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2017年09月21日

2017年7月3〜7日◆仕掛学

仕掛学



東洋経済新報社から出ている松村真宏さんの著書。
松村さんは大学の先生。

仕掛学。
著者による新しい行動心理学とでも読めるのか。
ある仕掛けを施して人をそこへ誘導する仕掛け。
これをもう一種、学問にしてしまおう。
日本初のフレームワーク、物事の考え方。

ついそうしたくなる。
そういう仕掛けというのがある。
例えば飲み屋なんかでちっちゃく「ここではしないでください」というので壁の下の方に赤い鳥居を描いておくと、鳥居のマークだけで何が禁止されているかは、だいたい日本人には通じる。
あれは一種の「仕掛け」。

著者が大阪市天王寺動物園に遊びに行ったときに「アジアの熱帯雨林」のエリアで見つけたものである。どこにも説明がないので何に使うものなのか明らかではないが、望遠鏡のような形をしているので覗くものであることはなんとなく推測できる。
 また、筒の真ん中の穴が気になってつい覗き込みたくなる。さらに地上1メートルくらいのところに設置されているので子供の顔の真正面に穴がくる。これらの条件がそろっていると覗かずに素通りするほうが難しい。少し離れたところから筒の側を通り過ぎる人を観察すると、子供たちが筒を覗き込んで筒の先に置かれている象のフン(の精巧な作り物)を見て楽しむ様子が見られる。
(11〜12頁)

ファイルボックスの背表紙に斜線を一本引くとファイルボックスが順番通りに並んでいるか一目見てわかるようになる。ラインが乱れていると気になるのでつい直したくなり、結果として整理整頓が達成される。背表紙をつなげると一枚絵になっている[仕掛け3]の漫画も同じ効果が期待できる。(17頁)


背中(背表紙)は一匹の龍が這っている。
それから工場などでも「ここにトンカチを置くところ」というのでトンカチのシルエットが描いてあるところがある。
あれは間違いなくそれを置いていく。
次に使う人がすごく便利で整理もしやすい。
コンビニのレジのところに両足をそろえたプリントが床にされていて「そこに並ぶんだな」と並ぶのも仕掛学。

ゴミ箱の上にバスケットボールのゴールを設置すると、ついおもちゃを投げてシュートしたくなる。シュートして遊んでいるだけなのに、結果的におもちゃがゴミ箱の中に片付くことになる。(19〜22頁)

大阪国際空港の男子トイレにある「的」のついた小便器である。−中略−
 この的は「つい狙いたくなる」という心理をうまく利用している。的は飛散が最小になる場所に貼られているので、的を狙うことによって知らず知らずのうちにトイレを綺麗に使うことに貢献することになる。
−中略−
 オランダのスキポール空港のトイレには「ハエ」の的がついており、飛散が80%減少したと報告されている
−中略−
 トイレの的には「的」や「ハエ」以外にもさまざまなバリエーションがある。著者がもっとも気に入っているのはキッザニア甲子園で見つけた[仕掛け9]の「炎」の絵のシールである。
(27〜30頁)

清掃班の手間は年間で数億円の節約となった。

 このゴミ箱にゴミを捨てると落下音が聞こえ始め、それが8秒ほど続いた後に衝突音が聞こえる。
 ゴミを捨てた人はもう一度音を聞きたくなってまたゴミを捨てたくなる。
−中略−
 この仕掛けを施したゴミ箱を公園に設置したところ、普通のゴミ箱より41キログラム多い72キログラムものゴミが集まったそうである。
(33〜34頁)



この「仕掛け」についてその要件を満たす条件がある。

・公平性(Fairness):誰も不利益を被らない。−中略−
・目的の二重性(Duality of purpose):仕掛ける側と仕掛けられる側の目的が異なる。
(37頁)

男性便器にしても「綺麗に使って欲しい」人と「的に当てることが快感」という、この違う快感の二重性があると仕掛けとして有効である。

 行動中心アプローチでは、窃盗犯のやる気を削いで犯罪を未然に防ぐことを考える。ゴミのポイ捨て、違法駐輪、建物の割れた窓を放置していると、無法地帯であることのサインとなって連鎖的に環境が悪化することは割れ窓理論として知られている[Wilson and kelling 1982;Keizer 2008]。そこで空きスペースに花壇を作れば住民の当該地域への関心やモラルが高いことのサインになり、窃盗犯から敬遠される。(74〜75頁)

「住民同士の結束が固い」「近所仲が良い」ということが花壇から伝わる。

こんなふうにして何かの仕掛けでいろいろな役割を果たすというのは日本には実は歴史的に多い。

うぐいすの鳴き声に似た声を出すうぐいす張りの廊下は侵入者に気づくための仕掛けである。
 竹筒が石を打って音を響かせる鹿威しは鳥や獣を追い払う。風になびいたときに音を奏でる風鈴は涼しさを感じさせる。これらの音は風流なものとして今でも親しまれている。これらも音のフィードバックを利用している。
(91〜92頁)

それからお寺の「玉砂利」。
シャリシャリという音が。
そういうのが考えてみると防犯には相当(効果があると思われる)。

三角トイレットペーパーを使うと、3分の1回転するたびにわずかな振動が手に伝わるフィードバックを実現できる。
 この三角トイレットペーパーとただのトイレットペーパーの使用量を比較したところ、三角トイレットペーパーのほうが一人当たりの使用量が約30%も少なかった。
(93〜95頁)

「匂い」をトリガにしたというので「鰻屋さん」。
これも一種「仕掛学」。
外に向かって煙を出すわけだから。

ホームベーカリーも焼き立てのパンの匂いで快適に目覚めさせている。(95頁)

 お店の前を通りがかったときに美味しそうな匂いがするのは偶然ではない。気づいてもらえるようにお店の人が人通りに向けて匂いを流している。(95頁)

それから焼肉屋さん。
それで一発で決断に変わる。
「今日はウナギ喰おう」「今日は焼肉にする」「ちょっと一杯やってくか」というのはみんな匂い、嗅覚によるトリガ。
ある意味では試食コーナー等々も味覚トリガで一種の「仕掛け」。

駐車場の入口で駐車券を受け取ると駐車券を口にくわえる人がいる。その無意識の行動に着目したチューインガム会社が、新しい味のガムのキャンペーンとして駐車券にミント味の層をつけた事例がある。
 駐車券を取って口に運ぶとガムの味に気づくという味覚を使った仕掛けであり、駐車場の近くのお店でそのガムの売上が上がったそうである。
(98頁)

(番組では「ガム自動販売機のミント味のガムの売れ行きが倍増した」と言っているが本によると異なる)

 小さい子供は何でも口に入れたくなる時期があるが、のどにつまらせると危険なものもある。そのような誤飲を防ぐためにリカちゃん人形はとても苦い味が塗布されており、子供が誤って口に入れたときに吐きだすようになっている。これも味覚を利用した仕掛けである。(100頁)

 脳波から読み取った感情に応じてカチューシャについた猫の耳が動くnecomimiも目に見えない感情を見えるようにしたものである。猫の耳が動くという体験が楽しくて、誰かとコミュニケーションしたいという心理的トリガが生まれる。(102頁)

necomimi



これはフィードフォワード。
思わずそうしてしまう流れ。
(本の中ではフィードフォワードではなくフィードバックに分類されている)
別の用語でアフォーダンスと言う。
何も「快」ばかりが人をアフォーダンスの流れに惹きこむ仕掛けではない。
「不快」「不愉快」なこともアフォーダンスの流れを作る。

踏んだときに不愉快な振動音がするランブルストリップスも車線を越えたことに気づかせる仕掛けである。(113〜114頁)

 交通に関する事例ばかりではない。食堂などでメニューの─にカロリー表示があると、ダイエットに意識のある人は高カロリーなメニューを避けるようになる。(114頁)

あれはやっぱり「オムライスやめよう」と思う。
オムライスは(カロリーが)高い。
ラーメンより高い。
メロンパンは高い。
あのカロリー表示というのも一種のアフォーダンス。
(本の中ではこれらの分類は「アフォーダンス」ではなく「ネガティブな期待」)

何かのルールを報酬、褒美を与えることでアフォーダンスに引き込むという手段もある。
(武田先生は「アフォーダンス」という用語を誤解しているようで、ここからは分類が「報酬」)

 ファン・セオリー・コンテストのもう一つの入賞作品である「ザ・スピードカメラ・ロッタリー」は、スピードカメラで車の速度を計測し、制限速度ぴったりで走っている車の中から抽選で賞金が当たる宝くじを贈るというものである。この仕掛けによって車の平均速度が22%も下がったことが報告されている。(116頁)

武田先生が「いいな」と思った交通違反、あるいは交通事故を防ぐ手立て。
酒気帯び運転。
検問に引っかかって3回続けて違反しなかった人。
酒気帯び運転で3回チェックされるというのもなかなか無いこと。
だから1年に3回酒気帯び運転の検問に呼び寄せられて、3度とも「法を守っておりました」という方は市町村にその旨、印鑑を押してもらって届け出すると宝くじがもらえる。
これはすごく効果があると思う。
2つ印鑑を持っている人は3度目の酒気帯び運転の検問が楽しみで仕方がない。
検問をやっていると自分で寄って行く。
検問が必ずしも不運とか不快の入り口ではなくて、幸運の出口になるかも知れないというような。

 著者が授業で行った実験では、チラシスタンドの上部に鏡を設置しただけで鏡を設置しなかった場合に比べてチラシスタンドのほうに目を向けた回数は5.2倍、ビラを取った枚数は2.5倍になった−中略− 
 人は鏡があると気になってついチラシスタンドに近づいてしまい、そのときに自身の行動を正当化するためにチラシを取ったのではないかと考えている。
(118頁)

小さな仕掛けが人間を思わず誘導してしまうという。
壁か何かに「見てるぞ」と漢字が書いてあって、目ん玉が一個描いてある。
目黒通り沿いで見かけた水谷譲。
歌舞伎の縁取りみたいな目ん玉とかが描かれている。
決して絵が上手くないし「こんなもん効果あるワケねえじゃねぇか」と思う。
あれは効果があるそうだ。
あそこで痴漢とか置き引きが減る。
目があるというのはやっぱり何かすごく嫌なのだと。

 青色防犯灯も犯罪の抑制に効果がるといわれている。イギリスの都市グラスゴーで景観のために街頭を青色に換えたら犯罪が減ったことが発端となり、今は日本各地の自治体や自殺の多い駅のホームにも採用されている。
 他の場所と雰囲気が違うことを警戒して犯罪や自殺が減ると考えられている。
(121頁)

映画『ローマの休日』で有名になった「真実の口」をアレンジしたものである。ライオンが大きく口を開けているので、恐る恐るつい手を入れたくなる。ライオンの口の奥には自動手指消毒器を設置しており、手を入れるとアルコール消毒液が噴射されて手が綺麗になるという仕掛けである。多くの人が手を入れてくれただけでなく、アルコール消毒液が手に噴射されたときのびっくりしたリアクションが他の人の興味をひくという連鎖反応も起こり大盛況であった。(164頁)

(番組では「どこかの消毒メーカーが作った」と言っているが、本によると著者のゼミが「シカケラボ」で展示したもの)

 C棟はコの字型になっていて、教室前の廊下から中庭が一望できる。ここを釣り堀に見立てて、地上を行き来している人を釣り上げようというアイデアを実現したのが[仕掛け34]の「人間釣り」である。浮きと人間釣りのビラの入ったカプセルをつけた麻ひもを4階から垂らすと、地上にいる人は目の前に垂れてきた浮きとカプセルを見て「釣られている」ことに気づく。見上げると4階の大きな人間釣り」の垂れ幕が目に入り、気になってC407教室に行きたくなるという仕掛けである。
 この仕掛けも大盛況で、釣りひもを垂らせば100%餌を取ってビラを見てもらえただけでなく、多くの人がわざわざC407教室まで足を運んでシカケラボの展示や人間釣りを楽しんでいた。
(166頁)

人間というのはもしかすると道具に縛られているのかもしれない。
その道具がその人にある行動をさせているのかもしれないという英語のこんなジョークがある。
(番組では「英語のジョーク」と言っているが、ジョークはこの話ではなく、本の中でこの後に登場する「一方ロシアは鉛筆を使った」という有名な笑い話)

「ハンマーを持てば、全てが釘に見える」(“if all you have is a hammer,everything looks like a nail”)[Maslow 1966]は「マズローのハンマーの法則」と呼ばれている。(160頁)

ハンマーを手にすると叩きたくなるという。
何でもコンコン・・・。
つまりアフォーダンス、ある道具がその人の行動を決めてしまうという。

道路の中央線、側線。
横の線がないと人間はまっすぐ走れなくなる。
中央分離帯とか破線というのを全部取っ払って「道」という感じで何も線を引かないと蛇行する。
破線にしてあるのは、安全なスピードに達するとあれが白い直線に見える。
そういう工夫がある。
(この本に関してはここまでで終了。最終日は途中から他の本の内容に入る)

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2017年09月14日

2017年7月7〜14日◆進化論II

他のお題の最終日の途中からスタートしているので、そこから紹介する。
今回はこれからの続き。

進化は万能である:人類・テクノロジー・宇宙の未来



マット・リドレーさん曰く「世界を動かしているのはトップたちではない」「世界を動かしているのは底力だ」「数人の天才が世界を進化させていくのではない。世界の人々の平均点が世界を変えていくのだ」。
このマット・リドレーさんの面白いところは、英雄、偉人、政治家がいかに世界を変えたみたいな顔をしているかという、そういう語り口が武田先生の好み。

 一九九七年、イギリス軍の北アメリカ総司令官ヘンリー・クリントンは「南部戦略」を採用し、ノースカロライナとサウスカロライナ制覇のために軍隊を海路送り込んだ。ところが、これらの植民地ではマラリアがはびこっていた。このあたりでは春になるとかならずマラリアが流行し、とくにヨーロッパから新たにやって来た人々のあいだに蔓延した。−中略−蚊が血を吸い、原虫がその赤血球に感染した。戦闘が始まるころには、兵士のほとんどは発熱で衰弱しており、コーンウォリスも例外ではなかった。−中略−
 もちろん、ジョージ・ワシントンの将軍としての手腕をすべて否定することはできない。しかし、アメリカのリーダーの名声は予想外の展開によって決まったわけで、蚊が少なくともリーダーに引けをとらないほどの影響力を持った。
−中略−いずれにしても、これで勝敗を決めたのはボトムアップな動きだったという考えがますますその信憑性を増す。(292〜294頁)

それからグーテンベルクの印刷技術によって教会独占の聖書が誰でも手に入る書物となり、識字率が上がり、ここからルターが始めたところの宗教改革が起こったということだが「これも違う」。
これはメガネの普及。
メガネの普及、レンズ作りが盛んになる。
それを小さな虫に向けたり星空に向ける人が現れてきて、ここから宇宙観を塗り替えた。
ガリレオの発見はメガネをかけて本を読んだ人々の平均点から生まれた大発見だったという。
(このあたりの話は本の内容とは異なる)

 カリフォルニア州にあるモーニングスター社は、「自主管理」の実験を始めて二〇年になる。−中略−この会社にはマネジャーも、上司も、CEOもいない。役職を持つ人は一人もおらず、昇進もない。−中略−ルーファーが「この会社をどんな会社にしたいか?」と問い、答えは三つの原則に集約された──(1)人は自分の人生を自分で支配できるときがいちばん幸せだ。(2)人は「思考し、エネルギーに満ち、創造的で、他人を思いやる」。(3)最高の人間組織は部外者によって管理されず、参加者が協調して運営するボランティア組織のようなものだ。懐疑的な人々の思惑をよそに、このシステムはずっと機能し続け、モーニングスター社は従業員四〇〇人、パート三〇〇〇人の企業に成長した。(298〜299頁)

私たちはあまりにも起業者とか社長とか経営者とか、そういう人たちを中心に物事を見過ぎているんじゃないか?
でも、もうその限界は今、来ている。
日本の家電メーカーで巨大な戦後の歴史を築いた企業がみんな不調に陥って、それはやっぱり強烈な指揮官がいた会社。
そういうところが上手くいかなくなっちゃってるというのは、そういうのがあるかも知れない。
トップダウンでいっている会社なんて、やっぱり最後は上手くいかないのではないか?

マット・リドレーさんは独特の考えをお持ち。
皆さん方に「どうだ。凄いだろ?」なんてことは絶対言わないが、この方がおっしゃりたいのは「独裁者であろうがそれが民主的な大統領であろうが、大義名分を振り回すという、そういうやり方で国家を引っ張っていっているように見えるけど、そんな立派なもんじゃないぜ」という。
その一節の中にこういう言葉がある。

つまり政府とは、もとを正せばマフィアの保護恐喝の仕組みなのである。暴力の独占権を主張し、市民を部外者の略奪から守る見返りに上前(税金)をはねる。これがすべての政府の起源であり、現在マフィアが行なっている保護恐喝はすべて、政府へと進化する過程にあるのだ。(314頁)

人の物を取ることはいけないこと。
悪いこと。
そんなことは誰でも知っている。
ただ、国家というのは「税金」という名前にして人の物を取っちゃうという。
それで国家の真似をする人は全員悪党になる。
「国家というのはそういう組織体ですよ」と言われると「なるほどなぁ」という。
国家はシステムとして悪を模倣する。
ギクリとする言葉。
国家がやる事をマネすると悪になっちゃう。
それは乱暴に考えるとそう。
車をパッと止めて「今、10kmオーバー。これ」っていうのは儲かる。
浜松町でやったら。
「今、曲がったでしょ。ほら、カネ置いてけ」とか。
国家のシステムをマネしてはいけない。
国家そのものが悪を模倣している。

今の総理の問題点というのは、ただ一つ言えることがある。
いろいろ漏れ伝えてくるところを当番組(『今朝の三枚おろし』)なりに噛み砕くと「友達悪りぃ」。
もうそれだけ。
何が悪いのか?
本当に言えること。
ちょっと友達によい印象の人がいない。
大阪で一生懸命幼稚園をやってらしたご夫婦がいらっしゃる。
武田先生が最初にパッと見た時の印象は「あ、吉本の人か」と思った。
あの関西弁のまろやかさとか饒舌さ、スピード。
あれは花月(なんばグランド花月)で絶対に受ける話術を持った方。
特に奥様の方。
本当にストレスなく生き生きと関西の街で生きて来られたという証。
それに長男さんもしっかりしてらっしゃるし娘さんもしっかりしてらっしゃる。
幸せな大阪のご家庭。
ただ、やっぱり言葉使いが荒い。
申し上げられることは「友達がちょっと悪いんじゃないか」。
それと学校関係者が多い。

アメリカでは、個人が所有する銃の数を心配する人が大勢いるが、公共機関が所有するものはどうだろう? 近年、アメリカの(軍ではない)政府が一六億発の弾薬を購入している。全人口を五回撃てる数だ。社会保障庁は一七万四〇〇〇発のホローポイント弾を発注した。国税庁、教育省、土地管理局、さらには海洋・大気圏公団まで、すべて銃を所有しているのだ。(316頁)

これは何のために所持しているかというとはっきりしている。
暴徒を鎮圧するため。
その弾丸と銃のお金は国民の税金が担当している。
この本の著者が言うとおり「国というのは悪を模倣する」。
逆らうヤツは皆殺し。
このへんはやっぱりファシズムとか資本主義、共産体制とか言うが、だいたい正体は同じような感じだそうだ。

マット・リドレーさん曰く「だいたいまとめようとする。そういうものは絶対にロクなもんじゃない」。
(という言葉は本の中に発見できず)
欧州連合、国際連合、COP21、TPP、大ロシア、台湾を飲みこもうとする中国。
そういうものは全部悪を模倣したシステムである。
偉大なアメリカ再生を叫ぶトランプ政権も、さらに金王朝の北朝鮮の三代目のあの国もそうだが、トップダウンで世界を変えようとする人たちが世界にはいる。
「しかし」とマット・リドレーさんは本の中で言っている。
「安心してください。失敗しますよ」
この本のテーマ。
トップダウンで世界は変わらない。
変えるのはただ一つ、ボトムアップ。
私たちが変えるのである。

エリートが間違うのは「ボトムアップで自発的に組織されるのが最善である世界を、設計することによっていつまでも支配しようとするからだ」と述べている。(335頁)

「トップダウンで事が決定する」といえば「豊洲問題」なんかもそう。
みんなトップダウン。
マット・リドレーさんの言い分だがトップダウン「偉い人が問題を解決する」んじゃないよ、ボトムアップ「底辺が決定していく」んだよ。
じゃあ、どんなふうに具体的に?という。

二〇一一年、イギリス政府はデジタル起業家のマイク・ブラッケンに、大規模なIT契約の管理方法を改革するよう依頼した。フランシス・モード大臣の支援を受けてブラッケンが考案したシステムは、彼が「滝」プロジェクトと呼ぶもの、すなわち前もってニーズを特定しても結局予算オーバーで時間も無くなってしまうやり方を、もっとずっとダーウィン説に近い方式に置き換えたものだ。(334頁)

例えば「豊洲問題」。
我々は何が欲しいのか?
これも当たり前。
安心、安全、便利、安く、楽しく。
そういうものが欲しい。
だから「築地」というおんなじ名称で五つばかり小さく作ってしまえ。
だから豊洲も「豊洲」って言わない。
「築地」と言っちゃう。
大間から持って来たり、大分の関から持ってきたりして、それを築地というところが売買している中継地点。
一番発展したところを「築地」にすればいい。
トップダウンがこの混乱を招いている。
元々は石原さん(石原慎太郎元都知事)の時のトップダウンでこうなってきた。
「トップダウンで決着しよう」とか「トップダウンで良い解決策を」というのが、もうそもそも間違い。
私たちが求めているのは便利で活気があって面白くて安心な市場なんだ。
安心、安全なだけじゃない。
便利で活気があって面白くないと市場じゃない。
だからボトムアップで決定していくというのは壮大な計画ではなくて、小さなステップを積み重ねる、その進化によって創造していく。
そういう街づくりがあっていいんじゃないか。
建築家の人がいて、線を引けば道路になると思ったら大間違い。
やっぱりそこを通行する人たちの楽しさとか面白さとか、そういうものが加味されて通りはできていく。

マット・リドレーさんは宗教の方にも話を広げておられる。
世界へ広がっていく宗教。
そういうものが世界を今、分けているわけだが、その世界に広がっていく宗教にはトップダウンがあったのではないか?
そういうものが今、宗教が世界を混乱させている原因になっているので「もう一度ボトムアップまで宗教、引き返したほうがいいんじゃねぇの?」と仰っている。
この宗教のボトムアップのパワーの付け方というのは日本という国では分かりやすい。
これくらい何でも拝む国はない。
お寺を観光で行きたがるのが日本人ぐらい。
日本人はイスラム圏に行こうがインドに行こうが西洋に行こうが教会を見たがる。
日本人にとって宗教は観光。
お伊勢参りにしろ、日本人にとって宗教は観光の要素が入っていないと宗教じゃない。
ちょっと不謹慎かも知れないが、逆の意味で「のびやかだな」と思う武田先生。

 一世紀のなかばには、テュアナのアポロニオスのカルトが、帝国の覇者の有力候補であるように見えた。イエス同様、、アポロニオス(イエスより若かったが、同時代の人物)も死者を甦らせ、奇跡を起こし、悪霊を追い払い、慈悲を説き、死んでから(少なくとも霊的なかたちで)復活した。だが、イエスとは違ってアポロニオスは近東全域で名を知られたピュタゴラス学派の知識人だった。−中略−どこから見ても、パレスティナの大工(訳注 イエスのこと)よりは洗練されていた。−中略−彼の消息が途絶えてからはるかのち、彼のカルトはユダヤ教やゾロアスター教、キリスト教と競いあったが、やがて下火になって消えてしまった。
 それはタルススのサウロ(聖パウロ)のせいだ。アポロニオスには、こつこつ働くピロストラトスという名のギリシャ人年代記作者がいたのに対して、イエスは、そうとう風変りではあるものの恐ろしく説得力のあるパリサイ人のパウロに恵まれた。
(338〜339頁)

宗教をチェーン店展開するというのは弟子でよい参謀がいないと世界宗教たりえないという。
これもまた新しい学問「神経神学」が紹介されている。
世界には「スカイフック的思考」がある。
スカイフックというのは「空中から不思議なフックがぶら下がっていて、それがあなたを助けている」という。
そういうのに思わず人間は引っかかってしまう。
偶然の一致にも「それを引き起こした何かがある」とそう信じ切ってしまう。

心理学者のB・F・スキナーはカゴの中にハトを入れ、機械で一定間隔で餌を与えた。すると何であれ、餌が出てくる直前にしていたことが、餌が現れた原因だと思い込んだように見えるハトがいるのにスキナーは気づいた。ハトははその思い込みのせいで、その動作を習慣的に繰り返した。反時計回りに歩き回るハトもいれば、カゴの隅に頭を突き出すハトや首を振るハトもいた。スキナーは、この事件は「一種の迷信を実証していると言えるかもしれない」と感じ、人間の行動にも類似するものが多くあると考えた。(351〜352頁)

「きれいな石には不思議な力がある」という「勾玉信仰」から指に宝石類をしたがるという。
その石の力に頼るというような。
それから近所のお寺さんにお参りに行くとか初詣に神社に行くとかっていう性癖があって。

面白い女の人と再会した武田先生。
小松美羽さん。
十数年前に絵が描きたくなって、その小松美羽ちゃんがモデル事務所の受付嬢だった。
スタッフの知り合いで女子美出身だから「この子に教えてもらうといいから」とかといって。
時々絵を描いて小松美羽さんに見てもらって、いろいろ助言、アドバイスをもらう。
でもあんまり絵をいっぱい描くと奥様が嫌がるようになった。
「どこにしまっていいか分からないし、飾りもしない絵は描くな」と言われてちょっと萎えてしまった。
この小松美羽さんはぐんぐん名前が売れた。
今はちょっと現代アーティストで大ブレイク。
イギリスの方から買い手が来たりなんかする。
小松美羽さんは龍の絵を描く。
これがすごい。

小松美羽 −20代の軌跡− 2004-2014



この小松美羽さんは「神社には何か住んでいるし、あらゆる空間にモノノケがいる」という。
そのことをひたすら信じている。

G・K・チェスタトンの言うように、人々は何かを信じるのをやめたときには、何も信じなくなるのではなく、何でも信じてしまう。(353頁)

何か信じていたほうが「何でも信じてしまう危険」から遠ざかることができる。

5月もそうだったし6月もそうだった。
国際的な問題はもうみんな決まっている。
疲れちゃう。
「大統領がどうした」とか「◯◯書記長がまたロケット打った」とか、何か同じことばかり言っているみたいで。
マット・リドレーさんはいろんなことでトップの人を激しく嫌ってらっしゃる。
マルクスとかフロイトとかアインシュタインとか、様々な強力な理論の持ち主が今まで世界を説明してきた。
しかし21世紀までに生き残った理論はアインシュタインのものだけである。
フロイトさんもどんどん新説で人間の心理を。
それからマルクスさんは、ちょっといたるところでマルクス主義というのから国家が離れつつある。
世界を席巻したあのマルクスやフロイトの理論はなぜ生き残れなかったのだろうか?
それは反証不能だからである。
そのことに反撃するというのができない。
「高尾山にはコブラは住んでいない」ということを証明するためにはどうしたらいいか?
証明できない。
不可能。
そういうことが平気でまかり通るようになった。
反証不能なそのことを問題視する人がいっぱいいる。

著者は一番最後にこんなことを言い始める。
「地球温暖化=二酸化炭素」は本当だろうか?
温室効果ガス説、地球温暖化。
これをかなり疑ってらっしゃる。
CO2は影響の一つであって、原因の一つではない」という。
温度が高くなるということはCO2が上がっていることで「CO2が上がったんで温度だ」っていうのは問い方が逆なんじゃないか?っていうことを仰っている。
この本の最後に何でこんなことを言い出したのかなぁと思う。
気象変動に関する政府間パネルによる報告書。

「これはあまりにトップダウンの物の見方なので心配だ」と私に語る科学者の数は増える一方だ。(357頁)

これは反証不可能。
異常気象について反証ができない。
この「温度が何で上がっているか」の原因は太陽の黒点活動の影響っていうのもあるらしいし、そういう反証できないことを問題視するという。


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2017年5月1〜12日◆進化論I(後編)

これの続きです。

イギリスのサイエンス・ジャーナリストのマット・リドレー氏による『進化は万能である』。
動物の進化論というものは、これは人間の文明にも当てはまるんだという大作。

著者の言っていることだが「イギリスは慣習法、判例法をとる」と。

 判事たちは、現場の事実に合うように、事例ごとに法の原理を調整し、少しずつコモンローを変えていく。新たな難問が生じたときには、判事ごとに対処法にかんして異なる結論に至るので、その結果は一種のしとやかな競争の体を成し、一連の公判を通して、どの判断が望ましいかが徐々に決まっていく。この意味では、コモンローは自然淘汰によって構築されると言える。(57頁)

絶えず新しく呼吸するというようなこと。
移ろいやすく、ダイナミックで混乱しており、建設的で興味をそそり、ボトムアップ、底からゆっくりとできていくのが憲法であるという。
そういうこと。

「世界でも最も成功し、最も実用的で、最も大切にされている法体系には、制定者がいない。それを立案した人もいなければ、考案した崇高な法の天才もいない。言語が現れ出てきたのとちょうど同じように、反復的、進化的なかたちで現れ出てきたのだ」。(57頁)

「法は国家から生じるのではなく、人々の暮らしの中から淘汰の形で現れてくる」という。
かくの如くして法は国家から生じるのではなく、人々の暮らしの淘汰の過程で浮かび上がってくるという。
これがイギリスがそう。
イギリスは「慣習法」「判例法」。

イギリスのマナーで「かっこいいなぁ」と思ったのは、中学の頃に国語の教科書で読んだと思われるもの。
エリザベス女王が馬車で通っていたらエリザベス女王が大嫌いなイギリスのオッサンがいて、女王陛下に向かって罵声を浴びせた。
そう言う人もイギリスにいる。
そうしたら横にいた別のジェントルマンが「やめていただけませんか?」。
「なぜだ?彼女は決してイギリスを代表するクイーンではない」と言うとそのジェントルマンが言った答えが「アンフェア」。
一人の人が野次を飛ばして女王を罵倒している。
声をあげていい。
それは表現の自由だから。
だけどやめなさい。
「アンフェア」だ。
なぜかというと、女王は今、あなたに反論できない。
非難してもいいけど、それは女王陛下があなたの反論に応えるべき立場の時にやるべきであって、ここでやるべきではない。
これをやっぱり「さすがに習慣の中から法律を作っていく民族である」と日本の学者さんが感心した。
バカな中学生だったが「へぇ〜」と思った武田先生。
「世の中には父ちゃんや母ちゃんと違う人がいるもんだ」と思った。

「サルから人間になった」というふうに学んできた『進化論』に関しては、今「そうじゃないんだ」という説もある。

 米最高裁が学校で進化を教えることを禁じる法律をすべて廃止したのは、ようやく一九六八年になってからだった。(76頁)

神が人間を作ったのであって、サルから人間になったのではない。
1968年になって「進化論を学校で教えることは禁止する」という法律に関しては取り下げた。
各州の州法に任されている。
アメリカの一般的な考えは何かというと「インテリジェント・デザイン」と言って「世界のすべては知的な不思議な力がデザインしたんだ」という。
でないとできるワケがない。
指が五本あって、手足が二本ずつあるとか、目玉が二つあるとか鼻の穴が二つとかというのは「設計図で書こう」と思わないと偶然にできるワケがないという。
だから「神の存在があった」という。
ダーウィンの『進化論』。
『進化論』というのはアメリカ社会全体ではかなりのパーセンテージで信用されていないという。
例えば鳥を見てみよう。
空を飛ぶための筋肉、そして鳥に応じて最適な羽、その長さと色。
これらが自然淘汰でできるワケがない。
「これは明らかに誰かのデザインだ」と彼らは主張するわけだが、この本の著者は断固「違う」。
著者は言う。
鳥を創ったのは神ではない。
鳥を創ったのは風であり大気である。
そして地上での出来事が鳥を創ったのだ。
空飛ぶ鳥は地上に舞い降りて来てエサをついばむ。
そのついばむための形、エサをついばむための姿が彼らの形を創ったのだ。
空飛ぶ力を鳥に与えたのは大地なんだ。
大地で生まれて彼らはそこを蹴って空に舞い上がって、ついばむために地上に降りてくる。
つまり「鳥が飛んでいるのは天井からの幻のフックで釣っているわけじゃないんだ」。

文化の進行から見てみよう。
武田先生が大好きな考え方。
アフリカの草原で立ちあがったサルがいた。
これはアフリカの東側の草原にいた。
これは間違いない。
密林に住むケモノのエサになるのが恐ろしくてサルは密林を出た。
それで食物の無い草原に立って木の実が成ったりするとそれを摘んで、摘み終って喰い物がなくなると別の実が成っている木を移動しながら探して歩くという。
移動するうちにささやかな道具を手に入れた。
例えば矢じりとか。
その草原で仲間とすれ違う。
そうすると自分は矢じりを持っていた。
向こう側の別グループは棒切れを持っていた。
棒を持っているのと矢じりを持っているので道具を交換していくうちに誰かが組み合わせた。
棒の先に矢じりを付けた。
槍になった。
こんなふうにして「交換」。
これが動物の中で「本能」となった。
まず交換があって交換が本能となった。
ある時、いっぱい槍でケモノが突けた。
急いで喰わないと腐らせてしまう。
別のグループがやってきた。
木の実を持っている。
やつらはケモノの肉に飢えていたので交換した。
前の、棒と矢じりを交換したのと同じ要領で。
この時に「交換」と「分業」が生まれた。
この交換と分業はサルからものすごいスピードで人間になったという。
これはわかりやすい。
そしてそのアフリカを出て紅海の海峡を渡り、モーゼに頼らず、彼らはユーラシア大陸へと旅立ったという。
これは世界史の謎を解いてくれるために忘れてはならないことだけれども、文化の累積がサルに固有の能力を与えてヒトへと進化させたのだ。
ヒトは複雑な認知の力を持つので文化を発明したと考えてしまいがちだが違う。
文化の累積がヒトの遺伝子を変えたのだ。
このものすごく分かりやすい例が「牛乳」。

西ヨーロッパや東アフリカの人々が持つ、牛乳にふくまれる乳糖(ラクトース)の消化能力がある。成体になっても乳糖を消化できる哺乳類は少なく、それは一般的には幼体の時期を過ぎて牛乳を飲むことはないからだ。しかし、世界の二つの地域では、ラクターゼ(訳注 乳糖を分解する酵素)遺伝子のスイッチを切らずにおくことで、ヒトは大人になってからも乳糖を消化する能力を進化させた。これが起きたのは、ウシを家畜化して牛乳の生産がはじめて行なわれたその二地域だった。なんという幸運だろう! 乳糖を消化できたので、人々は畜産を始められたのだろうか? いや、そうではない。遺伝子のスイッチを切らずにおけたのは、単に畜産の発明の結果であって原因ではない。(86頁)

人間を進化させてきたものは何か?
それは有能なリーダーなのか?
違う違う。
世界全体を進めてきたのは、それはボトムアップの力。
庶民の力。
そういうものが人間社会というか人間文明というのを進めているんだ。
こう言っている。
人間の社会を進めてきたもの。
それは「分業」と「交換」である。
人間を人間たらしめたのは「分業」。
仕事を分けることと物を交換すること。
分業と交換。
今はまとめて「経済」と呼ばれている。
その経済というものの進化の足取りを見てみようということになる。

OECD(経済協力開発機構)によると、今の世界経済の成長率でいくと──そして減速の徴候は見られていない──平均的な人が二一〇〇年に稼ぐ額は現在の一六倍になるだろう。(134頁)

今、問題になっている「格差」。
「ますます富裕層と貧困層の差は開いて、社会全体が二極に分断されている」という。
今、日本は一応「格差社会無くそう」という方向でいる。
ニュースで取り上げるいろんな格差の話。
給食費が払えない子とか食事がとれない子とか。
「豊かさ」とはいったい何だろう?
「塾に通えない子」というのはいる。
塾はカネを取るから。
「今でしょ!」の先生は大変。
彼の塾なんていうのは(とても高額)。
富裕層と貧困層。
トランプさんに比べるとはっきり言って武田先生は貧困層。
トランプさんは富裕層。
ところが、トランプさんを見ていて、トランプさんの暮らしの中で欲しいものが一つもない。
トランプ氏の暮らしぶりを見ていて憧れたことは一度もない。
トランプタワーのあの部屋は嫌いだと思う武田先生。
テーブルの角が膝を打つと痛そうにとがっている。
それに一番の問題はトイレがすごく遠そう。
トイレに行くためには2〜3段の階段を上り下りしなければならない。
それは深夜、トイレに数度立つ時にものすごく厄介なもので。
今、十歩以内でトイレに行けるというのが武田先生には快適。
あの部屋は嫌。
タワーのてっぺんというのもものすごく不安。
地震で揺れた時、ガラスが割れた場合、落下する危険性があのビルにはある。
心配なのはバロンくん。
バロン君の部屋は広い。
でも叫んでも隣の部屋まで声が聞こえないほどの広い子供部屋を持った子は不幸。
バロンくんは努力しなくても全てが手に入る。
つまり努力をしない少年になってしまう。
トランプさんの奥さんもちょっと武田先生にはきつい。
好みの問題だが、あのトランプさんの奥さんを見る度にちょっと疲れが出てくる武田先生。
もう見るだけで疲れる。
アメリカ人の(住居の)作り方は水回りで作っちゃう。
洗濯、バスルーム、トイレ、それにサイドボードを置いて一杯飲むところは水回りだからまとめてある。
遠いに決まっている。
文化放送(の建物の中)で言えば一番近いところで、ここからエレベーターぐらいまである。
夜中に三回から四回(トイレに立つ)。
それはきつい。
一時間ちょっと眠って。
(頻尿に効果があるとされる)「ノコギリヤシ」を飲んでも本当に・・・。
だから武田先生にとってトランプさんは憧れではないということ。
このあたりから考えると「豊かさとは何か?」。

ニューヨークも大嫌いな武田先生。
眠れない。
「ニューヨーク大好き」という人はいっぱいいるが、武田先生はダメだった。
眠らない街。
眠ろうよ、夜は。
時差ボケの上に眠れない夜だからきつい。
それに高層ビルが多い。
騒音は響きながら上に昇ってくる。
だからニューヨークは上に行けば行くほど変な地鳴りがしている。
すごくくたびれるから嫌。

豊かさとはいったい何か?
人間の暮らしの豊かさ。
マット・リドレーさんが言っている。

「ガス暖房、自動車、天然痘予防接種、屋内トイレ、安価な旅行、女性の権利、子どもの死亡率低下、適切な栄養、身長の伸び、平均余命の倍化、子どもの学校教育、新聞、選挙権、大学受験の機会を享受し、敬意を払われるようになった人が、何千万人も増えている」。(134頁)

今挙げた条件が満たされた人は世界史の中では富裕層に属する。
(とは本には書いていないが)
暖房、自動車、天然痘予防接種、屋内トイレ、旅行、新聞、選挙権、大学受験の平等。
それがきちんとできている社会は豊か。

世界規模の格差は現在どんどん縮まってきている。世界人口のうちインフレ調整後一日1.25ドルで生活する人の割合は、一九六〇年の六五パーセントから現在は二一パーセントに下がっている。(134頁)

世界は明らかに明るい方向に歩いている。
2008年にアメリカからリーマンショックという不況が立ち起こった。
これはすぐに日本にも伝承して1920年代の大不況と比べられたが、非常に短期間のうちに世界経済は立ち直った。
世界経済はリーマンショック直後は1%の縮小が見られた。
それが何と、翌年には5%成長している。
19世紀初めから欧州数カ国から始まった富裕化は今、世界に広がっている。
この大富裕化の原因はまだわかっていない。

テレビでこの間久しぶりでマレーシアを見た。
飛行場で事件があったので。

プロゴルファー 織部金次郎5 ~愛しのロストボール~ [DVD]




『プロゴルファー織部金次郎』でマレーシアに撮影に行ったことがある武田先生。
20年前、40代に行った頃のマレーシアよりも遥かに豊かになっている。
そうやって考えると間違いなく世界は明るい方角へと。
そのことをマッド・リドレーさんは何度も何度も繰り返し言っている。

18世紀の人だが、イギリスのアダム・スミスが『国富論』の中で国が豊かになるという中で「市場が開放的で自由であること。それが経済にってとても重大である」と。
経済を勢いよく回すには「分業」、分業による「交換」。
その交換は信頼を生んでいく。
これが世界から搾取と略奪をそぎ落とす唯一の手段。
歴史から学びましょう。

経済史を一瞥すると、商人によって商人のために動かされている国は完璧ではないが、独裁者によって動かされている国よりも繁栄し、平和で、文化的であることは明らかだ。フェニキアとエジプト、アテネとスパルタ、宋と元、イタリアの都市国家とカルロス一世のスペイン、オランダ共和国とルイ一四世のフランス、商人の国(イギリス)とナポレオン、現代のカリフォルニアと現代のイラン、香港と北朝鮮、一八八〇年代のドイツと一九三〇年代のドイツを比べてほしい。(139頁)

商業に関して、商売、経済に関して「分業」と「交換」。
その自由を認めない国というのは貧しくなる。
そしてマット・リドレーは言う。
経済は人間の行為だが、人間の設計ではない。
経済を設計しようとする政治家は失敗する。
ファラオもナポレオンもヒトラーも経済を動かすことはできない。
なぜなら一人で動くものは経済ではないから。
経済は分業の中で出現するもので、交換によって勢いを増す。
そのスピードがあることが豊かさで、スピードは創発的現象。
交換の勢いを挙げるためには独裁者が人種や国によって交換相手を選んでは創発は現れない。
選んじゃいけない。
やっぱり「オープンマインド」。
開けておく。

スミスの表現を借りれば、「ものを交換しあう性質」は、人間には自然に身についているが、他の動物には見られない。「二匹の犬がじっくりと考えたうえ、骨を公平に交換しあうのを見た人はいない」(140頁)

ある意味で経済学者の方々は不吉な未来を探し続ける。

一八三〇年代からイギリスで生活水準が急上昇しはじめたあとでさえ、ミルはそれを一時的な成功と見ていた。すぐに収穫逓減が起こるだろう。一九三〇年代から四〇年代にかけて、ジョン・メイナード・ケインズとアルヴィン・ハンセンは、世界大恐慌は人間の繁栄が限界に達したことの証だと考えた。(144頁)

これは全部外れた。
有名な経済学者だが。

日本が戦争に負けた。
第二次世界大戦、大東亜戦争、太平洋戦争の直後。
その時に予想されたことは何かというと「日本での餓死者は100万人出るだろう」という。
ところが驚くべきことが日本で起こる。
それは何かというと人々は食料の奪い合いをせずに「闇市」というところで着物とお米を交換する等々で飢えを凌いだ。
この時に日本人はものすごく激しく物を交換した。
それで餓死者というのが非常に少なかった。
日本中全部焼かれたのでもうボロボロ。
武田先生が不思議で仕方がないこと。
昭和20年8月に皇居の前に行って、みんな戦争に負けてモンペ姿で泣いている。
その年の冬、新年、晴れ着を着て皇居に行って日本人は万歳している。
たった半年で「何もかも変わる」と、この国の人は面白い。
この小さな国、日本は敗戦からわずか15年で世界で二番目に稼ぐ国になっている。
ほとんど奇跡。

人口論 (中公文庫)



マルサスという人が『人口論』から「収穫というものがだんだん減っていってやがて食料が奪い合いになり、飢餓が世界を襲うことになると」そう予言した。
これはダーウィンの時代。
ところが今、人口は70億になっても飢餓の国というのは減りつつある。
ここでも予想は外れている。
「ボトムアップが社会全体を変えるんだ」というこの本の著者の考え方が何となく個人的な趣味に合う武田先生。
「未来は明るい」「2100年に向かって人類はもっと景気よくなるぞ」と言っているのは武田先生だけ。
確かに「学校に行けない」とか「昼食、夕食が摂れない」とか、そういう子たちの存在があるのだろうが、昨今の騒ぎ方に関して首をひねる。
「貧乏」は「動機」。
「結果」ではない。
「子供時代に貧乏でした」というのは動機。
そこから「ウサギ跳び」が始まる。
星飛雄馬はあそこからウサギ跳びで『巨人の星』を目指す。

TVシリーズ放送開始50周年記念企画
想い出のアニメライブラリー 第75集
巨人の星 劇場版 Blu-ray



それは物語の舞台であって「結論」ではない。

posted by ひと at 20:32| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年5月1〜12日◆進化論I(前編)

進化は万能である:人類・テクノロジー・宇宙の未来



中身は「今までの考え方を少し変えてみませんか」。
著者のマット・リドレーさん。
イギリスの方。
ヨーロッパ文明というものを土台にしながら、そのヨーロッパ文明のいくつもの矛盾を見抜くという、サイエンス・ジャーナリスト。
外国の人は書き方がしつこい。
向こうの人の「粘り気」は本当にすごい。
イギリスの方なので皮肉屋さんで、読み手としてはすごく読みにくい。
こっちは英語圏の人間じゃないから。
ただし、その分だけ面白い。
翻訳の方は訳すのが大変だっただろう。
皮肉というのはスラングも入ってくるので「冗談じゃないよ。ビートたけしみたいなことを言っちゃって」というのが日本語で書いてあって、それを英訳されて向こうで英語で本を出された場合「元浅草の芸人」とかでは済まない。
「ビートたけし的態度をとった」というようなことが書いてあったらニュアンスが伝わらない。
それをこの人たち(訳者の大田直子、鍛原多惠子、柴田裕之、吉田三知世)は一生懸命調べてやっている。
大変だったろうと思う。

とにかくこのマット・リドレーさんの主張はこの一言。
「世の中どんどん良くなってるし、これからどんどん良くなる」
この方の明るさはサルの時代から現代まで貫く。

 二〇世紀の物語には語り方がふた通りある。一連の戦争や革命、危機、伝染病、財政破綻について述べることもできる。あるいは、地球上のほぼすべての人の生活の質が、ゆっくり、しかし確実に向上した事実を示すこともできる。(417頁)

新聞を読むと私たちはこれからもう災難から災難へ、よろめきつつ進んできて避けようもない更なる災難が明日また待っているという。
それが新聞の論調。
それから学校。
歴史の教科書を見ましょう。
お嬢さんがくれた「年表」を持っている武田先生。
「災難」しか書いていない。
「戦国時代、幸せな一家がおりました」なんて一行も出てこない。
「戦国時代に幸せな一家があるはずがない。だから信長は立ち上がった。秀吉は立ち上がった。家康は世の中をまとめた」というふうに歴史教科書には書いてある。
家康も知らずに平和に生きた家族もいたということが関ヶ原のあの晩にもあったはず。
このあたりから「世界の見方を変えませんか」というお誘い。

ラジオメディアの中でニュースを伝える時に、順番を打つと「不幸なニュース」から。
(この放送がされていた当時)もう五月になってしまったが「桜が咲きました」なんていうのも一番最後。
殺人事件があった場合は不幸の方から順位が高い。
そこをこの「エボルーション」『進化は万能である』のマット・リドレーは語っている。
今朝も朝からニュースは「大国のエゴと脅威、隣国の混乱、政治家の傲慢発言、あきれ返った病院関係者、何と情けない学校関係者。訳の分からものが都政に介入しているという恐怖感、あるいは都政にタッチする能力もないくせに昔威張っていた『太陽の子』」みたいな。
これは今、武田先生が勝手に言っているだけ。
何一つ該当するニュースはないのだが、だいたいこんなふうに語っておけばどれかが当たる。
今朝もきっとこの手の中で世界は進んでいると思う。
だからこれはもう年末のしめくくりも出来る。
同じことを言えばいい。
「大国のエゴ、隣国の混乱、政治家の傲慢発言、あきれ返った病院関係者、学校、警察関係者。政治が混乱した」というようなことを言っておけば、大体これは年末でも使える。
上手くいかなかったことを挙げなさい。
それで大体あなたは今年の予言が全部できる。
この悪いニュースを聞きながら「チェッ!何だよこの世の中は。なってないよ。何とかしろよ」とかっていう。
でも皆さん、よく考えて。
皆さん方は間違いなく十年前より幸せです。
皆さんは今、二十年前より幸せです。
今日もラジオから流れる悪いニュース、更にコメンテーターの方や専門家の方が怒って「また悪い方に向かって日本の舵が切られてしまった」そう彼らは嘆いている。
よく考えてみましょう。
悪いニュースには全て特徴がある。

悪いニュースは、歴史に押しつけられた、人為的で、トップダウンで、意図的な物事にまつわるものだ。−中略−第一のリスト──第一次世界大戦、ロシア革命、ヴェルサイユ条約、世界大恐慌、ナチス政権、第二次世界大戦、中国革命、二〇〇八年の金融危機。これらは一つ残らず、意図的な計画を実施しようとする比較的少数の人(政治家、中央銀行総裁、革命家など)による、トップダウンの意思決定の結果だ。(418頁)

では良いニュースはないのか?
良いニュースが山ほどある。
ただし、悲しい事に「良いニュース」「幸せなニュース」を伝える能力がメディアに無い。
なぜなら良い事はゆっくりにしか起きないから。
悪いニュースはなぜ伝えやすいか?
それは突発的で言葉にまとめやすいから。
「◯◯地方で◯人の方がお亡くなりになった」「◯人の方が事故にあった」これはものすごく伝えやすい。
良いニュースを伝える能力がメディアにない。

第二のリスト──世界の所得の増加、感染症の消滅、七〇億人への食料供給、河川と大気の浄化、富裕な国々の大半における再植林、インターネット、携帯電話を使ったバンキング、遺伝子指紋法を利用した、犯罪者に対する有罪判決と無実の人に対する無罪判決。これらは一つ残らず、偶然で予想外の現象で、こうした大きな変化を引き起こす意図のない無数の人々によってもたらされた。(418頁)

探せばあるのだが、伝える言葉がない。

人々の暮らしは良くなる一方なのだ。(417頁)

反論したかったら「十年前を思え」。
特にガン等々に関してはすごい。
ガンという、かつては死の宣告と同じ響きだったが、ステージ1、2ぐらいだったら・・・。
もうそういう時代になっているわけだから、ゆっくりだが前進していることは間違いない。
リドレーさんは「私たちの暮らしは良くなってる。これは事実なんだ。そのことをまず認めましょう。そこから新しい考え方を作っていきましょうよ」。
もう一つ重大な指摘をこのリドレーさんがしている。

興味深いことはすべて漸進的に起こり、過去五〇年間、人間の生活水準の統計値のおける主要な変化のうち、政府の措置の結果はほとんどないと、選挙学者のサー・デイヴィッド・バトラーは言っている。(418頁)

わかりやすく言うと、過去50年の歴史を振り返って「我々国民の暮らしが良くなった」というデータがあるとすれば、それは政府が頑張った結果ではない。
朝からテレビ、ラジオから流れてくる政治的なニュース、トップニュース、政治、政策、公約、あるいは政治家たちの目標、宣言。
ドンドン流れてくる。
これは今朝も流れている。
リドレーさん曰く「失敗します」。
リドレーさんはその理由を簡単に挙げる。
誰か一人が意図として世の中をデザインして計画、実行したもの。
それは失敗する。
この世界に秩序をもたらすのはトップダウンではない。
優秀な指導者がいて、その人が「世界全体をこのようにしよう」と設計図を書いて提出した。
それは失敗する。
世界は実はそこでは動いていない。
社会全体を進化の力に乗せて運んでいるのは先頭の指揮者ではない。
最後尾から重たき社会を押しているボトムアップ。
その力こそが進化の原動力なんだ。
草原の群れの中でリーダーがいて、その草原の群れのサル。
それがひょっこり立ち上がって二足歩行した。
「お!あいつ立って歩いてるぜ」というので他のサルもみんな真似た。
そんな進化論はない。
100匹のサルがいる。
全員が立ち上がろうとした。
ヨタヨタしながら100匹がお互いに支え合って、今まで四つんばいだった101匹目のサルが「みんな立つんだったら、俺も立つよ」と言って、その101匹目のサルが入った瞬間に草原のサルは人間となった。
これはダーウィンが『進化論』で説明した通り。
これが『進化論』。

武田先生が面白いと思ったのは「創発」。
用意された条件や予測から説明できない特性が物事には生まれる。
それを科学用語で「創発」と言う。
つまり最初に組み込まれた特性とかルールをどんなに決めても、どんどん発展、展開していくうちに予測から外れていくという。
上手くいくのはたいてい「意図されていないこと」で、上手くいかないのは「意図されたこと」。
恋心で言うと、好きなばっかりでは恋愛は結婚まで進展していかない。
恋愛は一回「コイツ、バっカじゃねぇの?」と思う。
「バっカじゃないの」と思った感情を二重の赤線で消して「バカじゃない、この人は」と思った瞬間に。
それが「創発」。
どんなにルールを決めても進むにしたがってルール以上の事が出てきたり、ルールではジャッジできないことが出来てくる。
この「創発」が無いと物事は進んでいかない。
どんなにルールを決めても、そのルールでは乗り越えられない「とある局面」が誕生して、新しいルールを「そのもの自体」が作っていくということ。

これは、道徳、経済、文化、言語、テクノロジー、都市、企業、教育、歴史、法律、政府、宗教、金銭、社会における変化が起こる、主要なかたちである。(420頁)

今朝も主に悪いニュースが幅を利かせて、テレビやラジオ、新聞等々、世界中で流されている。
そのニュースについて語る人たちは「世界全体が昨日より悪くなった」と語る。
彼は、あるいは彼女はうそつきではないが正しくない。
よいことは必ず目に見えない形で進展する。
彼が言っていることはこういうこと。

暴力はこの数世紀で驚異的に減少している。
暴力にまつわるニュースはいっぱいある。
何年も前から「とある国で暴力が」というのは今朝も報道されていると思う。
でもこのマット・リドレーは断固として言う。
暴力はこの数世紀で驚異的に人類の間で減少している。
「いや、そうじゃない。◯◯という国じゃね、戦争やってるんだ!」とおっしゃるかも知れないが、人類の歴史全体から見ると戦死による死亡率は減少し続けている。
もちろん悲惨な戦闘がまだ終わらないところもある。
しかし人類はもう知っている。
これはトランプさんもプーチンさんもご存じだと思う。
習近平さんも気づいてくれるはず。
暴力に何かを解決する力はない。
もうそのことは世界中の指導者が分かっているはず。
習近平さんはちょっと南の方の島の手の出し方が乱暴。
だけどそのことを全面戦争で・・・という決心はしていない。
無理。
あの国は海岸部の大都市を一部攻撃されただけでも大パニックに陥る。
海岸線の都市にもし何か攻撃が仕掛けられた場合、内陸に向かって逃げ始めるわけだから、それを押しとどめて整理するという能力は中国の軍隊にもない。
商業や経済が発展すると暴力は効果を失う。
どこの国でもそうだが、商売をやっちゃうと戦争ができなくなる。
これがボトムアップのパワー。

モンテスキューは、人間の暴力や不寛容、憎悪を和らげる効果を持つ取引のことを、「温和な商業」と読んだ。そしてその後の年月のあいだに、その正さが十二分に立証されてきた。社会が豊かで市場志向になるほど、人々は善良に振る舞うようになった。一六〇〇年以降のオランダ人や一八六〇年代以降のスウェーデン人、一九四五年以降の日本人とドイツ人、一九七八年以降の中国人を考えてほしい。−中略−
 商業が盛んな国では、商業が抑えられている国よりもはるかに暴力が少ない。
(53頁)

特に中国は10億(人)を超える国民がやっと喰えるようになった。
商売のお陰。
もう一度繰り返すが全面戦争は無理。
中国はもう小麦を輸入しなければならない国。
商業が育ち始めるとルールが生まれる。
ルールを守らないと商売ができない。

 エリアスは、道徳基準は進化すると主張した。そして、それを裏づけるために、エラスムスほかの哲学者たちが刊行した礼儀作法の手引きを紹介している。これらの手引きには、テーブルマナーや排泄にかんするマナー、病人に対するマナーが満載されている。言わずもがなと思えるものばかりだが、逆にそのおかげで当時の実情が浮かび上がってくる。たとえば、「排尿中や排便中の人には挨拶しないこと……テーブルクロスで鼻をかんだり、手鼻をかんだり、袖や帽子の中に鼻汁を噴き込んだりしないこと……誰かにかかるといけないので、唾を吐くときには脇を向くこと(51〜52頁)

つまり、これくらいのマナーしかなかった。
今、マナーブックにそれを書く必要はない。
なぜかというと、そんな国には観光という商売ができなくなるわけだから。
ルールブックに書いていたことを書かなくてよくなったルールが発生した。

世の中には世の中を嘆きたがる人がいる。
それをマット・リドレーさんは激しく非難してらっしゃる。

ローマ教皇フランシスコは、二〇一三年の使徒的勧告「福音の喜び」で、「無制限の」資本主義が富める者をさらに豊かにする一方で、貧しい者を困窮させたとし、「他者への敬意が失われ、暴力が増している」事実はその野放しの資本主義のせいであると主張した。困ったものだ。これは完全に誤った社会通念の一例にすぎない。暴力は増加などしておらず、減少しており、しかもそれは、最も制限の少ない形態の資本主義が見られる国々で、最も急速に減少している。−中略−二〇一四年に世界でもとりわけ暴力が多かった国を一〇挙げると、シリア、アフガニスタン、南スーダン、イラク、ソマリア、スーダン、中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国、パキスタン、北朝鮮となり、どれも資本主義からほど遠い国ばかりだ。逆に平和な国を一〇挙げると、アイスランド、デンマーク、オーストリア、ニュージーランド、スイス、フィンランド、カナダ、日本、ベルギー、ノルウェーとなり、みな揺るぎない資本主義国だ。(54〜55頁)

(番組中、フランシスコのこの発言は「20年前の出来事」と言っているが、その当時はまだフランシスコは教皇ではなかったし、明らかに誤り)

道徳とは、人間が成長する過程で互いに行動を合わせているうちに生じる偶然の副産物であり、比較的平和な社会に暮らす人間のあいだで発生する創発的減少であり、善良さは教える必要はなく、ましてや大昔のパレスティナの大工(イエス・キリスト)という神聖な起源なしには存在しえない迷信的信条と結びつける必要など皆無だというのだから。(49頁)

言い方はきついが「道徳を決定するのは商業と経済なんだ」という。
「お金儲け」と言うかも知れないが「お金儲けのためにどうするか」ということを考えていくと、暴力を否定せざるを得ない。

日本にも良い参考になるなと思って武田先生が一生懸命読んだ章が「憲法、法律の章」。
(56ページからの「法の進化」のことか)
日本は今、安倍政権の元で「憲法論議」。
安倍さんは憲法改正が悲願なのだろう。
いじった方が良いかというのはわからない。
だが、このリドレーさんが「手、出すな」と。

イギリスとアメリカの法は、けっきょくはコモンロー(慣習法・判例法)に由来する。コモンローとは、誰が決めたわけでもなく人々のあいだで自然に定まった倫理規範を指す。(56頁)

憲法論議は日本ですごくうるさいが「憲法を今のまま維持する」というのと「憲法を変える」というのと、もう一つ「憲法を無くす」というのも憲法改正の一つの方法ではある。
基本的人権とか、そのたびそのたびに「考えな」と。
十年か前に日本の老人方がタバコを売っている専売公社を訴えた。
タバコ屋の小せがれの武田先生。
それは「危険な物を国家が許可して売っている」「責任を取れ」という。
そうしたら裁判所が「それは嗜好品だから、あんた方が好きで吸ってるんじゃないか」ということで。
(1998年のこの件かと思われる。たばこ病訴訟 - Wikipedia
「基本的人権」とか「国家は国民の命を守る」とかということをタテにして争議が起きているのだが、それはやっぱり時代によって変化する。
個人によっても変化する。
だから憲法にジャッジを仰がない「正義」というのが時代時代で浮かび上がってくるのではないか?
極端な言い方だが、武田先生がこの本を「面白いなぁ」と思ったのは憲法論議にしても「憲法を守ろう」「憲法を変えよう」「憲法を無くそう」というその「三つ目の考え方もある」ということを提案しているから。
現実に憲法が無くてうまくいっている(国が)世界にある。
イギリス。

posted by ひと at 20:26| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月06日

2016年11月21〜25日◆嘘ついたら針千本

『三枚おろし』初めての公開録音。
東京、水道橋の日本大学法学部の講堂。

『天皇の料理番』で日大法学部の教授の役を演じた武田先生。

天皇の料理番 [DVD]



何の教授なのかを知らずに演じていた。
周りの小道具を見ると、法律関係の小道具がいっぱいあった。
実在する大学教授ということでご縁があった。
そのご縁がある日大。
せっかく日大法学部の方でやるのだから「法律に関係することを」ということで依頼された武田先生。
依頼されるとちょっとムキになる性格なので「できない」とは言わないということを信条にしている。

経済で読み解く明治維新 江戸の発展と維新成功の謎を「経済の掟」で解明する



時を遡って江戸時代まで「法律の根」を探して旅をしてみようと思う。
「徳川幕藩体制」と言うと一色で時代を考えてしまいそうだが徳川時代は実に多彩な時代だったようだ。
将軍家光、犬将軍と言われた綱吉、「暴れん坊将軍」吉宗、「天保の改革」の家慶、最後の将軍の慶喜。
経済学者の方から言わせると違いがあるらしい。
例えば三大将軍の家光、犬将軍の綱吉。
この頃は徳川家は結構カネを持っていた。
これはなぜかと言うと家康という江戸幕府を始めた方が天下を取って金銀財宝が湧き出る山、その手のものを全部徳川家のものにした。
だからカネを持っていた。
ところが徳川家康というのは天下を取るが、完璧には天下を取っていない。
道路整備等々のインフラは信長のものをいただいてる。
それから経済については秀吉。
この人は面白いことを考えた。
日本の商売を考える上で「商売をやるという中心があった方がいい」というので、それを大坂に置いた。
諸国の物は全部一回大坂に集まる。
とにかく一回全部大坂に集めて、大坂で値段を決めて、それをまた諸国にばらまく。
例えば山形の「紅花」。
女性の口紅になったりなんかする。
あの原料の紅花は山形が作っていいのだが、口紅は作っちゃダメ。
一回大坂に集められて紅花の値段が決まったら京都に行って京都で加工する。
それで口紅ができる。
その口紅を山形の人は買う。
そうするとお金がグルグル回る。
お金がグルグル回ることによって国中の景気を良くしようという。
これは秀吉が考えたらしい。

お金のことを俗語で「お足」。
小判のデザインは俗説では俵の形。
ところがよく見るとワラジに似ているという。
だからお金というのはグルグル旅をすると景気が良くなる。
お金が足を止めちゃうと景気が悪くなる。
お金というのは回っていればいい。
だから「お金を使う人」じゃないとダメ。
高須クリニックの高須先生のようにドバイか何かへ行ってヘリコプターを操縦して、何の関係もないが女の人を呼んで高いシャンパンを飲ませているという。
最後ににっこり笑って「高須クリニック」という。
ああいうふうにしてお金をたくさん使う人のことを「お金持ち」という。
そういう経済のシステムを考えたのが秀吉。
じゃあ、家康は何をやったか。
何もしない。
「今のまんまにしといてあげるから、天下は一応俺のものということにしてくれ」という。
国を小さく分けることによって「徳川幕藩体制」という体制を作った。
最初のうちは佐渡からは小判はザクザク出てくるし、石見の方では銀が。
江戸期初期は世界で有数の金銀の産出国だった。
ところがこれがゆっくりと減っていって・・・。
徳川の政権の初期の方は全国の金山銀山を持っていた。
莫大な金銀を使うことができたという。
だから東照宮なんかができた。

特に家光のド派手な浪費は有名で、東照宮の造営に57万両もの大金をかけ、参拝すること10回、そのたびに10万両を使い切ったと言われています。(61頁)

同時期に起こった「島原の乱」では、戦費として40万両を使っています。(61頁)

カネのあるうちは徳川政権はかっこいい。
実はもう徳川は四代、五代ぐらいでパワーダウンしてしまう。
ところが政府がお金をいっぱい使ってくれて日本に小判をばらまいたので民間は元気がよくなったという。
そんなふうにして、ゆっくりと経済の主人公というのが民間に移っていく。

 百姓とは、農民および非農業民(商業、運輸業、サービスに従事する人々)を含む庶民の総称であって、決して農民というわけではありません。(46頁)

そういう人たちが経済の主体になっているという。
徳川幕府というのは、考えてみれば不思議な政権。
価値の基準がお米。
だから「◯万石」という国の実力、経済的なスケールを表現する。
「加賀百万石」とか。
だから米さえ採れれば「カネを持っている」ということ。
日本の「庶民」というのはたいしたもの。
税金だけは米で納めるのだが、庶民は何をやり始めたかというと、畑を作ってそこに大豆とか小豆とか別のもので金儲けをし始める。
武士というのは困ったもので、「◯万石」なので米を収入源にしている。
ところが米が豊作になると、武士のところにカネが回ってこない。
その間に庶民の方が金儲けが上手い。

つまり大豆を作ることによって豆腐なんか作る。
豆腐が高く売れてしまう。
徳川幕府は頭がカチンカチン。

 白石が捉われていた頑迷な考えを「貴穀賤金」と言います。これは「米などの農産物は貨幣よりも貴く、お金は賤しいものだ。だから農業以外の産業は仮の需要でありバブルである」という極めて間違った考え方です。(82頁)

しかし、そういうトンチンカンなことでは庶民は全く納得しない。
やっぱり醤油をかけて豆腐を喰いたがる。
侍の偉い方は頭が固いので、「贅沢禁止令」と称して何回も何回もやる。
織物も「色物はダメだ」と命令する。

 もともと譜代大名が着けていた裃のプリントから発展した江戸小紋は、遠くから見ると無地に見える細かい模様の型染めが特徴です。贅沢禁止令が定める素材や色の規制の中で、なぜか鼠色は「お構いなしの色」とされていたことをうまく逆手に取りました。(103頁)

「贅沢を内側に隠す」という「粋」の文化、江戸文化を生んでいく。

法律の「法」。
サンズイはもちろん「川の流れ」を表しているのだろう。
「去」。
「法を守れないヤツは川の流れに『去』らせる」という意味。
漢字の語源そのものからすると古代、三千年前。
非常に怖い意味なのだが、不思議なことに日本にはスっと定着していく。
国民性なのだろう。
子供の「はやし」の言葉、遊びの言葉の中に「指切りげんまん」という、指を結んで約束をする。
その約束が守れない場合は「嘘ついたら針千本飲ます」という。
考えてみれば「遵法精神」「法律を守らねば人は美しくない」という、そういう文化がもうすでに江戸期に小さな子供たちの間にもあったという。
「経済がゆっくり庶民の手によって膨らんでいった」というのと、その中から道徳として「決まり事は守らねば人としては美しくないぞ」という、ささやかなる遵法精神。
そういうものが芽生えていったということ。

江戸小紋とかというのはお侍さんの厳しい贅沢禁止令の中から工夫で生まれていったという。
つまり今、外国の方が来てくださって日本のことを「クールジャパン」と褒めてくださるのは、江戸期の文化遺産。
そうやって考えるとやっぱり「江戸」というのは非常に興味深い時代。
「金銭は賤しい」ということで、激しく経済を回す人たちへの軽蔑が続く。
経済を回していく人たちはそんなことに関係なしに力を貯めていく。

明治維新が大好きな武田先生。
岩崎弥太郎のエピソードで遭遇した「嘘ついたら針千本飲ます」とよく似たエピソード。
維新後のこと、明治の世になってのことだが、土佐下級武士から身を起こして、ちょっと今、車の方ではけつまづいているあの大三菱を起こした岩崎弥太郎。
この人は商売をするための船を購入する。
それで莫大な借金をする。
その時に抵当がなかった。
つまり「返せなかった場合は、こういう物を代わりにあなたにあげます」という抵当がなかったという。
岩崎弥太郎がお金を借りた相手にしたのは何かというと、証文の末尾に「返せなかったら、どうぞ私を笑って下さい」。
これが抵当になりえた。
つまり「約束を守らない」ということが日本人にとってどれほど不名誉なことか。

江戸期経済を回していくエネルギー、パワーというのが徳川幕府ではなくて、ゆっくりと民間人に移っていく。
日本の民間人というのは優秀。
民間人がゆっくりと経済を回していく。
その民間人たちの中で、ベンチャーで次々と参加する者が多かったのが海運業。
「物を運ぶ」というのは江戸時代は儲かった。
海運業というのがゆっくり全国のネットワークになっていく。
最初の方は海運業は太平洋側にはなく、日本海側で「北前船」といって繁盛したらしい。
この北前船のネットワークのパワーが太平洋側にも移り、太平洋側にも航路が。

1670(寛文10)年には幕府の委託を受けて、東回りの航路の整備事業を始めました。
 東回り航路とは、江戸から小湊、銚子、那珂湊、平潟、小名浜を経由して、荒浜(現在の宮城県亘理郡亘理町荒浜)に至る航路です。
(147頁)

この海運業は太平洋側、日本海側で競って伸びていく。
百姓(ヒャクセイ)の人たち。
様々な姓を持つ人たちが参加する。
この時に一番大事だったのは法律。
「◯月◯日までにこれを必ずあなたのところにお届けします」ということを守らないと海運業というのは成立しない。
それゆえに「約束を守る」「法律を守る」という、資本主義の基礎みたいなものが、江戸時代の封建制度の中で日本人が鍛えられていく。
そして北前船が行き来するという中で米ばかりではなく、移動するのが地方の特産品。
そしてついに北前船においては北海道蝦夷地の昆布。
沖縄料理のダシを取るものは蝦夷地の昆布。
江戸時代から沖縄の人は蝦夷地の昆布を使っている。
沖縄の人たちはその北海道の昆布をどうやって手に入れたかというと砂糖。
これが江戸時代からあったということだから、北海道から昆布を運んだヤツがいる。
そして高い純白の砂糖を手に入れて各地で売ったのだろう。
かつて江戸の人たちは昆布を北海道で仕入れて、点々と港を福井ぐらいまで下りてくる。
福井ぐらいまで下りてくると、昆布が大量に福井で降ろされて、とろろ昆布とかサバに昆布を巻きつけてお寿司が出来たりする。
すごく武田先生がワクワクするのは、ぐるっと瀬戸内を回って大坂経由よりも、福井で降ろしちゃって「直に京都に運ぼう」というせっかち人がいて京都に運ぶ。
これがすごい。
鰹節と一緒に昆布を料理のだし汁に使う。
合わせ出汁。
この鰹節と昆布をダシにするという京都人の発明は、今の日本料理の基礎を作る。
だからそれを考えたヤツは名前もないヤツだが偉いと思う武田先生。

海運業の方から「約束を守る」ということが日本の商業の中に染み込んでいく。
そして独特の日本の経済用語が生まれる。
切符(きりふ)手形。
もちろん「切符」なので「合鍵のように合わせる」という意味合いもあるのだろう。
「切手」という響きの中から日本人がイメージできるのは「嘘ついたら針千本飲ます」という。
つまり「◯月◯日までに切符手形で約束したこの日時に物品を納入しないと片手を切り落とすことをあなたと約束します」というような、ちょっと「武士道」に似た「商道」、商人たちの道徳みたいなものが生まれていく。
そういうものが日本人の基礎になっていく。
「約束を守らねば」という思いが「遵法」、法を守るという精神にゆっくりと・・・という。
それが江戸期の中にもう培われていたという。

幕末に起こる事件。
幕末は世界中の国が日本にやって来る。
日本では攘夷運動が起きる。
「外国人なんか」という。
その攘夷運動から面白い侍たちも出てくる。
土佐の田舎町に一人の青年がいる。
名前は坂本龍馬という。
その大好きな友達で武市半平太(武市瑞山)が「グループ作ろう」というのでグループの名が「土佐勤王党」。
檜垣清治という勤王の同心と江戸の町でばったり会った坂本龍馬。
その時に檜垣清治が龍馬の腰の物、刀を見て愕然とする。
びっくりするぐらい短い。
檜垣清治が龍馬に「おまん、そがいな短い刀では尊王攘夷はできんぜよ」と言うと「何を言うちゅうがーじゃ」と龍馬は言う。
龍馬の理屈は、これからは外で戦うのではなくて室内戦「家の中で戦う」というのが多くなるので刀は短い方がいい。
「長い刀を持っているとその辺の柱に喰いこんでなかなか取れなくなるぞ。俺は短い刀だ」と言って檜垣に突きだした刀が陸奥守吉行といって二尺二寸しかなかったという非常に短い刀。
檜垣清治は龍馬の真似をして短い刀を手に入れる。
それでまたばったり坂本龍馬に会う。
龍馬に「ほら、俺もこんなに短い刀にしちゃったよ」と言うと、龍馬がニタッと笑って「時代遅れ、チッチッチッ」と言いながら「おまんがそがいなものじゃ尊皇攘夷はできんぜよ。これからの世は刀ではない。これの時代じゃ」と言いながら、懐からスミス&ウェッソン社製の32口径のピストルを出して彼に見せた。
檜垣は燃えた。
彼も苦労して長崎なんかを散々歩き回り、やっとスミス社製のピストルを手に入れる。
三度目、ばったりまた坂本龍馬に会う。
坂本龍馬に檜垣が「俺も手に入れたぜ龍馬、ピストルぜよ」と見せると龍馬が「チッチッチッ。檜垣、ピストルの時代は終わったがよ」。
「これからは何だ」というと彼が懐から出したのが「万国公法」という国際法の書であったという。
つまり坂本は次の世は「法律が最強の武器になる」ということを予見した。
これはレジェンド風に聞こえるが、全くのデタラメではない。
彼は後に海運業に乗り出す。
独立部隊を彼自身が作りあげる。
名を「海援隊」と言う。
この海援隊という秘密結社を興した時に、懐に入れた法律の本がいかに強力な武器であったかという歴史的事実を残す。
とうとう「出る人が出た」という感じ。

明治大学の経済学者で飯田泰之さんが仰っている。
「経済では江戸期までに日本はすでに十分世界水準に達するまで成熟していた」
この一言で感動した武田先生。
民間人の方たちが海運業を通して新しいアイディアを。
もうこの時に保険の制度とか北前船の船主さんで思いつく人がいた。
このあたり、日本人というのが閉ざされた日本国内というところでありながら、民間だけの力で経済の本質みたいなものを学んでいたという。
日本は海運業。
北前船とか太平洋航路の樽廻船で「流通業」。
流通業はやがて発達して商社的な力、も持つ。
例えばミカンが江戸には無いので「ミカンを運べ!」とミカンを一発運ぶだけで億万長者になって吉原でパーッと遊んで帰ったというような、いわゆる「海運業のベンチャーの人たち」の活躍がある。

遠い思い出になるがハンサムな福山(雅治)君と『龍馬伝』というのをやった武田先生。

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坂本龍馬というのは黒船をパッと見た瞬間に「使える」と思ったのだろう。
「これは商売に使える」という。
この商売に使うために何を勉強するか?
もちろんそれは、黒船の動かし方もあるだろうが、黒船を操ることだけではなくてやっぱり法律。
『万国公法』という国際法の法律書を懐に入れていた龍馬。
慶応三年のこと、彼自身が「いろは丸」という160トン、小さな外輪船を回す黒船に乗り、45馬力、小さな船で瀬戸内海を航海中に紀州船の「明光丸」887トンと激突し、海上事故を起こしている。
この時に勤王の志士であればカーッとなって、憎き徳川幕府の御三家のひとつだからケンカの一つも売りたいところだろうが、龍馬という人はケンカを売らない。
何をしたか?
国際法の万国公法を楯にとって裁判をやる。
坂本のケンカのやり方は独特で、長崎奉行所にこの海難事故を持ち込み、イギリス東洋艦隊の艦長をオブザーバーに、そこで海上侵犯の裁判を展開している。
(番組内で上記のように「東洋艦隊」と言っているように聞こえるのだが、「東洋艦隊」は1941年かららしいので、この時代には存在しないものと思われる。この時の裁判に参加したのはイギリス領事とイギリス海軍提督)
ケンカするよりも裁判で勝つということが、いかに利益に結びつくか。
七万両という賠償金を紀州藩からせしめる。
このあたり、刀よりもピストルよりも「法が最強の武器である」という国際時代に龍馬は入ったことを既に知っていた。
この七万両を手にしたのだが、坂本龍馬はその年の暮れに暗殺されてしまう。
もったいない。
七万両あるので、それを横からガサーッとかっぱらったのが岩崎弥太郎というヤツで、それを資金にして三菱を作る。
悪いヤツ。
こんなふうにして龍馬が発揮したのは「法がピストルよりも刀よりも力を持ちうる」そういう時代に入った。
そういうことを彼は「いろは丸事件」で我等に教えたということ。
彼が倒幕後の「統一国家を作らねば」ということで友達に託した。
後藤象二郎という友達に日本がこれから進むべき八つの方策を授けている。
その第五策に坂本龍馬は日本がこれから辿るべき未来の図としてこんな一言を残している。

古来ノ律令ヲ折衷シ、新ニ無窮ノ大典ヲ撰定スベキ事。(船中八策)

「今までの法律を全部集めて、その中から新しき法を持つこと。そのことがこの国の未来にとって重大なことなのである」と龍馬は高らかにそう謳っている。

日大学祖、山田顕義。
長州の人。
1881(明治14)年、何と驚くなかれ、この若さで憲法の私案を作成したという。
「時の政府なんかに任せない。自分でとりあえず勉強して、自分で憲法を作ってみる」
このガッツ。
彼は日本の伝統、習慣、文化を踏まえ、法律学校を構想し、明治22年「日本法律学校」という学校を創立し、これが後の皆様方が所属しておられる日大へと発展する。
「約束を守る」というその精神がこの日本に「法」というものをもたらしたのではなかろうか。


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posted by ひと at 14:44| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月31日

2016年3月27〜4月7日◆タッチ(後編)

これの続きです。

マイスナー小体・パチニ小体・メルケル盤・・・4つある。
(もう一つは「ルフィニ終末」)
それが(皮膚の)深いところとか浅いところにあって物を感じる。
これらの今話した4つのセンサーで人間には絶妙なことができる。
これは他の生き物はできないらしい。
他の生き物が出来ない皮膚感覚の絶妙な技。
手のひらに残されているこのセンサーで一番すごいのはポケットの中から500円玉を選んで引っ張り出せること。
1円玉、5円玉、10円玉、100円玉、500円玉。
それを指でわかるのだから、これはすごいセンサー。
外科医用の手袋を一枚しただけで無くなる。
100円玉と500円玉はギザはかなり難しくなるのではないか。
だからほんのちょっとでも何か遮蔽物があると、もうそのセンサーは壊れる。
セメダインを塗られただけで、もうわからない。
それぐらいやっぱりこの皮膚に埋め込まれたセンサーというのはすごい。
このセンサーから伝わった感覚が脳に向かって「すべすべしている」あるいは「フチがギザギザしている」「これはこれよりも大きい」そんなことを見るがごとくジャッジする。

 ルフィニ終末からの情報を脳がどのように利用しているかは、あまりよく分かっていない。皮膚表面に沿って物体が動くときに皮膚が局所的に引っ張られるため、そうした動きの検出に役立っているのかもしれない。(64頁)

だからストレッチで伸ばしている時「アイタタタ・・・」という。
その「アイタタタ・・・」を言えというセンサーがこのルフィニというセンサー「神経」らしい。
これがなくなったら腕なんか折られちゃう。
「『参った』をする」というセンサーがあるという。

皮膚のネットワークから入った触感は皮膚から脊髄へ、そして脳へ、そして神経細胞へと伝わっていく。
その伝わり方と役割がものすごく複雑。
結論を言うとその後何が書いてあるのかよくわからなかったが、面白くなったのはその次の章で「愛撫のセンサー」。
皮膚から入ってきたセンサーが捉えた情報が神経を伝わって脳に送られるが、脳に送られるスピードが違う。

C線維を伝わる電気信号は遅い。時速3.2キロほどだから、人がぶらぶらと歩く程度だ。これに対してAβ線維の機械受容器からの信号は時速約240キロ、Aα線維の固有受容覚信号は時速約400キロのスピードで伝わる。(99頁)

この皮膚から入ってきた情報がそれぞれスピードが違うのは、その後のジャッジをするため。
物にぶつかって額を打った。
その時に「この痛みが大体何日間ぐらい続くか」と予想する。
しゃがみ込んで「痛テテテテ・・・」と言っているのだが「我慢できないこともないか」とか「これはちょっとマズイな」と思ったり。
それは、それぞれ電気信号に変換された伝わるスピードの違いがそのことを判断させる。
危険を感じる、危機を感じる痛みの時は、その痛みの伝わり方は速い。
ところがうずくというか、熱を持つというか、ゆっくり腫れてくるというか、その感覚が伝わるスピードが変わる。
これは伝わる神経線維が違う。
これは「電線」が違う。
速い痛みを伝える電線と鈍い痛みを伝える電線が違う。

 C繊維は長い間、痛みと温度と炎症の情報だけど伝える神経だと考えられてきた−中略−しかし最近、一部のC繊維がある特別な触覚情報を伝達していることがはっきりしてきた。C触覚繊維と呼ばれるその神経は、人と人との接触に特化した、いわば愛撫のセンサーなのである。
 C触覚繊維の終末は有毛皮膚にしか存在しない。その終末は毛包を取り囲み、毛の動きに反応するようになっている。
(99頁)

このC触覚は学習から最適を学ぶ。
この、撫でられてちょうどいい速さを学ぶと、その触感を強く意識して、男の子はよく分かる。
他人の接触を見ただけで「あ、自分も触れられているような気がする」という。
スピードでそれを自分の体感とするという。
だからそっち系(アダルト系)のDVDが売れたりするのは、このC触覚があるから。
「◯◯の見た?スゲェよあれ」とかっていうのはC触覚のスピードと自分の快感のスピードが一緒だから。
武田先生もやったことがあるが、早送りにしてしまうとあれは何も感じない。
バカにできないのは、その手の愛撫のエロスの触覚でありつつも信頼を築く「絆のセンサー」でもある。
信頼はセクシー。
「その人を信頼する」というその「信頼」というのは「安心感」。
安心感が与えられない限り、信頼の絆というのは生まれないワケだから。
どちらかというとエロスの匂いがしないと。
このC触覚の中枢である脳の部位は実に複雑。
これは快感と感じるというのは大変。
様々な脳の領域か関与していて、これが全部燃えないと快感に感じない。
快感というのは脳の支配によるもの。
だから恋の愛撫「彼がそーっと肩を撫でてくれた」というのと、ケンカの時に「ドーンと肩をぶつけた」というこすりあいでは全く違う。
自分が「快」を与えているつもりでも相手にとっては「痛み」となる。
そういうのが触覚センサーの宿命。
そういうので女の人にいっぱいフられてきた武田先生。
「ゴメン、許して」「あーん!もう痛い!」とか。
よく覚えているのはフォークソングでホシカワという先輩がいた。
人柄のよい人。
その先輩の恋人は一つ年上の女性だったが、23歳ぐらいの女性。
可愛らしい人。
ニックネームが「おかあちゃん」。
この二人が仲がいい。
何かの拍子に「どこがいいんですか?」と訊いた。
ホシカワ先輩はガタイはいいが、そんなにカッコイイ人でもなかったので。
歌う歌は岡林(信康)の『山谷ブルース』ばかり。
ガテン系の歌が多い方で、フォークギターで。
そうしたらその「おかあちゃん」という子がしみじみと「うどんを食べてる顔が可愛いの」と言った。
「うどんを食べてる顔が可愛い?そんなもんでこの人はあの先輩の恋人になったのか」と思うと。
「ツルツルツルって食べるの」と言われて。
それでホシカワ先輩とその恋人と数人でデパートのイベントだったので地下でうどんを食べた。
武田先生がうどんを食べた瞬間「武田くん、きたなーい!」と言われた。
先輩もツルツルと結構ツユを飛ばして。
でも武田先生だけ「きたなーい、武田くん」。
その時に「同じじゃん」と思った。
「何か」が違う。
その「何か」というのは女性の方が敏感である。

