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2024年06月21日

2024年5月27〜6月7日◆鬼の筆〈後〉(後編)(7月12日追記)

これの続きです。

先週は松竹作品の「ゼロの焦点」まで話をした。
「ゼロの焦点」
松本清張さんの原作なのだが、橋本忍はこれを映画化するにあたって、後半の方は全く変えてしまう。
かつて売春をやっていた女性が過去を知っている人間を殺してゆくという。
サリーという元売春婦の仲間だった女性を殺す時は吊り橋から突き落として殺すのだが、これを橋本忍はやめてサリーが佐知子に同情を寄せると佐知子の中から悪で染まっていた心が晴れて泣き出してしまう。
「あんたも苦労したんだねえ。過去を隠す為にどのくらい苦労したか、ホント可哀想だよアンタ。よくわかるよ」と言われると泣き崩れるという。
それで「もう人は殺さない。あたしこれから警察に自首して出る」と言って警察に向かう途中、前の男を殺した毒入りウイスキーを後ろの座席でサリーが飲んでバックミラーで見た瞬間「あっ!」と声を上げて急ブレーキを踏むとサリーはその毒で倒れてしまう。
殺す気は全く無く、ここから善を始めようと思っていたという。
それが善を掴み損ねるというその悲劇。
急停車の車、中から「ウワーッ!」と女の泣き声が聞こえてくる悲劇。
このへんはやはり映画にする時にワクワクする。
やはりワクワクするようなストーリーを作らなければならない。

橋本忍というのは上手いこと言っている。

「小國さんの言うことにはね。シナリオライターというのは指先で書く奴と、手のひら全体で書く奴がいる。でも橋本お前はどちらでもない。腕で書いている。(252頁)

橋本は腕力を使う。その腕力による圧倒的な筆致により登場人物をねじ伏せて意のままに動かし、同時に観客の心をもねじ伏せる。(252頁)

佐知子がサリーを吊り橋から突き落とす。
「簡単だよ印象は。これじゃあ映画にはならない。なぜならば観客は悪に慣れるんだよ。慣れてしまうと悪に退屈する。そうするともう悪なんて描きようはないんだ。だから一端悪から抜け出してもう一度悪に落ちるというところを悲劇にする。これが映画なんだよ」
原作と違う。
ところが松本清張という人はわかっていたのだろう。
橋本忍にどんどん頼んでくる。
これは付け足しておくが、原作はまた、原作ということで売れる。
それは事実。
映画の方はというと、これはロケーションをやったのだが、石川県の東尋坊での犯人を追及する人妻との対決シーンで断崖絶壁で女二人が対決するという。
(追記:7月8日放送分の中で訂正。「東尋坊」ではなく「ヤセの断崖」。「東尋坊」は福井県)
この「断崖絶壁で語り合う」というのがサスペンスの定番になるというワケで、このあたりもやっぱり橋本の知恵。
「断崖絶壁で対決する」という。

清張は橋本や野村を招いて食事会を開いていた。そしてある時、橋本にこう語りかけてきたという。
「橋本さん、
−中略−これをぜひ映画にしてください。−中略−
 この時の新聞連載こそ、『砂の器』だった。
(215頁)

砂の器 デジタルリマスター版



この時も橋本忍さんは「変えますよ」ということはおっしゃっている。
砂の器も変えていきますよということを前提にして作品を読みだす。
ところが三分の一もいかないうちに橋本のつぶやき「(映画としては)全く面白くない」。
松竹が乗り出してきた。
東宝もヒットメーカーの橋本を手放すということはできなくて「いやいや!ウチでやろうよ!『砂の器』はウチでやろうよぉ」と誘う。
松竹の方はもうカッカ燃えているので「放すもんか」。
「松本清張・橋本忍・松竹」これをやりたかった。
それで松竹はとっておきを出した。
「アンタも一人で脚本大変でしょ。助手付けるから、アシスタント。コイツもね、ホン書けるの。まだ若いんだけど、これから伸びるヤツだから、ねぇ橋本さん。アンタんとこでシナリオの勉強させて伸ばしてやってくれよコイツを。山田洋次っていうんだ」
山田洋次監督。
フウテンの寅「男はつらいよ」で喜劇作品を手掛けているのだが、その喜劇を書いてるヤツは腕がいい。
喜劇というのは巧妙に仕掛けないと笑わないから。
作品の方はどういうことかというと、高名なクラシックの指揮者がいる。
その男には隠さなければならない過去がある。

 ハンセン病を患ってしまったために理不尽な差別を受け、お遍路姿で流浪することになった本浦千代吉(加藤嘉)と、それについていく幼い息子。行く先々で邪険に扱う人々と、それにめげない父子の触れ合い(212頁)

高名な指揮者がいる。
その男の父は皮膚病で村を追われた人。
息子と二人で日本を放浪の旅をしているワケだが伝染性ではない。
だが伝染するということでもの凄く激しい患者差別が日本にはあった。
この皮膚病に罹ると徹底した隔離が行なわれ、その人は一生涯人里離れた療養所でただ死を待つのみの暮らしを強制されたという。
その死んだお父さんのことを隠したい。
ところが有名な指揮者・ピアニストになった後に、そのことを知っている彼等を保護した正義感溢れる田舎の村の巡査さんが現われて「お前は息子だろ!」と言う。
「俺の過去を知っている」ということでその男を殺してしまった。
そういう物語。
これは松本清張さんが病に関する偏見がどれほど日本社会にはびこり、どれほど人を苦しめたかを小説で訴えた作品。
それが「砂の器」。
ところが読んでも読んでも橋本はちっとも感動しない。
まず泣けない。
若い演出家である山田洋次という青年も「病に関する偏見に対する怒りというのは映画で一時間以上訴え続けて物語にするのは難しいなぁ」というふうに思うようになった。
それで二人とも音を上げて「映画化不可能」ということで一回引く。

 六三年になり、事態が動く。橋本の父・徳治が死の病に倒れたのだ。故郷の鶴居に見舞いに行くと、その枕元には二冊の台本が置いてあったという。−中略−もう一冊が『砂の器』だった。
 病床の父は、橋本にこう語りかける。
−中略−『砂の器』のほうが好きだ」と。そして最後にこう付け加えた。
「忍よ、これは当たるよ」
 橋本は、父の博才に惚れ込んでおり、特に「当たる興行」を見抜く目を信頼していた。
(219頁)

お父さんは凄く面白い人で、どこの一座も12月は「忠臣蔵」をやりたがる。
武田先生も(「忠臣蔵」は)好き。

考え込んだ末に徳治の出した答えは、意外なものだった。−中略−
「『忠臣蔵』はやっぱりやめとくわ」
−中略−「一人が四十七人斬った話なら面白いけど、四十七人かかって一人のジジイを斬って、どこが面白いんだ」(220頁)

『砂の器』は当たる──。そんな父の言葉を受けた橋本は、東京に戻るとすぐに『砂の器』の脚本を読み返す。(222頁)

ここからが橋本忍の才能。

橋本はあるアイデアを思いつく。
「そういえば、小説にはあの父子の旅について二十行くらいで書かれていたよな。《その旅がどのようなものだったか、彼ら二人しか知らない》って」
(217頁)

これを橋本が読んだ瞬間「これだ!」と。
この一行だけ。
「その旅がどのようなものだったか、彼ら二人しか知らない」
これは丹波哲郎がセリフで言う。
それで回想に入っていく。
橋本の頭の中にブァーッと浮かんだ。
これをメインにする。
そしてこの間、原作に親子の会話なんか何も書いていないから無言劇にする。
無言劇にしておいて旅しているだけの二人を追う。
しかもワンシーズンじゃダメだ
「その旅がどのようなものだったか、(彼ら)二人しか知らない」それを日本の四季で描いてゆく。
「砂の器」といったらそのシーンがまず思い浮かぶ水谷譲。
それでそこを丁寧に描いていったら映画になるかも知れない。
「これは無言劇だが泣ける」という。
橋本忍はもっと凄いことを考える。
無言劇だからセリフがない。
どうするか。

『砂の器』の構成について考える上で、橋本が重要視していたものがもう一つある。それが文楽だ。−中略−
 文楽はまたの名を人形浄瑠璃ともいう。
−中略−この構図を「父子の旅」で使えないか──と橋本は考えた。つまり、人形遣いの操る人形が「旅をする父と子」、三味線が主題曲「宿命」、そして義太夫が捜査会議の今西。これにより、文楽のような荘厳で情感あふれる表現ができる。それが橋本の考えだった。(262頁)

一点突破するとブレイクスルー。
そうすると橋本の悲劇の予感が震え始める。
これに更に悲劇を盛り付ける。
悲劇をどう盛り付けるか?

この「父子の旅」の中で橋本が施した、ある脚色である。それは、幼き和賀と旅を続けた父・本浦千代吉の扱いだ。
 今西が捜査を始めた時点で、原作での千代吉は既に死亡している。が、橋本はそこを変える。千代吉は生きていた──という設定にして、今西と対面させているのである。
(263頁)

生かしてさらにお客を泣かせる要素を持ってくるという。
「砂の器」製作の裏側。
「その旅がどのようなものだったか、彼ら二人しか知らない」
この一行二十字からあの巡礼姿で四季を歩き続ける名場面が生まれる。

橋本はそこでのセリフを全てカットした。(234頁)

「砂の器」の原作を読んでいない水谷譲。
(武田先生は原作を読んで)頭を読んで一番ケツにもう行ってしまた。
もう退屈で。
(映画の内容とは)全く違う。
武田先生は一生懸命巡礼のところを探した。
巡礼は出てこない。
巡礼のイメージしかない水谷譲。
巡礼じゃないとダメ。
あれを考えたのは橋本忍。
恐らく兵庫の人なので、四国の八十八ヶ所に渡ってゆくお遍路さんの残像が橋本さんにあったのではないか?
それともう一つ、この春日さんの本には直接書いていなかったのだが、八十八ヶ所巡礼の歴史を訪ねると「裏遍路」という別道があったようだ。
それがどうやらその手の方達の為の道だったようだ。
哀れに思う人はそこにそっと喰いものを置いてあげて、お接待としたというということで成立させる。
橋本は昨日言った通り、仕掛けの為に原作では死んでいる父を殺さない。
これはまた後でお話しする。
まずは巡礼の親子二人が日本中を歩く、四季を歩くというシーンの撮影に入る。
ところがここ。
映画は大変。
四季・一年間を通して親子の道歩きを撮ると言った瞬間、松竹の会長さんが激怒。
「バカか?オマエらは。そんな撮影ができるワケないだろ〜!」
それはそうで、映画の撮影部隊となると50人から100人ぐらい。
しかも4シーズン。
日本のいいところを点々と狙う。
はっきりいって「製作費いくらかかると思ってんだ」という。
今だったらCGで何でもできるが、当時は現実に春なら春まで待って夏には一番暑い夏を待って戦前の日本の風景を探さなければらない。
それだけで大変。
それで製作中止になる。
そうしたら東宝さんがやってきて「ウチ、頂戴よ」と言うのだが、四季を狙うとなったら東宝さんも「黒澤だって二つしかシーズン撮ったことないのに、橋本さんの本で四つは・・・」という。
それともう一つ、橋本忍さんの憂鬱は監督さんも野村芳太郎と決まっているので、もし東宝で強行するならば松竹の野村芳太郎が会社を辞めて東宝に入らなければならないと思って。
ここからが橋本忍という人の執念深さ。
もう正しく鬼。
そして何と四季を撮る。
松竹も東宝も諦めて橋本プロという映画製作会社を興す。
カネがないと人間、考えるもの。
何を考えたか?
撮影スタッフは普通50人から100人がかかるのだが、撮影スタッフを10人にした。
10人で撮影している。
出演者二人。
それも巡礼姿で引き絵が多いから本人を連れていかなくても子供とそれなりの大人がいればどこでも回せる。
そのかわり、徹底して風景にこだわる。
戦前の日本の農村の風景。
それでこのあたりを考え始めると若き監督の山田洋次が燃えて、いい候補地を挙げる。
彼は別の映画で日本中のいい景色を知っている。
寅さんがフラフラ歩く道で。
「菜の花畑はあそこですよ」とか「満開の頃はいつだ」とか。
それで10人でOK。
ロケバス一台で間に合う。
それで4シーズン撮り切る。
それがかなってカネがかからないとわかったら松竹は「いや、ウチがやるよ。ウチがやるよ」と出て来たという。
ここは凄く面白いのだが、山田洋次監督もリアルなのがお好きな方なので橋本忍さんに「放浪の旅をする人の特徴で橋本先生。あの、こういう放浪の旅をする人は寒い時は暖かい所に行く。暑くなってきたら涼しい所に行くのが、だいたいこの手の旅のパターンですよ」と教える。
橋本さんも何か直感があったのだろう。
本には(山田洋次監督のことは)「洋ちゃん」と書いてあった。
「なあ洋ちゃん。一か所だけ裏切っていいか?寒い時に寒い所を歩かしたいんだ。一か所だけでいいんだよ」
山田監督がまだ若いから「ああ、そうですか?」とかと言って乗らない。
横に置かれてその撮影が強硬された。
いい。
親子が北陸の海岸を歩いている。
タイトルに「砂の器」と入れると・・・それがポスターになる。
象徴になる。
映画というのはわからない。
こういう偶然の中から中止を命じられた作品が人数を絞ることで回転し始めた。
いい話。
ここから橋本忍は仕上げにかかる。
春日太一さんの「鬼の筆」橋本忍伝ということでお送りした「砂の器」
感想から言うと巡礼の親子二人が旅する日本の四季の美しさ。
菜の花畑のシーン。
一本道いを歩いていると村の子が石をバーッと投げつける。
それを黙々と二人は歩いてゆく。
そして寒い冬、神社の床下か何かで親子が抱き合って眠っている。
泣ける。
この描き方は凄い
脚本ばかりではない。
監督の野村芳太郎さん、共同脚本の山田洋次さんの才能も込みで素晴らしい。
本当に泣けた。
何でお父さんを殺さなかったか?
橋本忍に言わせると「悲劇が足りない」。

 捜査の末に療養所にいる千代吉にたどり着いた今西は、千代吉に音楽家として活躍する和賀の写真を見せる。(263頁)

五体を震わせ、波打たせ、激しく慟哭する。そして声を振り絞って叫ぶ。
千代吉「シ、シ、知らん! 知らん、ヒ、ヒ、人だァッ!!」
(265頁)

あの加藤(嘉)さんの熱演。
「知らん」と言う度にどれほど知っているかという父親の情愛。
森田健作(吉村弘)と丹波哲郎(今西栄太郎)が逮捕に行く。
彼は「宿命」という曲を演奏している。
森田さんが「何を考えてんですかね、あいつ」と言ったら丹波さんが「今、父親と会っている」。
銀座(の映画館)で見て泣けた武田先生。
丁度武田先生も子供を持ったばかりだった。
感情移入してしまう。
「親になるっていうのはこういうことなのか」とか。
泣けた。
もう一回繰り返す。
原作では父親は死んでいる。
しかし映画では死んでいない。
なぜならば悲劇性。
腕力で観客をねじ伏せる。
その橋本脚本の妙というのがこの映画の中で生きている。
もう一回繰り返すが原作の「砂の器」と映画「砂の器」は違う。
でも映画にするというのはそういうこと。
何回もアンコール上映がされたし、皆さんもご存じだろうがこの作品はTBSの福澤(克雄)さんの手で原田芳雄さんがお父さん役をやって中居君主演で連続テレビドラマになった。

砂の器 DVD-BOX



この「砂の器」の成功を受けて映画会社が橋本忍のところに寄って来る。
「砂の器」が終わると同時に「先生!こっち」と言って橋本忍をかっさらった映画会社が東宝。
大変な作品。

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「八甲田山」に取り掛かる。
タフな人。
橋本忍という人は肺結核で死にかかった人。
その方が高齢になって引き受けた作品が「八甲田山」。
「八甲田山」のキャスティングはもちろんだがロケにも付き合うという。
これはもう喋っても大丈夫だと思うところだけ喋るが、主演・高倉健というのは決まっていた。
「相方の神田大尉を誰にするか」というので、なかなかキャスティングが決まらずに最後は健さんが決めたようだ。
「誰がいいですか?」と訊かれて、ご指名なさったのが北大路欣也。
それで決まったという。
凄い撮影。
八甲田山。
寒かったろう。
ここでも橋本忍は工夫を繰り返す。
これは現地に行った人でないとわからない
「八甲田山」
ストーリーを今日は説明しておく。

陸軍第八師団は青森県の八甲田山系での雪中行軍を実施する。だが、雪の八甲田に突入した青森歩兵第五連隊は大雪と猛吹雪の中で道を失い遭難、最終的には参加二百十名のうち百九十九名が死亡するという悲惨な結果になってしまう。−中略−新田次郎が『八甲田山死の彷徨』として小説化し(332頁)

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橋本という脚本家はいろんな工夫をして、軍隊の集団が片一方は全滅に近い遭難事故を引き起こし、片一方は上手く八甲田を下山してきたという対比をもって描こうとした。
事実はそうではない。
事実はいろいろ解釈があって事実と違うのだが。
どうやって大遭難が起こったかというのを克明に描く。
ただ橋本は気づいている。
これが面白い。
雪の中で撮影をやるのはいい。
ただし、考えたらそう。

映像はひたすら真っ白な雪に囲まれてしまうことが想定された。(337頁)

(普通は)そんな心配なんかしない。
考えたこともなかった。
それで橋本が思ったのは、時々回想を入れて白のに脅威を増すように前の回想は緑の山を描いておいて真っ白にするという。
「それを繰り返さないと、この映画はもたない」という。
このへんは凄い。
だから小説の文字と違って、映像化というのはこういうことがある。

映画「八甲田山」、脚本・橋本忍。
遭難していく悲劇を描くのだが。
八甲田山の山のふもとか何かに神田大尉ら遭難した兵士達の死体がずらっと並んで棺桶の中に神田大尉は入っている。
そこへ健さん・徳島大尉がやってきて棺桶のすぐそばに栗原小巻さんの奥さんが立っている。

徳島へはつ子がしみじみと
はつ子(※神田の妻)「八甲田では三十一連隊の徳島様に逢える……それだけが、今度の雪中行軍の楽しみだと申しておりましたのに」
徳島「いや、雪の八甲田で逢った! 自分は間違いなく神田大尉に!!」
  同時に両眼からどっと涙が噴き出してくる。
  涙はあとからあとから噴き出してとまらない。
(343頁)

隠れた話だが、棺の中を見て健さんがパッと寄りに行って泣くのだが、あの映らない棺の中に北大路さんがいた。
顔をちゃんと白く塗って死体として。
そこにかかるまで何時間かかかっている。
それを北大路さんは健さんの為にジーッと待っていたという。
健さんは棺の蓋を開けた瞬間に北大路さんがいるので「俺の為に死体を演じてくれてるんだ」と思う。
もうそれだけでこみ上げてきた。
(それは映像には)映っていない。
でも北大路さんが死体を演じてくれたというところに「俺はあいつを共演者に選んでよかった」という。
それぐらい過酷なロケだった。
それでここから話を手短にする為にバッサリ切ってしまうが、この八甲田山が終わった後の健さんの次の仕事「幸福の黄色いハンカチ」の撮影現場。

幸福の黄色いハンカチ デジタルリマスター2010



健さんは例のマツダの赤い車(4代目のFRファミリア)の中でこんなことをおっしゃっていた。
「監督っていうのは凄いもんだなぁ。この山田監督も凄いけど、前の監督さん、台本にないシーンが入っててびっくりしたんだ」
「何ですか?」
「俺の少年時代の回想が入ってくるんだよ。俺が吹雪道でボーッとしてる時にポーンと子供に戻った俺の思い出は父ちゃんと母ちゃんが田植えしてるところなんだ。青森の夏の日照りの中で。俺は汗を拭いて働く父と母を見てるんだ。そこをポーンとなんだけど、何だか泣けてさぁ」
「へぇ〜」と思って「監督さんというのはポンと入れたりするんだ」とかと・・・
ところが、この春日さんの本を読んだら違った。
台本にあった。
これは健さんは忘れているとしか言いようがない。
そこは重大なシーン。
どうして重大かというと、そこのシーンが強烈に訴えられていなかったということが橋本さんは生涯の後悔。

八甲田へ進む前。神田大尉が青森から、弘前の徳島大尉を訪ねる場面なんだ。神田は『雪中行軍の辛い時には、子どもの時を思い出す』っていう話をする。それに対して徳島は『俺はそんなこと、思わんな』と言う。(344頁)

健さんはやったのを忘れている。
でもこれは脚本家の橋本忍にとってはもの凄く大事なシーン。
昨日言った。
白い雪山が続くので緑を時々混ぜ込まないと白の恐怖が伝わらない。
橋本はそこをちゃんと計算した。
ところが監督さんとキャメラマンは何気ない会話で終わっている。
橋本忍は割って欲しかった。
北大路がポツンとつぶやく「寒さで辛い時は、子どもの時を思い出して耐えましょうよ」。
そうしたら健さんが「俺はそんなことは思わんよ。そんな子どもの時の思い出なんかにすがらないよ」。
でも死の彷徨の最中、徳島を救ったのは「神田の言った通り子供の時のあの夏の思い出が吹雪の中で俺を救ってくれた」という。
その目で神田を見た時に「済まなかった・・・お前の言う通りだ」。

ここでの二人の交流により、終盤の「泣かせ」の芝居に繋がってくると計算したのだ。
 だが この出発前の場面が想定より印象の薄いものになったため、終盤の「泣かせ」が弱くなってしまった。それが橋本の見解だった。
(345頁)

橋本さんが証言で残されている無念さというのもこの本、春日さんがタイトルを付けた通りだが「鬼の筆」。
話はこの後もまだまだ続いて、この八甲田山が成功したことにより今度は「砂の器」で成功した松竹は「橋本さん、こっちに来てよ」で引っ張られて行く。
次の作品は「八つ墓村」

八つ墓村



それにしても凄いもの。
「羅生門」から始まって、日本映画のヒット作の殆どに携わったという大脚本家。

2024年5月27〜6月7日◆鬼の筆〈後〉(前編)

これの続きです。
(一冊の本を二週ずつ二回に分けて取り上げていて、どちらも「鬼の筆」というタイトルだったので、一回目を「鬼の筆〈前〉」二回目を「鬼の筆〈後〉」としておく)
(番組の冒頭はQloveR(クローバー)の宣伝)

まな板の上、「鬼の筆」が乗っている。
丁度一か月前ぐらいだが「鬼の筆」橋本忍伝ということでお送りした。

鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折



(今回もいつも以上に番組内で本の内容と大幅に違うことを言っているが、個別に指摘しないことにする)
(この本は「橋本へのインタビューによる証言と、創作ノートからの引用箇所は全て太字」ということなので、引用箇所も同様に表記する)

春日太一さんの大著。
本当に面白かった。
取れ高が余りにも素晴らしいもので後編に行くのだが、後編でもこの一冊を全部お話しできない。
珍しくこんな弱音を吐くが、後は読んでください。
何となくこの本を読んで思ったのだが、春日さんにも申し訳なくて。
武田先生の場合は(著書の)ネタばらしをやってしまうワケだがから。
とにかくこの本、「鬼の筆」を店頭で取ったのはもう数か月前のことで、読み出した理由はというと漫画原作の方とテレビ脚本家の方がテレビドラマを作るにあたって脚本をいじりすぎるとか、原作者の思う通りに行かないということで漫画原作者とテレビ制作者の揉め合いみたいなのがあったもので。

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武田先生も先生もので結構変えている。
ワリとよく変えてしまうタイプだと思う水谷譲。
(水谷譲の評価に対して)「うるせぇ」と言ってはいけないのだが。
それは脚本家としては原作者としてはお怒りの(方が)いらっしゃったのではないか。
「白夜行」とかあのへんも・・・

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「白夜行」では親鸞の「歎異抄」をつぶやく。
あんなのは脚本に一行もない。
「ここ俺こうやるから」と高圧的に出ないと。
監督さんは横を向いて「あ・・・はい・・・」と言いながら目を合わせようとしないという。
山田(孝之)君は寄ってこないし、綾瀬(はるか)も来ないし、監督も知らん顔をしているから。
でもドラマ自体がそういう設定。
向こうは犯罪を犯して逃げていく犯人で(刑事役の)武田先生が追いかけるから。
でも高く評価してくださった。
お世辞ではなく本当にドラマは面白かったと思う水谷譲。
(原作者の)東野圭吾さんには打ち上げの時にちゃんと詫びた。

白夜行 (集英社文庫)



(原作では)武田先生は中途で殺されている刑事。
それをずっと生かした。
そこがもう(原作との)決定的な違い。
前のあの時も言ったが、漫画をドラマ化する場合は漫画そのものがもう視覚情報になっているので、ドラマ化した場合、ドラマと余りにも違うとファンの方は怒る。
文字で書かれた原作の場合は、映像化する為に工夫しないと原作をそのままできない。
これはちょっと武田先生が言うのは不適当かも知れないが、そのあたり、橋本忍というこの巨大な脚本家は原作を変える変える。
橋本忍という脚本家としてのスタートは、映画監督の中に黒澤明さんという天才的な方がいる。
この方から共同脚本を申し入れられて「羅生門」「生きる」「七人の侍」、戦後邦画の最高傑作を三本渡り歩いている。
本当のことを言うと、もう一本だけでも凄い。
黒澤明という天才的な監督さんとくっついてそのままずっと・・・という生き方もできるのだが、橋本さんの大胆不敵なところは「俺は台本工夫してもトロフィーみんな黒澤さんが持っていくな」ということに気付く。
単独で自分の作品で自分の存在みたいなものを世の中に訴えたい。
この人は大胆不敵な方。
そして橋本忍という人は文学が嫌い。
この人は何が好きかというと大衆演劇が好き。
村芝居が。
それで戦後日本の映像芸術に乗り出していくワケだが。
ちょっと言葉が悪くてごめんなさい。
非常に下世話。
だけど下世話というのはパワー。
この人は「羅生門」「生きる」「七人の侍」を作った後、自分で企画に乗り出す。
橋本忍氏が手掛けた作品のスタート「私は貝になりたい」。
この人は映画を作りたかったのだが、映画になっていない。
この「私は貝になりたい」を映画にしたのはTBS・福澤克雄氏の手により中居正広君主演で映画化した。
映画の為に作った脚本をなぜ映画にしないで、今頃になってSMAPの中居さんが演じているんだろう?という謎。

昨日の謎だが、スタジオでもグシャグシャな話になって。
「『私は貝になりたい』ってあれは中居正広主演のテレビでしょ」
「いや、違う。それは『砂の器』」
これは解きほぐしてゆくので「え?違うんじゃないの」と思わず、まずは聞いてください。
橋本忍という脚本家は黒澤明の手を離れて一人独歩で生きて行こうと思う。
あれほどの名作を残したけれども「何だ。栄光は全部黒澤にいっちゃうんじゃ無ぇか。俺の苦労は何だ」。
そういう大胆不敵な方。

 実は、『私は貝になりたい』には原型となる脚本があった−中略−
 戦時中に書いた脚本の題名は、『三郎床』という。
(157頁)

「三郎床」を書いて伊丹万作先生に賞められた。実に人のいゝ散髪屋が応召して戦死する話である。十数年来、常にこれを何らかの形で発表したいと念願にしていた。(161頁)

ある記事と出会う。それは、『週刊朝日』の五八年八月十七日号の終戦記念特集に掲載されていた記事だった。そこには、処刑された戦犯の遺書として、次のような文章が掲載されていた。
「どうしても生まれかわらねばならないのなら、私は貝になりたいと思います」
−中略−
 これを読んで、橋本は閃く。この処刑された戦犯と、床屋の三郎を繋げれば、一つの物語になるのではないか──と。
(161頁)

それは田舎の小さな三郎という名の床屋さん、或いは床屋の経営者が、戦争に駆り出されて、ただ隊長から命令されて米軍捕虜を殺したのに、戦後絞死刑になるという。
それで脚本を書く。
「三郎床」と「私は貝になりたい」のその遺書をくっつけて。
それで映画化の話がトントン進む。
ところがここで大きなミスが。

『私は貝になりたい』には「原作者」がいた。それが加藤哲太郎だ。(163頁)

「八月終戦号の『週刊朝日』でね、ある戦犯の手記として書かれていたんだ。−中略−『週刊朝日』が出典を明記してないから、わからなかったんだ。だから、本当にそういう戦犯の人がいたと思った。ところが後になって、それを実際に書いた人が出て来たということなんだよね」(164〜165頁)

これが事実のB級戦犯のつぶやきだったらば脚本のセリフはOK。
ところがこれが「作ったものを取って作った」となると盗作になる。
この「B級戦犯の遺書」というのは加藤哲太郎という方の体験を踏まえた創作作品で小説の中の文章。
それを橋本忍はニュースのネタだと思ったのだが、週刊朝日も悪くて。
ごめんなさいね、週刊朝日の方。

たしかにその記事には出典の明示はなく、記者が「加藤の創作」ではなく「本当の戦犯の遺書」だと勘違いして記事にしてしまったとある。(165頁)

「こんな悲しいセリフがあった」みたいなことを書いたものだから。

 加藤は−中略−「狂える戦犯死刑囚」を執筆、それが−中略−『あれから七年──学徒戦犯の獄中からの手紙』に収録された。その「狂える〜」には、次のような文章が記されている。
「どうしても生まれかわらねばならないのなら、私は貝になりたいと思います。
(163〜164頁)

そうつぶやいた人は、はっきり言えば世の中にいない。
そんな人はいなかった。
それを事実として拾った橋本は盗作で作者の加藤さんに訴えられる。
「知らなかった」では済まされないということ。
それでもう土下座せんばかりに詫びを入れて

以降は、『私は貝になりたい』の「題名・遺書」として加藤の名前がクレジットされることになった。(166頁)

それで汚名をそそぐ為にもいい脚本にしたのだが映画会社が「ミソ付けちゃったからぁ〜。裁判で揉めたヤツを映画にするのはぁ〜先生、難しいっスよ」ということになった。
そうしたら東京のテレビ局が「テレビでやりましょうよ。カネ出しますよ、ウチ」という。
これも橋本さんの知恵だろう。
それで主役を細やかなリズミカルな演技で有名な元ドラマーの俳優・フランキー堺に頼む。

私は貝になりたい



それでフランキーに命じられたのは「手錠で縛られて演技しろ」。
その時に動きを封じられたフランキーさんが実に深い心情芝居をやる。
これはもう皆さんもご存じだと思うがTBSテレビのドラマ史上、テレビドラマ史上を歴史に残る傑作となったという。
この話をずっと後まで引っ張っていくと橋本さんの胸の疼きの中に「映画化したかったなぁ」という。
そうしたらそこに2mもあるような福澤さんというTBSの社員さん、ディレクターさんがやってきて「中居正広君でドラマ化したい」という。
それが映画化になったという。

私は貝になりたい



その時は新しいメディアだから、テレビはやっぱり凄かった。
ドァ〜ッと流れ込むように橋本忍のところに脚本の依頼が集中するという。

今日の橋本作品は1960年代、今井正監督による「真昼の暗黒」という東映作品に乗り出す。

真昼の暗黒 [DVD]



これは武田先生も見たことがない。
ただこれは、本当に春日太一さんの本を読んでいて面白かった。

 一九五一年に山口県で実際に起きた強盗殺人事件を題材にした裁判劇だ。−中略−四名は無実を訴えるも、高裁で有罪判決を受けてしまう。映画は最高裁の公判の最中に製作された。
 そして驚くことに、まだ最高裁の係争中であるにもかかわらず、本作の製作陣は四人を「冤罪」と断定して描いているのだ。
−中略−
 身に覚えのない罪状により逮捕され、警察や検察の立証の甘さを弁護士が突くも裁判官に採用されない──。そうした中で苦しむ容疑者やその家族の悲劇が、法廷ドラマとしてのミステリー性を交えて描かれた。
(129〜130頁)

これは橋本さんというのはそのへんは凄く大胆。
これはもう、今で言うところの「昭和の人」。
「昭和の常識・令和の非常識」と言われる、そのパターン。
今井正はそれで描いていく。
民間人が無実の罪に落とされて、どのくらい苦しんでいるかというのを。
これは裁判は係争中なのだが、映画は「無罪に間違いない」ということで封切ってしまう。

そのため最高裁や映倫から製作中止の圧力がかかり、公開前から大きな話題を呼んだ。(130頁)

『真昼の暗黒』『私は貝になりたい』と、橋本は司法や国家権力の横暴を暴く作品で名を馳せた。
 そのため、左翼的なイデオロギーの持ち主、あるいは共産党系──と思われがちだ。
(172頁)

それはちょっと共産党の方に悪いが、この当時の60年代の言い方。
共産主義を酷く日本が嫌っていて、宗教団体が「共産主義は間違っている」なんていうのをしきりに街角で喧伝していた時代。
「橋本は社会正義の為にこういう裁判告発ものを作ったんだ」「今井もそうだが橋本も共産主義者」という。

『真昼の暗黒』に臨んだスタンスについて改めて尋ねた際、橋本から発せられたのは、あまりに思わぬ言葉だった。−中略−
「国の裁判制度を批判しようとか、そんなことを狙って書いたものじゃないんだ。
(146頁)

橋本は何を狙ったか?
「泣ける」

 それを踏まえると、ラストシーンの見え方も変わってくる。高裁でも有罪判決が出て、容疑者の一人・植村を母・つなが拘置所に訪ねる場面だ。
 面会室で言葉もなく、ただ涙を流しながら向き合う母子。そして、母は去る。その背中に向かって、植村は叫ぶ。
「おっかさん! おっかさん!」
「おっかさん、まだ最高裁判所があるんだ! まだ最高裁判所があるんだ!」
 必死にそう叫ぶ植村を看守たちが押さえつけながら、映画は終盤を迎える。
(149頁)

これはもう裁判所とか警察の大反感を買う。
過去の出来事を解釈を変えて今の映画やドラマにするというのだったらわかるが当時、起こっていた出来事を平行して(映画化するのは)凄いことだと思う水谷譲。
それで橋本がはっきり言っているのは「社会正義なんかじゃ無ぇ。泣けるからいいんだ」。
橋本は断固として言う。
「泣けないと映画なんか見に来るヤツは居無ぇぞ」
冤罪事件を泣けるエンターテインメントとしてとらえているということ。
物語というのは、彼にとってはそういうもの。
橋本は何よりも「何が当たるか」を考える。
この「真昼の暗黒」をシナリオで書いた時代はというと大栄映画が当たっていた。

 母もの映画とは、大映が三益愛子を主演に作った「母」がタイトルにつく一連の映画を指す。−中略−「お涙頂戴もの」として人気を博していた。
 橋本は、『真昼の暗黒』でそれを狙ったというのだ。
(148頁)

『今度の『裁判官』というのは、無実の罪になってる人が四人いるんだ。それにみんな母親や恋人がいる。つまり、四倍泣けます、母もの映画だ』と言ったら、ワーッと飛び上がって、『すぐやれ!』ってことになったわけ。(148頁)

裁判の結果がどうなったかが一行も書いていない。
でも橋本忍はそういう人。
それはそれで見事な生き方。

人間は案外他人の不幸を一番喜ぶものである」(182頁)

認めましょう。
スキャンダルはお金になる。
そのことは絶対。
売り上げが伸びるのだから。

映画が興行的に当たるか、外れるか。内容的に名作となるか、駄作となるか──。その見通しが立たないスリリングさに身を投じることに、橋本はギャンブル的な刺激を求めていた。(302頁)

当たる作品に敏感だったらば当たらない作品にも敏感。
試写室で作品を見て小さい声で「これダメだ」「外れた」とつぶやくような。
その代表作が1967年に公開された「日本のいちばん長い日」。

日本のいちばん長い日



映画以上にこの方自体が面白い。
(映画の内容は)昭和最大の不幸。

 日本がポツダム宣言を受諾してから玉音放送が流れるまでの、一九四五年八月十四日と十五日の内閣や軍部の動きを追った作品である。(189頁)

徹底したリアリズムで、暗い映画。
記録映画という感じ。

『日本のいちばん長い日』を僕のところに持って来たのは東宝の田中友幸プロデューサー。(192頁)

この人は何で名を馳せたかというと、東宝の栄光に寄与している人だがゴジラの発案者。
田中友幸さんが考えた。
黒澤さんが東宝の撮影所のセットを全部使ってしまうものだから、空いていた一個だけを使ってゴジラを・・・
「日本のいちばん長い日」の監督はというとアクションものが得意な岡本喜八監督。
出演は三船敏郎さん等。
東宝としてはオールスターの配役で準備して、敗戦処理に向けての戦いを描くサスペンスタッチ。
まさに日本人の不幸を若い世代に伝える為の映画であったという。
しかしオールラッシュで出来上がりを見て橋本忍さんが思ったことはたった一つ「暗い」。
もっと泣き場が欲しかったのに泣かない。
一種の「狂気ののたうち」みたいな。
しかも各俳優張り切り過ぎ。
黒沢年男さんも凄い。
狂気の青年将校。
「日本が負けるワケない!」とか何か言う。
それからもの凄く立派にやってしまった三船さんの陸軍大将の割腹シーン。
あそこなんかもセンチにやって悲し気にやってくれればいいのだが、三船さんは凄い。
昭和天皇からいただいたワイシャツ。
それをはだけて「一死、大罪を謝す」と言いながら、侍。
それでお腹を切っていく。
見事な最期だと思う水谷譲。
後ろから若いのが「介錯を介錯を」。
「まだまだ!まだまだ!」と言う。
それが涙を誘わない。
水谷譲が言う通りカッコいい。
そんなふうに橋本さんもシナリオに書いているのだが、涙を誘うと思ったところで全然涙が出てこない。
それで思わずつぶやいた反省が「やり過ぎた」。

『こういう映画は当たり外れがあって、外れるかもしれないけれども、国民の一人としてこういう戦争意識とか何とか持たなきゃいけないから、作るのに意義があるから──』とか何とか、もう外れたときの言い訳というのがちゃんとできている。上から下まで、全部外れると思っているんだ。僕も外れると思っていたんだけれども。(197頁)

「公開日はズバリ8月15日敗戦の日にしてください」そういうことで橋本さんの心中のつぶやきを知らないものだからどんどんやっていって。
宣伝会議に橋本忍もいて、腹の中では「外れた、外れた」と思っているのだが

八月十五日の封切の始まる二、三日前──宣伝部の林というのが担当だったんだけど──その林が、『橋本さんね、ちょっとおかしい』と言うんだ。『『いちばん長い日』だけど、あれ入るんじゃないか』って言い出したの。−中略−僕は『ええ? そうかな──』と疑っていたんだけれど、−中略−営業が言うには『東映のファンが来ました』と。『なんでわかるんだ』と聞いたら、『何十%かゲタ履きのお客だった』という。当時の東映はヤクザ映画をやっていたから、そういう客ばかりだったんだよ。(198頁)

東映の任侠ものと勘違いをして。
任侠ものの悲劇「総長の首」とか「○○組三代目」とか「親分さんがそこまでおっしゃるんだったら・・・」とかとそれの勢いで(「日本のいちばん長い日」に客が)来ているんだという。
一種のアウトロー映画、そのヤクザ映画で8月15日の軍人さんを見るという目で見るとこれはなかなか面白い作品で、ヤクザ映画のある組織の壊滅ストーリ。
それを楽しみにみんな見に来ているみたいで「東映のお客、喰ってますぜ」という話。
この林部長が武田先生にとっては懐かしい方。
この後、林さんもずっと偉くなってしまうのだが「刑事物語」の宣伝をやってくれた方。

刑事物語



「無茶苦茶で面白いですよ。あの映画は」と言いながら。
いいおじいちゃんで、ゴルフをやる時は必ず日本酒を呑んでいるから、なかなかボールに当たらない。
武田先生はこの本を読みながら「林さん!」と声を上げて本の中に向かって呼んだ。
この人が大好き。

昨日は個人的な出来事も込みで懐かしい林部長の話なんかを交えてお送りした橋本忍伝だが、この「日本のいちばん長い日」の成功によって田中友幸さんは橋本忍をめっちゃ買う。
一種、組織が壊滅していく物語。
「その最大のものを作ってくれ」と言って、これは六年後、70年代に入ってすぐだが1972年に頼んだ作品が「日本沈没」。
これは面白い。
これも大ヒット。
この春日さんの調べ方が細かいので、山ほどネタがある。
戦後最も文芸界で映画になった小説家。
この人が一番多い方。
サスペンスと言えばこの人しかいない。
松本清張。
橋本という脚本家は、はっきり言ってしまうとびっくりするくらい原作を変える癖がある。
やはり令和で仕事をやらずによかった。
昭和だったからよかった。
ある意味で完璧に原作を離れて映画作品として価値を持つという。
そこまで高めないと文章は映像にならないと頑なに信じた方。
橋本さんはこの「鬼の筆」の中でこんなことを春日太一・インタビュアーに語っている。

「原作の中にいい素材があれば、あとは殺して捨ててしまう。血だけ欲しいんだよ。(239頁)

「原作を映像する」とは整形や移植ではない。
血を原作から抜き出して別の作品に輸血してゆく。
それが映画作品なんだ。

「牛が一頭いるんです」−中略−一撃で殺してしまうんです」
「もし、殺し損ねると牛が暴れ出して手がつけられなくなる。一撃で殺さないといけないんです。そして鋭利な刃物で頸動脈を切り、流れ出す血をバケツに受け、それを持って帰り、仕事をするんです。原作の姿や形はどうでもいい、欲しいのは生血だけなんです」
(238〜239頁)

清張原作を映画化した六一年の『ゼロの焦点』−中略−が、まさにそうだ。
 主人公の偵子はお見合いを経て結婚するが、新婚早々に夫は赴任先の金沢で疾走する。偵子は金沢で夫の行方を追う。そうしているうちに、関係者が次々と殺されていく。
(244頁)

ゼロの焦点



偵子−中略−は全てを理解した状況で犯人の前に現れる。そして断崖絶壁に真犯人を呼び出すと、これまでの自らの捜査と推理で得た犯人と夫との過去の物語を語っていく。−中略−その模様が回想シーンを通して綴られる。(245頁)

金沢だから断崖絶壁がどこかわかる。
これをやったのがこの「ゼロの焦点」。
偵子は、次々と殺されていく人間達に共通点があるのがわかった。

 戦後すぐの米軍基地のある立川で「エミー」と名乗って米兵相手に売春をしていた佐知子−中略−は、過去を隠して金沢で有数の大会社の社長夫人に収まった。そして、過去を隠すために、罪を重ねる。最後には売春仲間だった「サリー」−中略−も手にかける。(248頁)

原作は吊り橋からサリーを突き落とす。
ところが映画はそうしていない。

久子「でもねえ。エミー、お前も可哀想だね」
佐知子「え?」
久子「(しんみり)あたいはよく分かるよ……今までにいろいろ苦労したろうねえ」
−中略−
 こうした久子の言葉を受け、佐知子は思わぬ行動に出るのだ。
−中略−
  「サリー! そ、その通りよ!
−中略−(ボロボロ涙が流れだす)(249〜250頁)

原作は突き落とすのだが、殺せずにサリーに抱き付いて泣いてしまう。
ここからが凄い。
「あたし自首する」と言い出す。
それで車にサリーを乗せて警察署に向かう。

 運転を続ける佐知子。
 久子、唄いながらウイスキーの蓋を廻して開ける。運転を続ける佐知子。
 久子の唄が途切れる。
 「エミー、遠慮なくご馳走になるよ!」
 佐知子、ハッと振返える。
 途端に「アッ!」と叫んでブレーキを踏む。
 キキキ……軋って停る車。
 だが、久子、もうウイスキーを呑んで、座席へ横様に倒れている。その凄まじい断末魔の有様。
 佐知子、呆然とその有様を見ている。
 やがて、久子絶命する──。
−中略−
 ウイスキー瓶には、これまで何人もの命を奪ってきた毒が盛ってあったのだ。そうとは知らず、久子はそれを呑んでしまった
−中略−
 この一連の場面では、佐知子が口封じのために久子をすんなり殺せば、それで終わる話だ。
(251頁)

橋本忍は「それじゃあつまんない」と言う。
一回善人に戻して結果的には殺すという悲劇。
その悲しみがないとお客は泣かない。
この「ゼロの焦点」はこれでバカ当たり。
それで「これは面白い」と言って松本清張さんの「ゼロの焦点」を読んだ人は「あれ?」。
この後、さんざん橋本さんがやる手段で。



2024年4月15〜26日◆鬼の筆〈前〉(後編)

これの続きです。

脚本家・橋本忍を語っている。
「鬼の筆」という春日太一さんの著作。
今、語っているのはデビュー。
何せ橋本忍はデビューが凄い。
「羅生門」
あれの台本を27(歳)の若さで書けた。
洛中の入り口である荒れ果てた羅生門。
流れて来る音楽
皆さん、ボレロ。
(ここで本放送では「羅生門」のサウンドトラックが流れる)
この羅生門は始まる。
その羅生門に三人の人物が雨宿りしている。
死体から衣服を剥ぎ取る盗人、薪を売る木樵、そして旅の僧。
その三人が武士と盗賊と美しい貴族の妻の三人の間で起こった殺人事件の真相を語り合う。
しかし事の真相は藪の中。
人間の心の中などはわかるものではない。
そう人間への不信を、戦後の日本は戦争に負けて四年か五年の日本だから「それを三人が語り合うということで終わろうかな」と思ったのだが、共同脚本で黒澤か橋本どちらかが「やっぱり希望も語りましょう」ということになったらしい。
これは真相が全然わからない。
とにかくどちらかが思いついた。

羅生門には赤ん坊が捨てられており、下人はその赤ん坊から着物を奪い取ると去っていく。肌着だけになった赤ん坊に木樵が手をのばす。−中略−木樵は「俺には子供が六人いる。六人育てるのも七人育てるのも同じだ」として、赤ん坊を抱いて去っていく(81頁)

真っ暗闇の人間の世界なのだが、そこに「善意の小さな明りはあるんだ」ということを最後のメッセージにするという。
いいオチ。
それでお二人のお書きになった後のエッセーを読むと両方とも「私が考えた」とおっしゃっているという。
真相は「藪の中」という。
二人ともそのことでケンカすることはなかった。
何でか?
この「羅生門」の評判が凄かった。
ヨーロッパに出品したら、戦争に負けて5年。

『羅生門』はヴェネチア国際映画祭でグランプリを受賞した。−中略−この受賞により黒澤明は「世界のクロサワ」と称されるようになる。(86頁)

ご本人も「俺は世界のクロサワかも知んない」とかと・・・
でもこの人のこの思い上がりというか熱くなるところが作品にマイナスしない。
外国で平安の時代劇が受けた。
「よし、勝負しよう。戦後の日本に主人公持ってこよう」
「橋本!」
呼びつけられた。
黒澤から提案があった。
「次の映画はな、もう来年取り掛かるぞ」

 黒澤からの指示は、以下の三点だった。−中略−
・あと七十五日しか生きられない男
・男の職業はなんでもいいが、ヤクザは駄目
・ペラ二枚か三枚で簡単なストーリーだけを書く
(97頁)

黒澤は「羅生門」でウケたヒューマンな映画、それを現代の日本に置き直して描きたかった。
頭の中にあった。
文学青年の三十代の黒澤はロシアのトルストイに憧れていた。

トルストイの『イワン・イリッチの死』をやるから(96頁)

イワン・イリッチの死 (岩波文庫 赤 619-3)



貴族で高級官僚の男が何か月かのうちに死んでしまうという業病を背負って一生を振り返るという。
これを意識した。
だから設定としては70日しか生きられない男、高級官僚の男がしみじみ人生を振り返って「俺の人生は何だったんだ」という。
これが面白い。
橋本忍はロシア文学が大嫌い。
橋本は黒澤が持っている文学青年の臭いが嫌い。
「高級官僚が悩む?悩むか?」という。
「俺ぁ結核の病棟で見て来たよ。寿命何年て言われて生きていかなきゃいけない。それは身分の低い兵隊達の苦悩に落とした方がいいんだ。何が高級官僚だよ。いっそのことさ、市役所の地味な仕事してるジジイがいいよ。主人公は」
そこで考えた。
70日しか生きられない男。
それが「胃癌だ」ということが病院での立ち聞きでわかるという。
そしてあてにしている一人息子、一生懸命育てた息子にも言おうと思うのだが、父親の話を聞いてくれないという孤独の中で「一体私は何の為に生きてきたんだ」。
「生きる」そのことを真剣に考え始めるという。
さあ、ここから台本作りが始まったが、これが壮絶なケンカで。
何でケンカになったか?
もう一人脚本家が入る。
黒澤は世界的評価を狙っていた。
(脚本家が)三人になってしまう。
だからケンカが凄い。
その凄いケンカがいかなるケンカか。

というワケで70日しか生きられない男の物語が始まる。
ロシア文学の影響を受けている黒澤はトルストイの短編をベースにしているのだが、相対したのは橋本忍で「そんな気取ったものを描いてどうすんだ」という。
それで黒澤がもう一人脚本家を呼んだ。
この黒澤という人は凄い。
だから「世界のクロサワ」なのだが。
「橋本もそうだし自分もそうだけれども、つい物語の流れに流されてしまう。監督の私は画面に惚れてストーリーをゆがめる可能性がある。国際的評価を得られるような映画を作る為にはそれに真理がちゃんと語れる才能が必要だ」というのでもう一人、小國(英雄)を入れる。
三人での共同脚本なのだが、何と一日に七時間書く。
橋本と黒澤がストーリーを練る。
夕方、小國はやってくる。
それで矛盾点を突く。
最初の設定が70日しか生きられない男で、生きがいを見つけて一生懸命打ち込む。
だが、生きがいを達成した後、死んでしまう。
葬式で終わってしまう。
「後はどうすんだ?」
黒澤曰く「いや、それは息子がさ、日記を見るんだよ。日記を」。
日記に「癌だった」というのが書いてある。
三分の二で主人公が死んでしまう映画の三分の一。
小國は「どうやって主人公の心中を描けばいいんだ」と言う。

 小國の指摘を受けた黒澤は「憤怒で真っ赤」になり、これまで書かれた原稿用紙をびりびりに引き裂いてしまったのだ。(107頁)

ここがまた偉い。
引き破った後、橋本の肩を叩いて「初めっからやり直しだ」。
大変。
人から否定されるというのも頭にくる。
しょうもない映画しか作っていないが。
でもわかる。
この我慢強さがあるか無いか。
そこでまた橋本。
物語がある。
それを別の物語の中にはめ込む。
同じ手を使う。
男は癌で死んでしまう。
最後はブランコに揺られながら雪の日に死ぬ。
死んだ後、葬式が始まる。
あれが額縁。
そして男の回想シーンが始まる。
回想で男の心理を解き明かしていくという。
一本の映画で主人公が途中で死ぬ。
それでもう映画は完了してしまう。
日記で息子がその日記を知って読むとか、遺書で死の真相を知る。
そんな陳腐な結末なんかダメなんだ。
それで書き直してやったのが映画の途中で「主人公は死んでいる」ということを前提に、その主人公の心の内をみんなで語り合ううちに「男が命をかけてあの小さな小さな公園を作った」という、あの葬式の名場面。
今でこそ、そういう構成はあるが当時はそんなものはなかったと思う水谷譲。
黒澤は凄く用心深くて「回想は危険だ」と知っている。
映画は縦に時間が流れていく。
それが「昔に戻りました」というのは絶対説明になるから。
それを橋本がブチ破る。
「絶対いける」と。
「羅生門」と同じ。
物語を物語で包む。
ラスト、事の真相がわかる。
それは夜回りのお巡りさんが目撃したシーンで志村(喬)の名演技。
雪が降る中歌う。

いのち短し(「ゴンドラの唄」)

(本放送ではここで「ゴンドラの唄」が流れる)



渡辺を演じる志村さんのセリフが聞き取りにくい。
「(かすれた声で)私は、そんなつもりで言ったんじゃないんです。ただ・・・」
あれは病院の先生から聞いた話。
胃癌をやられてしまうと、声帯がいきなり弱くなるので。
あの人は、それでガリガリに痩せている。
黒澤から「太り過ぎだよ」と言われて。
飯を喰わなくて。
それで一番最後は晴れやかな表情でブランコに揺られて。
これが大評判。
「生きる」は傑作。
もう見事。
もう本当に工夫している。
男が「何で君はそんなに生き生きしてるんだ」。
喫茶店で話す。
そうしたら小田切みきの若い女が「何か生きがいのあること探してご覧よ、課長さんも」と言って。
志村が歩き出す。
階段を降りてゆく。
そうしたら反対側の喫茶店に若い娘がバースデーケーキを抱えながら「ハッピバースデートゥーユー♪」で昇っていく。
降りる男と昇る若者達。
「生きる」
語っていても志村喬さんの名演技が見えてきて
一番最後、白黒映画だが夕焼けの中を小さな公園を渡辺を思い出した部下が見下ろしているという、あそこはいい。
黒澤の映画というのは、もの凄い情報量だし、もの凄い熱演を蓄えているので、一度や二度で通過できない。
それぐらい凄い作品。
癌進行の志村が演じた演技のリアルさ。
実存主義。
「人間は何に命を使うか」ということを求め続けるサルトルが言った言葉なのだが、そんなのはもう黒澤が「生きる」の中で描いている。
小さな町の公園を作る為に彼は進行癌でありつつも、遂に成し遂げるという人間の尊厳。
それは「誰も見てなかったけど確かにあった話です」という。
これはもう世界的に大評判なのだが、黒澤さんにとっては外国での評判が今一つだったのだろう
武田先生はそう思う。
黒澤さんはウケた理由はわかっている。
志村に命じたあのリアルな演技。
リアルに人間を描き出す。
リアルが根本じゃないと。
それと頭をかすめるのが「羅生門」の成功。
やはり時代劇の恰好をすると「サムライ!サムライ」と言いながら外国人が見る。
「侍、バッと出すか」
それで「橋本!橋本!」。
また呼ばれてしまう。
「何でしょう?」
「もう一本作るぞ。来年作るぞ。これから脚本書くからオマエ叩き台だけ作れ」
「どんな物語にしましょうか?」
「『生きる』で受けたから、リアルで行こう、リアルで。例えばさぁ、侍の一日。ある侍が朝起きて、朝飯喰ってお城行って、昔の侍、三時ぐらいに家に帰ってきたらしいから。日のあるうちに。とにかく侍の一日っての調べろ。一番の謎で調べても俺も調べたけどよくわからないのが昼飯なんだよ。侍、あれは昼飯どうしてんだ?侍っていうのは。弁当持って行くのか、家から。それとも出前取るのかなぁ?」
「お城で出前は取らない・・・」
「あっ!そうだ。『侍食堂』とかっていうのはあるのかな?とにかくオマエはさぁ、資料を読むだけ読んで侍の一日、特に昼飯はどうしているかっていうのを調べろ」
これで橋本は調べる。
東宝の文芸部も手伝って国立図書館から何から一生懸命、侍の一日を調べる。
ところが昼飯をどうしてるのかわからない。

 だが、東宝の文芸部員の調べでは、時代背景として設定した江戸初期には「侍は一日三食ではなく二食」だったというのだ。三食になったのは文化文政以降だ。つまり、この物語の時点では昼食はとらない。(113頁)

「時代劇作りたくても、それを守らないとリアルさは無くなりますよ。『何年ぐらいの物語です』って言わないと」
グズグズ黒澤が「昼飯、どうしてるのかな」とまだ言うものだから橋本青年は怒ってしまう。

「我が国には事件の歴史はある。しかし、生活の歴史はないんです!」(115頁)

実は橋本の中にムラムラするものがあって、それは「この人はどこまでも文学で人間を考えてる。日本人が好きなのは講談だよ」

時に元禄十五年十二月十四日、
江戸の夜風をふるわせて響くは山鹿流儀の陣太鼓、
しかも一打ち二打ち三流れ、思わずハッと立ち上がり、
耳を澄ませて太鼓を数え「おう、正しく赤穂浪士の討ち入りじゃ」
(三波春夫「俵星玄蕃」)

長編歌謡浪曲 元禄名槍譜 俵星玄蕃



これを全部覚えた武田先生。
「映画にするんだったら講談の要素がないとダメなんだ」
黒澤さんとは口もきかない。
人間は戦い。
物事を作る。
何日かして昼飯がどうたったかわからないという黒澤が突然「おい、橋本。弁当の話はやめた」。

黒澤は「ところで橋本君……武者修行って、いったいなんだったんだろうね」と問いかける。全国を武者修行の旅に出ていた兵法者たちは、その旅費をいかにして稼いでいたのか──。−中略−「行く先々の道場で手合わせをすれば、晩飯を食べさせてくれるし、出立する際には乾飯を一握りくれる。−中略−道場も寺もなければ、百姓が夜盗の番として雇ってくれる」ということが分かった。
 百姓が侍を雇う──。その視点に黒澤も橋本も興味を示し、それが『七人の侍』に繋がっていった。
(114〜115頁)

七人の侍



侍というのは武者修行がある。
その武者修行の間、時々は治安の悪い町なんかでは腕を買われてそこでガードしていたとかまた農村部に行くと盗賊なんかがやってくる。
そこでガードマンをしながら侍たちはご飯を食べるという。
それをある小説家から聞いた。
黒澤は「百姓に雇われる」というこの一行が気に入って

橋本「できました。百姓が雇う侍の数は何人にします」
黒澤「三、四人は少なすぎる。五、六人から七、八人……いや、八人は多い、七人、ぐらいだな」
橋本「じゃ、侍は七人ですね」
黒澤「そう、七人の侍だ!」
(119頁)

そうすると橋本が設定を考えた。
毎年秋になると盗賊に襲われる山辺の小さな村。
その村の長老が百姓を送り出して「侍を雇ってこい」という。
そして七人侍を雇って盗賊対七人の侍、村人、この三者がぶつかり合うというストーリー。
黒澤はこのストーリーにまたリアルを求めた。
よくできている。
これは(武田先生が)昔、台本を書いている時に映画の関係者の方がいっぱいいて教えてくれたのだが、これはまた小國も入れて書くのだが、それぞれ三人別の部屋に旅館をとって、別の部屋で書く。
その時に決める。
「今日、オマエ侍な」
「じゃ、今日俺百姓側書くわ」
橋本が「じゃあ、私野伏せり、盗賊書きます」。
それでざっとの打ち合わせで村の絵図面を広げておいて「野武士がこことここにいて、七人の侍はここ。合戦の開始が七時としてどう守る?」。
それで三人部屋に分かれてそれで台本を書いて夕方合わせる。
(合わなかったら)またやる。
「やり直そう」というヤツ。
凄い。
この話はよく聞いた。
「俺達はこう攻める」というと、七人の侍と百姓は「じゃあ俺達はこことここを防いでこっちの道から入れよう」とかと。
そうやって台本を作るのは楽しいだろう。
上手くいかないと映像が見えてこないが、上手くいった時に映像が見えてくる。
その映像の作り方の中にも橋本さんも同じことを言っているのだが、シナリオに三つの書き方がある。
「指で書く」「手で書く」三番目が「腕で書く」。
こだわる瞬間と、流れを気にする手の時間と、「力で押していけ」という、そういう物語全体に向かってタクトを振る瞬間。
もういっぱいエピソードがあるのだが、そのへんは飛ばす。
何とこのシナリオ、何か月かかったか?

『七人の侍』のシナリオの執筆は計八カ月を要した。(122頁)

八か月間旅館に泊まっていた。
そしてこの後、撮影に一年。

完成作品の総上映時間は約三時間半。(122頁)

年始めに撮影に入り、秋公開だった。
できるワケがない。
それで公開が延期になったという。
時間もあったしお金もあったと思う水谷譲。
ここもまた戦い。
黒澤がやっている「七人の侍」はさっぱりできてこない。
「公開だ」というのに「できてません」とそれしかない。
東宝の社長さんは頭にきて「じゃやめろ、もう撮影は。カネばっかり喰いやがって。一体いくらかかってんだ?撮影中止。黒澤来い」。
試写室に呼びつけられた。
「出来てるところまで見せろ」
黒澤が粗編で粗く繋いで、できているところまで見せた。
これはもう間違いないと思うのだが、映画に詳しい方から聞いた話。
志村喬が「決戦は明日だ」。
三船敏郎がヒヤーと飛び上がって「きたきたきたきた!来やがった!」とバーッと指さすので、そこから真っ白になってザーッと白い・・・
「黒澤、この先は!?」
「これからなんですよ」
コントみたいだと思う水谷譲。
昔の人は命懸け。
それで社長は立ち上がって「撮影続けろ!」。
いい話ばっかり。
これはこぼれ話であった。
シナリオが出来上がるのに八か月かかった。
その時に三人で乾杯をやっている。
橋本も「やっと完成しましたね!おうちに帰れるわ」と言ったら黒澤が寂しそうに「俺はこれからこれを撮影するんだよ」と言った。
大変。

大脚本家である橋本忍さん。
その方の作品を辿っている。
初期作品で昭和20年代、三本の傑作をこの方はシナリオを書いておられる。
「羅生門」「生きる」そして「七人の侍」。
七人のキャラクターがある。
男はどれか一つやりたい。
7パターンの侍のうち一つ憧れる役がある。
(武田先生が憧れるのは)志村さん(島田勘兵衛)。
野武せりが襲ってくる。
そうするとちょっと今の国際情勢に似ているが、川向うと川のこっち側があって、川向うの三軒というのが、本体の方の村がある人達と折り合いが悪くなって。
何故かというと侍がその川を掘り代わりに使って野武せりを防ぐという。
そうすると三軒は捨てるということが決定するワケで、怒って去っていく。
「守ってもらえ無ぇのに竹槍持たされて戦うことは無ぇ。川向うの者はこれじゃあグルだ!」と行って竹槍を捨てて去ってゆこうとすると志村が抜刀する。
腰低く走って早坂(文雄)のトランペットをパンパンパパ〜ン♪パンパンパ〜ン♪パパパ〜ン♪
(ここで本放送では「七人の侍」のサウンドトラックが流れる)
「列に戻れ!三軒を守る為に50軒を焼くワケにはいかん。戦とはそういうものだ」
もうたまらない。
もう好きだった。
あの志村の役を坂本龍馬でやりたかった武田先生。
七人の侍のような「龍馬伝」を作りたかった。
長州の奇兵隊という百姓上がりの侍達を坂本が率いて闘うという。
その時に志村けん(志村喬の誤りか)のような芝居を
「七人の侍」七人いるが(好みが)各国によって違う。
志村喬の侍大将。
あれはイギリスで一番ウケる。
それから剣術の強いヤツ、最初に決闘か何かやって「おう、残念。相打ちだったな」「いや、お主の負けだ」。
あの侍。
あれはフランスで(ウケる)。
それで三船敏郎さん(菊千代)はアメリカでめっちゃウケるという。
各国によって侍の・・・
加東(大介)さんの役(七郎次)もいいし・・・
千秋実さんのあのとぼけた侍(林田平八)もいい。
あの旗を作るヤツ。
セリフがいい。
「何を作ってるんだい、オメぇ」「旗だよ旗。戦の最中はなぁ気が塞ぐでな。何か翻るものが欲しい」
何回見たか忘れるぐらい何回も見ている武田先生。
というワケで、この「七人の侍」はもうご存じの方も多いのだが、追伸で伝えておく。
これがハリウッドに渡って「荒野の七人」になる。

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西部劇の傑作と言われている「荒野の七人」はこの「七人の侍」のガンマン版。
おかしい話が残っていて、七人の侍に感動したハリウッドのプロデューサーがユル・ブリンナー以下、スティーブ・マックイーンを呼んで、それで「七人の侍」を見せる。
ユル・ブリンナーなんかカーッと燃えてスティーブ・マックイーンだけ何か怪訝そうな顔をしている。
プロデューサーが「この『七人の侍』を西部劇にするぞ」と言ったらスティーブ・マックイーンが「俺、ちょんまげは嫌だな」と言った。
これは何か笑い話であった。
それにしても脚本作りに八か月、宿に泊まり込んでの執筆。
橋本はこの間、僅か三年、四年の間に鍛え上げられる。
ドラマを作る為の脚本とは大変な作業で、映画でもテレビでも人と人、ドラマを作る為に連動する。
連動するとは、チームワークよろしく製作者、原作者、脚本、監督、役者、これが一本に揃って撮影作業をやる。
そんなものではない。
各現場でケンカ。
だから「七人の侍」も現場は相当揉めたようだ。
「ズビズバー♪」のお百姓さんがいた。



左卜全さんはずっと黒澤さんの悪口を言い続けた。
「何だ。人に何させるんだ。『走れ無ぇ』ってるじゃ無ぇか」
だから皆さんもお分かりだろうと思うが、どんなドラマも対立・葛藤が生じる。
それでもその一本の糸が切れないところに物語作りの躍動がある。
「天才的な誰かがいて一本が完成」なんて無い。
戦後最大の脚本家、橋本忍にして激しく黒澤明と対立している。
この人は何を面白いと思ったかというと最初に話した。
お父さんが旅の一座を呼んで芝居をやらせる。
大衆演劇が持っている大衆性こそが日本人の感動を揺さぶるエキスを持ってるんだ。
まだ(映画を)三本しか語っていない。
この人はヒットした作品だけであと20本ぐらいある。
これは前編ということで後編、外堀が冷めましたらお送りしたいと思う。




2024年4月15〜26日◆鬼の筆〈前〉(前編)

(一冊の本を二週ずつ二回に分けて取り上げていて、どちらも「鬼の筆」というタイトルだったので、一回目を「鬼の筆〈前〉」二回目を「鬼の筆〈後〉」としておく)
(番組の最初に以前の放送の訂正)

さてまな板の上「鬼の筆」。

鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折



(今回はいつも以上に番組内で本の内容と大幅に違うことを言っているが、個別に指摘しないことにする)
(この本は「橋本へのインタビューによる証言と、創作ノートからの引用箇所は全て太字」ということなので、引用箇所も同様に表記する)

鬼が筆を握っているという。
いかな鬼か?
著者は春日太一。
しばしば当番組で彼の作品を取り上げているが、映画製作現場のルポルタージュ。
この方の筆はたいしたもので、この本は抜群に面白い。
相当飛ばす。
相当飛ばさないと、全部話していると二か月ぐらいかかる。
何の話をしているのかわからなくなるかも知れないがそのあたり、どっしり構えて聞いていただければと。
ズバリ申しまして平成の方、あまり面白くないかも知れない。
というのは、この橋本作品というのをたくさんご覧になった方なんていうのも少ないと思うので。
ただし、昭和の方、それも団塊の世代。
まあ付き合っちゃってよ。
橋本忍が携わった脚本の作品。
ザッと触れてみる。
黒澤作品「羅生門」「生きる」「七人の侍」、その上に「日本沈没」「白い巨塔」「私は貝になりたい」「砂の器」、松本作品でいうと「黒い画集(あるサラリーマンの証言)」「霧の旗」、そして「八つ墓村」「八甲田山」も・・・
とにかく必聴の「(今朝の)三枚おろし」になる。
前期三枚おろし、多分最高傑作。
これは何で「やってみようかな」と思ったのかというと、折も折だがテレビ連続ドラマで地味な女事務員さんがちょっと怪しげな衣装を着てアラブ風の踊りをやるという作品があって、それが原作・脚本・撮影・俳優さんとのコミュニケーションがちょっと上手くいかなかったようで大きな事故が起きてしまった。

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そうしたら続いて「これ言われちゃったらキツイだろうなぁ」と思ったのだが、救急出動して人を救うコミックが映画化された時に、その原作の方が現場に行ったら主役の男がケンモホロロな対応をしたので出来上がった作品に対して原作者の漫画家の方がもう言いたくもないが「クソ映画」とおっしゃった。

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とにかく原作者の考えたストーリー、或いはセリフを勝手に変えるというのが令和の世の中で大きく揺れていて「原作者とか脚本家が書いたセリフを勝手に変えちゃイカンよ」と言いかけたのだが、「セリフを変える」といえば武田先生。
結構お叱りを受けている。

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40分間一人で(セリフを)言う。
(刑事役の時に親鸞の言葉をアドリブで入れて)嫌われた武田先生。
あの監督さんは武田先生をほったらかしだった。
「そこらへんでやってください」みたいなもので。
だから脚本を勝手に変えるとか原作を変えるとかというのは本当にスネにいくらでも傷がある。
武田先生の場合は文春ネタとかにならなかったから・・・
でも「鬼の筆」をやってみようと思ったのは、ラジオをお聞きの皆さんに映画の脚本というのはどんなふうにして生まれてくるのかというのをお話すると面白いかなと思った。
ここは勘違いなさらないでください。
テレビの映像化、コミックの映像化の方で問題になっているのと、映画では違う。
映画の方は原作というのがあって、それを脚本化する。
だがコミック、或いは漫画というのは既に映像化されている。
映像化されてファンを惹きつけたものを実写化した場合、余りにも違うと見ている人が怒るという。
既に絵コンテが出来ているものと文字を絵コンテにしていくものとでは違うので、同列に並べることは不可能。
でも台本を変えた人間としては、言い訳をしているワケではない。
脚本作りは半分ケンカ。
「いい・悪い」は作ってみないとわからない。
例えば小さい作品。
武田鉄矢がハンガーを振り回す「刑事物語」。

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あれは武田先生の脚本。
もう渡辺祐介監督とケンカ。
渡辺さんがラストが気に入らない。
耳の聞こえない娘さん(三沢ひさ子)と片山(武田先生の演じる主人公の片山刑事)が最後は事件が終わって仲良く違う街へ二人で流れてゆくという結末だった。
そうしたら祐介監督が「結末がこれじゃ、何の為の苦労かわかんない」と言う。
「どうするんですか」と言ったら「別れなきゃダメですよ」。
それで耳の聞こえないお嬢さんは耳の聞こえない男に恋をして片山刑事は捨てられる。
「それを耐えて一人で歩き出すところに武田さんが描きたい男があるんですよ」
「いや、それじゃあ・・・」とかと言って・・・
でも結局、祐介さんの言うことを聞いてそのラストにしたからパート5までできた。
そういう「脚本のせめぎ合い」というのをちょっと折も折ではあるが、橋本忍という脚本家の妙というか。

ドラマの制作現場。
そこではどんなことが起こっているのか?
春日太一の「鬼の筆」。
この本の中には橋本忍の制作現場がびっしり詰まっている。
春日さんが

計九回、総インタビュー時間は二十時間を超えた。(17頁)

それで本になった。
読んでいると時々知り合いが出て来る。
橋本忍は脚本家。
いかな人生を歩かれた方なのか?
ここからちょっと脚本から離れる。
橋本忍、その人生の始まりから振り出す。

 一九一八(大正七)年四月十八日、脚本家・橋本忍はこの鶴居の町で生まれ、そして育った。(20頁)

 橋本が生まれた際、−中略−鶴居駅前に職住兼備の家を建て、そこで小料理屋を営むことにした。(21頁)

お父さん・徳治という方はちょっと変わった方で小料理屋を営みながらも

 徳治は毎年、お盆の季節になると、自腹で旅回りの大衆演劇の一座を呼び、独自に芝居の興行を開くようになる。(21頁)

資金が必要で芝居小屋の設置から演目の決定、興行中の一座のあご・あし・寝床までの面倒を見なければならない。

入れば大儲けできるし、外れれば財産を失う。それが興行だ。(21頁)

しかし興行に熱中している父親を見るのが忍少年は大好きだったという。

 向かう先は、芝居小屋の楽屋だ。−中略−そこで二十人ほどの役者たちが筵の上に座り込んで向かい合い、化粧をしていた。(24頁)

そういう楽屋裏を覗くともう異世界で、橋本少年は演劇の持つ異世界に胸をときめかせ眺めていた。
でも何せ中央から遠い田舎町。
劇的なことなど起こらないという非常にのどかな村だったのだが、江戸から明治に変わったばかりの頃、姫路の山奥の村でも近代化というか現金で税金を払わなければいけないのが凄く負担だった。
それまではお米でよかった。
ところが現金なのでお百姓さんが扱ったことがないので、それでこの鶴居の村で税の重たさに耐えかねて百姓一揆が起きたという。
それで鶴居一帯、生野の百姓が一揆を起した。
ところがたちまち警察に取り囲まれて首謀者は官憲に逮捕、そして処刑されたそうだ。

 首謀者たちの処刑は、早朝から生野峠で執り行われることになった。−中略−村人たちの斬首は粛々と進行していく。−中略−
 その中から一人飛び出したのは、鶴居に住む若い女性・いさ。いさは斬り飛ばされた結婚間もない夫の首を抱き上げ、胴体に駆け寄る。そして、予め用意していた両端の尖った木を胴体の切り口に突き入れ、その先端に首を差し込み、首と胴を繋いでしまうのだ。周囲が唖然とする中、いさは棺桶を持ってこさせ、そこに死骸を入れると男たちに担がせて峠を去っていった。
(27〜28頁)

あまりの異様さに首を落とした官憲も後ずさりして息を飲んだという。
その棺桶に収めて帰って行ったという。

 橋本はこの血なまぐさい物語を、−中略−毎日のように祖母の家の縁側に通い、せっついた。(28頁)

この時に忍少年は「この世の中には鬼のようなものたちがいるんだ。鬼というのは実在するんだ。その鬼のしうちに血まみれになりながら耐えている。そこに人間の美しさがあるんだ」。
涙を流しながら杭で自分の亭主の首と胴体を繋いで遺体を大八車に載せて帰る娘・若妻。
「これは凄いなぁ」と無意識の中に溶け込んだのだろう。
「生きていく」ということが。
この話から忍少年は鬼に歯向かう反逆の人生、「そういうものが人生にはあるんだ」と。
ここから橋本忍少年、或いは青年と鬼との対決が始まる。

 一九三七年、日本は中国との戦争を始める。(33頁)

鳥取歩兵四十連隊は初年兵として、二千人の若者を現役招集した。その若者たちの中に、当時二十歳で国鉄竹田駅に勤務していた橋本もいた。三カ月の訓練を終えたら、橋本も連隊の一員として中国戦線に向かうことになっていた。(33頁)

 出征の直前、−中略−即日入院となったのだ。三日後の検査で結核菌が検出、「肺結核」と診断された。(34頁)

戦場で死のうかと思っている時に「オマエは結核なんで、軍隊には入れない。すぐに荷物を畳んで療養所に行け」というお国の命令で、この方は結核患者として別の戦いの道に・・・
召集令状が来て鳥取の連隊、陸軍に入るのだが、「これから出征するぞ」と思った矢先、最後の健康診断に彼の肺の中から結核菌が見付かって除隊命令が下る。
これはおうちにも帰れない。
感染症だから

 疾病軍人岡山療養所は、瀬戸内海に突き出た児島半島の付け根にあり(34頁)

粟粒結核だったんだ。それは、当時の医学では絶対に治らないという病名だった。
 大きな結核菌の巣ではなくて、蜂の巣みたいな小さな傷がいっぱいある結核菌なの。
−中略−病巣の菌が一つ動き出したら全部が一斉に動くから、もう派手に血を吐いて三日ほどで死ぬというんだよ。(37〜38頁)

これはやっぱり死亡宣言が出たようなもの。
お医者さんの診立てだが余命二年。
はっきり言われたという。
ここからこの人の人生は二年どころではない。
70年、80年続く。
とにかく彼は二十歳の若さで余命が二年と決まった絶望の命を生きる。
しかし絶望の命も二年生きなければならない。
死ぬまで生きていなければならない。
療養所というところで暮らすワケだが、ここの暮らしがいいワケがない。

 療養所に行ったときにはもう愕然とした。食事の粗末さにね。(39頁)

とにかく寝ていること。
寝てばかりいる。
医療処置というのも殆ど無い。
ほったらかしの状態という。
横でも結核の戦友がいる。
戦友達は看守の看護婦さんもいないので、療養所を抜け出してしまう。
それで街まで行って食堂で飯を喰っている。
感染源になるのでは?と思う水谷譲。
「黙っときゃわかんない。わかんない」で。
それでカネのないヤツは野辺だから畑はいくらでもあるから果物とか野菜とかを盗みに行ってしまう。
ここの療養所の中で青年橋本は命の矛盾をいくつも目撃する。
何も治療法がない。
だから医者の言う通り、とにかく寝ている。
ところが体験から得た知識だろう。

『治らない』と言われた奴でも治ってるの。大人しく寝てた奴は、みんな死んだ。(39頁)

このへんは何が正しいとかわからない。
これに対して脱走して街の食堂で飯を喰ったり、畑に入って果物でマスカットを喰うヤツがいる。

 山を下りて山一つ離れた集落を見たらさ、温室があるの。何だろうと行ってみたら、マスカット。(41頁)

中には凄い奴もいたよ。そいつは『〈出征兵士遺族慰問〉をやってる』というんだ。
 旦那が出征して奥さんが一人住まいの家を訪ねて、その奥さんを落とす。狙ったら、必ず関係するの。
(39頁)

タチが悪い。
戦争未亡人を口説いて「可愛そうに」とか言うと奥さんもコロッ。
そいつらが結構回復する。
橋本もそういうのを見ると「何だい!鬼は俺の命、もて遊んでるんだ。だったら俺も楽しくやろう」というので仲間と一緒に飯を喰いに行ったり、畑に入って果物を盗んだりという。
見つかったら酷い目に遭うのだが、あと二年の命だからどうなろうとかまわないから怖いものは何もない。
だが橋本というのはもともとそういう人だったのだろう。

それは分厚い雑誌で、表紙には『日本映画』とある。−中略−巻末に掲載されたシナリオが目に止まる。
 これが橋本が初めて目にした、映画のシナリオである。
−中略−
「これが映画のシナリオというものですか」
−中略−
「実に簡単なものですね──この程度なら、自分でも書けそうな気がする」
−中略−
「いや、この程度なら、自分のほうがうまく書ける……これを書く人で、日本で一番偉い人はなんという人ですか?」
−中略−
成田伊介は躊躇うことなく答えた。
「伊丹万作という人です」
−中略−
名作時代劇を撮った監督で、
−中略−『無法松の一生』−中略−にはシナリオを提供するなど、脚本家としても高い評判を得ていた。(36頁)

ご存じの方はおわかりだが(伊丹万作は)伊丹(十三)さんのお父さん。
天才と言われた方。

 その名前を聞いた橋本は、少し勢いこんでこう言い放ったという。
「では、私は自分でシナリオを書いて、その伊丹万作という人に見てもらいます」
(37頁)

とにかく橋本は暇なのでコツコツと脚本を書き始める。
ネタはある。
何のネタか?
この肺病兵士達の絶望、運命に翻弄される命と、それを操っている鬼を書いてみようというので

橋本の人生初のシナリオが『山の兵隊』だった。(54頁)

戦地・戦場や海戦の海では戦わず、田舎の山の隔離病棟で肺病と戦う兵士の物語、という。
「出来上がったよ」と言って同病の成田に報告すると、成田は「伊丹万作っていうのはよ、ワリと岡山に近くの京都にいるらしいんだ。だから送ったら何とかなるんじゃ無ぇの?」と言って住所を探してくれて。
その当時はワリと個人情報がモロに漏れるという時代だから、そこに送ってしまう。

 そして橋本は、成田伊介との約束通り、伊丹万作にそのシナリオを送った。(54頁)

(普通は伊丹万作は)読む筈がない。
大脚本家だから。
何故か読んでくれる。
この「何でか読んでくれる」がまた鬼の仕業。
ところが本当にこういうことがある。
奇蹟のようなことが起きる。
送ってから数日すると、返事が来た。
そしてびっしりボロカスに書いてあった。
伊丹万作の評は「エピソードが多すぎる。書き方が粗雑だよ」「人に読んでもらおうというのに、君、誤字が多すぎるよ」。
とにかくびっしり細かい注文が。
だが、橋本の喜びはそれどころではない。
伊丹万作が返事をくれたという。
これはそうだろう。
高名な小説家の方に素人が何か小説を書いて出しても読んではいただけない。
ここから面白い。

なぜ返信をくれたのか−中略−伊丹さんにあのシナリオを読ませる気持ちをおこさせたものは、その内容が療養所に材をとったからではなかったろうか」
「新しい療養のやり方などに、興味を持たれたのではないかと思われる」
−中略−
 伊丹も同じ結核患者であるため、『山の兵隊』に記された結核治療の実態や、病状の具体的な描写に関心を抱いたのではないか
(56〜57頁)

鬼に憑りつかれた橋本なのだが、伊丹も肺病だったということで、同じく鬼に憑りつかれた伊丹万作を引き合わせるという、どこの馬の骨ともわからない橋本の脚本を読んでくれた。
だが「シナリオというのは甘くないぞ」。
橋本はこのことを励みにしてまたシナリオを書く。
伊丹とのやり取りが続く。
橋本はこの頃になると死ぬということが横を通り過ぎて二年過ぎてしまう。
その二年が経ったら、橋本の肺から結核菌が出なくなってしまった。
それで1941年に12月になって橋本は「療養所から出てよい」ということになったのだが

四一年十二月八日の真珠湾攻撃を皮切りに、日本は太平洋戦争へ突入する。(51頁)

 当時の橋本は軍需徴用により、姫路にある海軍の管理工場・中尾工業に勤めていた。本社で経理を担当した(52頁)

仕事の関係で京都や大阪の出張というのもあったから、そのときに時間を繰り合わせて行っていたんだ。大阪の仕事を済ませちゃって、そのまま京都の伊丹さんのお宅へ行くということはあった。(69頁)

 これまで脚本家としての弟子を持たなかった伊丹が、橋本を弟子として迎え入れた。(67頁)

シナリオを書いては、それを伊丹に送っていた。伊丹もまた橋本に必ず返信を送っていた。そこには、必ず先に挙げたような具体的なアドバイスが記されており(68頁)

そうするとやはり腕は上がっていくのだが、映画化はされない。
映画化されなくても伊丹を独占できたという喜び。
橋本と伊丹。
師弟関係になってしまう。
皮肉というのは凄いもので、鬼のからかいというか、何と三年も過ぎた。
まだ生きている。
「俺、死な無ぇじゃん」と思う。

 一九四五年八月十五日、戦争が終わる。そして日本はアメリカを中心とした連合国軍の占領下に入るのだが(70頁)

敗戦から約一年が経った四六年九月、長く療養生活を送っていた師、伊丹万作が死去したのだ。(70頁)

「何ということだ」と。
戦争には負けるわ、師は亡くすわ。
ところがまた不思議なことに、姫路に帰った。

「軍需会社だから、二年ごとに検診があるんだよ。−中略−レントゲン撮るたびにやっぱり引っかかってた。医官に言われた三年はもったけど、いつ死ぬかわからない状況には変わりなかった。
 でも戦争に負けて、アメリカからストレプトマイシンが入ってきたんだよ。それで、いっぺんに治ってしまった」
(70頁)

伊丹さんには間に合わなかったが、田舎にいたお陰で橋本には間に合った。
それで病院に通って治療を受けると胸の肺病が消える。
何だよこの人生は?
戦場で死なず、300万人の死者を巻き込んだ世界大戦に敗北すると、運命の鬼が橋本だけには70年の寿命をくれた。
さあ、数奇な数奇な人生は続く。

この人は肺病から救われた。
だがもう先生はいないから。

 この頃、西播磨地区にある企業を対象にした実業団野球大会が開催され、橋本の勤める中尾工業もこれに参戦。橋本もチームの一員として出場することになる。ランナーとして塁に出た際、ホーム突入時に捕手と激突、椎間板ヘルニアの大けがを負ってしまったのだ。(71頁)

 会社も欠勤せざるをえなくなった橋本は、自宅療養のため空いた時間に再びシナリオを書き進めることにした。そして、原作になりそうな小説を求めているうちに、書店で芥川龍之介の全集を目にする。(71〜72頁)

芥川龍之介の「藪の中」。

藪の中



「真実なんか誰もわかりゃしねぇや」という芥川の平安を舞台にした時代劇。

『藪の中』と題された小説に、橋本は心惹かれた。(72頁)

 これを脚本にしようと思い立った橋本は、一気呵成に書き始める(72頁)

盗賊と武士とその妻。
武士が殺されて事の真相を語り合うのだが、三人三様でどれが真相かわからないという「藪の中」。
「真実なんて誰もわかりゃしねぇや」という作品。

(二百字詰めの原稿用紙)で九十三枚(73頁)

京都の仁和寺で伊丹万作の一周忌の法要が執り行われる。これには橋本も出席していた。法要が終わると、伊丹夫人が橋本を呼び止め、一人の男を紹介する。
 佐伯清。助監督時代に伊丹に師事し、当時は東宝を経て新興の新東宝で監督として活躍していた。
(73頁)

約一年の間に橋本は十本近い脚本を書きあげたという。(73頁)

「『藪の中』っていうの面白いね。今、うちで伸び盛りの若い監督いるんだよ。そいつにね、コレちょっと読ませて映画にしねぇか」という。
何と伊丹の死の縁。
思わず橋本は気を付け。
「あの、若い監督っていう方は何というお名前で?」
「ああ、いろいろワガママを言うんだけど面白いヤツでね。黒澤明っていうんだ」
その頃、黒澤は頭角をグングン表していた。
「虎の尾を踏む(男達)」、戦前は「姿三四郎」なんかの独特の画風で、それから「わが青春に悔いなし」なんていうのがあって。
「あの黒澤が、まさかなぁ?俺なんて相手にするワケないよなぁ」とかと思っていたら電報。
黒澤明から「急ぎ上京せよ。シナリオの件」。
「ええ?」というようなもの。
会社に事情を説明して東京に行った。
いた。
黒澤明。
とにかく礼儀とか無い。
いきなりドーンと映画の話。
「ねぇねえ。この『藪の中』っての面白いんだけどさ、200字詰めの原稿用紙で93枚。これアンタ映画にしたら40分でお終いだよ。どうするんだい?」
初めて会ったのに不機嫌そうに怒るという。
「ああ・・・すみません。じゃあちょっと考えさせてください」
それで橋本は考える。
その時に橋本は絶妙なことを考える。

橋本が考えたのは、『羅生門』の下人のエピソードを『藪の中』の盗賊・多襄丸の前日譚とすることだった。(80頁)

(本放送ではここで「羅生門」のサウンドトラックが流れる)

 原作の『羅生門』は、飢餓と疫病で荒廃した平安京が舞台。盗賊の住処となった羅生門の楼内には捨て場のない死骸が投げ込まれていた。そこに、奉公先を解雇された下人がやってくる。彼は楼で女の死骸の頭から髪の毛を抜く老婆を見つける。−中略−下人はその老婆から着衣を奪い取り、羅生門を去る。(77〜78頁)

子沢山の木樵(きこり)と、世の中をすっかり絶望しきった僧が羅生門で雨宿りをする。
そこにズバリ、藪の中の話を三人でするという。
「彼はこう言ってた」「彼はこう言ってた」というのを三人で絶望を語り合う。
まだ戦争に負けてまだ四年か五年ぐらい。
もう世の中は暗い話ばかり。
人殺しだとか子供は捨てるとか米兵が婦女子を暴行する。
暴行されても誰も助けない。
そんな殺伐たる戦後。
殺伐たる作品「羅生門」。
荒れ果てた日本。
「これ行こう!」
ここからが大事なことで、ここからが春日太一という人が立派な方で、これはいろいろ調べた。
橋本先生は「私が考えた」と言う。
「『藪の中』と『羅生門』をくっ付けよう」
黒澤は「あれは私が考えた」。
共同脚本をやると必ずこれが出て来る。
スフィンクスみたいに下半身ライオン、頭は人間みたいな感じでいわゆる共同脚本というのは二匹のケモノが一匹になっているワケで「どっちが考えた」なんてわからない。
春日さんは非常にクールな方で、どっちがこれをくっつけようと言って見事くっつけたのかは、結果的には

『藪の中』の映画化をめぐる顛末もまた、「藪の中」を地でいく話だったのだ。(79頁)

これで「羅生門」の中に「藪の中」が入るという、「藪の中」の額縁が「羅生門」という全く新しい映画の手法を橋本は脚本として考える。
撮影はというと黒澤が抜群のアイディア。
三船敏郎が「暑い暑い!全く」と言ってパッと空を見上げると(映画のカット割りに)太陽が入る。
映画の世界で太陽を撮ったのは黒澤が初めて。
あのカット。
それで暑さを表現する。
それで今でも砂漠を歩いて水が切れてハーッと空を見上げるとカッと一発だけ太陽を入れるというのはその「羅生門」から始まる。
しかも「羅生門」はアメリカでバカ当たりをする。
さあ、いよいよ始まった橋本忍の脚本の修行の旅。

羅生門 デジタル完全版







2024年05月22日

2024年2月19日〜3月1日◆なぜ世界はそう見えるのか(後編)

これの続きです。

人間というのは実に複雑な動きをしている。
これもJ・ギブソンの説だが、生まれてからまだ一年経っていない乳幼児がいる。
そのママが「違う違う、あそこよ」と指をさす。
生まれて数か月だと、赤ちゃんはその「あそこよ」という指さす指を見る。
ところがこれが一年にも満たないうちに「指がさしているものを見るんだ」という、その指が示唆しているということを理解するという。
考えたらもの凄く抽象的な体の動きを理解するようになる。
このあたりから爆発的に知識が増えるという。
例えば時間。

「時間」という抽象概念の場合は、豊富な経験のある「距離」の概念に似たものとみなしている。−中略−残り時間が「短くなる」、−中略−話すのに「長い」時間がかかる、といったように。(174頁)

そういうのをたちまち理解するようになる。
また他の表現だが「見え透いたお世辞」これを英語で言うと「レフトハンディッド」「左手でやりやがって」という。
日本では役に立つ人物のことを「右腕」とか言ったりするし、侮辱されたことを「顔を潰された」とか「泥、塗りやがった」とか、「アイツ手、汚しやがった」とか「もう俺ぁきっぱり足洗いたいんだよ」とかという身体動作、そういう表現になっていく。
だから「人間というのはあらゆる発想が体と関わっているんですよ」という。
体を使った慣用句が本当に多いと思う水谷譲。
これは大変お隣の国は盛んなのだが、皮膚に施す美容施術・美容整形、ボトックス。

ボトックス製剤は、ボツリヌス菌が作り出す毒素からできている。−中略−ボツリヌス毒素によって皮膚の下の表情筋を事実上麻痺させるというのが、しわ取りの仕組みだ。(176〜177頁)

はっきり申し上げて今、結構な人がこれをやっている
(やっている人は)わかる。
武田先生はやっていない。
これはやってらっしゃる方からも・・・
女優さんは平気で言う方がいらっしゃる。
何も言わなくてもやってらっしゃる方はわかる。
これは「ああ、この人はそういう施術をやっておられるんだなぁ」というのが本当にわかる。
「凄いな」と思うのだが、これは本に書いてあったのだが
こんなふうにして美容整形でボトックスをやってもいいのだが、そうすると

 ボトックス利用者に関する別の研究では、大げさではないかすかな情動を示す顔写真を見せられた利用者は、表情の読み取りにより時間がかかることがわかった。(176〜178頁)

このあたり皆さん、「我思うゆえに我あり」ではない。
「我行動すゆえに我あり」。
「自分がどう動いたか」ということが今の私の根拠なんだという。

ここから凄まじく理屈っぽい文章に入る。
これは本の中に書いてあったのだが、180ページにこんな例題が書いてあって。
これは物理法則。

「等速円運動する物体に作用している力を向心力といい、物体の質量をm、速度をv、円の半径をr、求める向心力の大きさをFとしたとき、Fmv2rで表される」(180頁)

これは理解するのは無理。
「これを体が動く」というその体の動きに合わせたことで物理法則をもう一回解き直そう、と。

想像してみてほしい。あなたはローラースケートをはいて、駐車場で滑っているところだ。支柱をつかんで止まろうとすると、まだ止まりきらないうちに、あなたの体は支柱の周りを回りはじめる。この回転が等速円運動だ。つかんだ腕に感じる力が向心力で、要は等速円運動を引き起こしている力のことである。支柱をつかむ前に滑っていた速度(v)が、あなたが腕に感じる向心力に影響を与える。滑るスピードが速いと、遅いときに比べ、支柱をつかんだときによりぐいっと勢いよく引っ張られる。これが方程式にある「v2」の意味だ。速く滑っていればいるほど、支柱をつかんだときの向心力が大きくなるのである(そしてそれだけ腕も痛くなる)。(180〜181頁)

こんなふうにどんな法則も「いったん体に喩え直してみるとわかりやすくなりますよ」と。
この等速円運動というのを体で考えてみよう、という。
この等速円運動が支配しているスポーツ。
ゴルフ、フィギュア、野球、スキー、ボード、武道も実はこの等速円運動であるという。
これがFmv2rとどう結びつくか?
合気道の場合で言うと相手を崩す為に入り身転換と言って、相手が手なんかを握ってこようとすると相手の方に踏み込んで回転する。
この入り身転換の回転の時、相手の後ろに回り込むほど大きく回れと指導される。
これがズバリ言うとローラースケートで滑っていて道路標識にしがみつく自分というのと同じ。
そのスピードが速ければ速いほど生まれる向心力が強くなる。
回る時に先生が「腰で回れ」と言われる。
これが手で回ってしまう。
何で「腰で回れ」かというと腰が円の中心。
それから手を伸ばしている。
これが半径のrだから中心と半径のrをしっかり持つ。
そうしないと円運動は完成しませんよ、という。
これはやっぱり考えさせられる。
いっぱい面白いことをこの本の解説者の方が考えておられて、ローラースケートで滑っていてスピードを出し過ぎてもう止まろうと思って電柱に掴まるという状況設定で言うと

今度はあなたが重いバックパックを背負っているとしよう−中略−バックパックを背負って質量が大きくなると、背負っていないときに比べ、支柱をつかんだときに腕がより痛むのである。最後に、支柱をじかに手でつかむのではなく、先に輪がついた投げ縄を支柱に投げ、縄のもう一方の端を手でつかんでいるとしよう。投げ縄が短ければ、あなたは小さな円を描いて支柱の周りをすばやく回るだろうし、投げ縄が長ければ、もっと大きな円を描いて、ゆったりと回ることになるだろう。(181頁)

一見難しそうな物理方程式でも体を通すとわかりやすくなる。
体で考えてみるということがとても大事なことなんですよ、という、この本デニス・プロフィットさんとドレイク・ベアーさん。
「なぜ世界はそう見えるのか」白揚社から出ているが、この著者はあらゆる事体を体を通して考えなさい、と。

「仮にライオンが話せたとしても、われわれにはライオンの言うことが理解できないだろう」と述べている。−中略−ライオンと人間の身体、生態環境、関心事はあまりにも違いすぎ、両者の近く世界は種の違いを超えて経験の共有を伝達し合う場とはなり得ないとヴィトゲンシュタインは考えたのだ。(183頁)

身体化、体に喩えてものを言える人が素晴らしいのは何かというと、一番わかりやすいのは文章力。
体を使って説明する人の文章は凄く納得がいく。
それで別の本で司馬遼太郎さんの文章で身に沁みた文章があって、その文章を持って来た。
司馬さんというのはこういう文章を書けるからボンクラな武田先生にでもわかる。
司馬遼太郎「新史 太閤記」。

新史 太閤記(上)(新潮文庫)



豊臣秀吉の物語。
豊臣秀吉が諸国を点々と歩くうちに頭のいい参謀を見つける。
これが黒田官兵衛という人。
黒田官兵衛は凄くクールな頭の人。
信長の子分だった秀吉が「織田家にいらっしゃい、織田家にいらっしゃい」と誘う。
ところが信長と接して官兵衛はこの人はちょっとむごすぎる、
藤吉郎(秀吉)に対して凄く冷たい当たり方をする。
殴ったり蹴ったりも平気でするし。
大の大人をつかまえて「猿」と呼び方を侍がするか?
そんな主人の為に何でこの人は命をかけて働いているんだと不思議で仕方がない。
体を使ったいい文章。
そして黒田官兵衛は誘いに来た秀吉に向かってこう言い返す。
(恐らく黒田官兵衛ではなく竹中半兵衛)

「私は上総介殿をきらっている。足下は上総介殿が士を愛するといわれるが、あの態度は愛するというより士を使っているだけのことだ」
「これはしたり、貴殿ほどのお人のお言葉とも思えませぬ。愛するとは使われることではござらぬか」
−中略−
 半兵衛は、あざやかな衝撃をうけた。なるほどそうであろう。士が愛されるということは、寵童のような情愛を受けたり、嬖臣のように酒色の座に同席させられるということではあるまい。
−中略−酷使されるところに士のよろこびがあるように思われる。(「新史 太閤記(上)」228頁)

見事。

 激動の嵐が吹き荒れた二十世紀前半、アメリカおよびヨーロッパ全土で、なぜか乳児が次々と謎の死を遂げるという危機的状況が生じていた。二つの世界大戦と大恐慌の煽りを食い、児童養護施設に収容される子どもの数は激増した。−中略−二歳になるまでの乳幼児死亡率が三一%から七五%にも上った。(187頁)

可能な介入として「ケア、食事、空気」を勧めた。(188頁)

これは第一なのだが、もう一つある。
それを見落とすと子供は40%近い確率で死んでしまうという。
それは一体何か?
九年に亘る調査でようやく「ケア、食事、空気」その他、もう一つそれを見つけた。
「寂しくない」
流れてきた。
(本放送ではここで「誰もいない海」が流れる)
トワ・エ・モワで「誰もいない海」。

トワ・エ・モワ 12CD-1065A



トワ・エ・モワさんが歌っている。

淋しくても 淋しくても
死にはしないと
(「誰もいない海」)

この歌は間違っている。
死ぬ。
人間というものは淋しいと死んでしまう。
イギリスで孤独担当大臣が「え〜?」と思ったがそういうことかと思う水谷譲。
「淋しくない」これが人間が生きている「環世界」「ウンヴェルト」。
人間はここで生きていくしかない。
人間は社会で生きている
社会という環境の中で生きている。
皮膚というのは、社会的触覚で撫でてくれる人がいないと淋しくて死んでしまうという生き物が人間。

箱を一人で持ち上げるときと二人で持ち上げるときとで箱の知覚重量がどう変わるかを探った研究によって、実証されている。−中略−持ち上げる前の重量推定の際、一人で持ち上げると思っている場合には、手伝う人がいるとわかっている場合に比べ、推定重量が重くなることがわかった。(201頁)

今、避難所生活なんかでもいろいろトラブルがあるかも知れない。
でも、大変かも知れないがそこは力を合わせて皆さん、乗り切りましょう。
そんなことしか言えなくてまことに申し訳ございません。
本当にぬくぬくとした正月を送ってしまって、おたくらが厳しい環境の中で戦っている時に。
でも決しておたくらのことを忘れたワケではございません。
同じく日本人としてあなたが今苦しんでおられるその街を旅したことのあるフォークシンガーとしてあなた方の淋しさというのを重々推し量ることが、一歩でもいいから昨日と違う今日を作っていくというその一歩が人間の命を支えるものになりますので、そのことは是非、忘れないでいただきたいなというふうに思う。
環世界、周りの環境なんだ。
例えば重たく陰気な顔をして「認知症」とつぶやくのと、「お母さんの物忘れの凄さ!」とケラケラと笑う明るい嫁や娘や息子がいると、どんどん軽度になっていく。
アフォードする力というのは凄いものがある。
もちろんいいことばかりではなく、同一化という問題もあり、同じ意見で凝り固まっていると同じ人の意見しか聞かなくなるという。
これは凄い実験を行っている。

生後三か月の白人の乳児は黒人、白人、中国人の顔をどれも同じように判別できたが、同じ乳児が生後九か月になると、白人の顔しか判別できなくなくなっていた。(231頁)

これは同一化と言って、環世界、環境が人間を作るのだが、一方的な環境の中に沈んでいると、だんだんそのセンスが狭くなっていくという。
国際社会を見てみましょう。
ウクライナ人とロシア人、イスラエル人とアラブ人。
これは本当に両国に悪いが私達日本人から見るとどっちがどっちかわからない。
ただ、よく見ているとわかる。
それはそれぞれにウンヴェルト、環世界、取り囲んでいる環境が表情に映し出されているような気がする。
そんなふうにして我々を取り囲むウンヴェルト、環世界、これを見詰め直して、自分をもう一度折り畳んでいこうではないかというふうに提案している。

「なぜ世界はそう見えるのか」
この本をお書きになった方はやはりアメリカの方なのでアメリカの物の考え方というかアメリカという環世界、環境がやはり本の中に反映している。
アメリカというのは州ごとにもの凄く違うんだ、と。
著者はアメリカ南部、ディープサウスと呼ばれるエリアの文化について報告している。
テキサス、ここはアメリカでは他の州に比べて圧倒的に殺人事件の多い州で三倍。
なぜここだけこんなに殺人事件が多いのか?

