
ぜひ、そういう本の読み方をなさるといいのではなかと。

「切磋琢磨」
「努力して練習したりお稽古したり、自分を磨いていくことが大切」という意味ではない。

「切磋琢磨」の四文字はすべて、素材を加工して付加価値のある「何か」を作り上げる方法のことですが、素材がそれぞれ違います。「切」は玉を、「磨」は石をみがく方法をいいます。骨・象牙・玉・石を加工するには、おのおのに合った方法があります。その方法を間違うと美しく仕上げることができないどころか材料をダメにしかねません。ダイヤモンドを研磨するもので真珠を磨いたりすると、うまく磨けないどころか下手をすると真珠を壊してしまいます。
 その素材に合った方法を見つけ、それによって素材を磨く、それが「切磋琢磨」です。
(161〜162頁)

「仁」は君子とともに孔子にとってもっとも重要な概念のひとつでした。(vii頁)

あんまりいい響きはないかも知れないが「仁義」とか。
あるいは「仁術」医学のこと。
どういう言葉に「仁」というのは使われるかと言うと人間の関係の理想。
だから人の横に「二」と書く。
これは「人と人」という関係の一文字で、人間関係が一番うまくいっているということを孔子が言いたくて自ら作った造語ではなかろうか?といのだが。
そんな単純なものではないのではないか?というのが安田さんの主張。

「仁というのは人≠ニ二≠ゥら成る文字なんですよ」と話したら、ドミニクさんは即座に「あ、ヒューマン2.0ですね」と言いました。(215頁)

ヒューマン、人間らしさ、人間。
それが「2.0」。
「二倍」とも解すことができるし「二人寄ってる」とも解せる。
この中で出てくるのが「あわい」。
漢字一文字で「間」。
これを「あわい」と読む。
人と人との「あわい」。
その部分のことを実は孔子は「ヒューマン」「人間」と呼んだのではないか?
ここに「あいだ」が出てくる。
人は一人であった場合は「人」という字はそういう字。
立って歩く人間の横から見た。
しかしわざわざ「人間」という文字を作ったのは「人と人とのあいだ」「あわい」。
水谷譲と武田先生は今、人と人。
一文字・一文字。
だが、語り合うと水谷譲と武田先生の真ん中に立つものがある。
それが「人間」。
水谷譲でもなければ武田先生でもない。
しかし武田先生でもありつつ水谷譲でもあるもの。
それを「人間」。
孔子はこの「人間」という言葉の中に人と人とが重なり合う、特異点の存在を予感したのではないだろうか?。
そこにこそ人間がいる、という。
そういうものを直感的に彼は人と人との「あわい」という意味合いで「仁」と呼んだという。
(このあたりの話は本の内容とは異なる)

 仁について辞書を引いてみれば、「儒教における最高の徳」とし、「いつくしみ」や「思いやり」などと書いてあります。しかし、どうもそんなに簡単なものではなさそうです。
 ちなみに『論語』での「仁」の出現回数は一〇九回と非常に多く
(168頁)

(二)仁は非常に重要なものであり、手に入れるのは難しい。しかし、仁を手に入れるのは簡単でもある。
(三)君子は常に仁とともにある。しかし、仁をキープすることは難しい。
(四)仁は自分の内部にある。しかし、仁は選択することが大切。
(五)仁への道は自分の身近なところにある。しかし、仁への道は遠い。
(六)仁の基礎として礼がある。しかし、礼も楽も仁がなければ機能しない。
Aだといえば、非Aがある。なんとも不可解です。
(169頁)

イエスが説いた「天国」のような、そんな言葉に思えた武田先生。
イエスが使う「天国」という言葉は難しい。
「神様の許に行くのは簡単だ」と言いながら「身を尽くし心を尽くし、狭き門より出で」とか。
「汝、子供のごとくならねばパラダイスには行けぬ」とか。
「すぐ行ける」というようなことを言ったかと思ったら「オマエでは行けない」とか。
武田先生にはイエスが言う「天国」という単語に満ち満ちたもの、孔子は「簡単に手に入る人間関係のようなものではない」と論語の中ではしきりに繰り返している。
これはやっぱりすごい文字。
安田さんはものすごく「仁」を深く理解しようとなさっている。

 「依」の甲骨文字は「衣」の中に「人」が入る形で書かれます。−中略−仁に「依」るということも、霊衣をまとうように仁に包まれることを意味し(174頁)

 孔子は「道に志し、徳に據り、仁に依り、藝に游ぶ」といいます【7-6】。(174頁)

この道を行こうと志し、徳目、人間としての徳を十分に発揮し、仁に依る。
仁に依るの「依」がニンベンに「衣」で。
仁を衣服を着るがごとく着なさい。
そして藝に遊べ、と。

 白川静氏によれば、この衣はもともとは受霊に用いる霊衣で、それを身につけることによって、その霊に依り、これを承継することができたといいます。仁に「依」るということも、霊衣をまとうように仁に包まれることを意味し(174頁)

 日本で天皇が即位後最初に行う一世一度の新嘗祭である「大嘗祭」でも、衣は重要な意味を持ちます。−中略−
 また平安朝期の大嘗祭の形態を伝える『儀式 践祚大嘗祭儀』(思文閣出版)によると大嘗祭当日の戌の刻に、天皇は廻立殿で湯浴をされますが、そのときにまず「天の羽衣」を着て背中を流されたあと、その衣を湯殿に置いたまま出て、別の衣に着替えます。
「天の羽衣」は
−中略−これを着ると過去を忘れ、違う人格に変容する、すなわち人間としての天皇から現人神としての天皇に変容するための衣でもあります。(193頁)

だからそのあとの年内のお墓参りもすごかった。
神武天皇から始まって明治維新の時の天皇から明治帝、大正、昭和の天皇まで全部墓参り。
そのようにして天皇霊が彼に宿っていくという。
これが衣の儀式から始まるワケだから。
「仁」もそのようにして新しい人格がその人に乗り移る。
異世界からの新しい人格がその人を変えていくんだ。

 実は「仁」という漢字は孔子の時代にはありませんでした。しかし「仁」ではないかと思われる文字はあります。これです。
0120_01.png
 しかし、この文字を「仁」と読むかどうかは意見が分かれるところです。この字はせむしの人の下半身に二本の線を加えた形です。
(213頁)

武田先生の解釈も入る。
安田さんは慎重に書いてらっしゃるが、ちょっとそれでは(番組の)時間内にしゃべりが追い付かないもので。
「仁」という一文字の中にはまず「二」と書く。
一人は間違いなく「私」なのだ。
もう一人。
それが「死者の国からやってきた誰か」。
その二つを合わせてアナタはアナタになりなさい、というのが実は「仁」という文字であるという。
孔子は周の国の周公という人を理想にした。
その人の霊と自分が重なったのが自分の「理想の私」なのである。
だから「仁」というのは人が二人とか「ヒューマン2.0」で「仁」。
一人の人の中に二人の人間が生きている、という。
そう考えると例えば武田先生は坂本龍馬と、ということ。
自分が実は自分だけでもっていない、という。
自分の中にもう一つ世界があるんじゃないか?と。
その自分の内側にあるもう一つの世界と、今生きているこの世界。
その二つの間にオマエは生きているんだ、という。
この世界に生きている「私」ともう一つ別世界にいる「私」。
その二つが重なりあったところに私が目指すべき「私」がいると言った。
この「もう一つある世界」というのが、物理学で「本当にある」と学者さんたちが言い出した。
それが「マルチバース」という考え方で。
今まで物理学では「ユニバース」だった。
一つの世界。
ところが宇宙論を調べていくうちに「もう一つあるんじゃないか」という。
それがこの安田さんの言う「ヒューマン2.0」というのと、本屋で偶然見つけた「スペース2.0」というのが「2.0」で武田先生の中で重なった。
翌週からの宇宙論と、今言ったこととは結構重なる。


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2020年1月6〜17日◆あわいの時代(前編)

新春第一発目に持ってきたのは安田登さん。
あのフランス哲学者の内田樹先生が師と仰ぐ能の舞い手。

あわいの時代の『論語』: ヒューマン2.0



変な本のタイトル。
「ヒューマン2.0」
「人間が二つ」という意味で「2.0」。
これと同じタイトルの本を見つけた。
それは『宇宙2.0』。

ユニバース2.0 実験室で宇宙を創造する



全ての始まりはこれ。
タイトルが同じだから何か繋がりが。
著者は全然違う。
安田さんは何でこんな不思議な副題をお付けになったのか?
「ヒューマン2.0」とは何か?
ここを謎としてこの一冊を追いかけていきたいと思う。

著者は孔子の『論語』に挑む。
中国の道徳を作り、神とも中国ではなった人。
習近平さんも大好きな孔子。
その方が人間関係について非常に苦しんだことを材料にして『論語』という本を書いた。
その著作の論語という本を書いた文字が漢字。
そのまず漢字からいく。

紀元前一三〇〇年ごろ、殷の武丁と呼ばれる王の時代の甲骨文です。いまから三三〇〇年ぐらい前の文章です。この文章は牛の肩甲骨に刻まれていますが、亀の甲羅に刻まれたものも多く、甲羅や骨に文字を書いていることから「甲骨文」と呼ばれています。
 甲骨文のほとんどは占いの文章であり、この文も占いの文です。
(37頁)

最初は五千字ばかりが生まれる。
その五千字は神様と王様が会話するという「通信ツール」だった。
王と神様のものだった。
彼らの文明は祈祷、祈りと犠牲に満ちていて。
現在の四川省。
パンダが住んでいる。
ここに羌(きょう)族という一族がいた。
この羌族の人たちが殷の人たちに捕まって生け贄の人間とされた。
だから殷の人たちは羌族の人間を生け贄のために飼育していた。
そういう関係がある。
羊と同じようにこの羌族の人間たちを生きたまま生け贄として神に捧げたという。
中には「サレコウベダン」というのがあって。
羌族の人たちの生首が数十個並んだドクロ棚がある。
この羌族の人たちの生首を持って夜の道を歩くと魔物が逃げていく、という。
ただし、文字に残ってしまう。
道を歩く時、生首を持って歩くと魔物が寄ってこない、というので殷の文化では「道」という字を・・・生首を持っている。
漢字の中にはこういうふうにして、生け贄になった人がそのまま文字になるという。

「燃」
これは生け贄だろう。
下のテンテンが炎。
上の方で焼け焦げているのは「犬」。
犬がいる。
犬を焼いちゃった。
「献」
また「犬」がいる。
かくのごとくして、中国、殷文明は甲骨文字を発明し、漢字の大元を作る。
この安田さんの説というか話だが、では羌族の人たちは何も抵抗しなかったのか?
これが抵抗しなかったようだ。
(本によると戦った人もいたようだ)
生け贄になるということが人生の目標になっているので、死を恐れたり、生きるために反抗するということなどには一切思いがゆかないという「生け贄用人間」だったという。
「飼育された人間」というのはそんなふうになってしまう。
(本によると「時間」の感覚、すなわち「心」の働きが希薄だったのではないかということだが)
中国というのは闇の中でこういう歴史を持っている。
「殷がダメだ」というワケではない。
とにかく殷の文明はここから漢字を生み出していくワケだから。
漢字の一文字の中にはそういう殷の、今ではちょっと理解できない文明、文化があったと思ってください。

これは安田さんの説だが、こういうのを聞くとゾクッとする。
甲骨文字が生まれ、文字がゆっくり広がっていくと反転していく。
羌族の人たちが漢字を知ることによって反抗するようになる。
(ということは本にはない)

 ヘレン・ケラーは生後十九ヶ月のときに高熱にかかり、聴覚・視覚・言葉を失いました。そして七歳のときにサリバン先生と出会い、「W-A-T-E-R」という文字を知り、すべてのものには名前があるということを知ったと自伝には書かれています。そして、そのときヘレンは、それまでに感じたことがなかったふたつの感情を感じたといいます。
 それは「後悔」と「悲しみ」です。
 彼女は、三重苦のつらさと、そして甘やかされて育ったために、毎日、自分の人形を投げつけたり、ちぎったりしてバラバラにしていました。そして、その行為を省みることはありませんでした。しかし、文字を知ったその日、自分の部屋に戻ったヘレンは、自分の人形を、自分がバラバラにしたという事実をはじめて認識しました。
(47頁)

「文字を知ることが感情を作る」ということ。
人間はその「文字の一滴」から大脳新皮質が出来上がり、一滴の文字、それが脳の中になだれこんでいって川の流れのごとく、最初は細く、言葉を溜めることによって感情の大河になっていくという。
文字が感情の川、心の川を作るという。
それが安田さんの説。
全部当たっていないにしても、かなり美しい例え。
(本の中にはこういった表現はないが)

話を甲骨文字を作った殷に戻す。
今から三千年前のこと。
この殷を倒そうということで周という国家が起こる。
この周は単独で殷を倒すほどの国力がない。
そこでまわりの国に声をかけた。

 殷を倒すために集結した周の軍隊は、さまざまな国や民族の人たちの寄せ集めの軍隊でした。少し前の中国ですら、河を挟むと通訳が必要だといわれていました。ましてや紀元前一〇〇〇年、お互いの音声言語はまったく通じなかったでしょう。しかし、文字を使えばコミュニケーションができた。(100〜101頁)

その文字も台湾と北京では変わる。
中国の北京の方は略した文字ばっかり。
台湾の人たちはちゃんと漢字を用いている。
いずれにしろ「殷を滅ぼそう」ということを叫んだ周は他民族を集めて、心を合わせるために必要なコミュニケーションツール、それを殷が作った文字で代用した。
今までは甲骨文字だったが、約束したことを忘れないように金属に鋳込んで「金文」という新しいタイプの文字を作った。
お寺の鐘か何かに漢字が彫り込んである。
あれを契約書にした。
あれは簡単に割れたり千切れたりしないので、一回結んだ契約は固い約束になる。
そんなふうにして青銅器に鋳込む文字。
甲骨から金文へと発展していく。
最初は神と王とのものだったのだが、ついに周が漢字を地上に降ろし、人と人との契約に漢字を使い始めたという。

「あわい」というのは隙間とか間とか。
漢字一文字で言うと「間(ま)」と書く。
それで「あわい」と読み仮名を打つ。
(本には「あわい」は「あいだ(間)」と似た意味だが、ちょっと違うと書いてある)

殷から周へ変わって、今度は春秋戦国の世となる。
まずは春秋なのだが、紀元前五世紀ごろ。
千々に千切れた中国。
それが相争う。
そういう時代に道徳の孔子が現れる。
彼はどういうタイプの人だったかと言うと「圜冠句履(えんかんこうり)緩く玦を帯び絃歌講誦(げんかこうしょう)」。
丸い冠を被り、先の曲がった履物を履き、美しい玉(ぎょく)を身に付けていた。
そして琴に合わせて詩を吟ずるという、いわゆる「流し」みたいな人か。
カッコイイ言葉を、フレーズを並べながら吟ずる人だったという。
最初から道徳だけじゃなかったと思う。
でもできたばっかりの漢字を並べて歌を作るから「ハイクラスな」ということだったのだろう。
儒教という理想を掲げて。
母親の存在というのは大きい。
孔子がこれ。

孔子伝 (中公文庫BIBLIO)



三千年ぐらい前の人だが、白川静先生が書くと目の前に出てくる。
どんな人かというと、孔子はどうもシングルマザーだったようだ。
お父さんは逃げてしまったようだ。
中国の本には一切書いていないのだが、白川先生はズバッとおっしゃっている。
母親の手、一つで育てられた。
そのお母さんの仕事がまた複雑。
女占い師だったらしい。
つまりお母さんは何をやっていたかといったら「雨を降らせる」というお祈りが得意だった。
雨は大事。
それで一生懸命雨乞いのお祈りをしていた。
孔子が教える「儒教」にはお母さんの形見が文字になっている。
「儒」は「雨」の一文字が隠れている。
これがお母さんの形見。
武田先生は小学校5年から何で「儒教」に「雨」が入っているのかわからなかった。
謎が解けたのは60いくつ。
白川先生の本を読んで夜中に正座した。
儒教の「儒」というのはもともと雨を乞う教え。
だから横にニンベンが立っている。
それから雨の下に(而)。
昔の武田先生。
長髪。
儒教の人はみんなロン毛。
「(金八先生の口調で)あぁ、いぃですかぁ〜?」と言っていた頃の武田先生。

3年B組金八先生 第2シリーズ昭和55年版 初回生産限定BOX [DVD]



漢字一文字の中に人間が潜んでいる。
変わった風体をして歌を歌って歩く孔子。
理想とすることを歌にする。
フォークソング。
「遠い〜世界に〜旅に〜出ようか〜・・・お空の〜♪」と孔子は歌っていた。
そういう人だった。
彼は説くところは人をまず二つに分けた。
「小人」と「君子」。
(番組の中では「小人」を「しょうにん」と言っているが本によると「しょうじん」)
(「小人」は)今ではあまりいい意味に使わない。
「不出来な人」という意味で。
君子は「上出来な人」という。
そういう分け方をした。
彼が弟子に説いたのは君子と「仁(じん)」の人。
この「仁」を目指す人。
「仁」とは何か?
「医は仁術」とかいう。
「優しい」ということ。
つまり「優しくあらねば」ということを言った。
(本によると「仁」とはもっと複雑なことらしい)

『論語』の中での「君子」の出現回数は一〇九回、「仁」は一一〇回。(52頁)

つまり孔子にとって一番大事だったのは「仁」。
この「仁」を繰り返し説明している。
ところがこの「仁」というのは孔子のほとんど造語。
だから意味は孔子しか知らない。

「仁というのは人≠ニ二≠ゥら成る文字なんですよ」と話したら、ドミニクさんは即座に「あ、ヒューマン2.0ですね」と言いました。(215頁)

安田さんというのはなかなか面白い方で、独特の論語の読み方をなさる方。
今、お聞きの中には中国や韓国の方がいらっしゃって「そんな読み方しないよ、論語は!」とかとおっしゃる方もいらっしゃるかも知れないが、これは安田さんの読み方。
安田さんはもうズバり「論語の中にいる孔子は、決して高潔な聖人ではない」。
吟遊詩人というか。
彼は自分のことをこう言っている。

 孔子は「生まれつきは、みなほとんど同じだ。ただ、学びによって違ってくるのだ(性、相近し、習えば、相遠し【17-2】と言っています。孔子自身も「自分も生まれながらにして知恵を持った人間ではなかった。ただ、古代のことが大好きで、そしてがむしゃらにそれを探求した人間なんだよ(我は生まれながらにしてこれを知る者に非ず。古を好み、敏にしてこれを求めたる者なり【7-19】)」と言うのです。
 生まれつきは、みなほとんど同じ。だからこそ、誰でもが君子にもなり得るし、小人にもなり得るのです。
(52〜53頁)

(【】が付いている箇所は『論語』からの引用)
彼は「不出来な人間」という意味で小人と言ったのではない。
「勉強しない人」を小人と言った。
決して「つまらない人」という意味ではなく。
一つの考え方だけで生きている人、それを小人と言った。
これに対して特別な人、あるいは色々考え、先を読む人のことを「君子」。
そういう言い方をした。

 孔子曰わく、君子に九思有り(56頁)

『論語』の中の君子の「九思」について書かれている章句を読んでみましょう。「九思」というのは、九つの状況において、君子は「思」をする、ということが書いてある章句です。
 「思」というのは、現代的な意味の「思う」とはちょっと違います。すなわち「思」とは網の目のように細かく思慮すること、注意深く考えることをいいます。
(56頁)

例えば疑えば「どう訊けばいいのかな?」。
カーッと腹が立つ相手と出会った時は「どうやれば仲良くなれるかなぁ?」。
何が正しいか?
それを言う時には「正しい」。
本当にそれが正しい判断かどうか?
相手のことを考え、これからのことを予測し、決してその場だけの一つ、そのことだけを考えているのではない。
いつも一つから九つのことを引っ張り出す、という。
そういう自分でいられる人が「君子」なんだ、という。

 孔子は、生国である魯の国を追われるようにして出国したあと十三年にも及ぶ諸国遍歴の旅をすることになります。旅の間ではさまざまな苦難に見舞われましたが、その中でも最大の苦難のひとつが陳の国でのできごとです。−中略−
 陳に在りて糧を断つ、従者病みて能く興つ莫し、子路慍って見えて曰わく、「君子も亦た窮するあるか」と、子曰わく、「君子、固より窮す、小人窮すれば斯に濫る」と。【15-1】
 放浪の旅の途中、陳の国に至った孔子ら一行は、食糧すらも尽きてしまいました。悪いときには悪いことが重なるもので、従者もみな病気になって立ち上がることもできません。まさに窮地。そんなときに弟子のひとりである子路が怒りもあらわに孔子に向かっていいます。
「君子でも、こんな窮地に陥ることがあるのですか」
(60〜61頁)

「そりゃあ君子だって困窮するよ(君子、固より窮す)。ただ、ふつうの人(小人)は窮地に陥ると濫れてしまうけどね」と。(62頁)

この「やせ我慢」が生々しい。
弟子に謀反を起こすというか、文句を言うヤツがいた、という。
これはおかしい。
「君子もまた窮するか!」というのはもう本当に腹の底から腹が立ったのだろう。
「いいことばっかりやっているのに、なんでこんなつらいの?俺たちは」というのは、いつの世にもつぶやきたくなるような愚痴ではないか?

 孔子に文句をいったこの子路という弟子は、弟子たちの中でも直情径行、曲がったことが大嫌いで、歯に衣を着せぬ言い様をすることで知られています。(61頁)

孔子の答えが弟子によって変わる。
それが論語を読む時の面白さ。
この二人の出会いはいつかと言うと、孔子がまだ中年だった頃、子路が先生ぶっている孔子をへこませてやろうと「南山の竹、揉す。自らただし、斬って用うらば犀革の厚きを通す」。
(子路曰:「南山有竹、不揉自直、斬而用之、達于犀革、何學之有?」)
「アンタ『勉強しなさい勉強しなさい』『学べ学べ』なんて偉そうなこと言ってるけども、見てご覧。竹、真っ直ぐ出てくるでしょ?南山の竹。アンタ、切って使うだけで革、突き通しますよ? 人間はね、素材じゃないの?素材。」
孔子曰く「その南山の竹に羽を付け、ヤジリを付ければ、革を貫くだけではない。」
(孔子曰:「括而羽之。鏃而礪之。其入之不亦深乎?」)
「素材だけではダメなんだ。それを磨いてとがらせる」という。

これはもう聖書と同じ。
いろんな弟子の性格があって。
子路はずっと孔子に楯突きながら人間的に成長していく。
最後は子路は先生を離れて衛という国の官僚になる。
それで出世してそのまま終わればいいのだが、やっぱり春秋時代。
世が乱れていた。

 衛の国でクーデターが起こったことを知った子路は、君主を助けるために死地に飛び込んで行き、戦闘の最中に、冠の紐の切れたのを嫌い「君子は死ぬときも冠を外さない」と冠の紐を結びなおしているうちに殺されてしまうのです(『史記』「仲尼弟子列伝」)。(61頁)

子路の亡骸は「見せしめのために」ということで塩漬けにされて都に晒された。
その噂を聞いた高齢の孔子は死ぬまで塩漬けのものを口にしなかった。
これは司馬遷の『史記』が伝えているエピソード。

現代語訳 史記 (ちくま新書)



おそらくかなりの誇張が入っているのだろうが。
しかし今から二千年以上前、「仁」という境地を求め、それを中国社会に説いたという孔子の行動録。

「君子」の「君」は、古くは「尹」と書かれていました。この「尹」という文字は杖(棒)を手で持つ形がそのもともとの形です。(55頁)

その下に「口」を書く。
それこそが祈りを入れる箱の「サイ」。
君子という「君」の字は「杖を握りしめた人」ということで、杖が必要な、あるいは脚に少しハンディキャップを抱えているかも知れない人。
そういう人たちが祈りの箱と共に立っている。
それが君子の「君」。
「杖を握り、祈りの箱を引き寄せている人」ということ。
これは本当に不思議なのだが、中国の文明というのは脚にハンディを抱えている人を「聖人」と見る。
だから「君子」の「君」は杖を握りしめた人の姿。

 伊尹の「尹」は、杖を持つ手だと書きましたが、その本字は、同音の「充」だという説もあります。現代では「まこと」と読む「充」ですが、殷の時代の文字ではこう書きます。
0113_02.png
 この字は佝僂の人の姿だと加藤常賢氏はいいます(『漢字の起源』)。
−中略−背骨が屈曲し、背中にこぶのようなものができた姿がせむしであり、佝僂です。(68頁)

 そして孔子も「頭の真ん中がくぼんでいる(反羽)」。(70頁)

それで「孔丘」というあだ名が。
「頭が丘みたいだ」というニックネームが付いている。
沖縄に最後、カチャーシーを踊りながら一升瓶を頭に載せるおじさんがいる。
ああいう頭をしていたのだろう。

posted by ひと at 10:19| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月19日

2019年9月16〜27日◆天高く食欲の秋だ(後編)

これの続きです。

(公式の方には「山天高く食欲の秋だ」と書いてあるが、多分「山」というのは入力ミスだと思われるので前半と同様に「天高く食欲の秋だ」というタイトルにしておく)

武田先生も痩せなければならない年齢。
綾小路きみまろさんのアレを思い出す。
「ダイエット 犬の散歩で 犬が痩せ」
あの人の熱弁はおかしい。
「食べちゃうんです!仕方ないじゃぁありませんか、奥さん!残せないんですよ、私たちは!最後は痩せて死ぬんです!」
やけくその漫談があった。
「最後は痩せて死ぬんです!」というのはすごく説得力がある。
ダイエットというのは本当に何かテレビコマーシャルで流すくらいの人間の大イベントになるという。
そしてもう一つ。
体重を自分がコントロールしている悦びというのは麻薬っぽい悦びがあって、どこか正常ではない、という。
そう言われてみると、そういう気もする。

肥満も色々で、武田先生の場合は先週お話をした。
5月に1か月間の舞台ということで、食事量は減らしているのになぜか腹が出てしまうという。
ハードな仕事をやっているのに太っていくコロッケさんとかを見ていると「肥満て一体何だ?」という。
彼も舞台で言っていた。
「こんだけハードに舞台をやってるんですが、痩せません・・・」
「痩せる」「太る」というのは本当に不思議な気がする。
ストレスホルモンが肥満を呼ぶ、ということもある。

ストレス認知度が上がるとコルチゾールの分泌量が増えること、さらにコルチゾールの増加はグルコースとインスリンの増加に確かにつながることが示されている。インスリンは肥満を招く主な要因なので、このときにBMIと腹部肥満が増したのは驚くことではない(164頁)

このストレスに最も効果のある緩和策が実は運動。
運動というのはなるほど、ストレスを減らす。
運動している最中、ストレスに気を取られるヒマがない。

体重が増えるかどうかを分ける睡眠時間は「7時間」だという。(169頁)

 インスリンの分泌を増やす食べ物の最有力候補は、「精製された炭水化物」(171頁)

この説は(ロバート)アトキンスによって唱えられて。

 アトキンス博士は、自分がローカーボ・ダイエット(低炭水化物ダイエット)を考案したとは決して主張しなかった。(173頁)

2004年には、2600万人のアメリカ人が何らかのかたちで低炭水化物ダイエットをしていると答えている。(176頁)

一番大事なことは、このファン博士がおっしゃっているのだが「精製された」という一語が大事。

高度に精製され加工された食べ物に対しては、なぜか満腹ホルモンが出ず、私たちはそのケーキを食べてしまうのだ。(181頁)

俗にいう「満腹中枢」。

 精製された炭水化物を食べると食物依存症≠ノなるという説がある。(180頁)

あまりにも白すぎる砂糖というのは体の中ですぐに糖、ショ糖になって蓄えられてしまう。
精製されたものというのは体に吸収されやすい。

コカインを使用している人なら、微細な粉は粗く挽かれたものよりもずっと速く血中に吸収されることを知っているだろう──それが、もっと高いハイ¥態につながるのだが、それはコカインでもグルコースでも同じだ。(294頁)

ほとんどのアジア人は、少なくともここ50年、精白したコメ、つまり精製された炭水化物を主食とした食事をしている。それでも最近まで、アジアの人々が肥満になるのは極めて稀なケースだった。(185頁)

(番組ではアジア圏で肥満率が低いのは「精製されない炭水化物」を摂取しているからという説明をしているが、本のこのあたりは「精製された炭水化物よりも糖分が肥満の原因になっている」という話)

アジア圏の肥満と欧米圏の肥満は肥満の質が違う。
非常に精製された炭水化物を摂る欧米の食文化。
それに比べてアジア圏は炭水化物というのが米、イモ、キャッサバ等々の繊維と一緒に雑味がある他の栄養素と一緒に摂るということで、肥満率が欧米よりも低いのではないか?
それに炭水化物と共に糖を大量に摂るメニュー。
これが肥満の原因である、と。
今流行っている飲み物。
タピオカ。

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あれは炭水化物と糖の組み合わせとしては典型的ではないか?

 一日のなかでインスリンの分泌量が少ない時間があることが、太るか太らないかの決定的な違いを生む(210頁)

ダラダラ喰ってるとインスリンがダラダラ分泌されて、それが太る原因になってしまう、という。
インスリン分泌量が少ない時間。
それがどのくらいあるかが「痩せる」「太る」を決定することで、こういうこと。
人は満腹を繰り返すよりも、何も食べないことのほうに体は慣れている。
私たちが「満腹になる」というのは最近の異常事態。

 人間の体には、長い期間食べないでも生きられるメカニズムが備わっている。(214頁)

テレビの収録があった。
「マッチのモノマネをしろ」とか「ラップをやれ」とかという。
ご覧になった方もいらっしゃると思う。
あれはめちゃくちゃ時間がかかった。
リハ(ーサル)もあって泊まり込みだった。
メンバーがメンバーだからX JAPANのToshiさんなんかとやるワケだからメンバーが集まらないから「前日に一回だけ合わせよう」とか「当日ギリギリ早起きして合わせよう」とか。
それでイベント会場の近くのホテルに泊まりこんだ。
そうしたら社長が「明日はまた大変だから」と言って「美味いもん行きましょうや」と(店に)電話した。
お客さんがいっぱいで一発でお断り。
満席。
イベント会場の他にホテル以外何にもないような所。
ちょっと遠出をした。
ところがその居酒屋も満杯。
我々も舐めていたのだが、そこにはディズニーランドがあったりするので、日本だけではない。
(番組収録が)夏休み期間中だった。
だから外国からも来て、夏休みのお客さんも来るから、という。
我々は安い居酒屋っぽいところでやったのだが、そこも超満杯。
もうギュウギュウ詰め。
もう新幹線の物置みたいなところで、会社の男スタッフ5人が集まって飯を喰って。
ヒジが当たるのをお互い「あ、すいません。あ、すいません」と言いながら。
そんなところだったのだが。
その居酒屋さんはお会計の所が長蛇の列で。
中国の方。
全部チェック。
「これは何ですか?」「これは私どもが食べたアレですか?」という。
これはどこでも有名で、中国のお客さんは一品少なかったりした時の激怒感が全然違う。
1970年代の文化大革命の飢餓の時の記憶がまだ、中国人の60〜70代にある。
毛沢東の大躍進政策が失敗して、餓死者が出た。
それも中国だから10万、20万の単位ではない。
そんな飢餓体験。
戦争に負けた日本でもなかった体験を中国の方はしているので、食事が一品足りないということに関して我々と怒り方が違う。
お金がどうとかではない。
食事の記憶はすごい。
やっぱりあんまり怒ってはダメ。
みんなそれぞれ歴史を背負って。
日本は戦争に負けて原爆を二つ落とされて300万人以上死んで、次の年、餓死者が100万人出ると言われたのをひたすら日本人は分け合った、というのともう一つ。
吉田茂さんという人がマッカーサーに食事をねだり続けた。

それともう一つ、村上龍さんのエッセイにあるらしいのだが、アフリカ旅行に行った時にテレビのスタッフが自分の飲み水に名前を書いた。
よくやることだが、アフリカ人の怒りがすごかった。
水を分けないヤツは生きていけない。
「水を等しく分ける」ということはアフリカ人にとって生きていくための原則。
それに個人名を打ったということは人間として最低の行為。
つまり「水」「食事」ということに関してはこれくらい国民性が出る。

人間は実は食べることよりも食べないことのほうに体の方は慣れている、と。
頭の方は慣れていない。
食べないとパニックになる。

人間は、低血糖の症状を起こさずに、何日も食べないでいることができる。世界記録は最長382日だ。(214頁)

『太らないカラダ』という本の著者のファン博士の意見だが、「絶対痩せる」とか「正しいダイエットの方法」とかというのは断言はできない。
博士は自信満々なのだが、おっしゃっていることは一つの意見として聞いていただければというふうに思う。
だから、この通りになったところで痩せるというワケではないと思う。
博士はこの本の中で食品メーカー批判をしきりに繰り返しておられるが、ここでは取り上げない。
日本とアメリカでは食事の内容、食品メーカーも違うので取り上げない。
ただ、面白い意見だけはファン博士の本から抜いた。

 結論から先にいうと、起きてすぐに食べる必要はまったくない(225頁)

breakfast(朝食)≠ニいう言葉は、文字通りfast(食べない時間)≠break(断つ)≠キるという意味だ。fast≠ヘ、何も食べないで寝ている時間を指す。(226頁)

「食べたほうがよい」「減量によい」という方がいらっしゃるが、ファン博士はこれはすべて信仰であって「お腹が空いていなければ朝食は必要ない」と。
更に「少しずつ食べたほうがいいんだ」とかというのも確証はないんだ、と。
(本には少しずつ食べると「糖尿病のリスクが上がる」と書いてある)

問題はここ。
ファン博士はズバリ、アメリカ社会のことを言っておられるが「アメリカ社会では所得が低いほど肥満」という。
この博士の指摘はギクッとする。
確かにニュースなんかを見ていてもそれを感じる。

貧困層を肥満にする要因は何なのだろう?
 答えは、貧困層に限らず私たちを肥満にするもの──「精製された炭水化物」だ。
 貧困にあえいでいる人たちは、安価な食べ物しか買えない。
−中略−精製された炭水化物がほかの食べ物よりも安く手に入るなら、貧しい家庭の人は精製された炭水化物に手を伸ばすだろう。(237頁)

白ければ白いほど砂糖は太りやすくなる。
何で精製された砂糖は太りやすいかというと、雑味がない。
シンプルな炭水化物や単糖類は「純粋に単糖類」「純粋に炭水化物」だから体に入るとすぐに吸収される。
だから精製されたものは体に吸収されやすい。

武田先生も糖尿病の予備軍だから、今は持っていないが一時期は低血糖に陥った時のために病院が出してくれる薬を持っていた。
それを舐めたことがあるのだが、何のことはない「甘い砂糖」。
それもキメがすごく細かい。
これを低血糖に陥った時に舐めればいい。
そうするとすぐに低血糖が収まる。
これは何でかというと、吸収が早いから。
でもこれを持っておくのもちょっとバカバカしくなった。
何でかというと飴を舐めればいい。
そういうこと。
ただ「時間がかかりますよ」と。
低血糖のための真っ白なあの薬と飴は何が違うかというと「雑味」。
飴には他のものがいっぱい入っている。
だから吸収が遅くなる。
だが「他のものがいっぱい入っている」ということが実は「食べ物」。
炭水化物だけでできたイモなんていうのは、それは化学食品だ、と。
イモは炭水化物だが、食物繊維も入っている。
まだ他にもいっぱい栄養素が入っている。
それが「食べ物」。
ただ甘いだけの糖類なんていうのは、それはとてもとても摂れたもんじゃない。
だから「純粋なもの」というのは食品においては非常に問題が多いんです、と。

最近ではニューヨーク前市長のマイケル・ブルームバーグが、必要以上にサイズの大きい飲料を法律違反にしたりした。(264頁)

 疾病予防管理センターによると、新たに2型糖尿病に罹患する人の割合も、減り始めているそうだ。この成果には、「砂糖の摂取量」を抑えたことが大きく寄与している(280頁)

2型糖尿病に関しては全世界で1位はついに中国。
中国というのはそういう意味では肥満が社会問題になりつつあるのだ、と。

この博士は食物繊維を勧めておられる。
食物繊維。
例えば黒砂糖など精製されていなければ食品には必ずある。
それを削り落としたところに実は肥満という病があるのだ、と。
精製されない食品。
それがいかに貴重か。
そのことを繰り返し、繰り返しおっしゃっている。

朝食を取り上げられてしまった武田先生。
人生も晩年に至って奥様から「喰わなくていい」と言われて。
最初はカチンときた。
1日1食主義。
それは守っていない。
昼飯を作ってもらっている。
今年(2019年)の8月ぐらいは焼いた餅2個で昼飯を済ましていた。
餅は腹持ちがいい。
それを海苔で巻いてもらって2個焼いてもらっていて。
武田先生が頼んだワケではないが、出てきたのがそれだったのでやむなく喰っていただけだが。
そう考えると昔は「朝ごはんは必ず食べる」「1日3食きちんと食べる」というのが基本だったのに、最近はそれが覆されることが多いと思う水谷譲。
タモリさんも1日に晩飯だけだった。
意外と1日1食の人で、それで元気いっぱいの人が。
噂なのだが、タモリさんが司会をやるような番組をバラエティでやってらしたのだが、その時も若手と顔を合わせるたびにタモリさんが「オメェ、そんなに喰うと疲れっちゃうよ?」とおっしゃっていた、という。
ご飯を食べると内臓が一斉に・・・。
武田先生も(食後は)すごく眠くなる。

著者のファン博士が一生懸命勧めてらっしゃるのは「精製されない」あるいは「食物繊維をたくさん含んでいる」というものを食品として摂ることである、と。

 何百年という間に、食物繊維の摂取量はかなり減ってきた。旧石器時代の食事では1日におよそ77〜120グラム摂られていたと考えられている。(301頁)

ところが現代では食品が本当に食品になってしまって、昔に比べると雑味がないというか。
除去すれば除去するほど、食品が人々にもてはやされる。
よく売れる食品になる、という。

武田先生の家では奥様が4種類ぐらいおかずを作る。
武田先生はジジイなので歯が悪いし、噛むのが疲れる。
人参の大きいヤツ。
料理法はみそ汁とか和え物、酢の物、そういうもの。
オール食物繊維。
それでみそ汁は海藻が椀から盛り上がっている。
それが苦しい。
何がアレかというと満腹感がすごい。
もう腹が重たくなって。
そのくせ夜のトイレで1回目に起きた時にはもう腹がペタンとなっている。
だから順調に順送りで。
肉はない。
「それは食べなくて。もうすぐ死んじゃうから」と奥様から言われた。
メインのおかずに魚はない。
オール食物繊維。
かぼちゃ、ネギ、イモ、サツマイモ、レンコン、たまねぎ。
「あ!ハンバーグだ!」と思って箸を付けたら「レンコンよ」。
レンコンをすりおろしてきれいにハンバーグにして。
本当にハンバーグに見える。
喰うとレンコン。
だったらハンバーグを食べさせてくれればいいのに。
もっと喜ぶし。
一応元気にしているから。
とにかく生きていきましょう。
まあ、そういうもの。
あとは秋口にたまねぎが出た。
たまねぎ1個ごと。
半分に断ち切って味噌を付けて食べる。
それですすったら海藻が出てくる。
それで筑前煮みたいなのがあったので「鶏肉の匂いでもするんじゃないかな?」と思って箸を付けたらレンコン、イモ。
肉は無い。
もう死んじゃうから。
どうせ死ぬんだから、そんなものは摂らなくていい。
でもこの本を読んでいたらどうも、ファン博士は武田先生の奥様にちょっと近い。

栄養素にはタンパク質、脂質、炭水化物の3つしかない(313頁)

そもそもどんな食べ物を食べてもインスリンの分泌は促される(316頁)

このインスリンの反応をあまり刺激しない食べ物が肥満を抑えてくれるということになるのだ。

近年行われた「PREDIMED」などの試験では、「ナッツ類やオリーブ油などの天然油脂を摂取するのが効果的である」との結果が出た。(303頁)

(番組では「オリーブオイル」「木の実」「乳製品」がインスリンを刺激しないと言っているが、本によるとオリーブオイルに関してはインスリンを上昇させないが、乳製品はインスリンの値は上がるが体重増加の予防になる)
これはものすごく細かくこの博士は言っている。
食品ごとに説明すると話は複雑になるが、最も心掛けるべきことは、武田先生の奥様と同じ。
お腹が空いていない時は喰うな!
「1日3食、おやつ付き」を当たり前とせず、加工されない本物の食品を食べなさい。
終章では太らない体のつくり方をファン博士によって丁寧に語られている。
この博士はものすごく細かい。
びっしり書いてある。
博士がおっしゃっているのは「ナッツ類は体によいよ」と「間食はやめなさい」と。
とにかくインスリン値の改善。
これが肥満に対する最大の提案であると。

「朝食」は食べても食べなくてもいい(372頁)

勧めるものは非常にわかりやすい。
ヨーグルト、卵、そして炭酸水。

 カフェイン抜きのものを含めて、コーヒーには「2型糖尿病の予防効果」がある(377頁)

ただし、砂糖やそのほかの甘味料を加えるのはやめよう。(378頁)

砂糖を入れて朝、コーヒーを飲むのが幸せな武田先生。
毎日のコーヒーとそれから紅茶。
これは糖尿病リスクを半減させるほど。
肝疾患等々にもいい、と。
当然緑茶もいいぞ、と。

この著者はくどいくらい加工食品の害を訴えている。
雑味のない精製された綺麗な食品ほどあぶないのだ、と。
自然のもので、人の手のそれ以上加わっていない、人の手が必要以上にかかっていない食品がいかに素晴らしいかを懸命に勧めてらっしゃる。

 つまり、一言でいえば、「ファスティング(断食)」という方法だ。(394頁)

 つまり、世界の人口の約3分の1が、生涯にわたって規則的にファスティングをしているということだ。(416頁)

 イスラム教徒は聖なるラマダーン月になると、日の出から日没まで断食を行う(398頁)

なんであんなにイスラム圏の人たちが断食にこだわるかというと、やっぱり「インスリンだ」という。
インスリンを体の中から出してしまう、という。
そのことが病的な肥満から脱出する方法で。
そういえばイスラム系の人はそんなに恰幅が。
(本によるとイスラム教徒の断食期間はむしろ摂取カロリーが多くなっていて、断食の恩恵が打ち消されているらしい)
衣服も彼らの『アラビアのロレンス』みたいな服装はちょっと肥満かどうかわかりにくいが。

アラビアのロレンス (字幕版)



断食というのはとても体のためにはよいそうで。
「朝ごはん、食べたくなかったら食べなくていいのよ」
最初に言われた時は「何とむごいことを」。
「え・・・何かそこをさ・・・」とかと。
「かつ丼だってたまには食べたかろう」と思う水谷譲。
動物性たんぱく質の誘惑というのは本当にすごい。
ただやっぱり慣れてくるというのはすごいもの。
ゆっくり慣れてきた。
1kgばかり体重が最近減ったばかり。
それに食物繊維のパワーというのは本当に感じている。
これは本当に繰り返しになって、汚い話で申し訳ない。
本当に「オマエは犬か?」というくらい。
それはちょっと大腸検査でも、人間ドックでもちょっと褒められて。
綺麗に出ているそうで。

「断食こそ薬に勝る食事のとり方である」とおっしゃっている。
宗教も断食を修行としている、と。
仏教も断食がある。
5日間の断食をすれば体重はだいたい1kg(の減少)だそうだ。

5日間のファスティングにより、成長ホルモンの分泌量は2倍になる。(402頁)

結局この本は何が言いたいかというと「断食は体にいい」。
その間、ブァーッと色々な食品を挙げて「これはダメ」「いいのはこれ」とかという感じがあるのだが、一番最後は断食に。
何のことはない、奥様と同じ。
「食べなくていい!食べなくていい!」
「肉なんか必要ない!もうすぐ死んじゃうんだから!」
「もうすぐ死んじゃうなら好きなもの食べたいというのもある」と思う水谷譲。
それは「卑しい」。
「だって食べるのって楽しみじゃん?」「食べるのが楽しみって最低の年寄りよ?」とかと。
返す言葉もない。
というワケで「天高く食欲の秋」ということで、真逆ではあるが「太らないカラダ」というものについて触れてみた。
どうぞ皆さん、好きなものを食べて、今日も元気に頑張ってください。
かつ丼行きましょう。
秋はかつ丼。

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2019年9月16〜27日◆天高く食欲の秋だ(前編)

トロント最高の医師が教える世界最新の太らないカラダ



「天高く、食欲の秋だ!」ということ。
かつての小沢昭一さんを思わせるようなタイトルの付け方。
ちょっと思うところがあって、まな板の上へ置いたのは「肥満」。
まな板の上に置いた本はサンマーク出版。
こういう健康、ダイエット、人生の啓蒙書というのがサンマーク出版の特徴ではある。
ただ、この一冊はこの肥満というのが科学的に探究されていて、今までのダイエット法について全く辛口。
この方(著者)はすごく自信があるのだろう。
ジェイソン・ファンというアメリカの方。
この方はダイエット方法を詳しく名前を挙げて書いてあったり「このダイエット食品は効果がない」とか「金儲けダイエット食品である」というのが挙げてある。
それは『(今朝の)三枚おろし』では紹介しない。

「食欲の秋」の前からちょっと思っていた。
本年(2019年)4月中旬から稽古に入って、5月は舞台公演で5日から28日までの22日間、38回・3時間半のステージを相勤めるという。
昼夜公演の場合は朝10時に楽屋入りして、夜の7〜8時まで。
その間、食べ物が昼公演の時は10時に入って、入ると同時に朝飯。
握り飯を1個とみそ汁。
昼食はというと、小さな丼でうどんかそば、ラーメンという麺類。
消化しやすいヤツを摂るという。
その握り飯1個とみそ汁というのはまあまあ時間があるのだが、昼食の小丼にうどんかそばというのは、だいたい食事の時間が5〜7分。
でないと次のコロッケとの歌謡ショーに間に合わない。
とにかく幕が開くのが11時、終わるのが8時。
それからホテルに帰って夕食を摂るのだが、ひたすら消化にいいもの。
お腹にもたれちゃうと体に異変がすぐ出るので。
普段の半分ぐらいしか食べていなかったのではないか。
よくそれであの長期の公演の体力が持つと思う水谷譲。
22日間、38回だから。
ところが、体力はもたないどころではない。
奥様が食事のチェックに来るたびに腹がポコーンと出てくる。
水戸黄門の恰好をしていて帯を締める。
その帯の上に腹が乗ってくるのがわかる。
結構(公演は)ハードなのだが。
あれだけのお芝居をやって6〜7分で麺類をかっこんで、すぐ歌謡ショー。
さっさと終わればいいのだが、コロッケがもう引っ張る。
今でこそ愚痴を言うが。
あのコロッケというのはウケるまでやるタイプだから。
武田先生自身の暮らしはほとんど僧侶と同然。
禅僧のような生活をしているつもりなのだが痩せない。
あの間で1kg痩せていない。
それで「何でかなぁ?」と不思議で仕方がなかった。
そんな時、ふっと本屋さんで目が合った一冊がこの一冊だった。
本の宣伝ができる腰帯が付いていて、ファン博士はその中でこんなことをおっしゃっている。
(私が買った本の帯は全く異なる内容だったので、違う内容の帯もあるのかも知れない)

太っていることと肥満であることには、大きな違いがある−中略−熊は、クジラ、セイウチ、その他の肥えた動物と同じように太っているが、健康への影響に苦しんでいるわけではないので肥満ではない。実際、熊は遺伝子によって太るようにプログラムされている。
 だが、人間はそうではない。むしろ、やせている人のほうが有利になるように進化してきた生物なのだ。
(63頁)

 そもそも、遺伝的な要素で説明がつくのは、私たちが目にしている肥満傾向の70%でしかない。逆にいえば、残りの30%は私たちが自分でコントロールできるということになる。(64頁)

10kg痩せたいと願ったところで、自分が喰い物とか運動でコントロールできるのは、10kg痩せたいうちの3kgがやっとである。

人の体重は次のような簡単な等式で予測できると考えられていたのだ。
・「摂取カロリー」−「消費カロリー」=「体脂肪」
−中略−
 この仮説には重大な間違いが含まれている。
(66頁)

つまり余分に食べた分だけ、だから太るんだという考えは間違いである、と。
とにかくダイエットに関して足し算や引き算は通用しないんだ、と。
確かに自分を振り返っても「何で太ったんだろう?何で痩せたんだろう?」というのがあって不思議に思う水谷譲。

「肥満」について考えている。
「人間は痩せることによって進化をした」という。
このダイエット、痩せることの難しさは何かというと、取り込む食品、食べる食品をすべてカロリーに換算して、それが体重に足されたり引かれたりということは、これはダイエットはそう思ってしまうのだが、そんなことはないそうだ。

体内のシステムはすべてホルモンの働きによって調節されている
 身長の高さは「成長ホルモン」によって決まり、生殖機能の成熟を司っているのは「テストステロン」や「エストロゲン」といったホルモンだ。血糖値は「インスリン」「グルカゴン」などの働きにより、体温は「甲状腺刺激ホルモン」や「遊離サイロキシン」によって調節される
(68頁)

摂取カロリーと体重に増加の相関はない。
「いっぱい食べる人が太る」という相関関係はない。
これはもう、科学で医学で証明されている。
更にカロリーを減らしているのに体重が増えていくという例がアメリカとイギリスで確認されている。
人間の体には体重をコントロールするためのシステムがいくつもあって、体重増減のコントロールはそう簡単ではない。
一種類、食べ物を取り込むということだけが体重を増やしているのではないそうだ。
体重を増やすにしても痩せるにしても体の中のいくつものシステムが歯車みたいに噛み合って体重というのは決定していくらしい。

ミネソタでの実験は、カロリー制限をしている時期と、飢餓状態からの回復期における人間の状態を理解する目的で行われた。−中略−彼らは運動として週に22キロ歩かされた。(79頁)

 その男性は、安静時代謝量が40%も落ちていた。−中略−心拍数も35回──平均的な心拍数は1分間に55回──に減少していた。−中略−平均体温は35.4度に下がり、血圧も下がっていた。−中略−髪も抜け、爪も割れるようになった。(80頁)

(番組では、途中でこういった問題が発生したので実験を中止したというような説明をしているが、本には実験の中止のことは書かれていない)
この無茶苦茶な実験が何を証明したかというと、食べないと「喰い物に体が頼らなくなる」ということ。
公共施設の夏の対策とか冬の対策と同じ。
省エネ運動。
だから喰い物が入ってこないので体が「省エネ」になってしまう。
だから(体温が)35℃になってしまう。
心拍数、心臓を打つ音も普通は60以上。
ちょっと運動すると70〜80。
それが脈拍が35。
つまり一斉に「省エネモード」に入ってしまう。
体が弱ってそうなるのではなくて、食べ物が入ってこなくてもそのぐらいの力で動けるように体が対応するということ。
つまりビルでいうところの、なるべくエネルギーを使わない、エレベーターの速度をゆったりし、電気も半分、全部消しちゃうみたいな。
そうやってでも体は恒常性、機能を守ろう、維持しようとするということ。

ミネソタ飢餓実験の被験者たちは35.3キロほど体重が落ちる計算だったが、実際に落ちたのは16.8キロだけ(83頁)

(番組での説明と実際の実験の内容は多少異なるし、番組では「35.5キロ」と言ったが、上記のように35.3キロ)
命に危険を感じると体は異常に対して体重を減らして全体を守ろうとする。
命が危なくなったので体重を戻すべく、以前と同じ摂取量、食事の量に摂取カロリーを増やした。
食事を普通に戻した。

体重はその後も増え続け、結果的に実験前の体重よりも多くなってしまった(83頁)

それは体が消化して出すものまで体の中に。
懲りて嫌になったから。
「いっぱい持っとかないと、この人また痩せる可能性あるな」という。
「やった!溜めるぞ!」みたいになった。
その本人の意思とは逆に、体の方が張り切って肥満の方を目指し始めた。
だからダイエットをやれば必ずリバウンドは来る。
「リバウンドは決して意思の問題ではありません」というところがこのファン博士の指摘。
このあたりギクリとする。

食事を減らし、運動量を増やす。
これが今、ダイエットの王道。

「食事を減らして運動量を増やす」というアドバイスが間違っているのだ。(90頁)

最初に(この番組の)月曜日に話した通り。
あの博多座(での公演)のタイトなスケジュールで、4日に一度ぐらいは贅沢してちょっと外に行ってはいたが、滅茶苦茶つましい、貧しい・・・。
食べないとダメ。
効果がなかった。
武田先生はもっと(自分の体重が)落ちると思っていた。
朝はおにぎり1個とみそ汁1杯。
昼ごはんが椀にうどん、そば。
それも一束がやっとぐらいの感じ。
時々何かいろいろ喰っていたか?
一番最初の舞台公演の時は6〜7kg落ちている。
フラフラだった。
それが年を経るたびに多少動いても全然減らなくなる。
「何でかなぁ?」と思うのだが。
その疑問も含めて同じ思いの方がいらっしゃったら、ぜひ耳をそばだててこの放送を聞いてください。
食事を減らして運動量を増やす。
これはダイエットに何の効果もないとファン博士はおっしゃる。
体は「恒常性」毎日適応するために作り替える。

 摂取カロリーが減ると、体ではふたつの大きな適応作用が起こる。1つ目の変化は、これまで見てきたように、エネルギーの総消費量の大幅な減少である。そして2つ目は、空腹感をさらに刺激するホルモン信号が出されるという変化だ。体は、失った体重を取り戻すために「もっと食べろ」と私たちの脳に訴えるのだ。(91〜92頁)
 
グレリン(主に食欲を増進させるホルモン)などのさまざまなホルモンの値が分析された。すると、体重が減ったことにより被験者のグレリンの分泌量は大幅に増え(92頁)

 これは、意思の弱さや道徳観の欠如とは、いっさい関係がない。(94頁)

だから少なくしか入ってこないから、わずかに入ってきた物も全部蓄えに回す。
そういえばちょっと生々しい話になるが、便の量が公演中、細くなる。
普段はジジイなので「オマエ秋田犬か?」というような。
それが猫みたいになってしまう。
それは感じていた。
だから無駄なものをほんの僅かにしておいてため込むのだろう。

減量すると制御機能を持つ前頭葉皮質の活動が弱まるということなので、減量した人は食べ物に対する欲求を抑えるのが難しくなるのだ。(94頁)

一回だけ目撃したことがある武田先生。
とにかく滅茶苦茶頑張って痩せる俳優さんがいた。
武田先生は心配して「病院行け」と言ったことがある。
『西郷どん』をやっていた人(鈴木亮平)。
あの人が天皇陛下のお料理を作る人の物語があって。

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その時に肺結核で死んでいくお兄さんを演じた。
喰わない。
体重を落としていた。
武田先生は知らなかった。
会うたびに頬が削いでいくから。
セットの裏側に引っ張り込んで「アンタ病院行った方がいいぜ」と言って。
そうしたら「いや実は・・・」という。
「再来週ぐらいに喀血するんで、それまでにあと3kgて言われてるんです」
あの人は立派な人で、痩せる。
その、何事においても優等生みたいなあの人が監督と話す時に言葉が乱暴。
これはご本人も気づいてらっしゃらない。
つまりこれは前頭(葉)皮質がほとんど活動を止めている。
そのいわゆる社会の流れみたいなのを察する能力がなくなっている。
そういうことも起きる。
朦朧としてくる。

ヨーロッパでの年間の運動量が少ない国がオランダとイタリア。
運動量の多いのはやはりアメリカ。
アメリカ人はよく走っている。
ところが、肥満が逆転している。

年間の運動日数が少なかったオランダ人とイタリア人についていえば、ダンベルを使ってトレーニングに励んでいるアメリカ人に比べて、肥満率は3分の1にとどまっている。(100頁)

これは運動しても痩せる脂肪は5%が限界。

カロリーのほとんど(95%)が基礎代謝に使われるということだ。(105頁)

激しい運動をしたあとは、いつもより多く食べてしまうものだ−中略−ハーバード公衆衛生大学院の538人の学生を対象に行われたコホート研究−中略−運動の時間が1時間超過するたびに、学生らは292キロカロリー余分に食べたのだ。(109〜110頁)

だからダイエット効果には何の関係もない。
その上に「食べ過ぎると太る」というのも嘘。

これまたすごい実験で「過食実験」というのをアメリカで行った。
(本ではサム・フェルザムというイギリスの人の実験が紹介されている。調べてみると「フェルサム」としている文献が多いが)

 従来の過食実験に新しいやり方を取り入れようと、一日に5794キロカロリーの食事を摂り、体重の増加を記録することにした。彼はやみくもに5794キロカロリーを摂ったわけではない。高炭水化物、高脂質の自然食品の食事を、21日間にわたって摂ったのである。−中略−彼が摂った食事の主要栄養素の内訳は、炭水化物10%、脂質53%、たんぱく質37%だった。一般的なカロリー計算では、7.3キロ体重が増えると予測された。だが、実際に増えた体重は、わずか1.3キロだった。さらに興味深いのは、ウエストが2.5センチ以上細くなっていたことだ。(112頁)

奥様から言われたこと。
飯を喰う。
喰い物が入ってくると胃も腸も一斉に動く。
それは胃と腸にとっては運動になる。
だから「繊維質を摂れ」というのは「内臓に運動をさせる」という意味合いでも大事なこと。

次の実験では、低炭水化物、高脂質の食事をやめてみた。その代わりに、一般的なアメリカの食事である、加工度の高い混ぜ物$H品を多く取り入れた食事を、一日あたり5793キロカロリー食べ、それを21日間続けた。この実験の主要栄養素の内訳は、炭水化物64%、脂質22%、たんぱく質14%だ−中略−すると今回の実験では、カロリー計算から予測されたものとほぼ同じ分だけ体重が増えた──7.1キロだ。ウエストは9.14センチも膨らんだ(113頁)

しかもこれは21日間という期間であって、それ以上続けるとまた変化するかも知れない。
余分なカロリーを燃やすために体は消費カロリーを上げていく。
そのようにして体は「いつも」ということを大事に維持しようとする、と。

 たくさん食べるから太るのではない。太っているからもっと食べるのだ。(122頁)

それは太っていることで体を維持しようとしている。
一番大事なことだが「では体重を決めているのは一体誰なんだ?」と。
どうやら脳の視床下部のホルモン分泌コントロールが体重を設定しているようだ。

脂肪組織が増えると、レプチンが増える。レプチンが脳まで達すると脂肪の蓄積をこれ以上増やさないようにするために、食欲が抑制される。(126頁)

肥満の一因は、レプチンがたくさん分泌されることに体が慣れてしまって効果がなくなる「レプチン抵抗性」によるものだったのだ。(128頁)

痩せるも太るも脳とホルモンが語り合っている。
だから脳とホルモン両方に連絡を取らない限りダイエットはかなわない、という。
奥様をギャフンと言わせてやろうと思ってこの本を必死になって読んでいた武田先生。
奥様はこの手の話は詳しい。
だが、この本を読み終わった時に逆にこっちがギャフンという目に遭うようになった。

 食べ物を食べると、その食べ物は胃や小腸で分解される。タンパク質はアミノ酸に、脂質は脂肪酸に分解される。糖がつながって出来た炭水化物は、糖の最小単位である単糖類に分解される。食物繊維は分解されず、吸収されないまま体内を移動する。そして、すべての細胞は血糖(血中のグルコース)をエネルギーとして使うことができる。特定の食物、特に精製された炭水化物は、ほかの食物よりも血糖値を上げやすい。血糖値が上がると、インスリンの分泌が促される。(136〜137頁)

インスリンは、この多量のグルコースを血中から放出させて、あとで使えるように細胞に蓄えておかせる働きをする。
 また、私たちの体はこのグルコースをグリコーゲンに変えることで、肝臓に蓄えることもできる
(138頁)

このような仕事は体がコツコツと自動的にやってくれている。
この作業中にまた飯を喰うと体がものすごく忙しくなるという。
やはりよくない。

何も食べないときは、インスリンの分泌量は減り、糖や体脂肪を燃やす働きが始まる(140頁)

たとえば、朝7時に朝食を食べ、夜7時には夕食を食べ終わるとすると、食べ物を摂取している時間が12時間、食べ物を摂らない時間が12時間となり、バランスがとれていることになる。(140頁)

これが結構堪えた武田先生。
インスリンがダラダラ出ている。
武田先生はこの数値があまりよくない。
(「海援隊」の)メンバーの中牟田俊男はやはりジジイなのでこの手の話ばかりになってしまうのだが「オメェ、どのぐらいだ?血糖値」とか言うと中牟田は80ぐらいまで。
110以上ある武田先生。
(数値が)ボーダー。
お医者さんからも「もうひと頑張りできないかなぁ?」といつも言われている。
これは体が休んでいないということ。
つまり、自分では食べた覚えがないがダラダラ喰っているらしい。
22日間興行をやっても痩せないはずだ。
「はぁ・・・昼間ちょこっとだけ素麺すすっただけだなぁ、今日は」とかと思うのだが、その間ダラダラと楽屋の行き返りに、たい焼きを食ったり、それを忘れてしまう。
「あ!ひよ子(まんじゅう)があったなぁ」とか「あ!あの方から頂いた鶏卵素麺」とか。

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それを武田先生は忘れているが、体のインスリンは忘れていない。
ここにダイエットの難しさがある。
これがまたちょっと複雑。
肥満のアレ。

 グリコーゲンは「財布」のようなものだ。−中略−脂肪は、「銀行口座に貯金してあるお金」のようなものだ。−中略−
 銀行にあるお金を使う前に、まずは財布にあるお姉を使うのが普通だろう。だが、財布を空にはしたくない。同じように、私たちの体は、脂肪銀行にあるエネルギーを使う前にグリコーゲンの財布からエネルギーを使う。
(141頁)

つまりインスリンが働いている時間が長いほど分泌量が高いということは、体重も重く設定される。
「あ、コイツいつも飯喰ってるなぁ」と体はもうわかっている。
武田先生は忘れている。
ひよ子を喰ったり、鶏卵素麺を喰ったとか。
「銘菓ひよ子」は楽屋でコロッケのファンの人がいつも置いていく。
武田先生よりも悲惨なのはコロッケ。
あんなハードなショービジネスで(コロッケさんは)太った。
毎日顔を合わせていくと、顔が額縁からはみ出していくのがわかる。
空気を入れるみたいに膨らんでいく。
忘れている。
「何か食べたか?」と言ったら「いえ、朝から何も・・・」というのだが、1gも体重は落ちていない。
だから面白い。
インスリンが働いている間は体は「体重、重くしてもいいんだ」「そういう許可が出てるんだ」ということで体重は重く設定される。
だから常日頃から「規則正しい生活をしなさい」と言われるのだろう。
「同じ量を同じ時間に食べて、てことが大切だよ」と言われるのはそういうことなのだろう。
食事量を減らしても体重は増加する。
それはそうだ。
三分の一を減らしたところで、他で喰ってるのを忘れているワケだから。
この先生がすごいのは「インスリンを出すな」という。
この先生の言い方がケンカ腰。
これが奥様が言ったことと全く一緒。
「血糖値が高いってことはね、糖が混じってるワケだから、インスリンが絶えず出っ放しになってるワケだから、喰わなきゃいいのよ」と。
それで朝食を摂るのをやめた。
それでも武田先生の場合、体重は減らない。
ちょっと頭が痛いが、どこかで摂っているのかも知れない。
忘れているか、気がついていないか。
どこかで摂っているのだろう。
このインスリンを抑えれば痩せるという、このファン博士のいささか乱暴な言い方だが、ファン博士の独自の意見としてお聞きください。

posted by ひと at 16:35| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月08日

2019年9月2〜13日◆でっち上げ(後編)

これの続きです。

もうふた昔近く前。
(昨年の放送なので)16年前、2003年、教師によるいじめ。
これは福岡での事件。
ローカルのニュースであったいじめ事件が全国誌に報道されることによって、ワイドショーネタとなる。
自分のところの受け持ちの小学校4年生の子に向かって「死に方教えたろうか」と恫喝する。
あるいは「オマエの血はアメリカ人の血が流れてるんで、穢れているんだよ」と言いつつ耳を引っ張った、とかという悪魔のようないじめ事件があったということで報道される。
ところがそれが民事の裁判となって調べられていくうちに「あれれ?」という感じになるという。
川上先生は弁護士さんをやっと一人雇って裁判に臨む。
(実際には南谷弁護士と上村弁護士の二名)
その弁護士になられた南谷さんという方が事実を見ていくと、膨らんだ話の正体が縮んでゆく。
いじめの現場を実はクラスの誰も、職員の誰も、父兄の誰も見ていない。
全部お話は「いじめられている子の母親から聞いた話だ」という。
南谷は訴状を読めば読むほど、向こう側が叫んでいるそのいじめの内容が穴だらけに見えてしまう。

 唯一提出されたのは、川上にアイアンクローの技をかけられ、突き倒されて右大腿部を負傷したとする診断書だけである。病名は「右大腿後面挫傷」−中略−たとえば、サッカーの試合中に足を蹴られたり転倒した際にできる程度の傷であろう。診断書の日付は、怪我をしてから20日もたった6月10日だった。(185頁)

朝日新聞が掲載した第一報を始め、その直後の他社の後追い報道は全て、「母親の曾祖父が米国人」だった。ところが原告の訴状に「原告裕二の曾祖父がアメリカ人」と記載されていたため、直後から、新聞テレビとも一斉に変更、「週刊文春」も、和子の言葉として、「私の祖父がアメリカ人」としていた。川上自身も家庭訪問の時、そう聞いた。
 ところが驚いたことに、和子の陳述書では、「私の祖父がアメリカ人とのハーフ」と、第一報のそれに戻ってしまった。
(188頁)

つまり、矛盾することを言う時、人間の言っていることはどこかでやはりズレていく。
人種差別の訴えに母親は忙しく、その血の濃さが発言のたびに濃くなったり薄くなったり、濃くなったり薄くなったり。
「お祖父さん」が「曾祖父さん」になったり。
「お祖父さんはアメリカ人と日本人のハーフ」になったり、変わる。
これで、南谷さんというこの弁護士さんはすごい。
「全部ウソじゃないか?」と思う。
(本によるとこの件を積極的に疑問視していたのは弁護士ではなく川上先生)
つまり、そうすると「アメリカ人の血は穢れている」等々の発言というのは「お母さんの全くのウソ」ということが証明される。

川上はといえば、被告席にその姿はない。マスコミの取材攻勢を心配した南谷弁護士から出廷を見合わせるように言われてるため、第2回の口頭弁論以降、一度も姿を見せていないのだ。(206頁)

この口頭弁論で校長から話を聞く。
処分の理由を聞くと「アンケートを取って分かったんだ」というので「じゃ、アンケートどんなこと聞いたんだ」と問い詰める。
そうすると実施されたアンケートに関しては「いじめがあったか、無いか」。
〇と×だけで他は何も聞いていない。

 すると校長は、アンケートについて、
「細かいことは(子供たちに)聞いていない。個人的には何も聞いていない、聞き取った中でいじめはわからない。
(213頁)

──何度も出血したとかいうことで、その事実があったかどうかということで保健室等に浅川裕二君が来てるかどうかということの確認をされましたか。−中略−
「養護教諭に鼻血が出たとかいうことで保健室に来たということはなかったということです」
──要するに、来てないということですね
「はい」
(209頁)

 体罰で歯が折れたとする主張についてもカルテには気になる記載があった。
 そもそも裕二の年齢は乳歯の生え変わる時期であり、実際に病棟でも裕二の犬歯が抜けていた。
−中略−原告側が、自然に抜けた歯を「折れた」と主張している可能性もある。(234頁)

しかも「耳が切れた」という話にしても体罰から20日も経って発見しているというあたりで「全部おかしい」と。
これに対してこの裕二君の大弁護団は久留米医大の先生を呼び出して、久留米医大で調べたPTSDの入院記録を調べるが、これがアッ!と驚く。

16年前に福岡で起こった、とあるいじめ事件。
ある担任の先生が教え子をいじめる。
ハーフなので「血が汚れている」とか「死んでしまえ」とか。
耳を血が出るほど引っ張ったというような事件。
いじめられた子はPTSDで心に障害を受けて、先生の顔を見ると震えが止まらないという症状を呈しているということで久留米医大。
久留米にある巨大な大学病院。
そこでPTSD「心に傷を負っている」ということが診断される。
ところが民事の裁判でこのいじめた先生を守るべく立ち上がった南谷という弁護士さんが調べるとどうもその内容が・・・考えこむ。

 重度のPTSDで希死念慮、つまり自殺願望さえも認められるというのに、入院から3日後には早くも外泊が始まり、合計186日の入院期間中、なんと106日が外泊だというのである。(215頁)

それで看護婦さんが観察していると入院当初「よく眠れていない」「何か不安そう」という報告がある。
それはやはりあれだけのいじめを受ければ。
小学校4年生。
「よく眠れない」「何か不安そう」ということがある。
ところが南谷弁護士はそう読まない。
「当たり前じゃないか」
小学校4年生の男の子が病院に入院して、今までと違うところでベッドで寝る。
「何か不安そう」
それは当たり前。
(入院していた時は)武田先生だって「不安そう」だった。
「何か不安そう」「よく眠れていない」それが最後まで続かない。
病院の日誌は正直に書かれる。
その記録の後半になると問題行動が裕二君に現れる。

 ところで、裕二に関しては、11月半ば頃から、PTSDとは別の困った問題が持ち上がっていた。他患者や病院スタッフへの暴言や問題行動が目に余るようになり、他患者からの苦情も頻発、病院側は対応に苦慮する事態になったのだ。−中略−
・問題行動を注意した看護師、スタッフに対し、「おまえ、気持ち悪い」「バーカ、メガネババア」「クソババア」「穢れる」「触るな」「この話いつ終わると」「うるさい、うるさい、うるせーえっ」
−中略−
・検温、内服、食事などの片づけの拒否。
(221〜222頁)

確かに、一部の問題行動は、抗うつ剤の投与による躁転反応とも考えられるが、カルテを克明に読んだ川上にはそうは思えなかった。−(222頁)

それでは「PTSDでない」ということではないか?ということになる。
原告の言うPTSD。
これは少年の言うことを全部鵜呑みにしすぎるのではないか?
だから入院の日誌を読めばどんどんトンチンカンになっていく、という。
そして前田医師に対して症状を綿々と説明したのは母親の和子、ということで。
どうもその裕二本人の症状ではないような気がする、と。
南谷ははっきりと狙いを定めて、裁判への狙いを母・和子一本に絞った、という。
このお母さんを突き崩す。
「アメリカ人の祖父がいた」は嘘ではないか?と。
「日米双方の小学校に住んでいた」とお母さんはおっしゃっているが「だったら調べますよ」と記録を取る。
アメリカに住んだ記録が無いという。
それから川上先生の差別に基づく体罰。
これは全部ウソなんじゃないか?

 その上福岡市は別の書面で、二人が頻繁に日米を行き来していたとされる昭和42年〜47年のホノルルまでの往復航空券と初任給の比較データまで持ち出して、それがいかに非現実的であるかを証明しようとする執念ぶりである。
 そのデータによると、例えは、昭和45年は、初任給3万円に対して運賃約20万円、昭和50年は、初任給8万円に対して運賃約25万円だったという。
(264頁)

(番組では浅川氏の初任給が3万円であるという話になっているが、そういう内容ではない)

《要するに、昭和40年代の庶民にとっては、ハワイ旅行ですら夢のようなもので、原告らがいうように「何度も」行けるようなものではなかったのである。−中略−何度か飛行機を乗り継いでアトランタまで行ったことになるが、そうすると、(中略)1回の渡航に要した経費は、120万円以上はかかったものと考えられる》(264頁)

いくら調べてもアメリカと結びつかないこの夫婦の暮らしぶり。
この女性、このお母さんは「虚言」というか「ウソをつく体質である」ということを裁判で。
さらに南谷の攻撃が続く。
川上先生が裕二にアイアンクローをかけたというこの一点だが、これについても絶妙のひっくり返しをやる。
もうここからは読んでいてサスペンスドラマ。

「(教室で)とても晴れてる日にあの人が『おまえの血はけがれとうったい。早く死ね』とか言ってる時、太陽の光がまぶしくて、あのひとと重なっていた光景の時に言われました」
 この供述について、教諭と代理人が詳しく検証を行った結果、体罰が行われたとされる季節、放課後の教室に太陽の光が差し込むことはありえないことが判明した。
(327〜328頁)

でも、自分が子供の時のことを考えてください。
子供は子供ゆえにウソをつく。
そういう生き物。
この裁判の中に「子供はウソをつかない」という前提をあまりにも振り回しすぎている。
武田先生もそうだが子供はウソをつく。
「早く帰ってこい」と言ったのにグズグズ帰って「何で遅れたとか!」と母親から突っ込まれると「空飛ぶ円盤が〜!」とか何か。
そういう悲しいほど下手なウソをつくのが子供。
上手につくのが大人なら下手なウソをつくのが子供。
そんなふうに子供を理解してあげないと子供はかわいそう。

このあたり、この南谷という弁護士は大変シャープ。
朝日新聞の第一報から3年経っている。
民事が延々と続き、ついに10回の口頭弁論で結審。
3年後だから2006年7月28日午後1時。

 野尻純夫裁判長が主文を読み上げた。
「被告福岡市は原告裕二に対し、220万円およびこれに対する平成15年9月21日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(273頁)

 しかし、体罰については、「原告らが主張するような、怪我をするほどの強い力でほぼ毎日行なわれたものと認めることはできない」とした。(273頁)

また被告川上は、授業中ないしゲーム中に原告裕二に対し『アメリカ人』『髪が赤い』などと述べ、原告裕二のランドセルをごみ箱に入れたことが認められる」(273頁)

「外国人の血が混じっているので血が穢れている」「アメリカ人は頭が悪い」などの一連の人種差別発言、「早く死ね」などの自殺強要発言のすべてを否定(273頁)

純白の証明よりは仲裁を判決とした。
少年をあまり深く傷つけない、真実を追求して追い詰めるようなことのないように、ということで、仲裁を旨とした判決を出した。

 南谷と上村は、PTSDが退けられたことには安堵したが、体罰やいじめが一部にしろ認定されてしまったことに落胆した。(274頁)

地元のRKB毎日放送の報道ぶりは目を引いた。−中略−
「今回の事件を巡っては、当時、ほとんどのメディアが児童側の主張に沿って報道を続け、『血が穢された』などの言葉だけが先行し、教師と児童の間のやり取りを客観的に判断できていたのか疑問が残ります」
(275頁)

福岡市で起こった殺人教師の事件の真相。
これは刑事事件にはなっていなくて、結局民事のほうで3年後に結審する。
これはすごいのは福田ますみという女性記者なのだが、この後もまだ調べる。
そして裕二のご両親、浅川夫妻にもインタビューを重ねてらっしゃる。
そのうちハッ!とする。

 この事件はそもそも何が発端なのだろうか。−中略−
 南谷は、平成15年5月28日、学校から帰宅した裕二のランドセルの中があまりに乱雑なことに驚いた和子が叱って問いつめた際、裕二が泣きながら「10カウント」を告白したことが全ての始まりではないかと推測する。
《原告裕二は、これに先立ち、原告和子から、鉛筆や消しゴムを忘れないように、外から見えやすい手の甲に、マジックで、大きく、「えんぴつ・けしごむ」と書き込まれた。そして、「これで忘れたら、次は顔に書くよ。」と厳しく念押しされていた。
 ところが原告裕二は、原告和子の念押しにも関わらず、5月28日に、約束が守れず、また忘れてしまっており、原告和子の忘れ物がないかの確認行為と詰問に対し、ただ泣くばかりだった。
 そのままでは、原告裕二は、原告和子から、顔にマジックで、「えんぴつ・けしごむ」と書き込まれて、A小学校に登校しなければならないという状況に追い込まれたのである》
《かかる状況下で、心理的にぎりぎりまで追い込まれた原告裕二が、泣きながら、おもわず、自分の責任を回避するために、被告川上に責任転嫁する嘘をついたとしても不思議ではない。
(303〜305頁)

それを鵜呑みにし、母・和子は校長のところに抗議したのではないか?と。
抗議をしたら校長がたちまち恐れをなしたので「これは間違いない」という確信を和子は持ったのではないだろうか?
そのことが転じてやがて4年3組のクラスに見張り役の先生が一人増えた。
川上先生を見張っているという異常なクラスの雰囲気に反応した子供たちがいる。
そこに和子が訴えて騒ぎが広くなり、学校の周辺を新聞・メディアの人間がうろつくようになると、クラスの子たちも敏感になって「この騒ぎの原因は裕二だ」ということになった。
その時に裕二に向かって子供たちがその当時の流行り言葉を使ってしまった。
それは「オマエの血は穢れている」。
その表現を裕二が覚えて生徒から言われたのを「先生から言われた」と、お母さんにもう一つジャンプしたウソをついてしまった。

 南谷と上村が、この「穢れた血」の由来を調べたところ、なんとそれは『ハリー・ポッター』だった。平成12年頃から、世界中で爆発的な人気を博した『ハリー・ポッター』の本や映画の中で、「穢れた血」という言葉は頻繁に登場しており、子供たちの間でちょっとした流行語になっていたのである。(303頁)

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つまり映画の中で「ハリー、オマエの血は穢れている。早く死ね!」という悪魔の声が聞こえてくる。
あの物語の魔法学校の出来事とそっくりリンクする。
その言葉を知ってクラスの子から裕二へ。
裕二から母親へ。
母親から校長に告げられて「差別用語」ということになる。
そして「文春砲」が反応する。
西日本新聞、毎日新聞が参加し、川上先生は「悪魔の殺人教師」というふうに呼ばれてしまったという。

久留米大学もPTSDを調べたときに母親・和子から様々な症状を聞いて、ジャッジメントが緩かったのではないだろうか?
そういうことで騒ぎが大きくなった。
これが真相ではないだろうか、という。

民事裁判で3年以上争われたのだが、その後、このご夫婦は更に福岡市に対し賠償金を釣り上げて110万円等々を上乗せし、受け取っておられる。
そして福岡市から立ち去って行かれたという。

しかし川上先生はそれでは収まらない。
福岡市人事委員会に無実を訴え続けて、さまざまな先生の発言等々はやっぱり「無かった」と断じられ、福岡市は川上先生に下された停職処分はすべて取り消し、ということなのだが。

しかしすごいのはこの川上先生は戦いをやめない。
冤罪を主張してさらに裁判を続ける。
(本によると福岡市人事委員会の判定で処分が取り消された時点で終了のようだ)
この川上先生が無実を完璧に手にするまで、何と事件発生から10年。
これは報道に携わった方を責めるワケではないが、平成25年あたりで「川上先生は無実です」と報道したのはこの本をお書きになった福田さんだけ。
あとは一行も。
福田さんがおっしゃりたいのは「我々の社会はわかりやすいストーリーに事件を落とし込みすぎるんではないだろうか?」という。

子供の小さなウソというのはどんどん社会問題になって、実態が実はモンスターのようなペアレンツという話題になって、裁判闘争があって、という。

 両親の虚言がぼろぼろと裁判で崩れたとき、福田は最初に記事を書いた記者たちに取材を重ねた。「週刊文春」記者は「裁判で明らかになった事実を説明しても、一切聞く耳を持たなかった」。朝日新聞記者は教師との取材のやりとりについては語ったものの、「それ以外の質問は一切受けつけなかった」。(350頁)

この福田さんが事件の真相を追っている時に、4年3組の生徒たちの子供とか親にインタビューしている。

「事実は報道とは全然違いますよ。先生がかわいそうという声が大半ですよ。(280頁)

やっぱり皆さんトラブルに、お家も近くなんで巻き込まれるのが怖くて黙ってらしたけれども、実は訪ねていくと皆、必ずそう言った、という。
「そのことがこの事件を私に疑いを持たせた理由です」と。
(というような話は本の中には見つからない)
丸く収めようとする校長に従って川上先生にも無念がある、と。
我々、肝に銘ずべきは社会における倫理という言葉があるが、倫理の反対語「不倫」。
不思議な言葉。
ちょっと色っぽい言葉になるし、元気いっぱいの老人のことを「絶倫」という。
「倫理」も忙しい。
何を思ったか武田先生が書いているが「倫理の『倫』とはあくまでもアベレージのことであり、どんなに面倒であろうと様々な倫理を聞き取り、その平均とすべき」。
「あ、これが正義だ!」というようなのを持たないで、「正義」というのは世の中のアベレージのことだと。
それを尋ねるという姿勢を失くしたら偏ってしまう。
でないと倫理によって人を冤罪へ陥れる、そういう罠に倫理がなってしまう。

そしてもう一つ、これは武田先生の発言。
子供を聖域にしてはならない。
子供とは時として「ウソをつく子供」なのだ。

ちょっと前にも先生が生徒を殴るという映像を生徒がyoutubeで出したというのがあって、そこだけピックアップしたら「先生ひどい」となるが、実は生徒の方が先生を挑発して殴らせるようにして、わざと撮っていたみたいなこともあったので、メディアは本当にもうそこだけピックアップしてはいけないと思う水谷譲。

(最後の方はこれ以前に番組で取り上げた『磐井の乱』の話なので今回は割愛する)


posted by ひと at 08:43| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年9月2〜13日◆でっち上げ(前編)

でっちあげ (新潮文庫)



福岡・博多の街に舞台公演のために一か月間逗留していた武田先生。
その一冊はその一か月の間に行きつけの橋のたもとの本屋さんで見つけた文庫本。
新潮文庫で福田ますみさんという方がお書きになった。
これ(この本に書かれている事件について)を福岡の人に聞いた。
みんな「あったっけかなぁ?そんなこと」という。
この事件が起こった頃、ちょうど舞台公演で福岡にいた武田先生。
武田先生は福岡で教員養成の大学に通っていた。
福岡・博多の公演の時に、みんなもう年を取って現役は退職しているのだが、大学の時の同級生が集まった。
集まったのだが、一人だけ欠席するヤツがいて「どうした、アイツは?」と訊いたら「いやぁ〜ちょっと今、大騒動が福岡で持ち上がっててな〜」という。
「その事件じゃないかなぁ」と思ってこの本を読み始めた。
武田先生は大学が一緒で福岡市内で小学校、中学校の校長先生にまでなったという友人がいる。
そいつらがその頃、武田先生に会うたびに「いやぁ武田。福岡の教師は疲れ切っとるよ」という。
「オマエ悪いけど、教員集めるんで金八先生として、小中学校の教師ていうの励ましてくんないか?」
そんなことをしきりに頼まれて。
「いや、俺できるわけねぇじゃん」と断っていたのだが。
その教師たちをものすごく疲れさせた事件というのがこの『でっちあげ』という事件じゃないかなと思った。
何でありもしない大事件が持ち上がったのか?
その中には騒動が大きくなる行程がある。
実にささやかなクラスの出来事が報道されるたびに炎のように焼き尽くしていくというか。

 火付け役は朝日新聞である。平成15年6月27日の西部本社版に、「小4の母『曾祖父は米国人』 教諭、直後からいじめ」という大きな見出しが踊った。そのショッキングな内容に地元のあらゆるマスコミが後追い取材に走ったが、その時点ではまだ、単なるローカルニュースに留まっていた。
 これを一気に全国区にのし上げたのは、同年10月9日号の「週刊文春」である。「『死に方教えたろうか』と教え子を恫喝した史上最悪の『殺人教師』」。目を剥くようなタイトルと教師の実名を挙げての報道に全国ネットのワイドショーが一斉に飛びつき、連日、報道合戦を繰り広げる騒ぎとなった。
(9頁)

(週刊文春の記事を番組では「9月号」と言っているが、上記のとおり10月9日号)
実名報道というのはもう文春さんが確信を持っている、ということで、東京のワイドショーのテレビ番組がこの殺人教師事件に飛びつく。
しかし「真相はどうなのか」というのをこの福田ますみという、女性ルポルタージュの作家さんが調べていく。
それが「あっ」と驚く。
つまり騒ぎというのはなんでもそう。
いかにして膨らんでいくか、という現代のマスコミの在り方みたいなものを教えてくれるような。
それで(この本を三枚におろすのを)やってみようかなぁと。

 事件の舞台となったA小学校は福岡市の西部、室見川の下流域に位置している。−中略−事件が起こった平成15年当時の生徒数は780名で学級は22学級である。−中略−
 川上譲(仮名)は、平成10年からこのA小学校に勤務している中堅どころの教師で、平成15年には46歳である。
(17頁)

 平成15年は4月から4年3組の担任となり、児童32名を受け持っていた。(18頁)

その32名の生徒の一人に向かって「死に方、教えてやろか」というような恐ろしい文句を、という。
現場で何が起こっていたかというのは現場でしかわからない。
皆さん、少し落ち着きましょう。
日韓関係もそうだが、少し落ち着きましょう。
まず、この文春砲がタイトルに掲げた「死に方教えたろうか」。
この言葉遣いは方言。
大阪の方言だろう。
文春砲に申し上げるが、熊本生まれで福岡で生活している人は、こんな関西弁を使わない。
福岡の人は日常の言葉で大阪なまり、河内なまり等々を使わない。
武田先生は福岡生まれなので断固として言う。
「死に方教えたろか」
こんな言い方はしない。
このタイトルに武田先生個人はものすごい違和を感じた。
福岡で聞いてらっしゃる方は頷いてらっしゃる。
「死に方教えたろか」
福岡の人は絶対に言わない。
まして熊本生まれの人は。
このあたりから違和を感じ、この本を読み進めていく。

10年以上の、ある意味では遠い昔のことではあるが、現代に通じる事件だと思う。
2003年。
今から16年前の事件。
(この番組の放送は昨年なので)
その2003年の5月12日夜、川上先生。
福岡市内、室見川のすぐ近くの小学校の先生。
40代前半(実際には46歳なので後半)の方。
受け持ちのクラスの浅川裕二(仮名)の家を訪問した。
その時、母・和子(仮名)さんが、息子裕二が「多動である」と。
「落ち着きがない」という相談を家庭訪問で川上先生は受ける。
(本によると相談されている感じではなく「ADD(注意欠陥障害)なので誤解されやすい」というような話をしている)
更にお母さんはちょっと舌が滑らかになったのだろう。

私の祖父が、裕二にとってみればひいお祖父ちゃんがアメリカ人で、今、アメリカに住んでいます。私も小さな頃に向こうに住んでいたんですよ。(30頁)

自分の家族のことは「ファミリー」とつい言ってしまうという、英語のクセが治らない。
アメリカで自由の暮らしを送ったので日本・福岡、そういうアジアのローカルの街の暮らしというのは「アメリカの文化が身についた私にはちょっと肌に合いませんのよ」という。
「裕二にもそんなところが見受けられるかも知れません」というようなことをおっしゃる。
「ああ、そうですか、そうですか」とお母さんの話に相槌を打つ川上先生。

 それから3週間たった6月2日の朝のことである。−中略−教頭が近寄って来て耳打ちした。
「川上先生、話があります。校長室へ行ってください」
(39頁)

(番組では校長に呼ばれたのが5月30日と言っているが、上記のように6月2日。5月30日は浅川夫妻が学校に抗議に来た日)
家庭訪問をしたその裕二君が体罰を受けたとお母さんに報告した、と。

「どうするのかはわかりませんが、頬をつかんだり、鼻をつかんだりしていませんか?」
(えっ、自分が体罰をしているかどうか聞いているのか? そんな覚えはない)
「していません」
 即座に答えるが、校長は重ねて聞く。
「ミッキーマウスとかピノキオとかアンパンマンとか、浅川君ができないことをすると、頬をつかんだり、鼻をつかんだりしたことはありませんか?」
(46頁)

ところが川上先生は全く身に覚えがない。
話が逆。
川上先生がいつも気にしているのは、その体罰を受けたという裕二君の方がやや粗暴で。

裕二君は帰り支度をなかなかしないで、友達を廊下に待たせているんですよ。『早くしなさい』って言っても聞かないので、『はい、10数える間に出ていってね』と言っただけですが」
「ランドセルをゴミ箱に捨てたとことは?」
「蓋の上に置きました。ランドセルが棚の前に落ちていて、『これは誰のですか?』って言っても取りに来ないので、『いらないなら捨てちゃうよ』と。でも、実際に中に捨ててはいません」
(45頁)

 ところが6月5日頃、授業中に児童の一人の及川純平(仮名)の顔を何気なく見た時、裕二の頬を払ったいきさつがはっきりよみがえってきた。
 及川は4月になって以降、裕二から立て続けに暴力を受けていた。
−中略−
 裕二を呼んで聞いてみると叩いている事実を認めたので、「もう絶対にやっちゃだめだよ」と言い聞かせた。しかし反応がない。2日後の18日に念のため及川に確認すると、暴力は止んでおらず、続けて叩かれており70数回にもなると言う。
−中略−
 思い余った川上は、右手の甲で裕二の右の頬を払うように軽くたたいた。
−中略−
「今叩かれた痛さがわかるか? その痛さが、君が及川君にしてきた暴力だろう?」
 川上は裕二にそう諭したが、本人はちっとも懲りなかったようだ。なぜなら裕二はその後も、他の同級生に暴力を振るっているのである。
(61〜62頁)

(番組では及川の一件を6月のことと言っているが実際には4月)

 裕二のこうした問題行動は、以前からA小学校の保護者の間で心配の種になっていた。
 1年生の時に、「このはさみ切れるんかいな」と言って同級生の女の子の手を切り、何針か縫う怪我をさせた事件は有名である。そのため、「あの子とは関わりたくない」「うちの子があの子と一緒のクラスになったら困る」といった声が少なくなかったことは事実である。
(64頁)

ところが裕二君のご両親が学校へ体罰への抗議。
その上に裕二に向かって川上先生が曾祖父ちゃんがアメリカ人ということで「君はアメリカ人の血が流れてる。アメリカ人の血は穢れているんだよ」と罵ったということが報告される。
(本によると、和子は家庭訪問の時にドア越しに先生が『血が穢れた』と言っているのを裕二が聞いてしまったと主張している)
しかも裕二君は耳の付け根が切れている。
その切れているのも先生から引っ張られた。
そういう報告を両親にしている。
それで騒ぎは広がって、校長、教頭、川上先生を含めて相手方の裕二君のご両親と話し合いが、という。
とにかく校長先生は「川上先生、頭下げよう、頭下げよう、頭下げよう」というので謝りに行く。
(この時点では裕二の両親の方が学校へ来ている)
ここからどんどん両者の溝が広がっていくということになる。

どんな小さな事件でもサスペンスというような出来事がある。
ここからは武田先生にとっては「怪談」。
6月に入るとこの川上先生と裕二君のご両親との噛みあいというのが悪くなって。
本の方に書いてあるのだが、川上先生は裕二君のお母さんの和子さんに異常を感じるようになる。
会うと睨む。
そして裕二君のお父さんの方も睨みながら低く唸るような。
(本にはお父さんがすごく睨んだということは書いてあるが唸るというようなことは書いていない)
そんな目線にさらされるだけで嫌。
「何でここまで、この人たちは自分を憎むんだろう?」と。
校長はひたすら騒ぎを大きくしたくない。
だからとにかく謝らせる。
ところが謝るたびにどんどん向こうの態度が硬化していく。
そこで何をやったか?
屈辱的。
川上先生の授業には監視役の先生が付くようになる。
子供に暴力をふるわないかどうか。
それは裕二君の両親からの強い要請があったのだろう。
(本によると両親の方からの要請は「担任を変えろ」だった)
ところが何べん見ても裕二君の粗暴こそ問題。
ところが校長はその川上先生を頭を押さえつけるようにして謝らせて。
「教師が教え子をいじめているのは大変なことになる」というので「学校内でも川上先生を見張れ」という話になって。
その上に裕二の心のケアを学校全体でやろう、ということで父兄を集めての懇談会等々が。
その懇談会にも裕二君のご両親がやってくるが、すごい目で睨む。
怖い。
川上先生がクラス担当をとうとう外される。
しかしそれでも彼は学校に行く。

「学校内で2、3度、川上先生にばったり出くわした裕二が、ショックのあまり具合が悪くなったんです。帰宅するなりトイレに駆け込んで下痢や嘔吐を繰り返すんですよ。(106頁)

何と6月25日に和子さんは自ら地域の新聞である朝日新聞に出向いて、この顛末を話す。

 この日の夜8時半頃、川上の自宅にも朝日新聞の記者がやって来た。−中略−「朝日新聞の市川です」と名刺を差し出して自己紹介した。−中略−実際のところ、浅川君への体罰や、血が穢れるなどの差別的な言葉はあったんですか?そのことを直接、先生の口から伺いたい」と言う。(107〜108頁)

川上先生は「冷静になんなきゃ」と思う。
そこで何を思ったかというと、即答は止める。
(即答を止めたのはこの時のことではなく、その次の取材の時)
即答しないで「校長が全部その間のことをメモしてますんで、発言を一本化するために校長が来たところで同じ質問をして真実かどうかを確認してくれ」という。
ところがこの川上先生の柔軟な姿勢が、朝日の新聞記者をして「逃げた」と思わせる。
(この時の記者は朝日新聞ではなく『週刊文春』)

朝日新聞の西部本社版に
《小4の母「曾祖父は米国人」
 教諭、直後からいじめ》
 という大見出しで、ほぼ浅川側の言い分に沿った記事が掲載された。
(113頁)

このほんのわずかな食い違い。
逃げじゃなかったのだが新聞記者の方がそう取られたのだろう。
朝日の方は書くのだが、すべて母・和子からの取材による新聞の大告発だった。
人間のすれ違いというのは、何か胸が痛くなる。

校長は「学校に置いとくとまずい」ということで、早良区百道の教育センターへ研修へやらせる。
とにかくマスコミの嵐から小学校を守りたいという一心の校長。
「川上先生、オマエ喋ると問題がさらに広がるから、絶対喋るな!」というワケで。

 一般の会社勤めから回り道して小学校教師を志した川上は、教員採用試験を連続9回不合格になっている。10回目でようやく合格を手にした時のあの天にも昇るうれしさを彼は忘れたことがない。(118頁)

とにかく「教職だけは辞めたくない」ということで「がんばってたらいつか誤解も解ける」ということで教育センターに通いつつ、校長から言われた「私に任せておきなさい」を信じて待っている。
しかし、校長が謝罪を繰り返していくうちに川上先生に身に覚えのない体罰がどんどん膨らんでいく。

 7月7日。校長は、この日出席していた4年3組の児童28人を、5人ずつ図書室に呼んでアンケート用紙を配った。このアンケートは5つの設問から成っているが、重要な最初の2問だけを紹介する。

 4月から 先生がたたいたことが
ある ない


 先生が じゅぎょう中やゲーム中に
  アメリカ人のことや 髪の毛のこと などを
  みんなの前や一人の子どもに言ったりしたところを
  見たり 聞いたり したことが
ある ない
(127頁)

 子供たちが日付まで覚えているとは思えないが、裕二が頬を叩かれたのは4月18日頃である。そのため、これを目撃した児童が「ある」と答えるのはむしろ当然で、実際に、「ある」に丸をしたのは22人で全体の80%に上がった。(128〜129頁)

「アメリカ人の血は穢れている。君にはその血が流れている」と罵ったという訴えに対して校長先生が「先生が授業でアメリカ人のことや髪の毛の色のことなどを喋ったことがありますか。ありませんか」。
クラスのうち60%近い子が「ある」。

6月になると4年生は平和学習の一環として福岡大空襲について学ぶ。子供たちは当然、川上が授業中に、「アメリカ」とか「アメリカ人」と言うのを聞く≠アとになる。
 また、4年3組の前出の児童によれば、「ゲームをしている時、先生ではなく、同級生のある女の子が裕二君に向かって、『髪の赤い人』と言ったことはある」と話す。
(129頁)

つまり不用意なこの手のアンケートが日常「裕二を先生はいじめている」ということになってしまう。
それから片付けの遅い裕二君に関して先生はせかせる意味で「はぁい!急がないとランドセル捨てちゃうよ!10・9・・・」というような行為もこのアンケートの中では「ゴミ箱に捨てようとした」になる。
だから世論調査とかアンケートは鵜呑みにしちゃ、細部を切り落としてはいけない。
この校長がアンケートをやってその実態が分かったということで、今度は西日本新聞という地元の、かつて武田先生の兄も勤めていた会社。

 地元マスコミの中で、とりわけ熱心にこの事件を追いかけたのは西日本新聞の地域報道センター所属の野中貴子記者である。
 9月9日、彼女は衝撃的な記事を掲載した。校長や友人から連絡を受けすぐさま同紙夕刊を開いた川上の目に、「自殺強要発言も」
(131頁)

今でもそういうものだが。
この西日本新聞という地元でニュースを追っている新聞社が「『死ね』と平気で子供に言うような教師が存在するぞー」と言ったことによって、何と『週刊文春』が騒ぐ。
そして『週刊文春』は母・和子さんからまた取材をし、校長に取材をし、教師へも連絡を付けて欲しいということなのだが、校長はもう『文春』と聞いただけで怯えている。
『週刊文春』が書くともう全国区になる。
それで「連絡来ても応じるな」と「居留守を使え」と言ってしまってそれで無視をしてしまう。

 10月頭、川上宅に「週刊文春」が郵送された。−中略−
「『死に方教えたろうか」と教え子を恫喝した史上最悪の『殺人教師』」
(141頁)

 10月8日。予期していたように、浅川裕二とその両親は、裕二のPTSDを理由に、川上と福岡市を相手取って約1300万円の損害賠償を求める民事訴訟を福岡地裁に起こした。(150頁)

 刑事告訴ではなく民事訴訟であるという点にも川上は納得がいかなかった。体罰によって大量の鼻血が出たり耳が千切れて化膿するほどなら、これはもはやりっぱな傷害事件ではないか。浅川夫婦はどうして警察に被害届を出さないのか。(158頁)

これは著者の福田ますみさんがおっしゃっているが、民事は緩い。
刑事事件となると「何cm切れた」とか「何か月」とか全部書かなければいけない。

6月20日に学習遠足に出かけたのが最後になった。−中略−
 展示物を前に裕二は興味をそそられたのだろう、「あれ何や? これ何や?」とひっきりなしに川上に質問してくる。川上がデジタルカメラを向けると、裕二は満面の笑顔でポーズを取った。
(104〜105頁)

この先生は気の毒。
「君さえ黙っておけば丸く収まる」という言葉を信じている。
逆。
油を注いで爆発させるように騒ぎはどんどん大きくなる。

原告側弁護団はこの時点で、大谷弁護士を筆頭に、なんと503名という途方もない人数に膨れ上がっていた。(158頁)

「ならば一人でも戦う」ということで、先生は裁判に立ち続ける。
(上村弁護士に何度も依頼しているが保留され続けて、結果的にはこの時点で一人で戦う状況になっている)

 10月10日、川上は、停職6か月の処分の撤回を求めて福岡市人事委員会に不服申し立てを行なった。(159頁)

この間にも川上先生は鬼教師とか殺人教師という、全国版になってしまったバッシングで裁判で争われることになる。
川上先生は一人きりだから大変だっただろう。
ところが取り囲んだマスコミの中で「ちょっと話が出来すぎてないか?」という話に。
それで、これは全部実名をあげる。
この福田さんの本の通りに社名をあげているが。
今度はテレビ局が騒ぎに参入する。

10月13日に放映された日本テレビの「ザ・ワイド」、翌14日のテレビ朝日の「スーパーモーニング」ではいずれも川上の釈明を詳しく取り上げた。
 特に「スーパーモーニング」では、保護者と思われる人物が登場して、「体罰があったとは考えにくい」と証言。さらに番組の女性レポーターが、これだけの体罰があれば、児童間で話は広まるし父母の耳にも入るはずだが、取材の範囲では、学校内でそうした噂が出た事実はないと疑問を投げかけている。
(160頁)

「何かの間違いですよ」という父兄が出てきて。
「あの先生はすごい真面目で、いい先生で」というのとテレビ二社のレポーターに対してある父兄が「乱暴なのは裕二君ですよ」という密告が入った。
テレビ二社が調べたところによると殺人教師なのに体罰の目撃例がない。
「これは少しおかしい」と報道する。

 ところがこれらの報道に「週刊文春」(10月30日号)がまた噛みついた。「史上最悪の『殺人教師』を擁護した史上最低のテレビ局」と銘打って、「ザ・ワイド」「スーパーモーニング」の両番組を激しく非難、大谷弁護士の怒りのコメントを紹介している。(160〜161頁)

「検証もしないくせにテレビの報道はトンチンカンな事ばっかりよ」という。
悪い人ではないのだろうが言葉に勢いがついてしまって。

 裕二は、この前田医師の勧めによって休学し、10月14日から久留米大学病院の精神神経科閉鎖病棟に入院していた。−中略−
 前田は、「男児は非常に深刻な外傷後ストレス障害(PTSD)で、抑うつ症状なども併発している。
(168頁)

そうするとやっぱりある。
「入眠困難」「自殺衝動」ということで診断されて「いじめが放置され教師による学級王国がこういう悲劇の子供を生んでしまった」というのだが。
このPTSDの検査もどうも緩かったようだ。

いよいよ裁判が始まる。
新聞メディアと550人の弁護団に守られた浅川親子対川上たった一人。
たった一人なので裁判が成立しないので「形だけでもいい」ということで無料法律相談所へ行って、一人だけ弁護士さんがいた。
南谷(洋至)さんという方がいらっしゃって、この南谷さんにお願いして弁護をやってもらう。
南谷さんは体罰が凄まじいワリには目撃者が一人もいない。
お母様は何かというと、裕二君から話を聞いているだけ。
それと「ミッキーマウス」という体罰。
耳を千切れるぐらいひっぱるという。
化膿して膿が出ているのだが、親御さんが耳が切れてから膿を見つけるまで二週間以上かかっている。
この一点にこの南谷という弁護士さんはものすごい危なさを感じて(ということではなさそうだが)全ての出来事が実はお母さんの和子さんから語られたことで「それ以外誰も目撃していない」という、ことの真相に思い至る。
それだけのいじめをやる。
耳を引っ張って血が出る。

被告川上は、原告裕二に対し、「お前は生きている価値がない。早く死ね。」と言ったが−中略−原告裕二に、「お前の住んでいるマンションは何階建てか。」と尋ねた。原告裕二が「6階建て」と答えると、「お前の住んでいるマンションの6階から飛び降りろ。今日やるんだぞ。」と、具体的な自殺の方法を教えるとともに、期限まで指定した。(154頁)

(番組では「建物の6階まで連れあがって「突き落とすぞ」とか1階に降りてきて罵ったりという話をしているが本に書いてあるのは上記の内容)

 最後の授業が終わると、子供たちは2、3分で帰りの用意をする。−中略−簡単な担任の話があり、日直が、「帰りのご挨拶、さようなら」と声をかけて終わる。
 この間、およそ15分程度である。こんな慌ただしい状況では、担任が一人の子どもに必要以上にかかずらい、まして、怪我を負わせるほどの体罰をふるう時間的余裕など全くない。
−中略−
 なにより、これほどの体罰なら、目撃した子供たちが保護者に話したり、他のクラスの子供に漏らしたりで、浅川和子が学校に抗議に出向くまでもなく、あっという間に大騒ぎになるはずだ。
(184頁)

この南谷弁護士がことの真相を調べに入る。


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2020年04月05日

2019年5月6〜24日◆バカシリーズ(後編)

これの続きです。

日本には「バカの系譜」という、自分のバカさ加減を笑うというジャンルがあるが、松田聖子さんの登場によってJ-POPアイドル路線を取り入れてグッと曲がっていく。
「自虐」「己を笑う」というようなジャンルがどんどん色あせていく。
あみん『待つわ』。
そして『夢をあきらめないで』等々で「バカだ」と自嘲する女性像が否定され、時代を画したと思う武田先生。
そして、ご本人はそう思っていないかも知れないから放送を聞かれたらびっくりなさるかも知れないが1990年の『愛は勝つ』。

愛は勝つ



水谷譲は何げなく「あの歌がどこが革命的?」とか思っているだろう。
ここ。
J-POPはこのKANさんのラインに乗ってくる。

心配ないからね君の想いが
誰かにとどく明日がきっとある
どんなに困難でくじけそうでも
信じることを決してやめないで
Carry on carry out
傷つけ傷ついて 愛する切なさに
すこしつかれても Oh...