触覚の他にも様々、人間には感覚がある。
例えばこの本の中でこんな面白いマンガが紹介してあった。
四コマ漫画。

(タイトルは『臭うチーズ』)
若い男女が車に乗っている。
女性は買い物袋を抱えている。
そんな時、男性がちょっと警戒したような険しい表情でつぶやく。
「ここ、なんか臭くない?」
そうすると女は買い物袋の中を覗いて嗅ぐ仕草。
そしてポツリと「さっき買ったチーズよ」。
そうすると男は「あ、そうか。それなら」と納得した後、安心した様子で女性に語りかける。
「なんだか美味しそうな匂いがするね」

これはあること。
最初はすごく警戒して「臭い」と言って、それが気にいって買ったチーズだと分かった瞬間から「美味しそう」になるという。
面白いもの。

「性の触覚」つまり「性感」は、神経終末の分布はほぼすべての男女で同じ。
性にまつわる触れられることへの感性、それは神経全部同じ。
違いがない。
ところがこれを快とするか不快とするかは個人による。
なぜそんなに個人差があるのかはまだわかっていない。
とにかく性的なものというのは脳の中の様々な領域が同時に発火、真っ赤に燃え上がること。

生殖器への刺激を続けると、恐怖に関連する情動信号を処理する扁桃体の活動が低下する。この現象は生殖器への刺激が、恐怖の減少とその結果としての潜在的脅威に対する警戒の消失に関連することを示すと解釈されている。(142頁)

性的に興奮すると不安を感じる能力がぐっと落ちていって、慎重な判断を下す領域がオフになる。
(本の内容とは若干解釈が異なるようだが)
運動なんかもそうだが、カーッと燃える時、スポーツ選手はすごい。
ラクビ―でも骨折しながら走ったりする。
あれはやっぱり「慎重な判断を下す領域」のスイッチが切られてしまうのだろう。
とにかく「同時多発」。
そうすることによって性的な快感が得られるという。

「味覚と触覚のまじりあい」という奇妙な感覚もある。
世界中のほとんどの人がいろいろ触覚に関しては感覚が違うが、面白いことに味覚とあいまったもの、例えば唐辛子を「熱く」ミントを「冷たい」と表現するという。

クールなミント、ホットなチリという比喩は、人間に生まれつき生物学的に備わったものであると思われる。
 ミントの主な有効成分はメントールという物質だ。トウガラシの方は、カプサイシンという化学物質である。
(149頁)

なぜか冷たさを感知できる神経群はこのメントールに反応する。
だから本当に冷たいワケじゃなくて、冷たい時に活性化する神経を励ます。
それからカプサイシンの場合は熱は全然ないが「辛さを熱と感じる」ということがある。
これは人間の進化ではなくて、植物が身を守るためにそうした。
全部喰われちゃうと嫌だから、人間が嫌がるカプサイシンをいっぱい食べて、喰われることを防ごうとしたのが唐辛子の側の事情。

トウガラシという植物と鳥類とは、進化の過程で、ある種のデタントに達したようだ。哺乳類は種を食べると臼歯ですりつぶしてしまいがちだが、鳥には臼歯がなく、種子の大半はそのまま消化器官を通り抜ける。鳥が糞をすると、これまでとは違う場所に発芽可能な種子を播いていくことになる。(152頁)

(番組内ではミントに関しても鳥との間には同様の関係があると言っているが、本にはそういう内容はない)

無痛症。
痛みを感知できない遺伝病があり、どこから飛び降りても痛くない。
骨折しても痛くない。
これは何よりも恐ろしくて、だいたい十代でお亡くなりになる。
そうやって考えると「痛みがある」というのは身の安全のためには大事なこと。
だからちょっと痛むところがあったりしても、これはやっぱり「長生きするための一つのセンサーである」というふうに思いましょう。
「痛み」というのは絶妙なもので、この「痛み」を感じると、また「感情」も一緒に燃え上がる。
何で感情が燃え上がるかというと、痛みを判断しなければならないからで、痛みは種類によって「この痛みは安全のうちにあるか、それとも危ない痛みなのか」「この痛みは予想通りなのか、それとも意外な痛みなのか」「ずっと痛むのか、わりと早めに収まるのか」そういうことも痛みの感覚、痛みの伝わり方で人はジャッジする。
更に痛みは脳記憶として結びつく。
それがPTSD「心の痛み」みたいなものもちゃんと記憶されてしまう。

 治療がとくに難しい慢性痛に、幻肢痛と呼ばれるものがある。手や足を切断した人の約6割が、失った手足が痛むような慢性痛を経験するのだ。(189頁)

それとは逆にピアノやバイオリンの演奏者というのは脳を経由しないで「手が勝手に動く」という触覚の技術に入ることがあるという。
これも一種の触覚の見せる奇跡。

「慢性の痛みがあるのに、どうして慢性の快感がないのだろう」。(188頁)

それは快感よりも痛みの方が生き残るためには重大なセンサー。

「痛みと脳がいかに結びついているか」のものすごい実例。

 イラク戦争中の2003年4月13日、アメリカ陸軍実戦部隊の衛生兵ドウェイン・ターナーは、バグダッドの南50キロほどの暫定作戦基地で少人数の舞台とともに補給品の荷下ろしをしていたときに、敵襲を受けた。(190〜191頁)

 ターナーの右足と太ももと腹には手榴弾の破片が刺さっていたが、動きは鈍ることはなく、何度もクルマの陰から飛び出しては、倒れた仲間を安全な場所まで引きずった。その間、2度撃たれ、1回は左足に弾が当たり、1回は右腕の骨が折れた。だがダーナ―は撃たれたことにはほとんど気づかなかったという。(191頁)

 ターナーはそのうち出血で倒れてしまうが、−中略−ターナーの働きがなければ少なくとも12人の命がこの場で失われていたと考えられ(192頁)

このターナー衛生兵は衛生兵をやっていたために「他の兵士を救わねば」という脳の方の意思の力が強くて、感じる痛みを全部遮断していたのではないか。
どんな激痛でさえも、脳はそれを遮断する力を持っている。
痛みについては大きく心がジャッジしている。
痛みと感情、特にネガティブな感情は深く絡み合う。

被験者にコンピューター上でバーチャルなキャッチボール・ゲームをしてもらい、参加メンバーから外すといった軽度の社会的排斥でさえ、背側前帯状皮質と島皮質後部の活動を引き起こす。(204頁)

だから、そんなささやかなことでも心は痛む。

切り替えが遅い方で、ちょっとクヨクヨ、ウジウジする武田先生。
「そういう言い方しなくてもいいじゃないか」とか何か。
人の言い方をグズグズ考え込むが、ちょっと最近よくなってきた。

「痒みとは小さな痛みだ」と言われていた。
ところが、著者によるとやっぱり「痛み」と「痒み」は違う。
この痒みに関するものは、まだ今はもう少し研究が必要。
これさえはっきりすれば、もう少し神経伝達物質やニューロンのことが分かれば、アトピーに対する対策ができるのだが、これができない。
「小さな痛みだ」ということでアトピーをやっつけようとしたら、全然効かなかった。
アトピー対策のために今、必死らしい。

 ヘロインやオキシコドンなどオピオイド(アヘン様物質)が強い痒みの発作を引き起こすことはよく知られている。(217頁)

以前、元中毒患者の人と話をした時に「痒み」とおっしゃっていた。
その痒みが「手のひらに虫が乗ってる」というあの幻覚と来る。

鎮痛薬としてオピオイド(モルヒネなど)を使った患者の80%は痒みを経験する。(217頁)

「痛み」と似ているが「痒み」には独特の個性、特徴がある。
実験でも分かる通りだが「痒みは伝染する」。
痛みは伝染することはないが、痒みは伝染する。
それが証拠に、イラストでもいいし、フィルムの写真でもいいが、虫、ダニ、ノミを見ると100人中何人かは必ず掻きはじめたり、手のひらを撫でたりする。
この「伝染する」という能力が痒みには強力にあるということ。
痛みも痒みも、それ相応に心の問題で、だから人間にとっては重大な感覚。

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2016年3月27〜4月7日◆タッチ(前編)

お隣の国、半島の両方の国で騒ぎが起こっている。
おそらくヨーロッパの街角でばったり会ったりすると、隣国の方と日本人の区別はほとんどつかない。
「何が違うのかなぁ」と思う時がある武田先生。
「理解ができない」というのは、韓国の人は本当に整形美容に抵抗がない。
あの裁判で出てきた「◯◯さんの娘」みたいなのがいた。
あれで何か語られてもすごく苦しい。
教育テレビを見ていたら「整形についてどう思いますか?」というので世界中の人が集まって、そういうことをワーワー井戸端会議をやるという番組をやっていた。
「それは、もう何てことないものです」と手を上げたのが韓国の人で、他にも西洋の人がいた。
「だいたい中学校の真ん中ぐらいになった時に顔を変える」というのが一番いいそうだ。
「チェンジにもってこい」で。
そう言われると「いいのかな?」と思ってしまう。

身体(しんたい)髪膚(はっぷ)これを父母(ふぼ)に受くあえて毀傷(きしょう)せざるは孝の始めなり(古代中国の書物・孝経)

整形に抵抗がある。
こっちはあんまり親から良いものを貰っていないから、何とか他でカバーしようと思って。
それが人生じゃないかなぁと思う。
歳を取ってから崩れてきてわかってしまうのが嫌だし「そんなことしていいのかな」という抵抗がある水谷譲。
あえて名前を出さないが、整形をやった俳優さんの演技を見たことがある武田先生。
整形前よりもオーバーになっている。
顔が持っている表情を自分がコントロールできていない。
だから無闇に顔を使うが、全部オーバー。
それで、複雑な心理の芝居ができない。
「静かな顔をしようとしてるんだけど、内面が動揺してる」という『飢餓海峡』なんかで三國(連太郎)がやったような演技ができない。
「オメェがサチコさん殺ったんだろ!」「やってませんよ・・・」
その時に観客が見て「あ、殺ってる。犯人はコイツだ!」という、それが出ない。
自分の顔の筋肉をコントロールしていない。
或いは一枚お面をかぶったような感じで、肉を動かしているが表が動いていない。
そういえば法廷みたいなところに引っ張り出されたその整形で綺麗になられた方の顔を見ていると、指から先も反省しているように見えない。
それは、美しさのために表情が顔に出てこなくなったんじゃないか。
そう思う時にすごく抵抗がある。
そんなことを頭の中で考えているうちに、フッと本屋さんで目が合った本。

触れることの科学: なぜ感じるのか どう感じるのか



著者はデイヴィッド・J・リンデン。
THE SCEIENCE OF HAND,HEART,AND MIND
TOUCH

というタイトル。

見れば信じられる。だが、触れることができればそれは真実だ。
         ──トーマス・フラー「ノーモロジア」一七三二年
(6頁)

この著者は特に男性にとって「触る」ということが、いかに決定的な感覚なのか、それを懸命に本で訴えている。
『ロリータ』をお書きになった作家さんの言葉をこの著者が本に書いている。

「男性にとり、視覚に比べれば取るに足らない触覚が、決定的な瞬間には、現実を扱う、唯一とは言わないまでも主要な感覚となるのである」(10頁)

女性より男の方が、触覚に関しては重大。

この著者が遠回しに言っていることをズバリ言うと、大人の方だったらばどなたも経験なさったと思うが、男女のその瞬間、両方とも目をつぶる。
なぜ目をつぶるかというと、それは触覚による情報をマックスに上げるために視覚を消して触覚に専念するという。
個人差があるかも知れないが、間違いなく言えることは、ジーっと相手を目を開けて下から眺めていられると、一種「侮辱」ととられる。

 私たちの場合も、触覚経験は感情と分かちがたく結びついている。それは英語の日常的な表現をとってみても分かる。−中略−「傷つく(I'm touched:触れられる)」や「いじめてる(hurt your feeling:触覚を傷つける)」のほか、「ツンツンする(pricky:棘の多い)」、「キツい(rough:表面が粗い)」、「ずるい(slippery:つるつるしている)」などはごく普通の比喩表現だ。私たちは人間のさまざまな感情や行動や性格を、皮膚感覚を使って表現することに慣れている。たとえば、−中略−
「厄介な(sticky:べとべとした)状況」
−中略−
「難しい(hairy:毛深い)問題だ」
−中略−
 気の利かない人のことを英語でtactlessと表現するが、これは文字通りtact(触覚)を欠いているという意味である。
(10頁)

だから、触ることというのがいかに感情表現に用いられているかということ。

触覚の不思議なので、言われてみると確かにそう。
「触覚」とは実は私たちの例えば「子育て」とか「傷」とか、気配や空気を読む男女間のいわゆる「情」みたいなもの、「別れの予感」。
そういうものも含んでいるという。

面白いのは「ミント」を冷たく感じる。
唐辛子は熱く感じる。
皮膚に塗っても。
これはどうしてこういうことになってしまうのかというと、脳の領域でジャッジする。
だからミントが冷たいワケではない。
唐辛子が火のように熱いワケではない。
それが脳に行くとミントで皮膚を撫でると「あ〜冷たい!」。
それから唐辛子だと「あ〜熱い、ポッポしてきた!」とかっていうことに。
温度を持っているワケではないのだが、脳の領域ではそれを「冷たい」、それを「熱い」「ホット」とジャッジする。

かくのごとく「触る」「触られる」というのは脳でジャッジするから、ものすごく複雑。
ある人が触ると愛を感じる。
ある人が触ると警察に訴えようと決断する。
恋人がアナタのお尻にソッと回す手と、電車の中で痴漢の人がソッとアナタのお尻を触るのとは、力具合においてはだいたいおんなじだが、感情が全く違う。
つまり「触覚」が決定しているのではなく、触覚から伝わってきた感情がその触ってきた者に対してジャッジしているという。
これは面白い。
ものすごくクールな言い訳をすると「性的な絶頂感」は中身はクシャミと同じ。
これは感覚器で言うと「あくび」と同様の反射。
それが一生忘れられないということは、いかに脳がこの「接触」「タッチ」「触覚」に意味を与えているかということ。
性的な絶頂感でさえ、肉体的には女性でクシャミ、男性ではあくびと同様の痙攣であるという。

心理学科の建物に入ってきた被験者を、女性の実験助手がロビーで出迎える。−中略−助手はどうしたわけか、コーヒーの入ったカップと、クリップボードと、教科書を2冊手にしている。研究室の階まで上がるエレベーターの中で、助手は被験者の情報をクリップボードの用紙に書き込みながら、何気なく、コーヒーを持っていてもらえないかと頼む。コーヒーを返してもらったら、被験者を実験者のところに案内する。その際、ある被験者にはホットコーヒーを、別の被験者には冷たいコーヒーを手渡す。−中略−
 有意な結果として、ホットコーヒーを手に取った被験者は、冷たいコーヒーを手渡された被験者よりも、架空の人物を温かい人(人間的、信頼できる、友好的)と知覚した。
(20〜21頁)

NBA全30チームの2008〜09シーズン開幕後2カ月分の試合(選手総数294人)の録画をチェックし、ゴールを喜ぶ接触−中略−を数えた。(24頁)

少なくともプロバスケットボールの文脈では、短時間の喜び合いでの身体的接触が個人とチームの成績を押し上げていること、それも協調性を築くことを通じて成績を上げていることを、強く示唆している。(25頁)

「喜んでないで早くやれよ」という時がある。
あれはダメ。
いちいち喜ぶ。
それから、もし点数を取られたら、いちいち励まし合う。
こうすると強くなる。
これは「なるほどなぁ」と思う。

人手不足の児童保護施設で、1日20〜60分、子供を優しくマッサージし、手足を動かしてやったところ、触れ合い不足の悪影響はほとんど打ち消すことができた。この接触療法を施した赤ん坊は体重の増加ペースが上がり、感染に強くなり、よく眠り、あまり泣かなくなった。(40頁)

 未熟児に対して優しく接触刺激を与えるには、カンガルーケア(早期母子接触)と呼ばれる方法が効果的である。(40頁)

子供を育てる時、接触は重大な感覚であるという。

 デポー大学のマシュー・ハーテンスタインらが、感情伝達における対人接触の役割を調べる興味深い実験を始めている。ひとつの実験はこのようなものだ。カリフォルニアの大学の学生を集め、2人ずつテーブルを挟んで向かい合って座ってもらう。2人の間は黒いカーテンで遮られている。お互いの姿を見たり、話をしたりすることは禁止だ。伝達者の役を割り当てた側に、感情を表す12の単語リスト(怒り、嫌悪、恐怖、幸せ、悲しみ、驚き、同情、困惑、嫉妬、誇り、感謝)の中からランダムにひとつを見せる。伝達者にはしばらく考える時間を与えたうえで、もうひとり(解読者)の前腕の肌に、その感情を伝えるために適切と思われる触れ方で5秒間触れてもらう。−中略−外向きの感情である愛情、感謝、同情は、偶然によるよりもはるかに高い確率で解読された(42頁)

若い時もそうだが、母ちゃん(武田先生の奥様)の手なりなんなり握ると大体分かる。

女性が男性に怒りを伝えようとしても男性はその意図を正しく解読できず、男性が女性に思いやりを伝えようとしても女性はそのメッセージを解釈できなかったのだ。(44頁)

この男女差というのは、やっぱり男と女の恋愛も含めての、恋の駆け引きにもなるだろうが、一歩まかり間違うと事件になったりする。

1960年代に心理学者のシドニー・ジュラードが、世界中のコーヒーショップで会話をする人々を観察した。それぞれの場所で、きちんと同じ数のペアを同じ時間だけ観察したのだ。その結果、プエルトリコのサンフアンでは2人の間の身体的接触が1時間に平均180回と最も多く、パリでは110回、フロリダ州ゲインズウィルでは2回、ロンドンでは0回だった。(44頁)

これはおそらく日本も0なのだろう。
日本は触らない。

番組の控室か何かで指原莉乃さんとした話。
結構疲れてらっしゃったから「前のスケジュール大変だった?」「ちょっと握手会があったもんで」という。
何気なく「アンタも嫌だろ?他人と。な、手を握ってくるんだろ。アンタの手を」と。
「そんなことないです」という。
マツモトさんが横にいらして、小っちゃい声で「ウソ」とおっしゃっていた。
どっちが本当か分からない。

「触れる」というのは考えてみれば、不思議な感覚。
東アジアに限って「触れる」ことというのを考えているが、外見では分からない。
香港と台湾の人の違い。
香港の人は、中年とか初老、老年になってもすぐに手を繋ぐ。
香港を旅した時に、中年夫婦がもうほとんど十代のカップルのような密着度で歩いてらっしゃる姿を見て、ちょっと驚いたことがある武田先生。
台湾は肉体接触がき。
ダンスとかすごく好きだから。
でも、台湾の方は香港ほどではない。
台湾と上海も違う。
何でこんな話をしたかというと、武田先生が英語を教わっていたイギリスの娘さん、カリーナ先生が時々面白いことを言う。
あの英国娘の目というのがすごく刺激的だった。
よく一杯飲み屋なんかで、ニュースか何かが音声を全部消してテレビが流れている。
そうしたらえらい事故が起こっていて、事故の現場風だったから「え?どっかで死人出たんだ・・・」とつぶやいたら、あのイギリス人が「あ、これ日本じゃないよ」という。
「え?何で?日本人じゃん」
「違う違う、これ韓国よ」
「何で分かるの?」
「泣き方違うもん」
そういう例を取り上げて申し訳がないが、韓国の人はそういう悲惨な出来事が起こるとワーッと抱き合って泣く。
それで、日本人からすると泣き方がすごく強い。
悲しみの表現が韓国の方はすごく強い。
ある意味では大地を叩き、地をかきむしるような。
それを誰かがガバーッと抱きしめるとか。
気絶しそうになる方がたくさんいらっしゃる。
それに比べて日本人はいっぱいニュース報道でも見てきたが、泣く時に一人。
踏ん張って、伸びてくる手を振り切る。
接触を拒否して単独で泣こうとし、極力泣くまいとし。
異様なのは、事故現場から笑顔で被害の状況を語る人がいる。
本当に多い。
気の毒そうにテレビ局の人がマイクを差し出すと笑う。
「もう逃げる暇もなーんもなかったですたい」と言いながら。
巨大な火山の爆発を遠目に見ながら、ほんのわずか笑みを浮かべて語る雲仙の人を見かけたことがある。
それから、もう本当に武田先生が泣いたが、広島で土砂崩れで家が何軒も流された時に連れ合いの80代のおばあちゃまを亡くされた90代近いおじいちゃんが「まぁしかし、一瞬の出来事だったんでね、大きな苦しみはなかったと思います」と言いながら淡々と語ろうとする。
その時に倒れたり一切しない。
自力で立って妻の最期みたいなことを語るおじいちゃんを見ていて、皮膚感覚の違いと感情表現の違いを半島の両国と日本、それからユーラシアに巨大な国を持つ中国と、それから島である台湾。
何かそれぞれの感情表現の、それが何か違うのではないかと。

「日本人ってやっぱり触覚の人種なんだ」「タッチの国民なんだなぁ」と武田先生が思うのは、この国の手工芸品に出ているような気がする。
日本は「手のひらの感覚で判断して物を造形していく」という能力がすごい。
東京12チャンネル、テレ東の番組とかを見ると。
「匠の技って何か?」と言ったらほとんど「触覚」。
その辺がやっぱり大陸の国、そして半島の国、島の国である台湾あたりの人たちと日本人との差ではないのかなぁと思ったりする。

日本は戦前のことだが「アジアは一つ」と言って、大まとめにアジアを考えたところから大きな戦争を起こしてしまって。
アジアの他の国も含めてご迷惑をかけた。
ちょっとトリッキーな言い方になるが「アジアは一つではない」と「アジアはバラバラ」。
こういうところからアジア観を作っていった方がいいんじゃないだろうか?
武田先生が考えたのは「韓国文化は何か?」と言ったら「視覚文化」じゃないか?
どう見せるか?
だから愛情も見せる、怒りも見せる。
それから自分の力も見せる。
つまり「見せる」ということが最大の文化的特徴。
日本は反対で「見えるものを見えなくしてしまうところに見えるものがある」という。
「行間を読む」みたいなこと。
寅さんでも健さんの任侠ものでも日本人がゾッとするのは、主人公がクルっと背中を向けて歩き出した瞬間に「クライマックスに入った」という。
その「後ろ姿の美学」。
「見せないことの努力をしていることが、より見せることになる」という。
連れ合いのおばあちゃんの死を訥々と語るおじいちゃんのその口元に胸を揺さぶられるような悲しみを感じるという。
その間におじいちゃんは一粒の涙も流さない。
インタビューが終わった瞬間に、おじいちゃんは身をねじった瞬間に「泣いているんだぁ」と思った瞬間に、隠された涙を我々は見ることができるという。
「涙を隠すところに涙を見る」という。
その「隠そうとする文化」と「見せようとする文化」の違いが、時折半島の方々とすれ違いになっているのではないか。
原子が爆発するというような爆弾を作っても強さの証明にはならないと思うが、どうしてもあれに火を付けて上がっているところを見せないと自分たちの軍事力を見せられないのだろう。
その辺の違いみたいなのが、皮膚感覚の違いみたいなものがアジアの人々の間にそれぞれあるのではないだろうか。

この「触覚」という問題に関してはものすごく複雑。

 皮膚には基本的に有毛と無毛の2種類がある。無毛皮膚というと、読者はすべすべの肌を思い浮かべるかもしれない。たとえば女優のキーラ・ナイトレイの頬のような。けれども、キーラの愛らしい顔の柔らかい皮膚を注意深く観察したなら、実際には細く短い、色の薄い毛に覆われているのが分かるはずだ。軟毛(産毛)と呼ばれる毛だ。−中略−この軟毛は、基本的に毛管作用で水分を運ぶ役割を負っている。汗を皮膚表面から引き上げ、効率的に蒸発させて皮膚の冷却を助ける。(49頁)

 本当の無毛皮膚は、手のひら(指の内側を含む)と足の裏、唇、乳首、生殖器の一部にのみ見られる。(49頁)

 有毛皮膚も無毛皮膚も、基本構造は同じである。二層構造のケーキを思い浮かべて欲しい。上層は表皮で、さらに薄いいくつかの下位層に分かれている(図2-1)。どちらの皮膚も、表皮の最上層は角質(角質層)と呼ばれる死んで扁平になった皮膚細胞の層で、その下に3つの薄い層(顆粒層、有刺層、基底層)がある。(49〜50頁)

こうして表皮の細胞は、50日ほどですっかり入れ替わる。(51頁)

そしてその4つの層には4つのセンサーがある。
このセンサーがすごい。
浅い皮膚には物の形、質感を判断する「メルケル盤」。
握る力の強弱のセンサー「マイスナー小体」。
深いところでは「パチニ小体」。
揺れを感知するセンサーで皮膚が0.0001mm動いても感知する。
ほんのちょっと揺れても「あ!揺れた」と感じるというのは、この皮膚のセンサーのおかげ。
掴んでいる物の、手に伝わってくる震動を正確に神経の方に送って、何を感じているか絶えず脳にジャッジさせている。

シャベルで砂利を掘るところと、柔らかい土を掘るところを想像してみてほしい。あなたの手は、シャベルと地面の接触箇所からずいぶん離れているにもかかわらず、砂利と土の違いはすぐに分かるはずだ。(62頁)

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2017年08月07日

2017年4月10〜21日◆「ぐずぐず」の理由(後編)

これの続きです。

音がしないことをも音で表現するのである。音のない動作だが、まるでかすかな衣擦れの音でそれと感じるかのように、なにかじっとしておれないような気配が察知されるときも、「そわそわ」「いそいそ」「こそこそ」といったぐあいに[s]の音がよくつかわれる。(98頁)

「ためらい」「あてつけ」「命令」「懇願」をオノマトペで表現する。
「そわそわ」「いそいそ」「こそこそ」
振る舞いのオノマトペ。
「当てつけの非難」もオノマトペである。
「おめおめ」「ずけずけ」「めそめそ」「いじいじ」「だらだら」「ちまちま」「もたもた」「あたふた」。
更に広がり「批判と否定」のオノマトペ。
このオノマトペは人の悪口を言う時に大活躍する。

 じっさい、多くのオノマトペには否定的な意味あいが色濃く含まれている。思いつくままにあげても、「うじうじ」「めそめそ」「ぐずぐず」「どんより」「べろんべろん」、「ぼろぼろ」「だらだら」「でれでれ」「めろめろ」「もたもた」「ばたばた」(101頁)

これは動きなのだが、もうこのオノマトペが出てきた段階で非難しているのは分かる。
「何だかアイツは、来たのはいいんだけどバタバタバタバタしててさ」っていうのは目に浮かぶオノマトペ。

 さらに、オノマトペを含む動詞句から派生した名詞にも否定性は色濃くうかがえる。「きりきり舞い」「のろのろ運転」「よちよち歩き」「ひそひそ話」「びしょ濡れ」「ぶつ切り」「ごちゃ混ぜ」−中略−「どんちゃん騒ぎ」「こそ泥」「がり勉」といった例がその最たるものである。
 こうした否定の強い含みは、オノマトペの動詞化のみならず形容詞化によってもおこえなる。「い」をつければ、「くどい」「のろい」「ぼろい」「とろい」
−中略−「しい」をつければ、「とげとげしい」「たどたどしい」、さらには「けばけばしい」(103頁)

「けばけばしい」という漢字。
クイズ番組に出ていた。
「毳毳しい」
漢字で書くと痒くなる。

 擬音・擬声語は、ドイツ語で「音の絵」といわれる。(92頁)

このオノマトペの豊かさは身体の感覚的な手触りの表現からお気づきの方も多かろうと思うが、これは「子供の感覚」。
これは大人の感覚ではない。
子供の目で見たその感覚がオノマトペになっている。
他の国と比べて日本では幼児の感覚を言葉に残している。
「お母さん、ベトベトしてるー」というやつ。
子供がうまく言語を使え無い時にオノマトペを使って自分の語彙を増やして伝える。
「ずーっと泣いてたから、お顔が涙でベトベトになった」とか、他の国と比べて日本語というのは幼児の感覚を言葉に残している。
ドキッとする。
日本のマンガ、実はアニメ文化を支えているのは豊かな、このオノマトペではないだろうか。
童謡やアニメソングに擬音が多いのは子供の国からそれらがやってきたからだそうだ。
ぽっくりぽっくりあるく(童謡『おうま』)
その意味で日本のオノマトペの真相を民俗学者の柳田国男は

「緑児は言わば無意識の記録掛りでありました」と、忘れがたい言葉を書きつけた。(106頁)

日本人は老人になっても幼児の言葉を使っているという。

日本の言葉の中にこの鷲田さんは「幼児性がある」と。
その幼児性というのは決して悪い事じゃないんだと。
幼児の感性みたいなものを大事に日本人っていうのは体の内側に秘めている。
そういう人種なのではなかろうかと。
こういう人種というのは中国大陸にも朝鮮半島にもいないという。
日本列島、ジャポネシアという諸島。
数々の島からできたこの国独自の国民性ではなかろうかと。

日本人はなぜ幼児の感性、感覚をこれほど濃く言葉にとどめたのであろうかと。
それには日本のオノマトペが内臓感覚から生じたものだからではないだろうかと。
「うきうき」「きびきび」「るんるん」「すごすご」「のこのこ」「よたよた」
人の動作の擬態語であるが、その動きのときのわずかな動作の違いが内臓を通して私たちには分かる。
違いは「内臓感覚」。
「うきうき」も「きびきび」も「るんるん」も、実は外から見た目は全部おんなじ。
だけど使っている筋肉が「うきうき」と「きびきび」と「るんるん」では違う。

今度は内臓の元気の無さで考えるとその違いがわかる。
「すごすご」「のこのこ」「よたよた」
これもやっぱり使っている筋肉が違う。
そういう内臓感覚の差みたいなのがオノマトペで表現されている。
日本人はすぐにわかるが、異国の人にはもう、そう簡単に分からないと思う。

「ひりひり」「びりびり」は違う。
これはおそらく皮膚の傷の痛みの違い。
「ひりひり」は「擦りむいた」とか。
「びりびり」は電気系。
つまり同じ痛みでもオノマトペ一言で使い分ける。
この「ひりひり」と「びりびり」に関しては幼児でさえも日本は使い分ける。

 その解剖学者・三木成夫は、講演録『内臓のはたらきと子どものこころ』(初版一九八二年)のなかで、次のように述べる。口は、内臓前端露出部といえるものであり、「最も古い、最も根づよい、そして最も鋭敏な内臓感覚」がここに表れている。−中略−この臓腑の波動が「大脳皮質にこだま」して、音として分節されたのが言葉である。−中略−解剖学的にいえば、口の内部と周辺では二つの系列の筋肉が交叉しているのであて、顔面の表情金は内臓系の筋肉、起源的には鰓の筋肉からなっているのに対し、舌は、手や足とおなじ体壁系の筋肉からなっている(だから「喉から手が出る」と言う)。(127頁)

表情は実は内臓であり、舌は五本目の手足である。
だから「便秘がちの人の笑顔」というのがある。
ビックリするくらい出た朝は浮かべる笑顔が何か自慢げ。
「何キロ出せば気が済むんだ」みたいな、時々自分に向かって語りかけて、「全部これ俺?」みたいな。
その時に笑顔。
それはやっぱり内臓の調子のよさというのは笑顔に出る。
内臓の悪い時は笑顔はやっぱり人を惹き付けるに足りない。
男は女の子と仲良くなるために飯を喰う。
あれは「何で飯喰うか」というとやっぱりそれではないか。
「相手の内臓を見る」というのが食事にかかっているのではないか。

 言葉も、こうして虫が地中から這いだしてくるように、ひらく。その初発の言葉はmaという音を核にかたちづくられることが多い。(125頁)

英語にはmammalという語もあって、これは哺乳類を意味する。西洋ではお乳にかかわるものをmammaで表現し、日本では食べ物を「まんま」という。(126頁)

全部「M」。
これは「ま」という唇の動きの中に特性が。
子宮に海を持つ女性。
海は「Marine」。

むらむら、むちむち、めらめら、もっこり、萌え、悶え、乱れ、淫ら、股、腿……と、性的な淫猥さを連想させる言葉にもマ行の音はよく用いられる。(126頁)

内臓は、胃袋も腸管も、膀胱も子宮も、ぐねぐねうねり、たえず蠕動しているのだが(107頁)

心拍のようなリズムと分節し難いうねりの響きを「ぐぐぐ・・・」といううねりの響きを内蔵は持っている。
その故に音を重ねるオノマトペが言葉として生じ、人の知覚の始まり「基盤」となるという。
リズムを刻む心臓と内臓のうねり、それがオノマトペに影響するという。
だから「ベチャベチャしてる」とか「ベタベタしてる」とかっていう感覚用語、オノマトペが生まれる。
言葉のスタート「喋る」はおそらく「しゃぶる」から来ているのではないだろうか。
(と三木成夫さんが言っていると番組では言っているが、本にはそういう記述は発見できず)
「舐めまわす。舌で」それが実は「しゃべる」の語源ではないだろうか。
子供は何でも口に持って行く。
これは舐めることでそのものを見ようとする。
脊椎動物は内臓部と体壁部二つに分かれている。
内臓部は体内にあって天体運行と同調。
内臓を動かしているのは星空。
大きな宇宙と連動していると三木さんは言う。
内臓は遠くと共振する不思議な力たここにはあるんだと。
だから魚が川をのぼり、産卵を開始するという秋というのは、天体運動からその時期が決定する。
水谷譲は女性だから「周期」を体の中に持っている。
生理。
それには「月齢」といって月の運行と深く水谷譲は結ばれた臓器をお腹の中に持っている。
内臓には天体の運行を感じるアンテナが秘められている。
生命というのはやっぱりリズムなのだ。
人は成長にともなって、舌から手、皮膚で見るようになり、その後やっと目で見るようになる。
おそらく日本人のオノマトペは内臓の触覚「舐めまわすこと」。
その感度の表現であろうという。

『ホンマでっか!?TV』の先生方は個性的な方が多いのだが、読んでいた本の中で一番惹かれた話。
気が合う合わないというのは「食事」。
心理学の本に書いてあった。
セックスの時間が分かる。
二人で食事する時間の長さが大体、二人がセックスで夢中になっている時間と同じ。

日本語というのは内臓感覚。
だから内臓で理解する。
日本人にとって内臓で理解するということはとても重大なこと。
内臓で理解することを「腑に落ちる」。
「内臓で理解すること」これは了解することであって「頭で理解すること」それよりも上回ることが「腑に落ちること」。
この舌によるオノマトペは日本人特有の味の肌理を伝えるオノマトペを生んだ。
おそらく「あまい」「からい」「にがい」「しょっぱい」以外に味の肌理を伝える言葉を持つ国語は世界でも日本だけではないだろうか。
喉を通過する時の感覚をオノマトペで言うのだからすごい。
「ツルッ」と。
お蕎麦は「ズルズル」と音がするかも知れないが、絶対に「ズルズル」と表現しない。
お蕎麦を食べる時、日本人は「ツルツル」と言う。
そうすると喉に入っていくあの麺の感触が分かる。
更に衣服と体のオノマトペ。
こんなのも日本独特。
着ている服の感覚をオノマトペで表現する。
ちょっと小さい衣服を着た時「キツキツ」「キチキチ」。
英語だと「little bit tired」とか何か言わなければ「a little」「any」とかを使わなければいけないのだろう。
日本では「あ!キチキチ!」とかアルファベットの「K」の音で何か言えば。
それと「肥満」「痩せ」。
これも全部オノマトペで表現する。
「weight over」とか、そんな理屈っぽくない。
「『ぼてっ』として」「『でっぷり』してる」「おいおい、あの子『ムチムチ』してる」
何かワクワクする。
もっと愛嬌のある言い方では「『ぽっちゃり』だよ」。
それから体の比率があまり合っていないことを「『ずんぐり』してる」という。

 肥満を表す英語を見てみると、chubby,fat,heavy,bloatedのように[b][f][v]といった唇子音や、huge,roly-poly,round,stockyのように[o][ʊ][u]といった円唇母音、abdominous,adipose,coporational,dumpy,plumpのように[om][po][mp]といった唇音がかならずといってよいほど含まれていると、田守はまず指摘する。一方、肥満を表現する日本語のオノマトペを見ても、「ぽてっ」「ぷよぷよ」「でぶっ」「でっぷり」「むちむち」「ぽちゃっ」「ぷりぷり」「ずんぐり」といった言葉には、英語とおなじく、[p][b][m]といった唇子音や「お」「う」といった母音のみならず、ほとんどに唇音が連続して含まれている。(173頁)

 逆に、肥満と反対の痩身を意味する語を調べてみると、
gangly,lank,lean,skinny,slender,spindly,thin,twiggyには[p][b][m]といった唇音があまり含まれておらず、おなじく痩身を表す日本語のオノマトペを見ても、「がりがり」「げっそり」「ぎすぎす」「ひょろっ」「すらっ」など、唇母音、唇子音を含むものはほとんどない。
(173頁)

英語は全部「s」で日本語は「s」と「g」の行で英語と共通する。
そういうのは不思議なのがある。
「太陽が『さんさん』と照る」とか。
全部「s」系で始まっているとか。
そのオノマトペが実はこの日本のマンガとかアニメにあるのではないだろうかという。
これはやっぱりハッとする。

オノマトペは内臓から生まれた言葉ではないか。
その上に日本人にはその他にも「からだ言葉」がある。
体が感情を表現している。

「からだ言葉」ということでよく例にあげられるのは、「胸が痛む」「胸が締めつけられる」「胸が張り裂けそうになる」「胸が膨らむ」とか、−中略−「腰が砕ける」「脚が棒になる」とか、「目をかける」「鼻であしらう」(180頁)

「腹を割って話す」とか「腑に落ちる」もそう。
だから「感覚」ではない。
だから中国人の方々、それも漢人の方、それから半島人であるところの朝鮮人の方々。
こういう人たちはユーラシア大陸の本当にしっかりした地盤の上に自分たちの文明、文化を広げた民族。
だからこの人たちを動かすためには強い情動が必要。
それに比べて日本人を動かすのは肌理の細かさ。
発生学「鰓が顔の表情を作る」と言った三木博士はこう言っている。
内臓の響きこそが世界への手触りである。
(本では「もはや響き≠ニ化した内臓表情」となっている)

オノマトペで小さいその子の歩き方を「よちよち」。
「『よちよち』歩いた」という。
そこから何十年の歳月を過ごして老人になると「『よたよた』歩いてた」という。
同じ「よ」でも「ち」と「た」でこれだけの年月の差を表現する。
これは面白い。
やっぱり日本人というのはそういう意味で変わった民族だと思う。
そのことをまず日本人が自覚すること。

さいとう・たかをは『ゴルゴ13』のなかで、高級ライターで火を点けるとき、それを百円ライターの「カチカチ」ではなく「シュボッ」と表現することで差異化したし(236〜237頁)

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これはいかに日本人が手触りの肌理の国民かというのが分かろうと思う。
そういう意味で挙げた中国のコウフン(「興奮」か?)、朝鮮半島の「恨(ハン)」、その対立項で日本人は「肌理」というものを最も大事にしているのではなかろうかと。
そんなことで「アジアは一つではない」と。
それぞれに住む地政学的な条件によって感性が違う。

本には存在への手触り等々一切書いておらず、武田先生の付け足し。
中国、韓国等々の話は全くこの本を読んでも出てこない。
日本のオノマトペの特性やら表現をひたすら現象学的に分析した一冊。
読むうちに中華の人とか半島の人々の感性の違いで語った方が皆さんに分かりやすいかと思いつつ三枚におろした武田先生。

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2017年4月10〜21日◆「ぐずぐず」の理由(前編)

「ぐずぐず」の理由 (角川選書)



鷲田清一(わしだ・きよかず)
一九四九年、京都生まれ。

(武田先生と同い年)
大阪大学総学長をへて、大谷大学教授。哲学者。

「日本人とは何者か?」ということを考えているのは日本人だけらしい。
日本人だけが「日本とは?」あるいは「日本人とは何者か?」と考える。

今年、年が明けてからの半島情勢は非常にめまぐるしいものがある。
朝鮮半島は事件が多い。
二つの国が同じ民族なのだが、国が二つに分かれている。
両方ともトップオブリーダーの大騒ぎがある。
片一方の国は「世界中に迷惑をかける」ということがあの国の正義。
もう片一方の国はとにかくひっくり返る。
大統領が途中からいなくなっちゃう。
それで今、また大騒ぎが始まっている。
前から思っていたが、どうも私共は韓国あるいは朝鮮の方々とかなり違うんではないかと。
これは人種どうのではない。
」物を考える手順」が違うのではないだろうか。
韓国の方の整形手術におけるおおらかさというのは、すごく武田先生の肌に合わない。

身体(しんたい)髪膚(はっぷ)これを父母(ふぼ)に受くあえて毀傷(きしょう)せざるは孝の始めなり(古代中国の書物・孝経)

「体に何か刺青とか手術痕を付けないのが親孝行の始めである」という。
それとはもう全然違うという。
それは何だろうかと考えた時に、一つ思ったのは半島人、朝鮮半島に住むあの二つの国の人々というのは非常に視覚的民族なのではないかと思い当たった。
そういえば「目で見えるもので訴える」というのはこの半島に住む両国共に共通したところではある。
「俺んところの国は強いんだ!」と言うと大体ロケットを打ち上げて「遠くまで飛ぶぞ」という。
そういうのを見せたがる。
「少女像」も「恨んでるぞ、お前たちのことを!」というので象徴的に少女像といのは胸に刺さる。
大変に南の方には申し訳ないのだが、何十体も作るとその銅像が象徴するものの意味というのが薄れていく。
50体以上もお作りになって、いろんな所に置くというわけなので。
あまりシンボルが増えると、ちょっとパワーがダウンするような気がする。
北の一番偉い方は非常に髪型が視覚的に個性的。
「あそこまで刈り上げなくてもいいんじゃないか」というような。
それから南の方はと言うと高校生を乗せた船が沈みかかっているのに「お肌の手入れを受けていた」というようなスキャンダルが流れて。
これを合わせると非常に視覚的。
これは我々ジャポネシアという島に住んでいるのだが、わりと日本人というのは視覚的に訴えるものが弱い。
半島人の方々が「視覚的文化」だったらば日本人、このジャポネシアに住む人たちは「触覚」ではないか。
つまり「手触り」の国民。
そんなことを考えた時に本屋で目が合った本が鷲田清一『「ぐずぐず」の理由』。
日本人というのが非常に触覚、感覚を大事にする民族で、擬態語「オノマトペ」というものを無闇に発達させてきた民族ではないのかなぁという。

水谷譲にはわかっても、外国の人に話す時は分からない。
「カリカリ」と「ガリガリ」は違う。
微妙なニュアンスが外国の方は「わからない」と言う。
「ギリギリ」と「キリキリ」は違う。
これは明らかに使い分ける。
「もうアイツとの関係も『ギリギリ』だよ」
「いやぁ、胃が『キリキリ』痛んでさ」
かくのごとく日本のオノマトペというのは非常に感覚的。
そういう意味で、この「ぐずぐず」というようなオノマトペから日本人の個性というものを三枚におろせたらというような今週。

『「ぐずぐず」の理由』は読みだすと面白いのだが「伝えるべき何かがある」というのではない。
綿菓子みたいなフワフワした手触りなのだが、読んでいくうちにだんだんそのオノマトペ、日本語の言葉の不思議さみたいなのが染み込んでくるという。

 この点に関連して、九鬼周造が興味深い指摘をしている。
 たとへばは、芳賀矢一氏が指摘していゐるやうに、すべて頭の方に位する尊ぶべきものである。
−中略−また、たとへば耳漏雪崩雨垂五月雨などの間に一見したところで存する偶然性は、すべてこれらの語が「垂れ」に還元される限り、必然的関係として現はれて来る。(15〜16頁)

さらに一例つけくわえて、襦袢とズボンも、音のまったくの偶然的な符号のようにみえるが、じつはそれぞれポルトガル語とスペイン語の語源に関係づければ必然的に帰されてしまうという。(16頁)

ジョウロ(ポルトガル語「jorro」)。
「雨、露の如し」と書いて「如雨露」。
こういうふうにして響きを整える。
これが面白い。

統合失調症を患っている中年の娘と痴呆(認知症)の父とが生活保護を受けつつ二人暮らしをしているケースである。ここで精神科医の春日武彦は、事態が臨界点まで行ってからでなければ、治療の効果は出ないと言う。(18頁)

この時、第三者の積極的な働きかけで解決するケースではないと、ほっとくしかないんだという。
これは「何か事故が起きないうちに」でも「それはほっとこう」と精神科医の先生は言った。
この時に使った言葉が「ぎりぎりまで待ちましょう」。
(という記述はなく「ぎりぎり」の例としてこの事例が取り上げられているのみ)
ぎりぎりを通過しないかぎり、人間の手では事態は動かしてはいけないと。
この「ぎりぎりまで待ちましょう」というのが非常に日本人らしい言葉使いだなと鷲田さんは仰っている。
ボーダーライン上の危うさ、人間としての軋轢、つまづけば怪我をする不安定さ。
そういう限界上の手触りを私達は擬態語で「ぎりぎり」と言う。
良い事がおこるにしろ、悪いことがおこるにしろ、そのフチまで行かないとダメという。

鷲田先生はおっしゃる。
「ぎりぎり」の「ぎ」は舌と上あごを擦れ合わせ、足の裏が地を擦る音をまねたものだ。
(という記述は本には見つからず。足の裏の感覚の話は本の中でこの後に出てくるが「ぎりぎり」の件とは無関係)
日本民族は相撲、能、舞についても足の裏で床を擦る。
擦りつける。
故に皮膚とそれに触れるものの感触が「オノマトペ」言葉になっている。
「ぎりぎり」がそう。
「ずっと徳俵まで押していかれた」という。
後は「ざらざら」「じりじり」「ずるずる」それから「ぞろぞろ」「もぞもぞ」。
これは日本人はすごい。
心理面でもそういうオノマトペがあって、決断のつかない心を「ぐずぐず」という。
なぜこれほど豊かなオノマトペが日本語に生まれたのか?
それは「皮膚の持つ感性であろう」ということ。
人間に関わるものはすぐには答えが出ない。
スカッと噛み切れず、ズルズル人間は生きていくしかない。
「それが人生なのだ」と著者は言う。
おそらくは舌の動き、舌の感覚が創り出した。
日本は舌が言葉を作る。

「な」で始まる動詞というのは、なかなかになまめかしい。
 たとえば、「舐める」「撫でる」「擦る」「なぞえる」「なずむ」というような動詞。皮膚という他者の表面に、遠慮がちに、あるいは執拗に、触れることで、相手の気を惹いたり、相手の官能を探ったり、反応をうかがったりする。
−中略−
 だれかの存在の封印を解くということ、愛撫はそのことを願っている。相手の存在の封印を解くというのは、いいかえると、相手の存在の固さをほぐすこと、ほどくこと、つまりは相手の警戒を解かせるということであり
(69頁)

故に結論として「なめる」「なでる」「なする」「なぞる」。
その結果「なまめく」「なびく」「なだめる」「なぐさめる」「なれあう」。
「な」がバーっと連続で。
これは特に上方言葉は「な」が多い。
あそこは人間が擦れ合っているから。
関西で活躍する芸人さんを見ると分かる。
人間と人間の距離が無闇に近いから友達のように寄ってくる。
東野幸治さんを「何かなれなれしい」と思う武田先生。
これは上方言葉の「な」が頻繁に使われるからこそ、我々は探られつつも固さをほぐされてしまう。
上方言葉の典型。
最初に「なあなあ」と呼びかけ、「なんなん」「なんぼ」「なんで」「なんでいかへんの」。
「なんちゅうこっちゃ」と驚き、人への提案としては「なあなあ、オマエ言うたりぃな」。
「な」を使って同意を促す。
またオノレの弱さで相手の関心を引こうとする動き、これを「なよなよ」と言うが、ちょっとなよってる。
これは「くねくね」と同じで媚態、誘惑の戦略性を関西弁、上方言葉は隠している。
オノマトペはそういえば「な」が多い。
「なんでやねん」「なんちゅうこっちゃ」
これは論理性が全然ない。
ノリ。
「どういうことなの?」と言うと固くなるが「なんちゅうこっちゃ」。
何かそれだけのこと。

人は顔面に走る筋肉で収縮、弛緩をさせて表情を作っている。
その小さな変化を決して人は見逃さない。
特に日本人は小さな収縮、小さな弛緩を見逃さず、その人の小さな顔面の動きでその人の一番奥、深い心、その真相を探ろうとする。
眉毛がわずかだけちょこっと動くと「あ、動揺してる」とか。
日本人にとってそこに浮かんだ表情を偽ることは、その人の心の深さを持つことを証明することになる。
日本人の言葉の中に「顔で笑って心で泣いて」というのがある。
凄い言葉。
顔は笑っている。
でもその人はお腹の中では、心では泣いている。
その偽ることこそが、彼の悲しみの深さを表現する。
武田先生がテレビで一回観たもの。
広島で住宅街の奥からがけ崩れがあって、80いくつのおばあちゃんが死んで、90歳ぐらいのおじいちゃんが生き残って。
インタビューのマイクを向けるとおじいちゃんが笑う。
「昨日までよう笑うておりましたからですな、もう悔いはないと思います」と軽く仰るが、手が小さく震えている。
その時に私達は、このおじいさんの想像もできないほどの深い悲しみを察することができる。
私共は笑顔で悲しみを語る人に胸をつかれて、その人の心の深さを・・・。
心の内側にもう一つ、別の思いを隠している。
その思いこそが本当のためには顔は別の表情を浮かべなければならないという。

芥川龍之介の『手巾(ハンカチ)』

武田先生がとある方とすれ違って、物陰に入ったらその人が遠ざかったものだと思って大きい声で「今、通り過ぎた小さいおじさん、武田鉄矢?」という。
その人とまたエレベーターの前で一緒になったので、会釈しながら「小さいおじさんです」と言いながら。

日本語の素晴らしい語彙表現の広さ。
「にこり」と「にやり」。
「にんまり」と「にこにこ」。
「にやにや」と「にたにた」。
「にやにや」は思わす良い事があって「先回りの笑顔」。
「にたにた」っていうのは道徳的に許されない、何か「隠した思い」みたいなもの。
「にやにや」はやっぱり「将来の設計を考えると思わず上手くいきそうで『にやにや』した」という。
「にたにた」はスケベっぽい感じがする。
「昨日のあの子の胸元が見えた」というような。
「にこり」「にやり」「にんまり」「にこにこ」「にやにや」「にたにた」を全部使い分ける。

武田先生の私論。
この言葉の差異というのは韓国の方にはほとんど拾ってもらえないのではないだろうか。
美容整形の盛んな国は、やっぱり顔をいじるわけだから別の表情を盛りつける。
盛りつけられた表情はその本人の心を浮かべることはない。
美容整形をやって「顔が動かなくなった」と嘆く女優さんと一回すれ違ったことがある武田先生。
我々はそれで商売しているから、顔が動かないというのは困ったものだ。

「にこり」と「にやり」は違うということを分ける日本人の笑顔の読み方というのは凄く深いというか、種類が多い。
だから笑顔は喜びや親しみの表現だけではなくて、悲しみを隠す衣でもあるということが日本ではある。
これらはやっぱり半島人の方には、かなり理解されないことではなかろうかと我々はやっぱり覚悟すべきで、そのことを踏まえて両国の関係を見つめなければならないのではないのか。
そういえば前の大統領もピンチに追い込まれてもすごく落ち着いてらっしゃった。
クールだった。
あの安倍首相の動揺に比べると非常に少ない。
安倍さんははっきり浮かぶ。
質問に対して「失礼じゃないですか!」と言うのだから。
それから◯◯防衛大臣もはっきりわかる。

九州のある都市に大集団の中国観光旅行団が押し寄せた。
これは、その町にとっては人口が減りつつある都市なのでもう大喜び。
その都市が観光スポットNo.1に挙げたのは、その街の中華街。
これはもう特に有名で。
この街の中華街は戦前、上海・福建省の中国人の方が渡ってきて作ったという。
ところが、この戦前から上海・福建省からやってきた中国人の方々の中華街が中華観光客に向かって数か月も経たないうちに店の前に貼り紙を貼った。
これは東京では放送されないのだが、何と貼られたか?
「中国人立ち入り禁止」
それはトイレのマナーが悪いということで。
これは、この街以外に上海と福建省で大問題になった。
「失礼な!」と。
「トイレの使い方が悪いとか、文句ばっかり、サービス業のくせに言いやがって!」
しかも中国の方が怒ったのは「オマエら戦前まで中国人だったじゃねぇか!何が立ち入り禁止だ!」。
これはローカルで大変な話題になった。
何でこの中国人同士の対立が始まったか?
これがまた「オノマトペ」。

戦前のこと、上海や福建省から渡ってきた中国の苦労人の方々が繁盛させた中華街がローカルにあった。
九州は中国大旅行団が押し寄せる島。
お店を経営してらっしゃるのは中国の方だから、ここが中国の方が一番リラックスできる。
そこの街の行政はそこを観光スポットにした。
ところがそこの中華街は店の前に堂々と「中国人立ち入り禁止」と書いた。
これで揉めるだけ揉めて、本国の中国、上海で新聞で取り上げられて大問題になったらしい。
日本で全然報道されていないが。
これがまた切ない話だが、日本の行政機関が県の役人さんが間に入って「何とか考えてくださよ」と中華料理店を説得した。
「何でそんなに中国の観光客の方を嫌うんですか?」と聞いたら「トイレを『べちゃべちゃ』にする」。
ここでもまたオノマトペ。
ところが中国の方は人種的には「漢人」。
漢人の反論はというと「トイレは水で洗い流すとこじゃねぇか」。
向こうのトイレは石造りで、バーン!と水で清掃する所。
石造のトイレの多い中国では便器に水をかけ、外へ洗い流す。
これがトイレの清掃方法。
だからベチャベチャになるのは当然。
ところが日本人(日本で暮らしてらっしゃる中国の方)はこのベチャベチャをものすごく嫌う。
スリッパを脱ぐところまで綺麗な絨毯で、とかしてあるワケだから。
かくのごとくベチャベチャを嫌うが、その他にもオノマトペで「ネチャネチャ」。
「ベチャベチャ」の次に嫌いなのが「ネチャネチャ」。
そして「ネバネバ」している、「ベトベト」している、「ヌルヌル」している。
日本人はこういうものをすごく嫌う。
これはなぜかと言うと、気候から考えて日本は高温多湿だから。
必要以上に湿り気が多いと、細菌の発生を招くことへの恐怖感がある。
ところが漢人の方はと言うと、半分砂漠。
非常に乾いた大地で過ごしてらっしゃる。
だからベチャベチャというのがあまり不愉快ではない。
「わお!湿っぽーい!」みたいな。
結局真ん中に日本の方の行政官が苦労して入って「条件付きで歓迎する」という流れでやっと落ち着いたようだ。
これは「別トイレ」と「別ルーム」。
国のどうのじゃないが、かくのごとく分けるところが最近多い。
「朝食会場、中国の方はこちらへ」という。
それはどうのじゃなく、朝から「ワーッ」と陽気にペチャクチャやるのが大好きな中国の方と、ペチャクチャを嫌うというそういうのの不快の量りが全然違う。
そうやって考えるとやっぱりやむないことかなぁと思う。
湿りっ気が多いことを嫌うオノマトペが、恋人同士の囁き合いだって「何だあんのやろ!ひっついたり離れたり『ベタベタ』しやがって!」とか。
「ベタベタ」を嫌うのだから。
「オマエ英語で言ってみろ!」という。
「べちゃべちゃ」「ぺちゃくちゃ」「ねばねが」「べとべと」「ぬるぬる」
英語も懸命にオノマトペを探している。
このあたり、なかなか「オノマトペ」が面白いところ。
今は「笑顔の違い」、それから「湿りっ気に対する恐怖の度合いの違い」を語ってみた。
「だから韓国の方は」「だから中国の方は」と言っているのではない。
余りにも「アジアは一つ」とまとめてしまう方が危険で。
中国の方と我々は感性が違うんだ、韓国の方とも違うんだっていうことを踏まえて同じところを見つけるという、このセンスというのは大事じゃないかなぁと思う武田先生。

いっぱい不思議を感じる。
中国風ライオン(獅子)を二匹、中華料理店の前に置いてある。
我慢できないのは二匹が同じ顔をしている。
日本は「阿吽」と言って表情が違う。
中国は同じ。
かくのごとく違う。

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2017年07月29日

2017年3月13〜24日◆龍馬のビール(後編)

これの続きです。

司馬遼太郎の指摘。
大阪弁は潤滑油の方言であり、この言葉は感情のみ。
哲学的思考はできない方言。
物事を比較的手触り良く曖昧にする最高の方言で「もうかりまっか?」「ぼちぼちでんな〜」という。
正体をくらますためには最高だが、論理思考には向かない。
現在の国会、あるいは政界というのは長州弁。
ズバリ言って「〜であります」等々は長州の方言。
横から横へ、手渡しにはもってこいという。
それが長州弁、山口弁。
維新の黒幕である岩倉具視がひどく嫌ったのが土佐弁で、土佐弁というのは「人を揺さぶる」というアジテートの方言で、何でも劇的に聞こえる。
これは西南戦争に駆けつけてボロクソにやっつけられた男の証言が土佐弁で残っている。
これが講談みたい。
「そがいなときにワシは一切ひかんと言うたがよ」とか。
響きが抜群にいい。
土佐弁というのは何かそういう竹刀で叩きあうような軽快さがある。
聞いていて気持ちいい。
武田先生がどこでも言っていることだが「坂本龍馬は何でかっこいいか?」。
「土佐弁で日本を心配したからだ」という。
「日本はこのままでは非常に危険です」と言われてもピンとこない。
「このままではニッポンはいかんぜよ!」というと「イカンかな〜」とみんな思っちゃうという。
今回の主人公であるキリンビール高知支店で同じことが起きたのだろう。
(この後もまた本には登場しない「社長に『たっすい』と言った」という話が続く)
1998年、土佐弁を使うと物事まで土佐弁っぽく動くのか、この本社から高知支店に社長直々の電話があって「味を元に戻す」。
(という記述は本にはない)

 社長はその翌日、東京に帰って、すぐに、たまたま新聞社の取材がありました。そのときになんと、「現場の声でこういうことがあるので、ラガーの味を元に戻す」と言ってしまい、そのコメントが新聞の記事になってしまったのです。
 この問題は本来いろんな会議などコンセンサスが必要なレベルのことなので、社長があとで役員に説明するような事態になったようですが、予想もしなかった形でラガーの再リニューアルが決定しました。
(86頁)

 年初、高知新聞の取材を受けました。−中略−
 そこで、「高知の人の声でラガーの味を元に戻しました」というタイトルの記事が出ました。
(86〜87頁)

これで高知で「俺たちの好みにキリンは合せてくれたんだ」ということが話題になって。
この田村さんというのはやっぱり支店長でキレる。

大苦戦のときに投げつけられたこの言葉を利用させてもらい、「たっすいがは、いかん!」という大小のポスターをつくって大々的なキャンペーンを行いました。(96頁)

「高知の声が変えたラガーの味」というのと「たっすいは、いかん」がすごく評判になる。

 なおかつ追い風が吹きました。ラガーのリニューアル発売から1カ月後の1998年2月、発泡酒「淡麗〈生〉」が新発売されました。(91頁)

キリン 淡麗極上〈生〉 350ml×24本



営業レディーの一声から本社が動いて、キリンラガービールの味が変わった、元に戻った。
それも全てこの高知から始まったことだという。

 そうやって、1カ月に400店以上回るようになっていました。
 3年前には30〜40店舗の飲食店しか回っていなかった、同じ営業マンたちです。
(92頁)

外回りでものすごいパワーを発揮し、本当に「もう家に帰る暇など無くていい」というような。
今、働き過ぎ、働き方等々が様々問われているが、仕事が面白いという幸せは何物にも代えがたい。
そんな気持ちで聞いていただくと面白い。
一番負けていたキリン。
そのキリンビールがゆっくりと売り上げが上り始めたという。
他の四国3県はというと、相変わらずアサヒが強い。
勝てない。
ただ高知支店のみがラガーに関しては、キリンビールに関しては「真田丸の如く奮戦した」という心地のよさ。
そしてこれは全国展開でも後に話題になるが、ラジオCMで傑作を生む。
ドキュメンタリー風のラジオコマーシャルを高知県だけで流した。

 ラジオCMでは電車の音と一緒に「電車が高知県に入りましたので、ビールはラガーに変えさせていただきま〜す」。「飛行機バージョンでは「ただいま、高知上空にはいりました。今からビールはラガーに変えさせていただきま〜す」。(95頁)

もうこのあたりでラガーから一挙に奮戦が始まる。
そうすると事務方職員は・・・。
もう支店長は何も言わない。
勝手に営業マンたち、所員たちが働く。

 それまで高知支店では午後5時半になると留守番電話に切り替えられていて、生ビールのサーバーの故障など、夜の営業時間に起きる緊急事態への対応もできていませんでした。しかし、いつの間にか、最後のひとりがオフィスを出るまで、留守電にせずに対応するよういなりました。
 すると「夜に困ってキリンのオフィスに電話しても人が出る」という評判が立ち、キリンのサービスの良さや熱心さという情報が広がっていきました。
−中略− 
 たとえば、あるディスカウントショップに10ケース単位でスーパードライを買いに来るお客様がいる。どうも消防署員のようで、厳しいトレーニングや勤務のあとに飲んでいるらしい。そういう情報が入ると、すぐさま、消防署に出向き、熱心にお願いして「わざわざ買いに出なくても、キリンビールならお届けします」と提案して、「じゃあ、今度からキリンにするか」となりました。
(99頁)

社長に猛抗議した女子社員はもう事務方ではなく、土佐では外回りもする戦力と化していたという。
働くというのはこういうこと。

 花見で飲むビールの銘柄は人気投票のようなものです。
 宴の翌日現場に行ってみると、ゴミ箱には昨年まではアサヒ8割、キリン2割だったのが、ほぼ互角の空き缶の数になっていました。
(102頁)

(番組では「全社員が桜の下で泣いた」と言っているが、そういう記述はない)

 1997年に37%と落ち込んだシェアは、1998年に反転し、その後も着実に上昇を続け2001年に44%となり、ついに高知県ではトップを奪回しました。(106頁)

 まず高知以外の愛媛、徳島、香川はどうであったかというと、実はどこも以前の高知と大きくは変わらない状況でした。(113頁)

 またたまたま、高知が5年ぶりにトップを奪回した2001年に、キリンビールは逆に、四十数年ぶりに2位に転落したのでした。(106頁)

しかし一か所だけでも勝っているという。
この大坂夏の陣の真田丸同様「高知は勝ってるんだ!」というのは全社に檄としてその名が響く。
当然のことだが、田村さんはここまで優秀な方なのですぐに四国全県の統括本部長として香川高松への転勤が決まる。
(本によると「四国4県を統括する四国地区本部長」)
この人は、この本を読んでいても仕事中毒のそういう人ではない。
やはりどこか深い。
今、働き方などで悩んでいる人がいたら、この人の働きぶりをちょっと振り返ってみてください。
この人は自分の仕事に対して、あるいは本社に対して「疑念を持っていた」という。
キリンビールという会社は、社会に必要なのか?
巨視的な目で自分の会社を振り返るという。
働くということは時として哲学的でもある。

この方は売り上げが思わしくない時は自分の仕事にいて考え込んだ。
考え込む材料は「自分が懸命に勤めているこのキリンビールという会社は社会に必要なのか?」。
考え続けて、こう考えをまとめる。

・百年の歴史と「品質本位」「お客様本位」の理念をもつこの会社は残すべき会社である。
・日本人に愛飲され、ひとりひとりの大切な記憶につながるキリンラガーは、守るべきブランドである。
・だから、最後のひとりになっても闘う
(79頁)

大きな「理念」を胸の中に持っていないとダメなんだという、そういう考え方がいい。
若い時に学生運動をやっている先輩から説教をされた武田先生。
フォークシンガーになろうかなるまいかと、ウジウジ悩んでいる時に学生運動をやっていた先輩。
頭のいい人だった。
その方が「武田君、戦争に協力せん職業はみんな尊いとよ」という。
それに何かえらい深く感動したことがあった。
何かそう言われると急に芸人風情でも胸を張りたくなる。
理念の問題。
そういうものがないと人間というのは生きていけない。
社長以下の顔を並べて「社会全体にいかに奉仕しているか?」それから「この会社を必要とする人がいるだろうか?」という。
この2点のみチェックするだけでも働き方は変わるような気がする。

ついに高知から飛び出して四国全体、全県の戦いを担当することになった著者の田村氏。
アサヒも素晴らしきライバルで味をよくするためにものすごい巨費を投じて愛媛にビール工場を作り、新鮮なビールを四国全県に供給する。
サプライズ、キリンを圧倒している。
故に今度の新しい転勤地の愛媛はものすごくアサヒが強い。
松山は武田先生も歩いたことがあってよく分かるが山深いところ。
松山には南予エリア。
これはアサヒ系の問屋さんがシェアを独占していて、キリンは持っていない。
これはもう致命的。
つまりお城がない。
基地がないので出撃できない。
そこで著者も感動する。
著者が全体の統括を面倒を見るということで四国の営業マンたちが奮い立ったのだろう。
「よーし!高知に続け!」ということで。

 ここでひとりの南予担当者M君が、自分の考えでアサヒ系の2つの問屋に行き、なんと、
「なんでもお手伝いしますから、トラックに同乗させてください」
 と頼み込んで、問屋の営業マンと一緒に南予を回り始めたのです。
 はじめはアサヒ系の問屋も提案にびっくりしていましたが、キリンの営業マンが一日中汗を流しながら、アサヒビールや日本酒の上げ下ろしまで手伝ってくれたものだから、「キリンの社員はプライドが高いと思っていたけれど、本当に一生懸命やっていた」と信頼を得て、「これからはキリンも売ろうじゃないか。
(117頁)

(番組では愛媛県の全員の営業マンがやったと言っているが本にはそう書いていない)
キリンの社員たちは営業所を持っていないのでアサヒビールの問屋さんまで出向いてアサヒビールの積み下ろしを手伝う。
そのことによって顔をお店の人に知ってもらおうという努力を重ねるという。
敵方のビールを下ろして回った。
で、お店の人が「アンタ誰?」と言うと「ワタクシ実はキリンの営業マンで」「え?アンタ、キリンなのかよ。アサヒ手伝っていいの?」と笑われて「しょうがねぇな。じゃあ来週持っておいでよ」とか。
何ケースか買ってくれるという。
そういう巨大なダムにアリが穴を開けるような作業を営業マンがやる。
これは本当に、水谷譲が言ったが大変だし、ある意味空しい。
ところがこの田村という所長さんが帰ってきた営業マンを絶賛する。
「無駄な努力」とか言わない。
「よくやった」とか言う。
(という話も本の中には出てこない)
その新統括の本部長さんを迎えたことによって全店が色めき立つ。
「俺らも何とか高知に続いて四国を奪還しよう!」という。
今度は徳島支店がものすごい手を考える。

 徳島支店が考えた戦略は、コンビニエンスストアの攻略。−中略−目の前にいつもお店があるので、少量でも扱っていただいているなら訪問してみようとお店に行ってみたところ、店員はアルバイトが多いので、直接訪問しても商談できないことがわかります。商品陳列の権限はオーナーにあるからです。当時、オーナーはアルバイトを確保しにくい夜の時間帯をカバーしていることが多く、夜中に出てくる店も少なくありませんでした。
 そこで徳島支店は全員で、オーナーが出てくる夜の12時から明け方の4時までコンビニを回りだしました。
−中略−
 深夜の訪問を受けたオーナーも、深夜にやってくる営業は初めてですから、話を聞いてくれました。
(119頁)

夜中で話し相手のいない寂しい時間帯だから、ずっと話を聞いてくれる。
1週間に3回ぐらい連続で来られるともう、オーナーの方から中で「ハイハイハイ!」と手を振っている。
(とは本には書いていない)
それで「何缶か置いていきな」。
その一言で驚くなかれ、一年で売り上げが5%伸びたという。
この営業マンたちの努力というのは凄いものだ。
それから問屋さんの手伝いで「1ケース置いてください」が積もり積もって、アリの穴がだんだんデカくなってきたという。
このあたりが働くことの一種「面白さ」。

ここまでで本の半分ぐらいだが、この後、この人は全国展開でキリンビールを立て直していく。

著者は懸命に今、四国で戦っている。
このあたりも本当に申し訳ないが、死者を出してしまったあのセレブ会社との「違い」かも知れない。
何か面白い。
片一方では警察に踏み込むような大騒ぎになり、片一方では生き生きとした労働物語。
著者はこの本の中で懸命に叫んでいる。
「職場における女性というのは、すごいパワーを持っているんだ」と。
高知支店で「ラガーの味を元に戻せ」とキリンの社長へねじ込んだのも電話番の内勤の女性社員。
営業マン達の苦悩を見かねて、この内勤女性は社長がやってきた時に「たっすいは、いかんぜよ」と言いながら「ラガーの味を元に戻せ!」という、その辺の社員ができないような交渉をやる。
そういうことを経験した著者は「女性ってのはパワーなんだ」と。
女性社員のやる気というのはもう、全軍の士気に関わるということで。

総人員を増やすのは難しかったので高松に置かれた四国地区本部で勤務する総務、企画、経理、営業サポートといった役割の女性の内勤者と話し合い、合意を得られたメンバーから、営業現場に出てもらいました。約20名中3割程度でした。
 これは正直なところ、抵抗にあいましたし、自ら営業マンになりたかった女性社員はひとりもいなかったと記憶しています。
(121頁)

ちょっと得意先との接触なんかで「女性営業マンは・・・」というような首をひねるような趣もあったのだが、この著者の元で働きはじめると女性たちもグングン生き生きとしだし、女性社員が混じった方がはっきり売り上げが伸びる。 
この四国4店を見習えということで、キリンビールでは内勤女性に対しては「宝の山」というニックネームでもう全国展開になっているようだ。

2年半の在任中に四国4支店の数字は反転し、県別売り上げ対前年比でも4県ともベスト10入りという快挙も上げるように優秀な支店群となりました。(122頁)

 2007年3月、わたしは12年ぶりに東京の本社に戻り、営業部門と商品部門を統括する営業本部長に着任しました。(147頁)

(番組では四国の次が本社のように言っているが、四国の次は東海)

働き方が問われる時代。
また、過労死等の職場環境が社会問題というような時代になった。
テレビでこの働き方に関して発言をしたら、番組のディレクターさんから「武田さんがそれを言うと、私、クビが飛びます」と言われたことがある。
「働いていいんじゃないの?死ぬまで」と軽く言ったので。
怒られてしまった。
しかし、この本を読んでいると本当に昔読んだ『太閤記』。
あの天下取りに挑んでいく一武将の物語を読むようでワクワクする。
この本の中に込められた、著者が社員としてキリンという会社に所属しながら「本当にこの会社は社会に必要なのか」「本当にこの会社はこれからも社会に尽くすつもりなのか」。
そのことをとことん考え抜いたという、その姿勢がとても惹き付ける。
給料を手にする前に、この人はこのことを考えている。
その理念の確かさがこの人の労働意欲、そして働くことへの炎の熱さになっているような気がする。
「労働条件」でなく「労働理念」がなければ人は働けない。
頭の中に何がパーッとよぎったかというと、トランプさんがよぎった。
「アメリカファースト」も結構だし「アメリカに最も職をもたらした大臣として歴史に残りたい」と仰るが「働く」とはそういうことではない。
トランプさんは何かちょっと勘違いしてらっしゃる。
そういう危険性がある方。
あの人、仕事仕事と言うが、彼が夢見ている白人男性労働者の筋骨隆々たるハンマーを振り回すような働き方。
そこではもう「ロボット化」。
トランプさんはロボット化していく産業界に対する逆行でもある。

この本の中に込められたものは「働く人の物事の考え方が働くことを明るくしていく」というか。
上の方が仕事を作るんではない。
「下の者が仕事を作っていく」という。
そのことが一番職場にとっては大事なような気がする。

2017年3月13〜24日◆龍馬のビール(前編)

武田先生の歌は過労死をいざなうような歌で、非難の的。

母に捧げるバラード'82 (1982年10月20日 福岡サンパレス ライヴ・ヴァージョン)



人間働いて、働いて、働き抜いて、もう遊びたいとか、休みたいとか思うたら、一度でも思うたら、はよ死ね。

そういう意味で武田鉄也っていうのは非常に現代に逆行する。
そんなこんなで「働き方が難しい」という昨今。
とどのつまりはあのエリート集団、セレブカンパニーと謳われた巨大な巨大な広告代理店。
そこの女子社員の過労自死から警察が踏み込むという。
あそこの社員さんの男性は、どこかの大手の会社の坊ちゃん。
それがあそこの広告代理店に入っていたり。
それから東大の方なんかが非常に多い。
悠然とした会社だったのだが、いつの間にかブラック企業同様に「ガサ入れで捜査を受ける」という時代になったという。
このあたりでこの「働き方」というのが難しくて。
入社当時にまず部長に「這ってでも会社に来い!」「自分の番組は死んでも守れ」「死守しろ」と言われた水谷譲。。
「それがプロの世界なんだ。カッコイイ」と思い、そのつもりでやってきた。
そういう時代だった。
武田先生同様「遊びたいとか休みたいとか思うな!」という。
それが今はもう、大問題になる。

キリンビール高知支店の奇跡 勝利の法則は現場で拾え! (講談社 α新書)



そんな時に思わずこの本に手が伸びたのは、高知県の小さなキリンビールの高知支店が全社をあげて懸命に頑張って営業成績を好転させたという。
そういう仕事の歴史。
その戦歴の記録。
自死する社員がいたり、職場をブラックと告発する社員のレポートの方はニュースメディアの方でやってらっしゃるのでお任せして『三枚おろし』は全く逆の人、中年で単身赴任で懸命に社の為に働いた「勤王の志士」を取り上げて皆さんにご報告したい。
(番組中、著者のことを「単身赴任」と言っているが、本を読んだ限りでは家族と一緒に行っているようだし、単身赴任だとは書いていない)
舞台はまさしく土佐の高知。
売るべきは「キリン」。
伝説の「龍」と「馬」のキマイラ複合神獣、これがシンボル。

ミニミニ知識で、あのキリンビールのキリンはよく見ると小さい絵文字で「キリン」と書いてある。
あのキリンの絵の首根っこのところにマークが付いていて、あの中に「キ」「リ」「ン」という文字が入っている。
この「キリン」というのは、とある人から言えばあれは何と「龍」と「馬」の合体だそう。
「龍」と「馬」の合体が「キリン」であるならば、ビールを高知支店で懸命に売ったという物語は、これは一つの現代の「龍馬伝説」ではないかと思って取り上げた武田先生。

ビールも様々。
アサヒビール、サントリー、地ビール等々。
東京あたりではオリオンビールも売っている。
外国ビール。
バドワイザーとかクワーズ。
ビール戦争は大変なのだが、今回の場合はキリンを取り上げる。
この物語は田村さんという方がビールを売るために支店長として高地へ転勤になったというところから始まる。
著者の名前は「たむらじゅん」さん。
ロンブーではありません。

まずはビールの歴史から振り返っていく。
一説によるとビールという飲み物は西南戦争の頃にもうすでに札幌でスタートしている。
それで西南戦争が落ち着いた時に大久保(利通)が「ビールで一杯やろう」とパーティーを企画したという。
それぐらい明治維新になって10年後にはもう日本人の・・・。
それから夏目漱石先生がよく飲んでいた。

 1888(明治21年)年に「キリンビール」を発売します。(18頁)

大日本帝国憲法発布直前に発売になっている。
意味深。

1907(明治40)年に岩崎家によってジャパン・ブルワリー・カンパニーを引き継いだ麒麟麦酒株式会社が設立され、−中略−出資者である土佐の岩崎家などは、三菱創業と同様、理念を大切にする方針を掲げています。(18頁)

 関東大震災、第2次世界大戦の生産統制などさまざまな困難はあったものの、1954(昭和29)年に国内シェア1位の座に着きました。
 そこから長らく「ビールはキリン」という時代を送り、1970年代初頭、物価の高騰が社会問題となると、シェア60%を超えていたキリンには批判が集まるほどになりました。独占禁止用による分割はまぬがれたものの、一時は〈売り過ぎない〉ようにするほど、市場においてガリバーの存在になったのです。
 しかし、1987(昭和62)年にアサヒビールが「スーパードライ」を発売したことを契機に、売り上げは急落します。
(18〜19頁)

アサヒ スーパードライ 350ml缶×24本



 スーパードライは、発酵度を非常に高めた製品で、コクとキレという対立する概念をひとつのものとして「美味しさのイメージ」をつくりました。(19頁)

 しかしキリンは、1990年に「一番搾り」を発売して大ヒットさせ、スーパードライの勢いを止めることができました。(19〜20頁)

キリン 一番搾り 350ml×24本



 しかし1993年に総会屋への利益供与事件が起こり、1995年には新製品「太陽と風のビール」に雑菌が混入する事件まで発生。
 1976年にビールの国内シェアが63.8%もあったのが、1995年には50%以下にまで落ち込み
(20頁)

 そのようななかで、数字上の危機感から、百年の伝統がある「ラガービール」の味覚を変更するという決断をし、新しいラガービールとして広告も一新して1996年2月に発売しました。(20頁)

キリン ラガービール 350ml×24本



従来のラガーは、喉にガツンとくるコクと苦みが特徴で、多くのファンをつかんでいましたが、スーパードライを支持している若者や女性層を取り込まなければならないと、飲みやすいタイプに方針転換したのです。(20〜21頁)

NHKの大河ドラマもそう。
女性を若者向けに舵を切った。
香取慎吾君の『新選組!』ぐらいから。

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昔から「NHK大河ドラマ俳優」というエリート集団がいた。
この方々は3年に1回ぐらい出ていたのだが、NHKは全部やめちゃった。
それでとにかく若手の俳優さんで。
武田先生の大河ドラマデビューは『草燃える』。

石坂浩二主演 大河ドラマ 草燃える 総集編 全3枚セット【NHKスクエア限定商品】



石坂(浩二)さんの子分の安達藤九郎盛長役。
それから『徳川家康』の豊臣秀吉。
『太平記』の楠木正成。
それから『龍馬伝』の勝海舟。
それから『功名が辻』では一豊の一番の家来。
そういう意味でやっぱり雰囲気が変わった。
同じこと。
このことで悩んだのだろう。
若者と女性向けに「新ラガー」。
これは味を変えてしまった。
キリンお得意の「ホップを効かせる」というのをやめちゃって、あんまり苦くないビールを発売する。
ところが急激に売り上げが落ちていく。
中でも急激に売り上げを落として最下位の支店が実は高知支店。
ここに赴任した著者は・・・ということで「たかがビール」を売るために「されどの努力」が始まるという。

とにかくグングンキリンビールが売れなくなった1996年、著者は中でも売り上げ最下位の高知支店へ回される。
そこの支店長に単身赴任で赴く。
(と番組内では言っているが、支店長になったのは1995年。そして「単身赴任」という記述は無し)

 当時の高知支店は全部で12名。支店長に営業マンが9名、そして営業のサポートをしている内勤の女性が2名です。(24頁)

その1996年、どうあがいても勝ち目はなく、高知キリンビールは惨憺たる負けっぷり。

 まずは11人のメンバーに「なんで負け続けているのか」とヒアリングを行いました。(31頁)

 飲食店で飲まれているビールはビール全体の25%でしかありません。75%は家庭で飲まれているのです。
 しかし、家庭で飲まれている酒は、量販店でまとめて買ったり、酒屋さんに注文して届けてもらったりしているのでここを変えるのは容易なことではありません。
(38頁)

つまりご家庭一軒一軒のことなので、営業で「置いてください、お願いします」と頭を下げても売り上げに直結しない。
まず勝負を仕掛ける25%の居酒屋、レストラン、ビアホール、焼き肉店等々へ頼み込んでキリンを浸透させること。
「とにかく1本でもいいから置いてくれ」というので月に30〜50軒、顔を繋いで営業マンが歩き回る。

アサヒも四国の中に工場を作ってそこから売って行く。
だから現実に味も良い。
アサヒの勢いはすごいからこうなればもう仕方ないと「月に1人100軒回ろう」というので、営業マン9名全員で100軒を回ろうと決意する。
(とは本には書いていない。)
でもアサヒの営業力が凄まじくて何の効果もない。
飲食店は次々と特約問屋の契約を結び、割って入る隙がない。
その上、担うべきビールがない。
キリンの旧ラガービール。
これが本当に切ないことにファンが多い。
「新」はものすごく評判が悪い。
武田先生はそこまでではないが、事務所の社長がビールにうるさい。
やっぱり分かるらしい。
かつて飲んだ「あの苦味」というのがないと、もうとにかく。
月100軒の顔繋ぎ営業も効果がなく、たちまち元の木阿弥。
営業マンたちのボルテージがスッと下がった。
この時に9名の営業マンを前にして支店長である田村さんは拳を振り上げる。

「あなたたちは、年頭に目標をリーダーと合意しましたね。営業活動をやって会社に帰ってきた時点で、目標の訪問数に達していないのに、なぜ家に帰るのか。極端なことを言うようだが、目標数を達成していないのなら家に帰ることは許さない!」
−中略−信頼を取り戻すのが、我々の使命なのだ。その責任を果たさないといけない。信頼を取り戻すために『やる』と決めたことができないなら、会社にとって必要がない。辞めていただいて結構だ。(45〜46頁)

(このあたり、番組内と本の内容とは前後関係に喰い違いがあるようだ)
どこかの大統領じゃないが「ユア・ファイヤーだ!」と叫んだのだ。
この怒りはかなり危険。
これは現代ではパワハラになりかねない。
「しかし私は一本筋を通した。それは全員で語り合って100軒回ろうと決めたんじゃないか」っていう。
「それを早々とあきらめたらどうするんだ」と。
問題になった会社なんていうのは「仕事に喰らいついたら死ぬまで離すな」。
水谷譲も放送局に入った時は番組を守るためには「這ってでも現場に来い」という叱咤激励が。
はっきり言ってしまうと、死ぬ気で働くかどうかというのは、個人の決意で会社の決意ではない。
武田先生の歌(『母に捧げるバラード』)でいうと、母が武田先生に行ったことで、同じことを絶対人には言わない。
息子だから言う。
お言葉を返すとすれば、会社の上司が考えて手帳に印刷することではない。
やっぱり田村さんが仰るように、それは印刷せずに表情で、熱意で、息で伝えるもの。
己で決めたこと。
会社が命じたこと。
これは天地の差がある。
田村さんがこだわったのは「己で決めたことではないか」ということ。

 入社2年目のある営業マンは、1カ月に飲食店を200軒訪問する、と目標を宣言しました。(49頁)

他の8人もその新人につられて「じゃ、僕も」というので、みんなまた一歩前に出ちゃったという。

 不思議なことに、結果が出ずとも、ガマンして4カ月目に入ると、皆、身体が慣れてきました。(50頁)

これが働くことの難しさ。
では、この高知支店がなぜブラックにならなかったのか?