極西部と南部に入植したスコットランド系アイルランド人である。−中略−故郷−中略−では牧畜に従事していた。牧夫は農夫に比べ、極めて窃盗の被害に遭いやすい。(248〜249頁)

土地が広いので泥棒がいてもすぐに駆け付けられない。
そこで銃で牛泥棒を撃ち殺してしまう。
それが文化になって根付いてしまったという。
(テキサスは)荒そう。
これは司馬遼太郎さんから教えてもらって本当に感動したのだが、ダーティハリーがこれ。

ダーティハリー(字幕版)



アイルランド系の刑事さん。
ダーティハリーは短気。
ダーティハリーは徹底しているのだが、一人も友達がいない。
何か彼は友達を持たないように努力している。
でも、それ故に汚い仕事を一手に引き受けるダーティハリー。
「汚れ屋ハリー」というニックネームがいかにもアイルランド系という。
アイルランド系で更に思い出す人。
スカーレット。

風と共に去りぬ (字幕版)



アイルランド系。
彼女はイギリス男にもアメリカ男にも寄りかからず「明日は明日の風が吹く」と傲然と胸を張る。
あれがアイリッシュのプライド。
このへんが凄く面白いところで文化というのは人間をアフォードしていく。

被験者(大半は大学生)に「手、手袋、マフラー」の絵が提示された。ペアになるのはどの二つだろうか。手とマフラー? 手と手袋?(253頁)

ペアになるのは「手と手袋」だと思う水谷譲。

大多数の欧米人は、手袋とマフラーをペアにする。どちらも冬物の衣類だからだ。−中略−だが東洋人は、手と手袋を組み合わせる。手袋は手を保護するもので、手は手袋にぴったり収まるものだ。(253頁)

東洋人と西洋人ではこの結び付け方が違うという。
このあたりはアニメなんかにももの凄く影響しているのだが、

日本人大学生とヨーロッパ系アメリカ人大学生の被験者に水中を模したリアルなアニメーションを見せ、内容を説明してもらう実験を行った。すると、アメリカ人学生はまず魚について報告することが多かったのに対し、日本人学生は場面の状況説明から入った。(256〜257頁)

ディズニーアニメは一点を見せる為のアニメ。
日本の宮崎アニメは違う。
全体を見せる。
日本の観客も全体を見ようとする。
役者が動いている。
その全体はどういう世界か?
「ニモ」というアニメがあると魚の動きをじっと見て「ナチュラルだな〜」と惚れ惚れ見ているのはアメリカ人。

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日本人はどこを見ているかというと「いやぁ〜、海が深く描けてるなぁ」
そのアニメの見方も西洋と東洋では違って、東洋では情景全体を見ようとする。
アメリカ人は部分を見ようとする。
そんなふうにして文化の状況によって最後の絵、一枚が違う。
更に東洋では中国と日本も違うし、日本と朝鮮半島も違う。
朝鮮半島と台湾も違う。
それぞれ環世界、地形、気候、そういう世界が人々をアフォードしている、そういう人達を作っているんだ、と。
このへんがやっぱり面白いところ。

よく「面白いから笑うんじゃなくて笑っているから面白い・楽しくなってくるんだ」と言う。
それに繋がるかなと思って聞いていた水谷譲。
そういうことらしい。
武田先生は年を取ってから武道を始めたりして、この手の本を読んで「やっぱり間違ってはいなかったんだ」と。
やはり行動しないとダメ。
ゴルフなんかもさっぱり上達しないし、合気道の方もさっぱりなのだが、でも「そう動いている」ということが武田先生にとっては大事なことなのではないだろうかな?と思う。
何をやっても本当に下手。
でも「何もやらないよりは」という。
だから皆さんを励ます言葉にはならないかも知れない。
特に北陸の方なんかも本当に大変だろうと思う。
でもとにかく昨日よりほんのちょっと片付けただけでも自分の中で凱歌を上げましょうよ。
それは人間にとって凄いこと。

この本はテーマがしっかりしている。
「なぜ世界はそう見えるのか:主観と知覚の科学」
デニス・プロフィットさんとドレイク・ベアーさん。
「HOW OUR BODIES SHAPE OUR MINDS」「体はいかに心を作ったか」という、これが原題。
それで最後に凄く面白いことが書いてあるので

現在使われているVRのヘッドセットは、−中略−NASAエイムズ研究センターで開発された装置のデザインがもとになっている。(273頁)

長編アニメ『アラジン』が再現された仮想空間で魔法の絨毯に乗った。魔法の絨毯で空を飛ぶなど、五〇年前には到底味わえなかった知覚経験だ。(274頁)

アラジン (吹替版)



 VRを使うと想像上のバーチャル世界に降り立てるだけでなく、想像上のバーチャル身体を手に入れることも可能だ。これをアバターという。(274頁)

バーチャルアバターへの身体化によって生じる知覚の変化に、「プロテウス効果」というぴったりの名を付けた。(275頁)

どういうことが言いたいかというと、アバターがもの凄く勇猛果敢で困難に向かっていくとそのアバターを動かしているその人がだんだん元気な人になってゆく。
何かの病で体が不自由な場所があって、そこが痛みを持っている。
その人にVRで「スパイダーマン」を体験させる。

スパイダーマン:スパイダーバース (吹替版)



手のひらから糸を出しながらビルを自在に・・・
そうやっていくと四肢の痛みが少し和らぐそうだ。
物語にはそういう力がある。
笑っているうちに、今ある不幸から少し心が丈夫になって立ち直ることがあるという。

被験者は白髪のアルバート・アインシュタインか無名の人物か、どちらかのバーチャル身体に入り込むことができた。「アインシュタインになった」人々は認知課題の成績がよく(276頁)

アバター同士交流できるVR世界で、肌の色の薄い人が浅黒い肌のアバターを使うと、人種に関する潜在的偏見が軽減されるのだ。(276頁)

これがVR世界であっても、人がそう動けば人はそういう人になるという。
これは人間に関する大発見。
もともと人間はそういうもので、ここに物語の意味があった。
まとめのしめくくりでこんなことを書いている。

病んだり老いたりした人も、他人にあまりにも生活をコントロールされそうになると、拒否感を示す。どんなに些細で、一見重要ではないように思える事柄であっても、患者に自主性を発揮する機会を与えると、患者の健康は向上する。健康を維持し、知性を高め、自己実現による充足感を得るためには、行為主体性が不可欠なのである。
 本書でみなさんにお伝えしたいのは、「知る」ためには、その前に「行う」こと──自分の身体を用いて、意図的に行動すること──が必要だという点である。
(279頁)

「元気になりたい」と思った人は昨日より一歩多めに歩けばいい。
ただそれだけでアナタは変わる。
環境がアナタを変えてくれる。
当然のことだが、そのことをもう一度、という。
そしてこの作家曰くだが、あらゆるところにAIの出現があって、AIの活躍によって未来に今、影を落としている。
しかしAIの持っている知識が不完全であることは間違いない。
理由はAIは体を持っていない。
人間のように「体にある知識」というものを使うことができない。
私達は環境にアフォードされて人間になった。
AIにはアフォードすべき環境がない。
AIの持っている知は知ではない。
今うっとりしてしまった。
これは半分ぐらい武田先生の言葉。
本当に最近、いいことを作る。

2024年2月19日〜3月1日◆なぜ世界はそう見えるのか(前編)

変わったタイトルで本のタイトルをそのまま「(今朝の)三枚おろし」の題にした。
「なぜ世界はそう見えるのか」

なぜ世界はそう見えるのか:主観と知覚の科学



これはデニス・プロフィットさんとドレイク・ベアーさんという科学者の方がお書きになった本で原題は「体はいかにして心を作ったか」。
今、進んでいる認知心理学の方面では「体が心を作った」という。
この考え方が武田先生は非常に好き。
前々から凄く興味があった、J・ギブソンのアフォーダンス理論
(番組の中で「J・ギブスン」と発音しているようだが、今回の本の中でも「ギブソン」となっているので、ここでは「J・ギブソン」に統一しておく)
2020年8月31日〜9月4日◆アフォード
アフォーダンス理論というのはなかなか掴みにくかったのだが、それを補うというか説明してくれる理屈。
「体が心を作る」という。
認知心理学のこの手の本を読むと面白いもの。
J・ギブソンさんのアフォーダンス理論、この行動認知学というのは若い時に福岡教育大学に行っていた時に幼児心理学で教わった。
それがもの凄く心惹かれた。
大学で教わったのはこのJ・ギブソンさんの実験の一部なのだが

要は赤ちゃんが端から落ちてしまいそうに見えるテーブルである−中略−。テーブル上に透明で分厚いガラス板を載せるが、テーブルの天板が尽きたあとの空間にも、ガラス板だけが突き出しているようにする。(35頁)

ジョニー坊や−中略−をテーブルの中央の、断崖のすぐ手前に載せる。ジョニーの両側には深く落ち込んだ視覚的断崖のあるガラス板(深い側)と、残りの天板部分(浅い側)との二つが広がっている。こうしておいて母親が、最初は断崖の向こうの深い側から、次はテーブルの天板がある浅い側からジョニーを呼ぶのである。−中略−二七人の乳児全員が、少なくとも一度は嬉しそうに浅い側を這っていったが、勇気を奮って見かけ上の穴に這い出していったのは、わずか三人にとどまった。(36〜37頁)

赤ん坊は行かない。
彼等の体験の中で「落ちる」という体験をしたことがあるような赤ちゃんはいない。
でも人生がまだ始まって七か月しか経っていない赤ちゃんは、落ちる危険性を察してガラス板に乗らない。
これは凄く面白い。
これを(武田先生は大学で)教わった。
これが「アフォーダンス理論」。
つまり「何事かを体は知っているぞ」と。
落ちるということは危険だということ。
いつ知ってるんだ?
人間は時として習ってもいないことを知っていることがある。
あなたはわかっていないが、体はわかっていることがある、という。
それを「面白いなぁ」とバカな大学生だったが授業を受けながら「人間ってそういうところあるんだ」とその授業を聞いた。
ここから研究は進んでいないと思っていたら、このアフォーダンス理論、認知行動学の研究が進んできていて、いろんな実験結果を揃え始めた。
さっき言った赤ちゃんは何でママに近寄らず27人中24人の赤ちゃんが一斉に泣きだしたのか?
これは人間でそのまま実験できない。
一番いいのは本物の赤ちゃんを崖に向かって走らせて、それで落ちるか落ちないか試すといいのだが、そんな非人間的な実験はできない。
それでJ・ギブソンがやったのは猫でやった。
(この実験をやったのはギブソンではなくリチャード・ヘルド。番組中で語られた実験の内容も本の内容とは大幅に異なる)
ギブソンは暗闇で猫を育てて、同じテーブルに載せた。
子猫全員が平気でガラス板を渡った。
条件は暗闇で育てた子猫、明るいところで育てた子猫はガラス板に乗らない。
見るというのは見えているから見えるのではなくて、見る練習をしてから見えるようになる。
視覚体験というのが学習として積み重ねられないと見えない。
人間の赤ちゃんの方に話が戻るが、赤ちゃんはその手で床を這い、手から伝わってくる触覚、そして視覚、その両方で認識する脳の技術を学んでいるんだという。

「自分が何かをすると、世界が応えてくれる」ことに気付く(行為主体性だ)。(46頁)

重大なのは「世界がそう見えたから私が何かをした」のではない。
つまり環境が私達をアフォードしてくれる。
落ちるのは危険ということを私が知っているのではない。
環境が「危険だ落ちるぞ」と伝えてくれるからガラスの向こう側には行かない。
J・ギブソンはこの推論を元にして生態学的アプローチと題して環境が提供する情報、そこから人間は賢くなっていったという。
「私は窓から湖を見る」
J・ギブソンのアフォーダンス理論を使うと「その窓は私に湖を見せてくれた」。
人間の認識の問題。

アフォーダンス理論のJ・ギブソンが行なったアフォーダンス理論に基づく実験。
(恐らくギブソンではなくデニス・プロフィット)
坂道の傾斜はどのように知覚されるか?

バージニア大学敷地内にある坂の傾斜を、被験者に推定してもらうのである。被験者は、三種類の方法で傾きを推定するよう指示された。一つ目は、研究助手とともに坂のふもとに立ち、助手に促されたら、自分の思う斜度を声に出して言うという方法だ。知覚された傾きを査定する二つ目の方法は、視覚マッチングである。全円分度器の上に半円を重ねたような装置を用い、対象の坂の横断面の傾きを推定するというものだ。三つ目は、坂の傾きに合わせて手を傾けるという方法である。−中略−板と平行になると思えるところまで板を傾けるのである。(57頁)

見た目、分度器、水平の板との傾斜。
これを利用して何度か?という。

傾斜五度の坂を見た被験者は、口頭と視覚マッチングでは傾きを約二〇度と見積もった。一方、手の平を載せた板を坂と平行になるように傾けるという方法では、被験者の推定は正確だった。(57頁)

(番組では二つ目の方法のものも正確だったように説明しているが誤り)
たった5度しかないのに何で20度に見えるのだろう?という。
目がそんなふうに見てしまった。
ところが本当に面白いことに見た目で見た人に「アンタ20度あると思う?」と言って「20度の坂を走って登ってくれる?」という。
そうしたら20度だからつま先は20度上がらなければいけないのだが、5度しか上がらない。
(坂はの傾斜は)度しかないのだから当たり前。
ここで重大なのは、頭が20度と見ても足の裏は5度しか上げない。
つまり体の方が正確に角度を見出す。
そしてもう一つ実験をやった。

中央値七三歳の高齢者を被験者とする実験を行った。−中略−被験者が高齢で不健康であればあるほど、知覚された坂の傾斜はきつくなった。要するに、すべての実験結果が、坂の傾斜は、実験時の知覚者の身体能力に関連して知覚されていることを示していたのである。(60頁)

一番最初に言った「心が体を作るのではなくて体が心を作っている」という、この当たり前が実は凄く生き物にとっては重大なことなのではないだろうか?
この理屈を読みながら武田先生は何を思ったかというと今年も生まれたが、箱根の駅伝。
5区、或いは下りの6区。
箱根の坂。
5区と6区に上りの山の神と下りの山の神が出る。
前から不思議だった。
坂道が得意な選手というのがいる。
それも上りに強い人と下りに強い人がいる。
みんな速い。
それで不思議でしょうがないのが、山の神は何人も伝説のランナーがいる。
あの人達は元旦にやっている平べったい会社対抗の駅伝大会に出ると平凡な記録に終わる。
山の神と言われて上りであの人(柏原竜二)は6分も縮めた。
あの時は大記録だった
でも新春の元旦にやる方の社会人大会では平べったいところを走ると平凡な記録。
坂道が得意なアフリカの選手はいない。
アフォーダンス理論は面白い。
ここで何が問題かというと、
柏原君、あの山の神が坂道を見る時と、アフリカから来た選手が坂道を見る時、角度が違う。
アフリカから来たとか、平べったい2区なんかで区間新記録を作る人が坂道を見ると見た目で角度が高い。
ところが、柏原君は坂道が平地に見える。
それは持っていく足の角度が違う。
だからあの子は抜いていく時に、大変申し訳ないが、笑顔で抜いていった。
それは坂道に対するアフォードする力、適応する力が才能として違うという。
そしてこれが不思議なことに平べったいところでは発揮できないという。
これが面白いなと思った。
体が心を励ます。
その事実の証明が山の神である。
つまりあの坂道を上り始めた瞬間、彼はワクワクした。
そんなふうにして彼の体の中には正確に坂道を上ってゆく才能がある。
もの凄くわかりやすい例があってそれが正月二日・三日の箱根の駅伝。
5区が問題で、やはり青学はいいのを5区に持ってきていた。
下りもそう。
上りと下りは同じように思うが全然違う。
ちょっと横道にそれるが、下りの方がしんどいそうだ。
だから実は階段は降りる方でお年寄りの方は運動した方が・・・
つまり全体重を片足ずつに載せなければならないので。
箱根の5区、上りというのは標高が874m。
凄い。
東京タワー2台半ぐらいを上っていく。
ここを「山の神」と称する選りすぐりの上りのランナー達が駆け上っていく。
一番大事なことは彼の足は坂道の持っている斜度、傾きを正確に捉えることができる。
彼の足の裏が彼を励ます。
そしてタイムを縮める。
そういう足を持った才能のランナー達。
体が心を励ます。
その証明が山の神。
山の神の生まれたところから遡ると、我々もみんな人類そうだが、J・ギブソンはハイハイから人間を考える。
ハイハイから立ち上がり、歩行が始まる。
歩行と同時に赤ちゃんは急速に心を作ってゆく。
水谷譲も子育てをおやりになっただろうが、とにかく歩きたがる。
バタバタバタバタ・・・
そのうちに壁が現われる。
赤ちゃんは何を考えるかというと「壁も登ろう」と思う。
それで手を使って登り始めるのだが、それがいつの間にかタッチになっている。
それで立ち上がってしまった。
横を見るとまた壁がある。
もう一回しゃがみこんでハイハイをすればいいのだが、立ったまま移動するところから歩行が始まるという。
これは今、子育て中の方とかおられたら、赤ちゃんをよく見てください。
これは人類史。
アフリカのジャングルに生まれて、四つん這いのサルだったものが、草原で背伸びしてタッチしたという。
次に何を目指したかというと二足歩行。
歩くこと。
300万年前の人骨が見つかっている。

骨格を「ルーシー」と呼ぶようになっていた。−中略−ルーシーは明らかに直立二足歩行をしていた。(63頁)

これはアフリカで見つかった。
1m12cmの初期の人類だったそうだ。

 二足歩行によって長距離移動ができるようになった(64頁)

何と驚くなかれ、このルーシーさんもそうだが一日に30km歩けるようになったという。
これがサルと人間を分ける。
チンパンジーは移動しても1日に3kmが限界。
それに比べて人間は30km。
30kmを歩くと汗をかいてしまう。
それで何をあきらめたかというと毛をあきらめた。
汗を出すことによって温度調節をやろう、と。6
長く歩くという持久力を手にする為に毛を脱ぎ捨てたという。
爪も持っていないし牙も持っていないサルなのだが、とにかく持久力があるので

持久狩猟で食物を得るようになる。−中略−数人の狩人が何時間も走ってレイヨウなどの有蹄動物を追い詰め、獲物が疲れきったところで先の尖った枝を刺して殺す狩猟方法で(71頁)

それが人間を益々歩かせることになる。
そのうちに腹が減ったので海に浸かって貝か何かを拾っている。
火を使うことを覚えたばかりで。
アサリの蒸したヤツなんか喰いたくなってしまって。
そうすると海の中にジャボジャボ浸かっていると益々歩くのが達者になる。
海が歩行器になる。
これをJ・ギブソンは「環境と一緒に作った才能なんだ」という。
二本の手が自由になり

その場で経験する世界「環世界(ウンヴェルト)」(16頁)

そこからアフォードされるもの、環境から引っ張り出せるものを能力としたという。
ここで忘れてならないのが環世界、つまり環境が変わるとその能力も変化するということ。
これを忘れちゃダメなんだという。
手ごろな例。
日本は小さい島国で物凄い起伏の激しい地形。
日本人は基本的に平べったい道でも坂道を歩いているような歩き方をする。
中国の人は一歩一歩が全部脱力している。
そっちの方が平べったいところはポーンと足を投げ出した方が重力で落ちてくる。
ところが日本は地面を踏みしめる。
これを集団で見ると一発でわかる。
何百mか離れると「あ、中国人の観光客の人だな」「あ、こっちは日本の修学旅行の子だな」。
もう上海でありありと見た。
そういうのは滅茶苦茶面白いと思う武田先生。
韓国で人気者の踊りの人達。
BTSと箱根で優勝した駅伝のランナーと顔つきが違う。
ここ。
環境が変わると男子の風貌も変わってくる
このあたりアフォーダンス理論の面白いところ。

「運動習慣を身につければ世界が変わる」−中略−あなたの世界の見方は運動習慣で変化するのだ。−中略−自分は世界をありのままに見ているというのが私たちの共通感覚だ。だがそうではなく、私たちは「自分が世界にどのように適応しているか」を見ているのである。古代ギリシャの哲学者プロタゴラスの言葉をもじるなら、「身体は万物の尺度である」。(77頁)

(この本の)第三章へ行く。
人間の本性。
心理と行動の警句だが

 金槌を握れば、何でも釘に見えてくる。(78頁)

金槌を持っていると何かを叩きたくなる。
かくのごとく人間というのは道具に縛られやすいという。
だから銃、ピストルというものが自由に持てる国では銃にまつわる犯罪が増えてしまうというのは仕方がないということである、という。
手に関する不思議な症例をこの本は紹介している。

 一九八八年−中略−若いスコットランド人女性が悲惨な事故に遭ったという。−中略−女性は一酸化炭素中毒で失神し、昏睡状態に陥った。なんとか生き延びたものの、脳が一時的に酸素不足となる低酸素症になったことが原因で、珍しい視覚障害が残ることとなった。−中略−目の前の相手がペンを持っていても、女性にはその手とペンのどちらも形のないぼんやりした塊にしか見えない−中略−母親が目の前にいても見分けることもできなかった(80〜81頁)

リンゴを渡されてもどうしていいかわからない。
ところが困ったことに「ペンを絵で描いてみてください」といったら描ける。
「お母さんを絵で描いて」といったらお母さんが描ける。
「リンゴを絵で描きなさい」と言ったら描くことができる。

驚いたことに地面にある物をよけながら、つまずかずに歩いて移動することができた。(81頁)

視覚障害なのだが、こんな奇妙な障害者がいるという。
渡されたものに関してはボーっとしか見えない。
しかし思い出の中にはそれがはっきりある。
そういう視覚障害。
この症例は、病例は一体何を示しているのか?

視覚には二つの機能がある。(82頁)

一つ目の視覚の経路は、目の前にあるものの自覚的な気づきを提供する「なに系」だ。(82頁)

「これはペンである」「これは母である」「これはリンゴである」という「What」を解釈する視覚。

二つ目の視覚処理の経路が、行為の視覚的誘導を司る「いかに系」だ。(82頁)

「ペンで字を書く」「お母さんには甘えてみる」「リンゴ、剥いて食べる」
そんなふうにして「What」と「How」、「これは何?」と「これでどうする」、この二つを重ねて「見ている」という。
だから喉がもの凄く乾くと水を入れる器を(無意識に)探している。
それが「水が飲みたい」という欲求に応じる為の脳の動き。
こんなふうにして「What」と「How」、これが二つ重なって「見る」という行為が行われている。
優先順位で言うと「What」よりも「How」を優先させるという。
「これが何者であるか」を横に置いておいて、「どうすればいいのか?」そっちの方が先に来る。
「What」は錯覚しやすい。

その際に使われた錯視の一つが、−中略−エビングハウス錯視である。
 円の右側の中心にある円は、明らかに左側の中心にある円より大きい。だが、実際には、二つの円の大きさは同じである。
(85頁)

親指の先と他の指の先を接触させられるのは、霊長類の中でも人類だけだ。(89頁)

ゴリラ、チンパンジーはできない。
できないものはしょうがない。
我々はそんなふうにして環境に適応した。
手にまつわる不思議。
手のひらというのが人間にとってはいろんな感情を作る元になったという。
これは武田先生が若い時に見つけて一人で興奮していたのだがアダムとイブを描いた作品があるのだが共通している。
これは殆どのアダムとイブを描いた絵画に言えること。
チャンスがあったらイブが出て来る絵を見てください。
リンゴを盗むイブの手は左手。
そのリンゴを受け取ろうとするアダムの手は右手。
何かそれがすごく不思議で。
英語の方が遥かにわかりやすいのだが右は英語で「right」、左は英語で「left」。
別の言い方にすると「right」「権利」。
自由の女神は右手で松明を持っている。
「left」これは何か?
「残ったもの」
あまりいい響きではない。

大多数の人──全体の約九〇%前後──が右利きだからだ。(100頁)

そんな行動によって感情が作られたのではないだろうか?という。
その意味で「心が動きを作っているのではない。動いているうちに心が作られたんだ」という。
本当こんなことがあるんだなと思うが、これもアフォーダンス理論で研究した結果だが

被験者の前にビー玉が入った二つの箱を、一つは高い位置に、もう一つは低い位置に置いた。実験のうち何度かの施行では、被験者にビー玉を低い箱から高い箱へ、その他の施行では高い箱から低い箱へ移してもらった。この縦方向の移動を行なっている最中に、被験者には「小学生のときの話をしてください」「去年の夏は何をしましたか?」など、自分自身にまつわる単純な体験談を語るようにとの指示が出される。−中略−ビー玉を上に移していた被験者にはポジティブな自伝的エピソードを語る傾向が見られ、ビー玉を下に移していた被験者には、不運な出来事や連絡先を聞きそびれた経験などのネガティブな話をする傾向が見られた。上または下方向への動作が、自分でも気づかないうちに、気分が上向く話か、落ち込む話かという体験談の情緒的な方向性を導き出していたのである。(97〜98頁)

だからサッカーの試合の時に点数を敵側に入れられたらキャプテンマークが絶叫する。
「下を向くな!下を向くな!」
あれはそういうこと。
一月の仕事始めに(南)こうせつさんと名古屋で歌うたいがあって、フォークソングの集いがあって。
お客さんも大勢来られて、本当に名古屋の方に感謝している。
ベーヤン(堀内孝雄)がゲストでみんなで歌っていた。
太田裕美さんもいた。
こうせつさんがやはりきちんとした人で、坊主の息子だから「能登半島の方でお亡くなりになった方の為の黙祷から始めよう」という。
それで黙祷から始めてこうせつさんがいいことを言う。
「辛く悲しい時期だけど、我々はとにかくこの中で精一杯明るく歌を歌いましょうや」と言いながら会場と一体になって「上を向いて歩こう」を歌う。
そうしたら涙を拭いておられたご老人の方がおられて「上を向いて歩こう」というのは名ポップスというのもあるが、「上を向く」というのが泣きながら上を向いているというのが何ともはや・・・

話が横道に逸れたが戻る。
右と左というのが、ちゃんと人間はその仕草、動きの中で使い分けているのだ、と。
もう一つなのだが、もの凄くシンプルに人間を解説した文章があった。
歩き始めた人間は手が自由になったので、両手で、右手左手で物を持つようになった。
でもまだ持ちたい時がある。

 あなたがヒトで、すでに両手が持ち物でふさがっているとしたら、さらにものを運ぶにはどうしたらいいだろうか。可能であれば口でくわえるはずだ。(160頁)

あれも発音を作っている。

「大きい」どんぐりを運ぶのに口を開ける必要があったことで、いまの私たちも、大きなサイズを言い表すのに口を大きく開けないとならないのだ。(164頁)

「large(ラージ)」−中略−が開いた口の形で発音されるのも、単なる偶然ではない。(163頁)

「small」
口が小さい。
かくのごとくして口を開く、或いは口をすぼめるというのが言葉を作っていったのではないだろうか?という。
このへんは面白い。
来週は更に奥深くこの人間の行動というものを訪ねていきたいというふうに思う。


2024年05月08日

2024年3月4〜15日◆万葉集・古今集・加齢臭(後編)

これの続きです。

我々はあんまり敏感に感じていないかも知れないが、人間の感情の半分以上は匂いが動かしているのではないか?という、これはアメリカのビル・S・ハンソン博士。
人間学というか行動学の本。
匂いが人間を動かす、という。
それから武田先生は現実に悩んでいるが、自分の体内から発する加齢臭。
もう加齢臭を気にする年になった。
「そんな酷い臭いはしてないハズだ」と思ったのだが、ちゃんと臭いようだ。
奥様から叱られた。
自分でやはり何とかしなくちゃならんなと思って。
気を付けることがまず大切だと思う水谷譲。
奥様から指導を受けているのは食べ物。
そこから加齢臭の原因のナントカカントカ(「2-ノネナール」を指していると思われる)が出てくるというので、そこを一生懸命洗った方がいいと言われるので、耳の後ろをよく洗うといいと思う水谷譲。
いろいろ手はあると思うが、何ゆえの加齢臭か?というのは今週の大まとめで、このハンソン博士の独自の考えを皆さんにお伝えしたいと思うから、何等かのお役に立てばというふうに思う。

匂いというのに随分人間が動かされているという証しとして、よくテレビ番組、テレビバラエティー等で味覚を刺激する番組というのがあるが、味覚というのはたった五種類しかない。
匂いというのは驚くなかれ、人間で500種類あるそうだ。
だから味覚よりも嗅覚の方があてになるのではないか?という。
ちょっとその実験をやってみたいと思う。

目隠しをし、鼻から息を吸えないようにノーズ・クリップをつけた学生のグループに、ケチャップとマスタードのちがいを言い当ててもらう。しかし誰も正解できない。(74頁)

簡単にケチャップとマスタードを言い当ててしまう水谷譲。
ハンソン博士、当てられましたよ。
被験者はアメリカ人。
(フリードリッヒシラー大学の学生が対象のようなので、被験者はドイツ人だと思われる)
アメリカの方は鼻がワリと日本人よりも敏感ではないと思う水谷譲。
大味なものを食べたりする。
日本人の方が旨味を感じるというか。
これはアメリカの本なので、アメリカの人で試したらしいのだが、誰も当てられなかった。
この博士が言いたいのは「私達が『味』と呼んでいるのは殆ど『匂い』ですよ」という。
味覚と嗅覚、どっちが優勢かという。
残念ながらすっかり水谷譲に見破られてしまって実験としては大失敗に終わった。

先週もお話したがコロナが匂いと味覚については過敏なウイルスであるという。
だからコロナに罹ってしまうと匂いがダメになる。
次に味覚がダメになるという。
彼等の進入路が匂いを嗅ぐという細胞を占拠することで、コロナというのは匂いについて酷く警戒心を持っている。
つまり匂いがバレたらコロナというのは正体が見破られるということを知っていてあの形になったのだ、と。
「匂いの能力については大きな希望があるぞ」と、この著者が。
アルツハイマー等も、匂いに敏感な嗅覚細胞、匂いを嗅ぐという細胞、これを維持すれば予防になるのではないか?
(このあたりは本の内容とは異なる)
水谷譲の母が凄く気にしていて、「何かの本でラベンダーの香りを嗅ぐといいと言われた」と。
水谷譲はアロマを買って母にプレゼントをしたら、それをずっとアロマを嗅いで「予防だわ」と言ってやっている。

パーキンソン病とアルツハイマー病に関しては、嗅覚の低下がこの病気のごく初期の患者に表れる症状の一つであることがわかっている。(303頁)

だから「いい匂い」とか「ああ、クサいわ」とかと言っているとこれが嗅細胞が保たれてこれがアルツハイマー等の認知症の予防になるという。
だから老人方に対して、そういう意味で鼻を鍛えましょう、と。
匂いに敏感であるというのは、認知症予防には強力な助っ人らしい。

ここから話を広げていくが、確かな数値が決まっているワケではないし、だから「その証拠だ」と言えないところが辛いのだが。
水谷譲の母は一人暮らしでネコを飼いたがっている。
犬がいい。

今はやりのトイプードルはどうか? チワワは? じつはDNA艦艇の結果、すべての飼い犬が共通の祖先をもつことがわかっている。彼らはみな、ハイイロオオカミの子孫が飼い慣らされたものなのだ。(88頁)

 犬が欲しがりそうな情報のほとんどは、犬の肛門嚢とその近くの皮脂腺から分泌される分泌物質の中にある。(87頁)

どうやら犬は、人間に近寄ってきた最初の動機も匂いを目当てに来たんじゃないか?
人間の匂いがオオカミにはいい匂いがしたらしい。
その匂いとは何かというのが最近の研究ではっきりしてきたのがオキシトシン。

オキシトシンは母親と赤ん坊の心のつながりや、その他の信頼関係を深めるホルモンだ。オキシトシンは、人と人が、とくに母親と赤ん坊が見つめ合ったときに分泌されると考えられている。そしてある研究によって、犬がこのメカニズムを利用して人との心の結びつきや深い愛着関係を作りだしている可能性が示唆された。(89頁)

犬はこれで人間の生活に役に立つ動物となり、彼等は飼い主に頭を撫でられると穏やかな表情になるという。
これはオオカミだった時の直感でオキシトシンの匂いに反応していて、飼い主がオキシトシンの匂いを出すもので彼等もリラックスして穏やかな表情になるそうで。

鳥は無嗅覚で、匂いがわからないと考えられていた。鳥は視覚と聴覚に頼って生きている、というのが科学界全体の合意だった。(94頁)

ところが解剖してみると立派な嗅覚のエリアを脳に持っている。
面白い実験をした人がいて

ヒメコンドルが好む狩り場で、豚の死骸を使った実験を行なった彼は、死骸が不快や部の中に隠されていて目に見えない場合、コンドルは死骸の在りかを見つけられなかったと報告した。−中略−一方、死骸が開けた場所に置かれているときはそれをめざして急降下してきた。というわけで、ヒメコンドルは視覚だけを頼りに狩りをする、と結論づけるのが適切だと思われた。え、本当に?(95頁)

鳥についての実験だが、タカ、ハヤブサ、コンドル。
豚の死骸を開けた草むらにポンと置く。
もう一方はゴチャゴチャっとした藪の中に置いておく。
どっちに寄って来るかというのを実験したという。
これは1980年代のことらしいのだが。
(本によるとこの実験は1820年代)
そうするとタカ、ハヤブサ、コンドルなどはやはり開けた草地に置いてある方がバーッ・・・
あれは隠すとダメで、目で見てやってきてるんだということで「目を中心に彼等は獲物を獲っているんだ」ということになったのだが、この実験は間違えたみたいで

ヒメコンドルは死骸が間違いなく「賞味期限」を過ぎていることに気付いて、無視することにしたのだ。(97頁)

隠した方の肉が古かったようで

ヒメコンドルが食にうるさく、その鋭い嗅覚が選んだ美味しいごちそうしか狙わないことを示していたに過ぎなかった。(97頁)

ハイエナとかもみんなそうだが、ちゃんと匂いでジャッジしているらしいのだが、死後一日しか食べない。
直感であるらしい。
そして繰り返しになるが海鳥などもそうで、アホウドリ等を観察するとあの広大な海原で視覚で魚群を探知する、これはもう不可能に近いという。
何で探知するかというと匂い。

植物プランクトンをオキアミが食べること、そしてその際にDMSが大気中に放出されることを知っていた。彼女はまた、オキアミがアホウドリの好物であることも知っていた。−中略−DMSは、間違いなくアホウドリを餌へと導く手助けをしていた。(99頁)

 地球の磁場が彼等を導いているのだろうか? ある種の鳥はたしかに磁場を手がかりに進む方向を決めているが、いくつかの研究から、ミズナギドリ目の鳥は少なくとも磁場だけに頼っているわけではないことがわかっている。−中略−アホウドリが進路を知る際には嗅覚が大きな役割を果たしており、(100頁)

これらの鳥は、陸標の不足を補うために、海の上を行ったり来たりして海の匂いの地図を描き出し、それを頼りに海から立ち上がる匂いの移ろいをたどって、次の夕飯を見つけられるのかもしれない。あるいは営巣地へ戻れるのかもしれない。(101頁)

海なんか私達は潮の匂いしか感じないが、鳥から言わせるといろんな匂いがある。
鳥と魚は嗅覚がないと思っていた水谷譲。

 魚の嗅覚についての最近の研究から、−中略−別個の三つの神経経路があることが確認できた。−中略−一つ目の神経経路は社会的行動を誘発する信号(捕食者の接近についての警告を含む)を運び、二つ目は性ホルモン、三つ目は食物の匂いを伝える。(123頁)

排卵後のメスのキンギョのフェロモンの匂いを嗅いだオスのキンギョは、自動的に魚精の量(精子の放出量)を増やす。(123頁)

魚類にとって海は広大で深さもそれぞれ違う。
その深さの違いが魚にそれぞれ独特の嗅覚を敏感にしているという。
これは想像がつかないのだがこんなヤツが魚の中にいる。

 深く暗い深海でパートナーを見つけるのは容易なことではない。だからこそ、小さな体のアンコウのオスは、匂いでメスを嗅ぎ当てる(125頁)

オスは凄く小さい。
キャラメルコーンの袋がメス。
オスは確かキャラメルコーン一個か二個ぐらい。

東ハト キャラメルコーン 70g×12個入



ここから凄い。
オスは小さくメスは何倍も大きい。

小さな体のアンコウのオスは、匂いでメスを嗅ぎ当てると、その身体に強く噛みついてけっして離すまいとする。−中略−
 深海に棲むアンコウのオスがメスの身体に噛みつくと、二つの身体は徐々に溶け合い
−中略−その間にオスは両目を失い、精巣以外の嗅覚を含む体内のすべての器官が退化していく。(125〜126頁)

昨日は鳥の話、それから魚類の話もしたが、もう少し魚の方での匂いの話も続けてみたいと思う。
帰巣本能。
(番組では「きすう」と言っているようだが多分「帰巣(きそう)」)
これもまた匂い。
サケ。

彼らがはじめて塩辛い海に下ってきたときから二年〜八年くらい過ぎた頃で、−中略−故郷から何百キロメートル、あるいは何千キロメートルも離れた場所にいる。−中略−
 科学の世界では、サケは地球の磁場を羅針盤代わりにして生まれた川に帰るのではないか、と考えられている。
−中略−サケはまた視覚的な目印も確認できるにちがいない。ひょっとすると時間の流れも追えるのかもしれない。しかし自分が生まれたその川床を探し当てる際には、サケは嗅覚に頼っている。−中略−おそらく彼らは1ppm(一〇〇〇万分の一)の濃度でも、あるいは1ppt(一兆分の一)の濃度でさえも、匂い分子を検知できるだろう(129〜130頁)

生物はこれほど左様に匂いを嗅いでいる。
「匂いというのは命を動かしているんだなぁ」と。

まことにプライベートなことだが、一月に博多の街に帰った。
それはお喋りのお仕事があって、もう一本歌歌いがあって。
武田先生の古里・博多だが、風景が変わってしまった。
もう博多は大都市になってしまって。
武田先生の友人が、地名の名前は凄くいいのだが桜坂というところにいて、彼のお店の二階が空いているのでそこをちょっと宿泊所に使った。
武田先生も博多でホテル以外に泊まるのは本当に珍しい。
奥さんがアラジンの石油ストーブを一月だったから点けてくれて、窓も少し換気の為に開けてくれて。
ヤツのお店の二階でちょっと一杯呑んでいた。
もう泣きそうなぐらい懐かしい。
特に一月から関東地方は乾燥が続いていたものでカラカラという時に、博多に帰ったら雨だった。
そうしたら瓦屋根にサーッと冬の博多の雨が通り過ぎてゆくと香りが立つ。
何か街の匂いが・・・
もう全身脱力。
何か持ち上げる杯すらも重たくなって、そのまま動かない70半ばの爺さんという感じになってしまって。
もう一つ、まだ終わらなくて、ちゃんとやらなきゃと思うのだが。
実家に帰って、今は親戚の子が住んでいて、武田先生が大きくなったあの例のタバコ屋。
イク(母)と嘉元(父)に育ててもらった実家だが、そこの掃除をやらないと。
というのは姉がしっかりやってくれればいいのに、母の服とか全部処分しきれずに置いてある。
その長女も逝ってしまったものだから、長女の着ているものも全部あるし、これを片付けきれない。
姪っ子の子供なのだが、祖父母の大事なものだから勝手に手をつけてはいけないと言うのだが、そんなもの祖父母のものを取っておけない。
引き出しを開けて見たらもう凄い。
武田鉄矢の切り抜き。
ジンとはもちろんくるが。
それとか姉達の通信簿、武田先生の通信簿、卒業アルバム。
何と福岡教育大学に合格した時に大学から届いた合格通知書。
取ってある。
申し訳ないが数葉の写真を抜いて全部捨てた。
それでその時に片付けでホコリが凄くて。
奥様も一生懸命やっている。
でもそれは昭和からたまったホコリだから「触るな触るな」ばかり言い続けてこのザマ。
それで二階の窓を開いた。
風がその窓から入って来る。
実家の縁側の匂い。
あの時にサケの気持ちになって。
何か「俺の源流だ」と思って。
匂いというのが人間を操るというのはしみじみわかった。

仮説ではあるがビル・S・ハンソン博士はこんなことを言っておられる。
地中海に咲く怪しげな花だが「デッドホースアラム」という花がある。

見た目は、巨大な肉色をしたカラーの花だったが、腐りかけた死骸を思わせるとてつもなく嫌な匂いがした。(274頁)

 この花の苞の入り口は、匂いだけでなく感触も腐った肉のようだったのだ。苞から突き出したしっぽのようなものは温かく−中略−苞の奥に入ったハエたちはしばらくそこに閉じ込められ、身体中花粉まみれにしてから外部に出ていく。その後次の花まで移動した彼らは、意図せずして受粉を完了させることになるのだ。(276頁)

この嫌な臭いこそ、子孫を残すこの花の適応の術。

健康なハエは少量の非常に誘引性の高い性フェロモンを放出していた。病気のハエの匂いを分析してみたところ、彼らが同じ性フェロモンを、健康なハエの二〇から三〇倍多く生成していることがわかった。(281頁)

健康なハエたちは、明らかに病気のハエに強く誘引され、次々と病気に感染していった。つまり病原菌がハエのフェロモン生成システムを「ハイジャック」してフェロモンの生成量を増やし、そのハエの集団内で自らが増殖できるようにしていたのだ。(282頁)

(番組ではこの病気になっているハエが高齢であるような説明をしているが、本の中にはそのような記述はない)
みんな「ウイルスとか頭がない」と言うが頭がいい。
もしかするとだが、ここから寄り道をするが
あのコロナもこの病原菌と同じで、もしかするとそうかも知れない。
インフルエンザもそうだが、ウイルスがちょっと弱っていた老人にとりつく。
そうすると凄く侵入しやすい。
臭いにも鈍感だし。
それで更にウイルスを広げる。

それでここから加齢臭の問題。
この手のヤツを相手にする為にはどうするか?
年を取っても「コロナに反応するぞ」「インフルエンザに反応するぞ」と思うのであるならば、嗅覚の低下を何としても防ぐ。
それが実は健康な老人の施策の一つではないだろうか?
恐らく人の鼻は脳の異常について真っ先に本人に連絡をしてくれる感覚かも知れない。
これから先、我々の一番恐ろしいのは認知症。
そういうことでは加齢臭に敏感で、己の体臭に悩むという老人は認知症からより安全な道を見つけるという。
だから「臭いを指摘されたから侮辱され」たとか、最初に武田先生が言ったような怒り方はしないで、「ああ、俺が臭いのか」という。
その臭いを「あ、やっぱ俺臭いわ」と気づくうち、アナタは認知症から遠ざかっておりますよという。
そういう意味で決して暗い話題ではないという。

「万葉集・古今集・加齢臭」
いろいろ。
万葉集は半分ぐらい女性の香りの歌。
そういうこと。
「たらちねの…」で始まる五七五七七。
日本には今、大河ドラマでもやっているが香道。
お香を嗅ぐ香道。
これは意外と武田先生もお使いでお香を買いにやらされるのだが、並んで買う人がいる。
人気。
そういうことを考えると加齢臭は確かに嫌なものだが、一種老いの目覚めとしては一つの目印になるのではないかなと思う。
世界を見る為には「目」だけでなく嗅ぐという「鼻」も大事ではなかろうか?

ささやかなミニミニ知識だが、

香水産業は−中略−二〇二五年には年間売上高五〇〇億から九〇〇億ドルにも達すると考えられている。(295頁)

だいたい約13兆円の香水が売れているそうで、巨大な費用を世界は臭いに使っているという。
「自分の臭いに敏感でありましょう」というお誘いだった。



2024年3月4〜15日◆万葉集・古今集・加齢臭(前編)

「万葉集・古今集・加齢臭」
ただ単にひっかけているだけだが、「匂い」を三枚におろそうかなと。
ビル・S・ハンソンさんというアメリカの方。
(本によるとスウェーデン生まれで、ドイツの研究所の所長)
その方が亜紀書房からお出しになった。
武田先生達団塊の世代、70(歳)を超えた世代にとって気になる臭いといえば「加齢臭」。
ついひと昔前は老人のこの特有の臭いに、武田先生自身が若かったので眉をひそめていたが、しかし今、その年になってその臭いに対しては当事者となった。
全部話すが、「いい番組を作っている人だ」というのでテレビで賞を貰って新聞社に呼ばれて。
新聞社に集まって賞を貰うような人はみんなご高齢の方が多い。
「万葉集の研究〇十年」とか。
そういう人に並んで若い四十代半ばぐらいの武田先生が席に着くと、やはり臭いがする。
その時に「ああ〜これが老人の臭いだなぁ」と思っていた。
さあ、年が巡ってその年になる。
(武田先生が自宅にいると)突然悲鳴が風呂場から上がる宵の口。
「出歯亀でも出たのか」と思って駆け下りて「どうした?」と言ったら奥様が「何、この臭い。ここで腐ったものでも洗った?」。
厳しい表情。
「いや、そんな変なもの、洗ってないよ」
自分ではわからない。
奥様が「何よ、わかんない?この臭い」とかと言ってフっと武田先生に向かって質問。
「さっきまで風呂に入ってた人誰?」
「誰?」と言われても、(家には)二人しかいないから武田先生に決まっている。
そうしたら奥様は冷たい視線を武田先生に向けて「よく、洗って」。
困ったことにその現場でいくら空気を吸い込んでも申し訳ないが、武田先生は武田先生から腐ったような臭いを感じない。
不思議な臭い。
武田先生にも小さな事務所だがスタッフが数名いて、車で移動中になにげなく「俺、臭いか?」と訊いた。
そうしたらスタッフが「そんなことはないですよ」「自信を持ってください」と言われて。
奥様に反抗の材料として「俺、スタッフに訊いたけど俺のこと『臭くない』って言ってるよ」とかと言ったら「まだ気づかないの?忖度よ」と声をねじって言われて。
それで戦い。
やはり奥様を責めるワケではないが「アナタ臭〜い」と言うのは差別用語。
男でも傷付く。
それはもう家族だから指摘できるというのもあると思う水谷譲。
「臭い」というのは家族でもキツイ。
長年、武田先生と狭いスタジオで仕事をご一緒しているが、一度も(臭いとは)感じたことがない水谷譲。
「あ、この人はきっと小綺麗にされてるんだろうな」と思っていた。
だからちょっと武田先生も油断していたが、ある日突然やってきた。
それが何か?
和室で寝ている武田先生。
朝、起きてコーヒーを点てて「布団ぐらい畳もうかな」と思って再度、日本間の扉を開けた瞬間「クサい」。
機械油みたいな
思春期の脂とは違う。
武田先生は長いこと先生役をやっていたから、学生服の男共は臭い。
特有の思春期の臭いがある。
それとは違う。
もっと機械臭くさい臭い。
「これか!」「なるほどこれは臭いなぁ」と思った。
その日にまた凄いもので、本屋さんで見つけた本がこのビル・S・ハンソンさんの「匂いが命を決める」というタイトルの本。

匂いが命を決める──ヒト・昆虫・動植物を誘う嗅覚



この人は生物行動学の方で「匂いによって生き物の神経がいかに進化したか」これを追うという。

 人は非常に視覚的な存在なので、ほかの感覚を忘れがちだ。なかでも嗅覚はとくに忘れられやすい。(4頁)

人の生活の重要な場面の多くが、嗅覚に大きく頼っている。(4頁)

何で匂いが生き物にとって重大かという。
鼻はどこにあるか?
顔の真ん中。
それぐらい大事だということ。
「匂い」というのが実は感性の主役なんだ、という。

人が、自分が放つごく自然な匂いを隠したがり(4頁)

珍しい生き物らしい。
自分の痕跡である臭いを消そうとする生き物は生物の世界で人間だけだという。

匂いについて。
これはちょっと回りくどいがワリと遠回りしながらいく。
人間に関する匂いだけではなくて、生き物全体にとって「匂いとは何か?」という。
ここからいきたいというふうに思う。
取り上げるのはまずは蛾。

フランスの昆虫学者ジャン・アンリ・ファーブルは、自宅のカゴに入れていたメスの蛾に多数のオスの蛾が引き寄せられているのに気づき、そこに匂いが関わっているのではないかと考えた。(4頁)

 蛾のオスはフェロモンを−中略−ほぼ触角だけで感知する。(167頁)

蛾のオスは、もっとも感知しやすい匂いに対する人の感受性の少なくとも一〇〇万倍の感受性で、メスの香りを検知することができる。(168頁)

犬のオスは盛りのついたメスにはとくに追従的だ。発情期のメスの匂いを嗅ぎつけたオスは、その匂いをずいぶん遠くまで追っていく。(87頁)

ある種の化合物に対する犬の閾値は、人の閾値のおよそ一〇〇〇倍から一万倍近いと予測している。(82頁)

 サケが、自分が生まれた川の支流に産卵のために戻ってくるときには、匂いを頼りに帰路を探し当てる。(5頁)

 鳥は嗅覚をもたないか、もっていても非常にお粗末なものだと長いあいだ考えられてきた。しかし現在では、そうではないことがわかっている。ハゲワシは、はるか彼方の動物の死骸が放つ特徴的な匂い分子を嗅ぎ取ることができる。一方、アホウドリなどの海鳥は、匂いを手がかりにプランクトンが豊富な場所、つまり彼らにとって良い漁場を探し当てる。(5頁)

海表に生息する微小な植物プランクトンが放出するガス、ジメチルサルファイド(DMS)の調査を行なっていた。−中略−この植物プランクトンをオキアミが食べること、そしてその際にDMSが大気中に放出されることを知っていた。−中略−DMSは、間違いなくアホウドリを餌へと導く手助けをしていた。(99頁)

不思議だと思った。
広い広い海でバーっと飛んでいた魚(「鳥」と言いたかったものと思われる)が魚めがけてファーッと降りてゆく。
海面にいる魚が「上から見ればわかるか」とかと思うのだが、海は広いから。
だから匂いの探知で餌場を探すという。

植物も匂いを感知でき、匂いのメッセージを送り合っているという事実かもしれない。−中略−蛾の幼虫に攻撃された植物は、放出する揮発性物質を変化させる。あらたに放出された匂い分子は、−中略−食害されていることを近くにいる同種の仲間に知らせて、その草食動物が彼らのところに向かう前に防御態勢を整えられるようにすることだ。もう一つは、攻撃者の天敵を呼び寄せて「助けを求める」ことである。(6〜7頁)

(番組では植物を食べている虫の天敵を鳥と明言しているが、本にはそういった記述はない)
では加齢臭の謎だが、なぜ武田先生は自分の加齢臭に気が付かないのか?
こんなことを言っては何だが、そういう時もあった。
若い時は武田先生の胸に顔をうずめて奥様が「はあっ」と言いながら深いため息を。
あれから50年、胸(に顔)をうずめるどころか近くに来たら「クっさ〜い」。
この変化は一体何であろうか?

匂いと味は、どちらも化学的情報でできている。−中略−空中の分子は匂いを感じさせる。何かが匂いを発するためには、空中に浮遊できるほど軽い分子を放出する必要がある。砂糖の粒が匂わないのは、分子が重すぎて舞い上がれないからだ。一方、レモンが放つ分子−中略−空中に漂って簡単にわたしたちの鼻まで届く。(6〜7頁)

人の嗅覚受容体が、−中略−四〇〇種類近くある(8頁)

ここが匂いを受け取って脳に送り、「よい」「悪い」或いは「この匂いは思い出のあの匂い」とか「嬉しかったあの匂い」「悲しかったあの匂い」等々過去の記憶と匂いが結びついているという。
これはわかる。
冷房の利いた新幹線の中の匂いとか「家族で夏、旅行に行ったな」みたいなことに繋がってちょっと嬉しくなる水谷譲。
運動会の昼近く、父兄が弁当を用意しているテントの下で湯がいた栗の匂いがする。
「ああ…栗、誰か持ってきとうばい。団地の子やねぇ」とか。
商店街の子は栗なんか母はやってくれない。
(昼食は)握り飯だけで。
だからプーンと栗の匂いがすると「秋口の運動会の匂い」として・・・
こういう「匂い」と「思い出」が結び付いているという。
動物も同じ。
人間が400個だがネズミは1000個、カブトムシは500持っている。
「あ!スイカの匂い」とかと。
生き物の体の中には匂いで情報を伝えようとする生き物の知恵が隠れているワケで。

匂いが生物の世界にどのくらい影響を与えるかというのをこのアメリカの研究者、ハンソン博士が本の中に書いてある。

プラスチックの生産量は増加の一途をたどった。今では、世界全体の年間生産量は三億六〇〇〇万トンと推定される。それがなぜ、嗅覚にとって問題なのか?(29頁)

外洋鳥の場合、彼らの嗅覚の重要な特徴はジメチルサルファイド(DMS)の匂いを嗅ぎ取れることだ。これは、植物プランクトンが動物プランクトンに食べられるときにしばしば放出される。押しつぶされた植物プランクトンから出る物質だ。つまり鳥たちにとって、この硫黄ガスの存在は、付近に大量の食べ物があることを示す証拠なのだ(29頁)

プラスチックは、海に漂ってから数ヵ月もするとDMSを放出するようになる。そして自然界の生物たちに、これは食べられる物質だと誤解させてしまう。人類は年間およそ八〇〇万トンのプラスチックを海に流しており(30頁)

 大海原で、DMSの匂いを手がかりに食料を探し当てる能力を発達させてきたのは鳥だけではない。アザラシやクジラも同じ方法で食糧を見つけており−中略−同様のプラスチックによる被害にさらされている可能性が高い。赤ちゃんガメについてのある調査では、この小さな生物のお腹の中にプラスチックがある割合が一〇〇パーセントだった。(30頁)

とにかく海に生きる全ての生き物にプラスチックの匂いが大変大きな危険を与えているんだ、と。
「匂いが生き物の行動に間接的ながらも、もの凄く大きな危険を及ぼしているんですよ」という。

次に、人の匂いも人の行動に大きな影響を与える。

わたしたち自身の匂いについて考えてみよう。−中略−世界最大の産業の一つは、人々が「自分は生まれつき嫌な匂いがする」と信じていることによって利益を得ている。香水や調香師は、今から何千年も前から−中略−存在していたが(33頁)

これは何で自分の臭いが嫌いなのか謎だそうだ。
臭いといえば何かひっかかる。
私達が三年以上に亘って苦しんだあのパンデミック。

 Covid-19感染症に罹患した患者の多くに見られる症状の一つが、味覚と嗅覚の消失だ。(36頁)

もしかしたらコロナというヤツは特有の匂いがあって、それで鼻をやっつけるのではないだろうか?という。

匂いというものの謎に挑みましょう。
この本は320ページある。
今まで水谷譲にお話ししたが、これが37ページ。
もう拾うのが大変。
とにかく鼻、匂いというのは私達が思っている以上に巧妙に私達を動かしている。
味覚は私達の重要な話題。

味覚は五種類の食味−中略−からできていて、−中略−一方の嗅覚は四〇〇種あまりの受容体によって化学的な情報を詳細に分析し、適切な食べ物や飲み物、その他の価値あるものに近付いていいと判断したり、逆によくないものに近付くのを思いとどまらせたりする。(42頁)

匂いがわからなければ食事や飲酒を、あるいは生活全般を楽しめなくなるからだ。嗅覚を失った人々はしばしば、自分の衛生についてひっきりなしに心配するようになったり、恋人の官能的な匂いを感じられなくなったりする。(42頁)

そうやって考えると実は嗅覚が人間を動かしているという。

これは武田先生の余談。
前にお話したこと。
2019年から世界の動きをピタっと止めて政治経済等にもの凄い重大な影響を与えたコロナ、Covid-19。
匂いと味がわからなくなると有名。
武田先生は(ワクチンの)注射を打った時にもの凄い吐き気を感じた。
そうやって考えるとコロナも実は後ろ側に匂いがある。
とすれば、先に結論を言ってしまうが、PCR検査なんかやめて成田の探知犬みたいなもので犬の方がわかるんじゃないか?
それでコロナの匂いでワンワンワンワン!と吠えるとコロナなんか一発。
コロナが一番恐れているのは犬なのかも知れない。
もの凄い結論になった。

コロナウイルスは−中略−嗅覚はやがて戻ってくる。しかし患者のなかには、病状が回復してから何ヵ月過ぎても嗅覚が戻らない人たちがいる。(45頁)

つい最近、イスラエルで興味深い事例が公表された。あるウイルスに感染後、一二年間完全に嗅覚消失状態にあった女性が、Covid-19に感染後、嗅覚を取り戻したというのだ。この事例については記録が不十分だったため、さらなる研究を進めることはできなかったが(46頁)

とにかくこの著者の方、ビル・S・ハンソンさんは鼻の奥にある匂いのセンサー、これを取り上げていて

 人以外の哺乳類では、フェロモンは主に鋤鼻器(VNO)、−中略−特殊な嗅覚器官で検知される。犬も豚も、馬もネズミも、みな高性能の鋤鼻器をもっている。(49頁)

昔、人間も相当匂いに力を注いでいたのだが、だんだん使わないものだから退化しつつあるという。
ちょっと視覚に頼りすぎている。

エストロゲン様物質(女性の尿に排出されるエストロゲンに似た物質)の匂い、あるいは化合物アンドロステノン(豚の主要な交配フェロモンであり、人の汗に分泌されるテストステロンの派生物でもある。男性の腋汗に含まれることでよく知られる)(51頁)

男性では視床下部がエストロゲン様物質に反応し、女性の場合はアンドロステノンの匂いを嗅いだときにより活性化することがわかっている。−中略−人のフェロモンだと推定される同一の物質が、レズビアンの女性と異性愛者の女性では異なる性的興奮を誘発し、同性愛者の男性と異性愛者の男性についても同様のことが認められる。(51頁)

赤ん坊には母乳をあたえている母親の乳首の周囲の皮膚から分泌される匂いが、新生児の生存本能を──吸飲反射を誘発しているのではないかと考えられる。−中略−乳首の周囲の匂いは一般的なフェロモンであると考えられる。(53頁)

赤ん坊の頭の匂いは、母親の脳内に報酬回路を作り出す(54頁)

これが「ネコ吸い」。
ネコを大好きな人が「安らぐ」といってネコの腹に顔をうずめる。
あれが赤ちゃんの頭から出てくる匂いと同じ。
だからほっとする。
それで男は女の乳から出る匂いと、赤ん坊の頭から出る匂い、これが混じった匂いが好き。
こんなのは面白い。
DNAでずっと繋がっている。

匂いというのは実に微妙なもので、Tシャツの匂いで80%の確率で男女を嗅ぎ分けられる。
(Tシャツを使用した実験は別のもの。男女を嗅ぎ分ける実験はTシャツではなく両腋に付けたガーゼ)

女性被験者が、男性たちが身に着けていたシャツの匂いを嗅ぎ、付き合いたいと思う男性のシャツを一枚選ぶように求められた。すると女性たちは自分のMHC遺伝子とは異なるMHC遺伝をもつ男性のシャツを選ぶ傾向があった。しかし経口避妊薬を服用中の女性たちは正反対の反応を示し、自分と似たMHC遺伝子をもつ男性のシャツを好んだ。これはおそらく、経口避妊薬が女性の身体を妊娠中と同様のホルモンの状態にしたせいで、そのような状態のときには、女性は自分を支援してくれそうな、自分に似た近縁者にそばに居てほしいと考えるのだろう、と研究者は推測した。(63頁)

匂いを巡る長い旅。

武田先生は昭和に生まれた世代だが、女の子で近寄っていくと石鹸の匂いがしたりすると、もの凄くホッとしたことがあるし
もう名前を言ってしまっても大丈夫だと思うが小学校の同級生で、オオガ君という頭のいい子がいた。
オオガ君のお母さんは綺麗で、武田先生の家とは違う。
武田先生の家は野生の王国みたいな「狼少年ケン」みたいな家庭だったのだが。

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オオガ君ちは凄く静かでお母さんは京マチ子さんみたいな、お父さんは大学教授で。
そのオオガ君の家に遊びに行って台所からオオガ君を呼ぶ。
貧乏人の子、鉄矢は玄関は悪いと思って、勝手口に行って「オオガ君遊ばんね」とかと声を。
そうすると「はいはい」。
オオガ君ちのお台所の匂いがファ〜っと表にこぼれてくる。
これがいい匂いで。
果物の匂いがする。
もう、オオガ君ちがめっちゃうらやましかった。
武田先生の家は茶の間にミカンでも2、3個置いておけばもう何分かで無くなる。
オオガ君の家は果物入れがあって、そこにブドウ、リンゴ、バナナ、ミカンが盛ってある。
セザンヌの絵みたいに。

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それがうらやましくて。
石炭を燃やす匂いというのがある。
給食を作るところの匂い。
あれはいいと思う武田先生とそうでもないと思う水谷譲。
武田先生達は夕方の冬場、5時とか6時になるとお風呂を沸かす家庭があって、そこの煙突から煙が出て、それが石炭だった。
だから学校帰りの石炭の匂いは何か切なく思い出す。
それから何十年かして石炭の匂いがしなくなった日本から中国・北京に行った時に石炭の匂いがして「懐かしいなぁ」と思ったことがあった。
灯油の匂いは今でも好きな水谷譲。
アラジンのストーブか何かを使っていた時の懐かしい・・・

アラジン (Aladdin) 石油ストーブ ブルーフレーム ブラック BF3912-K



その匂いを嗅ぐだけでちょっと暖かくなってくる水谷譲。
魔法のランプみたいな形をしている。
灯油よりも武田先生は石炭。
石炭よりも練炭、豆炭というのがあって。
あれもいい匂いだった。
餅を強火で練炭、豆炭で焼くとこれが美味かったという思い出がある。

決して正確な実験として報告されているワケではないが、匂いというものが男・女、お互いに恋をして惹き合う時にとてつもなく大きな影響力を持って。
細かなデータは無いが。
匂いというのが感情にも大きな影響を持っていて「この匂いだったら近くに行け」「この匂いだったら逃げよ」という。

人が匂いをどのように分類するかを調べた。−中略−心地よい匂いか不快な匂いか──だった。(69頁)

これは人類共通のしくみとして人間の体の中に残っている。
だから匂いについては言語表現が多い。
「あいつクサいぞ」「何か臭うな」「あの野郎、俺のこと鼻であしらいやがった」
日本人にはちょっとわかりにくい。
だが慣れるとそうなってしまうのか?
カビの匂いをわざわざチーズに付けるワケだから。
それで「美味い」という人がいるワケだから。
匂いというのは人によって地域によって千差万別
「いい匂い」「悪い匂い」というのはそう簡単に線が引けないという。

それからこのビル・S・ハンソン博士が驚いて書いておられるが、アジア、特にインドシナ半島、インドにかけてはトラの匂いがわかるという人がいる。
(本には「トラを引き寄せる血の匂いを言い表す言葉がある」と書いてあるが、それを曲解したものと思われる)
これはやっぱりトラに危険な目に遭う可能性があるというエリアではトラの匂いは過敏な人が「トラが来てる」と叫んだりするらしい。

よい匂いや、どちらともいえない匂いのほとんどに対しては、慣れて反応しなくなるものなのだが。(68頁)

ちょっと面白いことをやってみようと思うのだが、これは時間がかかるので来週のことになると思うが、月曜日、実験でやりたいと思って。
味を決定しているのは、実は味ではなくて匂いではないか?実験をやってみたいと思う。


2024年05月04日

2024年4月1〜12日◆イスラエル(後編)

これの続きです。

いろいろ中東問題の主役であるイスラエルという国、その建国史。
この国はいかにして興ったのかという。
ニュース等を見ていて理不尽だなと思うのだが、よくわからないがイスラエルの右の凄くイスラエルに自信満々の方が出てきて、「アラブ人の住人を認めない」と言う人がいる。
「あそこは全部イスラエルのものだ。ガザからも出ていけ。ヨルダン川西岸からも出ていけ。もともと俺達のものだった」という。
その言いっぷりがちょっと武田先生はひっかかった。
あの人のおっしゃる満々たる自負は一体何だろう?と。
それは何と3400年前、旧約の神ヤハウェがユダヤの民と約束したエリアが今、3400年後に彼等の主張になっている、という。
それで申し訳ないが神様から約束された土地をザッと計算するが2000年、捨てたというか空き家にしている。
そこにアラブの人が住み着いた。
それを「出てけ」と言っている。
そして「3400年前にしろ」と言っているワケで「それを言い出すと『アメリカ人も出てけよ』『オーストラリア人もオーストラリアから出てゆけよ』それと同じだよ」。
3400年前の主張を今、繰り返していいのか?というような問題もあるかもしれない。
そんなことも込みでこの旧約聖書の世界を。
一体、神とイスラエルの民は何があったのか?という話をしている。
繰り返すが武田先生は政治的批判をする力はない。
経済を語る力はない。
その方は他にミヤザキさんとか何とかザキさんとかがいらっしゃるので、どうぞそちらの方へ。
本当に武田先生には(政治を語る)力がない。
時々YouTubeを見ていると「武田鉄矢が政治的発言をした」と結構書く人がいるが、信用しないでください。
だからアラブ・中東問題といっても武田先生が語れるというか、興味があるのは3400年前。
それで先週からずっとユダヤの四代の跡目相続の話をしてきたが、何でもそうだが三代目ぐらいから組織というのは揺れる。
そっちの方が面白い。
四代目からワリと散り散りになってしまう。
イスラエルもそう。
三代目までワリと手堅くいって四代目からヤハウェの神をないがしろにしてエジプトに出稼ぎに行って。
みんな居着いてしまって神様がくれたカナンの地に戻らなくなったという。
そういう話ではないか?
それですっかりエジプトで定着したユダヤの民。

どんどんと人口を増やして、あなどりがたい勢力となった。その数、男だけで六十万人……。ちょっと多すぎる。−中略−実数はせいぜい一万人程度だったろう。(59頁)

 こうなると、エジプト王は不安におびやかされる。−中略−
「そうか。男の子を殺せばいいんだ。
−中略−
 王の命令が下って、イスラエルの新生児は、男ならば、生まれてすぐにナイル川に捨てられることとなった
(59〜60頁)

 モーセが生まれたのは、こんなときである。−中略−母はモーセを殺すことができず、一計を案じ、かごに入れて葦の茂みに置く。そこはエジプト王の娘が水浴びに来るところであった。−中略−
 王女はかごの中の赤ん坊を見つけ、
−中略−拾って育てる。(60頁)

この人はエジプトの王様の娘に育てられたユダヤ人。
だから自分がイスラエルの民であるということを知って、もの凄いショックを受けたのだろう。
「俺、ユダヤ人なの?」ということで。
それでどうしていいかわからないので、とにかく山籠もりでもしようかということでシナイ山という山まで登り
(このあたりの説明は聖書の内容とは異なる)

モーセが羊を養いながらシナイ山まで来ると、不思議な光景を目撃する。(61頁)

ばったり旧約の神に出会う。

 どうやら神の命令は、あの権力絶大なエジプト王に交渉して大勢のイスラエル人を解放し、エジプトで貯えた財産ともどもカナンの地へ移り行け、と、そういうことらしい。(62頁)

こう言われてモーゼさんが「これ、やっぱり帰った方がいいな、一回」と。

 こうしてモーセは大勢のイスラエル人と一緒にエジプトを出て、カナンの地へと向かった。ヤコブがエジプトに移り住んでから四百三十年の歳月が流れていた。(64頁)

「十戒」の旅が始まる。
それで旧約聖書の中でも特別の章として「出エジプト」という章があり、モーゼがイスラエルの民を従えてエジプトを捨ててカナンの地、約束の地へ戻ってゆくという「出エジプト」という映画にもなった神話がここから始まる。
これはもうお年を召した方はことごとく見ておられると思うが、この「出エジプト」の旅は映画になった。
ハリウッド映画。

〈十戒〉という映画があって、−中略−モーセを演ずるのはチャールトン・ヘストンである。(66頁)

十戒 (字幕版)



もう切羽詰まったと思われたそのとき、モーセが海に向かって手を差しのべた。
 ゴオーッ。
 なんと! 海が割れた。
−中略−イスラエル人は、なんなくその道を通って対岸へ渡った(65〜66頁)

(「十戒」の映画のこのシーンは)今、考えたら意外とチンケ。
だがあの頃はあれで十分驚いていた。
このあたりの旧約のダイナミックさ。
矛盾もいっぱい、ワケのわからないところもあるのだが、モーゼあたりが出てくるとやはりハリウッド映画になってしまう。
黒雲が這い出した空に向かってモーゼ(役のチャールトン・ヘストン)が叫ぶ。
「神よ!」と言うとブワァ〜と海が割れてゆくという。
また面白いことを言う人がいて「海が本当に割れたんじゃ無ぇか」という人が。
隕石落下とか、潮流の関係で本当に一瞬だけ海が割れたんじゃないかという人がいて。
この映画の中ではあまり取り上げてはいなかったと思うが、何万人かを率いてエジプトからイスラエルまで歩いて帰っているワケだが、準備が万端とは言えない。
それで旧約に書いてあるのは食糧がすぐに尽きた。
どうしたか?
食糧問題はデカい。
これはモーゼが神様に直に頼む。
この時のモーゼが頼んだ神様は凄くサービスがよくて、空の上から食物を落としてくれる。

マナは神が約束して与えてくれたパンであり、朝、起きると白い露のように一面に散っている。薄い花びらのような形状で、かすかに甘い。保存はきかず、一日の糧は一日で足りるという教えにも敵っている。(70頁)

下で受けていたユダヤの民は大きいカメでそれを貯め込んだという。
そうしたら何日間かもったという。
その天から降って来る食糧がの名前が「マナ」。
旧約の神がユダヤの民の為に天から降らせた食糧、それが「マナ」。
これは薄く蜜を塗ったパンのような食べ物で、それをイスラエルの民は感謝しながら食べたという。
それで神から貰った食べ物「マナ」を食べているので食事の作法がうるさい。
神様にまず感謝しないといけない。
それで食事に関する礼儀作法というので「マナー」。
非常に貴重なもので言葉が転じて「貴重な物」で「マネー」。
だからイスラエルの民は今でもそうだが、ユダヤ教の人達は食事の礼儀作法ということでマナーを身に着けるらしいので、幼い時にしつけが始まるらしい。
そこでまた最大の出来事は何かといったら、モーゼの「出エジプト」の中では凄く映画のせいもあるのだろうがわかりやすい。
それはモーゼが一人になってシナイ山に登る。
それで「どうやったらいいでしょうか」と神様に個人的に相談する。
その時に神様が「これから十個命令するんで、これを守っときゃ大丈夫」という。

稲妻が光り、火柱が立ち、あたりは煙に包まれていた。(71頁)

大きな石板に十個の命令を書く。
これが有名な「ten commandments」で、石板をモーゼに与えて「十戒」となる。
そのモーゼは石板を抱えてみんなが待っているキャンプ地まで帰る。

 モーセがシナイ山の山頂で、長い、長い集中講義を受けているとき、麓のイスラエル人たちは、−中略−
 相談がまとまって、金の雄牛を作り、
−中略−
「これが俺たちの神様だあ」
−中略−
 像を囲んで歌い踊り始めた。
(73〜74頁)

 偶像を拝んではならない。儀式そのものが異教徒的である。−中略−
 烈火のごとく怒り、神の教えを記した石板を投げつける。
(74頁)

 モーセは、ふたたびシナイ山頂で神の戒めを聞き、あらたに十戒≠刻んだ石板を与えられる。(74頁)

今度は間違いないように石板を箱に入れて持っていく。
それで、チャールトン・ヘストンが演じていたモーゼがカナンの地に辿り着いてイスラエル、国創りが始まる。
このカナンの地に戻ったモーゼあたりぐらいから「神の国イスラエル」というのを打ち立てていく。

 ローマ市内の名所サン・ピエトリ・イン・ツィンコリ聖堂に行くと、ミケランジェロ作のモーセ像がある。−中略−
「あら、モーセって、角が生えてるの?」
 なるほど、額の上に角らしいものが二本突き立っている。
−中略−
 種を明かせば、これは製作者ミケランジェロのまちがい。神との交わりで、モーセの顔は光を放っていた。この顔が光る≠ニ角≠ニがヘブライ語でよく似ているらしく、まちがったラテン語訳が流布していたせいである。
(75頁)

そしてイスラエルはゆっくり強くなる。
ここに英雄ダビデ登場。
ダビデも有名。
この人が王となってイスラエルを軍事的にも強国にしてゆく。
このダビデの血統からソロモン王が出る。

 ダビデ王からソロモン王までの八十年間が古代イスラエル王国の黄金時代であり(165頁)

ソロモンというのはもの凄い宝を持っていて、航海の途中で宝を隠したという。
それが「ソロモン諸島」という
何かそんな伝説も聞いたことがある。
この黄金時代が紀元前千年というあたりで神はイスラエルに実に幸運を運んでいる。
一番幸せだった。

ちょっと話を脱線させるが、私達日本人は旧約よりも新約にパッと惹かれて。
そもそも旧(約)と新(約)の違いが分からない水谷譲。
乱暴に言うと旧約のセンターはモーゼ。
モーゼに続く血統。
新約は何かというと大工さんの息子のイエスから始まるものが新約。
とにかく主人公、センターはイエス・キリスト。
それが新約聖書。
イエスは旧約とは全く違う。
怒りの神でヨブなんかをあれだけ試した旧約の神だけれども、イエスは「愛の神である」と言う。
彼は「苦しむ人とか悩む人の為に存在してるんだ」という。
心の充足が大事なことで。
明治期に新約を訳した人が日本におられて、その文語体が綺麗。

野に咲く百合の花を思え
労せず紡がざるなり
かつて栄華を誇りしソロモンだに、その装いこの花の一片にしかず
今日野にありて明日爐に投げ入れらるる野の百合をも神はかく美しく装い給えば、汝らこれよりも遥かにすぐるるものにあらずや
(マタイによる福音書 第6章)

武田先生が女に振られた時、呪文のようにつぶやいた言葉がこれだった。
(武田先生が聖書の言葉を暗唱して)前川清さんが一番驚いていた。
「何です!?何で何も見らんで読めると?何ば読みようと???」
(武田先生の頭は)好きなことはいくらでも入るという、そういう頭。
そのイエスさえも喩えたソロモンというのは・・・
イエスが出てきてからが新約。
旧約はまだ続く。

宗教なので武田先生の解釈が間違っているとおっしゃりたい方もいると思うが、宗教関係の方はお許しいただきたいというふうに思っている。
阿刀田高さん、新潮社から出ている1991年に書かれた本で「旧約聖書を知っていますか」という。
本自体は古い本なのだが、あくまでも武田先生の知恵で読んだという。

栄光の時代。
ダビデからソロモンのお話をした。
このイスラエルというのは丁度ヨーロッパ文明の舞台袖にあたっていて、主役が幕内に控えていてセンター目指して舞台中央に向かって見得を切って飛び出すという、その丁度花道。
そんな国だった。
そして二度にわたってエルサレムは大炎上。
この大きい勢力が通り過ぎて町に火を点けた。
当たり前だが、何とモーゼの石板がエルサレムにちゃんとあった残っていた。

南王国はバビロニアに攻められ−中略−二度にわたってエルサレムは炎上し、神殿は崩壊する。−中略−大勢のイスラエル人がバビロンに連れて行かれた。いわゆるバビロン捕囚である。(165頁)

彼等は流浪の民となって国を失う。
イスラエルは国として消えてしまう。

 ふたたび彼等が国を持つまでには、一九四八年のイスラエル国の建国を待たなければいけなかった。つまりイスラエル人は第二神殿の崩壊以降、ほぼ二千年の長きに渡って世界の各地に散り、それぞれの土地で血筋を連綿と残し続けた。−中略−この地域にはアラブ系の住民も多い。千数百年間、イスラエル人の国は存在せず、ここには多くのイスラム教徒が住み着いていた。−中略−
 一方、イスラエル人にしてみれば、
「うんにゃ。二、三千年前は、たしかに俺たちのものだった。聖書にちゃんと書いてある」
(165〜166頁)

その無理がこの中東紛争。
二千年住んでいた人達をどうするかというのはイスラエルの人達はもう少し悩んでもいいと思うのだが、悩まずにただただ言い張るというところに今の問題がある。
ただ皆さん、希望はあります。
それを捨ててはいけない。
それは国を創るから問題が大きくなる。
武田先生は凄く納得したのだが、内田(樹)先生が「もしかしたら国家の時代というのは終わりつつあるのかも知れない」とおっしゃっていた。
国を創って「国をみんなで守り合おうぜ」と言ったのはフランス。
フランスの革命。
あそこあたりぐらいから「国民国家」というのが。
どうも21世紀ぐらいから国家はだんだん形が薄れていくのではないか?
つまりもう人間の幸せに国が役に立たないという。
国家があるからこそ争いがある方が大きいと思う。
国家があるばかりに戦争が起こるという。
「もしかしたら国家という形そのものが賞味期限が切れたのかも知れない」という内田先生の文章を読んでギクッとした。

このあたりから変な話にいく。
ユダヤの民は欧州・露そして米などもその血を引く人々が世界中に散って、それが戦後に集まってイスラエルを建国した。
もうヒトラーあたりから相当いじめられた。
ロシアもユダヤの人達を散々いじめているから。
それで「国を持ってなきゃダメだ」という。
国を創った。
今度ははっきり言ってガザの虐殺とかを見ていると、しでかしているのは国家。
つまり「国家というのは結局人間を幸せにしないじゃん」ということに気付いてもいいのではないだろうか?

今、ハマスと戦うイスラエル。
人口的には936万人の人々がいる。
日本の四国くらいの大きさがイスラエル。
いかに優秀な人が多いかというとノーベル賞受賞者800人のうち200人がユダヤの人。
やはり無理難題を言う神様だからみんな考え込む。
ユダヤにはのんびりした神様なんかいない。
「ホント信じなかったら殺すよ」とか「息子殺すよ」とかと言ってしまう。
日本みたいに「よきかな〜」とかと言いながら打ち出の小づちを振ったりするような人は一人もいない。
世界人口の0.2%以下の人口でこれ程のノーベル賞受賞者が多いという。
日本もノーベル賞受賞者は多い。
28人。
ところがイスラエルの200人には比べようがない。
人口が936万人
東京都よりやや小さな国が、ノーベル賞が200人いる。
そうやって考えるといかに優秀かわかるが。
優秀な故に「何か考えろよ」と。
その一番の手立ては「国家」というものをほどくというような理屈を持った人がユダヤから出てこないかなぁなんて期待している。

イスラエルを主人公に旧約の世界から語ってみた。
宗教なもので、旧約聖書を読みながらイスラエルの歴史を辿るワケだが非常に失礼な言葉遣いがあったこと等々は本当に申し訳なく思うが。

ユダヤの人達というのは国を持たないばっかりに、本当に辛い目に遭っている。
虫のように殺されたりケモノのように扱われたりという。
それでやっと戦後につくったのがイスラエル。
旧約の神々から指名された土地に住んで建国して、今は強い国の国民になったのだが、強い国になった瞬間にガザ地区等々での問題になっているが虐殺があったのではないだろうか?という。
つまり国家というのは国家を守る為に虐殺する、そういうシステムのことではないだろうか?と。
全然理由はわからないのだが、アメリカでもいじめられ、ロシアでもいじめられ、ヨーロッパでもいじめられたユダヤの民なのだが、世界中でたった一か所だけこのユダヤの民に同情した国が一つあった。
日本。
ユダヤの人達に日本人は本当に同情する。
ロシアなんかもあの頃から酷いことをしている。
その人達がシベリア鉄道で神戸に辿り着いた時に新聞がキャンペーンを打って「哀れ流浪の民」といって食料品をあげたりしている。
それで「ユダヤ人を守ってあげましょうよ」と言った人が東条英機。
日本の戦争遂行者の悪玉の一人だが。
そして計画だけに終わってしまったのだが、中国に侵略して満州国を創るがその満州国を創った一画にイスラエルを創ろうという運動が当時の日本の軍隊の中にあった。
「ユダヤの人はそこに集まりなさい」という。
そういうキャンペーンを日本の軍人・陸軍が世界に流したり。
そういう日本を頼りにして満州にやってきたユダヤの人がいた。

もの凄く面白いのは「俺達は昔、ユダヤ人だったかも知れない」という「日ユ同祖論」という論文を発表している。
これは「ヤマト民族の血はもともと、ユダヤの一部族の血が東洋までやってきて日本に辿り着いた。その一族がヤマト民族なんだ」。
ダビデ・ソロモンの時、マナセ族という一派が消えている。
1994年のことだが、そのマナセ族の末裔がミャンマーに住んでいるということで国民として受け入れている。
三千年前の神話。
もう一つ消えたユダヤ人の一族がいる。
それが日本人じゃないか?
そういう話がある。
もう一つ旧約の聖書の中でノアの方舟。
このノアの方舟のノアさんの息子の一派が日本に旅してきたのではないか?という説がある。
ノアの方舟のノアさんには三人の息子がいて長男・次男・三男なのだが長男がセム、次男がハム、そして三男がヤフェト。
この「ヤフェト」というのをイスラエルの人が発音すると「ヤマト」になる。
ヤマト民族は、日本人は、ノアの子ではないか?
こういう日ユ同祖論というのを研究する学者さんが戦前いた。
このへんが面白い
面白いのはその日ユ同祖論を発展した形の中であるのだが民謡の掛け声。
これが古代ヘブライ語ではないか?というのがある。
例えば「木曽節」。

木曽のナー 中乗りさん
木曽の御嶽さんは ナンチャラホイ
(木曽節)

(ここで本放送では「木曽節」が流れる)

木曽節(長野県民謡)



この木曽節の「ナンチャラホイ」という掛け声が。
これは「ナンジャラホイ」という人がいるが違う。
「ナンチャラホイ」
これが古代ヘブライ語「この地に栄あれ」。
ソーラン節。

ヤーレン ソーラン ソーラン
ソーラン ソーラン ソーラン ハイハイ
−中略−
ヤサエー エンヤサノ ドッコイショ
(ソーラン節)

(ここで本放送では「ソーラン節」が流れる)

ソーラン節



これ(ヤーレン)は古代ヘブライ語で言うと「神を喜び歌え」。
「ドッコイショ」は「押せ押せ。神が守ってくださるから勇気を振り絞って前進、進め」。
だから「あ〜あドッコイショ〜ドッコイショ〜♪」と言いながら前進したという。
日本の民謡の掛け声の中に点々と古代ヘブライ語がある。
それも空耳のとんでもない話としてしか思えないかも知れないが、現実にユダヤの学者さんでそのことを調べている人がいる。
どうも日本の言葉遣いの中に古代ヘブライ語があるという。
このあたり民族の流れの面白さ。
ハァ〜ドッコイショ!ドッコイショ!


2024年4月1〜12日◆イスラエル(前編)

(今回の本は単行本と文庫本があるが、番組の中で「1991年発行」という話が出たので恐らく単行本。記事内のページ数などは全て単行本のもの)
まな板の上にはかなり大きいものが載っている。
イスラエル。
鳴り続ける警報としてのアラブ問題の地。
そこに一体何でこうややこしい事件が起きるのかという。
ガザの問題とかイスラエルの問題とかアラブの問題とかというのを日本人としてどう考えていいのか?
大きく含めると中東問題だが。
憎悪の応酬が続いているが、あの恨みの深さというのは凄いものだなと思う。
ウクライナの方はというと、これは17世紀ピョートル大帝、そして18世紀エカテリーナ女帝、この方の主張なのだが「ウクライナはロシアのものだ」という。
それをプーチンという方が「昔から」とおっしゃるものだから「いや、そうじゃない」という争いが血を見ているというのがロシア-ウクライナ戦争。
そしてアラブの方はというとこれはハマス対イスラエル。
これはどのくらい古いかというと凄い。
紀元前1400年前から。
紀元前1400年頃にこの神様を信仰するその宗教絡みの政治問題なワケで。
このイスラエルとアラブの憎悪関係というのは我々が簡単に入れないのは当然で、三千年を超えている。
あの憎悪の深さはちょっと手が出せないところがある。
我らヤマト民族には「やめてください」とも言い難いような長い長い歴史がある。
皆さん、最後まで聞いてください。
(日本と)ちょっと関係がある。
このあたりに歴史という物語の面白さがあるので、完璧に人ごとの出来事ではなくて、日本人の目から見たアラブ問題、イスラエル問題というのは何者かというと、旧約(聖書)の神様。
この人(神)の言ったことで揉めているワケで
どうにもそういう意味では理解し難い戦争なのだが、「死んだ人というのは祟ると恐ろしいことになりますよ」という。
これは若い方は「そんなアンタ、迷信めいた話は朝からやめてくれ」とおっしゃりたいかも知れないが、武田先生は呪いとか祟りとかがあるような気がして仕方がない。
少しカルトっぽいかも知れないが、どうやったらこの呪いというものが発動、スイッチが入って今、生きている人にその呪いがかかるのかというのを三枚におろしたい。
このあたりは相当濃厚に武田先生は、文字学で世に知られたる白川静先生の漢字解説を何となく・・・
「死者をきちんと弔いなさい。でないと死者は祟るよ」というのはもう漢字文化のアジアの中に、三千年前からあった。
それが西洋版としてイスラエル-ハマス問題として今になっているということを思うと。
武田先生は「きちんと弔っていない」と思う。
では一体どういう問題があったのか?ということを考えてみましょう。
「どんなことがあったか」というのは旧約聖書に書いてあるから。

まずはユダヤの民の事情からご説明する。
(番組中、古代イスラエルの一神教を信仰していた民族を一貫して「ユダヤの民」と言っているが正確には同一ではない)
彼等ユダヤの民は「ヤハウェ」神様を信仰している。
この神様なのだが、面白い神様で日本の神様とちょっと違う。
神様自らが人間の世界に降りてきて自ら布教活動をしたという。
これが旧約の神様。
神様が直に。
普通は伝道師がいたりするのだが、そうではない。
いきなり出てくる。
神様が「私を信じなさい」。
そんなふうにして人間の前に登場した。
一番最初、誰のところに現れたかというと、ユーフラテス川の源流ハランという地にその旧約の神様が現われて「私、信用しなさい。私神様よ」と言った相手がアブラハム。
奥さんはサラという方。

大勢の下僕をかかえ草原に天幕を張って遊牧を営んでいた。裕福な一族であったことは疑いない。
 ある日、アブラハムは神の啓示を受ける。おごそかな声が聞こえた。
(10〜11頁)

 目ざすところは、カナンの地。(12頁)

この声で3400年前、中東問題が始まる。
ここから始まる。
ユダヤの宗教を信じるアブラハム。
ユダヤの民だから、その声を聞いてその声を信じた。

「国を離れ、父の家を離れて、私の示す地へ行きなさい。私はあなたを祝福し、おおいなる国民としよう」(10〜11頁)

何と「今、住んでいる土地から旅立ってここに行け」と。
チグリス-ユーフラテス川のほとり、メソポタミア文明が花開いたエリアだが

 ユーフラテス川周辺の地では、人々は太陽や月や、さまざまな偶像を拝んでいたが、アブラハムの心には昔からそれとはちがった信仰が宿っていた。民族の繁栄を約束する唯一全能の神……。(11頁)

たった一つの唯一の人種、ユダヤの民を選んで「私が神様」、こんなふうに自らおっしゃったという。
神が「私のとこ来い」「私を信じなさい」と。
これは仏教なんかのたおやかさが無い。
砂漠の神様は性格がきつい。
このあたりから3400年前から始まった格闘。
それがどう展開するのか。

あくまでも宗教なので武田先生の講釈師風喋りで「解釈が間違っている」とおっしゃりたい方もいると思うが、「講談風にやっております」ということで宗教関係の方はお許しいただきたいというふうに思っている。
あくまでも武田先生の知恵で読んだという。
「こういう武田の解釈で」ということでご容赦ください。
ネタはというと新潮社から出ている、本屋を探すとあると思うが 阿刀田高さんの「旧約聖書を知っていますか」という

旧約聖書を知っていますか(新潮文庫)



旧約聖書を分かりやすく面白く説明した。
だから阿刀田さんの説明も込みで味わっているという旧約の解釈なので、その辺のところはなにとぞ勘弁していただきたいと思う。
とにかくヤハウェの神がユダヤの民の前に現れて「私を信じなさい」。
凄いのは神様が自ら「アンタね、あっち行け」。
行くべき土地を教えたという。
カナンという土地へ行けという。
それはどういう土地かというと、神様の宣伝文句としか言いようがないのだが、神様の説明によると、そのカナンという神様がすすめる土地こそ

乳と蜜の流れる地(27頁)

「そこに神の国を創る為、アブラハムはカナンへ行け。そこで頑張れ」と、こう励まされた。
カナンは今もある。
これはどういうところかというと地中海の沿岸に。
皆さんも最近の戦争の説明なんかでご存じだろうと思うが、地中海が左側にあって、その沿岸にイスラエルがあって、あのガザなんていう地区が。
上の方にはレバノンという国があって右にシリア、ヨルダン。
下の方にぐっと下がってエジプトがあるという。
そこの北の方。
地中海上の北の方にカナンというところがあって、そのカナンという地に行けと神様が命令した。
何せ不動産の勧め方の宣伝文句が凄い。
「ミルクと蜜が流れている」
これは行きたくなる。
ところがはっきり言って、そんなによくない。
カナンというのは、もの成りの悪い国で、。
アブラハムも信用して行くのだが、もの成りが悪くて結構苦労している。
小麦とかが育たないのだろう。
それで何をやったかというと、南に景気のいいエジプトという国があって、そこに出稼ぎに行く。
季節労働者みたいな感じで働きに。
このユダヤの民は面白いことに、申し訳ないが言い方は悪いが、潜り込んでエジプトでの出稼ぎで稼いで生き延びている。
あんまりいい地ではないが、アブラハムはとにかく一途に仲間のユダヤ人がいると声をかけて「神を信じましょうよ」と言いながら信者をゆっくり増やしていくという。
一番いいのはユダヤの民だからアブラハムが子供を作ってそのユダヤの民を信者にしていけばヤハウェの神の信者が増える。
ところが、アブラハムも奥さんのサラも年を取ってしまって。
切ない。

サラは、自分の召使いのハガルを差し出す。サラ自身子どもを生めないものなら、ハガルによってアブラハムの血筋を残そうという計画であった。−中略−
 ハガルはエジプト女であり、生まれた子どもの半分は異教徒の血である。
(16頁)

 ハガルは身籠ってイシュマエルを生む。(16頁)

ところが旧約は何でこんなことが起こるのか?

