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2018年06月01日

2017年11月13〜24日◆世界からバナナが無くなる前に(後編)

これの続きです。

(番組冒頭の小説を読まない話やドラマの話は割愛)

「農業テロ」といっても「農作物が枯れるだけじゃん」と今、お思いだろう。
ゆっくりこれからこの話を広げていく。
アマゾンの熱帯雨林。
そこに広がっていたカカオのプランテーション。
それが木を切り倒されたおかげで、砲撃を受けたような穴だらけの部分ができてきた。
この時にブラジル農協の方が考えたのは「テロだ!」と。
人がロープで結んでいる以上は。
「犯人は誰だ!」ということ。

考えられる説の一つは、ブラジル産以外のほとんどのカカオを栽培しているコートジボアール、ガーナ、マレーシアに住む誰かが、自国のカカオ生産を有利に導くために、ブラジルのカカオ生産の壊滅をもくろんだというものである。(110頁)

事実として第二次世界大戦中、戦争を行った国々は全部、実はこの農業テロの病原体の研究をしている。
ナチス、アメリカ、ソ連、日本。
この軍部は農業テロの研究をしていた。
毒ガス等々のことを言う方がいらっしゃるが、農業テロの方が被害がデカい。
あのアイルランドから100万人以上の餓死者を作り出すことが、たった二年でできる。
凄まじい被害が農業テロでは可能。
だからミサイルなんか研究している国は火を点けるのがわかるのだから、農業テロは怖い。
そうやって考えると、ちょっとやっぱり世界の見方も変わってくる。

ブラジル農協は必死になってこの犯人捜しも懸命にやったという。
しかしカカオの苗が高騰し、農民の中から農協を疑う声も上がった。
すごい、もう疑心暗鬼。
何で農協を疑うか?
カカオの病気をした木を始末した後「新しいカカオで、何とかもう一回頑張ろう」と思う人がいるとする。
農協に「カカオの苗を売ってくれ」というと五倍以上する。
もう病気で無いから。
ジャガイモが無くなったのと同じ。
種イモが無いワケだ。
それで「農協が農民にカカオの苗を高く売るために病気を広めたんじゃないか」というので、この手のことは内部で疑心暗鬼になる。
この著者がいいことを書いている。
農業テロのようないわゆる「農作物をダメにする」ということは「人間の性根まで腐らせる」という。
(この記述は本の中に発見できず)

バイーア州には六五万ヘクタールのカカオ園があったが、一九九二年には四〇万ヘクタールのみが残り、残った土地でも、かつてほど多くのチョコレートを生産することはできなかった。天狗巣病は根絶されず、完全な回復を図ることができなかったために、生産高は七五パーセント低下する。(114頁)

ブラジルは世界第二位のチョコレート生産国であった。それからたった四年後には、チョコレートの純輸入国になっていた(115頁)

何せ何にも足取りも証拠もつかめないわけだから、犯人捜しはほぼ絶望的。
今ならカメラか何かで撮っているから「犯人が」とか言うが、何十万ヘクタールの広さのあるエリアで、そういうカメラを置くのも無理。
ところが犯人がわかる。

 その後一〇年以上が経過してから、驚くべき答えが得られた。二〇〇六年になって、バイーア州のカカオ危機の関係者が誰も知らない一人の男が、ある告白をした。ジャーナリストのポリカルポ・ジュニオールが行ない、大衆誌『Veja』に掲載された四つのインタビューのうちの一つで、この男は、「私、ルイス・エンリケ・フランコ・ティモテオは、バイーア州への天狗巣病の植えつけに関係した一人です」と述べた。−中略−ティモテオは、最初の感染が発生する二年前の一九八七年、イタブナ〔バイーア州の都市〕のバーで飲んでいた。そこで五人の男−中略−と会う。−中略−彼らは−中略−カカオ産業を破壊することで、農園主の経済的、政治的権力を打破しようと画策していたのだ。−中略−地域の産業を破壊するのではない。人民のために、農園主の手から経済的な権力を奪取するのだ。そう考えたのである。この計画には「南十字星作戦(Cruzeiro do sul)」という名前さえつけられた。(115〜116頁)

 六人の男たちのうち、アマゾン地方についてもっとも知悉していたティモテオは、アマゾンを旅して計画に用いる天狗巣病菌を集めた。五〇時間以上バスに揺られて−中略−天狗巣病に感染した枝を集め、袋に隠してバイーア州まで持ち帰ったのである。−中略−こうして彼は、バイーア州とアマゾン地方を何回か往復することで、合計しておよそ二五〇〜三〇〇本の感染した枝を運んだのである。
 ティモテオがバイーア州に戻ってくると、六人は、CEPLACのロゴが描かれた車に感染した枝を積んで
−中略−沿道の木に感染した枝をロープで結わえていった。(116〜117頁)

(番組ではティモテオが主犯格と言っているが、すでに5人の男が犯行を企てており、ティモテオは6人目として加わった)
現実に犯人の仲間たちはその後、市長や農協関係者になっている。
政治的逆転というのは本当に怖い。
彼らのテロは大成功した。
ブラジル農協から憎きヤツを全部叩きき出して、自分たちが農協のトップに収まった。
ある意味ではよかった。
「テロ成功!」というワケだ。
ところが、何で自白したか?
ブラジル農協が潰れてしまった。
そこの組織の偉いさんになりたかったが、そこの組織そのものがカカオの不作で潰れてしまう。
それでちっとも美味しくなくて、ヤケになって喋っちゃった。
(本によるとそういう話ではないが)

そのせいで二五万人が職を失った。プランテーションの雇用者とその家族を含め、一〇〇万人近くが、都市へ移住した。(118頁)

6人は逮捕されたが、裁判では証拠不十分で無罪放免。
残った事実は何か?
世界第二位の稼いでた商品をブラジルが失くし、さらに苦しい貧困に陥ったという。
テロをやろうという方、よーく考えといてください。
これがテロの報い。

テロリストの人たちが農業の方に向かないように祈るばかりだと思ったが、でも日本でも鳥インフルエンザ等々があった。
あの時に鳥インフルエンザとか狂牛病等々が襲った村町をコンサートで流した武田先生。
その関係者の顔つきは、そういう顔つきだった。
鳥インフルエンザの時、もう町の名前を言うのをやめるが、県境で「そういや、何か月か前からか、○○国からの観光客が妙に増えたけん・・・」と。
それを言うと・・・。
それと渡り鳥に菌を・・・。

イムジン河



『イムジン河』の歌詞ではないが「水鳥自由に飛び交い群れ」と言っている場合じゃない。
その水鳥が大変な・・・。
決してそこの国の方を疑っているワケではないが、農業テロの恐ろしさは「そういう目」になってしまうということ。

後日談。
ブラジルはこれでカカオがすっかりダメになった。
急激にカカオ生産で名前を上げたのはガーナ。
ブラジルから西アフリカ。
アフリカにカカオ生産の主力基地は移った。
ここではまずはっきり言えるのは天狗巣病がまだ侵入していない。
そしてもう一つある。
ここが農業の面白いところ。
日本なんかも怖い。
確かに鳥インフルエンザも狂牛病も怖い。
色々ある。
だけど一番心配なのは中国。
アメリカも怖い。
耕作面積が広すぎる。
日本でこの手の心配がちょっと安心できるのは、スケールが小さいから管理が届く。
今、西アフリカでカカオが世界でNo.1になっているのは耕作面積が小さい。
小規模栽培。
だから天狗巣病が発生しても、いわゆる何坪かを抑えれば防げる。
発見まで二日も三日もかかるような広大なプランテーション農園という所が一番怖い。
今、カカオ生産が西アフリカでバーッと伸びているのは、この耕作面積の狭さ。
このへんが面白い。
プランテーションのような巨大さはなく、零細であるがゆえに、カカオの病が出れば、その飛散は小さい規模で食い止めることができる。
だからデカい農業生産をやっているところは、皆この農業テロの危険性がある。
そうやって考えるとロシア、中国、アメリカ気を付けて。
特に中国。
軍事費にお金を使っている場合ではない。

 アフリカに移植された当初、カカオはアメリカ大陸では知られていなかった難題につきまとわれた。その一つは、カカオの木の葉が赤くなり、若芽が腫れる枝腫病であった。この病気にかかると、やがて木は死ぬ。(123頁)

病原菌はアリによって拡大する。
今年(2017年)の日本の夏。
ヒアリ。
つまりその手のアリが世界中に横行する時代に突入している。

熱帯雨林の木陰に造成されたカカオプランテーションならどこでも、一〇〇種を超えるアリが見つかるはずだ。それらのアリの多くは、まだ名前がつけられていない。(126頁)

生態なんか全然わかっていないアリが。
この枝腐れ病を広げるアフリカのアリというのは地面ではなくて、木のてっぺんに住んでいる。

 熱帯雨林の樹冠に生息するアリには、羊飼いがヒツジの面倒を見るようにコナカイガラムシの面倒を見、それに依存して生きている種がある。(127頁)

このアリたちは名前も付いていないが地面ではなく木のてっぺんに住む。
このアリたちが害虫のコナカイガラムシと共生するということ。
一緒に生きていく。
このアリはコナカイガラムシを飼育する。

コナカイガラムシは樹液を吸って生きているが、−中略−余った糖分を排泄する必要がある。これはアリにとってはマナ、すなわち栄養満点の甘いミルクだ−中略−アリは排泄された糖分を摂取するだけでなく、糖分の供給を独占するためにコナカイガラムシの面倒も見る。コナカイガラムシの群れのうえに、雨や寄生虫や捕食者(さらには殺虫剤)から守るための小さなテントを張るのだ。(127頁)

(番組ではアリがコナカイガラムシに「カカオの葉っぱを喰わせる」と言っているが、本の内容はそうではない)

西アフリカで栽培されているカカオの木だけでも、アリが面倒を見るコナカイガラムシが二〇種以上見つかっている。(128頁)

その葉っぱは喰われ、カカオの実も喰われる。
このカカオの実を砕く時のアリのツバ、唾液に枝腐病の菌が住んでいるという。
これはどうしようもない。
(このあたりは本の内容とは違っている)
このアリが住む場所、このアリが虫を飼っている場所が木のてっぺん。
農薬が届かない。
ヘリコプターを雇って上から撒くと経費がかかりすぎる。
それでもう、どうしようもないということ。
これは一旦広まると、だからもう切り倒すしかない。
ところが『奇跡のリンゴ』の木村さんみたいな人がいる。

 早くからハリー・エバンスらは、木を救うためにアリ同士の戦争を利用する可能性を示唆していた。カカオの樹冠を支配するアリの種のほとんどは、カカオの天敵であるように思われるかもしれないが、ツムギアリと−中略−天敵ではなく、カカオの木に非常に有益な働きをする。有害なコナカイガラムシの種を保護したりはせずCSSVや疫病菌を拡散することがない。さらにはカカオの木を蝕む害虫を食べ、他のアリと積極的に戦う。これらのアリを用いたほかのアリのコントロールは、これまで長く実践されてきた。(130頁)

このハリー・エバンスさんは何と、アフリカのジャングルにこのツムギアリを放った。
今のところまだ結果は出ていない。
(ハリー・エバンスがツムギアリを放ったという話は本には出てこない。番組では「エバンズ」と発音しているが、本によると「エバンス」)
作物を守るための方法としては、彼は「絶対に自然に従うべき」と考えているそうで、農薬を使うというのは、そんなことをやっちゃいけない。
(このあたりの話も本の中には発見できず)
農薬も高いし農業が成立しない。
零細農業だから。
まだ未知なのだが、うまくいきそうな様子だそうだ。
だから「虫を退治するのは虫」という、この発想が抜群。
ツムギアリの他、コナカイガラムシを養うアリに寄生して体と免疫系を乗っ取る「ゾンビ菌類」の研究も始まった。
自然界にいっぱいある。
「腸」のところで話した。
このあたりの話かと思われる)
コナカイガラムシを養うアリという種類に特化して、小さな虫が寄生して脳を侵す。
脳を侵しておいて外側から「ライダーロボット!」みたいな感じで操作する。
そういうヤツがいて、乗っ取らせておいて、こっち側に持ってくるという方法を考えれば、自然界に沿って退治できるのではないだろうか、という。
これも自然界にある出来事で。
食物連鎖というものは実に細やかで、操る虫がいると、その虫を操る虫というのもいるという。
これは面白い。
そのうちに別個の女性が凄いことを発見した。

 ヒューズと研究を行なっていた学生ミーガン・ウィルカーソンは、非常に安価な方法でカカオ病原体のコントロールを試みようとしていた。彼女は、アリがコナカイガラムシのために作った小さなテントを、石鹸水を使ってこじ開けたのである。石鹸水はテントを破壊し、何匹かのコナカイガラムシを殺した。(132頁)

これが世紀の大発見。
それで「西アフリカの農業にもこれは使える」ということで。
ツムギアリと石鹸水。
この二つで今、カカオを守るという方策が成功しつつあるという。
『奇跡のリンゴ』の時に木村さんがリンゴに寄ってくる害虫をやっつけるために、酢とかお醤油とか何でもかける。
あれはやってみる価値があること。
とりあえず危険じゃないもので一回試してみるというのは。

虫が付く。
その虫をどうやって駆除していくか。
我々は、いとも簡単に「害虫」とかっていう呼び方をするが、そう一概には言えない。
木村さんが昔、お話しした時にいいことを言っていた。
リンゴに虫が付く。
だけどそのリンゴの葉っぱを喰うという害虫は葉っぱを喰うから顔つきが優しい。
それで、その葉っぱを喰う虫を喰う天敵「益虫」というのがいる。
ガラが悪い。
その木村さんのたとえが抜群にわかった武田先生。
虫と虫の関係は複雑。
そのよい例。

カカオと同じく、コーヒーはさまざまな脅威に直面している。その一つは、コーヒーの種子に穴をあける甲虫、コーヒーノミキクイムシである。−中略−一九世紀のセイロンで、コーヒー園を破壊したものと同じさび菌も脅威を与えている。(132〜133頁)

カカオとコーヒーの違い。
例えばコーヒーは最初から名前が付いている。
グアテマラ、コロンビア。
生産地に名前がそのまま付く。
コーヒーは大農園よりも中小の零細農園がコーヒーを支えている。
そっちの方が病害虫が広がりにくい。
大プランテーションにすると一発でコーヒーは滅びる可能性がある。
そうやって聞くと小さいスケールは意外と大事。
(本には公的な資金援助を受けた研究が一因などという記述しか発見できず)
ここからがまた面白い。

 ラテンアメリカの、特に木陰でコーヒーが育てられている場所では、アリはコーヒーの木のうえでコナカイガラムシの面倒を見ている。しかしここからのストーリーは、カカオの場合と異なる。コーヒーの木ではコナカイガラムシは菌類病原体に感染する。この奇妙な病原体は、コーヒーさび病菌にも寄生する。コナカイガラムシがたくさんいる場所には、この菌類病原体も豊富に存在し、その結果、それに感染してコーヒーさび病菌は減少する。(134頁)

だから多少被害は出るが、コナカイガラムシを全滅させるとコーヒーさび病が発生する。
だからコーヒーの場合はコナカイガラムシをゼロにせずに一定の被害が出ることを儲けに入れておいて全滅させずに飼いつづける。
まるでワクチン。
ワクチンを打った木のように収穫分のコーヒーが計算できる。
このへんは面白い。

 生物と他の生物が行なっている自然な相互作用を作物(と私たち)に有利な方向に変えるために作物の自然史や生態を研究する学問は、ときにアグロエコロジーと呼ばれる。(134頁)

今、もの凄い重大な学問として世界中の注目を浴びているらしい。
そんなことを考えると木村さんは先駆の人だったのだ。
ちょっとの犠牲は払っても「バランス」だという。
全部正義の主張をしない。
ちょっと悪いところを含む。
そのことによって社会全体がをしなやかさを持つ、タフさを持つ。
何か「排除しない」て大事。
いろんなことに繋がる。
このアグロエコロジーは日本なんかは大得意だと思う。
普通に市井に木村さんみたいな直感でこの道をたどり着いた人がいて、巨大ではない、プランテーションではない、零細であるということが農業を守る重大なヒントになっているというのは、何か我ら小さく弱い者を励ましてくれる。

ヨーロッパのとある国では、世界中の原種の種を氷河の底に貯蓄している。
冷凍保存できるように。
トウモロコシだって本当は種類が山ほどある。
それが一種類になることの危険さを知っているヨーロッパの進んだ国では、世界中のトウモロコシの種を冷凍保存で貯蓄している。
今、急速にかつての人々の食べた種が減りつつある。
それをキープしようという運動があって、氷河の中に種を蓄え続けている国があるらしい。

posted by ひと at 17:13| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月13〜24日◆世界からバナナが無くなる前に(前編)

世界からバナナがなくなるまえに: 食糧危機に立ち向かう科学者たち



「今、現代の文明というのはこういうことが起こりうるぞ」という警告の書。
バナナ。
ありふれた果物だが、これが突然、世界の食卓から消えるという危険性が今、あるという。

 一万三〇〇〇年前、私たちの祖先は皆、一週間のうちに数百種の植物や動物を消費していた。(7頁)

しかし、わずか三千年ほど前にその種類が減った。
なぜ減ったか?

 農業が拡大するにつれ、消費される食物の多様性は世界全体を通じて低下していった。(7頁)

人類が消費しているカロリーの八〇パーセントは一二種、九〇パーセントは一五種の植物から得られているに過ぎない。−中略−現在では野生の草原よりトウモロコシ畑のほうが、総面積が広い。(7〜8頁)

たとえばコンゴ盆地に住む人々は、カロリーの八〇パーセントをたった一種類の作物キャッサバ(ユカあるいはマニオクとも呼ばれる)から得ている。中国には、コメが消費カロリーのほとんどを占める地域が存在する。(8頁)

我々日本もそう。

北米では、平均的な子どもの身体を構成する炭素の半分以上は、コーンシロップ、コーンフレーク、コーンブレッドなどのトウモロコシ製品に由来する。(8頁)

その他に小麦、ジャガイモ。
これがほとんど全人類を養っているという。
家畜の飼料もそうなので、人類は実に今、非常に画一的に偏った食事をしている。

1950年代、こんな歌があった。

バナナ・ボート



全世界で大ヒットしたというハリー・ベラフォンテ。
「積んでも積んでもバナナの出荷が忙しくておうちに帰れない」という意味(の歌詞)。
「バナナの出荷が忙しくて、おうちに帰りたい。早くおうちにバナナを積み終えて帰りたい」と。
「アイウォナ何とかゴーホーム」だから「早くおうちに帰りたい」。
(歌詞を確認してみたが、この箇所は多分「me wan' go home」)
これは1950年代にヒットしたポップス。
これはどこの情景かというとグアテマラだそうだ。
(調べてみたがグアテマラではなくジャマイカのようだ)

 一九五〇年には、ほとんどのバナナは中米から輸出されていた。とりわけグアテマラはバナナの主要生産国で、アメリカのユナイテッド・フルーツ社が運営する巨大なバナナ帝国の核をなしていた。(9頁)

ユナイテッド・フルーツ社の収益はばく大で、一九五〇年には、グアテマラ国内総生産の二倍に達した。(10頁)

 やがて起きるべきことが起きる。パナマ病菌
と呼ばれる病原体によって引き起こされる病気、パナマ病が到来したのである。パナマ病は、一九八〇年にバナナプランテーションを破壊し始めた。
−中略−ホンジュラスのウルア谷だけで、パナマ病が到来したその年に、三万エーカーが感染し放棄された。またグアテマラではほぼすべてのバナナプランテーションが壊滅し放棄された。(13頁)

3万エーカーは東京ドーム2千4百倍。
(計算してみたが3万エーカーは121944000m2。東京ドームを単位として使う場合46755m2。よって2608.148861084376となり「東京ドーム2千6百倍」となる)
それでグアテマラが数か月後にバナナの名産地、バナナボートの国ではなくなってしまった。
その不幸により他の国のバナナが売れ始めた。
それがコスタリカ、エクアドル。
ここで別の種類のバナナが息を吹き返し、グアテマラのバナナ帝国は消え失せたという。
グアテマラは今、コーヒーで生きている。
昔はバナナな。
このコーヒーも考えてみると危ない。
何でかと言うと、挿し木でどんどん増やされていくので同じものだから。
だから多様性がいかに大事かがわかる。
いろんな種類というのが。
農業の画一化は単位面積あたりの収穫量を夢のように増大させた。
しかし滅びる時は数ヵ月で全滅するという危機。

前に取り上げたこともある「ジャガイモ飢饉」。
『ニワトリ』という本の時の件かと思われる)

一八四五年の春には、カナダのニューファンドランドに達し、その年の後半にはベルギーに上陸していた。ひとたびベルギーでジャガイモ疫病が発生すると、拡大の速度が上がり、その進行は、年単位ではなく月単位で、さらに週単位で測られるようになる。かくしてジャガイモ疫病は、七月にはフランスに、八月にはイングランドに達した。(22〜23頁)

一〇月には、ジャガイモ疫病がまだ到来していない畑は、アイルランドには存在しなかった。それから三か月以内に、一〇〇万エーカーのジャガイモ畑の四分の三以上が壊滅し、あとには悪臭を放つ黒い腐敗物が残されていた。
 畑のそばを通った人は、悪臭について語った。
−中略−感染したジャガイモの塊茎や茎が、硫黄臭を放っていた。地面から地獄のにおいが漂ってくると言う者もいた。(30〜31頁)

悲惨なのはアイルランド。
ジャガイモという穀物を奪われたアイルランドの農民は草や木を食べてその年、しのいだ。

 一八四六年の夏、不安は恐怖に変わる。雨は降り続き、それにつれ前年以上にジャガイモ疫病が拡大する。そしてジャガイモは失われた。(32頁)

ついに本格的な飢餓が始まり、死体を埋めるがもう穴に入りきれず溢れるという。
(本にはそうは書いていない)

 一八四七年八月の夏、銃を所持する者は、残った動物を狩りに出かけた。九月に入ると、銃と残った弾は、地主を脅して持ち物を奪うために使われるようになる。十月には、銃弾が尽きる。一一月には千人単位で人が死に、一二月にはそれが万単位、さらには一〇万単位になる。イギリス政府は援助の手を差し伸べず、ダブリンの行政府も何もしなかった(32〜33頁)

その年、全体の餓死者は100万人。
その数字がどんどん積み重なっている時にアイルランドに住んでいた50万人がアイルランドを捨てて国外に逃げ出した。
ほとんどがアメリカ。
一部がイギリス本国へ低賃金労働者として渡って行ったという。
その時に(アメリカに)渡った一家がケネディ一家。
アメリカまで行く船賃がなくて、イギリスの方の港町リバプールに辿りついた一家がジョン・レノンの一家になる。
ジョン・レノンもジョン・F・ケネディもアイルランド人。
同じ「ジョン」。
「ジョン」が付く人はアイルランド人。
ジョン・フォード、ジョン・ウェイン。
みんなアイルランドの人。
スカーレット・オハラ。
『風と共に去りぬ』でアメリカに行った一家に、この物語の主人公のオハラ一家がいた。

風と共に去りぬ (字幕版)



そうやって考えるとジャガイモ飢饉は恐ろしい。
これがまた「ジャガイモ疫病、どうやったら収まるのか」というので研究が始まった。
硫酸銅液体と石灰によって駆除できることがわかって駆除された。
この硫酸銅液体のことを「ボルドー液」という。
それでそれがブドウの葉腐れ病にも効いた。
それでそれをいっぱい使ったというようなことを聞いたことがある武田先生。
一種類のジャガイモが病気になると、わずか2年で100万人。
かくのごとくして、その飢餓や飢饉を避けるため穀物、植物を疫病から守るために様々な薬品開発がこのあたりの飢餓の事件から人類は思いつき「農薬散布」というのが農業の過程の中で入るようになった。
しかもこれは10回以上かけなければいけないのだろう。
だから菌を殺すため大変。
そして恐ろしいのは年々「耐性」が上がる。
菌が強くなってくる。
その他にも立ち枯れ病とか葉巻ウイルスとか、ジャガイモ飢饉の引き金になる疫病というのはもう、絶えず毎年増えている。
去年、湖池屋のポテトチップスであった。
あれは水害だった。
あれは「種イモ問題」。
ポテトチップス販売休止相次ぐ 北海道産ジャガイモ不足で  :日本経済新聞 単純に収穫量の問題のようだが?)
北海道のジャガイモなのだが、ジャガイモの○%を取っておいて、次の年の種イモにする。
それを三年ぐらい寝かさなきゃいけない。
そのイモが無くなったから全滅の危機が。
でも湖池屋はよく頑張った。
輸入物に頼らずに通常の商品を削って看板を守った。
湖池屋は偉い。
武田先生は(おそらくこっそりポテトチップスを食べようとして奥様に)見つかってモノサシで叩かれた。

農業という巨大な文明に支えられて今の文明がある。
その現代の農業は多様性をなくし、米なら米なんかに集約する。
小麦なら小麦に集約。
一点に食べ物が偏ってしまう。
その危険性を。
だから「いろいろ喰わなきゃダメだ」ということ。
日本というのはまだその多様性の可能性を残しているので、この国あたりから世界に発信できることは、そういうことではないかと思ったりする武田先生。

珍妙な話を。
近年の歴史に一つのヒントを与える農業の闘いがあった。
実はこのようなことが世界を動かしているのではないかと思う武田先生。

 一九五八年、中国共産党主席毛沢東は、国内から害虫を駆除することを決定した。(79頁)

今の習近平さんは毛沢東さんのことを心から尊敬してらっしゃる。
習さんは「第二の毛沢東」になりたいのだろう。
自信にあふれた彼(毛沢東)は農業において駆除すべき生物を選び出した。
「排除するぞ!」というので排除すべき生物。
ノミ、ネズミ、スズメ、ハエ。
これを標的とし、紅衛兵を隊長にして全国10億の民に「排除せよ!」。
北京で大音声を発せられた。
これは中国は燃えた。
ノミ、ネズミ、スズメ、ハエ。
「これは中国共産党、我が国のカタキなんだ」と。

国民の努力は、とりわけスズメに関して際立っていた。外に向けて鍋類を(代わる代わる)四八時間叩き続け、消耗して死ぬまで空を飛ぶスズメを威嚇するよう命令されたのである。国民はさらに、スズメの卵を見つけてはつぶした。(80頁)

政府が発表した四万八六九五、四九キログラムのハエ、九三万四八六匹のネズミ、一三六万七四四〇羽のスズメという数値は、その大きさにおいても精度においても驚くべきものである。実際の数値が何であったにせよ、この殺戮のあと、とりわけスズメは著しく減ったらしい。(80頁)

(番組ではネズミを934864匹と言っているが、本によると930486匹)
短期間にこれだけの生物を毛沢東の命令で退治した。
「その年から、ワーッと中国の大地は黄金の実りがたわわに揺れて、豊かな稲が実りました」とはいかなかった。

その結果、人類史上最大級の飢饉が発生し、少なくとも三〇〇〇万人、おそらく五〇〇〇万人が餓死したのである。(80頁)

これは一人の政治家が誤った決定によって人類を殺した最高の人数。
一切殺した人数は発表しない。
これが中国共産党伝統「まずいことは隠す」。

 毛沢東の計画は、生態学者が栄養カスケードと呼ぶ事象を考慮に入れていなかった。(80頁)

まあ「食物連鎖」。
これは一瞬崩すともうこれだけの被害になる。
この間もヒロミさんとそんな話になった。
あの人は猟銃を持って山に入ってケモノを撃っているらしい。
イノシシが専門らしいが、捌くまでやっているらしい。
ヒロミさんの話は何かというと「シカがいかに悪いか」。
もう今、めちゃくちゃらしい。
だから「オオカミを放とう」と。
この間「子供を襲うかも知れない」といって小学校に迷い込んだクマを撃ち殺したら全国から「かわいそうに」という批判が集まったという。
村の人が「じゃ、オマエがクマ捕まえに来い」と。
そりゃわかる。
校舎の中に子供がいるのだから、猟銃会の人は撃つ。
そういう話をヒロミさんとした武田先生。
食物連鎖みたいなことのピラミッドを人為的に人間がいじくると、たちまち全部がおかしくなるということ。
そのことの良い例がこの毛沢東の農業の闘いにあるのではなかろうか。

キャッサバ。
これは実にありがたい作物であり、原産はブラジル。
これはアメリカインディアンも栽培していたそう。
これはイモ類。
「サツマイモに似て根茎で、豊かなデンプンを含む」と。
まだ主役ではないが、熱帯において、東南アジア、西アフリカでは重大なカロリー源となっている。
これは肥料もなく暑く乾いた土地でも栽培が可能。
温暖化の進む地球では今、実は大注目の作物。
実はこれは全く日本では報道されないこと。

一九八三年、コナカイガラムシによる被害は「アウトブレイク」の状態に達し、ガーナの農民は収穫の六五パーセントを失う(五八〇〇万〜一億六〇〇万ドルの損害)。キャッサバの市場価格は九倍に跳ね上がる。苗(新たに植えるキャッサバ)の価格は五・五倍に高騰する。(93〜94頁)

(番組では損害を「1億8000万ドル」と言っているが上記のように「1億600万ドル」。苗が「5.4倍」と言っているが上記のように「5.5倍」)

歴史を知る者にとって、これら一連のできごとは、ジャガイモ飢饉の発生に至った経緯に著しく似通っていた。(94頁)

もうアフリカはただでさえ天候が不順。
キャッサバの不作なんかが続くと本当に殺し合いが始まるらしい。

栄養カスケードはとても美しい。−中略−ハンス・ヘレンは、キャッサバの生態系がそれと同様に予測可能であると考え、コナカイガラムシを食べる寄生虫を見つけられれば収穫量を回復できると期待していた。彼の計画は、毛沢東の計画とは正反対である。(81頁)

コナカイガラムシを殺虫剤で根絶しようという、これがもうアフリカの現実に合わない。
まず殺虫剤を買うお金がない。
そんなところで「農薬をかければいい」なんていう考えでは太刀打ちできない。
このハンスさんが知っているのは自然のルールに従わなければ「カスケード」食物連鎖は守れない。

 コナカイガラムシを攻撃する生物のうちごく普通に見られるものの一つは、ロペスのハチ−中略−と呼ばれる昆虫であった。このハチは有望だった。多産で、コナカイガラムシだけを食べるらしく、殺しのやり口は、恐ろしく効率的であった。ロペスのハチは、コナカイガラムシの体内に卵を産みつける。そこで幼虫が孵化し、その血をすすり、筋肉、脂肪、さらには消化管を食べる。しかもその間、コナカイガラムシの神経系はそのままにしておく。それから脱皮し、その頃には空洞と化している身体の外骨格に穴をあけ、交尾するために飛び去る。(86頁)

コナカイガラムシを全滅させず、その数を保つそうだ。
この「ロペスのハチ」と呼ばれる一種寄生蜂は、コナカイガラムシに取り付くが全部は殺さない。
何でかというと全部殺してしまうと次の世代が生きていけないから。
だからコイツらのためにも。
だから「全滅させない」ということがいかに大事かというのを自然界は知っている。
早速パラグアイからこのハチを取ってきてアフリカの大地、西アフリカ等々でばら撒いたら約二年で。

最初にハチを放ってからまだ二年しか経っていない一九八三年三月には(一〇世代のハチに相当する)、各散布地点から半径一〇〇キロメートル以内にある、あらゆるキャッサバ畑でハチが目撃された。−中略−キャッサバの生産は、魔法にかかったかのごとく回復した。ナイジェリアのキャッサバの生産高は、ハチを散布する以前の一五〇〇万トンから四〇〇〇万トンに増大した。(94頁)

(番組では「1500万トン」を「1500トン」、「4000万トン」を「4500トン」と言っているが)

一九八七年までに、ハチは西アフリカのほぼすべてのキャッサバ栽培農家に到達した。(95頁)

コナカイガラムシによる被害は既知の問題であるにもかかわらず、タイでは(あるいは、ベトナム、マレーシア、インドネシア、ラオスでも)その到来を阻止することができないでいる。(96頁)

だから今、このハチを散布中だそうだ。
こういうのはやっぱり大事な発想。
『奇跡のリンゴ』の木村(秋則)さん。

奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録 (幻冬舎文庫)



あの木村さんはやっぱり害虫の研究から。
農薬を使わない。
あの人の本の中で、周りのリンゴ園が殺虫剤をバーッと撒いている時に、彼の農園だけ、リンゴ園だけ殺虫剤を撒かないので、全域の害虫が彼のところにやってくる。
そのやってきた害虫に向かって「俺んとこはオマエらにとって『ノアの方舟』だ」と言い続けたという。
それでエリアの害虫がやってくるのだが、害虫がやってきた瞬間、それを喰う虫がやってくる。
いつの間にか必ずバランスを取る。
リンゴの何%かは犠牲に遭うけれども、リンゴの何十%かは必ず生き残るシステムが畑を支配する。
カスケードの支配が及ぶ。

「チョコレートテロ」と呼ばれるカカオを巡る犯罪があった。

一九八九年五月二二日、ブラジルのバイーア州にあるコンフント・サンタナ・カカオプランテーションの一日は、いつもどおりに始まった。−中略−そのときプランテーションの技術者の一人が、異常を発見する。一本のカカオの木の枝が、がんのようなもので腫れあがっていたのだ。
 コンフント・サンタナ農園は、ブラジル最大のカカオプランテーションの一つであった。ということは、世界最大のカカオプランテーションの一つでもあった。この農園は、フランシスコ・リマ、通称チコ・リマの手で運営されていた。リマは、果実を摘んで開き、種子を発酵させ、カカオをチョコレートに加工するのに必要な最初の数ステップを実行するために、大勢の男女を雇っていた。それによって彼は比較的裕福になり、かなりの権力を持つようになった。地元の組織UDR(地方民主連合)のリーダーでもあった彼の権力は、カカオプランテーションのみならず政治にも及んだ。
−中略−腫れた枝の発見は、そのコントロールを失う最初の徴候であった。彼がもっとも恐れたのは、このがんが、プランテーション全体を破壊する能力を持つ天狗巣病菌(wiches'-broom〔魔女のほうき〕)と呼ばれる病原体によって引き起こされた可能性であった。(99〜100頁)

 天狗巣病は、菌類−中略−によって引き起こされる。この菌類は傷や気孔(葉の表皮に存在する、木が「呼吸」するための、すぼめた口のような穴)を通って木に侵入する。ひとたび木の内部に侵入すると細胞組織を食べ始め、木の成長の様態を変えて、ほうきのような形をした醜い腫瘍(がん)を形成する。ゆえに「wiches'-broom」という名前がついているのだ。時間の経過とともに、この菌類に侵された木は感染に屈する。木が死ぬ際には、ほうきの形をした腫瘍は黒くなり、ピンク色のキノこが生えてそこから無数の胞子が空中にばら撒かれる。そして他の樹木が感染する。(100〜101頁)

他の木に感染すると大変なことになるということでリマさんはすぐに動いた。

スタッフ三〇人が農園内を巡回しながら、全長数マイルの森林の下層に数マイルにわたって植えられていた一〇万本近くのカカオの木を一本一本チェックしていった。すると次々に、問題が見つかった。−中略−緩衝地帯を作り出すために感染した木の周囲に立つ木も切り倒され、それ以外の近くの木は週に一度検査された。(107頁)

ところがそれから、リマの農園の隔離領域の外に立つ二一本の木が感染していることが判明する。(108頁)

これはどういうことかと言うと、天狗巣病というカカオの木の病気がプランテーションの中から発生したんじゃなくて「外からうつされたのではないか」という可能性が出てきた。
外からこの病気がうちのカカオの木に伝染したとなれば、他のプランテーションへの伝染が心配される。

地方の小さい町を歌を歌いながら回っている武田先生。
宮崎なんかでもニワトリとか牛の病気を目撃した。
あれはやっぱりよくない。
人間が人間を疑うようになる。
県境にチェックの農業関係者が立って、入ってくるトラックのタイヤを洗うのだが、その時の目つきが「疑う」。
伝染病の怖さ。

このリマさんは地方のカカオ王であったのだが「全部切れ」というのが他の農園から出る。
10万本を。
「それは勘弁してくれ!」ということでリマさんは泣き叫んだが

CEPLACは、「木を切らなければ監獄行きになるぞ」とほのめかした、あるいは(記録によっては)そうはっきりと言った。リマのプランテーションの木は、一九八九年の五月から一一月にかけて、一万四〇〇〇人時間の労力をかけてすべて切られた。九万八〇〇〇本のカカオの木と、木陰を作っていた一万本以上の熱帯雨林の樹木が切り倒されたのだ。(108頁)

ところが、悲劇はこれだけでは終わらない。

 一〇月二六日、バイーア州のカカオ栽培地域の反対側、リマの農園から一〇〇キロメートルほど離れた地点で、ある農園主が自分の農園で天狗巣病を発見した。(108頁)

 ある農園では、天狗巣病に感染した一本の木に、さらに多くの天狗巣病のキノコに覆われた別のカカオの木の枝がくっついていた。ロープで結びつけられていたという証言もある。−中略−それから数週間、他の農園でも、別の木の枝がくっついた木が次々に発見される。それらも類似のロープで結びつけられていた。(108〜109頁)

凄まじい悲劇なのは、それからわずか二年後、1991年、この地域のカカオ園の75%が切り倒された。
あるいはこの病に倒れて枯れてしまった。
(本には1992年に生産高が75%低下と書いてある)

ロープで枝が結ばれていたという話がほんとうなら、病原体は故意に運ばれたことになる。つまり、それは一種の農業テロリズムが遂行されたことを示唆する。(110頁)

つまり「テロ」は爆弾だけではない。
今、世界が一番恐れているのは「農業テロ」。

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2018年05月13日

2018年1月8〜19日◆豆腐も切りようで・・・(後編)

これの続きです。

大沢悠里さんは言葉につまる。
「立て板に水」ではない。
それと、批判する時に「よどみ」がある。
「え〜・・・今の政治家の方にもね、ちょっとこう・・・」
悠里さんの「ガラのよさ」がヒタヒタと伝わってくる。
武田先生のメモ。
「この人の話し方は良い。喋りのスピードが良い。まるで水音のようだ。この人の喋り方にはマイナスイオンが立ち込めている」
マイナスイオンの立ち込める喋り方。
喋りのスピードが広瀬の水音、広い瀬を流れる水音のよう、という。
この人が誰かを批判する時、この人らしい作法がある。
追いつめない。
久米(宏)さんというのはナイフのような方で、本当に鋭い喋り方。
切り替えの速さで言葉を印象に。
聞き手として思うのは、大沢悠里さんというのは何かというと、その人のその批判には「あきらめ」がある。
この「あきらめ」がすごく明るく武田先生には聞こえる。
「あきらめる」というのは「明らかにする」ということ。
それで大沢悠里さんの発言を聞いていると「え〜・・・仕方ないですね。もう〜世の中ですから、なるようになるのでしょう・・・」というような。
単なる「諦念」「あきらめ」じゃなくて、とある「明るさ」を感じる。
ねばらない。
「あきらめ」というのはもしかすると、「ポジティブな決心」であるかも知れない。
世の中はやっぱりあきらめなきゃならないことはある。
水谷譲にも武田先生にも。
奥様からモノサシで手を叩かれる時にあきらめなければならない武田先生。
奥様のことをあきらめると本当に世界は広くなる。
これからが「愛」。
「好きだから、だから愛してる」というのはおかしい。
「好きじゃないかもしんないけど、愛してるなぁ」という時が「愛」。
それぐらい「愛」というのは難事業。
「どこがいいかわからない」とか「いなくなればいいのに」とか、そんなことを全部乗り越えて「あきらめる」。
で、「愛してる」と平気で言える。
これこそ「愛」。
誰でも快適だったら「好き」に違いない。
不愉快でいろんなつらいものがあっても「愛してる」という。
大沢悠里さんをマネしましょう。
「仕方ないな〜・・・なるようになるさ」
ラジオをやるんだったら大沢悠里さんみたいに。
この人はラジオ番組の中で、賞金が当たって、その聞き手の方とバンザイをする。
「よかったですね。一万円当たりました。さ、それではバンザーイ!バンザーイ!」とやる。
地域紛争とかが起きるとバンザイをやらない。
ピタッと控えたりなんかする。
そういうマナーの良さがある。
そういう喋り手でありたいと思う武田先生。
これはどうしてかと言うと、この喋りの中に実は「聞く人を健康にする」という、そういうことが喋り方であるし「自分も健康になる」という。
まず、副交感神経。
これをゆったりさせるためには「ゆっくりしゃべること」。
この「ゆっくり話す」のは相手を捉え、相手がどうすれば喜ぶか、それを考えるため、インストールのための手順であると。
たくさん話すこと、自分の存在をアピールすることを考えると、必ず先読みする。

無駄な想像をするせいで、次から次によからぬ考えが浮かんできて、どんどん自律神経のバランスを崩してしまうのです。(70頁)

これがなんと「自業自得の妄想」を呼んで副交感神経を乱し、ミス発言「失言」をしてしまう。
「失言」はみんなそう。
この間もいらっしゃった。
「何で黒いの好きなのか」 アフリカ支援で山本幸三氏  :日本経済新聞
アフリカのことを語る時に、わざわざ「色」を出して「そのような人たち」という。
あの方も無駄なく、たくさん喋ろうとする。

失言をする人は意外と一回失言して問題になっておいてそれを詫びに出てきて、また失言してというのがいる。
災害の時に、長靴を持っていないので部下におんぶさせて渡って。
「申し訳ありません」と謝っておいて「あれから結構長靴売れたんだって」とかつまらない冗談。
「長靴業界儲かった」おんぶで被災地視察・務台俊介政務官がふたたび謝罪
それはやっぱり交感神経、副交感神経が傷んでいる。
あの人たちは体が悪い。
そう思ってあげた方がいい。
間違いなく言えることは「失言」、あるいは「つまづきの言葉」というのは「質問された以上のことを答えようとして、その無理から失言を呼んでしまう」という。
先週放送分で「排除」というお言葉をお使いになって大きな蹉跌を味わわれた小池(百合子)さんだが、自民党が恐れるほどの人気があって、それがあのスピードでしぼむのだから、どうもあの時は小池さんはお疲れだったようだ。
大きい政治的な動きがあって、夜遅くまでミーティングが続いていたのではないか?
「疲れて油断もしてたのかな?」と思う水谷譲。
本当に「口は災いの元」というのの典型例があった。
そのようなミス発言をしないためにどうするか?
番組で政治的な批判を求められたりする武田先生。
テレビを見るともう、タレントのほとんどがニュースバラエティに行っている。
本当のことを言うとあまり出たくない。
政治家になったこともないし、そんなことはわからないのだから。
政治家の役は演ったことがあるのだが。
だが「答えないといけない」という雰囲気が現場にあって「しくじり発言しやすい」というポジションにタレントはある。
坂上(忍)さんなんて、やっぱり命を張ってやっている。
坂上さんはボロクソ言っているが、あれは結構度胸がいる。
そういうものに武田先生たちは晒されている。
街角を歩いていたら、ちょっと機嫌の悪そうなお年寄りがスーッと寄ってきて「武田さんは改憲派ですか?」とか訊かれたり。
「政治に無関心に生きろ」と言っているのではないが、武田先生たちはそういう意味で政治的なポジションとか発言というのが揚げ足に取り上げられやすいポジションにいる。
だから「口は災いの元」。
それは質問された以上のことを答えようとする時、松ちゃん(松本人志)なんかと付き合っていると、松ちゃんがうまいことを言うから負けじと何か一つこっちもひねろうとすると「自分の首ひねっちゃう」みたいなことになる。
難しい。
「話の切り出しは、まず相手を中心におけ」と。
主語は相手。
先週の月曜日(に放送した回の中で)、武田先生が最も感動した一言。
求めているキズバンを探していて、それがなかなかない。
その時に大型ドラッグストアの女店員の方が「売り切れてしまった」の言い訳で「お役に立てませんで、申し訳ありません」というのにハッと感動した武田先生。
これは何かというと、彼女のお詫びの中心に武田先生がいる。
「役に立てないワタクシです」というような正直な報告に、動揺するほど感動した。
これはなによりもやはり「私に対する彼女の理解」があったから。
例えば、とある人と出会って、これから何か話さなければならない。
その時にはまず、その人がどこから来たかを考えて「いやぁ、今日は遠くから大変でしたね」。
そして別れ際も「頑張ってくださいね」ではなく「ご無理をなさらず」。
この、相手の人格に向かって話すのではなくて、何というか「相手の自律神経に向かって話すクセ」。
こういうのを躾けると、そんなに大きな問題発言はなくなるのではないか?
(本に書かれている「自分からは話さない」というのとは内容的にズレてしまっているが)
普段「物の言い方」に気を付けている水谷譲。
例えばご主人に「ゴミ出し、何でしてくれなかったの?」と言うのではなく「ゴミ出ししてくれるとうれしいな」にしよう、とか。
そういう言い方で同じ意味なのに全然違ってくるので、それは気を付けるようにしている。
武田先生は(奥様から)そういう言われ方をされない。
全部「しといて」ばかり。
「きちんと冷蔵庫閉めといて」
身をねじるような。
本当に愛しています。
愛とは本当に厳しい道。
毎日、修験者の修行のような日々。

「口の利きよう」というか「言葉の選び方」、それが人生を左右していく。
プラス、健康も左右するという。
水谷譲は時折部下と言うか、後輩を叱らなければならない時もある。
お母さんなので子供を叱らなければならない時もある。

 @時間を空けずに叱る
 A短く叱る
 B1対1で叱る
(101頁)

時間が空いてしまうと自分の気持ちの中で練れてきてしまうので言葉が長くなってしまう。
人前でちょっと言っちゃったりするので、この三原則がすごくわかるという水谷譲。
練れてきて、どんどん言葉を飾り始める。

「この人は成長するな」と思う人は、次の2つのタイプに分かれます。
 @物事をはっきり口にする人
 A何も言わずに、じっと耐える人
(103頁)

(奥様から)モノサシで叩かれても耐えるという武田先生は後者。
これはやはり人生最後の課題。
「奥さん」はそれほど重大な問題。
「奥さんとの付き合い方」にここまで悩むとは思わなかったが、これは一種やはり「生存をかけた戦い」。
不信に思うともっとも疑わしい人物は「奥さん」。
栄養補給剤などを飲んでいるが、それを飲むと体調が悪くなるような気がする。
疑うとキリがないが黙って飲む。
あきらめ。
「明らかにする」ということで「あきらめ」。

依頼されて断る時の言い方。

「申し訳ありませんが、私には100%できません」(116頁)

こうすると「イヤです」とか「ダメです」とかという感情論ではなくて、可能性論になる。
「100%」が強ければ「80%やる自信がありません」とか「60%」とかという数値に落とすと、自分の能力について説得するという。
感情ではない。
これはよい言葉。
「申し訳ありません。私には○%できません。やる自信がありません」
これをパーセンテージで表現するという。
この本の書き手の小林弘幸さんという方はお医者さん。
この方自身が、やっぱりお医者さんの口の利きようで複雑だった骨の骨折部分が急によくなったという体験をお持ちなので(本によると「急によくなった」ということではないようだが)こういうお医者さんがいらっしゃるといい。

 私は禁煙外来も担当しているのですが、−中略−
 これほど害が多いにもかかわらず、やめたくてもやめられない方は非常に多く、禁煙外来を受診する方もあとを絶ちません。
 そんな患者さんに、私はこう言います。
「タバコはやめなくてもいいですよ。その代わり検診だけはしっかり受けてくださいね」
(131〜132頁)

「やめなくていいですよ」というのは開放度が高い。
ホッとする。
タバコの問題をやたら「鬼の首取った」みたいに威張る人がいる。
武田先生は(タバコを)やめた。
やめた理由は心臓の執刀医。
とてもいい先生で、その先生のことが好きになった。
その先生が手術執刀直前に武田先生の最後の健康をチェックする時に「武田さんは、タバコはいつ頃おやめになりました?」。
手術をするという計画は4か月前ぐらいからあったワケで。
「やめられて何か月経ってるのか」という返事を期待されたのだろう。
その時の武田先生の返事が「昨日です」という。
入院して近くの小屋まで吸いに行っていた。
朝から1本も吸っていなかったから早朝の回診の時に「昨日の夕方ぐらいからやめております」と言った時に「昨日ですか・・・」というような、全身崩れ去るような落胆の表情を見た時に「もういいかな」と。
何か「タバコ吸うの今、忘れてるなぁ」と思うぐらいの。
何か動くのが忙しくてタバコを吸うのを忘れている。
タバコをやめると暇になる。
結構いろんなことができる。

口の利き方。
豆腐も切りようで丸くなるがごとく、言葉も使いようで自分の健康を導き入れたり、幸運をその一言で掴んだり。
反対にいくと災いの元で、大変な転落が待っていたりするというのも「一言から」ではないかという。

自律神経を整える 人生で一番役に立つ「言い方」



武田先生が珍しく奥様に勧めた本。
「これ読むといいよ」と言いながら何気なく枕辺に。
この先生曰く「患者さんに相対した時、言葉というのはものすごく大事なんだ」と。
タバコの害を恐ろしげに説明するよりも「やめなくていいですよ。だけど検診しっかり受けていきましょう」と。
「やめるべき時が来た時にはやめましょう」というような発言。
それから胃弱の方には「食べたくなったら食べる。これで生き物は十分生きていけますから」。
(本には「食べたくなったら言って」としか書いていない)

一時期、睡眠障害で悩んだことがある武田先生。
もう5時間しか眠れない。
10時に寝て、3時ぐらいに目が覚めて、もうカーッとなって眠れない。
それで睡眠障害のところに行って100個の質問に答えて「どの手の睡眠障害か」というジャッジをするという、
そういうチェック機構が100問あって、30何点かだった武田先生。
その時にヤマグチ先生は武田先生の30何点の点数を見ながら「武田さん、ごめんなさいね。90以上をとらないと、ここに来ないでください」。
「いや、でもあの・・・5時間眠ったあと、本当眠れなくて」
「あとはどうなさってるんですか?」
「ええ。5時間眠った後、まぁ、その、体が凄いだるいもんですから、朝ごはんを食べたあと2〜3時間眠るということで過ごしてるんですけど」
「それだけ眠れば十分です」
「武田さん、昼寝すると夜、寝れませんよ?」と。
この先生の一言は堪えた。
気は楽になる。
「何で眠れないんですか?」
「いや、何かカーッとなっちゃうんですよ」
「普通、カーッとなりませんから。あなた何か考えてるでしょ?その考えてることで眠れなくなっちゃうんです。その考えてることが不安だったり、イヤぁな予感することだったり、でしょ?来年何か不安な仕事ってあるんですか?」
舞台があった。
ちょうど博多座さんと台本で揉めている時で「それですよ」と言われた。
それで睡眠導入剤を勧められた。
「カーッとなることは、歳をとるとあります」と。
睡眠導入剤と聞くと「中毒になっちゃうんじゃないか」とか「飲みすぎると効かなくなるじゃないか」。
「そんなことないですから。睡眠導入剤って飲んでから30分から1時間しか効きません」
それが外れると、もう眠くなくなる。
そんな短いもの。
きっかけを作るだけ。
そんな劇薬ではない。
劇薬ではないのを勧めてもらった。
でも、「歳をとる」というのはなかなか手ごわい。
それでもまだ時々眠れない夜が来る。
3〜4年前に夢の中で奥様が死ぬ夢を見た武田先生。
もう不安で不安で。
その時は不安だった。
「女房が死んじゃって、どうしていいかわからない」という。
その夢から覚めたら不安だけ残った。
それで目を閉じると奥様が呻いているような声に聞こえた。
「ううう・・・」という。
「どうした!?」と言ったら「起こさないで!」か何か言われて。
「触らないで!」とか。
それからまた眠れなくなった。
それでまた3年後ぐらいに「奥様が死んじゃった」という悪い夢を見てそれでまた夜中に起きた。
それから3年経っている。
ガバッと寝汗をかいて起きて「また女房が死ぬ夢を見た。正夢になるんじゃないか」と思いながら。
「あ・・・昔、3年前にこの夢見たな」と思って。
「あれから・・・死んでないな」と思って。
その時にフッと。
ものは考えよう。
「こいつ、なかなか死なないな」と思って。
それからぐっすり眠れるようになった。
「物は言いよう」だが「考えよう」でもある。
「人が死ぬ夢は実はよい夢だ」というふうにも言う。
でも「なかなか死なないな」と思ったり。
今度アレした時は「なかなか死なない」という不安がまた。

お母さんでもある水谷譲のため、子供に対して叱る時の工夫。
「ダメよ!」と言わない。

「悪かったことを言ってごらん」(143頁)

武田先生自身の体験。
あるイベントをやっていた時、もう武田先生は「芸人」なのだが、たとえば大手のスポンサーが付いたイベントなどは広告代理店の方がいらっしゃる。
広告代理店の30代働き盛りの方たちが現場に居並ぶ。
この方々、立派な大学を出て相当優秀な方が多い。
その時、そのイベントで付き合った方は東大の方だったのではないか?
流行りなのか、無闇にでっかい先の尖った靴を履きたがる人がいる。
ずっと子供の時から勉強しているから足の形まで何か万年筆みたいになっちゃうのか?
それで、その方がそのイベントの手順を説明なさるのだが、何というか、手順を説明しつつ、武田先生に注意なさるのだが注意が細かすぎる。
机が置いてあって、机がちょっとこう「弁箱」アップルボックスで底上げされている。
「見える」「見えない」の関係とか。
それからマスコミの方が2〜3人いらっしゃるというようなこともあってスポンサーも見てらっしゃるという見栄えの問題もあって。
だからその教室の机(教壇)に「手をついても大丈夫ですが、座らないでください」とおっしゃる。
ちょっと皮肉をこめて、その尖った靴の万年筆型の人に言った武田先生。
「私が机に座ると思う?」
座らないでしょう?
この方々はものすごくマニュアルを大事にしてらっしゃる。
あんまり丁寧に説明されると一種「侮辱になる」という、そういう感性が無い。
だから注意事項が1から10あると、1から10まで言っておかないと業務を果たしたことにならないという。
こういう方々は人扱いに関して、言い方が非常に不慣れ。
こういう人たちが今、業界にいらっしゃる。
何かやっぱりちょっと人扱いに関する発言というのは、どこかで訓練した方がいいのではないかなぁと思ったりなんかした。

すでに何度もお話ししているように、話す時は「ゆっくり」がポイントです。自分と対話する際も、口に出して話をすることで自ずとゆっくりになりますし(188頁)

「さぁ、困ったことになったぞ」と「なぜこうなったんだろう」と、決して優秀さを振り回すような早いテンポではなくて、とにかく今できることをまず一つやってみよう。
先のことはそれをやてから考えよう。
声にして独り言をはっきり自分で言う。
そうすると意外と解決策が見つかりますよ。と。
自律神経の切り替えがうまくいくようになりますよ。

武田先生が広げたイメージ。
言葉の使い方で誰とでもうまく付き合えるということになるかというとオールマイティではない。
そのことを覚えておかなければならない。
やっぱり世の中「トンチンカンなヤツ」とか「ヤバいヤツ」としか言いようのない人はいる。
ちょうどこれをまとめていた頃、あの事件で大騒ぎになった。
幅寄せをやってくるヤツ。
東名高速道路の追突死亡事故 被告は事故後も運転妨害か - ライブドアニュース
あおり運転。
東名高速道路で車を停めてしまって事故を招いちゃったということがあった。
これは「魔」に憑りつかれた人を相手にして言葉で説得することは不可能だと思った方がいい。
これは全然卑怯でもなんでもない。
魔がさした人がいる、魔に憑りつかれた人がいると逃げること。
寄っていってはダメ。
「車を停めて語り合えば」なんて絶対思わない方がいい。
逃げること。
こういう魔が憑りついた人というのは「人ごみの中にいる」と思ってください。
この手の人は原野にポツンといない。
「人ごみの中から人に絡む」という。
こういう人たちには言葉は一切通用しない。
だからやっぱり「逃げること」。
その「魔」に敏感になるには?
著者は言う。
「朝起きたら感謝しましょう」「『ありがとう』を声にしましょう」「挨拶をゆっくり元気に」「ため息はしっかり大きくして深呼吸しましょう」
何か気になることがあった。
例えば「部屋が散らかってる」と思ったら「いっぺん」じゃなく「一か所」だけ片づける。
そんな些細なことを毎日守っていれば「魔」からあなたを遠ざけることができます。
(本にはこれらのことは「魔」がどうこうという話ではなく「自律神経が整う」といったことで紹介されている)
小さく小さくまいりましょう。


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2018年1月8〜19日◆豆腐も切りようで・・・(前編)

どうしてもその日その時、「あのバンドエイド」が欲しかった武田先生。
テラテラでゴキブリの羽みたいに光るヤツや「水用」でくっつき過ぎて剥がすたびに傷口が広がる楽しいバンドエイド(は避けたい)。
気に入ったバンドエイドがあった。
そのバンドエイドは剥がれにくくて目立たなくて、今度剥がそうと思うとスッと剥がれるという。
昨年のこと、時代劇のテレビシリーズ(水戸黄門|BS-TBS)10話分をまとめて撮るために週のうち4〜5日、京都郊外の背の低いホテルに泊まりこんで、そこに下宿して働いていた。
東京へ戻るたびに合気道の道場へ顔を出して、そこに行くたびに皮が剥けてしまう。
合気道はまず、相手の手をつかまえるところから始まる。
そのため、いつも同じ個所にバンドエイドをしている。
老人なので治りにくい。
(バンドエイドを)ベロッと剥がすと、色があまり良くないのでコムラサキ色なので「どうしたんですか?」とか気持ち悪がるかもしれないので(バンドエイドを)かぶせている。
これ(現在使用しているバンドエイド)は肌色で非常に目立ちにくい。
あえてメーカーは言わないがこれが欲しい。
地方によっては「キズバン」「ファーストエイド」・・・
「クレパス」「クレヨン」問題になってしまうが。
とにかくその手のヤツ。
気に入ったヤツが一個できると、それにこだわるので、無かったら結構無闇に探すことになる。
これが本当にない。
それで今年、時代劇をやっていたので、あんまりテラテラ光るのは困る。
手甲、脚絆をしているので隠れるのだが、それを見つける目のいいチェック係りがいる。
治りかけたところにまたドーランを塗るので痛い。
それと合気道で治りが遅くなった。
とにかく必死になって(お気に入りの)バンドエイドを探す。
東京駅にちょっと早目に行って、新幹線の真下に大きい薬局があるのであそこに行った。
無い。
家の近所でもすぐに探したが売り切れている。
「まいったなー」と思って京都に行った。
撮影所に入る前に近くの早朝にやっている大型薬局、pharmacyに入って、その「エイド」を、その「バン」を買おうとする。
これはもう忘れもしない。
京都洛外に続く丸太通(「丸太町通」の間違いか?)という通りがある。
嵯峨野に続く国道脇のドラッグストアに行った。
世田谷でフラれて東京駅でフラれているから、結構カリカリきていた。
「○○というようなバンド無いよね?」「キズバン無いよね?」と。
まず否定形でレジ女性に尋ねる。
大型店舗には何度も裏切られているので、武田先生の訊き方も少し「トゲ」「嫌味」があったと思う。
その女性はレジを仲間にあずけて商品棚まで走られた。
それでレジのところで待っていたら切なそうな顔をして「売り切れている」と。
だからそのバンドは評判がいい。
「ああ、そう・・・」と不機嫌にその場を去ろうとした武田先生の背に、その丸太町、嵯峨野に続く国道脇の大型ドラッグストアの女店員の方がお詫びの声を。
その声が「お役に立てず申し訳ありません」。
これが、本当に申し訳なさそうに「お役に立てず申し訳ありません」というのが、すごく迫ってくる。
思わず振り返り「いやいやいや、いいのいいの。また探すわ」と言いながら、年甲斐もなく遮二無二笑顔をそこでこさえて会釈して別れた。
この方のたった一言でその日、ちょっとカリカリしていた(水戸)黄門の撮影が非常にうまくいった。
そんな時、たまたま本屋で見つけた一冊。

自律神経を整える 人生で一番役に立つ「言い方」



順天堂大学医学部教授の方の本。
その時にフッと思って、頭をかすめた言葉が「豆腐も切りようで丸くなる」。
ということで「言葉も切りようで」という。
何でこういうことで引っかかって新年早々(この放送は1月なので)この話をするかというと、今年一年の自分の目標にしようと思う武田先生。
何を言いたいかというと、やっぱり喋り方を「進歩しよう」と思わないとダメだ。
昔は「言葉」なんてポンポン出た。
それはやっぱりいいことではない。
聞き手の立場に立つと、あんまり朗々と喋る人の喋り方は、何か誠実さが無い。
やっぱり言葉が次々出てくるというのは詐欺師の技術の一つ。
言いよどむとか考えながら唸ってしまうとかという「間」というのが、やっぱり絶対に喋りの良心としては無いとおかしい。
このお医者さん、つまりこの著者、小林弘幸さん。
順天堂大学の方なのだが、まず、とりあえず「ゆっくり話そう」と。

「ゆっくり」言えば
空気が変わる、
人生が変わる
(73頁)

医学部の6年生の時に事故にあったのがきっかけです。ラグビーの試合で骨折をしてしまい、「一生まともに歩けない」と医師に宣告されてしまったのです。(15頁)

通院するたび、X線写真を撮るのですが、ある医師はその写真を見て「全然骨がくっついてないね〜」と言います。私も医学部の6年生ですし、自分の状態がわかるため、「本当に全然ダメだ」と思っていました。しかし、同じ写真を見て、また別の医師はこう言ったのです。
「あれ!? ここにさぁ、ひげみたいなのが見えるだろう、これがいいんだよ〜。これは再生してくるきっかけになるんだよな」と。
 そう言われた瞬間、真っ暗だった前の前に光がさしこみ、「もしかしたら治るかもしれない」と、力がわいてくるのを感じました。同じ写真ですよ? 同じ写真を見ているのに、それぞれの医師の言い方によって、こちらの気分がまったく変わってしまったのです。その瞬間、私の人生は変わりました。一縷の望みに懸けて、必死にリハビリに励み、現在では何不自由なく歩けるようになったのです。
(16頁)

この小林さん曰く、自分の不安が薄らいだ瞬間にそれこそ「自律神経」「約37兆の細胞」これが全身「酸素」という栄養を受けて血流をコントロールし、自律神経の働きがスイッチオン、スイッチオフで正しく入れ替わり始めた。
そうすると「倍速で再生した」という。
(というようなことは本には書いていないが)
だから「物は言いよう」「物は聞きよう」で「これほど体というのは影響を受けるのだ」という。

 自律神経で大切なのは交感神経と副交感神経のバランスであり、最も理想的なのは、10:10でともに高いレベルを維持することです。自律神経が整っている状態とは、この10:10の状態、もしくは8:8、9:9など、なるべく高いレベルでバランスを保っていることを指します(27頁)

そうするとバランスが維持されて回復力が急速に、という。
大事なことは健康を維持するために、相手を罵る時、一人でも「バカ」を使うな。

私が相手をおとしめる言い方をすると、相手の自律神経が乱れ、結果的に私にとってさらに不利益となることを知っているからです。(22頁)

 たとえば、「クソッ!」と、怒りに満ちた言い方をしたとします。
 すると、怒りの感情を言葉にしたことで、イライラが増幅し、交感神経がとたんに優位になって自律神経のバランスが乱れます。
(29頁)

「バカ」「クソ」というのは比較的ある。
そんな言葉を連発することがある武田先生。
「欠点の指摘」とか「悔しさの発露」とかというのを「まいったなー」「どうすんだよ」「やっちゃったよ〜」と使っていると、どんどんおかしくなって、その言葉づかいが健康を害する医学要因になりうる。
だから批判も温かみがないと、その人自身を逆に健康被害の導火線に火をともすことになる。
2017年、思慮の浅い言葉でこけていった人たちの特集を温かい気持ちでお送りしたい。
「批判」ではない。
「温かい気持ち」でお送りしたい、振り返ってみたい。

ちょっと素敵な「お母さん」である水谷譲。
11歳、小学校5年生の息子さんに合気道を習わせている。
(合気道は)面白い武道で、いろんなことを考えさせられる。
小さいことですぐに悲鳴を上げるようになる。
合気道の人は何も説明してくれないが、武田先生もそれが移ってしまったが悲鳴を上げる。
合気道の影響ではないかと思う武田先生。
合気道をやり始めてから蚊がよく見えるようになった。
それと悲鳴を上げるようになる。
道場で合気道は相手に技をかけるポジションと相手から技をかけられるというのを交代でやる。
かけられた時に、どんな高段者でも呻く。
「うぉっと!アイタタタタタ!キタ!」とか。
相手のその技に対して声とか呻き声で反応する。
自分に「驚くクセ」をつける。
武道というのは何か大きな出来事があった時に驚かないためにやる。
地震がガッ!と来ても非常に沈着冷静に行動できるという。
その驚かないための訓練で最高の訓練は何か?
毎日小さく驚くこと。
これは内田(樹)先生の言葉で見つけたのだが「小さく驚く人は大きく驚かない」。
小さなことで驚かないヤツは大きい時にものすごくパニックになる。
合気道は小さく驚く武道。
その「小ささ」に関してだけ、頭の隅に置いておいてください。

1月なので1年のスタートに自戒をこめて。
豆腐を四角に切ったばっかりにえらい目に遭った方というのが2017年。
もう典型的な例があった。
「排除します」
自分で政治政党を作れるほどの票を集めた人。
その人が「排除します」の一言で。
マスメディアは少し煽り過ぎて、この「排除します」に集約しすぎるが、やっぱり「排除します」という言葉がきっかけになった。
あの人をあれほど声援した東京都民はこの「排除します」で、「一体あの女性都知事の何を見たのか」というのをやっぱり思わず考えてします。
ということで小池(百合子都知事)さんそのものを考えた武田先生。
小池さんとは何者か?
この方は元々、言葉のプロだった。
前職は女子アナタレント。
キャスター。
この人は何か物を読むような。
あれはやっぱり若い頃からのクセなのだろう。
この人の声は「朗読声」。
ブレスリズム、呼吸のリズムが落合恵子さんとそっくり。
だからある意味で落合恵子さんと同じぐらいの声の質、声の性能、声の力を持ってらっしゃる。
落合さんのニックネームは「レモンちゃん」。
小池さんにもあだ名を付けましょう。
落合さんが「レモンちゃん」だったら小池百合子さんは「ミカンちゃん」。
それも「葉付きミカン」。
葉っぱが付いている。
ミカンは葉っぱが付いていないとただ喰われるだけだけれども、葉が付いていると鏡餅のてっぺんに置かれる。
まさしく小池百合子という人は「葉付きミカンちゃん」。
だからどこの政党に行っても上の方に「ポン」と置かれた人。
そういう方。
「飾りミカンちゃん」「ダイダイちゃん」
この方は都知事選の時、四角いものを丸く切った。
だから敵対陣営の・・・あの言葉は失礼。
「厚化粧」は言わない方がよかった。
それに対して小池さんはどうであったかと言ったら反応なさらなかった。
そういう侮辱に対して耐えられた。
昨年の2017年は「女性の一言」。
つまり豆腐の切りようがカドばったばっかりで問題を起こした方というのは多かった。
思わず興奮なさっていたのだろう。
「ハゲ」と言っただけで落選なさった方もいる。
やっぱり「口は災いの元」「一言で身を切り裂いた」という。

豆腐も切りようで。
物も言いようで。
その典型例を小池(百合子)さんに求めてみた。
2017年、たった一言、四角く切った言葉「排除します」。
この一言でこの方の票がこの方から離れていったという。
ただ、ありていに言えば、品の無い言葉だが「ミソもクソも一緒にするな」と言いたかったのだろう。
小池さんのホンネはそれが一番ピッタリ。
「ミソもクソも一緒にするな」というのは角が立つので非常に品のよい政治言葉で「排除します」とお使いになったという。
そうしたらバーッと票が。
離れた票はすごい票。
この一瞬で本当に流れが全部変わった。
そして週刊誌でこの人のあだ名の変化に気が付いた。
武田先生が「葉付きミカンちゃん」とか「ダイダイちゃん」と呼んでいるが、この「排除します」の一言でどこかの週刊誌がこの人のあだ名を書いた。
「緑のたぬき」
思わずコンビニでギクッとした武田先生。
「緑のたぬき」は武田先生の恩人。
これ(「緑のたぬき」)とは一緒に頑張ってきた。
マンションを買った。
だが、その「緑のたぬき」の方に世間が乗ってくる。
そのあだ名がついてしまったら、もう本当に「イメージが動かなくなる」というところが。
このあたりから小池さんの言葉づかいが、世間と歯車が合ってこない。
この方は選挙の名目で今振り返ると「安倍一強批判」。
そして自分たちが相当いい得票率で中ぐらいの政党を作れば、公明党と同じようなバランスの重りとなって安倍を変えさせて見せようという。
何と言うか半端な政治理念。
それから「忖度総理」の批判もしきりになさっていたが、安倍さんがもう相手をしなくなっちゃう。
そしてこの小池さんの対立軸に自民党が持っていったのが小泉進次郎くん。
この小泉くんが次々と小池さんの揚げ足を取る。
いや、「揚げ足」じゃない。
タックル。
小泉くんの若いタックルは小池さんに効いた。
上手だった。
彼が応援演説に宣伝カーの上に立とうとしたら反対側で敵方の政党が大声を上げている。
そうすると彼は注目が全部こっち側に集まっているのだが、あえて「立ち合い勝負の潔さ」というか、静かに終わるのを待って「終わりましたか?じゃあ始めさせてもらいます」という、このマナーのよさ。
このあたりぐらいからこの進次郎くんがグングンと・・・。
そしてこの方が小池さんの発言批判をなさる。
この発言批判が実にツイストが効いていてよかった。
小池さんは一生懸命おっしゃった。
これは東京都知事という側面もあるので「満員電車のない東京を作りましょう」とおっしゃった。
進次郎くんが何と言ったか?
うまいことを言う。
「その通りです。満員電車のない東京作りましょう、小池さん。でもね、小池さん、昨日山形の友人から電話がかかってきたんですがね、山形ではね、満員電車に乗ってみたいという県民の熱望もあるんです」と。
「あなたの発言はどこまでも東京であって、全国見てないじゃないですか」
このタックルは効いた。
一回相手を肯定して乗っておいて、また違う方向に持っていくというのがすごい。
この進次郎くんの「揚げ足」というか「タックル演説」というのは技として見事だった。
このあたりぐらいから小池百合子東京都知事、田舎の人間に引っかかることばっかりおっしゃっている。
三都物語。
大阪、名古屋、東京。
この三都が連合で保守政治、安倍一強政治にぶち当たろうというような、いわゆる「選挙協力体制」を「三都物語」。




谷村(新司)さんにも悪いが、博多の人間が聞くと、売れ残りの名物バター菓子の名前のようだ。
「名物『三都物語』。バターでくるんだ潮風の味ぃ〜」
小池さんのことを批判している場合ではない。
武田先生自身もいわゆる「口舌の徒」。
口と舌で生きているような人間なのでいつ「けつまづき」が待っているかわからない。
この間も武田鉄矢の悪口がボロクソ載っていた。
ムカッとくる。
腹が立つ。
だが、やっぱりつまづくことはいつかあるのだろう。
妙なご意見番化する武田鉄矢、物議醸す発言で番組盛り上げ? コンビニの成人雑誌「俺は見るね」 - zakzak
「水戸黄門を演っているので、ご意見番を気取った武田鉄矢は和田アキ子のマネをして」という。
もう発言は気をつけている。
やっぱりペロッと喋っちゃって「あ、痛っ!」というのが。
結構痛い目に遭っている。
だからそういう人がいることを忘れてはいけない。
発言等々「一言間違えたら大変なことになる」という方、ここからは熱心に聞いてください。
まずは8つの条件を必ず頭の中に入れて発言する前に振り返ってみてください。

「体調」「予期せぬ出来事」「環境」「自信」「天気」「相手の様子」「時間」「感情」(45頁)

「こういう8つを条件にして自分の発言に気をつけましょう」と。
「8つもあるのかー」と思うかも知れないが、慣れれば必ずできるようになる。
発言する前に自分の調子。
自分は油断があるかどうか。
慌てていないかどうか。
それは確かなことか。
そして今は朝か夕方か。
この後にいいことか悪いことか、そのどっちが待っているのか。
そういう想像力を持ちなさい、という。
政治家の方の失言というのは、そういう意味では非常にやっぱり体調があまりよくない時に多い。
週刊誌の人に囲まれて「ホテル行きましたよね?昨日」と言われるとやっぱり何て答えていいかわからない。
普段から自分をしつけておかないとダメで。

朝の8〜10時は、朝食を食べて交感神経が高まってくると同時に、副交感神経も比較的高い位置にあるので、非常にバランスが整っている時間帯です。会議や重要な会議など、集中力やひらめきを要する仕事を行うのに最も適しています。−中略−
 午後4〜6時は、再び自律神経のバランスが整ってくる時間帯です。
−中略−重要な会議や決断をするのに適しています。(53〜54頁)

 まず、最も大切なポイントは、ゆっくり話すということです。(58頁)

背筋を伸ばして、笑顔で。
どんなことでもまずは相手を褒めるところから話の切り口にしなさい、と。
何か違う視点を持っているかどうか。
話す時はなるべく大きく、楽しそうな、抑揚をつけて話しなさい、と。
そうすると不用意な失言はなくなる、と。
「そんな人がいるか?」と疑う向きもあるかも知れないが、やっぱり「話し上手」というのは世の中にいる。
ゆっくり、背筋を伸ばし、笑顔で、褒めるところから、違う視点で、大きく、楽しそうな、抑揚をつけて、という。
この番組をやっている武田はどうするか?
申し訳ないが、喋り上手の人たちの喋り方のマネをすれば、武田先生はけつまづくだろう。
やっぱりビート(たけし)さんと語っていて、ビートさんのリズムに武田先生が何か乗っかって喋ったら問題発言をすると思う。
松ちゃん(松本人志)とかというのはその危険性がある。
松ちゃんは喋らせる。
それで過激なことを言うから、こっち側も過激でスピンをかけて返す。
それは問題発言になりやすい。
武田先生はやっぱり、こういう人たちの喋り方のマネをすれば、人生を失うほどのミステイクをするかも知れない。
基本的に「口は災いの元」である。
しかし武田先生たちの商売は「災いを金銭に替えている」ワケだ。
だから危ない橋を渡ってきたし、これからも渡らざるをえない。
しかし、武田先生もだんだん年をとってきているので、反応が鈍くなる。
近年、ひたすらこの人を目指そうかなぁと思うお手本が実はある。
ご本人にそのことを申し上げたら、信用してくださらない。
この方は謙虚な方なので。
大沢悠里さん。
この人の喋り方はいい。
この人はご自身でおっしゃらないが、日本で一番聞かれているラジオ番組をこの間までやってらっしゃった。
これは『大沢悠里のゆうゆうワイド』。
この番組はすごい。
この人の全国放送の喋り方は北海道から沖縄まで聞く人がいる。
これはやっぱりすごい「喋りの力」。
豆腐の切り方が上手い。

大沢悠里のゆうゆうワイド 女のリポート100選



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2018年04月21日

2018年1月31日〜2月2日◆元気も気から

これの続きです。
(今回は週の途中から本とタイトルが変更になっているので、変更になっている部分から記事を立てる)

今日はヒョウ柄を着る日



「ヒョウ柄」についてのイメージ。
ヒョウ柄を着るおばちゃん。
特に関西。
女性にとってヒョウ柄を着る時は「攻める」時。
「最後の一枚」になった時にヒョウ柄を身につけているかどうかというのは女性にとって重大なこと。

 私が人生で最初にヒョウ柄を意識したのは、一九七八年、英国出身のロッド・スチュワートだった。大ヒット曲「アイム・セクシー」を収録したアルバム「スーパースターはブロンドがお好き」(すごい放題である)のジャケットでロッドは、体に張りつくヒョウ柄と虎柄の入り混じったボディスーツを着た、放漫なブロンド女性を抱いていた。そしてロッド自身もまた、ムッチリした体にパツパツのヒョウ柄パンツやスーツを身に着け、ステージで熱唱していた。(9〜10頁)

スーパースターはブロンドがお好き



 ロッドは性的魅力を表現するツールとしてヒョウ柄を取り入れたのだろう。(10頁)

 振り返れば、まだベルリンの壁が存在していた頃に訪れた西ベルリン一の目抜き通り、クーダムで夜な夜な客待ちをしていた高級娼婦の女性たちも、ヒョウ柄率が高かったように思う。(10頁)

ヒョウ柄のビキニを着ている女の子と恋仲になって、ギュッと抱きしめて「やめてください!そんな、そんな不潔な…」とアゴを突かれるとすべてが崩れる。
一回突かれたことがある武田先生。
「違うんです!私、そんなんじゃないです!」
何が違うんだい?
とにかくヒョウ柄というのは、そういう意味では「野生」だったり「セクシー」だったりという。

ところがまことに不思議なことに、星野さん曰く「なぜだろう?この地域性は」。
東京、京都、博多、そういう大都市、名古屋でも見られない。
「大阪でのみ、おばちゃんたちがヒョウ柄をまとう」という。
(本の内容としては大阪のおばちゃんしかヒョウ柄を着ないという話ではく、大阪のおばちゃんがヒョウ柄を着ているというイメージについて書いている感じ)
一体、大阪のおばちゃんはなぜヒョウ柄を身につけるのか?
では関西方面、特に大阪でヒョウ柄に託された意味は何だろう?
ヒョウ柄のおばちゃんが店に入ってきた瞬間、店の支配人以下が何を直感するか?
ヒョウ柄をまとったおばちゃんが店に入ってきた瞬間、店にピッ!と緊張が走る。
セクシーでもなければ発情でも野生でもない。
何を直感するか?
「こいつ、値切ってくるわ…」
その緊張。
つまり、ヒョウ柄とは関西でどう意訳されるか?
「ツッコむ」
このおばちゃんの野生の解き放ちのシンボルがヒョウ柄、つまりヒョウ柄はここから関係している。
おばちゃんたちに「値切れ!」という気を発散させる柄。
では、このアニマル柄に関する思いだが、なぜおばちゃんたちはヒョウ柄で「虎」ではなかったか?
普通は虎。
何で虎で突っ込もうとしなかったのか?

 虎は、微妙だ。−中略−ヒョウ柄が「大阪のおばちゃん」を代表する特徴であることに思いを馳せれば、虎柄で勇ましさを表現するには多少困難があることは想像がつく。
 阪神タイガースのファンと間違えられるのだ。そして誰もが知っている通り、タイガースはあまり強くない。勇ましさを演出するより、弱さの象徴と見られかねない。
(15頁)

何気ないが、おばちゃんたちがヒョウ柄で武装をするということは、動物の「気」をわが身に引き入れること。
大阪のおばちゃんたちはヒョウ柄を着た瞬間、一種戦闘モードになる。
人間というのは動物の柄を借りて、その「気」を自分に移す。
だからファッションというのは、そういう意味ではアニマル柄を先頭にして、色も含めて、「気」をこちら側に引き寄せようとする。
やっぱり元気も「気」から始まる。
柄どころかTシャツにヒョウの顔が入っているような人がいる。
それはやっぱりアニマル柄に託した「気」。

戸越銀座で観察していると、ヒョウ柄以外におばあちゃんたちから人気を博している動物が、もう一種類いることに気がついた。シマウマだ。(16頁)

たまたまこの日、シマウマ柄のバッグを持ってきていた水谷譲。
東京の戸越銀座ではシマウマ柄のおばあちゃんが増えている。
これはシマウマの「気」をもらおうとする女性の心理が隠れているのではないか?
シマウマは「性的なアピール度」は非常に低い。
戦闘的ではない。
ツッコミ度も少ない。
シマウマ柄で「負けてくれ!」とかっていうツッコミというのはちょっと考えにくい。
シマウマは冷たく言うと肉食獣にとっては「餌」ということでもある。

古代からヒトと共に生きてきた馬との最大の違いは、シマウマは家畜化できないという点だ。(17頁)

 おとなしそうに見えて、実は芯が強く、けっしてヒトになびかず、戦うより逃げるほうを選ぶシマウマ。(18頁)

つまり「家なんかにいてられっか!」「アタシゃ草原走るんだよ!」という。
その心理こそがシマウマ柄に託された女性心理。
シマウマ柄のバッグで来た水谷譲。
夜に家に帰らずに食事に行く。
産んだ子供も待っている亭主もほったらかして「お食事をしたい」という、この欲望がシマウマ柄を引き寄せさせている。
シマウマは家畜化不可能。
だからおばあちゃんがシマウマ柄を着る時は「よーし!遠くへ行こう!じいさん置いて!」という。
簡単に「アニマル柄」と言うが、我々の心理の中に、実は「気」をもらうためにたくさん動物を引き寄せている。
シマウマ柄のバッグに入っている化粧ポーチがヒョウ柄な水谷譲。
こういう動物の柄とか動物の形を引き寄せて、自分の「気」にしようという。
こうやって考えると面白い。
それゆえにヒョウ柄をまとう高齢者女性。
これを星野さんは一種「武装化」とおっしゃっている。

 私は彼女たちの武装化を笑うことはできない。何が彼女たちをそうさせるかといったら、誰も守ってはくれない、という諦めに近い感情があるからだろう。社会全体が、年寄りを騙そう、年寄りからむしり取ろうという方向へ動いていることは、もはや誰の目にも明らかだ。(21頁)

ヒョウの如く戦うか、シマウマのごとく逃げるか?
戦うか逃げるかの選択。
その「気」がアニマル柄を高齢者に着させているんだ、という。
アニマル柄を引き寄せる「気」とは何かというと、この女性作家はその「気」のことを「覇気」と呼んでらっしゃる。
(本の中に登場する「覇気」はそういう文脈では登場していないようだが)
まさしく「覇気」。
中年とか若年層の方に「そんなことないよ。俺ら年寄り大事にしてるよ?」とか思ってらっしゃるかも知れない。
そういう若い人を信じる武田先生。
ただ、目の端から入ってくる社会的な全体の情報の傾向というのは、やっぱり「ジジイ」「ババア」という。
「日本の成長の足かせになっている」という。
もう政治家の方だって「少子高齢化」とおっしゃるのだから、高齢が問題になっているわけだから。
どこかでやっぱり「老いることの暗さ」というのを感じてしまう。

後半の章でおっしゃっている「覇気」。
これは「やる気」とか「元気」みたいなヤツと同じで、もっとすごいスーパーファイトみたいなもので「覇気」という章がある。
(本の中では「覇気」を「負けず嫌い」の言い換えとして紹介されているが)

世の中はどうも年寄りに関して冷たい。
年寄りに関して「追いつめるような」という。
武田先生はそういうふうには思わないが、そう言われると確かに。

 新聞や雑誌を開けば、「認知症にならないための生活習慣」とか、「こんな人が認知症になりやすい」「終活をしよう」「遺書を書こう」「子に迷惑をかけない人生の終わり方」「ピンピンコロリ」「あとで揉めない財産分与」といった文言が溢れている。−中略−
 そういった扇動的なうたい文句が目に入ると、年をとること自体が罪のように思えてきて、「生きててすみませんよ」と言いたくなるのだ、と母は言う。
(31頁)

年寄りのやる気、元気を奪う傾向が社会全体にあるのではなかろうかと。
年寄りの覇気を奪うという傾向に世の中全体があることは間違いない。
そしてこの逆。
とにかく持ち上げるだけ持ち上げる。
「90歳で現役」とか「100歳の芸術家の○○さん」とか。

九十歳。何がめでたい



そういう90歳で現役で皮肉っぽい文章を書いている女流作家とか。
まるでそれが年寄りのお手本のごとく「この人を見よ!」という
星野さんはよく見ていて、この手の人たちはすべて共通する一点がある。
「元気」「やる気」と同じように。
お年寄りに向かって「この人が年寄りのお手本だ」という人の共通点は「すべてこれらの老人には、ある程度の資産がある」。
(とは本には書いていないが)
そういう資産家で長生きをしている人を集めて「私の生き方は正しかったのだ」というような勝利者発言をさせて「見習え」と他の老齢者に向かって。
そんな加齢に関するプレッシャーをかけるのが今のやり方なんだ、と。

「ああいうのは、ごく一部の幸運な人たち。誰もああはなれない。なのに自分のようになれってプレッシャーを与えてくるから腹が立つ」
 母はさらに続けた。
「年とっても一線で活躍するというのはね、よっぽど我が強いか、人に遠慮しないって証拠だよ。
(33〜34頁)

年をとると行動範囲が狭められ、社会性が失われる分、もともと強い人はいっそう自己主張が強くなる。自分の言い分ばかりを押し通して周囲の調和をかき乱し、傷つけられて泣かされる人が後を経たないのだという。(35頁)

でも人間はあんまり強いと、人から嫌われる。友達が誰もいなくなって、嫌われてることに気づかないまま、ひとりで長生きすることになるんだよ」
 私は言葉を失った。弱くてもダメだし、強くてもダメ。年をとるってそんなに難しいのか。
(35頁)

人が長生きしているのは、たまたま長生きしているだけだ、という。
あんまり長生きを事細かに分析するな、と。

もう結構な歳になっている武田先生。
今、性欲がどんどん引いていくので「勉強しなきゃ!」と思う。
何で昔、あんなに夢中だったのか?
昔あんなに好きだったのに。
最近、自分が「あんなことしたら痛いよ〜」と思う。

 ホルスタインといえば、思い出がある。三十年ほど前、ある小劇場の稽古場に出入りしていた時、裏方として働く元女優さんと親しくなった。−中略−その彼女が、来る日も来る日も、ホルスタイン柄の服を身に着けていたのである。−中略−
 彼女はとてつもなく、おっぱいが大きかったのだ。
(17頁)

自分はアニマルには関係ないと思ってバッグを開けてみた武田先生。
身につまされた。
まず、意味もなく手ぬぐいを持っているのだが、手ぬぐいはやっぱり自分の理想。
龍。
ドラゴンは武田先生にとっては永遠。
ここからが最高。
これが今の自分。
ポーチはボンボンを振っている「柴犬」。
洗面道具を入れているのは「猫」。
つまり、武田先生は家にいついている。
奥さんとか子供を守るために「ワンワンワン」とか「ニャンニャンニャン」とか言っている。
でも、龍一匹だけを離せないところが武田先生らしい。
「アニマル柄なんて俺に関係ない」と思ったが、バッグをさぐると以外なアニマルが鞄の中に隠れている。
まさに武田先生の心理の代表。
それは犬と猫だったという。
また猫が情けない。
招き猫。

posted by ひと at 07:11| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年1月22〜30日◆病は気から

奥様に言われて大量にサプリメントを飲んでいる武田先生。
5〜6種類。
それと同様に病院から頂いた薬も5〜6種類。
毎日十種類が体の中を通過していく。
「なんだか効いてんだか効いてないんだかわかんない」みたいな。
「飲み続けることに意味がある」と奥様から言われる。
フッと何か言われると、そこに思いが行く時がある。
「そういえばアナタ、最近マッサージ行かなくなったね」とかと言われると「あ、そういえば」と思い当たる。
フッと気がついたら二か月近く整体を受けていない、マッサージをやってもらっていない。
定期的に月に二回、二週間に一回。
それが二か月近く開いている。
「あれ?女房の勧めたアレとアレとアレかな?」と思ったりなんかした。
それで去年のこと、暮れに「納め」ということで体をやってもらった。
凝ってる凝ってる。
整体の先生からはっきりと「開かずにやった方がいいと思いますよ?」。
何のことはない。
奥様の言葉に酔ってしまっていた。
「最近、整体受けないぐらい元気がいいね」と言われたものだから「元気、元気」と。
やってもらうと、やっぱりちゃんと疲労がたまっている。
それでも時折、フッと「アレのおかげかな?コレのおかげかな?」と摂っているサプリから連想することがある。

「健康」「病態」「天候」「芸能」「不倫」「モチベーション」「(とある人間の)心理」
これらの名詞の中にすべて共通するものが一つある。
その一語が、これらの単語の半分を占めている。
これらを全部別の言葉で言い換える。
「元気」「病気」「天気」「人気」「浮気」「やる気」「本気」
何のことはない。
半分は「気」。
人間の事情はかくのごとく、半分は「気」が絡んでいる。
ほとんどの人は「気」は取り上げない。
なぜ「気」を取り上げないか?
それは「気」を買い求めることができないから。
もし「気」が買えるんだったら、もう売っている。
「(ジャパネットたかた創業者・高田明氏ふうに)ご注目ください!今なら古い気を引き取って、マイナス4千円!びっくりのお値段!」
「気」を売りたい。
やってらっしゃる方はいらっしゃる。
江原(啓之)さんとかが売ってらっしゃる。
教えたり、指導なさっている。
「南の窓に黄色を貼っとくと、とっても…」
Dr.コパさん。
この方々が売ってらっしゃる「気」が「運気」というので、やっぱり「気」というのは凄い。
ただし、運気に関しては石やネックレス等々がある。
この「気」を売ることに関しては、やっぱり霊感商法等々で罠がいっぱい待っているという。
「気」とは文字と言葉で存在するが、実体は謎。
そして取り扱いがほとんど行われていない。

「病は気から」を科学する



これはチャームなタイトル。
「痛いの痛いの飛んでけ!」
これはドイツ語でもスペイン語でも共通。
英語でもある。
「ペイン、ペイン、ア、ゴー」
(調べてみたが「Pain, pain go away」)
「痛い痛いあっち行けー」という。
これはもう、世界中にこの、子供を案ずる母の呪文、謎の呪文として「痛いの痛いの飛んでけ!」は存在する。
この「痛いの痛いの飛んでけ!」というのが、ただ「おっかさんの呪文」で終わるかというと、そうでないという実例がポコッポコッと医学界に出現する。
「親の呪文で子供の痛みが消えた」という実例がある。

 ニューハンプシャー州ベドフォードで暮らすパーカー・ベックは、二度目の誕生日から数ヵ月が過ぎるまでは、明るく健康な男の子のように見えた。しかし、その時期から、自分の世界に閉じこもるようになった。笑うことも、話すこともせず、両親の問いかけにも応えなくなった。夜間、頻繁に目を覚まし、甲高い奇妙な叫び声を上げ、体を回転させる、両手で自分の頭を叩くといった行動を繰り返した。医師の助言を求めた両親ビクトリアとゲイリーは、返ってきた言葉におびえた──息子の様子は自閉症の典型的な兆候だったのだ。息子に最高の治療を受けさせようと努力したものの、パーカーの症状は悪化する一方だった。ところが、一九九六年四月、パーカーが三歳のとき、驚くべきことが起こる。
 自閉症の子どもにはよくあることだが、パーカーにも胃腸障害があり、慢性的に下痢をしていた。
−中略−
 検査そのものからは有益な情報は得られなかった。しかし、パーカーは一夜にして劇的な回復を見せた。胃腸の調子がよくなり、ぐっすり眠るようになった。さらに、以前のように意志の疎通が取れるようになった──人に微笑みかけ、アイコンタクトを取るようになり、ほとんど口を利かない状態だったのに、突然、教材用の絵カードを読み、ほぼ一年ぶりに、「ママ」「パパ」と言ったのだ。
−中略−
 彼女は病院を説得し、パーカーが受けた内視鏡検査について、使用した麻酔剤の投与量など細かい部分まで調べた。消去法の結果、彼女は息子の症状を変化させたのは、セクレチンという消化管ホルモンの投与だと確信した。
(22〜23頁)

(番組では「1996年6月」と言っているが、上記のとおり本によると4月)
セクレチンが難病の自閉症に効くなんていうことはあろうはずがない。
もう、それは大騒ぎだった。
ところがセクレチンを使用したことは事実。
その前日面倒を見てくれた医者のところに行って、セクレチン投与を願うのだが「検査もしないのに飲ませられない」ということで、その薬を投与してくれない。
医師から拒絶される。
そこで夫婦は何と、事情を説明しながら全米の医者に「セクレチンを打ってくれないか」と掛け合う。

一九九六年十一月、ようやく彼女の話が、カリフォルニア大学アーバイン校の精神薬理学の教授であり、自閉症の息子アーロンを持つケネス・ソコルスキーの耳に入った。−中略−
 この結果に納得したメリーランド大学のホルバートが、三人目の少年にセクレチンを投与したところ、その少年も同じ反応を見せた。
(24頁)

ビクトリアはパーカーの治療をしてくれる別の医師を見つけ、一九九八年十月七日、彼の物語がNBC『デートライン』で何百万もの視聴者に向けて放映された。(25頁)

 わずか二週間で、米国で唯一、セクレチン製造認可を受けていたフェリング・ファーマシューティカルズ社は在庫を売り尽くした。インターネットでは、一回分のセクレチンが数千ドルで取引された。購入するために自宅を抵当に入れたり、メキシコや日本から闇で手に入れたりした家族の話が伝わった。(25頁)

ところが調べても調べても、なぜ自閉症が改善したのか、医学的理由がまったく分からない。
出た結論は「プラセボ」。
「偽薬効果ではないか?」ということ。

ノースカロライナ州アッシュビルにある、子どもの発育を研究するオルソンハフセンターの小児科医エイドリアン・サンドラーは思い出す。−中略−
 サンドラーの試験の参加者は、そのような試験の標準的な基準に従い、無作為に二群に分けられた。片方の群はセクレチンを投与され、もう片方は偽薬つまりプラセボ(この試験では生理的食塩水の注射)を投与された。
−中略−結果は驚くほど悪いものだった。二群の間には有意差はなかった。−中略−「セクレチンを投与された群も、生理的食塩水を投与された群も、治療に大きな反応を示したのです」(26〜27頁)

セクレチンも効くが、本当に困ったことに食塩水も効いた。
(番組内ではセクレチンと食塩水と「通常の(自閉症の)薬」の三種類で実験をしたというような説明になっているが、本によるとセクレチンと食塩水のみ。というか自閉症の通常の薬なんて聞いたことがない)

 ボニー・アンダーソンがキッチンの床が濡れていると気づいたときは、もう手遅れだった。
 二〇〇五年の夏の夕方、七十五歳のボニーは、
−中略−浄水器の水漏れのせいで濡れていたタイルに足を滑らせ、背中から倒れ込んだ。
 ボニーは身動きできなくなり、背骨に耐えがたい痛みを感じた。
−中略−背骨にひびが入っていた。−中略−つねに痛みに悩まされ、皿洗いのために立ち上がることすらできなかった。−中略−
 数か月後、ボニーは椎体形成術と呼ばれる有望な外科手術の臨床試験に参加した。
−中略−手術後、病院から出たとたん、具合がよくなった。「すばらしい気分だった」と彼女は言う。「本当に痛みが消えていた。ゴルフもまた始めたし、したいことが何でもできたの」−中略−
 椎体形成術がボニーのひびの入った背骨の問題を解決したのは間違いない。ただ、ボニーが知らないことがある。あの臨床試験に参加したとき、彼女は椎体形成術群に入っていなかった。彼女が受けた手術は偽物だったのだ。
(28〜29頁)

驚くなかれ。
なんとこれは手術そのものがプラセボであったという。
彼女は数十分間眠っていただけで、数十分間後起こされて「終わりましたよ、手術。きれーいに傷口もふさがっておりますから、ちょっと自分の目でね、見られないかも知れませんが。違和感あります?ないでしょ?きれーいに塗ってありますから。すぐ抜糸して。回復早いですよ」。
とにかく彼女は「術後はよくなる、よくなる」を医者から説得させられて退院した。
元気に歩けるようになった数か月後に「全部ウソ」と。
(本人に知らせたという記述は本の中にはない)
こういうのを聞くと、やっぱりスタートで言ったが「病気」の半分は「気」なのだという。
「病」「気」という。
著者のジョー・マーチャントさんは、なかなかべっぴんさん。
この方は女性の方。
もう「これでもか!」というような実例を全米から集めてらっしゃる。
だが、読んでいくうちにこのプラセボ、偽薬なのだが、ちょっと不思議になっていく。

 リンダ・ブォナンノは会ったとたんに私を抱きしめ、−中略−過敏性腸症候群(IBS)との闘いについて話し始める。−中略−腸の痛み、急な腹痛、下痢、鼓脹に苦しむようになった。−中略−
 病気は社会生活も壊してしまった。症状がひどいときには、「家から出ることもできない」と彼女は言う。「痛みのあまり気絶したり、四六時中トイレに駆け込んだりするから」
(52〜53頁)

 過敏性腸症候群の患者の多くがそうであるように、リンダも何年もの間、病院を転々として。−中略−しかし、それもハーバード大学医学部のテッド・カプチャクが主導する臨床試験に参加するまでのことだ。それは、プラセボ研究の世界を根本的に変える試験だった。(54頁)

彼女を担当する胃腸科専門医、ハーバードのアンソニー・レンボは、カプチャクの共同研究者だった。担当医を通して臨床試験に参加したリンダは、ボトルを手渡された。−中略−最新の実験薬を試すのだと、リンダは興奮していた。ところがレンボは、「この薬は有効成分が一切入っていないプラセボだ」と説明したのだ。
 リンダは医療助手としての訓練からプラセボの知識があり、ばかげていると思った。
−中略−彼女はボトルを持ち帰り、一日に二回、カプセルを紅茶で飲んだ。−中略−数日後、ふと気づくと症状が消えていた。(60〜61頁)

偏頭痛の臨床試験では、−中略−薬、プラセボ、何も与えないという対応をした。するとプラセボと知りつつ飲んだ場合、何も飲まなかった場合と比較して、痛みが三〇パーセント軽くなった。(61〜62頁)

この「プラセボ」に対して今、その逆の「ノセボ効果」というのがある。

 ビビハジェラ高校は今にも崩れそうだ。アフガニスタン北東部のタルカンにある、泥レンガで造られた建物だ。−中略−
 少女たちは次々と吐き気とめまいに襲われ、気を失った。数時間のうちに、百名以上の生徒と教師が病院へ運ばれた。
−中略−
 そして、今回は毒が使われたように思われた。アフガニスタンでこうした事件は多く、ビビハジェラ高校での出来事は、その年六番目の事件だった。二〇〇八年以来、国中の二十二の学校で千六百人以上の生徒と教師が、似たような状況で健康を損なっている。
−中略−
 ところが、症状はすぐに消えた。少女たちは残らず回復した。さらに、何百個もの血液、尿、水のサンプルが検査されたが、結果はどれも異常なしだった。
(68〜69頁)

原因は、「集団心因性疾患」だったのだ。(70頁)

一種「集団催眠」のようにして「病」と同じことで、という。

 ノセボ効果は害を及ぼすこともあるが、進化の観点から見れば、道理に適っている。−中略−人は周囲の人たちが病気になっていくのに気づいたとき、あるいは自分たちは毒を盛られたと確信したときに、嘔吐を始めるのは賢明な対策だと主張する。−中略−頭痛、めまい、失神はどれも、危険な可能性のある場所から逃げろ、治療が必要だと伝える警戒信号として役に立つのだ。
 この観点から見れば、ノセボ効果は、「周囲の何かがおかしい」という心理的なヒントによって引き起こされる、無視できない生物学的なメッセージだ。
(72〜73頁)

実はそのことでたくさんの危険から逃れてきたという実績があって人間の体の中に残っている。
だから、妙に頑張らず、パタッと気絶するというのは、気絶した方が生存競争の中では有利。
それで今の人類もこれを持っている。
吐き気も半分「心理」。
嘔吐は移る。
昔、加山(雄三)さんの光進丸に案内された武田先生。
演出家が「ちょっと面白いギャグやろう」というので「どうだろう。甲板に吐くっていうのは」と言われて「加山さん、驚かそうよ」とかといって吐くふりをしていたら、本当に気持ち悪くなった。
だからやっぱり吐き気は移る。
そういうことを考えると、集団心因性疾患というのがある。

あからさまな言い方をすれば、医師にもプラセボとノセボの効果がある。
その人に会うと治ったような気になるのと「俺、もう死ぬんだ…」みたいな。
「今、武田さん、これぐらいで終わってますがね?」と言ってボタンをポンポンと押すと、それがどんな病に発展していくか一瞬のうちに画面に出るという。
そういうスマートフォンみたいなヤツをお持ちで。
どんどんひどくなる病態を説明されると、もう気が重い。
やっぱり「会うと元気のなくなるお医者さん」というのはいらっしゃる。
歯医者さんがすごくいい人に当たった武田先生。
この歯医者さんは自分も歯が悪い。
自分も歯が悪い歯医者さんの言葉ぐらい患者を励ますものはない。
「ここはね、武田さん。痛いんだぁ〜」とかって言いながら、ガリガリガリガリ…という。
「あ〜!でしょう?私もねぇ、痛かったよ。ここはぁ〜」と言いながら。

この著者が言っているのは、プラセボを利用して「薬をなくす」ってことが無理かも知れないが「減らす」ということはできるはずだと。

 条件反射を利用して薬をプラセボと置き換えることを、プラセボ制御による薬剤減量(PCDR)と呼び、副作用が軽くなるだけでなく、医療費を何十億ドルも削減することができる(104頁)

お医者さんにもはっきり言われたことがある。
薬を出さないと「ものすごい頼りない医者だ」と思われる。
だから弱いお薬というのをプラセボ代わりに出すお医者さんもいるという。
だから知恵のあるお医者さんは、そういうお医者さんもいる。
「毎日必ず飲んでくださいね」と言っておくと飲んでいるうちに「そういや…」という。
たまに「いや、お薬いらないですから」と言われると「え?ないの?」と思うことがあるという水谷譲。
だからお薬を勧めると言いながらも、それがノセボ効果になるものもあれば、逆にそれが非常に効果的な偽薬の効果になることもある。
お薬を飲む時は「1日2回」と決められると、飲むたびに「少しずつ良くなるはずだ」と思って口に入れるのだから、充分なプラセボ効果だと言えることがあるだろう。
まことに体とは科学的ではなくて、不思議なものだということをどこかで半分覚えておかなければならない。

 一九七八年五月八日の朝、霧と風と雪が渦巻く中、ふたりの男性がのろのろと進んでいた。−中略−
 数百メートル上にあるのは彼らのゴール、エベレストの山頂だ。
−中略−ヒラリーも、それ以降の登頂者たちも、酸素に頼って登っている。しかし、三十三歳のイタリアの登山家ラインホルト・メスナーと、オーストリア出身の登山パートナー、ペーター・ハーベラーは酸素なしで登頂することにしたのだ。−中略−
 登山家や医師たちは一様に、どうかしていると言った。それほどの高地では、空気中の酸素濃度は海抜ゼロ地帯のたった三分の一だ。そんな状況で体に何が起こるのか誰にもわからなかったが、一般的には、ふたりは重い脳障害あるいはそれ以上の危険にさらされると考えられた。
(106〜107頁)

いくら吸ったところで酸素はほとんどないという大気の中で、彼らは疲労困憊、乳酸がたまりにたまって死んでいなければならないはずなのだが。
それが、立ち上がれなかったにしても、四つん這いで8800mのところに存在できた。
では、医学的に「生きていくために酸素が必要です」とは一体何か?
この辺も、もしかすると半分「気」ではないか?という疑いが出てきた。

 二〇一二年八月十一日、二十九歳のロンドン市民モー・ファラーは、おそらく間違いなく人生最大のものになるレースに出場するために、トラックへと歩いていた。ロンドンオリンピック大会の五千メートル決勝だ。−中略−一週間前、観衆はファラーが一万メートルで金メダルを獲得し、後世に名を残すのを目撃した。(110頁)

5千mで金を獲った時、1週間前に1万mで金を獲っている。
能力的に獲れるはずがない。
なんで1万と5千(で金メダルを)獲れたかというと、これが最大の謎。
1万mを走ったりなんかした後、疲労で体は使い物いならない。
(ウサイン)ボルトも皆そう。
それぐらい陸上の疲れというのは凄まじい。
ところがなんと彼は疲労で、いつブッ倒れてもいいコンディションで金を獲り、なんと金を獲った後、ロンドンの観衆に手を振りながら、ゴールの後はずっと1周走っている。
これは考えてみると謎。
疲労困憊で倒れるべき人が、なぜ金を5千で獲れたのか?という。
ここにまた「気」の問題が出てくる。
定説ではアスリートというのは1万mぐらい走ると筋肉が使い果たされて、筋肉にたまった乳酸という疲労物質のおかげで1週間ごときでは回復するわけがない。
これがなぜか定説が覆されたという。
これはもう、何で金メダルが獲れたのか?
もう「調子こいた」という。
「調子こいちゃった」と言うしか他ならないという。
やっぱり彼はイギリス人だから張り切っちゃった。