この中には自虐なんか一行もない。
「心配ないからね。君の勇気が。誰かにとどく明日はきっとある。どんなに困難でくじけそうでも、信じることさ。最後に必ず愛は勝つ」
「応援ソングの走り」みたいな感じだと思う水谷譲。
これは「応援」というよりも「自画自賛ソング」。
誰も応援していない。
「己をほめたたえる」という歌。
そしてこのKANさんの歌声から、日本の歌謡界から低音の人が消えうせる。
駆逐される。
かつてあれほど日本人は低音が好きだったが、このKANさんの歌声から男性の声も女性の声も高いところを目指して張られる。
そして自画自賛。
自分に関して光り輝くような内容。
これがJ-POPの主流となるワケだが。
そしてこの『愛は勝つ』のすぐ後、トレンディドラマの中から先頭集団が形成される。
そのトップに躍り出たのが『101回目のプロポーズ』から『SAY YES』。

SAY YES



少しくらいの嘘やワガママも
まるで僕をためすような
恋人のフレイズになる
このままふたりで 夢をそろえて
何げなく暮らさないか
愛には愛で感じ合おうよ
硝子ケースに並ばないように
何度も言うよ 残さず言うよ
君があふれてる


CHAGE&ASKA 1991年『SAY YES』
これはビッグセールス。
この流れに続いてJ-POPの女王が誕生する。
『CAN YOU CELEBRATE?』

CAN YOU CELEBRATE?



Can you celebrate?
Can you kiss me tonight?
We will love long,long time
永遠ていう言葉なんて 知らなかったよね


安室奈美恵さん。
なんと明治期から70年代まであれほど支持され続けた自虐の系譜は、このビッグセールスによって息の根を止められた。
そして「自虐の歌」「バカの系譜」はオッサンやジイサンのカラオケの宴か、歌謡番組の歴史か何かでひっそりと繋がれるというような、もう「隠れキリシタン」のような暮らしに追いやられた。
追いやった二曲が『SAY YES』と『CAN YOU CELEBRATE?』。
武田先生の運命は何と不思議なことに、このビッグセールスの二曲のドラマにそれぞれ共演者として出ていること。
ここで自虐は絶滅し、己を「バカ」と呼び捨てる自虐は、若き世代に激しく否定されたワケだが。
しかし、何でこんなことになったのか?
なぜ日本人は、いつから看板であった「自虐」を捨て、自画自賛するような国民になったのか。

80〜90年代にかけての日本の歌謡界「自虐の系譜」。
「自分は悲しい」「辛い」とか「アナタを恨まない」とかというのは全部消え失せる。
そして自画自賛。
とにかく「君を励ます」「僕を励ます」というJ-POPが天下を獲る。
己を「バカ」と呼び捨てる自虐は否定され「私待つわ」「あきらめないで」「信じることさ」「迷わずに」「CAN YOU CELEBRATE」。
ひたすら自己を肯定し、他者であるアナタを激励していく自画自賛ソング。
何でこれが天下を獲れたのか?
これを80〜90年代、20年間に亘って考え続ける武田先生。
なぜ80年代に始まり2000年を過ぎてもまだ主流をとっているのか?
その謎が解けないまま、心中にしまっていた。
時は過ぎ、2011年。
あの解けなかった最大の謎「なぜ『自虐』は捨てられたのか?」という。
それをひと言で言い当てた人に、本を探しているうちに武田先生は出会う。
これはショックだった。
「この人は何という冴えた勘を持った人だろう」と。
武田先生が言うから皆さんも大体お名前はおわかりだろうと思うが。
哲学者、内田樹氏。
この彼の著作の中でギクリとした指摘がある。

呪いの時代



(内田樹氏の『呪いの時代』は単行本と文庫本が発行されているのだが、ページの番号は単行本の方で紹介する)

「呪い」の言説が際だってきたのは、1980年代半ば、ニュー・アカデミズムの切れ味のいい批評的知性が登場してきた頃からでした。この頃から、「知性の冴え」がほとんど「攻撃性」と同義になり、「辛口」や「毒舌」という言葉がコラムのタイトルに頻出するようになります。(16頁)

「あみん」の登場とぴったり。
このことを80年代から出現してきた奇妙な明るいJ-POP現象と重ねると、そういうこと。
一般社会の言葉遣いが呪いの言葉じみてくる。
それ故に、歌はひたすらその呪いにかからないように、明るい言葉を使い始める。
もちろん内田氏は哲学の側から日本を語っておられる。
武田先生は芸能の立場から歌の流れを辿っている。
この1980年代から日本に訪れた時代は「呪いの時代」だという。
ちょうどバブルの時。
人を攻撃する言葉が激しくなった。
それも、ちょっとナイフのようにとがらせて。
そういう時代になったが故に、「自虐」を追いやって「他責」、人を責めるというのが80年代半ばからしきりにもてはやされる。

 ネット上のやりとりにおいては「批評に応えて、自説を撤回した人」や「自説と他社の理説をすり合わせて、落としどころで合意形成した対話」をほとんど見ることがありません。−中略−
「私が正しいか、おまえが正しいか、二つに一つだ」というような場面というのは現実にはまずありません。
−中略−けれども、「私は正しい、おまえたちは間違っている」とただ棒読みのように繰り返すだけの言葉づかいは何かを壊すことはできますけれど、何かを創造することはできません。(15頁)

このへんが武田先生の「バカの系譜」とピッタリ合う。
世の中の一般の言葉遣いそのものが非常に鋭い呪いの言葉になった、という。
「呪いの言葉」というのは今で言う「ヘイトスピーチ」にまで発展していく。
ああいうものが発展したのも80年代スタートだ、という。
だから呪いをかけられないようにJ-POPはひたすら明るい言葉遣いを。
そして歌の主流をとったJ-POPは他責。
人のことをバカにする、見下す、上から目線のネット社会と相性がよく、自己を強く肯定し、甲高く呼びかける、という。
そういう歌が主流となり、歌謡界に歌姫や王子を次々と誕生させた、という。
そして90年代が過ぎ、新世紀の二千年代の初め、ネット上ではもうほとんど言葉というのは他人に振りかざす刃物のような形になる。

 ネット上では相手を傷つける能力、相手を沈黙に追い込む能力が、ほとんどそれだけが競われています。もっとも少ない言葉で、もっとも効果的に他者を傷つけることのできる人間がネット論壇では英雄視される。(14頁)

そういうことを考えると、この間に社会で大きな事件が起こった。

「弱者」たちは救済を求めて呪いの言葉を吐き、「被害者」たちは償いを求めて呪いの言葉を吐き、「正義の人」たちは公正な社会の実現を求めて呪いの言葉を吐く。(11頁)

この時代、呪いは濁流となって政治の世界、あるいは世俗の愛憎にまで及んでいる。
国際社会を渦巻く言葉も、もう今や「呪いの言葉」。
宗教での対立も含めて「呪い」。
今こそ「呪いの時代」。
これは暗い気持ちで言っているのではない。
その「呪い」というのを深く考えていこう。
「呪いの言葉」に近づいてはいけない。

あの事件。
子育て中の主婦が・・・。
武田先生に向かって「気持ちわかるな、この人の」と言っていた水谷譲。
わが子が保育園に入らない。
彼女がSNSの社会を利用して叫んだ言葉が「保育園落ちた 日本死ね」。
「保育園落ちた日本死ね!」 匿名ブロガーに記者接触:朝日新聞デジタル
自分の子が保育園に入れないという現状で、一億数千万人の日本人が全員死ぬことを祈る。
これは「呪いの時代」。
インチキがなければ母親が吐いた言葉。
これほど暗い言葉はない。
水谷譲は「保育園落ちた無念はそれぐらいの気持ちになります」と武田先生に教えてくれた。
武田先生はこの人を認めない。
あの子(この時に保育園に入れなかった子)もいくつぐらいになっただろう?
(調べてみたところ、おそらく現在5歳)
あの「日本死ね」と望んだお母さんはあの子が中学校に落ちても、高校に落ちても、大学に落ちても「日本死ね」と呪うのだろう。
という意見に反論する水谷譲。
中学高校大学とは違う。
保育園は入れたくても入れられない。
中学高校はとりあえず公立だったら入れるので(保育園とは)ちょっと違う気がする。
でも武田先生は「呪いの言葉」だと思う。
あれがなぜ「呪い」かと言うと、そのことを国会で取り上げて与党に詰め寄った女性議員がいらっしゃった。
ものすごい呪いのシステム。
あの方はあの一言で、すごいポストが用意された瞬間にヒゲを生やした弁護士さんのことを「文春」なんていうヤツらがいて、彼女に「呪い返し」をやった。
山尾志桜里衆院議員が倉持弁護士と「国会に無届け海外旅行」 | 文春オンライン
このことを家でしゃべっていたらお嬢さんがすごく嫌がって「そんな『呪い呪い』って言わなくていいよ!」と怒られた武田先生。
でも「呪いは伝染する力がある」という日本のことわざを絶対に忘れちゃいけない。
やっぱり「人を呪わば穴二つ」。
「墓穴を二つ、呪う側も呪われる側も用意しろ」というのは。
やっぱり呪いは凄まじい威力があって「触れた者も呪われる」という。
だからこそ呪いの言葉遣いを使っちゃいけないと思う武田先生。
日本に同化した日系の半島の人たちに対するヘイトスピーチも、言葉そのものは呪い。
でも、基地問題に反対するために「ヤンキー ゴーホーム」と書くのも「呪いの文法」だと思う。

芸能というのは呪いにはものすごくもろい。
一番もろいのがアイドル。
アイドルは呪いにかからないようにいくつものバリアを貼っている。
それが少女アイドル集団。
あれも呪いがかからないようにバリアが張ってある。

願いごとの持ち腐れ



すべて(すべて)消えるだろう
願いごとの持ち腐れ
一度きりの魔法なんて
あれもこれも欲が出て


あの人たち(AKB48)のグループの人数。
48人。
もう一つは46人。
欅坂46。

風に吹かれても



風に吹かれても 何も始まらない
ただどこか運ばれるだけ
こんな関係も 時にはいいんじゃない?
愛だって 移りゆくものでしょ?


このアイドルの人数の数字を見てください。
46と48で結成されている。
何が避けられているか?
何を飛び抜かしているか?
何で47を避けるか?
「呪い」だから。

「47」の集団といえば、日本でもっとも有名な「四十七士」。
赤穂浪士。
討ち死にするから出てこない。
(武田説)
でも、前からおかしくて仕方がない。
「セブン」は響きがいい。
でも少女集団に関しては「47」を避ける。
これは「全員切腹」という運命から、忌むために「物忌み」というが、不吉が呪いかからないように避けてネーミングにしてあるのではないだろうか?
除霊。
基本的にこの少女集団は必ず「散る」ことを前提にしている。
一種「散る」ことが彼女たちの最高のクライマックス。
つまり「引退します」「卒業します」ということ。
それがゆっくり進むように、赤穂浪士のように一斉に散るということのないように、呪いがこっち側に来ないように、一名足すか引くか、という。
ファンとのトラブルが、あっちこっちの48なんかで起こったりして、坂上(忍)さんが怒ってらっしゃる。
あの方は怒ってばかりいる。
目があんなに腫れてしまって大丈夫ですか。
坂上さん寝てますか?
坂上さんが怒るくらいだが、事務局とうまくいっていないとか、そういう闇が、という。
何でああいう揉め方をするのか?
また、アイドルが特定のファンと付き合ったということで必ずスキャンダルが「文春」「新潮」が張り切ってまたやる。
48、46のアイドル集団の人から男子グループのアイドル集団まで、騒ぎが大きくなる。
そんなのばっかり。
そういうものが渦巻きやすい。
それゆえに歌だけが妙に口実的になってしまう。
「傷つけてはいけない」「傷つけたら呪いをかけられる」というのが、実はJ-POPの主流になっているのではないだろうか?

これは武田先生が考えたのではない。
内田先生がおっしゃるのですごく頷いた武田先生。
「呪い」に対して水谷譲はどうするか。
気にしないか、お祓いに行って気持ちをちょっと落ち着かせる。
内田先生がおっしゃっているのはそうではない。

 呪いを解除する方法は祝福しかありません。(36頁)

そのことだけがアナタが呪いから脱出できる唯一の道である、と。
これは逆転の論説で、パラドックス。
ちょっとわかりやすく言う。
自分が緊張している時には深呼吸をするという水谷譲。
自分に「落ち着け」と命令する。
でも内田先生は武道家で、ものすごくうまいことをおっしゃった。
自分が緊張していたら、目の前にいる人の緊張を解いてあげる。
そうしたら自分の緊張が解ける。
自分が求めているものを他者に施しなさい。
それがアナタがそれを手にする唯一の道だ。
一番呪いたくなる人に向かって祝福をしてあげる。
「アンタ間違ってないよ」とか「そうそう、俺のこと恨んでるよね?」とか。
「でもきっと幸せになるよ」とかと祝福してあげること。
呪いではない。
呪いの逆をいくこと。
それが呪いから脱出する方法。
そして内田先生はこんないい言葉をおっしゃっている。

多くの人が誤解していることですが、僕たちの時代にこれほど利己的で攻撃的なふるまいが増えたのは、人々が「自分をあまりに愛している」からではありません。逆です。自分を愛するということがどういうことかを忘れてしまったせいです。(36〜37頁)

自分を愛するということがどういうことか忘れてしまった。
自分を愛していない。
だから愛されるに特化したアイドルが欲しくなる。
呪いの病根は「自分を愛せないから」。
自分を愛せないから他を愛し、他に去られれば憎み、呪う。
「自分を愛する」とは実に困難な事業。
では、呪いをいかにして自愛、自分を愛する心に転ずるか?

内田先生の言葉に戻る。
今、時代は「呪いの言葉」である、と。
外交問題から隣国とのもめごと。
それから遠い地ではあるが異国で起こった宗教対立等々。
すべて呪いが原動力となっているという。
その「呪いの時代」。
その呪いを解除する方法は、内田先生は一つしかない「祝福することです」という。
誰を祝福するか?
自分か?
違う。
それだったら「自画自賛」の武田先生と同じになってしまう。
誰を祝福すればいいのか?
アナタ。
それも私にひどいことをして去って行こうとする人に対して「いや、私がバカなんです」と自責する。
自らを責める。
そして愛したであろうアナタに対して、むごく私を捨てて去って行こうとするアナタに対して「いいんです」と。
「アナタのいない寂しさを罰として私は受けます。どうぞアナタは幸せになってください」と祝福するところに呪いを解除する唯一の道がある。
何が言いたいか?
今や話は振りだしに戻った。

新宿の女



バカだな バカだな
だまされちゃって


もう一度「バカだなぁ」と自分を自虐するところの歌に戻っていけば、呪いは解除できる、という提案。
だから今、日本の歌謡曲界が一番飢えているのは、あるいは人々の心を打つ歌とか物語は「自虐」。
その予兆が映画『ボヘミアン・ラプソディ』の大ヒットではないか?

ボヘミアン・ラプソディ (字幕版)



フレディ・マーキュリーさんはものすごく一途なバカ。
仲間三人に自分の病気を告白する。
それで最後にあの例の大舞台に立って、お客を。
フレディ・マーキュリーがやっている事は何か?
あれはやっぱり、他者を祝福している。
「ドン・ドン・パ」もそう。
「ウィー・アー・ザ・チャンピオン♪」という。

We Are The Champions



自分も含めて「俺たちが世界のチャンピオンなんだ」ていう。
あれは「祝福」。
つまり自分を含めてあなたをも祝福すること。
それが呪いを終わらせる唯一の方法。

We Are The Champions



We are the champions
We are the champions
No time for losers
Cause we are the champions
Of the world

(『WE ARE THE CHAMPIONS』QUEEN)

「もう一度、自虐ソングで面白いヒット曲が生まれないかな?」と思う武田先生。
自虐ソングをコツコツやっている「音楽界の奇跡」ともいわれるグループがいる。
「海援隊」
『そうだ病院へ行こう』

そうだ病院へ行こう



そうだ病院へゆこう
今朝もひとりで夜明けの町を 健康作りで走り廻れば
また捕まった職務質問
(お名前を言えますか?もう一回!)
誰より元気と威張りたいけど ひとりぼっちのラジオ体操
離れ小島のロビンソン


あれはお世辞ではなく「名曲だ」と思う水谷譲。
あれの二曲目ができた。
パート2。
これがいい。
歌った会場では必ず100人前後の盛り上がりがある。
小規模な盛り上がり。
その歌こそ『尿管結石ロックンロール』。
これが自虐、己を苛む。
実はこれこそ自分を愛するただ一つの道ではなかろうか。
若き詩人よ、バカに戻ろう!
そういうテーマでお送りした「バカシリーズ」だった。

やっぱりすべての歌はここに帰っていくのではないか。
高倉健『網走番外地』

東映傑作シリーズ 高倉 健 VOL.2 「網走番外地」



馬鹿を馬鹿を承知のこの稼業
赤い夕陽に背を向けて 無理に笑った渡り鳥
その名も網走番外地


posted by ひと at 10:43| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年5月6〜24日◆バカシリーズ(中編)

これの続きです。

「バカシリーズ」と題して、先週は『バカとつき合うな』。
堀江貴文氏と西野亮廣氏の一冊。
後半の方で取り上げたのがこれとは対極にある一冊で『世界初は「バカ」がつくる』という。
(著者は)科学者の方なのだが生田幸士さん。
マッドサイエンティストという『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に出てくるあのオッサンみたいな人が世界を切り拓くんだ、と。

バック・トゥ・ザ・フューチャー (字幕版)



あれは非常に大事なバカで。
今、東大も含めてバカが少なすぎる、と。
そのバカの少なさが普通のバカを暗躍させている、跳梁跋扈を許しているんだ、とそうおっしゃる。

この生田氏、どんなバカかと言うと、一番最初の研究が魚のヒレの推進力を考えるという論文で注目されたらしい。

「え?魚の推進効率って90%超えるのか?」
「そういう論文も出てます」
「ふつうのスクリューってな、80なんていかんよ。70、60%だよ。
(102頁)

だから船も尾ヒレとか胸ビレで航行するようになるとすごい船ができる。
確かに魚は速い。
潜水艦が尾ビレで動いたらおかしい。
でも可能。
それでものすごく注目をされて。
バカな研究をやる人にはなんだかおもしろがって人が寄ってくる。
それでこの方々はどこか大学の巨大なプールを借りて、魚のヒレの回転効率の研究をやったらしい。
その中で論文にしたくてロボット用のヒレにコンデンスミルクを塗って。
水を真っ黒にして(とは本には書いていないので、水は黒くないと思われる)。
それで渦巻の形状を調べようとした。
そうしたらプール全体が汚れた牛が落ちたみたいな、そんな感じになって怒られたとか。
(本によると怒られる前に水を抜いて新しい水を入れた)
でもそういう「バカじゃないか、オマエら」と言われているうちに、そういう噂はどんどん広がる。
それで魚のヒレよりもっと面白いヒレはないかと思って始めたロボットがアワビ型ロボット。
ベロ出しながら進む、という。
「ヌルっとしたものを推進力にして進むというロボットはできないだろうか」というので新しいロボットの分野を作った。

現在「ソフトロボティクス」といわれ、世界で研究が活躍している最先端分野の草分けです。(107頁)

 しかし、当時はロボットは「ゲテモノの学問」なんてバカにされていました。そんなものを研究してどうするのか? 遊んでるのか? ふざけてるのか? というのが、外部からの目でしたが、一部の医者は注目していました。
 大腸のS字結腸という急角度で曲がった箇所を、いかにして内視鏡をくぐらせるのか。大腸を傷つけず、患者を苦しませない方法はないか? それにさんざん苦労していたからです。
 梅谷先生や広瀬先生は、医者に言われていました。
「蛇のロボットやっているなら、お腹に入っていく蛇はつくれないのか?」
(108頁)

それでこの方はアワビ型ロボットをいったん保留しておいて(というワケではないようだが)ヘビ型ロボットの研究に突入する。
だから大腸検査などを受けている武田先生もこれをやられているだろう。
今はもう活躍しているらしい。
これは今までのロボットと発想からして全然違う。
ヘビ型ロボット、特に人体に潜り込ませるヘビ型ロボットの特徴は全身が形状記憶合金。

関節が五つあって、全部の関節が自由にクネクネします。−中略−
 ロボットの内部には、小さな形状記憶合金のコイルバネが入っていて、そこに電流を流すと、温度が上がり、伸びたり戻ったりしてクネクネするのです。
(113頁)

だからこういう発想はバカじゃないとできない。

 形状記憶合金の組成は、チタンとニッケルの合金です。
 チタンとニッケルが1対1がちょうどいいのです。
−中略−それがチタンとニッケルの組成比が0.1%でもずれたらもうだめなんですね。(109〜110頁)

これは新分野だから独占。
それでこの生田さんに古河電工は何もかも全部プレゼントしたらしい。
研究室から何から。
とにかくここから医療用のヘビ型ロボットができたという。
でもこの人のバカさはまだまだ続く。

堀江貴文さんの『バカとつき合うな』。

バカとつき合うな



そして今は第二弾、生田博士の『世界初は「バカ」がつくる』。

世界初は「バカ」がつくる! ?「バカ」の育ち方あります!



「バカ」
どんなことに挑戦したかと言うと「ヘビ型ロボット」。
肛門から入れて形状記憶合金のコイルのバネで進んで電流を通し、温度を調節、伸び縮みするというロボット。
関節は五つ。
これで大腸のS字結腸も完全に痛みなく通過。
ガンの場所を見つけたりという。
これが直径10mmの太さが必要だった。
ついに研究五年でヘビ型能動内視鏡を完成。
これはやっぱり大進歩。
日本での評価は大したことがなかったらしいが、アメリカというのはやはりすごい反応をする。
「オメェ、おもしれぇこと言うな〜」というようなもので。

 東工大のドクター時代に、アメリカのカリフォルニア大学のサンタバーバラのロボット研究所の所長にスカウトされ、渡米しました。(119頁)

(番組では「部長」と言っているが、本によると上記のように「所長」)
「面白いからいっぱいロボット考えて」ということで。

 アメリカでは、もう能動内視鏡の研究はやりませんでした。その研究所はロボットの研究所なのですが、最初の私のテーマは、半導体プロセスで動くロボットの開発です。(122頁)

これは面白い。
ロボットはたいがいモーターがあって、という。
そういうもので動く。
彼はその原理を全部変えて、電流で操作できるというロボットを夢見る。

 私は、切手サイズの小さい指をつくりました。
 形状記憶合金で動くバネがついているものです。
−中略−
 指の中はこうなっています。バネがあります。上と下で3本ずつ。例えば下の部分に電流を流すと、縮もうとします。そうすると下に曲がる。今度は上に電流を流すと、上が伸びます。
(122〜123頁)

カテーテルの先っぽにこの切手サイズぐらいのヤツを人間の体の中に入れる。
それでこいつにパーを出させて、もう一本入れて右と左手にして。
そこで切手サイズの手のひらが手術するという。
それに今、挑戦している。
(本の中に「能動カテーテル」の話が出てくるが、上記のような内容ではない)
だから昔、映画で『ミクロの決死圏』というのがあった。
小人の人間を内部に。

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もっとすごいのは「カテーテルカプセル」というのを今発明して。

 カプセル状のロボットの先に手がついている。−中略−これを飲み込んだら、体の中をずーっと落ちていって、その間、カメラで内部をずーっと写している。粘膜の下に腫瘍があったら、医者が無線で操作して、カプセルについている手でキュッと粘膜を持ち上げて、腫瘍を切ったりする。(124頁)

今はまだ動力部等々が完成せず研究中だが、博士は「絶対できる」と言い切っている。
(言い切っていない)
この博士の研究が何が大事かと言うと、これは福島原発にこの博士が参入するらしい。
あそこはロボット工学の最先端だから。
狙いとしてあるのではないか。

一番最後に博士はすごいことを我々に教えてくれる。

 2011年3月の福島原発事故のとき、日本政府を指導した人が高校の先輩だったと聞いたときには。その人はアメリカに住む研究者で−中略−大西康夫博士でした。(160頁)

もう本当に「バカ一代」みたいな博士がいて。
この人は原子炉と水の関係では世界No.1。
それで実は一番怖かったのは壊れきった二号機よりも四号機の使用済みプールに貯まっているウランの方が怖かった。
その四号機の使用済みプールの中の燃料棒に関して彼が「徹底して冷やせ」というのをアメリカから指示する。

「海江田大臣が米国エネルギー省大臣に、大西がそちらのエネルギー省で働いているから、すぐ帰してくれ、と電話したんです。今日か明日帰って来てくれるのか、といわれたが、まだ米国のOKが出ない、と返事をしたら、菅総理がオバマ大統領に電話した結果、すぐ次の便で帰れ、といわれ、日本に来ました」(162頁)

自衛隊がヘリコプターから水を撒いていたのをやめる。
それで何をやったかと言ったら東京の消防車で首の長い恐竜みたいなクレーン車で「直に水をかける」という。
それも四号機中心だった。
あのことを発案したのが大西康夫博士。
そのおかげで関東圏、東京も含めて葛西ぐらいまで住めなくなるところを、チェルノブイリの7倍(本は「6倍」となっている)の原発事故を大西博士のおかげで、チェルノブイリの7分の1に抑え込んだ。
今はさらにそこから50分の1まで抑え込んでいるので、もちろん取り出し等々の困難はあるにしても、もうこれからはロボットの出番ということで「バカとつき合うな」と堀江さんは言うが、この手のバカと付き合わないと原発の処理はできないということ。

チェルノブイリの原発事故が発生すると、ソ連側からアメリカ政府に、チェルノブイリの環境の米国責任者はオオニシにしてくれと要求されその後30年チェルノブイリで問題解決をしてきたことなど(167頁)

チェルノブイリより日本が助かったのはやはり水の国だから。
チェルノブイリは内陸。
だから冷やす水がないから、あそこはもう放置しかなかった。
日本は幸いなことに、と言うと漁業関係の方に迷惑な発言になるかも知れないが、海に近かった、と。
そしてまた水に関しては豊かな資源を空からも陸からも持っているという日本だから。

 当時、東海岸にイタリア系のドニジアンという研究者がおり、「陸の問題はドニジアン、水の問題はオオニシ」といわれるような専門家になり(167頁)

(番組では「世界中の原子炉の脇に貼ってある」と言っているが、本にはそうは書いていない)
この生田氏は一番最初の研究が「魚のヒレの推進力を考える」という。
それから新しいロボットの分野を作った。
この生田博士の主張は「いろんなバカがいないと世界は前へ行かないんですよ」という。

興味深かったのだがネタがこれで尽きてしまって。
ここからは第三弾。
「バカの系譜」別名「自虐の系譜」ということで武田先生の研究成果をここで発表する。
日本にはもともと「己の愚かを笑い、自らを貶め、自らを蔑む歌」というジャンルがある。
例えば恋を失った時、アナタに罪がないということを証明するために、私が寂しさを引き受けましょう、という。
自責、己を責める。
そして自虐。
「オレぁバカだぜ」という。
この自虐の系譜のスタート地点となったのは、このあたりの歌から始めていいのではないか?と思う。

作詞・野口雨情
作曲・中山晋平
『船頭小唄』

船頭小唄



俺は河原の枯れすすき
おなじお前も枯れすすき
どうせ二人はこの世では
花の咲かない枯れすすき
死ぬも生きるも ねえお前
水の流れに何かわろ


この中にあるのは「自分の不遇」。
「自分がついていない」「不幸である」ということを誰のせいにもしない。
全部自分で引き受けて。
「俺は枯れすすき」こういうところに自虐の。
この自虐の系譜からこぼれだすのが昭和の世で「バカ」と自らを罵ったのは映画『網走番外地 望郷篇』1965年。

網走番外地 望郷篇



かの高倉健がこう歌った。

馬鹿を馬鹿を承知のこの稼業
赤い夕陽に背を向けて 無理に笑った渡り鳥
その名も網走番外地


(1965年のテイチク盤は歌詞が異なる。番組で流れたのは1984年のキング盤)
「馬鹿を馬鹿を承知のこの稼業」という。

自分を蔑み貶める唄。
これの名曲が美空ひばりの『悲しい酒』。

悲しい酒(セリフ入り)



ひとり酒場で飲む酒は 別れ涙の味がする
飲んで棄てたい面影が 飲めばグラスにまた浮かぶ


自虐。
武田先生はそう思う。
武田鉄矢は美空ひばりさんのあの歌をこう解説している。
天才と称賛された彼女の歌唱は聞く者を圧倒し、何者とも繋がらない自虐の痛々しさとその美しさ。
これが60年代の歌だとすると、70年代からこの自虐に新スターが誕生する。
この人は「どう咲きゃいいのさ、このあたし」とすねる。
藤圭子さんの登場。
『圭子の夢は夜ひらく』

圭子の夢は夜ひらく (MEG-CD)



赤く咲くのは けしの花
白く咲くのは 百合の花
どう咲きゃいいのさ この私
夢は夜ひらく


藤圭子というのは歌謡界のバカの系譜の「華」。
続く作品が自虐ソングの傑作『新宿の女』。

新宿の女



後半二行のサビにそのヒットフレーズがある。

何度もあなたに泣かされた
それでもすがった すがってた
まことつくせば いつの日か
わかってくれると信じてた
バカだな バカだな
だまされちゃって
夜が冷たい新宿の女


これは一世風靡するヒットフレーズ。
「バカだなぁ〜♪バカだなぁ〜♪」こうくる。
この「バカ」という一語の発見は、自虐の歌謡界におけるビッグバンを生む。
これはヒットフレーズ。
この「バカ」というフレーズが歌謡界にあふれる。

バカヒットメドレー。
黒沢明とロス・プリモス『ラブユー東京』

黒沢明とロス・プリモス ベスト ラブユー東京 EJS-6027



お馬鹿さんね
あなただけを 信じたあたし
ラブユー ラブユー 涙の東京


さらにこれに演歌の細川たかしが続く。
『心のこり』ではいきなりこれ。

心のこり



私バカよね おバカさんよね
うしろ指 うしろ指 さされても


「私バカよね〜♪」と、バカを公言する。
バカの系譜は女心の表現も転じて、女が自ら自分の愚かしさを歌う。
都はるみ『北の宿から』

北の宿から



あなた変わりはないですか
日ごと寒さがつのります
着てはもらえぬセーターを
寒さこらえて編んでます
女ごころの未練でしょう
あなた恋しい北の宿


これはもう自虐。
ところが80年代に入ると、ピタッと「バカ」が出てこなくなる。
たった一人の歌手が登場したばっかりに、明治以来のバカの系譜がここで急ブレーキがかかる。
時代は別の時代にうつる。

1970年代に「バカ」というフレーズが一世を風靡して、あらゆる歌の中に「バカ」が出てくる。
パターンは一緒。
女性が男性の裏切りにあって恋を失くした。
でも女は男を責めない。
そして「恋したことが私の愚かさなんだ」と。
それで去って行くその人を見送るという。
この時に「バカ」というフレーズは最も自分を叱る言葉としては最適だった。

何度もあなたに泣かされた
それでもすがった すがってた
まことつくせば いつの日か
わかってくれると信じてた
バカだな バカだな だまされちゃって
夜が冷たい新宿の女


ところが80年代に入るとそのシンガーの登場によって、こういう「自分をバカにして相手を立てる」というような歌が消えていく。
そういう時代を呼び寄せたのが松田聖子。
『青い珊瑚礁』

青い珊瑚礁



あなたと逢うたびに
すべてを忘れてしまうの
はしゃいだ私は Little girl
熱い胸聞こえるでしょう
素肌にキラキラ珊瑚礁
二人っきりで流されてもいゝの
あなたが好き!
あゝ私の恋は南の風に乗って走るわ
あゝ青い風切って走れあの島へ


松田聖子の登場は、ただひたすら歌の中に溢れているのはリゾート地での恋人と眩しい、銭も持つだけ持ってるものだから「余っちゃって」みたいな。
どこかの会社の令嬢の夏の恋を歌うのが、松田聖子のアイドルソング。
向日性の高い歌唱で恋を歌いあげる。
この彼女を迎えて日本の歌詞から影が消えていく。
影がない。
やたら明るい。
「あ〜♪わた〜しの〜こ〜・・・はし〜るわ〜♪」
ここで仄暗い自虐ソング、バカと罵るような歌は色あせてゆく。
この松田聖子から男女の恋歌が一変する。
自虐を引き受けていた藤圭子が「バカだな、騙されちゃって」と言うが。
この松田聖子以降、1982年などでは、女がもう自虐というポーズをとらない。
そして女性が恋に関して、しつこくなる。

1988年『待つわ』

待つわ



行ったり来たりすれ違い
あなたと私の恋
いつかどこかで
結ばれるってことは
永遠の夢
青く広いこの空
誰のものでもないわ
風にひとひらの雲
流して流されて
私待つわ いつまでも待つわ
たとえあなたが
ふり向いてくれなくても
待つわいつまでも待つわ
他の誰かに
あなたがふられる日まで


「待つわ。いつまでも待つわ。他の誰かにあなたがふられる日まで」
「ただひたすら男の不幸を待つ」という女性の登場。
去っていく男を70年代はジーッと見送っていた女性が、去って行こうとする男に呼びかけるという、話しかけるという。
そしてこれらの女心の歌を受けてJ-POPはこの一曲で様変わりする。
革命的な歌。
「自虐の系譜」の息の根を止めた一曲。
さあ、その一曲とは。
全く違う歌のジャンルがこの一曲から始まり、J-POPに巨大な影響を与える。

posted by ひと at 10:37| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年5月6〜24日◆バカシリーズ(前編)

(今回は週の途中で本が変わったりしているので、本ごとに分けた方がわかりやすいかな?とも思ったけど、いつも通り一週間単位で分けます)

奇妙なものをまな板の上に乗せてしまった。
「バカシリーズ」と題して、バカについて語っていこうかなぁというふうに。
本屋に行くと「バカ」というタイトルを頂いた本が多い。

バカとつき合うな



まず平積みにしてあって「注目の最強のイノベーター」と本、自らキャッチコピーが書いてあるが堀江貴文さん(この本の帯に「最強のイノベーター 堀江貴文」と書いてある)と、「天才」とニックネームらしい西野亮廣さん。
この本は表紙が強烈。
腕組みをして実に賢そうな横顔でこっちをにらむ堀江貴文さん(実際には横顔ではなく正面を向いている)と「いま最注目の天才」と言われているらしい西野亮廣さんの写真(この本の帯に「いま最注目の天才 西野亮廣」と書いてある)。
12万部突破。
気にはなっていたが読んでいないという水谷譲。
徳間書店。
本の中身よりもタイトルの「バカ」というので、ちょっと誤解していて注意も受けた武田先生。
『バカとつき合うな』というタイトルだから「堀江さんと西野さんにつき合うな」という本かと誤解していた。
読み始めたらとんでもない間違いで。
堀江さんと西野さんが我々一般人の頭の悪い連中に「バカとはつき合ってはいけない」ということを教えて下さる本。
「結構上から目線てことですか?」という水谷譲。
「そんな言い方失礼よ。二人に」とオネェ言葉になる武田先生。
素晴らしい啓発本。

 そんなバカばっかりの環境の中、ひとりの例外に出会います。小学校3年生の時の担任の星野先生。彼女はこう言ってくれました。
「あなたの居場所はここではない」
(18頁)

とにかく堀江さんの成績がズバ抜けているので、クラス全部がバカ。
それで先生が「バカしかいないから、ここにいちゃダメ」と、そうおっしゃった。
堀江さんは「あ、バカと付き合っちゃいけないんだ、僕は」ということに気づいたという。
堀江さんはどこの小学生かというと、福岡県、筑後平野。
田園地帯。
田んぼがバーッと広がるところにポツーンとあった小学校で、バカに囲まれて少年時代を送っていた。
「この環境を変えよう」ということで、この方は偉い。
とにかく田園風景のバカから脱出すべく人生を歩き始めるという。
小学校三年で周りはバカばっかりで、という。
結びの方に書いてある言葉(実際には結びの方ではない)なのだが、堀江さん曰く

 ぼくの人生はある意味、バカとの戦いとともに始まりました
 小学校はバカばっかり。同級生だけではありません。教師もバカ。家に帰ると、父親も母親もバカ。
(18頁)

堀江さんは気づく。
「自分の人生にバカしかいない」ということを。
それで「あなた、こんなとこに居ちゃダメ」と教えてくれた星野先生もバカ。
(本には星野先生だけ「例外」と書いてある)
それで彼はどうしたかというと、筑後地方の有名中学高校に行って東大に入るという。
だから人生でもう「バカしか会ってない」という。

武田先生はこの人の文章をバーッと読んだが、この本は本当に頭の悪い私たちはバカだから、文字を克明に読めないだろうから、二人がおっしゃる大事なことは全部赤文字で書いてある。
(この記事内では赤文字の箇所はすべてアンダーラインを入れました)
ページをめくってもめくっても真っ赤。
編集の方には申し訳ないが、一個だけバカだから言うが、赤文字で書くと人間は赤文字のところしか読まない。
だから妙にバカを躾けるためにも赤文字で書くのはやめたほうが。
バカがさらに増えるのではないか。
この本の編集のすごいところは、その上に章の一番最後に何が言いたかったかが箇条書きでまとめてある。
(「まとめ」として箇条書きで書いてあるのは章ではなく節)
そこだけ読めばだいたいわかる、という。
頭の悪い子たちにわからせるために、二重三重の編集の工夫がしてある。

その中で「すごいなぁ」と思ったのは堀江さんの言だが「一つの仕事をずっとやっている人はバカ」。
武田先生は色々やっているのでイノベーター。
歌ったり演じたり。
この「一つの仕事をやっていこうとするバカ」ということで、同じ歳のイチロー選手を挙げている。
(本には「彼の年齢はぼくのひとつ下です」と書いてあるので「同じ歳」ではない)
これは武田先生もハッとした。
「あ、堀江さん、イチローがバカに見えるんだ」と。
それはやっぱりすごい。
イチローを「バカ」と言える人というのは。
だってイチローは野球しかやっていない。
でもCMにも出ているしたまに役者さんもやっていると反論をする水谷譲。
だから彼もイノベーターなのではないか?
よくわからないが「天才だからバカなんだ」という。
(本の中にはイチローがバカという表現はない)
この理屈を丁寧に話していかないと堀江さんを誤解させることになるので。
イチローは「天才」という意味の「バカ」という。
このへんのレトリックがすごい。

「ひとつの仕事で一生やっていこうとするバカ」という章(実際には節)があって、一生やっていこうとするバカの中にイチロー選手が出てくる。
ところがこの辺、堀江さんは賢い。
この人の理論「イチローは一万人に一人のバカ」。
だから他にイチローみたいなのがいないから「天才のバカ」なんだ、という。
(このあたり、ちょっと本の内容とは異なる)
「自分はそうじゃない」と。
自分は「一万人に一人」みたいな能力がないから100人に一人の能力で勝負する。
100人に勝てばいいんだ。
ここからが堀江さんのすごいところ。
「100人に一人」という能力を100個集めればイチローと戦える。
いわゆる「マルチ」。
いろんなことができるようになればイチローに勝てるんだ、という。
凡才でも能力を100持つことによって、一万人に一人の天才と戦うことができる。

 ぼくは「多動力」というキーワードを使って、やりたいことを複数持ってそのどれもをやることを繰り返し薦めています。(86頁)

これは別の本で彼の中にあった。
だから「多動力」という言葉を知りたければそっちの本も読んでくれ、という。

多動力 (NewsPicks Book) (幻冬舎文庫)



持っていき方がうまい。

そして武田先生がびっくりしたのが西野亮廣さん。
今最注目の天才。
本の中から抜き書きすると兵庫の方で絵本を描いてらっしゃる。

えんとつ町のプペル



この絵本で注目をされて。
また「キングコング」という漫才コンビの人。
この方は関東圏ではあまり知られていない。

 いまはこの通り、テレビとは距離を置いて、別のかたちで、自分のやり方で先輩方に追いつき追い越そうとしています(38頁)

たまにネットでの炎上があるような方。
わざとさせている。
炎上させるような大物関西芸人。
今、パフォーマンスとビジネスに絞って活動してらっしゃる。
彼自身、大阪漫才コンクールで「ほとんど総なめした」と書いてらっしゃる。

ほとんどの先輩が、ダウンタウンさんみたいな漫才スタイルだった。誇張ではなく本当に、99%の先輩がそうだった。−中略−
 それを見て、みんながやっているダウンタウンさんのスタイルと真逆のスタイルでいけば勝てるはずだ、と戦略を立てたんですね。結果、キングコングは漫才コンクールを総なめにしました。
(24頁)

今、うけている人のマネをしない。
これが賢い、あるいは勝ち抜くテクニックだ、という。

そして「こんなことを言っていいのかな?」と思うぐらい大胆な発言。
「さんま、タモリの番組には一切出ない」
理由は彼らが番組というゲームのルールを作っているから。
そこに例えばゲストで出ても自分に人気が集まるはずがない。

 この話をほかのたとえで言うと、ファミコンの個別のゲームカセットが売れれば売れるほど、一番儲かるのはファミコンというハード自体であり、それを作った任天堂だということです。だから、さんまさんやタモリさんはファミコン。松本さんはファミコンのカセットではなくて、プレステを作ったようなものです(37頁)

だからこういう人たちに近づいてはいけない、と。
違うところで勝負しなさい。

ロジカルシンキングを繰り返せば「勘」が備わる。(67頁)

注釈が書いていないのでわからないが、とにかく皆さん言葉自体を覚えてください。
「ロジカルシンキング」
勘に頼るようなバカな生き方はしない。
ロジカルシンキングでベストな選択ができるようになる。

不安だからといって群れるな。(67頁)

ロジックこそ最大の支援者。(67頁)

かっこいい。

そして最終章では二人はお互いを絶賛し合う。
対談を聞いてきた武田先生だが、こんなにお互いをお互いを褒め合う。
やっぱりお互いバカじゃない人を見た時の喜びというのはすごいのだろう。
もう抱きつかんばかり。
西野さんは堀江さんのことを「父」とまで呼んでらっしゃる。
(本の中は父ではなく母だと書いてある)
何か惹かれるものがあるのだろう。
だいたいこういう文章の繰り返しで、他にあまり皆さんにご紹介する文章がない。
同じことの繰り返しなので。
「バカと付き合うな」
もうそれだけ懸命に言ってらっしゃる。
バカがどんな人とか、そういうことは書いていない。
いろんなバカが書いてあるのかなぁ、と思ったのだが。
そのバカについては具体的な名前がない。
とにかくこの本は二人がずーっと喋り続けて、聞いているだけ、という。
録音されたのを文字にしたような、そんな本。

とても印象的な文章で、こんなことを言えるのは今、堀江さんしかいないだろうと思う。
堀江貴文という人の「バカに対する宣戦布告書」というか、それが本の頭、プロローグに書いてあるのでそれをご披露して、この本から別の本に移っていこうというふうに思う。

堀江さんの宣戦布告書。

R.シュトラウス:ツァラトゥストラはかく語りき



 あなたは自由であるべきだ。
 なのにもし、あなたがいま自由でないとしたら、その理由は簡単です。
 バカと付き合っているからです。

 あなたがいま、何歳だとしても、どこでどんな仕事をしているとしても、あなたがこれを読んでいるのが何年のことだとしても。
 あなたの自由を邪魔するものはつねに、バカの存在です。

 楽しくはないでしょうけど、思い出してみてください。
 バカはいつでもいたはずです。
 10代で出会ったバカ、20代で出会ったバカ、30代で出会ったバカ、40代で出会ったバカ。
 あなたがいま何歳であろうとも、バカがいない年代などなかったでしょう。
−中略−
 つまり、バカは偏在する。
 バカはある意味、普遍的なんです。
−中略−
 とはいえ、そういう人に石を投げてはいけないのは当然のことだし、一方で、だからといって、彼らを仕方なく受け入れなければいけないということもありません。

 だから、あなたができることはただふたつだけ。

「バカと付き合わないこと」と、
「バカにならないこと」です。
(2〜3頁)

これを読んだ時に胸が震えた武田先生。
音楽(『ツァラトゥストラはかく語りき』)に乗せるといい。
これを朗読しながら『2001年(宇宙の旅)』が浮かんできた。

2001年宇宙の旅 (字幕版)



とにかくまとめる。
これほどバカという単語があふれ、繰り返される本も非常に珍しい。
人は普通、本と話しながら文を読んでいく。
皆さんそうじゃないですか?
「へぇ〜」とか「ウッソー!」とか。
「こんなことあるんだ」「あ!この気持ちわかる」「うまいな、この表現」とか。
実はあれは「本と話す」。
ところがこの本は違う。
この本はすごい。
本がずーっとしゃべってくる。
「アンタの話なんか聞かん!一切。なぜならアンタがバカだからです!」
そういう姿勢の本を取り上げてみた。

もう一度繰り返す。
今、まな板の上には「バカシリーズ」と題して、最近巷にあふれている「バカ」という本を色々探してみたのだが、この『バカとつき合うな』という頭のいい堀江貴文さんと西野さんの共著とは対象的に、ドキッとするタイトルの本があった。
それがどんな本かというと「世界初は」つまり「世界で初めて」。

世界初は「バカ」がつくる



この世界で初めてというものとか出来事はバカしかできないんだ、と。
こういう本。
最強イノベーター堀江さん、そして注目の天才西野さんのバカをめぐるパンセ、瞑想録から離れて、今度はロボット工学に於いて「バカでなければ新しい発想のものはできない」とおっしゃるロボット博士のバカをめぐるパンセをお送りしようかなぁというふうに思っている。
こちらの本はというと『世界初は「バカ」がつくる』。
(発行所)さくら舎。
生田幸士。

東京大学大学院情報理工学系研究科システム情報学専攻教授(170頁)

『バカとつき合うな』と『世界初は「バカ」がつくる』というのが並んでいると、両方読もうという気になった。
もう皆さんもお気づきだと思うが「バカ」という単語の解釈がこの生田さんの場合は堀江さん、西野さんとは全く変わる。
堀江さんが「あなたがもし自由でないとしたら、バカと付き合っているからです」で始められるのだが、この生田教授はツカミの「はじめに」のところでバカの代表としてスティーブ・ジョブズが挙げてある。
この教授は、スティーブ・ジョブズというのをバカ扱いなさる。
では、なぜ故にスティーブ・ジョブズはバカなのか?
どう考えてもバカには思えない。
一種「天才」と言われた方。

 スティーブ・ジョブズは、傲慢さゆえに追放されたアップルが低迷し、請われて戻ったとき、「アップルとはどういう会社なのか」を世にアピールすることから始めました。広告代理店と議論を重ね、ついに「Think different」というシンプルなキャッチコピーにたどり着きます。
 このコピーを練りあげたときのことを話すとき、涙をため泣き出したそうです。理由を問われるとこう答えました。
「ものすごくピュアなものがここにある。魂が震える」
(1〜2頁)

「少年に戻って、違うものを作っていこう」という。

 ノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑教授の発言「イノベーションは訳のわからないところから生まれる。ばかげた挑戦をやるべきだ」は、まさに的を射ています。(2頁)

このあたりも堀江、西野さんとはバカの解釈が全く違う。

 ビジネスジェット機「ホンダジェット」の開発をした藤野道格氏が主翼の上にエンジンをつけるという世界初のアイデアをいい出したときには、「こんなバカなエンジンは見たことがない!」と上司から罵倒されたといいます。しかし、藤野氏は異例のスピードで試験飛行に成功、ベストセラー機にしました。(2頁)

(藤野氏の名前を番組では「ミチノリ」と言っているが「ミチマサ」)
物事の評価がこの人の発想で一変しつつある。
こういうのは面白い。

皆さん方は「バカ」と言うと、昨今「バカ」で有名になったのはバイト先の厨房でいたずらをしている「バカ」。
動画を見ただけで思わず誰の口からも「バカ!」というのが出てくる。
ここで生田教授は、その手のバカと世界初を作るバカの違いの法則を規定してらっしゃる。
(このあたりの話は本の中にはみつかりませんでした)
バイト先でバカをやっているヤツはどうしてバカなのかというと「人様の厨房で人様の道具でやってるからだ。だからバカなんだ」。
世界初の何かを作れるバカは、バカな遊びをやる道具すら自分で作る。
自分で作らないとバカになれない。
うまいことを言う。
だからライトという人が兄弟そろってバカで、よせばいいのに空を飛ぼうなんて思った。
でもちゃんと飛行機という道具そのものをライト兄弟は道具として作った。
それから海に潜りたいなと思った人も自分でドラム缶を持ってきて沈めたワケで。
だから自分で作った道具ゆえに世界初の道具が生まれて、やがて人は空を飛び、海にも潜れるようになったのだ、という。
このへんがバカの規定が鮮やか。

バカなことの根本には「人を喜ばせたい」という情熱がなければならない。
それは厨房でいたずらする子も誰かを喜ばせたかったのだろう。
でも何も面白くない。
誰かが笑ってくれると思ったのだろう。
大戸屋はバイトの研修のために一日店を閉めて、かかった経費が一億円。
だから堀江さんが言う「バカ」には本当に迷惑するワケだが。

ホンダの本田宗一郎という人がいる。
この人は親分気質の人。
「ものごとを発想する時に、一番大事なものを思いつめなさい」とおっしゃる。

 本田宗一郎とこんな会話を交わしたそうです。
「車の部品でどれが一番大事かわかるか?」
「エンジンですか」
「お前、エンジンだけの車に乗ってこい。すぐ死ぬぞ。ブレーキが一番だよな。エンジンを開発するのは当たり前だ、むしろそれに並行して同じくらいのパワーでブレーキもつくるんだ」
(71頁)

人を喜ばせたいという情熱の濃度がどこにあるか、という。
本田宗一郎というバカはいいことをおっしゃる。

プライベートなことからちょっとお話しようかなぁと思った。
九州、福岡に月に二度ばかり帰った武田先生。
地元の街歩きをするという短い番組をテレビで持っている。
女性と一緒にブラブラ歩く。
どこでも福岡は取材をさせて頂いて感謝している。
この間は、福岡の名門高校修猷館に行って、ここで取材をやらせてもらった。
水谷譲はピンとこないだろうが修猷館というのはめっちゃエリート校。
エリートというか頭のいい子。
堀江さんが出た高校があるのだが、福岡では修猷館の方がNo.1。
これは面白い。
九州はわりと九大にこだわる。
その九大の入学率、東大に行くのもここは今、No.1か。
この高校の卒業式の後、まだみんなクラスにいる、お別れ会をやっているのを取材した。
武田先生が取材した段階ではまだ国立の結果が出ていない。
これからだった。
マイクを向けて「私学の方の合格しました?」と訊くと「ああ・・・私学の方は・・・」とかと言って。
皆さん国立を狙ってらっしゃるから。
「あ、そう。私立はどこ?」とかと言ったら早慶なんてゴロゴロ。
とにかく福岡No.1の県立のエリート校。
スポーツは一生懸命みんなクラブ活動をやっているのだが、何せ福岡といえば東福岡がいるから。
ここは強い。
ラグビー、サッカー、なんでも。
柔道も強い高校がある。
筑紫丘といってタモリさんが出た中堅校があって、ここも抜群。
頭がいい。
ずっと取材してまわる。
ラグビー部だったか、ガッチリしたいい青年ばかりで。
「頭はいいわ、体はいいわ」みたいな。
そこのキャプテンか何かをからかっていたらラグビー部の子でクスクス笑って指さす男の子がいて、見たら第二ボタンがない。
かっこいい顔をしている。
武田先生は初めて見た。
今でもそういう伝統がある。
「女の子から取られました」とかと苦笑いしているのだが。
「あ〜青春だね〜」とかと言って。
取材が終わって帰る段になった時に、なるほどと思ったのだが、キャメラマンがこう言った。
「武田さん、さすが修猷館。バカ居ませんね」
「そらわかるよ。みんなマイク向けてね、ちゃんと答えるし」
「いえいえ、そういうことじゃないんですよ。キャメラ向けても、誰一人ピースするヤツが居ない」
これはギクッとした。
「ピース度」というのはある。
もう何が言いたいかわかるだろう。
テレビキャメラを見ると、バカほどピースをしたがる。
必ずいる。
マラソン大会でも箱根駅伝でもいる。
修猷館はピースをするヤツは一人もいない。
それをキャメラマンの直感で「やっぱりピースするバカがいませんね」というのが。
ハッとした武田先生。
「そういう見方があるのか」と。
人のマネをしない。
ピースの意味。
「平和のピース」と勘違いしている水谷譲はバカ。
「V」は「まだオマエと戦う」という意味。
この二本(人差し指と中指)は「弓を引く手」。
「オマエに向かって俺はまだ弓が引ける」と。
というのは、とある戦争で負けた側の兵士の右手の指を切った。
それで指を切られることがもう兵士でなくなったという証拠なのだが、ある戦い。
それはナチス・ドイツとイギリス・チャーチルとの戦いで、チャーチルがイギリスの故事を思い出してイギリスの市民に向かって「指はある」。
そうすると故事を知っているイギリスの市民たちがVサインを出して「弓を彼らに引こう」「ナチスと戦おう」という意味合いで。
それを卒業式で弓を引くヤツがあるか?
お父様やお母様がいらっしゃるのに。
それはともかくも「ピースを出さなかった」という感動。
つまり「人のまねをしない」という。

『世界初は「バカ」がつくる』の生田教授がどんな研究をなさったかと言うと、生態学による推進力の調査。
どんな魚にも尾ビレ・背ビレ・胸ビレが付いている。
魚のヒレの推進力は効率がすごい。
進む力、尾ビレを振って。
これが力学で言うと推進力90%。
だから確実に進める。
ヒレの持っている力学的推進力効率ていうのは、群を抜いている。
それに比べてスクリューはなんと、60%がやっと。
なんかスクリューのほうが進む感じがしている水谷譲。
イルカの尾、あるいはクジラの尾には勝てない。
それでスピードを上げるために船に付けるのはスクリューではなくて「尾ビレ背ビレ胸ビレのほうがいいんじゃないか」という発想を生田教授が持った。
この研究がバツグンに「バカ」。


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2020年02月24日

2019年6月17〜28日◆吃音(後編)

これの続きです。

吃音。
いい言い方ではないが「どもる」というか。
これは非常に困ったことに発声筋肉の問題なのか、あるいは息を継ぐ横隔膜の問題なのか、声帯の問題なのか、心理的なものなのか、身体的なものなのか。
発達障害の原因というのはまだわかっていない。
そういう意味で非常に複雑な障害ではないだろうか?ということ。

どもること、吃音の苦しさみたいなことを語っていたが、話が横道にそれたところ。
それはどういうことかというと現代の会話。
この番組(『今朝の三枚おろし』)もそうだが、ある速さが求められる。
時間等々があるので。
時間に追われる芸能活動と言えばCMというのがあるが、一つの文章を5秒間で言えないとコマーシャルは成立しない。
「マルちゃん。赤いきつねと緑のたぬき」
これで武田先生は4秒行っていないと思う。
40年以上やっているので感覚でわかる。
これを4秒手前で収めるのが至上命令で来る。
その他、水谷譲が言っていたが原稿用紙400字でだいたい1分ちょっと。
それがNHK。
NHKと民放ではスピードが違う。
NHKの方がゆっくり。
水谷譲たちが求められているのは違う。
テンポアップ。
だから民放では速さというのは技術の一つ。
そして水谷譲も言っていたがアナウンサーだからニュース原稿を読むときは「噛む」というミステイクがあると力量不足と見做される。
一回噛んで失敗すると、また次も恐怖心で噛むという心理的なものだと語る水谷譲。
「一文字も間違えずに、この原稿を読め」というのは非常にストレスが多い。
そしてもう少し話を続ける。
武田先生も柄にもなく時々コメンテーターの席に座る。
コメンテーターというのは重大。
司会者から振られて自分の言いたいこと。
これを15秒以内で言えない人は仕事を失くす。
坂上忍さんのところに出ているお笑い芸人さんたちの顔を見てください。
顔がひきつっている。
坂上さんは振りが速い。
振りが速いし、取り返すのが速い。
まず15秒でその事件に対して自分の感想を言えない人は、呼ばれなくなる。
そのまんま東さんはコメンテーターの仕事が多いから、頭がもうハゲてしまって。
あれは本当に抜け毛だと思う。
気の毒に。

AD君は疲れ切った人種がいる。
今はだいぶ楽になったようだが。
昔は立ったまま眠っているヤツがいた。
それで彼らが大きい画用紙にCMとか書いて、バッとメインの司会者に出して。
喋っている武田先生と目が合うとゆっくり小指で渦を書く。
嫌。
トンボじゃあるまいし。
クルクル回されて。
「急げ」という。
その急ぎ方も半端ではない。
2秒、3秒だから。
2秒あたりでキレイに収めると皆さん方は知らないだろうが、コマーシャルに入ったスタジオに拍手が響く。
TBSの朝の報道番組とか。
タイトルは言わないが。
それはやっぱり時間内に言葉を押し込む能力。
あれは発言に意味がなくてもいい。
押し込むかどうかの能力。
かくのごとくおしゃべりに関しては自分のスピードでしゃべるという人は一人もいない。
皆、ある事情を抱えて。

そこで先週、最後に申し上げたのは政治家の失言というのは、もしかするとスピードについていけない。
質問者から質問を受けておいて、同じスピードで返そうとするというところになると、失言がポンと飛び出すという。
だからやっぱり言葉を間違う。
言っちゃいけない言葉がフッと出てきたりする。
野党からの質問を受けて「東京オリンピック、パラリンピック」とかという早口言葉。
「アメリカンドッグ」より難しい言葉で囲まれたりなんかすると言葉が詰まってしまうという方がオリンピック担当大臣(東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当大臣)にいらっしゃった。
なぜああいうときに政治家の人がミスをするかというと、あれは右脳しゃべりになるからだそう。
言語は左脳でしゃべらなきゃいけないのに、映像中心の右脳しゃべりだから「言っちゃダメよ」とかと×を書いた言葉に頭が行ってしまう。
だから「震災復興も大事ですが、この人の当選も大事です」と「も」と一言入れればいいのに「よりも」と言ってしまった。
桜田五輪相を更迭 被災地議員を「復興以上に大事」発言:朝日新聞デジタル
そういうことだと思う。
つい右脳しゃべりになったおかげで、ケチョンパンにやられてしまうという。
吃音の話題だが、目を転じるとこれは世の中全体、メディア全体に通底する言葉のリズム、テンポ。
そういう意味合いでおしゃべりというのは今は何かを忘れている。
そういう病理が日本の社会にあるのではなかろうか?と。

本の腰帯がよかった。
同じように少しどもるという障害を持った方のひと言だろうと思うが。
(作家の重松清の言葉)
「よくぞここまで吃音と向き合ってくれました。吃音を持つ者として、最敬礼。」

近藤雄生さんという著者の方。
この方も吃音に苦しんで、思いがけない方法で克服をした人。
著者は吃音故に対人の仕事、人を相手にコミュニケーションをとるというような仕事をあきらめて、書物を職業としていきたいと願っていた。

私は学生時代から付き合っていた女性と結婚した。−中略−
 彼女に対しては吃音はほとんど出なかったが
(153頁)

著者はライターとして、筆を持つ人間として腕を磨くため、彼女を世界を旅する取材旅行へ誘う。
貧乏旅行をしながらルポルタージュ。

その間に私は、興味あることを見つけては取材して記事を書き、日本の雑誌に送ったりした。(154頁)

日本を出て二年半ほどになり、中国の雲南省で暮らし始めて一年近くが経った二〇〇五年の終わりころ、吃音の状況に突然変化が起きたのだ。−中略−
 ある日、行きつけのカフェに行き、顔見知りの店員にいつもどおりにコーヒーを注文した。
「一杯珈琲(イーベイカーフェー)」
−中略−
その翌日も、そのまた翌日も、あまりどもらず過ごすことができた。
(156〜157頁)

彼はその時の自分の自覚を発声するたびにがんじがらめに縛られていた吃音の不快な喉周りのよどみがだんだん薄れてゆくのが自覚できた、という。
(ということは本には書かれていない)
突然やってきた改善。
これがまた不思議。

 なぜ、日本を離れて中国で暮らしていたときにこんな変化が起きたのか、原因はなんだったのか、それははっきりとはわからない。−中略−他言語圏にいる気楽さもあり、さらには旅をしながら生きていく自分なりの方法が身についたことによる自信のようなものも、あるいは影響していたのかもしれない。(158〜159頁)

ハッと気がつくと、もう人前で気にすることのないようなスピードで話せるようになっていた。
一体なぜ消えたのか。
そして吃音というあの障害は、その苦しみは何であったのか?というのを考えこむという著者。
不思議。
「何でか」というのが全然わからない。
100万人いれば100万通りの症状があるという。
だから治し方もやっぱり100万通り、という。

年と共に少し言葉に詰まるようになってきた武田先生。
言葉が出てこない、単語が出てこない。
少しどもるようになった。
それは多分老人性のもの。
誰もが体験するようなこと。
若いときほどトントンいかない。
これは体力というか、声帯の周りの筋肉が落ちているせいだろう。
実は内心思っているところは、あんまり急がないしゃべりをしようというのは自覚している。
あんまり飛ばす人はくたびれる。
もう「聞く力」がない。
聞く力もないし、しゃべる力も衰えてくる。
のっけからものすごく怒っている人のラジオのしゃべりというのがものすごく朝から疲れる。
それと本当のことを言うと(明石家)さんまさんがしゃべっているスピードの1/3が理解できない。
無茶苦茶速い。
ほとんど惰性で笑っている。
さんまさんが何事かを叫んでスタジオの床に倒れると「ハハハ・・・」と笑っている。
何でおかしいのかよくわかっていない。
「立て板に水」で同じテンションで明るくしゃべっている人の内容は全く入ってこない水谷譲。
何の障害もなく「ツツツツー」。
俳優さんでも台詞を言う人がいる。
耳が弾いている。
言葉につかえた人の言葉から耳はパッと向ける。
人間は「立て板に水」というのは実はほとんど聞いていない証拠なのではないか?

武田先生が最近一番打たれた言葉は内田樹さんの名言。
人間はあまりにもスムーズな言葉の並べ方をする人がいると、その人の言っていることを弾いちゃう、という。
立て板に水というのは説得力ではない、という。
言葉に詰まったところからその人の話に耳を傾けるという。
とある人から言われたのだが「一番大事な台詞は小さな声で」。
そこを張る俳優さんがいるのだが、ものすごくウザい。
舞台をやっている時に若い女優さんにちょっと怒鳴ってしまったのだが。
「台詞覚えたぞ!」という感じで張る。
そのくせ水戸黄門というのは「立て板水」じゃないとダメ。
水戸黄門というのは悪をやっつける台詞にしても何にしても、サラサラ流れているところにあの時代劇特有の良さがある。
誰というと傷つくから言えないが、深く台詞を工夫する人がいて「みんなの迷惑になった」というのがある。
「今朝、ご老公にお会いした時、ご老公何気なくご機嫌が悪ぅてのぉ。さてさて困ったものだと思うておったが、急にご機嫌がようなられて。全くこれからの悪事、幸先がよいわい。」という台詞があるのだが、これを一行ずつ「今朝・・・ご老公に会うた時・・・何気なくご機嫌が・・・悪ぅてのぉ・・・」とかと言われると「いいから早く言えよ!」。
みんな待っているのは「静まれ静まれ!この方を誰と思召す。先の副将軍、水戸光圀公なるぞ!」。
その定番を待っている。
その前にやたら持つ。
「そんときワシは・・・フッ・・・と怯えてな・・・だが、今日お会いした時・・・ご機嫌がよく・・・これは幸先・・・」
早く言え!
芝居は緩急。

著者のすごいところはこの「どもる」ということの苦しさ、悲しさを何と10年の歳月をかけて吃音に悩む人々から聞き取り、一冊の本にしている。
(本によると2013年に吃音の取材に着手している。本の出版は2019年なので10年はかかっていない)
その取材も一度だけではない。
一回聞けばもうそれでおしまいではなくて、数年置いてまた聞きに行ったりしている。
取材態度からして、この人はいい書き手になるのではないか。

 七〇代で吃音のある男性が、ある日羽佐田竜二のもとを訪ねてきた。−中略− 羽佐田は答えた。年齢を考えれば、これからの人生の時間を訓練に使うより、吃音があるままでもご自分のしたいことに使う方がいいのではないですか、と。するとその男性はこう言った。
「残り、時間が……、少ないから、こそ、私は、訓練をしたいんです。死ぬ、までに、どうしても、思うように、話すという経験、を、してみたいの、です」
 おそらくこの言葉にこそ、一〇〇万人の人たちの思いが詰まっているのではないかと思う。
(207頁)

(番組では著者の近藤さんが訊ねたことになっているが、本によると羽佐田さん)

どもることの苦しみ、これは原因、治療法、そして困ったことに治るか治らないか。
これがわからない。
ものすごく手っ取り早く言うと、本当にこれほど人を苦しめている吃音でありながら、ヒントのような、あるいは奇跡のような吃音の治し方に成功した人の例が。
だからこそ悔しくて仕方がない、ということなのだろう。
ではその吃音を治す不思議なヒントとはどこにあるか?

奥様から本棚を整理しろと言われて、いろんな本を一生懸命捨てている武田先生。
そうしないと大変なことになってしまう。
床が抜けるというところまで行ってしまっている。
でもどうしても捨てがたい人がいる。

司馬遼太郎
河合隼雄
灰谷健次郎
内田樹
白川静

大好きな五人。
その人たちの本を捨てがたいから眺めていたら「あれ?共通してんな〜」と思った。
全部関西の人。
五人挙げたうち四人が学校の先生。
中学校の先生だけがいなくて、小学校、高校、大学の先生。
もう一つ、何でこんなにこの人たちのことが好きなんだろうと思ったら五人のうち四人が京都で生活をしたことのある人。
何が言いたいかというと、五人とも「手仕事」の人。
資料を自分の手で集めて、調べて書くという。
いわゆる職人みたいな人。
「俺の共通項てここなんだ」と思うと、自分が何を求めているかが薄っすらぼんやりわかってきたような気がした。

新潮社の方に言っておくが(『吃音』という本は)いい本。
いい本をお作りになった。
「伝えられないもどかしさ」
この「伝えられないもどかしさ」に苦しんでいる方はたくさんいらっしゃる。
昨日ちょっとお約束した「吃音」という発達障害なのだが、不思議な先例があるということ。
吃音のわりと重症の障害を抱えならが教壇に立つ先生。
小学校の先生という方がこの本の中に登場する。
この方は一般の暮らしは吃音がひどいのだが、クラスに入って子供たちを前にすると吃音がスッと和らぐ。
(205ページに書かれている吃音の教員は中学校の教師で授業中も吃音のまま。上記の話がどの箇所を指しているのかは不明)
水谷譲が会った先生。
古文の先生だったが、ちょっと吃音があるのだが「この世のなごり 夜もなごり」(『曽根崎心中』の道行の冒頭の詞章)と読み始めるとスラーッと読んでくれる。
それでちょっとびっくりしていて。
面白い先生だった。

ミーガン・ワシントンというオーストラリア出身のミュージシャンがいる。彼女は、二〇一四年、世界的な講演イベントであるTEDで、自分が吃音で悩んできたことを告白した。そしてその講演の中で、歌を歌うときにはどもらないことに気がついて歌手を志すようになったという話をした後に(211頁)

歌の持っている力はすごい。
歌というのはそういう意味で訛りとかどもる、吃音とかを治してくれる不思議な息遣いになる。
こういうのは面白い。

そしてもう一つ。
事実としてあったことだからご報告する。
卓球をやるとどもらない。
(172ページあたりに卓球をやっている最中にはどもりが見られなくなった子供の話が出てくる)
これは特に子供の改善者が多くて、障害度が和らぐ。
(という内容ではなくて、本に紹介されているのは一人の例だけ)
吃音、どもる人というのは、ある社会通念のうちに「このスピードで話さないと生きていけませんよ」というような、それに合わせようとしてどもってしまうということがあるのだろう。

これは本当かどうか必死になって探したようだ。
だが、万能ではない。
子供を相手にお話しをする、ということ。
歌を歌う、ということ。
卓球をする、ということ。
これで吃音、どもりが改善することがあるのだが、それがすべて通用するワケではないところに難度がある。

吃音の研究の方は着々と進んでいる。
悩んでらっしゃる方は希望を捨てないでください。

神経生理学の観点から吃音について研究してきた米ミシガン大学のスウン・チャン(Soo-Eun Chang)らは−中略−複数の神経画像の技術を用いて脳の様子を撮影し、その状態を観察・分析している。−中略−
 脳には、言語を発することと理解することをそれぞれ司るブローカ野とウェルニッケ野という二つの領域がある(多くの場合左半球にある)。その両者をつなぐ「弓状束」という神経線維が集まった経路のような部分があるが、吃音のある子は、ない子に比べて弓状束の神経線維の密度が低いなど、何らかの傾向があることを示唆する結果が得られている。
(217〜218頁)

 吃音は一般に男性に多く、成人では男女の比は四対一ほどと言われている。(135頁)

女性が少ないということは、どういうことかというと、右脳と左脳を結ぶ真ん中の「脳梁」。
これが太い。
だから右脳と左脳を同時に使えるという強みではないだろうか?ということ。
相対的に吃音に関して、どもることに関しては男性。
男が苦しんでいるということ。
水谷譲も言っていたが、子供の時にわりと吃音がひどかったのが、成長するとスーッと治るという。
そういうことは本当にあるらしいが、自然治癒のメカニズムというのはまだ謎のままということ。

全国に目を転じてみる。

文部科学省の調査によれば、小学校におけるその設置校数は−中略−障害種別で見ると言語障害のある子どもが最も多く(三万六四一三名、約四一%)(168頁)

この3万6千人の中で半分ほどの人数は誰かのサポートが必要らしい。
この中にかなりの数で吃音があるようだ。
会話のスピードは社会全体の通念で決まっている。
昔の漫才なんか聞いていて、びっくりするぐらい遅いのに驚いたり。
当時、「速すぎてよくわかんない」と言われた落語家に林家三平という先代がいたので「あの人は速い」と言って。
武田先生たちにはちょうどいい。
父母は林家三平をすごく嫌っていた。
「なんば言いよ〜か!な〜んもわかりゃせん、これが。のぼせもんたい!」と言いながら軽蔑して。
その頃、看板の方は(古今亭)志ん生とかあのへん。
「え〜・・・そのあたり、ヒョイ・・と見ますと」という。
これが三平のスピードになると「ヨシコさ〜ん!ヨシコさ〜ん!」になる。

正直に告白する。
テレビでバラエティの司会者とかコメディアンの人たちがしゃべっている。
武田先生が「テンポが合うな」と思うのは内村(光良)さん。
ウッチャンぐらいは聞き取れる。
あとは所(ジョージ)さんが時々わからなくなる時がある。
だから所さん以上の方はもうわからない。
これはちょっと悩ましいのだが『(今朝の)三枚おろし』というのは「もうちょっと静かにやってもいいかな」と自分で思う時がある。
武田先生は疲れている。
古代史などに乗ってしゃべるともう本当に疲れる。
川を二度上った鮭みたいになる。
たまに「今日、力入ってんな〜」みたいな時があると思う水谷譲。
肩を落として帰っているだろう。
ある元気が朝なので、必要なので。
武田先生も必死になってしゃべっているが。
言葉自体も、近頃は詰まったり噛んだり。
少しどもることもある。
ある年齢から自分を許すことにした。
「それはオメェの年取った味じゃねぇの?」と。
歌もそう。
どんどん若い頃の声の色艶は落ちていく。
それで一緒にコンサートをやっても、みんな落ちている。
年を取ってからスピードアップしたり声高らかになったら気持ち悪い、それが自然と思う水谷譲。
そういうふうにして自分のしゃべりのスピード等々を、若い時と違うことを自分に許すと、やっと番組が楽しくなってきた。
前は苦行だった。
何回も言うが、本当にギャラが低い番組で。
ただ、皆さんがほめてくださるので頑張っているだけで。

逆にこの番組全体もそう。
6時台の番組、7時台の番組、8時台の番組。
ラジオにいろんな番組があるが、もしかしたらラジオというメディアに関しては、番組ごとで、それぞれのしゃべりのスピードがあってもいいんじゃないか。
それがラジオの役割ではないかな?と。
テレビというのはものすごく統一されている。
ラジオはそこのところ、様々なしゃべり、テンポがあってもいいのではないか。
それこそクイーンの『ラジオガガ(Radio Ga Ga)』で

RADIO GA GA (ライヴ・エイド、ウェンブリー・スタジアム、ロンドン、1985年7月13日)



「お前はまだ歌っているか、ラジオよ」とクイーンが歌っている。
あれはいい歌。
「お前、役にも立たないこと言ってねぇか」と言っている。
まあ、年に順じて武田先生もしゃべりのスピードを作っていこうというふうに思う。

この一冊。
著者近藤雄生さん。
これは実に丁寧な取材。
文章もまことに誠実。
本当に吃音、どもりの苦しさがしっかりと伝わってくる。
そしてこの著者は一番最後にこんなシーンをおいて、この本を締めくくっている。
それは若い母親が吃音、どもり矯正の診療室に子供を連れて来て、子供のどもりを一生懸命治そうと努力している。
学校に行ったらどもるものだから、みんなにからかわれて辛い思いをしている子供を母親が守っている。
吃音について「苦しいでしょう?」と著者が訊くと、その若いお母さんはこうおっしゃったそうだ。

でも、いまは、苦労がある人、悩みがある人が、世の中をいいところにしているんじゃないかとも思うのです」(179頁)

よくできた若いお母さん。
その上にも増して、その言葉を見つけた著者の能力、感性に敬服するのみ。


posted by ひと at 14:17| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年6月17〜28日◆吃音(前編)

吃音。
あまりいい言い方ではないが「どもり」という。
これは様々説がある。
この様々な問題点をやってみようかなぁと思って。
これはいい本。

吃音: 伝えられないもどかしさ



近藤雄生さんという方が新潮社からお出しになった本。
副題がズバリ「伝えられないもどかしさ」。
吃音。
発声の第一音が出ない。
これが身体的な障害なのか心理的な障害なのかさえもはっきりしない、という。

どんな集団にも概ね一〇〇人に一人、つまり約一%の割合で吃音のある人がいるとされる。(19頁)

日本ではざっと一〇〇万人が吃音を抱えている計算になる。(19頁)

しかもこれは障害として小さいということで、あまり取り上げられることがないという。
デリケートな問題だから取り上げにくいというのもある。
ヨーロッパやアメリカなどでは全人口の1%。

 吃音を発症するのは、幼少期の子どものおよそ二〇人に一人、約五%と言われている。(18頁)

 ひと言で吃音と言っても、症状は多様だ。大きくは三種に分けられる。「ぼ、ぼ、ぼ、ぼく」のように繰り返す「連発」、「ぼーーくは」と伸ばす「伸発」、「………(ぼ)くは」と出だしなどの音が出ない「難発」。(19頁)

進行していくと最後に全く言葉が出なくなる重症化が、現代は進んでいるのではなだろうかというふうに言われている。

実は思わず「小さな障害」と呼んでしまったのは「どもる」ということに関して、武田先生自信はそれほど「大きな障害」とは考えていなかった。
(『今朝の三枚おろし』の)ディレクターさんとも朝、話していたのだが子供の頃、吃音の人というのはいっぱいいたような。
水谷譲も十代の頃にすごく仲がよかった女の子は軽い吃音で、自分でもそれが分かっていて「私(言葉が)詰まる」と。
でも大人になってからいつの間にか治っていた。
そういうことがある。
そのことも含めて「吃音」を考えてみませんか?
武田先生も高校の同級生で柔道部の子だったがいた。
それからアマチュアの音楽仲間。
ロックグループでベースを弾いている浜田(卓)というのがいて、かなり重度の吃音だった。
もう話してもいいと思うから話すが「サンハウス」というロックグループにいて、リードギターが鮎川まこ(鮎川誠)ちゃん。
あそこのグループで抜群のベースの腕前。
この浜田というのは気のいいヤツだった。
「た・・・たけだー」と言ってくるヤツだった。
家の近所に農業をやっているおじさんで、ちょっとお酒が大好きで、いつも酔っぱらっているおじさんで「ケンちゃん」というニックネーム。
当然「どもりのケンちゃん」というおじさんがいた。
それから学生運動の時に学生運動をやっていてアジ演説やるヤツに吃音のひどいのがいた。
「わ、わ、わわ、我々はー」と言いながら。
彼らのニックネームはもう本当に申し訳ない。
全部「どもり」と付いていて、そう呼んだこともあったが。
我々は重度の障害と考えていないから気安く呼んでいた。
しかしこの本の著者、近藤雄生さんは自ら吃音の障害をお持ちで、同じ障害を持つ人の現場を一冊の本にまとめ、ルポなさっている。
吃音というのがこれほど苦痛、苦悩であったかと反省しつつこの一冊を読みながら驚いてる。

今、テレビバラエティなどになると、テンポの速い会話が娯楽となっている。
あるいはビジネスでもいかにテンポよく会話を展開するか、プレゼンをやるかというのは、その人の能力と言われている時代。
中身はなくてもテンポだけでおかしいと言って、それで大当たりをとる一発芸人というのは山ほどいる。
そういう意味では吃音という障害を持った方なんかに関しては非常に生きにくいという時代。
それが近藤さんの筆によってありありと伝わってくる。
伝えられないもどかしさがいかに苦しいのか。
武田先生はフッと足を止めて考えているようで。
原因も知りたいし、どうやったら治るのかも知りたいし、自然に治るのはなぜかも知りたいし、本当に不思議だなと思う水谷譲。
今、こうやってお話をしているが、朝からコメンテーターの人から番組を回す「何とかちゃん」まで、みんなあるリズムでボンポン言っているが、うまく発声できないというおかげで批判も不満も言えない、という方がいらっしゃるということ。
この本の最初の方、ツカミで意外な人物が吃音に悩んでいたという実例を出してらっしゃる。

マリリン・モンローも、その一人だった。(13頁)

「言葉を発するのが辛いの。体を見せるだけならずっと楽」という彼女の言葉が紹介され(13頁)

(番組では上記の言葉は彼女の姉、バーニース・ベイカー・ミラクルの著書に書かれているような説明になっているがフランスのドキュメンタリー作品『マリリン・モンロー 最後の告白』から)
この吃音で言葉が時折詰まるという癖は女優さんをやってらして、これはずっと続いていたらしい。

未完の遺作となった『女房は生きていた』(原題“Something's Got to Give”)の撮影の際には、どもって台詞に詰まることもあったとされる。(14頁)

もしかするとモンロ・ウォークもあるし。
お尻を振った歩き方。

 マリリンを特徴づける、吐息を漏らすような妖艶な話し方も、吃音が関係していた可能性がある。息を吐きながら話せばどもらない。−中略−そうして、彼女をセックスシンボルとした要素の一つであるあの話し方が出来上がった──とも言われている。(14頁)

 彼女の死はいまも謎に包まれているが、吃音がその要因の一つだった可能性もあるのではないかと私は思う。周囲にはわからずとも、吃音は本人にとて極めて大きな悩みとなりうるのだ。
 なぜそう言い切れるのか。私自身がそうだったからだ。
(14〜15頁)

本当に切ないことに、この吃音。
なぜ吃音が起こるのか。
実はそのメカニズムはわかっていない。
それにしてもこの吃音という、どもるという言葉の発達障害は体の気質、脳の気質、環境、心理とも絡んでくるゆえに吃音の方が100万人いるとすると、100万通りの病態がある。
だからスッと治る人もいる。
この中で紹介されているので切ないのは、吃音ゆえに自殺なさる方が多い。
その彼らの苦しみみたいなものを近藤さんがトクトクと。

医療関係者として古くから吃音に身近なところにいたのは、「言語聴覚士」と呼ばれる人たちである。言語聴覚士とは、話したり聞いたりといったコミュニケーションや嚥下(食べ物を飲み下すこと)の問題を抱える人を支援する専門職だ。−中略−現在、言語聴覚士は全国に三万一〇〇〇人以上を数え(二〇一八年)、その多くは医療機関や介護・福祉施設に勤務している。(21頁)

しかも100万人の100万通りもあるほどだから、相談者が少ないということが吃音者の悩みを深めている、と。
さっきディレクターと話していて「最近、吃音の方、少ないですね」と。
でも近藤さんは逆にそういう人たちが世の中に出てこないようにしているのではないか?と。
だからますます孤独が深まっているのではないか?と。
今、ネット社会なので家でパソコンをやっているだけの人も多い。
喋らなくていい職業についたりして出てこない、という。
現代社会がはじいているのではないか?と。
「がんばれ!」と大声を出したくなるが、そういう療法士の少なさに対して敢然と立ちあがった地方がある。

吃音を扱う医師の先駆けである九州大学病院耳鼻咽喉科の菊池良和−中略−
 菊池は、吃音を直すより吃音があってもポジティブに社会生活を送れる方向に患者を導く診療や考えで広く知られ吃音ドクター≠ニも呼ばれている。
(24頁)

 橋啓太に初めて会ったのは、吃音について取材を始めてまだ間もない二〇一三年六月、NHKの大阪放送局でのことだった。
 障害をテーマとしたNHKのバラエティー番組『バリバラ』で今度吃音が取り上げられる。そのことを知って、私は、番組に出演する人たちに直接会ってみたいと思い、大阪で行われる打ち合わせと収録に同席させてもらったのである。
(24頁)

(番組内で橋啓太さんを「仮名だと思う」と言っているが、この本によると「本文中の氏名は、仮名などの記載がある場合以外はすべて実名である」と明記されているので仮名ではない)
事情はよくわからないが、女の子を育てておられて奥様はいらっしゃらない。
何か事情があったのだろうが、近藤さんは一切そのことについて触れていらっしゃらない。
(と番組では言っているが、本によると奥様の体調が悪く、自分が子供の世話をしなければならない状況だったらしい)
近藤さんがこの橋さんがどもりで苦しんでいることについて真剣に聞こうと思ったのは、この橋さんは17歳の時に吃音が治らずに高校の校舎から飛び降りて自死なさろうとしていた。(本によると高校の校舎ではなく「団地の八階」。番組内で「両足を骨折」と言っているが「大した怪我もなかった」そうだ)
だから必死になって吃音と戦っておられる方。
シングルファザーで「ももちゃん」という三歳児を懸命に育てておられて。
あんまり会話をしなくていい板金工をお勤めということだが。
NHK『バリバラ』で吃音の苦しみをテレビでしゃべった。
この橋さんの吃音は難発で「言葉が続いて出てこない」という。
ブチブチ切れてしまう。
それも重度。
かなりひどい難発の吃音。
80〜90年代は吃音の日本人に対して、非常に日本全体の理解度がなかった。
激しく彼らを傷つけていたという。
これは一つのいい加減なアレだが、武田先生も聞いたことがある。
吃音はうつる、という。
「どもっている人のマネしたりなんかするとうつるぞ」というようなのが。

 私が高校、大学に通っていた九〇年代から二〇〇〇年代初頭ごろまでは、「どもり・赤面・治します」などという文句の、吃音に悩む人たちをターゲットにする吃音矯正所≠フ広告が電柱などに貼ってあるのをよく見かけた。(147頁)

今はない。
これは橋さんという方も本当に気の毒で、引っかかっておられる。
「引っかかる」と言ってしまっていいのか。
ことごとく「しろうと」。
だから「自分はこうやったら治った」というのを人に当てはめて、この手のアイディア商品を売ったりしている人がほとんどで。
我流の治療の方法で、ちゃんとした病理を通っていない。
日本全体が吃音、どもりを障害と考えずに、貧乏ゆすりとかそういうものと同じような「クセ」と考えていたようで。
これも本当に許してほしいのだが、重篤な発達障害とは思っていなかったので。

「どもりがうつる」という考え方は1920年代、教育学者の伊沢修二が唱えたもの。
(本によると1920年よりも前。番組では「イザワシュウゾウ」と言っているが「シュウジ」)
1920年代、アイオワ大学で、例えば左で書記、筆を握って文字を書いていた人をしゃにむに右に持ち替えさせたりしようとするときに吃音が出るというような実験をされた。
(このあたりは本の内容とは食い違っている)
ところがこれは科学的に全く証明されずに。
吃音がうつるというのは嘘、でたらめ。
このアイオワ大学は何百人と実験で吃音が出るような強制的なことをさせられている。
あとで裁判沙汰になって訴えられた。
でもそれは一種、吃音というものの謎の深さ。

二〇〇五年以降には−中略−三つの遺伝子の突然変異が一部の吃音者に特徴的にみられることがわかってきた。−中略−この突然変異によって吃音を発症したと推定できるのは、吃音のある人の全体の約一〇%に過ぎないともドレイナらは言う。吃音と遺伝子との関連については、まだ多くが謎に包まれたままである(41頁)

 日本でも現在、複数の研究者や言語聴覚士、医師によって、吃音の臨床や治療法に関する研究が進められている。大学などの機関の研究者としては、前述の九州大学病院の菊池良和、国立障害者リハビリテーションセンターの森浩一や坂田義政、金沢大学の小林宏明、北里大学の原由紀、広島大学の川合紀宗、福岡教育大学の見上昌睦らが知られ、その他、各地の病院や施設の言語聴覚士も、それぞれの方法で臨床や研究にあたっている。(41〜42頁)

悩んでおられる方は「希望を捨てずに」というふうに思う。

橋さんは愛知県内で羽佐田さん、この方も吃音の方。
それでこの方は言語聴覚士に通いながら、自分も吃音、どもり矯正と戦ってらしゃるという方。
この方も我流。
はっきりおっしゃる。
我流で治療方法をいくつか見つけたらしい。

 羽佐田の実践していた方法は−中略−話すときの速度を落とし、話し手にかかる負荷を下げることを基本として−中略−どもらないように自らコントロールできる発話方法の獲得を目指す。(50頁)

羽佐田さんという方は我流であることを自覚しつつ、治療法を懸命に開発しながら、どもりの、吃音の治療方法を探っておられる、という。
しかもこの羽佐田さんというのはすごい。
治療無料。
(番組ではまるで全員に対して無料でやっているような表現をしているが、橋さんに対してのみ)

 費用は一切払わなくていい。その代り、決してあきらめないでやり続けてほしい。それだけ約束してほしい。そう告げたのだ。(46頁)

この羽佐田さんの申し出からして、吃音、どもりがいかに苦しいかが伝わってくる。
それで、この作家はなかなかさえている。
羽佐田さんにも取材している。
羽佐田さんというのは切ない人。

品のない言葉だが「どもる」という人たちの苦悩をまな板の上に乗せている。
我々はトントン言葉が出てくるものだから、こんなふうに話しているが。
ちょっとどもりながら話す人の迫力を信じている。
一番最初に映画で演技を教えてくれた山田洋次監督は、演出で悩んだりするとちょっとどもられる。

幸福の黄色いハンカチ デジタルリマスター2010



「い、いやいや、いや。そ、そ、そうじゃなくってさ」という。
「に、人間ていうのはさぁ、そんなに、つ、強くないんじゃないか?」とかと言われると涙が出てくる武田先生。
そういう言葉に詰まるから説得力が増すんだ、と。
ただ、生まれついて思春期から言葉に詰まった人というのは大変。

羽佐田さんの紹介をする。
この方は警察官になることを目指して警察学校に通うのだが、緊張と共にどもりが激しくなるということで。
上司への一日の報告というのが訓練所である。
これがうまくいかない。
「〇時から〇〇を巡回」とかという、それができない。

羽佐田は、電話帳を調べて見つけた催眠療法の施設に通うことにした。−中略−一時間八〇〇〇円ほどしたが、吃音が治るのであればそんな金額はなんでもなかった。(54〜55頁)

(毎日続けたと番組では言っているが本によると「外出が許されている週末」)
お父様もお母様も警察官として張り切っている息子を温かく迎えてくれるものだから、立派な警察官になりたいという夢が捨てられない。
この方は切ない。
ついに警察学校を卒業なさった。
交番にお立ちになるが、会話となると吃音、どもりが出る。

「職務中に死ぬことができれば、名誉を保ったまま、両親を失望もさせずにいまの状況から解放されるだろうなって。だから、勤務しながらいつも願うようになったんです。誰でもいい、暴漢よ、来てくれ、自分を刺し殺してくれないか、と」(56頁)

とにかく吃音、どもりの苦しみで死を覚悟し、ノイローゼにまでなったという。
結局最後は警官をお辞めになるのだが。
10年間の努力がすべて無に帰したという。
(辞めたのは入庁から3年近く。10年というのはその後の仕事や勉強も含めた年数)
彼はやがて病院勤務のスタッフとなる。
非常勤の勤め先で苦しい生活をしながら本気でどもりと戦う。
吃音療法士としての資格をとり(「吃音療法士」という資格は存在しないので、実際には「言語聴覚士」)自分の病の「どもる」ということと対決した人で。
それゆえに同じようにどもりで苦しむ橋さんに対しても必死になって矯正をやったようだ。
橋さんはどうしても、どもりを治したい。
なんでかというと、今、旋盤工みたいなことをやってらっしゃる。
溶接工みたいなことをやってらっしゃるけれども、はっきり言って外交ができないと正社員にしてもらえない。
お子様もいらっしゃるので必死になって訓練を。
ジンときたのだが、訓練開始から半年後、橋さんはゆっくりと吃音が治っていく。
橋さん曰くだが。
この喜びがヒタヒタと伝わってくる。
「治りつつある」という喜びが。

「『アメリカンドッグ』という言葉が、言えなくて、一〇年以上、買うことができなかった、んですが、それがいまは、買えるように、なったんです。(61頁)

その時に涙が出るぐらい嬉しかったと(とは本には書かれていない)。

 二〇一三年初め、橋啓太同様に、吃音による大きな困難を抱えた男性が、ある大学病院を訪れて、吃音の治療を受け始めた。その男性、小林康夫(仮名)は−中略−彼の症状は重かった。−中略−
 自分の名前を言うだけで一分も二分もかかってしまう状態だった。
(66頁)

八〇文節を読むのに一〇分以上もかかったという。(71頁)

ニュース原稿は360文字で1分ぐらい。
80文節というのは原稿用紙一枚前後。
それで10分だからお気の毒。

「言語機能の著しい障害がある」旨の診断をし、その結果をもとに小林は身体障害者手帳の申請をし、この時すでに手帳の交付を受けていた。(71頁)

会話補助装置も手に入れた。タブレットPCに文字を入力すると音声が出るというもので、その音声を聞かせてもらうと、無機質で鋭い機械音がこう発した。
《ワタシ ハ コバヤシ ヤスオ ト モウシマス》
(71頁)

障害者として生きていこうと決心なさった。
よほど苦しかったのだろう。
彼は障害者手帳を手にしたときに「ホッとした」と書いてらっしゃる(書いていない)。

この吃音の問題を取り上げた映画で『英国王のスピーチ』。

英国王のスピーチ [DVD]



あれはアカデミー賞を取った。
かわいそうに兄ちゃん(エドワード8世)が恋か何かに生きてしまって、弟が英国王を継ぐことになったのだが吃音で。
よりによってその時にドイツにヒトラーが生まれて、コイツがしゃべりの名人でやたら早くしゃべるもので。
そのナチスドイツと対決する時に英国王になった彼が、しゃべらなきゃいけないのだが、吃音で、という。
そこで彼が必死になって小石を舐めたり早口言葉を練習したり、という。
「こんな治療法あんのかな〜?」と思いながら観ていた水谷譲。
あれは民間療法。
結局それを乗り越えたということだが。
ああいうことをやったから乗り越えたワケではなくて、やっぱり他に。

二〇一三年七月、吃音のある三四歳の看護師の男性が札幌市内で自ら命を絶ったが(102頁)

二〇一四年一月に朝日新聞で記事になると、テレビ朝日「報道ステーション SUNDAY」にて、その週の注目ニュースランキングで一位となった。(102頁)

(番組では「2010年」と言っているが、上記のように2014年)

就職説明会のブースで、その病院の当時の看護部長と直接話す機会があり、「吃音があるから看護師に向いていないということはない、循環器系で働きたいなら自分の病院に来なさい、万全の態勢で待っているから」と言われていたのだ。その看護部長は、飯山の看護学校の講師もしていて面識もあったため、彼女の言葉は飯山にとって大きな安心材料となっていた。
 しかし、飯山が病院に勤務し始めた時、看護部長は別の人物に替わっていた。
(121頁)

 病院での四カ月間にいったい何があったのか。−中略−指導者が飯山にだけ特にきつく当たっていたという声があった。−中略−何度も、どもりながら言わされて指導者には「何度練習してもダメだね」などと言われていた。(116頁)

「亡くなる前、弟はスマホにこんなメッセージを遺していました」と言ってその言葉を読み上げた。−中略−誰も恨まないでください。もう疲れました。−中略−こんな自分に価値はなく、このまま生きていても人様に迷惑をかけるだけ。だから、自分の人生に幕を閉じます》(103〜104頁)

家族は調べた内容を元に労災の申請を行った。−中略−家族が予想した通り、病院は労災の証明を拒否したが(120頁)

著者はこの病院まで行かれて、その時にどんなことがあったのか、飯山さんを自殺に追い込んだひと言は一体何だったのかということを、抗議ではなく聞かせてほしいと掛け合うのだが、門前払い同然だったという。
吃音の無念というのは苦しむ人にとっては自殺を思い詰めるほど厳しい。
ところが周囲の人たちは「そこまでは考えてはいるまい」といって叱ったり「治せ」と迫ったり笑ったりするのではないだろうか、という。

飯山さんは気の毒で「奇跡のようにどもりが治る」という矯正ベルトが。
あれを横隔膜の上までずり上げてギュッと巻くと吃音が治るというので。
これは一本10万円だったそうだ。
それをお買いになったらしいが、送られてきたベルトはただの紐だったそう。
号泣なさったようだ。
自転車の内側に入っているチューブだった。
それが一本、乱暴に紙の包みの中に入っていて。
10万円で買った自分も情けなかったのだろう。
(「隔膜バンド」に関しては150ページあたりに書いてあるが、飯山さんの話とは無関係)

このあたりが吃音という、言葉が詰まってうまく出てこないという障害の重大さ。
CMにおいて5秒が1音節。
「マルちゃん。赤いきつねと緑のたぬき」



これを武田先生は4秒で言わないといけない。
ぶら下がりでいつも叫んでいる。
かくのごとく5秒1文節で放り込めるぐらいの早口。
あるいはラジオ、テレビにおいてこの方々(水谷譲のようなアナウンサーなどの職種の人を指していると思われる)が「噛む」という不始末をしでかすと結構重大。
噛むだけでその人の裁量、技術を疑われる。
アナウンサーは大変。
小声で「あいつ、よく噛むから」と言われると「怖い、胸が痛い」という水谷譲。
だから言葉に詰まって吃音の人達の苦悩がいかに深いかわかる。
そして現代社会だが、あえて名前を出してしまう。
明石家さんまさんあたりがトップグループだが、吉本芸人というのは笑いを全部リズムにしている。
だからテンポで語っている。
時としてテンポがおしゃべりを追い越している。
だからよく聞くと、何も面白くないのだが、テンポだけで笑ってしまう。
テンポと間で笑うことが多いという水谷譲。
でも「間」というのは言葉と言葉の隙間だが、現代の間というのはその間ではない。
喋りのスピードというのがものすごく早くなっているということが重大なこと。
そしてこれは本に書いてあったか自分で思いついたかわからないが、何か人からものを尋ねられると同じリズムになってしまう。
だから同じスピードで返そうとする時に「失言」が出る。

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2020年01月11日

2019年6月3〜14日◆街場の天皇論(後編)

これの続きです。

天皇論を語っている。
日本国の天皇という存在が非常に世界の歴史の中でも独特の形態。
しかも日本国の天皇は神話の彼方からやってきたという、もの凄い長い歴史を持っている天皇家、ファミリー。
その天皇だが、戦中戦前の陸海軍のてっぺんに立っているという権力者であった。
そして敗戦。
天皇は自ら人間宣言をした。
それで戦後の民主主義はスタートした。
この本の著者である内田樹氏。
日本国憲法を認めたのは裕仁天皇である。
この人から民主主義が始まったんだ。
その順逆を忘れてはいけない。
日本国民がいて、天皇を象徴にしたのではない、と。
天皇自らが象徴になるということを認め、日本国民を作り上げたのだ。

天皇はいたわり、慰めの声はかけられるが、国民から声をかけられても返事をしてはいけないという立場が憲法7条である。
ある意味で天皇にとって、この日本国憲法は民主的ではない。
彼には発言を認めないという。
それが平和憲法なのだ、ということ。
とてもショックなのは、内田さんがおっしゃっている。
昭和の軍人さんたちが日本の中枢、政権を乗っ取るために天皇を利用したという。

自分たちの行動を批判した昭和天皇に対する怒りと憎しみを隠しませんでした。磯部は「天皇陛下 何と云ふ御失政でありますか 何と云ふザマです、皇祖皇宗に御あやまりなされませ」という「叱責」の言さえ書き残しています。(42頁)

天皇は権力者にとっての「玉」に過ぎない、統治のために利用する「神輿」でいいと、そう思っている。−中略−彼等はただ国民の感情的なエネルギーを動員するための政治的「ツール」として天皇制をどう利用するかしか考えていない。(24頁)

これはドキッとするが、内田さんはこうおっしゃっている。
昭和の陸海軍のエリートコースの軍人たちは明治維新の時の薩長をまねて昭和維新を名乗った。
この昭和維新というのは300万人以上の死者を出し、帝国陸海軍はセンシン(と言ったように聞こえたが、何を言っているかは不明)の大敗北。
みっともないぐらいの敗北を喫し、原爆を二つも落とされ東京裁判にかけられて。
A級戦犯の者は28人死罪になっている。
東条英機、板垣征四郎。それから陸軍指導者であった石原莞爾。
この人たちは軍人たちの軍閥内の権力抗争が明治からの国家を灰にした、と内田氏はおっしゃっている。

戦後、昭和天皇は心のうちを語る方ではない。
問いかけても「ああ、そう。ああ、そう」と返事をなさったという方で。
象徴の務めを模索なさった方。
昭和天皇は巡幸を繰り返し、各地で働く人々を励まし続けられた。
それが彼なりの戦争の責任の取り方だったのだろう。
そして懸命に戦争で死んだ方の鎮魂をなさっておったのであろうと。
園遊会に功労者やスポーツ功績者、芸能人が招かれるよう、これは裕仁天皇自らがお声をおかけになったという。
そういうことで武田先生たち芸人も園遊会に招かれるということが多くなった。
多くの人たちが余りにも天皇が側に来られるので、国民主権という考え方を取り間違え、誤解し、まるで我々が天皇を人間の位置に戻してあげたというような、主権の座の取り間違いが生じている。
それが数々の天皇に対する粗相になっているのではないだろうか、と内田氏がおっしゃっている。
だから決して非難しているワケではない。
上皇が側におられるのに手紙を渡そうとした国会議員の方がいらっしゃった。
もらった勲章をコンサートでお客さんに見せたという方もいらっしゃった。
それから上皇に向かって「今度はぜひあの国に行ってください」と注文を付けた方もいらっしゃった。
またこれはもう報道で流れたので名前を出すが、安倍総理。

 2013年に開催された政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」で、天皇と皇后が退席されようとした際に、安倍首相をはじめとする国会議員たちが突然、予定になかった「天皇陛下万歳!」を三唱し(41頁)

これはやってはいけない。
粗相。
なぜならば天皇はそのことに反応してはいけないということが決まっている。
私達が平気で憲法を破り、天皇のみが懸命に7条の中に座っておられる、という。
その粗相は勘違いから出たこと。
誰でもがあることだと思う。
私達も昭和天皇に対しては気やすく「天ちゃん」と呼んだり、そんなことだった。
でも戦後は昭和天皇の「憲法を受け入れる」という受諾から戦後日本がスタートした、と。
そのことを絶対に私達は忘れてはならない、という。
これは内田先生の熱き思い。

武田先生は昭和という時代に生まれた。
昭和34年のこと。
武田先生は小学校4年生、10歳だった。
1959年、博多の町はずれの貧しい家。
タバコ屋だった武田先生の家。
なんでこんなにクッキリ思い出せるのか?
鉄工所から帰ってきた父親が丸いちゃぶ台を前にして座り込み、焼酎を飲みながらとんでもないことを口走った。
「テレビば買うぞ」
父親がとんでもない高い商品を買うと言い出した。
テレビなんていうのは遠い夢のこと。
「母がまた、吠えるように泣きながら反対するなぁ」と武田先生も覚悟した。
内職の針縫い仕事をやっていた母は、一瞬針は止めたものの、そのまま黙々と針を動かしていた。
テレビは我が家にとって縁のない「未来」。
それがやってくるという。
おそらくもの凄い負担だっただろうと思う。
6万円ぐらいだった。
父の給料が(当時)1万円。
どんでもなく遠かった。
テレビを買うということは負担を背負うこと。
旋盤工であった父はどうしてもテレビを買う、と。
なぜか?
それは皇太子殿下と美智子様がご結婚なさる。
その中継をテレビで見るんだ、と。
それぐらい皇太子様と美智子様のご成婚というのは、本当に大きな出来事だった。
武田先生は本当に忘れない。
父はご成婚パレードをテレビで見ることを夢見ている。
我が家についにテレビがやってきた。
テレビを点けると白黒の画面に「カラー」と書いてあるのだが。
白黒テレビが4〜5万(円)で買えたのだが、カラーテレビはその当時「×10」だった。
50万円ぐらい。
だから白黒で武田先生は幸せだった。
やっぱり父親は自慢だったのだろう。
テレビが来てからはまっすぐ工場から帰ってくるようになった。
テレビを点けるとご成婚のニュースが次々と流れる。
その白黒の画面の中に「正田家をお出になる美智子様」というカットがあった。
ご家族、品のいい方がズラーッと石塀のところに並ばれて、美智子様が肩をショールか何かで覆われて出てこられるのだが、武田先生はまだ忘れない。
「世の中にこんな綺麗な人が遠い街にいるのか!」
あの美しさは忘れない。
その時に小学校4年生の武田先生に焼酎を飲みながら父親がつぶやいた言葉。
「鉄矢、見て見ろ美智子様をば!こん人は日本で一番偉か人ぞ。豊臣秀吉がなんか?あ〜天下取ったところで所詮、太閤たい。一般庶民から出て美智子様は今度、皇后になられるとぞ」
父は天皇を神と信じていた。
そのことは決して口外しなかったが、彼は軍人勅諭と歴代天皇を諳んじている、全て言えるということが得意の人だった。
帝国陸軍で二等兵で終わった父だが。
天皇について初めて発言したのは皇太子殿下御成婚の夜だった。
武田先生は10歳だったが日本は学校で「間違った戦争をし、日本はアメリカに負けてやっと正気に戻りました」と、そう教えられた。
だから父の天皇についての発言は全て間違いであると武田先生は思っていた。
しかし美智子様のおかげでテレビが我が家にやってきたという、この事実だけは頭にクッキリと。
今でも覚えているが父親が美智子様の映像を見ながら涙を拭いていた。
それで涙を拳で拭いた父親が「日本はようなるぞ」と。
あの戦争に負けて死ななかったその父親から、あんなに明るい言葉がこぼれていたのを初めて目撃した。
それはもう本当に奇跡のような昭和の一日。
日本が戦に破れて14年。
その戦争の一兵士であった父がこの惨敗の国の中に14年生きて、初めて希望を感じたのは美智子様だった。
それで武田先生の家は(テレビの代金)6万円の借金を背負った。
これは返すのに2〜3年かかる。
ところがたちまち返した。
1年ぐらい経つと父の給料が上がり始めた。
経済が成長した。
その時にダミ声の宰相が叫んだ。
「所得倍増!」
倍増まではいかなかったが。
日本はゆっくり豊かになっていく手応えが、あのご成婚から始まったのだ。
それが武田先生が天皇に触れた初めての出来事。

皇太子殿下と美智子様のご成婚の模様。
武田先生は10歳だったが忘れない。
武田先生の誕生日が4月11日でご成婚が4月10日。
コマツ先生のクラスだった。
式の模様を見たらホームルーム、学級会は「印象を語れ」という。
コマツ先生が「昨日はご成婚ば見て、どげなふうに思うたか、一人ずつ語ってください」。
頭が悪い鉄矢君は真っ先に手を上げて「仲がよかったと思います」なんか言いながら。
やっぱりあのあたり。
昭和34年4月10日。
あのあたりから本当に日本は明るくなっていく。
それに東京には東京タワーが出来たと言う。
それで次の年ぐらいか。
テレビを見ると面白いおじさんたちが出てくる。
「ちょっこらちょいと、ぱーにはなりゃしねーえ」(調べてみたが何の歌かわからなかった。「スーダラ節」の一部っぽいがそういう歌詞はなかった)というのがあって。
「ほーら、スイスイスーダララッタスラスラスイスイスイー」というのがあって。



笑った笑った。
同じテレビを見ていたらニキビだらけのお兄ちゃんが「上を向〜いて」。



昭和。
好きな女の子が初めてできた。
オグラスミエさんという方だった。
その人の顔を思い浮かべながら小学校6年生。
顔の大きな小学生だった武田鉄矢、菜の花畑を歩いていた。

著者である内田氏も武田先生とだいたい同じ。
武田先生は10歳だが内田先生は9歳。
そしてこの内田先生が天皇制理解に関しては「かなりこの人は劣っている」と叱ってらっしゃる安倍晋三。
昭和34年は5歳。
粗相を週刊誌に叩かれた例のミュージシャンはまだ3歳だから、その年齢差ではどうしても・・・
武田先生はテレビの一件があるものだから、上皇后を見る度に、その日にフィードバック(「フラッシュバック」と言いたかったのかとも思うが、フラッシュバックでも意味は合わないが)するものだから。

自分の人生の中でまたすごいこともあった。
武田先生は何十年も麺類のコマーシャルをやっている。
そこの社長さんがお得意さんを集めてゴルフのコンペをやり、参加した。
それで「鉄ちゃん、この人と回って」と会長に頼まれたものだから「はいはい」とかと言って。
長身の方で、すごく品のいい方で、武田先生の前に来て「粉屋でございます」とかと言って頭を下げられる。
「あ〜そうですか」
「はい、原料買っていただいておりますんで、感謝しておりますよ。東洋水産さんには」と言う。
どこかで見たことがある。
3ホールぐらい回って気づいた。
あの玄関に立ってらした詰襟の青年。
正田家のご長男さんだった。
(長男は正田巌氏なのだが、日清製粉を次いでおられるのは次男の正田英三郎氏。巌氏も何か会社に関わっていて、武田先生とお会いになったのが巌氏という可能性も無くはないけど、多分次男の英三郎氏。)
ズキッときた。
この後、武田先生は美智子様ともお会いできるという。
本当にカーッとなるというか。
嬉しかった。

我々は子供の頃から「日本の未来、憧れはアメリカである」と、そういうふうに教えられた。
戦後日本はアメリカというバーをいかに飛び越えるか、くぐるか。
はたまた、そっと目を逸らすか。
内田氏はこの中で凄まじいことを言い始める。
これは驚く。
内田先生は日本人の魂の一番奥底に尊王攘夷があるんじゃないか?とおっしゃる。
天皇制とはアメリカなどというバーとは比較にならないほどの力がある、という。
その力こそ内田氏は「天皇が持つ霊性」スピリチュアルとおっしゃっている。
と、言われても「霊性」というような力があるだろうか?と思いつつ、胸に手を当てて思い返すと、実はしっかり目撃している。
その時にそう感じているのだが、言葉で表す能力がないから、見て「あ〜」とかという感じで終わっている。

2011年3月11日。
あの東日本大震災の時、菅直人という総理がいた。
その時に日本国民の中で誰もが腹の中で思ったこと。
「役に立たねー!」
もう本当に菅さんに申し訳ないが、そう思ってしまった。
イライラ八つ当たりなさったり、東京電力の職員たちを並べておいて「何やってる!早く消せ!」という態度。
あの時の日本の不安と不満というのはもの凄かった。
誰の胸の中にもきっとあったと思う。

「この国はこのまま滅びるんじゃないか?」
現実に滅びる一歩手前だったのかも知れない。
あの時に我々は何を希望としたか。
これは内田氏の指摘だが、指摘されて武田先生も思い当たる。
あの時、間違いなく日本を支えたのは天皇であった。

上皇と上皇后様が被災地に行かれて被災者を励まされているという、その風景に接した時に、上皇上皇后に続いて自分たちも慰めねば、励まさねばと、そう思った。
上皇、そして上皇后がともに体育館に訪れて励まされた。
あの図が実は天皇の霊性を私達に見せた、ということ。
どこの被災地の体育館かわからないが、お二人が体育館の入り口にいらっしゃった時のそのシーンを今でも覚えている水谷譲。
「良かった」とテレビを見ながら思った。
上皇后が被災に遭われた娘さんに声をかけられて「大変だったですね」とおっしゃる。
心理学者の話から聞いたら、天皇皇后両陛下がいらっしゃって、その方が「大変だったですね」と言うと「泣いていいんだ」と思う。
市長さんとか町長さんはスリッパを履いているのに、上皇上皇后両陛下は履いていらっしゃらない。
そのことに後で気づく。
上皇上皇后両陛下が「大変でしたね」。
それは全然響きが違う。
「泣いていいんだ」という。
泣くところから復興が始められる。
天皇皇后両陛下がもしいらしていなかったらずっと我慢して内にこもってしまう。
ワーン!と泣けるところが、という。
それはやっぱりこの内田先生が言うところの「スピリチュアル」なのではないか。
「天皇には霊的なパワーがある」と、そんなふうに解釈した方がいいのではないか?
泣くことで「浄化」される。
神聖な気持ちになれる。
心理学の人が言っていたが「泣く」ということが悲しみの中でものすごく大事。
その涙を存分に流させてくれる「装置」いわゆる「スピリチュアルな仕掛け」として天皇皇后両陛下というのは「最高のペアなんだ」と言う。

そして武田先生は別個の意味でまたすごく思ったのだが、三陸の海に向かってお二人が深々・・・
もちろんそれは彼らの眼前には津波にあって被災した打ち砕かれた街がある。
でも、上皇上皇后両陛下が頭をお下げになった時に、その街の向こう側に向かって頭を下げているような。
「海の神様に祈願しているんじゃないか?」という。
「この方々は大事な民である。我が名にかけて彼らにこれ以上の責め苦は与えないでください。海よ静まれ。大地よ静まれ」
陸と海に向かって何かを願う、という。
そういう力を持った人は天皇家しかない。
それを内田氏は「スピリチュアル」という「霊性」と考えていいのではないだろうか?という。
それはもうまさしく「神話」。
ヤマトタケルにも出てくる。
海が荒れる時にヤマトタケルの奥さん(弟橘媛)自らが海に飛び込むと、海神(ワダツミ)が収める。
天皇家には歴代『古事記』『日本書紀』に伝わるがごとく、その手の霊性が宿っている。
だから上皇上皇后というのは象徴というポジションをそこまでお考えになっていたのではないだろうか?