アサヒにやられっぱなしのキリンビールの支店。
やってもやっても切り込んでくるスーパードライに勝てない。
必死になって努力が始まる。
県内二千軒の飲み屋さん。
それを小まめに9人の営業マンが回る。
ところが高知県と言っても室戸から四万十まである。
本当に和歌山県の横から大分の横まである。
高知県内を室戸から四万十、中村まで、これを9人でカバーする。

 当時の高知県の人口は約80万人。東京の世田谷区ぐらいの人口ですが、その人たちが世田谷区の約120倍もの面積に住んでいるのです。(66頁)

それを9人で戦いぬく。
高知支店は殆ど絶望的な戦いに挑んでいく。
パワハラになりかねない支店長だが、この人の凄さは負け戦の中で必死になって勝ち目、勝機を拾い集めようとする。
その「勝機」「勝てるかも知れない」という糸口のために、この方は戦略「なぜ負けるのか?」。

なぜ売れるビールと売れないビールに分かれるのか。
 それは、情報です。
「美味しそう」
「元気がいい」
「売れている」
(58頁)

アサヒは凄いことに生産工場も愛媛に置いて、広告展開も実に営業スタッフ共々、必死になってやっている。
「それをどうやって崩すんだ?」と疑問を抱えながら懸命に彼は歩く。
しかし、よくこの負け戦を見ていくと、やがて奇妙なことに気がつく。
それはキリンラガービールだけは人口の比率で割ると一人あたりの消費量はアサヒに買っている。
アサヒもキリンも他にいっぱいビールの種類がある。
ラガービールだけは一人あたりの消費量は高知ではギリギリ1位になっている。
「指一本、まわしに指がかかっている」というようなお相撲。
そんな指一本、一か所だけ、ラガーだけまだ評判がいいなら、そこを突いて宣伝しようと思う。

「この300万円を使ってダメなら、もうごめんなさしよう」という気持ちで仕掛けたのが、「高知が、いちばん。」という新聞の15段広告でした。(68頁)

 しかし、この「高知が、いちばん」というコピーは、高知の人々の琴線に触れることができました。なにせ、離婚率が全国1位から2位になっても悔しがる県民性です。
 高知の人は「いちばん」が大好き。
(70頁)

ラガー瓶消費量日本一の高知県の市場は、ラガーの味覚変更にハッキリとノーと言っていました。料飲店を回る営業マンは何かにつけ、「味を元に戻せ」「あの苦味が良かったのに」と言われ続けていました。(74頁)

県東部の安芸市の酒販店に一生飲む分としてひとりで100ケース、2000本!もの旧ラガーの注文が入ったという報告がありました。(43頁)

(番組では「10年分」と言っているが、本によると「一生分」

キリンは若者と女性向けに苦味を抑えてラガーの味を変えた。
現実としてはそれで女性と若者が伸びたところもある。
だから変えたからすっかり落ちたということではない。
全体としては負けているけれども新規のお客で若者と女子を呼び込んだという一側面もあるそうだが、いかんせん現場、つまり土佐の高知、高知県ではものすごく新ラガービールは評判が悪い。

 1997年11月、佐藤社長が全国視察の一環で高知支店に巡回してきました。その際、視点のメンバーと意見交換する場が設けられました。皆が挙手して忌憚のない意見を言いましたが、女性メンバーのひとりが「ラガーの味を元に戻してください。なぜできないのですか」と、ずばっと社長に迫りました。
「そういう意見は聞いている。けれども、すぐに会社の方針をぶれさせることはできないんだ」と、社長は答えました。
 あとで社長が泊まっていた高知のホテルで一対一で話したときに、怒られました。
(84頁)

(番組では全部社長が高知に来た時の話にされているが、著者が味を元に戻すように訴えたのはこれより前の「全国支店長会議」。飲みの席で女子社員が「たっすい」と言ったという話になっているが、上記のように飲みの席ではなく「意見交換する場」で、「たっすい」の件はこれより後に出てくる)

 1996〜97年の大苦戦していたときに高知の方から受けた叱責の言葉は「今度のラガーはたっすくなった」「こんなたっすいビールは飲めんぜよ」が圧倒的に多かったのです。「たっすい」とは土佐弁でさっぱりしているとか、味が薄いという意味。(96頁)

土佐弁は方言でありながら論理性が一本。
関西弁は接触(触ること)の方言。
「どうだす?」「ああ、ぼちぼちだすがなぁ」とかっていう接触面を柔らかくする。
でも土佐弁は言語による斬り合い。
「いうたちいかんちゃ」「何をいうちゅうがーじゃ。このままじゃキリンはいかんがぜよ」とかって言うと、リズムに乗っかって剣道の竹刀で打ち合うようなリズムが出てくるから「たっすいがいかんがぜよ」とかって言われると社長もポンポン竹刀で頭を叩かれているみたいな感じになって「何を言っているんだ君は!君、田村くん!酔ってるよ、この子は」とかって。
でも「たっすいがいかんぜよ」は耳に残ったのだろう。
(社長に向かって「たっすい」と言ったという記述は一切ない)
「たっすい」というのは土佐弁ではまた他にも深い意味を持ち、もう一つ「煮え切らない」「断固としてない」。
(調べてみたが、そういった意味は見つけられなかった。本の中に高知の人の意識として「煮え切らない」のをよしとしない気風があるといった記述があるので、それと混同したものか)
龍馬の故郷なので「いごうっそう」を好む。
ちょっと変わり者でも断固としたもの、その個性をやっぱり。
佐藤社長は相当異様な方言を投げつけられてクラっときたのだろう。
この「たっすい」が巻き起こした騒動はやがてキリンに大旋風を巻き起こすことになる。

2017年07月24日

2017年2月13〜24日◆心はすべて数学である(後編)

これの続きです。

全文表示 | 将棋スマホ不正指摘に「待った」 「出場停止」三浦九段は疑惑を否定 : J-CASTニュース
スマホとナビというものは「すごいなぁ」と思う武田先生。
感動する武田先生。
誰かが一回やっておくと「それは全ての人に使い回しができる知識となって残る」ということ。

現代数学は今、カオスの問題に直面し、数学者はこのカオスと格闘している。
カオスとは何か?
それは「要素」は二つの軌道がまじりあっていること。

 このカオス的な軌道の集合がもっている意味とは、その集合の中に加算無限個の周期解(周期的な運動)と非加算無限個の非周期解(非周期的な運動)があるということです。(70頁)

何か「バカじゃ使え無い」みたいな感じがしていい。
「それはいわゆる加算無限個の問題でしょ?」とかって東大の学生さんで話しているような感じがする。

このカオスの問題は最近、脳と心の関係にそっくりであるということが発見されたという。
ニューロンというものの集合体が脳。
ゼロか1かでこの脳の複雑な動きをしている。
計算機もそう。
コンピューターも基本は「0」「1」。
「ある」か「ない」か、それだけ。
ところが、その「脳に心が宿っている」ということは「脳も実は心があるゆえにカオスなんだ」と。
数学的には脳が心を表現していると同時に、心が脳を表現しているという等式の定理が発見された。
「逆もまた真」だったのだ。

 心が脳を表現している──。そう考える立場から行われている実験の一つにバイオフィードバック(生体自己制御)があります。−中略−例えば血圧を下げることを考えてみましょう。血圧を意識的に下げたいと考えたとき、「血圧よ、下がれ!」と思っただけでは血圧は下がりません。−中略−ところが、血圧計で測って現在の血圧の状態が絶えずモニターできるようにしておくと、血圧を上げたり下げたりできるようになるのです。意識で血圧をコントロールできる、これをバイオフィードバックといいます。(81頁)

これをやってみている武田先生。
人間ドッグでお医者さんに迷惑をかけている。
白衣高血圧。
白衣を見ると血圧が上がる。
この間先生から「もういい加減あたしたちに慣れて下さいよ」と言われた。
血圧を測って持っていく数値と、病院で測るのとでは50以上違う。
やっぱり(白衣を)見ただけで緊張する。
入るだけで嫌だ。
ずっと「また高く出るんじゃないかなぁ。また高く出るんじゃないかなぁ」。
武田先生は慌てるタイプなので「ちょっとシャツをめくって下さい」と言われるとジジイなので厚着している。
全部脱いで裸の腕を出すだけで「ハァハァハァ・・・」となっている。
先生も時間がないだろうから、ちょっと急がないと悪いと思ってしまう。
その病院のせいではないのだろうが椅子(のキャスター)が固い。
椅子のコロコロの滑りが悪くて、前に行かないからケツで押しながら行くので「ハァハァハァ・・・」ともう(息が)はずんでしまう。
それで(血圧計を測る時の)「シュッシュッシュッ・・・」という音がダメ。
先生が心配そうに「低く出るといけどね」とか言うと「高くなるんじゃないかなぁ」と「ええ?180!!」とかって言われるともうダメ。
この間やっぱり先生から「慣れて欲しいな、私たちに」と言われて「先生のこと俺、好きなんですけどね」とカラッカラの声で言ったのだが「まあ、冗談はそのくらいにしときましょう」と言われてしまった。
本当に何もうまくいかない。

はっきりしていることは、血圧は「意識」によってコントロールできる。
これは血圧だけではなくて、血流というものが目に見えるんだったらば意識下でコントロールできる。
心拍数とか血圧とか血流とか。
これはなぜかというと心を動かす「非加算無限個」で変えることができる。
つまり「心で脳を変えることができる」。
このことが発見された故にこの本のタイトルが「心は数学である」という。

「1」という単位のニューロンで、その集合体でできた「脳」というものはこれは「加算無限個」なわけだから「非加算無限個」の心で動かすことができる。
これは今、始まったばかりの研究分野であり、本人が一所懸命祈るワリには武田先生の血圧も下がっていない。
しかし科学として「それは可能である」ということは「定理が発見された」ということ。
「希望そのものが病を」という可能性が科学あるいは医学の中にちゃんとあるそうだ。

 ノーベル賞(物理学賞と科学賞)のメダルの裏には二人の女神が刻印されています。自然の女神はベールをかぶっていて顔が見えない、科学の女神、スキエンティアはそのベールをあげて自然の女神をのぞき見ている。つまり自然の女神のベールをはがそうとするのが、自然の理を解き明かそうとするのが自然科学者だというわけですが、朝永振一郎さんは、「そういうぶきっちょなことをしてはいけない」「ベールの上からでも素顔がわかる科学というものがあるのではないか」と考え続けました。そして彼は亡くなる前に「今でいえば、地球物理のようなものがそうだろう」と言った。地球物理学は、地震にしても火山にしても厳密な意味で予測可能なモデルが作れないという難しさをはらんだ学問なのです。(94〜95頁)

日本は全世界の地震と火山の被害の数十パーセントを引き受けているようだ。
去年の10月ぐらいだったか釜山で地震があった。
<韓半島最大規模地震>慶州で地震、ソウルも揺れた | Joongang Ilbo | 中央日報
大陸に住んでらっしゃる方は「地面は揺れない」と思ってらっしゃるからパニックの度合いがひどい。

著者はここから脳の数学的解釈を始める。
「脳は複雑系である」と「カオス的臓器である」。
脳は自分で自分を自己組織化する。
私達は成長する一年ごとに記憶と組み上げていく。
自己組織化には秩序が必要である。
そしてその秩序のためには非平衡状態、つまり絶えず外部とのエネルギーのやり取りがなければならない。
これは難しいことを言っているようではあるが「絶えずオープンマインドで心を開いて他と情報をグルグル交換していないと、人間というのは自分で自分を支えることが出来なくなりますよ」ということ。
「孤立主義はありえない」ということ。
それから「一国だけの正義」というのは、それがもうすでに悪である。
「正義」とか「善」とか「価値」とかっていうものは絶えず他人と交換しながら値打ちが決まっていくものであるという。
絶えず外部とのエネルギーのやり取りがなければ「自分である」というそういう自己組織化ができない。

脳の単位はニューロン。
それを繋げば脳のネットワークができると思われがちだが、そこには定理がなくニューロンは外からの情報エネルギーが入ってこなければ組織化されない。
脳にはネットワークがある。
そのネットワークというのは外から情報が入ってくるとネットになっていくのだが、入ってこないとただの棒になる。
もっと平たく言うと「他者によって自己ができる」というふうに脳はできている。
「私は『私』から生まれるのでなく、外にいるものから生まれてくる」という。
(水谷)加奈さんは「加奈」と名乗るから「加奈さん」ではなく、「加奈さん」と呼ばれることによって「加奈」になっていった。
「ママの自分」を想定すると分かる。
妊娠して子を産んだからママになったんじゃなくて、生まれてきた子が「ママ」と呼ぶからママになる。
この人はそういうことを言っている。
「私はアナタから生まれてくる」というのは実に哲学的でもある。

 そもそも、なぜ神経系は記憶という装置を作ってしまったのか? これは大きな神秘であり、問いです。環境が完全にランダムで予測できないものだとすると、記憶はそもそも役に立ちません。−中略−一方で、予測可能なことだけが起きているとすると、これもまた記憶は必要ないことになる。例えば一定の間隔で太陽が昇り沈むという周期運動は記憶する意味がないわけです。まったく同じことが繰り返し起きるだけですから。(124頁)

つまり「必然」と「偶然」。
これが大きく波打って訪れるからこそ、脳は記憶を作り知覚を使って、更に幻覚まで作ったという。
何気ない物が人間の顔に見えたりする。
木の茂みが人の顔に見えたり。
それはちゃんとした脳の活動。
幻覚活動。
それはアナタが最もその事を気にしていることの象徴。
記憶を進化させるためにそういう幻覚も含めて一定の「ゆらぎ」或いは「のりしろ」が必要。
「記憶する、しない」で絶えず「捨てる、拾う」で選別する。

 記憶という高度な心の働きのみならず、脳のゆらぎが持つ知性を説明する上で、現象学のフッサール(1859−1938)による「宙づりにする」という概念が関係するように思われるのです。それは勝手に解釈すると「不定性」と言い換えられるかもしれません。不確定ではなくて「不定」にする、つまり判断をいったん停止させるということです。(140頁)

脳における「保留」はすごく大事らしい。
「保留」がなくなると人間はどんどん考え方が狭くなっていく。
これは脳とか心の話をしているが「対外関係」とかもそう。
なんでも正体を射止めようとギラギラしている人は付き合っていて息苦しくなる。
やっぱり保留できない人というのは側にいるだけで息苦しい。
「Get out!」って叫ぶ人はあまり好きじゃない。
「尊米攘夷!」「天誅!」
そういう人はきつい。
5万人しかいないのに「50万人いた!」と断定するな。
この「ジャッジしない」「保留しておく」そういう能力というのが次に起こった事態に対処する時のアクションの起こし方に関係してくるという。

判断を保留すると「大脳をジャッジに使わない」ということ。
大脳の他に考える脳がもう一つある。
これが小脳。
小脳が担当する。
大脳でなく小脳が担当すると直接考えずに手足を動かすことになるワケで、ニューロンを伝う時間をショートカットしてアクションが決定する。
これはいわゆる「心の自動操縦化」に移る。
こういうことが人間の脳にはある。
それがわかりやすく言うと「ピアニストの手と指」。
あれは自動操縦。
大脳を経由していないから小脳だけで反応しているという。
オリンピック選手の競技中の動き。
これも安定と不安定の中間にあえて自分を宙づりにすることによって脳の中の有り方、心が最もフレキシブル。
大脳を関与させないことによって別の能力がアナタを動かし解決策を見つけることがある。
そうすると人は最も身体の感覚、体の感覚が非常に高い状態が可能になる。

内田(樹)先生の言葉の中で本当にわからない言葉があった。
「身体感度を上げる」という。
「心の感性みたいなものの感度を高くする」という、その言葉の意味がわからなかった。
それは「安定と不安定の真ん中に自分をあえて置く」ということ。
「わかったような、わからないような、それでいいんだ」という。
ヘタくそながら合気道の練習をしている武田先生。
ミラー細胞を試すような練習。
見取り稽古。
師範(館長)が出てきて一番弟子と一緒に技を見せてくださる。
「ほら、こんなふうにすると人間は」みたいなことで関節技をかける。
それを数度見せておいて「やってごらん」と言う。
我々は「写し」のコピー機となってそれをやるのだが、これが動くとなると、小さな技でも分からない。
「若先生」という高段者の方がいらっしゃって「武田さん来て下さい」と技にかかってくださるのだが、どちらからかけていいか分からなくなる時がある。
「えーと・・・右の足から動くんだっけ?左の足から動くんだっけ?」という。
その右か左かで迷った時にもう若先生が容赦なく逆襲してくる。
その時に若先生の腕を振りほどこうとして手を動かすと、若先生が「それ!」と言う。
つまり「脳を経由させるな」という。
若先生というその高段者の人曰く「とにかく動く」という。
左右を考えないで、もうとにかく動いてみる。
「そこから技の型に入ることがあるんだから」という。
そういうことというのが人間関係でも恋愛関係でもあるのではないか?というのが言いたいこと。
「全部頭で考えない」ということがやっとわかってきた武田先生。

でもそれは今までちゃんと大脳で考えて考えて、考えてきたからこそ「小脳だけで動くことができる」ということではないか。
最初から大脳で考えない人はダメではないかと思う水谷譲。

現代社会の中で脳の問題が出てくるという。
テレビなんかでこの間騒いでいる人がいた。
「人工知能がいわゆる労働力削減に役に立つのはいいけれども労働者の敵になるんじゃないか?」みたいなことを言う方がいらっしゃった。
それ以前の問題でこういう問題が起こっている。

2000年のシドニーオリンピック、陸上の金メダリストで、ジョン・ドラモンドというスタートダッシュの速さで有名な選手がいました。−中略−2003年のパリの世界選手権で、彼は優勝候補と目されていながらフライングをして失格になってしまったんですね。2003年以前は、フライングを二度すると失格であったのが、2003年以降、そのレースで二度目にフライングした者が失格になるというようにルールが変更されました。ピストルの音が鳴ってから100ミリ秒(0.1秒)以内でスタートしてしまうと失格です。−中略−スタート地点とピストルの位置は、およそ10メートル離れていて、だいたい1秒あたり330メートルの速度で音が伝わることからすると、ピストルの音は30ミリ秒で選手のもとに届きます。さらにそこから脳に入って手足にその情報が伝わるのに、合計で100ミリ秒はかかるだろうという計算だと思うのです。つまり、音が鳴ってから100ミリ秒経つよりも前にスタートしたら、それはスタート音を聞くよりも前に動いているからフライングだ、と判断するのでしょう。
 ところが、そのときドラモンドは「絶対に自分は正しくスタートしている」と言い張って、トラックの上に大の字に寝てしまったんですね。
−中略−私は、このドラモンドの失格の判定は間違っていたのではないかと思ってきたのです。
 その後、スターティング・ブロックにかかった圧力の解析結果からは、ドラモンドは0.052秒で反応したことになって失格になりましたが、それはピストルが鳴る前から、彼の足が完全には静止していなかったため検知器が敏感に反応してしまった結果のようです。しかしこの時、彼の足は次に説明するような理由で反応≠オたのではないか。
−中略−ピストルで合図の音が鳴ったら、普通はその音波が耳にくると同時に、足にもくるでしょう。仮に足にも体を通る弾性波に反応するように脊髄反射をうまく訓練してエフェランス・コピーができるようなトレーニングをしていれば、最速で30ミリ秒でスタートしていたっておかしくないと思うんですね。(145〜147頁)

「居合抜刀術」というものがある。
あんなので「目にもとまらぬ」というのがある。
そういう「武術的動き」というのが存在する。
それをスポーツは許さない。
でも武道ではある。
座頭市さんみたいにパッ!と斬ると、斬られた人が「斬られた」と気づかないということがある。
斬られていることに気付かないほどの速さの剣の動きというのは存在するという。
そういう「戦い」みたいなのが今、実はスポーツの最前線で起こっているという。

心でも脳でも判断できない時、人間は何をするか。
それが人間の面白さ。
サイコロを振る。
どうしてもジャッジしなければならない時はサイコロで振って決めてもいいんだという。

2017年2月13〜24日◆心はすべて数学である(前編)

心はすべて数学である



小学校三年生で「数学」につまづいてしまった武田先生。
分数の掛け算や割り算に納得がいっていない。
「リンゴ半分と4分の1を割ると『ひっくりかえして掛ける』」というのが分からないヤツが、何で『心』になるんだよ!」という反発から買い求めた本。

 数学の天才、ガウス(1777−1855)が小学生のとき、「1+2+3+……+100を求めなさい」と学校の教師に課題を出され、即座に(100+1)(100/2)=5050と答えた、というエピソードが残っています。これは、n=100の場合ですね。ガウスは1から100までを一直線に並べて、その下にもう一列、今度は逆に100から1までを並べて上下の項をそれぞれ足せばすべてが101になる、だから101×100÷2の計算で答えが出ることを瞬時にやって見せた。(16頁)

(番組の中で、このエピソードは「1ページ目」と言っているが16ページ目。この時のガウスを「小学校三年の時」と言っているが、調べてみたが「低学年」といった記述しか見つからず、何年生かは特定できなかった)
これは100の場合OKだが、101の場合は、奇数になった場合は変わるのではないか?
最後の数が「n」。
だから「n(n+1)/2」。
それが「定理」。
最後の数字が「n」。
でも、この場合は偶数の100だから割り切れるのではないか?
101でいってみる。
次は102になる、その次も・・・。
偶数とか奇数にしたところで、この定理は成り立つ。

(ここから野球の「総当たりリーグ戦」の話が出てくるが、3月13日の放送内で訂正があった。以下の話は全て「トーナメント戦(勝ち抜き戦)」のことを間違えて「総当たりリーグ戦」と言っているようだ)
11チームの野球チームが総当たりリーグ戦で戦って優勝を決定する。
一体、優勝が決まるまでに何試合必要でしょうか?
何試合が行われるでしょうか?
これを一瞬で解けるコツがある。
試合総数は11チームが相戦う場合、何試合になるか?
ややこしいので、一回スケールを小さくしてみて、そのスケールから物事の共通項を探してみよう。
「2チームが戦って優勝が決まる」という試合があるとすると試合数は1個。
「3チームが戦って優勝が決まる」と試合数は2個。
 ・
 ・
 ・
11チームがリーグ戦で戦った場合、優勝が決まるまでの総試合数は10回。
99チームが戦って優勝が決まるまでの総試合数は98回。
スケールを小さくして物事を考えて、それからその中に潜んでいる公理・定式を見つけるという。
これが数学的頭。
私達は「足せ」と言われれば足す。
「10チームで戦う」というと「ABCD」まで考えると「1、2・・・」といく。
そうではなくて、スケールを小さくしてその中に潜んでいる定理を見つけるという。
これには武田先生はビックリした。

ピタゴラスの定理。

 直角三角形の斜辺の2乗は、他の二辺の2乗に等しいという有名な定理ですね。(17頁)

図1.png

直角三角形ABCの直角をはさむ2辺の長さをa、b、斜辺の長さをcとすると、
 c2=a2+b2
(18頁)

「ピタゴラスの定理を知ることによって何か得する?」
数学が嫌いなヤツがいつもいう一言。
「足し算、引き算の他、割り算掛け算ないねん!世の中には!!」と、なにわ弁で怒鳴った漫才師がいるが違う。

図2.png

ピタゴラスが言いたかったことは「この正方形2つを合わせたのがcの正方形だ」ということ。
「斜辺を一辺にする正方形と面積が同じだ」とピタゴラスは言っている。
でも、(水谷)加奈さんには不満がある。
「何で同じ面積になるのかが分かりません」
どうやってそれが確かめられるの?

図3.png

直角三角形を二辺延長して広げる。
縦a辺の長さの2分の1を足し、横b辺の長さを3倍になるように延長すると正三角形に包まれる。
ここで大きな四角形と小さな四角形が出来るが、大きな四角形の中の4つの直角三角形は小さな四角形の中に4つに畳める。
(この部分の意味がよく理解できない。本の中にはこの説明に合うような箇所が見つからない)
ピタゴラスの定理というのは面積の問題。
「不動産屋さん」に使う。
不動産屋さんがとあるマンションの説明をする時に「ほら、見て下さい。実はね、これピタゴラスの定理なんですよ」と言う。
「収納とテラスと廊下とこの居間。おんなじ面積なんですよ。いわゆる『a2+b2=c2』になってるんです」なんて言うと「そうか、ピタゴラスか!」みたいな感じで「へぇ〜、ピタゴラス使ってるんすか、この部屋」みたいな。
そんなことで心がグラッと動いて「借ります!」なんていうことになると、まさにこの本が言っている「心はすべて数学である」という。
一見狭そうに見えるが「収納と廊下を合わせると居間とおんなじ面積なんです」って言われると「へぇ、デザイナーやりますね」とかって思わず言ってしまう。
結局ピタゴラスが言いたかったことは「ピタゴラスの定理は面積の問題だ」ということ。
だから「数式で面積を表現した」という。
あのけつまづいた東京オリンピックのマーク。
市松模様じゃないヤツ。
彼が発想したのはTという字を元に「組み合わせによって立体にもなる」というオリンピックマークだった。
あれはバラバラにできる。
だから「立方体にもできる」というような強み。
平面に収まっているけれども「旗にもなるけど置物にもなる」という。
だからオリンピックマークは旗にされがちだが、一番最初のあの盗作の騒ぎを起こした人のヤツをオリンピックマークにしておくと置ける。
だからピタゴラスの定理というのも数式なのだが、実は面積を表している。
「間取り」を表している。

とにかく「心」。
現代医学では「脳に宿っている」というふうに言われている。
その心、脳について考えていこう。

今ここに、柱時計があるとします。秒針が連続的に動いているとしましょう。ずっと秒針を眺めているとスムーズな運動です。ところが部屋の壁など、どこか違うところを見ていて、次の瞬間に、いきなり秒針に目を向けたとします。すると秒針は不思議なことに、一瞬止まって見えるのです。−中略−
 その瞬間は止まっているようにしか見えない。だけど普段ずっと見ていると、連続的に見える。これは脳が勝手に予測して、時間の隙間を補完しているからなんですね。予測能力があるから補完できて、離散化された脳の処理を連続的に、滑らかに復元しているわけです。
(44〜45頁)

さらに「海馬」という脳の部位は200分ほどの出来事を1分間に圧縮して思い出させるように時間を畳む。
脳は絶えず編集あるいは改ざんしながら出来事を記録していく。
「見たまま」「起こったまま」ではない。
脳はそれほど実は完全な臓器ではない。

眼で見て何かがあるかどうか分かることと、あると分かった時にそこに何があったのかが分かることの二つの間には、さらに時間の開きがある。「見る」という行為一つとってみても、一様ではない。あるかないかがわかるのは0.03秒くらい、何があったかが分かるのには0.3秒くらいかかる。つまり、「赤い風船を見た」とき、何かがあると分かるのには0.03秒かかり、その「何か」が「赤い風船」であることが分かるのにはさらに時間がかかる。(31頁)

脳はそのかかった時間を全部忘れさせて「今見たかのように」錯覚させる臓器。
これは脳がニューロンという神経線維を繋ぎ合わせてそこに電気を走らせ、神経回路のネットワークが発火して働くものであるから。
そのゆえに、振り子のように動くものでも、ストロボを焚くと全部一瞬一瞬止まって見える。
「それが心だ」と言う。
だから「脳と心は違う」と言う。
心が関係してくると脳はとたんに複雑になる。
ここに数学的には「カオス問題」という問題が発生する。
これは今、世の中まさしく「カオス」。

例えば振り子。
左右の繰り返しだが、その振り子の先にもう一つ振り子を付けると、その動きは複雑系、非周期的となるのでこれを「三体問題」と呼ぶ。

この地球と太陽の運動のように二つの天体の間の運動方程式を計算(積分)すると、安定な周期解をとることがわかりました。−中略−ところが、地球と太陽に、例えば木星が加わって、天体が三つになるとどうでしょう。すると、地球は初期のエネルギーの値によっては周期的な起動を描くことができずに、複雑な運動をします。この時の運動は本質的にはカオスのようなものになるのです。(67〜68頁)

紅茶に砂糖を入れて放置すると、ゆっくり全体に広がって、やがて溶ける。−中略−しかし、スプーンでくるくると2、3回混ぜてやれば、カオスが発生して、あっという間に砂糖を溶かすことができるのです。(69頁)

これは今、全世界がそう。
メディアは最近すごくシンプルに「二体」で考え過ぎ。
「アメリカファースト」とか。
「アメリカが一番」とトランプさんは仰りたいのだろう。
でも世界はアメリカだけの問題ではない。
外交とか貿易に関して、一国のみ「国民と私のみで考える」ということはありえない。
武田先生の事務所の社長のイトウさんと世間話をするが「アメリカファーストって言うけど、その言葉はないよな?」という話を車の中で「何と言いますか?」と問われたので、武田先生が答えたのはトランプさんの考え方は「尊米攘夷」。
「そんべーいじょういー!」っていう。
それが「Get out!」になる。
でも「尊王攘夷運動」なんて日本もあった。
同じような「トランプ運動」が。
でももう数年で文明開化に変わったのだから。

2017年06月11日

2017年1月23日〜2月3日◆心配事の9割は起こらない(後編)

これの続きです。

申年の2016年は「申年は騒がしい年になる」と言われていたが、特に年の後半から二つのショックが日本を襲った。
一つ目のショックは「SMAPショック」。
そして二つ目のショックが「トランプショック」。
昨年後半は「『プ』ショック」。
ダブルプショック。
そういう2016年だが、トランプさんはとうとう大統領としての活動が始まった。
どんな騒ぎがアメリカでこれから起きるのか?

アメリカから始まったグローバリズムだった。
つまり乱暴に言えば「手を繋げば繋ぐほど世界はうまくいくんだ」という。
世界を支配する言語は二つでいい。
アジア圏は中国語、西洋圏は英語。
この二つさえ覚えてしまえばあとの全部「消しちゃっていんじゃねぇの?」っていう。
これは日本も全部、日本語をやめて中国語になったりなんかすると、上海市場なんかにも参加しやすくなるし。
というふうにして進むはずのグローバリズムだったが、昨年トランプショックの方でピタッとグローバリズムが止まってしまった。
でも、ここで皆さん、ちょっと足を止めて2016年トランプショックの始まりを心に刻んでおきましょう。
なぜアメリカはトランプを選んだか?
原稿をまとめる時につくづく考えた武田先生。
「オバマの言う先に豊かなアメリカはない」と思ったアメリカ人がいたのではないか?
だからバトンを受けるヒラリーというのが好きになれない。
そこでアメリカは気づいた。
「トランプを大統領にしよう」と。
非常にこの人は欠点の多い人。
もうこれは間違いないこと。
しかしアメリカはこの人がよかった。
その事実から目をそらしてはいけないと思う。
トランプさんを最初に見た時、武田先生は「なんて品のないサンタクロースだ」と思った。
皆はまず思っているのは「トランプが背中に担いだ袋の中身はたくさんプレゼントがあるぞ」という。
もう就任式が終わったので、その「トランプの袋」を開けていただこうというふうに思うが、なかなか開けない。

ここからは武田先生の思い。
ヒラリーではダメだった。
アメリカメディア、日本のメディアもそうだが「アメリカ国民が何を望んでいるのか」を言い当てられなかった。
これは事実。
トランプが大統領になったということで世界の人々はハッキリ知った。
それは何か?
「アメリカには豊かな人よりも貧しい人の方が遥かに多い」という。
アメリカは貧しい国だった。
トランプが大統領になれるほど。
トランプがトランプタワーに住んでいる。
あの家のインテリア。
何が嫌か?
「暗闇でぶつかると痛いもの」ばっかり。
寒い日か何かにテーブルの角で親指の先を打つと「あっ!あああ!」って言いながらうずくまって動けなくなる。
それから可愛らしいバロンちゃんにスター・ウォーズのおもちゃか何か買ってあげても片付けるような子じゃない。
プラスチックでできたスター・ウォーズのダース・ベイダーか何か踏んだ瞬間の足の裏の痛み。
しかもあれは最上階。
あんな高いところに住んでいる生き物なんかそういない。
200m級のところに住んでいる。
(調べてみたが58階建てで、高さは202m。最上階を含めた三階分が住いだそう)
10階上ったら気圧を感じる武田先生。
空気は絶対薄い。
土も草の臭いもしないなんて。
しかもあのトランプのおじさんが寝起きしている部屋は空気が乾いている。
ニューヨークの空気の乾き方が半端ではない。
映画で時々見る。
蒸気で街全体を暖めているから、漏れ出した蒸気がマンホールからバーッと吹き出すっていうニューヨーク名物の景色がある。
あの暖かいお湯で全ビル暖房している。
これが微調整が効かない。
だから暖かいのはいいけど、暖かいまんま。
トランプタワーなんて住むとこじゃない。
でも、そういうトランプさんの暮らしに憧れたアメリカ人がヒラリーさんよりも多かった。
「世界の心配よりも俺たちの心配をしてくれるトランプへ」という。
それほどトランプさんがサンタクロースに見えた人々が多かったというところがグローバリズムの逆を行く世界の出現ではなかろうか。

トランプ大統領出現ということで、世界の流れが変わった。
ラジオなんか聞いているとエコノミストなんかは「逆行し始めた」と言う。
やっぱり前大統領に比べて反対側の道を行くということなのだが、その反対側の道を行くという事情がアメリカにあったのだろう。
アメリカの大統領に関してそこまで期待した我々もバカだったと思う武田先生。
間違いなく言えることはグローバリズムという今までの世界の流れ「手を繋げば手を繋いだほどいいことがあるぞ」という考え方はここからは役に立たない。
「手を握りしめた手をお互い一回離そうじゃないか」という、そんな時代。
それはそれなりに時代としては大事なんじゃないか。
皆さん方も「そうじゃないよ」とかって言いたくなるかもしれないが。
しかし日本の文化というのは鎖国時代に発酵したわけだから。
日本的なものってのは鎖国という時代があってこそ。
今、そんなふうにして自覚する時代ということなんじゃないか。
グローバリズムが終わったということは「スペシャリストの時代が終わった」とすぐに直感的に思った武田先生。
例えばソフトバンクの孫さん。
ソフトバンクはもう何屋さんか分からない。
つまりソフトバンクは白い犬のお父さんの代表する企業のみではなくて、違う仕事もやっている。
つまり専一企業、ただ一つの企業ではなくて、様々な仕事をやる多種業の会社になっているという。
そういう意味で「スペシャリスト」の時代というのが沈んで、前から言っているが「ジェネラリスト」多種事業の時代が来た。
例えば過労自殺したあの会社(電通)も認めるべきは、会社が個人を完璧に縛るという時代、これがもう終わりつつあるんじゃないか。
だから「会社が終わったらあなたは完璧な個人ですよ」っていう、そういう時代が来ちゃった。
例えば広告代理店に昼間勤めている。
規約通り5時で会社を終わって、それから三茶でワインバーを経営するとか。
この間、そういう店がちょっとあった。
本当にちっちゃな四畳半ぐらいの店だけど、シャレたことをやっているのがいて、そういう仕事が両立できる労働環境というのがこれからもてはやされるんじゃないだろうか。
不動産屋さんが大統領をやっているのだから、もうジェネラリストの時代。

「八風吹けども動ぜず」
 生きているうちには、さまざまな風が吹きます。よい風が吹くこともあれば、悪い風が吹きすさぶこともある。しかし、いちいちその風に心動かせることなく、どんな風も楽しんでしまおう、というのがその意味です。
(94頁)

アメリカがそう。
トランプさんみたいな人を大統領にした。
もうアメリカは他国にプレゼントをあげる国でなく、プレゼントを欲しがる国になった。
そのことを正直に選挙で世界を宣言した。
その正直さに関して「アメリカは偉大だ」と拍手を送ってあげましょう。
これからおそらく右傾化が始まり、保護主義が始まる。
しかしこの右傾化、保護主義、アメリカンファースト。
「まずアメリカのことを考える」というトランプ大統領。
小池さんも同じ。
「都民ファースト」
嫌な言葉。
(小池都知事曰く)政治はガラスのように透けていないとダメ。
どこでも「スタッフオンリー」がある。
「従業員しか入れませんよ」という空間がないと、何かサービスは信じられない。
アメリカはそういう国になっちゃったという。

プレゼントを与えるのではなく、プレゼントが欲しいと泣きじゃくるアメリカ。
その正直さを皆で、世界の人は祝ってあげましょう。
アメリカ、おまえは正直だよ。
そして武田鉄矢曰く。
ガガ、泣かないで。
日本人は心の豊かで気品を持っている君につくづく同情する。
日本人は君が好きだよ。
「アメリカは何て人を選んだんだ」って泣いている君は優しい娘だよ。
でも落ち込まないでください、ガガ。

 禅には「愛語」という言葉があります。
 相手を慈しみ、その心で語りなさい、と説いています。
「愛語は愛心より起こる、愛心は慈心を種子とせり、愛語よく廻天の力あることを、学ぶすべきなり」
 これは、『正法眼蔵』の中にある道元禅師の言葉です。相手に慈しみの心をもって語る愛語は、天地をひっくり返すほどの力がある、というのがその意味。
(107頁)

これは何に対していい言葉か?
「愛語(あいご)」優しい言葉使いの反対語「ヘイトスピーチ」。
でも日本のヘイトスピーチなんてたいしたスケールではない。
トランプスピーチに比べると。
国境でメキシコ人を入れないために壁を作ろうというのはすごい。
自分を支持しない人間は指差して「ゲット・アウト」って言うのだから。
トランプさんは道元と反対側の人。

 中国の史家司馬遷はこういっています。
「君子は交わり経ゆとも悪声を出ださず」
 たとえ、相手との関係が切れたとしても、けっして悪口をいわないのが、君子のふるまいだ、というわけです。
(109頁)

司馬遷は2000年近い前の人だけどいいことを言う。
今は逆。
姿がなくなったらボロクソ言うか、あるいは悪口を言いながら商売だけはやるとかっていうのが「外交上手」とかって言われている時代。
でも「君子は交わり経ゆとも悪声を出ださず」っていうのは徳のある言葉だなぁと思う武田先生。

「閑古錐」という禅語があります。
「閑」は閑古鳥が鳴くという言葉もあるように、閑(ひま)ということ。「古錐」は古くなった錐のことです。つまり古びて先が丸くなり、使われなくなった錐を閑古錐というのです。
(112頁)

禅はその使われなくなった先の錆びた錐(きり)のことも「またそれはそれでよし」と言うそうだ。
何故ならば錐が錐として役に立つ時、その錐は赤ちゃんの側には置けない。
危険だから。
使い道がなくなったらもう大丈夫。
「この錐は赤ちゃんの側にも置ける」と。
「何かの役には立つでしょう」と。
人皆、閑古錐たれ。
「古びても何かの役に立つ私でありなさい」と。

今、世界で一番正義について最も熱く語れる能力を持った人は韓国の人。
「政治というものはこうであってはならない」って言いながら、あれだけの人数が毎日毎日大統領邸の前まで押しかけるわけだから。
ただし、申し訳ないが団結力は素晴らしいが、はっきり言って羨ましいと思わない。
政治的正義というのは実はジャッジしにくいもの。
メディアの人はいわゆる書き文字メディアの人も、文春も含めて、スキャンダルをバンバンやればいい。
でも文春は大元は角栄金脈か何かで名を馳せた有名なメディア。
でも最近、本を見たら「田中角栄は間違ってなかった」という。
急に何十年か経つと「あの人はよかった」とか「罠にはまったんだ」とか。
語録もすごく売れている。

世界の中で最も正義について激しい気性を持つ国民、それは韓国とアメリカではないかと思う武田先生。
悪を憎み糾弾する両国人民の団結力は素晴らしい。
しかし、少しも羨ましいとは思わない。
政治は正しい時と間違っている時がある。
「これが正しい」と言えないのが政治であり、「こんな政治は間違っている」と叫ぶ人が間違っている。

「日日是好日」
 これは毎日がよい日ばかりだという意味ではありません。人生には晴れの日もあれば、雨の日もある。
(117頁)

そこを日々のせいにはしないで「私のところにやってきた日をよい日にしたいなぁ」という、そういう願いこそが「日日是好日」なのである。
時代があなたを左右するのではない。
あなたが時代を左右するのです。

加山雄三さんが言っていた言葉ですごく好きな言葉。
「運命があなたの性格を作ったのではない。あなたの性格があなたの運命を作るのです」

 ものごとには、すべて、力づくではどうにもならない「流れ」というものがあります。流れに任せる。水は岩があればそれと争うことなく、わずかに方向を変えて行き過ぎます。しかし、目標≠ヘあやまることなく、最後は大海へと流れ込んでいくのです。(132頁)

岩あれば水争わず、岸部の矩を踰えず、故に海に至る。
この心を「柔軟」という。
いろいろ日本も大変かも知れないが、一つ「水の心境」で。

「不立文字、教外別伝」という禅語があります。ほんとうに大事なことは文字や言葉にはならない、仏様の教えの神髄は、(経典の)文字や(説法の)言葉で伝えることはできない、ということです。(135頁)

時折、武田先生自身もコメンテーターもどきを頼まれてやっている。
これは松ちゃん(松本人志)も言っていたが、本当に喋った後で「つまらんことを発言したなぁ」と結構ハラハラする。
ああいうのって何秒かしか時間がないから、バーッとキューを振られるが、貰った時間が短ければ短いほど発言は切れ味がいいのだが、切りすぎるというか尖ってくる。
あれはやっぱり時間に追われて言葉が尖ったりなんかするのだが、基本的に表現には余白と言うか「沈黙」「間」が必要。

 余白、間は、言葉でいったら「沈黙」です。
 沈黙には大いなる表現力があります。
 ときには言葉よりずっと気持ちや思いを伝えることができるのです。
(136頁)

人の気持ちを察する時の沈黙は相手の話を聞き、汲み取ろうとするための沈黙で、これほど相手に伝わる「思い」の表現はない。

 禅には沈黙のすごさ≠示すエピソードもあります。
「維摩の一黙」と呼ばれるものがそれ。維摩居士は在家の仏教信者ですが、あるとき文殊さんから問答をしかけられ、沈黙で答えるのです。その一黙は「響き雷鳴の如し」と表現されています。
(138頁)

高倉健さんが誰か問答中にフッと黙り込んで「うーん」と言うと、健さんの沈黙に・・・。

 正論をいうとき、その人の目線は、必ず相手より高くなっています。(163頁)

正しい言葉を上から落とすと、相手の顔に激突する。
正しい事はそっと相手に手渡さなければ、かえって傷つけてしまう言葉使いになる。
「正しい」「間違ってないぞ」と思った時は危険。

クリントンは討論会でトランプに正しい事を言って三度勝った。
テレビ討論会でヒラリーが全部勝った。
ヒラリー・クリントンは三度勝っている。
それで本番の選挙で負けた。
これはもしかしたら正しい事を言うことのむずかしさかも知れない。
作戦としてこんなことを武田先生が言っている。
ただの一度でもいい。
ヒラリーがトランプの暴言の前に泣いていたら。
或いは悲しく微笑んで黙り込んでいたら。
何か大きく印象が変わった可能性が、あの三度の討論会にはある。

「時々人は間違える人が好きなのです」
全部正しい人っていうのをあんまり好きになれない。
時々間違う人が好き。
これを別の賢い学者さんは「反知性主義」とかって言うが、武田先生はそこまで大げさな言葉ではなく、時々間違う人が好き。
その人は、時々間違う人の間違いの中に何かを見る。
ヒラリーさんはあまりにも正しく完璧過ぎたのではないだろうか?

 こんな禅語があります。
「花に逢えば花を打し、月に逢えば月を打す」
 花に逢ったときはその花をしみじみと味わい、月に逢ったらその月を感じるままに味わう、というのがその意味です。
(168頁)

武田先生が大好きな哲学者の内田(樹)師範が魔物に憑りつかれない三つの心構えをこう教えている。
「礼儀正しく、オープンマインド。そして身体感度を上げること」
「身体感度」がよくわからない武田先生。
やっぱり「皮膚感覚を敏感にしなさい」ということではないか?
これが禅宗が言うところの「花に逢えば花を打し、月に逢えば月を打す」。
綺麗な花を見たら思わず「おお、綺麗!」って言っている自分。
月を見上げたら「おお、いい月だわ!」と見上げている自分。
そういうものが身体感度なのではないか。

「門を開けば福寿多し」という禅語があります。(179頁)

「玄関を開けて外を見てごらん。いいこといっぱいあるじゃん。探しなよ、自分で」という。

お釈迦様のご臨終前の最後の教えとされる『仏遺教経』の中には、少欲知足についてこう書かれています。
「知足の人は地上に臥すといえども、なお安楽なりとす。不知足の者は、天堂に処すといえども、また意にかなわず。不知足の者は、富めりといえどもしかし貧し」
(194頁)

足ることを知っている人は、地上に倒れてもうすぐ息を引き取ろうとしていても心の中は安楽でいっぱい。
足ることを知らない者は、いよいよ死ぬ時に「なんてつまらない人生を送ったんだ」とまだ不満をつぶやいているという。
幸せへの道は二つしかない。
欲望のままに欲しいものをすべて手に入れるトランプ流か、逆にこの曹洞宗の住職のごとく欲しがる欲望を小さくし、欲しいものを少なくするか。
この二つ。

人間力を高める読書法



2017年1月23日〜2月3日◆心配事の9割は起こらない(前編)

心配事の9割は起こらない: 減らす、手放す、忘れる「禅の教え」 (単行本)



曹洞宗の住職である枡野俊明氏の著書。
(番組内では「としあき」と読んでいるが、本によると「しゅんみょう」。仏門に入ると名前を音読みにするという習慣があるようなので、本名は「としあき」さんかも知れないが、一応「しゅんみょう」さんということで)
お坊さん以外にも仕事をやってらっしゃるという、なかなか本当に面白い方。

武田先生が本を手に入れたきっかけ。
5〜6年前に心臓手術をした武田先生。
大動脈弁が人工のセラミック。
胸、心臓に心配のある人生を今、生きている。
この病は杉良太郎さん、ゴルフの倉本、シュワルツネッガーさんも同じ。
この方々は全員セラミックだと思う。
だから皆さん全員、ちょっと憂鬱を抱えてらっしゃるはず。
どんな憂鬱かと言うと、毎日ワーファリンという血液サラサラ錠剤を飲むことが死ぬまで続く。
これを飲まなかったりなんかすると白血球とか血小板がセラミックにくっついちゃうという。
他にも心臓に負担をかけないように糖尿病の心配。
もうボーダーでギリギリのところにきている武田先生。
その数値で主治医から「下がった上がった」。
一喜一憂が半年に一回ある。
とにかくドッグの結果を受けて、その薬が一錠だけ減ったという。
けっこういろんな種類を飲んでいるから。
それで隣の町まで診断書を手にして、指定薬局で購入しに行った。
ところが、前回診断書に書いてあった薬で睡眠導入剤があった。
それはなぜかというと、7月の博多座の舞台で、興奮したりすると眠れないことがあるのでそれを頂いた。
それをそのままお医者さんが消し忘れている。
大変だった。
持っているから「この薬いりません」と言った。
「主治医と連絡をとって確認が取れない限り、買っていただかないと困ります」
もうその時は11月過ぎていたのだから。
その7月の公演も一錠も飲んでいない。
もう、コットンコットン眠っている。
バイオリズムでそういうことがある。

中村玉緒さんという心配なお婆さんと一緒に演った時のことだが、全然心配がいらなくて、毎日九時半に眠って七時に起きるという「何時間眠ってんだ、オメェは」みたいな、快調な体調で終了することができるわけだが。
「申し訳ありません。病院の主治医の先生に今から連絡をとります。もしいらっしゃらなければ買っていただかないと、こちらの方では消せません」という。
「ああ、そうですか。ちょっと本屋さんへ行ってプラッと本でも見てきますんで、連絡だけしてみてください」
それでその薬局の隣にある本屋さんへ行った武田先生。

そうすると、本屋さんのテレビで大変なニュースが流れている。
どんなニュースか?
「トランプ氏逆転で大統領へ」という、その頃だった。
そうするとその慌てたテレビ局が街頭インタビューを開始していて、みんな不安そうに「え?トランプ?マジですか?」とかって。
どこかの店頭でトランプマンがトランプをやっていた。
ニュース番組がトランプマンのところに行っている。
トランプマンも語りたいのだが話せない。
言葉は話しちゃいけない。
トランプマンに「どう思いますか?トランプですよ、トランプマン」。
「トランプが・・・」って言われたらトランプマンも肩をすくめてトランプを繰る。
それでトランプのキングを出す。
それでハンカチをかぶせる。
トランプが消えるのかと思ったら、その日に限ってトランプのキングが消せない。
彼は「キングのトランプは消せない」というのを仕草で報道番組に伝えたのだろう。
それを見ていた本屋の親父が「冗談やってる場合じゃねぇよ!お前」って言いながら。
ヒラリーさんの方の自伝か何かを大量に仕入れていたのだろう。
「全部オマェあれだよ!また注文書書き直しだよ。何てことしてくれるんだよ!」とかって。
「この後、トランプ氏が大統領になって一体どんな世の中が来るんだろうか」と気持ちが暗くなった武田先生。
心臓に病も抱えているわ、大統領はトランプになるわ、トランプマンはトランプが消せないわ。
その時にフッと目が合った本が『心配事の9割は起こらない』。
気が付くと手が伸びていた。

なぜ人間は心の中に心配事を抱いてしまうんだろう?という。
それを曹洞宗のお坊さん、禅宗のお坊さんの立場からこう仰っている。
「妄想するからだ」
妄想というのはおそらく悪い予想ということだろう。

 心を縛るもの、心に棲みついて離れないものは、すべて「妄想」です。(12頁)

 妄想を生み出しているもっとも根源にあるものはなにか。
 それは、ものごとを「対立的」にとらえる考え方です。
 たとえば、「生・死」「勝・負」「美・醜」「貧・富」「損・得」「好き・嫌い」といった分別をしてしまうことです。
(13〜14頁)

「こんなふうにして対立的にとらえると『妄想』という、こすった摩擦熱が生まれますよ」と。

 日本における宗道集の開祖・道元禅師も、「他は是に吾にあらず」といっています。
 他人のしたことは、自分のしたことにはならない、と教えています。
(15頁)

武田鉄矢の場合、心臓病も糖尿病も来るかもしれないが、間違いなく言えることは、今来ていない。
ここにあるのは「私」と「今」だけ。
「私」と「今」だけに集中しましょう。
武田先生は安倍(首相)でもなければプーチン(大統領)でもない。
「私」は「私」。

二時間遅刻したプーチン大統領。
「舐めやがって!」と言ったコメンテーターがいた。
韓国人のコメンテーター、ピョンさんも怒っていた。
あの方はだいたい韓国担当なのだが、あの日に限ってプーチンに関しては北方領土の島からミサイルを日本に向けていた。
「何で一緒に温泉へ案内するのか?安倍外交っていうのは何を考えて・・・。侮辱されてんねん。侮辱も気づかないのか?」という。
「そういう人なんだろう」と思って、何とも思わなかった武田先生。

12月のディナーショーでプーチンさんが通った道を車で通った武田先生。
山口のとある町。
地方都市でホテルのクリスマスディナーショーがあったので、プーチンさんと同じ行程で山口の飛行場に降りて、そこから長門方面に車で走った。
武田先生の考えすぎかも知れないが、ハッと気がついたこと。
竹林がけこう綺麗に刈られている。
竹林は今は竹の林を利用する業者が少ないからどこでも伸び放題。
竹林はだいたい闇になっているのだが、プーチンさんが車で走った道の竹林は左右を見ても、結構陽の光が差し込んでいる。
根本を見ると、つい最近切ったばっかりみたいな切り株。
やっぱり狙撃の危険性か何かを感じて、沿線の住民に協力を呼びかけたか、そういう行政の指導があって市の人が動いたか。
山口県はビルの谷間とかが無いので。
山口市内近くに行かない限りは、竹藪、森、田んぼという、三枚しか風景は変わらない。
それが、どの竹藪も結構スッキリしている。
その時に「あ、プーチンさんのために切ったんじゃないか」。
物陰を作るまいとしたのではなかろうか?
ということは、プーチンさんってものすごく狙われている人。
だから、そのいわゆるテロリストたちから狙われている人が時間通りに動いちゃまずい。
どこかで少しずつずらさないと。
それも遅刻しないと。
あるいは時間を守らないことで・・・。
お帰りになってすぐに、トルコで警備の男から演説をしていた時に撃たれちゃう。
(この件かと思われるトルコ:ロシア大使が銃撃受け死亡 展覧会で - 毎日新聞
だから「警備の中に紛れ込んでるかもしれない」とかっていう心配をする国の大統領だから、時間通りに動いちゃまずい。
だから遅刻というのはあの人にとっては身を守る手段なのではないか?
とにかく一番危険なのは時間通りに動くこと。
安倍さんは全く遅刻しない。
プーチンさんが亡くなったらロシアは大変なことになる。
政敵を潰したのはいいけど、代わりがいない。

 世の中には自分ではどうにもならないことがある、ということです。(30頁)

命そのものさえ自分の手が及ばないもの、どうにもならないもので成り立っているのです。(31頁)

今生きているということすら主体じゃなくて、命任せで生きている。
間違いなく「生かされている」のであって、あんまり「生きている、生きている」と力むなよと、こう禅師は仰りたいのだろう。
どうにもならないことはそのまま「どうにも」に任せて、あるがままに受け止めよう。

 心に向けるべきはそこではなく、「どうにかなる」ことのほうです。(33頁)

「あるがまま、そのまま」──それが正味の自分。(33頁)

トランプの嫁、トランプの娘、トランプの息子、財産、やり方。
これからは大丈夫なのか?
日本が大きな迷惑を被るんじゃないか?
こんなことを言ったところで実は何の関係もないこと。
トランプは、彼もまた生かされている「ただの人」なのですよと。
トランプさんは大統領に見事なられたが、アメリカの歴史上始まって以来の大統領就任式だったらしい。
ガードも含めて。
何かテレビがやたら騒いでる。
奥様の全裸のヌードか何か。
娘さんで、すごいぺっぴんさんの。
それから「旦那さんも素敵」とか。
何と言ってもバロン君。
身長1m70cmある。
まだ中学生。
(日本で言うとまだ中学生の年齢ではないのだが、アメリカは飛び級などもあるのでこのあたり不明。2006年3月20日生まれということなので現在11歳だと思われる)

情報だけで、あるいは相手の一面だけを見て、大体嫌な感情、否定的な思いを持ってその人を見ると、見誤ることになる。
「あの人にも良いところがあるはず」と見つめて、あなた自身が良いところをその人に見つけると世界はガラリと変わります。
何が変わるか?
そう、あなたは良い人なのです。
みんなが「悪い」と言っている人の良いところを見つけると。
トランプさんもどこかいいところがあるだろう。
年末の番組なんかでやっていたが、トランプはダイアナ妃を狙っていたらしい。
お近づきになろうとしていた。
デヴィ夫人が言っていた。
いくらカネを使ってもいいから名誉ある位というのが欲しかったらしくて、イギリス系のその手の伯爵とかなんとかっていう身分が貰えないだろうかとお金を使ったらしいのだが、やっぱりイギリス社会からは・・・。
それでヤケで付けた名前が「バロン」。
バロンは伯爵、公爵、そういう意味。
(伯爵でも公爵でもなく「男爵」)
「息子ぐらいは・・・」と思ったのだろう。
だから切ないと言えば切ない話。
しかし、もう70歳。
あの方も、この倍は生きるわけないわけだから。

とにかく「あせるな」「あわてるな」。

 禅語にこんなものがあります。
「七走一坐」
 七回走ったら、いったん座ってみよ、ということです。
(54頁)

 中国古典だったと思いますが、「一日一止」という言葉もあります。
「一止」という字を見てください。「止」のうえに「一」をのせると「正」という字になります。一日に一回、止まって自分を省みることは「正しい」ことだというわけです。
(56頁)

いかに言ってもそれでも落ち込む人があるでしょう。
世界もゆっくりと歪み、特にアメリカが歪み始めて、中国、ロシア、フィリピン、イギリス、仏独の右傾化。
そして日本の安倍独走体制等々。
心配事ばっかり。
心配事は数え上げれば武田先生にもいっぱいある。
ゴルフで左ひっかけのOBが直らない。
血糖値も高い。
心臓の心配もある。
しかし「それでも」と師匠は言う。

本当に考えてみれば妄想というか、そういうのがどんどん湧いてくるご時世。
まだ年がスタートしたばかりだがアメリカの新大統領がスタートして、中国、ロシア、フィリピンは凄まじい人。
ドゥテルテ。
それからEU離脱のイギリス。
それから仏独。
これは年末にテロもあったが右傾化傾向がますます強くなるだろう。
そして安倍独走体制。
もう「やりたいことをやっちゃうんじゃないか」という。
武田先生は血糖値も高い。
食べるとすぐ太る。
もう本当に嫌!
また美味しい。
それでも奥さんから「食べ過ぎ!」物差しでピシャッ!と手の甲を叩かれる。
それからさっぱり上達しないゴルフ。
こういうこと。
もういちいち上げると心配事というのはどんどん湧いてくる。
東京オリンピックも心配。
それで今度の東京オリンピックは8月。
8月の暑さは大丈夫ですか?
と、心配すると本当に数限りなく心配事が。
小池体制も心配。
千葉、東京、神奈川、埼玉の知事が集まった。
昨年「カネ出す、出さない」で。
4人集まったうち、3人がタレント。
ニューキャスターとかテレビに出ていた人だから、テレビタレントさん。
映りばっかり気にして。
あの人たちはメディアの使い方を知っているから。
こうやって考えると心配事は数限りなく、何年か先、2020年の8月の気温まで気になるという。
考えたらバカみたい。
冷夏だったりするかも知れない。
涼しくなっているかも知れない。
やっぱり人間は先のことを考えると全部不安になる。
「先のことを考える」ということは「不安になる」というのと同意義語。
禅宗のお坊さんは言う。
「もうこのままでは世界は滅びる。この世界は末法の世」と叫んだのは平安時代だった。
平安時代に「もうすぐ仏罰の世界がやってきて、人類は、日本人は死んでしまうんだ」という末法思想が広がった。
あれからずいぶん時間は経ったがまだ滅んでいない。
ここに人間の希望があるのではないですか?
「世界は滅びる」とは何人もの人が叫び、西洋のお坊さんで「1999大魔王が降りてくる」とか言って、ご本が山ほど売れたことがあった。
滅んだのはその本を書いた人だけだった。
お亡くなりになったそうだ。
御気の毒で。

「災難に遭う時節には災難に遭うがよく候」
 心には、必ず、「転じる力」があります。
(61頁)

世界を一変させましょう。
世界をもう全て変えてしまいましょう。
「どうやって?」と住職に問うと、曹洞宗住職枡野さんはこうお答えになる。
「あなた自身が一回転しなさい。世界を一回転させるのは大変だから、あんたが一回転しなさい。そうすれば世界も回転します」
(本の中では「自分の心を転じろ」ぐらいの表現しかないが)

「冷暖自知」という禅語です。(68頁)

「器の中の水が冷たいか暖かいか、見てないで手、突っ込んで確かめろ!」という。
本当におっしゃる通り。
体感するためには、まず自分で動け。
この間、DeNAが謝った。
全文表示 | DeNA社長が謝罪会見、医療系サイト「WELQ」のずさんな実態明らかに : J-CASTテレビウォッチ
嘘の医学知識か何か。
去年大騒ぎになった。
DeNAの何かサイトがあって、そこを開くと健康情報か何かが。
それで「肩こりは背後霊のせい」とか「悪霊が取り憑いている」とかってあって。
他にもデタラメがいっぱい載っていて。
DeNAの頭のいい人たちはヨソから盗んできて載せていた。
あれなんかまさしくこの住職から「喝!」って言いそうなやり方。
つまり手も足も皮膚も使わずに言っているワケだから。

 実践する中で経験を積み重ねて、体でわかる、つまり、「体感」することで、自分にとって正しい判断ができて、もちろん、行動もついてくるのです。(69頁)

この世界には現実に餓死する人がいる。
ただ、本当に奇妙なことに反対では「食べ過ぎて死ぬ人」も今、多い。
特に我が国日本は5人中2人が糖尿病と診断されているという国。
もうおわかりの方も多いと思うが「何かをたくさん食べれば健康になれる」という宣伝をする食品会社がある。
武田先生の奥様の言葉。
「『たくさん食べて健康になる』ということは人間の体について絶対ない」

ニッキをかじっていた武田先生。
血圧が夢のようにスッと下がるのが嬉しくて。
でも噛み続けないとまた上がってくる。
だからドッグの前なんかにニッキを噛んでいた。
そうしたら奥様から「ニッキをかじって下げて。何なの、それが」と言われた。
それでお医者さんから「武田さん、ニッキ臭い」と言われた。
血圧の方は普通(高血圧)に戻っていた。
「解決した!」っていう情報が今、この世界にはいっぱいある。
「こうやれば解決する」
でも枡野禅師は言う。

 どんなにたくさん情報を集めたって、したいこと≠熈生き方≠煬ゥつけることはできません。やはり、自分の心の中に見つけるしかない。(73〜74頁)

自分で動いて真実をつかむ。
これ以外に真実の掴み方は無い。
だからテレビとかラジオ等々で事件報道を聞く時は一番冷静な人を選んでその人の意見を聞くように、意見に耳を傾けるようにしてください。

情報は迷い≠フもとになもなります。情報がありすぎるからかえって、心をどこに置いたらよいかわからなくなるのです。(74頁)

食べ物と同じ。
多ければ必ず摂り過ぎで病になる。
そして自分というものを忘れて情報に従おうとすれば、あなたはとんでもないミスを犯すことになる。

「随所に主となれば、立処みな真なり」
 という、臨済宗の開祖である臨済義玄禅師の言葉があります。
 その意味は、どんなところにあっても、「いま」「ここ」でできることを一生懸命にやっていれば、自分が主人公になって生きられる、ということです。
 主人公≠フ視線は飛び交う情報に惑わされて、あちらこちらにキョロキョロと宙を泳ぐようなことはありません。しっかりと一定方向を見据えています。
(75〜76頁)

「指示が出た」とか「出なかった」とかっていうことで舌打ちする人がいっぱいいる。
「係員の誘導がなかった」とか。
そういうのもあるかもしれないが、プラス、まずアナタが「生きたい、この生命を」と願わない限り、逃げるべき道は見つかるはずがない。
さあ皆さん。
本年2017年、いよいよトランプショックが始まります!
グローバリズム、もうずっと今まで叫ばれてきた。
もうおしまいです。
トランプさんが終いにしました。
ここからはアメリカでさえも「自国のみを大切にする」という。
そしてヨーロッパではうぬぼれの右傾化が始まる。
でも、よく考えましょうね、皆さん。
グローバリズムで、ある意味で「競争原理」。
世界に競争原理が持ち込まれ、勝ち負けで決着を付けようと費用対効果のみが最大、最高の目標だった。
「安く闘い、高く勝つ」
これがルールのすべてだった。
あの時にこのグローバリズムに反対した人もいっぱいいた。
グローバリズムというのにものすごい不安を示す経済学者は多かった。
対する言葉があまりよくないが「ローカリズム」というか。
そういう世界性を持たない。
世界性ではなくて、人間は自分のエリア「棲み分けの法則」っていうのは大事なんじゃないかという人もいた。
でもオバマさんがグローバリズムでバーッと世界を均した。
でもトランプさんが大統領になって「やーめた!」って言った。
そのグローバリズムを進めたのはアメリカだが、そのアメリカから「グローバリズムをやめた」と言った。
グローバリズムの勝者、それは誰かと言うとトランプさん。
そのトランプさんがアメリカを一時期田舎に還すというふうに宣言したわけだから。
これはなかなか面白いこと。
皆さん不安かも知れないが、頑張って生きていきましょう。

2017年05月25日

2016年4月18〜29日◆GO WILD(後編)

これの続きです。

「わたしたちが脳を持つ理由はただ一つ、状況に応じた複雑な動きをするためだ。ほかにもっともな理由はない」。脳の構造は体の動きと緊密に結びついており、動きは脳を必要とし、ゆえに脳を形成する、と彼は言う。(111頁)

ニューヨーク大学の神経学者ロドルフォ・リナスの次の言葉っだ。「わたしたちが思考と呼ぶものは、進化の過程で動作が内在化したものである」(111頁)

「今やコンピューターはチェスでチャンピオンを打ち負かすまでになった。だが、その駒を物理的に動かすことに関しては、六歳の子どもにもかなわない」(111頁)

 この議論を体現するかのような生物がいる。未発達の神経系を持つ原始的な海生生物、ホヤだ。誕生したばかりのホヤは海の中をしきりに泳ぐ。その目的はただ一つ、食料が豊富な場所を見つけて根づくことだ。そしてその目的を達成すると、まず自分の脳を食べてしまう。もう動かなくていいのだから脳はいらない、というわけだ。(112頁)

「動かない生活は、認知機能の低下をもたらす」。はっきり言えば、動かないとばかになる、ということだ。(116頁)

高齢者が運動を行なうと「海馬の容量が著しく大きくなり」海馬は記憶に関与するため結果として記憶力が改善したと結論づけていた。(118頁)

これは最近発見されて大騒ぎになった。
「脳は歳取ると変化しない」と言われていたのだがとんでもなくて、脳の海馬なんていうのは使うと量が増える。
だから老いのせいにはできないところに、この人間の進化の複雑さがある。

著者が言う主張の中で武田先生がショックだったこと。

ジムの会員になり、ライクラのウェアに身を包み、週に六日はランニングマシンやエアロバイクに乗ってタイマーを三〇分にセットし、iPodのトレーニング用プレイリストをかけながら健康への道をひた走る。これがこなすべきトレーニングだと思っているならあなたはまだまだだ。ファストフードをやめて真のごちそうを食べよう。ジムでの運動は多少プラスにはなるだろうし、筆者も反対はしないけれど、本書のテーマは野生に戻ることであり、体をベストの状態に近づけることだ。(123頁)

体のための正式な運動は「トレイル・ランニング」。
その時のトレイル・ランニングのシューズが例の五本指。
何でかと言ったら、細い道を走るから小指に神経があって左に体重をかけすぎれば断崖絶壁から落下するという、ランプというかセンサーを足の小指に一個ずつ持つという。
そのためには足の裏をまとまって使わないという。

体のために良い運動とはなにか?
それを著者ジョンJ.レイティさんは「トレイル・ランニング」と言う。
これはどういうランニングかと言うと、例えば高地の細い山道、坂の上り下りがきちんとあるところ。
草や石、次々と路面が変化する。
そういうものを様々なギアでスピード・コントロールしながら走ること。
しかも条件として裸足。
それがもし不可能ならば、ということで彼が提唱したのが「五本指ソックス」。
(番組中「ソックス」と表現しているのは「シューズ」のことを指しているようだ)
逆さ「へ」の字のマークから出ている。
五本指ソックスを発注した武田先生。
指が短いので全部ダボダボになる。
合気道をやっていたら足の指が広がってきた。
素足で畳の上を歩いていて、踏ん張って回転したりするときに、一番端っこにある小指のセンサーというのがすごく大事になってくる。
やっぱり踏ん張る時に素足になると小指に力が入る。
「なるべく裸足で走って欲しい」とジョン・レイティさんはおっしゃる。
それはまあ、ちょっと不可能かも知れないけど。
この人の提案でギクッとするのは「私達の足はベアフットで走るために構造化されている」。
つまり靴を履かないということが実は進化の原動力になったように、自分の体に何か変化を与えるんだったらば、素足でもう一度戻ることなんだと。
何故かと言うと足裏から入ってくる道の情報によって脳は活き活きと連絡網を脳に作って、脳自体が豊かになる。

武田先生もやってみたことがあるが、裸足で走ると下から入ってくる情報量が違う。
例えばピーナッツ大の小石とか尖った石、あるいはガラス片に関して敏感に応じる。
それで、それを「踏んだ」と思った瞬間に踏みしめないように重心を移して強く踏まない努力を一歩ずつでする。
足裏から入ってくる情報ってすごい。
「ここ、ぬめっとしてる」とか「滑るかもしんない」「あ!ウンコ踏んだ」とか。
そういう足裏の情報は靴を履いた瞬間、完全に断絶する。
素足の懐かしさは泥田の中で遊んだ思い出。
指と指の間をニョロッと泥が入ってくるという。
それで深さを判断する。
「急いで上げないと足、取られるぞ」とかっていう感性は指と指の間を通り抜ける泥の速さで。
靴を履くと全くダメなワケで。
だからこの人が言う「ベアフットで走るために人間の足はアーチ状になり構造化されている」という。

面白い例。
日本とロシアの外交史の第一ページ目は「裸足になるかならないか」ですごいケンカをしている。
日本は土足厳禁。
むこうは「靴、履かせろ」とケンカする。
それで生まれた履物がスリッパ。
スリッパは日本人の発明。
とにかく西洋の人たちの靴を失くした時の屈辱感と情けなさというのはもう、ほとんど信じられないぐらい。

野生の体を取り戻すためにレイティさんが勧める処方が「裸足で走ること」。
そうすると人類の起源まで人間は遡る。
「感性を遡らせることができる」とおっしゃる。
ゴルフとかテニスとか陸上競技とかラグビー、サッカー等々そうだが、素足でやるとなると、これはすっかり変わるんじゃないだろうかと思う。
日本人は素足に強いような気がする武田先生。
剣道、柔道。
基本的に日本はやっぱり素足。
今、文明世界においてもスポーツを裸足でやるのは水泳、サーフィン、ビーチ・バレー。
野生と言う意味で「素足」というのは重大なキーワードである。

人というものを野生という次元で考えると睡眠というものもずいぶん意味が変わってくる。

アメリカはイラク戦争のために一〇年間で数兆ドルを消費したが、そのいっぽうでスニッカーズ・バー(チョコレート菓子)の売れ行きを大いに伸ばした、とスティックゴールドは言う。−中略−特筆に値するのは、空爆が主となり、しかもアメリカの技術が暗闇でのコントロールを可能にしたため夜の戦いになったことだ。その結果、兵士の多くは睡眠不足になった。−中略−睡眠不足がもたらす影響について現在わかっていることの一つは、高密度の炭水化物と糖──三章で議論の中心となった栄養素──をやたらに欲しがるようになることだ。(140頁)

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ところが、これによって免疫力が下がる。

だれでも一日に八時間半眠りなさい、というものだ。(145頁)

「わたしが心に刻んでいるのは」と、スティックゴールドは言う。「日中に二時間、情報を取り込んだら、その意味を理解するために脳は一時間の睡眠を必要とする、ということです。(144頁)

2時間以上お勉強すると、眠らなくても目は閉じる武田先生。
睡眠にもレムからノンレム。
浅い、深いという大きな波がある。
だいたい二時間おきに浅い、深いを繰り返す。
浅い夢(多分「眠り」と言いたかったと思われる)の時、50%の人が夢を見る。
この夢が「悪夢を見る」傾向にある。
これはかつてケモノに寝込みを襲われ喰われたという記憶が人にくっきりと残っている証拠で、恐ろしい夢を見ることでハッ!と目が覚めるという危機訓練。
(本には目が覚めることが危機訓練というようなことではなく、恐ろしい夢が困難に立ち向かうリハーサルであると書いてある)

睡眠時間帯の年代による違いはどの文化にも共通して見られ、それを互いに重ねあわせると意味が見えてくる。ワースマンはある計算を行ない、このように睡眠時間がずれているせいで、平均的な年齢分布の三五人の集団なら、夜間のどの時間も必ずだれかが起きていることになると結論づけた。(155頁)

「野生の眠り」とは大勢の仲間と一緒に眠ること。
そして眠りながら弱いものを守ること。
そうするとぐっすり眠れる。
水の流れる音、あるいは火が静かに燃える音、仲間の寝息、動物の安らかな気配。
そばに何か別の動物がいて、そいつが安らかにしている気配があると、人間は深く眠る。
ネコや犬をお年寄りが飼いたがるのは、実は犬やネコが野生に戻るためのサポーターになる。

幼いものを守るために眠る。
だから赤ちゃんがぐっすり眠っていると、横で眠っている親もぐっすり眠れる。
(このあたりの話は本の中の「睡眠を調節する最大の理由の一つは、幼児を守ることなのだ」という記述を誤解した発言と思われる。番組では「幼児を守るために眠る」という趣旨のことを言っているが、本の記述によると「幼児を守るために睡眠を調節する」)
子供がもう大きくなって奥さんと一緒なので守るべきものが何もない(ので眠れない)武田先生。
奥様の「うわぁ」といううめき声みたいなので「わっ!」と起きる時がある。
だからやっぱり誰か守らないとダメ。
「子供の声がうるさい」なんてとんでもない。
野生というのは幼い子の眠りの寝息を自分の安眠の材料にする。

災害や戦争の後遺症であるPTSD(心的外傷後ストレス障害)。
これは恐怖を「通り過ぎていったもの」「終わったもの」として扱えず、「来るべきもの」としてとってしまうという記憶処理の障害。
これは鬱の原因となるという。
日本は災害が多い。

男は歳をとるとダメ。
やっぱり弱い。
歳を取ると時間が反転して迫ってくる。
昨日が遠くなって10年前が近くなる。
女の人はいつも「今」。

このPTSDなんかで不眠になる。
その原因はどこにあるか?

野生の脳はどこにあるのか?