疲労は筋肉を限界まで追い込むことで起こるという古い考えは真実ではないということだ。−中略−疲労感とは、脳により中枢性に強いられたものという考えだった。−中略−疲労は身体的な現象ではなく、破壊的な損傷を防ぐために脳が作り上げる「感覚」あるいは「感情」だ。(114〜115頁)

 進化の観点から見れば、そのようなシステムは極めて理に適っている。筋肉が傷つくまで疲労に気づかなければ、過度の運動をするたびに衰弱状態になりかねない危険を冒すことになる。先んじて身体活動を中止することで、安全を確保し、疲労の大きな運動の直後にも機能し続けられる。「これがあったからこそ、人間が進化したのだろう。どんなことのあとにも、つねに別のことをするエネルギーが要る」とノークスは言う。たとえば、突然、捕食者から逃げなくてはならないかもしれない。狩りに出れば、仕留めたあと、必ず食べ物を家に持ち帰る必要がある。これこそファラーが二個目の金メダルのために全力を尽くしたあと、腹筋運動をし、ゆっくり走ってまわるエネルギーが残っていた理由だ。(115頁)

これがけっこう堪えた武田先生。
合気道の練習中に息が上がってくるとわりと「ちょっと休ませてくださーい」と言っていたのだが、一瞬「あれ?これ、脳の仕業なのか…」と思う。
もちろん体に無理をすることはよくない。
それはわかっている。
だが「疲労とは脳の現象である」ということを知ると、ちょっとやっぱり思うところがある。
「疲労を口に出しすぎる」という。
だから職場での過労等々も実は体の悲鳴ではなくて、脳の悲鳴なのだ。
今「働き方改革」とかと言う。
あれは身体の問題ではなくて心理の問題。
やっぱりいろんな職場での問題があるが「嫌なヤツが職場にいる」その心理的負担というのが体の疲労になって現れるという。
人間関係がよくて楽しく仕事をしていればそこまではならない気がする水谷譲。
いろんな悲劇が昨年も生まれた。

合気道をやっている武田先生。
合気道で毎日同じ武道の動きを練習する。
先生の言葉の中に「合気道は一体何を目指しているのか?」という。
「わかるかね?武田くん」
館長から言われた。
合気道の達人の先生である館長曰く「合気道が目指している極意は『火事場の馬鹿力』」。
「ストッパーを外す」という。
だから「考えるな!」という。
「考えるんじゃないんだ!体の動く通りに動け!」という。
そうしたら1m50cmの子が2mの巨漢の手首を一瞬のうちに折ることができる。
その力を付ける。
「『相手が強そうだ』とか至らんことを考えるな!『あ、動いちゃった!』という。『なぜ動くんだ』という境地にならない限り、合気道を習得したことにはなりませんぞ」と。
(漫画の)キン肉マンも言っていた。
彼の合言葉が「火事場の馬鹿力」。
(作品中では「馬鹿力」ではなく「クソ力」と表現されていたと思う)

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これはまた、とっても面白いことだが、ドーピング等々で大きいスポーツの大会が問題になっているが、ドーピングで「プラセボ」とか「疲労との関係」とかというのがわかってきたという。

(ここまでで一週分なのだが、今回は本が二週目の途中で変更になるので、本が同じ部分まで一個の記事に載せてしまう)

感動的な水谷譲とお子さんとのエピソード。
小学5年生で合気道をやっている。
一緒に歩いていて汚いものが目の前にあったので(母である水谷譲がお子さんに向かって)「ちょっとよけて!」と言ったら、ものすごく運動神経が悪い息子さんがピョンと跳び上がった。
それがすごい跳躍力だった。
「いつからそんなに跳び上がれるようになったの?」と言ったら本人が「これが火事場の馬鹿力だよ」と言った。
だから合気道がそこで繋がった水谷譲。
武田先生の指導者である(合気道の)先生がいつもおっしゃる言葉は「合気道は火事場の馬鹿力をいかに引き出すかであります」という。
これは実は『病は気から』に惹かれたのも合気道の館長の口癖。
「『気』を養成しよう。『気』を自分の中に育てないとダメだ」
「元気もやる気もみんな半分『気』ですよ、武田さん」とかと言われているうちに「あ、『気』だ」と思って。
そうやって考えていくと「気」はいっぱいあるなと思う。
武田先生の生活を支配しているのは「人『気』」。
それで今年もう一回(『水戸黄門』を)やるかどうかという「運『気』」もかかっている。
そうやって考えると暮らしの中に「気」が半分あるという。
「浮気も『気』だったな〜」とか。
「母ちゃんに確認されたのは、俺の本『気』度を試されたんだ」とか。
それで思い当たった。
こうやって考えると、いろいろ森羅万象の半分を占める「気」というヤツ。
そういうものは意外と大きいのではないかというのが、この本にフッと目が行ったという。

昨年大変なことが起こった。
桐生(祥秀)さんが日本人で9秒台を出した。
これは若い方はピンとこないかも知れないが、おじさんみたいなのはカール・ルイスから始まって「日本に100mは関係ない」と思っていた。
これがやっぱりちょっと「金・銀・銅の一角、入れるかも知れない」という。
そういうのが出てきたところが「気」の不思議さ。
桐生以外で9秒台が今年また出ると思う武田先生。
もう間もなく平昌(ピョンチャン)オリンピックがドンチャン始まる。
(放送は今年の1月なので)
あそこで出場停止に国ぐるみでなった国があるが、あの国のドーピングのおかげでいろんなことが分かった。
ドーピングの調査で分かったことは、直接筋肉に効く薬ではなく、脳に効く薬の方がドーピングにはもってこい。
だから、疲労感を筋肉からなくす薬よりも「脳が疲労を感じない」という、そういう薬の方がドーピングにはもってこいということが分かったということが、ドーピングを発見しようとすることで分かった。
脳を麻痺させること。

これは全く逆もある。
今、もの凄く問題になっているが「慢性疲労症候群」という病気があって「いつも疲れている」というのもある。
これも最初は「体の病気だ」と言われたが、昨今「脳の方の病気ではないか?」と言われているという。
(本の中での結論は「体の病気でも、心の病気でもない。その両方なのだ」)
かくのごとく「気」というものが人間の様々なものを支配しているという。
この「気」の育て方というのがまた難しい。
「武道」なんていうのはきっとそう。
「武道」というのは「気」を育てる運動だったのではないか。

武田先生が本当に納得がいかないこと。
フィギュアスケートが「10代がピーク」というのはおかしい。
もう引退してしまった(浅田)真央ちゃん。
あの子なんていうのは、女として綺麗になるのはこれから。
そんな、これから綺麗になる人を「シニア」と呼ぶというような競技というのは
、もうなくした方がいいんじゃないかと乱暴に思う時がある。
ちょっとそういう意味では非常にこの「ピーク」という考え方が肉体に寄りすぎているという。
特に女性の場合は体が丸みを帯びて重くなってくると飛べなくなる。
「回転もできない」という。
ただ、表現力は増していくと思う水谷譲。
実は我々が反応したいのはその表現力ではないか?と思うし、床なんかで金メダルを獲った人がいた。
床運動で国際大会で去年。
あの人なんかも変えた。
昔は細身の女の子がクルクル回るのがよかったが、あの子はプリップリで。
肉まんみたいな感じで力強い。
一つ発想を変えると、また別種の美しさがあるという。

昨年の年の暮れにコマーシャルを1本撮影した武田先生。
(タイミング的にスクウェア・エニックスのCMの件ではないかと思われる スクエニ、『星のドラゴンクエスト』新TVCMをオンエア開始 今年のCMを彩った勇者たち(武田鉄矢さん、デーモン閣下、ラモス瑠偉さん)が夢の共演 | Social Game Info
なかなかしんどい撮影で、どんどん追加された。
「もう帰れるかな」と思うと「あれもやってください」「これもやってください」。
スポンサーがいらっしゃったが、珍しくちょっとむくれてしまった武田先生。
覚悟をしていると我慢できるが、追加されると腹が立つ。
もうスチールは終わった。
それからコマーシャルの動きの方も。
左の肩が痛いし。
何で痛いかはコマーシャルが流れてからまたお話しする。
衣装が重かった。
共演者(おそらくデーモン閣下とラモス瑠偉)もなんだか気が合うのか合わないのかわからない人。
大変大手のスポンサーさんなのでよい印象を与えたかったが、ジジイというのはもうストレートだから「え?まだやんの?助けて〜!」とかというような醜態をさらした。
スポンサー様には申し訳ないと思うが、はっきり言って仕切りが悪いのでムカッ腹が立った。
ものは頼みよう。
予定していないのをどんどん追加してくる。
大きい声で「お疲れ様!」とかと言ったら「いえ・・・ちょっとよろしいですか?」と言われるという。
それで気の合わない三人でまた何か喋っていた。
「どう思うか」という。
「この賞品について」とか。
どうもこうもあるもんかい。
雇われているから、悪口を言えるワケがない。
喋っているうちに今度は三人が乗ってしまって、気の合わない三人が喋る喋る。
それで帰れるかと思ったら「また、もう一つ」というような。
この「追加される仕事への怒り」と言うか。
これは面白いが、今週の「病は気から」に則って言えば「人に無理をさせない」というような仕事がある。
休憩時間の長いボクシングだと思って欲しい。
3分戦って1分休憩だったらいいが、3分戦って15分休憩。
それの10ラウンドとなると、一種監禁状態になる。
これはわかるような気がする。
もう「3時間経ったとこで嫌になる」みたいな。
だから本当に難しいのは「働き方改革」というのは、「労働時間が短ければセーフ」というワケではない。
追加の仕事が、また仕事が終わった後で言ってきた。
「その働き方を改革してほしい」と思った武田先生。
だけど、その時にびっくりしたのは、そこの会社が立派な会社。
「武田先生からそこの会社の社員に呼び掛けて欲しい」と。
「5時になったんで、早くおうちへ帰ろう」と。
「もう無理な仕事はしないで、明日やればいいじゃん」とかと、武田先生の声を社内で流したいという。
その時に、無理しなければなかなか大変だろうその業界で「夕方5時には帰ろうね」と言うのを社長自らじゃなく芸能人にやらせるところが、今の企業の経営の大変さなんだな〜と思った武田先生。
その「やる気」の方、「働く気」の方の「気」の扱いもまた、なかなか難しいということ。
この「『病は気から』を科学する」ジョー・マーチャントさんは、この「気」の育て方を綿々と多方面にわたってこの後、追ってある。
例えば「マインドフルネス療法」。
マインドフルネスという心理療法がある。
それから「睡眠療法」。
「ゾーン」にいかにして入るかという。
スポーツマンを刺激するような。
それから「バーチャル・リアリティ」を使ったらどうかと。
最期にジョー・マーチャントさんは、この「気」の育成を「宗教」でやったらどうかと。
ところが、今ちょっと合気道に夢中な武田先生はどれにも乗らない。
睡眠にもマインドフルネスにもバーチャル・リアリティにも宗教にも乗らない。
「武道」だと思う武田先生。
それで自分が乗らないことは触らない方がいいと思う。

ここから次の本に乗り換える。
「病は気から」だったら「大阪のおばちゃんがヒョウ柄を着る気になった」というのは何だろうか?
「なぜ大阪のおばちゃんはヒョウ柄なのか」が気になったということで。

posted by ひと at 06:47| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月17日

2017年12月11〜29日◆なかにし礼(後編)

これの続きです。

笠戸丸は逆の意味で言うと幽霊船。
「沖を通るは笠戸丸」というのは幽霊船のようにバァーッと揺らめきながら沖を・・・という感じ。
二番目の歌詞もすごい。
語彙そのものが実に巧み。
二番目の一行目
燃えろ篝火朝里の浜に 海は銀色ニシンの色よ
ニシン漁のその夜は浜には煌々と篝火を本当に焚くそうだ。
これは火を燃やして魚を呼び寄せる。
魚を集める明かりとして浜辺に篝火を焚く。
もう一つ特徴なのは、なかにし礼氏が体験なさっている言葉だから重みがあるが、浜辺に篝火を焚きながら浜には物音ひとつしない。
物音ひとつ立ててはいけない。
音を聞くと魚が逃げる。
目に浮かぶ。
真っ暗い海の浜辺に煌々と篝火。
物音ひとつしない朝里の浜。
そしてやがて朝が来たのだろう。
ソーラン節に頬染めながら わたしゃ大漁の網を曳く
「労働のその弾む息から娘は頬を染めている」と、そう読み解ける。
礼氏曰く、これは違う。
これはなかにし礼氏から聞いたら『ソーラン節』はヤン衆が歌うと「猥歌」。
エッチソング。
もちろん正調は「ニシン来たかとカモメに問えばわたしゃ立つ鳥…」なのだが、あれは浜で曳いてヤン衆たちが歌う時は猥歌になっていて「カーチャンの上に乗っかってヤレンソーランソーラン…」というようなエロ猥歌。
それを延々と続ける。
その歌に娘は頬を赤く染めている。
その猥歌故に頬を染め、大漁の高揚もあるかも知れないが。
氏曰く、もちろん民謡の『ソーラン節』だが、ヤン衆が歌う『ソーラン節』というのは「中高校生が文化祭で運動会で踊る時に流れる、あんな歌詞じゃないんだ」という。
浜辺で唄われているのは「猥歌」なのだ。
「昨日カーチャンと寝床で船漕いだ」というような、そういう歌なんだ。
その猥歌に娘は頬を真っ赤に染めているという、そういう魚の生臭さと男女の性の生臭さが浜いっぱいに広がっているという。
活況と高揚、それが浜いっぱいにあの頃は広がっていたという。
そして、それらのすべての情景を飲んで時は流れ、今は「オタモイ岬のニシン御殿もいまじゃさびれてボロボロの幽霊屋敷のようだ」という。
(番組中「オモタイ」と言ったが、もちろん「オタモイ」)
そして時世が変わる。
時間が変わって「あれからニシンはどこへいったやら」。
いきなり時間が飛ぶ。
だから武田先生が言う「能狂言」というのがわかる。
一瞬のうちに時が掻き消えて、別の時間になってしまうという。
とても大きなお城が一瞬のうちに荒城のお城に一変するというような、そういう歌の深さを持っている。

最後の行に出てくる不思議な一行
かわらぬものは古代文字
これはここに行かないとわからない。
ここの浜辺に行かないと、この一行の謎は解けない。
よくこんな歌詞を入れたものだ。
小樽のこの浜辺の洞窟の中に、解読不可能な古代文字が刻んである。
「それをメソポタミア人が書いたんじゃないか」と言われるような楔形文字。
どこか、いつかの時代、誰かが書いたらしいのだが、これは今、洞窟遺跡として小樽の郊外の浜辺に残っている。
小樽市 :小樽市手宮洞窟保存館
縄文の文字なのかメソポタミア文字なのか判読不可能で謎はそのまま、今日も謎のままそこに置かれている。
そのことを詩人なかにし礼は
かわらぬものは古代文字
と締めくくって
(番組中「わからぬ」と言っているが「かわらぬ」)
わたしゃ涙で 娘ざかりの夢を見る
という。
老婆が賑わいの消えた荒れた砂浜に膝を抱えて座り込んでいるという情景で終わる。
ここまで説明しないとこの歌は聞けない。

武田先生のノートから。
なかにし礼氏は自信の「ルサンチマン」憎悪みたいなものを一曲に仕立て上げる、そんな人じゃない。
そういう恨みごとを綴るような、そんな詩ではないと。
この人は憎しみもするけれども、その憎しみをもっとも美しい言葉で語ることのできる詩人だと。
普通、憎しみというのは同じことを繰り返す、ただのグチになってしまいがちがだが、なかにし礼という詩人は自分の憎しみをもっとも美しい言葉で表現できた。
『石狩挽歌』は借金を背負わせて逃げ回り、やっかいをかけた兄への恨みの歌なのだが、その恨みの歌と恨みの情景をこれほど深い詩の次元まで…。



この一曲を踏まえてだが『夜の歌』という彼の自伝的小説の中には、このお兄さんの最期も書かれている。
これがまたびっくりするような。
このお兄さん「特攻隊帰り」と言ったが、なかにし礼さんはその後、お兄さんが亡くなられた後、同期でその特攻隊の部隊にいた戦友の方とお会いになっている。
お兄さんは特攻隊は特攻隊でも、飛行機がなかった。
もう戦況がボロボロで、特攻隊と言っているが飛ぶ飛行機がなかったそうで。
お兄さんのことを詳しく聞くと飛行機に乗ったことがなかったそうだ。
実際の訓練はまったく受けていないそうで。
配属された部隊はそうだったかも知れないが、実際としては飛行機にはまったく乗ったことがない方で。

兄は国旗に抱かれて焼かれたいと申しました。その願いをかなえてやりました。(『兄弟』322頁)

全部が終わった後、なかにしさんはちょっと苦しげに「あれも全部ウソか?」とおっしゃったのだが、まあ、お兄さんは別の意味での歌を書いてらしたのだろう。
実際は飛行機に乗ったことがない特攻隊兵士であったというようなオチになってしまうが。
ある意味で、ちょっと胸が痛くなるような人生。
なかにしさんの話はこれでは終わらない。
兄を見送ってから、もう一人の兄の物語が続く。

なかにし礼さんが慕ったもう一人の兄。
それは石原裕次郎。
昭和を代表する大スター。
偶然に出会っただけの銀幕のスター。
その銀幕のスターは市井の青年でしかなかった、なかにし礼さんに「歌謡曲の詩を書けよ」と勧め「できたら俺んとこ持ってこいよ」と気まぐれな一言を残し去っていき、残された青年はそこから作詩家の道を歩みだしたという。
まさに彼の人生の舵を海の方へ切ったのは石原裕次郎というスターだった。
裕次郎は様々なチャンスや逸材を与えて彼を「なかにし礼に育て上げた」という、立派なお兄さん。
そして、ここからがまた不思議。
ある日のこと。
その裕次郎氏からお呼び出しがかかったという。
それは出会いの1963年から23年後のことであった。
裕次郎氏から呼び出されて。
一回入院なさって、お元気に退院なさったんで、この後は元気にまた活躍してくれると信じて彼は会いに行く。
裕次郎さんの依頼はもちろんのこと、作詩。
裕次郎さんは「このへんで俺に一曲、またいいの書いてくれよ」。
何曲も書いてらっしゃるのだが「このへんで一曲頼むよ」。
「あ、じゃ、こんなのは」と言うと「いやいや、ちょっとこっからは俺が先に注文出していいか?何かさ、人生を歌うような歌がいいな」「え?人生を?恋の歌じゃないんですか?」「う、うん。人生を歌う歌がいいなぁ。例えばシナトラの『マイ・ウェイ』のような」。

マイ・ウェイ/夜のストレンジャー フランク・シナトラ・ベスト



その時、裕次郎さんは51歳。
4〜5歳年下のなかにし礼さんは「51歳で『マイ・ウェイ』は早い」と。
「どうかなぁ」と乗らない顔だったらしい。
気乗りしない表情を浮かべた礼さんに向かって裕次郎さんは珍しく注文を繰り返した。
どんな注文かというと「いや、何気ない情景の歌でいいんだよ。俺はさ、礼。毎晩自宅で酒を呑む。女房が満たしてくれたブランデーグラスを飲み干す。そういう習慣を持ってるんだけど、そん時さ、ちょっとしたクセがあって、女房がブランデーグラスに注いでくれたら、俺のちょうど正面にサイドボードがある。そのサイドボードのガラス板に自分の顔が映りこむんだ。その自分の顔に向かってグラスを上げて乾杯するんだ。そして妻とか俺を慕ってくれる後輩たちに対して、自分の運命に対して『ありがとう。乾杯』って言いながら礼を言うんだ」という。
「そんな歌。そういうサイドボードに映る自分の顔にグラスを上げて乾杯してる時にフッと歌いたくなるような歌を、オマエ、作ってくんないかな」という。
それを聞くともう、このなかにし礼という作詩家にはフワーッと歌がよぎる。
その時に、礼氏はそういう直感の持ち主なのだろう。
「この人、もしかすると死が近いのではないか?」と直感なさったという。
大きな病気から不死鳥のごとくよみがえった太陽の男ではあるが、しかし彼の好みの歌を聞いていると、どうもその歌の中に自分を「遺影」のように「写真」のように写し込みたいという。
この歌を聞く時に裕次郎を思い出すという、そういう「遺影」。
「写真のような一曲が欲しいのではないだろうか?」という、そういう直感がした。
その詩はこの出だしで始まる。
これは裕次郎さんが語った通りの一行から始めている。
鏡に映るわが顔に グラスをあげて乾杯を
裕次郎さんの日常の酒癖が実に平凡に静かに始まる。
そして三行目からが素敵。
たった一つの星をたよりに はるばる遠くへ来たもんだ
誰かの歌に似ている。
(海援隊の『思えば遠くへ来たもんだ』のことか)
美しいフレーズ。
2コーラス目、3コーラス目も同じ個所。
純で行こうぜ愛で行こうぜ 生きてるかぎりは青春だ(3番)
親にもらった体一つで 戦い続けた気持ちよさ(2番)
絢爛たる詩を並べているが、しかし『石狩挽歌』などに比べるとちょっと冷たい言い方をするが、詩に動きが少ない。
静止している。
詩がフレーズで止まっている。
でもこれはやっぱり詩人なかにし礼。
ブロマイドのような歌を作りたかった。
妙に揺らしたくなかった。
出来上がった歌がこの歌。



石原裕次郎に捧げた歌。
作曲は加藤登紀子さん。
これも「同じ大陸からの引き揚げ者だ」ということで加藤さんをご指名なさったようだ。

北の旅人/わが人生に悔いなし



鏡に映るわが顔に グラスをあげて乾杯を
たった一つの星をたよりに はるばる遠くへ来たもんだ
長かろうと短かろうと わが人生に悔いはない


この歌の完成から五か月後、シングル発売から三か月後、裕次郎さんは亡くなられる。
まさしく「運命」。
何と52歳の若さで、このシングルを発売して、この世を去られている。
彼は昭和のスターを演じきった。
しかもなかにし礼氏は裕次郎さんの死を演出した。
見事な演出。
この世を数か月後に去る人がサビでつぶやいた言葉「長かろうと短かろうとわが人生に悔いはなし」。
まさしく裕次郎さんしか言えない一行。
なかにし礼という人は弟として「幻の兄」裕次郎の遺影に花の如き挽歌を贈って飾った。
しかしその裕次郎にも実の兄(石原慎太郎)がいる。
長生きな方。
フッと思ったのは、この歌をお兄さんはどんな思いで聞かれるのかなぁと。
小池(百合子)さんにさんざん突っつかれ。
公聴会か何かに呼び出された時にお気の毒だった。
年齢。
あんなことをお命じになる方は情けがない。
だけど、もし慎太郎さんがこの歌を聞かれるとすると、この一行はまさしく裕次郎が兄を叱る声に聞こえたのではないか?と思う。
「兄貴、長かろうと短かろうと『わが人生に悔いはなし』だぜ?」という。
そう思うと歌は凄い。
やっぱり「歌」というのは死者の声を留める。
その意味でまさしく、なかにし礼、昭和の大作詩家。
この人の華やかな歌謡曲の裏地は「死」。
それが我々を圧倒する。

この歌は軍歌。
戦地で戦うご亭主のことを思ってしみじみ奥さんが歌っている歌。
なかにし礼さんはそれを詩を替えてコミックソングにしている。
元歌はコレ。
『ほんとにほんとに御苦労ね』



それをコミックソングで詩を替えて歌わせているのが、なかにし礼。
『ドリフのほんとにほんとにご苦労さん』



この歌は軍歌。
それをなかにし礼さんがドリフに歌わせる時にコミックソングにしている。
これはご本人に聞いていないので、理由はよくわからない。
ただ、この中に礼さんの「軍歌として不幸に生まれてきたが、俺はコミックソングに仕立て直して歌い継がせていこう」というような「過ぎた戦前を忘れさせてたまるか」というような意地を感じる。

遠い昔、こんな話を聞いたことがある武田先生。
この方も満州から引き揚げてきた方なのだが、その方のお父さんは満州鉄道の官僚だったそうだ。
彼は満州にいた頃はベッドで寝起きし、料理人は中国人、家庭教師はフランス人、父母は土曜日は舞踏会に出かけて行って、舞踏会に行く馬車の馬丁はロシア人だった。
そういう満州国ハルピンかその辺での生活をなさっていた。
ところが戦争に敗れて全部なくす。
この方は武田先生の恩人だが、日本に引き揚げてきて、もの凄い苦労をなさる。
その苦労話をお話しなさったのだが、お父さんと二人で生きるためにヤミ米を買って、昔、そんなふうにしないと喰い物がなかった。
米を背負って運んでいる時に、おまわりさんが接収にやってくる。
ヤミ米で「不当だ」というので取り上げられてしまう。
おまわりさんが来て「もう米なんてどうでもいいや」と思って動けず、へたり込んでいる時に「貴様!何をやっとるか!」とおまわりさんが少年の首に手をかけた時にボカーンと殴った人影がいた。訛りから在日韓国の人だったらしいのだが、その在日韓国人がその少年を救ってくれた。
おまわりさんを殴り倒してにっこり笑って「ショウネン、逃ゲナ」と言った。
訛りで朝鮮系の人だというのがわかって、もうそういう方が戦後、闇市にいっぱいいた。
その人はその少年を助けてくれた。
その少年は後に映画監督になる。
バァン!と横から殴ってくれたその人の残像をモデルにして「喜劇シリーズ」を作る。
それが『男はつらいよ』。

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何かその「永遠のヒーロー」を山田(洋次)さんは、その在日の朝鮮人の人の面影と重ねてらっしゃる。
表現することの引き金に、あの満州から引き揚げてきた人たちの「無念」とか「悔しさ」とか「切なさ」とか「暗い思い出」が、戦後日本のエンターテイメントの中にドッと流れこんだと思うと、なかにし礼という人の作品の数々というのは、そこも「込み」でかみしめ直す時に、二倍も三倍も味が深くなるのかなぁという。


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2017年12月11〜29日◆なかにし礼(中編)

これの続きです。

「立ち向かっていこう」と「負けたくない」というので懸命に頑張ってきた武田先生。
ここまでくるとはっきり差は認める。
最近そういうのが多い。
世の中には凄い人がいっぱいいる。
武田先生が最近一番尊敬している歌手は北島三郎さんになった。
あの人はやっぱり凄い人。
その番組(『武田鉄矢の昭和は輝いていた』「北島三郎3時間SP」を指しているかと思われる)で取り上げて、北島三郎さんのことを「生きてる神社」と呼んだ武田先生。
二礼二拍手すると何か良いことがありそうだと思う。
誰かが言っていたことだが、北島さんは「一つおやめになると一つ幸運が舞い込む」。
「もう紅白出ない」と不出馬宣言をなさって、一か月間の座長芝居も辞めて、「これからは体力に合わせて。80歳ですから」なんて切なげにそうつぶやかれたら、とたんに持ち馬が走り始めたという。
いっぱいお弟子さんがいらっしゃるが今、本当に北島プロで一番稼いでいるのはアイツ。
本当に「花さかじいさん」みたいな方だと思う。
昭和を生きてきた人間として己を振り返るが、その時に目の敵にした人の「才能」みたいなものがすごく最近身に染みて感じる。
阿久悠という人は只者ではない。
浜口庫之助さんとか。
ああいう人たちの作品とか人柄とか生きっぷりに、最近やっぱり次々に圧倒されている。
そしてお話した時になかにし礼さんの作詩の秘密を聞いていくうちに「やっぱりすごいな」と。
戦前、戦中、戦後を生きた人たちの「凄み」みたいなものがフツフツと。
見てきたもの、経験したことがもう全然違う。

戦後になってこのボロボロの人生で、なかにし礼さんは自分で苦学しながら大学に行かれてフランス語を勉強なさって学生結婚なさっている。
始めての結婚の時、お金を貯めて二人が伊豆下田まで新婚旅行に出て、そこで高いホテルに「一泊だけ泊まろう」と泊まって、そこのホテルに行かれたのが昭和38(1963)年。
下田東急ホテルに行かれて、ロビーをくぐったらそこにいた映画スターが手招きした。
その映画スターこそ石原裕次郎。
これは本当にドラマのようだが。
何で手招きされたか?

「いや、なにね、さっきからここに坐ってロビーにたくさんいる新婚さんたちの品評会を、ま、退屈まぎれに、この専務と一緒にやっていたんだよ。そこでよ、君たちが一番カッコいい新婚さんてことに、俺たち二人の意見が一致したってことだよ。ま、ここに坐れや」
 裕次郎は自分の右隣のスツールをぽんとたたいた。
−中略−ブルーのコットンパンツをはいた足は長く、白いスニーカーで悠々と床を踏みしめている。やたらとまぶしい。なんだかスターと凡人の差を感じて私は意気消沈してしまった。
「というわけでよ、君たちは新婚カップル・コンテストのグランプリに決まったってことよ。ま、一杯、祝杯といこうや」
−中略− 
「乾杯!」
 裕次郎がみんなを見回してジョッキをあげた。
−中略−
「なにやって食ってんだい?」
「シャンソンの訳詩をやってます」
−中略−
「あんなもの訳詩して食っていけるのか?」
「まあ、なんとか」
「本当か? 貧乏してるんじゃないのか。こんな可愛い嫁さんに苦労かけちゃまずいぜ。よお、嫁さんよ、おたくの旦那、大丈夫なのかい?」
 裕次郎は私越しに妻に声をかけた。
−中略−
「やめとけ、やめとけ、訳詩なんざ。シャンソンを日本語にしたってつまんねえよ。なんで、日本の歌を書かないのよ。流行歌をよ」
「流行歌ですか?」
−中略−
「自信作ができたら持ってきなよ。俺がすぐに歌うってわけにはいかないけど、レコード会社に売り込んでやるよ。なあ、専務」
 裕次郎にそう促された専務は、
「ええ、もちろんです。石原プロモーションに私を訪ねてきてください」
 と言って名刺をくれた。
(66〜69頁)

気に入った詩が出来上がったので三年後ぐらいに持っていく。
もう覚えていなくて玄関払いだろうと。
大スターだから当然だろう。
そう思ったら裕次郎さんはちゃんと覚えていて「できたかー」と言いながら事務所の奥から出てきた。
(本によると石原プロで裕次郎は応対していない。『夜の歌』はフィクションを含む内容のようなのだが『兄弟』の方にも同様のシーンが登場するが、やはり裕次郎はこの時応対していない)
まるで疫病神のような兄から「太陽をいっぱい浴びた新しい兄貴を見つけた」というこの瞬間から彼は日本の歌謡界に一歩を踏み出す。
この奇妙な縁はさらに彼を別世界へ運ぶ。

裕次郎さんが何かの関係で一人の女の子を預かった。
その預かった子が黛ジュンさん。
それで裕次郎さんから「この子の曲は絶対当てて欲しいんだ」と頼まれた。
それが例の『恋のハレルヤ』。

恋のハレルヤ (MEG-CD)



 黛ジュンという名前はどこから来たかというと黛敏郎からだ。−中略−その頃の私はクラシック音楽にのめり込んでいて、−中略−なんとしても黛敏郎の「黛」を拝借したいと考えたのだ。(216〜217頁)

なかにし礼さんは名付け親でもある。
それで『恋のハレルヤ』の大ヒットを飛ばした。
このなかにし礼という人は必死になって言葉を紡ぐ人。
その一つの例だが、裕次郎さんに言われた「シャンソンの訳詩だけじゃつまんない。歌謡曲作ってごらんよ」というので彼はシャンソンの訳詩もしながら歌謡曲の詩を作っていく。
まずヒットしたのはシャンソンの訳詩。
その当時、シャンソンの歌い手でナンバーワンと言われていたのが菅原洋一さんという。
ただ、シャンソンを歌う方はインテリ。
ちょっとうるさい。
それで、もう今でこそ笑い話なのだが、なかにしさんは必ず録音に立ち会う人らしいのだが、壮絶な闘いがあった。
その中で「なるほどなぁ」と思った一曲。
菅原洋一さんで『知りたくないの』。



これは一行目から大ゲンカになった。

 あなたの過去など
 知りたくないの
 済んでしまったことは
 仕方ないじゃないの
(242頁)

これは何気ない言葉。
これを菅原さんがテーブルを叩き「こういう言葉使う?普段から」。

念のため全音の『歌謡大全集』全十二巻を買ってきて、そのすべてに目を通して見た。思ったとおり「過去」という言葉はどこにも見当たらなかった。(『兄弟』199頁)

「過去」という二文字は男女の別れの色っぽい歌には使われない。
だいたい「過去」と言った場合、犯罪関係の話。
なかにしさんは「女心の深い傷跡として『過去』という響きの暗い言葉が一行目から必要なんだ!」というので。
でもヒットしたのでパーティーでお会いしたらすごく菅原さんは喜んでらしたという。
(『兄弟』にこの曲のレコーディングの時のことが詳しく書かれているが、菅原氏は「『過去』はカ行が二つ並んでいるせいか歌いにくいので他の言葉に代えて欲しい」と言っているが、テーブルを叩いたとか、普段使わない言葉であるという主張をされたということは書かれていない)

礼さんが『恋のハレルヤ』とか『知りたくないの』等々ヒットを飛ばすたびに、お兄さんが聞きつけて。
本名が「中西禮三」さんなのでわかってしまう。
(番組では「なかにしれいじ」と言ったが「なかにしれいぞう」)
だから「作詩家・なかにし礼」と言えば「弟ではないか」ということで住んでいるところがバレちゃうみたいなことで。
お兄さんがお母さんの面倒を見られた。
そういう関係があったらしい。
お兄さんが「母親の面倒は俺が見てる」と言われると返す言葉がなくて、お兄さんが人生に絡んでこられるという。
本人がそうおっしゃっているからそうとしか言いようがないが、本当になかにしさんのお兄さんは「疫病神」だったらしい。
ある意味で、もうはっきり憎悪を込めておっしゃる。
どんどんまた借金をして。
なかにしさんも考えてみればいいひと。
「母親の面倒見てるの俺だぞ」と言われると返す言葉がなかったらしくて、尻拭いの意味でお金を渡していくうちに、ものすごいことをなさったようだ。
勝手に借金の肩代わりみたいな。
莫大な負債をいつの間にか負わされて、歌の権利か何かも全部押さえられた。
そんな苦労をなさっている。
勝手に印鑑を持ちだされてみたいなことらしい。
それで先々の権利までお兄さんが手を出されていて、次のヒット曲を出さないとなかにしさん自身が破産するような。
連続ヒットを出さないと、なかにしさん自身が全財産をなくす。
最初の結婚はダメになってしまうが、二度目の奥様には頭を下げようがないみたいな大借金をお兄さんが持ち込まれた。
その時にレコード会社からの企画を持ち込まれて。
仕事だから、お兄さんに対する思いとか借金のことを考えると頭が作詩の方にいかないが、頭を掻きむしっているうちにヒョコッとできたヒット曲。



いしだあゆみさんの『あなたならどうする』。
「どこがどう」というわけではないが、サビの文句の「あなたならどうする」というのは、そう訊きたくなったのだろう。
それから選ばせる。
「生きるの?死ぬの?」とか何か。
あれももう、本当に全財産なくすかどうかの瀬戸際で思わず口からついて出た言葉で。
一番最初にこのなかにし礼さんを語る時に言った「『一語』が歌を作っていく」という。
この方は本当に壮絶。
それで驚くなかれ、借金はずっと背負い続けられて21世紀に入ってやっとその呪縛から。
そこまで引っ張った。
それも負債者がもう「群れ」で襲ってくる。
壮絶な巨大負債。
今まで一生懸命返してきた。
弁護士さんでものすごく立派な方がいらっしゃって、21世紀に入ってからだから数十年にわたって。
本当に「あなたならどうする?」と言いたくなる。
でも不思議。
こういう苦悩がなかにし礼という人に詩を書かせていく。
とりあえずお金とは関係ないが、作品が、一語が、次々とこの苦悩の摩擦から熱となって浮かび上がってくるという。

 『恋のフーガ』

 追いかけて追いかけて すがりつきたいの
 あの人が 消えてゆく
 雨の曲がり角
 幸せも 思い出も
 水に流したの
 小窓打つ 雨の音
 頬ぬらす涙
 初めから 結ばれない
 約束の あなたと私─
 つかのまの 戯れと
 みんなあきらめて
 泣きながら はずしたの
 真珠の指輪を
(247頁)



クラシック好きのなかにしさんらしい。
「フーガ」という。
ティンパニーのダダダーン!というような音なんていうのは、なかにしさんのアイディアだと思う。
そのなかにし礼さんが「負けてなるか」と思った一群が彼の人生に登場する。
フォークソング。
なかにし礼さんはこの歌を聞いた瞬間に「負けるもんか」と思ったという。
そのライバル心に火を点けた歌がこの歌。



作詩・岡本おさみさん、作曲・吉田拓郎さん。
自身も歌ってらっしゃる『襟裳岬』。
我々にはピタッとくる「襟裳の春は何もない春です」という。
「北の街ではもう悲しみを暖炉で燃やしはじめてるらしい」というような抽象表現が武田先生の世代の圧倒的な支持を。
そして森(進一)さんの歌唱力もあってレコード大賞に選ばれるという。
レコード大賞に選ばれた情景を、作詩家なかにし礼氏は「オマエらが襟裳だったら俺には小樽がある」ということで、彼は過去へと思いを走らせる。
その小樽にある情景というのは、あの忌まわしき兄。
そこの浜辺でニシンを引いたという「あの負けてしまったあの情景こそ俺は歌にしてやる」と。
普通は演歌だったらこれを「うみねこ」と表現するが、彼は「ゴメが鳴くから」と、こう表現した。
「ヤン衆」
漁業にまつわる季節労働者。
若いヤン衆たちの作業着を「赤い筒袖(つっぽ)」と呼ばせるという。
聞く者にあえて馴染みのない異様な言葉でその情景を語る。
この人は「ゴメ」から歌を思いついたのではないかと思う武田先生。
「海猫(ゴメ)が鳴くからニシンが来ると」とこの一行で「ブワーッと思い出が」という。
彼にはやっぱり小樽の浜辺にいっぱい思い出があるのだろう。
「雪に埋もれた 番屋の隅でわたしゃ夜通し飯を炊く」
凄い情景。
「夜通し飯を炊く」というのは体験した人じゃないと思い浮かばない。
飯を炊いているのは女。
しかも「飯炊き女」というのは響きの中に江戸期、宿場町なんかで旅人の給仕をし、売春も兼ねていた「飯盛り女」というようなのがイメージとして重なる。
それが夜通し飯を炊いて働いて、ヤン衆相手に春をひさぐというような強烈な北の匂い。
その娘がある日の浜の情景を語っている。
そういう歌。
それが五行目で突然消える。
ヤン衆相手に春をひさぐような、体を張った生き方をしている女が一瞬のうちにかき消えて「あれからニシンはどこへ行ったやら」と。
これが能狂言の舞台を観るようで、橋を渡って老婆がスーッと出現するような。
「老婆が若い頃の幻影を懸命に語る」というのが、何か能狂言の「夢幻能」を観ているみたいな感じがする。
『黒塚』とか「ヨーッ!ポン!」という。
「ハラマナサラ、ヒョワーッ!」とかというのがある。
うつつか夢がわからないという。
その闇の中から死者が浮かんできて、死者が死者を語り、また闇に消えていくような。
「夢幻能」の能舞台を観ているような気がする。
その老婆が語る風景も凄い。
「沖を通るは笠戸丸」
聞いてもわからない。
これはもう戦前を体験した人じゃないとわからない。
「わたしゃ涙で鰊曇りの空を見る」とサビが始まるが、この「笠戸丸」はかつて、南米ブラジルへと移民の人々、日本人を集めて太平洋を渡っていった、移住する人たちのための船だった。
客船だった。
これも一種「国から棄てられた人々」。
耕す土地が無いので、農家の百姓は「ブラジルへ行ってコーヒー園やれ」「一発当たりゃデカいぞ」なんて言いながら、国が笠戸丸を用意して日本人をせっせとそこへ運んだ。
それは自分たちの父と母が満州に賭けた思いと全く同じ。
そういう情景が。
この笠戸丸は戦後、荷運びの船となり、今は北の方の海に漁礁として沈められたそうだ。
(調べてみたがソ連軍に爆撃をされて沈没したようだ)
一曲の歌謡曲の中にこれほどの深みが。
「なかにしさんの歌の裏地は全部死人ですね」となかにし氏に言った武田先生。
大きく頷かれた。
「死んでいった人たちを歌の裏地に使う」という。
それが武田先生には「複式夢幻能」の構造を歌謡曲にこの作詩家は写しているのだと。
戦後日本の歌謡曲には様々な作り手がいたが、なかにし礼というのはその意味で「才人」。
能狂言を歌謡曲にして酒場に流すという。
後にそう呼ばれる一曲『石狩挽歌』。
この歌の中にはそれほどの深みがあるような気がする武田先生。
しかも歌詞の解説は一番だけでは足りない。
老婆は死んでいった者たちと、死んでいった者たちが見たであろうその情景を一曲の歌に託す。
この歌は無頼の兄に宛てて書いた「歌手紙」。
歌は書けない。
この歌はさらに二番に広がっていく。

石狩挽歌




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2017年12月11〜29日◆なかにし礼(前編)

BSで昭和歌謡を振り返る番組やTBSの歌番組でも『ザ・ベストテン』を振り返ったり、もうほとんどメインは「昭和歌謡史」。
関口さんとか『武田鉄矢の昭和は輝いていた』とか、いろんなところが昭和の歌を振り返っている。
そういう「時代の流れ」というのもあって「なかにし礼」氏を取り上げる。
『恋のフーガ』『恋のハレルヤ』『石狩挽歌』
日本作詞大賞から直木賞まで獲っちゃったという凄い才能の方。

夜の歌



一九三八年中国黒竜江省(旧満州)牡丹江市生まれ。立教大学文学部仏文科卒業。在学中よりシャンソンの訳詩を手がけ、その後、作詩家として活躍。(本のそで)

なかにし礼氏を自分の番組に招き、話を伺った武田先生。
武田鉄矢の昭和は輝いていた|BSジャパン 第181回 5月5日 「作詩家 なかにし礼の世界3時間スペシャル」)
その席で『夜の歌』という彼の自伝に近い小説、物語をいただいて、お話を伺いながらその本を読んだのが今回の『三枚おろし』のネタ。
この『夜の歌』というのがまた凄い。
なかにし礼氏が己が一生を振り返りつつ、小説にしてある。
ヒット曲にも恵まれず落ちぶれ果ているが作詞家である武田先生。
この方(なかにし礼)と同業。
ただ、スケールが違う。
武田先生はライブで数百人の観客がいれば十分というような、非常に「小商い」、狭い所帯で生きている。
なかにし礼氏はもう昭和歌謡史に残る、燦然とその足跡を残すという詩人。
自ら歌うこともあるが、彼の詩は多くの歌手に求められた。
個人の仕事ながら、それがそのまま昭和の歌謡史になるという。
作詩する力が違う。
なかにし氏は「百貨店」。
言葉の売り方、展示場が。
それに比べて武田先生は「軒下のたい焼き売り」。
「美味しいの焼けてるよ。買ってかない、お嬢さん!」とかと言いながら。
これほど商売のスケールは違う。

作詩というのは作り方「作業手順」というのがある。
その作業手順というのは「一語」から始まる。
一語、たった一つ。
その一つを思いつくか思いつかないか。
思い出があってそれが歌になるのではない。
その「一語」があって思い出がくっついてくる。
武田先生の唯一のヒット曲である『贈る言葉』。

贈る言葉



「暮れなずむ」という言葉を知った時から始まった。
これは堀内大學というフランスの訳詩集の中にあった言葉。
「暮れなずむ」
それが何だか呟いてみると響きがいい。
「夕暮れ」「日暮れ」などがあるが、この「暮れなずむ」を歌にしたかった。
そうすると当然そういう夕焼けなので「別れ」がいいわけで。
その別れは当然次に「去りゆくあなたへ」という言葉を呼び寄せる。
そしてこの「去りゆくあなた」から去って行った女の人を思い出すうちに歌が膨らんでいく、できていく。
始まりは「暮れなずむ」。
舞台を考えていくうちにそれが「別れ」になっちゃう。
「暮れなずむ町の 光と影の中」と来ると「去りゆくあなたへ」とこう来る。
「夕焼け」とか「日暮れ」とかっていうよりも「暮れなずむ」という。
その別れの情景を作っていくうちにその別れをベタッとしないでサラッと鮮やかに、というので、別れの言葉そのものを花束のように交換した、というので『贈る言葉』という。

その一語を見つけるために、本当にのたうちまわる。
自分の人生のすべてを振り返る。
そのことをテレビの番組でなかにし礼氏に訊いた武田先生。
「鉄ちゃんも作詩やるからわかると思うけど、一語なんだ。それをどう思い出の中から」という。
このなかにし礼という作詩家がどんなふうにしてその一語を持ってくるかを。
(歌の歌詞なので「作詞家」と表記するのが普通かと思われるが、この本の中では「作詩家」と表記されているので、なかにし礼氏に関してはこちらの表記に統一しておく)
礼氏がまだ8歳の少年だった時。
満州国に生まれた方。
この満州国が消えてなくなる。
昭和20年8月、日本の敗戦と同時に満州国は地上から消え失せる。
国家の庇護なく、国境から侵入してきたソ連軍の殺戮にさらされながら礼氏、8歳の少年は姉と母と共に避難民となって帰国の引き揚げ船を目指して歩き続ける。
そこで8歳の少年は、いっぱい人間が死んでいく姿を死んでしまった亡骸を見ている。
おそらく阿鼻叫喚の引き揚げ地獄があったのではないだろうかというふうに思う。
彼は自伝的な小説『夜の歌』の中でその情景を書いている。

「ぼくたちは重いリュックサックを背負い、ハルピン駅から石炭を運ぶための無蓋車にぎゅうぎゅう詰めにされて乗った。列車は中国の子供たちに石をぶつけられながら大連に向かって南下し、二十日ほどかかって遼東湾の西側にある葫蘆島という港町に着いた。
 その港町を歩いていると、海の香りがしてきた。その香りに導かれるようにして砂丘が作る小高い丘を上った。這うようにして砂丘を上りきって、ふと目の前の開けた景色を見ると、そこには雲一つない真っ青な空が広がっていて、その下には波一つない真っ青な海がたゆたっていた。そして沖のほうには、ぼくたちを日本に向けて乗せていってくれるはずのアメリカのフリゲート艦が錨を下ろして待機していた。
(229頁)

「やっとこの船で日本に帰れる。助かったんだ!」
そういう燃えるような(思いが)8歳の少年でもあった。
「もう死体を見なくていいんだ」という。
あの歓喜を生涯忘れない。
これが情景でまず思い出の中にある。
それから○十年後、話はポーンと飛ぶ。
なかにし礼氏は作詩家になっていて、曲が出来上がっている。
音符は4つ。
「4つで何かいい言葉はないか?いい言葉はないか?」
恩義ある人から頼まれた黛ジュンという新人のための歌。
頭を掻きむしっているうちに彼の思い出が8歳の少年に戻っていった。
なんとあの砂丘から引き揚げ船の船影が見えた瞬間を思い出した。
あの喜びを何て言おう。
その時に彼はフッと思う。
「あれは神がかりだった」

「ぼくはクリスチャンでもユダヤ教徒でもないが、あの時のあの喜びはハレルヤだ。神をたたえよ! その言葉しかない」(230頁)

4つの音符に「ハレルヤ」をはめ込んだ礼氏は、次に7つの音符に昭和21年10月中旬、引き揚げ船の出港を重ねた。
壮絶だったらしい。
「船が出て命が助かった瞬間、みんなウワーンと泣き出した」
(本には「ただただ無口でうずくまる引揚げ者たちは、無限にすすり泣いていた」という表現)

「満州のバカヤロー!」
 人々はそう叫びつつも、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
 空中に紙吹雪が舞った。それは緑色の満州国紙幣だった。
−中略−歴史とか世界とか人々の生活を無残に崩壊させる大いなるもの、神の力などとは言わない。悪魔の手になるのか善魔のなすものかは分からないが、とにかく止めようのない大いなる力がある。それを恋の歌の形で表現できたら、そこには万人が納得する必然性が歌の柱になってくれるだろう。
 タイトルは『恋のハレルヤ』で決まりだ。
−中略−
 ハレルヤ 花が散っても
 ハレルヤ 風のせいじゃない
−中略−
 ハレルヤ 沈む夕陽は
 ハレルヤ 止められない
(232〜233頁)
 
なかにし礼さんと話したり、この本を読んで圧倒されたのは、ものすごく暗い悲しい思い出が、後の彼が作ったポップスの歌詞になっている。
昨日(番組上の前日)、引き揚げ船で引き揚げてくる時に、消えた満州国に対する引き揚げ者たちの無念の叫び声と言った。
「満州のバカヤロー!」とか
でも、なかにし礼氏は「恨みだけではなかった」という。

満州で生きた人々にとって、満州で見た夢は膨大であり、−中略−夢に向かって歩みつづけた充実感と躍動感は生涯忘れがたいものになっている。(233〜234頁)

それくらい満州生活は胸がときめいた。
日本人だけではない。
周りには中国人の子もいるしロシア人の子もいるし、朝鮮民族の子もいる。
モンゴル系の人たちもいる。
そういうアジアの多民族が生きていた街というのは、我々が体感できない「賑わい」が。
それをなくした無念さというのは「どこか恋に似ていた」と。
それであの満州国に対する思いというのが『恋のハレルヤ』の中でこう変化する。



 愛されたくて
 愛したんじゃない
 燃える想いを
 あなたにぶっつけただけなの
(232〜233頁)

黛ジュン譲はそう歌っているが、実はこれは満州にかけた彼らの夢をあの『恋のハレルヤ』のサビのところに持ってきたという。

『恋のハレルヤ』は予定通り昭和四十二(一九六七)年二月上旬に発売されたが、プレスが追いつかないほどの売れ行きを示した。(236頁)

武田先生がびっくりした引き上げ直前の出来事。
ハルピンに命からがらたどり着いて「殺されなかった」と喜んだ瞬間に、1945年のこと、ハルピン駅で外国にいる日本人引き揚げ者に向かって日本国から勧告文書が届いた。

《ハルピン地区の事情がまったく分からないので、引揚げ交渉を行うにも方法がない。さらに、日本内地は米軍の空襲によって壊滅状態にあり、加えて、本年度の米作は六十年来の大凶作。その上、海外からの引揚げ者数は満州を除いても七〇〇万人にのぼる見込みで、日本政府には、あなた方を受け入れる能力がない。日本政府としては、あなた方が、ハルピン地区でよろしく自活されることを望む。 外務大臣・重光葵》(174頁)

いわゆる「棄民」。
国民を棄てる。
国家というのは時として国民を外国に棄て去るものであるという、そういう体験をなさっている。
私たちにはもう、想像もつかない。

 七歳の私でさえ、この紙に書いてある文章を読んでやり場のない怒りと悲しみを覚えた。私は牡丹江生まれだが、姉は日本の小樽生まれだったから、祖国に棄てられた衝撃は私よりも何倍も大きかったのだと思う。(176頁)

号泣するお姉さん。
家も財産もすべて投げ出してソ連の戦闘機に追われてやっとここまで逃げてきたのに。
帰るべき日本国政府からは「帰ってくるな」と「喰わせる飯がねぇんだ、お前たちには」という。
この「日本国に棄てられた」というこの無念と恨みを彼は歌にしている。
弘田三枝子さん『人形の家』。



 顔もみたくないほど
 あなたに嫌われるなんて
 とても信じられない
 愛が消えたいまも
 ほこりにまみれた人形みたい
 愛されて捨てられて
 忘れられた部屋のかたすみ
 私はあなたに命をあずけた


この暗い恋歌の底に、戦争敗北によって一国の街に棄てられた引き揚げ者の無念が込められていたワケで。
この人の「一語」は凄い。

満州から引き揚げてくる時、淡々と小説の中で書いておられるが、お父さんはソ連軍に連行されて、お母さんとお姉さんとまだ7〜8歳の少年であるなかにしさんは三人で逃亡していたらしい。
その逃避行の途中で「満蒙開拓団」満州に開拓に入った日本人の開拓団の人たちが中国人によって皆殺しにされたという惨状を眺めたり「七十万精鋭」と威張り続けた関東軍が紙のごとくソ連軍の奇襲に引き破られたというその関東軍の見苦しい逃げっぷりを語りつつも、かばうように帝国軍人の出来事を語ってある。

 大杉というのは大杉寛治少将のことで、−中略−
彼は参謀本部にいて関東軍の満州進出計画は手に取るように分かっていたから、父に牡丹江移住を勧めた。なぜそのようなことになったのかというと、大杉は母に結婚を申し込んでいたのだが、大正デモクラシーに染まった母は軍人よりも商人の倅である父を選んだという物語が背景にあった。大杉は自分を袖にした女性にたいして最大の寛容さをみせ、満州移住という一大プレゼントを差し出してみせたというわけだ。
−中略−
いわば大杉は父と母にとっては満州における成功と栄光をもたらしてくれた恩人であった。
(191頁)

昭和20年8月9日、大杉というこの少将は攻め込んでくるソ連軍を止めるためのしんがりを受け持った。

戦車はソ連軍一キロメートルあたり約四〇台にたいして日本軍ゼロ。戦闘機はソ連軍の数百にたいして日本軍はゼロ。大砲にしても的は四十倍、といった具合だ。(192頁)

日本軍はなんと大杉少将を先頭にして突撃を繰り返し、ソ連軍の侵攻を食い止める。

 大杉少将は言った。
「勝利の望みなき戦いで命を落とせし数多くの兵たちよ、その家族たちよ、祖国を恨むな。満州にわたり苦難を強いられた数多くの民たちよ、祖国を恨むな。祖国を許せ、
−中略−上官の言葉は天皇陛下のお言葉であると『軍人勅諭』にあったはずだ。−中略−天皇陛下のお言葉だと思って聞け! 兵たちよ、謝って済むことではないが、私は心から君たちに謝りたい。済まなかった。誠に済まなかった。済まなかった……」
 このあとカチリと音がして、兵たちが大杉少将を見た時はすでに遅かった。
 大杉少将はピストルをこめかみに当て、引き金を引いた。銃声が鳴った。
 大杉少将は膝からがっくりと地に倒れ、絶命した。
−中略−
 翌早朝、突撃隊に志願した兵たちおよそ四〇人は、大杉少将との約束どおり、白刃をかざしてソ連軍戦車隊にぶつかっていき、むなしく散っていった。
(193頁)

しかしまさしく『人形の家』の歌詞に込められたように「私はあなたに命をあずけた」というこの「満州へ渡った人たちの思い」みたいな、この絶望みたいなものが伝わってくる。

逃避行の最中、列車でソ連軍の戦闘機から銃撃を浴びている。
その時にお母さんが「伏せろ!」と言ったからそのまま伏せるのだが、もう戦場における生と死なんて運、不運のそれだけ。
だから「ダダダダダダ…」と銃をソ連の戦闘機が撃っていく。
だから当たって死んだその人の横は死んでいない。
死んでいない人のその先は死んでいる。
その運命の「非情さ」というか、そういうものをポツンとお書きになっている。
とにかく7〜8歳の少年はザクロのように頭蓋骨を割られた死体をいくつも見ながら逃避行を続けたという。
そして礼氏は、その体験を踏まえてこんなことをおっしゃっている。

 このたった四日間で、私は突如、幼児から少年になった。いや少年どころか、疲れても腹が減っても泣き言一つ言わない、しっかりした大人以上の大人になった。(51頁)

死を目撃することによって彼の中の成長が急がされてしまったという。
とても不幸な出来事かもしれないが。
「幸運」と「不運」というものの残酷さ。
それで彼らは恨みに恨んだ日本に帰ってくる。
行き場がなくてお父様の故郷である小樽にたどり着く。
そうしたらその小樽では一つ幸運が待っていた。
それはどんな幸運かというと、この一家、なかにし家の大黒柱であるご長男さんが生きておられた。

学徒出陣して陸軍特別操縦士見習士官となり、特攻隊として出撃したはずの兄は戦死していなかったのだ。(389頁)

そのお兄さんは(なかにし氏よりも)一回り年上。
「生き残った」という運を手にしてお兄さんと会った時、もう本当にお母さんは抱きついて泣かれたという。
いい話。
ところがそう簡単に話はいかない。
このお兄さんが何を思ったか、とにかく大博打が好きな人で、せっかくあった家、土地、建物の権利書を手にニシン漁の大博打に打って出られて「すべてをなくす」という。
なかにし礼氏に襲いかかる戦後の不幸はここからまた始まっていく。

もう昭和もとっくに終わって数年のうちに平成も過ぎていくのだろうが、この昭和という時代は振り返っても振り返っても不思議。
「引き揚げ」という言葉は我々の頃はまだぼんやり差別用語として使われていた。
「あの人は引き揚げ者たい」という。
つまり「一攫千金を夢見て中国大陸に渡ってはずした人」とか。
それから「日本国内がB-29で焼かれてる時に安全に眠ったやつら」とかっていう意味合いも含めてそんな言い方をする。
向こうは向こうでものすごい地獄があったワケだが。
でも満州から引き揚げてきたという人たちはものすごい才能が何であるのだろうと不思議で仕方がない武田先生。
森繁(久彌)さんは引き揚げてきた人。
加藤登紀子さん、なかにし礼さん、山田洋次さん。
この間、聞いてびっくりしたが宝田明さん。

とにかく小樽に引き揚げてきた。
引き揚げてきたら特攻隊で死んだはずのお兄さんが生きていたという。
「わぁ、うれしや」とみんなで抱き合って「生きてた、生きてた」で抱き合ったのもつかの間、このお兄さんが人変わりがしたような大変な大博打うちになり、まずは自分のところの家、土地、建物、それをカタにして高利から借金し、30万円でニシンの漁の網を買い、三日間船を借りて増毛の沖に網を張った。
戦後すぐの食糧難の時世なので、とにかく一日でも大量の網が曳ければ大金が転がり込むという大博打だった。

おばあさんが小樽にいらっしゃったようだが、おばあさんはわかったのだろう。

とんだ疫病神が帰ってきてくれたもんだ。(390頁)

このお兄さんは博打を強行。
何度曳いてもニシンが引っかからない。

 そして三日目、こんなことってあるのだろうか。兄の網にニシンが、しかも六十万尾という大量のニシンが入ったのである。(391頁)

もうそのまま函館に陸揚げしただけで100万円。
その当時の100万円だから、今で言ったら○千万円か一億近いかもしれない。
そのお金が入る。
この時になかにし礼さんは「興奮が忘れられなかった」と(本には書いていない)。
そのズシッと網に引っかったニシンの跳ねるその影が浜辺から見えた。
日雇いの「ヤン衆」漁労たちがウワーっと集まってきて浜で網を曳く。
そのニシンを曳き上げる。
篝火を焚いて延々と夜通し曳き揚げた。
「やった!ダイエン(と言っているように聞こえたがよくわからない)だ。これで一家は大金をつかんで幸せに」と思いきや、お兄さんは博打の上にもう一つ博打を重ねた。

 兄は言う。今日の大量で兄は一〇〇万円を得ることになる。しかしこの大量のニシンを輸送船をチャーターして秋田の能代まで運べば、三倍の値段になる。−中略−
 兄の取り分である三十六万尾のニシンをふた晩がかりで五隻の輸送船に積み終えた。
−中略−五隻の船は、嵐のような時化に遭って翻弄され、ニシンはみんな白子や数の子を吐き出しちゃって生ゴミ同然になってしまい、その生ゴミを海に投げ捨てて命だけは助かったのだそうだ。(392頁)

掛け金のすべてと住む家、土地をなくし、故郷に住めず、お兄さんも逃亡して一家は苦境に。
壮絶な人生。
それでなかにし礼さんは東京に出てくる。
お兄さんのことを恨みたかっただろう。

 私の初めての小説『兄弟』の、これが書き出しの二行である。−中略−
『兄貴、死んでくれて本当に、ありがとう』
(449頁)

兄弟



なかにしさんに憑りついた疫病神のごとく、お兄さんはなかにしさんを苦しめるということになるのだが、その作品は後年のことなので横に置いておく。
生活に追い込まれたなかにし礼氏。
お母さんとお姉さんを守りながら懸命に働く苦学生になって東京で学びながら働き、大学にも通いつつ、必死になってアルバイトで生きていく。
そこで彼がちょこっと芽を出したのは、フランス語をやっていたらしいが、フランス語のシャンソンの訳詩をやらせたらうまいので、バイトでやっていたら引く手あまたになった。
彼は学生結婚をして奥さんも働いてくれて二人で生きている時に面白い運命。

ここはひょっとして下田の東急ホテルか?−中略−
 私は、昨日結婚したばかりの新妻と一緒にホテルのロビーにいた。
 大勢の人だかりがしている。みな一方向を見て、口々に同じことを口走っている。
「裕ちゃんだ。裕ちゃんがいる」
 みなが注視している方を見ると、天下の大スターの石原裕次郎がロビー奥のカウンターのスツールに腰掛け、こちらを見て、にこにこ笑っている。
(64頁)

 と、すると、その裕ちゃんが、私を指さして、その人さし指を上に向けて、おいでおいでをしている。−中略−
 私はふわふわと石原裕次郎のいるカウンターに向かって歩き出した。
(64頁)

「疫病神の兄貴」から逃れたなかにしさんは、ここで「運命の兄貴」と出会う。
この人の人生の面白さ。

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2018年04月13日

2017年7月17〜28日◆人体5億年の記憶(後編)

これの続きです。

武田先生の整体師さん。
その人が武田先生の体を触りながら親指を入れる時などに「どこの筋肉か」というのを口走る。
頸椎かなんかを指で押す時も「○番目を押してます」とか「ここ押すと○○に繋がってます」とか。
一番不思議で仕方がないのは「腰が重い」というとお腹から親指を入れる。
これが痛い。
ナイフで突き刺すみたいな感じで。
その代り、その親指が無くなった瞬間にスーッと痛みが消えている。
それにはもう、本当に痛いのだが文句が言えない。
それからもう一つ、女性の方にはできない「本当はできるといいんでるけどねぇ」と残念そうにおっしゃるのは肛門のまわり。
肛門のまわりに何点かツボがある。
これが痛い。
呪いの藁人形の釘打ちみたいな感じ。
「うっ、う〜ん・・・う〜ん・・・」というヤツ。
肛門の真横なんて人間はなかなか触れるところではない。
だが、そういうふうにして「結び目」みたいなものが潜んでいる。

とある方の本を読んで「すごく面白いなぁ」と思ったのは、その人がずっと人体の筋肉図ばかりを描いていた。
哲学を志している方。
筋肉を描いておいて、女体を描いた。
前より上達している。
人体の筋肉というのを勉強して女性の裸を描こうとすると、やっぱり「しっかり筋肉の動きを見る」という腕の筆のさばきになる。

合気道の先生から教わった名言。
合気道の先生曰く「武田くん。殴りかかってくる人はですね、必ずですね、息を吸います」。
感動した武田先生。
殴る瞬間「スッ」(息を吸う音)。
絶対する。
だから「あ、吸った」と思えばいい。
瞬間のことだが、練習しているうちに見抜けるようになる。
合気道的身体の動きはどうするかというと「吸った」と思った瞬間、こっちは吐く。
そうしたら全部、自分の手足が自在に動く。 
吐くと肩から力が抜けるから、抜く動きの中で動きを模索する。
合気道は吐く練習の武道。
それから息だけで言うと、お相撲さんはぶつかりあって組み合う。
そうすると何を待っているかというと、相手が息を吐く瞬間を待つ。
息を吐くと力が抜ける。
その瞬間を見定めて一気に押していく。
呼吸の一息の中にほとんど格闘の妙味がある。

呼吸というのはただ単に吸う、吐くを繰り返す。

 「吸う方には横隔膜があるが、吐く方には、これに相当する専用筋のないことがわかる。(164頁)

肺が息詰まれば、心も息詰まる。さらに呼吸が息詰まる。悪循環いなる。そのためには、詰まった息を吐かないといけない。
 三木はこれを「息抜き」と言った。
(165頁)

臓器的には「吸う」には横隔膜という専用の筋肉があるが、「吐く」には特化した専用の筋肉はない。

吸うは易く、吐くは難し≠ニいわれるゆえんであろう。」(『海・呼吸・古代形象』26ページ)(164頁)

「息抜きが必要」とかと言われるのは「息を抜く、息を吐く、それを練習しなさい」という。
だから温泉なんかに浸かったりすると人間はやたらと吐いてばかりいる。
今時分(放送当時)、キンキンに冷えたビールを夕方、キューッ!と一杯飲んで「カーッ!」というのも「吐く」という方向に意識を持っていくという。

 「数百万年にもおよぶ水辺の生活の中で、いつしか刻みこまれたであろう波打ちのリズムが、私にはどうしても人間の呼吸のリズムに深いかかわりがあるように思えてならないのです。(167頁)

 内臓の感覚は微妙だ。その微妙な差異を味わってこその内臓感覚だ。たとえば肛門のあたりがむずむずして、中身が出そうになる。それがガスなのか、実(!)なのか、お尻のあたりの感覚を澄ましてみるとわかる。(195頁)

昔、人間ドッグにいって女医さんに肛門チェックで人差し指を入れられた武田先生。
あれは最初、慣れない。
意識、つまり脳の方では「開け!」と言うのだが、アソコが茶巾に絞ってしまう。
それでケツを叩かれて「力抜いて。武田さん。力抜いてください。入りませんから。力抜いて」。
でも絞ると、もう緩めようと思っても全然コントロールが効かないと時がある。
あれはやっぱり心と意識は違う。
あれだけ絞っているのだから。
何回ケツをペチャペチャ叩かれたことか。
「リラックスしてください」
リラックスと言われるとリラックスできない。

 「胎児は、受胎の日から指折り数えて三〇日を過ぎてから僅か一週間で、あの一億年を費やした脊椎動物の上陸誌を夢のごとくに再現する」(『胎児の世界』、107ページ)(208頁)

胎児の世界とは、「三十数億年の生命進化の圧縮」なのだ。(208頁)

男性の精子を受け入れて、精子が女性の肉体の中を入っていく。
あの時に、免疫システムは「開放しろ」と言う。
女の人の体の中に精子が入ってくることに関して「警戒するな。入れてやれ、入れてやれ」と言う。
そのくせ、精子を体の中に導こうとした瞬間に免疫システムは精子を迎えるために「解除!解除!」と叫ぶのだが、精神的に意識下で(水谷)加奈さんは他の精子が混入することをすごく警戒する。
だからその時に気持ちが不安定になったりする。
妊娠前期のまだ気づかないうちの心の揺れがある。
あれは精神面での「警戒せよ」というのと肉体の「解放せよ」の葛藤。
女の人は複雑にできている。
すごくイライラしたり、何を見ても怒りを覚えることが結構あったという水谷譲。
精神と肉体で体の中でぶつかり合う。
その卵子が生命体になる。
一億年の変化を再現して10か月間。
妊娠というのはもう、神がかったこと。
女性の体の不思議。

約一か月間、胎児の風貌、顔つきは変わる。
見ると恐ろしくなるような。
三木成夫さんはその胎児の顔を「恨みを含んだ狛犬のような顔」とおっしゃっている。
(この本にはそう書いている個所は発見できず。38日目の顔を「狛犬の鼻づら」と表記している)

 そもそも生物の上陸への進化についても、それをバリスカン造山運動と重ねる見方がある。大地の上昇・下降により、海が陸になり、陸が海になる。そのような大天変地異に対応して、海の生物が陸で暮らすようになったというのだ。−中略−
 ともあれ、アルプス造山運動という天変地異も、生物に苦難をもたらしたことだろう。ちょうどその頃に当たる胎児の顔に、苦行僧のような悩める顔を見て、三木がいう「秋霜烈日」が、そのような地質年代と合致することもなくはないであろう。
(214〜215頁)

(番組では胎児の狛犬の風貌の時期とバリスカン造山運動の時期を一緒にしているが、本によると狛犬の方は38日だし、バリスカンは60日〜90日)

 「ここで初めて、ドラマチックにつわりが起こる」(『生命とリズム』、51ページ)−中略−
よくあるテレビドラマのシーンで、嫁と姑さんがいて、嫁が台所でゲーゲー吐いている。それを度会うの隙間から見たお姑が「この人、もしかして?」と妊娠に思いをはせる。
−中略−そのときにお嫁さん(=母親)の胎内にいるのが、まさにこの上陸のドラマを繰り広げている胎児なのだ。胎児も、そのからだが、水中仕様から陸上仕様へと変貌し、必死でそのからだの変化を生き抜いている。その苦闘が「つわり」となって現れる。三木は、そんなふうに考えた。(212〜213頁)

やがて安定期に入って、その後は出産。
お母さんの膣の中を今度は赤ちゃんが出てくる。
これがまた重大。
その時にお母さんの膣の中に生きている微生物を全身に浴びる。
これが一時期すごくないがしろにされていたが、ものすごく重大で、赤ちゃんはその菌を一部取り込んで腸内細菌、(腸内)フローラにする。
だからこのシステムはすごい。
こういう三木さんのまなざしはすごい。
彼(新生児)はサルと同じ四つん這いで歩き、そしてよたよたしながら。
考えたらすごい。
立ち上がる。
彼はついに直立歩行の人類として立ち上がる。
感動的。
つわりは「わっ」とちょっと男は引いてしまうが「宇宙的なゲロ」なんだと思うと、宇宙と結びつけると感動する。

赤ちゃんは生まれてきてだいたい二年後に直立歩行人として、彼はついに立ち上がる。
立ち上がった後はもう、凄まじい勢いで人間であることを学ぶために発音、発声を繰り返し、原稿を作ったり開いたりしながら人間としての歴史をなぞる。
この子供たちの本能の中ですごく面白いことがある。
どんな小さな子でも綺麗なお姉さんが好き。
綺麗というか、優しい雰囲気を持っていて優しい声を出してくれる人に子供が惹かれていると思う水谷譲。
表情は大切。
これはなぜかと言うと「表情は内臓」。
小さい子が表情に惹かれるのは「あ、この人、内臓いいんだ」ということが本能的にわかるから。

 「人間の言葉というものは、こうしてみますと、なんと、あの魚の鰓呼吸の筋肉で生み出されたものだ、ということがわかる。……人間の言葉が、どれほどはらわた≠ノ近縁なものであるか……それは、露出した腸管の蠕動運動というより、もはや°ソきと化した内臓表情≠ニいったほうがいい。なんのことはない──はらわたの声≠サのものだったのです」(232頁)

優れた言葉の形成、これも内臓の感受性から生まれる。
だから内臓がやっぱり鈍感な人というのは言葉づかいでトンチンカンで失言が多くなるし、上から目線みたな発言に、という。
「失言」の方は表情が悪い。

 「あたま≠ヘこころ≠フ目ざめを助ける。
やげて独り言が無声化してゆく三歳児の世界でついに一人立ちし、ここに『自己』が産声を上げる。
(235頁)

内臓は植物の機能が宿り、内臓という森は宇宙リズムと呼応し波打つという興味深いエッセイをこの三木さんは残しているので『胎児の世界』などをお読みになるといいと思う武田先生。
(この本は以前番組でも取り上げている武田鉄矢・今朝の三枚おろし(8月26〜30日)◆胎児の世界(前編)

胎児の世界―人類の生命記憶 (中公新書 (691))



 「わたしたちは、あの昆虫網を斜めに構えて赤トンボを追う男児のまなざしに、遠い狩猟時代のおもかげを見はしないか。当時の感覚は、たとえば、釣竿を伝わる、獲物の筋肉攣縮のなかにも息づいているはずだ。わたしたちはまた、初雪のなかを生き返ったようにイヌと戯れる幼児の姿に、その大氷河時代の郷愁をおぼえるのではないか。(240頁)

 「幼稚園のジャングルジムに群がる園児たち。鉄棒、吊り輪、あん馬、平行棒に見せる体操選手の見事な「腕技」などなど。これらは第三紀の樹上時代に鍛え抜かれた「腕わたりbrachiation」のやむにやまれぬ復活といったところか」(240頁)

ヒトではなくニワトリの卵(や胎児)、それにサンショウウオなどを使って研究していた。生きたニワトリの胎児に、その心臓をめがけて、注射針で墨を入れる。すると血管の流れに沿って、墨は体に行き渡る。胎児の成長とともに、体は、血管は、どのような変化を遂げていくのか、そのような研究をしていた。(205頁)

ニワトリやサンショウウオではなく、ヒトの、「その胎児への墨の注入という問題にまで発展」(同前)してくる。(206頁)

 そして、医師仲間から、堕胎したヒトの胎児が提供され、研究室に運ばれてくる。三木は注入の実験を試みるが、要領を得ずに失敗する。
 その頃から、科学者としての三木の心境に変化が生じる。ちょうど妻の妊娠とも重なる。
(205〜206頁)

三木先生は著作の中で「人の発生には人がその目で決して見てはいけない瞬間があるんだ」と、そう自分に言い聞かせたそうで断念なさったと。
自分のお子さんがお産まれになった時に「やっぱりやらなくてよかった」としみじみお思いになった。
(というのはこの本にはない)

「三枚おろし」を本にしてくれた出版社があった。

人間力を高める読書法



(この本のことを言っていると思われる)
それを自分で読んで結構面白いと思った武田先生。
何が面白かったかというと、途中でポロッと自分が自分の考え方を言っている。
「この人のここが好きだなぁ」みたいな。
それが面白かった。
だからやっぱりそれを入れていかないといけないと思う武田先生。

三木成夫さんの世界はもう四回ぐらい(「今朝の三枚おろし」で)取り上げている。
もう亡くなられているが、この三木さんという解剖学者の方の順々と命を解き明かしていくという姿勢が好きだと思う武田先生。
この人(三木)が言ってらっしゃる「内臓世界」。
人間には意識の世界があって、これは脳が支配している。
だけど、もう一つ人間には世界があるぞ。
ものを考える、それが内臓世界だ。
その内臓世界というのは植物相、植物と同じなんだ、というようなこと。
「え〜?お腹ん中は植物と同じなのか?」と思っていたら違う本を読むと「小腸内に住んでいる細菌のことは腸内フローラと言います」と。
「あ、お花畑だったら…あ、三木さん正確な物言いだったんだ」という。
そういう発見。
小腸の中で花開いている花々、植物層は、実は太陽や月、星々とシンクロ、同期している。
植物はいつも空を見ている。
宇宙の方角を。
そうやって考えると「さらに学んでいきたいなぁ」と思う。

(最後はアンガールズの山根良顕氏との話。これは何度か他の回でも登場しているが今回は割愛する。2017年9月4〜15日◆来たるべきバカ(前編)

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2017年7月17〜28日◆人体5億年の記憶(前編)

この本以外からの引用なのか、番組で言っている内容がちょいちょい本の中にはない個所がある。
いつものように本に書かれている部分のみ抜粋するけど。

人体 5億年の記憶: 解剖学者・三木成夫の世界



以前にも番組で取り上げている三木成夫さん。
その三木成夫さんの授業を受けられた学生さんの著書。
もう結構年月が経っているので著者(布施英利さん)も中年以上の年齢になられた方。

 1980年のことだ。その年の4月、私は上野の東京芸術大学に入学した。そこで奇妙な授業を受けた。
 「保健体育」という科目が、五月の連休の頃、集中講義としてあった。講義では保健体育という名称の授業らしからぬ、独特な話がされた。
−中略−ある音を流した。子宮にマイクを入れて録音したという、心音や血液が流れる音だ。−中略−性の行動の果てに、どんな世界があるのか。それを実感させることで、生命の尊さと性の厳粛さを伝えようとしたのだろう。(9〜10頁)

非常に常識を突き破るような授業をなさった。

塩を持ってきて、それを持った手を、バーテンがカクテルを作るように動かす。「メビウスの輪の軌跡の動きが、いちばんベストだ」という。動きを止めて、最前列の学生に、その塩を舐めさせ(じつはその前に比較のために一回舐めさせてあり、メビウスの輪にゆすった後、また舐めさせたのだ)、「どうだ、味が変化したろう。甘くなっただろう」などという。−中略−三木先生は、メビウスの輪というより「らせん」の形と動きに、深い意味と価値を認めていて、らせんの動きを、学生に生々しく伝えようとしていたのだ。(11頁)

それでその「らせんの形」とういところからウンコが偉大な証拠であるという。
東京芸大の学生さんたちが、三木の授業が終わるたびに「授業のできがいい」とスタンディングオベーションしたという。
(本には「東京大学の医学部の学生が特別講義を聞き終わった後、感動の余り拍手したという伝説の解剖学者」という記述のみ)

三木はヒトの体を大きく二つに分けてみていた。「植物性器官」と「動物性器官」である。(33頁)

「全部動物ではないか?」と私どもはつい、人間をそんなふうに考えてしまう。
三木さんは独特。

からだの基本形は何か?
 三木は、それを「一本の管」であると考えた。口から始まって、胃や腸を通り、肛門という出口へと至る一本の、管。
(123頁)

 それは、ただの動物のぬいぐるみではなかった。体の中も作られていたのだ。しかも、普通の内部構造、というものではない。三木先生は教壇で、ぬいぐるみをつまんで、くるっとひっくり返す。靴下を裏返して、表と裏を逆にするような要領だ。すると、その小動物の姿は内側に包み込まれ、その代りに、内側にあった形が、表面に現れる。裏返して現れたのは、植物の樹木の形だ。ぬいぐるみのような素材の造形物なので、太く丸みを帯びている。リアルな樹木っぽくはないが、幹があり枝が伸び、葉が付いていて植物の形をしている。(12頁)

小腸というのが栄養を吸収する大事な器官で、新陳代謝の回転が早い。
それでガンの発生があまり見られない。
「小腸ガン」は聞いたことがない。
武田先生の奥様曰く「小腸は回転が早い」。
それでありとあらゆるものを作ってしまう。
神経伝達物質からタンパク質から何とかバーッと。
それでこれから排出するものを再処理する、最後に取り上げるのが大腸。
ここは古いのでガンが発生しやすい。

人間はとどのつまり一本の管である。
この管を引っくり返していくと細かな根の密集した樹木の根、根毛みたいな内臓器官があるのだが、その根が栄養と生殖を支配する。
「ムラっときた」とかと言うが「ムラっと」という感覚は内臓が支配している。
地上が感覚、伝達、運動の動物的側面であるのに対し、神経の情報、筋肉、骨、体の動きの世界は内側にあるという。
内臓にあるという。

三木はそれを肛門からの脱腸にたとえて、「顔というのは、脱腸が張り付いているようなものだ」と言っていた。(71頁)

 えらが、顔の筋肉になった。(71頁)

水族館でエイの裏側を見ると、やはりいくつもの切れ目(=えら)が並んでいる。もっと原始的な魚、ヤツメウナギなどを見ると、八つの穴が並んでいるように見えるが、そのうちの一つは目だが、残りの七つはえらだ。(67頁)

中生代1億年かけて海と陸とが激しく揺れ動いた1億年の時代があって「バリスカン造山運動」という時期があった。
(調べてみたが「バリスカン造山運動」は中生代ではなく古生代後期のようだ)
これは大変だっただろう。
陸地が盛り上がったと思ったら海の底に沈んで。
海の底だったと思ったのがブワーッと盛り上がって山になるという。
ヒマラヤもそう。
昔海底だった。
奥様と温泉旅行で伊豆に行った武田先生。
あれは島だったようで、ゴーンとぶつかった。
修善寺あたりを先頭にしておいて、下田が一番の島の尻で。
だからあそこは山のタイプが変わる。
ものすごく山が高い。
押し出された分が高くなっている。
そこに修善寺の岩山があったり。

天城越え



あれはメリメリメリメリと押されてしまって。
下田から天城越えはもういきなり坂道。
それでループ橋で上り下りしなきゃいけないぐらい、らせんで。
それは伊豆半島はああやってめり込んだから、それがバリスカン造山運動で島は動くわ大陸は裂けるわ。
(伊豆はバリスカンとは関係ないようだが)
裂けたと思った大陸、海になったと思った瞬間、海の底が盛り上がって、かつて海だったところが今度は陸になったりする。
そうするとそれについていけない魚類がいた。
それが何万匹何億匹と浅瀬に取り残される。
そいつらがギリギリの水でゼイゼイ言っているうちにもうエラ呼吸をやっている暇がない。
「これ塞いだ方がいいや」というので塞ぎ始める。
それで穴を一か所にまとめて口にしちゃって、耳の穴、鼻の穴にして。
それでゆっくりとヒレなんかを手足にしたという。
そこから両生類が始まる。
だから1億年は辛かったろう。
1億年、そんな目に遭っている。
それでめちゃくちゃ苦しんでいるうちに表情を作る筋肉になっていった。
顔とは腸の入り口であり、新しい仕事として嚥下、飲み込むその筋肉、発声、そして泣き笑いする表情。
表情というのは何かというと、内臓の意思を伝える道具。
ものを噛む、すする、舐める、声まで変化するのだが、実は内臓の思いを伝えるために顔の筋肉となった。
だからやっぱりあれは間違っていない。
「ムカつく!」
あれは本当にムカついている。

(番組冒頭のインタビューから続くスマートフォンの話が入るが、この部分は割愛)

五感は、まずは二つに分けられる。−中略−「近接受容器」と「遠隔受容器」だ。触覚器(皮膚)と味覚器(舌)が、近接受容器となる。−中略−嗅覚器(鼻)と聴覚器(耳)と視覚器(目)が、遠隔受容器となる。(97頁)

 三木は、舌という身体の部位について、進化の観点からも説明する。−中略−
 「ミミズのような下等動物では、この味細胞が触細胞と同じく全身に散らばり、からだ中で味をきき分けることができる。
(99頁)

だからアイツ(ミミズ)はこうやって地中の中に「うわぁ!塩辛ぇ〜!」とかって言いながら動いているのだろう。
魚類ぐらいから味を味わうというのは口の中に集めた。

 「舌は、口腔の底がもり上がった筋肉の塊を口腔の粘膜がおおったものである。この筋肉は、くびの前面の筋肉の続きで、手足と同じ体壁系、すなわち動物性筋肉に属する」(『ヒトのからだ』、110ページ)(100頁)

舌はどうやら三番目の手である。
「舐める」というのは触るのと同じこと。

まず子どもは、なんでも舐めるのだ。−中略−目や耳よりも、まず舌で、それを触覚といってもいいが、世界を把握しようとする。(223〜224頁)

ものすごくこの「舐める」という感覚が大事なのは、何せ我々は呼び名として「哺乳」類。
「乳を吸う」という。
乳を舐める生き物。
だから我々は唇と舌でおっ母さんの乳を吸ったというこの経験がこの世に生まれてきた一歩目の人間としての体験だから、舐めるというのは重大な感覚。

 三木は、このようなことから、たとえば接吻という、舌と舌を絡ませる男女の行為について、それが身体的にいかに「深い」ものであるか、大学の講義で熱く語っていた。(100頁)

若いうちしかしないが。
昨日、(綾小路)きみまろさんのアレ(CDか何かか)を聴きながら「本当におっしゃる通りだ」と思った武田先生。
お父さん!
若い頃、お父さんに叫んだ「めちゃくちゃにして!」。
そしたらお父さんが言うんです。
「めちゃくちゃにしなくても、オマエはめちゃくちゃになった」

でも若い頃を思い出しましょう。
本当に内臓感覚として舐めなければ確認できない何かがあった。
そういうところを三木先生がおっしゃっているのが面白い武田先生。
この先生がおっしゃっている中で「脳は意識を支配しています。しかし私たちは内臓の中にこころを持っている」。

舌を使ってものを確認するという。
それが人類の一番最初。
お母さんのおっぱいがわからないと死んでしまうわけだから。
だから人々は舌でものを確認する。
その中に男女の唇を重ねるとか舌を絡ませるとかというのは実に哺乳類的行為ではなかろうかという。
舌による愛撫を細かく見ていく。
相手を「舐める」「吸う」「噛む」。
これはまさしく接触行為と同様。
本当に考えた武田先生。
男は何で好きな人に向かって「舐める」「吸う」「噛む」をやりたがるのだろう。
本能。
その本能のことを「本能」で逃げないで「内臓」と呼ぶ。
それが三木先生の考え方。

武田先生の自説。
なぜ人は愛する人に対して「噛む」をやりたがるのか?
何とかさんというかわいらしいアイドルの人は猫を飲む人がいる。
口の中に猫の頭を入れる「猫吸い」。

夜の歌



『夜の歌』という自伝的小説をお書きになった作家、なかにし礼さん。
この方が中国大陸で迎えた敗戦によって大日本帝国崩壊の混乱を7歳で体験なさっている。
この7歳で体験し、しかもソ連機戦闘機の銃撃あるいはソ連兵の婦女暴行、殺人
中国人の盗み等々の生き地獄の中で隠れ住むような暮らしをなさっていて、いよいよ明日、日本に引き上げるという時に白系ロシアの美少女とお医者さまごっこをやっている。
小説として書かれているが、実際にあったことではないかと思う武田先生。

 ナターシャは私のまだ子供のチンチンを手で愛撫し、口に含んで愛しげにもてあそんだ。
 私は夢の中にでもいるかのように快感に身ぶるいしたが、だからといって、それ以上のことにはならなかった。
「レイのピーシャ可愛い! まだ七歳だものね」
 と薄く笑ってナターシャは自分の下腹部に私の手を誘導した。
「これ私のピーシャ。トゥローガチ!」
 触れと命じた。私は言われる通りにした。そこにはうっすらと柔らかい毛が生えていて、その下の方にはもう一つの口のようなものがあった。そのピーシャの上を私の手が物珍しそうにさまよっていると、
「ハラショ、ハラショ、ピーシャハラショ」
 と甘い声を出して身をよじり、私の指が恐る恐る中へ入ろうとすると、
「レイ、イヤ・リュブリュ・チュビア」
 私を強く抱きしめ両足を開いた。
「愛するということは舐めるということよ。動物も人間も愛しいと思ったものに頬ずりし、舐めるものなの。リーザイチ、それが愛情の表現なのよ。それが自然なのよ」
(『夜の歌』179〜180頁)

ソ連兵が乱暴を繰り返し、逃げていく日本人を惨殺し、中国人がものをかっぱらう、日本人を騙すという。
そういう最悪、最低の魑魅魍魎の世界の中で白系ロシアの娘、ソ連でも差別されている白系ロシアの娘。
綺麗な綺麗な中学一年生ぐらいのお姉さんの娘が7歳の日本人少年のオチンチンを触る。
それは死に取り囲まれれば少年や少女でさえも性にすがるという、もう重大な、なかにし礼からの指摘。
やがてこれらの引き揚げ体験が、なかにし礼の中で戦後歌謡曲になっていく。
この文章を読んだ時に三木成夫が言う「舐めるという行為が哺乳類の行為としていかに重大か」ということを感じた武田先生。

三木教授の指摘は舐めることは性へ繋がり、その性はどこに繋がっているかというと内臓へつながっている。
内臓はどこへつながっているか。
宇宙へつながっている。

 うんちは、日本語では大便という。大きな、便りだ。ではその便りは、どこから来るのか?それは宇宙から、としか答えようがない。(129頁)

海のサンゴは、6月の満月の夜に、一斉に産卵をする。サンゴなどという、理性や知性のかけらもない生き物が、いつが夏の初めの満月の夜なのか、それを知っていて、そのカレンダーに合わせて産卵をする。−中略−
 クサフグは、7月の満月の大潮の夜、日没から一時間後が大潮の満潮になる日にいっせいに産卵する。
(126頁)

彼らは決して間違えない。
なぜなら間違えたものは今までですでに死んでいる。
今、その時を間違えないものだけが生き残った。
これら生き物はその臓器が宇宙のリズムと結ばれている。

太陽や月の運行によって生まれる、海辺のカレンダー、それを察知するのが、この「遠・観得」で、それこそが「こころ」の正体であると三木は考えた。
 この一本の管を通って、からだの外に出てくるのが大便、つまりうんちである。三木はこのうんちに、こころが宿っていると考えた。
(128〜129頁)

 そもそも「こころ」という文字を眺めていると、その文字の形態が、自分にはうんちのあの形に似て見えて仕方ない。漢字で「心」と書いても、やはり巻きグソの、あのうねりとかさなって見える。(129頁)

(番組中では著者の意見も三木成夫の意見も区別せずに紹介しているが、上記は著者の意見)
「心」の古代系は金文に残っているが、ちょっと垂れ下がったオチンチンのよう。
男性性器とも言われているが、やっぱり「心」というのは内臓的。
排泄もそうだし、腎臓なども内臓の一部。
そこは植物的世界と同期リズムを持っている。

寄生虫が最も住み着くのが「腸」。
腸に住んでいる細菌が人間を操っているという説が最近グングン出てきている。
こういうことを考えているから「内臓支配」という考え方で世界を見てはどうだろうか?という。

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2018年02月06日

2017年7月31日〜8月11日◆「いい質問」が人を動かす(後編)

これの続きです。

浜渦さんは偽証か何かの罪に問われたが、その後の動きはあるのか?
逮捕されるとか。
何か最近、本当に中途半端。
石原さんも、あれは大丈夫なのか。
それから升添さんはどうなったのか。
このへんは話題から逸れるともうスーッとフェイドアウトという。
そういう意味で早い。
浜渦さんは(この放送当時)ついこの間の方。
この方が行なった記者との一問一答会、公開ヒアリングの様子を伝えたが、浜渦さんはやっぱりその力量が只者ではない。
記者を指名する、指を差すことによって主導権を全部握る。
そして鮮やかだったのは、非常に饒舌に語る質問とケンもホロロに「あ、記憶にない」と取捨選択していけるという。
一問一答しか許さないというルールがあるので「記憶にない」って言われるのは、もう二問目ができないわけだから。
質問の方角を自分で全部操ることができる。
このへん、浜渦さんは只者ではないという感じがする。
何一つ決定的なことは聞き出せない。
「結局なんだったんだろう」という。
相対的に質問力が落ちているのではないだろうか?と。
しかし今、現状メディアにあふれているのは「『ダメだ』と思った瞬間はいつか?」「一番つらかったのはいつか?」「なぜそんな人とオマエは付き合ってるんだ?」「責任者はあなたですよ?あなた責任全うしてるのか」「悩んでる人、たくさんいるんですよ?切り捨てるんですか」。
だいたいこんな質問で、反論できないところまで相手を追い込んで「勝ちを取りにいく質問」というのが大手を振っているようだ。
質問の根底には「わからないことを聞く」という素直さがもう少しあってもいいのではないかなぁと思う武田先生。

 私が弁護士になった後、賃貸マンションを探していたときの話です。−中略−
 すると不動産会社の社員は「かしこまりました。でも、この○○マンションシリーズはとても人気があって、すぐに借り手が見つかってしまいます。このお部屋はご契約なさらないということでよろしいですね?」と言いました。
 私は、その瞬間、とても不安になりました。
(142頁)

そうすると「ちょっともう一回いい?」と言いながら見直してしまう。

少なくなったり、なくなってしまったりするものほど価値があるもののように感じてしまう心理を「希少価値の法則」と言います。(143頁)

「契約しない。これはしないんですね?これはしない。これは検討するけども、こっちはしない。こっちはしないですね?」と言っていると、冷静な判断ができなくなってくる。

マーク・トウェーンは、「アダムがリンゴを欲しがったのは、そのリンゴが食べたかったからではない。それが禁じられていたから、というだけのことだ」(145頁)

そういうタブーとか拒絶に関して、人間は結構どこかでたじろぐところがある。

他人が自分に何かをもらったら、そのお返しをしなくてはならない気になることを、「返報性の法則」と言います。
 この返報性の法則は、日常生活のあらゆる場面で見ることができます。年賀状をもらったら、同じく年賀状を返し
−中略−バレンタインデーに女性から男性にチョコレートをあげると、男性は、何が起ころうともホワイトデーにお返しをしようとします。(149〜150頁)

スーパーの試食は−中略−それをもらって試食をし、爪楊枝と皿を返しただけで立ち去るのは少し心苦しい気がします。つい少しでも購入した方がよいのでは? という気になってしまいます。(150頁)

コンビニなんかで絶対にある。
この番組(『今朝の三枚おろし』)のために「ここだけは語ろう」というので赤鉛筆でシュッと線を引く。
その赤鉛筆の芯が、もうポキポキポキポキ折れる。
それで鉛筆削り器を回してもまた置くとポキっと折れている。
それで朝の散歩のついでに赤鉛筆をコンビニに買いにいった武田先生。
「あ、武田さん。今日、赤鉛筆だけでいいの?」と言われると「いや。あ、ちょっと待って、ちょっと待って。俺何か買い忘れてる」と言いながら付箋を買ったり、あと三つぐらい買っている。
これはやっぱりどこかで返報性の法則が体の中によみがえる。
人の心理。

「ここらへんではこれに決まっている」という商品がある。
「ここのこのお菓子を持っていくと喜ばれる」という。
「切腹饅頭」
会社同士の付き合いで何かミスがある。
その時に切腹饅頭とか切腹最中があって「切腹する代わりにこれを差し上げます」というのがある。
それをもらうと許さざるを得ない。
「おいおい。切腹饅頭かい?」と言いながら許してしまうという。

【新正堂】切腹最中(5個入り)



九州福岡だと、武田先生の子供の頃は、たとえば「銘菓ひよこ」「鶏卵素麺」とか。

九州銘菓 ひよ子本舗吉野堂【ひよ子14個入】



卵の黄身とはちみつで作った甘い、素麺に似せたお菓子。

鶏卵素麺(けいらんそうめん)1本入  【石村萬盛堂 和菓子】



それから千疋屋の果物。
(長嶋)一茂くんが言っていたが、長嶋さん家はだいたい贈り物は千疋屋のメロンだった。
だから「箱に入っていないメロンを初めて見た」とかっていう話を聞いたことがある武田先生。

返報性の法則。
爪楊枝に刺したお試し食品。
カマボコやハム。
味見のお試し食品の切り方が大きければ大きいほど返報性が高くなり、買って帰るという例が増大する。
小っちゃいのは「フムフム」とかと言いながら、それでけっこう喰って何も思わないのだが、やや大きめに切ってあると商品の眺めわたし方「あ、今食べてるのこれ?」とかっていう質問がちょっと大きくなる。
この前カブの漬物を試食でいただいた時に、カブがちょっと大きかったという水谷譲。
最近は爪楊枝のお試し食品の切り方が大きい。
昔より切り方が大きいような気がして仕方がない武田先生。
このへんは、やっぱりそういう人間の心理を捉まえた動かし方というのはある。
そして、女性がよく使うが、科学的には「譲歩の提供」というのがある。

何も与えるものがない場合−中略−「譲歩」を相手へのプレゼントにする方法があります。
 心理学者のロバート・チャルディーニが行ったこんな実験があります。「州のカウンセリング・プログラム」の担当者を装い、学生を呼び止めて非行グループを動物園に連れて行く付き添いを依頼したそうです。当然学生は嫌がり、83%の学生が断りました。次に実験者は、まず呼び止めた学生に「2年間にわたり、1週間に2時間、非行少年たちのカウンセラーを務めて欲しい」と依頼したところ、全員が拒否しました。すると実験者は、続いて「では、非行グループを動物園に連れて行く付き添いをして欲しい」と依頼をしました。すると、承諾率は劇的に上昇し、なんと50%もの学生が承諾したそうです。
(151頁)

つまりこれは「君が引き受けてくれないんだったら、どう?この条件で」と、さも譲歩したように見せかけて誘導する。
最初に難しい、乗らない条件があって、これは「譲歩を与えた」というように相手に思い込ませる。
これは女の人がよく使う。
よく引っかかった気がする武田先生。

人は、一旦ある行動を取ると、それに矛盾した行動が取りづらくなり、その行動と一貫した行動を取るようになる傾向にある、という法則で、心理学では「一貫性の法則」と言います。(155頁)

 アメリカの社会心理学者フリートマンとフレイザーはこんな実験をしています。−中略−ある町の家庭を対象にした、『「安全運手」と書かれた大きな看板を家の前に設置させていただけますか?』という依頼です。次のように行いました。

 A……いきなり訪ねて頼んだ。
 B……まず「安全運転をしよう」と書かれた8センチ角の小さなステッカーを窓に貼ってもらうように依頼し、承諾を得た後に大きな看板の設置を依頼した。

 実験結果では、Aは17%しか承諾しなかったにもかかわらず、Bではなんと76%の人から承諾を得ています。調査を受けた人は、小さなステッカーを窓に貼ることにより、「自分は安全運転を推進する立場の人間だ」という態度を表明したことになり、その後大きな看板を設置する際にも抵抗なく承諾する結果となるのです。
(155〜157頁)

今年(2017年)初めから総理も含めて発言とか失言が問題になっている。
こういう「発言が問題になる」「失言が問題になる」というのはどういうことなのか?という。
何であんなっことを言うのか?
「普段からそういうことを思っているからポロッと出ちゃうのではないか」と思う水谷譲。
失言にはやっぱり絶対、失言の何か手順みたいなヤツがある。
少なくとも言えることは失言というのは「その後に何かを言おうとした」という。
その言葉を経て何かを言おうとしたその手前で「失言だ」と騒がれていたという。
何か肝心なことをこれから言うべく、枕として言ったことが失言として取り上げられたというような気がする。

質問というのはすごく面白くて、まず自分に質問することによって自分の質を上げていかなければならないという。
まず「そもそも」「ところで」「だとすれば(だとすると)」この3節を枕にして質問を自分に重ねていく。
例えば「私はそもそも、なぜ『三枚おろし』という番組をやっているのか?」。
(この番組を続けていることは)けっこうきつい。
今(放送当時)はもう一つ大仕事を抱えている武田先生。
暑い暑い京都という所で、本当に日本一有名な老人役(水戸黄門)を演っているのだが京都は暑い。
しかもロケ地は滋賀県。
毎朝忍者と手代の若者二人を引き連れて移動。
そこでいろいろ着せられ、それで演んなきゃいけない。
その時にこの番組は重荷。
もちろんうれしい。
聞いてらっしゃる方で、時々すれ違ってものすごく褒めてくださる方が二か月に一回ぐらい現れる。
ある経済学者の先生、コメンテーターの方が聞いているそうで「面白いわ〜ん♪」としみじみ言われて、それがすごくうれしかった。
でも評判だけを目指しているのではない。
この番組をやっていることによって、自分の中で好奇心というのがいつも刺激されている。
そもそも:私はなぜ『三枚おろし』をやっているのか?それは聞く人のためでもあり、自分で好奇心いっぱいの自分でいるかどうか、それが確認できるからだ。
ところで:自分のためというなら「なぜ?」という問いを忘れない自分であることが大事なんだ。
だとすると:この番組を続けるしかない。
「そもそも」「ところで」「だとすると」という、こういう手順。

「いい質問が人を動かす」は自分に対することでもそうなんだと、そういうふうに谷原誠さんのご本を読んでそう解釈した武田先生。
「自分に対しても質問力を持っていないと人間ダメだ」と。
「発言にミスがあって」とかがいらっしゃるとすれば、やはり自分に対する質問がよくなかったんじゃないだろうか?
「なぜ?」を五回、自分に重ねて考えてみるとか「そもそも」「ところで」「だとすると」というような手順で自分というものを考える。
自分に対する質問力ということも大事なのではないだろうか。

四年ぐらい前からものすごい勢いで気力の衰えを感じ始めた武田先生。
ささやかなことがすごく気になり始めた。
眠れない日が続いたりしていた頃。
困ったことに奥様の一言が胸に突き刺さって眠れなくなったり。
それは奥様の言葉づかいが悪かったりということではない。
奥様から「あなた、どうするの?」と言われると本当にたじろぐ。
「どうなるんだろうか?」とか。
自分に質問を重ねていくうちに出た結論が「もしかすると自分の気持ちが衰えてるんじゃないだろうか?」。
お嬢さんが言った一言が気力を削ぐし、奥様から言われた一言が気力を削ぐ。
本当に削ぐ。
削り取る。
また身内は痛いところを突いてくる。
トイレを終わって出てきて、その次に奥様がパッと入った瞬間「臭〜い!」とかって言われると。
もう笑いごとじゃない。
本当に落ち込んで夢に見る。
他にも「あの件どうするの?」「この件どうするの?」「事務所どうすんの?」と。
あえて「事務所」と。
そういう公的な、それからプライベートな、その両方から「どうするの?どうするの?」の質問攻めにあうと、もう本当に「どうしよう?どうしよう?」しか言えないという。
その時に強烈な気力の衰えを感じて「これは何とかせんと。自分を変えんとイカンな」というので、ゴルフをやめてみた。
ゴルフどころじゃない。
それで合気道をやってみようと思って。
内田先生が大好きだったから。
内田樹という鮮やかな論理の関節技を使うというこの先生の一言に誘われて、とにかく合気道場を探して見つかった。
そこにも三年。
七月(2017年7月)で三年が過ぎた。
さっぱり上達しない。
しかし面白いものだ。
合気道の先生がいらっしゃる。
70代後半の館長が稽古が終わるとポソッと一言おっしゃる。
それが胸に沁みる。
館長「武田くーん!」
武田「はい」
館長「『元気』でも『景気』でも『病気』でもね、あんた漢字上手だろ?書いてごらん?『病気』『元気』『景気』。みんな半分『気』だよ、気。私どもはね、毎日こうやって練習しております。合気道もね『合気』。半分『気』があります。『気』は自分で作るしかないんですよ。そういうわけです」
これは本当に堪えた。
その「気」を養うため、自分への質問から一つの答えが見つかって、今度はゴルフをもう一回やり直してみようと思った武田先生。
今度の手順はすごい。
半年間でゴルフ場に行ったのは二〜三回。
でも打ったボールの数はもう一万発近い。
ひたすら練習をしている。
何で自分が下手かが、やっとわかった。
結局見つかったのは「ゴルフの理論がわかっていないからだ」というので、またこれも先生に付いて。
自分のゴルフスイングのスローモーションを初めて見た。
ひどい。
己の姿を見てびっくりした。
「はっはー!」と思った。
「遊ぶ」というのは何のために遊ぶか?というと「気を作るためだ」と思って。
そのために必死になってやっている。
そうすると発想が変わってくる。
奥様に対してもゆっくりと受け身が取れるようになってくる。
そこで今年(2017年)に起こったのが「スマートフォン事件」。

今年スマートフォン・デビューした武田先生に奥様の厳しい質問が待っている。
それは商品を見た瞬間に「何であなた、スマートフォンにしたの?」。
あの冷たい、鼻に引っかかったような、人に突っかかってくるあの物の言い方。
そしてこれは携帯の場合もそうだが奥様曰く「ねぇ、あなた。電話帳の履歴とか見せられる?電話帳どんな人入れてるの?残ってるんでしょ、記録。ちょっと見せて。やましくないなら見せられるでしょ?」と70歳を手前にした男に突っかかってくる。
これはどこの家庭でもある。
でもこの時に大事なのが「質問されることに関して、質問を仕返しする」という。
「質問で返す」という質問力。
どう奥様に質問するのか?
同じ悩みで悩んでらっしゃる方に教えてあげましょう。
どう質問を返すのか?
「どうして見たいのか?」
「何を見つけたいのか?」
「見つけたらどうするのか?」
「お互い見せ合うのはどうか?」
「あなたの方のスマートフォン、あるいは携帯に男性の名や奇妙な店の名を見つけた場合、私は少しもあなたを疑わないが、あなたはどうなのか?」
「同じことが私の方にあった場合、あなたはどうするのか?」
「質問をする力」とは自分を守る力、ディフェンス力。
大した騒ぎにはならなかったが。
スマートフォンとの歴史が始まったばかり。
下の方のボッチ(ホームボタンのことか?)を押して画面が出てくる。
その時にびっくりしたのは声が訊いてくる。
音声ガイドみたいなヤツ。
「あなたは何を訊いているのですか?」
機械が武田先生に突然質問する。
「あなたは何を知りたいのですか?もっとはっきり質問してください」という音声入力検索の声が聞こえてくる。
奥様もびっくりしていたが、ボタンを押すたびに機械から訊かれるとびっくりする。
思わず「いや、別に知りたいことはありません」とか「今ちょっとボタン押しただけなんですけど」とか答えたのだが、ずっとそれ。
画面が出てこないで検索の声が聞こえてくる。
解除の仕方がわからない。
解除しようと思ってボタンを押しているのに「何を訊いているんですか?よく聞こえません」とか。
それで会社の方に連絡をしたら「すでに押してる段階で長押しになっているんじゃないですか?」と言われた。
でも強く押せば何か立ち上がるのも早くなるような(気がしてしまう)。
テレビでもある。
映りが悪い時、わりと強めにボタンを押すという、戦後の習慣が。
これが武田家の「スマートフォン事件」。