更に彼らの慰霊の旅は続いて、あのご高齢で本当に「もうよろしいのに」と言いたくなるのだが、サイパンにも行かれ、パラオにも行かれ。
パラオでも高崎の兵隊さんだったと思うが「オレンジコースト」という海岸があって。
つまり日本兵の血がそこで染まっていたというから、その名前が付いている。
その海岸に向かって上皇上皇后が深々と頭をおさげになる。
生き残った兵隊さんが見て、泣きながら「死んだ戦友が喜んでおります」と。
死者を喜ばせる霊力を持った人は彼らしかいない。

──戦後70年の戦没者慰霊のため、天皇、皇后両陛下が2015年4月上旬、旧日本兵1万人が全滅した激戦地、パラオのペリリュー島を訪れて献花した、という報道がありました。(76頁)

「きっと喜んでいると思います」
平成を惜しもう。
よくやってくださった。
最後の最後まで本当にありがたい。
天皇というのはそのようにして「霊性」というのを持っている「スピリチュアル」というものを持っているという存在で考えていったらいかがかなぁとも思う。
そういう提案。

『街場の天皇論』
内田樹氏がお書きになった。
これはなかなか考えさせられる。
1ページ目から読むのはしんどかったので240ページほどの本なのだが、逆に逆さに読んでいくと非常にわかりやすかった。
日本の歴史全体に関して、まだ他に書いてある。
「天皇家をどう理解するか」というようなことが。
だが、バッサリとそのへんを落として。
元号も変わったところで。
平成を運んでくださった上皇上皇后に対する敬意をこめて、本とはちょっと飛躍しつつお届けしている。
ただ、内田氏が言う「天皇というものに対しては霊性があるんだ」と。
そういうことを平成の世に我々はたくさん見た。
パラオでフィリピンでグアムでサイパンで。
そして沖縄で。
このお二人は本当に沖縄を大事になさっている。
初めて訪れた時、洞窟の中に隠れ潜んでいた過激派の学生から火炎瓶を投げ付けられたというお二人。
浮足立つことなくキチンと行事を。
そして沖縄に対する格別の思いというのは歌にまで詠まれたという。
昭和天皇が出来なかったことを上皇は「やらねば」と。

とにかく天皇というものが世界のどの国にもない。
日本的霊性の中心にお立ちになっておられる。

陛下は「象徴天皇には果たすべき具体的な行為があり、それは死者と苦しむものの傍らに寄り添う鎮魂と慰藉の旅のことである」という「儀式」の新たな解釈を採られた。(16頁)

上皇はこの象徴である天皇というのは一体どうすればいいのかというのを本当に命を削るようにして考えておられた。

「おことば」にある「即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました」というのは、陛下の偽らざる実感だと思います。(19頁)

これは官僚の文章では書ける言葉ではない。
上皇はどれほど思いつめて天皇制についてお考えになられたのか、自ら告白なさったという。
そんな一語に感じられて仕方がない。
戦後70年、古代の制度を抱え込んだ、ある意味では非常に矛盾している「國體(こくたい)」国の形。
しかし天皇制と立憲君主制。
この矛盾している、それを巧みに両立している国など世界にはない。
これは内田氏の言。
その内田氏が断言なさることは、天皇皇后の努力によって「國體」国のイメージはかなっているんだ、と。

80歳を超えられて大変だろうと思う。
上皇と上皇后が平成の最後の方で噴火か何かで非常に苦しんだ鹿児島県の小さい島に行かれた。
これは島民が数百人。
それでも行かれた。
「漏らすことのないように」ということなのだろう。
そのわずかな数百人の島民のために遥々と上皇上皇后は足を運ばれた。
喜んだ島民が夕刻、お泊りのホテルの前で提灯行列でお二人を歓迎した。
上皇と上皇后が受けるのではない。
お二人も提灯を持って振られた。
つまり「見事だなぁ」と思うのは、自分の思うところ、行動できるところは全部行動して。
つまり「提灯行列を見下ろす天皇皇后であってはならない」と。
「提灯行列をしてくれる民がおるならば、共に提灯を持ってそこに立とうではないか」という。
これは上皇、上皇后がお決めになったことで。
我々はその好意に甘えてはいけない、と武田先生自身もそう。
天皇制というものに関して考えが浅く。

令和の時代になった。
天皇皇后両陛下はまたいろんな所を旅なさると思うが。
スマートフォンで写真を撮ってもいい。
写真を撮ってもいいし、手を振られてもいいし。
「徳仁様〜」とか「雅子様〜」とかと呼びかけるのもOK。
だけどみなさん、スマートフォンで写真を撮る時、一礼だけはしませんか?
一回だけ会釈で頭を下げませんか?
天皇が持っている霊性というものに、私達も自らも霊性を感度高く受けるために。
どこかお二人を名前で呼ぶ、それか写真を撮るというその一つ前に、日本人らしい行動を、決して忘れぬ日本国民でありたいとは思いませんか?
そういうことを思う武田先生。

一番最初に話が戻るが、三島が言っていた「舐めてはいけない」「天皇というのは霊性を持っているんだ」。
もちろん天皇自らがそのことを自分で振りかざすことはないのだが。
しかし、日本国民の本性の中に天皇の霊性に対する敬意みたいなもの、このことをきちんと持っていることが、日本国民たる証拠ではないだろうか?

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2019年6月3〜14日◆街場の天皇論(前編)

(今回も本の内容とかみ合わない感じの部分もある)

武田先生が尊敬している思想家で合気道家の内田樹先生の本。

街場の天皇論



これは「街場」シリーズ。

増補版 街場の中国論



街場の教育論



その中でこの内田先生がフランス哲学構造主義の頭で「天皇」というものを考えてみよう、という。
これはだいぶ前に用意していたが、ずっと寝かしていた。
一つは平成の世の中において、上皇様自らが「退位をしたい」ということをおっしゃって「時代」が変わった。
もう今日(番組収録時点)で一か月だが。
そういう出来事が起こったものだから、これは「ちょっと事が落ち着いてから取り上げた方がいいのかなぁ?」と思って寝かしていた。

天皇を語るというのは大変。
緊張する。
「天皇」という一語に触ると、もの凄くたくさんの言葉を用意しないと、語ることなどできない、という。
これは内田先生もそう覚悟してらっしゃるのだろう。
ただし、内田氏は武道で鍛えた思索家、思想家だけあって実に腰の据わった天皇論が語られている。
これで天皇というものを考えていただくと、令和の世の中にも役に立つのではなかろうかと思う。
本自体は240ページほどの本で、内田師範が「象徴天皇とは一体何なのか?」という。
自ら語り出す。
内田先生も言葉を尽くして語ってらっしゃるのだが、この方も思想家なので敵対する思想を持つ人に関しては実に過激な発言が。
それをラジオ(この番組)で喋ろうか喋るまいか。
「喋らないと(内田)先生に怒られちゃうんじゃないか?」とかといろいろ思っていた。
そういう思いで途中でくたびれてしまった。
天皇の持っている「影の力」と言うか。
例えば職能芸人とかと深く結ばれておられる。
流浪の芸人さんたちの集団が室町期にものすごく強く結ばれていたとか。
天皇とある村の人々が強く結ばれているとか。
古代がかったものがどんどん出てくる。
八瀬童子(番組では「はせのどうじ」と言っているが「やせどうじ」「はせどうじ」などと読むようだ)。
(天皇が)お亡くなりになられた時に籠を担ぐということで、そのことを職能とする、自分たちの特権となさって天皇家に仕える人たちがいる。
みんなそれは天皇家に仕える人の職能、仕事。
みんな技を持ってかつて天皇家に仕えた、という。

三島由紀夫の死はショックだった。
武田先生が二十歳の頃。
異様な事件。
ノーベル文学賞を貰うかも知れないという人が、自衛隊の基地に突入していって「一緒に革命を起そう」と言って割腹自殺。

三島由紀夫が佐世保闘争の1年後に、全共闘の学生たちに向かって、「天皇という言葉を一言彼等が言えば、私は喜んで一緒にとじこもったであろうし、喜んで一緒にやったと思う」と言ったのは決して唐突なことではなかったのである。(238頁)

そこまで発言した三島由紀夫の言葉に、内田師範も囚われながら天皇というものを考えてらっしゃる。
『街場の天皇論』というのはもちろんみなさんにぜひ読んでいただきたいのだが、なかなか説明しにくい。
そこで武田先生は逆さまから読んだ。
頭から読んでいくと政治論が出てくるので。
武田先生は弱いので、反対に「あとがき」(「あとがきにかえて」ということで書かれている「『日本的情況を見くびらない』ということ」)から読んだ。
なんとなくケツから読むと武田先生でもわかりやすかった。
その「あとがき」で内田師範はこんな言葉をつぶやいてらっしゃる。
武田鉄矢がズキリとした一語。
「日本的情況を見くびらない方がいい」
「日本的情況」とは何か?
天皇。
「『天皇』というものをあんまり軽く考えないほうがいいよ。実は『天皇』という二文字の中に重大なものが込められているんだ」という。
その一言を謎の一言にしてずっと逆から読みあがっていった。
その「日本的情況」というのを考えてみたい。

自分の胸に手を当てて考えてみると、武田先生たち戦後世代、日本が戦争に負けて育った団塊の世代というものは、天皇という「日本的情況」をはっきり言ってかなり見くびっている。
武田先生もそれを認める。
内田さんが実に鋭いところを突いてきている。
こんなことがあった。
天皇皇后両陛下のお側近くにいるという立場を利用して。
宴で春秋おやりになる(園遊会)。
あれの時に手紙を渡そうとした人がいた。
山本太郎氏、天皇陛下に直訴 園遊会で手紙を手渡し 請願法違反の可能性も | ハフポスト
それから天皇と会話をする時に天皇の好みを訊いたり。
「お好きですか?」とか訊いて。
それから「ぜひよければ中国に行ってあげてください」とか注文をつけている。
それからご褒美で勲章をいただいたのだが、それをコンサートで歌っている最中、お客さんに見せびらかすという。
サザン桑田が「紫綬褒章」パフォーマンスを謝罪 |東スポWeb
そういうこともあった。
はっきり言って武田先生たちの世代、団塊の世代のこの前後は天皇を近しく感じることが民主主義だと思っている。
人として天皇と会話ができると思っている。

これで思い出したこと。
武田先生には三人の姉がいて、一番下の姉というのは卓球が上手だった。
ダブルスの国体で優勝するほどの腕前だった。
彼女は国体に出る度に貴賓席に座っておられる天皇皇后両陛下に対して、家に帰ってくると「ああ、今回も『天ちゃん』ば見てきた〜」。
そんなことを言っている。

 私が記憶する限り、戦後間もない時期が最も天皇制に対する関心は低かったと思います。−中略−冷笑的に「天ちゃん」と呼ぶ人もいた。−中略−東京育ちの私の周囲には、天皇に対する素朴な崇敬の念を口にする人はほとんどいませんでした。(26頁)

それはいい。
「そういう呼び方は失礼じゃないか」と言わないから。
こういう天皇皇后両陛下の立場にある方に対する出会い。
例えばどこかの駅でお降りになると大声で名前を呼んだり叫んだりという。
そういうことに対して内田氏が「しまった!」という思いを込めておられる。
自分たちが大学生の頃「君たちが一言、天皇のためにと言えば、私達は君たちと共闘しよう」と言った三島の言葉に対して。
三島はわかっていた。
俺たちはわからなかった。
理解していなかった。
その三島の残した謎の言葉から天皇制というものが日本人にとって「感性」。
そして天皇というのは「霊性」も持っているんだ。
「霊性」というのはスピリチュアルということ。
つまり天皇というのは日本人の霊性を宿しているんだ。
内田氏は用心深い方なので本を読むときちんと自分のことをおっしゃる。

これらを一読して私を「還暦を過ぎたあたりで急に復古的になる、よくあるタイプの伝統主義者」だと見なして、本を投げ捨てる人もいるかも知れない。たぶん、いると思う。こういう本を編めば、そういうリスクを伴うことはよく承知している。(244頁)

なぜならこの天皇制という民族的資料はその参考になるものがどこにもない。
内田氏が何をおっしゃっているかと言うと、天皇という存在を持っている国が世界にない。
日本だけ。
だから日本人は宿命として考えざるを得ない。
先例がない。
いや、イギリスにあるじゃないか?
皆さん、歴史が違いすぎます。
イギリスは確か、フランスから渡ってきた一族のうちだった王国がイギリスという国になる。
日本の天皇というロイヤルファミリーは神話からやってきた。
神話と言えばギリシャにゼウスの末裔の方がいるというような。
ギリシャは、ゼウスの末裔の方とかいらっしゃらない。
だから(日本の皇室は)神話の彼方からやってきたファミリー。
いつも「イギリスのロイヤルファミリーみたいに日本ももっと親しくなればいいのにな〜」と思っていた水谷譲。
それは無理。
その分のことを自覚しておられるのは天皇家の皆様だけ。
日本の天皇は違う。
彼ら一族は神話の闇の彼方からやってきた。
その淵源、源を知ることはできない。
その126代目の天皇は今、東京都に住んでおられる。
その不思議さの中に天皇制の深さがある。

日本の天皇はイギリスともタイともオランダとも違う。
何が違うか?
彼らは歴史的事実の中からロイヤルファミリーを立ちおこしてきた。
日本は違うんだ。
神話から来ているんだ、と。
そう言われてみると日本の天皇というのは神話の闇の彼方からやってきた。
神武から始まったワケだから。
ウガヤフキアエズ(鸕鶿草葺不合尊)とか、海彦山彦。
何か「民話」。
「日本昔ばなし」の中からやってきた人が今、末裔として東京都に住んでおられる。

この方は姓をお持ちにならない。
姓は日本では古舘(伊知郎)さんも番組をやってらっしゃるが。
ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ! - NHK
この間、エレベーターの中で会ったが。
姓を辿っていけば、どこの地方に生まれ、どんな仕事をやっていたかというのが姓でわかるようになっている。
そんなふうにして系譜を辿れるが、天皇は違う。
天皇はただ一人の人だから「名」しか持たない、という。
そういう存在。
例えば中国では世の移り変わりを姓で呼ぶ。
あれは「姓」。
「殷」「周」「秦」「漢」「元」「明」「清」
その国名、時代名はその時代を呼び寄せた人の姓。
支配者が変わると時代の姓が変わる、名が変わる。
その移り変わりのことを「易姓革命」と言う。
それが中国。
今は中国は中華人民共和国だが、中国の歴史に沿って語ると、今は「習」の時代。
「殷」「周」「漢」「元」「明」「秦」・・・いろいろあって「習」という時代。
習金平という人が今、中国という家に住んでいる。
この人の力がなくなって倒れれば別の人の姓になるという。
日本は違う。
日本は平成から令和の世に変わっても天皇の座は渡っていく。
こんな国は世界のどこを探しても無い。
私達にとっては参考にする国がない以上、日本的情況というのを宿命として考えなければならない。
日本人は絶えず天皇と自分というものを考えるというポジションにあるんだ、と。
アメリカには民主主義がある。
フランスには共和制。
中国は共産主義。
ロシアは連邦大統領独裁制。
イギリスは立憲君主制。
日本はそのどれも採用しなかった。
むろん「立憲」。
しかしその立憲民主を担保しているのは「天皇」。
これは内田氏が鋭いところを突いてきている。
日本国憲法。
安倍さんが変えたくて今、うずうずしてらっしゃるが、これは戦勝国アメリカの指導の下「日本国民がこの憲法を作った」ということでスタートしたのだが。
何をおっしゃる。

 憲法前文が起草された時点で、憲法の制定主体となりうるような「日本国民」は存在しなかった。いなくて当然である。憲法施行の前日まで全日本人は「大日本帝国臣民」だったからである。憲法を確定するほどの政治的実力を有した「日本国民」なるものは、権利上も事実上も、憲法施行時点では日本のどこにも存在しなかった。(113頁)

マッカーサーと戦後日本を民主国家へ歩ませるという方角に一番最初に一歩目を踏み出した人がいる。
その方は誰か?
昭和天皇。
昭和天皇が「この憲法を守る」と誓ったところから日本国憲法が発動した。
多分聞いてらっしゃらないと思うが一応呼びかけだけ。
「ね?そうですよね麻生さん」
麻生太郎という方がいらしゃるが、お祖父さまがその前後を担当した吉田茂という方。
この方は書面で己のポジションを記す時、「臣 吉田茂」と書いた。
「天皇の家来の吉田茂」と書いた。
当時の決まりではなく彼自らが自発的に。
つまり戦後民主主義をスタートさせたといわれている吉田茂という宰相は、「天皇の従者である」ということを生涯の名乗りとした。
つまり天皇の臣が戦後憲法を作ることに参加し、その天皇がこの憲法を私が守ると誓ったところから平和憲法は成立した。
我ら戦後世代は我らが憲法を考え、我らが占領軍と交渉し、この憲法を作ったと教えられ続けた。
しかし違う。
この憲法を認めて了承した第一人者は実は昭和天皇だった。
そう考えてみると天皇の存在は実に重大。

進駐軍が戦後やってきて敗戦国日本。
その日本に対して平和憲法にした。
その平和憲法は「国民がこの憲法を作ったんだ」ということを宣言したが、「天皇がその憲法を認めた」ということによって日本国民になれた。
理屈っぽいかも知れないが、この理屈は大事。
戦後日本の戦闘に立ち、歩き始めたのは他ならぬ124代裕仁天皇であった、と内田氏はこう指摘する。
戦後の平和憲法の日本というのは、まず天皇によってはじめられた。
この事実から日本人は逃げてはいけない。

では天皇制とは一体何か?
わかりやすく内田氏は「天皇制とは古代です」と言っている。
古代。
全部公表されていないが、月のうち半分ぐらいはお祈りをされている。
天皇家独自の真っ暗い闇の中で祈りごとをしたり、田植が始まる時は農耕を始めるので、天皇自らが田んぼに籾殻を蒔いたり。
刈り入れをやってちゃんと先祖伝来、自分の先祖に向かってお米をあげたりという、そういうことをなさっている。
だから忙しい。
そういう「宗教行事としての天皇」というのをやってらっしゃる。
それは古代から儀式。
古代である天皇制と欧州型の立憲民主制が、とりあえず齟齬なく、何とか噛みあって、古代と近代、その混ぜたもので国を成立させている国。
そういう国は世界のどこにも無い。
日本だけ。
その矛盾みたいなものを我々はよく自分たちて噛みしめていないので、天皇というと向こうが親しくしてこられるので、こっちも親しくしていいと思っている。
もちろん親しくしていいでしょう。
しかしその親しさの中にプライベートで手紙をこっそり宴の途中で渡そうとしたり、いただいた勲章を人の前で見せびらかしたり。
後に問題になったことだが、天皇から声をかけられた瞬間に「○○の国、私大好きなんですが、ぜひ行ってくださいよ」なんて注文をつけた。
また問題にこれもなった。

 2013年に開催された政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」で、天皇と皇后が退席されようとした際に、安倍首相をはじめとする国会議員たちが突然、予定になかった「天皇陛下万歳!」を三唱し(41頁)

それは余計なこと。
粗相。
そういう「個人的な讃辞を送ります」ということは言ってはいけない。
なぜならば天皇はそれに答えてはならないと憲法に書いてある。
天皇には聞いてはいけない。
向こうが聞くから答える。
憲法にそう書いてある。
そのことを昭和天皇が守るとおっしゃったから戦後民主主義はスタートした。
最初の言葉に戻るが「日本的情況を舐めてはいけない」と。
平和憲法成立時の天皇の働きがあったればこそ、日本国民は誕生した。
勝者としてやってきたマッカーサーの横に立ち、人間宣言をしてくれた。
そして内田氏は言う。
人間宣言をした天皇として歩み始めたのだが、天皇がやれることは「鎮魂」と「慰藉」。
亡くなった方の魂を鎮めることと、傷ついてらっしゃる方を慰め、いたわること。

 憲法第7条には、天皇の国事行為として、法律などの公布、国会の召集、大臣や大使などの認証、外国大使や公使の接受などが列挙されており、最後に「儀式を行ふこと」とあります。(15頁)

憲法7条を守ることで「象徴」というポジションに天皇自らが就かれた。
だから日本憲法は成立した。
内田氏は言う。
慰めといたわりの声をかけられるが、国民から声をかけられても返事してはいけないというのが日本憲法の第7条。

『昭和天皇物語』という劇画があった。

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そういうシーンが出てくる。
昭和天皇が進駐軍に会って命令される。
「民主主義を勉強してもらいます」と日本語のわかる米軍人から言われる。
その時に漫画の中で、天皇が小っちゃい声で「民主主義は知っておる」とつぶやく。
それはそうだ。
明治憲法に書いてあった。
五箇条の御誓文。
「上下議政局ヲ設ケ」
(「上下心ヲ一ニシテ盛ニ經綸ヲ行フべシ」のことか?)
これからは合議で語り合いによって国を運営していく、と。
明治憲法にもう合議制というか、立憲。
それをアメリカ軍人から偉そうに「民主主義を」と。
知っていた。
「それがかなわなかったから今度の大戦に引っ張り込まれたんだ」という無念みたいなものを天皇が語る一言がすごくよくて。

五箇条の御誓文は坂本龍馬が作った。
船中八策。
坂本龍馬が日本を近代国家にするために8つ策を考えた。
その中にある。
「上下議政局ヲ設ケ」
公議に、国の方針は公の議論によって決定すべき。
坂本龍馬は偉い。

その小さなつぶやきがジーンときた武田先生。
とにかく日本は大戦でコテンパンにアメリカに負けた。
これほどみっともない負け方はないぐらい。
原爆を二発落とされた。
死者300万人。
その無念の中で天皇は自ら人間宣言をする。
そして日本国民の存在を認め「私がその日本国民の象徴となりましょう」と。
彼のポジションは憲法7条を守ることで象徴的行為とされたワケだが、その象徴的行為の中に、彼自身が慰めの声をかけたりすることはいいけれども、国民から声をかけられたら返事をしてはいけない。
だから日本国民が、もし天皇に対してそういう思いがあるんだったら、悪口を言いたかったら言っていい。
でもアンフェアなのは天皇は言い返せない。
それはアンフェア。
つまり日本国憲法というのはある意味で、天皇一人にとっては実は民主的ではない。
「民主的ではない」というポジションを天皇は受け入れることによって平和憲法は成立した。
まるで自分で考えているみたいに言っているが。
このへんの内田氏の指摘は深い。

日本の歴史の中で天皇を最高権力者にして得をしたいとたくらむ人がいた。
大正、昭和を経るうちに陸軍の暴走というのが、天皇を巧みに利用することで日本国を大戦に引っ張り込んでしまったというのが実情。

日本の歴史で天皇を政治利用しようとした人々のふるまい方はつねに同じです。天皇を担いで、自分の敵勢力を「朝敵」と名指して倒してきた。倒幕運動のとき、天皇は「玉」と呼ばれていました。
 二・二六事件の青年将校たちは天皇の軍を許可なく動かし、天皇が任命した重臣たちを殺害することに何のためらいも感じませんでした。そのひとり磯部浅一は獄中にあって、自分たちの行動を批判した昭和天皇に対する怒りと憎しみを隠しませんでした。磯部は「天皇陛下 何と云ふ御失政でありますか 何と云ふザマです、皇祖皇宗に御あやまりなされませ」という「叱責」の言さえ書き残しています。
(42頁)

つまり「天皇陛下のため」と言いつつ彼らは言うことを聞かなければ本当に天皇自らがおっしゃっているのだが、「その生命も」というようなところまでいっている。
彼らは完璧に維新史を勘違いしている。
薩長というものが天皇という錦旗の御旗を手に入れて、それを振りかざし、佐幕藩の会津を先頭にして東北をさんざ痛めつけた。
だから天皇に巻きつき「天皇さえ利用すれば日本を動かせる力が俺たちに手に入る」と思ったのが昭和の軍人。
お気を付けあそばせ。

posted by ひと at 10:41| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月30日

2019年4月15〜26日◆諏訪大社(後編)

これの続きです。

諏訪大社のもう一つ、御柱以外の大祭で「御頭祭」というのがあって

鹿の首、兎や蛙の串刺し、脳和えなどの「特殊神饌」が描かれている。(86頁)

血みどろの神が諏訪大社の奥の方に眠っている。
それから御柱の扱いがまるで「人柱」。
怨霊を閉じ込めるが如く四隅に打ち付ける、というような。
ちょっとやはり御柱というのは「奇祭」。

その中でここまで逃げ込んできて殺された大物貴族の中に物部守屋大連という人がいて、天皇家に仕えた方。
ところがちょっとした政治的な論争があり、彼は破れて。
物部氏はこの守屋を最後に滅ぼされてしまう。
物部。
朝廷で天皇を守っていたらしいのだが。

 なお、物部とは、文字通り「物」の「部」であって、職掌がそのまま氏の名になったものだ。
 そして「もの」には二つの意味があった。
 一つは「武器・軍人」の意。「もののふ」である。もともと鍛冶・鍛鉄を支配する一族であったところから、金属製の武器・武具を造ることで軍事氏族として頭角を現した。
(126頁)

 さてそれでは、物部守屋大連とはどのような人物であったのか。(107頁)

『日本書紀』によれば西暦587年、有力豪族であった物部守屋は仏教導入を進める大和朝廷、蘇我馬子あたりと激しく対立。
物部守屋が何を主張したかというと「異国から神様なんか入れる必要ない!日本には日本の神様がいる!」ということで「神道で十分だ」ということで神道主義を叫んだ。
短気な方だったのだろう。
まあ、事実かどうかわからないが。

「物部守屋はみずから寺におもむいて、胡床に陣取り、仏塔を倒させ、火を点けて焼き、仏像と仏殿をも焼いた。−中略−
 役人は即座に尼らの法衣を奪い取り、捕縛し、海石榴市の馬屋館につなぎ、尻や肩を鞭打つ刑に処した。」
(108〜109頁)

厩戸皇子(番組中ずっと「うまどやのおうじ」と言っているが、もちろん「うまやどのおうじ」)。
お母さんが産気づいて馬小屋で出産したという。
キリストみたいな伝説。
聖徳太子も敵に回してしまう。
それでなんと蘇我馬子と厩戸皇子から攻めたてられて。
守屋は「天皇の座を狙っているんだ」という、そういう汚名をかぶせられて追われるという。
そしてとうとう諏訪辺りで打ち滅ぼされて、物部は戦いに破れ、勝った側はと言うと厩戸皇子(聖徳太子)を中心に大阪天王寺にお寺さんができる。
ところがこれは変なお寺さん。
これは「天王『寺』」。
(番組中、ずっと「四天王寺」のことを「天王寺」と言っている)
ところが西側の門は鳥居が建っている。
これは「物部を殺した」というのが心に痛かったか。
あるいはこの寺を物部守屋が襲ってくるのではないか、ということで石の鳥居を築いて、その呪いの侵入を防いだのではないか?という。

動物の名前がポンと出てくる時に、その動物に何かが込められている。
物部守屋を反逆者にして打ち滅ぼしたのは蘇我馬子と厩戸皇子。
両方とも「馬」。
それで馬肉を喰っちゃうのではないか?(鉄矢論)

それで今度は諏訪大社の方はご存じだと思うが、諏訪大社の御柱の頭に鳥の形をした金属を打ち込む。
「トリガマ」という鳥の形をした金属を打ち込むというところが物部と結びついて、不思議な動物の呪いか何かを込めているのではないだろうか、という。
(番組では「トリガマ」と言っているが本によると「薙鎌(なぎかま)」)

とにかく、この物部守屋はこれだけでは終わらない。
日本の怨霊の原点みたいなもの。

天武天皇元年(672)壬申の乱のとき村屋神が神主にのりうつって軍の備えに対する助言があったという(123頁)

 壬申の乱の時に「軍の備えに対する助言」があって、ために天武天皇より位を賜ったという。よほど重要な神託であったと思われるが、これこそは「軍神」物部守屋の神託であることの証しだろう。(124頁)

物部を祟り神ではなくて天神様同様の身分の高い神様にして、物部神社を作ることを許した、という。
死んでも物部は天皇家を守ろうとする、というので、そのようなパワーのことを「もの」が付く単語で、日本語で「死んでからのパワーを発揮するもの」で、そういう人たちのことを「もののけ」。
「物部」という滅び去ったかつての豪族。
その物部の話。
最初は祟り神で朝廷を苦しめるのだが、その後は守るパワーとなって「もののけ」となって天皇家を守ったという。
御柱との関係ははっきりはしないが、ただ、御柱に鳥の楔みたいなヤツを打つ。
キツツキみたいなヤツ。

四天王寺の堂塔は、合戦で敗死した物部守屋の怨魂が悪禽となって来襲し、そのために多大の損害を受けるという被害に悩まされた。−中略−
『源平盛衰記』などにも守屋が啄木鳥と化した伝承のあることを指摘している。
(116頁)

「鳥」というのが物部のトーテム。
つまりシンボルの鳥じゃないか、という。

 言うまでもないが、寺に鳥居は不要である。寺にとっては「異教の象徴」であるのだから、邪魔にこそなっても、歓迎するような類のものではない。−中略−四天王寺が大鳥居を建てたのは、寺の力だけでは足りずに神祇の力を頼ったからに他ならない。これは「封印」である。物部守屋の怨霊を恐れるあまり、神仏合同の力を借りて封印したのだ。(118頁)

アマテラス(天照大神)さんがいました。
アマテラスさんの天孫族のお孫さんで、二人目のお孫さんがニニギノミコト(瓊瓊杵尊)。
この人が天から降ってきて、南九州に降り立ってコノハナサクヤヒメ(木花開耶姫)という人と結婚して三人の子供が生まれる。
その上と下が「海彦」「山彦」。
山彦の方は海人の豊玉姫という人と一緒になって、生まれた子が神武になるのだが、これが大和に上って行って朝廷を作った、というのだが。
不思議なことに、このニニギに兄ちゃんがいる。
ニニギの兄ちゃんの名前はニギハヤヒノミコト(饒速日命)。
これが天孫族の長男坊。
このニギハヤヒノミコトの末裔が物部。
つまり物部は天皇家よりも古い血統を持っている。
それで「弟を守った」ということなのだろう。
いい兄ちゃん。
それから三人兄弟が生まれるのだが、一番上が海彦で一番下が山彦。
(一番下ではなく二番目らしい)
山彦から天皇家に繋がる神武が生まれるのだが、この海彦も山彦に「もう、わかったわかった。オマエの言うこと聞くよ」と言いながら子分になってくれた。
天皇より古い氏族として物部。
だからこの物部を慕って、備前・日向・土佐・筑後、肥前・日向・陸奥までに物部神社があるという。
しかもこの物部神社は諏訪神社と繋がっている。
かなりの確率で備前・日向・土佐・筑後、肥前・日向・陸奥の人たちの中で「馬を食べる」という習慣が点々とある。
これは氏族の中で許された食べ物として「馬を食べる」という食習慣を持っていた、という。
「郷土料理」というものの中に何か深い宗教観みたいなのがあったんじゃないかな?という。

ちょっと整理しよう。
この諏訪の地に建御名方(タケミナカタ)という出雲から逃げて来た神がいる。
ここには更に石にまつわる「シャグジ」なる縄文の神がいる。
それから物部守屋からなる聖徳太子や蘇我馬子と戦った大和の豪族がいる。
出雲から逃げて来た神。
縄文から続く神。
そして大和での政権争いに敗れた豪族の最後の人がいるという。
彼らは滅ぼされて怨霊の無念を込めて諏訪大社に祭られているのではないか?と。
そしてこの三つよりもっとパワーのある神様が眠っているので大和朝廷も「大社」という最大級の祈りをここに捧げたんじゃないか?

 日本の「縄文」という概念と「弥生」という概念は、まるで正反対の対立概念≠フように、いつの間にか取り扱われるようになってしまった。(173頁)

一方は狩猟民族で一方は農耕民族。
弥生時代は渡来系の人々が原住民を南北に追いやることで大和政権が確立したという歴史観があるが、どうもそれがおかしい。
新しく入ってきた弥生人、渡来系の人々が縄文人をやっつけて出来上がったのが大和朝廷、という考え方では納得がいかない。

古代史は前後がややこしいので、順番に並んでないので。
この戸矢さんの本もそう。
年代を調べるのに、ものすごく疲れる武田先生。
古代史の中でどれが先に起こった事件かわからないのに「○○の事件がある」とかと言われるとグジャグジャになってしまう。
それで武田先生のお譲さんが昔使っていた『日本史一覧表』という副読本があって、それで年月日を確認してこの番組用に整理している。
お嬢さんが使ってた副読本の「日本史の流れ」というのを見ると、とある傾向がある。
朝鮮半島に出て行った事は「侵略」と書いてある。
だが逆の発想として、別の学者さんが言っていることだが、たとえば邪馬台国の中に、2〜3世紀のことだが、朝鮮半島の南が入ってきたのではないか?
つまり海上を結ぶ王国であったのではないか、という。
だから「侵略侵略」と書き続けるというのは正確ではない、という。
向こうが攻め込んで来て半島の日本を奪ったということだって古代ではあったワケで。
伽耶国(かやこく)という国があった。
そこに「日本府」という地名が残っているのだが、日韓問題を気にしてあまり日本は積極的に言わない。
それから韓国の南部の方に前方後円墳がある。
韓国の学者さんは前方後円墳を作ったのは朝鮮半島の文化で、それを日本が真似たと教えてらっしゃる。
でもおかしい。
韓国にある前方後円墳は「韓国の王様が入っている」とおっしゃるが、大和の貴族が入っている可能性がある。
その中から日本の例の姫川のヒスイなんかが見つかる。
お嬢さんたちが使っていた教科書の歴史観に全部共通しているのは、まず半島から先進文化を持った朝鮮人が日本に渡ってきた。
あるいは江南、中国の南部から呉や越の人たちが稲作や鉄器を持って日本にやって来て、弥生文化を築いたということ。
これが今の教科書の日本史の流れ。
縄文人は北と南。
つまり北海道と沖縄に追いやられていった、という。
でもそうならば、中国から漢字が入って来る。
日本は文化学術用語として漢字を取り入れて、読み方を二つにしてしまう。
「訓読み」と「音読み」。
つまり大和には大和独特の言葉があった、ということで。
向こうと違う読み方をせざるを得なかったぐらい豊かに言葉はあった、ということ。
そんなふうに加工した。
その上で日本語と朝鮮系の言語を比べても類似しているところが皆無と言ってもいい。
あまりにも似ていない。
私たち日本人は、と言うと「呉人」。
呉の人々。
あるいは漢の人「漢人」。 
そして朝鮮人にも似ていない。
風土の作り方が違う。
例えば日本は稲作を開始するが、「里山」という自然の流れを利用して山の手前の方、里近くに農業用の肥料を集める小さな山を作る。
それは中国で稲作をやってる江南の人とは、水の活かし方とか肥料の集め方が全く違う。
「こんなに似てない」ということを踏まえて、いとも簡単に縄文人が駆逐されて、弥生人、つまり渡来人が日本を作ったという説はかなり怪しいという(鉄矢論)。
同様のことを言う人も今、点々と出てきた。
だから戦争でご迷惑をかけてものだから、謝るのと同時に、正確にものを、歴史を開く意味では、あんまり遠慮をしているとガタガタになってくるので。
だから韓国の人たち、あるいは北朝鮮の人たちが、日本に対してあまりいい感情を持ってらっしゃらないのは戦後の価値観で。
遥か太古の昔、朝鮮半島込みでの日本は東アジアに一つの政治勢力としてすでに存在していた、という。
そんなふうに解いていった方が日本史は分けやすい。
この朝鮮半島と日本はまた頑張って今、一生懸命(この番組で紹介できるように)おろしている。
物凄く深く朝鮮半島に関わった日本の時代がこの後すぐに始まる。
この物部氏が滅ぼされたあたりから日本の大和朝廷は半島問題に深入りしていく。
そして今の北朝鮮まで攻め込んだりするという、大戦争を古代で起こしている。
そのあたりも話がちょっとアレから外れたが、そういう意味合いで今、大社の神々を語っている。

諏訪大社。
そして怨霊文化。
祟る神の歴史というのを語っている。
「祟り神」というと怖い。
『もののけ姫』でも出てきた「タタリ神」。

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「神様は祟る」という。
日本の宗教観のものすごく大きいところではないかなぁと思う。
漢字を見ていてドキッとするのは

これは「禁ずる」ワケだから奥の方には神様がいたのだろう。
それで神様がいる所を木で囲んだのだろう。
それで「示」で「タブーなエリアだ」という。
だからおそらく神様がいる所は木がいっぱいだったのだろう。
そんなのを考えると何か面白い。

もちろん中国の文明、あるいは朝鮮半島から流れ込んできた文明の中で生きていくワケだが、独自の解釈をして日本独自のものを作っていった。
その根本にあるのは何か?
それは「風景」。
韓国の旅行者の中で日本の山を登るのがやたら好きな人がいる。
きっと無いのだろう。
日本の森、あるいは山林は古代から人の手によって守られてきた。

これは漢字を調べていって武田先生も感動した。
昔は揚子江のデルタ地帯にはゾウがいた。
それぐらい風景に緑が多かった。
だから漢字で「象」。
あんな「象」なんていう字は決して南のゾウの目撃から来たのではなくて、北京の周辺でもゾウがいたという。

長い鼻で木を巻き上げるゾウの姿。
「ゾウは人のために働いている」という。
だからそれぐらい緑が濃かったのだが、北京辺りはすぐ側まで砂漠が来ていて。
タクラマカン(番組では「タカラマカン」と言っているようだが多分「タクラマカン」)で巻き上げられた砂埃が北京の石炭の煙なんかと合体してPM2.5になり、朝鮮半島から日本、九州にかけて流れてきているという公害が起こっているが。
木を植える習慣さえあたらこんなことには。
この「森を持っている」ということが日本の宗教観で大事だったのだろう。
だから神様の木と言われる榊(さかき)。
お祈りする時にこれ(柏手を打つ)をやるヤツ。
あれなんていうのは南の常緑樹。
そういう木が宗教と結びついた、ということなのだろう。

御柱の方、諏訪大社の方は、切り倒してくる木は樅の木。
その樅の木を持ってくるワケだが。
諏訪他社の方から怒られるかも知れないが。
戸矢さんは諏訪大社の性格として、諏訪大社には「拝殿」拝む場所という所があったが「本殿」がないとおっしゃっている。
「本殿がない」ということはご神体は別個の所にあるという。
御神体というものはもしかすると諏訪大社から見える後ろの山そのものが「神奈備(かんなび)」という御神体ではなかろうか?と。
山そのものが神様だ。
そういう信仰は日本には点々とある。

いずれも神隠(かんなび)の意味で、神の居る山、すなわち神体山として崇敬、信仰されているものをそう呼ぶ。−中略−
 このタイプの神道信仰は、三輪山と大神神社(奈良)、白山と白山比盗_社(北陸)、大山と大山阿夫利神社(神奈川)、岩木山と岩木山神社(青森)など全国各地にみられる。
(160〜161頁)

またこれを言うと怒られてしまうかも知れないが、福岡には太陽が一直線に照らす道として宮地嶽神社というのがある。
あそこは宮地嶽という山がある。
それがご神体。
おそらく山そのものを信仰の対象にしたということは、諏訪大社は縄文から延々と続く宗教の地であった、という。
その古い信仰に怨霊文化、御霊文化。
ある霊が宿って。
そしてそこに生きているので、それを鎮めるためにみんなで祈ろう、という。
恐れる、鎮護の宗教が生まれる。
それが諏訪大社ではないか?という。

本宮が北向きである。−中略−前宮、秋宮、春宮、と合わせて四つもの社で諏訪湖を取り囲んでいる。(183〜184頁)

建御名方という出雲から逃げて来た神と、縄文から続く「シャグジ」なる石の神様。
そして大和地方で権力に追われ、ここの地で死亡したと言われる物部守屋の霊。
その他にもっと巨大なものがこのお宮の下で眠っているのではないか?と。
諏訪大社の地下に眠るもの。
それは大和で権力を失った豪族か?
古代から続く石を拝むシャグジの神か?
色々説はあるが、もっと巨大なものがこの諏訪大社の地下に眠っているのではないか?
その神を鎮めるために、その神が暴れないように四隅に御柱という杭を打って鎮めているのではないか?というのが

諏訪の神: 封印された縄文の血祭り



その神の名前をいっぺん触ったことがあるので、この本は膝を打って「そうなのか!」と武田先生が驚いた。

 フォッサマグナ──私がその名を初めて知ったのは中学の時の教科書で、ドイツ人地質学者ナウマンによって明治期に発見され命名された大断層、と学んだ。
 北は糸魚川から、南は富士川に続く地層の裂け目で、日本地図で見ると本州中央部を東と西に両断しているのが一目でわかる。ラテン語でfossaは「裂け目」、magnaは「大きい」の意である。その名の通り最も大きいところでは数十メートルほどの垂直断層となっており、本州を真っ二つに分けていると言ってもよい。
−中略−
 諏訪湖はこの巨大断層の真ん中に出来た断層湖である。
(184頁)

諏訪湖というのは、そのくっついた地点のへこみの部分に溜まった水。
そのフォッサマグナの中に眠る巨大な火の鳥を何とか鎮めるために、四隅に杭を打って懸命に祈っているのではないか?という説。
これは面白い。
「そんなフォッサマグナなんてわかるわけがないじゃないか?」
わからずともあの地形・地勢を見て「何事かある」という。
縄文時代に石を拝むというのも、地面の下で動くものを石で押さえようという、巨石への信仰がここで発展したのではないか?

皆さんもついこの間のことだから覚えてらっしゃるだろう。
2011年、本当にお気の毒。
3.11でマグニチュード9というような大地震が。
それは東日本を襲って大変な被害を出したのだが、その後揺れたのはどこか?
あの大地震のすぐ後に揺れた所。
長野。
小谷村とかというのがものすごく激しく揺れた。
つまり、マグマが太平洋までドォン!と沈むと、くっついた部分のフォッサマグナの長野あたりが揺れる。
その地震の恐ろしさみたいなものの記憶から、巨石信仰とか縄文の地底の神への信仰として御柱「柱で食い止める」というようなお祭りになったのではないか?ということ。
ここには日本の東西で結ぶ帯がある。
そうやって考えると、ここになぜ諏訪大社があるのかが分かるような気がする。

 森羅万象に神の遍在を見るという神道の思想は、実は「縄文人の信仰」のことだ。(189頁)

中国の道教、風水などの遥か以前に「湖」「岩」「滝」「森」。
それがなぜそこにあるのかを記憶にとどめるために、出来事の記憶として神社が置かれる。
巨大な出来事があった地勢・地形に対しては必ずそこに神社が存在するワケで。
諏訪大社というのは日本の東西を結ぶその地点に巨大な社(やしろ)があるというのは、これはある意味ではとても自然なことではなかろうか?ということ。
これはあくまでもこの戸矢さんという方の仮説。
お聞きになっている諏訪大社の方々、歴史や縁起に関して激しく対立する側面を持ってらっしゃる。
でもその対立の部分は、お聞きの皆様には「喉につっかえる小骨」となろうと思って、骨を抜いた部分が『三枚おろし』。
相当「武田節」も混じっているぞ、ということでご記憶ください。

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2019年4月15〜26日◆諏訪大社(前編)

(諏訪大社側の見解と、今回取り上げる本の著者の見解とが喰い違っているので、番組中にそれに対する「お断り」みたいなのが何度も入るが、極力割愛していこうと思う)

まな板の上に「諏訪大社」。
なぜこれが「まな板」の上に座ったかというと、ずっと(武田先生の)頭の中にある「ナウマン君」から。
このあたりに登場する)
例のフォッサマグナの発見者というか(フォッサマグナに)気づいたナウマン君。
あの方とそれから、飛騨の奥の方に入ったいい温泉宿がある。
そこの風景がぐるぐる頭の中に回り始めて。
何度か行ったこともあるし、お祭りに参加した人からも話を聞いたことがあるが、諏訪大社は変。

十年以上も前に熊本を旅していた時の話。
かなりの山奥。
その熊本のその街に行くのには、熊本の空港ではなくて鹿児島空港から車で行った方が近いという肥後と薩摩の県境。
もちろん熊本県なのだが、その小さな村へ行った。
たしか人吉という山の真ん中にある街に近い町での歌うたいだったと思う。
そこで歌を歌って、最後に土地の人から焼酎の差し入れが客席からあった。
その焼酎の中はスズメバチがぎっしりだった。
スズメバチの醤油漬け。
さすがに土地の人には申し訳ない。
あえて名前は言わない。
その方には失礼なのだが、さすがにスズメバチを浮かべて焼酎を呑む気にならない。
それでコンサートが終わって夕食会になった。
そうしたら前菜の、いわゆるおつまみで出たのが「バッタの佃煮」「ハチの子」。
それでその次に馬刺しが来た。
なんとなくみんな「ここ、ちょっと変わってない?」という話を。
つまり虫を喰う、馬を喰う。
熊本だから馬刺しは・・・
「こんなとこないよね」という話をしていた。
そうしたら「ハチ喰う、虫喰う、バッタ喰う、馬喰うというところが日本中でもう一か所ありませんか?」というのをスタッフが言い始めた。
「え〜?そんなとこあったっけ?」と言ったらそのスタッフが「信州ですよ」。
信州は馬を喰う。
ハチの子のイメージはあるが、あそこは虫も喰う。
バッタも食べる。
「へぇ〜。食べ物、一緒だなぁ」と。
「馬喰う文化」というのは点々とあるが、日本の食文化の中ではちょっと郷土色の強い食べ物で。
馬を喰うということに関して泣き出す外国人もいるぐらいなもので。
「馬はフレンドリーなのに!」とかと言って怒る人もいるのだが。
鯨を喰うのと同じように国際的な非難にされそうなのだが。
食文化というのはなかなか頑固で。
誰かが「長野でも馬喰う、虫喰う、ハチ喰う」という話をしていた。
と、もう一個また話が繋がる。

一晩寝て次の朝、カメラ好きのスタッフがいて、そいつとそこらあたりの風景がいいので写真を撮りに行った。
そうしたら九州山脈のど真ん中。
ちっちゃな神社があった。
社務所とか一切持っていない社(やしろ)だけの。
そこの看板を見たら、その神社の名前が「諏訪神社」だった。
「諏訪」と言えば「長野」。
何で熊本の山奥に諏訪神社があるのか?
「不思議だなぁ」と思っていた。
諏訪大社。
歴史を調べるとこの諏訪大社というのは古事記の中にたった一回しか出てこない。
「この諏訪神社はどうやってここまで来たのだろう」というのが気になっていた。
そこに手に入ったのが河出書房新社『諏訪の神』。

諏訪の神: 封印された縄文の血祭り



「諏訪大社」と言えば御柱。
木に乗ってわーっと滑ってくるという、けが人の多いお祭り。
死者が出るほどの激しい祭り。
「七年に一度」と言うが、寅と申の年ごとに巨大な樅(もみ)の木を伐り出して山から出す。
(『諏訪大社復興記』に「七年目」と書かれているのだが「六年毎」という意味で、実際に開催されるのは「六年に一度」)
木落とし。
あの丸太が人間に曳かれて川を越える。
その上に「里曳き」と称して、あの大木を諏訪大社まで運ばれて4本建てるという。

 おんばしらの用材は樅の木が使われ
上社関係は約25キロ隔たる八ヶ岳の中腹から、下社関係は八島高原の近くから約10キロの里程を曳き出します。
(62頁)

上社、下社の四つの宮の四隅に16本の巨木を建てるという。

 この御柱年≠ノは、諏訪地方では、ほぼすべての神社で御柱の建て替えがおこなわれる。街角の小祠から境内社の一つ一つに至るまで、その数は膨大であるが、大小にかかわらず、特別の例外を除いてすべて建て替えられる(一説に三千本ともいわれる)。(64頁)

「山出し」から柱を建てる。
これは四隅に建てるまで丸一年かかるという大行事。
しかもこの御柱はトーテム。
あるいは神梯(しんてい)。
「神様が降りてくるハシゴ」と言うのだが、そこのてっぺんに降りて、すーっと降りてくる。
だからそうとう古い時代から神は階段状にストンストンと降りてくるという神話がある。
だから御柱もそれであろうと。
でも、この諏訪の柱はやっぱりおかしい。

 伊勢の神宮には謎が多いが、最も重大な謎はこの「心御柱」である。−中略−
 長さ五尺三寸〜五寸(天皇の身長という説あり)ほどのもので、『御鎮座本記』などによると、それに五色の布を巻き付け、さらに八葉榊で飾り立てて、その周りを天平瓮という土器を八百枚積み重ねて被っているという。
(76頁)

これが「心御柱(しんのみはしら)」と言って真ん中の証。
これを本殿のど真ん中に埋める。
心御柱。
それは「神様が宿る」という。
地下からも神様がやって来て「神様の宿る木」という意味で心御柱というのを置く。
ところが「御柱」の柱も「心御柱」だろうと思うと扱いが乱暴。
泥だらけになって滑らせて、その上に人が乗っているワケだから。
あの伊勢神宮の心御柱を人間がまたがるとか泥で汚すとか引きずるとかというのはない。

御柱の柱は一種「生贄」っぽい。

引きずり回して傷だらけにするという行為は「みせしめ」以外の何ものでもないだろう。(79頁)

そのあたりが諏訪他社の御柱の不思議がある。

四隅に建てるというのは神道でおなじみ。
神道ではイミダケ(忌竹・斎竹)と言って土地に建物を建てる時に神主さんが四隅に竹を立てて。
あれは結界。
注連縄と雷を。
真ん中に神様が宿るようにお米とか果物を置いて。
「高天原に〜」という祝詞を上げる。
そのイミダケ。
悪い怨霊がやってくるのを「こっから先、入っちゃいけない」ということのイミダケという宗教的な形があるのだが、どうもそれとも違う。
イミダケじゃないような気もする。
だがどちらも「四本」建てる。
だから諏訪大社の御柱の四本建てと地鎮祭でやるイミダケの四本は意味が違うのではないか、と。

もう一つ、こんなことをやっているのを知らなかった。
この諏訪大社のお祭りで「御頭祭(おんとうさい)」というのがあるそうだ。

 御頭祭とは、上社第一の祭儀で、「本宮での例大祭の後、(略)行列を整えて神輿を神宮十間廊に安置し、御杖柱の幣帛を献り鹿の頭、鳥獣魚類等の特殊な神饌をお供えして大祭が行われる。」(84頁)

鹿の首、ウサギ、カエルの串刺し。
これを神様に捧げる。
ちょっと血まみれ。
今は飾りだけらしいが、昔は現実に。
それも数十頭、その首をずらーっと並べたという。
鹿を殺す、ウサギを殺す、カエルを殺す。
それを生贄として諏訪の神に捧げる。

この手の動物が出てくる神話があった。
因幡の白兎。
その系譜の流れの神話を諏訪大社は持っているのではないか。
そう考えてみると鹿、ウサギ、カエル。
「もしかするとこれは別の意味があって」という説。
「出雲風土記」「古事記」にも登場するが、大国主命(オオクニヌシノミコト)という人が、兄弟の中で軽んじられる弟分だったが、とても話をするのが、座をつくるのがうまかったのだろう。
ワニ(サメ)とウサギがケンカをする。
それでウサギが毛をむしられてコテンパンのところを助けてやった、という。
他にも大国主命の物語にはたくさの動物が出てくる。
少彦名命(スクナヒコノミコト)。
小さな小人の妖精が出て来たり(少彦名命は妖精ではなくて「神」のようだが)非常にファンタジーに富んでいるのだが。
この大国主命がウサギを助けてあげた。
これは何を意味しているか?
別の解釈がある。
これは陸上にウサギをトーテムとする部族がいたんだろう。
それで海人族の海で生きるサメをトーテムとする一族がいたんだろう。
これがケンカして、あんまりひどいので大国主命が仲裁に入ってまとめたんじゃないか、と。
つまり古代の種族というのは全部「トーテム」代表する動物を持っている、と。
ということは「鹿」。
蘇我入鹿(そがのいるか)。
それからウサギもさっき言ったように、陸上の部族の中でウサギをトーテムとする一族、カエルが出てくるということは、これは川辺あたりを生きる民がいて、そのトーテムがカエルだったのではないか、と。
その鹿とウサギとカエルに諏訪の神が裏切られたのか?という。
(本にはカエルもウサギも「人間集団」のことと書かれてるが、蘇我入鹿などは出てこない)
しかも奇怪なことに御柱。
柱を建てる。
工事がうまくいくように、昔はもう一つ柱を建てた。
そういう人のことを、そういう名前で呼んでいなかったか?
つまり橋を架けるという工事。
その橋の根本のところに「人柱」。
「御柱」というのはそういう意味で。

諏訪において、最も高貴な人間、すなわち、これは、「大祝(おおほうり)」の墓標である。−中略−
「ほうり」とは、ヤマト言葉では「屠り(ほふり)」の謂である。
「屠る」とは、言うまでもなく「殺害」のことだ。
(89〜90頁)

だから諏訪の神様というのがどうも「異種」別流の神様ではないか?と。

「諏訪」とは、古代支那の特別な階級でのみ用いられた宗教用語である。
 漢音で「シュ・ホウ」、呉音で「ス・ホウ」と読む。「神の意志・判断を問う、諮ること」である。
−中略−おそらくは千数百年より以前の信濃(科野)において用いられているということは、そういう人物がここに居て(来て)、地名として定着させるだけの立場になっていたことを意味することになる。すなわち、渡来人、それも道教の方士のような人物が考えられる。(50頁)

それではいよいよ本殿の中に入る。
諏訪大社の主祭神について戸矢さんの見解を聞いてみたいと思う。
ここには二柱の神がいらっしゃる。
神様を数える時には「一柱(ひとはしら)」「二柱(ふたはしら)」と言う。
諏訪大社の主祭神。
神様。
どんな方がいらっしゃるか。

【祭神】建御名方神(たけみなかたのかみ) 八坂刀賣神(やさかとめのかみ)(17頁)

この二神、二柱がいらっしゃって。
これが諏訪大社にお勤めの方から怒られちゃうかも知れないが「大社」と名前が付くような神様らしくない。

『日本書紀』にも『出雲国風土記』にも、建御名方神は登場しない。『古事記』にのみ詳細に記されているにもかかわらず、二書にはまったく影も形もないのだ。(37頁)

 ──その昔、天照大神は葦原の中つ国を譲り受けるために、交渉の使者として経津主(ふつぬし)神と建御雷(たけみかづち)神を、中つ国の王である大国主神のもとに派遣した。
 長男の事代主神(ことしろぬしのかみ)はすぐに同意するのだが、
「もう一人、息子がいる。建御名方神だ。これより他に子はいない」
 と大国主神は言う。
(40頁)

 建御雷神は手を取らせると、その手を氷柱に化し、さらに剣刃に変えた。(40頁)

両手を険にして「ツルギになった」という。
シュルシュルシュル〜と。
『寄生獣』。

寄生獣 完結編



 そのため建御名方神は、おそれおののいて退いた。
 今度は建御雷神が建御名方神の手を握り、あたかも葦のように軽々と投げ放ったので、建御名方神は逃げ去った。
 そこで建御雷神は追いかけて行き、科野国(しなののくに)の州羽海(すわのうみ)に追いつめて、殺そうとした時に、建御名方神は言ったた。
「参った。殺さないでくれ。この地より他へは行かず、父と兄の言葉に従い、この葦原の中つ国は、天照大神の御子の仰せの通り献上する」
(41頁)

「こっから一歩も出ませんから、野望はありませんので許してください」と言って出雲から逃げて来た建御名方さんがここに住むことになったという。
何かパッとしない。
神様としては情けない。

諏訪社は全国に五〇〇〇社以上もの多くが勧請されており−中略−建御名方神は軍神≠ニして多くの武人たちに崇敬されている。初代の征夷大将軍である坂上田村麻呂を始め、源頼朝、武田信玄、徳川家康に至るまで、まるで彼らは『古事記』を知らず、別の伝承によって建御名方神の勇猛さを確信していたかのようではないか。
 別の伝承がどんな形であったかはともかくも、少なくとも『古事記』が流布されるより以前に、建御名方神への崇敬・信仰ができ上がっていたことは明らかであろう。
『古事記』が、にわかに注目されるようになったのは、実は江戸時代も後期である。
(43頁)

 右に挙げた武将たちは、全国各地に鎮座する諏訪神社のことは当然承知していたはずで、その信仰内容も承知していたことだろう。そしてそれは「軍神」に相応しい神話・伝承であったに違いない。(44頁)

出雲から逃げ込んだ神ではなくて「コシ(高志・越)の国」新潟のほうから長野一体にかけて君臨していた巨大な神。
それがこの建御名方ではないのか?という。

ここから話がものすごく異様なところに走る。
これが戸矢さんの説の面白さ。

 諏訪湖を中心とするこの一帯には、まぎれもなく大規模な縄文文化が存在した。おそらくは、東は八ヶ岳山麓から、西は木曾界隈まで、北は安曇野から南は飯田辺りまで。(5頁)

 縄文時代とは、約一万四千年前から紀元前六世紀頃までの時代である。(4頁)

これはご存じの方は多かろうと思うが、信州の地では、ここは非常に高度な縄文文化があった所で。

 諏訪大社との関係は不明だが、「縄文のビーナス」(国宝)と呼ばれる土偶が同県茅野市米沢の棚畑遺跡から発掘されて(5頁)

この「縄文の神」がいたという所が諏訪大社とドッキングしてるんじゃないか、という。
諏訪大社には面白いことに不思議な信仰があって、ここは巨石信仰がある。
この大きい石の名前のことを「ミシャグジ」。
石の神様のことを「シャグジ」と昔言っていた。
「石神井公園」というのがある。
つまりあれは「石の神様がいた場所」という縄文語の名残。
その縄文の神様を実は諏訪大社は記憶しているのではないか?と。
なぜこんなところにその縄文の神様が石となって諏訪にいるのか?
大きな石を見ると日本人はすぐに注連縄を巻いて。
日本の国歌。

君が代は
千代に八千代に
さざれ石の
いわおとなりて
苔のむすまで
─君が代、日本の国歌

ウィキペディア

「『君の代』がいつまでも続きますように」という祈りを、石をたとえにしてやっているワケで縄文系の歌。
これはまた、凄いことを言う人がいる。
これは小さな鍾乳石みたいな石がずっと積み重なって巨大な鍾乳洞の柱になるように、それに苔が生えるまで。
これは聞きようによっては「怨霊、出てくるな」という鎮魂の歌。

10世紀に編纂された勅撰和歌集『古今和歌集』巻七「賀歌」巻頭に「読人知らず」として「我君は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」とある短歌を初出としているウィキペディア

それを「明治期にメロディ付けちゃった」という。
選者は紀貫之。
この和歌の、古今和歌集が出来た時点、成立したのが西暦905年で、二年前に西暦903年。
延喜3年に左遷されて無念を残し、死んだ人がいる。
菅原道真。
彼は「祟り神」になって京都の御所に鬼となって現れたりするものだから、あわてて藤原一族が「天神様」という名前で神様にしてしまう。
こうやって考えると、巨大な祟りがある。
その巨大な祟りというのがこの国に災害をもたらす。
何とかその神を鎮めなければならない、という思いがある。
菅原道真前後に何か巨大な日本の不幸はないかと思って武田先生が調べてみると貞観11(869)年のこと東北地方にマグニチュード8.3の貞観大地震が起こっている。
これが千年周期の地震と言われている。
この貞観6年にはなんと富士山も噴火している。
だから地は揺れるわ火山は噴くわ。
そういう恐ろしい祟り。
(藤原道真が亡くなったのが903年で地震は869年、富士山の噴火は864年。亡くなる前に起こったことが「藤原道真の祟りである」と考えるのは無理があると思われるのだけれども)
この「祟り神」というのは縄文とつながっている。
古い神々と。
朝廷とか貴族の中には弥生から始まる新しい大陸の血を持った人たちもいるのだが、その人たちでさえも縄文から続く神のパワーを抑えきれない。
日本という国は。
そういうことを考えると、遠い遠い古代がくっきりと見えてくるような気がする。

更に巨石を祈る儀式を歴史に探すと『日本書記』。
推古天皇の頃だが、前方後円墳の四隅に大きな柱を打ち込んで封じ込め、神様がそこから出てこないようにしたという記述があるという。
だから祟り神を四方に杭を打ち込んでそこに閉じ込めるという宗教観はもうこの5〜6世紀にあった。
出雲大社には強力なヤツが神社の下にいたのだろう。
これは戸矢さんがおっしゃっていることで。
戸矢さんの説は諏訪大社の近くにある「守屋」という山麓があるのだが、ここの山のてっぺんにお宮さんが一個建っていて。
「守屋」という名前も実に暗示的。
山の名前なのだが、実はこれは貴族で天皇に仕えていて追われて滅ぼされた物部守屋という古代貴族がすぐ近くにいる。
これは物部守屋というのはなかなかの人物で、この人が朝廷の勢力と仲が折り合わずにここまで追い詰められて切り殺されている。
だから「物部の呪い」という。

 ところがその頃は、新たに移入された仏教が急速に興隆している時期でもあり、崇仏派のトップである蘇我馬子大臣が勢力を伸ばしていた。−中略−
 これに反対する「排仏派」の代表が物部守屋大連であった。
(108頁)

結局聖徳太子も敵に回してしまって、討たれてしまうという方。
ただ物部というこの滅ぼされた一族というのがずっと気になった。
それで今度はこの物部を調べてみようかなと。

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2019年09月25日

2019年2月11〜22日◆勘違いさせる力(後編)

これの続きです。

(番組冒頭は以前番組で取り上げた『フォッサマグナ』の件なので割愛)

フォッサマグナ 日本列島を分断する巨大地溝の正体 (ブルーバックス)



この方(著者のむろむだ氏)が面白いことを言っている。
(以下の内容は本の中に見つけられなかった)
アナタががもしデザイナーだとします。
ひたすらFacebook、LINEで成功した一つの実体験と、デザイナーということだけを情報として流してください。
その他、アナタは何も言ってはいけません。
それが服飾か工業デザインか商業デザインか、何も話すな。
自分の仕事で喜ばれた成功例を一つ。
一つだけ。
それとデザイナーであるという話のみ。
それをいろんなところに広げていく。
「錯覚の網を投げて世間に広めるのだ。チャンスはやってくる」という。
これは妙に喋ると限定される。
与える情報は大雑把に。
そして広がらないように。
はっきり実体をさせないように。
錯覚の網が広がって人に勘違いをさせる、という。

この人(著者)のセリフの中で一番驚いたセリフ。

「成功は、運よりも、実力によって決まる」と思いこむ思考の錯覚のせいだ。(229頁)

チャレンジして成功するかどうかなんて、運次第だから、たくさんチャレンジするしかない。サイコロで当たりを出すのに一番効果的な方法は、たくさんの回数、サイコロを振ることだからだ。(92頁)

人間というのは振る回数を忘れて「あ!あの人また勝った。また勝ったよ!」と。
それが100回目か1000回目であっても、人のことをうらやましがるという。
自ら勘違いさせているんだ、という。

 フェスティンガーとカールスミスは、次のような実験を行なった。
《ステップ1》
 被験者は、1時間、つまらない作業をやらされた。
《ステップ2》
 被験者は、2つのグループに分けられた。
 被験者は実験担当者から「次に作業を行なう人に『面白い作業だった』と言ってください」と指示された。
 そして、それを言う報酬として、それぞれ次の金額が与えられた。
・【グループ1】20ドル
・【グループ2】1ドル

《ステップ3》
 被験者は、実験担当者から、作業が面白かったかどうかを尋ねられた。
 すると、1ドルをもらった被験者のほうが、20ドルをもらった被験者より、「面白かった」と答える傾向が強かったんだ。
(239〜240頁)

面白くない仕事をやって20ドル貰った人は、それは実につまらない仕事だったワケだ。
でも20ドル貰っているワケだから「まあつまらない仕事だったけど20ドル貰ったからいいや」というので、あんまり熱心じゃなく「え〜よかった〜よ〜」というようなもので。
「つまらない仕事を20ドルでやった」というのは理屈に合うこと。
整合性がある。

だから、報酬を20ドルもらった被験者の脳内は、穏やかなままだ。(241頁)

 だから報酬を1ドルしかもらえなかった被験者の脳内では葛藤が生じる。
「なんで俺は、こんな少ない報酬で、こんなつまらない仕事をしてしまったんだろう」
(242頁)

その自分が自分を叱る惨めさから逃げるためには、悪意をむき出しにして、これからやるヤツに「面白かった」と散々元気いっぱい嘘をつくことによって「俺はバカかもしんないけど、コイツもバカだ」という。
(番組では意図的に嘘を言うように説明しているが、本によると無意識に記憶を書き換えてしまった結果言っている)
こういうことを人間の心理は折れ曲がってやってしまう。
こういう話を聞くと人間と言うのは自分が惨めだと、人を惨めにさせないと気が済まない、ということで、このあたりのブラックさ。

「勘違いさせる力」
いいにつけ悪いにつけ「人間の裏の裏を読む」という、そのブラックさでは超一級の本ではないかなぁと思う武田先生。
これはもう一回繰り返しておく。
自分の売り込みになるが、武田先生もこれに近いテーマで一冊書き物をしていた。
『聞く力』のあの人(阿川佐和子)の影響。

聞く力―心をひらく35のヒント ((文春新書))



「聞く力」「見る力」
「力シリーズ」があるが。
そういうのが力だったら「誤解する力」ってあるんじゃないか?

「学歴で人を判断しない」と無闇に主張する人がいる。
しかしこの人はまず間違いなく、相当学歴で人を差別する人だ、と。
そう見てかまわない。
「東大だからと言って別に優秀じゃないんだよ!」「何が『わぁ♪東大』だよオメェ!同じ人間だよ!」という。
この人は無意識のうちに相当東大のことを意識している。
「東大入りたかった〜入れなかった〜」みたいなことをいつも思ってらっしゃるという。
「東大なんて」という人は認知的不協和音(「認知的不協和」のことを言っていると思われる)と言い、自分の心理を騙しているのだ、と。
東大。
それを否定せず「その東大をどう使うか」と考える人が、勘違いさせる力を持っている人だ、と。
東大をどう使うか。
これはもう最近テレビで最高の例がある。
あれはあの番組を企画した人が相当「勘違いさせる力」を持っている。
あるテレビ番組だが「東大生にクイズを作らせる」という。
これはもう「くすぐり」。
「東大なんて」と思っている人にも「わ!東大だ」と思う人にも、東大という名に反応した人は全てこの番組に巻き込まれていって、「東大生が作ったクイズ番組だったらやってみようか」という気にさせる。
できれば東大をバカにし、できなければ「さすが東大」と、拍手の一つもすれば東大生も喜ぶワケで。
東大生が作ったクイズというのは魅力的。
しかも女性の東大生がめちゃめちゃ可愛く「こんなに可愛くて頭が良くて感じのいい子がいるんだ。天は二物を与えるんだ〜」と思う水谷譲。
でも武田先生の不安は「最近オメェら、ノーベル賞獲ってねぇぞ!」という。
本当に関西方面に負けて、クイズを作っている場合か!
だが、東大生にクイズを作らせた人は、東大生よりも頭がいい人で。
東大は凄いのだが「東大生にクイズを作らせる頭の良さを持った人」が世の中にいるということを、まずホルダーの中に入れておきましょう。

 この実験は、模擬裁判のようなものだと思って欲しい。−中略−
 被験者は、事件の概要を聞かされた後、3つのグループに分けられ、それぞれ、次のように話を聞いた。
・グループ1:原告側の弁護士の話だけを聞いた。
・グループ2:被告側の弁護士の話だけを聞いた。
・グループ3:原告側と被告側の両方の弁護士の話を聞いた。
(264〜265頁)

注目すべきは、このABC(本の中では123)のグループに、どれ一つとして真実がない。
こういうことが人間の心理では起きる。
真実は一つじゃない。
真実はそもそも存在しない。
これは面白いことは、原告の話を聞いたAグループはBグループの悪口だけを言い続ける。
被告側の話だけ聞いたのは原告の話を聞いたAグループのことを罵倒する。
両方から話を聞いた人は断定できなくなる。
だから真実が消えてしまう。
本当のことを言ってしまうと、皆、心理の深いところでは葛藤の少ない一貫した、偏った物語の方が正しいと判断しやすい。
これはつまり「正しい判断」というのは「説得力」でなく、ズバリ「面白くなる話」。
これはドキッとする。
今、いっぱいある。
大きな自動車会社さんとか、そういうのがいっぱいある。
どれが真実かわからない、という。
みなさん方が世界全体を見る時に、真実とか正義とか「一つの基準で物事を見る」ということは、アナタの中で相当な誤解が巻き起こされていると思った方がいい。
そういう自分にしないためにどうするか?

この人の本は話が素直に落ちないところがいい。
この人が「人に勘違いさせろ」と「自分で勘違いするな」という。
そういうことをおっしゃる。
「勘違いしちゃダメなんだよ」
その言い方の中でこういうことをおっしゃっている。
この人はこういう人なのだろう。
自分が勘違いしないために生きるために「何が大事か」というとニュースショーなんかで外交とか事件とか、芸能スキャンダルが取り上げられる。
あの手の番組はやっぱり人に渡しやすくニュースを包装紙に包んでいるワケだから、パッケージしているワケだから。
いかな悲劇であろうとニュースが「商品」。
それはテレビ局が作ったニュース番組というところの商品なのだが、その時に必ずわかりやすいストーリーにしてあるんだ、と。
そう疑え、と。
「本当かいな?」と必ず考えろ、と。
悲劇の主人公あるいはやり玉に挙がった悪のヒール等々。
「話は逆で」とか。
「逆なんじゃねぇか?」という。
そんなふうにして考えると、君の錯覚資産が貯まる。
錯覚に対して君は強くなれるんだ、という。
「そんなふうに世の中見た方が、君自身得だぜ」という。
「お願いだからまんま引き受けるなよ」という。

実践編でこんなことを言っている。
まず、出合った人で有能な人か無能な人かを見分けてしまえ、と。
でもとりあえずこの人は有能な部類、この人は無能な部類。
そういう二つの態度を持っておきなさい、と。
一つ「よどみなく話す人。これを疑うこと」
(このあたりの話は本の中には発見できず)
よどみのない人はほとんど何も考えず喋っている可能性が高い。
だいたいよどみなく喋れるというのは自分で考えていないから。
武田先生なんていうのはほとんど本当にそれの自転車操業みたいな男。
人から借りた言葉を人に話したがる人。
こういう人はおそらく無能な人なんだ、と。
煮え切らず言葉につまる人で、足を止めて考えてしまっている人。
こういう人は実は有能な人なんだ。
考えるから時間が必要。
だからテレビのコメンテーターは皆、ふられたら何か言う。
武田先生もその一人。
武田先生もだいたい受け売り。

難しい問題が出てくると必ず、人間にはギクシャクした思考の面が現れる。
例えば、これは不適当な例かも知れないが、あえて言ってしまう。
「原子力発電のメリット、デメリットを語りなさい」「風力、太陽光発電のメリット、デメリットを話しなさい」「トランプか習近平か。日本にとってはどっちの人物がメリットかデメリット。これを語りなさい」というふうに話を持っていく。
メリットの大きさをわりと大声で言って、デメリットを少なく語る人。
この人を無能な人だとはじきなさい。
(このあたりの説明は本の内容とはかなりズレていると思う)

 心理学者のポール・スロビックのチームは、次のような実験を行なった。
 まず、被験者に、次のような技術について、「個人的好き嫌い」を答えてもらった。
・水道水へのフッ素添加
・化学プラント
・食品防腐剤
・自動車

 次に、それぞれのメリットとリスクを書き出してもらった。
(282頁)

このメリット、デメリットは個人の好き嫌いによって無意識に変化し、辻褄を合わせるために「トレードオフ」作り変えられるそうで。

 自分が個人的に嫌いなものは、常に邪悪だし、間違っているし、ろくなメリットがなく、リスクが高いのだ。(293頁)

 このような人間の判断方法を「感情ヒューリスティック」と呼ぶ。(294頁)

難しい問いには簡単に、かつ高速で答え、それもほとんど気分で決定している。
こういう人がいる。
訊くとポンポン答えていって。
「錯覚資産」「換金可能だ」と。
「お金になるんだ」とこの著者は言ってる。

誤解させる力を使って世の中の不条理と戦っていこうと思う。
脳には過剰性が引き起こす三つの認知的バイアス、圧力がかかる。
事態をゆがめて見るという「誤解する」という過剰性という力がある。

 次の3つの脳の過剰性が引き起こしていると考える考えると理解しやすい。
・【一貫性】…過剰に一貫性を求める。
・【原因】…過剰に原因を求める。
・【結論】…過剰に結論を急ぐ。
(309頁)

過剰さゆえに一度だけ成功し、そのハロー効果、後光効果でその後、その座に君臨し続ける方。
思い当たる。
そっちの方がわかりやすいから、あえて名前を挙げてしまう。
「この人たちはパワハラ、セクハラ」と言っているのではない。
だが、そんなふうにして物議を醸した人たちなので、お名前を挙げさせていただく。
これがいずれも過去にものすごく偉大な成績を残した方。
日大・内田先生、体操・塚原さん、ボクシング・山根さん、女子レスリング・栄さん。
こういう方々がパワハラで凄まじい勢いで糾弾されたのだが、この方々が何故に共通点があるかというと「過去、すごい成功体験をお持ち」という。
それからその地位にあり続ける。
具志堅用高さんの反対。
あの人は相当ベルトを持っている。
それでタレントとしても成功なさっている。
アナタがもし、日大の内田さん、体操の塚原さん、ボクシングの山根さん、女子レスリングの栄さん。
そういう方々に何かを教わる、あるいは会社でこの方々を上司に迎えた時、どうするか?
著者は社会問題にしなくても、この人たちを正しく指導できる力があったんじゃないか?
これは武田先生が考えたこと。
もしこの方々がコーチとして、あるいは監督として、あるいは上司として水谷譲の上に君臨した場合、世間に発信していく。
アナタはTBSのラジオ局の裏口か何かに潜んで、向こうの女子アナに後ろからタックルする。
そうやって潰す。
それは内田さんから教えて頂いた方法で。
次の週から口を痛め、歯を痛めた女子アナライバルがいなくなった。
「やった!」と「みんな先生のおかげです」と。
それから伸びてきそうな女子アナがこの局内にいたら給湯室か何かで呼び出す。
それでアコーディオンカーテンをバァン!と閉めて、お茶碗か何かでこうやって体をつついたりなんかして。
山根さんとか栄さんとか。
それぞれの指導方法で印象に残ることを体現し「その人たちがあった故に」と発信していく。
CMのようにその人たちから教えてもらったことを何度も繰り返す。
とにかくアナタの手持ちの発信方法で。
今はもう書き込めば世界中に広がるワケだから。
そうやって更に広げていく。
フォロワー数が増えたところでアナタは環境を変えて、彼らから命じられていないことで実力を蓄え、彼らを置き去りにする。
つまりアナタ自身がそのことによって成功すること。
そして彼らを置き去りにすること。
これは面白い。
「TBSの女子アナにタックルするのはできない」という水谷譲。
それで自分のブログ等々で「成功した」とか。
そういうことを威張る。
この方法はいい。
この誤解に関しては悲鳴は上げない、絶賛する。
そこから始めたらどうでしょう?