 アブラハムはヘブロンにいた。(17頁)

 ──神様かもしれない──−中略−
 アブラハムの判断は的中していた。
−中略−一年後にサラが男の子を生むことを予告する。聖書の記述によれば、アブラハム百歳、サラ九十歳……。−中略−
 サラは「無理よ」と笑ったが、
「神にはできないことがないのです」
と咎められてしまう。
(17頁)

サラは神の予告通りに懐妊して、男の子を生む。イサクと名づけられた。(20頁)

何が問題かと言うと、これは九十数歳でサラが産んだ子供なワケで。
だから純粋にユダヤの血を持っている。
(サラは)エジプト娘ではないから。
それでやはり、アブラハムみたいな立派な人もグラッと気持ちが揺れてしまうという。
かなりの高齢出産ということだが、ユダヤの血を受けたイサクという男の子が産まれるとエジプト娘との間に生まれた長男よりも次男の方が可愛くなってしまう。
生々しい旧約聖書の世界。
ここでまた面白いことだが、これも聖書に書いてある。

 割礼の習慣は、−中略−
 ペニスの包皮を切り取る
−中略−アブラハムの血を受け継ぐイスラエルの民にとっては、神との契約のしるしである。(20〜21頁)

ユダヤの民であるというしるしを体に刻む為に、神の命令によってチンチンの皮を切ってしまう「割礼」という儀式がある。
これなんかも施してあった。
イスラエルの純度からいうとやはりイシュマエルよりもイサクの方が濃厚に。
父と母の子なのでエジプトの血が、アラブの血が混じっていない。
そのサラさんもいい人なのだが、どうしてもこの次男のイサクが可愛くて仕方がない。

サラにせがまれ、アブラハムは神の意向を確かめたうえで、ハガル母子を砂漠に追いやる、ほんのわずかな食料と革袋一ぱいの水を与えて……。(21頁)

荒野にこの母子を捨てる。
ユダヤとアラブ、エジプトの血を受けたイシュマエル。
旧約の神は「哀れだな」と思ったのだろう

神の恵みが下り、母子は命を長らえる。イシュマエルは荒野に住んで弓を射るものとなった。これがアラブ人の祖先であり、マホメッドはその末裔とされている。マホメッドが、自分の宗祖としてアブラハムを置くのはこのゆえである。(21頁)

これでおわかりだろうと思うが、イスラム対ユダヤ教は激しく戦っているが、何のことはない、長男と次男のケンカ。
どうにも割って入りにくくて。
申し訳ないけれどもヤマト民族から言わせてもらうと「よく話し合えよ」と言いたくなってしまう。
考えてみたらイスラエル・米・欧州・露・イラン・サウジ・エジプト、いろんな国がケンカしているが、争いの大元はとどのつまりここ。
ややこしい。
とにかくこのイサクがユダヤの民の跡取りとなって、二代目を襲名させたいアブラハムだが、神様は命じる。
ワケのわからないことを突然言い出す。
やっと次男坊に二代目を襲名させるつもりでいるアブラハムに向かって

また神の声が聞こえた。
「イサクを連れ、モリヤの地に行きなさい。そこで私の命じる山に登り、イサクをいけにえに捧げなさい」
(22頁)

「全焼」丸焼きにして。
豚とか羊ではないのだから父親に向かって「息子を丸焼きに、バーベキューにして私に捧げろ」と言う。
無体なことを言うが、旧約の神というのはかくのごとく人間を試す。
またアブラハムがいい人だったのだろう。
この神の声に従う。
距離を計算して敢えて言っているのだが、アブラハムがいるところと神が行けと言ったモリヤという地までは距離数にして世田谷から成田。
それぐらいの距離の山がある。

 山の山頂に到着し、祭壇を作って、たきぎを並べた。イサクを縛り、刃物を取り……(23頁)

神様は人を助ける存在ではないのか?と疑問に思う水谷譲。
理不尽。

そのとき天からの声が呼んだ。
「アブラハム、手を放せ。あなたの心はわかった」
−中略−
 ──試されたのだ──
(23頁)

「神様、試さんといて欲しい」
そのユダヤの神というのは強烈なもの。
このようにしてユダヤの民の血統は守られたというワケで。
しかしこんな事件が起きる。
この二代目のイサクは大人になる。
ユダヤの民を増やさなければならない。
ちょっとあからさまな言い方で申し訳ないが、若い娘とセックスして子供をいっぱい増やすというのが旧約の神の求めておられることで、それで

 娘の名はリベカと言い、アブラハムの弟ナホルの孫であった。イサクにとっては従兄弟の娘となる。(25頁)

このイサクとレベッカからイスラエル建国史となる。
(聖書の種類によっては「レベッカ」だったり「リベカ」だったりするのだが、「旧約聖書を知っていますか」の中では「リベカ」、番組内では「レベッカ」と言っている)

リベカを娶り、リベカは双生児を生んだ。−中略−兄、エサウと名付けられた。−中略−次に現われた子は−中略−ヤコブ(33頁)

また生々しい。
長男ではない。
また弟。
目の悪くなったエサウ(おそらくイサクの誤り)。
視力が衰えているので弟のヤコブを跡取りにする為にお兄さんのふりをさせて父への口づけで跡継ぎとなるワケだが、それはエサウは怒る。
ヤコブはレベッカの勧めもありレベッカの実家に兄の怒りを避ける為に身を隠すのだが、今度はヤコブの物語が始まる。

本当に理不尽だが、理不尽ゆえに人は考えるという。
このワケのわからない、この不思議な旧約聖書の世界。

 エサウの怒りは当然のことだ。
 ──ヤコブのやつ、汚い手を使いやがって。勘弁できん。殺してやる──
(38頁)

 母のリベカはエサウの殺意を察知し、そっとヤコブに伝えた。−中略−
 一族の故郷であり、リベカが生まれ育った、あのハランである。
「私の兄のラバンがいるわ。あなたの伯父さんよ。あそこに身を寄せて、エサウの気持ちが収まるのを待ちなさいな」
(39頁)

 ハランまでは長く苦しい旅路である。旅の途中、ヤコブは不思議な夢を見た。−中略−気がつくと、神がヤコブのかたわらに立っていた。
「私はあなたの父祖アブラハム、あなたの父イサクの神である。
−中略−あなたの子孫は大地にある砂粒のように増え、西へ東へ、北へ南へと広がって行くだろう。世界の民はあなたとあなたの子孫のおかげで神の祝福を受けるであろう。私はあなたとともにいる。けっして見捨てはしない」(40頁)

「よし!神の赦しを得たんだ」ということでヤコブはすっかり自信を持つ。
そしてレベッカの実家の地方、ハランへ行く。
ヤコブは自信に満ち溢れた逞しい男に。
そして嫁が欲しい。

 ハランに住む伯父ラバンには二人の娘があった。姉のレアに、妹のラケル……。(41頁)

レアは優しい目をしていたが、ラケルは顔も美しく、容姿も優れていた(42頁)

 ヤコブは妹が好きになり、すっかり惚れ込み、七年間伯父のもとで働くことを条件にラケルをもらい受ける約束を取り結ぶ。(42頁)

 約束の七年が過ぎ、婚礼の日が来た。(42頁)

そこで突然結婚のルールを聞かされる。

「いや、いや、ここじゃあ妹のほうを先に嫁がせるわけにはいかんのじゃて。一週間だけレアと寝てくれ。そのあとで妹のラケルもあんたにあげるから。ただし、もう七年間働いてくれよ」−中略−七日目からは二人妻である。(43頁)

ラバンの娘たちはなかなか身籠らず、
「じゃあ、私の召使いと寝てよ」
−中略−
 実質的には四人妻の状態。
(43頁)

堰を切ったように次々と妻たちが妊娠して

四人の母体から生まれた子どもは、男十一人、女一人。(〜頁)

ヤコブは殆ど種馬と化したという。
更に別の娘にも手をかけて男を12人生んだという。

旧約聖書は男尊女卑の世界である。−中略−生まれないと同等の扱いしか受けない。ゆえに女子の出生が少なく見えるのである。(44頁)

ヤコブには−中略−ベニヤミンを含めて男子十二人、これがやがてイスラエル十二部族の祖となる(44頁)

イスラエルでもエリートの貴族になってしまう。
宗教的貴族。

ヤコブは伯父のもとで合計十四年あまりの労務を終えて、父母の住むカナンの地へと帰る。−中略−
 二人の妻と大勢の子どもたち、それに下僕、婢女、ハランで育てた家畜を引き連れ、ハランで作りあげた財産を積み、長い列を作って岩砂漠の道を戻った。
(44頁)

 その夜、突然、何者かがヤコブに襲いかかって来る。(45頁)

兄さんだと思ったのだが、兄さんではなかった。
神様だった。
このへんは武田先生もよく意味がわからない。
大きな羽の生えた天使。

「あなたは今日からヤコブではなく、イスラエルと名のりなさい。神と戦って勝ったのだから、もうなにものも恐れる必要はない」
イスラ・エル≠ニいうのは、神と戦って不屈なる者≠フ意味である。
(46頁)

神様の根回しが効いていたのかどうかわからないが、兄さんと再会する。
ところがもの凄くわかりよくてエサウは「お前がイスラエルっていう名前だろ?そのイスラエルっていう国を創ってここで頑張ってくれな」。
弟に全てを譲るという。
それで兄との関係は良好に。
アブラハム、イサク、ヤコブ、そして四代目がヨセフ。
継承、跡目は弟が継いでしまう。
どこかの神話に似ている。
海彦山彦。
弟と兄ちゃんのケンカ。
でも結局は跡目相続の特権を持っている兄ちゃんの海彦は身を引いて山彦に譲るところからヤマト民族の長い長い物語が始まるワケで。

旧約聖書というのは生々しい。
とにかく今も揉めている中東イスラエル・ガザ等々の紛争の地になっているが、ここで3400年前に展開した神と人間の物語。
イスラエルの側から言うとアブラハム、イサク、ヤコブ、そしてヨセフ。
この四代に関する物語がややこしい
神からの贈り物「カナンの地」というところで頑張るユダヤの民。
この神が約束した「乳と蜜が流れる豊かな地」だというのだがそうではない。
イスラエルの民は四代頑張る。
ところが豊作だと思ったら凶作が連続してやって来るとか、暮らしがさっぱり安定しない。
考えてみたらもう3400年前から非常に暮らしが安定しないエリア。
周りの国はと見ると一番安定しているのがエジプト。
それでヨセフはエジプト王朝の王族に取り入って凶作の度に出稼ぎに出る。
(ヨセフはエジプトへ売り飛ばされているので出稼ぎではない)

ヤコブは一族もろともエジプトへ移り、エジプト王の許しを得て、ナイルのほとりゴシェンの地に住むようになる。−中略−そしてその四代あとに生まれたのがモーセである。(56頁)

ここまで見てわかるとおりユダヤの民とはナイルのエジプト・アッシリア・バビロニアという大国に挟まれて小さな細い川、ヨルダン川のほとりカナンの地でかろうじて人口を増やしている小国だった。
出稼ぎは宿命で、凶作の度にエジプトに出稼ぎに行くという。

もともと旧約聖書がよくわかっていないので名前とか、ついていくのが精一杯な水谷譲。
旧約聖書を知っている方は「なるほど」と繋がっているのかも知れない。
出てくる神様が水谷譲がイメージしている神様と違うので。
人を試したり丸焼けにしたりしようとしたり、水谷譲にとってはそれは神様ではない。
我々ヤマト民族には非常にわかりにくい。
だから神様はワリと無理難題をおっしゃって、旧約でどうしても解けない章がある。
神様から試される人(ヨブ)。
とにかく神様が無理難題を言うという。
それから一生懸命神様を信仰しているのだが、神様から試されてボロボロにされた人とか出てくる。
なにかしら意味がある。
それが正解がないところを考えなければいけない。
神様が何でそんなことを言うのか考えなければいけないというのが。
哲学というのはそういうこと。
内田樹さんの本の中で凄く感動した言葉だったのだが「神が人間社会の中で正義を行なうようになったら誰も人間は正義について考えなくなる」という。
「人間の中にある正義とは何かを考える為には神は見ているだけなんだ」
そういう意味で旧約というのは「考えろ!」という問題がどんどこ起きる。

神様から試された人の代表でヨブ、「ヨブ記」というのがある。
これはもう読んでいてヨブがかわいそう。
持っている財産は無くなってしまうわ、買っていた羊がみんな死んじゃうわ、子供は死んじゃうとロクなことが起きない。
ずっとヨブは我慢するのだが、一番最後にポロっと言ってしまう。
「何の為に生まれてきたんだ。何の為に俺は信仰したんだ。何もいいこと無ぇじゃん。俺は生まれてこなかった方がよかったよ」
言った瞬間に神様が出てくる。
「今言った?何っつた?オマエ」
そこからヨブと神様の一対一の問答が始まる。
この時の旧約の神様の言い方が恐ろしい。
「悪いね。俺、宇宙創ったんだけどオマエその時どこいた?陸地創って海はこっち側にしようとか設計やって苦しんでる時、オマエどこいた?北斗七星が並んでるだろ?あれオマエあんなふうに並べたの俺よ。オマエそん時何やった?オマエはなんにもやってないんだ。そのくせに私の仕事にケチをつけるのか?」と、こうくる。
ぐうの音も出ない。
それでヨブがロレロレになって「おお神よ」と言う。
そんなふうにして神の出す難問にどう答えて行くかという、このあたりが旧約の面白さ。
今は一旦エジプトのイスラエル村でみんな生きている。
その何代目かにいよいよモーゼが生まれたという。
(聖書の種類によっては「モーセ」だったり「モーゼ」だったりするのだが、「旧約聖書を知っていますか」の中では「モーセ」、番組内では「モーゼ」と言っている)
このまたモーゼが神様から凄いことを言われてしまうという物語。
それはまた来週の続き。


2024年04月13日

2023年4月24日〜5月5日◆アオハルとカレイ(後編)

これの続きです。

二冊の本を三枚おろしに乗せている。
一冊は外山滋比古さん。
「知の巨人」と言われた方だが、この方の「老いの整理学」から。
そしてもう一冊が20代の方の為に書かれた「20代で得た知見」という、 Fと名乗る覆面作家の方。

Fという作家さんがお書きになった、若い方、20代の方に対する箴言、知恵ある言葉。
これは名言だけでなくショートエッセー、ページがあって、その中で武田先生が気に入った話。
Fという覆面作家がお書きになったショートエッセイ。
「あながたいなくなった後の椅子」というショートエッセイ。

齢五歳の彼の息子が、最近好きなアニメの話やキャラクターのことを熱心に私に話してくれました。うんうん頷きながらその話を聞いていた時、この言葉を思い出しました。−中略−
「架空の生き物が心底いると信じること。それが子供の心に椅子を作る。子供は、その架空の生き物を椅子に座らせる。やがて大人になって、そんな生き物は存在しないと知り、その椅子から彼らが去る。今度は本当に大切な人を、私たちはその椅子に座らせてあげることができる」。
(「20代で得た知見」80頁)

でもその人もいつかこの世から消えていってしまう。
そうするとまた次の人が座りやすい椅子を作る。
やがてその人も去っていくと、その椅子に最後は自分が座る。
この椅子は子供の頃の正義と愛と哲学とこの世にはいない架空の生き物達を材料にして椅子はできている。
いい言葉。
どんなものの為に心の中に椅子を作ったか?
(武田先生の場合は)鉄腕アトム。
これはもう椅子があるぐらい大好きなキャラクター。
そして「鉄人28号」。
そして「コンバット!」サンダース軍曹。

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武田先生はサンダース軍曹が好き。
「コンバット!」はアメリカの戦争映画。
ドイツを目指して戦い続けるアメリカの一軍曹。
「リトルジョン、援護しろ」というのを覚えている。
だから今でもリュックサックが好き。
アメリカの兵隊さんは戦闘中にリュックサックを背負っている。
あれの影響。
どこかサンダース軍曹の名残があって。
それから幻の椅子に座った女性としてはヘップバーン。
何遍考えても好き。
武田先生の椅子の特徴は背もたれは全部、坂本龍馬。
(水谷譲の椅子は)「キャンディ♡キャンディ」「マリー・アントワネット」。
「ベルサイユのばら」でやっぱり憧れのマリー・アントワネットが座っていた。

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ヘップバーンは一瞬座った。
やはり皆、座るのではないかと思う水谷譲。
それを椅子に喩えているところが凄い。
最後は自分が座るんだという。
だからお年寄りの方、これは若い人の言葉だが「架空の幻想を座らせる椅子を心の中に持ってないとダメだよ」ということ。
どこかやはり無邪気じゃないとダメ。
考えてみたら子供の時の椅子をずっと幻想を座らせる宮崎駿みたいな人がいる。
あの人はそういう才能。
トトロが座っているのだろう。

となりのトトロ [DVD]



彼が考えたキャラクターというのは本当に強力。

 イギリスの二十世紀最大の女流作家ヴァージニア・ウルフは六十歳を前に自殺してしまうが、老いに向かっているときに縮み=ishrinkage=シュリンケージ)を、嘆いていた。年を取ると、世間が、心の世界も、縮んで小さくなるというのである。(「老いの整理学」104頁)

 縮小は防ごうとしても、限界があって、防ぎきれるものではない。もっともいいシュリンケージ(縮小)予防法は、拡大である。−中略−まず新聞を本気になって読む。(「老いの整理学」105頁)

精神の老化はこのようにして日々の努力で防ぐ。
経済面も三面もよく読みましょう。
それで少しずつ世界がわかってくる。

 テレビ、ラジオも新聞と同じようにマス・コミといわれているが、はっきり娯楽であるから、おもしろさが浅い。(「老いの整理学」109頁)

 しかし、ラジオ、テレビによって、われわれは−中略−自分の世界を押し広げることはできる。(「老いの整理学」110頁)

「しかし面白がるだけじゃダメだよ。心の糧になるものをいつも探そうや」という。
「糧になれば」と思ってお送りしている今週。

80代を楽しく生きる為の老教授の箴言、名言。
外山滋比古さん。
教授はシェイクスピアの言葉を送っている。
(本の中にはシェイクスピアとは書いていない)
本を読むことは良いことだ。

 うまく本を読むのは、仕事として読むのではなく、スポーツ、遊びとして読むのである。(「老いの整理学」113頁)

ここからがもの凄く気に入った武田先生。
老教授曰く本を読むことに関して

わからぬところは飛ばす。気に入らないところも飛ばす。これはと思ったところでひと休み。そこで、本に書いていないことを考える。(「老いの整理学」113頁)

典型的に武田先生。
すると次の興味が湧いてくる。

 もちろん、最後まで、読み切る必要はない。(「老いの整理学」113頁)

風のように、さらりと読んでいても、自分の波長にあったメッセージに出会えば共鳴≠ニいう発見がある。(「老いの整理学」114頁)

この共鳴こそが日々、老人を賢くするのだ。

ものごとというのは表現が矛盾する。
例えば「ゆっくり急げ」「よく遊びよく学べ」。

緩急のメリハリをつけるのが望ましいと教えたことばである。
 言い換えると、リズムをもって生きよ、と言っているのである。
(「老いの整理学」146頁)

緩急つけるのは大事なこと。
武田先生はだいたい6時起きで、お勉強をだいたい9時半ぐらいまでやるが、勉強をあんまり(長時間続けて)やらないようにしている。
三時間ぐらい勉強をしたら一時間以上歩きに行っている。
歩いた後、本を読む。
でも、読んだ後は公園に行く。
互い違いになるようにしているようだ。
根を詰めすぎると疲れ方が倍になる。
だからどんなに追い込まれても緩急をなるべく付けるように。
「やっぱり疲れるんだ」と思う水谷譲。
お爺さんはクタクタ。
毎回いつも丁寧にやってらっしゃるなと感心している水谷譲。
丁寧さはちょっといろいろ考えるところがあって「丁寧にやんないとダメだな」というふうに思っている。
本の読み方という意味では、武田先生の読み方は正しいと思う水谷譲。
ワリと「ダメだ」と思ったところは飛ばしている。
番組の中でも言っている。
「もっと書いてあるんですが、もう触れません」とか「読解力がありませんでした」とか。
だが、武田先生はよく続く。
尽きない。
でも、きっとそれは強弱のリズムがあるからではないか?
「(今朝の)三枚おろし」のネタが切れそうな時、凄く不安になる。
夢に出てくる。
何でも眠れなくなる武田先生。
何かバズったりすると結構落ち込んだり。
ワリと取り上げられる武田先生の発言。
やっつけると快感になるような人物に見えるのだろう。
この間、クイズ番組に出たら武田先生は脳トレのクイズがわからなくて。
あの人がボロクソに言う。
くりぃむしちゅーの相方のシワの多い人(上田晋也を指していると思われる)が武田先生のことを罵倒する。
「金八先生を叱っていると思うと快感だ」と言う。
やっつけたくなる個性をしている。
見ている方も「もっとやれ」と思いたくなる感じはあると思う水谷譲。
それはやはり自分のキャラで引き受けるしかない。
そんなこんななのだが、東大脳トレの本をまた本屋で買った。

東大ナゾトレ NEW GAME 第1巻



もう七冊目。
発明小僧のあの青年が考えたあのクイズ。
七冊練習をやって、まだできない。
そこまでやろうとするやる気が凄いと思う水谷譲。
負けず嫌いでもあるのか?
それと俳句を作る番組がある。
あれは結構必死。
先生(夏井いつき)はボロクソに言う。
だから、枕元は最近は全部俳句の本。
朝、起きてコーヒーを飲みながら頭を回転させるのは東大脳トレ。
武田先生のことはどうでもいい。
でも緩急みたいなものが老いにはいいようで、武田先生は70代半ばだがいいようだ。

今度は若い方に行く。
Fさん。
20代の若者に「20代で得た知見」でこんなことをおっしゃっている。
「初心者であることを恥ちゃいけないよ」
「下手ね」「何でできないの?」「頭使えよ」と叱られるのは辛い。
でもこの時。心で湧く感情を自分の内面だと思っちゃいけない。

けど、淡々と、粛々と続けるしかないのです。
一番不要なものは感情です。もう淡々と続けるしかないのです。
(「20代で得た知見」96頁)

一番必要ないものは感情だ。
年を取るとその傾向は特に強くなるのだが、心の中のつぶやきで「何だ、そのものの言い方は」。
これが出るようだと「アナタ老いてますよ」という。
これは特に身内、家族のものから何かで叱られると「何だ、そのものの言い方は」とすぐに心の中でつぶやいている。
それをこの20歳に向かって説くFさんは「必要ない」。
ちゃんと感情抜きで聞かないとダメだ。

このFさんがおっしゃっているのは「体が感じる違和感を大事にしなさい」。
「醜い」「不快」「役立たず」
そういうふうにして人が捨てていくものがある。

 醜いとされているもの、不快と感じられるもの、一見役に立たぬように見えるもの、歪と感じるものを、「なぜそうなのか」「なぜそこにあるのか」−中略−という考察とともに不断且つ客観的に見つめなければならないのです。
 豊かさとはつまり、目の前の貧しさから、どれだけの教訓を雑巾絞りのように搾り出すか。その錬金術のように思えます。
(「20代で得た知見」99頁)

これはいい指摘。

ちょっと凄い話になってしまうが、新選組が嫌い。
坂本龍馬の敵だから。
一回だけその手の依頼が来た。
「テレビドラマでやってもらえませんか?」という。
お断りした。
武田先生にとってはそれくらい真剣。
「まだそんなこと言ってんのか」とおっしゃる方もいらっしゃるかも知れないが。
やはり幕末で龍馬の敵になったヤツはちょっと。
ただ、ちょっと新選組に関して揺れ始めたところがあって。
これは書き手の問題。
自分でもびっくりしたのだが「燃えよ剣」を読んでいて。

燃えよ剣(上)



土方歳三いう人物はずっと嫌い。
「新選組」という組織が嫌いだから。
本当に血の臭いがするようなグループで。
土方というのは不思議な人で、とにかく勇猛果敢なのだが参加する戦は全部負け戦という「負け戦の神様」みたいな人。
その人が函館まで行って、またそこでも負け戦を引き受ける。
面白いことに土方という人は負け戦になればなるほど輝く人。
そういう運命を生きなければいけない時もある。
司馬さんの書き方が上手い。
その土方がある日、戦に疲れて宿舎で幻を見る。
それが死んでしまった近藤と沖田。
その描き方が凄い。
近藤も疲れている。
沖田も寝そべって話しかけてくる。
その時に土方が「現世で疲れるとあの世に行っても疲れが取れない」。
その書き方の生々しさが何か司馬さんは「不思議な作家だな」というのと「もの凄い作家だなぁ」と思って。
凄い。
そういうのを凄く感じる。

もっと現実の生々しい話にいきましょう。
これはFさん。
この方が言っている中で「凄く面白いな」と思った。
これは何かというと、つい三月までやっていたドラマにも関わってくるのだが

残念ながら、
この世に運というものは
厳として存在する
(「20代で得た知見」100頁)

ちょっとした運をネタにして武田先生もドラマをやっていたので、ちょっと運について考え込んだ。
今、話した土方さんは何かといったら「負け運」の人。
やっぱり負け運の人はいる
「勝ち運」の人もいるんだろうけれども、「負け運」の人というのもいて、このFさんの体験は20歳の頃のこと。
Fさんはだから今、(20歳よりは)年上になっておられる。
この方が雪山で遭難しかかったそうだ。

 六月の深夜、友人Kと車で富士山に向かった時のことだ。−中略−「七合目まで歩いて、すぐに帰ろう」となった。私たちの行く先、来た後、すべては闇。−中略−
 封鎖線を私たちはほぼ無装備で乗り越えた。
(「20代で得た知見」100頁)

 ものの数秒で、私たちは完璧に遭難した。−中略−元の場所に戻ろう、とKは迷いなく言う。
 でもどうやって、と訊ねる間もなく、なにも見えないその濃霧の中を、彼は猛然と突き進み始めた。慌てて追尾する。一歩間違えれば、滑落する。
−中略−道を数回間違えれば、さらなる遭難である。にもかかわらず、純白の闇をKは左右左と突き進む。「もう覚えてへんけど、たぶんこっちや」と言いながら。「死ぬかもしれへんな」と私は言った。(「20代で得た知見」101頁)

 奇跡的にもKは、元いた五合目まで私を導いた。−中略−
「どうして道が分かった」とKに訊ねた。「知らん。本能や」と彼は首を振った。
(「20代で得た知見」102頁)

Kは一回も自分に死の恐怖を感じたことがなかった、という。
その時にFさんは運を感じた、運を見た。
能力とか努力とか、実はギリギリのところでは何の役にも立たない。
運だけが全てを支配するという時が人生にはある。

 その後Kは知り合いのツテで恋愛リアリティ番組に出演し、ほとんどアイドルのようになるも、それにも飽きて一流企業に就職し、順風満帆の人生である。(「20代で得た知見」103頁)

 この運の采配を仰ぐ時、努力でもって戦っても勝てない。(「20代で得た知見」103頁)

ただそれだけのことなのだが、「運」はある。
今年(2023年)、始まってからすぐに「ダ・カーポしませんか?」という、毎週一人ずつ死んでいくというドラマで。
それでちょっと台本の都合で次の週、誰が死ぬのかギリギリまで教えてもらえない。
最初七人ぐらいで始まって、突然一人やってきて「今週で死にますんで、どうもありがとうございました」とかと・・・
現場がちょっと暗くなってしまって。
それでも黙ってやっていたが。
ただ、運はあるような気がする。
土方歳三の話をしたのだが、土方は負け運の人。
その負け運に抗わない。
きちんと負けていくという。
でも、そういう人がいるから何かこう、世の中は動いていくのではないか?
だから負けたからどうのではない。
土方のことを今、話しているのはそこなのではないか?
もう負けた人はみんな消えていくというのだったら、とっくに忘れられている。
負けても尚、忘れられないヤツがいるから、こうやって語っているのではないか。
面白い。
鳥羽伏見の戦いで総崩れになって江戸に逃げる。
船長が榎本武揚という人で、この人が大坂から船出した。
それで江戸まで行く。
その時に土方もその船に乗っている。
それで紀州の沖の方まで来たら、小さな船、ナントカ丸という小さな船、薩摩船と遭遇する。
海戦が行なわれる。
幕軍対薩摩軍。
その時に船長はヨーロッパから帰ってきた榎本武揚。
操船、黒船を動かすのに知識満々の人。
片一方はもうヨタヨタ走る薩摩のイモ侍が運転する黒船。
それでその幕府の軍艦から榎本の命令一下、百発撃った。
一発も当たらない。
ところが小さな鰹船ぐらいのスケールしかない薩摩船の左舷に22歳の東郷平八郎という若者がいた。
コイツがバンバン水柱が上る中で反撃で大砲を撃つ。
全弾着弾。
凄い。
今度は琵琶湖沖海戦という海戦があって、その時の切り込み隊長が土方。
土方は凄く巧妙で国旗をアメリカの国旗にして薩摩軍の艦船が休んでいるところに突っ込んでいく。
オブザーバーで見ている艦だと思って敬礼をしていたらしい。
何のことはない。
(薩摩艦に)横付けしたと思ったら、土方を先頭に飛び乗ってくる。
「カリブの海賊」みたいなもので
それでアメリカ艦だと思っていたから薩摩軍の艦隊はグシャグシャで。
それでもう大混乱に陥る。
その時にその土方が乗った船のドテっ腹に東郷平八郎の船があった。
それがストレートで見渡せる位置にいた。
そうしたら東郷平八郎がまたその直線の隙間に砲を入れて、全部甲板を吹っ飛ばす。
これが22歳の時の出来事。
この青年は後に海軍に入って、何と「バルチック艦隊を相手にしろ」と60歳の時に命令が下る。
何で東郷平八郎に行ったかといったら、山本(権兵衛)さんという上司がいて、この人が明治帝に訊かれる。
「日本の艦艇の司令長官は誰にするんですか?」「東郷平八郎にします」
明治帝がさすがに「だってあれ、来年定年退職でしょ?」。
60歳。
そうしたら山本権兵衛が「才能のあるヤツが4〜5人おります。しかし東郷は運が強うございます」。
東郷の運に賭けたという。
いい話。
一か八か。
人間にコントロールできない運命の流れみたいなものがあって。
でも、東郷にはあった。
それでバルチック艦隊がやってくるという時にもの凄く不思議なことが起きる。
それは天気がよくて波が荒い。
その時に「勝つんじゃないか」と海軍の本部で皆が胸をときめかせた。
それは東郷が打った電文。

敵艦隊見ゆとの警報に接し、連合艦隊は直ちに出動、之を撃滅せんとす。本日天気晴朗なれども波高し。

遠くが見えて波は荒い。
「向こうはクタクタだ。こっち側は見えるから砲撃できますぜ」と言いながら。
つまり、一国が東郷の運に賭けたという。
賭けた側の運もあると思う水谷譲。
結局運が重なっている感じ。

この間「ダ・カーポしませんか?」の中で脚本家の方が面白い運の話を書いてこられて。
アマゾンかどこかのジャングルの中に不思議なアリがいて、そのアリはジャングルの中のある樹木の葉っぱが好物。
その樹木とアリの関係なのだが、アリが落ちてくる葉っぱを待っているんだそうだ。
そこからが不思議。
このアリは葉っぱの形で隊列を組む。
それで葉っぱが落ちてくる。
綺麗にアリに乗る。
風力、重力、葉っぱの大きさ、重さ、それらを予知しながら下で葉っぱの形でアリが待っている。

第10話



つまり、動物の中には不思議な能力を持った生き物がいるのではないか?という。
アリの話は「ちょっとそれは」と思うのだが、でも、何か自然界の中に何となくありそう。
武田先生は絶対「運が悪い」とか言わない。
運はよかった。
もう今までで十分よかった。
本当に思う。
何でこんな話を夢中でし始めたかというと、やっている合気道場の先生に「何の為に私達は遠い昔のこんな武道を練習してんですかね?」。
その時に管長先生がポツっとおっしゃった。
「運を磨く為ですよ」
武田先生はどこかでこの言葉を信じている。
「運を磨く」という、そういう作業というのもやらなければならないのではないか?
合気をやっていると運が磨ける。
それはよくわからないが、何か思い当たったら言う。
(武田先生の道場の)管長先生はそういうのが抜群。
よく聞いていて「なるほど、凄いな」とかと思うのだが、噛み締めると非常に当たり前のことをおっしゃっているという不思議な管長先生で。
「合気道の真ん中にあるのは何かわかりますか?皆さん。合気道の真ん中にあるのは『気』です」と言われて。
「なるほど『気』だ」と思ったのだが、よく考えると「合道」の真ん中には確かに「気」がある。
先生すみません。
使わせてもらいました。

ご本の方にいく。
これは武田先生が凄く役に立ったと思った言葉。
外山老教授はこんなことをおっしゃる。

 横臥第一、睡眠第二。(「老いの整理学」155頁)

年を取ると「眠れない眠れない」ばっかりおっしゃる方がいるが、70代、80代になる人、よく覚えておきなさいよ。
アンタ方にはね、10代の頃のあの眠りの深さはもう二度と戻ってこない。
あれはやっぱり10代でしか体験できない眠りの深さ。
あった。
ちょっと風邪ぎみでも一晩経ったら、魔法のように治っていた。
70代、80代はそういうのは無い。
ではどうするか?
横になれ。
一日のうち何度でも横になりなさい。
横になれば体力が回復する。

 老人はまた幼児に帰ったようなもの。うつ伏せに寝るのがよいのではないか。(「老いの整理学」157頁)

上手くいったらストーンと眠れるし、眠れなかったら眠れなかったで名案がパッとその時湧いたりなんかする。

中国の昔、欧陽脩という人が、妙想、妙案を得やすい場所として、枕上、馬上、厠上の三つをあげた。(「老いの整理学」158頁)

ベッドの上、馬に乗って、トイレの便器の上。
これがアイデアを得る最高のポイントだそうだ。

それから老教授曰く、歳を取ると咳き込む。
これは飲み込む力が衰えるからだ。
誤嚥。

食べたものが気管支へまぎれ込むリスクが高い。(「老いの整理学」161頁)

これは死に至る
ですからお気をつけください。
武田先生もむせたことがあるが、凄い。
ではどうするか?

首を下げて、皿に顔をつけるようにしてものを食べるようにしたい。−中略−ものを食べながら、ものを言うのはたいへん危険である。おしゃべりをしながらものを食べてはいけない。(「老いの整理学」162頁)

若い時みたいに恰好付けて肉を喰いながら「あの件、どうなった?」とかと言うからむせてしまう。
それからもう一つ。
「上を向いて歩こう」は歌だけだ。

上を向いて歩こう



中年から老人にかけては下を向いて歩け。
太陽から目を守り、しかも下を向けば転ぶことも防げる。

禅家のことばに、脚下照顧というのがある。人のことをあれこれ言うまえに、自分を反省するのが賢人である、というのである。表面的に見れば、足下を注意せよ、転ぶな、の意味になるが(「老いの整理学」165頁)

これが老いを生きる知恵だ。

そしてFさんは言っている。

冬に聴く夏の曲。−中略−
夏に聴く冬の曲、
−中略−
一番遠いものが一番美しく見える。
(「20代で得た知見」176頁)

何か美しいものが見たいと思うんだったら、一番遠いものを見ろ。
そしてFさんは、若者に注意すべき日常の暮らしとしてこんなことをおっしゃっている。

本当に儲かるなら、その儲け話を人にはしません。だって損になるから。
本当に悲しい人は、そんな話を誰にもしません。だって悲しくなるだけ。
本当に愛し合ってるなら、愛し合ってる話は誰にもしません。だって崇高だから。
すべては言葉になると純度を失うとして。
(「20代で得た知見」198頁)

この後もいくつも老いと、そして若さをよりよく過ごす為の小さな知恵がこの二冊の方、Fという作家さんと外山教授の本にはあったので、箴言を欲しい方は是非。
今回の企画は二冊まとめての小さいヤツ。
あっと言う間だったが、新しい試みで「アオハル」青春と、年を取る「カレイ」。
二冊一遍にお届けした。



2023年4月24日〜5月5日◆アオハルとカレイ(前編)

(この週はところどころポッドキャストの方ではカットされている箇所がある)
今週は「アオハルとカレイ」。
書店の棚には、様々な年齢に分けて生き方を問い、どうこの人生を生きるかの賢者、或いは成功者、そういうインフルエンサー達の人生読本のヒット作品がズラーッと並んでいる。
いろんなことで成功なさった方達。
その中で「(今朝の)三枚おろし」にするには誰がいいかな?と迷ったのだが、まずは近い年齢の方の本を探してみたら「老いの整理学」という(著者は)外山滋比古さん。


(この本は文庫と新書があるが番組で取り上げたのがどちらなのかが不明だったので、本文中のページ数等は全て文庫のものとする)
この方は前昭和大学教授で文学博士、「知の巨人」というあだ名をお持ちの教授。
この方は「思考の整理学」という大ヒットを飛ばした方。

思考の整理学 (ちくま文庫)



何と263万部を売ったという。
この方の「老いの整理学」。
その老いをどう整理するか?
「80代からを楽しく生きていく為の方法」とあるので、これは自分が目指すべき年齢、行くべき年齢だと思って、これを読んでみよう、と。
この方は1923年生まれ、2020年、97歳の長寿で世を去られるまで「高齢者はいかに老い、その老いを完成させるか」を本になさった。
自分も高齢者なので、高齢者の先輩に学ぼうと思った武田先生。
これだけではやはり面白くない。
何でかというと若い方もこの番組を聞いて欲しいから。
それでもう一冊本を探したのだが、その本が「20代で得た知見」。

20代で得た知見



それを本になさった。
アルファベットの「F」と書いて著者名は書いていない。
(「F」は著者名)
いわゆる覆面作家。
ピタリ「20代」と言い切っているところと、80代から楽しくという、対照的な本二冊を同時進行。
両方を読んで80代の知恵のある言葉と20代の知恵のある言葉を三枚おろしで食べ比べてみようと。
人生の味は20代と80代でどれほど違うのか?
こんな指向。
三枚おろしで刺身か煮魚か?サラダか漬物か?
こういうので皆さんに活字の味を楽しんでいただければというふうに思う。

タイトルをどうしようかと思った。
「アオハル」だから「青春」、「カレイ」は年を取ったことの「加齢」、というタイトルでお送りしたいというふうに思う。
「青春」のことは「アオハル」と言うそうだ。
とにかく武田先生なりで青春と年を取っていくという意味合いの加齢。
「アオハル」と「カレイ」。
それぞれの世代の名言を食べ比べてみようではないかという今週。

外山教授の本はもの凄くわかりやすい。
「老いの整理学」とは命の始末のつけ方だとおっしゃる。
日常の暮らしの中でどう年齢と折り合うか?
教授は言う。
まず歳を取ったらやること。

招待を断るな−中略−
どんどん人をもてなせ
−中略−
なにがなんでも恋をせよ
(「老いの整理学」18〜19頁)

よく「歳だから」と言って朝からウォーキングを意識して小走りに歩く人、走る人がいるが、教授は

ただの散歩ではおもしろくなくなり、足のほか、手、口、耳目、頭の五つのすべてを動かす五体の散歩(「老いの整理学」21頁)

散歩、ランニングで足を鍛えつつ「あの花が咲いている頃だからこっちの道を行こう」とか、或いは「こっちの道を今日行ったら知り合いのあの犬と会うかも知れない」という犬の散歩コース、それから誰か話し相手がその先に待っているんだったらそこを通ろう。
ご老人で自炊なさっているというようなその孤独な方もおられるだろう。
そうしたら思い切って散歩コースに商店街を入れましょうよ。
そこで安いいいものを買えばいいじゃないですか。
しっかり頭使って値切るところは値切って。
(武田先生の意見)で流行を学ぶ気持ちで歩け。
ユニクロを覗きなさい。
ユニクロはやっぱり値段は相当廉価。
聞いたことがあるが、もの凄く豊かな気分になる
「気に入ったシャツがあると色違いで何着も買えるから」とおっしゃっていた。
そういうことで自分を着飾る、流行を学ぶ気持ちで歩け、と。
高い店の前をウロウロする、ウインドウショッピングなんてやめてしまってユニクロの方が遥かにいい。
とにかく五体を使うこと。
小さな知恵なのだろうが、これはとても大事なことだという。
これは80代を目指してのことで「どうぞ60代、70代の方、華麗なる加齢を目指して準備しましょう」と教授はそう呼びかけている。

これは冗談ではなくて武田先生もちょっとズキッときた。
教授は老いの支度、年を取ることの準備として「物忘れ」。
これが重要だとおっしゃる。
武田先生はちょっと最近時々コタツを点けっぱなしとかがあるので。
水谷譲もある。
三月のことで、エラい怒られたり。
れから常夜灯を消すのを忘れたり。
ところが、その外山教授はいい意味で「それはもの凄く大事だ」とおっしゃる。
外山教授が老いの支度の中で「物忘れは重要だということを知りなさい」。
物忘れの日本の名言がある。
忘れるということの価値。

「知らぬがホトケ、忘れるがカチ」(「老いの整理学」47頁)

「知らぬがホトケ」というのはあまりいい意味では使わない。
だが、実は忘れたものが勝ちである。
これはジンとくる。
「上手いこと言う」と思う。
覚えているばっかりにずっと引きずる。
覚えていると囚われる。
(ゴルフで)ダボとかトリプルを打っておいて、次のホールに行くとすっかり忘れる、明るくやるヤツがいる。
引きずらないヤツ。
引きずらない為には何かというと「忘れる」。
日常生きていて、人がこすれ合う場では毎日いいことはない。
こっそり陰で悪口を言われてカチンときたりとかとある。
でも、それを家に帰ったら忘れるという人は強い。
外山教授はおっしゃる。
人は年と共に物忘れが多くなる。
それを恐れてはいけない。
確かに仏壇のロウソクの始末、コタツの始末等々、度忘れ物忘れで危険なことは多い。
でもそれは暮らしの中で工夫しなさい
直火全部辞め。
元から絶つ。
仏壇のロウソクの始末なんていうのはもうロウソクを辞めて、カメヤマさんには悪いけれど。
今は何かいいのが売っている。
電気でずっと、炎が揺れ続けているヤツが。

ファイン 電気ローソク 仏壇 リモコン式 ローソク ゆらゆら 火を使わない 安心 安全 FIN-806BK ABS



コタツの始末ももう今は暖かいから大丈夫だが、冬場コタツを使わないように努力しろ、とか。
「物忘れを恐れずに」と言われると嬉しい。

人間は、年とともに、忘れっぽくなる。そして、それが正常なのかもしれない。(「老いの整理学」50〜51頁)

命としての人間は、忘れられるから覚えるんだ。
これは武田先生は本当に身に覚えがある。
何でこの言葉がハッとしたかというと、よく奥様にも叱られるのだが「あれほど『(今朝の)三枚おろし』でいいことを言いながらなぜできない?」。
それははっきり言って全部忘れる。
だから時々ノートにとっている時がある。
三枚おろしのネタで「これ、結構長いこと使える」。
それを読み返す。
自分であまりの人間としての完成ぶりに驚くことがある。
でもここで完成しては来週のネタができない。
「完成しない」ということが努力の原動力になっている。
これは「なるほど」。
命としての人間は忘れられるから次のことを覚えようとするのだ。
そこで忘れる技をちゃんと使わなきゃダメだ。
忘れる為に何をするか?
驚くなかれ、堂々巡りかも知れないが教授が言うのは「新しいことを知りたいという意欲を持つこと」。
そうすると忘れる。
武田先生は本当に忘れる。
「本書きませんか?」と一年がかりでずっと書いている。
今日の朝もそう。
読んでいて感動してしまった。
本当にいいことを書いている。
武田先生は六か月前に(自分で)書いた文章に励まされる。
「頑張ろう」とかと思う。
この「忘れる」というのは新しいことを取り込める条件。
だから「明日はアレをしよう」とか「これが終わったら今度はアレをしよう」とかと思うことが忘れる為の技である。
嫌なことを忘れる為には何をすればいいか?
それは楽しそうで新しいことを目指すこと。
これはもの凄く当たり前のことを老教授は書いておられるが、加齢、自分達のように年の階段を登っていく人間にとっては凄くいい言葉。
考えてみたら昔から大好きだった宮沢賢治が同じことを言っている。
「未完、それこそ完成」
(「農民芸術概論綱要」の中に「永久の未完成これ完成である」という詩句があるらしい)

農民芸術概論綱要


     
「自分は出来ていないと思う。出来てるじゃないか。完成しないことが完成なんだ」という。
でもそんな宮沢賢治から教わったことも忘れて今、老教授の言葉に感動しているワケだからいかに人間、忘れるか。

「アオハル」の方の為に知恵の言葉を。
「20代で得た知見」の本をお書きのFさんという方なのだが、この方が20代の方々に対してこんなことをおっしゃっている。
「それが人であれ、異性であれ、食べ物であれ『好き』って黙りこんだ時にやってくるもの」
武田先生が一番オススメしたいのは異性。
自分が後に考えたら奥さんにしていた女性というのは初対面の時、それほど強い印象を持っていない。
「時と場合による」と思う水谷譲。
「フッと黙り込んだ時に人間の心というのは決まるんだ」と。
食べ物もそう。
だから「食レポ」というのは皆ウソつき。
食レポで生きている芸人さんもいるかも知れないが。
でも、一噛みか二噛みぐらいですぐに「美味い!」とかと言う。
あの人は言い方が早い。
やはり美味い時は黙り込んでしまう。
それから、本当にビール会社の方、申し訳ない。
言い過ぎ。
ビールを飲んですぐに「ハーッ」とかと言う。
あれは無い。
ビールは沈黙させる。
兄さんとかオジさんあたりが一杯飲み屋で呑んでいる。
しばらく両こぶしをテーブルについて沈黙している。
「く〜ックェォ!」といながら。
ビールというのはそういう時がある。
「クエ」がコマーシャルほど早くない。
これはいい言葉。
Fさん「本当に好きなものは黙り込んだ時、やってくる」。

そしてこんなドジでも20代に送ったFさんの言葉が身に沁みたのは

 恋愛の目的とは、お相手に最高のトラウマを与えることだと思う。(「20代で得た知見」41頁)

(番組では相手ではなく自分がトラウマを負う話になっている)
上手くいった恋なんて退屈なんだよ。
心が激しく動く、それが恋なんだよ。
傷を作る為に恋を、トラウマを作る為に。
これはちょっとわかりにくいだろうが武田先生の意訳。
泥で汚れたラグビー選手、或いはサッカーの選手、そして9回、大谷のユニホーム、あのユニホームが汚れているということに対する神話。
カッコいい。
つまりユニホームを汚す。
恋も同じなんだ。
自分を汚す。
その為に恋をしたんだ。
そういう思いで相手のことを見てごらん。
ちょっと意訳過ぎる気がする水谷譲。

そんな清潔な目的ばかりでは我々は退屈で息苦しいのです。(「20代で得た知見」41頁)

「泥まみれになる。それが恋の基本です」
これも武田先生の意訳。
Fさんがおっしゃっているのはとにかく一生の傷がつくような美しいトラウマを求めて恋をせよ。
(Fさんは)どうも(本を)読んでいる感じは30を超えている。
(「1989年11月生まれ」とあるので恐らく現在33歳)
その方が年上なので20代の方に「こんなふうにして過ごせよ」という。
やはり恋の思い出はトラウマ。
よく武田先生がライブでお話になることも、あれもトラウマの恋のお話。
同じ話ばかりしている。
福岡で十人ぐらいの女の人から嫌われて、何か武田先生のことが気持ち悪かったのだろう。
それは気持ち悪いような顔をしている。
よくわかる。
いろんな女の人に振られた。
全部歌になった。
その「上手くいかなかった恋」というのは歌になる。
上手くいった恋は歌にならない。
恋の思い出は傷になる。
そして思い出の中ではその人は一歳も年を取らず、こっち側を振り返ってじっと見ている。
男の人の方が女の人よりもそういうことを美化すると思う水谷譲。
武田先生が言っているのは青あざではない。
内出血とかはダメ。
福岡に帰ると「ここで振られたなぁ」というのは全部覚えている。
未練がましいと思う水谷譲。
それと恋した人の古里の近くを通った時に「フッとその人のことが」とか。

これも本当に頷ける。
Fさんは女性の理想像についてこんなことを言っている。

 私が唯一女に求めるのは、綺麗でも可愛いでもありません。−中略−
 綺麗な女も可愛い女もたくさんいる。でも、度胸を持った女は珍しい。
(「20代で得た知見」56頁)

「度胸のいい女は男にとって心揺さぶる存在です」
これは70代の武田先生もハッとした。
武田先生は何で奥さんが好きになったか?
度胸がよかった。
女は度胸。
美貌でも愛嬌でもない。

外山教授は実は97歳、2020年にお亡くなりになったのだが、わかりやすい文章をお書きの方。

 日本人はほかの国の人に比べて元気がないらしい。−中略−
「自分に満足している」と答えた若者は45%で、米、英、独、仏、韓、スウェーデンと日本の七ヵ国中、最低である。トップはアメリカで86%。「自分に長所がある」と答えた日本人は68%だったが、最高のアメリカは93%である。日本はビリ。
(「老いの整理学」30頁)

 なぜだろうか。−中略−
 端的に言えば、日本人はひとをホメないからであるように思われる。
(「老いの整理学」30〜31頁)

 学校でも、教師は叱ってばかり。−中略−八〇点くらいの答案によくできた≠ネどと書き添えた教師がいれば変人扱いされる、一〇〇点満点だった、よくやったなどと言うことはない。−中略−そういう学校に長くいれば、たいていのものが、自信を失い、消極的になるのは是非もないことである。(「老いの整理学」31頁)

ここから先は生存術だ。
生きていく為の技術。
褒めてくれる人間関係を作ること。
褒めてくれる人間関係を外にお持ちなさい。
家族、これはもうあきらめよう。
褒めることがない。
ドキッとした。
相手にしてくれるだけで家族というのは有難いもので。
妻や子、相手にしてくれる。
それだけでもういいじゃないか。
「褒め」まで期待しちゃダメ。
褒めてもらう為には新しい友達をみつけるしかない。
褒められる時、老人というのは不思議な力が湧いてくる。
自分のことを褒めてくれるお喋り仲間を持つことが重大になってくる、という。
武田先生もいろいろ悩むこともある。
だが、褒めてくださる方が時々おられて、それで何となくもっているようなものなのだろう。
まだ褒められると、こそばゆい感じがするが、親を見ていると歳を重ねる毎に褒めてあげた方が生き生きしてくるのが凄くわかる水谷譲。

 イギリスのよく知られたコトワザに、
「心配ごとはネコでも殺す」
−中略−というのがある。−中略−
 そういう強いネコでさえ、心配ごとには勝てないで、命を落とす、というのが、はじめの「心配ごとはネコでも殺す」の意味で
(「老いの整理学」58〜59頁)

ところが今は心配事が商売になる。
ニュースに並んでいるが、殆どが心配事。
ニュースは心配事の順番。
捕まった犯人よりも逃走中の犯人の方がトップニュースに近付くし、心配事というのが現代では商売になる。
大変失礼するが語らせていただく。
人間ドックがそう。
とにかく心配事を必死になって探す。
これが現代医療。
武田先生も素敵な先生にお世話になっている。
こんな偉そうなことは言えない。
これは武田先生が言っているのではない。
この外山教授がこんな皮肉をおっしゃっている。
人間ドックの先生、気にしないでください。

医者にかかると、病気になりやすいことを暗示する調査が、北欧のある国で行われた。
 条件の同じような勤労者を千名集め、A、B二組、五〇〇名ずつのグループを作る。Aグループには、医師がついて、定期的に健康状態をチェックした。片やBグループはなにもしないで放置した。
−中略−実際は何もされないで、放っておかれたBグループのほうが病人が少ない、という皮肉な結果が出て(「老いの整理学」68頁)

これはコロナの大流行の時、皆さんもお感じになっただろうが、病院もはっきり言って患者を引き受けられない疲労困憊という状態が続いた。
コロナの中で言えることは、病院はもの凄くよく奮闘したのだが、それでコロナが減っていったワケではない。
日本からコロナの数がグッと今、少なくなっている。
これは何かというと我々の努力。
やはり「手洗い」「マスク」「ディスタンス」。
これがコロナの実態。

 現在の日本には、四、五十代の女性中心に二千八百万人が腰痛に苦しんでいるそうである。−中略−治療の方法が確立していない。(「老いの整理学」65頁)

もっとも大きな原因はストレスである、ということが、ようやく、近ごろわかってきた。心因性である。物療などで治そうとしていたのは時代おくれであったのである。(「老いの整理学」66頁)

ただ、ストレスをなくするのではない。ストレスゼロでは生きることが難しいのである。ストレスは必要である。(「老いの整理学」66頁)

ストレスは生きていく為に必要な進化の原動力だ。

「よく笑う医者はよく治す」ということわざ(「老いの整理学」65頁)

これは上手いことをおっしゃる。
あんまりスパスパ、メスみたいに切れる「私、失敗しませんから」とかというのはダメ。

ドクターX ~外科医・大門未知子~ DVD-BOX



大門未知子がいたら心強いと思う水谷譲。
でも「よく笑う医者はよく治す」というのはハッとする。

ストレスは新陳代謝しているのが望ましい。溜まったら、発散、放出して、ストレス・フリーの状態にする。そこで、新しいこと、別の活動をして新しいストレスを溜める。減らして、溜めて、という交代を繰り返していて、心身の生活リズムが生まれ、それにともなって、元気、活気のエネルギーも生まれる。(「老いの整理学」70頁)

水谷譲は正直に言って「20代で得た知見」(という本)はどこかで「何を言うんだろうな」みたいな感じで斜に構えていたのだが「結構いいことを言っているな」と。
このFさんというのは非常にバランスのいいセンスをお持ちで。
もの凄くこの人は人気があるらしい。
この覆面作家・Fさんの方の考え方の中に老いを意識した一言を感じる。

武田先生は「浮浪雲」が好き。

浮浪雲(はぐれぐも)(1) (ビッグコミックス)



「浮浪雲」はビックコミック系列の漫画。
ため息が出る時があった。
自分に心配事、ストレスがあって、人に解決策を聞いて回る町人の男がいる。
「先のこと考えるとオイラ不安になっていけねぇんだ」と絶えず自分のことでいつも心配している男。
それがある日、浮浪雲という侍くずれというか、摩訶不思議な人物に会う。
そうすると目と目が合ったら何となく相談ばっかりしている男がしにくい。
それで目を背けるとその浮浪雲が「アンタ、また人に相談ですか?そんなこっちゃぁ犬一匹飼えませんよ。自分の心配しかできないヤツは犬も猫も飼えませんよ」。
「そんなことすらできないんだ」という。

70年代を青春で過ごした人が解けなかった謎がいくつかある。
武田先生達世代は、三島由紀夫の謎は解いていない。
三島由紀夫は謎。
なぜ彼があれほど天皇制にこだわったのかとかというのは、はやり私達は考えなくてはならない。
でないと昭和という時代は解けない。
三島は私達の体の奥にあるそこに訴えかけたかったのではないか?
東大全共闘と結託する時に「君達がひと言、天皇という言葉を挙げたら、私は君達と共闘する。共に戦おう」と。
それは内田樹先生みたいな方もまだ首をひねってらっしゃるが。
もう一つ、三波春夫を解き切らないとか。
三島由紀夫と三波春夫は・・・
(三波春夫を)「『こんにちはこんにちは』だろ?」とかと小バカにしながら言っているのだが、もの凄く魅力的。

世界の国からこんにちは



でもそのことは友達の前では言えない。
ファッションとして「ビートルズ聞いた?」とかそんな洒落た言葉を言いたくて。
だが三波春夫が語る浪曲歌謡「一本刀土俵入り」とか



それから「俵星玄蕃」



あれを聞くとゾクッとする。
なぜ自分がゾクッとするかわからない。
例えば「一本刀土俵入り」の駒形茂兵衛。
相撲取りでお腹をすかせて、とっても優しい宿場のお姉さんがいて、財布とかんざしと全部彼にあげる。
そうしたら両手を合わせる茂兵衛がいて、二番目のコーラスの後はヤクザになった駒形茂兵衛が出てきて、全く人格の違う二人を三波春夫が演じ分ける。
たったワンコーラス歌が進んで、十何年時が流れたという
それから目に見えて仕方がないのは「俵星玄蕃」で討ち入りのところまで行った俵星玄蕃が大石内蔵助に「助太刀をさせてくれ」と言ったら「どうぞここは私達だけに任せてください」と言ったら、蕎麦屋の恰好をしていた若者が「先生〜!」と言いながら俵星玄蕃に近寄ってくる。
その時に雪を蹴立てて来る語りを三波春夫が「サク、あサク、サクサクサクサク、先生!」と言う。
「おお〜蕎麦屋かぁ!」
胸のときめきがもうたまらない。
何でときめくかわからない。
話がバラバラに、何かノイズが入ったような放送になったが今週はこれでお終い。


2024年04月05日

2024年2月5〜16日◆ドナルド・キーン(後編)

これの続きです。

ドナルド・キーンさん。
日本文学の研究者。
角地幸男さんが書いた「私説ドナルド・キーン」。
角地さんとドナルド・キーンさんがどういう知り合いかというと、ドナルド・キーンさんはエッセー等々はもちろん自分で日本語でお書きになるのだが、文学論に関しては英語。
英語で書いておいて、それを日本語に訳した人がこの本の著者、角地幸男さん。
それで日本語に訳したのをキーンさんにもう一回チェックしてもらう。

ドナルド・キーンの仕事の本質とは何か? 日本語がわからない外国人に英語で日本のことを伝えること。(194頁)

「西洋の人が読むんだ」ということを前提に書かないと論理というか、そういうものがロジックが一本通らないという。
だからキーンさんに関してはかなり誤解しているところがあって、西洋人による日本の発見、発見された日本について日本人自身が驚くということがキーンさんの場合は多々あった。
三島由紀夫は早々とそのキーンさんを見つけて絶賛した。
この三島由紀夫さんによってドナルド・キーンさんは大手出版社に紹介される書き手となった。
でもそのキーンさんについてはジャポニズムとかエキゾチック、そういうものの日本文学だという誤解をする人があって、まさかキーンさんが原書の古今和歌集を読んでいるとか、古文で源氏物語を読んだとか能狂言にも精通しているとかというのをご存じない方が多かった。
日本の有名なある作家さんがニューヨークでキーンさんと対談することになった。
コロンビア大学にお戻りになった時だろう。
日米間を忙しく往復するキーンさんだが。
その日本の作家さんは「しっかりした通訳が欲しい」ということで英語の達者なお嬢さんを雇って通訳にした。
日本の文学者の方が語るのはもうキーンさんはわかる。
だが、通訳の女子学生の人のメンツを潰さない為に、その人が英語で訳すのを待って英語で話したという。
もうキーンさんの方が遥かにわかっているのだが。
そのその通訳の若い女性は、いいところのお嬢さんらしい。
ニューヨークで美術の勉強をなさっているという。
そのお嬢さんの顔を立てる為にも「日本語のできない日本文学研究者」の顔をし続けたという。
この通訳の若いお嬢さんこそがオノ・ヨーコさんだった。
まあ不思議な引き。

それにつけても日本の理解に関して、キーンさんの持っている感性は実に深い。
こんなことをおっしゃっている。
著述の中で芭蕉のセンスに関してキーンさんが絶賛する一文があった。
それは江戸期に生まれた芭蕉は、「奥の細道」の中でこれは松島か何かの章だが、こんなことを芭蕉が言っている。

山崩川流て道あらたまり、石は埋て土にかくれ、木は老て若木にかはれば、時移り代変じて、其跡たしかならぬ事のみを、爰に至りて疑なき千歳の記念、今眼前に古人の心を閲す。行脚の一徳、存命の悦び、羇旅の労をわすれて泪も落るばかり也。(90頁)

山河もまた国とともに滅びる宿命を担ったものである。……それが芭蕉の言いたいことであった。だが、山が崩れ、川の流れが改まっても、詩歌だけは変わらない。詩歌に詠まれた歌枕は、その土地の自然よりも長生きをする。奈良時代の古碑を見た芭蕉は、「書かれた言葉」の永遠性への確信を新たにした。(90頁)

芭蕉は多賀城趾を訪れ、はるか七六二年、奈良時代に建てられた城修復の碑を見ている。(90頁)

これはキーンさんはこんなふうに感じた。

「国破レテ山河ハ在リ」と吟じた杜甫は間違っていた。山河もまた国とともに滅びる宿命を担ったものである。……それが芭蕉の言いたいことであった。(90頁)

そこで歌われた歌のみが変わらない。
歌というのはそういう意味では山河に勝る時の流れを刻む碑(いしぶみ)なのであるという。
これは深い。

ドナルド・キーンさんは、日本の独自性に関しては非常に感受性が高い。
昭和の時代を代表した国民作家で司馬遼太郎という方がおられるが、司馬遼太郎さんは何ゆえのペンネームかというと、「中国の史家・司馬遷に遠く及ばず」と遠慮をなさって「司馬遼太郎」になさったワケだが、キーンさんは中国の文明・文化に対しての遠慮というのをあまりなさらない。
はっきりおっしゃる。
そういう遠慮を不要としたという。
ここにキーンさんの本領があるワケで。
キーンさんはこんなことをおっしゃっている。

日本が中国の強い影響下にあったことを認めながら、「中国と日本の文学がそれほど違っているのは当然であって、それは中国語と日本語が全く異質の国語だからである」−中略−と、端的に言語そのものの違いについて述べ(112頁)

日本語は主語を置かない。
その上に己の主張、訴えたい心情は巧妙に隠す。
詩歌、俳句、短歌に於いては、その句の出来栄えは詠んだ人よりも読者によって完成される。
句の詠み手とその句を受け取るものがその句を完成させる。
それは作ったものがその歌を支配するのではなくて、その歌を作ったものとその歌を歌うものがいて初めて歌が完成する。
「そこが日本文学の面白いところです」
信州に一茶という俳人がいて、お正月がやってくると「めでたさも中くらいなりおらが春」。
「正月がやってきて目出度いのだが、まあ真ん中ぐらいかな。めでたさも」というのは日本の庶民はわかる。
「決して自分が強いものではない。何の権力も持っていない」という。
思わず一茶が歌った「やせ蛙まけるな一茶これにあり」。
日常の会話の中でも数百年前の俳人の歌を思わず口ずさんでしまうという、この日本人の巧妙さは一体何であろうか?という。
考えてみたら主語なんかない。
「雀の子そこのけそこのけお馬が通る」
誰が言っているのかわからない。
でも詠み手の心の中にそのシーンが広がるか否か。
そこで完成していない。
ちょっと極端な言い方だがお寿司がある。
握って出してくれる。
あの時にお寿司は完成していない。
あれを口の中に入れてご飯と(醤油とわさびと)一緒にマグロを噛んだ瞬間に「ああ〜美味いねぇ」。
未完成で客が受け取って味わう時に味が完成するという。
もちろんそれはハンバーガーもそう。
「お寿司は昔はファストフードだ」と思う水谷譲。
ハンバーガーでやたらとぶ厚いヤツがある。
もうあんなのは口の中でコントロールできない。
自分の部分入れ歯がどこにあるかわからなくなる。
口を開けるだけ開けておいて噛むものだから、部分入れ歯が取れてしまって「部分入れ歯噛んでんじゃ無ぇか」という恐怖心が蘇ったり、そういう混乱というのがある。
歯が丈夫な人しか食べられない。
それに比べてお寿司は猶予がある。
それで内田(樹)先生が指摘なさったのだが「なるほど」と思った。
寿司屋のいい職人は腕を強調しない。
出す握りを客が喰う。
「美味いねぇ。身が締まって美味いよ」と言うと「選んだ私が上手だから」とか言わない。
「このあたりの海はねぇ潮流が速うございまして懸命に鯛も泳ぐんで身が張って」
自分を料理に介入させない。
それが料理人の腕。
「美味しいのは魚なんだよ」ということ。
それでそれを獲ってきた漁師が偉いといって「潮の臭いがするでしょう」とか海を絶賛する。
美味しい野菜が入った。
土を絶賛する。
自分の腕を出さない。
歌舞伎の黒子のように自分を消す。
それが日本料理の楽しみ方。
どう味わうかは受け手が決定することであって、受け手に解釈をまかせてしまうという粋のよさ。
それが日本文学の中にあるのではないだろうか?
小林一茶の句の中でキーンさんが取り上げている一句がある。
キーンさんがよっぽど気に入ったのだろう。
この感性の日本文学者は。
一茶の句集を読むとわかるが、お子さんが三人か四人。
これが本当にお気の毒。
全部病気で死んでしまう。
その時の句が

 露の世は露の世ながらさりながら(113頁)

子供を次々失い、最後に生き残った子を大事に育てていた一茶だが、

それは彼の最後に生き残った子供の死に際して一茶が作った句で(112頁)

奥さんも死んでしまう。
もう殆ど老年、老境で絶望を感じた一茶だが、その絶望を絶望で歌わない。
詠んだ句が

 露の世は露の世ながらさりながら(113頁)

この場合は「露」というのが秋の季語。
芋の葉っぱの上か何かに輝く露。
キラキラと朝日に輝いたりなんかする。
だけど日が昇り切ればたちまち乾いて消えてしまう露のはかなさ。
これを人間の命に喩えている。
「人間の命なんてのは芋の葉っぱの上に乗っかった露みたいなもんですよ」
仏教がそう教える。
一茶はその仏教の教えに対して「わかってます。わかってますよ。人間の命なんぞは本当に露みたいなもんですよ。『露の世は露の世ながら』わかってるんです。露の世っていうことは。でもねぇ・・・」という。
そこで終わっている。
「露の世は露の世ながらさりながら」という。
言葉をいいかけて、言葉が詰まっている。
そこを歌にしたという。
絶望ではあるが一茶が歌うとその絶望が軽やかに、。
よっぽど感動したのかキーンさんはそれを英語に訳している。

 この一茶の句を、キーンは−中略−
 The world of dew
 Is a world of dew and yet,
 And yet.
−中略−
 と、「僅かな言葉数」の英語で詠んでいる。
(113頁)

「dew」というのが「露」。
だから「The world of dew」「露の世だ」、「Is a world of dew」「確かに露の世界なんだよ、俺達の世界なんて。だけどなぁ」、「さりながら」が「and yet」「And yet」二回繰り返している。
シェイクスピアの「リア王」のセリフのようだ。
主語を消して、誰が何を誰につぶやいたのか、一切描かれていない。
この曖昧な詠嘆に俳句の巧妙がある。
主語がないから「誰が誰に何をつぶやいたか?」それを一切語らないから実は誰にも当てはまる普遍的人間の「あはれ」がここにある。
テーマを語らない時などヨーロッパの言語ではありえない。
テーマを言わないなんてありえない。
俳句というのが日本語に於ける離れ業だ。
キーンは恐らく戦場で日本兵の話を聞き、彼等が残した日記を読み重ねるうちに、日本人の重大なそして歴史的特徴を語る。
俳句、短歌、文学に於いてもテーマは語らない。
そんなふうに考えると武田仮説だが歴史小説とか国民作家と呼ばれた司馬遼太郎でさえも、テーマそのものを語ることはない。
幕末ものの「竜馬がゆく」、続く明治ものの「坂の上の雲」。

竜馬がゆく(一) (文春文庫)



坂の上の雲(一) (文春文庫)



テーマそのものには触れていない。
何が言いたいかというと「竜馬がゆく」「坂の上の雲」。
これは徳川幕府が倒された後、天皇が時代の中心になるのだが、司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」「坂の上の雲」は天皇があまり出てこない。
でも本当は天皇の世紀が始まった。
でも真ん中のテーマを語らずに、その周辺にいた龍馬を語ることで、或いは秋山兄弟を語ること、(正岡)子規を語ることで明治の真ん中にいた天皇の持っている風景というのを想像して欲しいという。
そんなふうに思われたのではないか?
天皇は日本文化の中で大きい。
天皇についてあまり語りたがらないところが日本の文学者。
司馬さんなんかも昭和天皇のことはあまり書いておられない。
これは司馬さんも「あんまり天皇のことは触れない方がいいな」というのはどこかで心の中に・・・
申し訳ありません、司馬遼太郎ファンの方。
武田先生はそう思う。
やはり天皇という主語を外しておいて、尊王攘夷に生きた志士である龍馬を語る。
或いは富国強兵を目指した軍人、秋山なんかを語る。
それはやはりあくまでも天皇を真ん中にした若者達の動きなので主語を外してある。
その分だけ我々は存分に司馬文学が楽しめるのだが、キーンさんは容赦ない。
ドナルド・キーンさんが真ん中を。
「明治天皇」という作品がある。
この時のキーンさんが凄い。

『明治天皇』の本の巻末に、日本語の資料だけで三〇〇ほど参考文献が挙げられています。さらに、英語とフランス語の文献も一〇〇ほど挙げてあります。(195頁)

それは「明治天皇がどういう方だったのか」という評論。
事実をずっと書いている。
そうすると司馬さんから伝え聞いた明治天皇ではない。
それが興味津々。
晩年のことだが、何と日本の作家さんが殆ど手を出さない天皇そのものにキーンさんはもの凄く興味を持って、特に明治天皇のことを詳しく書く。
明治天皇のお父さんが孝明天皇。
「尊王攘夷」とか言っているが、全て孝明天皇。

若い頃から極度の「外国人嫌い」だった孝明天皇は(220頁)

それで長州系の武士とか薩摩系の武士を呼んでは「討ち払え」と宣うものだから、ここから幕末の大騒乱が起きて、徳川は懸命になだめようとするのだが、天皇に歯向かう賊として徳川は倒されたという。
ところがこの孝明天皇が若い時にお亡くなりになって、まだ少年の年齢なのだが、後を継がれたのが明治帝。
明治時代という日本の近代が始まる。
ドナルド・キーンさんは徹底して調べている。
キーンさんは徹底して明治天皇を探索した。
もしかすると明治天皇に関する描写に関しては司馬遼太郎さんを凌駕しているかも知れない。
キーンさんの視点は広々としている。
ドナルド・キーンさんは明治天皇を世界史に於いてこう語った。
35歳で亡くなってしまった父、孝明天皇。

 ビクトリア女王は十八歳で即位したが、明治天皇は即位のとき十五歳にすぎなかった。しかも、当時の日本の置かれた状況は、ビクトリア朝初頭のそれに比べると、まさに狂瀾怒濤だった。(227頁)

明治帝は様々な思いをしたに違いない。
住む場所も京都から突然東京に代わり、若い頃、明治帝は沈黙の多い青年であった。
でも明治帝は操り人形ではない。
この人は青年の時代に側近を頼りになるヤツとならないヤツをちゃんと分けているという、人物眼に関して力を持っていた、眼力を持っておられたという。

キーンは、天皇が語ったという数少ない「人物評」を資料の中から拾い出す。たとえば日露戦争時の乃木希典について、侍従日野西資博の回想から引いて次のように述べる。−中略−
 ……日露戦争の間、天皇は部屋に暖房を入れることを許さなかった。
(224頁)

「兵士が203高地で戦っておるんだ。日本海海戦で戦っておるんだ。天皇である私がぬくぬくと過ごしていい日は一日もない」と言いながら、自分の執務室に暖房を一切入れなかった。
そして定時、戦況を聞くという仕事を一年間続けられたという。
彼が一番心配なさったのは、この侍従の人の日記によると

特に天皇の心を悩ました出来事は旅順の包囲だった。天皇は、「旅順はいつか陥落するにちがひないが、あの通り兵を殺しては困った。乃木も宜いけれども、ああ兵を殺すやうでは実に困るな」と述懐したという。(224頁)

もう乃木批判をやってらっしゃる。
司馬さんが後に書いて大問題になるが、明治帝自らが乃木に関して戦略・戦術の才を疑っておられるという。
それが侍従の日記に残っていたという。
そしてこの後、戦後東京凱旋をしてくる。
これは遂に旅順を落とすワケだが、203高地を終えて勝利を上げて国際世論の「待った」が入る。
アメリカのルーズベルトさんが間に入ってくれて止める。
この時は四分六。
日本は完全な勝利ではなく六分の勝利、四分の負け。
これでまあ一応日露戦争は「勝った」ということになったのだが

 すでに日露戦争後の東京凱旋の日、乃木は自分が命じた旅順攻撃で死んだ多くの将校の犠牲を償うため割腹して詫びたい旨、天皇に申し述べた。天皇は、最初は何も言わなかった。しかし乃木が退出しようとした時、呼び止めて次のように沙汰した。「卿が割腹して朕に謝せんとの衷情は朕能く之を知れり。然れども今は卿の死すべき秋に非ず。卿若し強いて死せんならば宜しく朕が世を去りたる後に於てせよ」と。(225頁)

これはキーンさんもおっしゃっておられるが、明治帝は自分の言葉を持っておられた。
そしてただの操り人形ではなくて、軍人の才能に関しても堂々と批判するだけの能力をお持ちであったという。
こうやって考えると明治という時代がいかに凄かったか。
日本は天皇について書くことに関してはちょっと忖度が働く。
それに関してキーンさんは・・・
ラストサムライなんかにも出てくる。
あれは明治帝がモデル。
アメリカの軍人さんが、明治帝の雰囲気に関して「好もしい青年である」と書いている。
乃木批判に関しては司馬さんが書いている。
それに関して司馬さんがあくまでもおっしゃったのは「近代という時代を生きている時に乃木の天皇の前に於ける行動が、まるで鎌倉時代の武士ではないか?」という。
そのことに関する司馬さんの違和。
でも我々は明治帝というと思わず「沈黙の象徴」ということで片づけてしまうが、やはりハッキリと意思を持った若者であった。
更にこの明治帝には人物の好みもあった。

 天皇が大好きだった西郷隆盛(229頁)

西郷というのはいいヤツだったのだろう。
明治帝が話すだけで楽しかったようだ。
上野に銅像を建てたのは提案者は明治帝。
あれは逆賊。
西南戦争を起こして。
でも明治帝が「懐かしい」とおっしゃる。
それで「軍人の服は着せずに散歩している西郷さんでいこう」。
明治帝は西郷隆盛の他にも木戸孝允、桂小五郎とか大久保利通なんかとも語り合ったという。
そういう人達の力量をちゃんと握っていたという。
明治14年・1881年、維新のリーダーたちが次々と死んでゆく。
政府の人物がどんどん小粒になる。

天皇の次の人物評。−中略−
「黒田(清隆)参議は何かというと大臣に強要し、望みのものが手に入るまで執拗に迫る癖がある、実に厭な男である。西郷(従道)参議はいつも酒気を帯びていて、何を問われても訳のわからないことを言う。川村(純義)参議は数年前、英国議会のリード議員が来日した際に接待役を務めたが、朕の意にそぐわぬことばかりした。
(229頁)

陛下が信用なさっていたのは、伊藤(博文)参議だけだった」と語る。(229〜230頁)

帝国主義とか言うが、日本で初めての総理で明治帝は頼りになさっていたという。
我々は天皇というと沈黙、それが一番の像だとしてしまうが、そんなことはない。
ちゃんと人間を見る目があったのだ、ということ。
ある意味では本当にドナルド・キーンさんは明治天皇に感動なさっている。
そういうワケで日本人に日本のことを教えてくれるという、ことでドナルド・キーンさんを取り上げて。
キーンさん自身はあまり克明に書いていないのだが、司馬遼太郎さんとの友情が素敵。
これは戦争をして敵味方。
でも司馬遼太郎さんはずっとドナルド・キーンさんのことを「戦友」と呼び続けたという。
それからドナルド・キーンさんは物を書くという仕事が無くなると出版社のあたりで司馬さんが絡んだという。
「ドナルド・キーンさんにもっと仕事やらせるべきだ」とかという話が残っている。
やはりキーンさんの性格を察してだろうか、日米で戦った兵士同士だが、それが戦後昭和の中では戦友と呼び合えるような友情を感じていたという。
ここに何か戦後昭和の素晴らしさがある。
なかなか言いにくいことだが、ロシア・ウクライナ、そしてハマス・イスラエル。
この両軍にとってもそのような友情が後々、芽生えることを心より祈るワケだが。

日本人より日本のことをよくわかってらっしゃると思う水谷譲。
ご存じの方も多かろうと思うが、補足だが最後は帰化なさって、ドナルド・キーンさんは日本人として亡くなっておられる。
本屋さんにはキーンさんの本が並んでいるので、皆さん一度お読みになればいいだろうなと思う。
武田先生も棚に置いてある石川啄木。
あれを読まない。
ドナルド・キーンさんは石川啄木についても書いている。
面白い。
それと啄木の句を英訳したヤツもあるらしい。
句の英訳は面白いと思う水谷譲。
「そうくるか」みたいな。

 The world of dew−中略−and yet,
 And yet.
(113頁)

 露の世は露の世ながらさりながら(113頁)

一茶。
それからドナルド・キーンさんがはっきりおっしゃっているのだが、英訳しかかって絶対無理だと思った句も挙げてある。

 古池や蛙飛びこむ水の音(117頁)

「全く説明できない」という。
あれは何かというと静けさ。
「静けさを歌にしたい」なんていうのは俳句でしかできないという。
古池があって蛙が飛び込む。
チャッポ〜ン!という音がし終わった後の静けさ。


2024年2月5〜16日◆ドナルド・キーン(前編)

今週のまな板の上は一度語り尽くした人ながら、それでもまだこの人に関しては語り伝えられていないところもあるかと思ってもう一度まな板の上に置いた。
(以前のものは2020年9月7〜18日◆ドナルド・キーン
ドナルド・キーンさん。
漢字で「鬼怒鳴門」と名乗っておられたらしいのだが。
(番組では「院」の文字に言及しているが、「キーン」を「奇院」と書くこともあったようだ。日本に帰化した時の名前は「院」の字が入らない「鬼怒鳴門」)
この方はご存じの方は多かろうと思うが、日本文学に魅了された、惹かれたという方で、アメリカの方なのだが、何故これほど惹きつけられたか?

文藝春秋、角地幸男さんが書いた「私説ドナルド・キーン」。

私説ドナルド・キーン



(本の中の傍点部はアンダーラインで表記する)
これを読んで「(ドナルド・キーンを)もう一回取り上げよう」と思った。

新年あたりもそうだが、ヨーロッパあたりから正月京都で過ごすという外国の人が多い。
この間、京都に行ってきたばかりの水谷譲。
もう外国の方ばっかりで本当にびっくりした。
異国の方、インバウンドで遠い異国からやってきて日本の旅を楽しんでらっしゃる方。
一体彼等は日本に何を探しているのか?
武田先生はそこのところが気になって気になって仕方がない。
そのインバウンド、日本を訪れたいと願う外国人のトップバッターがドナルド・キーンさん。

一九二二年六月十八日、−中略−ニューヨーク市ブルックリンに生まれた。日本の年号では大正十一年にあたる(10頁)

キーンさんは子供の時から相当に頭がよくて

十六歳でコロンビア大学に入学。(12頁)

日本でいう高校一年生で大学生になっていて、アメリカの進んでいるところだが飛び級があって、それでフランス語、スペイン語に堪能。
もうたちまち出来たという。
この人は特に言語に関する能力が高かったらしいが、そのコロンビア大学に通っている時に二つか三つ上のお兄さんに

Leeという名の中国人だった。親しくなった李から、世の中に「漢字」という文字があることを初めて知る。−中略−たとえば横に一本の棒を引いただけでone、二本引くとtwoを表す表意文字との出会いは衝撃的であったらしい。(13頁)

李さんという中国系のアメリカ人のお兄さんに漢字をいくつも教えてもらっているうちに「東洋って面白いな」と思った。

キーンの将来を予見させる新たな決定的瞬間が、一九四〇年秋に訪れる。ニューヨークのタイムズ・スクエアにある売れ残ったぞっき本ばかり扱う本屋、そこで四十九セントで買ったアーサー・ウエーリ訳The Tale of Genji(『源氏物語』)の二冊本、キーン十八歳。(14頁)

外国の人で「源氏物語」に惹かれる人は凄く多い。
前にロシアの人で「『源氏物語』を読んで腰が抜けた」という人に会ったことがある。
あれだけ英雄の多い国で何で腰を抜かすのだろう?
これはドナルド・キーンさんから話を聞いたら、なるほどわかる。
源氏物語の何に惹かれたか?
こんな物語は世界のどこにもない。
「源氏物語」は「昔々のこと、光り輝くばかりの男の子が産まれました」から始まる古文。
ヒーローなのは光源氏(光る君)という人。
キーンさん達は「主人公が男というのは英雄に違いない」。
ところがこの人は何と、サムソンとダビデのような怪力もないしナポレオンのような軍人でもない。

また源氏は多くの情事を重ねるが、それはなにも(ドン・ファンのように)自分が征服した女たちのリストに新たに名前を書き加えることに興味があるからではなかった。(14〜15頁)

「こんな男を主人公に物語ができるハズがないのに源氏物語は成立している」というところが強烈なショックを受けるという。
ドナルド・キーンは18歳の時に「(The)Tale of Genji」英訳で「源氏物語」を買ってこれを読んで源氏の世界に魅了されたという。
恋をするという、ただそれだけの男を主人公にするという日本の文学というのがたまらなく面白くなったドナルド・キーン少年は大学の日本文学の教授のところに行って、一対一で授業を受けるようになる。
その時のコロンビア大学の先生で角田柳作さんという方がおられて、日本語を教えてくれたそうだ。
ドナルド・キーンさんは見たことも聞いたことも無いその国、日本に憧れ

 一九四一年十二月七日(日本時間では八日)、日本軍がハワイの真珠湾を奇襲、太平洋戦争の火蓋が切られた。(16頁)

キーンさんは日本に憧れていたが、その国とアメリカが戦争をすることになった。
悩みも深かっただろうが、ドナルド・キーンは若さもあって何を思ったか?
「もっと日本語を勉強できるところがあるぞ」

「海軍日本語学校」−中略−での特訓の日々が始まる。(16頁)

敵国日本の情報を探るという。
その為に日本語を勉強させられるという情報兵士、情報の為、インテリジェンスの為のソルジャーとなって、ここではもう凄まじい勉強で日本のお勉強をする。
日本語がわかる、読解、会話、書き取り、こんなのは当たり前。
日本人の会話はもの凄く複雑で例えば口語体があれば文語体がある。
文語体、古文も読めないとダメだ。
今度は文字がある。

楷書のみならず行書、草書も読めるようになった。(17頁)

なぜならばこの楷書、行書、草書、そこまで読めないと一般兵士の手紙を読んだりするというスパイ行為ができない。
それでミッドウェー海戦で海軍が持ち込んだ情報があった。
軍人さんが書いた草書の手紙。
それを英語にサーッと訳したのがキーンさん。

「手書きのくずし文字」の解読で、のちにキーンは海軍のニミッツ提督から表彰されている。(18頁)

 一九四三年一月、卒業と同時に海軍中尉に昇格したキーンが最初に派遣されたのは、ハワイの真珠湾にある海軍情報局。そこでキーンは、ガダルカナル島で採集された日本人兵士の手帳と運命的な出会いをする。(18頁)

ドナルド・キーンさんは情報兵士なので、日本軍が立ち去った後に残した書類等々を英語に訳す。
その一環で日本兵が打ち捨てた、或いは死んだ日本兵の日記をハワイに送る。
それを読んで戦況を診断していく。
「日本兵の日記帳を解読せよ」という命令が出て、解読し始めた。
弾薬も食糧もなく戦友はどんどんジャングルで死んでゆく日本兵の苦悩が書いてあった。
「天皇陛下バンザイ」と叫んで死んでゆく兵士が、日記の中では切なく泣いているというその文章に接したキーンさんは思わずもらい泣きしてしまう。

聞いた説明によれば、小さな手帳は日本兵の死体から抜き取ったか、あるいは海に漂っているところを発見された日記だった。異臭は、乾いた血痕から出ていた。(18頁)

さらに、『自伝』は言う。−中略−
 日本人兵士の日記には、時たま最後のページに英語で伝言が記してあることがあった。伝言は日記を発見したアメリカ人に宛てたもので、戦争が終わったら自分の日記を家族に届けてほしいと頼んでいた。禁じられていたことだが、私は兵士の家族に手渡そうと思い、これらの日記を自分の机の中に隠した。しかし机は調べられ、日記は没収された。
−中略−私が本当に知り合った最初の日本人は、これらの日記の筆者たちだったのだ。もっとも、出会った時にはすでに皆死んでいたわけだが。(19頁)

キーンさんはここで日本人の「日記を書く」という能力に感動する。
「日本人は誰も読んではくれないだろうという日記にこれほど美しい文章を書くのか?」という驚きがドナルド・キーンさんは日本の日記文学に傾いてゆくという。

玉砕した日本兵の日記。
その日記を読むうちに日記というものの中に於ける日本人というのが「天皇陛下バンザイ」を叫びながら死んでいく狂気の軍人とか、体当たり攻撃繰り返すとかというそういう日本兵とは全然違う。
キーンさんが感じたのは「あはれ」。
源氏物語の中核を成すのは何かというと「あはれ」。
「もののあはれ」
咲いて満開になる桜を美しいと言わずに、散る桜に涙するという。
散ってゆくという、それが美しいんだという。
キーンさんはその日記を読みながら悲惨な戦争で死んでいきながらもそれでもなお美しい「もののあはれ」というのを感じたのではないかなと。
日本人は大きな席で自己を主張したりするということは殆どできないが、何でこんなに日記の中では実に赤裸々に自己を主張できるのだろう?
しかもこれは検閲が入らない。
多分戦場では日記には検閲が無い。
手紙は検閲がある。
キーンさんはこの後のことであるが、集められた様々な軍部の資料、或いは死んでいった兵士の日記なんかを訳しながら、もう一つ重大な仕事で日本人捕虜の尋問が仕事だったらしい。
口の重い日本人将校を「あんた方の軍隊は何人だったですか?命令したのは誰ですか?」と尋問する。
それがキーンさんの仕事だったのだが、若い若いキーンさん。
それが一回り上ぐらいの将校さんを相手にして型どおり取り調べをやった後、夏目漱石とか芥川龍之介の名前を挙げて「何読んだ?」と将校さん達に聞いたという。
その時に将校さんに向かってこう言った。
「あなたの名前は決して口外しません。日本軍の中に『生きて俘虜の辱めを受くることなかれ』というのがあるので、絶対に名前は生涯誰にも口外しませんから私と文学の話をしません?」と言いながら二人で「芥川はあれが面白かったなぁ。『河童』なんて読んだ時は面白かったですよ」とか「死ぬ直前の短編で『蜜柑』ていうのがあって、これがいいんだ」とか、そういうのを語り合っていた。
後のことだが、キーンさんは日本文学の研究者となって日本にいる時に、語り合った捕虜の将校さんと再会している。
その方は立派な作家さんになられていた。
その人は懐かしくて「あ!キーンさん!」と言いそうになったのだが、キーンさんはマナーのいい人だから人差し指を唇に置かれたらしい。
「私が抱き付くに行くと尋問の時にした約束を破ることになる」と。
だからその作家さんの名前はわかっていない。
びっくりするぐらい有名な人がいたらしい。

こんなふうにして日本の将校さんあたりと日本文学の話をしている時、日本という国に益々惹かれてゆく。
「行ってみたいなぁ、日本に」という気持ちになったという。

 キーンの戦時の履歴は、−中略−ハワイ・真珠湾、アッツ島、−中略−フィリピン、沖縄、グアム、中国・青島(20頁)

 アッツ島で実際に日本軍の「玉砕」を目の当たりにしたキーンにとって(23頁)

武田先生の勘だが、恐らく沖縄守備隊の情報なんてダダ漏れに漏れていたと思う。
だから打電文なんて情報網に引っ掛かって傍受していたと思う。
それの英訳なんかの仕事もキーンさんはなさっただろう。
だから打電文の中のあの一文章、大田実海軍中将が自決前、切腹なさる前に打電文としたあの文章なんかもキーンさんは御覧になったのだろう。
この文章はいい。

 一木一草焦土ト化セン 糧食六月一杯ヲ支フルノミナリト謂フ 沖縄県民斯ク戦ヘリ
 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ 賜ランコトヲ
(海軍司令官 大田実少将の最後の電文)

「草も木も枯れ果てて全部焦土と化しました。食糧はもう六月何とか持つのが精一杯です。(沖縄)県民も全員戦った。歴史の中で後世、平和な時代がやって来たら沖縄にだけはどうぞ特別な配慮をしてやってください」という。
キーンさんは感動しただろう。
滅びるにしても負けるにしてもこの敗北の文章の美しさは何だろう。
ここにも源氏物語に流れている「もののあはれ」この美意識があったのではなかろうか。
益々日本文学に傾斜していくドナルド・キーンさん。

「私説ドナルド・キーン」
これはいい本。
うめくが如く読んでしまった。
昨日話した沖縄県民等々は武田先生の付け足し。
こういうのは本には無いのだが、何か読んでいるうちにきっとこの打電文も英語に訳したのはキーンさんではなかろうかと思ってしまう。

キーンは鉄兜もかぶらず、ライフルどころかサイド・アーム(ピストル)も持たずに戦場を歩き回るのである。(21頁)

 一九四五年八月、グアムで終戦の「玉音放送」を聞いたキーンは−中略−同年十二月、−中略−日本の厚木に降り立ったキーンは、ハワイの原隊復帰を横須賀と偽って、そのまま東京に滞在。(23頁)

(番組ではすぐにハワイに行くように命令が出ていたような説明をしているが、本によると軍へ嘘の報告をして一週間日本を満喫)

東京湾の木更津からホノルル生きの帰還の船に乗る。−中略− 船は一向に出航する気配を見せなかったが、ついに真っ暗な湾へと動き出した。デッキに立って、湾内を見渡していた時だった。目の前に突然、朝日を浴びてピンク色に染まった雪の富士が姿を現した。それは日本と別れを告げるにあたって、あまりに完璧すぎる光景だった。−中略−かつて誰かが、言ったことがあった。日本を去る間際に富士を見た者は、必ずまた戻ってくる、と。それが本当であってほしいと思った。(23頁)

(このジンクスを番組では赤富士限定のように語っているが、本にはその記述はない)

 キーンがふたたび日本の土を踏んだのは、約八年後の一九五三年だった。(23頁)

コロンビア大学等で日本文学を教えて研究する教授をやっていたのだが1953年8月、日本から招かれている。
彼は日本文学の神髄を語れる読解力を手にしている。
コロンビア大学の学生さん達が記憶に残る講義として「古今和歌集」序文を説くドナルド・キーンを本で書いてらっしゃる。
ドナルド・キーンさんの忘れられない日本語の授業で。
日本文学が面白いというので、コロンビア大学にも何人かいたらしい。

日本語を初めて学ぶ入門クラスでキーンが使ったのは『古今和歌集』の仮名序だった。(29頁)

(本によると「古今和歌集」の仮名序を使った授業が行われたのはケンブリッジ)

『古今和歌集』仮名序、冒頭の有名な一節。−中略−
 やまと歌は、人の心を種として、万の言の葉とぞ成れりける。
−中略−天地を動かし、目に見えぬ鬼神をも哀れと思はせ、男女の仲をも和らげ、猛き武人の心をも慰むるは、歌なり。(『新日本古典文学大系5 古今和歌集』岩波書店より)(30頁)

五七五七七。
あれだけの中で日本人はあらゆることを歌にしますよ、という。
この和歌に寄せる思いを学生に教えつつキーンさんは日本兵を思い出したに違いない。
どんな兵士も五七五七七で一番最後の歌というのを作って逝くのが日本人の教養だった。
五七五七七という短い歌の中に「あはれ」を表現できれば日本人にとって生涯を生き切った証であった。
教養というのはこういうことなのだろう。
「日本人と死」ということに関してキーンさんは格別に鋭いアンテナを持っていた。
それは「玉砕の島」とか「体当たり攻撃」を見たせいだろうか。
どうも日本人は死に関する感覚が国際基準ではないぞ、という。
よくよく見ると日本の文学、例えば近松なんていうのも結局「死の文学ではないか?」という。

「近松とシェイクスピア」でキーンは近松浄瑠璃研究史上に輝く次の有名な一節を書く。−中略−
 『曽根崎心中』の徳兵衛は、道行に出かけるまでは、絶対に優れた人物ではないが、
−中略−寂滅為楽を悟った徳兵衛は歩きながら背が高くなる(32頁)

キーンさんは日本人の死生観みたいなものに触れて、短歌を詠んだり近松門左衛門の「曽根崎心中」。
徳兵衛さんと恋した女性が曽根崎という大阪の外れの森で死んでゆく。
曽根崎はどんなに深い森のところかと思って歩いたことがある。
渋谷。
昔はあそこは森が一面あったのだろうが。
武田先生もガックリきた。
曽根崎は何か森が深くのいいところかなと思ったら「何言ってんねん」「へぇ」と関西弁で・・・
そんなところだった。
とにかくキーンさんは絶妙の近松の一文章に解説を加える。
それは女性と自殺を決意した徳兵衛は優れた人物ではない。
ところが不思議なことに一歩ずつ死に近付いてゆく

「此の世のなごり、夜もなごり、死に行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜、−中略−道行までの徳兵衛はみじめであって、われわれの尊敬を買わないが、−中略−寂滅為楽を悟った徳兵衛は歩きながら背が高くなる(32頁)

(番組では「道の露」と言っているようだが「道の霜」)
死に向かって歩みを始めたとたんに人間的に急激に成熟してゆく。

 それまで近松研究家の間でまったく無視されてきた「道行」の劇的重要性を、「歩きながら背が高くなる」という絶妙な一句で示したキーンの評言を、日本語版の解説を担当した三島由紀夫は「こうした重要な機能を発見したのは『日本の詩』−中略−を書いたキーン氏の詩人的洞察に依るもので、この発見を、氏は美しい表現で語る」と書く。(32頁)

キーンは西欧社会に対して日本のその感性を紹介する為に「『死」というものの感性。これがもの凄く日本人にとって大事なんですよ」ということを世界中に向かって言いたかった。
それで死の勉強の為に「死の芸術」と呼ばれる「能」を勉強し始めた。
この人は能をやる。
それはそう。
旅の行者か何かが出てきて老婆がいたりなんかして。
それでここであった悲しい物語か何かを語る。
そうするとその橋が架けてあって、その橋の向こうからここで死んだその人の霊が出てくるという。
幽霊と旅の行者の語り合い。
これは死の文学。
その能から動きの所作を学ぶ。
ドナルド・キーンさんは狂言を学び始めた。
それで真剣に打ち込むものだから狂言ではそこそこ務まるようになって、

稽古に励んだ狂言は、−中略−東京・品川の喜多能楽堂で自ら演じた「千鳥」の太郎冠者として実を結ぶ。(37頁)

「やるまいぞやるまいぞ」と言いながら出てくる。
大喝采だったらしい。

観客の顔ぶれである。谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫、松本幸四郎(八代目)をはじめとする著名な人々が居並んでいる。(37頁)

一九五三年十月、キーンは伊勢神宮式年遷宮に参列した。(37頁)

「遷宮」諸体験を、のちにキーンは次のように書く。−中略−
 ……唯一の明りである松明が神秘に明滅しながらあたりを照らしていた。
−中略−神官たちに運ばれる絹垣には絹の覆いがかけられ、神はその中にいて、新しいおくつきへと導かれていくのだ。−中略− 参拝者たちが打つかしわ手は、ほのかな喝采にさえ似て、しかもそれは向こうで鎮まったかと思うとやや近くで高まり、−中略−私は絹の覆いの中にはっきりと神の存在を感じていた。たとえそれがなにかの間違いで地に落ち、中が空っぽなことがわかっても、そんなことは問題ではなかった。絹垣の中には、何世紀にもわたる日本人の信仰が宿ってい、それは目に見えるものよりもかえって強力な実体だったのである。(38頁)

このあたりが魅了するというか。
日本ではは神がそこらへんにいる。
招き猫の話。
2023年12月11〜22日◆かんぴょうにスイカ(豪徳寺のドイツ人)の時に出た話)
あそこに井伊家代々のお墓がある。
お殿様がやってきて豪徳寺を訪れた。
先祖に手を合わせる為にそこまでやってきた。
馬を降りたのだが、山門を見ると白猫が一匹いて招く。
それで中に入った瞬間に雷が落ちた。
それで「私の命の恩人はこの白い猫」とやる。
その山門がそのままある。
つまり数百年前の話がそのまま生きていて、一人の人間を救った「猫の手招き」という。
世界中探してもそんなところは無い。
「猫がお殿様を助けたので神様になった」という。

2024年03月27日

2024年1月22日〜2月2日◆謝罪論(後編)

これの続きです。

古田徹也さん(著)「謝るとは何をすることなのか」という「謝罪論」。
「謝る、謝罪とは一体どういう意味があるのか?」「謝罪は何を目的としてやらねばならないことなのか?」という謝罪の根本について。
本当に謝罪は昨年もそうだが、日本では大流行で、あっちこっち謝罪会見が行われて、それでかえってまた騒ぎが大きくなる、と。
謝罪しているのに「あの謝罪はなってない。謝罪しろ」と謝罪を重ねたりするということが多発しているが、謝罪、その本質が失われているのではなかろうか?
理由は簡単で、謝罪というのがどんどん複雑になってきている。
その複雑な謝罪のいい例を挙げる。
もちろん近々の日本の謝罪を取り上げない。
世界的な規模で見て「この謝罪を」ということで例に持ってくるのが、親が起こした不祥事、或いは犯罪に対し、他人が激しく謝罪等を求める。
その時にその子供達が謝罪を代わるという。
親はもう死んでしまっていない。
そのケースの場合の謝罪とは一体何か?という。
例えば、父は生前、ドイツ・ナチスに協力した。
その為にユダヤの人々は彼の死後も彼を赦さない。
死者の謝罪をどのようにして成立させるか?という問題が戦後やはり相当繰り広げられたようだ。
政治学者・デイヴィッド・ミラーはここでも、国家の間の謝罪を成立させると同様の条件を提唱している。

自分がまさに父に代わって謝るためには、父の立場に立って、もし機会があれば父はきっと謝りたいと考えるだろうと想像できなければならない、というのである。つまり、ある意味で自分と父を一体のものと見なす−中略−必要があるということだ。(210頁)

 逆に、自分を父と一体のものとは全く見なさず、父の生き方に全く賛同できない場合、私はそれでも父の行動について謝ることはできるが(210頁)

自分の信念や価値観と親のそれをと同一視しつつ(=同一化)、同時に親が起こした不祥事に関しては自分の信念や価値観と反するものとして非難する(=非同一化)、という態度である。(212頁)

これは大変に難しいことではあるかも知れないが、そうやって謝罪を成立させなければならないのですよ、という。
これは実例がある。

作家ロアルド・ダール−中略−は、生前、ユダヤ人への偏見を語ったり、反ユダヤ主義者であることを公言するなどしていた。(216頁)

ナチスのその時代、このロアルド・ダールさんは作家として大変な人気者で。
その反ユダヤ主義なんか関係なくしても彼の作品は文芸作品として、凄く人気があって今も人気がある。
ところが彼は反ユダヤ主義で「ユダヤ人を差別した」ということがナチスがいなくなった後もの凄い評判になって、ユダヤの人達も彼を責めて彼が亡くなった後、孫達が彼に変わって謝罪した。
これはどうやってやったかというと、謝罪を決心した孫達は彼の人気のある著作の前書き、或いはウェブサイト、或いはインタビューで孫達が彼に代わって謝罪をし続けた。
お金の話になってしまうが、孫達は謝罪を続ける意味で祖父の印税の一部がユダヤの人達に行くような基金になったという。
それは周りからしても印象はいいと思う水谷譲。
謝罪というものの在り方はそれ。

この謝罪に対して、反ユダヤ主義に対するある抗議団体は、ダール一族が謝罪するのに三十年もかかったのは残念なことだとコメントしている。(216頁)

祖父はともかくも、その孫達に対しては明らかに分けて考えるのが当然ではないか?
そして世間そのものは謝罪は十分に成立していると認めた。
世論。
遠い道のりかも知れないが、きちんとした謝罪が成立した後は、絶対に謝罪した人の権利は守られるべきだ。
日本にもいい例があったと思うが、自分がしていないことに関して他人に謝罪しなければならないというのは非常に難しいことではあるが、このような例が世界にあることを踏まえて国内の謝罪問題も考えていけばと思って語っている。

 実際、我々はときに、自分がしていないことについて責任を負い、謝罪を行なうことがある。たとえば、ある企業A社の経営する工場で爆発事故が起き、周辺の住居や自然環境などのに被害が生じたとしよう。(218頁)

謝罪は、少なくとも謝罪相手と何らかのコミュニケーションをとる意思を示す行為であり−中略−互いの関係を修復し、新たな友好関係を築くきっかけにもなりうるのである。(231頁)

だったらば何にも公害の罪なんか犯していない新入社員も謝るべきだ。

ダールの遺族が、正の遺産を受け継いでいるならば負の遺産も一緒に受け継ぐべきだと見なされうるのと同様に、ある企業から利益を得ている者は、その企業が負っている責めも引き受けなければならない、という考え方もありうるだろう。(219頁)

これは納得がいく。
祖父がしでかした人種差別、工場が公害を引き起こしていた、それはその財産を継ぐものはその批判を受けて当然なのである。
そういう道理で謝罪というのを考えたらどうでしょうか?と。

謝罪という行為は、それをする側とされる側のコミュニケーションの起点として機能する。−中略−両者すでに人間関係が存在したのであれば、そこに新たな接点を付け加える。(187頁)

これはわかりやすいなと思った。
「謝罪しろ」と要求する。
「謝罪しろ」と要求する被害者の人達は、謝罪してくれたら新しい関係をつくろうと被害者が努力する。
でないと「謝罪しろ」と言うな、と。
「謝罪しろ」と言うなら、謝罪が成立したら「新しい関係で」と握手する気がない限り謝罪を要求する資格はない、権利はないという。
こんなふうに謝罪を考えましょうや、という。
「いや、まだ恨む」というのだったら、それは謝罪を要求するのではなく「復讐をします」と言いなさい。
復讐は警察沙汰の方になると思いなさい。
被害者もまた、謝罪を要求する場合「新しい関係を結ぼう」という意欲が無ければ謝罪を要求する資格がないという。
謝罪を受け入れることによって前向きになれると思う水谷譲。
これはややこしいが。
どの世界でも、会社でもそうだと思う水谷譲。
この「当たり前」というのが世界中の大事な起点になるのではないかなぁというふうに思う。
これに当てはめてゆくと、ややこしい問題もワリと解決しそうな気がする。
反対意見の方はごめんなさい。
またご批判のお手紙とか、お待ちしているので。
国際法というのはそういうものだそうで、つまり財産等々を受け継ぐという利潤みたいなものが、受け取るという資格を持った人がいるならば、利潤を受け取る限りは、いなくなったその人が犯した罪に関しては謝罪しなければならない。
放棄したらしなくていい。
これが国際法。
「相手との謝罪が成立した場合は、新しい関係でやりましょう」と握手する決心をしていないと「謝罪しろ」と要求する資格はない。
こんなふうにして考えると、ややこしい日韓問題なんかも少し光明が見えてくるのでそのへん、ちょっと大きい問題から触れてみる。

繰り返しになるが「謝罪論」古田徹也さん。
これはいろんなことが思い当たる本だった
謝るとは何をすることなのか?という謝罪の大前提。
謝罪とは新しい関係づくり、それの起点が謝罪なのである、と。
だから加害者の立場の人がきちんと謝罪をするならば、それを受ける被害者の人達も新しい関係を作るという意味合いでその謝罪を受け入れなければならない。
国際法的には謝罪する人、それはたとえ本人の罪でなくても先代のその罪を全社員の方が謝る場合も「その会社から給料を貰っている人」であるならばやってもいない罪に関しても被害者に謝るべきだ。
被害者は「謝罪しろ」と言うのだったらば、新しい関係を作りたいから謝罪を求めているという立場を離れてはいけない。
「決して許さない」そういう立場は謝罪を要求している人には認められない。
これが国際法の謝罪の条件。
そうすると集合的責任、ある国民がある国家に対して非常に迷惑なことをした。
酷い労働に付けたり、強制労働を命じたりなんかした。
そのことについてその国家の人達は謝罪しなければならない。
わかりやすく言う。
大日本帝国に対して慰安婦問題とか強制労働等々で朝鮮半島の人々が謝罪を要求することは可能。
ただし国際法では条件がある。
どういう条件かというと大日本帝国国民として大日本帝国から利益をまだ貰っているという国民だけは謝罪しなければならないが、大日本帝国からいわゆる利益を受けていない人は謝罪をする必要はない。
それが国際法の解釈。
このへん「何を以て利益とするか」というジャッジが難しいのだが、こういう問題は世界中にあるそうだ。

オーストラリアでは、十九世紀後半から−中略−先住民アボリジニやトレス海峡諸島の混血の子どもたち−中略−強制収容所や孤児院や白人家庭の養家などに送られていた。(233頁)

ケヴィン・ラッドは翌二〇〇八年、−中略−議会を代表して初めての公式謝罪を行った。(234頁)

誇り高き人々と誇り高き文化を侮辱し、貶めたことについて、おわびします。(235頁)

さっき「何を利益とするかわからない」と言ったが、この例だとわかりやすい。
アボリジニの人達がオーストラリアに生きていた。
それを後から入って来た人達が押しのけてオーストラリアという国をつくった。
オーストラリアという国の利益を自分達で受け取るようになった。
押しのけた人達に対して文化的侮辱と彼等の文化を貶めたという、そのことに関して謝罪をする。
それはオーストラリア人として生きていく為にアボリジニの人達にお詫びをしたという。
「利益」というのはそういうことなのではないか。
謝罪をした後に、次のステップとしてお金の問題が発生したりするとまた難しいと思う水谷譲。
どこに要求するか?いくら要求するか?
あらゆる謝罪の場でその問題は出てくる。

ちょっと先にいく。
このような著述は本には無い。
しかしこの本を読んでゆくとそう読める。
「皆が許しても私は許さない」という立場はそれこそ許されない。
そのことを著者はクールな言葉でこう著述している。

寛容性は道徳性の一部であり、多くの文化において寛容性を高尚な人格の一部とみなしています。それ故、被害者には、謝罪した加害者を赦すようにという社会的圧力が働くわけです。(239頁)

寛容性、「きちんとお詫びしているな」ということを世界が了解した場合、非難する被害者の人達が世界中から「もうアナタは赦すべきだ」という社会的な圧力が入ってきますよ、という。

〔ヒトラー政権がユダヤ人にしたことについて、戦後に少なからぬドイツ人が発した〕「私たちの誰にも罪がある」という叫びは、一見した限り、とても高貴で魅力的なものに聞こえた。しかし実際には、罪を負うべき人々の罪をかなりの程度軽くする役割を果たすだけだった。私たち皆に罪があるのだとしたら、誰にも罪はないということになってしまうからだ。(241頁)

 重要なのは、「私たち」を主語にした国家の代表者による謝罪が、個人個人の因果関係を有耶無耶にする隠れ蓑になってはならないということだ。具体的な出来事に関して誰にどのような責任があり、どう罪を償うべきなのかは、それ自体として追及されるべき事柄なのである。(241頁)

これが国際的な考え方である。

卑近な例で「あの謝罪」とか「この謝罪」とかという方がわかりやすいのだが、それはやっぱり個人の情報で、それを面白がってはいけないということで、この古田さんが非常に工夫をなさって国際政治の中とかに謝罪というのを高い見地で語っておられる。
それ故に回りくどい言い方になるのだが。
ただ、この人の本の導こうとするのは凄くわかる。
謝罪は人間が生きてゆく中でとても大事な行為だ、という。
どう謝れるかでその人がわかると思う水谷譲。
道場で若い指導者について合気道、武道の練習をしているのだが、若先生と呼ばれる道場の人がいて、その人が技を教えながら武田先生達に言った言葉なのだが「きちんと謝らなかったら謝らなくていいですよ」。
「ボーンとぶつかって『ああ、すいません』と言うんだったらもう謝るな」と。
「謝るんだったらきちんと謝れ」という。
道場だからいろいろ約束事があって、入る時一は礼、出る時一礼とかとある。
そうやって毎日毎日頭を下げていると、最近、すぐに頭が下がる。
武道で「礼に始まって」と言うが、あれがずっと身についてしまってすぐに謝るもので、あんまり極端なトラブルに巻き込まれないというか。
水谷譲の息子も合気道をやっていたせいなのか、ちょっとした時に会釈とか頭を下げる習慣が付いている。
なので「ああ。いい習慣付いたな」と思って凄く大切だと思う水谷譲。
「相手が衿を取ってくるとこう攻める」とかよりも「取り敢えず一回頭を下げる」というのは何よりの護身術。

謝罪論に戻る。
謝罪とは未来への約束なのである。
被害者と加害者、その両者の関係修復を目指すものでなければならない。
これが国際的な解釈。

謝罪の要求もそれ自体が不当な圧力や脅し、あるいは暴力になりかねないのである。(243頁)

それは新たなる問題として謝罪は意味を変える。
これは犯罪なのである。
復讐という犯罪であるから、その人は被害者から立場を変えて加害者になりますよ、と。
謝罪要求はそのことを前提にしていることを忘れてはなりません。
謝罪について絶対に必要なのが十分な真相究明で被害者・加害者両方にその出来事の認識が共通していなければならない。
やはりその同じ理解が被害者・加害者の間で成立していなければならないという。
「すみません」「申し訳ない」「I'm sorry」「I regret」は共感の表明であり「力及ばずすみません」や「気が付かず申し訳ない」という、そのようなことでは成立しない。
はっきりお互いの間で被害・加害その意識が認識された時に謝罪は成立する。
今、問題なのは、どっちが「すいません」と言ったかで被害と加害を断定するマニュアルが進んでいる。
「『すいません』と言ったヤツが加害者」という。
でも果たしてそんな雑な言い方でいいのかな?思う昨今。
「『すいません』と言った方が悪いのである」というそういう単純な考え方というのは思考停止で、これでは世界は「白か黒か」というオセロゲームになってしまう。
今日、隣人トラブル、生活・交通トラブル、パワハラ、セクハラ、性加害、医療事故、通信事故。
こういうところで謝罪が次々に立ち起こるワケで。
でも謝罪の本質はコミュニケーションの再開であるという。
「そこを忘れちゃダメですよ」という。
水谷譲は仕事でミスをした時に、100%自分が悪いと思ったら「ごめんなさい。私が120%悪かったです。申し訳ない」と謝る。
そうするともう「大丈夫だよ」と殆どの人が言ってくれる。
そういうのを昔、武田先生も言ったことがある。
「俺が悪い。もう俺が悪い」
情けない謝罪だった。

「謝罪」をまな板に載せた。
ちょっと抽象的な、もっと実例でポンポン「あの謝罪は」とかと点数を付けたりなんかした方が分かりやすいのだが、それだと謝罪の本質を見失うことになると思って著者の古田徹也さんがやってらっしゃる通り、国際的な問題とか大きな問題を取り上げつつ「謝罪」「謝る」ということの本当の意味を考えてみよう。
謝罪は大きく取り上げられるという時代。
それ故に私達は謝罪の本質を見失ってはいけないのではないか?とお送りしたワケで。
最後の日はどう行くか?
これもまとめている時も、テレビのワイドショーでいろんな謝罪が行なわれていた。

ご不快な思いをさせて申し訳ございません」や、「ご心配をおかけして申し訳ございません」「お騒がせして申し訳ありません」といった、非常によく使われる言い方について考えてみよう。(271頁)

責任はあくまで自分にあるということを同時に強調するなどして、弁解・正当化との区別を明確にする必要がある。(275頁)

謝罪は基本的に、できるかぎり迅速に行う方がよいということだ。(275〜276頁)

明らかに無理な約束をすれば謝罪自体の誠意を疑われる(276〜277頁)

主体をはっきりさせて

必要に応じて第三者を立てる(278頁)

謝罪というのは複雑な行為なのである。
そのことを覚悟して一分も「私の都合」とか「私の努力」とか「私の誠意で」とかそういう言葉で謝罪を飾ってはならない。
「自分のことを守ろうとしてるんじゃないか」とかというのは会見を見ながら疑ってしまう。
私達は考えてみれば親から育てられつつまず教えられたのは「ごめんなさい」この言い方。
謝罪から社会の中で生きる術を学び始めた。
それはやはり「ごめんなさい」の言い方。
そこから謝罪を繰り返しつつ、私達はその謝罪の本質をしっかりと学び続けねばならないという生涯。
それはメディアから伝えられる謝罪の事件と場面を学びの材として、「謝るとは何をすることなのか」を考え続ける。
もし謝罪する立場に立った時、「私ならこうしたい」という想定を持ってないとダメですよ、という。
常套句の中に「ご迷惑とご心配をおかけしまして」とよく言う方がおられる。
でもこっちとしては「迷惑はかけたかも知れないが、心配なんかしてない」。
常套句はやっぱり使わない方がいいと思う水谷譲。
だからそういう意味で国語力は大事。
これは何というのか、武田先生も自分で非常用として謝罪の態度をどこかで訓練しておかなきゃ、と。
まだ何年か生きるつもりでいるので、その中で謝罪しなければならないということもあるだろうが。
昨今は何があるかわからない。
人間は生きている間、何をしでかすかわからない生き物だから、絶えず謝罪の準備だけはしておこう、と。
「誤解を招いたとしたら謝りたいと思います」という表現がひっかかる水谷譲。
誤解ではないし「謝りたいと思います」は「思っただけじゃダメだろ!」というツッコミが…
武田先生はこの本を読みながら、その謝罪会見をしている時に「じゃあ、俺だったらどうしようか?」。
今までいろんな謝罪会見を見ながら思ったのは「スマートにやろうとする人は失敗する」。
「自分が深く考えている」とかという「私」をほんのちょっとでも見せようとする。
それは謝罪の態度では通用しないような。
武田先生が謝罪する場合、第一条件「取り乱す」。
それが絶対の謝罪の条件。
マイクを押し倒したり。
「この人、本当に謝りたいんだろうなぁ」
でも役者さんの場合は取り乱す演技ができると思う水谷譲。
「これ演技じゃないの?」と
その時に演技と疑われない取り乱しの仕方もできる。
それは体中の神経が死んだような顔をする。
時間なんかを決めたり「質問は一つでお願いします」とかと言うとロクなことはない。
本当に申し訳ないが「何時間でも責めてください」という「まな板鯉」の覚悟が無ければ謝罪会見なんかやるものではない。
本当にまな板。
すがり付く、取り乱す、そんなふうにしないと謝罪の真意が伝わらないと思う。
謝罪会見でやっている人でそういう人がいた。
上手いことおっしゃるのだが、上手いことなんか言わなくていい。
もっとみっともないことでいい。
手を叩き続ける人がいた。
「この手が!この手が!この手が!」
武田鉄矢曰くの謝罪だが、謝罪する時はバカではダメ。
謝罪の態度はアホ。
これは関西人の名言だが「アホになれんヤツはバカ」。


2024年1月22日〜2月2日◆謝罪論(前編)

この本は実は去年の秋口ぐらいの頃に見つけて読んだという一冊。
本のタイトルは「謝罪論」

謝罪論 謝るとは何をすることなのか



(本の中の傍点部はアンダーラインで表記する)
テレビで連日、謝罪するというシーンがやたらワイドショーなんぞで取り上げられたという時期もあったものだから、そのワイドショーのシーンなんかを見ていた時に本屋で見つけた本。
「謝罪論」柏書房で古田徹也さんという方の著。
タイトルを使わせてもらう。
「謝罪論 謝るとは何をすることなのか」
謝り方が上手い人と下手な人がいると思う水谷譲。
壇上に数名の人が並び「申し訳ありませんでした!」深々と頭を下げる。
すると凄まじい数のフラッシュが焚かれて壇上の謝罪者全員が引き絵の中に納まる。
歴史に残る謝罪会見のシーンというのもあって。
水谷譲が覚えているのは「ささやき女将」。
昭和・平成・令和というのはこの「謝罪」というのがワイドショーの中心的な話題。
繰り返される謝罪だが、一体「謝罪」とは何なのか?
何をすれば謝ったことになるのか?
今週もまた意欲作。
「三枚おろし」だから、いとも簡単に「あの謝罪会見は…」なんてそんなことは言わない。
謝罪とは一体何か?
アナタの人生に於ける初めての謝罪。
生まれて初めての謝罪。
本当に小さい頃に親に怒られて「ごめんなさい」と何かあったのは覚えている水谷譲。
これはちょうど裏表。
人生の中で「はじめてのおつかい」をする頃に、初めての謝罪をしている筈。
謝罪を親からしつけられたワケで。
何かしでかした、やらかした。
ケーキを床へ落とした、ジュースをテーブルに広げた。
そういう過失があって親から「『ごめんなさい』は!?『ごめんなさい』は!?」。
ここから謝罪人生が始まる。
ここで親たちが謝罪に関してしつけることは何かというと言い方「『ごめんなさい』は!?」と言われて「ごめんなさい」。
「『ごめんなさい』って言えば『ごめんなさい』したことにはならないのよ!心から『ごめんなさい』って言いなさい」と「心」が出てくる。
「『ごめんなさい』は!?」「ごめんなさい」「違うでしょ!」「ごめんなさい」「違うでしょ!」
考えてみたらこの初めての謝罪から「ごめんなさい」の言い方というのを一つ間違えると大変なことになるということを学ぶ。
振り返ると謝罪というのが人生でアナタを鍛えてゆく。

話が脱線するが、子供の絵本で今「ピンチ」が絵本になっている。
(「大ピンチずかん」のことだと思われる)

大ピンチずかん



子供がいわゆる「ごめんなさい」をしなければならないという、そういうシーンだけを取り上げた絵本がある。
その絵本はいい絵本。
それはテーブルの上に牛乳をこぼしてしまう。
それでその男の子がこぼしたから「飲めばいいんだ」というので、そのこぼした牛乳を口で吸おうとする。
その瞬間にコップに入れた牛乳を倒してしまうという。
その一枚の絵が何かジンとくる。

とにかく我が人生をこうやって振り返ると、いろんな皆さん「ごめんなさい」があったと思うが人生は「ごめんなさい」と共に…
非常に興味深いと思うのだが、日本社会でいわゆる社会人になってからだが、謝罪は半分「男の仕事」とされているようなところがあって。
日本社会は性差別等々、いろいろ問題があるようだが謝罪に関しては、ひたすら男が出てきて謝らない限り…
問題になったのは、あの料亭の食材事件の時でも社長さんたるべき息子さんが謝っておられる最中に女将がささやいた、と。
「頭ン中真っ白、頭ン中真っ白になった、頭ン中真っ白になったと言わんかい」
船場吉兆偽装問題 「マザコン会見」の一部始終: J-CAST ニュース【全文表示】
懐かしい。

謝罪というのはいくつかの体裁を重ねなければならない。
謝罪の体裁。
まず気落ちしている。
思い煩っている。
そして顔を上げた瞬間、心細い表情。
困り抜き、立ち居振る舞いが自信なさげにふるまう。
こういういくつかの態度を取らないと謝罪にはならない。
これがちょっとでも自信ありげなふるまいになると「違うでしょ」というのがもう矢玉のように世間のあちこちから飛んでくる。
更に糾弾されることになる。
謝罪の基本はある意味で被害者、更に告発者の赦しの下に身を置くことであり、どうやれば完成するのか?終了するのか?