考えるというのは、自分に質問するということです。自分に良い質問をすれば、良い方向に思考が回転し、悪い質問をすれば悪い方向に思考が回転します。(238頁)

更に質問を繰り返す。
そのことによって問題がはっきりする。
・なぜよいのか?
・なぜうまくいったのか?
・これは続けるのか?
・それを続けるのか?
・うまくいかないのはどうしてか?
・なぜうまくいかないのか?
・やめた方がいいのか?
・どこをどう変えるのか?
こういうフィードバック・クエスチョン。
それを必ず繰り返すこと。
そしてあきらめていないということがとても大事なことで「あきらめていないということが質問をよい答えに持っていく道なのだ」ということ。
ありとあらゆるものがそう。

 北海道の旭川市に旭山動物園があります。開業したのは1967年。−中略−北海道旭川という人の流れもあまりなく、札幌などからの交通の便もよくない場所でありながら、上野動物園(東京都)をもしのいだことがある驚異の動物園です。この動物園も、一時期は年間入園者数がピーク時の10分の1の30万人を割り込み、廃止論も出たほどでしたが、小菅延長が1995年に就任して動物たちの自然の行動を見せる「行動展示」を取り入れて一気に流れが変わり、入園者数が10倍も急増しました。
 実はこの旭山動物園の成功も短所を長所に変える逆転の発想に基づいています。
−中略−ところが、旭川空港から直行すると、30分〜35分くらいで動物園に着いてしまいます。−中略−また、「寒い」という短所は、「寒い環境に適応する動物には最適な地である」という長所に変換していまいました。(260〜261頁)

「なぜなんだ?」「なぜうまくいかないんだ?」「なぜうまくいくのか?」という自分に対する質問が上手だったという。
そのことによって新しい動物園ができる。
よき質問は自分の立場を考える。
次に相手の立場を考える。
そしてその「私と相手とのやりとりを見ている第三者の自分」をいつも想定できるかどうか。
それがいい質問を繰り出すための条件であると。
このへんはやっぱり見事だというふうに思う。
ぜひ「よき質問ができる人に」という一冊。

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2017年7月31日〜8月11日◆「いい質問」が人を動かす(前編)

「いい質問」が人を動かす



谷原誠さん。
弁護士の方。
弁護士の法廷に於ける駆け引きで「いい質問」が法廷の雰囲気を変えたりする。
池上(彰)さんの決め台詞「いい質問ですね」。
これはやっぱり「上から目線の人評価」という。
でも「いい質問」と言われると質問をした方はうれしい。
それが面白いところ。
「何でこんなことがわからないんだ?」と聞かれるよりは「お、いい質問ですね」って言われた方が上から目線でもうれしい。
「何でこんなことができないんだ?」と言われるとかなり感情的になるが「どうしたらできるようになるんだろう?」と全体の問題にすり替えられると印象はガラリと変わって解決に向かって前進したような気がするという。

人をフリーズさせる一言。
時としてM体質の武田先生は感動する。
いわゆる「ダブルバインド」。
武田先生の奥様の質問。
「このままでいいと思ってるの?」
これは「いい」と返事をすれば「どこがいいの?」と反論される。
「このままではいけないと思う」と言うと「なぜやらないの?」。
「どっちにいっても叱られる」ということ。
そういう質問の仕方をすると人を追い込むことができる。
武田先生にとって「妻との一言」は「妻もまたこの言い方、人を縛る言い方に抜群の才能がある女性です。妻は実に巧みです」。
例えば「なぜ汚すの?」。
「汚していないよ」と言うと「嘘、言う!」。
「汚した」と言うと「なぜ拭かないの?」。
これはやっぱり人を動かす最高のダブルバインド「縛り方」の質問。
人を縛って動けなくしてしまう、フリーズさせてしまうというものの問い方。

「質問の質を上げる」ということはどういうことかというと、とりあえず自分の中で「なぜ」という質問を五回繰り返しましょう。
そうすると「改善すべき主題」がハッキリと現われてくる。
これは国会答弁でも都議会でもそう。
「なぜ」というのを五回繰り返すと問題があらわになる。
ついこの間までゴルフをやめようと真剣に思っていた武田先生。
「ゴルフをやめようと思う」と自分に問う。
自分に「なぜ?」と聞き返す。
「少しも楽しくない」
「少しも楽しくないの?なぜ?」
「スコアが全然よくならないから」
「スコアが全然よくならない?なぜ?」
「ドライバーが当たらない」
「ああ、ドライバー当らないの?なぜ?」
「スイングが悪いから」
「スイングが悪いの?なぜ?」
「スイングの理屈がわかっていないから」
これで五回「なぜ?」を繰り返す。
そうすると解決策が見えてくる。
それは「スイング理論を身につけないかぎりゴルフは楽しめない」という。
とにかく「なぜ?」を五回自問していく。
そして自答していくと必ず問題点がはっきりしてくるという。

デール・カーネギー著『人を動かす』−中略−人間は、他人から言われたことには従いたくないが、自分で思いついたことには喜んで従います。だから、人を動かすには命令してはいけません。自分で思いつかせればよいのです」(8〜9頁)

人を動かす 文庫版



これは本当にそういうところがある。
人からそんなふうにして持っていかれているのだが、さも自分が思いついたように言った瞬間に人間はそのように行動するという。

質問の仕方によって物事の真相が見えたり解決策が見えたりしてくるものだ。
逆の意味で言うと、へたくそな質問がいかに世の中をグジャグジャにするかという。

谷原さんのご本は法廷術。
この方は弁護士なので、法廷等々でお使いになるという実例が出てくる。
この本を読みながら、この本を三枚におろしていた自分の見聞で、この方の意見をいろいろと使ってみた武田先生。
2017年4月12日の武田家での出来事。
浅田真央引退会見での記者の質問。
「引退の決意をどこでなさったんですか?」
「今までで一番印象に残る大会での演技はどの演技ですか?」
「あなたの演技の代表的な技、トリプルアクセルにもし今、引退するあなたが声をかけるとすれば、何とかけますか?」
こういう質問が飛んだ。
それを見ながら武田先生の奥様が(テレビの)画面に向かって「腕章して、いい年こいて、バカなこと訊いてんじゃねぇよ!」という。
「そんなことしか訊けないのか!」と言いながら。
矢のような鋭い言葉。
怯えるようにして妻の脇に小さく座っていた武田先生。
なぜ奥様は激しくそういうふうに記者の質問を罵ったかというと、この質問はいずれもその後、浅田真央さんが長いこと沈黙してしまう。
ライブだから、すぐに答えが返ってくる方がいい。
浅田真央さんの引退会見なので「深いことを訊きたい」ということはわかるが、いずれも答えるのに時間がかかる。
そういう意味で奥様曰く「いい質問」ではない。
記者さんたちには記者さんたちの「バカじゃない」理由があったのだろうが。
最初の質問「引退の決意をどこでしたのですか?」はネガティブ。
非常に暗い質問。
二つ目「今までで一番印象に残る大会と、大会で行った演技を答えてください」。
これは「一つだけ答えよ」という限定。
これがまた浅田真央さんを考えさせてしまう。
これは明らかに記者側にはもう答えがある。
例の「ソチの大会での」というようなことを言ってくれればこっちはうれしいんだがなぁという記者側のアレがある。
浅田さんは深く深くお考えになったものだから、ここでも間が開く。
そして三つ目。
あまりにも抽象的。
「トリプルアクセルに声をかけるとすれば、何と声をかけますか?」
だから記者は「ご苦労様。私のトリプルアクセル」とかって言って欲しいのだろう。
これは質問として難しい。
奥様の印象。
「今の三つは下手な質問である」
奥様が「あ!」と褒めたのがある。
奥様が賛辞を送った質問はどんな質問だったか?
それは男性だったか女性だったか「浅田さん。あなたはいつも強い気持ちでいくつもの困難を乗り越えられてきました。その強さをあなたに授けた人は誰ですか?」。
もうこれは、訊いた瞬間にキャメラマンがバーッとファインダーを構えて。
浅田真央は一言置いて「母です」と言う。
つまりそのいわゆる「すべての人が想定しながら、その一言を聞きたい」という。
また浅田真央さんが正直に言ってもその答えになるという問いを彼女の前に置いてあげる。
それで浅田真央という人は美しい笑みを浮かべて「母です」と答える。
そうするとババババババーっとフラッシュが。
つまりこれはもうそこにいたファインダーを覗いているすべてのキャメラマンも合点したという「いい質問」だった。
引退会見なので返事は暗くなりがちだが、返事も表情もその会見場の誰もが望んだ、それを引き出せる質問が「いい質問」はないかと。
これは本には書いていない。
浅田真央は背中を一回向け、涙を拭いて「母です」と答える。
この質問は武田先生の奥様が「非常に頭のいい質問」という。
というのは会場にいる全員の感情が動くという。
谷原さんは質問に関してはまず「相手の感情を動かすという質問が大事なんだ」と。
だからこの質問の人がうまかった。
「あなたにその強さを授けた人は誰ですか?」と訊いて浅田真央さんが「母です」と答える。
その後にこの質問者はこう訊いた。
「そのお母さんの力を発揮できた大会はありますか?」
そうすると彼女がさっき長い間で「テヘヘ」と笑いながらうまく答えられなかったのが「ソチです」という。
ショートで失敗してグシャグシャに気持ちが折れた浅田真央。
でもいよいよフリーに望む時「真央」と呼びかけた母の声がしたと。
そして当然だが彼女は「ソチのフリーの演技でした」と応じる。
なるほど。
それを聞けば満点。
日本人の多くがそれを聞くことによって共感、喝采を送る。
質問者の質問というのが感情と理性をきちんと把握して応答させる。
そのやっぱり技術。
質問には技術がある。
これはもう、谷原誠さんが法廷等々の中で何度も感じられたことなのだろう。
「質問には技術が必要なんだ」と。
だからこの浅田真央さんの良い例を今、使ったが、逆手に使えば相手を激怒させることも簡単。

例えば水谷譲が国会議員だとする。
水谷譲は大臣。
記者である武田先生が水谷譲に質問をする。
記者「あなたは東アジアのこのエリアにおいて戦争の危険はあると思いますか?戦争の危険はどうです?隣国の問題等々・・・」
大臣「差し迫っては無いと私は思います」
記者「では将来勃発するという可能性に関してはどうですか?」
大臣「う〜ん・・・まぁ、それは今後・・・」
記者「申し訳ありません。なるべく返事は『はい』と『いいえ』でお願いしたいと思います」
大臣「はい」
記者「あなたは危険がもしあるとお思いになるんだったらば、そのことを心配なさっておるんですか?」
大臣「まぁ、そりゃそうですな」
記者「若者に武器を持たせ、殺傷の技術を教える。そういうことは国防上必要であるとお思いですか?」
大臣「今の日本ではそれは考えられない・・・」
記者「そういうことは危険であると思いますか?」
大臣「危険なんではないかと」
記者「徴兵制度を復活することには、もちろんあなたは反対ですね?」
大臣「まぁ、そうですね」
このいずれの質問も全部「『はい』か『いいえ』で答えなさい」と言うと「はい」としか答えようがない。
つまり「はい」としか答えようがないところに相手を追い込んでいくと、簡単に相手を激怒させることができる。
とにかく相手が迷ったら一問目に戻ればいい。
「あなたは東アジアに戦争の危険があると思いますか?」「いや、それは・・・」と言うと「平和ですか?」と言う。
「いやいや、平和じゃない」「じゃ、危険なんですね」「そりゃまぁ・・・はい」って言う。
その後「若者に武器を持たせて自衛隊で訓練することは危険ですか?」「それはもちろん」って答える。
「でも東アジアには戦争の危険があるんですよ?」ってそこにずーっと戻っていけば、相手を何百メートルも同じ円の中で引きずり回すことができる。
これと同じことが、この2017年の4月に起きている。
復興大臣(今村前復興大臣)に対する仮設住宅援助打ち切りの問題の記者からの質問。
「我々はちゃんとやってるんだ!」と激高した方。
怒らせた方にすごい質問の技術がある。
今村復興大臣とフリージャーナリストのやり取り[平成29年4月4日]復興庁 | 今村復興大臣記者会見録[平成29年4月4日]
大臣さんがカンカンになって「出ていけ!出ていけ!」という。
「人に向かって何ていうひどい大臣だろう」と思った武田先生。
でもその次に思ったのは「あ、この人、髪の毛染めてるな」という。
(頭髪が)真っ黒。
長崎県(番組内の別日に「佐賀県」という訂正あり)から選出されたという、大変苦労人らしい。
その方が細身の体で血相を変えて乱暴な言葉づかいで。
これは記者からの質問を受けた復興大臣の方が仮設住宅援助打ち切りからケンカに発展したということ。
しかも大臣の発言は援助を打ち切るというその人たちに対して「そこから先の人生は自己責任だろう!」とおっしゃったというので大問題。
よく聞くと、この方はあまり大きく間違ったことは本当は言ってないのではないか?というのが後の反省で言われた。
ただ、言葉を間違えた。
「しっかり自立を促したい」と言えばいいところを「自己責任」と。
谷原さんの本を読んで、週刊新潮を買って、その顛末を調べた武田先生。
2017年4月4日の復興大臣と記者たちとの質疑応答だったわけだが、これはどういうことかというと、福島県原発事故により国の避難指示範囲の外に住む避難者に対して除染が進み、食品の安全性も確保されたとし、約70億円の支援が与えられていたが、災害救助法に基づき終了したと宣言した。
この経緯をフリージャーナリストの西中誠一郎さん(52歳)が今村雅弘復興大臣(70歳)に対して「それは終了ではなく打ち切りではないか」と質問する。
記者西中さんは「露頭に迷う人がいるんですよ?」と聞いたわけだ。
しかし国の立場からすると、そのエリアに関しては除染をしてそこに戻れるということでずっと費用をかけてきたわけで、復興大臣としては打ち切るということは、そこが安全になったということだから「援助を続けます」と言うと「除染サボってるんだろ!」と言われかねない。
「食品の安全等々も確保されているので」なのだ。
援助を続けるということは福島への風評被害等々を助長することになるので、打ち切るということで終了させない限り解決に向かえない。
これは非常に質問の仕方が上手なのだろう。
西中さんは「はい」としか言えないという立場にどんどん大臣を追い込んだ。
西中さんはただひたすら「露頭に迷う人がいる」というその事実を付き続ける。
「だからそれは」と大臣が言いかけると西中さんは「あなた、わかってるんですか!」と叩き込む。
西中さんはするどく「何を考えてるんですか!」という。
はっきりいって西中さんは大臣の弁を聞く気はない。
とにかく「露頭に迷う人がいる」ということに全部戻していく。
復興大臣が何を答えようと。
福島県の避難民のための援助というのがあって、それを打ち切るという。
70億円の打ち切りの話。
それが西中さんは「露頭に迷う人がいるんですよ!」と言う。
だから「はい」としか言いようがない。
現実に困っている人がいるのだから。
それで復興大臣はカーッとなられたのだろう。
大臣というのは、総理大臣もそうだが、答弁の場合は答えるだけ応答するだけで反論というか討論ができない。
答えるというポジションにある人たちだから「はい」と「いいえ」しかない。
だからちょっと西中さんには酷な言い方かも知れないが、とにかく怒らせる質問を繰り返していけば大臣級の人は怒るようなシステム。
とにかく、かくのごとく「いい質問」は「人を動かし、人を怒らせる」という技術。
西中さんには西中さんの正義の質問のつもりだろうが、復興大臣の今村さんの激高を招いたという。
一言間違えると大臣は大変。
その後、別の失言が続いて、とうという復興大臣をお辞めになってしまった。

その後も何か自民の人の失言問題があった。
三原じゅん子氏、自民男性議員ヤジに激怒 がん患者発言に「はらわた煮えくり返る」 : J-CASTニュース
三原じゅん子さんが嫌煙運動か何か語っている時に肺がんの人たちについての発言の中で「じゃあ肺がんの人、働かなくていい」とか何とか。
あれもあの方の憮然たる表情をまだ覚えている。
「何であの人はあそこであんなことを言っちゃったんだろう?」と。
今村さんはあの後の失言で「地震が東北だったからよかったようなもんで、首都圏に来てたら・・・」という大失言をなさった。
あの後、あなたの選挙区の長崎で地震が来た。
(震度)4.○。
いくつか来た。
危なかった。
もうちょっとで・・・。
今村復興相:「東北でよかった」発言と記者団への一問一答 - 毎日新聞
だから言っておくと、そういうことになっちゃうから。
だから肺がんの方も、とにかくあなたが肺がんになったら笑う人がいるから気を付けてください。
世の中には(そういうことが)ある。
本当に、からかっていたらそういう目に自分が遭っちゃったみたいなことがある。

「いい質問をさせない」というやり方もある。
谷原さんの本を読んでいる時に、この人が(テレビの)画面に出てきたので、谷原さんの本を基礎にしてこの人を眺めた。
豊洲問題渦中の人、浜渦(武生)元東京都副知事。
この方はお辞めになった復興大臣とは違う。
この方は何が違うか?
記者を自ら集めた。
「私がパーティーの主人公である」という場作り、座作りをやらないと。
そして「質問を受け付ける」とおっしゃったが、浜渦さんというのはこの人はやっぱりなかなかやる。
この手の頭のいい人は「いい質問をださせない、いい雰囲気作り」が上手。
質問者を自分から選ぶ。
選んだ後、時間を設ける。
「10名の方、1人2分以内」とか。
そういう「場作り」「座作り」が上手。
そういうところでは公開ヒアリング、いい質問が出にくくなる。
浜渦さんは、その公開ヒアリングで記者をお招きしておいて、その後、居並ぶ記者に向かってルールを決める。
これが一問一答。
一人の記者に許されるのは一問だけ。
「二つ目の質問は許さない」ということで。
浜渦さんのイメージは何かというと「すべての質問に答えた」というようなイメージがすごく強く残る。
しかもこの人は質問者を自分で指差す。
指差した時に質問者の容姿、顔つきを言う。
だけどフリージャーナリストの西中誠一郎さんが復興大臣の今村さんと激しくやりあった時、キャメラは今村さんを撮って、西中さんを撮らなかった。
「撮った方がいいよ」と思う武田先生。
「記者の顔つき」というのは大事なのではないか。
記者の顔というのは絶対撮られない。
浜渦さんはその「記者の顔を撮らない」というメディアの方式を知っているので、関係者が聞けばわかるように、その人の特徴を言う。
「そこのちょっと細型で、ほら、そこのメガネかけた人ね。赤いネクタイの。ちょっと地味な痩せ型のあなた」と言う。
「はい、次の質問いきましょう。そこの顔の長い、派手なシャツ着た人。黄色いシャツ着たあなた、あなた。メガネかけてる」
そうすると業界の人はやっぱりだいたいわかる。
それでちゃんとお聞きになる。
「所属は?所属。どこ?どこ所属?あ、○○新聞ね。はいはいはいはい」という。
質問者の特徴を記録として残して、匿名性ではなく特定個人の対話者であるということで、わずかながら相手の自尊心をくすぐりつつもはっきり記録に残す。
残されると意外質問はそう。
丸く収まる。
あまり激高できなくなる。
この後も浜渦さんの質問に対する応答というのは、やっぱりうまい。

posted by ひと at 10:11| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月24日

2017年8月21日〜9月1日◆心を操る寄生虫(後編)

これの続きです。

 人間の体に住んでいる微生物の大規模な調査は二〇〇五年にはじめて行なわれ(134頁)

私たちひとりひとりに住みついているウイルス、細菌、菌類、原生動物、その他すべての生物を合計した数を求めたのだ。最終的な集計の結果は一〇〇兆個を超え、人体のすべての細胞を合わせた数はそれより一桁少ない。−中略−簡単に言えば、自分の九〇パーセントは、実は自分ではない。(134頁)

(番組では「体重の90%」と言っているが、本によると重さではなく数)

自分の微生物相は指紋と同じで、自分だけのものだ。(135頁)

だからお腹の中には同じ菌が誰一人住んでいないという。
だから将来は指紋代わりにも使えるという。
そんなことも上がっているそうだ。
(というようなことは本には書いていないが)

 腸内で暮らす微生物は私たちが食べるものから分け前を得ているが、そのお返しとして消化を助け、ビタミン類を合成するとともに、口から入った危険な細菌を安全なものにしてくれる。そのうえ、私たちの感情を調整しているおもな神経伝達物質のほとんどすべて−中略−さらに精神活性作用をもつホルモンまで大量に生産する役割を果たしている。(135頁)

ある意味でアナタの気分を作っているのはアナタではなくて、それらアナタに住む微生生物なのである。

 興味深いことに、一部の胃腸障害、とりわけ潰瘍性大腸炎とクローン病(炎症性腸疾患のひとつ)では、腸内の微生物相の混乱が特徴として見られ(136頁)

不安、落ち込み、社会適応欠如等々も大半が実は腸内、あるいは体内に住んでいる微生生物なのではないかと。
それらの力なのではないかと。
武田先生がこの本を読みながらつくづく思ったのは刑務所に入ってらっしゃる方なんかに協力していただいて微生物調査を進めればどうかなぁと思っている。
協力してもらうと人間の心の闇と微生生物の関係なんかがもっとよくわかるのではないかと。
それが性格にどのように影響するのか、腸内の微生物のサンプル採取、そういうものに協力してもらうと・・・。
犯罪を犯す人は何かしら共通点があると思うので、それは知りたいと思う水谷譲。
そんなに簡単に「殺そう」と思わない。
それから「カッとなる」と言う。
どうなったら「カッ」となるのかというメカニズムが知りたいと思う武田先生。
いっそのこと、それが微生物のせいだったらすごく救いがある。
人類のものすごい文化に大貢献できる。
公職に就く方、国・都の方、市町村議員、大臣、議員、区会議員、都議会議員、そして都民ファーストの会の等々は検便。
これはもう義務化。
どんな虫が住んでいるのかオールチェック。
政治で間違えたら巨大な損害が生まれる。
人的損失も含めて。
だからこれはやって欲しい。
「健康状態を報告する」ということ。
健康状態を報告すると、ある程度精神も読める。
やっぱり運転している人に向かって後ろから掴みかかって「ハーゲー!」というのはちょっとやはり。
それはやはり相当イライラが。
「ちーがーうだろー!」というのは内臓にやはりちょっと支障が。
便が固いとか、かなりの水便とかと、絶対出る。
だからやっぱり検便が一番わかりやすいから血液検査と検便だけはやって欲しいと思う武田先生。
腸内の方の安定はどうなのかというのはやっていただくべきではないのか。
「これが本当の『身体検査』」と言う水谷譲。

腸内がかなり人間の感情面を作っているという。
そうならばなおさらのこと、政治に携わる方々は当選すると同時に尿検査と弁検査を終えて妙な虫がいないということを証明し、バッジを付けるというのをやったらどうか。
これはやって欲しい。

武田先生からの提案。
この本を読みながら思ったが「メディアにおける報道」。
ニュースを伝える人たちの気分とか口のきき方、コメンテーターの提案の一つ一つで社会が大きく揺れ動いたりする。
その人たちが病気だったりなんかしてては。
その人ではなくて「虫が言う」ということもある。
だからニュース、あるいはニュースバラエティ等々の司会、コメンテーター。
この方々は検便、検尿を終えて。
だから女子アナは特に。
アナウンサーもそう。
ニュースの読み方ひとつで真実が全然違う。
「堂々と検便を提出する」という水谷譲。
「今日の検便の結果」とかというのをバーン!と朝から一覧表で・・・。
毎日。
それぐらいやらないと。
やっぱり清潔な手でニュースを触らないと、ニュースは特に雑菌が混じりやすい。
アメリカの大統領も検便をやった方がいいと思う武田先生。
トランプさんには検便の結果を出してほしい。
なぜならば、腸内微生物によってその動物の性格が明らかに変わることがどんどん証明されつつあるから。

無菌マウスは特別な方法によって無菌の状態で飼育されるため、腸内微生物をもたない。−中略−ところが無菌マウスには、この自然な好奇心がまったくない。−中略−さらに、無菌マウスは奇妙に怖いもの知らずでもある。正常な微生物相をもつマウスなら行くべきではないとわかっているような場所に、平気で進んでいく。(137〜138頁)

物事に対して警戒するというセンサーがない。
純粋飼育でその無菌マウスを増やす。
そうすると「母性剥奪マウス」が完成した。
子供を食い殺すそうだ。
(本には生まれてすぐに母親から離されても平気だった程度のことしか書いていない)
現実問題としてこの社会に子を殺す母親が出現している。
「心の問題だ」とか言う人がいるが、まずはその方の腸内細菌を一回調べた方がいいということ。
あの感覚はまったく理解できない。
このネズミの中で子を食い殺すことができるという母親ネズミが無菌マウスから完成したということは、腸内細菌と母性というのはものすごく密接に関係していることであって、そういうことが証明されると人類の大きな進歩のために・・・・。

第一のグループには細菌が含まれたヨーグルトを一日に二回、四週間にわたって食べてもらい、第二のグループには非発酵乳製品を、やはり一日に二回ずつ四週間食べてもらい、第三のグループの食事には介入しなかった。その実験の前と後には被験者全員に情動認識の課題を与え、それをこなしている最中の脳の活動をMRIスキャンで測定した。情動認識の課題では、怒り、恐怖、悲しみの表情を表す顔の写真を見て、同じ表情の写真を組み合わせていく。すると細菌が含まれたヨーグルトを食べた女性たちではほかのグループの女性にくらべ、感情、認知、近く情報処理の三つの領域で落ち着いた脳活動が見られた。(143頁)

やっぱりかなり腸内の微生物というのはその人に大きな影響力を持っているということ。

男が女に惹かれる、女が男に惹かれるというのも腸内細菌が操っているんじゃないか?という。
つまり「あの人の菌、欲しいな」という。
(ということが本に書いてあると番組内で言っているが、それらしい記述は発見できず)
大物の素晴らしい俳優さんがいたが、奥さんが入院中に「浮気の虫が」というので詫びてらっしゃったが、あれなんか違う菌が欲しかったのではないか?
大阪の菌が欲しくて。
考えてみると男と女というのは恋をすると本当に接触したがる生き物。
ある意味でこれは細菌を取り込む本能のようなものが男女間で作動しているのではないだろうか?

本の中にとても興味ある新しい研究分野を紹介している。
「嫌悪学」
人間は生きながら必ず好きなものがあるが、絶対に嫌いなものもある。
「なぜそれを嫌うようになったか」というのは研究に値する。
なんだかわからないけれども「生理的にダメ」というものが確かにあると思う水谷譲。
それを歴史とともに一回考えてみませんか?
人々は生きながら何かを嫌っている。
例えばわかりやすく言うとミミズ、ヘビ、ゴキブリ、人が吐いたもの(吐瀉物)、排泄物、ネズミ、それから外国の方は必ずお挙げになるが「海草」。
西洋の本なので嫌うものの中に海草がある。
これは思わず日本人が「え?海草?」。
でも外国の方は「浜に落ちてて気持ちが悪い」と。
私たちはパッと見た瞬間「これ、味噌汁の中に入れてるヤツかなぁ?」「これ食べられるのか?」。
このへんが「嫌悪」の微妙なところ。
もちろん「寄生虫」。
最近で一番嫌われているのは「タバコの煙」。
昔、あんなに好かれたのに、今はもう、嫌われ者の上位に昇格したのがタバコの煙。
その他、花粉、ダスト。
激しく嫌われるこの「嫌悪」から何が浮かび上がってくるのか?

行動免疫システムというラベルには病原体によって誘発される偏見だけでなく、感染から身を守るための嫌悪に基づいたその他の幅広い反応や、同じ働きをする動物の行動までが含まれるようになった。(224頁)

自分が生き物として生きていく間に「病の元」ということで。

中世にはヨーロッパの全人口の三分の一が腺ペストに倒れた。コロンブスが新世界に上陸してわずか数世紀のうちに、ヨーロッパから押し寄せた侵略者と開拓者が持ち込んだ天然痘、麻疹(はしか)、流行性感冒、そのほかの病原体によって、南北アメリカの先住民の九五パーセントが死に追いやられた。(14頁)

これはやっぱりコロンブスと開拓民がネイティブの人からはバイキンに見えただろう。

一九一八年のスペイン風邪の流行で奪われた命の数は、第一次世界大戦の前線で殺された兵士の数より多い。現在この地球上で一、二を争うほど多くの犠牲者を出している感染体、マラリアは、史上最悪の大量殺人犯であると言ってよい。(14頁)

そういうものにまつわるものが「嫌悪」として挙げられるという。

妊娠している女性は、胎児を拒絶しないように免疫系の働きが抑えられている妊娠初期には、より外国人嫌いになるが、危険が過ぎ去った妊娠中期以降はそのようなことはない。−中略−妊娠初期に免疫系の働きを抑えるプロゲステロンというホルモンが嫌悪の感情を強め、それが外国人に対する否定的な態度と食べ物の好き嫌いを促すことを明らかにした。(226頁)

妊娠初期の女性の六〇パーセント以上が経験し、吐き気を感じさせたり嫌われたりする食品の第一位は、最も病原体に汚染されやすい食べ物である肉類(魚や鶏肉も含む)だ。−中略−つまり、つわりというのは、母体と発達中の赤ちゃんのどちらにも危険を及ぼす可能性のある食品を食べないようにと、自然が未来の母親に促すやり方なのだろう。(198頁)

これは実は脳内ホルモン系。
この妊娠中の女性と同じ心理というのが今、いわゆる「人種的偏見」とか「ヘイトスピーチ」などに繋がる脳内ホルモン、プロゲステロンに由来しているという。
「人種的偏見、ヘイトスピーチやめよう!」と言うが、腸内細菌と共に考えないとダメ。
いつもみんな「心は」とかって言うが、心の問題の前に体が本能で感じている腸内細菌も考えないと。
感染症で「もう人類全部全滅するんじゃないか」という恐怖感を何度か味わっているので、そういうものが本能として組み込まれている。
それはやはり頭では決して・・・。
このへんが人間の知恵の愚かなところ。

また二〇一四年には移民排斥のウェブサイトと、一連の連邦議員までもが、アメリカの南の国境から次々と流入する中南米とメキシコからの難民が市民にエボラ出血熱を感染させるかもしれないと警告した。(232頁)

アフリカまでエボラ出血熱の治療に出かけていったお医者さんを飛行場で入れない、とか。
「エボラ出血熱がメキシコで大流行し、メキシコ人がアメリカに逃げて来てる」という。
それで「メキシコ人を入れるな」というフェイクニュースが流れた。
これを大統領選で利用したのがトランプ大統領。
「壁を作ろう」というのはこの時の「国境に壁を作らないと、メキシコ人がエボラ出血熱に罹ってアメリカに逃げ込んでくるぞ」というのが流れた。
それをトランプ大統領は巧みにつかまえた。
もう一つ重大だったことは

このとき、テキサス南部でエボラ出血熱に感染した者などひとりとしていなかったにもかかわらずだ。(232頁)

まったくの「ガセ」。
この手の感染症の細菌のイメージを使うと、人間というのはいとも簡単に操られてしまうという。
アメリカにある差別用語は日本もあまり変わらない。
というのは同じものがその人を支配しているのだろう。
アメリカでは旧市民が新市民、新しく移民でやってきた人たちに投げつける差別用語、ヘイト用語に「シラミたかり」「ダニ野郎」「ブタ」という呼び方がある。
これは日本でも同じ。
これは何でかというと「感染症に対する恐怖をイメージとして人に与える」という。
それからヒルや寄生虫、ゴキブリ。
そういうふうに言うことで感染症の恐怖を人種差別に利用する。

 一九九四年にルワンダで発生した大量虐殺は、フツ族の過激派が「ツチ族のゴキブリどもを根絶やしにしろ」と追随者を扇動したことからはじまった。(233頁)

だからもう、日本からアメリカからアフリカまで、とにかく感染症を媒介する動物、微生物、生物の名前を差別用語として使うというのは嫌悪学として法則なのだ。
しかし「嘘である」ということ。
でも、こうやって考えると、嫌悪学を巧みに使うと政治的メッセージとしては強烈に相手をやっつける言葉になりうるという。
だから政治家は使っちゃイカンということ。
「都民ファースト」を主催なさっている小池百合子都知事がよくお使いになった言葉が「頭の黒いネズミ」。
こういう病をばら撒く動物を相手のイメージと結びつけると、強烈に自分が清潔なイメージを持つことができるわけで。
ただし言っておくが「あまりよい方法ではない」と、ご記憶いただきたいと思う武田先生。

この嫌悪学というのは実験で人間の視覚をイメージで操ることができるということを本の中で詳しく言っている。
それは「アップの手法」と「繰り返し」。
(このあたりの話は本の中には発見できず)
ある主張を人に信じ込ませる嫌悪のテクニック。
これで思考を操ることになる。
ヒットラーもよく使っていたのは人々の顔のアップ。
反対運動に汗を流す人々の顔、怒りの顔。
それから万歳、歓喜する人々の顔。
それからたった一発なのに何回も繰り返すので何十発も打っているように見える北朝鮮のミサイル。
あれはしゃべってる間の間が持たないから三回ぐらい同じのを繰り返すのだが、なんとなくイメージとしては「あ、三発打った」という。
あれは一発。
でもこの嫌悪学というのはなかなか面白い。
アメリカなんてこれを見るともう、この嫌悪学の実験場としては最高。
先ほど小池都知事の言葉の中で「頭の黒いネズミ」というのは失礼だなぁと思った武田先生だが、この失礼なのが政治的技術で大いに使われているのがアメリカ。

嫌悪学を悪用すると印象操作ができる。
安倍総理がよくお使いになった言葉だが「人の印象を清らかにも悪くにもできる」という。
小池都知事が「頭の黒いネズミ」という。
一群の反対勢力、自分とは違う考え方の政治家たちに対して「ネズミ」とお使いになったという。
「そういうこと、あまり関心しませんぞ」と話した武田先生。
ところがアメリカではもうこの嫌悪学を使った選挙キャンペーンはもうザラ。
相手をいかに人々から嫌いな存在にさせるか。

二〇一〇年のニューヨーク州知事選挙の共和党予備選で、ティーパーティー運動活動家であるカール・パラディーノ候補がはじめた新手の広告キャンペーンだ。選挙のわずか数日前、彼の党の登録有権者は自宅の郵便受けで、「オールバニー〔ニューヨーク州の州都〕で何かが悪臭をはなっている」というメッセージが書かれ、生ゴミのにおいがしみ込んだパンフレットを見つけた。−中略−彼はラツィオを完璧に打ち負かし、途方もない二四パーセントもの差をつけた。(248頁)

(番組では街中に貼ったと言っているが、本によると封筒)

 もっと最近の出来事としては、ドナルド・トランプが民主党予備選討論会でヒラリー・クリントンのトイレ休憩が長引いたことを取り上げ、「気持ち悪すぎて」話すのもいやだと奇妙な表現をして、聴衆の笑いと喝采を浴びていた。(248頁)

「ヒラリーがトイレに行っている」ということを前提として、待たされたことに苛立ったトランプさんがおやりになったしぐさ。
「ヒラリーは今、ゲロを吐いている」という。
「ヒラリー」と「ゲロ」というのを結びつけたという。
そういうしぐさをしてヒラリーのイメージを「ゲロ」と結びつけたという。
これはトランプさんはしきりにお使いになる。
この大統領は日本車を売り込むことに長けた日本の企業に対しても「日本の車はアメリカに寄生している寄生虫だ」と言った。
この「ゲロ」と「寄生虫」というのはトランプさんはものすごく好き。
だからいとも簡単に気持ち悪くさせられる。
だから嫌悪学というのはそういう意味では政治学としては強烈。
ある意味では宗教もそう。
例えば豚肉の扱いとかがうるさい。
何でも喰っているのは私たちぐらい。
日本人はそのへんがルーズ。
日本人はそういう意味ではタフなのかも知れない。

武田先生の直観。
この嫌悪学を応用するとイジメの問題なんかにも深く参加できる。
つまり同じような呼び方をする。
人をいじめる時に寄生虫の名前で呼んだり、媒介生物の名前で呼び捨てたりする。
ということは、同じようなものが作動している。

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2017年8月21日〜9月1日◆心を操る寄生虫(前編)

前回(この番組の前の週は「編集手帳」なのでそれより前のことだと思われる。『おしゃべりな腸』のことか?)に「腸内細菌だ。それが人間を操る」というような話をした武田先生。
予感っぽいのが今年の夏「妙に当ったな」と思ったのは「小さな生物が人間社会を揺する」というのが結構多かった。
ヒアリ。
ヒアリ騒動はすごい。
七月の下旬だったかにマダニが50代の女性を殺したというのが世界で初めて発表されたという。
マダニ感染症、猫から感染 女性死亡 「ネコからヒト」初確認  :日本経済新聞
武田先生はマダニで人が死んだのが「世界で初めて」であると誤解しているようだが、マダニで人は前から死んでいて、この事件が珍しいのは「猫からヒトへの感染事例」だから)
だから「生き物万歳」もいいが、寄生生物、腸内細菌が人間を・・・というのにクラっときた武田先生。
本屋さんに行って探していたら、その発展形でズバリ『心を操る寄生生物』。

心を操る寄生生物 : 感情から文化・社会まで



著者はキャスリン・マコーリフ。
もっと細かに前にお話しした彼女(『おしゃべりな腸』のジュリア・エンダースのことか)の説を前進させている。
腸に住んでいるような、あるいは胃袋の中に住んでいるような、小さな小さな腸内細菌とか寄生生物、寄生虫があなたを操っているのではないか?という。
寄生虫が体の中に入って脳を侵して人間を操るというホラー映画があるという水谷譲。

エイリアン (吹替版)



これは動物の世界で言うと前にご紹介したのは「寄生虫の指示によって猫にわざと喰われるネズミが出現する」と。
それでそういうことが実は生物世界にはいっぱいあって、人間社会にもあるのではなかと考えるとピタッとくる人がいる。
「この人はやっぱり腸内細菌、寄生虫じゃないかな?」という人が。
我が国の総理大臣、安倍晋三さん。
あの方は一回目に総理大臣になった時にズタボロで辞めていった。
気弱に眉毛を下げて。
あれはお腹の調子が悪かった。
腸が弱いということでお辞めになった。
いい薬に巡り合って今度、堂々たる総理として高い支持率を維持されて、一瞬のうちになくされて。
だけど、一回目の安倍晋三総理と二回目に登場した安倍晋三総理は別人のように性格が違う。
一回目の時はもう、支持率が低調になるとテリー(伊藤)さんのところに対談を申し込んできたというのが芸能界で流れた人。
いろんな芸能人と対談をやりたがって支持率を上げようと・・・。
今度は支持率が高い時は強気、低調になるとすごく丁寧になられるが、本性は強気。
あれだけ民進(党)から揺さぶられて堂々としてらっしゃる。

今、武田先生は一生懸命調べているが、女性の事件が多い。
政界もすべて含めて。
芸能界も含めて。
「わたくしは彼を許しません・・絶対に!」とか「ハぁゲぇ〜〜〜!」「違うだろ!違うだろ!! 違うだろーー!!!」。
あんなタイプの女性がいただろうか。
まだはっきりしないが、力のないお父さんを娘さん二人と、どうも奥さんが力を合わせて殺したらしいというあの事件。
夫を自宅に放置? 死体遺棄の疑いで母娘3人を逮捕 横浜 - 産経ニュースこの件かと思われる)
旦那さんをとっかえひっかえ殺したんじゃないかという、認知症の疑いで裁判を引っ張っておられるあの70代の方。
青酸連続殺人:筧千佐子被告に死刑判決 京都地裁 - 毎日新聞この件かと思われる)
そして千葉で自分が職場であまり大事にされていないので睡眠導入剤をコンデンサーミルク(「コンデンスミルク」のことを言いたかったかと思われる。英単語としては「コンデンサー」も「コンデンス」も同じだそうだが)みたいにワーッと。
それで世間話をしながら・・・。
睡眠剤混入、上司や同僚への不満が動機か 容疑者供述:朝日新聞デジタル
話題の中心は全部女性。
しかも、もうこれから老いていくという方。
稲田(稲田朋美防衛相)さんも含めて。
この人たちは失言とか犯罪とか、ソーシャル・ネットワークを使ってのプライベート暴きとかと色々あるかも知れないが、これはもしかしたら原因は一つで「寄生虫」。
これじゃないか?
あの中で一番ショックだったのは「この人さえいなくなればいいんだ」と言いながらすぐ「あ、もう殺しちゃおう」と簡単に決断する人。
繰り返すことが多くて動機が判然としないのは、実は動機は一つ「寄生虫」。
こういう解き方で接近していったら・・・。

寄生生物という、内臓の中に住み着いてその生物を操るという。
探すとそういう事例がいっぱいある。

吸虫はアリの脳に入り込み、運動と口器をコントロールする部分に居座る。そのようにして感染したアリの行動は、日中はほかのアリとまったく変わらない。ところが夜になると、巣に帰らずに草の葉のてっぺんまでのぼっていき、下顎をつかってそこにしがみつく。空中にぶらさがりながら、草をはむヒツジがやってきて自分を食べてしまうのを待つ計画だ。ところが夜が明けても食べられなかった場合は、また巣に戻っていく。(17頁)

やがてアリのついた草が食べられたとき、寄生生物はよやくヒツジの腹のなかにたどり着く。(17〜18頁)

そうするとアリの中にいた寄生虫がヒツジの腸の中でバーッと増えていく。
吸虫は、そこまで考えてやっている。

 その話の主人公は鉤頭虫と呼ばれる寄生生物だ。−中略−この寄生生物は成体になる前に、池や湖に住む小さなエビのような甲殻類の体内で成熟しなければならない。それらの甲殻類は、危険の気配を感じるとすぐ泥のなかに潜ってしまう習性をもっている。しかし鉤頭虫が成長の次の段階に進むためには、マガモ、ビーバー、マスクラットなどの腸に入り込む必要があり、どの動物も水面で暮らしながら甲殻類を食べている。−中略−感染した甲殻類は思いもかけない行動に出ることがわかった。驚くと下に向かって潜るのではなく、あわてたように砂地の表面に姿を見せ、せわしなく動き回るのだ。(18頁)

だから食物連鎖というのが自然界は支配しているというが、その食物連鎖を巧みに利用して隙間で生きていく寄生虫というのがいる、という。
「野良猫にはマダニが」とかって言うが、そのほかにもそういう隙間で生きていく寄生虫というものがいることを忘れてはいけないということ。

ふつうは森の下草で暮らして泳がないはずのコオロギが、池や小川に飛び込んでいたという。(36頁)

これも実はハリガネムシという寄生虫にコントロールされて自殺したコオロギかも知れない。
これは草の下で鳴いておけばいいものを、月夜の晩、満月が中天にかかったりすると鳴くのをやめて湖や池を目指し、遺書も書かずにトーン!と飛び込むヤツがいる。

ハリガネムシは宿主の体から抜け出すと水中で交尾し、やがてメスが卵を産んで、それが孵化して幼虫になる。(41頁)

これは結構でかい。
ひも状で7cmぐらいある糸みたいなやつ。
それがグルグルにお腹の中に憑りついているのだが、成人(「人」ではないけど)して色気づくと「女欲しい」とかって言い始める。
「もう眠れない!」みたいな。
それでどうするかというと、宿主であるところのコオロギを自殺衝動に導いて月夜の晩に自殺させる。
(本によると「自殺衝動」ということではなく「光に向かって進め」という寄生虫からの指示で月の光を反射した水面に入ってしまうらしい)
それで水中で死んだところでお互いが抜け出して交尾し・・・。
そしてこの交尾が済んだあとは、カワウなんかに憑りついて腸の中で卵はまた大きくなる。

ダイエットには理由がある。
女性が痩せる、生き物が痩せようと志すというのは何かある。
これが寄生生物の力だったりするという。
人間というのはやっぱり喰ってゴロゴロしとくのが一番楽しい。
でも痩せようと思うのは、他の何者かが「痩せなきゃダメよぉ」と。
自然界を見ていこう。
「太った蚊」というのはあんまり見たことがない。
「飛べねぇ!」「重てぇ!」とかっていう蚊はいない。
これは、蚊は絶えずダイエットしている。
しかも自分の意思ではない。
寄生虫がダイエットをさせている。
蚊に憑りついたマラリア原虫。
マラリアをばら撒くマラリア原虫という寄生生物。
これは蚊を操っているのだが、単純な操り方ではない。
「こんな小さな虫に、どこにそんな知恵があるんだ」というぐらい巧みに蚊という生き物を操って、マラリア原虫はマラリアをばら撒いている。

 だが、こうした過程でマラリア原虫を取り込むと、それまで貪欲に血を吸っていた蚊がたちまち食欲を失ってしまう。科学者たちはその理由を、マラリア原虫が子孫を人間に感染させるには蚊の体内で繁殖する必要があるから、繁殖している期間に蚊が血を吸い続ければつぶされるリスクが高まり、寄生生物にとって利益にならないからだと考えている。ただし一〇日後には寄生生物の子孫が成長し、より感染しやすい段階に入る。そうなると微生物は食欲を増進させることで大きな利益を得ることができるので、蚊の唾液腺に侵入し、抗凝固物質の供給を経ってしまう。その結果、蚊が血を吸おうとするたびに血はすぐ血小板で固まるようになる。蚊はいつものように血をたっぷり吸えなくて苛立ち、空腹を満たすためにより多くの宿主に噛みつく(53頁)

蚊はより多くの人の肌を求めて飛び回り、血を吸い回り、多くの原虫が人間の体内に侵入するチャンスを増やす。
一遍に吸わせてしまうと一人しかないから、わざと詰まらせる。

マラリア原虫は蚊が人間をにおいで探し当てる力を利用して、蚊と人間を近づけているかもしれないい。−中略−マラリア原虫が人間の体内に入ると、元々の体臭を強めたり、蚊を引きつける新しいにおいを出させたりする可能性がある。(54頁)

一寸の虫にも五分の(魂)と言うが、一寸にも満たないミクロの虫が、かくの如く宿主の心を操ってパラサイト世界の原動力というか、動かしている。

ヒメクモバチの仲間の寄生バチ−中略−だ。このハチがクモを捕まえて腹部に卵を産みつけたときから、寄生バチによる専制が始まる。卵が孵化して小さいミミズのような幼虫になると、クモの腹部に小さい穴をあけ、そこから体液を吸う。(60頁)

「獅子身中の虫」というヤツ。
内側から喰っていくのだが、クモの方は喰われている意識がないという。
だから「いけす料理」の反対側。
喰い物を保持しながら喰い続けて最後に息の根を止める。
「それまで生かしとく」という。

 メスのエメラルドゴキブリバチはワモンゴキブリのにおいを嗅ぎつけると、体長ではかなり見劣りするにもかかわらず強引に追跡して襲いかかる。−中略−そこでハチは、注射器を巧みに扱う邪悪な医者を思わせるそぶりで、毒針をもう一度そっと突き刺す。今回の狙いはゴキブリの脳だ。−中略−やがて戻ってきたハチはゴキブリの残った触覚の根本をもち、「まるで犬をひもでつないで散歩させるように、ゴキブリを巣穴まで連れていく」−中略−そしてゴキブリの足の外骨格に卵を産み付けると−中略−その後、卵からかえったハチの子どもたちはゴキブリの体をすっかり食べ尽くし、やがて成虫となって巣穴を飛び立つ。(64〜65頁)

いけすで魚を飼い、新鮮に保ちつつ刺身を食べるという、高級料亭の逆さのパターンで。
いけすの中に住みながらいけすを喰っちゃう、みたいなそういう暮らしをする。
だからこのハチはゴキブリの脳の領域の意識を奪う化学物質を作れるということ。
だから相当高度だろうと思うのだが、そういうことができる。

 アリタケの仲間のこの冬虫夏草−中略−は、胞子の段階から従順さとは無縁だ。胞子はオオアリの体についた途端、菌糸を伸ばしてアリの体内に侵入し、すぐに体全体を占領してしまう。さらにアリに命令を出して、太陽が最も高い位置になる時刻きっかりに木の上にいられるよう、若木にのぼらせる。アリは地上からおよそ三〇センチの高さで木の北西側にある葉の裏まで移動し、しっかりと固定できる主葉脈めがけて噛みつく。それと同時にこのキノコはアリの下顎をコントロールする筋肉を破壊し、アリの口を永久的に閉じたままの状態にする。彫像のように動かなくなった宿主は息絶え、その頭からはキノコが生えてきて、一本の柄の先に子実体ができる。まもなく子実体が破裂して胞子が地上にまき散らされ、そこでまた新しいアリに拾われる。(70頁)

ということで「冬は虫であるが、夏は草になる」という摩訶不思議な。
これもフードチェイン、食物連鎖の不思議「冬虫夏草」。
これは薬草なんかで使われているが、不思議な生き方。

トキソプラズマ問題が出てきた。
「猫に寄生して」という。
これは「人間には大丈夫だ」とかって言われていたが、マダニもそうだがやっぱり「家禽」と言うか家で飼われている獣というのは、それはやはり寄生虫にとっては願ってもいないターゲット。
トキソプラズマというのは影響を実は与えている。
今は「ない」と言われている。
「妊婦さんだけ気にしてください」ぐらいに言われている。

どんな方法であれトキソプラズマは実際に自分の脳に入り込んでおり、それが自分の性格を変えて危険嗜好を強めていると、フレグルは私に行った。さらに自分の研究から、この寄生生物は何百万人もの人々の脳をいじくりまわし、交通事故、統合失調症などの精神疾患、さらに自殺まで増やしている可能性があると考えるようになったようだ。(77頁)

トキソプラズマ原虫が居ついたニューロンは、ほかの三倍半も多くドーパミンを生産していたのだ。(95頁)

「インフルエンザが人を操ってやってるんじゃないか」という説がある。

被験者は予防接種を受けてから三日間の、ウイルスが最も移りやすい時期に、予防接種を受ける二倍の人と交流していた。「社会生活がとても限られていた人やシンプルだった人が急に、バーやパーティーに出かけたり大勢の人を自宅に招いたりする必要があると思うようになった。それが被験者の多くに起きていて、ひとりやふたりの変わった人の話ではなかった」と、ライバーは話す。(115〜116頁)

そう言われると風邪をひく直前に歩きたがる心当たりがある武田先生。
ちょっと「風邪かなぁ」と思うと「葛根湯、買いに行こう」と思う。
マネージャーに頼めばいいのに「葛根湯、買いに行こう」と思う。
あれはもしかしたらインフルエンザが人を社交性にするというホルモンで「大流行を演出している」という可能性があるという。

性感染症の場合もウイルスによって操られているのではないか?という。
この入院時の報告では「病状が出る直前に性欲が強くなった」という報告が多い。
(という記述は本の中にはない。インフルエンザと異なり、性感染症は症状が出る前に感染しやすいというこではないようなので「HIV感染者は末期段階になると恐ろしいほどの性欲にとりつかれる時期を過ごす」とのこと)
「浮気の虫」と言うが、これはもう東洋人の直感で「虫の仕業」。
本人の罪ではない。
寄生生物。
寄生生物は宿主の社会性、性欲、そして人の好みを操る。
とんでもないタイプの人を好きになったりする。
長嶋(茂雄)さんではないが「俺の守備範囲じゃない」のに行ってしまう。
「ライトを守っているくせに、レフトまで走っていく」みたいな、そういう熱病みたいなところが浮気の「気」にはある。
だからこれはやはり寄生生物の可能性が高い。

トキソカラには、イヌ回虫−中略−とネコ回虫−中略−のふたつの種があり、名前が示すようにそれぞれイヌとネコに感染する。このトキソカラが私たちの精神面に問題を引き起こす可能性がある大きなヒントは、その幼虫が人間の脳に住みつくことができるという事実だ。−中略−北米とヨーロッパの人口の一〇パーセントから三〇パーセントがこの寄生生物の幼虫に感染していると推定され、一部の貧しい国では感染者が人口の四〇パーセントに達すると考えられている。(123〜124頁)

症状というものが判然としないので「害がある」ということは断定しにくいが、行動においては行動障害、それから散漫等々が原因は実はソキソカラではないかと。
もしかするとこのトキソカラの脳内の感染によっていわゆる老人に多い「認知症」というのが可能性があるんじゃないか?という。
これはやっぱり調べてみる甲斐がある。
それであの友達のカケナントカさん(加計孝太郎理事長)という方は「獣医学部をつくりたい」とかとおっしゃったのではないか?
あれは動物を媒介にする寄生虫から操られて「今治にどうしても動物病院つくりたい」という。
「総理の責任じゃなくて、みんな寄生虫だった」という。
そんなことをフッと考える時がある武田先生。

『寄生獣』

寄生獣 新装版 コミック 全10巻完結セット (KCデラックス アフタヌーン)



右手に棲みついちゃった「ミギー」というヤツ。
漫画として最高傑作で、映画になった瞬間、つまらなくなった(と思う武田先生)。

寄生獣



頑張って作ったワリに・・・。
ただやっぱり漫画の方が怖い。

ターミネーター2 劇場公開版〈DTS〉[『T3』劇場公開記念バージョン] [DVD]



あの中に銀色の水銀人間が出てくる。
手の形が刃物に変わったりする。
あれの変身の仕方がそっくりだから、相当『寄生獣』の知恵が影響を与えているのではないか?

 人間を苦しめる寄生生物は一四〇〇種類以上もいて、それもわかっている数だけだ。まだ発見されていない種類が無数にある(132頁)

武田先生がすごく胸に沁みた言葉。
「腸の中には心の住む内臓世界があり、頭には脳が作る意識の世界がある」
そんなふうに人間を捉えたらどうか?

posted by ひと at 10:49| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月26日

2017年9月18〜29日◆はじめての福島学(後編)

これの続きです。

チェルノブイリの時にヨウ素131の問題とセシウムの問題を話した。
ヨウ素131の方は8日で半減を迎えるがセシウムは非常に警戒が必要な寿命の長い放射線、放射能。
「ベクレル」(番組で何度か「ベクトル」と言っているが、もちろん「ベクレル」)などという慣れない単位が出てきて、福島における放射線リスクを大いに語られた。

 たしかに、震災直後に、タバコのリスクと放射線のリスクを比べて「安全ですよ」という科学者に対して、放射線を心配する小さな子を持つ親たちが「子供はタバコ吸わねーし」とツッコミ入れていた。これは全くそのとおりのツッコミで、化学的な説明としてあまりにも安直で、かえって不信と不安を増大させて混乱を招いたことだと思います。(212〜213頁)

六年前、放射性物質への怯えが高まって、世田谷なんかをタイガーカウンターを振り回すおじさんがいて土の中からカウンターの針が震えたんで大騒ぎになったら「ラジウムだった」という。
世田谷の放射線、床下のラジウムから 原発は無関係  :日本経済新聞
ガイガーカウンターの貸し出しも始まった。

RADEX RD-1503 ガイガーカウンター(NEW 2017年 モデル/ 旧RD-1503 後任モデル)by Radex



そのうちにガイガーカウンターを振り回すおじさん、おばさんがいっぱい増えて、あっちこっちから放射線が出ているということで問題になったのだが。
あまりにもガイガーカウンターが鳴るので、みんなどうしていいかわからなくなった。
その時に賢い人はぼんやり思った。
「放射線なんて、そこらへんからいっぱい出てるじゃん」という。
あれは変だった。
ガイガーカウンターの鳴るところを一生懸命探し回って、鳴ったらニュースになるという。
それがどのくらい影響があるのか?健康に被害があるのか?あったのか?一切報道しない。
あの後何も。
ラジウムをどこで処理したかも何も言わないから、まんま放置したのだろう。

「一日平均で30ベクレル程度の放射性セシウムを摂り続けると、体内の放射性セシウムの量と放射性カリウムの量が(ベクレルで測って)だいたい同じになる」
 つまり、先ほどの「ごはん茶碗1杯200gあたり、放射性セシウムが0.4ベクレル」という例で言えば、30ベクレルに至るためには、毎日ごはん茶碗75杯分を食べる必要があります。
(193頁)

しかも捨てられたラジウムを探して、メディアは絶えずゴミを漁り続けたという。
テレビに出て放射性物質の危険度を繰り返し叫ぶ人がいて「いや、そんなに怖いものではありませんよ」と言うと「御用学者が!」と罵るのが流行っていて、その手の方がテレビ、ラジオでバーっと仕事を増やしていった。
あの頃のその人たちの合言葉「もう騙されない」。
また陣頭指揮に立った、今「民進党」だが、民主党の党首である総理までもが「騙されない」。
これを国是となさって突然、原発事故現場を訪れたりなんかしたという。
そういうことがあった。
また、大手新聞が「みんな原発の人は逃げたんだ」と罵ったという。
後で「いや、間違ってました」と訂正するが。
そんなふうにして立場の上の方の人たちも大騒ぎにして、パニックに陥ったという。
東電を始めとして、放射能を説明する人、今、原発でメルトダウン事故の対処にあたる人も「嘘をついている。誰一人信じられない」と、みんなが疑ったという。
それで何にも物事が進まなかったという。
でも幸いでしたね?
自衛隊の人とか消防署の人たちで、ものも言わずに一番危険な作業をやってくださって。
東電にもいらっしゃった。
それで何とか。

六年前のあの日をみなさん、思い出してください。
メルトダウンどうのこうので日本が揺れた時、もう本当に「芸能界ダメだぁ」と思った武田先生。
一年ぐらい仕事がないと思った。
もう娯楽が入り込む隙がない。
何か暗かった。
娯楽番組、バラエティやお芝居は、もう一年は放送されないと思った。
絶対あの時、みんな思っている。
あの時は、どうやって通常の放送に戻そうかというのも、どの局も迷っていた。
コマーシャルが全部すっ飛んで、広告公共機構(旧名称「社団法人公共広告機構」の「ACジャパン」を指していると思われる)ばかりやっている。
もう本当にあの時に「終わった」と思った。
民放からコマーシャルを取ったら何が残んだよ!
ましてそこを職場にしているワケだから「ああ・・・もうダメだぁ」と思って。
青山まで行ってジムをやっているので、もう時間を潰すのがそこしかなくて。
武田先生が青山の国際大学の前で見かけた風景。
コンビニに何も売っていないのだが、その青山のあの大通り、青学の前のあの通りを綺麗なスタイルの人がトイレットペーパーを抱えて歩いてらっしゃる。
ロールのヤツ。
六個ぐらい抱えてらして。
うまく手に入ったのだろう。
それぐらいトイレットペーパー不足というか、騒ぎになっていた。
ガソリンスタンドに延々と車が並んで、そんな異様な風景の中でトイレットペーパーを抱えたモデル風の美女に向かって、お婆ちゃんが大きい声で「アンタさ、ウンコ拭く紙なんだから、紙に入れてもらいなよ。みっともない」。
トイレットペーパー不足だから、奪い合うようにして、あそこの青山にある大手のあそこでうまいこと買ったのだろう。
その興奮で表に持って出たのだろう。

(震災直後の)3月12日、武田先生のお嬢さんが朝六時に泣いている。
「どうした?」と言ったら「玉電(玉川電気鉄道)走ってるよ、パパ」と言ったのを覚えている。
電車が早朝、走る音がした。
いつもの音がいつものように聞こえるというのが、いかに自分たちにとって重大か。
何時間もかけて、もうみんな歩いて家まで帰っていた。

あの時、国民の関心はその男に集中した。
総理大臣。
菅(直人)さんという方だったが。
この方が眉間に縦ジワを入れて、イライライライラなさっているのがこっちに伝わってくる。
パニックになってらした。
菅さんというのは人気があった。
ところが総理がパニックになる。
メディアが何を思ったか「この人の本性は『イラ菅』」と言い始めて「いつもイライラしてるんだ、コイツは」。
先に言ってくれれば(投票は)入れなかった。
もう「これからはその政党の時代だ」と思って入れたのだから。
この時は大変だった。
総理はカンカンになって官僚の人たちを怒鳴りまくっているし。
そしてあの都民が愛した石原(慎太郎)都知事。
この方も短気になられた。
東京の浄水場の方でちょっと高めの放射線量が観測されたというのでカーッとなられたのだろう。
「本年の隅田川花火大会中止」とおっしゃった。
「こんなことやってる場合じゃないんだ!国が傾いてるんだ!」
石原都知事がさらに「花見なんかやってる場合じゃないんだよ!」。
石原都知事、花見自粛呼びかけ 「同胞の痛みを分かち合うことで連帯感を」 : 【2ch】ニュー速クオリティ
この一言がまた日本中を・・・。
やっぱりあの都民が持ち上げた方だったので「あそこまで都知事が」ということで「花見はやめるべぇ、やめるべぇ」と。
三月の中旬。
だから気象庁が普段だったら桜の開花予想をする時期。
それが開花予想をしない。
でもその総理の「イラ菅」と、あのパニックになられ、怒りの石原都知事の言葉をかき分けて、これらの騒動があっという間に落ち着く。
何と被災地からものすごく重大な言葉が届く。
その一言が日本中をシーンとさせて日常に戻した。
つまり、あのパニックを救ったのは総理でもなければ都知事でもない。
被災者の方。
その被災者の方の一言。

2011年3月のこと、中旬を過ぎて日本中のパニックが広がっていく。
原発事故の不安、そして様々な方への不信、国政に対しての不信を持つ。
総理大臣の菅さんが眉間に縦ジワを入れて、そして枝野(幸男)さんという方がいちいち報告なさるのだが、この方の場合、声は冷静なのだがクマができるという。
そういうものが渦を巻いて。
そして東京都民が大好きな僕らがヒーロー石原都知事。
この方までも、どうなさったのか記者の質問に対して、あれはたぶん3月の14、15日。
東京のはずれの水道の浄水場で「放射線量が高い」ということが発表された。
その報道を受けての質問だったと思うが、石原都知事が言明なさって、まず第一は「浅草を中止にする」とおっしゃった。
三社祭を中止。
その後、石原都知事が「花見なんてやるもんじゃないよ!」。
それでもう日本中が静まり返って。
次々に桜見中止。
気象庁はもう三月の中旬だから、靖国神社に2〜3人出向いて、普通はもう開花予想を流す。
「そんなもん行ってる場合か!」と言って石原都知事が太陽にほえられた。

太陽にほえろ!1986 PART2 DVD-BOX



それで静まり返って桜見を中止にしたら、みんながそう決心した時に被災地、岩手の酒屋さんだったか、名言をおっしゃった。
何ておっしゃったか。
「花見やってください」とおっしゃった。
この戒厳令が引かれたような日本で「そっちはそっちでやってください」という。
その時に付け足しで、当たり前だがこの酒造メーカーのご主人が「お酒を飲んでください」。
「お酒を飲んで花見をしてください」 岩手、宮城、福島の蔵元がアピール - ライブドアニュース
「自粛しないでください」というメッセージをもらった。
その時に東京都知事もイラ菅も信用できなくなって「あの人が言うんだったら呑もう」という。
「オマエら、そんなことやってる場合か!」と絡まれたら「向こうのお酒造ってる方は『呑んで欲しい』って願ってらっしゃるんだ!」「その人に賛同して俺らは酔っぱらうんだ!」というので。
あの年はもうとにかくビール会社には申し訳ないけど日本酒を呑んだ。
最初はこっちだけ浮かれて呑むなんてちょっと申し訳ないと思った水谷譲。
その一言を聞いて、もう絶対「被災地のお酒を呑もう」と、みんな呑んでいた。
「カンパーイ!」じゃなくて、亡くなられた方に「ケンパーイ(献杯)!」と言いながら。
ジャパニーズがあの時、マナーをよく守った。
この国民はやっぱり、納得するとマナーは抜群。
この時にその花見にニックネームがついた。
これも庶民が作った。
「震災花見」
その結果ですらメディアは報告していない。
庶民が「よし!」と「もう都知事の言うこと聞かない。もう総理の言うこと聞かない。あの酒屋さんの言うこと聞こう。あの人たちを仕事でてんてこ舞いさせよう。さぁ、呑もうぜ!」。
クワーっと震災花見、あっちこっちで頑張った。
できるところはみんな花見をやった。

・日本酒造組合中央会によると、清酒出荷量が4〜9月期は宮城県で前年同期より39%、岩手県で17%、福島県で9%増えた(281頁)

何と例年に比べ、あの年、清酒メーカー、醸造メーカー最大の売れ幅を記した。
本当に「福島学」。
つまり「伝え方がうまいこと伝わると、被災地に対してもお金と物の流れがきくんだ」という。
今、福島第一原発。
もう変わることなくまだあの不幸、災いは続いている。
今も作業員の方々の必死の努力が続いている。
新技術に向けての作業が開始されたばかり。
武田先生もすごくうれしかったが、とうとう日立からロボットが一台到達した。
解決はしていない。
でも作業に向けて現場をカメラで捉えるというのが日本のロボット技術の最先端がここに投入され、集中され、撮影に成功した。
まだまだこれから問題は多いが。

武田先生の夢。
福島が今、頑張ってやっている医療機器メーカーの技術と廃炉への技術が合体していくと、我々の憧れの「鉄腕アトム」が福島からガバッと起きて「ボク、日本のために頑張ります!」と言いながらビューンと飛ぶというような未来が・・・という。

第三次産業でも福島の回復力は早く、2013年、JRのキャンペーンが功を奏した。
キャッチコピーがよかったので武田先生も乗った。
JRが上手いことを言った。
2013年JRのキャッチコピー「行こう!東北へ」。
(調べてみたが「行こう!東北へ」はJALのプロジェクト。JRは「行くぜ、東北。」)
これに載って福島に行った武田先生。
「東北でお金を使うことはいいことなのだ」という。
「震災花見」に続いてこの年、「震災観光」。

問2 2010年と比べて、2013年、福島県に観光客(=観光客入込数)はどのくらい戻ってきている?−中略−
 そして、問いの答えは、「2010年と比べて、2013年、84.5%の水準に回復している」です。
(297〜298頁)

もう今はすっかり回復している。
この手の「明るい」というのは人を惹きつける。
正直に言って今なお、福島第一原発は苦戦が続いている。
でも相馬双葉地区で相馬のイチゴ狩り、それから川内村のイワナ釣り。
武田先生が好きな渓流釣り。
これが再開されている。
チャンスがあったら来年の春にイワナ釣りに行こうかと真剣に考える武田先生。
これはとっくに回復しているが、いわきのスパリゾート。
常磐ハワイアンセンター。
【公式】スパリゾートハワイアンズ・ホームページ

 福島県への教育旅行宿泊者数の推移を見ると−中略−まだ3.11以前の半分以下という状況は続きます。(305頁)

韓国、台湾など日本への観光を積極的にする人々が多い国から万単位の客が逃げてしまっている状況が、いまだに続いています。(306〜307頁)

この、修学旅行、家族連れが少ないのは、もう間違いなく「子供を守れ」の叫びが効きすぎてストッパーにまだなっている。
メディアのみなさん、流した情報のその後を考えてください。
まだストッパーが効いている。
いわきはあれほど安全なのに。
メディアばっかり責めないで自分の我が足元も見てみたいと思う。

タレントが原発の作業員の方とか技術者の人に話を聞かせてもらえるというような紀行番組の企画は通らないのかな?と思う武田先生。
圏内に、中に入るのは難しいかも知れないが、せめて拠点のJヴィレッジに行かせていろいろ積極的に番組で公開バラエティーショーみたいなのを作業員の方々に楽しんでもらえるとうれしい。
でも新聞記者の人が入っているのだから。
不謹慎でもいいから。
何で武田先生があえてこんなことを言うかというと、やっぱり効果がある。

 会津については、2013年は明らかにNHKの大河ドラマ『八重の桜』効果が出ています。(299頁)

八重の桜 完全版 第壱集 DVD-BOX5枚組(本編4枚 特典ディスク)



会津の観光地の復興率、復旧率はすごく早い。
それと今、違う局に出ているが綾瀬はるかという女優さんはその後もずっと会津地方に関わりを持っている。
この女優さんは、よい女優さん。
この子はもう力みの何にもない子。
物おじしない、物を知らない子。
そこが明るくていい。
この綾瀬はるか譲から聞いたし、ローカルニュースで見たが、この子は会津まつりにまだ参加しているようだ。
もう番宣も離れて、いいのに個人的に。
会津まつりといって白虎隊の恰好をして少年たちが練り歩くようなお祭りが、会津戦争の無念を晴らすようなパレードがあるのだが、そこに招かれると綾瀬はるかは「山本八重の恰好をしてくれ」と言われる。
ちゃんと『八重の桜』の主役の山本八重の会津城攻防戦の恰好をして、スペンサー銃を持って山車に乗る。
もう綾瀬はるかが山車に乗っかって街に出た瞬間、ばあ様方が手を合わせて「八重さま〜!」と言う。
これが泣ける。
芸能人というのは本当に役に立たない生き物だとは思うが、こういう事例を見ると「やることはあるさ」と。

福島における出産の悲劇について。
放射能汚染等で今もささやかれている流産の多発。
それから先天性奇形の子の産まれた頻度。
これらが「異様に福島では高いのではないか」というでたらめが流れている。

問1 3.11後の福島では中絶や流産は増えたのか?
 答えは、「いずれも増えていない」です。
(331頁)

問2 3.11後の福島では離婚率が上がったのか?−中略−
「離婚率は明確に下がった。むしろ、婚姻率は上がる気配も」
(334〜335頁)

問4 福島県の平均初婚年齢の全国順位は?−中略−
 これ、答えは夫妻とも「1位」なんですね。2013年が夫29.8歳、妻28.2歳で、ともに1位でした。
(345〜346頁)

(番組では女性の初婚年齢が1位で男性が3位以内と言っているが、本によると両方1位。初婚年齢も本とは食い違う内容で説明している)
「先天性奇形の頻発、流産の頻発等々、取り上げるほど、報告するほどの問題は何一つ起こっていない」と。
「ヒソヒソ話で話すのはやめてください」と。

「避難」「賠償」「除染」「原発」「放射能」という「ビッグワード」に頼ることはあえて避けました。(349頁)

福島の負った傷を科学的にみてみる。
これはやっぱりびっくりする。
帰還困難、避難指示というワード、言葉というのはある。
福島に「帰還困難地区」という土地があることは事実。
科学的にそれを見てみる。

問1 今も立ち入りができないエリア(=帰還困難地域)は福島県全体の何%ぐらい?−中略−
 1位が北海道(8万3456.2、以下、単位は平方km)、2位が岩手(1万5278.7)、3位が福島(1万3782.7)です。
−中略−
 それで、福島県の面積の1万3782.7平方kmに対して、今も立ち入りができないエリア(=帰還困難区域)はどのくらいの広さか。
 これは337平方kmです。
−中略−
 ですので、1万3782.7のうちの337がどのくらいかというと2.4%ほど。
(350〜351頁)

これはドンドン減っている。
今、もう現状2017年では1%台まで落ちているのだろう。
それをまだ言う人がいる。
「傷は1.○%だ。2%弱なんだ!」という。
そこのエリアが傷を負っているという。
そんなふうに考えて福島というのに向かって行こうと。

(番組では帰還困難区域が減っていると言っているが、最新情報が見つからなかったが今年の三月に報道された<福島第1>避難指示 帰還困難区域解除見えず | 河北新報オンラインニュースによると「帰還困難区域」の解除は見通せない。面積は369平方キロとのことで、減っているという話は発見できず)

著者は「ありがた迷惑12箇条」として「こんな人は福島について語らないでください」と12箇条を挙げている。
彼は断固として「これらの人たちは問題の本質には全く関係がない」と「福島から出て行ってください。あなた方には福島を語る資格はありません」ということで12箇条。
一回も福島に行ったことがないのに語りがたる人がいる。
「県民の表情、何か暗いんだよね。福島は」とか。
そういうことを言うヤツがいる。

「今、福島は新しい問題に遭遇している」と著者は言う。

 ところが、3.11からしばらくしたら、町で暮らす人の半分がそっくりそのまま「新住民」、外から働きに来た作業員の方々に入れ替わったわけです。この町は若者が多いわけでもないし、関西弁など耳慣れない言葉で話す人がちょいちょいいる状況もなかった。以前ならいないような人が、コミュニティにドサッと入ってきた。だから、地元のおばちゃん、おばあちゃんたちからしたらすごく不安だ、というわけです。(366頁)

今まであまり顔を見かけなかった人たちがいっぱい新住民としているわけで、それが新旧住民として交流が非常に難しい、と。
その交流がうまくいくように「どうぞメディアのみなさん、手伝ってください」「そして何かアイデアがあれば、私どもに貸してください」と開沼先生は。
(そんなことは本に書いていないが)
だからそういう新旧住民のために活躍するのが娯楽・芸能メディアだと思う。
ちょっと少し混乱した街にとって、やっぱり娯楽を積極的に外から飛び込んでくるっていうのは。
福島第一原発のみなさん方が懸命に働いているところにチャンスがあれば『三枚おろし』も出向きたいと考える武田先生。

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2017年9月18〜29日◆はじめての福島学(前編)

はじめての福島学



あれから六年の歳月が流れて、昨今、他県で暮らしている子供たちがいじめの対象になっているという。
そういうことを全部含めて(著者の)開沼博さん。
この方は福島の方。
この福島の方が「『事実』『真実』とは一体何なのか?」という。
あの大きな厄災が襲ったエリアがある。
そのエリアが六年後に「何をそこから吸い上げたらいいのだろうか?」ということをあえて「福島学」ということで取り上げてらっしゃる。
これはもう、ちょっと本を読んでいてヒタヒタと通じてくるのだが、著者の方は拳が怒りで震えている(というふうに武田先生は感じる)。
それを懸命に「怒っちゃいけないんだ」「そのことも含めて福島っていうものをもう一回勉強しよう」と思ってらっしゃる。
やっぱりひどい偏見がある。

開沼博(かいぬまひろし)
社会学者。1984年福島県いわき市生まれ。
(214頁)

今、福島大学の福島再生を図る分野で研究を続けている方。
プロフィールにそうある。

忘れがたき2011年3月11日。
「東北は闇に覆われた」と。
福島の闇は特に深くて、丸ごと県内住民の避難を訴える人もいた。
「全部避難した方がいい」と。
じゃあ「そのアイディアは本当はどうだったんだろう?」という。
「福島はもうダメです。福島に近づいてはいけません」と叫んで参議院議員になった方もいらっしゃった。
昨今、絶望はやや小さくはなったものの東京電力。
その津波被害を受けた原子炉。
そこに関する闇はどうなんだろうか?と。
他県へ避難している県民の子らが避難先の小学校で「バイキン」と呼ばれ、いじめられているというような報道が2017年上半期に頻発した。
それを今は少し振り返ろうと。
このイジメが報道のとおりの事実ならば、放射能汚染による避難者は六年後の今は日本人のある人々からは「やっかみ」を受けている。
「放射能を避けてこっち側にやってきたヤツは特別待遇を受けてるんだ」と。
そのことに対するやっかみが、ああいう暗いイジメというような事件を増やしているのではないか?
「じゃあ、あの2011年の報道、メディアは本当にちゃんと報道したのか?」と開沼さんはおっしゃる。
「六年後、こういうことになったっていうことは、メディアさん、アンタ方の伝え方に少しゆがんだことはない?」っていう。
まあ、親の顔を見ながら子供というのはそういうことをしているのだろうが、やっぱりそういう子を生んじゃったというのにメディアの報道のあり方は正しかったかどうか。
メディアがあまりにも正義を叫ぶあまり、不当に悪人に仕立て上げた人々とか、事故等々があったのではないかっていうのが開沼さん。
「それを感情ではなくて、科学でやりましょうぜ」とおっしゃっている。
これはしかし、こういうことは、本当にどうしようもなくある。
福岡でもある。
何の事件か言わないが、ニュースバラエティの番組の中にいた武田先生。
コマーシャルに入った時、地元の人で「ヒソヒソヒソ・・・」と言う人がいる。
コマーシャルに入った瞬間「違うんですよ。実は話、これ逆でね。被害者みたいな顔してるでしょ?この人が実は・・・」みたいな。
その場で「それは嘘だよ」と言った武田先生。
そういう話っぷりそのものが非常に、今流行の「フェイク」。
フェイクニュースはすごい。

・ホール・ボディ・カウンターで福島県民約2万4000人の内部被ばくの状況を調べた結果、99%の人が検出限界以下だった
・福島第一原発から西約50キロの福島県三春町の小中学生1383人を同様に調べた結果、1人も検出されなかった
(197頁)

 2万4000人の調査のほうは、どうしても「放射線への意識が高い」人であったり、ある地域であったりに偏りが出てしまう部分もあった。例えば、「ものすごい食事に気を使っている人が多かったからみんな検出限界値以下だったのだろう」というツッコミを入れる余地もあったわけです。(198頁)

(番組では、上記のような非難は小中学生を調べた結果に対して出されたような話になっているが、本によるとそういう非難をする余地をなくすための小中学生に対する調査であったようだ)
こんなふうにして「真実」「事実」というのをクルクルクルクル風車みたいに回して「何が真実か事実かわからなくなっている」という。
それも一種「福島で起きた人間の仕業である」という。
その「人間の仕業」を学問にしましょうというのが開沼さんの『はじめての福島学』。

同じような事故があったということでチェルノブイリを見学し、福島と重ねて、かえって絶望を深くした人たちがいる。
そして日本人の中にはもう福島が難しくて、面倒になった人もいる。
「いまだに福島のことが信じられない」という方と、「とにかくみんなで力を合わせて福島を助けようよ」という。
六年の時を経て、福島に関する日本人の思いが今、千々に乱れているんじゃないか?
そういうことも含めて著者、開沼博さんは「『福島学』という学問にして福島で起こった問題を学問にまで高めましょうよ」。と。
これはグッドアイディアだと思う。
だから武田先生は読んでいて、この開沼先生の感情を抑えて福島に今ある問題を科学で見ようとする目というのは、もう本当に感動した。
では、科学でどのように、学問として福島をどのように見るか?

「メディアが報道した。それは真実だ」と思うのは「結構みなさん危ういですよ」。
もう一度、あの時の福島をあの時から見つめなおしてみましょう。
あの時、放射能汚染があったことは事実。
あれから放射能汚染はどうなったのか?
これはあんまりもう言わなくなった。
著者が問題としているのは「事実を報道して、事実をそのまま放置して、その後の真実、事実を全く報道しない。それはメディアさんおかしいじゃないの?」と。
「あん時に放射能汚染どうのって騒いでおった。今、どうなったか絶えず報告しなさい」という。
別の番組で伊東四朗さんがいいことを言っていた。
「この爺さん、いいこと言うな」と思った武田先生。
「水が不足すると『不足した不足した』と騒ぐくせにさ、水がある時はちっとも報道しないんだから」と言ったら、今はスマートフォンで調べられる。
メディアというのはそういう意味では「騒ぎ師」と言うか「とにかく話題になることを」という。
一回報道したらその後も報告すべきだと思う。
「一度『事実』『真実だ』と言って報道した。それが六年後にどうなっているかという報道も必ずやってくれ。それがメディアではないか」という。

「震災前に福島県で暮らしていた人のうち、どのくらいの割合の人が震災によっていま現在県外で暮らしているか?」(36頁)

 たとえば、東京大学・関谷直也特任准教授が2014年3月に全国1779人にインターネット経由で実施した調査では、「福島県では、人口流出が続いていると思う。□%程度流出していると思う」と質問しています。
 この問いに対して全体の1365名が「流出が続いている」と答え、その予想する平均値が24.38%でした。つまり、日本に暮らす人の8割がたが福島からの人口流出イメージを強く持ち
(38頁)

 さて、答えを言いましょう。正解は2.3%程度です。(39頁)

「現実の福島」と「イメージの福島」の間には実に10倍の差があるわけです。(39頁)

 震災前の福島の人口は、200万人ほど。一方福島から震災後に県外に避難している人の数は4.6万人ほど(39頁)

 例えば、福島の南隣の茨城県の数字を見てみましょう。茨城県は、2010年10月に296万9770人の人口がいましたが、2014年1月の人口は293万1006人です。3万9000人近く減っているわけです。(44頁)

地震、原発避難等の影響は福島はほとんど今はないそうだ。
他県と比べても福島の人口減少問題は、これは優等生。
人口の減っていない県の優等生。
ベストスリーかファイブに入るぐらいよかったらしい。

 実は、2014年初時点での日本の人口減少のワーストスリーは秋田、青森、山形です。それらの県の方々には大変申し訳ない感じもしますが、データを見れば、人口減少問題という意味では福島よりもヤバい状況になっています。(50頁)

 例えば、2012年3月の段階で出た朝日新聞の記事「福島の人口、30年後に半減の予測も政策大准教授試算」(http://www.asahi.com/special/10005/TKY201203050778.html)がそれです。
 簡単に内容を把握できるようにポイントを引用すると、「東日本大震災の被災の3県のうち、福島県の人口だけが減少を加速するとの予測」
(68頁)

福島県民が本当にうつむいたという。
これが一面に踊った。
「30年後、半分になる」という。
これはまったくの虚報で、あれから六年経っているが気配もないということ。

2010年の人口を100とした場合、震災がなくても2040年には福島が63.8(36.2%減少)、宮城が75.0、岩手が59.4になると試算」ということで、岩手も「半減!」ではなにしても、「4割減!」であることも一応は書いてあります。(68頁)

しかし、もうこれは発表からわずか数年後に予想が遠ざかってゆく。

確証バイアスとは「自己の先入観にもとづいて他者・対象を観察し、持論に合う情報を選別し需要して、それにより自信を深め、自己の先入観が補強される現象」を指すわけですが、「福島の人はみな放射線に怯え苦しみ、流出しまくっている」という偏見があったのではないでしょうか。(69〜70頁)

 社会学・心理学などでは、そういう不必要な負の感情を弱い立場にある人に持たせ続けるものを「スティグマ(負の烙印)」と読んだりしますが、スティグマ強化に誤った数字の独り歩きが今でも加担しているのだとすれば、少しでもそれが是正されていくことを願います。(71頁)

宮城とかよりももっと深刻なのは「放射能汚染」という、これが「穢れ」として貼り付けられている。
だから神奈川県に転出した子なんかが学校に行って「バイキン」と。
いじめ:福島から避難生徒、手記を公表 横浜の中1 - 毎日新聞
そういうあだ名を、ニックネームをつけられていじめられるというのは、メディアがばらまいた、あるいは福島を問題化した政治家たちが放射能汚染というもののに関して正確に捉えずに、ぼんやりとした不安で騒ぎ続けた。

風向きが毎日出ていた。
矢印がやや左の下の方を指すと「こっちに流れてきてる」。
でもあれは、何かの役に立つの?
asahi.com(朝日新聞社):福島産花火の打ち上げ中止 「放射能の恐れ」愛知・日進 - 東日本大震災
asahi.com(朝日新聞社):送り火用の被災松からセシウム 京都市、使用中止を発表 - 東日本大震災
もちろん危険は危険。
別に「安全」と言っているわけではない。
ただ「安全のための情報としてそれが必要か?」ということ。
角な情報が流れて「一度汚れた『穢れ』は絶対に祓えない」という、何か古事記にも出てこないような「穢れ思想」を放射能に託して無暗な怯えに震えていたのではないか?

問1 福島県の米の生産高は全国都道府県ランキングで、震災前の2010年は何位で、震災後の2011年には何位か?−中略−
問1 2010年が4位、2011年が7位
(104頁)

問2 福島県では放射線について、年間1000万袋ほどの県内産米の全量全袋検査を行っています。そのうち放射線量の法定基準値(1kgあたり100ベクレル)を超える袋はどのくらい?−中略−
問2 約1000万袋のういち、2012年度生産分で71袋、2013年度生産分で28袋、2014年度生産分については、2014年度末時点で0袋。
(104頁)

確実に回復しつつあるのだが、まだ騒ぐ人がいる。
TOKIO。
君たちは正しい。



福島ではその他、桃、リンゴ、ブドウの果実生産も回復しつつある。
きゅうり、なす、梨、アスパラ、なめこ、牛肉等々も。
ということで首都圏への供給は一生懸命今、TOKIOなんかがやっているが、あいつらは本当によい青年たち。
松岡(昌宏)くんとこの間、太秦ですれ違った武田先生。
生きのいい芝居をやっているようだ。
武田先生は『水戸黄門』の恰好をしている。
すれ違って「センパーイ!失礼しまーす!」なんか言いながら。
「何、演ってんだよ?」「『遠山の金さん』演ってまーす」とか言いながら。
ちょっと身びいきもあるがかわいらしい。

そのTOKIOも懸命に宣伝をやっているが、果実から野菜から牛肉等々、首都圏への供給が回復しつつある。
福島の農業がグングン回復しつつあるが、ただ一つは、まだグズグズ言う人がいる。
「検査もちゃんとしてあるから」
それでもまだ「いいえ」とか。
「あえて福島のものを買う」という人も非常に多い。
だが、福島の一番の問題は、頑張っていいものを作っても値上がりの可能性がない。
つまり「時間をかけたりお金もかけたんで、品物がいいです」と出しても「いや、お値段は去年と同じで」。
つまり「上から目線のバイヤーさんたちにさばかれているんで、努力が非常に実りにくくなっている」と。
「価格がなかなか戻らないんだ」と。
「もう勘弁してくださいよ」というのが生産者の悲痛な声だそうだ。

 たとえば果物なら、モモ、リンゴ、ブドウなどあるかもしれません。そこで、これもまた、ブランド化という点で考えてみましょう。
「モモつくっているイメージがある県はどこ?」岡山ですね。
「リンゴは?」青森ですね。
「ブドウは?」山梨でしょうか。
 他、ナシでもイチゴでもいいんですが、「福島産のイメージがある作物」というのはことごとく、「もっとイメージと結びついているライバルがいる作物」です。
(111頁)

お米。
どこをイメージするか?
新潟、宮城。
「コシヒカリ」「ササニシキ」「あきたこまち」
福島はその手のヤツがない。
「いわきの光」とか「会津の魂」とかって。
福島のお米を毎月買っている水谷譲も名前は思い出せない。
あんまり宣伝しない。

青森でリンゴが旬な時期とズラしてリンゴをつくる。そうすると、青森が引き上げてくれたニーズや価格を一定程度引き受けながら、品薄時期を埋めることができる。他の作物もそうです。
 これは、多様な気候・土地が用意されている県だからこそ、そして、首都圏や仙台など大量消費地の近くにあるからこそできる戦略です。
 名付けるならば、「一つの金メダルじゃなく多数の入賞」を狙う作戦です。「2位じゃダメなんですか?」と問われるならば、自信を持って「2位とか5位でもいいんです」と答えていく戦略。
(112〜113頁)

 2014年になって私があるラジオ番組に出た際に、コメンテーターが「福島の農地は汚れているんだから、福島の農家は農業やめて賠償請求して暮らせ」と言い出すので議論になったことがありました。−中略−
 良識派ヅラした偽善者の傲慢さに付き合う必要はなく、余計なお世話もたいがいにしろという話でしかありませんし、「おれは福島のことを本気で心配してるんだよー」みたいな顔したパーソナリティーまで同意しているのに閉口しましたが、こういう厚顔無恥なお気楽文化人と実際に被災地で暮らす人々との認識の溝は今でも深いでしょう。
(135頁)

(本には「あるラジオ番組」としか書いていないが、番組では「フクシマを語る」というタイトルだと言っているが根拠は不明)

日本中をウロウロしていると「何でこんな外国人観光客多いんだろうな?」と思う武田先生。
今、京都(太秦)に行っている。
この間「五山送り火」があった時に近くのスーパーまでスイカを買いに行った。
8月16日に「スイカでも喰おう」と思って。
黄門様(『水戸黄門』の撮影)がちょっと早目に終わったので。
それで行ったらすれ違ったのが浴衣を着たヨーロッパ系の人たちの集団。
友達の家の屋上で浴衣を着て「五山送り火」を見る。
京都の夕方なんて湿度80〜90%で耐え難い暑さ。
西洋の人が、彼らは楽しそうに歩いている。
かつて日本が非常に住みにくいとか言われたのを乗り越えて、西洋の人が京都を理解しようとしている。
その不思議。
京都と福岡に行くたびに外国の人が多いのに驚く武田先生。

福島にも外国の方が増えてきている。
「理解したい」という方がいっぱいいらっしゃる。
ところがその中で「日本人は」ということ。
2月(「3月」の間違いではないかと思われる)11日以来、農業引退者が確かに福島で多いことは事実。
しかしこれは水田が塩を被って、それを回復させる力がない等々で農業から去る人たちの数字が増えていると。

 小高地区は震災直後から福島第一原発から20キロ圏内であるため(142頁)

 また、立ち入りができなかった小高区については「農地としては使用しないため、手放したい」人が「20%しかいなかった」ということは、逆に8割の人は農地を手放さずにどうにかしたいと思っていた、それだけ農家は自分の農地を復活させる意欲が強かったとも読み取れます。(142頁)

これをはたして知識人たちは「絶望的」と呼んでいいのか?と。
よく知識人の方、コメンテーターがお使いになる言葉の中で「福島はどうなるかわからない」そして「チェルノブイリと重ねて考えても、福島に明るい未来が待っていない」と平気で言う方がいる。

チェルノブイリと福島を重ねて考える語り方がよくされがちです。たしかに原発事故が起こったという意味では共通しています。ただ、そのまま重ねあわせて考えて「チェルノブイリで起こったことが日本でも起こる」というような認識を持っている人がいますが、だいぶ状況が違うことを認識すべきしょう。(207頁)

この先生のいわゆる「反論」はチェルノブイリでは特に子供の甲状腺患者が大量に出た。
そのために福島はセシウム対策をすぐにとったのだが、一番大事なことは「チェルノブイリと福島は食習慣が全く違う」という。
(本によると食習慣の違いということではなく、各種対策によるというような内容になっている)
「チェルノブイリは牛が草から取り込んだセシウムを子供が牛乳で摂り続けてその悲惨を招いた」と。
しかし福島はただちに牛乳の廃棄と飲料水検査を繰り返し、この一点に関してはとことん警戒した。
そしてチェルノブイリは何かというと内陸。
食の習慣が全く違う。
都市からも遠く、その地域に住む人たちは自給自足の農業人。
だから主に摂ったのが牛乳、肉、そしてキノコだった。
これはもっとも放射性物質を蓄えやすいヤツを摂った。
での日本は福島では自給自足がないから(と番組内では言っているが多分違う)もう流通がすぐになだれ込んでいるから、その辺の違いを全然指摘しないで「チェルノブイリ、チェルノブイリ」と騒ぐという。
「何も発見できませんよ」というのが開沼さんの一種「怒り」。

そして日本は原爆から学んだ。
長崎で驚くほど甲状腺ガンの子供が少なかった。
これは「出る」と思われたのだが。
これは何でかといったら現地のお医者さんが調べたのだが、原爆が落ちた次の日から味噌汁を飲んでいた。
味噌汁に入れるワカメ。
そのことで抑えられたということで、日本人はヨウ素ということに関して発見した。
実際にあれほどの犠牲者の中で。
広島もそうだが、海辺に近い。
海産物を摂っている。
それがやっぱり。

posted by ひと at 10:39| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月13日

2017年9月4〜15日◆来たるべきバカ(後編)

これの続きです。

人は「次なるバカ」を目指して勉強するのだ。
そこでボケとツッコミ。
政治家の方々に失言が多いのは全部ツッコもうとするからだ。
その部屋中に満ち溢れている同調圧力。
人を同じ意見でまとめてしまおうという気配から脱するために「ツッコむ」という。
そのツッコんだ結果、それが失言として指をさされる。
その瞬間にすぐに「あ、すいませんでした、傷つけて」「陳謝いたします」「前言撤回します」というような。
武田先生も含めて、最近やっぱりこの「お詫びと訂正」を求められる。
武田先生も結構いろいろなところで投げつけられている。
舞台で座長で威張っている武田先生。
モロに劇場関係者から入ってくる。
「武田さん。二幕目のケツの方でちよっと二階のお客さん、からかったでしょ?ちょっとね、非難来ちゃってるんで一つ・・・」
でも、何か面白いことってみんな失言に近いこと。
二階のお客に向かって「前の方に来てください。ちょっとお値段張るけど。この貧乏人!」。
「そんなことを言いそうなバカ」というのが武田先生の個性。

この千葉先生の本で一個だけ納得したのは「利口において人は個性を発揮できない。バカにおいて個性が発揮できる」。
武田先生が大好きな内田樹先生の名言の中で「人は間違う時のみ個性的である」。
やっぱり、あの母ちゃんとの結婚は間違いだった。
いろんなバカを考える。
だけど、そのバカさが武田先生。
やっぱり結婚相手とかっていうのはそういう「バカさ」を選ぶ。
「安全パイ」とちょっと危ないのがあると、ちょっと危ないのを選ぶ。
武田先生の奥様は熊本のお百姓さんの娘で銀行勤めをしている。
選んだのはワケのわからないフォークシンガーの武田先生。
何で選んだかというと自分の生き方を変えそうな気がした。
「両親は絶対反対する」というので燃えたという。
「バカさ」の選択。
「利口さ」ではない。
だから偉くなりたくて国会議員の道を選んだ人というのはみんなの迷惑。
だからシャウトしちゃう。
そんな人がいた。
「違うだろぉ〜!」というのが。
オメェが違うんだよ。
国会議員を「バカだから選んだ」という人がお国のために役に立つ。
そういう人たちがものすごい仕事を成し遂げる。
とある人から聞いたが昔の総理大臣は選ばれるとポツンと小さい声で「身を粉にし、国民に勤めたいと思います」。
本当に身を粉にする人が多かったという。
国会議員になってから全財産を使う人がいた。
最近、国会議員になってから「小銭稼ごう」という利口が多いものだからおかしくなっている。
「給料なんかいらねぇ!」ということで一銭も給料がいらなくて国会議員として働いてくれたら、もう子供から尊敬する。
「どのバカを選ぶかが個性である」という。
それをこの哲学者、千葉雅也先生は「享楽的傾向」と言う。
一強体制というのはツッコミたくなる。
二回当選した人はスキャンダルが多いというよりも、一強という人はボケなければいけないのだが、ボケられない。
あの一強の方(安倍首相のことを指していると思われる)ももっとボケていたら今の苦悩はなかったろうと思う。
国会で「女房、クビにしちゃいますか?」とか何か。
チャーミング。
籠池(泰典)さんはずっとボケている。
だからあのおじさんにはメディアもツッコめない。
あれほど美しい夫婦愛を本当に見たことがあるか。
日焼けしないように首筋に出所の前日にクリームを塗ってあげている奥さん。
ボケ。
逮捕されるのにガラッと玄関で「秋晴れの、真っ青な空・・・」なんて言いながら。
「お父さん!」っていう。
ボケに完結している。
他の方はボケが足りない。
あたりに関係なく自分にノる。
その享楽的傾向を個人は持つべきである。
自分が持っている「バカさ」。
「それがその人の個性なんだ。バカさがない人は個性がないんだ」という。
そのバカさとは何か?
享楽的傾向とは何かというと「他の人は何とも思ってなくても私これ好きなんだも〜ん」。
そういうものというのが今、世界を席巻している。
その代表的人種が「おたく」。
この人たちは享楽的傾向。
あるものに対してすごく強い傾向を持っている。
ある意味では「バカさ」。
たとえば刀剣女子とか歴女とか山ガールとか。
これも享楽的傾向。
そういう傾向を持っている人は、ある仲間を形成することができる。
また、ある享楽のムーブメントを起こす人たち。
こういう人たちが、かつてはローカル、ドメスティックな人たちだったのだが、今、世界的になるんだということ。
その一例として武田先生が挙げるのは『君の名は。』
日本の高校生の恋物語か何か。
アカデミー賞でも騒ぎになった。
プラス、中国内陸部で大ヒットした。
去年のヒット作でバカ当たりをとって、日本の映画会社がもう本当に万々歳しているが『君の名は』に『ゴジラ』。
『シン・ゴジラ』
『君の名は』に『ゴジラ』。
昭和20年代、30年代の映画のタイトル。
まさしく歴史的に見てもドメスティックだしローカル。
その同じ名前のものが21世紀に大ヒットして世界的な傾向になりうる。

例の8月6日の広島の大会がある。
(原水爆禁止世界大会のことを指していると思われる)
あれの大会に今年、最も外国人が多かった。
アメリカの人が特に増えてきたという。
あの前後に太田川に灯籠を流す。
(調べてみたが太田川ではなく元安川のようだ)
あの石の階段にアメリカの人がびっしり。
何か?
それは「原爆反対」とか「アメリカの間違い」とかって責める方もあるかも知れないが、戦争で死んだ爺ちゃん婆ちゃんたちに手を合わせて、孫たちがろうそくの流し舟を送る。
風景として美しい。
その美しさ、ドメスティックな行事というのが世界的になりうる。
ちょっと種類が違うが、持っているバカさ加減。
でも本当に世界から原子爆弾をなくそうと思うと、この道をたどること。
武田先生が本当にすごいなと思うこと。
原爆のことを理解してくれたアメリカ人に対して、感謝のモニュメントがいっぱいある。
ニューヨークの新聞で初めて原爆の悲惨さを伝えてくれたアメリカのジャーナリストに対する感謝の言とか、ああいう異国の感謝に対するモニュメントが多い。
あれほど戦争の現場に、敵国の人間で理解してくれた人を絶賛するモニュメントが建っている跡地はない。
そのことを誇るべき。
いまだにマスコミは世論調査で言う。
「アメリカは50代以上の60%が『原爆はやむを得なかった』って言っている」
そんな統計をとったって一緒。
一番大事なことは今、アメリカの若い人たちの70%ぐらいが兵器として「やっぱり原爆は間違ってる」と言う。
そう思い始めたことが重大であって。
それで向こうの中学校教師とかが来ている。
みんな最初はとても楽しく広島を楽しんで、あの記念会館を一周して一時間半で出てくるとやっぱり顔つきが変わるというから、そこを信じよう。
つまり「来たるべきバカ」に向かって歩き出そう。
とにかく「おたく」とか「○○女子」とか享楽的ムーブメント。
それが世界を揺り動かす大きな力になるということ。

この番組(今朝の三枚おろし)をやりながらなぜ勉強をしているかというと「次のバカ」を目指しているから。
もう本当にバカに違いない。
65歳から合気道の道場に通っているのだから。
道場の先生「武田くんはどうして合気道を志したの?」「はい。ケンカに強くなりたくて」「誰に勝ちたい?」「女房に勝ちたいと思います」。
手か何かキュッっていう。
そうしたら道場の先生が「う〜ん・・・奥さんひねるの上手だからねぇ。強敵だねぇ」と言いながら。
合気道こそ武田先生の「来たるべきバカ」。
今年の7月で3年目で初段を取って黒帯になった。
二段こそ武田先生が目指す「来たるべきバカ」。
その道場は外国から練習に来る子も多い。
デンマークから来た子でヨハンヌという19歳の金髪の子。
おとぎ話から抜け出てきたようなきれいな子。
ガタイもデカくて白帯。
武田先生は「黒」だから「ジャパニーズブラックベルト」とわりと向こうはハッとして見る。
ただ、そのヨハンヌという女の子は10年やっている。
だから技の切れ方が半端じゃない。
受け身がきれい。
武田先生は「サムライジャパニーズ」とかと思っているのでヨハンヌと練習に入った時にパッと片手を出して、手を震わせてガラガラヘビのように威嚇した。
「カモン!ヨハンヌ!」と言いながら柔術の先生みたいに「隙があればかかってきなさい!」と言いながら。
そうしたらヨハンヌからパチンと手をたたかれて「合気道イズサイレント!」と言われて。
「黙ってやれ」と。
日本の武道の合気道は「静かな力みのない武道」なんだと。
香港映画のカンフー映画の悪役みたいに「そんなマネするんじゃねぇ!」と言われてガックリ来た武田先生。
でも、その「バカさ」で気づく。
このデンマークの19歳、ファンタジーガールはここまで深く日本の武道を理解しているんだと思うと、自分のバカさの浅さが一つの学びとなって。
「バカさの浅さ」を思い知らされるという。
次なる「来たるべきバカ」を目指して、さらなるお勉強というか修行を続けていきたいなと思う。

目移りできないツッコミは排他的である。
そして可能性を否定する。
他者の絶対化が始まり、誰かを一強にしておけば世界は一つで苦労せずその世界に同調圧力に迫ることができる。
「誰か一人がただただ強い」という、そういう世界が来た時、実は非常に便利で、一強の下で生きる人は「あの人は一番強いんだ」と黙っておけばいい。
つまり今年流行った「忖度忖度」で誰もツッコめない。
「ボケ、ツッコミができないから、それだからダメなんだ」と。
「一強に安住してはいけないんだ」と。

 絶対的な根拠はないのだ、だから無根拠が絶対なのだ。−中略−無根拠に決めることが、最も根拠づけられたことなのである。−中略−
 実際的に言えば、これは要するに、「決めたんだから決めたんだ、決めたんだからそれに従うんだ」という形で
(142頁)

決断とは、自分の決断の絶対化だが、それはつまり、他者への絶対服従である。(145頁)

これは人間が決断するということに関して「決断することがものすごく大事」という人がいる。
しかし、この哲学の先生はもっとも人の不幸は決断を自分の人生の答えにすること。
決断とはつづめて言えば「誤り」のこと。
なぜならその決断は「無根拠」で「他者に従った」というのが事実なのだから。
決断とはしょせん「仮固定」。

 ある結論を仮固定しても、比較を続けよ。(146頁)

(選挙で)自分の一票が何か頼りない。
それも実らないことがある。
都議選は民進の人に入れた武田先生。
小池さんのところが一強だったから。
民進の知っている議員さんがいた。
すごくいい人で合気道で知り合った人。
すごくいい青年だけど落ちてしまった。
それはむなしいし、今度都政で選ばれたのは小池一強の「都民ファースト」。
国政にも乗り出すと言っている。
偶然を起こすというのは「一票」。
「偶然」とは何か?
わかりやすい例。
みの(もんた)さんのクイズ番組『クイズ$ミリオネア』に出たことがある武田先生。
知人三人に訊いていいというヒントタイムと、会場にいらっしゃる50人のみなさんにABCどれが正しいかを訊いていいというのがある。
二つ特典である。
圧倒的正解を誇るのは三人の物知りの友人に訊くよりも50人座っている観客席のみなさんのABCどれかに従った方が正解率が上がる。
三人よりも50人で考えた方が、正答率、正解率が高くなる。
そうやって考えると「多数で投票する」というこの民主主義のポピュリズムを今、ケチョンパンに言う人がいるが、『ミリオネア』においてはこの民主主義的手法が正解率が高かったということは覚えておいてね。
とにかく「偶然」を起こそう。
誰かが言っていた。
「とにかく10万人」だと。
10万人が一斉に「ダメだ」とつぶやくと10億の国家がひっくり返る可能性がある。
千人が反政府運動を起こしても全員逮捕される。
ところが10万人が反政府運動をいっぺんに起こすと1〜10億ぐらいの国家がひっくり返る可能性がある。
10万人を終結させないように一生懸命やっている。
でも10万人はそんなパワーがある。
武田先生が推した人も落ちたが「多数」ということをもっと信じましょう。