そして認知バイアス、知的近眼の方々に対しては、実は怯える言葉が二つある。
「アナタの指導は役に立たない」
これが一つ。
もう一つ。
「アナタがやって見せてください」
この二つでその方々のパワハラ、セクハラ度を試す、という。
やっぱり「役に立たない」と言われると、彼らはたじろぐだろうし。
「そんなことはない!」と言ったら「やって見せてください」と言う。
この言葉をいつも用意しておくことではないかなぁというふうに思う武田先生。
内田さんとか塚原さんの話が出てきたところは、この本を読んで武田先生が会得したパワハラ、セクハラに関する対抗策。
人間は物事を歪んでみるという事に関しては著者だが、それを応用する方法は武田先生が考えた。
あまりピタッとこないところが、かなり無理があったと思う。
武田先生も必死になって生きているから。

この「勘違いさせる力」を読みながら、あるいは漫画が多いので見ながら、思ったのだが「勘違いさせる力」ではなくて、人間というのはもともと「勘違いしたがる生き物」なのではないか?
勘違いというのは啓発されるべき力ではなくて、人間の本能に即した力なのではないか?と。
そういう意味で、お聞きのみなさん、武田鉄矢がこの「勘違いさせる」をさらに発展、進化させた形で「誤解する力」を書きあげるので待っていてください。

最後に著者を褒めておかなければいけない。
著者は錯覚資産を図形の体積で証明し、指数関数的に証明していく。
図がものすごく多い。
著者が一番最後のページで宣言していることこそが、なかなかたくましい。
勘違いさせる力を説いた本だから、この本は勘違いでベストセラーにならないといけない。
それはもうこのご本人が言っている。
「私は読者を勘違いさせるためにすべての努力をした」と。
「ですから後はベストセラーになることだけを楽しみに待っている」という。
その宣言でこの本は終わる。
(という記述は見当たらず)
なるよう祈っています。
それで「お手伝いしたいな」と思った。
だいたい同じ趣向だから。

この著者の言っていることの中でギクッとした。
今、日本のニュース報道でしきりに言われている「世界を動かす大国」とか「強国」とか「米中」とかと。
それをこのふろむださんが「本当に実力あんのか?」と言っている。
(という記述も見当たらず)
これも、日本という国に強国、大国と誤解させる力があるから「彼らは大国ぶってるんじゃないか?」という。
彼らは実は錯覚資産で自分たちは世界の中心にいて、世界を回しているという説を勝手に作っているのではないか?と。
我々は気づこう、と。
二十一世紀の日本はガリレオでありたい、と。
「大地は動いている」と地面を叩こう、という。
そういう締めくくりの心意気をすごく買った武田先生。
ふろむださん、ベストセラーになることを心より祈っております。

武田先生も宣言をしておくが「私はあなたのフォロワーです」。
今の流行りの言葉で言うと。
しかし一個だけふろむださんに訊きたかったことは「一発目の成功をどうするか」は何一つ書いていない。
「一発目の成功は大事だ」と言うが「一発目の成功をどうするか」という、それがあってからの話。

世田谷に住んでいる武田先生。
世田谷を朝、散歩していたら、ある神社の前でタヌキとバッタリ会った。
野生のタヌキ。
武田先生は驚いた。
百○十万人が住んでいる街で、タヌキが早朝の街の横断歩道を歩いている。
それで目が合って。
面白いことだったので日記に書こうと思って、例のスマートフォンで「今朝タヌキに会った」と書いた。
そうしたら出てきた英文が「This morning I met a cunning person.」と出た。
「ずるがしこいヤツ」
考えてみたらタヌキは日本では多義で。
誤解する。
それはそのSiri君という武田先生の英語機能も勘違いしていて。
「タヌキ」と書いたものだからアニマルではなくて「ずるがしこいヤツ」。
でもタヌキという言葉を今度はうどん屋さんで使うと麺類になる。
日本史を語っている時にタヌキと言えば徳川家康になるという。
タヌキだって四つぐらいの意味がある。
何でこんなに日本語はややこしいのか?
それから英語を教えてもらっていた英国娘から言われたのだが、日本語は一つの言葉が多義すぎ、意味が多すぎて。
それもあべこべの意味がある。
結婚した二人は「おめでとう」。
待望の赤ちゃんが産まれると「わぁ、おめでた」で。
それで何十年か銀婚式・金婚式で「おめでとう」があるのだが、バカな夫婦の場合は「おめでたいヤツらだ」と、こうなるワケで。
日本語で、この言葉づかいは一体なんだろう?と。
それは「誤解するため」ではないか?
つまりよく話し込まないとどっちの意味かわからない言葉をあえて使うことによってコミュニケーションに時間や手間をかけようという意図が「一語多義」、あるいは「あべこべ言葉」を国語の中に持っている、という。
「いい加減」だっていい方の「いい加減」も悪い方の「いい加減」も日本は話し込むことによってどっちかにジャッジしていく、という。
「誤解する」ということが実は日本語の中ではとっても大事な言語のセンスではなかろうか?と。
誤解というのは日本人の暮らしを、いや、人類の暮らしをうまく回していく力なのではないだろうか?と。

posted by ひと at 20:02| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年2月11〜22日◆勘違いさせる力(前編)

行きつけの盛り場が昔は六本木だったり青山だったりしたが、今は三軒茶屋になった武田先生。
時々(合気道の)部活の仲間と一緒にお店屋さんに入って食べたりする。
武田先生の部活仲間なので60〜70(歳)の人ばかりなのだが、一緒に飲み食いしていると周りが全部学生さん。
三茶は本当に学生さんの街。
あまり宣伝をするのはよくないのでコッソリ言っておくが、都内に3〜4軒の行きつけの本屋がある。
そこをグルグル回る。
みなさんもお気づきだろうと思うが、その街のその本屋さんというのは、その人たちに合わせた本を売るから、四つ本屋さんを持っていると違う種類の本が並んでいることに。
もちろん売れる本は決まっている。
でも、申し訳ないが、あれはまな板の上では取り上げない。
武田先生は「ちょっと変わった本のタイトルに惹かれて手を出す」ということがある。
これは学生街の三軒茶屋の本屋さん。
もう有名だから言ってしまうがTSUTAYAさんで見つけた。
おそらく店内にあふれた若者を狙ったプロモーション展開で、書棚に並べられているのであろうと思う。
それから東京駅でもこの本を発見した。
若い人、あるいはビジネスマンの気を引いているようで。
武田先生も出版したことがあるダイヤモンド社から出ている。
ここはハウツーものが得意。

人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている



副題は「え?まだ実力で勝負とか言ってるの?」という。
上から目線の本。
著者は「ふろむだ」なる謎の人物。
伝説のブログから書籍化したらしいということ。
書籍というよりも本を開くとビックリするがほとんど絵ばかり。
図で説明したり漫画で説明したりという。
ちょっと申し訳ないが、かなりズルイ作り方。
タイトルの「勘違いさせる力」というのが気になったのは、武田先生に今「本出そうか」という話があって。
まだ先だが。
その本のメインテーマが「誤解する力」。
「何だ。先、やられたかなぁ」と思ったのだが、シカトするのは簡単だが、やっぱりそれでは上等ではないので。
自分が今、企画している本とよく似たこの「勘違いさせる力」というのも取り上げてみようかなぁというふうに思う。

002.png

これ、上の線と、下の線は、「本当は」同じ長さだよね。
でも、下の線のほうが、長く「見える」。
(48頁)

かくのごとく人間はいとも簡単に錯覚をしてしまうということ。
そしてこの絵のあとに、ものすごいことが書いてあるのだが(実際には絵よりも前)経済政策の失敗から大変な不評の大統領となったジョージ・ブッシュ。
その日までは「共和党最低の大統領」という噂だったのだが、何とその日を挟んで支持率90%の大統領になるという。
(本によるとブッシュ大統領の経済政策への支持率が60%に上昇。経済政策以外は何パーセントかは書いていない)

 たとえば、2001年、9.11テロが勃発したとき、ブッシュ大統領への支持率が急上昇した。(8頁)

アメリカ国民がテロによって数千人殺されるという現場を目撃したその瞬間、無能だと罵っていた大統領を一斉に勘違いし始めた。
この勘違いすることによってアメリカは一つにまとまった。
更に勘違いの戦争をそこから始めるという。
ジョージ・ブッシュさんではないが、実力があるからではない。

たとえそれが実力によるものではなく、上司や同僚や部下や顧客のおかげで達成できた実績だったとしても、強烈な思考の錯覚を産みだすのだ。(13〜14頁)

 ここで重要なのは、「人々が自分に対して持っている、自分に都合のいい思考の錯覚」は、一種の資産として機能するということだ。
 本書では、これを「錯覚資産」と呼ぶ。
(14頁)

「錯覚」というのは貯金のきく「資産」であるという。

人に勘違いをさせて、それを資産として、道具として、自分の財産として使っていくんだ、という。
そういう発想。
実力があるからその人はそこにいるんじゃない。
その人は、人を「勘違いさせる力」があったからそこにいるんだ、と。
そういう目で見てみましょう、という。

本のタイトルはなかなか面白い。
「勘違いさせる力」
よく恋愛なんかは「勘違いから始まる」と言うので、それにちょっと通じるかなと思う水谷譲。
「勘違い大切だな」ということは思う。
だから「勘違いさせる力」というのは恋にも使える。

この「勘違いさせる力」だが、その勘違いを引き起こすためには「認知バイアス」、認知の偏りを利用すること。
これは視覚に盲点があるのと同じで、脳は自分の欠陥に気づかず世界を見る。
この盲点こそ心理におけるハロー効果だ。

「ハロー効果」の「ハロー(halo)」とは、あいさつではなく、後光のこと。
 なにか一点が優れていると、後光がさして、なにもかもが優れて見えちゃうような錯覚、というわけだ。
(54頁)

これはドキッとする。

「直感が間違える」というエビデンスがいくらあっても、客観的事実より、自分の直感のほうを信じる。人間とは、そういう生き物なのだ。(56頁)

仲間たちは正しいことを言う人よりも「気持ちのよい人」を友として選びたがる、という。
人間にはそういう、元々「勘違いする力」が備わっているんですよ、という。
このハロー効果、後光がさしているという効果をうまく使っているのが政治家の人たち。
続く職業の方が作家。
その次に芸能人、その次が起業家。
ZOZOTOWN。
ああいう方もハロー効果を使うのがうまそう。
あとはユーチューバー。
「彼のところは面白い」とかという、一個でも評判を取ったら、それを振り回すことによって、自分の背中に後光をささせる、という。
たった一つのハロー効果のみでうまく立ち回る人々、という。

武田鉄矢もハロー効果の人。
ただし、このハロー効果というのは一回でも汚染されると全部を無くす人がいる。
武田先生の場合は「未成年に手を出した」。
これはもう抹殺だろう。
もうタイトルが浮かぶ。
「金八先生」「児童に手」
その「手」のところが赤い文字か何かでなっていたりすると、もうおしまい。
つまりその人が持っているハロー効果の汚染。
それは確かにある。
(雑誌の記事の)タイトルを考えやすくていい。
だから文春がその手の人を。
芸能界はそんなもの。

人の心理の不思議さ。
ヒューマンウォッチで実験をしている。
これはアメリカの実験。
こんなむごい実験を日本でやったら大変なことになってしまうので。

 その実験では、老人ホームの老人を、学生ボランティアが何度か訪ねた。
 半分の老人は、その学生ボランティアが訪問する日時を、その老人が決めた。
 残りの半分の老人は、自分では日時を決められなかった。
 2ヶ月後。
 日時を自分で決められた老人は、そうでなかった老人に比べて、より幸せで、健康で、活動的で、薬の服用量が少なかった。
 この時点で研究者は研究を終了し、学生ボランティアの訪問も終わった。
 その数か月後、学生ボランティアの訪問日時を自分で決めた老人の死亡数が極端に多いと知らされ、研究者は愕然とすることになった。
(125〜126頁)

(本には書いていないがコネチカット州の高齢者介護施設アーデンハウスで1967年に行われた研究だと思われる)

 学生ボランティアに訪問してもらう日時を自分でコントロールできるということが、心身にどのような影響を与えるのか?−中略−
 しかも、ひとたびコントロールできた老人は、そのコントロールを失うと、酷く死にやすくなることがわかったのだ。
(127頁)

「オレはあの人物をコントロールしてるんだ」と思うことによって「生きがい」が発生する。
会社を辞めた方が急にしおれちゃうのも、部下がいなくなるからということなのだろう。
だからアゴでこき使ったり指導したり「オレが世話してるんだ」という自負というのが、その人たちの何かを支えているのだろう。

著者はこう説いていく。
一つ成功して、その一つだけで終わる人がいる。
その一つを利用して、そこから何をやってもうまくゆく人たちがいる。
この著者が言っているのは、一つの成功を「成功した」「それは何だ」ということを「自らが自覚しないとダメなんだ」ということ。
この著者はするどいことを言う。
とにかく一つうまくいったら何でもやるんだ。
それで二つ目がダメだったら何個もやる。
3、4、5、6、7、8、9、10・・・
人はうまくいった個数しか数えていない。
これは武田先生も思い当たる。
『母に捧げるバラード』で一つ目の成功でポォン!と躍り出て。

母に捧げるバラード (Live)



その後、『あんたが大将』みたいな中ヒットを出したと思ったら映画に行っちゃって。

あんたが大将



最優秀助演男優賞なんか貰っちゃって。

幸福の黄色いハンカチ デジタルリマスター2010



それでテレビの仕事(『3年B組金八先生』)がコロンと来たら主題歌で『贈る言葉』。

贈る言葉



ポン!100万売れました。
「どんと来い」と言う人がいる。
武田先生も『母バラ』の後、たった一年なのだが、貧乏のどん底で毎日思い出せるぐらい辛い日だった。
武田先生も奥様が妊娠した時、喉まで出かかった。
(純烈を)お辞めになった人と同じ言葉が。
あの人たちみたいなことを思わず言いそうになった。
もう育てていく自信がない。
奥様が武田先生を誤解させる。
「赤ちゃんは大丈夫よ」「何で?」「食べないでしょ?そんなに。牛乳飲ませとけば大きくなるんだから」
武田先生は「そういやそうだよな」と思った。
でもその間のそこまで思いつめた労苦の果てに『あんたが大将』を思いついて。
全ての友と別れて新しいプロダクションへ。
それはもう大ゲンカ。
武田先生のことを「裏切り者」と呼ぶ友もいた。
そこから本当に光がさすように『(幸福の)黄色いハンカチ』が。
でもその間、武田先生を「連続ヒットで映画まで行って『金八』につないだ」とか言いう人がいる。
それも「ハロー効果」だろうが。
でも、一つでダメ、次に何かやるということがいかに大事か。

(番組冒頭の)街頭インタビューの中で女性が「世間からのバイアス」というのがあるが、今、まかり通っている「善」「よきこと」というのはバイアスから生まれている。
大変ぶしつけな言い方だが。

この間、故郷に帰って一杯酒盛りをしていた。
ちょっと先輩が入院なさるので、入院を励ましで集まって一杯飲んでいた。
その先輩が「武田、車運転するか?」「はい」「今でもしてんのか?」「はい」「武田も酒気帯び運転だけは気をつけろよ」とおっしゃるのだが。
よく考えたら、この人は武田先生たちが若い時、まだ酒気帯び運転に福岡県が鈍感だった時、飲んで運転して車を忘れた人。
お酒を飲んで車を運転してどこかに停めたらしいのだが、どこに停めたのかわからなくて。
それで隣の人が「○○さん、お宅の車は路面電車の安全地帯に乗り上げて停められてますよ」。
「オレは驚いた。拾いに行ったよ」と言いながら。
故郷に帰るとそんな事をつくづく思う。

 2003年に発表された記事によると、「自分が死んだときに、臓器提供する」と意思表示している人の割合は、次のようになる。−中略−
ドイツ 12%
スウェーデン 86%
オーストリア ほぼ100%
デンマーク 4%
−中略−
 正解は、「デフォルト値の違い」だ。
 臓器提供への同意率の高い国は、「提供したくない人」がチェックを入れなければならない。
 チェックを入れない人は、臓器提供するとみなされる。
 同意率の低い国は、その逆なのだ
(164〜168)

 人間がデフォルト値を選んでしまう傾向があるのは、「判断が難しい選択」のときであることがわかっている。(168頁)

だからドイツ、スウェーデン、オーストリア、デンマークと並べたが「あ、この国は優れている」「あ、この国はダメだ」そんなふうに思ってはダメ。
書類の書き方でこれほどの差が出るワケだから、ある数字を見たにしても、まずは感情を除いておいて、もっと情報がないか?と探すようなクセを付けないとアナタは成功しませんぜ?ということをおっしゃっている。
人間は確かに数字を示されるとすぐに信用するところがある。

人間は狭いヒントを与えられると、たちまちその狭いヒントだけで世界を判断していくという。
そういうのが勘違いすることになりますよ、と。
この本は「どうせだったらば人に勘違いさせる人間になりましょう」ということを説いたということ。
「人生は実力よりも勘違いさせる力だ」「実力なんか関係ない」という著者ふろむださん。

 たとえば、アメリカで行なわれた実験。
 その実験で、被験者は、次のような質問をされた。
 スティーブという人がいる。
 スティーブの性格は、次のようなものだ。
・他人に関心がなく、現実世界にあまり興味がなく、物静かでやさしく、秩序や整理整頓を好み、細かいことにこだわる。
 スティーブは、図書館の司書でしょうか?
 それとも、農家の人でしょうか?
(205〜206頁)

ほとんどの被験者は、「スティーブは司書」って答えたんだ。
 でも、アメリカでは、司書に比べると、農業従事者のほうが、はるかに多い。
 司書1人に対して農業従事者は20人以上いる。
(208頁)

確率的に農家の人の方の可能性が高いのだが。

1.人間の直感は、「思い浮かびやすい」情報だけを使って、判断する。
2.人間の直感は、正しい判断に必要な情報が欠けていても、情報が欠けているという感覚を持たない。
(213頁)

ニュース番組、あるいはニュースバラエティ等々に遭遇した場合は、みなさん気を付けましょう。
隣国の半島の国なんかもグシャグシャに国民感情がなっているが。
武田先生は福岡でレギュラー(番組)を持っている。
ホテルのエレベータに乗ると乗ってきた6人が全部半島の方。
福岡は多い。
でも半島の国はもの凄く日本のことをお嫌い。
なのに、釜山からの高速船からいっぱい降りてくる。
何か違うみたいで。
だから韓国、あるいは北朝鮮を考える時、東京という政治の舞台での対韓国、対北朝鮮への感情と、福岡の人から見た対韓国、対北朝鮮の見方という。
その地方の目をもう一つ持っていないと大きく勘違いすることがある。
武田先生自身も反省している。
福岡の人はアジアチック。
全部、国名の下に「さん」を付ける。
「『韓国さん』が来てですね」「中国の『上海人さん』でした」みたいな。
「さん」「さま」を付けるという。
そのものの言い方に一部の皮肉もない。
東京のラジオ、あるいはテレビで聞くと、ずっとケンカしているみたいな感じがする。
福岡に行くと、全然薄らぐ。
それとPM2.5。
この間聞いたら「ちょっと減ってきた」と。
福岡の人はわかる。
わかるぐらいの近さ
美輪明宏さんは子供の頃、上海の映画館に行っていた。
「『風と共に去りぬ』を見た」とおっしゃっていた。
そんなもの。
だから釜山なんていうのは大阪よりも近いのではないか?
高速艇で3時間かかるかかからないか。
だから距離の近さがものの見方の違いになっているとすれば、そういう意味でぜひ情報が少ない場合は一旦感情を保留しておいて、という。

3年B組 金八先生 第1シリーズ DVD-BOX 第1シリーズ



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2019年09月02日

2019年4月1〜12日◆I'm ageing(後編)

これの続きです。

先週の終わりはビックリするような結論で終わった。
長生きするということのために必要なのは「飢え」「命の危機」「ストレス」。
そういうことを重ねると寿命は伸びるという。
その「飢え」「命の危機」「ストレス」というのを習慣化するためにギュッと濃縮されたのが「スポーツ」であるという。
これは意味のないことで体を動かし、非常に不愉快な目で勝った負けたを大騒ぎしつつ、ハッと気がつくと空腹でたまらないという状態に人間を持っていくシステム、という。
これが実は寿命を延ばすためのドリルではないか?ということ。

 困難に直面した動物は、安楽に生きている動物よりも長生きする。この奇妙な現象はホルミシスと呼ばれている。−中略−ホルミシスはまた、老化の適応値の謎を解く手がかりも提供してくれる。どうやら、老化は死亡率を平均化するらしく、病気や飢餓で死亡する個体が減ると、反対に死亡率を上げる。(202頁)

命にはこういうみょうちくりんなところがあって、簡単にできないという。
困ったもの。
しかし命というものはそういうこと。

少量の放射性物質にさらされたり、ほんのわずかなX線放射を毎日うけた動物は、ほかの動物よりも長生きする。(197頁)

「放射線」と言うとみな、ギクッとするが、それが治療になったり。
このあたり「命というのは実に興味深いもんだ」ということで生きていきましょう、ご老人方。

単純な自己増殖システム──初期の地球に偶然′サわれたとされるシステム──を実験室で再現しようとすると、うまくいかないのである。一九五〇年代に、このプロジェクトに対する最初の熱狂が巻き起こった。メタンと水とアンモニアを混ぜたガス体に放電するだけで実験室で簡単にアミノ酸がつくれることがわかったのだ。しかし、ひとつの機能を持つタンパク質をつくるためには、たくさんのアミノ酸を特定の配列で結びつけなければならないし、自己増殖するシステムをつくるためにはそうしたタンパク質がたくさん必要になる。自己増殖するこのシステムはあまりにも複雑かつ特殊で、いついかなる場所であろうとも、偶然に発生するとは考えにくいのである。(206頁)

(番組では「偶然に発生するとしか考えられない」と逆のことを言っているが本には上記のように書かれている)

量子力学によれば、量子の王国を支配する不可思議なルールを公式化するには「観察者」が必須の構成要素であるという。そこで科学者のなかには、発生期の生命──それも観察者となりえる意識を持った生命──が、物理学の基本構造のなかに組みこまれているのではないかと考える者も現われたのである。(206頁)

つまり誰かが見ていないとタンパク質が生き物にならない。
これはまさしく手塚治虫の『火の鳥』。

火の鳥【全12巻セット】



だから「目撃者」というのがいないと生命が誕生しないとすれば、そこが宗教の
原点ではないか?という。
人間という生き物を創るために誰かがその生命の誕生を目撃していた、という。
それがいない限り生命は生まれない、という。
それほど自己を複製できる生命を創るということは、もの凄く不思議なこと。

メンデルの遺伝子からDNAの発見。

 染色体はDNAの長い鎖で、何億もの核酸サブユニット──塩基T、A、C、G──とともに、すべての細胞核に存在している。−中略−細胞が分裂すると、染色体はその二重らせんを解き、それぞれの鎖が新しい相手をつくる。ここでDNAレプリカーゼという酵素が登場する。このDNAレプリカーゼが染色体を端から端まで這い進んで新しい塩基(T、A、C、G)を集め、マッチする染色体の半分をつくりだすのである。こうして一対の染色体が二対になり、ふたつの娘細胞が生まれる。(226頁)

染色体を横切っていくDNAレプリカーゼは、任務の最後でトラブルに直面する。自分自身の安全を確保する余地を残しておく必要があるため、最後の数百の塩基ユニットをきちんと複写できないのだ。どういうことかというと──−中略−コピーされるたびに染色体は少しずつ短くなっていくのだ。(226頁)

 まず、どの染色体の末端にもDNAの緩衝器があって、その部分は意味のある情報を含んでいないのである。これはテロメアと呼ばれており、−中略−通常、テロメアは自動的に折りたたまれており、DNAのエンドキャップの役目を果たしている。(227頁)

テロメア──染色体の両端についているしっぽ──を使い、細胞は自分が何回自己複製したかを数えており、一定回数を超えるとテロメアが短くなり、細胞は疲弊して死んでしまう。複製老化はテロメアの生化学の一部としてこんにちまでつづいている。複製老化は目的を達成するための手段であり、わたしたちが老いるのはそのせいだ。老いた人間の細胞はテロメアが短く、これが体の修復速度を遅くし、体に毒素を放出する。(235〜236頁)

だからジイサンは眉毛にやたらと長い毛が一本あったり、それから生えちゃいけないところ(耳とか)に毛が生えて・・・。
テロメア(留め具)が緩くなって毛を作らなくてもいいのに耳の細胞が、何かグズグズになる。
ヒモが緩い。
若いときはしっかり巻きついていたのが、緩くなってくる。
それで細胞の中で勘違いしちゃって生やさなくてもいいのに、毛を生やしたり、伸ばさなくてもいいのに眉毛に一本だけピーンと。
武田先生にもある。
メイクの女の子が切ってくれる。
「あっ!ジイサン眉になってる〜」とかと言いながら。
そんなふうなことを「老化」と呼ぶのではないか。
その緩くなったところがミスの細胞を作ると、細胞で炎症を起こしてしまう。
その炎症が実は癌細胞が発生する「癌リスク」の元になるという。
だから老化というのは何かというと、とある年齢に訪れる複製の劣化。
細胞の修復速度が遅くなる。
最近体を痛めても治りが遅い。
「風邪も長引くし咳も止まらない。傷も治りにくくなる」と感じる水谷譲。
そこの部分の細胞自体で毒素を放出するということ。
炎症がひどくなるということで癌リスクが高くなる。
そのことがどんどん進んでいくと老化はゆっくりと死に向かい始める。
「生きる」とは何か?
生きるとはゆっくり死ぬことである。
ゆっくり死に向かうために、実は体中の細胞はたくさんの細胞の死によって支えられている。
でもそれを補いうる細胞があるから「私は若い♪」なのだ。
「お肌ツルンツルン。お水弾いてる〜」
だんだん弾かなくなる。

 細胞は自殺することがある。−中略−アポトーシスの場合、細胞は自分自身の死に向けて、きちんと順序だった計画を立てる。(238頁)

そのことで次の細胞が出来ることで私は、昨日と同じような私の顔をしている。
だから「アポトーシス」。
死んでいく、自殺する細胞によって「生きる」ということが支えられている、という。
こういうのは面白い。

癌とは何者かと言えば「自殺しない細胞」のこと。
つまり「死なない老人」と言うか。
死なない老人というのが生き続けるために、入れ替わらないでそこにいることが命そのものを起すという。
死なない細胞が起こすのが癌。
逆の意味でまだ生きて欲しいのにどんどん死んじゃうというのが「アルツハイマー」。
老人が死ぬタイミングというのは生命にとっては重大。
アポトーシス、自殺を忘れた細胞が引き起こすのが癌。

 アルツハイマー病、パーキンソン病、筋肉減弱症、生殖能力の喪失──程度の差こそあれ、これらは長生きをした人間すべてに影響をあたえる。この四つはすべて自殺遺伝子の働きによるもので、プログラム細胞死と関係している。(253頁)

そういうことを考えると生き物というのはバランス。
重大なことは生物の中には死のうとしない動物もいる。
ハダカデバネズミ。
(明石家)さんまさんみたいに歯がバァン!と飛び出して全裸。
ちょっとギョッとするようなネズミ。
死なない。
事故に遭うまで生き続ける。
(ということではない)
ずっと同じ成人のまんま。
「不老不死」と言ってもいい。
でも不老不死のわりにサッパリ増えないところを見ると、彼らを待っているのは他の強い動物に喰われるとか、それから飢えて死ぬとかっていう事故が多発しているのだろう。
でないと、そこらへんがハダカデバネズミだらけになってしまう。

死なないということを前提にしている生物というのは、その数を増やすことができない。
では人間はと言うと、これは死ぬことを前提に進化した動物。
人という動物は、いつか死ぬことを前提にして生きている。
自然界の弱肉強食を避け、死を群れ全体で平均化し、群れにとって一番大事なことは「絶滅を避ける」という生存戦略。
これを選んだサルが人間。
だから我が子を父親がいじめぬいて、という。
母親もそれを横で眺めておった、という。
物凄く腹が立つ。
信じられない。
なぜ信じたくないか、なぜ腹立つかと言うと、私達が生き残ってきた生存戦略を裏切っているから。
「それやっちゃおしまいだよ?」というのが人間にはある。

ここからは武田先生の意見。
では日本の場合はどうか。
私を含む巨大な数の老人世代が若い世代にのしかかっております。
これは厳然たる事実であります。
「老人が生き延びることによって子供が生まれることが少なくなっている」という言い方をなさる方もいる。
いったいに日本人には何故こんな進化圧がかかっているのか。
日本は外部からの攻撃、体で言えば細菌、寄生虫の驚異が絶えず予想されます。
体に例えて国際社会を見ましょう。
まわりは恐ろしげな国ばっかり。
日本人を理解したくもないというような隣人の方もいらっしゃるし。
「さあ、詫びろ」を繰り返す隣人もいらっしゃる。
さらっていく隣人もいらっしゃる。
小さな島がどんどん根室に近づいているが「オレんとこ、オレんとこ!」と言い続ける人もいらっしゃる。
それから潜水艦で人ん家の庭先をブンブン走っている超大国もあるという。
その上に非常に厳しい自然にある。
まずは平べったく言うと「寒暖の差」。
これが非常に厳しい。
日本人は三か月前後にクルクル替えていかなきゃいけない。
これは生き物にとっては大変。
それから食料も「分かち合う」とか「もったいない」を繰り返していかないとこの国はたちまち食料に困る国。
その上に、これほど災害の多い国があるでしょうか?
地震、豪雨、そして台風。
そして社会環境。
武田先生も含めて老いても休めず働かねばならない。
これほどのストレスの多い国なのだが、世界に誇る長寿国。
そうやって考えると・・・。

ここに例の自然界の「ホルミシス」という。
実は長寿の原動力があるのではないだろうか?
考えてみると日本の老人は確かにストレスに強い。
その次に日本の老人は清潔を好む。
もちろん個人単位。
これくらい道路を掃いている老人はいない。
みなさん、嘘と思うならちょっと道を見て。
本当に時折「チリ一つ落ちてない」というのがある。
老人はなぜかくも増え、なぜかくも長生きをしているのか?
武田曰く、老人は「次なるバランスを準備している」。

ここではウサギの集団の成長率と草の成長について考えてみよう。(292頁)

もしウサギの繁殖速度が草よりも遅ければ、集団が環境収容力(一地域の動物扶養能力)を超えてしまうことは絶対にない。ウサギの集団は完全に安定している。(294頁)

このウサギの生存を支えている森の条件とは何か?
当然だが「草原の草の成長スピード」。
この草の成長を無視して繁殖が上回れば・・・。
特にウサギは年がら年中交尾する生き物だから。
だから「バニーガール」。
一年中いつどこでもウサギは交尾できる。
バニーガールはそういう意味。
草原の草の成長のスピードとウサギの頭数がマッチしていなければならない。
その草の成長を無視してウサギの繁殖が上回ればウサギは全滅の危機がある。
だから草の成長スピード、天敵みたいなものにヤラレる。
タカに喰われたり襲われたりすることがある。
ヘビに襲われたり。
そういうことも全部含めて危機を入れておいて、森でウサギは生きている。

現地球で起こっている政治活動、あるいは経済活動は何かというと「草原の草の奪い合い」。
自由経済というものが世界中を草原にした。
中国は世界の森へ進出しなければ13億(人)は間違いなく飢える。
このままいけば中国は2億人の老人を抱える。
老人大国を二歩も三歩も手前を行って体験しているのは日本で、老人大国を一番最初に抜けるのは日本。
もの凄い言い方をするが、私達はこれからバッタバタ死んでいく。
その時に私達老人が見事なタイミングで死に切ることと、有効なバランスをこの国にもたらすと、私達は「死にがい」のある老人になる。
その第一歩が「入管法」ではないかと近頃考える武田先生。
アジアの青年とか世界中、日本の文化に興味を持ったり、理解を示してくれた青年や若い女性をこの国に招きたい。
日本という国を、もしよかったら愛していただいて。
そういう下地作り。
日本は今、子供が少ないので多分足りないと思う水谷譲。
だからこの国が「わりといいな」と思ったり、あるいは死んでいく老人たちが「いいお父さんだったよー」とか「私は花瓶と尿瓶間違えちゃった」とか。
そういう看護婦さんがいたりする病院を。
「シビン・カビン・シビン・カビン? タクサン、ワカラナイヨー」とかと。
そんな人でも老人が幸せだったらいい。
「気持ち」の問題。
そういう人たちが「あのおじいちゃんよかったなぁ」とか「この国いいなぁ」と思って、この国を気にいって結婚していただいて、子を一人か二人産んでくれて、子が増えていくという。
一番最初にお話しした「性は多様性を好む」。
性は単一民族を嫌う。
単一民族でまとまっている国があるとする。
その国は一つの病で一夜にして滅びるという性格を持っている。
多様性。
南の病気にも強い、北の風邪にも強いという、そういう子たちが日本中に増えること。
それが日本を強くすることではないか?
街の治安もあるかもしれないが。
今、日本で活躍しているのはハイブリッド。
陸上、ケンブリッジ飛鳥。
テニス、大坂なおみ。
相撲、高安・御嶽海。
野球、ダルビッシュ。
俳優では草刈正雄。
モデルではローラ。
みんなハイブリッド。
ハイブリッド社会とは何か?
多様性。
その礎を作るのはご老人。
我々65(歳)以上の高齢者。
にこやかにフィリピンの看護婦さんと会話する。
その人が高安を産んでくれる可能性があるのだから。

多様性を求める「性」。
その形質の獲得の下準備こそが日本の老人問題なのだ、と。
若者をこの国に招き、この国の女と、あるいは男と夫婦をなし、そして生まれた子たちは日本とのハイブリッド。
やがてはダルビッシュになるかも知れない、やがては大坂なおみになるかも知れない、という。
そこに日本の未来があるのではないか?
また日本の女性はこの手の結婚に強い。
武田先生の知り合いでサウジの男と離婚してしまったが結婚して、3〜4年住んでいた女がいる。
惚れた男一人いれば、そんなのは平気。
言葉が違おうが宗教が違おうが行ってしまう。
日本の男はダメ。
日本の男はそこがいいところかも知れない。
「ダメ、オレ。豆腐喰え無いとダメ」とか。
武田先生がそう。
「やっぱり豆腐喰いたいよねー」とか。
そんなことを言っているヤツはダメ。
でも日本の女性が持っているハイブリッドの血。
これはやっぱり「豊玉姫の血」というか。
日本の神様の山彦と結婚したのは竜宮のサメの化身。
新潟の方では鶴が嫁に来た。
浜松にはタニシと結婚したヤツがいる。
「タニシ女房」というのがいる。
女房が作る味噌汁がやたら美味しいというので村中の評判になって「アタシが味噌汁を作ってるとこは覗かないでください」という。
ところが亭主が馬鹿でコッソリ覗いたらタニシがお尻を味噌の中に付けていた、という。
怖ろしい話。

老人は進化可能性の改良に貢献しているからだ。−中略−老化は、進化的変化のペースで適度の量の違いを産むことができる。−中略−老化はおそらく、ふたつの要因(競争の公平性と個体群の多様性)を提供することで、進化的変化のペースを二倍にする程度だ。(309〜310)

寿命の短い個体では、50代ぐらいで死んでしまうような国では、遺伝子の多様性はかなわない。

寿命の短い個体は、寿命が長い個体に比べて、遺伝子プールに貢献する機会が少ないからだ。(311頁)

寿命の短い国では遺伝子の多様性をなくす前に死んでしまう。
だから老人の面倒をみなくていいという手間が、回転が速い分だけ助かるのだが、その分だけ若い男がお父さんの跡継ぎをしてしまう。
そのことでジグソーパズルのピースは埋められるが絵が変わらない。
だから老人たちが生きている今こそ老いを利用して若者、つまり若い人にすがる。
それが国内でも国外の若者でも若者の本質を見抜いてすがる。
助ける若者を呼び寄せる。
くどいが「尿瓶と花瓶、間違えちゃった。おじいちゃん」「いいよいいよ。花瓶でするから」「やさしいよね。おじいちゃん」。
そんな日本語の上手じゃない看護婦さんがいても、にこやかに笑っている看護婦さんが薬剤師さんと結婚して、山中教授みたいなのができるかも知れない。

著者は長寿のために持論を展開しているがここでは触れない。
健康法に関しては安易に話に触れると、意外とその説が何年後かに簡単にひっくり返ったりする。
健康法は難しい。
ただ、この著者が繰り返しおっしゃっているのは、アンチエイジング薬は確実に進んでいるそうだ。
年を取ることに関して、私たちはますます医学ににじり寄っていくのであろうということ。

私達はなぜ老いるのか?
老化は私達が獲得した進化の形質である。
前期・後期(高齢者)、全部ご老人方聞いてください。
老化は老人が死に絶えた後、孫たちの代において意味を見出す。
私達が死んだ後、私達の孫の代でお爺ちゃんがやったことがきちんと成果として出る、と。
老いることには必ず意味がある。
しかしその老人が最後まで老人の役割を果たして死んだということは、死んだ後にしか顕現しない、出現しない、成功は確認できない。
そのことを自覚して。

いかに過去の体験というのがすごいかというのを、このアメリカの学者さんの一例からご紹介する。
(以下の話はこの本の中には見つけられなかった)
19世紀、アイルランドでジャガイモ不足による飢饉があった。
100万の単位で人々が死んでいく。
そのために彼らも生きることに必死で、移民としてアメリカへ渡っていく。
これがアメリカ文化を作っていく。
つまり孫の代になって爺ちゃんたちの苦労が初めて孫たちの体で花開く。

よい国を作るために私達老人は頑張りましょう。
一番最後に武田先生のメモ。
桃太郎、金太郎、かぐや姫を育てたのはこの国の貧しいお爺ちゃんとお婆ちゃんです。
70、80(歳)の爺さんバアサン。
老マン、老ウーマンは一日にして成らず。

posted by ひと at 08:22| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年4月1〜12日◆I'm ageing(前編)

I'm ageing「私は年を取りつつあります」という年齢進行形でお送りする。
目を転じて大きく世界を見ましょう。
1980年代レーガン政権によって規制緩和が始まり、抑制なき経済戦争が始まった。
ついに資本主義は略奪同然の対立を生むようにもなった。
競争を勝ち抜くために必要なものは、これは今も続いている「安定した強い政府」。
第二に「自由市場」。
物のやり取り、貿易等々が関税をなるべく抑える、という。
そういうことが好景気を生む社会進化論の二つの柱だ。
「強い政府」と「自由市場」。
過酷な生存競争のみが適者生存を選ぶ。

 歴史的に見て、自由市場はすばらしい結果をもたらすという主張は、進化論を根拠にしている部分が大きかった−中略−これこそが社会ダーウィニズム−中略−である。(25頁)

世界を解き明かすキーの一つになっている。
作ったら売り込む先が必ず世界中のどこかにあるということが、今の資本主義にとってはよいこと。
はっきりしてきた。
一つは最強国のアメリカ。
二カ国目が中国。
習近平指導体制のもと「逆らうヤツは」という。
みなさんも異論はなかろうと思うが、世界は今、超利己主義と呼んでいいと思う。
アメリカン・ファースト。
そして中国はと言うと「一帯一路」「全ての道は北京へ通じる」という。
優位に立つグループが独占権を世界に敷くという生存競争が今、続いている。

生き物でいえば非常に単純。
生き物の「超利己主義」を訪ねていきましょう。
自分は強く、弱いものを喰い散らかす。
そして多くのメスをはらませ、たっぷりと喰い物をため込んで子分を持つ。
子分を従えさせて、従えさせるルールを自分で作る。
これが世界最強の敵者。
味もそっけもない。
こういう時にみなさん、物事を根本から考えましょう。
世界はこういう理屈で今、動いている。
ところがこの適者。
世界最強の敵者を生み出していくという世界史における適者生存の理屈。
遺伝の法則。
これは利己的遺伝子で、マイ・ファースト。
まずは自分のことしか考えない。
であるから「利己的である」ということが歴史が始まってから生き残る「術」だった。
しかし、そうやって考えても解けないのが、まな板に置いた「老化」。
なぜ老化遺伝子はあるの?
老化というのは遺伝。
何代も代を重ねて厳しく適者を、強い者を、賢い者を生き残らせてきたのだが、この老化だけは遺伝子の中から排除しない。
この「老化」とは一体何かというと、もう武田先生は思い当たる。
「個」からまずは生殖の能力を奪う。
そして他を喰う強さは、喰いたいものを喰え無いという弱さへ。
誰かさん(柴田理恵)がやっていたが「昔はエビの天ぷら2本ぐらい平気だったのに、最近は小エビでも」と。



もう消化液の分泌がどんどん落ちていく。
小腸が食べ物を吸収する。
大腸の方は便を作る。
そういう菌を住まわせているのだが。
年と共に大腸の便を作る能力がカクーンと落ちる。
落ちるともう信じられないぐらい固くて太いのが出てくる。
もう「やめてくれよ!」と言うぐらい。
本当に。
「裂けるんじゃないか?」という。
それをこの間、小腸と大腸を言い間違えた武田先生。
とある飲料メーカーの方で、頭に「ヤ」が付くところ(番組中では明確に企業名を言わないがおそらく「ヤクルト」)から丁寧に「それは違いますよ」というので便を作るために大腸によい「ヤ」印の○○というのと、小腸で消化を助ける微生物がいっぱい入っている「ヤ」というのを。
ありがとうございます。
でも本当にそう。
武田先生は痛感しているが睾丸はどんどん下がっていく。
真下に下がる。
老化。
全部ダラーッと下がっている。
「オマエはマスカットか!」という。
適者は強い。
しかしその適者の強者でさえも、やがて老化ということで弱ってゆく。
トランプさんも、もうグレープフルーツ。
グレープフルーツだとタヌキになってしまう。
とにかく、あらゆる権力者にも忍び寄る老化。
老化という一点を・・・。

老化というのはまことに不思議な現象。
適者生存ですごく強い者が生き残ったにしても、内からその強者もゆっくりと年を取り弱くなり、やがては死んでいく。
老化は利己的遺伝子の支配する適者生存では解けない。
「自分のことしか考えない」という遺伝子があって生き残るのだが。
やがてその利己的遺伝子も自分が死ぬ方角に持っていくワケだから。
老化というのは不思議な現象。

老化は人間が地球上生物として現れてから、ゲノムの中にあって進化してきている。
とても面白いのは個体に働く突然変異という、生き物を別ステージに持っていくという「変異」という偶然が起きる。
その突然変異でさえも老化遺伝子を追放しなかった。
老化から逃げられた人は一人もいない。
なぜ老化は遺伝子の中で生き残ったのか?
答えは一つしかない。
集団選択。
集団で死ぬという方向を選んだ。
「ボクも死ぬからキミも死ね」というのがゲノムの中に書きこまれた。
生き物は一定の寿命があり、予定通り死ぬ。
個体にとってはそれはとても不幸だが、集団にとっては利点が多い。
集団が生き残るために個はある時を迎えると死んでいくという。
他の動物を考えよう。
他の動物は生殖をピークとするものが多い。
人生のピークにしちゃう。
鮭を見てください。
精子をかける。
自分の精液を卵の上に撒きちらかして、撒きちらかした瞬間「あらっ」と死んでいく。
精子を吐き出した鮭のことを北海道では「ほっちゃれ」と言う。
身もパサパサ。
食べても美味しくないし。
熊が遊び半分で喰う。
本当のことを言うと、みんな生殖を終えるとだいたい死ななきゃいけない。
ホタル、ハチ、カゲロウ。
ああいうのは一回セックスすると死ぬ。
メスが多くの子を産まない人間は子をはらませる段階でオスが死に絶えると集団の人数の調節が効かなくなり、絶滅の危機を負うことになる。
つまり男が若い娘っこに抱きついて生殖した。
生殖した瞬間に「かっ!」と死んじゃう。
そうすると、いきなりオスの人数がガバーっと減るので、調節機能をするためにオスを生かしておく、という。
それで人口の調節を行なっているのではないか?
老化というのは実は人口調節のための装置なのではないか?と。
それゆえに老化を進化させてきた。
これはわかる。
若い時は元気いっぱい、はしゃいでいた。
今はすっかり睾丸も下がりきった。
ブドウの房みたいで見る影もない。
ご老人方よ。
同輩として申し上げるが、この「老い」には何か意味があるのではないかと、そう思う。

 人間の体も車のようにガタがくるという考え方は誘惑的だ。しかし、生物と無生物のあいだには決定的な違いがある。−中略−要するに、老化を単なる「摩耗に至るプロセス」と考えることはできないということだ。(73〜74頁)

人間がたくさん食べ、ほんのすこししか運動せず、子供をつくらないとき、わたしたちはいちばん長生きすることになる。同時に女性は男性よりもずっと早死にするはずだ。女性は男性よりも生殖にずっと多くのエネルギーを使うからだ。
 ところが、実際にはすべてがその反対である。
(55頁)

「ストレス」とよくおっしゃるが、ストレスは人間を殺す理由にはならない。
世界中、どこを探っても女性のほうが長生き。
なぜか?
生涯で女性はたくさんの肉体的ストレスを抱える。
妊娠、出産、育児。
男性よりもハードな難関が女性にはたくさん待ち受けているが、女性の方が長生きする。
このへんがまた不思議なところ。

若返るクラゲ 老いないネズミ 老化する人間



原題は『CRACKING THE AGING CODE』。
「ひび割れていく老化遺伝子」という英題。
「年を取る」という現象がいかに変わった現象なのか、ということを書いた。
これはかなり考えた。
「命」というのは難しい。

ちょっと昨日、ゴルフをやっていた。
階段から落っこちて頭を打っちゃったという友がいて、その友と前立腺癌を疑われた友が目の前にいて。
病気の話になった。
片一方の友はひどくお医者さん嫌いで「医学てのは産業なんだから、オレたちは飲まなくてもいい薬なんか飲まされてるんだ」という。
武田先生も結構(飲んでいる)薬が多いから。
でも武田先生は結構先生とお付き合いをしている。
まぁ「先生も一生懸命考えてくれてるんだろうから」と思って。

こんなことがあった。
命の捉え方はすごく難しい。
武田先生は(二尖弁の手術で)セラミックの人工弁で生きている。
もう本当は死んでいたかも知れない。
心臓。
これはもう9年前にやった手術。
その手術のやり方が別の大学では、人工の人間の作ったものではなくて、その人の体の一部の筋肉を削り取って心臓の弁にするという手術がうまくいっている。
それを読んだ武田先生の奥様が「何でそれにしなかったのか」と今、言う。
「だってオメェ、そらぁ先生が知らなかったんだろうから」と。
それしか言いようがないから奥様に言ったら、そのお医者さんと会って話をする機会があった。
それでポロッと訊いた。
「ワーファリンなんていう薬飲まなくてよい○○ていう手術が今、○○大学でやってるみたいですね」と言ったら、もう先生はとっくにご存じで「あ!○○先生だ」とおっしゃって「彼、頑張ってますよ〜」とかとエールを送られる。
ちょっと遠回しにそっと探るように「先生、何でオレ、それダメだったんですかね?」と訊きたくなる。
その先生はいい先生なので怒らないと思って訊いた。
その体の一部分を削り取って弁にするという手術はヨーロッパでものすごく盛んで、成功例がほとんど。
「じゃ、何で?」と訊いたら「武田さん。平均寿命が違うんです。わかってください」と言われて。
その手術が一番盛んな東ヨーロッパの国は平均寿命が70歳ちょっと。
60代でその手術をやって成功率100%なのだが、10年以上もっているという確率に関しては平均寿命が70代なのでよくわからない。
武田先生はもう70(歳)になる。
9年前。
どう考えてもそれよりは、人工弁の方が、ワーファリンを飲む手間があっても「武田さんの10年後をお約束できる」という。
「医学は平均寿命との闘いなんだ」とおっしゃる。
だから癌がすごい。
今、二人に一人が癌で死んでいく。
あれが日本人が50代で死ねば、癌なんて発生率が低い。
そういう寿命と病の相関関係というのがあって「○○がうまくいっているから」というのはなかなか難しい。
ハッとした。
だから医学もそうだが、答えを一つに絞れない。

「老化」という現象に関してはどうかというと、実は老化の研究は1950年代から始まっているらしい。

 シラードは「細胞は自己複製をするときに、ときたま複製エラーを起す」と推論した。(65頁)

 ところが、一九七八年に幹細胞が発見された。−中略−実際には、すべての細胞は幹細胞から生まれるのだ。(66頁)

人間のDNAが次世代に複製されるとき、複製エラーは100億ユニットにひとつしかない。(67頁)

だからレスリー・オーゲルという人の「細胞がボロになるのが人間の老化です」という説は完璧に崩れた。

一九五六年は−中略−カリフォルニア大学バークレー校の医療実験室で働いていたデナム・ハーマンという若い理論科学者は、−中略−細胞のなかの化学物質(フリーラジカル=遊離基)が、生物の体に同様のダメージを与えるのではないかと考えた。実験を行なってみると、抗酸化物質がマウスを放射線のダメージから守るという結果がでた。そこでハーマンは、抗酸化物質は老化のプロセスを遅らせると提唱したのである。(68〜69頁)

「酸化に逆らえば老化は止むんだ」ということで。
何と1980年代「コエンザイムQ10」というのが「この抗酸化剤がエイジングに効くんだ」と。
抗酸化。
「酸化されなければ細胞は錆びつかない」ということだったのだが、違う説が出てきた。

何十年ものあいだ、コエンザイムQ10はアンチエイジング・サプリメントとして宣伝されてきた(同時に、これは心臓病患者にも一定の効果がある)。(72頁)

抗酸化剤に細胞を守る気配はないし、実験動物は長生きしなかった。(70頁)

考えてみれば当たり前のことで、抗酸化剤が水谷譲を若返らせてくれるのであれば、まずやっちゃいけないのは水谷譲の大好きなジム通い。
運動は酸化すること。
普段より酸素を取り込むワケだから。
だから運動をやめれば年を取ることがストップするなんて、そんなことは大間違い。

生物は機械に運命づけられている劣化に支配されていない。なぜなら、生物はエネルギー源を持ち、修復能力を持っているからだ。地球上の生物は、摩耗することなくこの四〇億年を持ちこたえ、拡大してきた。−中略−しかも、体は自己メンテナンスを怠るだけでなく、人生の後半においては、さまざまな方法で自分自身を積極的に破壊する。(74頁)

一体、老化は体のどこが、何のためにそうさせるのか。
「さぁ老人よ、共に考えましょう」と原稿に書いている武田先生。
考えてみましょう。
生物の寿命は様々です。
生き物全体を見る。
カゲロウは幼虫で数ヵ月。
成虫になったら交尾をしてすぐに死ぬ。
鮭もそう。
メスを見つけてバーッと精子をかけるが、うまく精子がかからなかったヤツは川を伝わって海に帰る。
それで次のチャンスを待つ者もいる。

ハコヤナギの木は、土のなかで何千年も繁殖することができる。(76頁)

寿命というのは生命によって実に多様。
だからこの本のタイトルにある通り、クラゲは生まれたらどんどん若くなる。

アホウドリやハダカデバネズミは生きているあいだじゅう完璧な健康を維持し、あらかじめ定められた時がくるといきなり死ぬ。(87頁)

さらには、成体段階から、そもそもの出発点である幼生形へと戻っていく動物もいる。周囲の環境が厳しく、「ここで成長していくのはむずかしいぞ」と体が察知すると、プロセスを逆向きにして幼生形にもう一度戻るのだ。これは単純に「若返り」もしくは「逆向きの老化」と考えられている。(87頁)

鮭は交尾が終わると、卵と精子を使い果たすと、ステロイドを自分で合成して生まれた川で死んでいく。
これははっきり言って「鮭の自殺」。

「サケは自分が卵からかえった川に戻って産卵し、そのあとで死ぬことによって生態系に養分をあたえ、その養分で小さな虫たちが育ち、やがて卵からかえったサケの幼魚がその虫を食べる」という理論もある。(97頁)

タコは生殖活動が終わった後、何と絶食。
餓死して果てる。
タコ偉い!
(本によるとタコは絶食もするが死因は餓死ではなく「視柄腺」と呼ばれる内分泌腺からの分泌物による)

女王蜂。

女王は生涯の最初期段階で一回だけ飛翔する。このとき、一〇匹以上の雄バチと生殖活動を行ない、その後の何年分もの精液を蓄える。−中略−成熟した女王は生殖マシンと化し、一日に約二〇〇〇個という桁はずれなペースで卵を産んでいく。(106頁)

働きバチは数週間しか生きず、老いて死んでいく。−中略−女王は何年も生きて卵を産みつづける。−中略−女王が死ぬのは、婚礼の飛翔のときに受けとった精子の蓄えが尽きたときだけである。精子が尽きても女王は卵を産みつづけるが、受精していないので、針のない雄バチにしかならない。すると、それまでは女王にかしずいていた働き手たちが、枯渇した女王を暗殺してしまう。(106〜107頁)

このように様々な老化と死があるワケだが、人間はどうなるか。

わたしたちは、「集団における老いた引退者≠スちは、生活環境の善し悪しに波があったときに人口を安定させる役割を果たしている」と考えたのだ。(109頁)

老化。
これは真正面に置いて考えると、やっぱり不思議な現象。
若い方も我々のようなジイサンを見ると不安になるだろうと思う。
未来とか。
でもやっぱりジイサンバアサンは「オレオレ詐欺」のカモではなくて、きっと何か意味があって生きている。

生活環境が良好なとき、引退者たちは食物を過剰なほど摂取することで、個体数が増えすぎるのを抑える。反対に、生活環境が悪化して食物が少ないときには最初に死ぬ。(109頁)

そういう老化には「集団選択」、我々が無意識のうちにみなで生きる故の選択というのがあるのではないか?という。
これが「新しい進化論なのではないか」ということ。
戦後。
あの戦争による300万人以上の犠牲で子供を産み育てる最悪の環境で「団塊」。
そこだけバーッと膨らんだ。
これは集団選択のバイアスによると思うと、確かに頷ける。
やっぱり300万人の成人が死んだという事実が、女性の中に集団選択として「子を産もう!」という。
その勢いにはずみがついてしまって「団塊の世代」という。
そこだけ戦後。
武田先生もそれ。
「戦中に亡くなった方々の無念を背負って戦後に生まれた子たち」なのだ。
そういう集団選択のバイアスがかかったのではなかろうか?ということ。

そしてもう一つが「遺伝子の多様性」。
これは面白い。
つまり個体同士が似てくると生殖能力が落ちていく。
性というものはいつも多様性を求める。
いろんな男女にいて欲しい。
ちょっと言葉が乱暴だが、セックスをして子を産んで欲しい。

老化を考えるには二つの道がある。
1859年に発表された巨大な仮説「種の起源」。
これはダーウィンの「進化論」。
そこからオーストラリア帝国(と番組では言っているが「オーストリア帝国)に修道士さんでメンデルさんというのがいて、この人がエンドウマメをいろいろ実験しているうちに、もの凄く見えない世界で「遺伝子があるんじゃないか?」という。
この「進化論」と「遺伝子論」。
この二つが人間がここまで増える大発見をなした大元なのではなかろうか?と。
多様性の維持。
遺伝子が求めているのは多様性。
老化もまた進化したのだ。
つまり老化も適応のために選択された形質に違いない、という。

他の生き物をいっぱい眺めていきましょう。
では、人間の老化とは何か?ということについてはこの方(著者)はなかなか教えてくれない。
読むのが結構大変だった。
そのかわり、いろんな例を教えてくれる。

 樹木はエネルギーの一部を現在の生殖に使い、一年に何百、何千もの種子をつける。しかも同時に、体にもエネルギーを配分し、年を追うごとにすこしずつ大きく、強くなり、生殖能力を高めていく。(180頁)

使い捨ての体理論によれば、−中略−食物は健康と寿命を維持し、高めるはずだった。しかし、食物が少ないほうが動物は例外なく長生きする。また、エネルギーを消費する肉体的な活動は長寿を犠牲にしなければならないはずだったが、実際には、運動により多くのエネルギーを費やす動物(および人間)は、現時点での健康が促進されるうえに、より長生きすることができる。(180〜181頁)

それが「飢餓を感じていたネズミのほうが長生きする」ということ。

戦後すぐというのは大変な時代だった。
驚くなかれ、あそこから日本人の寿命は伸びはじめる。
50代だったのが70まで。
武田先生のお父様もそう。
戦争で死ぬ目に遭ってるわ、食糧難で喰うや喰わず、という。
食糧危機になると、その人の空腹の思いとは別個に「生きる」というエネルギーにスイッチが入るらしい。
ということは、飯をいっぱい喰わせていると人間は簡単に死ぬ。
つまり「喰い物がない」というのは、もの凄い生き物のエネルギーを人間に与える。
これは他の動物でも確認されている。
老化というのはそういう意味でプラス・マイナスで説明できない。

 実験用のマウスは通常二年しか生きない。しかし、極端なカロリー制限をすると、三年生きることができる。イヌの寿命は普通一〇年だが、カロリー制限でこれを二年延ばすことができる。(190頁)

毎月大変女性方を悩ませる生理。
それから出産、子育て。
もう本当にストレスが多いが、そっちのほうが「女性が長生きする傾向を持つ」という理由ではないか?と。
間違いなく飢え、命の危機、ストレスによって寿命は延びる。

これはここまでの結論。
老人よ!長生きするためにバンジージャンプ!

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2019年07月28日

2019年3月11〜22日◆E=mc2(後編)

これの続きです。

不思議な不思議な世界。
重力というものから話が始まり、その次に電力の話、そして磁力の話と。
この三つのエネルギーが宇宙に満ち満ちている。
電力というのはプラスとマイナスのエネルギーで「電荷」という世界。
雷なんか見ていて凄い。
あの雨粒が、プラスとマイナスに分かれて、ドッキングした時にはビカビカビカーッ!ときている。
あんな小さな雨粒に宿った電気がプラスとマイナスに分かれて空中で接触するとものすごい火花になるという。
そういうのを考えると凄い。

この電荷というのは「色荷」といって色になる力を持っている。
(本によると「色荷」を持っているのはクォーク。色荷は「色になる力」ではなく、光の三原色を比喩として使っている言葉なので、実際には色になるわけではない)
ビカビカーッ!と光るイナズマは「白色」というか。
でもあの白色の中に三つの色が隠れている。
これは赤と青と緑が混じっている。
その三つが合わさるからああいう白の稲光がパーッ!と出てくる。
(当然、このあたりの説明は全くの誤解による)
それから発光ダイオードは青ができなかった。
それでついに日本の研究者が青の発光ダイオードを発見したから照明に使えるようになった。
色荷は「核力」という原子核の核の力というので結ばれていて、それが安定している。

電磁力や重力がその影響を及ぼす範囲は「無限大」でした。これとは対照的に、「強い力」や「核力」は電磁力や重力に比べて桁外れに強いにもかかわらず、その空間的な到達距離はきわめて短くなっています。その到達距離は10兆分の1cm程度にすぎません。10兆分の1cmは、ちょうど原子核の大きさと同程度です。(127頁)

この原子核内でクォークが安定するために赤青緑の色を点滅させる。
これは点滅している。
原子核内だけで点滅しながら核力があるとする。
それは何で点滅しているかというと、放っておくとゆっくり変わっていく。
ゆっくり点滅を繰り返すうちはそのものの姿なのだが、点滅する間隔が狂ってくると、その原子核内のものが質的に変化する。
その信号の変わり方を「ベータ崩壊」という。
つまり普遍ではない。
変わる。
水谷譲も若い時から比べるとゆっくり変わってきた。
武田先生は電力が落ちてきた。
「オタクの核力」という水谷譲でまとめておく力というのがだんだんパワーダウンしてくるから、すべてのものが変化していく。
ベータ崩壊を起こす。
まだ水谷譲はとどまっているが、もう武田先生は・・・いろんなものがベータ崩壊している。

個々の原子の名前は、核原子核内に存在する陽子の数によって決定されます。陽子1個の原子は水素原子、陽子2個の原子はヘリウム原子、陽子3個の原子はリチウム原子、……陽子92個の原子はウラン原子、といった具合です。ベータ崩壊によって原子核内部の中性子1個が陽子に変わってしまうと、陽子の数が1個増えることになり、原子の名前も変更を余儀なくされます。(132頁)

ベータ崩壊から放出されたたくさんの電子は「ベータ線」とよばれ、放射線の一種です。電子は(マイナス)電荷をもっているために、ベータ線が人体に入り込むと細胞を攻撃します。(133頁)

北朝鮮の核の問題がある。
核爆弾を作る。
メンテをしっかりやっておかないと質的に変化してしまう。
だから貧しい国は経費がかかりすぎる。
考えたら、抱えておくとおっかない。
原子というのは変わっていくワケだから。
ベータ崩壊でベータ線を出してしまって、それが人の細胞を攻撃してしまう。
だから健康のためにも原子爆弾を懐に持っているというのは、そうとう危険なこと。
ただしこのベータ線の方はと言うと、遠くまで届く力ではない。
ベータ線はそんなに遠くまで届かない。
核内の原子を結ぶ強い力。
重力の10の40乗倍ある。
(本ではベータ崩壊の時に出る力の強さは10の15乗となっていて、この「10の40乗倍」なのは陽子や中性子を構成するクオークなどに現れるもの)
凄まじい力が実は原子の中の核の内側に隠れていた。
ここで登場するのが1905年のアインシュタイン。
彼が発見した宇宙を貫く真理、法則、数式。

E=mc2
これは何を意味しているかというと、「m」は質量、あるものの重さ、「c」は光速度、光。

「光子は質量をもちませんが、エネルギーと運動量をもつ粒子である」ことに言及しました。−中略−
 事実、光子は、自らは物質でないにもかかわらず、 E=mc2 を通して物質粒子である電子を生み出すという離れ業をやってのけます。
−中略−人類史に取り返しのつかない災厄をもたらした原子爆弾は、「物質のエネルギー化」の代表例です。(158〜159頁)

 原子爆弾は、一つの原子核が中性子を吸収することによって、二つの軽い原子核に「割れてしまう」(これを「核分裂」といいます)ときに膨大なエネルギーを放出することを利用した爆弾です。(193頁)

つまり例の先週お話した二つの箱を結んでいた強力なバネ。
それが核力。
それが固く結んでいたバネを切ってしまう。
そうするとものすごい勢いで二つの箱がちぎれる。
これが原子爆弾。
核内に隠れていたポテンシャルエネルギーをこの瞬間に放出する。
原子が割れていくという連続の現象を起す。
一個ずつがすごい。
核内の中にいくつもしっかり結びついていた。
それを連続で割っていく。
仕掛け花火の小さい玉の巨大なヤツ。
これは何かよくわからないが、核分裂の恐ろしさというのは、物の中に隠れているポテンシャルエネルギーの放出。

ここを読んでいてクラッとした武田先生。
広島の方には大変申し訳ない言い方だが、広島に原爆が落とされた。
だから「こんなもん作るな!」と言いたいが、アメリカの科学者たちが、アインシュタインの理屈から原子爆弾を作っていく。
でもこれははっきり言って失敗。

広島型原爆では、弾頭に充填されていた約64kgのウランの0.0011%に相当する0.7gがエネルギーに転化しただけで、甚大な被害を及ぼしました。(159頁)

広島、それから長崎でも、それぞれ科学者が想定していたものとは違うものだったので、ある意味では失敗だったと言える。

アインシュタインの宇宙を貫く大原則 E=mc2
その目に見えない小さな原子の中にポテンシャルエネルギー。
ものすごいエネルギーが蓄えられていて、原子の、その原子核を無理やり引きちぎることによって破壊力を増すという爆弾を作ってしまった。
これが原子爆弾である、と。
オッペンハイマーという人が原子爆弾を作るが、オッペンハイマーさんもちょっと申し訳ないが相当いい加減な科学者。
この本(『E=mc2のからくり』)を読んでちょっとびっくりしたが、64kgの純性のウランを使用して核分裂を起こさせた。
何と核分裂を起こしたのは64kgのウランの中で0.7g。
完璧に失敗。
もしそれが成功という意味で64kgが全部、ということになったら爆弾を投下したあのB29も吹き飛んでいる。
つまりもう予想外。
64kgものウランを連続で核分裂を起こしたのは0.7gしかなかった。
全体64kgのウランの中の0.001%が核分裂を起こす。
それで数十万の人が死亡し、一つの都市を数十kmに渡って破壊する。
灼熱で都市を焼いたという。
0.7gの鉱物にこれだけのエネルギーが潜んでいる。
これがいかに恐ろしいか?
いかに何も勉強していないか?
核というものの取り扱いというのが、最初のオッペンハイマーは全然わかっていなかったという。
以前、武田先生が「原爆落とした方も、どのぐらいのものかわからないで落としたんだ」とおっしゃっていたのを思い出した水谷譲。
ウランを使わず、今度は水素爆弾というのが発明されるのだが、その時もいろんなところで実験をやって。
その実験の途中でたくさんのアメリカ兵の犠牲が生まれている。
これはちょっと「小耳に挟んだ」という話だが、ビキニ環礁などで行われた核実験は賑やかしでハリウッドスターも招待されたようだ。
アメリカの力を見せるいいアレだから。
それでジョン・ウェインさんが行かれていたらしいが、肺がんで亡くなられて。
それが原因ではないかと言われている。
これはもちろん情報だが。
しかし、よくもワケのわかんないものをこさえちまったもの。
だから今でも実験をやりたくてウズウズしている国があるが、そこの実験をやりたがっている国の科学者の人は相当死んでいるようだ。
これもまた噂だが。
それは中華料理を作るような帽子をかぶっているのだから。
フライパンで焼き飯を作るワケではない。

しかし0.7gが数十万人を殺したのかと。
B29で落っことした人も失敗してよかった。
アンタ方も本当は吹っ飛ぶところだった。
あの高さでは逃げ切れなかった。
これが原子爆弾の恐ろしさ。
物の内側にはこれほどのエネルギーが隠れていたという。
これはやっぱり大発見。

運動エネルギーは静止しているワケではない、と。
とにかくゆっくり動けば小さな運動エネルギー。
速く動けば二乗二乗で大きくなる。
光速に近づけば運動エネルギーは増し、エネルギー保存の法則によって質量は増える。
質量は七千倍になるという。
質量という重さがあるということはエネルギーを持っていること。
E=mc2 とはそのことを証明した数式。

一円玉。
1g。
この1gに隠れているエネルギー。
一円玉もエネルギーが隠れている。
ちっちゃな原子がくっついて。
アルミの原子がくっついてある。
アルミニウムの中の原子をちぎると、またものすごいエネルギーが一円玉から出る。
このエネルギーが90兆ジュール。
何と驚くなかれ、2.1億リットル、50mプール約140杯分を100℃で沸騰するエネルギーが一円玉の中に隠れている。
原子爆弾と同じでそれを分裂させる。
一円玉を構成している原子を叩き割る。
その方法さえ見つければ一円玉も原子爆弾になる。
核分裂を。
一番分裂しやすいのはウランだが。

kagaku_genshi.png

真ん中に原子核があって電子がクルクル回っている、という。
これが原子。
真ん中にあるのは原子核。
原子核には陽子と中性子があって、電荷が安定しているという。
それをわざわざ中性子をぶつける。
この真ん中の梅干しの種みたいなヤツ。
そうするとバァン!と割れると中性子が飛び出す。
この飛び出した中性子が別の原子核にぶつかる。
これを核分裂という。
特にぶつかり割れやすい原子を持つのがウラン。
もの凄い。
九十何個も電子を持っているから。
原子爆弾は割れやすいウラン100%。
電力で使う場合は、核分裂はわずか4%しか起きないというウランを使う。
それぐらいに抑えておかないと。
もの凄いエネルギー。

震災事故によって今日も作業をやってらっしゃる方がいらっしゃると思うが、本当にご苦労様でございます。
そういう方々だけに緊張を負わせて生きているというのも本当に申し訳ない。
言っておくが原子爆弾の方のウランと電力の方のウランそのものは分裂を起こすパーセンテージが全く違う。
でも核爆弾、そして電力というもので別れていても、それを動かしているのはE=mc2
このアインシュタインの相対性理論が動かしている。
この
大発見によって見つかった物というのは、そう簡単に捨てられないと思う。
「爆弾を作る」という意味ではない。
でも原子力という新しいエネルギーというのは「危険」「危ない」とかというよりも、まだうまく使いこなせていない段階だという自覚のもとに、人類の発見として認めるべきではないかなぁと思ったりする。

E=mc2 というのは宇宙を貫く原理。
E=mc2
物質をエネルギーに変換する原子力はこの数式から生まれた。
二週に渡って懸命に話してきたが、そうとう意訳しているのでかなり間違いもあると思う。
これが(本の)半分ぐらい。
しかも三回読んでいる。
そこから先は何が書いてあるのかわからない。
これはどういう人が読むのか?
説明することすらも難しい。
だから頭の中で非常に。
ただ、一番最初にパッチンゴムと割り箸の実験を自分でやったから、あれが自分の核実験のような気がした武田先生。
全然ほとんど(秤の)針は変わらなかったが。
物の結びつきにはポテンシャルなエネルギー、隠れたエネルギーが潜んでいるんだ、と。
この E=mc2 について実は人間というのはまだ完ぺきには使いこなせていないんだ、と。
そのことだけはひどく了解できるというか、そんな気がした。

原子力は難しい。
詳しい人を残しておかないと「原発やめた」で済む問題ではない。
その火を消さなきゃいけないし、影響の残らないようにどうやれば解けるか。
だからそういう意味で若い人で興味を持ってくれたらこの原子力という、うまく使いこなせていない人類が見つけたエネルギーについては更に。
私達はもう本当に旧世代だが、新世代の方が勉強してもらうと。
そこから安全な原子力という使い方ができるのではないか?
それを捨ててはいけないんじゃないかなぁ、という。

それともう一つ。
「光の速度」というのはわからない。
「今、輝いているあの星は何万年とかのものが届いてるんだよ」と言われても意味がわからなくて「はぁ〜?」みたいな水谷譲。
『かぐや姫』の翁が、かぐや姫を竹林で見つけた頃に出てきた光を見ているらしい。
でも、やっぱり勉強をしなければダメ。
この国は、月の裏側には行っていないが探査機を舞い降りたりなんかさせているワケだから。
その技術で何とか。

E=mc2
質量×光の速度(秒速30万kmの二乗)=エネルギー
質量のあるものを光のスピードで掛け合わせると、それがすごいエネルギーになるという。
小さな世界でも内側にものすごいエネルギーを秘めている、という。
アインシュタインは月、火星、アンドロメダの惑星、それぞれに相対、つまりそれぞれに違う物理の法則が支配している、と。
ニュートンの言うように絶対でもなく「相対」。
それぞれ。
質量が違えば引力も違ってくる。
時間の進み方もそれぞれ相対で違うんだ、と。
しかしこの広い宇宙に、ただ「光」というものだけはただ一つの速度を持っている。
例えば時速10kmで時速50kmのロケットからこっちにやってくる光を観測する。

 ところが、両者が測定する光の速度はいずれもまったく同じで、「秒速30万km」なのです! なぜかって? 誰にもわかりません!(166頁)

宇宙を貫くただ一つの物理的真理。
光速度「c」。
光は時間と空間の中にあるその時空を飛び交うのだが、光速度は不変である。

ニュートン力学には、「運動量保存の法則」が含まれていました。
 質量 m(kg)の粒子が速度 v(m/s)で走っている場合、その粒子の運動量は mv の積で表されます(mv)。
(173頁)

これがニュートンの時代は物理的真理だった。
ところが光のようなスピードになるとエネルギーが変化する。
アインシュタインはそこで細工を施した。
m(質量)× v(スピード)となるところを E=mc2 とした。
これはまた、ますますわからなくなるが。
マラソンランナーがいる。
とあるスピードで走っている。
そうするとそのスピードと彼の重たさ、体重でエネルギーが出る。
ところがそのマラソンランナーが人間のスピードではない、たとえば新幹線のスピードで走ったとすると、このニュートンの言う「m×スピード」では矛盾してくる。
特に光のような速さになると。
E=mv2 では駄目なので。
質量が変化する。
普通のマラソンランナーが走っている。
そのマラソンランナーのスピードが光速度になると、マラソンランナーの体重がお相撲さんのように重たくなる、という。
昔「エイトマン」というのがいた。

でも E=mc2 というのは、宇宙サイズでエネルギーを考えた場合には、地上でのエネルギーの出し方とは違う、という。
考えるとSF映画の世界。
スピードが違ってきたりとか、重量が違ってきて変身しちゃうとか。
それが宇宙では起こりうる、という。
で、これは当たっていた。
アインシュタインのヤツは宇宙にロケットが飛び交うとズバリ、この式に従わないと宇宙は解けない。
ブラックホールの研究とかここから始まる。
あれはわからない。
一番わかりやすい実験は地球から見ると何々の星の影になって見えない向こう側の星が見えることがある。
その星が夜空に光っている。
何でかと言ったら星が重力を持っているので、その向こう側の星が放った光が水の中を通る時に屈折するように、宇宙空間で光が曲がっている。
それで地球の人が見ることができるんだと。
そういう光も星が持っている重力でひん曲がる、という。
とにかくニュートンでは宇宙は説明できない。

この本はこれで3分の1ほど。
ここから量子物理学に入っていくが理解できない。
わからなくても勉強しましょう。


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2019年3月11〜22日◆E=mc2(前編)

E=mc2
これはアインシュタインの。
だけどこれは今、世界を動かしている。
それとこの式から何で原子爆弾ができたのか?
シンプルな式。
今、カーナビなんかもこれでできている。
カーナビというのは宇宙から三点で見ている。
その時に光の速度を計算してちょっと遅らせないと位置情報がずれる。

タッチパネルはもう、スマートフォンからなんでも今ある。
あまり画面が変わらないと、テレビの画面に子供が×するくらいだから。
あれも不思議。
あの中にも E=mc2 があるらしい。

福島に行ってちょっと女の子と話す機会があった武田先生。
3.11。
まさに今日。
(この回の放送日が3月11日)
「3.11特番」というのをローカル版で撮っていた。
そうしたら高校一年の時に3011年の「3.11」に遭遇して、その子は他県人からひどくいじめられた。
この放射線も E=mc2
だからみんないじめたりするのはいいのだが「東京電力何やってんだ!」と叱るのもいいのだが、実は何で叱っているのか、何でいじめているのか、何でいじめられているのか、実は何もわかっていない。
「怖いから」ばっかり。

E=mc2 に何度も挑戦している武田先生。
結局はわからない。
「わかるところまでおろしてみよう」というので、アインシュタインの E=mc2 に今回また。
これはもちろん物理学に革命を起し、自動車のナビから核兵器まで。
そして量子物理学という学問を立ちおこす、支配する式。
この短い式がいかに凄いのか?
何を証明して、宇宙とどうつながっているのか?
この数式に一つ挑んでみたい。

E=mc2のからくり エネルギーと質量はなぜ「等しい」のか (ブルーバックス)



 私たち生命をはじめとするすべての物質は、この不可思議な素粒子の、幾種類かの組み合わせによって構成されています。(14頁)

 物理学でいう素粒子≠ニは、実に不可思議な存在です。なにしろその粒子には「内部構造」が存在せず、「点」のごとくふるまうというのです。(14頁)

アンタも私も点の集まり。
ガラス板もテーブルから全部、点の集まり。

物質素粒子(フェルミオン)を糊づけする素粒子。この糊づけ素粒子≠ヘ「ボゾン」と命名されています。(15頁)

 人体を構成している37兆個もの細胞の一つひとつも、やはりフェルミオンとボゾンからできています。−中略−個々の素粒子は「生きている」とはとてもいえない状態なのに、たくさんのフェルミオン(物質素粒子)が集まってボゾンによって糊づけされた「細胞」が構成されると、なぜかそこに生命≠ェ発生するのです。−中略−生命のない素粒子が集まって、そこに生命が現れるとは本当にふしぎですね。(15頁)

(番組では「36兆個」と言っているが、なぜ1兆個減ったのかは不明)
「細胞」というものを考えた時に「なぜこいつが生き物なのか?」というよりも「こいつがどう動くか」ということで、物理の方角から生命ということを考えたほうがわかりやすい。

 面白い調査結果があります。
 太陽系や天体に関する話を学校で習ったり親から聞いたりしたことのない子どもに対し、太陽が毎日、必ず東から昇って西に沈んでいく現象について「地球が動いてる? それとも太陽が動いてる?」と訊ねてみたのです。
−中略−「地球はじっとしていて、太陽のほうが動いてる!」と答えた子が圧倒的多数でした。(16頁)

しかしなぜ人間は「あれ?おかしいなぁ?」と思ったのか。
月の説明がつかなくなる。
あれが満ち欠けしているのが何でなのか、というのが。
太陽が動いて地球が止まっていると考えると。

金星の満ち欠けはかなり昔から観測されているのですが、そのからくりの説明がきわめて難しいことがわかったのです。
 説明が困難な現象がもう一つありました。火星の動き方です。火星は、ある時期が来ると必ず順行と逆行の繰り返しが観測されるのです。つまり、地球から見る火星は太陽のように一定方向に動いているのではなく、行ったり来たりという運動方向を逆転させる運動をしているのです。
(17〜18頁)

なぜUターンしたり行ったり来たりしているのかと考え続けているうちに、ガリレオとケプラーがついに「違うんだ!地球が動いてるんだ!」という地動説を。
それで太陽を中心に水金地火木土天海王星という楕円軌道のその星の動きということで考えると全部説明できる。
これが発見されたのが17世紀半ばのこと。
そしていよいよ1661年、ニュートンが登場する。
(本によると1661年はニュートンがケンブリッジ大学に入学した年)
ちょっと話が E=mc2 から遠いが、ここから話を始めないと E=mc2 が解けないという。
ややこしい頭の痛い問題だが E=mc2
これが現代の物理を解く鍵。

ガリレオとかケプラーの後に登場したニュートン。
この方がもう有名だが、重力を発見し発展させた。
リンゴが落ちるところを見て「ん!重力!」と。
真理を発見する人はすごい。
何十億という人間たちがそれまで生まれてきてリンゴの落ちるところはみんな見ただろうが、ニュートンという人が見ると「あ!重力!」と思うワケだから。
日常というのは勉強し、研究しましょう。
この人は重力を発見した。
これはどういうことかと言うと、月と地球の関係においてわかりやすく言うと、引っ張り合っている。
だから落っこちない。
引っ張り合う力の源は何か?
それがそれぞれの重さ。
重さがあるものは引っ張り合う。
水谷譲も今、地球と引っ張り合っている。

 地球の質量は、5970000000000000000000000kgで、月の質量は73500000000000000000000kg。すなわち、月の質量は地球のそれのほぼ81分の1です。月からみた場合の地球のこの巨大な質量が、月が地球に向かって引っぱられる巨大な力を生むのです。(26頁)

太陽だけで、全太陽系の質量の99.9%を占めています。太陽がいかに大きく、その質量が巨大であるかが想像できるでしょう。
 したがって、太陽が醸し出す重力もまた、そうとうに大きなものであることがわかります。
(26頁)

「重さ」とはその星における重さ。
「重さ」はなかなか考え方が難しくて。
水谷譲の「重さ」は例えば41kgとする。
だが、月に行くと重力が弱まるので水谷譲の体重はもっと軽くなる。
(月は重力が1/6なので6.8kgほどになる)
重さは月によって変化する。
だから月に行っても地球と変わらない「質量」というものの考え方をしましょう。

あの有名な、ピサの斜塔における落下運動に関する実験です。
 塔の上から二つの重さ(質量)の異なる物体を同時に手放したら、どちらが先に地面にぶつかるかというものです。ふつうに考えれば、重い物体のほうが速く落下して、先に地面に到達するような気がします。ところが実際には、重かろうが軽かろうが、同じ高さから同時に手放された二つの物体は、まったく同時に地面に到着します。ただし、厳密には空気抵抗のない場合だけに成り立つ現象です。
(39〜40頁)

 ニュートンは、一つの物体がもう一つの物体に重力を及ぼす際、その力は一瞬のうちに伝わると考えたのです。彼はこれを「遠隔作用」とよびました。(43頁)

 地球と太陽を例に考えてみましょう。両者間の距離は1億5000万kmです。ニュートンによれば、地球と太陽も重力質量をもっているために、重力はこの1億5000万kmの距離をまったく時間をかけずに一瞬のうちに伝わります。−中略−
 現在では、このニュートンの考え方は完全に間違いであることが実証されています。
(44頁)

そのニュートンを間違いだとしたのがアインシュタイン。
この人は二十世紀の人。
この人は何が凄いかというと、一瞬で伝わるものはこの世界には無い。
真空を伝わる重力の速さを見つけた。
重力も捕まえにいくときに時間がかかる。

重力が実際に真空空間を伝わる速さは有限で、それは光の速度(光速度)です。光速度は秒速30万kmで、これを「c」で表します。(44頁)

秒速30万kmで捕まえに行く。
だから太陽の重力が地球に伝わるのは約8分かかる。
このことを発見した。

光より早い速度は、この宇宙に存在しません。(44頁)

ある重さのあるもの「m」は「c」の速度で引き合う力「E」エネルギーを生み出す。
これは不思議。
重さのあるもの×光速度の二乗=エネルギー

 一般的には、エネルギーとは「物体に物理的、または化学的な変化(あるいはその両方)を引き起こす源となるもの」を指します。エネルギーにはさまざまな形態があり、熱エネルギー、核エネルギー(原子力エネルギー)……エトセトラ、エトセトラ。(49頁)

 ここに、「エネルギー保存の法則」が登場します。(51頁)

エネルギーはあるものから生まれる。
例えば石炭から石油から、それからウランから生まれる。
あるものに化ける。
化けるが消えない。

 たとえばジョギングすると、体内に蓄えられていた化学エネルギーが消耗されていきます。−中略−消耗されたエネルギーはどこへ消えたのか? ジョギングの運動エネルギーへと変換されているのです。(52頁)

なんとなく E=mc2 に似ている。
とにかく運動エネルギーは質量「m」とそのものの速度の二乗に比例する。
重さ1tの車の速度が二倍になれば運動エネルギーは4倍。
二乗倍になっていく。
速度が3倍になったらエネルギーは9倍になる。
それは速ければ速いほどドッカーン!とぶつかって壊れるワケだから。
そして運動エネルギーは1/2mv2
とにかく車が何かにぶつかる。
1tの車が30kmでぶつかった時と60kmでぶつかった時は「運動エネルギー」ぶつかるショックというのは倍ずつになっていく。
運転免許証でやった。
車を止める時の停止の距離というのがスピードが増せばますほど、ブレーキを踏んでから止まる距離が長くなる、という。
その当たり前のことを数式で言うと1/2mv2 になる。 

この先生曰く、この運動エネルギーの他に、実は物に蓄えられたエネルギーというのが隠れているらしい。
質量にこの二つのエネルギーが隠れている。
一つは運動エネルギー。
もう一つが隠れたエネルギーということで「ポテンシャルエネルギー」。
「可能性がある」というエネルギー。

 箱Aの底に、強力なバネの一端が固定されています。もう一方の端は、どこにも固定されていません。バネは伸びても縮んでもいない状態にあります。このバネに、弾性ポテンシャルエネルギーは蓄えられていません。ここで、バネの質量はゼロであると仮定します。この状態で二つの箱AとBの総質量を測定したところ、1000gでした。
 次に、この強力なバネを強引に伸ばして、もう一方の端を箱Bの底にある固定点に固定します。バネを伸ばすときには当然、バネにエネルギーが与えられます。伸びたバネの元に戻ろうとする力によって、二つの箱は互いに引き寄せられ、やがてくっついてしまいます。それでもなお、バネは伸びた状態を保っているとします。
(58〜59頁)

 この、バネが伸びた状態にある二つの箱の質量を再度、測定してみます。驚くなかれ、測定結果は1030g! 30g増えています。−中略−伸びたバネには、弾性ポテンシャルエネルギーが蓄えられています。バネに現れたこの余分のエネルギーが、E=mc2 を通して質量に転換されたために、バネを含む二つの箱全体の質量が増えたのです。(60頁)

実際にやってみた武田先生。
一本の割り箸を二つに割り、輪ゴムでぐるぐる巻きにする。
絶対に重たくなるはず。
やってみたが(秤の)針は変化しない。
それで本に書いてあったのは「ものすごい細かい点々まで測れる秤じゃないと反応しません」と書いてあったから「先に言えよ」と思った。
とにかく、物にはポテンシャルエネルギー、隠されたエネルギーがあるということをお忘れなく。

物の中に隠れたエネルギーがある。
物と物とがくっつくと重さが変わるんだという話をした。
それが木であれ石であれ、金属であれ食物であれ。
生き物というものでもいい。
これは原子からできている。
原子というのは1億分の1cm。
見ることができないほど小さい。
でもこれは原子爆弾に繋がってくる。
これがやがて福島第一原発から北朝鮮の核兵器にまで繋がる。

原子1個分の大きさは、1億分の1cm程度です。−中略−原子は次の3種類の基本粒子から成り立っており、中性子を除く二つが「電荷」をもっています。
@電子(マイナス電荷をもつ)
A陽子(プラス電荷をもつ)
B中性子(電気的に中性で、電荷ゼロ)
(65頁)

kagaku_genshi.png

(本に掲載されているものをそのまま載せるのもどうかと思ったし自分で描くのも面倒なので「いらすとや」のものを貼っておく。この絵で言うと赤が陽子、黄色が中性子、緑が電子)
真ん中の陽子と中性子というのがあって、これは原子核なのだが、この陽子と中性子がザクロの実みたいに真ん中にギューっと固まっている。
その周りを電子がクルクルクルクルクルと飛んでいる。
これは鉄腕アトムのマーク。
そういうものがあるという。

電子の質量は極端に小さく、陽子や中性子のほぼ2000分の1です(66頁)

これはグルグルグル小さいヤツが原子核の周りを飛んでいる。
この原子はプラスとマイナスで真ん中にあるヤツ。
真ん中のザクロの実というのはプラスとマイナスがビシーっとくっついて電荷ゼロになっている。
全部綺麗にくっついているからプラスにもマイナスにも反応しない。
電荷ゼロの状態。

 電子(マイナス電荷)は原子核の外側を回っていますが、そのいちばん外側の軌道(最外殻軌道)を周回している電子は、原子核に引きつけられる電気引力が弱いために、外部から摩擦などを通してエネルギーを与えられると、すぐに原子から離れてしまうのです。(68頁)

ご存じの通りプラスとプラス、マイナスとマイナスは反発する。
プラスとマイナスは引き合う。
磁石の法則。
あの冬場の静電気の理屈。
私達は原子でできているから急に(ドア)ノブを触るとピリッとくる。

タッチパネルを指で触ると私達の指から電気が出ているから変わる。
これはプラスとマイナス。
あのスマートフォンの画面の中にマイナスならマイナスがびっしり入っている。
それで私達がプラスをやっていると、それがパッ!とスイッチになって、プラスとマイナスで通じ合う。
だからジジイになるとスマートフォンを触ってもタッチパネルが時々反応しない時がある。
爺さんは電力が落ちてきている。
それで触っても反応しなくて「あー!(怒)」と言いながら。
やはり静電気が起きるのは若い時。
「あ!もー!!」とかというのは。
ジジイはそこここ触っても、なんの火花も指から出ない。
よっぽどモモヒキとかあのへんでしっかり電荷を帯びないと。
このへん E=mc2 は遠くにあるようだが近いもの。
タッチパネルのジジイのアレがわかる。
押しても。
(文化放送で)レギュラーをやっている、隣のスタジオにヒゲをはやした大竹まこと。
病気をしてからタッチパネルに触っても反応しない。
「何だよ!バカやろー!(怒)」と言いながら。
武田先生も最近本当にある。
スマートフォンの調べもので「あー!(怒)」と言いながら。
これも実は隠れている物理法則は E=mc2

静電気というものを全てのものが持っている。
ここに目には見えない電荷という力が、物から生き物まで全部ある。
更にもう一つ、この世界にある見えない力。
それが磁力。
NとSで引き合う。

水谷譲の疑問。
ご高齢になると電気を発しなくなるからタッチパネルが鈍くなるという説明だった。
例えば亡くなった人の指をタッチパネルにやったらタッチパネルは動くのですか?
動かない。
やっぱり生きているということは「電気」。

宮沢賢治 『春と修羅』
わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です


磁力と電気が「場」を持ち、真空も伝わっていく。
そのスピードがまた面白い。
重力と同じ「光の速度」。
重力、磁力、電気は光の速度で宇宙を飛び交っている。

電磁波の真空空間における伝播速度は、光の速度、すなわち秒速30万kmにぴたりと一致したのです。この事実からマクスウェルは、「光は電磁波である!」という結論を導きだしました。
 光には質量(重さ)がありません。電磁波は波であるため、その特徴は波長と振動数という「数値」であらわされます。波長とは、波の山から山(あるいは谷から谷)までの長さであり、振動数とは1秒間に振動する振動回数です(周波数ともいう)。
(110頁)

 実際に電磁波は、振動数の値にしたがって分類・命名されています。振動数の低い側から高い側に向かって、電波、マイクロウェーヴ、赤外線、可視光線(いわゆる光)、紫外線、X線、ガンマ線……と名づけられています。これらはすべて電磁波です。−中略−いずれもまったく同じ速度、すなわち光速度「c」で真空空間を伝播するということです。(111頁)

電磁波は紫外線から生き物の細胞に影響を、ある意味変化を起こすことになる。
だから紫外線を浴びると焼けてしまったりする。
最近は「ガンになるぞ」とかと言う。
つまり細胞に対して変化させる。
だから電子レンジでチンなんていうのも、直接水分子に働きかけて沸騰したりする。
そういう変化と、それから傷付ける場合がある。

重力、電力、磁力は同じ力ながら、電磁力の方が凄まじく強いのです、と。
(この部分の意味は不明。「電磁力」とは「電気力と磁力」のこと)
だから電子レンジでデカいのを作るとあれは武器になる。
電磁波は日本の軍隊が物理学の学者を集めて研究していた。
それは何をやったかと言ったら電磁波光線みたいなのを出す武器を作ってB29に当てる。
電子レンジ。
そういう武器を作ろうとして、やがて家庭用品になったらしいが、最初は武器として登場したらしい。

原子を構成する電子と陽子はマイナスとプラスがあり、電荷があるワケで、磁力が引き合う力が強いので、重力に出会ってもプラスとマイナスはくっついている。
ゆえに原子が出来て、原子、分子、有機物から細胞、生き物、生命体が生まれたワケで「プラスとマイナスは宇宙を創るカラクリの中心です」と。
「何か知んねぇけど、すげぇなー」と思う武田先生。

電子がマイナス。
陽子がプラス。

このうち電子は内部構造をもたず、素粒子そのものです。
 一方、陽子と中性子は素粒子ではありません。どちらにも内部構造があり、ともにさらに基本的な粒子である「クォーク」から構成されているからです。
 陽子も中性子も、三つのクォークから組み立てられています。これらのクォークには2種類あり、「アップクォーク」と「ダウンクォーク」とよばれています。便宜上、アップクォークは「uクォーク」、ダウンクォークは「dクォーク」と書くことにします。
−中略−陽子は二つの uクォークと一つの dクォークからできており、中性子は一つの uクォークと二つの dクォークからできています。−中略−
 そして、陽子や中性子の内部で、これらクォークどうしを強く結びつけているのが秘められた力≠フ一つである「強い力」です。
(121〜122頁)

武田先生が割った割り箸をゴムでガーッと巻いて「ポテンシャルエネルギー」という。
そのポテンシャルエネルギーがここにある。
これはドキドキする。
目にも見えない小さな世界の中で、信じられないぐらい強い力で結ばれているものがある。
ここのものすごい力、エネルギーが隠れている。
このへんからちょっと勘のいい人はもうお感じかなぁと思う。
原子爆弾の理屈はこれ。
目にも見えないものの小さなものの中に、重力にも勝るもの凄いエネルギーが隠れている。
これがいかに凄いか。

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2019年07月14日

2019年1月7〜11日◆初夢判断

これの続きです。

初夢に関して縁起がいいと言われているのは「一富士二鷹三茄子」。
これは徳川家康にまつわるようだ。
富士山の見えるところで大きくなったとか、鷹狩が好きだったとか、茄子も好物だったとか。
そういう家康伝説が結びついたということ。

色々と夢を見るという水谷譲。
例えば昼のニュースを読んでいて生放送で速報が入ってくるのだが、その原稿が昔の古文の文字で書かれていて全然読めない、とか。
そういう強迫観念ぽい夢は多い。
試験の夢はあまり見ない水谷譲。
40代の頃、試験の夢を見て仕方がなかった武田先生。
試験会場に間に合わない、と。
書いても書いても卒論がOKにならない、とかそういうの。
本当に今でも覚えているが、学校名まで出てくる。
筑紫丘高校。
福岡の人は「ああ〜っ」と聞いてらっしゃる方が多いと思う。
筑紫丘に行きたくて、そこに行けなくてちょっとランクを落とすのだが。
その筑紫丘高校へ向かう坂道を上っている夢を見る。
それで間に合わない。
トイレに閉じ込められて生放送に間に合わないとか、仕事がらみの夢が多い水谷譲。
昔お付き合いしていた男の人がいっぱいでてきたりとか「何でだろうな?」と思うこともあるが、色々見る。

40代から50代の頭の人生の中でユング派の心理学者の河合隼雄の本を夢中で読んだことがあった武田先生。
その中で思ったのは人生には何度か季節の変わり目のような「幼年期が終わって少年になる」「少年が終わって思春期に入る」「思春期が終わって青年になる」「青年が終わって中年になる」「中年が終わって老年」。
「人生の色合い」がある。
その「人生の季節の折に夢を見る」とおっしゃる。
40代の時に試験の夢がすごかった武田先生。
40代前後の方、もし番組をお聞きでしたら、試験に落ちるとか落ちないを見ることがある。
それはアナタが成熟しているかどうかを試す人生の試験のイグザムの時期に入った、と。
リテラシーと同じく、今もまた一瞬英語を小池百合子ばりに使ってしまいまして。
イグザム。
イグザミネーション。
そういう「試験期」に入ったということで。
人生がアナタを試そうとする時、こういう試験の夢を見るという。

何の脈絡もないが、この間、内田樹先生の本を読んでいて「エロスは外から来る」と聞いてやたらと感動した武田先生。
とある女性を見て性的に興奮する。
それは内側の性が反応しているのかなぁと思ったら、性というのは絶えず外側からやってくる。
例えば不倫をした時に、その人の内側の倫理を「不倫した!」とけなす。
「若い娘に手ぇ出しちゃって!」とかと。
手を出したのはその人ではない。
エロスがその人に手を出した。
という話を言い訳だとしか思えない水谷譲。
武田先生もその時期に来ているが、何十年かすると「その人を好きになった理由」がわからなくなっていく。
「何であの人があんなに好きだったんだろう?」とわからない。
自分がした恋なのだが、自分の恋とは思えなくなってくる。
それはズバリ言うと、奥様とよく考えると何で結婚したのかわからない。
だからそれを「外からやってきた」という。
決めたのは「オレじゃなかった」と。
人間の命はそう簡単に一つの答えで割り切れるようなものではない。

若い頃は巨乳が大好きな武田先生。
「ムングムングしたい」というのが渦巻く武田先生の激しい情動だった。
「忘れない夢」というのがある。
41歳の時に海外のベッドで見た夢。
マレーシアで何と、巨乳が武田先生の胸に付いていた。
ビックリした。
パンパンに張っていた。
それを触ってみたのだが、タッポンタッポン揺れていた。
「何で俺は乳房を持ったんだろう。巨乳を持ったんだろう」というので、いろんなユング派の本、フロイトも探してみたが、最もユング派の夢判断を採択した。
心理学的には「その乳で誰かを育てなさい」「オマエはそういう年齢に達したんだよ」「胸に乳房を持つ男となれ、魂の」「魂の胸に乳を持て」。

眠りの不思議さは、グッスリ眠るためには、入眠の直前には「脳が眠りを拒否する」という。
そこを刺激しなければならない。

入眠の直前には脳が眠りを拒否する「フォビドンゾーン(進入禁止域Forbidden Zone)」というものがある。いわば「睡眠禁止ゾーン」だ。(161頁)

眠るために絶対必要なのは「眠るまい」という心理。
「寝てはならない」という心理。
なぜかというと、そういう脳内物質が人間は出ている。
16時間も覚醒を維持した。
起きていた。
その時にその覚醒を維持し支えたのがオレキシンという脳内物質。
それが眠らせなかった。
眠たくなってくるとこれがものすごく頑張る。
「眠るんじゃない!何でオマエ、あくびなんかコイてんだよ!眠るんじゃない!」
ガーッとオレキシンが出尽くしてしまうと、その瞬間から落ちるが如く眠る一瞬。
だからこのスリープ、フォビドン、そういう時間を持つように。
睡眠禁止時間。
眠る何分か前に、一番興味のある本を読みたくなる。
「そうそうそうそう、あれの続き、どうなったんだろう?」と思いながら開く時、ワクワクしている。
マンガでも単行本で読む時、一番面白いヤツをとっておいて、眠る時に読もうと楽しみにとっていると表紙を見ただけでカクッといく。
好きなDVDの映画を部屋で見て「これ見てから寝よう」とすごく楽しみにしている映画なのに見ているうちに寝てしまうという水谷譲。
それと同じような感じ。

オレキシンが欠乏しているナルコレプシー患者では「フォビドンゾーン」が認められないという報告もあり、興味深い。(161〜162頁)

このオレキシン。
これをうまく使うような生活習慣を持つこと。
これがとても大事だということを覚えておいてください。
そして入眠時間を決めたら前倒ししない。
これはもう、本当にそう思う。
最近9時半にベッドに入って10時には眠っているという塩梅なのだが、明日早いからといって8時半に眠ったりするともう、ガタガタになる。
やっぱり明日どんなに早く起きなければならないにしても、入眠の1時間半から2時間が大事だということを前提にしておけば、4時間5時間になっても大丈夫で「いつもどおり」という。
眠りというのは習慣化しないとよくなりませんよ、ということ。

 単調な状況だと頭を使わないから、脳は考えることをやめ、退屈して眠くなる。(148頁)

だから電車の中では眠ってしまう。
それはやっぱり一種「退屈」という眠りの条件がそろっているからだろう。

初夢。
ただ、初夢に限定してしまうと夢の方がしぼんでしまうので「初夢判断」としながらも「夢判断」をやっている。
武田先生は夢見が悪い。

スタンフォード式 最高の睡眠



この本自体がわりと説明が細かすぎて、読者としては中途でわけがわからなくなってしまう。

科学的に根拠があり、かつ良睡眠の効果が期待できる覚醒のスイッチのオン・オフ法を紹介するので、意識して取り入れてほしい。
 そしてその鍵は、2つの覚醒のスイッチを押すことである。
 2つのスイッチ、それは「光」「体温」だ。
(174頁)

 夜しっかり寝て、朝すっきりと起きて、せっかく体温のリズムを合わせたのに、激しいジョギングで台無しになることがある。
 何事もほどほどが良い。体のことを考えれば、早足のウォーキングのほうがおすすめできる。少なくとも、汗だくになるような運動だけは避けておこう。
(193頁)

(武田先生と)同世代の方。
16時間覚醒というのは、加齢とともにかなり難しくなってくる、というふうに『スタンフォード式 最高の睡眠』は認めている。

「食事をとると、消化のために腸に行く血流が増えて、脳に行く血流は減る」とよくいわれるが、どんな状況でも脳血流は第一に確保される
 なので、ランチ後の眠気は血流の問題ではない。
−中略−
 ランチ後に訪れるのは、厳密にいえば「眠気とは違う倦怠感」といったものだろうか。
(217〜218頁)

 あまりに重い食事をとると血糖値にも影響が出て、極端な場合はオレキシンなどの覚醒物質の活動を抑えてしまう可能性もある。(218頁)

これ以降からワリと気にするようになった武田先生。
同世代の方。
今年の春にもう古希に達する武田先生。
どうしても眠くなった場合は眠っていい、と。
ただし20分以内。
それを3時まで。
本当のことを言うと、お昼時に20分ぐらいはOKだが、3時過ぎたらもう眠ってはだめ。
それをやるとまた夜の睡眠が不ぞろいになる。
絶対にお昼過ぎ、3時までに20分間ぐらい。

「30分未満の昼寝」をする人は「昼寝の習慣がない」人に比べて、認知症発症率が約7分の1だった。(233頁)

 これだけみると「昼寝は認知症を遠ざける」といえそうだが、話はそんなに単純ではない。なんと、「1時間以上昼寝する」人は、「昼寝の習慣がない」人に比べて発症率が2倍も高かったのである。(233〜234頁)

お母様が「眠れない、眠れない」とおっしゃっていてひどく悩まれていた故郷の先輩がいた。
「うちのバアサンが90超えとんだけど、眠れない眠れないっつって夜中に騒いでなー。オレは働きに行くからいいんだけど、女房はやっぱ、だいぶ堪えて」という。
それで「病院に行って来い」と行かせたのだが、お医者さんから薬も何一つもらえなかった。
「何でだ?」と母親に訊いたら「昼寝で2時間ちょっとしてる」。
「それだけ寝りゃ十分ですよ」と言われた。
だからリズムというのは大事。

(「年をとって丸くなった」という街角の声を受けて)
とある方の本を読んでいて、すごくショックというか「いいことだなぁ」と思った。
年を取ってくると意外と人が許せるようになっていく。
角々になる人と丸くなる人と二つのタイプがいると思う水谷譲。
角々になる人で、武田先生が一番聞いて驚いたのは人のことをボロクソに言う人がいる。
悪口を言いまくる人。
ブログとか何とかで。
そういうのが今、大流行。
SNSを使って言葉で人を傷つけることが趣味な人がいる。
その人は人間が嫌いだからではない。
その人が他人の悪口を言うのは、自分が愛せないから。
ドキっとする。
世の中で一番難しい技術は、自分を愛すること。
人を好きになるのは簡単にできる。
さっき「街角の声」でおっしゃっていたのは、年を取ってよくなったのは「あんまり人と」と言う。
これはその人が成熟してきて自分のことが好きになったから、人のことが好きになれる。
年を取るのは面白い。
そんなのは人生の後半にしかやってこない。
そうやって考えると命は面白い。

睡眠と言うのは実に謎の多い生命活動。
眠るということは他のケモノから喰われるチャンスを与えるワケだから。
この「眠る」という休息方法を進化は選んだ。
抑制を支配するアデノシンはDNAの基本構成成分なので、アメーバにも眠りは存在する。
睡眠の起源というのはそれほど古い。

「カフェインが眠気覚ましになる」というのは、カフェインが人を眠らせるアデノシンの働きを妨害するためである。(155頁)

 また、強力に覚醒を引き起こす「オレキシン」という神経伝達物質は、覚醒だけでなく摂食(食べること)にも関与している。(155頁)

睡眠というのは実に複雑な生命現象で、眠りこそ全ての生活の、健康の、心の基礎。
そして命の不思議。
年をとってしみじみ思う武田先生。
寝入りっぱなはもの凄く深く眠っている。
グッスリ眠っている。
3〜4時ぐらいからグズグズ、トイレに起きる。
トイレに行って帰って「寝付けねぇな」と思いながらウトっと寝ている。
その時にものすごい夢を見ているようだ。
その夢がとにかく、何かに遅れそう、恐ろしいものに襲われる、怖いものが追っかけてくる、それから汚い夢。
「あそこで見たウンコ」とか。
もう思い出したくない。
何か思い出に残るウンコがある。
そういう「とっとと消したいもの」。
そういうものが。
例えばゴルフをやっていても横に飛ぶという「シャンク」。
手ごたえまでありありと手のひらによみがえる。
失敗、過失、不潔、気味の悪さ。
これが若い頃より圧倒的に増えていく。
これは年を取ったから「どうしてもそういうことになっちゃうのかなぁ?」とあきらめ気味だったのだが。
著者によれば嫌な夢が多いのは悪い夢の方が強烈で、よく記憶に残りやすい。
アナタには実はよい夢もプレゼントされている。
ところが脳は「よい夢」は簡単に流してしまう。
「嫌な夢」はほとんどストレスが原因。
30〜40代が多い。
60、70代でもという人は中年にめちゃくちゃ働いている人。
ではなぜ30〜40代に多く、30〜40代に無我夢中で働いた60代、70代は老いると嫌な夢が多いのか?

嫌な夢。
追われる、恐ろしい、うまくゆかない、不潔な夢、亡くなった人が出てくる夢とかというのは、どうも脳がイメージリハーサルをやっているんじゃないかという説が。
現実で追われても、もう慌てない自分になりたいとか、そういう願望が夢の中で。
だから何回も見るうちにだんだん慣れてくる。
夢の中でそれがわかって「もう覚めるから大丈夫、覚めるから大丈夫」と思うこともあるという水谷譲。
何かやはり変化がゆっくり現れる。

これは本当にあったこと。
61歳で大学から卒業証書だけ貰った武田先生。
「名誉卒業」というヤツで。
23歳の時に大学を飛び出してフォークシンガーになる。
それが10月のことだったので、卒業まで2か月。
2単位と卒論。
それを書いておけば教員免状が取れたのだが。
その頃には金八先生をやっていたので大学にも戻れず芸能人。
ところが60歳になった時、大学側から「オマエは教員のイメージをよくした」と。
それで「免状渡そうか」という。
福岡教育大学だから、免状を受け取ると教員免許が付いてくる。
ところがちょうど教員免許は60歳で切れるので「教員免許は出せないけど、大学を卒業した証だけはプレゼントしてあげよう」というので。
それで大学まで卒業証書を取りに行った。
不思議なことに、それから入試の夢を見なくなった。
現実として「証書を貰った」というのがあって、入学試験(の夢)は見ない。
大学を卒業していないのがそんなにストレスにはなっていないと思っていたが、案外どこかで気にしていたのか。
そういうことがあるので、みなさん方も何かあったら、現実をほんのわずか変えるだけで夢見が変わるとか、そういうことはあるのではないか?