「謝罪」というのは人間を作る重大なきっかけになる。
それでは「謝罪とは何か?」を考えていきましょう。
「申し訳ありません」「お詫びします」という謝罪。
これは「事実確認的発話」というそうだ。

自分の認識や心境についての事実確認的な発話であることもありうるのだ。(17頁)

それはその事実を認めるという行為。
「申し訳ありません。お詫びします」と言うと「私は何かをしでかした、やらかしてしまった」という事実を認める発言行為になる。
この事実を認めることによって、行為遂行「この後に埋め合わせをする行動を私は起こします」と宣誓することが謝罪のスタート。
この「謝罪論」(という本、著者は)古田徹也さんという方だが、本当に細かく攻めてこられる。
これも言われてハッと気が付く。
「世の中には軽い謝罪と重い謝罪があるぞ」と。
「軽い謝罪」とは

混み合う電車のなかで、−中略−電車が揺れて、私は思わずよろめき、隣に立っている人の足を軽く踏んでしまう。(23頁)

この時に用いられる謝罪の言葉「失礼」「ああ、どうもすみません」、それから短く「どうも」という言葉で済むもので、謝罪の言葉そのものが日常会話に溢れている。
「すみません」これは人を呼ぶ時も使う。
その人を呼ぶ時の「すみません」もあるが、人から何かお土産を貰った瞬間も「すみません」。

人に多少なりとも負担などをかけること(あるいは、すでにかけてしまったこと)の認識を含み、相手に対して恐縮する思いや、相手を気遣う思いを示す言葉として、呼びかけや感謝の場面においても「すみません」が使用されるようになったと思われる。(41頁)

外国の人がもの凄く不思議がるのが「どうも」。
「どうも」は凄く不思議に聞こえるようだ。
「どうも」は感謝の時も使う。
何にでも使う。
ビールを注がれて「ああ!どうもどうもどうも」。
こんなふうにして日本の日常会話の中では軽い謝罪の言葉が儀礼的に使われるという。
これが重い謝罪になるともう「失礼」「どうも」「すみません」では済まなくなる。
重い謝罪の場合、人間関係に於いて人は社会に一定の持ち場を持っている。
社会人、学生、子供、独身、男性、女性、芸能人、プロスポーツ選手等がその時、過失によって誰かに謝罪せねばならない時、重い謝罪の場合は「すみません」では済まない。
なぜならその「お詫びします」の一言で責任、誠意、赦しを被害者に宣誓することで「『すいません』ではすみません」という。
ここに言葉遣いの難しさがある。

謝罪は、被害者の精神的な損害を修復するだけではなく、加害者と被害者の間の人間関係を修復ないしメンテナンスする、という機能も果たしうると言える。(71頁)

何の為に謝罪するかというと「この後、あなたとの関係を回復したい」その為の謝罪。
一番重大なことは被害者の尊厳、自尊心、そういうものを回復すること。
自己の存在の価値を肯定する、その肯定を回復するところまでお詫びし続けなければならない。
相手が無くした自分に対する肯定感を回復する。
その回復する力を持っている人は誰か?
それは謝っている人しかいない。
「俺が悪かった」というヤツ。
浮気をした時の謝罪とか。
「俺が悪かった」
「悪かった」では済まないと思う水谷譲。
謝ればいいというものではない。
「警察はいらない」とか、いろんなけなし方がある。

被害者の尊厳や自尊心の回復に資することがありうる。(96頁)

難しいもの。

 自然災害であれ、過失による事故や意図的な犯罪であれ、突然の災難に巻き込まれて重大な損失を被った当事者は、往々にして、なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのかと問う。(84頁)

これはよく裁判なんかでも被害者の方がおっしゃる。
「何でそんな目に遭ったのか?」という理由が欲しいという。
加害者に求められる。
それは「意味が知りたい」とかではなくて、自分の中でその不幸になった理由を自分に納得させない限り自分を回復できない。

これは皆さん申し訳ない。
いろんな謝罪の例があるのだが、生々しいのは(この「今朝の三枚おろし」は)朝の番組なので取り上げない。
抽象論でいくと思うが勘弁してください。
「ああ、そういえば」と皆さんの頭の中であの謝罪、この謝罪をいろいろ重ねながら聞いていただくと、「謝罪の本質」みたいなのが見えてくると思う。
そのへん、お付き合い願いたいと思う。

「責任」にあたる英語の言葉が、応答や説明の可能性ないし能力を原義とするresponsibiliryやaccountabilityであることを思い出すまでもなく、自分が被害を与えた相手を気遣い、相手のために何かをしようとするのであれば、相手が知りたいと切に願うことに極力応答しようとする意志を人は働かせるはずである。(85〜86頁)

世の中には「報復」「制裁」「処罰」としての謝罪もある。
つまり「やり返す」という。
そうしないと「謝罪していると認めないぞ」という。
この報復や制裁や処罰という謝罪を要求する。
その中で一番多いのが「土下座の要求」。
これは日本社会の中では往々にしてある。

テレビドラマ『半沢直樹』の最終話−中略−において、主人公の半沢は、−中略−その場で土下座をするように迫る。(92頁)

この場合はもう「謝罪」というのが完璧に「制裁」「報復」「復讐」になっている。
現実として土下座で済む謝罪はない。
土下座したからといって謝罪したことにはならない。
謝罪とは赦しか刑罰を終止符にする。
「もうあなたは許してあげよう」というのでエンド。
或いは「あなたは禁固百年」とかという刑罰になった場合はそれで謝罪は成立して終止符が打たれる。

応報刑論の−中略−悪行(=犯罪という作用)に対して悪果(=刑罰という反作用)を返すことで、犯罪により生じた不均衡を正し、正義を修復する(100頁)

(番組では「ホウフク刑」と言っているように聞こえたが、本によると「応報刑」)
「社会に対してこのようなことをやってはならない」「こんな目に遭うぞ」という警告の為にこういう刑罰。
実はこれが「謝罪」。

被害者と加害者をはじめとする当事者が直接会って和解−中略−を目指すメディエーション(madiation:調停、仲裁)のプロセスを重視している。(112頁)

外国との揉めも事や何かで、全然動かないという問題もある。
日韓問題がそう。
一番問題なのは何かというと、日韓の間にメディエーター、仲介者がいない。
感情的に納得のいかない人が韓国サイドの方におられて、なかなか和解が成立しない。
一番の問題は日韓共通の仲介者の不在。
原発事故や公害問題等が長引くのは、謝罪はあっても「こういうふうに原発事故に対処したんですけど」と言うが「だったらその前に何で原発をここに作ったんだ」とかということになると立場が違うと謝罪の意味がなくなる。
このあたりが難しい。

この「謝罪論」をまとめている時にテレビで見たニュースでちょっと気になったもので、それを走り書きしている。
これは昨年の暮れのこと、アメ横に立ち飲み酒場があって、そこに何台か監視カメラが付いている。
それで非常に自由なアメ横の立ち飲み酒場で、店員の方はお金を徴収するレジの方にしかいない。
後、みんなお酒を貰ったら各所のテーブルに散らばって呑んでいる。
ところが、出口に近いものだからカネを払わずに、人混みに紛れて逃げたヤツがいる。
それを今、監視カメラがあるので、それで映っている。
それでテレビ局が取り上げて「こんなセコい犯罪やってるヤツがいますよ」というのを夕方のニュースで流した。
昨今、皆さんもお気づきだろうと思うが、あちこちに監視のカメラがあるので、この手の犯人の行動が報道で流れやすくなっている。
よく無人の野菜売り場から持っていってしまう人とかも全部撮られたりして流されている。
テレビ時代というのは目に映るものがあればネタになるので。
これは武田先生がもの凄く記憶に残ったのは無銭飲食をしてスッと逃げたヤツがいる。
態度も堂々としているので、何というか横着な若者二人。
テレビメディアの人が経営者、若旦那に「腹立つでしょう」か何か言ったら、旦那がゲタゲタ笑いながら「警察に訴えたりなんかし無ぇからよ、早く払いに来い」と、それでお終い。
その「謝罪を求める」という気持ちがもの凄く太っ腹な人で。
余りにもセコい話なので。
何百円の話。
それを大事にしないでアメ横の下町らしく「警察に言ったりしねぇから、早く払いに来い」と。
恐らく顔もしっかりわかっていて、もしかしたら逃げた二人は常連さんかも知れないという。
「謝罪が無言のうちに成立する社会というのはいいな」と思ってパッと貼り付けた。
謝罪というのはかくのごとく、求める人の態度如何にとっては本当に軽く明るい話題になったりする。

理屈っぽくいく。
謝罪論。
哲学者ウィトゲンシュタインは「謝罪というものはゲームに似ている」とその書にかいている。
(このあたりの説明は本の内容とは異なる)

「ゲーム」と呼ばれるものすべてに共通する特徴(=ゲームの本質と呼びうるようなもの)を見出すことはできない。にもかかわらず、−中略−「ゲーム」という言葉で括られる一個のまとまりを見て取ることができるのである。(137頁)

種々の事物同士の家族的類似性によって緩やかに重なり合い、輪郭づけられる。そしてそれは、謝罪という概念についても同様である。(138頁)

「謝罪は、−中略−人間関係を修復するという目的を達成するための行為である」(148頁)

武田先生はアメ横の飲み屋さんの話をしたが、その人はこの「人間関係の修復」を信じておられる。
「謝りに来りゃぁ許してやるよ」と「云百円のことだよ、云百円払えよ。それで何も無ぇからよ」みたいな。
謝罪というものがそこに成立する為には「この関係を修復したい」という強い情熱がなければならない。
謝罪だけをうまくやって切り抜けようとしたり、解決しようとする。
そうすると打算とか戦略はすぐに見透かされてバレてしまう。

英語の「regret」という言葉は、−中略−(1)ある出来事について残念に思うという意味と、(2)その出来事の生起に深くかかわる自分の行為を後悔するという意味の、二種類の意味をもちうる。(174頁)

ある男性が、仕事でトラックを走らせているとしよう。彼はずっと完璧な安全運転をしていたのだが、道路脇の茂みから急に飛び出してきた子どもと衝突してしまう。−中略−その子どもは数時間後に病院でなくなってしまった。−中略−子どもが飛び出すことをトラック運転手が予見することは不可能だったし、衝突を回避することも不可能だった。それゆえ、彼は誰にも非難されず、罪にも問われなかった。(170〜171頁)

ドライバーは、「自分がもっと注意して運転していれば、事故を避けることができたのに……」という風に後悔する。(175頁)

これを「regret」という。
(本によるとこれは「agent-regret」として「regret」とは区別している)
ここで重大なのは例えばこの子が死亡した場合、ドライバーは法的な罪を負わず許されたにしても、彼はその子の親立に謝罪をする、赦しを請う。
この場合、最も重大なのは「心情を伝えたか伝えなかったか」という。

ここから話はどんどんまた難しい方に行ってしまう。
謝罪というのは千変万化。
いろんなケースがある。
イスラエルとパレスチナの場合、これは本当に困ったことだが「先祖が被った損害を子孫が負え」といわれていること。
「三千年前ぐらいはここは俺ん家だった。ちょっと留守してる間に土地取られたんだから返せ!」という。
そういう先祖の被った損害とか、そういうものが21世紀に問題になっている。
これが意外と世界で今、頻発している。
だから物事を今日という次元だけで解決できない。
問題にも時間的な深さがあるという。
その中で、どこかで世界基準を作らないとダメだという、そういう動きが今、あるそうだ。

歴史的補償の要求を、以下の四種類に大別している
 (1)過去のある時点で不正に奪われた土地、貴重な芸術作品、神聖な事物について、その所有者の子孫が返還を要求すること。
 (2)奴隷や植民地の住民といった搾取の被害者の子孫が、祖先の手から奪われたのと同様の価値を有するものを要求すること。
 (3)暴力や拘束など、被害者に危害を加える行為がなされたことに対して、被害者当人やその子孫に対し、金銭等の物質的な補償を行うよう要求すること。
 (4)不正を犯した者に対して歴史をありのままに記録し、歴史的な不正の責任を認めるよう要求すること。
(203〜204頁)

(番組では国際法で定められているような説明をしているが、デイヴィッド・ミラーによる分類。この後も「国際法」という言葉が番組内で何度も使われるが、本の中にはそういった言及はない)
この四つの、時間がすっかり経ってしまった謝罪問題について求められるのは難度が高い。
徴用工問題が韓国でまた問題になっているようだ。
また日本の責任を裁判所が認めたようだ。
国と国の(謝罪は)難しいと思う水谷譲。
でも、ここで少しスッキリする意味で、「国際的にどうなのか」という引き絵の中でこの国際的な問題を、様々な紛争地での問題を考えていこうというふうに思う。
浅くて深い、深くて浅いという当番組。

懸命に語っていたが、だんだん水谷譲から目の輝きが失われていって「…んだ屁理屈かよ」みたいな。
この本は「何とか面白はもの凄く丁寧に謝罪を哲学的に分析なさっているので。
本当に申し訳ない。
ずっと読んでいるのだが話が展開しない。
ワリと吹雪道みたいにグルグル同じところを回る。
だからなるべく一周したら別のところに行くようにしてアレしている。
そうすると謝罪の難度、難しさというのが…
(本には具体例は)無い。
それは真似しようと思った。
それで皆さんにちょっとお願いして、いろんな会見を、或いは国際問題を連想しながら聞いていただければ。
日韓というのが非常にわかりやすいので敢えて。
ちょっとそこの浅い喋りっぷりでまことに申し訳ないが。
歴史認識問題とか、ウクライナもそう。
あれは歴史問題。
もうプーチンさんはきかない。
「うちのもんだ。うちのもんだ」と言って。
それからどこかでやるつもりでいるのだがパレスチナ問題もそうで。
ちょっと今回は話を脱線させるが、あそこは国際的な紛争がもの凄く多いところで。
問題の始まりは三千年前。
旧約聖書に書かれている、あそこに昔ユダヤの人達の王国があった。
それがイスラエルの民が世界中に飛び散った後にアラブ系の人が住み付いたという、三千年の時を超えてなので大変。
それはイスラエルの人からすると「いや、もともとここは俺のもんだ」というのがあるだろうが、アラブの人にとっては「何百年もここに住んでいて突然『出ていけ』というのは何だ?」という。
それに割って入れる国なんてそんなにない。
イスラエル問題、中東問題は遠い問題。
でもこれは昔、そのユダヤの人達の王国があって、浮沈を繰り返している。
消えて無くなったりまた生まれたりという。
それで十ぐらいの部族がいて、それが世界中に散ってしまうのだが、東の方に行ったきり帰ってこない部族が一つあって、それが日本人じゃないかという説があって。
そういうことも込みで何かこうアラブ問題、イスラエル問題をこの「(今朝の)三枚おろし」でやってみようかと思って。
三千年前の話を一回してみようかなと思う。
何回説明を聞いてもなかなか理解ができない水谷譲。
だから宗教とか歴史、そういうものが絡むと人類というのはもの凄くややこしくて謝罪が成立しない。
「謝罪が成立しない」ということがいかに大変かというのを、その戦争が未だに謝罪が成立せずに戦争が続いているワケで実に重大。
領土、歴史、宗教、差別。
これが絡むと人類は謝罪によって解決しようなどという知恵が全く無くなるようで、仲介者がいないと話し合いすらないという。
謝罪というのは決してこれは恥ずかしいことではない。
ただしそれはやはり苦しいこと。
「謝罪する」ということ、それが人間が賢くなるたった一つの道のような気がする。
やはりそれは人生で体験しなければならない学び。
それが謝罪。
イスラエルの人もガザの人も聞いてください。
プーチンさんも聞いてください。
「謝らないことが強いことではない。強いとは自分が弱いということを認めていることなんだ」という。
よく「謝ったら負けだからね」みたいに言うことがあるが、それは間違い。
それは間違った教育。
弱さを認めるところに強さがある。
弱さを認めない人。
それは強情なだけ。
もう絶対謝らない人に「何で謝らないんだろう」といつも不思議に思う水谷譲。
その人達は「謝ることが弱いことだ」と思っている。
違う。
「謝ること」というのはやはり強いこと。
謝罪。
その一点を考えて来週もまたご披露したいと思う。
繰り返すが、日本での謝罪会見等々の例は挙げない。
あくまでも広い見地で「謝罪」という行為というのを考えていこうと思う。


2024年03月20日

2023年12月11〜22日◆かんぴょうにスイカ(豪徳寺のドイツ人)(後編)

これの続きです。

「かんぴょうにスイカ」
もちろん元ネタがあって 内田樹先生と釈徹宗さんが対談なさっている、ミシマ社から出ている「日本宗教のクセ」。
でも相当、武田先生の自説も入っている。
取り交ぜてお送りしている感じ。
内田先生の言に救われながら生きている。
日本習合論。
接ぎ木して文化が繋がってゆくというような、それを「習合」というのだが。
内田先生は「ここで必要なのはレンマの知恵である、直感である」とおっしゃっている。
この「レンマの知恵」というか「直感」「身体的知」というようなことをおっしゃるが「これからは世界を支配するのは頭の知ではないんだ」と。
体の知識なんだという。

内田先生の言葉の中で「いい言葉だなぁ」と思ってノートに抜き書きした言葉。
「頭がいい」とか「頭が切れる」とかそういうロゴス的能力、言葉を操る能力、そういうものがゆっくり時代として終わりつつあるのではないか?
「頭がいい」とか「頭が切れる」とか、皆さん、やがてそういう時代終わるんじゃないか?と非常に直感が鋭い内田先生がおっしゃっている。
ではこれからどういう時代になるかというと

「頭がいい」ことじゃなくて、「頭が大きい」とか「頭が丈夫」というほうが大事になるんじゃないでしょうか。(55頁)

芸能人でも、だいたい仕事を選ぶところから芸能人は落ちてゆく。
選ぶとダメ。
何かの能力が落ちる。

釈先生。
浄土真宗のお坊さんだが、この方はこのお二人の対談の中でこういうところになるとグッと力が入るのだが「芸能の中に宗教を感じる」とおっしゃっている。
「その一番が能である」と。
「能というのは芸能というより宗教ですよ」
能の芸能とはどういう世界かというと

芸能が力を汲み出すのは「外部」「異界」「他者」からですから。芸能は人間的な価値体系の「外」から滋養を得て、それによって例外的な魅力を発揮している。芸能民というのは、「内」と「外」を架橋する異能者。(98頁)

この能力は武道も同じである。

野生の巨大なエネルギーが、僕の身体の歪みやこわばりのせいで、遮断されたり、滅殺されたりしないように、自分の身体を抵抗の少ない「良導体」に仕上げてゆく。武道の修行はまさにそういうものなんです。−中略−「自分をなくす」「自分を消す」ということなんです。(99頁)

「自分をなくす」「自分を消す」それができない。
それは何かというと、自分を表現するのに忙しいから。
自分を表現することに忙しい人は他の人にとっては迷惑。
ドラマをやっていて自分を消さないとその役は出てこない。
渥美清という人は寅さんみたいな人ではない。
人間の心理、それも生々しい手触りの人間を演じられる。
その為には渥美清を消す。
だから寅さんがやってくる。
それから犯人を最後に指差すと「フフフフフ…犯人はアナタだ」みたいな。
あの方は名優だと思う。
あの人も一人芝居っぽく見えるが、あれは犯人に合わせて芝居をやっておられる。
「古畑(任三郎)」はそう。
高慢ちきな犯人に対しては高慢ちきに演じ、理屈ばっかり言う犯人には理屈で言い返す。
プライドの高い犯人にはプライドで返す。
それがあの古畑任三郎という名演技になる。
加藤治子さんとの回(1996年2月7日放送「偽善の報酬」)。

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同業の売れっ子作家。
ちょうどそういう構図の真ん中にいたので、あれを見ながらちょっとドキドキしたのだが。
一番最後に古畑が「先生。アナタがおやりになったんですね?」とくると加藤治子さんが妙にフワッとした顔をして「ねえぇ。皆に黙っててくれないかな、このこと。決してアナタにも損はさせないわ」と古畑を誘惑する。
そうしたら古畑が「私が知ってる先生はとても気が強くて、そう、一本筋の通った方でした。最後までそうであって欲しい…」と言いながら背中を向けると加藤さんがその背中をジッと見て「いきましょ」と言いながら二人が歩く。
サンザンズッタンズッタンザン♪という。
つまり「プライドにはプライドで」という
その変幻自在が。
そのくせ爆弾犯の木村拓哉には、あの人はビンタを張った。
(1996年1月31日放送「赤か、青か」)

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裏拳でビンタを張る。
時計台の時計が見えにくいからその手前の観覧車を爆破するという、遊びみたいな殺人で。
「あの観覧車が回ってる限り、どうも時計が見にくいんだよね」と言った瞬間、バ〜ン!と張る。
これは受けた木村拓哉も見事だったけれど、あの裏拳での古畑任三郎のビンタというのは・・・
自分を消す。
だから役が立ち現れる。
このあたり、ちょっと宗教論と絡めながら話を進めたいと思う。

昨日の繰り返しではあるが釈さんというお坊さんがおっしゃっていることに「エネルギーはいっぱいあります。でもそれを取り込むだけの野生のエネルギー、そのつまりアンテナというかそれがない。だから自分の体を改編するんだ。何が必要か?『良導体』よくものの通りがよくなる、そういうアンテナを持っている。その為には自分を考えちゃダメなんだよ。よき良導体・伝導体になるには。じゃぁどうするんだ?と言ったら自分を無くすんです。自分を消すんです。そのことができるようになった時に外部からのエネルギーを受信する、それができるようになる。自分を消さない限り外部からエネルギーを受信することはできませんよ」という。
(番組では釈氏の発言であるように説明しているが、本の中で「良導体」について語っているのは内田氏)
「自分を消す」というのは難しい。
でもそれを目指さない限り人間は成熟しないというか。
「異界」この現実の世界とは違う世界、アナザーワールド。
そういうものがあるんだ。
この世界ではない世界がこの世界と重なってるんだという。
そういう発想は太古に人々にもう既にあった。
人々はそれ故に異界・別のアナザーワールドと現世・現実の世界に境界線を引いた。
その境界線の場所とかが古墳とか、今でいうところの霊園、死者を弔う場所などになったという。
その異界は古墳、或いは霊園、貝塚。
そういうところに死者が眠っている。
それはやっぱりその別世界から何かを感じる。
死者の声を聞くとか、隠された知恵を直感で思いつくとか、そういう外部からのエネルギーを受信する。
それが生きていく人間の目指すべきところであるという。
環状列石というお墓。
真ん中に一本棒が立っていて、その周りをぐるっと長い石、短い石が円陣を描いている。
あの環状列石というのはいわゆる異界、違う世界。
大気の中に潜む何事かを受信するマークではないかと思うと面白い。
そして内田樹先生がそんなことをおっしゃっているので、面白くて思わず抜き書きしたところ。
現代社会では昔と地形が変わっている。
「縄文海進」等といって海が陸地に攻めてきたので東京湾というのはグッと広くなるのだが、いろいろ地形が変わる。
柴又という(地域は)海の中だったらしい。
だから島がいっぱいあるので「嶋俣(しままた)」、それで「柴又」。
(番組では「しままたしま」と言ったが「しま」が一個多いと思う)
東京タワーのあの崖の下は波が打っていたワケだから。
文化放送がある浜松町も昔は浜。
「浜松町」だから浜辺と松の木があったのだろう。
それが地形がすっかり変わってしまった。
或いは河川が土砂を埋めることによって、それが地面になった。
そんなふうにしてあるのだが、縄文時代の岬というところが現代でも確認できるのだが、面白いことに縄文時代の岬には貝塚と墓があるそうだ。

かつての岬には、神社仏閣、墓地、病院、大学、そしてラブホテルがあるんだそうです(笑)。−中略−墓地は異界に去った死者たちを供養する場、−中略−ラブホテルは性行為のための場ですからね。(146〜147頁)

やはり「死」と結びついて「生」を生み出す場所ということで異界と結びつきやすい。
そんなふうにして考えると、古代の幻影みたいなものが現世に重なっているという。
これは何か面白いとなと思う。

話を大きくまいりましょう。
お墓というのが境界線上に配置されて生の世界と区分された、分けられた。
ここは死のゾーン、こっち側から生のゾーン。
私達は生活圏を維持して現世とこの異界を分けている。
それはまさしく結界で、ちょっと硬い言葉を使うと「日本は結界に満ち溢れた文化である」という。
これは聞いたことがある。
都会で赤坂を歩くと近代的なビルばかり。
ひょっこりデカい神社(日枝神社)がある。
あれがビルの隙間に見えると外国人が不思議な気になるらしい。
アメリカの女の子が言った名言だったが「赤坂歩くとハリウッドのセットみたいだ。こっち側がバック・トゥ・ザ・フューチャーやってこっちは西部劇撮ってるっていうような」。
そう言われてみるとそう。

今、お話をしているのは、我々は毎日の日常生活圏の世界ともう一つ異界、お墓とか神社仏閣とかそんな異世界、死者がいるというそういう世界を重ねて持っている。
異世界というのは現世と分ける意味合いで必ず結界がある。
日本の面白さは街中に結界が溢れている。
神社、神域には鳥居、狛犬、神南備(かんなび)の森、石等々があってその結界を注連縄(しめなわ)で示す。
仏教もそうで境内、境外があって、必ず結界がある。
結界のスポーツと言われるのが「相撲」。
丸い土俵。
それが結界。
先に出た方が負け。
これは丸い結界というのが日本文化の面白さ。
西洋では結界は真四角。
ボクシング、ラグビー、サッカー、全部。
円の結界というのは珍しい。
日本だけではないか?
相撲。
この円の中に入ると、とても面白いことに体力差とか体の大きさの大小等々が意味をなさない。
だから円の中は無差別級。
時々お相撲さんで「惨いな」と思う時がある。
それでも大きい人が勝つとは限らないのは、それは結界が円だから。
回り込まれて強い人がワーッと行ったらそのまま出ちゃったので「負け」となってしまう。
(四角だったら)違う。
だから丸いということが特殊な結界だということがよくわかるし、逆転劇「うっちゃり」というのは円だから起きる。
内田氏はとても面白いことに、ここでラグビーの平尾(剛)さんの言葉を紹介している。

ラグビーの試合の最中だと、タッチラインもフィジカルな触感があるんだという話を聞きました。平尾さんはウイングですから、パスを受け取って走るとき、ディフェンスに走路を塞がれて、外へ外へと追い込まれる。そうするとタッチラインを踏みそうになることがある。−中略−でも、タッチラインを踏みそうになると、ラインの上の空間がそっと押し戻してくれるんだそうです。(147頁)

プレイヤー自身は必至で走ってますから足元のラインなんか見ていないんです。でも、タッチライン上の空間には物質的な手触りがある。そこにラインがあることが触覚的にわかる。(148頁)

だから「タッチダウン!」とかとなった時に割れる音とかが聞こえるのだろう。
もの凄い勢いで飛び込んでいくから。
そういう境界、結界をスポーツ選手は持っているという。
境界線という結界のラインにはそういうエネルギーがこもっている。
ただの白線ではない。
墓や霊園という結界、そこには死者儀礼というエネルギー、「ちゃんと死者に対して挨拶しないとダメですよ」というエネルギーが満ち溢れて、作法を忘れてはならないという。
お二人はしきりにそのことをおっしゃっている。
つまり宗教とは何かというと「結界を持っているんだ」。
日本でも大きい問題になっているが「政治と宗教は分離しなきゃダメだ」。
理由は簡単で「結界が違うから」。
票が欲しいからと言ってお願いをしてはダメ。
非常にわかりやすい理屈。
宗教が一番重大なことにしているのは異界、違う世界。
死者達の想像性を受信すること。
それはラグビーに似ていてサイドラインを感じる人じゃないとダメなんだ。
それからお相撲さんの土俵のギリギリを壁として感じる人じゃないと技なんか打てないんだ。
だから宗教はラインを感じてラインの外から何かを受け取ることを目指している。
釈さんの言葉の中にある。
これはもう大賛成。
日本宗教の面白さ。
それは何か?

ひとつ大きな特徴として「古いものもずっと残る」ということがあると思うんですよ。
 世界を見渡しますと、たとえば仏教でいうと、密教が勃興すると、それ以前の仏教が密教に追いやられてしまって密教一色になったりします。
−中略−
 でも日本は、ひとつの宗教がものすごく拡大して力を持っていても、今までのものも消えずにある。
(206〜207頁)

小乗仏教、大乗仏教、華厳、真言、天台、鎌倉仏教。
それが陳列棚に並べられたように残っているというところが日本の面白いところで。
普通は残っていない。
空海さんが中国まで勉強に行った。
日本に持って帰って、その時、真言密教が残してくれた経典等々は空海さんが自分のお寺、高野山に収めた。
では中国はどうなったか?
殆ど無い。
だから中国の人がたまらないのは、その時の中国の資料を持っている。
例えば「生」。
読み方はいくつあるか?
「人生」の「せい」、「一生」の「しょう」、「なま」、「福生(ふっさ)」。
これは入って来た時代ごとに呼び変えている。
つまりそう読んだ中国の人達の記憶を日本人はクイズ番組でやらされている。
我々が普段何気なく使っている漢字は殆ど唐の時代の漢字の発音。
そういう意味で古いものがずっと残っているという面白さが面白いところは、そのあたりが興味津々なのではないかなと思ったりしている。
中国から伝わった漢字、絵画、陶器。
それから漢字の読み。
伝わったまま発音として残っているという。
宗教だけではなくて、日本文化の世界に無い特徴であろう、その文化が生まれたところではその文化は消え失せているのだが、日本には残っているという。
民主主義。
もう今、アメリカ民主主義の素晴らしさは、トランプさんでガタガタになっている。
なぜ日本でそんなことが起こったのかその理由も考えていこうということ。
日本の太古に何か強烈なモデル的体験があるのではないか?
思えば日本神話はイザナギ、イザナミ、海彦、山彦、アマテラス、スサノオ、ヤマト、イズモ等々、対立する集団がいつもあった。
それが習合、まるでスイカのツルをかんぴょうに繋ぐようにして、スイカは生き生きと実を太らせるというような。
最少の犠牲でハイブリットしていく。
それが日本文化の特徴ではないだろうか?とおっしゃっている。

 −中略−シリアスに突き詰めれば、どうしても譲れない一線へと行きついてしまいます。ですから異宗教同士が共存する場合などは、条件を棚上げにしたり、課題を先送りにしたりして、押したり引いたりのやり取りが必要なんですよね。(208頁)

共生という生き方を日本人は選択しているのではないだろうか?

内田 −中略−現代日本人のDNAには三種類の別の集団のものが混じっているそうなんです。大陸から来たのとか、半島から来たのと、南方からのと、かな。日本列島への集団的な移住の波は三回あった。ふつうなら後からやってきた集団と先住民が戦って、どちらかを殲滅したり、負けた方は奴隷にされたり、あるいは遠くへ逃げたりするわけですけれども、日本列島の場合は、三つのDMAが混ざった。ということは一緒に暮らしたということですよね。(208頁)

もちろん皆無では無かったかも知れないが、歴史に残すほど大きな対立は繰り返されていない、という。

言語も人種も宗教も生活文化も違う集団が出会ったけれど、それが暴力的な対立関係にならずに、なんとなく共生して、そのうち血が混じり合った。それって日本列島民のひとつの生存戦略だったんじゃないかなと思うんです。(208頁)

生存する為の戦略というのは、計算してやったものではなくて、本能でやったと思う。
でもそのような文化が日本にあって、それが上手く現代まで伝わっているという。
もちろん諸問題はあるかも知れないが。
ここで武田先生は武田先生らしい思案を考えたのだが、縄文人と弥生人は対立があったことは事実なのだが、皆殺し合いがない。
前に話したと思うが、それどころか折り合って稲作を弥生人が縄文人に教えたりしている。
共通の言語なんかあったのか?とか共通の神とかあったのか?とかいうのだが、それを武田先生が「あった」と言ってしまった。
それが先々週お詫びした「めのう」と「ヒスイ」を間違えちゃった。
つまりヒスイで勾玉を作る。
勾玉信仰というのが、縄文人と弥生人が共通していたのではないか?
それで大雑把に「俺達は同じ神様、拝んでるよね」というような緩い宗教観によって混血していった。
それが「倭人」と呼ばれる人達ではなかったか?という。
内田氏は「日本人は途切れずに融合を繰り返してきた」と。
遺伝子をずっと日本人は捨てずに持ってきて現代に至っているのではないだろうか?
内田先生は面白い先生だからゾクッとするようなこともおっしゃる。
(この後の話は本の内容とは少々異なる)
ある政治的な権力と対立した場合、その権力に耐えに耐えるのだが、習合できない場合は、倭人は相手も含めて自分達も皆殺しにしたんじゃないか?
そういう我慢に我慢を重ねるが、最後にどうしても相手の言うことを聞かなくなった時に相手も殺すがこっちも全員死のうという。
それが侍の文化として残ったのではないか?
なるほど気持ちとしてはわかる。
よく考えてみたら武田先生の大好きな忠臣蔵がそう。

時に元禄十五年十二月十四日、
江戸の夜風をふるわせて響くは山鹿流儀の陣太鼓、
−中略−
かかる折りも一人の浪士が雪をけたてて
サク、サク、
(三波春夫「俵星玄蕃」)

長編歌謡浪曲 元禄名槍譜 俵星玄蕃



もう(武田先生は)興奮する。
好き。
どうしようもない。
目に見えて仕方がない。
討ち入りで47人で行くのだが全員切腹。
それが何か「日本的美意識」、共生がかなわなかった時は両グループとも滅びてしまうという、
「それぐらい戦いに責任を持て」というのが侍の武士道。

興奮しやすい武田先生なのだが、武田先生達は青春時代は70年安保だからもう全共闘運動の真っ最中。
高倉健の「唐獅子牡丹」は学生の中で大ヒットした。
セクトにいろいろ分かれて殴り合いのケンカをしているのだが、健さんが名ゼリフを決めたりなんかすると、観客である学生共が「意義な〜し!」と叫んだ。
そんな時代を覚えている。

昭和残侠伝 唐獅子牡丹 [DVD]



その団塊の世代が青春時代を生きていた時に「俵星玄蕃」に興奮した。
何であんなに興奮しているのかわからない。
でも俵星玄蕃、三波春夫の浪曲語りを聞くうちに、そのシーンが見えてくる。
なぜ見えるのか説明できない。
それが武田先生が言うところの「日本文化というかんぴょう」に接がれる「俵星玄蕃」。
つまりこれは赤穂浪士を扱っているワケだが、赤穂浪士の全滅する美学というか。
全員死んでいく。
その美しさみたいなのに感動する血脈みたいなものがこの物語の中にある。
あたりをよく見まわすと四十七士、47人なのだが、現代のアイドルは「AKB48」「SKE48」「HKT48」「乃木坂(46)」「櫻坂(46)」。
これをよく数字を並べてみてチェックすると、何のことはない47に一個足すか一個引くかという、そういうグループの組み方をしている。
つまり「全員死んじゃう」というのを避ける為には47は忌むべき数字であるという。
こんなふうにして人間は意外と古いものに接がれている、習合されているものではないだろうか?
これは前にも話した。
「ミトロジー」の回で話している)
武田先生はもの凄く感動したのだが、韓国のアイドルグループBTS。
名前が「防弾少年団」。
これは「どうしてかな?」と思ったが、かつて王族、貴族出身の青少年が武術、芸術、思想などの教育を受けながら共同生活を送った「花郎(ファラン)」という教育制度、朝鮮6世紀半ばのグループのこと。
日本で言えば薩摩の西郷組。
西郷隆盛を大好きな若者達。
それから新選組。
それから会津の白虎隊。
そして土佐の海援隊
だからキレキレのダンスと歌でお馴染みの人気グループ、アイドルが誕生したというとアイドルも実は古いかんぴょうに接がれたスイカである、watermelonであるという。

内田樹先生と釈徹宗さんが対談なさっているミシマ社から出ている「日本宗教のクセ」。
この本の両者は実に面白い指摘をいっぱいなさっている。

人間知性の限界に対する諦めというか。人間が知り得ることにはおのずから限界があって、「人知の及ばぬ領域」には人知は及ばない。(225頁)

 宗教的成熟の第一歩目は「この世には人知の及ばぬ境位が存在する」という事実の前に戦慄することなんですけれど(227頁)

そういう意味では「日本宗教のクセ」というのは面白かった。
結局武道の方だけで結論を言うと「武道を修練すればケンカに強くなる。そんなのは幼稚なんだ」。

内田先生がしばしば、「武道を修練すればするほど、だんだん危ない場面に遭わなくなる。たとえば、よくケンカを売られるんで、ケンカに強くなってやろうと懸命に武道を学んでいくうちに、そもそもケンカに巻き込まれなくなった」といお話をされますが(239頁)

前を見て後ろへ下がれる人、そういう人が達人なんだ。
そういう皮膚感覚、センサーを持った人が達人なんだ。
その為に日本人は武道の中に宗教を求めた。

これはちょっとしょうもないことだが言っておく。
この二人は頭がいい。
こんなのがあった。

 そしたらお母さんが「死んだおじいちゃんはクラウドに保存されていて、お墓がデスクトップで、仏壇がモバイルなんや」と説明したそうです。だから、ときどき訪れてアップデートしないといけないんだ、って(笑)。(144頁)

これは意味がわからない。
難しい。
つまりお二人とも凄く頭がよくて、現世の生活圏と「異界」いわゆる死者が住む世界を現代語で説明してある。
誹謗中傷する人とか覚えておいてください。
これはお二人が警告なさっているが、あれはアナタ、空間に書き込んだつもりかも知れないが全部記憶されている。
「それを辿れば書いたアナタは見つかるから匿名はもうないんですよ」
そのことが宗教の中にもあって、アナタが一生を生きる、一生を記録される。
「そんな場所ないじゃん」と言うけれども、昭和の歴史なんか全部入っている。
「だからアンタが生きた70年、80年の人生なんて全部どこかでデータとしてアナタは残るんだ」
でも凄い説得力。
それをお二人は説明なさるのだが。
「クラウドサービスとおんなじさ。データソフトウェアを提供するサービスのベンダーという問屋があり、デスクトップ卓上システムのモバイル携帯電話にアップライト(「アップデート」のことだと思われる)されて更新されるんだよ」と。
すいませんお二人。
でもわかるところだけわかったふりをして皆さんにご報告、三枚におろしている
武田先生は何でもわかっていると思ったら大間違いで、是非使用方法を間違えないようによろしくお願いします。



2023年12月11〜22日◆かんぴょうにスイカ(豪徳寺のドイツ人)(前編)

「かんぴょうにスイカ」
これは番組が進んでいけばわかる。
もう一つタイトルを考えた。
「豪徳寺のドイツ人」
だから今週のテーマは二つあって、「かんぴょうにスイカ」「豪徳寺のドイツ人」。

「日本宗教のクセ」

日本宗教のクセ



これはいただいた本。
何と著者の方からいただいた。
内田樹先生。
ミシマ社から出ている。
日本の宗教というのが「変わっている」ということで、日本の宗教の「クセ」みたいな
「クセ」という名前の付け方が内田博士らしい。
「習合文化」
武田先生もそんなことは気にしたこともないのだが

 日本宗教文化が「習合」をひとつの得意技にしている、ひとつのスタイルとなっているのは、間違いありません。(12頁)

異国からやってきた神様がいるのだが、この神様が日本にやってくると、日本の神様と結びつけられて、いつの間にか一体化してしまうという。
日本はこのようにして外からやってきた仏教を受け入れている。

たとえば、ヒンドゥーの神であるシヴァ神は、仏教の大黒天と習合して日本へやってきます。そして日本では大国主命と習合するんです。(44頁)

大黒天は袋を背負っている。
大国主命(オオクニヌシノミコト)もウサギさんと再会する時に袋。
あれはもの凄い発想。
ちょっと乱暴な言い方をする。
大黒様が出雲にいたのだが、船に乗って修行して大黒天になって帰って来たという。
日本人はそういうふうに理解してしまう。
とにかく大黒が似ているから、大黒がインドへ行きヒンドゥーのシヴァ神になり、仏教世界の大黒様になって日本に帰って来たという。
そういう物語にしてしまって、いわゆる日本的衣装を着ないと日本人はその人を神様として拝まない。
そんなふうにして日本人は変えてしまう。

羽生結弦選手と結弦羽神社がくっついたりしていますでしょう。(44頁)

それは(ファンが)「羽生結弦の為の神様だ」というので。
(アイドルグループの)嵐のチケットを取る為に福岡にある(櫻井翔さんの苗字と同じ表記の)櫻井神社というところにファンの人が「当たりますように」とお祈りに行く。
そんなふうにして日本人の面白いところはスイカとよく似ている。
スイカはツルで育つ。
あのツルはかんぴょうのツル。
挿し木してある。
スイカのツルはスイカのツルではなくてかんぴょうのツル。
そっちの方が成長がいい。
有名な話。
かんぴょうのツルは凄く丈夫で、水分量が多いからそれにスイカを接ぐとスイカが丸々大きくなる。
(かんぴょうの成り方は)スイカによく似ている。
その次の副題で付けた「豪徳寺のドイツ人」。
(武田先生の)散歩コースに豪徳寺が(あるので)毎日見ているのだが、そこにヨーロッパ系の人がいっぱい観光客で歩いている。
何を拝みに行くのか?
招き猫。
豪徳寺はお寺さんなのだが、そこの一画に招き猫の神社がある。
そこに行く。
そこには何百もの白いネコの飾り物が飾ってある。
ご近所の人はよくご存じだが、毎年白いネコの人形を買って、持っていた猫をそこに帰す。
ヨーロッパ系の人達はこれが珍しくて仕方がない。
教会ではありえない。
豪徳寺が何で猫で有名になったか?
何で招き猫が出来たか?
江戸の初期の頃に井伊家の人があの辺をうろうろしていた。
そうしたら天候が怪しくなってきて雷がゴロゴロ鳴ってきた。
そのお侍さんが馬を降りて「天気悪くなるなぁ」と思ったら丁度、豪徳寺の山門に白いネコがいて招いた。
それで「ああ、猫が招く」と中に入ったら、今いたところに雷が落ちた。
それを感謝して井伊家がその猫のことを大事にしてあげたという。
そこから「招き猫」という。
まるでスイカを太らせる為にかんぴょうに継いだような日本の文化、仏教文化。
こういうふうにして「何かに継ぐ」という発想を「習合」という。
この習合が意外や意外、日本人の心の中に深く根ざしているという今週。

神様や仏様、それが挿し木のように接ぎ木のように習合していく、挿されてゆくという、その面白さ、それが日本にはあるということ。
何でも接ぐ。
例えばこんなことがあった。
奈良の時代のこと、万葉集という歌集ができて、歌作りの名人・柿本人麻呂という方がいた。
この方が天気のいい冬の日、若き皇太子と一緒に狩りに出かける。
朝になったので「皇太子様、起きてください。猟に出かけましょう」というので奈良の大地を二人で疾走した。
明け方前の出来事だったのだが時刻がよかった。
その皇太子殿下と馬を走らせた瞬間に太陽がバーッと東の空から昇ってきたという。
「何か元気出るな」と言いながら柿本人麻呂が後ろをちょっと振り返った。
真後ろは月がゆっくりと西の空に沈んでいたという。
情景としていい。
それで彼は思わず歌を詠んだ。

東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ(「万葉集」第1巻48番歌)(〜頁)

新版 万葉集 現代語訳付き【全四巻 合本版】 (角川ソフィア文庫)



(番組内では少し元の歌とは違っている)
東の野に太陽が昇ってくる。
陽炎が揺れている。
「ああ〜!太陽が昇った!」
反対側を見ると西の空に月がゆっくりと沈んでゆく。
「東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ」
この歌を接ぐ。
これは奈良時代の歌だが、江戸時代にこの歌を接いだ人がいた。
(与謝)蕪村という俳句の人。
この蕪村が作った歌が「菜の花や月は東に日は西に」。

蕪村句集 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)



季節は違うが今度は朝日ではなくて夕焼けにして全く同じ情景。
真ん中に菜の花があって、月は東から昇ってきて西には太陽が今、沈もうとしているというから、真逆の春の歌になる。
面白い。
その時に「菜の花や月は東に日は西に」と言うと「なるほど。蕪村という人は万葉集を読んでいて本歌からこの歌を取ってこの句を詠んだ」と。
これが「俳句的教養」。
夏井(いつき)先生はこの点がうるさい。
だからその歌は何かの伝統に沿って自分のところに来たという。
これがいわゆる「習合論」「接ぐ」にそっくり。

戦後、まだ治安が安定しなかった
これは昭和の話。
それで作詞の先生(井田誠一)が「コミックソングで何か面白いの作りましょうよ」とレコード会社の人から乗せられて「じゃあ面白いの作ろう。どうだろう?公園か何かでアベックがいちゃいちゃしてる。それを若いお巡りさんがいて『早くお帰んなさい』という」。
(ここで本放送では「若いお巡りさん」が流れる)

若いお巡りさん



もしもし ベンチでささやく お二人さん(曽根史朗「若いお巡りさん」)

若いお巡りさんがいさめて

早くお帰り 夜が更ける
野暮な説教 するんじゃないが
(「曽根史朗「若いお巡りさん」)

と言いながら「日のあるうちにおうちに帰りなさい」。
これが戦後すぐヒットする。
この歌に対して接ぐ。
接いだ人が阿久悠という、これがもう戦後昭和史に残る大詩人。
この人は愛らしい若いお嬢さん二人に
(ここで本放送では「ペッパー警部」が流れる)

ペッパー警部 邪魔をしないで(ピンク・レディー「ペッパー警部」)

ペッパー警部



ということで反対。
若い恋人同士が「早く帰れ」というお巡りさんに反抗するという歌を作った。
これが「接ぐ」。
そうすると日本人はこの歌に声援・喝采を送る。
恐らく無意識だろう、と。
阿久悠というのはこういう「本歌取り」「歌を接ぐ」ということの名人だった。
久我美子さんと岡田英次さん、1950年・昭和25年。
戦争に負けて5年経ったというその時代に、若い男女がガラス越しにキスをするという大問題シーンを映画の中に展開した。
戦争に引っ張られていく哀れな若き学生の別れを映画にした。
その歌のタイトルが「また逢う日まで」。

また逢う日まで



阿久悠はそこに戦中の古いタイプの恋を見て、それを接いだ。
全く新しい恋人は笑いながら別れていく。
ダンダンダダーダダン♪ジョン♪という。
(ここで本放送では「また逢う日まで」が流れる)

また逢う日まで



そう考えると凄い。
原爆の悲惨さを歌った「長崎の鐘」。
(ここで本放送では「長崎の鐘」が流れる)

長崎の鐘



ああ 長崎の(藤山一郎「長崎の鐘」)

それを阿久悠は反戦運動があまり盛り上がらないというので和田アキ子を呼んで

あの鐘を鳴らすのはあなた(和田アキ子「あの鐘を鳴らすのはあなた」)

(ここで本放送では「あの鐘を鳴らすのはあなた」が流れる)

あの鐘を鳴らすのはあなた



という。
こういうふうにして「接ぎ木文化」。
こういうことが日本人は非常に巧み。
こういうところが日本人の面白さ。
この「本歌取り」というのはなかなか面白い。
これは内田先生の本なのだが、ここまで内田先生が書いてあることを一行も触れていない。
(この本には)「本歌取り」は書いていない。
阿久悠さんの歌というのも、我々は全然事情を知らないけれども、ヒットするというのはそういうことだと思う水谷譲。
接ぐとビッグヒットになり得る。
どこか一度耳の中を過ぎていった言葉がヒットの要因になり得るという。
よく聞くと「ちょっとパクってんじゃない?」みたいなのがある。
これは「パクってる」という意味で言っているのではない。
その典型がサザンオールスターズ。
一番最初のヒット曲が「勝手にシンドバッド」。

勝手にシンドバッド



「勝手に」も「シンドバッド」も阿久悠さんのヒット曲のタイトルの半分。

勝手にしやがれ



渚のシンドバッド



それに桑田(佳祐)君が習合した。
こうやって見ると日本文化は面白い。

ここからは内田先生が登場。
内田先生の発言を取り上げてゆこうというふうに思う。
日本宗教。
宗教のクセとして内田氏は「行(ぎょう)」を挙げる。

内田 もうひとつの日本宗教の特徴は、「行」を重んじるということではないかと思います。(40頁)

 カトリックの場合、体を鞭で売ったり、飢餓状態になったりとか、無言の行をするとか、ファナティックな行はありますけど、「カジュアルな行」ってあまり見かけないでしょ。日本は、行の種類が多いし、難易度もピンからキリまである。千日回峰行から朝のお勤めまで幅があるけれど、−中略−日本の場合、聖地巡礼は必ず観光とセットになっていますね。(41頁)

四国八十八か所とか、ちょっと見方を変えるとあれは観光。
観光の要素がある。
日本は宗教の中に観光を取り込んでいるという。
日本人は浄土宗だろうが浄土真宗だろうが禅宗だろうが、全部行ってしまう。
何の宗派か考えていない。
それでだいたいお寺さんの前には門前がある。
そこでお祭りをやったりなんかする。
お祭りは宗教行事なのだが、一種のカーニバル。
それでその宗教行事が終わった後、博多なんかは典型的で山笠という行事が終わったら「直会(なおらい)」がある。
何のことはない「一杯やる会」。
それを直会という。
それから「精進落とし」と言って、ここも一杯やる。
こんなふうにして日本は宗教のクセとして行の種類がもの凄く多い。
どこかエンターテインメントがかっている。
「打ち上げ」みたいな感じ。
祭りの要素とか気分転換の要素とか禁じていたものを一斉に食べていいとか。

伝統的な日本宗教文化から見れば、「信じる宗教」だけじゃなくて、「行う宗教」とか「感じる宗教」みたいな文脈も、とても豊かに息づいているわけです。(42頁)

これは釈(撤宗)さんがおっしゃっている。
更に内田氏はかぶせて

それこそ薄皮を一枚一枚剥ぐうちに、毎日毎日、淡々と「行」を行なってゆくうちに、次第に心身が宗教的に熟していって、その熟成度に見合ったかたちで、霊的感受性が深まり、世界の捉え方が宗教的になってゆく。それが「日本宗教のクセ」といったらクセなんじゃないですかね。(43頁)

入ったからバッと変わるんじゃない。
そういうことをおっしゃる。
何でこんなに外国の人が日本に増えたか?
これは若い皆さんはピンとこないかも知れないが、武田先生が少年や少女と呼ばれた頃、日本は「極東」と呼ばれていた。
世界の果て。
そして学校の先生からは「日本のことなんか知りませんよ。ハンガリーの教科書に載っているのは『フジヤマ』『ニンジャ』『ゲイシャ』です」とか。
「いつの時代?」という。
それがこの数十年で猫の神社を見に豪徳寺にドイツ人がいる。
京都とかだったらわかるが。

面白いことを娘から教わったので武田先生もちょっと調べてみて驚いたのだが、これは間違いなくいるらしい。
青森の恐山。
本当に地獄の風景。
真ん中に湖があって三途の河原というのがあって石がいっぱい積んである。
武田先生は3〜4人で行ったことがあるが、幼くして死んだ子供の為に「賽の河原」という河原があって、そこにいっぱい風車がびっちり。
そこをコンサートに行ったついでに男3〜4人で歩いていたら風が吹くたびに風車がカタカタカタカタ…と回る。
それは本当に「あの世か」と思わんばかり。
人影が薄い季節だったのでそれだったが、夏になると恐山祭りというのがあって、名前が違うかも知れない(恐らく「恐山大祭」)が、とにかくお盆の頃、そこに外国人観光客がいっぱい行っている。
あの恐山に何をしに行くか?
体験型観光だから。
初夏の頃らしいが、7月、8月ぐらいに恐山祭りというようなお祭りがあるのだが、そこにイタリア人の観光客が集団でやってきて「もうすぐバズるんじゃないか」という評判で。
一体恐山で何がバズるんだ?
イタコ、口寄せ。
それも理解できない。
それを体験する。
これは団体のお客さんがいて、それはイタリアのお客さんなのだが、恐山の魅力にハマってしまって集団で行っている。
それで東北弁の理解できる日本語話者が一人付いていて、口寄せ名人で有名な人がいるらしい。
その人がイタリアのお客さんのリクエストに答える。
例えばイタリアのお婆ちゃんがいて「父親のマルコに会いたい。ボンジョールノ!ボンジョールノ!マル〜コ!マル〜コ!」という。
「マルコさんに会いたがっておられます」と言うと「ああ〜あぁぁ〜〜〜!」。
イタリア人は日本の地に降りてきてくれる。
恐山イタコをバカにしてはいけません。
凄いパワーでマルコを降ろす。
娘に東北弁でマルコが語る。
「元気にしてっか?ああ」とかと言いながら。
それを聞きながら青森弁話者がイタリア語で伝える。
(通訳としては「青森弁→日本の標準語→イタリア語」かと思われるが)
そうしたら泣くそうだ。
マルガリータというお婆ちゃんが「マル〜コ!マル〜コ!」と言いながら。
本当にあるらしい。
それでこの方が今、ひっぱりだこ。
これはイタリアの方に申し訳ないし、イタコの方にも申し訳ないが「ルール破りじゃないか?」と。
やはり恐山といえば寺院だから。
そこにキリスト教系の方が来て死者を呼び降ろすという。
「大丈夫かいな?」と。
でもイタリアの人は「だから日本は素敵なんだ」と言った。
「そんなことやってくれるところ、イタリアにある?ローマ法王(正確には「教皇」)にマルコ呼び降ろしてとか言っても『ノン』とかって言うのよ。それに比べて日本はイタコの婆さんが『マルガリータ!マルガリータ!せばよ〜!たすけまいね〜!』」
日本は柔軟だと思う水谷譲。
イタリア人の人にとって驚愕すべきは宗教というものをここまでエンターテインメント、「死者に会わせてくれるなんていうエンターテインメントが世界のどこにあるんだ?」という。
「宗教はエンターテイメントにしてはダメだ」という人もいるかも知れない。
しかし、この国では現実にイタコというお仕事が青森にある。
この人達はもの凄く厳しい修行をして、いわゆる「行」を積み重ねて宗教的感度、感受性を上げた人。
その人達が「神様が違うからといって呼び降ろせないということはない」という確信。
凄い文化。
このあたり、日本の面白さというのを日本人自身が今、探すべき時に来ているんじゃないかなというふうに思ったりしたので今回、この内田先生に再登場願ったのだが。
その大きな原因として、これはまた日本人が自ら考えるしかないのだが「何で日本がこういう人間を縛らない宗教観を持つようになったか?」

内田−中略− 日本宗教の一番根っこにあるのは「天皇制」」ですよね。(50頁)

戦国時代、激しく領土を争った、武力で人を倒すといういわゆる「武」の人達がいた。
領地以外の街道、海、浜、河川敷。
そういうのは山・川もそうだが「神が住む場所」として支配権が武の人達に握られなかった。
誰が握ったかというと「天皇」。
天皇は身分を持たない人達のバックアップで、その人達の通行を可能にした。
そういう社会のどこにも縁のない「無縁」の人達の自由を担保した。

海民、山民、鍛治、楽人、−中略−歌人、−中略−などなどが、それぞれの職能を生業として広範囲を移動したわけです。その際に、−中略−自由通行の権利を彼らに保証していたのは原理的には天皇だったんです。(50頁)

そうやって考えると使い道がある。
「使い道ある」というのは失礼な言い方だが。
そういう裏側の力が天皇家によって支えられているという、これが実は日本の習合という文化に根差しているのではないだろうか?

(「日本宗教のクセ」を)読みながらいろんなことを考えた。
日本というのは独特の国ではなかろうか?
鍛冶屋さんとか宮大工さんとか庭を作る人とか、そういう方達も全部天皇の権威を背にしているので、独特の形を作った。
京都のお寺なんかに行くが、あれは庭師の人が作ったワケで抽象的。
砂を海に見立てたり、ああいう文化を作った人達はやはり天皇の権威というのを背にしていたから、今までちゃんと残ったのだということ。
そして明治維新だが、下級武士が引き起こした明治維新。
これは天皇を担いで「王政復古」という先祖返りを革命にした。
この先祖返りで巨大な大国、中国の清、或いはユーラシア大陸の覇者ロシアにとりあえずは勝利し、或いは引き分けに何とか持ち込んだ。
だから天皇という権威というのがもの凄く近代化には役に立った。
しかしその後はどうかというと、その勢いでうぬぼれていて世界に挑んでアメリカ民主主義に惨敗した。
コテンパンにやられた。
ところが日本は凄いことにそのアメリカへ習合、これをかんぴょうとしてスイカの日本が接がれた。
資本主義、これを学んで経済を営んでいる。
天皇というのは何者なのだ?
武力を持っていない。
昔は「近衛兵」という天皇の軍隊があったのだが、今はそんな存在ではない。
プーチンとは違う、習近平とは違う。
でも力を持っている。

これは門脇佳吉や河合隼雄氏が言っていた「中空構造」の問題ですね。(30頁)

「中身が空っぽだ」「だから上手くいくんだ」と。
ところが「中空構造」、中身が無いからイライラした頭のいい人がいて大江健三郎という方。
「あいまいな国、日本」とか。

あいまいな日本の私 (岩波新書 新赤版 375)



三島由紀夫さん。
左に傾く日本のことをもの凄く苛立って、ああいう最期を遂げられたワケだが。
内田樹先生と釈さんは面白い人で、三島も大江健三郎もロゴス的である。
ロゴス、言語的である言葉的である。
だからあいまいとか矛盾とかを許せない。
でも天皇というのはどう考えても矛盾なのだ。
非常に聖なる存在でありつつも卑しいものと最も接近しておられる。
「事実であり事実ではない」という矛盾を天皇は平気で認めるという。
内田氏は「ロゴスで築いてきた人間の文明が、今、ピークアウトしている、終わりつつあるのではないか?世界を見回すと、戦争がもうロゴス、言葉では治まらない。とにかくロゴスで築いた民主主義、或いは共産主義、そういうものが崩れつつあるんじゃないか?」という。
武田先生も「そうかも知れないな」と思う。
では次はどんな時代が来るかというとロゴスではなくて「レンマ」の時代。
レンマとは何かというと直感の時代。
感覚や原始的な判断。
そういうものが人間に求められるという時代が来るのではないだろうか?
凄く面白い例え。

 孟嘗君は「食客三千人」と言われましたけれど、その中には「泥棒の名人」とか「鶏の鳴きまね名人」というような何の役に立つのかわからない食客もいました。でも、後にこの泥棒が盗み出した宝物のおかげで王の怒りをとりなし、鳴きまね名人のおかげで、まだ夜なのに函谷関の門番に「もう夜が明けた」と思わせて、追手から逃れることができた。これが「鶏鳴狗盗」という故事ですけれども、まさに「そのうち何かの役に立つかもしれない」と思って徒食させていた食客たちが孟嘗君の危機を救った。(56頁)

これが「習合」と「レンマ」「直感」の知恵。


2024年03月09日

2023年8月14〜16日◆〔夏休みの宿題〕ひとりあそび

(二週間で三冊を取り上げたのだが、その中の一冊目の本の箇所に該当する三日間の部分だけを抜き出した形で掲載する。二冊目は「放っておく力」三冊目は「極意を目指して」

(これが放送された当時)夏休みの最中ということで、もしお聞きの若い方がおられたらこれから二週間、君達の為の「(今朝の)三枚おろし」にするので是非聞いていただきたいというふうに思う。
この本、面白いなと思った。
「ひとりあそびの教科書」河出書房新社、(著者は)宇野常寛さん。

ひとりあそびの教科書 (14歳の世渡り術)



副題は「14歳の世渡り術」。
(副題ではなく、この本を含むシリーズの名称)
この宇野さんという方が14歳の少年や少女の為に書いた一冊。
武田先生は70(歳)を超えているから、そういうのに比べると、非常に若い方が少年と少女に特化して世渡り術を教えるという。
14歳というと中学校二年生ぐらい。
「この世代に向かって言いたいことがある」と。
この宇野さんがおっしゃりたいのは「世界のしくみがもの凄い勢いで今、変わりつつありますよ」という。

 いまの世の中を一番強い力で動かしているのは、このグローバリゼーションとコンピューターの発達が組み合わさった分野の産業だ。(17頁)

携帯電話は2000年には世界人口のうち約12.1%しか普及していなかった。しかし2013年の普及率は90%を超えていて、さらにその10年後の現代(2023年)で人々に使われているのは、そのほとんどがスマートフォンだ。(18頁)

道具に関してこれほど変わり身の早いサルは、サルの中でも人間のみ。
ここで一番大事なことで、武田先生が余計なことを付け足すが、このグローバリズムとコンピューター、そして情報機材の発達。
これが中国、或いはインド、アジアの後進国、これを急速に発展させた。
日本は文明開化をやっている。
それでどこから通信が始まったかというと、電信柱から始まった。
狭い国土の中、一本一本電話線を引いて、電気の線と電話線と引いて、受け付けのお嬢さんが線を繋ぎ合わせて声を届けたという。
それがもう今や・・・
中国は電信柱の苦労を一切していない。
武田先生が言いたいのはそれ。
(中国にも電信柱は)あるが、街ができていくたびに電信柱が伸びたという電信柱ではない。
圧倒的に中国を支配したのはスマートホン、携帯電話の系列。
つまり、どこか基地局が一局あって。
だから国民一人一人に目が届く。
日本は一本一本電信柱を立てるところから通信事業・電気事業が始まったという。
そういう苦労を一切せずに成功させたのが中国だが、これもやはりコンピューターとグローバリズム。
「世界の知恵を集めた」という、いいとこ取りだったという、それが強みに今、なっているワケだが
ところがこの宇野さんがおっしゃっているし武田先生も同感なのだが、このグローバリズムというのがつまづいた。
何でつまづいたか?
一つはコロナウイルス。
つまり「あまり互いに個人が国をフラフラ旅をして歩けるようでは、あっという間に感染症は広がりますよ」という。
昔は数か月かかった感染症のスピードが最近は一週間、十日で世界を一周できる。
こういうウイルスの感染の度合いも速くなった。
そしてもう一つはウクライナ・ロシア戦争。
ロシアの人達が始めたものだから。
世界は二つに今、分かれている。
それは個人を大事にするか、全体を大事にするか、その戦い。
個人を大事にするのは、我々、日本も属しているが民主主義。
そして「全体を大事にしよう」というのが専制主義の中国とロシアになるワケで、ウクライナの人々が一番欲しいのは「個人の自由」。
今、いろんなことがあふれ出していて、「何が正しい」とか「こっちがいいぞ」とかというのは言えなくなった。
「みんなが言う方がいいんだ」という人がいる。
「いいや。ひとりを大事にしない限り何の為のみんなだ」という、そういう考え方。
それが今、ぶつかっている。
今、世界の問題を煮詰めると、宇野さん曰く「ひとり」というのをどう意味づけるか?「ひとり」というのをどういう価値を置くか?
「ひとり」って一体何だ?
どうすれば「ひとり」ということができるんだろう?
宇野さんは若い14歳の少年や少女達におっしゃっているのは、人間の「ひとり」の一番重要なことは

 このあたらしい世界では、人間の仕事は「コンピューターにはできないこと」になる。(20頁)

「ではひとりでできることとって何?」と訊いたら宇野さんは「ひとりあそびできるかどうかだよ」。
「なるほど。『ひとりあそび』か」とこの方の本を読み続けたワケで。

宇野常寛さんがお書きになった「ひとりあそびの教科書」、副題「14歳の世渡り術」。
河出書房新社の一冊。
非常にわかりやすい本で。
写真も多いし。
読みやすかった。
それと、こういう方に自由に本を書かせる河出書房は素晴らしい出版社。

この宇野さんのおっしゃっていることは何か?
人間というのはどういう価値があるんだ?どういう意味があるんだ?
コンピューター時代だけれども、コンピューターにできないことをできるのが人間だとすれば、人間にできることは何?
宇野さんは「それはあそびだよ。ひとりあそびができるかどうかが人間の基準なんだ」。
私達の基本は「ひとりあそびできるかどうか」。
ひとりあそびができる人のトップバッターで「この人は偉いな」と宇野さんが褒めてらっしゃるのがスティーブ・ジョブズ。
この人はあまり周りの人と上手くできなかったようだ。
何で遊んでいたかといったらコンピューターで遊んでいた。
つまり「コンピューターで遊んでいる」という「ひとりあそび」ができた。
そういう人だからコンピューターの開発ができたのではないか?
何かそういう発想が面白いなと思って。
では「ひとりあそびができない人」はどんな人になるかというと、やたらと人を使う。
ひとりあそびをやることが、実は今、私達がこれから人生を生きていく中での基本なのではないか?
この宇野のお兄さんが14歳の少年や少女に「いいこと言うな」と思うのは

 そもそも「あそび」とは「何か」のためにやることじゃない。それ自体が「おもしろい」「楽しい」からやるものだ。何か目的をもってしまった時点でそれは「あそび」じゃない。(47頁)

それをやっていると何かが上達するとか、「あの人が凄いって褒めてくれる」とか、その為に遊ぶんだったらそれは「あそび」ではない。
自分が楽しいかどうか。
それだけが大事なんだという。
周りの評価が欲しいんだったらば、それはもう遊びではない。
練習。
この宇野さんのシンプルさで「じゃあ、ひとりあそびってどうやればばいいんですか?」「自分でどうやって楽しめばいいんですか?」と訊いてきた14歳の少年や少女に宇野さんが本の中で勧めていることが非常にシンプル。
走ること。

 僕は30歳になったばかりのとき、自分でも気がつかないあいだにとても太ってしまっていて、あわててダイエットしたことがある。(45頁)

ダイエットで走り始めた。
ところが走っているうちにもうダイエットなんかどうでもよくなった。
走っていると街の様子が分かるし、上り下りがわかるし、季節の変化がわかるし、風の吹き方がわかるし。

最初は3キロメートルでもつらいと思うかもしれないけれど、週に1度か2度のペースで2、3か月くらい続けると、5キロメートルや7キロメートルを走っても平気になっていく。1年もすればたいていの人は10キロメートルくらいは知らないと物足りなくなるだろう。(76頁)

 走る時間は、やはり朝がオススメだ。(77頁)

(これ以降は本の内容とはかなり異なる)
この方は「ただ走ってるだけじゃつまん無ぇだろ?」。
何せ14歳の少年や少女達に言っている生きる術、生存術を説いておられるから。
走りながら虫を探せ。
一人でグルグル走っていると、カブトムシがいる森とか林、公園が必ずある。
それを探していくだけで会話がなくても、もの凄く楽しくなる。
それが自然の世界の素晴らしさで「つまらない」なんて思うことは絶対にないから。
それから物の収集。
「どんなにつまらないものでもとりあえず集めてみようよ」
この人がやり始めたのが仮面ライダーのグッズ。
この人はどんどんいろんな方向に行く。
仮面ライダーは凄く長い物語で、この著者の宇野さんでさえ、仮面ライダーの歴史の真ん中ぐらいに生まれた人。
水谷譲はワリと初期の仮面ライダー。
武田先生達は仮面ライダーは思い出がある。
好きだった。
「バッタの顔をしている」というのが何ともはや、好きだった。
やはりヒーローだから男の子も女の子も好きだったと思う水谷譲。
その仮面ライダーの歴史をずっと辿りながら「小さなグッズでいいから集めてごらん」という。
オダギリジョー、佐藤健、藤岡弘、竹内涼真。
だから「つまらないことでいいから無我夢中で何かを追いかけてごらんよ」という。
スタートは善と悪とが闘うヒーローものだが

『仮面ライダーアギト』という作品が−中略−サイコサスペンスと呼ばれるドラマ−中略−の物語の要素を取り入れたものだとわかった。(132頁)

「話の持っていく先がわからない」と言って水谷譲がしきりに首をひねっている。
とにかく「ひとりあぞび」。
何でかというと、ちょうど夏休みの最中。
だから夏休みの最中に早起きしてラジオ体操帰りの少年や少女達に聞いていただければいいなと思ってこういう話を。
何か上手く言えないが、この著者、宇野さんがおっしゃる「ひとりあそびできないとダメだよ」というのはもの凄く大事なことだと思う。
「ひとりであそぶ」
では何をして遊ぶか?
「走ればいいじゃん。走るのに飽きたら虫探せばいいじゃん。それから走りながら駄菓子屋さんに寄ってガチャポンでもいいから小さな安いものをたくさん集めるという収集を一人で楽しめばいいじゃん。その中で仮面ライダーなんか面白いよ。あれは『200円で買えるアート』なんだ」
水谷譲も(仮面ライダーは)小さい頃見ていた。
(原作者は)石ノ森章太郎。
石ノ森章太郎は何であんなに漫画の絵が魅力的なのか?
石ノ森章太郎は陰影がはっきりしている。
漫画の中に光と影がある。
「佐武と市(捕物控)とか、「サイボーグ009」でも明るい部分と暗い部分がある。

佐武と市捕物控(1) (石ノ森章太郎デジタル大全)



サイボーグ009(1) (石ノ森章太郎デジタル大全)



武田先生は石ノ森章太郎が描く入道雲が好き。
明暗が凄くあって「もうすぐ雷が鳴って、雨が降り出すぞ」という入道雲を描く。
「何でかな?」と思ったらあの人は東北の人。
だから夏を描く時に明るさと暗さで描く。
武田先生はそのセンスが凄く好きで。
昔、石ノ森章太郎の記念館があってそこに一回遊びに行ったことがあって。
一生懸命石ノ森記念館を盛り立てようする人達がいて、そこをプラッと寄っていたら会館の人に「あっ、武田鉄矢だ」と気付かれて、気付かれないようにそこを見て表を歩き出した。
石巻の町に出た。
そうしたら後ろから(会館のスタッフの)女の子が追いかけてきて。
そのお嬢さんが「サイボーグ009」と同じ格好をしている。
それでちょっと北の訛りで「お茶でもいかがかと思って。館長がお茶でもどうぞと言ってますから、ちょっと寄ってみてください」とかと言われると何か泣けてきてしまって。
その時に石ノ森章太郎さんが北で体感した風とか日差しとか、そういうのをもの凄く感じた。
石ノ森章太郎という人も、ひとりあそびでバッタを捕まえて遊ぶうちに、あのデザインを思いついたのだろう。
「変身!」と言いながらバッタに自分がなって空中を飛ぶというのは素敵なイメージ。

夏休みにゴロゴロしている少年や少女がいるのではないかと思ってこんなテーマを取り上げてみた。
少年や少女達の先輩である著者は、ひとりあそびを次々と提案する。

『三国志Z』というコンピューターゲームだ。−中略−
 プレイヤーは、その時代を生きた武将たちからひとりを選んでプレイする。劉備や曹操や諸葛孔明といった有名な武将を選ぶこともできれば
(173頁)

「テツヤ」というキャラクターを作って曹操の子分にして潜り込ませる。
ロールプレイングゲーム。
そのテツヤの働きがいいと、曹操が褒めてくれて、部隊をたくさん任せたりしてくれるという、そういう展開ができる。
これは頑張ってやると中国の歴史をひっくり返してテツヤが三国志の天下統一をやる、そういう流れも作れる。
天下がとれたらもう一回またオリジナルの武将をつくって、このゲームに参加させる。
するとガラリと変わった中国の歴史が、自分なりの中国の歴史ができる。
このゲームを見たら習近平は怒るだろう。

「機動戦士ガンダム ギレンの野望」というシリーズがある。これは先ほど説明した「三国志」シリーズのようなゲームが、アニメ『機動戦士ガンダム』シリーズを舞台に展開するものだと考えればいい。(178頁)

「信長の野望」「ギレンの野望」「アクシズの脅威V」
これもゲームのストーリーから自分の作ったキャラをゲームそのものに潜り込ませて違うゲームに作り替えることができる。
本当に申し訳ないのだが、ここに上げられたゲームは武田先生は何一つ知らない。
仮面ライダーで終わってしまっている。
「私が知っているのはインベーダーゲームとストリートファイトだけです」と(武田先生のノートに)書いてある。
このお兄さんが言っているのは「そこまであそぶんだ」という。
「何をするにも群れるのではなくて、ひとりでとりあえずやってみな」ということ。
そのことはちょっと遊びの常識としてとても大事なのではないかと思って、あえて紹介してみた次第。


2024年03月05日

2024年1月8〜19日◆ストーカー(後編)

これの続きです。

(著者は)ブラン・ニコルさん、青土社から出ている「ストーカーの時代」。
これを三枚におろしている。
大変申し訳ないが、このブランさんがアメリカに於けるストーカーのことを語っておられて、アメリカでのストーカー映画の紹介をしているのだが、そのうちの50本話しているとすると3、4本しか見ていないものだから、何が書いてあるのか全然わからない。
だからストーカーを事細かく分析した映画のところは説明する能力がないのでスッ飛ばしている。
ただ、この方がストーカーの本質について語り出したところから急激に面白くなる。
このブランさんは、現代のショービジネス、日本の芸能界でもそうだが、実はストーカーというのを人気の牽引力にしているのではないか?という。
ストーカーみたいな人というのを作っていかないとアイドル戦線というのは盛り上がらない。
だからストーカーとアイドルの関係というのは表裏一体ではないか?
昔でいったら「親衛隊」とか「おっかけ」だと思う水谷譲。
ストーカーの特徴の「おっかけ」を日常の行動としてやるワケで。
それからもうテレビでも言ってしまっているから言ってしまっていいのか。
武田先生が「モーニング娘、じっとして歌え」という、そういう歌を作ったことがあるが、
(海援隊「ダメージの詩」の「茶髪の娘が踊りながら テレビで歌っている あまりの動きの素早さに 見ていて疲れるじっとして歌え」を指していると思われる)
モーニング娘の人と話していたら、ゴミなんかが凄い。
(熱狂的なファンが)ゴミを持っていく。
ストロー、使ったティッシュから何から持っていく。
三文字のアルファベットのアイドル達なんかはストッキングは捨てられないわ何は捨てられないわ。
そういう生活を送ってらっしゃるのだろうが、大変申し訳ないがそういう人達が彼女達の人気を牽引しているワケで、一人でCD・レコードを50枚、100枚買ったとか、投票権を何枚持っているというのがステータス。
握手券とか。
武田先生達のような先発の芸能人にはよくわかりかねるような、そういう人達との結び付き。
このブラン・ニコルさんの説の中で実は現代のショービジネス・芸能界に於いて短時間で成功するコツは他人の幻想を助長し妄想の対象になること、つまりそういうストーカーのファンを増やすことが必要なのである、と。
つまり何十人もの無我夢中のおっかけを持っているということが人気があるんだとか、テレビ業界も全部それで動く。
作品の内容よりも、その子が出ていればそれでチャンネルを合わせてくれるという。
そういうファン層とか固定層を持っているというのは現代の視聴率で競う世界では力になるワケで、テレビ局が高い評価を与えるのは当たり前。
その人の本当の姿などよりも、その人のイメージ、或いはその人のキャラ、容姿へのこだわり、そのようなポップカルチャーが繁盛する為にはストーカーが必要なのであるという。
そのあたりから武田先生は考え込む。
もしかするとストーカーは芸能界が作っているのではないか?という。
境目はわからないが紙一重なところはあると思う水谷譲。
それで武田先生にはわかりかねると思うのだが、逃げられない。
「オマエもそういうものにあやかって生きてきたんじゃないの?」或いは「今、生きているんじゃないの?」「その反省はオマエもしてた方がいいよ」。
ストーカーの人の立場に立ってみれば

「どのようなものでも得る資格がある世界で、私はなぜあなたを得ることができないのか?」に従った結果だと考えられるだろう。(102頁)

コーラ、マシュマロ、ファストフード。
それと同じようにアイドル、タレント。
ここにストーカーの本質があるのではないか?
何が言いたいかというと、ストーカーが出てくるには出てくる基盤が必要で、これが都市生活者。
吉幾三を追っかけ回すストーカーは見たことが無い。
わからないがいるかも知れないと思う水谷譲。
あの人が「ストーカーに自宅をいたずらされた」というのは聞かなかったもので、使ってしまったが。
一発当てた吉幾三。
自分の古里に大理石の御殿を建てて、ご近所のお百姓さんの方が吉のところの豪邸のことを「ホワイトハウス」という名前を付けた。
立派な石造りの白い石。
彼も「千昌夫の跡継ぎだ」とかと胸を張りたかったのだろう。
冬場、家に帰ったら家が見つからない。
雪に埋もれて。
全部真っ白なので自分の家が見えない。
「俺この辺りに家建てたんだよ!」と言いながら。
多分ネタ。
その話が武田先生は大好きだった。
「見つから無ぇんだよ。ホワイトハウスが雪に埋もれてよ!」
面白いことがいっぱいある。
アイツが「島、買わ無ぇか」と武田先生に話しかけてきて「おい、鉄っちゃんよ、島買えよ。いいとこ。ハワイ押さえたんだよ!俺が」。
「どんな島だ?」「子供喜ぶよ。後ろ火山だよ」「裏庭に火山がある」と言って。
「マグマが吹いてんだよぉ」
誰が買うか。

ブラン・ニコルさんがお書きになった「ストーカーの時代」なのだが、ニコルさんは、ストーカーは発生条件として都市生活者である。
これはちょっと武田先生が日本風に意訳したのだが、ストーカーを発生させる為にはコンビニがないとダメで。
コンビニは必ず週刊誌が売っていて、「文春」「新潮」「FLASH」そういうものが並んでいないとストーカーは出現しにくい。
何故かというとニュースメディア、或いはスキャンダル雑誌、或いは私立探偵等々の仕事、尾行、絵を撮るヤツと録音するヤツの隠し撮り、それから盗み撮り、そういうことで職業としてその人を尾行して、その人の素行を洗うとかそういう仕事が仕事としてあるところにストーカーは発生しやすい、という。
津軽平野で電信柱の陰に隠れてずーっと見張っているということはもう雪が降り出したら不可能。
雪男とか雪女になってしまう。

これは本当に余計な話だが武田先生は思っている。
今「文春砲」というのがある。
これは一発当たると個人の生活は粉々に砕け散る。
ニュースメディア、或いはスキャンダル雑誌という。
「何であんなにスキャンダルを好むんだろう?」と思う。
あれはやはり一発のスキャンダルを掴む為に取材費は相当カネがかかるようだ。
相当の取材力もある。
あの執拗さは一体何だろう?
これは文藝春秋の歴史を調べていて思ったのだが、あれを始めた人はご存じの如く菊池寛という作家さん。
菊池寛の友達が芥川龍之介だったりする。
菊池寛というのは何で月刊誌の中にスキャンダルを盛り込んだのか?
文学者。
菊池寛という人の物語を読みながら思ったのだが、菊池寛がスキャンダルで暴くというともう創刊号からやっている。
それで評判を呼ぶ。
「もっと違うスキャンダル知ら無ぇか?」と尋ねてくるのが芥川龍之介。
つまり、菊池寛も芥川龍之介も何を思ったかというと「スキャンダルの中に見る人間の手触り」みたいなもの。
そういうものを文学作品に生かす為には、ネタとして人間のスキャンダルが必要だった。
芥川なんか、もの凄く「あのスキャンダルどうなった?」と言いながら訊いたらしい。
だから芥川の作品で、時代が置き換わっているが「羅生門」とか「藪の中」とかというのはスキャンダル。

藪の中・将軍 (角川文庫)



強盗が貴族のお姫様を暴行してしまう。
或いはみんな嘘をついていてどれが本当かわからないというのを「藪の中」という、それを映画化したのが 黒澤(明)で、「羅生門」というタイトルを付けたら嘘ばっかりついていてどれが本当かわからないのを英語で「rashomon」と言う。

羅生門 デジタル完全版



つまり、スキャンダルの中には文学が目指す人間の手触りがある。
そうやって考えると文春さんが凄く頑張られるのも、新潮さんがスキャンダルに関して頑張られるのもその文学というものを一番奥底に秘めているのはスキャンダルだからではないか?という。
「映画もまたしかり」で、ストーカーは映画の格好の素材になり得た。
これは一番最初にお話しをした1971年、スティーヴン・スピルバーグ、これは映画デビュー作。
これは若い人に見て(欲しい)。
面白い。
スピルバーグの「激突!」。
スピルバーグの才能。
田舎町を走る車がある。
これが中央車線をのろのろと走って行くディーゼルトラック、コンボイが邪魔でパッパー!とクラクションを鳴らして追い越す。
この追い越した瞬間から恐怖が始まる。
それはコンボイがずっとこの車をいわゆる「煽り運転」だけではない。
鉄道が走るので遮断機の前で止めている。
そうしたらコンボイが列車通行中にも関わらず後ろから押す。
あれは怖かった。
それで最後が凄い。
この車対車といってもコンボイという巨大なトラックと乗用車の対決があって、最後にコンボイは千尋の谷に落ちてゆく。
一体何ゆえの憎悪だったのか全くわからないという。
これがまさしく現代の恐怖。
人から憎まれる理由がわからない。
その真ん中に実は「ストーカーの憎悪」というのがあるのではないか?と。
この、いわれのない全く身に覚えのない憎悪を突然人から受けてしまうという「煽り運転の恐ろしさ」みたいな映画だったのだが、この全く逆というのがあって、昨日の「激突!」は「いわれの無い憎悪」だったが、今度は「いわれのない愛情」を受けることがある。
見知らぬ人から動機もなくとにかく愛されてしまうという。
これは怖い。

エロトマニア(恋愛妄想)がそうで、これは逆の全ての証拠があるにもかかわらず、患者が誰かが自分に恋していると完全に確信している状態である。(140頁)

エロトマニアたちは−中略−「私の愛する人は、私を憎み傷つけたいと思っているように見えるかもしれないが、本当は私を愛している」。(142頁)

それは性的欲望以上のものである。同時にまたそれは性的な愛や「プラトニック・ラブ」以上のものである。(146頁)

何というか、ほとんど狂気であるという。
「エロトマニア」、動機もなく人のことを好きになり恋の相手にしてしまうという。
これをブランさんは「これこそポップソングの原点ではないだろうか?」。

一九八三年のポリスのレコード「見つめていたい」は、よく美しいハートフルなラブソングと誤解される。−中略−この歌が多くのストーキング・スリラーやストーキング研究のタイトルとして使われる理由である。(147〜148頁)

(ここで本放送ではポリスの「見つめていたい」が流れる)

見つめていたい



そうやって考えると、今流行っている日本のJ-POPもストーカーの心情ではなかろうか?という。
ずっと後ろから女の子を付けていくような歌。
女の子が男の人を待ち伏せしている(ような歌が)あると思う水谷譲。
抗議が来るのであまり具体的に言うのは辞めた方がいい。
これが面白くて著者はこれもまかり間違えばストーカーであるという映画がある。
有名な映画。
(ここで本放送ではサイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」が流れる)

「卒業」である。(149頁)

卒業 [DVD]



「卒業」という映画はストーカーの映画ではないだろうか?
ベンジャミン・ブラドックが実家に帰ると、そこで青年ベンジャミンを誘惑する熟女がいる。
ミセス・ロビンソンという人がいて、この人と肉体関係を持ってしまう。
それに困ったことにこの不倫相手、ミセス・ロビンソンが自分の娘のエレーンを紹介してくれる。
ベンジャミン・ブラドックがエレーンに一目惚れしてしまう
それでその母親との関係もありながら、エレーンが諦めきれずに彼女のことを追いかける。
エレーンはベンジャミンと母親の関係を知っているので、別に男の人を好きになって、その人と結婚をする為に遠くの町に去ってしまう。
それをベンジャミン・ブラドックが追いかけていく。
それで彼女が生活しているのを花壇の向こう側から眺めている。
彼女が何気なく歩いているのをジーっと(ブラドック役の)ダスティン・ホフマンが見つめていて
(ここで本放送ではサイモン&ガーファンクルの「スカボロー・フェア」が流れる)

Are you going to Scarborough Fair?(サイモン&ガーファンクル「スカボロー・フェア」)

という。
でも、あの流れてくる歌を「スカボロー・フェア」にせずに「ジョンジョンジョンジョンジョンジョン・・・♪」とかという「ジョーズ」にしたら完璧なストーカー。



この映画の有名な結末は、ブラドックがエレーンとカールの結婚式を中断し、式場で半狂乱になって彼女を略奪し、ふたりで駆け落ちするシーンである。(150頁)

旦那さんは止めるわ、ミセス・ロビンソンも止めているのに、十字架を振り回す。
それを錠前にして出られないようにして逃げる。
花嫁と奪った男、という。
それで夕暮れのバスに二人で乗り込んで夕闇に向かって去ってゆくバスをラストにして
(ここで本放送ではサイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」が流れる)

Hello darkness, my old friend(サイモン&ガーファンクル「サウンド・オブ・サイレンス」)

という詞が流れる。

サウンド・オブ・サイレンス



単なるハッピーエンドではないところが深いところ。
でもあれは最後がなければ本当にストーカー。
最後にエレーンが「警察を呼んで!」とか言われれば、あれはストーカーで終わっている。
「なるほど。『卒業』はまかり間違うとストーカーの映画か」と思い当たった時、(武田先生の)頭の中に稲妻が走った。
「あっ!俺がやったあの作品も、あれもストーカーの物語じゃないか!」
「101回目のプロポーズ」

101回目のプロポーズ [DVD]



前の死んでしまった恋人のことが忘れられないという女性(矢吹薫)につきまとって武田先生(星野達郎)はトラックの前に飛び出すわ何するわ。
「僕は死にません」なんて言いながらトラックの前に飛び出すなんていうのは。
(ここで本放送ではCHAGE and ASKAの「SAY YES」が流れる)
もう、ストーカーとあまり変わらないじゃないか?
しかもタイトル曲がもうストーカー。
ドラマの合間に流れたあの主題歌。
「SAY YES」

SAY YES



だって「SAY YES」は日本語で訳せば「はいと言え」。
脅迫的、暴力的な主題歌だった。
愛というのはどう見てもストーカー行為でできているという。
この解釈。
この本に書いてあった、このブランさんの指摘だが、私達はストカーの文化の中に実は生きているのだ。
このブランさんのご意見にちょっと武田先生も思うところがあって、恋愛はストーカーまで行かない、ただ一点の自分を持っていないといけない。
それは恋している自分を笑えるか否か。
その人に振り回されている自分を「バカだなぁ」と大人の笑いを浮かべられるかどうかがストーカーに行くか行かないか。
エレーンを求めたベンジャミンも薫さんに恋をした星野達郎、それもどこかで自分をどこかで自分を笑っていた。
ダスティン・ホフマンのあのラストシーンの絶妙な笑顔。
ただ単に「恋を必死に貫いた男」というよりも、「ここまで好きになってしまった自分がおかしい」という。
それを自覚できるという。
自分のバカさ加減をきちんと認識できる。
それが苦笑いの自嘲となって「一歩踏み出さない自分」という自分というのの確認のポイントではないだろうか?
だから一番最初に申し上げたように、女の人が去っていく、追わない、後ろ姿を見ている。
そこに歌が生まれてくる。
ストーカーとは何かというと

 私はコントロールを断念する
 私は私をコントロールする必要がない
 私は他者に依存するようになる 私はその他者が必要だ
 その他者は私を必要としない
(191頁)

一歩下がって「私は私をコントロールできる。私はあの人を必要とする。あの人は私を必要としていない」。
そのことをちゃんと認識できる。
ここに大人があるのではないか?
今はネットの世界だから、例えば昔付き合った人とかちょっと今気になっている人を普通の人でも名前を検索するとその人のブログとかが出てくる。
誰かを調べたりするというのはストーカーの最初の部分だと思う水谷譲。
本当に微妙な部分だが、ここに大人と子供の差がある。
去年の暮れぐらいか大騒ぎになった男のホステスさんに借金しても新宿でちょっと言葉は悪いが「たちんぼ」をやったり、海外まで行って体を売るみたいな犯罪に巻き込まれていく女性のことがあるのだが、この彼女達には自嘲がない。
「自分のバカさを笑う」というのは大事な大人達の流儀。
そんな気がして。

 私たちが「正常な」愛と考えるものにすら、妄想的な何かがあることは事実である。(162頁)

愛とは偏執的思考により立ち起こり、現実を誤って認識しなければならない。
そういうことにスイッチが入ってしまう。
「全ての恋愛は誤りである」
これは武田先生の言葉。
ブラン・ニコルさんからは離れてしまった。
これはもう武田先生がブラン・ニコルさんのストーカーの本を読みながら思ったこと。
やはり「恋愛というのは非常に危険だ」とおっしゃるのだが、でもみんなする。
この方の説に従って言えば、全ての恋愛は誤り・間違い。
なぜ「間違い」かというとお互いを誤解することによって恋愛はスイッチが入ってしまった。
これが恋愛として上手に一生貫くものとして成立する為には何かというと、お互いが誤解しているのだが、誤解の分量がピッタリ同じだと一生持つ。
同じじゃないとダメ。
だから年取って離婚する人がいるが、もったいない。
せかっく誤解したので、間違えたんだから最後まで間違いを貫きましょう。
ちょっと自分に言い聞かせているようなところもあるのだが。

今お話しした話(この日の冒頭で、先生に「自画自賛」の意味を問われて友人が「痔を持っていて手術をしない人」と答えた話のことだと思われる)はコンサートで使おうと思っているネタで。
とんでもない四文字熟語の理解の仕方をするヤツがいる。
それが武田先生は凄く好きで。
リードギターの千葉(「海援隊」の千葉和臣)が武田先生に教えてくれたのだが、「『暗中模索』とはどういう意味か!」と言ったらあんまり頭のよくない同じクラスの子が手を挙げて「はい!『モサクではありませんか?』」と。
「Aren't you Mosaku?」「あなたはモサクではありませんか?」
先生が「バカ!」と言ったらしい。
とにかくこれはコンサートで使うので皆さん一回忘れてください。
コンサートで使ったら笑ってください。

というワケでストーカー。
これは本当にブラン・ニコルの本を読みながら「恋愛というのは一種、過ちである」と「愛とは偏執狂的思考によって立ち起こり、現実を誤って認識している」と。
現実を誤って認識しなければ恋愛なんかしない。
ということは全ての恋愛は誤りである。
ただし男女でこれが恋愛として成立する為にはお互いの誤解が全く同じ分量である。
だから女の人が80%誤解して男が20%だと悲劇になってしまうが5:5だと同じぐらい間違いだということで、これは立派な恋愛・愛であると。
いずれにしろ私達が異性に関して恋愛なんかしてしまうのは、どこかストーカー的なのである。
その人を空想し、その空想を作ることが喜びになった時、もう誤解は始まっている。
「愛とは誤解であること」を知りつつ、その人に与えることにより与えられているという現実が愛なのである。
このへん、ワケのわからないことを言っているが、「寅さん」も一種妄想。
寅さんもあれも妄想の恋愛。
その妄想とか誤解の分量がピッタリ同じだった時に・・・
山田洋次という人は上手い。



あの(寅さんの妹の)さくらがドキドキしながら(リリーさんに)訊く。
「うちのお兄ちゃんと結婚してくれたらって。アタシそんなこと妄想しちゃった」みたいな。
そうしたらリリーさんが「いいよ。一緒になっても」みたいなことを言う。
そうしたらもう、とらやの連中がワーッと喜ぶ。
そこへ寅さんが帰ってきて、さくらが嬉しくてたまらず寅さんに報告する。
「リリーさんね、お兄ちゃんと結婚していいって言ったのよ」という涙が出るような一言。
だが寅さんは誤解の分量がピッタり、リリーと一緒ではなくてリリーを叱る。
「なぁ、リリー。ここにいるのはカタギの衆でな、冗談がわかんねぇんだよ。オマエもからかっちゃダメだよ」と言うとプっとリリーがふくれる。
恋愛というのは同じ分量間違えないと・・・
「間違え続けよう」という決意が夫婦である。
「間違えてしまった」という若き日の恋心を苦笑いと照れ笑いの中で結婚という事実を、事業を完結するのである、と。
いいことを言う。
これこそ自画自賛。
痔でありながら手術をしない人。
「ジガジサン」(「痔が治さん」あたりかと思う)
「あの人を恋して幸せになろうというのはストーカーだぞ。あの人となら不幸せでもかまわないと決意することが恋愛なんだよ」
これはいい。
これは今度本に書こう。

この「ストーカーの時代」をお書きになったブラン・ニコルさんだが、この一冊に関しては文学、映画、ポップス、エンターテインメントの中に潜むストーカー的なものを探り出している、と。
アメリカの作品ばかりを例に挙げている為、武田先生が知っている作品が非常に少なく、強く頷けるところは無かったけれども、読みながら武田先生はこんなふうに読み解いた、三枚におろしたということ。
ストーカー事件、或いは性暴行、少年少女に対する破廉恥な異常性愛等々、多発するのはなぜでしょうか?
それは「誘惑するという行為が恋愛ではなくエンターテインメントとして公認されているからでしょう。ポップカルチャーの中、エンターテインメントの中にそういう要素ないですか?」という。
正義も倫理も自分の身の内からもう一回語り直そうとする努力をしないと、性犯罪というのは頻発するのではないだろうか?
時代そのものから事件を探ってみる。
そういう意味に於いて、武田先生はこの「ストーカーの時代」というものを読みました、という。
ちょっと屁理屈が長かったが。
多分きっと誰の心の中にもストーカーの気持ちは何かしらあると思う水谷譲。
そこから恋愛が始まるワケだから。
それをどう常識的に抑えるかということだと思う水谷譲。
その手練手管をニュース番組も語ってくださいよ、そんなふうに(思う)。
今はテレビは時間もないのか。
じゃあラジオで語りますか。
こんな時間から、朝っぱらから。
でも「(今朝の)三枚おろし」は何かそこを目指していきたいという。
ほんの僅かでもいい。
「起こった事件を人ごとにしない」というこのポジションを高く高く志に抱いて番組を続けていきたいと思う。
自画自賛が続いたが、来週はまた自画自賛できる三枚おろしをまな板に乗せたいと思う。


2024年1月8〜19日◆ストーカー(前編)

まな板の上は「ストーカー」だが、昨年あたりも皆さんはどこかでお思いになったと思う。
「理解できない犯罪」というのがニュースで流れている。
ワケのわからないニュースがある。
水谷譲は子供をいじめて親が殺してしまうとかは全く理解できない。
それから少年達が2、3人集まってトンカチを持って盗みに入って盗もうとしたらお店の人が叩き出したので慌てて逃げるみたいなのがある。
あの少年達は盗みに入ったそのお店の人が反撃しないとでも思っているのか?
羅列されてゆくニュース。
よく出てきそうなのがストーカー、児童虐待、そして少年、或いは少女に対する異常性愛。
これも先生が、或いは芸能界で、というようなことがある。
後はDV。
性的関係を続け、別れ際に相手を殺害するというような「なんじゃオマエは?」と。
それから国際的にはテロリズム。
世界のあっちこっちでテロのような戦争が始まっている。
その他には暴露系ユーチューバー、或いは迷惑系ユーチューバー。
強盗、或いは、おっかないのが殺人とか痴漢、恐喝。
この人達が起こした犯罪。
その手の犯人達が引かれて出てくる。
警察署の裏口から護送車へ乗り込むまでの数十歩。
それをずっとニュースは映していて、日本ではフードをかぶせたりという体で、あまり顔がはっきりわからない(状態で)、護送車に乗るまでの数十歩をキャメラが映すワケで。
そのキャメラの存在に気が付いて慌てて下を向くもの、それから憮然と睨む者、中にはニタッと笑うヤツまでいる。
それをニュースメディア・テレビメディアが伝えるワケだが、そこまで彼等をキャメラで映しておいて、ある意味で晒しておいて、触れられないのが「何でその犯罪を犯したのか?」という。
それが前から不思議で。
「何でその犯罪に走ったのか」というのがニュースメディアが伝えなければならない一番の理由なのではないか?
理由がわからないからではないかと思う水谷譲。
でもその「わからないところ」を伝えるのがニュースではないか?
だいたいその態度とかを言った後、「街で評判のあのお店」みたいなコーナーに入る。
「そこに入らなくてもいいんじゃ無ぇかな?」
或いは天気予報に入ったりするのだが「天気言ってる場合じゃ無ぇよ」という。
昔はちょこっと頑張って言うところがあった。
どこかテレビ局の人だった。
その人が痴漢行為をやって突き出されたという。
「何でやったんだ」という理由について「好きなタイプだったから」というのがあった。
「時間が無いし」なのだが、やはり見ている者としてはちょっと、ニュースに対する消化不良を起こしてしまう。
最初にそのニュースが報道されてから時間が経っているから、最初の報道では「何でか」というのを言ったかも知れないが、時間が経ってからはもうその「何でか」というのはもう割愛してしまっていることだと思う水谷譲。
それでその中でも最もテレビメディアが語らない、ニュースで理由が語られないのが「ストーカー」。
ストーカーという犯罪。
これがなかなか語りにくいらしくて語らない。
その不満がずっとあった。
何でストーカーになっちゃったのか?という。
だいたいストーカーは、その人のことが好き過ぎて干渉したり束縛したりしたくて追い回してしまうということ。
でも考えてみたら最初の段階は犯罪に入らない「恋心」から始まっている。
「どこからその人に対する思いがストーカーになったのか?」と知りたい。
「相手がヤダと思った瞬間から」と思う水谷譲。
武田先生は「去ってゆこうとする女の人を二歩以上追いかけたヤツにはみんなストーカーの資格がある」と思う。
やはり振られたらそこの場所で泣かないと。
だから歌ができる。
二歩追いかけた段階でもうダメ。
それはもうストーカー。
武田先生は、去ってゆく人の背中が消えるまでその場で泣いている歌。
歌というのはそう。
そんなふうにして痛々しい失恋を歌にした。
最近、追いかけてゆくから非常に危険。
敢えて「誰の歌が危険か」とは言わないが最近の恋の歌というのはストーカーを助長しているのではないか?
そのあたりで、数ある犯罪の中でも今週・来週に亘ってストーカーについて三枚におろしてみたいのだ!というワケで。

武田先生はこの本を本屋で見つけた時に凄く気に入った。
(著者は)ブラン・ニコルさん。
アメリカの方。
(調べてみたがアメリカ人かどうかは不明。「イギリス、サリー大学教授」とのこと)
青土社から出している「ストーカーの時代」。

ストーカーの時代



(本の中の傍点部はアンダーラインで表記する)
この人の本「ストーカーの時代」と面白いなと思ったし読みだした。
ところがこのブラン・ニコルさんはアメリカの映画でストーカーの物語を教材として取り上げておられる。
申し訳ない。
昨今のストーカー映画は殆ど見ていない。
(武田先生がわかるのは)「氷の微笑」ぐらい。

氷の微笑 (字幕版)



女ストーカー。
「危険な情事」

危険な情事 (字幕版)



ストーカーの道路版で「激突!」。

激突! (字幕版)