決断とは所詮、無根拠である。
決断を自分の人生の答えにしてはいけない。
決断から哲学し、勉強をし続けて「次なるバカ」を目指す時、最初の決断が生きてくると。
もう年をとってくると身に染みてわかる。
「自分」というものの意味は「バカさ」において意味があるんであって「賢さ」においては意味がない。
「よい決断をした」と思う人はもうそこから躓く。

「あ、そうか。仮固定だったんだ」と思う水谷譲。
でも今の旦那さんに後悔していないというか「間違ったにしても、この間違いだったらいいか」と思える。
「しょうがないかなぁ」みたいな。
みんな「絶対」を求めるからおかしくなる。
時々本当に奥様に対してカッとなる武田先生。
ごはんを一粒こぼして、箸の頭で(奥様が)突っつくのはもうカチンと来る。
「ホラ!こぼした!」と言いながら。
腹が立つ。
だけど何か、向こうからボーっとやって来て「先生、お元気だった?」とかって。
「元気だったよ」
いつの間にか3〜40分話している。
ブスーっとしながら。
奥様が「あ、そう。一生懸命練習やって、今日はね。コーヒーでも飲むか」「じゃいっぱいいただこうか」と言いながらコーヒーを飲んでいる。
それでいいんじゃないの?別に。
女房だから本当に腹が立つ時がある。
本当に松居(一代)さんには申し訳ないが、いい参考になっている。
奥様が(おそらくテレビのワイドショーなどを)ジーっと見ながら「私はね、同じ事態に陥ってもここまではしない!」。
思わず「ありがとな」とポロッと言ったりする。
「それだったら俺もさ、安心して『黄門』続けられるよ」
「そうよ。暑いんだから気を付けなきゃ」
またコーヒー飲んじゃったり。
「こういう会話がなかったのね、このご夫婦(おそらく船越英一郎・松居一代夫妻)は」とかと言いながら。
「まあ、私たちは幸せ」
結論は全部そこにいく。
おかげで自分の賢さと間違っていない選択がだんだんわかってくる。
「間違ってたかなぁ」と思っていたのだが。
「まあ、こんなもんでいいですわ。十分十分」
とにかく人間は固有のバカさを所有している。
そのバカさの享楽的傾向こそがあなたなんだ。
ボケ。
そこから自分を持っていくんだ。
賢くなろうとしたところが間違い。

 僕が実際にやってきた方法で、「自分が何を欲望してきたか」の年表をつくるという方法です。これを、「欲望年表」とでも名付けましょう(155頁)

 自分にどんな享楽的なこだわりがあるのか、その成立史を、年表にしてみる。(156頁)

自分が子供の時から欲しかったもの。
なりたかったこと。
それを全部書くと自分の享楽的傾向というのがはっきりしてくる。
それで武田先生もこの番組のために挑戦した。
小学校4年の時の夏休みの提出レポートで、行ったこともない下関水族館の見聞レポートを書いた。
ご両親が夏休みにどこにも連れていってくれないので雑誌を読んで、さも行ったふりをして下関水族館の素晴らしさを自由研究で書いた。
雑誌を切り抜いて貼り付けたり。
「これはまったく評価されなかった」と書いている。
でもそれから妙にクセがついて、今でも気になると雑誌を切りペタペタ貼っている。
あれはこれから。
やっぱり「嘘ついた」。
嘘のレポートを書いたという。
あまりよいことではない。
でもそれから自分の享楽的傾向「レポートを書き続ける」という。
『三枚おろし』もその延長かも知れない。

武田先生が強烈に覚えていること。
小学校6年の時。
『世界日本人偉人伝』を図書館から借り出し、返却せず、そのまま盗んだ。
向こう側が管理している図書カードも早朝に行って一緒に処分したという。
完全犯罪。
ただ、これが「偉人伝」。
これを一冊ごと丸暗記した。
人名を全部覚えた。
とにかくこの一冊で日本と世界の偉人200人ばかり。
終わった人の人生を遡ることに無暗に感心した。
偉人伝だから「死んだ人」の。
それを読むのが面白くてたまらなかった。
『水戸黄門』の始まりも、この盗んだ人名事典から始まったのかも知れない。
だから本当にわからない。
武田先生が小学校6年の時、何をやったかというと、タバコの釣り銭をちょろまかして映画を観に行っていた。
おふくろから見つかって青あざがつくぐらいホウキで叩かれて。
ところが何十年も経った後で母親が誰かに「たぶん鉄矢は盗んだ金で映画俳優の勉強をしよったんだろう」と言う。
親が「悪いことした」と子供を叱るのは簡単だけど、やっぱり難しい。
その頃、全部観てる。
スクリーンの中で会った人と再会するのが自分の東京に来てからの歴史になる。
小林旭に会うし、加山雄三にも会うし。
星由里子さんにもこの間会った。
『若大将シリーズ』の澄ちゃん。

若大将 サーフ & スノー DVD-BOX



それから酒井和歌子さん。
やっぱり役に立つ。
『陽のあたる坂道』で浅丘ルリ子さんが出てきた。

陽のあたる坂道 [DVD]



お豆腐を買うシーンがあって「あそこはよかったですねぇ」と言ったら、大きいお目々で浅丘さんが「覚えてるの?あなた」と言われて。
盗んだ金で観た映画がどれほど役に立ったか。
「いい」「悪い」って難しい。
この哲学者が言う享楽的傾向は善悪を離れて決定していくワケだから、母親はその辺はやっぱりF1のカーレースのハンドルでは困る。
遊びの多いハンドルじゃないと。
いちいちカリカリきてると大変なことになりますよ。

千葉雅也先生は言っている。
来たるべきバカを目指しましょう。
我々が目指してはいけないのは「壁の中のバカ」です。
壁のないバカこそ君の目指すべきバカなんですよ。
バカになったら次なるバカを目指す。
こんなふうにおっしゃっている。
(このあたりの文章は本の中に発見できず)

posted by ひと at 13:41| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年9月4〜15日◆来たるべきバカ(前編)

勉強の哲学 来たるべきバカのために



あるバラエティ番組に出演した武田先生。
アンガールズの山根(良顕)くんは、前もご報告した通り『三枚おろし(武田鉄矢・今朝の三枚おろし)』を聞いてくれているらしい。
もちろん「時々」だと思う。
その山根くんが武田先生にそのバラエティの楽屋で『三枚おろし』を聞いた感想であろう。
短く鋭く武田先生に向かって「手間かかるでしょ?あのラジオ」と言う。
眉間にしわを寄せて「本、読んで、武田さん、あれいちいち読んで、本から抜き書きしてしゃべりのネタにしてるわけでしょ?」と言う。
まあ、手間はかかる。
現実にこの『三枚おろし』というのは武田先生の仕事の中では「原価割れ」。
元が取れない番組。
あまりにも山根くんが同情するので、やっているのが「不思議?」と。
「だって、聞いててわかるもん。あれ、勉強大変でしょ?だってラジオ番組やるのに勉強してる人っていませんよ?」と言う。
これが山根くんの番組に寄せる感想。
でも、これはハッとする一言。
ラジオ番組で勉強をしながらレギュラーを続けるということは。
これは何かというと「哲学的問い」。
この本の言うとおり「勉強の哲学」。
勉強してラジオ・テレビ番組をやっている人は今いない。
新聞をチョロチョロと読んだり、バラエティ番組も誰かが勉強したというか調べたのを壁に貼り付けてたりしながら。
それをわざわざ目隠しで隠してペロッとめくるというのがだいたいニュースバラエティ番組の回し方。
だから基本「勉強しないこと」。
これがバラエティの回し方。

タイトルは『勉強の哲学』。
副題が『来たるべきバカのために』。
その腰帯の自薦の文章に「勉強とは、これまでの自分を失って、変身することである。」。
更に勉強を深めることで、これまで「ノリ」でできたことが一旦できなくなりますよ、という。
つまり「来たるべきバカ」になるために勉強するのであって、山根くんがただ一つ誤解しているのは、武田先生が賢くなるために勉強していると思っている。
武田先生が元の取れないラジオレギュラー番組をなぜ何十年もやっているかというと「次なるバカ」になるため。
勉強しなきゃバカになれない。
現代のバラエティ番組で人気をとるためには勉強してはダメなんです。
何についてコメントし、何について面白いと思うのか?
それは一つの言葉で集約される。
「昔やったバカ」を番組内で発表し合うこと。
「今だから笑って話せるけど」みたいなことをネタとして。
「昔しくじったこと」が1時間番組どころじゃなく最近は3時間番組やっている。
つまり「昔バカやった」「昔のバカ」「昔バカだった」。
これが今、メディアを回している。
これがテレビを回転させているエネルギー。
見る方も賢い人を見るよりもバカをやっている人を見て「まったく・・・」という方が気持ちがいい。
そして政治家の方もそう。
今、政治家の人たちがメディアに取り上げられるのはただ一つ。
とんでもないバカを言う。
この「今バカ」「昔バカ」。
これが今、メディアを回転させているエンターテインメントのエネルギー。
しかしこの千葉雅也さんという哲学者、若い方なのだが、この方は「それじゃダメなんだ」と。
「我々は今こそ『来たるべきバカ』のために勉強を開始するんだ」と。

アンガールズの山根くんが心配しているのは、武田先生が賢くなるためにラジオ番組のために勉強をしているんじゃないか?
「それはまるで、渚でのたうつイルカですよ?」「待っているのは死ばかりですよ」というようなことを武田先生に伝えたかった。
武田先生は賢くなるために勉強しているのではない。
バカから脱出しようとしているのではない。
ダウンタウンの浜ちゃん(浜田雅功)とかと絡む時は「どのぐらいバカやったか」のネタを持っていないと浜ちゃんは笑わない。
それも結構きつめのバカをやっていないと。
松ちゃん(松本人志)は理屈っぽいから少し引っ張り上げてくれるが、浜ちゃんは「なんや、そんなこと言いに来たんか?」みたいな目で見る。
離婚からやんちゃ、失恋、事故、うぬぼれ、貧乏。
ここまで全部「昔やったバカ」としてバラエティを回すネタになる。
武田先生は最近、山根くんが心配するごとく、あんまりバカを発表していない。
それは何でかというと、もうネタ切れ。
昔、バカをやったがもうネタ切れ。
もう70歳手前にしてまだ昔のバカを言っているようではダメで、そこで武田先生が夢見ているのは「来たるべきバカ」。
「次にいかなるバカを目指すか」ということ。
ここからが千葉雅也先生の教えなのだが、来たるべきバカを目指した瞬間、「今のバカ」「昔やったバカ」を語り合う群れとは離れていく。
浮いてしまう。
武田先生の付け足し。
今、「昔バカ」と言った。
「昔やったバカのことをバラエティに乗せられる人が人気者」と言った。
これははっきり言うと(明石家)さんまさん。
もう「離婚ネタ」を引っ張るだけ引っ張っている。
もう聞き飽きた感があると思うが、あの人にとっては重大なネタ。
それから(ビート)たけしさん。
昔、出版社に殴り込んだとか、暴力事件ということで逮捕されたとかという「昔のバカ」「軍団と一緒にやったバカ」は、たけしさんのもう一種の背骨。
フライデー襲撃事件 - Wikipedia
だけどタモリさんはゆっくり最近離れていると武田先生は思う。
タモリというのは『ブラタモリ』を筆頭にして別格の笑いを目指す。
つまりちょっと郷土のひいきもあるが、タモリさんこそ「来たるべきバカ」に向かって歩き出した「高低差のあるバカ」。
あの人は高低差に弱い。
『ブラタモリ』はあの人は高低差を無暗に喜ぶ。
というのはレギュラーをやっていた(『森田一義アワー 笑っていいとも!』のことか)ばかりに
旅に行けなかったから、ずっと地図の上を指で歩いていた。
地図の中に高低差がある。
それがもう「感動的だ」という。
最近「昔のバカ」を使わない新興勢力が芸能界に出てきている。
くりぃむしちゅーの上田(晋也)くん。
この人はツッコミオンリーで自分のバカを言わない。
この上田くんのマネをして陸続と「昔のバカ」を使わない新興勢力という人たちが出てきている。
それが上田くんであるし、グルメで専門家よりいっぱい料理屋さんを回っている、最近きれいなモデルさんと結婚して4億円の豪邸を建てたというアンジャッシュのW(渡部建)。
あの人はもう「昔のバカ」を語って受ける芸人さんではなくなった。
それはあんなきれいなモデルの奥さん(佐々木希)をもらって4億円の豪邸を建てて、いいものを喰ってたら・・・。
このあたり、お笑いの世界は轟々と渦巻いている。
でもテーマは一つ。
「勉強の哲学」
そして「勉強することは、来たるべきバカを目指すこと」

勉強とは、自己破壊である。(18頁)

勉強とは何か?
それは「来たるべきバカ」「次なるバカ」を目指すことである。
勉強とは何か?
それは自己破壊である。
自分を壊すことである。

今、バカな人。
「過去のバカ」を使わず「今バカ」。
その芸風の方。
「今バカ」というのをずっと続けている。
出川(哲朗)さん。
外国の街角に放り出して「あそこに行ってこんな用事果たしてこい」といってメモを一枚持たせて一時間番組ができるという「今バカ」。
バラエティ。
エネルギー。
勉強とは自己破壊である。
自分を壊していくことである。
そして日本社会では言葉が悪いがバカこそ「個性」。
個性豊かな人。
それは「バカ」なこと。
バカな人。
それは「個性豊かな人」。

では、何のために勉強をするのか?
何のために、自己破壊としての勉強などという恐ろしげなことをするのか?
それは「自由になる」ためです。
(18頁)

 私たちは、同調圧力によって、できることの範囲を狭められていた。不自由だった。その限界を破って、人生の新しい「可能性」を開くために、深く勉強するのです。(19頁)

芸能界であろうが、政治の世界であろうが、メディアの世界であろうが、地域社会であろうが、職場であろうと、厳然とそこに同調圧力「みんなと同じことを考えているふりをしましょう」という一種「ノリ」が支配している。
例えばさんまさんの番組に出る、ビート(たけし)さんの番組に出る、所(ジョージ)さんの番組に出る。
そうするとそれぞれのお笑い芸人さんたちに同調圧力がかかる。
そしてその番組にゲストで出る人たちの鉄則は何かというと「司会の方より面白いことを言わないようにすること」。
これはもうはっきり言って「芸能界の鉄則」。
さんまさんの番組に出て、さんまさんより面白いことを言ってはいけません。
言うことはできても言ってはいけません。
それは所さんの番組、ビートさんの番組もそう。
これが「同調圧力」。
同調圧力とは番組を回す一種の流れ。
それにノる。
それがひな壇に立つ者の仕事。
ところがノらないことを一種、自分の個性とする人が出てきた。
土田(晃之)くん。
あの人は特有のノリ方をする。
「協力しない」ということを売り文句にしておいて、ひな壇に並ぶという個性。
別のノリ、同調圧力に従わない人が出てきた。
それから思うのはオリエンタルラジオの顔の長い人。
オリエンタルラジオ プロフィール|吉本興業株式会社この写真を見た限りでは中田敦彦さんの方が顔が長い感じがするがどっちだろう?)
あの人なんかも頑張ってノらないようにしている。
あれは彼が「次なるバカ」を目指して歩き始めたから、あえて自分で浮こうとしている。
彼はやっぱり「来たるべきバカ」を目指してノリの悪い人になっている。
それは何でノリが悪いかというと、次なる勉強を目指して歩き始めたから。
ここに勉強の破壊性がある。
彼はやっぱり自分を今、壊そうとしている。
あのWさんもそう。
今、壊そうとしてらっしゃる。
勉強することによって人は同調圧力から抜け出し、自由になる。
その同調圧力にノらないワケだから。
「俺は俺の自由がある!」という。

 勉強によって自由になるとは、キモい人になることである。
 言語がキモくなっているために、環境にフィットしない人になる。
(61頁)

まわりの人たちとは違う言葉の中に入っていくので浮いてしまう。
「お約束」から脱して別のノリに移っていく時、人間の顔さえも別のものに見えてくる。
武田先生の説明。
「ブルゾンちえみ」が時々「うしろの百太郎」に見える。
「菅官房長官」が「柳の木の皮」に見えたりする。

本の中でこの勉強の証を漫才に例えている。
これが「ボケ」と「ツッコミ」。
このボケとツッコミのどっちにいくかでその人の個性が浮き出てくる。

武田先生が今村前復興大臣に注目したのは、世間がこの前復興大臣のことを非難している最中。
特に世間が大きくこの大臣を叩いたのは「東北でよかった」という失言。
【速報】今村復興大臣が失言で辞任。「東日本大震災はまだ東北だったからよかった」 | netgeek
政治家の方の失言が連続していて、安倍政権を揺るがす失言が続いた。
この後にいろいろ起きるのだが、まず第一波として。
今年は多い。
今村さんだけではない。
「ガンの患者は働くな」という、かつての武田先生の教え子(『3年B組金八先生』で生徒役だった三原じゅん子議員のことを指していると思われる)も絡んだというような失言もあった。
東京新聞:「がん患者働かなくていい」 大西氏、発言撤回せず 党内外で批判:政治(TOKYO Web)
これは失言というよりも政治的な考えだが「アメリカファーストをとる」というような発言があった。
これは失言ではないにしろ世界全体からは失言と言われる言葉。
T(トランプ)大統領。
それからA(安倍)首相に関しても。
あれは何か「母ちゃんをクビにした方がいいんじゃないか」とフッと思う武田先生。
奥さんをクビにして、稲田前防衛大臣が奥さんの代わりか何かになればいいんじゃないかと思ったりした。
これも失言ととりかねないが。

人はなぜ失言するのか?
これはどうも「来たるべきバカ」問題と絡んでいて、失言は勉強中に起きる。
つまり失言している人は「勉強している人たち」。
こうやって考えると失言というのは一つの成長の「過程」。
これは漫才でいうところの「ツッコミ」。
I前復興大臣。
そういう方はみんなツッコミたかった。

 ツッコミ=アイロニーとボケ=ユーモアが、環境から自由になり、外部へと向かうための本質的な思考スキルである。(64頁)

つまりツッコミ、アイロニー、皮肉というのは勉強中である証。
だからツッコミを入れて、それが失言になってしまう。
見事な理屈。
悪いことではない。
芸能界のポジションでいうと、どの手のツッコミか?
フットボールアワーの後藤(輝基)。
これがツッコむために失言を繰り返す司会者のパターン。
それともう一つI前復興大臣もT大統領もそうだが、誰に似ているか?
芸能界で言うと坂上忍。
坂上忍という人は今、ツッコミで浮きあがっている人。
今のところまだ失言していないが。
後藤くんはちょっと最近及び腰。
家庭が大事なのだろう。
でも坂上くんは捨て身。
坂上忍くんはありありと「来たるべきバカ」を目指している。
「同調圧力に自分は押されない、潰されない」「自分はいつかさんまを抜く、タモリを抜く、たけしを抜く、ダウンタウンを抜いてやる」その野望に燃えているのが坂上くん。
きっと本人は「違う」と言うだろう。
武田先生の研究ではそういうことになる。
武田先生は坂上くんや上田くんあたりは、次のバラエティの渦を起こせる人だと思う。
力を持っている。
失言で失敗なさった方がいっぱいいらっしゃる。
何が用意できていなかったか?
ボケ。
ボケる。
ツッコんだからにはボケなければならない。

なぜ武田先生が坂上忍を「来たるべきバカ」の第一人者として押すかというと、彼は今までのキャラから降りて、来たるべきバカを目指している。
もう坂上さんが子役をやってたなんて聞きたくない。
この人は「今」が面白い。
武田先生は、現実にこの方は成功しておられると思う。
いろんな政治家の方もいらっしゃるが、ぜひ、この坂上忍あたりを見習ったらいかがかなぁと。
その政治家の方で失言なさる方もいらっしゃるが、ツッコむだけツッコんでいい。
それでツッコんで「次のボケ」を用意すべきだと。
そのボケとはいったい何か?

 ボケとは、一人だけ急に「ズレた発言」をすることですね。(70頁)

ツッコミは根拠に向かって己の足元を掘ること。
話を深めるためにはツッコまなければならない。
だから政治的失言というのはやっぱりツッコミ。
もっと深く掘り下げてみんなと一緒に考えようという、そのつかみの一言が失言という。
そこで失言でツッコんだらボケる。
たとえば「不倫は悪だ」ということで、とあるトレンディ男優(石田純一)をメディアが取り囲んだことがあった。
この時もこの方がちょっと真面目すぎる。
これもボケ方を知らないばっかりに、あまり皆さん方は「印象」というか「屁理屈」に聞こえたのだらろう。
「不倫は悪だ」というメディアコードに対してツッコんだ方がいる。
何とツッコんだか?
「いいや。不倫は文化だ」とツッコミ返した。
ところがメディアはさらに粘った。
「文化と不倫は同じではない」
これに対してこの俳優さんは「モゴモゴモゴ・・・」で消えたのだが、その時にこう言ってみせればボケたことになった。
これを武田先生がボケてみせる。
「『不倫は文化ではない』そんなふうに考えてしまうのはあなた方の頭が石だ(石田)」
これがボケ。
相手が返せない。
後に響くのはメディア側の小さい舌打ち。
手をつないであんな写真を撮られて、ネグリジェじゃないけれども寝間着でうろうろと写真を撮られて「関係は?」「一線は越えていません」という。
「何の線ですか?」とか「どの線でいけばよかったでしょう?」とかツッコんだ後はボケる。
「不倫は文化だと考えない君たちの頭は石だ!僕は純一!」とかと言えば。
その「不倫は文化だ」の方と最近お仕事をした水谷譲。
ものすごく勉強される方。
今はものすごく勉強されているというか、ものすごく真面目。
あの人のお父さんはもともとメディアの方。
だから彼が言うのはわかる。
やっぱり不倫は文化だ。
ただ、欲望で「おっぱいおっぱい」っていう人もいるかもしれないが。
やたらと不倫を暴く人がいる。
その編集長の不倫を暴くなんていうのも成立するだろう。
「あなたを傷つけてしまった私」「あの言葉を前言撤回したい」「陳謝します」この言葉を聞くと何がつまらないか?
それはその人が自ら自分の個性を否定したから。
失言したら粘ればいいじゃないですか。
もっともっと単純に傷口を広げるだけ広げましょう。
ベロッと別の世界が生まれてくるかも知れない。
その可能性を自ら否定するところに失言の失言たるゆえんがある。
ぜひ失言した方は頑張ってボケを勉強して、また絶対次の選挙で当選してください。

posted by ひと at 13:30| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月23日

2017年5月15〜26日◆ニワトリII(後編)

これの続きです。

胎児の段階のニワトリには、恐竜のような三本指のかぎ爪と長い尾も一時的に生え始めるのだが、すぐに消え失せる。(219頁)

太古の昔、恐竜であったという。
皆さん方も骨を見たりなんかすると薄々お感じでしょうけれども。
武田先生は福岡の方に帰った時にティラノサウルスの巨大な骨標本を置いた博物館に行ったことがある。
ティラノサウルスは本当に大きいニワトリみたい。

あの図体が大きくて角のある四つ脚の恐竜トリケラトプスは、尾に羽が生えていた。T・レックスでさえ、羽で覆われていたかもしれない。(221〜222頁)

ニワトリの性別は受精時に決定されるとはいえ、生まれたばかりのヒヨコの性別を見分けるのはきわめて難しい。色も大きさも形も、ほとんど同じなのだ。ヒヨコの雌雄鑑別は難解な技術で、一九二〇年代に日本の達人たちが開拓したその技は大変な技能を必要とする。(228頁)

日本人は指先の感覚が敏感なので、雄雌を見分けるという能力が最高に高い。

鑑別師はヒヨコの肛門のくぼみをそっと押し広げて、内側に雄のしるしの突起があるかどうか確かめるのだが、この説明から受ける印象よりもはるかに難しい。(228頁)

雄雌の選定はすごく大事。
残酷な言い方をするが、卵を産ませるためには雌が欲しい。
育てるのが大変だから卵を産むまで待てない。
本当に気の毒なのだが、雄はみんな捨てられてしまう。
それが縁日で売っていたカラーヒヨコ。
雄はゴミ同然に捨てられる。

 一九五一年六月のある晴れた日、ニワトリのファン一万人がアーカンソー大学フェイエットヴィル校のレイザーバック・スタジアムに詰めかけて、未来のニワトリを作りだすための全国的な取り組みがクライマックスを迎えようとしていた。−中略−米国副大統領アルベン・バークリーがカリフォルニアの農家チャールズ・ヴァレントスに「明日のニワトリ」コンテストの優勝賞金として五〇〇〇ドルの小切手を手渡した。(280頁)

 映画『チキン・リトル』が劇場で上映されていたころ、フランクリン・ルーズヴェルト大統領は食料不足に対処するために戦時食糧庁を設立した。(281頁)

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 爆弾と同じように、「明日のニワトリ」も第二次世界大戦の落とし子だった。牛肉と豚肉は戦時中は軍隊の食料に回すために配給制にされていたが、民間人には鶏肉で十分だったので、連邦政府は家禽の価格を高く設定して、農家が銃後の国民のために多くの家禽を生産することを奨励した。(280頁)

戦争中のアメリカの貴重な動物性タンパク質になったということで、ますますチキンがアメリカ人の生活の中に浸透していった。

かつては奴隷料理、西アフリカ料理と見下されたアメリカの鶏肉料理。
鶏肉の美味さが様々な料理方法で増大し、アメリカ人の食事にニワトリは欠かせない生き物になった。

 終戦時には、アメリカ国民は開戦時の三倍近くの鶏肉を食べるようになっていたが(281頁)

ひたすら養鶏業界はニワトリに改良を加え続ける。
アメリカ用のニワトリができる。
「工業用ニワトリ」。

一羽ごとの体重は二倍に増えて、餌の量は二分の一に減り、成熟するまでの期間も半分に短縮された。そして養鶏場の数は、五〇〇万以上あったものが一九七〇年までに五〇万カ所に激減した。(288頁)

(番組では養鶏場が増えたかのように言っているが、本によると「激減」)

一九五〇年、つまり「明日のニワトリ」が定着する前の時点では、ブロイラーが平均体重の三.一ポンド(約一四〇〇グラム)に達するまでに平均で七〇日かかり、体重一ポンドあたり三ポンドの飼料を必要とした。二〇一〇年には、わずか四七日間で体重五.七ポンド(約二五九〇グラム)に育ち、必要な飼料は二ポンド足らずで済んだ。この革命をもたらした要因は、育種だけではない。ニワトリは、とくに狭い場所に押し込められた状態でいると、たくさんの病気にかかりやすくなる。ニワトリの病気の徹底的な研究に基づく新しいワクチンのおかげで、その六〇年の間に死亡率が半減し、四パーセントまで下がった。(292〜293頁)

工業用ニワトリは遺伝子レベルまで扱い、徹底して合理化される。

イスラエルのある研究チームは最近、加工コストを削減するために羽のないニワトリを開発した。(293〜294頁)

著者の長い長いニワトリの旅はどうやらここらあたりが訴えたい重大なテーマようで、このあたりから筆に怒りや熱がにじみはじめる。
牛や豚の屠殺は苦痛を除くということがいろいろ工夫されている。
そして「鯨を殺すな!」と叫んで南極まで船で押しかけていって鯨漁を妨害する。
また日本の漁村へ潜り込んではイルカの殺し方にクレームをつけて、国際舞台で日本人の残虐さを訴えるということを繰り返している。
これは彼女が言っていること。
(武田先生は著者のアンドリュー・ロウラー氏を女性であると考えているようだが多分違う)
殺し方とか苦痛を与えることに関して「これほど過敏な文明を持つアメリカ人が気にしているのは、牛、豚、鯨、イルカではないか」と。
「毎朝オマエら何喰っとるんだ」と「スクランブルエッグとかって言いながらニワトリ喰ってるだろ」と怒っている。
そのニワトリの殺し方に関しては誰一人虐待を告発した者がいない。
著者はニワトリの現状を憂う。

いまやニワトリは毎年一億トンもの鶏肉を生み出していて−中略−一年に一兆個以上の卵を産んでいる。(299頁)

(番組中、上記の数字を「アメリカで食べている量」として紹介しているが、本の中では「生産している量」)
ニワトリを飼うカゴであるワイヤーケージ。
カナリアがつがいで飼われている鳥かごの大きさに工業用ニワトリは8羽押し込まれている。
だから翼を持っていても全く開くことができない。

鳥たちは首を外に突きだして、数層に積み重ねられたケージに沿って据え付けられた餌入れの中をついばみ、排泄物はワイヤーのすき間から下のコンベヤーベルトに落ちる仕組みになっている。(332頁)

ひたすら「肉を太らせる」「卵を産む」だけにニワトリという生き物の命が使われているという。

狂暴なつつき行為、鳥のヒステリー、不可解なし、さらには共食いさえ結果として起こることが多い。鳥たちは卵を産んだ直後につつかれやすいので、怪我を制限するために麻酔なしでくちばしの先端を切られる。(332頁)

それで肉をつけるために脚も立てないほど細くしてしまうという。

不気味な話が続くが、事実として目を向けていこう。
ここで出てくるが、アメリカの養鶏場を見学した日本の養鶏業者からあまりの合理的な養鶏業に関して「ちょっと行き過ぎじゃないか」という注文がついたらしい。
だからこのアンドリューさんはすごく日本の養鶏業者に尊敬を持ってらっしゃる。
(といった内容は本の中には見つからず)

武田先生が今でも覚えている場面。
宮崎県で牛が病気で倒れた時に、牛を飼ってらっしゃる方が号泣して病の牛を地面に埋めながら手を合わせて泣きながら仰った一言「立派な肉にしてやれんで、すまんねぇ」と言う。
これはすごいひとこと。
この日本人の持っている肉になっていくであろう、消費されるものになっていくであろう生き物、それに対しても同じ生き物のラインをキープしているという、思いを持っているという。

アンドリュー・ロウラーさんはルポルタージュを書くために恐れもしないでアメリカの有名養鶏業者を訪ねる。
一番気持ち悪いのは何か?
絶対に見せない。
飼っているところを見せないというのは気持ち悪い。

卵を産んでくれたニワトリの姿を見た事があるか?
武田先生たちの子供時代と違うところ。
かつて、そこらへんにニワトリがいた。
この間、石垣島に行った武田先生。
石垣島の隣に小浜島という島がある。
あそこに行ったら小学校でニワトリを飼っている。
あれは皆で食べるのだろう。
あれはやっぱりよく出来ていて容赦しない。
容赦しないというかはっきりしている。
飼ったニワトリは卵を頂く。
ある程度大きくなったら給食になる。
隅っこの方にヤギを飼ってある。
子供が皆で育てて、皆で食べる。
あそこは、そういうのが小さい共同体だから透けて見えるところに人間の野生みたいなものがある。
東京から移住した人が小浜島にもいる。
その人がヤギを飼っている。
飼うと懐いて可愛い。
そのヤギを家の前で草を食ませる。
通りかかる人が全部同じことを言う。
「急がないと固くなるよ。急がないと固くなるよ」「もうあなた、絞めなさい」
つまりやっぱり生き物の循環みたいなので、それを東京の人はそう言われるが殺せない。
だけど島の人たちはその循環を見事に回す。
それと同じことで、私たちはこれほどニワトリを喰いながら、フライドチキンを喰いながら・・・。
コンビニでチキンを扱っていないところは無い。
豚・牛肉は横に置いておいて、全てのコンビニエンスストアに茹で卵とパックの生卵と卵入りのサンドイッチと、それからレジの横にチキン。
これほど接しながら我々は一年間、一匹のニワトリも見ていない。
理由は現代の工業用ニワトリは免疫力がものすごく落ちている。
だから人との接触、それによって感染し病が広がることを養鶏の方は恐れてらっしゃる。
そこで隔離された養鶏場でニワトリを飼っている。
養鶏場を経営するためには鳥の環境をかなりアメリカ式に直さない限り・・・。
だって卵の値段は変わっていない。
著者は「そこに実はニワトリに対する矛盾があるのではないか?」と。

ニワトリの数がどんどん多くなるにつれて、逆説的だが、その姿はますます見えなくなる。(300頁)

今年もあった「鳥インフルエンザ」。
これが日本でも発生している。
これは何を恐れているかと言うと、ニワトリ系列でインフルエンザが発症した場合。

一九一八年の世界的流行──五〇〇〇万人の死者が出て、全人口の約三分の一が発病した(347頁)

「鳥インフルエンザ」も同様に、鳥から人へうつった場合にこれくらいの殺傷能力を持っているのではないか?
その鳥インフルエンザにニワトリがかかると皆殺しだから。
全部殺すわけだからニワトリも本当に気の毒。
対策としてはこの本の中に書いてあるが「平飼い」。
ケージの中にニワトリを押し込めて飼うのではなくて、昔と同じに野原に放って飼った方がインフルエンザの広がりは抑えられるのではないかというアイディアが出来ている。

 二〇一三年には、H7N9型という新しいウイルス株の感染者が中国で一三五名発生し、その三分の一以上が死亡した。犠牲者の大半は生きた家禽と接触があったので、おそらくニワトリから直接に感染したのだろう。(348頁)

最善の解決策は中国の生きた家禽の市場を閉鎖することだと主張する研究者もいる。この抜本的なアプローチは上海、南京、杭州、湖州で功を奏し、医学雑誌『ランセット』に掲載された論文によれば、その結果として四都市で感染の拡大が防がれた。(348頁)

こういうこともあって、ますますニワトリは人の住む場所から遠ざかりつつあるという。
でもニワトリに関する病というのは、アメリカか中国で起こるんじゃないかと。
やっぱり食べる量がものすごい。

中国では、国民が一年間に食べる鶏肉の量は二二ポンド(約一〇キロ)──アメリカ人の四分の一程度にすぎない(350頁)

中国は人口が13億いるので、ものすごい(数の)ニワトリを飼わないと供給できない。

福建聖農発展の従業員は一万人を数え、会長の傅光明は億万長者だ。タイソン・フーズは今後、中国国内に九〇カ所の養鶏場を建設する予定で、一カ所で一度に三〇万羽以上のニワトリを飼育する。(351頁)

こういうところからトリインフルエンザが発症すると、これはものすごく悲惨なことになるのではないかと。

二〇一四年に中国政府は、二〇一九年までにさらに一億人を田舎から都会へ移住させると発表した。そうなれば、全人口の六〇パーセントが都市に住むことになる。(351頁)

やはりこの手の病を恐れてだろう。
人間が側にいると接触から病になるという危険性があるんでということなのだろう。
(本にはこのあたりの話は病気の関連としては書かれていない)
しかし、ニワトリについてはもっと考えてあげたほうがいいんじゃないか?と著者は懸命に訴えている。
この点、一つだけ自慢しよう。
強いニワトリのタネを持っている。
それがいわゆる「地方の鶏」。
地方には地方の特色をいっぱい秘めたニワトリがいる。
例えば名古屋には名古屋の鶏鍋用に「名古屋コーチン」というのがいる。
秋田には「比内鶏」。
四国には「阿波尾鶏」。
福岡には「はかた地どり」。
これはニワトリ系列だが、地元の風土に合ったニワトリを。
それからケージで飼わずに野原で飼っている人がいる。
そうするとやっぱりニワトリが強くなる。

武田先生が誰かから聞いたことがある話。
野生のまんまでニワトリを飼っていると飛ぶようになる。
木の枝に身を置いて眠る。
そういう様々なニワトリの種類を持っているというところがニワトリとの良い付き合い方を生むのではないかとアンドリューさんが著作の中で仰っている。

一番最後はアンドリューさんの独特の物思いだろう。
「ニワトリに対する人類の扱いは不当である」と。
繁殖、取り扱い、屠殺の方法を考えても、牛、豚、イルカ、鯨よりも遥かにニワトリは、つらい目に遭っている。
ニワトリに対する感謝、配慮が足りないのではないか?
その根底にあるのは何か?
彼らを下等な生き物として見ている先入観が人間にはある。
しかし「ニワトリはもしかすると高等な生き物ではないかと思う」と彼女(多分「彼」だろうけど)は言っている。

ニワトリが人間よりも遥かに深く詳しい視点で世界を見ていることを突き止めた。−中略−鳥類は光を好んでいたので、哺乳類よりもはるかに優れた色覚を持っている。セキショクヤケイは濃い赤と青と緑の見事な羽の持ち主だが、この鳥は人間には見えない紫外線領域のまばゆい色の組み合わせを感知する。(328頁)

ニワトリの羽は綺麗。
いっぱい色がある。
釣りをやっている武田先生は疑似餌を作る。
その材料がニワトリの毛。
ニワトリの手羽のところの毛は八千円くらいする。
それを一本抜いて釣り針に巻いて虫に見せかける。
釣り針の毛にするためのニワトリの羽というのが何種類もある。
黒とかマダラとか赤とかブルーとか売っている。

さらにニワトリは、左右の目を別々の目的で使っていて、ある対象──たとえば、餌になりそうなもの──に焦点を合わせながら、もう一つの目で捕食動物が来ないか油断なく見張ることができる。(328頁)

ニワトリの脳が左右にはっきり分かれていることを確認した。(330頁)

(番組ではニワトリが左右の目を別々に使えることと脳が左右に分かれていることとを結び付けて説明しているが、本の中ではそういう説明はない)

あるドイツの言語学者が、すべてのニワトリには特定の行動に対応する鳴き声が三〇種類もあるという結論を下している。(329頁)

よくモノマネのあの女の子(福田彩乃さんのことを指していると思われる)が「コケッコッコー!」というのがいる。
あの子がニワトリの真似をしているが、ただ単にあのモノマネの女の子がやっている「コケコッコ」ではない。
あの中に深い意味がある。
「敵が近づいているぞ」「餌を見つけた」「きれいな雌がいたよ、ここに」みたいな。

著者が一番驚いているのは、ヒヨコは生まれてすぐに餌と小石を区別することが可能である。
それくらい目がいい。
よく突っついている。
あれはアホみたいにまぐれでやっているように見えるが、彼(あるいは彼女)には見えている。
「これは小石であるか」「これは餌であるのか」というのが。
見分けることが可能。
だからものすごく知覚の能力が高い。

ニワトリは……原始的な自意識を示しているらしい(331頁)

「わたし」という、そういう心理をニワトリは持っているという。

アメリカの方というのはこのニワトリをバカにすることが好き。

「鳥頭(バードブレイン)」という言葉は一九三六年に初めて登場し、「おじけづく(チキン・アウト)」とか「臆病者(チキンシット)」といった無礼な表現が最初に使われたのは第二次世界大戦中だった。(326頁)

このスラングははずれているのだと。

著者はひたすら360ページに渡ってニワトリの過去現在を追い、未来を描く。
溢れんばかりのニワトリの情報と薀蓄の一冊。
しかし、ニワトリを歴史的な意味合いで捉えると深い。
最後は環境問題まで行く。
牛と豚というのは食品にするにはあまりに穀物を消費しすぎる。
牛一頭とだてるのにどれほどのトウモロコシを喰うかと考えると全然割に合わない。
温室効果ガスは今や工場より大量に空気中に撒いているのだと。
全体の80%オゾン層破壊のメタンやフロンガスは農業と牛のゲップである。
これを解決するためには何をするかというと、著者はこう言っている。
「ハンバーグよりチキンを愛するのだ!」
そして彼女が言っているのは「より美味しい鶏肉を求めましょう」と。
ちょっと高めでも、そのためにもっともっと我々自身からニワトリに近づいていこうと。
そうすることによって人類の未来が開けてゆくのではないかということ。
彼女は現在、タイの方に行かれていて、セキショクヤケイの保護に乗り出すために今、ジャングルの中でヤケイを探してらっしゃる。
一番最後はタイで出会ったセキショクヤケイの美しさを語る文章でこの本は締めくくる。
(本の最後はベトナムで終了しているし、このあたりの文章は本の中には見つからず)

2001年宇宙の旅 (字幕版)



posted by ひと at 10:17| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年5月15〜26日◆ニワトリII(前編)

これの続きです。

ニワトリ 人類を変えた大いなる鳥



ニワトリという鳥がいる。
これは野生種から人間が「家禽」と言って家畜化した。
その歴史。
一番最初、ニワトリは間違いなく食用ではない。
これは「時を報せる」という「朝日に関してすごく敏感である」と。
ちょっと「神秘的な力」。
そういう個性を人間に愛されて、神話の鳥として人間の歴史の中に登場する。
ピラミッドにはニワトリのレリーフがある。
ピラミッドを作るときの作業開始ベル代わりにニワトリが使われていたらしい。
それからヨーロッパに渡っても勇猛に闘う雄鶏というのは強さのシンボルになる。
だからフランスに雄鶏マークのスポーツウェアがある。

[ルコックスポルティフ] Le Coq Sportif コンパクトトートバッグ(CARRY ON) QA-670155 RCX (RCX)



フランスにおいては、あれは「強い」というイメージ。
あれは「チャンピオン」とか、強いというイメージがあの国にはある。
また、ヨーロッパ全体もそういう意味でニワトリのその強さを愛した。
これがアメリカに行くとひっくり返る。
「チキン」も最大の侮辱の言葉。
アメリカではなぜ臆病者のことをチキンと言うのか?

話を巻き戻し、17〜18世紀に話を戻す。
その頃ヨーロッパ、特にイギリスでは観賞用のニワトリということでビクトリア女王が無闇にニワトリを愛したという。
ところがアイルランドで起きたジャガイモの不作で、大量の移民が喰うや喰わずで新大陸アメリカに渡って行く。
アメリカにはピューリタン(清教徒)たちがアメリカを開発していくが、アフリカから黒人の方々を奴隷として連れてきて、その巨大なプランテーションの作業をやらせるという。
そこにアイルランドの人たちと黒人の人たちが住むようになる。
アイルランドの人たちは細々とニワトリを飼い始める。
何でかと言ったら七面鳥は高くて喰えない。
それまでのヨーロッパの肉と言えばシカ肉、羊、豚、七面鳥、ハト、ウズラ、アヒル。
これがヨーロッパにおけるいわゆる「動物性タンパク質」の種類。
ニワトリは入っていない。
それがアイルランド人たちがアメリカに渡って七面鳥を食べられない。
それで彼らは一年間大事に育てたニワトリをクリスマスに食べ始めた。
それでそれを見ていた黒人たちが「これは俺たち、お金も持ってない奴隷の俺たちにはピッタリだ」ということでアイリッシュ系の人たちとそれから黒人奴隷の人たちがニワトリを食べていた。
そしで毎朝産んでくれる卵をありがたく拝借していた。
ニワトリは近くの虫や草を食べて大きくなるので便利がいい。
お金がかからない。
それでニワトリの肉というのがアメリカの南部に定着していく。
アイリッシュ系の人たち、黒人奴隷の人たち、それからユダヤ系の移民がニワトリを飼っていたので、いわゆる社会の下層の人たちなので、上の人たちがニワトリを喰う彼らをバカにするがごとくシンボルにした。

伝染性の強い「ニワトリ熱」がイギリスからニューイングランドへ飛び火した。(266頁)

愛玩用ニワトリ。

一八五四年二月に史上初の全国的な家禽展示会を主催し−中略−
二月一三日付の『ニューヨーク・タイムズ』は報じた。展示会の賞金として五〇〇ドルを提供した──現在の価値で言えば一万三五〇〇ドル相当
(267頁)

1855年、ニワトリのバブルがはじけるとニワトリは黒人、アイルランドの人、ユダヤ人たちが中心だが、食料としてアメリカ全土に浸透していく。
これはアメリカ人はこの辺を昔は工夫していた。
孵卵器を発明した。
「卵温め器」はアメリカで始まった。
(本にはアメリカ発とは書いていない)
母鳥の体温で温め続けないと孵らないのだが、この孵卵器で維持するとものすごく短期間のうちにヒヨコに孵すことができる。
(多分、孵卵器を使ってもすごく短期間で孵化はしないと思うのだが、本には母鶏が卵を温める期間が取られてしまうと新しい卵を産む時間が減るということが書かれているので、そのあたりから思い違いをしたものか)

一八八〇年にはアメリカ国内で一億羽のニワトリが五五億個の卵を産み、一億五〇〇〇ドル相当の価値を生み出していた。一〇年後、二億八〇〇〇万羽以上のニワトリが一〇〇億個の卵を産み(274頁)

近大養鶏業というのが立ち興った。
ところが、ニワトリというのは非常に見下されていたものだから、ニワトリ自身が人種差別のシンボルとなってしまった。
ニワトリの呼び名。
雄鶏「コック(cock)」。
雌鳥は「ヘン(hen)」。
アメリカでは雄、コックと言わず「ルースター(rooster)」と言う。
生意気なことを「コッキー(cocky)」と言う。
「怖気づいてる」は「チキンアウト(chicken out)」。
(番組では「チキン」と言っているが本によると「チキンアウト」)
それから「尻に敷かれている」は「ヘンペッド(hen pecked)」。
「雌鶏からケツをつつかれる」という意味で「恐妻家」ということになる。
英語の中で「コック」は汚い言葉。
言ってはいけない言葉で、特に女の子は。
日本語でわかりやすく言うと「ポコチン」という意味。
「ポコチン」の正規の汚い言い方がある。
それと同じ響き。
これはニワトリの雄鶏のことなのだが、そんなふうに使われたものだから、言葉には罪はないが汚い言葉No.1になってしまった。
ニワトリというのはものすごく変わった性生活をしている。

このヴィクトリア女王から始まったニワトリバブルの1800年代半ば、科学の対象としたのがダーウィン。
ダーウィンはニワトリにすごく興味を持った。
それからカール・リンネ。
いろんな生物を分けちゃった人。

 リンネの動物界では、ニワトリは脊索動物門に分類されている。−中略−その下の分類では鳥綱で、一万種に及ぶいわゆる鳥類がここに集められている。その下はキジ目で、七面鳥など空中よりも地面を好む、比較的重たい種が多数含まれている。その下はキジ科で、キジとヤマウズラとウズラとクジャクがすべてひとまとめにされている。どれも脚に蹴爪があり、ずんぐりとした体つきで、首が短いという特徴を共有しているからだ。(179頁)

そのニワトリなのだが、実は歴史が非常に不思議で「ヤケイ」野生のニワトリというところから進化しているのだが、そのニワトリが人間が飼うニワトリにどうやってなったかに関して実はまだ謎。

名古屋コーチン
博多の「はかた地どり」
四国の「阿波尾鶏(あわおどり)」
宮崎の「地頭鶏(じとっこ)」
それでニワトリというのはそんなふうにして「地ごとで生まれたんじゃないか?」という考え方があったのだが、ダーウィンという例の進化論のあの人が「ニワトリってもしかしたら各地各地で産まれたんじゃなくて、ニワトリっていう種類で一本筋が通っていて、それが各地の雌雄と混ぜ合わせるうちに新種ができた」という。
最初にニワトリという筋があって、各地の地鶏が生まれたんじゃないかっていう仮説を立てたのだが「原種のニワトリ」というのが見つからないので、この説はずっと疑われ続けた。
「ニワトリには原種はいないんじゃないか」「土地土地で交雑を繰り返しながら生まれた種類なんじゃないの?」というような。

「生殖器」というのは環境に適応しない。
つまり性的な特徴というのは、掛け合わせてもそう簡単に変わらない。

雄鶏にはペニスがないのだ。というよりも、正確に言えば、なくしてしまった。(203頁)

だから雄鶏雌鶏の交尾はキスと同じ。
その性の特徴をきちんと最初の原種も持っているはずだというのでニワトリのルーツを探すという大捜索が今世紀になってから始まった。

今上天皇の次男である秋篠宮は幼いころからニワトリに魅せられていた。祖母にあたる香淳皇后が第二位次世界大戦の直後、皇室の食卓の足しになればとニワトリを飼い始めていたのだ。東南アジアで野外研究をしたのち、秋篠宮らの研究チームはセキショクヤケイのミトコンドリアDNAの断片を抽出した。−中略−
 研究チームが一九九四年に出した結論は、ニワトリの家畜化が起きたのは一度きりで、場所はタイだというものだった。この研究結果に基づいて秋篠宮は博士論文を書き、八年後には別のグループの研究による裏付けも得られたのだが、それから二〇年後、この説はほころび始めた。アメリカの生態学者I・レア・ブリスビンによると、この研究で野生種として使われたセキショクヤケイはバンコクの動物園のもので、家畜化された雑種だったらしい。
(198頁)

日本の皇族のインタビューを手配するのは難しいため、直接に話を聞くことはできなかったが(199頁)

 二〇〇六年、中国科学院昆明動物研究所の劉益平率いる研究チームが、セキショクヤケイとニワトリの大いぼなサンプルのミトコンドリアDNAに九つの分岐群──すなわち、共通の祖先に由来するグループ──を発見した。この分岐群の分布から、家畜化は一度だけでなく複数回起きていることが示唆された。中国南部、東南アジア、インド亜大陸の古代人たちは、それぞれセキショクヤケイを飼育して、独自の遺伝子シグネスチャーを持つ別々の系統を作り出したというのが彼らの主張だった。(198頁)

今、この二つの説「一か所から出てきた鳥」「多方面から出てきた鳥」というので論争が続いている。

 雄鶏にはコックがない。(203頁)

タマキンが無い。
何故消えたのか?
ならば彼らはどう子作り、有精卵、卵を作り出しているのか?

ニワトリの場合──すべての鳥類、爬虫類、両生類と同様に──総排泄腔は尿路と消化管が合流した一車線の終点で、さらに生殖に関する機能も果たしている。人間の男性と同じように雄鶏には精巣が二個あるが、体の外にぶら下がっているわけではなく、内臓として腎臓の下にしまい込まれている。健康な雄鶏は一回の射精で八〇億個以上の精子を出すことが可能で、雄鶏と雌鶏がそれぞれ総排泄腔を反転させて押し付け合ったときに、雌鶏の体内に精子が送り込まれる。わずか数秒間の出来事だ。卵管に入り込んだ精子は、交尾から一カ月も生き続けて、一個だけの卵巣の中の卵子を受精させることができる。(204頁)

でも謎は「なぜニワトリはペニスを捨てたか?」。

 鳥類のうちの数種、主に水鳥は、ペニスをちゃんと持っている。たとえば、アヒルは長いらせん状のペニスを持っているのだ。(204頁)

アヒルのペニスはキュッキュッキュッシュポン!みたいな感じでねじ込む。
だからもう頭さえ入ればキリキリ回転させて入れてくるという。

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雄のアヒルは非協力的な相手に交尾を無理強いすることで有名で、その最中に相手を溺死させてしまうときもあるほどだ。(205頁)

雌の悲劇を避けようとしたのがどうもニワトリらしくて、ペニスを無くすことで短い時間でパッと強い精子を送り込むこと。
これはやっぱり一つの手段。

卵に小さな窓を開けて雄のアヒルとニワトリの胚を観察してみると、どちらも受精後九日目まではペニスが発達し始めていたが、ニワトリのほうはそこでペニスの成長が止まり、原始器官はしなびてしまった。九日目にニワトリの胚は、将来のペニスを先端からしなびさせる原因となるたんぱく質を作り始めていた。(204頁)

アポトーシス。
「自然死」。
細胞でも何でも老廃物として死んでいくようになっている。
新旧を繰り返している。
毎日生まれ変わる。
だからアナタは本当は新装開店になって全部総入れ替えしている。
それが順調にいっているから気づかないだけで「自然死する」というシステムを細胞が持っている。
その細胞がたまたま「死ぬ」ということを忘れちゃって頑張って生き続けるのが癌。
癌というのは往生際の悪い細胞のこと。
そういう滅びのスイッチを細胞はちゃんと持っている。
ニワトリは胚の段階で「もうペニスはいーらない!」と言ってオチンチンが消えて無くなって。
更に面白いのはヒヨコの段階でくちばしの中に歯も生えてくる。
「僕らは突っついて生きていくも〜ん」というので歯を消してしまう。
どうやらニワトリは殺し合うようなセックスのたかぶりよりも、雄雌の協力がなければ受精しないキッスのような性交を選んだ。
そしてさらにはくちばしで突っついて生きていこうということで歯も消してしまうという。

ニワトリにまつわるアメリカンジョーク。

一九二〇年代に米国のカルヴィン・クーリッジ大統領夫妻が別々にある養鶏場を視察したとき、夫人は一羽の雄鶏がせっせと交尾に励んでいるのに目を留めた。毎日何十回もおこなうという説明を聞くと、「大統領がいらしたら、それを伝えてあげてちょうだい」と冷ややかな口調で言った。伝言を聞いた大統領は、その雄鶏は毎回同じ雌鶏と交尾をするのかと尋ねた。違うという答えが返ってきた。雄鶏はいろいろな相手との交尾を好むのだという。「それをうちの奥方に伝えてやってくれ」と大統領は応じた。(207〜208頁)

「蛇口」のことは「コック(cock)」。
だからアメリカ人は絶対に言わない。
ゴルフの時も手首のことを「コック」というが、アメリカ人は絶対に使わない。
「ポコチン」と言っているのと同じだから。
「ちょっとポコチン(コック)ひねって水持って来て」とかって誤解しそう。

ゴキブリを意味する「cockroaches」でさえ、ただの「roaches」に変えられた。(207頁)

一時期金欲しさに「ゴキブリにはコックローチ!」といったCMに出演していた武田先生。
大声でハワイのスタッフの前で叫んでいた。



ブタ(ピッグ)とウシ(カウ)は肉になると呼び名がポークとビーフに変わるのに対して、チキンはニワトリと鶏肉の両方を意味する言葉なのだが、現在では肉を指すことのほうが多い。(302頁)

「ポコチンを消しちゃう」とか「口の中には実は歯があるのだがそれも消しちゃう」とか、
最近すごく面白い研究がおこなわれている。
その「消す」というボタンが遺伝子の中にある。
それを消してしまう。
まだ完璧にはできていないが、その「消す」ボタンを消してしまうとニワトリはどんな生き物になるか?
骨格を見たらものすごく納得するが、恐竜になる。
ティラノサウルス。
ジュラシックパークで一番凶暴だったヤツ。
あれと同じ骨組み。

ジュラシック・パーク (吹替版)



ニワトリの蹴り爪はすごい。
肉を引き裂くための爪だから、ものすごく鋭い。
そうやって考えるとニワトリはスイッチを消し忘れると恐竜になる可能性があるというところが面白い。

 アサラはT・レックスのアミノ酸配列のうちおよそ半ダースがニワトリのものと完全に一致することを突き止めた。彼とシュワイツァーは六八〇〇万年前の軟組織を分離した−中略−世界最古のタンパク質を確認し、それが現代のニワトリのタンパク質と同じだとわかったと主張したのだ。二〇〇七年に『サイエンス』誌に発表された彼らの論文によって(218頁)

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2017年09月21日

2017年7月3〜7日◆仕掛学

仕掛学



東洋経済新報社から出ている松村真宏さんの著書。
松村さんは大学の先生。

仕掛学。
著者による新しい行動心理学とでも読めるのか。
ある仕掛けを施して人をそこへ誘導する仕掛け。
これをもう一種、学問にしてしまおう。
日本初のフレームワーク、物事の考え方。

ついそうしたくなる。
そういう仕掛けというのがある。
例えば飲み屋なんかでちっちゃく「ここではしないでください」というので壁の下の方に赤い鳥居を描いておくと、鳥居のマークだけで何が禁止されているかは、だいたい日本人には通じる。
あれは一種の「仕掛け」。

著者が大阪市天王寺動物園に遊びに行ったときに「アジアの熱帯雨林」のエリアで見つけたものである。どこにも説明がないので何に使うものなのか明らかではないが、望遠鏡のような形をしているので覗くものであることはなんとなく推測できる。
 また、筒の真ん中の穴が気になってつい覗き込みたくなる。さらに地上1メートルくらいのところに設置されているので子供の顔の真正面に穴がくる。これらの条件がそろっていると覗かずに素通りするほうが難しい。少し離れたところから筒の側を通り過ぎる人を観察すると、子供たちが筒を覗き込んで筒の先に置かれている象のフン(の精巧な作り物)を見て楽しむ様子が見られる。
(11〜12頁)

ファイルボックスの背表紙に斜線を一本引くとファイルボックスが順番通りに並んでいるか一目見てわかるようになる。ラインが乱れていると気になるのでつい直したくなり、結果として整理整頓が達成される。背表紙をつなげると一枚絵になっている[仕掛け3]の漫画も同じ効果が期待できる。(17頁)


背中(背表紙)は一匹の龍が這っている。
それから工場などでも「ここにトンカチを置くところ」というのでトンカチのシルエットが描いてあるところがある。
あれは間違いなくそれを置いていく。
次に使う人がすごく便利で整理もしやすい。
コンビニのレジのところに両足をそろえたプリントが床にされていて「そこに並ぶんだな」と並ぶのも仕掛学。

ゴミ箱の上にバスケットボールのゴールを設置すると、ついおもちゃを投げてシュートしたくなる。シュートして遊んでいるだけなのに、結果的におもちゃがゴミ箱の中に片付くことになる。(19〜22頁)

大阪国際空港の男子トイレにある「的」のついた小便器である。−中略−
 この的は「つい狙いたくなる」という心理をうまく利用している。的は飛散が最小になる場所に貼られているので、的を狙うことによって知らず知らずのうちにトイレを綺麗に使うことに貢献することになる。
−中略−
 オランダのスキポール空港のトイレには「ハエ」の的がついており、飛散が80%減少したと報告されている
−中略−
 トイレの的には「的」や「ハエ」以外にもさまざまなバリエーションがある。著者がもっとも気に入っているのはキッザニア甲子園で見つけた[仕掛け9]の「炎」の絵のシールである。
(27〜30頁)

清掃班の手間は年間で数億円の節約となった。

 このゴミ箱にゴミを捨てると落下音が聞こえ始め、それが8秒ほど続いた後に衝突音が聞こえる。
 ゴミを捨てた人はもう一度音を聞きたくなってまたゴミを捨てたくなる。
−中略−
 この仕掛けを施したゴミ箱を公園に設置したところ、普通のゴミ箱より41キログラム多い72キログラムものゴミが集まったそうである。
(33〜34頁)



この「仕掛け」についてその要件を満たす条件がある。

・公平性(Fairness):誰も不利益を被らない。−中略−
・目的の二重性(Duality of purpose):仕掛ける側と仕掛けられる側の目的が異なる。
(37頁)

男性便器にしても「綺麗に使って欲しい」人と「的に当てることが快感」という、この違う快感の二重性があると仕掛けとして有効である。

 行動中心アプローチでは、窃盗犯のやる気を削いで犯罪を未然に防ぐことを考える。ゴミのポイ捨て、違法駐輪、建物の割れた窓を放置していると、無法地帯であることのサインとなって連鎖的に環境が悪化することは割れ窓理論として知られている[Wilson and kelling 1982;Keizer 2008]。そこで空きスペースに花壇を作れば住民の当該地域への関心やモラルが高いことのサインになり、窃盗犯から敬遠される。(74〜75頁)

「住民同士の結束が固い」「近所仲が良い」ということが花壇から伝わる。

こんなふうにして何かの仕掛けでいろいろな役割を果たすというのは日本には実は歴史的に多い。

うぐいすの鳴き声に似た声を出すうぐいす張りの廊下は侵入者に気づくための仕掛けである。
 竹筒が石を打って音を響かせる鹿威しは鳥や獣を追い払う。風になびいたときに音を奏でる風鈴は涼しさを感じさせる。これらの音は風流なものとして今でも親しまれている。これらも音のフィードバックを利用している。
(91〜92頁)

それからお寺の「玉砂利」。
シャリシャリという音が。
そういうのが考えてみると防犯には相当(効果があると思われる)。

三角トイレットペーパーを使うと、3分の1回転するたびにわずかな振動が手に伝わるフィードバックを実現できる。
 この三角トイレットペーパーとただのトイレットペーパーの使用量を比較したところ、三角トイレットペーパーのほうが一人当たりの使用量が約30%も少なかった。
(93〜95頁)

「匂い」をトリガにしたというので「鰻屋さん」。
これも一種「仕掛学」。
外に向かって煙を出すわけだから。

ホームベーカリーも焼き立てのパンの匂いで快適に目覚めさせている。(95頁)

 お店の前を通りがかったときに美味しそうな匂いがするのは偶然ではない。気づいてもらえるようにお店の人が人通りに向けて匂いを流している。(95頁)

それから焼肉屋さん。
それで一発で決断に変わる。
「今日はウナギ喰おう」「今日は焼肉にする」「ちょっと一杯やってくか」というのはみんな匂い、嗅覚によるトリガ。
ある意味では試食コーナー等々も味覚トリガで一種の「仕掛け」。

駐車場の入口で駐車券を受け取ると駐車券を口にくわえる人がいる。その無意識の行動に着目したチューインガム会社が、新しい味のガムのキャンペーンとして駐車券にミント味の層をつけた事例がある。
 駐車券を取って口に運ぶとガムの味に気づくという味覚を使った仕掛けであり、駐車場の近くのお店でそのガムの売上が上がったそうである。
(98頁)

(番組では「ガム自動販売機のミント味のガムの売れ行きが倍増した」と言っているが本によると異なる)

 小さい子供は何でも口に入れたくなる時期があるが、のどにつまらせると危険なものもある。そのような誤飲を防ぐためにリカちゃん人形はとても苦い味が塗布されており、子供が誤って口に入れたときに吐きだすようになっている。これも味覚を利用した仕掛けである。(100頁)

 脳波から読み取った感情に応じてカチューシャについた猫の耳が動くnecomimiも目に見えない感情を見えるようにしたものである。猫の耳が動くという体験が楽しくて、誰かとコミュニケーションしたいという心理的トリガが生まれる。(102頁)

necomimi



これはフィードフォワード。
思わずそうしてしまう流れ。
(本の中ではフィードフォワードではなくフィードバックに分類されている)
別の用語でアフォーダンスと言う。
何も「快」ばかりが人をアフォーダンスの流れに惹きこむ仕掛けではない。
「不快」「不愉快」なこともアフォーダンスの流れを作る。

踏んだときに不愉快な振動音がするランブルストリップスも車線を越えたことに気づかせる仕掛けである。(113〜114頁)

 交通に関する事例ばかりではない。食堂などでメニューの─にカロリー表示があると、ダイエットに意識のある人は高カロリーなメニューを避けるようになる。(114頁)

あれはやっぱり「オムライスやめよう」と思う。
オムライスは(カロリーが)高い。
ラーメンより高い。
メロンパンは高い。
あのカロリー表示というのも一種のアフォーダンス。
(本の中ではこれらの分類は「アフォーダンス」ではなく「ネガティブな期待」)

何かのルールを報酬、褒美を与えることでアフォーダンスに引き込むという手段もある。
(武田先生は「アフォーダンス」という用語を誤解しているようで、ここからは分類が「報酬」)

 ファン・セオリー・コンテストのもう一つの入賞作品である「ザ・スピードカメラ・ロッタリー」は、スピードカメラで車の速度を計測し、制限速度ぴったりで走っている車の中から抽選で賞金が当たる宝くじを贈るというものである。この仕掛けによって車の平均速度が22%も下がったことが報告されている。(116頁)

武田先生が「いいな」と思った交通違反、あるいは交通事故を防ぐ手立て。
酒気帯び運転。
検問に引っかかって3回続けて違反しなかった人。
酒気帯び運転で3回チェックされるというのもなかなか無いこと。
だから1年に3回酒気帯び運転の検問に呼び寄せられて、3度とも「法を守っておりました」という方は市町村にその旨、印鑑を押してもらって届け出すると宝くじがもらえる。
これはすごく効果があると思う。
2つ印鑑を持っている人は3度目の酒気帯び運転の検問が楽しみで仕方がない。
検問をやっていると自分で寄って行く。
検問が必ずしも不運とか不快の入り口ではなくて、幸運の出口になるかも知れないというような。

 著者が授業で行った実験では、チラシスタンドの上部に鏡を設置しただけで鏡を設置しなかった場合に比べてチラシスタンドのほうに目を向けた回数は5.2倍、ビラを取った枚数は2.5倍になった−中略− 
 人は鏡があると気になってついチラシスタンドに近づいてしまい、そのときに自身の行動を正当化するためにチラシを取ったのではないかと考えている。
(118頁)

小さな仕掛けが人間を思わず誘導してしまうという。
壁か何かに「見てるぞ」と漢字が書いてあって、目ん玉が一個描いてある。
目黒通り沿いで見かけた水谷譲。
歌舞伎の縁取りみたいな目ん玉とかが描かれている。
決して絵が上手くないし「こんなもん効果あるワケねえじゃねぇか」と思う。
あれは効果があるそうだ。
あそこで痴漢とか置き引きが減る。
目があるというのはやっぱり何かすごく嫌なのだと。

 青色防犯灯も犯罪の抑制に効果がるといわれている。イギリスの都市グラスゴーで景観のために街頭を青色に換えたら犯罪が減ったことが発端となり、今は日本各地の自治体や自殺の多い駅のホームにも採用されている。
 他の場所と雰囲気が違うことを警戒して犯罪や自殺が減ると考えられている。
(121頁)

映画『ローマの休日』で有名になった「真実の口」をアレンジしたものである。ライオンが大きく口を開けているので、恐る恐るつい手を入れたくなる。ライオンの口の奥には自動手指消毒器を設置しており、手を入れるとアルコール消毒液が噴射されて手が綺麗になるという仕掛けである。多くの人が手を入れてくれただけでなく、アルコール消毒液が手に噴射されたときのびっくりしたリアクションが他の人の興味をひくという連鎖反応も起こり大盛況であった。(164頁)

(番組では「どこかの消毒メーカーが作った」と言っているが、本によると著者のゼミが「シカケラボ」で展示したもの)

 C棟はコの字型になっていて、教室前の廊下から中庭が一望できる。ここを釣り堀に見立てて、地上を行き来している人を釣り上げようというアイデアを実現したのが[仕掛け34]の「人間釣り」である。浮きと人間釣りのビラの入ったカプセルをつけた麻ひもを4階から垂らすと、地上にいる人は目の前に垂れてきた浮きとカプセルを見て「釣られている」ことに気づく。見上げると4階の大きな人間釣り」の垂れ幕が目に入り、気になってC407教室に行きたくなるという仕掛けである。
 この仕掛けも大盛況で、釣りひもを垂らせば100%餌を取ってビラを見てもらえただけでなく、多くの人がわざわざC407教室まで足を運んでシカケラボの展示や人間釣りを楽しんでいた。
(166頁)

人間というのはもしかすると道具に縛られているのかもしれない。
その道具がその人にある行動をさせているのかもしれないという英語のこんなジョークがある。
(番組では「英語のジョーク」と言っているが、ジョークはこの話ではなく、本の中でこの後に登場する「一方ロシアは鉛筆を使った」という有名な笑い話)

「ハンマーを持てば、全てが釘に見える」(“if all you have is a hammer,everything looks like a nail”)[Maslow 1966]は「マズローのハンマーの法則」と呼ばれている。(160頁)

ハンマーを手にすると叩きたくなるという。
何でもコンコン・・・。
つまりアフォーダンス、ある道具がその人の行動を決めてしまうという。

道路の中央線、側線。
横の線がないと人間はまっすぐ走れなくなる。
中央分離帯とか破線というのを全部取っ払って「道」という感じで何も線を引かないと蛇行する。
破線にしてあるのは、安全なスピードに達するとあれが白い直線に見える。
そういう工夫がある。
(この本に関してはここまでで終了。最終日は途中から他の本の内容に入る)

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2017年09月14日

2017年7月7〜14日◆進化論II

他のお題の最終日の途中からスタートしているので、そこから紹介する。
今回はこれからの続き。

進化は万能である:人類・テクノロジー・宇宙の未来



マット・リドレーさん曰く「世界を動かしているのはトップたちではない」「世界を動かしているのは底力だ」「数人の天才が世界を進化させていくのではない。世界の人々の平均点が世界を変えていくのだ」。
このマット・リドレーさんの面白いところは、英雄、偉人、政治家がいかに世界を変えたみたいな顔をしているかという、そういう語り口が武田先生の好み。

 一九九七年、イギリス軍の北アメリカ総司令官ヘンリー・クリントンは「南部戦略」を採用し、ノースカロライナとサウスカロライナ制覇のために軍隊を海路送り込んだ。ところが、これらの植民地ではマラリアがはびこっていた。このあたりでは春になるとかならずマラリアが流行し、とくにヨーロッパから新たにやって来た人々のあいだに蔓延した。−中略−蚊が血を吸い、原虫がその赤血球に感染した。戦闘が始まるころには、兵士のほとんどは発熱で衰弱しており、コーンウォリスも例外ではなかった。−中略−
 もちろん、ジョージ・ワシントンの将軍としての手腕をすべて否定することはできない。しかし、アメリカのリーダーの名声は予想外の展開によって決まったわけで、蚊が少なくともリーダーに引けをとらないほどの影響力を持った。
−中略−いずれにしても、これで勝敗を決めたのはボトムアップな動きだったという考えがますますその信憑性を増す。(292〜294頁)

それからグーテンベルクの印刷技術によって教会独占の聖書が誰でも手に入る書物となり、識字率が上がり、ここからルターが始めたところの宗教改革が起こったということだが「これも違う」。
これはメガネの普及。
メガネの普及、レンズ作りが盛んになる。
それを小さな虫に向けたり星空に向ける人が現れてきて、ここから宇宙観を塗り替えた。
ガリレオの発見はメガネをかけて本を読んだ人々の平均点から生まれた大発見だったという。
(このあたりの話は本の内容とは異なる)

 カリフォルニア州にあるモーニングスター社は、「自主管理」の実験を始めて二〇年になる。−中略−この会社にはマネジャーも、上司も、CEOもいない。役職を持つ人は一人もおらず、昇進もない。−中略−ルーファーが「この会社をどんな会社にしたいか?」と問い、答えは三つの原則に集約された──(1)人は自分の人生を自分で支配できるときがいちばん幸せだ。(2)人は「思考し、エネルギーに満ち、創造的で、他人を思いやる」。(3)最高の人間組織は部外者によって管理されず、参加者が協調して運営するボランティア組織のようなものだ。懐疑的な人々の思惑をよそに、このシステムはずっと機能し続け、モーニングスター社は従業員四〇〇人、パート三〇〇〇人の企業に成長した。(298〜299頁)

私たちはあまりにも起業者とか社長とか経営者とか、そういう人たちを中心に物事を見過ぎているんじゃないか?
でも、もうその限界は今、来ている。
日本の家電メーカーで巨大な戦後の歴史を築いた企業がみんな不調に陥って、それはやっぱり強烈な指揮官がいた会社。
そういうところが上手くいかなくなっちゃってるというのは、そういうのがあるかも知れない。
トップダウンでいっている会社なんて、やっぱり最後は上手くいかないのではないか?

マット・リドレーさんは独特の考えをお持ち。
皆さん方に「どうだ。凄いだろ?」なんてことは絶対言わないが、この方がおっしゃりたいのは「独裁者であろうがそれが民主的な大統領であろうが、大義名分を振り回すという、そういうやり方で国家を引っ張っていっているように見えるけど、そんな立派なもんじゃないぜ」という。
その一節の中にこういう言葉がある。

つまり政府とは、もとを正せばマフィアの保護恐喝の仕組みなのである。暴力の独占権を主張し、市民を部外者の略奪から守る見返りに上前(税金)をはねる。これがすべての政府の起源であり、現在マフィアが行なっている保護恐喝はすべて、政府へと進化する過程にあるのだ。(314頁)

人の物を取ることはいけないこと。
悪いこと。
そんなことは誰でも知っている。
ただ、国家というのは「税金」という名前にして人の物を取っちゃうという。
それで国家の真似をする人は全員悪党になる。
「国家というのはそういう組織体ですよ」と言われると「なるほどなぁ」という。
国家はシステムとして悪を模倣する。
ギクリとする言葉。
国家がやる事をマネすると悪になっちゃう。
それは乱暴に考えるとそう。
車をパッと止めて「今、10kmオーバー。これ」っていうのは儲かる。
浜松町でやったら。
「今、曲がったでしょ。ほら、カネ置いてけ」とか。
国家のシステムをマネしてはいけない。
国家そのものが悪を模倣している。

今の総理の問題点というのは、ただ一つ言えることがある。
いろいろ漏れ伝えてくるところを当番組(『今朝の三枚おろし』)なりに噛み砕くと「友達悪りぃ」。
もうそれだけ。
何が悪いのか?
本当に言えること。
ちょっと友達によい印象の人がいない。
大阪で一生懸命幼稚園をやってらしたご夫婦がいらっしゃる。
武田先生が最初にパッと見た時の印象は「あ、吉本の人か」と思った。
あの関西弁のまろやかさとか饒舌さ、スピード。
あれは花月(なんばグランド花月)で絶対に受ける話術を持った方。
特に奥様の方。
本当にストレスなく生き生きと関西の街で生きて来られたという証。
それに長男さんもしっかりしてらっしゃるし娘さんもしっかりしてらっしゃる。
幸せな大阪のご家庭。
ただ、やっぱり言葉使いが荒い。
申し上げられることは「友達がちょっと悪いんじゃないか」。
それと学校関係者が多い。

アメリカでは、個人が所有する銃の数を心配する人が大勢いるが、公共機関が所有するものはどうだろう? 近年、アメリカの(軍ではない)政府が一六億発の弾薬を購入している。全人口を五回撃てる数だ。社会保障庁は一七万四〇〇〇発のホローポイント弾を発注した。国税庁、教育省、土地管理局、さらには海洋・大気圏公団まで、すべて銃を所有しているのだ。(316頁)

これは何のために所持しているかというとはっきりしている。
暴徒を鎮圧するため。
その弾丸と銃のお金は国民の税金が担当している。
この本の著者が言うとおり「国というのは悪を模倣する」。
逆らうヤツは皆殺し。
このへんはやっぱりファシズムとか資本主義、共産体制とか言うが、だいたい正体は同じような感じだそうだ。

マット・リドレーさん曰く「だいたいまとめようとする。そういうものは絶対にロクなもんじゃない」。
(という言葉は本の中に発見できず)
欧州連合、国際連合、COP21、TPP、大ロシア、台湾を飲みこもうとする中国。
そういうものは全部悪を模倣したシステムである。
偉大なアメリカ再生を叫ぶトランプ政権も、さらに金王朝の北朝鮮の三代目のあの国もそうだが、トップダウンで世界を変えようとする人たちが世界にはいる。
「しかし」とマット・リドレーさんは本の中で言っている。
「安心してください。失敗しますよ」
この本のテーマ。
トップダウンで世界は変わらない。
変えるのはただ一つ、ボトムアップ。
私たちが変えるのである。

エリートが間違うのは「ボトムアップで自発的に組織されるのが最善である世界を、設計することによっていつまでも支配しようとするからだ」と述べている。(335頁)

「トップダウンで事が決定する」といえば「豊洲問題」なんかもそう。
みんなトップダウン。
マット・リドレーさんの言い分だがトップダウン「偉い人が問題を解決する」んじゃないよ、ボトムアップ「底辺が決定していく」んだよ。
じゃあ、どんなふうに具体的に?という。

二〇一一年、イギリス政府はデジタル起業家のマイク・ブラッケンに、大規模なIT契約の管理方法を改革するよう依頼した。フランシス・モード大臣の支援を受けてブラッケンが考案したシステムは、彼が「滝」プロジェクトと呼ぶもの、すなわち前もってニーズを特定しても結局予算オーバーで時間も無くなってしまうやり方を、もっとずっとダーウィン説に近い方式に置き換えたものだ。(334頁)

例えば「豊洲問題」。
我々は何が欲しいのか?
これも当たり前。
安心、安全、便利、安く、楽しく。
そういうものが欲しい。
だから「築地」というおんなじ名称で五つばかり小さく作ってしまえ。
だから豊洲も「豊洲」って言わない。
「築地」と言っちゃう。
大間から持って来たり、大分の関から持ってきたりして、それを築地というところが売買している中継地点。
一番発展したところを「築地」にすればいい。
トップダウンがこの混乱を招いている。
元々は石原さん(石原慎太郎元都知事)の時のトップダウンでこうなってきた。
「トップダウンで決着しよう」とか「トップダウンで良い解決策を」というのが、もうそもそも間違い。
私たちが求めているのは便利で活気があって面白くて安心な市場なんだ。
安心、安全なだけじゃない。
便利で活気があって面白くないと市場じゃない。
だからボトムアップで決定していくというのは壮大な計画ではなくて、小さなステップを積み重ねる、その進化によって創造していく。
そういう街づくりがあっていいんじゃないか。
建築家の人がいて、線を引けば道路になると思ったら大間違い。
やっぱりそこを通行する人たちの楽しさとか面白さとか、そういうものが加味されて通りはできていく。

マット・リドレーさんは宗教の方にも話を広げておられる。
世界へ広がっていく宗教。
そういうものが世界を今、分けているわけだが、その世界に広がっていく宗教にはトップダウンがあったのではないか?
そういうものが今、宗教が世界を混乱させている原因になっているので「もう一度ボトムアップまで宗教、引き返したほうがいいんじゃねぇの?」と仰っている。
この宗教のボトムアップのパワーの付け方というのは日本という国では分かりやすい。
これくらい何でも拝む国はない。
お寺を観光で行きたがるのが日本人ぐらい。
日本人はイスラム圏に行こうがインドに行こうが西洋に行こうが教会を見たがる。
日本人にとって宗教は観光。
お伊勢参りにしろ、日本人にとって宗教は観光の要素が入っていないと宗教じゃない。
ちょっと不謹慎かも知れないが、逆の意味で「のびやかだな」と思う武田先生。

 一世紀のなかばには、テュアナのアポロニオスのカルトが、帝国の覇者の有力候補であるように見えた。イエス同様、、アポロニオス(イエスより若かったが、同時代の人物)も死者を甦らせ、奇跡を起こし、悪霊を追い払い、慈悲を説き、死んでから(少なくとも霊的なかたちで)復活した。だが、イエスとは違ってアポロニオスは近東全域で名を知られたピュタゴラス学派の知識人だった。−中略−どこから見ても、パレスティナの大工(訳注 イエスのこと)よりは洗練されていた。−中略−彼の消息が途絶えてからはるかのち、彼のカルトはユダヤ教やゾロアスター教、キリスト教と競いあったが、やがて下火になって消えてしまった。
 それはタルススのサウロ(聖パウロ)のせいだ。アポロニオスには、こつこつ働くピロストラトスという名のギリシャ人年代記作者がいたのに対して、イエスは、そうとう風変りではあるものの恐ろしく説得力のあるパリサイ人のパウロに恵まれた。
(338〜339頁)

宗教をチェーン店展開するというのは弟子でよい参謀がいないと世界宗教たりえないという。
これもまた新しい学問「神経神学」が紹介されている。
世界には「スカイフック的思考」がある。
スカイフックというのは「空中から不思議なフックがぶら下がっていて、それがあなたを助けている」という。
そういうのに思わず人間は引っかかってしまう。
偶然の一致にも「それを引き起こした何かがある」とそう信じ切ってしまう。

心理学者のB・F・スキナーはカゴの中にハトを入れ、機械で一定間隔で餌を与えた。すると何であれ、餌が出てくる直前にしていたことが、餌が現れた原因だと思い込んだように見えるハトがいるのにスキナーは気づいた。ハトははその思い込みのせいで、その動作を習慣的に繰り返した。反時計回りに歩き回るハトもいれば、カゴの隅に頭を突き出すハトや首を振るハトもいた。スキナーは、この事件は「一種の迷信を実証していると言えるかもしれない」と感じ、人間の行動にも類似するものが多くあると考えた。(351〜352頁)

「きれいな石には不思議な力がある」という「勾玉信仰」から指に宝石類をしたがるという。
その石の力に頼るというような。
それから近所のお寺さんにお参りに行くとか初詣に神社に行くとかっていう性癖があって。

面白い女の人と再会した武田先生。
小松美羽さん。
十数年前に絵が描きたくなって、その小松美羽ちゃんがモデル事務所の受付嬢だった。
スタッフの知り合いで女子美出身だから「この子に教えてもらうといいから」とかといって。
時々絵を描いて小松美羽さんに見てもらって、いろいろ助言、アドバイスをもらう。
でもあんまり絵をいっぱい描くと奥様が嫌がるようになった。
「どこにしまっていいか分からないし、飾りもしない絵は描くな」と言われてちょっと萎えてしまった。
この小松美羽さんはぐんぐん名前が売れた。
今はちょっと現代アーティストで大ブレイク。
イギリスの方から買い手が来たりなんかする。
小松美羽さんは龍の絵を描く。
これがすごい。

小松美羽 −20代の軌跡− 2004-2014



この小松美羽さんは「神社には何か住んでいるし、あらゆる空間にモノノケがいる」という。
そのことをひたすら信じている。

G・K・チェスタトンの言うように、人々は何かを信じるのをやめたときには、何も信じなくなるのではなく、何でも信じてしまう。(353頁)

何か信じていたほうが「何でも信じてしまう危険」から遠ざかることができる。

5月もそうだったし6月もそうだった。
国際的な問題はもうみんな決まっている。
疲れちゃう。
「大統領がどうした」とか「◯◯書記長がまたロケット打った」とか、何か同じことばかり言っているみたいで。
マット・リドレーさんはいろんなことでトップの人を激しく嫌ってらっしゃる。
マルクスとかフロイトとかアインシュタインとか、様々な強力な理論の持ち主が今まで世界を説明してきた。
しかし21世紀までに生き残った理論はアインシュタインのものだけである。
フロイトさんもどんどん新説で人間の心理を。
それからマルクスさんは、ちょっといたるところでマルクス主義というのから国家が離れつつある。
世界を席巻したあのマルクスやフロイトの理論はなぜ生き残れなかったのだろうか?
それは反証不能だからである。
そのことに反撃するというのができない。
「高尾山にはコブラは住んでいない」ということを証明するためにはどうしたらいいか?
証明できない。
不可能。
そういうことが平気でまかり通るようになった。
反証不能なそのことを問題視する人がいっぱいいる。

著者は一番最後にこんなことを言い始める。
「地球温暖化=二酸化炭素」は本当だろうか?
温室効果ガス説、地球温暖化。
これをかなり疑ってらっしゃる。
CO2は影響の一つであって、原因の一つではない」という。
温度が高くなるということはCO2が上がっていることで「CO2が上がったんで温度だ」っていうのは問い方が逆なんじゃないか?っていうことを仰っている。
この本の最後に何でこんなことを言い出したのかなぁと思う。
気象変動に関する政府間パネルによる報告書。

「これはあまりにトップダウンの物の見方なので心配だ」と私に語る科学者の数は増える一方だ。(357頁)

これは反証不可能。
異常気象について反証ができない。
この「温度が何で上がっているか」の原因は太陽の黒点活動の影響っていうのもあるらしいし、そういう反証できないことを問題視するという。


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2017年5月1〜12日◆進化論I(後編)

これの続きです。

イギリスのサイエンス・ジャーナリストのマット・リドレー氏による『進化は万能である』。
動物の進化論というものは、これは人間の文明にも当てはまるんだという大作。

著者の言っていることだが「イギリスは慣習法、判例法をとる」と。

 判事たちは、現場の事実に合うように、事例ごとに法の原理を調整し、少しずつコモンローを変えていく。新たな難問が生じたときには、判事ごとに対処法にかんして異なる結論に至るので、その結果は一種のしとやかな競争の体を成し、一連の公判を通して、どの判断が望ましいかが徐々に決まっていく。この意味では、コモンローは自然淘汰によって構築されると言える。(57頁)

絶えず新しく呼吸するというようなこと。
移ろいやすく、ダイナミックで混乱しており、建設的で興味をそそり、ボトムアップ、底からゆっくりとできていくのが憲法であるという。
そういうこと。

「世界でも最も成功し、最も実用的で、最も大切にされている法体系には、制定者がいない。それを立案した人もいなければ、考案した崇高な法の天才もいない。言語が現れ出てきたのとちょうど同じように、反復的、進化的なかたちで現れ出てきたのだ」。(57頁)

「法は国家から生じるのではなく、人々の暮らしの中から淘汰の形で現れてくる」という。
かくの如くして法は国家から生じるのではなく、人々の暮らしの淘汰の過程で浮かび上がってくるという。
これがイギリスがそう。
イギリスは「慣習法」「判例法」。

イギリスのマナーで「かっこいいなぁ」と思ったのは、中学の頃に国語の教科書で読んだと思われるもの。
エリザベス女王が馬車で通っていたらエリザベス女王が大嫌いなイギリスのオッサンがいて、女王陛下に向かって罵声を浴びせた。
そう言う人もイギリスにいる。
そうしたら横にいた別のジェントルマンが「やめていただけませんか?」。
「なぜだ?彼女は決してイギリスを代表するクイーンではない」と言うとそのジェントルマンが言った答えが「アンフェア」。
一人の人が野次を飛ばして女王を罵倒している。
声をあげていい。
それは表現の自由だから。
だけどやめなさい。
「アンフェア」だ。
なぜかというと、女王は今、あなたに反論できない。
非難してもいいけど、それは女王陛下があなたの反論に応えるべき立場の時にやるべきであって、ここでやるべきではない。
これをやっぱり「さすがに習慣の中から法律を作っていく民族である」と日本の学者さんが感心した。
バカな中学生だったが「へぇ〜」と思った武田先生。
「世の中には父ちゃんや母ちゃんと違う人がいるもんだ」と思った。

「サルから人間になった」というふうに学んできた『進化論』に関しては、今「そうじゃないんだ」という説もある。

 米最高裁が学校で進化を教えることを禁じる法律をすべて廃止したのは、ようやく一九六八年になってからだった。(76頁)

神が人間を作ったのであって、サルから人間になったのではない。
1968年になって「進化論を学校で教えることは禁止する」という法律に関しては取り下げた。
各州の州法に任されている。
アメリカの一般的な考えは何かというと「インテリジェント・デザイン」と言って「世界のすべては知的な不思議な力がデザインしたんだ」という。
でないとできるワケがない。
指が五本あって、手足が二本ずつあるとか、目玉が二つあるとか鼻の穴が二つとかというのは「設計図で書こう」と思わないと偶然にできるワケがないという。
だから「神の存在があった」という。
ダーウィンの『進化論』。
『進化論』というのはアメリカ社会全体ではかなりのパーセンテージで信用されていないという。
例えば鳥を見てみよう。
空を飛ぶための筋肉、そして鳥に応じて最適な羽、その長さと色。
これらが自然淘汰でできるワケがない。
「これは明らかに誰かのデザインだ」と彼らは主張するわけだが、この本の著者は断固「違う」。
著者は言う。
鳥を創ったのは神ではない。
鳥を創ったのは風であり大気である。
そして地上での出来事が鳥を創ったのだ。
空飛ぶ鳥は地上に舞い降りて来てエサをついばむ。
そのついばむための形、エサをついばむための姿が彼らの形を創ったのだ。
空飛ぶ力を鳥に与えたのは大地なんだ。
大地で生まれて彼らはそこを蹴って空に舞い上がって、ついばむために地上に降りてくる。
つまり「鳥が飛んでいるのは天井からの幻のフックで釣っているわけじゃないんだ」。

文化の進行から見てみよう。
武田先生が大好きな考え方。
アフリカの草原で立ちあがったサルがいた。
これはアフリカの東側の草原にいた。
これは間違いない。
密林に住むケモノのエサになるのが恐ろしくてサルは密林を出た。
それで食物の無い草原に立って木の実が成ったりするとそれを摘んで、摘み終って喰い物がなくなると別の実が成っている木を移動しながら探して歩くという。
移動するうちにささやかな道具を手に入れた。
例えば矢じりとか。
その草原で仲間とすれ違う。
そうすると自分は矢じりを持っていた。
向こう側の別グループは棒切れを持っていた。
棒を持っているのと矢じりを持っているので道具を交換していくうちに誰かが組み合わせた。
棒の先に矢じりを付けた。
槍になった。
こんなふうにして「交換」。
これが動物の中で「本能」となった。
まず交換があって交換が本能となった。
ある時、いっぱい槍でケモノが突けた。
急いで喰わないと腐らせてしまう。
別のグループがやってきた。
木の実を持っている。
やつらはケモノの肉に飢えていたので交換した。
前の、棒と矢じりを交換したのと同じ要領で。
この時に「交換」と「分業」が生まれた。
この交換と分業はサルからものすごいスピードで人間になったという。
これはわかりやすい。
そしてそのアフリカを出て紅海の海峡を渡り、モーゼに頼らず、彼らはユーラシア大陸へと旅立ったという。
これは世界史の謎を解いてくれるために忘れてはならないことだけれども、文化の累積がサルに固有の能力を与えてヒトへと進化させたのだ。
ヒトは複雑な認知の力を持つので文化を発明したと考えてしまいがちだが違う。
文化の累積がヒトの遺伝子を変えたのだ。
このものすごく分かりやすい例が「牛乳」。

西ヨーロッパや東アフリカの人々が持つ、牛乳にふくまれる乳糖(ラクトース)の消化能力がある。成体になっても乳糖を消化できる哺乳類は少なく、それは一般的には幼体の時期を過ぎて牛乳を飲むことはないからだ。しかし、世界の二つの地域では、ラクターゼ(訳注 乳糖を分解する酵素)遺伝子のスイッチを切らずにおくことで、ヒトは大人になってからも乳糖を消化する能力を進化させた。これが起きたのは、ウシを家畜化して牛乳の生産がはじめて行なわれたその二地域だった。なんという幸運だろう! 乳糖を消化できたので、人々は畜産を始められたのだろうか? いや、そうではない。遺伝子のスイッチを切らずにおけたのは、単に畜産の発明の結果であって原因ではない。(86頁)

人間を進化させてきたものは何か?
それは有能なリーダーなのか?
違う違う。
世界全体を進めてきたのは、それはボトムアップの力。
庶民の力。
そういうものが人間社会というか人間文明というのを進めているんだ。
こう言っている。
人間の社会を進めてきたもの。
それは「分業」と「交換」である。
人間を人間たらしめたのは「分業」。
仕事を分けることと物を交換すること。
分業と交換。
今はまとめて「経済」と呼ばれている。
その経済というものの進化の足取りを見てみようということになる。

OECD(経済協力開発機構)によると、今の世界経済の成長率でいくと──そして減速の徴候は見られていない──平均的な人が二一〇〇年に稼ぐ額は現在の一六倍になるだろう。(134頁)

今、問題になっている「格差」。
「ますます富裕層と貧困層の差は開いて、社会全体が二極に分断されている」という。
今、日本は一応「格差社会無くそう」という方向でいる。
ニュースで取り上げるいろんな格差の話。
給食費が払えない子とか食事がとれない子とか。
「豊かさ」とはいったい何だろう?
「塾に通えない子」というのはいる。
塾はカネを取るから。
「今でしょ!」の先生は大変。
彼の塾なんていうのは(とても高額)。
富裕層と貧困層。
トランプさんに比べるとはっきり言って武田先生は貧困層。
トランプさんは富裕層。
ところが、トランプさんを見ていて、トランプさんの暮らしの中で欲しいものが一つもない。
トランプ氏の暮らしぶりを見ていて憧れたことは一度もない。
トランプタワーのあの部屋は嫌いだと思う武田先生。
テーブルの角が膝を打つと痛そうにとがっている。
それに一番の問題はトイレがすごく遠そう。
トイレに行くためには2〜3段の階段を上り下りしなければならない。
それは深夜、トイレに数度立つ時にものすごく厄介なもので。
今、十歩以内でトイレに行けるというのが武田先生には快適。
あの部屋は嫌。
タワーのてっぺんというのもものすごく不安。
地震で揺れた時、ガラスが割れた場合、落下する危険性があのビルにはある。
心配なのはバロンくん。
バロン君の部屋は広い。
でも叫んでも隣の部屋まで声が聞こえないほどの広い子供部屋を持った子は不幸。
バロンくんは努力しなくても全てが手に入る。
つまり努力をしない少年になってしまう。
トランプさんの奥さんもちょっと武田先生にはきつい。
好みの問題だが、あのトランプさんの奥さんを見る度にちょっと疲れが出てくる武田先生。
もう見るだけで疲れる。
アメリカ人の(住居の)作り方は水回りで作っちゃう。
洗濯、バスルーム、トイレ、それにサイドボードを置いて一杯飲むところは水回りだからまとめてある。
遠いに決まっている。
文化放送(の建物の中)で言えば一番近いところで、ここからエレベーターぐらいまである。
夜中に三回から四回(トイレに立つ)。
それはきつい。
一時間ちょっと眠って。
(頻尿に効果があるとされる)「ノコギリヤシ」を飲んでも本当に・・・。
だから武田先生にとってトランプさんは憧れではないということ。
このあたりから考えると「豊かさとは何か?」。

ニューヨークも大嫌いな武田先生。
眠れない。
「ニューヨーク大好き」という人はいっぱいいるが、武田先生はダメだった。
眠らない街。
眠ろうよ、夜は。
時差ボケの上に眠れない夜だからきつい。
それに高層ビルが多い。
騒音は響きながら上に昇ってくる。
だからニューヨークは上に行けば行くほど変な地鳴りがしている。
すごくくたびれるから嫌。

豊かさとはいったい何か?
人間の暮らしの豊かさ。
マット・リドレーさんが言っている。

「ガス暖房、自動車、天然痘予防接種、屋内トイレ、安価な旅行、女性の権利、子どもの死亡率低下、適切な栄養、身長の伸び、平均余命の倍化、子どもの学校教育、新聞、選挙権、大学受験の機会を享受し、敬意を払われるようになった人が、何千万人も増えている」。(134頁)

今挙げた条件が満たされた人は世界史の中では富裕層に属する。
(とは本には書いていないが)
暖房、自動車、天然痘予防接種、屋内トイレ、旅行、新聞、選挙権、大学受験の平等。
それがきちんとできている社会は豊か。

世界規模の格差は現在どんどん縮まってきている。世界人口のうちインフレ調整後一日1.25ドルで生活する人の割合は、一九六〇年の六五パーセントから現在は二一パーセントに下がっている。(134頁)

世界は明らかに明るい方向に歩いている。
2008年にアメリカからリーマンショックという不況が立ち起こった。
これはすぐに日本にも伝承して1920年代の大不況と比べられたが、非常に短期間のうちに世界経済は立ち直った。
世界経済はリーマンショック直後は1%の縮小が見られた。
それが何と、翌年には5%成長している。
19世紀初めから欧州数カ国から始まった富裕化は今、世界に広がっている。
この大富裕化の原因はまだわかっていない。

テレビでこの間久しぶりでマレーシアを見た。
飛行場で事件があったので。

プロゴルファー 織部金次郎5 ~愛しのロストボール~ [DVD]




『プロゴルファー織部金次郎』でマレーシアに撮影に行ったことがある武田先生。
20年前、40代に行った頃のマレーシアよりも遥かに豊かになっている。
そうやって考えると間違いなく世界は明るい方角へと。
そのことをマッド・リドレーさんは何度も何度も繰り返し言っている。

18世紀の人だが、イギリスのアダム・スミスが『国富論』の中で国が豊かになるという中で「市場が開放的で自由であること。それが経済にってとても重大である」と。
経済を勢いよく回すには「分業」、分業による「交換」。
その交換は信頼を生んでいく。
これが世界から搾取と略奪をそぎ落とす唯一の手段。
歴史から学びましょう。

経済史を一瞥すると、商人によって商人のために動かされている国は完璧ではないが、独裁者によって動かされている国よりも繁栄し、平和で、文化的であることは明らかだ。フェニキアとエジプト、アテネとスパルタ、宋と元、イタリアの都市国家とカルロス一世のスペイン、オランダ共和国とルイ一四世のフランス、商人の国(イギリス)とナポレオン、現代のカリフォルニアと現代のイラン、香港と北朝鮮、一八八〇年代のドイツと一九三〇年代のドイツを比べてほしい。(139頁)

商業に関して、商売、経済に関して「分業」と「交換」。
その自由を認めない国というのは貧しくなる。
そしてマット・リドレーは言う。
経済は人間の行為だが、人間の設計ではない。
経済を設計しようとする政治家は失敗する。
ファラオもナポレオンもヒトラーも経済を動かすことはできない。
なぜなら一人で動くものは経済ではないから。
経済は分業の中で出現するもので、交換によって勢いを増す。
そのスピードがあることが豊かさで、スピードは創発的現象。
交換の勢いを挙げるためには独裁者が人種や国によって交換相手を選んでは創発は現れない。
選んじゃいけない。
やっぱり「オープンマインド」。
開けておく。

スミスの表現を借りれば、「ものを交換しあう性質」は、人間には自然に身についているが、他の動物には見られない。「二匹の犬がじっくりと考えたうえ、骨を公平に交換しあうのを見た人はいない」(140頁)

ある意味で経済学者の方々は不吉な未来を探し続ける。

一八三〇年代からイギリスで生活水準が急上昇しはじめたあとでさえ、ミルはそれを一時的な成功と見ていた。すぐに収穫逓減が起こるだろう。一九三〇年代から四〇年代にかけて、ジョン・メイナード・ケインズとアルヴィン・ハンセンは、世界大恐慌は人間の繁栄が限界に達したことの証だと考えた。(144頁)

これは全部外れた。
有名な経済学者だが。

日本が戦争に負けた。
第二次世界大戦、大東亜戦争、太平洋戦争の直後。
その時に予想されたことは何かというと「日本での餓死者は100万人出るだろう」という。
ところが驚くべきことが日本で起こる。
それは何かというと人々は食料の奪い合いをせずに「闇市」というところで着物とお米を交換する等々で飢えを凌いだ。
この時に日本人はものすごく激しく物を交換した。
それで餓死者というのが非常に少なかった。
日本中全部焼かれたのでもうボロボロ。
武田先生が不思議で仕方がないこと。
昭和20年8月に皇居の前に行って、みんな戦争に負けてモンペ姿で泣いている。
その年の冬、新年、晴れ着を着て皇居に行って日本人は万歳している。
たった半年で「何もかも変わる」と、この国の人は面白い。
この小さな国、日本は敗戦からわずか15年で世界で二番目に稼ぐ国になっている。
ほとんど奇跡。

人口論 (中公文庫)



マルサスという人が『人口論』から「収穫というものがだんだん減っていってやがて食料が奪い合いになり、飢餓が世界を襲うことになると」そう予言した。
これはダーウィンの時代。
ところが今、人口は70億になっても飢餓の国というのは減りつつある。
ここでも予想は外れている。
「ボトムアップが社会全体を変えるんだ」というこの本の著者の考え方が何となく個人的な趣味に合う武田先生。
「未来は明るい」「2100年に向かって人類はもっと景気よくなるぞ」と言っているのは武田先生だけ。
確かに「学校に行けない」とか「昼食、夕食が摂れない」とか、そういう子たちの存在があるのだろうが、昨今の騒ぎ方に関して首をひねる。
「貧乏」は「動機」。
「結果」ではない。
「子供時代に貧乏でした」というのは動機。
そこから「ウサギ跳び」が始まる。
星飛雄馬はあそこからウサギ跳びで『巨人の星』を目指す。

TVシリーズ放送開始50周年記念企画
想い出のアニメライブラリー 第75集
巨人の星 劇場版 Blu-ray



それは物語の舞台であって「結論」ではない。

posted by ひと at 20:32| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年5月1〜12日◆進化論I(前編)

進化は万能である:人類・テクノロジー・宇宙の未来



中身は「今までの考え方を少し変えてみませんか」。
著者のマット・リドレーさん。
イギリスの方。
ヨーロッパ文明というものを土台にしながら、そのヨーロッパ文明のいくつもの矛盾を見抜くという、サイエンス・ジャーナリスト。
外国の人は書き方がしつこい。
向こうの人の「粘り気」は本当にすごい。
イギリスの方なので皮肉屋さんで、読み手としてはすごく読みにくい。
こっちは英語圏の人間じゃないから。
ただし、その分だけ面白い。
翻訳の方は訳すのが大変だっただろう。
皮肉というのはスラングも入ってくるので「冗談じゃないよ。ビートたけしみたいなことを言っちゃって」というのが日本語で書いてあって、それを英訳されて向こうで英語で本を出された場合「元浅草の芸人」とかでは済まない。
「ビートたけし的態度をとった」というようなことが書いてあったらニュアンスが伝わらない。
それをこの人たち(訳者の大田直子、鍛原多惠子、柴田裕之、吉田三知世)は一生懸命調べてやっている。
大変だったろうと思う。

とにかくこのマット・リドレーさんの主張はこの一言。
「世の中どんどん良くなってるし、これからどんどん良くなる」
この方の明るさはサルの時代から現代まで貫く。

 二〇世紀の物語には語り方がふた通りある。一連の戦争や革命、危機、伝染病、財政破綻について述べることもできる。あるいは、地球上のほぼすべての人の生活の質が、ゆっくり、しかし確実に向上した事実を示すこともできる。(417頁)

新聞を読むと私たちはこれからもう災難から災難へ、よろめきつつ進んできて避けようもない更なる災難が明日また待っているという。
それが新聞の論調。
それから学校。
歴史の教科書を見ましょう。
お嬢さんがくれた「年表」を持っている武田先生。
「災難」しか書いていない。
「戦国時代、幸せな一家がおりました」なんて一行も出てこない。
「戦国時代に幸せな一家があるはずがない。だから信長は立ち上がった。秀吉は立ち上がった。家康は世の中をまとめた」というふうに歴史教科書には書いてある。
家康も知らずに平和に生きた家族もいたということが関ヶ原のあの晩にもあったはず。
このあたりから「世界の見方を変えませんか」というお誘い。

ラジオメディアの中でニュースを伝える時に、順番を打つと「不幸なニュース」から。
(この放送がされていた当時)もう五月になってしまったが「桜が咲きました」なんていうのも一番最後。
殺人事件があった場合は不幸の方から順位が高い。
そこをこの「エボルーション」『進化は万能である』のマット・リドレーは語っている。
今朝も朝からニュースは「大国のエゴと脅威、隣国の混乱、政治家の傲慢発言、あきれ返った病院関係者、何と情けない学校関係者。訳の分からものが都政に介入しているという恐怖感、あるいは都政にタッチする能力もないくせに昔威張っていた『太陽の子』」みたいな。
これは今、武田先生が勝手に言っているだけ。
何一つ該当するニュースはないのだが、だいたいこんなふうに語っておけばどれかが当たる。
今朝もきっとこの手の中で世界は進んでいると思う。
だからこれはもう年末のしめくくりも出来る。
同じことを言えばいい。
「大国のエゴ、隣国の混乱、政治家の傲慢発言、あきれ返った病院関係者、学校、警察関係者。政治が混乱した」というようなことを言っておけば、大体これは年末でも使える。
上手くいかなかったことを挙げなさい。
それで大体あなたは今年の予言が全部できる。
この悪いニュースを聞きながら「チェッ!何だよこの世の中は。なってないよ。何とかしろよ」とかっていう。
でも皆さん、よく考えて。
皆さん方は間違いなく十年前より幸せです。
皆さんは今、二十年前より幸せです。
今日もラジオから流れる悪いニュース、更にコメンテーターの方や専門家の方が怒って「また悪い方に向かって日本の舵が切られてしまった」そう彼らは嘆いている。
よく考えてみましょう。
悪いニュースには全て特徴がある。

悪いニュースは、歴史に押しつけられた、人為的で、トップダウンで、意図的な物事にまつわるものだ。−中略−第一のリスト──第一次世界大戦、ロシア革命、ヴェルサイユ条約、世界大恐慌、ナチス政権、第二次世界大戦、中国革命、二〇〇八年の金融危機。これらは一つ残らず、意図的な計画を実施しようとする比較的少数の人(政治家、中央銀行総裁、革命家など)による、トップダウンの意思決定の結果だ。(418頁)

では良いニュースはないのか?
良いニュースが山ほどある。
ただし、悲しい事に「良いニュース」「幸せなニュース」を伝える能力がメディアに無い。
なぜなら良い事はゆっくりにしか起きないから。
悪いニュースはなぜ伝えやすいか?
それは突発的で言葉にまとめやすいから。
「◯◯地方で◯人の方がお亡くなりになった」「◯人の方が事故にあった」これはものすごく伝えやすい。
良いニュースを伝える能力がメディアにない。

第二のリスト──世界の所得の増加、感染症の消滅、七〇億人への食料供給、河川と大気の浄化、富裕な国々の大半における再植林、インターネット、携帯電話を使ったバンキング、遺伝子指紋法を利用した、犯罪者に対する有罪判決と無実の人に対する無罪判決。これらは一つ残らず、偶然で予想外の現象で、こうした大きな変化を引き起こす意図のない無数の人々によってもたらされた。(418頁)