もしかするとだが、加齢とともに不安とか恐怖とか過失の体験、あるいはひどく不潔な光景などをなぞりたがるのは、何かそれが生命にとって、とても重大な要素なのかも知れない。

テレビの現場に行ってアッ!と驚いた。
AD(アシスタントディレクター)というのがいる。
これがざっくばらんに言うと「使いっパシリ」とか「弁当係り」とかという。
そのあたりから入って4段階ぐらいに分かれているから、ADというのが昔はどの現場でも3人はいた。
「1番手」「2番手」と呼んでいたが。
だいたいの番組で3番手ぐらいまでADがいる。
最近、9人いる。
働き方改革。
そのADは一番ハードな部分を背負わなければいけない。
演出家の八つ当たりも喰らう。
金八(『3年B組金八先生』)の時に頭を殴られているヤツを何回も見たことがある。
これが「働き方改革」によって睡眠時間をきちんと取らせないと違法である、と。
前はもう凄かった。
「オメェ15分寝たろ!」とか。
もちろんチーフ、演出家の方は一睡もしていないのだが。
それがもう許されない。
眠りを中心とした社会が守りに入っている。
ただ、この「眠気と格闘しない」という諸君はちょっと心配してもらった方が。
使い物になるかどうか。
ローテーションでクルクル回るから1本の作品でずっと付き合って終わるADがいない。
どれか必ずお休みで眠っているから、果たしてそれで有効な演出家が育つかどうか。

話がバランバランになったが『スタンフォード式』に関しては「もう少し具体的に説明してくださると助かります」と嫌味の感想を一行書いている武田先生。


posted by ひと at 19:35| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月24〜28日◆初夢を見るために

年内(2018年)は初夢のために予備知識を入れておいて、初夢期間中は(番組内で)曲なんかを流すのでぐっすり眠っていただいて、幕が開けたらまた「初夢反省会」をお送りしようかなぁと。
あまりうまく眠れていない武田先生。
昨日はトイレに何回起きたか。
せっついた尿意ではない。
年をとるとパワーがないので、昔はもう機能を間違えてカーン!と割りばし状になった排尿器を抱えて行ったものだが、最近はグシャと座り込んだというか茶碗蒸しみたいな。
ほじらないと先端が見えてこない、みたいな、たたんだホース以下の存在なのだが。
フッと目を覚ますと「う〜ん・・・しぶるな〜」という。
しぶるものがあるなぁと思ってトイレに行って、ひどい時は3回から4回。
眠れないということがまだ経験がない水谷譲。
武田先生の場合の「老人」の話。
眠る時はコロッと眠る。
いい気分。
ベストの状態で眠りに入るが、そこから1〜2時間して目が覚めた後、トイレに行って、再度眠る時にウジウジウジウジ・・・
遺産相続、庭の手入れ、女房の一言、ノックせず入ろうとした時の娘の悲鳴。
もうありとあらゆるいろんな嫌なことを思い出して。
小さいことから大きいことまで。
「北方領土は帰ってくるのかなぁ」とか。
「国後とかアイツ返さないんじゃないか?プーチンは」とか思ったり。
竹島問題、尖閣諸島、南沙諸島の中国船。
それで武田先生たちが子供の頃の国連の事務総長はなんだったっけ?とか。
本当にそういうことがジグザクに頭を走る。
昼間はかくのごとく陽気なのだが、夜はめちゃくちゃ陰気。
おそらく、武田先生と同じような方も多かろうと思うのでここは「高齢者のための保健体育」と題して。

スタンフォード式 最高の睡眠



 日本には、睡眠負債を抱える「睡眠不足症候群」の人が外国に比べて多いというデータがある。−中略−なかには、後述するように100万人規模での統計もある。
 フランスの平均睡眠時間は8.7時間。
 アメリカの平均睡眠時間は7.5時間。
 日本の平均睡眠時間は6.5時間。
(31頁)

日本人は眠りについて豊かな生活を送っていないという現実がある。
当然ながら長く眠ればよいというものではなくて、細かい睡眠への諸注意をこの一冊は記している。
ただ(この本は)細かすぎて途中で何がいいのかわからなくなる。

眠りにはレム睡眠(脳は起きていて体が眠っている睡眠)ノンレム睡眠(脳も体も眠っている睡眠)の2種類があり、それを繰り返しながら眠っている。(53〜54頁)

レム睡眠がウトウト、ノンレム睡眠がグッスリと。
ウトウト、グッスリ。

 寝ついたあと、すぐに訪れるのはノンレム睡眠。(54頁)

この間に夢は見ないというから、「寝入りっぱな」というのは大事。
このノンレム睡眠のグッスリから、これが終わると後はレム睡眠を4〜5回繰り返しつつ、朝のレム睡眠で「あ〜あ・・・」と言いながら起きるという。
物凄く大事なことが最初の方のページに書いてあったが、グッスリ睡眠を1時間半〜2時間しっかりとっていれば大丈夫。
これは「眠りのゴールデンタイム」。
生きていくために必要な睡眠時間は6時間。
しかしこの6時間も寝入りっぱなの1時間半〜2時間。
最低でも90分。
これが充実していれば明日の準備はもうすでに終わっている。

九時半に眠る武田先生。
早い。
「オレ寝るわ」と寝る。
それでトイレに起きるのが1時半〜2時。
「なんだ、問題ないじゃん『スタンフォード』」みたいな。
そんな感じ。

「眠りの質」とは脳の活動としっかり結びついており「眠らねば」と決心すればするほど眠れなくなる傾向にある。
ある意味「眠り」とはセックスの「快」と同質の自我の哲学に関わってくるような気がする。
眠りに落ちること「気持ちよくならねば、気持ちよくならねば」と思うとどんどん不愉快になっていく。
体験したことがあると思う。
武田先生自身がわりとそういうふうなタイプ。
「ほれ、もっと本当は」とかと思ったりする。
眠りも性の快感の方もそうだが、己をモノサシにすると本質から外れてしまう。
眠りも性の快感も、自分を離れたところから、それに近づく。
「なんて可愛い人だ」と思いながら「この人がこんなに喜んでくださるんだったら、ボクも上からこうやっちゃおうかなぁ」とかいろいろ考える。
眠りもそう。
眠りというのは眠る段階で「眠るもんか」と思うとものすごく眠たくなってくる。
だからそのものに近づこうとすると、それは遠ざかり、それから遠ざかろうとすると追いかけてくる。
眠ろうとすると「もう、何か眠れない」という方が多いと思う水谷譲。
だからどうしてもアルコールに結びついてしまうという話を今日はする。
それが故に、自分を酩酊させるという、混乱させるという意味でお酒を飲むということがある。
ついこの間も問題になった。
外国の飛行場で日本の飛行機の運転手さんが捕まってしまった。
JAL、英で実刑判決の副操縦士を懲戒解雇 乗務前に過剰飲酒  - BBCニュース
あれもみなさんは簡単に「空の安全」とかと叱られるが、あの方も眠れなかったのではないか?
ささいなことで人間は眠れなくなる。
そのお酒と眠りの関係だが、お酒は眠りの後も内臓に仕事をさせることで問題。
特に肝臓は体重70kgの人で1時間に分解できるアルコール量は「体重の0.1」。
(「体重の0.1」では70kgの人は1kgという話になってしまいそうだが、「体重1kgあたり0.1g」ということらしい)
これが純アルコール。
だから体重70kgの人で肝臓で処理できる純粋なアルコールの量は7g。
例えば25度の焼酎をコップ一杯お湯割りで飲むとアルコール度度数は
 25÷100×飲んだ量(180cc)×0.1
ということで純アルコールは何と36gもある。
これはエタノール。
純粋アルコール。
70kgの体重の人で早い話がコップ一杯180cc(牛乳瓶1本分)ぐらいを焼酎で飲むと、これが完璧に酔いが覚めるのに5時間以上かかる。
だからいかに肝臓が大変か。
だからやっぱり10時間経っても抜けていなかった。
そういう意味でアルコールというのは・・・
やっぱりコップ一杯飲んでいる武田先生。
もちろんお湯割りだからちょっと時間がかかって、胃にソフトには落とすが、その分だけ水分量も多いし。
でも飲むと寝つきはよくなる。
コトンと眠れる。

眠りの本質についてまずは考えましょう。
なぜ人に眠りは必要なのか?
これは「学習・記憶の定着」。
勉強したこと、「これはちゃんと覚えとこう」と思ったことが定着するために眠りが必要。
「いろいろ考えて眠れない」と言うが、眠ることによって罵りの言葉をはじき、褒め言葉は覚えておこう、と。
そんなふうにして「はじく」のと「取り入れる」のが眠りで決まる。
お酒を飲むとその辺がグシャグシャしてフォーカスが合っていないから眠れるのだが、眠った後はアルコールの処理で「覚えておくか、はじくか」というのが混乱する。

(街角の声で大坂なおみさんの話題が出たことに引き続いて)
大坂なおみさんはあまり「日本人、日本人」と引っ張り込むと何か可哀想で。
あれは「大坂なおみ」という、この世にいるただ一人の人。
アメリカ人であってもいいし、ハイチだったか南の方の、でもいい。
何かそいういう国境を超えた不思議な少女。
でもつくづく思うのは陸上で注目株はケンブリッジ飛鳥。
彼の場合は日本人。
相撲の高安、御嶽海。
お母様が大坂なおみさんと同じ運命を辿った方。
だから今、外国人労働者を入れるのどうのとかと、犯罪が増えるとかという人がいる。
ちょっと失礼なような気がして。
それはどうなるかもちろんわからない。
だが、日本人そのものがそのようにしてハイブリッドを重ねてきた国民。
縄文人と弥生人のハイブリッドが私達。
そういうことで「ピュアジャパン」とか「日本人の血は」とかと言う人がいる。
本当に「よく言うよ」と思う。

 夢の内容を記述してもらったところ、レム睡眠はストーリーがあって実体験に近い夢、ノンレム睡眠は抽象的で辻褄が合わない夢が多いことがわかった。(79頁)

(番組ではグッスリ眠っている時が実体験に近い夢で、ウトウトが抽象的と言っているが、レム睡眠の方がウトウトだと思われるので、多分間違えて逆に言っている)

「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」が入れ替わるごとに、夢も切り替わっていることもわかっている。これを踏まえると、夢は見た回数が多いほど、レム睡眠とノンレム睡眠のスリープサイクルをしっかり回せていることになる。(81頁)

だから寝入りっぱなは、なんだかありありとした夢を見る。
(本によると最初に「ノンレム睡眠」なので、抽象的な夢を見ることになるが)
目覚める直前は何だかよくわけわかんないみたいな、そういう夢を見てしまう。
(本によると起きる時には「レム睡眠」なので実体験に近い夢ということになる)
武田先生が気になるのは、体験として年を取ると「夢の質」がだんだん悪くなっていく。
人に追われたり、おっかけられたり、お化け屋敷の廊下を歩くようなドキドキするアレとか、間に合わない、送れる、裏切られた。
強迫観念。
そういう夢ばかり。
ちょっと一時期悩んだことがあった。
何でそいういう夢を見るかについては、ちょっと横に置いておく。
みなさん覚えておいてください。
90分の例の「最高の眠り」がうまくいっていない。
例えばどんな人かと言うと日中頻繁に眠気に襲われる。
そういうことがないという水谷譲。
朝早い仕事の時は猛烈にお昼ぐらいに眠気に襲われるが、15分ぐらい仮眠を取ってまた楽になる。
水谷譲の仮眠の時間(15分)がドンピタ。
(最適な仮眠の時間は)15〜20分。
なるべく(午後)3時前。
そうすると完璧に補える。
1時間ちょっと眠ってしまうという武田先生。
夜にもう眠れなくて、それで病気ではないかと思って。
「病気じゃありません。それは昼間眠ったからです」
睡眠外来に並んだことがあるので先生からまず疑われたのは「ムズムズ足症候群」。
「(脚が)痒くありませんか?」という。
そういうのがあるらしい。
これが睡眠を邪魔している、という。
もう一つ「睡眠時無呼吸症候群」。
これはもう睡眠で相談に行くと、まず先生が疑う。
この二つに、ほんのわずかでも自覚があったらすぐ病院へ、ということだった。

一番大事なことは、いかに寝入りっぱなの90分を確保するか?
最もよい例が子供。
子供の寝入りっぱなは見事。
目を離した隙に寝ている、みたいなのがうらやましい。
そして抱き上げると重たい。
でもあの間は、もの凄くいい睡眠をとっているという。

スムーズな入眠に際しては深部体温と皮膚温度の差が縮まっていることが鍵なのだ。
 皮膚温度が34.5℃の人であれば、睡眠時の深部体温は36.5から36.2℃程度に下がっているだろう。
(114〜115頁)

(番組では皮膚温度と深部体温を逆に言っている)
入眠時、人体は眠りに入るとしきりに熱を放散し続ける。
熱を出して体温を下げる。
脳を興奮させない温度と暗がりのベッド。
そういうものがあるとスーッと深い眠りに入っていく。
眠りのための手順もまた、よき眠りへの誘導灯で「寝る前にアレとアレとアレをやる」という、三つぐらいのことをやっておいて、その手順でベッドに入るとコトンと、という。
とりあえずちょっとお酒を飲んでお風呂に入って顔を洗って歯を磨いて肌のパッティングなどをして寝るという手順の水谷譲。
ベッドサイドでの手順は「本」である武田先生。
本を読んでいるとコクっとくると「寝よう」と思って(本を)パタンと閉じて明かりを消す。
ひどい時になると夢の中で(本を)読み続けることがある。
「重力」というので本を読んでいて。
だからずっと(夢の中で)重力について考え続けていたことがある。

 眠りに入るまでの所要時間を「入眠潜時」と呼ぶ。
 エアウィーヴの実験で、若くて健康な人10人を集めて入眠潜時を計ったところ、平均7〜8分で眠った。これが正常値と考えていい。
(120頁)

10分以上寝つきの悪い方はちょっと考えましょう。
でも人間はだいたい7〜8分で眠りに入れる。

 人間は恒温動物で哺乳類だから、体温はホメオスタシス(恒常性)でほぼ一定に保たれているが、同時にサーカディアンリズムの影響を受けており、体内時計によって日中変動(1日の中で変化)する。
「平熱は36℃」という人でも、1日の中で0.7℃くらいの変化がある
(122〜123頁)

眠っているときは深部体温は下がり、皮膚温度は逆に上がっている(125頁)

眠る子がうっすら汗をかくのは理想。
あまりポッポポッポしてきて「アタシ熱があるか?」とか、そうじゃない。
それは体の内側を冷やすために一生懸命熱を外に出しているという、よき状態。

 冷房で冷え切った会議室に悩む人は、雪山で遭難しそうな人と似た状況下にある(127頁)

 だが、睡眠中は深部体温が下がる性質があるため、雪山で寝てしまうと通常よりさらに熱が奪われて低体温症になり、やがて死に至る(126頁)

それから夏、七月。
今年(2018年)は暑かった。
この時(『水戸黄門』の撮影中)は本当に熱かった。
それでこの睡眠のヤツをやっていたのだろう。
各地で35℃超え。
京都。
これは黄門様をやっていたから。
北関東、愛知の山間都市で体感40℃超え続く。
この時、テレビでしきりに「老人の無知で睡眠時クーラーを使わない」「熱中症の危険があると警告しているのに案の定、熱中症で倒れた老人が続出した」と。
ところがある高齢者が「クーラーの冷気にあたると肩とか腰がうずくのよ」と。
武田先生もある。
高齢者になると冷気というものに関してあまり好感を持てない。
この時(この手の報道がされた時)に何か腹が立った武田先生。
これはもう絶対に体の根本から考えなければならないことで。
暑さ対策には、体の皮膚の温度を上げて熱放散、つまり皮膚から熱を出すということが大事なことで。
そのステップを踏むことを勧めることではないでしょうか?
クーラーの温度は例えば30℃でいい。
32〜33℃が問題で、それから3℃ばかり低い30℃。
それで首を振る扇風機。
体に当らないように。
何を気にするかというと、皮膚が熱を発散する。
その道具の使い方を指導する。
タイマーが付いていれば、わずか寝入りっぱなの2時間。
暑い寒いは2時間でいい。
そこでぐっすり1時間半か2時間眠れば大丈夫。
最低限の元気で一日行動する睡眠はそこでとれた。
2時間をいかにキープするかということが大事なのであって、クーラーを付けっぱなしのことではない。

睡眠スイッチのため「お風呂」というのは寝床へ行く前のプロセスとしては最高。
これは『スタンフォード大学』は細かい。
寝る90分くらい前にお風呂かシャワー。
これで深部体温、体の奥の方の体温を上げる。

 入浴に関する私たちの実験データでは、40℃のお風呂に15分入ったあとで測定すると、深部体温もおよそ0.5℃上がっていた
 この「深部体温が一時的に上がる」というのが非常に重要で、深部体温は上がった分だけ大きく下がろうとする性質がある。なので、入浴で深部体温を意図的に上げれば入眠時に必要な「深部体温の下降」がより大きくなり、熟眠につながる。
 0.5℃上がった深部体温が元に戻るまでの所要時間は90分。入浴前よりさらに下がっていくのはそれからだ。
 つまり、寝る90分前に入浴をすませておけば、その後さらに深部体温が下がっていき、皮膚温度との差も縮まり、スムーズに入眠できるということだ。
(131〜132頁)

電車の中とかつまらないDVDの映画を観ている時にウトウトするという水谷譲。
武田先生の奥様がソファで眠る。
「お母さん、風邪ひいちゃうよ」と起こすが「やかましい!ほっとけ!」と言われる。
あれは自分で体験するとわかるが、あのウトウトはめっちゃ気持ちいい。
だからあれはある意味、放っておいたほうがいいのだろう。
あそこで得た30分の眠りはグッスリ眠れる時がある。

「忙しくて、寝る90分前に入浴をすませるなんて無理だ!」と言う人は、深部体温が上がりすぎないように、ぬるい入浴かシャワーですませよう(133頁)

武田先生もそうだが、高齢者の方は思い当たることはありませんか?
「温泉で引きがいいとめっちゃ眠れる」という。
温泉で眠れない時がある。
体が温まり過ぎてしまって。
何かがずれたみたいにカアッとなって眠れなくなる。
ところが逆に引きがいいとグッスリ。
旅館は晩飯が早い。
だから遅くても8時。
1時間ちょっとして9時半。
もう飯を喰って部屋にたどり着いたら、そのままドテラを着たまま倒れこんで。
「めっちゃ眠たくなる」という。
温泉旅館の空気そのものが東京の空気と全然違う。
それを武田先生の奥様が言うところの「電磁波が飛んでない」。
何かそういう澄み切った空気というのがある。
眠る。
次の朝4時半ぐらいに起きる。
爺さんたちはみんな(起床が)早い。
もう5時には皆、ウロウロしている。
早朝から老人がウロウロする温泉旅館は、効用と眠りに関しては点数が高いのだろう。

睡眠のスイッチとしては深部体温を大きく上げて下げられる「温泉」のほうが強力といえる。−中略−
 その点、炭酸泉は、普通浴と同じように湯疲れがない
−中略−湯治などで長期滞在する人、ケガの後のスポーツ選手、疲れを癒しに温泉に行く人は、炭酸泉をチョイスするのもいい。(135頁)

秋田かどこかで温泉に入るとリンゴの臭いがする。
サイダーの中にリンゴが混じったような臭いがする。
甘い感じ。
それでもう、体中あぶくだらけ。
あれはよく眠れた宿だった。
それから「立ち湯」というのがあって、あれは驚いた。
炭酸泉だったが。
秋田。
立ち湯は立って入る。
棒に掴まって立っておかないと足が立たない、という。
もうアップアップ。
爺さんが4人ぐらい棒にぶら下がって。
命がけ。
全然ゆっくり入れない。
泳いで帰ろうと思っても結構熱い。
あれは何の効用があるのかわからないが、それで次の爺さんが入ってくる。
それでそこから誰も立ち湯だとは教えない。
そのたびに次々と爺さんが「お?」と言いながら、炭酸泉の中に倒れ込んでいくのがおかしくて。


posted by ひと at 19:23| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月05日

2018年7月23〜27日◆考えさせられる問題

(去年の七月の放送なのですごく前のだけど、今更ながらご紹介)

日本には様々な問題がある。
ただし、その手の問題ではない。
単純に大学の入試で出た問題を今週やっていこうかなと。
この問題が素晴らしくて、絶対に裏口から入ろうとしている官僚の息子も合格させないという素晴らしい問題の特集。
官僚で裏口で入ろうという、そんな人がいらっしゃるという、何かデカいニュースが流れたが、そういう方が裏から入れないために、大学が出す問題を変えなきゃダメなんだ、と。
【文科省汚職】東京医大、裏口入学毎年10人 東京地検特捜部がリスト入手 - 産経ニュース
「裏でコソコソっとやって加点できるような問題作ってるから裏から入ってくるんだ。裏からも入れないような問題を作れ」ということで、その本を見つけた武田先生。

オックスフォード&ケンブリッジ大学 世界一「考えさせられる」入試問題:「あなたは自分を利口だと思いますか?」 (河出文庫)



これは小論文で正解がない。
模範解答はあるのかも知れないが、とにかく「正解がない」と。
採点する方も大変。
だから結局「問題なのは何か?」と言うと、裏口から平気で入ってくるのは採点を簡単にしようとするから、入る力もない人がゾロゾロ入ってくる。
絶対にマークシートでは試せないという能力を学生さんに試して、その答えが独創的であればいいのではないか?
優秀な頭が欲しいいんじゃない。
独創的な頭が欲しい。
優秀な頭は大学に入ってから創るのだから。

1.ケンブリッジ大学
法学
あなたは自分を利口だと思いますか?
(17頁)

入試問題にはドンピタ。
さてみなさん、問題の意味を深く考えましょう。
「利口」という言葉をしっかり深く考える力がないと答えることができない。
「勉強してるから利口だもん」て「バカか、オマエは?」という話になる。
「そんなこと訊いてんじゃねぇよ!」という。
利口とは一体何か?
「利口」とはある事態、ある状況に対して「適解」を見つけ出すという。
「最適解」ではない。
「適解」を見つける能力のこと。
そういう人のことを「利口だ」という。

利口には、狡猾と大法螺が表裏一体となった胡散臭い特性であるとのイメージがつきまとった。(18頁)

だから天使を褒める時は「賢明」とか「賢い」とかという言葉を付けるが、悪魔を褒める時は「悪魔は利口だ」となる。
そういう意味での「利口」ということで、更に深く考えていきましょう。

 というわけだから、利口ですと答えたら、私は狡猾です、あるいは法螺吹きです、と公言したのと同じことになる──いや、馬鹿ですと言ったも同然かもしれない、なぜなら、賢明な人間なら自分を利口だとは思わないだろうし、本当に利口な人間なら自分は利口だなどと人前では言わないだろうから。(18頁)

自分のことを「利口だ」と主張する人は歓迎されない。
もちろん愚かであるよりもずっといいことだが。
その「利口」というものを、その理想を広げてみましょう。

もし善良な人がみな利口なら、
もし利口な人がみな善良なら、
世界はずっといいものになる
そうなるかもしれないと思っていた。
ところがどうしてこの両者。
手に手を取って歩みはしない。
善良は利口に厳しすぎる、
利口は善良に失礼すぎる。
(20頁)

「利口」という一語に触れた小論文を書くとすれば「賢い」とか「聡明」とか「知的」とか「博識」とか、優れた人物についての賞賛はあるが、「利口」というのは明暗両方を含む言葉であるが故に深く考えなければならない、という。
マークシートではさぐれない知的な部分を持っていないと小論文が書けない。
「利口」というのをどういうふうに広げて意味を捉えるか?ということ。
法学部だから、学部もちょっと関係する。

12.オックスフォード大学
物理学、哲学
もしこの紙を無限回数折りたたむことができるとしたら、何回折れば月に届くでしょうか?
(53頁)

月までの距離が四十万キロメートル弱だということを知っていて、紙の厚さを〇.一ミリ(0.0000001キロメートル)だとすると、非常に大雑把ではあるが計算で出せる。(53頁)

紙の厚さは折りたたむごとに倍増して急激に厚くなっていくので、折りたたむ回数は驚くほど少しで済む。(53頁)

10回でもう62.4cmになる。
(10回折ると1024倍で10.24pらしい。62.4という数字は本にもないし、どこから出てきたのか不明)
倍になっていくワケだから。
0.1(cm)。
1回目はわずか0.2(cm)だが4、8、12(回目)。
10回では62.4cm。
とても煩わしいが、0.1mmを「km」に直すと0.0が6個付くkm。
たった10回折っただけで0が三つ消えている。
数字の魔力。
思ったより変化が激しい、大きい。

 答えは43回前後である。(53頁)

 紙は折るごとに急激に厚みが増すので、かつては一枚の紙は最大で七回か八回しか折れないと言われていた。−中略−ブリトニーは細長い紙なら八回以上折れることを証明したが、それでも十二回が限度だった。(54〜55頁)

みなさん方もちょっと「脳トレ」だと思ってやってください。
テレビの脳トレで、東大生の考えたヤツを本を買ってやったのだが、あれは説明しきっていない。
難しいが根性が悪すぎる。
根性が悪いから嫌い。
それに比べて頭のいい外国のヤツは根性がいい。
根性の問題。

29.オックスフォード大学
数学
ここに3リットル用の水差しが一つと5リットル用の水差しが一つあります。4リットルを量りなさい。
(127頁)

まず5ガロンの容器を満たす。次にそこから3ガロンの容器に3ガロン移すと、5ガロンの容器には2ガロン残る。3ガロンの容器を空にして、5ガロンの容器に残っていた2ガロンをそこへ入れる。ふたたび5ガロンの容器を満たし、そこから3ガロンの容器を満たすと1ガロンだけを使うことになり、5ガロンの容器には4ガロンが残る。(127頁)

 この問題は映画『ダイ・ハード3』にも出てくる。(127頁)

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たとえば、5分用砂時計と9分用砂時計を使って卵を13分ゆでるにはどうしたらいいか?
 答え──5分用の砂時計を4分用にすればいい。まず、二つの砂時計を同時にスタートさせる、5分計が終わったところで9分計をとめると4分残る。ふたたび二つの砂時計を同時にスタートさせ、今度は9分計が終わったところでとめると、5分計の砂は4分落ちたところである。というわけで、ここからまず9分計をスタートさせ、次に5分計をひっくり返して4分計れば、卵をきっかり13分ゆでることができる。
(128頁)

(番組ではオックスフォード大学の数学科の問題として紹介されているが、本によると大学入試とは関係がないようだ)
これはピッタリの道具がなくて、それをどう使ってやりくりするか、という。
何か頭のよさは「やりくり」のこと。
今、一番求められているのはこういう頭のよさだと思う。

35.ケンブリッジ大学
獣医学
牛一頭には世界中の水の何パーセントが含まれていますか?
(158頁)

牛の体の中に水分がある。
これは「水」。
それだけではない。
牛がそこまで大きくなるまでに「飲む水」というのがある。
哺乳類は体重の60〜70(%)が水分であるから絶えずその分、牛が飲む水が必要になる。
ところが水だけでは牛は育たないので、その他エサの小麦。

四分の一ポンド(百グラム強)のビーフハンバーグをたった一つ作るのに、平均約五千リットル近くの水が必要となる。(159頁)

それから我々が考えなければならないのは、牛肉は水資源に対して実に重大な影響を及ぼす生物である、と。
だから牛肉というものにフードが、食生活が傾くと、もの凄い膨大な水がないと食欲を抑えきれないということにケンブリッジ大学は気づいて欲しい、という。
「常食で喰い始めたら枯渇しますよ、水資源は」
そういう国が今、現実にある。
国中で牛肉を喰い始めた国があるから。
(人口が)13億(人)もいるのに小麦を作らないで輸入している。
これは大変なことになる。
サンマもさんざん取り尽くしている。
こういうのをケンブリッジ大学は出している。

このまま牛肉の消費量が上昇し続けたら甚大な水の危機がやってくると危惧する人たちがいるのは、そういうわけなのである。(160頁)

16.ケンブリッジ大学
工学
もし、地面を地球の裏側まで掘って、その穴に飛び込んだらどうなりますか?
(73頁)

何かそういうのをギャグでやる人がいた。
「反対側の人〜!」というのがいた。
その「穴」。
そこに人が飛び込んだらどうなるか?

 人の手によって掘られた世界一深い穴は、ロシアのコラ半島にある「コラ半島超深度掘削抗」で、その深さは七.六マイル(約一万二千二百三十一メートル)に及ぶ。一九七〇年から二十二年間掘り続けて、ついに熱さに負けた──というわけだから−中略−コラのこの「超深い」穴は地球の直径の〇.一パーセントにも達しない深さで早くも熱と気圧に完敗した。(73頁)

「地球の裏側まで穴を掘る」というのはいろんな物理矛盾がある。
できたとして、穴に飛び込んでみましょう。

もしその穴に空気が詰まっているとしたら、空気は地球の中心に近づくにつれて濃度が増すので、さほど深くないところでまず液体となり、次には個体となり、穴は塞がる。飛び込んだ直後は重力により落下速度は増すが、それも空気抵抗と相和してゆるんでいき、終端速度に至る。しかし空気の濃度はさらに増すので、その後間もなく落下速度は減速しはじめる。−中略−飛び込んだ時の勢いである深さまでは落ちていくが、抵抗によって押し戻され、間もなく少し下ったあたりに立ち込める濃密な空気中に漂うことになる。(74頁)

 さて、それでは、もし穴が真空の筒状で地球が停止しているとしたら? だとしたら何ものにも邪魔されずにひたすら加速しながら落下していく。ただ一つ、地球の重力だけが邪魔をする。地球の中心に近づくにつれてどんどん地球自体の質量の中を通過していくわけだが、それが落下を引きとめようとしはじめる。落下するにつれて地球の重力質量によるブレーキ効果は増し、落下速度は減速し、中心に到達するかなり前で重力による加速はゼロとなって停止してしまう。−中略−こうして何度も上がったり下がったりした後、均衡点で浮遊することになる。−中略−この均衡点は地下約千マイルのあたりかと思われる。あなたは地下千マイルの暗闇にいつまでも漂うのだ、(74〜75頁)

穴に落ちることは可能だが、落ち続けることは不可能。

47.オックスフォード大学
人文科学
なぜ、進化論を信じるアメリカ人はこれほど少ないのでしょうか?
(205頁)

州によって違うが、何州かしか進化論は認めていない。
科学的と言われるアメリカで進化論が信用されずに、日本では無宗教と言われるワリに「進化論」を一発で理解している。

最近の調査によると、アメリカ人の半分以上が進化論を完全に否定している。−中略−ダーウィンの自然淘汰の理論、つまり進化は自動的機械的に(神とはまったく関係なく)選んでいるという話になると、これを受け入れるアメリカ人は人口の十四パーセントにまで減ってしまう(205〜206頁)

アメリカは進化論についてはイスラム圏の国とそっくり。
イスラム教は進化論を信用していない。
アメリカは全体よりも州ごとの方が重大で、州ごとの考え方は全体より優先される。
だから州ごとの科学とか、何かそういうものを全部結論を出していっていい。
州によって科学よりも優先するのは、神を信じることが最優先されているので進化論は州によって否定され「全体の意見とはなりえない」という。
宗教、科学、銃所持、ゲイの問題、中絶問題等々が州に任せられているという。
国家の介入とかくちばしが妙なつつき方をするとたちまち・・・という。
「アメリカとは何か」というとUSAで「パズルのように分解できるピース」というその州が集まっているという国家体制。
おそらくはその進化論というのも「神をないがしろにする考え方だ」というので「認めない」という。
これがアメリカの本質。
これはやはり「神の国」だから。
アメリカという国に住む人々は一瞬にして世界を変える可能性を信じている。
今、大統領をやってらっしゃる方も「一瞬で変える」ということの醍醐味を。
イエス(キリストは)どこでも苦しんでいた。
人類を一瞬にして幸せにしなければならないから。
キリストも大変。
もう寝ないで自分のもっと上級の神様に祈ったりしていた。
それで寝ている弟子に腹が立って怒る。
怒り方がイエスはトランプさんに似ている。
そういうとキリストに悪いが。
でも、すごく厳しい言葉。
「あなた方は眠ったのですか」という。
これは厳しい。
「ゲッセマネの祈り」の時に、血の汗を流してイエスは神に人類の平和を祈ったのだが、その時に弟子全員が眠る、という。
でもこういうことを話していると少しアメリカの本質が見えてくる。
ここは王様がいなくて、神様しかいない。
神様のマネをしたがる。
だからあそこの人たちは必ず麻薬をやる。
必ずではないにしても多いかも知れない。
本当にクスリをやりたがる。
これは何でかと言うと神様しかいない国というのは神様をマネしたがる。
「これで俺も神になれる」と錯覚している。

40.オックスフォード大学
生物学
大型で獰猛な動物はなぜこんなに少ないのでしょうか?
(179頁)

大型で獰猛な動物とは、ライオンやトラやホッキョクグマのような大型の捕食者のことだが、それらが大きくて獰猛なわけは、生き残るためにほかのかなり大きめの動物を捕食する力と獰猛さが必要だからである。(179頁)

たとえば、ホッキョクグマ一頭につき少なくとも十頭のアザラシが必要だとする。そのアザラシには一頭につき約四十匹のニシンが必要だとする。そしてそのニシンは一匹につき約八百匹のカイアシと呼ばれる動物プランクトンを食べ、そのカイアシは約二万四千個の植物プランクトンを食べるとする。となるとホッキョクグマ一頭を支えるのに必要な有機体のピラミッドの底辺に必要とされる植物プランクトンの数は、なんと、約八十億個だ!(180頁)

つまり獰猛なヤツがデカいと世界全体が滅んでしまう。
一番大事なことは、太陽エネルギー。
太陽エネルギーを栄養に換えることができる生物は植物だけ。
この植物に対する敬意のない文明は滅びる。
やっぱり「秋茄子は嫁に喰わすな」なんて言いながら植物性のものを喜んで摂らないと、その国は亡びる。
植物に対する敬意をなくすと文明そのものは力がなくなってしまう。
今日も「みどりの日」でありますように。

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2019年07月02日

2019年1月28日〜2月8日◆ガッツだぜ(後編)

これの続きです。

この本の著者エムラン・メイヤーさん。
ドイツの方でアメリカで今、腸内のことを研究なさっている。
この方は内臓、小腸・大腸の中にある微生物が人間を決定しているのではないか?
腸の役割は消化吸収のみではないんだ、と。
食欲から感情まで、実は腹の虫が人を動かしているという説。
なんとなく与したくなる、説得力を持った説。
そういえば度胸のいい人のことを「腹がすわっている」とか、真剣に語り合うことを「腹を割って話す」とか「腹の底から笑う」とか。
腹というのは絶えず人間の人格と深く結びついている。
マイクロバイオームの活動によって内臓感覚も変化していく、という。

正月5日、奥様と京都へ行って京懐石を楽しんだ武田先生。
京都だからいろいろ凝っていて凄まじい。
「カニお食べになります?」「お願いしますわー」
デカいカニでも出てくるのかと思ったら、金沢で仕入れたという香箱ガニ。
小っちゃなヤツ。
あれに味噌と卵を足の部分に混ぜて、とか。
小っちゃいけど濃厚。
内子と外子。
それから伊勢海老一匹。
あれ一匹で1万円ぐらいするのではないか?
それでお味噌汁。
白みそをお餅を入れて作ってくれる。
さすが京都。
意味もなく金粉ばっかりかけてある。
それがまた箏の音色と一緒にアレすると「文句言えなくなる」という。
その一番最初に出た、お猪口一杯の「おじや」。
「最初にお腹を温めてください」ということ。
「懐石」というのはそういう意味。
食べ物がない、貧しいお寺の方が一番最初に石を温めて客人にふるまって「お腹を温めてもらった」というのが「懐の石」と書く「懐石」。
だからお茶碗一杯だけおじやを喰わせる。
それもフグ。
すするだけ。
だけどまず「腸を温めてください」という。
このあたりはやっぱり京都人というのは内臓感覚に訴えてくれる食事の手順。

内臓感覚というのが世界の歴史を変えたという一例。

 一九八三年九月二六日、モスクワ郊外にある掩蔽壕に詰めていたソビエト防衛空軍の若き将校スタニスラフ・ペトロフは、ソビエトの衛星から、アメリカが自国に向けて放った五発の弾道ミサイルが飛来中であるという警報を受け取った。警告音が鳴り響き、画面には「発射」の文字が躍っていたにもかかわらず、彼はそれが誤報であり、事実ではないという決定的な判断を下す。もし彼がそのような状況を想定して設定された「合理的」手続きに従っていたら(他の将校ならそうしていたはずだ)、報復攻撃がさらなる報復攻撃を呼び、まちがいなく数百万人の死者が出ていたところだった。
 当初ペトロフは
−中略−「ほんとうにアメリカが総攻撃を仕掛けてきたのなら、数百発のミサイルが発射されたはずだ」「発射検知システムはまだ新しく、全面的には信頼できない」−中略−と考えたという。
 しかし、本音を告白してもそれほど差し障りがなくなった二〇一三年に行なわれたインタビューでは、ペトロフは、警報が誤りだという確信がないまま、「奇妙な内臓感覚に導かれて」判断したと述べている。
(173〜174頁)

かくのごとく腸内細菌が世界を救うということがある、という。

腸内細菌を産まれたての新生児はどこから取り込むかというと、お母様の産道から。
肌にくっ付けてくる。
だからお母様と同じ腸内細菌をまず赤ちゃんは持つ。
お母様の産道とか、そのあたりの細菌を全身に浴びて、それを我が身に取り込んで、最初の腸内細菌とするそうで。

人間が普段の暮らしの中で持つ感情というのは、実は脳が醸し出す気分ではなくお腹の中、腸の気分。
それがその人の表情となって顔に現れるのではないかという説。
これは腸の中に住んでいるマイクロバイオームという、たくさんの腸内細菌の不調が情動、気分に影響しているのではないか?と。
こう言われると何かハッとする。
例えばパワハラなんかで「若い方にとんでもない指示を出した」というような方がいらっしゃる。
何かやはりお顔を拝見していると「ちょっと食事に偏りがあるのかな?」という方が多い。
誰とは言わないが、たとえばウチダという方がいらっしゃると。
あのお年で「用意しろ」と言った物に偏りがある。
メニューを見たら出ていた。
それからヤマネという方はもうはっきり偏りがある。
もしヤマネという方がいらしゃれば、だが。
それからツカハラさん。
ちょっと肥満が先行している。
人の指導は痩せてからでいいのではないか?
例えばの話。
トランプくん。
もうちょっと絞ったほうがいいかな?
美味しいものを召し上がっている。
「北の将軍さま」のお顔がどんどん大きくなられる。
ああいう方も「腸内というのが世界中を揺り動かしているのではないかなぁ?」と思ったりする。

現在のところ科学的な証拠はないが、腸や腸内細菌が脳に送るシグナルの激しい流れが、その過程で放出される神経伝達物質とともに、夢に情動的な色合いを付与するのに一役買っているのかも知れない。(195頁)

脳が眠っている間も腸は蠕動運動等々で活動している。
「懐石料理喰った」といって金箔を消化している。
そういう代謝とかを懸命にやっている時に内臓が消化に追われると、追われる夢を見ちゃう、という。
それから何かに遅れそうになる、というのは腸が「朝の排便にはとても今日中には済みそうにない」とかというのが「遅れる」という言葉と結びついて脳に夢となって現れるのではないだろうか、という。
夢と消化吸収が結びつくんじゃないかな?と思ったら去年、(南)こうせつさんとかと博多でコンサートをやった武田先生。
そうしたら前日に主催者がおごってくれた。
「博多の肉、喰おう」と「熊本の美味い肉ありますから」というので行ったのだが、その肉屋がすごい。
前菜がしゃぶしゃぶ。
そしてメインがすき焼き。
それでサービスもあって、一切れの肉の切り方が厚い。
奥様の指導の下「65歳以上、肉喰わなくていい」という家庭の掟の下に生きている武田先生。
しゃぶしゃぶはともかく、メインのすき焼きが始まったら生卵を落として絡めて喰うと美味くて。
200(g)のところが400(g)ぐらい喰っちゃったのだろう。
宿に帰って寝たら腹が重たい。
肉を消化分解できなくなっている。
それで眠ったら夢を見た。
その夢がすごい。
牛のモモが武田先生の腹に乗っている夢。
ちょっと悪夢の話のうちに終わってしまったが「夢と内臓は案外結びついているんじゃないかなぁ?」と思った実体験。

腸と脳と心の複雑な相互作用には、マイクロバイオータが重要な役割を果たす。この種の瞠目すべき発見は、内臓反応や内臓感覚、およびその双方が気分、心、思考に与える影響という面で、目に見えない生物が果たす役割をめぐって、画期的な見方を生み出したのである。(143頁)

 さまざまなストレスによって、一時的に腸内微生物の構成が変わることは知られていた。特にストレスを受けた個体の便には、乳酸菌の減少が見られる。しかし、別の分野で得られたデータによれば、ストレスの影響は、腸内微生物の構成の一時的な変化以外にも見られる。ストレス下で分泌される化学物質ノルエピネフリンが、心拍を速め、血圧を上昇させることは以前から知られていた。(155〜156)

すると腸内は炎症や潰瘍、傷ができてしまう。
これを起しやすい環境となる。
この炎症というのはよくないようだ。
後々にガンの元になったりする。

むろん腸からも抗微生物ペプチドを分泌してディフェンスに一生懸命まわる。
この戦いの模様は腸から直ちに「気分」「夢」などの手段で脳へ打電されているようだ。
それでバランスを取ろうとする。
だから何か重たいものが心にあるとか、夢なので変な夢ばっかり見るとか。
どうも気分が上向いていかないとかというのは、ある意味で「内臓の不調をあなたに訴えていますよ」と。
これは一つキモに銘じておくべきことだろう。

幸福なときにはエンドルフィン、配偶者や子どもに親愛を感じているときにはオキシトシン、何かを望んでいるときにはドーパミン、などというように、おのおのの情動と、その基盤をなす脳のOSが、情動の種類に応じた科学的シグナルによって働きかけられることを見てきた。(159頁)

脳からの受信機は右脳にいっぱいある。

成人後には一九万三〇〇〇個ほどの直感細胞を持つ。(185頁)

エコノモ・ニューロン(本によると「フォン・エコノモ・ニューロン(VENs)」)と呼ばれる内臓からの連絡を受け取るニューロン、アンテナがある。
右脳はやっぱり「感覚脳」と言う。
最近これが「直感細胞」と呼ばれている。
(本には「このニューロンをわかりやすく『直感細胞』と呼ぶことにしよう」とあるので、別にそう呼ばれているとかっていうことでもない)

 直感細胞を動員する高速コミュニケーションシステムは、複雑な社会組織のもとで暮らすようになった哺乳類に、内臓感覚に基づく判断を行なう能力を付与した。(186頁)

人間の情動を操って「この人と会いたい」とか「今夜誘っちゃおうかな、デートに」とかという決断を下したり「よし、次のボール打とう」とか「勝負だ!」「コイツは悪いヤツだ」とかという直感を判断し、これを左脳の方、隣の方へ打電する。
だから第一印象を決定するのは実は腸。

 医師としての私の経験からいえば、女性の多くは、男性に比べ、自分の内臓感覚に耳を澄ませ、直感的な判断を下すことに長けているように思われる。(189頁)

年齢と共に腸内細菌のバランスがおかしくなりがちで、そうすると直感がきかなくなる。
それが「オレオレ詐欺」ではないか。
それがこの人の本を読んでいての面白さ。
老人はやっぱり食事の傾きというのは大きい。
オレオレ詐欺にひっかかる。
あれほど何べんも警告してもダメなのは内臓感覚の不調かも知れないという武田先生の説。
だから腸内の微生物で操っている。
その中で敏感なはずの女性が引っかかってしまうというのは、腸内の、内臓の不調そのものが引き金になっているのかも知れない。
だからそこまで調べさせて欲しい。
前にも「もう全部調べさせて欲しい」と言ったことがある武田先生。
サルの頃から「協力する」ということだけで、生存競争を生きてきた人類という中で、我が子を殺す母性というのがもしあるとすれば、絶対にどこかに何かがあるはずで、その悪魔の正体を追求するためにぜひ、罪を犯した方にも協力して頂ければと。
腸内細菌を調べるとか、そこまで一回分析してみるというのも。

前に一回だけ(『今朝の三枚おろし』で)内臓を取り上げたことがある。
これもどんどん新しい説が出てくるのだろう。
前に(スヴァンテ)ペーボ博士の説で「ネアンデルタール人と現生人類が交雑している」という「それが遺伝子に残ってる」という話をした。
ネアンデルタール人は私たちの先祖か
あの後の研究が出た。
本のタイトルもすごく興味津々で『交雑する人類』という。

交雑する人類―古代DNAが解き明かす新サピエンス史



これがまた電話帳ぐらい厚い。
エムラン・メイヤーさんの『THE MIND-GUT CONNECTION』。
この本もそうだが。
嘆きのメモが取ってあるが「話がしつこい」とか書いてある。
もう延々と説明する。
それで何か一つ「武田鉄矢の仮説」みたいなのを入れないと、ちょっとみなさんも飽きて持たないのではないかと思った。
母親が子を虐待する等々の人類の逆を行くようなことがあった場合は実は「腸内細菌のせいでそうなったんじゃないか」とか。
そういう仮説を折り込みながら説明している。
最も知りたいのは「それじゃ内臓微生物を健康のためにどうやって私に招くか?」。
今、毎日少しずつヨーグルトを必ず食べるようにしている水谷譲。
言われたのは「食べるのはいいことなんだけれども、同じ種類をずっと食べ続けないと、ちゃんとした微生物が育たないよ」と言われて。
安売りの物を「これでいいや。これでいいや」と別々のものを食べてしまっていたので「じゃ、同じヨーグルトを食べなきゃいけないんだ」と思って。
ヤクルトなんて「何とかシロタ株をいっぱい入れました」みたいなのを結構飲んでいるが便が固い武田先生。
餅の喰いすぎが原因か?

内臓微生物を健康のためにどうやって人類は増やしていったか。
著者は言う。
これはとても大事なこと。
なぜ草原のサルだった現生人類は生き残ったのか?
一つは雑食性。
何でも喰った。
木の実から草、草の根。
これは海に一回出ている。
海のそばに住んだから直立歩行が上手になったんじゃないか?という説もあるくらい。
これはよい説。
「海がサルに直立歩行を教えた」という。
海に入ったら波をかぶっちゃうから立ち上がった。
水中なので負荷なく歩ける。
そこでワカメとか貝を喰ったヤツがいる。
海が歩行器となってサルを二足歩行に変えた。
そのあたりから集団と化して「狩りをするサル」になった。
ケモノを襲って、シカ、ウシ、トリを喰うようになった。
すごいのはマンモスまで襲って喰い始めた。
新しい食べ物を次々に増やしていった。
ということで腸内の微生物を増やしたことが人類に大きく貢献したかと思えば、これはなかなかの説。
それで長寿を得て、長寿ゆえに今、新しい病に遭遇しているが、これも寿命が延びたせい。
我々は腹の虫をどう取り込み、どう守り、どう育てるかという。
そういうところに来ているのではないだろうか?という。
でも、これに関してはこの本に書いてあったことをみなさんに紹介しようかと思ったが、健康につながる食事というのは安易にオススメできないところがある。
昔は「魚を食べろ」と言われて今は「いや、肉だ」と言われて「どうなんだ?」と思う水谷譲。
個人個人で相当分かれるのではないか?
ガイダンス、外枠のみで具体的な何々はオススメしない。

腹の虫というやつ、それをどう守り、どう育てるか?という。
その話に収斂していくということ。
エムラン・メイヤーさんが終章でおっしゃっていること。
「内臓微生物の多様性を守れ」
コレステロールも善玉とか悪玉とかがいるが、悪玉もいないとダメなんだそう。

乳酸菌、ビフィズス菌を求めて、脂肪分の少ないお肉。
これは一般的な概要だけ。
具体的には言わない。
それから「有機のものに目を向けよう」と。
そして「あまりにも綺麗に殺菌されてしまっている食品というのは不味い」と。
いわゆる「発酵食品」。

キムチ、ザワークラウト、昆布茶、味噌など、現在でも簡単に手に入る食品も多い。(286頁)

これは世に喧伝されている通りの健康食品。
その次に、やっぱり「食べ過ぎない」。
これはつらい時がある。
大事なことは「腹をすかせること」。
日本人のこの「腹八分目」は欧米にはないらしくて。
「腹が鳴る」
これはとても大事なことで。

 胃に内容物が残っていないときには、食道から結腸の末端に向かって、ゆっくりと力強く移動する高振幅の収縮が周期的に生じることを思い出してほしい。それとともに、膵臓と胆嚢は同期して消化液を分泌する。(288〜289頁)

「腹減った!」という。
この時に小腸から結腸に向かって腸内細菌を吐き出す。
これによって微生物の新旧が入れ替わる。
お腹がすくことによって。
お腹が鳴るというのは緞帳が一回閉まるようなもの。
一幕目が終わって、消化吸収で。
それで内側の準備が出来て幕を開けると物が入ってくるという。
だから二幕目が始まるという。
これが飯を喰いすぎると幕がつっかかって降りなくなる。
それが悪いらしい。
そしてこれはよっぽど指導者の方がいないと危険だが、断食をすると脳と腸の連絡網がリセットされる。
入ってこないので。
この「リセット点検」というのがいいらしい。

ストレスを受けているあいだや、不安、怒りを感じているときには、腹に食物を詰め込んで事態を悪化させることは避けるべきだ。(290頁)

喜怒哀楽が激しく渦巻く時、特に「怒り」と「悲しみ」。
そういうものが激しく渦巻いているんだったら、情動を優先して他の作業をさせるべきではない、と。
悲しいのに飯を喰う、怒っているのにご飯を食べるたりすると、二つやることが増えて、腸がものすごく混乱する。
あんまりムカッ腹が立ったら「もう、飯喰わなくていい」と。
「かえって悪い影響を腸に与えてしまうよ」と。
楽しく食事ができないと、腸には大きなストレスになってしまう。
そういう「感情と飯の味」というのはリンクしている。

エムラン・メイヤーさんという方は後にちょこっと書いてらっしゃるが、滅茶苦茶日本食を褒めてらっしゃる。
その腹八分目という言葉に対する驚きとかもおっしゃっていて(そういった記述は本の中にみつからず)ちょっとエコ贔屓みたいな感じで日本と日本食はりスペクトなさっているので。
あまり皆さんに具体的に言うよりは、エムラン・メイヤーさんの考え方、科学的な考え方をご紹介した方が参考になるのではなかろうかというふうに思っている。
このエムラン・メイヤーさんが日本の食事に関して「これは素晴らしい」と言ったのはたった一言にまとまる。

日本食のもう一つの重要な要素は、食事の準備から食べるときの作法に至る、審美的側面への配慮である。(299頁)


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2019年1月28日〜2月8日◆ガッツだぜ(前編)

何か月か前の『(今朝の)三枚おろし』で「情動」という回があった。
これのことかと思われる)
無意識というのは人間の体の中に宿っていて人間を動かしている、と。
例えば大坂なおみ選手。
「相手コートにそのボールを打ち返そうか?」
そういうことを彼女が今、判断し行動に移そうとする。
で、ラケットをそのように動かす。
彼女はインタビューに答える時、その瞬間の出来事を「セリーナが左へ動いていたので、私は右へ走ってギリギリを狙った」と分析すると思う。
こういう話は実は逆。
これは大坂なおみさんがそう動いたことを、後々脳が記憶していて、言葉にして言っているというワケで。
なぜかと言うと、脳で判断して体が動いてラケットを振るまで200キロ近いスピードのボールを打ち返そうと思った時には脳が手に「動け」と命じるのに0.5秒。
「わかった、動くよ」と言って手が打ち返すという動作に入るのに0.5秒。
(合計で)1秒かかる。
みなさんもご存じのように9.9秒と10秒では100mの場合は体一つ分以上の差があるわけだから、スポーツの世界で「1秒」というのはもう、重大なタイミングの遅れ。
だから「体の方に宿っているものが私達を動かしている」というのは、もうスポーツの世界では当たり前の説。
だから野球選手はウソばかりついている。
「『いい球が来たなぁ』と思ったんで力いっぱい打ちました」
そんなことができるワケがない。
力いっぱい打ち返した後「あ、いい球が来たなぁ」と思うのが人間。
こういうふうにして実は心というものは体が動かしている。
体でも「どこか?」というのが今回のテーマ。
人間を本当に動かしているのは脳ではない。
脳も実は体の底の部分に動かされている。
実はこれは今、「内臓ではないか」と言われている。

小腸や大腸が実は人間を動かしている頭脳なのではないか?と。
そういえば絶妙な言い方で日本の武道では「丹田」と言う。
この丹田説が実は当たっているのではないか?
そして驚くなかれ。
体にこめられた情動というのは私達の「気分」「怒り・喜び・悲しみ」これさえも内臓の気分なのではないか?と。
「ああ、何か今日は体が重いなぁ」とつぶやくが、つぶやいているのは実は脳ではなくて内臓がそう思うから言葉になって「体重い、今日は」とか。
それからもっと言うと「この人、好きなタイプ」。
それを考えているのも実は内臓なのではないか?

人間の腹、丹田に住んでいる「腹の虫」で気分が決まる。
恋もまた内臓、しかも大腸小腸が決めていることではないか?と。
「虫が好かない」とかと言うが、実は「お腹」で決定していることではないか?ということで。
実は大腸小腸の「内臓」に思いがあるのではないか?という新説だが、かなり説得力があるのでみなさんにご紹介しようと思う今週、来週。
エムラン・メイヤー『THE MIND-GUT CONNECTION』
(番組内では一貫して「GUT」を「ガッツ」と発音しているが「ガッツ」は複数形の「GUTS」で、この本のタイトルに使われているのは単数形の「GUT」)

腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか



「脳みそと内臓の連絡網」という。
「三枚おろし」的には「ガッツだぜ」。
誰かの歌みたいな。
腸内に宿る「億」を超えて「兆」の単位の微生物。
これが実は脳と綿密な連絡を取り合って「あなた」を営んでいる。
だからあなたは腸内に住んでいる微生物の「総称」のこと。
変な言い方だが、好きな人は舐めたくならないか?
世界中の言葉で「食べたいほど可愛い」という言い方がある。
世界中である。
「食べたいほど君は可愛い」という。
現実化すると恐ろしい表現。
でも実は腸内に住んでいる微生物に対する接近なのではないか?と。

 腸は、他のいかなる組織をも凌駕し、脳にさえ匹敵する能力を持つ。−中略−この第二の脳は、脊髄にも匹敵する五〇〇〇万から一億の神経細胞で構成される。(18頁)

「ガッツ」の意味。
「ガッツ石松」さんの「ガッツ」。

gutという用語は、@腸 A胃腸 B消化管 C消化器系 D内臓全体(306頁)

内臓の代表が「腸」。

人間の腸は、平らに延ばせばバスケットボールコートほどの広さになり(20頁)

これが代謝、それから免疫、更に脳を育て健康を維持する。
コントロールするのもこの腸ではないか?というふうに。
これはみなさんもコマーシャルなんかでよくお耳になさると思うが「腸内フローラ」という微生物がこの筒の中に住んでいて食物を分解して細菌、菌類、ウイルス、シグナル分子等々を作り直して人間に与えている。

よく「コラーゲン体にいい」とか言っているが、あれは別にコラーゲンが口の中から入って腸内にたどり着いても、腸内の中でこの微生物たちが分解してコラーゲンを作らないとコラーゲンにならない。
内臓の中で作る、ということ。
だからお肌がツルツルになるコラーゲンが皮膚に表れるためには腸内の調子がよくないとコラーゲンができない。
「コラーゲンは摂取しても効果ないよ」ということを聞く水谷譲。
それは「その人の内臓が整ってなかったら摂取してもダメだよ」ということ。
ただ、これは効果がないと全然言えないのは「私、コラーゲン飲んでるもん」というのが脳から腸に伝えられて、腸が「コラーゲン作ろうかな。わりと普段より多めに」なんていう、そういう腸内の健康の部分というのがあるのではないかと思う武田先生。

この本は言葉はいろいろ難しい。
そういう働きのことを「マイクロバイオーム」と言うらしい。
このマイクロバイオームという働きを通して、その人に必要な栄養素を作ったり、タンパク質を作ったりホルモンを作ったりする。
神経伝達物質なんかも考えてみれば腸が作る。
このマイクロバイオームという、この働きの中で「気分を作る」という。
気分がお腹でできる。
お通じが良かったりして内臓が軽くなると「ほんと今日、気分軽〜い」みたいになる水谷譲。
だから「お通じ」というのはやっぱり「大便」というぐらいで、腸内フローラたちが書いたお手紙が「大きなお便り」となって届く、という。

ジジイになると便の話ばかりする爺さんがいる。
お亡くなりになる前の三國連太郎さんがそうだった。
西田(敏行)さんと世間話をするのだが、三國さんはずっと便の話。
それがもう、ひたすら「大きいのが出た」という喜び。
名俳優。
それは何でか?というと、大きな便りが三國さんの演技力を支えていたのではないかというと、単なるシモ話ではない。

この腸という所で神経伝達物質も作られる。
例えばセロトニン。
腸で食物から分子までに砕かれてホルモンとしてその食物から組み立てられる。
その神経伝達物質の一つがセロトニン。
必要な時に腸からシグナルとして脳に送り込む。
だから生産者は腸。
驚くなかれ、このセロトニンが実は熟睡、やる気、母性愛、そういうものを作っている。
チャンスがあったら今度、「米倉涼子に勧めよう」と思う武田先生。
あの人は強い女で「私、失敗しませんから」と(いう役が)多い。
次のキャラクターで「セロトニン」というのはどうかなぁ?と思う。
子育てしているクマというのはセロトニンの塊。
子育てしているクマの天敵は誰かというとオス。
子を殺しに来たオスと立ち向かって殺す。
だから愛情のホルモンでもあるし防御のホルモンでもある、という。
これは米倉涼子にピッタリ。
拳銃で敵を撃ちながら授乳しているとかがいいのではないか?
今、おっぱいを隠したまま授乳できるヤツがある。

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ああいうのに我が子に乳を飲ませながらバァン!バァン!と撃っているというのは。
「泣くんじゃない!」とか言いながら。
いかがでしょう?
検討してみてください(米倉涼子さんの)事務所の方。

脳内伝達物質は腸で作るのだが、その気分を作り出す腸内の伝達物質の中には「何を食べるか」「どんな人と付き合うか」など、気分や意志、これはまず腸で醸成、発酵されるのである。
言葉にならなくて。

すべての腸内微生物をひとかたまりにすると、重さは九〇〇グラムから二七〇〇グラムのあいだになり、およそ一二〇〇グラムの脳に近似する。(23頁)

彼らは30億年前にこの地球に生まれた。
(本には「およそ三〇億年にわたり、地球上に存在する生命は細菌だけだった」とあり、この部分を曲解したものと思われる。文章から考えると「30億年」前に出現したわけではなく、「30億年」間、他の生命が存在していなくて細菌しかいなかったということかと思われる)
多細胞生物としいて腸内に入ってきて住み着いた。
パラサイトではない。
寄生だけではない。
自分の食糧も人間が口から入ってきたヤツから摂るが、栄養を作って与える、という、
でも最大のこの手のヤツは「ミトコンドリア」。
コイツはすごい。
こいつもどこかから入ってきた。
それで細胞の中に住み着いて。
コイツはエネルギーを作る。
ミトコンドリアは私達の体内の細胞全部にいる。
何個いるかわからないぐらいいる。
多細胞生物として腸内に彼らは住み着いている。

老人方お聞きになってください。
(武田先生と)同世代の方、団塊の方。

 今や、脳と腸の相互作用の阻害は−中略−アルツハイマー病やパーキンソン病などの脳疾患にいたる、さまざまな健康問題を引き起こすと考えられるようになった。(297頁)

プラス「腸の大事さ」みたいなものがすごくわかる。
腸内微生物の健康。
これが一番大事。
腸内の微生物さえ健康であれば、パーキンソン病、アルツハイマー。
あるいは避けられるかもしれない、という。

腸内微生物の健康は何によって支えられるかというと、これは「食物」。
食物は代謝物質に変換され、血流に乗って脳や組織に渡される。
何が必要かは腸と脳が語り合って決定していく。
ちゃんとコネクションがあって、腸と脳は語り合っている。
脳は顔面で表情を作り、その筋肉を動かしているのは実は内臓。
(本には「脳は顔面の筋肉とともに消化器系に特徴的なパターンでシグナルを送り」と書いてあるので、内臓が表情の筋肉を動かしているのではなく、脳が表情の筋肉を動かすのと同時に消化器系にもシグナルを送っているということらしい)
だから考えてみるとすごい。
顔の筋肉が動いて表情を作る。
例えば「落ち着かない」「イライラする」「腹が立つ」。
これは全部内臓の表情であって顔の表情ではない。
そう思うとわかりやすい。
落ち着かない、イライラする、腹が立つ。
それはそのまま内臓の表情なのである、と。
情動の激しい動きは内臓、小腸大腸の方の表情というのはすぐに内臓全体に伝えられて、すぐ上の胃の収縮、胃酸の分泌等々を促すという。
悲しめば胃と腸はバッと膨らむらしい。

「我慢」はどこにあるか?
我慢の住みかというのは内臓なのではないか?
だから我慢を表現する時、必ずどこかから伝えられたみたいに。
我慢する時に腹に力を入れるという水谷譲。
だからセリーナ・ウィリアムズと戦った時に大坂なおみさんが自分に向かって言った言葉は「我慢」。
この日本語の「我慢」というのが最もわかりやすい内臓感覚の表現の一つではなかろうかと思う。
そのあたり、腸内微生物の世界は他人事ではない。
今日も私達のお腹で繰り広げられている、とあるドラマ。

我慢を命令してくる者は実は内臓に宿っているのではないだろうか?と。
「腹が立つ」「ご立腹」
博多弁では腹が立つことを「腹かく」と言う。
「怒っているか?」を「腹かいとーと?」と言う。
日本は肉体言語が多い。
「腹の虫がおさまらない」とか。
そういうふうにして考えると日本人は直感的に内臓感覚の重大さを知っていた文化の持ち主なのではないかなと思う。
短気な人には短気な情動の腸内微生物がだんだん増えていく、という。
ますますその人を短気な人にしていく、ということ。
人格と呼べるものは、実は腸が支配しているのではないだろうか?と。
ひそかに腸は脳に言葉をかけているようだ。
迷走神経を介して消化管を伝い、腸を含む内臓感覚の思いは脳に伝えられる。
ところが腸というのは脳の介入なしに仕事をしている。
「ご飯食べた、消化しよう」という決心は首から下が担当して、胃に落ちて、小腸大腸が待っている。
「これはいる、これはいらない」で仕分けをして、タンパク質なんかに組み替えていくというのは考えてみれば小腸がやるワケだから。
よくやってくれている。
自分で自動的にやっている。
味覚についてもだが。

 驚いたことに、味覚に関与する分子やメカニズムのいくつかは、口内のみならず消化管全体に分布していることが、最近の研究からわかっている。甘味と苦味の味覚レセプターに関しては、まちがいなくこのことが当てはまり、事実、人間の消化管には二五種類ほどの苦味レセプターが発見されている。(67頁)

イライラした時、甘いものをポッと口に放り込むとすごく安堵する。
「何か無償に甘いもの食べたい」という時「それ、疲れてんだよ」とか言われる水谷譲。

甘味レセプターが、(炭水化物が消化されると生成される)グルコースや人工甘味料を検知すると、血流へのグルコースの吸収、および膵臓のインシュリンの分泌が促進される。(68頁)

例えばご飯を食べたら、ご飯の中にも甘味がある。
それを吸収して甘味を取り出すのに時間がかかる。
だから「飯喰った」から「甘いのが入ってきた」まではタイムラグができてしまう。
ところがチョコレートを一枚喰うと腸の方に行った段階で「甘い」というのを脳に知らせるという、
それが腸の中に味を知るレセプターがある意味ではないか。
それで甘味というのは今、ありふれているが昔は貴重な味だった。
急いで蓄えるために別のホルモン分泌が必要なので「来た」と知らせることで甘味はすぐに満腹感を生む。
それが脳に安心の信号を打電する、という。

韓国で有名なキムチ。
日本で有名なのはわさび。
それら香辛料の特徴は「辛い」。
何でそういう香辛料が必要なのか?
カレーライスとかたまらなく喰いたくなる、という。
それは食欲を増進する。
腸では甘味と逆で警戒を呼び掛ける味。
「飢餓ホルモン」というのが出る。
(本によると「飢餓ホルモン」が出るのは「苦味」)
「ダメだ、喰いモンが無くなるかもしれない!いっぱい喰っとこう」になる。
だからもう一杯入る。
腸の中に脳に安心を与えて「警戒を解け」という甘味。
そしてそれが入ってくると内臓は飢餓ホルモンを出して「いっぱい喰っとこう」という。
それが食欲増進のために刺激剤として生魚の下に潜ませたり、キムチとして。
「美味しいからたくさん食べたい」というだけではない。
「おいしい」というのは飢餓ホルモンによる食欲の刺激が前提。
あなたがお母さんで、子供がチョコレートばっかり食べていると取り上げて怒る。
それは脳が満足して他の食物を摂らなくなるから。

小腸の方は入ってきた食べ物を分解して吸収して、様々な栄養素を作って。
大腸は仕分けする。
「これまだ使おう」というのと「もう便にして捨てよう」という。
そこにたくさんの腸内菌が住んでいて、そいつらが命を助け、そういう腸の中の菌の性格を話している。

米倉涼子さんに例えたので、もう米倉涼子さんしか浮かんでこないが「セロトニン」。
これはお母さんが赤ちゃんを産んだりなんかすると急に体の中に増えて「この子を守ろう!」とか。

この間も正月で『はじめてのお使い』を見ていて泣いた武田先生。
はじめてのおつかい 爆笑!2019年大冒険スペシャル|日本テレビ
子供が一生懸命物を買ってきて、お母さんが玄関でギューっと抱きしめるというのは。
あれこそセロトニン。
米倉涼子さんにやって欲しい役。

そのセロトニンこそは腸のやる気を作る。

毒素は、セロトニンを含有する腸細胞が備えるレセプターに結合する。すると、消化管は「おぞましい嘔吐と嵐のような下痢」モードにただちに切り替わる。−中略−腸が一定量以上の毒素や病原菌を検知すると、消化管全体に排泄指令を出し、両端から毒素を排除しようとする。(77頁)

脳の決意ではない。
腸が決める。
「何か気持ち悪い・・・」とえづくのは後。
吐き気というのはまず、吐く気分を作ってから。
吐く人は必ず言う。
「吐くかもしんない」
腸がしっかりした考えを持っていないと「吐く」という行為はできない。

セロトニンの防衛力の兵士こそが腸内に住む腸内微生物の大集団。

 およそ四〇億年前、地球上の生命は単細胞の微生物、古細菌として誕生した。(97頁)

1千種類ほどで兆の数で脳と同じ役割で腸の中に住んでいるという。
数百万年前から人間と共生をしていて、ずっと私達の腸の中で活躍してくれているという。

微生物は、必須ビタミンを提供したり、−中略−私たちの身体には未知の化学物質(外因性化学物質)を解毒してくれる。さらに重要なことに、これらの微生物は、私たちの消化器系が自力では分解、吸収できない食物繊維や複合糖類を消化し、微生物のこの働きなしには便となって排出される以外にない、相当量のカロリーを提供してくれる。(102頁)

腸内フローラの一群は指紋と同じで一人一人違う。
将来は腸内のこの微生物を調べることで本人と特定できたりするという。

前に寄生虫の話をした。
あれと同じこと。
「トキソプラズマ」が猫に取り付いて。
「心を操る寄生虫」のことかと思われる)
子供を産むために便で外に一回、トキソプラズマが出る。
外に出ると今度はネズミに取り付く。
そのネズミの中に自分の子供の卵をいっぱい産み付けて、ネズミの脳に潜り込んで猫の前に行くように仕向ける。
猫に喰われることによって、またトキソプラズマが猫に入る、という。
これは時折人間にも侵入することがあるので、お子様をお持ちの方は猫に関してはお気を付けください、という。
そんな話だった。

腸内微生物。
これは寄生虫ではない。
内臓が脳に命令をしてていることに思い当たる節がたくさんあるという水谷譲。
消化吸収だけではなく、食欲とか感情まで実は「腹の虫」が動かしているのではなかろうか?というエムラン・メイヤーさん。
この説が意外と当たっているような気がする。

この前ちょっとお通じの調子が悪かった水谷譲。
ある人に「何か機嫌悪いの?今日」と言われた時に「あれ?私気にしてなかったのに、何か顔に出てんのかな?」と。
「表情に出ているんだな」
と思った。
腸が、内臓が「表情をつくる」というのはすごく思い当たる。

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2019年06月08日

2019年3月4〜8日◆人生は声で決まる

これの続きです。

先週の「顔」に続きまして今週は「声」。
この本『人生は「声」で決まる』竹内一郎さん。

人生は「声」で決まる (朝日新書)



この方(この本の著者)は舞台の演出なんかもやってらっしゃる。
この人から指摘されると本当に。
みんな「視覚文化」と言うが、視覚文化をつつがなく回転させているのは声の出演者。
バラエティ番組をやる。
いろいろ芸人さんたちが画像的には出てくるが、全体をまとめてヒモでくくっているのはナレーション。

『ルパン三世』のルパンの声を、山田康雄がやっていなかったら、洒脱で軽妙なルパン三世像ができたろうか。
『開運!なんでも鑑定団』のナレーターが銀河万丈でなければ、同番組の参加者が「偽物をつかまされていた」という時の「まさか」という表情を見て、視聴者は笑えるだろうか
−中略−
 NHK『プロジェクトX』のナレーターが田口トモロヲでなかったら、美しい話が、垢抜けし過ぎて却ってつまらなかったのではなかろうか(ヒットしなかったとはいわないが)。
『世界の車窓から』は放送一万回を超える長寿番組だが、石丸謙二郎という舞台俳優の持つ声のリアリティと、顔とマッチした「自然を愛する」感じの声がなくては、見ている人の心に、スーッと滑り込んでこないのではあるまいか。
(6頁)

そしてこれは武田先生の思いだが、「声」と言われたら私達も青春時代から「まさしくあの声に」という声を持っている。
例えば団塊(の世代)の方、思い出してください。
やっぱり70年代に登場した吉田拓郎という人の声は音楽の新しいページを開いた。
そして80年代。
「RCサクセション」忌野清志郎。
そしてこれはもちろん70年代からいた人。
90年代、目覚ましい活躍をした人。
「オフコース」小田和正。
「サザンオールスターズ」桑田(佳祐)。
80〜90年代、日本のJ-POPを代表する声。
著者ではなく武田先生が言っているが、吉田、小田。
この二人に関しては「何でこれほど支持されたのか?」というのをつくづく同世代として考える。
小田和正さんは『(3年B組)金八先生』の田原俊彦の回のテーマ曲にもなった。



武田先生が思うに、吉田拓郎は「老人の声」。
学生運動で70年代でみんなが甲高い声で語り合っていた。
「そんなことでマルクス・レーニン主義は・・・」みたいなことを言っていた。
その時に歌の世界の中で吉田拓郎は、同じ年齢でありながら「老人の声」だった。
歌っている声は「老人の声」だが、歌の内容は「少年」。
「ねえちゃん先生〜もう消えた〜♪」(吉田拓郎『夏休み』)
老人の声で少年の思いを歌った。

小田和正は「老人の風貌」で「少年の声」で歌った。
あの人の横顔を見ると「宮大工みたいな顔だ」と思う武田先生。
「匠」というか、もちろん人間国宝級。
そんな老人の風貌の小田さんが「もう〜終わりだね〜♪」(オフコース『さよなら』)。
このギャップが受けた。



オフコースのファンで、中学の頃に武道館にも行った水谷譲。
小田さんに「若さ」を感じたことは確かになかった。
「すごく年上の憧れの人」というイメージだった。
ところが歌に入ると少年。





「よい声」とも違う。
しかし悪声ゆえにあの声を聞くと「物語」を感じる。
そうすると惹き込まれる。
かくのごとく、実はエンターテイメントの世界でも声が支配しているのではないだろうか?というのがこの竹内一郎という著者の思い。

 動物は何のために、声を発するのだろう──。
−中略−二つ目は、オスがメスを引き寄せるため。(19〜20頁)

また、メスはオスの声に反応するというレーダーを持っている。
十代の頃にちょっとこのことを意識していた武田先生。
「オレには声しかないんだ」という。
モテるために意識していた。
それで各テレビ番組のナレーションを全部覚えて、一人でつぶやいているような子だった。
「正しかるべき正義も時として、盲(め)しいることがある 。リチャード・キンブルは髪の色を変え・・・」(『逃亡者』テレビシリーズの冒頭のナレーション)
そういうのを無我夢中でやっていた。
芥川(隆行)さんのマネもやっていた。
「琉球水天の彼方、黒船の影さして、時は幕末の警鐘を打ち鳴らし始めた。紅の血潮に触った時代の落日は・・・」(『新撰組始末記』のナレーションだと思うが、調べてもわからなかった)とか。
子供の頃は頭が柔らかく、全部覚えていた。

とにかく声というものが意外と重大である。
青春時代にフォークシンガーをやっていた武田先生。
一番やりたかった仕事はやっぱりラジオの仕事。
みなさんはびっくりなさるかもしれないが、70年代、ラジオ番組をやるやらないが人気の分かれ道だった。
あのへんから「パーソナリティ」なんていう職業が増えてきた。

アナウンサーは容姿もだが「声」。
とくに「読み原稿」が大事。
この間「嵐」が発表した時(ジャニーズ事務所のアイドルグループの活動休止の件を言っていると思われる)に「嵐」のコメント読みを間違ってばかりいるテレビ局がいてイライラした。
あれは各局に出る。
「見た目で選んだ子」というのと「読み原稿からたたき上げた女子アナ」のパワーの差というのは、飛び込みのニュースの時に、ものすごくはっきりする。
アナウンサーさんの読み原稿で一番嫌なのは「感情扱わず読んでますよ」という「できますよ宣言」みたいな読み方をされるとオジサンは・・・。
「技術持ってます」という読み原稿というのは伝わってこない。
それからあまりにも感情過多。
悲劇の事件が起きた時に眉をひそめながら、わりとベッピンなアナウンサーさんが「とっても気の毒だ」とかと、そんなことを言う時に「余計なこと言うんじゃねぇ!」という。
そういう「声」。

声で特化したのはアナウンサーの他にも声優という仕事がある。

 声優が人気者になることは、多くの人が知っている。アイドル並みの人気を持つ人もいる、ということも。(23頁)

野沢雅子(『ドラゴンボール』の孫悟空役など)、山田康雄(『ルパン三世』のルパン役など)、大塚明夫(『ブラック・ジャック』のブラック・ジャック役など)−中略−
 声優のアイドル化に先鞭をつけたのは、林原めぐみではないだろうか。『らんま1/2』の女らんま役や、『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイ役で、一躍名を馳せた。
−中略−現在では、AKB48の元メンバーである佐藤亜美菜や仲谷明香のように、アイドルから声優に転身するケースもあるほどだ。(24頁)

 とはいえ、声優で「食える」のは、三〇〇人程度といわれている。(26頁)

その他、お笑い芸人でも「声で生き残ろう」「一人だけでも生きよう」という漫才コンビの方がいらっしゃる。
相方をやがて捨てるであろう方。
麒麟の川島(明)くん。

マイクに口を近づけて、低い魅力的な声で「麒麟です」というネタが有名である。(27頁)

この人はNHKで番組をやっているがバリバリ。

 一人は、ピン芸人のケンドーコバヤシ。(27頁)

 もう一人、声のよい芸人に天野ひろゆき(キャイ〜ン)がいる。(28頁)

それから爆笑問題の田中(裕二)くん。
この人はラジオ番組なんかは、ほとんどアナウンサーと同じぐらいの声のよさ。
彼らの特徴は何かというと「あいうえお」の発音。
母音の発音が非常に正確である、という。
そうすると日本人はすごく心地よく聞くそうだ。

元NHKの森本(毅郎)さんなんかいい声をしている。
それから草野(仁)さんもいい声をしている。
そのほかにも久米宏さんという見事なスピードの方もいらっしゃった。
これらの人々は「声で印象に残す」ということ。

声というのはまた面白いもので、ラジオが好きなので内職で原稿を書いたりしている時にラジオを点けっぱなしにしている。
その時、に名前を言うと失礼なので言えないが、原稿に気が行って夢中で書いている時、まったくラジオから流れてくるその声が「気にならない人」と「なる人」がいる。
書いている筆先の考えごとを邪魔する。
番組として面白い。
これがラジオ番組の困ったところで「面白いからいい」というワケではない。

武田先生が「そういう喋り手にいつかなりてぇなぁ」と思う。
「無視しよう」と思うと簡単に無視できる人の喋り方というのも重大。
大沢悠里さんを好きな武田先生。
聞いてもいいし、聞かなくてもいい。
あの人の声が全部「ねだらない」。
「聞いてください、私を!」ではない。

 たとえば、電車の車掌さんの声だ。「つぎはあぁー、しんおおくぼー、しぃんおおくぼぉー」と独特の節回しをつけて発する声である。−中略−
 この場合、必要な情報を「いって」はいるが、乗客の心には伝わらない。というより、乗客には読書をしている人もいるし、眠っている人もいる。
−中略−むしろ、アナウンスがなくても構わないという人に向かって、邪魔にならないように発している声のようにも思える。表現を換えれば「伝える意志の少ない声」である。(43〜44頁)

飯を喰おうとして箸を出そうとした瞬間、止める料亭がある。
「前菜で何が出てるかを仲居が説明しますんで、それまでお待ちください」という。
カチンとくる。
それは声の問題なのだろう。
抜群に「間」のいい人がいる。
人と話している時にそっと割り込んできて「お料理の説明させていただきます」。
まだこっちが話をやめない。
それで、もう向こうは始められている。
「真ん中に置いてありますのは・・・」とかと。
「はぁ、はぁ」と言いながら、こっちの話をゆっくり畳みながら、あなたの説明を聞く、という。
こういう「間」。
でも完璧にこっち側がやめない限り説明しないぞ!という人もいる。
ああいうのがすごくダメな武田先生。
ファミリーレストランで、もう一度頼んだものを繰り返す人の話の割り込み方。
頼んでおいて、これからミーティングに入ろうとした時に「繰り返させていただきます!」。
意味や意志を伝える意味ではなく「薄い最低限の注意」という声の使い方。
こういう世の中になっている。

 しゃべりには、「緊張と弛緩」が大切だといったのは、二代目桂枝雀である。
 彼は「タタタッ」と早口でまくしたて、「スコッ」と抜くことがある(ユーモラスな顔をつくるのと同時に)。彼が早口でまくしたてると、観客は噺家に「押される感じ」になる。それが不意に「スコッ」と抜けると、観客はフッと前のめりになり、気持ちが噺に自然に入っていく。
(46頁)

ところが最近、テレビでは自分の喋りのスピードを一切変えない人がいる。
これは批判でもなんでもないが。
(明石家)さんまさん。
半分ぐらいしかわらかない。
あの関西風のなだれ込むようなおしゃべりに、もうこの体がついていかなくなっている。
明石家さんまというのは喋りにおいては武田先生にとって「謎」の人になってしまった。

 NHKのアナウンサーは、一分間に三五〇字程度をしゃべる。(47頁)

若い頃は(読む速度が)速かったという水谷譲。
でも(遅くなったので)だんだん声が聞きやすくなった武田先生。

視覚文化の現代と言われている日本だが、聴覚文化も重大。

「声を出す」という日本語の表現には、たくさんのバリエーションがある。「声を上げる」「声を掛ける」「声を嗄らす」「声を曇らす」「声を殺す」「声を絞る」「声を揃える」「声を立てる」「声を尖らす」「声を呑む」「声を励ます(強い声でいう)」「声を放つ」「声を張り上げる」「声を潜める」「声を振り絞る」「声を帆に上ぐ(声を高く張り上げる)」──。(51〜52頁)

そして声の存在というのは実は政治にも反映している。
挙げていきましょう。
池田勇人、吉田茂、田中角栄、佐藤栄作。
彼らは彼ら独特の声を持ち、やや低めのダミ声。
それが指導性というか強さに結び付いた、ということ。

 しかし、最近の日本の総理の声はどうだろうか──。菅直人、鳩山由起夫、麻生太郎、福田康夫、安倍晋三……。申し訳ないほどに、皆さん弱々しい。(57頁)

ご存じの方も多いと思うが、安倍首相はだいぶよくなった。
一国の宰相に向かってこんな言い方をして申し訳ないが。
最初の頃よりは舌の回りがだいぶよくなられた。
最初はちょっと「らりるれろ」が緩くて、聞いていてヒヤヒヤしていた。

この安倍さん以下の鳩山さんとか菅さんなんかの特徴は、というと、都合のいい話はすごくよく発音できるのだが、災害時、外交交渉等の不安鎮静や冷静さを求める場合、甲高い声というのは共通としてやや上ずる。
安倍首相は前に(首相を)やった菅、鳩山の轍を踏まないために、ということで、それらの事態の時、あまり発言なさらない。
集めた数字がデタラメだった時も。

麻生さんの声は喋りスピードが緩くて低いから、麻生さんというのはそういう意味ではやっぱり悪声ではあるが政治家としての、とある迫力を持ってらっしゃる。
好みはあるが、田名角栄等々に通じる。
麻生さんと田中さんの決定的な違いは生まれ育ち。
田中角栄というのはやっぱり下から来た人。
田中角栄は友達が多かったのだろう。
麻生さんはご本人もおっしゃっているが友達が少なそう。
弟さんと話したことがある武田先生。
弟さんは声がいい。

「声」で政治家を見ていきましょう。
隣国を見ましょう。
中華、韓国、朝鮮、その場合の最高指導者の声。
記憶にない。
この中国、韓国、朝鮮は指導者があまり声を発さない。
韓国は記者会見で「あなたを指名するつもりはなかった」とかというので、我々はその地声を聞くことができるが。
日本人記者を指名するはずじゃなかった!? 韓国大統領が新年会見で日本批判「問題拡散は賢明でない」 - FNN.jpプライムオンライン

でも日本人記者を指名してしまって大問題になった。
「本当はあなたを指名するつもりはなかった」とおっしゃるあの声に「しまった!」と動揺がありありとあった。
それであの場の発言だから。
あそこまで全部、本音を喋っちゃダメ。
政治家ともあろうものが。
もう一枚二枚オブラート、あるいは仮面をかぶらないと。
もう喉元まで「日本嫌い!」と出ているあの顔が。
正直な方。
元気でやってください。

中華と朝鮮においてはトップの政治家は声を出さない。
そのかわり国営放送のアナウンサーが講談調で語りを入れる、という。
この講談調の国営放送のアナウンサーさんたちの語りは、全部語尾を跳ね上げて興奮調。
講談調の語りで「彼らの偉大さを見せる」という。

平成天皇は本当に見事で、非常に声を露出なさった。
美智子様へお礼を言われたあの声なんていうのは、もう生涯忘れない武田先生。
泣いた。
人間の本音というのはあれぐらい出る。

 私たちは嘘をつくと、「声がうわずる」傾向がある。
 時間にして、〇.二〜〇.三秒と、一瞬である。
(61頁)

この0.2〜0.3秒の声の上ずりというのがなんと、6〜7歳の子でもわかる。
「あ、嘘ついてる!」と。
だからやっぱりトランプさんがtwitter文字で書きたがるというのは、そういうのもある。

好みで「あの声この声」と言ったので、自分のひいきの声にちょっと力みがありすぎて、その脇にいらっしゃる声の方をあまり好きじゃないとか言ってしまった。
あくまでも個人的な感想なので、どうぞお許しになってください。
ただ、声というのがその人の実像を伝えるにはもってこいの素材である、という。

中華あるいは朝鮮、韓国。
ここでは大きい声を出さないのが大物の風格。
通訳の人を従えていて「なんつったの、彼は?」なんて小声で言ったりすると「大物」という。

大きい声を出すと声帯が緊張し、その瞬間に眉に力が入って「心理」が出る。
貴人というか身分が高い大物さんというのは眉がほとんど動かない。
それから北朝鮮の方の将軍様の坊ちゃんも、わりとそう。
眉毛があんまり動かない。
声を聞いたことがない。

最近の若者の特徴。
空間に対して自分の声を出す量がコントロールできない人が多い、という。
近くに寄ってきてやたらデカい声を出すヤツ。
テレビスタッフで回り込んで朝の挨拶をするのだが、必要ないくらい「おはようございます!」という。
これは疑ってみてください。
ヘッドホン難聴。
あるいはスマホネック。
スマホが好きな人で声の音量が調節できない人がいる。

うつむけば、どうしても、のどを閉めてしまう。声は出にくくなる。−中略−
 近年では「スマホネック」という言葉もある。ずっと下を向いているうちに、うつむいた姿勢で頸椎が固まってしまった状態である。
(66頁)

喋り始めた出始めだけ声が大きくて、あとでモニターが効くらしくてだんだん落とす人。
「(大きい声)武田さん!・・・(小さい声)あのですね」
武田先生のスタッフにそういうのが一人いる。
これは面白いことがいっぱいある。
こんなことを言っている。
声優さんというのを職業にしている人は、普段話していてすぐわかるし、ラジオ番組を聞いていて「あ、この人声優さんだな」とわかる。
「特に今の若い女性の声優さんはすごく特徴のある喋り方をされる」と思う水谷譲。
何でわかるか?
声優さんの、特に女の人。
オンマイクすぎる。
マイクに対して寄って行く、去って行く、やや横、というマイクの使い方じゃなくて、自分の声をマイクに対してオンにし過ぎる。
だから喋りの中で「息を呑む」とか「驚く」まで全部音声で表現する。
それが異様なオンに聞こえる。
だから何気ない呑む息、小さな逡巡、ためらい。
それがあまりにも明瞭すぎる。
「へっ?へぇ!」とか、そういうの。
これはやっぱり声優の方々がマイクに対してオン過ぎるという。

ちょっとここで実験しましょう。
ノイジー。
つまりちょっと音全体がノイズが入っているということがいかに・・・。





この二曲は全然違う。
Perfumeの悪口ではない。
ファンの方は書き込みなんかやめてください。
機材が良すぎてPerfumeの場合は、音そのものがクリアカットされている。
このロネッツの『ビー・マイ・ベイビー』は、これは録音風景そのものが歴史的なのだが一発録り。
ドラムも歌詞もバンドも全部同じスタジオに放り込んで音が回っている。
小さいホールで人気のバンドが演奏しているみたいな雰囲気が伝わってくる。
一方Perfumeの『ポリリズム』は計算された音が響いているので観客席が想定できない。
「音」もしくは「声」というのは面白い。

口の周りの筋肉(口輪筋)を使わないので、顔の下半分が萎んでしまう。顔に力感がなくなってしまう。やがて蚊の鳴くような声になる。
 意識して、声を出さない限り、自分が思っているより声は老けていく。
 この傾向は女性に顕著である。また、閉経後はホルモンバランスの変化も加わり、女性らしい高音の声が失われる。とりわけ、高齢の女性の声は中性化しやすい。男性の声と判別できにくくなるのは、よく知られていることである。
(85頁)

 基本的には、次章で紹介する朗読を勧めたいが、手軽さを求めるならカラオケを推奨したい。(86頁)

posted by ひと at 10:50| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月31日

2018年10月29〜11月8日◆Boys and Girls Be Cool(後編)

これの続きです。

「これからどんな職場で働こうか」とか「働きつつ何を目指そうか」とかと思っている諸君に、一番必要なものは何だろうか?
コミュニケーション能力とかクラフト「腕前」。
自分の手で何ができるか?とかあるが「美意識」「美しさを求めるという心」がないとうまくいきませんよ、という。

先週、お話でオウム真理教という宗教集団があって、その人たちが偏差値ではすごい、学歴社会に最も通用する方々。
その方々があれほど大量に死刑判決を受けるという、あのオウム真理教とは一体何だったのか?
それは頭がよかったんだけど美意識がなかった。
何が美しいか。
何が醜いか。
何が清潔か。
何が汚いか。
それがジャッジできなかった。
その不幸があの巨大な犯罪を生んだのではないだろうか?

日本をすべて捨て去り、自分たちの手により新しい日本を作ること。
それを信じたというところにオウム真理教の悲劇がある、と。

システムを全否定し、それに代わる新しいシステムへリプレースしようという運動は、それこそ星の数ほど限りなく行われてきました。先述したオウム真理教もまた、そのような運動の一つと考えることができますし(183〜184頁)

列車を止めて別の線路を敷いて、その上を走ろうとした、という。
しかしとんでもない間違い。
システムを変えられる者は、システムに今、従っている者。
新しい列車で行くにしても、新しい旅は今ある線路の向こう側にしかない。
新しい線路を敷き直すなんてことはできない。
ダイナマイトとトンカチで新しい道を建設できると思ったら大間違い。
ではどうするか?
美を身に付ける。
自分の直観として人には説明できない何か。
「私はこれが美しく、つい見とれて足を止め、気づくと微笑んでいるんだ」という感性や感情を持つこと。
これが美意識を持つことではなかろうか?
水谷譲にとって「いつのまにか気が付くと見ている。足が止まっている。そして微笑んでいる」というものは「子供」。
だから子供のことを忘れたら人間はどんな醜いことでもできるということ。

花を見ても空を見ても立ち止まる能力、微笑む能力。
これを繰り返している人こそが哲学者になれるんだ、と。
哲学の本質とは何か?

現代社会を生きるエリートが、哲学を学ぶことの意味合いのほとんどが、実は過去の哲学者たちの「1.コンテンツ」ではなく、むしろ「2.プロセス」や「3.モード」にあるということです。(235頁)

すぐに役立つ知識はすぐに役立たなくなる」と言って基礎教養の重要性を訴え続けましたが、哲学の学習にも同じことが言えます。(235頁)

朝からこんな話をしているのは武田先生たちだけ。
日本中「シーン」としてるのだろう。
みんな「安倍政権」とか、そんなことを話しているのに。
「すぐに役立つ結論はすぐに役立たなくなる。すぐに役立つ知識はすぐに役に立たない知識になる」
「シーン・・・」
でも若い方はもしかしてこれを今、電車の中で聞いて「そうかー」と思っているかも知れない。
新聞を読む手がスッと脱力して、その若者は風景に目をやっているかもしれない。
今はみなさん新聞よりスマホだと思う水谷譲。
「(新聞を)畳めないよ!こんな満員じゃ!」と言っている人はいないのか?
それでは今、フッとスマホの手を休めて、フッとあなたの目が車窓の向こう側に行った若者にこの言葉をお送りしましょう。

大正末期から昭和にかけて駐日フランス大使を務めたポール・クローデルでしょう。−中略−
 クローデルは1921年から1927年にかけての6年間、フランスの駐日大使として日本で過ごした後、アメリカとベルギーの大使を務め、外交官を退官します。その後、ご存じのように日本は泥沼の戦争に突き進んでいくわけですが、敗色も濃厚になった1943年の秋、パリで行われたパーティにおいて、クローデルは多くの参加者の前で次のようなスピーチをしたと言われています。
 私がどうしても滅びて欲しくないと思う一つの民族があります。それは日本人です。あれほど古い文明をそのままに今に伝えている民族はありません。彼らはたしかに貧しい、しかし高貴なのです。
(114〜115頁)

戦前の日本に駐日大使としてやってきて、日本人とすれ違ったのだろう。
確かに軍部の跳梁跋扈とかがあり、日本はおかしな方向に進んでいくのだが。
しかし一般庶民と接した欧米人の中で、日本に関して深く傾倒した人はいっぱいいるらしい。

本とは関係のない話。
テレビを見ていて「訪日客」は多い。
特に中華の人が多い。
10月前半に向こうに大きいお休みがある。
国慶節。
それで700〜800万人の海外旅行客がいて、半分以上が日本に着ている。
特に福岡でレギュラーを持っている武田先生。
まあ、来るわ来るわ。
ビビデバビデブー。
本当に。
その中で欧米の人たち。
この間「あなたのお土産は何ですか?」みたいな特番をやっていた。
ドイツ人がお好み焼きを引っくり返すヘラをかっぱ橋で求めている。
それを一本手に入れて幸せそうに握りしめて「ドイツで売ってないんだ」とか言っている。
あの人たちはお好み焼きをやっているのだろうか。
彼らが「日本はクールだ。カッコイイよ」という。
なぜ日本をそんなふうに褒めてくれるのか?
それが一体どこの点なのか?というのは知りたい。

とあるテレビ番組で見た異国の人の話。
これに出てきたテレ東『YOUは何しに日本へ?』の話かと思われる)
この人はポーランドの人で。
日本に「金継ぎ」という技術がある。
金継ぎというのは割れた陶器とか漆器などの割れ目、裂け目を漆などで繋ぐ。
それから別の陶器の割れたものを持ってきて、そこにはめて継ぐ。
そこに薄く金の張物を、金箔などをするところから「金継ぎ」と言われているが修理する技術。
ところがすごく面白いことに、もう先に事実から言ってしまうが、割れた茶碗で金継ぎをしたら、割れていない茶碗より値段が上がる。
こういう美意識に魅せられたヨーロッパの一人の青年がいて、その青年は今、小さな会社を興しているのだが、お金が貯まると日本にやってきて、金継ぎを勉強しながら金継ぎの傑作を買い求める。
「何でそんなこと知ったんですか?」と言ったら「インターネットで見たんだ」と。
戦国時代、割れた湯呑茶碗に金継ぎがしてあって。
「織部」とかだろう。
それがものすごい価値を呼んで。
彼はもう「アートだ」と言う。
お茶碗もアートだけど、金継ぎしたお茶碗はもっとアートだ。
ヨーロッパにも同じように割れたガラスとか何とかを直す方法もあるが、ヨーロッパではもう二度と使わない。
日本人は使うことを目的に修理する。
それでその修理の仕方を技術として持っている。
若い方、覚えておいてください。
金継ぎ。
みなさん方に日本の別の面を教えてくれますから。

京都なんかに行ってちょっと無理して二万円ぐらいの懐石を食べよう。
そうしたら器がいっぺんによくなる。
京都は器で値段を取る。
その時にひび割れたようなところに継いだヤツがあるから「金継ぎですね」と言うと女将が出てきて説明してくれる。
京都へ行って黄門さま(ドラマ『水戸黄門』)をやっている時に、その手の1万5千円以上の京懐石を食べた。
そうしたらやっぱり出す。
それで「天保のだす」とか言いながら。
天保は坂本龍馬が生まれた年。

それでこのポーランドの男性はうっとりしている。
金継ぎの技術を教えてくれる学校もある。
金継ぎのテクニックを教えてくれる学校で彼が勉強しているところがテレビに映されていたのだが、円く欠けているお茶碗に別の欠けたヤツを持ってきて漆でくっ付ける。
何回も何回も塗って。
最後に金箔を、その欠けたところに乗っける。
先生が「見立て」といって金箔を乗っけた半円型のところを指さして「it's a moon」と言う。
そういう新しい風情を入れて「○○のようには見えないか?」と言うと、ポーランドの彼が「it's Cool!」と言う。
「割れたら割れた価値が、別の角度から見るとあるんだ」というので。
これが「美」。

立ち上げた会社を2年間で10社も倒産させ、直後に足を骨折という黒歴史を持つYOU。「人生最悪」って時にネットで見つけたのが金継ぎだった。壊れても美しく生まれ変わる様を見て、「自分もまだやれる!」と一念発起して起こした会社が、5年目でなんと年商11億の企業に急成長。つまり、今の成功は金継ぎから始まったというから好きすぎるのも納得〜。
夏だ、祭りだ、絶景だ!”日本の伝統LOVE”で猛暑をぶっ飛ばせSP:YOUは何しに日本へ?|Youは何しに日本へ?:テレビ東京

彼は深いことを言う。
「欧州にもお皿やグラスを修理するという技術はあります。しかしもう一度使用しようという、そういうことは目指しません。ヨーロッパにある修理技術は、ただ飾るためだけのものです。だから非常に高価な物だけしか割れた物を修理しようとはしません。しかし日本の金継ぎは違います。自分が愛している器だったら割れても金継ぎで修繕し、ほとんど永遠に使用しようとする情熱があります。そして日本のすごいところは、割れなかったよりも、割れて金継ぎされた物の方がアートとして遥かに優れ、価値も上がるということです。驚くべき美意識です。私の人生をこれに重ね、私は金継ぎから勇気をもらいました。私は何度もひび割れた陶器です。
しかし金継ぎで今やっと5つ目の会社で成功し、私も少し値段を上げています。」
日本の美の探訪ということで、どこぞに行って金継ぎの器か何かでぜひ。
私達も「美」を、自分の「美を感じる能力」というのを鍛えていきましょう。
「これは美しい」と思う。
これは私だけにしか宿らない。
その美で仲間と集団を見つけることが美の鍛え方です。
「美を感じるモノサシを自分の中に持ちましょう」ということ。

 モーツァルトを愛し、どこに旅行に行くにも必ず愛用のバイオリンを携えていたアルバート・アインシュタインのエピソードは有名ですし、物理学の分野での先端的な研究をしながら、ユーモア溢れるエッセイを数多く生み出したリチャード・ファインマンには高い文学的素養がありました。(214頁)

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)



ルドヴィゴ・チーゴリにデッサンを習い、水彩画で陰影を表現する技術を身につけていたガリレオ・ガリレイは、だからこそ低倍率の望遠鏡で「月のデコボコ」を発見することができましたし(214頁)

20世紀の歴史において最も強力なリーダーシップを発揮した二人の政治家、すなわちウィンストン・チャーチルとアドルフ・ヒトラーがともに本格的な絵描きであったことは偶然ではありません。(70頁)

「日本は汚い」と革命を叫んだ人々がいた。
今も激しく日本のシステムを罵る人。
そういう方が現われる。
だが「ゼロ・オア・ナッシング」では何もできない。

 重要なのは、システムの要求に適合しながら、システムを批判的に見る。ということです。なぜこれが重要かというと、システムを修正できるのはシステムに適応している人だけだからです。(184頁)

そして発言力、影響力を身に付けながら、システムの改変を試みる人こそがエリートなのだ、という。
我々は乗った列車、走らせながらその列車を改良していくという、そういう離れワザを演じるという能力を持っていなければ。
止めて全部ぶっ壊して線路からやり直すなんて、そんなことが可能なはずがない。
それは無理。
まず発言というのは「美しく」なければ。

美しい言葉を持とう。
詩。
詩人の友だちを持つこと。
スピーチにおいて、レトリック「飾る言葉」として、メタファーとして、喩える言葉を豊かに持っている人。
そういう人たちが美意識があるんだ、と。
壊れた物を美しく直す金継ぎの言葉の技、そういうものも持っていないとダメなんだ。

 このような「メタファーの力」は、多くの優れたリーダーが残した名言にも、見て取ることができます。
 例えば、本書を執筆している2017年2月現在、米国で大きな問題となっているトランプ大統領の移民政策に対して、アップルのティム・クックCEOは、マーティン・ルーサー・キング牧師の「私たちは違う船でやってきた。しかし、いまは同じ船に乗っている」という言葉を引用して、この政策を支持しないことを明言しています。
 指摘するまでもありませんが、キング牧師は、人種政策で割れる米国を「同じ船」というメタファーで表現しているわけです。
(246頁)

これは一つカギがあって、ちょっと勉強しないとわからない。
黒人差別をする人、黒人差別をなくそうとする人たち。
黒人と白人は、違う船でやってきた。
しかし今、同じ「アメリカ」という同じ船に乗っているではないか?
ルーサー・キングが言いたかったのは「ピューリタンの移民船メイフラワー号で白人たちはやって来、私達黒人は奴隷船ブルックス号でやってきた。船は違う。だけど今乗っている船は『United States of America』という名前の船ではないか?」。
「I have a dream that one day」に続く。
やっぱりスピーチの力。
美。

(今回の本は)唐突なタイトル。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』というタイトルなのだが「エリートになるために美しいもの、いっぱい見なきゃいけませんよ」というのはすごく納得できる。

リーダーがやれる仕事というのは徹頭徹尾「コミュニケーション」でしかない、ということになります。(249頁)

コミュニケーションのためには言葉をアートとして磨くというくらいの強さを持っていないとダメですよ、と。
この(著者の)山口さんは面白いことを言う。
「詩を口ずさむ若者になっててください」と。
だから昨日話したキング牧師の演説なんて英語で2〜3行呟けるように。

武田先生からのオススメ。
『プレバト!!』
俳句の先生(夏井いつき)の言葉に感動する時がある。
五七五のここ、ちょっと入れ替えたりなんかするだけで、ものすごいいい句になっていくという。
五七五だけで深々とものを描き伝えた詩人たちは日本にいる。
やはり俳句は「世界最短のポエム」。
だからああいうのを見て言葉を。
そういう意味で、みなさん(松尾)芭蕉と(与謝)蕪村は読みましょう。
蕪村がオススメな武田先生。
一句だけ紹介。
つまみたる夢見心地の胡蝶哉
(「うつつなきつまみごころの胡蝶哉」のことを言っているのかと思われる)
ヒラヒラヒラヒラ庭に蝶々が飛んできた。
指でパッとつまんだ。
あんまりにも羽が薄いので夢で蝶々を捕まえたよう。
人差し指と親指の腹の熱を感じて幻を捕まえたよう。
でもこれが例の老子の『胡蝶の夢』に引っかかっている。
(番組では「老子」と言っているが「荘子」らしい)

老子・荘子 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス 中国の古典)



遠い遠い三千年くらい前、老子という哲学者がいて、荘周という男が夢を見る。
それは蝶々になった夢で。
夢から覚めた後、荘周はフッと思う。
「本当は蝶々が俺の夢を見てるんじゃないかな」と。
俺が蝶の夢を見たんじゃなくて。
人生はいかにも反転する。
そのことを踏まえて「夢見心地の胡蝶哉」。
深々とした奥行きを五七五の中に、という。
これはご同輩にも訴えましょう。
中期・後期高齢者の皆さま方。
やっぱり言葉というのは必要な生存術。
その中で特に若い方にわかりやすくオススメしましょう。
自分の好きな詩句、語句、言葉を持つこと。
それがAKBの歌でも構わない。

会いたかった



紅 (シングル・ロングヴァージョン)



ただ一つだけ若い方に条件を。
AKBの歌でもX JAPANNの歌詞でも構わない。
それは君の詩になりうる。
ただし一つ条件がある。
君がその言葉をつぶやき、そのつぶやきを聞いた誰かが「いいね。今の一言」という言葉じゃないと詩ではない。
誰か一人の心が動くという、それが詩であることの条件で「この詩が好き」だけじゃダメ。
「響く」ということが人の胸で試された言葉でないとダメ。
コウホウ(と言っているように聞こえたがわからなかった)はあくまでも人を介して。

この本の中で一番好きだったのは一番最後のたった一言。
これは抜群にいい。
一番最後にオスカー・ワイルドの言葉でこの本は結ばれている。
(実際には本の中では一番最後ではないのだが)
オスカー・ワイルドは詩人であり作家。
童話もある。

幸福な王子―ワイルド童話全集 (新潮文庫)



 俺たちはみんなドブの中を這っている。しかし、そこから星を見上げている奴だっているんだ。    オスカー・ワイルド(239頁)

何という美しい言葉でありましょうや。

(最終日の11月9日は今回の本のことではなくこのあたりのことについての予告的な内容なので割愛)

posted by ひと at 19:47| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月29〜11月8日◆Boys and Girls Be Cool(前編)

(去年放送された分なので、内容がずいぶん古いけど)

(今回のタイトルは)「Boys and Girls Be Cool」
少年少女たちよ!Be Cool!
「カッコよさ」を目指せというタイトルでまな板の上に乗せた。

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」 (光文社新書)



なんでこんなこと(この手の本を取り上げること)をやるかというと、ちょっと「高齢者のための保健体育」とか、そっちのほうにわりと最近偏りつつあるから。
話題が高齢化していた。
だから若い方にも、それも社会に出て今、働き始めたばっかりのフレッシュマンたちに『(今朝の)三枚おろし』を、二週ばかりお送りしてみようかと。

この方なんかも大変な大物さん。
剛力彩芽さんの恋人の方。
ZOZO(ゾゾ)の前澤(友作)社長。
今度月を一周なさるそうでこの間、全世界に向かって記者会見をやってらっしゃったが、あのへんの人がよくわからない。
堀江(貴文)さんぐらいからわからない武田先生。
堀江さんの本も読んでいる。
それからZOZOの人も。
何かヒゲの生え方が半端。
彼は世界の企業エリートに入るぐらいの凄い方なのだが、絵なんかもすごく造詣が深い。
いろんな高い絵も購入されている。
そういう、そのZOZOの方なんかとフッと像が結んだ。
「美意識をエリートは鍛えないとダメなんだ」という。
今の若い起業を目指す若者たちなんかに『三枚おろし』を、という。
この本はビジネスの本なのだが、もうビジネスが終わっているような人が読む本ではない。
でも、世界の企業エリートがオープンカレッジなどでしきりに美術を学ぶという、そういう現象があるそうだ。
ビジネスの成功のカギとして「アートの美意識を鍛えねば」との新しい潮流が世界で渦巻始めている、と。

 さて、では「他の人と戦略が同じ」という場合、勝つためには何が必要になるでしょうか?
 答えは二つしかありません。「スピード」と「コスト」です。実は「論理と理性」に軸足をおいた多くの日本企業が、長いあいだ追及してきたのがまさにこの二つでした。
(49〜50頁)

例えば車。
車を生産する企業がこれをより早く、より安く作れる会社が世界企業に成長できた、と。
より具体的に言えば、お客さんの欲望、そして社会の展望をサイエンスで分析し、評価し、次に「クラフト」技術。
これで生産していくという。
戦後日本はこの二つで経済成長を果たしてきた、と。
「サイエンス」と「クラフト」による成長は、現在は中国によって更に磨かれ、中国は何と、このクラフト&サイエンスで世界第二位の経済大国に成り上がり、今やもう「世界に君臨している」と言っても過言ではない。
サイエンスとクラフトはアカウンタビリティによって支えられている。

アカウンタビリティというのは、「なぜそのようにしたのか?」という理由を、後でちゃんと説明できるということです。(57頁)

かのNHK『プロジェクトX』のような再現ドラマ、物語にしても立派なドラマができるような、今そういう説明がつかないとダメなんだ、と。

「この包丁は良い包丁だ」と言うとき、人はその「良さ」を「モノを切るという包丁の目的」に沿って理解する。(28頁)

殺人者が「この包丁いいね」と言うと別の物語になっちゃう、という。
「この日本刀いいね」というのは、日本刀の美しさを言うんであって、切れ味は横に置いとこう、という。

 日本・米国で長く活躍しているイチロー選手は、通算安打数世界記録を達成した際に、次のような言葉を残しています。
 僕は天才ではありません。なぜかというと、自分が、どうしてヒットを打てるかを説明できるからです。
(58頁)

イチロー選手は、自分がヒットを打てた理由、打てなかった理由について合理的に説明できる。これはつまり、自分のバッティングについてアカウンタビリティを持っているということです。そして、このアカウンタビリティゆえに、イチロー選手は「自分は天才ではない」と言っているわけです。(59頁)

 一方で、では天才はどうなのかというと、天才はアカウンタビリティを持てない。つまり、自分がヒットを打てた理由、打てなかった理由について、合理的に説明できないということです。天才バッターと言われた長嶋茂雄氏は、その指導のわかりにくさでも有名でした。「ボールがスーッと来たら、腰をガッといく」といった、相手を煙に巻くような指導をして、しばしば周囲を困惑させていたという逸話が残っています。(59頁)

張本(勲)さんがおっしゃったこと。
「王は失投をホームランにする。『打てないだろ!打ってみろ長嶋!』という玉を長嶋は打つ。それが二人の野球の違いです」

 例えば、江戸時代の武芸家である松浦静山は「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉を残していますが、これも同様の指摘ですね。プロ野球の野村克也監督が好んで用いたこともあって−中略−
 まず「勝ちに不思議の勝ちあり」という指摘について考えてみましょう。「不思議」というのはつまり、「論理で説明ができない」ということです。ですから「勝ちに不思議の勝ちあり」というのは、「論理ではうまく説明できない勝利がある」という指摘です。
−中略−
 一方で「負けに不思議の負けなし」という指摘はつまり
−中略−負けは常に、負けにつながる論理的な要因があるということです。(38〜41頁)

経営においても同然で、経営はアートとサイエンス。

当番組でもよく扱っているスティーブ・ジョブズが亡くなられたが、その人の言葉。

インドの田舎にいる人々は僕らのように知力で生きているのではなく、直感で生きている。そして彼らの直観は、ダントツで世界一というほどに発達している。直感はとってもパワフルなんだ。僕は、知力よりもパワフルだと思う。(37頁)

スティーブ・ジョブズはハーバードとか行かないで、禅もやっている。
鈴木(俊隆)さんという禅宗、永平寺の方のお師匠さんにくっついて、よくお勉強したりなさっていた方らしい。
こんなことがあったらしい。
このスティーブ・ジョブズは天才と言われた経営者。
この方は一時期「狂気の経営者」と言わた。
ジョン・スカリーなる人物が経営権を奪取した。
彼からアップルを取り上げた。
そしてアップルを作ったジョブズを追放した。

 ジョブズの辞任を受け、アップルの株価は7パーセント近く、ほぼ1ポイントも上昇した。−中略−アタリ創業者のノーラン・ブッシュネルは、タイム誌の取材に、ジョブズがいなくなったのは大きな損失だと答えている。
「今後、アップルはどこからインスピレーションを得るのでしょうか。ペプシの新ブランドという飾りでも付けるのでしょうか」
(68〜69頁)

いろんな企業を当てているノーラン・ブッシュネルさんも、この発言の時は「あの人もトンチンカンになっちゃったね」とかと言われたらしい。
ところが本当にここからアップルは急激に業績を落とす。
そして呼び戻されたスティーブ・ジョブズ。

ジョブズがアップルに復帰した直後に販売したiMacでは、発売直後に5色のカラーを追加していますが、この意思決定の際に、ジョブズは製造コストや在庫のシミュレーションを行うことなく、デザイナーからの提案を受けた「その場」で即断しています。−中略−もともと1色しかなかった製品に5色を追加するというのは、ロジスティクス全体の管理の難易度を飛躍的に高めることになるので、慎重な分析とシミュレーションを経て行われるのが常識です。−中略−実際にiMacは、アップル復活を象徴する大ヒットとなりました。(37〜38頁)

彼の本なんか読んであげてくださいね。

ペーパーバック版 スティーブ・ジョブズ 1



今やっているわけのわからない時代劇でチックタック(「TikTok(ティックトック)」のことを指している)とか意味がわからない。
「『チックトック』って何だよ?これ漫才師か何かか?」と聞いた武田先生。
「知らないですか?」
「知らねぇよ、そんなの。俺、ここんとこのセリフ言いたくねぇからカットする」
「やめてください。願いです!」だって。
出てくる用語の4〜5が全然わからない。
そういうのがバンバン(セリフに)出てくる。

クックバッド戦争。

 2016年の3月、レシピサイトを運営するクックパッドの創業者が現社長に不信任を突きつけ、経営陣の総入れ替えを提案して世間も耳目を集めました。(60頁)

創業者である佐野氏から経営のバトンを渡された穐田誉輝氏はもともとベンチャーキャピタリストで、特に「食」への強い思い入れがあるわけではありません。−中略−「熱いロマン」よりも「冷たいソロバン」が優先する人です。−中略−穐田氏は、この期待に応えるために「食」とはなんら関係のない分野でM&Aを繰り返していきます。一方で創業者である佐野氏のロマンと言っていい「食」に関する事業については、投資対効果の問題から積極的な投資は行いませんでした。−中略−
 創業者である自分が追及したい「食」のビジネスへ、なかなか積極的な投資をしようとしない経営トップに対して業を煮やした創業者の佐野氏は、最後には議決権の4割以上を握る大株主という立場から、穐田氏の解任及び取締役の総入れ替えという大ナタを振るわざるを得ない状況に追い込まれたわけです。
(61〜62頁)

著者はここで企業というもの、仕事というものが「なかなか難しい」と。
佐野さんは自分の持っている料理への「熱い思い」というのを「アカウンタビリティ」説明できない。
説明できないことでそういう揉め事が起こっている、と。
でも、この本の著者は「説明できないものを胸に抱えている人でないと企業なんかできませんよ」と。
「熱いロマンと冷たいソロバンは全然違う」「一緒くたにしないでくれ」という。
「企業乗っ取りなんかで儲かるような、そんなことでレシピサイトのクックパッドの企業精神は成立しないんだ!」という彼の雄叫びは何となく。

ビジネスにおけるアートとは一体何か?
それは何を選び、何を捨てるか?
「これがはっきりしない人はダメなんだ」ということ。

なにをしないのか決めるのは、なにをするのか決めるのと同じくらい大事だ。会社についてもそうだし、製品についてもそうだ。    スティーブ・ジョブズ(80頁)

目を転じてニュース、ワイドショーなんかで取り上げられている企業スキャンダル。
今年(2018年)も多かった。
それから政界スキャンダル。
それから医大スキャンダル。
医大というのは何かちょっと言い方がよくわらかないが。
それから大学スキャンダルでは日大。
それからアマ(チュア)ボクシング。
それから体操女子強化合宿。
それから官僚と学長の問題。
今年ギッシリだった。
全てに共通する一語は何か?
大雑把な言い方をすると「美しくない」。
醜い。
ちっとも美しくない。
アメフトもそう。
「美しくない」どころか「おかしい」。
全員だが、取材陣のマイクが伸びてくればお話ができる方ばっかり。
よくしゃべる「美しくない人たち」だった。
だから彼らには説明能力はある。
ただ、喋れば喋るほどみっともない感じ。
責任の自覚がないだけで説明の能力はある、という。
そういう人たちに対してはやっぱり「美しくない」としか言いようがない。
「美意識がない」としか言いようがない。

棋士の羽生氏はまた「将棋における美意識」に関連して次のようなことを述べておられます。
 美しい手を指す、美しさを目指すことが、結果として正しい手を指すことにつながると思う。
(88頁)

捨てる力 (PHP文庫)



つまり勝負事に関して、若きビジネスマンたち、聞いてください。
「美しさ」というのは大事。
これは武田先生の個人的な発言だが繰り返す。
私は日本の企業、組織、政界を批判。
それをみなさんに聞いて欲しいということではありません。
様々なメディアが正しさを求めて、スキャンダル、政治経済をいろいろ批判しております。
「正しさを求める」ということは専門の方にお任せしましょう。
私は当番組も含めまして、何がやりたいかと言うと「日本的美しさを探したい」と。
こんなふうに考えている。

今、取り上げたスキャンダル。
ザッと「騒がれた人々」。
共通しているのは「美しくない」。
ではなぜ美しくないのか?
それを考えていきましょう。
彼らが美しくないのはなぜか?
そうです。
日本のスキャンダルの主人公たちに美しくない共通点がある。
それは彼らは「日本は美しくない」と思っている。
大臣の方も学長の方も、それをお願いに行った官僚の一番エライさんも「日本は汚い。その汚い日本の中で私のやっていることは、汚さとしてはあんまり汚くない」。
だから「これぐらいやってもいいんじゃない?」という。
「だって汚いんだもん、ニッポン!」「そん中で、オレ割ときれいな方じゃない?」という。
「美しい」と思っていたら自分のやっていることが「恥」。
「日本が美しい」と思っていないということ。
ディズニーランドにゴミが落ちていないのと同じ。
「日本は美しくない」と言うんだったら、私はいつも「ホウキは持ってよう」と思う。
美しくない人たちに共通しているのは、この人たちはホウキも持たなければ袋も持たない。
汚いゴミを舌打ちしながら「誰だよ!こんなとこ!汚ったねー!こんなとこ捨てて!」とかと言いながら車の中のゴミをザーッとそこに捨てて「これっくらいはイイじゃん」とか「これ捨てたヤツに比べればオレ、少ないよ?」とかと。
さあみなさん。
小さなホウキでも結構です。
とにかくホウキを持ちましょう。
そしてなぜこの話をしたかというと、この本の中で一番武田先生が賛同したのは「日本は美しくない。だからオレたちは・・・」という、この発想こそがオウム真理教なんです、という。
ここに行くところが深く頷いた武田先生。
若い人たちにはちょっと難しいかも知れない。
でもオジサン(武田先生)たちはオウム真理教の人たちとすれ違った。
そこで半分おじいさんになった「オジサン」が感じたことも込みで、若い方にこの話ができればなと思う。

若いビジネスマンたちに美意識がいかに大事か、美意識がないとどういうことになるかというと、スキャンダルで大騒ぎ。
いろんな企業が企業スキャンダル。
政界には政界スキャンダル。
美しくないからなのではないだろうか?と。
彼らがなぜそんな美しくないことをやったかというと「むしろオレの方が汚い日本よりきれいなんじゃないか?」とかという美的水準の低さみたいなものが、こういうスキャンダルを起こしている。
そのスタートとして、この本の著者、山口さんの慧眼。
ギクッとした。
オウム真理教事件を挙げてらっしゃる。

 オウム真理教という宗教集団の特徴の一つとして、幹部が極めて高学歴の人間によって占められていた、という点が挙げられます。−中略−おそらく平均の偏差値が70を超えるのではないかというくらい、高学歴の人物を幹部に据えていたことがわかります。(166頁)

だから世に言う日本の中で言う「頭のいい人たち」。
頭のいい人たちが何であんな、あれだけの死刑囚を出したワケだから。
あれから23年経って、大量に死刑囚を生んだ宗教団体。
まずは概要から言う。
急成長する集団。
それは企業でもいいし、若い方、聞いておいてください。
それはシステムがものすごく荒い。

通常の企業ではだいたい8〜9程度の等級が設定されていることが多いのですが、コンサルティング会社には基本的に4階層しかありません。(172頁)

オウム真理教では、修行のステージが、小乗から大乗、大乗から金剛乗へと上がっていくという非常に単純でわかりやすい階層を呈示した上で、教祖の主張する修行を行えば、あっという間に階層を上りきって解脱できる、と語られていました。(167頁)

最後の金剛乗にたどり着くと、もう超人が生まれて、空中に浮かび、水中で息をすることができるという。
「これとこれとこれができれば、これができるはず」というようなシステムで、オウム真理教と同じようなシステムを採用している新興ベンチャーというのが、こういう集団。
通常の会社では8〜12もある等級、出世の階段があるのに、そのシンプルさを自慢する。
それで落差を付ける。
エリートが持つ一歩の幅がデカい階段を設けるという。
何かできれば、その一段を上がれるという。
そこを魅力にして集団を固めてゆく。
そしてその集団のシステムを非難すること、これは「絶対悪」。
この粗い階段の組織作りというのは、ナチスドイツがそうだった。
マークが一個入るか入らないかで天と地ぐらいの差が、という。
そんなことをして人間をまとめていく。
その偏差値の高い者が一辺に寄ってしまうこの集団のシステム作り。
ところが「オウムは変じゃないか?」と見ただけでそう思った人がいた。
オウム真理教の人を見ただけで「この人たちは変だ」「この人たちは何か間違ってる」と言う人がいた。

小説家の宮内勝典氏は著書『善悪の彼岸へ』の中で、次のように指摘しています。
 オウム・シスターズの舞いを見たとき、あまりの下手さに驚いた。
−中略−オウムの記者会見のとき、背後に映しだされるマンダラがあまりにも稚拙すぎることが、無意識のままずっと心にひっかかっていたからだ。(中略)
 麻原彰晃の著作、オウム真理教のメディア表現に通底している特徴を端的に言えば、「美」がないということに尽きるだろう。出家者たちの集う僧院であるはずのサティアンが、美意識などかけらもない工場のような建物であったことを思い出して欲しい。
(168〜169頁)

それと使われた、もう思い出すのも嫌だが彰晃を讃える歌のメロディのヘタクソさ。
あれは全然遊んだことのない人。
「しょーこーしょーこーしょこしょこしょーこー♪」
そして衣装の粗末さ。
そして大きな麻原彰晃のお面。
あの下手さ。
宮内さんが一発で見破られたのは「美しくない」。
美意識が全くない。
そして彼がつくづく思ったのは、オウム真理教が発案したヘッドギア。
あのグシャグシャのコード。
「美しくまとめることすらできないのか」ということで、デザイン能力がまったくない。
(この本の中にはヘッドギアのことは出てこない)
こうなってくると「本物と偽物の違いを美で分ける」というこの本の著者の目はなかなかのものだと思いませんか?