 迷走神経は脳の最も原始的な領域につながっている唯一の神経で、「迷走」という名のゆえんとなっているユニークな経路で、体の各部を遠回りしながら進む。ほかの神経、たとえば視神経は、脳と眼球をまっすぐつないでいるが、迷走神経は首に沿って下降し、そこから枝分かれして体の中心部をくねくねと通り、消化管、生殖腺、内臓へと進んでいく。そして奇妙なことに、その一部はまた上へ向かい、のどを経由して口頭、耳、顔面筋にいたる。−中略−ポンプ役の心臓と、目じりのしわにどんな関係があるというのか。(239頁)

心臓と目じりのシワが迷走神経で結ばれている。
これで何が言えるかというと、心臓のドキドキするのが目じりに表情として出るという。
こういう異様なところが人間は糸で結ばれている。
「よろずヒモ」みたいに何が景品で当たるかわからない。
お祭りの時にある、ああいう構造が人間の中にある。

 じつのところ、迷走神経の経路は進化の痕跡であり、古代の迷走をそのまま残しているのだ。脳から胸部と心臓まではまっすぐ下るものの、それから上に戻って、はるか遠い祖先のエラから進化した構造につながる。(239頁)

自律神経系の重要な役割の一つは、脅威、恐怖、そしてライオンに対峙したときの反応の調節だ。−中略−たとえば、闘うにせよ逃げるにせよ、心拍と呼吸が速くなると追加のエネルギーが必要となるので、消化系はエネルギーを蓄えるために働きを止める。生殖腺も免疫系も同様だ。怒りを表現するために顔の筋肉が収縮する。悲鳴や怒声を出すべく咽頭も収縮する。(240頁)

心臓と目じりを迷走神経が結んだのはこのためである。
敵に遭遇したら心臓がバクバクする。
そうするとカーッと目じりを吊り上げるようになる。
そういうふうにして結んでおいて、敵が襲おうとしてくるのに表情で反撃するというのを心臓が目じりに伝える。

例えば不快でありながら、それを笑顔で包んで人と対話することを可能にするのは迷走神経のブレーキの効きがよい人なのである。
だから顔にすぐ出ちゃう人ってのはブレーキの効きが悪い人。
「奥さんとうまくやっていこう」と心から祈っている武田先生。
余りにも剣呑な言い方をすると・・・。
頭の中でゆっくり言おう(と思って)「(落ち着いた調子でゆっくりと)何が?」と言おうとすると「(強くて速い口調で)何が!」と言う。
ほんのわずか早い。
あれだけ、どうしようもないと思う。
頭の中で(ゆっくりと)「何が?」と言いたいのに(きつい口調で)「何が!」。
あれはやっぱり心臓と、武田先生の場合は声帯が繋がっている。

この著者の言っていることの中で、すごく面白いのは「人間は何でも頭で考えてると思ってるけど、そうじゃありませんよ」という言い方が、すごく納得がいった武田先生。

腸の神経系は神経伝達物質を装備しており、体と心の両方の幸福感を調節し、意志決定プロセスにさえ影響する。(242頁)

日本人の「腹をくくる」とかっていう表現は実に現実的で見事で、実は腸は考えている。
腸が感じる不安とかっていうのは食欲に出て、脳の方に「不吉だぞ」とかっていう直感を送り込む。
その腸なんかに情報を知らせるのは足の裏だったりする。

脳だけで人はコントロールできない。
物事は真逆の神経反応が要求させるものがある。
例えば集中しているのとリラックスしている。
具体的に言えばドキドキしているのとボーっとしているという。
ドキドキしながらボーっとしているのは不可能だが、人間にはある。
睡眠。
これは何かというと眠ろうとする時「眠ろうとする」という意思を忘れない限り眠れない。
「今日は眠んなきゃ」と思うと、張り切ると眠れない。
「よーし、今日は眠ることに集中するぞ」っていうと眠れなくなる。
これは何かというと「眠ろうとすることを忘れるぐらいじゃないと眠りに入れない」。
人間はこういう時に覚醒とリラックスを両立させる。
これが人間の際立った特性。

 ボーガスは、このことはジムで行なう運動に直接関係があると言う。彼に言わせれば、ランニングマシンやエアロバイクに乗り、イヤホンをして現実世界の音を遮断し、前に据えつけられたテレビ画面のぞっとするようなニュース映像を見ながら走ったりバイクをこいだりするのは、迷走神経の「爬虫類」領域に語りかけるようなものだ。(246頁)

エアロバイクを35分くらい漕ぐ武田先生。
その時に見るテレビが日テレの「ミヤネ屋」。
「ミヤネ屋」というのは「母が子を殺す」とか「祖父が孫に殺された」とか、その手のニュースばっかり。
それを見ながら漕いでいると35分がアッという間に過ぎる。
だけどよくない。
その手の事件物を見ながら足裏を使って運動するというのは、ジャンクフードを食べながら痩せるのを目指す食事をしているのと同じ。
迷走の心理になって「こいつ嫌だな」「こんなヤツなんか死にゃいんだ」とか。
あの時に「怒り」を感じる。
怒りを支配しているのは「爬虫類脳」。
そこを刺激するから運動として悪い方に流れていっちゃう。
走る時に己が脳を野生に戻したければ、風、鳥のさえずり、山川の映像を見ながら走れ。
その時に足の裏は野生化する。
「小石を踏むな」「松ボックリがあるぞ」とかって、ものすごい何億年かの進化の裸足の感性を伝えながら運動することになる。

2016年4月18〜29日◆GO WILD(後編)

本の中でところどころ自閉症に関連する記述が見られるが、番組ではそれについては触れない。

GO WILD 野生の体を取り戻せ! 科学が教えるトレイルラン、低炭水化物食、マインドフルネス



著者であるレイティ氏は米国でベストセラーを記録した。

脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方



彼はハーバード大学医学大学院臨床精神医学准教授。
彼の原理は「人の進化は野生を目指しており、現在、野生から大きく外れた私達に、肥満やガン、高血圧、鬱、不眠が襲っている。それらの不調は野生に戻ることで治るんだ」と。
「私達の進化が目指しているのは文明じゃない。ワイルドを目指しているんだ」
この「野生」という言葉はこの番組で武田先生がよく用いるキーワード。
これはヨーロッパ構造主義、レヴィ・ストロースの名著 『野生の思考』。

野生の思考



すごく文明を高く買って野生を低く見るけれども「野生には野生の考え方があるんだ」という。
そういうのをレヴィ・ストロースが名著に収めた。
レイティはそれを人の体に重ねて「人間の体の中には野生の記憶というべきものがちゃんとあるんだ」と。
「私達の中には、今もありありと野生が息づいてる」と主張する。
この人はハーバード大の精神医学准教授を勤めながら実はリーボック社の顧問でもある。
「へ」の字さかさまマークの靴でも、最近外国人が五本指を履いている。
あのへんの発案者がこの人らしい。
だから「ソックス型の文明思考というのはおかしいんだ」と。
最低限でも地下足袋、それとか五本指。
そういう靴みたいなものを履かないと人間は・・・という。

「皆さん方のお知恵になるんじゃないか」と思って、この人が勧めることをやった武田先生。
去年の秋まで近くの公園を裸足で走っていた。
この人の(本の)中に「裸足で走れ」「野生に戻れ」みたいな一文があった。
「アフリカを思い出せ。オマエはかつて草原を裸足で走ったじゃないか」と。
ちょっと今はやめている。

人類は自然な環境のもとで進化を遂げ、今日の人間になった。そしてわたしたちは、ずっとその同じ遺伝子によって今も行かされている。つまり、本来わたしたちは野生的に暮らすように設計されていて(10頁)

 何より理解いただきたいのは、食事、運動、睡眠、思考、そして生き方は、すべてつながっているということだ。(11頁)

だから野生に戻らない限り、精神あるいは運動、食事、睡眠に全部しわ寄せがいって病を引き寄せるのだ、と。

同様に肥満は、食事だけでなくおそらく腸内細菌や睡眠不足も関わっているだろう。(11頁)

確かに人間は進化した。
しかし他の生物よりも特別に進化したとは言えない。
まず、脳の進化はわずか数百万年前のことで「進化の最高傑作」とうぬぼれる人がいるが、はたしてそうだろうか。
直立歩行は350万年前。
体毛の消失、これが120万年前。
現生人類ホモ・サピエンスは20万年前にアフリカに出現してその後、極端な進化は起こっていない。
進化が進んでいないから今は全く進化しないサルとなっちゃったという。
それに火をつけるにはどうすればいいか?
レイティさん曰く「GO WILD」「野生に戻れ」。

人類の進化の過程。
四つんばいのサルから前かがみになって、それが立ち上がり直立歩行になる。
それを「人間に進化した」と。

実際の進化は、人類の祖先が順々に変化を遂げてだんだん現生人類らしくなったわけではなかった。人類の系統樹は、一本の太い幹がそびえ立つ松の木ではないのだ。木というよりむしろ茂みのようなもので、いくつも脇枝が伸びており、人類も枝の一つに過ぎない。(25頁)

いろんなサルがボッ!と生えた。
ボッと生えて突然、その中から出現したのは毛のない新種のホモ属で。
あとは全部滅んだが唯一そいつらだけが生き残ったというのが正確な人類進化の図。
だから「ゆっくり四つんばいが立ち上がって」ということではない。
ここまで人類が生き残ったのは、よほど進化の圧力にピタリと応じたとしか考えられない。
我等人類は実に唐突に出現し、たちまち地球のほぼ全域に広がった画期的な種である。

人類の特徴は二足歩行。
類人猿と人間の決定的な違いは「足の形の違い」。
類人猿は足の骨が「スリッパ状」、人間は足が「アーチ」。
スリッパ状とアーチ状の骨は何が違うかと言うと「走り」。
類人猿はもちろん歩き、走れるが長距離はダメ。
チンパンジーがマラソン大会をやっているのを見たことがない。
やっぱり42.◯kmを2時間ちょっとで男子も女子も走り抜けるというのは、こんなサルはいない。
志村さんが可愛がっているチンパンジーだって、バナナをいくらやったって42.◯kmを走らない。
ということはズバリ言うと「人は走るから人になった」という。
これは言われてみるとハッとする。
「走ることによって脳が変化したんじゃないか」と言う。
そりゃ「歩く脳」と「走る脳」は違う。
この「走る」ということから、人間はますます類人猿から離れて「人間」という特殊な種になった。
走ることを武器にした。
そこから道具を使うようになった。
そうやって考えると「走るということが、実は人間を多機能な生き物に変えた」のではないかと。
この多彩な動きから人はエネルギーとなる栄養を摂らなければならなくなった。

腸が短いということは、草が食べられないということを意味する。ヒト科の数百万年に及ぶ進化がサバンナや草原で起きたことを思うと、これはけっして些細なことではない。生物学的に言って、草原はきわめて生産的で、太陽エネルギーを効率的に炭水化物に変換する。ところがそのエネルギーは、草ではセルロース(細胞壁や繊維の主成分である炭水化物)の形になっていて、このセルロースを人類はまったく消化できない。(35頁)

そこで彼は唯一の武器を考えた。
それは「走ること」だったのではないか?という。
(本の内容としては走るような体の構造の方が先のような感じだけど)
「走る」という特性を活かして彼らがやったことは、他の草を食べる動物を食べるということ。
その動物を食べることによって草のエネルギーも体の中に取り込めたという。

肉を食べることが人類を定義づける基本的事実であり、本来の食性なのだ。(35頁)

その肉は内臓を含めればすべての栄養素を網羅した。
必須アミノ酸、マグネシウム、鉄、ヨウ素、ミネラル、脂肪等々も、他の動物の肉と内臓を食べることで摂取できた。
おそらく獲物のすべて、ももから内臓からハラワタから全てを食べたのはおそらく「ヒト」という人類のみであろうと。
更にライバルにネアンデルタール人、デニソワ人、ホモ・フローレシエンシスといった「ホモ属」がいた。
その中でクロマニヨン系が生き残ったという。
これらの類人猿たちの特性は魚を食べる食性を持った。
肉を食べ魚も食べた。
こういう雑食性で脳がどんどん変わった。
喰い物で脳が変わった。
彼らホモ属の類人猿たちの脳に奇妙なことが起こった。
共感力。
共感する能力が育った。
共感力というのはどこから育ったかというと、想像だが人間というサルは「走れる」という特徴だけしか持っていない。
ところがそれで他の生き物を殺して喰うことによって栄養素を摂った。
獲物を獲る時に共感の能力を持っていないとチームプレイで獲物をしとめられない。
これが人間の共感力をぐんぐん育てたのではなかろうか。

残っているのは頭蓋骨だけだが、それは彼が一八〇万年前に現在のグルジアで生きていたドマニシ人であることを語っている。−中略−歯が一本もなく、しかもそうなったのが亡くなるずいぶん前だとわかったからだ。これは彼が病弱で、生きていくにはほかの人の助けが必要だった証だと人類学者は確信している。彼は援助を必要とし、それを得ることができた。(43頁)

更に、きちんと子供を埋葬した墓も見つかっており、一人の子供を育てるために四人以上の大人が世話をしたという。
そういう集団形成の跡がはっきりと遺跡から出てきたそうだ。
だから他者に対する共感、それから保護と世話、そして関心を持つ。
そういうところから他のサルには見られない「情緒」が芽生え始めたという。
勘違いしていけないのは「他者に共感する力」は何も文明によってもたらされたものではない。
それは「野生の本能」によって生まれたんだと。
だからやっぱり共感する力っていうのは文明じゃなく「野生」。
だから反対のことで言うと「子供の面倒を見ない」とか「子供を傷つけたり老人を騙す」という人たちがいる。
武田先生の考えでは、この方々は「本能が壊れたサル」。

文明病が増えたのは、「西洋文明のおかげで病気、とくに感染症を管理できるようになった結果、人々は長生きし、心疾患、がん、2型糖尿病にかかる機会が増えたから」というものだ。(54頁)

これは「ごまかし」。

一九〇八年の時点で、アメリカ先住民の間ではがんは「きわめてまれ」な病気だった。ある医師は一五年にわたって二〇〇〇人のアメリカ先住民を診察したが、がんの患者は一人だけだったという。フィジーでは、先住民一二万人のうち、がんで亡くなったのは二人だけだった。ボルネオで一〇年にわたって診察を行なったある医師は、がん患者は一人もいなかったと報告している。(52〜53頁)

しかし、それらの人々に1900年代後半、ニューヨークで生きている人の食事と同じような食事をさせると、たちまちそれが文明病になったのである。
その点でもう一回、その「病」というものを考えてみませんか?という教授(准教授だけど)からの提案。
これら文明病の特徴はもしかすると食事にあるのかもしれない。
ガン、高血圧、糖尿病にもならなかった野生の人々。
この人たちがなぜ、その手の病にかかってしまったかというと、小麦、米、トウモロコシ、じゃがいも。
それらのものを摂取し始めるとガン、高血圧、糖尿病になるという。

文明とはデンプンがもたらしたものであり、文明病とは、直接的にであれ間接的にであれ──大方は直接的にだが──デンプンがもたらす病気なのだ。(59頁)

デンプンは複合糖質で食べるとすぐ糖になる。
その糖はブドウ糖に変えられ、グリコーゲンで肝臓に大切に蓄えられる。
それほど野生にとってグリコーゲンは希少で大切なものだった。

一万年前に農業によってデンプンが作られるようになると生産量は指数関数的に増加したが、祖先たちはそんな時代を生きていたわけでもなかった。
 今日では、この三つの草(米、小麦、トウモロコシ)が人間の栄養の三大供給源であり、南米のジャガイモが四番目となる。この四つで、人間が摂取する栄養のおよそ七五パーセントを占めている。
(59頁)

短期間でアッという間に野生の体を作りかえられて文明病の体になったという。
「肝臓は大量のブドウ糖にゲップをしてるんだ」「これが2型糖尿病の正体なのだ」と。
野生はかつて、そのブドウ糖を体外へ運び出せた。
ブドウ糖がそれくらいしか入ってこなかった。
それが大量に入ってくるものだから肥満と2型糖尿病というものの病をばらまいてしまったという。

レディー・ガガはグルテン・フリー。
小麦を摂らない。
小麦よりもまだ米の方がいい。
お寿司の大ブームなんかはこれから来ている。
だからパンとか麺類とか、あれほど小麦にすがりついたアメリカ人も・・・。
グルテン・フリー「小麦を排除しておいて痩せる」というのが今、流行っている。
「小麦、除いて下さい」と言うと除けるという店が今、日本で増えている。
福岡のローカルで準レギュラー(の番組)を持っている武田先生。
このグルテン・フリーの店が福岡にできたというのを地方ニュースでやっていた。

武田先生の考え。
「米」という穀物は貯蔵が可能で富の蓄積があり、その富の蓄積が国家を誕生させて貧富の差をつけた。
かつて中国は黄河流域は湿地帯と密林だった。
「象」という漢字。
何で「象」という漢字が出てきたかというと「象がいたから」。
中国の人は見ないものは字にしない。
象が北京あたりをウロウロ歩いていた。
揚子江なんていうちょっと南のところはいっぱい象がいて、土木工事に携わったりなんかしていた。
象を使っても土木工事やっていたような広大な湿地帯とジャングルを持ちながら、それが全部無くなる。
考えれば恐ろしいもの。
その頃の中国の揚子江あたりの住人は漢人じゃなかったようだ。
今の中国人じゃなくてインドシナ半島に住む人たちの人種がそこらへんにいたようだ。
その頃、中国は魏や呉という国があった時代。
そんな豊かな森林、密林地帯を全部切り倒して田園地帯になり、米というものが国家を作らせ国家を争わせるという現況になった。
このあたりから中国史は始まる。

今話しているのは、その米の持っているデンプン。
そのデンプンの中でもグルテンという栄養素があり、実はこいつが急激に文明病を広げた原因ではないか?ということを著者が書いている。
このデンプンによる肥満に対する治療方法はたった一つ。
先生曰く、これが「運動」。
それらデンプン「高密度炭水化物」を拒絶できるのか?
私達はもうすっかり野生に戻ることはできない。
しかし野生を目指すことはできる。

現代の工業的な食事の単調さを避けよ、というアドバイスだ。−中略−それは多様性にかかっている。−中略−ナッツ、根菜、青菜、果物、魚、肉、きれいで冷たい水──幅広くさまざまなものを食べよう。(106頁)

ジビエは今、流行っている。
体に良いということもあるだろうが、これは森林を守るために。
ニュースで80いくつの爺さんで「猪、手で捕まえる」という。
鹿も猪もそうだが、殺し方で肉質がコロッと変わる。
罠に引っ掛けておいて鉄砲でバーンと撃ったりなんかすると、すぐ血が固まってしまう。
その爺ちゃんは本当に猪に馬乗りになる。
この爺さんがキュッと首を絞めて、もう一瞬のうちに息の根を止めて血抜きをやると美味しい。
この爺ちゃんの猪の肉がもう大好評で。
鹿も追い回すとよくない。
一発で肉質に出るという。
もしかすると牛なんかもそうかもしれない。
ちょっと嫌な言い方になるが、やっぱり殺し方は大事。

トランス脂肪酸を含むマーガリン。
「マーガリンが悪い」と最近、急に言う。
「人造マーガリンは食べない方がいいよ」みたいなことを言い出されている。
何か今、そういう波が来ている。
これは心臓病リスク等々が増えるらしい。

 進化には、よく知られる神話がある。それは、進化とは進歩であり、より大きく、より賢く、より複雑に、と望ましい方向にだけ進むというものだ。−中略−しかし、単純なものがあとになる場合もある。著者がよく例としてあげるのは、可愛くて抱きしめたくなるコアラだ。コアラの生物学的に興味深い点はユーカリの葉しか食べないことで、その食性ゆえにオーストラリアのどこにでもあるその木を棲みかとしている。ユーカリに棲み、ユーカリを食べ、その木から離れる必要はない。−中略−コアラの脳は、頭骨のスペースを満たしていないのだ。それは食性が単調になるにつれて脳が縮んだからで、進化はまだ、そのサイズに合わせて頭骨を小さくすることができていない。そういうわけで、小さな脳が大きな器の中でころころ転がっている。(109頁)

(「激しく揺らすと脳が転がる危険があるほどで、ますますゆっくり動くようになった」と番組で言っているが、本には書いていない)

食べ物に対する興味というのは、やっぱり人間を支える重大な野生。

2017年05月05日

2017年1月9〜20日◆ニワトリ(後編)

これの続きです。

歴史の中でニワトリはかなりの大昔、神話の時代から朝を告げる鳥として時の声を買われて世界中に広がり始め、宗教家たちの足元でコココッと鳴いていたのだろう。
神話なんかにかなりたくさん姿を残している。
その次にアジアで発祥したが、これはすごい大文化なのだが。
西じゃなくて東の方に渡って行ったニワトリ。
おそらく羅針盤も六分儀もなかった時代。
剥き出しの双胴船、カヌーで人間と一緒にニワトリは海を渡ったのではないかという説もある。
このニワトリをカゴに入れて島々を旅したという、そういう人たちの「ラピュタ文化」。

ラピタとはニューギニアとニュージーランドの中間に位置するニューカレドニア島の遺跡の名前で、一九五〇年代に発掘された。それ以来、この海域全体で似たような遺物のある何百もの遺跡が発見されている。(118頁)

一回だけ南の島で見たことがある武田先生。
大きな岩に不思議な絵文字が書いてある。
「何だろうか?」と解説書を読んだら、ラピュタ文化の名残だという。
そのラピュタ人と呼んでいいような古代のポリネシア文化を持った人たちがニワトリで始めたのが闘鶏。
ニワトリを闘わせるという。
これは宗教に潜り込んだ後、占いでニワトリを闘わせたようだ。
その名残は日本でもそう。
シャモとかっていう戦闘的なニワトリを開発してあったようだ。
トランプ(大統領ではなくカードゲームの方の)なんて「あんなもんで遊べるか!」という。
やっぱりアジア人だったら「ラピュタの血が騒ぐ」というので闘鶏でシャモとシャモの闘いなんていうのはよい。
この闘鶏というのは全世界でその後バーッと広がる。
アメリカなんかでも闘鶏が盛んになったが、だんだん他の賭け事に席を追われた。
闘鶏、ニワトリが闘うという賭け事がなくなってしまうのだが。
まだ熱きラピュタの、ポリネシアの文化を濃厚に残している国がある。
それがフィリピン。

 一度にリング内に入れるのは四人だけだ──ハンドラーが二人、レフェリーが一人、アシスタントレフェリーが一人、フィリピンのあちこちに二〇〇〇カ所程度ある村の闘鶏場では、ハンドラーはたいていオーナーが兼任している。(124頁)

「俺が見た中で一番早かった試合は、八秒で終わったよ」とルソンが言っている間に、下のほうのリングで雄鶏が対戦相手に飛びかかる。試合が一〇分間続いたら、引き分けとみなされる。だが、大半は二分程度で終わる。(125頁)

売り上げは年間で八千万ドルを超える。

 フィリピンの闘鶏場では、年間に約一五〇〇万羽のニワトリが死んでいる。(136頁)

日本ではこの闘鶏の方は衰えた。
その他にはベネズエラ、ケンタッキー、テネシーは今でも続いているそうだ。

フィリピンで一年間に1500万羽のニワトリが死ぬ。
それはやっぱり鶏鍋にするようだ。
敗者は鍋になるという。
全部後始末する。
(本には「家族の夕食に使う」と書いてあるが「鍋にする」とは書いていない)

闘鶏場のことは「cock(コック)」が闘うから「cockpit(コックピット)」。

今度は西側の事情を少し広げていく。
ヨーロッパでは17世紀の初めまでハトが鳥肉の代表だった。
向こうの人は本当にハトを食べたがる。
我々は食べる習慣がない。
ハトというのは非常に重宝な鳥。
ハトのフンそのものは窒素を多量に含んでいるので、このハトのフンから火薬ができる。
だから軍事国家になるためにはハトをたくさん飼わなければならないという。
そういう意味でイギリスというのはハトを食べる。
そのイギリスからすっかりアジアの拠点にされた香港はハトを食べる。
アグネス・チャンが日比谷でハトを捕まえようとしたという。
「食べられるよ!」とよくアグネス・チャンが話す話。

17世紀初め、鳩肉が鳥肉の代表だった。
ハトのフンというのは窒素分を大量に含むため、うんと乾燥させて火薬の材料になる。
だから世界に冠たる大英帝国はもう、遮二無二ハトを食べた。
その他にもさまざまな鳥の肉が食べられたが、17世紀のイギリスの貴族たちはだいたいマガモ、ガン、ガチョウ、アヒル、七面鳥、時にはクジャクも喰ったという。
だからどこにもニワトリはいない。

 そして一八四二年、エドワード・ベルチャー艦長が、世界周航の任務を終えてイングランドに帰国した。(152頁)

エドワード・ベルチャー艦長が世界中の動植物、そういう物の面白いものをいっぱい集めて、貴重希少の外来種を土産物にして女王陛下に献上した。
この女王陛下こそヴィクトリア女王。
その献上品の中にセキショクヤケイがいた。
それまでニワトリといえば、グレートブリテン島には小さいタイプのニワトリがいた。
それで女王に献上されたのはセキショクヤケイなので、あまりにも美しいニワトリにヴィクトリア女王が夢中になる。
それで「もっとこんなニワトリ欲しい」とかっていうことで数をどんどん増やす。
女王陛下はペットとしても可愛いのだが「肉も美味いだろう」というので喰ったら意外と美味かった。
それでヴィクトリア女王自らが仲の良い貴族にクリスマスにこの種のニワトリの肉を贈った。
これで「ニワトリの肉は美味い」という火が付いた。
それまでイギリスにいたニワトリはだいたい一羽で2.7kgしか肉が取れなかった。
それを3.2kgまで増やしたという。
種の掛け合わせで2倍近く肉が増えた。
女王陛下のニワトリは103日間で9千個の卵を産んだ。
(本には103日間で94個の卵を産んだニワトリの話は出てくるが、このあたりの内容は本のどのあたりと関連しているのかが不明)
それで欧州あたりで肉は美味いわ卵は美味いわというので大騒ぎになっちゃったという。
そして、さらに世界に冠たる大英帝国の時代。
スペインを打ち破ってぐんぐん国威が海軍を中心にして盛んだった頃のイギリスだから、例えばオスマン帝国、それからイスタンブールあたりからも続々とニワトリが集められて、つがいで2千ドルというような法外な値段でニワトリが取り引きされるようになった。
一方でロンドンに人口が集中するので、食糧の心配が出てきた。
それで「ニワトリを飼おう」という。
あの定番のニワトリの歴史がこのイギリスあたりから始まる。
このヴィクトリア女王は悪い方じゃなかったのだろうが、その横、イギリスが支配しているアイルランドはジャガイモの疫病が流行ってジャガイモの大不作となって、1846年4月から餓死者が出ている。
何と死者数はたちまち100万人と言うからすごいもの。
アイルランドでは人は生きられないんじゃないかっていうので、人々は新大陸アメリカに渡り始める。
これがアイルランド系の人たちがアメリカに渡った理由。
人間の歴史ってこういうの。
アイルランドでジャガイモが採れなくて、本国のイギリスはニワトリに夢中で自分たちに何もかまってくれない。
それでアイルランドの人たちはアメリカに渡っていく。

その時にアメリカに渡った一家の中にケネディ家がいる。
だからジャガイモさえ豊かだったらケネディ家はアメリカに行っていない。
ニワトリに女王様が夢中になったばっかりに捨てられたアイルランドにケネディ一家がいて、それがアメリカを目指して渡って行く。
この時にアメリカに渡ったアイルランドの人はいっぱいいる。
映画監督のジョン・フォード。
それから西部劇の王様のジョン・ウェイン。
この人たちはアイルランド系。
「ジョン」が付く人はだいたいアイルランドだと思ってください。
だからアイルランドの港町でダブリンで働いていたのだが、このジャガイモの不作あたりで喰えずにアメリカに行くお金もなかったので、対岸のリバプールに住みついたという人もいた。
ジョン・レノン。
ジョン・F・ケネディ、ジョン・フォード、ジョン・ウェイン、ジョン・レノン。
この人たちはジャガイモさえ豊かだったら、女王様がニワトリに夢中にならなければ、20世紀の彼らはいなかったという。
かくのごとくニワトリは人間の歴史を陰で操っている。

ジョン・F・ケネディが大統領になった時に、結構イギリスが青ざめた。
ジャガイモが喰えないような生活を押し付けた大英帝国だから。

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『ダーティハリー』に出てくるあのキャラハン警部。
あれもアイリッシュ。
アイルランドの人。
だから彼は孤独。
孤独でいつも一人で戦うダーティハリー。
それから『風と共に去りぬ』の一人で戦うスカーレット・オハラ。

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あれはアイリッシュ、アイルランドの人。
最後に「タラへ」って言うが「タラ」っていうのは日本人で言うと「関ヶ原へ帰ろう」っていうのと同じ。
古戦場の名前。
それはアイルランドが独立を目指して立ち上がった古戦場がタラ。
それでイギリス軍にやっつけられる。
スカーレット・オハラはボロボロになってもまだ「アイリッシュの魂を失わなかった」っていうのでアイルランド人が涙ぐむ。

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「コロンボ」っていう名前はもう名前を聞いただけでアメリカの人は出身の国がわかる。
コロンボというのはイタリア系の名前。
そのイタリア系の人が刑事さんをやってるっていうのがもう、一つの疼き。
マフィアは(イタリア系だから)。
それが刑事さんをやっていて、いつも威張っているイギリス系のホワイトをやっつける。
「ちょっと待ってください」って言いながら。
そのことが黒人も含めて痛快でたまらない。
「白いヤツをやっつけろ!」っていう。
全部悪人(犯人)はイギリス系のジェントルマンばっかり。
それをヨレヨレのコロンボが「ちょっと待って、うちのカミサンがね・・・」って言いながら。
そうすると、もうその手のことで苦い目に遭っている人は「コロンボ、やっつけてくれ」っていう。
こういう人種で見るとアメリカの物語というのはグッと・・・。

アイルランドの人がアメリカに渡った。
ジャガイモが喰えなくてアメリカに来たのだが、最初に住みつくところはアメリカ南部。
それで彼らはハトとかカモが喰えないので、安いニワトリをクリスマスに食べていた。
イギリスからやってきた移民の人がアメリカにニワトリを持ち込んで、そのニワトリを食べるという習慣を横で見た人たちが黒人たち。
アイルランドの人たちと同じくらい、彼らも貧しい暮らしをしていた。
トランプさんみたいなアメリカの金持ちは、食べる肉といえば七面鳥、ハト、ウズラ、アヒル。
それからあとは鹿肉、羊、ブタ、牛。
これを食べていた。
ニワトリなんて食べる人はいなかった。
貧しさが故に自分で買える鳥ということで黒人たちが真似してニワトリを飼い、野菜を育てた。
それが西アフリカの人たちの料理に野生の鳥を食べるという習慣があったので南部の料理になる。

メアリー・ランドルフは──現在では「クイーン・モリー」の呼び名で知られている──家計をやりくりするためにリッチモンドで賄い付きの下宿屋を開いた。料理人としての名声が広まった彼女は、一八二四年に著書『ヴァージニアの主婦』を刊行し、これは最古の南部料理の本とみなされている。−中略−南部風フライドチキンのレシピが初めて載ったのもこの本だった。(265頁)

そんなふうにしてニワトリ料理がアメリカの南部の地方の料理として発展していく。
これが黒人の奴隷たちとアイルランドのジャガイモが喰えなかった貧しい白人たちの間でニワトリが重宝されるようになると、家でニワトリを飼おうというので数を増やすという工夫がアメリカで始まる。

 一九世紀終わりごろに新たな技術が登場して、何千個もの卵を収容できる効率的な孵卵器が実現可能となった。−中略−一八八〇年にはアメリカ国内で一億羽のニワトリが五五億個の卵を産み−中略−一〇年後、二億八〇〇〇万羽以上のニワトリが一〇〇億個の卵を産み(274頁)

一八八〇年から一九一四年の間に、約二〇〇万人のユダヤ人──東欧のユダヤ人全人口の三分の一──がアメリカ国内に到着し(274頁)

牛肉より安価なニワトリというのは、もうたまらないごちそうになっていったということ。
この南部にいた青年がサンダース君。

それから一世紀後、別の白人、つまり中西部のハーランド・サンダースという人物が、このレシピのバリエーションに圧力釜という技術的革新を組み合わせて、いまや世界第二位の利益率を誇るファストフードチェーン、ケンタッキー・フライド・チキンをスタートさせたのだ。(266頁)

ジャガイモ飢饉で死者を100万人出したアイリッシュ、アイルランド移民たちが流れ込み、それから黒人奴隷たち、その上にヨーロッパの方でユダヤ移民。
そういう貧しい人たちが生きるために動物性蛋白質としてニワトリを選ぶ。
アメリカというのは本当に今でもそういう国。
黒人奴隷、それからジャガイモ移民のアイリッシュ、それからナチス・ドイツなんかから激しく憎まれた、そういう人たちがアメリカの、言葉は悪いが「下層」を形成していく。
それでニワトリを食べるものだからニワトリそのものが差別用語になる。
臆病者のことを「チキン(chicken)」と言う。
オスが「コック(cock)」、メスは「ヘン(hen)」。

 アメリカ大陸の植民地では、独立革命の直前に無難な「ルースター(rooster)」が「コック」に取って代わるようになり(207頁)

差別用語としては生意気なことを「コッキー(cocky)」と言う。
それから「チキンアウト(chicken out)」これは「怖気づいた」。
それから「ヘンペッド(hen pecked)」。
これは「雌鶏につつかれる」とか「尻に敷かれる」という意味。
「コック」というのは米英語では禁断の西洋語、もっとも汚い言葉のナンバー1。
アメリカの成人映画なんかを見ると「コック」という言葉が出てくるが、ズバリ「男性の性器」のこと。
だから汚い言葉で有名なトランプさんも使わない。
本当に「だったら考えろよ」と言いたくなるが、水道の蛇口のことも「コック」。

ゴキブリを意味する「cockroaches」でさえ、ただの「roaches」に変えられた。(207頁)

ことほどさように「コック」っていう呼び名は、言葉はあるが使われない米英語でナンバー1の言葉だそうだ。
(本には「イギリス人はなんの恥じらいもなく口にする」と書いてあるので「米英」ではなく「米」限定の話のようだ)
牛は「カウ(cow)」。
肉になったら「ビーフ(beef)」。
そのくせニワトリをこれだけすがっていて舐めているのは、ニワトリは生きていようが肉になろうが英語では「チキン」という。
だからいかにニワトリを見下ろしているかが言葉の上でもわかる。
日本人はニワトリと鶏肉を明らかに生きている状態と肉を使い分ける。
アメリカって、イギリスもそうなのかも知れないが「チキン」で全部まとめてしまう。
そういうものをニワトリというのが背負っている。

この本は本当に膨大で、まだこれで三分の一ぐらい。
このアンドリュー・ロウラーさんという人のニワトリ追跡の旅というのはまだまだ道半ば。
この後も更に彼女のニワトリへの執念っていうのが実るような旅が続く。
(武田先生は著者のアンドリュー・ロウラー氏を女性であると認識しているようだが、調べてみても不明だったが「アンドリュー」という名は男性であると思われる)

よくよく見るとニワトリというのは謎が多い。
美しい羽を持ち、時を告げるというところから闘鶏になったりして。
やがて肉が注目され、卵が注目されるというニワトリの歴史が18世紀、19世紀に始まる。

ニワトリというのはスウェーデンの博物学者カール・リンネによって脊索動物─鳥─キジ目─キジ科とされている。
空中よりも地面を好み、足に蹴り爪を持つ、ウズラやクジャクと同じ種類。
これが東南アジア、メコン川の河口、デルタ地帯にいたという。
そこから世界に広がったのであろう。
様々な鳥と掛け合わされながら、交雑しながら、今いる様々なニワトリになったのではないかということ。

ニワトリのセクシーなイメージ。
ちょっとセックスと結びつけられているという。
「コック」とかってもう、アメリカの方が聞いたら「何て朝の番組ですごい単語を投げるんだ」とかっていう呼び名が付いている。

 雄鶏にはコックがない。これは禅問答などではない。雄鶏にはペニスがないのだ。(203頁)

生殖は口づけと同じ。
口移しで移すようにして精子をメスに送り込む。
これもニワトリの進化の途中で、ダーウィンも注目したらしいが、鴨は時々オスがメスを捕まえて首根っこを押さえて性行為が激しすぎて殺すことがあるそうだ。
ニワトリはそういう犠牲をなくすために「口づけ式」っていう、そういうセックスを思いついた。

20世紀になってから「ニワトリはどこから来たか」というのを追求するという研究が再燃した。
インドシナ半島のどこかの森の中、その「どこか」のどこかとはどこかというので遺伝子の解読が始まったから「遺伝子を通してニワトリの原種を探そう」というのが研究家によって始まった。

秋篠宮文仁親王は生物学者だ。−中略−今上天皇の次男である秋篠宮は幼いころからニワトリに魅せられていた。祖母にあたる香淳皇后が第二位次世界大戦の直後、皇室の食卓の足しになればとニワトリを飼い始めていたのだ。東南アジアで野外研究をしたのち、秋篠宮らの研究チームはセキショクヤケイのミトコンドリアDNAの断片を抽出した。−中略−
 研究チームが一九九四年に出した結論は、ニワトリの家畜化が起きたのは一度きりで、場所はタイだというものだった。この研究結果に基づいて秋篠宮は博士論文を書き、八年後には別のグループの研究による裏付けも得られたのだが、それから二〇年後、この説はほころび始めた。アメリカの生態学者I・レア・ブリスビンによると、この研究で野生種として使われたセキショクヤケイはバンコクの動物園のもので、家畜化された雑種だったらしい。
(198頁)

だけどこの秋篠宮さまの発表によって、ふたたび遺伝子レベルでニワトリの野生を追うという新しい科学の道が開けた。

日本の皇族のインタビューを手配するのは難しいため、直接に話を聞くことはできなかったが(199頁)

まことに残念ながら認められなかったけれども、ニワトリによせる思いということと遺伝子レベルまで降りて野鶏、野生のニワトリにまで接近しようとする科学態度に対して、彼の論文がパーフェクトではなかった、実験材料が野生ではなかったので、その遺伝子が野生からやってきた遺伝子だと断定はできなかったものの、非常に高い科学的水準を保っていたことは間違いなく、貴重なニワトリの研究であると絶賛している。

人間力を高める読書法



2017年1月9〜20日◆ニワトリ(前編)

ニワトリ 人類を変えた大いなる鳥



案外この世界を回しているのはニワトリかも知れない。
人類をニワトリが操っているのではないか?
これを読み始めるとニワトリの世界に吸い込まれていく。

世界で最も広範囲にその個体数の多さを誇っている生き物、それは一体何だ?
人口が一番多い生き物は地球上で何だ?
一番身近なところでは猫、犬、豚、牛等々いるが、とにかく人類よりも多く生きている「温血脊椎動物」は実はニワトリ。

この地球上には、常時二〇〇億羽以上のニワトリが生息している。(6頁)

 世界中で一カ国と一大陸だけ、ニワトリのいない場所がある。ローマ教皇フランシスコ一世の食卓に定期的に並ぶ皮なし胸肉がローマの市場で購入されているのは、小さなヴァチカン市国には鶏小屋を置くスペースがないからだ。そして、南極大陸ではニワトリはタブーとされている。南極のアムンゼン・スコット基地の新年会では鶏手羽のグリルが定番料理なのだが、南極大陸に関する国際条約により、ペンギンを病気から守るため、生きたニワトリも生の鶏肉も輸入を禁じられているのだ。(6頁)

去年から今年にかけてもまた話題になっている「鳥インフルエンザ」。
考えてみれば、あの鳥インフルエンザもニワトリの問題。

アメリカのNASAは火星旅行の準備に入っていて、ここでの最大の目的はなんと、宇宙船の中でニワトリが飼えるかどうか。
NASAは真面目にやっているみたいで、今、実験が続いているそうだ。
ニワトリの場合は「旅の最中の食糧になりうる」或いは「卵をある程度の無重力状態で産めるか」とかっていう、研究課題があるのだろう。
ニワトリというのは世界中の遺跡を見ると必ず骨が出てくる。
ということは相当の昔から人間が旅すると同時に持ち歩いた形跡があるという。
四千年以前のことだが、アラビアの海岸でインドの商人が交易の為、アフガンから材木を仕入れていたという、その材木の遺跡が見つかった。
何と驚くなかれ。
その材木の遺跡の中から、時代的に言えばピラミッドがもうちょっとでできるっていう時代に、アラビアの海岸でニワトリの骨が発見され「喰ってたんだ」というので、これがおそらく人類が最初に食べたフライドチキンじゃないかというので大騒ぎになった。
よく調べてみたら何のことはない。
発掘スタッフが昼休みに食べたケンタッキー・フライドチキンだったというので、大発見は反故にされたという。
こういう、わりとシャアシャアとしたジョークも書いてあるのだが、人類と共に歩いたニワトリの足取りは消えやすくて非常に探りにくい。
しかし、この著者アンドリュー・ロウラーさんが言ってらっしゃることは、どこかヒタヒタと「ニワトリがいかに偉大か」っていうことが伝わってくる。

 もしイヌ科とネコ科に属するすべての動物が明日消滅してしまい、わずかばかりのインコとスナネズミも一緒に消え失せてしまったら、大勢の人々が嘆き悲しむことになるだろうが、世界経済や国際政治に及ぼす影響は最小限で済む。しかしながら、世界から突然ニワトリが消えたなら、即座に大惨事になるだろう。二〇一二年、メキシコ・シティで何百万羽ものニワトリが病気で殺処分されたために卵の価格が急騰すると、デモ隊が街頭に繰り出し、新政府は混迷に陥った。(9頁)

そんなふうにして、実は世界の大きな政治的転換というのは意外とニワトリがキーを持っている。

近ごろイランで鶏肉の価格が三倍になったときには、警察のトップからテレビのプロデューサーへ、鶏肉を食べる人の映像を放送しないようにという警告があった。焼いたケバブを買えない人々の暴力行為を誘発するのを避けるためだ。(9頁)

かくのごとく、世界あるいは政治、そういうものとニワトリは深く結びついている。
ところがニワトリの恐ろしさ。
牛肉はTPPで大問題になる。
ブタも大騒ぎになる。
ブタの場合は宗教が絡んでくるので「あ、豚肉食わせたな」というもので、とある宗教を信じてらっしゃる方からは目のカタキにされる。
ところが脇役に追いやられているニワトリは全然牛、ブタに比べて騒ぎにはならないのだが、実はこれほど身近なものはない。
牛肉を扱っていない、豚肉を扱っていないという店はコンビニにある。
でも日本中のコンビニでタマゴサンドを置いていないところはない。
ゆで卵を売っていないコンビニはない。
ファミチキをレジの横で並べていないコンビニもない。

私達の暮らしの中に深く入り込んだニワトリという生き物。
私共はその茶色に焼かれた太ももとか手羽とか卵とか、そういうものには毎日接するのだが、ニワトリそのものはなかなか見かけることができないという。
よく考えると不思議な生き物。
何と今、全地球で200億いる。
中国の方が13億(人)。
もうニワトリに比べれば、ニワトリは笑う。
「えー?少ないんじゃないの?」とか言っているのかも知れない。
とにかくニワトリほど繁殖し、数を増やしているのは地球上であのニワトリしかいないワケだから、酉年の今年、彼らを追跡してみようというふうに思う武田先生。
「コンビニで鶏のから揚げ、タマゴサンド、ゆで卵を売っていないところは一軒もない」と断言した武田先生。
確かにその通りで、いかな商店街でも焼き鳥というのはある。

それではそのニワトリはどこから来たのか。
今のニワトリというのは、ある意味ではもう工業製品。
養鶏用のためのニワトリというのは各地のニワトリが様々混じるのだが、スタートは一種類。
だから故郷がある。
ニワトリも大昔は野生で生きていた。
間違いない。
ワイルドでこいつも生きていた。
上手に飛べない鳥として、おそらく密林の中なんかで生きていたのだろう。
空を飛ぶのはアレだが、枝から枝へ移って行く位の飛翔力、飛行力の方が生存には適しているということで。
狩りなんかを一緒にやるためにオオカミの一派が人間に接近して「飯喰わせてくれるんだったら一緒にオマエと生きていこうぜ」ってオオカミの方から申し出て、それが犬になった。
で、人間が農業をやるようになった。
穀物を倉庫に置く。
「ネズミが出てまいったな」ということでネズミを喜んで喰ってくれる森の生き物で山猫がいるというので基本的な飯は持つことにして「時々ネズミ駆除してくれよ」というので猫と同居し始めた。
ではニワトリはどうやって人間に接近してきたのか。
考えたら不思議。
まずはちょっと周りの動物を見る。

二五〇〇〇種いる魚類の中で、飼い慣らされたとみなすことができるのはキンギョとコイだけだ。五〇〇〇種以上の哺乳類のうち二、三〇種が家畜化され、一万種近くいる鳥類の中でも、家の中や農家の庭でくつろいでいるのはわずか一〇種程度だ。(17頁)

(番組では金魚も鯉も飼い慣らしたのが日本人と言ってるが、調べてみた限りでは鯉は日本のようだが金魚は中国)
その中で人間の側にいて離れずに、懐きはしないのだが、卵をプレゼントすることによって人間と一緒に暮らせる。
人間もニワトリがありがたかった。
何でか?
人間にとってもこのニワトリが有難かったのは、穀物に手を出さなかった。
ある程度の穀物を分け与えておくと、それ以上は求めない。
後はそこらへんの雑草を喰ったり虫を喰ったりなんかしながら卵を産んでくれるという
そういうことで人間は彼らをパートナーに選んだのではないだろうか。
ニワトリにとっても森の中でトカゲ、蛇から襲われて卵や雌鶏そのものも喰われるよりは、人間と一緒にいて卵だけっていうのが「セーフ」という感じがしたのだろう。

ニワトリの故郷は出身地を縮めて言うとインドシナ半島の密林。
ここに赤色野鶏(セキショクヤケイ)なる飛べない鳥がいる。
どうもこれがニワトリの原種らしい。
ニワトリというのは考えてみると恐竜の末裔。
足の爪とか骨格は恐竜。
恐竜がちっちゃくなったのがニワトリ。
警戒心が強くて、闘争本能がすごくある。
この原種には優れた可塑性がある。
つまり掛け合わせによって様々な特徴を生み出す。
だからある原種と組み合わせると尾っぽだけ伸びるっていう鶏もいる。

日本のニワトリのある品種では尾が二〇フィート(約六一〇センチ)にも及ぶ。(22頁)

オナガドリ。
こういう可塑性があるという。

ニワトリに関して、私共は毎日食品として接しているワケだが、その実態についてはあまり知らなかった。
御存じの如く、ニワトリはオスがトサカとか頬、それからアゴ等々に肉冠というタブタブを持ち、オスの方はものすごく派手。
メスの方はというとただひたすら茶色で、あまりたいして飾りを持っていない。
これは地面で卵を温めるためで、襲われないためにメスは地味に、オスはただメスのお気に召すように命をかけて派手な衣装を着て、襲われる時は率先して自分が襲われているという、そういう宿命を背負っている。

ニワトリというのは目の、色を感じる細胞が人間より多い。
色鮮やかにカラーの世界が人間より見える。
だから私共が雄鶏を見るよりも、雌鶏になって雄鶏を見ると本当に「リオのカーニバル、フルライト」みたいな「ビバ!」みたいな。
それで世界が華やかに見えているらしい。

ニワトリと言えば「コケコッコー」。
時の声「夜が明ける」ということは、体内時計がしっかりある。
だから曇ってもその時刻になると大声で時を告げるという。
それから夜になると目がカタンと落ちるという「鳥目」。
あれは、つまり昔からニワトリは昼間活動して夜は寝ていたということ。

ニワトリはインドシナ半島のジャングル、密林に生まれて、セキショクヤケイはどのような旅をして世界に広がっていったのか。
1923年、エジプトでイギリスの歴史家、ハワード・カーターさんはツタンカーメン王の墓を発見する。
(この表現だと1923年に墓が発見されたように思ってしまうが墓の発見は1922年で、1923年に古代エジプトでニワトリが珍しい高貴な鳥だったということが明らかになった)

その四カ月後に彼は、近くにあるラムセス九世とアクエンアテンの墓の間で、割れた陶器のかけらを見つけたと報告した。(46頁)

その陶器の模様が何とニワトリだったという。
これはセキショクヤケイ。
これが紀元前1300年のことなので、おそらくインドシナ半島からも、もうやっぱり紀元前二千年の頃までエジプトまで行っていたのだろう。
どうも絵にあるニワトリを見ると卵目当てではなかったようだ。
ニワトリは家畜ではかった。
では、ニワトリは何のためにエジプトにやってきて、何に利用されていたのか?
一番最初のスタートはマダニや蚊を食べてくれる害虫対策のための鳥だった。
それとピラミッドとか建てなきゃいけないので「朝は定時で仕事開始したい」ということで時計として重宝されたようだ。
それで時計として作業の開始を「コケコッコー」で叫ぶものだから、だんだん宗教の方に入ってきて「朝を知らせる鳥」という。
この朝を知らせる鳥から「希望の朝を象徴している」という。
それから古代アッシリアの首都では納骨堂の副葬品に象牙と金で作られた箱があり、その箱に刻まれたのが何とニワトリ。
ヒンドゥーの世界からニワトリはゾロアスター教、ユダヤ教、キリスト教へと渡り歩く。
イスラムの宗教の中にもニワトリは登場する。

イエスが磔刑に処せられる日にペトロに予告したことを思い出させるためのものだとされている。雄鶏が二度鳴く前にペトロは師のことを知らないと三度言うだろいうという予告だ。(210頁)

だからイエスの時代にもイエスの足元にニワトリがいたということ。
パレスチナにたくさんニワトリがいたという。

預言者ムハンマドは、ペルシャ帝国の繁栄から一〇〇〇年後に信徒に次のように語っている。「雄鶏の鳴き声が聞こえたら、天使が見えたということだから、アッラーに頼み事をすると良い」。(69頁)

インドシナ半島から世界へ旅立ったニワトリだが、まずはエジプト方面からパレスチナの方に潜り込んだニワトリは様々な世界宗教の1ページの中にも潜り込んで生きていく。
最初は卵でもなければ肉でもない、朝を告げる鳥ということで時計代わりに非常に便利に使われたということだ。
時計代わりに使われるうちに宗教のシンボルとしてこれらの文明に住みつく。
ニワトリは目覚めと勇気と復活を象徴した。
現在一部の国では激しく対立するキリスト教とイスラム教だが、その両方の宗教の中で鶏は生きている。
ニワトリは恐るべき生き物。

ある学者の意見では、ニワトリの形そのものが古代人にオイルランプ──古代世界において一般的な人工の光源──を思い起こさせたのだろうという。ランプの口は突き出したくちばしに似ているし、ランプの取っ手はぴんと立てた尾羽のようだ。(70頁)

つまりイスラム世界ではニワトリというのは光と結び付けられた神の使いという扱いだった。
かくのごとく最初は肉や卵ではなくて、時告げ鳥として良き訪れを知らせる鳥という縁起の良い鳥ということで世界にもてはやされたようだ。
因みに新年の挨拶で短く春を寿ぐ時に「慶春」を使う。
「慶」というのは「良い知らせがやって来るぞ」という意味。
「鶏」の中国読み、ニワトリの肉のことを何と言うか?
鶏肉(ケイニク)。
つまり中国人がなぜあの「鶏」という字を「ケイ」と読ませたかというと「良き報せを持ってくる」というので「慶」と同じ音にしたと言われている。

天照大神が洞窟に隠れてしまったとき、誘い出すことのできる動物はニワトリだけだったのだ。(71頁)

かくのごとくニワトリというのはあらゆる世界中の神話の中に潜り込んでいる。
このあたり「卵欲しさに飼われた」とか「鶏肉が欲しいから」とかっていうんじゃなくて、最初は時告げ鳥「太陽を呼び出す」という霊力がニワトリにはあるのではないかと、宗教の中に住みついたのがニワトリ。

今から何千年も前、ニワトリは西洋方面、西ばかりではなく、東へも旅を開始する。
太平洋を渡ることになる。
アジアを横断しオーストラリア、それから三万年前にはニューギニア・ソロモン諸島へ行ったという。
海に阻まれたりするが、ベーリング海峡を渡る一派に混じってカゴに入れられてきっと持ち歩かれたのだろう。
新大陸へと渡って行った。
これが大体、今出ている遺跡から推測できるが、一万三千年前は南米の最南端までニワトリは行ったようだ。
それからあっと驚くなかれ、イースター島にニワトリの骨があったというから、太平洋を渡る旅人達は丸木舟で、その人たちもニワトリだけは小脇に挟んで旅をしたのだろう。

2017年03月28日

2017年2月27日〜3月10日◆その島のひとたちは、ひとの話をきかない(後編)

これの続きです。

武田先生がちょっとうれしかった話。
何週間か前に京都に行った。
京都の裏側で「歌うたい」があった。
京都の町を通過したらちょうど中国の春節とぶつかった。
京都はもう中国の方があふれていた。
日本に興味があって来てくださる。
新幹線に乗っかって東京まで戻ってくる仕事の帰りの旅なのだが、品川を過ぎて降りる準備をスタッフがしていた。
西洋の老夫婦が武田先生の後ろにいた。
何気なく世間話で「Where are you come from to Japan?」「From New York」。
「いかがですか?日本は」と聞いたら、やっぱり「京都が良い、京都が良い」と仰っていて、お金持ちなのだろう。
ご夫婦で、シンガポール行って、マレーシア行って、上海行って日本。
京都はもう特に「good impression」としきりに繰り返されていた。
何てことないのだが、ちょっと話すと、何か話したかったのだろう。
京都の素晴らしさを一生懸命ご夫婦そろって話される。
競い合うようにして。
話しやすさ。
「そういうのがコミュニケーション能力って言うんじゃないかなぁ」と思って。
コミュニケーション能力というのは「異国の言葉ができる」とかっていうことをしきりに言う人がいるが、コミュニケーション能力というのは、そこで話題を作れる人のことが「コミュニケーション能力が高い」ということ。
「スピークイングリッシュ」はそんなに重大な要件ではないんだ、と。
人間は身ぶりや手振りだけでも十分にコミュニケーションは結べるんだ、という。

 青森県の中で統計的にも自殺で亡くなるひとの数がかなり少ない地域のひとつが旧平舘村だ。−中略−
 旧平舘村も平成の大合併にによって町(外ヶ浜町)になっている。
(90頁)

「この町は、バスはバス停以外にも止まる。としよりが乗ることが多いから。としよりはバス停まで来られない」(105頁)

 バスはゆっくりと走っていた。それはバスを待つ老人を見つけるためである。老人を見つけて、ゆっくり乗せて、ゆっくりと動いて、ゆっくりと目的地にたどり着く。誰のためのバスかをよくわかっている。(105頁)

「この地域のひとは、困っているひとを放っておけないかもしれないね」
私たちはヒッチハイクに応じてくれた男性の次のことばを待った。
「困っているひとがいたら、できることはするかな」
と言った。私はそこで、できないことだったら?と聞いた。男性は少し間を置いて、
「ほかのひとに相談するかな」
と言った。
(98頁)

このあたり、やっぱり「人間の受け入れ方が広いなぁ」というふうに思う。

著者は都市と町との比較をしている。
体の不自由な方のためにバリアフリーを望む声というのがたくさんある。
歩行に障害のある人はバリアフリーの設備がないから出歩かないのではない。
出歩いてしまうと一人になる。
人の目が気になるから出歩かない。
その問題がまずあるんじゃないか、という。
だからやっぱり「簡単に人に頼めるエリア」というところがあれば。
バリアフリーという設備が優先するんじゃないんだ、という。
東京新聞:盲導犬男性が転落、死亡 JR蕨駅 ホームドアなし:社会(TOKYO Web)
目の悪い方がやっぱりSOSを非常に出しにくい。
だからやっぱりバリアフリーよりも、SOSを出しやすい環境みたいなもの、そういう関係みたいなものがあれば。
それから駅に別の施設を作るよりも、もっと人間だけの関係で転落事故等々防げるのではないか。
そして、そういう人間関係がいとも簡単にパッと結べるところは、一つまた町の特徴が大きくある。
そのことに気付いた著者は、本の中でそのことを報告している。
その自殺希少地帯の研究をするフィールドワークで歩き回っていると、ひと目で「あ、ここは人間との関係が結びやすいな」と思う特徴が見つかる。

 旧村と町の間で一番感じた違いは、トイレの借りやすさかもしれない。(107頁)

トイレが借りやすいエリアというのは、本当に自殺が少ないそうだ。
「トイレちょっと貸していただけますか?」と言うと、いかな家の戸口も通過できるという。
今、コンビニでトイレが助かる。
この森川さんがおっしゃっているのだが「人助け」というのも「求められて」ではない。
転落事故等々もそうだが「自発的である」という。
もう「こっち側から声を掛ける」という。
「手、引きましょうか?」とか「ご案内しましょうか?」とか「方角一緒ですから。これ私の手です」とか。
そんな声を自ら掛ける。
それは「あなた自身が人助けに慣れることだ」。
この「人助けに慣れる」というのはすごく重大な条件。
やっぱりみんな慣れていない。
だから慣れさえすれば簡単にできることが、ちょっと言えなかったりする。
武田先生が今、個人的にやっている人助けは「泣きわめく子を泣きやまさせる」という。
ちょっと言葉の分かる子じゃないとダメ。
ちょっと失敗した例もある。
子供から怒られたのは「あっちいけ!」と言われたこともある。
すっごい声で泣いている子がいる。
その時には寄っていってお母様に「お手伝いしましょうか?」と先に声を掛ける。
その許可を頂いてから、その子に声を掛ける。
「何で泣いてらっしゃるんですか?おたくは」っていうのを聞く。
「理由があったら私に教えていただけますか?警察でも呼びましょうか?」とかっていろいろ言っているうちに子供がふっと泣きやむ。
泣いている子供は母親と自分の関係だけで泣いている。
そこにおじさんが割り込んでくると「自分の泣き声は社会的信号として受け取る人がいるんだ」と。
その人が全然とんちんかんなことで「警察を呼びましょうか?それとも救急車ですか?」とかって聞いてくるっていう。
そういう「社会を発見させる」という意味合いで、通りすがりのおじさんはむやみに子供に絡むっていう。
そういう「むやみに絡んでくるおじさん」って昔いた。
よく福岡で冗談で言うのだが、昔のおじさん(九州のおじさん)はちょっと体格のいい子を見ると口癖「相撲取りにでもなるとか!?得意技は何か?下手投げやろ?」と大きい声で。
今はもう、お母さんが嫌な顔をするし「ちょっと怪しいんじゃない?」って思ったりされる。
ちっちゃいおじさんで女の子に向かって「おっきいねぇ。牛乳飲んだの?おっきいねぇ」。
これはだからそういう者に対する「慣れ」。
その「慣れ」っていうのがちょっと尋常じゃない人を見分けるための触覚でもある。
昔のお侍さんは帰り道を変えなかった。
いつも同じ道をお侍さんが通って帰った。
それでそこにちょっとでも妙な気配があると「あ、この人危ない」とかってわかったという。
だからやっぱり「気配から人を見抜く」という能力が必要なのではないかなぁという。

先に書いたお好み焼き屋さんでのことである。−中略−
 あまりにも親切だったから、私は、お店の売り上げupに貢献できたらと思って、お好み焼き屋さんの暖簾を写真に撮ってツイートしようとした。それで写真撮っていいですか?と聞いたところ、お店から店員さんが出てきて暖簾の前でピースをした。暖簾を獲りたかったんだけどなと思ったのだが、それはそれでとてもいい写真になった。
(144〜145頁)

 ああ、ひとが、中心なのだ、と。
 ひとが、大事なのだ、と。
 写真を撮るにおいて、ひとが入るのがこの地域ではおそらく常識なのである。
(145〜146頁)

森川すいめいさんの文章の中で、ちょっと気になったというか惹きつけられたのは、老人施設がある、あるいは役場。
そこには行政の職員たちがいるわけだが、この本で探っている自殺希少地域にはそういうところの共通点があって「公」の立場にある人、例えば施設の職員さん、あるいは役場の職員さんたち。
みんな楽しそう。
そこがやっぱり自殺が多いところと全然比較にならない。
なぜなら住民と対話している。
その施設の役員の方とか行政の職員の方が。
対話そのものが無茶苦茶長い。
行政、あるいは住民サービスの成果というものがすぐ数字で求められる。
そうではなくて、このエリアは住人と話していること自体が成果。
もう話しているだけで。
一番重大なことは「住民を幸せにすることが行政の務めであるならば、その行政を支えているスタッフたちも幸せでなければならない」。
行政に対する不満で一番多いのは一体何かというと「役所は説明はするけど、相談には乗ってくれない」。
解決しなくてもいい。
相談に乗ってくれるだけで、もうそれは行政の成果。
(本によると「行政が相談に乗ってくれない」ということではなく「行政が相談をしてくれない」)
だから小池さん(小池百合子都知事)にも本当に早く幸せになっていただきたい。
小池さんがまず幸せにならない限り、東京都民は幸せにはなれない。
そう発想したらどうか?
現代というのは自分が幸せになるっていうことを横に置いておいて、他人を幸せにしようとする無理が全体を暗くしているのではないか。
トランプさんも大統領になったばっかりに自分を犠牲にして人を幸せにしようとするから・・・。
バロン君(バロン・ウィリアム・トランプ)が心配な武田先生。
あの子は何となくあの『ホーム・アローン』の主人公(マコーレ・カルキン)に似ている。

ホーム・アローン (字幕版)



何か線の細さが似ている。
バロン君は本当にお金はある。
あの子は心配。
トランプさん以上にバロン君が心配。
大理石とガラスで作ったおうちに住んでいる。
底冷えする。
コタツもないのに、バロン君は震えると思う。
広い部屋なんか住むもんじゃない。
暖房入れたところで全体が暖まるのにどれだけ時間がかかる?
バロン君のおうちは窓が開かない。
周り全部防弾ガラス。
それはやっぱり不幸。
地上階に住んでいるから開けっ放しでOK。
だからやっぱりバロン君の環境はこの本でいうところの自殺多頻発地帯の真ん中に住んでいるような少年期。
トランプさんはもうそんな、この倍生きるワケじゃないんだから、働けるにしたって4年が限度。
早死にする典型の体型。
インドに生まれていたら罰金を取られる体型。
「肥満税」の導入検討 ジャンクフードの普及でインド政府
歳を取ってタンパク質を摂るバカがどこにいるか。
武田先生だったら物差しで叩かれてしまう。
「どの手だ、どの手だ!肉を食べたのはどの手だ!」って言いながら。

フィンランドで成果を収めた精神の病気の回復法。
お薬とかそういうのは全部やめて人間関係、そういう「人との会話の中で病気を治していく」という。
そっちの方が回復というのが可能性が高い。

「ひととひとの関係の中で病は発症する」(159頁)

回復するためにはやっぱり人との関係が大事であるという。

伊豆七島の船がたどり着く最終地に神津島(神津島村)がある。(154頁)

 人口約二〇〇〇人の島なのだが、住む集落はひとつで、そこにひとが密集している。(155頁)

ここはもう自殺希少地帯、非常に自殺者が少ない島。

「この島のひとたちは、ひとの話をきかない」(162頁)

もちろん陰口、それから噂話もある。
そういうことはちゃんと世間にはあることはある。
ただ、人に引きずられ同調するということがこの島の人たちにはない。
二千の島人は生きやすい環境について同じ目標を持っている。
母子家庭が多い。
東京に出て行った娘たちは離婚すると必ずと言っていいほど神津島に帰ってくる。
何でかっていうと東京なんかより遥かに神津島の方が子どもが育てやすい。

「この島では、子どもを外に出しておけば誰かが面倒をみてくれる」(166頁)

精神病の回復訓練でもそうだが、グローバリズムになると「世界的に競う」という時代。
必死になって人が競争するという時代。
この競争がはたして人間のためにいいのかどうか。

 神津島のそのカフェはNPO法人が運営していた。
「おとしよりの会話をする場になればと思って」
(167頁)

 特養と障がいをもつ施設は隣り合わせだった。(168頁)

「特養でひとが死ぬことになったとしても、それをほかのおとしよりに隠すことはしません。みんなで見送ります」(171頁)

だからやっぱり人を迎えて、知り合って、見送る、ということを島全体でやっているもので「死別の悲しみ、それはとにかく島全員で共有しよう」という。
厳しい自然に対して生きてきた島人たちは、はっきり考えを持っている。
それはどんな考えかというと

「なるようにしかならない」(175頁)

投げやりにも無力にも聞こえるかも知れないけれども「なるようにしかならない」というのはある意味見事な覚悟ではなかろうかと森川さんはおっしゃる。

武田先生の考え方。
この時代、人を苦しめているのは全てある一つの出来事、その「一瞬で世界を変えよう」という、そういう人間の野望、それが人間を苦しめているのではなかろうか?
それから最近思うのが、強力なリーダーが国を引っ張っていくっていう「トップオブリーダー」。
一人のリーダーがいて、モーゼのごとく民を率いるっていう、そういう集団の有り方がパワーをなくしている。
それのいい例がアメリカのトランプさんじゃないか?
トランプさんはトップオブリーダーではない。
では彼は何者か?というと「フォロワーズリーダー」。
ビリッケツの人たちを後ろでまとめている人。
しんがりっていうのは戦国時代の退却戦の物語で、軍勢のビリッケツを追いかけてくる敵と戦いながら逃げる。
「しんがり」っていうのが実は今、時代のトップではないか?
それがトランプさん。
つまり、もうアメリカの時代は終わった。
退却戦が始まっている。
その退却戦のリーダーがトランプさんなのではないか?
『三枚おろし』で武田先生がいいことを言っていて、自分で自分に感動して「うまいこと言うなぁ、この人は」と思った。
トランプさんの顔は「根性の悪いサンタクロース」。
今までプレゼントを世界中にばらまいていて、景気のいいサンタクロースが、何か人の家に寄って「ギフトを奪っていく」みたいな。
「逆の構造のサンタクロース」がトランプさんなのではないか。
つまり「アメリカの退却が始まった」ということで。

神津島の人たちのつぶやき。
「なるようにしかならないのだ」
これは決して絶望の言葉ではないような気もする。
それは立派な覚悟だ。
自分の思うようになそうとする人っていうのはどこか無理がある。

今、中国がサンゴ礁を埋め立てて飛行場を作ったりしている。
本当にあれは、軽い津波でも起これば全部消えてなくなる。
そんなに簡単に飛行場にはならないような気がする。

著者は自殺希少地帯を歩きながら対話する「オープン・ダイアローグ」こそが人を自殺から救う、ただ一つの道であると、そう発見する。
やっぱり「会話する」ということがいかに大事か。
八割の方が他人との対話で精神の病が治るそうだ。

 呼吸しなければ、ひとは死んでしまう。
 この呼吸と同じように、ひとは対話をする。
(179頁)

 しかし、ひとは対話しなければ死んでしまう。(180頁)

「対話というのは、自転車に乗るようなものだ」
と言ったひとがいた。自転車に乗れるようになったときに自転車の乗り方をことばで教えることはできない。対話も、どうしたら対話になるのかをことばで説明したとしても、対話できるようにはならない。
(180頁)

「相手は変えられない、変えられるのは自分」(181頁)

できることは助ける。
できないことは相談する。
そしてその人に関わり続ける勇気を持つこと。
それが人を心の病から救う道。
つまり自殺者を少なくする一本道なのだ、と。
これは当たり前のことなのだが大事。
内田樹さんの本を読んでいても、何かそのことがしきりに書いてある。
「人と人とが助け合う」という共同体を戦後日本はずっと壊してきた。
それがいかに人間にとって必要なものかっていうのを、もう一回考え直すべきだというのを本で読んで深く考え込んだ。
この精神科医の先生がやってらっしゃるのは、これもやっぱり新しい世界の見方。

ありものの世間の知恵をどう組み合わせて生きづらさを削っていくか。
それが人間の暮らしにとって、ものすごく重大なことである。
あえて申し上げることは、指摘することは失礼にあたるのでしないが、やっぱり日本には自殺が非常に少ないエリアと、自殺が非常に多い地域がくっきりとあるという。
それを「そこは多い、ここは少ない」そんな比べ方じゃなくて、少ないところを見つめて「一体何がうまくいっているから、自殺者が少ないのか」っていう。
そういう町の見つけ方、見分け方というのを身につけるべきだっていう。
前から武田先生が思っているのは、お祭りを持っているとか花火大会があるとか、そういう町というのは共同体の「帯」みたいな「絆」みたいなものを持っているような気がする。
水谷譲のご主人の出身地は神奈川県の三浦。
お祭りがあって、若衆がみんな「木遣り」を歌う。
みんなができる。
お祭りの時は歩いている子供に普通に「はい」ってお小遣いをあげる。
それをみてちょっとびっくりして「都会と全然違う」と思った。
「コミュニケーション力が全然違うな」とその時思った水谷譲。

武田先生が弘兼憲史さんや別の人からも教わった話。
新潟の長岡の名物は花火大会。
ものすごくデッケェ花火を打ち上げる。
ここの若い人たちがあることを思いついた。
何を思いついたかというと「この花火をハワイ真珠湾で上げたい」。
それで苦労して花火を運んでハワイで上げている。
何年か前(調べてみたら2012年かららしい)。
キー局は報道してくれない。
こんな素晴らしいローカルニュース。
それを映画で記録にした人もいる。
「長岡の大花火が真珠湾で上がった」っていう。

この空の花 -長岡花火物語 (DVDプレミアBOX版)



何で上げたか?
それは若い人のアイデアだが、真珠湾攻撃を指揮した軍人さんが長岡出身だったから山本五十六の生まれた町。
それゆえにかえって真珠湾で上げた。
首相が行く前にローカルはそれくらい歴史にきちんと向き合った行動をとっている。
「花火一つが世界を結ぶ糸口を見つける」という。
そういう意味で、自殺者に限ってはいるが、この方がやってらっしゃるフィールドワーク。
新しい人間関係、新しい共同体の関係づくり、そういうものになるのではないかなぁと思って紹介した武田先生。

2017年2月27日〜3月10日◆その島のひとたちは、ひとの話をきかない(前編)

その島のひとたちは、ひとの話をきかない――精神科医、「自殺希少地域」を行く――



この本の副題にギクリとして手を伸ばした武田先生。
精神科医、「自殺希少地域」を行く
いろいろ地域社会の探り方があると思うが、自殺が多発するエリアと自殺が少ないエリアが日本にある。
多発するところはちょっと発表しにくいし言いにくい。
だったら逆に自殺が非常に少ないところを実際歩いてみよう、と。
案外そこに地域コミュニティ、共同体の何か秘密があるのかもしんない、と。
一カ月ぐらい前にこの本を読売新聞がコラムでほめていた。

こういう研究をなさっている方がまた他に精神科医で岡檀(おかまゆみ)さんという方が調査をなさって「自殺希少地帯」というのをピックアップしてある。
それに精神科医の森川すいめいさんが、現実に足を運んで「希少地帯とはどんなところなのか」ということを調べてらっしゃる。
自殺の問題は人を鬱陶しくさせるが、森川さんあたりはもう一歩突っ込んで「多いところと少ないところがある。多いところは横、置いといて、少ないところはとにかく一回行ってみよう」と「何かあるかもしんない」という。
「自殺」に「地域差がある」。
「南の島は少ないんじゃないかな」というイメージを持つ水谷譲。
「気分に希少が影響する」ということもあるだろうが、結論から言うと森川さんがその自殺希少地域を歩くと「共通点」があったという。
その自殺希少地域の共通点は何かというと「人の話を聞かない」。

 私は生きやすさとは何かを知りたかった。(9頁)

自殺者が少ない。
そういう島とか村とか浦とか字には多発地帯が見逃した何かがありそうな気がする。
自殺を予防する因子とは何なのか?
頭をよぎるのは、やっぱり共同体として相互扶助の繋がりが非常に強いんじゃないか。
助け合いが。
しかし事実はそう簡単ではない。

 岡さんの、近所付き合いの意識に関する調査項目では、希少地域では、隣近所との付き合い方は「立ち話程度」「あいさつ程度」と回答するひとたちが八割を超えていて、「緊密(日常的に生活面で協力)」だと回答するひとたちは六パーセント程度だった。一方で、自殺で亡くなるひとの多い地域は「緊密」と回答するひとが約四割だった(23頁)

つまり、ここに私達が見落としている何かがあるのではないか?
「浅い付き合いしかしないですよ」というところの方が自殺が少ないという。
著者はフィールドワークとしてその地域へ歩く。

 徳島県に自殺で亡くなる人が少ない地域(以下、自殺希少地域)があると聞いて、私はいてもたってもいられなくなって現地の旧海部町(二〇〇六年に合併し現在は海陽町)に行った。(16頁)

旅館でお茶とお茶菓子の接待を受ける。

 用意されたお菓子に、まだ癒しを期待して、それを食べようと思って手にした。
 ただ、なんとなく雑な感じがしたからか無意識にお菓子の裏側をみたところ賞味期限が切れていた。
「すみません、なんか、賞味期限が切れているみたいで」
と聞いてみた。ところが職員さんの反応は予想を大きく外れたものだった。
「へっ?」
と、びっくりしていた。私はてっきり期限が切れていることにびっくりしたのだろうと思ったわけだが、そうではないとすぐに気付かされた。
「ほお。ほうかほうか。さすが若いひとやね。若いひとは、そういうの気にすんのやね。ほうかほうか」
−中略−
 ちなみに後でもってきたお菓子は、職員さんがたぶん家からもってきたものだと思う。
(17〜18頁)

「おおらかなものだなぁ」と思いながら、森川すいめいさんの自殺希少地帯の旅が始まる。

自殺対策を予防と防止に分けて考えるのだ。
 防止というのは、自殺の具体的な手段から遠ざかる方法である。例えば、ビル屋上のフェンスの高さを何メートル以上にすると飛び降りるひとがいないとか、地下鉄などでホームドアなどがあげられる。
−中略−
 予防は……これはさまざまだ。例えば、飲酒は、一日四〇グラム以上のアルコール(日本酒で二合程度)を毎日摂取すると、そうではないひとに比べて自殺で亡くなるひとの割合がぐっと増えるといった研究は予防につながっていく。
(25〜26頁)

著者は「自殺者を減らしたい」という社会的願望を解決を急ぐあまり、この「予防」と「防止」をかえって混乱させているんじゃないか?と。
大きな声で叫ぶ人の意見にどうも世論というのはミスリードされている。
声の大きな人に任せではいけない。
声の大きい人が、今なんかもう「勝つ」世の中。
何かいろいろ政府の方針に文句があってもいいのだが「死ね日本」とかっていうのを世論として取り上げていいのかどうか。

2016年11月初め、大きな広告代理店で新入社員の若い娘さんが荷重の労働で自殺をなさった。
上司への恨みを書いた電子メモを画面にいくつも残していたという。
社長さんが交代した。
電通の石井直社長が辞任表明 高橋まつりさんの過労自殺問題の責任を取る【ライブ中継】
そこの巨大なビルは何と、夜の10時から以降は働けないようにビルの明かりを全部消したという。
電通、10時に消灯 深夜残業を防止  :日本経済新聞
それが解決策になるのだろうか?
いかにも「働いてません」のアピールの方が強いのではないだろうか?

著者は自殺予備の観点からとりあえず四つの点を予防因子としてあげてみたい。

A 疲労が蓄積している
B 孤立している
C 気分転換がない
D やり方がわからないで悩んでいる
(29頁)

(番組では自殺の予防因子と言っているが、本によると「こころが疲れた支援者のタイプ」)
その因子の分析は静かな声でやったほうがいいと。

著者の自殺希少地域の旅は続く。
その海部町で町を歩きながら、町を観察する。
そうすると、治安がよくてどの家もカギをかけていない。
そういうところが今でも日本ではある。
ただし、この旧海部町「泊まりでどっか遠くへ出かける時は、必ずカギをかける」。
なぜか?

「外泊するときは鍵を閉めたほうがいい。数日後に帰ってきたら、部屋の中に腐った魚があって、においがとれなくて大変なことになったなんてことがある」
 釣れた魚はみんなでおすそ分けする。もらう側の意向は関係ないから、あげたいと思ったひとがあげたいひとに魚を届ける。そのひとが、家のひとが不在だと知らなければそうなる。
(32〜33頁)

(番組では「魚の水揚げの何%かは必ず町全体に配られる」と言っているが、そういう事情ではない)
だからこの自殺希少地帯というのは「裏切る何か」がある。

「赤い羽根共同募金の寄付率はとても低い」
といった紹介もあった。自分が寄付したいと思うところにする。みんなが寄付するからするといった思考にはならない
(33頁)

プライバシーの概念が低く、互いの家族の不幸なども町中の人が知っている。
これはちょっとギクッとする。

 個人情報を保護しなくてもよい地域が生きやすいということなのかもしれない。(34頁)

習慣として「個人情報は町中が共有する」という。

希少地帯のもう一つの特徴。
ベンチの数が多い。
バス停等々、ちょっと見晴しのいいところに必ず小さな屋根付きのベンチが置いてある。
バス停にも屋根付きの小さなベンチが置いてあるが、ほとんどバス利用者じゃない。
近所の老人がそこに、年がら年中座っているという。
バスが止まると「行っていい、行っていい」という。

世田谷に住んでいる武田先生。
武田先生が歩く遊歩道は寄付金でベンチができるようで、例えば定年退職のお祝いとか孫が生まれた記念とかで自分の気に入った場所にベンチを。
背中のところにちっちゃく「寄贈」と書いてある。
そのベンチを寄贈した人が座りたかった場所だから、何かいい風景がある。
だから何気なくても春先、その周りに沈丁花の花がバーっと咲くとか、そういうのを見るとベンチ一つ残してこの世を去っていくというのは小粋。
武田先生が約束しているのは大船渡の知り合い。
今、一生懸命公園を作っているのだが、この公園ができたらベンチを一個寄付しようと思っている。
この「ベンチの効用」というのはどうもあるようだ。

この自殺希少地帯、非常に自殺が少ないエリア。
そのバス停なんかに座っている老人と話す。
そうすると、とにかくその老人たち、おじいちゃんおばあちゃんたちが嘆く。
娘の心配、息子の心配。
それから人口がドンドン減っていって、村が町が浦が痩せていくという心配。
をれをバーっと嘆く。
それでさんざん嘆いて「じゃ、時間になったから私帰るけ」って言いながらスッと帰る。

「病、市に出せ」
 この地域には昔から大事にされているこのことばがあると事前に聞かされていたから、私はなるほどと納得した。
 内にためず、どんどん市、自分の住む空間に出しなさいという教訓。
(42頁)

言うだけで楽になるというのはある。
それは気分転換、ストレス発散になる。
嫌な事を全部友達に話してスッキリさせるという水谷譲。
その手のものは一種、女の人の強み。
男はできない。
男性の方も溜めこまずにこの老人たちを見習って、とにかく「市」に並べた方がいい。
武田先生は九州の田舎、町の外れのタバコ屋の小倅。
本当に嫌になるぐらいおばさんが集まる家。
そのおばさんたちが大きな声で、もうありとあらゆる不幸を語っていく。
「父ちゃんが浮気した」とか何とか。
それを母親が縫い物をしながら聞いている。
でも、それは考えてみたらいわゆる「病は市へ出せ」という、そういう姿があった。
武田先生がおばさん臭いのはそういう生まれた環境。
おばさんたちは「自分の不幸をいかに飾り立てて人に報告するか」だから、火事に遭って家が全焼したっていう非常に不幸なおばさんがいた。
そのおばさんが自分の不幸を語る時の名言が「下駄の片一方も残らんかった」っていう。
何もかも焼けてしまって下駄の片方だけ、それも残らなかったという。
そういう表現の比べあいっこになる。
武田先生が芸能人でそこそこ喰えるようになった時に「よかったね、鉄ちゃんが大当たりで」と言った時に母親が言った名言。
「あんたも子供だけはいっぱい産んどきなっせい」と若い奥さんに。
「五人産んどきゃ、どれか当たりますばい」という。
この何か「パチンコの台」みたいな言い方。
そういう言い方の中で、子育てが思い通りにいかない不幸を母親は笑ったのではないかなと思う武田先生。

私は親不知を抜いたばかりで糸がまだ口に残っていた。そして痛みを感じ始めていた。(43頁)

2006年のこと(「2006年」というのがどこから出てきたのか不明)だが、歯医者は遠くて82km先。
(この後、ちょっと本とは内容が異なる説明が続く。番組では「歯医者の元看護婦さん」が歯医者の小道具が入ったカバンを貸してくれたということになっているが、本によると「元看護師さん」から道具を借りた)
この著者はまた町をブラブラ歩いて「自殺の少ないこの町の特徴は何だろうか?」と探している最中、町ですれ違うほとんどの人から「痛みは治まったかね?」。
(本によると、声をかけられまくったのは、歯の処置をする前)
つまり中居さんが人を探す時に、町中の人に症状とか痛みの具合とかを全部話しているものだから「あの旅館に泊まっている旅人のあの人」ということで、町中の人がもう全部知っていた。
「プライバシーの保護」というのがこの町では全く意味をなさないという。
私共は「プライバシー保護」っていう名目で意外と「苦しみ」とか「痛み」みたいなものを人に伝えきれないでいるのではないだろうか?
これは面白い。
物事の「価値観」なのだろう。
徳島県の旧海部町なのだが、ここに「特別支援学級を作ろう」という行政からの提案があった。
支援の必要な子供たちがいるので特別支援学級を作ろうとした。
ところが反対が多く成立しなかった。
(本には反対が多かったことは書いてあるが「成立しなかった」とは書いていない)

 障がいをもつひととそうでないひとを子どものころから分けると、お互いにお互いのことがよくわからなくなってしまう。どういうった場面でどういった助けが必要なのか、それを自然にできるようになるためには日常の中にお互いがいなければならない。(50頁)

自分家の子が帰ってきて「今日、二回も転んだけど、ちゃんと自分で立ったよ」とかって言うとその子に会うたんびに「今日立ったんだって?偉かったね」って言いながら褒めてあげられるし、転んだら「あの子だ」というのでコミュニケーションがとれるから学級を分けるのはやめてくれっていう。
これが本来の「姿」であって。
ここでは心理的に緊密ではないが、お互いに近い関係を保っている。
人間関係は深くなくとも軽く。
しかも彼らはコミュニケーションに慣れている。
「コミュニケーション能力」というのはこういうこと。
英語が話せることでもなんでもない。
これはよく調べると「歴史」がある。
ここは小さな町で400年も前に互助、「お互い助け合う」という組織がある。
「朋輩組」と呼ばれている組織が生きている。
冠婚葬祭などの助け合い、金銭、離婚、病の相談まで、困りごとについては町中で語り合うという。

「問題が起こらないように監視するのではなく、問題が起こるもんだと思って起こった問題をいっしょに考えて解決するために組織がある」(62頁)

人生はしばしば困ったことが起きる。
このことを前提にして近所がいつでも薄くお互いに結び合っているという。
弱い繋がりからお互い助け合う。
「お互い助け合う」というのは、この日本では生きていく技術の一つ。
地震は多いし、夏は夏で台風が来る、冬は冬で雪に苦しむ。
そういう自然の災厄から逃れるためには結びつくしかなかったという。

 海部町の駅のそばに、山がのっかっていないトンネルが立っている。(66頁)

「山があったから行政が、まあトンネルを作ろうってことになったわけですわ」
 税金が動くことだから町民全員にかかわる問題である。そしてトンネルができた。
「ところが、じきに、嵐が来て山がもってかれたんですわ」
 そこに在ることを教えてもらうまで気づかなかった「トンネル」を見ると、確かにそれはトンネルだけしかなくて上になにもないことにびっくりする。
「ふつうは、行政何やってんだって、怒ったりもするんだと思うんですわ」
 しかし町民は怒らなかったという。
「それどころか、トンネルの上に植物植えるひとまで現れた」
(67〜68頁)

今、「政治の責任」とか何とかってしきりに言う。
武田先生がすごく好きだった、人がお書きになった文章。
本の中で一番ショッキングだったのは「国民の義務」という。
「納税」と「勤労」という「税金を納めてしっかり働く」という。
「この二つをこなさない限り、おまえは国民ではない」ということを書いた本があって、結構シャキッとしたのを覚えている。
「仕事うんと楽にやってエンジョイする暇なんか作っちゃって、税金はわりと納めないぞ」っていう「そういうヤツは国民じゃねぇ」という。
アメリカ大統領も税金は納めなきゃダメ。

(ここから本とは無関係な話になるので割愛)

2017年03月23日

2016年10月24日〜11月4日◆実技、嫁に来ないか(後編)

これの続きです。

内田樹先生は前の奥様と離婚なさって、赤ちゃんを引き取って自分で育てたという。
合気道をやりながらフランス哲学を研究して、子育てをやってらしたというのが何かいいと感じる武田先生。
華麗なばかりでなく、悲哀も感じるという師の前半生。
そこで実に不思議な体験をなさる。

レヴィナスというフランスの哲学者の研究が僕の専門で、子どもが小さい頃はずっとレヴィナスの『困難な自由』という本の翻訳をしていました。レヴィナスというのは難解で知られた哲学者で、読んでもさっぱりわからない。−中略−
 それをそのまま押し入れにしまって、2年間ほど寝かしておきました。
−中略−
 そして、ずいぶん経ってから出版社の編集者に「あれ、どうなりました?」と訊かれて、「あ、そうだ」と押し入れから引っ張り出してみてぱらぱら読んでんみたら、今度はわかったんです。「わかった」というより「わかるところがいくつかあった」くらいですけれど、それでも「まったくわからない」ところから「少しはわかる」というレベルになった。僕自身が変化したのです。
 この変化に一番大きな影響を与えたのは育児の経験だったと思います。
(147〜148頁)

困難な自由―ユダヤ教についての試論




このことに関して師ははっきり文章の中ではおっしゃっていない。
しかしわが子を「私がいなければ死んでしまう」という存在。
それを懸命に育てているうちに、自分の心の内に、このやっかいな生き物、面倒臭くて、突然泣いたり熱を出したり、他者を振り回すしかない「赤子」という生き物を愛せるようになっていた。
愛せるような「技」をいつの間にか習得していた。
「愛」というものはかくのごとく他者を経由しないと手に入らないものである。
赤ん坊が「他者」。
水谷譲は「ひどい」と言っていたが、母ちゃん(奥様)の顔を見た瞬間に「これでもいいか」。
「これでもいいか」というのは、ものすごく身にピッタリくる言葉。
「これでもいいか」というのは「これでいいんだ」ということだし「これしかない」ということ。
「君しかいない」といういい方を「これでいいか」という言い方にしている。
極寒の吹雪の中でオーバーを着て「これでいいんだ」と思って立っているのと同じ。
柄とかデザインとか一切気にせず「もういいじゃん、これで」とか「暖かいんだし」とか。
それをあえて言うと「愛」と呼べるのではないか。

二人の間には千里の隔たりがある、それを一生かかって七〇〇里までに縮めたいな、と。(166頁)

この夫と妻というのは、愛していなくても、もう平気で「愛してる」と言えるようになっている。
平気で抱き付いたりなんかする。
そういうことが「技」としてできるようになっている。
若い時は「何すんの」「大きい声だすよ」とかって言われたことがある武田先生。
ところがそれが平気になっている。
「それが夫婦ではなかろうか」というのが内田師範曰く。
「他者」として遠くに置きながら、それでも触れている関係。
この矛盾を達成した夫婦こそ夫婦なのではあるまいか?
私共は不思議なことに、その手の夫婦を街に日常いっぱい見つける。
「支え合わないとどっちかが倒れる」という夫婦は、本当に後姿を見ると「愛の形」に見える。

人気のない観光地。
静かな夕暮れの湖があって、何だか夕日がとても綺麗に見える断崖絶壁。
そこに妻を立たせて「もう少し下がってごらん、もう少し下がってごらん」と言っているうちに妻が静かに笑いながら言った一言。
「あ、殺そうとしてる」という。
殺意をもジョークで言い合うという。
それが夫婦ではなかろうか?
君が毎日飲ませてくれるサプリを飲むと、何だか最近胸が息苦しくて。
いつも奥様が出してくれたサプリを飲む武田先生。
これが実は夫婦なのではなかろうか。

武田先生が感動した私的な体験。
伊勢神宮の参道を杖をついておじいちゃんとおばあちゃんが手を繋ぎ合って、本殿を目指している。
あれを見た時に何か「じいさんとばあさんっていいなぁ」と思った。
つまり愛し合った時に繋ぎ合った手ではない。
「どっちかが離すと倒れる」という関係で繋ぎ合っている、おじいちゃんとおばあちゃんの手繋ぎ姿。
それから車いすの女房を黙って押している、白髪のおじいちゃんの機嫌のよさそうな顔。

 結婚生活にかぎらず他者との共同生活を適切に営む上でいちばんたいせつなことは「機嫌がよい」ということです。(168頁)

「機嫌がよい」というのは大事。
逆の意味で言うと、機嫌の悪い人は不幸な人。

 「エコロジカル・ニッチ」という生物学の概念があります。一定の自然環境の中で複数の動植物が共生するためには、生活のかたちを変えるしかない。夜行性と昼行性、肉食と草食、地下生活と樹上生活、そういうふうにライフスタイルを「ずらす」。相手がいないときに、相手がいない場所で、相手がしないことをする。それが生物に備わった共生の知恵です。結婚生活も基本はそれと同じだと思います。(175〜176頁)

奥様がいる時は奥様の邪魔をしないようにじっと家の隅でおとなしく。
出ていったらやりたいことを全部やる。
これが野生の知恵「エコロジカル・ニッチ」。
お互い、どっちかが出かけていった時の解放感を家の中で感じるという水谷譲。
「やったー!」「自由だ!」「バンザーイ、バンザーイ!」
それからもう一つ。
奥様の目を逃れて隠れて何かやる喜びはすごい。
ガレージで車を入れて「食べちゃいけない」って言われている揚げイカ。
揚げイカ一枚とビール一缶を四分ちょっとで両方胃の中に入れる。
「カッ!ペロペロペロペロ・・・」って言いながら。
ガレージで明かりを消して。
この時の、夏場の暑い時なんかタイミングがいいと、もうビールが吼えるほど美味い。
揚げイカが美味い時がある。

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つまりこの前提になっているのはエコロジカル・ニッチ。
「女房の目が届いていない」という喜び。
水谷譲も「亭主が出て行った瞬間、万歳したくなる時がある」。
でも亭主が死んでしまうとその解放感が無くなる。
本当に「女房いてこそ」だ。
このエコロジカル・ニッチなんていうのは、生き物にとってものすごい喜びを与える。
直訳すれば「ずらす」。

起きるのが大体6時前後の武田先生。
時として5時半ぐらい。
バテた時は7時まで寝ている。
その5時半〜8時、奥様は絶対に寝室から出てこない。
「起きているんじゃないかなぁ」とは思っている。
本能的にずらしているのだろう。
その間に武田先生がいろんなものに触って汚したりするのだが「それは後で叱るとして」ということで。
それで武田先生が勉強部屋に行くと、奥様が階下から上がってくる。
ものの見事にすれ違うようにアレする。
武田先生夫婦がやっと茶の間に揃った時は、子供たちが起き出してくる。
子供たちもそれまで来ない。
やっぱり「ずらしあい」。
よく離婚の理由として「すれ違い」と言うがあれは嘘。
「すれ違い」は楽しい。

「俺が出て行く時に、女房が帰ってくる」という道で、あの時の夫婦の機嫌のよさはたまらない。
「よぉ!」なんて。
「今から行ってくらぁ」「じゃあ気をつけて!」とかって言いながら。
近所の目を意識して、うまくいっている夫婦を演じているのだが、何か妙な「はずみ」がある。
あれは「すれ違いの躍動感」みたいなのに溢れている。