探せばあるのだが、伝える言葉がない。

人々の暮らしは良くなる一方なのだ。(417頁)

反論したかったら「十年前を思え」。
特にガン等々に関してはすごい。
ガンという、かつては死の宣告と同じ響きだったが、ステージ1、2ぐらいだったら・・・。
もうそういう時代になっているわけだから、ゆっくりだが前進していることは間違いない。
リドレーさんは「私たちの暮らしは良くなってる。これは事実なんだ。そのことをまず認めましょう。そこから新しい考え方を作っていきましょうよ」。
もう一つ重大な指摘をこのリドレーさんがしている。

興味深いことはすべて漸進的に起こり、過去五〇年間、人間の生活水準の統計値のおける主要な変化のうち、政府の措置の結果はほとんどないと、選挙学者のサー・デイヴィッド・バトラーは言っている。(418頁)

わかりやすく言うと、過去50年の歴史を振り返って「我々国民の暮らしが良くなった」というデータがあるとすれば、それは政府が頑張った結果ではない。
朝からテレビ、ラジオから流れてくる政治的なニュース、トップニュース、政治、政策、公約、あるいは政治家たちの目標、宣言。
ドンドン流れてくる。
これは今朝も流れている。
リドレーさん曰く「失敗します」。
リドレーさんはその理由を簡単に挙げる。
誰か一人が意図として世の中をデザインして計画、実行したもの。
それは失敗する。
この世界に秩序をもたらすのはトップダウンではない。
優秀な指導者がいて、その人が「世界全体をこのようにしよう」と設計図を書いて提出した。
それは失敗する。
世界は実はそこでは動いていない。
社会全体を進化の力に乗せて運んでいるのは先頭の指揮者ではない。
最後尾から重たき社会を押しているボトムアップ。
その力こそが進化の原動力なんだ。
草原の群れの中でリーダーがいて、その草原の群れのサル。
それがひょっこり立ち上がって二足歩行した。
「お!あいつ立って歩いてるぜ」というので他のサルもみんな真似た。
そんな進化論はない。
100匹のサルがいる。
全員が立ち上がろうとした。
ヨタヨタしながら100匹がお互いに支え合って、今まで四つんばいだった101匹目のサルが「みんな立つんだったら、俺も立つよ」と言って、その101匹目のサルが入った瞬間に草原のサルは人間となった。
これはダーウィンが『進化論』で説明した通り。
これが『進化論』。

武田先生が面白いと思ったのは「創発」。
用意された条件や予測から説明できない特性が物事には生まれる。
それを科学用語で「創発」と言う。
つまり最初に組み込まれた特性とかルールをどんなに決めても、どんどん発展、展開していくうちに予測から外れていくという。
上手くいくのはたいてい「意図されていないこと」で、上手くいかないのは「意図されたこと」。
恋心で言うと、好きなばっかりでは恋愛は結婚まで進展していかない。
恋愛は一回「コイツ、バっカじゃねぇの?」と思う。
「バっカじゃないの」と思った感情を二重の赤線で消して「バカじゃない、この人は」と思った瞬間に。
それが「創発」。
どんなにルールを決めても進むにしたがってルール以上の事が出てきたり、ルールではジャッジできないことが出来てくる。
この「創発」が無いと物事は進んでいかない。
どんなにルールを決めても、そのルールでは乗り越えられない「とある局面」が誕生して、新しいルールを「そのもの自体」が作っていくということ。

これは、道徳、経済、文化、言語、テクノロジー、都市、企業、教育、歴史、法律、政府、宗教、金銭、社会における変化が起こる、主要なかたちである。(420頁)

今朝も主に悪いニュースが幅を利かせて、テレビやラジオ、新聞等々、世界中で流されている。
そのニュースについて語る人たちは「世界全体が昨日より悪くなった」と語る。
彼は、あるいは彼女はうそつきではないが正しくない。
よいことは必ず目に見えない形で進展する。
彼が言っていることはこういうこと。

暴力はこの数世紀で驚異的に減少している。
暴力にまつわるニュースはいっぱいある。
何年も前から「とある国で暴力が」というのは今朝も報道されていると思う。
でもこのマット・リドレーは断固として言う。
暴力はこの数世紀で驚異的に人類の間で減少している。
「いや、そうじゃない。◯◯という国じゃね、戦争やってるんだ!」とおっしゃるかも知れないが、人類の歴史全体から見ると戦死による死亡率は減少し続けている。
もちろん悲惨な戦闘がまだ終わらないところもある。
しかし人類はもう知っている。
これはトランプさんもプーチンさんもご存じだと思う。
習近平さんも気づいてくれるはず。
暴力に何かを解決する力はない。
もうそのことは世界中の指導者が分かっているはず。
習近平さんはちょっと南の方の島の手の出し方が乱暴。
だけどそのことを全面戦争で・・・という決心はしていない。
無理。
あの国は海岸部の大都市を一部攻撃されただけでも大パニックに陥る。
海岸線の都市にもし何か攻撃が仕掛けられた場合、内陸に向かって逃げ始めるわけだから、それを押しとどめて整理するという能力は中国の軍隊にもない。
商業や経済が発展すると暴力は効果を失う。
どこの国でもそうだが、商売をやっちゃうと戦争ができなくなる。
これがボトムアップのパワー。

モンテスキューは、人間の暴力や不寛容、憎悪を和らげる効果を持つ取引のことを、「温和な商業」と読んだ。そしてその後の年月のあいだに、その正さが十二分に立証されてきた。社会が豊かで市場志向になるほど、人々は善良に振る舞うようになった。一六〇〇年以降のオランダ人や一八六〇年代以降のスウェーデン人、一九四五年以降の日本人とドイツ人、一九七八年以降の中国人を考えてほしい。−中略−
 商業が盛んな国では、商業が抑えられている国よりもはるかに暴力が少ない。
(53頁)

特に中国は10億(人)を超える国民がやっと喰えるようになった。
商売のお陰。
もう一度繰り返すが全面戦争は無理。
中国はもう小麦を輸入しなければならない国。
商業が育ち始めるとルールが生まれる。
ルールを守らないと商売ができない。

 エリアスは、道徳基準は進化すると主張した。そして、それを裏づけるために、エラスムスほかの哲学者たちが刊行した礼儀作法の手引きを紹介している。これらの手引きには、テーブルマナーや排泄にかんするマナー、病人に対するマナーが満載されている。言わずもがなと思えるものばかりだが、逆にそのおかげで当時の実情が浮かび上がってくる。たとえば、「排尿中や排便中の人には挨拶しないこと……テーブルクロスで鼻をかんだり、手鼻をかんだり、袖や帽子の中に鼻汁を噴き込んだりしないこと……誰かにかかるといけないので、唾を吐くときには脇を向くこと(51〜52頁)

つまり、これくらいのマナーしかなかった。
今、マナーブックにそれを書く必要はない。
なぜかというと、そんな国には観光という商売ができなくなるわけだから。
ルールブックに書いていたことを書かなくてよくなったルールが発生した。

世の中には世の中を嘆きたがる人がいる。
それをマット・リドレーさんは激しく非難してらっしゃる。

ローマ教皇フランシスコは、二〇一三年の使徒的勧告「福音の喜び」で、「無制限の」資本主義が富める者をさらに豊かにする一方で、貧しい者を困窮させたとし、「他者への敬意が失われ、暴力が増している」事実はその野放しの資本主義のせいであると主張した。困ったものだ。これは完全に誤った社会通念の一例にすぎない。暴力は増加などしておらず、減少しており、しかもそれは、最も制限の少ない形態の資本主義が見られる国々で、最も急速に減少している。−中略−二〇一四年に世界でもとりわけ暴力が多かった国を一〇挙げると、シリア、アフガニスタン、南スーダン、イラク、ソマリア、スーダン、中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国、パキスタン、北朝鮮となり、どれも資本主義からほど遠い国ばかりだ。逆に平和な国を一〇挙げると、アイスランド、デンマーク、オーストリア、ニュージーランド、スイス、フィンランド、カナダ、日本、ベルギー、ノルウェーとなり、みな揺るぎない資本主義国だ。(54〜55頁)

(番組中、フランシスコのこの発言は「20年前の出来事」と言っているが、その当時はまだフランシスコは教皇ではなかったし、明らかに誤り)

道徳とは、人間が成長する過程で互いに行動を合わせているうちに生じる偶然の副産物であり、比較的平和な社会に暮らす人間のあいだで発生する創発的減少であり、善良さは教える必要はなく、ましてや大昔のパレスティナの大工(イエス・キリスト)という神聖な起源なしには存在しえない迷信的信条と結びつける必要など皆無だというのだから。(49頁)

言い方はきついが「道徳を決定するのは商業と経済なんだ」という。
「お金儲け」と言うかも知れないが「お金儲けのためにどうするか」ということを考えていくと、暴力を否定せざるを得ない。

日本にも良い参考になるなと思って武田先生が一生懸命読んだ章が「憲法、法律の章」。
(56ページからの「法の進化」のことか)
日本は今、安倍政権の元で「憲法論議」。
安倍さんは憲法改正が悲願なのだろう。
いじった方が良いかというのはわからない。
だが、このリドレーさんが「手、出すな」と。

イギリスとアメリカの法は、けっきょくはコモンロー(慣習法・判例法)に由来する。コモンローとは、誰が決めたわけでもなく人々のあいだで自然に定まった倫理規範を指す。(56頁)

憲法論議は日本ですごくうるさいが「憲法を今のまま維持する」というのと「憲法を変える」というのと、もう一つ「憲法を無くす」というのも憲法改正の一つの方法ではある。
基本的人権とか、そのたびそのたびに「考えな」と。
十年か前に日本の老人方がタバコを売っている専売公社を訴えた。
タバコ屋の小せがれの武田先生。
それは「危険な物を国家が許可して売っている」「責任を取れ」という。
そうしたら裁判所が「それは嗜好品だから、あんた方が好きで吸ってるんじゃないか」ということで。
(1998年のこの件かと思われる。たばこ病訴訟 - Wikipedia
「基本的人権」とか「国家は国民の命を守る」とかということをタテにして争議が起きているのだが、それはやっぱり時代によって変化する。
個人によっても変化する。
だから憲法にジャッジを仰がない「正義」というのが時代時代で浮かび上がってくるのではないか?
極端な言い方だが、武田先生がこの本を「面白いなぁ」と思ったのは憲法論議にしても「憲法を守ろう」「憲法を変えよう」「憲法を無くそう」というその「三つ目の考え方もある」ということを提案しているから。
現実に憲法が無くてうまくいっている(国が)世界にある。
イギリス。

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2017年09月06日

2016年11月21〜25日◆嘘ついたら針千本

『三枚おろし』初めての公開録音。
東京、水道橋の日本大学法学部の講堂。

『天皇の料理番』で日大法学部の教授の役を演じた武田先生。

天皇の料理番 [DVD]



何の教授なのかを知らずに演じていた。
周りの小道具を見ると、法律関係の小道具がいっぱいあった。
実在する大学教授ということでご縁があった。
そのご縁がある日大。
せっかく日大法学部の方でやるのだから「法律に関係することを」ということで依頼された武田先生。
依頼されるとちょっとムキになる性格なので「できない」とは言わないということを信条にしている。

経済で読み解く明治維新 江戸の発展と維新成功の謎を「経済の掟」で解明する



時を遡って江戸時代まで「法律の根」を探して旅をしてみようと思う。
「徳川幕藩体制」と言うと一色で時代を考えてしまいそうだが徳川時代は実に多彩な時代だったようだ。
将軍家光、犬将軍と言われた綱吉、「暴れん坊将軍」吉宗、「天保の改革」の家慶、最後の将軍の慶喜。
経済学者の方から言わせると違いがあるらしい。
例えば三大将軍の家光、犬将軍の綱吉。
この頃は徳川家は結構カネを持っていた。
これはなぜかと言うと家康という江戸幕府を始めた方が天下を取って金銀財宝が湧き出る山、その手のものを全部徳川家のものにした。
だからカネを持っていた。
ところが徳川家康というのは天下を取るが、完璧には天下を取っていない。
道路整備等々のインフラは信長のものをいただいてる。
それから経済については秀吉。
この人は面白いことを考えた。
日本の商売を考える上で「商売をやるという中心があった方がいい」というので、それを大坂に置いた。
諸国の物は全部一回大坂に集まる。
とにかく一回全部大坂に集めて、大坂で値段を決めて、それをまた諸国にばらまく。
例えば山形の「紅花」。
女性の口紅になったりなんかする。
あの原料の紅花は山形が作っていいのだが、口紅は作っちゃダメ。
一回大坂に集められて紅花の値段が決まったら京都に行って京都で加工する。
それで口紅ができる。
その口紅を山形の人は買う。
そうするとお金がグルグル回る。
お金がグルグル回ることによって国中の景気を良くしようという。
これは秀吉が考えたらしい。

お金のことを俗語で「お足」。
小判のデザインは俗説では俵の形。
ところがよく見るとワラジに似ているという。
だからお金というのはグルグル旅をすると景気が良くなる。
お金が足を止めちゃうと景気が悪くなる。
お金というのは回っていればいい。
だから「お金を使う人」じゃないとダメ。
高須クリニックの高須先生のようにドバイか何かへ行ってヘリコプターを操縦して、何の関係もないが女の人を呼んで高いシャンパンを飲ませているという。
最後ににっこり笑って「高須クリニック」という。
ああいうふうにしてお金をたくさん使う人のことを「お金持ち」という。
そういう経済のシステムを考えたのが秀吉。
じゃあ、家康は何をやったか。
何もしない。
「今のまんまにしといてあげるから、天下は一応俺のものということにしてくれ」という。
国を小さく分けることによって「徳川幕藩体制」という体制を作った。
最初のうちは佐渡からは小判はザクザク出てくるし、石見の方では銀が。
江戸期初期は世界で有数の金銀の産出国だった。
ところがこれがゆっくりと減っていって・・・。
徳川の政権の初期の方は全国の金山銀山を持っていた。
莫大な金銀を使うことができたという。
だから東照宮なんかができた。

特に家光のド派手な浪費は有名で、東照宮の造営に57万両もの大金をかけ、参拝すること10回、そのたびに10万両を使い切ったと言われています。(61頁)

同時期に起こった「島原の乱」では、戦費として40万両を使っています。(61頁)

カネのあるうちは徳川政権はかっこいい。
実はもう徳川は四代、五代ぐらいでパワーダウンしてしまう。
ところが政府がお金をいっぱい使ってくれて日本に小判をばらまいたので民間は元気がよくなったという。
そんなふうにして、ゆっくりと経済の主人公というのが民間に移っていく。

 百姓とは、農民および非農業民(商業、運輸業、サービスに従事する人々)を含む庶民の総称であって、決して農民というわけではありません。(46頁)

そういう人たちが経済の主体になっているという。
徳川幕府というのは、考えてみれば不思議な政権。
価値の基準がお米。
だから「◯万石」という国の実力、経済的なスケールを表現する。
「加賀百万石」とか。
だから米さえ採れれば「カネを持っている」ということ。
日本の「庶民」というのはたいしたもの。
税金だけは米で納めるのだが、庶民は何をやり始めたかというと、畑を作ってそこに大豆とか小豆とか別のもので金儲けをし始める。
武士というのは困ったもので、「◯万石」なので米を収入源にしている。
ところが米が豊作になると、武士のところにカネが回ってこない。
その間に庶民の方が金儲けが上手い。

つまり大豆を作ることによって豆腐なんか作る。
豆腐が高く売れてしまう。
徳川幕府は頭がカチンカチン。

 白石が捉われていた頑迷な考えを「貴穀賤金」と言います。これは「米などの農産物は貨幣よりも貴く、お金は賤しいものだ。だから農業以外の産業は仮の需要でありバブルである」という極めて間違った考え方です。(82頁)

しかし、そういうトンチンカンなことでは庶民は全く納得しない。
やっぱり醤油をかけて豆腐を喰いたがる。
侍の偉い方は頭が固いので、「贅沢禁止令」と称して何回も何回もやる。
織物も「色物はダメだ」と命令する。

 もともと譜代大名が着けていた裃のプリントから発展した江戸小紋は、遠くから見ると無地に見える細かい模様の型染めが特徴です。贅沢禁止令が定める素材や色の規制の中で、なぜか鼠色は「お構いなしの色」とされていたことをうまく逆手に取りました。(103頁)

「贅沢を内側に隠す」という「粋」の文化、江戸文化を生んでいく。

法律の「法」。
サンズイはもちろん「川の流れ」を表しているのだろう。
「去」。
「法を守れないヤツは川の流れに『去』らせる」という意味。
漢字の語源そのものからすると古代、三千年前。
非常に怖い意味なのだが、不思議なことに日本にはスっと定着していく。
国民性なのだろう。
子供の「はやし」の言葉、遊びの言葉の中に「指切りげんまん」という、指を結んで約束をする。
その約束が守れない場合は「嘘ついたら針千本飲ます」という。
考えてみれば「遵法精神」「法律を守らねば人は美しくない」という、そういう文化がもうすでに江戸期に小さな子供たちの間にもあったという。
「経済がゆっくり庶民の手によって膨らんでいった」というのと、その中から道徳として「決まり事は守らねば人としては美しくないぞ」という、ささやかなる遵法精神。
そういうものが芽生えていったということ。

江戸小紋とかというのはお侍さんの厳しい贅沢禁止令の中から工夫で生まれていったという。
つまり今、外国の方が来てくださって日本のことを「クールジャパン」と褒めてくださるのは、江戸期の文化遺産。
そうやって考えるとやっぱり「江戸」というのは非常に興味深い時代。
「金銭は賤しい」ということで、激しく経済を回す人たちへの軽蔑が続く。
経済を回していく人たちはそんなことに関係なしに力を貯めていく。

明治維新が大好きな武田先生。
岩崎弥太郎のエピソードで遭遇した「嘘ついたら針千本飲ます」とよく似たエピソード。
維新後のこと、明治の世になってのことだが、土佐下級武士から身を起こして、ちょっと今、車の方ではけつまづいているあの大三菱を起こした岩崎弥太郎。
この人は商売をするための船を購入する。
それで莫大な借金をする。
その時に抵当がなかった。
つまり「返せなかった場合は、こういう物を代わりにあなたにあげます」という抵当がなかったという。
岩崎弥太郎がお金を借りた相手にしたのは何かというと、証文の末尾に「返せなかったら、どうぞ私を笑って下さい」。
これが抵当になりえた。
つまり「約束を守らない」ということが日本人にとってどれほど不名誉なことか。

江戸期経済を回していくエネルギー、パワーというのが徳川幕府ではなくて、ゆっくりと民間人に移っていく。
日本の民間人というのは優秀。
民間人がゆっくりと経済を回していく。
その民間人たちの中で、ベンチャーで次々と参加する者が多かったのが海運業。
「物を運ぶ」というのは江戸時代は儲かった。
海運業というのがゆっくり全国のネットワークになっていく。
最初の方は海運業は太平洋側にはなく、日本海側で「北前船」といって繁盛したらしい。
この北前船のネットワークのパワーが太平洋側にも移り、太平洋側にも航路が。

1670(寛文10)年には幕府の委託を受けて、東回りの航路の整備事業を始めました。
 東回り航路とは、江戸から小湊、銚子、那珂湊、平潟、小名浜を経由して、荒浜(現在の宮城県亘理郡亘理町荒浜)に至る航路です。
(147頁)

この海運業は太平洋側、日本海側で競って伸びていく。
百姓(ヒャクセイ)の人たち。
様々な姓を持つ人たちが参加する。
この時に一番大事だったのは法律。
「◯月◯日までにこれを必ずあなたのところにお届けします」ということを守らないと海運業というのは成立しない。
それゆえに「約束を守る」「法律を守る」という、資本主義の基礎みたいなものが、江戸時代の封建制度の中で日本人が鍛えられていく。
そして北前船が行き来するという中で米ばかりではなく、移動するのが地方の特産品。
そしてついに北前船においては北海道蝦夷地の昆布。
沖縄料理のダシを取るものは蝦夷地の昆布。
江戸時代から沖縄の人は蝦夷地の昆布を使っている。
沖縄の人たちはその北海道の昆布をどうやって手に入れたかというと砂糖。
これが江戸時代からあったということだから、北海道から昆布を運んだヤツがいる。
そして高い純白の砂糖を手に入れて各地で売ったのだろう。
かつて江戸の人たちは昆布を北海道で仕入れて、点々と港を福井ぐらいまで下りてくる。
福井ぐらいまで下りてくると、昆布が大量に福井で降ろされて、とろろ昆布とかサバに昆布を巻きつけてお寿司が出来たりする。
すごく武田先生がワクワクするのは、ぐるっと瀬戸内を回って大坂経由よりも、福井で降ろしちゃって「直に京都に運ぼう」というせっかち人がいて京都に運ぶ。
これがすごい。
鰹節と一緒に昆布を料理のだし汁に使う。
合わせ出汁。
この鰹節と昆布をダシにするという京都人の発明は、今の日本料理の基礎を作る。
だからそれを考えたヤツは名前もないヤツだが偉いと思う武田先生。

海運業の方から「約束を守る」ということが日本の商業の中に染み込んでいく。
そして独特の日本の経済用語が生まれる。
切符(きりふ)手形。
もちろん「切符」なので「合鍵のように合わせる」という意味合いもあるのだろう。
「切手」という響きの中から日本人がイメージできるのは「嘘ついたら針千本飲ます」という。
つまり「◯月◯日までに切符手形で約束したこの日時に物品を納入しないと片手を切り落とすことをあなたと約束します」というような、ちょっと「武士道」に似た「商道」、商人たちの道徳みたいなものが生まれていく。
そういうものが日本人の基礎になっていく。
「約束を守らねば」という思いが「遵法」、法を守るという精神にゆっくりと・・・という。
それが江戸期の中にもう培われていたという。

幕末に起こる事件。
幕末は世界中の国が日本にやって来る。
日本では攘夷運動が起きる。
「外国人なんか」という。
その攘夷運動から面白い侍たちも出てくる。
土佐の田舎町に一人の青年がいる。
名前は坂本龍馬という。
その大好きな友達で武市半平太(武市瑞山)が「グループ作ろう」というのでグループの名が「土佐勤王党」。
檜垣清治という勤王の同心と江戸の町でばったり会った坂本龍馬。
その時に檜垣清治が龍馬の腰の物、刀を見て愕然とする。
びっくりするぐらい短い。
檜垣清治が龍馬に「おまん、そがいな短い刀では尊王攘夷はできんぜよ」と言うと「何を言うちゅうがーじゃ」と龍馬は言う。
龍馬の理屈は、これからは外で戦うのではなくて室内戦「家の中で戦う」というのが多くなるので刀は短い方がいい。
「長い刀を持っているとその辺の柱に喰いこんでなかなか取れなくなるぞ。俺は短い刀だ」と言って檜垣に突きだした刀が陸奥守吉行といって二尺二寸しかなかったという非常に短い刀。
檜垣清治は龍馬の真似をして短い刀を手に入れる。
それでまたばったり坂本龍馬に会う。
龍馬に「ほら、俺もこんなに短い刀にしちゃったよ」と言うと、龍馬がニタッと笑って「時代遅れ、チッチッチッ」と言いながら「おまんがそがいなものじゃ尊皇攘夷はできんぜよ。これからの世は刀ではない。これの時代じゃ」と言いながら、懐からスミス&ウェッソン社製の32口径のピストルを出して彼に見せた。
檜垣は燃えた。
彼も苦労して長崎なんかを散々歩き回り、やっとスミス社製のピストルを手に入れる。
三度目、ばったりまた坂本龍馬に会う。
坂本龍馬に檜垣が「俺も手に入れたぜ龍馬、ピストルぜよ」と見せると龍馬が「チッチッチッ。檜垣、ピストルの時代は終わったがよ」。
「これからは何だ」というと彼が懐から出したのが「万国公法」という国際法の書であったという。
つまり坂本は次の世は「法律が最強の武器になる」ということを予見した。
これはレジェンド風に聞こえるが、全くのデタラメではない。
彼は後に海運業に乗り出す。
独立部隊を彼自身が作りあげる。
名を「海援隊」と言う。
この海援隊という秘密結社を興した時に、懐に入れた法律の本がいかに強力な武器であったかという歴史的事実を残す。
とうとう「出る人が出た」という感じ。

明治大学の経済学者で飯田泰之さんが仰っている。
「経済では江戸期までに日本はすでに十分世界水準に達するまで成熟していた」
この一言で感動した武田先生。
民間人の方たちが海運業を通して新しいアイディアを。
もうこの時に保険の制度とか北前船の船主さんで思いつく人がいた。
このあたり、日本人というのが閉ざされた日本国内というところでありながら、民間だけの力で経済の本質みたいなものを学んでいたという。
日本は海運業。
北前船とか太平洋航路の樽廻船で「流通業」。
流通業はやがて発達して商社的な力、も持つ。
例えばミカンが江戸には無いので「ミカンを運べ!」とミカンを一発運ぶだけで億万長者になって吉原でパーッと遊んで帰ったというような、いわゆる「海運業のベンチャーの人たち」の活躍がある。

遠い思い出になるがハンサムな福山(雅治)君と『龍馬伝』というのをやった武田先生。

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坂本龍馬というのは黒船をパッと見た瞬間に「使える」と思ったのだろう。
「これは商売に使える」という。
この商売に使うために何を勉強するか?
もちろんそれは、黒船の動かし方もあるだろうが、黒船を操ることだけではなくてやっぱり法律。
『万国公法』という国際法の法律書を懐に入れていた龍馬。
慶応三年のこと、彼自身が「いろは丸」という160トン、小さな外輪船を回す黒船に乗り、45馬力、小さな船で瀬戸内海を航海中に紀州船の「明光丸」887トンと激突し、海上事故を起こしている。
この時に勤王の志士であればカーッとなって、憎き徳川幕府の御三家のひとつだからケンカの一つも売りたいところだろうが、龍馬という人はケンカを売らない。
何をしたか?
国際法の万国公法を楯にとって裁判をやる。
坂本のケンカのやり方は独特で、長崎奉行所にこの海難事故を持ち込み、イギリス東洋艦隊の艦長をオブザーバーに、そこで海上侵犯の裁判を展開している。
(番組内で上記のように「東洋艦隊」と言っているように聞こえるのだが、「東洋艦隊」は1941年かららしいので、この時代には存在しないものと思われる。この時の裁判に参加したのはイギリス領事とイギリス海軍提督)
ケンカするよりも裁判で勝つということが、いかに利益に結びつくか。
七万両という賠償金を紀州藩からせしめる。
このあたり、刀よりもピストルよりも「法が最強の武器である」という国際時代に龍馬は入ったことを既に知っていた。
この七万両を手にしたのだが、坂本龍馬はその年の暮れに暗殺されてしまう。
もったいない。
七万両あるので、それを横からガサーッとかっぱらったのが岩崎弥太郎というヤツで、それを資金にして三菱を作る。
悪いヤツ。
こんなふうにして龍馬が発揮したのは「法がピストルよりも刀よりも力を持ちうる」そういう時代に入った。
そういうことを彼は「いろは丸事件」で我等に教えたということ。
彼が倒幕後の「統一国家を作らねば」ということで友達に託した。
後藤象二郎という友達に日本がこれから進むべき八つの方策を授けている。
その第五策に坂本龍馬は日本がこれから辿るべき未来の図としてこんな一言を残している。

古来ノ律令ヲ折衷シ、新ニ無窮ノ大典ヲ撰定スベキ事。(船中八策)

「今までの法律を全部集めて、その中から新しき法を持つこと。そのことがこの国の未来にとって重大なことなのである」と龍馬は高らかにそう謳っている。

日大学祖、山田顕義。
長州の人。
1881(明治14)年、何と驚くなかれ、この若さで憲法の私案を作成したという。
「時の政府なんかに任せない。自分でとりあえず勉強して、自分で憲法を作ってみる」
このガッツ。
彼は日本の伝統、習慣、文化を踏まえ、法律学校を構想し、明治22年「日本法律学校」という学校を創立し、これが後の皆様方が所属しておられる日大へと発展する。
「約束を守る」というその精神がこの日本に「法」というものをもたらしたのではなかろうか。


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2017年08月31日

2016年3月27〜4月7日◆タッチ(後編)

これの続きです。

マイスナー小体・パチニ小体・メルケル盤・・・4つある。
(もう一つは「ルフィニ終末」)
それが(皮膚の)深いところとか浅いところにあって物を感じる。
これらの今話した4つのセンサーで人間には絶妙なことができる。
これは他の生き物はできないらしい。
他の生き物が出来ない皮膚感覚の絶妙な技。
手のひらに残されているこのセンサーで一番すごいのはポケットの中から500円玉を選んで引っ張り出せること。
1円玉、5円玉、10円玉、100円玉、500円玉。
それを指でわかるのだから、これはすごいセンサー。
外科医用の手袋を一枚しただけで無くなる。
100円玉と500円玉はギザはかなり難しくなるのではないか。
だからほんのちょっとでも何か遮蔽物があると、もうそのセンサーは壊れる。
セメダインを塗られただけで、もうわからない。
それぐらいやっぱりこの皮膚に埋め込まれたセンサーというのはすごい。
このセンサーから伝わった感覚が脳に向かって「すべすべしている」あるいは「フチがギザギザしている」「これはこれよりも大きい」そんなことを見るがごとくジャッジする。

 ルフィニ終末からの情報を脳がどのように利用しているかは、あまりよく分かっていない。皮膚表面に沿って物体が動くときに皮膚が局所的に引っ張られるため、そうした動きの検出に役立っているのかもしれない。(64頁)

だからストレッチで伸ばしている時「アイタタタ・・・」という。
その「アイタタタ・・・」を言えというセンサーがこのルフィニというセンサー「神経」らしい。
これがなくなったら腕なんか折られちゃう。
「『参った』をする」というセンサーがあるという。

皮膚のネットワークから入った触感は皮膚から脊髄へ、そして脳へ、そして神経細胞へと伝わっていく。
その伝わり方と役割がものすごく複雑。
結論を言うとその後何が書いてあるのかよくわからなかったが、面白くなったのはその次の章で「愛撫のセンサー」。
皮膚から入ってきたセンサーが捉えた情報が神経を伝わって脳に送られるが、脳に送られるスピードが違う。

C線維を伝わる電気信号は遅い。時速3.2キロほどだから、人がぶらぶらと歩く程度だ。これに対してAβ線維の機械受容器からの信号は時速約240キロ、Aα線維の固有受容覚信号は時速約400キロのスピードで伝わる。(99頁)

この皮膚から入ってきた情報がそれぞれスピードが違うのは、その後のジャッジをするため。
物にぶつかって額を打った。
その時に「この痛みが大体何日間ぐらい続くか」と予想する。
しゃがみ込んで「痛テテテテ・・・」と言っているのだが「我慢できないこともないか」とか「これはちょっとマズイな」と思ったり。
それは、それぞれ電気信号に変換された伝わるスピードの違いがそのことを判断させる。
危険を感じる、危機を感じる痛みの時は、その痛みの伝わり方は速い。
ところがうずくというか、熱を持つというか、ゆっくり腫れてくるというか、その感覚が伝わるスピードが変わる。
これは伝わる神経線維が違う。
これは「電線」が違う。
速い痛みを伝える電線と鈍い痛みを伝える電線が違う。

 C繊維は長い間、痛みと温度と炎症の情報だけど伝える神経だと考えられてきた−中略−しかし最近、一部のC繊維がある特別な触覚情報を伝達していることがはっきりしてきた。C触覚繊維と呼ばれるその神経は、人と人との接触に特化した、いわば愛撫のセンサーなのである。
 C触覚繊維の終末は有毛皮膚にしか存在しない。その終末は毛包を取り囲み、毛の動きに反応するようになっている。
(99頁)

このC触覚は学習から最適を学ぶ。
この、撫でられてちょうどいい速さを学ぶと、その触感を強く意識して、男の子はよく分かる。
他人の接触を見ただけで「あ、自分も触れられているような気がする」という。
スピードでそれを自分の体感とするという。
だからそっち系(アダルト系)のDVDが売れたりするのは、このC触覚があるから。
「◯◯の見た?スゲェよあれ」とかっていうのはC触覚のスピードと自分の快感のスピードが一緒だから。
武田先生もやったことがあるが、早送りにしてしまうとあれは何も感じない。
バカにできないのは、その手の愛撫のエロスの触覚でありつつも信頼を築く「絆のセンサー」でもある。
信頼はセクシー。
「その人を信頼する」というその「信頼」というのは「安心感」。
安心感が与えられない限り、信頼の絆というのは生まれないワケだから。
どちらかというとエロスの匂いがしないと。
このC触覚の中枢である脳の部位は実に複雑。
これは快感と感じるというのは大変。
様々な脳の領域か関与していて、これが全部燃えないと快感に感じない。
快感というのは脳の支配によるもの。
だから恋の愛撫「彼がそーっと肩を撫でてくれた」というのと、ケンカの時に「ドーンと肩をぶつけた」というこすりあいでは全く違う。
自分が「快」を与えているつもりでも相手にとっては「痛み」となる。
そういうのが触覚センサーの宿命。
そういうので女の人にいっぱいフられてきた武田先生。
「ゴメン、許して」「あーん!もう痛い!」とか。
よく覚えているのはフォークソングでホシカワという先輩がいた。
人柄のよい人。
その先輩の恋人は一つ年上の女性だったが、23歳ぐらいの女性。
可愛らしい人。
ニックネームが「おかあちゃん」。
この二人が仲がいい。
何かの拍子に「どこがいいんですか?」と訊いた。
ホシカワ先輩はガタイはいいが、そんなにカッコイイ人でもなかったので。
歌う歌は岡林(信康)の『山谷ブルース』ばかり。
ガテン系の歌が多い方で、フォークギターで。
そうしたらその「おかあちゃん」という子がしみじみと「うどんを食べてる顔が可愛いの」と言った。
「うどんを食べてる顔が可愛い?そんなもんでこの人はあの先輩の恋人になったのか」と思うと。
「ツルツルツルって食べるの」と言われて。
それでホシカワ先輩とその恋人と数人でデパートのイベントだったので地下でうどんを食べた。
武田先生がうどんを食べた瞬間「武田くん、きたなーい!」と言われた。
先輩もツルツルと結構ツユを飛ばして。
でも武田先生だけ「きたなーい、武田くん」。
その時に「同じじゃん」と思った。
「何か」が違う。
その「何か」というのは女性の方が敏感である。

触覚の他にも様々、人間には感覚がある。
例えばこの本の中でこんな面白いマンガが紹介してあった。
四コマ漫画。

(タイトルは『臭うチーズ』)
若い男女が車に乗っている。
女性は買い物袋を抱えている。
そんな時、男性がちょっと警戒したような険しい表情でつぶやく。
「ここ、なんか臭くない?」
そうすると女は買い物袋の中を覗いて嗅ぐ仕草。
そしてポツリと「さっき買ったチーズよ」。
そうすると男は「あ、そうか。それなら」と納得した後、安心した様子で女性に語りかける。
「なんだか美味しそうな匂いがするね」

これはあること。
最初はすごく警戒して「臭い」と言って、それが気にいって買ったチーズだと分かった瞬間から「美味しそう」になるという。
面白いもの。

「性の触覚」つまり「性感」は、神経終末の分布はほぼすべての男女で同じ。
性にまつわる触れられることへの感性、それは神経全部同じ。
違いがない。
ところがこれを快とするか不快とするかは個人による。
なぜそんなに個人差があるのかはまだわかっていない。
とにかく性的なものというのは脳の中の様々な領域が同時に発火、真っ赤に燃え上がること。

生殖器への刺激を続けると、恐怖に関連する情動信号を処理する扁桃体の活動が低下する。この現象は生殖器への刺激が、恐怖の減少とその結果としての潜在的脅威に対する警戒の消失に関連することを示すと解釈されている。(142頁)

性的に興奮すると不安を感じる能力がぐっと落ちていって、慎重な判断を下す領域がオフになる。
(本の内容とは若干解釈が異なるようだが)
運動なんかもそうだが、カーッと燃える時、スポーツ選手はすごい。
ラクビ―でも骨折しながら走ったりする。
あれはやっぱり「慎重な判断を下す領域」のスイッチが切られてしまうのだろう。
とにかく「同時多発」。
そうすることによって性的な快感が得られるという。

「味覚と触覚のまじりあい」という奇妙な感覚もある。
世界中のほとんどの人がいろいろ触覚に関しては感覚が違うが、面白いことに味覚とあいまったもの、例えば唐辛子を「熱く」ミントを「冷たい」と表現するという。

クールなミント、ホットなチリという比喩は、人間に生まれつき生物学的に備わったものであると思われる。
 ミントの主な有効成分はメントールという物質だ。トウガラシの方は、カプサイシンという化学物質である。
(149頁)

なぜか冷たさを感知できる神経群はこのメントールに反応する。
だから本当に冷たいワケじゃなくて、冷たい時に活性化する神経を励ます。
それからカプサイシンの場合は熱は全然ないが「辛さを熱と感じる」ということがある。
これは人間の進化ではなくて、植物が身を守るためにそうした。
全部喰われちゃうと嫌だから、人間が嫌がるカプサイシンをいっぱい食べて、喰われることを防ごうとしたのが唐辛子の側の事情。

トウガラシという植物と鳥類とは、進化の過程で、ある種のデタントに達したようだ。哺乳類は種を食べると臼歯ですりつぶしてしまいがちだが、鳥には臼歯がなく、種子の大半はそのまま消化器官を通り抜ける。鳥が糞をすると、これまでとは違う場所に発芽可能な種子を播いていくことになる。(152頁)

(番組内ではミントに関しても鳥との間には同様の関係があると言っているが、本にはそういう内容はない)

無痛症。
痛みを感知できない遺伝病があり、どこから飛び降りても痛くない。
骨折しても痛くない。
これは何よりも恐ろしくて、だいたい十代でお亡くなりになる。
そうやって考えると「痛みがある」というのは身の安全のためには大事なこと。
だからちょっと痛むところがあったりしても、これはやっぱり「長生きするための一つのセンサーである」というふうに思いましょう。
「痛み」というのは絶妙なもので、この「痛み」を感じると、また「感情」も一緒に燃え上がる。
何で感情が燃え上がるかというと、痛みを判断しなければならないからで、痛みは種類によって「この痛みは安全のうちにあるか、それとも危ない痛みなのか」「この痛みは予想通りなのか、それとも意外な痛みなのか」「ずっと痛むのか、わりと早めに収まるのか」そういうことも痛みの感覚、痛みの伝わり方で人はジャッジする。
更に痛みは脳記憶として結びつく。
それがPTSD「心の痛み」みたいなものもちゃんと記憶されてしまう。

 治療がとくに難しい慢性痛に、幻肢痛と呼ばれるものがある。手や足を切断した人の約6割が、失った手足が痛むような慢性痛を経験するのだ。(189頁)

それとは逆にピアノやバイオリンの演奏者というのは脳を経由しないで「手が勝手に動く」という触覚の技術に入ることがあるという。
これも一種の触覚の見せる奇跡。

「慢性の痛みがあるのに、どうして慢性の快感がないのだろう」。(188頁)

それは快感よりも痛みの方が生き残るためには重大なセンサー。

「痛みと脳がいかに結びついているか」のものすごい実例。

 イラク戦争中の2003年4月13日、アメリカ陸軍実戦部隊の衛生兵ドウェイン・ターナーは、バグダッドの南50キロほどの暫定作戦基地で少人数の舞台とともに補給品の荷下ろしをしていたときに、敵襲を受けた。(190〜191頁)

 ターナーの右足と太ももと腹には手榴弾の破片が刺さっていたが、動きは鈍ることはなく、何度もクルマの陰から飛び出しては、倒れた仲間を安全な場所まで引きずった。その間、2度撃たれ、1回は左足に弾が当たり、1回は右腕の骨が折れた。だがダーナ―は撃たれたことにはほとんど気づかなかったという。(191頁)

 ターナーはそのうち出血で倒れてしまうが、−中略−ターナーの働きがなければ少なくとも12人の命がこの場で失われていたと考えられ(192頁)

このターナー衛生兵は衛生兵をやっていたために「他の兵士を救わねば」という脳の方の意思の力が強くて、感じる痛みを全部遮断していたのではないか。
どんな激痛でさえも、脳はそれを遮断する力を持っている。
痛みについては大きく心がジャッジしている。
痛みと感情、特にネガティブな感情は深く絡み合う。

被験者にコンピューター上でバーチャルなキャッチボール・ゲームをしてもらい、参加メンバーから外すといった軽度の社会的排斥でさえ、背側前帯状皮質と島皮質後部の活動を引き起こす。(204頁)

だから、そんなささやかなことでも心は痛む。

切り替えが遅い方で、ちょっとクヨクヨ、ウジウジする武田先生。
「そういう言い方しなくてもいいじゃないか」とか何か。
人の言い方をグズグズ考え込むが、ちょっと最近よくなってきた。

「痒みとは小さな痛みだ」と言われていた。
ところが、著者によるとやっぱり「痛み」と「痒み」は違う。
この痒みに関するものは、まだ今はもう少し研究が必要。
これさえはっきりすれば、もう少し神経伝達物質やニューロンのことが分かれば、アトピーに対する対策ができるのだが、これができない。
「小さな痛みだ」ということでアトピーをやっつけようとしたら、全然効かなかった。
アトピー対策のために今、必死らしい。

 ヘロインやオキシコドンなどオピオイド(アヘン様物質)が強い痒みの発作を引き起こすことはよく知られている。(217頁)

以前、元中毒患者の人と話をした時に「痒み」とおっしゃっていた。
その痒みが「手のひらに虫が乗ってる」というあの幻覚と来る。

鎮痛薬としてオピオイド(モルヒネなど)を使った患者の80%は痒みを経験する。(217頁)

「痛み」と似ているが「痒み」には独特の個性、特徴がある。
実験でも分かる通りだが「痒みは伝染する」。
痛みは伝染することはないが、痒みは伝染する。
それが証拠に、イラストでもいいし、フィルムの写真でもいいが、虫、ダニ、ノミを見ると100人中何人かは必ず掻きはじめたり、手のひらを撫でたりする。
この「伝染する」という能力が痒みには強力にあるということ。
痛みも痒みも、それ相応に心の問題で、だから人間にとっては重大な感覚。

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2016年3月27〜4月7日◆タッチ(前編)

お隣の国、半島の両方の国で騒ぎが起こっている。
おそらくヨーロッパの街角でばったり会ったりすると、隣国の方と日本人の区別はほとんどつかない。
「何が違うのかなぁ」と思う時がある武田先生。
「理解ができない」というのは、韓国の人は本当に整形美容に抵抗がない。
あの裁判で出てきた「◯◯さんの娘」みたいなのがいた。
あれで何か語られてもすごく苦しい。
教育テレビを見ていたら「整形についてどう思いますか?」というので世界中の人が集まって、そういうことをワーワー井戸端会議をやるという番組をやっていた。
「それは、もう何てことないものです」と手を上げたのが韓国の人で、他にも西洋の人がいた。
「だいたい中学校の真ん中ぐらいになった時に顔を変える」というのが一番いいそうだ。
「チェンジにもってこい」で。
そう言われると「いいのかな?」と思ってしまう。

身体(しんたい)髪膚(はっぷ)これを父母(ふぼ)に受くあえて毀傷(きしょう)せざるは孝の始めなり(古代中国の書物・孝経)

整形に抵抗がある。
こっちはあんまり親から良いものを貰っていないから、何とか他でカバーしようと思って。
それが人生じゃないかなぁと思う。
歳を取ってから崩れてきてわかってしまうのが嫌だし「そんなことしていいのかな」という抵抗がある水谷譲。
あえて名前を出さないが、整形をやった俳優さんの演技を見たことがある武田先生。
整形前よりもオーバーになっている。
顔が持っている表情を自分がコントロールできていない。
だから無闇に顔を使うが、全部オーバー。
それで、複雑な心理の芝居ができない。
「静かな顔をしようとしてるんだけど、内面が動揺してる」という『飢餓海峡』なんかで三國(連太郎)がやったような演技ができない。
「オメェがサチコさん殺ったんだろ!」「やってませんよ・・・」
その時に観客が見て「あ、殺ってる。犯人はコイツだ!」という、それが出ない。
自分の顔の筋肉をコントロールしていない。
或いは一枚お面をかぶったような感じで、肉を動かしているが表が動いていない。
そういえば法廷みたいなところに引っ張り出されたその整形で綺麗になられた方の顔を見ていると、指から先も反省しているように見えない。
それは、美しさのために表情が顔に出てこなくなったんじゃないか。
そう思う時にすごく抵抗がある。
そんなことを頭の中で考えているうちに、フッと本屋さんで目が合った本。

触れることの科学: なぜ感じるのか どう感じるのか



著者はデイヴィッド・J・リンデン。
THE SCEIENCE OF HAND,HEART,AND MIND
TOUCH

というタイトル。

見れば信じられる。だが、触れることができればそれは真実だ。
         ──トーマス・フラー「ノーモロジア」一七三二年
(6頁)

この著者は特に男性にとって「触る」ということが、いかに決定的な感覚なのか、それを懸命に本で訴えている。
『ロリータ』をお書きになった作家さんの言葉をこの著者が本に書いている。

「男性にとり、視覚に比べれば取るに足らない触覚が、決定的な瞬間には、現実を扱う、唯一とは言わないまでも主要な感覚となるのである」(10頁)

女性より男の方が、触覚に関しては重大。

この著者が遠回しに言っていることをズバリ言うと、大人の方だったらばどなたも経験なさったと思うが、男女のその瞬間、両方とも目をつぶる。
なぜ目をつぶるかというと、それは触覚による情報をマックスに上げるために視覚を消して触覚に専念するという。
個人差があるかも知れないが、間違いなく言えることは、ジーっと相手を目を開けて下から眺めていられると、一種「侮辱」ととられる。

 私たちの場合も、触覚経験は感情と分かちがたく結びついている。それは英語の日常的な表現をとってみても分かる。−中略−「傷つく(I'm touched:触れられる)」や「いじめてる(hurt your feeling:触覚を傷つける)」のほか、「ツンツンする(pricky:棘の多い)」、「キツい(rough:表面が粗い)」、「ずるい(slippery:つるつるしている)」などはごく普通の比喩表現だ。私たちは人間のさまざまな感情や行動や性格を、皮膚感覚を使って表現することに慣れている。たとえば、−中略−
「厄介な(sticky:べとべとした)状況」
−中略−
「難しい(hairy:毛深い)問題だ」
−中略−
 気の利かない人のことを英語でtactlessと表現するが、これは文字通りtact(触覚)を欠いているという意味である。
(10頁)

だから、触ることというのがいかに感情表現に用いられているかということ。

触覚の不思議なので、言われてみると確かにそう。
「触覚」とは実は私たちの例えば「子育て」とか「傷」とか、気配や空気を読む男女間のいわゆる「情」みたいなもの、「別れの予感」。
そういうものも含んでいるという。

面白いのは「ミント」を冷たく感じる。
唐辛子は熱く感じる。
皮膚に塗っても。
これはどうしてこういうことになってしまうのかというと、脳の領域でジャッジする。
だからミントが冷たいワケではない。
唐辛子が火のように熱いワケではない。
それが脳に行くとミントで皮膚を撫でると「あ〜冷たい!」。
それから唐辛子だと「あ〜熱い、ポッポしてきた!」とかっていうことに。
温度を持っているワケではないのだが、脳の領域ではそれを「冷たい」、それを「熱い」「ホット」とジャッジする。

かくのごとく「触る」「触られる」というのは脳でジャッジするから、ものすごく複雑。
ある人が触ると愛を感じる。
ある人が触ると警察に訴えようと決断する。
恋人がアナタのお尻にソッと回す手と、電車の中で痴漢の人がソッとアナタのお尻を触るのとは、力具合においてはだいたいおんなじだが、感情が全く違う。
つまり「触覚」が決定しているのではなく、触覚から伝わってきた感情がその触ってきた者に対してジャッジしているという。
これは面白い。
ものすごくクールな言い訳をすると「性的な絶頂感」は中身はクシャミと同じ。
これは感覚器で言うと「あくび」と同様の反射。
それが一生忘れられないということは、いかに脳がこの「接触」「タッチ」「触覚」に意味を与えているかということ。
性的な絶頂感でさえ、肉体的には女性でクシャミ、男性ではあくびと同様の痙攣であるという。

心理学科の建物に入ってきた被験者を、女性の実験助手がロビーで出迎える。−中略−助手はどうしたわけか、コーヒーの入ったカップと、クリップボードと、教科書を2冊手にしている。研究室の階まで上がるエレベーターの中で、助手は被験者の情報をクリップボードの用紙に書き込みながら、何気なく、コーヒーを持っていてもらえないかと頼む。コーヒーを返してもらったら、被験者を実験者のところに案内する。その際、ある被験者にはホットコーヒーを、別の被験者には冷たいコーヒーを手渡す。−中略−
 有意な結果として、ホットコーヒーを手に取った被験者は、冷たいコーヒーを手渡された被験者よりも、架空の人物を温かい人(人間的、信頼できる、友好的)と知覚した。
(20〜21頁)

NBA全30チームの2008〜09シーズン開幕後2カ月分の試合(選手総数294人)の録画をチェックし、ゴールを喜ぶ接触−中略−を数えた。(24頁)

少なくともプロバスケットボールの文脈では、短時間の喜び合いでの身体的接触が個人とチームの成績を押し上げていること、それも協調性を築くことを通じて成績を上げていることを、強く示唆している。(25頁)

「喜んでないで早くやれよ」という時がある。
あれはダメ。
いちいち喜ぶ。
それから、もし点数を取られたら、いちいち励まし合う。
こうすると強くなる。
これは「なるほどなぁ」と思う。

人手不足の児童保護施設で、1日20〜60分、子供を優しくマッサージし、手足を動かしてやったところ、触れ合い不足の悪影響はほとんど打ち消すことができた。この接触療法を施した赤ん坊は体重の増加ペースが上がり、感染に強くなり、よく眠り、あまり泣かなくなった。(40頁)

 未熟児に対して優しく接触刺激を与えるには、カンガルーケア(早期母子接触)と呼ばれる方法が効果的である。(40頁)

子供を育てる時、接触は重大な感覚であるという。

 デポー大学のマシュー・ハーテンスタインらが、感情伝達における対人接触の役割を調べる興味深い実験を始めている。ひとつの実験はこのようなものだ。カリフォルニアの大学の学生を集め、2人ずつテーブルを挟んで向かい合って座ってもらう。2人の間は黒いカーテンで遮られている。お互いの姿を見たり、話をしたりすることは禁止だ。伝達者の役を割り当てた側に、感情を表す12の単語リスト(怒り、嫌悪、恐怖、幸せ、悲しみ、驚き、同情、困惑、嫉妬、誇り、感謝)の中からランダムにひとつを見せる。伝達者にはしばらく考える時間を与えたうえで、もうひとり(解読者)の前腕の肌に、その感情を伝えるために適切と思われる触れ方で5秒間触れてもらう。−中略−外向きの感情である愛情、感謝、同情は、偶然によるよりもはるかに高い確率で解読された(42頁)

若い時もそうだが、母ちゃん(武田先生の奥様)の手なりなんなり握ると大体分かる。

女性が男性に怒りを伝えようとしても男性はその意図を正しく解読できず、男性が女性に思いやりを伝えようとしても女性はそのメッセージを解釈できなかったのだ。(44頁)

この男女差というのは、やっぱり男と女の恋愛も含めての、恋の駆け引きにもなるだろうが、一歩まかり間違うと事件になったりする。

1960年代に心理学者のシドニー・ジュラードが、世界中のコーヒーショップで会話をする人々を観察した。それぞれの場所で、きちんと同じ数のペアを同じ時間だけ観察したのだ。その結果、プエルトリコのサンフアンでは2人の間の身体的接触が1時間に平均180回と最も多く、パリでは110回、フロリダ州ゲインズウィルでは2回、ロンドンでは0回だった。(44頁)

これはおそらく日本も0なのだろう。
日本は触らない。

番組の控室か何かで指原莉乃さんとした話。
結構疲れてらっしゃったから「前のスケジュール大変だった?」「ちょっと握手会があったもんで」という。
何気なく「アンタも嫌だろ?他人と。な、手を握ってくるんだろ。アンタの手を」と。
「そんなことないです」という。
マツモトさんが横にいらして、小っちゃい声で「ウソ」とおっしゃっていた。
どっちが本当か分からない。

「触れる」というのは考えてみれば、不思議な感覚。
東アジアに限って「触れる」ことというのを考えているが、外見では分からない。
香港と台湾の人の違い。
香港の人は、中年とか初老、老年になってもすぐに手を繋ぐ。
香港を旅した時に、中年夫婦がもうほとんど十代のカップルのような密着度で歩いてらっしゃる姿を見て、ちょっと驚いたことがある武田先生。
台湾は肉体接触がき。
ダンスとかすごく好きだから。
でも、台湾の方は香港ほどではない。
台湾と上海も違う。
何でこんな話をしたかというと、武田先生が英語を教わっていたイギリスの娘さん、カリーナ先生が時々面白いことを言う。
あの英国娘の目というのがすごく刺激的だった。
よく一杯飲み屋なんかで、ニュースか何かが音声を全部消してテレビが流れている。
そうしたらえらい事故が起こっていて、事故の現場風だったから「え?どっかで死人出たんだ・・・」とつぶやいたら、あのイギリス人が「あ、これ日本じゃないよ」という。
「え?何で?日本人じゃん」
「違う違う、これ韓国よ」
「何で分かるの?」
「泣き方違うもん」
そういう例を取り上げて申し訳がないが、韓国の人はそういう悲惨な出来事が起こるとワーッと抱き合って泣く。
それで、日本人からすると泣き方がすごく強い。
悲しみの表現が韓国の方はすごく強い。
ある意味では大地を叩き、地をかきむしるような。
それを誰かがガバーッと抱きしめるとか。
気絶しそうになる方がたくさんいらっしゃる。
それに比べて日本人はいっぱいニュース報道でも見てきたが、泣く時に一人。
踏ん張って、伸びてくる手を振り切る。
接触を拒否して単独で泣こうとし、極力泣くまいとし。
異様なのは、事故現場から笑顔で被害の状況を語る人がいる。
本当に多い。
気の毒そうにテレビ局の人がマイクを差し出すと笑う。
「もう逃げる暇もなーんもなかったですたい」と言いながら。
巨大な火山の爆発を遠目に見ながら、ほんのわずか笑みを浮かべて語る雲仙の人を見かけたことがある。
それから、もう本当に武田先生が泣いたが、広島で土砂崩れで家が何軒も流された時に連れ合いの80代のおばあちゃまを亡くされた90代近いおじいちゃんが「まぁしかし、一瞬の出来事だったんでね、大きな苦しみはなかったと思います」と言いながら淡々と語ろうとする。
その時に倒れたり一切しない。
自力で立って妻の最期みたいなことを語るおじいちゃんを見ていて、皮膚感覚の違いと感情表現の違いを半島の両国と日本、それからユーラシアに巨大な国を持つ中国と、それから島である台湾。
何かそれぞれの感情表現の、それが何か違うのではないかと。

「日本人ってやっぱり触覚の人種なんだ」「タッチの国民なんだなぁ」と武田先生が思うのは、この国の手工芸品に出ているような気がする。
日本は「手のひらの感覚で判断して物を造形していく」という能力がすごい。
東京12チャンネル、テレ東の番組とかを見ると。
「匠の技って何か?」と言ったらほとんど「触覚」。
その辺がやっぱり大陸の国、そして半島の国、島の国である台湾あたりの人たちと日本人との差ではないのかなぁと思ったりする。

日本は戦前のことだが「アジアは一つ」と言って、大まとめにアジアを考えたところから大きな戦争を起こしてしまって。
アジアの他の国も含めてご迷惑をかけた。
ちょっとトリッキーな言い方になるが「アジアは一つではない」と「アジアはバラバラ」。
こういうところからアジア観を作っていった方がいいんじゃないだろうか?
武田先生が考えたのは「韓国文化は何か?」と言ったら「視覚文化」じゃないか?
どう見せるか?
だから愛情も見せる、怒りも見せる。
それから自分の力も見せる。
つまり「見せる」ということが最大の文化的特徴。
日本は反対で「見えるものを見えなくしてしまうところに見えるものがある」という。
「行間を読む」みたいなこと。
寅さんでも健さんの任侠ものでも日本人がゾッとするのは、主人公がクルっと背中を向けて歩き出した瞬間に「クライマックスに入った」という。
その「後ろ姿の美学」。
「見せないことの努力をしていることが、より見せることになる」という。
連れ合いのおばあちゃんの死を訥々と語るおじいちゃんのその口元に胸を揺さぶられるような悲しみを感じるという。
その間におじいちゃんは一粒の涙も流さない。
インタビューが終わった瞬間に、おじいちゃんは身をねじった瞬間に「泣いているんだぁ」と思った瞬間に、隠された涙を我々は見ることができるという。
「涙を隠すところに涙を見る」という。
その「隠そうとする文化」と「見せようとする文化」の違いが、時折半島の方々とすれ違いになっているのではないか。
原子が爆発するというような爆弾を作っても強さの証明にはならないと思うが、どうしてもあれに火を付けて上がっているところを見せないと自分たちの軍事力を見せられないのだろう。
その辺の違いみたいなのが、皮膚感覚の違いみたいなものがアジアの人々の間にそれぞれあるのではないだろうか。

この「触覚」という問題に関してはものすごく複雑。

 皮膚には基本的に有毛と無毛の2種類がある。無毛皮膚というと、読者はすべすべの肌を思い浮かべるかもしれない。たとえば女優のキーラ・ナイトレイの頬のような。けれども、キーラの愛らしい顔の柔らかい皮膚を注意深く観察したなら、実際には細く短い、色の薄い毛に覆われているのが分かるはずだ。軟毛(産毛)と呼ばれる毛だ。−中略−この軟毛は、基本的に毛管作用で水分を運ぶ役割を負っている。汗を皮膚表面から引き上げ、効率的に蒸発させて皮膚の冷却を助ける。(49頁)

 本当の無毛皮膚は、手のひら(指の内側を含む)と足の裏、唇、乳首、生殖器の一部にのみ見られる。(49頁)

 有毛皮膚も無毛皮膚も、基本構造は同じである。二層構造のケーキを思い浮かべて欲しい。上層は表皮で、さらに薄いいくつかの下位層に分かれている(図2-1)。どちらの皮膚も、表皮の最上層は角質(角質層)と呼ばれる死んで扁平になった皮膚細胞の層で、その下に3つの薄い層(顆粒層、有刺層、基底層)がある。(49〜50頁)

こうして表皮の細胞は、50日ほどですっかり入れ替わる。(51頁)

そしてその4つの層には4つのセンサーがある。
このセンサーがすごい。
浅い皮膚には物の形、質感を判断する「メルケル盤」。
握る力の強弱のセンサー「マイスナー小体」。
深いところでは「パチニ小体」。
揺れを感知するセンサーで皮膚が0.0001mm動いても感知する。
ほんのちょっと揺れても「あ!揺れた」と感じるというのは、この皮膚のセンサーのおかげ。
掴んでいる物の、手に伝わってくる震動を正確に神経の方に送って、何を感じているか絶えず脳にジャッジさせている。

シャベルで砂利を掘るところと、柔らかい土を掘るところを想像してみてほしい。あなたの手は、シャベルと地面の接触箇所からずいぶん離れているにもかかわらず、砂利と土の違いはすぐに分かるはずだ。(62頁)

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2017年08月07日

2017年4月10〜21日◆「ぐずぐず」の理由(後編)

これの続きです。

音がしないことをも音で表現するのである。音のない動作だが、まるでかすかな衣擦れの音でそれと感じるかのように、なにかじっとしておれないような気配が察知されるときも、「そわそわ」「いそいそ」「こそこそ」といったぐあいに[s]の音がよくつかわれる。(98頁)

「ためらい」「あてつけ」「命令」「懇願」をオノマトペで表現する。
「そわそわ」「いそいそ」「こそこそ」
振る舞いのオノマトペ。
「当てつけの非難」もオノマトペである。
「おめおめ」「ずけずけ」「めそめそ」「いじいじ」「だらだら」「ちまちま」「もたもた」「あたふた」。
更に広がり「批判と否定」のオノマトペ。
このオノマトペは人の悪口を言う時に大活躍する。

 じっさい、多くのオノマトペには否定的な意味あいが色濃く含まれている。思いつくままにあげても、「うじうじ」「めそめそ」「ぐずぐず」「どんより」「べろんべろん」、「ぼろぼろ」「だらだら」「でれでれ」「めろめろ」「もたもた」「ばたばた」(101頁)

これは動きなのだが、もうこのオノマトペが出てきた段階で非難しているのは分かる。
「何だかアイツは、来たのはいいんだけどバタバタバタバタしててさ」っていうのは目に浮かぶオノマトペ。

 さらに、オノマトペを含む動詞句から派生した名詞にも否定性は色濃くうかがえる。「きりきり舞い」「のろのろ運転」「よちよち歩き」「ひそひそ話」「びしょ濡れ」「ぶつ切り」「ごちゃ混ぜ」−中略−「どんちゃん騒ぎ」「こそ泥」「がり勉」といった例がその最たるものである。
 こうした否定の強い含みは、オノマトペの動詞化のみならず形容詞化によってもおこえなる。「い」をつければ、「くどい」「のろい」「ぼろい」「とろい」
−中略−「しい」をつければ、「とげとげしい」「たどたどしい」、さらには「けばけばしい」(103頁)

「けばけばしい」という漢字。
クイズ番組に出ていた。
「毳毳しい」
漢字で書くと痒くなる。

 擬音・擬声語は、ドイツ語で「音の絵」といわれる。(92頁)

このオノマトペの豊かさは身体の感覚的な手触りの表現からお気づきの方も多かろうと思うが、これは「子供の感覚」。
これは大人の感覚ではない。
子供の目で見たその感覚がオノマトペになっている。
他の国と比べて日本では幼児の感覚を言葉に残している。
「お母さん、ベトベトしてるー」というやつ。
子供がうまく言語を使え無い時にオノマトペを使って自分の語彙を増やして伝える。
「ずーっと泣いてたから、お顔が涙でベトベトになった」とか、他の国と比べて日本語というのは幼児の感覚を言葉に残している。
ドキッとする。
日本のマンガ、実はアニメ文化を支えているのは豊かな、このオノマトペではないだろうか。
童謡やアニメソングに擬音が多いのは子供の国からそれらがやってきたからだそうだ。
ぽっくりぽっくりあるく(童謡『おうま』)
その意味で日本のオノマトペの真相を民俗学者の柳田国男は

「緑児は言わば無意識の記録掛りでありました」と、忘れがたい言葉を書きつけた。(106頁)

日本人は老人になっても幼児の言葉を使っているという。

日本の言葉の中にこの鷲田さんは「幼児性がある」と。
その幼児性というのは決して悪い事じゃないんだと。
幼児の感性みたいなものを大事に日本人っていうのは体の内側に秘めている。
そういう人種なのではなかろうかと。
こういう人種というのは中国大陸にも朝鮮半島にもいないという。
日本列島、ジャポネシアという諸島。
数々の島からできたこの国独自の国民性ではなかろうかと。

日本人はなぜ幼児の感性、感覚をこれほど濃く言葉にとどめたのであろうかと。
それには日本のオノマトペが内臓感覚から生じたものだからではないだろうかと。
「うきうき」「きびきび」「るんるん」「すごすご」「のこのこ」「よたよた」
人の動作の擬態語であるが、その動きのときのわずかな動作の違いが内臓を通して私たちには分かる。
違いは「内臓感覚」。
「うきうき」も「きびきび」も「るんるん」も、実は外から見た目は全部おんなじ。
だけど使っている筋肉が「うきうき」と「きびきび」と「るんるん」では違う。

今度は内臓の元気の無さで考えるとその違いがわかる。
「すごすご」「のこのこ」「よたよた」
これもやっぱり使っている筋肉が違う。
そういう内臓感覚の差みたいなのがオノマトペで表現されている。
日本人はすぐにわかるが、異国の人にはもう、そう簡単に分からないと思う。

「ひりひり」「びりびり」は違う。
これはおそらく皮膚の傷の痛みの違い。
「ひりひり」は「擦りむいた」とか。
「びりびり」は電気系。
つまり同じ痛みでもオノマトペ一言で使い分ける。
この「ひりひり」と「びりびり」に関しては幼児でさえも日本は使い分ける。

 その解剖学者・三木成夫は、講演録『内臓のはたらきと子どものこころ』(初版一九八二年)のなかで、次のように述べる。口は、内臓前端露出部といえるものであり、「最も古い、最も根づよい、そして最も鋭敏な内臓感覚」がここに表れている。−中略−この臓腑の波動が「大脳皮質にこだま」して、音として分節されたのが言葉である。−中略−解剖学的にいえば、口の内部と周辺では二つの系列の筋肉が交叉しているのであて、顔面の表情金は内臓系の筋肉、起源的には鰓の筋肉からなっているのに対し、舌は、手や足とおなじ体壁系の筋肉からなっている(だから「喉から手が出る」と言う)。(127頁)

表情は実は内臓であり、舌は五本目の手足である。
だから「便秘がちの人の笑顔」というのがある。
ビックリするくらい出た朝は浮かべる笑顔が何か自慢げ。
「何キロ出せば気が済むんだ」みたいな、時々自分に向かって語りかけて、「全部これ俺?」みたいな。
その時に笑顔。
それはやっぱり内臓の調子のよさというのは笑顔に出る。
内臓の悪い時は笑顔はやっぱり人を惹き付けるに足りない。
男は女の子と仲良くなるために飯を喰う。
あれは「何で飯喰うか」というとやっぱりそれではないか。
「相手の内臓を見る」というのが食事にかかっているのではないか。

 言葉も、こうして虫が地中から這いだしてくるように、ひらく。その初発の言葉はmaという音を核にかたちづくられることが多い。(125頁)

英語にはmammalという語もあって、これは哺乳類を意味する。西洋ではお乳にかかわるものをmammaで表現し、日本では食べ物を「まんま」という。(126頁)

全部「M」。
これは「ま」という唇の動きの中に特性が。
子宮に海を持つ女性。
海は「Marine」。

むらむら、むちむち、めらめら、もっこり、萌え、悶え、乱れ、淫ら、股、腿……と、性的な淫猥さを連想させる言葉にもマ行の音はよく用いられる。(126頁)

内臓は、胃袋も腸管も、膀胱も子宮も、ぐねぐねうねり、たえず蠕動しているのだが(107頁)

心拍のようなリズムと分節し難いうねりの響きを「ぐぐぐ・・・」といううねりの響きを内蔵は持っている。
その故に音を重ねるオノマトペが言葉として生じ、人の知覚の始まり「基盤」となるという。
リズムを刻む心臓と内臓のうねり、それがオノマトペに影響するという。
だから「ベチャベチャしてる」とか「ベタベタしてる」とかっていう感覚用語、オノマトペが生まれる。
言葉のスタート「喋る」はおそらく「しゃぶる」から来ているのではないだろうか。
(と三木成夫さんが言っていると番組では言っているが、本にはそういう記述は発見できず)
「舐めまわす。舌で」それが実は「しゃべる」の語源ではないだろうか。
子供は何でも口に持って行く。
これは舐めることでそのものを見ようとする。
脊椎動物は内臓部と体壁部二つに分かれている。
内臓部は体内にあって天体運行と同調。
内臓を動かしているのは星空。
大きな宇宙と連動していると三木さんは言う。
内臓は遠くと共振する不思議な力たここにはあるんだと。
だから魚が川をのぼり、産卵を開始するという秋というのは、天体運動からその時期が決定する。
水谷譲は女性だから「周期」を体の中に持っている。
生理。
それには「月齢」といって月の運行と深く水谷譲は結ばれた臓器をお腹の中に持っている。
内臓には天体の運行を感じるアンテナが秘められている。
生命というのはやっぱりリズムなのだ。
人は成長にともなって、舌から手、皮膚で見るようになり、その後やっと目で見るようになる。
おそらく日本人のオノマトペは内臓の触覚「舐めまわすこと」。
その感度の表現であろうという。

『ホンマでっか!?TV』の先生方は個性的な方が多いのだが、読んでいた本の中で一番惹かれた話。
気が合う合わないというのは「食事」。
心理学の本に書いてあった。
セックスの時間が分かる。
二人で食事する時間の長さが大体、二人がセックスで夢中になっている時間と同じ。

日本語というのは内臓感覚。
だから内臓で理解する。
日本人にとって内臓で理解するということはとても重大なこと。
内臓で理解することを「腑に落ちる」。
「内臓で理解すること」これは了解することであって「頭で理解すること」それよりも上回ることが「腑に落ちること」。
この舌によるオノマトペは日本人特有の味の肌理を伝えるオノマトペを生んだ。
おそらく「あまい」「からい」「にがい」「しょっぱい」以外に味の肌理を伝える言葉を持つ国語は世界でも日本だけではないだろうか。
喉を通過する時の感覚をオノマトペで言うのだからすごい。
「ツルッ」と。
お蕎麦は「ズルズル」と音がするかも知れないが、絶対に「ズルズル」と表現しない。
お蕎麦を食べる時、日本人は「ツルツル」と言う。
そうすると喉に入っていくあの麺の感触が分かる。
更に衣服と体のオノマトペ。
こんなのも日本独特。
着ている服の感覚をオノマトペで表現する。
ちょっと小さい衣服を着た時「キツキツ」「キチキチ」。
英語だと「little bit tired」とか何か言わなければ「a little」「any」とかを使わなければいけないのだろう。
日本では「あ!キチキチ!」とかアルファベットの「K」の音で何か言えば。
それと「肥満」「痩せ」。
これも全部オノマトペで表現する。
「weight over」とか、そんな理屈っぽくない。
「『ぼてっ』として」「『でっぷり』してる」「おいおい、あの子『ムチムチ』してる」
何かワクワクする。
もっと愛嬌のある言い方では「『ぽっちゃり』だよ」。
それから体の比率があまり合っていないことを「『ずんぐり』してる」という。

 肥満を表す英語を見てみると、chubby,fat,heavy,bloatedのように[b][f][v]といった唇子音や、huge,roly-poly,round,stockyのように[o][ʊ][u]といった円唇母音、abdominous,adipose,coporational,dumpy,plumpのように[om][po][mp]といった唇音がかならずといってよいほど含まれていると、田守はまず指摘する。一方、肥満を表現する日本語のオノマトペを見ても、「ぽてっ」「ぷよぷよ」「でぶっ」「でっぷり」「むちむち」「ぽちゃっ」「ぷりぷり」「ずんぐり」といった言葉には、英語とおなじく、[p][b][m]といった唇子音や「お」「う」といった母音のみならず、ほとんどに唇音が連続して含まれている。(173頁)

 逆に、肥満と反対の痩身を意味する語を調べてみると、
gangly,lank,lean,skinny,slender,spindly,thin,twiggyには[p][b][m]といった唇音があまり含まれておらず、おなじく痩身を表す日本語のオノマトペを見ても、「がりがり」「げっそり」「ぎすぎす」「ひょろっ」「すらっ」など、唇母音、唇子音を含むものはほとんどない。
(173頁)

英語は全部「s」で日本語は「s」と「g」の行で英語と共通する。
そういうのは不思議なのがある。
「太陽が『さんさん』と照る」とか。
全部「s」系で始まっているとか。
そのオノマトペが実はこの日本のマンガとかアニメにあるのではないだろうかという。
これはやっぱりハッとする。

オノマトペは内臓から生まれた言葉ではないか。
その上に日本人にはその他にも「からだ言葉」がある。
体が感情を表現している。

「からだ言葉」ということでよく例にあげられるのは、「胸が痛む」「胸が締めつけられる」「胸が張り裂けそうになる」「胸が膨らむ」とか、−中略−「腰が砕ける」「脚が棒になる」とか、「目をかける」「鼻であしらう」(180頁)

「腹を割って話す」とか「腑に落ちる」もそう。
だから「感覚」ではない。
だから中国人の方々、それも漢人の方、それから半島人であるところの朝鮮人の方々。
こういう人たちはユーラシア大陸の本当にしっかりした地盤の上に自分たちの文明、文化を広げた民族。
だからこの人たちを動かすためには強い情動が必要。
それに比べて日本人を動かすのは肌理の細かさ。
発生学「鰓が顔の表情を作る」と言った三木博士はこう言っている。
内臓の響きこそが世界への手触りである。
(本では「もはや響き≠ニ化した内臓表情」となっている)

オノマトペで小さいその子の歩き方を「よちよち」。
「『よちよち』歩いた」という。
そこから何十年の歳月を過ごして老人になると「『よたよた』歩いてた」という。
同じ「よ」でも「ち」と「た」でこれだけの年月の差を表現する。
これは面白い。
やっぱり日本人というのはそういう意味で変わった民族だと思う。
そのことをまず日本人が自覚すること。

さいとう・たかをは『ゴルゴ13』のなかで、高級ライターで火を点けるとき、それを百円ライターの「カチカチ」ではなく「シュボッ」と表現することで差異化したし(236〜237頁)

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これはいかに日本人が手触りの肌理の国民かというのが分かろうと思う。
そういう意味で挙げた中国のコウフン(「興奮」か?)、朝鮮半島の「恨(ハン)」、その対立項で日本人は「肌理」というものを最も大事にしているのではなかろうかと。
そんなことで「アジアは一つではない」と。
それぞれに住む地政学的な条件によって感性が違う。

本には存在への手触り等々一切書いておらず、武田先生の付け足し。
中国、韓国等々の話は全くこの本を読んでも出てこない。
日本のオノマトペの特性やら表現をひたすら現象学的に分析した一冊。
読むうちに中華の人とか半島の人々の感性の違いで語った方が皆さんに分かりやすいかと思いつつ三枚におろした武田先生。

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2017年4月10〜21日◆「ぐずぐず」の理由(前編)

「ぐずぐず」の理由 (角川選書)



鷲田清一(わしだ・きよかず)
一九四九年、京都生まれ。

(武田先生と同い年)
大阪大学総学長をへて、大谷大学教授。哲学者。

「日本人とは何者か?」ということを考えているのは日本人だけらしい。
日本人だけが「日本とは?」あるいは「日本人とは何者か?」と考える。

今年、年が明けてからの半島情勢は非常にめまぐるしいものがある。
朝鮮半島は事件が多い。
二つの国が同じ民族なのだが、国が二つに分かれている。
両方ともトップオブリーダーの大騒ぎがある。
片一方の国は「世界中に迷惑をかける」ということがあの国の正義。
もう片一方の国はとにかくひっくり返る。
大統領が途中からいなくなっちゃう。
それで今、また大騒ぎが始まっている。
前から思っていたが、どうも私共は韓国あるいは朝鮮の方々とかなり違うんではないかと。
これは人種どうのではない。
」物を考える手順」が違うのではないだろうか。
韓国の方の整形手術におけるおおらかさというのは、すごく武田先生の肌に合わない。

身体(しんたい)髪膚(はっぷ)これを父母(ふぼ)に受くあえて毀傷(きしょう)せざるは孝の始めなり(古代中国の書物・孝経)

「体に何か刺青とか手術痕を付けないのが親孝行の始めである」という。
それとはもう全然違うという。
それは何だろうかと考えた時に、一つ思ったのは半島人、朝鮮半島に住むあの二つの国の人々というのは非常に視覚的民族なのではないかと思い当たった。
そういえば「目で見えるもので訴える」というのはこの半島に住む両国共に共通したところではある。
「俺んところの国は強いんだ!」と言うと大体ロケットを打ち上げて「遠くまで飛ぶぞ」という。
そういうのを見せたがる。
「少女像」も「恨んでるぞ、お前たちのことを!」というので象徴的に少女像といのは胸に刺さる。
大変に南の方には申し訳ないのだが、何十体も作るとその銅像が象徴するものの意味というのが薄れていく。
50体以上もお作りになって、いろんな所に置くというわけなので。
あまりシンボルが増えると、ちょっとパワーがダウンするような気がする。
北の一番偉い方は非常に髪型が視覚的に個性的。
「あそこまで刈り上げなくてもいいんじゃないか」というような。
それから南の方はと言うと高校生を乗せた船が沈みかかっているのに「お肌の手入れを受けていた」というようなスキャンダルが流れて。
これを合わせると非常に視覚的。
これは我々ジャポネシアという島に住んでいるのだが、わりと日本人というのは視覚的に訴えるものが弱い。
半島人の方々が「視覚的文化」だったらば日本人、このジャポネシアに住む人たちは「触覚」ではないか。
つまり「手触り」の国民。
そんなことを考えた時に本屋で目が合った本が鷲田清一『「ぐずぐず」の理由』。
日本人というのが非常に触覚、感覚を大事にする民族で、擬態語「オノマトペ」というものを無闇に発達させてきた民族ではないのかなぁという。

水谷譲にはわかっても、外国の人に話す時は分からない。
「カリカリ」と「ガリガリ」は違う。
微妙なニュアンスが外国の方は「わからない」と言う。
「ギリギリ」と「キリキリ」は違う。
これは明らかに使い分ける。
「もうアイツとの関係も『ギリギリ』だよ」
「いやぁ、胃が『キリキリ』痛んでさ」
かくのごとく日本のオノマトペというのは非常に感覚的。
そういう意味で、この「ぐずぐず」というようなオノマトペから日本人の個性というものを三枚におろせたらというような今週。

『「ぐずぐず」の理由』は読みだすと面白いのだが「伝えるべき何かがある」というのではない。
綿菓子みたいなフワフワした手触りなのだが、読んでいくうちにだんだんそのオノマトペ、日本語の言葉の不思議さみたいなのが染み込んでくるという。

 この点に関連して、九鬼周造が興味深い指摘をしている。
 たとへばは、芳賀矢一氏が指摘していゐるやうに、すべて頭の方に位する尊ぶべきものである。
−中略−また、たとへば耳漏雪崩雨垂五月雨などの間に一見したところで存する偶然性は、すべてこれらの語が「垂れ」に還元される限り、必然的関係として現はれて来る。(15〜16頁)

さらに一例つけくわえて、襦袢とズボンも、音のまったくの偶然的な符号のようにみえるが、じつはそれぞれポルトガル語とスペイン語の語源に関係づければ必然的に帰されてしまうという。(16頁)

ジョウロ(ポルトガル語「jorro」)。
「雨、露の如し」と書いて「如雨露」。
こういうふうにして響きを整える。
これが面白い。

統合失調症を患っている中年の娘と痴呆(認知症)の父とが生活保護を受けつつ二人暮らしをしているケースである。ここで精神科医の春日武彦は、事態が臨界点まで行ってからでなければ、治療の効果は出ないと言う。(18頁)

この時、第三者の積極的な働きかけで解決するケースではないと、ほっとくしかないんだという。
これは「何か事故が起きないうちに」でも「それはほっとこう」と精神科医の先生は言った。
この時に使った言葉が「ぎりぎりまで待ちましょう」。
(という記述はなく「ぎりぎり」の例としてこの事例が取り上げられているのみ)
ぎりぎりを通過しないかぎり、人間の手では事態は動かしてはいけないと。
この「ぎりぎりまで待ちましょう」というのが非常に日本人らしい言葉使いだなと鷲田さんは仰っている。
ボーダーライン上の危うさ、人間としての軋轢、つまづけば怪我をする不安定さ。
そういう限界上の手触りを私達は擬態語で「ぎりぎり」と言う。
良い事がおこるにしろ、悪いことがおこるにしろ、そのフチまで行かないとダメという。

鷲田先生はおっしゃる。
「ぎりぎり」の「ぎ」は舌と上あごを擦れ合わせ、足の裏が地を擦る音をまねたものだ。
(という記述は本には見つからず。足の裏の感覚の話は本の中でこの後に出てくるが「ぎりぎり」の件とは無関係)
日本民族は相撲、能、舞についても足の裏で床を擦る。
擦りつける。
故に皮膚とそれに触れるものの感触が「オノマトペ」言葉になっている。
「ぎりぎり」がそう。
「ずっと徳俵まで押していかれた」という。
後は「ざらざら」「じりじり」「ずるずる」それから「ぞろぞろ」「もぞもぞ」。
これは日本人はすごい。
心理面でもそういうオノマトペがあって、決断のつかない心を「ぐずぐず」という。
なぜこれほど豊かなオノマトペが日本語に生まれたのか?
それは「皮膚の持つ感性であろう」ということ。
人間に関わるものはすぐには答えが出ない。
スカッと噛み切れず、ズルズル人間は生きていくしかない。
「それが人生なのだ」と著者は言う。
おそらくは舌の動き、舌の感覚が創り出した。
日本は舌が言葉を作る。

「な」で始まる動詞というのは、なかなかになまめかしい。
 たとえば、「舐める」「撫でる」「擦る」「なぞえる」「なずむ」というような動詞。皮膚という他者の表面に、遠慮がちに、あるいは執拗に、触れることで、相手の気を惹いたり、相手の官能を探ったり、反応をうかがったりする。
−中略−
 だれかの存在の封印を解くということ、愛撫はそのことを願っている。相手の存在の封印を解くというのは、いいかえると、相手の存在の固さをほぐすこと、ほどくこと、つまりは相手の警戒を解かせるということであり
(69頁)

故に結論として「なめる」「なでる」「なする」「なぞる」。
その結果「なまめく」「なびく」「なだめる」「なぐさめる」「なれあう」。
「な」がバーっと連続で。
これは特に上方言葉は「な」が多い。
あそこは人間が擦れ合っているから。
関西で活躍する芸人さんを見ると分かる。
人間と人間の距離が無闇に近いから友達のように寄ってくる。
東野幸治さんを「何かなれなれしい」と思う武田先生。
これは上方言葉の「な」が頻繁に使われるからこそ、我々は探られつつも固さをほぐされてしまう。
上方言葉の典型。
最初に「なあなあ」と呼びかけ、「なんなん」「なんぼ」「なんで」「なんでいかへんの」。
「なんちゅうこっちゃ」と驚き、人への提案としては「なあなあ、オマエ言うたりぃな」。
「な」を使って同意を促す。
またオノレの弱さで相手の関心を引こうとする動き、これを「なよなよ」と言うが、ちょっとなよってる。
これは「くねくね」と同じで媚態、誘惑の戦略性を関西弁、上方言葉は隠している。
オノマトペはそういえば「な」が多い。
「なんでやねん」「なんちゅうこっちゃ」
これは論理性が全然ない。
ノリ。
「どういうことなの?」と言うと固くなるが「なんちゅうこっちゃ」。
何かそれだけのこと。

人は顔面に走る筋肉で収縮、弛緩をさせて表情を作っている。
その小さな変化を決して人は見逃さない。
特に日本人は小さな収縮、小さな弛緩を見逃さず、その人の小さな顔面の動きでその人の一番奥、深い心、その真相を探ろうとする。
眉毛がわずかだけちょこっと動くと「あ、動揺してる」とか。
日本人にとってそこに浮かんだ表情を偽ることは、その人の心の深さを持つことを証明することになる。
日本人の言葉の中に「顔で笑って心で泣いて」というのがある。
凄い言葉。
顔は笑っている。
でもその人はお腹の中では、心では泣いている。
その偽ることこそが、彼の悲しみの深さを表現する。
武田先生がテレビで一回観たもの。
広島で住宅街の奥からがけ崩れがあって、80いくつのおばあちゃんが死んで、90歳ぐらいのおじいちゃんが生き残って。
インタビューのマイクを向けるとおじいちゃんが笑う。
「昨日までよう笑うておりましたからですな、もう悔いはないと思います」と軽く仰るが、手が小さく震えている。
その時に私達は、このおじいさんの想像もできないほどの深い悲しみを察することができる。
私共は笑顔で悲しみを語る人に胸をつかれて、その人の心の深さを・・・。
心の内側にもう一つ、別の思いを隠している。
その思いこそが本当のためには顔は別の表情を浮かべなければならないという。

芥川龍之介の『手巾(ハンカチ)』

武田先生がとある方とすれ違って、物陰に入ったらその人が遠ざかったものだと思って大きい声で「今、通り過ぎた小さいおじさん、武田鉄矢?」という。
その人とまたエレベーターの前で一緒になったので、会釈しながら「小さいおじさんです」と言いながら。

日本語の素晴らしい語彙表現の広さ。
「にこり」と「にやり」。
「にんまり」と「にこにこ」。
「にやにや」と「にたにた」。
「にやにや」は思わす良い事があって「先回りの笑顔」。
「にたにた」っていうのは道徳的に許されない、何か「隠した思い」みたいなもの。
「にやにや」はやっぱり「将来の設計を考えると思わず上手くいきそうで『にやにや』した」という。
「にたにた」はスケベっぽい感じがする。
「昨日のあの子の胸元が見えた」というような。
「にこり」「にやり」「にんまり」「にこにこ」「にやにや」「にたにた」を全部使い分ける。

武田先生の私論。
この言葉の差異というのは韓国の方にはほとんど拾ってもらえないのではないだろうか。
美容整形の盛んな国は、やっぱり顔をいじるわけだから別の表情を盛りつける。
盛りつけられた表情はその本人の心を浮かべることはない。
美容整形をやって「顔が動かなくなった」と嘆く女優さんと一回すれ違ったことがある武田先生。
我々はそれで商売しているから、顔が動かないというのは困ったものだ。

「にこり」と「にやり」は違うということを分ける日本人の笑顔の読み方というのは凄く深いというか、種類が多い。
だから笑顔は喜びや親しみの表現だけではなくて、悲しみを隠す衣でもあるということが日本ではある。
これらはやっぱり半島人の方には、かなり理解されないことではなかろうかと我々はやっぱり覚悟すべきで、そのことを踏まえて両国の関係を見つめなければならないのではないのか。
そういえば前の大統領もピンチに追い込まれてもすごく落ち着いてらっしゃった。
クールだった。
あの安倍首相の動揺に比べると非常に少ない。
安倍さんははっきり浮かぶ。
質問に対して「失礼じゃないですか!」と言うのだから。
それから◯◯防衛大臣もはっきりわかる。

九州のある都市に大集団の中国観光旅行団が押し寄せた。
これは、その町にとっては人口が減りつつある都市なのでもう大喜び。
その都市が観光スポットNo.1に挙げたのは、その街の中華街。
これはもう特に有名で。
この街の中華街は戦前、上海・福建省の中国人の方が渡ってきて作ったという。
ところが、この戦前から上海・福建省からやってきた中国人の方々の中華街が中華観光客に向かって数か月も経たないうちに店の前に貼り紙を貼った。
これは東京では放送されないのだが、何と貼られたか?
「中国人立ち入り禁止」
それはトイレのマナーが悪いということで。
これは、この街以外に上海と福建省で大問題になった。
「失礼な!」と。
「トイレの使い方が悪いとか、文句ばっかり、サービス業のくせに言いやがって!」
しかも中国の方が怒ったのは「オマエら戦前まで中国人だったじゃねぇか!何が立ち入り禁止だ!」。
これはローカルで大変な話題になった。
何でこの中国人同士の対立が始まったか?
これがまた「オノマトペ」。

戦前のこと、上海や福建省から渡ってきた中国の苦労人の方々が繁盛させた中華街がローカルにあった。
九州は中国大旅行団が押し寄せる島。
お店を経営してらっしゃるのは中国の方だから、ここが中国の方が一番リラックスできる。
そこの街の行政はそこを観光スポットにした。
ところがそこの中華街は店の前に堂々と「中国人立ち入り禁止」と書いた。
これで揉めるだけ揉めて、本国の中国、上海で新聞で取り上げられて大問題になったらしい。
日本で全然報道されていないが。
これがまた切ない話だが、日本の行政機関が県の役人さんが間に入って「何とか考えてくださよ」と中華料理店を説得した。
「何でそんなに中国の観光客の方を嫌うんですか?」と聞いたら「トイレを『べちゃべちゃ』にする」。
ここでもまたオノマトペ。
ところが中国の方は人種的には「漢人」。
漢人の反論はというと「トイレは水で洗い流すとこじゃねぇか」。
向こうのトイレは石造りで、バーン!と水で清掃する所。
石造のトイレの多い中国では便器に水をかけ、外へ洗い流す。
これがトイレの清掃方法。
だからベチャベチャになるのは当然。
ところが日本人(日本で暮らしてらっしゃる中国の方)はこのベチャベチャをものすごく嫌う。
スリッパを脱ぐところまで綺麗な絨毯で、とかしてあるワケだから。
かくのごとくベチャベチャを嫌うが、その他にもオノマトペで「ネチャネチャ」。
「ベチャベチャ」の次に嫌いなのが「ネチャネチャ」。
そして「ネバネバ」している、「ベトベト」している、「ヌルヌル」している。
日本人はこういうものをすごく嫌う。
これはなぜかと言うと、気候から考えて日本は高温多湿だから。
必要以上に湿り気が多いと、細菌の発生を招くことへの恐怖感がある。
ところが漢人の方はと言うと、半分砂漠。
非常に乾いた大地で過ごしてらっしゃる。
だからベチャベチャというのがあまり不愉快ではない。
「わお!湿っぽーい!」みたいな。
結局真ん中に日本の方の行政官が苦労して入って「条件付きで歓迎する」という流れでやっと落ち着いたようだ。
これは「別トイレ」と「別ルーム」。
国のどうのじゃないが、かくのごとく分けるところが最近多い。
「朝食会場、中国の方はこちらへ」という。
それはどうのじゃなく、朝から「ワーッ」と陽気にペチャクチャやるのが大好きな中国の方と、ペチャクチャを嫌うというそういうのの不快の量りが全然違う。
そうやって考えるとやっぱりやむないことかなぁと思う。
湿りっ気が多いことを嫌うオノマトペが、恋人同士の囁き合いだって「何だあんのやろ!ひっついたり離れたり『ベタベタ』しやがって!」とか。
「ベタベタ」を嫌うのだから。
「オマエ英語で言ってみろ!」という。
「べちゃべちゃ」「ぺちゃくちゃ」「ねばねが」「べとべと」「ぬるぬる」
英語も懸命にオノマトペを探している。
このあたり、なかなか「オノマトペ」が面白いところ。
今は「笑顔の違い」、それから「湿りっ気に対する恐怖の度合いの違い」を語ってみた。
「だから韓国の方は」「だから中国の方は」と言っているのではない。
余りにも「アジアは一つ」とまとめてしまう方が危険で。
中国の方と我々は感性が違うんだ、韓国の方とも違うんだっていうことを踏まえて同じところを見つけるという、このセンスというのは大事じゃないかなぁと思う武田先生。

いっぱい不思議を感じる。
中国風ライオン(獅子)を二匹、中華料理店の前に置いてある。
我慢できないのは二匹が同じ顔をしている。
日本は「阿吽」と言って表情が違う。
中国は同じ。
かくのごとく違う。

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2017年07月29日

2017年3月13〜24日◆龍馬のビール(後編)

これの続きです。

司馬遼太郎の指摘。
大阪弁は潤滑油の方言であり、この言葉は感情のみ。
哲学的思考はできない方言。
物事を比較的手触り良く曖昧にする最高の方言で「もうかりまっか?」「ぼちぼちでんな〜」という。
正体をくらますためには最高だが、論理思考には向かない。
現在の国会、あるいは政界というのは長州弁。
ズバリ言って「〜であります」等々は長州の方言。
横から横へ、手渡しにはもってこいという。
それが長州弁、山口弁。
維新の黒幕である岩倉具視がひどく嫌ったのが土佐弁で、土佐弁というのは「人を揺さぶる」というアジテートの方言で、何でも劇的に聞こえる。
これは西南戦争に駆けつけてボロクソにやっつけられた男の証言が土佐弁で残っている。
これが講談みたい。
「そがいなときにワシは一切ひかんと言うたがよ」とか。
響きが抜群にいい。
土佐弁というのは何かそういう竹刀で叩きあうような軽快さがある。
聞いていて気持ちいい。
武田先生がどこでも言っていることだが「坂本龍馬は何でかっこいいか?」。
「土佐弁で日本を心配したからだ」という。
「日本はこのままでは非常に危険です」と言われてもピンとこない。
「このままではニッポンはいかんぜよ!」というと「イカンかな〜」とみんな思っちゃうという。
今回の主人公であるキリンビール高知支店で同じことが起きたのだろう。
(この後もまた本には登場しない「社長に『たっすい』と言った」という話が続く)
1998年、土佐弁を使うと物事まで土佐弁っぽく動くのか、この本社から高知支店に社長直々の電話があって「味を元に戻す」。
(という記述は本にはない)

 社長はその翌日、東京に帰って、すぐに、たまたま新聞社の取材がありました。そのときになんと、「現場の声でこういうことがあるので、ラガーの味を元に戻す」と言ってしまい、そのコメントが新聞の記事になってしまったのです。
 この問題は本来いろんな会議などコンセンサスが必要なレベルのことなので、社長があとで役員に説明するような事態になったようですが、予想もしなかった形でラガーの再リニューアルが決定しました。
(86頁)

 年初、高知新聞の取材を受けました。−中略−
 そこで、「高知の人の声でラガーの味を元に戻しました」というタイトルの記事が出ました。
(86〜87頁)

これで高知で「俺たちの好みにキリンは合せてくれたんだ」ということが話題になって。
この田村さんというのはやっぱり支店長でキレる。

大苦戦のときに投げつけられたこの言葉を利用させてもらい、「たっすいがは、いかん!」という大小のポスターをつくって大々的なキャンペーンを行いました。(96頁)

「高知の声が変えたラガーの味」というのと「たっすいは、いかん」がすごく評判になる。

 なおかつ追い風が吹きました。ラガーのリニューアル発売から1カ月後の1998年2月、発泡酒「淡麗〈生〉」が新発売されました。(91頁)

キリン 淡麗極上〈生〉 350ml×24本



営業レディーの一声から本社が動いて、キリンラガービールの味が変わった、元に戻った。
それも全てこの高知から始まったことだという。

 そうやって、1カ月に400店以上回るようになっていました。
 3年前には30〜40店舗の飲食店しか回っていなかった、同じ営業マンたちです。
(92頁)

外回りでものすごいパワーを発揮し、本当に「もう家に帰る暇など無くていい」というような。
今、働き過ぎ、働き方等々が様々問われているが、仕事が面白いという幸せは何物にも代えがたい。
そんな気持ちで聞いていただくと面白い。
一番負けていたキリン。
そのキリンビールがゆっくりと売り上げが上り始めたという。
他の四国3県はというと、相変わらずアサヒが強い。
勝てない。
ただ高知支店のみがラガーに関しては、キリンビールに関しては「真田丸の如く奮戦した」という心地のよさ。
そしてこれは全国展開でも後に話題になるが、ラジオCMで傑作を生む。
ドキュメンタリー風のラジオコマーシャルを高知県だけで流した。

 ラジオCMでは電車の音と一緒に「電車が高知県に入りましたので、ビールはラガーに変えさせていただきま〜す」。「飛行機バージョンでは「ただいま、高知上空にはいりました。今からビールはラガーに変えさせていただきま〜す」。(95頁)

もうこのあたりでラガーから一挙に奮戦が始まる。
そうすると事務方職員は・・・。
もう支店長は何も言わない。
勝手に営業マンたち、所員たちが働く。

 それまで高知支店では午後5時半になると留守番電話に切り替えられていて、生ビールのサーバーの故障など、夜の営業時間に起きる緊急事態への対応もできていませんでした。しかし、いつの間にか、最後のひとりがオフィスを出るまで、留守電にせずに対応するよういなりました。
 すると「夜に困ってキリンのオフィスに電話しても人が出る」という評判が立ち、キリンのサービスの良さや熱心さという情報が広がっていきました。
−中略− 
 たとえば、あるディスカウントショップに10ケース単位でスーパードライを買いに来るお客様がいる。どうも消防署員のようで、厳しいトレーニングや勤務のあとに飲んでいるらしい。そういう情報が入ると、すぐさま、消防署に出向き、熱心にお願いして「わざわざ買いに出なくても、キリンビールならお届けします」と提案して、「じゃあ、今度からキリンにするか」となりました。
(99頁)

社長に猛抗議した女子社員はもう事務方ではなく、土佐では外回りもする戦力と化していたという。
働くというのはこういうこと。

 花見で飲むビールの銘柄は人気投票のようなものです。
 宴の翌日現場に行ってみると、ゴミ箱には昨年まではアサヒ8割、キリン2割だったのが、ほぼ互角の空き缶の数になっていました。
(102頁)

(番組では「全社員が桜の下で泣いた」と言っているが、そういう記述はない)

 1997年に37%と落ち込んだシェアは、1998年に反転し、その後も着実に上昇を続け2001年に44%となり、ついに高知県ではトップを奪回しました。(106頁)

 まず高知以外の愛媛、徳島、香川はどうであったかというと、実はどこも以前の高知と大きくは変わらない状況でした。(113頁)

 またたまたま、高知が5年ぶりにトップを奪回した2001年に、キリンビールは逆に、四十数年ぶりに2位に転落したのでした。(106頁)

しかし一か所だけでも勝っているという。
この大坂夏の陣の真田丸同様「高知は勝ってるんだ!」というのは全社に檄としてその名が響く。
当然のことだが、田村さんはここまで優秀な方なのですぐに四国全県の統括本部長として香川高松への転勤が決まる。
(本によると「四国4県を統括する四国地区本部長」)
この人は、この本を読んでいても仕事中毒のそういう人ではない。
やはりどこか深い。
今、働き方などで悩んでいる人がいたら、この人の働きぶりをちょっと振り返ってみてください。
この人は自分の仕事に対して、あるいは本社に対して「疑念を持っていた」という。
キリンビールという会社は、社会に必要なのか?
巨視的な目で自分の会社を振り返るという。
働くということは時として哲学的でもある。

この方は売り上げが思わしくない時は自分の仕事にいて考え込んだ。
考え込む材料は「自分が懸命に勤めているこのキリンビールという会社は社会に必要なのか?」。
考え続けて、こう考えをまとめる。

・百年の歴史と「品質本位」「お客様本位」の理念をもつこの会社は残すべき会社である。
・日本人に愛飲され、ひとりひとりの大切な記憶につながるキリンラガーは、守るべきブランドである。
・だから、最後のひとりになっても闘う
(79頁)

大きな「理念」を胸の中に持っていないとダメなんだという、そういう考え方がいい。
若い時に学生運動をやっている先輩から説教をされた武田先生。
フォークシンガーになろうかなるまいかと、ウジウジ悩んでいる時に学生運動をやっていた先輩。
頭のいい人だった。
その方が「武田君、戦争に協力せん職業はみんな尊いとよ」という。
それに何かえらい深く感動したことがあった。
何かそう言われると急に芸人風情でも胸を張りたくなる。
理念の問題。
そういうものがないと人間というのは生きていけない。
社長以下の顔を並べて「社会全体にいかに奉仕しているか?」それから「この会社を必要とする人がいるだろうか?」という。
この2点のみチェックするだけでも働き方は変わるような気がする。

ついに高知から飛び出して四国全体、全県の戦いを担当することになった著者の田村氏。
アサヒも素晴らしきライバルで味をよくするためにものすごい巨費を投じて愛媛にビール工場を作り、新鮮なビールを四国全県に供給する。
サプライズ、キリンを圧倒している。
故に今度の新しい転勤地の愛媛はものすごくアサヒが強い。
松山は武田先生も歩いたことがあってよく分かるが山深いところ。
松山には南予エリア。
これはアサヒ系の問屋さんがシェアを独占していて、キリンは持っていない。
これはもう致命的。
つまりお城がない。
基地がないので出撃できない。
そこで著者も感動する。
著者が全体の統括を面倒を見るということで四国の営業マンたちが奮い立ったのだろう。
「よーし!高知に続け!」ということで。

 ここでひとりの南予担当者M君が、自分の考えでアサヒ系の2つの問屋に行き、なんと、
「なんでもお手伝いしますから、トラックに同乗させてください」
 と頼み込んで、問屋の営業マンと一緒に南予を回り始めたのです。
 はじめはアサヒ系の問屋も提案にびっくりしていましたが、キリンの営業マンが一日中汗を流しながら、アサヒビールや日本酒の上げ下ろしまで手伝ってくれたものだから、「キリンの社員はプライドが高いと思っていたけれど、本当に一生懸命やっていた」と信頼を得て、「これからはキリンも売ろうじゃないか。
(117頁)

(番組では愛媛県の全員の営業マンがやったと言っているが本にはそう書いていない)
キリンの社員たちは営業所を持っていないのでアサヒビールの問屋さんまで出向いてアサヒビールの積み下ろしを手伝う。
そのことによって顔をお店の人に知ってもらおうという努力を重ねるという。
敵方のビールを下ろして回った。
で、お店の人が「アンタ誰?」と言うと「ワタクシ実はキリンの営業マンで」「え?アンタ、キリンなのかよ。アサヒ手伝っていいの?」と笑われて「しょうがねぇな。じゃあ来週持っておいでよ」とか。
何ケースか買ってくれるという。
そういう巨大なダムにアリが穴を開けるような作業を営業マンがやる。
これは本当に、水谷譲が言ったが大変だし、ある意味空しい。
ところがこの田村という所長さんが帰ってきた営業マンを絶賛する。
「無駄な努力」とか言わない。
「よくやった」とか言う。
(という話も本の中には出てこない)
その新統括の本部長さんを迎えたことによって全店が色めき立つ。
「俺らも何とか高知に続いて四国を奪還しよう!」という。
今度は徳島支店がものすごい手を考える。

 徳島支店が考えた戦略は、コンビニエンスストアの攻略。−中略−目の前にいつもお店があるので、少量でも扱っていただいているなら訪問してみようとお店に行ってみたところ、店員はアルバイトが多いので、直接訪問しても商談できないことがわかります。商品陳列の権限はオーナーにあるからです。当時、オーナーはアルバイトを確保しにくい夜の時間帯をカバーしていることが多く、夜中に出てくる店も少なくありませんでした。
 そこで徳島支店は全員で、オーナーが出てくる夜の12時から明け方の4時までコンビニを回りだしました。
−中略−
 深夜の訪問を受けたオーナーも、深夜にやってくる営業は初めてですから、話を聞いてくれました。
(119頁)

夜中で話し相手のいない寂しい時間帯だから、ずっと話を聞いてくれる。
1週間に3回ぐらい連続で来られるともう、オーナーの方から中で「ハイハイハイ!」と手を振っている。
(とは本には書いていない)
それで「何缶か置いていきな」。
その一言で驚くなかれ、一年で売り上げが5%伸びたという。
この営業マンたちの努力というのは凄いものだ。
それから問屋さんの手伝いで「1ケース置いてください」が積もり積もって、アリの穴がだんだんデカくなってきたという。
このあたりが働くことの一種「面白さ」。

ここまでで本の半分ぐらいだが、この後、この人は全国展開でキリンビールを立て直していく。

著者は懸命に今、四国で戦っている。
このあたりも本当に申し訳ないが、死者を出してしまったあのセレブ会社との「違い」かも知れない。
何か面白い。
片一方では警察に踏み込むような大騒ぎになり、片一方では生き生きとした労働物語。
著者はこの本の中で懸命に叫んでいる。
「職場における女性というのは、すごいパワーを持っているんだ」と。
高知支店で「ラガーの味を元に戻せ」とキリンの社長へねじ込んだのも電話番の内勤の女性社員。
営業マン達の苦悩を見かねて、この内勤女性は社長がやってきた時に「たっすいは、いかんぜよ」と言いながら「ラガーの味を元に戻せ!」という、その辺の社員ができないような交渉をやる。
そういうことを経験した著者は「女性ってのはパワーなんだ」と。
女性社員のやる気というのはもう、全軍の士気に関わるということで。

総人員を増やすのは難しかったので高松に置かれた四国地区本部で勤務する総務、企画、経理、営業サポートといった役割の女性の内勤者と話し合い、合意を得られたメンバーから、営業現場に出てもらいました。約20名中3割程度でした。
 これは正直なところ、抵抗にあいましたし、自ら営業マンになりたかった女性社員はひとりもいなかったと記憶しています。
(121頁)

ちょっと得意先との接触なんかで「女性営業マンは・・・」というような首をひねるような趣もあったのだが、この著者の元で働きはじめると女性たちもグングン生き生きとしだし、女性社員が混じった方がはっきり売り上げが伸びる。 
この四国4店を見習えということで、キリンビールでは内勤女性に対しては「宝の山」というニックネームでもう全国展開になっているようだ。

2年半の在任中に四国4支店の数字は反転し、県別売り上げ対前年比でも4県ともベスト10入りという快挙も上げるように優秀な支店群となりました。(122頁)

 2007年3月、わたしは12年ぶりに東京の本社に戻り、営業部門と商品部門を統括する営業本部長に着任しました。(147頁)

(番組では四国の次が本社のように言っているが、四国の次は東海)

働き方が問われる時代。
また、過労死等の職場環境が社会問題というような時代になった。
テレビでこの働き方に関して発言をしたら、番組のディレクターさんから「武田さんがそれを言うと、私、クビが飛びます」と言われたことがある。
「働いていいんじゃないの?死ぬまで」と軽く言ったので。
怒られてしまった。
しかし、この本を読んでいると本当に昔読んだ『太閤記』。
あの天下取りに挑んでいく一武将の物語を読むようでワクワクする。
この本の中に込められた、著者が社員としてキリンという会社に所属しながら「本当にこの会社は社会に必要なのか」「本当にこの会社はこれからも社会に尽くすつもりなのか」。
そのことをとことん考え抜いたという、その姿勢がとても惹き付ける。
給料を手にする前に、この人はこのことを考えている。
その理念の確かさがこの人の労働意欲、そして働くことへの炎の熱さになっているような気がする。
「労働条件」でなく「労働理念」がなければ人は働けない。
頭の中に何がパーッとよぎったかというと、トランプさんがよぎった。
「アメリカファースト」も結構だし「アメリカに最も職をもたらした大臣として歴史に残りたい」と仰るが「働く」とはそういうことではない。
トランプさんは何かちょっと勘違いしてらっしゃる。
そういう危険性がある方。
あの人、仕事仕事と言うが、彼が夢見ている白人男性労働者の筋骨隆々たるハンマーを振り回すような働き方。
そこではもう「ロボット化」。
トランプさんはロボット化していく産業界に対する逆行でもある。

この本の中に込められたものは「働く人の物事の考え方が働くことを明るくしていく」というか。
上の方が仕事を作るんではない。
「下の者が仕事を作っていく」という。
そのことが一番職場にとっては大事なような気がする。

2017年3月13〜24日◆龍馬のビール(前編)

武田先生の歌は過労死をいざなうような歌で、非難の的。

母に捧げるバラード'82 (1982年10月20日 福岡サンパレス ライヴ・ヴァージョン)



人間働いて、働いて、働き抜いて、もう遊びたいとか、休みたいとか思うたら、一度でも思うたら、はよ死ね。

そういう意味で武田鉄也っていうのは非常に現代に逆行する。
そんなこんなで「働き方が難しい」という昨今。
とどのつまりはあのエリート集団、セレブカンパニーと謳われた巨大な巨大な広告代理店。
そこの女子社員の過労自死から警察が踏み込むという。
あそこの社員さんの男性は、どこかの大手の会社の坊ちゃん。
それがあそこの広告代理店に入っていたり。
それから東大の方なんかが非常に多い。
悠然とした会社だったのだが、いつの間にかブラック企業同様に「ガサ入れで捜査を受ける」という時代になったという。
このあたりでこの「働き方」というのが難しくて。
入社当時にまず部長に「這ってでも会社に来い!」「自分の番組は死んでも守れ」「死守しろ」と言われた水谷譲。。
「それがプロの世界なんだ。カッコイイ」と思い、そのつもりでやってきた。
そういう時代だった。
武田先生同様「遊びたいとか休みたいとか思うな!」という。
それが今はもう、大問題になる。

キリンビール高知支店の奇跡 勝利の法則は現場で拾え! (講談社 α新書)



そんな時に思わずこの本に手が伸びたのは、高知県の小さなキリンビールの高知支店が全社をあげて懸命に頑張って営業成績を好転させたという。
そういう仕事の歴史。
その戦歴の記録。
自死する社員がいたり、職場をブラックと告発する社員のレポートの方はニュースメディアの方でやってらっしゃるのでお任せして『三枚おろし』は全く逆の人、中年で単身赴任で懸命に社の為に働いた「勤王の志士」を取り上げて皆さんにご報告したい。
(番組中、著者のことを「単身赴任」と言っているが、本を読んだ限りでは家族と一緒に行っているようだし、単身赴任だとは書いていない)
舞台はまさしく土佐の高知。
売るべきは「キリン」。
伝説の「龍」と「馬」のキマイラ複合神獣、これがシンボル。

ミニミニ知識で、あのキリンビールのキリンはよく見ると小さい絵文字で「キリン」と書いてある。
あのキリンの絵の首根っこのところにマークが付いていて、あの中に「キ」「リ」「ン」という文字が入っている。
この「キリン」というのは、とある人から言えばあれは何と「龍」と「馬」の合体だそう。
「龍」と「馬」の合体が「キリン」であるならば、ビールを高知支店で懸命に売ったという物語は、これは一つの現代の「龍馬伝説」ではないかと思って取り上げた武田先生。

ビールも様々。
アサヒビール、サントリー、地ビール等々。
東京あたりではオリオンビールも売っている。
外国ビール。
バドワイザーとかクワーズ。
ビール戦争は大変なのだが、今回の場合はキリンを取り上げる。
この物語は田村さんという方がビールを売るために支店長として高地へ転勤になったというところから始まる。
著者の名前は「たむらじゅん」さん。
ロンブーではありません。

まずはビールの歴史から振り返っていく。
一説によるとビールという飲み物は西南戦争の頃にもうすでに札幌でスタートしている。
それで西南戦争が落ち着いた時に大久保(利通)が「ビールで一杯やろう」とパーティーを企画したという。
それぐらい明治維新になって10年後にはもう日本人の・・・。
それから夏目漱石先生がよく飲んでいた。

 1888(明治21年)年に「キリンビール」を発売します。(18頁)

大日本帝国憲法発布直前に発売になっている。
意味深。

1907(明治40)年に岩崎家によってジャパン・ブルワリー・カンパニーを引き継いだ麒麟麦酒株式会社が設立され、−中略−出資者である土佐の岩崎家などは、三菱創業と同様、理念を大切にする方針を掲げています。(18頁)

 関東大震災、第2次世界大戦の生産統制などさまざまな困難はあったものの、1954(昭和29)年に国内シェア1位の座に着きました。
 そこから長らく「ビールはキリン」という時代を送り、1970年代初頭、物価の高騰が社会問題となると、シェア60%を超えていたキリンには批判が集まるほどになりました。独占禁止用による分割はまぬがれたものの、一時は〈売り過ぎない〉ようにするほど、市場においてガリバーの存在になったのです。
 しかし、1987(昭和62)年にアサヒビールが「スーパードライ」を発売したことを契機に、売り上げは急落します。
(18〜19頁)

アサヒ スーパードライ 350ml缶×24本



 スーパードライは、発酵度を非常に高めた製品で、コクとキレという対立する概念をひとつのものとして「美味しさのイメージ」をつくりました。(19頁)

 しかしキリンは、1990年に「一番搾り」を発売して大ヒットさせ、スーパードライの勢いを止めることができました。(19〜20頁)

キリン 一番搾り 350ml×24本



 しかし1993年に総会屋への利益供与事件が起こり、1995年には新製品「太陽と風のビール」に雑菌が混入する事件まで発生。
 1976年にビールの国内シェアが63.8%もあったのが、1995年には50%以下にまで落ち込み
(20頁)

 そのようななかで、数字上の危機感から、百年の伝統がある「ラガービール」の味覚を変更するという決断をし、新しいラガービールとして広告も一新して1996年2月に発売しました。(20頁)

キリン ラガービール 350ml×24本



従来のラガーは、喉にガツンとくるコクと苦みが特徴で、多くのファンをつかんでいましたが、スーパードライを支持している若者や女性層を取り込まなければならないと、飲みやすいタイプに方針転換したのです。(20〜21頁)

NHKの大河ドラマもそう。
女性を若者向けに舵を切った。
香取慎吾君の『新選組!』ぐらいから。

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昔から「NHK大河ドラマ俳優」というエリート集団がいた。
この方々は3年に1回ぐらい出ていたのだが、NHKは全部やめちゃった。
それでとにかく若手の俳優さんで。
武田先生の大河ドラマデビューは『草燃える』。

石坂浩二主演 大河ドラマ 草燃える 総集編 全3枚セット【NHKスクエア限定商品】



石坂(浩二)さんの子分の安達藤九郎盛長役。
それから『徳川家康』の豊臣秀吉。
『太平記』の楠木正成。
それから『龍馬伝』の勝海舟。
それから『功名が辻』では一豊の一番の家来。
そういう意味でやっぱり雰囲気が変わった。
同じこと。
このことで悩んだのだろう。
若者と女性向けに「新ラガー」。
これは味を変えてしまった。
キリンお得意の「ホップを効かせる」というのをやめちゃって、あんまり苦くないビールを発売する。
ところが急激に売り上げが落ちていく。
中でも急激に売り上げを落として最下位の支店が実は高知支店。
ここに赴任した著者は・・・ということで「たかがビール」を売るために「されどの努力」が始まるという。

とにかくグングンキリンビールが売れなくなった1996年、著者は中でも売り上げ最下位の高知支店へ回される。
そこの支店長に単身赴任で赴く。
(と番組内では言っているが、支店長になったのは1995年。そして「単身赴任」という記述は無し)

 当時の高知支店は全部で12名。支店長に営業マンが9名、そして営業のサポートをしている内勤の女性が2名です。(24頁)

その1996年、どうあがいても勝ち目はなく、高知キリンビールは惨憺たる負けっぷり。

 まずは11人のメンバーに「なんで負け続けているのか」とヒアリングを行いました。(31頁)

 飲食店で飲まれているビールはビール全体の25%でしかありません。75%は家庭で飲まれているのです。
 しかし、家庭で飲まれている酒は、量販店でまとめて買ったり、酒屋さんに注文して届けてもらったりしているのでここを変えるのは容易なことではありません。
(38頁)

つまりご家庭一軒一軒のことなので、営業で「置いてください、お願いします」と頭を下げても売り上げに直結しない。
まず勝負を仕掛ける25%の居酒屋、レストラン、ビアホール、焼き肉店等々へ頼み込んでキリンを浸透させること。
「とにかく1本でもいいから置いてくれ」というので月に30〜50軒、顔を繋いで営業マンが歩き回る。

アサヒも四国の中に工場を作ってそこから売って行く。
だから現実に味も良い。
アサヒの勢いはすごいからこうなればもう仕方ないと「月に1人100軒回ろう」というので、営業マン9名全員で100軒を回ろうと決意する。
(とは本には書いていない。)
でもアサヒの営業力が凄まじくて何の効果もない。
飲食店は次々と特約問屋の契約を結び、割って入る隙がない。
その上、担うべきビールがない。
キリンの旧ラガービール。
これが本当に切ないことにファンが多い。
「新」はものすごく評判が悪い。
武田先生はそこまでではないが、事務所の社長がビールにうるさい。
やっぱり分かるらしい。
かつて飲んだ「あの苦味」というのがないと、もうとにかく。
月100軒の顔繋ぎ営業も効果がなく、たちまち元の木阿弥。
営業マンたちのボルテージがスッと下がった。
この時に9名の営業マンを前にして支店長である田村さんは拳を振り上げる。

「あなたたちは、年頭に目標をリーダーと合意しましたね。営業活動をやって会社に帰ってきた時点で、目標の訪問数に達していないのに、なぜ家に帰るのか。極端なことを言うようだが、目標数を達成していないのなら家に帰ることは許さない!」
−中略−信頼を取り戻すのが、我々の使命なのだ。その責任を果たさないといけない。信頼を取り戻すために『やる』と決めたことができないなら、会社にとって必要がない。辞めていただいて結構だ。(45〜46頁)

(このあたり、番組内と本の内容とは前後関係に喰い違いがあるようだ)
どこかの大統領じゃないが「ユア・ファイヤーだ!」と叫んだのだ。
この怒りはかなり危険。
これは現代ではパワハラになりかねない。
「しかし私は一本筋を通した。それは全員で語り合って100軒回ろうと決めたんじゃないか」っていう。
「それを早々とあきらめたらどうするんだ」と。
問題になった会社なんていうのは「仕事に喰らいついたら死ぬまで離すな」。
水谷譲も放送局に入った時は番組を守るためには「這ってでも現場に来い」という叱咤激励が。
はっきり言ってしまうと、死ぬ気で働くかどうかというのは、個人の決意で会社の決意ではない。
武田先生の歌(『母に捧げるバラード』)でいうと、母が武田先生に行ったことで、同じことを絶対人には言わない。
息子だから言う。
お言葉を返すとすれば、会社の上司が考えて手帳に印刷することではない。
やっぱり田村さんが仰るように、それは印刷せずに表情で、熱意で、息で伝えるもの。
己で決めたこと。
会社が命じたこと。
これは天地の差がある。
田村さんがこだわったのは「己で決めたことではないか」ということ。

 入社2年目のある営業マンは、1カ月に飲食店を200軒訪問する、と目標を宣言しました。(49頁)

他の8人もその新人につられて「じゃ、僕も」というので、みんなまた一歩前に出ちゃったという。

 不思議なことに、結果が出ずとも、ガマンして4カ月目に入ると、皆、身体が慣れてきました。(50頁)

これが働くことの難しさ。
では、この高知支店がなぜブラックにならなかったのか?