「何かビジネスを起そう」とか「起業してみたい」とか思っている少年や少女たち、ぜひBE COOL、美しくあってください。
恰好よくあってください。
なぜならば美しくない人には何も企業はおこせませんよ。
ということで二十代の方はもうほとんど知らないと思うが日本で起きた犯罪史に残る大事件だが、地下鉄サリン事件。
それを行っていたオウム真理教。
本当に大騒ぎになった。
誰を殺した彼を殺した。
本当にご同情申し上げて、一緒に泣いた。
オウムと闘う弁護士の坂本さんという方が殺された。
坂本龍彦ちゃんという男の子。
赤ちゃんまで殺しちゃった。
その坂本龍彦ちゃんの文字を見るたびに「坂本さんは龍馬が好きだったんだな」と思って同じ龍馬好きとして胸が痛い武田先生。

宮内(勝典)さんは「オウムって変だ」と見抜いた。
それは「美しくない」。
この一点において「この集団はおかしい」と。
「この集団は異様だ」ということを見抜かれた。
だから「異様かどうかを見抜くために『美しいか美しくないか』というのはもの凄く大事な、あなたを守るための術になりますよ」ということ。
宮内さんはおっしゃる。
あのオウム真理教。
あの髪の毛をだらりと長くしたパジャマのような服を着たオウム衣装を着たお嬢さんたちが駅前で「しょーこしょーこ」と言いながら踊ってらした。
その踊りがあまりにも下手糞。
そして麻原彰晃を讃える歌の幼さ。
しかも彼らが修行のためと称してヘッドギアを付けているけれども、あの配線コードグシャグシャの。
これはやっぱり「美意識の欠如」。
どんなに偏差値がよくても「美」というものを完璧に忘れた集団であった。
そして(オウムの)広報の方が上祐(史浩)さん。
今でもがんばってらっしゃるが。
あの方が記者会見のたびに後ろにマンダラが置かれる。
それを宮内さんが「下手」とおっしゃる。
「美意識」というのがこの団体にはない。
そして宮内氏が「これ、宗教団体でもなんでもない」と見抜くのはサティアン。
あの道場。
汚い。
清潔でない道場を持つ宗教なんてありえない。
それから麻原彰晃が信者の人に読ませるために本を出している。
表紙のデザインが下手。
若い方はピンとこないかも知れないが、その頃から世田谷に住んでいる武田先生。
「淡島通り」という通りがあって、そこの中途にオウム真理教の弁当屋さんがあった。
「オウムの弁当屋さん」という看板を揚げて。
信者の方があのテロンテロンを着て「ほっかほっか」か何かに対抗して弁当を売ってらっしゃった。
すぐに潰れてしまう。
汚いから。
麻原彰晃の顔が看板に描いてある。
下手。
下手なミッキーマウスを描いた軽食屋さんとかは嫌。
中国の方が描いたミッキーマウスみたいな。
中国の方が描いたドラえもんみたいな。
考えてみたら淡島通りの人たちは美意識があったのだ。
買に行かなかった。
こういうものの見方をする人というのは、宮内勝典さんという方だが、頭のいい方なのだ。
オウムに感じた違和はまさに「不潔さ」「美しくない」というその一点であった、という。
集団のシステムにすべて従う時に、これはもうどうしようもないことだが、水道管に水垢が付くように、いかな集団のシステム、あるいはルールに従っていても、垢が付いていく。
だから自分の内側に「美」というモノサシを持ちながら、コツコツ水道管を掃除していくしかない。
本当に困ったことにオウムのエリートたちは、自分たちの手によって別の日本を作ることを目指した。
でも、そういう日本が作れるワケがない。
何かそういうことを言う人がいる。
「日本の学校教育はなっとらん」「全員先生クビにして、もう一回新しく作り直そう」という。
時々そういうことを言う人がいる。
出来るワケがない。
今日も明日も子供たちを学校に送りながら「コツコツと学校を変える」という「そういう提案をする」ということこそがオノレの内側に美を持つことではないでしょうか。


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2019年05月19日

2019年2月25日〜3月1日◆損する顔、得する顔

損する顔 得する顔



これはもう本当にそう思う。
「人間には得する顔と損する顔がある」という。
おばさんがしゃあしゃあと顔について意見を述べている時「バかぁ!」と言いながら。
どの事件かは言わないが刑務所の中に入っているのにまだ人を騙そうとして、もう一回刑務所の中で逮捕されたなんていう。
特に沖縄から出てきているから「純朴なヤツだ」と思ってしまう。
テレビ番組をやって。
それが株式で人を騙しておいて。
武田先生が大好きなタレントさんに手を出したりなんかしたアイツ。
でも顔はいわゆる「ハンサム」。
街の声のおばさん「まあぁ〜!イケメンなんだから惜しいわよ!」。
まだ「イケメン」て言うかよ!
繰り返すが「イケメン」というのはやめた方がいい。
「イケメンだから○○しても許される」みたいな免罪符っぽく使われる。
範疇から最初から外れている武田先生。
今は別の境地だが、半生はこの顔の誤解を解くために。

テレビ番組のバラエティが調べてくれて、ある心理学者から言われた。
バラエティの番組か何かで打ち合わせをやる。
話を聞いてくれる人の体を触る武田先生。
パン!と肩を叩いたり。
相手の体を触りたがるというのは「お願い、ボクを誤解しないで」という願い。
「もっとお近づきになりたい」とかというのを、自分の印象が悪いからぼてぃランゲージで懸命に。
そういうところがある武田先生。

武田先生の体験。
高校二年生で柔道部でごっつい顔つきをしていた。
教室にカバンを置いて部活に行っていた。
部活が終わって二時間ばかりやって、カバンを取りに帰るというのが習慣で。
柔道着を脱いで学生服に着替えて、高校の夕日の射す廊下を歩いていた。
体育館から出てきて、本館の方に入る曲がり角で「リンダ」というニックネームの女の子とぶつかりそうになった。
この子はちょっと「山本リンダに似てる」という。
今でも覚えているが、放課後の廊下でお互いに人がいるとは思わず、ふっと曲がりかけた瞬間にぶつかりそうになった。
誰も他にはいない。
このリンダさん「うわあぁぁぁぁぁぁ〜!」と言った。
女の子の悲鳴もいろいろある。
「嫌っ!」とか。
違う。
「うわあぁぁぁぁぁぁ〜!」と言いながら。
武田鉄矢17歳。
ヘコむ。
その人が近眼だったというのもあるかも知れないが、そこまで声を出すか?
そういうことで自分の顔立ちというのにすっかり自信をなくし「顔がバケモンで悪かったね!」とかと言いながら結構傷ついていた。
トラウマになる。
高2の時のニックネームは「バルタン星人」。
シノダというのが付けた。
「武田。やってくれ、バルタン星人」
「フォ〜ッフォッフォッフォッフォッ」と言いながらやるとクラス中にはウケていたが本当はやりたくなかった。
武田先生のニックネームは「バケモン」だった。

2005年に「サイエンス」誌に掲載された、米国プリンストン大学の学生を対象とした研究によれば、候補者の顔への瞬時の判断で、選挙の当落を予想できるというのです。−中略−学生が見た目から有能と判断した側が、70%の確率で当選していたことがわかりました。−中略−基本は顔を見せる時間は1秒以下であるということ、しかも実際の判断はその10分の1秒でじゅうぶんで、その他の時間は自分の判断の確信を高めるだけというのです。(70〜71頁)

とにかく「印象」。
その印象から「信頼性」。
そして「支配性」。
この二つが選ばれる条件。
こういうものにも大衆は騙されて、コロッと付いていくと言う。

様々な顔がある。
例えばジョージ・クルーニー。
ハンサム。
小っちゃいカップでコーヒーを飲んでいるのがカッコいい。
そういうのがある。
ジョジー・クルーニーが小さいカップでエスプレッソを飲んでいる。
タバコを吸っているのはもう今はあまり流行らないが「カッコいいなぁ」と思った。
昔、スティーブ・マックイーンがいた。
この人がタバコを吸うのがカッコいい。
口を覆うような感じで吸う。
指が長いのとガタイがあるからタバコが細く見える。
そのへんがタバコと体形のバランスがいい。
武田先生は手は短いしずんぐりしているのでタバコを吸うと吹き矢を吹くような感じで(という謙遜)。

少し古いですが、映画『男はつらいよ』シリーズの主人公、寅さんの顔をしげしげと眺めると、到底男前とはいえないその造作にもかかわらず、いつまでも多くの人から愛され続けるキャラクターとして存在してます。(97〜98頁)

 寅さんの顔を思い出すとき、あの独特の笑顔が思い浮かぶのではないでしょうか。(100頁)

日本の俳優の遠藤憲一さんもそうでしょう。(102頁)

(遠藤憲一さんは)強面。
あの人もズボンばっかり上げている。
一回だけ共演したことがある武田先生。
お顔はやっぱり悪党面と言うか「ケンカでもしたのか?」というような顔をしてらっしゃる。
でもあの人もあの顔で好感度がグングン。
CM出演が多い。

人の顔は骨格ではなくで、よく見せる表情で記憶されることがわかっていますが、さらにこのギャップがより強い印象を残すのです。(100頁)

人は社会で生きている。
その社会で人と人との接点は「顔」「表情」。

 この社会脳は、実は複数の脳の働きの集合体です。顔を見ること、共感、否定的な感情の判断、他人の心の動きの理解、模倣に分かれるのです。この中に、相手の動作を思わずまねてしまう「模倣」が含まれていることが重要なポイントで、意図せずに思わずまねてしまうという行動が、社会脳の基本の一つなのです。(122頁)

模倣は無意識の行動なので、一つの顔は社会全体の表情でもある、という。
だから雑踏に入って、だいたい人々の表情の平均値を取れば、どこかに統計でお願いするよりは平均値は簡単に取れる。

武田先生はいつも思う。
「社会全体をどこで感じるか」というと、新幹線の乗り降りで感じる。
新幹線の乗り降りでたくさんの旅行客の方が武田先生の後ろから追い越し、あるいは正面から。
その表情を見ているとだいたいわかる。
人間が動いているのは、お金がものすごい勢いで流れているワケだから。
所詮、経済なんていうのは「流れ」。
不景気というのは流れが悪くなるワケだから澱んでくる。
でも東京駅の人の流れを見ていると(人が多い)。
プラス、あの駅弁を買うお店がある。
あそこはすごい。
本当に堤防が決壊したがごとく、バァッ!とあそこの店に人が入っていって。
それでもう、みんなお金を払いたくてたまらず、ズラーッと列。
皆一個だけじゃなくて二個も三個も。

 信用ならない人の顔を記憶する際には、記憶にかかわる海馬という部位だけだでなく、人物の否定的な情報や不快感や恐怖といった感情に関与する島皮質と呼ばれる部位がかかわっていることがわかったのです。この脳の仕組みによって、悪い印象を持たせる顔は、そうでない顔と比べて、記憶されやすくなります。(130頁)

刑事ものなんかでおまわりさんが「こんな男を見かけませんでした?」と言ったらその人が「あります!あれは7日の夕方・・・」とかと言いながら語り出す。
あれは明らかに「悪いファイル」を選んだ、という顔。
いい人について語る時は「そんなふうには見えなかったですよ?」「挨拶すると『こんばんは』って明るい声でおっしゃる方でして」。
何か「箱」が違う。
だから悪い人のことを尋ねられると引き出しの開け方が乱暴で「えーっと!」とかという。
脳の住む場所が違う。

 否定的な感情だけでなく、快感情も顔の記憶を活性化させる効果があります。ただしそのときに働く脳の領域は変わります。記憶にかかわる海馬といっしょに、金銭的な報酬をもらうときに活動する、前頭葉にある眼窩前頭皮質が働くのです。(130頁)

これは面白いもので日本人は特に笑顔が好き。
笑顔が特に深く記憶に残る、という。
そんなに派手な顔じゃなくて、印象のある顔じゃない人なのだが二回目に会った時にその人の笑顔を見て「あ、この前会った人だ」とわかるというのはやっぱり「笑顔」なんだなと思う水谷譲。

そして国によって顔の印象、人の表情。
どこをまず見るかが違う。
大雑把な分け方だが、欧米は口元を見る。
欧米は口元の表情を特に印象に残す。
だから銀行強盗はマスクをする。
アジアはどうかと言うと、風邪をひいたらアジア人というのはすぐマスクをする。

マスク姿は欧米人には忌避されるからです。(145頁)

だから日本の黒いマスクとか気持ち悪い。
よく中国とか韓国の方がやってらっしゃると思う水谷譲。
絵柄の付いたヤツ。
あれ「気持ち悪いなぁ」とかと思っている。
これとは反対にマイケル・ジャクソンがレーガン大統領と会った時にサングラスをしていた。
あれはドキッとする。
人前で、あるいは年上の人を前にしてサングラスをしているということは、日本ではこれは失礼になる。
だから国民の間でどこを見るか、表情のどこを一番に記憶するかというのは、それぞれ違う。

生後7カ月から日本人の赤ちゃんは東アジア人らしく目元を見る一方で、イギリスの実験室でのイギリス人の赤ちゃんは欧米人らしく口元をよく見ることがわかったのです。(142頁)

是非どこかの街角で。
東京オリンピックもあるので。
赤ん坊を東洋、西洋、すれ違う時にそれぞれ見てください。
日本んの赤ん坊は目を見ている。

日本には「顔隠し」の文化があると主張する研究者がいます。平安時代の日本女性は、扇子で顔を隠していたこともありました。
 扇子で隠すのは、主に口元です。口元を隠すことは今も続き、日本女性は笑うときに口元を隠すことがあります。
(144頁)

アラブではベールで目だけを見せるというスタイルで。
これらはすべて目に表情を読ませる、という他者への誘導。
だから「私の目を見て!これが本音よ!」とか。
そういう複雑な会話を目で。
「目は口ほどにものを言う」というヤツ。
よく時代劇なんかである。
「助さんなんか大嫌いよぉ!」とかと言いながら相手をにらんでいくと「嫌いじゃなくて惚れてるな」というのがわかるという。
こういう心理というのが文化的に居ついている、という。

目というのは面白い。
今のドラマを作っている方、ちょっと聞いてください。
目というものは、はっきり言ってそれくらい意味を持つが、近づきすぎると意味を失う。
『シン・ゴジラ』

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監督は庵野(秀明)さん。
寄り過ぎ。
長谷川(博己)くんの目元とか、ライバルの目元とか。
あれは映画は抜群なのだが、何であんなに目に寄るの?
あの人は目にこめられた意味そのものを、クローズアップで目をポン!
NHKの大河ドラマでも目に寄り過ぎ。
『西郷どん』でも。

大河ドラマ 西郷どん 総集編 [DVD]



最近の若い演出家の人は目に寄っとけば心理描写が出来てると思う。
あれは私達年寄りから言うと、目の内側にこめられた心理よりも「この人は充血してんなー」とか「白目んとこに黒点あるなー」とか眼病の先生みたいに目を診断してしまう。
このへん、目というのは距離が非常に大事で近づきすぎるとだたの臓器。
耳の穴のクローズアップなんか映されて「聞いてる?」って、そんな表現をされても困る。

(目は)口の中に普段隠しているベロと同じ種類のもので。
何か動揺したからといってベロのクローズアップは撮らない。
ベロにはベロの写し方というものが。
喉ちんこのクローズアップとかは嫌。
目のアップというのはそれと同じ。
何であんなに(目のクローズアップに)こだわられるのかがわからない。
「意味を帯びて私を見てるな」という距離がある。
おじぎ。
おじぎをして顔を上げた瞬間の距離感。
これが一番「目」の表情がわかる距離感。
武田先生と水谷譲がいまいる距離感。
約1m30cm。
これがあと20cm近づけば水谷譲の目にこめられた意味を武田先生は汲み取ることができる。
目にこめられた表情を見るためには、この距離が絶対必要。
だから近寄ってきて握手をするとわからない。
だから武田先生は握手がダメ。
道を歩いていて「握手!」とかという人がいるが、握手をしてしまうと何も伝わらない。
だから選挙の時、立候補した人はみんな握手している。
あんなのは(武田先生のご自宅の)近くに住んでいる世田谷上町の犬だったら武田先生に向かってあれぐらいはみんなする。
今日もエサをやってきた。
裏木戸を開けて「アレックス、生きてるか!」。
そいつが顔をあげて出てくる。
「おぉ、武田来たー」と言いながら。
それでエサをやって帰っていく。
「奥さん閉めときますねー」と言いながら。
古い人間だから、庵野さんみたいな新しい演出家の方の演出技法は知らないが、人間の表情をとらえるキャメラと俳優さんの距離が一番わかりやすいのは山田洋次監督。
山田洋次監督のあの人物を映す画角というのが一番ピッタリくる。
むやみに近寄って来ない。
そういう映画の見方。

幸福の黄色いハンカチ デジタルリマスター2010



ラストシーン。
下の方で倍賞(千恵子)さんと(高倉)健さんが抱き合っていた。
東映の任侠ものの逆。
東映の任侠ものはラストに近くなると健さんに寄る。
松竹・山田洋次は主役からグングン離れていく。
日本人は離れれば離れるほど、深く感じる。
寄れば寄るほどわからなくなる。
だからむやみに斬られた小次郎の目に寄ったりしない。
あれはバァーン!と引いて、二人を大きい画面で捉えて、ゆっくり小次郎が倒れていくところに「勝負あった」というようなものを感じる。

握手の際には初対面からしっかり目と目を合わせるのですが、これは見知らぬ人と目を合わせることが少ない日本人にとっては気疲れすることもあります。−中略−東アジア人は表情を読むときは目を見、初対面の人の顔を記憶しようとするときは目をそらすのです。さらに日本人をよく知る認知科学系の研究者の間では、日本人ならば、ネクタイのあたりばかりを見るのではないかといわれているほど、日本人は相手の目を見つめて話すのが苦手です。(147〜148頁)

恋愛もそう。
これはちょっと山田イズムに捉われているかも知れないが、山田さんが誰かを演出なさっている時におっしゃったのだが、その人が相手の心を見るために顔を見たがるというのがある。
山田さんが「日本人はね、大事な話をする時は目を見ないんですよ!自分のことを考えてみてください。日本人はね、プロポーズする時にしゃがんで目なんか見ませんよ」。
じゃあ、どうやってやるか。
それはその人と同じ方角を見ながら、顔を見られないように本当のことを言い出す。
並ぶ。
そうするとジィーンとくる、という。
「今から一緒の方向を見て歩くんだよー」みたいな。
「それが日本人の愛情表現だ」という。
これほど知っていながら最近ほとんどドラマの仕事がないというこの悲しさ。

「人間には得する顔と損する顔がある」という。
本当にそう思う。
特に男性の方は「女性の好み」という淘汰がある。

 実験の結果、イギリス人では顎から男性を判断しているのに対し、日本人は顎とともに太い眉で判断していることがわかったのです。(176頁)

(本によると、顔のどのパーツで男女を見分けているかという実験なのだが、番組では「女性がどのパーツに惹かれるか」という話になっている)

昔、母から言われたことがある水谷譲。
「男の人を見る時にまず眉毛を見なさい」
何でかというと「女たらしの人というのは眉毛が下がっているから、それでわかるわよ」と言われたことがある。

 2000年代にイギリスと日本で、平均男性の顔を、女性らしく、あるいは男性らしく加工して、女性に評価させた研究があります。その結果は他の生物とは異なり、日本でもイギリスでも、女性っぽい男性の顔のほうが好きというものでした。(177頁) 

街の声(番組の本題の前に街頭インタビューの音声が流れるのだが、その中の話かと思われる)が言っていたその人もそうだろう。
DaiGo(メンタリストの方の)さんというのも細い人なのではないか?
健さんぽい顔立ちの人はいない。
高倉健、若き日の長嶋茂雄。
ああいうのが男性の憧れる男性の眉。

76%の人で微笑みは右側に強く表出されるというデータがあるのです。(179〜180頁)

顔を見るときに働く脳の部位は、脳の右側にあるからです。ややこしいことに、左右の脳には、目の前の視野の反対側の映像がそれぞれ入るのです。(180頁)

つまり相手の右側を見ればいい。
だからやっぱり見る。
こっち側(相手の顔の右側)を武田先生も見ている。
右と左で表情の出方が違う。
だから(演技で)悪い人(の役)をやる時は顔の左右対称性を消せばいい。
どっちかが歪むというか大きく出ると「悪い顔」に見える。
「ひょっとこ」ももしかしたらそうかもしれない。
右側が曲がっているのかも知れない。
そんなふうにして左右を違えて、なるべく右側に自分の本性が出るように人間は動く、という。
だからみなさんも右側の顔というのを自分で意識なさってくださいね。

そしていろいろ国際的にももめているし、共同歩調が何十年やってもとれないという隣国二つと共に生きている。
半島の国、二つある。
日本、韓国、朝鮮、中国。
ここについて顔つきに関する美の基準がそれぞれ違う。
武田先生が年齢的についていけないのは韓国の整形天国。
あそこはもう、大統領でさえも整形を自らおやりになるという。
今度の大統領もおやりになっているのだろう。
異様なほど笑顔が左右対称の大統領。
あの方の笑顔は本当に「全方展開の笑顔」と言うか、左右対称性の強い笑顔。
でも日本はあんまり整形のことを歓迎しない。
これはネットなんかで悪口を言う時は「イジってる」とかというのはちょっと黒い方の言葉。
日本という国については整形についてはまだまだかなり抵抗がある、という。

中国の方はと言うと、お化粧と共に「輸入国」。
化粧品に関しては、日本に春節にドーン!と来られた。
店ごと買っていくというような勢い。
福岡の街をうろつくともう一発でわかる。
福岡はこの韓国、中国がものすごくわかりやすい街。
韓国の人はどこでわかるかというと口紅。
真っ赤。
それから中国の方は服装。
真緑の服を着ておいてネッカチーフが赤いとか。
統一されないという統一美。
何かそんな感じ。
何か「クリスマスか?」みたいな。
福岡の子はモノ(トーン)が多い。
武田先生は博多に帰るとやっぱり「博多の子」がわかる。
身に付けるものはあまりたくさん持っていない。
そんなのがある。

顔に関しても日本、韓国、朝鮮、中国。
それぞれ何か美意識があるようで。
北朝鮮の方は肌がきれいだということをおっしゃっていた。


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2019年04月09日

2019年1月14〜25日◆漢字とアジア(後編)

これの続きです。

元の支配が弱まっていくなかで、それまでとは違った朝鮮的なるものが少しずつ生まれてくる。一三九二年には高麗が滅亡し、李成桂(一三三五−一四〇八)が朝鮮王朝を建国します。いわゆる李氏朝鮮(一三九二−一八九七・一九一〇)はここからはじまります。そして一四四三年にハングルが生まれます。(158頁)

漢字を捨てて韓国・朝鮮はハングルだが。
ただし、住んでらっしゃる方はどう思ってらっしゃるのか。

今でこそハングルと呼ばれていますが、つくられた当初から永く「諺文」といわれつづけてきました。−中略−当時においっては、「諺文」は下々の使うもので、インテリは使わなかったのです。(159頁)

 まず基本的には、ハングルはアルファベットと同じような「音素文字」です。つくられた当時は子音字一七、母音字一一の計二八字−中略−これらの音節文字をひとつあるいはいくつか並べることによって単語をつくっていきます。(166頁)

わずか28字を覚えれば意味はわからずとも読める。
これは文字の中に発音まで書いてある。

例えば漢字で四文字熟語。
「弱肉強食」「焼肉定食」等々の四文字熟語があるが「国際文化」これを文字にすると。

국제문화

発音してみると「クッチェムンホア」となります。(167頁)

日本との違い。
ハングルは日本のカタカナに近く、ひらがなではない。
ひらがなでくずすと「くに」と続けて書ける。
「国家」の「国」という字は草書では書ける。
ハングルに草書はない。
だから「ク」「ニ」とカタカナで書くのと同じ。
だから言葉が増えてくると重なる文字がいっぱいある。
韓国・朝鮮を支配している言語は「音」。
私達は漢字の意味を言葉にしている。
ハングルはというと、その漢字の意味ある言葉を捨てて音しかないワケで。
「味の素」と言っても、何を言っているのか全然わからない。
「アジノモト?」と言う。
文字の世界に住んでいると例えようがない。

例えばお子さんをアナタが産むとする。
「うつくしい」という漢字をその子に付けるとする。
「美」
「ミ」にする。
「ミ」と言えば日本語では「見」「実」「三」「巳」「未」。
様々な「ミ」がそこにはあるワケで「ミ」という音を聞くたびに「どの『ミ』かな?」と思う。
韓国では「ミ」は一つしかない。
例えばわかりやすく言うと、女子ゴルフの選手で「イ・ボミ」という人がいる。
ハングルで簡単に他の人と重なってしまう。
イ・ボミさんのことではないが、韓国の女子プロゴルファーの世界に5人同じ名前の人がいる。
仮に「イ・ボミ」とする。
「イ・ボミ」が5人いる。
たった20数音しかないのだから、音は重なる。
困った韓国女子プロゴルフ協会はどうしたかというと「数字で呼ぼう」。
「イ・ボミ1号」「イ・ボミ2号」「イ・ボミ3号」「イ・ボミ4号」
時々女子プロゴルファーのテレビ中継を見てください。
名前の一番最後に番号がふってらっしゃる方がいらっしゃる。
本当に実在する。
その人は「○○5号」だった。

武田先生がラジオで呼びかけるというので「オマエは何考えてんだ」とお思いになられている方もいらっしゃると思う。
「この放送を聞いてらっしゃるスパイの方」
何であんなことを言うのか?
これは昔読んだ本の中。
日本は情報管理、情報漏洩が頻繁で「ダダ漏れの国だ」という。
だからロシアも含めていろんな、北朝鮮の方なんかもスパイで、東京にいっぱい集まってらっしゃる、という。
この番組を聞いていたら面白い。
やっぱり必要な呼びかけの言葉だと思う。
放送の始まる時に「病気療養中の方も」という。
あれはTBSの大沢さんがよくおやりになった。
あれは「いい呼びかけだなぁ」と思った武田先生。
ラジオという文化に対して「病気療養中の方もぜひお聞きになってください」と大沢悠里という方が。
それと同じ気持ち。
「『三枚おろし』をお聞きの、スパイ活動をやってらっしゃる方もお聞きください」という。
母国のことでもまた思い出してもらえればいいし、という。
これをこの間うっかりテレビで喋って三浦瑠璃さんに怒られた。
東大出の政治学者。
それから外国の大学も卒業してらっしゃるのだろう。
顔つきからして違う。
でも何か気配は怪しげ。
「スパイてのも私、仕事だと思うんですよね。大変なお仕事で、ご家族もいらっしゃるだろうに」と番組で発言しちゃった。
だからスパイの方とかテロリストの方も安心して、いわゆる「観光のできる国、日本」。
(スパイは)独身とは限らない。
所帯持ちがいて「パパ!どっかの国、連れてって〜!今、スパイ日本でやってるんでしょ?行ってみたい、日本へ」とかと言ったら。
スパイはだいたい家族には内緒にしているという水谷譲。
それにしても子供が出張の多いお父さんにダダをこねる時はある。
子供だって(父親が)行ったきり帰ってこないのだから。
その時に日本に子供を連れてきて、日本を案内して歩く、という。
浅草とか。
それで飛び交う情報に関しては、もう日本の国力にすればいい。
「情報が流れ落ちる国」にすれば。
人間はどこかに息抜きする場所がないと人生疲れる。
それを三浦(瑠璃)さんの前で言ったのだが「それでは国はできません」と言われてしまった。
耳たぶを噛むような柔らかい発音で。
自分はコメンテーターに向いていないと思う武田先生。
鋭くとがったことを言えない。

武田先生の立ち位置を「面白い」と思う水谷譲。
何かがあっても必ず「俺、胸が大きくなる夢見ちゃったから、そういうの勉強し始めたんだ」という。
「哲学に必ず持っていこう」とする立ち位置は結構面白い。
40代の後半でおっぱいが大きくなる夢を見た武田先生。
それが立派。
乳輪、乳首とも真ピンク。
自分で吸いたくなるような。
しばらく手で揉んでみたのだが、手ごたえがいい。
パンパンに張っている。
「何で俺は乳房ができたのかな?」
その時に夢占いでユングをやったら「人を育てなさい」という深層心理からのメッセージが乳房に。
「その乳で若い人を育てなさい」
だから、それからわりと悪役でも引き受けるようになった。

正しい漢字を保有しているのは日本と台湾。
しかも漢字の発生に関して日本は白川静なる偉大なる博士も持っているワケで。
この石川先生はその漢字については、白川博士とはいささか違う見解。
石川博士の立場を探ってみましょう。
著者はある意味で日本も韓国も朝鮮もベトナムも元々は「中国にいた東アジア人だ」と。
「みんな中国人なんだ」と。
そんなふうに捉えた方が東洋史はわかりやすいですよ、と。
こうおっしゃっている。

神話に代わるものとして縄文が持ち出されるようになった。麗しい、素晴らしい縄文があった、と。青森県の三内丸山遺跡(小高い台地上の縄文時代集落遺跡)を見て、作家・司馬遼太郎さんは「世界に冠たる文明があった」と書いています。哲学者・梅原猛さんも三内丸山遺跡を激賞するわけです。縄文こそが日本のふるさとであり、古朝鮮にならっていえば「古日本があった」ということになります。(140頁)

縄文時代を研究されてきた小山修三さん(国立民族学博物館名誉教授)の説によると、縄文末期の孤島の人口は七万五〇〇〇人だったということです。−中略−ところが、古墳時代の末期になると孤島の人口は五四〇万人に激増するというのです。−中略−逆算して計算したところ、なんとこの間に一五〇万人もの人々が、半島や大陸から渡来しているという結果が出たというのです。(145頁)

つまりもうこの頃から外国人入管難民法は立派に日本を支配していて、陸続と働き手として日本にやってきたアジア人、中国人がいるんだ、と。
「その人たちが日本を作ったといって何が不適当な発言なんですか?」というのが石川博士の立場。

朝鮮には檀君神話があります。朝鮮の歴史は古朝鮮からはじまるといわれていますが(146頁)

古代に英雄がいて、古朝鮮、古い朝鮮をまとめたんだ、国を作ったんだ、としきりに伝説の王朝をドラマなんぞで言っているが本当かいな?
これはもうはっきりものの本に書いてある。

 伝説的な王朝の二つ目が、「箕子朝鮮」です。箕子公子を聖者としてつくりなおされたのです。春秋戦国時代の哲学者のひとりとして箕子を捉え、その聖者が朝鮮をつくったと考えるのです。箕子はどういう人かというと、これについては『史記』に触れられています。−中略−中国から遣わされて王になったのです。(147頁)

「だったら韓国・北朝鮮は元を正せば中国のもんですよ」と。
わかりやすくていい。
日本が中国から東アジアでは真っ先に離れていく。

 六六三年に日本が白村江で敗れたといいましたが、これが日本が独立する契機になりました。なぜか。それまで孤島は大陸あるいは半島と海つづきであったものが、この敗戦によって遮断されてしまったからです。(151頁)

日本はこの時に対馬を一番の果てとし、ここに防人を置いた。
防人。
防衛したことによって日本を作った。
日本を作ることによって政治的には中国を真似しても文化的には独立し、900年にはもうすでに朝鮮に先駆けること数百年。
ひらがなが生まれ、カタカナを発明し、文字としての独立を果たした、と。

 書でいえば、女手成立以前には空海をはじめとする三筆や最澄がいて、女手以後には小野道風・藤原佐理・藤原行成の三蹟がいます。(154頁)

中身は何かというと「王義之の草書、行書の模倣から始まっているんだ」と。
空海さんだって先生がいたんだ。
中国人・王義之という方であった。
その後に花札に出てくる小野道風。
それからひらがなが入り、書は和様というものを確立した、という。

7世紀、日本は国を閉ざし、9世紀ごろにはひらがなを生み、朝鮮半島は14世紀にハングルを生んだ。
そこで「続け」と言わんばかりにベトナムも続くワケだが。
その次に生まれた中国の大帝国が元帝国。
元寇の襲来。
朝鮮半島にあった国も元には散々な目に遭う。
元に命じられて「兵隊を出せ」とか「日本に攻めていけ」とか。
この元という外来の中国の支配者なのだが、この人たちが朝鮮に残したのが「焼肉」。
それまで「儒教の国」だから肉を喰わなかった。
儒教は肉食を嫌うから。
だけどやったのだろう。
焼肉パーティーを。
それで味を覚えちゃった。
それで元から教えてもらった焼肉が国民食になる。
元の残した肉の焼き方。
例の鉄板で焼くヤツ。
どんな形をしているか?

パール金属 グリル 焼肉 プルコギ グリル アルミ鋳物製 ふっ素樹脂加工 焼肉っ! HB-3555



モンゴル人が被っていたヘルメット。
あの中に火を下に入れて焼いて肉を喰った。
だから焼肉には支配されたモンゴルの兜の形が残っている。
面白い。

ベトナムの方々も中国周辺国として生き延びた民族。
ベトナム(越南)は漢字文化圏だった。

チューノム(字喃)という、いわゆる越南文字をつくることを通じて起こってきます。(220頁)

この石川先生がおっしゃるのだが「やっぱり、もうちょっとみんなクールになろうよ」と。
巨大な文明というのが中国で興った。
その中国に興った文明の余波、波で我々は出来上がった。
だから中国文明の一種。
血は同じなんだ、と。
名前からしてそうだ。
日本のことはどういう字を書くか?
「日の本」というのは「どこから見た風景か?」ということ。
中国から見ると日本は日の昇ってくる方角にあるという、方角を示しただけ。
それを日本は自分の国名にした。
「朝鮮」というのははっきりしている。
これは名付けた人が中国人。
中国の皇帝。
朝鮮の人が貰いに行っている。
「名前をください」
それで「朝鮮」という名前をもらって「ありがとうございます」と朝鮮の人はお礼を言った、という。
だから名付け親は中国人。
日本は中国から見た方角のことであって国名ではなかった。
それと同じようにベトナム。
「越南(えつなん)」
これも「越の南側にある国」という意味なので「位置」。
何もかにもの始まりは中国の漢字文明から私達は始まったんだ、と。
「素直に認めましょうぜ」というのが石川先生の言葉。
中華思想。
真ん中に光がある。
周辺は真っ暗。
私達は真っ暗な世界の蛮族、野蛮人。
中国の方からは「東のエビス」「東夷」と言われる。
元という国が興った時に、この元というのがあまりにも中国でも横暴なので、三者三様でケンカをする。
日本は外壁の地方である福岡辺りで何とか台風を活かして勝ちを拾う。
朝鮮はもういじめられる。
ベトナムは撃退する。
ずっと元と戦い続ける。

ベトナムはチューノムという独特の言語。

「一」は越南語で発音すると「モット」となるので、同じ「モット」と発音する「没」という字を使って「没(モット)」で「一」を表す。これは音借です。「二」は「𠄩(ハイ)」です。これは「台」と「二」、つまり「ハイ(台)」という越南語と、「二」という意味を組み合わせたものです。(226〜227頁)

「𠆳」は頭目を意味します。(228頁)

これはズバリ人が立っているからで。
上に人が立っているから、これで「指導する」の「指」になる。
かくのごとく日本でいう「国字」のような文字をどんどんつくっていって、自分たちの言語にする。
ところがこれもやめてしまう。
中国も頑張って広めてください。
実は漢字が理解できるとベトナム語は簡単。
ベトナムの言葉で「ありがとう」のことを「カンノン」と言う。
「カンノン」と若い人が漢字が書けたら、日本人はこの漢字だけで通じる。
「恩を感じる(感恩)」と書く。
それがベトナムの「ありがとう」。
フランスの支配とかあり、ベトナム戦争等々あり、異国に踏みにじられたベトナム人は嫌だったのだろう。

昔「サイゴン」、今「ホーチミン市」。
あそこに行って歌を歌ったことがある武田先生。
あそこの楽屋の絵を見ていたらゾウに乗ったベトナムの兵士が中国軍をやっつけている絵。

首都ハノイ。
あれも漢字で書くと「河内」と書く。
「河内」と書いてベトナム語で「ハノイ」と読む。
だから漢字さえできれば我々は深き心情を語り合える、アジア人同士になれる。

石川博士の主張というのをご披露している。
繰り返しになるが縄文文化を日本の始まりとしている学者諸君が多い。
しきりにそこから、さも今の国家が出来上がったように語っているが、これは誤りである。
アジア圏における文明の始まりはすべて秦の始皇帝の篆文による文字統一からアジアは始まったのである。
考えてもみよ。
縄文の日本の人口はわずか7万5千人程度。
それで文明、文化と言えるか?
これが弥生になると50万〜150万人が中国から渡来し、大和「倭」を作ったのである。
これが日本の始まりである。
朝鮮もまた中国文化の亜種であって、中国文化から見るとそれはアジアの一地方である。
日本語の原型をタミールやロシアの一部族のウラル・アルタイに求めるのは無意味で、日本語の大本は中国語であると考えるのが妥当だ、という。

そして石川先生はこうもおっしゃっている。
漢字の源泉たる3200年前の殷の甲骨文字。

 甲骨文字時代に貝が貨幣として流通していたのは「貨、賃、寶、財、資」等の文字から明らかですが、この貝は子安貝であり、この子安貝は琉球で採れる子安貝であるといわれています。これは白川静さんも書いておられます。そう簡単に言い切っていいのか疑問もないことはないのですが、少なくとも文字が誕生した頃に大陸と琉球とのあいだで子安貝を通じての交易があったようです。
 だとすれば、これは仮説にすぎませんが、文字以前の時代から、大陸と沖縄には結縄が、少なくとも沖縄にはあったと考えられます。
(291頁)

琉球が日本から取り込んだものはひらがなだけだ。
文化的には中国との結びつきが深いんだ、とこうおっしゃっている。
ちょっとこのへんがよく理解できない武田先生。
「アジアは中国が始めたんだ。認めようではないか」という。
しかし石川先生。
お言葉を返すようだが、たとえばヨーロッパにおいて彼らを侵略し支配したであろうローマ、あるいはギリシャに対してものすごい憧れがイギリスやアイルランドにもあるというのに、なぜ日本は、あるいは朝鮮は、あるいはベトナムは、唐や隋の文化、あの漢字を教えてくれた秦という大帝国に関して憧れがないのはなぜなのか?
特に日本は天神様の菅原道真から中国離脱の歴史。
千年。
仲良くしたいと願っているのは韓国だと思う。
朝鮮半島の半分の北朝鮮はやっぱり父のごとく中国を慕っているワケで。
今も韓国の支配者の方は日米なんかよりは遥かに中国の方が。
それは歴史的な血統が習近平さんに惹きつけられるのではないか?
でも日本は、そういう意味では本当に変な民族。
変であるというのを理屈ではなく感じつつ、胸に抱いておきましょう。

武田先生が一つ思うのは、日本が国としてまとまるのはどんな時かと考えると、外から攻められた時にこの国はまとまる。
この国をまとめるのは外敵と震災。
この時に日本人はもの凄い日本を感じる。
そこにこの国に生きる面白さとダイナミックがあるような気がする。

今、石川先生に向かって話している。
みなさんどうお思いになるか?
このへんは「武田流」なので、きっとここに三浦瑠璃さんは笑われると思うが。
静かに言われた。
観光客がまだ足りないそうだ。
「まだ少ないです・・・」
その時に三浦さんの中にあった言葉で、英語が話せないのは致命的らしい。
アジア圏の中でこんなに(英語が)下手なのは「いない」と。
韓国の方はタレントさんでもものすごく上手。
フィリピンの人、シンガポールの人、英語。
何でか?
ここはちょっと偏見に満ち溢れているから心静かに聞いてください。
英語がとても上手な人に対する、一種警戒心がある。
日常の会話の中で英単語がポンポン出てくる人に対して。
「ちょっとイラッとする」という水谷譲。
ちょっと熱いものに触ると「わ!Oops!」と言ったヤツがいる。

今回は言語というので、アジア圏というものをザァっと触れてみた。


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2019年1月14〜25日◆漢字とアジア(前編)

「漢字」と言えば、何となく武田先生のイメージが強い。
金八先生(『3年B組金八先生』)で多用していたというようなシーンを思い浮かべられる方もいらっしゃるだろう。
そして「漢字名誉博士」みたいな称号もいただいている武田先生。
白川静博士(漢文学者)。
「この方を演じてみたい」というのが武田先生の俳優としての夢。
「このお芝居のうちに死ぬなら死んでもいいな」と思うぐらい。
白川静博士を演じてみたいと夢見ている。
白川先生ばかりでは、意見は広く聞かないと。

「勤」
あれは甲骨文字を見るとひっくり返る。
祈りの箱の「サイ」を掲げた女が立ってている。
その女の足元には火が燃えている。
天に向かって「雨を降らせてください」という、生贄のために女が焼かれているという図が勤労感謝の「勤」。
(「サイ」は以下のようなもの。白川静氏が命名した甲骨文字。)
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この白川説に対していろいろ反論もある。
ちくま文庫から出ている文庫本。

漢字とアジア (ちくま文庫)


「白川静の他の意見を聞く」という意味合いでは非常に刺激的な本。
著者、石川先生、石川博士はこうおっしゃる。

 結論的にいえば、日本、中国、韓国・朝鮮、台湾、越南(ベトナム)が含まれるアジアというのは、単なる地理的な概念ではありません。「漢字文明圏」というかたちで括ることのできる歴史的、地理的、文化的な共通性を持つ地方です。(17頁)

アルファベット文化、アラビア文化。
それからインド文字の文化等々が世界にはあるが、それらと一線を画し、漢字世界というのが東アジア、アジア圏にある、と。
まことに残念なことながら、現在この漢字を使用しているのが日本と台湾のみ。
朝鮮・韓国、それからベトナムは漢字文化圏から離れていった。
この石川先生はもともと、中国、日本、韓国・朝鮮、台湾、ベトナム。
漢字が東アジアを支配していた。
そういう文明なんだ、と。
この石川先生なりの正しさだと思うが、もの凄い言い方をなさる。
日本、韓国・朝鮮、台湾、ベトナム。
これは正体は何か?
昔中国人だった。
「そのことをリアルに認めましょう」と。
文字がそうなんだから。
異論はあると思うが、石川先生はガバッと大づかみに。
(本の中にはそういう極端な表現では書かれていないが「東アジアは中国を中心とする非常に曖昧なグラデーションで繋がる地方であり、中国といわれている国も実のところはヨーロッパのように複数の国が寄り集まってできている」と書かれている)

 中国は多民族国家ということになっています。−中略−人口は約一四億で−中略−その九十数パーセントが漢族で、残り数パーセントを占めるのが少数民族で、その数は五五あるといわれています。(23〜24頁)

その13億の漢族が同じ言葉でまとまっているのが中国ではない。
そのことが結構驚きだった武田先生。
中国のみなさんは北京語が標準語でありながら、体験したことがある。
上海に行くと蘇州の「呉(ご)音」になる。
「呉」という国の発音になる。
福建に行くと「閩(びん)語」になる。
漢字の読みが「閩」という種族の言葉に変化する。
広東に行くと「粤(えつ)語」と言って「粤」なまりになる。
四川に行くと「客家(はっか)」のなまり。
その他、蒙古、ウイグル、チベット、満州、朝鮮、ヤオ、ミャオ族に分かれているので、13億といえども一言語で会話が通じるわけではない。
「北京語を習っても中国全部では通じない」「いろんな言葉がある」と聞くという水谷譲。
そのことをまず覚えておかなければならない。
この石川先生の資料はちょっと古いかも知れないので、数字は変化しているかも知れないが。
石川先生はその会話する言葉の違いをこんなふうにおっしゃっている。

浙江省の温州というところで、北京語を中心とした普通話(標準語)を使ってテレビやラジオなどで話すと、それを理解できる人は五パーセントしかおらず−中略−その範囲は六〇キロ圏域だけで、そのエリアを越えた人には温州語は通じないらしいという話が(25頁)

これぐらい中国は多言語国家。
中国を中華人民共和国たらしめているのは言葉ではなく「文字」「漢字」。
漢字は語形は変化しない。
労働党の「働」と書く。
「働」は変化しない。
英語だと「ワーク(work)」。
働く。
「ワークド(worked)」とか語形が変化する。
過去形になったり。
中国語は過去形がない。
過去完了形とか現在進行形とか、そういう変化を一切しない。
日本語もしない。
「過去の掴み方」がおおざっぱ。
英語では「have」を使って「have been」とか過去完了とか。
日本語は過去はもう「過去だ」でおしまい。
「しました」「(聞き取れなかった)た!」みたいな。
ちょっと話が広大すぎるかも知れないが、とにかくこの漢字というものからアジアというか考えていただければ、なかなか面白い視点が見えてくるように思う。

中国の方、申し訳ありません。
私達の耳にはあなた方の話している言葉というのは断言に満ち溢れ、主張する言葉。
「ワタシ、ラーメン喰いたいヨ!」
日常語に聞こえずに政治的スローガンを訴えるように聞こえてしまう、という。
響きが強い。
中国語は破裂音が世界中の言葉の中でも多い。
中国の方のおしゃべりが私達にはなんとなく相手を威圧するような強い響きに聞こえてしまうのは当然。
漢字をレンガのごとく積み上げて語る言語だから。
だからあの方々はズバリ言うと、毎日四文字熟語で話しているようなもの。
「弱肉強食」「旧態依然」「千客万来」「チュウガイキョクリツ(「局外中立」のことか?)」「相思相愛」「盆栽売店」「天網恢恢」「一体一路」「ファーウェーイ!(華為)」
この四文字熟語を速読みすると北京の街角の市場の賑わいに聞こえてくる。
「弱肉強食」「旧態依然」「千客万来」「チュウガイキョクリツ」「相思相愛」
聞こえてくる。
これは何でかというと四文字熟語がそうであるように、非常にロゴス的。
そう石川さんはおっしゃる。
これはわかりやすい。
そういう意味で漢字における文明というのは、ご本人たちもだんだん息苦しさを感じてくる。

まずは漢字の成り立ちから。
この漢字の成り立ちが大好きで、白川静先生のことが好きな武田先生。
これは石川博士も認めてらっしゃる。
まず漢字は宗教、神への言葉とし、神への思いを伝えるツールとして誕生した。
甲骨文字。
そしてこの頃、甲骨文字の主語は「神」であった。
「我、問う」と言うと誰に問うておるか?
それは「天の神」に対して聞くという態度が「我、問う」。
これが宗教として生まれた漢字。
この殷から周になると、今度は「金文」という別の形の文字になる。
これは鋳物に鋳込んだという意味で金属の「金」を当てている。
漢字の主語がここから変わる。
「神」から「天」という概念が主語になる。
「我、問う」と言えば「天」に問う。
天命思想。

 諸子百家の言説によって、天にいる帝が「天の理」もしくは「天の道」となりこのようなロゴス化運動を経て、ついに地上の帝、皇帝が生まれます。その始まりの皇帝こそが、始皇帝です。(42頁)

本当に中国のスパイの方も(『今朝の三枚おろし』を)聞いてらっしゃるかも知れないが、こういう言い方はトゲがあって申し訳ないないが、日本人にわかりやすく言うためには。
今、中国の皇帝は誰かと言うと習近平さん。
皇帝的力をお持ちで。
習近平さんは最高権力者として、北京のどこかに住んでらっしゃる。
住んでらっしゃる所は皇帝のもの。
日本は違う。
安倍(晋三)さんは皇帝ではない。
あの方は今、代々木公園の近くだが、おうちを借りられた場合は家賃を払わなければならない。
これは中国人はびっくりする。
感動されたことがあった武田先生。
昔、総理大臣で中曽根(康弘)さんがいた。
あの人は長嶋茂雄さんが持っていたマンションを借りてらした。
足の便がいいから。
大家さんは長嶋茂雄さんだったという時期があって。
そのことが新聞に載った時に中国のスパイの方が「ウソ!」と言った、という。
それが北京で広がったらしい。
長嶋さんのお立場は何かといったら、漢字で言ったら「棒球選手」。
棒を振り回す。
棒球選手のおうちを皇帝が借りて家賃を払う。
日本は家賃を払うし、飲み喰いしたらお代金も払わなきゃいけない。
当たり前。
中国では当たり前ではない。
とにかく中国の政治的形は秦の始皇帝で決定する。
この秦の始皇帝は神の代理者であり、彼はまず中国全土に文字の統一を図る。
彼が甲骨文字とかを全部削っていく。
周が作った金文なんかも削って行って。
篆刻。
篆書体として文字を統一する。
水谷譲の実印の印鑑。
あれは篆書体。
あれは不思議な文字。
あなた(水谷譲)も、半分秦の始皇帝に仕えているようなもの。

神から生まれた、その神様との会話のために生まれた「漢字」という文字が、やがて天下人、秦の始皇帝によって紀元前200年、神の代理者となった始皇帝は文字の統一を図り篆書体という文字を。
篆刻。
これはみなさん方の印鑑でよく利用されている、その文字。
つまり印鑑に使うということなので、政治的文字。
同時に隷書体。
これは奴隷の「隷」を書くが、隷書もここから生まれてくる。
自らを奴隷とし、おエライお役人に差し出す文字、という。
つまりお役人の「お上との連絡のための文字」ということだったのだろう。

ところがその秦がたちまち滅んでしまい「漢」という時代。
前漢二つあるが(「前漢」が二つあるのではなく「前漢」と「後漢」の二つがあると言いたかったのではないかと思われる)、漢という大帝国が中国に生まれる。
隷書体はこの漢でますます中国全土に染み込む。
このあたり、この漢字文明を漢はアジア諸国に輸出した。
「漢の息かかってんだぞ」というような。
ところが漢という国家そのものは、非常に内向きな国家で。
この自分たちが作った漢字という文化から何かを醸成させる、発酵させて次の文化を作るという文化的力はなかったようだ。
これは漢を作った劉邦という方が文字があまり好きじゃなかった。
この方は口癖だが「文字なんてのは名前さえ書ければ用は足りる」と。
「それぐらいのもんでいいんだ」と公言する戦国期の英雄であったために文字に対する興味みたいなものは、あまり醸し出されなかった、と。

前漢・後漢の大帝国を経て、やがて漢が滅び、三国、さらには六朝、南北朝ともいわれる分裂の時代が到来します。(45頁)

これは面白い。
戦争がまた激しく中国が分裂して戦うようになると、情緒が不安定になったりするのだろう。
ここから鉄板みたいだった漢民族から情感の時代になり、冒険家がいた。
お上に差し出す書類の文字を家族に向かって書いたヤツがいる。
通信手段で政治家への訴えを書くべき文字を家族へ便りとして書いた中国人がいた。
だからこんなのを中国ポリスマンに見つかったら引き破られてしまう。
「文字をこんなことに使うな!」
ところがこっそりやった人がどうもいる。
「私信」という自分の便りとして。
その時に篆書体とか隷書体でカクカクに書くと情感が伝わらないので、ひん曲がったような字で漢字を書いちゃった。
草書体。
「草が倒れるような文字の書き方をした」というので「草書」という書き方が生まれた。
(本によるとそういうことではなく「草卒」の「草」で、早書き、省略書き、要するに普段書きとのこと)
この草書体は個人の心情を書くという文字。
個人の思いを書く、という。

王義之(おうぎし。一般には「王羲之」のようだが、本では「王義之」となっているのでこう表記しておく)なんていう書の天才がいるのだが、この方は草書体の達人。

 王義之は手紙のなかで友人や親類に病苦や労苦の思いを告げました。−中略−これに対応しているのが草書体です。(46頁)

その中には政治的に一切使わない「我、君を心配する」とか、そういう新しい四文字熟語、私的四文字熟語の文字作りがこの王義之さんあたりから始まる、という。
草が倒れるような、風に吹かれるような文字なので、それを草書と言う。
(前述のように、そういうことではない)
「これは私信ですよ」という暗号で。
「これ、お上に出した手紙じゃないですよ。アンタだけには書いて渡してんだからね」という意味合いで。
その手紙の文面に「草書で書きます」ということを含めて「早々」と書く。
「これは市役所に出すんじゃない。アンタに出す手紙ですよ」というので「早々」と書いたという。
(本によると「早々」は「早書きで失礼します」という意味)
「拝啓」なんていうのは「公式的文書」という意味なのだろう。
「早々」というのはやっぱり「さだまさし」という。
「元気で〜い〜るか〜♪」という、あの「さだまさし風」になる。



やっぱり「自分の思い」というのを文字があれば書きたくなる。
日本の場合は凄い事に、草書体の崩しからやがて物語を作っていく。
このへん凄い。
そのうちにこの漢字にアジア圏で大革命が興る。
その大革命の千頭に立ったのが、私達日本。
いかにして日本は漢字大革命の先頭に立ったか?

漢字の文化の話をしている。
甲骨、金文。
それから篆書、隷書。
それから草書体まで来た。
これぐらい漢字の書き方一つでも大きな歴史のうねりが。
この間にアジア、特に東アジアにおいて漢字はもう権威だった。
だから日本からの古墳で見つかる鉄剣なんかに漢字が刻んである。
漢字そのものが権威で、あれを見るとみんなが「ハハーッ」と拝むぐらいのパワーがあったのではないか。

そこにまたもう一つ曲がり角。
アジアと漢字の曲がり角がやってくる。
隋が天下統一。
618年には取って代わって唐が隋を倒して統一する。
日本の官僚が遣唐使の何かを決定した。

八九四年の菅原道真による遣唐使の廃止です。(83頁)

一生懸命中国文明を学んできた島国の日本が派遣をやめている。
これは何でかというと、どうも日本は漢字が嫌になってきた。
何でかというとやっぱり漢字が窮屈。
漢字世界に対して窮屈を感じた小国日本。
(本にはそういうことは書いていない)
本当に中国の方が今でも日本をバカにする時に「小国」とおっしゃるが、「小さな国」日本は辞めてしまう。

今もってこの戦が謎だが、古代に大変なことが起こる。
朝鮮半島の小国である百済と手を結んだ「倭」であるところの日本、ヤマトは連合軍を組み、大唐軍と海戦をしている。
白村江(はくそんこう)の戦い。
その時にボロ負けする。
百済の人は日本にその後滅びると逃げてくる。
いろんな所の日本に住みこんだり、皇室に一部入ったりしている。
それは平成天皇がお認めになっている。
日本の皇族と天皇家、百済の人と結婚している。
ただし韓国の方は誤解しないでください。
「百済の人たちと」です。
韓国とではありません。
それを「天皇家は韓国の支配下に」と拡大解釈なさる方がいらっしゃるが、日本の天皇がお認めになったのはそうではない。
一部避難してきた百済の貴族たちを日本に入れている。
お墓も近江とかにいっぱいある。
もうその時代にすでに入管難民法は立派にあった。
「何をいまさら騒いでいるのか」と言いたいのが『三枚おろし』武田鉄矢の立場。
「大和民族の血が失われる」なんて反対する方で叫ぶ方がいらっしゃったが、何を言っとるんだ。
日本はそうやって人口を増やしてきた。
古代に、あるいは歴史に学びましょう。

戦って敗れた。
この敗れたことが重大。
その時に「仕返しに唐が攻めてくるんじゃないか」という恐怖心がしばらく日本を支配した。
確か中大兄皇子の頃。
一旦日本は、ヤマトは国を閉じた。
閉じることによって急に変化が。
自分たちで字を作り始めた。
このへんからひらがな、カタカナが生まれてくる。

太陽の「太」。
太陽の「タ」と読んだり「ふとい」と読んだりするという、一漢字に対して自分のところの解釈と向こうの呼び方みたいなものを合わせるようになった。
これは複雑なのだが、うまいことを考えた。
だから水谷譲も武田先生も、お互いの漢字の名前には大和風の読み方であって、中国風にも読める。
武田鉄矢(ウーテン・テイエ)
『101回目のプロポーズ』の時、台湾ではそう呼ばれていた
この「ウーテン」という言葉そのものも現代中国語とは違って唐の時代の読み方。
中国の方、そのあたり日本を楽しんでください。
日本はあなた方が歴史上で作った最大の帝国。
唐の漢字の読み方ができる島国。

アジアにおける文字の変化。
日本においては漢字の変遷みたいなものを追いかけている。
白村江の戦いで大唐と戦った日本。
そのあたりから日本は国を閉じて、大宰府というような所に出張所を置いて、防人たちを九州の海側にバァッと張り付かせて国防態勢に入った。
これは非常に不幸なことだが。
しかしわからない。
この不幸から日本は日本らしい文化を醸すようになった、ということ。

中国大陸と縁を切った日本だが、唐から初期に学んだものもあった。
唐の時代に漢字を詩に使うというのが流行る。
これは我々は勉強した。
「七言絶句」とか、そういう詩形で漢字を楽しむ、という。
「文学としての漢字」がそこにはあった。
楷書なんかがそう。
楷書なんかがこのあたりで、感情によって崩さず、それでも柔らかく丁寧に書くということで、楷書が生まれたりする。
この時代に「狂草(きょうそう)」という文字の中から。
針金を丸めたような字。
毛沢東さんが狂草という書の書き方がものすごくうまかった。

唐の滅亡を受けて、唐が滅んだ後にアジア圏において文字の曲がり角がやってくる。
ベトナムが離れ、朝鮮半島の国々が中国から離れていく。
そのトップランナーが日本。
ひらがなの発明。
日本は漢字的世界が窮屈に感じた。
では、漢字のどこが窮屈か?

この漢字が話し言葉になると助詞がない。
ゆえに「僕は学校へ行きます」が中国ではどういう漢字を充てるかというと「僕行学校」。
こういうふうになる。
動詞は名詞にもなる。
日本語の場合は名詞を動詞にする時は付け足さなければならない。
中国語の場合は、「成長」だけで実は動詞でもあり名詞でもある。
日本は名詞を動詞にする時は漢字二文字の後ろに大和言葉で「する」と付けると動詞になる。
「成長」これは名詞。
「成長する」これは動詞。

中国語の語彙というのは漢字二文字を基本としている。
漢字二文字で主語述語の関係で扱う。
「地震」
これは名詞にも動詞にもなる。
「地が震える」ということで補充している。
それで「飲酒」「乗車」というのは、これは「引っくり返し」。
それで名詞、動詞、両方OK。

修飾語が前に来る場合が多く、これは日本語と同じです。白い花ということで「白花」。最も高いということで「最高」。(49頁)

並列の構造。学ぶことと習うことで「学習」。大きいことと小さいことで「大小」。(49頁)

なかなか面白い。
石川さんの説。
怒る方もいらっしゃるかも知れないが。
中国全土を支配した元。

元の支配が弱まっていくなかで、それまでとは違った朝鮮的なるものが少しずつ生まれてくる。一三九二年には高麗が滅亡し、李成桂(一三三五−一四〇八)が朝鮮王朝を建国します。いわゆる李氏朝鮮(一三九二−一八九七・一九一〇)はここからはじまります。そして一四四三年にハングルが生まれます。(158頁)

日本の場合は面白いことに、わりと圧倒的国民の支持で。
政界で使う文字は漢字、普段はひらがな、カタカナを入れた「女文字の入った」という。
そういいう文化の世界。
『土佐日記』
「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。」
あの異様さ。
「女もしてみむ」と言う。
その「女」は紀貫之。
だから男。
男が女のふりをして「男がよくやっている日記を書いてみようと思う」という。
もうすでにジェンダフリー。
性を離れている。
谷崎潤一郎みたいなもの。
「指でつくんです。あの人が」みたいな。
三浦瑠璃さんみたいな。
「うふふふふ」
この間(番組で)ご一緒した。
あの方はいい。
耳たぶを噛むような喋り方が大好き。
「間違ってると思うんです」とか何か。

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2019年03月18日

2018年12月3〜14日◆フォッサマグナ(後編)

これの続きです。

大陸移動説。
昔、ユーラシア大陸の東の端にあった地形がある。
それが千切れてやがて太平洋、海のほうに泳ぎ出し、その千切れた隙間に昔は池ぐらいの小ささだったのが今の大きさに広がって日本海が出来て、離れ離れになった二つの島は海上でピタッとくっついて日本列島の本州が出来た、という。
それでロシア方面から千切れた島がやってきて北海道になり、フィリピンの沖にあった小さな島が関東の下の方にぶつかって伊豆半島になり、沖縄の向こう側にあった端っこがプカプカまた浮いてきて九州になった、四国になった、という。
これは1920年代になってやっと認められた大陸移動説によって立てられた、謎を解く一つの説。
ほぼこれは間違いないんじゃないか、と。
地球の一番深い所にはマントルという火の塊がある。
そこからはマグマが上昇してプルームという、おそらく「火の鳥」。
それが上の島を千切っちゃった。

地球のほとんどの大陸が合体してできた超大陸パンゲアは、約2億年前にはとてつもなく巨大なスーパープルームによって再び引き裂かれて、移動を始めていました。(『フォッサマグナ』176頁)

だから世界中の陸地をバーッと集めると千切れた形にピタッとくっつく。
それで地質学者の人が千切れた所の土砂を調べたら同じ。

 地球上では、大陸が集まって「超大陸」をつくっては分裂して離散する、ということが繰り返されています。プレートテクニクスによって動き回る大陸は、いずれはほかの大陸にぶつかって合体し、どんどん集まって、一つにまとまります。これが超大陸です。諸説ありますが、過去には19億年前から1億年ほど前までに7〜8度、超大陸が形成されたようです。(『フォッサマグナ』176頁)

超大陸パンゲアがバラバラになると、プレートの残骸は海溝に沈み込んで「メガリス」と呼ばれる重い岩石の塊となります。それらはあまりにも重く、そして大量なため、地下670kmのラインを越えて下に沈み込み、2900kmのところにまで落下します。すると、その反流で、そこにあった大量のホットプルームが上昇を開始したのです。
 上昇したホットプルームはスーパーホットプルームとなって、1億2000万年前頃に、南太平洋で「地球史上最大」といわれる火山活動を引き起こしました。大量のマグマを海底に噴き出して、オントンジャワ海台を形成したのです。その面積は約200万km2で日本の約5倍。厚さは約30km、流れ出た溶岩の総量は富士山の溶岩の5万倍に相当するというすさまじさでした。
 この途方もないスーパープルームは、枝分かれして地下のマントル内を移動します。その一部は北上し、フィリピン海にさしかかります。そして、およそ6000万年前(60Ma)頃に西フィリピン海盆を南北に拡大させ
−中略−このフィリピン海プレートの沈み込みの開始にともなって、15Maに伊豆・小笠原弧が現在の位置へと移動してきて、本州に衝突したことは、すでに繰り返し述べてきたとおりです。(『フォッサマグナ』176〜177頁)

一番大事なことは、今、やや収まりつつあるのはその火の鳥が1億5千万年をかけてゆっくり冷えていくので潜りだす。
だから姿が消えてなくなってまたどこかの地表に出てくるということ。
だから近寄ってくることは間違いない。
考えたらすごい。
とにかくいろんな千切れたものが一点に集まって来てできたのが日本列島。
これを考えるとやっぱりすごい。

ユーラシア大陸の東の端っこにあった海岸線。
これがプレートの火に焼かれて千切れる。
上の島(東日本)は時計と逆に回っていく。
西日本は時計回りに動いてくっついた。
千切られたのだが。
海へ海へと泳ぎだした島はここでくっつく。
二つに千切れた島は現在のロシアから富山までを泳いできたわけだが、何と700kmの海上を年間35cm動いたという。

新潟糸魚川から静岡清水にかけて日本を横断する深い溝「フォッサマグナ」について話している。
それはかつてここで日本列島は合体したんだ、と。
それが1500万年前のこと。
その後100万年前の頃にフィリピンの沖から泳ぎ始めた伊豆・小笠原諸島がぶつかったという。
そしてこれは伊豆半島になって。
伊豆半島はいまだに本州を押しまくっている。
このことによって丹沢から赤石山脈は押されつつ今も隆起が繰り返され、その中ほど平野部にはマグマを噴き出すためのいわゆる「呼吸する穴」としての富士山があるわけで。
山が毎年爪先立ちしていくというのが列島の山々。
かくのごとくプレートに乗っかって島は集まる。
例の東日本の大地震を起こした沈み込みが、プレートが岩手沖にある。
あれと大陸側は日本列島を千切ったプレートがあって。
だから東北地方は右と左から押されている。
日本列島は左右から押されているというのは事実。

日本列島の反対側には海溝三重点という強大なアンカー(錨)が存在しているため、日本列島そのものが形を変えていくということはありませんでした。(『フォッサマグナ』195頁)

それがずっと持っているから1500万年前の風景のまま列島はある。
そこが引っ張っているから。
そういう意味では「奇跡の地形」。

合気道をやっている道場の先生から誘われて伊豆の先端、下田の温泉に行った武田先生。
行く時はよかったが、帰ってくる時に武田先生の奥様が天城峠を越えた後に下り始めたら気持ち悪くなった。
「高いとこ上って低いとこ行ったからかなぁ」とかと言っていたのだが。
その時の奥様の気持ちの悪がり方が神がかっていた。
原因がまったくわからない。
奥様は「気持ちが悪いの」という。
何か「気持ち悪い」には出てくるワケで。
吐き気がするとか下痢をしそうだとか。
でも、ただひたすらお腹を押さえて痛がるだけで。
そこを通過して東名に乗った瞬間に「あ!治った〜」とかと言う。
その土地の境目を越える時の、その病というのが武田先生には「この人のお腹を痛がらしたのは、生き物としてではなくて、もっと地の底から湧いてくる一種何か『磁力』とか、そういうものではないか」という。
「磁気はある感じがする」という水谷譲。
そのへんから「伊豆半島て変だなぁ」と思うようになった武田先生。
あの山の険しさは無い。
高速道路といっても伊豆半島に行くとループで降りて行くのだが、螺旋階段で車を降ろさないといけないぐらい高低差のある高さからいきなり。
それにあそこは「落石注意」が多すぎる。
いたるところに「落石注意」。
落石は注意しようがない。
よく考えてみたらあの半島はいまだに動いているから落石が多いのではないか?
そんなふうに考えると、私たちはその手の「ジオ」という、火の鳥の背中で生きているということはもう間違いないことで。
そういう意味では朝鮮半島にお住まいの方、あるいは中国大陸、ユーラシア大陸にお住まいのロシアの方、中国の方とは自然に対して全く違う感性を持っているのではないだろうか?と。
そんなふうに思う。

(奥様が)「気持ち悪い」と言うので武田先生は「助手席じゃなくて、後ろで寝とけ」と寝かせた。
時々跳ね起きる。
ルームミラーに青ざめた奥様の顔を映るたびに叫びたくなった武田先生。
地球の地下、この地面の下には火の鳥が住んでいるというふうに思ったほうがいいのではないか?
我々は火の鳥の翼の上で生きている、という。
とにかく地震というのは地下に住む火の鳥が巻き起こす現象。

『日本書紀』には、天武天皇13年10月14日(西暦684年11月29日)に大地震があり、土佐では田畑50万余頃(「頃」は当時の面積単位、50万余頃は約12平方キロメートル)が海中に没し、加えて津波が来襲したという記録があり、これは南海トラフ巨大地震による地殻変動の最初の文書記録です。
 南海トラフの巨大地震では、室戸岬など岬の先端部が大きく隆起し、内陸側に向かって隆起量は徐々に減少し、さらにその奥では逆に沈降する地域が出てきます。
(41頁)

更に西暦870年。
これはものすごく有名だが貞観の大地震。
これがマグニチュード8.3以上と言われている。
津波が発生し、富士山が大爆発。
貞観という時代も大変だった。
そして千年の時を挟んで江戸期。
宝永大噴火。
更にマグニチュードはこれも9以上で慶長大地震。
これは秀吉も聚楽第か伏見にいて体験している。
大地震と津波など私たちはもうありありと日本史の中で「火の鳥の狂乱」という爪痕を歴史の中にたくさん持っている。
そのたびに人が亡くなっているワケで。
地面の下に火の鳥がいる。
その火の鳥の背中に列島は乗っているんだ、ということを絶えず思いを馳せながら生きていかなければならないのではないかと。
そのあたり、地面に対する感覚が日本人は何か独特な大地感を持っている。
中国には風水みたいなことがある。
「家の向きをどうするか」という。
でも地面に関する思いというのは、ものすごく日本人の感覚にある。
漢字の中にもある。
地面にそもそも悪しき霊が棲んでいて、それが憑りつくんだ、という。
(結局何という漢字かというのは、番組中にはわからず)
昔の人たちは「この地面の下に何か悪いものが宿っている」となると、ナイフで刺した。
武田先生の奥様が天城越えをする時に気持ち悪くなったが、そういう土地を過ぎて別の土地に入った時に、そこの地面の下の神様の種類がコロッと変わると悪さをすることがある。
その悪さをさせないために女の人は髪にかんざしを挿した。
花が魔除けになる。
それがかんざしのいわれ。
その花で魔除けにならなかった場合は刺す。
その攻撃の武器として「かんざし」という。
かんざしが尖っていて凶器のようだから「ここまで尖らせなくてもいいのに」と思っていた水谷譲。
いわゆる「魔に対する自衛力として」というようなことがあるように。
昔、芭蕉とかもそうだが、越境して他のエリアに入る時は男でも、ちょいと花をかざしたそうだ。
それから古代からの土地に関する怯え。
古代の中国は持っていた。
土地褒め。
旅をしてその土地に入った瞬間、その土地のことをべた褒めに褒める歌を作らなきゃいけない。
だから万葉集なんかすぐに土地を持ってくる。
「大和し美したたなずく」とか「吉野山」とか。
(「大和は 国のまほろば たたなづく 青垣 山ごもれる 大和し 美し」のことか)
「風に舞い散る黄葉ばは」とか。
(「風吹けば 黄葉散りつつ すくなくも 吾の松原清くあらなくに」のことか)
あれはそこの土地にいるからじゃなくて、その土地の神様に悪さをして欲しくない祈りを込めて、土地の名を呼びだして絶賛してご機嫌をうかがう。
土地神様を持ち上げる。
武田先生の考え。
最近ちょっと地震が多いのは、その手の歌が今、歌謡曲界では無い。
乃木坂とかAKBとか。
だからちょっと地震が多いんじゃないか?
昔は歌謡曲にあった。
北島三郎さんなんか土地褒めばっかり。



「は〜るばる〜きたぜ函館ぇ〜♪」とかと函館が喜んで「地震はやめとこう」とかと言う。



「女、港、気仙沼〜♪」とかと低い人(低音の意か?)が歌っていたが今はやらないから。
というようなことを言う人がいる。
だから「土地褒め」というのはまんざらではない。

大陸から千切れて東日本・西日本が今の位置でくっついた。
そして伊豆半島等々がぶつかり、四国なども寄って、九州も北海道も大陸から千切れてプレートに乗っかってここまでやってきた。
この島々を引っ張ったというエネルギーは今、千葉の房総沖の一点にある。
これは三点何とか(海溝三重点)と言う。
これで杭が打たれたみたいに今、列島は動かなくなっているという。
これとよく似たことが近い将来起きるのではないか?と言われている深い溝がある。
これは巨大で、また千切れるんじゃないかと。
大陸から千切れて流れ出すんじゃないかと言われている候補に挙がっている所。

「巨大地溝」として最も有名なのは、人類の発祥の地と考えられた東アフリカリフトゾーン(東アフリカ大地溝帯)でしょう。幅35〜100km、総延長は7000kmに及ぶ巨大な地溝帯には、実は三重点が存在します。(『フォッサマグナ』156頁)

これは日本と同じ。
日本もそう。
ユーラシアプレート、北米プレート、フィリピンプレート。
そういう三枚。
ここも三枚。
三枚ないと千切れない。

「アファー三角地帯」と呼ばれるところで、ここでは紅海、アデン湾そして東アフリカリフトを境界とする、アラビアプレート、ソマリアプレート、ヌビアプレートという3枚のプレートが1点で交わっています(『フォッサマグナ』156頁)

リフトの中ではホットプルームがマグマとなって、ケニア山やキリマンジャロなど、巨大な火山をつくりだしています。「火の気」は十分です。
 今後、リフトにさらなるマグマがつぎ込まれれば、やがて拡大が起こって、アフリカ大陸は二つに分かれてしまうでしょう。もしもそのとき、そのどこかに島弧が衝突するようなことがあれば、まさにフォッサマグナができるのではないかと考えています。
(『フォッサマグナ』156頁)

この不思議な説を聞いた時に、たまらなく興奮した武田先生。
この何千年か前にここはへこんで草原が出来る。
とにかくアフリカの東側が一旦ボコーンとみんなへこんだ。
昔はアフリカ全部がジャングルだったのに、ここがへこんだお陰で地形が変わって草原になった。
ジャングルに住んでいたヤツがいきなり草原で暮らすことになったので、めっちゃ困ったサルがいる。
そのサルは樹木で生活していたのだが、草原に暮らさなければいけない。
そうしたらもうヘビとかライオンとかトラのエサになってしまう。
どんどんサルは死んでいくのだが「仕方ねぇ」というので(周囲が)草なので遠くを見るために「まずは立ち上がって様子を見よう」というので、とあるサルが四つ(足)から立ちあがった。
これが原人のスタート。
それで原人の後に旧人。
それから30万年〜20万年前に新人。
そしてその新人から人類へ進化した。

証明できなかったのだがすごい仮説があって、それでドキドキした武田先生。
このボコンとへこんだ盆地、窪みがある。
そこは「スーパープルーム」というマグマの炎の地面の底が焼かれる。
焼かれると何かというとマグマは自然の放射線を持っている。
放射能、放射線は遺伝子の配列を変えたりする。
とある人が「このアフリカから出てくるサルの種類があまりにも多すぎる」と言う。
もしかすると「地の底に棲む火の鳥の輝きの中に放射線があって、その放射線が遺伝子組み換えをやってるんじゃないか?」という。
ものすごい話。
その新種のサルが生み出されるポイントが一か所じゃなかったかという説があがった。
ところが仮説が崩れた。
ちょっと期待していたのだが。
だが、間違いないことは、人類はこの窪地で生まれた。
フォッサマグナの底で生まれたのがサルから始まった人類。
そのフォッサマグナという窪地を日本は信州に持っている。

今、数百億年を振り返り、大きな大地の動きを説明している。
千切れて漂う二つの島。
そこへいくつもの島が集合し、日本列島というジャポネシアを作った。
しかもプレート3枚が重なり合う。
これは異例。
地震が多いのは。
でもみなさん、耐えよう。
何かある。
アフリカの3枚重なり合ったアフリカ大地から人類が湧いて出てきたように、奇跡のような地勢地形、ジオの中に生きているということは、何かここに住まねばならぬ理由があるからで、今日明日出る答えではないが、千年の時をここにかけましょう。
貞観の地震が起きようと宝暦の大噴火が起きようと、富士山が爆発しても関東に人は住み続けたワケじゃないですか?
そのことを思ってこの島にしがみつく力にしましょう。

三つのプレートが一点で交わる房総沖海溝三重点があります。実はこれは現在の地球上では唯一の海溝三重点です。(『フォッサマグナ』131頁)

これがまとめているので列島は平衡を保っている。
地面の下に住む火の鳥の残した仕事をちゃんと地形にとどめているのは、世界中でここだけ。
そのことにもう、興奮しよう。
太平洋側の沈み、これが三陸沖の大地震になった。
日本海側からもユーラシア大陸から日本を千切った沈み込み、プレートの沈み込みがある。
だから東と西から圧縮が続いている。
これで赤石山脈などは3千m級の山になった。
散らばった島をプレートに乗っけて引き寄せているのも日本という、この「海溝三重点」。
素晴らしいじゃありませんか?
地面は高くなるが、島は呼び寄せている。
日本の南アルプス、北岳、赤石岳、甲斐駒ケ岳等々は、今も高くなっている。
日本列島が生きている。
大地が動いている。

 千島海溝と日本海溝はいずれも、太平洋プレートが北米プレートに沈み込むことで形成されています。2つの海溝の会合点には、襟裳海山が差しかかっていて、その先、つまり日本列島寄りには、沈み込んだカデ海があります。北海道はこのプレートの沈み込みによって、東西のブロックが中央の日高山脈で衝突してできたとも考えられています。(『フォッサマグナ』150頁)

ここも海溝三重点の可能性がある。
この辺りの沈み込みの影響で、ついこの間の地震が起きた。
東から北海道を押すプレートと、西から北海道の根室側に向かって押すプレートと、その真下に本州に向かって押すプレートの3枚の1点が襟裳岬の先にある。
それがどうも暴れたらしい。
だが、そのことにみなさん耐えましょう。
きっとこの不幸を幸運に変える何かが地面の下で起こっています。

安倍首相に言いたい。
北方領土、大丈夫。
プーチンさんと妙にお金なんかで買い戻したりなんかしないでください。
あれは武田先生のカンだが(北方領土は)こっちに来ている。
もうすぐ北海道に国後も択捉も全部めり込んでくる。
ジオはそう動いている。
その時にめり込んだら「うちのもんだよね?」という。
それは誰が考えてもわかる。
島だったら戦争で勝ったのだからいい。
でもめり込んだら、向こうからこっちに来たワケだから、アンタたちが出て行ってください。
さあ、やめましょう、北方領土交渉。
あれは大丈夫、来ます。
これは間違いないです。

太平洋プレートも毎年9.5cmずつ日本列島に近づいていますので、太平洋プレート上のハワイ諸島もおよそ5000万年も経てばやはり日本列島にくっついてしまうでしょう。(『フォッサマグナ』150頁)

ハワイに行かなくていい。
来るんだ。
あれは来ている。
こっち側にゆっくり。
時間さえかけりゃ、みんな寄ってくるのだから大丈夫。
そうやって考えれば、時間さえかければカリフォルニアだって日本のもの。

 それまでの日本には伊能忠敬がつくった地形図しかなく、それには等高線が記されていなかったため、地形図を補完しながら地質調査を進めるという大変な作業を強いられた末、ついにナウマンは北海道を除く日本すべての地質図(20万分の1)を完成させました。1885(明治18)年のことです。−中略−ナウマンが10年で、概略とはいえこれを仕上げたのはおそるべき速さだったのです。(『フォッサマグナ』21頁)

日曜日か何かで、横浜の地面をナウマン君が掘っていた。
そうしたらビックリした。
小型の象の骨を発見してしまった。
(調べてみたが、どうやら横浜ではなく横須賀で発掘されたようだ)
昔、大陸と日本が繋がってていた時にユーラシア大陸に住んでいた小型の小象が海峡を越えて日本に入って。
津軽海峡も繋がっていたので。
それで横浜の草を喰っていた。

 ナウマンゾウの名前は、明治の初めにドイツから招かれた地質学者E・ナウマンの名前から付けられました。彼は本州中部の「フォッサマグナ」という大地溝帯の名付け親でもあります。(59頁)

フォッサマグナがなぜできたかはナウマン君は知らない。
これは後の研究でわかったが。
でもここが深い地溝帯であるということを発見したナウマン君。

当時の学生たちは、同じ年恰好の若いナウマンの横柄な態度に業を煮やしてもいて、ナウマンとの間ではトラブルが絶えなかったようです。(『フォッサマグナ』20頁)

だが、ナウマン君の大冒険のおかげで私たちは古代史に、それも超古代。
地勢、ジオに関してこれほど敏感な国民になった。


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2018年12月3〜14日◆フォッサマグナ(前編)

(今回は一週目の途中で次の本に移行する。本ごとに分割しようかと思ったけど、それだと後半がすごく長くなるし、別の本からの引用も登場したりもするので、いつも通り一週間分ずつ区切る)

フォッサマグナ 日本列島を分断する巨大地溝の正体 (ブルーバックス)



フォッサマグナ。
小学校の時に教科書に出てきて「わ!こんなのがあるんだ」と思った水谷譲。
その時は「日本を割ってる線があるんだな」みたいな感じだった。
糸魚川から静岡にかけて。
この正体は一体何だ?ということ。
このフォッサマグナを語る時に、どこから始めるかと言うと、西南戦争からまた話を始める。
西南戦争とフォッサマグナ。
この「地質の話が何で結びつくんだ?」というところを聞いていただければ語り手のよろこび。

 1875(明治8)年の夏、文明開化の波押し寄せる日本の横浜港に、一人のドイツ人の青年が降り立ちました。(18頁)

武田風に言うと坂本龍馬が死んでまだ7年ぐらいしか経っていないという日本。
この明治8年の日本というのは6〜7週に渡って(この番組で)語り続けた、西南戦争の外交問題で日本政府の陸軍大将西郷隆盛と内務卿の大久保、そして参議の木戸孝允の対立が明治8年、激しくなってきた。
そんな時代。

 青年の名はエドムント・ナウマン。(18頁)

象みたいな名前。

 エドムント・ナウマンは1854(嘉永7)年9月11日に、ドイツ・ザクセン王国の陶器で有名な町マイセンに生まれました。ミュンヘン大学に学び、20歳で博士の学位を受けると、恩師のギュンベル教授とともに地質調査事業に従事して、地質図を作成していました。とくに輝緑岩という変質したドレライト(粗粒玄武岩)の化学組成の研究をしていましたが、やがて教授から、「日本に行って地質学の教授にならないか」という話をもちかけられます。日本の新しい政府が、西洋文明の取得のために外国人教師を招聘しているというのです。いわゆる「お雇い外国人」です。
 ナウマンは二つ返事で、輝緑岩の分析も何もかも放り出し、2ヵ月後には日本に到着しました。
(18〜19頁)

武田先生の直観では「大久保利通がいるのではないか?」と。
大久保も忙しい。
考えたら気の毒なほど。
大親友の西郷さんと朝鮮半島問題でケンカをしながら、鹿児島県の扱いに関して桂小五郎さんとケンカしながら「ドイツから学者ば呼ばないかん」「日本は進歩せんばい」と思った。
何でドイツか?
理由は簡単。
大久保さんはドイツが大好き。
この人は2〜3年前にドイツ旅行をして、ドイツの一番偉いさんが会ってくれている。
その人の名前がビスマルク。
「鉄血宰相」と呼ばれたこのビスマルクさんが「アンタ方の国はドイツに学ぶとよかたい」とかと言われている。
大久保さんはもうドイツが大好きになった。
ドイツのようにガッチりした官僚で国家を創り、その官僚のエリートたちが庶民を指導するという官僚体制を大久保さんはイメージした。
これが桂さんとの大ゲンカ。
桂さんはフランスが好き。
「ショボーン」とかと言いながら。
西郷さんはまた両方が嫌い。
フランスも嫌い。
ドイツも嫌い。
ロシア大嫌い。
「島乗っ取りに来るっちゃけん。ロシアは」
五島列島が危なかった。
一回ロシアが住み着いている。
それを西郷さんが叩き出している。
ロシア人はまず住み着く。
みなさん、歴史から学びましょう。

ナウマン君は夏に到着している。
ドイツから二か月半くらいかかったか。
たどり着いたナウマン君。
降りた瞬間に、この日本列島の石が好きになった。
風雲急を告げる明治8年から10年にかけて、このナウマン君は日本の珍しい石を集めて信州方面を歩き回った。
突然明治史、西南戦争の頃合いに紛れ込んだナウマン君の青春やいかに?

大久保はドイツから学ぼうと官僚システムを東京政府に作ろうとしている。
明治8年のこと。
西郷隆盛は南下してくるロシアに対して「あんヤツばここに住まわせてはいかん!必ず島ば乗っ取って住み着いて『おがもん』て言うったい!アイツらが」。
やり口はほとんど変わっていない。
桂さんは桂さんで「選挙たい!大統領ばつくるったい!」。
もうバラバラ。
そんな風雲急を告げる明治8年。
二年後には西南戦争という大戦争が始まる。

 さて、ここでナウマンが来日した1875(明治8)年に時間を戻します。
 この年の11月4日、ナウマンは早くも、最初の地質調査旅行に出かけていました。それは従者と通訳を従えただけの単独行でした。
 馬車で東京を出たナウマンは、高崎から碓氷峠を越えて中山道を下り、追分(現在の軽井沢町)の宿場を数日滞在して、浅間山へ登っています。
−中略−
 その後、現在のJR小海線に沿って千曲川沿いに進み、鉄道最高点のある野辺山に至ると南下して、獅子岩を超えて平沢という小さな集落に泊まります。
(23〜24頁)

平沢という村に来た時に「ダシテンタルケン!(でたらめな薩摩弁風のドイツ語)よか仕事ばしとらすごたるですな」というような。

宿としたのは、古い民家でした。
 その夜は、嵐に見舞われました。木の板だけの壁はガタガタと揺れて、いまにも壊れそうでした。
(24頁)

(以下、本の内容とは無関係な武田先生の想像)
食べ物といっても、カリカリに焼いたトーストとかはない。
「焼き米」とか。
保存食用の米。
薄く焼いてある。
それにちょっと砂糖がまぶしてあって、それを口いっぱい頬張ると。
昔の戦国時代の呼び方では「干し飯(ほしいい)」とかという。
お腹の中に入ると水っ気を含んで膨らむ。
そんなのを喰っていたのだろう。
あるいは水で溶かして喰ったか。

ろくに眠れないまま一夜を過ごしたナウマンは、夜が明けるとともに宿を出ました。風は止み、青空がのぞいていました。そして峠から南西を見下ろしたとき、ナウマンは言葉を失いました。
 彼の目に飛び込んできたのは、はるか眼下に釜無川の流れる平坦な大地の向こうに、2000m以上もの高さのある南アルプスの鳳凰や駒ヶ岳が、ちょうど壁のように突っ立っている姿でした。そして、その南東の奥には富士山がさらに高く威容を見せつけていました。
「こんな光景がこの世にあるのだろうか。こんな大きな構造は見たこともない」
 ナウマンは言い知れぬ感動を覚えたといいます。と、同時に、なぜいきなりあんなに高い山が聳え立っているのか、なぜこのように大きな構造ができるのだろうか、という疑問も抱いたに違いありません。そして彼は、いま自分が立っているのは地面にできた巨大な溝のような場所ではないかと考えたのです。
(24頁)

1876(明治9)年からだが、西南の地、鹿児島、薩摩辺りで風雲が立ち興り、(明治)10年には何と西南戦争が勃発する。
ナウマン君には関係ない。
「石ばっか見て歩く」という。
これは面白い。
西郷や大久保や桂が命がけで戦っているのに、ドイツ青年ナウマン君は地面の石ばっかり見て歩いたというのが「何ともはやおかしい」と思う武田先生。
彼は西南戦争が起こった年も信州を歩き回っている。
そして赤石山脈、関東山地、丹沢。
その地形が彼にとってはもう不思議で不思議で仕方がない。
「おかしかばい!」
ドイツ弁でそう言いながら。
彼はますます日本のジオに惹かれていく。
(番組中「ジオ」という単語に別段説明がされないが、本によると「大地の」の意)
彼が最も惹かれたのが赤石岳という。
これは赤石山脈。
何に一体彼は驚いたか?