一緒にいるときはできるだけ相手の邪魔にならないようにする。(176頁)

家族というものは一日に一回、一時間ほど集まって何もせず、その時間がやってくるとやがてバラバラに部屋に散る。
それぞれに家族は口では言えぬ秘密を持ち、またその秘密を薄々知りながら口に出さない。
それで立派な家族なのだ。

本の中に「問題のある家庭」のチェックポイントがあり、そこに「家族の間に秘密がある」という項目がありました。僕はそれを読んで、どういう人間がこんな質問票を作ったのか考え込みました。
 家族の間に秘密があるなんて当たり前じゃないですか。
(178頁)

(番組では「役所からの手紙のアンケート」と言っているが、本によるとアダルトチルドレン関連の本の質問票)
武田先生はこれに対して「本当、先生その通りです。私は『本当のことを言って』と妻にせがまれ、つい告白し、二度地獄をみたことがあります」。
本当に大変だった。
本当のことを言っちゃダメ。
大変なことになっちゃう。

 これから結婚生活を始めるお二人に私が申し上げたいのは、「結婚生活を愛情と理解の上に構築してはならない」ということです。(206頁)

「結婚っていうのをそんなに難しく語るから、しなくなる人がいるんだ」と。
結婚というのは誰でも手軽に参加できて、決心さえすればすぐに誰でも結婚できる。
これが結婚という制度なんだ。
「制度」というのはそういうものなんだ。

結婚というのは本来「配偶者に対する愛も理解もそれほどなくても十分維持できるし、愉快に過ごせる」ということをデフォルトして制度設計されたものです。(207頁)

「この人でよかった」など初期設定を振り返る。
そういう愚かなことをしてはいけません。
「この人かなぁ」と思ったらもう「していいんだ」「それで上手くいくんだ」と。
確かにその通り。
昔の人って見合いなんか滅茶苦茶。
全然会わずに結婚した人なんて山ほどいた。
それで全員が離婚したワケじゃない。
殆どの人がちゃんと最後まで結婚し続けて相手を送っている。
あんまり結婚というのを難しく「愛と理解」とか「永遠の愛を誓えるか」とか。
そんな厳密なものではないんだと。
グシャグシャになりながらも、何となくできるという。

武田先生の意見。
出会いの時、とても素敵に見えた。
「この人しかいない」と私は思った。
でも、この人はどこにでもいるタイプの人だった。
だけど、この人は積極的に私を裏切ったワケではない。
私の方がそう思ったのだから仕方がないだろうと。
そんな勘違いをした後、勘違いをする人がもう現れなくなった。
その人は最後の勘違いの人だった。
それだけで結婚するに値するのではないだろうかという。

10年前に結婚した水谷譲。
当時、ご主人は二人の子供を連れて『クレイマー、クレイマー』状態だった。

クレイマー、クレイマー (字幕版)



それを見て「私が何とかせねばならん!」という責任感が湧いてきたのがきっかけだった。
若い人、結婚前の人に伝えたいが「私がいないと、この人はもっと不幸になる」というような不幸を予感させる人じゃないと結婚する気にならない。
博多の公園で泣いて武田先生を見つめる奥様を見て憐れで。
「おらぁ不幸になってもいいから、この人を幸せにしたいなぁ」と思った。
でも今わかった。
この人はちっともかわいそうな人じゃなかった。
強い人だった。
大事な「勘違い」。
一度だけの勘違いというのが結婚の決め手になる。

男性はわりとものを置くときに記号的に配列する。−中略−でも、女性は、そのものが「何であるか」よりも「どれくらいの頻度で使うか」を基準にものを配列する傾向がある。(224〜225頁)

「自分の生理的利便性」が女を支配している。
武田先生の家の例。
居間にでっかいアラビア文字の数字の時計を奥様が掛けた。
もう、大きすぎる。
丸い時計で、お盆で。
アラビア文字で読みにくい。
普通の数字買ってこい!
(おそらくローマ数字の時計のことを言っているのだと思われる。アラビア数字は普通の算用数字だから)
それをボン!と置く。
でっけぇ時計が引っ掛けてあると、こっちも落ち着かない。
それで武田先生の家でもあるから「ちょっと時計、大きすぎんじゃないの」と一応言わせてもらった。
返ってきた言葉の鋭さがすごい。
「見にくいのよ!台所から」
台所から見るためにでっかいのを掛けている。
「リビングに来ればいいじゃん」と思う。
かくのごとく、女性というのは生理的利便性に従って物を並べる。
男は趣味に従って並べる。
大体ミニカーとか並べているのは男の人。
「そんな場所取るようなもの、何で買って集めるの?」というのが女の言い分。

お正月のおモチ。
当然だが、神様に近いところがいいから、なるべく高いところに置きたがる。
丸モチ。
神棚とかそのへんに置く。
そこに置こうとすると女は低い方の棚に置きたがる。
「棚じゃありがたみが無いだろう」「片づけにくいのよ!高いところ置いとくと」
「片付けることを考えて物を置く」という。
それはよくわからない武田先生。
女の方が実利的、実用的、現実的。

涙が滲みそうになりながら読んだ一行。
女房に逆らうな。
彼女の主観的秩序が我が家を支配しているのだ。
逆らわず、女房を鑑賞しなさい。
(本の中では女の人が物を置く秩序を「鑑賞」しなさい」という話になっている)
「(拍手をして)へぇ、お見事」って言いながら眺める。
「逆らわれると、どんな小さなことでもイラッとする」という水谷譲。

結婚すると人は変わる。
これは結婚40年50年のベテランだったらば身に染みて理解なさっているはず。
結婚して大いに人は変わる。
まず結婚すると、あなたの体の中に激変が起きる。
どういう激変か?
高嶺の花が少しもうらやましくない。

自家用ジェット機に乗ってる超富裕層の人なんか全然羨ましくないし、ドバイの超高層マンションのペントハウスで美女を侍らせたジャグジーでシャンペン飲んでるアラブの石油王なんかマンガにしか見えない。そういうのは羨望の対象にならない。(234頁)

結婚すると一体何がうらやましくなるか。
結婚をすると「ちょっと上」のヤツがうらやましくなる。

 家賃3万円の風呂なしアパートに住んでいるときには隣の家賃4万5千円の風呂付きアパートに住んでいる人が切実に羨ましい。(234頁)

イタメシ屋で妻と外食。
本日のサービス定食「サラダ付きトマトソース海鮮スパゲッティ」を頼んでいる。
これで充分、デートの時憧れた定食なのに、結婚したら横に座った夫婦者が定食に付いているサラダをわざわざ断って「気まぐれサラダ」を注文し、ピザをプラスした。
その時に「あ、こいつ『気まぐれ』頼んだ」っていう。
これが結婚しての変化。
やろうとすれば自分も手が届く範囲。
イタメシ屋なんかで二人で飯を喰う時に両方サラダ。
これはシェアするとして、ピザをもう一枚追加する。
絶対分量的にはピザを残す。
残すことを前提に頼むヤツにムカッとくる。
それだったらばドバイの空をヘリコプターで自分の運転で飛んで、まぐれで降りてシャンパン飲んでるヤツの方が許せるようになってくる。
バイキングでもそう。
山ほど取って残してるヤツを見るとムカッとくる。
(自分よりちょっと上をうらましく思ってしまう話は、本の中では「結婚をしたから」という内容ではない)

妻の理由の分からない不機嫌。
配偶者の不機嫌は夫婦にわずかなズレを感じさせる時、妻側から発せられる信号です。
ある意味ズレを修正させるべく取引のサインです。
「不快を耐えてオマエと一緒にいてやってるんだ。私の忍耐を、バッグを買うことで補え」という。
これは妻の不快。
女の人は不快を取引の材料に使う。

 配偶者との関係を穏やかで健全な状態に保とうと思ったら、まず「自分はどうすれば機嫌がよくなるのか?」について考える。
 この場合、配偶者のことは忘れてください。配偶者がどうあれば私は上機嫌になるのか、というふうに問題を立ててはいけません。
(239頁)

 倦怠というのは、申し訳ないけれど、自分で自分の人生に飽きている人間が感じることです。自分で自分の人生に飽きているのだけれど、それを認めてしまうと「後がない」ので、倦怠の原因を外部化して、「誰かのせいで人生に飽きている」というストーリーを作って、それにすがりついているのです。(242頁)

この倦怠は実は自分自身に飽き飽きしているもので、実は配偶者は何の関係もない。
ですから自分にもっと好奇心を呼び込みましょう。

自分の中にどんな「未知の資質」が眠っているのか、「未開発の資源」が埋蔵されているのか、それに対して真剣な好奇心を抱いている人は、まわりの人に「飽きたり」しません。(243頁)

「機嫌いい」ってものすごくいい言葉。
機嫌よく生きていきましょう。
最近「不機嫌を売り物にする」とかっていう人が多い。
視覚文化である代表のテレビはそう。
不機嫌な人を主人公に据えたがる。
それで飯を喰えている芸人さんなんかがいる。
でも、絶対にダメ。
あれは一生のマイナス。
とにかく「機嫌よく」。
あなたの機嫌よさを引き出してくれたのは誰か?
そうです。
「不機嫌な配偶者」です。
「ありがとう奥さん。本当にいい人生になっちゃった」
一生に一度そう思えただけで、その結婚は成功なのです。
そして「良かった」と思ったあなたは、この人類史の中で成熟を達成した成人として、そう、若き頃、押さえつけて遮二無二神前で誓わされたあの言葉「一生愛します」を成し遂げた奇跡の人になるわけです。
アナタは気づかないでしょうが、アナタの頭上には神からオリーブの冠が贈られるのです。

ご主人と結婚して「ま、こんなもんだろう」と感じる水谷譲。
やっぱり吹雪の中に立った時、毛布をかぶっていたら、その毛布の柄に文句を言っている暇はない。
「橙色が好きなのに群青色。嫌〜い」とかって、そんなことを言っている場合じゃない。
必死になって我が身に巻き付けておくという。
「とりあえず、これでいっか」ということ。
だから結婚はそういうことをつくづく教えてくれる。

2016年10月24日〜11月4日◆実技、嫁に来ないか(前編)

いつもは内田樹氏の文章には納得が行く部分が多いが、今回の本はちょっとな・・・って思いつつ読んだ。
結婚は自分次第で相手の資質をあまり問わない感じの内容だけど、この人は世の中には本気でクソな人がいるってのをご存じないのかな?って感じで。
まあ、そういうクソな相手しか選べないような人はそれ以前の問題だろって仰せなのかも知れないけど。

困難な結婚



高齢者の爆増とそれから少子。
そういうことで大変大きく揺れている日本。
「子供を増やさなければ」と叫ばれる政治のトップの方が、お子さんがいらっしゃらない。
それから東京の方で一生懸命仕切ってらっしゃる方も結婚は眼中にないという。
子が生まれないどうのこのうのは横に置いておいて、とにかく嫁に行かない、嫁を貰わないという男女がものすごい勢いで増えているという。
そいう時局にあって、武田先生が心より尊敬する哲学者の武道家、内田樹先生が『困難な結婚』という本をお書きになった。
内田先生お得意の「困難シリーズ」。
なぜ結婚は困難になったのか?
これを内田先生が口述筆記ぽく、ざっくばらんな言葉使いで「結婚という制度」を実に哲学的に、しかもわかりやすく説明して下さるという。
若い方への結婚をすすめつつ、倦怠期のご夫婦のためにも「なぜ夫婦であらねばならないのか」というのを懇々と説くという。

結婚のベテランのうちに入った武田先生。
ついこの間、奥様と喧嘩をした。
ムカッ腹が立っていろいろやっている。
でも、それもこれも込みでやっぱり「結婚」なのだ。
まずは結婚しない若い人へ。
この内田先生の御神託。
つづめて言うと「御託」をお聞きいただこうと思う。
内田師範曰く「『もっといい人』というのは、結婚を願う時、絶対にあなたの前に現れません」。
「もっといい人」
誰でも願う。
これは絶対に「もっといい人」は現れない。
このことをまず結婚前の方、結婚をまだ体験なさっていない方は考えて下さい。
時折芸能人でタレントさんあたりが「ビビッときたんです」っておっしゃる方もいらっしゃるがビビッとこない。
また逆の意味で言うと、ビビッとくる人と結婚してはいけない。
結婚とはそんなビビッという電気的なものではない。
これは武田先生が言っているのだが、内田先生も同じようなことをことをおっしゃっている。

結婚の実相、実態について最も正確に娘に伝えられる能力を持っているのは母親だ。
母親が背中越しに娘にボソッと言った言葉こそ結婚の実態だ。
「男なんてね・・・みんな同じよ」
これが最も男の本質を言い当てている言葉だと。

昨日の夜、帰りに渋滞だった武田先生。
もう本当にくたびれた。
富士山の見える湖あたりから車で、中央、東名両方とも混雑の中で、もうラジオばっかり聞いていた。
そうしたらNHKで結構いいのがやっていて、ホイットニー・ヒューストンの一代記をやっていた。
ジャズシンガーの人が彼女の一生を彼女のヒット曲と語りでずーっと。
大変な歌姫で。
でも本当に不幸。
本当に憐れなぐらい不幸な人で。
なぜホイットニー・ヒューストンという人は不幸になったのかというと、やっぱり結婚というものをあまりにも魔法のように考え過ぎた。
内田先生は何と言っているか。

「男なんてみんな同じよ」と言って結婚をせっついたものなんです。
 これはたしかに一理ある発言であって、男はもちろんピンキリなんですけれど、それはあくまで社会生活において際立つところの差異であって、家庭生活においてはそれほど劇的な差異は見られないのであります。
 だって、外ではけっこうややこしいネゴをまとめたり、てきぱきと会議を仕切ったり、複雑なアルゴリズムを解析したり、5ヵ国語を駆使して談笑できたりできるおじさんたちだって、いったん家に帰って、風呂上りにジャージなんか着て「げふ」とか言いながらビール飲んでると、外形的にはピンもキリもあまり変わらないでしょ。外で発揮していたような圧倒的な社会的能力の差異は家庭内では誇示されようがない。
(19〜20頁)

この意見には賛同できず、福山雅治さんとスギちゃんでは家に帰ったら違うと主張する水谷譲。
カッコイイかも知れないが、男は実態において家庭で見せる顔はだいたい同じだと絶対に思う武田先生。
でないと不幸。
福山くんが女性が憧れるような姿勢であの奥さんの前にいるのだったらば、不幸な結婚をしている。
能力がある、セレブであり会議を取り仕切り、5ヵ国語をゆうに使うことができる。
そういう男が家でその能力を発揮した時、その男は女房にとって暴力になる。
飯を喰った瞬間にフランス語で感想を言う。
能力のある男がその能力を家庭で表現しようとする時、女の人はものすごく不幸になる。

結婚とは一体何なのか?
何のためにやるのか?

結婚は「病気ベース・貧乏ベース」(22頁)

貧乏と病気に耐えるため、そのために二人は結婚する。
だから結婚というのは幸せを目指して歩くのではない。
結婚は病気になった時と、けつまづいて貧乏になった時のために結婚する。
病気の時、貧乏な時、人は一人では生きていけない。
病気の時がわかりやすいのだが、貧乏の時もそう。
これが男女というワンペアになると、意外と耐える、看病する。
遮二無二働くようになる。
だから「結婚というのは病気と貧乏という目標に向かってするものだ」という。
危機耐性。
危機に対する我慢強さみたいなもの、それが結婚に男女を誘導する。

では、どうすれば「この人はアンハッピーな時に私を助けてくれる人か」それがわかるのか。
簡単。
それは二人で比較的貧しい旅をすればすぐにわかる。
(本の中では「貧しい旅」ではなく「海外旅行」)
貧しい旅をすると、その男の貧乏くさいところと病気臭いところと両方ちゃんと見抜くことができる。
ハワイとかではなく、もっと貧乏旅行。
その時にそいつが「寒い?」と女の子が寒がっていたら「じゃ新聞紙破ってセーターの間に挟みな」とかって言って。
あれはけっこう暖かい。
破ってセーターの間に入れたりすると、十分な暖房になる。
やたら毛布を買って来たりセーター探してきてとか、そんな贅沢じゃない。
その時にその男に新聞紙を破る知恵があるかどうか。
新聞紙がうまく使える男の人を「この人、生きる力あるな」と思う水谷譲。
野菜を包んだりとか。
「こうすると腐らないよ」みたいな「キャベツ長持ちするよ」みたいな。
そんなことをいっぱい知っているヤツがいる。
そういうのが実は結婚にはもってこいの能力。
何も5ヵ国語とか必要ない。

そしてもう一つが「私にふさわしい相手だったらば、本当の私らしさを引き出してくれるはず」。
こんなふうに夢見ている人がいるかも知れないが、結婚してそんなことは人生に絶対起こらない。
「その人が私にふさわしい相手だったらば、私はもっと自分らしさを発揮できる。もっと元気になれる。もっと自己実現できる」
そういうことは人生には起こりません。
内田先生の説明が単純明快でわかりやすい。
栄養補助薬や薬を飲んで、健康を私は保っている。
「実はその薬のお陰だ」と信じている人はいませんか?
でも、その薬が効いているかどうかは確かめようがありません。
この世の中に「サプリを飲んでいないアナタ」はどこにもいない。
比較できない。
「確認しようがない」ということ。

 結婚が適切であったかどうかは、「この人と結婚しなかった自分」を連れてきて、それと比べるしかないんえすけれど、そんな人はどこにも存在しないんですから。(40頁)

内田師範曰く「コミュニケーション感度」。
アンテナみたいなもの。
そういう言葉を文章の中にポンと置いて。
他者の呼びかけに応答する能力。
これを塞いで自分の受け持つ仕事のみの効率を急ぐ時、自分の体が発信してくるシグナルを聞き逃す。
そういう構造になりえると先生はおっしゃる。
つまりこういうこと。
「誰を結婚すべきか」という問題に自分だけの正解を求めないでください。

「どういう仕事をすべきか」「誰を結婚すべきか」みたいな本質的な問いにシンプルな一般解なんかありません。そのつど唯一無二の特殊なケースなんですから、真剣に葛藤しないといけない。(51頁)

葛藤を経由しないと自分の身体が発するシグナルに鈍感になる。
その矛盾に耐えられないと免疫不全になってしまう。
一つの正解にとらわれてしまっていると自分の体の声を忘れてしまう。
この内田先生の言っている「自分の体のシグナルにもっと私達は敏感でなければならない」。
「誰と結婚したらいいんだろうか」というのではなく、体が発するシグナルに耳を向けて「何かアイツといるとホッとすんなー」とかっていう。
そういう「身体ベース」「体ベース」で結婚というのを考えたらいかがか。

内田師範曰く「他者の呼びかけに応答する能力、これを塞いで自分の受け持つ仕事のみの効率を急ぐ時、自分の体が発信してくるシグナルを聞き逃す構造になりえます」。
つまりこういうこと。
自分の体が発するシグナルに耳を塞いで、自分がやらなければならない仕事に追われるという性格にしてしまうと、過労死の危険性が出てくる。
この「過労死する人」というのは、その仕事を嫌っている体のシグナルを無視して「やらなければならない」と思うモチベーション、動機に引きずり回されてしまうという。
「給料はいいから頑張らないとダメだ」「バイトから一生懸命我慢してやっと正社員にしてもらったからここで頑張ろう」「立派な会社に入ったんだから、私には辞めることはできない」「何が何でも頑張るんだ」
一つの正解にとらわれてしまっていると、その仕事を嫌っている自分の体の声を忘れてしまう。
これは何でここで持ち出したかというと先月だったかにあった。
「死んでしまいたい」 過労自殺の電通社員、悲痛な叫び:朝日新聞デジタルこの件かと思われる)
ものすごく切なくて。
「何日もお風呂に入っていない」と。
女子社員なのに。
目が真っ赤に充血して会社に出て行ったら上司から「目なんか充血させるな」と言われて。
「私には目を充血させる自由すらないのか」とかという。
全身で仕事を拒否しているのだが、結局この女性は自殺に追い込まれてしまう。
ちょっとおじさんとしていらだつのは「辞めりゃいいじゃん」と思う。
内田先生の言っている「自分の体のシグナルに、もっと私達は敏感でなければならない」。
この時にこの手のことに関して内田樹先生が「体が嫌がっているという、もうどうしようもないことを頭でねじ伏せようとするから、体に矛盾が起きるのじゃないか」。
「そのためにみなさん、結婚って便利ですよ」と言う。
(そいう記述は本の中には見つからず)
内田先生は「体が葛藤している時にパートナーがいると実に便利です。妻が頭で一生懸命、自分の体の悩みを押しつぶしている時に、気付くのは夫です」という。
「張り切っているわりに君、会社に行く足取りが重そうだね」とかっていうことを指摘してくれるのはパートナーです。
(このあたりも本の中には見つからず)

総合診療医 ドクターG - NHK
この番組を見ていて武田先生がハッとしたこと。
心臓病なのだが「手術をしたらどうすればいい?」とか。
それを役者さんが再現ビデオに出てきて語り始める。
「胸の苦しさはいかがです?」と訊く。
そうすると旦那さんの方は「いや、そうでもないんだけど」と言ったら奥さんが「いえ、この人、秋口ぐらいからちょっと様子がおかしかったんです。階段を上る時、この人何度も足を止めたんです。そんなこの人を見たのは私、初めてでした」。
パートナーの方が相手の異変に気付きやすい。
旦那は乗り切れると思っているし「そんな大したことじゃない」と思う。
やっぱりお医者さんに行く時に足を向けるのは女房の一言。
朝に機嫌よくメシか何か喰っている時に、ボソッと「変な咳してたよ」とかって言われるとゾクッとする。
ああいう医者にも勝る言い方をしてくれるのはやっぱり・・・。
ということは、悩んだり心配事を揺さぶってくれる「元」。
それが夫であり妻。
それがいないと人間って自分の体のことに関して全く気付かずに、ずっと遊びまくっている。
「顔色悪いよ」とかって奥様から言われるとギクッとする。
他にもいろいろギクッとすることはあるが。
「どうしたの、この下着」とか。
そういう「女房がギクッとすること言うぞ」という。
他人は絶対言ってくれないようなことを言う。
結婚していなければ自分の体というものに関して、ほとんど人間は悩まずに自分の体を黙らしてしまうという。

武田先生の独り言。
人が人を好きになるというのは、本当に傲慢なものです。
たくさん異性がある中で「あの人でなければダメ」と泣きじゃくるわけですから。
相手と不釣り合いで、相手が既婚者であろうが、言葉が違おうが、別の宗教の人であろうが、貧乏であろうが。
希望が細ければ細いほど、恋は真っ赤に燃え上がるという。
恋に希望があるとつまらない。
「デートしよう」と言ってデートできない事情が複雑であればあるほどデートしたくなる。
何か障害とかがあった方が燃える。

人を好きになる、一緒にいたくなるという心情そのものの起源を誰も知らないからです。それは神さまの領域の出来事なんです。だから、結婚式では人間の人間性の起源について、人間は何も知らないという事実をもう一度思い出すために神さまを呼び出すのです。(97頁)

 われわれは誰もでもが「母語の習得」という仕方で、自分が「この世にそんなものがあるとは知らなかった秩序」のうちに参入しています。−中略−
 人間は成熟するために「いま・ここ・わたし」という閉域から外へ踏み出さなければなりません。
(100〜101頁)

この手順で人間は人生を積み上げていく。
私達は「私の価値観」や「倫理観」とは別の物差しで生きている、何か「大いなるもの」に向かって歩き出す時に何事かを誓う。
「神がかったもの」に向かって自分の成長とか成熟を誓う。
高校、大学、社会へと歩き出す時、私達は合格祈願などと言って神社に立ち寄ったり、あるいは無事に就職が決まると親子そろって墓参りをしたり、父母がしていたように花や水を石の墓碑に供し、手を合わせ、祈り誓う。
「この世ではないもの」そのものを呼び出す。
結婚も同じ。
「私」の理解も共感も絶した「他者」と一緒に暮らそうと決意した時、私達は神を呼び出して誓う。
嫁とは何か?
武田先生の立場から言うと「他者」。
本当にこれはいい言葉。
あれは「他者」。
だから「他者」嫁と結婚する時は武田先生も神を呼び出して誓った。
その「誓い」とは一体何かというと、結婚という出来事を「私」のことにしないで「公」のものにするということで誓った。
誓いはもう子供の時の誓いと同じ。
「嘘ついたら針千本飲〜ます♪」
教会で式を挙げた武田先生。
「富める時も貧しい時も病める時も愛を誓うや?」と言われた時に、本当は「ちょっと自信ないんですけど」と言いたかった。
それを押さえつけて「誓います」って言う。
むりくり言わせているからこそ、あの呼び出したものへの「誓約」というのは生きてくる。
あれが本音で「ちょっと今んとこ、自信ないんですけど」とかっていうと、あれは誓うことにならない。
「これは無理かもしんないな」と思うと、ずっと心の中にわだかまりができる。
それがずっと何十年かやっていくうちにフッと「守ろう」という気になっていく。
結婚の「三年目の浮気ぐらい〜♪」の時はダメ。
あの時は「あれ?こんな・・・チッ!もっといいやついたじゃん!」とか、いろんな素材がある。
互いにジジイとババアになると本当に。
奥様と喧嘩をする。
でも時折あの顔を見て「もうこれでいいか」と思う。
向こうもそう思っている。
こっち側だって睾丸は下がるだけ下がっている。
お互い重力で下がるものは下がっちゃって。
それが見つめ合った時にお互いに「これでいいか」とつぶやいた時、それは少なくとも「愛」と呼べるのではないか。

結婚をしたらどうするか?
ひたすら愛と共感に基づいて行動してください。
一番大事なことは「結婚は契約ではありません」。
契約行為ではありません。
あれは何せ神様を呼び出して誓ったわけだから「担保」とかもないし「月々いくら払う」とかそんなものも何も決まっていない。
だからいわゆる「契約」ではない。
連れ合いの欠点をいくつ見つけるか。
それが結婚生活。
それをあえてマイナスとしてカウントしてはいけません。
相手の欠点をマイナスでカウントせずに、逆に相手の優しくされたりなんかするという長所をプラスとして足すだけ。
そういう採点方法でパートナーを審査しなければなりません。
絶対に減点法はいけません。

モリタさんという歯医者さんから言われた名言。
車を初めて買う時、知ったかぶりの先輩は必ずアナタにこう言います。
「どうせ免許取り立てでさ、どっかぶつけるからさ、買う車はさ、中古でいいよ中古。少しバンパーぶつけたりなんかでへこんでるヤツ買った方が、もう安心してぶつけられるから」
このアドバイスを真に受けてはなりません。
世の中で一番恐ろしい言葉は「どうせ、ぶつける」。
これは呪いの言葉と同じです。
「どうせぶつける」という言葉を信じてしまうと、どこかにぶつけて「あ、やっぱぶつけた」とあなたはぶつけることに安心してしまう。
これが実は結婚と同じ。
結婚とは一生を賭けての大事業。
自身はバツイチである内田師範は、ゆえにストーンと胸に落ちるその言葉で私達に教えて下さる。
ぶつけないために全力を尽くす。
そのためにはどうしたらいいか?

だから初心者はぴかぴかの新車を買った方がいい。かすり傷ひとつつけちゃいけないという気持ちで運転するのが一番安全なんだ(120頁)

それが、水谷譲は人前で誓った、武田先生は神前で誓った、あの誓いの言葉。
あのむりくり言わされた「生涯愛します」という。
本当は全く自信もないくせに。
それは「絶対にぶつけるなよ」という。
ここで日本の素晴らしさは「結婚に契約を持ち込まない」こと。
アメリカの不幸は何かというと結婚に契約を持ち込む。
いい例がブラット・ピットとアンジェリーナ・ジョリー。
あれはもう結婚する時に決めている。
「遺産はどのようにして分ける」とか。
アメリカは合理の国だから。
でも結婚は合理じゃない。
神秘主義の人じゃないと結婚できない。
だから自信が全くないくせに「絶対ぶつけません」とかって言う。
そう言わないとぶつける。
これは本当に名言。
「むりくり言っておいてよかったなぁ」と思う武田先生。

 結局は結婚関係っていうのは、ある意味で「権力関係」なんだということをそのとき学習しましたね。どっちかが「ボス」なんですよ。そうじゃないと安定しない。(136頁)

 向こうが「ボス」で、僕が「手下」という関係のときは、それなりに安定していたんですけれど−中略−
 食わせてもらっていたときは何を言われても「はいはい」と従っていて、それで何の屈託もなかったけれど、こちらの方が家計の支え手になると、今度は妻にあれこれ指図されるのが「かちん」と来るようになる。
(135〜136頁)

離婚の果て、内田師範は赤子を一人背負い生きてゆかなければならなくなる。
彼はここで実に不思議な体験をする。
不思議な体験というのはやっぱり「愛」。

2017年03月16日

2016年11月28〜12月9日◆オオカミがいないとウサギが滅びる(後編)

これの続きです。

「生態系というピラミッドごと考えよう」と。
「その考え方の中に農業の革新というか、やらなければならないことがたくさんあるのではないか」というのが著者からの提案になっている。
農業のあり方、やり方。
この方はとにかく「田んぼというのを生態系が循環する歯車の一つにしよう」と、そんなふうにおっしゃっている。
例えば「冬水田んぼ」といって「冬でも田んぼには水をひこう」と。
そうすると田んぼの泥水の浅瀬にプランクトンが発生し、そこからミミズとかユスリカとか。
さらに脇にはドジョウ、フナ、そういうものが棲み付き、それを目当てにしてシラサギ、カワセミが田んぼにやってくるようになる。
そんなふううにしてピラミッドを下から丁寧に、土から丁寧に作ることを繰り返せば、日本の農業、日本の自然というものは必ず元気になる。

 田植えは、大きく育った成苗を、できれば一本ずつ、多くても三本を限度に植えていく。
 近年の田植えでは、まだ小さな稚苗を五、六本ずつ植える傾向があって、むしろそれあ常識のようになっているけれど
(127頁)

 一方、大きく育てた丈夫な成苗は、健康で病気にもかかりにくい。その上、分ゲツの数が多くなる。多い場合には一株が二五本以上に分ゲツする。しかも一本の穂につくモミの数も圧倒的に多い。慣行栽培が七〇粒程度なのに対して、一二〇粒を超えることも珍しくない。(128頁)

 除草のいらない有機で、大規模栽培するアイディアを提案していのは、前述した九州大学の金澤先生である。−中略−代掻き後の田の表面を、竹繊維を原料にしたマルチング素材で覆ってから田植えをする。−中略−竹繊維の表面では光合成細菌が繁殖して−中略−病害虫からの免疫力を高めてくれるのだという。(133〜134頁)
 
熊本県の益城あたりでその実験が今、行われているという。
例の地震の被害が多かったところだが、地震にもめげず、頑張って日本の農業のために発見をしていただければと心から祈っている次第。

この間も朝のラジオ番組を聞いていたらやりあっていた。
番組のディレクターさんが「近代農業を開発する」という大学の先生を呼んできて未来の農業を語らせる。
そうしたら各地のお百姓さんから「科学的に農業をやるのはどうかと思う」とかっていう反論がどんどん入ってくる。
そういうのはバランスが難しい。
その中でも有名だったのは水耕栽培。
オランダがやっている「水で野菜を作る」というのが日本の農家の方は納得しないようだ。
オランダは巨大な金属のタンスみたいなところにバーっと脱脂綿か何かで野菜を植えていって、水の中に栄養素を流し込んでニョキニョキ伸ばすという。
それをやると、表に出さないから農薬が少なくて済む。
太陽も人口灯を当てて、例の青白い光。
だけどやっぱり日本の農家の方は頑固で「そんなものは野菜じゃない」とかっておっしゃる方が。

一個だけ武田先生も納得したのだが、ものが「美味しい」「美味しくない」というのは「雑味」。
まじりこんだものが美味しい。
だからピュアなものは美味くないという。
「雑味が味を決定する」という考え方がすごく好きな武田先生。
雑味に関係しているらしいが、今、日本各地で伝統野菜が次々に復活している。
これは大手の種苗会社があって、全国統一の「F1品種」。
これは種を残さない。
種を残さずに実だけに集中する、葉っぱだけに集中するという一代限りの野菜。
そういうものがだんだん嫌われ始めた。
個性派の野菜。
「京野菜」とかある。
あの手のものが復活しているらしい。
山形、福岡、熊本、そして東京あたりでは檜原村。
このあたりで伝統のジャガイモ作りなんかが行われているということだ。
そして常識を覆す。
なかなかやる人がいないようだが、水田の「不耕起」。
例の田起こしとか一切やらないっていう。
水を張ったまんま稲を育てるという。
それで水田に黒いビニールを張って、光を跳ね返して雑草を枯らすとかっていう、そういう農業があるのだが、あまり評判がよくない。
何か一つよい知恵がないかというふうに思う。

本の後半は全部農業の方に傾いていく。
農業の上手くいった例なんかを挙げつつ。
山田さんが懸命におっしゃっているのは、農家の方々に分かって欲しいのは「省力化は必ずできる」という。
田舎から江戸にやってきた人間にとっては農業というのは遠い世界の産業ではない。
何とかしなければいけないが切実な問題。
熊本にとっくに80代半ばを過ぎた義理の母がいる武田先生。
それで土地を持っている。
今、貸したりしているのだが、貸しても貸してもまだある。
それぐらい、なかなか土地持ち。
見渡す限り持っていたらしいが「戦後の農地解放で取られて」と義理の父が舌打ちをしていた。
ところが、もうそれが母親としては手放すのは嫌だが、草が生えてくると、もうものすごく身が縮むような思いがするという。
それを何とかしなければいけないのだが・・・。
武田先生の奥様も農家を継ぐというのはないし、お兄さんも商社マンなので「どうすべぇか」ということなので。
義理のお母さんが時々「百姓はよかことはなかですばい」と言うと、何かジーンときて励ましようがなくなる。
奥様もそう。
奥様も眉間に縦じジワを寄せて怒る。
「小さい田んぼでもやろう」「そんな甘いもんじゃないのよ!」って言いながら。
父母の苦労を見たのだろう。
武田先生が「趣味でやろうか」と言っても激怒するように、非常に沸点の低い話題。
山田さんみたいなこういう大学の教授さんたちは(著者の山田さんは大学の教授ではないようだが)「そんなにつらくないはずだ」と。
農業において「省力化はきっとできる」と。
農薬、化学肥料、除草化、機械化。
これで、まあ何とか戦後農業は生き残ったけれども、省力化は絶対間違ってない。
農業というのが今まで少なくとも日本の地面、土を守ってきたんだ。
これからはその土を財産として活かそうではないか。
こんなことをおっしゃっている。
有機栽培と省力化。
これは必ずできるはずだという。
今年(2016年)、野菜が不出来で高騰が続いた。
あれは一つは「F1種のせいだ」ということも言われている。
F1種というのは「種をうんと小さくする」とか「種をなくする」。
それから葉っぱに関しても硬いじゃなく「柔らかいものができるように」と。
消費に向けて作られた野菜というのは、どこかワイルドではない。
ワイルドだとどうなるかというと、雨が多かったら耐える。
野菜自身が「今年は雨、多いなぁ。ちょっと葉っぱ広げるのやめとこう」って言いながら、自分で環境に合せる体力を持っている。
ところが今は雨が多かったら、もうすぐ葉が腐っちゃうっていう、野生種のガッツを持っていない。
確かに採れる量は少ないかもしれないが、ちょっと聞いたところによると、今年は有機の方の野菜の方は順調らしい。
ちゃんと雨が降りやんでから葉っぱを出すそうだ。
だから、普段は高いって言われている有機の方が値段が安定しているという評判だ。
こういうこともあるので、一側面だけで農業みたいなことを考えないでください。
農業の方に「知恵を貸そう」という大学の先生方がたくさんいらっしゃるのだが、山田教授が(多分教授ではないと思うのだが)こんなことを言っている。
有機をやるんだったら畑だけ有機とか稲作だけ有機とかそんなんじゃダメだ。
野菜、養鶏、牧畜、稲作を有機にしておいて、その真ん中に「不耕起」耕す心配のない栽培でぶどう畑を作って観光ぶどう園にしておいて、お客に来てもらうと同時にそこにワイナリーを置く。
それでぶどう酒を造りながら畑に行って養鶏をやって牧畜をやって稲作をやって野菜を作ろう。
これが「できる」とおっしゃる。
それから「お客様を迎えられる農村をみんなで作りましょう」と。
そうすると「全然違う農業が姿を現すはずです」という。
(このあたりの話は本の中には見つけられませんでした)
この辺はちょっと未来の話。
野菜、養鶏、牧畜、稲作、ワイン造り。
著者の山田さんは「もう専業農家ではダメなんだ」と。
兼業農家、それもマルチ。
「それこそがこの農業を、あるいは地方の農業を切り開くキーワードである」と。
農業、あるいは川での川漁師、ワイナリー、それから蕎麦屋の店主。
こういうことを自らで兼業にすれば生活は必ず楽になると。
そういう知恵を今こそ持つべきで。

最近武田先生がすごく気に入っている言葉。
「スペシャリストがヒーローの労働者であるという時代は終わった」
兼業。
もう島から村から浦(?)から、何かいろんなことをやる「ジェネラリスト」「分業で生きていく人」そういう人が主役の時代がやってきた。

最近、山の様々な木の個性を生かして物づくりをする職人さんたちが、現れ始めている。
 山の木は、種類によって、色合いも木目もまったく違う。箱根細工という伝統工芸は、そういした木々の色合いを様々に組み合わせた「寄せ木」の技法で作られたものだが、最近の潮流は、そうした「寄せ木」とは別の発想で「木の個性」を生かした家具である。
 たとえば「引出しの鏡板がすべて別々の木でできているタンス」「天板がたくさんの木の集成材でできているテーブル」などである。
(161頁)

一種類の木から家具を作るため、一つの木を同じ山に植えて埋め尽くすということは、もう「おかしいんだ」と。
「自然に反しているんだ」と。
それだったらさまざまな落葉樹林帯を作って、そこからウッディなものを作るという。
こういう「ジェネラリスト」「分業者」っていう人たちが時代の真ん中に飛び出してきてもいい時代ではなだろうかというふうにおっしゃっている。

もう一回繰り返すが「日本の山谷にもう一度オオカミを放つ。そのことによって食物連鎖のピラミッドの頂点を作りさえすれば」というのを著者の山田さんは「現実的ではない」と。
「オオカミが今、厄介な鹿を捕えるとは決まっていない」と。
オオカミはもっと小さな小型のウサギやネズミに向かって安全に生きていくという、そういう道を選ぶ可能性も大だから。
「オオカミさえ放てば鹿はいなくなる」というのは「あまりにも現実的ではない」と。
それよりも逆に「絶滅危惧種と言われている若い猟師さんを育てた方が早い」という。
どこか東京とかにいたマタギの若い女性。
骨でボタンを作ったり細工物を作って鹿は飾り物にして。
皮は全部別のものにして肉は全部食べるという。
ああいう女性たち、あるいは若い男性を育てた方が「農村のためには実に現実的だ」という。
そういう意味で、その手の「ナチュラリスト」っていう人たちが増えている。
「マリファナは体にいい」という人たちよりは「鹿をみんなで食べましょう」「一発で仕留めないと肉がダメになります」という方が好きな武田先生。
こういう若い人たちに林業に参加してもらう。
林業の他に若い猟師として、マタギとして。
ジビエ料理、あるいはジビエレストラン。
それからソーセージ業界に売り込む。
絶対いける。
乗ってくれる。
つまり「エリア全体のためになる」と思えば。
シカ肉をソーセージにするとかっていう新しい調理方法があれば。
それからもう一つはペットフード。
ペットフードに鹿さんを、あるいはイノシシさんを。
そうすると、ちょっと違う価値観で農村の鹿対策ができるのではないかという。

関東近郊で人口減の市町村の「過疎」。
この過疎の市町村、そこではいわゆる農地が放られっぱなしになっている。

 余った土地を、とりあえず農地に戻していってはどうだろう。(170頁)

「土壌流失とはそれほど深刻なのである」と著者は訴えている。
土がどんどん無くなっている。
これを何とかキープするために家庭菜園として都市部の人に貸し出すという、そんなことをやっていただけませんかという提案。
わずか20〜30坪でいい。
それが万単位になれば立派な農業足りうる。
「素人農業エリア」というような。
これはもう乗り出しているところがあるのではないか。
なるべく頑張って有機。
いわゆる農薬、それから除草の無い、水管理のみの農業にすれば。
「そういう方策をこれからいくらでも考えましょうや」という。

小学校でヤギを飼い、それで除草業を始めた学校がある。
これはよくニュースになっている。
ヤギを飼ってヤギを貸し出す。
それで繋いでおくところをきれいに。
世田谷なんかも業者の人が草を刈ってある。
あれを世田谷区がヤギを飼うことでヤギをずーっと。
このヤギのミルクから給食のチーズを作る。
そういうところまで役に立っているそうだ。
食料自給率というところを小さいところから積み上げていくという。

沖縄にはヤギ料理がある。
ヤギ料理は臭みがあるので素材つくりが難しい。
ヤギは男(オス)の方が美味い。
男も年齢があって、歳取ったヤツは肉が硬くてダメ。
若い男。
もっと厳しく厳選すると若い男でも女(メス)を知らない方がいい。
「女を知らない」と言っても子供過ぎると美味しくない。
パッと色気が出て「今晩ヤリたい」ってヤギが思っている。
そう思った若い発情したヤギの・・・。
だからメスで判断するそうだ。
その肉とそのあたりが最も美味いというので。
ただの伝説だと思うが、それをしきりに言う人がいた。

東京と言うのはそういう意味では、あの問題が提案してある。
アスファルトで土がない。
東京は下水へ流れ込むシステムで水害を起こしている。

 要は、いまある庭の雑草を抜くのをやめ、定期的に刈り払う方式に切り換えよう、という運動である。(180頁)

だからヤギは便利なんだ。
でも人間と言うか管理の方もそうやってらっしゃる。
雑草の根は抜いちゃいけない。
そのまま残しておく。
梅雨時、雨が降った時にその根が水を吸うと、すっごい量吸える。
これはすごい知恵。
それに雑草もよくしたもので時期をずらしたりするらしい。
雑草は一斉にバッと育ったりしないで、花が咲く順番に散らばりがある。
ああやって種を守る。
向こうもさるものなので「根は抜かずにそのままに」という。
だから刈る手間というのを残しておくと、梅雨時に雨が降ると根から吸うことによって伸びる。
伸びることによって水を処分していくという。
これはなかなかすごい知恵。
かくのごとく、著者は様々な知恵を自然界であてはめて、人間の都合だけで自然を見ないように。
「鹿が増えた。ならばオオカミを放て」そうすると「オオカミが鹿を喰う」。
そんな図式ではなくて生態系のピラミッド全体を眺めるという。
そういうところから自然を考え、自然の横にある農業というものを考えない限り、やっぱり「オオカミがいないと、ウサギは滅んでしまう」のだ。
何かそういう「全体」を考えないと。

『三枚おろし』は今日の朝刊に載っている時事を一切扱わない。
大昔に戻ったり、何年か先、何十年か先のことを語ったりという。
時制としては「ナウ」「今」が無いという。
ナウくない番組。
いろんな問題があると思う。
対ロシアの問題にしてもそうだし、新生アメリカにしてもそうだし、中国に関してもあるが、いつも武田先生が空想することが一つある。
中国のガス田開発というのが日本の海域に迫ってきて、手を突っ込んで日本の海域からガス田のガスを引き抜いてるんじゃないかと疑いが持たれたりする。
でもあのガス田の立坑でパイプを入れているところは、どう考えても台風の通り道。
「あんなところで本当にガス採れるのかな?」と思うのが一つ。
それからガサーッと魚を獲っていくので困るが、例えばサバなんかをガバガバ獲っているという中国の漁船がいる。
この間ドキュメンタリーで見ていて、中国の漁船はものすごく大型化して、もう韓国なんて機関銃で撃っている。
それぐらい横着。
人の領域に潜り込んできて魚を獲って、大国中国をバックにして逃げない。
だから先月韓国の警備隊が撃った。
(ネタ元が既に削除されてしまっているようだが2016年11月に報道された韓国の海洋警備当局が、違法操業をしていたとしてだ捕した中国漁船をえい航していたところほかの中国漁船が多数集まって妨害しようとしたため、機関銃をおよそ600発撃ち、中国漁船の違法操業に対し従来より厳しく取り締まる姿勢を示しました。という件かと思われる)
でも一つだけ中国の漁船に関して思うが、掃除していない。
船体の汚れがすごい。
船体の白いところに水垢の茶色がバーっと。
汚い昔のおトイレのおしっこの跡みたいなのが。
というのは、何が言いたいかというと中国の漁民の方で「好きで魚獲ってる人」が少ない。
日本の漁船と比べてみると、やっぱり手入れをしている。
中国は漁船としてはデカいかも知れないが、やっぱり手入れしていない。
雑。
やっぱり好きでやっている方が少ない。
そのへん、やっぱり休みの日は船を洗った方がいいと思う。
喰い物を獲るわけだから。
そんなふうにしてコマメなことを考えると、尖閣問題とか南の方のフィリピンの漁場の問題に関しても、別種の角度で見た方がいいんじゃないかと。
武田先生がちょっと心配しているのは、とにかく中国という国に関しては「食糧輸入国」になったということ。
もう小麦ができない、足りない。
小麦って、麺で生きている国。
余計な世話だが、やっぱり中国には農業大国であって欲しかったと思う武田先生。
中国から農業を引いてしまうと中国じゃないような気がする。
絶えず10億以上の人口を養う立国の条件として農業を持っている。
非常に熱心な大地を耕す中国人民がいるという。
何かそれが中国の大地のような気がする。
今、その中国は軽工業で稼いでいる。
「加工」で。
でも「加工で稼ぐ」というのがそう続くだろうか?
間違いなく言えることは、福岡に行くとわかる。
福岡のビルの窓を見てください。
もう全部、土埃。
中国からやってきたPM2.5に混じって中国の地面の土が福岡のビルの窓に張り付いている。
飛行場でタクシーに乗っても、窓がちょっとでも汚れていたらそれは絶対に昨日か一昨日に付いた中国の土埃。
それぐらいものすごい勢いで日本海と九州の上空に砂粒を落としている。
ここはもう、もしかすると農業に戻れないかも知れない。
とにかく今、中国共産党を含めて北京政府が身を焦がすぐらい一生懸命やっているのは「海に境界線を引いて国境を広げる」という。
海に関してはすごい信仰が今、中国にある。
「海は豊かさの源泉」みたいな。
「海に興味を持った中国人」というのは中国の歴史始まって以来だから「このへん大丈夫なのかなぁ」というふうに懸念している武田先生。
それからアメリカについてもそう。
米国のかなりの人数の方が「トランプ手品をやるような方が大好きだ」という国になっちゃってる。
彼の仕事は不動産屋さん。
土から離れた人。
数代前の大統領、例えばカーターさんは農園の経営者だった。
それよりもやっぱり不動産屋さんが人気を集めるというようなのは土に関する生態系が中米ともに少し歪んできているのではないだろうかという。
そういう意味で日本の農業を何とか頑張っていきたいというふうに思う。

2016年11月28〜12月9日◆オオカミがいないとウサギが滅びる(前編)

番組の中で著者の山田健さんの名前を「けん」さんと言ったりしていることが何度かあるが、本によると「たけし」さん。

オオカミがいないと、なぜウサギが滅びるのか (知のトレッキング叢書)



オオカミファンで「オオカミを放てばよいことあるぞ」みたいなことを語っている本を『三枚おろし』で好んで次々と取り上げている武田先生。
犬好きが高じてオオカミのツラつきが気に入ってそんなことを言っているのだが、山田さんは逆の意見。
「そんな簡単じゃないよ、自然は」という。
だから反対意見の方も取り上げてみようと思って。
山田さんというこの博士(調べてみたけど、著者が「博士」であるというデータは出てこない)はどこから話を説くかというと、土から話し始めるという。
土というのがすごく重大で、動植物が分解されて、土砂が接着して生成された団粒構造の土壌というのがある。
土が何でできているか?
岩石なのだが、ミミズが喰うことによって土になる。
全ての土を作ったのはミミズ。
ミミズは土を食べて、お尻から出した時にウンコが土になる。
だから「大地作ったのはミミズだ」という説もあるぐらい。
ミミズの力によってあの土の一粒にレンコンのように細かい穴が開いている。
それが自然の一番底辺。
自然の一番底辺はこの土だということ。
ここから自然界が始まる。

こうして「団粒化」した土壌の上に雨が降ると、相当激しい豪雨でも、ほとんどの水はスッと浸み込んでしまう。−中略−団粒化した土壌の深さが一メートルあれば、五〇〇ミリの豪雨でも簡単に浸み込んでしまう。スポンジ状の空間に蓄えられた雨水は、さらに深いところに浸み込んで地下水になったり、斜面方向に地下を流れて谷にゆっくりと浸み出し、清冽な渓流水になったりする。(14頁)

だから「土こそが全ての自然界の土台なんだ」と。

 地球上で無機物から有機物を生産できるのは植物だけと言われている。−中略−
 植物は、太陽エネルギーを使って二酸化炭素から糖を合成し、それを元にして、あらゆる有機物を合成していく。
(17頁)

その植物を食物とする動物と、その食物を食べた動物を食べる動物。
それによって自然界の「食物連鎖」というピラミッドが形成されている。
このピラミッドこそが重大である。
ピラミッドの構成全体が大事。

 ただし、アンブレラ種の「子育て支援」のためには、とんでもなく広い行動圏を環境的に守っていく必要がある。イヌワシでは、最低でも一万ヘクタール。クマタカで五〇〇〜一〇〇〇ヘクタールというから大変だ。
 ちなみに、東京ディズニーランドが約五〇ヘクタールだから、クマタカでもディズニーランドの十数個分が必要で、山手線の内側、約六三〇〇ヘクタールのすべてを立派な森に再生しても、わずか一〇つがい程度しか棲めないという計算になる。
(23頁)

(番組の中ではこのあたりの説明で「タカとか熊」と言ったりして混乱があるが、本によると「クマタカ」)

『ザ!鉄腕!DASH!!』(日本テレビ系)
あれは本当にすごい。
彼らのプロジェクトの中で、東京のど真ん中で「生態系を自分たちで作ろう」という試みをやっていて、東京のど真ん中のある学校の屋上を借りて、そこに草花を咲かせて「自然を」という。
このあたりかと思われる)
よく調べると新宿でタヌキがいる。
あれはビックリする。
リーダーの城島(茂)君がこの間、秋のシリーズか何かで稲刈りをやっていたのだが、後ろから見ると完璧に「福島のお百姓さん」。
カマで刈って、腰が入っていて見事。
藁を抜いてクルクルっとまとめて束にしていくというのが。
ああいう彼らのテレビ番組を見ていると自然というのが本当にわかる。
「島で生きていく」とか。
それからもう一つ、横浜の海岸に「ダッシュ海岸」を作って魚を呼ぶヤツ。
DASH海岸
あのシリーズが面白いと思う武田先生。
やっぱり自然のバランスというのは本当に難しい。

自然の一番の重要なポイントだが、頂点をなくすと、たちまちピラミッドが崩れる。
そういう意味で武田先生がオススメの日本の山谷にかつて頂点としていたオオカミ。
これは70年前、戦後日本でニホンオオカミが絶滅するのだが、そこからそのオオカミを狙う猟師さんという天敵も消えた。
非常に日本の自然というのは頂点をなくしているという。

日本の山谷の頂点にはかつて戦前までオオカミがいた。
70年前、戦後日本でニホンオオカミは奈良を最後に絶滅した。
それで山の環境も変わって、「マタギ」猟師の人たちもたちまち商売にならず消え失せて、日本の自然界は頂点の獣をなくす。

 二〇一三年の環境省の発表によると、一九八九年に全国で三五万頭ほどだった鹿が、二〇一〇年の段階でおそらく三二五万頭に増えているという(26頁)

滅茶苦茶増えている。
10倍。
もう鹿はヤリっぱなし。
セックス大好き。
2016年では一千万頭いくのではないかと。
最近はすごい。
「鹿の体当たり」があるとか。
今年(2016年)の秋口は、しかも街の真ん中まで来ている。
まずは鹿の害から言うと、鹿の害がクマの被害を呼んでいるところもある。
鹿というのは背の届くすべての草木を喰い尽くす。
それで、その喰い物を探しに猪とか熊が街まで降りてくるというワケだ。
武田先生は「オオカミを日本の山谷に放てば」ということをこの番組(『今朝の三枚おろし』)でその手の本を取り上げた(こういうのとか)のだが、山田さんはこの考え方には大反対。

「だったらオオカミを導入すればいいじゃないか」
 なんていう素晴らしいアイディアを思いつく人が、必ずいる。
 バカなことを言ってはいけない。
−中略−
 その上、オオカミの主食は、通常、もっと小型の動物なのだ。
 オオカミなんかを放ったら、鹿のおかげでそれでなくとも激減しているウサギやネズミが、真っ先にトドメを刺されてしまう。
(30〜32頁)

ハブが増えたのでマングースを放したら、マングースがハブと闘わないでニワトリばっかり喰って歩いたという。
それで害獣になっちゃったという。
なかなか自然というのは。
だからマングースもやっぱりハブとは闘いたくない。
危ないから。
「鹿を害獣と考えてオオカミを導入する」という発想こそ、ピラミッドを消してしまうことになるのだ。
害獣を産んだのはあくまでも人間であって、勝手に決めてはいけない。
その一例として著者は別の例を挙げてある。

 カシノナガキクイムシ(以後、面倒くさいのでカシナガと省略する)というのは、体調四〜五ミリの小さなキクイムシで、いま、日本中のブナ科の植物を枯らして回って、世間の注目を集めている虫である。(36頁)

(番組の中で、この虫のことを「毛だらけ」と言っているが、実際には毛虫ではないようだ)

 しかし、この虫も、本来はいい子だったはずなのだ。彼らは、若くて成長のいい木は絶対に喰わない。山の中で、「そろそろ枯れることにしませんか」というようなコナラやクヌギの老木を見つけては引導を渡し、森の若返りに貢献してきたのである。(37頁)

コナラやクヌギは炭にするための木。
炭にするために昔の人が里の近くに植えている。
これはすごく便利な木で、ある太さになったら根っ子を残して切ってしまっていい。
切ると脇からまた出てくる。
10年以上ぐらいで前に切ったヤツと同じ太さになる。
だから10年ローテーションで切り続ける。
(本によると15〜20年)
そうしたら安定した炭がずっと生産できる。
本当に便利な木なのだが、ただ一つ、これが大木になるとキクイムシっていう虫を山から呼び下ろす。
里近くに降りてくるとこのキクイムシはコナラ、クヌギで太って、他の木に取り付く。
だから炭作りをずっとやらない限り、コナラ、クヌギはもう枯らしたほうがいい。
これが今、全然できていないから日本の里山の雑木林がガタガタになっちゃったという。
里山とか雑木林というのは、手入れしない限り、ものすごく悪いものを山から呼び寄せる。

日本中のマツが喰われて大騒ぎになったという事件があった。
武田先生は旅をしていると危機感を感じる。
中国地方、広島とか岡山の高速道路を走っていると、松という松が赤く枯れている。
今から2〜30年前。
それでゴルフ場の松も危なくて、注射が10数本打ってあった。
虫が寄ってこないように。
「日本の松が全滅するんじゃないか」と叫ばれたぐらい。
実はこれも人間が呼び寄せた松枯らしの虫のせい。

この間、写真家の加納典明に会って話した武田先生。
加納典明が東京の街角で無邪気に遊ぶ子供の写真を撮っていたら、親がバーッとやってきて「個人情報の流出だ」というので訴えられて。
加納典明がプリプリ怒って「平成の時代は『個人』っていう顔が無いバケモンしかいねえのか」という。
そういう事があるので難しいこと。
水谷譲もこの話にはビックリだが、そういう親御さんは増えている。
「うちの子は撮らないでください」とか。
学校でも最初にプリントが配られて「これから運動会とか文化祭の時に『自分の子供が写って欲しくない』という人は前もって言ってください」というお手紙が配られる。
面倒臭いというか「そんななっちゃったのかなぁ」と思う水谷譲。
あそこの学校(水谷譲のお子さんが通われている学校のことかと思われる)は連絡帳がある。
連絡帳一冊100万円単位で売り買いされているらしい。
ダイレクトメールにもってこいだから。
難しい時代だが、そこのところがちょっといびつ。
昭和の写真集とか見ると「路地で遊ぶ子供たち」。
もう涙が出るぐらいいい顔をしている。

外国からいろんなものが入ってくるといろんな便利さもあるのだが、プラスマイナスもある。
これが「松枯らし虫」。
「マツノザイセンチュウ」という。
外国からの輸入材木の中に紛れ込んでいた。
それで日本の松が美味くて美味くてたまらないからバリバリ喰いだして「日本の山谷が全部枯らされるんじゃないか」。
ということは何かというと、一斉に薬を撒けばいいのだが、日本の松林は防風林みたいなヤツもあるが、マツタケが出てくる松林もある。
高価な○万円のマツタケのところに農薬を撒かれたのではつまらないというので、地域によって「ここだけは撒くな」というエリアがあって農薬散布が効かなかった。
これは昔、本当に大騒ぎした。
これは何で収まったか?
こいつが取り付いても喰われないという松が日本で出始めた。
強くなった。

雑草のセイタカアワダチソウ。
キリンソウ。
ちょっと郊外に行くと黄色い三角形の花を付けた、昔、荒地なんかにいっぱい咲いていたヤツ。
あれは「闘い中」。
箱根なんかもあれがバーッと出てきて、ススキが全滅させられる可能性があった。
セイタカアワダチソウは困ったことにアメリカの材木に紛れ込んで日本にやってきたのだが、根っ子から毒を出す。
それで他のヤツを毒殺して自分が広がる。
ところが今、奈良から始まったらしいがススキの反逆が始まって「毒を撒かれても死なない」というヤツが増え始めた。
今度は白いススキか黄色いセイタカアワダチソウか。
郊外にちょっと出た時に高速道路の土手とか田んぼを見てください。
懸命に二者が闘っている。
そんなふうにして毒に自らが強くなるという。
だから人間がやることなんて、やっぱりほんの一部。

例えばダムを考えた場合。
「ダム」というのは基本的に「河川の首を絞める」という考え方がピッタリなのではないか。

 ナイル川流域では、氾濫原による持続可能な農業が、ファラオの時代から現代にいたるまで、実に数千年にわたって営々と続けられてきた。その伝統が、ナセル大統領による一九七〇年のアスワン・ハイ・ダム建設で、あっけなく崩れた。
 ダム建設の主要目的は、氾濫の終息と農業用水の安定確保により、農業の一層の振興を図ることだったのだけれど、あにはからんや、かつての氾濫原では土壌が痩せて生産力が激減し、ダム湖からは大量の水が蒸発し、灌漑用水として供給されるはずだった水量は、当初の目論見に、はるかに及ばなかった。
(57頁)

ナイル川はクレオパトラの頃が豊かだったらしい。
クレオパトラの頃は、あのピラミッドの脇まで川が来ていた。
あそこは沼地があって農業用水で結構小麦とか採れたらしい。
それが今、砂漠になっちゃってどんどん、という。
だから「ダム作りゃいい」というものじゃなく、今はアスワン・ハイ・ダムがエジプトを苦しめているという。
政治的な動きがいろいろあると思うが、この「ダムが首を絞めた」というのがエジプト経済にとっては非常に大きなことではなかろうかと。
これが、アメリカなんかにも共通したことが言えて、トランプさん(第45代アメリカ合衆国大統領ドナルド・ジョン・トランプ)なんかが登場するのが当たり前という裏事情がある。

バック・トゥ・ザ・フューチャー (字幕版)



あの中でジャイアン(のようなビフ・ タネン)が出てきて(主人公のマーティ・マクフライを)いじめ抜く。
あれがトランプさん。
髪の毛が無暗にボワーっとしたり太っていて。
それが、アメリカの三流紙で話題になっているのは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の最後版(バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3)が今年。
(PART3は1955年に飛ぶようなので、これらの話はPART2ではないかと思われる。PART2は2015年に飛ぶ)
あの中でアッと驚くのだが、電光掲示板にニュースが映るのだが108年ぶりにシカゴ・カブスが優勝している。
それが『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の街角の速報で流れる。
あれは前から言われていたが、監督さんが凝り手なので起こる可能性は全部あげたみたい。
「新製品で何ができるか」とかというので。
靴のヒモを自動で結ぶのはできた。
反重力で浮かぶスケートボードはできていない。
それで、あの、いじめていじめていじめ抜くいじめっ子が、トランプさんをモデルにしている。
もう、あの映画を作る時から不動産王の跡取りで有名だった。
あれ(映画の中で)は不動産王。

アメリカも我々が知っているすごく強大な力とか素晴らしい個人主義とか、そういう面と、基本のところで上手くいかなくなりつつあるものがある。

 たとえば、アメリカの大穀倉地帯では、一トンのトウモロコシを得るために、毎年一〜二トンもの土壌を失っているという話がある。−中略−トウモロコシ一種類だけを育てていると、作付け初期や収穫後に剥き出しになった土が、風で飛ばされたり、雨で流されたりする量が、半端ではないのだという。(59頁)

汲むだけ水を地面の下から汲み上げるが、スカスカになってきている。
上空から見るとわかるが、皮膚病みたいに点々と「何を植えても育たない」という枯れた土、砂漠化した土がアメリカの穀倉地帯に広がっている。
これはロシアも中国もそう。
「とにかく化学肥料で何とかしよう」という。
とにかくたくさん作らないと儲からないワケだから、収穫量でとにかく補っていく。
ドンドン肥料を与えるのだが、肥料を与えることによって大地そのものの酸性化が進む。
そうするとミミズなんかが死んじゃう。
「地面を作る」「土を作る」という生き物がいなくなる。
生態系、ピラミッドのてっぺんから殺していく。
だから強い生き物がいると、我々がやってきたのは、まずはオオカミならオオカミを撃ち殺して「牧草地帯の安全を図る」とか。
その、とどのつまりの行先がアメリカ、ロシア、中国の大規模農業なので、支えきれない農業の現状が出現しつつあるんじゃないか。
だから「私さえ選べばいいことある」という「叫んじゃう」という現象がおこるようだ。

二〇五〇年に予測される人口九〇億人の時代を支えるためには、現状の耕作地を維持しつつ(地球上には、もはやこれ以上耕作地を増やす余地はほとんどない)、単位面積あたりの収穫量を六〇%増やす必要があると語っているのだけれど(66頁)

一番手っ取り早い方法は「肉を減らして穀物を食べる」。
そういう食習慣を復活させないと、もう肉に特化しているような食事をする国はまず滅びるという。
だから早い話が「肉喰うな」と武田先生の奥様が言うとおり「喰わなくていいのよ」と「レンコンを喰えばいいのよ」と。
「食事を変えないと持たないぞ」と。
著者の山田さんは今、生態系のピラミッドを世界で見る。

人類が七〇億人なのに対して、人類以外で、人類を超える人口を誇っているのは、ニワトリの二〇四億羽だけ。それに次ぐ牛でさえ、一五億頭しかいないのである。
 牛、豚、羊、馬などの大型家畜を全部あわせても、三五億
(73〜74頁)

現在、人類は生態系のピラミッドの頂点にいるのだが、本当におっしゃるとおり、人間には天敵がいない。
だから、これら下位の家畜のために牧草地を広げ、森林面積を急速に失いつつある。
人類は今、何よりも問題なのは「土を失いつつある」という。
この問題をどうやって解決するか?

山田さんの提案は「土がなくなりつつあるんだ」と。
だから「土をいかに回復すべきかが何よりも大事な農業の問題である」と。
でも逆の発想ではオランダみたいに「土に頼らない農業をやろう」というような農業の発想もある。
ただし、これはやっぱり大手の巨大な会社が資本金を出さないと育たないだろう。
ありものでやるとすれ、ば山田さんは「土を取り戻すために絶対必要なのが広葉樹林帯である」と。
日本の山谷はクシャミばっかりする花粉症で有名なスギ、ヒノキが多いが、そればかりじゃなくてカエデ、桜、カツラ、ケヤキ、トチ、これらの広葉樹の落ち葉がものすごく大事で、この落ち葉が溜まっていく。
大地の上に積もることによって落ち葉から滲み出た栄養素が地面に染みていって虫を呼び寄せる


だから虫を嫌いかも知れないが、土を作るためにはものすごく「虫の力」が。
虫が集まってくると必ずケモノが集まる。
豊かな川があって、豊かな川が出来ればかならず豊かな海ができる。
日本の沿岸で非常に「豊かな海を作る」っていう運動さえしっかりやっておけば何とか。

常葉樹林帯。
いつも緑の山は実は土壌流失をおこしやすく、大雨で崩れやすい。
一番強いのは落葉広葉樹林帯。
様々な樹木、低木、草が生えるという「明るい森」だという。
常葉樹林帯はやっぱり鬱蒼としてる。
暗い森じゃダメなんだ。
明るい森だ。
生態系ピラミッドは森であっても多様さを慕い、独占を激しく憎む。
やっぱり「多様さ」は大事。
コナラ、クヌギが林を独占すると必ず「キクイムシ」っていう虫が大量発生する。
そういうものにブレーキをかけるためには生態系には多様さが必要である。
「意見なんかいっぺんにまとまった方がいいのかなぁ」と思う武田先生だが、自然も人間も「多様さ」が大事なのだ。
最近そういうことをやたら感じる。
だから変わった意見の人がいても、そう簡単に潰してはいけないような気がする。
この間入ったら、まだ「大麻を使いましょう運動」のパンフレットが置いてあって。
「麻布」っていう地名があるぐらいだからあそこで大麻が栽培されていた。
それから世田谷の「砧」。
あれは麻で作った繊維をほぐす音。
「砧」という石鎚で麻の繊維を打って柔らかくする。
だからその麻を利用していろいろというのは・・・。
麻の利用方法なんて昔の人はいくらでも知っていたし「幻覚が起きる」なんてことはもう知っていたと思う。
それを「アメリカでは治療に使っている」とか「アメリカではガンの患者さんに使われています」とか。
「私は知っているのよ」という態度が嫌いな武田先生。

多様性は認める。
その多様性をいかにお金のかからない知恵にしていくかということ。

 たとえば、九州の水田では、植えたばかりの苗を喰ってしまうジャンボタニシ(スクミリンゴガイ)という外来種に、長年悩まされてきた。もともとは食料として一部の養殖場に導入されたのだけれど、これが環境中に逃げ出てしまい、いまでは、水田だろうが行けだろうが、川だろうが、いたるところに生息して縄張りを広げている。−中略−
 ところがある時、田植え直後の田んぼに野菜クズを撒いた農家が現れたのだ。
 すると、どうだ。
 ジャンボタニシは、野菜クズに群がって、稲苗には見向きもしないではないか。そうこうするうちに、稲苗はジャンボタニシが食べられないくらいにまで硬く大きく成長してくれる。
(125頁)

 その段階で野菜クズの投入をやめると、喰うものがなくなったジャンボタニシは、稲以外の雑草を片っ端から食べるしかなくなる。(126頁)

だからよく観察して「いかに利用するか」ということ。
人間が勝手に「これは、こんなふうな使い道があるから便利だ」とかって叫ばないで「便利と不便っていうのをちゃんと使い分けて」という。
その観察力がないと、うまく自然と折り合っていけないような気がする。

2017年02月22日

2016年10月10〜21日◆『ことばの起源』ロビン・ダンバー(後編)

これの続きです。

ロビン・ダンバーが言葉の起源を考えた。
言葉はどうして生まれたのか?
言葉は草原に迷い出た類人猿のサルが集団を形成するために、毛づくろいの代わりに言葉を交わすことで集団の「紐帯」。
この輪をしっかり締めたというか、絆を保ったというか。
そんなふうにして言葉はドンドン複雑な技術になったということ。
この言葉を膨らましたのは何と驚くなかれ、仲間内のゴシップによってという。
だから仲間の噂話等々無責任に語り合うということは、意外と集団にとっては重大なことであり、それを語り合うことによって集団の目に見えない掟を確認し合うことになるという。
このあたりを読んでいて「あっ!」と気がついた武田先生。
最近テレビの地上波に出演すると、芸能ネタということで芸能人が芸能人について語るという番組が昼の12時を挟んである。
在京テレビ局三局が同じような内容で迫っている。
でも、それは実はそういう噂話というのが集団の掟を確認するための遠回しの儀式であると。
なるほど。
人の浮気なんざ別にガタガタ言う必要は無いと思うが「ガタガタ言わなくてもいいんじゃないの?」と言うと大変非難が集まったりするというのは、非難する人が集団全体の掟を確認するためにという。
だからドンドン掟が一般化していく。
スペシャルを絶対認めないという「ジェネラル」「オール一般」ということだが、気の毒だと思う武田先生。
『五体不満足』の乙武さんの離婚は胸が痛かった。
テレビの番組なんかで「バレなきゃよかったのにね」と言った武田先生。

五体不満足 完全版 (講談社文庫)



言葉による心の理論が類人猿を人に育てていった。
言い間違えて何度も炎上しながらだんだん皆、言葉使いが上手くなっていったのだろう。
今の社会は炎上社会だから、やたらいろんなところが炎上しているが、言葉というのは実に複雑なもので「俺のこと好きか?」「うん、大好きよ」っていう断り方がある。
そういうお付き合いの断り方があるし「アンタなんか大嫌いよ」という「愛してる」という表現がある。
それがやはり人間の言葉の複雑さなのだ。
今、問題になっているのは言葉が一種の裏切り者をあぶりだす手段として用いられるという。
ゴシップを語り合って、そのゴシップのやり取りの中で「あれ?コイツこんなこと考えてんのか。群れ全体にふさわしくないなぁ」という、あぶり出しの「センサー」として言葉が使われているという。
現代社会では、そこまで言葉が複雑になったということなのだろう。
この毛づくろいの代わりに集団形成、そして維持のために「コンタクトコール」から発達した言葉は、人間の集団を驚くべきスピードで言葉そのものが発達していく。
言葉というのはすごく面白いことに、ある集団の中で発達していく。
だからブログ炎上等々も含めて、ある言葉に対して反応する人たちがいて。
だから違う集団では全く理解できない言葉というのも、ある集団からは育っていく。

フランス語とイタリア語が共通祖先のラテン語より分かれてわずか二〇〇〇年であるが、関係の深いこの二つの言語を母国語とする大半の人々は、ラテン語も理解できないし、互いの言語も理解できないでいる。(214頁)

イタリア語は日本人にすごくなじみやすい。
ローマ字が読めればいいのだから。
フランスに行った後にイタリアに行ったらすごく目が楽になった武田先生。
フランスに行ってレストランのメニューが出てくると恐怖。
よく似た綴りを探すのだが、アルファベットでも全然読めない。
もう皆さんもお分かりだと思うが、イタリアのレストランに座ってバッとメニューを開いてみると読める自分に驚く。
「ペペロンチーニ」とかザッと読める。
「ズッパ(zuppa)」は「スープ(soup)」。
「エアポート(airport)」は「エアロポルト(aeroporto)」。
そんなに外れない。
とにかくフランス語は分かりにくい。
たった二千年であれぐらい違っちゃったっていうところが言葉の面白さ。

デンマーク語とスウェーデン語は、それぞれスカンジナビア語の異なる方言に由来しているが、わずか一〇〇〇年で、ほとんど互いに理解できなくなっている。(214頁)

言葉というのは、かくの如く枝分かれしていく。
枝分かれと言えば、思い出すのが『旧約聖書』に出てくる「バベルの塔」。
かつて世界の人々は同じ言葉を使っていたけれども、だんだん高邁になり、神を凌ごうと自分の力にうぬぼれ始め、怒った旧約の神は言葉を変えてしまってお互いの意思疎通が簡単にできないようにしてしまったという。

バベルの塔はただの神話ではなく、本当に存在していた。−中略−紀元前七〜八世紀の、バビロニア王国が第二の隆盛期にあった時期のどこかで建設された。七段のジッグラドつまり階段状のピラミッドになっていて(215頁)

「インド=ヨーロッパ語族」という分類のように人類を「語族」という分け方もできる。
「インド=ヨーロッパ語族」は昔、同じ言葉を使っていてそれが千切れていったという。

 今日の世界には、方言と考えるか完全に一つの言語と考えるかに左右されはするものの、一般に話されている言語がおよそ六〇〇〇ある。−中略−言語学者は、今後半世紀以内にこれらの言語のうち半数以上が、母国語として話す者がいなくなるという意味で消えていくだろうと考えている。(220頁)

(番組では「国家による国語教育のために消滅する」と言っているが、本にはそういうことは書いていない。この後の中国の話も書いていない)
一番言葉が消えているのが中国。
中国は様々な民族がいるのだが、北京政府の強力な指導により、北京語が中国語として統一されていったという。
時々問題を起こすが、新疆ウイグル自治区なんていうのは「ウイグル語族」という、別の東洋人とトルコ系の人たちが住んでいる。
新疆ウイグル自治区は「いいとこだった」と思う武田先生。
おじいちゃんが東洋人なのだが、お顔を見ると目がブルー。
ものすごくエキゾチック。
『孫悟空』の火焔山。
山で炎が燃えているという。
北京からウルムチに入り、車で行って正面にタクラマカンの大砂漠を超えて火焔山が表れた時に胸がキュンとなった。
丘が鳥取砂丘みたいにずっと連なっている。
その岩に年に何回か降った雨の跡が彫刻刀で彫ったみたいに走っている。
それが岩肌に「火」という字を百も二百も書いたみたいに「火」という字に読める。
それで火焔山。
孫悟空が芭蕉扇を持って来て扇いだという。
(番組では「芭蕉フ」(芭蕉布?)と言っているが、多分芭蕉扇のことを言っているんだと思う)
あそこを車で走っている時に、幻でゴダイゴの『ガンダーラ』が流れる。
堺正章さんがサルの恰好をして、夏目雅子さんが白い馬に乗って「そこ〜へ行けば〜どんな夢も〜♪」という。
(お若い読者には何のことか分からないかと思うので説明しておくと、大昔に堺正章さんが孫悟空、夏目雅子さんが三蔵法師で、エンディングがゴダイゴの『ガンダーラ』というドラマ『西遊記』が放送されていた)

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あそこで知り合いになった「ロシタン」というウイグルの青年がいたが、元気で暮らしているだろうか。
今、強烈に「北京化」があの辺りも進んでいると聞いた。

英語の威力はすごい。
今はもうカリブ諸島あたりも全部。
南米も英語になりつつある。
ブラジルあたりはまたちょっとラテン語が強いが。
中南米とかカリブはもう英語。
「英語はどこまでいっても通じる言語になるのかな」とみんな思っていたらならない。
何でならないか。
集団の中で英語が全然違う言語になっていく。
カリブ諸島にはもう正式名称で「クレオール語」と言うそうだが、これは英語のカリブ訛り。
ところが文法はまあまあ似ているが、英語から千切れつつある。
あと千年待てば、もう完璧に英語から離脱する。
だからまとめようとしても千切れていく。
世界語と言える言葉がバーッと躍進するが、世界語が浸透した瞬間からそれはまた地方の言葉になっていくという。
こういう言葉というのは、伸び縮みを繰り返すという。

方言は「変わらぬもの」というイメージがあるが、これもやっぱりゆっくり変わりつつある。
故郷を離れて40年の武田先生は、福岡博多の街には知らない博多弁が増えつつある。
そのNo.1で「バリ」。
「バリうま」とかっていう。
「どげんやっとや?」「いや、バリ美味かった」と言う。
「ものすごい」というのは「バリバリ」。
これを調べた武田先生。
どうも宮之城という鹿児島と宮崎の県境ぐらいにある鹿児島県の非常に狭いエリアの言葉。
向こうの人は「みやのじょう」と回りくどく言わずに「みやんじょう」と言うが、これが宮崎の小林という町があって、そのあたりと方言を共有しているらしいのだが、この「バリ」というのは宮之城・小林あたりでは段階がいくつもあって「グッド」「エクセレント」という表現があるが、一番言う「グッド」で「バリ」を使う。
「イイネ!」という。
「バリ」よりもっとよい「ベリーグッド」。
これを「ボリ」という。
それよりもっとよい、もう一段上は「ジョン」。
バリ・ボリ・ジョン。
「ジョンよか」という。
「スーパーエキセレント」「最高に良い」は「ジョジョン」。
これを天文館(鹿児島県鹿児島市にある繁華街)でそこ出身のホステスさんから聞いた時に立ちくらみがした武田先生。

宮崎の田舎町で聞くとフランス語に聞こえるという宮崎弁。
もう、本当にフランス語に聞こえる。
「そがよがまちきんしゃい。きんさいとバリジョンよかたぁい。おかさいささないちゅうよぉ」
ずっとフランス語だと思って聞いていると、何のことはない、その小林の方言。
それで「小林にいらっしゃい。素晴らしいとこです」と言う。
「こばやしこんで、ジョンよかぁ」という。
この時に初めて「ジョン」というのを聞いた武田先生。
バリ・ボリ・ジョン・ジョジョン。
その一番下の「グッド」の意味の「バリ」が、福岡に学びに来た学生さんあたりで鹿児島系の人がいて、博多ラーメンを喰って「あ、バリうま!」とかって言ううちに、だんだん横浸透したという。
「チョー」は「ジョジョン」。
「バリ」というのは「感じいいんじゃない」みたいな「すごくいい人」みたいな。
「激ウマ」は「ジョン」。
だから四つランクがある。
博多は「よか」しか褒め言葉がなかった。
だから他県の方言を取り込んでくっつけたのだろう。
LINEのスタンプで「バリよか」と仰っている武田先生。

武田先生はわかっても、博多の若い人は「そげなことは言わんですよ」と否定される博多弁もある。
その一つ「バサラカ」。
「ものすごく」という意味。
だから「ジョジョン」に近い。
味には使わない。
商品とか映画の鑑賞の時に「どげんやっとや『ベン・ハー』は?」「バサラカよかった」と言う。
この「バサラ」というのは室町時代の「婆娑羅大名」。
そのバサラそのものは「バサラ神」という神様の名前。

イスム 伐折羅(バサラ)



だから何のことはない、インド語。
それが博多弁になった。
博多弁は「休み」のことを「ドンタク」と言う。
「zondag」だから。
それを博多の人がまねて、半分に切っちゃって土曜のことは「半ドン」。
このあたり、言葉は転々と旅するもので、何かの言語で統一されるという、そういうものではない。
これは福岡帰り、博多帰りが最近多いので、ちょっとわかるようになった武田先生。
東京の皆さん方が見かけるよりも、福岡はおそらく台湾、中国の方とすれ違うことが多い街。
そうするとホテルのロビーなんかでもありありとわかる。
それは台湾の方と中国の方はわかる。
だから(福原)愛ちゃんで一時期噂が上がった。
愛ちゃんは中国の卓球チームで鍛えた中国語だが、発音が変わったと思ったら、何のことはない。
「恋人が台湾の人になってた」と噂が一時期。

博多の街に帰っていて、アジアからのお客様でも同じ言葉、例えば中国語。
上海からいらっしゃった中国の方の声と、台湾からいらっしゃったお客様の声が「違う」というのは感じるようになった武田先生。

方言というのは集団内で守られてきた文化であると。
だから方言の中にはものすごく貴重な遠い昔が生きていたりする。

一部のオーストラリア原住民族の創造物語が、オーストラリア南海岸沖のタスマン海海底の地形や、海が押し寄せてきてオーストラリア北部および南部の海岸のたくさんの島々と本土との陸のつながりが絶たれた経緯を、驚くほど正確に描写していることである。以前の氷河期の間、この地域の海底は陸地として現れていたのだろう。原住民の祖先たちが最後にそこを歩けたのはおよそ一万年前のことであり(237頁)

そういうのを聞くとワクワクする武田先生。
九州福岡はそういうことを刺激するものがいっぱいあるので、その手の番組を地元に帰ってやりがいのだが、誰も話を聞いてくれない。
ある神社に行ったら、隣の有名な神社の悪口を言う神社の神主さんがいて「あそこは裏切りもんですたい」とか言う。
「ひどい言葉使うな」と思ったが、祀っている神様同士で昔、何か争いがあったようだ。
九州博多はいわゆる「海人(あま)族」の基地が点々とある。
大和側についた海人族と、九州の王様を最後まで守ろうとした海人族がいて、今でも低い声で「裏切りもんですたい」と。
だから私達に見せられない「何か」で、そういうのが神主さんに伝わっているのだろう。
そういう不思議な古い話はいっぱいある。
(武田先生のご家族が)三人いるのだが神社にものすごく熱心になってしまって、最初に出雲に行った。
その次に伊勢に行った。
そうしたら「出雲が落ち着く」と言う。
奥様は境内に入った瞬間「きた」と言う。
そうしたらお嬢さんも「アタシもきた」とかって。
そうしたら奥様が突然「アタシの子だからよ」とか。
母子というのは、何かワケのわからないことで急に仲良くなったりする。
お伊勢さんには何の罪もない。
ただツイてなかったらしい。
行ったのだが鳥居をくぐったら土砂降りの雨で、それで「拒否されたね」って下のお嬢さんが言うと、奥様が「アタシも拒否を感じたわ」とか。
「あたしたちの故郷は出雲よ!」とか急に叫び始めて。
住吉の神様。
「住吉神社」がいくらでもある。
あそこは不思議で「住吉三神」といって神様が三ついるのだが、その三つの神様が一つの海の断面図。
海上の神様、海の真ん中ぐらいの神様、海底の神様。
何で「断面」なのだろう?
そういうのは不思議で仕方がない。

『ことばの起源』のロビン・ダンバーによれば、人間の言葉そのものを遡ったり神話を辿っていくと、人が残した言葉の中には約500万年の人間の長い歴史が隠れているという。

現代は発達して言葉を巧みに使う人間。
ブログやLINE、SNSというものもあるが、これも一種の毛づくろい。
多くの仲間と交信しているという。
これはもうたまらない動物の快感。
そしてこのような毛づくろいは仲間に対する自己宣伝でもあるし、露出によって「俺はたくさんの人に知られているんだ」という快感。
これは自己肥大させたり。
また、ブログ炎上等々の個人攻撃も、一種、毛づくろいの快感の名残り。

著者は繰り返し言う。
進化とは、何か大きい目標に向かって生命が大躍進を遂げたような響きがあるが、そうではない。

 進化というのは基本的には「やりくり」である。(290頁)

先のことを考えたのではないのだ。
「今日どうする?」という「やりくり」から工夫していったものが進化になったという。
「毛がなくなった。じゃあどうするか?」というと「泣き声でお互い鳴いてみよう」という。
鳴いているうちにだんだん安らぎが生まれて、それが言語になっていったという。
何も高い次元みたいなことで言葉を覚えたのではないと。
お母さんの顔を見たら、お母さんが「マンマー」と言う。
自分が「マンマー」と言うと、お母さんがにっこり笑ったような気がするんで「マンマ」を繰り返すうちに彼女の呼び方をその「マンマ」という言葉を使ったというような。
そういう小さなやりくりから進化というものが始まるんだ。
言葉というのはものすごく精巧なものであるけれども、一対一でしか交換できない.