あれはストーカーだと思う。
煽り運転のハリウッド映画。
一回だけ追い越したらそれを怨んでずっと追いかけてトラック、コンボイの方に殺意が芽生えてくるという。
あれは怖かった。
最新の映画は全部横に置いておいて、武田先生の知っている範囲内の映画の中で映画がどのようにしてストーカーを取り上げたかという。
ストーカー犯罪というのを考えてみようと思った次第。
このストーカーという犯罪は地球温暖化とか、今でいうと地球灼熱化とか同様に人類全体にかかってくる問題で、ストーカーを追求していくうちに今の文明そのものに隠された毒みたいものが暴かれるのではないか?という。

ストーキングは新しくて古い現象である。(8頁)

皆様も日本で起こったストーカー事件、いくつもご存じだろうと思うが、ストーカー事件というのは追いかけ付け回す、気味悪くその人物のことを知りたがる犯罪。
そして遂に殺人事件になってしまう。
この十年ばかりで一体何件このストーカーがニュースになっただろうか?
日本もそうだが、とにかくこの本の舞台はアメリカで、アメリカは実はストーカー犯罪が頻発している。
「なるほど」と思ってこのへんから必死になって読んだのだが、著者の主張はこの犯罪が詐欺などに比べて

「ストーキング」は文学、映画、美術、ニュース報道、テレビ番組、コミックス、ポップソングなどの表現に見られるように(8頁)

「深く結びついているのではないか?」という仮説が面白い。
つまりストーカーというのは皆さんが本を読まれたり映画を見たり、美術を鑑賞、ニュース番組を見る、或いは漫画、ポップな歌、その中に既にストーカーの要素がある。
特に映画等ではストーカーが一種、ジャンルになっている。
そして傑作も多い。

「ストーキング」や「ストーカー」が日常語になったのは、−中略−二〇〇〇年から二〇〇五年のことである。一九九〇年代の初めまで、私たちはこういった言葉を全く使っていなかった。(8頁)

追跡、尾行、監視、それから盗み見というのはある人達にとっては当然な行動であった。
特定の職業の人達にとってそれは当たり前の行動であった。
それがより個人に向けられて犯罪となったので別の言い方で「ストーカー」と呼ぶようになった。
歪んだ恋物語がいつの間にかホラー映画になってしまったというその典型が

クリント・イーストウッドが主演・監督した一九七一年の映画「恐怖のメロディ」で、最も純粋に現れている。−中略−「危険な情事」(一九八七年)−中略−のようなストーキング映画の青写真として役立っている。(15頁)

「危険な情事」は−中略−自立した「キャリア・ウーマン」であるアレックス・フォレストの意図的な試みを物語っている。アレックスは自分から関係を始め、最初に肉体関係をもち、一夜限りだと約束したにもかかわらず、短い情事の相手だった男ドン・ギャラガーを台無しにしてしまう。(68頁)

怖かった。
これは当時、二本とも話題になった。
武田先生は「危険な情事」が何か怖かった。
あれを見ると「絶対浮気はやめよう」と言う人が結構いた。
見に行った人が同じことを言ったので、それで(武田先生は)「見るのやめよう」と思った。
それで武田先生はこの「恐怖のメロディ」も「危険な情事」も見ていない。
でも、何でこれが話題になったかというと、異常なつきまとい、そして女性から性的に迫られるという、そういうストーリー立てが武田先生には信じ難かった。
女性から迫られたことはない。
それは非常に贅沢なことで、武田先生にとっては人生で一回も無かったこと。
「そんなSFみたいな映画を見てたまるか」というのがあった。
この二本の映画の特徴は「女性からのストーカー行為」。
つまり時代の中に女性からストーカー行為を受けるであろうという要素が世界ににじみ出始めたという。
そういう意味でストーカーというのが社会の何かをバックにして映画になったのではないか?という。

70年代からストーカーという言葉が生まれるのだが

 一九六〇年代の初期、新しい種類のフォトジャーナリストが確認された。それはパパラッチである(22頁)

「有名人はその手の暴露系メディアに耐えなければならない」というのが世の中の常識。

ストーカーとしてのパパラッチの最もひどい例は、−中略−引退していた有名な女優グレタ・ガルボの絶え間ない追跡だろう。レイソンが撮った一九八九年に八四歳の誕生日をむかえた老女優の写真は、本当に残酷だった。(23頁)

そのシワだらけの顔が騒ぎになった。
このパパラッチの存在によって日本で花開いたのがフォトジャーナリスト。
ここから「FOCUS」と「FRIDAY」がスタートするという。
「FOCUS」「FRIDAY」はやはり怖かった。
写真週刊誌。
今でも強力だが。
今は「文春砲」というのがある。

週刊文春 2024年2月29日号[雑誌]



武田先生達芸能界の内側にいるものは、そういうものを晒されるとたまらなく不愉快なのだが、しかし一般の方はどう思ったかというと「それは有名税だよ」という。
「いい思いしてっじゃん」「それぐらい我慢しろよ」
だからアメリカなんかではパパラッチも堂々たるもので、尾行・盗み撮りというのが流行った。
ところが80年代になると有名税では済まなくなってきた。

一九八九年のロバート・ジョン・バードによるテレビ女優レベッカ・シェーファーの殺人だろう。(25頁)

バードはシェーファーが出演している映画−中略−を見た。その中でシェーファーの扮する人物は、ある男優とベッドの中にいた。バードは仰天した。これはシェーファーが「ハリウッドのもう一匹の牝犬」になったことの証しで、そのゆるんだモラルのために彼女は罰せられなければならないとバードは思った。(26頁)

(番組では「ドラマ」と言っているが本によると上記のように「映画」)

一九八〇年−中略−のマーク・チャップマンによるジョン・レノン殺害(27頁)

「You are a liar(あなたは嘘つき)」と言いながら拳銃で殺した。
しかもジョン・レノンさんは凄くいい人で、このチャップマンにサインまでしてあげている。
サインまでしてあげて「Good Luck」か何か言いかけたところを拳銃で撃たれている。
更に有名税では済まない事件が続く。

ジョディ・フォスターの気を引くために一九八一年三月にレーガン大統領を暗殺しようとしたジョン・ヒンクリーの企て(26頁)

「僕は君の為だったらどんな犯罪だって犯せるよ。怖いもの何もないんだ。僕が君を愛している証拠に僕ね、今からレーガン大統領殺すから」
フォスターの気を引く為にアメリカの大統領を暗殺しようとしたという。
このような事件を経てストーカー犯罪が「有名税」どころの話ではなくなった。
それでストーカーという犯罪に関してどのような心理が働くのかというのをアメリカは真剣に考えざるを得なくなった。

なぜストーキングという行為を始めるのだろうか?
 この疑問に答える最良の方法は、精神科医に教わり、特に三つの基本的な心理現象である「欲望」「空想」「兆候」が、いかに内的に関係しているかを理解することだろう。
(37頁)

 空想が欲望を「演出する」ものであるならば、心理的疾患の外部の現れである兆候は、空想を演出するものである。−中略−ストーキング事件において、その底にある欲望は、愛されたい受け入れられたいということである。(38頁)

そういうものが絡まってストーカーという、それも人を殺害するという犯罪まで繋がってしまう。
「私はあの人のことを愛しているのに、私は大事にされていない」という、そういう怒り。
自己陶酔型の幻想。
芸能人というのはその標的にされやすくて「握手をしてくれなかった」「サインを振り切った」、そういうことで好きな芸能人を激しく憎む人達が出てくるようになってしまったという。
恨み。
フロイトという心理学者がいるが、夢が心の中の本当の欲望、或いは不安を教えてくれる。
夢が私達の願望もそうだが、私達の欲望、ドロドロしたものも教えてくれるという。
現代は、フロイトの言を借りれば「夢の時代」。
アニメが受けるのもそう。
現実世界ではなくてアニメ世界の中に於いて現実世界の夢がかなう。
魔法を覚えると万能になったりと、
それからポップス。
あれが歌っているのも「夢」だ。
夢はよいものと恐ろしいものがある。
ユーチューバーみたいな人達が登場すると、夢を逆手にとって悪夢に変える。
芸能人がいる。
ユーチューバーの人が「オマエの素顔は俺、知ってるんだぜ」と言うと振り向いてもくれないその有名人が彼をみつめる。
その時に対等の関係になる。
ここに「暴露系ユーチューバー」の存在の理由がある。
かくのごとく「夢を見る」というのはいいことだったのだが、今、いとも簡単にその夢からストーカーになるんだ、という。

昨日ちょっと言い方が変だというか上手にできなくてもう一回。
フロイトという深層心理学の大学者さんが言っているのは「夢はみんなが持っているんだけれども、その夢はこれから目指すべき目標としての夢というのもあるかも知れないけれども、赤裸々な人間の欲望も夢である」と。
だから「夢というのを人にすすめるというのはなかなか難しいことですよ。個人の「夢」というものがある。その時に目指すべきものではなくて欲望としての夢を抱いた人、それは犯罪に繋がりやすくなりますよ」。
綺麗な女優さんがいたら「触ってみたい」と思う。
それを夢で語っているうちはいいのだが、触りたいという思いが高じると、ストーカーになる恐れがある。
「お付き合いしたい」とかそういうこと。
そういうのを考えるとストーカーというのは「夢を大切にしよう」なんていう文化の中から出て来たのではないか?という。
これはアメリカ版のこと。
この本「ストーカーの時代」お書きになったブラン・ニコルさんの分析だが、ストーカーはよくペンネームに映画の主人公の名前等を使うという。

「ダーティ・ハリー・ジャラバン」、「ジェイムズ・ボンド」などの映画の主人公の名前をペンネームとして使っていた。(64頁)

日本では「月光仮面」とかと名乗る人がいたし、「夢には表と裏があるよ」というのがブランさんの説。

ストーキングしていたジョディ・フォスターの気を引くために、一九八一年に大統領のドナルド・レーガンを暗殺しようと企てたジョン・ヒンクリー−中略−裁判で認めているように、ヒンクリーは大統領を暗殺するために出発したとき、「映画館に入っていく」ように感じていたのは不思議ではない。(66頁)

あの大統領さえ殺せばジョディ・フォスターが自分の方を振り返ってくれる。
「映画館の中に入っていくようだ」というところに彼の犯罪心理がある。

ちょっと話が変わる。

「危険な情事」の迫力の背後にも存在する。この映画は一九八〇年代後半、すなわちエイズ・パニック−中略−に対する反動の時代に社会を襲った両性の関係を取り巻いている不安の表現である。そのメッセージは、セックスは危険だということは明らかで、ストーキングは性的に伝わる病気に等しいものの一種、明らかに軽薄な出会いの長引く影響として提示されている。(72頁)

なかなか考えさせる。
年末、そういうのを語り合ったテレビ番組があった。
(1月2日に放送された大河ドラマ名場面スペシャル〜歴史に名を刻む女性たち〜の件だと思われる)
今年の大河ドラマは紫式部(「光る君へ」)。
NHKの大河ドラマの中で女性が主人公になるというのは以外と珍しい。
NHKの番組で、高橋英樹さんとかモノマネ上手な松ちゃん(松村邦洋)なんかもいて大河ドラマをみんなで語り合った。
女性が主役だった時の回を見たのだが、一番最初が岩下志麻(北条政子役)の「草燃える」。
あれははっきり言って政子が主役だった。
あれが初めて。
だから岩下さんは十分間ぐらいの一人ゼリフを言っていた。
それがまた、デビューしたての武田鉄矢が松明を持って出てくる。
(武田先生の役は)頼朝の子分の安達藤九郎盛長。
それで殿(石坂浩二)がどうも政子が好きになったみたいなので政子のところに夜、こっそり行ってそこまで手を引いて「こちらにおじゃれ!」とかと言いながら案内するのが武田先生。
頼朝の馬をいつも牽いているのが安達藤九郎盛長。
もう1900何十年代、もう随分昔のこと。
当時小学校5年ぐらいだった水谷譲。
45年ぐらい前。
(「草燃える」の放送期間は1979年1月7日〜12月23日)
そこから始まって今度の「紫式部」なので、女性という時代がやってきたのではないか?
日本は困ったら女の人にすがる。
国がまとまらなかった時は卑弥呼。
神様のケンカがあんまり激しい時はアマテラスが登場する。
何か大きい国難が襲ってくるとスーパーヒロインを出して来る。
(武田先生の)地元の福岡には蒙古襲来があった。
蒙古襲来の時に、懸命に奮闘する鎌倉武士に交じって女鎧の武者が出た。
常盤御膳のような人がモンゴル軍に向かって一人で進んでゆく姿を見たという目撃者がいる。
いわゆる「勝利の女神」。
だからもしかすると今年は政治の流れも日本憲政史上始まって以来、女性首相が誕生する準備段階に行くのかも知れない。
いろいろ幅広く予想している。

ストーカー犯罪、このブラン・ニコルさんはアメリカの映画でストーカーの物語を取り上げておられる。
ちょっとアメリカの話題なので、アメリカのことばかり書いてあるので、皆さんには・・・
でも今週は頑張ってこの著書から離れて日本版に武田先生が懸命に言葉を足してみるので、とりあえずはアメリカのストーカーの話題から始めたいと思う。
「ストーカーの時代」、ブラン・ニコルさん、青土社。
これをテクストにしている。

ハリウッド映画というのは70年代から、しばしばストーカーを主人公にしてきた。

私たちは深い無意識のレベルで、犠牲者よりもストーカーに同化する。(76頁)

何となくストーカーの気持ちを観客は考えてしまう、という。

 なぜ人々は有名人をつけ狙うのか? その最も明らかな理由は、ストーカーたちは自分に名声が「伝わる」可能性に惹かれるということである。(86頁)

「例え短くても傷つけている間は主役になれる」という心理。

ロバート・ホスキンズの裁判の間、マドンナは「私は彼の前に座り、そしてこれは彼が望んでいることなので、裁判が彼の空想を現実化した」という事実によって、「信じられないほど動揺させられている」と感じたと抗議した。(86頁)

(ロバート・ホスキンズは)嬉々としてマドンナを傷つけることの楽しさを裁判で語り続けた。
それは夢をかなえた人物に見えた、という。
だから「逮捕」「裁判」。
これが彼にとっては空想を実現させるショータイムだった。
そしてジョン・レノンを射殺したチャップマン。
彼はポケットの中にサリンジャーの「ライ麦畑で捕まえて」を入れていたそうだ。

ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス 51)



そして脇に抱えていたのが何とジョン・レノンの「ダブル・ファンタジー」。

ダブル・ファンタジー 〜ミレニアム・エディション〜



彼はジョン・レノンを殺すことによって、憧れの全てを自分の手の中に収めたのではないか?という。
それから暴露系ユーチューバー。
飛行場に辿り着いてパトカーに乗り込む時、もの凄い勢いでメディアが来ていたのだろう。
フラッシュを焚かれるのだが、この容疑者も笑った。
にやけた顔で。
でも、犯罪をやった当初は一種の興奮があって、何か偉そうに理屈を並べているが、だんだん人間らしい言葉遣いに。
やはり犯罪を反省する意味では時間が必要で。

ここからがちょっとややこしい話だが、現代のショービジネス、武田先生が住んでいる芸能界という世界がある。
これは短時間で成功するコツというのがあって、他人の幻想を助長し、妄想の対象になることでファンの一部にストーカーのような人々がどうしても必要なのである、という。
これはもちろん武田先生なんて年寄り芸能人で、もう「後書き」に入っている芸能人だからたいしたことはないのだが、これからアイドルの階段を登っていこうという少女達が夢見るのは取り巻きというか熱烈な「オタク」のファンを抱え込む。
「オタク」とは何かというと自分の全てのプライベートな時間をその人の為に使えるという、それが「オタク」のパターン。
こんなことを言うのは何だが「大ヒットする」というのはそういうこと。
欲しくも無い人達も寄って来るというぐらいの人気、あんまり好きじゃない人達も寄って来るという人気があるということが条件。
(武田先生が仕事で)舞台をやっていると、嫌がらせに一番前に座って見る人というのがいる。
こっち側は観客席に向かってお芝居をしているのだが、自分がフッと目線を降ろした瞬間に一番前に座っている人が目を逸らす。
そういう人がいる。
それと皆が楽しそうにワーッと笑っている時に、ジーッと睨んでいる人が。
そういう正体不明の観客がいる。
その存在に対して動揺したりする。
それは華やかなレビューの世界にもあるそうだ。
ドレスを来て踊っている綺麗な女性がいる。
そのタレントさんのライバルのことをファンとする人は、その人が出てくるたびに全部下を向く。
武田先生もやられたことがある。
コンサートに行って誰かさんとのジョイントをやっている時に、武田先生達が歌っている時に三人でずっと下を向いて話を続ける人がいた。
それで彼女達が支持する人が出てくると(拍手をする)コレもんで。
そういう人達までやってくる時に申し訳ないが、満員。
満員というのはそういう性質のもの。
だからある意味で恐ろしいもの。
世の中、一つの理屈だけでは割り切れない。


2024年02月15日

2023年8月22〜25日◆〔夏休みの宿題〕極意を目指して

(二週間で三冊を取り上げたのだが、その中の三冊目の本の箇所に該当する四日間弱の部分だけを抜き出した形で掲載する。二冊目は「放っておく力」
三冊目。
これは同じく少年や少女の為に書かれた一冊だろうが「(古武術に学ぶ)子どものこころとからだの育てかた」。

古武術に学ぶ 子どものこころとからだの育てかた



(著者は)甲野善紀さん。
時々番組で取り上げるが武術研究家。
古武道、古武術から学びの作法を説く甲野師範の理説。
違う意見の方は勘弁してください。
甲野先生という武道家の方がおっしゃっている。
コロナ禍進行中に書かれたこの本は、感染対策に汲々とする医療や学校の慌てぶりを武道家は激しく叱るというところから始まっている。

この感染症は、若い人たちがバタバタと死んでいくわけではなく、体力のない高齢者のほうが、重症化したり死んだりするリスクは高いようです。−中略−身体の機能が衰えてやがて病気に抗えなくなって死んでいくのは、自然の摂理です。ですから、「罹る人は罹り、死ぬ人は死ぬ」とシンプルに受け止めることが、後世に余計な影響を残さない、いちばんの方法だと私は思います。(35〜36頁)

なぜ、「高齢者のほうが罹りやすいのなら、タチのいい感染症だね。私たちはもう十分に生きたから、順番からいって自然なことだね」と言える高齢者が少なかったのでしょうか。(37頁)

だから年寄りの人達で「ワクチンを先に打ちたい」とか順番ばっかり言うヤツがいる、という。
それが武道家として甲野先生は許せない。
我々が考えなければならないのは「どうあるべきか」。
それを問うところに武道の精神があるという。
武田先生が言うのも何だが、武道家の方なので言葉がスパーン!と切り過ぎるところがあるようだが、この方らしい理説・理屈だというふうにしてお聞きください。

アメリカのイエローストーン国立公園の狼の話です。家畜の牛を捕食するからという理由で、この地で食物連鎖のトップにいた狼がどんどん殺され、−中略−イエローストーン国立公園では一時、狼が絶滅しました。−中略−牛は殺されなくなりましたが天敵の狼がいなくなったことで草食動物の鹿が増えすぎて、その鹿が草木を食い荒らし、自然の植生を滅茶苦茶にしてしまったのです。そうして鳥や両生類、川魚といった野生動物が激減していきました。
 そのため結局は、カナダから狼の群れを移入することになったのです。狼の群れを放したところ、四半世紀ほどかかりましたが、荒れていた植生も戻ってきたということです。
(58〜59頁)

かくのごとく、自然というものは自らバランスを取るという傾向を持っていて、人間が至らぬことをするとおかしくなるのだ、という。
この「鹿が増える」ということの問題。
これは日本も今、起きている。
狼が消えると鹿は子供を産み続ける。
そうすると生態系が全部狂う。
鹿は木の葉っぱを喰うから、全山を枯らすなんていうことがある。
そういうことがあるので、人間が自然にそういうことを手を加えるとたちまちバランスが悪くなるという。

それともう一つ、やはり武道家。
厳しく国際情勢のことをこうおっしゃる。
ウクライナ・ロシア戦争が起こった。
「戦争は悪いことだ」「犯罪だ」と叫び続けて日本は平和というものを子供達に植え付けてきた。
ところがよく見てごらん。
どんなに叫んだところで殺し合いは収まらないじゃないか?
人間の心の中には隣の人間を殺そうとするような野蛮なケモノの心がある。
人間の心そのものの中に森があって、その森の中には狼が住んでいるんだ。
その森を枯らしてしまうことはできない。
「やめましょう」なんていう言葉を聞くハズがない。
ではどうするか?
野生としての少年と少女、その野生を自覚させることなんだ。
「自分の心の中には森があってそこにはケモノが住んでいる」ということを自覚して生きていくのだ。
「その森と付き合おう」という。
狼を否定するのではなくて、そこに野生のケモノが住んでいるということで、その森と一緒に生きてゆくのだ、という。
この甲野さんは面白いことを言う。
その「人間の悪」というものを善と対比させて「滅ぼしてしまえ」と言ってはダメなんだ。
イエローストーンでやったようにある程度の狼がイエローストーンで生きているということが全体のバランスを保っているワケだから。
それで甲野さんがおっしゃっているのは「宗教についてが特にそうだ」という。
これは面白い。

今の日本史の勉強は「空海は延暦二三(八〇四)年に最澄とともに唐に行って、二年後に帰国し、真言宗を開いた」−中略−などと、単に年表のように歴史を暗記させるのみに終始しています。(72頁)

意味がわかるか?
「天台宗って何だ?」「真言宗って何だ?」
宗教はもの凄く大事なものだ。
真言がわからない、天台がわからない。
だったら、学校の先生が忙しかったら坊さん呼んでこいよ。
つまり宗教教育を避けてきた。
教師に負担が多ければ、学校に天台のお坊さんを、或いは真言のお坊さんを呼んで話してもらえ。
真言が、或いは天台が、どう仏を説くか。
「いろんな宗教をみんな学校に招待すればいいじゃないか」と。
村・町があれば必ずお寺はあるワケだから、学校まで出張で授業してもらえ。
親鸞はこう言った、法然はこう言った。
「教会だってあるでしょう?」という。
教会の牧師さんに来てもらって「イエスっていうのは何だ?」「カソリックてのは何だ?」「プロテスタントとは何だ?」みんな話してもらえばいいじゃないか?
これはちょっと面白い。
子供達はどうその宗教を受け取るか、またどう質問するかなんていうのは凄く興味がある主題。
厳しいが面白い手だなとは思う。
なぜかと言えば「内なる野生」というか、心の中にいるケモノに対して「宗教ってとっても大きな力を持っているんだ」という。
でももの凄い数の宗教だから大変だが、子供達に目隠しをするような教育というのは効果がないのではないかという鉄矢論。
甲野善紀さんが言う「人間の内側には野生、ケモノが住んでいるエリアがある。そのケモノと付き合う為には避けては通れぬものがあるぞ」という言葉はやはり偉大だなと思う。

当然の如くだが少年や少女達に「侍を目指せ」という。
言葉そのものズバリではないが「武道というのが子供達に対して凄くいいのではないだろうか?」という。

少し前に『鬼滅の刃』という漫画が、アニメ化も映画化もされ、大ヒットしました。(183頁)

これは武田先生の説。
やはり日本の子供達の内側にサムライスピリッツに対する憧れがあるのではないだろうか?
「平和に暮らす人々を守らなければ」という、そういうものに対する憧れが「鬼滅の刃」のヒットになっているのではないだろうか?
「鬼滅の刃」
注連縄(しめなわ)を巻いた巨石があって、それが刀で断ち切れたら鬼殺隊に入れるという。
あれはやはり「石」。
「その石を刀で割る力があれば鬼を退治できる」という、そういう考え方が武田先生に縄文時代を連想させる。
日本人の心の中に魂の試練として石というのがあるような気がして。
C・G・ユングという深層心理学の人が晩年になって石の夢ばかり見ている。
彼は一番最後に石で自分のおうちを作る。
それでおうちが完成した時に死んでゆく。
それから明恵という「夢記」を書いた鎌倉時代のお坊さんがいて、この人は自分の夢を日記に書いてあった。

明恵上人夢記 訳注




この人も「石」。
石の夢を見て、それで「ああ、間も無く死ぬな」という。
石は何か?
もの凄く抽象的になるのだが、深いところに石があるというところが私達日本人の面白い面白いところで、恐らくそれは甲野さんがおっしゃっている心の中にある森、野生のケモノが住んでいる心理の森の中に「大きな石」があるのだろう。
「鬼滅の刃」でさえも立派な教材で、幼稚園に行く子で(禰豆子の真似をして)竹を咥えている女の子がいる。
それからマスクをしたがらない子にマスクに竹の絵を描いてあげると嫌がらずにマスクをする。
「禰豆子に似てるから」と言いながら。
彼等が「鬼滅の刃」に傾倒する。
それから煉獄さん。
鬼と戦いながら死んでいく一人の侍がいるが、生きている人間みたいに語る。
煉獄さんは先月ぐらいまで羽田の飛行場に絵の看板が立っていた。
(「鬼滅の刃 キャラクター等身大パネル」がANA FESTA羽田店に設置。期間は2022年12月23日〜2023年1月15日)
みんな写真を撮っている。
日本の子だけではない。
煉獄さんと一緒に肩を組んで写真を撮っている。
それはもちろんアニメのことなのだが、あのアニメの中には日本の文化みたいなものを伝え聞くという子供達の直感があるような気がする。
あれでさえ、立派な教材である、と。
どこか日本人の深いところに触れたというのがあるのだろう。

「(古武術に学ぶ)子どものこころとからだの育てかた」
この本もただ単に理屈だけでは終わらない。
小さな小さな武道的極意を最後に授けるという。
まずは「旋段の手」。
(番組では「施段(しだん)の手」と言っているが、本によると「旋段(せんだん)の手」)

 親指以外の四本の指を、側面からみると「Y字」−中略−に見えるぐらい内側に折り込みます。次に人差し指はその指の付け根が直角になるくらい深く折り込み、小指は逆に付け根から手の甲側に反らします。そして親指の爪の人差し指側の生え際の先端−中略−を、深く折り込んだ人差し指でつくったY字の親指側の先端−中略−にくっつかないギリギリまで近づけます。すると、四本の指がらせん階段のような形になります(101頁)

 この「旋段の手」を利き手でつくったまま、座っている子が両手を組んでいる間に手を入れるか、つかんでもらいます−中略−。そして、その状態のまま、相手につかまれている利き手を自分のほうへ引き寄せながらゆっくりと後ろに下がると相手は自然と起き上がり、−中略−大人さえも起こせるようになるのです。(102頁)

腕に最強の力が宿るという。
このように武道的知恵を紹介しておられる。
それからこんな知恵もある。
次に行く。

 危機を回避する術として私がよくいろいろな講座でも紹介しているのが「三脈探知法」です。−中略−修験者や一部の武術家の間に伝わっていたもので、−中略−左手の親指と人差し指で喉の横を通っている左右の頸動脈を押さえ、脈拍を感じたら、左手はそのままに、右手の手のひらを左手の甲側に重ねるようにして、右手の中指で左手の手首の脈を押さえます。そうしたときに、ふだんは同時に打っている三か所の脈がもしずれていたら、それは身体が危険を察知しているのです。(199〜200頁)

(本の中では上記のように「脈がずれる」という話だが、番組では「脈が速くなる」という解釈をしている)
体の方が野生が宿っているので敏感に頭で考えるよりも察知能力が高いのだ。

身体の操作によって心を整える方法も知っておくといいでしょう。(201頁)

冷静である為に一番大事な体の部分はどこか?
「横隔膜」
この横隔膜を操作することだ、と。

何かを恐れたり不安を感じたりするときには必ず横隔膜が縮み上がるのです。横隔膜が縮み上がることで、「怖い」といった感情が湧き起こってきます。
 逆に言えば、横隔膜が縮み上がらないようにすると、「怖い」といった感情は起こりません。
(201頁)

 では、横隔膜の反応をどうやって抑えるのかというと、手指の形を変えることで抑えることができます。まず、両手の手のひらの中央をくぼませ、両方とも、親指、人差し指、小指の三本の指先を丸く寄せ、蕾のような形にします。そして両手の薬指同士を絡ませて、手の甲側へ互いに押し合うようにして、肩を下げます。そうすると、横隔膜は縮み上がらないのです。(202頁)

 ただ、この「蓮の蕾」は、危険が迫ったときにとっさにするにはちょっと複雑です。とっさのときには、私が「飇拳」と名づけた握り方のほうがやりやすいでしょう。
 これは、指と指の間をちょっと開けて握り、指をぐっと内側へ寄せて中指だけが少し出るような形にしながら握ると
−中略−、手のひらの中央が少しくぼみ、そこに力が集まるような感覚があると思います。そうすると怖さが和らぐのです。
 この手のひらの中央部分は
−中略−ここを親指で押すだけでも心が落ち着くことが昔から知られています。(203頁)

この甲野師範がおっしゃっているのは「体を頭で使う」のではなく「頭を体で使う」という。

そうしたちょっとした手指の形だけで心身の状態は変わるのですから(204頁)

「命がいちばん大事」と言う人は多いものの、「だから、その大事な命をどのように全うするか」が抜け落ちている人が非常に多く見受けられます。−中略−
 生きるということは「生き生き」と生きてこそ、意味があると思います。
(215頁)

ちょっとわかったりわからなかったり、最後は難しい。
でも二週にわたってちょっと「夏休み特集」だが、青少年の為にお送りした「夏休みの宿題」。
 

2024年02月04日

2024年1月1〜5日◆星の王子さま(前編)

これの続きです。

(新年の挨拶から始まる)
昨年、一家心中の話で年末終わって「新年明けまして」ということで。
年が明けて今週は更にその続きを。
流れで言うと去年の十月の下旬にお送りした黒川伊保子先生、扶桑社から出ているが「60歳のトリセツ」。

60歳のトリセツ (扶桑社新書)



そして武田先生の説を混ぜてお送りした「女房の不機嫌」。
三つ目、これが終章でタイトルが「星の王子さま」。

(昨年はどうだったかということを)語ることもなく年末、(番組を)締めくくってしまった。
(昨年は)あんまりいい年ではなかった水谷譲。
(武田先生も新型コロナに)かかったし、友人も逝くし本当に寂しい。
でも「不思議な新しいことが始まっているんだなぁ」という予感はする。

こんなことがあった。
秋口のことだが、コンサートをテレビ局の依頼でやった。
演歌畑の人と一緒にイベントをやって出演者の中でコロナの患者さんが出て、武田先生は去年の3月ぐらいにコロナでダウンしたことがあったもので、それを奥様と娘にうつしたものだから一家の嫌われ者で。
それで出演した仕事場でコロナが発生したことを奥様にに連絡したら、本当に有難いことに「帰ってくるな」と。
それで「家の中にまた持ち込むと私がもたない。帰ってくるな。大丈夫だということがわかったら帰ってこい」ということで都内のホテルに泊まり込んでおうちに帰らない。
まあつまらない四日間。
「出歩くな」と言われたもので。
都会のど真ん中のよいホテルに泊まったのだが、どこにも出ないというバカバカしさ。
本当に(呑みに)行きたかった。
大都会の真ん中で、ちょっと顔を出すと喜びそうな酒場が2、3軒あったものだから。
都会の立派な一流ホテルなのだが、フロントに行って驚いたのは日本語が通じるか不安になる。
外資系のホテルでフロントの中はどう見てもジャパニーズではなさそうで、立ち振る舞いとか英語の発音を聞くと、シンガポールとかあのへんからやってきたんじゃないかという。
それからベッドメイキング等々もインドシナ半島からやってきた人達ではないか?
それから晩御飯を「少しいいものも食べたいな」と思って、そのホテルで有名な日本料理屋に行った。
唖然としたが単品が無い。
全部セット。
アラカルトがない。
フルコースで食べるほどお腹は空いていない。
何もしていないワケだから。
単品でチョッチョとつまもうと思ったら無し。
一番安いヤツで二万四千円。
それで松竹梅の松ぐらいになると三万円以上という。
それがまた凄いことに長蛇の列。
日本人がいない。
全部外国の方。
彼等にとっては安い。
二万円台の日本食なんて、ニューヨークでは・・・という。
そんなお客さんが並んでいる。
それでいわゆる一般レストランの方、スパゲティとかサンドイッチとか出してくれそうな手軽なファストフードもありそうなホテルのレストランに行くとまた大長蛇。
それで何をやったかと言ったら、本当に奥様には申し訳ない。
コンビニに行って、そこで電子レンジでチンしてくれる。
或いは電子レンジが置いてあるので、「好きなだけチンしてください」というコンビニ店があった。
そこへ行って買い込んでお部屋で一人。
それで食べたのだが、まあでも凄い。
東京のど真ん中。
場所を言ってしまう。
六本木。
コンビニに行く。
日本人がいない。
お店の人は全部やっぱりインドシナ半島からインドの方。
その人達がアジアのお客さんからヨーロッパのお客さんに物を売っているという。
「こんなんなっちゃったか」というギロッポン。
昔、遊んだギロッポン。
そこがもう異国の如く。
テーマで考えたのは「この日本ブームは何だろう?」と。
外国の人が秋口、まだ紅葉よりちょっと早かった。
この日本に集まってくる諸外国の人々はどんな日本を探しているのか?
知りたい。
どこに行ってもインバウンドの方ばかりだと思う水谷譲。
その人達は世界中、こんなに素晴らしいものがいっぱいあるのに、なぜこんな極東のファーイースト、この離れ小島にやってくるのだろう?
最近は「観光よりも体験型が」と言う。
日本を毎日体験しているがそんな面白いとは思わない。
そのあたり、今年のテーマで一つ、日本に迫ろうかという企画を持っているので請うご期待。
今年の夢を語ってみた。

「星の王子さま」だが、まだまだ触れない。
「星の王子さま」は箱根にあった。
(「箱根★サン=テグジュペリ 星の王子さまミュージアム」2023年3月閉館)
日本人は「星の王子さま」が好き。

星の王子さま (角川文庫)



あれは何なのだろう?
小さい頃、必ず読むのだが、水谷譲は読んであまり面白くなくて母にそれを話したら「大人になってから本当に好きな人ができた時にもう一回読みなさい」と言われてまだ読んでいない。
武田先生も一回だけ「英語のテストに出る」というので英語で「星の王子さま」を読んだことがあった。
3〜4ページで飽きてしまって。
あれはサン=テグジュペリが不時着した時の幻影だとおっしゃっていた。
まかり間違えば死ぬというような危険な状態の時に、ああいう幻影を見た。
そこから生まれた物語。
あと、作者も困るぐらい日本で受けている異国の作品。
小説。
それは書いている人も「何で日本でこんなに受けるのかよくわかん無ぇ」という。
「アルジャーノンに花束を」

アルジャーノンに花束を〔新版〕



ニューヨークかどこかの町に、ちょっと言葉は悪いが知恵遅れの少年がいて、その知恵遅れの少年に人間の手で薬品を与えると頭がよくなっちゃった。
それで薬を投与されて頭がよくなった少年とアルジャーノンという名前を付けられたネズミも薬を与えると凄く頭がよくなって。
人工的に賢くなった。
それで全て事態が上手くいくかと思ったら、頭がよくなったばっかりに少年の方は、或いは青年ぐらいの年齢かも知れないが、嫌われ者になってしまう。
ネズミの方はそれでだんだん性格が変わって狂暴になっていくという。
最後はその薬は頭がよくなる為の道具だったのだが、そのネズミも死んでしまう。
化学で頭がよくなったその青年も退行現象が始まってまた知恵遅れの青年に戻ってゆくという。
最後に彼が残した言葉が、死んでいったネズミが哀れなので「アルジャーノンに花束を捧げてください」と。
それで言葉もたどたどしい青年に戻ってしまうという。
これは「何かなぁ」と考えたが、日本人の中にある、言葉は悪いが「バカの伝統」というか。
日本人にはバカの伝統がある。
宮沢賢治。

ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
(「雨ニモマケズ」宮澤賢治)

雨ニモマケズ (宮沢賢治の絵本シリーズ)



ああいう理想像。
バカが理想の人間。
ロシアの童話でも「イワンのばか」

イワンのばか (岩波少年文庫 529)



そういうその「バカが実は最も賢いのではないか」という。
ジョン・レノンが歌った「フール・オン・ザ・ヒル」「丘の上のバカ」という。



でもジョン・レノンは不思議なことに「最も自由を知る人、それが丘の上のバカだった」という。
(作詞はポール・マッカートニー)
落語もそう。
与太郎とかが出てくるが、それはバカの系譜で、実は最も賢い人という。
そういう愚鈍を最高の知者とする文化を持っている。
何かそういう中に「星の王子さま」というのがあって日本人の琴線に触れるのだろう。
一休さんとか良寛さん。
子供と一緒に高僧が遊んでいる。
そういう図が好き。
独特の文化圏。
今年のメニューだが、日本のそういう不思議なところを何とか三枚におろせないかという非常に高い志を持っている。
前に一回扱ったドナルド・キーンさん。
この人をもう一回やってみようかと思って。
考えれば考えるだけ不思議で、14〜15歳でもうもの凄く頭のいいニューヨークの少年がいて、その少年が古本屋で買った源氏物語に痺れる。
もちろん(源氏物語は)英訳。
そこから日本に興味を持ったのだが、その日本とアメリカは真珠湾攻撃で戦争状態に入る。
それを契機とし、彼は日本を深く知ることになったという。
この数奇さをもう一度、もう一回さらい直そうかなというワケで。

(この日の放送当日は)新年の三日目で、山を駆け下りて懸命にランナーが走るという大きな大会(第100回東京箱根間往復大学駅伝競走)を関東の方でやっているが、不思議な言葉。
こういうのは異国にない。
昨日だが坂道を登った、山道を登った人を「山の神」。
日本は、お大師様も含めて神がいっぱいいる。
今日はその神様が駆け下りて東京を目指して走っていく。
しかし凄いエネルギー。
人間の力に呆然としてしまうのだが、走れるものなのだ。
凄いスピード。
いつも隣で子供が一緒になって走っているが絶対に追いつかないと思う水谷譲。
箱根。
水谷譲は昔、(駅伝中継を)担当した。
浜須賀の陸橋の上からレポートをして、その時にマイクを落としてしまった。
でもコードが付いていたのでコードを持って何とかマイクは下に落ちずに済んだのだが「今、マイクを落っことして失礼しました〜!」みたいな声が(ラジオの中継に)入ったという。
大失敗。
(その競技の中で水谷譲が「美しいなぁ」と思う瞬間は)やっぱりタスキを繋げるというあの心。
「とにかくこのタスキを繋げるんだ」という。
倒れても「タスキは繋がったのか」みたいなことを叫んでいる。
「タスキってそんな力があるんだな」と思う水谷譲。
たかだか布切れで作った輪っかだが、人間を動かす。
武田先生はどうしても絵に描きたくて考えているのだが、なかなかいいアングルが見付からないのだが
駅伝でもいいのだが、長距離ランナーがゴールの後、くるっと走って来た道の方を向いて深々と頭を垂れる。
あれなんかも不思議な習慣で、異国の人は全く理解できない。
美しい風景。
あれはいいもの。
あれは一種「宗教」。
今まで走ってきたその道の神様に頭を下げているということ。
頭を下げているのは絶対神様。
この間、福岡で話を聞いたら、ゴルフで女子プロで全コース周り終わった後、コース全体に対して頭を下げる人がいる。
もう「アスリートの魂だ」と。
「バウ」「お辞儀をする」という日本人の習慣。
そこに神を見立てるのだろう。
今、いろんなところで神様同士の戦争があるのだが、日本という国がもし世界に向かって薦められるとしたら、あのお辞儀。
武道家が青畳に向かって一礼をする。
プロゴルファーは「ミスターパー」という幻の仙人に向かってお辞儀をする。
ランナーは走った距離に、そして全風景に対してお辞儀をするという、ああいう見立ての能力というか、あそこに美しさがあるような気がする。
そういう意味では日本というのはお正月もそうだが、神を見つける最高の国。
箱根にも「山の神」がいるが如くだが、恐山。
イタコ。
霊を呼び寄せる修行をした女巫女がいて、たいがい盲目の方なのだが、そのイタコの人達が夏場、依頼を受けるらしい。
誰に会いたいかと訊いて。
青森弁で「××××××」とかと言うのを聞いて「おとっっあんに悪かったって言っといてぇ〜」とかそういう降霊の巫女さん。
そこに最近、イタリアの人が並ぶ。
イタリア語なのかどうなのかというのが気になる水谷譲。
嘘だと思うなら皆さんスマートホンなどで、どの人がイタリア人に人気があるかとかと引いてください。
だからコロンブスとかというのを降ろす。
(イタコは)あの世とこの世を結ぶ人だから。
もちろん通訳の人が二人ぐらい入るらしい。
それはイタリア語─日本語、日本語─東北弁。
「××××日本の〜」とかと。
それがちょっと料金がかかるらしいのだが、それがイタリアの人に。
イタリアはカトリックになるのか、一部宗教関係者の中で「カトリックがそんなのやっていいのか」と怒る人もいたらしい。
そうしたらイタリアのおばさんが「世界中どこ探したって死んだ人間に会わせてくれるのは日本しか無ぇよ」と言ったという。
本当におっしゃる通り。
日本だけしか無いらしい。
公然と、しかもお寺の中で。
イタリアはエクソシストみたいな悪魔祓いはあるが死んだ人は会わせてくれない。
でも青森でイタコさんに頼むと呼び寄せる。
つまりそういうものが叶うのが日本しかないというのが日本の面白さで。

黒川伊保先生、扶桑社から出ているが「60歳のトリセツ」。
昨年の十月下旬に二週お送りしてネタが実は余っていて、それで「60歳のトリセツ」の延長で「女房の不機嫌」というのを年末にお届けして、一家心中の話で年を締めくくるというような乱暴な展開だったが。
年が明けてその「女房の不機嫌」の締め。
それが「星の王子さま」。
ちょっとなぞるが、まことに申し訳ございません。

その男、或いは女という性を生きる。
他にも性の種類はあるが、とりあえず男と女。
でも他にも性があるが如く男性、女性というその性も、やがては性を脱ぎ捨てなければならないという時が来る。
それが「老いる」という年齢。
ここに「老いる」の意味がある。
男女ともお互いに男と女という性を超えて、年を取ると人類になる。
私達は命という生き物になる為に老いたのだ。
これはいい言葉。
これは武田先生(の言葉)。
これはあくまでも武田先生の仮説。
これは黒川先生の説を借りながら考えていた。
他にもいろんな性があるが、まずは男と女に生まれ育ち、とりあえずは男と女で単位で夫婦という単位になる。
これは何ゆえかというと生殖と繁殖の為。
それで生殖が上手く行ったら子育てをする。
これはやっぱり夫婦というカップルでければできない。
お互いに懸命に外敵と戦うような。
どこの動物もみんなそう。
外敵と戦いながら背中合わせで子育てをするという。
やがて子が大きくなって、巣立っていった。
もうここで夫婦の役割は終わった。
それでもなお、人間はまだ夫婦は何十年も一緒に生活する。
つまり老人は夫婦で性を捨て、命という人類が到達すべき心境を確かめ合う為に老けたのである。
女房の不機嫌も不機嫌を使い果たすことによって女性という性を脱ぎ捨てる。
男は散々女性の不機嫌にコキ使われながらやがてその不機嫌の全てを体験する。
そして二人は全く同質の命という単位になる。
「命を育むのは命であって、老いを育てたのは命である」
生まれた命は「男」と呼ばれ、「女」と呼ばれ、その男と女の役割を終えた時、お互い二人は「命」という単位に帰ってゆく。
なぜか?
命に気づく為には命にならねばならず、命になった時、命は全ての命に気付く。
これは哲学。
人間が生きて死ぬというということの理屈が単純であろうはずがない。
「人生一回きり」なんて言う人がいるが一回きりかどうか確かめた人は一人もいない。
ゴルフをやりながらしみじみ思う武田先生。
紳助がよく言っていた言葉だが、紳助が武田先生に向かって言ったのは「人生を何周もしてるヤツがいる」。
例えば石川遼とか、プロゴルファーになる人は四周目か五周目でまたゴルフをやっているから腕が・・・
「俺達下手なのは一周目だから」
武田先生は一周目。
二周目はもっと上手くなれる。
前世でどのぐらいやってきたかがかかってくる。
だから男女の恋愛も含めて「何周目か」というのはとても大事なことなのではないか?
そう考えると次の二周目、三周目が楽しみになってくる水谷譲。
それを持てるかどうかの為に「女」という性を脱ぎ捨ててアナタは命に帰るべきだ。
水谷譲がこれから気づくのは「命」に気付く。
今、申し上げたことは武田先生の仮説。
ただ、どうにも武田先生と同じようなことに気付いた人がいて、それが「星の王子さま」。
これは黒川伊保子先生が書いてらっしゃる。
武田先生は何となく頷いた。
名作童話「星の王子さま」のラスト。
地球にやってきて様々なものを見た王子さまは不時着したパイロットが飛行機の修理を終えてその日、いよいよ旅立とうとする時に

王子さまが「今夜、自分の星に帰る」と告げるのだった。永遠の別れと悟って、悲しむ飛行機乗りに、彼はこう諭すのである。
「おまえはさ、誰も他のやつらがもっていないかたちで星をもつことができるよ……」
(78頁)

難しい。
「えっ?どういうことですか?」というところで明日。
「星の王子さま」
ここで重大な命というものを見つめ直す言葉をのたまう。

やっと本題に入って、黒川伊保子先生の「60歳のトリセツ」からまだ武田先生の説も交えての「女房の不機嫌」「最後のお使い」そして締めは「星の王子さま」。、
「星の王子さま」というサン=テグジュペリという方が書いた、フランスの方の物語。
これはもちろんこんなふうに先に説明してはダメなのかも知れないが、でもわかりやすくする為にもい言っておく。
「星の王子さま」をご亭主だと思ってください。
「不時着したパイロット」を自分だと思ってください。
それが人生の最期にこんな話をしている。
物語に戻る。
不時着したパイロットは飛行機の修理を終えて、いよいよこれから飛び立とうという時に星の王子さまの方から提案を受ける。
王子さまは言う。

「今夜、自分の星に帰る」と告げるのだった。永遠の別れと悟って、悲しむ飛行機乗りに、彼はこう諭すのである。
「おまえはさ、誰も他のやつらがもっていないかたちで星をもつことができるよ……」
「お前が夜に星を見上げるとね、その星のひとつにおれが住んでいるせいで、その星のひとつでおれが笑っているせいで、おまえにとってはまるですべての星が笑っているように思えるはずだよ。笑う星たちを手に入れるわけさ!」
(78〜79頁)

一つの星に、星の王子さまが帰っていった。
そのパイロットは夜空の星を見上げるたびに「あの星かな」「この星かな」と思うたびにほほ笑む王子さまの顔が浮かび、全ての星が笑っているように思うようになる。
「星の王子さま」はいい話。

「そうして悲しみがやわらいだとき−中略−、おまえはおれと知り合ってよかったと思うはずだよ。おまえはいつまでもおれのともだちなんだもん」−中略−たった一つの星を知り、その星で微笑む小さな王子さまを愛しただけで、私たちは、無数の星を手に入れるのだ。──星の王子さまは、サン=テグジュペリは、そう教えてくれた。(79頁)

私達はその一人を知る為に年老いていく。
星の王子さまが言っているのは「一人を知った」ということで全ての人間を愛する能力が備わっているという。
「そうなれる相手ならいい」と思う水谷譲。
「おまえはおれと知り合ってよかったと思うはずだよ。おまえはいつまでもおれとともだちなんだもん」
「亭主」とか「女房」とかと思うと反発もある。
でもよく考えてみらた「おまえとはともだちなんだもん」というのは、これほどの友達はやっぱりいない。
そういう言い方をすれば「一番の友達」というのはあると思う水谷譲。
輪染みを叱り、遅れ尿を叱り、クサいと言われ、汚いと言われ。
他の人はそんなことを言ってくれない。
濃密に会話したという。
考えてみれば、あれが女房と思うから、亭主だと思うから腹も立つだろうが、「60歳のトリセツ」はこの「星の王子さま」を使いながらそのことに関しては何も書いていないのだが、武田先生は夫婦仲の読み物に読めた。

私達は一人を愛し、一人を知る為に年老いたのです。
全てを愛し、全てを知ることができるのです。
目の前の年老いた妻の「星のお姫さま」に語り続けましょう。
君は俺と知り合ってよかったと思うはずだよ?
君はいつまでも俺の友達なんだもん。
行きましょう。
牛乳と玉子二つを求めて。
ペダルを漕げ。
70歳を過ぎた年の王子さま。
行きましょう。
奥様から命じられたら。
不機嫌を直す為に。
玉子二つと牛乳を求めてペダルを漕いで。
泣きながら。

(本放送では最後に海援隊「早春譜」が流れる)

早春譜





2023年12月25〜29日◆女房の不機嫌(前編)

これの続きです。

十月下旬のこと、「60歳のトリセツ」と題して黒川伊保子先生の新書だが、これをご紹介して好評いただいた。
自分の説も交えて、男も女も60歳を境にして個人を離れて人類になっていくというボーボワールの言葉を紹介して締めくくって「めでたしめでたし」ではなくて、実はその後、もっと重大なことを武田先生も最近、短期記憶が本当にダメでもう忘れてしまう。
それで整理していたら「これ、喋ってないな」と思って慌ててもう一度「60歳のトリセツ」を読み直した。
それで年末に向かって「女房の不機嫌」というタイトルでお話をしてみたいなと思う。
武田先生は女房との口喧嘩をネタにしているワケではない。
女房の不機嫌を時々この番組でこぼすことはあるが、それは武田先生個人の不始末。
この「女房の不機嫌」ということに、ふと人類の共通を感じた事件があって。
それは友人と酒を飲んでいて、何気無くその手のことを話したら二人の友人が乗ってくる乗ってくる。
語り合ううちに「女房の不機嫌」というのは人類共通の悩みではないだろうか?と思った。
だから武田先生の家ではなく、世代の問題として語っていきたいというふうに思う。
まずは女房と言われる女性から鋭く尖った言葉が投げつけられる。
もう一回繰り返すが、これは特定の個人のこと、武田先生の家庭のことを語っているワケではない。
とにかく「女房の不機嫌」という人類史に残る大きいテーマで語ると、よくある現象は女房の不機嫌。
風呂に入ると「亭主が入った後がクサい」。
服を着替えると「クサい」、トイレを使用すると「クサい」という鋭い亭主批判。
体臭、便、尿。
こういうことを言われると人格として縮むしかないワケで。
ここから派生する問題が排尿のスタイルで立つか座るかというのが家庭を揺らしているのだろう。
今は座る方が多くなってきたと思う水谷譲。
ちょっと武田先生は今年の夏場、ホッとしたのは、あのスマートなテニスをやっておられる松岡(修造)さん。
あの方がテレビCMで遅れ尿という問題を取り上げられて。



スマートな男性がトイレから出てくると、尿がポロっと。
今、(CMは)流れていないがバーっと広がる尿の染みあと。
いわゆる「おもらし」。
男性の体型というのは尿管がUの字型に曲がっているらしくて、よっぽど腹筋に力を入れないと全部出し切れない。
このへんは女性は理解しにくいと思うのだが、若い時は座っていても腹筋の力で出せるのだが、中年を過ぎるとあの「遅れ尿問題」が発生して。
最初は小さい「ヤクルト」。
だんだん歳を取ると「ヤクルト1000」ぐらい。
すみませんヤクルトの方。
でもこれが一番いい例え方でわかりやすいものだから。
武田先生も水谷譲もヤクルトが大好き。
武田先生も水谷譲もヤクルト1000を毎日飲んでいる。
それだけはどうぞヤクルトの方、許してください。
でも、やっぱりヤクルト1000一本分というのはかなりの分量になるので。
それで「遅れ尿」のことを「オマエは失禁している」と言われると60、70(歳)は本当にめまいがする。
武田先生がとっているのはスクワット。
スクワットしながら排尿。
便器に向かってスクワットスタイルで。
凄く疲れる。
(その形の方が)便器に近付くワケだから奥様が気になるしぶき等々が。
それでも最後は立ち上がって振るだけ振る。
そうすると点々と。
「クサい」から家事を手伝えは「役立たず」、或いは「また、しでかした」。
トイレでは「こぼした」、キッチンでは「何度も言ったよ」「なぜできない」、リビングでは「変よ」「ボケたの」「また忘れたの?」。
こういう言葉が次々と浴びせられて今、世界的な問題「シニハラ」。
シニア時代のハラスメント。
略すと非常に不気味な言葉になる。
「パワハラ」とか「セクハラ」とかがあるが老人がいじめられるという「シニハラ」。

一か月前の本に戻りましょう。
伊保子先生「60歳のトリセツ」。

60歳のトリセツ (扶桑社新書)



こんなふうに著述の中で説いておられる。
まず60代女性に家事能力で定年の男性が勝てるハズがない。
何でかというと、実は60代から始まる歴史の中で女性は家事能力がMAXの力、完璧にできるというところまで女性はきているということ。
この圧倒的なMAXの家事能力。
これが家事を始めたばかりの亭主なんぞに向けられると、さっきも言ったようにシニハラ発言「なぜできないの」「何度も言ったよ」「変よ」「ボケたの」「また忘れたの」という。
こういうシニハラワードになるワケだが。
皆さん聞いてください。
ここに実は人類に共通する深い謎があるのだということで、年末一直線に頑張りたいと思う。

二十代で結婚して家事の力量を上げて、もう60(歳)過ぎると女性というのは旅館でいうと「大女将」。
抜群の気付き。
何一つエラーしないという。
だから家事を習い始めたばかりの男がアホに見えるという。
家庭の頂点に立っている大女将という最高の位に達するというワケで。
だからこの本をお書きになった黒川伊保子先生、「60歳のトリセツ」の先生。

 社交ダンスは、熱烈おススメだけど(54頁)

武田先生は(社交ダンスには)興味がない。
伊保子先生はおやりになってください。

武田先生はこのあたりから「じゃぁこの『女房の不機嫌』というのは一体原因は何なんだろう?」と。
とにかくドジな亭主が許せないというかブザマに見えるのだろう。
自分が思っているように動いてくれないそのもどかしさと、そのイライラと思う水谷譲。
そのイライラは「何と比較したら」ということで。
伊保子先生が書いておられる著述の中で引っ掛かった文章があった。
14歳の自分に再会する。
女性は高齢になると自分が最も自分らしかった14歳の頃に帰る。

 14歳は、感性の完成期に当たるので、ヒトは14歳の感性で一生生きていく、と言っていいと思う。14歳のときに出逢った(脳に飛び込んできた)音楽、ことば、アート、憧れの人物などは、一生、脳を元気にしてくれる。(102頁)

中学2年生ぐらい。
その時に最も女性は感性、フィーリングを磨いて、それが理想の感性。

 ザ・ハイロウズの『十四才』という曲の歌詞の中に、こんなフレーズがある。──あの日の僕のレコードプレーヤーは、少しだけいばって、こう言ったんだ。いつでもどんな時でもスイッチを入れろよ、そん時は必ずおまえ、十四才にしてやるぜ(甲本ヒロト作詞)。(102〜103頁)

十四才/フルコート



 14歳の脳を知っている私には、このフレーズにしびれるしかない。(103頁)

これは女性脳の隠れた特徴であろう。
「14歳の女の子」が女性の頭の中に住み続けるそうだ。
伊保子先生はこんなことをおっしゃっている。

14歳の脳に戻っていいのである。そして、なんと、戻れるのである。美しいもの、わくわくするもの、そして心臓を射抜くものに心酔したあの日々に。(104頁)

ところが14歳の目で70歳の亭主を見ると「なにコレ?」「こんなのいちゃダメ」。
14歳の目が見てしまうからこそ不機嫌になってゆくという。

これはちょっと謎の言葉を伊保子先生はおっしゃっている。
伊保子先生は別の章でこんな指摘をしておられる。

 私は、1990年代、東京医科歯科大学の名誉教授だった角田忠信先生のもとに通って、脳の実験に参加していた。あるときふと角田先生が「脳は、どうも最初から、自分の生きる年数≠決めているみたいなんだよ。寿命のように見える固有振動(その脳が反応する特定の周波数)があるから」とおっしゃったのだ。−中略−「脳は、生まれてくるとき、この地球というアトラクションで何年遊ぶか、決めて生まれてくるのだ」と納得した。(76〜77頁)

脳が何年もかけてゆっくりと活動停止していくそのさまは、「楽に逝くためのプログラム」に見えたのである。(76頁)

いっぺんにガタッと落ちるとアレなので、度忘れして「もう最近ダメだ、俺は」とか「もう尿をこぼすようになっちゃった」とか、ゆっくり自分に失望してゆくという過程を取って脳は円満な死を迎える為の下り階段を降りてゆく過程が老化ではなかろうか?とおっしゃっている。
亭主に対する絶望、それも14歳の子の目で見るがゆえの絶望だが、ここに絶望が教えてくれることは何かというと、そうやって「ゆっくり死に近付きつつありますよ」というプログレス、過程を踏んでいるのではなかろうか?と、こんなことをおっしゃっている。
14歳の感性でゆっくり命を終える準備にかかる60歳、70歳なのである。
それが女房の不機嫌。
亭主、夫に対するその不機嫌はこの矛盾を生きなければならない軋みなのである。
「何ちゅう人?この人は」というその諦めというか、絶望みたいなものが亭主の老いや無能、無神経、不器用に14歳の感性が不機嫌になる。
もっとクールに言えば、死を穏やかに受け入れる為の絶望を勉強する開始。
それが女の人に宿るいわゆる不機嫌、「女房の不機嫌」ではなかろうか。
女性というのは気になることが多い。
その気になることを全部捨てる練習、それが亭主に対するいら立ちだとおっしゃっる。
女の子というのは14歳の頃が一番無鉄砲。
高校生になると色気付くから。
一番女性として乱暴なのは14歳、15歳ぐらいの頃ではないか?

これは「女性の立場で絶望を学ばねばならない、それが不機嫌なんですよ」と言ったのだが、亭主に視点を移してみる。
これがもう本当に思い当たる。
男というのは何かというと、女の不機嫌によって育てられた生き物。
思い出しましょう、あの幼い頃。
初めてのおつかい。
あれは母に頼りにされる喜び。
「初めてのおつかい」は一人前になった喜びがある。
一番恐れるのは何かというと、「おつかいに行けない」と言って泣き出すとお母さんが不機嫌になる。
そのお母さんの不機嫌を見たくない。
だから小さな子は勇をふるってあの商店街まで買い物に行かざるを得ない。
それぐらい頼りにされるということは嬉しいこと。

さあ、男の人生を振り返りましょう。
遠い昔、妻と他人であった時、まだ妻が美しい娘だった時、その美しい娘に恋をした。
その恋を操ったものは何か?
それは娘の不機嫌。
「娘の不機嫌」というのは強烈。
「タナカ君!今、触った!アタシ触ったでしょう!」とかと言われると、もう頭の中がクリスマスボールをひっくり返したみたいに銀の粉がグワーッと。
(「クリスマスボール」というのはスノードームのことを指していると思われる)

SPICE OF LIFE(スパイス) クリスマス スノードーム MERRY CHRISTMAS QJXT3020



どうしていいかわからない。
だから女の子は不機嫌を取り引きするということを知っている。
必死になって男はとりなす。
それで男が弱々しく「不機嫌直ったかなぁ?」なんか言う。
それでなんとなく・・・
二十歳とか、言葉は悪いがオッパイも膨らんできて触りたくなる。
やはり触りたくてたまらない。
あの胸の中にポーンと膨らみが出てくるというのと、スカートはマジックで使うカーテンのよう。
ハイ!と言いながらスパーン!とテーブル抜きみたいに鳩が出るのかサイコロが出るのか引き抜いてみたい。
女性のファッションは絶対そう。
あの一番見せたいものを隠すところに女性の心理がある。
パッといきなり扉を開けて「イヤッ!」とかと言いながら胸とあそこを押さえるという。
あれは押さえなければ何ということはない。
最初からネタがバレてしまうと「何だ。そういう仕掛け?」みたいなことになってしまうのだが、とにかく隠す。
それに男がコロッと参ってしまう。
それと不機嫌。
会う度に不機嫌になる。
「どうしたんだい?」「何でもない」
「何でもない」が一番怖い。
「何考えてんのかな?」と思う。
「いい。もういい。今日はいい」とかと不機嫌で男を揺さぶり続けるという。
これ。
女性の心の中には永遠に男を操る不機嫌の手練手管、技術が宿る。
武器。
そして心の中には永遠に少女の世界があるワケで。
ところが命がだんだん終わりに近づくと、手持ちの不機嫌を吐き出さなければいけない。
取り引きに使った不機嫌。
それが亭主に当たる最後の不機嫌。
そこで使い切る。
使い切らねば人類になれない。
十月下旬にお話しした、人類になる為には不機嫌というカードを使い切る。
男の最後の仕事は何か?
この女房から不機嫌を消すことで、男はその意味で「最後のおつかい」に出る。
あの二か月前の話。
会社の偉い方が奥様から「牛乳と玉子二個買ってこい」と言われて。

水谷譲が自分の人生の中で能天気に楽しく生きていた年齢は今かも知れない。
何のストレスもなく能天気にやっているので。
歌が耳から入ってきたら覚えられた年齢は小学校5〜6年。
丁度「ザ・ベストテン」とか「(ザ・)トップテン」とかやっていて、もう全部歌詞が今でも歌えるぐらい覚えている。
今でも口をついて出てくる。
ピンクレディーとか全部歌える。
覚えようとしなくても、もう頭に入ってしまっていたのがその年齢。
水谷譲は人よりも4〜5年早い。
10歳前後の時に、「最も感性豊かな」という時代が。
感性というと高尚に聞こえるが、やはり「ものごとを感じる力」だから、その例えば歌を口ずさんでいる時、その歌の世界に入れるというか。
一人でヒットパレードとかやっていた。
「今週の第一位『上を向いて・・・』」
「上をむ〜いて〜♪」とか(とやっていた武田先生)

上を向いて歩こう



そういう夢想の時代。
それともう一つ、働いた後、おうちに帰る時、思わず夜道で口から出てくる歌とか。
(水谷譲にとっては)ユーミン。
(当時、水谷譲は)中学生ぐらい。
その頃は中学生ぐらいだから14歳ぐらい。
ユーミンは女の子の心の中に住む。
彼女はそういうことを揺さぶる力を持っている。

小さい頃は神様がいて(「やさしさに包まれたなら」荒井由実)

という、あの詞なんかは女の子がうっとりするのだろう。

やさしさに包まれたなら



武田先生は二十歳前後のフォークソング。

Where have all the flowers gone?
Long time passing
(「花はどこへ行った (Where have all the flowers gone?)」)



とか
(次の曲は何かわかりませんでした)

We Shall Overcome(「勝利を我らに (We Shall Overcome)」)



とか、あの初期のフォークソング。
それからバテた時に出てくるのは「ティーチ・ユア・チルドレン」とか

You, who are on the road,
Must have a code that you can live by.
And so, become yourself,
Because the past is just a good bye.
(「Teach Your Children」Crosby, Stills and Nash)



邦楽も出てくる。

時に元禄十五年十二月十四日、
江戸の夜風をふるわせて響くは山鹿流儀の陣太鼓、
しかも一打ち二打ち三流れ、
(「俵星玄蕃」三波春夫)

長編歌謡浪曲 元禄名槍譜 俵星玄蕃



突然出てくる。
「突然出てくる歌」というのがその人を支配している。

空にひびいた あの音は
たたく太鼓の 勇駒
山車の竹笹 堤灯は
赤い灯に ゆれて行く
今日は祇園の 夏祭り
(「無法松の一生」村田英雄)

無法松の一生(度胸千両入り)



運動をやっている時にハアハアという息の仕方が中高校生に戻っているのを気づく。
凄く激しい運動をやってヘタりこんだりする。
あの時に武田先生は自分の魂は出身の中学校や高校の校庭に帰る。
人間はバテた時には少年に戻れる。
それが年を取ると明確に感じられる。

女性は最後の不機嫌を亭主で使い果たす。
(使い果たさなければいけない)と思う。
でないと人類になれない。
前にもお話したが、とある友人から聞いたが、立派な会社の重役までやった方が奥さんから玉子二個と牛乳を買って来いと言われて、玉子二個を買い忘れて奥さんから「玉子買えないの?」と言われて、もう一度車で引き返そうとしたら「車庫開けてご近所の迷惑。自転車で行け!」と言われてそれで自転車を漕ぎ出したら、雨がバーッと降ってきて、気が付いたら涙が流れていたという。
武田先生はあの話が大好き。
「その女性の不機嫌を静められなかった己の無力」というのは会社を成功した人が女房の不機嫌を治められなかった自分というもの。
でもこの女房の不機嫌に付き合うことによって、不機嫌に引きずり回されるという自分を捨ててゆく。
一種自分に対する絶望。
でも自分に絶望しない限り人間は人類になれない。

珍しく武田先生個人のことでアレだが、武田先生の奥様の「不機嫌の音程」というのがある程度決まっている。
その音程は母の音程にそっくり。
逆に言うとそういう音程の方と結婚するということだと思う水谷譲。
「なんしよるとか!オマエは!パンツにオマエ、バームクーヘンのごた染みば入れてから!」
白い綿のパンツにダラダラおしっこをこぼすもので、バームクーヘンみたいな模様がついちゃったという。
その(母の)「なんばしよっとか!オマエは!」というのと(妻の)なんでできないの!」というキーが同じ。
多分武田先生は言葉に反応するというよりも、あの音程に反応している。
それでこの音程はそれぞれの男を支配し続けているというのが「女房の不機嫌」の源流ではないか?

一か月ぐらい前だが、弘兼憲史先生と違う局で中高年の悩みに答えるというラジオ番組をやった。
(NHK「弘兼憲史の“俺たちはどう生きるか”」2023年11月23日放送回のことを指していると思われる)
凄く頑張り屋のラジオ局で、街へ出て65歳から80歳近い人まで「何で悩んでるか」を聞いてきている。
これはやはり考えた。
大学教授か何かをなさっていて、奥様と今、老後を過ごしておられるのだが、時折働きに行った女房を見送って一人になっている時、女房が先に逝っっちゃったら自分の寂しさというのがどれほど深くなるか考えると恐ろしくなって。
70歳ぐらいの方だったか「凄く不安になるんです」。
弘兼先生が「アナタ変わってますよ」。
つまりその年齢になってもまだ奥様の後を追ってらっしゃって、奥様がいなくなったら孤独で耐えられるだろうか?というその悩みそのものがという。
これは弘兼先生もなかなか味わいがある。
夫婦というのは格別なもので「二人が手を握り合わないと倒れる」というところぐらいで一番仲がよくなる。
若い人がアベックで手をしっかり繋ぎ合って「青春の手つなぎポーズ」で歩いておられる姿と、もう一つ「どっちか離すと倒れるぞ」という。
「どっちか離すと倒れるぞ」という人間のシルエットの中に武田先生は愛を見る。
弘兼先生もきっとそう。
女房の後ろ姿を見ながら、ジッとまた見送って立ち尽くすという老人というのは、老人になりきっていないような気がして。
武田先生はその点では弘兼先生に大賛成。
それと、昨日まで話した奥様があげる不機嫌な声。
それが男にもの凄く強く作用するという話をした。
それは母の不機嫌の声と女房の不機嫌の声が重なるから反応してしまうのだという。
あれは「物事の中身」より「キー」だという。
そういう男性からの相談があった。
それは結婚できない78歳の男性からの。
なかなかモテる方らしくて、食事なんか女性が作って持ってきてくれるというのが何人かおられるらしい。
「でも私、結婚に踏み切れないんですよ」
今までもそうだった。
女性がちょっとでも結婚を匂わせるともう嫌になる。
「それはなぜですか?」という問いを女子アナウンサーがアレすると「多分お袋のせいだと思います」という。
その人は78歳。
戦争のさなかに満州から引き揚げてきた。
なかにし礼とか山田洋次監督とかと同じような戦中・戦後を生きた方で、ロシア兵に追われたりする時、お母さんがもうダメだと思ったら「死のう死のう」ばっかりおっしゃる。
「お母さんがオマエを殺すからオマエも死ぬんだ!」と言う。
そのキーの高さが残っておられる。
お父さんが生きておられて引き揚げてきて再会して。
ところがお父さんももう戦争でトラウマいっぱい、人間の死んでいくところをいっぱいご覧になったのだろう。
何だかヤケで。
そのお父さんが給料を入れなかったりするとお母さんがまた手を握りしめて満州で体験した「オマエを殺して、お母さんも死ぬからオマエも死ぬんだ!」という鉄道の飛び込みをなさろうとする。
それを必死になって止めた。
その体験があって、女性の声のそのキーに凄く弱い。
だから女性のキーの高さって・・・
それを言われてしまうと武田先生も思い出してしまって、武田先生の母もあった。
父が酒を呑んで給料を持って帰ってこない時に「父ちゃん殺そう」という話になって。
父は玄関にひっくり返っている。
そうしたら「鉄矢!鉄矢!」と呼ぶ。
「なんね?母ちゃん」と言ったら「父ちゃんが給料、な〜ん持って帰ってきとらん!今月は生きていかれんぞ、今月から。こげな父ちゃんいらん。殺そう。オマエがネクタイの短い方ば引け!母ちゃんが長い方ば引くけん!行くぞホラ!」
武田先生は止めた。
何ていう言葉で止めたか?
「母ちゃん、来週父親参観日があるけん、そこまで生かしとこう」と言ったら母が正気に戻った。
その女性のキーに弱い。
そういうことというのはあり得るワケで。
78歳の人もずっとそういうのを抱えておられるのだろう。

とにかく新年からこの話の続きをする。
ちょっと変わってて面白い。
というワケで一家心中の話をした後、何だが、どうぞよいお年を。

2023年10月23日〜11月3日◆最後のおつかい(後編)

これの続きです。

黒川さんの著作をお借りして、その老夫婦の折り合い、これをどうするかというのを真剣に考えないと。
そんな事件が多発しているワケではないが、80、90(歳)になって夫婦で刃傷沙汰みたいな、暴力事件みたいなことも時折新聞、或いはテレビで見かけたりすると悲惨。
50年も60年も一緒に生きてきて、最後は「亭主の首絞めた」とか「女房を殴りつけた」とか、そういうことで人生が終わってしまうのは非常に無残な。
ここらあたりで油断せず、ちゃんと老いなければ老人になれない。
そういう時代に我々は生きているのではなかろうかなと思う。

多少先週と重なるが、先週最後にお話ししたお話は非常にやり手のその世界では頑張った方。
その方がもう70(歳)近くなったということでご家庭に入られる。
これからのどかな老後の生活を送ろうかなと思ったのだが、もうこれがスタートからつまづくという。
奥様から「ゴミを出して」と言われて、早朝、ちゃんと奥様から言われた所定の場所にそのゴミ袋を置いたのだが、これが収集車がやってくる前よりかなり早かったものだから、カラスがその生ごみにたかってあたりは何度も申し上げるがアフリカの草原、ガゼルの死体にたかるハゲタカの騒ぎがその一角で起きて、近所の人からは横目と舌打ちで迎えられたという朝。
そして奥様からは「ゴミ捨てもできないの?」と全人生を否定されるような屈辱の言葉を投げかけられたという。
これもちょっとスタッフと話したが「ネットをかけるのを間違えたのではないか」とか。
あのネットのかけかたがまた難しい。
最近のカラスは端を持ってめくるから。
滅茶苦茶賢いから。
いろいろあるのだが、この方の最初の間違いは何かというと「所定の時間よりも早めに」というのがもう全ての間違いの始まり。
「ゴミ捨てもできないの?」の、このなじり。
これは胸に痛かったろうと思う。
しかし奥様の身になりましょう。

ゴミ捨てに8工程があるって、書いてたでしょう? ゴミ袋の在庫管理、ゴミの分別……夫が手伝ってるゴミ捨てなんて、その一工程にしかすぎない、って。(156頁)

この「捨てる」という行為もきちんと時間を守って捨てて、ネットのかぶせ方も端を奥へ押し込んでメイキングベッドのすそと同じ。
そういうことをやっておかないと、カラスも命懸けで襲いに来るというワケで。
定年退職後にのどかな老後を夢見ていた彼は、肩を落として「家事というのがこれほどの激務とは思わなかった」と武田先生に大きなため息をつきながらつぶやいた。
辛かったろうと思う。
それ以降、家事というのはまるで新兵いじめの軍事訓練に思えたという。
それはそう。
「貴様!歯を喰いしばれ!」みたいな。
奥様は慣れておられるし、読みが深いし気付きの頂点に達する能力をお持ちなので。
武田先生達の前では奥様はとっても品のいい方。
趣味がパッチワーク。
時に女房から離れて、昔の仲間に会うことだけが気が休まる。
そんなことを彼は言っていた。
それで出かけるのがワリと楽しくなって、友達と会って酒杯を重ねる。
でも、その同じ年頃の仲間が集まっても、同じ境遇なのでつい家庭での愚痴が多くなってしまう。
「オマエんとこそうか」「俺んとこもそうだよ」
彼も、やはり愚痴の言い合いも疲れたのだろう。
少し早めに家に帰る。
「何時に帰る」と言っていたのよりも少し早めに帰った。
この人は時間を早目早目にやる方。
ゴミ出しで失敗したのだが「まあ、家に帰るのはいいだろう」と思って、一時間ばかり早めにその友達との愚痴話を切り上げて家に帰った。
そうしたら何と、奥様と里帰りされた娘さんと孫が鰻重を食べていた。
彼はずっと鰻重は禁じられていた。
「そんな油っぽいもの必要ないのよぉ。どうしたの?アナタそんなもの食べたがって」とかと。
ところが、その禁じられた鰻重が家のテーブルの上にあった。
彼も男だもの、カーッとなった。
「何だ!俺がいない隙にこんなものをオマエ達は食べてるのか!?」
「寅さん」でいうところの「メロン事件」みたいなもの。

男はつらいよ・寅次郎相合い傘 [DVD]



激しい怒り。
カーッとなって文句を言おうとした瞬間に奥様の方から不機嫌きまわりない声で「何で黙って帰ってきたの!?」。
言いかけた瞬間にまた娘がツッコむように言った。
「電話一本よこすのが礼儀でしょう?」
「小姑一人、鬼千匹」と言うそうだ。
小姑がいるとそれが鬼千匹ぐらいの威力があって人をくじくという。
女二人の目付きに縮み上がる彼であった。
家庭は老後、静かに過ごす、のどかに過ごす場所であるという淡い夢が木っ端みじんに砕けていったという。
これからも軍事訓練の日々が続く。
しかしこれもよく考えると彼が悪い。
男の考えというのはここに至らない
これは彼が悪い。
やはり「何時に帰る」と言った以上はなるべくその時間に帰るように。
それが老後を過ごす夫婦の条件。
ここで一番大事なのは鰻重。
今、そうとうな高級料理。
出前で気安く頼める丼物ではない。
鰻丼というのは親子丼、かつ丼とは意味が違う。
これは女房と娘が「彼が〇日はいない」ということを前提に「あそこにしよう」「ここにしよう」とさんざん思案して用意した鰻重なのである。
その鰻重を食べる時間はどう考えても奥様にとっては貴重な休日なのである。
その休日を守ってやるのが亭主の、アンタの仕事じゃないの?というワケ。
「鰻重のお金はもともと亭主が」と思う水谷譲。
それを考えてはダメ。
それを考えるからお爺さんというか、仕事を終わった男どもというのは妙な行動に出てしまう。
それは絶対に言ってはダメ。
何度煮え湯を飲まされるか。
武田先生ではない。
武田先生は静かな老後を過ごしているが、そういう友達がいた。
友達の話。
「それ俺のカネじゃない」
そんなことを言ってはダメ。
亭主が稼いだ収入・退職金・貯金等々あるでしょう。
それを言ってはダメ。
あくまでもそれは二人が手に入れて貯めたお金。
まことに老後の過ごし方として重大なのだが、タクシー無線ではないが、今どこを走行しているか事細かに本社に連絡をしておく。
老後の夫婦にとって別々の行動をとっている日はお互いに貴重な時間を過ごしているワケで、それを30代、40代、若かった夫婦の頃に戻ったようなつもりでフラッと帰ったりするとエライ目に遭う。
「今日は遅くなるかも知れないよ」と言ったら絶対に早く帰っちゃダメ!
武田先生は早く帰って煮え湯を飲んだ友達を何人も知っている。
大事な時間。
だからやはりずっと一緒にいるワケだから「距離のある日はある」という特別の日にしないと。
これは伊保子先生も「60歳のトリセツ」の中で書いておられる。
だからこれはごちゃまぜになっている。
ただタクシー無線は武田先生の例え。

 男性脳は、「定番」には強いが、「臨機応変」が難しい。(159頁)

臨機応変は女性の方が強い。
右脳と左脳を同時に使えるから。
男はどっちか一方しか使えないから。

 女性は、逆引きの芋づる℃ョ検索が得意なので(159頁)

何かをしながら別のことができる。
家事はそうだと思う水谷譲。
「これをやっているうちにこっちをやりながらまたこれも同時進行」みたいなのが家事。
武田先生も今、それを練習している。
同時進行をやっているが、最後に何かを忘れる。
本当に忘れる。
もう、武田先生のうちも厳しく軍事訓練が続いているが。
それの最悪なのが火を消すのを忘れてしまう。
気を付けた方がいいのはわかっているが、忘れてしまうのは仕方がない。
湯を沸かして、急須に移してコンロの上の電気を消して・・・ずっと炎を付けたまま。
コンロの前のことだけでいっぱいいっぱいな武田先生。
水谷譲達主婦は洗濯(機)を回して、米を研いで掃除機をかけて湯を沸かす。
これを全部一緒にやっている。
そういう女性の脳の特徴を思い知るべきで。
御同輩頑張りましょう。

水谷譲が昨日言ったように、女達というのは「芋づる式」というか多面的な労働ができる。
一度に何個ものことをやる。
料理しながら洗濯して。
見ていて感心するが、花の手入れなんかも凄い。
毎日。
男なんか毎日なんてできない。
「そっちはそっちで生きていけ」みたいに。
何か女性というのはこれだけの仕事ができるというワケで。
男というのは目の前に実在がなければその能力が湧いてこない。
きっと男と女はそれぐらい違う。
男は老いてから初めて女性を学ぶ。
そういう意味では凄く武田先生にとってその友人が有難いのは、彼が奥さんからの訓練を話すのだが、彼は話しながらいつも笑う。
「訓練された」とか「こう命じられてこうなった」とかということを。
この「笑う」というのが大事。
これは今、老夫婦間で揉めてらっしゃる方がいらしたら、ご亭主は覚えておいてください。
それは笑って話せないとダメ。
深刻な顔で友達に言ってはダメ。
「役に立たないって俺のこと言いやがんだ」とかそんな顔をして言ってはダメ。
笑いながら。
ネタにしなくてはいけない。
だからアナタは笑う老人になるべきなのである。
なぜかというと、それはポコンポコン女房にヤラレるのは当たり前で、感性真逆の仲なので、背中合わせになって敵と戦ってきた夫婦なのである。
だからその背中合わせのまま女房と亭主は存在すべきであって「もう戦いが終わったんだ」と思ってくるっと振り返って女房をジッと見つめちゃダメ。
その典型的な歌。
武田先生達の老後の為に作られた歌と言っていいと思う。
(ここで本放送では「あの素晴しい愛をもう一度」が流れる)

フォーク・ベスト 〜あの素晴らしい愛をもう一度



意味深の歌詞だと思いませんか?
「あの素晴しい愛をもう一度」
(作詞の)北山氏は言う。

あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
(「あの素晴しい愛をもう一度」加藤和彦と北山修)

ダメ。
同じ花を見るから通わなくなってしまう。
同じ花を夫婦で見てはダメ。
温泉旅館に泊まった老夫婦が同じ海を見ながら「何て夕焼けだ」。
無い。
そういう時は来ない。
夫婦というのは、背中合わせに絶えず違うものを見ている。
だから上手くゆく。
武田先生が弘兼(憲史)さんから一回だけ「そのフレーズ俺にちょうだい」と言われたことがあったが、エッセーに書いた言葉だったのだが。
亭主と女房は列車の同じ席に座っている人。
でも横並びではない。
ボックス席の進行方向の窓際に座っているのが女房。
進行方向の逆、始発駅の方を向いているのが亭主。
亭主は過去を見ている。
女房は未来を見ている。
だから上手くいく。
プライベートなことで電波を使って申し訳ないが、奥さんに向かって今から愛の言葉を言います。
今の言葉の通り。
「奥さんが一番若くて美しかった頃のことを覚えているのは世界中で私だけです」
始発を見詰める人。
そして女房は何を見ているか。
終着駅。
辿り着くそこを見ている。
おしめをして「ハハ・・・」と言いながらヨロヨロ歩く武田先生を介添えしている。
だから武田家は奥様がきちんと厳しくやってくださっているし、それは老後を見つめているからということだと思う水谷譲。
もう「老後」。
今、まさに。
でも北山修さんの「あの素晴しい愛をもう一度」。
これは北山さんが確かステージでおっしゃっていた。
「歌に書いただろ。同じ花を見て美しいと言った心と心が今はもう通わない。同じ花、見るからだ」
多分そんなことをおっしゃっていた。
そういえば、最初の出会いからそうだった。
奥様は武田先生を見つめて、武田先生が奥様を見つめていた。
あれはやはりお互いに違うものを見ていたのだ。
最初からそうだったような気がする。
だから上手くいっているのではないか?
これは一種老いの面白さ。
こんなことは二十代の頃には考えなかった。
繰り返しになるが、武田先生の書物の中、よかったら買ってみてください。

向かい風に進む力を借りなさい



「向かい風を進む力に変えて」という本の中で書いているが、若い時はこんな老いを想像もしていなかった。
でもここに出た。
長い旅路で歩いた果てに。
ごめんなさい。

実はちょっと行ったり来たりしているのだが、自分の身近なお話をしたり、それから黒川伊保子先生、扶桑社新書で出ている「60歳のトリセツ」。
この本、その二つを振り子のように振りながら話を進めている。
黒川伊保子先生の夫婦の在りようというのを本文から抜いてみた。
正確ではないのだが、伊保子先生は手短に言うとこういうことをおっしゃっている。
60歳からのトリセツ。
まあ、老夫婦、「中年くらいの夫婦というのはこうあるべきだ」という。
「時には虫唾が走るぐらい嫌いになるのは背を向け合って生きねばならない本能のプログラムなんです。二人のうち、いずれかが生き残る生存の為の、これは命の戦略で、神のプログラムなんです」
「そんなふうにできてるんだよ、人間は」というワケ。
時に命の直感で夫婦は憎しみでケンカをして当然なのだ。
ただ、女房を敵だと思ってはいけない。
女房は本当の敵を教えてくれるこの世に唯一の存在なのだ。
敵の存在を女房が教えてくれる。
老年夫婦の無残は敵と勘違いして、時々世間を暗くする年老いたご夫婦が揉めに揉めて刃傷沙汰みたいなのが報告されるが胸が塞がる。
「それは勘違いですよ」という。
その点、夫婦というのはそういうもの。
憎み合うこと、時には虫唾が走ることがある。
でもそれが当然の夫婦の姿なんだ、という。
生殖と子育てを成し遂げる、そういうふうに夫婦はプログラムに沿うように作られた。
その生涯プログラムが終わってまだその後、20年、30年二人で生きていく。
「そこが問題なんですよ」「子育て終わった後、20年も30年もずっと夫婦続けてるような生き物いる?世界に」と、黒川先生はそうおっしゃる。
鮭だったらもの凄くわかりやすい。
鮭ならばメスに向かって精子を撒き散らす。
それで(鮭は)その場で死んでいる。
それを(人間は)何年も何年もメスの横にいる。
それはメスだって嫌。
お爺さんとお婆さん、不機嫌そうにしてらっしゃる方に言っておくが、サルだったら精子が出なくなった、或いは妊娠する可能性がなくなった。
群れから離れて、一匹で「離れザル」として生きているのだ。
もっと言ってしまうと、鳥でもいい、ゾウでもいい。
とっくに死んでいる。
人は生きている。
これは黒川先生。
武田先生ではない。
「恋愛には期限がある」
食品にあるが如く、賞味期限がある。
ちょっと武田先生もそういう臭いがしてきたので、奥さんから注意されているが「加齢臭」。
奥さんはやっぱり鋭い。
加齢臭がするらしい。
言ってくれるのは奥さんだけしかいない。
「アナタさぁ・・・」と暗い感じで教えてくださる。
本当に有難いなぁと思って、言われる度に「有難う」と言っているのだが。

加齢臭は、若いメスに「この個体は生殖に向かない」ことを伝えるサインにもなっているのだ。(22頁)

あの将棋の槍みたいな精子。
あれが無い。
歩と同じ。
進んでも一コマずつ。
それを臭いで伝える。
それを奥様がやはり感じられる。
その為に老人臭という臭いをちゃんと体が出している。
これも黒川先生の(説)。
黒川先生は武田先生よりキツい。
老夫婦に残された夫婦術がある。
それははっきり言えば「お互いを気にしない」。
これも黒川先生。
全部黒川先生のせいにしているが。
「元々男女は無理な関係なのです。生物世界に生殖もなく子育てもなく所属するグループもないのに、まだつがいのまま一緒に巣にいるオスとメスなど聞いたことがありません」というワケで。
でもそんなに黒川先生が激しく否定なさる老いた男女なのだが、なぜ長生きするのだろう?
二週間語り継いできたが、最大の謎はここ。
何で人間の男女のみが、これほどの長期間に亘って共に暮らしを一緒にするのか?
「老いる」って意味があるのか?

二週間に亘ってやってきて、武田先生自身の話、武田先生の友人の話、「年を取った妻となかなか折り合いが上手くいかなくて」というような話をしてきた。
でも最大の謎は「何でそれでも人間というのは老いてまでも夫婦でいるのか?」という。
そこに最大の謎。
そしてもっと約めて言うと「老いに意味があるのか?」。
もう先に結論を言ってしまうが、老いに意味があるようだ。
その話に入っていこうというふうに思う。
長い老後を持ち、それでもつがいでいようとする。
ここに人類最大の特徴がある。
人類以外にこの星にはこの種に似た生物は存在しない。

では第一問。
人は何の為に老いるのか?
人の子に産まれ、育ち、育てられ、群れをなして、やがて色気づき、言葉はちょっと動物用語だが、発情し、生殖活動に励みパートナーを見つけてやがて子をなし、その子を懸命に育てる。
大きくなったら巣立ちを促しながら、妻とはお互いに違う持ち場で家庭を完成させる。
生物種としてここでその関係を終了してもいい。
子供を育て終わったら夫婦を解いてもいい。
それでも熟年夫婦というのは死が二人を分かつまで夫婦であろうとするワケで。
これは男女の関係にしてしまうから息が詰まる、うとましいのである。
「60歳のトリセツ」をお書きになった黒川伊保子先生は故に「上手くやる為に、年を取ったら干渉しない時間割をしっかり持とう」と。
定時のティータイムや距離のある部屋割り

 理想は、お互いの気配は感じられるが(生活音は聞こえるが)、目には入らない個々の空間を確保すること。(152頁)

他に黒川先生がおっしゃっているのは「言葉の裏読みをしない」。
同年代の方、揉めないようによく聞いてください。
「おい!それ買ったのか?」
トゲがある。
これでは尋問と同じ。
女房が何か買って身に着けている。
何と言うか?
「おい。似合うね」
こう言えば関係は上手くいく。
老いはその関係の言葉を探し出す。
マイペースで過ごせる時間のことではない。
奥さんあってのアナタ、亭主あってのアナタですよ。
「おい、飯これだけ?」
そんなことを言ってはダメ。
とにかく不足でなく充足を言葉にする。
満ち足りていることを言葉に。
これこそが老いの学びなのだ。
老いの知恵。
実に役に立つ。
最大の謎に挑まねばならない。
それは「そこまでして人は何の為に老いるのでしょうか?」。
ここ。
これは黒川先生の本には無い。
何でかというと黒川先生は60代の方だからまだお若い。
70代は結構考えこむ。
「何の為に俺は老けているのかなぁ」と。
この本を読みながら、そこから先は自分で別の本に乗り移ろうと思って探した。
なかなかそのことに触れてくれる本がない。
ところが偶然が起きる。
ボーボワール。
フランスの女性の哲学者。
ウーマンリブをやっておられたのだが。
サルトルと恋仲だった。
ボーボワールというのは若い時、相当なベッピンさん。
その方も老いてからは老いの意味を一生懸命考えたようだ。
それでボーボワールはいいことを言っている。
60歳まで男女は「個人」だ。
60歳から男女は何になるか?
「人類になります」
「私は私を離れて人類全体に貢献する」という老いを探さなければ私の老いに意味がない。
じゃあ「人類」にどうやってなるか?
一番大事なことは自分のことを考えないことだ。
そして奥さんを見つめる時に「あっ!この人も人類だ」と思えば。
オイオイ!人類同士じゃありませんか?
人類が「ゴミ捨てのどうの」とか言っている場合ではない


2023年10月23日〜11月3日◆最後のおつかい(前編)

(今回は一週目のタイトルは「60歳のトリセツ」で二週目から「最後のおつかい」なのだが、続いている内容なので「最後のおつかい」に統一する)

まな板の上に置いたのは黒川伊保子さん。

60歳のトリセツ (扶桑社新書)



滅茶苦茶今回は分量がある。
これは多分二週では終わらないと思う。
こういう取れ高のいい回もある。
これは何かというと武田先生自身にとっては身近な問題ということ。
だが一つ問題なのはもう武田先生は60(歳)をとっくに超えているので、そんなにビタッとくるワケではないが、黒川さんの「トリセツ」シリーズの切り方のよさ。
それが70歳になっても使えるという感じなので敢えて取り上げてみたが、途中でお題を変えるかも知れない。
親子・夫婦・孫・友人・職場等々で人間関係、仲間外れにならず、できれば重要な人物に選ばれて「選ばれし生存」という人生を送って、そしてその為に正しい人となり、正しく生きる努力を惜しまない。
これが人生の大きな目標。
今、語ったのはあくまで「理想」。
これは叶えればいい。
ただ、問題は黒川さん曰くだが、60歳を過ぎた頃から人生の様子がガラリと変わる。
ここからこの方は大胆でいい。
大半の男女は生殖器官が終了する。
そして重要人物であり続けるということもだんだん天井が見えてきて、申し訳ないが「正しく生きる努力」というものもだんだん必要なくなってくるという。
世間もそんなに気にする必要はない。
60歳からは別のルールで生きていかなければならないのが人生ではないだろうか?という。
確かにルールの変更というのは60歳くらいから感じるもの。
定年もある。
それから水谷譲には大変失礼だが、これは黒川さんがおっしゃっているから言う。
女性のルールの変更というのがデカい、と。
女性のルールの変更。
これはどんなルールか?
「美しいほうが勝つ」
これは伊保子先生曰く、だんだん女のレースの中で絶対のゲームルールではなくなる。

 そもそも、豊かなバストと引き締まったウェスト、弾むようなヒップは、女性ホルモン・エストロゲンが与えてくれるものだ。−中略−妊娠中の栄養を担保するために、脂肪と水分を身体に蓄えようとするわけだけど、お腹にため込むと胎児の邪魔になるので、ここの皮下脂肪を少なく、バストとヒップにため込むから−中略−また、脂肪と水分のキープ力は、当然、肌にも好影響で、透明感のあるもち肌になる。
 美しいボディラインのもち肌の女性に、男性たちが惹かれるのも
(19頁)

水谷譲もそういう時代があったかも知れない。
どんどんこれから遠くなる。

女性たちもまた、ボンキュッパ&美肌の女性に憧れて一目置く。(19頁)

最近のテレビドラマなんかもそう。
綺麗な女性が綺麗な女性と共に暮らすなんていう、そういうテレビドラマ。
美しい娘がいるとオスの集まりがいい。

群れの中に美女がいるのは、群れ全体の生殖能力を底上げするからじゃないだろうか。哺乳類の雌は、群れ全体で一緒に発情期を迎えることが多い。(19頁)

こういうのは全部、若さゆえ。

50代は、エストロゲンの減少によって、しぼむバストやヒップ、膨らむウェスト、たるむ肌に、うんとあわててしまう。(20頁)

一度だけ武田先生も乳房のたるみというのを見たことがある。
凄いもの。
どこで女性の乳房のたるみを見たか。
母。
神戸に姉がいて、地震で全てを無くした姉が里帰りをした。
ずっと泣いている。
そうしたら風呂から上がって来た母が何を思ったか、浴衣の前をベロッとはだけて「乳ば吸え」と言った。
元気づけて冗談をやったのだろう。
そうしたら母のジョークに姉も泣きながら応えて「もう一回おっぱい吸わせてもらうわ。根性つけさせてくれ」と言いながら母の乳を吸った。
吸う姉も姉だが、もうその母の乳たるやオランウータン。
もうそうとしか言いようがない。
この話は置いておいて。

50代は、お金をかければ、また「女性ホルモン出てる偽装」ができる年代だから(21頁)

一群の女性達は「美魔女」と呼ばれたりする。
アンチエイジング。
ただしはっきり黒川さんがおっしゃっている。
そのアンチエイジング、美魔女の魔法は「カネがないと手に入らない」と書いてある。

 男性たちも、背が高く、足が長く、胸板が厚く、肩幅が広く、しなやかな筋肉に包まれた、美肌の持ち主──たとえば大谷翔平みたいな個体には、きっと負けた気がするはずだ。(21頁)

大谷翔平さんはそんなにハンサム君ではない。
武田先生が言っているのはBTSなんかと比べて。
何で大谷翔平は女性を惹き付けるか?
これは大谷君の魅力が「免疫力」。
このあたりから加齢と共に人間が変化するという語り下ろし。

60歳を過ぎると当然人生の色合いというかルールそのものが変わってくる。
女性の方はエストロゲンという女性らしいホルモンが消えてゆくので、だんだん「武張(ぶば)って」くるという。
(意味は)男性化。
博多弁か、熊本弁かも知れない。
(「武張る」は辞書に載っているようなので標準語かと思われる)
威張るとか武張る。
この「武張ってくる」というのは女性が女性の柔らかさを無くしてだんだん武張る。
男性っぽく、オジサンっぽくなってくる。
水谷譲の世代はみんなちょっとオヤジ化してきている。
だが、それは異常なことではない。
そんなふうに女性も受け止めた方がいい。
それはやっぱり人間の一生として水谷譲はこれからゆっくり男性の性に近付いてゆく。
男の人もオバサン化してくる。
だから「男に生まれてきたから男で終れる」と思ったら間違いで、女を経験しながら終わってゆくのが一生。
水谷譲は逆。
女性として生まれてきて男性を経験しながら終わってゆくのが一生。
男性ホルモンというのがあるが、それがいろいろ女性を惹き付ける性的な面だが、背が高くて足が長くて胸板が厚くて肩幅が等々、男性に何で女性は惹かれるか?

あの身体は、圧倒的な免疫力の持ち主であることの証明だから。(21〜22頁)

少年の元気のよさ。
どんなに疲労しても体調が悪くても一晩眠れば回復している。
風邪が本当に一晩で治った。
武田先生はまだ覚えがある。
風邪をひいて、母から「寝とけ」と。
一晩眠って十時間近く眠るのか。
七時半ぐらいにパッと目が覚めたら、全部細胞が新しくなっている。
自分でわかる。
新装開店!みたいな。
そういう免疫の力。
その免疫力というのは加齢と共に60歳から急激に落ちてゆく。
眠っても眠っても・・・
「何に疲れちゃったんだよ?俺は」となる。
60歳の頃はまだ無理が利く。
60から。
「風邪をひくと治りにくい」とか、そういうこと。
疲れが遅れて出るのが典型的。
ゴルフに行って次の日ぐらいは「あそこのバディーはよかったよなぁ」とかと言っているのだが、その次(の日)ぐらいに疲れが出て、腰の張り、背中のうずき、そういうのが出てくる。

ここからちょっと黒川先生を外れて武田説をいく。
この加齢に伴う差は60歳からの男女の老いの心理を大きく変えているのかも知れない。
武田先生は前に勉強した本で深層心理学の河合隼雄先生の言葉を思い出した。
この方がとあるエッセーの中で「日本のおとぎ話の不思議」というので、日本のおとぎ話の中に「鬼ババア」はいるが「鬼ジジイ」はいない。
これは何であろう?
深層心理学の河合先生の考察は「エロジジイ」と「鬼ババア」の昔話を一つだけ挙げてある。
そんな子供向けの昔話は何か?
「舌切り雀」

舌切り雀 La langon-tondita pasero: 日本昔話 (珍獣の館文庫)



年若い雀が寄って来て、爺さんがその雀達が可愛くて、餌でご飯粒をあげてしまう。
それを見ていたお婆さんが激怒して、雀が寄ってこないようにさえずる雀の舌を切った。
「舌を切る」というのは一体何事ゆえだろう?
舌を切ってしまうのだから恐ろしい話。
これはコミュニケーションの断絶。
雀が持ってる若さをお婆さんは許せなかった。
だから「オマエとは一切コミュニケーションを取らない」で舌を切ってしまった。
大事な米を雀にあげたという爺さんが許せない。
舌切り雀の話をしているが、現代的解釈なので、お子様に読んで聞かせる童話とは解釈が大人向けになっているのでそのへん、ご容赦ください。
お爺さんは舌を切られた雀が哀れで竹藪の中に雀を探しに行く。
「雀のお宿はどこかいな〜」と言いながら。
そうすると仲間の雀が「お爺さん、お爺さん」と呼ぶ。
その舌を切られた雀とも再会して、雀の御殿で飲めや歌えのどんちゃん騒ぎで綺麗な服を着た雀が踊ってくれるという。
現代で言うと新宿の森の中のショーパブみたいなもの。
楽しく楽しく過ごしたお爺さんはその後、つづらを貰って。
そのつづらを背負ってうちまで帰って、つづらを開けてびっくり。
ビッシり宝物。
さぁ、それを見ていたお婆さん。
あの舌を切ったお婆さん。
「アタシも貰いたい」というようなものでお爺さんから聞いた竹藪の方に「舌切り雀のお宿はどこじゃ」と言うと雀の宿に着いた、御膳に着いた。
そこで歓待を受けて、お爺さんと同じようにつづらを貰って家に帰ってくるのだが、つづらを開けたら中から出てきたのがバケモノだったという。
それにつけても雀の舌をハサミで切るお婆さんは、どうしてそんな怖いお婆さんになっちゃったのか?という。
これはまた黒川伊保子先生の本「60歳のトリセツ」に戻る。
ここぐらいは武田先生には結構身につまされる。
若さへの嫉妬からくる醜さかと思う水谷譲。
やはりお米を勝手にあげちゃうという、お婆さんにとっては援助交際に見えた。
「若い子になんでこんなジジイ、ダラダラしやがって」みたいな。
お爺さんは「いいことしてんだからいいじゃない」みたいなことなのだろうが。
はっきりしているのは昔話とはいえ、60歳を超えているお爺さんとお婆さんはそれぞれ年を取ることによる価値の違いがある。
黒川伊保子先生は「そのことに気付きなさい」という。
まず「お爺さんとお婆さんの間には能力の差が60歳でもうあるんだ」と。
何の能力か?

 60代のベテラン主婦の気づき力は、人生最高!(39頁)

この気づきの能力は、56歳でピークに達し、60代は絶好調なのである(37頁)

 ちらし寿司を作るとなったら、干しシイタケを戻す心配を即座にするのは、新米主婦じゃない、ベテラン主婦のほうだ。60代の主婦は、家族の数倍ものことに気づいて、何かのついでにさっさと片づけている。(37頁)

しかし男は何かというと「ちらし寿司」と言ったら「ちらし寿司」の完成しか頭に浮かばない。
この気付きの圧倒的優秀さが彼女を孤独にする。
次の例題にいく。

 たとえば、私たちベテラン主婦は、お風呂の水滴を放っておけない。鏡や水道の蛇口に付いた水滴は、次の日には丸い輪になって残り、何日か放っておけば、ちょっとやそっとじゃ取れないウロコ状の汚れになってしまう。水滴のうちに拭き取れば一番楽なので、私たちはそれをする。−中略−ついでにシャンプーなどの量を確認し(37頁)

ドライヤー、排水口の髪の毛、脱衣場の汚れ等々、これが風呂に入るというだけでゾン!と浮かぶ。
男は何も浮かばない。
風呂に入るだけ。
風呂に入っている自分しかイメージできない。
つまり能力差、気付くことの能力の絵の数が圧倒的に違う。
これは50歳を過ぎて60ぐらいになるとこの能力が最高のピッチになる。
だからイライラしてしまう。
60歳ぐらいに入ると女性の気付きの能力がピークに達する。
この60に入った途端に女性にとって夫・娘・息子がバカに見えてくる。
これはこういう言い方しかできないのだが、アナタが家の中で「気付く」ということに関してはピーク。
気付くというか、例えばトイレットペーパーがあともうちょっとで終わるよという時に女性は必ず新しいものに替えておく。
旦那とか息子は絶対替えないと思う水谷譲。
ちょっとだけ残してトイレを出て行くから、結局水谷譲が(トイレットペーパーを)替えなければいけない。
あれは男性の心理からすると「使い切る快感」。
そういう「使い切る快感」というのがあって、武田先生はワリと替える方ではあるが、だからといって褒められたことは一回もない。
主婦が「気付きの達人」になった時、家の中に新人として入ってくるのが定年の亭主である。

 家事を担当してこなかった夫は、残念ながら「家の新人」として、妻から、「ぬるい指示待ち人間」に見えているのである。(42頁)

これが「気付きのベテラン」となった女性の怒りを買う。
実例を出しておられる。

 10年ほど前、60代のご夫婦向けの講演をさせていただいたとき、ある男性から「妻に夜の11時以降に風呂に入るな、と言われて、付き合いの飲み会の後にシャワーも浴びられない。何とかできないものでしょうか」と質問を受けた。隣に座って微笑んでいる奥様に「なぜ、このルール?」と尋ねたら、「私は、お風呂の水滴が気になって、天井まですべてきれいにしないと眠れない。私がベッドに入るタイムリミットが11時なんです。もしも夫が0時にお風呂に入ったら、私は起きて、パジャマを着替えて、天井の水滴を拭うしかない。そうしないと眠れないから」と答えた。(44〜45頁)

この奥様のルールは止められる人は誰もいない。
これは凄くいい話。
それぐらいお爺さんとお婆さんの年齢になると男女でかけ離れてしまっている。
その事実をまず認めましょう。

ここから武田先生が拾った現代のおとぎ話。
この方は〇〇会社の社長を経験なさった後、会長をお勤めになって70代に入られて会社から身を引かれた。
そんな「名を成した方」がいると思ってください。
世の中にはいっぱいいる。
その方が家庭に入られた。
「これからは趣味のバラづくりでもやってみようかと思ってね」か何か言いながら。
それで家に入った。
ある夜のこと、60代の気付きの頂点に達した奥様から「ちょっとパパ、おつかいしてくれる?牛乳と玉子二つ買ってきて」と言われた。
ただし奥様は健康にもの凄く気を遣われる方。
だから牛乳の脂肪分、殺菌方法、パッケージの裏側を見ながら「〇%以下じゃないとダメよ。パパ忘れるといけないから」と言いながらメモを書く。
それで駅前の高いところへ行って牛乳をひたすら求めた。
注文が多かったから。
それでやっと見付けた。
「牛乳手に入った」と思って、家に帰ってきた。
「どうもありがとね、パパ」と言いながら、牛乳を手のひらに乗せたら奥様がもう一つ手を出された。
「何?この手は?」
「パパ、玉子は?」
玉子二個を忘れた。
たちまち曇る奥様の表情。
奥様は何とおっしゃったか?
「二つできないの?社長やって会長やって二つできないの?用事が」
「いやいや、わかったよわかったよ。行ってくるよぉ。車のキー貸して」
「もうさっき車庫のシャッター閉めたでしょ!?自転車で行ってくればいいじゃない!」
70半ば過ぎた方が、またもう一度マーケットまで玉子二個を求めてペダルを漕ぐ。
その時に夜の雨がザーッと降り出した。
ペダルを漕ぎながら彼の両目から涙がスーッと流れたという。
70を四つ過ぎてのおつかい。
辛い。
思えば生まれて初めてのおつかいの時もそうだったが、最後のおつかいの時も涙が出るとは・・・
切ない。
その時に彼は子供の時のことを思い出した。
「初めてのおつかいの時もそうだった。ドリフの番組が見たくて見たくてたまらないのに、お母さんから用事を言いつけられて『おつかいできないの!?』と言われて泣きながらおつかいをやった。これからもおつかいを頼まれて、ことごとく涙で終わるのだろう」
妻がなぜこれほどの屈辱を夫に与えるのか?
これはいろんなところから持ってきているのだが、まずは黒川先生の説。
結構シビア。
ただ黒川という方はこういう凄い話を明るくなさる。
何と書いてあったか?