ドイツから明治8年にやってきたエドムント・ナウマン君。
九州の方では西南戦争という戦争が勃発するが一切注意も向けず。
ナウマン君は日本の地形が面白くて面白くて仕方がない。
山脈を調べていくとギョッとするような発見がある。
彼は玄武岩の研究家。
玄武岩というのは地底の奥深い所でできる石。
これは後の発見でもあるが、赤石山脈でナウマン君がひっくり返る。
「ウソぉ!」

赤石山脈という名前のもとになったのは、赤い「チャート」です。チャートとは、遠洋の深海底に棲む放散虫(プランクトンの一種)の死骸が体積して岩石となったもので(89頁)

(番組では「珪藻とかサンゴのかけら」と言っているが本によると赤いのは放散虫)

海のない場所でこうした海洋生物の化石が出てくることは、それらが伊豆・小笠原弧の衝突によって深海から陸に乗り上げ、付加したことを物語っています。(90頁)

彼はそういう発見をしながら日本の地質に惹かれていく。
とにかくあれが忘れられない。
あの信州で見た南アルプスの光景が。
駒ヶ岳の光景が彼は忘れられない。
このナウマン君はずっと歩く。
南アルプス、北アルプス。
その間を。
そこで彼が発見したのは「西南の日本から続いてきた古い地質が新潟糸魚川から静岡清水で本州を横断するように深い溝がある」という。
「その深い溝が松本等々の盆地になっているんだ」
松本辺りのその山脈と山脈の間にある窪地は掘っていくと岩石が出てくるはず。
掘るが、到達できないぐらい深い。
ということは、これはどんなことが想像できるかというと「山」。

フォッサマグナ地域の東西では約1〜3億年前の古い岩石が分布しているのに対し、フォッサマグナ地域の内部は、約2000万年以降の新しい岩石でできているのです(34頁)

ラテン語の「Fossa Magna」に変更しました。(29頁)

そのジオ、地勢に名前を付けた。
この巨大な溝は現代で言うと糸魚川から静岡清水までの250km。
この溝は両岸の山々から少なくとも250万年ほど前の時をかけ、土砂が流れ込んできたわけで土砂の川底を目指している。

現在ではボーリング調査によって、フォッサマグナは地下6000m以上もの溝であることがわかっています。(34頁)

だから一番最初にその溝ができた時からの風景を想像すると、松本の6千mの下から見上げると南アルプスはヒマラヤを超える1万mの山になる。
1万mの山と山。
松本はそれに挟まれている。
今で言うとインドの平野からヒマラヤが両側に立っている。
この巨大な溝。
ラテン語で「巨大な溝」という「フォッサマグナ」とは何だったのか?
こんな地形は世界中、ナウマン君の予感通り世界に一つしかない。
これは面白い。
そんな所に住んでいる。

この間ちょっと温泉に行った武田先生。
飛騨の方の温泉に行くために松本でレンタカーを借りた。
山越えをして日本平、飛騨、穂高に行った。
その時にちょっとこれを勉強していたものだから「今、フォッサマグナの上を走っているんだ」と思うと、何かものすごく不思議な気がした。
あんなことは行くと何も考えないものだが、やはりこの手の本を読むとハッとする。
そのたどり着いた温泉の露天風呂の脇に「このあたりからよく貝殻の化石が出ます」とあるのだが「あ!赤石山脈と同じか!」とか。
それから女将と話したが、穂高はまだ山が伸びるらしい。
押してきている力があるそうだ。
だから何cmかずつ伸びている。
私達はそういう所に住んでいる。
もしかすると日本列島は「ひょっこりひょうたん島」かも知れない、という。

特に今年(2018年)は秋口に気が滅入って仕方がない武田先生。
それはなぜかと言うと「この列島に住んでいる」ということが時々嫌になることがある。
別にこれは政治的なグチでもなんでもない。
この列島は天災が多すぎる。
2011〜2018年で福島、岩手、福岡、熊本、長野、北海道、大阪。
水害では本当に言いたくもない福岡、岡山、広島。
台風は宮崎、高知、沖縄。
その上に火山の爆発。
どうしてもムカッ腹が立って。
本当に許せない。
木曾の御嶽山は卑怯。
ずっとレベル1ぐらいでおとなしくしていて、たくさんの人がとても気持ちよくてっぺんを極めたらいきなり水蒸気爆発。
やることが卑怯。
今年もまた追悼の式典か何かのニュースに触れるとハラワタが煮えくり返る。
もうオレは許さない!
やり口が汚い!
「オマエそれでも山か!?」とアイツに向かって言いたい。
本当に憂鬱がたまる。
台風がいっぱい来た。
台風が来る度に思う。
「まっすぐ行けよ!」
何で沖縄からカックーン!と上に上がっていく。
狙っているのではないか?
本当に「オマエそれでも熱帯性低気圧か?」と言いたい。
お百姓さんの茫然たる顔なんか見ているともう本当に「どこか大陸の隅っこに住みたくなる」というふうに思う。

『水戸黄門』でよく頑張ったので夏休みに家族旅行で穂高方面、飛騨の方に旅行に行った時「この国に住むことが嫌になるなぁ」というのを車の中でつぶやいたら上のお譲さんが「それは違うんじゃないの?パパ」「何でだ?」「ここ生きてんのよ、地面が。私達は地面が生きてる所に住んでるのよ」と言われて、ふっと「そうか。オレたちは『ひょっこりひょうたん島みたいな所に住んでんだ』と思った時に「え?ということは・・・ここは『ひょっこりひょうたん島』みたいに泳いでるのか」と思った。



これがすごい。
日本列島は泳いでいる。
ここで本を乗り換える。
(と言っているが、妙に前の本からの引用が多が、ここから先は『日本列島100万年史』からの引用はいつも通りにページ数のみ『フォッサマグナ』からの引用はいちいち『フォッサマグナ』と記して区別する)

日本列島100万年史 大地に刻まれた壮大な物語 (ブルーバックス)



この一冊から教えて頂いたこと。
この『日本列島100万年史』曰く、沖縄八重山から北海道歯舞色丹まで、この島は何と大陸に住むのが嫌でここまで泳いで来た。
泳いで集まったのが日本列島。
(という文章は本の中には発見できず)
日本列島は「ひょっこりひょうたん島」だった。
「ひょっこりひょうたん島」に住んでいることが火山列島であるし地震大国であるし、そういう地の特徴というのは「泳ぐ島」だったから。
これはウェゲナーの大陸移動説。
ここからすごい話になる。
今日一番のニュース。
違うニュースで一番という方がいらっしゃるかも知れないが。
1900万年前、日本は大陸の東端にあった海岸だった。
ユーラシア大陸の隅っこにあって、朝鮮半島もロシアも中国もべったりくっついていた。
明らかな事実。
100万年前まで遡ると、山崎博士、あるいは久保博士によると日本はユーラシア大陸の端にあった。
生き物で言えばヒラメのエンガワ。
そういうのがペロンとくっついていて、そのペロンが日本だった。

アルフレート・ウェゲナー(1880〜1930)が大陸移動説を提唱したのは1912年のことで(『フォッサマグナ』69頁)

1900万年前、日本は大陸の東端にあった海岸であった。
それが千切れて1500万年前に今の位置まで泳いできた。
当然のように大陸から千切れてやって来るには原動力がいるが。
ここからが「ジオ」。
これは例えて言うと「神様」と呼ぼう。
「ジオ」という名前の「ジオ神」というのがこの地表の下に住んでいると思ってください。
地球の一番深い所に「マントル」という神がいる。
マントルは対流する。
炎の海が真ん中にあるが、それが燃えながらゆっくり動いている。
横にも動くし、縦にも動く。
この真っ赤に焼けたマントル。
これが冷えると潜る。
熱くなると浮かび上がってくるという、「対流」という運動を繰り返している。
このマントル対流は浮かんできたマントルが地下670kmの浅いところで地面の底を焼く。
地面の底を火が焼いている。

丸い形の餅を焼くところを思い出すと、イメージしやすいと思います。餅は真ん中がふくらんで、そのあとひび割れができてきます。大地が裂けるときも、このようなひび割れが等間隔に3本できるというのが、オラーコジンという考え方です(『フォッサマグナ』174頁)

オラーコジンでは3本のリフトは「T字形」に「進化」していくそうです。2本は一直線につながり、もう1本が直交する形です。私は日本海の拡大に寄与したのはつながった2本のリフトで、もう1本のリフトが南へと延びていき、日本列島の真ん中を貫いて北部フォッサマグナをつくったのではないかと考えています。−中略−
 日本海の拡大とともに、東北日本側のリフトは反時計回りに回転し、西南日本側のリフトは逆に時計回りに回転しました。
(『フォッサマグナ』180頁)

(ここで番組では時計回りを逆に説明しているが、後で訂正される)
フォッサマグナというジオ、地形に関しては世界でただ一つ。
今、「マントルの火が焼いた」と言った。
マントルの火の炎のことを武田先生は「火の鳥」と例える。
その日の鳥が溶接機の炎のように切った。
それで千切れてピタッとくっついた。

日本列島の島弧の方向が、フォッサマグナのところで逆「く」の字に曲がっているのは、これで説明できると考えます。(『フォッサマグナ』180頁)

 西南日本の沖合にあるフィリピン海プレートの海底岩盤は、伊豆・小笠原弧を載せたまま北上して、南海トラフや相模トラフで本州の下に沈み込んでいます。1年間におよそ4cmの速度で北上し、ついに本州に激突しました。伊豆・小笠原弧の「北上」は、その後も続きます。プレートに押され、本州の下に沈み込んでいったのです。しかし、伊豆・小笠原弧の地殻は20km以上の厚みがあったので、上層部は沈み込めずにはぎとられて、本州に押し付けられるように付け加わります。これを「付加体」といいます。こうして伊豆半島ができました。(『フォッサマグナ』82頁)

地球の真ん中にマントルという炎がある。
そのマントルは時々ブァーッと炎をあげて、地表に向かって火の鳥を飛ばす。
火の鳥は地面の底を焼き、エネルギーが無くなって冷えたら潜っていく。
炎は冷えたら潜っていく。
炎は熱くなったら上がってくる。
このことを覚えると日本はプルームという火の鳥が作った諸島。
島の連続衝突によってできた非常に珍しい、世界にただ一つの地勢、地形。

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2019年02月25日

2018年10月8〜19日◆知ってるつもり(後編)

これの続きです。

このスティーブンとフィリップが本の中で繰り返し言っているのは「決して人は一人で考えてはいけない」と。
人間というのは本物の知識が頭の中だけに蓄積されているわけではない、と。
例えば右手で使うもの、左手で使うもの。
それをカードで見て「これは名前は何と言いますか?」とかと言っても手に取らせるとパッと言える。
ペンが出てくる。
それをその人が右利きだったら右に握らせると「ペン」とすぐに出てくる。
つまり右手と一緒にペンを覚えている。
こんなふうにして脳に記憶があるのではなくて、記憶というのは体全部にあるんだ、と。
だから物事を覚えていくとき、体を無視してはいけない。
そういう例えなのだろう。

そしてもう一つ。
人は他者を使って考える。
他人を使って考える。
つまり「他人と一緒に考えなければダメだ」という。
だからやっぱり相撲には親方。
体操選手にはコーチ。
テニス選手にもコーチが必要、ということ。

 人類学者のジョン・スペスは、最終氷河期の末、つまり更新世後半の北アメリカ西部で行われていた集団的バイソン猟を、次のように説明する。−中略−
 獲物を殺すのは、狩猟の目的のほんの一つにすぎない。動物を屠ったら、肉をさばいて保存しなければならない。これも非常に大がかりな仕事だった。一頭あたり一六〇〇キロほどもあるバイソンを一〇頭さばき、保存処理をするのがどれだけ大変か、想像してみてほしい。これには共同体をあげて協力する必要があった。
(124〜125頁)

ところが人間の中には「オレが倒したバイソン」ということで肉を全部自分のものだと勘違いする人がいる。
そういう頭の使い方をしてしまう人がいる。

テキサス大学の心理学者、エイドリアン・ワードは、インターネット検索を利用することで、被験者の認知的な自己評価、すなわち情報を記憶し、処理する能力に対する評価は高くなることを明らかにした。しかも知らなかった事実をインターネットで検索した後、その情報をどこで見つけたのかと尋ねたところ、記憶違いをして「もともと知っていた」と回答するケースが多かった。(151〜152頁)

スマートフォンなんかで調べものをしているヤツは態度がデカい。
人の疑問に対して「すぐわかりますよ」と必ず言う。
でも繰り返し言うが、たいした解答ではない。
ゴーグル(グーグル)。
けっこうガセがある。
間違いがあるし個人的な見解がある。
個人的な見解でその手のことを書いていることがある。

スティーブンとフィリップが挙げている人間の混乱の仕方。
航空機の速度が十分な揚力を生み出せない、失速事故が起こった。
水平行動を取れなくて、ゆっくり落下し始める。
マニュアルにちゃんとあって、学校でお勉強しているはずなのだが。
人間の手の操縦に代えて、飛行機を立て直さなければならない。
その時どうするか?

航空機の速度が飛行状態を維持するのに十分な揚力を生み出さなくなると、失速する。失速すると、航空機は落下する。失速から復活する最適な手段は、航空機の先端を下に向け、飛行速度が揚力を維持できるレベルに上昇するまでエンジン出力を高めることだ。(158頁)

落ちている時は(機首を)落とす。
グライダーを飛ばすとわかる。
飛んでいるものというのは、高く上がってコクーンコクーンと下がっていくが、下がって水平を保とうとする。
これは物理の鉄則で、どこかで水平飛行の高度が見つかる可能性が、下げることによって得られる。
ところが落ち始めると、ほとんどの人が上げようとする。
そうするとますます急角度で落ちるという運動に。

武田先生が結構お世話になった大学の先生。
立命館にいらした東洋学、中国文明の研究家。
加地(伸行)先生。
新聞なんかでお名前を知っている方がいらっしゃるかも知れないが、メディアに登場する文化人の悪口を書いて今、大当たりに当っている。

マスコミ偽善者列伝 建て前を言いつのる人々



温厚ないい人なのだが、すごい売れ行きらしくて。
タイトルも何か物凄い。
ちょっと言いにくいぐらいのすごいタイトル。
「誰が知ったかぶりしてるか」「知ってるつもりで威張ってるか」というのでバーッと名前が書いてある。
でも加地先生の理路は決して感情論ではない。
それがすごくわかりやすい。
ヘイトスピーチに関することで、加地先生がお書きになっていたので「ああ、そういう考え方、なんとなく自分も支持してしまうな」と思った。
ヘイトスピーチ。
とある国の人たちに対して激しくその人たちを侮辱するようなことを言う。
そうしたらこの知り合いの加地先生が米軍の基地反対のプラカードに「ヤンキーゴーホーム」とあった、という。
ヘイトスピーチを問題にするのなら「ヤンキー」という呼び名に関してもちゃんとした反応を示すべきだ、という。
この理路は。
やっぱり侮蔑の中で「ヤンキー」だけは平気で「ゴーホーム」という。
「それはないんじゃないか?」という。
そこをきちんとしない限り、抗議運動とヘイトスピーチの壁はなくなってしまう。

世界最強の国はどこか?
アメリカ。
加地先生がすごく突っ込んで「じゃあ、何で最強なんだ?」。
「兵力とか経済力」と思う水谷譲。
加地先生が「兵力だったらいっぱいいる」と。
中国だって負けていない。
人数等々。
何でアメリカをガツーンとやっつけないんだ?
兵力が強いのに。
アメリカは「友達がいらない国」。
付き合わなくても一国で飯が喰っていける。
工業と農業のバランスが比較的いいので、自分のところの田んぼ、畑で採れたもので物を作りつつ生きていける。
そんな国は世界でアメリカしかない。
ギリギリだが。
贅沢を言ちゃダメ。
でもアメリカは紙にも困らないし電気にも困らない。
水もきっと何とかするだろう。
それに比べて中国はもう農業があぶない。
中国が小麦を輸入している。
麺類の国が。
日本も。
小麦は自分のところでなんとか・・・。
日本も一番大事なのはもしかしたら「農業」かも知れない。
やっぱり農業は絶対に持っていないと。
世界のお友達から去られた後「喰い物がない」と慌てる惨めさ。
つまり加地先生がおっしゃりたいのは「自分の持っている知識ですべてを割り切りすぎる」という、そのことなので。
人の名前を出さないということで「加地先生の本をいくつか取り上げようかなぁ」というふうに。
武田先生もメディアで働くので、(加地)先生がボロクソ言った人とすれ違うことがあるので。
ただ、加地先生のおっしゃっていることはすごくわかる。

人々は自分の知っていることだけで世界を割り切りたくて、逆の意味でいうと「錯覚を喜んでいる」という。
この『知ってるつもり』のスティーブンとフィリップは繰り返し言う。
自分の知らない人と一緒に考えるという知恵を持っていない限り、人間はバカになっていきますよ。
そういえば日本のやっぱり前半中盤ぐらいのスキャンダルは全部狭いところの範囲内だった。
日本のアメフト部。
それから日大の総長さん。
アマボクシングの会長さん。
それから東京のお医者さん関係の学長さん。
それから必死になって「自分の息子を大学に入れてくれ」と頼んだ文科省の方。
わりと狭いところでヒソヒソとお話しをなさっていた。
それから女帝部屋に呼ばれて「ナントカパワーを感じた」という選手と。
それから体育館の片隅でビンタをしているコーチとか。
いかにもこのぐらい物陰での会話であるし、話ではある。
「それではダメなんだ」と。

今、大きな時代の変化を迎えている。
それは何かというと、賢さの定義が変わりつつある。
人間の頭の良さを決めるのは実はIQとか知能テストではない、と。
別の才能がその人の賢さを決めていく、と。

思い込み。
天気予報の時にレポーターの人が地元に住んでいる人に質問して言わせている。
「ここはアンタ、ずーっと生まれた時から生きててアンタ、70年近いよ?」「始めてだよ。こんなに雨、降ったのは」という。
その70年があてにならない。
その70年というのはデータとしては非常にか細い。
そういう定型の言葉を持ってきて「異常気象である」ということを遮二無二言わせようとするのはどうかなぁと思ったりする。
みんな最近疲れてきたせいか、だんだん「異常気象」と言わなくなった。
昔、テーブルを叩いて言っていた。
いっぱい不幸があって、本当に被害に遭われた方には申し訳ないが、地球も一生懸命バランスを取るために強烈な台風が来る。
「どうしてもあのスピードで海をひっかきまわさないと全体が」というのを考えているとすれば、あんまり呪うことはできない。
そんな気がする。
切ない。
時としてこの国に住んでいることを呪いたくなる時がある。
本当に台風21号なんて見ていると「まっすぐ行けー!」と言いたくなる時があるカックーンと曲がって四国に来る。
でも時としてあんまり連続して20、21(号)とか続くともう本当に「何でオメェそこで曲がるんだ!」と「こっちくんな!」と言いたくなる時がある。
しかも今年は災害があって、また同じような台風が来たりとか「今年また来るの?」というのは・・・と感じる水谷譲。
中国地方だってまだ片付いていないのだから。
そうしたら時々するどいことを言う、武田先生のお譲さん。
「ねぇパパ。台風も来なきゃ雨も来ない。竜巻も来なきゃ、地割れとか土砂崩れもない。どこか知ってる?」
砂漠。
「日本は何でこんなに揺れたり濡れたり崩れたりするんだ」と言ったらお嬢さんが「それは地面が生きてるからよ」と。
「生きてる地面」の上に住んでいる。
まだ成長している。
川は流れを変え、山は姿を変える。
確かにもう本当に、そばに住んでいた方は大変な犠牲だが。

テレ東『YOUは何しに日本へ?』
夏だ、祭りだ、絶景だ!”日本の伝統LOVE”で猛暑をぶっ飛ばせSP:YOUは何しに日本へ?|Youは何しに日本へ?:テレビ東京
この間、変なヤツがいたので思わず結果として見た。
金継ぎ。
お皿の割れたところを「継ぐ」「修理する」という。
パテで。
たいがいは漆。
漆を固めて。
それで割れた茶碗をそれで塞いで、そこに装飾をほどこして「かつてあったものよりも、さらに美しいものを作る」という。
その「金継ぎ」にイカレたポーランドの青年がいて、日本に習いに来ている。
それで金継ぎがいかに素晴らしいかを一生懸命テレビスタッフに語る。
ヨーロッパにも金継ぎ技術みたいなものはある。
だがそれは高級なお皿とか陶器。
何でか?というと、使わないが飾っておくために修理する。
日本は違う。
金継ぎは継いだらまた使う。
そんな技術は世界にはない。
すごいのは、粉々に割れた茶碗が割れなかった茶碗よりも金継ぎの後、値段が何十倍にも上がる。
その金継ぎで名を売った名器がある。
「織部」という。
あの人は金継ぎのカブキモノ。
だから金継ぎ技術を高めるために「自ら茶碗を割った」という。
だから金継ぎ茶碗がものすごい。
割れたところにきれいに漆で。
聞いたらあれは60〜70工程。
70回ぐらい手間がかかる。
割れなかった茶碗よりも値段が上がる。
立ち上げた会社を2年間で10社も倒産させ、直後に足を骨折という黒歴史を持つYOU。「人生最悪」って時にネットで見つけたのが金継ぎだった。壊れても美しく生まれ変わる様を見て、「自分もまだやれる!」と一念発起して起こした会社が、5年目でなんと年商11億の企業に急成長。つまり、今の成功は金継ぎから始まったというから好きすぎるのも納得〜。
(ラジオでは倒産の回数は7回と言っているが上記のように10回)
カネを貯めて金継ぎ作品を買いに来るのが彼の楽しみ。
金継ぎを見ると元気が出る。
別れ際に日本のスタッフに「自分も金継ぎで前より高くなってみせる」と言いながら背中を・・・。
いい話。
さっき言ったが(日本は)山崩れはあるし地震は多いし、土は持っていかれるけど、日本人はこの大地に、生きた大地にしがみついて懸命に金継ぎしながら生きてきた。
「金継ぎ的美」というのはこの日本人の日本の土に対する感情と全く同じ感情を芸術にしたのではないか。
割れるものを恐れず!

今、時代と共に賢さの定義が変わりつつある。
かつて人の賢さを計測する方法は知能テストだった。
足し算を素早くやったり。
「四角の中に何個の三角形が隠れているか答えなさい」とか。
そういうことで賢さを測っていた。
今は違うそうだ。
まずは「g因子」。

「一般的(general)」の頭文字から「g因子」と呼ばれる。(222頁)

(この「g因子」はIQを一般的な指標とするものなので旧来の「賢さ」を指すのだが、武田先生は曲解しているようで、この後の説明は本の内容とは異なる)
これはその人の知能。
空間、言語、数学、類推、それから単純、複雑思考の使い分けなどの中で、他者との関わりを利用した方がよいと判断した時、すぐにグループに呼び掛ける力。
わかりやすく言うと、何かの問題に遭遇した時に「すぐにグループを組める」という。
そのグループを組む力のことを「g因子」という。
これは実は「賢さ」に入っている。
だからグループを組めない人は能力が低いということになる。

集団知能仮説とは、集団においても同じような相関が存在するという考えだ。あらゆる集団作業の成績には相関性があり、集団の成績を分析することでg因子と同じような因子(「集団(Collective)」に因んでc因子と名付けられた)が抽出できるはずである、と。(227頁)

(上記のように本の中では「c因子」とは個人の能力ではなく集団としての能力について想定されているものだが、これも曲解しているようだ)
グループを形成した後、グループ全体を励ましてグループ全体の成績を上げようとする。
そういう人がいるとするとその人のことを「c因子が高い」と呼ぶ。
「集団知能が高い」というふうに表現されて「知能の高さ」に。
だからグループ。
仲間を集める力。
仲間と一緒に頑張れる力。
それが今は「知能」。
日本語で難しくて「人間力」とか言う。
でもそういうのを賢さの中に、それが実は一番大事な賢さである、というふうに賢さの定義が変わりつつある。

今年(2018年)はスキャンダルの方を振り向くとその「ジェネラル(g)」も「コレクティブ(c)」も低かった人が多い。
仲間が集まらない。
それから仲間と一緒にやる気がない。
今年のスキャンダルの主のだいたいの特徴。

パフォーマンスが低い人ほど、自らの成果を過大評価していた。(278頁)

いっぱいいる。
本格的にリングに立ったことがないのにパンチの練習をやっている爺さんがいた。
「軽いパンチ、アカへんのや。ボォンと入らななー?」
やってみろよ、三分間。

運転が下手な人は、スキルが低いだけでなく、習得すべき運転のスキルがどれほど幅広いものであるかもわかっていない。だから実際よりも自分はうまいのだと思う。(227頁)

無知と錯覚が重なった人で、こういう人がコミュニティの知能から切り離されると、より大きなコミュニティに被害をもたらす人物になってしまうという。
そういうのは思い当たる。
自分の狭いスキルにうぬぼれている人は集団から切り離されると集団全体をダメにするほどのミスを犯す人になる、と。
どんなに無知であっても、集団、あるいは仲間を集め、考える力を持った人というのはg因子、c因子が高い人だが、これはものすごい偉業を残すそうだ。
その一人がJFK。
(番組ではg因子、c因子の話として紹介されているが、以下は無知であったことが成功に向かった例)

 一九六一年の段階で、ジョン・F・ケネディには六〇年代のうちにアメリカの宇宙飛行士が安全に月面に着陸できると予想する正当な理由は一つもなかった。ケネディの予測は、錯覚から生じた傲慢さによるものとしか形容できない。だが、信じられないことが起きた。アメリカはそれを成し遂げたのだ。JFKが大それた野望を語っていなければ、アメリカは挑戦すらしなかっただろう。(283頁)

これは仲間さえいれば、どんな錯覚もとんでもない奇跡を起こす引き金となりうるのだ、と。

武田先生の注文。
もうちょっと具体的に色々書いて欲しかったが(この本は)そのへんが少ない。
この特徴はアメリカの研究者の方の本というのはすごくドメスティック。
途中で腹が立って「私には少〜しも面白くないのです」と書いている武田先生。

 次ページに挙げたのは、NSBが一九七九年にアメリカ国民の科学的知識を測定しはじめて以来、最も頻繁に出題された質問だ。(173頁)

質問 ※3番以外は正誤を解答  正答率(%)
1.地球の中心はとても熱い。  84
2.各大陸は何百年もかけて現在の位置まで移動した。今後も移動を続ける。  80
3.地球が太陽の周りを回るのか、太陽が地球の周りを回るのか。  73
4.放射能はすべて人為的につくられた。  67
5.電子は原子より小さい。  51
6.レーザーは音波を集中させてつくる。  47
7.宇宙は巨大な爆発とともに始まった。  38
8.生物のクローン技術は、遺伝子的に同一のコピーをつくる。  80
9.赤ん坊の性別を決めるのは父親の遺伝子である。  61
10.一般のトマトには遺伝子はなく、遺伝子組み換えトマトにはある。  47
11.抗生物質は細菌とウィルスの両方に効果がある。  50
12.今日私たちが知っている人間は、先祖である動物から発達した。  47
(174頁)

答えは1.正 2.正 3.地球が太陽の周りを回る 4.誤 5.正 6.誤 7.正 8.正 9.正 10.誤 11.誤 12.正。(175頁)

9番のみ誤答で11点だった水谷譲。
武田先生は満点。
スタッフは10点。

 各質問の横に書かれた数字は、二〇一〇年の調査で正解した回答者の割合だ。質問七と一二は、正解を書くことが宗教上の信念に反する場合もあるので、議論の分かれるところだ。両者の冒頭に「天文学者によると」あるいは「進化論によると」と追加すると、正答率はともに約七〇%に上昇する。−中略−アメリカ人の愚かさ加減に笑い出したくなるかもしれないが、少し待ってほしい。中国、ロシア、EU、インド、日本、韓国での調査結果もさほど変わらず、ほとんどの国ではもう少し悪かった。(173頁)

ちょっとこれはおかしい。
このへんちょっとスティーブン、フィリップはもう一回研究し直して欲しい。
この12問を5点間違えるというのは宗教上の理由にしてもちょっとやっぱり『三枚おろし』をアメリカもやった方がいいかも知れない。

どうして人間は無知になってしまうのだろう?ということ。
これはもう非常に単純なことで、今の自分、今のコミュニティ、それに属しながら、更に次なるコミュニティの中に自分が入ってゆこうとするという、そういう思いがなければ。
そしていくつになっても自分を「完成しない自分」とし、決してうぬぼれず、コツコツと勉強していくという。
アナタが知らない事を一日も休むことなく加算、積算されていきます。
自分の生きていく世界のすべてを支配していると思っていた老人が、2018年夏、け躓いたプレイをたくさん見た。
今、所属しているコミュニティに満足せず、またオノレにもうぬぼれず、という意味でお届けした「知ってるつもり」。

posted by ひと at 11:06| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月8〜19日◆知ってるつもり(前編)

スティーブン・スローマンさんとフィリップ・ファーンバックさんというアメリカの学者さん。
注目されつつある学者さんということで早川書房が日本語版を出している。

知ってるつもり――無知の科学



(番組では副題が「知ってるつもり」だと言っているが、多分この部分は副題じゃない)
人間の愚かさと言うか「知っているつもり」でいるという。
「これいいかなぁ」と思って手にした本。

 一九五四年三月一日、彼らが太平洋の片隅で目の当たりにしていたのは人類史上最大の爆発だった。「シュリンプ(エビ)」と渾名された水素爆弾を使った核実験「キャッスル・ブラボー」である。だが何かが決定的におかしかった。爆心地にほど近いビキニ環礁のシェルターに座っていた兵士たちは、過去にも核実験を見たことがあり、爆発の約四五秒後に衝撃波が来ると予想していた。(9頁)

爆心地から100キロ以内の立ち入り禁止。
ビキニ環礁近くの島に住む島民たちもロンゲラップ島やウチリック島へ強制疎開させられた。
マグロ漁の全ての民間漁船も安全のため100キロ外へ出された。
そういう意味ではアメリカはエライ。
きちんと安全を考えて。
賢いアメリカ。
科学のアメリカ。
その時、厚さ90cmのトーチカに守られた兵士は安全確保し、空気中の放射能を検知のためB36という飛行機が飛んでいた。
これも全部科学的に計算した安全圏だった。
そして海上だけではなくて海中だが爆心地から深くソ連のスパイ潜水艦を警戒するため、米潜水艦が危険外で潜航し、スパイ活動を見張っていた。
そしてついにその瞬間を迎えて水爆、核実験が行われた。

地面はゼリーのようにゆらゆらと揺れた。九〇〇メートル上空では、B36の乗組員が咳き込み、パニック状態で叫んでいた。機内には熱と煙が立ち込め、−中略−そこから一三〇キロメートルほど東の海上では、日本のマグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員が甲板に立ちすくみ、恐怖と驚きをもって水平線を見つめていた。(9頁)

爆発から二時間後、放射性降下物の雲が船の上空に到達し、数時間にわたって死の灰を降らせたのだ。(10頁)

潜水艦から空中に浮かんで観測していたものから厚さ90cmのトーチカに守られ安全を確保した兵士まで全員被爆。
第五福竜丸だけではなく、ないしょにされていたがアメリカの兵士も全員被爆している。
実は計算間違いがあった。
科学のアメリカが。

一九四五年に広島に投下された原子爆弾「リトルボーイ」はTNT一六キロトンで、−中略−シュリンプを開発した科学者たちは六メガトンの核出力、すなわちリトルボーイの三〇〇倍以上の威力を想定していた。しかしシュリンプの実際の核出力は一五メガトンと、リトルボーイの一〇〇〇倍近かった。(10頁)

この実験のように、一つの水爆実験に関して数万人の関係者がいる。
その関係者のうち、その威力を計算した科学者は数人であった。
誰一人チェックしなかった。
この本のスティーブンはいいところに目をつけた。
私たちはどうやら間違いなく、そういう世界に今、住んでいる。
人間というのは、これほどのバカをしでかす生き物なのだ。
それを決して忘れてはいけない。

世の中で最も危険なのは何か?
それは「知っているつもり」。
これが最も怖いとスティーブン&ファーンバックは訴えている。
では、私たちはいかにものを知らないか?
「知っているつもり」で平気で生きているかを探っていこう。

スティーブン、フィリップも言っているが、私たちは身の回りの90%を説明できない。
知っているつもりで生きていっているという我々の暮らしがいかに脆いか、いかに危険かをスティーブンとフィリップの二人に教えてもらおうと思う。

自動ドアは何で開くかよくわからない。
エレベーターは何で上下しているのか?
説明できない。
電車は何で動いているのか。
考えてみたら説明できないことばかり。
中でも馴染み深いと言うか、みなさんがお世話になっている水洗トイレ。
何であれは水が入れ替わるのか?
このトイレの発明はもの凄く時代が古くて19世紀。
1880年代にもう発明されていた。
基本構造は21世紀の今まで、ほとんど変わっていないという。
ある意味で完璧な発明。

主な構成部品はタンク、ボウル、トラップ。トラップは通常S字かU字型で、ボウルの排水溝より高い位置でカーブして、それから下水道につながる排水管へと降りていく。最初の段階で、タンクには水が貯まっている。
 トイレを流すと、水はタンクからボウルへと一気に流れ、水位がトラップの一番高いカーブより高くなる。するとトラップから空気が抜け、水が流入する。トラップが水で満たされたとたん、魔法が起こる。サイホン効果が生じ、ボウルから水を吸い込んでトラップを通して排水管まで流すのだ。
(14〜15頁)

一番言いたかったことは、かくのごとく我々は身近な暮らしの中でも、その物がどのような仕掛けで動いているのか知らない、という。
まだいっぱいある。
エレベーターとか自動扉とか言ったが。
古い発明で未だにうまく説明できないファスナー。
何で閉じるのか?
やっぱり世界の90%が説明できない。
すなわち「知っているつもり」で生きているんだ、と。
そのような錯覚を自覚するかしないかで生き方が大いに変わってきますよ、という。

それから今年(2018年)はやっぱりそういう意味では「大活躍したんじゃないかなぁ」と思う「気象」。
お天気。
これについてもスティーブンとフィリップは提案している。
彼曰く気象について、天気について人間が持っているデータはせいぜい150年ぐらい。
ということは地球全体のことで気象を占おうとする時に(150年は)もう2秒か3秒ぐらいのデータでしかない。
だからデータとして少なすぎて天気予報、気象というのは相当正確に当てることは難しい。
大雨が降る、降らない。
台風の進路。
竜巻、高潮、海抜、時、所、山、海、川。
そういう条件がバーッと重なってくるので気象というのはやっぱり相当予報が難しい、と。
そういうことを聞きながら、踏まえながら、天気予報と付き合った方がいいですよ、と。

一番わかりやすい例だが(台風)20号は半分当たったような当たらないような台風予想だった。
平成30年台風第20号 - Wikipedia
急にカーッ!と四国方面間に上陸したヤツ。
これはダラダラと言っていたが、意外とスッと抜けた。
雨は降ったが。
(台風)21号。
「風が強い」というのがきれいに当った。
この20号と21号というのは聞く方の立場で言うと20号は半分しか当たらなくて、21号はズバリ当たった。
受け止める側は命を助ける手段。
台風がやってくるたびに全く同じことを繰り返し言うというのは、予報の方ももうちょっと言葉を・・・。
まあ、勝手な要求。

台風が来る度に同じ注意ばっかりされると、注意に関して鈍感になるということを申し上げたかった。
その意味では台風が通り過ぎるたびに気象庁の人が出てきて「今度の予報はこことここが当たったけれども、こことここは外れました」等々を少し聞かせていただけると自分の身の周りの、自分が見聞きした台風の記憶というのが、この次にやって来る台風に関して磨かれるような。
分析してもらうとわかりやすい。
もう全部同じことを言うから、どれがどれだかわからなくなっちゃう。
何でこんなことを言うかというと、本の中でスティーブンとフィリップが言っていることだが、私達人間というのは後ろ向き情報、過去の情報を前向き情報に変換するという、そういう能力を持っている。
だからこそ、我々の暮らしがそこにあるワケなので。
後ろ向き情報というのをちゃんと聞かせていただきたい。

ものすごく防災なんかに詳しい方がいらっしゃって、何かこう、反省してらっしゃる「用心した方がいい」という方がいる。
北海道の地震なんかで液状化か何かで「あ、ここらへんはね、水出ますね。この土から見て」という。
それはそうかもしれないが、先に言ってあげなさいよ!アナタ!
ああいうのがものすごく合点がいかない武田先生。
【北海道震度7地震】内陸部でなぜ液状化? 札幌市清田区、谷地に盛土 耐震化遅れた水道管も被害拡大 (1/2ページ) - 産経ニュース

それから関空に関してもそう。
滑走路の高さに関して「この飛行場は想定外の波に弱いですね」と。
みんな弱いよ!想定外に!
【台風21号】関空「50年に一度」の想定超えた!? 海上空港のもろさ露呈(1/2ページ) - 産経ニュース
あれは一見便利そうだが、本当に子供の理屈で考えたら当たり前。
飛行場に行く道が一本しかない。
そこを通れなくなったら孤島になっちゃう。
そういう意味で前向き情報ばっかりで作っちゃった飛行場という感じもしないでもない。
想定「内」「外」で「考えている」「考えない」をジャッジするのは本当にやめた方がいい。
「想定内」は昔会社を頑張って乗っ取ろうとした人が作った言葉だが。
堀江貴文 - Wikipedia

 世の中には、わかっているとわかっていることがある。これは自分たちにわかっているという事実が、わかっていることだ。一方、わかっていないことがわかっていることもある。つまり自分たちにはわかっていないという事実が、わかっていることだ。しかし、わかっていないことがわかっていないこともある。自分たちにわかっていないという事実すら、わかっていないことだ。(43頁)

そのことに関しては人間は謙虚であるべきた、と。
いつも人間は「わからないことがわからない」という、その側面を持っているんだ、と。

見ていて最近「不思議な世界になってきたなぁ」と思うのは、ちょっと武田先生のところにも数字(視聴率)なんかが具体的に入ってくるのだが、とあるクイズ番組なんて「5〜6%取ればOK」という。
そういう時代。
テレビドラマはカネがかかるので二桁。
15(%)以上というのが暗黙の了解で、そういうところに生きていた。
昔はトレンディドラマは38%とか40%近く取っていた。
幸せなことに、そういう時にそういう仕事をやっていた武田先生。
今はというと、BSはあるわCSはあるわ。
本当に山ほどチャンネルが増えたワケで。
それで割っていくとドンドン、という。
でも地上波が「現代」「今」を映し出すとすればBSが「過去」。
BSの扱いはわりと昔のヤツが多い。
この間『昭和は輝いていた』で武田先生も賞をいただいた。
番組そのものが後ろ向き。
「昭和」をやっているから。
8チャンネルのBS(BSフジ)でよくやっているのは『鬼平犯科帳』。
あれを中村錦之助さんの代からやっている。
やっぱり何かこう、ちょっと過去を。
日テレなんて相変わらず『笑点』の司会者はあの人。
円楽さんとか歌丸さんの司会のヤツをやっている。
それをつい見ちゃう。
つまりテレビの電波は今、前向き情報と後ろ(向き)情報を両方やっている。
だから東野英治郎さんの『水戸黄門』とかやっている。
「やがて私もあっち行っちゃうんだろうなぁ」と思って。
『金八先生』も始まったらものすごい本数があるから「延々と」という。
だからテレビが今、「前向き情報」と「後ろ向き情報」で「地上波」「BS・CS」となる。
そうやって考えると人間にとっては、天気予報もそうだが「前向きと後ろ向きの情報が必要である」という。
これはやっぱり「明日を予見する」そういう能力に変換するための大事な素材ではないだろうか?というふうに思う。
人間というのは実に不思議な生き物。
いろんな物語があるが、ちょっといじるとたちまち物語が別の物語になるという。
そういう不思議な側面があるということ。

イディッシュの民話にこんなものがある。商店主がある朝店に来ると、ショー・ウィンドウにスプレーで下品な落書きがされていた。商店主は落書きをすっかりきれいにしたが、翌日また同じことが起きた。そこで一計を案じた。三日目近所の不良が集まってきて落書きをすると、彼らに一〇ドルを支払い、その労力に感謝した。翌日も同じように不良たちに礼を言ったが、今度は五ドルしか払わなかった。その後も店を汚す不良たちにカネを払い続けたが、その金額は徐々に減っていき、ついに一ドルになった。すると不良たちは姿を見せなくなった。これっぽっちしかカネをもらえないのに、商店主を困らせるためにこれだけの手間をかけてもしかたがない、と思ったからだ。(76頁)

これは主人公が切り替える。
「いたずらを叱る」とかっていうことではなくて、いたずらにギャラを払うことによって、そのギャラの対価でだんだん彼は疲労を覚えてくるという。
実に巧妙な落書きをやめさせる大人の知恵だった。
これは物語の乗り換えがある。
そういう意味で後ろの物語を前向きに変えるという。
これは因果を実にうまく取り入れた。
これはマーク・トウェインなんかもそういうのがある。

トム・ソーヤーの冒険 (新潮文庫)



親からペンキ塗りを頼まれた主人公が楽しそうに、本当は楽しくないのにやっていて。
そうすると仲間が集まってきて、あんまり楽しそうにやっているので「代わってくれ。オレにもやらせてくれ。頼むよ!」と言いながら。
すっかり小銭まで巻き上げてやらせて。
綺麗に壁は塗り替えられました、という話。
態度によって、いかな物語も美しく変えることができる。

(2018年)9月につくづく思ったこと。
坂上(忍)さんがえらく興奮して。
だからついテレビを見てしまう武田先生。
体操・速見元コーチの暴力映像を流した「バイキング」 坂上忍に対する批判も集まる|ニフティニュース
ジムで走りながら見てしまうのだが、あのコーチのあの叩き方はない。
大変申し訳ないが、武田先生にも娘がいるが、娘が好きでやっていることでもあのコーチがあんなふうに叩いたら、あのコーチを叩く。
絶対許さない。
人んちのお譲さんをあの早さで叩けるというのは。
当時、選手側はそれを受け入れていた。
あのコーチの額から血の一滴も流していただかないと気が納まらない。
あんなので「今月分」と教えていただいたお給料は払えない。
あの時「こんなもんだなぁ」と思ったが、後ろ向きの人との差をモロに感じたのは大坂(なおみ)さんという人がいた。
あのコーチ。
(サーシャ・バイン氏のことを言っていると思われる。先日解任されてしまったが)
あの人はビンタをかましたとは思わない。
あの人が(大坂)なおみさんがふてくされて「できない!」とか言ったところでバチーン!と叩いたりしないと思う。
「ユーキャン!ユーキャン!」「君はできる!できる!できる!」と。
どちらがメダルを獲れるか?
どちらがトロフィーを獲れるか?
あえてあのコーチにあの方法で彼女に金メダルを獲ってもらおうと思った武田先生。
獲れたら体操界でみんなビンタが大はやり。
でも聞いたことがない。
浅田真央についていたあのジェントルマンのおじいちゃん(佐藤信夫氏のことか)が「真央!」と言いながらパチーン!と叩くか?
リンクを降りた時に真っ先に温かいコートをかける人なのに。
それは違う。

ストーリーを変える、その力が人間を人間たらしめたのである。
我々は昔々、アフリカ東海岸の草原のサルであった。
そのサルはもの凄く弱くて、もういろんなケダモノの餌食「好物」だった。
一説によれば人類になるサルというのは4万頭ぐらいまで減った。
1回減ったことのある種。
「黙れ」というのを「シッ!」と言ったりなんかするのはヘビの「シャー!」に影響を受けたサルの時の記憶。
「シーッ」と言いながら噛みつこうとするヘビがいたのだろう。
それで「ヘビがいるぞ」の合図が「シーッ!」だったらしい。
今は国際的用語。
どこにいっても「シーッ!」と言うから。
弱いサルがヒトになったのは何かというと物語の力。
「あれをこやれば、こうなるのではないだろうか」という、後ろ向きを前向きの予測に変えてストーリーを作っていく力。
これが人間を人間たらしめたのである、という。

人間はもっとも弱い生き物で、いつ絶滅してもよかった、という。
そういう実にかよわな草原のサルであった。
そのサルが80億ぐらいだと思うが、それぐらいの大勢の「人類」という「人間」という種に増えたのかというと、それは因果を共有し、同じ物語をコミュニケーションとして持つ集団だからである、という。
喰い物を探しに行って、最初はやっぱり森の喰い物とかだが、雑食であるサルは大型の獣を狙うようになる。
最後はマンモスとか狙っちゃったワケで。
その時に「前にこうやったから今度はこの手で捕まえよう」とか。
それが想像できる生き物になった。
それが人類がここまで発展して人数を増やした理由。
ところがあまりにも前を向き過ぎて「け躓く」というのが結構人間には多いぞ、ということ。
人間はわかりやすく物語を作ってしまう。
だから何か問題があると今までの知恵ですぐ答えを出そうとする。
そこに人間の大きな間違いがある、という。

一度やったヤツだが、もう一回やりましょう。
この時に紹介されている)

 バットとボールで合計一ドル一〇セントである。バットはボールより一ドル高い。ボールはいくらか。(95頁)

バットとボール合わせて1100円。
バットはボールより1000円高い。
ボールはいくらか?
「ふたつ合わせて」だからすぐに「ボールは100円」と答えそうになるが、そうならない。
これは実は50円。
だから1000円高い。

 湖面にスイレンの葉が並んでいる。その面積は毎日二倍になる。四八日で湖面全体がスイレンの葉で覆われるとすると、湖の半分が覆われるまでには何日かかるか。(96頁)

「二四日」という回答がぱっと頭に浮かんだだろうか?−中略−面積が毎日倍増するなら、二四日目に湖の半分が覆われていれば、二五日目には湖全体がスイレンの葉で覆われているはずである。−中略−正解は湖全体が覆われる一日前なので四七日である。(96頁)

読売新聞でやっていて武田先生が四日ぐらい考え続けた漢字問題。
(□の中に同じ漢字一文字を入れて熟語を作る)
馬□
神□
□鳴
□子

答えは「鹿」。
知らない単語をポン!と入れられると人間は予測がつかなくなる。
「鹿鳴館」だったら武田さんもすぐに出てくる。
だが「館」がなくて「鹿鳴」という。
これは面白かった。

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2019年01月14日

2018年9月24日〜10月5日◆感情的になるなよ(後編)

これの続きです。

重大なことはまず情動、感情が動くこと。
その「情動」が価値に変化を与える。

先週は印象派の絵に関して。
「キリストを描け」「ギリシャの神話を描け」と西洋絵画が流れてきて。
ところがお茶をフランスか何かに配達する時に緩衝剤、詰め物。
それに浮世絵が入っていた。
お茶を販売する時の「包み紙」だった。
ところがその包み紙を広げて「美しい」と感情を動かしたフランス人がいて、これがパリで大ブームを呼ぶ。
それがジャポニズムのスタート。
ヨーロッパ、とくにフランスの画壇が揺れるほどの衝撃が北斎から始まった。
雨がバーッと降っている中、橋の上を頭を押さえて人が走っている(歌川広重『名所江戸百景・大はし あたけの夕立』 )とか。
紙か何か持った人の紙がビラビラと風に舞っている(葛飾北斎『富嶽三十六景・駿洲江尻』)とか。
本当にそういう意味では「意味がない」。
ところがそれを見たフランスのアーティストたちは「見たまま描いていいんだ、オレたちは」「絵の中に意味なんか無理やりこめるんじゃない」「見たまま描いてその中に感情がこもっていれば、これはアートなんだ」。
ジャポニズムから新しい美術運動が興った、という。
これがこの著者の言葉の通り。
「重大なことはまず感情が動くこと。その感情、情動が価値へ変化を与える。それは大きく価値判断の体系の再編成をしてくれるものだ」という。
高みへ登ろうとする時、情動、感情が動かない限り階段を上ることはできない、という。

この「情動」「感情」というヤツはまた同じ力で人を階段から突き落とすこともあるという。
これは「悲劇的ディレンマ」と呼ばれている。
ある努力をした。
それは懸命な努力であった。
もう今年の夏に、もう本当に。
一生懸命、家を建てた。
ところが突然やってきた。
日本は災害が多い。
嵐、そして火山、爆発等々、大地の揺れ等々で、それが倒壊して壊れてしまった。
そのことで犠牲者が出た。
大変だった。
その「悲劇的ディレンマ」を文学作品として描いたのがウィリアム・スタイロンの『ソフィーの選択』。

ソフィーの選択 (字幕版)



 ウィリアム・スタイロンの小説『ソフィーの選択』のなかで、幼い息子と娘とともにナチスによってアウシュビッツに送り込まれたソフィーは、ガス室行きかどうかの選別を行う親衛隊軍医から、恐るべき選択の「特権」を与えられる。二人の子供のうち、一人は助けてやるから、どちらを助けるかを選べ、というのだ。選べない、とソフィーが泣き叫ぶと、選ばなければ、二人ともガス室に送るぞ、と軍医は選択を迫る。それでも、選べない、とソフィーが言うと、軍医は、二人ともあっちへやれ、と部下に命じる。そのとき、ソフィーはとっさに娘を投げ出して、この子を連れていって、と叫ぶ。(101頁)

これは軍医が考えた悪魔的苦痛の与え方だったという。
しかし、ソフィーは錯乱と極限の苦痛を味わいながらも、サバイバーズ・ギルトに耐えるという。
(番組内で「ギルド」と言ったようだが「ギルト」)
「生きるための罪」というのを背負い込む、ということ。
その悪魔的選択を正気で続けることが彼女が悪魔のような軍医に立ち向かう、ただ一つの選択であったという。
「苦しもう」と。
そう決心した時に彼女の情動がピタリと静まった。
やるかやらないかで悩むよりも、この苦しみを引き受けて苦しむ。
「そういう人生を私は選ぼう」と思った瞬間、彼女の情動は動かなくなった、という。
これはすごい。

65歳から「人生最後の武道修行」だと思って合気道を習っている武田先生。
ちょっと自慢だが二段になった。
真剣に教えてくださる教授方がいらっしゃる。
この合気道は何が面白いかというと言っていることがトンチンカン。
水谷譲の息子も合気道をやっている。
やればやるほど不思議な武道。
そういう意味では問題の多いボクシング、柔道。
アジア大会で韓国の人が怒ってもめていた。
それからさっぱり勝てなかったレスリング。
相手に接触しながら相手をやっつけるという、武道ではないにしても体術の競技がある。
ところが合気道は実践じゃなく「型」修行で見取り稽古。
お師匠さんが見せてくれるその技を、自分がどれほどスムーズにできるかという。
練習場に行くと先生が見本を見せてくれる。
それを同門の人に頭を下げて「お願いします」と言って、四本掛けて四本掛けられてワンセット。
それを許可が出るまで繰り返す、という。
いわゆる「かたち」を稽古する。
ここに不思議な鉄則があって有段者は相手の人を怪我させちゃいけない。
ここが不思議。
勝ち負けがない。
技的には相手の手首を折り肘を割り肩を抜く、という。
武道なので「相手の骨なんか折っちゃうぞ」という技で。
でも稽古の時に先生から無闇に言われるのは「絶対に怪我させるな」「稽古の途中で怪我をさせたら、それは合気道じゃない」。
武田先生の道場はなかなか厳しくて、壁にぶつかったりすると優しい先生が「しっかり見てないからだ!」とか言われてしまう。
ちょっと怖い。
この「相手に怪我をさせない」。
これはどうも合気道をお作りになった植芝盛平さんという大先生がいらっしゃるのだが、この方が「合気道は相手を愛する武道だ」という。
柔道もレスリングもボクシングも全部相手を倒すため。
ところが合気道は敵と仮定するものに対して、手首、腕、肩を逆に取り、打ち負かすポジションを取りながら「傷つけない」という情動を感情をキープしなさい、という。
これはソフィーではないが、かなりのジレンマ。
しかしうちの先生はいいことを言うのだが「このジレンマのうちに、技そのものが柔らかくなるんだ」と。
先生の口真似をすると「強いっていうことは固いことじゃないですよ。強いってのは太いってことじゃないですよ。強いってのは重いってことじゃないですよ。強いってのはね、柔らかいことです。勝てないんですよ、柔らかい人には」と。
「丈夫かもしれんが、嵐が来ると折れたりします。折れない木は何か?柳です。吹かれちゃうんですよ。合気道は押してくる人には押されるんです。引っ張る人には引っ張られるんです。そのわずかな差から生まれてくる技。それが合気道なんです。だから『合気道』なんです。『気』を合わせるんですよ」
そこにこの武道の本質がある、という。
柔らかさはジレンマに自ら飛び込むことによってしか醸成されない。
醸すことはできない。
特に力んでしまうタイプの武田先生はそればかり言われる。
肩から力を抜くのがいかに難しいか。
四年やってもまだ抜けない。
やっぱり「肩から力を抜きなさい」と実際やるとなったら難しい。

いくら償っても、けっして赦しえない悪、許すことが正当にはなりえない悪も存在するだろう。(120頁)

連続殺人とか、お年寄りを、とか。
体の不自由な方を、とかっていう人たちに対して。
我々はその悪に対して「許しがたい」と思ってしまうのだが、「許しがたい」ともう一つ「それでも許さねば」というジレンマにあえて自らを置きましょう、と。
そこでしか柔らかさは醸成されない、醸すことができません、という。
こういうことをこの本の方では言っている。
それで合気道の先生の言っていることを思い出した。
『ソフィーの選択』のソフィー。
ソフィーと軍医の関係は「二人称の道徳」だ。
歪みは権利の偽造からソフィーに殺人について関与させ、ユダヤ人のどちらかを殺す資格を与えて、拒否すればどちらも殺すという矛盾にソフィーを突き落とし苦しませた。
ソフィーは軍人に対し憎しみ、ゲシュタポは憎まれるということによって苦しむソフィーを面白がるのである、と。
残酷なもの。
今もある「残忍な加害者」と「傷の癒えない被害者」という、こういう二人の関係があるとすれば、我々はどうすればいいんだと言うと情動的には「三人称を求めるんだ」。

今年(2018年)もスポーツ界の揉めごとがいくつもあって。
でもジイッと見ると全部配役が似ている。
加害者の人はみんな太っている。
みんな似たようなキャラ。
そういう人たちとの対立があるのだが、その対立を「三人称で眺めていこう」と。
三つの事件とも落とし方が全部同じ。
第三者委員会。
これがこの著者の言うところの「三人称で語りませんか」と。
ここからまた変わったところに問題は入っていく。

人と対立する。
「言った」「言わない」の問題なのだが、著者は二人の関係の二人称の道徳から脱出する。
三人称の道徳にしてしまえ。
客観的な人物をそこに置け、と。

三人称的になってしまった道徳はもはや私たちが実践している道徳とは言えないだろう。(159頁)

この言い切りは何だろうか?

自分の情動を洗練する。
これは不思議な言葉。
武田先生には意味がわからないが本に書いてあったので著者の方は武田先生が読み間違えていたなら抗議のハガキをください。
(本を読んでみたが、それらしい文章が発見できなかったので、ぜひハガキを!)
文章がこうあった。
自分の情動を洗練するためには、自分の心を見つめないことだ。
自分の価値的状況を他人に教えてもらう関係を取り結ぶことである。
(本の中には「自分の情動がどのようなものかを理解することを他人に委託してもかまわないのだろうか。明らかにそうではないだろう」とある)

春から続いた大学構内での揉めごと。
それからボクシングで起こったこと。
それからナショナルトレーニングセンターで起こったこと。
等々あるが。
自分の心を全部言うとものすごい傷つけ合い方になる。
そういうことを著者は言っているのだろうか。
つまり「自分の心のままに語ってはならないんだ」と。
「自分の情動がいかなものかというのは、他人に教えてもらう関係を取り結ぶことが、その対立している人との関係を何とか切り抜ける方法である」という。

感情を情動と呼ぶというこの本の著者の如く、哲学用語というのは時々面白い言葉を使うもので「こんな言葉、本当にあるんだ」と思った武田先生。
今、日本で一番多い労働者。
どんな労働に従事しているかというと「感情労働」。
いわゆる「サービス業」のこと。
哲学で言うと感情労働。
まあ、第三次産業。
武田先生は「芸能」、水谷譲は「メディア」の方の、そういうポジションにいて感情労働をしている。
つまり自分の感情ではなく職業の感情で生計を立てている。
水谷譲は自分の感情ではなく職業の感情で「こんなジジイと話したくもねぇよ」と思いながら「理屈っぽーい!このクソジジイ!」「まだ喋ってるコイツ」。
我慢して「ふんふん。なるほどー」とかという、そういう感情労働。

 今日では、接客業に従事する人たちだけではなく、医師もまた、聖職者や教師などとならんで、感情労働に従事する人とみなされる。(169頁)

自分の情動をそのまま患者に伝えることは職業倫理として許されない。
「あと一か月だね」
その真実を言うか言わないか。
職業倫理として自分の感情に走ることは許されない、という。
告知なら告知でタイミング等々を図らなければならない、という。

有用なサービスであっても、それが感情労働であるかぎり、不適切な情動を抱かなければならないが、そのような情動を抱く必要があるのは、顧客の優越性の承認欲求を満たすためである。(175〜176頁)

「うるせぇ客だなぁ」と腹の中で思いながらも「とんでもございません、お客様」とかと。
だからそのお客が目の前で何か抗議しているのだったら、その優越性に関して自分は感情を抑え込む。
情動を抑えて屈しなければならない。
屈するところから職業が始まる。
そういう意味では「優越性を承認しなければならない」という。

ちょうどこれをやっている時にその手の問題があった。
大韓航空やアシアナ航空の社長や親族は、その社員に対して強く優越性を強制した。
これは大韓航空どころではない。
日本のスポーツ界にも一番偉い方がこの優越性をなさる。

生きるために自分を卑下して、客の優越性を承認しなければならない。(177頁)

ストレス、苦痛を訴える人が非常に多い。
これは自分の情動を不明瞭にすることの苦痛だ、という。
「ワーッ!」と言いたくなることがある。

元キャビンアテンダントの健康社会学者の河合薫さん
CAさんは感情労働者の典型。
ムカッ腹立つこともあるだろう。
コジマ君というスタッフと福岡へ行く武田先生。
コジマ君は態度がデカい。
「新聞いりませんか?」と来る時にケンモホロロの返事をするヤツがいる。
「え?」という。
態度のデカいヤツ。
ちらっとキャビンアテンダントを見る武田先生。
腹の中は「この野郎!」と思っているのではないか。
あるテレビ番組で、話をツッコむお笑いの人がいた。
「お客さんから電話番号もらったりすることないんですか?」
受け取るのは受け取るそうだ。
その場で突っ返したりは絶対しない、という。
だからやっぱり彼らは感情労働で抑えている。
普通の道で会ったら「何するんですか!」と目の前で破られちゃうと思うが、機内ではスチュワーデスの、CAのちゃんと制服を着てらっしゃるから、自分の情動を抑えるのだろうが。
そういう非常にストレスの多い優越性の下に屈服している彼女たち。
あるテレビ番組で、バラエティのツッコみの失礼な質問に答えながら、彼女たちが生き生きと語りだした勤務実態があった。
彼女たちが何が生き生き話しているかというと、CAさんというのは「待機」という任務がある。
「待機」というのを会社から命令されると、彼女たちは制服を着てメイクを済ませて二時間でその飛行機へ搭乗できる宿で待つ。
宿か自宅、住まいで待つ。
「もしかすると」と思ったのだが、その「待機」という緊張が彼女たちの価値的状況を作っているのではないか?
これはあまりふさわしくないかも知れない。
フッとそんな気がした武田先生。
消防士の人がいる。
彼らがジャン!と鳴ったら飛び出して行くが、彼らが最も消防士としてプライドを持っている時間は何か?と思ったら、「待機の時間」だと思う武田先生。
消防署でベッドに横になって「待機」というか眠っている時、ウーン!と鳴ったらブワーッと着替えて鉄柱にぶら下がって下にストーンと。
一種あの「待機」はプライドを保持してくれるのではないか?
「無駄に寝てるんじゃない」という。
寝ている時も「俺たちは準備してるんだ」という。
その緊張というのが、実は職業に対して深い意味を感じさせ、情動を強く刺激しているのではないか?
二時間以内に行ける場所で待機を命じられたCAさんはメイクと制服を着てジイッと待つ。
本を読んでももちろんいいのだが。
でもその時に「仕事が待っているかもしれない」という「待機」というのは一種「張りつめたものを張ったまま、普段通りに過ごす自分」というので全部タガが緩んじゃった人よりも遥かに情動に一本筋が通っていると思う。
「情動」を刺激しているのではないか?
こういうことはもの凄く人間をある意味で動かしているのではないかと思う武田先生の勘。

喜び、充実、やる気、注目などは情動として好ましく、私を弾ませる「正の情動」である、感情である。

悲しみ、憎悪、嫉妬、罪悪感のような好ましくない情動に満ち溢れた人生は、非常に不幸であろう。−中略−好ましくないものは負の情動と呼ばれる。−中略−おおまかに言えば、正の価をもつ情動が多いほど、人生は幸福であり、負の価をもつ情動が多いほど人生は不幸であろう。情動価は人生の幸不幸と深い関係がある。(191〜192頁)

だから正の情動で日々を満たせば人は幸せになれるのか?
そう限らないのが人間なのだ、と。
「先輩の○○さんはあの時も笑顔でおられた」とかっていう、そういうこの「マイナスをプラスに変えていく」という情動がある限り、いつも正の情動で満たされるよりも、時として屈辱的なことが彼女たちの正の情動を刺激するんじゃないか?と

情動哲学者のプリンツ。
情動価値「感情が決めた値段というのは意識では動かせない」という。
(本に登場するのは「情動価」で、プリンツは内的強化子説を主張しているが「感情が決めた値段」といった話ではない)
そう思っちゃったらもう情動は動かない。

ワールドカップでの勝敗を見て感じたこと。
韓国と日本を比べる。
情動に差があるような気がする。
一勝二敗と一勝一敗一引き分け。
これはほとんど韓国と日本は差がない。
ところが帰国した選手団に関して迎え撃つサッカーファンの感情は天地の差があった。
0.5しか違わないが。
韓国は例の飛行場に降りた瞬間に生卵が。
日本は成田に帰った選手団に拍手喝采。
これは情動価値の差。
決勝に進んだ日本がベルギーに敗れた。
これも負けた。
ところが日本人は3対2、一点差で負けたことに関して正の情動で引き受けた。
韓国はというと、韓国はすごい。
2敗の後のドイツ戦で2−0で勝っている。
ドイツは前の大会で優勝したところ。
これを韓国の人たちは負の情動として受け止めて「生卵」になるワケだから。
喝采と生卵の、その出迎え。
ここに両国の情動価値の差があるような気がする。
あの選手を見ると腹が立ったのだろう。
韓国の人は負で捉えたその情動は動かない。

本著は負の価値的あり方を表層する情動能力が実は負けでありながら、正の動機づけとして捉える人間の奇妙さを説明している。

日本人は何で負けを感激するのか?
武田流の解釈。
それは自然災害。
日本列島は本当に時々可哀想になる。
今年(2018年)は9月になってもダラダラ一週間おきに(台風が)来やがって「ずっとまっすぐ行け!」と思ってしまったり。
それが必ず日本に。
天気予報の台風の進路を見ていると、まるで日本は朝鮮半島の人たちのために海に置かれた台風がぶつかってくる「壁」のよう。
台風だけではない。
今年の夏の初めは関西方面で地震もあった。
それから火山活動もあった。
いろんな山から煙が上がって。
自然災害の火、水、大地の不幸。
何と日本は全世界の半分くらいをこの小さなエリアで受けている。
我々はそういう非常に不幸の多いプレートの上に乗っかった列島に宿命として生きている。
感情として負の情動は「日常」。
もうあの天気予報の方の口ぶりを聞いていてもわかるが、不幸を予言することが予報。
あの人たちはいいことは決して言わない。
時々腹が立つ時があるが。
日本人は「不幸が起こる」ということに関して発想が違って「不幸が起こればその次はいいことが起きる」という。
そういう発想を日本人は持っている。
水谷譲もお子さんに体験させたことがある。
お正月に獅子舞がやってくると泣いている子供を捕まえて「噛んでもらいなさい!噛んでもらいなさい!」。
あれが負の情動の予祝。
「獅子に元旦噛まれると、もう噛まれることはない」という。
仮定で獅子に噛まれておくと、本当に噛まれることはない。
つまりすべての出来事は負から始まる。
つまづいた、負けた、屈辱的な目に遭った。
そのことによって日本はその次に勝つ。
正の情動を手に入れた。

たまに「今、幸せすぎて怖い」みたいなことを聞いて、それがわかる水谷譲。
つまりこれは獅子に噛まれることと同じで「不幸を予感することによって、幸せの方角を」。
日本人の発想。
台風が来ても地震が来ても頑張って生きていきましょう。

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2018年9月24日〜10月5日◆感情的になるなよ(前編)

情動の哲学入門: 価値・道徳・生きる意味



 本書では基本的に「感情」という言葉ではなく、「情動」という言葉を用いる。−中略−あえて「情動」という言葉を選んだのは、無数の名もなき情動たちをそこに含めたかったからである。(はじめに)

今の世の中、「感情」はあまり値段が高くない。
感情的になってしまって損をこいている。
けつまづく人が何人もいる。
「オレが金メダル獲らせたんやー!」から始まって
ボクシング:山根会長 村田に「生意気だよ!1人でメダルを獲る力ない」TV発言(スポニチ) - 毎日新聞
「彼女、全部嘘言ってるなー」
塚原副会長、宮川の告発を全否定「なぜあんな嘘を言うのか」/体操 - スポーツ - SANSPO.COM(サンスポ)
あとで前言を訂正なさるが。
その感情的な一言をマスメディアがあげつらって、その人を突き落す、という。
これはもう今、メディアはこのやり方を必ずする。
大勢でバーッと囲まれてウワーッと言われたら「全部嘘ですよー!」や「オレが獲らせたんやー!」というのも言ってしまうかもしれない。
「感情」あるいは「感情的」とは、人を過ちに招きよせる誘導灯のような、そういう語られ方。
理性の反対語に情動、感情という言葉があるように思ってください。

人に暴力を振るった。
犯罪に手を染める。
あるいは恋に落ちること。
しばしばそういうことを私たちは「一時の感情に押し流されて」とか「ついカッとなって」などと表現し、ネットの炎上などに見られる集団的熱狂、集団的憎悪など、そういうものに火をつける火力は人間の持つ「感情」である、と。
だから人は感情ではなく理性でふるまわなければ危うい、と。
これが普通の考え方。

 一見、情動を排して、純粋に理性のみに基づいて生きていけば、私たちは過ちのない幸福な人生を送ることができるようにみえる。−中略−しかしじっさいにはそうではないのである。情動がなければ、たとえ理性が健常でもまっとうな人生を送ることはできない。(はじめに)

私たちの理性は情動のお膳立てを必要とし、単独ではほとんど何もできないのである。(はじめに)

実は理性は感情(情動)の補佐役に過ぎない。
こういう哲学。

 VM患者は脳の前頭前野の腹内側部に損傷を負った患者である。彼らは知的な能力には問題がないが、情動が鈍化しており、何事につけてもほとんど情動を抱くことがない。それゆえ、彼らはまさに情動ぬきに理性のみで生きる人と言ってよさそうである。しかし、彼らの人生は悲惨である。彼らは意思決定に大きな問題を抱えており、ごく簡単なことでさえ、あれこれ些末なことを延々と考えるばかりで、なかなか決断できない。(はじめに)

 理性は情動能力を鍛えて、そもそも誤った情動ができるだけ生み出されないようにすることができる。(はじめに)

しかし、私たちを突き動かしているのは「感情」。
感情がまずある。
その感情を頭に一回送って「こうしよう」と決定する。
その最初の感情に自分で気づかない。
ただ、頭の中に「イヤぁ〜」みたいな呻き声みたいなのが「うわーん」と響く。
「人はまず情動」「感情から動く」という。
これはちょっと面白い。

何でこの本に惹かれたのかがわからないが、この手の言葉を捕まえておくと芋づるみたいに「ネタが根で結ばれている」という直感がある武田先生。
このまとめのノートの最初の方に書いている。
「この一冊はあるいは私が知りたいと思っていることと違うかも知れない。しかしとにかく、丁寧に読んで情動を探ろうと思う」

 魅惑感や渇望感などを情動に含めるためには、情動の範囲をかなり広く理解することが必要である。−中略−ここでは、情動の範囲を広げて、事物の価値的性質を「感じる」という仕方で捉える心の状態をすべて「情動」とよぶことにしたい。(6頁)

「感情」がある。
その「感情」が価値を呼ぶ。
どういうことかと言うと、楽しければ「もっと楽しみたい」と思う。
「美しい」と自分が感じたならば、その美しさを「なんとか自分の手に」とか。
嫌悪だったら「顔も見たかねぇや!」というような価値的性質を感情は帯びる、と。
これは不思議な物の言い方。
哲学者の人はこういう言い方をする。
「見る」「聞く」「触れる」は感覚器によるが、心で感じて心にたち現れる価値的性質が情動なのである。
見るとか聞くとか触るとかというのは感覚がある。
でも心で感じていることは頭の中に湧くが感覚器はない。
「何か今日、つらいなー」とか「何か今日、うっとうしいなー」とか。
いくら考えても答えが出てこない。
原因、理由はわからない。
カーッとなって怒った時も「何でいつもよりこんなに腹が立つんだろう」という。
「腹の虫が治まらない」ということがある。
自分の内側に他の者がいて、ソイツと自分のコミュニケーションが取れていなくて気分だけが残っている、とか。
女の子が二人歩いている。
「右の子、好みだなー」と思ったとする。
左の子と比べて「何が好みか」は言えない。
「好み」は「好み」だから言えない。
「見る」「聞く」「触れる」に関しては比べられるが「感じること」に関しては感じてしまったまんまで、さっきの「ぼんやりうっとうしい」と同じように、何で好みかもうまく言えない。
そういう広い感情の動きを「情動」と呼ぼう、と言っている。
「情けが動く」と。

 情動には特有の感覚器官がない。(7頁)

しかも喜怒哀楽ばかりではない。
魅惑や渇望という情動も心理に出現させる。
さっき言ったように「好みのタイプ!」という心のざわめきみたいなヤツは心理に現れて自分を突き動かすのだが、それがどこからやってきたのかうまく説明できない、という。

有名な情動のジェームズ=ランゲ説によれば、私たちは悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのである(9頁)

これは不思議。
つまり理性で捉えて「悲しい」と感じたから泣くのではない。
ハッと気がつくと泣いている。
それでその情動に対して理性が「あれ?オレ悲しいんだ」と。
こういうことは人間にある。
「情動を注意深く見よう」と。

情動に身体的反応の感受が含まれるとしても、それはあくまでも身体的反応の感受であって、事物の価値的性質の感受ではない。(10頁)

若い女の人が泣いている。
「あ、この人は悲しいから泣いてるんだ」と思うと「君は甘いよ」と。
女は悲しくなくても涙を流すことがある。
つまり、泣いてその姿を人に見せるという行動に打って出る時がある。
「アタシ傷ついたの・・・」なんて何回も言われた武田先生。

私たちが目覚めている間中、ずっと情動は生じている。(はじめに)

考えると不思議。
若い女性が頬に涙を流している。
「あ、この人は悲しんでいるんだ」と思いつつも、その涙というのは悲しく見せるための演技ではないかと疑う。
この「疑う」こともまた「情動」「感情」。
結局その涙が「価値的性質」、何のために流され、どんな価値が値打ちがあるのかということを分かった時、涙のみを「悲しい」とイコールで結べない、という。
「泣いたら勝てるかな?」みたいなことはあるんじゃないかと思う水谷譲。
昔、とある女性に教えてもらったことがある武田先生。
女の人は被害者に回り込む。
やっぱり被害者の方が得。

女性という生き物はよく見ていると本当に不思議。
武田先生の恋愛時代の体験。
綺麗な女の人がいる。
仲良くなる。
必ずすっぴんで来る。
化粧をしたその人の顔が好きなのだが。
若い時には「好きだ」というのは目が「闇夜のタヌキ」みたいに光るタイプなので、女の人から読みやすいのだろう。
ちょっと武田先生に興味のある女の人は必ずすっぴんで来る。
それがずっと謎だった。
武田先生の偉い所は若いとき持った疑問をずっと持ち続けているというところ。
女の人は化けるためにメイクをする。
メイクは美しく見せるためではない。
自分を隠すため。
男というのは隠そうとしているものを見たがる。
「絶対に開けないでください」といったら絶対に開ける。
「絶対に見ないでください」といったら絶対に見にいく。
「絶対に触らないでください」といったら触りにいく。
男はそういうもの。
女の人というのは隠すことが本質。
バーッと男が入ってきて「イヤ!」とか言いながら股間と胸に手を当てるから男は「フフフ・・・お嬢さん」とか言う。
でもあれはバッ!と両手を広げてみる。
バァン!と広げる鳥がいる。
あれをやったら男が怯えてバァン!と扉を閉める。
男は隠されているものに関して興味がある。
スカートを「よくあんなもん履きながら風の中、歩けるね?」といつも思う武田先生。
スカートは何に似ているかというと「マジックショーのカーテン」。
手品師が箱に布きれをかぶせる。
「1、2、3」とかと言いながら。
スカートというのはマジックにかぶせた布きれ。
スカートの中はマジック。
男は見たがる。
でもネタは絶対にバラしちゃいけない。
しっかり閉じていないと。
男の情動というのは隠されたものに対して動く。
(著者の)信原さんがしきりにおっしゃっているのは「情動は価値に対して動く」と。
「価値」というのは「この人は好きなタイプだなぁ」とか「この人は嫌いなタイプだなぁ」とか。
情動はそっち。
「その価値に向かって動く」ということ。

人間の感情。
その感情の不思議さみたいなものを。
昨今、感情というのがいろんなところで混乱している。
人間の感情。
情動の混乱。
例えば殺人事件から動機が消えたり、思わず目をそむけたくなるが若いお母さんがわが子を、とか。
老夫婦が殺し合う、とかという。
件数としては日本はすごく平和の方に流れているが「情動」「感情」の掴めない人たちがけっこういる。
そういう人たちに対して、その人が表現できない感情とは、情動とは一体何か?
深く考えないとダメ。
トップニュースの文字だけで世界は割り切れるものではないと近頃思うようになった。

いろんな人がニュース解説をやったり世界のことを説明してくれる。
そんな情報はスマートフォンも含めて、山ほど世の中にあふれている。
でもよく見つめると全然わからない。

「北斎が印象派に与えた影響」という、その手の本も読んでいる武田先生。
例えば葛飾北斎が描いたお相撲さんの一筆書き(「一筆書きというのが何を指しているのかは不明だが『北斎漫画』十一編を指していると思われる)で「お相撲さんが腰に手を当てて休んでいる」とかを印象派の人たちの絵の中に探すとドガのバレー(エドガー・ドガ『踊り子たち、ピンクと緑』)。
あれは腰の角度から全く同じ。
それからお相撲さんがタライのお風呂か何かで体を洗っている。
それが印象派の『たらいで背を洗う女』という。
構図が全く一緒。
それからモネの『ポプラ並木』(クロード・モネ『陽を浴びるポプラ並木』)。
ポプラ並木が並んでいて藁の小積みというかあれが畑の中にたっている。
あれが北斎の農村風景(葛飾北斎『冨嶽三十六景 東海道程ヶ谷』)と全く同じ。
木が何本も立っていて、という。
それを上野の美術館でやったから見に行った。
(国立西洋美術館で開催された「北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」かと思われる)
葛飾北斎とそれから浮世絵。
「ジャポニズム」と言って浮世絵がゴッホなんかにも巨大な影響を与えた。
『ひまわり』とか『アヤメ』とかがある。
それから『タンギー爺さん』は後ろ側にゴッホが浮世絵を描いてる。
すごい影響。
モネもアレだしドガも。
みんな。
何でマネしたのか?
いわゆる彼らの「情動」が「感情」が動いた。
でも何で?
その「価値的意味」。
彼らは何の価値を見出したのか?
考えてみたら本当に不思議。
マネをするというのは、よほど強い感情。
そこから印象派が生まれてきて、あれだけの美術史の大革命になった。
「これ何でだ?」というのが不思議で仕方がない。
北斎の何に惹かれたのか?
セザンヌなんかも白状しないが、そうらしい。
ボォン!と故郷の山を描いたのは北斎の『赤富士』(葛飾北斎『富嶽三十六景 凱風快晴』)をマネした。
赤富士を見てセザンヌが「スッゲェ!」と思う。
かんざしをいっぱい差した芸者さんの浮世絵を見てゴッホが「スッゲェ!」と思う。
北斎が描いた花の絵を見てゴッホが「オレも花、描こう!」と思う。
何でそう思うのか?
(おそらく「北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」へ)奥様とお嬢さんと三人で行った武田先生。
「(印象派の画家たちが)北斎のどこに惹かれたんだ?」と。
富士山が奥側に見えて、波がこうバアッと渦巻いているヤツがある。
あんな波が来たら死んじゃう。
あれはオーバーに描いている。
「あれでひっくり返った」という。
美術の本にも理由は書いていない。
今、『たゆとうけど沈まず』という日本の版画の売買をやった人とゴッホの物語を読んでいるが、それにも出てこない。

たゆたえども沈まず



やたら「ゴッホは浮世絵に惹かれた」ばかりしか書いていない。
「何で惹かれたんだ?」というのが不思議。
びっくりすることを言った武田先生のお譲さん。
「何で北斎のマネしたんだ?」と言ったら(大学で美術を勉強している)お嬢さんが「北斎の絵には意味がないからよ」。
「なるほど」と思った。
「西洋の絵」というのは意味がないとダメ。
例えば女の子を描いて、その女の人が百合の花を持てばマリアになる。
マリアがあって、足元でヘビを踏んでいないといけない、とか。
聖書の意味とかギリシャ神話の意味とかが一枚の絵の中にあるのが「西洋美術」。
だから印象派が描いて大パニックになったのは『草上の昼食』(エドゥアール・マネ)。
公園の片隅でサラリーマンみたいな人と奥さんか恋人か、それが素っ裸で飯を喰っている。
それを見た時にものすごく印象派はいじめられる。
女の人の裸はギリシャ神話の女神を描かなければならない。
それが普通の女の人が裸になっているから。
「印象派!」という悪口。
『印象・日の出』をモネが描く。
あれを罵った批評の言葉が「な〜んだ、印象描いてるだけじゃ〜ん!」。
「意味のない絵を描く人たち」という意味で「印象派」という。
彼らは北斎を見て何が驚いたかといったら「意味がない」。
『赤富士』は山が描いてあるだけ。
それを見てびっくりした。
「何だ。北斎がやってるんだったらオレも故郷の山、描いていいんだ」ということになる。
「ただの風景を描けばいいんだ」「それが絵でいいじゃねぇか」ということ。
ゴッホに至っては北斎が描いた菊の絵を見て「何?花描いていいの?」「ひまわり描こうぜ!」。
「絵に意味はいらないんだ」という。
意味がないということが「情動」「感情を動かすんだ!」という。
だから「麦畑のカラス」というゴッホの絵がある。
真っ黄色の麦畑の中にカラスがバーッ!と。
何の意味も感じない。
でも動く感情だけはどうしようもない。
モネの『睡蓮』。
東洋の花がいっぱい咲いているだけ。
あれはキリスト教で出てくる花ではない。
だが、モネはそれを描いた。
もっとモネのすごいのは「家族」を描いた。
意味はない。
キリスト教的意味合い、ギリシャ神話的意味合いはないが「へぇ、奥さん幸せそうだな」という「情動」が動いた、という。
それが「印象派」という流れを作っていった。
そこから美術が第二のルネサンスで「神を離れて人間の元にやってきた」という。
北斎が与えた影響はデカくて『考える人』の(オーギュスト)ロダン。
ロダンたちもマネをしている。
「ジャポニズム」というのはもの凄いショックだったらしい。
ロートレックも浮世絵の役者絵を見て同じことをやる。
つまり「頭ではないんだ」「感情が動くということが大事なんだ」という。
その「情動が動く」という興奮。
それが印象派から、やがては近代絵画へ流れていくという。
情動が動けばそれは美なんだ、アートなんだ。

価値判断には情動が不可欠である。情動がなければ、世界の価値的なあり方を知ることはできない。(50頁)

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posted by ひと at 10:27| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月31日

2018年11月12〜19日◆ゴッドハンド

これの続きです。

これは前に考古学ブーム、そして旧石器ブームを巻き起こした学者さんたちの戦いを語ったが、やがてそれは一人の男の出現によって旧石器の研究がすっ飛んだというスキャンダルになってしまうという。
その顛末をみなさんにお話ししたいと思う。
一番最初に杉原さんという登呂遺跡なんかやってらした方。
それで芹沢さんという方。
これは東北大学の教授。
この方が旧石器に目覚めて。
そして相澤(忠洋)さん。
縄文土器を見つけた方。
これはアマチュアの方なのだが、この方のおかげで教科書が変わったというくらいの大発見があったのだが、その後、一大スキャンダルで先人たちの功績というのがすっ飛んだという、その顛末。

発掘狂騒史: 「岩宿」から「神の手」まで (新潮文庫)



前に話したのは杉原さん、東北大学に行かれた芹沢さん、相澤さんの感動的物語だったのだが、この『発掘狂騒史』の中で1990年代後半になって藤村新一(番組中「本には『一郎と書いてあるので』」ということで「一郎」と言い続けているが、本の中でも「新一」)という青年が登場する。
ついた名前が「ゴッドハンド」。
この青年が一地点を指差して「出たぞー!」と叫ぶと日本を揺るがすような旧石器の発見が相次いだ、という。

何かの雑誌で読んでびっくりした話。
1997年(平成9年)にこのゴッドハンドは山形・宮城県境約30kmも離れた2地点からピッタリ接合する一つの石器を発見している。
これは石器の半分と石器の半分が遠いところにあったのだが、その両方を発見して「ほら、ピッタリ合いますよ」というので奇跡を呼んだ。
そしてテレビ、雑誌メディアのスターと彼はなった。
その頃にかつて日本の考古学をけん引した相澤さんが60代半ばで病死され、この相澤さんの後釜として藤村というアマ考古学ボーイは発掘の星となった。

この藤村新一くんはこんなインタビューを残している。
子供の頃から土器に興味があり、近所の空き地から土器を見つけて先生に見せると大発見だと褒められてうれしかった。
仕事が終わると芹沢先生の宮城県内での考古展を見に行き、親切な芹沢班の人に特別に毎日見せてもらった。
自分もその人のおかげで石器へのロマンを持った、という。
感動的なお話なのだが。
これは彼が憧れた考古学ボーイが話した話と一緒。

相澤忠洋のコピーだ。日中は履物屋の丁稚をして苦学していた相澤が、露天商から手に入れた石斧を通っていた夜間中学に持っていき、先生に褒められて得意になったエピソードとほとんど同じだ。ただ石斧が土器になっただけである。(266頁)

 藤村の捏造事件を、最初に世に知らしめるきっかけとなったのは、発掘調査会社アルカ代表角張淳一だった。(278頁)
 
この方は長野の人で旧石器を学び、私財をなげうってアマ考古学チームを自らの手で立ち上げた、という。
この方が藤村の相次ぐ世界的な発見、日本史を揺るがすような旧石器の発見に「ちょっとおかしいんじゃないか?」と。
あまりにも大発見が集中しすぎている。

 そして捏造が発覚する歳、二〇〇〇年(平成一二)二月には、ついに埼玉県秩父で五〇万年前とする住居跡までが藤村らによって発見される。これら東北も含めた一連の発見は、発掘チームによって「原人は男女を現わすように石器を埋めた儀礼や、埋葬などの宗教活動も行っていた」と発表された。もはや世界の考古学はもちろん、人類学にも大きく影響する、驚愕すべき事態になっていた。(300頁)

そういう世界的な大発見をすればするほどアマ考古学の角張さんは発見が「どう考えても、これは藤村が自分で石を埋めているとしか思えない」と。
その嘘を告発することで、考古学そのものを深く傷つける恐れゆえに、アルコールでごまかして耐え忍んだという。

そして角張さんに続いて藤村の発見に疑問を持った人で竹岡俊樹さんというアマの方が出てくる。
この二人が「どうも藤村はおかしい」と心を痛めるようになった。

 事件が発覚する約三ヶ月半前の二〇〇〇年七月二四日、ついに角張は自らの会社アルカのHP上で「前期・中期旧石器発見物語は現代のおとぎ話か」と題して、藤村の捏造を指摘する起爆剤≠ニなった論文を一般に公開する。(303頁)

「面と向かって『考古学を売りやがって』と言われたこともありました。『神の手を疑うのか』という雰囲気で、何かの新興宗教みたいでしたね」(304頁)

藤村はというと、考古学界の一大スターだからテレビ、活字メディアで大活躍。
ところがよく見るとやっぱり変。
この捏造というのは科学的発見でもなんでもそうだが、よく見ていると変。
藤村は一人であれほどの発見を重ねながら論文を一本も書いていない。
(本には「正式な論文がほとんどなかった」と書いてあるので「一本も書いていない」ということではなさそう)

捏造はこの間もあった。
ナントカ細胞。
STAP細胞問題とは何だったのか? | ハフポスト
あの時も大騒ぎになったが、やっぱりよく見ていると変。
ノーベル賞を貰った先生が言っていた。
あの先生は頭から疑っている。
「論文がおかしい」と。
鋭い方には見抜ける。
だから藤村の捏造に関しては角張さん。
それからもう一方、竹岡さんという方が「おかしいぞ」ということで見ていた。
しかし、このへんがまた不思議。
前の細胞の捏造(STAP細胞)の時もそうだが。
この藤村の後ろ盾には東北大学の芹沢さんという大教授がついている。
その芹沢さんはとのかく前期旧石器に燃えている人なので、藤村の発見がありがたくて、わくわくして仕方がない。
考古学を引っ張っているのは日本ではとにかく芹沢さんの権威なので、誰も文句を言えない。
前の細胞の捏造の時もそうだった。
くっついている人がすごい人なので、つっこめないし質問できない。
でも竹岡さんと角張さんは心の痛みを隠しながら捏造というのを内部告発する。

毎日新聞北海道支社の根室通信部にいた本間浩昭記者は、「藤村の発掘はおかしい」という一本の電話を受け取る。(304頁)

本間は本社報道、あるいは新聞報道に強い疑問を持つ記者だった。
この記者は大学の権威のまま、素人の発見を新聞で報道してしまう大手新聞というものに関して、すごい疑いを持っていた。

 さらに本間は新聞記者として、ジャーナリズムの欠点も承知していた。
「やっぱり記者は『最古』のとか『初』ものに弱い。大本営発表をそのまま書いてしまう。
−中略−彼の発見の多くは、そうした科学的な裏付けを欠いていた。非常に雑だと感じた」(306頁)

STAP細胞もそうだった。
割烹着で大騒ぎし、ビーサンで大騒ぎし、本質はちっともついていなかった、という。
「教科書を疑え」とノーベル賞の先生がおっしゃったが、「新聞も怪しげだ」とどこかで思っていないといけない。
これは記者さん自らがおっしゃっている。

ビジネスの安全と成功のために、当たり前や常識を疑え (1/3) - ITmedia ビジネスオンライン

 本間は、毎日新聞社北海道支社の真田和義報道部長に「藤村氏の石器はおかしい。もしかしたら一面トップを狙えるかもしれない」というメールを、疑惑の根拠も添えて送る。(306頁)

毎日新聞北海道支社の六人の取材チームは、連日会議を重ね、北海道新十津川町、埼玉県秩父市、宮城県築館町と約二ヶ月、計一四日間の張り込み、約一〇〇〇万円もの取材費をついやして藤村を追い続けた。(308頁)

目撃情報だけでは駄目で、写真は絶対条件だ。しかし広い発掘現場での、薄明かりの下での望遠レンズを使った撮影は困難を極めた。取材班は実際に藤村が埋めにきた現場にも居合わせたものの、そのシーンの撮影は失敗の連続だった。(308〜309頁)

藤村が石器を埋めているのは間違いないからその瞬間をとらえてほしい、それがジャーナリズムの責務だと言ってね。それと恐らく夜に埋めてるだろうから、ナイトスコープでの撮影も提案した。まさか朝になって堂々と埋めてるなんて、このときは思ってもみなかったからね」(308頁)

「大スクープもこれまでか」と危ぶまれた一〇月二二日早朝、取材班はついに、藤村新一が石器を埋めている決定的瞬間を鮮明な映像で捕えたのだった。(309頁)

でも、この油断を見てもそうだが、藤村という人は子供っぽさがあって、余り深い計算とか悪意がなかったのではないか?という。
写真を撮った後、取材班は彼を追いつめていく。
まずは連続写真でしっかりと埋めている行動を撮り、藤村の上司役にあたる芹沢班の責任者たちを呼びつけて、これを突きつけた。
「ゴッドハンドなんて呼んでますが、朝、こんなことやってましたよ?」と。
(といった記述は本の中にはない)

 取材の総仕上げとして、藤村に実際にこの映像を見せ、この事実を本人に当てなければならない。インタビューは極秘のまま一一月四日、仙台市内のホテルのスイート・ルームで行われることになった。−中略−
「藤村氏はアポをとっても、すぐにドタキャンすることで有名だった。しかし相手が若い女性だと受けることがわかっていたので、当日は若い女性に同席してもらうように手配し、万全を期しました」
(309頁)

(番組では「美人記者」と言っているが、本には美人だったとは書いていない)
美人記者を先頭にしておいて五人(とは本には書いていない)。

「当日は藤村氏が自殺しないよう、部屋の窓を家具でふさいだりしたよ。(310頁)

(番組では隣の部屋に奥さんを呼んでいたと言っているが本にはそのような記述はない)
美人記者に旧石器を発見するコツなんかをしゃべらせといて、突然男性記者に変わって、連続写真をバァーン!と。
「あなた埋めてるでしょ?これ。何を埋めてるんですか?」
「この日、あなたこれとこれを発見したと言いましたね?」
「あなた、発見したこれを朝、何時埋めてたんでしょ?」
突きつけられた瞬間に藤村は旧石器捏造を認めた。
(このあたりも本の内容とはかなり違う)

藤村が捏造を認めると、すぐに東京本社へゴーサインがいき、予定原稿が次々に入稿されていった。(310頁)

許可を出してNHKにも。
NHKも動いていた。
もう毎日(新聞)がつかんでいるので「毎日より先に出さない」ということで。
(本にはNHKが動いていたことは書いてあるが、そういった取決めがあったようなことは書いていない)
一面が終わった後のニュース報道のフィルム回しはNHK。
日本考古学界の大混乱は凄まじかったようだ。
今のスキャンダルと全く同じ。
芹沢班は激しく責められ、検証委員会は藤村を呼び出し、藤村を考古学界から追放した。

 藤村は捏造発覚後、精神科医から「鬱」や「解離性人格障害」などと診断されていたので、聞き取りには必ず、鎌田が紹介した医師が立ち会っていた。(318頁)

本当にお気の毒だが、藤村を応援し続けた芹沢もまた、弟子たちがブワーッと離れていく。
そして寂しさの中で死んでいったという。
最初の告発者の角張さんもアルコール中毒になり、この報道の後、体を壊し絶望のうちに死んでいったという。
そして芹沢班に集められた日本の考古学、旧石器の研究者であった大学講師、准教授の人たちも東北大学からほとんど追放同然で。
この毎日(新聞)、それからNHKのテレビ報道によって日本の旧石器研究というのは完膚なきまでに、きれいに爆破されていった、という。

「あなたは事件当時、相澤忠洋になろうとしてましたよね。最初に石器と出会った話から、旧石器の展示に何度も通った話も、相澤さんの真似をした」(324頁)

「アマチュアの星である相澤になりたかった」という単純な動機こそが巨大な捏造を生んだのではないだろうか?という。

捏造が毎日新聞のトップ一面を飾って、すぐにNHKが全国放送でこの捏造事件「ゴッドハンドは嘘だった」というのを報道する。
東北大学の旧石器研究チーム、主催をしていた芹沢さんから研究者から、告発した角張さんというアマチュアの方なんかも孤独と絶望のうちに、数年のうちに亡くなられている。
しかしその中でも首謀者である藤村は生きていた。
自殺防止のために駆け付けた(という事実はなさそうだが)奥さんとはその後離婚。
それでも藤村は別の女性と再婚をしている。
そしてひそかに福島南相馬で生活をしていたという。

これは何がすごいかというと、この本の著者である上原善広さんは最近、藤村さんの所にインタビューに行っている。
「最近」と言っても○年前。
その事件が人々の記憶からない頃、このルポルタージュをお書きになった上原さんだけは「神」と呼ばれたかつての男にインタビューを。
何度も何度も彼の家の扉を叩いて、その扉が開いて、藤村はインタビューに応じている。
著者曰く「藤村は神であったことを無邪気に著者に語り続けた。核心に触れる質問をすると『幻覚とか幻聴に導かれて石器を発見した』などという神がかった発言を平然とする」という。
そして手のひらを「触っていいですよ?」と言いながら、著者が手のひらを触ると「神の手ですよ」と言いながら笑ったという。
著者曰く藤村の様子を、インタビューも含めて「全部芝居してるのかもしんない」と。
(このあたりも本の内容とは大幅に異なる)

この藤村の捏造事件に相対して協力した角張さんという方がいらした。
この方はアルコール中毒で無念の思いで亡くなられた。

 竹岡は「自分が参加していれば、もっと違った結果が出ていた」と断言する。−中略−藤村の石器には、実は本物も混じっているんだ。(315頁)

この竹岡さんというのはヨーロッパで地層の研究をなさって、科学的知識を持った考古学者だった。
それで半分以上嘘かもしれないが、もう一回調べてみないとわからないというのを必死になって世間に訴えるが、もう捏造事件があるから「全部破棄」。
もう捏造スキャンダルの威力は凄まじくて「戦後の考古学のすべてを吹き飛ばした」という。
いわゆる「捏造あばき」というのはパワーを持っているが「もしかしたら」とこの竹岡さんが無念がってらっしゃる。

ひたすら藤村は批判で罵られ、彼を守った芹沢も激しく疑われ

 そして二〇〇六年(平成一八)、芹沢はついに倒れる。(345頁)

享年八六歳。(346頁)

芹沢教授が発掘していたという遺跡も全部捨てられた。
藤村と一緒に研究に関わった人々は非常に無残な人生を送られた。

竹岡さんというのはクール。
この方は捏造スキャンダルの破壊力で無残に崩れ落ちた「石の塔」とおっしゃっている。
(本によると「石の塔」というのは竹岡さんが言った言葉ではないようだ)
「象牙の塔」ではなくて。
研究者が積み上げた旧石器という石の塔は無残にも、という。
間違いなく旧石器の後期はあった。
そういうものも全部いっぺんに壊れた。
このむなしい話の中から何かをみなさん、見つけ出しましょう。
そしてスキャンダルが暴かれて正義が見えた瞬間「その正義と同時にとても大事なものを失う」ということがありうるということを少し考えましょう。

今、日本中から旧石器に関する研究はもうほとんど消えていると思われているが、竹岡さんは頑張ってやってらっしゃるようだ。
健闘を祈りたい。

4万年以上前の前期旧石器。
日本にはあるのかないのか?
その頃、日本はあちこち火山が噴いていて、人が住めるような所ではなかったというのが通説。
しかし氷河期で今より氷が厚かった。
北海道と大陸がつながった関係が冬の間だけできるので、マンモスを追って原人は来たのではないか?と。

間宮海峡に立ったことがある武田先生。
仕事でロシア側と樺太のあそこの海峡に船で行ったことがある。
引き潮の時にあそこの海峡は降りられる。
長靴で水が入ってこない。
そんなに浅い。
船を深みのところに置いておいてあそこを歩いたことがある。
間宮海峡はそんなに浅い。
ロシアの人はその海峡のことを「タタール海峡」と呼んでいる。
そこが氷が張っているワケだからマンモスは当然やってくる。
まだ津軽海峡が浅い。
10mぐらいしかない。
そんな時代。
原人がこの列島にやってきて住み着いたことは間違いない。
その証拠が捏造をやったかも知れないが、藤村の発見の中に一つか二つあったかも知れない。
でもそういう調査は一切行われず、毎日新聞の報道の後、全部ただの石ころとして処分されてしまった。
竹岡さんという研究者は、相澤から杉原、芹沢が命をかけて積み上げた石の塔が藤村の捏造ですべて引っくり返され、賽の河原のようになった日本考古学界にありながら、その石を一つずつ拾いながら、もう一回積み上げている。
だから大発見がこの竹岡さんたちのグループでできるかもしれない。

ここでもう一回くどいが、毎日新聞のスキャンダルというのは60年の研究が壊れた。
「文春砲」とか「新潮」とかがあるが、スキャンダルというのはやっぱりむごい。
スキャンダル発覚から10年以上経って主犯の藤村はおどおどと地方の小さな村で幻聴幻覚に悩まされながら生きている。

 私はふと「いっそ刑事事件として罰せられた方が、彼にとって楽だったのかもしれないな」と思った。(326頁)

犯罪ではないから。
捏造スキャンダルで暴かれた瞬間から手足を縛られたまま、水の中に突き落とされるような生涯を藤村は過ごしている、と。
今もスキャンダルに縛られて顔を晒されて、手足を縛られたまま水の中で生きるが如く、アップアップしながら浮き沈みを繰り返し、息だけしている。
そういう人たちもいるのではないか?という。

藤村を責めつつも、捏造スキャンダルがどのようにして生じ、その藤村の心が澱んでいったか、腐っていったか。
それをちゃんと見ようとするこの本の著者の目が実に優しいと思う武田先生。

人生をスキャンダルで棒に振った人たちをさらに追い詰めて、さらに鞭打つような正義はない。
この「神の手」と偽ったこの男に対してノンフィクションの手法で著者は手を優しく差し伸べていると思う武田先生。
この著者は優しいと思う。
やっぱり懸命に藤村の今後を心配してらっしゃる。

この上原善広さんの『発掘狂騒史』というノンフィクション。
この一作こそ「神の手を持った男を描く、人の手のぬくもりを持った正義の一冊」である。
何が言いたいかというと、スキャンダルメディアの方、スキャンダルを暴かれる時にその「人の手のぬくもり」をお持ちになってくださいと、こう言いたい。


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2018年9月3〜14日◆スキャンダル 突き落とされた人々(後編)

これの続きです。

アマチュア考古学者、相澤忠洋の人生を辿っている。
この人の人生を辿ると、その後の捏造事件の深い真相なんかも見えてくる。

一生懸命働くよい少年だったのだろう。
上野のそのお店が彼に自転車を貸してくれたそうで。
(本によると自転車は浅草の履物屋のもの)
その自転車に乗り小豆沢に出かける。
それで一生懸命スコップで掘っていくという。
だからやはりその頃の日本は、いい人ばかり住んでいたのだろう。
夕暮れになると少年が土をほじくり返しているので近所のおばさんが来て「兄ちゃん何やってんの?ああ、土器探してんのかい?お腹空いたろ?ほら」といいながらサツマイモをくれたり。
(本によると道に迷って小豆沢にはたどり着けず。近くにあった民家に水をもらいに行ったところ、サツマイモを出された)
だんだん「あの子は土器を探してるんだよ」というのがその板橋区小豆沢あたりで有名になった。
(ということはない)
そのうち別のおばさんが「うちの庭掘ってごらんよ。うちの庭だ、何だか知んないけどさー、貝殻がボロボロボロボロ出てくんだよ」。
「そうですか。じゃあ掘らしてください」と言いながら、おばちゃんの所の庭を掘る。
貰ったイモか何か喰いながら。
(番組では上記のように「別のおばさん」となっているが、貝殻が出ると言ったのは最初にサツマイモをくれた人)
土器片をいくつも発掘していく。
その土器片を教えてくれたあの博物館の考古学に詳しいお兄さんのところに駆けて行って「これはこの間、小豆沢で見つけたんです!」と言うと、そのまた学芸員をしていたお兄さんがよい人だったのだろう。
「今度○○博士がやってくるから訊いてみるよ、これ」
(最初の時点で小豆沢にはたどり着けていないので、小豆沢で掘るようになったのは「おばさん」とは別件。最初に親切にしてくれた人は学芸員ではないし、この時に行ったという記述はないし、この後の文章も大幅に本の内容とは異なる)
そうしたら何とこれが、大変な土器の発見につながっていった。
もうただのおばさん家の裏庭じゃなくて、土器片、石器片の発掘が相次ぐ。
相澤少年は誘導灯に誘われるがまま、土の中の遺跡を掘る青年になっていくという。
後に兵隊にとられ苦労はするものの、戦争が終わると桐生横山町というところに住んで、戦後は一人暮らし。
闇市の物品を仕入れて手売りで歩くという商売をしながらも、そこでも「あそこには土器が出るぜ」という噂を聞くとスコップを持って土をはぐという日々を過ごす。
でもこの熱心さは一種、健気すぎて一直線すぎて布団も綿がなくなっちゃって。

「布団といっても、中の綿が飛び出したすごい布団です。布団の綿は土器が壊れないように包むのに使っていたので、中身が少なくなっていました。私はその少なくなっていた綿を出して包まり、堀越さんは布団の皮≠体に巻き付けて寝てた。(57頁)

もう極貧生活。
ところが二十代の前半の時、そのいつも通う稲荷山の切り通しで発見した黒曜石が日本の石器時代を発見するということで、彼は考古学界の大ヒーローになる。
そして大発見の人生を抱え込むことになる。
ところが岩宿遺跡の発見者は誰かという問題が相澤と杉原の間でわだかまる。
杉原さんは中途まですごくいい人なのだが、だんだん発見が重大になっていく。
そうすると杉原さんがあんまり相澤さんのことを言わなくなる。
「私が見つけた手斧は」ばっかり語るようになり、二人の間にわだかまりが。
だから難しい。
相澤の黒曜石は文化財の扱いを受けない。
でも杉原が発見した石斧は重要文化財の指定を受ける。
メディアは相澤のことを「アマチュア考古学者」とのみ伝えるワケで。
(相澤の名を掲載せず「アマチュア考古学者」と発表したのは毎日新聞のみ)
さらに朝日は相澤を「岩宿の発見者」とし「旧石器の発見者は杉原とする」という。
(本には朝日には「東京考古学会会員で桐生市在住の相沢忠洋氏」と書いてあったという記述のみ)
メディアでも扱いが変わってくる。
この二人のわだかまりに芹沢は「すべては相澤と知り合った自分から大発見が始まった」と思うようになる。
ところが杉原は発見のすべてを牛耳っているというような感じになり、芹沢は師である杉原に、わだかまりを持つようになる。
芹沢さんも学者さんになっていくが、どの論文でも杉原を無視するようになるという。
人間関係というのはなかなか難しい。
このあたりが実は考古学の根っ子にあるという。
これは今も変わりないのではないか?
スキャンダルの裏には実はその前に深い病巣というか、根っ子があるのかもしれない。
だからただ単純に「あの人はいい人で、この人は悪い人」と言われないのがスキャンダル。

相澤忠洋というアマチュア考古学者がいる。
彼の紹介の元でまた別の石器を発見した大学教授、明大の杉原教授がいる。
この二人が「旧石器を発見したのは自分である」という。
そこにこだわり始めると「それは相澤さんが気の毒だ」と思う考古学ボーイが出てくる。
これが芹沢さん。
ちょっとややこしい。
杉原さんのお弟子さんが芹沢さん。
アマチュアの相澤さんがいる。
相澤さんの導きで旧石器の発見があった。
その相澤さんを横に置いておいて自分を売り出そうとする杉原という先生が教え子の芹沢さんは気に入らない。
そういうことも黙って耐えているアマチュアの相澤さんのことが好きになって、好きになった分だけ師匠の杉原さんが許せなくなってしまうという。
人間の感情は動く。
芹沢さんは夢を見る。
それは何かというと、相澤と組んで岩宿から杉原という先生を圧倒する大発見をすること。
それが自分の生きる道ではないかと思うようになる。
この芹沢さんは自分の学問をさらに深めるために明治大学に居残らない。
「先生と違う所に行った方がいいんだ」ということで東北大学。
そこに居を構え、足場を作る。
芹沢には仮説があった。
それは何かというと、杉原の石斧は旧石器後期のもの。
杉原を打ち倒すために芹沢が夢見たのは後期ではなくて前期。
さらに古い時代の石器を見つけること。
芹沢は相澤を先頭にし、相澤さんがいるとたくさんのアマチュア考古学者が集まってくる。
そういうアマチュアの力を結集し「共に掘ろう」ということで。
旧石器、それも前期の発掘に燃える。
この芹沢という人はアマチュアをものすごく大事にした。
自分のところの杉原教授が冷たかったから。
そのかわり芹沢は何としても自分の師匠である杉原を打ち倒すためにも狂気の如く「前期の旧石器を探す」ということに命を懸ける。
(このあたりの内容は本とはかなり趣が異なる)

人間らしい葛藤で、悲しみも含めて、世紀の大発見の後にはこうなってしまうのだろう。
長野県から情報が寄せられる。
これはやはり情報一つ。
「何かあのあたり出るみたいですよ」と言うので由井茂也くんという少年か青年がいて「矢出川という河原で旧石器みたいなものが出るんです」ということで、冬場、雪が降る中、全員で発掘に行っている。
そしてそこで黒曜石で細刃の刃を発見する。
この執念は凄い。
泥と雪、霜柱で、小さな石の刃の石器を見つけても見分けがつかない。
水で洗いたくても水をかけると凍って、今後抜けなくなってしまう。
「破損してしまう」ということで由井くん他の仲間たちに大声で叫び声を上げさせながら、その採石場の掘り出しに芹沢は燃えた、という。
何で大声で叫ばせたか?
熊が出現する。
だから数人が叫んで「その間に掘るように」ということで熊よけの叫び声を弟子たちに叫ばせながら。
(本によると叫んだのは熊をよけるためではなく「吹雪の中で黒いものが動いていると、熊と間違えて撃ってくる者がいる」から)
芹沢はもう、地に伏せて黒曜石で作ったカミソリ刃を固い霜柱の立った地面から引き出そうとする。