アサヒにやられっぱなしのキリンビールの支店。
やってもやっても切り込んでくるスーパードライに勝てない。
必死になって努力が始まる。
県内二千軒の飲み屋さん。
それを小まめに9人の営業マンが回る。
ところが高知県と言っても室戸から四万十まである。
本当に和歌山県の横から大分の横まである。
高知県内を室戸から四万十、中村まで、これを9人でカバーする。

 当時の高知県の人口は約80万人。東京の世田谷区ぐらいの人口ですが、その人たちが世田谷区の約120倍もの面積に住んでいるのです。(66頁)

それを9人で戦いぬく。
高知支店は殆ど絶望的な戦いに挑んでいく。
パワハラになりかねない支店長だが、この人の凄さは負け戦の中で必死になって勝ち目、勝機を拾い集めようとする。
その「勝機」「勝てるかも知れない」という糸口のために、この方は戦略「なぜ負けるのか?」。

なぜ売れるビールと売れないビールに分かれるのか。
 それは、情報です。
「美味しそう」
「元気がいい」
「売れている」
(58頁)

アサヒは凄いことに生産工場も愛媛に置いて、広告展開も実に営業スタッフ共々、必死になってやっている。
「それをどうやって崩すんだ?」と疑問を抱えながら懸命に彼は歩く。
しかし、よくこの負け戦を見ていくと、やがて奇妙なことに気がつく。
それはキリンラガービールだけは人口の比率で割ると一人あたりの消費量はアサヒに買っている。
アサヒもキリンも他にいっぱいビールの種類がある。
ラガービールだけは一人あたりの消費量は高知ではギリギリ1位になっている。
「指一本、まわしに指がかかっている」というようなお相撲。
そんな指一本、一か所だけ、ラガーだけまだ評判がいいなら、そこを突いて宣伝しようと思う。

「この300万円を使ってダメなら、もうごめんなさしよう」という気持ちで仕掛けたのが、「高知が、いちばん。」という新聞の15段広告でした。(68頁)

 しかし、この「高知が、いちばん」というコピーは、高知の人々の琴線に触れることができました。なにせ、離婚率が全国1位から2位になっても悔しがる県民性です。
 高知の人は「いちばん」が大好き。
(70頁)

ラガー瓶消費量日本一の高知県の市場は、ラガーの味覚変更にハッキリとノーと言っていました。料飲店を回る営業マンは何かにつけ、「味を元に戻せ」「あの苦味が良かったのに」と言われ続けていました。(74頁)

県東部の安芸市の酒販店に一生飲む分としてひとりで100ケース、2000本!もの旧ラガーの注文が入ったという報告がありました。(43頁)

(番組では「10年分」と言っているが、本によると「一生分」

キリンは若者と女性向けに苦味を抑えてラガーの味を変えた。
現実としてはそれで女性と若者が伸びたところもある。
だから変えたからすっかり落ちたということではない。
全体としては負けているけれども新規のお客で若者と女子を呼び込んだという一側面もあるそうだが、いかんせん現場、つまり土佐の高知、高知県ではものすごく新ラガービールは評判が悪い。

 1997年11月、佐藤社長が全国視察の一環で高知支店に巡回してきました。その際、視点のメンバーと意見交換する場が設けられました。皆が挙手して忌憚のない意見を言いましたが、女性メンバーのひとりが「ラガーの味を元に戻してください。なぜできないのですか」と、ずばっと社長に迫りました。
「そういう意見は聞いている。けれども、すぐに会社の方針をぶれさせることはできないんだ」と、社長は答えました。
 あとで社長が泊まっていた高知のホテルで一対一で話したときに、怒られました。
(84頁)

(番組では全部社長が高知に来た時の話にされているが、著者が味を元に戻すように訴えたのはこれより前の「全国支店長会議」。飲みの席で女子社員が「たっすい」と言ったという話になっているが、上記のように飲みの席ではなく「意見交換する場」で、「たっすい」の件はこれより後に出てくる)

 1996〜97年の大苦戦していたときに高知の方から受けた叱責の言葉は「今度のラガーはたっすくなった」「こんなたっすいビールは飲めんぜよ」が圧倒的に多かったのです。「たっすい」とは土佐弁でさっぱりしているとか、味が薄いという意味。(96頁)

土佐弁は方言でありながら論理性が一本。
関西弁は接触(触ること)の方言。
「どうだす?」「ああ、ぼちぼちだすがなぁ」とかっていう接触面を柔らかくする。
でも土佐弁は言語による斬り合い。
「いうたちいかんちゃ」「何をいうちゅうがーじゃ。このままじゃキリンはいかんがぜよ」とかって言うと、リズムに乗っかって剣道の竹刀で打ち合うようなリズムが出てくるから「たっすいがいかんがぜよ」とかって言われると社長もポンポン竹刀で頭を叩かれているみたいな感じになって「何を言っているんだ君は!君、田村くん!酔ってるよ、この子は」とかって。
でも「たっすいがいかんぜよ」は耳に残ったのだろう。
(社長に向かって「たっすい」と言ったという記述は一切ない)
「たっすい」というのは土佐弁ではまた他にも深い意味を持ち、もう一つ「煮え切らない」「断固としてない」。
(調べてみたが、そういった意味は見つけられなかった。本の中に高知の人の意識として「煮え切らない」のをよしとしない気風があるといった記述があるので、それと混同したものか)
龍馬の故郷なので「いごうっそう」を好む。
ちょっと変わり者でも断固としたもの、その個性をやっぱり。
佐藤社長は相当異様な方言を投げつけられてクラっときたのだろう。
この「たっすい」が巻き起こした騒動はやがてキリンに大旋風を巻き起こすことになる。

2017年07月24日

2017年2月13〜24日◆心はすべて数学である(後編)

これの続きです。

全文表示 | 将棋スマホ不正指摘に「待った」 「出場停止」三浦九段は疑惑を否定 : J-CASTニュース
スマホとナビというものは「すごいなぁ」と思う武田先生。
感動する武田先生。
誰かが一回やっておくと「それは全ての人に使い回しができる知識となって残る」ということ。

現代数学は今、カオスの問題に直面し、数学者はこのカオスと格闘している。
カオスとは何か?
それは「要素」は二つの軌道がまじりあっていること。

 このカオス的な軌道の集合がもっている意味とは、その集合の中に加算無限個の周期解(周期的な運動)と非加算無限個の非周期解(非周期的な運動)があるということです。(70頁)

何か「バカじゃ使え無い」みたいな感じがしていい。
「それはいわゆる加算無限個の問題でしょ?」とかって東大の学生さんで話しているような感じがする。

このカオスの問題は最近、脳と心の関係にそっくりであるということが発見されたという。
ニューロンというものの集合体が脳。
ゼロか1かでこの脳の複雑な動きをしている。
計算機もそう。
コンピューターも基本は「0」「1」。
「ある」か「ない」か、それだけ。
ところが、その「脳に心が宿っている」ということは「脳も実は心があるゆえにカオスなんだ」と。
数学的には脳が心を表現していると同時に、心が脳を表現しているという等式の定理が発見された。
「逆もまた真」だったのだ。

 心が脳を表現している──。そう考える立場から行われている実験の一つにバイオフィードバック(生体自己制御)があります。−中略−例えば血圧を下げることを考えてみましょう。血圧を意識的に下げたいと考えたとき、「血圧よ、下がれ!」と思っただけでは血圧は下がりません。−中略−ところが、血圧計で測って現在の血圧の状態が絶えずモニターできるようにしておくと、血圧を上げたり下げたりできるようになるのです。意識で血圧をコントロールできる、これをバイオフィードバックといいます。(81頁)

これをやってみている武田先生。
人間ドッグでお医者さんに迷惑をかけている。
白衣高血圧。
白衣を見ると血圧が上がる。
この間先生から「もういい加減あたしたちに慣れて下さいよ」と言われた。
血圧を測って持っていく数値と、病院で測るのとでは50以上違う。
やっぱり(白衣を)見ただけで緊張する。
入るだけで嫌だ。
ずっと「また高く出るんじゃないかなぁ。また高く出るんじゃないかなぁ」。
武田先生は慌てるタイプなので「ちょっとシャツをめくって下さい」と言われるとジジイなので厚着している。
全部脱いで裸の腕を出すだけで「ハァハァハァ・・・」となっている。
先生も時間がないだろうから、ちょっと急がないと悪いと思ってしまう。
その病院のせいではないのだろうが椅子(のキャスター)が固い。
椅子のコロコロの滑りが悪くて、前に行かないからケツで押しながら行くので「ハァハァハァ・・・」ともう(息が)はずんでしまう。
それで(血圧計を測る時の)「シュッシュッシュッ・・・」という音がダメ。
先生が心配そうに「低く出るといけどね」とか言うと「高くなるんじゃないかなぁ」と「ええ?180!!」とかって言われるともうダメ。
この間やっぱり先生から「慣れて欲しいな、私たちに」と言われて「先生のこと俺、好きなんですけどね」とカラッカラの声で言ったのだが「まあ、冗談はそのくらいにしときましょう」と言われてしまった。
本当に何もうまくいかない。

はっきりしていることは、血圧は「意識」によってコントロールできる。
これは血圧だけではなくて、血流というものが目に見えるんだったらば意識下でコントロールできる。
心拍数とか血圧とか血流とか。
これはなぜかというと心を動かす「非加算無限個」で変えることができる。
つまり「心で脳を変えることができる」。
このことが発見された故にこの本のタイトルが「心は数学である」という。

「1」という単位のニューロンで、その集合体でできた「脳」というものはこれは「加算無限個」なわけだから「非加算無限個」の心で動かすことができる。
これは今、始まったばかりの研究分野であり、本人が一所懸命祈るワリには武田先生の血圧も下がっていない。
しかし科学として「それは可能である」ということは「定理が発見された」ということ。
「希望そのものが病を」という可能性が科学あるいは医学の中にちゃんとあるそうだ。

 ノーベル賞(物理学賞と科学賞)のメダルの裏には二人の女神が刻印されています。自然の女神はベールをかぶっていて顔が見えない、科学の女神、スキエンティアはそのベールをあげて自然の女神をのぞき見ている。つまり自然の女神のベールをはがそうとするのが、自然の理を解き明かそうとするのが自然科学者だというわけですが、朝永振一郎さんは、「そういうぶきっちょなことをしてはいけない」「ベールの上からでも素顔がわかる科学というものがあるのではないか」と考え続けました。そして彼は亡くなる前に「今でいえば、地球物理のようなものがそうだろう」と言った。地球物理学は、地震にしても火山にしても厳密な意味で予測可能なモデルが作れないという難しさをはらんだ学問なのです。(94〜95頁)

日本は全世界の地震と火山の被害の数十パーセントを引き受けているようだ。
去年の10月ぐらいだったか釜山で地震があった。
<韓半島最大規模地震>慶州で地震、ソウルも揺れた | Joongang Ilbo | 中央日報
大陸に住んでらっしゃる方は「地面は揺れない」と思ってらっしゃるからパニックの度合いがひどい。

著者はここから脳の数学的解釈を始める。
「脳は複雑系である」と「カオス的臓器である」。
脳は自分で自分を自己組織化する。
私達は成長する一年ごとに記憶と組み上げていく。
自己組織化には秩序が必要である。
そしてその秩序のためには非平衡状態、つまり絶えず外部とのエネルギーのやり取りがなければならない。
これは難しいことを言っているようではあるが「絶えずオープンマインドで心を開いて他と情報をグルグル交換していないと、人間というのは自分で自分を支えることが出来なくなりますよ」ということ。
「孤立主義はありえない」ということ。
それから「一国だけの正義」というのは、それがもうすでに悪である。
「正義」とか「善」とか「価値」とかっていうものは絶えず他人と交換しながら値打ちが決まっていくものであるという。
絶えず外部とのエネルギーのやり取りがなければ「自分である」というそういう自己組織化ができない。

脳の単位はニューロン。
それを繋げば脳のネットワークができると思われがちだが、そこには定理がなくニューロンは外からの情報エネルギーが入ってこなければ組織化されない。
脳にはネットワークがある。
そのネットワークというのは外から情報が入ってくるとネットになっていくのだが、入ってこないとただの棒になる。
もっと平たく言うと「他者によって自己ができる」というふうに脳はできている。
「私は『私』から生まれるのでなく、外にいるものから生まれてくる」という。
(水谷)加奈さんは「加奈」と名乗るから「加奈さん」ではなく、「加奈さん」と呼ばれることによって「加奈」になっていった。
「ママの自分」を想定すると分かる。
妊娠して子を産んだからママになったんじゃなくて、生まれてきた子が「ママ」と呼ぶからママになる。
この人はそういうことを言っている。
「私はアナタから生まれてくる」というのは実に哲学的でもある。

 そもそも、なぜ神経系は記憶という装置を作ってしまったのか? これは大きな神秘であり、問いです。環境が完全にランダムで予測できないものだとすると、記憶はそもそも役に立ちません。−中略−一方で、予測可能なことだけが起きているとすると、これもまた記憶は必要ないことになる。例えば一定の間隔で太陽が昇り沈むという周期運動は記憶する意味がないわけです。まったく同じことが繰り返し起きるだけですから。(124頁)

つまり「必然」と「偶然」。
これが大きく波打って訪れるからこそ、脳は記憶を作り知覚を使って、更に幻覚まで作ったという。
何気ない物が人間の顔に見えたりする。
木の茂みが人の顔に見えたり。
それはちゃんとした脳の活動。
幻覚活動。
それはアナタが最もその事を気にしていることの象徴。
記憶を進化させるためにそういう幻覚も含めて一定の「ゆらぎ」或いは「のりしろ」が必要。
「記憶する、しない」で絶えず「捨てる、拾う」で選別する。

 記憶という高度な心の働きのみならず、脳のゆらぎが持つ知性を説明する上で、現象学のフッサール(1859−1938)による「宙づりにする」という概念が関係するように思われるのです。それは勝手に解釈すると「不定性」と言い換えられるかもしれません。不確定ではなくて「不定」にする、つまり判断をいったん停止させるということです。(140頁)

脳における「保留」はすごく大事らしい。
「保留」がなくなると人間はどんどん考え方が狭くなっていく。
これは脳とか心の話をしているが「対外関係」とかもそう。
なんでも正体を射止めようとギラギラしている人は付き合っていて息苦しくなる。
やっぱり保留できない人というのは側にいるだけで息苦しい。
「Get out!」って叫ぶ人はあまり好きじゃない。
「尊米攘夷!」「天誅!」
そういう人はきつい。
5万人しかいないのに「50万人いた!」と断定するな。
この「ジャッジしない」「保留しておく」そういう能力というのが次に起こった事態に対処する時のアクションの起こし方に関係してくるという。

判断を保留すると「大脳をジャッジに使わない」ということ。
大脳の他に考える脳がもう一つある。
これが小脳。
小脳が担当する。
大脳でなく小脳が担当すると直接考えずに手足を動かすことになるワケで、ニューロンを伝う時間をショートカットしてアクションが決定する。
これはいわゆる「心の自動操縦化」に移る。
こういうことが人間の脳にはある。
それがわかりやすく言うと「ピアニストの手と指」。
あれは自動操縦。
大脳を経由していないから小脳だけで反応しているという。
オリンピック選手の競技中の動き。
これも安定と不安定の中間にあえて自分を宙づりにすることによって脳の中の有り方、心が最もフレキシブル。
大脳を関与させないことによって別の能力がアナタを動かし解決策を見つけることがある。
そうすると人は最も身体の感覚、体の感覚が非常に高い状態が可能になる。

内田(樹)先生の言葉の中で本当にわからない言葉があった。
「身体感度を上げる」という。
「心の感性みたいなものの感度を高くする」という、その言葉の意味がわからなかった。
それは「安定と不安定の真ん中に自分をあえて置く」ということ。
「わかったような、わからないような、それでいいんだ」という。
ヘタくそながら合気道の練習をしている武田先生。
ミラー細胞を試すような練習。
見取り稽古。
師範(館長)が出てきて一番弟子と一緒に技を見せてくださる。
「ほら、こんなふうにすると人間は」みたいなことで関節技をかける。
それを数度見せておいて「やってごらん」と言う。
我々は「写し」のコピー機となってそれをやるのだが、これが動くとなると、小さな技でも分からない。
「若先生」という高段者の方がいらっしゃって「武田さん来て下さい」と技にかかってくださるのだが、どちらからかけていいか分からなくなる時がある。
「えーと・・・右の足から動くんだっけ?左の足から動くんだっけ?」という。
その右か左かで迷った時にもう若先生が容赦なく逆襲してくる。
その時に若先生の腕を振りほどこうとして手を動かすと、若先生が「それ!」と言う。
つまり「脳を経由させるな」という。
若先生というその高段者の人曰く「とにかく動く」という。
左右を考えないで、もうとにかく動いてみる。
「そこから技の型に入ることがあるんだから」という。
そういうことというのが人間関係でも恋愛関係でもあるのではないか?というのが言いたいこと。
「全部頭で考えない」ということがやっとわかってきた武田先生。

でもそれは今までちゃんと大脳で考えて考えて、考えてきたからこそ「小脳だけで動くことができる」ということではないか。
最初から大脳で考えない人はダメではないかと思う水谷譲。

現代社会の中で脳の問題が出てくるという。
テレビなんかでこの間騒いでいる人がいた。
「人工知能がいわゆる労働力削減に役に立つのはいいけれども労働者の敵になるんじゃないか?」みたいなことを言う方がいらっしゃった。
それ以前の問題でこういう問題が起こっている。

2000年のシドニーオリンピック、陸上の金メダリストで、ジョン・ドラモンドというスタートダッシュの速さで有名な選手がいました。−中略−2003年のパリの世界選手権で、彼は優勝候補と目されていながらフライングをして失格になってしまったんですね。2003年以前は、フライングを二度すると失格であったのが、2003年以降、そのレースで二度目にフライングした者が失格になるというようにルールが変更されました。ピストルの音が鳴ってから100ミリ秒(0.1秒)以内でスタートしてしまうと失格です。−中略−スタート地点とピストルの位置は、およそ10メートル離れていて、だいたい1秒あたり330メートルの速度で音が伝わることからすると、ピストルの音は30ミリ秒で選手のもとに届きます。さらにそこから脳に入って手足にその情報が伝わるのに、合計で100ミリ秒はかかるだろうという計算だと思うのです。つまり、音が鳴ってから100ミリ秒経つよりも前にスタートしたら、それはスタート音を聞くよりも前に動いているからフライングだ、と判断するのでしょう。
 ところが、そのときドラモンドは「絶対に自分は正しくスタートしている」と言い張って、トラックの上に大の字に寝てしまったんですね。
−中略−私は、このドラモンドの失格の判定は間違っていたのではないかと思ってきたのです。
 その後、スターティング・ブロックにかかった圧力の解析結果からは、ドラモンドは0.052秒で反応したことになって失格になりましたが、それはピストルが鳴る前から、彼の足が完全には静止していなかったため検知器が敏感に反応してしまった結果のようです。しかしこの時、彼の足は次に説明するような理由で反応≠オたのではないか。
−中略−ピストルで合図の音が鳴ったら、普通はその音波が耳にくると同時に、足にもくるでしょう。仮に足にも体を通る弾性波に反応するように脊髄反射をうまく訓練してエフェランス・コピーができるようなトレーニングをしていれば、最速で30ミリ秒でスタートしていたっておかしくないと思うんですね。(145〜147頁)

「居合抜刀術」というものがある。
あんなので「目にもとまらぬ」というのがある。
そういう「武術的動き」というのが存在する。
それをスポーツは許さない。
でも武道ではある。
座頭市さんみたいにパッ!と斬ると、斬られた人が「斬られた」と気づかないということがある。
斬られていることに気付かないほどの速さの剣の動きというのは存在するという。
そういう「戦い」みたいなのが今、実はスポーツの最前線で起こっているという。

心でも脳でも判断できない時、人間は何をするか。
それが人間の面白さ。
サイコロを振る。
どうしてもジャッジしなければならない時はサイコロで振って決めてもいいんだという。

2017年2月13〜24日◆心はすべて数学である(前編)

心はすべて数学である



小学校三年生で「数学」につまづいてしまった武田先生。
分数の掛け算や割り算に納得がいっていない。
「リンゴ半分と4分の1を割ると『ひっくりかえして掛ける』」というのが分からないヤツが、何で『心』になるんだよ!」という反発から買い求めた本。

 数学の天才、ガウス(1777−1855)が小学生のとき、「1+2+3+……+100を求めなさい」と学校の教師に課題を出され、即座に(100+1)(100/2)=5050と答えた、というエピソードが残っています。これは、n=100の場合ですね。ガウスは1から100までを一直線に並べて、その下にもう一列、今度は逆に100から1までを並べて上下の項をそれぞれ足せばすべてが101になる、だから101×100÷2の計算で答えが出ることを瞬時にやって見せた。(16頁)

(番組の中で、このエピソードは「1ページ目」と言っているが16ページ目。この時のガウスを「小学校三年の時」と言っているが、調べてみたが「低学年」といった記述しか見つからず、何年生かは特定できなかった)
これは100の場合OKだが、101の場合は、奇数になった場合は変わるのではないか?
最後の数が「n」。
だから「n(n+1)/2」。
それが「定理」。
最後の数字が「n」。
でも、この場合は偶数の100だから割り切れるのではないか?
101でいってみる。
次は102になる、その次も・・・。
偶数とか奇数にしたところで、この定理は成り立つ。

(ここから野球の「総当たりリーグ戦」の話が出てくるが、3月13日の放送内で訂正があった。以下の話は全て「トーナメント戦(勝ち抜き戦)」のことを間違えて「総当たりリーグ戦」と言っているようだ)
11チームの野球チームが総当たりリーグ戦で戦って優勝を決定する。
一体、優勝が決まるまでに何試合必要でしょうか?
何試合が行われるでしょうか?
これを一瞬で解けるコツがある。
試合総数は11チームが相戦う場合、何試合になるか?
ややこしいので、一回スケールを小さくしてみて、そのスケールから物事の共通項を探してみよう。
「2チームが戦って優勝が決まる」という試合があるとすると試合数は1個。
「3チームが戦って優勝が決まる」と試合数は2個。
 ・
 ・
 ・
11チームがリーグ戦で戦った場合、優勝が決まるまでの総試合数は10回。
99チームが戦って優勝が決まるまでの総試合数は98回。
スケールを小さくして物事を考えて、それからその中に潜んでいる公理・定式を見つけるという。
これが数学的頭。
私達は「足せ」と言われれば足す。
「10チームで戦う」というと「ABCD」まで考えると「1、2・・・」といく。
そうではなくて、スケールを小さくしてその中に潜んでいる定理を見つけるという。
これには武田先生はビックリした。

ピタゴラスの定理。

 直角三角形の斜辺の2乗は、他の二辺の2乗に等しいという有名な定理ですね。(17頁)

図1.png

直角三角形ABCの直角をはさむ2辺の長さをa、b、斜辺の長さをcとすると、
 c2=a2+b2
(18頁)

「ピタゴラスの定理を知ることによって何か得する?」
数学が嫌いなヤツがいつもいう一言。
「足し算、引き算の他、割り算掛け算ないねん!世の中には!!」と、なにわ弁で怒鳴った漫才師がいるが違う。

図2.png

ピタゴラスが言いたかったことは「この正方形2つを合わせたのがcの正方形だ」ということ。
「斜辺を一辺にする正方形と面積が同じだ」とピタゴラスは言っている。
でも、(水谷)加奈さんには不満がある。
「何で同じ面積になるのかが分かりません」
どうやってそれが確かめられるの?

図3.png

直角三角形を二辺延長して広げる。
縦a辺の長さの2分の1を足し、横b辺の長さを3倍になるように延長すると正三角形に包まれる。
ここで大きな四角形と小さな四角形が出来るが、大きな四角形の中の4つの直角三角形は小さな四角形の中に4つに畳める。
(この部分の意味がよく理解できない。本の中にはこの説明に合うような箇所が見つからない)
ピタゴラスの定理というのは面積の問題。
「不動産屋さん」に使う。
不動産屋さんがとあるマンションの説明をする時に「ほら、見て下さい。実はね、これピタゴラスの定理なんですよ」と言う。
「収納とテラスと廊下とこの居間。おんなじ面積なんですよ。いわゆる『a2+b2=c2』になってるんです」なんて言うと「そうか、ピタゴラスか!」みたいな感じで「へぇ〜、ピタゴラス使ってるんすか、この部屋」みたいな。
そんなことで心がグラッと動いて「借ります!」なんていうことになると、まさにこの本が言っている「心はすべて数学である」という。
一見狭そうに見えるが「収納と廊下を合わせると居間とおんなじ面積なんです」って言われると「へぇ、デザイナーやりますね」とかって思わず言ってしまう。
結局ピタゴラスが言いたかったことは「ピタゴラスの定理は面積の問題だ」ということ。
だから「数式で面積を表現した」という。
あのけつまづいた東京オリンピックのマーク。
市松模様じゃないヤツ。
彼が発想したのはTという字を元に「組み合わせによって立体にもなる」というオリンピックマークだった。
あれはバラバラにできる。
だから「立方体にもできる」というような強み。
平面に収まっているけれども「旗にもなるけど置物にもなる」という。
だからオリンピックマークは旗にされがちだが、一番最初のあの盗作の騒ぎを起こした人のヤツをオリンピックマークにしておくと置ける。
だからピタゴラスの定理というのも数式なのだが、実は面積を表している。
「間取り」を表している。

とにかく「心」。
現代医学では「脳に宿っている」というふうに言われている。
その心、脳について考えていこう。

今ここに、柱時計があるとします。秒針が連続的に動いているとしましょう。ずっと秒針を眺めているとスムーズな運動です。ところが部屋の壁など、どこか違うところを見ていて、次の瞬間に、いきなり秒針に目を向けたとします。すると秒針は不思議なことに、一瞬止まって見えるのです。−中略−
 その瞬間は止まっているようにしか見えない。だけど普段ずっと見ていると、連続的に見える。これは脳が勝手に予測して、時間の隙間を補完しているからなんですね。予測能力があるから補完できて、離散化された脳の処理を連続的に、滑らかに復元しているわけです。
(44〜45頁)

さらに「海馬」という脳の部位は200分ほどの出来事を1分間に圧縮して思い出させるように時間を畳む。
脳は絶えず編集あるいは改ざんしながら出来事を記録していく。
「見たまま」「起こったまま」ではない。
脳はそれほど実は完全な臓器ではない。

眼で見て何かがあるかどうか分かることと、あると分かった時にそこに何があったのかが分かることの二つの間には、さらに時間の開きがある。「見る」という行為一つとってみても、一様ではない。あるかないかがわかるのは0.03秒くらい、何があったかが分かるのには0.3秒くらいかかる。つまり、「赤い風船を見た」とき、何かがあると分かるのには0.03秒かかり、その「何か」が「赤い風船」であることが分かるのにはさらに時間がかかる。(31頁)

脳はそのかかった時間を全部忘れさせて「今見たかのように」錯覚させる臓器。
これは脳がニューロンという神経線維を繋ぎ合わせてそこに電気を走らせ、神経回路のネットワークが発火して働くものであるから。
そのゆえに、振り子のように動くものでも、ストロボを焚くと全部一瞬一瞬止まって見える。
「それが心だ」と言う。
だから「脳と心は違う」と言う。
心が関係してくると脳はとたんに複雑になる。
ここに数学的には「カオス問題」という問題が発生する。
これは今、世の中まさしく「カオス」。

例えば振り子。
左右の繰り返しだが、その振り子の先にもう一つ振り子を付けると、その動きは複雑系、非周期的となるのでこれを「三体問題」と呼ぶ。

この地球と太陽の運動のように二つの天体の間の運動方程式を計算(積分)すると、安定な周期解をとることがわかりました。−中略−ところが、地球と太陽に、例えば木星が加わって、天体が三つになるとどうでしょう。すると、地球は初期のエネルギーの値によっては周期的な起動を描くことができずに、複雑な運動をします。この時の運動は本質的にはカオスのようなものになるのです。(67〜68頁)

紅茶に砂糖を入れて放置すると、ゆっくり全体に広がって、やがて溶ける。−中略−しかし、スプーンでくるくると2、3回混ぜてやれば、カオスが発生して、あっという間に砂糖を溶かすことができるのです。(69頁)

これは今、全世界がそう。
メディアは最近すごくシンプルに「二体」で考え過ぎ。
「アメリカファースト」とか。
「アメリカが一番」とトランプさんは仰りたいのだろう。
でも世界はアメリカだけの問題ではない。
外交とか貿易に関して、一国のみ「国民と私のみで考える」ということはありえない。
武田先生の事務所の社長のイトウさんと世間話をするが「アメリカファーストって言うけど、その言葉はないよな?」という話を車の中で「何と言いますか?」と問われたので、武田先生が答えたのはトランプさんの考え方は「尊米攘夷」。
「そんべーいじょういー!」っていう。
それが「Get out!」になる。
でも「尊王攘夷運動」なんて日本もあった。
同じような「トランプ運動」が。
でももう数年で文明開化に変わったのだから。

2017年06月11日

2017年1月23日〜2月3日◆心配事の9割は起こらない(後編)

これの続きです。

申年の2016年は「申年は騒がしい年になる」と言われていたが、特に年の後半から二つのショックが日本を襲った。
一つ目のショックは「SMAPショック」。
そして二つ目のショックが「トランプショック」。
昨年後半は「『プ』ショック」。
ダブルプショック。
そういう2016年だが、トランプさんはとうとう大統領としての活動が始まった。
どんな騒ぎがアメリカでこれから起きるのか?

アメリカから始まったグローバリズムだった。
つまり乱暴に言えば「手を繋げば繋ぐほど世界はうまくいくんだ」という。
世界を支配する言語は二つでいい。
アジア圏は中国語、西洋圏は英語。
この二つさえ覚えてしまえばあとの全部「消しちゃっていんじゃねぇの?」っていう。
これは日本も全部、日本語をやめて中国語になったりなんかすると、上海市場なんかにも参加しやすくなるし。
というふうにして進むはずのグローバリズムだったが、昨年トランプショックの方でピタッとグローバリズムが止まってしまった。
でも、ここで皆さん、ちょっと足を止めて2016年トランプショックの始まりを心に刻んでおきましょう。
なぜアメリカはトランプを選んだか?
原稿をまとめる時につくづく考えた武田先生。
「オバマの言う先に豊かなアメリカはない」と思ったアメリカ人がいたのではないか?
だからバトンを受けるヒラリーというのが好きになれない。
そこでアメリカは気づいた。
「トランプを大統領にしよう」と。
非常にこの人は欠点の多い人。
もうこれは間違いないこと。
しかしアメリカはこの人がよかった。
その事実から目をそらしてはいけないと思う。
トランプさんを最初に見た時、武田先生は「なんて品のないサンタクロースだ」と思った。
皆はまず思っているのは「トランプが背中に担いだ袋の中身はたくさんプレゼントがあるぞ」という。
もう就任式が終わったので、その「トランプの袋」を開けていただこうというふうに思うが、なかなか開けない。

ここからは武田先生の思い。
ヒラリーではダメだった。
アメリカメディア、日本のメディアもそうだが「アメリカ国民が何を望んでいるのか」を言い当てられなかった。
これは事実。
トランプが大統領になったということで世界の人々はハッキリ知った。
それは何か?
「アメリカには豊かな人よりも貧しい人の方が遥かに多い」という。
アメリカは貧しい国だった。
トランプが大統領になれるほど。
トランプがトランプタワーに住んでいる。
あの家のインテリア。
何が嫌か?
「暗闇でぶつかると痛いもの」ばっかり。
寒い日か何かにテーブルの角で親指の先を打つと「あっ!あああ!」って言いながらうずくまって動けなくなる。
それから可愛らしいバロンちゃんにスター・ウォーズのおもちゃか何か買ってあげても片付けるような子じゃない。
プラスチックでできたスター・ウォーズのダース・ベイダーか何か踏んだ瞬間の足の裏の痛み。
しかもあれは最上階。
あんな高いところに住んでいる生き物なんかそういない。
200m級のところに住んでいる。
(調べてみたが58階建てで、高さは202m。最上階を含めた三階分が住いだそう)
10階上ったら気圧を感じる武田先生。
空気は絶対薄い。
土も草の臭いもしないなんて。
しかもあのトランプのおじさんが寝起きしている部屋は空気が乾いている。
ニューヨークの空気の乾き方が半端ではない。
映画で時々見る。
蒸気で街全体を暖めているから、漏れ出した蒸気がマンホールからバーッと吹き出すっていうニューヨーク名物の景色がある。
あの暖かいお湯で全ビル暖房している。
これが微調整が効かない。
だから暖かいのはいいけど、暖かいまんま。
トランプタワーなんて住むとこじゃない。
でも、そういうトランプさんの暮らしに憧れたアメリカ人がヒラリーさんよりも多かった。
「世界の心配よりも俺たちの心配をしてくれるトランプへ」という。
それほどトランプさんがサンタクロースに見えた人々が多かったというところがグローバリズムの逆を行く世界の出現ではなかろうか。

トランプ大統領出現ということで、世界の流れが変わった。
ラジオなんか聞いているとエコノミストなんかは「逆行し始めた」と言う。
やっぱり前大統領に比べて反対側の道を行くということなのだが、その反対側の道を行くという事情がアメリカにあったのだろう。
アメリカの大統領に関してそこまで期待した我々もバカだったと思う武田先生。
間違いなく言えることはグローバリズムという今までの世界の流れ「手を繋げば手を繋いだほどいいことがあるぞ」という考え方はここからは役に立たない。
「手を握りしめた手をお互い一回離そうじゃないか」という、そんな時代。
それはそれなりに時代としては大事なんじゃないか。
皆さん方も「そうじゃないよ」とかって言いたくなるかもしれないが。
しかし日本の文化というのは鎖国時代に発酵したわけだから。
日本的なものってのは鎖国という時代があってこそ。
今、そんなふうにして自覚する時代ということなんじゃないか。
グローバリズムが終わったということは「スペシャリストの時代が終わった」とすぐに直感的に思った武田先生。
例えばソフトバンクの孫さん。
ソフトバンクはもう何屋さんか分からない。
つまりソフトバンクは白い犬のお父さんの代表する企業のみではなくて、違う仕事もやっている。
つまり専一企業、ただ一つの企業ではなくて、様々な仕事をやる多種業の会社になっているという。
そういう意味で「スペシャリスト」の時代というのが沈んで、前から言っているが「ジェネラリスト」多種事業の時代が来た。
例えば過労自殺したあの会社(電通)も認めるべきは、会社が個人を完璧に縛るという時代、これがもう終わりつつあるんじゃないか。
だから「会社が終わったらあなたは完璧な個人ですよ」っていう、そういう時代が来ちゃった。
例えば広告代理店に昼間勤めている。
規約通り5時で会社を終わって、それから三茶でワインバーを経営するとか。
この間、そういう店がちょっとあった。
本当にちっちゃな四畳半ぐらいの店だけど、シャレたことをやっているのがいて、そういう仕事が両立できる労働環境というのがこれからもてはやされるんじゃないだろうか。
不動産屋さんが大統領をやっているのだから、もうジェネラリストの時代。

「八風吹けども動ぜず」
 生きているうちには、さまざまな風が吹きます。よい風が吹くこともあれば、悪い風が吹きすさぶこともある。しかし、いちいちその風に心動かせることなく、どんな風も楽しんでしまおう、というのがその意味です。
(94頁)

アメリカがそう。
トランプさんみたいな人を大統領にした。
もうアメリカは他国にプレゼントをあげる国でなく、プレゼントを欲しがる国になった。
そのことを正直に選挙で世界を宣言した。
その正直さに関して「アメリカは偉大だ」と拍手を送ってあげましょう。
これからおそらく右傾化が始まり、保護主義が始まる。
しかしこの右傾化、保護主義、アメリカンファースト。
「まずアメリカのことを考える」というトランプ大統領。
小池さんも同じ。
「都民ファースト」
嫌な言葉。
(小池都知事曰く)政治はガラスのように透けていないとダメ。
どこでも「スタッフオンリー」がある。
「従業員しか入れませんよ」という空間がないと、何かサービスは信じられない。
アメリカはそういう国になっちゃったという。

プレゼントを与えるのではなく、プレゼントが欲しいと泣きじゃくるアメリカ。
その正直さを皆で、世界の人は祝ってあげましょう。
アメリカ、おまえは正直だよ。
そして武田鉄矢曰く。
ガガ、泣かないで。
日本人は心の豊かで気品を持っている君につくづく同情する。
日本人は君が好きだよ。
「アメリカは何て人を選んだんだ」って泣いている君は優しい娘だよ。
でも落ち込まないでください、ガガ。

 禅には「愛語」という言葉があります。
 相手を慈しみ、その心で語りなさい、と説いています。
「愛語は愛心より起こる、愛心は慈心を種子とせり、愛語よく廻天の力あることを、学ぶすべきなり」
 これは、『正法眼蔵』の中にある道元禅師の言葉です。相手に慈しみの心をもって語る愛語は、天地をひっくり返すほどの力がある、というのがその意味。
(107頁)

これは何に対していい言葉か?
「愛語(あいご)」優しい言葉使いの反対語「ヘイトスピーチ」。
でも日本のヘイトスピーチなんてたいしたスケールではない。
トランプスピーチに比べると。
国境でメキシコ人を入れないために壁を作ろうというのはすごい。
自分を支持しない人間は指差して「ゲット・アウト」って言うのだから。
トランプさんは道元と反対側の人。

 中国の史家司馬遷はこういっています。
「君子は交わり経ゆとも悪声を出ださず」
 たとえ、相手との関係が切れたとしても、けっして悪口をいわないのが、君子のふるまいだ、というわけです。
(109頁)

司馬遷は2000年近い前の人だけどいいことを言う。
今は逆。
姿がなくなったらボロクソ言うか、あるいは悪口を言いながら商売だけはやるとかっていうのが「外交上手」とかって言われている時代。
でも「君子は交わり経ゆとも悪声を出ださず」っていうのは徳のある言葉だなぁと思う武田先生。

「閑古錐」という禅語があります。
「閑」は閑古鳥が鳴くという言葉もあるように、閑(ひま)ということ。「古錐」は古くなった錐のことです。つまり古びて先が丸くなり、使われなくなった錐を閑古錐というのです。
(112頁)

禅はその使われなくなった先の錆びた錐(きり)のことも「またそれはそれでよし」と言うそうだ。
何故ならば錐が錐として役に立つ時、その錐は赤ちゃんの側には置けない。
危険だから。
使い道がなくなったらもう大丈夫。
「この錐は赤ちゃんの側にも置ける」と。
「何かの役には立つでしょう」と。
人皆、閑古錐たれ。
「古びても何かの役に立つ私でありなさい」と。

今、世界で一番正義について最も熱く語れる能力を持った人は韓国の人。
「政治というものはこうであってはならない」って言いながら、あれだけの人数が毎日毎日大統領邸の前まで押しかけるわけだから。
ただし、申し訳ないが団結力は素晴らしいが、はっきり言って羨ましいと思わない。
政治的正義というのは実はジャッジしにくいもの。
メディアの人はいわゆる書き文字メディアの人も、文春も含めて、スキャンダルをバンバンやればいい。
でも文春は大元は角栄金脈か何かで名を馳せた有名なメディア。
でも最近、本を見たら「田中角栄は間違ってなかった」という。
急に何十年か経つと「あの人はよかった」とか「罠にはまったんだ」とか。
語録もすごく売れている。

世界の中で最も正義について激しい気性を持つ国民、それは韓国とアメリカではないかと思う武田先生。
悪を憎み糾弾する両国人民の団結力は素晴らしい。
しかし、少しも羨ましいとは思わない。
政治は正しい時と間違っている時がある。
「これが正しい」と言えないのが政治であり、「こんな政治は間違っている」と叫ぶ人が間違っている。

「日日是好日」
 これは毎日がよい日ばかりだという意味ではありません。人生には晴れの日もあれば、雨の日もある。
(117頁)

そこを日々のせいにはしないで「私のところにやってきた日をよい日にしたいなぁ」という、そういう願いこそが「日日是好日」なのである。
時代があなたを左右するのではない。
あなたが時代を左右するのです。

加山雄三さんが言っていた言葉ですごく好きな言葉。
「運命があなたの性格を作ったのではない。あなたの性格があなたの運命を作るのです」

 ものごとには、すべて、力づくではどうにもならない「流れ」というものがあります。流れに任せる。水は岩があればそれと争うことなく、わずかに方向を変えて行き過ぎます。しかし、目標≠ヘあやまることなく、最後は大海へと流れ込んでいくのです。(132頁)

岩あれば水争わず、岸部の矩を踰えず、故に海に至る。
この心を「柔軟」という。
いろいろ日本も大変かも知れないが、一つ「水の心境」で。

「不立文字、教外別伝」という禅語があります。ほんとうに大事なことは文字や言葉にはならない、仏様の教えの神髄は、(経典の)文字や(説法の)言葉で伝えることはできない、ということです。(135頁)

時折、武田先生自身もコメンテーターもどきを頼まれてやっている。
これは松ちゃん(松本人志)も言っていたが、本当に喋った後で「つまらんことを発言したなぁ」と結構ハラハラする。
ああいうのって何秒かしか時間がないから、バーッとキューを振られるが、貰った時間が短ければ短いほど発言は切れ味がいいのだが、切りすぎるというか尖ってくる。
あれはやっぱり時間に追われて言葉が尖ったりなんかするのだが、基本的に表現には余白と言うか「沈黙」「間」が必要。

 余白、間は、言葉でいったら「沈黙」です。
 沈黙には大いなる表現力があります。
 ときには言葉よりずっと気持ちや思いを伝えることができるのです。
(136頁)

人の気持ちを察する時の沈黙は相手の話を聞き、汲み取ろうとするための沈黙で、これほど相手に伝わる「思い」の表現はない。

 禅には沈黙のすごさ≠示すエピソードもあります。
「維摩の一黙」と呼ばれるものがそれ。維摩居士は在家の仏教信者ですが、あるとき文殊さんから問答をしかけられ、沈黙で答えるのです。その一黙は「響き雷鳴の如し」と表現されています。
(138頁)

高倉健さんが誰か問答中にフッと黙り込んで「うーん」と言うと、健さんの沈黙に・・・。

 正論をいうとき、その人の目線は、必ず相手より高くなっています。(163頁)

正しい言葉を上から落とすと、相手の顔に激突する。
正しい事はそっと相手に手渡さなければ、かえって傷つけてしまう言葉使いになる。
「正しい」「間違ってないぞ」と思った時は危険。

クリントンは討論会でトランプに正しい事を言って三度勝った。
テレビ討論会でヒラリーが全部勝った。
ヒラリー・クリントンは三度勝っている。
それで本番の選挙で負けた。
これはもしかしたら正しい事を言うことのむずかしさかも知れない。
作戦としてこんなことを武田先生が言っている。
ただの一度でもいい。
ヒラリーがトランプの暴言の前に泣いていたら。
或いは悲しく微笑んで黙り込んでいたら。
何か大きく印象が変わった可能性が、あの三度の討論会にはある。

「時々人は間違える人が好きなのです」
全部正しい人っていうのをあんまり好きになれない。
時々間違う人が好き。
これを別の賢い学者さんは「反知性主義」とかって言うが、武田先生はそこまで大げさな言葉ではなく、時々間違う人が好き。
その人は、時々間違う人の間違いの中に何かを見る。
ヒラリーさんはあまりにも正しく完璧過ぎたのではないだろうか?

 こんな禅語があります。
「花に逢えば花を打し、月に逢えば月を打す」
 花に逢ったときはその花をしみじみと味わい、月に逢ったらその月を感じるままに味わう、というのがその意味です。
(168頁)

武田先生が大好きな哲学者の内田(樹)師範が魔物に憑りつかれない三つの心構えをこう教えている。
「礼儀正しく、オープンマインド。そして身体感度を上げること」
「身体感度」がよくわからない武田先生。
やっぱり「皮膚感覚を敏感にしなさい」ということではないか?
これが禅宗が言うところの「花に逢えば花を打し、月に逢えば月を打す」。
綺麗な花を見たら思わず「おお、綺麗!」って言っている自分。
月を見上げたら「おお、いい月だわ!」と見上げている自分。
そういうものが身体感度なのではないか。

「門を開けば福寿多し」という禅語があります。(179頁)

「玄関を開けて外を見てごらん。いいこといっぱいあるじゃん。探しなよ、自分で」という。

お釈迦様のご臨終前の最後の教えとされる『仏遺教経』の中には、少欲知足についてこう書かれています。
「知足の人は地上に臥すといえども、なお安楽なりとす。不知足の者は、天堂に処すといえども、また意にかなわず。不知足の者は、富めりといえどもしかし貧し」
(194頁)

足ることを知っている人は、地上に倒れてもうすぐ息を引き取ろうとしていても心の中は安楽でいっぱい。
足ることを知らない者は、いよいよ死ぬ時に「なんてつまらない人生を送ったんだ」とまだ不満をつぶやいているという。
幸せへの道は二つしかない。
欲望のままに欲しいものをすべて手に入れるトランプ流か、逆にこの曹洞宗の住職のごとく欲しがる欲望を小さくし、欲しいものを少なくするか。
この二つ。

人間力を高める読書法



2017年1月23日〜2月3日◆心配事の9割は起こらない(前編)

心配事の9割は起こらない: 減らす、手放す、忘れる「禅の教え」 (単行本)



曹洞宗の住職である枡野俊明氏の著書。
(番組内では「としあき」と読んでいるが、本によると「しゅんみょう」。仏門に入ると名前を音読みにするという習慣があるようなので、本名は「としあき」さんかも知れないが、一応「しゅんみょう」さんということで)
お坊さん以外にも仕事をやってらっしゃるという、なかなか本当に面白い方。

武田先生が本を手に入れたきっかけ。
5〜6年前に心臓手術をした武田先生。
大動脈弁が人工のセラミック。
胸、心臓に心配のある人生を今、生きている。
この病は杉良太郎さん、ゴルフの倉本、シュワルツネッガーさんも同じ。
この方々は全員セラミックだと思う。
だから皆さん全員、ちょっと憂鬱を抱えてらっしゃるはず。
どんな憂鬱かと言うと、毎日ワーファリンという血液サラサラ錠剤を飲むことが死ぬまで続く。
これを飲まなかったりなんかすると白血球とか血小板がセラミックにくっついちゃうという。
他にも心臓に負担をかけないように糖尿病の心配。
もうボーダーでギリギリのところにきている武田先生。
その数値で主治医から「下がった上がった」。
一喜一憂が半年に一回ある。
とにかくドッグの結果を受けて、その薬が一錠だけ減ったという。
けっこういろんな種類を飲んでいるから。
それで隣の町まで診断書を手にして、指定薬局で購入しに行った。
ところが、前回診断書に書いてあった薬で睡眠導入剤があった。
それはなぜかというと、7月の博多座の舞台で、興奮したりすると眠れないことがあるのでそれを頂いた。
それをそのままお医者さんが消し忘れている。
大変だった。
持っているから「この薬いりません」と言った。
「主治医と連絡をとって確認が取れない限り、買っていただかないと困ります」
もうその時は11月過ぎていたのだから。
その7月の公演も一錠も飲んでいない。
もう、コットンコットン眠っている。
バイオリズムでそういうことがある。

中村玉緒さんという心配なお婆さんと一緒に演った時のことだが、全然心配がいらなくて、毎日九時半に眠って七時に起きるという「何時間眠ってんだ、オメェは」みたいな、快調な体調で終了することができるわけだが。
「申し訳ありません。病院の主治医の先生に今から連絡をとります。もしいらっしゃらなければ買っていただかないと、こちらの方では消せません」という。
「ああ、そうですか。ちょっと本屋さんへ行ってプラッと本でも見てきますんで、連絡だけしてみてください」
それでその薬局の隣にある本屋さんへ行った武田先生。

そうすると、本屋さんのテレビで大変なニュースが流れている。
どんなニュースか?
「トランプ氏逆転で大統領へ」という、その頃だった。
そうするとその慌てたテレビ局が街頭インタビューを開始していて、みんな不安そうに「え?トランプ?マジですか?」とかって。
どこかの店頭でトランプマンがトランプをやっていた。
ニュース番組がトランプマンのところに行っている。
トランプマンも語りたいのだが話せない。
言葉は話しちゃいけない。
トランプマンに「どう思いますか?トランプですよ、トランプマン」。
「トランプが・・・」って言われたらトランプマンも肩をすくめてトランプを繰る。
それでトランプのキングを出す。
それでハンカチをかぶせる。
トランプが消えるのかと思ったら、その日に限ってトランプのキングが消せない。
彼は「キングのトランプは消せない」というのを仕草で報道番組に伝えたのだろう。
それを見ていた本屋の親父が「冗談やってる場合じゃねぇよ!お前」って言いながら。
ヒラリーさんの方の自伝か何かを大量に仕入れていたのだろう。
「全部オマェあれだよ!また注文書書き直しだよ。何てことしてくれるんだよ!」とかって。
「この後、トランプ氏が大統領になって一体どんな世の中が来るんだろうか」と気持ちが暗くなった武田先生。
心臓に病も抱えているわ、大統領はトランプになるわ、トランプマンはトランプが消せないわ。
その時にフッと目が合った本が『心配事の9割は起こらない』。
気が付くと手が伸びていた。

なぜ人間は心の中に心配事を抱いてしまうんだろう?という。
それを曹洞宗のお坊さん、禅宗のお坊さんの立場からこう仰っている。
「妄想するからだ」
妄想というのはおそらく悪い予想ということだろう。

 心を縛るもの、心に棲みついて離れないものは、すべて「妄想」です。(12頁)

 妄想を生み出しているもっとも根源にあるものはなにか。
 それは、ものごとを「対立的」にとらえる考え方です。
 たとえば、「生・死」「勝・負」「美・醜」「貧・富」「損・得」「好き・嫌い」といった分別をしてしまうことです。
(13〜14頁)

「こんなふうにして対立的にとらえると『妄想』という、こすった摩擦熱が生まれますよ」と。

 日本における宗道集の開祖・道元禅師も、「他は是に吾にあらず」といっています。
 他人のしたことは、自分のしたことにはならない、と教えています。
(15頁)

武田鉄矢の場合、心臓病も糖尿病も来るかもしれないが、間違いなく言えることは、今来ていない。
ここにあるのは「私」と「今」だけ。
「私」と「今」だけに集中しましょう。
武田先生は安倍(首相)でもなければプーチン(大統領)でもない。
「私」は「私」。

二時間遅刻したプーチン大統領。
「舐めやがって!」と言ったコメンテーターがいた。
韓国人のコメンテーター、ピョンさんも怒っていた。
あの方はだいたい韓国担当なのだが、あの日に限ってプーチンに関しては北方領土の島からミサイルを日本に向けていた。
「何で一緒に温泉へ案内するのか?安倍外交っていうのは何を考えて・・・。侮辱されてんねん。侮辱も気づかないのか?」という。
「そういう人なんだろう」と思って、何とも思わなかった武田先生。

12月のディナーショーでプーチンさんが通った道を車で通った武田先生。
山口のとある町。
地方都市でホテルのクリスマスディナーショーがあったので、プーチンさんと同じ行程で山口の飛行場に降りて、そこから長門方面に車で走った。
武田先生の考えすぎかも知れないが、ハッと気がついたこと。
竹林がけこう綺麗に刈られている。
竹林は今は竹の林を利用する業者が少ないからどこでも伸び放題。
竹林はだいたい闇になっているのだが、プーチンさんが車で走った道の竹林は左右を見ても、結構陽の光が差し込んでいる。
根本を見ると、つい最近切ったばっかりみたいな切り株。
やっぱり狙撃の危険性か何かを感じて、沿線の住民に協力を呼びかけたか、そういう行政の指導があって市の人が動いたか。
山口県はビルの谷間とかが無いので。
山口市内近くに行かない限りは、竹藪、森、田んぼという、三枚しか風景は変わらない。
それが、どの竹藪も結構スッキリしている。
その時に「あ、プーチンさんのために切ったんじゃないか」。
物陰を作るまいとしたのではなかろうか?
ということは、プーチンさんってものすごく狙われている人。
だから、そのいわゆるテロリストたちから狙われている人が時間通りに動いちゃまずい。
どこかで少しずつずらさないと。
それも遅刻しないと。
あるいは時間を守らないことで・・・。
お帰りになってすぐに、トルコで警備の男から演説をしていた時に撃たれちゃう。
(この件かと思われるトルコ:ロシア大使が銃撃受け死亡 展覧会で - 毎日新聞
だから「警備の中に紛れ込んでるかもしれない」とかっていう心配をする国の大統領だから、時間通りに動いちゃまずい。
だから遅刻というのはあの人にとっては身を守る手段なのではないか?
とにかく一番危険なのは時間通りに動くこと。
安倍さんは全く遅刻しない。
プーチンさんが亡くなったらロシアは大変なことになる。
政敵を潰したのはいいけど、代わりがいない。

 世の中には自分ではどうにもならないことがある、ということです。(30頁)

命そのものさえ自分の手が及ばないもの、どうにもならないもので成り立っているのです。(31頁)

今生きているということすら主体じゃなくて、命任せで生きている。
間違いなく「生かされている」のであって、あんまり「生きている、生きている」と力むなよと、こう禅師は仰りたいのだろう。
どうにもならないことはそのまま「どうにも」に任せて、あるがままに受け止めよう。

 心に向けるべきはそこではなく、「どうにかなる」ことのほうです。(33頁)

「あるがまま、そのまま」──それが正味の自分。(33頁)

トランプの嫁、トランプの娘、トランプの息子、財産、やり方。
これからは大丈夫なのか?
日本が大きな迷惑を被るんじゃないか?
こんなことを言ったところで実は何の関係もないこと。
トランプは、彼もまた生かされている「ただの人」なのですよと。
トランプさんは大統領に見事なられたが、アメリカの歴史上始まって以来の大統領就任式だったらしい。
ガードも含めて。
何かテレビがやたら騒いでる。
奥様の全裸のヌードか何か。
娘さんで、すごいぺっぴんさんの。
それから「旦那さんも素敵」とか。
何と言ってもバロン君。
身長1m70cmある。
まだ中学生。
(日本で言うとまだ中学生の年齢ではないのだが、アメリカは飛び級などもあるのでこのあたり不明。2006年3月20日生まれということなので現在11歳だと思われる)

情報だけで、あるいは相手の一面だけを見て、大体嫌な感情、否定的な思いを持ってその人を見ると、見誤ることになる。
「あの人にも良いところがあるはず」と見つめて、あなた自身が良いところをその人に見つけると世界はガラリと変わります。
何が変わるか?
そう、あなたは良い人なのです。
みんなが「悪い」と言っている人の良いところを見つけると。
トランプさんもどこかいいところがあるだろう。
年末の番組なんかでやっていたが、トランプはダイアナ妃を狙っていたらしい。
お近づきになろうとしていた。
デヴィ夫人が言っていた。
いくらカネを使ってもいいから名誉ある位というのが欲しかったらしくて、イギリス系のその手の伯爵とかなんとかっていう身分が貰えないだろうかとお金を使ったらしいのだが、やっぱりイギリス社会からは・・・。
それでヤケで付けた名前が「バロン」。
バロンは伯爵、公爵、そういう意味。
(伯爵でも公爵でもなく「男爵」)
「息子ぐらいは・・・」と思ったのだろう。
だから切ないと言えば切ない話。
しかし、もう70歳。
あの方も、この倍は生きるわけないわけだから。

とにかく「あせるな」「あわてるな」。

 禅語にこんなものがあります。
「七走一坐」
 七回走ったら、いったん座ってみよ、ということです。
(54頁)

 中国古典だったと思いますが、「一日一止」という言葉もあります。
「一止」という字を見てください。「止」のうえに「一」をのせると「正」という字になります。一日に一回、止まって自分を省みることは「正しい」ことだというわけです。
(56頁)

いかに言ってもそれでも落ち込む人があるでしょう。
世界もゆっくりと歪み、特にアメリカが歪み始めて、中国、ロシア、フィリピン、イギリス、仏独の右傾化。
そして日本の安倍独走体制等々。
心配事ばっかり。
心配事は数え上げれば武田先生にもいっぱいある。
ゴルフで左ひっかけのOBが直らない。
血糖値も高い。
心臓の心配もある。
しかし「それでも」と師匠は言う。

本当に考えてみれば妄想というか、そういうのがどんどん湧いてくるご時世。
まだ年がスタートしたばかりだがアメリカの新大統領がスタートして、中国、ロシア、フィリピンは凄まじい人。
ドゥテルテ。
それからEU離脱のイギリス。
それから仏独。
これは年末にテロもあったが右傾化傾向がますます強くなるだろう。
そして安倍独走体制。
もう「やりたいことをやっちゃうんじゃないか」という。
武田先生は血糖値も高い。
食べるとすぐ太る。
もう本当に嫌!
また美味しい。
それでも奥さんから「食べ過ぎ!」物差しでピシャッ!と手の甲を叩かれる。
それからさっぱり上達しないゴルフ。
こういうこと。
もういちいち上げると心配事というのはどんどん湧いてくる。
東京オリンピックも心配。
それで今度の東京オリンピックは8月。
8月の暑さは大丈夫ですか?
と、心配すると本当に数限りなく心配事が。
小池体制も心配。
千葉、東京、神奈川、埼玉の知事が集まった。
昨年「カネ出す、出さない」で。
4人集まったうち、3人がタレント。
ニューキャスターとかテレビに出ていた人だから、テレビタレントさん。
映りばっかり気にして。
あの人たちはメディアの使い方を知っているから。
こうやって考えると心配事は数限りなく、何年か先、2020年の8月の気温まで気になるという。
考えたらバカみたい。
冷夏だったりするかも知れない。
涼しくなっているかも知れない。
やっぱり人間は先のことを考えると全部不安になる。
「先のことを考える」ということは「不安になる」というのと同意義語。
禅宗のお坊さんは言う。
「もうこのままでは世界は滅びる。この世界は末法の世」と叫んだのは平安時代だった。
平安時代に「もうすぐ仏罰の世界がやってきて、人類は、日本人は死んでしまうんだ」という末法思想が広がった。
あれからずいぶん時間は経ったがまだ滅んでいない。
ここに人間の希望があるのではないですか?
「世界は滅びる」とは何人もの人が叫び、西洋のお坊さんで「1999大魔王が降りてくる」とか言って、ご本が山ほど売れたことがあった。
滅んだのはその本を書いた人だけだった。
お亡くなりになったそうだ。
御気の毒で。

「災難に遭う時節には災難に遭うがよく候」
 心には、必ず、「転じる力」があります。
(61頁)

世界を一変させましょう。
世界をもう全て変えてしまいましょう。
「どうやって?」と住職に問うと、曹洞宗住職枡野さんはこうお答えになる。
「あなた自身が一回転しなさい。世界を一回転させるのは大変だから、あんたが一回転しなさい。そうすれば世界も回転します」
(本の中では「自分の心を転じろ」ぐらいの表現しかないが)

「冷暖自知」という禅語です。(68頁)

「器の中の水が冷たいか暖かいか、見てないで手、突っ込んで確かめろ!」という。
本当におっしゃる通り。
体感するためには、まず自分で動け。
この間、DeNAが謝った。
全文表示 | DeNA社長が謝罪会見、医療系サイト「WELQ」のずさんな実態明らかに : J-CASTテレビウォッチ
嘘の医学知識か何か。
去年大騒ぎになった。
DeNAの何かサイトがあって、そこを開くと健康情報か何かが。
それで「肩こりは背後霊のせい」とか「悪霊が取り憑いている」とかってあって。
他にもデタラメがいっぱい載っていて。
DeNAの頭のいい人たちはヨソから盗んできて載せていた。
あれなんかまさしくこの住職から「喝!」って言いそうなやり方。
つまり手も足も皮膚も使わずに言っているワケだから。

 実践する中で経験を積み重ねて、体でわかる、つまり、「体感」することで、自分にとって正しい判断ができて、もちろん、行動もついてくるのです。(69頁)

この世界には現実に餓死する人がいる。
ただ、本当に奇妙なことに反対では「食べ過ぎて死ぬ人」も今、多い。
特に我が国日本は5人中2人が糖尿病と診断されているという国。
もうおわかりの方も多いと思うが「何かをたくさん食べれば健康になれる」という宣伝をする食品会社がある。
武田先生の奥様の言葉。
「『たくさん食べて健康になる』ということは人間の体について絶対ない」

ニッキをかじっていた武田先生。
血圧が夢のようにスッと下がるのが嬉しくて。
でも噛み続けないとまた上がってくる。
だからドッグの前なんかにニッキを噛んでいた。
そうしたら奥様から「ニッキをかじって下げて。何なの、それが」と言われた。
それでお医者さんから「武田さん、ニッキ臭い」と言われた。
血圧の方は普通(高血圧)に戻っていた。
「解決した!」っていう情報が今、この世界にはいっぱいある。
「こうやれば解決する」
でも枡野禅師は言う。

 どんなにたくさん情報を集めたって、したいこと≠熈生き方≠煬ゥつけることはできません。やはり、自分の心の中に見つけるしかない。(73〜74頁)

自分で動いて真実をつかむ。
これ以外に真実の掴み方は無い。
だからテレビとかラジオ等々で事件報道を聞く時は一番冷静な人を選んでその人の意見を聞くように、意見に耳を傾けるようにしてください。

情報は迷い≠フもとになもなります。情報がありすぎるからかえって、心をどこに置いたらよいかわからなくなるのです。(74頁)

食べ物と同じ。
多ければ必ず摂り過ぎで病になる。
そして自分というものを忘れて情報に従おうとすれば、あなたはとんでもないミスを犯すことになる。

「随所に主となれば、立処みな真なり」
 という、臨済宗の開祖である臨済義玄禅師の言葉があります。
 その意味は、どんなところにあっても、「いま」「ここ」でできることを一生懸命にやっていれば、自分が主人公になって生きられる、ということです。
 主人公≠フ視線は飛び交う情報に惑わされて、あちらこちらにキョロキョロと宙を泳ぐようなことはありません。しっかりと一定方向を見据えています。
(75〜76頁)

「指示が出た」とか「出なかった」とかっていうことで舌打ちする人がいっぱいいる。
「係員の誘導がなかった」とか。
そういうのもあるかもしれないが、プラス、まずアナタが「生きたい、この生命を」と願わない限り、逃げるべき道は見つかるはずがない。
さあ皆さん。
本年2017年、いよいよトランプショックが始まります!
グローバリズム、もうずっと今まで叫ばれてきた。
もうおしまいです。
トランプさんが終いにしました。
ここからはアメリカでさえも「自国のみを大切にする」という。
そしてヨーロッパではうぬぼれの右傾化が始まる。
でも、よく考えましょうね、皆さん。
グローバリズムで、ある意味で「競争原理」。
世界に競争原理が持ち込まれ、勝ち負けで決着を付けようと費用対効果のみが最大、最高の目標だった。
「安く闘い、高く勝つ」
これがルールのすべてだった。
あの時にこのグローバリズムに反対した人もいっぱいいた。
グローバリズムというのにものすごい不安を示す経済学者は多かった。
対する言葉があまりよくないが「ローカリズム」というか。
そういう世界性を持たない。
世界性ではなくて、人間は自分のエリア「棲み分けの法則」っていうのは大事なんじゃないかという人もいた。
でもオバマさんがグローバリズムでバーッと世界を均した。
でもトランプさんが大統領になって「やーめた!」って言った。
そのグローバリズムを進めたのはアメリカだが、そのアメリカから「グローバリズムをやめた」と言った。
グローバリズムの勝者、それは誰かと言うとトランプさん。
そのトランプさんがアメリカを一時期田舎に還すというふうに宣言したわけだから。
これはなかなか面白いこと。
皆さん不安かも知れないが、頑張って生きていきましょう。

2017年05月25日

2016年4月18〜29日◆GO WILD(後編)

これの続きです。

「わたしたちが脳を持つ理由はただ一つ、状況に応じた複雑な動きをするためだ。ほかにもっともな理由はない」。脳の構造は体の動きと緊密に結びついており、動きは脳を必要とし、ゆえに脳を形成する、と彼は言う。(111頁)

ニューヨーク大学の神経学者ロドルフォ・リナスの次の言葉っだ。「わたしたちが思考と呼ぶものは、進化の過程で動作が内在化したものである」(111頁)

「今やコンピューターはチェスでチャンピオンを打ち負かすまでになった。だが、その駒を物理的に動かすことに関しては、六歳の子どもにもかなわない」(111頁)

 この議論を体現するかのような生物がいる。未発達の神経系を持つ原始的な海生生物、ホヤだ。誕生したばかりのホヤは海の中をしきりに泳ぐ。その目的はただ一つ、食料が豊富な場所を見つけて根づくことだ。そしてその目的を達成すると、まず自分の脳を食べてしまう。もう動かなくていいのだから脳はいらない、というわけだ。(112頁)

「動かない生活は、認知機能の低下をもたらす」。はっきり言えば、動かないとばかになる、ということだ。(116頁)

高齢者が運動を行なうと「海馬の容量が著しく大きくなり」海馬は記憶に関与するため結果として記憶力が改善したと結論づけていた。(118頁)

これは最近発見されて大騒ぎになった。
「脳は歳取ると変化しない」と言われていたのだがとんでもなくて、脳の海馬なんていうのは使うと量が増える。
だから老いのせいにはできないところに、この人間の進化の複雑さがある。

著者が言う主張の中で武田先生がショックだったこと。

ジムの会員になり、ライクラのウェアに身を包み、週に六日はランニングマシンやエアロバイクに乗ってタイマーを三〇分にセットし、iPodのトレーニング用プレイリストをかけながら健康への道をひた走る。これがこなすべきトレーニングだと思っているならあなたはまだまだだ。ファストフードをやめて真のごちそうを食べよう。ジムでの運動は多少プラスにはなるだろうし、筆者も反対はしないけれど、本書のテーマは野生に戻ることであり、体をベストの状態に近づけることだ。(123頁)

体のための正式な運動は「トレイル・ランニング」。
その時のトレイル・ランニングのシューズが例の五本指。
何でかと言ったら、細い道を走るから小指に神経があって左に体重をかけすぎれば断崖絶壁から落下するという、ランプというかセンサーを足の小指に一個ずつ持つという。
そのためには足の裏をまとまって使わないという。

体のために良い運動とはなにか?
それを著者ジョンJ.レイティさんは「トレイル・ランニング」と言う。
これはどういうランニングかと言うと、例えば高地の細い山道、坂の上り下りがきちんとあるところ。
草や石、次々と路面が変化する。
そういうものを様々なギアでスピード・コントロールしながら走ること。
しかも条件として裸足。
それがもし不可能ならば、ということで彼が提唱したのが「五本指ソックス」。
(番組中「ソックス」と表現しているのは「シューズ」のことを指しているようだ)
逆さ「へ」の字のマークから出ている。
五本指ソックスを発注した武田先生。
指が短いので全部ダボダボになる。
合気道をやっていたら足の指が広がってきた。
素足で畳の上を歩いていて、踏ん張って回転したりするときに、一番端っこにある小指のセンサーというのがすごく大事になってくる。
やっぱり踏ん張る時に素足になると小指に力が入る。
「なるべく裸足で走って欲しい」とジョン・レイティさんはおっしゃる。
それはまあ、ちょっと不可能かも知れないけど。
この人の提案でギクッとするのは「私達の足はベアフットで走るために構造化されている」。
つまり靴を履かないということが実は進化の原動力になったように、自分の体に何か変化を与えるんだったらば、素足でもう一度戻ることなんだと。
何故かと言うと足裏から入ってくる道の情報によって脳は活き活きと連絡網を脳に作って、脳自体が豊かになる。

武田先生もやってみたことがあるが、裸足で走ると下から入ってくる情報量が違う。
例えばピーナッツ大の小石とか尖った石、あるいはガラス片に関して敏感に応じる。
それで、それを「踏んだ」と思った瞬間に踏みしめないように重心を移して強く踏まない努力を一歩ずつでする。
足裏から入ってくる情報ってすごい。
「ここ、ぬめっとしてる」とか「滑るかもしんない」「あ!ウンコ踏んだ」とか。
そういう足裏の情報は靴を履いた瞬間、完全に断絶する。
素足の懐かしさは泥田の中で遊んだ思い出。
指と指の間をニョロッと泥が入ってくるという。
それで深さを判断する。
「急いで上げないと足、取られるぞ」とかっていう感性は指と指の間を通り抜ける泥の速さで。
靴を履くと全くダメなワケで。
だからこの人が言う「ベアフットで走るために人間の足はアーチ状になり構造化されている」という。

面白い例。
日本とロシアの外交史の第一ページ目は「裸足になるかならないか」ですごいケンカをしている。
日本は土足厳禁。
むこうは「靴、履かせろ」とケンカする。
それで生まれた履物がスリッパ。
スリッパは日本人の発明。
とにかく西洋の人たちの靴を失くした時の屈辱感と情けなさというのはもう、ほとんど信じられないぐらい。

野生の体を取り戻すためにレイティさんが勧める処方が「裸足で走ること」。
そうすると人類の起源まで人間は遡る。
「感性を遡らせることができる」とおっしゃる。
ゴルフとかテニスとか陸上競技とかラグビー、サッカー等々そうだが、素足でやるとなると、これはすっかり変わるんじゃないだろうかと思う。
日本人は素足に強いような気がする武田先生。
剣道、柔道。
基本的に日本はやっぱり素足。
今、文明世界においてもスポーツを裸足でやるのは水泳、サーフィン、ビーチ・バレー。
野生と言う意味で「素足」というのは重大なキーワードである。

人というものを野生という次元で考えると睡眠というものもずいぶん意味が変わってくる。

アメリカはイラク戦争のために一〇年間で数兆ドルを消費したが、そのいっぽうでスニッカーズ・バー(チョコレート菓子)の売れ行きを大いに伸ばした、とスティックゴールドは言う。−中略−特筆に値するのは、空爆が主となり、しかもアメリカの技術が暗闇でのコントロールを可能にしたため夜の戦いになったことだ。その結果、兵士の多くは睡眠不足になった。−中略−睡眠不足がもたらす影響について現在わかっていることの一つは、高密度の炭水化物と糖──三章で議論の中心となった栄養素──をやたらに欲しがるようになることだ。(140頁)

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ところが、これによって免疫力が下がる。

だれでも一日に八時間半眠りなさい、というものだ。(145頁)

「わたしが心に刻んでいるのは」と、スティックゴールドは言う。「日中に二時間、情報を取り込んだら、その意味を理解するために脳は一時間の睡眠を必要とする、ということです。(144頁)

2時間以上お勉強すると、眠らなくても目は閉じる武田先生。
睡眠にもレムからノンレム。
浅い、深いという大きな波がある。
だいたい二時間おきに浅い、深いを繰り返す。
浅い夢(多分「眠り」と言いたかったと思われる)の時、50%の人が夢を見る。
この夢が「悪夢を見る」傾向にある。
これはかつてケモノに寝込みを襲われ喰われたという記憶が人にくっきりと残っている証拠で、恐ろしい夢を見ることでハッ!と目が覚めるという危機訓練。
(本には目が覚めることが危機訓練というようなことではなく、恐ろしい夢が困難に立ち向かうリハーサルであると書いてある)

睡眠時間帯の年代による違いはどの文化にも共通して見られ、それを互いに重ねあわせると意味が見えてくる。ワースマンはある計算を行ない、このように睡眠時間がずれているせいで、平均的な年齢分布の三五人の集団なら、夜間のどの時間も必ずだれかが起きていることになると結論づけた。(155頁)

「野生の眠り」とは大勢の仲間と一緒に眠ること。
そして眠りながら弱いものを守ること。
そうするとぐっすり眠れる。
水の流れる音、あるいは火が静かに燃える音、仲間の寝息、動物の安らかな気配。
そばに何か別の動物がいて、そいつが安らかにしている気配があると、人間は深く眠る。
ネコや犬をお年寄りが飼いたがるのは、実は犬やネコが野生に戻るためのサポーターになる。

幼いものを守るために眠る。
だから赤ちゃんがぐっすり眠っていると、横で眠っている親もぐっすり眠れる。
(このあたりの話は本の中の「睡眠を調節する最大の理由の一つは、幼児を守ることなのだ」という記述を誤解した発言と思われる。番組では「幼児を守るために眠る」という趣旨のことを言っているが、本の記述によると「幼児を守るために睡眠を調節する」)
子供がもう大きくなって奥さんと一緒なので守るべきものが何もない(ので眠れない)武田先生。
奥様の「うわぁ」といううめき声みたいなので「わっ!」と起きる時がある。
だからやっぱり誰か守らないとダメ。
「子供の声がうるさい」なんてとんでもない。
野生というのは幼い子の眠りの寝息を自分の安眠の材料にする。

災害や戦争の後遺症であるPTSD(心的外傷後ストレス障害)。
これは恐怖を「通り過ぎていったもの」「終わったもの」として扱えず、「来るべきもの」としてとってしまうという記憶処理の障害。
これは鬱の原因となるという。
日本は災害が多い。

男は歳をとるとダメ。
やっぱり弱い。
歳を取ると時間が反転して迫ってくる。
昨日が遠くなって10年前が近くなる。
女の人はいつも「今」。

このPTSDなんかで不眠になる。
その原因はどこにあるか?

野生の脳はどこにあるのか?

 迷走神経は脳の最も原始的な領域につながっている唯一の神経で、「迷走」という名のゆえんとなっているユニークな経路で、体の各部を遠回りしながら進む。ほかの神経、たとえば視神経は、脳と眼球をまっすぐつないでいるが、迷走神経は首に沿って下降し、そこから枝分かれして体の中心部をくねくねと通り、消化管、生殖腺、内臓へと進んでいく。そして奇妙なことに、その一部はまた上へ向かい、のどを経由して口頭、耳、顔面筋にいたる。−中略−ポンプ役の心臓と、目じりのしわにどんな関係があるというのか。(239頁)

心臓と目じりのシワが迷走神経で結ばれている。
これで何が言えるかというと、心臓のドキドキするのが目じりに表情として出るという。
こういう異様なところが人間は糸で結ばれている。
「よろずヒモ」みたいに何が景品で当たるかわからない。
お祭りの時にある、ああいう構造が人間の中にある。

 じつのところ、迷走神経の経路は進化の痕跡であり、古代の迷走をそのまま残しているのだ。脳から胸部と心臓まではまっすぐ下るものの、それから上に戻って、はるか遠い祖先のエラから進化した構造につながる。(239頁)

自律神経系の重要な役割の一つは、脅威、恐怖、そしてライオンに対峙したときの反応の調節だ。−中略−たとえば、闘うにせよ逃げるにせよ、心拍と呼吸が速くなると追加のエネルギーが必要となるので、消化系はエネルギーを蓄えるために働きを止める。生殖腺も免疫系も同様だ。怒りを表現するために顔の筋肉が収縮する。悲鳴や怒声を出すべく咽頭も収縮する。(240頁)

心臓と目じりを迷走神経が結んだのはこのためである。
敵に遭遇したら心臓がバクバクする。
そうするとカーッと目じりを吊り上げるようになる。
そういうふうにして結んでおいて、敵が襲おうとしてくるのに表情で反撃するというのを心臓が目じりに伝える。

例えば不快でありながら、それを笑顔で包んで人と対話することを可能にするのは迷走神経のブレーキの効きがよい人なのである。
だから顔にすぐ出ちゃう人ってのはブレーキの効きが悪い人。
「奥さんとうまくやっていこう」と心から祈っている武田先生。
余りにも剣呑な言い方をすると・・・。
頭の中でゆっくり言おう(と思って)「(落ち着いた調子でゆっくりと)何が?」と言おうとすると「(強くて速い口調で)何が!」と言う。
ほんのわずか早い。
あれだけ、どうしようもないと思う。
頭の中で(ゆっくりと)「何が?」と言いたいのに(きつい口調で)「何が!」。
あれはやっぱり心臓と、武田先生の場合は声帯が繋がっている。

この著者の言っていることの中で、すごく面白いのは「人間は何でも頭で考えてると思ってるけど、そうじゃありませんよ」という言い方が、すごく納得がいった武田先生。

腸の神経系は神経伝達物質を装備しており、体と心の両方の幸福感を調節し、意志決定プロセスにさえ影響する。(242頁)

日本人の「腹をくくる」とかっていう表現は実に現実的で見事で、実は腸は考えている。
腸が感じる不安とかっていうのは食欲に出て、脳の方に「不吉だぞ」とかっていう直感を送り込む。
その腸なんかに情報を知らせるのは足の裏だったりする。

脳だけで人はコントロールできない。
物事は真逆の神経反応が要求させるものがある。
例えば集中しているのとリラックスしている。
具体的に言えばドキドキしているのとボーっとしているという。
ドキドキしながらボーっとしているのは不可能だが、人間にはある。
睡眠。
これは何かというと眠ろうとする時「眠ろうとする」という意思を忘れない限り眠れない。
「今日は眠んなきゃ」と思うと、張り切ると眠れない。
「よーし、今日は眠ることに集中するぞ」っていうと眠れなくなる。
これは何かというと「眠ろうとすることを忘れるぐらいじゃないと眠りに入れない」。
人間はこういう時に覚醒とリラックスを両立させる。
これが人間の際立った特性。

 ボーガスは、このことはジムで行なう運動に直接関係があると言う。彼に言わせれば、ランニングマシンやエアロバイクに乗り、イヤホンをして現実世界の音を遮断し、前に据えつけられたテレビ画面のぞっとするようなニュース映像を見ながら走ったりバイクをこいだりするのは、迷走神経の「爬虫類」領域に語りかけるようなものだ。(246頁)

エアロバイクを35分くらい漕ぐ武田先生。
その時に見るテレビが日テレの「ミヤネ屋」。
「ミヤネ屋」というのは「母が子を殺す」とか「祖父が孫に殺された」とか、その手のニュースばっかり。
それを見ながら漕いでいると35分がアッという間に過ぎる。
だけどよくない。
その手の事件物を見ながら足裏を使って運動するというのは、ジャンクフードを食べながら痩せるのを目指す食事をしているのと同じ。
迷走の心理になって「こいつ嫌だな」「こんなヤツなんか死にゃいんだ」とか。
あの時に「怒り」を感じる。
怒りを支配しているのは「爬虫類脳」。
そこを刺激するから運動として悪い方に流れていっちゃう。
走る時に己が脳を野生に戻したければ、風、鳥のさえずり、山川の映像を見ながら走れ。
その時に足の裏は野生化する。
「小石を踏むな」「松ボックリがあるぞ」とかって、ものすごい何億年かの進化の裸足の感性を伝えながら運動することになる。

2016年4月18〜29日◆GO WILD(後編)

本の中でところどころ自閉症に関連する記述が見られるが、番組ではそれについては触れない。

GO WILD 野生の体を取り戻せ! 科学が教えるトレイルラン、低炭水化物食、マインドフルネス



著者であるレイティ氏は米国でベストセラーを記録した。

脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方



彼はハーバード大学医学大学院臨床精神医学准教授。
彼の原理は「人の進化は野生を目指しており、現在、野生から大きく外れた私達に、肥満やガン、高血圧、鬱、不眠が襲っている。それらの不調は野生に戻ることで治るんだ」と。
「私達の進化が目指しているのは文明じゃない。ワイルドを目指しているんだ」
この「野生」という言葉はこの番組で武田先生がよく用いるキーワード。
これはヨーロッパ構造主義、レヴィ・ストロースの名著 『野生の思考』。

野生の思考



すごく文明を高く買って野生を低く見るけれども「野生には野生の考え方があるんだ」という。
そういうのをレヴィ・ストロースが名著に収めた。
レイティはそれを人の体に重ねて「人間の体の中には野生の記憶というべきものがちゃんとあるんだ」と。
「私達の中には、今もありありと野生が息づいてる」と主張する。
この人はハーバード大の精神医学准教授を勤めながら実はリーボック社の顧問でもある。
「へ」の字さかさまマークの靴でも、最近外国人が五本指を履いている。
あのへんの発案者がこの人らしい。
だから「ソックス型の文明思考というのはおかしいんだ」と。
最低限でも地下足袋、それとか五本指。
そういう靴みたいなものを履かないと人間は・・・という。

「皆さん方のお知恵になるんじゃないか」と思って、この人が勧めることをやった武田先生。
去年の秋まで近くの公園を裸足で走っていた。
この人の(本の)中に「裸足で走れ」「野生に戻れ」みたいな一文があった。
「アフリカを思い出せ。オマエはかつて草原を裸足で走ったじゃないか」と。
ちょっと今はやめている。

人類は自然な環境のもとで進化を遂げ、今日の人間になった。そしてわたしたちは、ずっとその同じ遺伝子によって今も行かされている。つまり、本来わたしたちは野生的に暮らすように設計されていて(10頁)

 何より理解いただきたいのは、食事、運動、睡眠、思考、そして生き方は、すべてつながっているということだ。(11頁)

だから野生に戻らない限り、精神あるいは運動、食事、睡眠に全部しわ寄せがいって病を引き寄せるのだ、と。

同様に肥満は、食事だけでなくおそらく腸内細菌や睡眠不足も関わっているだろう。(11頁)

確かに人間は進化した。
しかし他の生物よりも特別に進化したとは言えない。
まず、脳の進化はわずか数百万年前のことで「進化の最高傑作」とうぬぼれる人がいるが、はたしてそうだろうか。
直立歩行は350万年前。
体毛の消失、これが120万年前。
現生人類ホモ・サピエンスは20万年前にアフリカに出現してその後、極端な進化は起こっていない。
進化が進んでいないから今は全く進化しないサルとなっちゃったという。
それに火をつけるにはどうすればいいか?
レイティさん曰く「GO WILD」「野生に戻れ」。

人類の進化の過程。
四つんばいのサルから前かがみになって、それが立ち上がり直立歩行になる。
それを「人間に進化した」と。

実際の進化は、人類の祖先が順々に変化を遂げてだんだん現生人類らしくなったわけではなかった。人類の系統樹は、一本の太い幹がそびえ立つ松の木ではないのだ。木というよりむしろ茂みのようなもので、いくつも脇枝が伸びており、人類も枝の一つに過ぎない。(25頁)

いろんなサルがボッ!と生えた。
ボッと生えて突然、その中から出現したのは毛のない新種のホモ属で。
あとは全部滅んだが唯一そいつらだけが生き残ったというのが正確な人類進化の図。
だから「ゆっくり四つんばいが立ち上がって」ということではない。
ここまで人類が生き残ったのは、よほど進化の圧力にピタリと応じたとしか考えられない。
我等人類は実に唐突に出現し、たちまち地球のほぼ全域に広がった画期的な種である。

人類の特徴は二足歩行。
類人猿と人間の決定的な違いは「足の形の違い」。
類人猿は足の骨が「スリッパ状」、人間は足が「アーチ」。
スリッパ状とアーチ状の骨は何が違うかと言うと「走り」。
類人猿はもちろん歩き、走れるが長距離はダメ。
チンパンジーがマラソン大会をやっているのを見たことがない。
やっぱり42.◯kmを2時間ちょっとで男子も女子も走り抜けるというのは、こんなサルはいない。
志村さんが可愛がっているチンパンジーだって、バナナをいくらやったって42.◯kmを走らない。
ということはズバリ言うと「人は走るから人になった」という。
これは言われてみるとハッとする。
「走ることによって脳が変化したんじゃないか」と言う。
そりゃ「歩く脳」と「走る脳」は違う。
この「走る」ということから、人間はますます類人猿から離れて「人間」という特殊な種になった。
走ることを武器にした。
そこから道具を使うようになった。
そうやって考えると「走るということが、実は人間を多機能な生き物に変えた」のではないかと。
この多彩な動きから人はエネルギーとなる栄養を摂らなければならなくなった。

腸が短いということは、草が食べられないということを意味する。ヒト科の数百万年に及ぶ進化がサバンナや草原で起きたことを思うと、これはけっして些細なことではない。生物学的に言って、草原はきわめて生産的で、太陽エネルギーを効率的に炭水化物に変換する。ところがそのエネルギーは、草ではセルロース(細胞壁や繊維の主成分である炭水化物)の形になっていて、このセルロースを人類はまったく消化できない。(35頁)

そこで彼は唯一の武器を考えた。
それは「走ること」だったのではないか?という。
(本の内容としては走るような体の構造の方が先のような感じだけど)
「走る」という特性を活かして彼らがやったことは、他の草を食べる動物を食べるということ。
その動物を食べることによって草のエネルギーも体の中に取り込めたという。

肉を食べることが人類を定義づける基本的事実であり、本来の食性なのだ。(35頁)

その肉は内臓を含めればすべての栄養素を網羅した。
必須アミノ酸、マグネシウム、鉄、ヨウ素、ミネラル、脂肪等々も、他の動物の肉と内臓を食べることで摂取できた。
おそらく獲物のすべて、ももから内臓からハラワタから全てを食べたのはおそらく「ヒト」という人類のみであろうと。
更にライバルにネアンデルタール人、デニソワ人、ホモ・フローレシエンシスといった「ホモ属」がいた。
その中でクロマニヨン系が生き残ったという。
これらの類人猿たちの特性は魚を食べる食性を持った。
肉を食べ魚も食べた。
こういう雑食性で脳がどんどん変わった。
喰い物で脳が変わった。
彼らホモ属の類人猿たちの脳に奇妙なことが起こった。
共感力。
共感する能力が育った。
共感力というのはどこから育ったかというと、想像だが人間というサルは「走れる」という特徴だけしか持っていない。
ところがそれで他の生き物を殺して喰うことによって栄養素を摂った。
獲物を獲る時に共感の能力を持っていないとチームプレイで獲物をしとめられない。
これが人間の共感力をぐんぐん育てたのではなかろうか。

残っているのは頭蓋骨だけだが、それは彼が一八〇万年前に現在のグルジアで生きていたドマニシ人であることを語っている。−中略−歯が一本もなく、しかもそうなったのが亡くなるずいぶん前だとわかったからだ。これは彼が病弱で、生きていくにはほかの人の助けが必要だった証だと人類学者は確信している。彼は援助を必要とし、それを得ることができた。(43頁)

更に、きちんと子供を埋葬した墓も見つかっており、一人の子供を育てるために四人以上の大人が世話をしたという。
そういう集団形成の跡がはっきりと遺跡から出てきたそうだ。
だから他者に対する共感、それから保護と世話、そして関心を持つ。
そういうところから他のサルには見られない「情緒」が芽生え始めたという。
勘違いしていけないのは「他者に共感する力」は何も文明によってもたらされたものではない。
それは「野生の本能」によって生まれたんだと。
だからやっぱり共感する力っていうのは文明じゃなく「野生」。
だから反対のことで言うと「子供の面倒を見ない」とか「子供を傷つけたり老人を騙す」という人たちがいる。
武田先生の考えでは、この方々は「本能が壊れたサル」。

文明病が増えたのは、「西洋文明のおかげで病気、とくに感染症を管理できるようになった結果、人々は長生きし、心疾患、がん、2型糖尿病にかかる機会が増えたから」というものだ。(54頁)

これは「ごまかし」。

一九〇八年の時点で、アメリカ先住民の間ではがんは「きわめてまれ」な病気だった。ある医師は一五年にわたって二〇〇〇人のアメリカ先住民を診察したが、がんの患者は一人だけだったという。フィジーでは、先住民一二万人のうち、がんで亡くなったのは二人だけだった。ボルネオで一〇年にわたって診察を行なったある医師は、がん患者は一人もいなかったと報告している。(52〜53頁)

しかし、それらの人々に1900年代後半、ニューヨークで生きている人の食事と同じような食事をさせると、たちまちそれが文明病になったのである。
その点でもう一回、その「病」というものを考えてみませんか?という教授(准教授だけど)からの提案。
これら文明病の特徴はもしかすると食事にあるのかもしれない。
ガン、高血圧、糖尿病にもならなかった野生の人々。
この人たちがなぜ、その手の病にかかってしまったかというと、小麦、米、トウモロコシ、じゃがいも。
それらのものを摂取し始めるとガン、高血圧、糖尿病になるという。

文明とはデンプンがもたらしたものであり、文明病とは、直接的にであれ間接的にであれ──大方は直接的にだが──デンプンがもたらす病気なのだ。(59頁)

デンプンは複合糖質で食べるとすぐ糖になる。
その糖はブドウ糖に変えられ、グリコーゲンで肝臓に大切に蓄えられる。
それほど野生にとってグリコーゲンは希少で大切なものだった。

一万年前に農業によってデンプンが作られるようになると生産量は指数関数的に増加したが、祖先たちはそんな時代を生きていたわけでもなかった。
 今日では、この三つの草(米、小麦、トウモロコシ)が人間の栄養の三大供給源であり、南米のジャガイモが四番目となる。この四つで、人間が摂取する栄養のおよそ七五パーセントを占めている。
(59頁)

短期間でアッという間に野生の体を作りかえられて文明病の体になったという。
「肝臓は大量のブドウ糖にゲップをしてるんだ」「これが2型糖尿病の正体なのだ」と。
野生はかつて、そのブドウ糖を体外へ運び出せた。
ブドウ糖がそれくらいしか入ってこなかった。
それが大量に入ってくるものだから肥満と2型糖尿病というものの病をばらまいてしまったという。

レディー・ガガはグルテン・フリー。
小麦を摂らない。
小麦よりもまだ米の方がいい。
お寿司の大ブームなんかはこれから来ている。
だからパンとか麺類とか、あれほど小麦にすがりついたアメリカ人も・・・。
グルテン・フリー「小麦を排除しておいて痩せる」というのが今、流行っている。
「小麦、除いて下さい」と言うと除けるという店が今、日本で増えている。
福岡のローカルで準レギュラー(の番組)を持っている武田先生。
このグルテン・フリーの店が福岡にできたというのを地方ニュースでやっていた。

武田先生の考え。
「米」という穀物は貯蔵が可能で富の蓄積があり、その富の蓄積が国家を誕生させて貧富の差をつけた。
かつて中国は黄河流域は湿地帯と密林だった。
「象」という漢字。
何で「象」という漢字が出てきたかというと「象がいたから」。
中国の人は見ないものは字にしない。
象が北京あたりをウロウロ歩いていた。
揚子江なんていうちょっと南のところはいっぱい象がいて、土木工事に携わったりなんかしていた。
象を使っても土木工事やっていたような広大な湿地帯とジャングルを持ちながら、それが全部無くなる。
考えれば恐ろしいもの。
その頃の中国の揚子江あたりの住人は漢人じゃなかったようだ。
今の中国人じゃなくてインドシナ半島に住む人たちの人種がそこらへんにいたようだ。
その頃、中国は魏や呉という国があった時代。
そんな豊かな森林、密林地帯を全部切り倒して田園地帯になり、米というものが国家を作らせ国家を争わせるという現況になった。
このあたりから中国史は始まる。