 そもそも夫婦は、一緒にいるのに適さない二人なのである。
 雌雄で生殖する動物はすべからく、生殖の際に感性真逆の相手を選ぶことになっている。人間で言えば、HLA遺伝子(免疫抗体の型をつくり出す遺伝子)が遠く離れて一致しない相手を選ぶ。
−中略−たとえば、かかりやすい病気が違ってくる。(153〜154頁)

共に倒れることのない生存戦略で「私がこの病気で死ぬならあの子はあの病気」。
同じ病気で倒れないように違う免疫の人を選ぶ。
本能で選ぶ。
何気なく我々は好感を持つのは「感じのいい子だな」と、そんなこと。
でも好感の中に「私とは違う遺伝子配列を持つ人」、そして免疫抗体も「私と違う抗体免疫を持つ人」。

「生殖」とは「違うタイプの遺伝子を掛け合わせ、子孫に、よりバリエーション豊かな遺伝子を残して行く行為」なのである。(154頁)

 そして、「発情」とは、いっそかけ離れた遺伝子の持ち主を見つけ出したときの脳の反応」なのである。(154頁)

そしてそれが違うから結婚して子供を育て、共に生きたのである。
生物としてそれらを成し遂げた男女が高齢夫婦になる。
冷たい言い方を黒川先生がはっきりおっしゃっているが「お互いに目的は達した」と。
お子さんを持って、もう育てて。
黒川先生はもうズバリ言うと「目的は達したのだ。もう顔を合わせ息を合わせ網を引く必要もないのだ。作業と労働は終了した。問題は外回りをしていた夫が内回りを担った妻の横にピタリといることなのだ」。
もうもの凄いクールな。
少し文章を削っているが、だいたいこのようなことをおっしゃっている。
外回りの能力は内回りの家事労働には何の役にも立たない。
外で活躍したその才能は家事には役に立たない。
これはもう武田先生の例を出すが、セリフを覚える能力、歌詞を作る能力。

暮れなずむ町の 光と影の(海援隊「贈る言葉」)

贈る言葉




何の役に立ちますか?
あっちこっちに輪染みこさえて。

くどいがもう一ついく。
どのくらいの差があるかをちょっと語る。
これも(黒川)先生の本から離れる。
武田先生の友人が初めてのお手伝いをした。
奥様から何を命じられたか?
ゴミ捨て。
この人だって立派な人。
キャリアは錚々たる方で。
この人は段取りのいい人で、朝の散歩に出かけるついでに奥さんから前夜言われたゴミを捨てに行った。
しかも所定の場所。
かなり早めにゴミを捨ててきた。
仕事は早く済ませたい。
ところがこれが近所を巻き込む大変な事件となったという。
何と散歩から戻ってくると憮然とした妻、そして孫を連れて帰ってきた娘が腰に手を当てて「お父さ〜ん!(怒)」。
「何だろう?」と思う。
ゴミを置いたところを見ると、まるでケニアの草原。
ガゼルの死体にたかるハゲタカのように、杉並区に住んでいる全てのカラスが集まったような大騒ぎに。
カラス十数羽がそのゴミにたかって散らしている。
ご近所の人が玄関から舌打ちをしながらそこを見ておられる。
何のことはない。
ゴミをちょっと早めに捨てた為に回収車がまだ来ないうちに、杉並のカラスがそれを見つけて全員集まってきたという。
カァ〜カァ!というようなもので。
それでもう喰い破ってそこらじゅうゴミが散乱。
まあ、気持ちよく朝の散歩を終わって帰ってきたら奥様の一言「ゴミ捨てできないの?アナタ」。
その人は涙を浮かべたそうで。
多難続きというワケで。
一体に何が問題だったのか?
来週はこれを分析していきましょう。


2024年01月21日

2023年10月9〜13日◆台湾侵攻戦争

(タイトルは異なるが内容は「孫氏の兵法」の続き。タイトルを「台湾侵攻戦争」と言ったり「完全シミュレーション 台湾侵攻戦争」と言ったりしているが、「台湾侵攻戦争」にしておく)
前にご紹介した本「完全シミュレーション 台湾侵攻戦争」。

完全シミュレーション 台湾侵攻戦争 (講談社 α新書)



中国が台湾に侵攻を開始するというシミュレーションをお書きになった山下裕貴さん。
講談社+α新書から出ている。
前も「後半がありますんでちょっとお待ちくださいね」と申し上げたが、陸自元陸将の山下さん。
だから戦争の展開に関しては、もの凄く細かい。
前半を聞いただけで皆気持ちが暗くなったというのがたくさん・・・
台湾を挟んで今、米中が対立しているのだが、今度は処理水に関して、もう皆さんがご存じの如くこの本の後だが、中国の怒りが凄まじく。
前も申し上げたが中国の外交の特徴「言い出したらきかない」。
どういう結末になるか。
でも反日デモ等々で火が付くというようなことはないようだ。

この「完全シミュレーション 台湾侵攻戦争」に関してお話をしていた段階、放送した月と、それから数か月経った今、ちょっと中国の様子も変わってきたし、外交というのは水物。
いろんな外交関係の方がテレビでおっしゃっているセリフを受け売りするが「振り上げたこぶしの降ろしどころがわからない」というような。
このお話で触れていた時の中国とはまた様変わりした。
でも、本質的に中国、習近平・共産党政権は台湾を狙っている。
この事実は動かないワケで、その話をこの山下さんのシミュレーションに沿って。
ネタは一週間分しかない。
講談社+α新書で、前に語ったその続きを語ってみたいなと思う。

前にもお話した通り、あの時は中国の攻め方を語ったのだが、ここからは台湾がどう動くか。
我々が「台湾に住んでいる人は中国人で」と思っていたが、最近のテレビのドキュメンタリーで見ていて武田先生もハッとしたが。
台中関係が上手くいっている時、中国からたくさんの観光客が台湾を訪れた。
それをもてなしているというか、観光業に当たっている台湾の若者達が中国人を見て「違う」と言い始めた。
若い人達が「私達は中国人じゃない。私達は台湾人だ」。
その考え方が台湾の中で広がっている。
選挙があるから、また外交でどうなるかはわならないが。
でも若者の意識の中に「我々は中国人ではない」と。
中国から遊びに来た中国人の人を見ながらそう思った。
若者は何と思ったか?
「台湾に住む我々は台湾人である」
当然といえば当然のように。
この台湾の人と中国の人の違いは何かというと、日本への感情。
日本に関する感情は台湾と中国では大違い。
日本もちょっと思いがある。
何でかというと、日本は中国に戦争で負けた。
でも負けた相手は蒋介石の中国。
つまり共産党政権ではない中国に負けたと思っている。
だから戦後処理に乗り出したのは蒋介石という中国の国民党の大将。
ところがこの人が毛沢東に敗れて、毛沢東が中国の主になったので「中国は日本に勝った」と言ってるのだが、日本が戦争で負けたのは「中華民国という中国の民主勢力であった蒋介石の軍隊に負けた」という思いがあるもので、後に蒋介石は台湾へ逃げ込んで中国本土と対立したのだが、これはズバリ言ってもいいと思うが、蒋介石さんは台湾に逃げ込んだが評判はよくない。
結構惨いことをしている。
台湾でずっと生きてきた人を酷い目に合わせたり。
そのもともと台湾に住んでいる人達の口からこぼれた言葉が「日本のほうがまだマシだった」。
いきなり蒋介石は台湾に住んでいる人達を従わせる為に拳銃を突き付けたのだが、日本は西郷隆盛さんの弟さんが総督か何かおやりになって台湾で政治を広めた。
この広めた政治の中には学校がある。
鉄道を敷いたのも日本らしい。
港湾設備、港で船が着くようにしたのも日本人。
だから中国の人とは感情が違う。
そして(第)二次大戦はどうかというと、これは凄いことなのだが、台湾の若者達は日本軍として戦った。
台湾の若者は日本の軍人さんだった。
その名残が点々とあって。
二次大戦で日本軍の兵隊として三万人ぐらいの若者が亡くなられた。
そこで台湾の人達は台湾に靖国神社を造っている。
台湾靖国神社。
台湾にある。
これが中国の方、或いは韓国の方とも違う台湾の事情で、台湾の戦前の歴史の中には日本という残影がある。
こんなところから、今度は台湾側の事情を語ってみたいと思う。

台湾の靖国神社と言われる新竹郊外の南天山濟化宮で、日本軍兵士として戦死された台湾出身兵士の−中略−靖国神社の神霊を台湾へ分祀する霊璽複写として1965年に創建され、約3万柱が祀られている。(140頁)

 台南市安南区にある鎮安堂飛虎将軍廟での慰霊も行った。ここの御祭神は日本海軍戦闘機パイロットの杉浦茂峰少尉である。彼は台湾沖航空戦に出撃、米軍機との空中戦で被弾、地元集落への墜落を避けるため郊外まで操縦し、最終的には敵機の機銃で戦死した。死が迫るなか、住民の命を守ろうとした杉浦少尉を地元有志が神と称えて祠を建てた。(141頁)

 戦後、地元漁民の網に一体の頭蓋骨がかかり、海府尊神として神棚に祀った。その後、別の猟師が海府尊神から「艇長の高田大尉である。部下の魂を日本に連れて帰りたい。祠を建ててほしい」とのご神託を受けたとして保安堂の建立につながった。−中略−高田又男大尉以下145柱の軍神が日台友好の絆、平和の象徴になっている(141頁)

フィリピンに派遣された海軍巡査隊の指揮官である廣枝音右衛門警部−中略−廣枝隊長は司令部からの玉砕命令を受けると、部下の台湾警察官に「ここまで良く戦ってくれた。故国台湾には諸君の生還を心から待つ家族がいる。この際、敵に投降してでも生き残れ、責任は自分がとる」と部隊解散命令を出して自決し、このおかげで多くの台湾巡査たちが帰国できた。(142頁)

これは一種、日本人に対する感情として彼等の中に記憶されているという。
ちょっと変な言い方になるが、いい人材がいっぱい行ったのだろう。
その人材の残像が今の台湾の独立心みたいなものの中に焼き付いているのではないだろうか?

台湾のそういう感情を横に置いて中国、台湾侵攻はあるのか?
講談社+α新書、「完全シミュレーション 台湾侵攻戦争」。
そのシミュレーションをお書きになった山下裕貴さん。
この山下さんのシミュレーションに沿って語ってみたいなというふうに思う。
この山下さんもおっしゃっているのだが、とにかく短期間のうちに台湾を全部抑えないとダメだ。
許された日数は恐らく三日か四日であろうと。
三日か四日で台湾全島を支配するという勢いがなければダメだ。
一番嫌なのは台湾の西側、台湾海峡側は抑えても台湾軍がもし東側の中央山脈に逃げ込んだ場合は三、四日では済まない。
これは山岳戦。
山の中。
各軍隊には得意な土俵というのがあって、中国軍は先に言ってしまうと山岳戦はそうとう下手なのではないか?
理由は簡単。
中国本土が平べったいところにあるので。
平地を攻撃し合うという。
台湾軍は今、秘密にしているが恐らく中央山脈4000m級の山の中にトンネルや塹壕などを巡らせて籠城戦に持ち込む。
四日、五日で完全制覇。
そして「参った」と言わせないとダメだ、と。
この山岳籠城戦になった場合に嫌なイメージが中国側にあるのは太平洋戦争に於ける日米戦。
太平洋戦争に於いて硫黄島、パラオのペリリュー島、こういうところでジャングルに逃げ込んだ日本兵のしつこさというのはアメリカ軍も手を焼いたという。
硫黄島は映画にもなった。

硫黄島からの手紙 (特製BOX付 初回限定版) [DVD]



この中国という巨人の足元にいる小さな小さな蟻、台湾・日本。

台湾問題。
皆さんももうお気づきだと思うが、何か外交の風向きがどんどん変わる。
現実にもの凄い深い影を落としているのはロシア・ウクライナ戦争。
三日で落とすハズだった。
「何年やってんだ」というようなヤツ。
ああいう不手際を中国がやらないことだが、山下さんという元陸自の陸将の方。
「完全シミュレーション 台湾侵攻戦争」
この本の著者。
この人はこんなことを言っている。
ウクライナ戦争でももう皆さんお気づきの通り、いったん戦争が始まれば大パニックになって人が逃げ出すだろう。
ところが台湾の場合は民間人の避難が上手くいくんじゃないか?という。
どうするかというと世界中のチャイナタウンに台湾人を運ぶ。
そうするとスムーズに戦闘に参加しない一般庶民を救うことができる。

 台湾が生き残りをかける方策が考えられるとすれば、それはインターネット空間でのバーチャル国家ではないだろうか。
 バーチャル空間に台湾共和国を創設し、全世界の華僑に台湾国籍の取得と加入税または寄付金や年会費の納付を募る。バーチャル台湾政府は、国民に台湾国籍を与えパスポートを発行し、身元を保証する。
−中略−たとえ全島が中国側の支配下に入ったとしても、バーチャル国家として領土を持たずに存続できる。(122頁)

恐らくあれ程AIが優れた国家だったらバーチャル空間に国を立ち上げる。
納めてくれた税金に対してはちゃんと後に大いに面倒をみましょう、と。
年金を出しますよ」というようなことを台湾は恐らく企むであろう。
だからスムーズに中華民族を集合させることができる。
台湾ならAI国家というのはやりそう。
そしてもう一つ「台湾は動く」と山下さんはおっしゃっている。
それは中国の背中、新疆ウイグル自治区に於ける暴動。
これを起すであろう、と。
海側に気を取られている隙に内陸の奥の奥、そこの人達と呼応して独立運動を高めるという。
やはりそういう意味では中国というのも前も後ろも万全の国ではない。
恐らく参加しないかも知れないが、例えばインドがオーストラリア・アメリカ・日本の側に付いた時、あのヒマラヤの山脈のどこからか中国の内陸に向かって撃ち下ろすことができる。
三峡ダムとかミシミシ言っているダムがある。
あそこなんかに一発当たるとまたエライ大洪水になったりするので、これは短期間でなければ台湾侵攻は無理だ、と。
さすがに陸自・陸将の方で戦争のことに詳しく。
戦争で重大なことは何か?
それは政治がちゃんと行動すること。
そしていったん戦場に於いては攻撃力の集中。
そして攻撃力を集中する為に必要なのは補給。
どんどん戦争資材を送り込めるという導線をしっかり持っていること。
中国はお得意。
何千隻もの輸送船を香港とか上海に持っているワケだが、問題は中国本土と台湾の間には百kmの海峡があって、この百kmの海峡がなかなか問題になるという。
まず補給を担う中国海軍がフリゲート艦を発進させたにしても今、水上ドローンというのができている。
だから海軍力というのが簡単に破壊される。
それで水中ドローンも開発しているので、水上・水中ドローンでこの百キロの海峡の貨物船軍事装備を積んで運ぼうとしている船を狙えば、台湾海峡は浅いものだから潜水艦が一切役に立たない。
こんなことを武田先生も全然軍事なんかわかりもしないのだが、この間、漫画の本で「ロシアと戦う日本」という漫画が今ある。
それを読んでいて武田先生はビックリしたのだが中国軍は凄いことに原子力潜水艦を持っている。
だから潜ったら一切出なくていいから台湾海峡でも活躍すると思う。
ある程度のものは運べると思う。
ところが原子力潜水艦はエンジンを点けっぱなし。
原子炉だから止められない。
ずっと燃えている。
海の中で物音というのはもの凄く聞こえる。
潜水艦で鉛筆を落としただけで聞こえる。
鉛筆を落としただけで敵潜水艦の位置が分かる。
エンジンを点けっぱなしの原子力潜水艦は台湾海峡では役に立たない。
何で役に立たないか?
エンジンを点けっぱなしだから
すぐに発見される。
だから台湾海峡では原子力潜水艦ではないところで潜水艦を持っているところがいい。
そんな国があるか?
アメリカだって原子力潜水艦ばっかり。
原子力潜水艦を持っていない国が一つある。
日本。

(台湾との)海峡百km。
中国の不安はどこにあるかというと、海軍も相当凄いのを持っているのだが、今度のロシア・ウクライナ戦争で皆さんもニュースでお聞きになっていると思う。
水上ドローン・水中ドローンというのが黒海艦隊なんて重大な損害を。
台湾海峡で戦闘が始まった場合は、殆どドローン戦争になるのではないか?
中国も優れている。
だが、今まで持っていた海軍の意味合いが全く違ってくるワケで、そうなってくると戦争のやり方を一から考え直さないと相当難度が高い。
これは武田先生が思っていることで、山下さんもお書きになっている
習近平さんは人民解放軍が強いという自信を持っていらっしゃるだろうが、人民解放軍、広大な中国、そこで一般の方を抑え込んだりするというそういう経験はあるのだが、実戦の経験が殆ど無い。
中国の海軍を見てもわかる通り、海軍の空母からジェット機がバーン!と出ていく。
あれだけのスピードが出る戦闘機が着陸するというのは難度が高いらしい。
フック一つ外れても海中に飛び出していって沈んでいくのだから
40億、50億(おそらく円)の戦闘機が。
よっぽどの腕前がないと。
中国の海軍の実績をたずねようとすると日清戦争まで遡らなければ無い。
日清戦争も日本に負けた戦争。
この人民解放軍。
さてそれが山岳戦に引っ張り込む台湾に向かっていけるだろうか?と。
そして戦闘にあまり長い時間かけられないのはここ。
中国は今、食糧輸入国。
上海とか香港の港をずっと軍事用に使うことはできない。
人間は我慢しても一〜二か月で腹は減るから。
そうなってくると「腹減った」の不満が人民に広がったらどうなるかという。
「腹減った時の人民」というのは怖い。
五週から六週まで完全制圧しなければ、粘られたらお終いという。

これは武田先生が見つけた。
著者の山下さん、褒めてください。
武田先生は夏場、しみじみ思ったのだが侵攻する期間が凄く限られる。
なぜか?
台風が来る。
台風は大変。
今年(2023年)なんかは北京まで台風が行くようになってしまった。
9月の台風なんていうのは香港の方に上陸。
これもまた来年もきっとこの台風があると思うのだが、そんなことを考えると期間というのは非常に限られていて、冬、初冬だけしかない。
秋口もグズグズ台風が来るから。
そうすると一番安心できるのはやはり1月から3月まで。
4、5(月)になると台風が来る。
そうすると波が荒い。
そうやって考えると台湾侵攻は難しいというワケで。
(本にも台風のことは書かれていて、冬場には強風が吹くので侵攻時期は春先と秋口、とある)

筆者の山下さんは、元陸将の方だがクールに戦争を捌いておられるが、筆者のシミュレーションによれば人民解放軍上陸後、西側の方の平野は台湾を抑えられるかも知れないが、もし山岳部に台湾軍が逃げ込んで膠着状態が続けば日・米・英・豪この四つは必ずやってくる。
台湾海峡を取り囲むが如く。
そして結末はどうなるか?
人民解放軍の台湾上陸はこの軍事力の差で成功する。
上陸は成功する。
しかし上陸をした後、粘られると大変なことになるという。
だから上陸作戦は成功する。
しかし海上補給、台湾中央山脈に於ける山岳戦、その間にアメリカがやってくると世界で最も戦場を体験している兵士ゆえに質が全く違う。
米シンクタンクはもう何回も机上戦をやっているようだ。
それでもし中国がこの戦争を起こした場合、結果はどうなるか?という。

三週かかったが、「完全シミュレーション 台湾侵攻戦争」今日でしめくくりというワケで。
二週分でお届けした時は内容が暗いものだからいろんな方から「気が滅入りますよ。戦争の話は」とか。
本当に申し訳ありません。
でもこの山下裕貴さん、元陸自・陸将の方が「想定はすべきだ」とおっしゃっておられて。
今度のロシア・ウクライナ戦争でもそうだが、ゼレンスキー大統領は「絶対に侵攻はない」と踏んでいて。
これはまたいつか取り上げる。
あの緊迫感は凄い。
アメリカはもう衛星写真を見ながら「侵攻を開始している」という。
それでも信用しなかった。
アメリカの作戦はゼレンスキーをアメリカに連れて行って臨時政権を立てさせて独立運動をやらせるつもりだったが、ゼレンスキーが動かなかったという。
アメリカの救援部隊が行ってゼレンスキーに言ったようだ。
「大統領閣下。すぐ飛行場へ逃げてください。そこにアメリカ軍の飛行機を降ろしますから」と言ったらゼレンスキーが「タクシーはいりません。火薬を下さい」と言ったという。
だから突然起きる。
今、この台湾侵攻戦争を起せる人は世界でただ一人、習近平という方。
あの方が決意すればこの戦争は始まる。
とにかく全世界に中国の威力を見せつけて従わせるというのが習近平さんのお考えだろうが、ぐらつき始めた。
これはやっぱりウクライナ・ロシア戦争の長期化もそうだし。
アメリカの凄いところだが

 米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)は2026年に中国が台湾に侵攻するとのシミュレーションを24回実施し−中略−中国軍の作戦は失敗し、艦艇138隻、航空機161機、死傷者2万2000人−中略−の損害を被ると予想している。台湾側の損失は、艦艇26隻、保有航空機の半数、死傷者3500人である。(188頁)

これぐらいの犠牲が出る。
(中国側の犠牲が)台湾より多い。

CSISの報告書では、アメリカは空母2隻を含めて艦船7〜20隻、航空機270機以上、兵員7000人が死傷すると予測し(189頁)

日本も熊本、宮崎、鹿児島、沖縄から飛来したF-15、F-35A、150機以上を失うであろう。
空挺団を先島諸島、石垣・宮古に派遣したとして戦死者千人を超えるという。
これほどの犠牲が必要。
台湾にもし中国が手を出せば関係国にこれだけ犠牲者が出るという。
アメリカの専門家達による机上戦争、机の上で計算しただけで大変な死者が出るという。
核使用を口にし始めた段階で、中国そのものの国内の世論が怪しくなってくるという。
人で埋め尽くされている中国だから
「核、落とすぞ」と台湾を脅すのはいいが、反対に核を撃ち返されたら・・・
考えてみてください。
もの凄い人数が住んでいるワケだから。
一千万都市がいくつもある中国だから
休戦ということになって、いわゆる停戦ということになるだろう。
こういうことになるワケ。

ここでもう一回平和を考えましょう。
燃える炎の前に。
とにかく起きないことが幸いではある。
それが願いなのだが。
でも皆さん、やっぱりもの凄く大きな時代の変わり目。
巨大な巨大なユーラシア大陸。
そこに広がっている大国ロシア・中国。
そのあたりの国々が全世界に対してどう行動するかというのが21世紀を創っていくことになるだろうと思う。
山下さんという陸自・元陸将の方が甘い平和の言葉で締めくくったりなんかなさらず「とにかくこの戦争が始まるかどうか、それは習近平のGO如何だ」という。
ただ皆さん。
「希望を持ちましょう」というのも何だが、必ず中国は台湾を自国領にしてしまう。
これが中国の方針で動かざることも認めていたが、最近風向きが変わってきた。
世界の外交の風向きはいとも簡単に変わってしまうということを我らの希望といたしましょう。
ということで締めくくりたいと思うが。

もう一つだけくだらないこと。
申し訳ない。
「完全シミュレーション 台湾侵攻戦争」というこの本に、やっぱりこれも考えるべきだなと思って取り上げて三枚におろしたワケだが、著者の山下裕貴さんから伝言が入って「番組、大変感謝しておる」というのをいただいた。
そして講談社の方からは「評判を少し読みましておたくの番組に感謝しております」というご連絡もいただいた。
ご丁寧に本当にありがとうございます。
ちょっと本の売れ行きが伸びたそうで、もの凄く喜んでくださっている。
お役に立てて本当にうれしゅうございます。
というワケで前回に引き続いて山下裕貴さんの「完全シミュレーション 台湾侵攻戦争」をネタ元におろしたワケだが。
先ほども申し上げた通り、できればこのような事態にならないことを心から祈って。
(の後の「三枚におろしたというワケで、どうぞご理解のほどをよろしくお願いいたします」が本放送ではカットされている。放送尺の都合か?)


2023年7月31日〜8月11日◆孫氏の兵法(後編)

これの続きです。

本の方は「完全シミュレーション 台湾侵攻戦争」。
山下裕貴さん、講談社+α新書。
中国が台湾に侵攻した場合、その戦争はこういうふうになるんだという完全なシミュレーションが書いてある。
もの凄く細かい。
それで余りにも細かすぎるので中途をブッ飛ばしている。
山下さんはさすがに自衛隊の幹部をお勤めだったらしくて世界情勢なんかも触れておられて。
この中国の台湾侵攻があれば世界、アメリカ・日本・インド・オーストラリア・そしてアラブ諸国等がどう行動するか?
これが全部シミュレーションしてある。
余りにも膨大過ぎるのでここは触れない。
とにかく日本・アメリカ・中国。
この三か国の動きを語ってみたいなというふうに思っている。
202X年、習近平は台湾侵攻を人民解放軍に命じた、とする。
そして山下さんの凄いところだが、習近平はこの時、幹部に向かって孫子の名言をつぶやくだろう。
孫子の兵法。
これも二千年以上前の戦国時代に登場した策士。
この方の戦争論をつぶやくだろう、と。
習近平は孫子の名言、何をつぶやくか。

兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久なるを睹ざるなり(孫子の兵法)

 孫氏の兵法にあるように、軍事作戦はすべからく短期決戦を目指さなければならない。(107頁)

これはもうロシアを見ればわかる。
とにかく習近平は決心した。
台湾侵攻。
で、どうするか?
これは台湾の西岸、西、台湾海峡の方、台北の新城、中央部の台中、そして南の台南の高雄港。
この三方向に向かって上陸させる、攻撃を開始する。
恐らくこの三部隊全員集めて14万の兵をつぎ込む筈だ、と。
人民解放軍の陸戦隊がこの西側にある空港と港を確保。
空軍は市街地を爆撃と同時に日本の与那国に向かってもミサイル攻撃を同時にしかける。
日本は巻き込まれるかどうかなど言っている暇があるものか。
台湾侵攻と同時に先島諸島への攻撃が始まるんだ、と。
人民解放軍は当然の如く宮古・石垣の自衛隊を攻撃する。
なぜか?
この両島に奇襲をかけ、この島を取りたい。
台湾の形を見れば当然であろう。

 台湾は、面積が日本の九州よりやや小さい3万6000平方キロメートル、人口は−中略−2300万人、GDPは世界第22位−中略−、貿易輸出総額は第16位(47頁)

中国の圧力により友好国は少ない。
WHOなど国際機関にオブザーバーの立場でも、中国の反対でこれが止められているという。
もうやっぱり国際社会から完璧に締め出すように中国が動いている。
中国はこのことを律して一挙に台湾に攻め込む。
一番の問題は何かというと、西側は抑えるのが簡単で平野部である。
ところが太平洋側はほとんど平野がない。

 最大の課題は台湾東部地区の占領である。
 台湾の中央山脈は標高3000メートルを超える高峰が連なる脊梁で、全長は340キロメートルである。
 このほか、北西には雪山山脈、南西には阿里山山脈、玉山山脈が走り、台湾本島を東西に分断している。
(110頁)

これが驚くなかれ一番高いところで3952mある。
もう4000m近い。
富士山より高い。
この山がいわく因縁。
この主峰の一番高い4000m級の山の名前が新高山(にいたかやま・玉山の旧称)。
70数年前、80年近く前、日本海軍がハワイに奇襲攻撃をかける。
奇襲攻撃にGOが出る。
「奇襲攻撃をかけよ」といった暗号電文が「ニイタカヤマノボレ」。
この「ニイタカヤマノボレ」の電文を受けて空母赤城から攻撃隊のゼロ戦が飛び立ったという。
運命。
中国が攻めてきた場合もこの新高山あたりがそうとうキーになるのではなかろうか?
中国の懸念は台湾軍がここに逃げ込んだ場合、そうとうの設備を新高山あたりに備えているのではないか?という。
中国は景気よくロケット発射をバンバン見せるが、台湾はあんまり見せない。
元自衛官の方が、実は平野部の基地よりも、この山岳地帯に籠城戦の基地をもう既に持っているのではないか?
そのことを中国はわかっている。
だから台湾侵攻と同時に日本の先島諸島の攻撃をしないと、絶対に上手くいかない。
山稜、山の中に逃げ込んだ台湾軍をやっつける為には空軍の力が必要で、空爆しかない。
だから絶対条件が日本の先島諸島を取る。
一番狙われるのは与那国。
ここがどうしても欲しい。
そしてその次に狙うのが宮古・石垣。
いかにして中国軍は手を打ってくるか。

中国がもし台湾に攻め込んできたら一体何が起きるか。
暗くなりがちなシミュレーション。
だがしかし、無いことを祈りつつこのシミュレーションを頭の中で思い描くことも国際情勢の中では必要ではないかというふうに思う。
「完全シミュレーション 台湾侵攻戦争」
この本をお書きになった元自衛官の方だが、この方は断言している。
中国は台湾に侵攻すると同時に日本を攻めてくる。
それも先島諸島、沖縄本島よりも更に南の島を攻めてくる。
どうしてかというと、台湾の東部に山岳地帯ががあり、ここに逃げ込んだ台湾軍をやっつける為には空爆しかないので、基地が欲しい。
一番最初の基地にもってこいなのが与那国。
ここを占領して、その次に狙うのが石垣・宮古の二島。
ここは2000m級の滑走路を持っている。
これを自分のところの空軍の基地にしたい。
そうすると台湾の太平洋側を抑えることができる。

石垣島沖数十キロに遊弋するタンカーや貨物船からの電子戦攻撃である。
 警察や海上保安庁の使用する無線、一般の携帯電話に障害を発生させ通話できない状態とする。唯一警察用携帯電話のメール機能だけを残し、そこに偽メールを送信して警察官を誘き寄せる。
(88頁)

沖縄本島とこの先島諸島を寸断する。
まず中国がやるのは台湾から逃げてきたふりをして難民の民間機を石垣・宮古に強制着陸させる。
実はこれが人民解放軍。
しかも平和な時に特殊部隊をそうとう宮古・石垣に送り込んでいる。
これはロシアがクリミアを乗っ取る時にやるのだが、クリミアの人間のふりをするという。
中国も全く同じことをやるだろう。
つまり中国人でありながらウチナーグチが使える。
顔つきも沖縄の人によく似たような人を選抜して。
これを石垣・宮古に配属しておいて「中国と戦争してはいけない」などと称する工作をやることによって占拠を進めるであろう、と。
こういう特殊部隊を用意している筈だ。
そして貨物船からの上陸部隊が走行車両等々で次々に上陸させて自衛隊を壊滅に追い込む。
この方はおっしゃっているが、自衛隊を皆殺しにする勢いでくる筈だ。
電子戦を起しておいて、内部崩壊。
このことをやりながら同時に尖閣諸島、台湾上陸と同時に尖閣諸島、魚釣島に上陸、中国海軍陸戦隊が上陸して中国国旗を立てて、電子戦の基地を設置し沖縄本島との連絡を遮断。
先島諸島を沖縄から孤立させる。
尖閣を取れば宮古・石垣は沖縄本島から切り取ることができる。
中国のサイバー部隊は日本なんか太刀打ちできない。
サイバー部隊だけで10万の兵隊さんがいる。
圧倒的な部隊である。
この対日攻撃を中国は三日以内で石垣・宮古を落とす気でいる、と。
対日攻撃はEEZ(排他的経済水域)200海里を殆ど毎日侵犯して中国会計局は十分にその船足に関しては鍛えているんだ、と。
尖閣の重大さは地図を見ればわかる通り、この小島は中国に最も近く、先島諸島との中間にあって、沖縄本島の下に台湾があるというから電子戦のアンテナを立てるにはもってこいだと。
先島諸島を従えている尖閣は東シナ海のアンテナなのだ。
沖縄を遠ざける為の電子戦基地が尖閣なのである。
日本が台湾侵攻戦争に巻き込まれるか否か。
そんなことは中国は考えていない。
台湾を取る為には尖閣・宮古・石垣。
取りに行くのは、これはもう孫子の兵法の当然ではないか。
ここを取らねば台湾の半分は決して取れない。

ここが面白い。
こんなことを元自衛隊の方がおっしゃっている。
中国軍は決して沖縄本島にはミサイルを一発も打たない。
「基地があるから攻撃される」とおっしゃっている方がいるが、この方の計算だと撃ってこない。
この方のシミュレーション。
これは習近平は厳命しているという。
日本の自衛隊基地は叩いてもいい。
でも米軍のいる基地は攻撃しない方向で考える。
何でか?
戦闘に関してアメリカを本気にさせない。
これが中国の狙い。
あくまでも中国軍が相手にするのは反撃に出てくる米戦闘機・米戦艦のみ。
基地攻撃をすればどんなことになるか中国は知っている。
なぜか?
もし嘉手納とかそのへんを中国がミサイルで狙ったとすれば当然アメリカは狙う。
どこを狙うか?
上海を狙う。
海岸縁びっしり人間が住んでいる。
それはアメリカは撃ってくる。
沖縄に一切攻撃を加えない。
そして戦闘を限定して台湾海峡のみに限定する。
そうするとアメリカ軍は本島には触れないであろう。
これは全部お知恵の方は山下さん、元自衛官だった方のご本から拝借している。
これが戦争というワケだろう。

ちょっとスタジオの空気がもう正直に言って暗くなってしまって。
もう水谷譲が滅入ってしまって。
戦争の話だから滅入る。
何とか希望が持てる方向にと思う水谷譲。
でも安易に「だから中国と仲良くしましょう」ではなくて、この暗い話の中から明るいポイントを探す。
武田先生も、山下さんには申し訳ないが、読んでいて気が滅入ってくる。
だがその暗い話の中に何か光明みたいなものもある。
何点かある。

昨日話した話は日本の自衛隊に関して恐らく台湾軍もそうだろうが、中国軍は本気で攻撃してくる。
もの凄い勢いで殲滅、皆殺しにすべく攻め込んでくるだろう。
そこまでやると思う。
あの国だから。
しかしアメリカに関しては一切砲弾を撃ち込まない。
特に沖縄の基地。
基地がある故にアメリカを本気にさせない為に中国は撃ってこない。
もし沖縄本島を中国が攻めたら米軍は海側の中国の巨大な都市、香港から上海から、ミサイル攻撃を始める。
そんなことをやられたら中国はパニックになる。
だからそれは避ける。
とにかく限定戦をやりたがる。
これは希望。
中国は限定戦をやるしかない。
台湾海峡のみに戦場を設定するしかない。
とにかく侵攻した中国の上陸部隊は破竹の勢いで台湾を攻めてゆくだろう、と。
上陸から僅か三日で恐らく台湾の中央部までゆけるだろう。
その三日経ってやっとアメリカ、インド太平洋軍は台湾海峡へ到着する。
台湾侵攻は中国にとって時間との勝負。
ここも二つ目のぼんやり明るいところだが、中国は時間を無駄にできない。
なぜかというと、あの連合軍が来るから。
アメリカを含め、太平洋艦隊が。
その次の中国が弱点としているところは海峡が真ん中にある。
この海峡が130km。
だからそこは船で渡らないと物資が運べない。
そうすると十数万の兵隊さんを攻撃させたにしても、ご飯というのは本土から運び込まないとそんなにたくさん持って行けない。
しかもここは潜水艦を大いに活用したいのだが何と台湾海峡は浅い。
浅いところは50m。
だから潜水艦が使えない。
だから弱点があるから習近平の中に恐らく武田先生は三日だと思う。
三日のうちに都を抑えたい。
もう一つの弱点はとにかく13億の民を抱えているのでずっと港を軍港で使えない。
喰い物を輸入しないと。
それはもちろん、今までもう中国はしっかり買い貯めている。
だがそんなのはストップしたらすぐに尽きてしまう。
だからその中国共産党の支配するエリアの中国人達の望みは、一週間以内にカタが付いていること。
13億の民が数か月、食糧難に耐えるということは恐らく考えられない。
中国民族の偉大なる復興、これを必死になって習近平は訴えるだろう。
その為に北朝鮮にお願いして核実験を何回もやってもらうという。
そっちの方にも目を配っておかないと大変なことになるぞ、と。
それから沖縄本島では対中戦争反対のデモなんかを秘密部隊に起こさせるかも知れない。
とにかく勝負は上陸開始から三日間。
しかしその三日から四日目には太平洋第7艦隊、まずアメリカの艦隊がやってくる。
そして反撃に出ようとすると石垣・宮古から空軍が出て、空爆、やっつけに行くだろう。
ここで書いてあって、これは変な意味で感動してしまったのだが、このアメリカの第7艦隊を中国の空軍がやっつけに行く。

 中国軍はアメリカ空母に対する攻撃で弾頭の威力を意図的に低下させて決定的な打撃を与えることを避けるだろう。(146頁)

太平洋艦隊、第7艦隊総兵力13万1千人。
横須賀を母港として艦艇60隻、主力ロナルド・レーガンという空母が出てくる。
このロナルド・レーガン。
この空母を中国海軍は狙う。
だが甲板に穴を開けたら一斉に逃げてゆく。
そして死傷者を極力抑える。
そのことをアメリカに対して政治的メッセージとして「本気ではないんだ」と。
とにかくロナルド・レーガンを使えなくする。
それだけ達成できれば、なるべく死傷者を米兵に於いては少なくするという点をアメリカ軍に見せるという。
しかし火薬の分量を減らすというのは「なるほど」と思う。
この火薬の分量をアメリカ軍に対しては減らして、自衛隊に対しては火薬を詰め込むだけ詰め込んで撃ってくるというのは、中国という国は、中国共産党が支配する軍隊というのはやるのだろう
そういうことを。

スタジオの中は朝から暗い雰囲気。
水谷譲が思ったことを、武田先生も思っていた。
「希望はないのだろうか」と。
どんどん滅入っているばかりの水谷譲。
しかしこの山下さんという方は断固たる方で、この方はウクライナ戦争も語っておられた。
私達は素人だからよくわからない。
だが、ウクライナ戦争なんか見ていても気は滅入ってくるが、やはりあれはリアル。
おっしゃる通りになっている。
「もう終わりませんかねぇ。この戦争」とかと訊いたニュースの司会者がいた。
その彼等に向かって戦争を研究してらっしゃる方が「いや、終わりませんよ」と。
その通りになった。
それが大事なんじゃないかなと思う。
この国際社会の中で生きていく為には耐えなければならないストレス。
司馬遼太郎という人が悔しそうにおっしゃるのは「日露戦争が終わった時に正しく戦争を評価する専門家が何人かいれば、太平洋戦争に突入するなんていう馬鹿を日本がやるワケがない」という。
あの日露戦争を正しく解き明かすというその基本的な行動ができていないから愚かな戦争に・・・
それからもし台湾侵攻が始まれば、なんてその「if」は凄く暗いのだが誰かがそのifに関しては考えていないと。
私達はそういう国に生まれた。
だって隣国はロシアと中国。
そこに生きていく者の宿命としてこの不幸を正しく受け止めることによって幸いを探しましょう。
気をしっかり持とう。
ここにはそのうちまた大きい地震も来るでしょう。
でもその不幸を引き受けてこその日本人じゃないかなと思って。
ちょっと脱線してしまうかも知れないが、ゼレンスキーは「もっと武器くださいよ」と言うが、日本に関しては「復興に取り掛かったら必ず日本助けてください」と言う。
ゼレンスキーの目に何が映ったのかというと、日本は負けてからの立ち直りが見事な国。
負けてからの立ち直りで勝った国。
ウクライナにとって必要な知恵を持っている。
未来を語るにつけて。
だって広島を見ればわかる。
原子爆弾を落とされた。
原子爆弾なんて最低の兵器。
それを広島と長崎に一発ずつ落とされて、十万単位の死者が出て。
あの平和記念公園に立つとわかるが、その影はどこにもない。
広島は綺麗ないい町。
ゼレンスキーはあの広島を見ながら「原爆を落とされても頑張ったらここまで綺麗な町ができるのか」と思うと。
また日本は広島だけではない
全国ヤラレたのだから。
北朝鮮の一番偉い人も、それからロシアの人も中国の人も皆、勘違いしていると思うのだが、原子爆弾を作って相手に落とせば勝てると思っている。
嘘。
それを身を持って語れるのは日本人じゃないかなと。
しかも考えてみたらアメリカ人に対して根に持って恨んだりとか我々はしていない、日本人は凄いと思う水谷譲。
やってきたアメリカ大統領に向かって「土下座しろ」とか言わない。
大統領の胸に顔を埋めた被爆者の方がいた。
それが広島スピリッツなのではないか。
「最終兵器になり得なかった」という事実の為に広島と長崎は存在する。
日本は何であんな馬鹿な戦争をしたか?
それは馬鹿な戦争をやる前に、そのことを語り合う自由がなかったから。
司馬さんが「坂の上の雲」の中でしきりにおっしゃっているのは「勝ってはいないんだ」。

坂の上の雲(一) (文春文庫)



勝った体(てい)が調えられる。
それほどの被害を日露戦争で・・・
誰もそのことを言わないからまんまと「勝った」「上手く勝った」「勇敢だから勝った」「大和魂で勝った」。
そればっかり言っているうちに「大和魂で何でも勝てる」と思ったところに間違いがある。
戦争について語り合う気力が無かった。
景気のいい話ばっかりしていた。
そのことのツケが太平洋戦争でめぐってきた。

本の方は「完全シミュレーション 台湾侵攻戦争」。
山下裕貴さん、元自衛官だった方。
講談社+α新書。
総兵力からバーっとこの本には書いてある。
台湾が危機に及んだ場合はアメリカは太平洋艦隊第7艦隊を差し向ける。
総兵力13万1千人。

 太平洋艦隊の主力は横須賀を母港とする第7艦隊である。戦時には艦艇60隻程度の巨大な艦隊となる。空母打撃群(艦隊)は、原子力空母「ロナルド・レーガン−中略−」を中心とする戦闘部隊である。(35頁)

台湾軍は約9万人であり(29頁)

中国軍は42万人の地上部隊を送るだろう。
第一波、第二波、第三波と分けて次々と上陸するだろう。
だが中国も非常に危険なのは急がないと大変なことになるという。
この戦争は何遍考えても中国はやらない方がいい。
それが明るい話になるかと思う。

もし中国が台湾に戦争を仕掛けて台湾を取りに行ったらどんな戦争になるのか?
朝から暗い話題ではあるが、しかし防衛費を上げるというところまで日本も追い詰められているワケで。
何もかも揺らいだ。
昔は平和憲法を握っていれば戦争なんか巻き込まれないと思っていたが。
「わたくしどもは戦争しませんので、武器なんか持っておりません」というのが日本人の戦後の心意気だったのだが、どうも「持ってないなら攻め込むぞ」みたいなことを平気で言う方がたくさん、国際社会の中に登場して。
「考えなきゃ」という。
中国という国。
最近はどこか不気味さを。
武田先生はこの自衛隊の元幹部の方がお書きになった本を読んで非常に面白いなと思ったのは、恐らくプーチンさんよりも習近平さんの方が遥かに戦争に関して政治を行うだろう、と。
その考え方が武田先生は面白いなと思った。
一番最初に日本と台湾軍に対する戦争のやり方は、いっぱいロケット弾を撃ってくる、そういう方法を取るだろうが、アメリカに対しては人命の損失がないように戦争をするという。
そのことが一種アメリカにメッセージとして「おたく手ぇ引いてくれたら一切攻撃したりしないし、核なんかこっちも使いませんからそっちも使いませんよね」という。
例えばロナルド・レーガンという空母の甲板に穴を開けておいて航行不能にしておいて、これを母港の横須賀に返せばもうそれで一切攻撃しない。
それから沖縄本島を攻撃しない。
何故ならばアメリカ軍の基地があるから。
そういう戦争のやり方にメッセージを。
戦争に政治を同時に持ち込むだろう。
日本ははやり過酷だという。
中国共産党は上から目線がある。
「なんだこの小国!」
その思いがあって。
それは台湾軍と日本軍に関して、自衛隊に関しては叩くがアメリカ軍に関しては叩かない。
習近平のメッセージは「俺はひたすらロケット弾を浴びせかけるプーチンとは違う」。
台湾侵攻の敵は台湾軍と日本自衛隊。
この二つに絞る。
米・英・豪・インド。
これを本気にさせない。
そして台湾の首都さえ取れば中国統一の夢は叶う。
すぐに停戦を持ちだして、上手くいけば習近平はそこで高らかに笑うであろう。
これは全部お知恵の方は山下さん、元自衛官だった方のご本から拝借している。
しかし、習近平にも不安がある、と。
その不安とは一体何か?
その習近平の不安こそ、我々の希望。

この間、びっくりしたがNHKで凄いのをやっていた。
日本海開戦を振り返っていた。
その中で見てびっくりしたのだが、有名な戦法で統合艦隊がバルチック艦隊の正面を横切る横断戦法に出る。
あれが実はまぐれで別のことをやろうとしたらしい。
それが連絡の行き違いという、その敵の進路というのを正確に掴めないでウロウロしている間に敵の正面に出てしまったので「撃て」と言ったという。
たまたま。
違う作戦だった。
たまたままぐれで当たる。
これが大成功になる。
そのことを「シー」になってしまう。
「そのシーが不味いよ」という話。

それともう一つ。
やはり戦争はどんなに計算しても作戦以外に何かが起きる。
その典型がウクライナに於けるロシアなのだが。
まだ戦いは厳しく続くだろうが、本当に思い通りにならない。
どんな戦場でも必ずおこっている。
関ヶ原の戦いでも。
それはやはり人智以外の何物かが戦争をいじる。
どうも世の歴史を考えると生物はデカいヤツから先に滅びてゆく。
このあたりが次週に向けてなのだが。
今回、全然語らなかったのに台湾軍の話がある。
当事者だからそうとう頑張る。
そんな気がする。
台湾のドキュメンタリーを見ていて武田先生もハッとしたのだが、一国二制度とかと中国が主張していて「台湾はもうもともと中国のもの」とか言っていた。
台湾が景気がいいので中国の人がいっぱい遊びに来る。
それで中国人のもてなしをやっていた、私達から見ると中国人で台湾に住んでいる青年がいる。
その時に中国人の相手をしながら、「自分達と中国人は違うと」思った。
「彼等は中国人だが俺達は台湾人だ」と思った。
これは何気ない話だが重大で、そういう「民族の芽生え」みたいなものが台湾で育っているのであれば中国はやっぱり大変だと思う。
底力になると思う水谷譲。
今、結論を言ってしまうともったいないので、またこの次の回はその「台湾の心」というものに触れてみる。
かなり納得していただけるのではなかろうかと思う。



2023年7月31日〜8月11日◆孫氏の兵法(前編)

朝の実に小さなラジオ番組で扱うネタであろうかと随分考えたが、これは目の前にある現実なので、もう「やっちゃおうかな」と思って。
何かというといわゆる台湾問題。
「完全シミュレーション 台湾侵攻戦争」

完全シミュレーション 台湾侵攻戦争 (講談社 α新書)



(著者は)山下裕貴さん、講談社+α新書。
台湾侵攻だが、そうとう重い話、暗い話になりがちなのだが、自衛手段としてもの凄く大事なことだと思う。
向こうが何を考えているか先に言い当てるという。
小さな番組のささやかな国際情勢に対する試みだと思って聞いていただければ十分。
これはもう全部、お知恵の方は山下さんという、元自衛官だった方のご本から拝借している。
何ともはや、朝から気味の悪い話だが、元自衛官の山下さんは「台湾侵攻はあり得る」と断言なさっている。
中国の場合、中国共産党という政府が国を牛耳っているのだが、香港問題等々で中国共産党のやり方は御覧になったと思うが、まず一番大事なのは「言い出したらきかない」。
本当に言い出したらきかない。
軍事面でこの中国共産党の作戦はいつもこれ。
戦わずして勝つ「孫子の兵法」。
これが中国の自慢で。
昔、孫子という偉い軍略家がおられて、この方の立てた兵法で戦う。
だから「威圧する」「言い出したらきかない」、それを繰り返すうちにいつの間にか勝ってしまうという。
そのくせ経済面ではもの凄い貿易国。
そういう中国世界でありながら、国際関係の中で中国共産党、習近平指導部というのは強硬策を絶えず出してくる。
アメリカのブリンケン国務長官とかいっても、ワリと上から目線で来る。
アメリカに対しては、無理してでも上から目線という視線をお崩しにならない。
著者の山下裕貴さんは元陸上自衛隊陸将。
それで、もし台湾侵攻が始まった場合のシミュレーションして一冊の本にしたという。

CIA(中央情報局)の−中略−長官が驚くべき情報を口にした。
「中国の習近平主席が、2027年までに台湾侵攻の準備を完了するよう、指令したというインテリジェンスを得ている」
(15頁)

 2022年8月2日にアメリカ下院議長(当時)のナンシー・ペロン氏が台湾を訪問すると、中国は激しく反発し、その日の夜から台湾本土を取り囲むように6ヵ所でミサイル発射を含む大規模な軍事演習を行った。4日には日本の沖縄県波照間島の南西、排他的経済水域(EEZ)内に5発のミサイルが着弾した。(15頁)

これで台湾と日本を中国共産党が恫喝したワケだが。
これはもう間違いないことだが、沖縄の平和を祈るという気持ちはわかるのだが、もし中国が台湾の侵攻を開始したら絶対に石垣、宮古、先島諸島に攻め込んでくる。

 日本は台湾有事において、好むと好まざるとにかかわらず必ず巻き込まれる。なぜなら、尖閣諸島は地政学的に台湾からきわめて近く、沖縄の米軍基地が台湾を支援する米軍の作戦基盤となっているからである。(41頁)

台湾の島の形を考えてください。
西側は平野部が広がっているのだが、東方は山ばっかり。
中国が最も警戒しているのは、その山の中に台湾軍が逃げ込んだ場合。
その山の中に逃げ込んだ場合の台湾軍の扱いが中国共産党の一番の悩みで。
この「山岳部を攻める」という基地が欲しい。

 東部海岸に揚陸部隊を送るには宮古海峡または与那国島─台湾海峡を通峡する必要があり、その場合には侵攻部隊の側背掩護を図る目的で与那国島、石垣島、宮古島に限定侵攻(島嶼の占領と安全化)する可能性が否定できない。(110〜111頁)

何でこんなに習近平さんは台湾が欲しいのだろう?
あんなにいっぱい土地を持っている。
「もういいじゃん、あんな小さな島」と言いたいのだが。

台湾に侵攻し、中国統一を成し遂げる。それによって国民を熱狂させて4期目の政権運営を担い、毛沢東を超える領袖として歴史に名を残す──これが習近平の筋書きではないか。(29頁)

台湾をブン獲ってこその中国統一である、と。
その為に2027年頃まで政権運営をやって、「毛沢東の横に我が名を刻む」というのが習さんの目標であるという。
ちょっと今週、台湾問題であるがお付き合いのほどよろしく。

もし米中、戦わば台湾侵攻、これはあり得るのか?
しかし現実としてある、と。
昨日もちょっとお話したが中国共産党は北京にあるが、ここの一番偉い方で習近平。
この人一人の頭の中で中国は動いている。
なぜこの方はなぜ、こんなに台湾にこだわるのかというと、台湾を中国と統一することで中国の夢、正確に言えば中国共産党の夢を果たせる。
ちょっと昔のことだが日中戦争、日本と中国が戦争をしていた最中、日本軍が戦っていたのは蒋介石率いる中華民国軍。
ここと戦争をしていた。
毛沢東率いる共産党軍は蒋介石軍と権力闘争があって三つ巴の戦争だったのだが、日本が敵としていたのは蒋介石軍。
日本が破れると蒋介石が中国全土を統一するかと思いきや、毛沢東の共産党軍が蒋介石を追い出して、蒋介石が逃げ込んだ先が台湾だった。
だから中国共産党の夢は台湾を中国のものにするという。
でも、日本が「あぁ〜習さん、それは大きな夢ですねぇ」と言えないのは歴史的に日本は台湾に絡んでいる。
台湾はもともとどういう島だったかというと「化外の地」といって中国皇帝からは「ケモノが住んでいる辺境」として捨てられた地だった。
あまり関心が無かった。
中国というのは「中華思想」といってセンターに光が当たっていればいい。
皇帝の住んでいる都がスポットライトを浴びて、あとはぼんやり明るい。
そのあたりの暗いところを化外の地と呼んでいて野蛮人が住んでいるという。
だから四方方向は全部野蛮人。
北の方に住んでいる野蛮人のことは「北狄」、南に住んでいる野蛮人のことは「南蛮」、西に住んでいる野蛮人のことは「西戎」、東の海に住んでいるのは「東夷」。
我々日本人は東夷。
東の夷(えびす)、東の野蛮人という。
そういう中華世界の構造を持っている。
その闇の中にあった台湾だが、もともと住んでおられる土族の方や太平洋を行き来する異国人が船を休める中継地として台湾はあった。
ここに初めて基地を築いて世界を睨んだ人がいた。
それが明の時代。
その時にこの台湾に鄭成功(ていせいこう)という、もの凄い独立心の強い「カリブの海賊」みたいな人。

パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち (字幕版)



そういう人が住み付いた。
この人が運命的で、名前は鄭成功。
1624年、中国人なのだが何と日本の平戸に生まれた方。
ハーフ、ハイブリッド。
父の名は鄭芝龍、貿易商をやっていらした。
ちょっとやり方が乱暴。
日本と中国の貿易とかをやっているのだが、あんまり儲からないと海賊になってしまうという。
だからいわゆる倭寇の親玉。
この人は平戸の方に基地を持っていて、社員は全部日本の侍。
それで惚れた女がいる。
これが平戸藩主の娘。
田川さんという家から娘さん(田川マツ)をもらって結婚していた。
生まれたのが鄭成功。
日本名、田川福松。
それでこの人は貿易をやりながら、時々あんまり言うことをきかないと父の真似をして海賊になっていたという。
この人は明の血が半分。
だから今でいうとバスケットボールの八村塁みたいな人。
それで明朝が滅ぼされる。
清という北狄、北の方の女真族に。
それを見ていたらこの田川君は頭にきてしまって「何をすんだ人の母国に」と言いながら台湾に基地を築いて清軍をやっつけ始めた。
これが強いの何の。
これで清の方の軍勢が総崩れになってしまう。
それで鄭成功君の活躍、田川君の活躍に明の王様が感動してしまって明から「アンタに名前を贈る」。
明の王様が彼に名前をくれた。
その名前が「国姓爺」。
「国性爺合戦」の「国姓爺」。
それであまりのスケール、海外雄飛の侍の物語なので近松門左衛門というライターがいて、「やった!歌舞伎にしちゃお!」。
日本と関わりがある。
だから台湾問題は決して遠い話ではなくて、台湾に基地を作って中国を助けようとしたというそのスタートにハーフの田川福松君、鄭成功がいる。
歌舞伎にもなっているのだから。
このあたり、興味を持っていただくと・・・
異国の英雄である国性爺が中国で大暴れをするという物語。
近松門左衛門が人形浄瑠璃にした後、歌舞伎になったという。
ワクワクしながら見た水谷譲。
武田先生は三代目の猿之助で見た。
よかった。
一大快男児。
この人はまことに残念ながら途中で病没なさる。
鄭成功であるところの田川福松が病死したことによって、もう明朝は滅んでしまって清朝が出て来たという時代背景が。
だが皆さん記憶しておられる。
台湾の人は鄭成功を忘れない。
だから台湾には鄭成功の銅像が建っている。
鄭成功は台湾にとっては守り神。
ところが面白いことに中国共産党もちょうど同じ反対側の岸辺に鄭成功の銅像を建てている。
一人の人物が睨み合うようにして両岸、台湾海峡を隔てて睨み合っている。
ところが長崎県の平戸には「鄭成功の産まれたところはここですよ」という像が、モニュメントがちゃんと建っている。
つまり鄭成功というのは台湾、中国、日本が「うちのもんだ」と叫びたくなる英雄。
三か所で建っているというのがもう面白くて仕方がない武田先生。
そういう意味もあって鄭成功のような人物を生んだ複雑怪奇な国際舞台。

台湾を我がものにするのは中国共産党の夢。
全然知らなかったが今までもさんざんやっている。
毛沢東は台湾が欲しくてたまらない。
蒋介石をコテンパンにやっつけたかったのだろう。
隙をみては中国共産党は何回も攻撃している。
1954年、毛沢東からの命を受けた周恩来は台湾解放を目指して砲撃を開始。

 1958年−中略−中国軍が中華民国の金門島及び小金門島への侵攻を企図して激しい砲撃を開始した。最初の2時間で4万発を発射したと言われている。(117頁)

もうここで既に問題は始まっている。
「ヤメナサーイ。危ナイヨ。バンバンバンバン撃ッチャッテ」とアメリカが入ってきた。
「海峡デショ、ココ。危ナイヨ。通レナイヨ」
言い出したらきかない中国で「何言ッテル!僕達ノモンダヨ!」と中国共産党は大激怒。
そうしたらアメリカがやったことは、中国はもの凄くムカっ腹が立った。
何をやったか?
アメリカはもう何も言わない。
「アッソウ?ソンナ撃チタイノ?撃テバイイサ」
停戦するように干渉してきたアメリカだが言い出したらきかない中国。
アメリカは何をやったか?

アメリカは第7艦隊の空母7隻を台湾海峡に派遣し、中華民国に武器の供与を行い支援した。(117頁)

「マダ撃ツ?一発デモ当タッタラ、ヤルヨ?」
それでこれはちょっと武田先生の大げさな言い方かも知れないが、周恩来は悔し涙を流した。
毛沢東「負けられない、向こう空母が7隻。空母欲しい」。
これはアメリカの作戦勝ち。
1995年になると台湾側に鄭成功みたいなヤツが出て来た。
これが李登輝というヤツ。
この人が蒋介石と違って、もの凄く民主化を進める。
それでこの李登輝さんがアメリカと握手をした。
そしてこの李登輝さんが次にやったのが日本と手を結ぶことだった。
「あんた方は鄭成功を生んだ国じゃないですか。台湾助けてよ」
この李登輝さんは上手かった。
アメリカの民主主義を見習って台湾を民主化すると同時に、日本にも「経済援助して」。
貰い方が上手。
日本に遊びに来たら「私、司馬遼太郎先生好きだなぁ」とかと言う。
「毎月読んでるのは文藝春秋です」とか。
それで司馬遼太郎先生と会ったら「司馬先生はどこで終戦迎えましたか?」「私は中国の・・・」というと「私はあそこで」「えっ?アナタもしかして」。
この人は日本で勉強して台湾人として陸軍に入った人だった。
この李登輝さんが凄いのは何かというと、この人は蒋介石の中華民国軍の非道を告発した。
蒋介石という人は中国人なのだろうが、台湾に入ってきた時にもの凄く乱暴をしている。
民間人を撃ち殺したり。
李登輝さんが「日本は台湾、来ましたよ。確かに侵略してきた。でも学校を造ってくれましたよ。港を造ってくれました、鉄道を造ってくれました。そのお陰で台湾は戦後、自分とこで何とか生きていける術を見つけたんですよ」。
この李登輝さんの政治が日本のそこの部分を刺激し続けた。
長い長い台湾との関係。
CMで「台湾、私のアイランド♪」というCMで「台湾に行こう」みたいな、そういう盛り上がりがあったのが多分90年代だと思う水谷譲。
(武田先生は仕事で)韓国に行ってその次の年が台湾だった。
旅もの(の番組)で台湾に行った。
そこの台湾で台湾の蝶々の研究をやっている先生がいるというので会いに行った。
「日本語大丈夫だから。あんまり細かいのはダメだけど大雑把でつかめるから」と。
そうしたら山の中に入っていってどんどん蝶々の名前を教えて。
「アカバカマ何とか蝶々」「何とかマダラ蝶」とかと。
武田先生はずっと聞いているうちに不思議で仕方がない
全部日本語で蝶々の名前を教えてくれる。
だからその先生に「台湾語であの蝶々は何と言うんですか?」ときいた。
そうしたらどうも話を聞いたら、台湾に飛んでいる蝶々の分類をしたのが日本の人なので日本語名しかない。
「それまでは何と言っていたんですか?」「蝶々」と言われた。
それから山間に凄い温泉があって。
「いい温泉ですね。台湾の人は温泉掘ったんですね」
「台湾人が掘るワケ無いじゃない」「山の中に来て温泉探して掘るのは日本人だけだよ」と現地の人に言われて。
それで有名になってここは温泉街で名前を台湾中に広めたという。
港であろうが温泉地であろうが蝶々であろうが、全部日本が持ち込んだ文化。
だから「ここの町は松島です」と言われた。
「松島」という町があったりする。
それから「六亀(ろっき)」というところがあった。
「六亀なんてのはいいですね。何か台湾の民話ですか?」「違う。日本人が付けたんだよ」
岩がちょうど亀が六匹頭を出しているみたいで。
つまりいろんなところに日本が沁み込んでいる。
電車に乗ろうとして何番線かわからなくなって聞こうと思って「エクスキューズミー」とかと言ったら「はいはい、何かお困りですか?」と言いながらどんどん日本語で話して・・・
いろんな隣国があるが台湾というのは非常に特殊な隣国であるという。
日本軍が入って来た。
それは横着な悪いヤツもいたと思う。
でも向こうの人達はいい記憶しか持っておられない。

 日本は台湾総督府を設置して、学校を造り日本語を教えるなど(138頁)

「港の設計をやってくれたのは日本人で、ここに大きな船が入る港を造ろうなんて励ましてくれたのは日本人ですよ」という日本の記憶がある。

 日本の敗戦後、入れ替わるように国共内戦に敗れた中国国民党が台湾に入って来た(138頁)

本土から逃げ込んできた蒋介石は何をやったか?
「撃ち殺す」という。
絶対にあの恐怖と怒りを忘れない。
それで中国の本土からやってくるヤツを

外省人と呼びそれまで台湾に住んでいた住民を本省人と呼ぶ(138頁)

(番組では「内省人」と言ったが本によると上記のように「本省人」)
沖縄に於ける「やまとんちゅ」と「うちなんちゅ」というような。
李登輝さんというのはもうもちろん内省人。
台湾生まれの台湾人であるということを誇りを持った人。
この人は日本はとにかく軍事では頼りにならないけれども、文化的には頼りになる。
「軍事としてはアメリカ」というのでアメリカに彼が接近していく。
その接近する度に中国は軍事訓練を繰り返す。
とにかく中国共産党は選挙で李登輝が勝つことをもの凄く恐れていて、さんざん嫌がらせのような軍事訓練をやって、実験と称してギリギリまでミサイルを撃ち込む。
今も同じことをやっている。
その度にアメリカは空母を派遣する。
そうすると習さんも毛さんも、皆全員だが喉を掻きむしるがごとく中国が憧れたのが空母。
それで安く売ってくれるというので中古の空母をウクライナから買った。
売ったウクライナもいけない。
とにかく空母が欲しかったのだろう。
未だに中国は空母熱。
2022年には「山東」という空母が生まれて、それで2024年以後には「福建」という空母が三隻できる。
これができたらもう「やるぞ」という準備なのだろう。
とにかく空母。
だから中国の空母の発着訓練とかアメリカそっくり。
トム・クルーズの「トップガン」を皆で見ているらしい。

トップガン マーヴェリック



「トップガン」の真似をする。
水谷譲達もやった指を指す仕草をやりたがる。
お手本はアメリカの空母。
2024年にそれが配備されてしまうと、アメリカももう太刀打ちできなくなってしまうのだろうかと思う水谷譲。
その可能性はあるそうだ。
今、ただ一つだけ不安があるとすれば海戦を戦ったことがない。
中国という国が海戦、海の戦いでの体験を遡るとすると日清戦争。
日本と戦って負けた。
あれしかない。
戦争というヤツは不思議なもので経験を持っている・持っていないでは違う。
そこらあたりが習さんの不安の中にあればいいなぁというふうに思う。
もちろん習近平さんは頭のいい方なのでしっかりウクライナ・ロシア戦争を見ておられる。
見ておられるが、戦争はやってみないと分からない。
それは今の段階ではウクライナが勝つとも言えない。
しかしこのウクライナ・ロシア戦争はどこから始まったかというとプーチンさんの「絶対勝てる」から始まった。
最初は「三か月で終わる」と言っていた。
キーウを落とすのは三日でOKだった。
全く同じことが言える。
習近平さんにたくさんの時間は残されていない。
もし台湾に攻撃をしかけて取るとしたら三日から一週間の間。
一か月はダメ。
もし台湾軍が山に籠ったりしたら長期戦になる。
中国共産党が持つ人民解放軍は戦いに強い。
今までも人民を押さえつけて中国共産党の言うことを聞くようにしてきた。
ただ、山岳部の体験がない。
山で戦ったことがない。
そういう意味で、そのあたりが不安は不安だろう。
しかし周さんは毛沢東から続く中国共産党創設以来の中国の夢。
それを実現できるのは自分だけだと信じておられる。
内政面での完成。
台湾は自分が手にする。
これでやっと自分は毛沢東を抜いて中国の中華民族の偉大なる復興を成し遂げた偉人として尊敬されるハズだ。
どこでどう決心するか?
これが習近平さんの賭けどころ。
そしてもう一つアメリカの混乱。
大統領選挙に於いて民主・共和。
これがグズグズが続くとやるぞ、と。
習近平はウクライナ戦争をジーッと観察しているハズだ。

ロシアのウクライナ侵攻を見てもわかるとおり、権威主義国家では指導者がいったん決心すればいかなる困難や犠牲があっても作戦を実行する。(32頁)

それが専制主義というもの。

準備してきた人民解放軍。
兵隊さんの数は凄い。
42万人いる。

 一方の台湾軍は約9万人であり、−中略−海上戦力は水上艦艇で見ると中国海軍73隻、−中略−航空戦力は−中略−中国空軍700機−中略−(29〜30頁)

香港をどうしてああまでして遮二無二、民主化妨害して中国のいうことをきくようにしたかというと、台湾を攻める為には海上の荷物を運ばないといけない。
その為には貨物船が必要。
その貨物船が一番多く停泊しているのは香港。

香港は1532隻(31頁)

千トン以上の貨物船が香港にはある。
これを中国共産党のものにして、ここから物資を送るという。

 台湾西部の海岸のうち上陸に適しているのは台北市、台南市正面と一部の台中市正面に限定される。(31頁)

香港からの海上輸送で潤沢に解放軍に物資を提供する。
習近平にとってウクライナでのロシアのプーチンの戦力はよき失敗の例。
空軍で圧倒、短期決戦。
これをやるしかない。
台湾を数日のうちに圧倒しなければならない。
そのためには戦時となって軍民一体、習近平の下に従う体制を彼は作らねばならない。
準備は完全にできているハズ。
著者山下さんはさすがに自衛隊幹部の方。
このへんは中国の力を認めている。
中国は凄い。
ただし、長引いて他国が干渉してくるのが中国の嫌なところ。
急がないと。
短期で片づけるということは当然そこに石垣島も関わって来るということ。
まず攻撃するのは石垣島。
西側の平野部に中国の人民解放軍が上陸を開始すると同時に石垣と宮古は中国のものにしないと。
その為に必要なのが尖閣列島。
何で尖閣列島が必要かというと、あそこを電子戦の基地にする。
あそこにアンテナを立てて、妨害電波を送る。

日本本土及び沖縄本島から石垣島を分離することである。(88頁)

その為にあるのが尖閣諸島。
だから海警の船が行って練習。
ちょっと前だと「映画になりそうだね」で済ませていたが、もの凄くリアルな感じだと思う水谷譲。
やはり平和を祈る沖縄の人々の思いもあるが、国際情勢というのはそういう願いを聞いてくれないリアル。
恐ろしい。
恐ろしいが考えておきましょう。


2024年01月09日

2023年11月6〜17日◆眠れる森の爺さん婆さん(後編)

これの続きです。

眠りについて考えようという二週目。
元ネタがある。
「熟睡者」サンマーク出版、クリスティアン・ベネディクトさんと、ミンナ・トゥーンベリエルさん。
スウェーデンの男女の学者さんらしいのだが、この方々が「眠りとは何か」、その眠りのシステムというか構造を明かしたという。
武田先生達高齢者世代にとっては大事な出来事なので、とことん考えてみようというワケで。
昔、読んだ本の中で「眠れる森の美女」という。

眠れる森の美女 シャルル・ペロー童話集 (新潮文庫)



「眠り姫」
何で「眠り」なのか?
若い子は眠らないといけないそうだ。
やはり「寝る娘は美女になる」という。
眠りというのが十代で物凄く必要。
そこをすっ飛ばしているとあと、大変なことになってしまうという。
そういう体のアレもあるようだ。
心理学で読んだのだが「赤ずきんちゃん」。
何でオオカミに襲われたか?
あれは先に声をかけたのはどの物語を読んでもそうだが赤ずきん。
赤ずきんがオオカミに出会って「おはようオオカミさん」と声をかけている。
二人は顔見知り。
なのになぜオオカミはその日に限って赤ずきんを襲ったか?という。
それは赤いケープを着ていたから。
赤ずきんは赤を着てはいけなかった。
赤は女性の成熟を意味していて「性的に可能ですよ」。
それを幼くして身に纏ったものだからオオカミが勘違いをして
女性が好きでもないのに「俺のこと好きなんだ」と思ってしまうという誤作動をしやすい。
だから成熟の赤をタイミング悪く身に着けたら恐ろしい目に遭う。
それは何かというと妊娠する恐怖。
だから最後にオオカミはどう懲らしめられたかというと、妊娠の苦痛を女性の復讐として味わわせるためにお腹を割いて石を詰めた。
だからお婆さんが絡むとかというのも全部あるし、「若い猟師が鉄砲で」なんて性的に解釈できる。
「カッチンカッチン先生」みたいな。
そういう性的なものを下にひいている。

とにかく眠りというのは、眠る時にちゃんと眠っておかないと。

 幼児期に睡眠リズムが確立されていくが、私たちはその頃、基本的に朝型人間だ。−中略−
 思春期になると、体内時計が後ろにずれていく。つまり、ティーンエイジャーが夜遅くまで起きていたがるのはごく自然なことなのだ。
−中略−歳を重ねるにつれ、私たちは少しずつ朝型人間へと回帰していくのだ。(110〜111頁)

起床時間は日の出時刻の変化に連動していた(125頁)

もの凄く妙な言い方だが、昼間の行動では悪いことをしない方がいい。
昼間の行動で悪いことをたくらんでいると夜の眠りが阻害されますよ、という。
フィリピンの刑務所から指示を出して悪さをしていたルフィと名乗る悪党共がいた。
全員意味のわからない肥満体。
みんな似ている感じだと思う水谷譲。
しかも既に刑務所に入っているということを居場所に、彼等の重い症状は「眠れていない」。
刑務所を安全地帯と考えたのかも知れないが、あんなところで眠れるワケがない。
それからニュースで出てくる社会問題を起こした方の顔を見ると寝ていない。
記者会見をやっているのを見て「この人、寝て無ぇな」と思う。
ぐっすり眠れていない顔をなさっている。
どんなに儲かろうと、眠れない夜に幸せはない。
貧しくてもぐっすり眠れる夜があれば生きるに値する人生。
皆さんそう思いませんか。
眠れなくなくなるまでカネ儲けをやる馬鹿がどこにいる。

外に出て、日光を浴びよう。−中略−晴れた日なら30分も屋外にいれば十分だ。(127頁)

外出することができない人は、窓際に座ろう。(127頁)

 コンピューターやスマホの画面から発せられるブルーライトも健康上のリスクにつながる。(130頁)

寝室は涼しく。
もし、防犯上問題がなければやっぱり窓は開けるべき。
何もかも閉めてしまって、絶対よくない。

朝は皇帝のように、昼は王子のように、夜は貧者のように食べよう。(128頁)

そうすると健康にいいんだ。
全部皇帝のように食べる馬鹿がどこにいる。
「たった一人の料理番組」みたいなのがいる。
というワケで「よき眠りとは」。

どうして睡眠、眠りは大事なのか?
それは新しい神経科回路の再活性、そして優先事項の固定化、記憶の倉庫である脳の整理、「覚えること」「忘れること」この手順を定着させる、そういうことが眠りにはある。
この重大な睡眠の仕事も特徴があり

 強い感情と結びついた経験は、感情をそれほどともなわない瞬間よりも脳裏に刻まれやすい。(149頁)

ちょっと今、休憩時間にスタッフと世間話をしていたが「いろんなものを忘れる」という「物忘れ」について。
ど忘れ、物忘れ、消し忘れ、し忘れ、置き忘れ。
いろんな「忘れ」が。
これはもう水谷譲も武田先生も体験があってそんな話をしていた。
何で忘れるか?
集中力がないからだと思う水谷譲。
これはまた名言だと思う。
「忘れる」ということに関する「(今朝の)三枚おろし」の為に本を読んでいたのだが、「なるほど」と思ったが「忘れてはいけないことを頭に置くからだ」という。
忘れてはいけないものを頭に置く。
そうすると忘れる。
脳の記憶力は水のようなもの。
「財布」と書いてパっと置いておく。
そうすると一分も経たないうちに沈んでしまう。
短期記憶はそういうもの。
どうするかというと、長期記憶にする為にはお盆を持ってきて乗せないと消えてしまう。
強く感情を動かす。
書いてある通り。
強い感情というお盆があると忘れないが、紙をそのまま水の上に置くと沈んじゃいますよ、と。
もう一つある。
記憶を頭に置かずに体に置く。
例えば着替えている時に邪魔になった財布を棚の上に置く。
置く棚を絶対にそこにしておく。
手がそう動くまでその行為を繰り返す。
「ちゃんと覚えてるものは何だ?」というのを考えてみましょう。

 手続き記憶とは、頭で考えなくとも自然に体が動くようなスキルを指す。たとえば裁縫、絵を描くこと、靴紐を結ぶこと、車の運転、タイピング、自転車−中略−つまり、一度学んだら忘れることなく、自動的に記憶を呼び出し、実行できる動作である。(152頁)

それから鉄道マンの人が指差呼称といって「右ヨシ!左ヨシ!出発進行!」と。
あれは手に記憶がある。
「右を見た」「左を見た」「正面を見た」という体に記憶が宿っているので忘れない。

 この能力は、大脳皮質の一部である運動野で形成される。手続き記憶は、浅い睡眠の間に定着し−中略−浅い睡眠の間の新たな手続き記憶の保存に重要な役割を果たすのは、おもに睡眠紡錘波である。(152頁)

よく眠ることは不要な知識、不要な感情を捨てること。

睡眠のおかげで脳の様々な領域が休息をとり、次の日に最善の状態で機能し、相互に連携して作用するために必要な回復を図ることができる。−中略−新しい知識の習得のためには、左右の大脳半球の調和が大切なのだ。(160頁)

ラグビーやサッカーをやっているのと同じで、いろんな得点の方法があるワケで、それを可能にするのはチームワーク。
ラグビーもサッカーも、一人いい選手がいてもダメ。
そのネットワークのチームワークをよくする為にはどうするかというと、これが「眠り」。
人間に一番近い頭の使い方ができる類人猿にオランウータンがいる。
このオランウータンというのはよく眠るサルらしい。

オランウータンが枝葉で樹上に安全で寝心地のいい寝床を整えるのに対し、ヒヒは木の枝に座り、そのままの姿勢で眠る。(148頁)

(番組ではチンパンジーは寝床を作らないような説明をしているが、チンパンジーもオランウータンと同様に眠る)
こうやって考えると面白いもの。

大谷はどう考えても睡眠の達人。
仲間からの飲み会の誘いを断って眠りに集中する。
そして無駄に感情を使わない。
脳の感情の振り幅は海馬という所が反応するので、怒りとかを感じないように海馬を静める。
それがよき眠りを招くことにもなるという。
この人は、試合の最中はというとマナーがいい。
アメリカの人がもう一番彼のことを褒め称えるのは(マナーのよさ)。
二塁へ滑り込んだ。
滑り込んだ体勢のまま、二塁の保守の足元に自分がかけた土が付いているので、寝そべったままその土を手で払った。
それとピッチャーの時に投げたら相手の選手がバットを割って彼の足元に転がってきた。
嫌な顔一つせず、そのバットを拾って割った彼のところに届けに行く。
まあ、このマナーのよさ。
そして敬遠で歩かされようが嫌な顔一つせず、一塁に向かって駆け出す。
彼はホームランを打っても自分の感情を爆発させたり威圧したり、相手を圧倒することに使わない。
敵に対してこれほど紳士的な選手は珍しいという。
これは彼が前頭葉にある衝動のコントロールをする中枢、これがいつも作動している。

九月の大相撲。
三人大関がいて成績がよくない。
特に前の場所優勝した豊昇龍。
これがボロボロ
それから霧島。
それから貴景勝。
この三人の大関の成績が悪い。
武田先生が一番思ったのは、豊昇龍と霧島。
豊昇龍はもの凄く威嚇する。
叔父さんが朝青龍。
いろいろと物議を醸した横綱さんだった。
あの叔父さん譲りなのだろう。
ジーッと睨む。
霧島は大関になった瞬間、相撲が粗い。
これは明らかに彼等が威圧で相手を小さくさせようとしている。
これが一つ前は効いたのだが、大関になったら効かない。
彼等の頭の中にあるのは「大関になったからには負けられない」がある。
それが空回りする。
もの凄く夏場所成績がよかったというか、まあまあの人がいた。
武田先生は絶対伸びるなと思うのだが、宇良。
いつも笑っているような顔をする。
ニコッと。
ピンクのしめこみの人だからすぐわかる。
笑顔というのは勝負師としてはどうなのかと思う水谷譲。
勝負師に怖い顔を求めることがもう既に負けている。
ファイトは怒り顔で表現すべきものではない。
笑うことの重大さは何かというと、肩からの力が抜ける。
これは合気道の先生から武田先生がいつも言われていること。
売れてはいないのだが俳優さんの仕事もやるもので、感情を出す。
でも合気道ではそれは「傷だ」と言われる。
「またまた。力んじゃって」とかと言われてしまう。
もう一人、若元春。
若元春は賞金を受け取る時の手つきが好き。
一回切る。
一、二、三。
その前に一つ片手で拝む。
「すいません」と言いながら。
「いいんですか?こんなに。はい」という。
「すいません」の一回お辞儀するところがこの人の謙虚さだと思う。
それから、聞いていてくれると嬉しいが琴ノ若。
この人は間違いなくいい子。
ハンサムだし。
この人は勝負の一番になると突然「悪い人になるぞ」みたいな自分のブラック面を呼び出す。
一生懸命怖い顔をする。
「琴ノ若ブラック!」みたいな。
そうやって気持ちを入れているが、アンタはブラックは似合わない。
二段乳房、ロケット乳房。
おっぱいが弾頭、一段目、二段目とある人。
これは体を見ればわかる。
これはもう注目なのだが。
それからいつも感心するのだが北勝富士。
自分が負ける。
負けて頭を下げる時に「負けました」という綺麗なリズムで土俵を降りてゆく。
それが好き。
でも武田先生は豊昇龍と霧島は本当にありありと感じる。
霧島も前、出世しない時は感じのいい人で、気のいいアンチャンみたいな。
それが何か・・・
相撲の話なので許していただきたいと思う。
そのあたり、大谷がユタ〜ッとした顔をしているということが睡眠に結びついているのではないかという仮説。
お相撲さんの世界というのも面白そうで興味がある。
合気道をやり始めたらお相撲が急に面白くなった。
結びつく。
武田先生を指導してくれる一番の先生が大相撲ファンで、相撲をよく見ている。
(武田先生の道場の)管長なんかは達人なので相撲の評を短く入れたりなんかする。
「昨日、あの力士はあの力士にこの技では負けたけど、あの技はね」みたいなこと
面白かったのは武田先生達に合気道の技を説明する時にわが管長のおっしゃった言葉の中で「今、相撲の世界で一番強い人、誰だか知ってる?」。
その頃は白鵬という強い横綱がいて。
なかなか優勝できない横綱が稀勢の里だった。
管長が「一番強いのはどう見ても稀勢の里よ」という。
「でも優勝できないんじゃないか」と訊きながら管長の説を窺ったら管長が「そうなのよ。稀勢の里の一番の欠点は勝とうとするから。あの勝とうとする考えが『負けたくない』に変わると最強だよ」という。
(「勝ちたい」と「負けたくない」は)違う。
「勝ちたい」というのは急がせる。
「負けたくない」というのは粘ろうとする。
「どこを目指すかだよ。だから皆、勝とうと思っちゃダメ」
相撲のことを話しながらつまらないことを思い出した。
舞の海さんから聞いた面白い話があって
舞の海さんがテレビの控え室で武田先生に話してくれた。
「いやぁ、皆、力強いんですよ、お相撲さんは。水戸泉という力士がいたましたが、あの人は車の運転下手で縦列駐車は手でやってるんですよね」
縦列駐車を手でやる。
車を降りて自分で手で引っ張って
「巡業なんか行くとバーベルとかないもんですからね、軽トラック上げてますね」

深い眠りで記憶の必要もないゴミを捨て、浅い眠りで新しい技を考える。

 レム睡眠に入る前、脳の深部では「PGO波」と呼ばれる脳波が出現する。
 この脳波は、レム睡眠の名前の由来となった休息眼球運動
−中略−を引き起こす。両眼がシンクロしながら、左から右へ、右から左へと動くが、この動きが脳の両半球のコミュニケーションをうながしているのではと考えられている。(174頁)

このレム睡眠の時に夢を見る。

 厳格な指揮者である海馬が、−中略−レム睡眠の間、記憶の指揮者は休憩をとる。(174頁)

そうすると右脳左脳に溜まった様々な記憶がお互いの脳で交換される。
その時にゆらぎで変わった形を見せる。
その変わった形の中から世紀の大発明が生まれるという。

「フェイスブック」の着想、「蒸気機関」の発明、「元素周期」の発見にもレム睡眠が一役買ったのではといわれている。−中略−「夢の中で、すべての元素があるべきところに収まったシステムを見た。目覚めると同時に、すべてを紙に書き写した」と記されている。(176頁)

つまり、脳がレム睡眠の時に、右脳・左脳で思いもつかない考え方の組み合わせを夢の中でやる。
そこから新しい発明が生まれる。
武田先生なんかがそうだが、詞を書いておいて一晩眠る。
朝、起きて見る。
消して新しい歌詞を書いている。
一曲作るまでにこれを十回ぐらい繰り返す。

物事やアイデアを「一晩寝かせよう」と言ったりするが、この表現には多くの真実が潜んでいる。(175頁)

これがやっぱりもの凄く重大。
睡眠することによってそのアイデアが湧いてくる。
眠らないとダメ。
一晩寝かせたアイデアがよく磨かれていることは夢の体験を経て新しい考え方ができるから。
時々、眠りながら作詞をやる。
ずーっと呪文みたいに唱え続ける。
だから悪い方に行ってしまうと眠れなくなってしまう。
難しいものだが、年を取ると深い眠りがどうしてもとれない。
寝床に就くと次々と不安ごとが押し寄せたり「しくじった上手くいかなかった」「明日はどうするか」「アイツはどうも信用でき無ぇな」とか、どんどん頭の中に湧いてくる。

「今夜もまた眠れないのでは」という不安がさらに増大する。それがまたストレスとなり、コルチゾール値が上昇し、質のよい睡眠をとるのがますます難しくなる悪循環に陥る。(195頁)

人を傷つけたとか、人の言葉に傷付いたとか、その手の不安で夜半に目覚めて考え込む。
ますます眠れなくなる。

 夜中に目を覚ますと負の思考スパイラルに陥りがちだ。(197頁)

ただ御同輩。
我々は大谷のように二刀流でもなければ世界一を目指しているワケでもありません。
我々にははっきり言って大谷ほどの量と質の睡眠はもう必要としない。

「眠れない」ときにできること
@「問題」を特定しよう。何が頭の中を占めているのか。何を恐れているのか。起こりうる最悪の事態はどのようなものか。
A
−中略−一気に連続7時間の睡眠をとろうと欲張るのではなく、小さな進歩を喜ぼう。−中略−
C
−中略−翌日にやらなくてはならないことのリストをメモしておくと、入眠潜時が短くなる結果が出ている。(198頁)

武田先生も原稿を書いていて、いいことを思いついたから書いたのだろう。
でも一番最後に赤い鉛筆でくくって「どうでもよい」と書いてある。
自分で上手いこと考えたと思ってバーっと書いたのだが、よく考えたら「たいしたこっちゃないな」と思ったのだろう。
一回寝かせないとダメ。
だからそういう意味では、本当は寝かせていない。
脳と睡眠の関係で一番わかりやすい例は何か?
「海老名サービスエリア」と書いてある。
家に帰る人、仕事を目指す人、ものを運ぶ人、いろんな人がいろんな目的であそこに集まってくる。
サービスエリアで大事なのはおトイレ。
夜遅くなると「ただいま清掃中」という「使用できません」という札を立ててお掃除しなければ海老名サービスエリアのおトイレは綺麗にならないんですよ。
何がいいたいのだろう
「何だ。これをこう話せば一発でわかるじゃないか、誰にでも」と思って書いていたら「かえってわかりにくいじゃ無ぇか」ということだったのだろう
武田先生が言いたいのは何かというと「お掃除中」「清掃中」という看板を見たら、それは睡眠時間のことで、トイレを使わないようにしてください、と。
別に(海老名でなくても)どこでもいい。

もう一つ、加齢に伴って脳内で進行するプロセスにも変化がある。
睡眠はやはり加齢と共に難しくなる。
ゆったりした脳波とか視床から出るレモン型の脳波は歳と共に出にくくなる。
「年を取るとやっぱり甲子園を目指す少年のようには眠れないよ」
そんなことを書いている。
脳の中にはたくさんの部位があり、ここがいろんな記憶を貯めているワケで
脳の血管の中にはプラーク、アミロイドβ等々が貯まりやすくて連携が悪くなる。
「こういうのが私達の宿命なのだ」というようなことを書いている。
もうほとんど主題は尽きてしまったか。
同じことばっかり言っている。

自分の体験をここで一つだけ語っておく。
この放送を聞きながら「深刻なんだよ、不眠症が」という方がいらっしゃると思うのだが。
武田先生も、そういう時期があった。
それで一度だけ、眠りの浅さと夜半の目覚めの頻発に耐えかねて、実は睡眠障害の専門医のお部屋を訪ねたことがあった。
それでそこ(病院の待合室)に座っていた。
そうしたら同じく睡眠障害を抱えた方がいらっしゃる。
いびきをかいて寝てらっしゃる。
武田先生はその人の顔を見てピンときたのだが、前夜寝ていないのだろう。
それでお医者さんにかかれるという安堵感でその方は眠ったのだろう。
それでその睡眠障害の専門医の先生のところの前に武田先生は座った。
そうしたら「控え室でやってください」と言われた証書があって、100問。
いろんな症状が書いてある。
「夜、何度も起きる」とか。
それに〇×を付けていって、それを提出した。
そうしたら専門医の先生がジーッと見て「武田さん。20点なんですよ。睡眠障害だと思わせる症状は100問中20問」。
睡眠障害に当てはまらない低い点数ということ。
その時に専門の先生がため息をつきながら「どうしても睡眠障害で受診したいということであれば95点は取って欲しいんです」と言われて「え?」という。
「20点だったら、相当眠ってますよ」と言われて。
(それ以降)ぐっすり眠り始めてしまって。
その先生がおっしゃったのは「4時間眠ったら大丈夫ですから」。
「一睡もできないのが障害ですからね」と言われて、病人に認定してもらえないという砕かれた気持ちで帰ってきたという。
いい話かどうかはわからないが、とにかく熟睡というものを追い求めて語ってみた二週間。




2023年11月6〜17日◆眠れる森の爺さん婆さん(前編)

元ネタはあって「熟睡者」

熟睡者



サンマーク出版。
(著者は)クリスティアン・ベネディクト、ミンナ・トゥーンベリエルさん。
スウェーデンの方。
スウェーデンの健康本がやたら最近本屋に並んでいる。
眠りは眠りでもただの眠りではない。
「熟睡者」というところが何となく惹かれる。
武田先生ももう高齢者だが熟睡に対する憧れがある。
もうジジイになると熟睡はあまりない。
「眠たいのに眠れない」という状況がまだ理解できない水谷譲。
それをどんなふうに説明していいのかわからないが、とにかく「眠れる森の爺さん婆さん」ということで「高齢者の眠り」というものを考えてみたいなと。
お若い方も是非聞いていただければと思うが、当番組はやはり喋り手が話題を探すものだから高齢者向けになる。

熟睡に関して、その人の姿を見るたびに「あぁ〜この人はぐっすり眠ってるんだろうな」と、そう思うヒーローが現われた。
もうお気づきだと思うが大谷翔平。
この人のエピソードがそうだと思いませんか。
戦友、WBCで共に戦ったヌートバーが「WBCの思い出でも語りませんか?違うチームではありますけれど」。
対戦の前夜に電話をした。
たったひと言、大谷「いや、俺、寝るからさ」。
ひと言でヌートバーの申し出を断ったという。
そうすると次々に眠りに関する大谷のエピソードが紹介されることになり、同じチームのエンジェルスの仲間からは「大谷はどうも12時間近く眠っているらしい」と。
大谷はエンジェルスの仲間達と一杯飲みに行ったりするのだが、絶対に二次会には顔を出さない。
もう一つ情報として入ったのは、大谷はもうアメリカに渡って三年の歳月が流れている。
ところが大谷は、エンジェルスの本拠地であるカリフォルニア・アナハイムの夜の街を全く知らないという。
呑みに行っていない。
本当に球場と自分ちの往復だけで、引っ掛からないという。
この大谷が徹底しているのは、どこの街に行っても絶対呑みに出ない。
とにかく眠る。
これも同僚なんかから噂が流れているのだが、大谷は寝具メーカー西川に作らせた枕を持ち歩いているようだ。



あえて「西川」と言ってしまう。
ここであつらえた。
それを、バッグに入れて背負って旅している。
よくスポーツ選手はマットレスなんかも特別なものを使っていたりするが、大谷翔平の場合は枕がそう。
これは高さとか広さとか計算しつくして、それはもうテレビ画面で見たことがある。
寝返りを打っても頭に負担をかけない。
それからあおむけ寝。
それから、伏せて寝ることもできるという。
この枕はいくらかかったかわからないという超高級枕。
これを背負って旅をしているという。
大谷伝説。
ダブルヘッダーで一夜に二試合ある。
間の休憩は40分ばかり。
それで一試合目ではピッチャーをやって投げておいて、40分休んで二つ目の試合で二本ホームランを打っている。
凄い。
かのアメリカの方々がこの大谷翔平を「ユニコーン」とニックネームを付けて「地上の生き物ではないのではないか」と疑うという。
それもこれも大谷は徹底した熟睡者、「眠る」ということをもの凄く大きい目標にしているのではないか?ということ。
高齢という加齢の途上にいると、年を取るという坂道に立っていると、熟睡とは遠い眠り。
夜中に「おトイレ」とか言ってトイレに起きなければいけないし。
起きたから「トイレ行こうかな」ではなくて尿意を催して目が覚めてしまうのか、どっちかわからない。
その接点は難しい。
トイレに行って用を足すワケだが、ダラダラ・・・本当に水道管の故障みたいなチョボチョボチョボチョボ・・・
勢いが全くない。
ジョロジョロジョロジョロ・・・
それでやっと絞って出て行こうとして「残ってるかな・・・」と言いながら舞い戻るとまだジョロジョロジョロジョロ・・・
残尿感が凄い。
とにかくそんな二度起き、三度起きの時、思い出すのは十代のあの朝。
膀胱にパンパンに尿が溜まって、起きた瞬間に「行かなければ」というのと、全身全部新品。
本当に磨き上げたような細胞でおトイレに行くという、あの目覚めた朝の爽快感。
というワケで今週は「眠れる森の爺さん婆さん」
高齢者の快適な眠りの理想を目指して進めたいと思う。

(番組冒頭は武田先生も出演したゴジラの話)



「爺さん婆さんの熟睡に関して学んでいこう」という今週。
大谷翔平というアスリートが活躍している。
この方はどうも熟睡という極意を知っているという。
大谷の行動を見ていればこの中に熟睡、その何か発見があるハズ。

本の方「熟睡者」、サンマーク出版より出ている。
ベネディクトさんとトゥーンベリエルさんという方がお書きになった本。
両者は神経学の博士で、眠りの研究をなさっている。
(本によるとトゥーンベリエル氏は健康をテーマにした記事を執筆する作家)
眠りは構造が複雑。
考えてみてください。
これだけ用心深く生きている人間が用心をするのを忘れて、コロッと意識を無くすワケで。
これはこんなふうにコロンコロン寝ていたら昔だったらとっくに喰い殺されている。

国際的な調査の結果から見ていきましょう。
よき睡眠の国は世界中、どこにあるか?
フィンランド。
ここが熟睡者の多い国。
だいたいみなさんどのくらいお眠りになるか?
7時間35分。

日本の男女の平均睡眠時間は一晩あたり約6時間35分。(2頁)

だから(日本人の睡眠時間は)このスウェーデンの方々に対しては短い。
皆さん方、もうちょい眠った方が。
若い方も眠った方がいいようだ。

それでは眠りについて学び直しましょう。
眠りといものは起きている世界とは別世界に自分を置かなければならない。
脳というのが頭のてっぺんにあるが、この脳が色んな世界を持っている。
脳の中に色んな世界があって、その世界が相互に連絡を取り合うというネットワークで日頃の出来事を処理している。
眠くなると脳波は緩くなる。
ネットワークで連絡を取り合うということは静まって、脳波の振動数は静かになっていく。
この時、睡眠モードへ素直に切り替えられない。
これが不眠の原因。
体は眠ろうとするのだが「何か今日は眠れ無ぇなぁ」とかと思うと、その兆候として足がピッと痙攣したりする。
あれは葛藤。
体は眠ろうとしているのに、脳は「寝るな」と命令する時、配線違いで自分で障子を蹴って驚いたりする。
あれが起きる。
それは「葛藤してるな」と思ってください。
人間はまず眠り始めると浅い眠りに落ちる。
浅いながらも長い眠り。
5分ぐらいで入っていく。

「ゆっくりとした脳波」と「睡眠紡錘波」という2種類の脳の活動が特徴的な興味深い睡眠ステージだ。(57頁)

山の浅いレモンの形の脳波が出る。
これが視床という脳の部位から大脳皮質。
つまり眠るということも脳の中の連携が上手くいって眠る。

 睡眠紡錘波とは、視床から大脳皮質へと送られる非常に速くリズミカルな脳波で−中略−1秒間に10〜15の振動数(10〜15ヘルツ)の脳波だ。(58頁)

足元を渚の波がアナタを洗っている。
ジャポーン・・・ジャポーン・・・
この波は一体何でそんなことをしているかというと、今日一日で「忘れていいこと」と「忘れてはいけないこと」を仕分けしている。

この第2ステージで睡眠紡錘波が多く発生すると、運動能力の発達がうながされるのだ。(59頁)

運動能力が発達しているからレモン型の脳波が出るのか、レモン型の脳波が発達しているから運動能力がよくなるのか?と思う水谷譲。
同時ではないか?
何が言いたいかというと、大谷翔平。
だからあの青年は浅い眠りの時にレモン型の脳波にザップンザップン洗われている。
脳と体。
これが両方とも発達してゆくという。
そしてこのレモン型の脳波を繰り返して、「忘れていいこと」「忘れてはいけないこと」を綺麗に整理している時、その眠りが深い眠りに沈んでゆく入口になるという。
なかなか深いもの。

夏場、暑いゴルフをやって家に帰る時、後ろの座席でウトウト眠るあの眠りの深さが一種理想の眠り。
子供の時にあの川に泳ぎに行って家に帰ってきて、昼ご飯に素麺か何か急いで喰った後、眠いの何の。
箸を持ったまま寝落ちするという。
あの無邪気な。
あれはやはり前に運動があった
そのことによってレモン型の脳波が出て、深く落ちていた。
そしてこのレモン型の眠りに誘う脳波。

高齢者はたいていの場合、若い世代よりも睡眠紡錘波が少ない。(59頁)

眠れないハズ。
これがまた昨日お話したように、どっちが先かの論争なのだが「運動をやるからレモンが出る」か「レモンが出るから運動やる」かという。
これは加齢と共にレモン型の脳波がどんどん低下する。
そうすると学びのチャンスが減少する。
違う意味で言うと、学ぼうという意欲が減少するとレモン型の脳波も出なくなってしまうという。
だから、武田先生がグダグダ言っているが、学びだけは続けましょうぜ。
これはどっちが先かはわからない。
でも間違いなく言えるのは、学ぶという意欲が低下するとよく眠れるという脳波もどんどん出なくなるという。
どうもその脳の活動量というのは全身をどう使うかということと結びついているという。
肝に銘ずべきは、このスウェーデンの先生はおっしゃっている。
体を使ってよく眠れるクセを付けましょう。
使う鉄は錆びない。
(本には「使う鍬は錆びない」とある)
そんなふうに自分の体を考えてくださいよ、と。
この睡眠のレモン型脳波は、もう一つ、途中覚醒なく睡眠を維持するようにも働くそうだ。

 睡眠紡錘波が多いほど、私たちは外部からの情報に反応しなくなり、妨げられずにまとまった睡眠をとれる。(60頁)

だから年を取るとこのレモン型が出ないので、ささやかな尿意で起こされたりするものらしい。
つまり質の良い睡眠に寄与する、最初はレモン型が出てゆっくり深い眠りに降りてゆくのだが、ある程度の深さまでくると

2番目の睡眠ステージにおいて質のよい睡眠に寄与する脳波がもうひとつある。上下に大きく振れる波形が特徴的な、「Kコンプレックス」(K複合波)と呼ばれる脳波である。(62頁)

これがいわゆる「泥のように眠る」という脳波。
若い頃はあった。
時々自分の名前を忘れることがあった。
それと時々「どこに寝ているのか忘れた」とか「何日だったか忘れた」とか「夕方の四時か朝の四時かどっちだろう」みたいな。
それがKコンプレックスという上下に大きく揺れる波、脳波が出るからで。

たとえば横で寝ているパートナーがいびきをかきはじめると、Kコンプレックスが大脳皮質に「この音には反応しなくていい、眠りつづけて!」とメッセージを伝えるのだ。(62頁)

富嶽三十六景の神奈川沖何とかの波(神奈川沖浪裏)みたいな、ああいう波。

proceedx名画 絵画ポスター2052冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏/葛飾北斎 額 フレーム付 アートインテリア日本製



ダァ〜ン!
浅い眠りからこのKコンプレックスの深い大波、これがまだ眠りの前半。

 眠りの前半ではコルチゾール(別名ストレスホルモン)の分泌量が最も少なくなる一方、筋肉の増強、成長、そして免疫システムに重要な成長ホルモン「ソマトロピン」が分泌され(63頁)

心配事をしないように全身の施錠、ちょっとでも開けたらサイレンが鳴るというような、そういう警報音が鳴るような免疫システムがスイッチオンになって、免疫システムがスイッチオンになったら安心して成長ホルモンが出るという。

 血圧や心拍数も覚醒時より低下し、心血管系に休息の時間が訪れる。(63頁)

まさしく交通量が少なくなってきたのを確認して夜間道路工事が開始という。
このレモン型脳波と上下の深い細い脳波が協力して、その人を熟睡へと誘う。
この時に脳の各部に連絡を取り、日中何を学び経験したかを整理して、長期記憶「覚えておこう」と思ったことを脳内に定着させる。
自動車教習所の実習時間。
自動車に慣れる為に3時間も4時間も乗っていたら逆効果で疲れてしまうだけ。
だから最大やっても2時間だけと決まっている。
それは眠って記憶を体に定着させる、その時間がないと定着しないから。
このへんは巧妙。
熟睡というのは理屈がいろいろある。