一つの会話に関わりうる人数には、およそ四人という、厳然たる上限があるようだ。(171頁)

しかも男女にも差があって、グループで会話する場合、女性は全体の25%しか話をせず、70%は男のもの。
つまり、男女で話をする時、女の人は黙り込んでしまうという。
男がメインをとる。
でも、話さなくても女性に関しては話さない方が男性はたくさんのことが分かってくれるという。
更に言葉は重大な瞬間、全く役に立たない。
言い訳や弁解がスラスラ言葉として語られると、その言い訳や弁解は言葉としての信用を失う。
この辺は言葉の難しいところ。
また、相手が目の前にいないネットでの会話、交信は車運転のドライバーの言葉と同様「ロードレイジ」と言う。
これは「運転時激怒」に似て「罵り言葉が常軌を逸したものになります」という。
相手が見えていないと罵る言葉が極端に汚くなるという。
言葉の生まれた理由。
それは群れでしか生きられない毛のないサルの必死のやりくりであった。
そして毛づくろいの安らぎの代理が言葉であり、その中身はほとんどゴシップであったと著者は言う。

彼女が働いていた制作部隊は、あるテレビ局の教育作品をすべて制作していた。たまたまそうだったのか意図されていたのか、とにかくその部隊にはほぼ一五〇人がいた。長い間、すべてが一つの組織として非常にうまく機能していたが、あるとき、制作のためにとくに建てられた新しい施設に移った。するとはっきりした理由のないまま、すべてが崩壊しはじめた。−中略−
 しばらくたってようやく、何が問題であるかわかった。建築家が新しい建物を設計した際、昼食時にみんながサンドウィッチを食べている休憩室は不必要なぜいたく品だから、なくしてしまおうと決断したことが判明したのだ。
−中略−
どうやら以前は、人々が休憩室でサンドウィッチを食べながら気楽に集まっているときに、役に立つ情報の断片が何気なく交換されていたらしい。
(286頁)

これが「無駄話の効用」。
無駄話をすればするほど新企画というのは生まれて、会議室を立派にすればするほど新企画は生まれなくなった。

バリ・ボリ・ジョン・ジョジョン。
鹿児島の天文館のホステスさんが話すのが上手で笑い転げた武田先生。
宮之城(みやんじょう)という鹿児島の小さな町の女性と夜を共にすると、それを連発するという。
これはものすごく男性陣をワクワクさせる。
ちょっとお布団を一緒にしたりなんかすると、そこのエリアに生まれた人が大声で叫ぶ。
それが「バリ・ボリ・ジョン・ジョジョン」って言う、と。

2016年10月10〜21日◆『ことばの起源』ロビン・ダンバー(前編)

今回の本の中に自閉症のことなども書かれているが、情報は少々古い。
番組ではこれに関して全く取り上げない。

ことばの起源 -猿の毛づくろい、人のゴシップ-



出版されてから20年の本。
進化生物学の先駆けを成す名著の再販。
だから20年間売れ続けている。
20年間生き残った本。
ロビン・ダンバー。
その集団に何人の人間がいればその集団は落ち着くか?
「安定的なダンバー」集団の数は150人。
でも200人になると意思疎通がうまくいかなくなるという。
そういう数値のことを「ダンバー」(ダンバー数)という。
その「ダンバー」の名付け親がこのロビン・ダンバーさん。
この人が言葉の起源を考えた。
「言葉ってどうして生まれたのか」という。
辿り着いた起源は、あっけないほど平凡。
言葉の起源。
毛づくろいの代わり。

サルが毛づくろいをする。
「虫を取ってやる」とか毛づくろいをよく見かける。
あれをしようにも、人類はいろいろ事情があって、2〜3か所だけを残して毛を脱ぎ捨てた。
それで毛づくろいが出来なくなったので、毛づくろいの代わりにやったのが「喋る」「世間話」。
それが「言葉」というものを産んでいったという。
実にあっけない結論。
言葉というのは初め「遊具」「おもちゃ」であったという結論。
この「遊具であった」という結論を先に言っておいて、それからダンバーさんはそのことをずっと類証、例証を集めながら説明していく。
だから言葉というのは危機を知らせるアラームでもなく、もっと卑俗なゴシップを話すための道具だったという。
力むタイプの武田先生は「言葉の力」とかといって力む。
でもダンバーさん曰く、言葉ってのは所詮、仲間内の噂話をするための道具だという。
「聞いた?あいつさ、女をさ・・・」とかって。
それを聞くとホッとする。

悪気のある人は一人もいないと思うが、最近、芸能人がニュースについて語り過ぎる。
何かゴシップが起きると「あなたはどう思いますか?」で朗々と芸能人同士で批判を求める。
「いや、あの人はさー」とかと言いながら非難したり。
政治についても爆笑問題の太田さんは安倍首相に向かってラジオを通して「バカ!」と言った。
漫才のボケの人が一国の宰相に向かって「バカ!」と言った。
相手の方は「受け」に困っていたが。
そういう政治批判とか、そういうのもやっぱりやらざるを得ないところにきている。
関東エリアの人は、最近はお昼はすごい。
芸能人全部並べておいて、芸能人の悪口を並べるという。
松ちゃん(ダウンタウンの松本人志)と引っ張り出された武田先生。
すごく評判が良くて。
この間も蓮舫さんの悪口なんか言ったら、街行く方から「あれはひどい」から始まって「いいこと言った」とか。
でも、あれはもう追い詰められて言っている。
やっぱり
「言葉というのは慎重に」とか思っていた時に、このロビン・ダンバーさんが「いやいや、言葉っちゃぁね、仲間内のゴシップを語り合うための道具から生まれてきたんだ」という。
これはちょっとホッとした。
言葉の起源そのものはゴシップを語り合うための道具として、言葉というのは複雑化してきたという。
しかも結論を出してはけない。
コミュニケーションとはそういうこと。
内田樹さんの名言だと思うが、コミュニケーションというのは二人で語り合って何か結論を出すために語り合うのではない。
コミュニケーションというのは、ずっと話し続けるために語り始めるという。
それがコミュニケーション。
結論が出たらそこで終わり。
「君の言うことはわかった」
あれはわかっていない。
「君と話したくない」という代わりに「君の言うことはわかった」と。

 人間の赤ん坊はだいたい生後一八か月で、初めて本当の言葉を話す。二歳ごろにはかなりよくしゃべるようになり、語彙も五〇ほどになる。次の一年で日々新しい語を学び、三歳になる頃には一〇〇〇の語になる。そして、単語をつなげて二、三語からなる短い文を作り−中略−六歳になる頃には、普通の子供はおよそ一万三〇〇〇語を使ったり理解したりするようになる。そして、一八歳頃には、使える語彙が六万語ほどになる。つまり、最初の誕生日から毎日平均一〇の単語を憶えているということであり、起きている間、九〇分に一つの新しい単語を憶えていることになる。(10〜11頁)

間もなく70歳になろうという武田先生でも、いまだに新しい単語は増えていく。
「こんな言葉知らないよ」というのは案外ある。
人間というのは言葉を死ぬまで覚えていくのだろう。

ここに、昨日の新聞の二紙、高級紙の『ロンドンタイムズ』紙と、イギリスの大衆向けタブロイド紙『サン』の数字を挙げてみる。大衆向けの『サン』の本文−中略−七八%が「人物系」の記事、つまり読者に他人の個人的な生活を覗かせることだけを目的とするような記事にあてられている。政治・経済時事、スポーツの結果、近日公開される文化イベントその他のために残されているのは、わずか二二%である。権威ある『タイムズ』紙ですら、一九九三インチコラムの本文のうち、主なニュースおよび、政治的・専門的ニュースに対する論評に割かれているのは、五七%だけである。四三パーセントが人物系の記事(インタビュー、もっと雑多な類のニュース記事といったもの)に費やされているのだ。(14〜15頁)

「豪栄道優勝」っていうよりも「どのくらい今までダメだったか」「お母さんが応援している」「決定戦の夜は眠れなかった」とか、そういう「まつわる情報」を知りたがる。
新幹線の車内に流れる電光ニュースを見てイライラする。
「今月7月は降雨量が先年の50%しかなかった」とか、それを読んで「だから何が言いたいんだ、オマエは!」みたいな。
「裏」を知らないと我々は何も楽しめない。
ということは、やっぱり後ろから支えるものとか、物陰で動くものとかっていう、そういう事情、状況が言葉として伝わってこないと、私達は情報だけでは耐えられない。
やっぱりゴシップ好き。

松ちゃんの番組でちょっと蓮舫さんの表情なんかが「この人は主役が出来るお芝居ではない」と思う武田先生。
政治家の人の表情は分かりにくければ分かりにくいほど考える。
あんまり明るい顔で全部言われてしまうと「何考えてんだ」って話になるし、あんまり苦しそうに語られると希望を感じなくなる。
つい憶測したくなる表情というのが、こちら側が言葉を感じるためには絶対必要。

言葉を話す人間を三千万年まで遡る。
目の前にいる(水谷)加奈さん。
加奈さんのお母さん、そのお母さん、お母さん、お母さん・・・。
三千万年遡ると、どのくらいの人数に達するかというと400万人。
400万人のお母さんが加奈さんには必要。
これは数字的には大したことがなく、オリンピックをやったリオの1/4程度。
その頃、アフリカの太古の森を跳ねまわっていたサルがいて、類人猿という種になって、大方のサルと別れた。
このアフリカの地というのは、振り返っても振り返っても不思議。

 およそ一〇〇〇万年前頃、気候が乾燥しはじめて気温がまた下がるにつれて、旧世界の森林が後退していった。地球上の海洋の水面温度は、さらに一〇度ほど下がった。−中略−
 問題の一つは、類人猿が猿とは異なり、熟していない果物のタンニンを解毒する能力を持っていなかったことらしい。
(24〜25頁)

 我々も類人猿と同様、熟していない果物を消化できない。タンニンを分解する酵素がないため、食べ過ぎると腹痛や、最悪の場合、下痢をおこすのだ。−中略−七〇〇万年前に森林の暮らしが厳しくなりはじめると、ひひやマカクなどの猿は熟していない果物を食べられるおかげで、当然ながら類人猿の系統よりも有利になった。−中略−生き残った少数種の類人猿は、森林の地面やはずれなど、猿がめったに足を踏み入れない周縁の居住環境にどんどん追いやられた。(26頁)

アフリカの正面から見て右側の草原、マダガスカル方面に出た。
売れた実を探すサルの一団になったのだが、草原に立つと恐ろしいことが次々と起こる。
草原には剣の歯を持ったトラ、ライオン、ヒョウ、ハイエナ、リカオン等々、恐ろしい肉食獣たちが待ち構えていた。
おそらく人類はワシなどからも襲われたはずだ。
そして群れ全体の20〜40%が襲われて死亡。
絶滅の危機に瀕する。
この絶望に類人猿は二つの偶然を生かす。
一つは体を食べられにくくするために、とりあえずデカくした。
ワシ等が襲ってくると、小さいと捕らわれる。
それで、わりと体を大きくして掴まれても浮き上がらないようなサイズになるように。
また、そのサイズのものしか生き残れなかった。
そしてもう一つが、遠くを見ないとエライことになるので草原の中で立ちあがった。
安定がすごく悪いが、四足を前二本を諦めて立ち上がって背伸びをして遠くを見る。
四本の方が速いので、スピードがガクンと落ちるが二本の足で移動した。
移動する時に群れで生活をし始めた。

 捕食者はそれぞれ、攻撃のスピードや方法に応じて、固有の攻撃距離を持っている。チータは助走なしのスタートから数秒以内に時速一〇〇キロに達することができるため、攻撃距離は六〇メートルである。もっと遅くて体の重いライオンでは三〇メートル弱で、それより軽い豹ではたった一〇メートルほどか、それ以下の場合も多い。もし獲物が、捕食者が攻撃距離内に入らないうちにこれを発見できるなら、必ず捕食者から逃れられるだろう。(30頁)

その上に群れで行動していれば、誰か一匹が見つめれば「危ない」というのがすぐに伝わる。
その群れをつくる時に最も重大だったのが「毛づくろい」。
これはやっぱりコミュニケーション。
この毛づくろいのコミュニケーションには原則があって、それは「やってくれたらやってあげるから」「私の背中を掻いてくれたなら、あなたの背中を私は掻きましょう」。
これが毛づくろいの鉄則。
もちろんその中身はというと、虫・汚れの除去等々。
毛づくろいの間は「敵が来たら私が教えてあげるから」という約束事が含まれているので、ものすごくリラックスできる。
リラックスした瞬間にエンドルフィンという脳内合成麻薬がバーっと出て、その間はストレスが激減する。
一回エンドルフィンが出ると、次の日になったら「またエンドルフィン出したいなぁ」というようなもので次々に。
水谷譲のジムを支えているのはエンドルフィン。
またやりたくなる。
ハッと気がつくと、苦しいことをいつの間にか平気で求めるようになる。
これが快感・快楽。
エンドルフィンの凄まじい力。
この「快感の交換」。
これこそが群れを作るという動機を励まして類人猿の生き残りの協力者となった。

森へ出て草原へ。
草原を生きぬくために群れを作り、その群れが大きくなった故に多くを食べねばならず、そのためには遠くまで歩きはじめる。
これが類人猿なんだ。
これはドンドン距離が伸びて行く。
他のサルたちは同じところをウロウロしている。
類人猿、人間になる一派だけはやたら遠くまで行く。
そのために、やっぱり独特の偏った進化の道を歩きはじめる。

言葉の起源を求めて長い長い旅をしている。
話は進化の話から始まって、アフリカのジャングル、森から出て、やがて草原へ立った類人猿、やがて人類になるサルども。
彼らは草原で生き抜くために群れを作って、その群れが大きくなったが故に多くを食べねばならず、そのためには遠くまで歩きはじめた。
その生き残りのために「毛づくろい」というコミュニケーションを始める。
この毛づくろいというコミュニケーションが仲間をまとめた。
「紐帯を成す」というような古い言い方があるが、まさに「毛づくろい」が帯やヒモになった。
人間が最も安定した集団を組みやすいのが150。
150人というのが一番まとまった集団の数。
200人になるとちょっと阻害が起きるというか、意思疎通がうまくいかなくなる。
これが始めのアダムとイブの夫婦から四世代の子孫で、ちょうど150人。
私達がここまで生き延びたのはやっぱり偶然がある。
偶然がドミノ式に起きるというところが、たまらなく面白いと思う武田先生。
例えばアマゾン(本には「アフリカのサバンナ」と書いてある)に住んでいるベルベットモンキー。

たとえばベルベットモンキーは、異なる型の捕食者をはっきりと区別しており、その正体を知らせるために異なるコールを利用している。豹のような地上の捕食者と、鷲のような空中の捕食者とを区別しているし、この両方と、蛇のような這いまわる生き物とを区別している。捕食者のそれぞれの型に応じて、異なる型のコールが出される。(71頁)

「地を見ろ」「木を見ろ」「空を見ろ」
「大地を見なさい、ヒョウが近寄ってる」「木を見ろ!ヘビは上から狙ってる」「もっと頭上を見ろよ!ワシが狙ってる、オマエを」と言って「地」「木々」「空」。
これで泣き声を変えて、それぞれ見る場所の注意、警報が異なるというから、やっぱりコールを聞き分ける耳を持たねばならなかったという。
そして、その次に人類に訪れたのが熟れた果実しか消化できないから、採取する季節を記憶しなければならない。
やっぱり一番デカかったのは「色」だろう。
人間は熟れたた実だけしか食べられないから「熟した」っていう色を見分けないとダメらしい。
色を見分けるとか泣き声を聞き分けるとか、そういう情報を入れる度に脳の進化が始まったのだろう。
草原でサルが生き残った。
そのサルに更に重大な淘汰圧がかかった。
遠くまで移動しないと食物が手にできない。
体が大きいからたくさん食べないといけない。
それで熟れたものしか食べられない。
移動を長くやっているうちに汗をかく。
汗をかくと、着ている毛が邪魔になってくる。
毛を捨ててしまった。
人類というのは「裸のサル」。
その上にマダガスカル方面に向かって歩き続けた草原のサルは、ついに海に達する。
海に入って、逃げて行かない貝などを食べ始める。
貝というのはやっぱりいい。
貝塚というのはどこにもある。
それからうまいこと追い込んで魚等々を食べ始めた。
そうすると、ますます濡れた毛が邪魔になる。
武田先生が好きな説。
海の中に腰まで浸かってジャブジャブ歩くうちに歩き方がドンドン上手になったという説がある。
浮力で浮くので海が歩行器代わりになり、直立歩行を助けた。
集団としては150頭前後いる。
だけど毛が無くなった。
毛づくろいをやることができない。
その「毛づくろいの代用」となったのが言葉の誕生であるという説。
言葉の誕生は様々な事をおそらく語り合ったかもしれないが、一番最初は150人。
その集団の間違いなくゴシップだったはずだと。
「あの男には気を付けるのよ」「ちょっかい出してくんだからね、アイツ。嫌いよ!」等々。
それから当然、その獲物が住む川とか危険な野原とか、そういう仲間たちに伝える集団共有の掟、出来事の報告等々。
そして下世話な話題。
そういうものがコミュニケーションに使われていって、言葉はゆっくり膨らんでいったという。

水谷譲の噂が別の時間帯のラジオ番組から流れてくるのを聞いた武田先生。
放送局(文化放送)でもベテランの女子(アナウンサー)だから、みんな怯えながら「加奈さん」と呼んでいる。
そうしたら誰かが「いや、一本だけね、加奈さんのこと呼び捨てにする番組がある」。
それがこの番組(『武田鉄矢・今朝の三枚おろし』)。
両刀使いで、武田さんが話にあまり熱心に耳を傾けない時には「加奈」って呼び捨てにして、イイコによく聞いている時は「加奈さん」と呼んでいるという。
だからやっぱり言葉はみんなその裏を取りたがる。
民進党の蓮舫さんのことを武田先生も言って、いろいろいいにつけ悪いにつけあったが、蓮舫さんはあいかわらず分かりやすい。
言葉が顔に書いてあるという方。
最近、小池(都知事)の顔が読みにくい。
選挙戦で戦っている時は非常にわかりやすい。
顔に「もちろん、当選するのは私です」と書いてあった。
都知事になって、いろいろ問題が。
そうするとドンドン表情が難しいと言うか、読みにくくなってくる。
言葉というのはそういうもの。

毛づくろいの代用を果たすために言葉は生まれたのだ。
そして発達したのだ。
発達していくうちに、人の脳はその人が話す言葉の意味よりも、その言葉の裏側に隠していることを知ろうとする。

「彼は何が言いたいのか」
それを懸命に探すようになる。
会話というのはドンドン複雑になってゆく。

だいたい三歳になるまで、子供たちは嘘をつけない−中略−子供たちはだいたい三歳ごろには、チョコレートを食べたことをそれなりに強く否定すれば、信じてくれることが多いだろうと気づくくらいの理解力はある。しかし、この年の子供は、自分の口のまわりについたチョコレートが秘密を漏らしていることに気付くほどの理解力は持っていない。(123頁)

嘘をつくことによって言葉というのはドンドン複雑になってゆくのだろう。
人間は嘘を考える時に複雑に考えすぎて、かえって罠に落ちることがある。

これら言葉の複雑な技術を今でも人の子はわずか四歳からたくましく学び始める。
つまり「他人は私と違う考えを持つ」という集団の特性からそのことに気付き、学び成長していくのである。

挽いたコーヒー豆をコーヒー沸かし器のフィルターの中に入れてフタを閉める武田先生。
奥様からやかましいぐらい「コーヒーの粉をこぼすな」と言われる。
その言い方が怖いから慎重にやるのだが、慎重すぎて逆にこぼす。
「あ!」とか。
それで挽いた豆をフチにぶつけながら、フィルターの中に綺麗に落とすのは難しい。
外側の沸かす水のところにちょっとでもコーヒー粉が落ちたら、大きく「あ!」とか言われる。
奥様が違うところを見ていたので「こぼしてないでしょうね」と言われて「こぼしてない、こぼしてない」とかと言う。
何であんな悲しい嘘をつくのか?
そうしたらもうバレる。
それでチェックされてティッシュペーパーでコーヒーのお湯を入れるところを拭いたら、やっぱりコーヒーの粉が落ちているのが分かる。
「もう!」と言われて。
その時に、フィルターだけ外して流しのところで入れてはめれば何にもフチに落とすことはないのだが、叱られると脳はフリーズして、フリーズしたおかげで「嘘をつこう」というふうなところに努力が行って、よい方法を考えられなくなる。
それぐらい嘘をつくというのは難しい。
奥様とも共有できるものは、意外とゴシップがかったところからフッと仲良くなる。
夫婦なんてのもそんなもの。
人の悪口を言う時「そうでしょ?私もあの人はそういう人だと思った」とかっていうそういうアレ。
「よかったよなー。ロシアと上手くいって」とか「TPPは」とか話さない。
「アイツさ、危ないらしいよ」「やっぱりね」とかって。

2017年01月18日

2016年3月14〜25日◆『しんがりの思想 反リーダーシップ論』鷲田清一(後編)

これの続きです。

鷲田清一さんがお書きになった反リーダーシップ論。
「世の中を引っ張る、そういう英雄が出て来い」
その考え方は間違っている。
世の中を進めるのは実はリーダーではなくて、ビリっけつを走っている人。
その人たちが平均値を上げる。
そのことが全体がよくなる唯一の道なのだという鷲田さんの『しんがりの思想』。
少し社会全体がプロフェッショナルに頼りすぎているんじゃないだろうかという。
それよりも私達は市民として、一人間として、自分たち自らでしっかり勉強しないとダメなんじゃないかと。
そういう個人の人民の努力が世の中全体をよくするのではなかろうか。
そういう考え方の方。

学校で何か事件が起きたときにまずいちばんにカウンセラーを呼ぶという、もう学校現場のモードのようになっている動きがある。(118頁)

両者は気前よく己の時間をこの問題にあててその原因を探るが、知性の肺活量と呼ぶものが少なすぎる。
「なぜそういう問題に陥ったのか」というのをまず自分たちで考えてみよう。
専門家の知識とか専門用語にすがらないで。
要は「誰かが答えを握って正しく、市民はそれを受け取るとよいことがある」という方程式は世の中にないのだ。
スクールカウンセラーなんか置かなくて、その非行に走る少年たちの予兆みたいなものを、今の人たちは捉えきれない。
これは一体何なのだろうか?という。
それは私達の力が少しダウンしているんじゃないか。
生きていく力。

リーダー、つまり人の世のトップに立ちたがる人間、そういうものが子どもたちにパーッとあふれると世の中そのものが脆くなっていく。
たとえば私達は○十年前、失敗の世界大戦を引き起こした歴史を持っている。
なぜあんな馬鹿や戦争をやったのかを探らなければならない。
その一つに戦前の日本の大半の少年たちが夢見たもの。
「君は将来何になりたい?」
日本全国の少年に聞くとだいたい同じ答えが返ってきた。
それは「陸海軍の大将になりたい」。
少年たちがみんな軍人さんの大将になる夢を持ったという社会は非常にもろかったではないかと仰っている。
(本の中にはそういう話は見つけられなかった)

深い味わいを感じつつ耳を傾けた、松下幸之助の、意表をつくようなリーダー論である。−中略−彼があげたのは、まずは「愛嬌」、次に「運が強そうなこと」、最後が「後ろ姿」である。(149〜150頁)

愛嬌のあるひとにはスキがある。−中略−「わたしがしっかり見守っていないと」という思いにさせる。(150〜151頁)

人がこう思うと、その人の周りにはすごい強いチームができる。
才能は人を呼ぶのである。

 次に「運が強そうなこと」。ここで注意しておくべきは、松下がけっして「運が強いこと」とは言っていないことだ。−中略−そういう「運の強そうな」ひとのそばにいるとなんでもうまくいきそうな気になる。(151頁)

「後ろ姿」は無言の言葉である。
その人の後ろ姿を見ると付いて行きたくなるというような後ろ姿。
懸命に説明したがる人は意外と脆い。
後ろ姿で人を惹き付ける人、無防備で緩んだところがあるが、その緩んだ無防備の後ろ姿に余韻がある。
「そういう人が人を引っ張っていくのにはもってこいなんだ」という。
よくリーダー論で言われる「軸がぶれない」「統率力」「聞く耳を持っている」そんなものは三の四の次だ。

とある武道家の方から「あなた運強いでしょ」と言われた武田先生。
「やっぱ運いいんですよ」と言ったら「それは、まぐれじゃなくて運が強いんだ」と言われて何かギクッとしたことがある。
面白いなぁと思う。

精神科医の中井久夫は−中略−サルの集団になぞらえてこう言っている──
 お猿の実験では、ナンバー2の性格がその集団を決めるんです。ナンバー1をたとえロボトミーにしても、ナンバー2が権力欲をもたずに、しかも集団を余裕とユーモアをもってまとめていく能力があったら、その集団は決して崩れないんです。
(153頁)

これから長らく続くであろう「右肩下がり」の時代は「我慢」と工夫の時代であろう。ここでは、だれかに、あるいは特定の世代や社会層に、どこか特定の地域に、はたまた何か特定の業種に、ダメージが集中しないように、負担とリスクの分散をさせること、それらを均等に担うことが求められる。(153〜154頁)

政治という術があるが、それがこの「揚げ足を取ったり」的のエラーを哄笑する、あざ笑う、そういうことではなくて「条理を尽くして説得していく」という。
鷲田さんはそういう意味で現安倍政権に非常に強い疑念を持ってらっしゃる方。

「条理を尽くす」には、理路を説く前にまず「相手の立場や心情を十分に顧慮」することが肝要だ。(157頁)

安倍さんにはそういう「条理を尽くす」というのはちょっとできてないんじゃないかという批判があった。

「何を言っているかではなく、その人間が何を聞き取る人間であるのかを注視していれば間違う確率は少ない」とは平川克美の言葉(157頁)

最近武田先生が魅せられているのは「ワイルド」。
自分の中でそういう「野生」みたいなものがどんどん薄れていくからだろう。
自分に何がないのかというと、やっぱり明らかに野生がない。
どんどん野生が落ちているので、個人的に野生の研究に入っている武田先生。
野生の研究の本に「裸足で走れ」と書いてあった。
それで暇な時に、とある公園を裸足で走っている武田先生。
それと靴を変えて袋状の靴下をやめ、五本指靴下にした。
そうしたら足の形が変わり始めた。

平田オリザさんは劇団を主宰してらっしゃって、その劇団の採用面接での基準を話してらっしゃる。

彼は劇団員の採用面接をするときに、入団希望者の話を聞きながら、コンテクストの近いひと、コンテクストを広げられるひと、独特のコンテクストをもったひとに分類し、もっとも遠いひとから順に選んでゆくというのだ。(158頁)

(番組では「最も自分に遠い人」と言っているが、本の中では「自分に」という表現はないので、その解釈でいいのかよくわからない)

二〇一〇年、NHKのドキュメンタリー番組「無縁社会」が放映された。−中略−高齢の親の死亡を届けずに年金等を受給し続けていた一家族の「事件」に、「無縁社会」というこの番組の残像を重ねたひとも少なくなかっただろう。これに家庭内の幼児虐待がそのまま死につながった事件や、いじめのはての小学生の自殺の報道なども続き−中略−
 地縁も血縁も社縁もやせ細ってしまったこの「無縁社会」についてのドキュメンタリー番組の残像がいまなお色濃いのは
(164頁)

鷲田さんは現代社会という中で、若者がいかに縁というものを見つけにくい時代になったかというのをものすごく丁寧に分析してあった。
自立の概念が自己決定、自己責任と同じものにされている時代、縁に希望を見つけることは人間にとって困難なようである。

著者はようやく「しんがり」にふさわしい現代語に辿り着く。
「ボランティア」
自分をさて置いておいて「あなたを助けることによって、私は私を確認している」という。
ボランティアに関しては、最近の若い人を尊敬している武田先生。
もうサラッと言う。
武田先生が大学生の頃にボランティアというので大学で授業があって、いかにヨーロッパでボランティアが当たり前で、日本社会は全然それに追いついていないというのを教壇の上から嘆くだけ嘆いていた教授の顔を覚えている。
スウェーデンだったかの例を出して、ボランティアを何年やったかというのは嫁入り道具になる。
技術があってボランティアの何々とかっていう技術を取得すると、ものすごく姑さんから喜ばれる。
だから介護力、介護術みたいなのも一緒に教えられるらしい。

阪神・淡路大震災からまる二十年。そのあいだに培われ、根付いてきた文化の一つに、ボランティアがある。そしてそれがその後起こった新潟の、そして東北の震災時にもさまざまな救援のかたちで働いたのは、記憶にあたらしい。(187頁)

このボランティア技術こそズバリ「しんがりの思想」と呼べるものではないだろうかと鷲田さんは仰る。
(本の中にはそういうふうには書いていない)

哲学者である著者は言う。
私が自由であるためには自由を他者に要求すると共に、同等の自由を他者に送らなければ自由は獲得できない。

内田樹さんがよく言う。
「私という存在を確認するためには、あなたを経由しないかぎり、私は私を獲得できない」
私は私の名前をつぶやくことによって、私は返事しない。
私は私の名を他人から呼ばれて返事することで私を確認する。
だから他者がいない限り、私は私を確認できない。
これは哲学。

 数年に一度、投票というかたちで関与するのが精一杯の民主主義、そこにおいて「主権者とおだてられながら、なんと空しい存在でしょう」とみずからを自嘲したあと−中略−
 そんなある日、近所のおしゃれな雑貨店でこんな貼り紙を見たのです。
「お買いものとは、どんな社会に一票を投じるかということ。」
(198頁)

ずっと前にニベアを絶賛していた水谷譲。
ああいう女性の感性に驚かされる武田先生。
男はそういう依存度がすごく低い。
「ニベア」「クリーム」とやったら男は「クリーム」の方だけを見て「これ、肌につけるやつだな」とか。
上の方のメーカーはわりと無視するというのがあるので、女性のそういう製造会社に対する依存、女性の持っている感性はすごい。
奥様にもそういうところがあると感じる武田先生。

DVDのレンタル店が殺伐としている。
武田先生が行った店がそうだっただけかもしれないが、ソファが置いてある。
近所の団地の子が5〜6人くらいで靴を脱いで裸足で、丸い玉を並べるスマートフォンのゲームをやっている。
そして借りに来た人たちはカゴを提げてボンボコボンボコカゴの中に。
夢もカケラもない。
荒涼としているようにしか思えない。
面白くなければ早回しをして見てしまうという水谷譲。
指を指して「これ!」みたいなのが店内に漂っていない。
「これを見るぞ」みたいな意欲が全く無くて、ダーンとカゴの中に入れる。
商品の扱いも乱暴だし、手にとった商品に、商品の重みがない。
万引き用で中身が抜いてあるのでパッケージだけというような。
昔、レコード屋さんで視聴をお願いすると、塩化ビニールの黒い盤をものすごく大事そうにテーブルの上に置く。
それで慎重に針を置く。
LPの12曲の中で1曲だけ聞いていいとかっていう。
その時のLPの扱い方の指先が、その塩化ビニールの盤がいかに貴重かみたいなのが伝わる。
それで1200円くらいだったかの当時のLPを買った時というのは、そのレコード屋さんの手つきを真似して、自分もターンテーブルに置く。
そうするとビートルズが流れ始める。
それはもう、ただの消費行動ではなく「彼らとつながった」とか「文化的に全世界とつながった」とかという、そんなアレがあったのだが、今は扱われ方が乱暴。

 レヴィナスの哲学の基本概念に「有責性」(resuponsabilité)というものがあります。(202頁)

「責任」は英語にリスポンシビリティ(responsibility)の訳語として使われている。この語はrespondとabilityの合成語で、要は、何かに応じることができるということである。「助けて」という他人の声、もしくは訴えや呼びかけにきちんと応える用意があること、そういう意味がこの語の芯をなしている。(201頁)

誰かが絶叫している。
「Help me!」
それに対して私達は応答しなければならない。
その時の応答の声は英語で言うと
「Can I help you?」
これはやっぱり英語というものの明快さ。
「Can I help you?」これを日本語に訳すと「いいえ、お互い様ですよ」という。
こういうのを歌にしたいと思う武田先生。
「お陰様」「お互い様」そういう言葉で一曲作りたいなと思う。
誰に命令されるわけではない、己に命じる行為。
その自由さを担保する。
そのために私はあなたに「Can I help you?」「できることありますか?」「お互い様ですよ」という、そういう言葉「responsibility」反応しなければならない。
それが「しんがりの思想」の一番深いところにある芯なのであるという。

コメディアンの財津一郎さん。
財津さんが『金八先生』の時に武田先生に教えてくれたこと。
「サービス精神というのはね、武田君。サービスをする時、もったいぶって『サービスをしますよ』じゃない。サービスに入った瞬間『喜んで、喜んで〜』って言いながらその行為に入るんだ。それが芸だし、それが芸人のサービス精神なんだ。出し惜しみしちゃいかん」
せっかく何かを自分が思い立って「お手伝いしましょうか?」って言うんだったら、その表情に満面の「喜んで〜」っていう、そういう表情がなければ一文の値打ちもないという。

武田先生がずっと読んでいてまだ終わらない『菜の花の沖』

菜の花の沖〈1〉 (文春文庫)



あの中で日露史が出てくる。
司馬遼太郎という人が歴史を辿りながら、日露史の齟齬というか、うまくいかないところをずっと書いてらっしゃる。
徳川時代から日本国とロシア国って何もうまくいっていない。
もうギスギスした関係。
ロシアが江戸時代の真ん中くらいに「貿易したい」と申し込むと、日本の横着な長崎の役人は「お白洲に正座して上奏しろ、伝えろ」と言いながらロシアの提督に正座を命じる。
そういう西洋文明に対する嫌味のようなことをやったばっかりに、ロシアの軍人さんたちが怒って、北海道の樺太の方で幕府が立てた番屋小屋を襲うという事件が起こった。
それは単なる私情、「ワタクシ」の感情だった。
それをロシアの態度だと勘違いした幕府は、次にやってきたロシアの軍人さんのゴローニンというキャプテンを捕虜にしてしまう。
そういう国家を名乗っているばかりにうまくいかない。
ところが感動するのは、個人としてロシア人と日本人はすごくうまくいっている。
ゴローニンという人は高田屋嘉兵衛(番組内で「高島屋」と言ったようだが、多分「高田屋」)という淡路島生まれの商人と言葉もあまりできないのだが何カ月か過ごして「すごいいい人」とお互いに認め合う。
ゴローニンという人はすごくいいロシア人で、アイヌの人たちの暮らしぶりにものすごく同情して「この人たちが幸せになるように、もう少し考えてあげようよ」なんていうことをちゃんと文面で残されているし、高田屋嘉兵衛はアイヌの人たちと遭遇すると白いご飯を握り飯にしてプレゼントした。
つまり個人としては非常にうまくいくロシア人と日本人だけど、国家を名乗るとケンカばかりしてしまうという。
「日本」は国家を名乗るとロクなことがない。

この間、爆買いにやってきた中国の青年がtwitterに書いた。
日本で買った爆買いの土産物を失くした。
置き忘れたのだろう。
「すげえぜみんな聞けよ。必ず戻ってくるんだ」
そのことを中国の青年はものすごく感動しているのだが、その手の青年が一人、中国の上海に理解者としているということを喜べばトップが世界を変えるんじゃなくて、しんがりが世界を変えていく。

2016年3月14〜25日◆『しんがりの思想 反リーダーシップ論』鷲田清一(前編)

しんがりの思想 ―反リーダーシップ論― (角川新書)



関西方面にいらっしゃる哲学者の先生。
武田先生と年齢が同じ(お二方とも1949年生まれ)。

「しんがり」という言葉が好きな武田先生。
「どべ」「ビリ」ということ。
鷲田さんは心構えのことを仰っているので、具体例は本の中にはない。
「リーダーシップ論」があるが、鷲田さんの発想は「そうじゃないんじゃないか」。
武田先生が好きな考え方「反リーダーシップ論」。
世の中を決定しているのはリーダーじゃなくて、優秀なビリの人を持っている社会が良い社会なのだ。
「しんがり」の人、最後尾を歩いている人、走っている人。

「しんがり」という言葉そのものは、日本史の戦国期、合戦で用いられる軍事用語。
詳しく言うと、隊列や陣、序列の最後、最下位を示す言葉ではあるのだが、この「しんがり」というのは合戦や戦闘になった時、最も勇敢な軍人が担当する戦闘場所。
だからしんがりというのは、いざ戦闘となった場合は意味がコロッと変わる。
具体例で言うと、例えば織田信長の軍勢が武田軍と激突する。
織田信長はコテンパンにやられる。
武田軍は圧倒的に勇猛果敢で強い。
それで信長は何と、ほとんどの兵隊さんを全部捨てて、まず自分がトップバッターで逃げる。
退却戦になるのだが、その退却戦になった瞬間にリーダーの信長は一番最初に逃げながら言い置いた命令が「しんがりは秀吉」。
「退却戦のビリは秀吉が担当しろ」
これは何を意味するかというと、最も優秀な信頼できる兵士であるということ。
秀吉は何をやるかと言うと、退却戦の最後尾について味方を逃しつつ、敵と戦い自分も逃げる。
これをやらなければならない。
だからしんがりを担当するというのは、知恵があって戦争に強くて度胸満点。
三拍子も四拍子もそろわないと退却戦においては、しんがりは任せてもらえない。

幕末に薩長軍と幕府軍が鳥羽伏見で激突する。
時の勢い等々があって、幕府軍は総崩れになる。
退却戦に入る。
その時に大阪までの退却戦のしんがりは誰か?
新撰組、土方歳三。
その全体の軍隊の中で最も勇猛果敢な人間がしんがりを担う。
数千の薩長軍に対して、新選組は土方をトップにして数十人の単位で、千の軍勢を止めたというので武名がものすごく上がる。
「さすが土方」と。
そのしんがりの意味合いが変わるというのは、このへんのこと。
普段は「最後」という意味を示すのだが、戦闘になって退却戦になった場合、しんがりといのは最も勇猛果敢な、リーダー以上に優秀な人でないと担当できないという。

前に『三枚おろし』で日立の社長さんのをやった。
あの人は「しんがり」のことを「ラストマン」とおっしゃった。
船が傾いて沈んでいく時に、全員避難したかどうかを全部チェックして最後に船を脱出する人。
この「ラストマン」と同異義語が日本には古くからあって、それが「しんがり」ということ。

 リーダー論、リーダーシップ論がとかく賑やかである。(2頁)

 そもそも、みながリーダーになりたがる社会はすぐに潰れるということがある。(6頁)

リーダー論に素直に従うようなひとほどリーダーにふさわしくない者はいないという、語るに落ちる事実がある。(6頁)

それよりはしんがりの人、これこそが本当の勇者ではないか?

民俗学者の宮本常一。
『三枚おろし』でも取り上げた方。
(このブログでは取り上げていない)

庶民の発見 (講談社学術文庫)



ある石工の言葉として、宮本が『庶民の発見』(一九六一年)のなかで記録しているものである。「ほめられなくても自分の気のすむような仕事はしたいものだ」とも、この職人は語っている。−中略−
 石工は、田舎を歩いていて見事な石の積み方に心打たれ、将来、おなじ職工の眼にふれたときに恥ずかしくないような仕事をしておきたいとおもった。
(9頁)

黙々と田舎の河原の土手あたりにしっかりした石を組んでいる、あるいはその石組を見て感動している石工さん。
「実はこの手の人たちが世の中を作っているんだ」と仰っている。



寂しい浜辺を遠くの方で一人、走っている。
そうするとナレーションか文字か何かで「もうオリンピックは始まっている」
長距離ランナーらしきその青年は、オリンピックを目指して練習している。
それをそのコマーシャルは「もうオリンピックは始まっている」という。
ジーンとくる。
影で努力しているその影の人。
鷲田氏はそういう「影」とは言わないまでも、そういう人たちが大事なんじゃないか。
リーダーよりも最後尾のしんがりの人たちが大事なのではないか。
なぜ、その人たちが大事か。
それは日本が縮小社会に入ったから。
日本は縮んできている。
年間で25万人のスケールで人口が減っている。
だから4〜5年で百万都市が一つ消える。
そういう激変が日本には訪れつつある。
1970年代、人口は一億を突破し、30歳以下の若者人口は国民の49%。
そういう世相が変わって日本という国は老いに入った。
2008年、1億3千万を超えた人口はついに減少に転じ、出生数は減少。
もはや4人家族、子供が2人の家族、こういう家族がもう珍しくなった。
これは間違いなく縮小社会であって、2011年の大震災と原発事故が追い打ちをかけ、地方消滅というような危機が今、進行している。
これからも果てしなく日本の縮小は続くであろう。

 この国は本気で「退却戦」を考えなければならない時代に入りつつある。(144頁)

「負けた」というのではない。
やっぱり国にも攻め込んでいく時と、退却する時と二つあっていいのではないか。

震災の半年後にNHKの朝の連続テレビ小説「カーネーション」の放送が始まった。(39〜40頁)

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岸和田に生まれた女三人姉妹(コシノ3姉妹)がファッションの道を歩くという。

 番組の折り返し点は敗戦の日。その玉音放送のシーンだった。玉音放送を聴いたあと、洋服店を営む糸子がすっくと立ち上がり、家族や従業員たちに言う──
「さ、お昼にしょうけ」
(40頁)

つまりこれじゃないかと。
このエネルギー。
これこそ「しんがりの哲学」ではないだろうか、というのが鷲田さん。

このあたりから大阪NHKは続々とヒットが朝ドラで出る。
今はまた『あさが来た』か何かで大人気。

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福沢先生も活躍なさった。
(武田先生が演じられたらしい)

何故、人はリーダーを探すのか?

 だれもみずから責任をとらないで、他者に「押しつけ」るという責任放棄の構造。これに合わせ鏡のように対応するもう一つの責任放棄の構造があるようにおもう。「おまかせ」の構造である。(47頁)

近代国家の成立したばかりの日本で、そのことをまずトップバッターで嘆いたのが、何と今、話に出た福沢諭吉という先生。

「人民はこれを一国文明の徴として誇るべきはずなるに、かへつてこれを政府の私恩に帰し、ますますその賜に依頼するの心を増すのみ。〔中略〕人民に独立の気力あらざれば文明の形を作るもただに無用の長物のみならず、かへつて民心を退縮せしむるの具となるべきなり」と、福澤はいう。(50頁)

政府が頑張って鉄道を引いた、政府が頑張って家を庶民のためにいっぱい建ててくれた。
「あー政府っちゃありがたいありがたい」
「そんな情けない国民を作ってしまった」と仰っている。
「何を言っとるんだ」と。
「なぜ自分が時代の主人公であると胸を張らんのか。鉄道を作ったのは政府にあらず国民なり!」
福沢先生はこの時代からこのことをおっしゃっている。
「一番重要なのは政府ではないんだ。国民の質なのである」と。
「国民の質こそが全てではないか」と仰っている。

メディアによって編集された情報をそのまま反復して、まるでニュースキャスターが言っていることをなぞるようなことを持論になさっている方がいらっしゃる。
それではつまらない。
「時たま違うことを言ってもいいのではないか」と思う武田先生。
それから、いろいろ政治を批判なさる、憤る方、ものすごく怒りながら国民を叩く人がいらっしゃるが、あの人の叩き方は「映りの悪いテレビの横っ面はたく」ようなもの。
昔、父ちゃんがよく叩いていた。
叩けば時々目が覚めたように映り始める。
でも、叩くことで映りがよくなるテレビと違って、社会・世間というのはよくならないのではないだろうか。
巨大規模で人口減少に入った現在、サービスのための政治とか市民を持ち上げてくれる行政サービス、そういうのは時代としてもう終わったんじゃないか。
それなのに「市民がバカになっている」と。

今年(2016年)「真田ブーム」。

真田丸 完全版 第壱集 [Blu-ray]



真田っていう人もよくよく考えてみると「しんがり」の人。
家康に勝ったところで「天下を取る」という、そこまでの野望は持っていなかった人。
「一泡吹かせてやりたかった」という。
草刈(正男)さんがやっている幸村の父(真田昌幸)。
あの人の気持ちがわかる。
真田幸村は最後まで家康に抵抗して大坂城での戦いではものすごい勇猛ぶりを見せる。
でも絶望的。
勝てるわけがないのだから。
何でそんなファイトが燃えたのかといったら、真田は家康と3回戦って1回も負けたことがない。
平べったく言うと、4回目をやってみたくなる。
何かその痛快さ。
六文銭なんていう発想そのものがまさに「しんがりの思想」。

武田先生がちょっとジーンときたこと。
清原事件の時の桑田(真澄)さんの登場。
彼は清原について語ったことがあって「いつまでも4番打者であるってことが忘れられなかったのかな」と言った後「僕たちは『見せる野球』。何万人のお客さんに来てもらって『見せる野球』というのに憧れて生きてきた。その『見せる野球』というのが終わるんだ。そしたら今度は自分が支える野球というのをやらなければならない。一番最後はどこかで静かに野球を見ているという、そういう人間にならなければならないけど、最後まで清原は見せる野球っていうので支える野球ができなかったんじゃないかな」という。
これは芸能人にもピッタリ。
視聴率戦争の中で戦いつつ、必死になって順位を争ってきた。
「今週○%」とか。
やっぱり「数字じゃない」なんてことは主役をやめないと言えない。
主役一はやっぱり数字と一緒に背負う。
その後、桑田さんが言った「支える野球」という。
だから武田先生も「支える芸能人」。
一番最後は「芸能を見る人」あるいは「楽しめる人」に自らならないといけないなと思う武田先生。

 こういう仕組みが完備してゆくことで、市民生活において逆にクオリティを大きく損なったものがある。いうまでもなく、《いのちの世話》を自力でおこなう能力の喪失である。いまこの国で、赤ちゃんを取り上げる腕前をもつひとは専門職を除きほぼゼロである。遺体の清拭や死化粧をするひと、できるひともほぼゼロである。調理において魚を捌けるひとも、家人の病や傷の応急手当ができるひとも格段に減った。(62頁)

この間、地方のテレビ番組で盛り上がったこと。
食中毒の話になったのだが、昔の母親は鼻一つだった。
ご飯か何か、夕方にカゴの中に入れたものを母がクンクンと鼻で嗅いで「喰える」と言うと、うわーってみんな家族でご飯を食べたというのがある。
保健所の仕事みたいなものもお母さんが鼻一つでやっていた。
ジャッジメント。
「消費期限、賞味期限なんか袋に書かなくても結構だ。そんなものは私が判断しますわ」という。
震災時「どこへ逃げるか」「どうやって逃げるか」「何を持って逃げるか」みんな自分で判断していた。
あるいは最低限の排泄物の処理。
もう「自分のところの排泄物は自分の畑へ」なんていう。
完全エコの三角マークみたいな人がいた。
あるいは降ってくる雨を自らの工夫で飲料水に変える等々。
そういう「命の世話」というような最低限の能力がもう全くできない。
すぐにプロを呼ばないと気がすまないという市民に成り下がっているのではないかという鷲田さんのお叱り。

むかしの庶民の家にあっていまはないものに話が及んだ。で、とっさに浮かんだのが、わたしは救急箱、お相手は大工箱、この二つだった。(63頁)

どんな家庭でもカンナ、トンカチ、ノコギリ、糸のこ。
そのへんで箱を組み立てるぐらいの道具は。
台風がやってきたら家の修繕。
武田先生の家はプロでもあったのだが、ミシンがあった。
これらのことを実は全部今、プロに任せて甘えきっているのではないかというのがこの作者からの声。

「しんがり」を漢字で書くと「殿軍」。
(「殿」だけで「しんがり」と読むようだが、小説で使われているのは「殿軍」らしい)
別名はこの通り「でんぐん」と呼ぶ。
これに初めて接したのは『竜馬がゆく』。
司馬(遼太郎)さんの本に出てきて、一発で好きになった言葉。
龍馬の友達の土佐勤王党の誰かが新撰組に追われる。
四、五人いて、一人、腕は大したことがなが度胸が抜群のヤツがいて、トップバッターで沖田と土方が追ってくる。
その時に友達の四人を逃がしておいて、ブワーッと抜刀して四人の仲間に絶叫した言葉が「おいが殿軍(でんぐん)!おいが殿軍!」と言う。
「俺がしんがり!俺がしんがり!」という。
つまり「俺が新撰組と格闘している間にお前らは逃げろ」という。
その時に覚えたその「殿軍」と書いて、司馬さんがそこに「しんがり」というルビを打つ。
「しんがりを務めた○○は」と書いてあって「沖田、土方になますのように斬られた。が、血しぶきを浴びつつなお、その頬に笑顔が残っていたという」とか。
何かもうゾクッとするような表現がたまらなく好きな武田先生。

ちなみに「しんがり」を「殿」と書くのは「殿」の展(屍)がひとが几(牀几)に腰掛けている姿で、「殿」が「天子の御所」や「政務を執る所」を意味する一方で、それが「臀」に通じるところから「尻」、さらには「しんがり」を意味するようになったからだといわれる(145頁)

私達は何か問題があると、強いリーダーあるいは専門家にすがりつく。
しかしプロの専門家というのは話を聞けば聞くほど、ますます全体が見えなくなるのではないか。
北朝鮮がロケットを打ち上げた。
ロケットの専門家がスタジオにいるのだが、話を聞いていてもよくわらかない。
「だから何だ」と言いたくなる。
最近、専門家が多ければ多いほど全体像はわかりにくくなっている。
やはり世の中は複雑。

「どんな専門家がいい専門家ですか?」
 返ってきた答えはごくシンプルで高度な知識を持っているひとでも、責任をとってくれるひとでもなく、「いっしょに考えてくれるひと」というものだった。
(104頁)

複雑性の増大にしっかり耐えうるような知性の肺活量が必要となる。(107頁)

個人の自由を大切にすることは社会の多様性のため、自然界と同様、様々な人が生きているということは、社会を活性化する意味でとても大事なことである。
社会が全部均一になってしまうと、これはあきらかに退化の徴候である。

英語のリベラル(liberal)の第一の意味は「気前がよい」だということ、このリベラルの名詞には二つ、「自由」を意味するリバティと「気前のよさ」と「寛容」を意味するリベラリティとがあることをここで思い出したい(110頁)

「フリー」というのは「自由」という意味もあるが「タダ」「無料」という意味がある。
ケチな人というのは心に自由がない人。
そうやって考えると英語というのは「本質を示そう」という。
この発想は面白い。
だから一発回答ではなくて、いくつもの意味を引っ張り出していくという。
そういう知恵が今「しんがりの思想」として大事なのではないかと思ったりする。

2017年01月06日

「武田鉄矢今朝の三枚おろし」の本が発売されています

このブログでもたびたび取り上げている「武田鉄矢今朝の三枚おろし」というラジオ番組の本が先月から発売になっていました。

人間力を高める読書法



ラジオ文化放送の大人気番組「武田鉄矢今朝の三枚おろし」を書籍化!
『失敗の本質』『ザ・ラストマン』『1行バカ売れ』『修業論』『持丸長者「幕末・維新篇」』などを紹介。


2017年01月05日

2016年11月7〜17日◆『日本人と漢字』笹原宏之(後編)

これの続きです。

漢字の用法については、中国では読みは一対一用法だが、日本人は一つの漢字をいくらでも読み方を替えて読んでいくという。
例えば「生」という字。
「せい」「しょう」「福生(ふっさ)」「羽生(はぶ)」「羽生(はにゅう)」
フィギュア(スケート)は「ハニュウ」で将棋にいくと「ハブ」になる。
これを私達は間違えずに。
この上にアルファベットまで書き文字にするわけなので、大変な量。

国は戦前、そして戦後は当用漢字あるいは常用漢字として、漢字は1850あるいは1945を使用する文字として制限しようとした。
昨今では日本人はこの制限を嫌って「思う」は「憶う」と書いてもいいし、「想う」も。
特にJ-POPなんていうのは漢字の読み替えの天国。
人名などにも自由自在に漢字を使うという。
流行なども漢字に影響を与える。

 たとえば私の世代には、「翔」君という同級生は存在しませんでした。なぜなら法務省が認めていなかったからです。やがて司馬遼太郎が『翔ぶが如く』という小説を書いた。−中略−急に人々がこの字を好むようになってカッコイイな、自分の子供の名前に使いたいなという人が増えてきます。(101頁)

翔ぶが如く 全10巻 完結セット (文春文庫)



男の子の名前で「翔くん」。
「中田翔」とかっていうのが流行って「翔」の字が歩き出すという。
しかも驚くなかれ。
「月」と書いて「ルナ」と読ませるという。
こんな民族は世界中どこにもいない。
キラキラネーム。
日本は実にユニークな周辺国家。
真ん中ではない。
中華文明の外側にいる国。
それ故に面白い。
「日本というのは、永遠のガラパゴスでいいんじゃないかなぁ」と思う武田先生。

字種には出自から分けると「漢字」と「国字」があります。漢字とは、中国人がつくった字ですが、それに対して国字とは、日本人がつくった漢字風の字を指します。−中略−
「笹」が中国にないはずがない、と思われるかも知れません。中国から来たパンダが食べています。ですが中国では、パンダが食べているあれは「竹葉(ジューイエ)」といいます。日本人も初め『古事記』などで「小竹」と書いて「ささ」と読ませていたのですが一文字で書きたいと思ったのでしょう。
−中略−
 また、「竹」と「葉」をくっつけると、縦に長すぎる文字になる。ではどうしょうか。竹かんむりが付けば、草かんむりはいらないだろうから取り去ろう。ササは木ではないから木もいらないだろう。そうして上下を取ってしまって、残ったのが「笹」だったという話があります。
(111〜112頁)

「畑」も国字です。中国語では通常「田」一つで、田んぼも畑も指しました。しかし日本には「た(んぼ)」と「はたけ」という二つの言葉があり−中略−草を焼いて開いた「焼きはた」の「はた」は、同じく漢語「火田」をふまえて火と田をくっつけて「畑」としました。(113頁)

 他によく知られている国字には「峠」があります。(112頁)

平安からある文字で「(アケビ)」。
「山」の「女」で・・・。
(番組中では「そういうことだよ」で言葉を濁しているが、調べてみたら女性器関連の話のようだ)

 日本の漢字は音読みにも多様性があります。「行」を例にとってみていきましょう。「行」は「ギョウ」とも「コウ」とも「アン」とも読みます。「行灯」などというときに、「アン」と読みますね。
「ギョウ」という読み方は「呉音」といいます。古くに伝わった音読みで、おおよそギヤン、ギヤウ、ギョウと変わってきたものです。魏・呉・蜀の呉の国から伝わったという説もありますが、実際には呉以外の国からも、また朝鮮半島をも経由して伝わった雑多な音だというのが実態のようで、仏教用語に多く残っています。
「コウ」は「漢音」といい、唐の時代の都・長安(いまの西安)から伝わったとされています。唐に渡った遣唐使たちが、いま唐の人は「行」を「ギヤン」と発音してない、「カン」のように言っていると気づいて、日本に持ち帰ってきた。
−中略−
 最後の「アン」は、唐音または唐唐音といって、宋代以降、一一世紀以降に伝わった比較的新しい発音です。
(117〜118頁)

漢字の遺跡というか土偶の欠片というか、何かそういうものを感じる。
これをややこしいとか言わずに「そんな行状でどうする」とかっていう場合は「ギョウ」と読むし「銀行」と言われれば「コウ」と読むし。
「行灯」と読めば「アン」と読むわけだからすごい。

日本には漢字方向、つまり文字を書き進める方向が縦書き、横書きと複数あります。一つの文字体系にこういう状態を保つ国は、いまや世界で日本だけといえるでしょう。−中略−
 いまや中国は古典を含めてほぼすべて横書きとなっています。
(119頁)

武田先生の調べによると、中国は今、共産党の指導により全て横。
台湾は横が主流だが、縦も許している。
書字方向に関しても党の方針によって全て横。
韓国は書字方向については縦横があるが、これらの国はとにかく様々な文化について「上書き保存」。
以前の文化は全て消滅する傾向にあり、一番上を保存するのだが、その上にもう一枚出てくると下を全部消してしまうという。
日本はその中で変わっていて、二千年の歴史を全て断層として留めているという。
漢字読みについても多様性を広げ、書字方向さえ多様なのは日本だけ。

日本人の不思議さで「マンガ」というのがある。
あれは読み間違えない。
二人でケンカをしている。
吹き出しで書いてある。
「オマエが○○したって、そんなことを言っては無理だぞ」
「そんなことを言うな」
必ず「オマエが」の方から読む。
あの順番をテレコにしたりしない。
自然にやっている。
一切混乱しない。
コマの見方もそう。
2ページ見開きで描いてあって、飛んだりなんかしてもちゃんと飛ぶ方角に日本人は読む。
ああいう独特の本能を持っている。
(実際にはマンガを読むのにも一定のルールの理解が必要で、マンガを読めない人もいるぐらいなのだが)

 これまで、日本人は漢字から意味を読み取るのが得意だし、好きだということを何度も述べてきました。漢字をただ使うだけでなく、微妙なニュアンスによる使い分けさえも行っているのです。このニュアンスのことを、「コノテーション」と呼ぶこともできます。(122頁)

 たとえば「たまご」という語で、「卵」と「玉子」を、どのように使い分けているでしょうか?−中略−
 まず「産みたてたまご」と書く場合は、ほとんどの人が「卵」を使います。「溶きたまご」も九割以上が「卵」を使うと答えます。
 では、「たまごかけご飯」はどうでしょう。
−中略−学生に聞くとまだ「卵」が多数です。
「半熟たまご」では「卵」がまだ過半数ですが、「ゆでたまご」で「玉子」が逆転し始めます。
 さらに、「たまご焼き」になると、今度は「玉子」が九割を超え、圧倒的多数を占めるようになる。
−中略−原形やもとの色をとどめているか、味付けはまだか、といった要素も大切なようで、調理の進行につれて生々しさの感じられる「卵」を避けていくようです。(122〜123頁)

笹原先生は「庶民、使い分けてる」という。
(本の中にそういう文章は発見できず)

 こうした書き分けを行っているのは日本人だけで、中国人にとってはたまごを意味する「タン」に対する漢字はたった一つしかありません。中国語のたまごは「蛋」で、常に同じ漢字を書きます。生だろうが煮ようが焼こうが何をしようが「蛋」のみです。−中略−英語も常に「egg」ですよね。(123頁)

やきとり屋は、チェーン店であってもそうでなくても「焼鳥」「焼き鳥」と「鳥」を使っている店が多い。−中略−
 それに対して、豚肉、牛肉などのように肉の種類をいうときは「とりにく」を「鶏肉」と表記することが多いのです。
(124〜125頁)

魚偏に春で「鰆」、魚偏に雪で「鱈」だけれども−中略−魚偏に夏で「鰒」は「ふぐ」、魚偏に秋「鰍」で「かじか」、魚偏に冬「鮗」で「このしろ」といったところでしょう。「鰒」には「はえ」「はや」「はまち」「ふくべ」「ふくらぎ」「かつお」「わかし」などいろいろな読みが与えられてきましたが、江戸時代にはフグと読ませることがありました。(142頁)

一番新しくできて多くの辞書に載った国字は、明治時代につくられたものです。たとえば「竏」「竓」という字で、キロリットル、ミリリットルを表します。「立」をリットルに当て、応用したものです。「竡(ヘクト〈百〉リットル)」、「粍(ミリメートル)」などはそれに先立って一八九一年に中央気象台(現在の気象庁)によってつくられました。(157頁)

このあたりも、単位まで自分たちで作っちゃうという。

いささかやりすぎの「キラキラネーム」。

「一二三」と書いて何と読むか。「ひふみ」ちゃん。−中略−
 ところが最近、「わるつ」と読ませる人が増えてきています。
(161頁)

「幹益(ミッキーマウス)」「今鹿(なうしか)」「光宙(ぴかちゅう)」と読ませる名もあります。(162頁)

 たとえば「憎い」という言葉があります。−中略−
 ところが我々は、面白いことを言った人や、上手いことを言った人などに対して、褒め言葉として「にくいね」と言うこともあり
−中略−そうした「にくいね」を表記するときに、「憎いね」ではどうもしっくりこない。よって漢字を回避して「ニクイね」とカタカナで書くことが小説やCMなどであります。
 こうした表記を、私は「当て字」の逆のものとみて、「抜き字」「抜き漢字」と名付けました。適当な漢字がない、あるいは、漢字はあるが、その意味やニュアンスにはどうもぴったりこないときに、漢字を回避するということを、我々は無意識にやっているのです。
 他にも、「彼はてきとうなやつだ」と、いい加減という意味を込めて使うときに、「適当」と書くのは、少し違和感がありますよね。だから「テキトー」とカタカナで書き分けることが多いのです。「テキトー男」として大人気の高田純次にも、ほとんどカタカナが使われています。
(164頁)

このようにあらゆる可能性に日本における漢字は、多様性を今、広げるだけ広げている。
でも、そこにあるのは漢字文化に対する日本人の尊敬ではあるまいか。
漢字文化に対する尊敬は絶対にある。
漢字を「真名」と呼び自国で作った字を「仮名」と呼ぶという。
己をこんなふうに見下して漢字を崇める国というのは、申し訳ないが「日本独自文化」ではないかと思う武田先生。
「学びの第一歩は実は無暗に尊敬する姿勢から始まる」という。
このあたり、ぜひ今後の日本に期待していただきたいと思う。
中華を取り巻く周辺国の中で「上書き保存」の単一方向へ行く中で、日本のみが「別名保存」して、きちんと今までの漢字の歴史を文化文明の中に取り入れている。

前から武田先生が言っていること。
「金正男」
「キムジョンナム」という読み方をするが、あれは「キンショウオン」でいいのではないか。
「キンマサオ」さんとかでいいのではないか。
韓国に関しては「朴槿恵(パククネ)」さんとか。
昔は「ボク」と読んでいた。
我々はそんなふうに読む文化。
興味深いのは「習近平(シュウキンペイ)」は日本人の読み方。
中国語読みで言うと「シーチンピン」なのだが。
日本人は不思議なことに「シュウキンペイ」と言う。
そのほかにも「毛沢東(モウタクトウ)」さんとか「温家宝(オンカホウ)」さんとか。
中国の指導者は我々の読み方で読んでいる。

中国は「音」から漢字名を作っていく傾向が強い。
でも「意味も考慮したい」という強い情熱があるらしい。
「熱狗(ルーゴウ)」は「ホットドッグ」。
「寵物小精霊(チョンウーシアオジリン)」は「ポケモン」。
「楽天小熊餅(ラーティエンマーチ)」は「コアラのマーチ」。

(本についてはここまでで終了。この週の最後の日は本とは関係のない内容なので割愛)

2016年11月7〜17日◆『日本人と漢字』笹原宏之(前編)

日本人と漢字 (知のトレッキング叢書)



笹原宏之さん。
早稲田大学の教授。
漢字の変遷を歴史的に見つめるというポイントで漢字を見つめる方。
武田先生の大好きな白川静先生に対しても、やや批判的。
「白川説」というのは「ちょっと断定すぎる」ということでいろいろあるらしい。
大ファンなので言い返すことはあるが、批判的な人の本もちゃんと読むべきだと思う武田先生。

 概して日本人はエビが大好きです。−中略−そんなエビを表す漢字は複雑な変化を遂げてきました。
 古代の中国では、エビは日本語に直していうと「カ」のように発音され、「鰕」という字が使われていました。右側の旁(つくり)の部分が「カ」と発音する漢字です。
−中略−
 今、中華料理のエビのチリソースを表記する際などに、魚偏が虫偏に変化した「蝦」が使われています。そして現代の中国では、エビの漢字は「虾」になっています。
−中略−
 では日本において「エビ」の漢字は、どのような変化を遂げてきたのでしょうか。
 奈良時代に編纂された『出雲国風土記』に、この「鰕」が登場します。
(7〜8頁)

 平安時代になると、エビは一つの単語なのだから、二文字ではなく、一文字で書きたいという意識が強く芽生えてきたようです。そして、エビはお腹の部分が長い生き物だと感じられたことから、「」という字が一部で流行りました。(9〜10頁)

 日本人は奈良時代以前から、エビに対して、あるイメージを抱いていたようです。それは「海の翁」──海のおじいさんです。−中略−このイメージをもとにつくった漢字表記が、現在まで使われている「海老」です。(9頁)

 江戸時代につくられた「蛯」ですが、この漢字は主に、東日本で使われてきました。−中略−
 つまり、方言のように、特定の地域だけで使われる地方漢字、つまり「方言漢字」とよびうる漢字があります。
 面白いことに、北海道では現在でも、この「蛯」を、地名のみならず、ボタンエビやシマエビなど、普通名詞のエビを表記する際にも使うことがあるのです。
(11頁)

読み方を知った主なきっかけは、人気モデルの蛯原友里さんだったのです。(12頁)

 ちなみに蛯原さんは、宮崎県のご出身です。関東一帯で使われていたという「蛯」が、なぜ遠く九州は宮崎県の名字になっているのか、疑問に思われた方もいるかもしれません。実は江戸時代に東日本から宮崎の地に移住した人々に、「蛯原(海老原)」氏がいて、宮崎で庄屋になったことが歴史的に明らかになっています。(13頁)

白川説では三千年ほど前、呪術から発生した「漢字」。
呪術から発生した漢字が殷で発生して周へ移り、篆書から楷書へと時代に受け渡されていくうちにゆっくり漢字が変化する。
その変化していく様を研究してらっしゃる。
漢字が変遷していろいろ変わっていくのだが、これは筆記用具の変化で、文字そのものに大改良が加えられたという。
白川先生が研究対象にしてらっしゃるのは、この漢字発生の大元なのだが、これは殷の時代の骨に刻んでいた「甲骨文字」。

殷代にも鼎(かなえ)に鋳込んだ金文などもあったのですが、周代には甲骨文字が早くに廃れ、金文が多く生み出されました。(30頁)

さらに戦国春秋時代(「春秋・戦国時代」のことか)になると、さらに筆記用具の変化で漢字は変化していくという。
戦国春秋時代に「竹簡(ちくかん)」。
竹の細いものに縦書きで筆で書くという。
やがて秦に統一されて、これで紙に書くようになって漢字はまた大きく形を変えて変化したという。
この秦あたりになると、アジアにおいて中国文明は周辺にワーッと広がっていく。
朝鮮あるいはベトナム、そして日本へと漢字は広がっていく。
この漢字を受け取った日本人はまた面白いことに、この漢字を自分たちの手で自らいじくりまわして「国字」などと言って、自分たちで自分たちの漢字を作っていった。
それでずっと長いこときていた。

武田先生もドラマで演じたことがあるが、戦前はベトナムの人と日本の人が漢字で会話した。
犬養さんとベトナムで独立を目指す革命の志士が日本に訪ねてきて、その時の共通の会話、コミュニケーション手段は漢字で「文字で筆談した」という。
「我問」とか「日本我等に助成するや否や」とかっていう。
それから高杉晋作あたりも上海に行っている。
上海の街をブラブラしながら、買い物とか中国の実情を訊ねる時はサラサラと筆で書いて筆談したという。
それぐらい日本人の漢字力はすごかったし、アジア全体でも漢字というのは世界文字だった。
ところが20世紀、戦後になるとこの漢字から離れる国が出てきた。
朝鮮半島はハングルに切り換えて、漢字をやめてしまう。
それからベトナムも漢字をやめてしまう。

「ハノイ」という街があるが、漢字で書くと「河内」。
河の内側にあるから。
それをベトナムの音では「ハノイ」と読む。
漢字で書くとベトナム語はほとんど理解できる。
だからもう一回復活したほうが良いのではないかと思う。
朝鮮半島のエリアは「ハングル」になる。
「ハングル」というのは「偉大な文字」という意味。

韓国では、一九四八年にハングル専用を定めた法律ができ、一九七〇年から漢字廃止政策が強化され、学校教育から漢字がほぼ消えました。(34頁)

 韓国では、「放水」も「防水」も──意味は全く違うにもかかわらず──、どちらも「パンス」と発音します。そのため、表音文字であるハングル表記では、同じ表記になります。放水するのか、あるいは逆に水を入らなくするのか、前後の文脈で判断することはできたとしても、単語を見ただけでは判断がつかないのです。「水」を「火」に代えても同じことがいえます。「防火」と「放火」は同じ発音、「パンファ」です。(35頁)

非常にある意味では不便だとは思う。
やっぱり「かなりまずいぞ」と思う人たちも国内にゆっくり増えてきたようだ。

二〇一四年、韓国で漢字復活の検討が報道されて話題となりました。二〇一八年から、小学三年生以降の国語の教科書には漢字を併用する可能性が出てきたそうです。(34頁)

見逃せないのが後漢以降の西方からの仏教の伝来です。(49頁)

後漢の時代は西暦で言うと25〜220年。
これはサンスクリット語、パーリ語。
(番組では「ーリー語」と言っているように聞こえるけど、この本の中では「ーリ語」。「ーリ語」というのでも間違いではないらしいけど)
このサンスクリット語で書かれた経典を漢訳する「漢字に直す」という大事業が漢の世の中で渦を巻く。
儒教が国の掟だった前漢から外来の思想「仏教」を取り入れる、初めての挑戦を漢はやった。
漢字での初めての試みで、もう一文字一文字このサンスクリット語を訳すために、ものすごく苦労している。

 まず中国人は、仏教を開いたとされる人がゴータマ・シッダールタとかブッダと呼ばれていることを知って、いろいろな当て字を考えます。−中略−その後、「佛陀」も現れ、定着していきます。
「佛」は当時すでに、ぼんやりしているものを意味する熟語として使われていました。「彷彿」の彿に通じたのです。
−中略−後代に「仏」という異体字も生まれます。(49〜50頁)

(番組では「佛」という字を仏を表すために新規に作ったような話になっているが、本の中では上記のような話になっている)

 それからお坊さんのことを「僧侶」といいます。元はサンスクリット語の「サンガ」で、集合、共同体を意味する言葉でした。このサンガに当てられたのが「僧伽」で(50頁)

たとえば「パンニャー」という言葉が入ってきます。知恵(智慧)という意味のパーリ語(サンスクリット語の俗語)です。これを漢訳するにあたって訳経僧の間で意見が分かれました。音で当てたい人は「般若」がいいだろうと言う。一方で、それでは意味がわからないではないかという意見も出ました。発音は全く変わってしまうけど「智慧」と訳すべきだという主張もあったのです。−中略−結果的にどちらも残ることになり、日本にもその両方が入ってきました。(50頁)

適切な意訳が見つからない場合には、新たに漢字をつくることさえもありました。
 たとえば「マーラ」という、釈迦の悟りを妨げる魔神がいます。さてどうするか。ラには「羅」が当てられました。「マ」には、悪いことを意味する文字を使いたい。発音では「麻」がぴったりなのですが、その意味を表すには弱い。そこで「麻」の下に亡霊の類を表す「鬼」を加えて、「魔」をつくってしまいました。
(51〜52頁)

 次の「ダーナ(dana)」は、面白い展開を見せました。
「ダーナ」とはサンスクリット語で「施す」「与える」「贈る」という意味です。インドのサンスクリット語やパーリ語は、インド・ヨーロッパ語族に属していて、元を辿ると英語やドイツ語、フランス語と同じ言語(祖語)だったと考えられています。よって単語によっては英語との類似性が残っているのです。「ダーナ」と共通の語源をもつ英語は、「ドナー(donor)」で、提供者の意ですね。
−中略−
 では中国人は「ダーナ」にどんな漢字を当てたか、といえば「檀那」の二文字です。
−中略−
 しかし、この檀那が日本に入ってくると、意味合いが変化していきます。檀那は檀那でも「うちのだんな」とか「そこのだんな」とか、さほど施しをしないような一般の男性をも指す言葉に変化していったのです。「檀」の字が面倒だと、「旦」だけを書くことも増えていきました。かくして、現在は常用漢字にも入っている「旦」を用いた「旦那」がすっかり定着するに至りました。
(52〜53頁)

日本にも漢字は入ってくるわけだが、入ってくると同時に、日本人はこの漢字を更に工夫していく。
日本人の最大の特徴は、筆記用具が発達して筆となっていって、漢字が楷書から草書になっていく。
その草書が略字化されていく。
そこからヒントを得て音のみのカタカナ、ひらがなが生まれる。

 カタカナとひらがなは、いずれも「仮名」という漢字が付いていることが示す通り、仮の文字です。名は字を指しました。では本当の文字は何かといえば、それは漢字でした。当時の日本人は、漢字こそが「真名」であるという意識を持っていたからこそ、仮名(かりのな→かんな→かな)と名付けたのです。(56頁)

漢字の面白いところは「漢民族以外の人たちも新しい漢字を創造してもいい」という、そんな伸びやかさがある。
昔は違う読み方をしていたのだが、中国は読み方は日本に習った。
「経済省」とか。
「経済」という言葉を作ったのは幕末から維新の人たち。
四文字熟語の真ん中を取って「経済」にしちゃって「エコノミック」に「経済」を当てた。
その当て方が日本人は抜群。
日本人は「西洋の言葉に漢字を当てていく」ということをやった時に。
それですごく分かりやすく理にも適っているので、中国はそういう官庁関係の名前は日本に習った。
日本だと「海上保安庁」というのを語感から向こうは「海警(かいけい)」と。
海警局の「海警」。
あの辺も日本の漢字の使い方をまねて「海警」として、「海軍」と分けたのだろう。
その辺のところは合理的。

漢民族以外の人たちも「法則を持って新しい漢字を作る」ということがもう発生当時からあった。
漢滅亡後、魏・呉・蜀が覇権を競うという三国志時代。

 たとえば北方には、鮮卑と呼ばれるアルタイ系の言語を使う騎馬民族が勃興します。−中略−この鮮卑族は、くつのことを「クヮ」のように発音していたそうです。一方、漢民族では「リ」(履)のようにいっていました。発音が全然違う。それでも漢字を使いたかった。ではどうするか。−中略−騎馬民族の鮮卑は革でできたくつを履いている。革を部首にして、旁を「化」とすれば表せるぞ。これらを組み合わせて「靴」として、「クヮ」と読ませればいいじゃないかと。(63頁)

もしかすると漢字という文明は、こんなふうにして周辺から流れ込むという、そういう創造的なエネルギーを刺激するという文明だったのかもしれない。
新しいものがドンドンできていくという構造を持っていたのかも知れない。

中国語には声調がある、ということでした。中国語を習ったことのある方は、四音の発生練習を何度も繰り返したことと思います。−中略−第一声がまっすぐで、第二声は右上がり、第三声は一度下がって上がる、第四声は下がる。(69頁)

四声は地方によって変わる。
だからものすごくややこしい。
故に「音」というのは中国人にとってはものすごく重大。
発音辞典も作られているぐらいこの「四声」に関してはうるさいのだが、これに方言が加わって地方によって全くまた発音が変わるので中国では言語・文字の統一がなかなかできない。
その上に発音は権力者の出身地に頼ることが多く、なおさらまた、まとめるのが困難。

愛ちゃん(福原愛)が結婚した時に、敏感な中国の卓球ファンの子なんかが「愛ちゃんの中国語の発音がちょっと台湾ぽくなった」と言った。
台湾の恋人と付き合っているので、中国で修行した時の発音と変わったそうだ。
彼とは台湾の発音で付き合っているから、やはり影響されたのではないか。
日本で言えば東北出身の愛ちゃんが「堪忍どすぇ」とかって言い始めたみたいな。
「あれ?関西なまり?」みたいな。
「ようわかれへんのんですぅ」みたいな。
(それは関西弁ではなく、舞妓さんあたりが使う言葉のような気がするけど)
「ええやん、そんなん」とかってポンって出る時がある。
それが中国語において愛ちゃんに現れたんじゃないか。
それぐらいやっぱりあそこは大変。
だから中国は漢字でまとまっている国で、発音ではまとまらない。

 日本は二千年ほど前まで、文字を持たない無文字社会でした。(80頁)

西暦100年あたりぐらいから漢字の有用性に気付いた日本人は漢字を学び始める。
その学び方は独特で漢字の「音」と大和言葉の「意味」を両方覚えちゃうという。
中国の人はその一文字を「サン」と読んでいる。
私達はその「サン」って言われているものは何かと指差してもらうと「あ、それは『山』だ。じゃあ『ヤマ』と『サン』をいっぺんに覚えちゃおう」というので音訓を併記していく。
両方とも覚えちゃう。
「富士の山(ヤマ)」と言う時と「富士山(サン)」と言うのを両方できるようになっちゃった。
この複雑さに日本人はよくぞ耐えたという。
考えたらやっぱりこれは大変なこと。
その上にどんどんややこしくする。

どんな「くま」をイメージするかによって、表現方法が変わってきます。(78頁)

熊が人を襲った場合、新聞に載る時の表記は漢字で「熊」。
地震から立ち直っていく熊本を報告するために人気キャラクターが登場する時はひらがなで「くまモン」。
(「くまモン」はクマではないらしいけど)
山にいる熊の頭数や食物の傾向を客観的に語る時はカタカナで「クマ」と表記する。
文脈、コンテンツによって漢字・ひらがな・カタカナをそれぞれ表記の表法を変えるという。
世界の歴史の中でこんな人類は珍しい。

漢字が入ってきた時代の発音をそのまま残している。
「呉音」とか「唐音」「漢音」。
つまり中国でその漢字を使っていた時代がある。
例えば「漢の時代」とか「唐の時代」とか「宋の時代」とか、これを全部そのまま残してある。
だからその漢字が日本に入ってきた時代の読み方を、そのまま遺跡のように残している。

大人(おとな)
ものすごい当て字。
どこを「な」と読むかと言われても困る。
小人(こども)
「ど」はどこにあるのかって言われても困る。
そんなことを言われると「そういう習慣なんだよ!」という。
そういう習慣を持っているというところが独特で面白い民族。

2016年12月31日

2016年9月19〜30日◆『面白くて眠れなくなる植物学』稲垣栄洋(後編)

これの続きです。

植物が持つクロロフィル(葉緑素)は、私たちの血液の赤血球に含まれるヘモグロビンとよく似ています。(112頁)

 また、人間には血液型がありますが、植物の中には、血液型の検査をすると、人間の血液と同じような反応をする物質を持つものがあることが知られています。(113頁)

たとえば、ダイコンやキャベツはO型、ソバはAB型になります。(113頁)

マメ科植物は根粒菌と共生している。
空気中の窒素を固定し、マメ科の酸素と交換。
この酸素を運ぶためにヘモグロビンを用いている。

 マメ科植物の新鮮な根粒を切ると、血がにじんだようにうす赤色に染まります。これがマメ科植物の血液、レグヘモグロビンなのです。(115頁)

玄米はイネの種子なのです。
 玄米には、胚という植物の芽になる部分と、胚乳という胚が成長するための栄養になる部分とがあります。胚が植物の芽生えになる赤ちゃんで、胚乳は文字通り赤ちゃんのためのミルクということになるでしょうか。
 玄米は、米のまわりに「ぬか」がついています。
(121頁)

 イネの胚乳の成分は主に炭水化物です。(122頁)

大豆の豆は、炭水化物に加えてタンパク質も持っています。(125頁)

 また、大豆には脂質を含みます。−中略−
 他にも食用油の原料を見ると、トウモロコシやヒマワリ、ナタネ、ゴマなどが用いられます。
(126頁)

これはたちまち世界に広がる力を持った植物であった。

 野生のムギは、子孫を残すために、種子をばらまきます。しかし、栽培されているムギは種子が落ちると収穫することができないのです。(151頁)

 種子が落ちる性質を「脱粒性」と言います。野生の植物はすべて脱粒性があります。しかし、少ない確率で、種子の落ちない突然変異が起こることがあります。−中略−
 種子が熟しても地面に落ちないと自然界では子孫を残すことができません。そのため、種子が落ちない性質は、致命的な欠陥です。
−中略−
 種子の落ちない「非脱粒性」の突然変異の発見。これこそが、人類の農業の始まりです。まさにそれは人類の歴史にとて、革命的な出来事でした。
(152頁)

 エジプト文明やメソポタミア文明の発祥地はムギ類の起源地でもあります。インダス文明の発祥地はイネの起源地です。また、中国文明の発祥地はダイズの起源地です。中米のマヤ文明やアステカ文明にはトウモロコシがありますし、南米のインカ文明にはジャガイモがあります。(153頁)

イネはインドにいるつもりで生きている。
芽を出して伸びている時は「ここはインドだ」という風景。
インダス川のほとりか何かのつもりで水っぽくしてあげると「あ、なんだインダスだ」とかって。
イネが育つ風景というのはインド的風景。

アニメに出てくるでっかい犬。
首にウイスキーの小瓶みたいなのをぶら下げた『フランダースの犬』みたいな。
(おそらくセントバーナードのことを言っているのだと思われるが、『フランダースの犬』は原作ではブービエ・デ・フランダース)
すごくでっかくなって成犬で80kgくらいになる。
それとチワワというのが同じ犬種なので、人間は際限なくいろんな種類を作りたがる。

受粉しなくてもそこのところを遺伝子操作で除いちゃって、生育と同時に身を付けてしまうトマトというのが四国の大学で発明された。
「遺伝子操作」というと「ちょっと気味悪い」というのが反応だが、遺伝子操作はもう避けて通れない。
人間は作ってしまったもので、そこの道をあきらめるというのは原子爆弾もそうだが、いかに難しいか。
トマトも受粉もしないのに実をつけるというのが「ちょっと気持ち悪いですね」とかって言っていたが、考えてみれば実に愚かな発言で、例えばバナナも種で育っているのではない。
果肉はもちろん、種を喰ってもらうための引き寄せの材料。
それで種を育てる分だけ実に回してしまうから、あのバナナの実が太くて美味しい。

フィリピンのバナナが全滅の危機にあって、中米ものが今、バナナの大半を占めている。

植物の体は、オスの精核とメスの卵子から一つずつゲノムを譲り受けて、二つのゲノムを持っています。これが二倍体です。−中略−
 ところが種なしのバナナはどういうわけか、ゲノムが三つになってしまいました。つまり、三倍体です。二倍体は二つのゲノムを半分に分けることができますが、三倍体は、三つのゲノムをうまく半分に分けることができません。そのため、種子が正常にできないのです。
(164〜165頁)

フィリピンのバナナは三倍体。
同じもので育ったので、滅びる時は全部同じなので、一人の人が風邪にかかったのと同じで、フィリピン中のバナナがそういうことになってしまう。
受精しなくても実をつけるトマトなんて気味悪いが、これでものすごく生産性が上がるかもしれない。
受粉はすごい。
あのちっちゃな花に腰をかがめて一つ一つ花粉を付けていかないと実が成らない。
あれをビニールハウスの中でやると、腰にものすごい負担のかかる重労働。
今、農村を支える年齢は滅茶苦茶上がっている。
60代。
その人たちにとってはものすごい朗報。
だからそういう植物の改変というのがあって、私達は植物の実を手に入れているわけで、簡単に「気持ち悪いよ」とか「天然が一番だよ」とかって言えないところに文明全体が来てしまっている。
その辺はやっぱり、毛嫌いせずに生きていかないといけないと思う武田先生。