今話しているのは、その米の持っているデンプン。
そのデンプンの中でもグルテンという栄養素があり、実はこいつが急激に文明病を広げた原因ではないか?ということを著者が書いている。
このデンプンによる肥満に対する治療方法はたった一つ。
先生曰く、これが「運動」。
それらデンプン「高密度炭水化物」を拒絶できるのか?
私達はもうすっかり野生に戻ることはできない。
しかし野生を目指すことはできる。

現代の工業的な食事の単調さを避けよ、というアドバイスだ。−中略−それは多様性にかかっている。−中略−ナッツ、根菜、青菜、果物、魚、肉、きれいで冷たい水──幅広くさまざまなものを食べよう。(106頁)

ジビエは今、流行っている。
体に良いということもあるだろうが、これは森林を守るために。
ニュースで80いくつの爺さんで「猪、手で捕まえる」という。
鹿も猪もそうだが、殺し方で肉質がコロッと変わる。
罠に引っ掛けておいて鉄砲でバーンと撃ったりなんかすると、すぐ血が固まってしまう。
その爺ちゃんは本当に猪に馬乗りになる。
この爺さんがキュッと首を絞めて、もう一瞬のうちに息の根を止めて血抜きをやると美味しい。
この爺ちゃんの猪の肉がもう大好評で。
鹿も追い回すとよくない。
一発で肉質に出るという。
もしかすると牛なんかもそうかもしれない。
ちょっと嫌な言い方になるが、やっぱり殺し方は大事。

トランス脂肪酸を含むマーガリン。
「マーガリンが悪い」と最近、急に言う。
「人造マーガリンは食べない方がいいよ」みたいなことを言い出されている。
何か今、そういう波が来ている。
これは心臓病リスク等々が増えるらしい。

 進化には、よく知られる神話がある。それは、進化とは進歩であり、より大きく、より賢く、より複雑に、と望ましい方向にだけ進むというものだ。−中略−しかし、単純なものがあとになる場合もある。著者がよく例としてあげるのは、可愛くて抱きしめたくなるコアラだ。コアラの生物学的に興味深い点はユーカリの葉しか食べないことで、その食性ゆえにオーストラリアのどこにでもあるその木を棲みかとしている。ユーカリに棲み、ユーカリを食べ、その木から離れる必要はない。−中略−コアラの脳は、頭骨のスペースを満たしていないのだ。それは食性が単調になるにつれて脳が縮んだからで、進化はまだ、そのサイズに合わせて頭骨を小さくすることができていない。そういうわけで、小さな脳が大きな器の中でころころ転がっている。(109頁)

(「激しく揺らすと脳が転がる危険があるほどで、ますますゆっくり動くようになった」と番組で言っているが、本には書いていない)

食べ物に対する興味というのは、やっぱり人間を支える重大な野生。

2017年05月05日

2017年1月9〜20日◆ニワトリI(後編)

これの続きです。

歴史の中でニワトリはかなりの大昔、神話の時代から朝を告げる鳥として時の声を買われて世界中に広がり始め、宗教家たちの足元でコココッと鳴いていたのだろう。
神話なんかにかなりたくさん姿を残している。
その次にアジアで発祥したが、これはすごい大文化なのだが。
西じゃなくて東の方に渡って行ったニワトリ。
おそらく羅針盤も六分儀もなかった時代。
剥き出しの双胴船、カヌーで人間と一緒にニワトリは海を渡ったのではないかという説もある。
このニワトリをカゴに入れて島々を旅したという、そういう人たちの「ラピュタ文化」。

ラピタとはニューギニアとニュージーランドの中間に位置するニューカレドニア島の遺跡の名前で、一九五〇年代に発掘された。それ以来、この海域全体で似たような遺物のある何百もの遺跡が発見されている。(118頁)

一回だけ南の島で見たことがある武田先生。
大きな岩に不思議な絵文字が書いてある。
「何だろうか?」と解説書を読んだら、ラピュタ文化の名残だという。
そのラピュタ人と呼んでいいような古代のポリネシア文化を持った人たちがニワトリで始めたのが闘鶏。
ニワトリを闘わせるという。
これは宗教に潜り込んだ後、占いでニワトリを闘わせたようだ。
その名残は日本でもそう。
シャモとかっていう戦闘的なニワトリを開発してあったようだ。
トランプ(大統領ではなくカードゲームの方の)なんて「あんなもんで遊べるか!」という。
やっぱりアジア人だったら「ラピュタの血が騒ぐ」というので闘鶏でシャモとシャモの闘いなんていうのはよい。
この闘鶏というのは全世界でその後バーッと広がる。
アメリカなんかでも闘鶏が盛んになったが、だんだん他の賭け事に席を追われた。
闘鶏、ニワトリが闘うという賭け事がなくなってしまうのだが。
まだ熱きラピュタの、ポリネシアの文化を濃厚に残している国がある。
それがフィリピン。

 一度にリング内に入れるのは四人だけだ──ハンドラーが二人、レフェリーが一人、アシスタントレフェリーが一人、フィリピンのあちこちに二〇〇〇カ所程度ある村の闘鶏場では、ハンドラーはたいていオーナーが兼任している。(124頁)

「俺が見た中で一番早かった試合は、八秒で終わったよ」とルソンが言っている間に、下のほうのリングで雄鶏が対戦相手に飛びかかる。試合が一〇分間続いたら、引き分けとみなされる。だが、大半は二分程度で終わる。(125頁)

売り上げは年間で八千万ドルを超える。

 フィリピンの闘鶏場では、年間に約一五〇〇万羽のニワトリが死んでいる。(136頁)

日本ではこの闘鶏の方は衰えた。
その他にはベネズエラ、ケンタッキー、テネシーは今でも続いているそうだ。

フィリピンで一年間に1500万羽のニワトリが死ぬ。
それはやっぱり鶏鍋にするようだ。
敗者は鍋になるという。
全部後始末する。
(本には「家族の夕食に使う」と書いてあるが「鍋にする」とは書いていない)

闘鶏場のことは「cock(コック)」が闘うから「cockpit(コックピット)」。

今度は西側の事情を少し広げていく。
ヨーロッパでは17世紀の初めまでハトが鳥肉の代表だった。
向こうの人は本当にハトを食べたがる。
我々は食べる習慣がない。
ハトというのは非常に重宝な鳥。
ハトのフンそのものは窒素を多量に含んでいるので、このハトのフンから火薬ができる。
だから軍事国家になるためにはハトをたくさん飼わなければならないという。
そういう意味でイギリスというのはハトを食べる。
そのイギリスからすっかりアジアの拠点にされた香港はハトを食べる。
アグネス・チャンが日比谷でハトを捕まえようとしたという。
「食べられるよ!」とよくアグネス・チャンが話す話。

17世紀初め、鳩肉が鳥肉の代表だった。
ハトのフンというのは窒素分を大量に含むため、うんと乾燥させて火薬の材料になる。
だから世界に冠たる大英帝国はもう、遮二無二ハトを食べた。
その他にもさまざまな鳥の肉が食べられたが、17世紀のイギリスの貴族たちはだいたいマガモ、ガン、ガチョウ、アヒル、七面鳥、時にはクジャクも喰ったという。
だからどこにもニワトリはいない。

 そして一八四二年、エドワード・ベルチャー艦長が、世界周航の任務を終えてイングランドに帰国した。(152頁)

エドワード・ベルチャー艦長が世界中の動植物、そういう物の面白いものをいっぱい集めて、貴重希少の外来種を土産物にして女王陛下に献上した。
この女王陛下こそヴィクトリア女王。
その献上品の中にセキショクヤケイがいた。
それまでニワトリといえば、グレートブリテン島には小さいタイプのニワトリがいた。
それで女王に献上されたのはセキショクヤケイなので、あまりにも美しいニワトリにヴィクトリア女王が夢中になる。
それで「もっとこんなニワトリ欲しい」とかっていうことで数をどんどん増やす。
女王陛下はペットとしても可愛いのだが「肉も美味いだろう」というので喰ったら意外と美味かった。
それでヴィクトリア女王自らが仲の良い貴族にクリスマスにこの種のニワトリの肉を贈った。
これで「ニワトリの肉は美味い」という火が付いた。
それまでイギリスにいたニワトリはだいたい一羽で2.7kgしか肉が取れなかった。
それを3.2kgまで増やしたという。
種の掛け合わせで2倍近く肉が増えた。
女王陛下のニワトリは103日間で9千個の卵を産んだ。
(本には103日間で94個の卵を産んだニワトリの話は出てくるが、このあたりの内容は本のどのあたりと関連しているのかが不明)
それで欧州あたりで肉は美味いわ卵は美味いわというので大騒ぎになっちゃったという。
そして、さらに世界に冠たる大英帝国の時代。
スペインを打ち破ってぐんぐん国威が海軍を中心にして盛んだった頃のイギリスだから、例えばオスマン帝国、それからイスタンブールあたりからも続々とニワトリが集められて、つがいで2千ドルというような法外な値段でニワトリが取り引きされるようになった。
一方でロンドンに人口が集中するので、食糧の心配が出てきた。
それで「ニワトリを飼おう」という。
あの定番のニワトリの歴史がこのイギリスあたりから始まる。
このヴィクトリア女王は悪い方じゃなかったのだろうが、その横、イギリスが支配しているアイルランドはジャガイモの疫病が流行ってジャガイモの大不作となって、1846年4月から餓死者が出ている。
何と死者数はたちまち100万人と言うからすごいもの。
アイルランドでは人は生きられないんじゃないかっていうので、人々は新大陸アメリカに渡り始める。
これがアイルランド系の人たちがアメリカに渡った理由。
人間の歴史ってこういうの。
アイルランドでジャガイモが採れなくて、本国のイギリスはニワトリに夢中で自分たちに何もかまってくれない。
それでアイルランドの人たちはアメリカに渡っていく。

その時にアメリカに渡った一家の中にケネディ家がいる。
だからジャガイモさえ豊かだったらケネディ家はアメリカに行っていない。
ニワトリに女王様が夢中になったばっかりに捨てられたアイルランドにケネディ一家がいて、それがアメリカを目指して渡って行く。
この時にアメリカに渡ったアイルランドの人はいっぱいいる。
映画監督のジョン・フォード。
それから西部劇の王様のジョン・ウェイン。
この人たちはアイルランド系。
「ジョン」が付く人はだいたいアイルランドだと思ってください。
だからアイルランドの港町でダブリンで働いていたのだが、このジャガイモの不作あたりで喰えずにアメリカに行くお金もなかったので、対岸のリバプールに住みついたという人もいた。
ジョン・レノン。
ジョン・F・ケネディ、ジョン・フォード、ジョン・ウェイン、ジョン・レノン。
この人たちはジャガイモさえ豊かだったら、女王様がニワトリに夢中にならなければ、20世紀の彼らはいなかったという。
かくのごとくニワトリは人間の歴史を陰で操っている。

ジョン・F・ケネディが大統領になった時に、結構イギリスが青ざめた。
ジャガイモが喰えないような生活を押し付けた大英帝国だから。

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『ダーティハリー』に出てくるあのキャラハン警部。
あれもアイリッシュ。
アイルランドの人。
だから彼は孤独。
孤独でいつも一人で戦うダーティハリー。
それから『風と共に去りぬ』の一人で戦うスカーレット・オハラ。

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あれはアイリッシュ、アイルランドの人。
最後に「タラへ」って言うが「タラ」っていうのは日本人で言うと「関ヶ原へ帰ろう」っていうのと同じ。
古戦場の名前。
それはアイルランドが独立を目指して立ち上がった古戦場がタラ。
それでイギリス軍にやっつけられる。
スカーレット・オハラはボロボロになってもまだ「アイリッシュの魂を失わなかった」っていうのでアイルランド人が涙ぐむ。

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「コロンボ」っていう名前はもう名前を聞いただけでアメリカの人は出身の国がわかる。
コロンボというのはイタリア系の名前。
そのイタリア系の人が刑事さんをやってるっていうのがもう、一つの疼き。
マフィアは(イタリア系だから)。
それが刑事さんをやっていて、いつも威張っているイギリス系のホワイトをやっつける。
「ちょっと待ってください」って言いながら。
そのことが黒人も含めて痛快でたまらない。
「白いヤツをやっつけろ!」っていう。
全部悪人(犯人)はイギリス系のジェントルマンばっかり。
それをヨレヨレのコロンボが「ちょっと待って、うちのカミサンがね・・・」って言いながら。
そうすると、もうその手のことで苦い目に遭っている人は「コロンボ、やっつけてくれ」っていう。
こういう人種で見るとアメリカの物語というのはグッと・・・。

アイルランドの人がアメリカに渡った。
ジャガイモが喰えなくてアメリカに来たのだが、最初に住みつくところはアメリカ南部。
それで彼らはハトとかカモが喰えないので、安いニワトリをクリスマスに食べていた。
イギリスからやってきた移民の人がアメリカにニワトリを持ち込んで、そのニワトリを食べるという習慣を横で見た人たちが黒人たち。
アイルランドの人たちと同じくらい、彼らも貧しい暮らしをしていた。
トランプさんみたいなアメリカの金持ちは、食べる肉といえば七面鳥、ハト、ウズラ、アヒル。
それからあとは鹿肉、羊、ブタ、牛。
これを食べていた。
ニワトリなんて食べる人はいなかった。
貧しさが故に自分で買える鳥ということで黒人たちが真似してニワトリを飼い、野菜を育てた。
それが西アフリカの人たちの料理に野生の鳥を食べるという習慣があったので南部の料理になる。

メアリー・ランドルフは──現在では「クイーン・モリー」の呼び名で知られている──家計をやりくりするためにリッチモンドで賄い付きの下宿屋を開いた。料理人としての名声が広まった彼女は、一八二四年に著書『ヴァージニアの主婦』を刊行し、これは最古の南部料理の本とみなされている。−中略−南部風フライドチキンのレシピが初めて載ったのもこの本だった。(265頁)

そんなふうにしてニワトリ料理がアメリカの南部の地方の料理として発展していく。
これが黒人の奴隷たちとアイルランドのジャガイモが喰えなかった貧しい白人たちの間でニワトリが重宝されるようになると、家でニワトリを飼おうというので数を増やすという工夫がアメリカで始まる。

 一九世紀終わりごろに新たな技術が登場して、何千個もの卵を収容できる効率的な孵卵器が実現可能となった。−中略−一八八〇年にはアメリカ国内で一億羽のニワトリが五五億個の卵を産み−中略−一〇年後、二億八〇〇〇万羽以上のニワトリが一〇〇億個の卵を産み(274頁)

一八八〇年から一九一四年の間に、約二〇〇万人のユダヤ人──東欧のユダヤ人全人口の三分の一──がアメリカ国内に到着し(274頁)

牛肉より安価なニワトリというのは、もうたまらないごちそうになっていったということ。
この南部にいた青年がサンダース君。

それから一世紀後、別の白人、つまり中西部のハーランド・サンダースという人物が、このレシピのバリエーションに圧力釜という技術的革新を組み合わせて、いまや世界第二位の利益率を誇るファストフードチェーン、ケンタッキー・フライド・チキンをスタートさせたのだ。(266頁)

ジャガイモ飢饉で死者を100万人出したアイリッシュ、アイルランド移民たちが流れ込み、それから黒人奴隷たち、その上にヨーロッパの方でユダヤ移民。
そういう貧しい人たちが生きるために動物性蛋白質としてニワトリを選ぶ。
アメリカというのは本当に今でもそういう国。
黒人奴隷、それからジャガイモ移民のアイリッシュ、それからナチス・ドイツなんかから激しく憎まれた、そういう人たちがアメリカの、言葉は悪いが「下層」を形成していく。
それでニワトリを食べるものだからニワトリそのものが差別用語になる。
臆病者のことを「チキン(chicken)」と言う。
オスが「コック(cock)」、メスは「ヘン(hen)」。

 アメリカ大陸の植民地では、独立革命の直前に無難な「ルースター(rooster)」が「コック」に取って代わるようになり(207頁)

差別用語としては生意気なことを「コッキー(cocky)」と言う。
それから「チキンアウト(chicken out)」これは「怖気づいた」。
それから「ヘンペッド(hen pecked)」。
これは「雌鶏につつかれる」とか「尻に敷かれる」という意味。
「コック」というのは米英語では禁断の西洋語、もっとも汚い言葉のナンバー1。
アメリカの成人映画なんかを見ると「コック」という言葉が出てくるが、ズバリ「男性の性器」のこと。
だから汚い言葉で有名なトランプさんも使わない。
本当に「だったら考えろよ」と言いたくなるが、水道の蛇口のことも「コック」。

ゴキブリを意味する「cockroaches」でさえ、ただの「roaches」に変えられた。(207頁)

ことほどさように「コック」っていう呼び名は、言葉はあるが使われない米英語でナンバー1の言葉だそうだ。
(本には「イギリス人はなんの恥じらいもなく口にする」と書いてあるので「米英」ではなく「米」限定の話のようだ)
牛は「カウ(cow)」。
肉になったら「ビーフ(beef)」。
そのくせニワトリをこれだけすがっていて舐めているのは、ニワトリは生きていようが肉になろうが英語では「チキン」という。
だからいかにニワトリを見下ろしているかが言葉の上でもわかる。
日本人はニワトリと鶏肉を明らかに生きている状態と肉を使い分ける。
アメリカって、イギリスもそうなのかも知れないが「チキン」で全部まとめてしまう。
そういうものをニワトリというのが背負っている。

この本は本当に膨大で、まだこれで三分の一ぐらい。
このアンドリュー・ロウラーさんという人のニワトリ追跡の旅というのはまだまだ道半ば。
この後も更に彼女のニワトリへの執念っていうのが実るような旅が続く。
(武田先生は著者のアンドリュー・ロウラー氏を女性であると認識しているようだが、調べてみても不明だったが「アンドリュー」という名は男性であると思われる)

よくよく見るとニワトリというのは謎が多い。
美しい羽を持ち、時を告げるというところから闘鶏になったりして。
やがて肉が注目され、卵が注目されるというニワトリの歴史が18世紀、19世紀に始まる。

ニワトリというのはスウェーデンの博物学者カール・リンネによって脊索動物─鳥─キジ目─キジ科とされている。
空中よりも地面を好み、足に蹴り爪を持つ、ウズラやクジャクと同じ種類。
これが東南アジア、メコン川の河口、デルタ地帯にいたという。
そこから世界に広がったのであろう。
様々な鳥と掛け合わされながら、交雑しながら、今いる様々なニワトリになったのではないかということ。

ニワトリのセクシーなイメージ。
ちょっとセックスと結びつけられているという。
「コック」とかってもう、アメリカの方が聞いたら「何て朝の番組ですごい単語を投げるんだ」とかっていう呼び名が付いている。

 雄鶏にはコックがない。これは禅問答などではない。雄鶏にはペニスがないのだ。(203頁)

生殖は口づけと同じ。
口移しで移すようにして精子をメスに送り込む。
これもニワトリの進化の途中で、ダーウィンも注目したらしいが、鴨は時々オスがメスを捕まえて首根っこを押さえて性行為が激しすぎて殺すことがあるそうだ。
ニワトリはそういう犠牲をなくすために「口づけ式」っていう、そういうセックスを思いついた。

20世紀になってから「ニワトリはどこから来たか」というのを追求するという研究が再燃した。
インドシナ半島のどこかの森の中、その「どこか」のどこかとはどこかというので遺伝子の解読が始まったから「遺伝子を通してニワトリの原種を探そう」というのが研究家によって始まった。

秋篠宮文仁親王は生物学者だ。−中略−今上天皇の次男である秋篠宮は幼いころからニワトリに魅せられていた。祖母にあたる香淳皇后が第二位次世界大戦の直後、皇室の食卓の足しになればとニワトリを飼い始めていたのだ。東南アジアで野外研究をしたのち、秋篠宮らの研究チームはセキショクヤケイのミトコンドリアDNAの断片を抽出した。−中略−
 研究チームが一九九四年に出した結論は、ニワトリの家畜化が起きたのは一度きりで、場所はタイだというものだった。この研究結果に基づいて秋篠宮は博士論文を書き、八年後には別のグループの研究による裏付けも得られたのだが、それから二〇年後、この説はほころび始めた。アメリカの生態学者I・レア・ブリスビンによると、この研究で野生種として使われたセキショクヤケイはバンコクの動物園のもので、家畜化された雑種だったらしい。
(198頁)

だけどこの秋篠宮さまの発表によって、ふたたび遺伝子レベルでニワトリの野生を追うという新しい科学の道が開けた。

日本の皇族のインタビューを手配するのは難しいため、直接に話を聞くことはできなかったが(199頁)

まことに残念ながら認められなかったけれども、ニワトリによせる思いということと遺伝子レベルまで降りて野鶏、野生のニワトリにまで接近しようとする科学態度に対して、彼の論文がパーフェクトではなかった、実験材料が野生ではなかったので、その遺伝子が野生からやってきた遺伝子だと断定はできなかったものの、非常に高い科学的水準を保っていたことは間違いなく、貴重なニワトリの研究であると絶賛している。

人間力を高める読書法



2017年1月9〜20日◆ニワトリI(前編)

ニワトリ 人類を変えた大いなる鳥



案外この世界を回しているのはニワトリかも知れない。
人類をニワトリが操っているのではないか?
これを読み始めるとニワトリの世界に吸い込まれていく。

世界で最も広範囲にその個体数の多さを誇っている生き物、それは一体何だ?
人口が一番多い生き物は地球上で何だ?
一番身近なところでは猫、犬、豚、牛等々いるが、とにかく人類よりも多く生きている「温血脊椎動物」は実はニワトリ。

この地球上には、常時二〇〇億羽以上のニワトリが生息している。(6頁)

 世界中で一カ国と一大陸だけ、ニワトリのいない場所がある。ローマ教皇フランシスコ一世の食卓に定期的に並ぶ皮なし胸肉がローマの市場で購入されているのは、小さなヴァチカン市国には鶏小屋を置くスペースがないからだ。そして、南極大陸ではニワトリはタブーとされている。南極のアムンゼン・スコット基地の新年会では鶏手羽のグリルが定番料理なのだが、南極大陸に関する国際条約により、ペンギンを病気から守るため、生きたニワトリも生の鶏肉も輸入を禁じられているのだ。(6頁)

去年から今年にかけてもまた話題になっている「鳥インフルエンザ」。
考えてみれば、あの鳥インフルエンザもニワトリの問題。

アメリカのNASAは火星旅行の準備に入っていて、ここでの最大の目的はなんと、宇宙船の中でニワトリが飼えるかどうか。
NASAは真面目にやっているみたいで、今、実験が続いているそうだ。
ニワトリの場合は「旅の最中の食糧になりうる」或いは「卵をある程度の無重力状態で産めるか」とかっていう、研究課題があるのだろう。
ニワトリというのは世界中の遺跡を見ると必ず骨が出てくる。
ということは相当の昔から人間が旅すると同時に持ち歩いた形跡があるという。
四千年以前のことだが、アラビアの海岸でインドの商人が交易の為、アフガンから材木を仕入れていたという、その材木の遺跡が見つかった。
何と驚くなかれ。
その材木の遺跡の中から、時代的に言えばピラミッドがもうちょっとでできるっていう時代に、アラビアの海岸でニワトリの骨が発見され「喰ってたんだ」というので、これがおそらく人類が最初に食べたフライドチキンじゃないかというので大騒ぎになった。
よく調べてみたら何のことはない。
発掘スタッフが昼休みに食べたケンタッキー・フライドチキンだったというので、大発見は反故にされたという。
こういう、わりとシャアシャアとしたジョークも書いてあるのだが、人類と共に歩いたニワトリの足取りは消えやすくて非常に探りにくい。
しかし、この著者アンドリュー・ロウラーさんが言ってらっしゃることは、どこかヒタヒタと「ニワトリがいかに偉大か」っていうことが伝わってくる。

 もしイヌ科とネコ科に属するすべての動物が明日消滅してしまい、わずかばかりのインコとスナネズミも一緒に消え失せてしまったら、大勢の人々が嘆き悲しむことになるだろうが、世界経済や国際政治に及ぼす影響は最小限で済む。しかしながら、世界から突然ニワトリが消えたなら、即座に大惨事になるだろう。二〇一二年、メキシコ・シティで何百万羽ものニワトリが病気で殺処分されたために卵の価格が急騰すると、デモ隊が街頭に繰り出し、新政府は混迷に陥った。(9頁)

そんなふうにして、実は世界の大きな政治的転換というのは意外とニワトリがキーを持っている。

近ごろイランで鶏肉の価格が三倍になったときには、警察のトップからテレビのプロデューサーへ、鶏肉を食べる人の映像を放送しないようにという警告があった。焼いたケバブを買えない人々の暴力行為を誘発するのを避けるためだ。(9頁)

かくのごとく、世界あるいは政治、そういうものとニワトリは深く結びついている。
ところがニワトリの恐ろしさ。
牛肉はTPPで大問題になる。
ブタも大騒ぎになる。
ブタの場合は宗教が絡んでくるので「あ、豚肉食わせたな」というもので、とある宗教を信じてらっしゃる方からは目のカタキにされる。
ところが脇役に追いやられているニワトリは全然牛、ブタに比べて騒ぎにはならないのだが、実はこれほど身近なものはない。
牛肉を扱っていない、豚肉を扱っていないという店はコンビニにある。
でも日本中のコンビニでタマゴサンドを置いていないところはない。
ゆで卵を売っていないコンビニはない。
ファミチキをレジの横で並べていないコンビニもない。

私達の暮らしの中に深く入り込んだニワトリという生き物。
私共はその茶色に焼かれた太ももとか手羽とか卵とか、そういうものには毎日接するのだが、ニワトリそのものはなかなか見かけることができないという。
よく考えると不思議な生き物。
何と今、全地球で200億いる。
中国の方が13億(人)。
もうニワトリに比べれば、ニワトリは笑う。
「えー?少ないんじゃないの?」とか言っているのかも知れない。
とにかくニワトリほど繁殖し、数を増やしているのは地球上であのニワトリしかいないワケだから、酉年の今年、彼らを追跡してみようというふうに思う武田先生。
「コンビニで鶏のから揚げ、タマゴサンド、ゆで卵を売っていないところは一軒もない」と断言した武田先生。
確かにその通りで、いかな商店街でも焼き鳥というのはある。

それではそのニワトリはどこから来たのか。
今のニワトリというのは、ある意味ではもう工業製品。
養鶏用のためのニワトリというのは各地のニワトリが様々混じるのだが、スタートは一種類。
だから故郷がある。
ニワトリも大昔は野生で生きていた。
間違いない。
ワイルドでこいつも生きていた。
上手に飛べない鳥として、おそらく密林の中なんかで生きていたのだろう。
空を飛ぶのはアレだが、枝から枝へ移って行く位の飛翔力、飛行力の方が生存には適しているということで。
狩りなんかを一緒にやるためにオオカミの一派が人間に接近して「飯喰わせてくれるんだったら一緒にオマエと生きていこうぜ」ってオオカミの方から申し出て、それが犬になった。
で、人間が農業をやるようになった。
穀物を倉庫に置く。
「ネズミが出てまいったな」ということでネズミを喜んで喰ってくれる森の生き物で山猫がいるというので基本的な飯は持つことにして「時々ネズミ駆除してくれよ」というので猫と同居し始めた。
ではニワトリはどうやって人間に接近してきたのか。
考えたら不思議。
まずはちょっと周りの動物を見る。

二五〇〇〇種いる魚類の中で、飼い慣らされたとみなすことができるのはキンギョとコイだけだ。五〇〇〇種以上の哺乳類のうち二、三〇種が家畜化され、一万種近くいる鳥類の中でも、家の中や農家の庭でくつろいでいるのはわずか一〇種程度だ。(17頁)

(番組では金魚も鯉も飼い慣らしたのが日本人と言ってるが、調べてみた限りでは鯉は日本のようだが金魚は中国)
その中で人間の側にいて離れずに、懐きはしないのだが、卵をプレゼントすることによって人間と一緒に暮らせる。
人間もニワトリがありがたかった。
何でか?
人間にとってもこのニワトリが有難かったのは、穀物に手を出さなかった。
ある程度の穀物を分け与えておくと、それ以上は求めない。
後はそこらへんの雑草を喰ったり虫を喰ったりなんかしながら卵を産んでくれるという
そういうことで人間は彼らをパートナーに選んだのではないだろうか。
ニワトリにとっても森の中でトカゲ、蛇から襲われて卵や雌鶏そのものも喰われるよりは、人間と一緒にいて卵だけっていうのが「セーフ」という感じがしたのだろう。

ニワトリの故郷は出身地を縮めて言うとインドシナ半島の密林。
ここに赤色野鶏(セキショクヤケイ)なる飛べない鳥がいる。
どうもこれがニワトリの原種らしい。
ニワトリというのは考えてみると恐竜の末裔。
足の爪とか骨格は恐竜。
恐竜がちっちゃくなったのがニワトリ。
警戒心が強くて、闘争本能がすごくある。
この原種には優れた可塑性がある。
つまり掛け合わせによって様々な特徴を生み出す。
だからある原種と組み合わせると尾っぽだけ伸びるっていう鶏もいる。

日本のニワトリのある品種では尾が二〇フィート(約六一〇センチ)にも及ぶ。(22頁)

オナガドリ。
こういう可塑性があるという。

ニワトリに関して、私共は毎日食品として接しているワケだが、その実態についてはあまり知らなかった。
御存じの如く、ニワトリはオスがトサカとか頬、それからアゴ等々に肉冠というタブタブを持ち、オスの方はものすごく派手。
メスの方はというとただひたすら茶色で、あまりたいして飾りを持っていない。
これは地面で卵を温めるためで、襲われないためにメスは地味に、オスはただメスのお気に召すように命をかけて派手な衣装を着て、襲われる時は率先して自分が襲われているという、そういう宿命を背負っている。

ニワトリというのは目の、色を感じる細胞が人間より多い。
色鮮やかにカラーの世界が人間より見える。
だから私共が雄鶏を見るよりも、雌鶏になって雄鶏を見ると本当に「リオのカーニバル、フルライト」みたいな「ビバ!」みたいな。
それで世界が華やかに見えているらしい。

ニワトリと言えば「コケコッコー」。
時の声「夜が明ける」ということは、体内時計がしっかりある。
だから曇ってもその時刻になると大声で時を告げるという。
それから夜になると目がカタンと落ちるという「鳥目」。
あれは、つまり昔からニワトリは昼間活動して夜は寝ていたということ。

ニワトリはインドシナ半島のジャングル、密林に生まれて、セキショクヤケイはどのような旅をして世界に広がっていったのか。
1923年、エジプトでイギリスの歴史家、ハワード・カーターさんはツタンカーメン王の墓を発見する。
(この表現だと1923年に墓が発見されたように思ってしまうが墓の発見は1922年で、1923年に古代エジプトでニワトリが珍しい高貴な鳥だったということが明らかになった)

その四カ月後に彼は、近くにあるラムセス九世とアクエンアテンの墓の間で、割れた陶器のかけらを見つけたと報告した。(46頁)

その陶器の模様が何とニワトリだったという。
これはセキショクヤケイ。
これが紀元前1300年のことなので、おそらくインドシナ半島からも、もうやっぱり紀元前二千年の頃までエジプトまで行っていたのだろう。
どうも絵にあるニワトリを見ると卵目当てではなかったようだ。
ニワトリは家畜ではかった。
では、ニワトリは何のためにエジプトにやってきて、何に利用されていたのか?
一番最初のスタートはマダニや蚊を食べてくれる害虫対策のための鳥だった。
それとピラミッドとか建てなきゃいけないので「朝は定時で仕事開始したい」ということで時計として重宝されたようだ。
それで時計として作業の開始を「コケコッコー」で叫ぶものだから、だんだん宗教の方に入ってきて「朝を知らせる鳥」という。
この朝を知らせる鳥から「希望の朝を象徴している」という。
それから古代アッシリアの首都では納骨堂の副葬品に象牙と金で作られた箱があり、その箱に刻まれたのが何とニワトリ。
ヒンドゥーの世界からニワトリはゾロアスター教、ユダヤ教、キリスト教へと渡り歩く。
イスラムの宗教の中にもニワトリは登場する。

イエスが磔刑に処せられる日にペトロに予告したことを思い出させるためのものだとされている。雄鶏が二度鳴く前にペトロは師のことを知らないと三度言うだろいうという予告だ。(210頁)

だからイエスの時代にもイエスの足元にニワトリがいたということ。
パレスチナにたくさんニワトリがいたという。

預言者ムハンマドは、ペルシャ帝国の繁栄から一〇〇〇年後に信徒に次のように語っている。「雄鶏の鳴き声が聞こえたら、天使が見えたということだから、アッラーに頼み事をすると良い」。(69頁)

インドシナ半島から世界へ旅立ったニワトリだが、まずはエジプト方面からパレスチナの方に潜り込んだニワトリは様々な世界宗教の1ページの中にも潜り込んで生きていく。
最初は卵でもなければ肉でもない、朝を告げる鳥ということで時計代わりに非常に便利に使われたということだ。
時計代わりに使われるうちに宗教のシンボルとしてこれらの文明に住みつく。
ニワトリは目覚めと勇気と復活を象徴した。
現在一部の国では激しく対立するキリスト教とイスラム教だが、その両方の宗教の中で鶏は生きている。
ニワトリは恐るべき生き物。

ある学者の意見では、ニワトリの形そのものが古代人にオイルランプ──古代世界において一般的な人工の光源──を思い起こさせたのだろうという。ランプの口は突き出したくちばしに似ているし、ランプの取っ手はぴんと立てた尾羽のようだ。(70頁)

つまりイスラム世界ではニワトリというのは光と結び付けられた神の使いという扱いだった。
かくのごとく最初は肉や卵ではなくて、時告げ鳥として良き訪れを知らせる鳥という縁起の良い鳥ということで世界にもてはやされたようだ。
因みに新年の挨拶で短く春を寿ぐ時に「慶春」を使う。
「慶」というのは「良い知らせがやって来るぞ」という意味。
「鶏」の中国読み、ニワトリの肉のことを何と言うか?
鶏肉(ケイニク)。
つまり中国人がなぜあの「鶏」という字を「ケイ」と読ませたかというと「良き報せを持ってくる」というので「慶」と同じ音にしたと言われている。

天照大神が洞窟に隠れてしまったとき、誘い出すことのできる動物はニワトリだけだったのだ。(71頁)

かくのごとくニワトリというのはあらゆる世界中の神話の中に潜り込んでいる。
このあたり「卵欲しさに飼われた」とか「鶏肉が欲しいから」とかっていうんじゃなくて、最初は時告げ鳥「太陽を呼び出す」という霊力がニワトリにはあるのではないかと、宗教の中に住みついたのがニワトリ。

今から何千年も前、ニワトリは西洋方面、西ばかりではなく、東へも旅を開始する。
太平洋を渡ることになる。
アジアを横断しオーストラリア、それから三万年前にはニューギニア・ソロモン諸島へ行ったという。
海に阻まれたりするが、ベーリング海峡を渡る一派に混じってカゴに入れられてきっと持ち歩かれたのだろう。
新大陸へと渡って行った。
これが大体、今出ている遺跡から推測できるが、一万三千年前は南米の最南端までニワトリは行ったようだ。
それからあっと驚くなかれ、イースター島にニワトリの骨があったというから、太平洋を渡る旅人達は丸木舟で、その人たちもニワトリだけは小脇に挟んで旅をしたのだろう。

2017年03月28日

2017年2月27日〜3月10日◆その島のひとたちは、ひとの話をきかない(後編)

これの続きです。

武田先生がちょっとうれしかった話。
何週間か前に京都に行った。
京都の裏側で「歌うたい」があった。
京都の町を通過したらちょうど中国の春節とぶつかった。
京都はもう中国の方があふれていた。
日本に興味があって来てくださる。
新幹線に乗っかって東京まで戻ってくる仕事の帰りの旅なのだが、品川を過ぎて降りる準備をスタッフがしていた。
西洋の老夫婦が武田先生の後ろにいた。
何気なく世間話で「Where are you come from to Japan?」「From New York」。
「いかがですか?日本は」と聞いたら、やっぱり「京都が良い、京都が良い」と仰っていて、お金持ちなのだろう。
ご夫婦で、シンガポール行って、マレーシア行って、上海行って日本。
京都はもう特に「good impression」としきりに繰り返されていた。
何てことないのだが、ちょっと話すと、何か話したかったのだろう。
京都の素晴らしさを一生懸命ご夫婦そろって話される。
競い合うようにして。
話しやすさ。
「そういうのがコミュニケーション能力って言うんじゃないかなぁ」と思って。
コミュニケーション能力というのは「異国の言葉ができる」とかっていうことをしきりに言う人がいるが、コミュニケーション能力というのは、そこで話題を作れる人のことが「コミュニケーション能力が高い」ということ。
「スピークイングリッシュ」はそんなに重大な要件ではないんだ、と。
人間は身ぶりや手振りだけでも十分にコミュニケーションは結べるんだ、という。

 青森県の中で統計的にも自殺で亡くなるひとの数がかなり少ない地域のひとつが旧平舘村だ。−中略−
 旧平舘村も平成の大合併にによって町(外ヶ浜町)になっている。
(90頁)

「この町は、バスはバス停以外にも止まる。としよりが乗ることが多いから。としよりはバス停まで来られない」(105頁)

 バスはゆっくりと走っていた。それはバスを待つ老人を見つけるためである。老人を見つけて、ゆっくり乗せて、ゆっくりと動いて、ゆっくりと目的地にたどり着く。誰のためのバスかをよくわかっている。(105頁)

「この地域のひとは、困っているひとを放っておけないかもしれないね」
私たちはヒッチハイクに応じてくれた男性の次のことばを待った。
「困っているひとがいたら、できることはするかな」
と言った。私はそこで、できないことだったら?と聞いた。男性は少し間を置いて、
「ほかのひとに相談するかな」
と言った。
(98頁)

このあたり、やっぱり「人間の受け入れ方が広いなぁ」というふうに思う。

著者は都市と町との比較をしている。
体の不自由な方のためにバリアフリーを望む声というのがたくさんある。
歩行に障害のある人はバリアフリーの設備がないから出歩かないのではない。
出歩いてしまうと一人になる。
人の目が気になるから出歩かない。
その問題がまずあるんじゃないか、という。
だからやっぱり「簡単に人に頼めるエリア」というところがあれば。
バリアフリーという設備が優先するんじゃないんだ、という。
東京新聞:盲導犬男性が転落、死亡 JR蕨駅 ホームドアなし:社会(TOKYO Web)
目の悪い方がやっぱりSOSを非常に出しにくい。
だからやっぱりバリアフリーよりも、SOSを出しやすい環境みたいなもの、そういう関係みたいなものがあれば。
それから駅に別の施設を作るよりも、もっと人間だけの関係で転落事故等々防げるのではないか。
そして、そういう人間関係がいとも簡単にパッと結べるところは、一つまた町の特徴が大きくある。
そのことに気付いた著者は、本の中でそのことを報告している。
その自殺希少地帯の研究をするフィールドワークで歩き回っていると、ひと目で「あ、ここは人間との関係が結びやすいな」と思う特徴が見つかる。

 旧村と町の間で一番感じた違いは、トイレの借りやすさかもしれない。(107頁)

トイレが借りやすいエリアというのは、本当に自殺が少ないそうだ。
「トイレちょっと貸していただけますか?」と言うと、いかな家の戸口も通過できるという。
今、コンビニでトイレが助かる。
この森川さんがおっしゃっているのだが「人助け」というのも「求められて」ではない。
転落事故等々もそうだが「自発的である」という。
もう「こっち側から声を掛ける」という。
「手、引きましょうか?」とか「ご案内しましょうか?」とか「方角一緒ですから。これ私の手です」とか。
そんな声を自ら掛ける。
それは「あなた自身が人助けに慣れることだ」。
この「人助けに慣れる」というのはすごく重大な条件。
やっぱりみんな慣れていない。
だから慣れさえすれば簡単にできることが、ちょっと言えなかったりする。
武田先生が今、個人的にやっている人助けは「泣きわめく子を泣きやまさせる」という。
ちょっと言葉の分かる子じゃないとダメ。
ちょっと失敗した例もある。
子供から怒られたのは「あっちいけ!」と言われたこともある。
すっごい声で泣いている子がいる。
その時には寄っていってお母様に「お手伝いしましょうか?」と先に声を掛ける。
その許可を頂いてから、その子に声を掛ける。
「何で泣いてらっしゃるんですか?おたくは」っていうのを聞く。
「理由があったら私に教えていただけますか?警察でも呼びましょうか?」とかっていろいろ言っているうちに子供がふっと泣きやむ。
泣いている子供は母親と自分の関係だけで泣いている。
そこにおじさんが割り込んでくると「自分の泣き声は社会的信号として受け取る人がいるんだ」と。
その人が全然とんちんかんなことで「警察を呼びましょうか?それとも救急車ですか?」とかって聞いてくるっていう。
そういう「社会を発見させる」という意味合いで、通りすがりのおじさんはむやみに子供に絡むっていう。
そういう「むやみに絡んでくるおじさん」って昔いた。
よく福岡で冗談で言うのだが、昔のおじさん(九州のおじさん)はちょっと体格のいい子を見ると口癖「相撲取りにでもなるとか!?得意技は何か?下手投げやろ?」と大きい声で。
今はもう、お母さんが嫌な顔をするし「ちょっと怪しいんじゃない?」って思ったりされる。
ちっちゃいおじさんで女の子に向かって「おっきいねぇ。牛乳飲んだの?おっきいねぇ」。
これはだからそういう者に対する「慣れ」。
その「慣れ」っていうのがちょっと尋常じゃない人を見分けるための触覚でもある。
昔のお侍さんは帰り道を変えなかった。
いつも同じ道をお侍さんが通って帰った。
それでそこにちょっとでも妙な気配があると「あ、この人危ない」とかってわかったという。
だからやっぱり「気配から人を見抜く」という能力が必要なのではないかなぁという。

先に書いたお好み焼き屋さんでのことである。−中略−
 あまりにも親切だったから、私は、お店の売り上げupに貢献できたらと思って、お好み焼き屋さんの暖簾を写真に撮ってツイートしようとした。それで写真撮っていいですか?と聞いたところ、お店から店員さんが出てきて暖簾の前でピースをした。暖簾を獲りたかったんだけどなと思ったのだが、それはそれでとてもいい写真になった。
(144〜145頁)

 ああ、ひとが、中心なのだ、と。
 ひとが、大事なのだ、と。
 写真を撮るにおいて、ひとが入るのがこの地域ではおそらく常識なのである。
(145〜146頁)

森川すいめいさんの文章の中で、ちょっと気になったというか惹きつけられたのは、老人施設がある、あるいは役場。
そこには行政の職員たちがいるわけだが、この本で探っている自殺希少地域にはそういうところの共通点があって「公」の立場にある人、例えば施設の職員さん、あるいは役場の職員さんたち。
みんな楽しそう。
そこがやっぱり自殺が多いところと全然比較にならない。
なぜなら住民と対話している。
その施設の役員の方とか行政の職員の方が。
対話そのものが無茶苦茶長い。
行政、あるいは住民サービスの成果というものがすぐ数字で求められる。
そうではなくて、このエリアは住人と話していること自体が成果。
もう話しているだけで。
一番重大なことは「住民を幸せにすることが行政の務めであるならば、その行政を支えているスタッフたちも幸せでなければならない」。
行政に対する不満で一番多いのは一体何かというと「役所は説明はするけど、相談には乗ってくれない」。
解決しなくてもいい。
相談に乗ってくれるだけで、もうそれは行政の成果。
(本によると「行政が相談に乗ってくれない」ということではなく「行政が相談をしてくれない」)
だから小池さん(小池百合子都知事)にも本当に早く幸せになっていただきたい。
小池さんがまず幸せにならない限り、東京都民は幸せにはなれない。
そう発想したらどうか?
現代というのは自分が幸せになるっていうことを横に置いておいて、他人を幸せにしようとする無理が全体を暗くしているのではないか。
トランプさんも大統領になったばっかりに自分を犠牲にして人を幸せにしようとするから・・・。
バロン君(バロン・ウィリアム・トランプ)が心配な武田先生。
あの子は何となくあの『ホーム・アローン』の主人公(マコーレ・カルキン)に似ている。

ホーム・アローン (字幕版)



何か線の細さが似ている。
バロン君は本当にお金はある。
あの子は心配。
トランプさん以上にバロン君が心配。
大理石とガラスで作ったおうちに住んでいる。
底冷えする。
コタツもないのに、バロン君は震えると思う。
広い部屋なんか住むもんじゃない。
暖房入れたところで全体が暖まるのにどれだけ時間がかかる?
バロン君のおうちは窓が開かない。
周り全部防弾ガラス。
それはやっぱり不幸。
地上階に住んでいるから開けっ放しでOK。
だからやっぱりバロン君の環境はこの本でいうところの自殺多頻発地帯の真ん中に住んでいるような少年期。
トランプさんはもうそんな、この倍生きるワケじゃないんだから、働けるにしたって4年が限度。
早死にする典型の体型。
インドに生まれていたら罰金を取られる体型。
「肥満税」の導入検討 ジャンクフードの普及でインド政府
歳を取ってタンパク質を摂るバカがどこにいるか。
武田先生だったら物差しで叩かれてしまう。
「どの手だ、どの手だ!肉を食べたのはどの手だ!」って言いながら。

フィンランドで成果を収めた精神の病気の回復法。
お薬とかそういうのは全部やめて人間関係、そういう「人との会話の中で病気を治していく」という。
そっちの方が回復というのが可能性が高い。

「ひととひとの関係の中で病は発症する」(159頁)

回復するためにはやっぱり人との関係が大事であるという。

伊豆七島の船がたどり着く最終地に神津島(神津島村)がある。(154頁)

 人口約二〇〇〇人の島なのだが、住む集落はひとつで、そこにひとが密集している。(155頁)

ここはもう自殺希少地帯、非常に自殺者が少ない島。

「この島のひとたちは、ひとの話をきかない」(162頁)

もちろん陰口、それから噂話もある。
そういうことはちゃんと世間にはあることはある。
ただ、人に引きずられ同調するということがこの島の人たちにはない。
二千の島人は生きやすい環境について同じ目標を持っている。
母子家庭が多い。
東京に出て行った娘たちは離婚すると必ずと言っていいほど神津島に帰ってくる。
何でかっていうと東京なんかより遥かに神津島の方が子どもが育てやすい。

「この島では、子どもを外に出しておけば誰かが面倒をみてくれる」(166頁)

精神病の回復訓練でもそうだが、グローバリズムになると「世界的に競う」という時代。
必死になって人が競争するという時代。
この競争がはたして人間のためにいいのかどうか。

 神津島のそのカフェはNPO法人が運営していた。
「おとしよりの会話をする場になればと思って」
(167頁)

 特養と障がいをもつ施設は隣り合わせだった。(168頁)

「特養でひとが死ぬことになったとしても、それをほかのおとしよりに隠すことはしません。みんなで見送ります」(171頁)

だからやっぱり人を迎えて、知り合って、見送る、ということを島全体でやっているもので「死別の悲しみ、それはとにかく島全員で共有しよう」という。
厳しい自然に対して生きてきた島人たちは、はっきり考えを持っている。
それはどんな考えかというと

「なるようにしかならない」(175頁)

投げやりにも無力にも聞こえるかも知れないけれども「なるようにしかならない」というのはある意味見事な覚悟ではなかろうかと森川さんはおっしゃる。

武田先生の考え方。
この時代、人を苦しめているのは全てある一つの出来事、その「一瞬で世界を変えよう」という、そういう人間の野望、それが人間を苦しめているのではなかろうか?
それから最近思うのが、強力なリーダーが国を引っ張っていくっていう「トップオブリーダー」。
一人のリーダーがいて、モーゼのごとく民を率いるっていう、そういう集団の有り方がパワーをなくしている。
それのいい例がアメリカのトランプさんじゃないか?
トランプさんはトップオブリーダーではない。
では彼は何者か?というと「フォロワーズリーダー」。
ビリッケツの人たちを後ろでまとめている人。
しんがりっていうのは戦国時代の退却戦の物語で、軍勢のビリッケツを追いかけてくる敵と戦いながら逃げる。
「しんがり」っていうのが実は今、時代のトップではないか?
それがトランプさん。
つまり、もうアメリカの時代は終わった。
退却戦が始まっている。
その退却戦のリーダーがトランプさんなのではないか?
『三枚おろし』で武田先生がいいことを言っていて、自分で自分に感動して「うまいこと言うなぁ、この人は」と思った。
トランプさんの顔は「根性の悪いサンタクロース」。
今までプレゼントを世界中にばらまいていて、景気のいいサンタクロースが、何か人の家に寄って「ギフトを奪っていく」みたいな。
「逆の構造のサンタクロース」がトランプさんなのではないか。
つまり「アメリカの退却が始まった」ということで。

神津島の人たちのつぶやき。
「なるようにしかならないのだ」
これは決して絶望の言葉ではないような気もする。
それは立派な覚悟だ。
自分の思うようになそうとする人っていうのはどこか無理がある。

今、中国がサンゴ礁を埋め立てて飛行場を作ったりしている。
本当にあれは、軽い津波でも起これば全部消えてなくなる。
そんなに簡単に飛行場にはならないような気がする。

著者は自殺希少地帯を歩きながら対話する「オープン・ダイアローグ」こそが人を自殺から救う、ただ一つの道であると、そう発見する。
やっぱり「会話する」ということがいかに大事か。
八割の方が他人との対話で精神の病が治るそうだ。

 呼吸しなければ、ひとは死んでしまう。
 この呼吸と同じように、ひとは対話をする。
(179頁)

 しかし、ひとは対話しなければ死んでしまう。(180頁)

「対話というのは、自転車に乗るようなものだ」
と言ったひとがいた。自転車に乗れるようになったときに自転車の乗り方をことばで教えることはできない。対話も、どうしたら対話になるのかをことばで説明したとしても、対話できるようにはならない。
(180頁)

「相手は変えられない、変えられるのは自分」(181頁)

できることは助ける。
できないことは相談する。
そしてその人に関わり続ける勇気を持つこと。
それが人を心の病から救う道。
つまり自殺者を少なくする一本道なのだ、と。
これは当たり前のことなのだが大事。
内田樹さんの本を読んでいても、何かそのことがしきりに書いてある。
「人と人とが助け合う」という共同体を戦後日本はずっと壊してきた。
それがいかに人間にとって必要なものかっていうのを、もう一回考え直すべきだというのを本で読んで深く考え込んだ。
この精神科医の先生がやってらっしゃるのは、これもやっぱり新しい世界の見方。

ありものの世間の知恵をどう組み合わせて生きづらさを削っていくか。
それが人間の暮らしにとって、ものすごく重大なことである。
あえて申し上げることは、指摘することは失礼にあたるのでしないが、やっぱり日本には自殺が非常に少ないエリアと、自殺が非常に多い地域がくっきりとあるという。
それを「そこは多い、ここは少ない」そんな比べ方じゃなくて、少ないところを見つめて「一体何がうまくいっているから、自殺者が少ないのか」っていう。
そういう町の見つけ方、見分け方というのを身につけるべきだっていう。
前から武田先生が思っているのは、お祭りを持っているとか花火大会があるとか、そういう町というのは共同体の「帯」みたいな「絆」みたいなものを持っているような気がする。
水谷譲のご主人の出身地は神奈川県の三浦。
お祭りがあって、若衆がみんな「木遣り」を歌う。
みんなができる。
お祭りの時は歩いている子供に普通に「はい」ってお小遣いをあげる。
それをみてちょっとびっくりして「都会と全然違う」と思った。
「コミュニケーション力が全然違うな」とその時思った水谷譲。

武田先生が弘兼憲史さんや別の人からも教わった話。
新潟の長岡の名物は花火大会。
ものすごくデッケェ花火を打ち上げる。
ここの若い人たちがあることを思いついた。
何を思いついたかというと「この花火をハワイ真珠湾で上げたい」。
それで苦労して花火を運んでハワイで上げている。
何年か前(調べてみたら2012年かららしい)。
キー局は報道してくれない。
こんな素晴らしいローカルニュース。
それを映画で記録にした人もいる。
「長岡の大花火が真珠湾で上がった」っていう。

この空の花 -長岡花火物語 (DVDプレミアBOX版)



何で上げたか?
それは若い人のアイデアだが、真珠湾攻撃を指揮した軍人さんが長岡出身だったから山本五十六の生まれた町。
それゆえにかえって真珠湾で上げた。
首相が行く前にローカルはそれくらい歴史にきちんと向き合った行動をとっている。
「花火一つが世界を結ぶ糸口を見つける」という。
そういう意味で、自殺者に限ってはいるが、この方がやってらっしゃるフィールドワーク。
新しい人間関係、新しい共同体の関係づくり、そういうものになるのではないかなぁと思って紹介した武田先生。

2017年2月27日〜3月10日◆その島のひとたちは、ひとの話をきかない(前編)

その島のひとたちは、ひとの話をきかない――精神科医、「自殺希少地域」を行く――



この本の副題にギクリとして手を伸ばした武田先生。
精神科医、「自殺希少地域」を行く
いろいろ地域社会の探り方があると思うが、自殺が多発するエリアと自殺が少ないエリアが日本にある。
多発するところはちょっと発表しにくいし言いにくい。
だったら逆に自殺が非常に少ないところを実際歩いてみよう、と。
案外そこに地域コミュニティ、共同体の何か秘密があるのかもしんない、と。
一カ月ぐらい前にこの本を読売新聞がコラムでほめていた。

こういう研究をなさっている方がまた他に精神科医で岡檀(おかまゆみ)さんという方が調査をなさって「自殺希少地帯」というのをピックアップしてある。
それに精神科医の森川すいめいさんが、現実に足を運んで「希少地帯とはどんなところなのか」ということを調べてらっしゃる。
自殺の問題は人を鬱陶しくさせるが、森川さんあたりはもう一歩突っ込んで「多いところと少ないところがある。多いところは横、置いといて、少ないところはとにかく一回行ってみよう」と「何かあるかもしんない」という。
「自殺」に「地域差がある」。
「南の島は少ないんじゃないかな」というイメージを持つ水谷譲。
「気分に希少が影響する」ということもあるだろうが、結論から言うと森川さんがその自殺希少地域を歩くと「共通点」があったという。
その自殺希少地域の共通点は何かというと「人の話を聞かない」。

 私は生きやすさとは何かを知りたかった。(9頁)

自殺者が少ない。
そういう島とか村とか浦とか字には多発地帯が見逃した何かがありそうな気がする。
自殺を予防する因子とは何なのか?
頭をよぎるのは、やっぱり共同体として相互扶助の繋がりが非常に強いんじゃないか。
助け合いが。
しかし事実はそう簡単ではない。

 岡さんの、近所付き合いの意識に関する調査項目では、希少地域では、隣近所との付き合い方は「立ち話程度」「あいさつ程度」と回答するひとたちが八割を超えていて、「緊密(日常的に生活面で協力)」だと回答するひとたちは六パーセント程度だった。一方で、自殺で亡くなるひとの多い地域は「緊密」と回答するひとが約四割だった(23頁)

つまり、ここに私達が見落としている何かがあるのではないか?
「浅い付き合いしかしないですよ」というところの方が自殺が少ないという。
著者はフィールドワークとしてその地域へ歩く。

 徳島県に自殺で亡くなる人が少ない地域(以下、自殺希少地域)があると聞いて、私はいてもたってもいられなくなって現地の旧海部町(二〇〇六年に合併し現在は海陽町)に行った。(16頁)

旅館でお茶とお茶菓子の接待を受ける。

 用意されたお菓子に、まだ癒しを期待して、それを食べようと思って手にした。
 ただ、なんとなく雑な感じがしたからか無意識にお菓子の裏側をみたところ賞味期限が切れていた。
「すみません、なんか、賞味期限が切れているみたいで」
と聞いてみた。ところが職員さんの反応は予想を大きく外れたものだった。
「へっ?」
と、びっくりしていた。私はてっきり期限が切れていることにびっくりしたのだろうと思ったわけだが、そうではないとすぐに気付かされた。
「ほお。ほうかほうか。さすが若いひとやね。若いひとは、そういうの気にすんのやね。ほうかほうか」
−中略−
 ちなみに後でもってきたお菓子は、職員さんがたぶん家からもってきたものだと思う。
(17〜18頁)

「おおらかなものだなぁ」と思いながら、森川すいめいさんの自殺希少地帯の旅が始まる。

自殺対策を予防と防止に分けて考えるのだ。
 防止というのは、自殺の具体的な手段から遠ざかる方法である。例えば、ビル屋上のフェンスの高さを何メートル以上にすると飛び降りるひとがいないとか、地下鉄などでホームドアなどがあげられる。
−中略−
 予防は……これはさまざまだ。例えば、飲酒は、一日四〇グラム以上のアルコール(日本酒で二合程度)を毎日摂取すると、そうではないひとに比べて自殺で亡くなるひとの割合がぐっと増えるといった研究は予防につながっていく。
(25〜26頁)

著者は「自殺者を減らしたい」という社会的願望を解決を急ぐあまり、この「予防」と「防止」をかえって混乱させているんじゃないか?と。
大きな声で叫ぶ人の意見にどうも世論というのはミスリードされている。
声の大きな人に任せではいけない。
声の大きい人が、今なんかもう「勝つ」世の中。
何かいろいろ政府の方針に文句があってもいいのだが「死ね日本」とかっていうのを世論として取り上げていいのかどうか。

2016年11月初め、大きな広告代理店で新入社員の若い娘さんが荷重の労働で自殺をなさった。
上司への恨みを書いた電子メモを画面にいくつも残していたという。
社長さんが交代した。
電通の石井直社長が辞任表明 高橋まつりさんの過労自殺問題の責任を取る【ライブ中継】
そこの巨大なビルは何と、夜の10時から以降は働けないようにビルの明かりを全部消したという。
電通、10時に消灯 深夜残業を防止  :日本経済新聞
それが解決策になるのだろうか?
いかにも「働いてません」のアピールの方が強いのではないだろうか?

著者は自殺予備の観点からとりあえず四つの点を予防因子としてあげてみたい。

A 疲労が蓄積している
B 孤立している
C 気分転換がない
D やり方がわからないで悩んでいる
(29頁)

(番組では自殺の予防因子と言っているが、本によると「こころが疲れた支援者のタイプ」)
その因子の分析は静かな声でやったほうがいいと。

著者の自殺希少地域の旅は続く。
その海部町で町を歩きながら、町を観察する。
そうすると、治安がよくてどの家もカギをかけていない。
そういうところが今でも日本ではある。
ただし、この旧海部町「泊まりでどっか遠くへ出かける時は、必ずカギをかける」。
なぜか?

「外泊するときは鍵を閉めたほうがいい。数日後に帰ってきたら、部屋の中に腐った魚があって、においがとれなくて大変なことになったなんてことがある」
 釣れた魚はみんなでおすそ分けする。もらう側の意向は関係ないから、あげたいと思ったひとがあげたいひとに魚を届ける。そのひとが、家のひとが不在だと知らなければそうなる。
(32〜33頁)

(番組では「魚の水揚げの何%かは必ず町全体に配られる」と言っているが、そういう事情ではない)
だからこの自殺希少地帯というのは「裏切る何か」がある。

「赤い羽根共同募金の寄付率はとても低い」
といった紹介もあった。自分が寄付したいと思うところにする。みんなが寄付するからするといった思考にはならない
(33頁)

プライバシーの概念が低く、互いの家族の不幸なども町中の人が知っている。
これはちょっとギクッとする。

 個人情報を保護しなくてもよい地域が生きやすいということなのかもしれない。(34頁)

習慣として「個人情報は町中が共有する」という。

希少地帯のもう一つの特徴。
ベンチの数が多い。
バス停等々、ちょっと見晴しのいいところに必ず小さな屋根付きのベンチが置いてある。
バス停にも屋根付きの小さなベンチが置いてあるが、ほとんどバス利用者じゃない。
近所の老人がそこに、年がら年中座っているという。
バスが止まると「行っていい、行っていい」という。

世田谷に住んでいる武田先生。
武田先生が歩く遊歩道は寄付金でベンチができるようで、例えば定年退職のお祝いとか孫が生まれた記念とかで自分の気に入った場所にベンチを。
背中のところにちっちゃく「寄贈」と書いてある。
そのベンチを寄贈した人が座りたかった場所だから、何かいい風景がある。
だから何気なくても春先、その周りに沈丁花の花がバーっと咲くとか、そういうのを見るとベンチ一つ残してこの世を去っていくというのは小粋。
武田先生が約束しているのは大船渡の知り合い。
今、一生懸命公園を作っているのだが、この公園ができたらベンチを一個寄付しようと思っている。
この「ベンチの効用」というのはどうもあるようだ。

この自殺希少地帯、非常に自殺が少ないエリア。
そのバス停なんかに座っている老人と話す。
そうすると、とにかくその老人たち、おじいちゃんおばあちゃんたちが嘆く。
娘の心配、息子の心配。
それから人口がドンドン減っていって、村が町が浦が痩せていくという心配。
をれをバーっと嘆く。
それでさんざん嘆いて「じゃ、時間になったから私帰るけ」って言いながらスッと帰る。

「病、市に出せ」
 この地域には昔から大事にされているこのことばがあると事前に聞かされていたから、私はなるほどと納得した。
 内にためず、どんどん市、自分の住む空間に出しなさいという教訓。
(42頁)

言うだけで楽になるというのはある。
それは気分転換、ストレス発散になる。
嫌な事を全部友達に話してスッキリさせるという水谷譲。
その手のものは一種、女の人の強み。
男はできない。
男性の方も溜めこまずにこの老人たちを見習って、とにかく「市」に並べた方がいい。
武田先生は九州の田舎、町の外れのタバコ屋の小倅。
本当に嫌になるぐらいおばさんが集まる家。
そのおばさんたちが大きな声で、もうありとあらゆる不幸を語っていく。
「父ちゃんが浮気した」とか何とか。
それを母親が縫い物をしながら聞いている。
でも、それは考えてみたらいわゆる「病は市へ出せ」という、そういう姿があった。
武田先生がおばさん臭いのはそういう生まれた環境。
おばさんたちは「自分の不幸をいかに飾り立てて人に報告するか」だから、火事に遭って家が全焼したっていう非常に不幸なおばさんがいた。
そのおばさんが自分の不幸を語る時の名言が「下駄の片一方も残らんかった」っていう。
何もかも焼けてしまって下駄の片方だけ、それも残らなかったという。
そういう表現の比べあいっこになる。
武田先生が芸能人でそこそこ喰えるようになった時に「よかったね、鉄ちゃんが大当たりで」と言った時に母親が言った名言。
「あんたも子供だけはいっぱい産んどきなっせい」と若い奥さんに。
「五人産んどきゃ、どれか当たりますばい」という。
この何か「パチンコの台」みたいな言い方。
そういう言い方の中で、子育てが思い通りにいかない不幸を母親は笑ったのではないかなと思う武田先生。

私は親不知を抜いたばかりで糸がまだ口に残っていた。そして痛みを感じ始めていた。(43頁)

2006年のこと(「2006年」というのがどこから出てきたのか不明)だが、歯医者は遠くて82km先。
(この後、ちょっと本とは内容が異なる説明が続く。番組では「歯医者の元看護婦さん」が歯医者の小道具が入ったカバンを貸してくれたということになっているが、本によると「元看護師さん」から道具を借りた)
この著者はまた町をブラブラ歩いて「自殺の少ないこの町の特徴は何だろうか?」と探している最中、町ですれ違うほとんどの人から「痛みは治まったかね?」。
(本によると、声をかけられまくったのは、歯の処置をする前)
つまり中居さんが人を探す時に、町中の人に症状とか痛みの具合とかを全部話しているものだから「あの旅館に泊まっている旅人のあの人」ということで、町中の人がもう全部知っていた。
「プライバシーの保護」というのがこの町では全く意味をなさないという。
私共は「プライバシー保護」っていう名目で意外と「苦しみ」とか「痛み」みたいなものを人に伝えきれないでいるのではないだろうか?
これは面白い。
物事の「価値観」なのだろう。
徳島県の旧海部町なのだが、ここに「特別支援学級を作ろう」という行政からの提案があった。
支援の必要な子供たちがいるので特別支援学級を作ろうとした。
ところが反対が多く成立しなかった。
(本には反対が多かったことは書いてあるが「成立しなかった」とは書いていない)

 障がいをもつひととそうでないひとを子どものころから分けると、お互いにお互いのことがよくわからなくなってしまう。どういうった場面でどういった助けが必要なのか、それを自然にできるようになるためには日常の中にお互いがいなければならない。(50頁)

自分家の子が帰ってきて「今日、二回も転んだけど、ちゃんと自分で立ったよ」とかって言うとその子に会うたんびに「今日立ったんだって?偉かったね」って言いながら褒めてあげられるし、転んだら「あの子だ」というのでコミュニケーションがとれるから学級を分けるのはやめてくれっていう。
これが本来の「姿」であって。
ここでは心理的に緊密ではないが、お互いに近い関係を保っている。
人間関係は深くなくとも軽く。
しかも彼らはコミュニケーションに慣れている。
「コミュニケーション能力」というのはこういうこと。
英語が話せることでもなんでもない。
これはよく調べると「歴史」がある。
ここは小さな町で400年も前に互助、「お互い助け合う」という組織がある。
「朋輩組」と呼ばれている組織が生きている。
冠婚葬祭などの助け合い、金銭、離婚、病の相談まで、困りごとについては町中で語り合うという。

「問題が起こらないように監視するのではなく、問題が起こるもんだと思って起こった問題をいっしょに考えて解決するために組織がある」(62頁)

人生はしばしば困ったことが起きる。
このことを前提にして近所がいつでも薄くお互いに結び合っているという。
弱い繋がりからお互い助け合う。
「お互い助け合う」というのは、この日本では生きていく技術の一つ。
地震は多いし、夏は夏で台風が来る、冬は冬で雪に苦しむ。
そういう自然の災厄から逃れるためには結びつくしかなかったという。

 海部町の駅のそばに、山がのっかっていないトンネルが立っている。(66頁)

「山があったから行政が、まあトンネルを作ろうってことになったわけですわ」
 税金が動くことだから町民全員にかかわる問題である。そしてトンネルができた。
「ところが、じきに、嵐が来て山がもってかれたんですわ」
 そこに在ることを教えてもらうまで気づかなかった「トンネル」を見ると、確かにそれはトンネルだけしかなくて上になにもないことにびっくりする。
「ふつうは、行政何やってんだって、怒ったりもするんだと思うんですわ」
 しかし町民は怒らなかったという。
「それどころか、トンネルの上に植物植えるひとまで現れた」
(67〜68頁)

今、「政治の責任」とか何とかってしきりに言う。
武田先生がすごく好きだった、人がお書きになった文章。
本の中で一番ショッキングだったのは「国民の義務」という。
「納税」と「勤労」という「税金を納めてしっかり働く」という。
「この二つをこなさない限り、おまえは国民ではない」ということを書いた本があって、結構シャキッとしたのを覚えている。
「仕事うんと楽にやってエンジョイする暇なんか作っちゃって、税金はわりと納めないぞ」っていう「そういうヤツは国民じゃねぇ」という。
アメリカ大統領も税金は納めなきゃダメ。

(ここから本とは無関係な話になるので割愛)

2017年03月23日

2016年10月24日〜11月4日◆実技、嫁に来ないか(後編)

これの続きです。

内田樹先生は前の奥様と離婚なさって、赤ちゃんを引き取って自分で育てたという。
合気道をやりながらフランス哲学を研究して、子育てをやってらしたというのが何かいいと感じる武田先生。
華麗なばかりでなく、悲哀も感じるという師の前半生。
そこで実に不思議な体験をなさる。

レヴィナスというフランスの哲学者の研究が僕の専門で、子どもが小さい頃はずっとレヴィナスの『困難な自由』という本の翻訳をしていました。レヴィナスというのは難解で知られた哲学者で、読んでもさっぱりわからない。−中略−
 それをそのまま押し入れにしまって、2年間ほど寝かしておきました。
−中略−
 そして、ずいぶん経ってから出版社の編集者に「あれ、どうなりました?」と訊かれて、「あ、そうだ」と押し入れから引っ張り出してみてぱらぱら読んでんみたら、今度はわかったんです。「わかった」というより「わかるところがいくつかあった」くらいですけれど、それでも「まったくわからない」ところから「少しはわかる」というレベルになった。僕自身が変化したのです。
 この変化に一番大きな影響を与えたのは育児の経験だったと思います。
(147〜148頁)

困難な自由―ユダヤ教についての試論




このことに関して師ははっきり文章の中ではおっしゃっていない。
しかしわが子を「私がいなければ死んでしまう」という存在。
それを懸命に育てているうちに、自分の心の内に、このやっかいな生き物、面倒臭くて、突然泣いたり熱を出したり、他者を振り回すしかない「赤子」という生き物を愛せるようになっていた。
愛せるような「技」をいつの間にか習得していた。
「愛」というものはかくのごとく他者を経由しないと手に入らないものである。
赤ん坊が「他者」。
水谷譲は「ひどい」と言っていたが、母ちゃん(奥様)の顔を見た瞬間に「これでもいいか」。
「これでもいいか」というのは、ものすごく身にピッタリくる言葉。
「これでもいいか」というのは「これでいいんだ」ということだし「これしかない」ということ。
「君しかいない」といういい方を「これでいいか」という言い方にしている。
極寒の吹雪の中でオーバーを着て「これでいいんだ」と思って立っているのと同じ。
柄とかデザインとか一切気にせず「もういいじゃん、これで」とか「暖かいんだし」とか。
それをあえて言うと「愛」と呼べるのではないか。

二人の間には千里の隔たりがある、それを一生かかって七〇〇里までに縮めたいな、と。(166頁)

この夫と妻というのは、愛していなくても、もう平気で「愛してる」と言えるようになっている。
平気で抱き付いたりなんかする。
そういうことが「技」としてできるようになっている。
若い時は「何すんの」「大きい声だすよ」とかって言われたことがある武田先生。
ところがそれが平気になっている。
「それが夫婦ではなかろうか」というのが内田師範曰く。
「他者」として遠くに置きながら、それでも触れている関係。
この矛盾を達成した夫婦こそ夫婦なのではあるまいか?
私共は不思議なことに、その手の夫婦を街に日常いっぱい見つける。
「支え合わないとどっちかが倒れる」という夫婦は、本当に後姿を見ると「愛の形」に見える。

人気のない観光地。
静かな夕暮れの湖があって、何だか夕日がとても綺麗に見える断崖絶壁。
そこに妻を立たせて「もう少し下がってごらん、もう少し下がってごらん」と言っているうちに妻が静かに笑いながら言った一言。
「あ、殺そうとしてる」という。
殺意をもジョークで言い合うという。
それが夫婦ではなかろうか?
君が毎日飲ませてくれるサプリを飲むと、何だか最近胸が息苦しくて。
いつも奥様が出してくれたサプリを飲む武田先生。
これが実は夫婦なのではなかろうか。

武田先生が感動した私的な体験。
伊勢神宮の参道を杖をついておじいちゃんとおばあちゃんが手を繋ぎ合って、本殿を目指している。
あれを見た時に何か「じいさんとばあさんっていいなぁ」と思った。
つまり愛し合った時に繋ぎ合った手ではない。
「どっちかが離すと倒れる」という関係で繋ぎ合っている、おじいちゃんとおばあちゃんの手繋ぎ姿。
それから車いすの女房を黙って押している、白髪のおじいちゃんの機嫌のよさそうな顔。

 結婚生活にかぎらず他者との共同生活を適切に営む上でいちばんたいせつなことは「機嫌がよい」ということです。(168頁)

「機嫌がよい」というのは大事。
逆の意味で言うと、機嫌の悪い人は不幸な人。

 「エコロジカル・ニッチ」という生物学の概念があります。一定の自然環境の中で複数の動植物が共生するためには、生活のかたちを変えるしかない。夜行性と昼行性、肉食と草食、地下生活と樹上生活、そういうふうにライフスタイルを「ずらす」。相手がいないときに、相手がいない場所で、相手がしないことをする。それが生物に備わった共生の知恵です。結婚生活も基本はそれと同じだと思います。(175〜176頁)

奥様がいる時は奥様の邪魔をしないようにじっと家の隅でおとなしく。
出ていったらやりたいことを全部やる。
これが野生の知恵「エコロジカル・ニッチ」。
お互い、どっちかが出かけていった時の解放感を家の中で感じるという水谷譲。
「やったー!」「自由だ!」「バンザーイ、バンザーイ!」
それからもう一つ。
奥様の目を逃れて隠れて何かやる喜びはすごい。
ガレージで車を入れて「食べちゃいけない」って言われている揚げイカ。
揚げイカ一枚とビール一缶を四分ちょっとで両方胃の中に入れる。
「カッ!ペロペロペロペロ・・・」って言いながら。
ガレージで明かりを消して。
この時の、夏場の暑い時なんかタイミングがいいと、もうビールが吼えるほど美味い。
揚げイカが美味い時がある。

なとり ジャストパック いかフライ 6枚入×10袋



つまりこの前提になっているのはエコロジカル・ニッチ。
「女房の目が届いていない」という喜び。
水谷譲も「亭主が出て行った瞬間、万歳したくなる時がある」。
でも亭主が死んでしまうとその解放感が無くなる。
本当に「女房いてこそ」だ。
このエコロジカル・ニッチなんていうのは、生き物にとってものすごい喜びを与える。
直訳すれば「ずらす」。

起きるのが大体6時前後の武田先生。
時として5時半ぐらい。
バテた時は7時まで寝ている。
その5時半〜8時、奥様は絶対に寝室から出てこない。
「起きているんじゃないかなぁ」とは思っている。
本能的にずらしているのだろう。
その間に武田先生がいろんなものに触って汚したりするのだが「それは後で叱るとして」ということで。
それで武田先生が勉強部屋に行くと、奥様が階下から上がってくる。
ものの見事にすれ違うようにアレする。
武田先生夫婦がやっと茶の間に揃った時は、子供たちが起き出してくる。
子供たちもそれまで来ない。
やっぱり「ずらしあい」。
よく離婚の理由として「すれ違い」と言うがあれは嘘。
「すれ違い」は楽しい。

「俺が出て行く時に、女房が帰ってくる」という道で、あの時の夫婦の機嫌のよさはたまらない。
「よぉ!」なんて。
「今から行ってくらぁ」「じゃあ気をつけて!」とかって言いながら。
近所の目を意識して、うまくいっている夫婦を演じているのだが、何か妙な「はずみ」がある。
あれは「すれ違いの躍動感」みたいなのに溢れている。

一緒にいるときはできるだけ相手の邪魔にならないようにする。(176頁)

家族というものは一日に一回、一時間ほど集まって何もせず、その時間がやってくるとやがてバラバラに部屋に散る。
それぞれに家族は口では言えぬ秘密を持ち、またその秘密を薄々知りながら口に出さない。
それで立派な家族なのだ。

本の中に「問題のある家庭」のチェックポイントがあり、そこに「家族の間に秘密がある」という項目がありました。僕はそれを読んで、どういう人間がこんな質問票を作ったのか考え込みました。
 家族の間に秘密があるなんて当たり前じゃないですか。
(178頁)

(番組では「役所からの手紙のアンケート」と言っているが、本によるとアダルトチルドレン関連の本の質問票)
武田先生はこれに対して「本当、先生その通りです。私は『本当のことを言って』と妻にせがまれ、つい告白し、二度地獄をみたことがあります」。
本当に大変だった。
本当のことを言っちゃダメ。
大変なことになっちゃう。

 これから結婚生活を始めるお二人に私が申し上げたいのは、「結婚生活を愛情と理解の上に構築してはならない」ということです。(206頁)

「結婚っていうのをそんなに難しく語るから、しなくなる人がいるんだ」と。
結婚というのは誰でも手軽に参加できて、決心さえすればすぐに誰でも結婚できる。
これが結婚という制度なんだ。
「制度」というのはそういうものなんだ。

結婚というのは本来「配偶者に対する愛も理解もそれほどなくても十分維持できるし、愉快に過ごせる」ということをデフォルトして制度設計されたものです。(207頁)

「この人でよかった」など初期設定を振り返る。
そういう愚かなことをしてはいけません。
「この人かなぁ」と思ったらもう「していいんだ」「それで上手くいくんだ」と。
確かにその通り。
昔の人って見合いなんか滅茶苦茶。
全然会わずに結婚した人なんて山ほどいた。
それで全員が離婚したワケじゃない。
殆どの人がちゃんと最後まで結婚し続けて相手を送っている。
あんまり結婚というのを難しく「愛と理解」とか「永遠の愛を誓えるか」とか。
そんな厳密なものではないんだと。
グシャグシャになりながらも、何となくできるという。

武田先生の意見。
出会いの時、とても素敵に見えた。
「この人しかいない」と私は思った。
でも、この人はどこにでもいるタイプの人だった。
だけど、この人は積極的に私を裏切ったワケではない。
私の方がそう思ったのだから仕方がないだろうと。
そんな勘違いをした後、勘違いをする人がもう現れなくなった。
その人は最後の勘違いの人だった。
それだけで結婚するに値するのではないだろうかという。

10年前に結婚した水谷譲。
当時、ご主人は二人の子供を連れて『クレイマー、クレイマー』状態だった。

クレイマー、クレイマー (字幕版)



それを見て「私が何とかせねばならん!」という責任感が湧いてきたのがきっかけだった。
若い人、結婚前の人に伝えたいが「私がいないと、この人はもっと不幸になる」というような不幸を予感させる人じゃないと結婚する気にならない。
博多の公園で泣いて武田先生を見つめる奥様を見て憐れで。
「おらぁ不幸になってもいいから、この人を幸せにしたいなぁ」と思った。
でも今わかった。
この人はちっともかわいそうな人じゃなかった。
強い人だった。
大事な「勘違い」。
一度だけの勘違いというのが結婚の決め手になる。

男性はわりとものを置くときに記号的に配列する。−中略−でも、女性は、そのものが「何であるか」よりも「どれくらいの頻度で使うか」を基準にものを配列する傾向がある。(224〜225頁)

「自分の生理的利便性」が女を支配している。
武田先生の家の例。
居間にでっかいアラビア文字の数字の時計を奥様が掛けた。
もう、大きすぎる。
丸い時計で、お盆で。
アラビア文字で読みにくい。
普通の数字買ってこい!
(おそらくローマ数字の時計のことを言っているのだと思われる。アラビア数字は普通の算用数字だから)
それをボン!と置く。
でっけぇ時計が引っ掛けてあると、こっちも落ち着かない。
それで武田先生の家でもあるから「ちょっと時計、大きすぎんじゃないの」と一応言わせてもらった。
返ってきた言葉の鋭さがすごい。
「見にくいのよ!台所から」
台所から見るためにでっかいのを掛けている。
「リビングに来ればいいじゃん」と思う。
かくのごとく、女性というのは生理的利便性に従って物を並べる。
男は趣味に従って並べる。
大体ミニカーとか並べているのは男の人。
「そんな場所取るようなもの、何で買って集めるの?」というのが女の言い分。

お正月のおモチ。
当然だが、神様に近いところがいいから、なるべく高いところに置きたがる。
丸モチ。
神棚とかそのへんに置く。
そこに置こうとすると女は低い方の棚に置きたがる。
「棚じゃありがたみが無いだろう」「片づけにくいのよ!高いところ置いとくと」
「片付けることを考えて物を置く」という。
それはよくわからない武田先生。
女の方が実利的、実用的、現実的。

涙が滲みそうになりながら読んだ一行。
女房に逆らうな。
彼女の主観的秩序が我が家を支配しているのだ。
逆らわず、女房を鑑賞しなさい。
(本の中では女の人が物を置く秩序を「鑑賞」しなさい」という話になっている)
「(拍手をして)へぇ、お見事」って言いながら眺める。
「逆らわれると、どんな小さなことでもイラッとする」という水谷譲。

結婚すると人は変わる。
これは結婚40年50年のベテランだったらば身に染みて理解なさっているはず。
結婚して大いに人は変わる。
まず結婚すると、あなたの体の中に激変が起きる。
どういう激変か?
高嶺の花が少しもうらやましくない。

自家用ジェット機に乗ってる超富裕層の人なんか全然羨ましくないし、ドバイの超高層マンションのペントハウスで美女を侍らせたジャグジーでシャンペン飲んでるアラブの石油王なんかマンガにしか見えない。そういうのは羨望の対象にならない。(234頁)

結婚すると一体何がうらやましくなるか。
結婚をすると「ちょっと上」のヤツがうらやましくなる。

 家賃3万円の風呂なしアパートに住んでいるときには隣の家賃4万5千円の風呂付きアパートに住んでいる人が切実に羨ましい。(234頁)

イタメシ屋で妻と外食。
本日のサービス定食「サラダ付きトマトソース海鮮スパゲッティ」を頼んでいる。
これで充分、デートの時憧れた定食なのに、結婚したら横に座った夫婦者が定食に付いているサラダをわざわざ断って「気まぐれサラダ」を注文し、ピザをプラスした。
その時に「あ、こいつ『気まぐれ』頼んだ」っていう。
これが結婚しての変化。
やろうとすれば自分も手が届く範囲。
イタメシ屋なんかで二人で飯を喰う時に両方サラダ。
これはシェアするとして、ピザをもう一枚追加する。
絶対分量的にはピザを残す。
残すことを前提に頼むヤツにムカッとくる。
それだったらばドバイの空をヘリコプターで自分の運転で飛んで、まぐれで降りてシャンパン飲んでるヤツの方が許せるようになってくる。
バイキングでもそう。
山ほど取って残してるヤツを見るとムカッとくる。
(自分よりちょっと上をうらましく思ってしまう話は、本の中では「結婚をしたから」という内容ではない)

妻の理由の分からない不機嫌。
配偶者の不機嫌は夫婦にわずかなズレを感じさせる時、妻側から発せられる信号です。
ある意味ズレを修正させるべく取引のサインです。
「不快を耐えてオマエと一緒にいてやってるんだ。私の忍耐を、バッグを買うことで補え」という。
これは妻の不快。
女の人は不快を取引の材料に使う。

 配偶者との関係を穏やかで健全な状態に保とうと思ったら、まず「自分はどうすれば機嫌がよくなるのか?」について考える。
 この場合、配偶者のことは忘れてください。配偶者がどうあれば私は上機嫌になるのか、というふうに問題を立ててはいけません。
(239頁)

 倦怠というのは、申し訳ないけれど、自分で自分の人生に飽きている人間が感じることです。自分で自分の人生に飽きているのだけれど、それを認めてしまうと「後がない」ので、倦怠の原因を外部化して、「誰かのせいで人生に飽きている」というストーリーを作って、それにすがりついているのです。(242頁)

この倦怠は実は自分自身に飽き飽きしているもので、実は配偶者は何の関係もない。
ですから自分にもっと好奇心を呼び込みましょう。

自分の中にどんな「未知の資質」が眠っているのか、「未開発の資源」が埋蔵されているのか、それに対して真剣な好奇心を抱いている人は、まわりの人に「飽きたり」しません。(243頁)

「機嫌いい」ってものすごくいい言葉。
機嫌よく生きていきましょう。
最近「不機嫌を売り物にする」とかっていう人が多い。
視覚文化である代表のテレビはそう。
不機嫌な人を主人公に据えたがる。
それで飯を喰えている芸人さんなんかがいる。
でも、絶対にダメ。
あれは一生のマイナス。
とにかく「機嫌よく」。
あなたの機嫌よさを引き出してくれたのは誰か?
そうです。
「不機嫌な配偶者」です。
「ありがとう奥さん。本当にいい人生になっちゃった」
一生に一度そう思えただけで、その結婚は成功なのです。
そして「良かった」と思ったあなたは、この人類史の中で成熟を達成した成人として、そう、若き頃、押さえつけて遮二無二神前で誓わされたあの言葉「一生愛します」を成し遂げた奇跡の人になるわけです。
アナタは気づかないでしょうが、アナタの頭上には神からオリーブの冠が贈られるのです。

ご主人と結婚して「ま、こんなもんだろう」と感じる水谷譲。
やっぱり吹雪の中に立った時、毛布をかぶっていたら、その毛布の柄に文句を言っている暇はない。
「橙色が好きなのに群青色。嫌〜い」とかって、そんなことを言っている場合じゃない。
必死になって我が身に巻き付けておくという。
「とりあえず、これでいっか」ということ。
だから結婚はそういうことをつくづく教えてくれる。

2016年10月24日〜11月4日◆実技、嫁に来ないか(前編)

いつもは内田樹氏の文章には納得が行く部分が多いが、今回の本はちょっとな・・・って思いつつ読んだ。
結婚は自分次第で相手の資質をあまり問わない感じの内容だけど、この人は世の中には本気でクソな人がいるってのをご存じないのかな?って感じで。
まあ、そういうクソな相手しか選べないような人はそれ以前の問題だろって仰せなのかも知れないけど。

困難な結婚



高齢者の爆増とそれから少子。
そういうことで大変大きく揺れている日本。
「子供を増やさなければ」と叫ばれる政治のトップの方が、お子さんがいらっしゃらない。
それから東京の方で一生懸命仕切ってらっしゃる方も結婚は眼中にないという。
子が生まれないどうのこのうのは横に置いておいて、とにかく嫁に行かない、嫁を貰わないという男女がものすごい勢いで増えているという。
そいう時局にあって、武田先生が心より尊敬する哲学者の武道家、内田樹先生が『困難な結婚』という本をお書きになった。
内田先生お得意の「困難シリーズ」。
なぜ結婚は困難になったのか?
これを内田先生が口述筆記ぽく、ざっくばらんな言葉使いで「結婚という制度」を実に哲学的に、しかもわかりやすく説明して下さるという。
若い方への結婚をすすめつつ、倦怠期のご夫婦のためにも「なぜ夫婦であらねばならないのか」というのを懇々と説くという。

結婚のベテランのうちに入った武田先生。
ついこの間、奥様と喧嘩をした。
ムカッ腹が立っていろいろやっている。
でも、それもこれも込みでやっぱり「結婚」なのだ。
まずは結婚しない若い人へ。
この内田先生の御神託。
つづめて言うと「御託」をお聞きいただこうと思う。
内田師範曰く「『もっといい人』というのは、結婚を願う時、絶対にあなたの前に現れません」。
「もっといい人」
誰でも願う。
これは絶対に「もっといい人」は現れない。
このことをまず結婚前の方、結婚をまだ体験なさっていない方は考えて下さい。
時折芸能人でタレントさんあたりが「ビビッときたんです」っておっしゃる方もいらっしゃるがビビッとこない。
また逆の意味で言うと、ビビッとくる人と結婚してはいけない。
結婚とはそんなビビッという電気的なものではない。
これは武田先生が言っているのだが、内田先生も同じようなことをことをおっしゃっている。

結婚の実相、実態について最も正確に娘に伝えられる能力を持っているのは母親だ。
母親が背中越しに娘にボソッと言った言葉こそ結婚の実態だ。
「男なんてね・・・みんな同じよ」
これが最も男の本質を言い当てている言葉だと。

昨日の夜、帰りに渋滞だった武田先生。
もう本当にくたびれた。
富士山の見える湖あたりから車で、中央、東名両方とも混雑の中で、もうラジオばっかり聞いていた。
そうしたらNHKで結構いいのがやっていて、ホイットニー・ヒューストンの一代記をやっていた。
ジャズシンガーの人が彼女の一生を彼女のヒット曲と語りでずーっと。
大変な歌姫で。
でも本当に不幸。
本当に憐れなぐらい不幸な人で。
なぜホイットニー・ヒューストンという人は不幸になったのかというと、やっぱり結婚というものをあまりにも魔法のように考え過ぎた。
内田先生は何と言っているか。

「男なんてみんな同じよ」と言って結婚をせっついたものなんです。
 これはたしかに一理ある発言であって、男はもちろんピンキリなんですけれど、それはあくまで社会生活において際立つところの差異であって、家庭生活においてはそれほど劇的な差異は見られないのであります。
 だって、外ではけっこうややこしいネゴをまとめたり、てきぱきと会議を仕切ったり、複雑なアルゴリズムを解析したり、5ヵ国語を駆使して談笑できたりできるおじさんたちだって、いったん家に帰って、風呂上りにジャージなんか着て「げふ」とか言いながらビール飲んでると、外形的にはピンもキリもあまり変わらないでしょ。外で発揮していたような圧倒的な社会的能力の差異は家庭内では誇示されようがない。
(19〜20頁)

この意見には賛同できず、福山雅治さんとスギちゃんでは家に帰ったら違うと主張する水谷譲。
カッコイイかも知れないが、男は実態において家庭で見せる顔はだいたい同じだと絶対に思う武田先生。
でないと不幸。
福山くんが女性が憧れるような姿勢であの奥さんの前にいるのだったらば、不幸な結婚をしている。
能力がある、セレブであり会議を取り仕切り、5ヵ国語をゆうに使うことができる。
そういう男が家でその能力を発揮した時、その男は女房にとって暴力になる。
飯を喰った瞬間にフランス語で感想を言う。
能力のある男がその能力を家庭で表現しようとする時、女の人はものすごく不幸になる。

結婚とは一体何なのか?
何のためにやるのか?

結婚は「病気ベース・貧乏ベース」(22頁)

貧乏と病気に耐えるため、そのために二人は結婚する。
だから結婚というのは幸せを目指して歩くのではない。
結婚は病気になった時と、けつまづいて貧乏になった時のために結婚する。
病気の時、貧乏な時、人は一人では生きていけない。
病気の時がわかりやすいのだが、貧乏の時もそう。
これが男女というワンペアになると、意外と耐える、看病する。
遮二無二働くようになる。
だから「結婚というのは病気と貧乏という目標に向かってするものだ」という。
危機耐性。
危機に対する我慢強さみたいなもの、それが結婚に男女を誘導する。

では、どうすれば「この人はアンハッピーな時に私を助けてくれる人か」それがわかるのか。
簡単。
それは二人で比較的貧しい旅をすればすぐにわかる。
(本の中では「貧しい旅」ではなく「海外旅行」)
貧しい旅をすると、その男の貧乏くさいところと病気臭いところと両方ちゃんと見抜くことができる。
ハワイとかではなく、もっと貧乏旅行。
その時にそいつが「寒い?」と女の子が寒がっていたら「じゃ新聞紙破ってセーターの間に挟みな」とかって言って。
あれはけっこう暖かい。
破ってセーターの間に入れたりすると、十分な暖房になる。
やたら毛布を買って来たりセーター探してきてとか、そんな贅沢じゃない。
その時にその男に新聞紙を破る知恵があるかどうか。
新聞紙がうまく使える男の人を「この人、生きる力あるな」と思う水谷譲。
野菜を包んだりとか。
「こうすると腐らないよ」みたいな「キャベツ長持ちするよ」みたいな。
そんなことをいっぱい知っているヤツがいる。
そういうのが実は結婚にはもってこいの能力。
何も5ヵ国語とか必要ない。

そしてもう一つが「私にふさわしい相手だったらば、本当の私らしさを引き出してくれるはず」。
こんなふうに夢見ている人がいるかも知れないが、結婚してそんなことは人生に絶対起こらない。
「その人が私にふさわしい相手だったらば、私はもっと自分らしさを発揮できる。もっと元気になれる。もっと自己実現できる」
そういうことは人生には起こりません。
内田先生の説明が単純明快でわかりやすい。
栄養補助薬や薬を飲んで、健康を私は保っている。
「実はその薬のお陰だ」と信じている人はいませんか?
でも、その薬が効いているかどうかは確かめようがありません。
この世の中に「サプリを飲んでいないアナタ」はどこにもいない。
比較できない。
「確認しようがない」ということ。

 結婚が適切であったかどうかは、「この人と結婚しなかった自分」を連れてきて、それと比べるしかないんえすけれど、そんな人はどこにも存在しないんですから。(40頁)

内田師範曰く「コミュニケーション感度」。
アンテナみたいなもの。
そういう言葉を文章の中にポンと置いて。
他者の呼びかけに応答する能力。
これを塞いで自分の受け持つ仕事のみの効率を急ぐ時、自分の体が発信してくるシグナルを聞き逃す。
そういう構造になりえると先生はおっしゃる。
つまりこういうこと。
「誰を結婚すべきか」という問題に自分だけの正解を求めないでください。

「どういう仕事をすべきか」「誰を結婚すべきか」みたいな本質的な問いにシンプルな一般解なんかありません。そのつど唯一無二の特殊なケースなんですから、真剣に葛藤しないといけない。(51頁)

葛藤を経由しないと自分の身体が発するシグナルに鈍感になる。
その矛盾に耐えられないと免疫不全になってしまう。
一つの正解にとらわれてしまっていると自分の体の声を忘れてしまう。
この内田先生の言っている「自分の体のシグナルにもっと私達は敏感でなければならない」。
「誰と結婚したらいいんだろうか」というのではなく、体が発するシグナルに耳を向けて「何かアイツといるとホッとすんなー」とかっていう。
そういう「身体ベース」「体ベース」で結婚というのを考えたらいかがか。

内田師範曰く「他者の呼びかけに応答する能力、これを塞いで自分の受け持つ仕事のみの効率を急ぐ時、自分の体が発信してくるシグナルを聞き逃す構造になりえます」。
つまりこういうこと。
自分の体が発するシグナルに耳を塞いで、自分がやらなければならない仕事に追われるという性格にしてしまうと、過労死の危険性が出てくる。
この「過労死する人」というのは、その仕事を嫌っている体のシグナルを無視して「やらなければならない」と思うモチベーション、動機に引きずり回されてしまうという。
「給料はいいから頑張らないとダメだ」「バイトから一生懸命我慢してやっと正社員にしてもらったからここで頑張ろう」「立派な会社に入ったんだから、私には辞めることはできない」「何が何でも頑張るんだ」
一つの正解にとらわれてしまっていると、その仕事を嫌っている自分の体の声を忘れてしまう。
これは何でここで持ち出したかというと先月だったかにあった。
「死んでしまいたい」 過労自殺の電通社員、悲痛な叫び:朝日新聞デジタルこの件かと思われる)
ものすごく切なくて。
「何日もお風呂に入っていない」と。
女子社員なのに。
目が真っ赤に充血して会社に出て行ったら上司から「目なんか充血させるな」と言われて。
「私には目を充血させる自由すらないのか」とかという。
全身で仕事を拒否しているのだが、結局この女性は自殺に追い込まれてしまう。
ちょっとおじさんとしていらだつのは「辞めりゃいいじゃん」と思う。
内田先生の言っている「自分の体のシグナルに、もっと私達は敏感でなければならない」。
この時にこの手のことに関して内田樹先生が「体が嫌がっているという、もうどうしようもないことを頭でねじ伏せようとするから、体に矛盾が起きるのじゃないか」。
「そのためにみなさん、結婚って便利ですよ」と言う。
(そいう記述は本の中には見つからず)
内田先生は「体が葛藤している時にパートナーがいると実に便利です。妻が頭で一生懸命、自分の体の悩みを押しつぶしている時に、気付くのは夫です」という。
「張り切っているわりに君、会社に行く足取りが重そうだね」とかっていうことを指摘してくれるのはパートナーです。
(このあたりも本の中には見つからず)

総合診療医 ドクターG - NHK
この番組を見ていて武田先生がハッとしたこと。
心臓病なのだが「手術をしたらどうすればいい?」とか。
それを役者さんが再現ビデオに出てきて語り始める。
「胸の苦しさはいかがです?」と訊く。
そうすると旦那さんの方は「いや、そうでもないんだけど」と言ったら奥さんが「いえ、この人、秋口ぐらいからちょっと様子がおかしかったんです。階段を上る時、この人何度も足を止めたんです。そんなこの人を見たのは私、初めてでした」。
パートナーの方が相手の異変に気付きやすい。
旦那は乗り切れると思っているし「そんな大したことじゃない」と思う。
やっぱりお医者さんに行く時に足を向けるのは女房の一言。
朝に機嫌よくメシか何か喰っている時に、ボソッと「変な咳してたよ」とかって言われるとゾクッとする。
ああいう医者にも勝る言い方をしてくれるのはやっぱり・・・。
ということは、悩んだり心配事を揺さぶってくれる「元」。
それが夫であり妻。
それがいないと人間って自分の体のことに関して全く気付かずに、ずっと遊びまくっている。
「顔色悪いよ」とかって奥様から言われるとギクッとする。
他にもいろいろギクッとすることはあるが。
「どうしたの、この下着」とか。
そういう「女房がギクッとすること言うぞ」という。
他人は絶対言ってくれないようなことを言う。
結婚していなければ自分の体というものに関して、ほとんど人間は悩まずに自分の体を黙らしてしまうという。

武田先生の独り言。
人が人を好きになるというのは、本当に傲慢なものです。
たくさん異性がある中で「あの人でなければダメ」と泣きじゃくるわけですから。
相手と不釣り合いで、相手が既婚者であろうが、言葉が違おうが、別の宗教の人であろうが、貧乏であろうが。
希望が細ければ細いほど、恋は真っ赤に燃え上がるという。
恋に希望があるとつまらない。
「デートしよう」と言ってデートできない事情が複雑であればあるほどデートしたくなる。
何か障害とかがあった方が燃える。

人を好きになる、一緒にいたくなるという心情そのものの起源を誰も知らないからです。それは神さまの領域の出来事なんです。だから、結婚式では人間の人間性の起源について、人間は何も知らないという事実をもう一度思い出すために神さまを呼び出すのです。(97頁)

 われわれは誰もでもが「母語の習得」という仕方で、自分が「この世にそんなものがあるとは知らなかった秩序」のうちに参入しています。−中略−
 人間は成熟するために「いま・ここ・わたし」という閉域から外へ踏み出さなければなりません。
(100〜101頁)

この手順で人間は人生を積み上げていく。
私達は「私の価値観」や「倫理観」とは別の物差しで生きている、何か「大いなるもの」に向かって歩き出す時に何事かを誓う。
「神がかったもの」に向かって自分の成長とか成熟を誓う。
高校、大学、社会へと歩き出す時、私達は合格祈願などと言って神社に立ち寄ったり、あるいは無事に就職が決まると親子そろって墓参りをしたり、父母がしていたように花や水を石の墓碑に供し、手を合わせ、祈り誓う。
「この世ではないもの」そのものを呼び出す。
結婚も同じ。
「私」の理解も共感も絶した「他者」と一緒に暮らそうと決意した時、私達は神を呼び出して誓う。
嫁とは何か?
武田先生の立場から言うと「他者」。
本当にこれはいい言葉。
あれは「他者」。
だから「他者」嫁と結婚する時は武田先生も神を呼び出して誓った。
その「誓い」とは一体何かというと、結婚という出来事を「私」のことにしないで「公」のものにするということで誓った。
誓いはもう子供の時の誓いと同じ。
「嘘ついたら針千本飲〜ます♪」
教会で式を挙げた武田先生。
「富める時も貧しい時も病める時も愛を誓うや?」と言われた時に、本当は「ちょっと自信ないんですけど」と言いたかった。
それを押さえつけて「誓います」って言う。
むりくり言わせているからこそ、あの呼び出したものへの「誓約」というのは生きてくる。
あれが本音で「ちょっと今んとこ、自信ないんですけど」とかっていうと、あれは誓うことにならない。
「これは無理かもしんないな」と思うと、ずっと心の中にわだかまりができる。
それがずっと何十年かやっていくうちにフッと「守ろう」という気になっていく。
結婚の「三年目の浮気ぐらい〜♪」の時はダメ。
あの時は「あれ?こんな・・・チッ!もっといいやついたじゃん!」とか、いろんな素材がある。
互いにジジイとババアになると本当に。
奥様と喧嘩をする。
でも時折あの顔を見て「もうこれでいいか」と思う。
向こうもそう思っている。
こっち側だって睾丸は下がるだけ下がっている。
お互い重力で下がるものは下がっちゃって。
それが見つめ合った時にお互いに「これでいいか」とつぶやいた時、それは少なくとも「愛」と呼べるのではないか。

結婚をしたらどうするか?
ひたすら愛と共感に基づいて行動してください。
一番大事なことは「結婚は契約ではありません」。
契約行為ではありません。
あれは何せ神様を呼び出して誓ったわけだから「担保」とかもないし「月々いくら払う」とかそんなものも何も決まっていない。
だからいわゆる「契約」ではない。
連れ合いの欠点をいくつ見つけるか。
それが結婚生活。
それをあえてマイナスとしてカウントしてはいけません。
相手の欠点をマイナスでカウントせずに、逆に相手の優しくされたりなんかするという長所をプラスとして足すだけ。
そういう採点方法でパートナーを審査しなければなりません。
絶対に減点法はいけません。

モリタさんという歯医者さんから言われた名言。
車を初めて買う時、知ったかぶりの先輩は必ずアナタにこう言います。
「どうせ免許取り立てでさ、どっかぶつけるからさ、買う車はさ、中古でいいよ中古。少しバンパーぶつけたりなんかでへこんでるヤツ買った方が、もう安心してぶつけられるから」
このアドバイスを真に受けてはなりません。
世の中で一番恐ろしい言葉は「どうせ、ぶつける」。
これは呪いの言葉と同じです。
「どうせぶつける」という言葉を信じてしまうと、どこかにぶつけて「あ、やっぱぶつけた」とあなたはぶつけることに安心してしまう。
これが実は結婚と同じ。
結婚とは一生を賭けての大事業。
自身はバツイチである内田師範は、ゆえにストーンと胸に落ちるその言葉で私達に教えて下さる。
ぶつけないために全力を尽くす。
そのためにはどうしたらいいか?