睡眠のパターン。
レモン型の脳波に導かれて、気持ちのいい眠りからストーンと深い泥のような眠り、熟睡へといざなわれる。
なぜ熟睡が必要かというと、脳内の記憶の整理。
長期記憶、長く覚えておかなければならないことをあるネットワーク、記憶の倉庫みたいなところに定着させる為には眠りが必要だという。
この長期記憶をきちんと貯めておくというのともう一つ、同時に覚えなくていい、余分な記憶に関しては眠りの間に消去していく。
これによって記憶の中を整理する。
きちんと覚えておくこと、さっぱりと忘れること、これを脳が眠りの間にやる。
その為に眠りというのは必要で。
加齢によって眠りが浅くなる原因の一つは何より、消化吸収の早い夕食。
これが必要。
糖類、脂肪酸、タンパク質の消化というのは時間がかかる。
そうすると体に残業をさせるという。
これは年を取ると感じる
随分前、60代の半ばぐらいだったか(南)こうせつさんたちと福岡でイベントがあった。
博多のコンサート主催者が肉屋さんに武田先生達を案内する。
そこの肉料理が凄くて、しゃぶしゃぶが前菜、メインディッシュがすき焼き。
それでお酒のアテがミディアムで焼いたお肉。
知らないから、もう肉と馬鹿喜びする世代なもので、そのおつまみの肉から喰って、その時にしゃぶしゃぶが来たものだから「やった!やった!」で。
そうしたら「これまだ前菜ですよ。メインディッシュはこちらです」。
「すき焼きじゃん!」というので「生卵!生卵!」と言いながら。
恐らくあれで500(g)以上いったかも知れない。
馬鹿だからもう調子に乗っているから。
呑んでいるから。
それで博多のいつも泊まるホテルに帰って眠ったら夢(の中に出て来たのは)牛肉の片足。
それが武田先生の腹の上に乗っている。
もう重たくて「あぁ〜・・・あぁうぁう〜・・・」と。
牛肉の片足が乗っている。
それで、腹が重たくて、跳ね起きてお薬をコンビニまで買いに行った。
つまりもう、消化するスピードが全然間に合っていない
これは何かというと、消化吸収は時間がかかる。

 肉類や脂っこい食べ物は胃の中に長くとどまるため、体は遅くまで働きつづけ、長く起きることを強いられる。(93頁)

これは奥様から仕込まれている。
もう言葉を返せないが、奥様が作ってくれる夕食を食べると、一度目のお小水でトイレに行く時、消化している。
奥様の飯を8〜9時に喰って、10時近くに寝る。
1回目のおトイレがだいたい1〜2時。
その時もう腹がへこんでいる。
(サツマイモ、レンコン、ゴボウなどの)繊維質。
これは感じる。
(体にいいのは)認める。
お腹の上にウシの太ももが乗ったりしない。

ここまでがまだ眠りの半分。
大概10時過ぎに眠ると2時過ぎぐらいに一回目が覚める。
これは眠りの前半。
これから中盤から後半に行くのだが、言っておくが10時に眠って2時「ああ〜また目が覚めちゃった」と思わない。
4時間眠れば十分。
この4時間の眠りが睡眠のもの凄く重大なところ。
泥のように眠ったところから尿意にもよおされて一回目の。
もちろん無いなら無いにこしたことはない。
でも「あぁ、また起きてしまった」とくよくよ考えない。
これを考え始めるから眠れなくなる。
「やっぱりあの一件だけは昨日中に片付けておけばよかった」とか、「あれとあれはやり残したなぁ」など。
もし上手いこと眠りに入ったら、もう一つ深い段階の睡眠の世界に入っていける。
これは自分の体が免疫システムがスイッチオンになって成長ホルモンが出る為の眠り。
ここから全然違う眠りの後半戦に入る。

浅い眠りから深い眠りに落ちて、免疫システムが作動して成長ホルモンもグングン出て。
後半の眠りになると、これがまた面白いことにまぶたを閉じているのだが

 閉じられたまぶたの下で眼球が活発に動き、起きているようであり、同時に眠っているようにも見える。これは一般に、夢をたくさん見る小さな子どもに顕著だ。
 この睡眠ステージは、先述の目の動きから、「レム睡眠
−中略−と呼ばれる。(71頁)

 レム睡眠の間、脳は覚醒時と同じように活発に動いている。(72頁)

「腹が立った」とか気になることを思い出して、とてもランダムに夢で再現している。
昼間通過した感情の轍(わだち)をなぞる。
一回自分の気持ちが走った、その足跡をレム睡眠の時に追いかける。
このように眠りのステージは舞台を転換してゆく。
眠りの海から、夢を見ながらゆっくりと浮上していく。
海水面まで登っていって水面から顔を出して光を浴びる。
それが目覚め。
調子がよい時、直感で「あぁ〜もう7時か」と思う。
そいう時がある。
これはお年寄りの皆さん。
体調がいい証拠。
自分の体内時計と自然の時間が比較的合っているという。
時計も見ないで時間がわかり、ピタリと当てられるのは「体内時計のお陰で調子のいい証拠ですよ」という。
レム睡眠というのが夢を見る時間。
この「夢を見る時間」というのが、何で夢を見なければならないかというのがあって

進化の過程で私たちの体は、体内リズムを自然界の昼夜変化のリズムに適応させてきた。(77頁)

朝の光が、覚醒を担当する時計のスイッチをオンにするよう体内時計に働きかけるのだ。(82頁)

 マスタークロックはほかにも離れ業をやってのける。メラトニン、コルチゾール、アドレナリンといったホルモンの分泌をうながし、夜には体の温度を下げ、朝になるとまた体温を上げるのだ。(82〜83頁)

人間は何に操られるか。
光。

 電球が発明されてから100年以上になるが、そのおかげで就寝時間をあとへ、あとへと遅らせることが可能になった。(83頁)

(LEDやブルーライトは)疲れる。
あまり気にせずに電気を点けっぱなしで寝たりする水谷譲。
この灯りは、脳の奥の方に光を感じるセンサーがあるのだが、そいつに凄く強いインパクトを残すようだ。

病院の入院患者に関するレビュー論文を発表した。−中略−窓から1メートル以内にベッドがある患者は、1メートルより離れた位置にベッドが置かれた患者よりもよく眠れるという結果が示された。−中略−回復も早く、退院までに要する時間も短かった。(85〜86頁)

室内温度がある程度低くて窓が開けられて風が吹き込むと眠りが凄く深くなる。

 就寝前に熱いシャワーを浴びたり(90頁)

野菜多めの夕食、これが晩方の7時に済まされると体にはよい。
夕食での肉類や脂肪は消化という残業を体にさせるので食物繊維いっぱいの夕食がもってこい。
(本には食物繊維を多く摂取すると睡眠が妨げられる可能性があると書かれている)

 バター、赤味肉、チーズなどに含まれる「飽和脂肪酸」の過剰摂取は入眠を妨げ、睡眠が断片化する調査結果もある。(94頁)

そういうものは、朝・昼食、そういう時に摂るとよい。

 西洋には「朝は皇帝のように、昼は王子のように、夜は貧者のように食べよ」という昔からの訓話があるが、あながち間違いではない。(92頁)

(朝からステーキを食べる)加山雄三さん。
若大将はお肉が大好き。
「うらやましい」と言ったら武田先生の奥様から「内臓が違う」と言われた。
こんなふうで、人間というものの睡眠の面白さ。
「よくできてるな」と思うのは、その日の感情の感情の轍をなぞるという。
だからよい一日を過ごすことに全力を。
大谷はどうしてこんなに説明しやすいのだろう。
大谷は野球の試合をやっても相手チームとあまりトラブルを起こさない。
例えばフォアボールばかり敵が投げ始めても大谷は嫌な顔をしない。
睨んだりしない。
なるべく目を合わせずに歩き出す。
あれは感情の轍。
相手に腹を立てたり「何だよ!歩かせんのかよ!」と文句を言っていると夜、眠る時に熟睡を邪魔されますよ。
だからちょっと9月か10月の事件だったか、もうあの子は体がダメだとわかったら、ロッカールームにすぐ引き上げたという。
まさに青天の霹靂 大谷翔平の“ロッカー騒動”は米メディアでも波紋「いなくなった」「エンゼルスでの時間は終わり」|CoCoKARAnext(ココカラnext)
あれもぐずぐずしておきたくなかった。
きっとあの夜も彼はぐっすり眠ったんだろうと思う。
ぐっすり眠る為に自分のマナーを鍛えていると思うと、熟睡の為に何が必要なのかわかりやすくなったような気がする。
また来週、この続きを続けたいと思う。



2023年12月19日

2023年11月20〜12月1日◆し忘れ・ど忘れ・物忘れ(後編)

これの続きです。

年を取ると「ものを忘れる」という失態というか、そのミスが多くなるのだが、そういう失態を繰り返しているうちに本屋で見つけた本。
増本康平さん、中公新書。
タイトルはズバリ「老いと記憶」。
サブタイトルが「加齢で得るもの、失うもの」。
前に話した。
「人間は、何でこんなに年を取るまで生きているのだろう?」という。
鮭とか鱒になったら精子を川の中でパーッと撒いて、それでだいたい一生終わってしまうのだが、まあダラダラダラダラ・・・
前は「ダラダラ」と言っていたが、自分がその立場になったら「老いというのは何で経験しなきゃなんないんだろうか?」と考える。
とにかく新幹線に財布なんか忘れたという無念から読みだしたこの一冊。
著者、増本さんは面白い実験をなさっている。

 以前、同窓会で同級生たちと修学旅行の話で盛り上がったことがあります。私は風邪をひいて、その修学旅行に参加できなかったのですが、ちょっとしたいたずら心で、あの時はこうだった、ああだった、と、さもその時に一緒にいたように相槌を適当に打ったりして会話に参加していました。−中略−その後に私がその修学旅行に参加していないとネタバラシをしても、まったく受け入れてくれません。私は確実に参加していないのですが、実際には起こっていないことを起こったと信じて疑わないのです。(152頁)

 あなたが今読んでいるページを写真のように記憶できるのは数ミリ秒(一ミリ秒=一〇〇〇分の一秒)(152頁)

次の行に移る時には読んだ文章を忘れる。
つまり読んだ部分をどんどん忘れないと次が読めない。
それが脳の中にある短期記憶のしかけ。
新しい記憶を入れる為にはさっきの記憶を消してしまって、何を残すかというと文脈を作っていく。
文脈を作り終わったら書いてある文章を忘れてゆく。
それが人間の頭。
つまり私達は都合のいいように記憶を動かしている。

そしてもう一つ、こんな実験もなさっている。
これはアメリカでやった実験らしいのだが

参加者に交通事故のビデオをみてもらいました。その後、一つのグループには「車がぶつかった(hit)時のスピードはどれくらいでしたか?」と尋ね、別のグループには「車が激突した(smashed)時のスピードはどれくらいでしたか?」と尋ねました。
 激突したという言葉で聞かれたグループは平均で時速一〇.四六マイル=時速一六.八三キロメートルだったのに対して、ぶつかったという言葉で聞かれたグループは、平均で時速八マイル=一二.八七キロメートルと回答し、同じビデオをみていたのに聞き方を変えただけでスピードの評価には統計的に有為な差がみられました。
 また、この実験の一週間後、参加者に対して、一週間前にみた事故のビデオで、「割れたガラスをみたかどうか」を尋ねたところ(実際には割れたガラスは存在しませんでしたが)、激突したという言葉で尋ねられたグループでは、ガラスをみたという回答の割合が高まりました。
(153〜154頁)

かくの如く記憶は作り替えられてゆく。

ここで(話の中に登場する歌手の)お名前は出さないので許してください。
こんな経験を実は番組でしたことがある。
ある歌い手の方を古里へ連れていった。
その人の懐かしい場所に小学校の校庭が挙がっていたので、その校庭で撮影をやろうということが決定してディレクターから小学校の思い出を聞いてくれと武田先生は言われた。
そこにテレビ局がいろいろ工夫をこらして、小学校時代のお友達を呼んだ。
よくあるヤツ。
サプライズというヤツを仕掛けた。
武田先生とその歌手の人が校庭に入っていって銀杏の木の下に行ったら、その人がもの凄く嫌なことを思い出した。
銀杏の木の下でいじめられたことを思い出した。
葉っぱで埋められた。
それでお葬式ごっこをやった。
「自分は死人にされた」という暗い思い出。
そこに懐かしい同じクラスの人が登場する。
武田先生は心の中で祈った。
いじめた人じゃないことを。
番組が台無しになってしまう。
その話をしている時に別班が三人連れて来た。
同級生の、同じクラスの男性二人女性一人を。
それで「懐かしいなぁ〇〇」と言いながら三人が近づいて来た時に彼の顔色が変わった。
まあ、どうなるかと思った。
これがエラいオチが付く。
テレビキャメラが二台あって、その三人が校舎の陰からこっちに寄って来る時に彼の顔つきが変わって、その三人が彼を銀杏の葉っぱの下に埋めてお葬式ごっこで怖い目に遭わせたいじめっ子だった。
これはいじめのドキュメンタリー番組になって、懐かしい古里に錦を飾る有名人の話ではなくなるなとビクッとした。
ところがやってきた三人が顔色が穏やかだった。
彼は少し青ざめながらうつむいていた。
でも三人は相変わらず懐かしく彼を見つめて「お久しぶり」なんてのどかな挨拶をしている。
彼がそういう思い出を語り始めると大変なことになるなと思っていたら、彼が「あの銀杏の木、思い出あるよね」と三人に向かって硬い声でそうぶつけた。
「もうこの番組お終いだな」と思って。
ところが意外な展開。
サプライズのゲストの三人の方が「僕達よくお葬式ごっこあの銀杏の木の下でやったね」という。
そうすると女の人が明るい声で「そうそう。四人で交代に銀杏の葉っぱの下に埋めた」という。
その女の人が、その有名な歌手になった彼を指差して「アナタ酷いのよ。私を葉っぱの下に埋めて上から乗っかってお経をあげたのよ」と言う。
(歌手の記憶と)流れが違う。
つまり埋められる死んだ人の役は持ち回りで四人全員やっている。
子供の遊びだから。
上に乗っかっているワケだから、女の子はよっぽど怖かっただろうと思う。
これは何か?
これは30年(前)ぐらいの思い出。
つまり抜け落ちている。
(他のみんなにも)やったというのを忘れてしまっている。
(自分がやられたという)その時の恐怖しか覚えていない。
だから感情を使うと記憶が濃くなるという典型で、その女の人から「アナタ、私のこと、からかって上に乗っかったのよ」と言われて思い出した。
その時、彼はゲタゲタ笑いながら「そんなことあったね」と言うからもう司会者としてガックリきてしまったが。
つまり記憶というのは記録ではない。
大事なことは、記憶というのは取り出される度に変容する性質のものだ。
つまり、取り出される度に記憶は書き換えられるというのが正確な表現。
だから正確な記録として人の記憶を並べることというのは難しいことだというふうに思われる。
人間の記憶というのが意外とアテにならない。
いい意味でも悪い意味でも。
これが年を取っていく意味。

 経験したことの詳細まで長期間、記憶できる超記憶力を持つ人は世の中に少なからずいます。神経心理学者であるルリヤ博士が報告したシィーと呼ばれる男性は、これまでに報告されてきた超記憶力の持ち主の中でも、得に優れた記憶力を持ち、記憶できる量に際限がありませんでした。彼は、七〇以上の単語や数字を一度みただけで正しい順序ですべて記憶できただけでなく、一〇年後、一六年後もその情報を正確に思い出すことができました。(158頁)

これほどの記憶を持ちながら、実は苦しくてシィーさんは神経心理学者のルリヤ博士の元を尋ねて来た。
この人の大変さは何かというと、「あの人の思い出を語ってください」と言うと、16年前の印象をそのまま語ることができるのだが、一年前に訊いたことと同じ話ができるワケで。
ずっと同じ話をし続ける。
同じ話をするある方をテレビ番組でゲストに迎えた時に、話がそっちに触れると最初にした話をされる。
何回振ってもその同じ話。
これはもの凄く苦しい。
ある人の印象を語る時、その最初の話から一行も変わらない。
(話している本人が)きつい。
省略できない。
最初の一行が全部同じで二行も三行も四行も五行もその人について100行話すと100行同じ話を繰り返す。
省略できないので、思い出す度に疲れ果てる。
ここに記憶の不思議さがある。

 現在、人口の高齢化は日本だけでなく、先進各国で進んでいます。−中略−世界人口の高齢化率は、二〇一〇年で七.六%ですが、二〇六〇年には一八.三%にまで上昇すると見込まれ(114頁)

世界人口80億のうち20億が老人となる。
四人に一人が65歳以上で20億。

 その中でも日本の高齢化のスピードは、群を抜いています。−中略−二〇一七年には−中略−七五歳以上の人口が一六九一万人という世界のどの国も経験したことのない超高齢社会を迎えています(114頁)

一九二〇年頃の日本人の平均寿命は男性が四二.一歳、女性が四三.二歳でした。それが現代では男性が八〇.九歳、女性が八七.一四歳と約二倍も延びています。(114頁)

中国が凄い。
老人が一億(人)。
一億の老人というのは、日本の人口に近い数。
恐らく人間の歴史が始まって以来の高齢化社会。
日本もそうだが、その十倍近いのが中国ということになる。
その老人達の残す問題の中で、老人達が怯えているのが認知症。
その兆候というのが、もの忘れ・ど忘れ・し忘れ・消し忘れ・つけ忘れという「忘れ」現象。
しかし「年を取るとものを忘れていくというのも何か意味があるぜ」という、そういうことをおっしゃる方が出てきた。
これは新しい学問。
老人心理学というそうだ。

 ハーバード大学などで教鞭をとった発達心理学者で精神分析家でもあるE・H・エリクソン教授−中略−は、人格の発達は生まれてから死ぬまでに八つの段階を経ると述べています。(160頁)

例えば思春期。
自分というものをうまく持てないので自己否定や非行に陥ることが多い。
かの若者達は共同体の中でアイデンティティを作らなければならない。
自分を社会の中に位置づけなければならない。
その葛藤の中で自己否定とか非行に走るとかが起きる。
やがて彼は中年になり絶望を知る。
中年の頃に絶望を、「もう望み無し」みたいなことがあった。
健康不安もあるし、この中年の頃に親との死別が待っている。
そして社会的地位の激変、そして人との関係「あの人と上手くいかなくなった」という消失、変えられない過去、どうなるかわからない未来、そして中年を過ぎて初老の人になっていく。
しかしこのエリクソン教授は「老いるというマイナス」から、年を取ると「発達というプラス」になる。
面白い説だなと思う。

絶望感とのバランスをとるために、これまでの人生を振り返り、アイデンティティとして統合することが高齢期の発達課題だとされています。
 高齢期の発達課題である人生の統合と絶望のバランスには、記憶できる量や記憶の正確性ではなく、虚偽記憶におけるような記憶のあいまいさ
−中略−が重要な役割を果たすと私は考えています。(161頁)

私の研究室では六五歳以上の四一名の高齢者に「これまで経験した人生の重要な出来事」を、良いことも悪いことも含めて書き出してもらいました。(161頁)

 そして一年後、再度研究室に来ていただき、「これまでに経験した人生の重要な出来事」をもう一度書き出してもらいました。−中略−人生の重要な出来事の六三%が、一年経過しただけで、他の出来事と入れ替わっていたのです。(162頁)

その中に悪いことが良いことに変化している、それが頻度高く出現する。
記憶に対する重要度の順位付けが変わって来る。
「あの時あそこで泣いたから後で笑えた」とか。
そういうことは年を取らないとできないという。
人は老いてゆく。
大事なことは記憶がぼんやりしていること。
あまりにもはっきりした記憶、それは別の呼び名で言えば「トラウマ」。
忘れられない嫌なことというのは、それは心の病のトラウマということで、そのトラウマを質的に変換する為に何が助けてくれるかというと、思い出せないということ。
人間は体験したとても嫌なことを思い出せなくなる為には年を取らなければダメだという。

私たちの人生の評価は、−中略−人生の最も良い時期あるいは悪い時期(ピーク)に加えて、特に高齢期の経験(エンド)の影響を強く受けることを示唆しています。(165頁)

人間はエンドを意識した「もう俺の人生も終わるんじゃないかな」と思った時に思い出の順番を入れ替える。
エンドを意識しない限り「記憶をいじる」ということが人間にはできない。
もうすぐ死ぬという「エンド」によって人々に全てにもたらされるものがある。
それは思い出の順番が入れ替わること。

「人生を再構成して幸せというアイデンティティを獲得できるのは年老いてからでしかできません」
増本さんは「老いと記憶」の中で書いてあってギクッとした。
「そうか。俺はその為に今、年を取っているんだ」と。
自分の頭の中でも順番が入れ替わるのがわかる。
順番が変わってきた。
エンドを意識する時に自分の人生を再構成、「もう一回構成しなおそう」と思う。
そういう時に今までは不幸にカウントしていたことを上位に持ってくる。
これは武田先生がまだ海援隊を70(歳)の爺さん三人で生ギターで歌っているのだが、曲と曲との間をトークで繋ぐのだが、トークの中身というのは何かというと「不幸な出来事」。
日本武道館でやった時にお客さんが万単位で来たとかそんな話は使いものにならない。
それよりは「ミカン箱の中の上で歌った」とか「お客さんが十人しかいなかった」とかあの時、「泣くぐらい辛かった話」が最も受ける笑いのネタで、
人生は結局振り返った時に「あそこで遭った辛い目」「あそこで遭った嫌な目」「あそこで遭った呪いたくなるような出来事」が自分を励ましている。
「エンド」「もうすぐ自分が終わる」ということによって幸せというものの順位を変えていくという。

 このような話を講義ですると、しばしば学生から「アルバイト先のコンビニでキレるお客の多くは高齢者なのですが、これはなぜですか?」といった質問がきます。(168頁)

これに対して永六輔さんの話でいいのがあった。
永六輔さんが電車に乗る度に電車の中でメイクをする女の子がいる。
「ボク、凄く嫌」とかとおっしゃっていた。
そうすると北山修さんという心理学をやってらっしゃる方。
「それは、永さんが嫌なものを見ようと努力してる」とおっしゃった。
「最近の若者はなってない」というからなってない人を見てしまう。
このへんが世の中を見る時の大事なポイントで。
老人になると「自分のエンドを考える」なんて不吉な言葉。
でもエンドを考えるからこそ、違う見方が記憶の中に蘇る。

 キレる高齢者が増えた理由は、−中略−高齢者のうちキレる人の割合は以前と同じでも高齢者人口が増えたため、結果的にキレる人が増加したこと。もう一つは、−中略−前頭側頭型認知症のように感情のコントロールが難しい方が増加したこと。最後は、独居の増加、年金などの経済的な不安、長寿による健康不安といった高齢者を取り巻く環境が以前と比べて厳しくなったため、不安からキレていることが想定できます。(168〜169頁)

平均的に世の中を見ていきましょう。
65歳から80代にわたる高齢者世代、これが20代から40代の中年世代、熟年の60代まで含めてアンケートを取ると幸せを感じている人が圧倒的に65歳で増えるそうだ。

若年者よりも高齢者のほうが幸福を感じていることを多くの研究が示しています。高齢期は喪失を多く経験する時期にもかかわらず、心理的な幸福感が保たれる、という「エイジングパラドクス(矛盾)」は老年学の領域で注目され(169〜170頁)

 人の感情に特に関連すると考えられている脳部位に、偏桃体と前頭前野があります。
 扁桃体は感情の生起において中心的な役割を担っています。また、視覚や聴覚から入力された情報は扁桃体に送られ、感情、特に不安や恐怖に関する情報を探索し、そのような情報への注意や記憶を促進する役割を担っています。
(170頁)

よい情報については一切反応しない。
感情によって情報が色付けされ、重要情報ということを扱う為にいつも不安でいる。
武田先生は内田(樹)先生の謎の言葉がやっと解けた。
内田先生の昔読んだ本の中で、恋人の様子が変わった瞬間、それを「恋の破局」という不吉な前兆と捉えたがる傾向が若者にはある。
(内田)先生曰く「理由はわからない」と書いてあった。
でも、若い時はちょっと彼女の様子がおかしいと「あれ?違う男見てる」とか。
そんなことばっかりだった水谷譲。
「あれ?冷めちゃったのかしら」と思ったりとか、変に不安に感じたりとか。
あれは事実を正しく見ているのではなくて、不安が好きなだけ。
つまり「不幸せになりたい」願望があって、恋愛が上手くいくよりも、不幸に終わることをどこかで祈っている。
「若さの正体」はそれ。
だから「私に惚れてるな」と確信を持てた瞬間に、意外とその男がつまんなくなる。
手に入るまでが一番楽しいと思う水谷譲。
マリッジブルー、結婚の前夜にブルーになってしまうというのもそうで、ちょっとブルーになってしまうのは不幸になれないから。
つまらない。
こんなふうにして考えていくと不幸になりたがる若者と、幸せを再構成していく老人。

増本さんがおっしゃっているのだが、「年を取ることの自覚」というのがその人のことを変えてゆくという。
ラテン語で「死を想え(memento mori)」という名言があるが

人は残された人生の時間が限られていると認識すると、感情を調整することに動機づけられるとしています。(172頁)

若年者は、ポジティブな情報よりもネガティブな情報に意識を向け、記憶しています。このような傾向は、ネガティビティ・バイアスと呼ばれています。(173頁)

(番組では「ネガティブバイアス」と言っているが、本によると「ネガティビティ・バイアス」)
「暗く考える」という圧力がかかっている。
それから若者を動かすのは太宰治の名言だが「恋と革命」。

斜陽 他一篇 (岩波文庫)



或いは別の言葉で、男が燃えるのは「趣味と危機」だけであるという。
つまり不安。
それだけが男を夢中にするんだ、という。
若者は暗い結末が好きなのであるという。
これはやっと解けた。
十数年前に読んだ内田(樹)先生の謎の一言が。
「残された時間」という自覚がある老人達。
これは自分の人生に関し、様々に自分の記憶に演出を凝らしてその記憶の解釈を変える。
どんな悲劇でも喜劇にしようとする。
これはギクッとした。
どんな悲劇でも喜劇にしてしまうというのが死というものの力強さだ、という。
それで面白いのはこの作家さん、増本さんという博士がおっしゃっているのだが老人は

「にもかかわらず笑うこと」(178頁)

泣くところ「にもかかわらず笑う」。
演歌のサビフレーズを歌い終わった後の歌手。
北島三郎が一番辛いサビ文句を歌った後で笑う。

(死んだ)あの娘も 生きてりゃ廿才(ギター仁義)

とんとうきめの出ぬ俺さ(ギター仁義)

ギター仁義



と笑う。
美空ひばりが笑う。

ひとり(酒場で 飲む酒は)(悲しい酒)

悲しい酒



一番最後に演歌の大御所は笑う。
演歌はワンコーラス毎、聞き手に死を体験させる。
三波春夫もそう。

元禄桜(元禄名槍譜 俵星玄蕃)

長編歌謡浪曲 元禄名槍譜 俵星玄蕃



(歌の中に登場する赤穂浪士は)みんな死んじゃうのだが笑う。
つまりそれ。
「老いる」ということはそういうこと。

これは本の中で見つけて、鷲田清一さんがエッセーの中に書いてあって凄く飛びついたのだが、関西にある名言「アホになれんやつがほんまのアホや」。
「馬鹿になれないヤツが馬鹿なんだ」
これは本当に関係者の方、申し訳ありません。
武田先生ではない。
鷲田さんのせいにするワケではないが、阪神淡路大震災の時に、ご高齢のご婦人がご亭主を亡くされている。
「辛かった体験を話してください」と言った時に、このご婦人がご亭主を亡くした時の思い出話。
「私なぁ、二階におりましてなぁ、一階に主人がおりました。一階の主人がなぁ、一生懸命なぁ、通りの人に向かってなぁ『二階に妻がいます。助けてください』て叫びよったんですわ。そしたらなぁ、二階が一階になってましたんや」
聞き手の人がどうしていいかわからない混濁。
しかしこのご高齢のご婦人はこの話を私は笑いながら話している。
「にもかかわらず笑う」
それから広島の土砂崩れでお婆さんを亡くしたお爺さんが「一瞬だったからアイツの為にはよかったかなぁ」とおっしゃる。
それから普賢岳が噴火した時の犠牲者で灰に全部我が家が埋まった人が「な〜んも残らんかった」と言いながら笑ってらっしゃる。
ここに「順番を入れ替える」という作業がある。
あまりいいことではないかも知れないが、怒られるかも知れないが吉幾三が「人間て死んでいく時になんかよく見てるとおかしいよな」とかと言う。
不吉なことを言う。
でも、武田先生は乗ってしまった。
武田先生は(南)こうせつさんの話が好きで。
こうせつさんのお母さんが息を引き取る時に何かおっしゃっているので、みんなで耳を持っていって「お母さん、何?言いたいこと何?」と言いながら訊いたら「本当はお父さん好きじゃなかった」と言ったという。
その時にお兄さんが、お父さんだって死んで二十年ぐらい経つので「もういいじゃないか!お母さんも」と言ったらお母さんが息を引き取ったという、みんなで泣きながら笑ったという話。
そういうことはある。
それで吉幾三が「俺ん家のお袋もそうだったよ。子供九人産んで、俺、一番下だよ。『母ちゃん、どんな一生だったかい?』と俺が訊いたらよ、俺らにか細い声で最後に言ったんだよ。『パンツ履く暇が無かった』って」。
にもかかわらず笑う。
そういう為に老いた人の記憶は順番が変わって、良い思い出ばかりが占める人生の最期の為に人は老いねばならぬという。
無くした財布から始まった「し忘れ・ど忘れ・物忘れ」。
財布を無くしてよかった。


2023年11月20〜12月1日◆し忘れ・ど忘れ・物忘れ(前編)

実は夏の終わりに忘れ物をしてスタッフにも迷惑をかけたりした。
置き忘れ。
忘れたものが結構大事なものだった。
結局は出てこなかったのだが。
こんなことを言っては何だが、新幹線の忘れ物係の人は、皆さん対応がいい人が多い。
女性の方と、それからお年を召した方がおられて。
一生懸命探してくださって、届け出が無かった時に残念そうな顔をして出て来られて「見つからないんですよ・・・」というのがジーンとくるようなお顔で。
だがやっぱり「忘れ物」というショックもあるが、「忘れ物をした自分」がショック。
今までそんなミスをしたことがなかったもので。
これまでなかったのが凄いと思う水谷譲。
それで「やっぱり年かなぁ」と思って過ごしていたら、お茶を飲む為に沸かそうとしていたヤカンのお湯。
それを換気扇は消したのだがガスを消すのを忘れて。
今度は「火の消し忘れ」。
これはまた奥さんから厳しく叱られて。
「アナタ近頃ボーッとしてんじゃない!?」と言われると、もう何か身が縮む思いがする。
仕事の方でというと、ちょっと頼まれのコンサートの司会等々があってやっていたら、歌謡曲界の方々のステージだったもので、その司会をやっていたら突然「よっ!テッちゃん!」。
レコード会社のスタッフさんらしいのだが、全く思い出せない。
(顔を見た記憶も)無い。
やはりもともと人の出入りが多い人生を過ごしているので。
でも全く覚えがないというのが・・・
それで家に帰ってまた、奥さんとテレビを見ていたら、奥さんが突然画面を指差して「あの人よ。ホラ、出てらっしゃる、お元気で」。
その人は見覚えがあるのだが名前が出てこない。
「この人よ、ホラ。何だっけ?この人よぉ。だってアナタあれよ。すっごい張り切って共演してたじゃない、この人。何だっけお名前は。思い出せないの?」「あっ!アレかな?」「それよぉ」「どれ?」とかともう代名詞だけで夫婦の会話をやるという、このわびしさ。
これでちょっとやはり「物忘れ」「ど忘れ」「し忘れ」「消し忘れ」「つけ忘れ」等々が多くなった武田先生。
そうすると本当に、やはり本の引き運だけはいい。
そんな己を抱えて本屋さんに行ったらピッタリの本があった。
(著者は)増本康平さん。
中公新書、タイトルはズバリ「老いと記憶」。

老いと記憶-加齢で得るもの、失うもの (中公新書)



これは買う。
「し忘れ・ど忘れ・物忘れ・つけ忘れ・消し忘れ」の武田先生としては「これだ!」ということで、「なぜ年を取るとこういう物忘れが多いのか?」というのを脳の仕組みから一回真剣に三枚におろそうかと。
こんなふうに思った。

実は、置き・消し・ど忘れ。
いろいろな忘れ方があるが「忘れない」というのは実は脳にとって結構負担らしい。
これはちょっと話がややこしくなるかも知れないが「忘れないぞ」ということを忘れない為に、脳に置いておく。
これは置く場所が違う。
「忘れ物をしたくない」というのと「忘れ物をしないためにどうするか」というのは脳の別の場所。
これが物事を忘れてしまう理由らしい。
つまり、忘れないということを金庫にしまうみたいにはできない。
それぞれの場所に散らばせておいてそこで線を結ぶ。
忘れない為にはネットワークが必要で、物をしまような忘れない金庫みたいなものは脳の中には無い。

後頭葉は形や色、動き、人の顔の認識といった視覚情報の処理を、側頭葉は音の認識や言語の理解を、頭頂葉は触覚や複数の感覚情報の統合、視空間処理を、前頭葉は運動制御、感情のコントロール、判断において重要な役割を担っています。(8頁)

忘れない為にはそれが全部ネットワークで結ばれなければいけない。
空間、色、触覚、言語。
そういうものがバッと繋がらないと「忘れない」というのはできない。
このそれぞれがワンチームで機能すればよいが、加齢と共にネットワークの網がボロボロになってくる。
とにかく脳を支配する、記憶というものを語っていこうというふうに思う。

物忘れ、ど忘れ、し忘れ、つけ忘れ、消し忘れ。
いろんな「忘れ」が65(歳)を過ぎてどっと押し寄せるのだが、「忘れる」ということは単純なことではないらしい。
この「忘れる」というのは様々な脳の部位が一斉に動いていない。
いろんなところを使う。
記憶とは何かというと、この本の先生、増本さんがおっしゃっているのだが、サッカーでいうところの「パスまわし」それが機能していないと思い出せない。
「思い出す」ということにはフォーメーション、いろんな選手が協力しないと思い出せない。
加齢と共に、年齢を取ると共に、選手の動きが悪くなるという。
パスまわしにミスが出始めているというチームに似ているのが老人の記憶。

それでは記憶の機能だが点検しましょう。
「記憶」「ものを覚えている」ということにも作業がある。
ちゃんとその作業をしないと覚えられない。
その為に脳は「エピソード記憶」「ワーキングメモリ」という記憶の方法を使う。

 次のアルファベットを一度読み上げてください。
 CWJAMLBJNCHEKNB
 目を閉じて、いくつくらい思出せるでしょうか。
 一般的に、一度読んだだけ、あるいはみただけで覚えられる情報の数は、七プラスマイナス二個程度です。
(15頁)

(番組内で読み上げたのは本の中に書かれているアルファベットよりも少ない文字列)

一度みるだけで記憶でき、すぐに忘れても構わない情報の量としては適切なものです。このように三〇秒から一分間程度保持される記憶は短期記憶と呼ばれています。−中略−先ほどのアルファベットを並べ替えると、意味のある単語になります。
 JAL NHK JCB NEC BMW
 アルファベットの羅列で覚えようとすると、無意味な情報量は一五個です。しかし並べ替えて、単語にしてしまえば意味的な情報量は五つになります。
(15〜16頁)

(番組内で紹介した意味のある単語のアルファベットも本の内容とは異なる)
ワーキングメモリとは「見た」「聞いた」ということを物語にしたり別のものに喩えたりすると記憶力が増すということ。
このワーキングメモリは「月の中にはウサギがいるよ」と聞くと月の中のウサギを見る。
出来事を物語にすると覚えられる。
それから西洋の方は「ウサギがいるよ」と言われてもウサギには見えない。
何に見えるかというと西洋の人は「カニ」に見えるそうだ。
面白い例えだが「読書しながらテレビは見れない」これがラジオとの違い。
短期記憶。
例えば料理で魚を焼きながらニンジンを洗い、焼売が蒸し上ったかを確認する。
この時、魚・ニンジン・焼売、これはキッチンに並べているのだが、短期記憶はさっき言ったように一分持たない。
これをベテラン主婦は平気でできる。
この時、主婦の頭の中にあるのは「喜んで食べている子供の顔」が目標にある。
そうすると三つ四つの出来事が簡単にできるようになる。
(このあたりも本の内容とは異なる)
主婦が使っているのは感情を使っている。
「子供が喜ぶ」という感情があるから、手が動く。
この感情を使うともの覚えがよくなるということも覚えておいてください。
感情を使ったりなんかすると記憶を自在に使うことができる。
それから物語化したり一まとめにすると入るという。
そうやって考えると「忘れない」「記憶」というのは不思議で面白い物。

ではこのお爺さん(武田先生)はなぜ物忘れをするのか?
このことを突き止める為には記憶そのものに迫らねばならない。
記憶とは何か?

 私たちが経験したことを記憶し、それを思い出すためには、経験を情報として頭に入力し(符号化)、その情報を保持して(貯蔵)、保持した情報から必要な情報を思い出す(検索)という三つのプロセスを経る必要があります。(25頁)

日常やっていることはどんなことをやっているか、というと武田先生は典型的。
「財布はあの棚に置いた。いつものあの棚に手を伸ばし、財布の手触り」というプロセス。
それで「財布はここに置いた」ということを確認する。
これは棚に置いてそれに再び手を置いて「ここだな」と手を載せた時の手触りが記憶している。
だから物を無くした時にそこを探る。
そこに無かったらやはりとんでもないところに置いている。
助手席に車のキーを置いて車を閉めようと思って「無い!」と大騒ぎをしたり、荷台に置いてパニックになる。
武田先生はそれが何回もある。
なぜ年を取ると物忘れするかというと、記号化・保持・検索、この三つに別の情報が入り込んだ時に物忘れをする。
これはもう本当にこの本を読みながら身に沁みた武田先生。
例えば財布をあそこの棚に置いておいてズボンを履いている。
そのズボンを履きながら財布のことは完璧に忘れて。
「時間がない」そういう時に置いた場所を忘れる。
つまり「財布は棚の上に置いた」ということを忘れる。
それから年を取っているので「あ!便をしてない」。
用便というか、毎朝する時間に便をしなかったというのが記憶としてあったりすると前に書き込んだ「財布はあそこ」というのの上から「便はしていない」という。
そうすると至らぬこと、先々の「あそことあそこはあったな」とかと考える。
そうするとどんどん消えていく。
「あの棚に財布を置いた」という。
それから「今日は女房の都合で家の鍵を持って出なければ」とか違う情報が紛れ込むと「あの棚に財布を置いた」という行為そのものが消えてしまう。
自分もよくあると思う水谷譲。
出がけにバッグを持って「あ!そうだ洗濯物干さなくきゃ」と思って、バッグを置いて洗濯物を干しているうちにどこにバッグを置いたかも忘れてしまっている。
「あれ?どこだっけ?」と。
このあたり
財布を忘れたのではない。
それを忘れたと思うからなおさら自分が情けなくなる。
財布を忘れたのではなくて置いた場所を忘れたということは、いつもの棚以外の所に置いたらどこに置いたかわからなくなる。
その時に一番大事なのは「指が覚えているかどうか」。
武田先生もこの間、苦い目に遭った。
ケツに財布を入れたハズだった。
いつも座席を立つ時に入っているかどうかケツを叩く。
それは今言ったこと。
触覚で覚えている。
ところがその時、ケツを叩いたら確かにあった。
でもそれは錯覚。
財布がケツにある感触というのが尻に残っている。
思い込んでしまう。
この「物忘れ」というのは他の情報と混じって忘れてしまう。
克明に自分の心を話すが、よく覚えているのは東京駅に着いたので毛布を剥いで隣の空いている座席に置いて立ち上がった。
ケツを叩いたら「財布があった」という手触りがあったので安心したのだが。
その時に「あ!いけない。マナー悪いな」と思って毛布を綺麗に畳んだ。
それを手すりに置いた。
置きながら自分で(自分を)「いい人だなぁ」と思った。
その時にチラッと見ている外国の人がいた。
「あ、感動してるな、今」「ああ日本に感動してる」とか「彼、小っちゃい声で奥さんと話してる。『小さい日本見つけた』」とかと。
それが頭によぎった時にどうも畳んだ毛布の下に財布を置いたようだ。
綺麗に畳んだ毛布と異国の人の目というのが財布をコーヒーを置く所に置いたことをすっかり忘れさせて、彼がこっち側を見ているので「Have a nice day!」と言いながら、それで(財布を)忘れてしまった。
記憶というものはかくのごとく別の記憶で簡単に消えるということ。

「し忘れ」と「物忘れ」これが混じり合うと記憶が濁ってしまう。
過去の情報「財布は棚に置いた」と、現在の情報「トイレは済ませるべきだ」、そして未来の「カギを今日は忘れてはいけない」。
こういう様々な記憶が混じり合う。
過去の記憶、現在の情報、体の状態「便を出したい」というような情報、そして現在の「今日はカギを持って行かないと帰って来た時、家に入れないぞ」という過去・現在・未来の情報が錯綜すると記憶が消えやすくなってしまう。
これを全部短期記憶のところに流してしまう。
仮置きしておく。
そうするとこれは一分後に消えてしまう。
これがいわゆる「ど忘れ」というヤツを助長する。
つまり脳の中で情報を置いている場所が違うので脳の中に置いている記憶を忘れてしまう、混乱してしまう。

「シカ」を一〇回言ってみてください。サンタクロースが載っているものはなんでしょうか? 「トナカイ」ではありません。正解は「そり」です。−中略−
「シカ」という情報が提示されると、頭の中で「シカ」とネットワークでつながった「トナカイ」が次に想起される候補として自動的に活性化します。反対に、正解である「そり」は多くの人にとって、「シカ」とはネットワークでつながっていないか、つながっていても「トナカイ」よりも遠いネットワークであるため、次に思い出す候補として「トナカイ」が優先されます。
(45〜46頁)

このようにして「物忘れ」「ものを忘れる」ということが誘発される。
ではどうするか?
忘れぬ為の工夫で頼るべきは「手続き記憶」。
手続き記憶にすると忘れない。
これは脳に情報、或いは記憶を置かない。
頭で覚えるから忘れてしまう。
体に置く。
人間、体に記憶を置くと忘れない。
自転車の乗り方、車の運転、楽器演奏。
もちろんやらないと下手になるが、これらの技術情報はワーキングメモリとして体に染みついている。
だから消えてゆかない。
脳の中では加齢に影響される機能低下が小さい部位、エリアがある。
それがオジョウカク(恐らく「尾状核(びじょうかく)」)からメンジョウタイ(恐らく「線条体」)に収められた情報で、ここが武田先生が名付けたのだが「脳の正倉院」と言われている保管場所。
ここに入れておくと大事に情報が保持されていく。
体に記憶させる為にはどうするかというと、

 熟達者とされるだけの技能の獲得には一万時間の訓練が必要となると言われています。(51頁)

1日に1時間やって30年経つとだいたい1万時間になる。
ここまでやるともう体が記憶している。
こういう1日1時間を30年続けたという人達が1日1時間台所に立って30年、60(歳)を超えた主婦の方は1万時間を超える。
勝てるワケがない。
彼女たちは家事を記憶を一切頭の中に置かず、体に置いている。
亭主ごときが簡単に母ちゃんのマネができるワケがない。
脳の正倉院の中に技術・記憶が入っている。
だから習慣がいわゆる「手続き記憶」を残していく。
手続き記憶というのがとにかく一番記憶に残る方法で、その為にはとにかく「1日1時間頑張りましょう」ということ。

ついついものを忘れてしまうという加齢と共にど忘れのアレは続くのだが、その「忘れる」とは一体どういうシステムなのか?
また、何でみんな忘れるのか?
忘れないとしたらそれはどういう状態なのか?
それがわかれば年を重ねても忘れないこともできる。
でもそんな人はそんな人で物凄く苦しいらしい。
これは来週のネタにしておく。
「忘れない」ということがどれほど人間を苦しめるかという。
そんな話を来週用意しているので。

記憶に情報をそのまま再構成して思い出す再生能力。
この再生能力というのは加齢と共に低下する。
これは間違いない。
これは脳の萎縮が始まる。
脳が縮まる。
しかし皆さん、ご安心ください。
この縮みが始まるのは何と20代から。

大脳皮質の神経細胞は二〇歳から九〇歳にかけて、平均して九・五%減少します。(9頁)

だから若い方だから記憶力がいいということもない。

 加齢にともなう脳の変化には神経細胞の減少にともなう萎縮と、もう一つ、シナプスの密度の低下があります。−中略−
 シナプスの密度の減少と認知機能の低下は同時期に生じることから、
−中略−神経細胞間のネットワークの減少が認知機能の低下の原因であることが指摘されています。(9頁)

対処は一つ。
自分の体の中に記憶を残すこと。
体に記憶を残すというのはどんなことをすればいいのかな?
例、サンプルを示すと、まず皆さん「(今朝の)三枚おろし」を聞く。
体で覚えろ!
それで小さなメモ用紙に「これは覚えておいた方がいいな」と思ったことがあったら残しておく。
印象・感想等々を一行でいい。
これを書く。
これでクセを付ける。
そうすると電話が来た。
誰からか。
要件をメモに控える。
それがたいしたことが無ければもう捨ててしまっていい。
ただ、何だか気になる電話だったりなんかすると壁に貼っておく。
そうするとその記憶を頭に残さずに壁に残したことになる。
そうすると記憶を保持できる。
車の運転の左右確認がある。
左右確認する時に左右を手で指し示すという動きをやると確認が丁寧になる。
これは目で確認すると同時に指でも確認するという体に記憶が残っている。
電話で巧妙な詐欺など仕掛けてくるが、とりあえずメモに取っておく。
その人の言い分とか、出来事。
電話が終わった時、読み返してください。
それから被害に遭われた方も気落ちせずに、力を落とさずに頑張りましょう。
騙し取られたかも知れないが、しかしオレオレ詐欺を仕掛けたその男ども、女どもも自分に呪いをかけていることに気づかないという馬鹿者どもなので。
運動脳と頭頂葉の「気分を作る」というところは年を取っても衰えない。
ここを使うことで動作を作る。
左右確認でも何でもいい。
一つの手順を自分で持つ。
これは消えない記憶があるということ。
こういうのは希望になる。
本当にゴルフ場であった話。
アルツハイマーで自分の名前を忘れたご老人がおられた。
この方がバーディーが決まった瞬間に二十代から同じガッツポーズをやった。
自分の名前を忘れても、ガッツポーズはいつも通りのガッツポーズであったという。

それから武田先生もテレビでさんざん苦しんでいるが、今、テレビで大流行りの「脳トレ」「脳トレクイズ」。
(これを言っているのは)武田先生ではない。
司会をやってらっしゃる方、怒らないように。
(脳トレは)何の効果もない。

脳トレは−中略−訓練と関連しない課題の成績や日常生活での認知機能のパフォーマンスを改善するという根拠はほとんどないと結論づけています。(95頁)

脳トレの点数が数点あがることは、日常生活の物忘れが一つなくなることを意味しないのです。(96頁)

ただそのクイズには強くなるから番組は楽しめる。
ただ一つ、脳トレに効くテレビゲームがある。
(テレビゲームではないが)

スマートフォンで遊べるゲーム「Pokemon GO(ポケモンGO)」が世界的に大ヒットしました。(109頁)

一ヵ所にとどまっていてはプレイできない、ということです。モンスターを見つけるには外に行く必要があり、卵を孵化させるために決められた距離を歩いて、あるいは、走って移動することが求められ、モンスターを捕まえるアイテムを得るために特定の場所に行く必要もあります。(109頁)

ポケモンを探して歩き回る。
そうすると記憶力が上る。

プレイヤーの歩数はプレイヤーではない人よりも一日一四七三歩多く、身体活動量がプレイ前と比較して二五%増加し、この増加は年齢に関係なくみられました。(110頁)

そこから認知症がゆっくりと下がっていくというから。
「歩くのが一番いい」というのはそういうこと。
だからポケモンGOの方が脳トレクイズよりもいいということで。

更に記憶というものを追い求めて来週はまた、びっくりするような話になると思う。
「ど忘れする」というのは、この増本さんの本の中でこれが面白い。
年を取ると忘れるということは生命の必然。



2023年11月26日

2023年10月16〜20日◆まとまらない話II

1月23〜27日にも「まとまらない話」というお題で同じ本を扱ったことがある。今回はその続きということでもないようなのでタイトルをどうしようかと思ったのだが、区別する為に前回は「まとまらない話I」、今回を「まとまらない話II」としておく)

まな板の上に置いたのが「まとまらない話」。
この方は1980年、東京生まれの方。
荒井裕樹さん。
柏書房から出しておられる「まとまらない言葉を生きる」という本。

まとまらない言葉を生きる



二松學舍大学文学部准教授。専門は障害者文化論(256頁)

この本の推薦文に

強くて安全な言葉を使えば、
簡単に見落とすことができる。
(本の帯)

という一文があって、これはドキッとする。
強くて安全な言葉を使えば、いろんなものをどんどん見落として生きていける。
皆、短くてインパクトのある言葉を探す。
ところが、そのインパクトのある強い言葉を使うと、話がまとまるのだが深くならない、という。
これは何にギクッとしたかというと、これがいわゆるニュースバラエティー番組に出る時のコツ。
安全で強い言葉。
これを使えば、また雇ってもらえる。
最近凄いのは、まとまらない話をしたりなんかすると炎上してしまう。
武田先生は典型的で、もう狙っている人がおられて「死ねジジイ」とか「老害」とか。
「言葉を切り取るな!」と絶叫しながら番組を去って行った方もおられたが。
でも強くて安全な言葉「それは悪いんじゃない?だからみんな考えようよ」こういう言葉遣い。
これでワリとひな壇でお足をいただけるという。
そういうことがある。
一歩まかり間違って「俺はついていけ無ぇなぁ」(という発言に対して)「オマエ、ついてこなくていいよ」とかと。
これはちょっと身に覚えがある。
言葉は時代と共に重さが変わってくるので。

こんなことがあった。
事件があって「その事件について語って下さい」という依頼。
どんな事件かというと、ディスクジョッキーか何かで踊り場か何かで喋っている方、その方が日本に登場してもの凄い人気で、ちょっと露出の多い服を着ておられて。
サービス精神いっぱいだったのだろう。
舞台を降りた後、観客に寄っていって握手をし始めた。
そのもう水着同然のような姿だったもので、脚立を立てて客席に近付こうとしたら、その方の体に握手を求める2〜3の手のひらが触れて、その人が激怒なさった。
「生まれてこの方、こんな恥ずかしい目に遭ったことがない」等々の発言をなさって「誰が触ったのか」という。
DJ SODA「日本で受けたセクハラ、これほど恥かしいと思ったのは初めて」放送で心境を初告白 | Joongang Ilbo | 中央日報
これは一つわからないのは、ライブの時に客席に接近するというのは非常に危険。
これはもう体験するとわかるが、盛り上がった会場はやはり手を引っ張ったり後先のことを考えなくなるから。
「観客に向かってダイブ」なんていうのをやっていたが、あんな危ないことはやってはいけない。
それで「武田さんどう思います?」と番組のディレクターから訊かれたものだから、昭和の人間なものだから思わず「踊り子さんには触らないでください」という古い言葉を言ったらその若い女性のディレクターが喜ぶの何の。
「いい言葉ですね!『踊り子さんに触らないでください』」
ナイトショーか何かでフェニックスの恰好をしたりなんかしている踊り子さんには「触ってはいけない」という不文律があった。
そんなことをしようものなら低い声のお兄さんに「踊り子さんには触らないでください」と言われてギクッとしたもの。
最近、そういうマナーをこの人達は知らないんだ。
そうしたら武田先生のスタッフのイトウちゃんが心配して「『踊り子さん』っていう表現がちょっと誤解をされるんじゃないか?」。
そこで本番が始まった時に、武田先生が「衣装を着ている人は人間じゃないんだ、妖精なんだ。そうでしょ?妖精には触っちゃいけない。この世の者ではないという接し方をするのが。つまり『踊り子さん』ダンサーには触ってはいけない。この世の者ではないワケですから。そういうマナーがわからないのか」ということで話した。
そんなふうに言い逃れたのだが、こちらの喋り手の方の話というのは誰にも聞いてもらえない。
もう「間違った間違った」とか「失礼だ失礼だ」とか「あのアーティストをオマエは『踊り子』と呼ぶのか」とか、そういうことでこられると返す言葉がなくなる。
荒井裕樹という人は、テレビ番組に於ける強くて安全な言葉遣い。
これが実は「言葉の力をどんどん弱めてるんじゃないか?」という。
例えば「盗むな!」という正しさ、強くて安全な言葉がある。
だが人間に「盗む」という情熱がないと発展していかない。
物を盗んじゃいけないが、芸を盗まないヤツは馬鹿。
つまり「強くて安全な言葉」だけ使っていると、ちょっと裏返しの危険な言葉というのが人間をある窮地から救い出す「救命胴衣の言葉としての言葉」というパワーを無くすのではないだろうか?という
荒井さんのこの考え方は、こちらが胸を押されるところがあって、今週一週間、そんな話をしてみる。
まとまらない話、「まとめてたまるか」という勢いでまとめたいと思う。

私達が招き寄せたIT社会。
ソーシャルネットワークのこの世界。
これは世界に重大な影響を与えた。
ネット等々には片隅の密やかな話もあるのだが、そこで注目される為には自分なりの正義を叫ぶ為、私の恨み

憎悪・侮蔑・暴力・差別に加担する言葉がやけに目につくようになってきた。(5頁)

そういうものを敢えてソーシャルネットワークに乗せて注目を集めるという。

「一億総活躍」「女性活用(→女性活躍→女性が輝く)」「人づくり革命」(9頁)

政治もそうだが安全な言葉を組み合わせて後から言質を取られない「オマエ!こんなこと言ってたな!」なんて言われないように、ひたすら寛容表現のみにこだわる。
わかりやすい言葉を組み合わせていいことを言うのだが中身は全く無いという、そういうことをやっていくと「そういう言葉があふれていませんか?そんなのはすっからかんの言葉じゃありませんか?」。
この荒井裕樹さんという人は厳しいこと、立派なことをおっしゃる。

「言葉が壊されつつある」(11頁)

この指摘はハッとする。
ラジオもテレビもそうだが、言葉を介して社会を映し、社会へ還流させてゆく。
それがマスメディアという世界。
パーソナルメディアの告発、言うのは簡単に対して、言えば言うほど息苦しくなる言葉を喉に詰めて黙らせられているという。
「そういう話し手になっちゃっていいの?」という。
確かにそう。
今のこの時代、反対側から反撃してこない、時代全体が弱い人にどんどん向かってゆくという。
こういうのがやはりある。

この間ステージで喋っていて、もの凄い熱心に拍手をしてくださったのだが、お母さん方が「子育てに自信がない。どうして子供って親の思い通りに育たないんでしょうね?」という不安を抱えられている。
その時に武田先生は「子育てってそうですよ」と言った。
親の言う通りに子は育たない。
それが子育て。
親の言う通りに子は育たない。
それでも育てるから「親」。
武田先生は典型的。
自分のことだからそういうふうに考えるようになったのだが。
母親も武田先生を育て上げてガッカリしたろうなと思って。
もちろん芸能界でそこそこ喰っていけるようになったからホッともしただろうが。
彼女が武田先生に望んだのは「福岡県の先生になること」。
それで苦労して福岡教育大学に入れて四年間月謝を払ったら仲間と二人誘ってのぼせ上って「この先、あの子はどうなるんだろう」と何にも言わなかったが不安だったのだろう。
そうしたら映画に出演してそこの引き合いから荒川の土手を歩く学校の先生役で、それが大きな反響を呼んで役者というところにも腰を降ろせるようになって、そのあたりで母親は「やれやれ」と思っただろう。

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でも母親は気づいたハズで、冗談でも言っていたらしいが「福岡県の先生にする為に一生懸命月謝を収めたのに、あの子はテレビで先生しよります」と言ったらしい。
かくのごとく親の思い通りにならない。
「だからお母さん、お母さんだってそうよ。お母さんだって、あなたのお母さんが思った通りに育ってないのよ。でもうちの母親見てよ。『母ちゃん。フォークシンガーになって一年間だけ歌ば歌いたか』と言ったら俺の方を振り向かず『一年だけぞ』と、背中で指一本出した。あの時に母親は何か全て自分の夢が崩れてゆくというのを体験したんだろうと思う。『フォークシンガーで芸能人になる』なんて確率は1%。考えたら、あんな博多のイモ兄ちゃん。それでも東京に行くってきかない子に向かって『一年だけぞ』と念を押して1%の確率に彼女なりに希望を持って送り出したという。たまたま可能性が膨らんだからいいが。でも1%の確率しかないのに『ああ、アンタよかたい!行ってこい!』とその一言が言えるのはお母さん、親しかおりませんよ」
絶対失敗するというのを「よかたい。思い切ってやってごらん」と言うのは親しかいない。
他人は「オマエ馬鹿か?」と言う。
そこのところに言葉というのがある。

かつては精神病と言って統合失調症というが、そういう心の病に対して偏見の強かった時代、1970年代

当時、「心を病む」ことは、「その人が弱い・おかしい」で片づけられていた。心を病んだ人は、とにかく薬を飲ませておくか、長期入院させておけば「問題は解決した」と考えられていた。(28頁)

ところがお医者さんの中でこんなことを言う人が出てきた。
心を病んだ人達に対して

 ある視点からすればいわゆる気が狂う状態とてもそれが抑圧に対する反逆として自然にあらわれるかぎり、それじたい正常なのです。(28頁)

「世の中のおかしさを無理やり上から押さえられた時におかしくなったというのは、それは正常な反応じゃないか」と、こういう反論をした人がいて著者は感動している。

 ある人の「生きる気力」を削ぐ言葉が飛び交う社会は、誰にとっても「生きようとする意欲」が湧かない社会になる。ぼくは、そんな社会を次の世代には引き継ぎたくない。(29頁)

「人を励ます言葉」というと、どんなフレーズを思いつくだろうか。
 ワークショップで出てくる不動のトップ3は「がんばれ」「負けるな」「大丈夫」。
−中略−
 でも、よくよく考えると、「がんばれ」と「負けるな」は、人を叱りつける時にも使う。「叱咤激励」という四字熟語があるように、日本語では「叱咤」と「激励」はコインの表裏の関係にある。
(34〜35頁)

三つ目の「大丈夫」もよく考えると何も励ましていない。
励ます言葉とはコインの裏表で、弱さを責める言葉でもある。
そう簡単にまとめられるものではないのだ、という。
精神疾患に関してもそういう人達は「希望」という言葉でさえもプレッシャーになる。
「希望はあるんですか?」とか言うと「ある」「なし」を問うだけで落ち込んだり、それから興奮したりする。
だからそういう場合はどうするかというと「新しい言葉を造るしかないんだ」という。

〈希待〉とは、〈人間の善性や自己治癒力〉を信じ、その〈可能性〉を〈無条件〉に信頼しようという姿勢のこと。(56頁)

人生は待たなければならないこともある。
そっちの方が多い。
悩みを取り去る鎮痛剤のような言葉ではなくて、「今、悩んでいいよ」というような寄り沿う言葉、敢えて「まとまらない」ということが苦しんでいる患者さんを励ます最も強い言葉になるのではないでしょうか?という。
武田先生もそう思うが、メディアの現場にいて「励ます言葉というのを何とか作り続けねばならない」というふうに思っている。
例えば武田先生が街を歩いていてファンの方が「あ!鉄矢さん!頑張ってください!」と簡単に言われる。
「頑張る」って何なんだろう?と思ってしまうのではないかと思う水谷譲。
前はいちいち口答えをしていた武田先生。
「頑張ってください」
「もう頑張ってますから」
あれは向こうの方も適当にまとめて話しておられるだけで、決して言葉の意味ではないのだが、そういう人に口答えしていた。
最近はやっと武田先生も少し世の中を鑑みるようになって。

この間ちょっと武田先生もショックだったが、吉幾三をゲストに迎えてテレビ番組で語り合うという時間があったのだが(吉幾三さんと)ガラが似ていると思う武田先生。
向こうも言っていた。
「俺は、アンタ見てるとよ、何か俺に似てんだよな」という。
生き様が似ている。
苦し紛れにコミックソングを作る。
それでコミックソングを作って「コミックシンガー」と言われると反発してもの凄く重いシリアスな・・・
テレビも無え ラジオも無え
車もそれほど走って無え
−中略−
俺らこんな村いやだ
(俺ら東京さ行くだ)
「酒よ・・・酒よ・・・♪」(酒よ)
「追いかけて・・・雪國♪」(雪國)

吉幾三 ベスト・アルバム EJS-6147



とかと、「オマエ、どうしたんだ」というぐらい演歌に傾斜していく。
あれが武田先生に似ている。
「J・O・D・・・♪」(海援隊「JODAN JODAN」)
「あんたが大将♪」(海援隊「あんたが大将」)



「贈る言葉♪」(海援隊「贈る言葉」)とかと「オマエは何者なんだ?」という。
そういう意味で「まとまらない自分」をまとめる為にはどうしても歌が必要で。
つまらないことでアイツ(吉幾三さん)と話が弾んだのは「人間て死んでいく時の最期の言葉って面白いよな」みたいなことを話した。
壮絶なことを。
そうしたらアイツが「俺んちのおっかさんも凄かったんだ」。
(吉幾三さんのお母さんは)9人産んだ。
(臨終の場で)「お母さん!大丈夫!?」とかと皆で声をかけて。
「お母さん、いい一生だったかい?」と吉が泣きながら訊いたらお母さんが「忙しくてパンツ履く暇がなかった」と。
申し訳ない。
これはラジオでは使いたくなかったネタを使ってしまった。

 二〇一六年七月二六日、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で、凄惨な殺傷事件が起きました(86頁)

もう騒然となった。
この犯人は障害者を殺害し、傷つけた。
本当に狂気。
まだあの表情が浮かんでくるが、テレビキャメラを向けられるとこの男はヘラヘラ笑っていた。

犯行前後に発していた「障害者は生きている意味がない」という主旨の主張(90頁)

「だから殺してもいいんだ」というようなことを平気で言うという。
この男の発言というのは酷いことを言うということで報道されたワケだが、聞けば聞くほど言葉が乱暴になるが「ムナクソ悪い」というか、「こんなヤツの言ってることテレビで流すなよ」と言いたくなるような気がする。
最近のテレビはこういうふうにしてムナクソの悪くなるようなことを、あったことをとにかく報道したがる。
余計な話を差しはさむがキャメラに映っているからって「これ、流さなくていいじゃん」というニュースがいっぱいある。
よく視聴者提供ということでやっている。
テレビというのは写っていなければ成立しないので、映っているものを何でも流す。
そして言ったことをそのまま流すという。
このことに関して荒井さんがおっしゃっている。
「侮辱の言葉を平気で言って自分を目立たせようというのがSNS等々で随分増えてきたので、テレビメディア、ラジオメディアも平気になってるんじゃないだろうか?」

 SNSは言論空間であると同時に生活空間でもあります。あのような言葉が生活圏に存在すること、またそうした生活に違和感がなくなってしまうことに、私は恐怖を覚えます。−中略−
「障害者は生きる意味がない」という言葉を批判しようとすると、ともすると、反論する側に「障害者が生きる意味」の立証責任があるように錯覚してしまうことがあります。
(91頁)

このディベート然とした物言いだが、この会話のいやらしさは「障害者が生きる意味に答えない。だからダメなんだ。だから俺がこんなことしでかしたんだ」という言い訳に使われる。

私が「生きる意味」について、第三者から説明を求められる筋合いはありませんし、社会に対してそれを論証しなければならない義務も負っていません。(92頁)

「生きる意味」は個人のもの、私のもので、オマエにいちいち答える必要はない。
ところがコイツは相手に答えねばならない責務でもあるように問いを立てている。
そしてコイツはディベートに勝った気でいる。
この手のことはある。
テレビ討論会でこんな事件があった。
とある少年がテレビ討論会で大人達に問いを発した。
「なぜ人を殺してはいけないんですか?」
これは「なぜ人を殺してはいけないんですか?」という問いに答えなければならないという立場に大人を追い込む。
「こんな少年がいましたよ」ということで「この質問に大人はいかに答えるでしょう?」とテレビメディアはこの出来事を報道した。
でも、この著者の荒井さん(の本を)読みながら「アンタのおっしゃる通りだ」と思ったのだが、「なぜ人を殺してはいけないんですか?」それは人に訊くことでじゃないんだ。
問うことが間違っている。
「そんなことを訊く馬鹿がどこにいるんだ!?」というヤツ。
だからこの少年は誰にも答えてもらえないという目に遭わせないとダメ。
誰かが答えるとコイツは次々に物事を訊いていく。
「じゃあどうだ?じゃあどうだ?」
「問うことが間違っている」ということ。
これは総理大臣もお勤めになった方の発言。
「ロシアのプーチンだけを批判して、多くのウクライナ人を苦しめているゼレンスキーを叱らないというのはどういうことだ?答えなさい。ロシアを批判しているあなた方、答えなさい。ロシアのプーチンだけを批判して、多くのウクライナ人を苦しめてるゼレンスキーを何故叱らない」
森元首相がゼレンスキー氏を批判 | ロイター
それを聞いた時、本当に腹立たしかった水谷譲。
「この人、何言ってんだ?」という。
元総理がそういうことをおっしゃった。
荒井裕樹さん、著者は「質問自体が間違えている」という。
そんなことは問うことではない。
これはハッとすること。
胸に溜まっていたものがスーッと洗い流されるような「まとまらない話」をとにかくまとめようとして、問い自体が間違っているというような問いを立ててはなりませんよ、という。

面白い作家さんというか。
荒井さんという方。
いわゆる障害者の文化論を論じておられる。
障害者の方が高い文化を持つとその国の文化の水準がグッと上がるという。
この障害者に対しての扱いというのがその国の文化の水準を決定するのではないだろうか?という。

この人の本を読みながら「ああ、そうだな」と思ったことがあったのでこれを付け足したのだろう。
ここからが武田説。
ワールドカップサッカー。
バスケットとかラグビー等々あるが、国際的な戦い。
そういう番組があって。
そのスポーツを知っている人と、あんまり知らない人をひな壇に並べる。
それで司会者、番組を回す人は知らない子にもふるという。
するとその子達が訊く。
「何勝何敗で勝つんですか?」
「どっちが勝つか」という質問にいく。
「スポーツ番組を盛り上げる為にいろどりの愛らしい人気者が必要かも知れないが『いろどり』は『色』です。喋らせてはいけません」と武田先生は言っている。
そのスポーツに関してよく知らないのだが、その番組に呼ばれたゲストアイドルが「アタシ、野球よくわかんないんですけど勝つんですか?ジャパンは?」
そんな質問を許していいのか?という。
本当にいる。
たまに素朴な疑問としていい質問を投げかけてくれる人もいるが「勝つんですか?」と言われても誰も答えられないと思う水谷譲。
誰も答えられるワケがない。
そういう子を出してはダメ。
そっとしておかなければ。
こういうのを凄く武田先生は気になった。
この本を読みながら社会問題を扱うことの難しさを武田先生は考えたのだろう。
こんなことを付け足して書いている。

この本は2021年、本屋に並んだ本で、若いこの著者も「保活」に苦しんだ出来事を報告している。

「保活」というのは「子どもを保育園に入れるための活動」のこと。(60頁)

「ダイバーシティ」「多様化の社会」と言われる中で仕事と子育てを両立する為に女性達、その母親達の苦悩というのは凄かったんだ、という。
ところが2020年12月に大変なことが起きる。
何が起きたか?
静岡の保育園等々で、一歳児に対する保母(保育士)による暴力行為が発見された。
園児に暴言、宙づり、暗い倉庫に閉じ込め…裾野市の3保育士が不適切行為  園は把握も市へ報告せず:東京新聞 TOKYO Web
それでこの時は三人の写真がテレビニュースで晒された。
三人の容貌はどうかというと、実に慈愛に満ちた保母さんらしい顔をした三人の女性達の笑顔が映った。
その笑顔の写真しかなかったのだろう。
これをきっかけにして保母さんたちによる子供への暴行みたいなのが富山でも「不適当な保育」というので告発されて、更に富山でおこったら別の町でもあったという。
子どもへの虐待防止「内部告発など受ける窓口設置・ゆとりを保育現場に」保護者団体が国に要望書:東京新聞 TOKYO Web
この時の「保育園って何なんだ?」という。
この人はそういうふうに書いている。
働く女性のプライドを支えたしっかりした保育園。
ところがその保育園で、子供に全く理不尽な暴行が行なわれているというのが日本の保育園に次から次へと見つかった。
では「保育園問題って何だ?」という。
何でこの時期に保育園のあの優し気な保母さん達が、預かった子に理不尽な暴力をふるったんだ?
それを調べないと。
「何かストレスがあったのではないか」と思う水谷譲。
何によるストレスか?
これはやはり預けていったお母さん達に対する感情があったのではないか?
嫉妬。
幼児に対しての暴力、罵り。
「鬼」という言葉が付いていいほどの激しい何かが流れた。
それも一個の保育園だけではない。
次々と。
ということは共通の問題点がそこにあったのではないか?
そこまで迫るのがこの問題に対する処し方ではないか?
話をまとめようとするから「鬼」でくくってしまうという。
そういうことに関してもっと考えなければならないのではないだろうか?という。

余計なことではあるが、やはり私達はまとまらない話をまとめる為にも、新しい言葉を次々作っていかなくてはならない。
日本人はそういうのはセンスがいい。
コロナが明けた。
その時の四文字熟語「遠客再来」。
遠くからお客が遥々とやってくるという。
東日本震災、大変な目に遭ったかもしれないけど「頑張ってください」と言った時に「頑張る」を「顔が晴れる」と書いて「顔晴れ東北」という新しいセンスのいい言葉を作ったではないですか。
いずれにしても「希待」と共に生きていきたい。
「まとまらない話を思い出してみると、隠されたものが見えてきますよ」という今週。


2023年11月18日

2023年9月25日〜10月6日◆できる・できない(後編)

これの続きです。

『「できる」と「できない」の間の人』というタイトル。
(著者は)樋口直美さん。
昭文社。
この方の本を取り上げている。
彼女自身はレビー小体型認知症という幻覚が見えたり幻聴がしたりという、そういう脳の病を抱えておられるのだが、その自分の病と付き合いながら「病の中にも才能と呼べるようなものもあるのではないだろうか」という、冷たい水の中に砂金を見つけるような一冊。
そしておっしゃっているのが「こうあるべき」とか「正しい」ということはこういうことだとか自己責任だとかいろんなことがあるが、「命にとって一番大事なことはみっともなくてもいい。生きてゆこうとそう決意した命」という
内田樹先生がおっしゃっている。
「一番大事なのは生命活動の中心にあるもの。そう『生きる力』。それをどう励ますかなんだ」という。
力強い言葉。

「認知症」といってもその原因となる病気は、60種類以上ある。一番患者数が多い病気がアルツハイマー型認知症、次に多いのがレビー小体型認知症ということになっていて(161頁)

とにかくその原因は一つではない。
全ての認知症のスタートは物忘れ。
ものだったらいいのだが重篤になると生きていることさえも忘れてしまうという病態まであるということ。
これは凄いことに老いても若くてもなる人がいるという。
この著者の樋口さんなんかもそう。
若いうちにレビー小体型認知症と言われている。
現代と昔を比較してみましょう。

100歳は、−中略−1963年には全国で153人だったようだ(162頁)

戦争が終わって15年ぐらい。
昭和の真っ盛りの頃。
それはやはり長寿長寿ともてはやされたものだ。
ところが現代は

100歳は、−中略−8万6千人もいる(162頁)

そんな時代。
我々が生きているのは
もう長寿というのは奇跡でもなんでもなくなったという

1962年の平均寿命を調べると、66歳だ。(163頁)

もうお年寄りが少ないものだから「ボケた」とか「モウロクしたねぇ」とかという乱暴な言葉にできたのだが、もう今はできない。

日本の90歳以上の女性の認知症有病率は71.8%。(169頁)

認知症の最大の困ったところはとどのつまりは人間関係。
人に対して反応できなくなる。
認知症に於いて重大なのは何かというと「居場所があるかどうか」。
昔は認知症になっても居場所がいっぱいあった。
居場所がある。
家の中にいればよかった。
「ボケ」とか「モウロクした」とか言うが、そのことは病気ではなかった。
その一例として昔なんか婆さんとか爺さんがボケたことを言うと「天声語使い始めた」という。
天の声を使い始めた。
つまり爺ちゃんとか婆ちゃんはもう、だんだん死ぬのが迫ってきたので天での会話を現世に持ち込むようになったという。
「天声語、天声語」と言っていた。
だからモウロクとかボケというのはちっとも不吉なことではない。
もう「当然だ」という受け取り方があった、
ところが最近はやっぱり人間関係、対人関係に於いて症状の一つなのが物が無くなると「取られた」と怒る。
そのことあたりが人間関係を波立たせるワケだが。
「取られた」という人は初めから無かったという事態が想定できない。
だからどうしても結論は「アンタが盗んだんだろう」なんて言いながら嫁さんに喰ってかかるものだからトラブルがという。
暴言がある。
暴力、暴れたりなんかなさる。
それから幻覚がある、妄想がある、そして徘徊がある。
これがやっぱり「異常、異常」ということでひとくくりにされる。
でも、間違いなく言えることは百歳まで生きればほとんどの人は認知症になる。
軽度を横に置いておいて。
老いの先に待っているのはその姿。
それは命のゴールの証。
一番重大な共通点は死に対する恐怖感がゼロ。
幻覚とか幻聴とかということをしきりに言っているが、そのほかにもまだまだ脳には不思議な側面がある。
認知症の問題点は脳を調べると「これが主な原因である」と断定できないという。
脳の部位によって全く違う症状が出たりなんかするものだから特定できない。
一つの理屈で脳を説明することは不可能。
脳の中にあるのはもしかすると様々な扉。
それが脳の中にあるのではないだろうか?
その中の一つに宮沢賢治のイーハトーブに通じるような
それから芥川龍之介のように架空世界と現実世界を比べるというような「河童」の世界に招いたりという
いずれも脳の扉。
どの扉に辿り着くかで不思議な世界というのが変わってゆくという。
失礼な言い方ながら病の人の文章というのはまことに興味深いもの。

今日からご紹介する方は別の病の方。
前に一回取り上げたことがある。
潰瘍性大腸炎。
この病のすさまじさは何かというと、腹痛、血便、下痢で。
最も鬱陶しいであろうことだが、下痢が自分で制御できない、コントロールできない。
成人男子でありつつ、便を漏らしてしまうという粗相の屈辱に耐えなければ生活できないという。
それから食事も自由に摂れない。
だからサラリーマンで「メシでも喰おうや」というのが社交の第一段階。
でも、世間のものを食べると下痢がいつ始まるかという
頭木弘樹さん、創元社から出ている「自分疲れ」。

自分疲れ: ココロとカラダのあいだ (シリーズ「あいだで考える」)



これもなかなかの興味深い本。
この方の文章の中で前にご紹介したヤツ(「食べること 出すこと」の回のことを指していると思われる)で一番切なかったのは病院に行く。
診察を受けているその隙間に下痢をしてしまう。
これは凄く切ない。
自分で自覚できない。
サラサラと水のように肛門から糞便をしてしまって。
発見した看護婦さんにモップを差し出された屈辱。
この時この方は二十歳だから。
この病は辛かったろうなと思う。
頭木さんがおっしゃるのに、この潰瘍性大腸炎というのは悪化と軽快、普通の人の生活ができるという、それを繰り返す。
だから軽快になった時に「治った」という実感がある。
ところがまた元に戻ってくる落胆というのがもの凄く不快らしい。
さっぱり従ってくれない体に対して心の自分が疲れてしまうという。
その本のタイトルが「自分疲れ」。
このタイトル「自分疲れ」。
表題はまことに説得力がある。
著者はその書物の中でこんなことを言っている。

 健康なとき、人はほとんど体を意識しない。
 胃が痛くなって、初めて胃を意識するように、不調になって初めて、その臓器の存在を意識する。
 つまり、体についていちばんよく知っているのは、体に問題が起きた人なのだ。
(9頁)

武田先生はその典型。
内臓が丈夫なばっかりに。
胃なんか意識したことがない。
だから心臓もそう。
(二尖弁が発見された時に体調の変化は)何もない。
日常の生活は無理でも何でもできる。
現実に無理をしていた。
昼夜二回公演の大衆演劇の舞台とかで四十数ステージとかというのを二十日間ぐらいでやっていたから。
これはもう一日の労働時間は十数時間を超えている。
そんな暮らしをしても心臓に異常を感じることはない。
お医者さんから言われた時は「オーバーだな〜」とかと思っていた。
ちょっと鼻風邪を引いた。
それが風邪なのかインフルエンザなのか。
ドラマをやっている最中だったというので、スタッフの一人が「インフルエンザじゃないっていう証明だけ欲しいんですよ」と言ってロケ地の先の市民病院にいやがる武田先生を引っ張っていった。
そうしたら若いお医者さんだった。
聴診器を胸に当てながら「心臓に異常ありません?」という。
若い医者だが凄く耳のいい人というか、腕のいい・・・
その心臓の鼓動だけでポンプが送り出した血がどこかの弁で逆流している音が心音として聞こえた。
それで「半年に一回必ずテストを受けてくれ」ということになって、心臓の様子を記録する機械を付けたり。
一番最後は麻酔をかけてチューブを入れて覗くという。
泊まり込みでやったのだが。
あの不安な日々・・・
そこでわかってよかったと思う水谷譲。
わからないままだったらどうなっていたかという。
それで半年に一回行くうちにお医者さんがわかりやすく信号の色で説明してくれる。
黄色点滅から始まった。
「黄色点滅ですよ」
だから「徐行」。
その次が「黄色」。
それで「赤点滅」と言われた。
「命に関わるんでどっかで決心してくれ」という。
そのお医者さんも、もの凄くいい方で「私が信用できなかったらセカンドオピニオンで訪ねてください」と。
そうしたら「うちの病院に腕のいいのがおりますんで、その彼に相談してください」と。
この執刀医の先生がよかった。
感謝している。
疑問は「自覚症状も何にもないのに、何で『手術しないと死にますよ』なんて言われるんですか?」と。
そうしたらそのお医者さんは「心臓はねぇ、武田さんに似てるんですよ。頑張り屋さんなんです。弱音を吐かないんです。吐いてくれるといいんですけどねぇ」と言われた時に「いいかぁ。この人に付いて行こう」と思ってそれで手術を受ける決心をという。
十数年前の出来事だが、本当に健康な時に臓器なんか一切気にしない。
この方の言う通りだが、この頭木さんの潰瘍性大腸炎による気づきをご紹介していこうと思う。

病の方のご本。
頭木弘樹さん「自分疲れ」。
この方は潰瘍性大腸炎。
人というものを理解する為に人は人を身と心に分けた。
著者はそう言っている。
その二つの重なりを「私」と呼ぶことにした。
ところが心を頭脳として体との関係を考えても奇怪なことが起こる。
それがこの番組ではよく取り上げている「幻肢」。

「幻肢」とは、事故や病気などで手や足を切断した人が、まだ手や足があるように感じる現象のことだ。当人の感覚としては、手や足がちゃんと存在していて、動かすことができたり、痛みを感じたりするのだ。(38頁)

著者は「面白い体験」と言っては何だが、興味深い体験をこの本の中で紹介してある。
この幻肢というのは腕とか足ばかりではないんだ、と。
内臓にもあるんだ、と。

私は−中略−大腸を手術して摘出している。大腸がなくなると、どんな感じなのかなと思っていたが、手術後も変化がなかった。なんかごろごろしたり、大腸があるような感じがした。−中略−「もしかすると、大腸の幻肢かも!」と思いあたった。(39頁)

作家の内田春菊が、肛門での幻肢の体験をエッセイに書いていた。病気のため「肛門を閉じてしまい、左わき腹にストーマ(人工肛門)を増設しました」「が、手術が終わってしばらくした頃、もとの肛門部分が、お腹をこわした時のようにしくしく痛みだしました。−中略−「主治医に相談したところ、−中略−それは幻肢痛ですね。なくした腕や足が痛むという話があるでしょう。それと同じで、なくした肛門があるかのように傷むんです』(38〜39頁)

こういう幻視の痛みというのが内臓でも起こり得るという。
もの凄く乱暴に言えば「心と体は一致していないぞ」。
心と体がずれている。
それが「私」という事実なんだ、という。
だけど心にとって体はなければ困るし、体がないと心の不快という感情も湧き起らない。
どんなふうに考えればいいのだろうか。
考えてみれば心臓、肝臓、腎臓。
呼び名があるように、心もまた、呼び方が変わる。

心を指す言葉はたくさんある。
「意識」「魂」「精神」「頭」「脳」……
これらは同じことなのか?
それとも別のものを指しているのか?
(68頁)

「大和魂」だと突撃しそうだが、「大和心」だとお茶でもたてそうだ。(69頁)

今言ったのは覚えておいてください。
闘う時は「大和魂」とか「開拓者魂」とか。
ズルしない、正々堂々と戦う精神。
それから「アイツは頭がいい」とか「いや、彼切れるねぇとかというのは「頭」。
医学的には「脳」。
かくのごとく心の中にも様々な呼び名で呼ばないとピタッと納得できない心臓、肝臓、腎臓のような部分があるのではないだろうか?
基本的には全部「脳」だと思う水谷譲。
考えたり何だりするワケで。
人を好きになるのも脳。
それで心臓がドキドキする。
(脳と心臓が)結ばれている。
ところが何年か付き合ううちに全然ドキドキしなくなる。
あれは何なのだろう?
何十年も一緒に住んでいると「何だコイツは?」と思ったりするという。
ドキドキどころではない
「何でコイツと一緒になったんだろう?」なんて考えてしまう人間になってしまう。
それは一体何なのだろう?
武田先生はいつも思うのだが、日本の結婚式は上手くできているなと思うのだが、結婚する時に親族が打ち揃う。
それではっきり言って自分の惚れたその女はこんなに美しいのに「これが親戚?」みたいな。
「いいの当たった」とかと思う。
そうすると何十年か暮らしているとあの美しかった女房が、或いは格好良かった亭主がグングンその親戚になる。
一種若さが見せた幻覚みたいにして、その人の血脈を歳を取れば取るほど見せてくれる。
だからやはり結婚というのは凄く頭がしっかりした人はできない。
やはり勢いがないとダメ。
考えたら結婚というのは実は恐ろしいこと。
幻なのかも知れないと思う水谷譲。
やはり相手を誤解しないと、「この子は永遠にこの顔のまんまだ」とかと思わないととてもとても踏み切れるものではないという。
ちょっと話をもったいぶったが、興味深い症状・病態を皆さんにご報告する。

こんなことが世の中にある。
こっちの方がよっぽど不思議。
この本の70ページに「意識」という章がある。
(そんな章はない)
ここで頭木さんが報告しているのは事故などで頭を強く打った人の体験談。

『交通事故で頭を強打したらどうなるか?』(大和ハジメ、KADOKAWA)という、著者が実際に体験したことを描いているノンフィクション・コミックエッセイだ。
 著者はトラックとぶつかって、体のケガは軽症だったが、脳に損傷を受け、意識不明となる。
 そして、36日が経過し、「病院で目が覚めた」。
 彼はそう感じた。そのとき、初めて意識が戻ったと。
 しかし、じつは事故から14日目には、すでに意識が戻り、会話をしていたのだ。食事もし、リハビリもし、囲碁もし、ピアノも弾いていた。
(71頁) 

交通事故で頭を強打したらどうなるか?



「私は私を動かしている」というのは、この人にとっては事実ではない。
つまり人間は「意識=私」というのだが、彼の中の違う部分が先に目を覚まして、生命活動を開始し、趣味や娯楽に遊びリハビリも開始しているのだが、36日目に目覚めた今までを思い出させる「私」が目を覚ました時、その14日目に目を覚ました「私」がどこにもいない。
これは、重大なことなので警戒して言葉を使わなければならないのだが、まずは「不思議な出来事」でいいだろう。
しかし、こう考えたらどうでしょう?

「私の中」に脳という器官が存在するのではない
「脳」の一部の機能として私が存在するに過ぎないのだ
(72頁)

「意識=私」ではない。
「私」の中にいるのは一人ではない。

この「三枚おろし」でも取り上げたが三木成夫(みきしげお)という人間の生命進化を研究した学者さんがいらっしゃる。

人間の顔は、元は魚の鰓(えら)だそうだ−中略−人間では、元は鰓の筋肉だったものが、顔を覆い、表情筋になったのだ)。(74頁)

「台所でお魚をおろす時、このはらわたを出すでしょう。これが『内臓系』です」「そして残った食べる部分が『体壁系』です」(75頁)

これと同じように、生き物には「内」と「外」があるのではないか?
これは三木成夫さんという方がおっしゃっている。

「内臓系の中心に心臓が、体壁系の中枢に頭脳がそれぞれ位する」(ちなみに、死には「脳死」と「心臓死」があるが、それぞれ体壁系の死、内臓系の死ということになる)。(75頁)

だからこの頭を強く打った方の出来事というのは、先に内臓系が目を覚ました。
最初に内臓系が目を覚まして、その次に筋肉系が目を覚まして全部の記憶を・・・
これはまた話が出てくるが合気道というのはそういうことを教えてくれる。
「あなたはそんなふうに動きなさい。そしたら体はこう動きますから」
つまり「あなたがそう動けば体はそこからこう動く」という。
このへんが武道とよく似ている。
ちょっと合気道と混じってしまったが言いたかったことはそういうこと。

三木成夫さんという解剖学者で生命進化を研究なさった方。
もうお亡くなりになっているが、この方がおっしゃった名言をこの潰瘍性大腸炎の頭木弘樹さんが紹介しておられる。

切れるあたま≠ニはいうが、切れるこころ≠ニはいわない。また温かいこころ≠ヘあっても温かいあたま≠ヘない。つまり前者の「あたま」というのは、判断とか行為といった世界に君臨するのに対して、後者の「こころ」は、感応とか共鳴といった心情の世界を形成する──一言でいえば、あたまは考えるもの、そしてこころは感じるもの、ということです。(76頁)

内臓とこころ (河出文庫)



「あたま」に住む「私」と内臓に住む「私」とは違うようである。
どうも「私」の中には様々な「私」が住んでいると思いましょうよ。
「切れるあたま」と言うが「切れるこころ」とは言わない。
「温かいこころ」はあるが「温かいあたま」はない。
これは人間、どこかで気づいているのだろう。
「いろんな側面があるぞ」という。

100歳の女性のこんなエピソードが載っている。
お婆さんは夜中になると2〜3歳の幼児になった。
「おかあさ〜ん、おかあさ〜ん」と今にも泣きだしそうな甘えた声を上げる。(中略)
−中略−
 夜勤者は22歳の女性。彼女はお母さん的対応をとった。
「どうしたの、フミちゃん」
 お婆さんは、「ああ、お母さん来てくれた!」と大喜びし、彼女の首に抱き付いた。そして、こうささやいた。
「お母さん、入れ歯がないの」
 このとき、この100歳の女性は、2歳でもあり100歳でもあったわけだ。
(84〜85頁)

すべての世代の「わたし」が生き続けているのではないだろうか。(85頁)

シンクロと自由 (シリーズ ケアをひらく)



考えさせられる文章。
頭木さんは食事や排便の苦痛を本の中で訴えている。
この病と共に生きねばならない苦痛を報告し、自分に疲れるのだが正直にそれを告白する。
そうすると少し自分が元気になるような。
武田先生も加齢の途上にあって時々歳を取っていく自分を暗く振り返ることがある。
加齢と共に暗くなる部分がある。
「でもね」と頭木さんがおっしゃって「私達は年齢を積み上げることによって年齢の分だけ心豊かにしてるから腹くくりましょうや」と。
著者は終わりにこんなことを言う。

「弱いロボット」をつくっている人がいる。
 そばにいる人が手助けをしてあげないといけないロボットだ。
 たとえば〈ゴミ箱ロボット〉は、自分ではゴミがひろえなくて、ヨタヨタしている。
−中略−
 ロボットがなんでもやってくれるのではなく、人のやさしさや能力を引き出すのだ。
 その弱いロボットをつくっている豊橋技術科学大学の岡田美智男教授
(148頁)

弱いロボット (シリーズ ケアをひらく)



何かが上手くできない。
そのロボットを見ると人間は体が動く。
だからある意味でこれはリハビリに使える。
ヨタヨタ歩いているロボットを先にやらせておいて、足のリハビリをやっている老人を歩かせると、そのヨタヨタロボットを支え始めるというような。

岡田美智男教授が、インタビューで、自分の著書について「読んでくださる方が新たな解釈をつけ加えてくれて、はじめて完結するような『弱い本』なのだと思った」と語っていた−中略−
 私はいつもこの「弱い本」をめざしている。
(148頁)

弱い本の書き手のほうがたくさんの人々を励ますんではないだろうか?
この頭木さんの考えを受けると、私達が加齢と共に体が弱くなって、ヨタヨタの弱いロボットになってゆくのは、そのヨタヨタの中に希望を見付けなさいという摂理があるのではないだろうか?という。

名古屋の松坂屋がある。
あれはどんな歴史がある会社か?
信長の家来に伊藤蘭丸という人がいて。
信長は自分が可愛がっているお小姓の少年達に全部同じ名前を付けた。
それが「蘭丸」。
だから「森蘭丸」「伊藤蘭丸」「早川蘭丸」。
同じ名前で三人「蘭丸」。
ところが本能寺の変があって、森蘭丸は殿の為に闘って死んでしまう。
伊藤蘭丸君はその場にいなかったか、早川蘭丸君と一緒に逃げたか。
それで逃げた先が三重の松坂だった。
そこでこの蘭丸君は侍を辞めてしまった。
それで呉服屋を始めた。
それで名古屋に本店を出す。
それで名前を「松坂屋」にした。
武田先生はこんなふうにして歴史の裏側に沈んでいったとか、弱いものが強いものになるのではないか?という。

というワケで「病」二本のお話だった。



2023年9月25日〜10月6日◆できる・できない(前編)

これはもちろん元ネタがある。
いい本。

「できる」と「できない」の間の人



晶文社、(著者は)樋口直美さん。
この人の前の著作をさばこうかなと思っていた一冊が「誤作動する脳」。

誤作動する脳 (シリーズ ケアをひらく)



(番組の中で紹介している話が、『「できる」と「できない」の間の人』の中にないものが多数あるので、この本からの引用も含まれているかも知れない)
読んでいて面白かったのだが、それのみだったもので「(今朝の)三枚におろし」が辛くて手が出なかった。
そういうのがある。
出会い方というのがあるので。
ところがこの本は包丁の入り方がいいとスーッと切れるという、もの凄くよくわかる。
この樋口さんの著作は『「できる」と「できない」の間の人』。
暮らしの中にできることとできないことがあるという。
そういう方。
樋口直美さん。

50歳のとき、「うつ病ではなくレビー小体型認知症(レビー小体病)だった」と医師に言われた。(5〜6頁)

脳の障害は様々ある。
脳はどこを悪くするかで機能障害がいろんなところに病態として現れるという複雑。
このレビー小体型認知症というのは幻覚、嗅覚障害、自律神経の失調に苦しむ。
レビー小体型認知症、そういう病を、脳の方の障害を持った方がお書きになったエッセー集。
その悪戦苦闘が書いてあるのだが、読んでいるうちに不思議な気分になってゆく。
病のその世界が本当に、読んでいたら面白いというか、何かいろんなことを考えさせる。
この方の書かれた文章。
ひどく納得させられた一文。
コロナ禍、大変な時期があった。
皆さんも三年間お過ごしになったでしょうけど。
老介護の現場で老人との接触が厳しく規制された。

ビデオ電話を使ったオンライン面会をあちこちで試み始めた。−中略−介護現場もギリギリの人数で仕事をしていて余裕がない。介護されている人たちが日常的にパソコンやタブレットに触れられる介護施設もほぼなかったと思う。(25〜26頁)

 不安になり泣いて電話をかけてくる認知症の母に「お母さんテレビつけて」と伝え、それぞれ電話を片手に違う場所で同じ番組を見る。料理番組を見て「美味しそうね」と言い合い、動物番組を見て「可愛いね」と言い合う。オンラインで通話ができない親にもできるし、精神安定にもなってお勧めと知人が紹介。(27頁)

この人はこういうコロナ禍でもいわゆるオンライン面会ってありますよというのをSNSに上げたらしい。



 このツイート(投稿)は、−中略−(2022年2月時点で、102万人に読まれている)(29頁)

いいことをおっしゃる。

私たちが求めているのは、顔でもなく、会話でもなく、ただ一緒にいてくつろげる、柔らかな空気なのかも知れない。(30頁)

だから「コミュニケーションコミュニケーション」とかと言うが、そこに何気ない当たり前の会話があれば「今日は暑いね」「ホント、今日は暑いね〜」「いやぁ〜もう今、いい風が吹くよ」「そうだ。風が気持ちよく吹く季節になった」。
そういう会話があれば人間というのは落ち着くものである、と。
つまりこの手のアイデアというのは「病を持った人の発想の方が素晴らしいのではないか?」という。
だから世界というのは、世間というのは「できる」という人と「できない」という人が織り交ざっていないと進んでいかないんですよねぇという。
とてもアナログな方法だがちゃんと共有できると思う水谷譲。
最近、現代、昨日も何か金髪の人、お笑いの芸人さんが「一緒に学ぼう」という番組をとある局でやっておられて、あの中で言っていたが、オンラインでの会話というのは感情が動かないから殆ど頭に残らない。
「カズレーザーと学ぶ。」を指していると思われる)
オンライン会議も余り頭に残らないことが多かった気がする水谷譲。
武田先生もオンラインで出演したが、何を喋ったか。
テレビの中にオンラインで自分が登場するというのは何だか残したその足跡というか、爪が深く入らなくて。
そしてこの方、この著者の樋口さんはおっしゃっているのだが、コロナパンデミックの混乱というのは、認知症の人にとっては本当に大変な時代だったとおっしゃっている。
どの人も症状を悪化させたのではないだろうか?という指摘があるぐらい。

樋口さんの『「できる」と「できない」の間の人』。
時間の感覚の消失、これがいわゆる認知症とかレビー小体型認知症の人の特徴。
だからいつも認知症のチェックで「今日は何年何月何日ですか?」と訊くところから始まる。
ところがコロナパンデミックの混乱の時、著者が嬉しかった。
三年間のコロナ規制というのは家庭の中にいて、家人と共に日々を過ごすと本当にそうだが曜日の感覚が全くなくなって。
このレビー小体型認知症という病と、症状と同じだから。
「今日、日曜だっけ?ああ、日曜か」みたいな。
もう息苦しさがなくなって。
これは病にならないと気づかないが、樋口さんはおっしゃっている。
時間というものを掴まえていることが正常なのだ。
感覚を掴まえられなくなったら、もうそれは認知症の病態と同じなのだ。

「無人島で一人で暮らしていたら、『性格』は存在しない」と昔、本で読んで、びっくりしたことがある。時間もまったく同じだった。無人島に「時間」はない。(36頁)

想像もつかないが、そのレビー小体の方に障害があると、著者の時間感覚というのは伸び縮みするそうだ。
近い昨日が遠くて思い出せない。
お年を召した方はだいたいそう。

古い記憶が、身体の感覚と一緒になってリアルに蘇るということも起こるようになった。(38〜39頁)

そういう時間感覚の遠近感が変わる。
正常とは何であるかというと遠いものはおぼろに見えて近くのものははっきり見える。
これは何を意味しているかというと時間の感覚が一本の軸上にズラーッと並んでいる。
ところが脳の方に障害があると遠くが近くに見えたり近くが遠くに見えたりするという。

レビー小体型認知症では、−中略−自律神経が障害されるために、立ちくらみや湿疹、体温調節の困難、−中略−多種多様な体調不良が起こりやすい。(84頁)

幻視、錯覚もある。

 黒いバッグが黒猫に見えたり、ベランダに干してある夫のシャツが、そのシャツを着た男に見えて、一瞬心臓が止まりそうになる。これは錯覚。一種の見間違え−中略−
 どちらも本物にしか見えないので
(102頁)

だからレビー小体型認知症という病名をいただく前はもう悲鳴を上げていた。
ところが人間というのは凄い。

そんな幻視、錯覚など、もうすっかり慣れている。最初に見てから20年、頻繁に見るようになってから10年近く。もう長いつきあいだ。
 今は、あっても当たり前のものとして、大事なく共存している。
(102〜103頁)

だからフッと見たら、ベランダに知らない男がこっちを見て笑っている。
じーっと見ていて「あ〜幻視だなぁ」と思って。
ちょっと間を置いて見るといなくなる。
カーテンのシワが苦悶の女の表情に見えたりという、そういうことは普通の人間にもある。
レビー小体型認知症の幻視、錯視、それから音に関しても聞こえていないのに聞こえるという。
樋口さんがそういう誤作動というのは「あれ?」と思う。
「私と同じように猫が見えたりベランダに知らない人が立ってたりって、そんなことを文章にした作家さんっていなかったかな?」
その人の文章を挙げてみる。
皆さん全員知っている人。

 ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおり書いたまでです。(宮沢賢治『注文の多い料理店』序)

 またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、宝石いりのきものに、かわっているのをたびたび見ました。(宮沢賢治『注文の多い料理店』序)

これはレビー小体型認知症の症状にそっくり。
宮沢賢治。
風が吹いてくると、風に飛ぶガラスのマントを着た少年が見える。
夜空を見上げると星空をSLが走っている。
この樋口さんがおっしゃった「もしかすると宮沢賢治ってレビー小体、認知症の病の人だったんではないだろうか?」という。
そうすると樋口さんのギクリとする一言。
「もしかすると病は才能かも知れない」

レビー小体型認知症という病を持っておられる樋口直美さん。
その樋口さんの方から「宮沢賢治の持っている空想力はレビー小体型認知症という病によく似てるんですよ」という。
ゴーと風が吹くとその風の中に空飛ぶ少年が現われて「どうどどどどう」と言いながら飛んで行ったり、汽笛が鳴ったなと思って星空を見上げたらSLが空中を飛んでいるとか。
想像だけでは書けない世界、変なリアリティもあると思う水谷譲。
宮沢賢治はそのリアリティがもの凄く生々しい。
「本当に見たんじゃないか」と思うような文章。
風の又三郎。
一郎が道に迷い込んで断崖絶壁の方角に。
そうしたら風がゴウと吹いて草むらが揺れるのだが、草むらが声を発する。

 風が来ると、すすきの穂は細いたくさんの手をいっぱいのばして、忙しく振って、
「あ、西さん、あ、東さん、あ、西さん、あ、南さん、あ、西さん。」なんて言っているようでした。
(宮沢賢治『風の又三郎』)

雲が出てきたなと思ったらパチパチパチ・・・
風がドウと吹いたらあの転校生の三郎が草むらに立っている。
ジーッと天空を見上げて。
そのへんが余りにもリアル過ぎて怖くなる。
こういう幻視、幻聴の作家さん達はもしかすると、こういう病を持っていたのではないだろうか?
芥川龍之介の河童とかを見ると、何か見たこともない河童が目の前にいて「オマエら人間とは・・・」とかと語りかけてくるような凄みを感じる。

河童



樋口さんがおっしゃるのだが「こんな病の私がこんなことを言うのは何ですけど、病の中には才能と呼べるものもあるんじゃないですか?私はレビー小体認知症という病ですが、病の中に才能と呼んでもいいものがあるかも知れませんから病でひとくくりにしないでください」という。

「土を触ると体が整えられる」と、昔、鍼灸の名人から伺った。(95頁)

歳を重ねると陶器を造ったり、農作業をされたりという人が多いと思う水谷譲。
もの凄く恋しいと思う武田先生。
老人というのは土に接近していくもの。
だから霊園に行って石を見ていたら落ち着いたというのは・・・
とにかく樋口さんの大事な話を続ける。
そのことを聞いたもので、(樋口さんは)自分は病ながらプランターで小さな家庭菜園を始めた。
そうすると病もあるのかも知れないが、植物が声をかけてくる。
(本によると声そのものが幻聴のように聞こえるという話ではない)

「喉が渇いたよ」「ちょっと暑いよ」「今日は元気だよ」−中略−「日陰の方がいいな」。プランターや植木鉢から毎日話しかけてくる。(97頁)

樋口さんはそういう体験をしながら、植物と会話ができる能力なんていうのも、それは病かも知れないが、病でなくそういう才能というのはあるのかも知れない。

 先日、家庭菜園をAIが指導するというニュースを観た。水やりも肥料をやるタイミングも、すべてAIが判断して教えてくれるという。(96頁)

この樋口さんは断固としておっしゃっている。
「植物には人間との会話が必要なんです」
その情感は温度ではなくて「暑いね」「今日は寒いね」「日差しがまぶしいね」というそういう会話がならない限り成立しないんだ」と
生命と生命というのは。
とおっしゃっている。
そのあたり、私達は考えましょう。

 染色と機織りで人間国宝となった志村ふくみさんが−中略−
「新月に仕込み、満月に染めると美しく染め上がることを見つけた。
(100頁)

これはもちろん体験で得たことなので「科学的ではないかも知れないが、でも、染め物はやはり、自然と足並みを揃えない限りいい作品はつくれませんよ」という

1本の草や樹の向こうには、宇宙がある。(100頁)

人とは違うリズムで生き物たちもそのリズムの中で生きている。
そこに繋がらない限り、上手く会話できない。
病というのはまことに不思議なことにその植物と会話するとか、自然と会話するという能力のスイッチになってくれるという。
だから、認知症というのはもしかして、命の夜に満ち欠ける月かも知れないという。
これはなかなかいい言葉。
こんな言い方は本当に失礼なのだが、病というのがいろいろ教えてくれるものがあるということで。

樋口直美さんの『「できる」と「できない」の間の人』。
「脳は時間をさかのぼる」という副題が付いている。
その脳にまつわる不思議なお話をしている。
この樋口さんはレビー小体型認知症という病で、アルツハイマーはアミロイドβという脳に詰まるタンパク質がある。
これが脳の血管の中に溜まると認知症という記憶障害等々が始まる、性格も変わってしまうということなのだが。
ではレビー小体型認知症とは何が違うの?
これは血管の間に詰まるものが違う。

「レビー小体」:α(アルファ)-シヌクレインを主とするたんぱく質が、集まったもの。脳だけでなく全身の神経細胞に溜まる。「レビー小体」の蓄積によって起こると考えられている病気の総称が、レビー小体病(パーキンソン病、レビー小体型認知症、他を含む)。−中略−
「レビー小体型認知症では、視覚を司る後頭葉の血流が低下するために幻視が現れる」と説明されることが多い。
(111頁)

脳のどこにタンパク質が詰まるかで病態が変わる。
とても不思議な病態というか、病を引き起こすそうで

 がんが脳に転移した人を二度見舞ったことがある。
「あなたのことは、覚えていないけど、あなたが持っているその動物の柄の布カバンは、見覚えがある」と言われた。
(137頁)

本人を忘れても、その人が持っていたカバンが記憶としてあるのでその人と認知できる。

「認知症になると家族の顔も忘れる」とよくいうが、私は疑っている。顔認識機能がうまく働くなっていて(原文ママ)、「不一致」と、脳が誤って判断している可能性がある。(137頁)

例えば息子がいる。
息子の顔に見えない。
だから「自分の息子じゃない」と思いつつも、なぜか「息子」と呼ぶ人がいる。
一体どこでわかっているのか?
それは、どうも小さい時の顔を覚えているらしい。
小さい時にその子のことを「なっちゃん」と呼んでいた。
なっちゃんも老人になった。
それでも「なっちゃん」と呼び続けると顔は忘れても、「なっちゃん」で振り返るその子は小学生の時の顔で思い出す。
成人した顔の記憶と子供の時の記憶と別場所にあるらしい。
だから、顔認識機能がストップして身内かどうかもわからない認知症というのも「そう簡単にはくくれませんよ」という。
別個の本だが、アメリカの患者さんの中で脳の病の中で、自分の奥様だけが麦わら帽子に見えるという人がいた。
とにかく奥さんが入ってくると大きい麦わら帽子が入ってくる。
麦わら帽子が入ってきたら、それは奥さんだから「奥さん」と呼ぶ。
だから最初はなかなかおっしゃらなかったらしい。
ちょっといろいろあって「本当のこと言うと、アンタのことは麦わら帽子に見える」。
だから妄想とか理解力低下とか、そんな言葉で簡単にいわゆる認知の問題、脳の世界のことを断定するけれども、成長した子供の顔は忘れても幼児の頃の記憶は脳の別場所にちゃんと保存されているという。
それから、幼い頃にそう呼んでいたという呼び名で名乗るとその扉が自動的に開くという。
だからそういうところをきちんと使い分けた方がいいのではないだろうか?
不思議な世界だと思う水谷譲。

来週の分まで言ってしまうと、身と心があるとすると「身の中に心がある」「心の中に身がある」、そんなものではない。
武田先生が今、一番興味を持っているのは、大好きな大学の哲学の先生もおっしゃっているのだが、人間はやはり我が体の中にもの凄く不思議な世界がまだあって発見されていない。
それを発見する為には歳を取るしかない。
若いうちはダメ。
自分が使っている部分が自分だと思っているから。
歳を取って使えない部分が出てくると使えない自分に他者を感じつつ、それも自分。
今凄くいいことをおっしゃっていると思う水谷譲。

今日はノートに書き記した方のネタを使っている。
新聞の切り抜き等々もあるし
本の印象、それから印象から自分が「こう考えるんだ」みたいな。
その切り抜きの中でこんな歌はどうですか?
短歌。

百歳の母とふたりで車椅子なさけないのか幸せなのか

老いて歌おう 全国版第17集 (心豊かに歌うふれあい短歌集)



この作者自身は84歳だそうで、百歳の母親と車椅子で二人で散歩しているという。
これはジャッジしなくていいじゃないですか?
「情けなくて幸せ」なのだという。
それから短歌の中でドキッとしたヤツ。

いささかの疑ひも持たず口あけてわれの与ふる薬を飲む夫

「老いては妻に従え」と言うが、すっかり妻を信頼しきって、ただ口を開けて女房が入れてくれる薬を飲み下すという。
「何だ、いつでも殺せるな」という。
でも、これも幸せ。
薬か毒かわからないようなヤツを奥さんに飲ませてもらうという幸せもある。
だんだんそういう心境になってきた。

レビー小体型認知症を紹介している。
でも、病の本は面白い。
ごめんなさいね、病気の方。
ただ、やっぱり病の方が積極的にこうやって本を残してゆくということは、日本の重大な財産。
その人にしかわからない。
だから自分の病を何も内側に捉えることはない。
書いて残しておいてください。
そこから人間に関する、或いは、医学的な意味合いでも重大な発見があるかも知れないので。

漁村の習慣でいたく感動したのだが、小さな漁村があって、父母を失うという子供が出てくる。
そういう子が出た場合は、その村の共同体でその子の面倒を見る。
特別の学問とかはさせられないが、漁村なので船に乗せて漁師としての手伝いをさせて仕込んでいく。
そういうことを「えびすさん」と呼んだらしい。
何か福祉政策とかと言うと堅苦しいのだが、貧しい子とか食事がきちんと行き渡らない子に後に幸せを持って帰ってくる「えびすさん」という呼び名を

病、レビー小体型認知症という認知症を患っている著者だが、しかし「がんばる」とか「がんばらない」とか、「できる」「できない」とかいろいろあるかも知れない。
でも「何が幸せなのかジャッジするのはやめましょう」という。
その不幸になったばっかりに幸せになるという人がいる。
「その幸せを継いだばっかりに不幸になった人が何人もいるんですよ」
いっぱいいる。
お母様かお父様の跡を継ぐ勢いで芸能という世界に入ってきて、一体何人の人が躓きましたか?
何人も見てきた。
有名な俳優さんのバカ坊ちゃん。

この樋口さんがとても励まされるというアメリカの神学者ラインホールド・ニーバーの言葉をご紹介しましょう。

 主よ、変えられないものを受け入れる心の静けさと
 変えられるものを変える勇気と
 その両者を見分ける英知を我に与え給え
(156頁)

変えられないものはある。
できないことはある。
だから「できない」ということを静かに引き受けるという心でありたい。
「これはできる」と思ったら、その「できる」をどこまでも成長させる勇気、そして「できる」「できない」を見分ける知恵を、英知を私に授けてください。
忍耐や努力では開かない扉もある。
一番大事なことは何か?
これはやっぱり強烈な樋口さんからのメッセージ。
このレビー小体型認知症という病と樋口さんの言葉を噛み締めましょう。
「みっともなくていい。『生きてゆこう』そう思うこと。これが一番大事なことなんですよ」
それからもう一つ。
内田樹師範の名言。
樋口さんのも好きだが内田先輩の言葉も大好き。
「一番大事なのは生命活動の中心にあるもの、それが大事なんだ。生命活動の中心にあるものは何だ?『生きていく力』じゃないか?」
ちょっと力んでしまったが、そういうことを思わせてくれる樋口さんのいい書物。
こういう方がいると病についてもいろいろやっぱり深く物事を考えるようになる。

来週は樋口さんから始まって次の病の方に。
来週はその次の病の方を紹介しつつ。
というワケで来週も引き続き「できる」「できない」の問題を考えていこうと思う。



2023年10月30日

2023年8月17〜22日◆〔夏休みの宿題〕放っておく力

(二週間で三冊を取り上げたのだが、その中の二冊目の本の箇所に該当する四日間弱の部分だけを抜き出した形で掲載する)

小さな本だが何かタイトルと表紙のデザインがいい。
筆者は曹洞宗住職・枡野俊明(ますの・しゅんみょう)さん。
三笠書房で170万部を突破したという「(仕事も人間関係もうまくいく)放っておく力」。

仕事も人間関係もうまくいく放っておく力: もっと「ドライ」でいい、99の理由 (知的生きかた文庫 ま 41-10)



夏休みでゴロゴロしている少年や少女達がいたら耳を傾けてもらえないかなぁと思ってお送りしている「夏休み特番」。
この枡野さんがおっしゃっているのは「放っておく力」。
それを夏休みの間に付けたらどうかな?という。
この本のツカミだが、読者を誘うような文章が書いてあるのだが「いろんなことがこう世の中あるよな。だけどいちいち気にしない。反応しない。関わらない。そういう『放っておく力』っていうのは今、大事なんじゃないの?」と曹洞宗のお坊さんがおっしゃっている。
放っておいていいことは放っておきましょう。
私達はSNS、ネット炎上、いろんなことに、巻き込まれ過ぎていて疲れている。
いろんなニュースがバーッとヤッホー(Yahoo!)なんかに並んでいるが、あれなんぞはどう見たって、アナタに99%関係ない。
「まず関係ないっていうことを知りなさい」という。
関係があるものもある気がする水谷譲。
どのくらいあるか?
この曹洞宗のご住職は「それをはっきりさせましょう」と言っている。
水谷譲が「関係あることもありますよね」と言うが、このご住職は「それでも99%、アナタに何の関係もない。アナタは9%(「1%」の誤りか?)関係があることを探る為に、99%の無駄を仕入れている。
よく考えたらどれもこれも実は知らなくてもいいニュースなんじゃないの?
今、ニュースが商売になっている時代。
武田先生はそう思う。
枡野住職がおっしゃっている言葉の中に、こんな言葉があった。
「身内の不幸で泣いている方がいる。みんないろいろ声をかける。でも私は余りにも気の毒なので言葉が浮かばずにジーッとその人のそばで座っていただけでした。何年かするとその泣いていた人が『あの時黙ってそばにいてくれてありがとう』と言われた。世の中にはほ放っておいてくれているということが有難いと思う時もあるんだよ」という。
「黙ってそばにいる」っていう。
それだけが涙が出るぐらい有難い時もあるのだ。
その時に必要なのは何だ?
放っておく力。

人と人とはそう簡単にわかり合えるものではない。
半分わかってもらえれば上等。

「たとえ家族といえども違う人間」だということを決して忘れてはいけません。(25頁)

こう言われると何か凄くホッとする。
「子供の気持ちがわからない」とか「女房は何であんなこと言うんだ」「どうして俺のことわかってくれないんだ」。
「わからなくていいじゃない」とおっしゃる。
気持ちに踏ん切りを付ければきっと楽になると思う水谷譲。

どうしても理解できない部分は無理して合わせようとせず、放置しておけばいい。(27頁)

職場でもそうですよ。
住職は言う。
「深く関係を結ぼうとすると息苦しくなる」
ちょっと言葉は悪いが坊さんの話は時々身に沁みる時がある。
お坊さんはいいことを言う。

 特にいまは「ドライ」であることが求められる時代ともいえます。なぜなら、「ウエット」が行きすぎると、そこにパワハラ・モラハラ・セクハラなどのハラスメントが生じないとも限らないからです。(29頁)

今は「カジハラ」がある。
上手く(家事を)できない亭主を奥さんが叱りつけるというようなハラスメント。
ハラスメントだらけ。
これは何でこんなにハラスメント出てくるのか?
それは深い関係を保とうとするからだ。

つまらないことだが、高校の時に四文字熟語の好きな先生がいて、出来の悪い生徒に向かって「オマエみたいなヤツのことを『厚顔無恥』と言う」。
そうしたらソイツが「やめてください!急所を攻めるのは」と言った。
「睾丸鞭」
考えてみたら痛そう。
先生が「バカー!」と言ったのを覚えている。

つまり「放っておく力」。
かえって探り合うことによって言葉がどんどんもつれる。
人間、一番大事なことは何か?