世田谷のある一画に住んでいる武田先生。
数か月に一軒の割合でそこの家が突然消えて、空き地になって、フッと気が付くと別の家が建つという。
そういうサイクルに入っている。
武田先生の観察によると、とある一軒の家がなくなると、まずやってくる雑草がネコジャラシ。
人類が滅亡しても、日本はすぐ雑草だらけになる。
だから雑草にとってはすごく天国みたいなところ。

 ねこじゃらしは、正式名はエノコログサと言います。暑い夏の日、毎日水をあげている花壇の花や畑の野菜が萎れているのに、道ばたに生えているエノコログサは、誰も水をあげないのに元気に育っています。
 じつはエノコログサは特別な光合成の仕組みを持っているのです。それがC4回路という高性能な光合成システムです。
(168頁)

 C4回路は、自動車のターボエンジンに似ています。
 ターボエンジンは、ターボチャージャーで空気を圧縮して、大量の空気をエンジンに送り込んで出力を上げます。光合成のC4回路は、取り込んだ二酸化炭素を炭素が四つついたリンゴ酸などのC4の化合物にします。そして、それをC3回路に送り込むのです。つまり、炭素を圧縮しているのです。そして、そのためC4植物は、C3植物よりも高い光合成能力を発揮することができるのです。
(169頁)

 光合成をするためには、気孔を開いて二酸化炭素を取り入れなければなりません。しかし、気孔を開くと水分もそこから逃げ出してしまいます。一方、C4植物は、気孔を開いたときに取り入れた二酸化炭素を濃縮させるので、一度に、たくさんの二酸化炭素を取り入れることができます。そのため、気孔を開く回数を減らすことができるのです。(170〜172頁)

口を開けておくと口が乾くのだが、その口の開け方を工夫するのだろう。
肺活量がやたらデカいっていう。
加山雄三さんみたいなもの。
加山さんは若い頃、肺活量が4000以上あった。
3分間歌うのに1回吸い込んで「たったひとりの日昏に♪見あげる空の星くず♪君と僕の〜」という。
(正しくは「僕と君の」)

蒼い星くず



加山さんの真似をしても絶対に歌えない。
ベスト時の肺活量が4000真ん中くらい。
それでプールだったらだいたい3分間息継ぎなし。
その代り「泳がない」。
若大将は正直だから。
沈むだけ。
昔は武田先生も長かったのだが、今はもう3400くらいしかない。
昔、息が続いたので川に潜っていて「鉄ちゃんがおらん、鉄ちゃんがおらん!」とみんなが騒いだ頃、バーッと浮かぶと「死んど!」。
騒ぎを川でよく起こしていた。
でも、それでも全然加山さんには勝てない。
この加山さんの肺活量と同じように、ネコジャラシは肺活量があって、口を開けなくてもフワーッと吸い込む。

Hero



安室奈美恵さんはデリケートな花。
ブレスが多い。
「キャンユーセレブレート(ハアッ)」というのはやっぱり。
すごく動くせいか、ダンス踊りながらやっているせいか。
加山さんは動かない。
「たったひとりの日昏に♪見あげる空の〜」

シンクロ(シンクロナイズドスイミング)の鬼コーチ、鬼監督の檄。
日本代表の女の子たちを叱りつける。
競技が終わって尿検査がある。
終わったら同時に尿を調べる。
ちょっと品がないが、おしっこに行かなければいけない。
提出する。
それで結果を待つのだが、尿検査の結果が出た瞬間にあの監督さんが怒鳴った言葉が「何だ!一人も血尿出てねぇか!」と言ったという。
本文(本番?)の試合では、血尿を出すぐらいやらなきゃダメだ。
「練習量が足りないからこんなことでバテてるんだよ!」って言ったら、とある選手がカーッとなって「私達死ぬ気でやってます!監督」と言ったら、あの監督さんが「死んでねぇじゃねぇか!」と言ったという。
でも、それで銅(メダル)。
金を獲ったロシアは才能で獲っているのか?
そうではない。
本当にロシアは練習が極限までいっている。
日本代表の選手は12時間練習する時に、水中で飯を喰わせる。
プールサイドまで持ってこさせる。
水から上がらせない。
ロシアは日本が12時間だったら、公開していないが、あの監督さん曰く「24時間漬けてる」。

ロシアのシンクロの選手たちは練習に関してはもうほとんど魚扱いで、とにかく滅茶苦茶やらされているんじゃないかという。
NHKのオリンピック特番で観たのだが、もうロシアのシンクロの女子たちの体は体が違う。
練習によって内蔵が変わっている。
多分脾臓だったと思う。
脾臓という臓器がある。
そこが息をしているという話。
肺に息を吸い込む。
その酸素でしばらく水中で泳いでいる。
それを出し切る。
その後、出し切るっていう肺に負荷をかけると「死んじゃう」と思った瞬間に緊急用として酸素ボンベとして脾臓を使う。
だから水中でロシアの選手は長く活動できるそうだ。
そうじゃないとあの技はできない。
そこをあの監督さん(日本の監督)は狙ってらして、練習でくたびれたどころじゃない。
「この人は殺す気か!殺されてたまるか」の向こう側まで行かないとロシアに金(メダル)で臨むことは不可能だそうだ。

オリンピック特番は民法がNHKとは違う角度で、バラエティタレントさんとオリンピック選手を並べておいて娯楽で見せてくれる。
あの時に柔道で金メダルを獲った○十キロ級の選手を吉田沙保里が半分体を動かした。
一本とかではない。
でも体を返すということに関しては吉田沙保里は可能なのだ。
柔道の金メダルの選手の体が動くくらいひっくり返せる。
オリンピックの選手の持っているのが「スーパー」じゃなく「ハイパー」。

卓球。
あんなちっちゃいピンポン玉が見えるわけがない。
「生存の向こう側」まで行っちゃったら、ああいうことに適応する。

サボテンというのは何者かというと、植物の中でも、もうすっかり「限界の向こう側」に行っちゃって、砂漠というところに適応するためにアイツは昼間眠っている。
それで炭素を蓄えて夜、光合成という、そういう仕事をするという。
いわゆる「ラクダ型」の植物。
何気ないのだが、植物も様々生存のために進化を考えている。
光合成というのはあの薄い葉っぱの中で糖を作る。
私共人間はできない。
糖を取り入れないと生きていけないのだが植物というのは独自で、何も食べなくても自分の体の中で太陽と水と二酸化炭素で糖を作っていって、それで食事をしている。
やっぱりすごいなと思う。
何かを捨て、捨てた代わりに何かを拾う。
それを戦略にしたのが植物。

ツル科。
これは根をあきらめて他に絡むことで上を目指す。
例えばブドウ科の蔦も、朝顔、ニガウリ。

このらせんをよく見ると、途中で向きが反転しています。ひっぱられた場合も、この形であれば、ねじれてちぎれにくくなっているのです。(180頁)

植物は生物を呼びつけた生き物。
一番最初に地球上に適応した生き物というのは植物。
もちろん海ができて陸が出来た後。
まず植物たちがゆっくり占領していって、その準備ができて酸素だらけにしておいて、酸素で呼び寄せたのが植物。
「準備ができたよ」と海の中の生き物を呼んだのだろう。
そして仕事を与えた。
それは「これからはアンタ、二酸化炭素を吐きな。俺、酸素吐くから」っていう交換条件で、地球っていう環境を整えたのだろう。

台風が来るともちろん台風で死者も出るワケだから。
武田先生がいつも思うのは上陸台風が今年頻発した。
死者も出たし本当に甚大な被害をもたらしたが、やっぱり何か理由があって台風が巻いているんだろう。
あれくらい海を混ぜないと、海水温が上がりすぎるということに関して「とにかく混ぜるんだ」という。
そうやって考えると台風にも役割があって、そんな気がする。
「仕事をヤツもしてるんだ」と思いつつ「付き合って行こう」という。

 キウイフルーツにはメスの木とオスの木とがあります。−中略−
 イチョウにもメスの木とオスの木とがあります。
(182頁)

一つの花の中に雌しべと雄しべがあると、自分の花粉で受精してしまう危険性があります。そのため植物は、自分の花粉では受精しないような仕組みを持っています。−中略−
 植物の花は、雄しべよりも雌しべの方が長いものが多くあります。
−中略−
 また、雄しべと雌しべが熟す時期がずれているものもあります。
(184頁)

これとは違ってイネなどはたくさんの花粉を作るよりもたくさんの実を作ることに特化した植物で、自家受粉によって全ての実をたくさんつけることを選んだ食物。
これはいろんな多種多様な生き残り方を目指したという。

植物はセルロースというブドウ糖の細胞壁で身を守る。

 セルロースは強靱なので、哺乳動物は植物繊維を食べても分解することができません。−中略−
 残念ながら、人間は牛や馬のようにセルロースを体内で分解して利用することができません。しかし、植物が持つ繊維は人間の健康にも良いと言われています。
−中略−
 人間が食物繊維を食べると、それを餌とする乳酸菌やビフィズス菌などの腸内の善玉菌が増加し、腸の調子を整えます。
(196頁)

食物の重大さは作られた物が土に戻ってゆくこと。
つまり植物が「エライなぁ」と思うのは、植物が作った物は全部土に還る。
太陽とエネルギーの化身で、地球への負担を植物はかけない。
それに比べて人間というのは生存のためにすごい地球に負荷をかける。
だからこの著者が仰っているが「自然の本当の支配者は植物なんだ」という。
(本の中にこの表現を発見できませんでした)
人間というのは、そういう意味では非常にゴミを多く出し過ぎる。
だから「植物を見習うことなんだ」という。
こういうことで文章が締められてゆくワケだが、ちょっと武田先生が一つ言い返している。
「でも先生、花が美しいと思った生物は人間だけです」

(ぽかんと花を眺めながら、人間も、本当に良い所があると思った。花の美しさを見つけたのは、人間だし、花を愛するのも人間だもの─太宰治)

女生徒 (デカ文字文庫)



太宰治。
学生の頃「うまいこと言うな」と思った武田先生。

 美しいチョウチョウを見ても、中には気持ち悪いという人もいますし、また、可愛い子犬を見ても怖がる人もいます。しかし、植物の花が嫌いだという人は、あまりいないのではないでしょうか。(203〜204頁)

花というのは、そういう意味では人間の深いところに根差した何かを持っているのだろう。
「癒しの力」みたいなのを。
この「花」という漢字を作った人もうまい。
「草」が「化けた」という。
昨日まで草かと思っていたヤツにパッと花が咲くと「あ、草が化けた」っていう、そう叫びたかったのだろう。
この「花」という字は武田先生が非常に好きな字。
素朴だが実直に花の形を見事に文字にしているような気がする。

2016年9月19〜30日◆『面白くて眠れなくなる植物学』稲垣栄洋(前編)

果物というのも見つめるとなかなか面白いもので、彼らもやっぱり必死になって生き残っている。
木村秋則さんが『奇跡のリンゴ』の中でしきりに仰っていて、リンゴというのは本当に変わっている。

奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録 (幻冬舎文庫)



今週まな板の上に置いたのは『面白くて眠れなくなる植物学』。
いろんな果物、果実、それから作物。
そういうものの特色が書いてある。

面白くて眠れなくなる植物学



一週間くらい前にものすごいニュースをやっていた。
「受粉しなくていいトマト」という。
研究の現場から:ゲノム編集で農家の負担減 /四国 - 毎日新聞 この件かと思われる)
トマトは手間がかかる。
ビニールハウスで雌しべ雄しべで粉を振っていかなければいけないのだが、それで四国の大学が考えたのは遺伝子の中で、そこのところを切ってしまって、受粉しなくても実が成るようなトマトというのが実験の結果できた。
そういうDNA配列をいじる。
それからフグもやっていた。
2倍速で育つトラフグ ゲノム編集で | NHK「かぶん」ブログ:NHK
京都大学が近大マグロに対抗して、養殖物のフグなのだが、太るのが倍のスピード。
人間もそうで「メタボ遺伝子」というのがあって、それがある故にたくさん喰っちゃうという。
食欲中枢のストッパーが緩い人がいて、放っておくとずっと喰い続ける。
そういう人たちに食欲ストッパーのきつい遺伝子を入れると、ピタッとご飯を食べるのをやめちゃって肥満が治まる。
その逆をフグにやって、食欲を抑えるという遺伝子を遺伝の段階から切ってしまう。
そうしたら一年か二年かかるのが半年でその倍ぐらいに大きくなるので、フグがものすごく安くなる。

柿の実は大きな種を包むように果肉がある。
ミカンも袋には分かれているけが、袋ごとにミカンの果肉がある。
この柿やミカンは種を包む子房を果肉にして動物を誘う。
喰われて種を運ばせる。
ところがリンゴは違う。

 じつは、リンゴは子房が肥大してできた果実ではありません。リンゴの果実は、花の付け根の花托と呼ばれる部分が、子房を包み込むように肥大してできているのです。−中略−
 じつは、私たちが食べ残す芯の部分がリンゴの子房が変化したものです。もともとは子房を守るためのものでしたが、やがて、食べられて種子を拡散させるための果実として発達させました。しかし、種子を守るはずの子房を食べさせるは、リスクもあります。そのため、リンゴは、花の台を食べさせる果実に変化させて、子房は再び種子を守るようになったのです。
(48〜50頁)

リンゴは「運ばれてから喰われる」ことを目指した。

イチゴもよくよく見ると奇妙な果実です。イチゴのつぶつぶは、イチゴの種子です。(50頁)

これはサクランボも同じ。
かくのごとく、喰われることにおいてもいろんな喰われ方をして種を運ばせるという工夫を果物はしていると思うと、やっぱり秋の果物を眺めつつも「生存戦略」という、そんなものを果物が持っているのだと思えばちょっと見方も変わる。

 植物の茎につく葉の位置は、このフィボナッチ数列に従っています。
 植物の茎は、光が満遍なく当たるように、少しずつ葉の位置をずらしながらつけていきます。葉のつき方は「葉序」と呼ばれます。どの程度の角度でずれるかは植物の種類によって決まっています。
 たとえば三六〇度の1/2の一八〇度ずつずれるものがあります。あるいは、1/3の一二〇度ずつずれるものもあります。これは、葉っぱを下から三枚数えると、一周回って元の位置に戻ってくることになります。次に2/5の一四四度ずつずれるものもあります。
−中略−他にも3/8の一三五度ずれるものもあります。(18〜20頁)

「1、1、2、3、5、8、13、21」という数列には、前の二つの数値を足した数が並んでいくという規則性があります。−中略−
 この数列は、フィボナッチ数列と呼ばれています。
 何ともひねくれた数列のように思われますが、じつは自然界には、この数列に従っているものが、たくさんあります。
(17頁)

 じつは植物の花びらも、一六頁で紹介したフィボナッチ数列に従っているのです。(25頁)

 ユリの花びらは六枚あるように見えます。ところが、実際にはユリの花びらは三枚です。ユリは内側の三枚が花びらで、外側の三枚は、ガクが変化したものなのです。花びらの枚数は、ユリが三枚、サクラが五枚、コスモスが八枚、マリーゴールドが一三枚、マーガレットが二一枚、デージーが三四枚(24頁)

植物は自然界の中で、その姿形を数学に従って作り上げていくという。
だから花と葉は太陽に対して最も効率のよい姿。
ただの造形ではない。
太陽の光線に関して最も敏感に反応できる姿形があの花の形なのだ。
太陽光発電のパネル板を横に並べるのが苦手な武田先生。
横に並べずに花のような形にならないものか。
花びらも含めて、花こそまさしく太陽光パネル。
ひまわりなんか太陽の方角を目指して動く。

武田先生の家の真ん前のモテギさんがお庭に月見草を植えてらっしゃる。
この人は近所でも「花咲か婆さん」と有名で、もう大輪。
月見草は普通は2〜3cmと小さい。
モテギさんはカップのフチ。
6cm。
普通の倍以上。
モテギさんに「何でお宅だけ月見草、こんなに大きく育つんですか?」「知らな〜い」。
月見草に間違いない。
(単に「オオマツヨイグサ」っていう大きい種類のヤツが生えているだけなのではないかと思うのだが)
もうファンが通りにいる。
夜になると枯れちゃうんで、それを引っ張って落としておくとまた新芽が出てくる。
明日も見たいから、そこを散歩する人でちぎってくれる人がいる。
ご本人もやってらっしゃる。
それはやっぱり月の光に反応するための造形、フォルム。
ひまわりにしても朝顔にしても、みんなそれぞれ。
太陽光パネルを横に並べるだけって、そんな。
樹木の形をした太陽光パネル。
一枚がちっちゃなメンコ位の大きさなんだけど、それがポプラの木のように立っているとか。
中央のセンターにエネルギーが落ちていくとか、蓄電できるとか。
何かそういう工夫はできないか。

花に様々な色がある。
しかし花の色は全て「受粉」、いかに虫を呼び寄せるかの繁殖戦略のための色。
それ以外に「思い」で花に色がついているわけではない。

 たとえば、春先にはナノハナやタンポポなど、黄色い花がよく目立ちます。黄色い花はアブが好む色です。アブは、まだ気温が低い春先に、最初に活動を始める虫です。そのため、春先の花はアブを呼び寄せるために、黄色い色をしているのです。
 ただし、アブには問題があります。
 ミツバチのようなハチは、同じ種類の花々を飛んで回ります。ところが、アブはあまり頭の良い昆虫ではないので、花の種類を識別することなく、さまざまな花を飛び回ってしまうのです。これは植物にとっては、都合の悪いことです。
 ナノハナの花粉がタンポポに運ばれても、種子はできません。
(29頁)

 春先に咲く花は、まとまって咲く性質(群生)があります。集まって咲いていれば、アブは遠くへ行くことなく近くにある花を飛んで回ります。(30頁)

 ミツバチなどのハチは、植物にとっては、もっとも望ましいパートナーです。(30頁)

 蜜をたくさん用意してしまうと、他の虫も集まってきてしまうのです。せっかくハチのために奮発して用意した蜜を他の虫に奪われたのではかないません。(31頁)

 一方、ミツバチは紫色を好みます。(30頁)

 古い花の形を残しているのが、モクレンの仲間と言われています。−中略−モクレンの仲間は、上向きに咲いて、雄しべや雌しべがごちゃごちゃと無数に配置されています。そしてコガネムシが動きやすいようになっているのです。(40頁)

花びらの先が紫という「紫モクレン」。
(番組では「ムラサキモクレン」と言っているが、調べてみたら「シモクレン」のようだ)
これはモクレンの中でも「ハチに仕事をして欲しいなぁ」とパートナーを変えた花が紫モクレン。
これも綺麗。
北国の人から聞くと、この手のモクレン系の花に対する思いはすごく深い。
千昌夫さん。
「はるかぜ〜やま〜♪」
(『北国の春』の一節かとも思ったが歌詞が違うので不明)
あの歌を作った作詞家さんと話している時に、彼が自分の故郷である北国の情景を語っていくのだが、その中で「いいなぁ」と思ったのは「黒い土が僕たちにとっては春でした」という。
庭に降りていって長靴を履いて雪を蹴っ飛ばして丸く円を描く。
黒い地面が最初、長靴の子供の足ぐらいなんだけど、次の朝起きるとそれが倍に広がっているという。
その黒が広がっていく庭の地面というのが「僕にとっては春でした」と聞いて、こういう北国の人たちのハクモクレンとかコブシの花に寄せる思いというのは、そうなんだろうなぁと。
青空を背に白が咲くと、胸がはずんだのだろう。

 恐竜が繁栄したジュラ紀の地球には、巨大な裸子植物が森を作っていました。ところが恐竜時代の最後の時代である白亜紀になると、きれいな花を咲かせる草花が進化を遂げていました。これが被子植物です。(42頁)

裸子植物は「胚珠がむき出しになっている」のに対して、被子植物は「胚珠が子房に包まれ、むき出しになっていない」と説明されています。(43頁)

胚珠がむき出しで、これは今でいうと松の木のようなもの。
松ぼっくりがある。
そこからいきなり種を蒔いてしまう。

 たとえば裸子植物のマツは、花粉が到達してから受精までに一年もの期間を必要とします。これに対して、被子植物は花粉が雌しべについてから、早いもので数時間、遅くとも数日中には受精が完了します。(44頁)

 受精が早く進むということは、それだけ世代を早く更新することができます。そして世代更新が進むことによって、進化のスピードが速まったのです。(45頁)

 被子植物は世代更新をしながら、さまざまな進化を遂げていきました。そして、食害を防ぐためにアルカロイドという毒成分を身につけたのです。トリケラトプスなどの恐竜はそれらの物質を消化できずに中毒死を起こしたのではないかと推察されています。(46頁)

ジュラシック・パーク(字幕版)



一番最初に公園でお腹を壊して唸っていて「こいつが俺の子供時代の一番の憧れの恐竜なんだ」と博士が近づいて行く恐竜がトリケラトプス。
これは巨大な星が落ちてきて滅んだという説と、もう一つ説があって、被子植物がバーッと増えることによってアルカロイドの中毒で草食系の恐竜が全滅したんじゃないかという。
(番組中「アルカイド」と言っていたりするが、多分「アルカロイド」)
草食系の恐竜が絶滅すると肉食系はエサが無くなって自然と自滅した。
隕石がぶつかったという説の方がかなり今、有力視されているが、かつては「糞づまり」で全部死んじゃったっていう。
ある意味で植物によって全滅させられたという説もあった。
植物は毒を持つということだが、毒に適応する、それが生き物に必要だった。

人間は凄まじい。
いろんなヤツに喰われながら、タフに生きていって、やがて尻尾を落としてサル系になってという。
サル系からやがて類人猿になって、類人猿からヒトになっていく。
ヒトになったサルの凄まじさ。
人間は最初を辿ると「憐れ」。
最初は森で暮らしているのだが、偏食のサルでどうしようもなくて、すぐに滅びるために生まれてきたようなサルが人間。
他のサルは葉っぱを喰えるのだが、セルロースって葉っぱを喰えないので。
セルロースは植物の中にある繊維。
それで他の植物を喰わなきゃ仕方がないというので、木の実か何かやっていくうちに別の能力で草原で生き残っていったというのが我等人間。
人間が人間になって、セルロースは喰えないのだが、毒を持った植物と付き合う。
毒を持った植物を飲んだり食ったりしはじめる。
それを薄めるという知恵がついちゃう。
トリケラトプスというサイに似た恐竜を中毒死させたアルカロイド。

 カフェインは、アルカロイドという毒性物質の一種で、もともとは植物が昆虫や動物の食害を防ぐための忌避物質です。(74頁)

このカフェインか何かいっぱい含んだ豆を挽いてスターバックスを作ってみんなで飲んでいるというから、トリケラトプスからすると無念。
「何で俺たちゃスターバックス作らなかったんだろう」という。
「お持ち帰りにしますか?」とかって。
薄めてうまく利用すれば・・・。
「興奮」という毒を調理で工夫して弱めて目覚めのランクに。
そういうランクにとどめて飲むことを人間というサルは利用して飲むことを覚えた。
トリケラトプスにとっては中毒死させる毒の一種であるカフェイン。
それを男女で「夜明けのコーヒー二人で飲もうぞ」と言いながら「ズンタタ♪ズンタンタン♪」とか言っているワケだからとんでもないサル。

ハーブティや香辛料、薬草などに含まれる成分の多くは、もともとは植物にとっては身を守るための毒性成分です。(75頁)

ココアと同じカカオの実から作られるチョコレートにもカフェインは含まれています。また、カカオと同じアオギリ科にはコーラと呼ばれる植物がありますが、このコーラの実がコーラ飲料の原料です。(75頁)

トウガラシの辛味成分であるカプサイシンや、ラン科植物であるバニラの実に含まれるバニリンも、人間を魅了する植物の毒性物質です。(75頁)

お茶も毒。
毒なのだが、クサカンムリ(艹)を乗っけて「薬」にしたという。
毒の部分も相変わらず植物にある。
それが芸能界を騒がしている、いわゆる「アッチ系」のオクスリになる。
この辺はやっぱりトリケラトプスからすると無念だったろうと思う。

 地球に生命が誕生した三十八億年前には、動物と植物の違いはありませんでした。(105頁)

共に小さな核を持つ生物だったが、植物はその真核生物がシアノバクテリアを喰い、葉緑体を形成する。
葉緑体を体の中に。
それで自ら糖を作り出す能力を持つ。
葉緑体は細胞のDNAと違い、自ら増える能力を持った。
これはやはり葉緑体というのは強力な生命。
もう人間も植物みたいになるといい。
皮膚の中に葉緑体があって、太陽を浴びるとお腹がいっぱいなっちゃうという。
「うわー、喰った喰った」とかって言いながら。
その代り全身は真緑になっちゃうのだろう。
でもそういうSFがあった。
半村良の著書で人間がゆっくり植物になっていくという。
(『妖星伝』かと思われる)
性格もすごくおとなしくなっちゃう。
それで皮膚の中に葉緑体「クロロフィル」があって、太陽を浴びると食べていけるから働かないし、戦いが無くなる。
それでみんなでゴルフ場の離れに住んでいるという。

葉緑素は光合成をするために、主に波長の短い青色と波長の長い赤色や黄色の光を利用します。そのため、これらの色の光は、葉緑素に吸収されてしまいます。そして、その中間の緑色の光は、光合成にはあまり利用されないので、吸収されずに反射するのです。−中略−
 葉緑素は青色と赤色、黄色を吸収して利用し、緑色の光は反射します。そのため、私たちの目には緑色に見えるのです。
(109頁)

2016年12月05日

2016年5月30日〜6月10日◆『すべてのJ-POPはパクリである 現代ポップス論考』マキタスポーツ(後編)

これの続きです。

「J-POPは工業製品である」と言い切るマキタ氏。
ヒットの要因としては「カノン進行」他、「クリシェ」というような技法も使われている。

ここでは「クリシェ」という音楽の編曲技法を使っています。これは同じコードが続いているときに単調なコード進行のパターンを避けるため、和音の構成音の一部を規則的に変化させていく方法です。−中略−この後のサビに向かって「翼が広がる」わけです。(55頁)

コール&レスポンスを必ずとあるブロックに差し入れる。
J-POPが、もう今滅びてしまったフォークの連中から学んだこと。
(という記述は本の中には発見できず)
その滅び去ったフォークから盗んだ技法として「シンプルフレーズ」をしつこく繰り返す。
そして会場一体感。
とあるフレーズを印象づけて、ライブでコール&レスポンス。
武田先生たちは必ず10曲歌うと1曲だけ「コール&レスポンス」とは言わないが「シングアウト」と言っていた。
「遠い〜世界に(遠い世界に)旅に(旅に)出ようよ〜」という。
これが「売れる一つの要素になりうる」。
だから曲の中にコール&レスポンスを必ず入れておけと。
フォークの連中はしつこく「人間なんてララーラーララララーラー」。
「『人間なんて』とかっていうシャウトはダッせぇ、ダッせぇ。もっとクールにコール&レスポンス」
そのためには重要な歌詞「日本語」なんて入れる必要はない。
「スキャット」でいいのだ。
「ララーラララーラララーハイ!ラララー」
これを繰り返すことによって一体感を会場に与えつつ、とあるフレーズを印象づける。
このためには「コール&レスポンス絶対必要な要素だぜ」。

「グッズを売りたいから」。つまり物販対策です。−中略−
 コール&レスポンスでボーカルに観客が煽られ、皆で肩を組んで大合唱すれば汗もかいてタオルも必要だし、一緒に同じ歌を歌っていればメンバーが着ているのと同じTシャツを着たくもなるでしょう。バンドの大ファンであれば、このパートを予想してライブ前にタオルやTシャツを購入しているし、そうでなかった客も終演後、ライブの一体感の余韻を家に持ち帰るためにグッズを買ってくれるはずです。
(59頁)

コード進行・歌詞・楽曲構成。
ヒット曲っぽい曲はできる。
ここまで「製品」で、ここから「営業」の技術が必要になる。
それが製品の「オリジナリティ」。
何も「アーティスト」というような才能を誇ることではなくて、例えばこの歌。

トイレの神様(DVD付)



 植村花菜さんの大ヒット曲『トイレの神様』は、彼女の個人的なおばあさんとの思い出を歌ったものです。(65頁)

 つまり、「超個人的なことが意外に普遍性を獲得する」ということを私は言いたいのです。別にトイレに神様がいようがいまいが関係なく、リスナーは『トイレの神様』の歌詞世界を、自分のおじいさんやおばあさんとの過去の思い出に置き換えて共感することができるわけです。(66頁)

オリジナリティっていうのは、何も才能じゃないんだ。
私の事情。
「今、バラドルと恋をしてます」とか、そういうことをあえて歌の中に短く「ラララ」で入れる。
そういうことが観客を盛り上げるという。
それから今で言うと「サンキュー、スプリングセンテンス(文春)」。
そういうことをパッと言ったりすると、聞き手の方にとってはそこに個人の事情を受け取るという「とある感動」。

その中でうまく先人の知恵や情報を編集し、さらにオリジナリティー成分を入れれば、他人に有無を言わさぬような素晴らしい作品世界だってできるわけです。(71頁)

 オリコンの集計は1968年に始まりましたが、オリコンが刊行するチャートブックや白書などの書籍を調べてみたところ、これまでに売り上げ100万枚を記録したヒット曲は2013年12月17日現在で258曲ありました。−中略−なんと259曲のうち173曲が1990年代にミリオンセラーを達成しているのです。割合にすれば、66.8%に上り、異常にヒット曲が多いことは一目瞭然です。(75頁)

いかにミリオンセラーが昔、多かったか。
今は100万枚は大変。
武田先生のミリオンセラーの思い出は二つ持っている。
そういう意味で幸せな人生を歩いている。
わかりやすい例で言うと『贈る言葉』がオリコンも含めて10週連続でトップを取った。

贈る言葉



前後がすごい。
化け物みたいなヒット曲が上下にあった。
特にもう一曲のミリオンセラー『母に捧げるバラード』はミリオンを行っているのだが1位ではない。

母に捧げるバラード(海援隊)



宮史郎全曲集 女のみち



こっちが100万枚を超えて「やった!」と握りこぶしを上げても向こうが200万枚を超えている。

CDが生産されるようになったのは1982年ですが、その当時のCDプレーヤーは16万円や18万円もするものでした。同時に発売されたソフトも全メーカー合せて60タイトルほどしかなく、1枚の価格も3500円から3800円だったそうです。(77頁)

CDは恰好をつけるためのアイテムだった。
音楽メディアはレコードが王道だった。
それは大人の趣味の頂点だった。
日曜日にレコードを聴くというのが娯楽の1位になったことがある。
紅茶を飲みながらフォークソングを聴いたりすると「俺って贅沢してるなぁ」と思ったものだ。
そこから80年代にCDが登場して、もうCDにブワーッと傾斜していく。
CDが登場して、若い女の子がCDに飛びつく。
そこからCDは急速に成長し始める。
音楽の多様化によって、ここからサザンを先頭にJ-POPが。
忘れもしないがサザンというのは「やった!若いヤツもこういうヤツも出てきたんだ」。
最初はコミックバンドだった。
これは阿久悠の歌の歌詞をはっきり言ってかっぱらったような『勝手にシンドバッド』という。

勝手にシンドバッド



『勝手にしやがれ』と『渚のシンドバッド』を二つ抱き合わせしたような。
「へぇ、面白いヤツ出てきたな」「コイツら面白いなぁ」と思ったら『いとしのエリー』。

いとしのエリー



このサザンがJ-POPの王者の道を登り始めると同時に、日本の演歌、歌謡曲界はゆっくりと斜陽に入って行く。
武田先生達フォークも「滅びた世代」、シングアウトをやっていた世代。
「あの素晴らしい(あの素晴らしい)愛を(愛を)」という。

この過程の中でJ-POPというのはマニア化、インディーズ化していく。
マキタ氏は「そこからJ-POPは小粒化した」と言っている。
ポピュラー化するよりも先鋭的なファンを求めての音楽活動。
「先鋭化した」と言った方がいいと思うが、マキタ氏は「小粒化した」。
あれほど浸透し皆の憧れだったCDだったが、あまりの丈夫さゆえに「レコードほど大事に扱わなくていい」ということで、だんだんとCDそのものが「廉価」安物扱いされるようになった。
レコードはすごく大事に扱った。
日曜日の午前中なんかにスプレーをかけて、それを磨いたりするのが「俺って贅沢」と思っていた。
紅茶を飲みながら。
紅茶にレコードにかけるスプレーの霧が浮かぶぐらいたっぷりかけていた。
それでも「俺って贅沢してる」と思った。
CDは普及が急速に進み、その値段をものすごい勢いで下げていく。
CDは何とエロ本の付録に付いてくるようになる。
付録でパンティーと一緒に入っている。
パンティーの横にくっついているオマケになってしまった。
このあたりからJ-POPそのものが変質した。

音楽の番組そのものがテレビから消えていく。
そうすると一斉にインディーズ化する。
マニア化していく。
小粒化した。
「いろんな人にうけなくて、もういいんだ」「俺たちの音楽は俺たちが好きな人だけ聞いてくれればいいんです」「爺さん婆さん聞かなくていいよ、あっち行けよ」という。
こういう先鋭化が始まった。
CDそのもの。
あれほど売り上げ、弱電メーカーが必死になって一つの世界を形成していた音楽業界。
音楽というものがシーンそのものを作れなくなる。
そこでCDを売るための方法というのが、アイドルイベントという一本道になってしまう。
そこに全てのグループが参入していく。
「アイドル」「ジャニーズ」「アニメ」「ビジュアル」に集中していく。
つまりそれはどういうことかというと「アイドルになるか」「ジャニーズに入るか」「アニメで生きていくか」「ビジュアル系になるか」この四つの道しかなくなったという。
で、主流は何か?

上位のほとんどがAKB48関連、あるいはジャニーズ関連で占められています。(89頁)

 ところが、2008年にperfumeがシングル、アルバム、DVDでオリコンチャート1位を記録−中略−音楽不況の時代に、彼女らがスターダムになっていく様子は世の中をも巻き込んで「perfume現象」とまで呼ばれました。−中略−
 perfumeが「音楽的に面白い」のは、彼女らは歌手にもかかわらず「生の声を届ける」ことをしなかったことです。歌声が「素材」として加工されたものが音源化され、ダンスパフォーマンスを重視するために口パクでライブを行いました。
(92〜93頁)

AKBはイベント化した。
CDはそのイベント参加のチケット、つまりチラシになった。
イベントに参加するためにはCDを「チケット」で買う。
そうするとこのチラシそのものが有料で、それを買わない限りイベントに参加できない。
そのCDというチケット「有料チラシ」を買うと、メンバーのセンターを選べたり握手会で握手ができたりするという。
マキタ氏はAKBに関して欠かせないのが「卒業である」と。
「絶対に卒業しないとダメなんだ」「ずっといると人気がどんどん落ちていくんだ」と。
そういう意味で今までのアイドルとは全く違う。
つまり彼女たちは終わることを前提にして、終わることを目指してアイドルを演じている。
「終わることを目指す処女集団、それがAKB」

これに対してジャニーズはAKBとは違って一つの事務所「ジャニーズ」に所属することが特徴。
AKBはいろんな所属だが、ジャニーズは「ジャニーズ系」と言われるところはジャニーズに所属することが特徴で、この集団は売り方がディズニーランドと同じ。

ジャニーズの場合は各グループの「ジャニーズっぽさ」という統一感をもたらしているのは、ジャニー喜多川さんの「審美眼」なのだと思います。ディズニーランドもジャニーズもこういったカリスマの存在により、一つの世界観がつくり出され、そしてそのブランドイメージが守られていっているのです。(108頁)

「疑似愛のカタログ化」がジャニーズ。
だから「ジャニーズ」というパンフレットを広げるとお好みのタレントさんたちがパーッと並んでらして、自分の好きなアトラクションの主人公「これが私のミッキーよ」「ミニーよ」という子を選べるという。
それがジャニーズによる「ジャニーズランド」。
考えてみたらジャニーズってかぶらない。
結構武田先生の(『金八先生』内での)教え子がいる。
時々会うと話すのだが、農村に出て行ってダイコンを抜いたりなんかしている人たちとか、いろんな食堂に行って余り物を貰って飯を作るとかというグループもいれば、舞台を懸命にやっているグループもいれば、テレビで番組のバラエティ転がしをやっているグループもいれば、本当に皆がジャニーズという「ランド」の中で「自分」というキャラクターをいかに作るかという。

アニメの基本は「懐メロ感」。
味付けが懐メロ感。

残酷な天使のテーゼ/FLY ME TO THE MOON



『エヴァンゲリオン』のテーマ『残酷な天使のテーゼ』。
この大仰な始まりは子供の頃に聞いた『月光仮面』に似ているような気もする。

月光仮面 [DVD]



歌詞もカッ飛んでいる。
どこの誰かは知らないけれど
誰もがみんな知っている

ものすごく難しい文法で始まる。

次の3つの要素を持っているのがビジュアル系だ、と定義しています。
・キメ(音楽的アトラクション)
・カオ(ファッション性)
・ヒモ(経営の特徴)
(122頁)

歌いながら「クレナイのぉ〜」と言いながら最高音を歌いながらキメる。
もう一つが「ヒモ」。
ヒモ感覚を刺激しないとダメ。
「ボトル、やっぱ入れよう」とかっていう気にさせないとダメ。

 あるビジュアル系バンドのツアーに帯同したときのことです。そのバンドは個人事務所を構えていて、事務所の社長は女性の方でした。そして会場でバンドのケアをしているスタッフもすべて女性だったのです。−中略−
 彼女たちが入ってきたのをきっかけに、地味な男たちの一人がものも言わずに鏡の前にちょこんと座ります。すると、女性スタッフたちがバーッと彼に寄ってきて、髪を整え、メイクを施し始めたのです。
−中略−
 その後、彼女たちは流れ作業のようにメンバーたちを次々とビジュアル系に仕立て上げていきました。
(128〜129頁)

物販で何が売れるかまで全部彼女たちの裁量に従うバンドじゃないとビジュアル系は務まらない。
目指しているものは「非日常」。

象徴的なのが、LUNA SEAがファンのことを「スレイブ(奴隷)」と呼んでいたことでしょう。客なのに「奴隷」と呼ばれる。この倒錯したSM的世界観。それに喜ぶファン心理は、まさにSMの世界と同じといえるでしょう。(131頁)

どのくらいファンと特別に結びついているかというのが彼らの世界。
みんなに受けようなんて誰も思わないという。
そのためにははっきりした傾向を持たなければならない。

大きく注目するべき点は「手癖」「メロ癖」「のど癖」「歌詞癖」の4つになります。(149頁)

 桑田佳祐さんがよく使うコード進行に「Am−F−G−C」というものがあります−中略−
 桑田さんの作品では、『チャコの海岸物語』、『ミス・ブランニューデイ』、『希望の轍』、『勝手にシンドバッド』、『愛と欲望の日々』も、ほぼこのコード進行でメロディーが取れます
(150頁)

「切ない泣き」と「過激な脅かし」が同居する、心中物のようなはかなげなものに引かれる日本人の感性をくすぐる響きがある、と私は思っています。(151頁)

(本の中では「Am−F−G−C」と「Em−D−C−B7」の二つのコード進行によってという話になっているが、番組の中では後者のコードに関しては触れられない)

 この醤油くさいコード進行を多用する、というのが実に桑田さんの性格を表していると私は思います。桑田さんが日本のポップミュージックの中で果たした役割というのは非常に大きく、例えるならば「音楽における和風パスタの発明者」ではないか、と勝手に提唱しています。(151頁)

「歌詞癖」が語尾に出てくる個性の持ち主、長渕剛さん。
マキタ氏がすごく尊敬するシンガー。

 長渕さんは「〜ちまった」という語尾をよく使います。−中略−
 この「〜ちまった」というのは自ら望んでそうなったわけではなく、巻き込まれたり、結果的にそうなってしまったという受動的なニュアンスが強い表現といえるでしょう。ここに長渕さんの作品から読み取れる性格が強く表れていて、言葉は悪いですが「田舎者の被害者意識」というものが基礎にある、と私は考えています。
(167頁)

最後の章はマキタ氏の大きな音楽への分析がある。
「ヒットする曲には全て同じタレがかかっている」
様々なヒット曲があるが、それはまるで鰻屋の秘伝のタレのように「継ぎ足し継ぎ足し」である。

本から刺激を受け、武田先生が「自分もJ-POPに挑戦してみよう」と思って作った歌。
『ババーズトーク・フォーエバー』
近所の神社の鳥居をくぐり
大きなイチョウの木の下で
ばあちゃん二人 笑って話す
ベンチの右と左に座り
変わりばんこに大笑い
女はみんな娘のうちは
違う顔してすましているが
年取りゃだいたい同じ顔
粒のそろった梅干しになる
アッハッハッハー
ばあちゃん笑う
昔々は私も若く
赤き唇 玉の肌
黒髪撫でた白魚の指
失くしたものはみな美しい
生理痛さえ ああ懐かしい


2016年5月30日〜6月10日◆『すべてのJ-POPはパクリである 現代ポップス論考』マキタスポーツ(前編)

文化放送の「武田鉄矢・今朝の三枚おろし」の紹介書籍では「すべてのJ・POPはパクリである。」ってなっているんだけど、書名としては「・」じゃなくて「-」、最後に丸はつかないっぽい。
表紙には明らかに丸はあるんだけど。

すべてのJ-POPはパクリである (~現代ポップス論考)



待ち時間に文化放送のロビーで五木ひろしさんが「鉄ちゃん」と言いながら寄ってきた。
五木さんは圧倒的な芸能界の先輩だが、NHK総合などでもギャグをやっている。
昔はコロッケから突っ込まれる人だったのだが、今は自分で番組を回している。
「ボケ」をやっている。
エグザイルの踊りなんかもやる。
それで笑いを取りつつ「1曲聞いてもらう」という。
彼も良い意味で「必死」なのだろうと思う。
由紀さおりさんは今でも楽屋にノックして入ってきて必ずテスト版を一枚くださる。
「番組持ってらっしゃるんでしょ?かけてください」って言いながら。
「もう新人じゃない。大ベテランじゃないですか」と、そこのあたりをつっこむと「いいえ、もう今必死、私も」という。
そう言いながら帰る由紀さんが美しい。
同じニューミュージック、フォークの世界では武田先生の(楽屋の)部屋をノックする人は一人もいない。

演歌の方とか歌謡曲の方のあの「執念深さ」を見習うべく、取り上げた一冊。
J-POPの如きヒット曲を連続では出せないが「パクリだったら」と思った。
「とにかくこれを千葉(「海援隊」作曲担当の千葉和臣氏)に読ませよう」と考えた。
彼(マキタスポーツ)の「現代」に対する物の見方が私達とは圧倒的に違う。

 今の世の中は、「ツッコミ」が溢れ過ぎています。−中略−SNSなどの発展によりごく普通の生活を送っている人々が社会問題からタレントのスキャンダルまで、極めて他罰的に他人に対して「ツッコむ」さまが可視化されることも当たり前の状況になっています。(12〜13頁)

「他罰的」つまりその人を責めるがごとく。
「やっちゃったじゃん、オマエ」というヤツ。
「すげぇ!やっちゃったじゃん。炎上だぜ、炎上!」というヤツがいるが、この「ツッコミとはいかなるものか」というのをマキタ氏は「もともとはツッコミはお笑いの技でした
」と言っている。
「皆さん、よう見てや。ツッコむとそれなりに笑いが取れますねん。これ、私らの『技』。お笑いが見つけた技であります」という。
これが他の芸能界にも転じて、人々はツッコむようになった。
その「ツッコミ」も世間では上から目線のツッコミが多い。
上から目線のツッコミというのは、対象をザックリ傷つける。
「え?あのアイドルが?え?この国会議員が?そんなことやっていいのぉ?やっちゃったやっちゃった。でっかい騒ぎになっちゃうよぉ」と言ってとにかくツッコむ。
手も足も出せない、向こうから攻撃してくることの少ない芸能人に対して、上から目線でツッコむ。
そうすると「ドカーン」とそれが「ウケる」。
それで「わー」と喝采が巻き起こり「ヒーロー」が決定する。
こういう「歯向かってこないヤツにツッコみを入れる」というヒーローを「文春ヒーロー」という。
これが世の中に溢れている。

もうひとつの土曜日(1985 single)



浜田省吾はかつてはJ-POPのトップだった。
このあたりから変わった。
『もうひとつの土曜日』を聞いた時にぶっ飛ばされた武田先生。
コード進行を聞いただけで「コイツ行く」とわかる。
浜田省吾の特徴は何か?
どこかで聞いたようなメロディーだが、初めて聞くメロディー。
そのギリギリをいく。
それがたまらない。
昔、広島市内からすぐ近くの「がんね」という海水浴場で、そこの海のイベントか何かで呼ばれて行った武田先生。
その時の前座がハマショー。
まだその頃は彼はギター一本で『路地裏の少年』を歌っていた。

路地裏の少年



聞く人は誰もいなかった。
「浜田省吾 海援隊」だったのだが、タトゥを入れたお客さんが多い海水浴場だったらしいのだが、すごくやりにくかったのを覚えている。

今、J-POPを深く眺める男、マキタスポーツ。
実家がスポーツ店をやっているので「スポーツ」という名前を付けたという。
日本が「メタ視線」「上からツッコミ時代」に突入したのは1985年。

この年の1月、ソニーが8ミリビデオの1号機を発売します。−中略−例えばテレビの世界では、その少し前からマンザイブームの渦中で、今で言う「あるあるネタ」が爆発していたのです。(14頁)

ビートたけし等が激しくツッコんだ「あるあるネタ」。
ビートさんというのは「ツッコミ」で名を売った人だった。
「赤信号みんなで渡れば怖くない」なんていうのはまさしくツッコミ。
しかもドラマ、ワイドショー、あるいは演歌。
こういうのでビートたけしという人は滅茶苦茶にツッコミを入れた。

青春ドラマでの「あの夕陽に向かってダッシュだ!」という青臭いシーンや、ワイドショーでリポーターが「事件現場に来ています」というような、ありがちなシーンをネタにした漫才やコントが多く見受けられました。(14頁)

また演歌なんていうものもツッコミを入れた。
村田英雄さんなんかを、さんざんビートたけしはからかった。
つまり芸能界の「ありがちなパターン」にツッコミを入れて笑いを取るという手法を確立した芸人でもあるビートたけし。
この「メタ視線」は秋元(康)さんによってアイドルがアイドルにツッコみを入れるという新しいパターンを産んだ。

そこへ、同じく1985年に秋元康さんが小泉今日子さんに『なんてったってアイドル』という、ある意味「メタ的な歌謡曲」を提供したのです。−中略−
 また、久留米の不良だったチェッカーズが、わざとチェック柄の衣裳を着こんで「俺たちはアイドルやってま〜す」と、「アイドルを演じる自分たち」というメタ視点を感じさせるようなことを言いながら『ザ・ベストテン』などの歌番組に登場し
(15頁)

「チェッカーズは何でこんなに人気者になったんでしょう?」と言ったら(藤井)フミヤが思わず言った「軽薄短小ですよ」。
「軽薄短小」つまり「俺たちは軽いから売れたんだ」という。
「ガツガツ」「お涙ちょうだい」「必死に熱演」
こういうありがちな傾向に「クール」で「すかし」ツッコミを入れるという、そういうタレントの一群を産んだ。
そして「感動」というカテゴラリーも非常に安価、安値となって「コンパクトなお手軽な感動が求められる」という時代になった。
もうみんな長編に耐えられなくなった。
このあたりからドラマというのがかなり苦しくなってきたのだろう。
日本の消費は情報をしっかり咀嚼できるわずかな「層」。
そしてふわふわした「浮動層」に大別できるが、感動なるものにはまりつつ、ちょっとバカにして大多数に身を寄せる「受動層」が大半。
(本によると最も多いのは「浮動層」。番組内では「受動層」と「浮動層」を取り違えて説明していうようだ)
この「上から目線のツッコミ」に対していかにヒットを放つか。
実はそれこそが「パクリの法則」。
感動なるものにはまりつつ、ちょっとバカにするという、そういう人たちに「ウケる」という。

パクリの法則その一「カノン進行」。

ずばり、これさえ覚えれば、ヒット曲っぽい感じになるというコード進行が存在します。その名は「カノン進行」。
 というのも、日本のポップスのヒット曲で使われているコード進行にはカノン進行をベースにしたものが多いのです。
 カノン進行とは17世紀のドイツ人オルガン奏者のヨハン・パッヘルベルが作曲した『パッヘルベルのカノン』という楽曲で使われているコード進行で
(27〜28頁)

パッヘルベルのカノン [パッヘルベル]



どういう手法かというと「循環」「回りコード」。
これを使うと不思議なことに手頃に感動を味わえて、パパッとハートを掴める。
例えばこの歌。

クリスマス・イブ(30th ANNIVERSARY EDITION)(通常盤)



負けないで



愛は勝つ



それぞれに時代を代表しているヒット曲だが、実は歌詞を全部ひっぺがしてしまうと「カノン進行」で作られている。

TRUE LOVE



 私は「カノン進行がヒットを狙って意図的に使われているのではないか」と薄々感じていたのですが、そのことが確信に変わったのは、1993年に発表された藤井フミヤさんの『TRUE LOVE』という曲を聞いた時でした。−中略−当時、私は「フミヤ、ヒットを狙ってきたな!?」と思ったものでした。(33〜34頁)

「ヒット曲に共通する要素」とはコード進行が似ているだけではなかったのです。実は歌詞にも似たフレーズが頻出している、ということも発見しました。(35頁)

マキタ氏曰く「だいたい180フレーズ」。
(この180という数字は本の中には発見できず)
歌詞の中に必要な「売れフレーズ」。
「翼」「扉」「桜」「奇跡」「永遠」「エール」「大丈夫」「受け止める」「ありがとう」「歩き出そう」
こういう言葉を次々にはめ込んでいけば「ヒットする」。

 このように実際にデータを集めてみると、「もしかしてJ-POPは工業製品なのではないか」という仮説が私の中に芽生えてきました。コードも歌詞も、J-POPという製品を組み立てるための部品であり、これだけ部品があれば、あたかも毎週『デアゴスティーニ』が自宅に送られてきてお城や船が完成するかのように、もしくは接着剤のいらないプラモデルを組み立てるがごとく、J-POP頻出ワードを継ぎはぎするだけで、「ヒット曲っぽい歌詞」が書けてしまうのではないでしょうか。(38頁)

さくら



森山直太郎さんが『さくら』で日本中で大ヒットした。
あれは世代を貫いたヒット曲。
若い人のヒット曲は最近は武田先生たち60半ばを過ぎた人間にはもう入ってこない、届いてこない。
街にも流れていない。
ところが森山直太郎さんの『さくら』は本当に久々に世代を貫通して鳴り響いたヒット曲。
傑作。
マキタスポーツ風に言うと、ウワーッと皆「桜」に寄ってたかった。

早春譜



武田先生もそれに乗った。
あれは中年の「桜観」を出したかった。
武田先生のところには桜ブームはやってこなかった。
森山直太郎さんの「桜ブーム」を見つけて寄っていった人に河口恭吾さんがいる。
この人は「桜は当たる」と踏んだ。



これはもともとは違う歌だった。
違う歌にサビのところを遮二無二「桜」を持っていってアルバムの一曲に入れたら売れ始めた。

僕がそばにいるよ
君を笑わせるから


これは河口さんによるとアニメのエンディングテーマに選んでもらえればと思って作った曲。
『ドラえもん』
あれを歌にするために作ったのがこのメロディ。
「桜」にヒットの匂いを感じた彼は、遮二無二「桜」をねじ込むことによってタイトルも『桜』に変えた。
そうしたらこれがバカ売れ。
マキタ氏言うところの「パクリ法則」に則って「桜」を放り込み、これで大ヒット。
でも、彼がテレビ番組で言っていたのは「これ以降全く売れなくなる」。
だから「カノンの呪いはある」というのは、このへんマキタ氏のなかなかの慧眼。

1971年の日本レコード大賞を受賞した尾崎紀世彦さんの『また逢う日まで』を、「それ以前の歌謡曲には存在しなかった三つの異なる楽節によってはじめて成立する楽曲である」と記しています。具体的に3つの楽節に分けるとすれば、「また逢う日まで〜」がAメロで、「なぜかさみしいだけ〜」というBメロを経て、「ふたりでドアをしめて〜」というCメロへと展開しています。この「Cメロ」に当たる部分が、コーラスも入って高揚感が増す「サビ」に当たるのではないでしょうか。(41頁)

また逢う日まで



これが今までのパターンを全部打ち壊した。
偉大な作曲家。
J-POPの原形は『また逢う日まで』なのだ。
この原形に育てられた天才児が桑田・サザン、そして小室哲哉。
ここらまで来ると、このCへの飛躍を強調する、ドラマチックに展開するために特に極端でわかりやすいのは小室哲哉。
これはCに突入させるために女性ボーカリストは最高音を要求される。
この小室氏でヒットを飛ばした女性ボーカリストは「懐かしのメロディ」には出て来ないと思う。
もう60代であの声は絶対に出ない。

CAN YOU CELEBRATE?



これはglobeなども全部共通しているが、金切声スレスレが小室氏のパターンだった。
そしてABCの流れそのものは「合体ロボット型」になる。
無理やりバーンと爆発させるためにラップを入れるのが流行る。
「俺たちそんな中じゃなかった二人で歩いた、OH!・・・」

キリキリマイ



ORANGE RANGEは頭のところにラップを入れておいてサビに持って行く。
だから火薬の量さえ増えれば、いくらでもCバージョンは爆発する。

2016年11月18日

2016年9月5〜16日◆流れは次第に(後編)

これの続きです。

都市部「大東京」。
東京というものと地方のズレがあって地方消失、消滅という「田舎は消えていくんじゃないだろうか?」という不安があった。
それは「限界集落」とか過疎の問題がある。
それからもう人口減に入った日本では百万都市が何年かに一度で一つ消えていくような減少傾向にあるわけだから、日本の国力そのものが急速に落ちていくのではないだろうかという不安が。
だけど、その手の見方だけでいいのだろうか?
東京一極集中。
前からちょっと思っていたが「東京の時代」というのも、もしかしたらゆっくり終わりつつあるんじゃないかというふうに思うところもある。
日本というのは様々な町が、村があって、浦がある。
そういう総合力で持っているところで、明治以来ずっと、東京が司馬遼太郎さんが言うところの「電気を各地方都市に送る」ということで日本というのは回っていたのだが「配電盤としての東京」というのが実は終わりつつあるのではないだろうかと、そういう考え方。
東京オリンピックを4年後に控えている。
あれはもしかしたら地方の方がよかったかも知れない。
いろんな考え方があると思うが、何も東京が独り占めすることはないと思う。
会場を分けてしまっても、日本みたいな小さいエリアだったらいいんじゃないかなぁと思う武田先生。
「聖火が灯っているところが東京」ということでもいいような気がする。
多分ゴルフもあるだろうが、ゴルフの競技会場も軽井沢あたりでいい。
あんまりガチガチに東京メインに考えるというのが「力み」みたいなのに繋がっているのではないか。
もう、今から言っても遅いかも知れないが。
しかしちょっとショックなのが一つだけある。
これはどことは言わないが地方が地方だけで作っている番組というのが全国でゆっくり増えつつある。
東京には「キー局」という局があって、それがローカル局に電波を送っている。
ところが昨今、東京からやってくる番組で数字が取れなくなっている。
ローカルはローカルのためだけの番組が結構数字がいい。
ということは、やっぱり東京の「とあるセンス」がもうローカルでは受けないと言うか。
それが先週(「前編」の方に入れた分)の「都知事選の情報を何で何時間もやるんだ」「俺ら関係ねぇよ、ローカルは」という感覚。
福岡オンリーの番組を博多華丸・大吉が。
そういうローカルのためのタレントさんというのが今、続々生まれている。
それは今のところ小さいが、もしかするとこれからものすごく大きな溝を地方と東京の間に作っていくのではないかという予感がしている武田先生。

過疎に指定されている市町村は全国は797あり、全市町村に対する割合は46.4%です。すなわち、全国市町村の半数に近い自治体が、過疎地域を抱えているということです。また、こうした過疎の地域に住んでいる人口は1100万人を超えており、総人口に占める割合はおよそ9%です(2010年国勢調査)。
 これだけの規模の市町村で民間ビジネスが衰退し、総人口の1割近い人口を支えるのが国や地方自治体の財源に依存した公共丸抱えのサービスのみになってしまうというのは、日本全体で考えたときに極めて非効率的であると言えるでしょう。
(126頁)

多角経営で企業全体のコストが圧縮。
規模の小ささの苦しさを超えて、「範囲の経済」を実らせている。
「巨大な範囲ではとても通用しないけど、この範囲だったら充分生きていける」という。
だから「おじいちゃん、おばあちゃんの買い物の手伝いをします。電話で呼んでくだされば、おじいちゃんとおばあちゃんをどこどこまで運ぶタクシーの代わりをしましょう」「ここからここまで荷物を運ぶ業務も私共がやります」「農家さんがこういう物を出荷なさった時は、この出荷物をここへ運ぶ業務も私がやりましょう」。
その出荷物の中から名物を作る会社を立ち上げて「味噌を作った」「醤油を作った」。
「その会社もやります」
六つ位を兼務すると喰っていけるようになる。
そういうところにゆっくり若者が今、流入しつつあるという、いわゆる地方の小さな村、町の出来事。

つい一年前まで大阪で大論議となった「大阪都構想」。
橋本徹市長で大きく揺れた。
この橋本市長の主張と言うのは「大阪は東京の代わりになりうるんだ」。
だから町の行政の構造そのものを東京と同じようにして「第二の首都を目指そう」という。
でも、この藤波さんの分析を読むと、大阪は橋本元市長が言っていることは景気がよかったのだが、厳しく現状を分析していないような気がしてきた。
大阪の苦境をやっぱりキッチリもう一回分析し直した方がいいのではないか。
ここも人口が減りつつある。
特に大阪圏では大問題だと思うのだが、実は神戸が福岡に抜かれてしまった。
人口流入で福岡が神戸を抜いた。
武田先生が学生の頃に広島が都会だった。
西日本で最大の都会、神戸を離れて。
それが広島だった。
そこで「広島商科大学四年 吉田拓郎」という名前を聞いた時に、きらびやかに思った。
山陽道に「吉田拓郎」という、大学四年生でオリジナル200曲持っているという評判が強烈だった。
「やっぱり広島はマツダとか大久があるからいいよな。それに比べて福岡はちょっとパッとしねぇよな」
神戸となるともう「花の都」。
(番組内では「サンフラワー通り」だの「フラワー通り」だのと仰せだが、どうやら「フラワーロード」)
しかも、そこを宝塚のスターたちが日曜に素敵な散歩をして、イタリア靴店で革靴を買っているというのがたまらない。
小鹿のようなお尻をしたタカラジェンヌが。
それに比べて博多は「にわか煎餅」みたいな。

【九州銘菓】東雲堂 にわか煎餅 16枚入り



そんな差があった。
ところが福岡が抜いた。
もう本当に福岡は名古屋、大阪の後ろに回り始めた。
福岡の人はそれほど興奮していないのだが。
とにかく大阪の苦境に関して分析してみよう。

 東証1部に上場している企業の時価総額をみると、大阪圏に本社を置く企業で最も大きいのは18位に位置する武田薬品工業です。−中略−1位のトヨタ自動車や14位のデンソーを抱える名古屋圏からみても見劣りする状況です。(136頁)

「大阪は今、地方都市なのであります」と。
京都に比べても大阪は本社の数が少ない。
「村田製作所」は「島津製作所」と共に本社が京都。
それに京都は「京セラ」「任天堂」。
これを聞くとちょっと「大阪は京都に負けるんじゃないか」という勢いの差というのは事実としてある。
行政面に関しては地域産業活性化を励まし続けた京都と大阪が大きく溝があるとことは、もう事実としてある。
必死になって大阪も頑張っているのだが、やっぱり今、近畿圏で一番勢いのある都市というのは実は京都。
しかもここは観光客もすごい。
京都にホテルが取れないから大阪に行っている。

それにつけても官主導ではなく、独自で地域産業を支援する取り組みが民間でものすごく頑張っているのが実は福岡。

福岡地域戦略推進会議(FDC)は、9市8町で構成される福岡都市圏の成長戦略を構築、実践することを目的として、産業界、大学、金融機関、行政の参画により2011年に創設されました。−中略−アジアの中核的なビジネス拠点として成長するべきであるとの結論に至り、MICEを柱に据えた成長戦略を打ち出しました。(149頁)

「アジアの臭いのする福岡」というのは、子供の時は全然予想もつかなかったが今、福岡を励ます最大の利点。

2020年の目標として、FDCが存在しない場合に比べ、雇用6万人、域内総生産2.8兆円、人口7万人を増やすことが設定されています。(151頁)

行けば本当に分かるが福岡という町は中国、上海、香港、台湾の観光客が溢れている。
それからもう一つ、イスラム圏の人が多い。
西鉄バスに乗っている例のネッカチーフを頭に巻いた方、感じのよいアジアの「インドネシアからやってきました」みたいな若者が着実に増えている。

これは本に書いていなくて、武田先生が体験したこと。
九州大学という九州圏内ではものすごい名門の大学「九大」。
箱崎にいたのだが、市内を捨てて引き払って糸島半島のミカン畑に広大な敷地面積で移転した。
九州大学糸島キャンパス。
学生さんと大学職員が三万人。
風景が一変した。
武田先生たちの頃は糸島を小馬鹿にして、糸島の街灯を「湾に火の玉が並んどる」。
そんなことばっかり言っていた。
有名だったのは糸島というのはいわゆる郊外地域からお百姓さんたちが野菜をリヤカーに突っ込んで朝、天神まで売りに来る。ずらーっと大通に並べて売る。
たくましき農家のおばさんたち。
それを武田先生たちは少し小馬鹿にしながら「糸島のリヤカー部隊」といっていたようなところ。
それが今は農業はもちろん中核なのだが、福岡という巨大消費地があるので、農業生産はものすごく元気がいい。
そこにプラス、若くて喰い盛りの三万人がやってきた。
箱崎キャンパスの近くでスナックをやっていたのが武田先生のお姉さん。
そこに九大の学長さんなんかが飲みに来ていた。
「武田タバコ店のお姉さんがやってる」というので。
そこの常連でよく酒を飲んでいたのが心理学の北山教授。
(北山修名誉教授のことか?)
飲むと必ず『あの素晴らしい愛をもう一度』を歌って帰るという変な教授がいて、それが結構名物だった。
(北山修氏が作詞した歌らしい)
ここにテレビの取材で訪れた時に教務課の人が小声で「お姉さん、もう一回店やってください」と頼まれた。
つまり糸島キャンパスに全員で引っ越したものだから、いわゆる「遊興地区」が何もない。
糸島にはこれから若い経営者たちがドーッと流れ込んでいくと思う。
洒落た喫茶店なんかができたり。
糸島半島を本当に小馬鹿にしていた。
それがサンタモニカ風になっている。
ハンバーガーショップが点々とあって、若い女の子たちがキャッキャキャッキャ言いながら白浜で遊んでいたりする。
昔は行きもしなかった。
でも今、ガイドを見ると「福岡からちょっと足を延ばして糸島へ」と、女の子たちがすごく行きたそうな感じの写真が載っている。
もう、武田先生たちの頃はボロクソだった。
「糸島行ってステッキと思うて踏んだら、全部蛇やった」とか、そんなことばっかり。
「あそこは蛇がウロコ干ししようもん」とか。
それがこの間行ったら本当にもうキャリホルニア。
もうガックリ。
そして九州大学の中身を見せてもらったのだが、言い方を忘れてしまったが学生食堂にはイスラム食のコーナーがある。
教務課が武田先生に向かってハッキリ言ったが「ドバイまで睨んでいる」。
ドバイの学生が来ても困らないような、いわゆる「キャンパスライフ」が楽しめるような設備を九大は準備しているという。
大講義室の脇にメッカの方角を指す矢印があって、お祈りできるボックスがある。
中東近辺の学生さんたちがすごく過ごしやすい空間であるように工夫している。
その他、風力発電、水素自動車、新電力に関して、産業界を惹き付ける工学部が九州大学にある。
その辺、やっぱりワクワクしてくる。

仙台の「けやき通り」。
奥様と二人でドライブをした武田先生。
山奥の温泉に行ったのだが、レンタカーで駅前から出て走っていると「広瀬川〜」。

青葉城恋唄/岩尾別旅情



みんな「さとう(宗幸)さんのモノマネ」になってしまう。
それから金沢は本当にいい町。
富山はいい。

福岡に話を戻す。
とにかく七千人以上の転入者、若い転入者で膨らむ福岡。
福岡は今、大学都市としても注目を浴びている。
東京あたりで学ぶんだったらば、あえて福岡のほうがいいのだと、あえて福岡の大学に行く女子が増えている。
何でかというと、東京より安い。
家賃は安いわ、喰い物は安いわ。
それで福岡はものすごい勢いで、女の子の洋服系列のデパートが次々に。
九州圏内から集まってきて、西日本からも集まってくる。
東京に行かせないで「福岡に行って来い」という。
「西南女子」とか。
それと、武田先生の奥様がボソッと言っていたが、結構イケメンが多い。
武田先生のお嬢さんも博多座に遊びに来て、喫茶店で1500円のコーヒーを飲んでいた。
かっこいいお兄さんが勧めたそうで。
それで「味はどうだった?」「う〜ん、普通やった」とかって博多訛で言っていた。
こういうふうにして魅力のある地方都市というのが若い人は敏感。
だから福岡以外でも若い人で膨らんでいる地方都市はある。
更に福岡というところの面白いところは、福岡本社が増えている。
新しい地方の形が福岡にはある。
何せ『妖怪ウォッチ』は福岡。
『妖怪ウォッチ』のあの妖怪どもは西鉄電車に本当に乗っている。
「東京一極集中」という言葉使いは、やっぱり事実を少し歪んで見ている言葉なのである。
「地方消滅」や「限界集落」なども事実を歪ませている。
藤波匠さんは面白い統計を出している。

 2006年の調査で「10年以内に消滅する」とされた集落は423(調査エリアの全集落の0.7%)あり、このうち4年後の再調査で本当に消滅していたのは35集落でした。これは、「10年以内に消滅する」とされた集落の8.3%に過ぎません。−中略−1999年の段階で10年以内に消滅すると予想された集落のうち、2006年までの7年間に消滅した集落は14.6%でした。関連資料では、「予想よりも消滅していない」と結論づけています。(179頁)

同期間に新規に誕生した集落は、消滅集落の10倍に相当する928もあります。(180頁)

つまり消えるよりも増える方が多い。
集落はどんどん生まれている。
これも、いとも簡単に四文字で、ある現象を表現できなくなってきているという。
山梨県甲府などは、消滅31に対して新規誕生した集落は351。
甲府あたりでは、別荘みたいな家が1軒できると、その周りに5〜6軒家ができて、小さな集落をつくるというのが多い。
今は電気に関しても移動に関しても便利になっている。
これはもう物流が抜群に飛躍している。
物流革命。
それからインフラの整備。
それから光ファイバー、インターネット。
こういうものが人の暮らしをものすごい勢いで簡単に成立させることができる。
だからそこに若い世代が生きていく仕事さえあれば、いともたやすく集落というのは形成できる。

人口減少が進む日本において、人口を奪い合うこと自体、意味のないことであると考えるべきです。(204頁)

人口が減少することで消滅するのは自治体という枠であり、地域ではありません。(204頁)

行政機関で目指すべきは住民の経済も含めての豊かさである。
著者は「付加価値の高い仕事に就けるか否かが地方の命運を握っており、政治制度、行政支援では地方は創生できない」「政治にたよるな」と。
(上記の文章は本の中に発見できませんでした)
やっぱり住民自身が自分たちの「暮らし」「幸せ」というものを真剣に考えていくと、そっちの方が地方を遥かに、いとも簡単に励ますことになるのである。

「時代」というか、そういうものが全体的に「回り舞台」のようにガラッと回転しながら変わっちゃうという、そういう時代を生きているんじゃないだろうかなぁと思う、そんな思いを込めて『流れは次第に』。
地方と首都圏という対立構造で、首都圏が真ん中にあって文化の配信を。
ところが『福井モデル』という大変売れた本があるが、どうもそうではなくて、人間が快適に幸せに暮らすというのは、地方にもいくつもの理想のモデルがあるっていう。
更にそれを推し進める意味で、藤波匠さんという方が『人口減が地方を強くする』という本を書かれて。

ちょうど福岡にレギュラーがあって、月に二回帰るようになった武田先生。
自分の故郷の福岡が急激にアジアに渡っていくための橋として重大な都市に成長しつつあるという。
何かそんなことを感じるようになった。
だからこの『人口減が地方を強くする』という本が目についた。

福岡は空港から繁華街まで地下鉄で二駅ぐらい。
飛行場から地下鉄に乗ると10〜15分。
階段を登って上にあがると屋台が並ぶ長浜ラーメンが喰える。
7月、二十日間以上、福岡の町に住むことになった武田先生。
共演者が柴田理恵さんと中村玉緒さん。
中村玉緒さんはパチンコに行く。
「玉緒、玉を打ちに行ってまいります」って言いながらゆっくり楽屋の入り口から出ていく。
柴田さんは武田先生と一緒にお芝居をやりたかったらしい。
休演日が二日もあった。
その二日は実は柴田さんのスケジュールが埋まっていて休みとなった日で、つまり武田先生たちが休んでいる時、柴田さんは中京あたりで「ワハハ本舗」の全体公演、ライブがあった。
もう一日も東京のレギュラーが溜まるだけ溜まっていて、東京に戻り、ものすごい勢いで。
昼の部は11〜3時。
休憩時間が15分ぐらいしかない。
4時から夜の部は8時にはねる。
そこで柴田さんはリュックサックを背負って飛び出していく。
「すまないねぇ」と言うが、柴田さんは階段を降りながら「楽勝〜!」と言いながら飛び降りて行く。
8時の舞台を終えて飛行場まで15分。
そうするともう8時半に間に合う。
博多だと飛行機に乗れる。
8時半だと10時に東京に着けるので、翌日、朝7時からのラジオをこなして、テレビのレギュラーをこなして朝一で戻ってくる。
7時半の飛行機に乗ると10時に着くので、10時半にはもう入れる。
それで11時の回に備えるという。
それが福岡は可能。
だから足は便利がいい。

福岡の町はアジアに開いている町。
上海からやってくる船の便は1隻で5千人乗っているという船があるのだが、福岡へやってくる回数が1年間で430回。
釜山まで船で3時間くらいで行き来しているので、大陸と結ばれている都市として活き活きと呼吸している。

地方の生き方というのが、かつてはずいぶん東京流入が続いたが、そういう戦後のパラダイムが全部崩れていって、別種の可能性を感じさせる。

(後は本とは無関係なネタ帳の話などなので割愛)

2016年9月5〜16日◆流れは次第に(前編)

「海援隊」のデビューアルバムの中の一曲『流れは次第に』というフォークソング。

海援隊がゆく (紙ジャケット仕様)



川の流れに世の中を喩えるなら
あなたは流れに浮かんだ船
私はその下を流れる流れ
川の流れを操っているつもりでいるなら
それは思い違いというものだろう
実は小舟を操っているだけなのだ
うまくおやりなさいやれるあいだに
いつまでも流れは同じではないだろう
うまくおやりなさいやれるあいだに 流れは次第に


あなたはその川のおもてばっかりを見ているけれども、でも川底ではもう変化が起こっていて、実はあなたのイカダを動かしているのは表面の水じゃなくて、川底の水なんだ。
何が言いたかったかというと「東京みたいな大きい流れを突き動かしているのは地方の流れだぜ」という。

七月の博多座。
その中でちょっと「いたらん」ことをポロっと喋った武田先生。
ある回でお客さんに向かって「福岡県はライバルが多くてね、僕らもう大変でした。井上陽水はいるわチューリップ、財津さんっていうメロディーメーカー、天才的な人がいるしね。本当に僕ら、どこで個性を発揮していいか。でも僕、いつも思ってた。井上陽水さんは福岡県に生まれなくても『夢の中へ』を作ってる。それから財津さんは福岡県に生まれなくても『心の旅』は作ってる。彼らはそういうシンガーなんだ。でも、私は福岡県に生まれてなかったらここに立ってない。『母に捧げるバラード』は福岡県の下町に生まれないと作れない歌です。」
歳をとるとだんだん見る目が変わってくる。
自分が墓を作りたい、そこの地面の方から全体を見てしまうのか。
七月だったのでことさら思ったのは、だんだん地方で東京のテレビを見ていると、腹が立ってくる。
小池だろうが誰だろうが、都知事を決めるのに全国放送を大いばりで流すというのは東京の思い上がりではないか?
申し訳ないが、少し「都知事都知事」と騒ぎすぎ。
それを福岡で見ているとだんだん腹が立ってくる。
それから、平然と東京の天気を話題にする。
「赤坂は今」と。
「うるせぇ!博多だよ、俺は」
自分は東京で生活しているくせに、地方に長期出張に行っているから「急にお前、博多帰りしたのか」と言われるかもしれないが、あんまり「東京東京」と言うのが。
最近ちょっと福岡の方にレギュラーが出来たりしたものだから、福岡帰りがしばしば重なるようになって今回の『三枚おろし』のネタに大きく影響している。
ということで藤波さんの一冊。

人口減が地方を強くする (日経プレミアシリーズ)



これは福井モデルに続く、いささか硬めの「地方論」ではないか。
福井モデルがショックだった武田先生。
「日本で一番幸せな県は?」「福井です」という。
これはたじろぐ。
福井県は「幸せ度」が高い。

『人口減が地方を強くする』の腰帯の宣伝文句が本屋さんで目に刺さった武田先生。
腰帯は「福岡は東京よりも若者が多い」。
トンチンカンに聞こえるが、福岡に行くと福岡の町の特に盛り場は若者が圧倒的に多い。
若者の「鮮度」が東京の若者よりいい。
「年齢」ではない「鮮度」。
かつては小さな支店ばかりが多かった武田先生の故郷、福岡。
武田先生が全く知らない別の風が福岡で立ち起こっているような気がしてページを開いたのが『人口減が地方を強くする』。
つまり「流れがゆっくり変わりつつあるのではないか?」という提案。

「地方消滅」は流行りの四文字熟語にもなったが「地方が滅びつつある」と。
だが「本当だろうか?」という意見がこの藤波匠さんの『人口減が地方を強くする』という一冊。
地方については「違う見方もある」と著者が言っている。
細やかに見れば今、地方の郡部、田園の若者たちは県庁所在地の都市部へ流れ込んでいる。
この流入の最も激しい地方都市の代表が仙台と福岡。
東京が地方の若者を吸い上げて「一極集中」が問題にされているが、東京ほどではないにしろ、若者流入は金沢、甲府でも起こっている。
だから仙台、福岡、金沢、甲府。
こういうところはどんどん若い人が今、増えていっている。

金沢が「チャーム」。
昔の赤レンガの市役所か何かがレストランになっていて、それが金沢城の近くにある。
そこにフッと入ると「兼六園」と込みでいい。

地方創生論は、なるべく高齢者に対して地方移住を促している。
「年寄りは田舎行け」
「60歳前後でUターン、郡部へ」という人も確かにある。

 しかし、高齢者の移動は若い世代に比べ圧倒的に少なく、県内、県外を問わず、世代別の人口に対する割合は若い世代の10分の1以下です。(33頁)

 しかも、75歳を上回る後期高齢者では、逆に大都市への移動が増えます。その理由は、主として健康面に起因するもので、都市部に住む子どもとの同居や近居、施設への入所が中心となります。(33頁)

例外は沖縄県のみ。

一般に女性のほうが移住に対する希望は低く、家族との兼ね合いなどもあり、男性も移住適齢期である60歳くらいになると、移住希望者は急減するのが常です。(35頁)

父ちゃんは田舎へ行きたがる。
母ちゃんは街へ行きたがる。
武田先生の家も同様。
この件で大ゲンカになる。
ちょっと里心がついてきている武田先生。
福岡に帰る度に「このあたりに『南の国から』みたいな住み方ができないか」。
憧れがある。
福岡には、つい住みたくなるようないいところがある。
奥様は何で武田先生を「男として選んだか?」
それは「この田舎から救ってくれるのはあなたしかいなかった」。
奥様は熊本のスイカ畑しか広がっていないようなところなので、そこを行き来するうちに、ものすごく激しく都会への憧れが。
そこに長髪の武田先生が「節子さ〜ん!」と言いながら現れた。
まんまと罠に引っかかった。

 三大都市圏に多くの人口が流入した高度成長期がオイルショックをきっかけに終焉を迎えると、名古屋圏や大阪圏で流入が停滞し、東京と地方の中枢・中核都市への流入が目につくようになりました。1972年から東日本大震災の前年である2010年までの人口移動をみると、福岡市は多い年で1.7万人、平均で7000人の転入超過でした。札幌市は同期間、年平均で1.3万人の転入超過です。(44頁)

これは福岡に帰ると本当にわかる。
もう昔の「福岡の外れ」と思ったところが巨大な商業地になったり巨大な住宅地になったりしている。

 仙台市はデータが整った1989年以降をみると、年平均2800人の転入超過でした。(44頁)

10万人の東京に比べようもないが、これら中小都市は膨らみ続けている。
政治は東京の過剰を均すべく、政策として「地方創生」をしきりに言い、戦略を打ち出している。
「お金あげるから地方に住みな」みたいなことを言い始めている。

 移住者を呼び込もうとする地方自治体では、低所得でも暮らしていけることを売りにしている例が散見されます。(53頁)

 全農家の12%に過ぎない主業農家であれば、年間500万円以上の農業所得を得ていますが、農家全体の平均的な農業所得は132万円に過ぎません。(55頁)

しかし地方は低所得とは限らないのも事実。

前に三枚におろしたが、総務省によれば北陸地方の世帯所得は軒並み高く、特に福井は所得で東京を上回っている。
これは「爺ちゃんも働く、父ちゃんも働く」ということ。
三世代同居だから。
だから、そういう意味で「豊かさ」ということを考えると、政治を待たずして独自の幸せを目指す市町村が日本にポツリポツリと灯り始めているという。

自分が思っていた枠組みと違うパラダイムが日本の中で進行しつつあるのではないかと思う武田先生。
テレビ番組も今、地方へ移住する物語で『イチから住』とか。
イチから住(いちからじゅう) 〜前略、移住しました〜|テレビ朝日
『人生の楽園』
人生の楽園|テレビ朝日
(番組中では『二人の楽園』と言っているが、内容的にこの番組かと思われる)
といって、定年退職後のご夫婦が『黄昏流星群』ではないけれど、地方へ行って小さな喫茶店を始めるとかという西田(敏行)さんの番組なんかがわりと視聴率がいい。
そんなことを考えると、ちょっと人間の暮らしの見方が。

 まず、移住者の経済的な自立に向けて、受け入れ地域が可能限り移住者を支援している例です。福島県二本松市の東和地区は以前から有機農業が盛んで、移住希望者が絶えない地域です。−中略−
 まず、農業初心者のIターン者は、およそ1年間、農業研修を受けることになります。
−中略−
 2年目以降は自力で生産活動に入ることになりますが、協議会では収穫物の販路についても紹介しています。それでも移住者の農業による年収は100万円に満たず、それだけで生活を維持していくことは難しいのが現状です。そのため、協議会では、建設業や造り酒屋など農閑期の就労先を紹介し、移住者の経済的な補填を図っています。
(60〜61頁)

 Iターン者の経済的な自立に向けた受け入れ地域の取り組みということでは、徳島県美波町の伊座利漁港の取り組みも注目されます。伊座利地区では、地域の学校を存続させるため、親子一緒の漁村留学を推進しています。取り組みは功を奏し、周辺の沿岸地区では唯一学校を残すことに成功し、人口わずか100人程度の狭い集落には子どもの姿が絶えません。−中略−漁師になることを希望するIターン者のために、漁船の乗組員としての就労の機会を提供するほか、古くから地域の中心的な漁法であるアワビや伊勢海老の素潜り漁で生計を立てようという新人漁師にも漁業権を解放しています。
 一見、当たり前のことのように感じられるかもしれませんが、漁師にとって漁業権は不可侵的な飯の種であり、その開放に対して抵抗感を持たれることが多いのが実情です。
(61〜62頁)

流入者が数人いたおかげで、町立の小学校は維持できている。
だから移住流入のために必要なものは、実は補助金ではなくて「仕事」なのである。

博多祇園山笠 - Wikipedia
十何日か(調べて見たところ7月15日早朝とのこと)に「追い山」競争をする日なのだが、それまで一週間くらい男たちは締め込み(ふんどし)一つでお尻丸出しで毎日駆けて足腰を慣らしていく。
その中で、山の担ぎの練習日がある。
昼間にそれをやるのだが、ジーンときたのは、その山笠の祭りをものすごく大事にしていた「とある方」が亡くなられたのだろう。
練習している山が止まる。
その亡くなった人の家の前で。
それで、山が一旦置かれると台の上の人、山の上に乗っかっている長老が『祝いめでた』を歌う。
『祝いめでた』というめでたい時にしか歌ってはいけない歌。
祝い目出度の若松様よ
枝も栄ゆりゃ葉もしゅげる
エーイーショウエ エーイショウエー

山が左右に若い人が揺らしながら霊を弔う。
500人ぐらいの人がビルの谷間で『祝いめでた』を歌うと、古代の人の弔いシーンを見ているよう。
それで「手締め」をやる。
「よーっ!パンパン。もひとつ!パンパン」
博多一本締め。
それで、その亡くなられた黒縁の写真に、今年の夏の山笠の山を見せてあげて、突然「やー!」と担ぎ上げて嵐のように去っていく。
博多の(武田先生の)後輩が小さい声で「武田さん。よかろうが?俺たちゃ死んでもこげんしてもらえるとよ」。
「あれが楽しみ」って言いながら、何人も爺さんや婆さんが死んでいったという。
供養のお経もありがたいだろうが、死して聞く「祝いめでたの若松様よ」というのは値打ちがある。

東京の他に「二大都市」が日本にはある。
大阪圏と名古屋圏。
これは「大阪」「名古屋」ということではない。
「大阪」というエリア。
だから奈良とか和歌山も入っているという「大阪圏」。
そして「名古屋圏」。
岐阜とか三重とかも入っている「名古屋圏」という。
ここも遂に人口減少。

大阪圏の総人口は21世紀に入っておおむね1850万人で推移してきましたが、2010年以降減少が顕著となり、2014年までにピークからおよそ13万人の減少となっています。(91頁)

 名古屋圏も同様です。2008年の1140万人をピークに、2014年までにおよそ5万人減少しています。(92頁)