だから初心者はぴかぴかの新車を買った方がいい。かすり傷ひとつつけちゃいけないという気持ちで運転するのが一番安全なんだ(120頁)

それが、水谷譲は人前で誓った、武田先生は神前で誓った、あの誓いの言葉。
あのむりくり言わされた「生涯愛します」という。
本当は全く自信もないくせに。
それは「絶対にぶつけるなよ」という。
ここで日本の素晴らしさは「結婚に契約を持ち込まない」こと。
アメリカの不幸は何かというと結婚に契約を持ち込む。
いい例がブラット・ピットとアンジェリーナ・ジョリー。
あれはもう結婚する時に決めている。
「遺産はどのようにして分ける」とか。
アメリカは合理の国だから。
でも結婚は合理じゃない。
神秘主義の人じゃないと結婚できない。
だから自信が全くないくせに「絶対ぶつけません」とかって言う。
そう言わないとぶつける。
これは本当に名言。
「むりくり言っておいてよかったなぁ」と思う武田先生。

 結局は結婚関係っていうのは、ある意味で「権力関係」なんだということをそのとき学習しましたね。どっちかが「ボス」なんですよ。そうじゃないと安定しない。(136頁)

 向こうが「ボス」で、僕が「手下」という関係のときは、それなりに安定していたんですけれど−中略−
 食わせてもらっていたときは何を言われても「はいはい」と従っていて、それで何の屈託もなかったけれど、こちらの方が家計の支え手になると、今度は妻にあれこれ指図されるのが「かちん」と来るようになる。
(135〜136頁)

離婚の果て、内田師範は赤子を一人背負い生きてゆかなければならなくなる。
彼はここで実に不思議な体験をする。
不思議な体験というのはやっぱり「愛」。

2017年03月16日

2016年11月28〜12月9日◆オオカミがいないとウサギが滅びる(後編)

これの続きです。

「生態系というピラミッドごと考えよう」と。
「その考え方の中に農業の革新というか、やらなければならないことがたくさんあるのではないか」というのが著者からの提案になっている。
農業のあり方、やり方。
この方はとにかく「田んぼというのを生態系が循環する歯車の一つにしよう」と、そんなふうにおっしゃっている。
例えば「冬水田んぼ」といって「冬でも田んぼには水をひこう」と。
そうすると田んぼの泥水の浅瀬にプランクトンが発生し、そこからミミズとかユスリカとか。
さらに脇にはドジョウ、フナ、そういうものが棲み付き、それを目当てにしてシラサギ、カワセミが田んぼにやってくるようになる。
そんなふううにしてピラミッドを下から丁寧に、土から丁寧に作ることを繰り返せば、日本の農業、日本の自然というものは必ず元気になる。

 田植えは、大きく育った成苗を、できれば一本ずつ、多くても三本を限度に植えていく。
 近年の田植えでは、まだ小さな稚苗を五、六本ずつ植える傾向があって、むしろそれあ常識のようになっているけれど
(127頁)

 一方、大きく育てた丈夫な成苗は、健康で病気にもかかりにくい。その上、分ゲツの数が多くなる。多い場合には一株が二五本以上に分ゲツする。しかも一本の穂につくモミの数も圧倒的に多い。慣行栽培が七〇粒程度なのに対して、一二〇粒を超えることも珍しくない。(128頁)

 除草のいらない有機で、大規模栽培するアイディアを提案していのは、前述した九州大学の金澤先生である。−中略−代掻き後の田の表面を、竹繊維を原料にしたマルチング素材で覆ってから田植えをする。−中略−竹繊維の表面では光合成細菌が繁殖して−中略−病害虫からの免疫力を高めてくれるのだという。(133〜134頁)
 
熊本県の益城あたりでその実験が今、行われているという。
例の地震の被害が多かったところだが、地震にもめげず、頑張って日本の農業のために発見をしていただければと心から祈っている次第。

この間も朝のラジオ番組を聞いていたらやりあっていた。
番組のディレクターさんが「近代農業を開発する」という大学の先生を呼んできて未来の農業を語らせる。
そうしたら各地のお百姓さんから「科学的に農業をやるのはどうかと思う」とかっていう反論がどんどん入ってくる。
そういうのはバランスが難しい。
その中でも有名だったのは水耕栽培。
オランダがやっている「水で野菜を作る」というのが日本の農家の方は納得しないようだ。
オランダは巨大な金属のタンスみたいなところにバーっと脱脂綿か何かで野菜を植えていって、水の中に栄養素を流し込んでニョキニョキ伸ばすという。
それをやると、表に出さないから農薬が少なくて済む。
太陽も人口灯を当てて、例の青白い光。
だけどやっぱり日本の農家の方は頑固で「そんなものは野菜じゃない」とかっておっしゃる方が。

一個だけ武田先生も納得したのだが、ものが「美味しい」「美味しくない」というのは「雑味」。
まじりこんだものが美味しい。
だからピュアなものは美味くないという。
「雑味が味を決定する」という考え方がすごく好きな武田先生。
雑味に関係しているらしいが、今、日本各地で伝統野菜が次々に復活している。
これは大手の種苗会社があって、全国統一の「F1品種」。
これは種を残さない。
種を残さずに実だけに集中する、葉っぱだけに集中するという一代限りの野菜。
そういうものがだんだん嫌われ始めた。
個性派の野菜。
「京野菜」とかある。
あの手のものが復活しているらしい。
山形、福岡、熊本、そして東京あたりでは檜原村。
このあたりで伝統のジャガイモ作りなんかが行われているということだ。
そして常識を覆す。
なかなかやる人がいないようだが、水田の「不耕起」。
例の田起こしとか一切やらないっていう。
水を張ったまんま稲を育てるという。
それで水田に黒いビニールを張って、光を跳ね返して雑草を枯らすとかっていう、そういう農業があるのだが、あまり評判がよくない。
何か一つよい知恵がないかというふうに思う。

本の後半は全部農業の方に傾いていく。
農業の上手くいった例なんかを挙げつつ。
山田さんが懸命におっしゃっているのは、農家の方々に分かって欲しいのは「省力化は必ずできる」という。
田舎から江戸にやってきた人間にとっては農業というのは遠い世界の産業ではない。
何とかしなければいけないが切実な問題。
熊本にとっくに80代半ばを過ぎた義理の母がいる武田先生。
それで土地を持っている。
今、貸したりしているのだが、貸しても貸してもまだある。
それぐらい、なかなか土地持ち。
見渡す限り持っていたらしいが「戦後の農地解放で取られて」と義理の父が舌打ちをしていた。
ところが、もうそれが母親としては手放すのは嫌だが、草が生えてくると、もうものすごく身が縮むような思いがするという。
それを何とかしなければいけないのだが・・・。
武田先生の奥様も農家を継ぐというのはないし、お兄さんも商社マンなので「どうすべぇか」ということなので。
義理のお母さんが時々「百姓はよかことはなかですばい」と言うと、何かジーンときて励ましようがなくなる。
奥様もそう。
奥様も眉間に縦じジワを寄せて怒る。
「小さい田んぼでもやろう」「そんな甘いもんじゃないのよ!」って言いながら。
父母の苦労を見たのだろう。
武田先生が「趣味でやろうか」と言っても激怒するように、非常に沸点の低い話題。
山田さんみたいなこういう大学の教授さんたちは(著者の山田さんは大学の教授ではないようだが)「そんなにつらくないはずだ」と。
農業において「省力化はきっとできる」と。
農薬、化学肥料、除草化、機械化。
これで、まあ何とか戦後農業は生き残ったけれども、省力化は絶対間違ってない。
農業というのが今まで少なくとも日本の地面、土を守ってきたんだ。
これからはその土を財産として活かそうではないか。
こんなことをおっしゃっている。
有機栽培と省力化。
これは必ずできるはずだという。
今年(2016年)、野菜が不出来で高騰が続いた。
あれは一つは「F1種のせいだ」ということも言われている。
F1種というのは「種をうんと小さくする」とか「種をなくする」。
それから葉っぱに関しても硬いじゃなく「柔らかいものができるように」と。
消費に向けて作られた野菜というのは、どこかワイルドではない。
ワイルドだとどうなるかというと、雨が多かったら耐える。
野菜自身が「今年は雨、多いなぁ。ちょっと葉っぱ広げるのやめとこう」って言いながら、自分で環境に合せる体力を持っている。
ところが今は雨が多かったら、もうすぐ葉が腐っちゃうっていう、野生種のガッツを持っていない。
確かに採れる量は少ないかもしれないが、ちょっと聞いたところによると、今年は有機の方の野菜の方は順調らしい。
ちゃんと雨が降りやんでから葉っぱを出すそうだ。
だから、普段は高いって言われている有機の方が値段が安定しているという評判だ。
こういうこともあるので、一側面だけで農業みたいなことを考えないでください。
農業の方に「知恵を貸そう」という大学の先生方がたくさんいらっしゃるのだが、山田教授が(多分教授ではないと思うのだが)こんなことを言っている。
有機をやるんだったら畑だけ有機とか稲作だけ有機とかそんなんじゃダメだ。
野菜、養鶏、牧畜、稲作を有機にしておいて、その真ん中に「不耕起」耕す心配のない栽培でぶどう畑を作って観光ぶどう園にしておいて、お客に来てもらうと同時にそこにワイナリーを置く。
それでぶどう酒を造りながら畑に行って養鶏をやって牧畜をやって稲作をやって野菜を作ろう。
これが「できる」とおっしゃる。
それから「お客様を迎えられる農村をみんなで作りましょう」と。
そうすると「全然違う農業が姿を現すはずです」という。
(このあたりの話は本の中には見つけられませんでした)
この辺はちょっと未来の話。
野菜、養鶏、牧畜、稲作、ワイン造り。
著者の山田さんは「もう専業農家ではダメなんだ」と。
兼業農家、それもマルチ。
「それこそがこの農業を、あるいは地方の農業を切り開くキーワードである」と。
農業、あるいは川での川漁師、ワイナリー、それから蕎麦屋の店主。
こういうことを自らで兼業にすれば生活は必ず楽になると。
そういう知恵を今こそ持つべきで。

最近武田先生がすごく気に入っている言葉。
「スペシャリストがヒーローの労働者であるという時代は終わった」
兼業。
もう島から村から浦(?)から、何かいろんなことをやる「ジェネラリスト」「分業で生きていく人」そういう人が主役の時代がやってきた。

最近、山の様々な木の個性を生かして物づくりをする職人さんたちが、現れ始めている。
 山の木は、種類によって、色合いも木目もまったく違う。箱根細工という伝統工芸は、そういした木々の色合いを様々に組み合わせた「寄せ木」の技法で作られたものだが、最近の潮流は、そうした「寄せ木」とは別の発想で「木の個性」を生かした家具である。
 たとえば「引出しの鏡板がすべて別々の木でできているタンス」「天板がたくさんの木の集成材でできているテーブル」などである。
(161頁)

一種類の木から家具を作るため、一つの木を同じ山に植えて埋め尽くすということは、もう「おかしいんだ」と。
「自然に反しているんだ」と。
それだったらさまざまな落葉樹林帯を作って、そこからウッディなものを作るという。
こういう「ジェネラリスト」「分業者」っていう人たちが時代の真ん中に飛び出してきてもいい時代ではなだろうかというふうにおっしゃっている。

もう一回繰り返すが「日本の山谷にもう一度オオカミを放つ。そのことによって食物連鎖のピラミッドの頂点を作りさえすれば」というのを著者の山田さんは「現実的ではない」と。
「オオカミが今、厄介な鹿を捕えるとは決まっていない」と。
オオカミはもっと小さな小型のウサギやネズミに向かって安全に生きていくという、そういう道を選ぶ可能性も大だから。
「オオカミさえ放てば鹿はいなくなる」というのは「あまりにも現実的ではない」と。
それよりも逆に「絶滅危惧種と言われている若い猟師さんを育てた方が早い」という。
どこか東京とかにいたマタギの若い女性。
骨でボタンを作ったり細工物を作って鹿は飾り物にして。
皮は全部別のものにして肉は全部食べるという。
ああいう女性たち、あるいは若い男性を育てた方が「農村のためには実に現実的だ」という。
そういう意味で、その手の「ナチュラリスト」っていう人たちが増えている。
「マリファナは体にいい」という人たちよりは「鹿をみんなで食べましょう」「一発で仕留めないと肉がダメになります」という方が好きな武田先生。
こういう若い人たちに林業に参加してもらう。
林業の他に若い猟師として、マタギとして。
ジビエ料理、あるいはジビエレストラン。
それからソーセージ業界に売り込む。
絶対いける。
乗ってくれる。
つまり「エリア全体のためになる」と思えば。
シカ肉をソーセージにするとかっていう新しい調理方法があれば。
それからもう一つはペットフード。
ペットフードに鹿さんを、あるいはイノシシさんを。
そうすると、ちょっと違う価値観で農村の鹿対策ができるのではないかという。

関東近郊で人口減の市町村の「過疎」。
この過疎の市町村、そこではいわゆる農地が放られっぱなしになっている。

 余った土地を、とりあえず農地に戻していってはどうだろう。(170頁)

「土壌流失とはそれほど深刻なのである」と著者は訴えている。
土がどんどん無くなっている。
これを何とかキープするために家庭菜園として都市部の人に貸し出すという、そんなことをやっていただけませんかという提案。
わずか20〜30坪でいい。
それが万単位になれば立派な農業足りうる。
「素人農業エリア」というような。
これはもう乗り出しているところがあるのではないか。
なるべく頑張って有機。
いわゆる農薬、それから除草の無い、水管理のみの農業にすれば。
「そういう方策をこれからいくらでも考えましょうや」という。

小学校でヤギを飼い、それで除草業を始めた学校がある。
これはよくニュースになっている。
ヤギを飼ってヤギを貸し出す。
それで繋いでおくところをきれいに。
世田谷なんかも業者の人が草を刈ってある。
あれを世田谷区がヤギを飼うことでヤギをずーっと。
このヤギのミルクから給食のチーズを作る。
そういうところまで役に立っているそうだ。
食料自給率というところを小さいところから積み上げていくという。

沖縄にはヤギ料理がある。
ヤギ料理は臭みがあるので素材つくりが難しい。
ヤギは男(オス)の方が美味い。
男も年齢があって、歳取ったヤツは肉が硬くてダメ。
若い男。
もっと厳しく厳選すると若い男でも女(メス)を知らない方がいい。
「女を知らない」と言っても子供過ぎると美味しくない。
パッと色気が出て「今晩ヤリたい」ってヤギが思っている。
そう思った若い発情したヤギの・・・。
だからメスで判断するそうだ。
その肉とそのあたりが最も美味いというので。
ただの伝説だと思うが、それをしきりに言う人がいた。

東京と言うのはそういう意味では、あの問題が提案してある。
アスファルトで土がない。
東京は下水へ流れ込むシステムで水害を起こしている。

 要は、いまある庭の雑草を抜くのをやめ、定期的に刈り払う方式に切り換えよう、という運動である。(180頁)

だからヤギは便利なんだ。
でも人間と言うか管理の方もそうやってらっしゃる。
雑草の根は抜いちゃいけない。
そのまま残しておく。
梅雨時、雨が降った時にその根が水を吸うと、すっごい量吸える。
これはすごい知恵。
それに雑草もよくしたもので時期をずらしたりするらしい。
雑草は一斉にバッと育ったりしないで、花が咲く順番に散らばりがある。
ああやって種を守る。
向こうもさるものなので「根は抜かずにそのままに」という。
だから刈る手間というのを残しておくと、梅雨時に雨が降ると根から吸うことによって伸びる。
伸びることによって水を処分していくという。
これはなかなかすごい知恵。
かくのごとく、著者は様々な知恵を自然界であてはめて、人間の都合だけで自然を見ないように。
「鹿が増えた。ならばオオカミを放て」そうすると「オオカミが鹿を喰う」。
そんな図式ではなくて生態系のピラミッド全体を眺めるという。
そういうところから自然を考え、自然の横にある農業というものを考えない限り、やっぱり「オオカミがいないと、ウサギは滅んでしまう」のだ。
何かそういう「全体」を考えないと。

『三枚おろし』は今日の朝刊に載っている時事を一切扱わない。
大昔に戻ったり、何年か先、何十年か先のことを語ったりという。
時制としては「ナウ」「今」が無いという。
ナウくない番組。
いろんな問題があると思う。
対ロシアの問題にしてもそうだし、新生アメリカにしてもそうだし、中国に関してもあるが、いつも武田先生が空想することが一つある。
中国のガス田開発というのが日本の海域に迫ってきて、手を突っ込んで日本の海域からガス田のガスを引き抜いてるんじゃないかと疑いが持たれたりする。
でもあのガス田の立坑でパイプを入れているところは、どう考えても台風の通り道。
「あんなところで本当にガス採れるのかな?」と思うのが一つ。
それからガサーッと魚を獲っていくので困るが、例えばサバなんかをガバガバ獲っているという中国の漁船がいる。
この間ドキュメンタリーで見ていて、中国の漁船はものすごく大型化して、もう韓国なんて機関銃で撃っている。
それぐらい横着。
人の領域に潜り込んできて魚を獲って、大国中国をバックにして逃げない。
だから先月韓国の警備隊が撃った。
(ネタ元が既に削除されてしまっているようだが2016年11月に報道された韓国の海洋警備当局が、違法操業をしていたとしてだ捕した中国漁船をえい航していたところほかの中国漁船が多数集まって妨害しようとしたため、機関銃をおよそ600発撃ち、中国漁船の違法操業に対し従来より厳しく取り締まる姿勢を示しました。という件かと思われる)
でも一つだけ中国の漁船に関して思うが、掃除していない。
船体の汚れがすごい。
船体の白いところに水垢の茶色がバーっと。
汚い昔のおトイレのおしっこの跡みたいなのが。
というのは、何が言いたいかというと中国の漁民の方で「好きで魚獲ってる人」が少ない。
日本の漁船と比べてみると、やっぱり手入れをしている。
中国は漁船としてはデカいかも知れないが、やっぱり手入れしていない。
雑。
やっぱり好きでやっている方が少ない。
そのへん、やっぱり休みの日は船を洗った方がいいと思う。
喰い物を獲るわけだから。
そんなふうにしてコマメなことを考えると、尖閣問題とか南の方のフィリピンの漁場の問題に関しても、別種の角度で見た方がいいんじゃないかと。
武田先生がちょっと心配しているのは、とにかく中国という国に関しては「食糧輸入国」になったということ。
もう小麦ができない、足りない。
小麦って、麺で生きている国。
余計な世話だが、やっぱり中国には農業大国であって欲しかったと思う武田先生。
中国から農業を引いてしまうと中国じゃないような気がする。
絶えず10億以上の人口を養う立国の条件として農業を持っている。
非常に熱心な大地を耕す中国人民がいるという。
何かそれが中国の大地のような気がする。
今、その中国は軽工業で稼いでいる。
「加工」で。
でも「加工で稼ぐ」というのがそう続くだろうか?
間違いなく言えることは、福岡に行くとわかる。
福岡のビルの窓を見てください。
もう全部、土埃。
中国からやってきたPM2.5に混じって中国の地面の土が福岡のビルの窓に張り付いている。
飛行場でタクシーに乗っても、窓がちょっとでも汚れていたらそれは絶対に昨日か一昨日に付いた中国の土埃。
それぐらいものすごい勢いで日本海と九州の上空に砂粒を落としている。
ここはもう、もしかすると農業に戻れないかも知れない。
とにかく今、中国共産党を含めて北京政府が身を焦がすぐらい一生懸命やっているのは「海に境界線を引いて国境を広げる」という。
海に関してはすごい信仰が今、中国にある。
「海は豊かさの源泉」みたいな。
「海に興味を持った中国人」というのは中国の歴史始まって以来だから「このへん大丈夫なのかなぁ」というふうに懸念している武田先生。
それからアメリカについてもそう。
米国のかなりの人数の方が「トランプ手品をやるような方が大好きだ」という国になっちゃってる。
彼の仕事は不動産屋さん。
土から離れた人。
数代前の大統領、例えばカーターさんは農園の経営者だった。
それよりもやっぱり不動産屋さんが人気を集めるというようなのは土に関する生態系が中米ともに少し歪んできているのではないだろうかという。
そういう意味で日本の農業を何とか頑張っていきたいというふうに思う。

2016年11月28〜12月9日◆オオカミがいないとウサギが滅びる(前編)

番組の中で著者の山田健さんの名前を「けん」さんと言ったりしていることが何度かあるが、本によると「たけし」さん。

オオカミがいないと、なぜウサギが滅びるのか (知のトレッキング叢書)



オオカミファンで「オオカミを放てばよいことあるぞ」みたいなことを語っている本を『三枚おろし』で好んで次々と取り上げている武田先生。
犬好きが高じてオオカミのツラつきが気に入ってそんなことを言っているのだが、山田さんは逆の意見。
「そんな簡単じゃないよ、自然は」という。
だから反対意見の方も取り上げてみようと思って。
山田さんというこの博士(調べてみたけど、著者が「博士」であるというデータは出てこない)はどこから話を説くかというと、土から話し始めるという。
土というのがすごく重大で、動植物が分解されて、土砂が接着して生成された団粒構造の土壌というのがある。
土が何でできているか?
岩石なのだが、ミミズが喰うことによって土になる。
全ての土を作ったのはミミズ。
ミミズは土を食べて、お尻から出した時にウンコが土になる。
だから「大地作ったのはミミズだ」という説もあるぐらい。
ミミズの力によってあの土の一粒にレンコンのように細かい穴が開いている。
それが自然の一番底辺。
自然の一番底辺はこの土だということ。
ここから自然界が始まる。

こうして「団粒化」した土壌の上に雨が降ると、相当激しい豪雨でも、ほとんどの水はスッと浸み込んでしまう。−中略−団粒化した土壌の深さが一メートルあれば、五〇〇ミリの豪雨でも簡単に浸み込んでしまう。スポンジ状の空間に蓄えられた雨水は、さらに深いところに浸み込んで地下水になったり、斜面方向に地下を流れて谷にゆっくりと浸み出し、清冽な渓流水になったりする。(14頁)

だから「土こそが全ての自然界の土台なんだ」と。

 地球上で無機物から有機物を生産できるのは植物だけと言われている。−中略−
 植物は、太陽エネルギーを使って二酸化炭素から糖を合成し、それを元にして、あらゆる有機物を合成していく。
(17頁)

その植物を食物とする動物と、その食物を食べた動物を食べる動物。
それによって自然界の「食物連鎖」というピラミッドが形成されている。
このピラミッドこそが重大である。
ピラミッドの構成全体が大事。

 ただし、アンブレラ種の「子育て支援」のためには、とんでもなく広い行動圏を環境的に守っていく必要がある。イヌワシでは、最低でも一万ヘクタール。クマタカで五〇〇〜一〇〇〇ヘクタールというから大変だ。
 ちなみに、東京ディズニーランドが約五〇ヘクタールだから、クマタカでもディズニーランドの十数個分が必要で、山手線の内側、約六三〇〇ヘクタールのすべてを立派な森に再生しても、わずか一〇つがい程度しか棲めないという計算になる。
(23頁)

(番組の中ではこのあたりの説明で「タカとか熊」と言ったりして混乱があるが、本によると「クマタカ」)

『ザ!鉄腕!DASH!!』(日本テレビ系)
あれは本当にすごい。
彼らのプロジェクトの中で、東京のど真ん中で「生態系を自分たちで作ろう」という試みをやっていて、東京のど真ん中のある学校の屋上を借りて、そこに草花を咲かせて「自然を」という。
このあたりかと思われる)
よく調べると新宿でタヌキがいる。
あれはビックリする。
リーダーの城島(茂)君がこの間、秋のシリーズか何かで稲刈りをやっていたのだが、後ろから見ると完璧に「福島のお百姓さん」。
カマで刈って、腰が入っていて見事。
藁を抜いてクルクルっとまとめて束にしていくというのが。
ああいう彼らのテレビ番組を見ていると自然というのが本当にわかる。
「島で生きていく」とか。
それからもう一つ、横浜の海岸に「ダッシュ海岸」を作って魚を呼ぶヤツ。
DASH海岸
あのシリーズが面白いと思う武田先生。
やっぱり自然のバランスというのは本当に難しい。

自然の一番の重要なポイントだが、頂点をなくすと、たちまちピラミッドが崩れる。
そういう意味で武田先生がオススメの日本の山谷にかつて頂点としていたオオカミ。
これは70年前、戦後日本でニホンオオカミが絶滅するのだが、そこからそのオオカミを狙う猟師さんという天敵も消えた。
非常に日本の自然というのは頂点をなくしているという。

日本の山谷の頂点にはかつて戦前までオオカミがいた。
70年前、戦後日本でニホンオオカミは奈良を最後に絶滅した。
それで山の環境も変わって、「マタギ」猟師の人たちもたちまち商売にならず消え失せて、日本の自然界は頂点の獣をなくす。

 二〇一三年の環境省の発表によると、一九八九年に全国で三五万頭ほどだった鹿が、二〇一〇年の段階でおそらく三二五万頭に増えているという(26頁)

滅茶苦茶増えている。
10倍。
もう鹿はヤリっぱなし。
セックス大好き。
2016年では一千万頭いくのではないかと。
最近はすごい。
「鹿の体当たり」があるとか。
今年(2016年)の秋口は、しかも街の真ん中まで来ている。
まずは鹿の害から言うと、鹿の害がクマの被害を呼んでいるところもある。
鹿というのは背の届くすべての草木を喰い尽くす。
それで、その喰い物を探しに猪とか熊が街まで降りてくるというワケだ。
武田先生は「オオカミを日本の山谷に放てば」ということをこの番組(『今朝の三枚おろし』)でその手の本を取り上げた(こういうのとか)のだが、山田さんはこの考え方には大反対。

「だったらオオカミを導入すればいいじゃないか」
 なんていう素晴らしいアイディアを思いつく人が、必ずいる。
 バカなことを言ってはいけない。
−中略−
 その上、オオカミの主食は、通常、もっと小型の動物なのだ。
 オオカミなんかを放ったら、鹿のおかげでそれでなくとも激減しているウサギやネズミが、真っ先にトドメを刺されてしまう。
(30〜32頁)

ハブが増えたのでマングースを放したら、マングースがハブと闘わないでニワトリばっかり喰って歩いたという。
それで害獣になっちゃったという。
なかなか自然というのは。
だからマングースもやっぱりハブとは闘いたくない。
危ないから。
「鹿を害獣と考えてオオカミを導入する」という発想こそ、ピラミッドを消してしまうことになるのだ。
害獣を産んだのはあくまでも人間であって、勝手に決めてはいけない。
その一例として著者は別の例を挙げてある。

 カシノナガキクイムシ(以後、面倒くさいのでカシナガと省略する)というのは、体調四〜五ミリの小さなキクイムシで、いま、日本中のブナ科の植物を枯らして回って、世間の注目を集めている虫である。(36頁)

(番組の中で、この虫のことを「毛だらけ」と言っているが、実際には毛虫ではないようだ)

 しかし、この虫も、本来はいい子だったはずなのだ。彼らは、若くて成長のいい木は絶対に喰わない。山の中で、「そろそろ枯れることにしませんか」というようなコナラやクヌギの老木を見つけては引導を渡し、森の若返りに貢献してきたのである。(37頁)

コナラやクヌギは炭にするための木。
炭にするために昔の人が里の近くに植えている。
これはすごく便利な木で、ある太さになったら根っ子を残して切ってしまっていい。
切ると脇からまた出てくる。
10年以上ぐらいで前に切ったヤツと同じ太さになる。
だから10年ローテーションで切り続ける。
(本によると15〜20年)
そうしたら安定した炭がずっと生産できる。
本当に便利な木なのだが、ただ一つ、これが大木になるとキクイムシっていう虫を山から呼び下ろす。
里近くに降りてくるとこのキクイムシはコナラ、クヌギで太って、他の木に取り付く。
だから炭作りをずっとやらない限り、コナラ、クヌギはもう枯らしたほうがいい。
これが今、全然できていないから日本の里山の雑木林がガタガタになっちゃったという。
里山とか雑木林というのは、手入れしない限り、ものすごく悪いものを山から呼び寄せる。

日本中のマツが喰われて大騒ぎになったという事件があった。
武田先生は旅をしていると危機感を感じる。
中国地方、広島とか岡山の高速道路を走っていると、松という松が赤く枯れている。
今から2〜30年前。
それでゴルフ場の松も危なくて、注射が10数本打ってあった。
虫が寄ってこないように。
「日本の松が全滅するんじゃないか」と叫ばれたぐらい。
実はこれも人間が呼び寄せた松枯らしの虫のせい。

この間、写真家の加納典明に会って話した武田先生。
加納典明が東京の街角で無邪気に遊ぶ子供の写真を撮っていたら、親がバーッとやってきて「個人情報の流出だ」というので訴えられて。
加納典明がプリプリ怒って「平成の時代は『個人』っていう顔が無いバケモンしかいねえのか」という。
そういう事があるので難しいこと。
水谷譲もこの話にはビックリだが、そういう親御さんは増えている。
「うちの子は撮らないでください」とか。
学校でも最初にプリントが配られて「これから運動会とか文化祭の時に『自分の子供が写って欲しくない』という人は前もって言ってください」というお手紙が配られる。
面倒臭いというか「そんななっちゃったのかなぁ」と思う水谷譲。
あそこの学校(水谷譲のお子さんが通われている学校のことかと思われる)は連絡帳がある。
連絡帳一冊100万円単位で売り買いされているらしい。
ダイレクトメールにもってこいだから。
難しい時代だが、そこのところがちょっといびつ。
昭和の写真集とか見ると「路地で遊ぶ子供たち」。
もう涙が出るぐらいいい顔をしている。

外国からいろんなものが入ってくるといろんな便利さもあるのだが、プラスマイナスもある。
これが「松枯らし虫」。
「マツノザイセンチュウ」という。
外国からの輸入材木の中に紛れ込んでいた。
それで日本の松が美味くて美味くてたまらないからバリバリ喰いだして「日本の山谷が全部枯らされるんじゃないか」。
ということは何かというと、一斉に薬を撒けばいいのだが、日本の松林は防風林みたいなヤツもあるが、マツタケが出てくる松林もある。
高価な○万円のマツタケのところに農薬を撒かれたのではつまらないというので、地域によって「ここだけは撒くな」というエリアがあって農薬散布が効かなかった。
これは昔、本当に大騒ぎした。
これは何で収まったか?
こいつが取り付いても喰われないという松が日本で出始めた。
強くなった。

雑草のセイタカアワダチソウ。
キリンソウ。
ちょっと郊外に行くと黄色い三角形の花を付けた、昔、荒地なんかにいっぱい咲いていたヤツ。
あれは「闘い中」。
箱根なんかもあれがバーッと出てきて、ススキが全滅させられる可能性があった。
セイタカアワダチソウは困ったことにアメリカの材木に紛れ込んで日本にやってきたのだが、根っ子から毒を出す。
それで他のヤツを毒殺して自分が広がる。
ところが今、奈良から始まったらしいがススキの反逆が始まって「毒を撒かれても死なない」というヤツが増え始めた。
今度は白いススキか黄色いセイタカアワダチソウか。
郊外にちょっと出た時に高速道路の土手とか田んぼを見てください。
懸命に二者が闘っている。
そんなふうにして毒に自らが強くなるという。
だから人間がやることなんて、やっぱりほんの一部。

例えばダムを考えた場合。
「ダム」というのは基本的に「河川の首を絞める」という考え方がピッタリなのではないか。

 ナイル川流域では、氾濫原による持続可能な農業が、ファラオの時代から現代にいたるまで、実に数千年にわたって営々と続けられてきた。その伝統が、ナセル大統領による一九七〇年のアスワン・ハイ・ダム建設で、あっけなく崩れた。
 ダム建設の主要目的は、氾濫の終息と農業用水の安定確保により、農業の一層の振興を図ることだったのだけれど、あにはからんや、かつての氾濫原では土壌が痩せて生産力が激減し、ダム湖からは大量の水が蒸発し、灌漑用水として供給されるはずだった水量は、当初の目論見に、はるかに及ばなかった。
(57頁)

ナイル川はクレオパトラの頃が豊かだったらしい。
クレオパトラの頃は、あのピラミッドの脇まで川が来ていた。
あそこは沼地があって農業用水で結構小麦とか採れたらしい。
それが今、砂漠になっちゃってどんどん、という。
だから「ダム作りゃいい」というものじゃなく、今はアスワン・ハイ・ダムがエジプトを苦しめているという。
政治的な動きがいろいろあると思うが、この「ダムが首を絞めた」というのがエジプト経済にとっては非常に大きなことではなかろうかと。
これが、アメリカなんかにも共通したことが言えて、トランプさん(第45代アメリカ合衆国大統領ドナルド・ジョン・トランプ)なんかが登場するのが当たり前という裏事情がある。

バック・トゥ・ザ・フューチャー (字幕版)



あの中でジャイアン(のようなビフ・ タネン)が出てきて(主人公のマーティ・マクフライを)いじめ抜く。
あれがトランプさん。
髪の毛が無暗にボワーっとしたり太っていて。
それが、アメリカの三流紙で話題になっているのは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の最後版(バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3)が今年。
(PART3は1955年に飛ぶようなので、これらの話はPART2ではないかと思われる。PART2は2015年に飛ぶ)
あの中でアッと驚くのだが、電光掲示板にニュースが映るのだが108年ぶりにシカゴ・カブスが優勝している。
それが『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の街角の速報で流れる。
あれは前から言われていたが、監督さんが凝り手なので起こる可能性は全部あげたみたい。
「新製品で何ができるか」とかというので。
靴のヒモを自動で結ぶのはできた。
反重力で浮かぶスケートボードはできていない。
それで、あの、いじめていじめていじめ抜くいじめっ子が、トランプさんをモデルにしている。
もう、あの映画を作る時から不動産王の跡取りで有名だった。
あれ(映画の中で)は不動産王。

アメリカも我々が知っているすごく強大な力とか素晴らしい個人主義とか、そういう面と、基本のところで上手くいかなくなりつつあるものがある。

 たとえば、アメリカの大穀倉地帯では、一トンのトウモロコシを得るために、毎年一〜二トンもの土壌を失っているという話がある。−中略−トウモロコシ一種類だけを育てていると、作付け初期や収穫後に剥き出しになった土が、風で飛ばされたり、雨で流されたりする量が、半端ではないのだという。(59頁)

汲むだけ水を地面の下から汲み上げるが、スカスカになってきている。
上空から見るとわかるが、皮膚病みたいに点々と「何を植えても育たない」という枯れた土、砂漠化した土がアメリカの穀倉地帯に広がっている。
これはロシアも中国もそう。
「とにかく化学肥料で何とかしよう」という。
とにかくたくさん作らないと儲からないワケだから、収穫量でとにかく補っていく。
ドンドン肥料を与えるのだが、肥料を与えることによって大地そのものの酸性化が進む。
そうするとミミズなんかが死んじゃう。
「地面を作る」「土を作る」という生き物がいなくなる。
生態系、ピラミッドのてっぺんから殺していく。
だから強い生き物がいると、我々がやってきたのは、まずはオオカミならオオカミを撃ち殺して「牧草地帯の安全を図る」とか。
その、とどのつまりの行先がアメリカ、ロシア、中国の大規模農業なので、支えきれない農業の現状が出現しつつあるんじゃないか。
だから「私さえ選べばいいことある」という「叫んじゃう」という現象がおこるようだ。

二〇五〇年に予測される人口九〇億人の時代を支えるためには、現状の耕作地を維持しつつ(地球上には、もはやこれ以上耕作地を増やす余地はほとんどない)、単位面積あたりの収穫量を六〇%増やす必要があると語っているのだけれど(66頁)

一番手っ取り早い方法は「肉を減らして穀物を食べる」。
そういう食習慣を復活させないと、もう肉に特化しているような食事をする国はまず滅びるという。
だから早い話が「肉喰うな」と武田先生の奥様が言うとおり「喰わなくていいのよ」と「レンコンを喰えばいいのよ」と。
「食事を変えないと持たないぞ」と。
著者の山田さんは今、生態系のピラミッドを世界で見る。

人類が七〇億人なのに対して、人類以外で、人類を超える人口を誇っているのは、ニワトリの二〇四億羽だけ。それに次ぐ牛でさえ、一五億頭しかいないのである。
 牛、豚、羊、馬などの大型家畜を全部あわせても、三五億
(73〜74頁)

現在、人類は生態系のピラミッドの頂点にいるのだが、本当におっしゃるとおり、人間には天敵がいない。
だから、これら下位の家畜のために牧草地を広げ、森林面積を急速に失いつつある。
人類は今、何よりも問題なのは「土を失いつつある」という。
この問題をどうやって解決するか?

山田さんの提案は「土がなくなりつつあるんだ」と。
だから「土をいかに回復すべきかが何よりも大事な農業の問題である」と。
でも逆の発想ではオランダみたいに「土に頼らない農業をやろう」というような農業の発想もある。
ただし、これはやっぱり大手の巨大な会社が資本金を出さないと育たないだろう。
ありものでやるとすれ、ば山田さんは「土を取り戻すために絶対必要なのが広葉樹林帯である」と。
日本の山谷はクシャミばっかりする花粉症で有名なスギ、ヒノキが多いが、そればかりじゃなくてカエデ、桜、カツラ、ケヤキ、トチ、これらの広葉樹の落ち葉がものすごく大事で、この落ち葉が溜まっていく。
大地の上に積もることによって落ち葉から滲み出た栄養素が地面に染みていって虫を呼び寄せる


だから虫を嫌いかも知れないが、土を作るためにはものすごく「虫の力」が。
虫が集まってくると必ずケモノが集まる。
豊かな川があって、豊かな川が出来ればかならず豊かな海ができる。
日本の沿岸で非常に「豊かな海を作る」っていう運動さえしっかりやっておけば何とか。

常葉樹林帯。
いつも緑の山は実は土壌流失をおこしやすく、大雨で崩れやすい。
一番強いのは落葉広葉樹林帯。
様々な樹木、低木、草が生えるという「明るい森」だという。
常葉樹林帯はやっぱり鬱蒼としてる。
暗い森じゃダメなんだ。
明るい森だ。
生態系ピラミッドは森であっても多様さを慕い、独占を激しく憎む。
やっぱり「多様さ」は大事。
コナラ、クヌギが林を独占すると必ず「キクイムシ」っていう虫が大量発生する。
そういうものにブレーキをかけるためには生態系には多様さが必要である。
「意見なんかいっぺんにまとまった方がいいのかなぁ」と思う武田先生だが、自然も人間も「多様さ」が大事なのだ。
最近そういうことをやたら感じる。
だから変わった意見の人がいても、そう簡単に潰してはいけないような気がする。
この間入ったら、まだ「大麻を使いましょう運動」のパンフレットが置いてあって。
「麻布」っていう地名があるぐらいだからあそこで大麻が栽培されていた。
それから世田谷の「砧」。
あれは麻で作った繊維をほぐす音。
「砧」という石鎚で麻の繊維を打って柔らかくする。
だからその麻を利用していろいろというのは・・・。
麻の利用方法なんて昔の人はいくらでも知っていたし「幻覚が起きる」なんてことはもう知っていたと思う。
それを「アメリカでは治療に使っている」とか「アメリカではガンの患者さんに使われています」とか。
「私は知っているのよ」という態度が嫌いな武田先生。

多様性は認める。
その多様性をいかにお金のかからない知恵にしていくかということ。

 たとえば、九州の水田では、植えたばかりの苗を喰ってしまうジャンボタニシ(スクミリンゴガイ)という外来種に、長年悩まされてきた。もともとは食料として一部の養殖場に導入されたのだけれど、これが環境中に逃げ出てしまい、いまでは、水田だろうが行けだろうが、川だろうが、いたるところに生息して縄張りを広げている。−中略−
 ところがある時、田植え直後の田んぼに野菜クズを撒いた農家が現れたのだ。
 すると、どうだ。
 ジャンボタニシは、野菜クズに群がって、稲苗には見向きもしないではないか。そうこうするうちに、稲苗はジャンボタニシが食べられないくらいにまで硬く大きく成長してくれる。
(125頁)

 その段階で野菜クズの投入をやめると、喰うものがなくなったジャンボタニシは、稲以外の雑草を片っ端から食べるしかなくなる。(126頁)

だからよく観察して「いかに利用するか」ということ。
人間が勝手に「これは、こんなふうな使い道があるから便利だ」とかって叫ばないで「便利と不便っていうのをちゃんと使い分けて」という。
その観察力がないと、うまく自然と折り合っていけないような気がする。

2017年02月22日

2016年10月10〜21日◆『ことばの起源』ロビン・ダンバー(後編)

これの続きです。

ロビン・ダンバーが言葉の起源を考えた。
言葉はどうして生まれたのか?
言葉は草原に迷い出た類人猿のサルが集団を形成するために、毛づくろいの代わりに言葉を交わすことで集団の「紐帯」。
この輪をしっかり締めたというか、絆を保ったというか。
そんなふうにして言葉はドンドン複雑な技術になったということ。
この言葉を膨らましたのは何と驚くなかれ、仲間内のゴシップによってという。
だから仲間の噂話等々無責任に語り合うということは、意外と集団にとっては重大なことであり、それを語り合うことによって集団の目に見えない掟を確認し合うことになるという。
このあたりを読んでいて「あっ!」と気がついた武田先生。
最近テレビの地上波に出演すると、芸能ネタということで芸能人が芸能人について語るという番組が昼の12時を挟んである。
在京テレビ局三局が同じような内容で迫っている。
でも、それは実はそういう噂話というのが集団の掟を確認するための遠回しの儀式であると。
なるほど。
人の浮気なんざ別にガタガタ言う必要は無いと思うが「ガタガタ言わなくてもいいんじゃないの?」と言うと大変非難が集まったりするというのは、非難する人が集団全体の掟を確認するためにという。
だからドンドン掟が一般化していく。
スペシャルを絶対認めないという「ジェネラル」「オール一般」ということだが、気の毒だと思う武田先生。
『五体不満足』の乙武さんの離婚は胸が痛かった。
テレビの番組なんかで「バレなきゃよかったのにね」と言った武田先生。

五体不満足 完全版 (講談社文庫)



言葉による心の理論が類人猿を人に育てていった。
言い間違えて何度も炎上しながらだんだん皆、言葉使いが上手くなっていったのだろう。
今の社会は炎上社会だから、やたらいろんなところが炎上しているが、言葉というのは実に複雑なもので「俺のこと好きか?」「うん、大好きよ」っていう断り方がある。
そういうお付き合いの断り方があるし「アンタなんか大嫌いよ」という「愛してる」という表現がある。
それがやはり人間の言葉の複雑さなのだ。
今、問題になっているのは言葉が一種の裏切り者をあぶりだす手段として用いられるという。
ゴシップを語り合って、そのゴシップのやり取りの中で「あれ?コイツこんなこと考えてんのか。群れ全体にふさわしくないなぁ」という、あぶり出しの「センサー」として言葉が使われているという。
現代社会では、そこまで言葉が複雑になったということなのだろう。
この毛づくろいの代わりに集団形成、そして維持のために「コンタクトコール」から発達した言葉は、人間の集団を驚くべきスピードで言葉そのものが発達していく。
言葉というのはすごく面白いことに、ある集団の中で発達していく。
だからブログ炎上等々も含めて、ある言葉に対して反応する人たちがいて。
だから違う集団では全く理解できない言葉というのも、ある集団からは育っていく。

フランス語とイタリア語が共通祖先のラテン語より分かれてわずか二〇〇〇年であるが、関係の深いこの二つの言語を母国語とする大半の人々は、ラテン語も理解できないし、互いの言語も理解できないでいる。(214頁)

イタリア語は日本人にすごくなじみやすい。
ローマ字が読めればいいのだから。
フランスに行った後にイタリアに行ったらすごく目が楽になった武田先生。
フランスに行ってレストランのメニューが出てくると恐怖。
よく似た綴りを探すのだが、アルファベットでも全然読めない。
もう皆さんもお分かりだと思うが、イタリアのレストランに座ってバッとメニューを開いてみると読める自分に驚く。
「ペペロンチーニ」とかザッと読める。
「ズッパ(zuppa)」は「スープ(soup)」。
「エアポート(airport)」は「エアロポルト(aeroporto)」。
そんなに外れない。
とにかくフランス語は分かりにくい。
たった二千年であれぐらい違っちゃったっていうところが言葉の面白さ。

デンマーク語とスウェーデン語は、それぞれスカンジナビア語の異なる方言に由来しているが、わずか一〇〇〇年で、ほとんど互いに理解できなくなっている。(214頁)

言葉というのは、かくの如く枝分かれしていく。
枝分かれと言えば、思い出すのが『旧約聖書』に出てくる「バベルの塔」。
かつて世界の人々は同じ言葉を使っていたけれども、だんだん高邁になり、神を凌ごうと自分の力にうぬぼれ始め、怒った旧約の神は言葉を変えてしまってお互いの意思疎通が簡単にできないようにしてしまったという。

バベルの塔はただの神話ではなく、本当に存在していた。−中略−紀元前七〜八世紀の、バビロニア王国が第二の隆盛期にあった時期のどこかで建設された。七段のジッグラドつまり階段状のピラミッドになっていて(215頁)

「インド=ヨーロッパ語族」という分類のように人類を「語族」という分け方もできる。
「インド=ヨーロッパ語族」は昔、同じ言葉を使っていてそれが千切れていったという。

 今日の世界には、方言と考えるか完全に一つの言語と考えるかに左右されはするものの、一般に話されている言語がおよそ六〇〇〇ある。−中略−言語学者は、今後半世紀以内にこれらの言語のうち半数以上が、母国語として話す者がいなくなるという意味で消えていくだろうと考えている。(220頁)

(番組では「国家による国語教育のために消滅する」と言っているが、本にはそういうことは書いていない。この後の中国の話も書いていない)
一番言葉が消えているのが中国。
中国は様々な民族がいるのだが、北京政府の強力な指導により、北京語が中国語として統一されていったという。
時々問題を起こすが、新疆ウイグル自治区なんていうのは「ウイグル語族」という、別の東洋人とトルコ系の人たちが住んでいる。
新疆ウイグル自治区は「いいとこだった」と思う武田先生。
おじいちゃんが東洋人なのだが、お顔を見ると目がブルー。
ものすごくエキゾチック。
『孫悟空』の火焔山。
山で炎が燃えているという。
北京からウルムチに入り、車で行って正面にタクラマカンの大砂漠を超えて火焔山が表れた時に胸がキュンとなった。
丘が鳥取砂丘みたいにずっと連なっている。
その岩に年に何回か降った雨の跡が彫刻刀で彫ったみたいに走っている。
それが岩肌に「火」という字を百も二百も書いたみたいに「火」という字に読める。
それで火焔山。
孫悟空が芭蕉扇を持って来て扇いだという。
(番組では「芭蕉フ」(芭蕉布?)と言っているが、多分芭蕉扇のことを言っているんだと思う)
あそこを車で走っている時に、幻でゴダイゴの『ガンダーラ』が流れる。
堺正章さんがサルの恰好をして、夏目雅子さんが白い馬に乗って「そこ〜へ行けば〜どんな夢も〜♪」という。
(お若い読者には何のことか分からないかと思うので説明しておくと、大昔に堺正章さんが孫悟空、夏目雅子さんが三蔵法師で、エンディングがゴダイゴの『ガンダーラ』というドラマ『西遊記』が放送されていた)

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あそこで知り合いになった「ロシタン」というウイグルの青年がいたが、元気で暮らしているだろうか。
今、強烈に「北京化」があの辺りも進んでいると聞いた。

英語の威力はすごい。
今はもうカリブ諸島あたりも全部。
南米も英語になりつつある。
ブラジルあたりはまたちょっとラテン語が強いが。
中南米とかカリブはもう英語。
「英語はどこまでいっても通じる言語になるのかな」とみんな思っていたらならない。
何でならないか。
集団の中で英語が全然違う言語になっていく。
カリブ諸島にはもう正式名称で「クレオール語」と言うそうだが、これは英語のカリブ訛り。
ところが文法はまあまあ似ているが、英語から千切れつつある。
あと千年待てば、もう完璧に英語から離脱する。
だからまとめようとしても千切れていく。
世界語と言える言葉がバーッと躍進するが、世界語が浸透した瞬間からそれはまた地方の言葉になっていくという。
こういう言葉というのは、伸び縮みを繰り返すという。

方言は「変わらぬもの」というイメージがあるが、これもやっぱりゆっくり変わりつつある。
故郷を離れて40年の武田先生は、福岡博多の街には知らない博多弁が増えつつある。
そのNo.1で「バリ」。
「バリうま」とかっていう。
「どげんやっとや?」「いや、バリ美味かった」と言う。
「ものすごい」というのは「バリバリ」。
これを調べた武田先生。
どうも宮之城という鹿児島と宮崎の県境ぐらいにある鹿児島県の非常に狭いエリアの言葉。
向こうの人は「みやのじょう」と回りくどく言わずに「みやんじょう」と言うが、これが宮崎の小林という町があって、そのあたりと方言を共有しているらしいのだが、この「バリ」というのは宮之城・小林あたりでは段階がいくつもあって「グッド」「エクセレント」という表現があるが、一番言う「グッド」で「バリ」を使う。
「イイネ!」という。
「バリ」よりもっとよい「ベリーグッド」。
これを「ボリ」という。
それよりもっとよい、もう一段上は「ジョン」。
バリ・ボリ・ジョン。
「ジョンよか」という。
「スーパーエキセレント」「最高に良い」は「ジョジョン」。
これを天文館(鹿児島県鹿児島市にある繁華街)でそこ出身のホステスさんから聞いた時に立ちくらみがした武田先生。

宮崎の田舎町で聞くとフランス語に聞こえるという宮崎弁。
もう、本当にフランス語に聞こえる。
「そがよがまちきんしゃい。きんさいとバリジョンよかたぁい。おかさいささないちゅうよぉ」
ずっとフランス語だと思って聞いていると、何のことはない、その小林の方言。
それで「小林にいらっしゃい。素晴らしいとこです」と言う。
「こばやしこんで、ジョンよかぁ」という。
この時に初めて「ジョン」というのを聞いた武田先生。
バリ・ボリ・ジョン・ジョジョン。
その一番下の「グッド」の意味の「バリ」が、福岡に学びに来た学生さんあたりで鹿児島系の人がいて、博多ラーメンを喰って「あ、バリうま!」とかって言ううちに、だんだん横浸透したという。
「チョー」は「ジョジョン」。
「バリ」というのは「感じいいんじゃない」みたいな「すごくいい人」みたいな。
「激ウマ」は「ジョン」。
だから四つランクがある。
博多は「よか」しか褒め言葉がなかった。
だから他県の方言を取り込んでくっつけたのだろう。
LINEのスタンプで「バリよか」と仰っている武田先生。

武田先生はわかっても、博多の若い人は「そげなことは言わんですよ」と否定される博多弁もある。
その一つ「バサラカ」。
「ものすごく」という意味。
だから「ジョジョン」に近い。
味には使わない。
商品とか映画の鑑賞の時に「どげんやっとや『ベン・ハー』は?」「バサラカよかった」と言う。
この「バサラ」というのは室町時代の「婆娑羅大名」。
そのバサラそのものは「バサラ神」という神様の名前。

イスム 伐折羅(バサラ)



だから何のことはない、インド語。
それが博多弁になった。
博多弁は「休み」のことを「ドンタク」と言う。
「zondag」だから。
それを博多の人がまねて、半分に切っちゃって土曜のことは「半ドン」。
このあたり、言葉は転々と旅するもので、何かの言語で統一されるという、そういうものではない。
これは福岡帰り、博多帰りが最近多いので、ちょっとわかるようになった武田先生。
東京の皆さん方が見かけるよりも、福岡はおそらく台湾、中国の方とすれ違うことが多い街。
そうするとホテルのロビーなんかでもありありとわかる。
それは台湾の方と中国の方はわかる。
だから(福原)愛ちゃんで一時期噂が上がった。
愛ちゃんは中国の卓球チームで鍛えた中国語だが、発音が変わったと思ったら、何のことはない。
「恋人が台湾の人になってた」と噂が一時期。

博多の街に帰っていて、アジアからのお客様でも同じ言葉、例えば中国語。
上海からいらっしゃった中国の方の声と、台湾からいらっしゃったお客様の声が「違う」というのは感じるようになった武田先生。

方言というのは集団内で守られてきた文化であると。
だから方言の中にはものすごく貴重な遠い昔が生きていたりする。

一部のオーストラリア原住民族の創造物語が、オーストラリア南海岸沖のタスマン海海底の地形や、海が押し寄せてきてオーストラリア北部および南部の海岸のたくさんの島々と本土との陸のつながりが絶たれた経緯を、驚くほど正確に描写していることである。以前の氷河期の間、この地域の海底は陸地として現れていたのだろう。原住民の祖先たちが最後にそこを歩けたのはおよそ一万年前のことであり(237頁)

そういうのを聞くとワクワクする武田先生。
九州福岡はそういうことを刺激するものがいっぱいあるので、その手の番組を地元に帰ってやりがいのだが、誰も話を聞いてくれない。
ある神社に行ったら、隣の有名な神社の悪口を言う神社の神主さんがいて「あそこは裏切りもんですたい」とか言う。
「ひどい言葉使うな」と思ったが、祀っている神様同士で昔、何か争いがあったようだ。
九州博多はいわゆる「海人(あま)族」の基地が点々とある。
大和側についた海人族と、九州の王様を最後まで守ろうとした海人族がいて、今でも低い声で「裏切りもんですたい」と。
だから私達に見せられない「何か」で、そういうのが神主さんに伝わっているのだろう。
そういう不思議な古い話はいっぱいある。
(武田先生のご家族が)三人いるのだが神社にものすごく熱心になってしまって、最初に出雲に行った。
その次に伊勢に行った。
そうしたら「出雲が落ち着く」と言う。
奥様は境内に入った瞬間「きた」と言う。
そうしたらお嬢さんも「アタシもきた」とかって。
そうしたら奥様が突然「アタシの子だからよ」とか。
母子というのは、何かワケのわからないことで急に仲良くなったりする。
お伊勢さんには何の罪もない。
ただツイてなかったらしい。
行ったのだが鳥居をくぐったら土砂降りの雨で、それで「拒否されたね」って下のお嬢さんが言うと、奥様が「アタシも拒否を感じたわ」とか。
「あたしたちの故郷は出雲よ!」とか急に叫び始めて。
住吉の神様。
「住吉神社」がいくらでもある。
あそこは不思議で「住吉三神」といって神様が三ついるのだが、その三つの神様が一つの海の断面図。
海上の神様、海の真ん中ぐらいの神様、海底の神様。
何で「断面」なのだろう?
そういうのは不思議で仕方がない。

『ことばの起源』のロビン・ダンバーによれば、人間の言葉そのものを遡ったり神話を辿っていくと、人が残した言葉の中には約500万年の人間の長い歴史が隠れているという。

現代は発達して言葉を巧みに使う人間。
ブログやLINE、SNSというものもあるが、これも一種の毛づくろい。
多くの仲間と交信しているという。
これはもうたまらない動物の快感。
そしてこのような毛づくろいは仲間に対する自己宣伝でもあるし、露出によって「俺はたくさんの人に知られているんだ」という快感。
これは自己肥大させたり。
また、ブログ炎上等々の個人攻撃も、一種、毛づくろいの快感の名残り。

著者は繰り返し言う。
進化とは、何か大きい目標に向かって生命が大躍進を遂げたような響きがあるが、そうではない。

 進化というのは基本的には「やりくり」である。(290頁)

先のことを考えたのではないのだ。
「今日どうする?」という「やりくり」から工夫していったものが進化になったという。
「毛がなくなった。じゃあどうするか?」というと「泣き声でお互い鳴いてみよう」という。
鳴いているうちにだんだん安らぎが生まれて、それが言語になっていったという。
何も高い次元みたいなことで言葉を覚えたのではないと。
お母さんの顔を見たら、お母さんが「マンマー」と言う。
自分が「マンマー」と言うと、お母さんがにっこり笑ったような気がするんで「マンマ」を繰り返すうちに彼女の呼び方をその「マンマ」という言葉を使ったというような。
そういう小さなやりくりから進化というものが始まるんだ。
言葉というのはものすごく精巧なものであるけれども、一対一でしか交換できない.

一つの会話に関わりうる人数には、およそ四人という、厳然たる上限があるようだ。(171頁)

しかも男女にも差があって、グループで会話する場合、女性は全体の25%しか話をせず、70%は男のもの。
つまり、男女で話をする時、女の人は黙り込んでしまうという。
男がメインをとる。
でも、話さなくても女性に関しては話さない方が男性はたくさんのことが分かってくれるという。
更に言葉は重大な瞬間、全く役に立たない。
言い訳や弁解がスラスラ言葉として語られると、その言い訳や弁解は言葉としての信用を失う。
この辺は言葉の難しいところ。
また、相手が目の前にいないネットでの会話、交信は車運転のドライバーの言葉と同様「ロードレイジ」と言う。
これは「運転時激怒」に似て「罵り言葉が常軌を逸したものになります」という。
相手が見えていないと罵る言葉が極端に汚くなるという。
言葉の生まれた理由。
それは群れでしか生きられない毛のないサルの必死のやりくりであった。
そして毛づくろいの安らぎの代理が言葉であり、その中身はほとんどゴシップであったと著者は言う。

彼女が働いていた制作部隊は、あるテレビ局の教育作品をすべて制作していた。たまたまそうだったのか意図されていたのか、とにかくその部隊にはほぼ一五〇人がいた。長い間、すべてが一つの組織として非常にうまく機能していたが、あるとき、制作のためにとくに建てられた新しい施設に移った。するとはっきりした理由のないまま、すべてが崩壊しはじめた。−中略−
 しばらくたってようやく、何が問題であるかわかった。建築家が新しい建物を設計した際、昼食時にみんながサンドウィッチを食べている休憩室は不必要なぜいたく品だから、なくしてしまおうと決断したことが判明したのだ。
−中略−
どうやら以前は、人々が休憩室でサンドウィッチを食べながら気楽に集まっているときに、役に立つ情報の断片が何気なく交換されていたらしい。
(286頁)

これが「無駄話の効用」。
無駄話をすればするほど新企画というのは生まれて、会議室を立派にすればするほど新企画は生まれなくなった。

バリ・ボリ・ジョン・ジョジョン。
鹿児島の天文館のホステスさんが話すのが上手で笑い転げた武田先生。
宮之城(みやんじょう)という鹿児島の小さな町の女性と夜を共にすると、それを連発するという。
これはものすごく男性陣をワクワクさせる。
ちょっとお布団を一緒にしたりなんかすると、そこのエリアに生まれた人が大声で叫ぶ。
それが「バリ・ボリ・ジョン・ジョジョン」って言う、と。

2016年10月10〜21日◆『ことばの起源』ロビン・ダンバー(前編)

今回の本の中に自閉症のことなども書かれているが、情報は少々古い。
番組ではこれに関して全く取り上げない。

ことばの起源 -猿の毛づくろい、人のゴシップ-



出版されてから20年の本。
進化生物学の先駆けを成す名著の再販。
だから20年間売れ続けている。
20年間生き残った本。
ロビン・ダンバー。
その集団に何人の人間がいればその集団は落ち着くか?
「安定的なダンバー」集団の数は150人。
でも200人になると意思疎通がうまくいかなくなるという。
そういう数値のことを「ダンバー」(ダンバー数)という。
その「ダンバー」の名付け親がこのロビン・ダンバーさん。
この人が言葉の起源を考えた。
「言葉ってどうして生まれたのか」という。
辿り着いた起源は、あっけないほど平凡。
言葉の起源。
毛づくろいの代わり。

サルが毛づくろいをする。
「虫を取ってやる」とか毛づくろいをよく見かける。
あれをしようにも、人類はいろいろ事情があって、2〜3か所だけを残して毛を脱ぎ捨てた。
それで毛づくろいが出来なくなったので、毛づくろいの代わりにやったのが「喋る」「世間話」。
それが「言葉」というものを産んでいったという。
実にあっけない結論。
言葉というのは初め「遊具」「おもちゃ」であったという結論。
この「遊具であった」という結論を先に言っておいて、それからダンバーさんはそのことをずっと類証、例証を集めながら説明していく。
だから言葉というのは危機を知らせるアラームでもなく、もっと卑俗なゴシップを話すための道具だったという。
力むタイプの武田先生は「言葉の力」とかといって力む。
でもダンバーさん曰く、言葉ってのは所詮、仲間内の噂話をするための道具だという。
「聞いた?あいつさ、女をさ・・・」とかって。
それを聞くとホッとする。

悪気のある人は一人もいないと思うが、最近、芸能人がニュースについて語り過ぎる。
何かゴシップが起きると「あなたはどう思いますか?」で朗々と芸能人同士で批判を求める。
「いや、あの人はさー」とかと言いながら非難したり。
政治についても爆笑問題の太田さんは安倍首相に向かってラジオを通して「バカ!」と言った。
漫才のボケの人が一国の宰相に向かって「バカ!」と言った。
相手の方は「受け」に困っていたが。
そういう政治批判とか、そういうのもやっぱりやらざるを得ないところにきている。
関東エリアの人は、最近はお昼はすごい。
芸能人全部並べておいて、芸能人の悪口を並べるという。
松ちゃん(ダウンタウンの松本人志)と引っ張り出された武田先生。
すごく評判が良くて。
この間も蓮舫さんの悪口なんか言ったら、街行く方から「あれはひどい」から始まって「いいこと言った」とか。
でも、あれはもう追い詰められて言っている。
やっぱり
「言葉というのは慎重に」とか思っていた時に、このロビン・ダンバーさんが「いやいや、言葉っちゃぁね、仲間内のゴシップを語り合うための道具から生まれてきたんだ」という。
これはちょっとホッとした。
言葉の起源そのものはゴシップを語り合うための道具として、言葉というのは複雑化してきたという。
しかも結論を出してはけない。
コミュニケーションとはそういうこと。
内田樹さんの名言だと思うが、コミュニケーションというのは二人で語り合って何か結論を出すために語り合うのではない。
コミュニケーションというのは、ずっと話し続けるために語り始めるという。
それがコミュニケーション。
結論が出たらそこで終わり。
「君の言うことはわかった」
あれはわかっていない。
「君と話したくない」という代わりに「君の言うことはわかった」と。

 人間の赤ん坊はだいたい生後一八か月で、初めて本当の言葉を話す。二歳ごろにはかなりよくしゃべるようになり、語彙も五〇ほどになる。次の一年で日々新しい語を学び、三歳になる頃には一〇〇〇の語になる。そして、単語をつなげて二、三語からなる短い文を作り−中略−六歳になる頃には、普通の子供はおよそ一万三〇〇〇語を使ったり理解したりするようになる。そして、一八歳頃には、使える語彙が六万語ほどになる。つまり、最初の誕生日から毎日平均一〇の単語を憶えているということであり、起きている間、九〇分に一つの新しい単語を憶えていることになる。(10〜11頁)

間もなく70歳になろうという武田先生でも、いまだに新しい単語は増えていく。
「こんな言葉知らないよ」というのは案外ある。
人間というのは言葉を死ぬまで覚えていくのだろう。

ここに、昨日の新聞の二紙、高級紙の『ロンドンタイムズ』紙と、イギリスの大衆向けタブロイド紙『サン』の数字を挙げてみる。大衆向けの『サン』の本文−中略−七八%が「人物系」の記事、つまり読者に他人の個人的な生活を覗かせることだけを目的とするような記事にあてられている。政治・経済時事、スポーツの結果、近日公開される文化イベントその他のために残されているのは、わずか二二%である。権威ある『タイムズ』紙ですら、一九九三インチコラムの本文のうち、主なニュースおよび、政治的・専門的ニュースに対する論評に割かれているのは、五七%だけである。四三パーセントが人物系の記事(インタビュー、もっと雑多な類のニュース記事といったもの)に費やされているのだ。(14〜15頁)

「豪栄道優勝」っていうよりも「どのくらい今までダメだったか」「お母さんが応援している」「決定戦の夜は眠れなかった」とか、そういう「まつわる情報」を知りたがる。
新幹線の車内に流れる電光ニュースを見てイライラする。
「今月7月は降雨量が先年の50%しかなかった」とか、それを読んで「だから何が言いたいんだ、オマエは!」みたいな。
「裏」を知らないと我々は何も楽しめない。
ということは、やっぱり後ろから支えるものとか、物陰で動くものとかっていう、そういう事情、状況が言葉として伝わってこないと、私達は情報だけでは耐えられない。
やっぱりゴシップ好き。

松ちゃんの番組でちょっと蓮舫さんの表情なんかが「この人は主役が出来るお芝居ではない」と思う武田先生。
政治家の人の表情は分かりにくければ分かりにくいほど考える。
あんまり明るい顔で全部言われてしまうと「何考えてんだ」って話になるし、あんまり苦しそうに語られると希望を感じなくなる。
つい憶測したくなる表情というのが、こちら側が言葉を感じるためには絶対必要。

言葉を話す人間を三千万年まで遡る。
目の前にいる(水谷)加奈さん。
加奈さんのお母さん、そのお母さん、お母さん、お母さん・・・。
三千万年遡ると、どのくらいの人数に達するかというと400万人。
400万人のお母さんが加奈さんには必要。
これは数字的には大したことがなく、オリンピックをやったリオの1/4程度。
その頃、アフリカの太古の森を跳ねまわっていたサルがいて、類人猿という種になって、大方のサルと別れた。
このアフリカの地というのは、振り返っても振り返っても不思議。

 およそ一〇〇〇万年前頃、気候が乾燥しはじめて気温がまた下がるにつれて、旧世界の森林が後退していった。地球上の海洋の水面温度は、さらに一〇度ほど下がった。−中略−
 問題の一つは、類人猿が猿とは異なり、熟していない果物のタンニンを解毒する能力を持っていなかったことらしい。
(24〜25頁)

 我々も類人猿と同様、熟していない果物を消化できない。タンニンを分解する酵素がないため、食べ過ぎると腹痛や、最悪の場合、下痢をおこすのだ。−中略−七〇〇万年前に森林の暮らしが厳しくなりはじめると、ひひやマカクなどの猿は熟していない果物を食べられるおかげで、当然ながら類人猿の系統よりも有利になった。−中略−生き残った少数種の類人猿は、森林の地面やはずれなど、猿がめったに足を踏み入れない周縁の居住環境にどんどん追いやられた。(26頁)

アフリカの正面から見て右側の草原、マダガスカル方面に出た。
売れた実を探すサルの一団になったのだが、草原に立つと恐ろしいことが次々と起こる。
草原には剣の歯を持ったトラ、ライオン、ヒョウ、ハイエナ、リカオン等々、恐ろしい肉食獣たちが待ち構えていた。
おそらく人類はワシなどからも襲われたはずだ。
そして群れ全体の20〜40%が襲われて死亡。
絶滅の危機に瀕する。
この絶望に類人猿は二つの偶然を生かす。
一つは体を食べられにくくするために、とりあえずデカくした。
ワシ等が襲ってくると、小さいと捕らわれる。
それで、わりと体を大きくして掴まれても浮き上がらないようなサイズになるように。
また、そのサイズのものしか生き残れなかった。
そしてもう一つが、遠くを見ないとエライことになるので草原の中で立ちあがった。
安定がすごく悪いが、四足を前二本を諦めて立ち上がって背伸びをして遠くを見る。
四本の方が速いので、スピードがガクンと落ちるが二本の足で移動した。
移動する時に群れで生活をし始めた。

 捕食者はそれぞれ、攻撃のスピードや方法に応じて、固有の攻撃距離を持っている。チータは助走なしのスタートから数秒以内に時速一〇〇キロに達することができるため、攻撃距離は六〇メートルである。もっと遅くて体の重いライオンでは三〇メートル弱で、それより軽い豹ではたった一〇メートルほどか、それ以下の場合も多い。もし獲物が、捕食者が攻撃距離内に入らないうちにこれを発見できるなら、必ず捕食者から逃れられるだろう。(30頁)

その上に群れで行動していれば、誰か一匹が見つめれば「危ない」というのがすぐに伝わる。
その群れをつくる時に最も重大だったのが「毛づくろい」。
これはやっぱりコミュニケーション。
この毛づくろいのコミュニケーションには原則があって、それは「やってくれたらやってあげるから」「私の背中を掻いてくれたなら、あなたの背中を私は掻きましょう」。
これが毛づくろいの鉄則。
もちろんその中身はというと、虫・汚れの除去等々。
毛づくろいの間は「敵が来たら私が教えてあげるから」という約束事が含まれているので、ものすごくリラックスできる。
リラックスした瞬間にエンドルフィンという脳内合成麻薬がバーっと出て、その間はストレスが激減する。
一回エンドルフィンが出ると、次の日になったら「またエンドルフィン出したいなぁ」というようなもので次々に。
水谷譲のジムを支えているのはエンドルフィン。
またやりたくなる。
ハッと気がつくと、苦しいことをいつの間にか平気で求めるようになる。
これが快感・快楽。
エンドルフィンの凄まじい力。
この「快感の交換」。
これこそが群れを作るという動機を励まして類人猿の生き残りの協力者となった。

森へ出て草原へ。
草原を生きぬくために群れを作り、その群れが大きくなった故に多くを食べねばならず、そのためには遠くまで歩きはじめる。
これが類人猿なんだ。
これはドンドン距離が伸びて行く。
他のサルたちは同じところをウロウロしている。
類人猿、人間になる一派だけはやたら遠くまで行く。
そのために、やっぱり独特の偏った進化の道を歩きはじめる。

言葉の起源を求めて長い長い旅をしている。
話は進化の話から始まって、アフリカのジャングル、森から出て、やがて草原へ立った類人猿、やがて人類になるサルども。
彼らは草原で生き抜くために群れを作って、その群れが大きくなったが故に多くを食べねばならず、そのためには遠くまで歩きはじめた。
その生き残りのために「毛づくろい」というコミュニケーションを始める。
この毛づくろいというコミュニケーションが仲間をまとめた。
「紐帯を成す」というような古い言い方があるが、まさに「毛づくろい」が帯やヒモになった。
人間が最も安定した集団を組みやすいのが150。
150人というのが一番まとまった集団の数。
200人になるとちょっと阻害が起きるというか、意思疎通がうまくいかなくなる。
これが始めのアダムとイブの夫婦から四世代の子孫で、ちょうど150人。
私達がここまで生き延びたのはやっぱり偶然がある。
偶然がドミノ式に起きるというところが、たまらなく面白いと思う武田先生。
例えばアマゾン(本には「アフリカのサバンナ」と書いてある)に住んでいるベルベットモンキー。

たとえばベルベットモンキーは、異なる型の捕食者をはっきりと区別しており、その正体を知らせるために異なるコールを利用している。豹のような地上の捕食者と、鷲のような空中の捕食者とを区別しているし、この両方と、蛇のような這いまわる生き物とを区別している。捕食者のそれぞれの型に応じて、異なる型のコールが出される。(71頁)

「地を見ろ」「木を見ろ」「空を見ろ」
「大地を見なさい、ヒョウが近寄ってる」「木を見ろ!ヘビは上から狙ってる」「もっと頭上を見ろよ!ワシが狙ってる、オマエを」と言って「地」「木々」「空」。
これで泣き声を変えて、それぞれ見る場所の注意、警報が異なるというから、やっぱりコールを聞き分ける耳を持たねばならなかったという。
そして、その次に人類に訪れたのが熟れた果実しか消化できないから、採取する季節を記憶しなければならない。
やっぱり一番デカかったのは「色」だろう。
人間は熟れたた実だけしか食べられないから「熟した」っていう色を見分けないとダメらしい。
色を見分けるとか泣き声を聞き分けるとか、そういう情報を入れる度に脳の進化が始まったのだろう。
草原でサルが生き残った。
そのサルに更に重大な淘汰圧がかかった。
遠くまで移動しないと食物が手にできない。
体が大きいからたくさん食べないといけない。
それで熟れたものしか食べられない。
移動を長くやっているうちに汗をかく。
汗をかくと、着ている毛が邪魔になってくる。
毛を捨ててしまった。
人類というのは「裸のサル」。
その上にマダガスカル方面に向かって歩き続けた草原のサルは、ついに海に達する。
海に入って、逃げて行かない貝などを食べ始める。
貝というのはやっぱりいい。
貝塚というのはどこにもある。
それからうまいこと追い込んで魚等々を食べ始めた。
そうすると、ますます濡れた毛が邪魔になる。
武田先生が好きな説。
海の中に腰まで浸かってジャブジャブ歩くうちに歩き方がドンドン上手になったという説がある。
浮力で浮くので海が歩行器代わりになり、直立歩行を助けた。
集団としては150頭前後いる。
だけど毛が無くなった。
毛づくろいをやることができない。
その「毛づくろいの代用」となったのが言葉の誕生であるという説。
言葉の誕生は様々な事をおそらく語り合ったかもしれないが、一番最初は150人。
その集団の間違いなくゴシップだったはずだと。
「あの男には気を付けるのよ」「ちょっかい出してくんだからね、アイツ。嫌いよ!」等々。
それから当然、その獲物が住む川とか危険な野原とか、そういう仲間たちに伝える集団共有の掟、出来事の報告等々。
そして下世話な話題。
そういうものがコミュニケーションに使われていって、言葉はゆっくり膨らんでいったという。

水谷譲の噂が別の時間帯のラジオ番組から流れてくるのを聞いた武田先生。
放送局(文化放送)でもベテランの女子(アナウンサー)だから、みんな怯えながら「加奈さん」と呼んでいる。
そうしたら誰かが「いや、一本だけね、加奈さんのこと呼び捨てにする番組がある」。
それがこの番組(『武田鉄矢・今朝の三枚おろし』)。
両刀使いで、武田さんが話にあまり熱心に耳を傾けない時には「加奈」って呼び捨てにして、イイコによく聞いている時は「加奈さん」と呼んでいるという。
だからやっぱり言葉はみんなその裏を取りたがる。
民進党の蓮舫さんのことを武田先生も言って、いろいろいいにつけ悪いにつけあったが、蓮舫さんはあいかわらず分かりやすい。
言葉が顔に書いてあるという方。
最近、小池(都知事)の顔が読みにくい。
選挙戦で戦っている時は非常にわかりやすい。
顔に「もちろん、当選するのは私です」と書いてあった。
都知事になって、いろいろ問題が。
そうするとドンドン表情が難しいと言うか、読みにくくなってくる。
言葉というのはそういうもの。

毛づくろいの代用を果たすために言葉は生まれたのだ。
そして発達したのだ。
発達していくうちに、人の脳はその人が話す言葉の意味よりも、その言葉の裏側に隠していることを知ろうとする。

「彼は何が言いたいのか」
それを懸命に探すようになる。
会話というのはドンドン複雑になってゆく。

だいたい三歳になるまで、子供たちは嘘をつけない−中略−子供たちはだいたい三歳ごろには、チョコレートを食べたことをそれなりに強く否定すれば、信じてくれることが多いだろうと気づくくらいの理解力はある。しかし、この年の子供は、自分の口のまわりについたチョコレートが秘密を漏らしていることに気付くほどの理解力は持っていない。(123頁)

嘘をつくことによって言葉というのはドンドン複雑になってゆくのだろう。
人間は嘘を考える時に複雑に考えすぎて、かえって罠に落ちることがある。

これら言葉の複雑な技術を今でも人の子はわずか四歳からたくましく学び始める。
つまり「他人は私と違う考えを持つ」という集団の特性からそのことに気付き、学び成長していくのである。

挽いたコーヒー豆をコーヒー沸かし器のフィルターの中に入れてフタを閉める武田先生。
奥様からやかましいぐらい「コーヒーの粉をこぼすな」と言われる。
その言い方が怖いから慎重にやるのだが、慎重すぎて逆にこぼす。
「あ!」とか。
それで挽いた豆をフチにぶつけながら、フィルターの中に綺麗に落とすのは難しい。
外側の沸かす水のところにちょっとでもコーヒー粉が落ちたら、大きく「あ!」とか言われる。
奥様が違うところを見ていたので「こぼしてないでしょうね」と言われて「こぼしてない、こぼしてない」とかと言う。
何であんな悲しい嘘をつくのか?
そうしたらもうバレる。
それでチェックされてティッシュペーパーでコーヒーのお湯を入れるところを拭いたら、やっぱりコーヒーの粉が落ちているのが分かる。
「もう!」と言われて。
その時に、フィルターだけ外して流しのところで入れてはめれば何にもフチに落とすことはないのだが、叱られると脳はフリーズして、フリーズしたおかげで「嘘をつこう」というふうなところに努力が行って、よい方法を考えられなくなる。
それぐらい嘘をつくというのは難しい。
奥様とも共有できるものは、意外とゴシップがかったところからフッと仲良くなる。
夫婦なんてのもそんなもの。
人の悪口を言う時「そうでしょ?私もあの人はそういう人だと思った」とかっていうそういうアレ。
「よかったよなー。ロシアと上手くいって」とか「TPPは」とか話さない。
「アイツさ、危ないらしいよ」「やっぱりね」とかって。

2017年01月18日

2016年3月14〜25日◆『しんがりの思想 反リーダーシップ論』鷲田清一(後編)

これの続きです。

鷲田清一さんがお書きになった反リーダーシップ論。
「世の中を引っ張る、そういう英雄が出て来い」
その考え方は間違っている。
世の中を進めるのは実はリーダーではなくて、ビリっけつを走っている人。
その人たちが平均値を上げる。
そのことが全体がよくなる唯一の道なのだという鷲田さんの『しんがりの思想』。
少し社会全体がプロフェッショナルに頼りすぎているんじゃないだろうかという。
それよりも私達は市民として、一人間として、自分たち自らでしっかり勉強しないとダメなんじゃないかと。
そういう個人の人民の努力が世の中全体をよくするのではなかろうか。
そういう考え方の方。

学校で何か事件が起きたときにまずいちばんにカウンセラーを呼ぶという、もう学校現場のモードのようになっている動きがある。(118頁)

両者は気前よく己の時間をこの問題にあててその原因を探るが、知性の肺活量と呼ぶものが少なすぎる。
「なぜそういう問題に陥ったのか」というのをまず自分たちで考えてみよう。
専門家の知識とか専門用語にすがらないで。
要は「誰かが答えを握って正しく、市民はそれを受け取るとよいことがある」という方程式は世の中にないのだ。
スクールカウンセラーなんか置かなくて、その非行に走る少年たちの予兆みたいなものを、今の人たちは捉えきれない。
これは一体何なのだろうか?という。
それは私達の力が少しダウンしているんじゃないか。
生きていく力。

リーダー、つまり人の世のトップに立ちたがる人間、そういうものが子どもたちにパーッとあふれると世の中そのものが脆くなっていく。
たとえば私達は○十年前、失敗の世界大戦を引き起こした歴史を持っている。
なぜあんな馬鹿や戦争をやったのかを探らなければならない。
その一つに戦前の日本の大半の少年たちが夢見たもの。
「君は将来何になりたい?」
日本全国の少年に聞くとだいたい同じ答えが返ってきた。
それは「陸海軍の大将になりたい」。
少年たちがみんな軍人さんの大将になる夢を持ったという社会は非常にもろかったではないかと仰っている。
(本の中にはそういう話は見つけられなかった)

深い味わいを感じつつ耳を傾けた、松下幸之助の、意表をつくようなリーダー論である。−中略−彼があげたのは、まずは「愛嬌」、次に「運が強そうなこと」、最後が「後ろ姿」である。(149〜150頁)

愛嬌のあるひとにはスキがある。−中略−「わたしがしっかり見守っていないと」という思いにさせる。(150〜151頁)

人がこう思うと、その人の周りにはすごい強いチームができる。
才能は人を呼ぶのである。

 次に「運が強そうなこと」。ここで注意しておくべきは、松下がけっして「運が強いこと」とは言っていないことだ。−中略−そういう「運の強そうな」ひとのそばにいるとなんでもうまくいきそうな気になる。(151頁)

「後ろ姿」は無言の言葉である。
その人の後ろ姿を見ると付いて行きたくなるというような後ろ姿。
懸命に説明したがる人は意外と脆い。
後ろ姿で人を惹き付ける人、無防備で緩んだところがあるが、その緩んだ無防備の後ろ姿に余韻がある。
「そういう人が人を引っ張っていくのにはもってこいなんだ」という。
よくリーダー論で言われる「軸がぶれない」「統率力」「聞く耳を持っている」そんなものは三の四の次だ。

とある武道家の方から「あなた運強いでしょ」と言われた武田先生。
「やっぱ運いいんですよ」と言ったら「それは、まぐれじゃなくて運が強いんだ」と言われて何かギクッとしたことがある。
面白いなぁと思う。

精神科医の中井久夫は−中略−サルの集団になぞらえてこう言っている──
 お猿の実験では、ナンバー2の性格がその集団を決めるんです。ナンバー1をたとえロボトミーにしても、ナンバー2が権力欲をもたずに、しかも集団を余裕とユーモアをもってまとめていく能力があったら、その集団は決して崩れないんです。
(153頁)

これから長らく続くであろう「右肩下がり」の時代は「我慢」と工夫の時代であろう。ここでは、だれかに、あるいは特定の世代や社会層に、どこか特定の地域に、はたまた何か特定の業種に、ダメージが集中しないように、負担とリスクの分散をさせること、それらを均等に担うことが求められる。(153〜154頁)

政治という術があるが、それがこの「揚げ足を取ったり」的のエラーを哄笑する、あざ笑う、そういうことではなくて「条理を尽くして説得していく」という。
鷲田さんはそういう意味で現安倍政権に非常に強い疑念を持ってらっしゃる方。

「条理を尽くす」には、理路を説く前にまず「相手の立場や心情を十分に顧慮」することが肝要だ。(157頁)

安倍さんにはそういう「条理を尽くす」というのはちょっとできてないんじゃないかという批判があった。

「何を言っているかではなく、その人間が何を聞き取る人間であるのかを注視していれば間違う確率は少ない」とは平川克美の言葉(157頁)

最近武田先生が魅せられているのは「ワイルド」。
自分の中でそういう「野生」みたいなものがどんどん薄れていくからだろう。
自分に何がないのかというと、やっぱり明らかに野生がない。
どんどん野生が落ちているので、個人的に野生の研究に入っている武田先生。
野生の研究の本に「裸足で走れ」と書いてあった。
それで暇な時に、とある公園を裸足で走っている武田先生。
それと靴を変えて袋状の靴下をやめ、五本指靴下にした。
そうしたら足の形が変わり始めた。

平田オリザさんは劇団を主宰してらっしゃって、その劇団の採用面接での基準を話してらっしゃる。

彼は劇団員の採用面接をするときに、入団希望者の話を聞きながら、コンテクストの近いひと、コンテクストを広げられるひと、独特のコンテクストをもったひとに分類し、もっとも遠いひとから順に選んでゆくというのだ。(158頁)

(番組では「最も自分に遠い人」と言っているが、本の中では「自分に」という表現はないので、その解釈でいいのかよくわからない)

二〇一〇年、NHKのドキュメンタリー番組「無縁社会」が放映された。−中略−高齢の親の死亡を届けずに年金等を受給し続けていた一家族の「事件」に、「無縁社会」というこの番組の残像を重ねたひとも少なくなかっただろう。これに家庭内の幼児虐待がそのまま死につながった事件や、いじめのはての小学生の自殺の報道なども続き−中略−
 地縁も血縁も社縁もやせ細ってしまったこの「無縁社会」についてのドキュメンタリー番組の残像がいまなお色濃いのは
(164頁)

鷲田さんは現代社会という中で、若者がいかに縁というものを見つけにくい時代になったかというのをものすごく丁寧に分析してあった。
自立の概念が自己決定、自己責任と同じものにされている時代、縁に希望を見つけることは人間にとって困難なようである。

著者はようやく「しんがり」にふさわしい現代語に辿り着く。
「ボランティア」
自分をさて置いておいて「あなたを助けることによって、私は私を確認している」という。
ボランティアに関しては、最近の若い人を尊敬している武田先生。
もうサラッと言う。
武田先生が大学生の頃にボランティアというので大学で授業があって、いかにヨーロッパでボランティアが当たり前で、日本社会は全然それに追いついていないというのを教壇の上から嘆くだけ嘆いていた教授の顔を覚えている。
スウェーデンだったかの例を出して、ボランティアを何年やったかというのは嫁入り道具になる。
技術があってボランティアの何々とかっていう技術を取得すると、ものすごく姑さんから喜ばれる。
だから介護力、介護術みたいなのも一緒に教えられるらしい。

阪神・淡路大震災からまる二十年。そのあいだに培われ、根付いてきた文化の一つに、ボランティアがある。そしてそれがその後起こった新潟の、そして東北の震災時にもさまざまな救援のかたちで働いたのは、記憶にあたらしい。(187頁)

このボランティア技術こそズバリ「しんがりの思想」と呼べるものではないだろうかと鷲田さんは仰る。
(本の中にはそういうふうには書いていない)

哲学者である著者は言う。
私が自由であるためには自由を他者に要求すると共に、同等の自由を他者に送らなければ自由は獲得できない。

内田樹さんがよく言う。
「私という存在を確認するためには、あなたを経由しないかぎり、私は私を獲得できない」
私は私の名前をつぶやくことによって、私は返事しない。
私は私の名を他人から呼ばれて返事することで私を確認する。
だから他者がいない限り、私は私を確認できない。
これは哲学。

 数年に一度、投票というかたちで関与するのが精一杯の民主主義、そこにおいて「主権者とおだてられながら、なんと空しい存在でしょう」とみずからを自嘲したあと−中略−
 そんなある日、近所のおしゃれな雑貨店でこんな貼り紙を見たのです。
「お買いものとは、どんな社会に一票を投じるかということ。」
(198頁)

ずっと前にニベアを絶賛していた水谷譲。
ああいう女性の感性に驚かされる武田先生。
男はそういう依存度がすごく低い。
「ニベア」「クリーム」とやったら男は「クリーム」の方だけを見て「これ、肌につけるやつだな」とか。
上の方のメーカーはわりと無視するというのがあるので、女性のそういう製造会社に対する依存、女性の持っている感性はすごい。
奥様にもそういうところがあると感じる武田先生。

DVDのレンタル店が殺伐としている。
武田先生が行った店がそうだっただけかもしれないが、ソファが置いてある。
近所の団地の子が5〜6人くらいで靴を脱いで裸足で、丸い玉を並べるスマートフォンのゲームをやっている。
そして借りに来た人たちはカゴを提げてボンボコボンボコカゴの中に。
夢もカケラもない。
荒涼としているようにしか思えない。
面白くなければ早回しをして見てしまうという水谷譲。
指を指して「これ!」みたいなのが店内に漂っていない。
「これを見るぞ」みたいな意欲が全く無くて、ダーンとカゴの中に入れる。
商品の扱いも乱暴だし、手にとった商品に、商品の重みがない。
万引き用で中身が抜いてあるのでパッケージだけというような。
昔、レコード屋さんで視聴をお願いすると、塩化ビニールの黒い盤をものすごく大事そうにテーブルの上に置く。
それで慎重に針を置く。
LPの12曲の中で1曲だけ聞いていいとかっていう。
その時のLPの扱い方の指先が、その塩化ビニールの盤がいかに貴重かみたいなのが伝わる。
それで1200円くらいだったかの当時のLPを買った時というのは、そのレコード屋さんの手つきを真似して、自分もターンテーブルに置く。
そうするとビートルズが流れ始める。
それはもう、ただの消費行動ではなく「彼らとつながった」とか「文化的に全世界とつながった」とかという、そんなアレがあったのだが、今は扱われ方が乱暴。

 レヴィナスの哲学の基本概念に「有責性」(resuponsabilité)というものがあります。(202頁)

「責任」は英語にリスポンシビリティ(responsibility)の訳語として使われている。この語はrespondとabilityの合成語で、要は、何かに応じることができるということである。「助けて」という他人の声、もしくは訴えや呼びかけにきちんと応える用意があること、そういう意味がこの語の芯をなしている。(201頁)

誰かが絶叫している。
「Help me!」
それに対して私達は応答しなければならない。
その時の応答の声は英語で言うと
「Can I help you?」
これはやっぱり英語というものの明快さ。
「Can I help you?」これを日本語に訳すと「いいえ、お互い様ですよ」という。
こういうのを歌にしたいと思う武田先生。
「お陰様」「お互い様」そういう言葉で一曲作りたいなと思う。
誰に命令されるわけではない、己に命じる行為。
その自由さを担保する。
そのために私はあなたに「Can I help you?」「できることありますか?」「お互い様ですよ」という、そういう言葉「responsibility」反応しなければならない。
それが「しんがりの思想」の一番深いところにある芯なのであるという。

コメディアンの財津一郎さん。
財津さんが『金八先生』の時に武田先生に教えてくれたこと。
「サービス精神というのはね、武田君。サービスをする時、もったいぶって『サービスをしますよ』じゃない。サービスに入った瞬間『喜んで、喜んで〜』って言いながらその行為に入るんだ。それが芸だし、それが芸人のサービス精神なんだ。出し惜しみしちゃいかん」
せっかく何かを自分が思い立って「お手伝いしましょうか?」って言うんだったら、その表情に満面の「喜んで〜」っていう、そういう表情がなければ一文の値打ちもないという。

武田先生がずっと読んでいてまだ終わらない『菜の花の沖』

菜の花の沖〈1〉 (文春文庫)



あの中で日露史が出てくる。
司馬遼太郎という人が歴史を辿りながら、日露史の齟齬というか、うまくいかないところをずっと書いてらっしゃる。
徳川時代から日本国とロシア国って何もうまくいっていない。
もうギスギスした関係。
ロシアが江戸時代の真ん中くらいに「貿易したい」と申し込むと、日本の横着な長崎の役人は「お白洲に正座して上奏しろ、伝えろ」と言いながらロシアの提督に正座を命じる。
そういう西洋文明に対する嫌味のようなことをやったばっかりに、ロシアの軍人さんたちが怒って、北海道の樺太の方で幕府が立てた番屋小屋を襲うという事件が起こった。
それは単なる私情、「ワタクシ」の感情だった。
それをロシアの態度だと勘違いした幕府は、次にやってきたロシアの軍人さんのゴローニンというキャプテンを捕虜にしてしまう。
そういう国家を名乗っているばかりにうまくいかない。
ところが感動するのは、個人としてロシア人と日本人はすごくうまくいっている。
ゴローニンという人は高田屋嘉兵衛(番組内で「高島屋」と言ったようだが、多分「高田屋」)という淡路島生まれの商人と言葉もあまりできないのだが何カ月か過ごして「すごいいい人」とお互いに認め合う。
ゴローニンという人はすごくいいロシア人で、アイヌの人たちの暮らしぶりにものすごく同情して「この人たちが幸せになるように、もう少し考えてあげようよ」なんていうことをちゃんと文面で残されているし、高田屋嘉兵衛はアイヌの人たちと遭遇すると白いご飯を握り飯にしてプレゼントした。
つまり個人としては非常にうまくいくロシア人と日本人だけど、国家を名乗るとケンカばかりしてしまうという。
「日本」は国家を名乗るとロクなことがない。

この間、爆買いにやってきた中国の青年がtwitterに書いた。
日本で買った爆買いの土産物を失くした。
置き忘れたのだろう。
「すげえぜみんな聞けよ。必ず戻ってくるんだ」
そのことを中国の青年はものすごく感動しているのだが、その手の青年が一人、中国の上海に理解者としているということを喜べばトップが世界を変えるんじゃなくて、しんがりが世界を変えていく。

2016年3月14〜25日◆『しんがりの思想 反リーダーシップ論』鷲田清一(前編)

しんがりの思想 ―反リーダーシップ論― (角川新書)



関西方面にいらっしゃる哲学者の先生。
武田先生と年齢が同じ(お二方とも1949年生まれ)。

「しんがり」という言葉が好きな武田先生。
「どべ」「ビリ」ということ。
鷲田さんは心構えのことを仰っているので、具体例は本の中にはない。
「リーダーシップ論」があるが、鷲田さんの発想は「そうじゃないんじゃないか」。
武田先生が好きな考え方「反リーダーシップ論」。
世の中を決定しているのはリーダーじゃなくて、優秀なビリの人を持っている社会が良い社会なのだ。
「しんがり」の人、最後尾を歩いている人、走っている人。

「しんがり」という言葉そのものは、日本史の戦国期、合戦で用いられる軍事用語。
詳しく言うと、隊列や陣、序列の最後、最下位を示す言葉ではあるのだが、この「しんがり」というのは合戦や戦闘になった時、最も勇敢な軍人が担当する戦闘場所。
だからしんがりというのは、いざ戦闘となった場合は意味がコロッと変わる。
具体例で言うと、例えば織田信長の軍勢が武田軍と激突する。
織田信長はコテンパンにやられる。
武田軍は圧倒的に勇猛果敢で強い。
それで信長は何と、ほとんどの兵隊さんを全部捨てて、まず自分がトップバッターで逃げる。
退却戦になるのだが、その退却戦になった瞬間にリーダーの信長は一番最初に逃げながら言い置いた命令が「しんがりは秀吉」。
「退却戦のビリは秀吉が担当しろ」
これは何を意味するかというと、最も優秀な信頼できる兵士であるということ。
秀吉は何をやるかと言うと、退却戦の最後尾について味方を逃しつつ、敵と戦い自分も逃げる。
これをやらなければならない。
だからしんがりを担当するというのは、知恵があって戦争に強くて度胸満点。
三拍子も四拍子もそろわないと退却戦においては、しんがりは任せてもらえない。

幕末に薩長軍と幕府軍が鳥羽伏見で激突する。
時の勢い等々があって、幕府軍は総崩れになる。
退却戦に入る。
その時に大阪までの退却戦のしんがりは誰か?
新撰組、土方歳三。
その全体の軍隊の中で最も勇猛果敢な人間がしんがりを担う。
数千の薩長軍に対して、新選組は土方をトップにして数十人の単位で、千の軍勢を止めたというので武名がものすごく上がる。
「さすが土方」と。
そのしんがりの意味合いが変わるというのは、このへんのこと。
普段は「最後」という意味を示すのだが、戦闘になって退却戦になった場合、しんがりといのは最も勇猛果敢な、リーダー以上に優秀な人でないと担当できないという。

前に『三枚おろし』で日立の社長さんのをやった。
あの人は「しんがり」のことを「ラストマン」とおっしゃった。
船が傾いて沈んでいく時に、全員避難したかどうかを全部チェックして最後に船を脱出する人。
この「ラストマン」と同異義語が日本には古くからあって、それが「しんがり」ということ。

 リーダー論、リーダーシップ論がとかく賑やかである。(2頁)

 そもそも、みながリーダーになりたがる社会はすぐに潰れるということがある。(6頁)

リーダー論に素直に従うようなひとほどリーダーにふさわしくない者はいないという、語るに落ちる事実がある。(6頁)

それよりはしんがりの人、これこそが本当の勇者ではないか?

民俗学者の宮本常一。
『三枚おろし』でも取り上げた方。
(このブログでは取り上げていない)

庶民の発見 (講談社学術文庫)



ある石工の言葉として、宮本が『庶民の発見』(一九六一年)のなかで記録しているものである。「ほめられなくても自分の気のすむような仕事はしたいものだ」とも、この職人は語っている。−中略−
 石工は、田舎を歩いていて見事な石の積み方に心打たれ、将来、おなじ職工の眼にふれたときに恥ずかしくないような仕事をしておきたいとおもった。
(9頁)

黙々と田舎の河原の土手あたりにしっかりした石を組んでいる、あるいはその石組を見て感動している石工さん。
「実はこの手の人たちが世の中を作っているんだ」と仰っている。



寂しい浜辺を遠くの方で一人、走っている。
そうするとナレーションか文字か何かで「もうオリンピックは始まっている」
長距離ランナーらしきその青年は、オリンピックを目指して練習している。
それをそのコマーシャルは「もうオリンピックは始まっている」という。
ジーンとくる。
影で努力しているその影の人。
鷲田氏はそういう「影」とは言わないまでも、そういう人たちが大事なんじゃないか。
リーダーよりも最後尾のしんがりの人たちが大事なのではないか。
なぜ、その人たちが大事か。
それは日本が縮小社会に入ったから。
日本は縮んできている。
年間で25万人のスケールで人口が減っている。
だから4〜5年で百万都市が一つ消える。
そういう激変が日本には訪れつつある。
1970年代、人口は一億を突破し、30歳以下の若者人口は国民の49%。
そういう世相が変わって日本という国は老いに入った。
2008年、1億3千万を超えた人口はついに減少に転じ、出生数は減少。
もはや4人家族、子供が2人の家族、こういう家族がもう珍しくなった。
これは間違いなく縮小社会であって、2011年の大震災と原発事故が追い打ちをかけ、地方消滅というような危機が今、進行している。
これからも果てしなく日本の縮小は続くであろう。

 この国は本気で「退却戦」を考えなければならない時代に入りつつある。(144頁)

「負けた」というのではない。
やっぱり国にも攻め込んでいく時と、退却する時と二つあっていいのではないか。

震災の半年後にNHKの朝の連続テレビ小説「カーネーション」の放送が始まった。(39〜40頁)

カーネーション 完全版 DVD-BOX1【DVD】



岸和田に生まれた女三人姉妹(コシノ3姉妹)がファッションの道を歩くという。

 番組の折り返し点は敗戦の日。その玉音放送のシーンだった。玉音放送を聴いたあと、洋服店を営む糸子がすっくと立ち上がり、家族や従業員たちに言う──
「さ、お昼にしょうけ」
(40頁)

つまりこれじゃないかと。
このエネルギー。
これこそ「しんがりの哲学」ではないだろうか、というのが鷲田さん。

このあたりから大阪NHKは続々とヒットが朝ドラで出る。
今はまた『あさが来た』か何かで大人気。

連続テレビ小説 あさが来た 完全版 ブルーレイBOX1 [Blu-ray]



福沢先生も活躍なさった。
(武田先生が演じられたらしい)

何故、人はリーダーを探すのか?

 だれもみずから責任をとらないで、他者に「押しつけ」るという責任放棄の構造。これに合わせ鏡のように対応するもう一つの責任放棄の構造があるようにおもう。「おまかせ」の構造である。(47頁)

近代国家の成立したばかりの日本で、そのことをまずトップバッターで嘆いたのが、何と今、話に出た福沢諭吉という先生。

「人民はこれを一国文明の徴として誇るべきはずなるに、かへつてこれを政府の私恩に帰し、ますますその賜に依頼するの心を増すのみ。〔中略〕人民に独立の気力あらざれば文明の形を作るもただに無用の長物のみならず、かへつて民心を退縮せしむるの具となるべきなり」と、福澤はいう。(50頁)

政府が頑張って鉄道を引いた、政府が頑張って家を庶民のためにいっぱい建ててくれた。
「あー政府っちゃありがたいありがたい」
「そんな情けない国民を作ってしまった」と仰っている。
「何を言っとるんだ」と。
「なぜ自分が時代の主人公であると胸を張らんのか。鉄道を作ったのは政府にあらず国民なり!」
福沢先生はこの時代からこのことをおっしゃっている。
「一番重要なのは政府ではないんだ。国民の質なのである」と。
「国民の質こそが全てではないか」と仰っている。

メディアによって編集された情報をそのまま反復して、まるでニュースキャスターが言っていることをなぞるようなことを持論になさっている方がいらっしゃる。
それではつまらない。
「時たま違うことを言ってもいいのではないか」と思う武田先生。
それから、いろいろ政治を批判なさる、憤る方、ものすごく怒りながら国民を叩く人がいらっしゃるが、あの人の叩き方は「映りの悪いテレビの横っ面はたく」ようなもの。
昔、父ちゃんがよく叩いていた。
叩けば時々目が覚めたように映り始める。
でも、叩くことで映りがよくなるテレビと違って、社会・世間というのはよくならないのではないだろうか。
巨大規模で人口減少に入った現在、サービスのための政治とか市民を持ち上げてくれる行政サービス、そういうのは時代としてもう終わったんじゃないか。
それなのに「市民がバカになっている」と。

今年(2016年)「真田ブーム」。

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真田っていう人もよくよく考えてみると「しんがり」の人。
家康に勝ったところで「天下を取る」という、そこまでの野望は持っていなかった人。
「一泡吹かせてやりたかった」という。
草刈(正男)さんがやっている幸村の父(真田昌幸)。
あの人の気持ちがわかる。
真田幸村は最後まで家康に抵抗して大坂城での戦いではものすごい勇猛ぶりを見せる。
でも絶望的。
勝てるわけがないのだから。
何でそんなファイトが燃えたのかといったら、真田は家康と3回戦って1回も負けたことがない。
平べったく言うと、4回目をやってみたくなる。
何かその痛快さ。
六文銭なんていう発想そのものがまさに「しんがりの思想」。

武田先生がちょっとジーンときたこと。
清原事件の時の桑田(真澄)さんの登場。
彼は清原について語ったことがあって「いつまでも4番打者であるってことが忘れられなかったのかな」と言った後「僕たちは『見せる野球』。何万人のお客さんに来てもらって『見せる野球』というのに憧れて生きてきた。その『見せる野球』というのが終わるんだ。そしたら今度は自分が支える野球というのをやらなければならない。一番最後はどこかで静かに野球を見ているという、そういう人間にならなければならないけど、最後まで清原は見せる野球っていうので支える野球ができなかったんじゃないかな」という。
これは芸能人にもピッタリ。
視聴率戦争の中で戦いつつ、必死になって順位を争ってきた。
「今週○%」とか。
やっぱり「数字じゃない」なんてことは主役をやめないと言えない。
主役一はやっぱり数字と一緒に背負う。
その後、桑田さんが言った「支える野球」という。
だから武田先生も「支える芸能人」。
一番最後は「芸能を見る人」あるいは「楽しめる人」に自らならないといけないなと思う武田先生。

 こういう仕組みが完備してゆくことで、市民生活において逆にクオリティを大きく損なったものがある。いうまでもなく、《いのちの世話》を自力でおこなう能力の喪失である。いまこの国で、赤ちゃんを取り上げる腕前をもつひとは専門職を除きほぼゼロである。遺体の清拭や死化粧をするひと、できるひともほぼゼロである。調理において魚を捌けるひとも、家人の病や傷の応急手当ができるひとも格段に減った。(62頁)

この間、地方のテレビ番組で盛り上がったこと。
食中毒の話になったのだが、昔の母親は鼻一つだった。
ご飯か何か、夕方にカゴの中に入れたものを母がクンクンと鼻で嗅いで「喰える」と言うと、うわーってみんな家族でご飯を食べたというのがある。
保健所の仕事みたいなものもお母さんが鼻一つでやっていた。
ジャッジメント。
「消費期限、賞味期限なんか袋に書かなくても結構だ。そんなものは私が判断しますわ」という。
震災時「どこへ逃げるか」「どうやって逃げるか」「何を持って逃げるか」みんな自分で判断していた。
あるいは最低限の排泄物の処理。
もう「自分のところの排泄物は自分の畑へ」なんていう。
完全エコの三角マークみたいな人がいた。
あるいは降ってくる雨を自らの工夫で飲料水に変える等々。
そういう「命の世話」というような最低限の能力がもう全くできない。
すぐにプロを呼ばないと気がすまないという市民に成り下がっているのではないかという鷲田さんのお叱り。

むかしの庶民の家にあっていまはないものに話が及んだ。で、とっさに浮かんだのが、わたしは救急箱、お相手は大工箱、この二つだった。(63頁)

どんな家庭でもカンナ、トンカチ、ノコギリ、糸のこ。
そのへんで箱を組み立てるぐらいの道具は。
台風がやってきたら家の修繕。
武田先生の家はプロでもあったのだが、ミシンがあった。
これらのことを実は全部今、プロに任せて甘えきっているのではないかというのがこの作者からの声。

「しんがり」を漢字で書くと「殿軍」。
(「殿」だけで「しんがり」と読むようだが、小説で使われているのは「殿軍」らしい)
別名はこの通り「でんぐん」と呼ぶ。
これに初めて接したのは『竜馬がゆく』。
司馬(遼太郎)さんの本に出てきて、一発で好きになった言葉。
龍馬の友達の土佐勤王党の誰かが新撰組に追われる。
四、五人いて、一人、腕は大したことがなが度胸が抜群のヤツがいて、トップバッターで沖田と土方が追ってくる。
その時に友達の四人を逃がしておいて、ブワーッと抜刀して四人の仲間に絶叫した言葉が「おいが殿軍(でんぐん)!おいが殿軍!」と言う。
「俺がしんがり!俺がしんがり!」という。
つまり「俺が新撰組と格闘している間にお前らは逃げろ」という。
その時に覚えたその「殿軍」と書いて、司馬さんがそこに「しんがり」というルビを打つ。
「しんがりを務めた○○は」と書いてあって「沖田、土方になますのように斬られた。が、血しぶきを浴びつつなお、その頬に笑顔が残っていたという」とか。
何かもうゾクッとするような表現がたまらなく好きな武田先生。

ちなみに「しんがり」を「殿」と書くのは「殿」の展(屍)がひとが几(牀几)に腰掛けている姿で、「殿」が「天子の御所」や「政務を執る所」を意味する一方で、それが「臀」に通じるところから「尻」、さらには「しんがり」を意味するようになったからだといわれる(145頁)

私達は何か問題があると、強いリーダーあるいは専門家にすがりつく。
しかしプロの専門家というのは話を聞けば聞くほど、ますます全体が見えなくなるのではないか。
北朝鮮がロケットを打ち上げた。
ロケットの専門家がスタジオにいるのだが、話を聞いていてもよくわらかない。
「だから何だ」と言いたくなる。
最近、専門家が多ければ多いほど全体像はわかりにくくなっている。
やはり世の中は複雑。

「どんな専門家がいい専門家ですか?」
 返ってきた答えはごくシンプルで高度な知識を持っているひとでも、責任をとってくれるひとでもなく、「いっしょに考えてくれるひと」というものだった。
(104頁)

複雑性の増大にしっかり耐えうるような知性の肺活量が必要となる。(107頁)

個人の自由を大切にすることは社会の多様性のため、自然界と同様、様々な人が生きているということは、社会を活性化する意味でとても大事なことである。
社会が全部均一になってしまうと、これはあきらかに退化の徴候である。

英語のリベラル(liberal)の第一の意味は「気前がよい」だということ、このリベラルの名詞には二つ、「自由」を意味するリバティと「気前のよさ」と「寛容」を意味するリベラリティとがあることをここで思い出したい(110頁)

「フリー」というのは「自由」という意味もあるが「タダ」「無料」という意味がある。
ケチな人というのは心に自由がない人。
そうやって考えると英語というのは「本質を示そう」という。
この発想は面白い。
だから一発回答ではなくて、いくつもの意味を引っ張り出していくという。
そういう知恵が今「しんがりの思想」として大事なのではないかと思ったりする。