「見守る」ことに徹するようにしましょう。(35頁)

大事なことは何か?
それは一人の時間を大切にすること。
アナタの一人の時間、私の一人の時間も大切にする。
その時、お互いどうするか?
放っておく。
そして次に思う。
放っておいた後、どうなるか?
何かあればそれがご縁。
それがなければ「ああ〜ご縁が無かった」

自分が歳取ってきたというせいもあるのだが、つくづく思うのだが、気持ちの切り替えが早い人というのは、それだけで「才能あるなぁ」と思う。
我々は根に持ってしまったりするのだが、サラーッと流す人が世の中にはいる。
結局そういう人が結果的には得というかNo.1。
「生き方上手」というのはそういう人のこと。

ラジオで話すつもりはなかったのだが、ザッとだけ話す。
事細かには話さない。
もの凄く不愉快なことがあった。
ちょっと武田先生は珍しく、ローカルの路線の地下鉄に乗っていた。
旅の途中だった。
ある地下鉄の駅で座っていたら、そこにもの凄く大きな荷物を持った外国の方が来られたので、立ち上がって席を譲った。
余りにも大きい荷物だったもので。
中年というかプロレスラーみたいにガタイの大きい方で。
ただ、余りにも大きいトランクだったもので。
外国の方なのでインバウンドを楽しんでらっしゃる方だから、ちょっと武田先生の胸の中に「ジャポニズムを楽しんでいただきたい」「旅のエピソードにならないか」と思って武田先生が立ち上がって「Please!」と言いながらお招きした。
その方が「(三人掛けの椅子なのだから、一度に)三人座れるじゃないか。今、一人座っているけどアナタ立つことないんだ。一緒に座りましょう」
その人はデカい。
だから「どうぞどうぞご自由に」と言ってすすめたら、怒り始めて。
「何で座れないんだ」と。
それで「Don't worry.」とか何かと言っていたら「何で私に英語で話すんだ?」。
外国の方だからそうしているだけなのだが。
ちょっと武田先生も心情はよくわからない。
それでちょっと向こうの血相が変わっていて、飛び掛からんばかりの勢いというか殺気充分だったので「そこまでおっしゃるんだったら」と言って日本語で言って三人で座った。
一番端っこのお兄ちゃんも縮みあがっている。
その外国の方が座ったものでギッチギチ。
武田先生ももう、左のケツを掛けているだけ。
たかだか二駅ぐらいだったのだが。
その人の尻の肉の温かさが伝わるのが嫌で。
それで、その方が先に降りられたのだが、一言も言葉もなく降りて行かれた。
普通「ありがとう」が先だと思う水谷譲。
見事な日本語で「何で英語で話しかけるんですか?私に」。
その言い方がもう剣呑で。
どこから見ても西洋人の方。
何か辛いことがあったのだろう。
こっちは席を「どうぞご自由に」と言っているだけで、日本のよい思い出にして欲しかったのだが。
もの凄く武田先生も不愉快で、その時に自分に向かって言った。
「これを二日経って忘れていたら俺は偉い」
本当は(地下鉄を)降りたらすぐに忘れられているのがいいのだが、余りの不快さに「これは一週間ぐらいかかるな」と思ったから、敢えて自分で「二日」と決めて。
二日経ってだいたい忘れていた。
また皆さんにゆっくりお話しするが、実は古里の方にお墓を探しに。
(この霊園を巡った時のことは「霊園巡り」の回で詳しく語られている)
個人の旅でその旅の途中だった。
でも、霊園を巡っているうちに気持ちがスッと落ち着いて。
この時に思ったのは「忘れ上手」というのがいかに大事か。
放っておくという。
その人のことを考えるだけでもう何かカッとなりそうなので。
放置力。
合気道がやっぱり出てきた。
かわす。
「敵味方で色を付けるんじゃないよ、今、起こっている出来事に。向こうが押してきたんだろ?もう引けばいいじゃないか?」
こういう考え方。
これは一カ月半早く聞きたかった水谷譲。
かわせなかった。
武田先生も危なかった。
根に持ってはいけないと思う水谷譲。
特にちょっと前だったものだから、まだ地下鉄の中ではマスクするというのが当然で、その外国の方はしていらっしゃらなかったけれども。
今、顔を思い出すだけでも腹が立つ。
でも、何か辛い出来事があったのだろう。
でも、著者である曹洞宗の枡野俊明住職がおっしゃっている。
「放っておく」というかわし方。
「これはなかなかのもんだな」というふうに思う。

(番組冒頭は武田先生の新刊の紹介)

向かい風に進む力を借りなさい



枡野俊明さん、「放っておく力」。
「放っておくというのはもの凄く大事なことですよ」とおっしゃるこの枡野さんの説というのは凄く頷けるような気がする。
ところが我が人生はというと、放っておけない環境。
何か首を突っ込んだりということがある。
たいした炎上はしていないが、武田先生もよくわからずに喋ってしまって、後で炎上とかという。
何でそこで炎上するのかわからない。
そういう炎上がある。
やはりどこかで武田先生のことを「嫌いな人いるんだろうな」と思っている。
絶対人間はうぬぼれてはダメ。
武田先生がテレビに出た瞬間に「何だコイツ!」と言いながら(チャンネルを)切り替える人がいるのだろう。
それが人気の秘密だと思う水谷譲。
(好きな人も嫌いな人も)どっちもいるということが。
平均的に好かれるということが、タレントとしてできない。
不可能。
そんな人はタレントにはなれないと思う水谷譲。
放っておけばいいのだが、そうもいかない。
特に絡まれたりしなければ、突っ込まれたりしなければ成立しないというのが我が商売。
テレビというのは武田先生達にとっての職場だから。
やはり放っておくというワケにはいかないので。
問題を出されたら答えなければならない。
昔は「おバカキャラ」というのがあった。
少し抜けていても何となく放っておかれて、それが結構番組のアクセントになった。
最近、本当に言葉が悪いがバカがいない。
自分の無知を面白いことに仕立て上げるというのは相当な力がいる。
最近、そういう人がいない。
金髪の人なんか凄い。
お笑いタレントのカズレーザー。
あの人は頭がいい。
それとかクイズ番組の常連さん。
宮崎美子さんとかあのへんも一連、名回答者がいる。
どんどん番組自体は難度を増す。
武田先生が一番苦手だと思うのは東大生が考えたトンチ問題。
「東大脳トレ」と言われているが、もう大嫌い。
難しい。
あの番組に出るので、東大脳トレを買って7冊ぐらいやった。
それでも根性がなくて、すぐ解答欄を見てしまう。
出演者の中で一人だけ出来ないというみっともなさは結構傷付いて、自宅に帰っても眠れないことがある。
最近のテレビ番組はそういうのが多い。
もう一つ「一週間以内に俳句を作れ」という番組。
これも厳しい番組。
考えてみたら大衆演劇の座長さん(梅沢富美男)とか、漫才師の方なんかが一句作るのだが上手い。
また女師匠(夏井いつき)という方が厳しい方で。
酷評されるとマジで心が折れる。
あれは本当に皆、悲鳴を上げている。
必死。
更に別の番組ではコメンテーターで世の中の出来事に対して意見を言うワケだが、時々トンチンカンなことを言ったり的を外したり、それで炎上になったり。
時々朝起きて、ちょっと目の前が暗くなる時がある。
「エラい騒いでますよ」とか何かいう嫌な知らせが関係者から入る。
水谷譲達も「あ、これ鉄矢さん大丈夫かな?」思うことがよくある。
落ち込む、折れる、へこむ。
皆さん方は「じゃ、出なけりゃいいじゃねぇか」と言うだろうが、それではテレビタレントは務まらない。
このへんがややこしい。
これは仕事だから。
もう今、話しても怒らないから話してしまう。
本当にしみじみわかったのだが、江頭(2:50)。
凄まじいタレントがいる。
あの人が何か素人のイベントに行って、何かやっていたら全裸になってしまったという事件が昔あった。
エガちゃん、全裸で客席ダイブ!胴上げ!! - 産経ニュース
それでいわゆる猥褻罪で。
遠い昔。
その時に彼が言ったのだが、彼はウケなかった時に裸になってしまう。
もちろんタイツを履いていて上を脱いでしまう。
そうすると何となく笑いが。
ところが困ったことに素人で「それぐらいだったら俺もできる」と上を脱ぐ人がいる。
その時に彼がその素人に対してプロである自分はどうするかというと「全部脱ぐしかない」。
「素人の人はやらないことをやるんだというのがプロなんだ」という。
「それがいわゆる公然猥褻であろうが、そこで意地を張らないと何の為のプロなんだ」という。
それがやっぱり凄く心情が伝わってくる。

曹洞宗住職・枡野俊明さんの「放っておく力」。
世の中で一番大事なことは何か?
人との違いを面白がること。
もし比べたかったら人と比べるな。

 本日より、自己評価の基準を「他人の目」から「昨日の自分」に変える。(81頁)

現代を生きる人、老いも若きも生活スタイルを守る為にやらなければならないことがある。

情報ともソーシャル・ディスタンスを(104頁)

 いまは、情報が機銃掃射≠キる勢いで、無数の人々に襲いかかってくる時代です。ぼーっとしていたら、いつの間にか、自分にとってなんの関係もなければ、必要性もない有象無象の情報の山に埋もれてしまいかねません。−中略−
 日常生活で、要不要、軽重に関係なく無差別に情報シャワー≠浴びていると、
−中略−自分にとって一番大切な時間とエネルギーが無駄に消費されてしまいます。
 欲しい情報、必要な情報は自分から取りに行く。
 情報とはそのくらいで、ちょうどいい「ソーシャル・ディスタンス」が取れると思います。
(105頁)

「それ知らない」
そういうことが実はアナタにとってとっても大事なひと言なんじゃないかな?という。
必要ないと思ったら「ああ、そう」で放っておきなさい。
受け取りをはっきり拒否する。
「ノーサンキュー」という言葉を覚えましょう。
情報もそうです。
暴飲暴食は危険ですよ。

 人生は「やってみなければわからない」ことの連続です。やる前に「こうすればいいかな。ああすればいいかな。どの選択肢を選ぶのが正解かな」なとどいくら考えても、ほとんど意味はありません。(191頁)

 正論は−中略−まったく通じない場合もあるからです。(211頁)

正しい意見がいつも通じる世の中ではないし、正しい意見、正論が人を説得できる主張でもない。
「納得した主張が正論になっていくだけのことですよ」という。

住職は締めくくる。

「私ができるのは人事を尽くすことだけで、結果がどうなるかを決めるのは私ではない。だから事が終われば、心をわずらわせることは何もない」ということです。
 この「人事を尽くして天命を待つ」というのは
(221頁)

「放っておく」
これが一番大事なことですよ、という。
「放っておく力」
言葉の響きが好き。
結論を出してはいけない。
放っておけるなら放っておきたいと思う水谷譲。
「放っておけない」という気持ちこそが一番危険。
人間との縁なんていうのは典型的。
知り合って「この人と縁があるな」と思うが、縁があるかどうか確かめる為にはしばらく放っておかないとダメ。
恋だってそう。
最初に会った。
あんまり好きなタイプじゃない。
ところが二度目に会うとこの人が何となく好もしい。
でもそれが恋か、恋が愛になるかというと、放っておかないと確認のしようがない。
これは内田樹さんの言葉の中で、その手の言葉が一番感動したのがそれだった。
人間は訂正しない限りそのことに注目できない。
一回目パッと見る。
「あ、好きなタイプじゃないな」という言葉でその人を外しておいて、二度目に会った時に「好きじゃないな」というその言葉に二重の線を引いて否定する。
だから一番最初に「好きじゃないな」と言わないと本気で好きになれないんだ。
人間はそんなふうにしてその人との関係を深めるという。
人間の心はそういうことが凄く大事らしい。
だから、この住職のおっしゃっている「放っておく力」というのは頷ける。


2023年10月13日

2023年8月28日〜9月8日◆霊園巡り(後編)

これの続きです。

現日本人と縄文人。
そのルーツみたいなのを先週は舌を噛みながら熱っぽく語ったワケだが。
漢字という文明を興したのは中国の三千年前の民族だが、殷という国が。
そこの占い師達は亀の甲羅に線を刻んだり。
それが漢字の始まりなのだが、皆さんもお気づきの通り、貨幣とか貴重な物・高価な物は漢字に「貝」シェルが入るのだが、子安貝とかという貝が殷の時代の通貨だったらしい。
でも、子安貝は沖縄とか石垣あたりに行かないと無い。
白川静という人の大胆な説で凄く面白いのは、貝が貴重品であるというのを持ち込んだのは中国人じゃなくて、その沿海族の人達ではないだろうか?という。
だから漢字の源流には倭人の姿も浮かぶという。
武田先生が凄く好きな説。
それと倭人と縄文人の話というのが別の人の本で知って凄く興奮して。
それからスタッフのコジマが教えてくれた鬼界カルデラ。
前期縄文文化を滅ぼしたというのは知っていたのだが、しばらく人が住めないエリア、そこから逃げ出した人達が自分達のことを「倭人」と自称したのではないだろうか?という。
鬼界カルデラは薩摩半島から50km南の海底火山。
直径20kmの巨大なカルデラがあって、ここが大噴火を起す。
今でも時々地震で揺れている。
そういう歴史を秘めている。
それで噴火が治まって「人間が住めるようになったぞ」という知らせを聞いてアジアに散っていた倭人たちが続々と日本へ引き揚げてきた。
それが「弥生」という文化を持ち込んだのではないか?
稲作文化を持ち込んだのではないか?
そしてそこに住んでいた今までの縄文人達と争いもなく、両者合わせて文明を作った。
両者はどうやって自分達の気持ちを合わせたのかというと、信じている宗教観がそっくりだったから何も争うことがなかった。
山に神を感じ、石に神を感じ、蛇に感じ、そしてもう一つが生まれる前の姿に永遠の世界を夢見た。
「胎生」お母さんのお腹の中に生まれた命の芽。
それを永遠の世界だと思った。
だから死んだらそこに戻ってまた生まれてくるという循環の縄文思想があった。
一体何か?
勾玉(まがたま)。

ハッピーボム チャロアイト 古代 勾玉 20mm 勾玉 天然石 パワーストーン 置石



・魚類・爬虫類・両生類と、人間の新生児を似ていると考えるのが、縄文人の思考
・勾玉のモデルは胎児
(157頁)

最初は仮説だったのだが、最近証明されて。
天皇家に伝わっている「三種の神器」。
三つの宝は勾玉、剣(草薙剣)、鏡(八咫鏡)。
これが未だに天皇家に「三種の神器」「三つの宝」と保持されている。
考えてみるとそこに勾玉が入っていることの謎。
剣は間違いなく中国から生まれたものを持ってきた沿海族・倭人がいたということ。
鏡もそう。
だが勾玉は縄文人のもの。
と、考えると、縄文人と弥生人がこれくらい上手くいったということ。
ケンカをせずに縄文の宝を入れた。
首から勾玉をぶら下げておくと「同じ種族だよね」という一種アイデンティティになったのではないか?
そうやって考えると面白い。
それから小さく生命循環みたいな巨大なものではなくて勾玉というような小さなアクセサリーにして身に着ける。
まだ日本人に残っている。

実際、「キティちゃん」なんてそうなのではないですかね。−中略−なんで女子高生があれを鞄につけて歩いているかということを考えると、異常です。でもそれが「カワイイ」文化の本質でしょう。(158頁)

あれが「勾玉スピリッツ」じゃないか?
古代から連綿と続くものを現代社会の中で姿を変えて未だに持っている。
「これ何かな?」と思ったらこのお二人が言っているのは「縄文人ですよ」という。

霊園を巡って「こんな墓石にしようかな」なんて思うところから石・岩からどんどん遡って今は縄文時代から弥生時代へ来たところ。
でも岩の話になると「何億年」がすぐ過ぎてしまう。
この本、「ジオサイコロジー」。
中沢新一さんと河合俊雄さん。
創元社から出ている。
新しい学問のスタートなのだが、地勢や地層、その中に人間の心理・深層が生きているのではないか?という。
この本の中でもう、自分で飛び上がるぐらい驚いたというか「そういうことなのか」と思ったのだが、確かに中国を知る倭人達によって稲作と同時に鉄器、或いは鏡の文化が。
しかし鏡の文化にしても中国の鏡と日本の鏡の解釈が違う。
それが心理学者の河合さんの方からか出ていて。
鏡の反射「リフレクション」というのが、古代の人々にとって巨大な蛇の目ん玉に見えたのではないか?という。
(本の内容とは異なる)

蛇が最も恐れられていたのはあの目です。あの赤くて煌々と睨みつける目が、蛇への恐怖心をかきたてるものだったんですけれども(166頁)

だから中国の鏡の解釈と日本の鏡の解釈は違うのではないだろうか?と。
これは凄く武田先生は納得がいく。
剣もそう。
剣も実は蛇の化身じゃないか?
ヤマタノオロチを退治した後、尾っぽから出てきたのは剣だったから。
それで「三種の神器」になるワケで。
古代の神話の中に残っているのが縄文時代の名残みたいなものを十分に含んでいるではないか?と。

中沢−中略−
 縄文人は、すごく好奇心が強い人たちでした。倭人が九州の板付空港(福岡空港の旧呼称)の近くへ稲を持って上陸した。紀元前九〇〇年ぐらいです。そのとき、青森の青年団が稲作の見学に来ているらしい。情報が北に伝わっている。
−中略−八戸の縄文村の人たちが、船を仕立てて博多へ行っています。−中略−なんでわかるかと言うと−中略−青森で産出する漆を塗った櫛が板付遺跡から発掘されているからです。(149〜150頁)

稲作を教えてもらう代わりに、漆の櫛をプレゼントしたのではないか?
名古屋の遺跡でも見つかっている。
縄文人と弥生人が一緒に稲作をやったという跡が名古屋あたりでもあるようだ。
どうも縄文人というのは、もの凄く動いていたらしい。
例えば瑪瑙(めのう)、石。
あれは新潟県の姫川なんかから出てくる石が多い。
それが四国で発見されたり、九州で発見されたりする。
ということは行った形跡がある。
北海道にも持ち込まれている。
北海道の石器が本州の鳥取あたりで見つかったりもしている。
私達が思っているより、遥かに彼等は動いていた。
日本海を通って船で行ったのだろう。
どうも私達は古代というのを舐めていたのではないだろうか?
北の人まで稲作を学んだ。
オチだけ言っておくが、青森で稲作は失敗する。
寒いのでやっぱりできない。
だが、この勢いで稲作は急激に九州から日本中に広がってゆく。
それで縄文国からゆっくりと弥生という時代とヤマトという国家づくりが始まった。

富山県の寺地遺跡に、縄文時代の勾玉の工房があって、そこに勾玉の大きいインスタレーションがあるのを見ました−中略−もうまぎれもない胎児でした。(156頁)

これは凄い直感だが、この勾玉というのが日本中を「同じ種族なんだぞ」ということで結んでいったオブジェではなかろうか?と。
勾玉が示す「胎児」。
生命が発生して分化していくオブジェ。
あの形ではなかろうか?
魚であれ鳥であれ鹿であれ熊であれ人であれ、その始まりはあの形であった、という。
何であの形が古代人にわかったのか?
武田先生も暫く考えたことがあった。
魚であれ鳥であれ鹿であれ熊であれ人であれ、その始まりは胎児、胎生の形。
ちょっと怖いと思う水谷譲。
怖いけれども、でも事実として彼等は私達よりも遥かに生き物の腹を割いて中を見ていたであろう。
その時にその形を見て「生命の始まりはこれだ」と直感したという。
ある意味で非常に科学的な目。
人間でもそのようなことがあったのかも知れない。
繰り返しになるが、この勾玉というのが、そういう小さいものをぶら下げているものというのに縄文からの日本人の遺伝子が込められているという。
心の古層、古い層から遺伝というのは今でも日常に日本人は持っている、と。
祭は「ハレ(晴れ)の日」だが、労働の日は「ケ(褻)の日」といって。
ハレの日のは特徴があって面白いものだが、日本のお祭りというのは垂直方向の神「御柱」とか「ねぶた祭」。
垂直。
「立佞武多(たちねぷた)」というのはもの凄く高い。
それから博多でいうと「飾り山笠」。
垂直方向。
神に届くような高い棒を立てたりする。

 最後のポイントは、「ミニチュア化」ということです。縄文人も倭人も、ちょうどいい形をした現実の山を聖なる山として、それを聖地として見てきました。(104頁)

それをギューッと小さくして石に住んでいることにして注連縄を巻いて神域とするというような。
神の住む場所としての山。
神の座る場所としての岩。
そういうものを設定する。

 神は、蛇の体をしていると考えられているんですけれども、それが、小さな、小さな蛇となって現れる。(105頁)

凄く面白いことは巨大な大蛇として現れる時と小さな蛇に変身して現れる。
この「ミニマム」と「マキシマム」これを自由に行き来するのが日本の大蛇・神の化身。
だから大きいなら大きいままではダメ。
それは妖怪なんだ。
神の化身は大きくなったり小さくなったりする。
これが特撮映画になるとウルトラマンになってしまう。
ミニマムとマキシマムを自由に行き交うところに神の姿がある。

 上賀茂神社のご神体は、後ろにある神山です。−中略−それを模して、−中略−円錐状の二つの砂の山によって表現する。これは完全なミニチュア化ですね。(105頁)

それで悪いヤツが入ってこないように飲み屋さんなんかでは盛り塩で。
あれが実はこれ。
上賀茂神社の円錐の神山のミニチュア化。
(という話は本にはない)
巨大なものを小さくする。
それが日本文化。
その盛り塩と同じように巨大なものを小さくする。
それが「盆栽」。
それから仏教芸術。
大きな仏様、奈良の大仏を造ったかと思ったら小さな箱の中に入るようなコッパの仏像を造る。
仏の姿というのは巨大にも小さなミニマムにもなり得るという。
それから「茶の湯」。
偉い人をもの凄く狭い部屋に案内するという。
そこで広々とした心で茶を飲むという。
或いは華道。
美しお花畑を小さな器の中の一輪の花に託すという。
ミニマムとマキシマム。
これを自由に行き交うところに日本文化の芸術があるというこの面白さ。
これが芸術だけではなくて、サブカルチャーにも溢れ出すところが日本の面白いところで。
巨大なものを小さくする。
それが日本文化。
皿を自然に見立てて、魚を一匹焼いて出す時にも、皿の上に生きて泳いでいる時の姿を模したりする。
あれも大きな川のミニチュア化。
鮎とか。
それからいつも感心しているが、刺身を出すのにカマクラを造って。
あれも季節をミニチュア化するという。
懐石料理というのはそういうこと。
ミニチュア化。
このミニチュア化で日本人は実に独特であるという。
例えば中国の人、欧米の人に箱庭療法で「思っていることをこの箱庭で描いてみてください」と言うと、意味が多すぎる。
「真ん中には教会があります。私は毎週行っています」とか。
真ん中に岩をバンと置いて

「これは須弥山です」って、やるわけでしょう?(113頁)

ところが日本人は真ん中に大きな穴を開けて「何ですか?」と聞くと「わかりません」。
この曖昧さが日本人。
何かを象徴するものを日本人は少ししか持っていない。
武田先生は箱庭療法を河合さんの本で知ってもの凄く感動したことがあった。。
胸に障害のある、病気をなさっていた少女が、箱庭療法で双子の湖を作って真ん中で白鳥が泳いでいるという、そういう箱庭を作った。
それを河合隼雄という人は引きで見て、彼女が描いた湖が肺の形をしていた。
自分の肺の欠陥をどこかでその子は知っていて、早く肺の病気がよくなるように箱庭の中に自分の胸の肺を作った。
無意識。
こんなふうにして言葉に一切表さないものを表現する。
そしてそのことが健康に結びついたりする。

今までいくつものいわゆる勾玉から始まって胎児のオブジェとかいろんなことを話した。
「カワイイ」文化。
小さくしておいて身につけられるものにして、それを仲間たちに共有するとか。
それから偉大なものは大きくなったり小さくなったりしなければならない。
それはやはりミニマムとマキシマムの往復。
そのような文化の中で生まれたヒントで異国の人が「面白いなぁ」と思って今年の夏なんかもそうだがたくさん観光客の方が日本にいらっしゃった。
日本のアニメとかカワイイ文化を尋ねて歩いておられる。
その殆どNo.1に近いポケモンがいる。

 ポケモンは、モンスターです。これがポケモン・ボールの中へ入ってしまう。−中略−そういうモンスターを自分の身につけていく。先ほどの胎児(=勾玉)と同じように、自分の身につけて歩くというのが、自分のパワーの源泉になって(176〜177頁)

これは田尻さんが少年の頃に、昆虫採集をしているのがヒントでできたゲーム。
このポケモンはというと、様々な地方があり、住んでいるポケモンがその世界では異なる。
関東地方やカロス地方(「ポケットモンスター」シリーズに登場する架空の地方)にはピカチュウというポケモンが生息している。
ポケモンは弱ると体を小さくして狭いところに隠れるという習性を持つ。
捕まえる為にはモンスターボールが必要で様々なボールがあり捕まえて、そのボールの中で育てるという。
そのボールもまさしく勾玉に似ている。
しかもポケモンは日本の地方に住んでいて、ミニチュア化でいろんなところにいる。
それで捕まえる人がその地方まで行って捕まえる。
それが「ポケモンGO」というゲームになって。
考えてみればまさしく日本の縄文文化。
そうやって考えると、古代が日本にもあるという。
(ポケモンの話は)武田先生。
確かポケモンはそうだったと思う。
ご指摘されたのか?
この先生達ももの凄くわかりやすく書いてあって。
そうやって考えると日本という国の面白さが改めてわかってくると思う。
古代に通じる何かが日本には現在の暮らしでもあるのではないだろうか?

霊園の話が縄文・弥生にいってポケモンに行くとは思わなかった水谷譲。
とどのつまりは石。
勾玉のこと。
パワーストーンなんていうのはもう縄文の感性。
女性が皆、宝石をしたがるのも勾玉。
フランスのレヴィ=ストロースという人類学者。
この人は象徴が文化の中に生まれると、その象徴に向かっていく心理と、その象徴から逆方向に向かっていく心理が生まれる。
文化はどんどん複雑になっていく。
文化は複雑にならないとダメ。
日本文化の面白さは、例えば生ものを食べる。
魚も生もの。
それを料理人が包丁で切ると調理になる。
食べるのは生もの。
でも日本人はそれを「生ものを食べる」とは言わずに「刺身」という料理名で呼ぶ。
そんな国はない。
「切ったら別の料理名が付く」というのは無い。
刺身もお寿司も、最初は凄く嫌われた。
成田空港に降りた瞬間に「魚の腐敗した臭いがする」とか言われた。
それが今「美味い美味い」と喰うようになったのだから。
ここで凄く面白いのは何かというと、その料理は火で調理して文化を作った。
米に関しては、米は火を通して飯になった。
ところが日本人の面白いところは、その飯をもう一回自然に戻す。
それで何を作ったかというと酒を造った。
火を通したものを逆に火から遠ざけて酒を造る。
その横糸と縦糸で文化を造った。
もちろんブドウ酒もアルコールはある。
だが、日本の場合は、飯をもう一回自然に戻すという。
ちょっと中国の方の箱庭療法での結果を話すが、石を真ん中にドンと置いてこの世の真ん中に象徴を置きたがる。
自分自身が象徴になることがない。
日本の象徴文化、その構造を「曖昧である」とか批判する人がいるが、でもヨーロッパ的視点とか中国的視点とはどうも違う。
日本の河合隼雄さんはそういう意味で深層心理学の祖であるユングに対しても
学者としては「ユングは象徴を用いすぎる」そんなふうな反発を思っておられたらしい。
日本人は変わったところがいっぱいある。
日本人には日本人の独特の感性がある。
武道であっても、両方の意味を持っている。
武道というのは人を殺す技術。
ところが人間として完成する為の禅宗が武道にくっついて、人を活かす技術になるという。
柳生(宗矩)なんていう人はそういうことを言っている。
「おまえは殺人剣だ。剣はすべからく活人剣であるべし」
そんなことを本の中でおっしゃっている。

兵法家伝書: 付 新陰流兵法目録事 (岩波文庫)



つまり人を殺す技術が人を活かす技術になるという。
人を殺す日本刀が、美しい美術品として愛好され。
でもその「人を斬る」というものを「美しい」と。
「美しい波がある」とかと言い始める。
でもそこに面白さがある。

いろんなところに話が行き、石と霊園はどうなったのかと思う水谷譲。
それはまた、いいところが見つかったらまた続きということで。

これは武田先生が訳した。
この通りではない。
中沢は言う。
「人間に知性が発達したのは旧石器時代の洞窟の闇の中でした。その闇の中で興った宗教、そこから農業革命によって環境を変化させ、産業革命へと。そして宗教に頼りつつ、制度が作られて今。でもね、ここからは、どうなんでしょう?宗教によるか、科学によるか?大変こころもとない。独裁者のような超越者に政治を任せて人間を導く、国民を導くという世界観。それでは世界は進歩しないのではないか?皆で新たなる知性と現実のツールを探すべきだと私は思うんです。それは勾玉に象徴される古代縄文が一つの理想として日本からの提案になるのではないでしょうか?『いつか私も小さな磐座の闇の中に入ってゆこう』そういう決心が新しい文明を呼び寄せるのではないか?」
最後は何を言っているか武田先生もわからない。
石の話から霊園巡りも、こんな凄いことを言いながら締めくくろうと思う。



2023年8月28日〜9月8日◆霊園巡り(前編)

観念的なお話が続いていたから「私事も含めて『(今朝の)三枚おろし』で語りおろさないといけないな」と。
水谷譲から鼻だけで返事をされるという話題の提出は・・・
「ああ〜そうですかぁ〜」みたいな話は横に置いておいて、やがて水谷譲にもやってくる話ではないかというような、そういう話題を提出していかないと三枚おろしらしくない。
お墓問題。
とにかく武田先生が「ボチボチお墓を」ということで。
それで手っ取り早いことを言うと古里へ帰るワケで。
やはり「里へ帰るのが一番いいんじゃねぇかな」と思って。
それでこの間、3〜4か所、福岡市の墓地をと思って。
それで一度話したが、あの後不思議な心境になった。
墓地巡りをして変な外人さんから怒られたというあの短い旅の間に、妙に心が落ち着く。
「放っておく力」の回で詳しく語られている)
「あそこに俺の墓が」とかと思うと何となくホッとしてしまって。
やはり「霊園パワー」というのはある。
まだ探すつもりでいるが。
福岡はいいところなので景色のいい霊園はいっぱいあるので。
筑紫平野を見ながらの霊園がいいか、もう「一つ玄界灘が見える」「海が」というのもいい。
糸島あたりにもいい霊園がある。
楽しい。
それで霊園がちょっと気になったら仕事で秋田の方に飛んだ。
数少ないコンサーとの仕事。
もうちょっとやりたいのだが、仕事の依頼が(南)こうせつさんほど来ないし。
秋田の公民館の二か所で歌いに行った。
そうしたら秋田は石器時代の古墳の多いところ。
走っていたら環状列石、真ん中に長い石を立てておいて周りをぐるりと環状に石が取り囲んで。
それが不思議なことに同じ形をしたのがイギリスにあるとか。
環状列石とか、吉野ケ里で石棺が出て大騒ぎになった。
考えてみれば一種の霊園、お墓。
「ああ・・・俺が何か霊園巡りして自分のお墓の形、ああしたいな」とかと思う。
それが思うたびに落ち着くのは、もしかしたら石器時代の長い記憶と繋がったからかなと思って。
その石器時代という時代があって、石を神様だと思って拝んでいた時代がある。
それは霊園でご先祖の霊に手を合わせるのと同じ。
(以前、この番組で)水谷譲に話した。
石を石器時代の人達は拝んだ。
その神様が宿った石のことを「ミシャグ」とか「シャクジ」とかと言った。
(このあたりの話は「諏訪大社」の時に取り上げられている)
水谷譲は気付いて「石神井公園ってこれですか?」と言った。
あそこに昔、石を神だと思って拝んだ石器時代の、いや、縄文の人達がいた。
そういうのを考えると「気持ちが繋がったのかなぁ?」という気になって。
何で石を拝むんだろう?
クサカベさん(仮名)という霊園案内人の中年の女性がいて、その人が石の値段をいろいろ説明してくれた。
石は高い。
ことごとく今、中国からの輸入。
だからあまりデカい御影石はやめよう。
それで武田先生は安い石でお墓を作りたいという夢が出てきた。
それが環状列石。
今、もの凄く墓石屋さんも理解が深くて「そういう新しい造形を求めている」という霊園案内のスタッフのクサカベさんから言われた。
よく生前お好きだったものを彫って、例えばギターの墓石とか、バイクの墓石とかという方も今、いらっしゃると思う水谷譲。
そうやって考えると楽しい。
死後の自分の墓石を生きているうちにデザインする。
クサカベさんから言われたのは「やっぱり石じゃないとダメなんです。土はお墓、霊園ではやりませんよ」。
その時に「石に関する感性って何だろう?」と思い始めた。
武田先生は本当に遡る。
二千万年前まで遡る。
この二千万年前まで石と深い関係ができた日本の歴史。
石器時代の縄文人から石への憧れを騙り尽くそうかと思う。
このあたりがツカミ。
明日からお墓の話。

霊園巡りでしみじみ眺めた墓石。
それを話題にしている。
不気味だと思わないでください。
日本は素敵な石がいっぱいある。

ここからが「ジオグラフィー」。
前にお話しした「フォッサマグナ」。
(フォッサマグナの話は「諏訪大社」の回にも出てきたが、主に「フォッサマグナ」の時に登場する)
明治に日本を訪れた(エドムント・)ナウマン君が日本アルプスの深い谷間を見て「一体ここで何があったんだ?」。
元々は日本列島はユーラシアの東端にあったのだが、二千万年前に大陸から二つに千切れた。
その二つが海へ出てきてくっついた。
そのくっついたところがフォッサマグナ。
それで北の方は北海道がまたユーラシア大陸から千切れて流れてくる。
北米プレートというプレートに乗っかって。
それで九州・四国はというと、また千切れやヤツが集まってきてくっつく。
結構寄せ集め。
伊豆半島とあるが、あれは浮かんでいた島がフィリピンプレートに乗っかってぶつかってできた。
だから沖の方にいろんな島が点々と浮かんでいる。
あれは全部こっちに来ている。
動いている。
昔、武田先生が「大丈夫、北方領土もだんだんこっちに・・・」。
北米プレートに乗っかってズブーと刺さる。
その時は私達のもの。
ロシアの方にも諦めて貰わないと。
日本というのは凄いことにマグマがあって、マグマの上にやや冷えたプレートという皿がある。
そのプレートの4枚が日本の真下でくっつき合っている。
太平洋プレート・ユーラシアプレート・フィリピンプレート・北米プレート。
そのプレートが動いて、いろいろ島を寄せ集めて日本を作っている。
地震が多いハズ。
また、火山も多いから火を噴くと、「いい」というのは何だが石が新しくできるというワケで。
太平洋・北米・フィリピンプレート。
これがぶつかったところが「三重会合点」といって「トリプルジャンクション」と言うらしい。
房総半島のちょっと先に三枚がぶつかったポイントがある。
未だに押し合っている。
そして35億年の生命史を経て約3万8千年前、この地にやってきた人々はこの島にある石を見て「これ、ただ事じゃないぞ」と。
それで神を感じたのだろう。
それがいわゆる「旧石器時代」で「新石器」に入ると縄文人という人達が日本人の源流になっていく。
そうやって考えると私達は石への信仰を持った民族として育ち始めた。
例えば長野県あたりでは「ミシャグ」というのだが、神様が宿っている石のことを「ミシャグ」。
東京では「シャクジ」と言ったりする。
「石神井公園」の「シャクジ」。
だからあそこにも縄文の先祖の人達は住んでいて、石を拝んでいた。
その「石文化」というのがある。
「鬼滅の刃」を見ながら思った。

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鬼殺隊に入れるか入れないかはあの石を日本刀で真っ二つに切ったら入れる。
(番組で「鬼滅隊」と言ったようだが、多分「鬼殺隊」)
「石に対するある種の神を感じる」という感性。
その日本人の墓石への教養みたいなものを醸成していったのではないか?
丁度、何だか霊園巡りをして「自分のお墓の形、石でどう造ろうかな?」とかと思ったら「気持ちが落ち着くなぁ」とか夜、眠りに落ちる前の楽しみだったりして。
「前方後円墳にしたいな」とか「石舞台なのもいいし、環状列石みたいな墓石もいいなぁ」とか「一文字刻むとしたら何がいいかなぁ」とか。
どんどんアイデアが湧いてくる。
そんなことをしているうちに本屋で見つけた本が「ジオサイコロジー」。

ジオサイコロジー: 聖地の層構造とこころの古層



中沢新一さん、宗教学者。
この方と河合俊雄さん。
河合隼雄さんの息子さん。
このお二人が対談なさった創元社の「ジオサイコロジー」。
地理・地勢の心理学「ジオサイコロジー」。
岩に託された心理という。
何か凄く面白そう。
新しい心理学。
河合さんがこんなことをおっしゃっている。
深層心理の世界だが。
「まず、岩についてですがね、宗教学者の中沢さんがおっしゃっておりますが「聖地」「聖なる地」は深い洞窟の奥にあります。これは深い闇の中に入っていって闇の中から光を見る。崇高な光の体験。そういうものが人間の知性に火を点けたのではないだろうか?その洞窟の中に聖地を築いたという体験が岩に対する一種畏怖の感情を抱かせ、宗教になったのではないか?」
全ての宗教は深い洞窟の闇の中から発生した。
その宗教から人間は知性・感性を発生させた。
面白いもの。
私達の心理の奥の方に岩と結びついた情緒があるのではないか?

心理学の河合俊雄さんの言葉。

「聖地は深い洞窟の奥」にある。崇高な光の体験と言うか、そこでの流動的知性とか、その光の流れのようなものが、だんだんと大岩そのものに対する畏怖の感覚になっていった。(71頁)

洞窟の中に宗教的な儀式をやる場所が昔、石器時代にあった。
声も響くから。
「祈りの場」というか、神秘の場所だったのだろう。

 岩というのは、何かこう噴出してくるものとか、聖なるパワーとかで、なかでも磐座というのが面白いと思うのですが、岩なんだけれども、同時に中に入れるものです。(71頁)

そこに亡骸を置いた。
考えてみたらピラミッドなんていうのはその為の・・・
こういう「岩に寄せる思い」みたいな発言を武田先生の霊園巡り、霊園探しだが、ホッとするというのはどうやら磐座(いわくら)を探しているのではないだろうか?
これは「岩、有難み感じるか?」とおっしゃるが、アマテラスオオミカミが身を隠したところは天岩戸。
アマテラスオオミカミという神様があの中に隠れてしまう。
「そんなとこいたらダメですよ」と言いながら皆でニワトリを使って「朝が来た」とか騙くらかして。
それから鏡を置いたりして太陽の光を「朝が来た」と勘違いするようにしむけた。
神が岩から出てくる。
そこに日本の始まりがあったというところに、いかにも石器時代が終わって次の時代を象徴するような物語として日本神話になったのではないだろうか?

それから石への憧憬といってもいいと思うが、石に憧れた人がいる。
70歳の頃だが、深層心理学者のC・G・ユング。

ユングは心筋梗塞での臨死体験というのを体験します。自分の体を離れていって、地球をはるか上から見下ろしていると、隕石のような真黒の石の塊が出てくる。そこに入口があって、中に入っていって、もうちょっとで帰れなくなりそうだったんですが、主治医に呼び戻されて帰る、という経験をします。−中略−
 最後、死ぬ前に、向こう側にもう一つのボーリンゲンの塔、石の塔が出来た、という。彼は「これで自分は死ぬんだ」と思う、そして本当に亡くなった。
(73頁)

武田先生がやろうとしていることは、そういうこと。
自分が入るべき「磐座」「石の部屋」を探している。
そうやって考えると納得がいく。

日本にも石への憧憬を持っている人がおられて、鎌倉前期、栂尾高山寺、華厳密教の僧・明恵。

明恵が四〇歳くらいのときの夢です。−中略−
 一つの石をもらった。長さ三センチ、広さ二.一センチ、厚さ〇.六センチくらいである。石には眼があって
(74頁)

夢・神話・物語と日本人 エラノス会議講演録 (岩波現代文庫)



大きな石(岩)が、大海のほとりに高くそびえていたという夢です。この、海のほとりに岩がそびえている夢を見て、「ああ、これで自分は死ぬんだ」と言った。(74〜75頁)

これは石と死へのしるべ。
武田先生は何かワクワクしてしまう。
これは面白いなぁと思って。

三〇代女性の心理療法過程についてのものです。
 このクライエントさんはひどい膠原病で、ステロイドを何錠も飲んでいるせいで免疫機能が落ちて、癌を併発します。それを契機に、「自分はこれまでずっとほかの人に合わせてばかりだった」ということで、心理療法の中で攻撃性が出てくるようになって、ご主人とぶつかるようになります。自分の中からものすごいエネルギーが出てきて、特に「トトロの渦」と名付けられた次頁の写真のような箱庭をつくります。これは、ある種、火山のような形になっていて、下のほうから渦を巻いてエネルギーが立ちのぼってくる。こういう箱庭をこの人はつくります。
 すると、なんと、この人は膠原病が寛解してしまうんです。ステロイドを飲まなくてもよくなります。また、癌の治療のほうもうまくいきます。
(76頁)

心の中に抑え込んでいるものを表現できた瞬間に体が変わる、という。
箱庭療法は日本が得意としていてユングなんかもやっていたらしいのだが、これは凄く面白い考え方で。
これは河合隼雄さんが言っているのだが、自分の体の異変が自分の心理を描いたら、治ったということ。
その時に「治る要素は自分にあったと思わないでください」と言っている。
それはやってきたんだ。
「快復したあなた」というのはあなたの内側に眠っていたものではなくて、あなたから呼ばれてやってきた第三のものだ。という。
あんまり深く話すとややこしくなるのでやめてしまうが。
何か武田先生はもの凄くそういうのは面白いなと思って。
武田先生は霊園巡りをやっているうちに墓石のことを「何か心が軽くなるんだ」という。
それはこの女性と同じ。
武田先生も一つの箱庭療法で隠していたものを表現したいのではないか?
「こんなことを描いてみたい」と思ったところから、全然違うものが武田先生の中に入ってきたのではないか?

河合氏の発言だが「石に惹かれる」というような縄文的なものと弥生的なもの。
稲作を始めた弥生人の。
その両方を日本人は持っている。

 縄文的世界の循環・贈与と弥生的世界の余剰・蓄積というのは、大きく違う。(82頁)

そういう世界が日本の古代であった。
一番驚くべきことは、それが戦わずに同居した。
縄文人と弥生人が戦争をしたという跡がない。
もちろん弥生の亡骸の中に弓矢で当たって死んだりなんかしたという人はいたらしいが、戦争と呼ぶような巨大な形になったものが非常に少なくて、縄文と弥生は比較的上手くドッキングしてしまった。
確かに他の時代は戦争があって次の時代になるが、縄文と弥生は境がよくわからないと思う水谷譲。
どこの民族もヨーロッパでも中国でもそう。
民族というのは衝突して殺し合いをするのだが、日本はもの凄く静か。
ここで凄く面白いことをこの二人は言い出している。
それは、私達は日本史を習った時に、日本列島に縄文人が住んでいて、渡来系の人々が朝鮮半島とか中国の南あたりから小舟でやってきた。
だから朝鮮民族とか中国民族とかが縄文の人と一緒になって弥生時代を作った、と。
それがこのお二人は「違うんじゃないか」と。
中国の史書に出てくるのだが、揚子江あたりに住んでいる一派人達を「倭人」と呼んでいる。
「倭人」と言ったら日本のこと。
ところが中国の史書によると倭人は中国の南の方にも住んでいるし、朝鮮半島・釜山あたりにも住んでいる。
それを「倭人」と呼んでいる。
彼等は現地の人達と交わらなかった。

「倭人というのは半農半漁なんだ」(142頁)

「倭人」と呼ばれつつ日本に住んでいない人達のことを「沿海族」「海の縁に住んでいる種族」と呼んでいた。
その沿海族の人達が、ある時期を期して日本に入ってきて稲作を始める。
一番最初にやってきたのは福岡県。
福岡空港の近く。
板付(いたづけ)。
ここが何で取り上げたかというと日本で一番古い水田の遺跡が見つかっている。
その板付遺跡あたりから水田が始まって、あとは朝倉、福岡の農業地帯、このあたりから稲作が始まって日本中に広まっていったという。
そこにやってきた人達は、中国人でも朝鮮民族でもない。
「倭人」だ。
倭人だったから縄文人とケンカしないで済んだという。
つまり戻ってきたということ。
彼等は何か事情があっていったん日本を離れた縄文人だった。
倭(わ)という名前を付けられた。
やがて何かをきっかけにして日本に戻ってきて、縄文人と一緒に弥生時代を作っていくという。
これは面白い。
それで何で縄文人とすぐ倭人は仲良くなれたのか?
それは考えていることが一緒だった、という。

武田説が相当混じっていると思って水谷譲から質問をもらった。
これは混じっている。
これは積年の想いがあったので。
この一行を見付けた時にもう、謎が解けたみたいでうれしくて。
沿海族という中国の南や朝鮮半島の南に住んでいた、海沿いに住んでいた人々のことを中国の史書が「倭人」と呼んでいる。
「倭人」というのは列島に住んでいる野蛮人のことを「倭」と呼んだんじゃないかなと思ったが、中国の史書には「そいつらは中国の南にもいるし朝鮮半島の南の方にもいっぱいいるよ」ということが書いてあって。
それで専門家の方が中国や朝鮮半島に住んでいる人達のことは「沿海族」「海のそばに住んでいる民族」という別名を作ったのだが、この頭のいいお二人は「それは倭人ではないだろうか?」。
これは河合さんのおっしゃっていること。

昔われわれは、稲を持ってやってきたのは、全部中国人だと思っていましたが、じつは倭人と呼ばれる人たちだった。−中略−
 ちょっと驚いたのですけれども、倭人と縄文人には意外と共通するものがあります。山に霊性があること、大蛇の住む「室」があること、
−中略−「山=大蛇=雷」の神さまと海と水田の神さまとが一つにつなぎ合わされるようにして倭人の宗教ができたこと、山と海の両方を活動領域とする(86頁)

沿海族、つまり倭人の人達は中国の南に住んでいたけれども、その頃、中原(ちゅうげん)に興った民族「漢人」、中国人と仲良くしなかった。
漢人は少数民族を叩き出した。
その人達が雲南省に逃げ込んだ山岳民族のミャオ族。
あの人達はかつて日本人と似たような人達だった。
沿海族と呼ばれた倭人達は漢人があんまり追い立てるので住めない。
それで「いいよ。俺達古里に帰ろう」と言って帰り始めた。
倭人の人達にとって何で日本が古里だとわかったのか?
ここからが武田説。
倭人の人達は海と山。
そこを往復するのが彼等の特徴。
彼等はかつて日本に住んでいた。
ある事情があってそこに住めなくなった。
それで避難民として朝鮮半島や中国の南部に。
そこで稲作栽培等々の生活手段を見て「これは便利がいい」。
それで「日本に帰れそうだ」という目安が紀元前千年あたりでようやく芽生えて、続々と帰り始めたという。
では彼等は日本を何で離れたか?
これを(武田先生の事務所の)コジマがポツンとこの間言った。
鬼界カルデラの大噴火。
遠い遠い昔、鹿児島県の沖、海底の中に「鬼界カルデラ」という火山があった。
ここが大噴火して、列島は関東まで人が住めなくなっている。
その時に半島と中国へ避難した人達がいたのではないか?
この鬼界カルデラの大爆発というのは、もう凄い。
興った津波が30mという。
東日本大震災の二倍の津波が興って、鹿児島はもう一切人が住めなくなった。
噴火の噴煙が三重県に舞い降りている。
この大噴火の経験で暫く日本に住めなかった。
こういう火山の爆発というジオの大災難があって、日本神話の中に記憶が残っている。
それがアマテラスが岩戸に隠れたら真っ暗闇になった。
噴煙で真っ暗になったという体験とか、ヤマタノオロチという蛇が山を這う。
それが海底から噴出したマグマが火の龍のように。
それを目撃した縄文人がいて、神話の中に取り込んだのではないだろうか?
この鬼界カルデラの大爆発。
海底火山だが直径20kmの世界最大の溶岩ドームを持ち、海底火山は7300年前、縄文以前の時代に大噴火を起し、大隅半島に寄せた津波が30mに達し、三重県まで襲った。
火山灰は東北地方まで降り積もった。
この時に列島の住民である縄文人は、中国、或いは横の朝鮮半島、或いはインドシナ、そこに逃げたのではないか?
そして噴火が治まるのを待って「帰れる」とわかった瞬間にその外地で学んだ稲の栽培方法を持って九州を目指した。

墓石から始まった話。
舌は噛むは何は噛むわ。
ジジイだから自分が思っているほど舌が回っていない。

そんなふうに考えると、武田仮説だが、何か凄くわかるような気がして。
それで、鹿児島はまだ危ないと思ってか、福岡に辿り着いた一派が板付へ登って行って、そこの干潟を利用して田植えを始めた。
武田先生の家から自転車で10分。
ちょっと身びいきも入っている。




2023年10月07日

2023年7月3〜14日◆寿命(後編)

これの続きです。
(本の中の傍点部はアンダーラインで表記する)

スティーブン・ジョンソンさん、「EXTRA LIFE」。
「余分な」というか「特別サービスの命」というか。
スティーブン・ジョンソンさんのこの本の面白さは、何千年も延びなかった寿命がこの百年で54年も延びたのか?という。
それを見つめていくと医学だけでは急に延びたりしなかったという。

水谷譲に先週お話したコレラの話。
コレラが「これが原因じゃないか」と見つけたのはお医者さんではない。
コレラで苦しんでいるイギリス・ロンドンの町があった。
そこの水道局の人が見つけたのが「コレラがどうやって広がっていくか」の原因。
コレラ(の原因)は水だった。
あるエリアの井戸を調べたら下水道の汚水が井戸に流れこんでいた。
「これじゃないか」ということで、その穴をふさいで井戸を綺麗に浚えたらコレラの伝染力が落ちたということで、ここから「上下水道を綺麗にしよう」というイギリスの近代化が始まったという。
武田先生はこの話が何か無茶苦茶面白くて、私達は感染症とか病気とか「お医者様」と言うが、実は人類にもの凄く貢献した大発見はかくのごとく市井の人々の物事を考える力。
この中で特に面白かったのは、変わり者の人がいて、自分の住んでいるエリアの寿命の統計を付け始めた。
その人が死亡の原因をノートに書き続けたところから、この人が平均寿命を出してしまう。
これもお医者さんは関係ない。
戸籍係の変わり者だったらしい。
そういう話が凄く面白かった。
それがもしかしたら上巻だったかも知れない。
今、お送りしているのは下巻。

物事というのがどんなふうに進んで行くかというので先週お話したのはペニシリンなんかも見てわかるとおり自由度、「人間が自由である」というのがこういうイノベーションに繋がる。
そのことがもの凄く大事で、一人の英雄から何かが始まるということは無いという。
その中で面白いなぁと思ったのは、西洋の文明でもの凄く大きく文化・文明を進めたので、人類三大発明。
グーテンベルクの印刷機。
これがいわゆる文字文化を世界中に広げた。
中世のこと。
このグーテンベルクという人は印刷機をどこで思いついたか?

グーテンベルクがつくった印刷機は技術の重要な部分を、ブドウをつぶすネジプレスと呼ばれるものを開発していたワイン醸造家から借用した。(267頁)

つまり、グーテンベルクも「印刷術発明するよ」で生まれたワケではなくて、ワインを飲みに行って「これを利用したら文字が次々にいっぱい印刷できるんじゃないの?」という印刷機の発想をワイン工場で受けたという。
こういう結びつかないものが、とんでもないものと結びついて、ブレイクスルー、技術開発を進める。
その為には隣接可能領域、つまり「横壁を薄くしておいたほうがいいですよ」という。
その為に文明というのは、或いは文化というのは、自由でなければならない、という。

 一九一五年五月二〇日、第一次世界大戦初期の戦闘がヨーロッパと中東で繰り広げられているころ(270頁)

ペルシアのテヘランはゆっくりとヨーロッパの戦争に巻き込まれて

一〇月には、ロシアとトルコとイギリスがこの国の支配権を求めて戦っており(270頁)

するとたちまち食糧がロシア・トルコ・イギリスに買い占められて、小麦、砂糖、牛乳。
これは軍隊の食糧とする為に値段が上がり、「ペルシア飢餓」と言って飢饉が起きる。
(「軍隊の食糧とする為」あたりはポッドキャストの方でしか流れない。本にもそういう記述はないが)

この三年間で人口の二〇パーセント近くが餓死したと考える人もいる。(272頁)

人間の寿命に大きな影響を与えるワケで。

一八七〇年から一九七〇年まで、世界中で飢餓により死亡した人は一億二〇〇〇万を超えるとされ、軍事衝突による死者数よりニ、三〇〇万多いと推定される。(274頁)

(番組では戦争の死者が2300万人と言っているが本の内容とは異なる)
餓死がいかに人間の寿命を縮めていったかという。

一九世紀に平均寿命が延びたのはおもに食事の改善のおかげであり、−中略−医療の改善ではなく農業の改善だったと主張している。(275頁)

土地利用の拡大、施肥、冬期飼料、輪作など、−中略−農家が優秀になったからなのだ。(275〜276頁)

一七八〇年代末のフランスの飢饉は、フランス革命の一因だった。一八〇〇年代末には、−中略−アイルランドのジャガイモ飢饉は一〇〇万人以上の犠牲者を生んだ。(276頁)

今のバイデンさんも、この時のジャガイモ飢饉でアメリカに渡った人。
ご先祖はアイルランドの方。
ジャガイモが穫れなくて、喰うに困ってアメリカに渡って、今の代の方が大統領をやってらっしゃるという。
このジャガイモの飢饉でアメリカに渡った家系の人はジョン・F・ケネディがそう。
凄く面白いのだが「ジョン」と名前が付く人のルーツは殆どアイルランド。
ジョン・トラボルタ。
ジョン・ウェイン。
ジョン・レノン。
彼のビートルズのレパートリーを探すと歌がある。
(「Give Ireland Back To The Irish」を指していると思うが、それだとポール・マッカートニー。ジョン・レノンというのが正しいとすると「The Luck Of The Irish」と思われる)



ジョン・レノンはアイルランドの人。
もう一人有名なアイルランド人。
ダーティハリー。

ダーティハリー(字幕版)



あれは映画の設定がアイルランド人。
だからアイルランドの人特徴が「ダーティハリー」に盛り込んである。
彼は誰とも仲良くならない。
一匹オオカミ。
あれはアイルランド人。
アイルランド人はまだいる
スカーレット(・オハラ)。
「風と共に去りぬ」

風と共に去りぬ [DVD]



あの人はアイルランドの人。
だから第二巻目の「風と共に去りぬ」はアイルランドに帰る。
そこからもう一度アイルランド魂を思い出す。
確かに彼女も一人で生きている感じだと思う水谷譲。
あの映画は何が言いたかったかというと「私はイギリスの言うこともアメリカの言うことも聞かない」。
そういう女性。
それに彼女が生まれた牧場が「タラ」。
これはアイルランドの古戦場の名前。
日本で言うと「関ヶ原」という名前。
ここでイギリスと戦って負けた。
無念の地。
でも、アイルランドはイギリスに負けても「アイルランドである」と叫びつつ負けた。
だからスカーレットが一番最後に「タラへ」と。
あれはその意味も引っ掛かっている。

とにかく飢饉の話。
飢饉が様々な人々の運命を変えたり、寿命に影響をしたそうだ。
1950年代からやっと減った。

その前の四〇年では約五〇〇〇万人だった。(276頁)

餓死者はペルシア大飢饉が起こった時点の一〇万人当たり八二人から、この五年の一〇万人当たり〇.五人まで減っている。(277頁)

今や飢饉の死者は世界人口の1%。
そこまでやはり農業人が頑張ったということだろう。
「ペルシア」と言っているが、古い国名なのでポカンとなさる方もいらっしゃると思うが、こんなふうにしてロシアとかトルコとかイギリスから散々いじめられて、ペルシアの人達が「このままじゃダメなんだ」ということで「ペルシア人以外の人も集まってこいよ」とイスラムという宗教で集まってきて作った国が「イラン」。
今は「ペルシア」と言わず「イラン」という国になっているが、こんなふうにして世界の飢饉というのは減っていったということ。
この後も、もの凄い闘いが続く。

農業の話。
「農業がいかに人類が寿命を延ばすのに役に立ったか」ということ。
農業も様々なものを発見しているが、農業の発見したものの中で最大、これが「硝酸アンモニウム」という。
(番組内では全て「硝酸アンモニア」と言っているが、本に従って「硝酸アンモニウム」にしておく)
海鳥とかコウモリの糞便の中に。
これがペルーの海岸あたりでは優秀な肥料として農業を支えていた。
だから海鳥とかコウモリの糞便はもの凄く農業によい肥料に。
これは面白いもの。
中国人がこの硝酸アンモニウムの中から何を作り出したか。
火薬を作ってしまう。
硝酸だからできる。
この海鳥やコウモリの糞便というのは、もの凄く大事な資源みたいになる。
それで世界中はカモメ、コウモリ等々の糞探しに夢中になるのだが、硝酸というのはもの凄く不思議な物質。
海鳥とかコウモリの糞便の中にあって、これを乾かすと肥料にもなるのだが、火薬にもなりうるという。
戦国時代、日本はどうしていたか?
蚕。
蚕の出したウンコを徹底的に乾かすと良質の火薬になる。
伊賀の忍者、甲賀の忍者がいる。
甲賀というのは「ヒリュウ」(どういう字かわかりませんでした)とかという術。
のろしみたいにして空に花火を打ち上げるみたいな。
何でこんなふうにして火薬を生み出すのが上手だったかというと、普段農業をやっているから。
硝酸が手に入る。
硝酸アンモニウムというのは肥料になる。
別名を「窒素肥料」という。
だから、戦争に負けた日本は窒素工場を作って農業をとにかくもう一回やり直そうといって窒素肥料をバンバカ日本中に供給した。
それは化学物質で窒素肥料を一生懸命作っている最中に漏れだした水銀が海に流れ込んで。
だが最初の目的は何だったかというと、日本が食糧事情を自分達で担える田畑を持つ為の化学肥料製造工場だった。
だからまさかあんな悲劇になると思わないからチッソ(新日本窒素肥料)の人達は無我夢中で作っていた。
硝酸に関しては面白いことがいっぱい残っていて、徳川家康は知っている。
蚕とか、そういうものから糞から火薬ができることを。
だからもの凄く厳しく取り締まっていたのだが、大名たちはこっそり百姓に命じて蚕の糞集めをやっていたようだ。
方法があるのだろう。
火が付かないように囲炉裏の下だったかも知れないが、そこに置いていた。
危険なのだろう。
カラカラに乾かす為に。
そこらあたりに蚕の糞をしっかり溜めてカラカラに。
火薬と同じで湿るとダメ。
ところが乾かすと、これが火薬になって。
あそこなんかはこっそり作っていたようだ。
加賀藩とか。
黒田藩なんかも相当な火薬の量を持っていたようだ。
マタギの人達は自分達で鉄砲の弾を作っていたのだから。
鳥の糞とかそのへんだろう。
人間(の糞)はダメ。
鶏糞とかそういう糞の種類によって。
こういうのは面白い。
火薬ができると同時に農業肥料にもなりうるという。
何ともはや、不思議な化学物質。

微生物がいない畑でも、硝酸塩を補って、土壌生態系を活性化させることができる。−中略−二〇世紀におよぼした影響という点では匹敵するものがないだろう。ハーバーの人工アンモニアほど、爆発的な人口増加に影響を与えた発見はない。ハーバーが初めて実験を始めたとき、地球上にはおよそ二〇億人が暮らしていた。いまや七七億人だ。(280頁)

その飢餓を体験しなくてもよくなったのは、この農業革命の化学肥料のお陰。
そうとしか言いようがない。
ところが、そこがまた化学のあっけないところで

ドイツ人化学者フリッツ・ハーバーは、実験室で硝酸塩を合成する方法を調べ始め、一九〇八年には、ジアソ栄養物にも海鳥にも頼ることなく、硝酸アンモニウムをつくることができるシステムを完成させていた。−中略−ただの空気と熱(および鉄の触媒)から、貴重な産物をつくり出すのだ。(279頁)

硝酸アンモニウムをトン単位で製造する工場を設計した。−中略−人工的に窒素を「固定する」手法を発見し拡張していなければ、大戦中にどれだけ多くの人が死なずにすんだかは定かでない。(279〜280頁)

一番最初は農業から始まった化学物質だったのだが、火薬に転用されて、戦争の戦死者を生むことになった。
そうやって考えると農業は人間がやはり化学に気が付いた大元。
これは何かもの凄く不思議。
武田先生も(化学は)苦手なのだが、そういう意味で面白いのだが、このへんは寿命と結びついているところが「面白いなぁ」と思うところ。

話がいろいろ散っているが「自由さがないと新しい発見ができないんだ」と思ったりする。

農業というものがいかに人間の寿命、つまりたくさんの人々を餓死から救ったという、そういう意味では農業というのがしっかりしていないと寿命が延びないということ。

ご飯はともかく、おかずも大事。
今日はおかずの話。
おかずは結構贅沢をするようになったが、贅沢ができるのもこういう人達がいたお陰。
問題もあるが、とりあえずこういう人達がいるから「喰えることは喰える」という時代が来た。

デラウェア州サセックス郡で、セシル・スティールという若い女性が、家庭農場で卵を産むニワトリを飼っていた。−中略−毎年春、彼女は地元の孵化場に追加のヒヨコを五〇羽注文する。しかし一九二三年の春、孵化場のミスで彼女の注文に余計なゼロがついてしまった。いきなり五〇〇羽ものヒヨコが届けられて、スティールは驚いた。(282頁)

製材業者が五〇〇羽を収容できる大きな新しい小屋を立てるまで、彼女はヒヨコを空の道具箱に入れておいた。−中略−ヒヨコを太らせ、一キロほどに達したとき、三八七羽を一キロ一三六セントで売り、かなりの利益を上げた。−中略−そのころまで、−中略−ニワトリのほとんどは年とったメンドリで、シチューの材料だった。しかしスティールのニワトリは若く、つまり肉が柔らかくて揚げ物に適していた。(282頁)

五年後、スティールは工場式養鶏場の先駆けを構築し、一年に二万六〇〇〇羽を育てて売っていた。(282頁)

工業規模の養鶏場では−中略−ニワトリが、羽根を広げる余裕もないほど小さな金網のおりに押し込められた。(283頁)

卵を産んだら下に転がって卵を集める場所にという。
若鳥の方はというと、あんまり運動をさせると筋肉隆々になってしまうので、若いうちにというので狭いところで飼って餌を与えて

市場に出せる大きさに成長するまでに、ウシが一年以上かかるところを、数週間ですむ。(283頁)

抗生物質を強化したビタミンDの補助飼料を与えると、ニワトリは日光に当たらなくても屋内で生きられることを発見した。(283頁)

もう「ニワトリを飼う」ではなくて「生産する」という感じ。
そうすると数週間のことだから、いくらでも生産できる。
みるみるうちにこのやり方が他の業者にも真似されて、養鶏業界は拡大の一途。
この上にここの州の近く、ここでチェーン店ができた。

ケンタッキーフライドチキンのようなファストフードチェーンが急増し(283頁)

それがもう世界中に広がってゆく。

現在、アメリカ人は年間平均四〇キロ以上の鶏肉を食べている。(283頁)

世界中のニワトリの総数だ。−中略−つねに二三〇億羽ほどが生存していて、人間は年間六〇〇億羽以上を食べている(284頁)

本当に申し訳ないと言うか。
とにかくヒヨコから数か月で出荷できるので、鶏肉・ニワトリというのが大歓迎なワケで。
しかも生産方式は工場式養鶏技術。
もの凄く効率化されているが、ここのところまだ卵の値上がりは続いているのか?
卵はずっと高いと思う水谷譲。
これは工場式技術の進み過ぎ。
余りにも過密故に鳥インフルエンザという大量死を引き起こす感染症が鳥の世界で。
卵が高いのは困るのだが、しかし少し控えないと。
今までが安すぎたのかなという気もする水谷譲。

僅か百年の間で人類は54年、二万日も寿命を延ばした。
確かに世界では寿命に格差がある。

最も裕福なイギリス市民とそれ以外の人びととの寿命の格差は、じつに一七年もあった。いまもその差は存在するが、以前にくらべればわずかで、たった四年である。(290頁)

グローバルサウスと表現される地域の格差は、この三〇年間に、−中略−これまでなかったテンポで縮まっている。−中略−インドの平均寿命は−中略−いまでは七〇年を超えている。一九五一年、中国とアメリカの差は二〇年以上あったが、いまではたった四年だ。(291頁)

この進歩、これは様々なイノベーション、それも偉大な科学者、偉大な英雄、皇帝が世界の寿命を長くしたのではない。
庶民の間から様々な知恵が寄せられて、一歩ずつ一歩ずつ人類は長生きができるようになった。
武田先生もその恩恵にあずかっているワケだが。
しかし二万日の寿命を延ばした。
これは一体何か?ということを突き止めると私達が自由を求め、人と人との間に壁をなるべく薄く、或いは壁を取り除く、そういう連携があった為。
営利を求め、特許で守られたイノベーション。
そういうものは続かない。

面白いことが書いてあって自動車事故による死者の少なさも寿命に影響している。
交通事故であまり人が死ななくなった。
理由は何か?
安全ベルト。
三点式シートベルト。
これがもの凄く死者を少なくした。

ボルボのためにニルス・ボーリンが設計した三点式シートベルトである。−中略−シートベルトが成功した理由のひとつは、ボルボが公開特許として世界に発表したことだ。(298頁)

そのことがどれほど自動車産業界にとって死者を少なくしたかという。
だから「特許でガチガチ」とか「著作権を」とかあるが、特許・著作権があるばっかりに広がらないという。
どこの世界もそう。
音楽でも著作権で「かけちゃいけないの?かけたら広がるのに」ということもある水谷譲。
この三点式シートベルトは急激に普及した。
それも「後部座席までちゃんとしなきゃダメ」だという。
これは何で広がったか?
(事故が少なくなったという)データだけではダメ。
これがイノベーション、物事が広まってゆく。

ダイアナ公妃がメルセデスの後部座席でシートベルトをしていなかったときに亡くなったあと、後部座席のシートベルト着用率はイギリスで五倍、アメリカで二倍以上に増えている。(259頁)

今回のCOVID-19、新型コロナパンデミックで、驚異的スピードでモデルナ、ファイザーがワクチンを開発した。
これはやはり凄いこと。
いろんな心配事はある。
だが、やはりこれは凄いことで、わずか二年でここまで死者を減らしたということは様々な壁を取り除いた各国の連携がこういう情報をやり取りしているからである。
「横の情報というのは繋がりを持たないと新しいイノベーションは起きませんよ」ということ。

人類が農業を始めた。
「これが最悪の誤りだ」と生物学者の人で罵る方がいらっしゃるが、しかし農業のお陰で寿命は延びた。
これは事実。
武田先生は五人兄弟。
このコロナの二年半で姉二人、友人、義理の兄。
六人が逝った。
もう葬儀もできなかった。
全員に共通していることが一つある。
全員75歳を過ぎている。
そういう意味ではベショベショ泣いてはいけない。
武田先生の身内の中で姉、義理の兄、友人の中でペスト、コレラ、コロナ、飢餓、戦死、事故で死んだものは一人もいない。
それなりに満足だったのではなかろうかという一生を過ごしたワケで。
そのことをまず認めて人間の命、或いは寿命というものを考えてゆこうというふうに思う。
延びた寿命の二万日。
これを一体何に使うか?
これは武田先生も含めて真剣に人類は考えなければ。
武田先生は、フランスの女性の哲学者が言った「60歳までは個人だが、60歳過ぎたらあなたは人類だ」という言葉が好きで。
世界には様々な政治指導者がいらっしゃる。
バイデンさんもそう、習近平さんも、プーチンさんもそう。
皆、二万日の余命を生きてらっしゃる方で。
はっきり言って申し訳ないけれども「アンタ方は『エクストラ』『サービスタイム』の人生を送っとるんだ。もう人類に貢献しないとね」というワケで。
これは後編の方なので、今度は前編を時を置いてやるので、その時は「ああ、前編だな」と思ってくださいませ。
(今回の前編に当たる部分は9月放送分



2023年7月3〜14日◆寿命(前編)

(タイトルは異なるが、内容的に9月に放送された「エクストラライフ」の続き)

今週まな板の上に置いたのは「EXTRA LIFE」という本。

EXTRA LIFE なぜ100年で寿命が54歳も延びたのか



(番組内で「エクストラ」を「エキストラ」と言ったりもしているが、本の表紙にはっきりと「エクストラライフ」と片仮名で表記されているので、全て「エクストラ」に統一しておく)
これはなかなか伝わるものがある。
朝日新聞出版(著者は)スティーブン・ジョンソンさん。
この方がテーマにしたのは「かつて人生は50年だった」。
「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如く」という感じで、だいたい人生は50年。
それが70年、80年と伸びている。
考えてみれば武田先生などは江戸時代の人からすればとっくに死んでいいという。
人間を人類として眺めてみましょう。
この本の指摘によれば、人類は僅か百年で54年寿命を延ばしている。
何でこの本に手が伸びたかというと、近頃もう次々とゴルフ仲間が世を去って。
武田先生の死も含めて、それはもう遠い出来事ではないという自覚を持っている。
さあ、ここで寿命というものを考えてみようではないか、と。
いろいろこの本を辿っていれば人類史の中で人々は百年前何で死んだか。
これがインフルエンザ、感染症。
その次がコレラ、ペスト。
後は幼児期、幼くして亡くなるという。
やはり本当に十人中何人かしか生き残れない
三人ぐらいしか生き残れないような寿命だったらしい。
70代で去って行った友を見送るのは辛いのだが、流行り病で死んでいくということを避けられるようになって寿命が延びたのではないか?ということ。
もう一回繰り返す。
この百年のうちに人類は54年、

平均で約二万日も長く生きることになった。(24頁)

コレラ・ペストはもの凄い勢いで人類を殺し続けられた。
それらの病気に対して人類はどうしたかというと、観察し続けて一つずつ波を乗り切ったワケだから。

 コレラで人が死ぬのは、−中略−激しい下痢による重度の脱水と電解質不均衡が起きるからだ。極端な症例では、コレラ患者は脱水によって数時間で体重の三〇パーセントも失うことが知られている。(172〜173頁)

このコレラの特徴に注射針の発明によって

患者に点滴治療を施すと、患者はその水分の電解質で命をつなぎ、そのあいだに自然に治癒する場合があることを、医者は見出していた。(173頁)

水を補う。
ちょっと科学的な言い方になるが「経口補水療法」と言うそうだ。
(もちろん点滴治療は「経口」ではない)
今は所ジョージさんが安く売ってらっしゃる。

大塚製薬工場 経口補水液 オーエスワン 500mlx24本



これはコレラが流行った百年以上前は大変な貴重品だった。
コレラで苦しみ続けた人類だが、この経口補水療法を発見したのがインドのお医者さん。

一九五三年に早くも、ヘメンドラ・ナス・チャタージーというインドの医者が、カルカッタでの集団発生中の患者を治療しながら、この療法を考え出していた。複雑で高価な点滴装置は必要ない。−中略−飲む前に沸騰させればいいのだ。(173頁)

これはテレビドラマ「JIN-仁-」でやっていた。

第三話 未来との決別…



とっくりか何かをさかさまにして、体の中に針を打ち込んで仁先生が、飲む力がない(患者に)水分の補給をやるという。


 一九七一年、バングラデシュ独立戦争のせいで大勢の難民がインドに押し寄せ、−中略−まもなくコレラの激しい集団発生が、バンガウン郊外の満員の難民キャンプで起こった。−中略−医師でコレラ研究者のディリップ・マハラナビスは、−中略−すぐに集団発生の最前線に向かった。(174頁)

三千人の患者を一人で面倒を見なければならない。
(本には「点滴液を扱う訓練を受けたメンバーが二名」と書いてあるので、他にも人はいたと思われる)
それでこのインドのお医者さんが何を考えたか。
「もう医者じゃ手に負えない」
ボランティアの子を集めてやり方を教えた。
つまりお医者さんが威張り過ぎていて、素人に手伝わせなかったから蔓延した。
水を飲ませる。
それは誰だってできる。
意識のあるうちに水さえ飲ませれば何とかなるワケで。
これで医療行為を民間人が手伝う、一般人が手伝うという医療方法が広がったという。
医療的な危機の突破というのはかくのごとく、あるお医者さんの思い付きでいきなり反転するという。
面白いもの。

人間の寿命というものを考えてみましょう。
スティーブン・ジョンソンさん「EXTRA LIFE」。
「なぜ100年間で寿命が54年も延びたのか」(本の副題)
テーマはここ。
「一体何があったんだ?」という。
医学の進歩や環境の変化や食べ物とか理由はいっぱいあると思う水谷譲。
今、水谷譲が一番最初に挙げた「医療」。
これが意外とそうでもない。
ごめんなさいね、全国のお医者さん。
でも、スティーブン・ジョンソンさんという方はそのことをおっしゃっている。
医療行為というのは昨日話した通り、大量に病人が感染症なんかで発生して、どうしようもなくなった時に「とにかく命を救うんだ」という発想がブレイクスルー、革命を生んだというのも、医療そのものは意外と役に立っていないというのが寿命が延びた原因。
これははっきりジョンソンさんがおっしゃっている。
全国のお医者さん、気にしないでください。
医療がそうだ、重大なことを忘れてはいけない。
薬が明らかに人類の役に立ち始めたのは、僅か百年前だ。
薬が薬として役立つ為には、大きな悲劇がいくつもあった。
一番いい例。

一九三〇年代初め、ドイツの製薬会社バイエルAGが、スルファニルアミド、または「サルファ」剤と呼ばれる新種の薬を開発した。現在の抗生物質の先駆けだが効果はそれほどなかった。(184頁)

目標は飲みやすいサルファ剤を生産すること。一九三七年、新興のS・E・マッセンギル社の主任化学者ハロルド・ワトキンスが、子どもの口に合うようにラズベリーの風味を加えたジエチレングリコールに、薬を溶かすアイデアを思い付いた。(185頁)

 サルファには実際に役立つ抗菌作用があり、ラズベリー風味で甘い薬になったが、−中略−関連する六人の死者が報告された。−中略−死者が出たことをきっかけに全国で死因の調査が行われ、FDAの職員が薬局の記録を詳しく調べ(185頁)

FDA(アメリカ食品医薬品局)というのができて、ここの許可がないと薬は販売できないということにした。

ドイツの会社が鎮静催眠剤をコンテルガンという商品名で売り始めていた。そしてのちに妊婦のつわりの治療薬として販売した。その薬の有効成分でサリドマイドと呼ばれる免疫調整薬には、奇跡の力があるように思われていた。(192頁)

世界中の四〇カ国以上で使用が許可された。(193頁)

サリドマイドの仕様と関連した神経炎で、元にもどらないおそれのある一種の神経損傷の症例を報告する記事を見つけた。(193頁)

それでサリドマイドという薬禍事件が起きる。
これをアメリカでストップした。
不眠症で悩む女性は多かったからマリリンモンローなんかも相当買っていたようだ。
だが「この薬は鎮静剤として使っちゃダメ」ということで止まったという。
それでFDAで薬が効く効かないをどうやって見分けるかという、その検査方法も作った。

無作為化対照二重盲検試験(RCT)である。(197頁)

科学史上でこれほど人類の寿命に貢献した薬の検査方法はない。
名前が凄い。
「無作為化対照二重盲検試験」
これが凄い名前なのだが、もの凄く単純。

まず、現在その病気にかかっている大勢の人を見つけ、無作為に二つのグループに分ける。一方のグループは実験群と呼ばれ、試験している薬を投与される。もう一方のグループはプラセボを投与される。(197頁)

例えば喉が痛い人の為のお薬があるとする。
これをA群とB群に分ける。
A群には喉の薬を、B群の人々にはキャンディーを与える。
この実験を100回繰り返して95回以上で薬効、薬の効果があった方を薬と認める。
ただそれだけ。
ところがこれが、最も科学的。
プラセボ効果というのがあるので100回のうち5回、100回のうち5%はキャンディーが効くことがある。
だがそれは薬ではないというジャッジ。
飲む人、その薬を使用する人、使用しない人、その両者を比べることによって「これは薬である」という。
だからジョンソンさんが頻りにおっしゃっているのは「『病のことはお医者さんに任せればいい』じゃなくて、もう一回引き戻して考えてみましょうよ」というのがこの本のテーマで、これがなかなか面白い。

遠く一七四七年までさかのぼると、スコットランドの医者ジェイムズ・リンドが、イギリス海軍艦船ソールズベリー号で、最初のRCTを行ったことが知られている。当時、船員の死因第一位だった壊血病の有効な治療薬を見つけ出す試みとしてのものだった。リンドの実験では、症状を示している一二人の船員を選び、六組のペアに分けて、それぞれのペアに異なる栄養補助食品を与えた。リンゴジュース、希硫酸、酢、海水、柑橘類、一般的な下剤だ。−中略−病気との闘いでプラス効果があったのは柑橘類だけという正しい結果を示した。(198〜199頁)

ここで初めてビタミンが発見されたという。
これが何か伝説でグループで分けて薬効を確かめるというRCTという方法を導き出したという。
非常に単純なのだが、与える・与えない。
これが最高に身近な方法で最大の功績をしたのが喫煙。
「喫煙と肺がんの関係を見つけた」というのがこの方法で、肺がんの患者さんが喫煙者か否かを調査していくうちにやはり「吸う・吸わないって肺がんに関係してるよな」ということがわかった。
それでそのことをお医者さんに言うのだが、

「喫煙と肺がん」──は当初、医学界に相手にされなかった。(204頁)

タバコというのは人間の好みなもので、余りお医者さんが「辞めた方がいいですよ」というのはどうかなという。
それで遠慮していた。
(本の内容とは異なる)

今回彼らは、被験者として医師を使った。五万人以上のイギリス人医師に質問表を送り、喫煙習慣について面談し、そのあと時間をかけて彼らの健康を追跡する。−中略−二年半のうちに、すでに三七人が肺がんで亡くなり、非喫煙者に死者はいなかった(204〜205頁)

今、水谷譲はちょっとした違和感があって「肺がん・タバコとくっつくのは当たり前じゃない」と思っているのは、もう子供の頃からそれが結果としてわかっていたからそう思っているので、最初は結びつかない。
「タバコぐらいいいじゃん」というのはお医者さんの中にあった。
それで研究者の人が「これじゃイカン」というのでお医者さんを特にRCT、薬の真偽の見分け方の方法にかけて五万人をイギリスで調査して、僅か二年半でタバコを吸う人の37人が肺がんで既に死亡、非喫煙者は0ということで、お医者さんをテストしたところ、お医者さん自身がよく患者さんに話すようになったという。
これが世界中の禁煙運動に広がっていった。

ここから抗生物質の話に入る。
これは本当に面白かった。
この発見は偶然から起こった。

一九二八年九月の運命の日、スコットランド人科学者のアレクサンダー・フレミングがたまたま、ブドウ球菌を入れたペトリ皿を、開けっぱなしの窓のそばで風雨にさらしたまま放置して、二週間の休暇に出かけてしまう。九月二八日に研究室にもどってくると、青緑色のカビがブドウ球菌培養物を汚染しているのを発見する。それを捨てる前に、フレミングは奇妙なことに気づく。カビが細菌の成長を阻止しているようなのだ。(208頁)

フレミングは「もしかしたらカビがブドウ球菌の進撃を喰い止めているのではないか?」という仮説に辿り着いたワケで、フレミングはそのことを論文に書いた。
だが、ここからペニシリンができるとは思っていない。
人類にとって幸いだったのは

フレミングが一九二九年に発表し、長いあいだ無視されていたペニシリン発見に関する論文を、オックスフォード大学で研究をしていたオーストラリア人のハワード・フローリーとドイツ系ユダヤ人難民のエルンスト・ボリス・チェーンが、一九三〇年代末にたまたま見つけた。(215〜216頁)

「これは薬になるのではないか?」と思った。
培養液からペニシリンという物質を得た。

フローリーはペニシリンの効果を初めて実際に実験した。まず八匹のマウスを、連鎖球菌性咽頭炎その他の消耗性疾患の原因となる細菌に、意図的に感染させる。次にそのうちの四匹に量を変えてペニシリンを与え、残りの四匹には何も与えない。−中略−対照の四匹はすべて死に、ペニシリンを与えられたマウスはみな生きていたのだ。(218頁)

チャールズ・フレッチャーさんという方が「ネズミでここまで上手くいったら人間、やってみてぇな」と、こう思ったというワケで。

ペニシリンの話。
青カビから採れた物質。
「ばい菌」でまとめてしまって何だが、これがばい菌等に凄く効果があるぞという噂が立つ。

 フレッチャーはすぐに近くのオックスフォード病院で、理想的な症例を見つけた。−中略−アルバート・アレグザンダーという警官が、庭いじり中にバラのとげで顔にひっかき傷をつくってしまった。−中略−傷の表面下で、−中略−ブドウ球菌が増殖し始めた。(219頁)

(番組ではずっと「アレキサンダー」と言っているが本によると「アレグザンダー」)

「彼のあらゆる場所から膿が出ていた」(219頁)

急性感染の初期治療は、ただ包帯を巻くだけだった。(218頁)

アルバート・アレグザンダーはペニシリン二〇〇ミリグラムを投与された。−中略−薬の適正な量を推測しながら治療を進めていた。なにしろ、初めてペニシリンで治療される人間なのだ。−中略−数時間のうちに、アレグザンダーは回復し始めたのだ。(219頁)

体温は平熱の範囲に下がり、−中略−頭皮からしたたっていた膿は完全に消えた。(220頁)

人類が初めて化合物質で細菌に勝ったという、これを証明してくださったのがアレグザンダーさんの勇気だった。
ぐんぐんアレグザンダーさんは良くなったのだが。
ここからが問題。
このフレッチャーさんの手元にあったペニシリンというカビから作ったお薬。
余りにも少なかった。
グングン回復するのだが

二週間の治療後、薬は使い果たされた。アレグザンダーの症状はすぐに悪化し、−中略−この警官は亡くなった(220頁)

ここにも問題がある。
薬は効くとわかったら大量に作れないと薬ではない。
病気が治るまで大量に作れるという生産工程まであってこその薬。
それでまた、本当に残念なことにイギリスは1940年7月からナチスとの戦争に突入。
空襲があるのでペニシリンの製造ができない。
それでどうしようかなと思ったら、やはり横の連携は大事。

ロックフェラー財団の先見の明のあるリーダー−中略−に手紙を書き、ダン研究所の有望な新薬について説明したのだ。ウィーヴァーはその発見の重要性を認め、ペニシリンとフローリーとヒートリーをアメリカに呼び寄せる手配をした。ロンドン大空襲で混乱したイギリスから遠く離れて研究を進めるためである。(221頁)

 アメリカに着くとチームさっそく、イリノイ州ピオリアにあった農務省の北部研究所に、研究室を立ち上げた。(221頁)

戦争直後の数年間、ファイザーのような製薬会社は、地球上の隅々で土壌サンプルを探す大規模な調査任務を続行した。−中略−同社は「墓所からも土壌サンプルを取った。−中略−
私たちは坑道の底からも……海底からも土壌を手に入れた」そして一三万五〇〇〇という膨大な種類のサンプルが集められた。
(223頁)

彼女の名前はメアリー・ハント。彼女はピオリア研究所の細菌学者で、使われている既存の株に置き換わるような有望なカビを見つける仕事を課されていた−中略−メアリー・ハントが腐ったメロンを探していたのは、細菌を殺すカビが潜んでいるかもしれないと考えたからであり(224頁)

そのカビから抽出してみた。
その腐ったメロンから生まれたのがストレプトマイシン。
(ということは本には書いていない)
同じくこの青カビから作ったペニシリン。
ドイツも研究をしていた。
ヘキストという町のヘキスト染色工場というところで研究していたのだが、このペニシリンに辿り着く前にヒトラーが「ペニシリンよりもユダヤ人を殺す毒ガスを作れ」というのでその研究は打ち切りになって毒ガスを作る工場になってしまった。
(本によるとヘキスト染色工場は連合軍に占拠された為、薬の開発はされなかった)
このへんは考えてしまう。
ここにナチスと連合国の差がある。
ファイザーが付いたお陰で、ペニシリン・ストレプトマイシンが大量生産に入った。

一九四四年六月六日、連合軍がノルマンディーの海岸に上陸したとき、彼らは武器と一緒にペニシリンも携えていた。(225頁)

「ペニシリンを作ること」「毒ガスを作ること」この差で戦争の勝敗は分けられたのではないか?ということ。
ドイツは細菌性感染症についてはサルファ剤のみしか持っていない。
これはペニシリンとは薬効に圧倒的差があって、ペニシリンが救った兵士の数は凄い。
戦争の惨さだが、ナチスはほんのかすり傷で兵士が無駄に死んでいったという。
これが連合国には全員ペニシリンを握っていた。
このあたり、薬のエピソードの面白さ。
戦争映画の中には登場しないが、ノルマンディー上陸作戦で連合国側は全員、兵隊さん達のバッグの中にペニシリンが入っていたという。
これが凄く戦場で役に立った。
そういう映画のワンシーンは見たことがない水谷譲。
スピルバーグの戦争物「プライベート・ライアン」。

プライベート・ライアン (字幕版)



あれの中で傷を追った兵隊さん・・・あれが多分ペニシリンだったのではないか?
あれは全員皆持っている。
このペニシリンについて凄く面白いのだが

一九四四年七月二〇日、連合軍のノルマンディー上陸から一カ月あまりたって、ヴォルフスシャンツェ連合司令部の会議室に仕掛けられた爆弾がヒトラーを暗殺しかけた。爆発でヒトラーは切り傷、すり傷、そしてやけどを負う。その傷に、爆発の直撃から彼を守った会議室のテーブルから飛び散った木の破片が入り込んだ。(230〜231頁)

爆風で重症を負ったナチス幹部もいっぱいいて、この人達は病院で診てもらったが、すぐに感染症が現われ初めて、全員が危篤になる。
その危篤の中にヒトラーもいた。
ヒトラーも危なかった。
(この前後の話は史実とは異なる)
ところが悪運というか何というか、とにかくこのへんが薬の面白さ。

ヒトラーの医師テオドール・モレルは、彼の傷を謎の粉で手当てした。−中略−けがをペニシリン粉末で治療」−中略−モレルは別のところから特効薬を調達できた。アメリカ兵の捕虜が携帯していた二、三本のアンプルが、ドイツ人外科医によってモレルに送られたのだ。(231頁)

このペニシリンは重症のヒトラーに集中的に使われ、バタバタ他の幹部達が死んでいく中でヒトラーは命が助かる。
本当に助かってしまった。
その時にヒトラーがまた助かったことで余計、「私は神の子」とかというような神懸りになってしまって、ベルリンの最期を迎えるまで彼は存命であったという。

ペニシリンを大衆にもたらした国際的なネットワークの物語の皮肉な展開が読み取れる。フレミング、フローリー、チェーン、ヒートリー、メアリー・ハント(231頁)

ブレイクスルー、革命的な出来事を起す為には横にネットワークを持っていないと薬ですら生まれてこない、ということ。
本当に余計なことかも知れないが、これはしみじみ思った。
日本にも戦争に負けた後、抗生物質を米軍によって持ち込まれた、アメリカ軍が持ってきた。
ここでも奇跡のようなことが起こっている。
ずっと日本の歴史の中で死病とされていた結核、肺結核。
一体何人の人間がこの結核で死んだか?
肺結核、結核が治る病気になった。
千年単位で苦しみ続けた病気が、進駐軍が持ってきた薬で一発で治る。
それは歓迎してしまう。
考えたらこの抗生物質を二等兵が持っているのだから。
昭和天皇自らが敗北の理由をまず「圧倒的な科学の差である」とおっしゃったのはこの抗生物質なんかを取り上げるとわかりやすいというふうに思う。
戦争は無くならず今も続いているが、このペニシリンの発見なんかを見ていても、横との連携を持っていないと国家なんていうものは脆いものだし、こんなふうにして横のネットワークが自由に行き交うところに新しいブレイクスルー、力があるワケで、今も地球上のどこかで戦争が続いているが、横の繋がりを無くすと国家なんていうものは吹けば飛ぶような存在だと、そう言っていいと思う。


2023年10月06日

2023年9月11〜22日◆エクストラライフ(後編)

これの続きです。

わずか百年の間に人間は何と50年も長生きする。
この50年のエクストラライフ。
「特別命」というか「特別寿命」というか、それが一体どんなふうにして人間から生み出されたのか?というのを振り返ろうという今週。
「EXTRA LIFE」、(著者は)スティーブン・ジョンソンさん、朝日新聞出版社で、もう本当に最後まで飽きずに読んだ。
「何気ない人々の何気ない『そうじゃないんじゃないかな』『こうやったら上手くいくかも知んない』という思い付きが人間の寿命を50年も延ばしたんだ。その視点で考えてみましょう」という本の視点がいいなと思った。

これは武田説。
近代医学はどこから始まったかというと、これはもうズバリ言うとジェンナー、種痘から始まったと言っていいと思う。
ワクチンから始まったと。

健康のことに関しては、イギリスという国がその源流にいる。
そのイギリスから今週も話を振り出しましょう。

 一八六六年六月、名をヘッジズという労働者が、リー川べりのブロムリー・バイ・ボウと呼ばれる地区で妻と暮らしていた。−中略−その年の六月二七日、二人ともコレラで亡くなった。(114頁)

六月一四日までの一週間、−中略−コレラによる死者数は二〇人だった。それが翌週は三〇八人。八月までに毎週の死者数は一〇〇〇人近くに達していた。(115頁)

恐ろしいもの。
ロンドン中はもうコレラの恐怖に震えていた。

ロンドン市民がイーストエンド全体に広がるコレラをほぼリアルタイムに追跡することができたのは、ある男性の努力のおかげだった。医師であり統計学者でもあったウィリアム・ファーである。(115頁)

やはり人間は冷静じゃないとダメ。
まずコレラが出現したのはテムズ川支流のリー川のほとりであった。
この出現した町はブロムリー・バイ・ボウ地区。

ファーの長く輝かしいキャリアは、ジョン・グラントが初めて『死亡表に関する自然的および政治的諸観察』で下書きした考えの集大成である。その考えとは、死亡率の巨視的パターンを認識することが、従来の医療行為と同じくらい効果的な、命を救うツールその