 とにかく出てきたものを確認するために必死だった芹沢は、雪の上に泥にまみれた石器を置き、その上から自分の小便をかけて洗った。(180頁)

(本には上記のように書いてあるが、番組では弟子にも命じて叫び声を上げながら辺り一面に小便をかけたと言っている)

芹沢は当時、「旧石器時代の終末期には、ユーラシア大陸と同じようにきわめて小さな石器、細石器の盛行した一時期があるにちがいない」という仮説を打ち立てていた。
 そんな自らの仮説を証明した第一歩が、この矢出川の細石刃発見だったのである。
(181頁)

つづいて向かった新潟県荒屋遺跡では四〇〇を超える後期旧石器を発掘した。また北海道では荒屋と同型の石器と、舌のような形をした茎部を持つ有舌尖頭器を発見している。−中略−
 芹沢は相澤と共に長崎県福井洞穴から、当時日本最古とされた土器を掘り出していた。芹沢はこの土器の古さを測るため、炭素一四年代測定法を使うことにした。
(182頁)

 当時の常識では、土器は約八〇〇〇年前に中近東で発見され、その後、世界各地へ広がったとされていた。−中略−
 しかし自然科学の炭素一四年代測定の検証によって、芹沢が発掘した土器は、約一万二〇〇〇年前という結果が出た。つまり、極東の果ての日本で、「世界最古の土器」が出土したということになる。
(183頁)

この発見は日本史どころではなく、世界史を揺るがす大発見ということになる。
中東から土器が始まったのではなくて、土器は日本から始まったんじゃないかという仮説も成り立つ。
これはひっくり返る。
これは大騒ぎになる。
縄文時代というのが、日本人が思っているより遥かに古い、長い年月を持っていた。
1万2千年前から一万年も続いた。
その時代が日本にはあったというふうに日本史が書き換えられた。

東北大学芹沢助教授は考古学界の台風の目になった。
これに対してかつての恩師、杉原は「負けてなるか!」というので岩宿遺跡にこもって再度発掘を進めて旧石器を発見する。
もう二人のケンカ腰の発掘合戦になる。
この物語の主人公である相澤さんは気がいい。
杉原教授に付き添っていらっしゃる。
杉原さんから頼まれると、相澤さんは「嫌」と言えなくて。
それでちょっとむごいことだが、この時の発掘した物は、これは読み間違いがあるかも知れないが、ほとんど杉原教授の発見ということで博物館に置かれた。

芹沢率いる東北大学のメンバーにより−中略−岩宿遺跡の再発掘調査が行われた。−中略−
 再発掘は一九七〇年(昭和四五)三月から一ヶ月間行われ、芹沢はそこで多数の珪岩製石器を発掘する。珪岩とは「チャート」と呼ばれる硬質の石のことで
(215頁)

芹沢はこれをもって「前期旧石器」ということにした。
これは大発見。
もう歴史はさらに3〜4万年以前から始まるという証拠を発見したという。
これに対して杉原は何と言ったかというと「それは石器ではない。礫である」。
(本によるとこれを言ったのは杉原ではない)
「自然の石だ」と言った。
外国に鑑定を頼もうということだったが(このあたりのページにはそういった記述は見つからない)前期旧石器と折り紙が付けられるのか、日本考古学界は「日本の地層を把握せずに、その結論は出せない」ということで芹沢長介さんの発見は強く否定される。
つまり「石器かどうか」というよりも石器が出た地層そのものをもう一回ちゃんと調べなおさないとわからないということで棚にあげられる。
対立する杉原らは芹沢の前期旧石器発見を「長介石器」と称して、からかい始める。
ここに二人の対立は深く根を持つことになる。

学者さんが「○○時代の土器発見」「石器発見」と言うと私たちはすぐに信じてしまう。
「へぇ〜そんな古いヤツなんだ」と思ってしまう。
断定はできない。
特に石器は自然物で「握りやすい形に丸まった斧らしきもの」とかというのは河原を探せば出てくる。
だからそれまで地層環境というのをよく把握せずに「発見発見」で騒いでいたのだが、実は芹沢さんも含め、日本の旧石器に関しては「かなり怪しいのではないか」と。
だが、国内ではこの芹沢一派と杉原一派というのは東北大学と明治大学で学閥で激突する。
その激突のさ中、芹沢さんは「負けてなるか」となお、全国のアマチュアに向かって「集まれ〜!」と声をかけるその一人にゴッドハンドの藤村が混じっていたという。

旧石器発見という、それも前期旧石器発見という日本の歴史を、いや、世界の歴史を塗り替える発見というのが1960年から70年に続く。
それはそれなりに武田先生も「これはすごいなぁ」と思っていた。
日本の考古学界は世界中から注目を一旦浴びた。
ところが冷や水を浴びせられる。
大学の学閥同士の激突が学会で始まった。
それは「片一方の学閥をやっつけよう」。
そのために東北大学、芹沢という人は日本中のアマチュアに声をかけて。
アマチュアに声をかけると様々な人が寄ってくる。
なにせヒーローがいるから。
相澤さんという日本の歴史を塗り替えたような人がアマチュアでいるワケだから。
だからやっぱりみんな憧れで集まってくる。
ところが人を集めているのは難しい。
そこに相澤さんにあこがれ続ける少し夢見がちな藤村という青年が混じっている。
この青年が芹沢さんの教えの元、土器石器を発掘し始める。
スキャンダルというのは不思議なもの。
この純朴な北の青年の藤村が、やがて考古学界に一大捏造事件を引き起こす。

スキャンダルというのは突風のごとく突然巻き起こるものではない。
人の感情があり、その人の感情が激しく行き交いし、渦巻き、絡み、波打ち、澱みができ、やがて思いもよらぬ人影によって一挙に破局にもっていくスキャンダルのうねりが生まれる。

ただ、事の真相を聞くとガックリくる時がある。
武田先生が人間ドックで行っている病院とよく似た名前のお医者さんを作る大学が「女の子の点数引く」と。
東京新聞:順大「女子、浪人差別」認める 医学部入試、2年で計165人不合格:社会(TOKYO Web)
失礼だ。
「科学的に物を見る」という医者。
医者を選抜する試験というのはそんなものなのか?
しかもお役人のエライさんの坊ちゃんは加点してくれる。
汚い。
京都で例の役(水戸黄門)を演っていた時に、何人もすれ違う人から「やっつけてください」と本当に言われた。
助と格を連れて乗り込もうかと思った。
テープを聞いたか?
「合格は予約ということで・・・」
あんなのは「越後屋」「代官」。
ところが「どこの大学でもこれやってんじゃねぇか」と。
何でかというと女の子が入ってくるのはいいのだが、病院の大看板であるところの「外科手術をやる医師がいなくなるんだ」という。
それはやはり「男の性」と「女の性」は違う。
子供の頃は人形を大事に抱きしめて寝ていた水谷譲。
ネコのぬいぐるみとかフランス人形っぽい柔らかいドレスを着ているようなお人形とか。
男の子にその人形を与えると、まずスカートをめくる。
「分解癖」というのは男の子の本能。
分け入る。
男の子のほとんど本能。
とにかく男の子は何かを見ると分解する。
ボールペンとか。
何でもバラバラに一回しないと気が済まない。
でも、そのことによって外科医が全然いなくなったら大変。
それだったら最初からそんなふうに言え。
女の子でどこを希望するかによって、外科医選ばないんだったら○と○というところで「女の子同士で戦ってください」とか。
「裏から入れてくれ」と頼んだ「はいはい、いいですよ」と言った大学の学長もいい加減でお医者さんになるには、また国家試験受けなきゃいけないので「だから入れるんだ」と。
とにかく、ささやかな人間関係のもつれとか澱みとか絡みが大きなスキャンダルに結び付く、という。

1972年(昭和47年)まで時は進んだ。
仙台東北大学の芹沢班、芹沢グループは県内のアマチュア考古学者に必死で情報を求め続けた。
「長介石器」と言って東京の方で自分の発見を嘲笑っている人がいる。
「どんどんオレが発見して叩きつけてやる!」と芹沢教授は燃えた。
前期旧石器発見。
これが彼の野望。
県内で石器を並べてしきりに考古学展を開く。
(本には古川市民会館で一週間の予定で「宮城県考古展」が開かれたということしか書いていない)
熱心に芹沢教授がやっていくうちに、そこにものすごく熱心に通ってくる男がいる。
22歳、藤村。
芹沢グループに座散乱木という地名の宮城県内の情報を持ちこんだ。
鎌田くんというのがいて、藤村と一緒に旧石器を座散乱木に探す。
藤村が「鎌田さん、鎌田さん。あすこらへんに何かあるような気がするんですよ」と指をさして鎌田がそのあたりを掘ると何かにあたる。
掘ってみると後期ではあるが石器に間違いないものが出る。

 座散乱木には一本の農道が通り、それが岩宿のように、地層に深く切り込んだ切り通しになっていた。そこでは旧石器時代の目安となる火山灰のローム層が露わになっていた。鎌田が早速、露出しているローム層を削っていくと、移植ゴテに堅い物が当たる感触があった。
 出てきたのは、地層からいって旧石器と思われる物だった。鎌田は郷里で初めて後期旧石器を掘り出したことに感動し、藤村と手を取り合って「バンザーイ」と喜んだ。
(269頁)

 七五年に鎌田が発表したレポートには、「発見した旧石器時代の遺跡は六ヶ所に達した」と記された。もちろん、そのほとんどに藤村は関わっている。(272頁)

今まで他の所を一生懸命掘っていた芹沢教授も乗り出して座散乱木の発掘に力を出す。
ここでなんと驚くなかれ、芹沢自身の手により藤村の「あそこに何かあるんじゃないですかね」という一言に導かれ、掘った所に4万年以前の前期旧石器の発見。
(藤村に言われて芹沢自身で掘ったという記述は本の中には発見できず)
これは学会が無視した石器とは違って、礫岩ながらはっきりと剥離面が確認され、しかもほとんど石を含んでいない地層から出ているワケだから人工的。
誰が見ても間違いない、ジャスティスを秘めた石器。
この発見は岩宿の発見より衝撃的発見ということでバァン!と地元新聞に大ピックアップとなり、何と藤村はこの時、アマチュア考古学界のゴッドハンドという名前をもらう。
芹沢は藤村が発見現場に立つと頼もしくなる。
何気なく藤村が「芹沢さん、あそこ」と言ってそこを掘ると出てくる。
この時期、相澤さんはもう60代半ばで体調を崩しておられた。
芹沢さんと藤村くんのコンビは頼もしくて、杉原が主張する3万年以前を否定し、必ず芹沢が4万年以前の石器を発見し、日本史の1ページ目の決着をつけるに違いない。
そう確信するようになったということ。
ゴッドハンドというニックネームがついたこの二人が「出たぞー!」というたびに奇跡的発見が続々と次ぐ。

 この報告書が発表された八三年(昭和五八)、一人の考古学者がひっそりと亡くなっていた。「考古学の明治」を一代で築きあげた、杉原荘介だ。(274頁)

芹沢はついに日本の考古学界の先頭に立った。
ところがこのゴッドハンドとトップオブリーダー。
このペアが日本の旧石器の記録を塗り替えている時点で、同じ芹沢班の中で「あまりにも出すぎるんじゃないか」と不安になった人が出てきたという。
これも人間の絡みとか澱みとか、そういうものなのだろう。
これが後の旧石器捏造という大スキャンダルになる。

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2018年9月3〜14日◆スキャンダル 突き落とされた人々(前編)

78歳のご老人が「○○が金メダル獲ったのはオレが裏で動いたせいた」と言ってバァン!と胸を張って、テレビがウワーッと詰めかけていって。
山根会長、村田諒太の批判に反論「生意気」「1人でメダルを取れる力はありません」― スポニチ Sponichi Annex 格闘技
その人が右往左往しているうちに同じ78歳が、たった30分で山に姿を消した子供を見つけ出して「助けてくれたお礼に食事でも」と言ったら「いや、それはいただけんのですわー」と言いながら別のボランティア活動に出かけていって。
2歳男児救助のスーパーボランティア・尾畠春夫さん、「お金かかる?」に「お金は余分にいらない」 自宅から生中継「とくダネ!」で : スポーツ報知
同じ78。
様々な78歳を、という。

今日、まな板の上に置いたのは、この番組らしく、平成12年(西暦2000年)のスキャンダルの中心人物。
18年前。
毎日新聞のスクープで日本中が大騒動になった。
旧石器捏造事件。
「ゴッドハンド」という摩訶不思議な人がいて、この人が「この辺にあるんじゃないかな〜」と言って掘ると旧石器が。
あの「大判小判がザクザク」ふうに見つかるというので、ついたあだ名が「ゴッドハンド」。
もう日本の歴史教科書の1ページ目が「この人が全部書きかえるんじゃないか」という大騒動に。
それが毎日新聞がこの人がしゃがんで埋めているところの白黒写真を撮って「発掘じゃない。埋めて掘りくり返してるだけだ」というので。
でもあのときに思わなかったか?
「よく毎日新聞わかったな」と。
物陰に隠れてあの写真を撮っているワケだから。
だから「あのへんに穴掘って埋めるぞ」というのを前夜からわかっていた新聞記者なのだろう。
この大騒動でこのゴッドハンドの人は叩き落されて引きずり出されて。
この方の人生そのものは突き落とされても続いている。
その人物の所に行ってあの時の事情を訊いたルポルタージュの記者がいる。

時々自分の運命をそうやってジイッと足元を見つめたことがある武田先生。
神様は突き落とすためにわざと登らせることがある。
何回も見てきた。
ちょうどいい高さになるとポーン!と後ろから背中を押す。
そうすると闇空間に人の絶叫が聞こえて。
途中で岩を登っているヤツの真横を悲鳴がサーッと下へ流れ落ちていく、という。
億稼ぐタレントが、とあることをきっかけに次の日からピッタリとテレビに出なくなる。
もう今、いくらでもあるワケだから。

そんな意味でこのスキャンダルに突き落とされて運命の底まで落ちた人。
その落ちた人を追跡調査して「なぜ、あなたはその細道を登ろうとしたのか?」を問い直すという。

発掘狂騒史: 「岩宿」から「神の手」まで (新潮文庫)



上原善広さん。
新潮文庫。
(『石の虚塔: 発見と捏造、考古学に憑かれた男たち』の改題)

実に奇妙な訪問からこの本は始まる。

 インターホンがないので、私が玄関のガラス戸を叩きながら「すみません、すみません」と呼びかけた。ガラス越しに、大きな男が立ったのがわかった。
 男は「なんですかあッ」と大声でこたえた。
「新一さんですよね」
 藤村新一は姓を変えていたので、私は下の名前で彼を呼んだ。
「そうですけど、おたく、どなた」
「相澤さんと芹沢さんについて、お話を聞かせていただきたいのですが」
「……帰ってけろ。病気で何も覚えてないんだから。幻覚、幻聴。うつにもなったからッ」
(10頁)

その男は今、姓を変え、福島の海辺に住んでいるらしい。
その男のところへこの記者は訪ねていって例の捏造事件をインタビューする。
「あなたのことじゃないんです!芹沢さんと相澤さんのことを私に教えてください」
この一言が通じて、その人物がインタビューに応じるという。
ということはゴッドハンドのその先に「相澤」という別の男の歴史があったということで。
スキャンダルはただ一回の出来事ではなくて、前哨として深い根を持つというのがこの『発掘狂騒史』の面白いところ。

平成12年(西暦)2000年のこと、「旧石器捏造事件」というスキャンダルがあった。
毎日新聞のスクープでゴッドハンドとまで謳われたアマチュアの遺跡発掘名人が実は石器を埋めていたという。
その埋めている姿を写真に撮られたことで、ゴッドハンドから詐欺師ということになり、毎日新聞が一面に全国に報道した。
このゴッドハンドが名前は藤村さんと言うのだが、その人の捏造をひっそりとシャッターを押し、ドカーン!と全国紙に載せてゴッドから詐欺師へ突き落した毎日新聞。
それは痛快かも知れないが残酷な気もした。

小学校でそういう目に遭ったことがある武田先生。
小学校の女先生。
あえて学年は言わない。
「みなさん、お顔を伏せてください。学校の備品である○○が昨日の夕方なくなりました。今、正直に言う人を先生は責めません。盗んだ人は手を挙げてください」
「武田くんでしたー」という。
汚いやり方。
そういうのがある。
無邪気な子供が巧みな先生の罠にはまるという。
そのやり口を思い出した。
もちろん藤村という人も嫌い。
やったことは悪い事。
だけど物陰に隠れてシャッターを切って「ウソつきー!」とかというのは「あ、正直に手を挙げました。武田くんでした」。
教師としてやることが何かあるのではないか?
小学校低学年だったがそう思った。

その突き落とされたスキャンダルの主。
その主人公である藤村氏は「捏造」という鎖で縛られたまま姓を変えて、大震災前の福島の海辺の町に再婚をして密やかに生きていたという。
ある意味でその後、本当に壮絶に悲惨な人生を送ってらっしゃる。
しかし著者はここで、ひどく気になる一文をこの本の中で書いている。

 藤村が起こした事件は、この相澤忠洋の人生を模倣した結果だと言われている。(12頁)

藤村が起こした捏造事件というのは、彼が師と仰いだ人のマネをした結果ではないか?
一体あの捏造の裏で何があったのだろう?
そして藤村が師と叫んだ相澤とはどんな人物だったのだろう?
これは相澤さんがひどく気になる。
掘りくり返している考古学の世界を逆に、堀りくり返してみよう、と。
詐欺師に突き落とされたその人にも何か深い事情があったはずで、案外人間の断層がそこに見え隠れするのではないか?と。

 藤村から「オレたちの神様」と呼ばれた相澤忠洋は、教科書にも掲載されるほど有名なアマチュア考古学者だ。(12頁)

 一九四九年(昭和二四)七月、群馬県新田郡笠懸村稲荷山切り通しの坂を、復員服を着た若い男が一人、自転車で上がっていた。−中略−
 男は坂の上で自転車から降りると、切り拓かれた稲荷山の断層に近づいた。断面上部は黒土だったが、その下に赤茶けた太い断層がぼんやりと残っている。
−中略−
 赤茶けた崖面の辺りを見つめていた男は、断面の切れ目に人の頭ほどの大きな石があるのを見つけた。
−中略−
「赤土の下部の粘土層から河原の石が出てくるなんておかしいな。
−中略−やがて小さく光るものが突き刺さっているのに気がついた。指で動かしながら抜き取ってみると、比較的大きな、尖った石片である。
 男は軽く震えながら、土や粘土にまみれた石片をじっと凝視した。
−中略−
 洗ってみると、半透明に黒い沸がもえている。長さ七センチ、幅三センチほどの細長いひし形をしており、一端は鋭くとがり、もう一端はナイフのようになっていた。
(26〜27頁)

 ガラスのような石片は黒曜石と呼ばれるもので(28頁)

これが古代史を一変させるという大発見にやがて繋がっていく。

相澤忠洋という23歳の若い青年。
この子はたった一つの趣味が考古学。
土器発見の喜びの人が、ある断層から黒光りする石を見つけた。
間違いなくそれは黒曜石である。
黒曜石というのは弥生縄文よりさらに上、石器時代におそらくそのあたりに住んでいたであろう旧日本人が使った道具ではないか?と。

 この石器が出た地点は、稲荷山の切り通し崖面の、関東ローム層といわれている赤茶けた地層だった。関東ローム層とは、約一万年以上前、主に富士山の噴火によって積もった火山灰のことだ。−中略−
 これら一連の噴火によって、約一万年以上前の日本列島は、関東以西にかけて一面を火山灰に覆われ寒冷化がすすみ、草木も生えず、動物や人も生きていけない「死の世界」だったと考えられていた。そのため当時は発掘調査で一万年以上前を示す赤土の関東ローム層が出てくると、「ここからは何も出ないから」と埋め戻されていた。
(28〜29頁)

生き物の影はその原野になかった。
その「死の地層」にケモノを殺すための刃としての黒曜石をくくりつけた道具を持って生き物を追った人たちの痕跡がある。
あるいは、捕まえた生き物の腹を割くための石のナイフがあった。
「これは死の世界ではなくて、人間が暮らしていた痕跡ではないか?」と相澤は夢見る。
でもその当時の常識からして、日本のそこにあってはならない石器だった。

 考古学という学問もまた、戦後になって一般に注目されるようになった。太平洋戦争中は「皇国史観」が信じられてきたからだ。(31頁)

それまで日本は神々とされたイザナギ・イザナミという大陸からの渡来した人々が土器を携えて渡ってきて稲作が可能になり、その稲作から国家が出来たという「史観」。
だからその前「人影はこの列島にはなかった」と。
それが戦後、その神々そのものへの興味が切れて考古学ブームが起きている。
戦争に負けて3〜4年で。
その考古学ブームを牽引したというか、大きな大流行にしたのが素人の青年たち。
とにかく遺跡さえ見つかればひっくり返るワケだから。
発見する喜びがある。
だからアマチュア考古学者というのは胸のときめく趣味。
もちろん日本の、いわゆる大学の方でも慶応、明治。
明治大学では芹沢。
慶応では江坂さんという方がいらして。
この方は大学をそれぞれ卒業した後も大学に残って考古学を勉強している。
そういうエリートたちもいる。
考古学は始まったばかりの学問なのでアマチュアも研究家も仲がよかったのだろう。
そこに迷い込んだのが闇市で懸命に働き、素人で一生懸命発掘している相澤という青年。
この相澤がその石片、黒曜石を手にして、これが石器時代の石器かどうかというのを迷う。
やっぱり専門家に訊かないとわからない。
彼はたまらなくなって慶応大学を訪ねている。
その時に対応に出たのが江坂くん。
まったくどこの大学に行ってもアマチュアなので「日本に旧石器なんかあるわけがない」と追い返される。
そうしたら江坂さんというのはよい青年だったのだろう。
「うちの先生に見せてごらんよ。君の見つけたもの」というので案内してやっている。
(本によると「江坂は以前から群馬の発掘調査で面識のあった相澤を、気軽に自宅に招き入れた」とあり、番組の内容とは異なる)
その時にその明大の芹沢もいて「先生を紹介した」という。
(番組ではその時に石器も見せているように紹介しているが、本によると別の日)

 応接室に通された相澤は、三年かけて稲荷山の赤土層から採取した石器を一つずつ机に並べ始めた。芹沢も一つ一つ石器を手に取り、注意深く見ていく。『満蒙学術調査研究団報告』など、大陸の旧石器について書かれた文献を出してきて、そこに掲載されている写真と、相澤が採取した小さな石器とを一つ一つ比較して、思わず唸った。
「これはすごい、うり二つだ」
 相澤が持ってきた細石刃は、モンゴルやロシアなどで発掘された旧石器時代のものと同じ形だった。
(42頁)

若い三人が「おぉい!」ということ。
(本によると江坂には内密にということにしてあるし、その場には二人しかいない)
「これが本物だったら日本の教科書の一ページ目は変わる」という。
「縄文から始まっていた歴史を石器時代から始めないといけない」という胸のときめき。
ついに先生の所に相澤は行く。

この考古学ボーイ(相澤)。
大学を卒業したその二人(芹沢・江坂)に導かれて、もの凄い人物に相澤くんは会うことになる。

 当時、明治大学助教授だった杉原荘介は、一九一三年(大正二)生まれの三五歳。−中略−静岡県の登呂遺跡発掘が国を挙げて行われると、杉原は自ら調査主任となって活躍した。(60頁)

日本の弥生式の時代を発掘するという。
この人の牽引で日本考古学界は機関車の如く進んでいる。
だから杉原という人は考古学界のトップランナー。
でもこの人は旧石器時代が予感としてあったのだろう。
そこに人間がいたのかどうかというのを何かで確認できないだろうか?と思っているような人だったのだろう。
二人の大学生がこの先生に「黒曜石発見」ということを知らせると杉原は登呂遺跡から飛んで帰ってきたという。
だからやはり「直感だ」という。
これで四人になった。
(この時点でも江坂には内密にしているので四人ではない。杉原は登呂遺跡から飛んで帰ってくるということもしていないので、相澤は杉原が戻ってくるのを何日も東京で待っていた)
杉原は相澤から黒曜石の砕石場を見せられる。
そして杉原はできればそこを自分の手で発掘し、同系の採石場が見つかれば石器時代まで日本の歴史は遡る、と。

 一九四九年(昭和二四)、九月一〇日午後二時。
 浅草駅で相澤は杉原荘介、芹沢長介、岡本勇の明大関係者らと落合、桐生へ一緒に向かった。
−中略−
 翌一一日午前八時過ぎ、杉原、芹沢を入れた明大関係者三名は、両毛線桐生駅から高崎行列車に乗った。
−中略−稲荷の切り通しへ向かった。
 同じ頃、地元の考古学ボーイである加藤と堀越の少年二人は、すでに自転車で現地について相澤たちを待っていた。相澤と付き合い始めてから数年がたち、中学生だった二人も、すでに高校生になっていた。
(63〜64頁)

 最初は六人が散らばって好き勝手に掘っていたのだが、何も出てこない。そこで相澤が槍先形石器を見つけた斜面を集中的に掘ることにしたて、六人全員が横位一列に並べられるように土を盛り、その上に乗って並んで斜面を削っていくことにした。(65頁)

(番組では先に横並びで掘って午後からバラバラと言っているが、本によると先にバラバラに掘っている)
スコップで辺りを一枚一枚、雲母の石片をはがすが如く赤土をはがすという作業に移っていく。
体力のこともあり五時を作業の刻限として削っていった。
ところがこの人数で削っても、相澤の示している地点からはなかなか出ない。
秋の気配のする場所なのだが、ついていないことに四時過ぎから雨が降り出す。

あと一〇分で午後五時になる。もはやこれまでかと、皆が思ったその瞬間、杉原のスコップにカチッという音がした。
 隣で掘っていた岡本勇が最初に気がつき、驚いて振り返ると、杉原はにやりと笑い「旧石器の音を聞けよ」と言って、さらに石をカチカチと叩いた。そしてゆっくりとゴールデンバットに火を付け、深く吸い込むと、仁王立ちになって叫んだ。
「出たぞー、石器が出たぞッ」
 みなが驚いて、杉原の元に集まってきた。
 杉原の手には、粘土にまみれた青っぽい石器が握られていた。楕円形のハンドアックス(握斧)と呼ばれるもので
(67頁)

縄文より古い旧石器の発見が日本の群馬県新田郡笠懸村稲荷山切り通しで発見されたという。
これはすごい。
相澤の黒曜石の砕石場と二つ重ねて、ここには間違いなく縄文以前の石器を使う原人たちの存在があったことは間違いない。
日本人のルーツは縄文ではない。
弥生でもない。
「旧石器まで遡ることができるのだ」という断言を彼は持ったワケで。
以降、その切り通しは岩宿遺跡という名前に取って代わる。
これは発見者がアマの相澤だったことがメディアでも珍しがられ、発見のプロデュースはすべて杉原が引き受け「自分の手柄」と言わずに「相澤の手柄」と言い続ける。
それで水谷譲が知るがごとく教科書の1ページ目に載る人物になる。
人によって発見者は扱いが変わる。
このあたりに考古学のいびつな人間関係がある。

相澤忠洋の黒曜石の砕石場と杉原が見つけた握り斧。
この二つが日本に石器時代があったことを証明し、手斧発見はアジアで初めて。
東洋史を揺るがす大発見になった。
ついこのあいだまで土器拾いの現場だった稲荷山の切り通しが「岩宿遺跡」となるワケだから。
風景が一変する。
しかし、考古学界ではこの杉原の発見も含めて「ちょっと先走りである」と。
後期旧石器の発見は激しく疑われた。

 やがて明治大学による翌年四月までのさらなる発掘調査により、岩宿には二つの時代にまたがる文化があったことが判明した。−中略−
 約二万年前の層から出た石器群は「岩宿U」と名付けられた。さらに岩宿の発見から一年半後の一九五一年(昭和二六)、ついに一六歳の少年である瀧澤浩が、東京板橋区の茂呂遺跡から旧石器時代のものと思われる石器を発見した。
(79頁)

板橋のど真ん中で石器が見つかる。
そうすると関東は富士山の灰が降っている死の世界ではなくて、人間が明らかにケモノを追って生きてたという、緑の沃野だったのではないかということで。
ついに文部省も態度を変えて日本史の1ページ目が全部書き換えられた。
1ページ目には岩宿遺跡の相澤忠洋。
彼が黒曜石を見つけたので旧石器発見への火が灯ったということで、サポートをしてくださった杉原という明大の教授さんもみんなお譲りになるものだから。
彼はマスコミの大ヒーローになる。
しかも独学の人。
日本人が一番好むタイプ。

今、よく言われる話。
金銭の差で「親がカネを持っているか持っていないかで子供の学力が決まる」とか。
バカじゃねぇか。
文科省か何かにお父さんが勤めていて、そこの家の息子が難しい医学の大学校に行ったらやっぱり「裏から手回したんじゃないの?」と思うのが世間。
現実にそういうことはあったし。
でもはっきりしているのは、世間はその子を「優秀」と認めない。
「勉強机も持っていないのにあの子は東大に入った」ということが「あの子は頭がいい」という。
親がカネを持っていて休みの日にポロンポロンピアノを弾いている家のお譲ちゃんが東大に行ってもそんなのは当たり前。
「タンパク質なんか摂ってないんだけど妙に頭がいい」とか。
鯛とかマグロを喰って作った頭じゃなくて「ジャコをかじりながら優秀な頭を作った」というのを「優秀」って言うんだろ?
「トンビがタカを産んだ」ということが偉いこと。
タカがタカを産んで何が面白いのか?

相澤忠洋さんにウワーッとメディアがたかるのは、戦争の時に兵隊にとられて勉強できなかった青年が、闇市でバイトをしながら遺跡発見に燃えて日本史を変えるような大発見をしたという。
こういう人こそがやっぱり「ヒーロー」。

 日本に旧石器時代があることを初めて証明した相澤忠洋は、一九二六年(大正一五)六月二一日、東京府羽田猟師町で生まれた。父忠三郎の一族は芸能一家で、とくに忠三郎は囃子方で笛(横笛)をよくした。(82頁)

ところが日中戦争から太平洋戦争の拡大で暮らしは窮迫し、11歳で浅草の履物屋へ丁稚奉公。
この貧しさよ。
休日は骨董屋の店先に並んだ古い物を見ると妙に胸がときめく。
ひそやかに夜間学校に通いつつ、自分が手にいれた石斧を「先生これは何ですか?」と聞いたりなんかすると、その先生が「オマエは珍しいものを持っているなー。それは縄文時代の石斧ではないか?」とかと言う。
そのうちに彼は考古学に魅せられていって上野の博物館に通うようになる。
その上野の博物館にもとっても素敵なお兄さんがいて。
上野の帝室博物館(現国立博物館)へ行くと土器石器が並んでいる。
見ているうちに若い館員さんが出てきて、戦前のことだから袴か何か履いていたのだろう。
「閉館だけど君だったらもう少し見てっていいよ」なんて優しい言葉をかけてくれて、親しくなったという。
(本によると声をかけてくれたのは「二〇代ぐらいの守衛」。「もう少し見ていっていい」とは言っていない)
このお兄さんが「だったらさ、○○へ行ってごらん?」と言って東京で土器が見つかる場所を教えてくれる。
地図を書いてくれる。
(本によると数野というこの人物が見せてくれた博物館の陳列目録に「板橋区小豆沢」から出土した土器片があることを知り、行ける場所だったので後日出かけた。「地図も持っていなかった」)
そこで相澤青年はそこへ丁稚奉公の休みのたびに小っちゃなスコップを持って出かける少年となった、という。
こういう人のことを「優秀」という。

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2018年11月29日

2018年8月20〜31日◆おーい、中(なか)の人(後編)

これの続きです。

(街角の声のクールビズの話題から引き続いて)
今年の7月のあの猛暑の中、時代劇(水戸黄門)の撮影をしていた武田先生。
しきりにテレビが「暑さ対策」を語る。
でもその言葉づかいの中に、このジイサンの気持ちをカチーン!と逆なでする、お天気お姉さんの発言がある。
「不要不急な外出はお控えください」
それは言われたくない。
失礼だ。
その暑い盛りの中で、仕事で太陽の下に行く人は日本の経済を回すため、自分の人生のために必要。
そうしたら太陽の下で働いている人は「不要不急」な仕事をしているのか?
注意喚起というのが最近メディアでちょっと威張り過ぎている。
ちょっと煽り過ぎ。
だから「それを聞かなかった人が熱中症で倒れた」と、その文章にみんな当てはまる。
ご老人が部屋の中でクーラーを付けずに倒れていた。
それはクーラーを使わないからだ。
それから街角のおバアサンから出た言葉だが「クーラー好きで入れないんじゃないんだよアンタ。かけちゃあ神経痛が痛むんだよ!」と。
歳を取ると武田先生もそうだがクーラーが強すぎると肩が痛む。
そういう人たちに対して、たった一つの答えしか用意せず「適度にクーラーを使いましょう」とか「不要不急の外出はとりやめましょう」とかというのは何か親切でどこか冷酷。
人を「ワン切り」しているというか、一断面しか見ていない。
だんだん腹が立ってきてしまった。
確かに亡くなった方は熱中症で亡くなった方は人数が出るが「本当に熱中症だけで亡くなったのか」というのはわからないということもあると思う水谷譲。
さも重大な結果みたいに後付けをする。
それがジイサンとしては、割とカチンとくる。
(「水戸黄門」の撮影現場で)製作の人間が塩飴と麦茶、水を勧めに来る。
それで2時過ぎにアイスキャンディを喰う。
「はぁぁぁぁ〜〜!」とかと言いながら。
それなりにやっぱり喜びがある。
一本のガリガリ君を悲鳴をあげながら、60〜70代の高齢者スタッフと、孫のようなスタッフがタオルで汗を拭きながら木陰で「カァ〜!」と言いながら喰っているというのは楽しい職場。
でもそういう言葉づかいのことでも「おーい、中の人」と言いたい。

例えばこういう言葉づかいがある。
普段の言葉づかいだが、人を責める時「オマエが本当に反省しているなら、そんなことはできるはずだ」。
これは二重構造。
二重課題になっている。
ダブルバインド。
人を縛る、動かせなくなる言葉づかい。
「反省してます」という返事をすると「なら、なぜできない?」と。
逆に「できるはずだとおっしゃるんだったらば、できないのはなぜですか?」と切り返すと「反省してないからだ」と言う。
こういうダブルバインド。
とあるコンサートでチーフが使っていた言葉で、今でも覚えている。
「オマエたちはそこ並べ。このままでいいと思ってんのか?」
これは完璧なダブルバインド。
「このままでいいのか?」
「いいえ」と言えば「なぜやらない?」、「はい」と言えば「なぜできない」と、こうなる。
お母さんがたの子供を叱る時の言葉づかいで、よく連発される言葉。
「私が心配しているのに、どうしてあなたはわからないの!」
「わかってるよ」と言えば「いいえ、わかってないから心配してるの!」と、こう来るワケで。
「心配しないで」と言うと「どれだけ心配してるか、まだわかってない」と。
女の人はこういう「ダブルバインド」「相手を動けなくさせる」というのはうまい。
逃げ場をなくす、追いつめる。
これは「二重課題」。
このダブルバインドというのは夫婦関係などでもよく使われるる言葉。
武田先生の奥様もこれはもの凄く多い。
今も逆らう力も夏バテしているので、ない。
この言葉づかいで来る。
これは、ある意味では問い詰める悪魔の技術。
この一環として、ついこの間の話題だが「相手を潰せ」という発言が出てきたのではないか?
日大アメフト選手が会見 「監督の指示に従った」  :日本経済新聞
あれはやっぱり「悪魔の二重課題」。
「やらないと意味がないからな」
それは反則をやる。

人間というのは無意識のうちに行動をしてしまう。
それでその無意識というのを不思議なことに縛る言葉があるんだ、と。
無意識を動かす言葉がある。
それはあまりいい意味では使われないという。
そういうことを話している。
夫婦関係で女房の口癖とか、お母さんが子供を強く叱る時の言葉とか。
あるいは悪意ある他人への誹謗中傷。
そういうのは一種の無意識を縛る悪魔の技術ではないだろうか?
あまり頑張りすぎる商品の売り込みというのは、はっきり言ってこのダブルバインド話法が比較的使われやすい。
「お肌のシミ、気になりませんか?」
これは明らかに言葉づかいとしては危機意識を煽る。
気になる。
別に気にしなくてい。
テレビに出ているアンタから言われる筋合いはない。
「梅雨時のジメジメ、嫌ですね〜」
好きな人もいる。
「ジメジメ好き〜」という人はいる。
そのような人の否定というのが二重課題をさして初期設定されてしまう。
これに対抗するために私たちは無意識をどんなふうに操ればいいか?
それは「それを認めない」という動作そのもの。

首を上下に振らせるだけで、無意識のうちに相手に対して賛同・同調する効果を聞き手に持たせることができてしまうのだ。まさに、無意識のうちに心を操る、マインドコントロールである。(170頁)

「アメリカをもう一度、偉大な国にしましょう!」
誰でも「はい」と言うに決まっている。
ずっと「はい」の返事をさせていくうちに、とんでもないことを言う。
「十代の少年たちを鍛え直すために、みんな軍隊に入ろうよ!」。
思わず「はい」と言ってしまう。
肯定の「はい」を繰り返させることによって、相手のマインドをコントロールする。
逆の意味で言うと、とりあえず横に首を振る人がいる。
「いやぁ、それはもう・・・」
誰が何と言おうと、まず一回首を振るところから始める人。
この人は何を言っても相手に賛同しない。

6月のワールドカップ。
点数を入れられたキャプテン長谷部(誠)。
「下を向くなー!下を向くなー!」
あれは下を向いて敗者のポーズをとると、パフォーマンスが落ちていく。
上を向く、前を向くと、気分が高揚してくる。
これは脳を騙すテクニック。
それから、その人の意見が間違った意見でも頷いてあげる。
そうするとその間違った意見の中にいいものが見えてくる。
そういう動作が脳を動かしていく。
これは面白いこと。

柔道も相撲もそうだが、合気道というのはこれから戦う人に向かって頭を下げる。
その時に「私はあなたを尊敬してます」というポーズをとることによって、そのポーズが卑怯なことをさせない。
水谷譲のご子息も合気道をやっているが寒稽古をやっている。
何で寒稽古をやるか?
あれは体の方から脳に命令する。
寒いのを我慢してやる。
そうすると「我慢」という行動様式が無意識に宿る。
そうすると寒さ以外に「理不尽なお母さん」「ワガママなお母さん」の無理難題でも、わりとおっとりと受けていくようになる。
そうすると環境に支配されない「耐える」という力が他の部分でも芽を一斉に吹き始める。
それが貧しさに耐えたり、苦しさに耐えたり、寂しさに耐えたりする。
「むかつく上司には頭を下げろ」
静かに笑う。
そして大きく頷いて認めてあげる。
そのことによって自分の心を強くする。

武道にはいくつも耐えることが用意されている。
寒さに耐えるとか苦しさに耐えるとか。
すると「耐える」というしぐさが無意識に身につき、別の苦しさ、寂しさ、貧しさに耐えるという心理そのものが技になっていく。
これは「脳」ではない。
無意識は耐えることを習慣とすることができる。
これから戦う。
相手をなんとしてでも潰したいと思う。
乱暴なことだけど。
でもその相手に向かって深く一礼するという習慣を持つと、無意識の方から無限の武道的力を汲みだすことができる。
それが武道の神髄。
スポーツにはすべてそういうものがある。
これから戦う相手、自分が競わなきゃならない場所に対して一礼するという不思議な動作がある。
だから後ろからタックルするのはダメ。
「敵を本気で憎む人があるか!」という。

長距離ランナー。
例えば青学の選手が自分の区間を走り終えてゴールした瞬間に、ふらふらになって産まれたてのバンビみたいになりながら走った距離に対して一礼をする。
空間全体に対して。
でもそのことによって無意識を動かす。
それからピッチを降りてきたサッカー選手とか。
それから相撲における一礼。
だから一礼をやっぱり疎かにする相撲の人というのは強くならない。
手を叩く。
相撲は必ず手のひらを見せている。
「武器は隠し持っていない」という。
白鳳とか、きれいに手のひらを見せる人が2〜3人いる。
あれは「寸鉄も帯びず」「私はもう、ひとかけらの鉄も持ってない」という。
「この肉体であなたと戦うのです」という。
こういうこと。
だから礼儀作法とかっていうのが、いかに無意識を動かすか。
考えてください。
それからどんな人でも結構だから朝の挨拶「おはよう」、帰り際の「お疲れ様」。
こういう声をかけておく。
これは「単純接触効果」と言って、無意識のうちにパワーがだんだん宿る。
人間を動かす力になる。
だからテレビコマーシャルとかラジオコマーシャルもそう。
毎日そのコマーシャルを流すことによって「単純接触効果」。
「お疲れ様」とか「おはよう」とかという声と同じように聞こえて好感を持ってしまう。
それからまた別の意識の動かし方。
これはある前提を、ある基準を設定しておくと、その設定が相手を動かし続けるという心理行動。

「日本で双子が生まれるのは、夫婦三〇〇組に一組よりも、多いでしょうか、少ないでしょうか?」
 このように問われた時、我々は無意識のうちに「三〇〇組という数がおそらくは、妥当な値なのだろう」と思ってしまわないだろうか。心理学では、この無意識の想定をアンカリング効果と呼んでいる。実際には、二〇〇九年のデータでは、双子は五一組に一組の割合で生まれるという結果になっており、三〇〇は明らかに大きすぎる値だったのだ。
(186頁)

「平成二五年度の、男性の喫煙率は一五パーセントよりも高い、低い?」
 正解は、「高い」であり、三二.二パーセントであった。この三二という値を聞いて「え!? 意外と高いなあ」と感じた人は、一五パーセントという数字のアンカリング効果を受けていると言える。
(189頁)

これは近頃のクイズ番組なんかで年がら年中やられている。
このアンカー効果は例えばある問題が出た瞬間に画面の隅に「東大生正解率50%」。
それからまた別の横の方に「小学生正解率5%」と出ると「あ、難しい」「あ、易しい」と思ってしまう。
それからテレビショッピングでよくある特別セールの呼びかけ。

 当時のアメリカでキャンベルスープの正規価格は八九セントだったが、特売品として七九セントで売り出した。そして、売り出しのコピーに三条件を設定した。「お一人様四個まで!」「お一人様一二個まで!」そして「お一人様お好きなだけ!」という三つのコピーを別々の日に付けて販売した。−中略−
 その結果、「お好きなだけ!」条件ではトータルで七三缶売り上げた。「四個まで!」条件では、それが一〇六個までに大幅に伸びた。さらに「一二個まで!」条件ではなんと一八八缶という驚きの売り上げをたたき出した。つまり、一二個までという極端に大きい数であっても、それがアンカリング効果を産み出しうるのである。
(192頁)

テレビの「歯を磨いて歯垢を落とす」「歯の汚れを落とす」というコマーシャルをよく見ている。
よく見ると少し残っている。

ジョイ コンパクト 食器用洗剤 モイストケア ローズオアシスの香り 詰替用 440ml



洗剤でも、バーッと水が流れていくというイマジネーションがあって、その拡大図にまとわりついた油汚れみたいなのが流れていくのだが、少し残っている。
排水口とかもそう。
「お風呂の壁掃除○○」と言うが「ほら、こんなにきれい」と言うが、少し残っている。
「真っ白」にはならない、と。
誇大広告にしない意味で、少し汚れを残しておくうちにコマーシャルを終わらせる、という。
あんまり綺麗にすると誇大広告になる。
だからアメリカは大変。
今はあまりやらなくなったが昔、焼きそばのコマーシャルで空飛ぶ円盤みたいに。
それで宇宙人が戦ったりするのがあった。
焼きそばの器がUFOに似ているので、そういう商品名を付けたが、それが星空からバーッ!とやってくるという。
ああいうのも最近、ダメになってきたようだ。

日清 焼そばU.F.O. 128g×12個



焼きそばは星空を飛ばない。
それからイメージコントロールに関してうるさくなってきたようで、アメリカはもう徹底している。
もの凄い高級車が夜空を飛んだりする。
「車は飛ばない」
日本でもたまにそういうCMがあっても小っちゃく「イメージ上の映像です」みたいに書いてある。
そのあたりは厳しくなってきたということ。

著者があとがきで書いている。
有名な「吊り橋効果」。

 被験者は一八歳から三五歳の八五名の男性であった。橋は、カナダはノース・バンクーバーのカピラノ川にかかっていた二つを用いている。一つは木製で、上下左右に揺れがちな橋であり、橋から下の様子が透けて見えるものだった。橋は水面からの高さが二三〇フィート(およそ六九メートル)も上方にあるものだった。−中略−
 女性のインタビュアーが、橋の真ん中に立っていて、
−中略−アンケートの紙を一部破いて(実際にこのように論文に書いてある!)被験者に渡そうとするのだが、そこには女性のものであろう電話番号と名前が書いてあったのである。ちなみに、この実験では男性のインタビュアーの条件も用意してあったのだが、このことを知っている人は非常に少ない。
 さて、結果である。まず揺れる吊り橋で、女性のインタビュアーから電話番号の紙を受け取った男性被験者は二三名中一八名であった(五名が受け取りを固辞した)。このうち、実際に電話をした被験者は九名いた。
(202〜203頁)

これが有名な吊り橋効果と言われて。
吊り橋の上を歩くというハラハラが恋のドキドキと勘違いされて、無意識に「恋をしてる」と自分を思わせてしまうという。

男性インタビュアーの条件では、実際に電話したのは揺れる吊り橋で二名(203頁)

「これは面白いな」と思った武田先生。
まことに残念ながらこの本はここで終わっている。
このハラハラ・ドキドキの吊り橋効果というのは「男性優位であり、女性には効かない」という。
だから「片一方の実験もちゃんと取り上げるべきだ」ということで終わっているが、何でこの差が生まれたかに関しては著者は触れていない。
男女の性差の中に「誤解力」という力があって、男女で差があるのではないか?と。

8月の頭まで暑い京都にいた武田先生。
朝早く、遠い村までロケに出たりする。
江戸時代に見えるような村なので一時間以上かかる。
そこで武田先生の事務所の社長が気を利かせて「これ聞きませんか?」というのでラジオ番組を聞いていた。
その番組は『今朝の三枚おろし』。
これがびっくりするぐらいいいことを言う。
ちょうどその時にこの本(『脳は、なぜあなたをだますのか』)を三枚におろしていた時に、その京都で聞いたKBSの朝の『今朝の三枚おろし』という番組で「男女が恋するためにはバケモノが必要だ」と、あるアニメ映画を取り上げながら言っている。
(2018年6月18〜29日に放送されたアニメーション映画「この世界の片隅に」の件かと思われる)
「これはすごい一言だ」と思ってハガキを書こうと思ってしまった武田先生。
「吊り橋効果」
その吊り橋を渡る時のハラハラが恋をしていた時のドキドキと勘違いをして、ハラハラを恋のドキドキに脳の方が理解してしまうという勘違い。
この吊り橋の効果のハラハラ・ドキドキの男女の大きな差は何かというと、おそらくこの差こそ武田先生が探し求めていた「誤解力」ではないだろうか?
どういうことかというと「誤解力は男性について高く、女性に関しては低い」。
短く言えば、比較の差がその力との差となったのであろうと。
男性は誤解したがる。
男はハラハラとドキドキしたがるもの。
女性は何かというと、これはわずかな言葉の差だが、ハラハラ・ドキドキ「させたがる」。
女性にとって「誤解させている」という自信こそが「女の力」。
これはもう名言。
男にとって誤解することこそが生命力。
女性にとって誤解させることが生命力。
真実は意味がない。
そんなのは脳の後付け。
ゆえに別れの女性の言葉は決まっている。
「あなたのこと、わかったわ」
そして男性は「おまえ、そんな女だったのか」。
これは「別れの言葉」で「真実を知った悲劇」ということではない。
両者ともに「誤解させる力」がなくなった、「誤解する力」がなくなった。
だから真実を見た男に対する女性の最高の呪いの言葉は「見たな〜!」。
そういう怪談話が多い。
ずっと女の方。
男というのは何でも誤解する。
ツルを見て絶世の美女に見える。
『タニシ女房」はタニシを女と思ったとか。

ここからちょっと社会性を帯びるが「誤解するのも生命力なんだ」ということを考えると、今年の6、7月のこと、気象庁があれほど豪雨警報を繰り返しながら、自宅にとどまる方が多かった。
これは警報の出し方に「訴える力」がない。
「正確に言えばいい」と思っている。
その「正確に言おう」とする態度が「チェンジする」「逃げ出す」という力を産まない。
「この3日間で7月に降った雨量の3倍の豪雨がこの1日で降りました」
こんな言い方をされたのでは、何を言っているかわからない。
女性の方が「誤解させる力」があるのだから、今、足りないのは「正確な物言い」よりも誤解力を起動させる女子アナの声。
だから本当にお気の毒だが、自分の家、家庭でも「実は危険な場所である」という、その誤解を持っていないと。
だから「家庭が一番安心」みたいなことを言う。
台風が来たら「まっすぐおうちに帰りましょう」と言う。
「家が一番安心だ」と思っているから、本当に気の毒な犠牲者が何人も出た。
家ですら危険。
「いい意味で誤解させる」
そういう何か技を持たなければいけない。
日本は地震、台風、豪雨。
とにかく吊り橋のような国に住んでいる。
だからたくましき誤解をする力「誤解力」を持つことこそが大事なのだ。

「三枚おろし」を通じて同年代の方に呼び掛けたいと思う。
おーい、私の中の人。
さあ、しっかり誤解してゆこう。
一生現役。
最後の恋はある。
というワケで今日も一日頑張りたいと思う。


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2018年8月20〜31日◆おーい、中(なか)の人(前編)

「中の人」は誰かというと「私の内側に誰かもう一人、人が住んでるんじゃないか?」という。
小さい武田鉄矢。
そいつが時々「何を考えてんのかわからない時がある」ということで「おーい、中の人」。
「オマエは何を考えてるんだ?」ということでこういうタイトルを。

掴みは趣味でやっている合気道から話を始める。
面白い武道で日々発見がある。
高段者、有段の人から指導を受けている。
もう来年70歳になる武田先生だが、その歳になっても指導している高段者は時としてものすごく不思議なことを言う。
合気道は「見取り稽古」と言って「取り」と「受け」という二つに分かれて稽古を繰り返しする。
一番最初に師範が前に出て「こういう技をやりなさい」と技を見せてくれる。
これがそんなに難しそうに見えない。
相手が掴んでくるところを正面から相手の首を絞めるような恰好で倒すとか、単純に見える。
ところが、やり始めると、どうしていいかわらかない。
「あの動きは何だったのか?」という。
技をかける人、かけられる人に分けて取り掛かるのだが、自分が技をかける人になった場合、かけられる人に向かって「たしかこういうふうに動くんですよね?」と相談する。
相手が同じぐらいの腕前の人だと「え?そうでしたっけ?」「上から取りました?下からじゃなかったですか?」。
ところが高段者、五段六段の人になると「こうでしたよね?」と相談すると「考えてはいけません」と言われる。
それで向こうが仕掛けてくるので掴みに来る。
どうしていいかわからないが「考えずに動け」と言う。
「考えずに動け」と言われても、どう動いていいかわからないのに。
ところが3〜4年やっていると、何となく動くようになってくる。
はずれることもあるが半分ぐらい「そう。ほら、覚えてるじゃないですか」と言われてしまう。
とにかく武道というものの不思議さ。
師範、あるいは高段者の方がおっしゃる名言は「体に任せるんです」。
体に任せるっていっても?
「これは一体どういうことなのかなぁ?」と思って本屋さんに入ったら『脳は、なぜあなたをだますのか』という本に出くわした。


これは知覚心理学。
「人が心に抱く意志は錯覚である」という。
「錯覚」だってよ?
脳というのはことごとく錯覚する。
錯覚で世界を作っている。
例えば「ベクション現象」。
これは脳が特有の錯覚を起こした現象。

 坂道で車を停車させている時に隣の車が発進すると、自分の車が下がっていると錯覚してしまい、あわててブレーキを踏むという経験をしたことがあるだろうか。(29頁)

これは視覚情報で身体の移動感覚が誤作動する。
脳というのはかくのごとく、いとも簡単に誤作動を引き起こしてしまう。

また激しく流れる川をジイッと・・・
水谷譲は男か何かで悩んで、橋の上から見つめたことがあるのではないか?
そうすると不思議なことに、その流れと反対側に向かって自分がものすごく動いているような錯覚が。
これも「ベクション」脳の錯覚。

映画『スター・ウォーズ』のワープのシーンでは、画面中央に向って光る点が周囲に向かってすごい速さで通り過ぎていくが、それがまさにオプティカルフロー刺激である。(32頁)

これも脳の錯覚。
これらベクションは視神経に刺激を置くよりも、周辺を覆うように提示すると強いベクションを引き起こす。
つまり真ん中になるべくこう、注意を向けるような飾り付けにすると。

今までは視覚だったが聴覚にもある。

頭の周りに三六〇度ぐるりとスピーカーを並べて、その円を回転するように音を連続に提示する。すると、はじめは音が頭の周りをぐるぐると回転しているように聞こえるのだが、これを聞き続けると、回転しているのが自分自身のように感じられるようになるのだ。
 他にも、キューテニアス・ベクション(皮膚感覚ベクション)というものが報告されている。目隠しをして、乗馬型フィットネス機具に乗り上下左右に激しく揺らされた状態の被験者に、一方向から大型扇風機によって強い風をあて続ける。すると被験者は風が来る方向に自分の体が進んでいるように感じるのである
(40〜41頁)

THRIVE(スライヴ) 乗馬マシン ロデオボーイ FD-017



このベクションはなぜ引き起こされるのか?
これは入ってきた感覚について脳が「こんなふうなんじゃない?」と考えて世界を作っている。
これが私の「体の中にいる人」の感覚。

例えば電車が動いた。
「あ、今のは地震だ」
「あ、ドォン!と俺にぶつかりやがったな。コノヤロー!」
「いかん、めまいだ」
とか。
その理由を脳はいちいち付けたがる。
この間も関西方面であったのだが、道を走っていたら車の揺れか地震なのかわからない。
特に車に乗っている時はそう。
車に乗っている時の地震は、高架の橋みたいな所で揺れたので「これは地震だな」と判断したという水谷譲。
普通はちょっとわからない。
この間、震度4だったか。
ピンときたのは街路樹の揺れで「車の揺れと違う方角に揺れてるから地震だ」という。
こんなふうにして考えると「脳によってジャッジする」というのは、かなりやっぱり難しい。

この番組で繰り返すことになると思うが、脳はあまり賢くない。
それはもの凄いところもある。
でも、もの凄い間抜け。
今、そういうのを勉強中の武田先生。

言われてみるとそうだが、自転車を描けない。
私たちの身の回りの物で、80%ぐらいは描けない。
脳はすごく深いことを考えているみたいだが、意外と。
今度いつか正式に(番組で)やるが、トイレの水が何で流れるのか?
つまり私たちはいっぱい説明できない。
脳は「わかった気」になっている。

今、共演者と盛り上がっている話。
バットとボールで合計のお値段が1100円。
バットはボールより1000円高い。
では、ボールはいくらでしょう?
「100円」と言ってしまいそうだと思う水谷譲。
それを女子力だと思う武田先生。
(ボールが)100円だとバットは900円になってしまう。
二つ合わせて1100円にならなければいけない。

脳というのはそんなにあんまり頼りにならない。
跳び箱を飛ぶ。
ボールをシュートする。
飛んできたボールを打つ。
そういう行為を人間は平気でやっている。
スポーツ中継を見ていてもそれは一種、そうやって見ている。

刺激がはじまってから〇.五秒経たないと、我々はその刺激を気づくことができないのである。−中略−
 では、なぜそんなズレがあるにもかかわらず、我々は生きていけるのだろうか。なぜ適切に跳び箱が飛べるのか。なぜ野球でボールを打つことができるのか。〇.五秒ものズレが環境と意識の間にあるのに、我々はどうして環境に対して適切に行動ができるのだろうか。
(73〜74頁)

脳が遅い。
つまりボールが飛んでくるから打つ。
あれは「打とう」と思ってバットを振ったのではもう遅い。
あれは振った後に「打とう」と思っている。
そんなふうにして体と脳がズレていく。
その0.5秒の差のことを武道では「考えるな」と言う。
武道は体験としてそのことを知っていた。
人間はなぜ「打とうと思った」「シュートしようと思った」「跳び箱を飛ぼうと思った」と考えるかというと、記憶として残すため。
そうやって考えると、この私たちの「無意識」という「中にいる人」というのは、「何考えてんのかなぁ」と思わず呼びかけたくなるという。
人間のすべての行動は体が動いている。
その後、頭が「そうしよう」と思った。
「動いたからそう思った」のであって「思ったからそう動いた」のではない。

もの凄いことを途中でこの著者は言い始める。
知覚心理学の妹尾武治さん。
意志、意識は行動の決定に何の意味も持たない。
「この人が私の本当に愛する人かどうか、私、何べんも考えたの」
科学上では「嘘」。
これらの意志、意識は何のためか?
これは思い出として包み込み、しまうために脳が整理整頓。
選挙でもマニフェストをしこたま読んで、よく検討して清き一票を入れた。
「選挙民が自由意思によってあの人を選んだ」なんて言っているが、著者はすごいことに「人間に自由意思などない」。

アメリカの実際の選挙(上院下院)の投票結果を用いた実験をした。−中略−
 顔だけを見て競争力があるとして選ばれた方の人物が、実際に選挙で当選していた確率が七一.六パーセントにも達したのである。
(88〜89頁)

 次に、子供を被験者にして行った、これと非常に似た実験を紹介したい。−中略−二人一組の顔写真を子供に呈示し、どちらが選挙で勝ちそうかを予測してもらった。年齢は五歳から一三歳−中略−子供が顔写真だけを見て予測した結果の正答率は、なんと七七パーセントもの高さとなった。つまり、子供がちょっと見ただけであっても、選挙の合否はとても正確に予測が可能であったのだ。(92頁)

人はみんな印象派。

被験者は二人の顔写真を見せられる。ここでは、左右の手に二人の女性の顔写真が呈示されている。男性の被験者は、この二人のうち、いずれがより魅力的であるかを判断する。
 さまざまなペアの顔で、この判断を何度も繰り返して行ってもらう。その後、実験者が「先ほど選んだ顔は、どうしてあなたの好みに合致しているのか? その理由を聞かせて下さい」と被験者に問いかける。
−中略−
 ここにトリックがあり、数枚に一枚の頻度で実際には選ばなかった方の写真を被験者に見せて、選んだものとして理由を尋ねたのである。数枚に一枚の頻度であるため、被験者もすっかりだまされてしまって、自分が選んだ方だと思い込んで理由を述べたのだった。
(95〜97頁)

 好きだという理由はほとんど嘘であるということが、ここからもわかるだろう。(97頁) 

人は決して合理的な意志を持って恋をしているワケではない。

 ノーベル賞を受賞した彼の研究テーマは、「プロスペクト理論」と呼ばれるものだった。非常に簡単にこの理論を説明してみたい。今、一〇〇パーセントの確率で七〇〇〇円をもらえるのと、九〇パーセントの確率で一万円もらえるという二つのうち、どちらかを必ず選択せねばならないという状況になったとして、みなさんはどちらを選択するだろうか。多くの人は、確実にもらえる七〇〇〇円の方を選ぶのではないか?(103頁)

(本の中では上記のように「七千円=100%、一万円=90%」と言っているが、番組では「五千円=100%、七千円=80%」と言っている。この後の説明も本とは異なる)
これは何かと言うと、無意識のうちに期待値「もらえる金額×失う見込みの金額」7000×0.8=5600円
わずか600円を損する可能性から5000円を選ぶのである。
とにかく「二人でも落っこちるのであれば、そっちの方には行かない」と。
それより低い値段でも。
これが実は経済に影響している。
これは経済で人の心理を支配する法則。

 二〇万円の借金は、一〇万円の借金の二倍不幸に感じられるかもしれないが、二億の借金は一億の借金の二倍不幸かと言われると、おそらくそうはならないのである。(107頁)

(番組では10万円と一億は「罰金」としているが、この本によるとそういう内容ではない)

 告白するという選択をした場合の帰結は、大きく三つあるだろう。
1 恋人になれる
2 「友達のままでいたい」と言われる
3 友達以下の存在として煙たがられる
(110〜111頁)

これも「友達」でいい。
人間は真ん中を取りたがる。
だから「告白しない」が圧倒的に増える。
こういう傾向を心というか無意識は持っているという。
(このあたりを本には詳しい数式で紹介しているが、番組で言っている内容とは異なる)

人は万が一の成功よりも負の期待値が低い方がいいんだ、と。
つまり平凡でもいいから安心して得られる方法を選んでしまう、という。
そういう行動をとりやすい生き物だということ。
これを「プロスペクト理論」という。

内田樹先生がおっしゃる中で、ギクッとした話。
「恋がうまくいっている時ほど、相手に意外な一面を発見すると、男女はそれを裏切られる予感としてカウントする」という。
「二人ともうまくいっているんだけども、ある瞬間だけその子が期待した行動と違う行動をとる」という。
手をつないで歩いている時に、その子がちょっと手を離した瞬間に「違う男の臭いが」みたいな。
「お付き合いしている人がいたとして、何か『ん?』て、一瞬でも『違う』て思った瞬間があったら、結婚する相手じゃないかも知れない」と母から教えられた水谷譲。
そういうことが比較的おきなかったから、その人を選んだのだろう。

内田さんから言われて本当に思ったこと。
武田先生の家では特にそうなのだが「高価で割れやすい美しいガラスは、高いところに飾る」。
普段使いのものは低いところに置いて、蹴ったにしても「一枚も割れてない」みたいな。
でも高いものは上の方に、「上部に置きたがる」という。
逆だった方がいいのに。
こういう不思議な理論を心は持っている。

「モンティロール問題」という数学の問題がある。まずはこの問題を紹介したい。
 閉じられた扉が三つある。このうち、どれか一つだけ扉の向こうに正解のご褒美がおいてある。被験者には三つの扉のうちから一つを勘で選んでもらう。正解は一つなので、もし被験者が正解の扉を選択しているとすれば、選ばれなかった二つの扉の向こうにはご褒美は置いていないことになる。また、もし被験者がはずれの扉を選んでいる場合には、残された二つの扉のうち一つの扉は、はずれであり、向こう側にご褒美が置いていない。
 そこで、ゲームのマスター(仕切り人)が「今選ばれなかった扉のうち、一つは確実にはずれですから、私が開いてしまいます」と宣言して、一つの扉を開く。
 ここで、ゲームのマスターが被験者に問いかける。
「正解の扉は残り二つのうち、どちらでしょうか? はじめの選択のままステイしてもいいですし、残りのもう一つの扉に変更(スイッチ)してもいいですよ」
 このとき、被験者はステイするべきか、スイッチするべきか? みなさんはどう思われるだろうか。
(128頁)

可能性は33%。
33%がそれぞれ可能性がある。
その中から意図的に一枚をはずした。
ということは確率は66%に上がる。
それで「選べ」と言うと変えない(ステイ)。
設定そのものが変わったワケだから、可能性も変わっている。
科学的に見ても変えるのが常識。

最初の選択において被験者は三三パーセントの確率にかけており、その他二つの扉の正解の確率は合計で六六パーセントとなっている。今、この六六パーセントの正解率はそのまま保たれた状態で、一つが「はずれ」であることを教えてもらったので、閉まったままの残りの扉、つまりスイッチする対象の扉が正解である確率は二つの扉の合計分の六六パーセントになっている。これが数学的に正しい考え方なのである(128頁)

同じことを鳩にやる。

 鳩は、初日のセッションでは人間と同じく七割近くがステイを選ぶ−中略−しかし、最終日の三〇日目−中略−にはほぼ一〇〇パーセントの確率でスイッチを選択するようになったのである。(134頁)

(番組では「100回繰り返すと」と言っているが、本には「最終日には1日100回」なので、トータルで100回より遥かに多い)

武田先生が何を思いながら「三枚におろそうかなぁ」と思っていたかというと「避難してください」と呼びかけても、動かない人がいる。
チェンジとステイが、実は災害避難等々の場合に70%がステイを選んでしまうことを考えると、人間社会の中の「注意喚起」という意味で、その呼びかけ等々に関して、人間はステイを選んでしまうという常識を、ちょっと国民全体で共有するというのはいかがか?
「最初の自分の決断を信じたい」という心理が働いてしまうのだろうと思う水谷譲。
ニュースで一番ショックだったのだが、7月の事、息子さんがもう腰まで水に。
それで飛び込んで行くと親父が「おい、オマエも手伝え!」という。
日テレNEWS24 日テレNEWS24 「逃げなくても大丈夫」避難拒む父に危機が
お父さんのインタビューが後から出て「こんなことは初めてだから」。
「息子に言われて初めて」という。
ああいうステイを思わず選んでしまう。
それは自分の経験に照らして「その直感は間違っていない」と思う、という。
そいういう直感というのが総崩れの時代にきているんじゃないか?
こういうふうにして結びつけると鳩との比較なんかも面白い。

 心理学において、重要な概念に注意資源というものがある。人間の心の動きには、燃料が必要なのである。何か考えるにしても、脳が燃料を使う。なにかに集中し注意を向ける。つまり、なにかの課題を適切にこなそうと思ったら、注意の力が必要なのだ。
 この注意の燃料のことを、心理学では「注意資源」と呼ぶ。
(146頁)

たった一回入ってきた情報の方が人間はチェンジを選ぶ。
絶えず「お気をつけください」ばっかりを繰り返されると人間は気を付けなくなる、という。

 今、ある人の注意資源の最大値が一〇〇だったとしよう。かけ算に五〇の資源がもっていかれ、バスケットボールをつく課題に六〇もっていかれる状況だと、トータル一一〇の資源が必要になる。しかし、この人物の限界は一〇〇である。すると、どうなるか。
 答えは簡単で、かけ算がいつまでたっても解けないか、バスケットボールを突き続けることができず
−中略−
 同じ課題を、注意資源の最大値が二〇〇の人物が行えば、二つの課題は適切にこなされることになる。
(147〜148頁)

また加齢に対する衰えもあって、ボールをつきながらかけ算をやるというのは高齢者に難しく、運動神経が鈍い方はさらに難しく、練習した事のない人はさらに難しくなるという。
だから練習していない、あまり運動神経がない、歳を取っている。
こういう方々はステイに関して、もの凄く注意深くなった方がいい、ということ。

オレオレ詐欺に引っかかってしまうのも、まさに二重課題による注意資源の搾取が原因である。
 オレオレ詐欺では、息子と名乗る人物が矢継ぎ早に自分の困難な状況と、それを救うための金銭的な条件を電話越しに伝えてくる。聞き手、つまりその息子の母親や父親などの、オレオレ詐欺の被害者は、まず電話越しのやりとりを無難にこなすという課題を完遂せねばならなくなってしまう。つまり、自称息子が電話越しに伝えてくる中身を正しく理解するというタスクが課されているのである。
(157頁)

詐欺師なんかが使うのは「二重課題」。
「こつこつやる人よりも倍のスピードで動く人は、上達も倍になる」
「食べても痩せられる」
よく考えるとあるワケがない。

posted by ひと at 11:17| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月07日

2018年7月16〜20日◆植物は未来を知っている(後編)

これの続きです。

植物というのは記憶力を持っている。
これは間違いないんだ、と。
植物は視覚を持っている。
見てるんだ、と。
そう言われてみると桜がバーッと一斉開花するという日本独特の風景があるが、あれなんぞ見ていても桜がやっぱり周りを見ながら「あ、さくら咲くの?」みたいな感じで次々咲いていくという。
そういう会話をしているんじゃないか、という。
そしてこの方が次におっしゃっているのが、ちょっと日本では類例をみられないかも知れないから首をひねられる方もいらっしゃるかも知れないが「植物の擬態」。
カマキリが蘭の花に化けたりというようなのを擬態というが、これが「植物にもある」と。

ボキラ・トリフォリアータは、チリとアルゼンチンの温帯林で成長するつる性植物でボキラ属の唯一の種でもある。(68頁)

樹木に巻きついているどのボキラも、見事な擬態能力でそれぞれの宿主≠フ葉をまねしていたのだ。実際、宿主となりうる植物は一種類ではなく、ボキラはずうずうしくも、じつにさまざまな葉をそっくりコピーしていた。(69頁)

同じ森の中の10種類以上の植物の葉をマネするそうだ。
(とは本には書いていないが)

擬態能力は何らかの形で《役者》に利益をもたらす。この場合《役者》に当たるのはボキラだ。では、自分の葉を変化させ、宿主の葉を模倣することで、ボキラはどのような利益を手に入れることができるのだろう? 第一の仮説は、有害な昆虫から身を守れるということだ。たとえば、ボキラがまねしている葉が草食性の昆虫にとって有毒な植物だとしたら、そして昆虫自身もその葉を避けることを学習していたなら、ボキラはその植物に紛れこむことによって身を守れる。(70頁)

実はこの本を読んでクイズ番組で10万円を稼いだ武田先生。
アフリカのどこかの自然動物園か何かで草ばっかり喰うツノの曲がった鹿みたいなピョンピョン跳ねるヤツ。
あれが大量に死んだ。
それを追求していって出た結論が「植物が殺した」。
その葉っぱを喰うという鹿みたいな動物がいる。
そいつから喰いつくされることをおびえた植物は新芽の段階で毒を用意した。
それで全滅はさせないまでも2/3ぐらいを殺した。
減ったら毒を新芽から消した。
(番組は『世界まる見え!テレビ特捜部 謎を解け!ミステリークイズ2時間SP!動物3000頭ナゾの大量死』。アカシアが自分の身を守るために大量のタンニンを生成し、それを食べて消化ができなくなったクーズーが死んだ)
だから完全犯罪でどこかのドンファンみたいな話。
特集:紀州のドン・ファン 不審死 - FNN.jpプライムオンライン
植物の世界にもそういう「一服盛る」というのがあるそうで。
我々が食べている野菜だってそう。
ジャガイモだってそう。
ジャガイモの芽は毒。
あれもスタンバイしている。
ただジャガイモが今のところおとなしいのは全滅させられる可能性がないから。
そういう「動物に全滅させられてたまるか」と思った葉っぱは擬態によって他の葉っぱに化けて「私はボキラじゃないもん」とかって言う。
この辺はすごい。

二つの仮説を示している。一つ目は、ボキラは大気中に放出された揮発性物質を近くして、模倣すべきモデルが何かを決定しているというものだ。(72頁)

とにかく環境を目で見てマネしているとしか思えない、と。
動物の視覚とは全く違うしくみを植物は視覚として持っているのではないか。
葉っぱはとにかく光を探す。
根っこはひたすら闇を探す。
考えてみれば「視覚がないとできませんぜ?」という。
この好日と、いわゆる「闇を好む」という二つの性格。
この辺、植物はやっぱり動物的。

(著者の)ステファノさんがおっしゃっているのは、人類が解決しなければならない謎の一つ「秋の紅葉」。
これは謎の現象。

秋の森を彩る赤、オレンジ、黄の色の爆発は、数年まえまでは葉緑素の減少による当たり前の結果と考えられていた。葉緑素がなくなれば緑色で覆い隠されていたほかの色が現われてくるというわけだ。ところが、実際はもっと複雑な何かを示しているのではないか、という疑問が生じてきた。なぜなら、いくつかの種は、大事な資源を使ってまで葉を色づかせるための分子を製造していることがわかったからだ。しかも、葉が落ちてしまう数日もしくは数週間まえに。すぐに失ってしまうような明らかに無益なものに貴重な資源を投資するのは、いったいどうしてなのだろう?(80頁)

コストパフォーマンスが悪い。
全山紅葉するのは「じゃ、なにゆえなんだ?」と。
「わぁ、キレイだね」と言っているのは人間だから人間を喜ばせる投資になると言う水谷譲。
特に日本はもう、秋の紅葉というのは大事にする。
人間にとって楽しみではあるが、果たして他の動物にとって紅葉は楽しみかどうか?

二〇〇〇年、オックスフォード大学のビル・ハミルトンが亡くなる数か月前に提示した理論が、この謎を解き明かしてくれた。彼の研究によれば、秋に葉を華麗に色づかせる樹木は、いわゆる誠実な信号≠送っているのだという。つまり、紅葉は植物のもつ力をアブラムシ(アリマキ)に向けて誇示するメッセージというわけだ。(80頁)

「緑だから葉っぱでも喰おうかなぁ」とかと思って「これから寒くなるんでいっぱい喰おうかなぁ」とかと思って張り切っている時に真っ赤になるワケで。
「何!赤じゃん!」みたいな。
虫を弾き返す、寄せ付けないために紅葉させているのではないだろうかと。
そういう考え方がある。
一種、植物から動物への示威行動として。
炎のような色を見せつけて虫を脅し、自らの生命力を誇示する森の木々の「デモンストレーション」。
それが実は紅葉なのではないか、と。

 たとえば、一頭のライオンが視界に入っても、逃げようとせずにその場でバネのように飛び跳ねているガゼルの群を見たことがあるだろうか? 一見、ガゼルたちはエネルギーを浪費するだけのむだな行動をしているように思えるかもしれない。しかし、実際はライオンに向かって、「私がどれほど力強く頑丈なのかを見よ。捕まえようとしても、おまえは時間とエネルギーを浪費することになるぞ」というメッセージを送っているのだ。同じように樹木も濃く色づくことによって、秋のあいだに移住の頂点を迎えるアブラムシに対して、自らの強靭さと生命力を誇示する信号を送り、ほかのもっと楽な宿主を探すようにうながしている。(81頁)

かつて楽園があった。
どこにあったのか?
どうもやっぱり中東の方にあったんじゃないか?
そこで初めて人間の文明が立ち興ったという。
その文明とは何か?
メソポタミア地方。
学校で習う。
農業。
農業が興ったということがものすごく重大なことで。
ここで人間は集団で生きる。
そして農業を基礎にするという社会を作ったワケで。
あたりには森と草原があったはずで。
この人間を人間らしく集団にまとめたのは「植物」。
植物がなければ農業は始まっていないから。
その人間をまとめた植物は何か?
麦。
わずか1万2千年前の出来事。
麦という植物が育つことによる人間の文明があったという。
そこが今は森も緑もなくなって。
文明とは何かと問えば、文明とは定住生活。
もう移動しない。
人間の定住は何によって可能になったかというと「農業」によって。
農業は穀物によって支えられている。

今日、三種類の植物──コムギ、トウモロコシ、コメ──だけで人類の摂取するカロリーの約六〇%がまかなわれ、そのかわりにこれらの植物は、世界じゅうどこでも広大な土地を使って栽培され、地球全土へ拡散され、ほかのライバルたちを圧倒している。(82頁)

たとえば、コムギかコメが病気に襲われたら(すでに起こっているが)大参事になるだろう。(83頁)

人間がある植物の特徴に注目して栽培すると、ほかの植物がそれを擬態し、予想もしない結果をもたらすことを最初に指摘したのだ。(88頁)

ジャガイモからサツマイモ。
更にタロイモ、キャッサバなどが食べられるようになった。
とんでもない事をこの人は途中から言い始める。
それは人間がコムギ、トウモロコシ、コメを喰いだす。
植物が考えて「アイツらのマネをすればいいのか」というので、他の植物がコムギ、トウモロコシ、コメのマネをし始めた。
コムギ、トウモロコシ、コメの立場になって考えましょう。
この人たちは毎年、秋になったら人間に喰われちゃうワケだが、春にちゃんとまたタネを蒔いて育ててくれて「滅びる」ということがなくなった。
コムギ、トウモロコシ、コメというのは。
そうすると植物もバカではないのでこのコムギ、トウモロコシ、コメを見ていたヤツが「あいつらのマネすりゃ、一部喰われたにしても俺たちは永遠の命と共に生きることができる」と。
やっぱり見ている。
それでジャガイモがマネをした。
ジャガイモがいったらすぐサツマイモが「よぉーし!俺もジャガイモのマネしよう!」って言いながらパーッと膨らんだ。
タロイモがマネをして、今、アフリカあたりではキャッサバがそれをマネしているという。
コムギもすぐにコムギの擬態が始まった。
コムギ畑の中にコムギそっくりのヤツが増える。
この人(著者)曰く「これがライムギだ」と。
だから人間に喰われるかも知れないが、喰われることによって大変なアドバンテージを手に入れる。
有利になる。
アドバンテージを彼らも手に入れたかったのではないか?
それはなぜかというと、人間に喰われることによって来年の春は育ててもらえるということともう一つ、植物にとって絶対に不可能なことが可能になった。
それは移動できる。
世界中に広がることができる。

この除草剤の使用について不安を誘うデータがある。一九七四年、農業用に使用されたグリサホートは、アメリカ合衆国だけで三六万キログラムだったが、二〇一四年には一億一三四〇万キログラムに達した。つまり四十年のあいだに、三百倍以上にも増えたのだ!(91〜92頁)

(番組では「30倍」と言っているが上記のように「300倍」)
あぜ道の雑草はグングン耐性をつけている。
人間にすり寄ってくる植物について、すべてが悪いものと断定するのは早計であるぞ、と。
もしかするとその雑草の中に第二、第三のカラスムギ、ライムギの仲間がいるかも知れない。

花以外の蜜の働きは長いあいだ謎に包まれていた。ダーウィンは、花の外に現れる蜜は、捨てるべき余分なものだという意見だった。いいかえれば花外蜜腺は、もともと何らかの理由でつくりすぎた物質を外に吐きだすための排泄器官だということだ。−中略−
 デルピーノは、このダーウィンの理論にまったく同意できなかった。植物がこれほど甘い物質、つまりエネルギー価の高い物質をむだ遣いするなど、彼には考えられなかったのだ。これほど糖分の多い生産物が余剰物≠ノされるなどありえない。植物がこうした貴重な資源を捨てるのなら、そのかわりに何か自然の利益≠得ているはずだ。つまり、花以外で分泌される物質も、花の蜜と同じ働きをもっているにちがいない、と考えたのである。
−中略−
 数年の研究のあと、デルピーノが見つけたその理由は、《ミルメコフィリア(好蟻性)》
−中略−というおもしろみのない名前で知られるようになった。−中略−好蟻性とは、花外蜜腺を使ってアリを引き寄せ、そのかわりにほかの虫や捕食者から身を守るための性質だ。−中略−捕食者から守ってくれるお返しとして、甘い蜜がアリに提供されるのだ。(127〜128頁)

ネソコドン・マウリティアヌス
桔梗の花に似ている花。
その桔梗の花に似た花の内側から、花びらに向かって蜜を流す。
(本によるとヤモリをおびきよせて受粉させる)

 一例は、アフリカや南アメリカ原産のアカシア属のさまざまな樹木とアリの関係だ。アカシアはアリを養うために独特の実をつけ、樹木の内部に特別な場所も提供する。−中略−アカシアはアリに対して、食べ物、宿泊所、さらには花の外で分泌する蜜というフリードリンクまで提供する。かわりにアリはアカシアに害を与える恐れがある動物や植物──それがどんなに攻撃的な相手でも──から宿主を守りぬく。−中略−よこしまな考えを抱いて近づこうとするほかの昆虫を遠ざけるだけでなく、自分より数十億倍も大きな体の動物にも果敢に立ち向かう。アリがゾウやキリンのような巨大な草食動物に噛みついて、木に近づくのを思いとどまるまでけっして離そうとしないのも珍しいことではない。(129頁)

蜜は糖だけでできているわけではない。ほかのさまざまな化学物質、たとえばアルカロイド、γ−アミノ酪酸(GABA)のような非タンパク性アミノ酸、タウリン、β−アラニンなどもふくまれている。こうした物質には、動物の神経系を制御する重要な作用があり、神経の興奮をコントロールして行動を支配する。−中略−蜜にふくまれているアルカロイドは同じアルカロイドの仲間(あるいは類似物質)であるカフェイン、ニコチン、ほかの多くの物質のように、アリ(または、蜜を採取して花粉を運ぶ他の昆虫)の認知能力に影響を及ぼすだけでなく、蜜への依存を引き起こす。
 アカシアの樹木もほかの好蟻性の植物と同じように、花の外の蜜にふくまれるこれらの物質の生産を調整して、アリの行動を変化させられる、ということが最近の研究でわかった。つまりこうだ。狡猾な麻薬密売人のように、アカシアはまずアリを引き寄せ、アルカロイドが豊富な甘い蜜で誘惑し、アリが蜜への依存症に陥ると、次はアリの行動をコントロールし、アリの攻撃性や植物の上を移動する能力を高める。
(131〜132頁)

コロンブスが最初の中央アメリカ遠征から戻るときに、トウガラシはヨーロッパにもたらされた。(139頁)

ここからトウガラシの世界制覇への旅が始まった。

世界中でこれほど多くの人がトウガラシの辛さを好んでいるのはなぜか? カプサイシンはほかの植物性アルカロイド(カフェイン、ニコチン、モルヒネなど)とはちがった形で脳に影響を及ぼすが、どちらも最終目的は同じである。つまり、依存症を引き起こすことだ。(145頁)

舌で痛みを近くすると、脳に信号が届き、脳は痛みを緩和するためにエンドルフィンを製造する。
 エンドルフィンとは、モルヒネに似た、痛みを鎮める生理学的な特質をそなえた神経伝達物質だが、その効果はモルヒネ以上だ。
−中略−
 エンドルフィンが依存症を起こすというのは、奇抜な発想ではない。それどころか、よく知られたランナーズハイもここから来ると考えられる。
(145頁)

だから一回辛さに耐えると、もっと辛いものが欲しくなるという。
モルヒネ、キニーネ、アヘン、シャブ、マリファナ。
こういうものが全部植物由来であるのと同じように、植物が滅びたくないために人々を支配するという。
これはすごい。

 植物は、私たち動物に似たものを何一つもっていない。植物と動物の共通の祖先は六億年まえまでさかのぼる。その時代、生命は海から出て陸地をも征服しようとしていた。−中略−植物は新しい環境に適応し、地面に根を下ろし、太陽が放射する無尽蔵の光をエネルギー源として利用した。(158頁)

地球に暮らす全生物の総重量の少なくとも八〇%は植物が占めている。(158頁)

一番最初に話した藤子不二雄先生の漫画ではないが、海から一番最初に上陸して、地面で光合成によって地球上に生きること、それを始めたのは実は植物。
植物がしっかりと世界を作った後、招かれるようにして爬虫類が海から上がってきて両生類となり・・・という。
(本にはそういうことは書いていないし、進化の方向性を考えると両生類→爬虫類)
そうやって考えると、植物がまず地球を拓いたパイオニア。
動物は生存について問題が生じるとまず移動した。
すこし言葉をきつめに言えば動物の特徴は何か困難に出くわすと逃げ出すことである。
そう。
絶えず逃げてきた。
今でも変わらない。
とにかく何か困難に遭遇すると大臣以下みんな逃げる。
「やってない」「会ってない」とか。
「知りませんでした」とか、そういうことを言いながら。
植物だけが逃げない。
動物はあくまでも逃げて己を守る。
植物は逃げない。

植物は、じっと動かないことを選択した結果、並外れて優れた感覚を発達させた。環境から逃げられなくても生き延びられるのは、ひとえに、数多くの化学的・物理的なパラメーターをいつでも緻密に知覚する能力をそなえているためだ。パラメーターとは、たとえば、光、重力、吸収できるミネラル、湿度、温度、力学的な刺激、土壌の構造、空気の成分などだ。植物は、そうした力、方向、時間、強さ、刺激の特徴を、そのつど識別する。さらに、ほかの植物との距離、その植物の正体、捕食者や共生者、病原体の存在を伝える《生物的シグナル》(ほかの生物が発する信号)についても、植物はたえずインプットしつづけ、つねに適切にその信号に対応する。(165頁)

ライムギの個体一つは、数億本もの根端を伸ばすことができる。(167頁)

森林のわずか一平方センチメートルの土地には、数千もの根端が存在するといわれているが(167頁)

植物とは非中枢的生き物。
そういう意味で「植物的である」というのは大事な才能なのではないか?
高層ビルなども考えてみれば箱の積み重ね。
上の人の床が下の人の天井になっている。
失礼。
樹木においては、あれほど葉っぱがありながら、上の人の床を天井にすることはない。
わずかにズレてすべての葉っぱが太陽の光を吸収しているワケだから。


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2018年7月9〜13日◆植物は未来を知っている(前編)

これの続きです。

植物は〈未来〉を知っている―9つの能力から芽生えるテクノロジー革命



この本を選んだ動機。
芸能でお足をいただいていて生計を立てている武田先生。
ドラマではいろんな所に引っ張りまわされる。
あるドラマで海沿いの山道を登り、丘の上に登った。
その丘の上での撮影だった。
これがすごい丘で、伊豆半島。
いきなり山が高くなっている。
ミカンの丘が広がっている。
どのくらいの急傾斜かと言うと、ミカンの実がコトンと落ちると下200mぐらいにある県道まで転がり続けるというような急傾斜のミカン段々畑だった。
そこでキャメラを向けたのだが、片平さんと演っていたお芝居。
(内容的に多分TBSの『リバース』。「片平さん」というのは片平なぎささんのことだと思われる)
金曜ドラマ『リバース』|TBSテレビ
ドラマというのは右から撮れば左からも撮るという二つポイント。
ところがそのドラマに関してだけは海を見下ろす角度からしか撮れない。
逆の海側から山へ向かってのキャメラサイドはないのかなぁ?というふうに思っていたらキャメラマンがブスーっとふくれて「撮れるワケねえじゃん!」とふくれっ面。
「何でこんなにこの人は機嫌が悪いんだろう?」と思って「どうした?」と言うと気になる方角を彼が指差した。
ハゲ山。
そのハゲ山なのだが、金属の板がズラーッと並べられている。
太陽光パネル。
ミカン農園を営みながら死んだ息子の敵を討ちたいと思っている母を問い詰めた刑事の武田先生。
それ(太陽光パネル)の光り方が情感が出てこない。
何だか果物ナイフを横に並べてキラキラキラキラ振り回しているような。
つまり、はっきり言って殺された息子の思い出を語る時に後ろ側で金属片が光るとドラマにふさわしくない。
しかしすごい。
本当に「緑をはがされた」と言っていいほどの山。
かつては果樹園が、ミカン園が並んでいたそうだ。
そのあたりにロケハンにやってきてディレクターは気に行った。
ところが一年も経たないうちにそこに来てみるとも一山、全山。
一方方向だけのキャメラワークということだったのだが、通りかかったミカン農園の方が「あれ、外資と結んでる太陽光発電会社なんですよ」と。
「私どもも反対してるんですが、言うこと聞かないんですよ」と。
外国資本が一枚入っていて、権利関係が出来ているので「景観なんか関係ない」と。
ただ、ミカン畑であんなふうに全部木を切ってしまうと「山が崩れて、ということもあるんでねぇ」と言いながら不安そうだった。
茫然とその太陽光発電のパネルの並んでいる景色を眺めたのだが、どうにも日本の景色にはなじまない。
太陽光パネルというのは、例の福島での原発事故があって、日本人が急激に興味をもって。
水力、火力、そして太陽光、それから風車等々で何とか、といったのであるけれども。
圧倒的に不安定らしい。
それで外資の方はと言うと外から入ってきた資本なのだが、中国は太陽光パネルはもう強気で、国土が広いものだから「いくら並べても」という。
ところが日本みたいに角度の決まった丘の上に、時間にならないと太陽が昇ってこないような地形で、またもう一山買ってパネルを並べないと黒字にならないと言って買占めが・・・という。
申し訳ないがあんまりいい噂を聞かない。
前から言っていることだが、あのデザインは何とかならないのか?
太陽光(パネル)のデザインそのものをもっと考えられないかと。
つまり並べれば景色として美しくなるような太陽光パネルというのがあるんじゃないだろうかと。
そんなふうに思う。
樹木は葉っぱが太陽光パネル。
パッと目が合ったら「ああ・・・ホッとする。太陽光パネル」みたいな。
「植物と共に未来を眺める」という今週の始まり。

(番組の最初の街頭インタビューからの話の流で「イケメン」という表現が失礼に感じるという話が続く)
フランス語で美女を褒める時に「mannequin(マヌカーン)」と言う。
(調べてみたが「mannequin」にそういう意味があるかどうかがわからなかった。辞書にはなくても俗語としてそういう表現があるのかも知れないけど)
「マネキン」と。
服を着てずっと立っているだけ、という。
「おお、マヌカーン!」みたいな。
「イケメン」には同じ響きを感じる武田先生。

植物を見る時に、動物の私たちは、私たちと全く違う生き物と見ている。
植物は動物のように環境に適応し、己の姿を変化させ、それを動物と同じく「進化」と呼ばず「順化」と呼んで別の扱い。
「適応した」という。
しかし植物の順化は経験を記憶し、自らの組織構造と代謝を修正し己を変化させる。
生物とは一体何かというと、己の姿を変化させることによって生き延びようとするもの。
考えてみれば進化も順化も同じではないか、というのがこの本『植物は〈未来〉を知っている』のテーマ。
(番組では植物の「順化」を「進化」と同列に説明しているが、本の中では「順化」は「記憶力」と同じ種類のものというような説明)

例えばフルーツトマト。

高糖度フルーツトマト「太陽のめぐみ」 (無選別1kg)



本当にうまいのがある。
武田先生が好きなのは高知県のと熊本の八代。
ここのトマトは美味しい。
これは凄く面白いことに八代は「塩害」。
あれは潮風が入ってきて。
土佐の高知も台風で塩水を浴びた畑のトマト。
武田先生が感動した話。
フルーツトマトは一体どこから生まれてきたかというと、塩害の被害から出てきたのがフルーツトマト。
塩害で塩が畑まで来て全滅した。
植物が全部枯れてしまうから。
その中でよく見ると実を小さく実らせている。
塩で縮んでしまってチビになっている。
それで「こんなものは市場には出せねぇ」とその畑の人が喰ったら甘いの何の!
「これはベジタブルじゃない。フルーツだ」と。
それで、それからはわざと地面に塩を撒いてトマトに激烈な苦労をさせて。
実を小さくしても甘味を。
何で甘味が付いたか?
トマトが「俺は死ぬんだ」と思った。
その時に「生きたい」という思いが、地面から実は小さくても甘味を吸い上げる。
糖分を持っていれば糖分の栄養で生き延びられないかと決心した小柄なトマトがフルーツトマト。
この種からは続々フルーツトマトができてくる。
一回塩でつらい目に遭ったということを「フルーツトマトは記憶している」ということ。
そうすると発想を変えないとダメ。
この著者曰く「植物、記憶を持ってる」ということ。

オジギソウ。

可愛らしいオジギソウ 先生へのプレゼントに 感謝のしるしとして 教室で植物を育てましょう くすぐると葉を閉じて枝を下に向けます少し変わったプレゼントで先生はきっと笑顔に



黒胡椒みたいな小っちゃい種を撒いて観察日記で子供がやっていたという水谷譲。
子供だったら必ずやる。
大人だってやる。
ペロッと触る。
シュルシュルシュルシュルーと葉をたたんでしまう。
やり続けるとどうなるか?
やり続けると閉じなくなる。
やったことがある武田先生。
触って葉を閉じていたら風が吹くたびに閉じなきゃいけない。
風が吹いてももう閉じなくなる。
それが「記憶」「学習してる」ということ。

鉢に植えたオジギソウを、約一〇センチメートルの高さから繰り返し落下させる。落差の距離が刺激の大きさを表している。−中略−何度か落下を繰り返すと(およそ七、八回)、植物は葉を閉じなくなり、無視するようになったのだ。−中略−つまり、植物は過去の経験を記憶する#\力をもっているのだ。
 ところでその記憶力はどのくらい持続するのだろう? この疑問に答えるために、実験でちがう刺激を区別できるようになった数百のオジギソウを、何も刺激を与えないままに放置し、学習したことをどれぐらい記憶しておけるのかを調べてみた。すると、予想をはるかに上回る結果が出た。オジギソウは四十日以上ものあいだ記憶を持っていたのだ。これは多くの昆虫の標準的な記憶の持続時間よりはるかに長く、高等動物の記憶に匹敵する。
(30〜32頁)

(番組では落とした回数が40と言っているが本によると40は日数)

樹木にとってその枝先に花を付けるか、これは重大な決定。
桜はよくあれだけ揃って開くと思う。
気象予報士の森田(正光)さんが言っていた。
あれは太陽光を足し合わせたのと、ぶり返す寒さが何回目かを桜がカウントしている
合計の温度が○度に達すると開花する、という。
(渥美清ふうに)しかし森田さん、アンタ本当かい?
そうではなく、水谷譲ふうに言えば「あったまいいんじゃないの〜?」というような言い方の方が的確で。
桜はやっぱりきちんと記憶力を持っている、と。
動物が持っている記憶力とは全く違う種類の記憶力を植物が持っているのではないか?と。
これが最近、研究が進んでいるそうだ。
わけわからないがゾクゾクするぐらい面白く思える武田先生。

 最近、MIT(マサチューセッツ工科大学)の生物学部のスーザン・リンドクイストが指揮する研究グループが、ある仮説を打ち出した。それは、少なくとも開花の記憶のようなケースにおいては、植物はプリオン化したタンパク質を利用している可能性があるというものだ。プリオンは、アミノ酸配列が誤ったやり方で折りたたまれたタンパク質で、近くにあるタンパク質すべてに対して、この異常形成されたタンパク質をまるでドミノ倒しのように増殖させる。動物にとってプリオンは有益どころか、害にしかならない。たとえば、BSE(牛海綿状脳症)やクロイツフェルト=ヤコブ病は、プリオンが原因だ。でも、植物では、プリオンが独特な記憶方法をもたらしているのかもしれない。(34〜35頁)

何十年も前のこと、アトランタで取材をやったことがあってジミー・カーターさん(アメリカ合衆国第39代大統領)とお会いしてお話しをするという企画があった。
世界平和について。
ただ話を聞いているだけだったが。
ガードマンの人がマシンガンを持っているのが怖かった。
そのカーターさんが武田先生に会っていただけたのは、ある日本企業の協力があったから。
ファスナーで世界メーカーのYKK。
それがアトランタのカーターさんをずっと州議員の時から応援し続けた企業がYKKさんだった。
だからすごくカーターさんはYKKさん経由でアレすると連絡が簡単に付く。
そのお礼もあってアトランタのYKKの工場に行った。
富山方面から来ていて、その方々は松の木と桜の木を見せたがる。
ところが工場長。
日本人の方。
笑ってらっしゃったが。
松はあっちこっちから針金で引っ張って遮二無二枝が曲げてある。
「がんじがらめですね、この松は」と言ったら「ええ、もうね、アトランタで松育てるとまっすぐ伸びやがって」という。
風とかがあまりなくて気候がいいものだから「Pine Tree!」って言いながらまっすぐいっちゃう。
日本人は松の風情は風雪に耐え、枝をくぅ〜と曲げながら「生きております!常緑樹」みたいなのがある。
日本人ならではの。
だから大変。
あれを美しいと思いだすと、まっすぐの松はつまらない。
「おめぇ、芸ねぇな」みたいな感じになってしまう。
それでもう一つが桜の木だった。
あくまでもその時に聞いた話。
この桜がバカで。
立派な木。
大木になっている。
計算できないらしくて、もう何だか二月に咲いたかと思ったら九月にまた咲きやがって。
もう全然季節を守らない。
それで「何とかしなくちゃ」というので日本の庭師さんに富山の方は「四月の後半ぐらいに咲くようにならんですかね?このバカ桜」という。
そうしたら庭師さんがすごく面白いことを言って「四月ぐらいにここで咲く花は何ですか?」。
その手のスミレ草があるらしい。
そうしたら庭師さんが「じゃ、この桜の木の周りに四月に咲くスミレの花をいっぱい植えてくれ」と。
「そしたらだいたい桜も四月に咲きますから」と。
「そんなことあるんですか?」と訊いて「ええ、ええ。あのね、桜ね、仲間がいたり同じ時期に咲く花がいないとカウント間違えちゃうんだよ。見てっから桜」。
「あ、アイツ咲いたな」と思うと咲く。
「(渥美清ふうに)さくら、アイツ咲いたな?よし、咲くか」
バーッと咲く。
何で判断しているか?
目は無い。
見ているわけではない。
「見る」と言ったら「目」と言う。
だからこの作家さんが「違う」と言っている。
それでそれ以来四月にきちんと咲くようになったというふうに言われてもう一回、日本の桜の情景を見渡したら桜並木は一斉。
咲く時も散る時も。
「オマエ、咲いたな?さくら。散るのか?さくら。じゃ、俺も散っちゃおうかなー」
きれーいに揃える。
審議定かならずなれども、この著者によれば植物はやっぱり人間とは全く違うシステムの目を持っているのではないか、ということ。

人間はとにかく自然に学んできた。
ケモノをマネしたり鳥をマネしたり魚をマネしたり。
そうして動物の中でも他の動物を出し抜いて様々なものを人間は獲得してきた。
しかし現代はいよいよ植物から学ぶ時が始まったと著者は言う。
「インターネット」とういのを図式化すると植物の根と同じ。
構造としては植物の根と同じであり、植物的発想は未来へのヒントを含んでいる。
いよいよ人間は植物のテクノロジーを学ぶ時代が来た、と。
こうおっしゃっている。

私は、植物が新しいロボットの製作に大きなインスピレーションをもたらす可能性に魅了され、二〇〇三年に《プラントイド》(植物型ロボット)のアイデアをふくらませはじめた。(53〜54頁)

これは欧州宇宙機関では火星探査に関してアメリカ型の動物型ロボットをやめたそうだ。
動物型ロボット。
つまり自走。
自分で走って掘り起こして石とか土を持って帰ってくると言う。
これは「犬」。
犬型のロボットだが、これじゃない、別のロボットのタイプを開発しようというので、植物型ロボットを今、ヨーロッパでは懸命に考えているそうだ。
「これはすごい」と思った武田先生。
火星探査。
空気の薄いところにポンと降ろして箱がカタンと開くとその中から犬型のロボットが出てきて走って掘り起こして土を取って持って帰ってくるみたいな。
ヨーロッパが今、考えているのはそうじゃない。

無数のプラントイドを火星の大気中まで送り込むことを想定した。送り込まれたプラントイドたちは、火星上にまき散らされる。それぞれのプラントイドは約一〇センチの大きさで、赤い星の地表に姿を消すと、ただちにその体から根を土壌に差しこむ。この根が火星の地下を探索するいっぽう、表面に並んだ葉のようなものが光電池(太陽電池)を使ってエネルギーを補給する。−中略−プラントイドは、種子のように大気中ではじけて広範囲に散らばっていく。そしてその場でじっとしたまま、お互いに、さらには地球とも連絡をとりあい、土壌の成分についてのデータを地球に送信する。(57頁)

それでもう一つ。
「集合する能力」というのを与える。
集まる能力を与えておく。
そうすると「森」ができる。
(という話は本の中には発見できず)
とにかく植物を発想にして探査型のロボットを作るという。
これはやっぱり面白い。
夢のSFの世界。
これはもう現実に進行している。
生き物のマネではなくて植物のマネをして、これからは火星の探査をやるという。

posted by ひと at 11:18| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年7月2〜6日◆バナナがなくなる前に

これの続きです。

世界からバナナがなくなるまえに: 食糧危機に立ち向かう科学者たち



自然は決して人間に従うことはない。
自然を従えていると思い込んでいる者に、自然は実に自然に復讐をする。
南沙諸島の問題は大丈夫なのか?
天気予報を見てください。
あそこはバンバカ台風が来ている。
サンゴ礁を平地にして、遮二無二にそこに船とか飛行機を置いている。
あれは飛ばされる。
そんなことを思うと人間というのは自然を従えているつもりかも知れないが、自然には基地とか何とか一切関係ない。
そんなつもりでぜひ聞いて欲しい。

アメリカ自動車王のヘンリー・フォードさん。
この人の夢は一体何だったのか?
この人は何を革命を起こしたかと言うと大量生産。
同じものをいっぱい作るというシステム作りで成功した人がフォード。
これのおかげで車がガン!と安くなったのだが。
ヘンリー・フォードさんは車の大量生産で革命を起こした人なのだが、この人は実は農業にも手を出した。
車は工業製品。
ところが一か所だけ農業がうまくできないと、できない部品がある。

 自動車は石油と鉄鋼を必要とする。−中略−自動車にはゴムも必要だ。−中略−それはアマゾン川の南方の熱帯雨林地域を原産とするパラゴムノキ(Hevea brasiliencis)という木から採取される。(191頁)

だがパラゴムノキは、食物としてより重要であった。種子は食用になる。−中略−しかし一七七〇年、(やがて酸素を発見する)進取の気質に富むイギリスの科学者ジョセフ・プリーストリーが、凝固したゴムの樹液で鉛筆のなぐり書きを消せることに気づく。−中略−
 しかし二つの発明によて、すべては変わる。一つはレインコートだ。チャール