「地方消滅」という危機感は地方の問題ではなく、実はこういう大阪や名古屋という都市部へも迫りつつあるという。
ここで何が問題かというと、両都市とも人口減少に対して「機械化」を図っているため、人件費が安くなりつつあるものの「機械化」は業種を限定するため、ものづくりの応用力がぐんぐん落ちていく。
そういう危険性が大阪・名古屋圏では出てきている。
高い技術を持つ高齢者も追われるように去っていく。
ここでの「道」は、この人たちを他の地方で活用する流動性、移住の拡大こそ求められる。
人口が減少するならば、人が二つ三つの町に住むライフスタイルもあるだろう。
確かに新幹線が縦横に行き交う日本ではこのライフスタイルは可能かも知れない。
だから名古屋限定とか大阪限定の「その県内に留まらないと仕事が無くなる」と思うと、ものづくりのパワーそのものが落ちていく。
新幹線がこれだけ便利になったわけだから、この手の技術者たちがプールできる別個の町、あるいは「二つか三つくらいの町を行き来する」というような、そういう通勤が可能になればもうちょっと日本でその技術を生かすことができるのではないか。
白物家電の中国への流出。
これはほとんど日本人の技術者が支えている。
それから大阪はやっぱり「シャープ」。
まことにもったいなくはある。
変化はとにかくゆっくり始まっている。
例えば農業。
決して助成金にすがりつく滅びゆく産業ではなくて、また後継者の無い産業でもない。

 農地集約という発想は、必要迫られているということもあり、すでにかなり根付いてきています。過去10年で、1経営体あたりの水田面積は1.5倍になりました。もちろんこれは、農家1軒あたりの農地面積を積極的に拡大しようという動きによりもたらされたとばかりは言いきれず、小規模農家が離農したことによる効果も含まれています。(104頁)

明治以来、人口と逆に減り続けている農業人だったが、ここに至り、人口が減ると農業人が増え始めたのである。

農林水産省のまとめによれば、農業への年間新規参入者は、過去4年間で1730人から3660人に倍増しています。(106頁)

だから「農業に魅せられる人」はゆっくり増えている。
このへんはやっぱりTOKIOの力などもあるのだろう。
ジャニーズも有能な人材が育っている。

 徳島県上勝町には、地域作りとして日本で最も有名と言っても過言ではない「葉っぱビジネス」があります。地元のおばあちゃんたちが、携帯情報端末を駆使して、日本料理でつまものとして利用される葉っぱを売っています。多い人は年間1000万円以上売り上げるという触れ込みで(112頁)

特にポイントとなるのは、320種におよぶ多品種の生産、直販、即日発送など市場のニーズに確実に対応するシステムを構築している点です。(113頁)

上勝町の市場シェアは70%に及び、他の追随を許さない状況です。(113頁)

第三セクター「いろどり」がこのばあちゃんたちを引き連れて研修し、市況情報の提供なども担っている。
しかも上勝は若い移住者も今、受け入れているそうだ。
いろどりでは従業員「事務方」として若い人を入れて、ばあちゃんたちが事務でメシが喰える反面、やがてばあちゃんたちが亡くなった場合は、その後の技術者として若い人たちを補填していくという。
そういう定住化が推進されている。
横石さん(いろどりの横石知二社長のことだと思われる)は「絶対に町が生き残るために、よそ者は必要です。よそ者がいないと町というのは滅びていくんです」。

武田先生が大学生の頃、福岡で「こんな田舎町にいたんじゃ、俺はダメになる」とどこかで思ったところがある。
それが、もう今は全く別の町。
いろいろな思いがあって、博多座の成功を祈ってお祈りをした神社がある。
何か知らないが、神がかってうまくいったものだから、最後の日にそこにお礼参に行った。
そうしたら階段の途中で、その神社で映画の撮影をやっていて、撮影が邪魔をしていて拝みに行けない。
でも、こちらは同業なのであまり無碍にもできない。
止める人が「ちょっと待って下さい」とかと言うから「はいはい。いいよ」といってしばらく止められていた。
リリー・フランキーさんがいた。
青春映画を撮ってらしたのだろう。
溜まるだけ溜まった参拝帰りのお客が撮影で止められている。
やっと撮影がちょっとワンカット終わったようで「どうぞ急いでください」とか言われているのだが、そこを武田先生が通りがかかったものだから「ちょっと写真一枚、よかですか」が始まった。
それで肩を組んで写真を撮っていた。
それが、そういうのを撮りたくなるポイント。
例の嵐が行って大騒ぎになった「鳥居の向こう側に夕日が沈む」という「光の道」という神社(嵐が出演するJALのCM「旅の出会い編」に登場する宮地嶽神社のことらしい)。
これは今、大ブームになっている。
春分・秋分の日は鳥居の向こう側に夕日が沈む。
そこで参道が太陽の一直線で、みんな夕暮れぐらいにそこへ行きたがる。
そこで「一枚写真撮ってくれ」と、こっちの撮影が始まってしまった。
あまり迷惑をかけてはいけないので早めに。
だけど、地方の名所みたいなのが、いとも簡単にブームになる。

岡山県笠岡の笠岡諸島。
これは瀬戸内海にいくつもの島が並んでいる。

岡山県笠岡市の笠岡諸島には、かさおか島づくり海社というNPO法人があります。笠岡諸島は、諸島を構成する7つの有人の島を合わせても人口は1954人しかおらず、高齢化率は66%に達します−中略−
 島づくり海社の活動は、デイサービス、コミュニティバス運行、島のきずな便(買い物支援)、特産品開発、保育園運営、空き家対策、笠岡諸島のプロモーションなど、書ききれないほど多岐にわたります。
(121〜122頁)

それを数人の中年のオッサンたちが一手に担ったら結構うまいこと回転し始めて「ゆっくり人口も」という。
小さい試みではあるが、小さいところから大きな流れが、もしかすると始まるのかも知れないというふうに思う。

四国の四万十市は本当に四国の果ての果て。
ここはガソリンスタンドが無い。
ガソリンスタンド経営が上手くいかずに撤退した。
何をやったかというと、全住民が自分で出資して会社を作った。
それでやったのがガソリンスタンドの経営から始めた。
これが上手くいった。
つまり行政にすがりついて「助けて」じゃなくて「住んでいる住民自らが立ち上がると上手くゆくんだ」という、そういう例を残してくれている。
日本の町のささやかな運動、そういうものが「町づくり」「村づくり」、あるいは市、県の単位でうまく回転し始めたというところがある。

2016年11月11日

2016年2月15〜25日◆『困難な成熟』内田樹(後編)

これの続きです。


ドラマ『白夜行』の中で演じた笹垣(潤三)を自画自賛する武田先生。
何がよかったかというと十数年ぶりに自分のアドリブを見て「外れてねぇな」と思う。
それは母親を殺した少女が去っていくのだが、それをじっと見送る刑事が武田先生の役。
彼女が去っていく後姿に向かってアドリブで親鸞の歎異抄をつぶやく武田先生。
「心が良くて人を殺さないんじゃない。人間はある状況に追い込まれたら人を千人殺すことだってあるんだ。それが人間なんだ」という親鸞の言葉を、その少女のランドセルの後ろ姿に向かって「人を千人ころしてや、極楽往生間違いなし」とつぶやく。
可能な限りはもらった役に関しては盛り込みたいと思う武田先生。
その台詞から派生する何かが自分をせっかく撮ってくれるんだったら、絶対に唇だけは動かしておきたい。
「撮らなくてもいい」とあの時言った。
でも唇が動くとオーディオさんはやっぱり録る方に走っちゃう。
それが私達の仕事。
だから「台本になかったから」とか「そんなこと思いつかないよ」とか「演出家言わなかったよ」それじゃあダメ。

「誰のせいだ!」という他責の言葉使いは、場の主催権「俺がこの場を何とかしなければという生きる力」を消してしまう。
自分を放棄してしまう。
武道で言えば「先手を取られた」という失敗の言葉使いになってしまう。
ここでは先手を取られても、あえて「取らせてやったよ、君に」とつぶやくことによって武道家は次の技を思いつく。
次の技を思いつくか否かが成熟への階段。

今の若者は「やるべきこと」「やりたいこと」に関心があるが、自分が「やれること」には関心がない、という対比における助動詞の使い方でした。−中略−
 英語で書いたらshouldとwould likeとcanですね。「ねばならぬ」「したい」と「できる」の対比です。ちょっと古めかしい文法用語で言うと、「当為」「願望」と「可能」です。
−中略−
 動詞に「当為」と「願望」の助動詞をつけて話すのが「子ども」で、動詞に「可能」の助動詞をつけて話すのが「大人」である。
(138〜139頁)

あえて哲学者内田樹さんは、この手の言葉使いの人のことを「ガキ」と呼び捨てている。
(本の中では「子ども」という表現しか使われていない)
「しなくては」「したい」は子供の喋り言葉。
「○○がしたい」とかというのはだいたい子供の喋り言葉。
では、大人は何と言うか?
「可能」つまり「できる」と話すこと。

「自分がやらねばならぬこと」「自分がしたいこと」というのは個人的なことがらです。それに対して「自分にできること」は公共的なことがらです。「個人的なことがら」というのは、ひとことで言えば、他人の同意や参与ぬきで自己決定できることです。「公共的なことがら」というのは、他人の同意や承認ぬきでは決定できないことです。(139〜140頁)

それは他者からの要請の返答で、まず他者がいて、それは他者からの要請への返答なのでそれを修正しようと助けを求める状況であり、その応答に対してそれを満たすことが私には「できる」と、こう提案すること。
これが大人の言葉使い。
一番分かりやすいのは「セックス」。
ガキの言葉使い「おぁ〜君とやりたい。したい。快楽に満足したい。俺、俺、俺は〜!」
これがガキの言葉使い。
大人はどう言うか?
絶世の美女がいる時に大人はこういう。
「僕は君を満足させることができる」
「私はあなたが欲しい」とか「あなたを○○したい」とかそんな「should」「would」じゃなく「can」で話す。
他者に対して自分の欲求を向けるのではない。
他者の欲求に対して自分はどう応答できるかを可能性として話す。

「教育格差」と言われる言葉がどうしてもわからない武田先生。
これは今、よくメディアで取り上げる。
親が高学歴で高収入の子供のみが高い得点を得て優秀であり、収入が低くてろくに学校も出ていない親から生まれた子は成績も低く、その学力差はぐんぐん開きつつあるという。
そのことを「教育格差」という四文字熟語で語っている。
これがよくわからない武田先生。
これは「氏か育ちか」「遺伝か生活習慣か」あるいは「運か努力か」ということだろう。
単純に言えば「高収入のおうちはそれだけ塾にも行かせられるから、学校以外の塾での勉強でどんどん頭が良くなっていく」というのが主な理由だとは思う。
これは言葉で言うと「トンビがトンビを産んだ」ということだろう。
教育の面白さは何かというと「トンビがタカを産む」ということ。
だから「トンビがタカを産む」ということが教育の成果。
内田師範がそのことを「運と努力の間で」という章(158頁〜)で非常に魅力的な理説で説いてくださっている。
内田先生は言う。
「運か努力かと考えると、運の良い人は努力をしなくていいわけですよね。だから努力に気付きません。運の悪い人だけが努力に気が付くのです。」
「裕福な子は家庭教師が雇えますので、それは親が用意したただの道具です。でも貧しい子は塾へ行けませんので、本を開くたびに『あ、俺今、努力してる』と思うんです。そして貧しいので親の手伝いもあり、やがて本を開いて努力するたびに『ああ、今日は運よく勉強できた』と努力する自分に感謝するわけです。」
「努力できる幸運を持っているのは、貧しい環境にいる子どもたちだけなんです。」
「これに対して『教育格差』と言い立てる人は、貧しくボンクラの親から生まれたので勉強しても仕方がないのです。逆に豊かな頭の良い親から生まれた子は頭が良いのは当然ですので、本人の努力など何の意味もなく、努力できる幸運を手にすることはできないのです。」
(本を読んだかぎりでは、むしろ内田氏が言っているのは真逆で、勉強ができる資質や、勉強ができる環境があることを「幸運」と言っているようだ)
生き延びるための技術の永遠の欠落。
例えば『プロジェクトX』魂。
これが「ええところ」の環境に生まれて教育格差なく上位で育った子には『プロジェクトX』はちっとも面白くない。
ところが貧しい家庭で何とかのし上がって勉強して、ある弱電メーカーに入った子は、研究費がなくても何がなくても努力することに喜びがあるわけだから『プロジェクトX』が始まる。
『プロジェクトX』が理解できるできないというのは、つまり努力できる幸運の差だという。
この努力できる幸運の味を知る人は、際限もなく努力することが楽しい。
それこそ最高の教育。
危機的な時、自分の不幸を嘆くのに「格差」という言葉使いで与党や政権を罵倒し、文科省ステムを批判するうちに、己の置かれた状況を忘れ果て、泥沼に沈む能力しかなくなるという。
危機の時、生き延びる技とは、いかに楽観的になれるかどうかなんだ。
「それを本当の強さだと思いませんか?」というのが内田先生の提案。

武田先生のメモ。
「教育格差」というのはある意味ではひどい差別用語ではないだろうか。
「苦学生」とか「夜間に通う」というような昭和の言葉使いの逆転の温もりが「教育格差」という言葉には少しもない。
教育格差とは何か?
これは「バカは死ななきゃ治らない」ってのと同じことだ。
「そんな無体な言い方があるか」という。

この間のこうせつ(南こうせつ)さんとのイベントだったかでの話。
こうせつさんのところは下のお坊ちゃんが実はものすごい頭がいい子。
今、医学部に行っている。
こうせつさんは言わないが、防衛大学の医学部は給料も貰える。
だからめっちゃ頭のいいヤツが行く。
「頭がいいからあの子は給料貰いながら医学部にいる」とかというと興奮する武田先生。
「あの子、おめぇすげぇよ。防衛大学の医学部だよ」っていう。
「給料貰いながらおめぇ医学部行ってるよ」というのは。
本当に「トンビがタカを産む」というのはこういうことだ。
それで医学部に入ってもガリ勉じゃなくて、1日40km走らなければいけない日がある。
防衛大だから。
丼物は三杯続けて喰わなきゃいけないとか。
(という武田先生のイメージ)

「三大嘘」と「結局嘘になっちゃった」ということなのだが、現代のベートーベンと言われた方がいらっしゃった。
それからSTAP細胞で大きく揺れた。
それからオリンピック・エンブレム。
あえてお名前をお出しすると、佐村河内さん、小保方さん、佐野さん。
こういう方がいらっしゃった。
(本の中では佐野さんではなく「野党党首の献金疑惑」)
無論、この三人をウソつきと呼び捨てるにはあまりにもお気の毒のような気がする。
ただ「嘘をつかれて私は傷つけられた」という被害者が三人ともそれぞれに登場した。
この三人によって傷つけられたという被害者が出たので大きなスキャンダルになった。
例えば佐村河内さんにはゴーストライターをやらされたという方(新垣隆氏)がいらっしゃって、今、人気者だが。
それから小保方さんもやっぱり共同研究者の先生方がいらっしゃって、自死なさった方がいらっしゃるので。
佐野さんには盗作されたとされるデザイナーたち、被害者がいるという。
その三人の特徴は、その被害者たちはそれぞれ、彼らの住む専門職の世界の仲間。
佐村河内さんはクラシック畑の仲間がいて、小保方さんには同じ医学会の同じ研究をなさっている方がいて、佐野さんには同じように商業デザインをやってらっしゃる方がいらっしゃったという。
この三人の蹉跌、つまづきは何かというと「できの悪い嘘でした」という。
ゴーストライター、コピペ、トレース。
そういうことが嘘になってしまった。

 問題は「寿命」です。もし、ある人が寿命100年の生物としてふるまうとしたら、「今は良い思いができるけれど、10年後には手痛いしっぺ返しを受けることが確実」であるようなことはしません。「間尺に合わない」からです。でも、寿命1年の生物としてふるまうならば、「10年後に受けるであろうペナルティ」は「ない」のと同じです。それなら「すぐばれる嘘」をついても、今いい思いをするほうが「間尺に合う」わけです。
 なぜ、人々が「すぐばれる嘘」をつくようになったのか。私の仮説は「それは寿命の設定が短縮されたからだ」というものです。
(268頁)

メダルの数を増やせるか否かの成果を激しく競争させる個人の時代が到来している。
考えてみれば、一から十まで自分の手柄を激しく主張する主体の時代である。
「私がいたから成功したんだ」と言わなくてはいけない。
人が邪悪になったわけでもなく、愚鈍になったわけでもなく、己のオリジナリティを己だけで独占しようとした人たちの失言。
この三人に共通しているのはどこか個性的で知的で誠実そうな風貌の方。
三人とも意外と悪者の顔をなさってらっしゃらない。
三人ともやっぱりどこか誠実だし、人間として愛すべき風貌をお持ちだ。
ところがもう一つ別の言い方をすると友達が少なそうな、寂しげな風貌が表情に宿っているという。
ということは、この三人は「うそつき」というよりも「仲間づくりに失敗した」人たち。

内田師範曰く「この三人には『しみじみさ』がない」。
(こういう表現は本の中にはみつけられませんでした)
「しみじみさ」というのは、一種人間に宿った迫力。
どんな人気者でもこの「しみじみさ」がないと、とある人間の迫力が出て来ない。
福井謙二さん。
「小さな巨人」と言われた方。
福井さんの喋りには「しみじみさ」がある。
哀れさ、ペーソス。
屋台であの方が飲んでらして、武田先生が酔っぱらって入ってきて「おい、詰めろよ!」と言いにくい。
言った瞬間に詰めるために努力しようとして屋台ごと倒れちゃうという「しみじみさ」の危険がある。
「しみじみさ」が無い人がいる。
「しみじみさ」が無くて、コーン!とスネなんか蹴って「おい、詰めろよ!」と言いたくなるような。
でも、福井さんにはそれがない。
スネを蹴ろうとしてもきちんとエックス脚で閉じてらっしゃるような気がして。
「コイツ、ここまで自分を畳んで飲んでいるんだ」と思うと。
何で人は人の言うことを聞くか?
それはその人が醸し出す「しみじみさ」に「私がいなくなったら、そんなことを言うのは誰もいなくなっちゃいますよ」という一種の迫力があるからこそ、人は思わず聞いてしまう。
「私の代わりをする者はこの世の中に誰もいません」
そう、しみじみと雰囲気で伝えられる人。
「その人には成熟の技が宿っている」と。
民放でブイブイ言わせている報道番組のキャスターの人ではなくて、律儀に今日も報道してらっしゃる方の急に増えた白髪頭なんか眺める時に。
この人がもし屋台で飲んでいたら「詰めろよ」とは言いにくい、という。
そういう人はいる。
同じ10時台のニュース番組でもしみじみと「今日も素敵な週末でありますことを」なんていう。
それで天気予報に渡していく人。
しみじみさ。
屋台で飲んでいる時に「詰めろよ」って言われる人と言われない人の差。
それが実は大きな人生の曲がり角の、はじき返す力か何か。
それを内田先生はどうも「成熟」と言っているのではないだろうか。
何となくどこか雰囲気の中で「しみじみさ」を持っている人というのは、たとえ一杯の酒でも「う、うまい」というように、なんでも美味くする不思議な雰囲気を持っている、という。
おでんか何か喰っていて、つまんないものを喰っているんだけど、その人が「おやっさん、これ美味しいね」と言うと本当に美味しく感じる人がいる。
安酒を飲んでいても「あ、なんか飲みたいな。この同じ酒」と思わせるような飲み方の人がいる。
そういう一種、人間の迫力というものを内田樹さんは「人間の成熟」と捉えてらっしゃる。
人間が持っている「しみじみさ」という。

(この週は最後の一日は無関係な話題に入るので、このブログでは取り上げない)

2016年2月15〜25日◆『困難な成熟』内田樹(前編)

困難な成熟



武田先生の哲学の師匠である内田先生の著書。
何をもって成熟か?
何をもって大人とするか?
「荒れる」と言われる「成人の日」。
「成人式」という成熟のスタートの記念日なのだが、各地で起こった成人式は実に子供っぽい乱痴気騒ぎという。
ところが成人の数がやっと100万人を超えたぐらい。
日本国民が1億2千万人。
それを100人とすると、その中に1人も二十歳の人がいない。
120〜130人集まってやっと1人いるかいないかという。
メディアは「荒れる成人式」と騒ぐが「120人中1人いるかいないかの何人かが騒いだ」ということぐらい。
武田先生の頃の成人式とは意味合いが違う。
1970年代に成人式を迎えた武田先生。
1975年、人口の49.4%が30歳以下。
ヤング・ジャパン。

内田樹氏はエマニュエル・レヴィナスというフランスのユダヤ人の血を引く哲学者が大好き。
この方はかつてナチズムと命をかけて戦った方。
しかしこの人は、ナチス崩壊後、「ユダヤ人を虐殺した」と告発し続けるユダヤ人の怒りを鎮めた。
本当はもっと多いのだが、あの段階でナチスの犯罪の中では600万人ものユダヤ人が平然と虐殺された。
なぜ、そんなことになったんだろうか?
ユダヤ教を信じ、ひたすら神の救援を待ち続けた600万人の同胞、ユダヤ人の死は、一体何の意味があるのだろうか?
レヴィナスはその死を懸命に考え続け、その死に意味を見出そうとした。
そういう「哲学的な考え方」を積み上げた人。
彼が言ったのは「成熟」。
人間はどんなことがあっても成熟しなければならない。
その故にナチスを告発するのではなくて、あの600万人のユダヤ人の死を「人類の成熟のための踏切板」。
そういう考え方で考えていこうという。
そのレヴィナスの名著が『困難な自由』。

困難な自由―ユダヤ教についての試論



 タイトルは「困難な成熟」としました。我が師エマニュエル・レヴィナス先生の『困難な自由』から拝借しました。全体を貫く主題は「いかにして市民的成熟を達成するのか」というただひとつの問に集約されるように思ったからです。(2頁)

日本社会ではなかなか成熟について教えて下さる方は少ない。
その難しい成熟に向かって哲学者内田樹さんがお考えになったという。

成熟というプロセスは「それまでそんなふうに見たことのない仕方でものごとをを見るようになった」「それまで、そんなものがこの世に存在するとは知らなかったものを認識した」というかたちをとるからです。(4頁)

だから年齢に任せたり「あー、もう俺は場数踏んできたからよ」「修羅場生きたよ」こういうことで達しうる境地ではない。
そんな単純なものではないのだ。
達成目標に掲げても、そこに行けるかどうかわからない。
自己の点検で、自分でこう考えて「あ、俺は成熟した」。
そんなもんじゃない。
いつの間にか身についてしまっている「技術」「能力」。
それを「『成熟』と呼ぼう」と。
この「いつの間にか身に付いてしまっている『技術』『能力』の凄み」というのは本物の技術。
そういうものを若いながら持ってらっしゃる方もやっぱりいる。
羽生結弦は成熟している。
みなさんが満点を出しても彼は舌打ちをする時がある。
それでうつむいて。
つまり「他者に自分の採点を任せない能力」を持ってらっしゃる。
自己で自己をきちんと、自分の成熟をチェックできるという。
あれは「身に付いてしまった彼の『能力』『技術』」なのではないか。
その他にもいっぱいいらっしゃる。
そういう意味合いでの成熟、自分に身に付いてしまった技術を持ってらっしゃるという。

内田樹先生は実に巧みに少年や少女にもわかるように成熟を説明してくださる。
例えば内田先生はこうおっしゃる。
これは哲学の基本的な技。
例えば「君たちの学校に校則はありますか?」。

「スカート丈はひざ下5センチ」というような一見するとナンセンスな校則にも人類学的叡智の断片が生き残っていることがわかります。
 制服の「真実」は、「集団構成員を外形的には差別化しない」ということです。できるだけ強弱の差や貧富の差や美的センスの差を顕在化させない。そのために制服がある。
(51頁)

集団は時として弱肉強食というゲームが頻発しやすい。
成熟していない少年や少女たちだけになってしまうと、弱肉強食というゲームが始まってしまう。
特に少年というのは、放っておくと弱肉強食をやりたがる。
そういう事故は2015年から多い。
喰うか喰われるかのゲームというのは、やると楽しい。
だけどこれは喰うか喰われるかのゲームはもうやらなくてもわかっている。
つまり弱いものが喰われる。
ただそれだけの結論しかないのだが、強いものはそのゲームをやりたがる。
集団というのはそういう弱肉強食のゲームに陥りやすい。

集団として生き延びることを目的とした場合には、「誰も見捨てない」ということと、「どうやって集団全体の生命力を高めるか」を考える。(51頁)

そのためには集団の外側、外形を差別化させない。
強い子は学生服の袖に二本線が入って、弱い子は線が入っていない。
そういうことを差別化してしまうと集団全体のパワーが落ちてしまう。
強い子数人だけが強くなって、弱い塊が生まれてしまう。
だからとにかく学校という集団の場合は美的なセンス、恰好いいとか恰好悪い、あの子は足が長い、あの子は足が短い、そういうことを顕在化させない。
そのための知恵が制服でがんじがらめにするということなのだ。

池に浮かんでいる鴨。
鴨はタスキをかけて「リーダー!」とかということがない。
王冠を被っているとかペンダントを下げているということをしない。
なぜかというと、そういうのが狙われる。
他の集団から狙われると一発で滅びる。
つまり強弱を外形化させない。
だから制服が必要なんだ。

同じ制服を着ていると集団としてのパワーが上がる。
皆さん方は、一月に高校生のスポーツをよく観ていた。
サッカーとかラグビー。
ユニフォームがバラバラというのはいない。
みんな同じユニフォーム。
女子のサッカーでもラグビーでも男子の方のサッカーでも。
学校のユニフォームを着る。
あれは学校のチーム全体のパワーがそれで増す。

 不良高校生たちが学ラン着て殴り合うマンガって山のようにありますけれど(『ビーバップ・ハイスクール』とか)、あれは学生服着用が基本ですね。制服だけが他校との識別指標ですから。生徒たちが私服だと物語が始まらない。あれも一応制服を着ることによって集団のパフォーマンスは向上するという人類学的叡智の断片を今に伝えているんだと思います。(53頁)

制服の時代を通過して、いよいよ私どもは私服の社会人になる。
そこで集団化、社会全体の成員となる。
ここには社会的ルールが支配している。
あなたが出てきたこの社会というところにはルールが厳然としてある。

「フェア」の反対語は「ファウル」。野球の用語です。ダイヤモンドの中は「フェア(美しい)」フィールド、その外は「ファウル(穢れた)」フィールドです。
 野球やサッカーやラグビーのようなボールゲームはこれらの遊戯の太古的な本質をかなり正確に今に伝えてくれています。
−中略−
子どもたちはこの遊戯を通じて、世界は「敵と味方」「戦争と平和」「生と死」「清浄と汚濁」といった二項対立を積み重ねて構造化されているという基本的な世界認識の「仕方」を学びます。
(56〜57頁)

ラジオ・テレビでは全ての朝番組がこの同じ時間帯(「三枚おろし」が放送されている朝の時間帯)に様々な我が国日本の政治について語っている時分だ。
「国家」について語り続けているわけだが、その「国家」とは何か?
この「国家」こそがそもそも二項対立だ。
国家というのはつまりゲームでできたもの。
そんなものは本当はない。
でも、あることにしておいてフェアとファウルを競い合う。
これが政治。
国境というものはない。
国境を見た人は一人もない。
ただある。
それで国同士が命をかけてケンカをするというようなこともある。
「尖閣は俺のものだ」とか。
尖閣諸島あたりの海の上に引かれている国境とかというものも見た人はいない。
だから見たこともないもので国家はケンカができる。

福沢諭吉はその『痩我慢の説』の冒頭にこう書いています。
「立国は私なり、公に非ざるなり」
(57〜58頁)

国というものはプライベートなものだ。
そんなのはパブリックなものではないという。
国家とは「私」である。
「公」、パブリックなものではない。

「なんぞ必ずしも区々たる人為の国を分て人為の境界を定むることを須いんや。いはんやその国を分て隣国と境界を争うにおいてをや。いはんやその国に一個の首領を立て、これを君として仰ぎこれを主として事え、その君主のために衆人の生命財産を空うするがごときにおいてをや。」
 国境線を引いて「こっちからこっちは日本だ」というようなことを言う必然性があるのか。隣国とこの土地はどっちのものだとがみがみ言い争う必然性があるのか。うちさえよければそれでいい、隣国の奴らなんか飢え死にしても知るかというような考え方をする必然性があるのか。ましてや誰かを担ぎ上げて君主だと仰ぎ、この君のためには命も財産も惜しくないとのぼせ上がる必然性がどこにある。福沢はそう言っているのです。明治24年に。国民国家なんかただの幻想に過ぎないと言い切っているのです。
(58頁)

 国家はもともとは人間が創り出した政治的な装置に過ぎないが、それをあたかも海や山のように遠い昔からずっとそこにあった自然物のように見なすのが「当今の世界の事相」である。−中略−
 それは野球のチームが「敵と味方」に別れて「勝負」をするのと同じです。
(59頁)

福沢諭吉の言葉にドキッとする。
国家なんてそんなものは幻想に過ぎない。
そんなことを実は言っている人。
でも、この人は大日本帝国ができるところをその両のマナコで見た人だから、国の本質みたいなものをしっかり見つめたんじゃないか?
福沢は言っている。
「総理とか国会議員がいるが、そういうものは仮の装置であって実態じゃない」んだと。
彼らにとって一番重大なことは一体何か?
その政治的な装置としての政治家さん。
これは対立すべきグループがいるか否か。
それがいないと彼らは存在する意味がない。
だから世界を恣意的に彼らのやり方で切り分ける。
そしてゲームを活性化させることが彼らにとっては生きがい。
では、何のためのゲームなのか?
それは所属する人たちの幸福や成熟を高める、または生き延びるためのゲーム。
ロシアが今、燃えている。
プーチンという人はこのゲームがうまい。
ロシアの人たちはゲームがこう盛り上がってきている。
プーチンは煽り方が上手。
啖呵みたいなのがプーチンは上手。
「ウクライナは俺のもの、俺のものは俺のもの」みたいな。
同じことは経済活動も同様で、実は経済というのは成熟のための活動でなければならない。
これらのゲームを通して私達は生きのびる力を得る。
武田先生の意見。
もし政治的活動や経済活動であなたが生きていく力が「ハーッ」と衰えていくようだったらば、急いでこのゲームから離れるべきだ。
経済も政治もゲームだ。
自身の中でゲームが楽しくなければ、すぐにこの賭場からあなたは出ていくべきだ。
出ていく場所はある。
これは武田先生が内田師範から受け取った思い。

内田氏はこんなことを言っている。
「100%正しい世界を構築していこうという人たちを僕はどうも共感することができない。100%正しい世界を創りたいと叫ぶ人、何かそういう人たちを僕は信用できないんです。彼らが仕込んだ切れ味の良いストックフレーズを複製して、しゃべり方も推論の仕方も、論拠とする事例まで出来合いの型にはまってしまう、何かそういうの僕、全然よくないぜと思うんですよ。みんな同じような言葉使い、同じような表情、同じような話っぷりになってしまいます。そんなのが正しいわけがない」
「ある種の言説がロジカルに正しいということは、それが生きる力を高めるということだったらいいけれども、生きる力がなくなるんだったら人間は正しさから離れるべきだ。正しいことは人の心の病の元だ」
(このあたりの文章は本の中にはみつけられなかった)
正しいことを言い続ける人は顔を見ていると病的な顔になっている。
「自分なりに何か正義は貫きたい」という思いがある水谷譲。
「君にとっては正義だけれども、僕にとっては迷惑なんだよね。」
二人とも活き活きしているかどうかが一番すばらしいことで、片一方が暗い顔になって片一方が正しいことをやり抜いているんだったら、その「正しいこと」は絶対に正しくない。
内田氏曰く「政治にしろ経済にしろ、これは一種ゲームフィールド、ゲームの場の出来事なんであるから、絶対にどんなことがあっても対戦相手に呪いの言葉を投げつけてはいけない」。
これが「マナー」。
反対運動をやる人たちは、あるラインを超えると全部呪いになってしまう。
同じことを連呼し続けて「絶対反対絶対反対・・・」。
だんだん呪いのリズムに。
そういうのは内田先生は「不健康じゃないか」。
ズバリ言うと「『絶対反対』っていう言い方そのものが病的ではないか」。
「絶対反対」は一種狂気を秘めた相手への罵り。
「とりあえずあなたの意見を聞いてみましょう」という態度からは遠い。
「一切聞かない」という態度。

とにかく社会というそのゲームフィールドにおいて、その時にその呪いの言葉使いを絶対に避けるべきである。
ゲームに疲れたりゲームが無為に見えたらすぐゲームから退室しなさい。
その資格、権利はあなたにあるんだ。
それが基本的人権なんだ。

その次に師範がおっしゃっているのは「取り越し苦労を禁じる」。
「想定内」というのをしきりに振り回した若き大金持ちがいた。
今、クイズ番組なんかにたくさん出てらっしゃっている。
ホリエモン。
絶えず「このことは予想してた」みたいな。
「最悪の事態をたえず予想して私は動いております」なんて言う。
その「最悪の事態を予想する」というあなたの考え方そのものは、あなたに呪いをかけている。

「最悪の事態」に備えた人は無意識のうちに「最悪の事態」の到来を願うようになる。(71頁)

この人はあちこちで鳴る危険のアラーム信号を無視するようになる。
「最悪の事態を想定するんだろ?」と。
最悪でないことでポツ、ポツとアラームが鳴る。
ところが「まだ最悪じゃない」と最悪をじっと待つようになってしまう。
その「最悪の事態」がやって来るまで一切動かなくなってしまう。
結婚する時に最悪の事態を想定して離婚の取り決めなんかやっちゃうとだいたい離婚する。
ハリウッドの大スターなんかで「財産の○%は分ける」とかっていう人がいるが、だいたいその通りになる。
それで「うちの宿六は」とかって罵り合いながら「別れろ切れろ」ばっかり語り合っている夫婦で、ずっと続く夫婦っていうのが巧みに離婚の危機を乗り越えていく。
なぜならば「最悪」を想定していないから。
これは内田先生の知見だと思う。

 なにしろ生き死ににかかわる危機的状況に立ち入ったわけですから、心身のパフォーマンスを最大化しなければとてもじゃないけど生き延びられない。
 恐怖、不安、後悔といった感情が心身の働きを高めることはありません。絶対にありません。
 だから、どんなことがあっても、こういうネガティヴな感情がのさばり出ることを抑止しなければならない。
 そのためには「場を主催しているのは私だ」という話にしなければならない。私がこのイベント全体の「プロデューサー」なのであるという気構えで場に処さないといけない。
(76〜77頁)

 さて、プロデューサーが現場でする仕事とは何でしょう?−中略−
「床のゴミを拾うことだよ」
(77頁)

普段から足元のゴミを拾う人というのは、その「場」を主催しているプロデューサーの自覚を持つことができる。

レジ袋が武田先生の家の前に落ちていたので、朝に散歩に行く時にそれを拾い上げて歩いていた。
ハッと気が付いたらずっとゴミを拾っている。
犬のウンコまで。
人の家の犬に餌をやる趣味の武田先生。
だから遊歩道で始末の悪い人がいて、犬のウンコが落ちているが、拾っておけば犬も責められない。
それで落ちていたミカンの皮でウンコをつかんで、レジ袋に貯めて燃えるゴミのところに捨てていった。
それがよいことかどうかはよくわからないが、その時にこの言葉に。
つまり「自分の人生に責任を持って生きていこうと思うと、目の前のゴミを拾うことです」という。
そういうことを内田先生は言いたいのではないか。
目の前のゴミを拾うということが成熟への次のステップである。

2016年10月27日

2016年7月18〜29日◆『土の学校』木村秋則(後編)

これの続きです。

無農薬栽培のリンゴから学んだことがここ(土の学校)には書いてあるのだが、自然から学んだことというのが私達の持っている考え方を揺さぶる野生に満ちている。

 私が農薬の使用をやめた直後、リンゴ畑で猛威をふるったもうひとつの病気に、黒星病というのがあります。これは黒っぽいススのようなカビが、リンゴの葉や実の表面につく厄介な病気です。(92頁)

木村さんはあえて農薬を振りかけたりしない。
これは本当に不思議なのだが、そうすると農薬を振りまかないでもう「罹ったヤツはしょうがねぇな」とあきらめることにすると、全体に広がらないそうだ。
とにかく農薬を振りかけて病原菌を皆殺しにすると、耐性を上げる。
抵抗力をつけて、その薬が更に濃く振りかけないと消えないというようなタフさを持ってしまう。

 つまりリンゴの内生菌が活発に働くようになったおかげで、今まで悪さばかりしていた病原菌が、おとなしい常在菌のようになってしまったに違いありません。(93頁)

リンゴの木は人間が実を取りやすいように剪定をする。
あれは剪定が半分命。
だから青森とか弘前というのは剪定技術がすごく発達しているので桜も綺麗。
ハサミで切るところが上手い人が、そこらへんにいっぱいいる。
剪定するのは冬がいい。

 なぜそんな時期にやると思いますか。
 それは、この時期がいちばんノコが切れるからです。ちなみにノコとはノコギリのことです。
 他の季節だと、リンゴの枝を切っていると、だんだんノコギリが重くなって、切るのが大変になります。樹液に含まれるタンニンが、ノコギリにこびりついて切れ味が鈍るのです。ところが冬のこの時期は、リンゴの成長が止まっていて、樹液の移動がほとんどありません。
(120〜121頁)

いろんな物が生きているということが、全ての原則の真ん中に置いておかないといけない。
すごく強い国とか強力な国がある。
そういうふうにいっぺんにまとめてしまうと「自然も人間の社会も非常にもろいものになりますよ」という木村さんの教えみたいなものがすごくうなづける。

石川さん(この本にまとめた人)が木村さんのことを「実際家」と呼んでらっしゃる。
木村さんというのは数字から物事を作っていくんじゃなくて、物事から数字を取り上げるという方。
そういう人の態度というのが実は一番科学という呼び名に近いのではないだろうか。

(ここから本の内容から離れて映画の話に変わるので、割愛しようかとも思ったが一応載せておく)

五月の中旬に、奥様に誘われてドキュメンタリー映画を一本観に行った武田先生。
「ポレポレ東中野」という、非常にマイナードキュメンタリー映画を上映する本当に小さな映画館がある。
奥様が「観に行こう」と言った映画は当たりがいい。
その前に観に行ったのは山田洋次監督の家族はつらいよという。
このマイナードキュメンタリーの『ふたりの桃源郷』というのが圧巻のドキュメンタリー映画。
田中寅夫さんとフサコさんという、このご夫婦を26年間に渡って撮ったという。
この二人がまさに土に生きる人。
映画館は満員。
もちろん大きな劇場ではない。
100人ちょっとくらいかと思われるが、若い方もいっぱい来てらっしゃる。

山口県岩国市美和町の山奥で暮らす田中寅夫さん・フサコさん夫妻。二人が、電気も電話も水道も通っていないこの山で暮らすのには、ある理由がありました。山は、戦後まもなく一からやり直そうと自分たちの手で切り開いた大切な場所。高度経済成長期に大阪へ移住し、三人の子供たちを育て上げた寅夫さんとフサコさんでしたが、夫婦で還暦を過ぎた時、「残りの人生は夫婦で、あの山で過ごそう」と、思い出の山に戻り、第二の人生を生きる道を選んだのでした。
畑でとれる季節の野菜、湧き水で沸かした風呂、窯で炊くご飯…かけがえのない二人の時間に、やがて「老い」が静かに訪れます。山のふもとの老人ホームに生活の拠点を移した後も、山のことが心から離れない二人。離れて暮らす家族の葛藤と模索。そして夫婦亡き後、残された家族に〈芽生えた〉ものとは――?そこには、現代における“幸せの形”のヒントがありました。


暖房等々はどうするかと言うと、山の雑木を切って薪にして。
「年金でお米は買う。だけど他の物は全部自分たちで作ろう」と決心なさる。
その暮らしぶりをいきなり見せられる。
最初に写真か何かで二人を紹介するのだが、動き始めるのはもう70代になった時の二人。
お耳が両者とも遠い。
老人夫婦70代の二人が語り合うと吠えるような大声に。
それでその声の荒さというか大きさに驚いて息を呑む。
ところが叫んだ後、二人とも笑い転げる。
「あ、機嫌がいいんだ」というのがそれでやっとわかったという。
寅夫さんの方は上半身裸になって、筋肉隆々たる体で薪を真っ二つに割っていかれるのだが、あげられる声がほとんどうめき声。
「ああああああー」とか。
フサコさんは話し相手がまるで目の前にいるかのごとく、ずっと独り言を大声で言ってらっしゃる。
イモ、豆、ゴボウ、ダイコン、そしてコンニャクイモを作ってらっしゃって、そのコンニャクイモを剥いて、それをコンニャクにする。
コンニャクにする煮詰めの作業は寅夫さんの割った薪を火にくべて。
コンニャクができるとお二人は晩御飯になさっている。
その鍋から掬った瞬間にフサコばあちゃんが大きい声(聞き取りづらい発音)で「味はどうだ?味はどうだ?おじいさん。味はどうだ?」
そうしたら78歳の寅夫さん「まあまあ。まあだ。タハハハハハ」というような。
それで我々がすーっと惹きこまれるのは二人で一杯ずつビールを、コンニャクを肴に飲む。
飲んでで食べている時だけ二人がうめくように「なぁぁぁぁ!」と言う。
幼児に帰ったようなおじいちゃんとおばあちゃん。
二人はずっと笑顔。
そして二人の寝間は中古バスの中。
家はあるのだが、トタン屋根でほとんど作業所になっているので、廃車を買ってきて置いて、そこにベッドを一台放り込んで。
ベッドが高すぎる。
フサコばあちゃんが2〜3回ジャンプしないと、ベッドの上に上がれない。
それで楽しそうに笑って「おじいさん。手、貸して!」。
そこから二人のドキュメンタリーが始まる。

二人の農作業は自然の中ドップリで、米は作らず、二人で食べる野菜を二人で作るという作業。
春先の映像なのだろう。
寅夫おじいちゃんが山中に山菜採りに出かけたようだ。
ところが待てど暮らせど帰ってこない。
それで70代のフサコばあちゃんは心配になったらしくて。
もうそうなればドキュメンタリーもクソもない。
カメラマンに向かって「どないしよ。帰ってこんね、じいちゃんが」と言いながらカメラマンに相談なさっている。
「倒れとるんじゃないかね?山の中で」と言いながら。
それで山に向かって「おじいさーん」と呼ぶ。
3度か4度呼んでいるうちに山の彼方の方から「おぉーい!」という。
そうしたらもうフサコばあちゃんは段取りをすっかり忘れてしまって、カメラを意識しないでくれとかを忘れてしまってカメラの方を向いて「よかった。生きとるわ」と言いながら、いそいそと晩飯作りに入るという。
フサコさんは腰が曲がって背筋が伸びない。
寅夫じいちゃんはハンサムな方で、背筋が凛としたおじいちゃんなのだが。
二人は中古バスの中にベッドを置いて二人で抱き合って寝ている。
水もなければガスもない、電気もないという生活。
水は山から湧いてくる水を取ってくる。
山口県の岩国とは言っているが、山中は冬場は雪に覆われるという寒さ。
だから最初にドキュメンタリーを観るとその生活の荒々しさから山中に置き去りにされたおじいさんとおばあさんのような気もして胸が痛くなる。
「かわいそうだな。このおじいさんとおばあさんは」と言うのだが、二人は農作業に追われに追われて、懸命に働いてらっしゃる。
「しかしこんな中で70代のご老人が二人が」という。
「お子さんなんかいらっしゃらないのか?亡くしてしまわれたのか」と思っていると、とんでもない。
とてつもなく幸せな家族を持ってらして、娘さんが三人、近畿圏に住んでらっしゃって、大阪で夫婦で商売をやって孫もいる。
その娘たちが心配して、夫婦で近畿圏にじいちゃんとばあちゃんを招待する。
旦那さん方も、もう三組の夫婦ともみんないい。
それで伊勢神宮にお参りに行った旅館のカラオケ大会で、とうとう長女が切り出す。
「いつまでやりおるんね。ええかげんにしんさい。もう歳やけ」と言いながら。
広島弁に近いような山口弁で娘三人がおじいちゃんとおばあちゃんを叱る。
ところが寅夫さんはカラオケのマイクを握りしめて「御心配かけて申し訳ありませんが、私共はやっぱり山へ帰ります」と言いながら引かない。
それを娘三人が泣いて「もう〜!」と言いながら地団駄を踏む。
なにせ70代の両親だから。
ところが山に戻った70代のお年寄り二人は暮らしぶりをまたドキュメンタリーカメラが追い始めると楽しそう。
乱暴な料理で、ちょっと栄養学にうるさい武田先生の奥様が低い声で「あ、それはよくないなぁ」と言いながら。
煤けた鍋でフサコばあちゃんがインスタントラーメンを昼飯で作っている。
それで二玉入れて、ざく切りの魚肉ソーセージをバーン!と入れて、バーッと箸でかき回して「おじいさんできたわよ」と言いながら。
奥様が小さい声で「あ、そういうのはよくないなぁ。自然の物をお摂りになればいいのに」とか何かいいながら。
逆におかしい(面白い)と思う武田先生。
健康体の人は何を食べてもきっと健康なのだろう。
70代のお二人が袋麺のインスタントラーメン二玉と魚肉ソーセージの叩き切ったヤツを湯気を上げながら美味しそうに食べる。
二人はそこで楽しそうに明日の農作業の予定の打ち合わせをインスタントラーメンを喰いながらやってらっしゃる。
聞こえるのは風雨の音だけ。

26年間に渡るドキュメンタリーなので刻々と時が流れてゆく。
だから最初に登場した時に娘さんたちは黒髪で若かったのだが、我々と同じような年齢になる。
おじいちゃんとおばあちゃんが農作業を懸命に二人でやっているのだが、年齢がだんだん迫ってくる。
山中の過酷な農作業は二人の体を責め立てるようになる。
そしてせつないことに、寅夫さんは喘息の病が出て、とうとう山の下の老人ホームの方に二人ともお入りになる。
でも、ここからがすごい。
寅夫さんは調子が上がらずにグターッとしていて、フサコばあちゃんが心配そうにおじいさんの手を撫でている。
「手、冷とうなっとるがなぁ」と言いながら泣きそうな声で。
そうしたら寅夫さんがガバッと起きて「これじゃ、ボケてしまう」。
軽のちっちゃい車で畑へ戻る。
娘たちの言うことを半分聞いて、夜は老人ホームで二人で寝る。
だけど「昼間は畑で働かせてくれ」と言う。
この時の二人の年齢は88歳と83歳。
喘息の発作が出て、かなり体力を消耗なさっているが、寅夫さんは畑に水を撒くために、木桶を肩に担いで歩く。
もうそれは足元が危なくて、農作業ではなくて刑罰のように見える。
それでも腰がくの字に曲がったフサコばあちゃんも地を這うようにして雑草を取る。
その土にしがみつく二人に、とうとう三女の恵子さんが大阪のお寿司屋さんを引き払って旦那様と一緒に帰ってくる。
「気のすむまでやんなさい、そんなに畑がやりたかったら。その代り私たちも手伝うから」
その娘さんとお婿さんの力を借りて、二人の畑はキープされるのだが、今度は寅夫おじいさんに前立腺のガンが発見され、喘息が肺炎、肺気腫の併発へとなって、病が89歳の寅夫さんをさらに苛むという。
一カ月間の入院生活を終えて、寅夫さんが出てくる。
その時にやっぱり三女の恵子さんがよくできた方で「一番最初に見たいだろう」というので、車いすに寅夫さんを乗せてフサコばあちゃんの手を引いて二人の畑を旦那さんと一緒に見せてあげる。
そうしたらこれは観る人によって感想は様々かと思うが、その自分の畑を見た寅夫さんのつぶやいた言葉。
「なあ。来年稲作やろう。米作ろう」と言い出す。
もう話すのもやっとということなのだが。
「来年からは米作りを始めよう」と、来年の農作業の計画を娘たちに伝えるという寅夫さん。
この映画を観ていて圧倒される武田先生。
ここには、今語られている老人問題というのが全く無い。
私達が老人を語る時に、絶えず「福祉」とか「介護」とかっていうことを主語にしてしまいがちなのだが、この二人には無い。
この二人にあるのは山の畑と土。
これが観る者を圧倒していく。
寅夫おじいさんは病をかかえたまま。
本当に立てない。
四つんばいになったまま、草むしりをする。
圧倒的な存在感。
そして次の春、寅夫さんは田植えを開始する。
その年、93歳で寅夫さんは逝かれる。
このドキュメンタリーがすごいのは、この間の寅夫さんが逝く事情に関しては一切、我々に見せてくれない。
ナレーションだけ。
「おじいちゃんは逝きました」
その一言で畑しか映さないという。
しかしまだここではドキュメンタリーが終わらない。
もう一つ、最後のフサコさんの最期の姿を映しだす。

89歳という高齢のおばあちゃんになっておられる。
三女の恵子さん。
そして旦那さんの安政さん。
この二人はおじいちゃんとおばあちゃんの畑を守るために、農作業をちゃんと受け継いでらっしゃる。
安政さんがおばあちゃんをおんぶしてその畑まで連れてきて座らせる。
フサコばあちゃんは認知症が進んでいて、魂が少女のようなところに帰られたようでじーつと畑を眺めている。
ところが時々思い出したように娘の恵子さんに向かって「おじいさんどこ行ったんね?おじいさんどこいったんね?」と訊く。
恵子さんがよくできたお嬢さんで「呼んでごらん。山、行っとるんじゃろ」という。
フサコばあちゃんが両手でメガホンを作って「おじいさーん」と叫ぶという。
武田先生の真後ろにいた20代の青年が映画館の暗闇で「ううう・・・」と言いながらここで泣いていた。
我々は涙が出るが、画面の中に涙がない。
もう恵子さんも慣れた感じで。
安政さんは本当に仏様みたいな優しい地蔵様みたいな顔でジーッと笑顔で見てらっしゃる。
ここには今語られる老人問題という問題がない。
実に静かな老いの風景がそこにある。
そして我々はハッと気がつく。
あのおじいちゃんとおばあちゃんはものすごく苦行で畑を耕してらしたが、案外この畑は桃源郷なのかも知れないと。
ユートピアと言われるところ、そこは神話世界だったり宗教の力を借りなければ行けない高邁な理想郷だったりするわけだが、宗教にもよらず、神にもすがらず、あのおじいちゃんとおばあちゃんは「耕す」という実に単純な人の手作業によって桃源郷、ユートピアと呼ばれる風景を自分たちで作った人たちではないだろうか?
そんな思いが込み上げてくる。
ドキュメンタリーはまだこのフサコおばあちゃんを追いかけていく。
だんだんフサコばあちゃんは記憶の扉が閉じて、もう何もかも忘れたような。
ゆっくりと唇が動くが、その唇は歌を歌っている。
大声で話していた唇がやがてウツロになり動かなくなり、声が全く聞こえなくなったところでおじいちゃんと同年の93歳で「おばあちゃんは死去」というナレーションが語られる。

最後、ドキュメンタリーは何を映し出すかというと、耕している。
三女のご夫婦が懸命に。
それがいつかのおじいちゃんとおばあちゃんと全く同じ背格好というか。
100人ばかりの観客が、スクリーンによほど見入ったのだろう。
全然動かなかった。
館内、誰一人動く気配はなく、山の気配を映し出す画面をまだ去りがたくじーっと見つめているという。
ここにはほの暗い老人問題の湿りっ気が全くない。
終戦直後、国家消滅の中で「食べていくものだけは自分たちで作ろう」と若い夫婦はそう決断したのだろう。
その決断を60代半ばでもう一度思い出し、そしてその気付きに生涯を託したという。
それがいかなる人生であろうと、一つを貫いた人生の断面は実に美しい年輪を残すものだ。
豊かで静かで多くの人たちの支えを持ち、映画はやがて閉じる。

映画はまだ感動の場面がいっぱいある。
おじいちゃんがアカマツを植えてらっしゃる。
その根っこにマツタケが生える。
そのマツタケを求めて腰がくの字に曲がったフサコばあちゃんがマツタケ探しに行く。
カメラマンが後ろから付いていくのだが、ものすごい急斜面。
ところが腰の曲がったフサコばあちゃんにとっては急傾斜が角度で合っているらしくて、ピタッと張り付く。
それで山の傾斜をツツツツツと登っていく。
これが圧巻の体力。
それで(マツタケを)一本見つける。
そのシーンなんかもいい。

2016年7月18〜29日◆『土の学校』木村秋則(前編)

今回は前半は『土の学校』という本の話だが、後半はもっぱら別の映画の話。

奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録 (幻冬舎文庫)



木村秋則さんがリンゴを離れて自分の農業全体を見渡すというようなことで書いた本。
絶対不可能と言われたリンゴの無農薬栽培を成し遂げた木村秋則さん。
その苦闘の記録を以前『三枚おろし』でも取り上げた。
(私のブログでは扱っていない)
今回は木村さんが土について語ったという、エッセイ風なおしゃべりが非常に読みやすい本。

土の学校 (幻冬舎文庫)



武田先生が、残りの人生でやりたい役があるのだが、その一人がこの木村秋則さん。
以前、阿部サダヲさんで映画化されたが、あれは「愛妻家・木村秋則」という人にフォーカスがあててある映画だった。
木村さんは、そういう面もあるがもう一つ、宇宙観とか生命観みたいなものを描かないとこの人を描きつくせないと思う武田先生。
木村さんは「宇宙人と会った」というようなトンチンカンなことをスポーンと言う人。
「一昨日歩いてたら田んぼの真ん中に龍がいましてね。まぁ竹で追っ払いました」とか。
そういう話がポンと出てくるという方。
幻覚と言っては悪いのだが、宇宙人が出てきたり龍が出てきたりする。
それも何かこの人の、言葉では言い表せない生命観、宇宙観みたいなものがそういうものになっているのではないか?
リンゴ農家の専業農家人が土から学んだことが書いてあるのがこの『土の学校』という本。
武田先生が急にこの話にしてみようかと思ったきっかけはNNNというニュースネットワークが作ったドキュメンタリー。
ふたりの桃源郷という記録映画がある。



26年間、おじいちゃんとおばあちゃんの農業のその姿を描いた。
(番組中、一貫して「26年間」と仰せだが映画の公式サイトによると25年)
山口放送局のものだが「テレビに捨て置くのはもったいない」というので映画サイズになって、今、100人位の小さなドキュメンタリー専門映画館で上映されている。
お二人が亡くなるまで追う。
65歳から93歳までの年数のドキュメンタリー。
これは一種「凄み」がある。
『ふたりの桃源郷』と『土の学校』を重ねてみると、我々が見逃していたようなものが見つかってくるような。

青森弘前市郊外、岩木山の山麓のリンゴ園で10年無農薬栽培に挑む。
花が咲かず、実一つ成らず。
この人(木村秋則さん)は何年目かに自殺するところまで追いつめられる。
それで服毒自殺をしようと思って、ある夜、納屋に入って農薬を探すのだが農薬がない。
無農薬リンゴに挑んでいたから、農薬を買っていなかった。
それでこの人は泣く。
「こんな時のために、せめて一袋、農薬を買っておけばよかったんですが、わたくしあまりにも打ち込みすぎて農薬を買うのを忘れ、服毒自殺が出来ずに。わたくしロープで死のうと思い、岩木山に登ったんです。ある程度の高さがないと首はくくれませんのでですね、高い枝を探していたんですが、真暗い深夜のこと、闇に向かってロープ投げるんですが、かかるのかかかったのかがわからないんですよ。一応首巻いて締めたんでございますが、高さがないと苦しいんですね、首絞めると」っていう話ぶりの。
ロープがろくに太い木にかかっていないのでドスーンと落ちる。
それで何回か落ちている時に、木村さんがフッと岩木山麓の土の柔らかさに気が付く。
「ここの土は柔らかいな」という。
それでフッと手を差し込んでみたら、深夜にも関わらず温かい。
「この土だったらばリンゴが上手く育つかもしれない」というので、再起して無農薬のリンゴに挑むという。

ひとつかみのよく肥えた土には、なんと1000億という単位の細菌が生息していると書いてありました。(21頁)

 その小さな生き物たちにとって、ひと握りの土はまさしく自分たちの生きる世界であり、宇宙であったわけです。(22頁)

もちろん傷口が化膿する破傷風菌やボツリヌス菌等、非常に危険な細菌もいる。
しかし、その一千億の細菌と共にリンゴの木は生きているのだ。
だからやっぱり役に立つ菌もいる。
木村さんの学びの第一章「山の土とリンゴ園の土の差は一体何か?」。
岩木山麓の山の土で育つ野草と、リンゴ園の足元の雑草を比べてみる。

山のタンポポの方が、私の畑のタンポポよりもずっと大きいのです。私はふと思いついて、かわいそうだけれど、その根っ子を引き抜いて比べてみました。
 山のタンポポの根っ子は太く、長く、そしてひげ根もたくさん張っていました。それに比べると、私の畑のタンポポの根っ子はかわいそうなくらい貧弱でした。
 その頃はまだ私は自分の畑に、鶏糞から作った堆肥をたっぷりと与えていました。弱ったリンゴの木になんとか養分を送りたかったからです。
 ところが、肥料をたぷり与えた私の畑のタンポポは貧弱で、肥料なんて誰も与えていない山のタンポポは立派に育っているわけです。
(49〜50頁)

このことで、現代の農業にものすごい疑問を持つ。
理科の授業で習った植物の肥料の三大要素。
窒素、リン酸、カリ(カリウム)。
木村さんはこれに疑問を持つ。
リンゴ園の土は窒素、リン酸、カリをたっぷり含んでいる。
それでタンポポが上手く育たない。
ところが山のは窒素、リン酸、カリなんて全然なのだがタンポポはデカデカと育っている。
木村さんは「土の豊かさは肥料分ではなくて、土の中で活動している微生物と植物の一対一の関係がうまくいくかいかないかなのではないか?」と。
腸内フローラ。
腸内の細菌のことなのだが、これがすごい。
フローラっていうぐらいだからお花畑みたいにいる。
何百種類と腸内細菌がいて、その中には良いものもいれば悪いものもいる。
たくさんびっしり「お花畑」が広がっていることが大事。
そういう腸内フローラとか自然とか、そういうものと生き物の一対一の関係が、植物を、あるいは生物を丈夫に育てるということで、木村さんはリンゴ園の中にリンゴが元気づくような土の中の細菌作りをやる。
その糸口として、リンゴ園の草刈りをやめてしまった。

 草刈りを一切やめた私のリンゴ畑は、それこそ瞬く間にジャングルのようになってしまいました。一時は草が私の肩の高さまで伸びて、自分の畑の中を移動するにも苦労したくらいです。(64頁)

ところが木村さんのリンゴ園はほったらかしで雑草とかあまり刈ってらっしゃらないはずなのだが、雑草はそんなに長く伸びていない。
雑草の方が変化する。
毎年、年ごとに雑草も劇的に変化する。
雑草は土の中の温度を保つ力も持っている。
だから、リンゴにふさわしい土の温度を保つ雑草の伸び方というのを、彼がここでトライしていく。

東京の歩道は業者の人が草を刈ってらっしゃる。
でも考えてみると不思議だ。
刈っても刈っても雑草ってキチンと伸びてくる。
武田先生が調べたところによると、あれは時間差攻撃。
雑草は芽を出すヤツと「眠っとこう」というヤツがいる。
芽を出したヤツは刈られる。
眠ったヤツは眠り続けて、次のチャンスを待つ。
だから毎年伸びてくる。
だからヤツラも生きていくために、一斉開花なんかしない。
時間差で「今年咲くのやめた」とか、そういうヤツもいる。
「俺、伸びちゃうね」みたいなのと、横に「俺、眠っとく」みたいな、そういうのがある。

木村さんのリンゴ園の雑草は
10年間で7回、様変わりした。
ある種類がバーッと咲いて、全部覆い尽くしたと思ったら、次の年は全くそいつが咲かなかったり。
戦後増えた雑草でセイタカアワダチソウというのがある。
それが箱根あたりでは、やられていたススキが盛り返しつつある。
やられて、セイタカアワダチソウで全滅しそうだった。
ところが最近は押し返し始めて、セイタカアワダチソウの黄色い花がだんだん小さくなってきた。
これは「野草戦争」といってススキとセイタカアワダチソウの戦い。
セイタカアワダチソウが何であんなに強いかというと、根っこから毒を出す。
それでススキを一掃した。
ところがススキもさるもので、毒に強いヤツが出てきた。
それで押し返し始めた。

 草刈りをやめてから最初の5年間は、リンゴ畑に大豆を播きました。
 古くなった安い大豆を大量に買い込んできて、畑中に播きました。
 雑草のかわりにしようと思ったのと、大豆の根っ子につく根粒菌が土に養分を供給してくれる効果を狙ったのです。
 毎年播いていたら、そのうち大豆を狙って、どこからかたくさんの鳩が畑にやってくるようになりました。大豆を播いても、播いても鳩に食べられてしまって、畑に大豆を播いているのか、鳩に餌やりしているんだかわからないような時期もあったくらいです。
 それでも毎年大豆を播き続けました。弱っていたリンゴの木が、少しずつ元気になっていったからです。
(67頁)

 私の場合は最初の5年間だけ大豆を播きました。5年目に播いた大豆の根っ子を見ると、根粒菌の粒がほとんどついていなかったからです。窒素がもう土中に行き渡ったサインだと解釈して、それ以降は大豆を播くのをやめました。(68頁)

毎年、同じ肥料を播いてはいけない。
土は必ずバランスを求めて、突出した栄養を嫌う。
リン酸が不足すれば、リン酸を集めるアーバスキュラー菌という菌を土が呼ぶ。
だから毎年「窒素、リン酸、カリの三大栄養素を与える」という農業指導が逆に土を腐らせる。
それで不必要な雑草を呼んだりする。
バランスが取れれば、土自身がゆっくり自分で成長して、辺りの木に栄養を施す。
そういうサイクルに土全体を持っていく。

農業における科学を追求して「植物には窒素、リン酸、カリが必要だ」というので窒素工場なんかが農業圏に出来た。
ところが、その窒素を水銀で作る。
それで水銀中毒っていう公害が起こったりした。
あれも、あまりにも農業が「待つ」ということが出来なかった。
窒素がそんなに欲しいんだったら大豆で充分だ。

レンゲが根粒菌を呼ぶ。
武田先生が子供の頃、稲刈りが済んだり畑が終わると、ビッシリとレンゲの花が咲いていた。
そうすると農薬なんか使わなくてもいい。
だから「栄養を与えすぎると土が腐り始める」という木村さんの土から学んだことというのは大きい出来事だった。

木村さんは「農業とは、生態系の中で生きていく仕事だ」と思い至る。
そういう自覚のもと、無農薬、自然栽培のリンゴに彼は挑戦していく。
していくうちにだんだん気づきはじめる。
肥料をリンゴの木に与えないと、リンゴの木は自分でなんとか頑張ろうとやる気になる。
数年で根っこが20m伸びた。

 私は来る日も来る日も、左手の手首にビニールの買い物袋の輪っかを片方だけかけて、猿がノミ取りをするみたいに両手でリンゴの葉についた憎い害虫を、片っ端からつまんでは買い物袋の中に落としていきました。1本の木から、買い物袋3袋分の虫が取れたこともあります。(104頁)

リンゴに付く虫はハマキムシという虫で、この人は逆の発想を持つ。
「ハマキムシを全滅させるのはやめよう」と。

 害虫をすべて滅ぼして益虫もいなくなった畑に、どこからか何かの拍子にその害虫がちょっとでも舞い戻ったらどうなるでしょう。
 なにしろ天敵の益虫はいません。害虫はどんどん繁殖して、あっという間に畑中のリンゴの木にとりついてしまうでしょう。
(110頁)

ものすごいのは、抵抗力がリンゴの木にもついていくらしい。

『奇跡のリンゴ』で読んだ話。
リンゴの木の状態で、集まってくる虫が変わって、ひどい時はスズメバチが大量に押しかけてきたりしたこともあった。
だから木村さんは散々ハチには刺されている。
木村さんは一軒だけ殺虫剤を使用しないということで、周りのリンゴ園の経営者から激しく非難されるという日々があったそうだ。
木村さんの畑から害虫が湧き、そこから広がるというふうにして嫌われた。
じーっと彼が観察していると、彼の畑から害虫が湧くのではない。
周りのリンゴ園で殺虫剤が撒かれると、害虫も益虫もみんな木村さんのところに集まる。
雲霞のごとく、益虫も害虫も木村さんのリンゴ園にバーッと集まってくる。
とにかく農業において、敵と味方を作らない。
虫の大発生は、その理由、原因を教えてくれる一つの症状であって、どんな虫が今、湧いているかでリンゴ園の状態を学ぶ。
一種遠回りなのだが、賢い方法だった。
例えば、栄養の窒素がリンゴ園の土に過多になるとアブラムシが湧く。
アブラムシは植物のために撒いた窒素を喰いにやってくる。
だから本当に当たり前だが、雑草にアブラムシはつかない。
「だったらその状態にリンゴを持っていけば」というのが木村さんの考え。

 同じ畑で、同じ作物を毎年育てていると、作物の生育が悪くなり、収穫量ががた落ちします。これを連作障害と言います。−中略− 
 そして連作障害が起きると、薬を使って土壌消毒をします。
−中略−良い菌も悪い菌も、とにかくそこの土壌にいるバクテリアは皆殺しにしてしまう。(118頁)

消毒した土は雑草に栄養をやらないような管理をしないと、ものすごい勢いで土は痩せていく。
やがて土を入れ替えなければならないというところまで土は追い詰められて、痩せていくという。
トラックで別のところから土を持って来て撒くのだろう。
そんなことをやっていると、農業はどんどんお金がかかってしまうので「農家っていうのが非常に経営が」という。
そういう農家の経営に木村さんはものすごい疑問を持ってらっしゃる。
この連作障害を避けるために、土壌消毒、殺菌、それから除草剤による農地の経営というのは、アメリカで主流を占めていて、穀倉地帯でも障害が起こっている。
ロッキー山脈の麓の小麦がいっぱい採れる穀倉地帯。
そこで地面から塩が湧いてきた。
水っけを引っ張り上げすぎてしまって、作物を育てる土が飛んでしまって岩盤が出てきて、岩盤の塩が滲んできているという。
トランプ氏なんかで大騒ぎだが、もっと騒がなければいけない問題点はいっぱいあるようだ。
そういう意味で木村さんが試されている、時間がかかるかもしれないけれども「土そのものを健康にするんだ。健康の土から健康な農作物が生まれるんだ」という。
この発想というのは、とにかく日本でしっかり技術を磨いておこう。

土の中に、耕して酸素を増やしてやる。
そうすると放線菌という菌がやってきて、これが植物の根っこに取り付いて、木そのものを元気にしてくれる。
だから春耕す時は土を荒く、窒素が必要な時は大豆を播いて木が元気になると葉っぱに免疫力が付く。

リンゴの木には、葉をおかす斑点落葉病という病気があります。この病気におかされると、葉に茶色の斑点のような病巣ができます。そのまま放置すれば、普通はその斑点がどんどん広がって、葉を枯れさせ、落葉させてしまいます。−中略−
 ところが今の私の畑では、1枚のリンゴの葉にこの病気が出ても、不思議なことにそれ以上は広まらないのです。斑点落葉病特有の茶色いスポットが葉にできると、葉のその部分だけが乾燥し、病巣ごと落ちてしまうからです。まるでリンゴの木が、病気におかされた部分だけを切り取って落としているように見えました。
(89〜90頁)

以前、木村さんちのリンゴ園へ行った武田先生。
本当に「almost heaven(ほとんど天国)」という感じ。
岩木山が真裏にあって、その岩木山の連峰の向こう側に白神の山地があって、そこは落葉樹で有名なところで、そこから風がビューっと吹き下ろしてくる。
これが気持ちいい。
武田先生の奥様が裸足になって走り回っていた。
娘二人も裸足にして「あんたたち裸足で歩くのよ。下から栄養が湧いてくるから」と。
1本ごとリンゴをもらった武田先生。
「好きなだけ積んで、持って帰って」と言われて。
レンタカーだったので欲張るだけ欲張って、木村さんちのリンゴを荷台に突っ込んで旅館まで行った武田先生一家。
旅館に行ったらそこで荷造りをして送ろうと思っていたのだが、奥入瀬まで行く道中、車の中でリンゴの香りがした。
「今、俺は奇跡のリンゴの匂い嗅いでるんだ」と思った。
結局荷造りして早く送ればいいのに「もったいない」というので、車に積んでおくのがもったいないので、リンゴを車から降ろしてホテルの部屋に運び込んで二晩、一緒に寝た。
本当に香りがいい。
奥入瀬の温泉に入って、奥入瀬渓谷を眺めた後、メシを喰ってアップルワインか何かを飲んでひっくり返って寝る時にリンゴの匂いがすると本当に・・・。

2016年10月01日

2016年8月15〜26日◆ネアンデルタール人は私たちの先祖か(後編)

これの続きです。

今、犯罪捜査でDNA捜査が科学力をぐんぐんあげている。
それは、このペーボ博士の基本的な研究姿勢が世界に広まったから。
どんなふうにして研究材料を洗うかとか、研究者はどの薬品で洗うとよい、使ったその薬品をさらに薬品で洗う時はこの薬品がよいとか、そういう何十年もかかって基礎を作った。
そういうのを読んでいると「あ、この人は信用していいなあ」と思う武田先生。
このペーボさんがしっかりした研究をしてらっしゃるということがだんだん世界で知られるようになって、ものすごい死体が彼のところに持ち込まれる。
DNA研究は死体研究。
1993年、彼のところにある遭難者の死体のDNAがオーストリア政府から依頼される。

 1991年9月にふたりのドイツ人ハイカーが、アルプス山脈の、オーストリア・イタリア国境のハウスラプヨッホに程近いエッツ渓谷の氷河で、溶けかかった雪の下にミイラ化した男性の死体があるのを発見した。当初、ハイカーたちも、その話を聞いた専門家も、現代人の遺体だと思った。戦死者か、吹雪で道に迷った気の毒なハイカーだろう、と。しかし、遺体を氷河から取り出し、衣服や装備を調べてみると、そのどちらでもないことが明らかになった。彼が亡くなったのは5300年前の青銅器時代だったのだ。(97頁)

1993年にインスブルック大学の教授から連絡があり、アイスマン──またの名をエッツィ(発見場所に因んでつけられた)──のDNAを分析してみないかと尋ねられた時には、ずいぶん驚いた。(97〜98頁)

アイスマンは服も着ているしブーツも履いている。
エジプト文明がどうのこうのという時代に、もうドイツ・イタリア国境付近でこれくらいちゃんと人類はもう生活をしていた。
それで腹の中を断ち割ったら、パンは出てくるは何は出てくるわ。
これが有名なアイスマン。
でもちゃんとした人類の顔をしている。
5300年間冷凍保存。
オーストラリア政府から頼まれて(本には「政府から頼まれた」とは書いていないが)その人のDNAを解読する。

現地では、わたしたちのために病理学者がアイスマンの左の腰から8個の小さな標本を採取した。−中略−8つの標本には由来の異なる配列が混入していて、しかもそれぞれ内容が違っていた。実に苛立たしい結果だった。混入したDNAのすべてではないとしても、大半は発見時にアイスマンに触れた人々のものだろう。(98頁)

オリヴァはついに、アイスマンのものと思われるmtDNA配列を再構築した。増幅した断片に重複から、300ヌクレオチドよりも少し長い配列を決定することができたのだ。その配列は、現代ヨーロッパ人のmtDNAの参照配列との違いが2か所だけで、現代ヨーロッパでもそれほど珍しくない配列だった。寿命が80歳から90歳である人類にとって、5300年というのは長い年月であり、およそ250世代に相当する。−中略−実際、わたしたちの予測では、青銅器時代以来、対象とするセグメントでは、変異は多くてもひとつしか起きないはずだった。(100頁)

この研究を踏まえて、ペーボ博士はアイスマンを通してもっと配列に変化のある研究をしたくてたまらない。
その時に彼の頭にひらめいたのが五千年とかそんなのではなくて万単位。
三万年前まで人類を遡って2000世代まで遡るネアンデルタール人の遺伝子配列を調べたいなぁという気になってきたというところで。
ついこの間のことかも知れないが、1999年、彼のところにこれも遺跡、遺物でクロアチアで発見された800個以上のネアンデルタール人の骨の一つが持ち込まれる。
一体何に彼は惹かれたのか?
例えば現代人のmtDNA(ミトコンドリアDNA)は種類、バリエーションが非常に少ない。
その意味するところは「現生人類は一度激減してまた増えた」という歴史を持つ。
mtDNAは母系のDNA。
これは変わらないが、男の方は変わってしまう。
男の方は精子と卵子がくっついた段階で精子のほうが自分のところの系統を消してしまう。
ところが卵子の方は消されないのでそのまま残る。
mtDNAのバリエーションが現生人類はものすごく少ない。
これはどういうことを意味するか?
これは「オッカサン」はどうも一人じゃないか?という。
つまりアフリカにいた頃、人類のDNAを持った女性が数少なくいて、その数少ない女性を経由して人類が生まれたんじゃないか?
これが例の「ミトコンドリア・イブ」というヤツ。
人類なんて今60億いるが、どうもオッカサンは一人じゃないかというので、旧約聖書がピッタリ当てはまる。

かなり前、今の人類は一回だけ絶滅寸前までいったらしい。
二〜三万人の小さい集団だった。
基本線は人類は同じ。
言語でもそういうところがある。
太陽の光が降り注ぐことを日本人は「さんさん」と言うが、アメリカ人は太陽のことを「SUN(サン)」と呼ぶ。
「一本道が出来上がった。あー、立派な道路ができたねぇ」と言うと、アメリカ人は「オー!ビューティフルロード」って言ったりなんかするという。
人類というのは何かしら強烈な共通項を持っているという。
「一回人類は減ってそこから増えたから似ているんだ」と。
そういうのもmtDNAで分かる。
ではネアンデルタール人はどうか。

わたしたちは、全体像を見るために、それを人間および類人猿の配列のバリエーションと比べることにした。まず他のグループによってすでに配列決定されていた、世界各地の現代人、5530人のmtDNAの同じ部分と比べてみた。条件をネアンデルタール人と同じにするために、ランダムに3人を選んで配列の違いを数え、それを繰り返して平均値を出した。結果は3.4パーセントで、ネアンデルタール人の数値に非常に近かった。チンパンジーでは、入手可能な359頭分の同じセグメントを同様の方法で調べたところ、違いは平均で14.8パーセント、ゴリラ28頭では18.6パーセントだった。つまりネアンデルタール人はmtDNAのバリエーションがきわめて少ないという点で、現代人に似ており、類人猿とは異なっていたのだ。(113頁)

(番組で「ネアンデルタール人とヒトとのmtDNAの違いが3.7%」と言っているが、本によるとネアンデルタール人同士のヌクレオチドの3.7%が異なるということらしい)
全体が教えることは、人類とネアンデルタール人は非常に似ている。
チンパンジーよりもゴリラよりも、ネアンデルタール人と人間は似ていた。
これは間違いなく共通の先祖から系統図で別れて別の種になったのではないか。
ここでまた謎が。
ではなぜ彼らは絶滅し、私達は生き残ったのか?
そのことは何を意味するのか?
ネアンデルタール人と現生人類は実は故郷が同じだったのだ。

系統で言うと、人類とネアンデルタール人というのは別れて日の浅い、同じ種であったということ。
お互いの故郷はアフリカ東部の海岸に沿う草原地帯。
大地の関係でキリマンジャロみたいな高い山は今、ギューッとプレートが押している。
東側の方に高い山脈があって、片一方は窪地になってどんどんへこんでいって、いつか裂ける。
一番最初、大陸はゴンドワナで一つだった。
それが千切れてこんなふうになった。
今、ゆっくり千切れかかっているのはアフリカの東側。
そんなふうに下のプレートが動いていて、そこがボコっとへこんで大密林だったものがへこんじゃったので、そこが草原になった。
木の上が安全だから「サル」だった。
私達は指紋を持つ。
手のひらも汗をかく。
それはすべらないように、木の上で生きていた証拠。
ところがその密林が無くなってしまう。
それで「どうしようかなぁ」と思ったサルの一群が木の上を降りる。
降りた瞬間に「もう足、歩く専門にしちゃおう」と立ち上がって歩きはじめたという。
これが直立歩行で、人類が生まれるという起源。
この直立歩行がやっぱり『2001年宇宙の旅』じゃないけど決定的に人間を変えていく。
ペーボ博士は「ネアンデルタール人と現生人類はそこなんだ」と。
「同じポイントで生まれた」
このことを発表した段階でものすごく彼は非難される。
人類はバラバラに産まれたという説「多地域進化論」があって、これは1990年の段階だが多地域進化論はまだ生きていた。
彼は否定した。
「人類はアフリカ東部の海岸線の一か所から生まれた」
それで彼の研究、mtDNAの解読だけでは決定できないということで激しく論破された。
何でかというとmtDNAはその母が娘を産んだ場合は残されるが男を産んだ場合は消えていく。
だから事実の半分しか語っていないのが『ミトコンドリア・イブ』である。
完全には証明できなかったということ。
ペーボ博士は復元の難しい母と父の遺伝子を収めた「核DNA」を解読しなければこの主張は認められないと気づき、DNAの研究をするのだが、今でもそうだがDNAは大ブームを巻き起こしてライバルたちが次々の登場、出現、世界を驚かすDNA解読がどんどん発表されるが、かなりいい加減なものもある。
とにかく他のライバルたちがバンバカバンバカDNA解読をやる。
そしてすぐ『ネイチャー』などに発表する。
もうどんどん発表する。
それでも『ネイチャー』はもう「驚異の発見」ばっかりに連続する。
でもペーボさんはじっと我慢する。
ペーボさんは他の方たちの研究発表を全部横において一つの仮説を立てる。
それはどんな仮説かというと「現生人類」(今の人類)がヨーロッパにやってきて、ネアンデルタール人と出会った。
それで彼らと共に一緒に暮らして、恋もしたのではないだろうか。
人類はそれで集団を巨大にして、さらにアジア、アメリカ、オーストラリアまでの旅に出かけて行ったという。
旅をしなかったネアンデルタール人は絶滅したのではないか。
そういう仮説を立てて、そこから更に調べる。

ネアンデルタール人の男性と現生人類の女性の場合、mtDNAはこの遺伝子プールには残らない。
とにかく困難な「核DNA」を解読するしかない。
ペーボさんは一番難しいネアンデルタール人の骨から「核」、真ん中のDNAを一個取りだして、お父さんとお母さんの両方の遺伝子の入っている「核DNA」を解読するしかない。
ペーボの入念さというのは「核DNA」の解読のトレーニング練習をする。
mtDNAは捕まえやすい。
複製も作りやすい。
ところがこれは母と娘に残ったDANなので「オッカサン由来」しかない。
オトッツアンをとにかく探さなきゃいけないので、DNAの中の「核DNA」を取りだすという。
これはものすごく困難なことらしい。
この「核DNA」にはお父さんとお母さんから貰った遺伝子が入っている。
それを取りだす。
この「核DNA」解読の練習として、この人はシベリア永久凍土で見つかったマンモスのDNAで練習する。

アジアゾウの配列はマンモスと同じだったが、アフリカゾウの配列は2か所が違っており、マンモスがアフリカゾウよりもアジアゾウと近い関係にあることを示唆していた。(145頁)

マンモスは毛の生えたアジアゾウと同じだった。
だから「斎藤さんだぞ」とだいたい同じようなヤツ。
あの人(トレンディエンジェルの斎藤司)はカツラをかぶると全然わからない。
毛であれぐらい変わる。
でも所詮、毛の違いだったという。
苦労したワリにはたいしたことはわからなかった。
毛の抜けきった「斎藤さん」か、毛の生えた「斎藤さん」か。
正体は吉本のお笑い芸人という、それぐらいの差しかなかった。

お父さんとお母さんの両方の染色体を持った、遺伝子を持った「核DNA」を解読したということでペーボ博士は「よし!この方法で間違いない」。
この人は慎重。
ここからペーボ博士のチームは、正確だからかどんどん仲間が増える。
大きい研究をするためには仲間が必要。
2000年、彼はDNA増幅チームでドイツ・ライプチヒで進化人類学研究所に集い、新しい解読方法を次々と作り出していく。
とにかく彼はひたすらマンモス同様、ネアンデルタール人の新鮮な核DNAを求めて世界中を走り回った。
その核DNAを持った骨があるかどうかが大変。
これが見つかるからすごい。
2006年5月、ドイツ・ザグレブのヴィンディヤ洞窟(本によるとクロアチア北部)で30人あまりの男女・子供のバラバラの骨が見つかった。
(骨が見つかったのはもっと前で、2006年5月は「先方から、試料の採取は許可できそうにないというメールが届いた」時)

ネアンデルタール人にとって、互いを殺し食べるのがどれくらい一般的だったのか、あるいは、弔いの儀式の一環として死者を解体し、食べていたのか、確かなことを知るすべはない。だが、他のばあ所ではネアンデルタール人の骸骨が無傷で見つかっており、時には、意図的に体位を整えて埋葬したように見えるものも発見されていることから、ヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人はたまたま運悪く、腹をすかせた隣人に出くわした可能性が高い。(189〜190頁)

(番組では骨に肉がついていたので核DNAを見つけることができたという話になっているが、本によると肉を切り取られたのでバクテリアの影響が抑えられてDNAが多く残ったという真逆の話になっている)

エル・シドロン洞窟は、スペイン北西部のアストゥリアス州にある。−中略−これまでに彼らは、ネアンデルタール人の赤ん坊ひとり、幼児ひとり、成年ふたり、若いおとな4人の骨を発見した。(197頁)

それらの素材の中から一斉に「核DNA」を探査すべく研究が開始され、グループはいくつもに分かれて新しい方法と探査、そして確認が行われた。
苦闘は続いた。
DNAの二重の鎖を解くためのアルカリ溶液で苦労して集めた60%が消えた。
薬品をちょっと間違えたりなんかすると、全部消えてしまう。
バクテリアが固まり、97%が汚れてしまったとか、これを洗うために六千回、例のDNAの鎖を洗った。
(該当する数値は本の中にも出てくるが、内容的にかなり違う)

2009年、三年でまず比較的扱いやすいmtDNAから1万6565ヌクレオチドを複製配列。
これでいよいよ10億以上のDNA配列を複製した。
それらを解読して「マッピング」、地図を作る。
何を意味しているのか、どこから来たのか、何が起こり、どこへ行くのか。
そういう遺伝子の旅を明らかにする研究が始まる。

いよいよネアンデルタール人の「核」を取り出して、お父さんとお母さんの両方を持った遺伝子の研究が始まるという。
遺伝子の「帯」それを複製する。
それが一体何を意味するのか?
「サルからいつ分かれて」とかというのをそれでわかるという。
「歴史がわかる」というのはすごい。
その研究結果。

まず、ネアンデルタール人の祖先がアフリカのどこかで生まれ、やがてアフリカを出て、およそ40万年前から30万年前に西ユーラシアでネアンデルタール人へと進化する。(273頁)

DNAが物語るのは、中東のどこかで一緒に暮らしたらしい。
現生人類とネアンデルタール人が「両種は同じ時代を生きた」という。
どんな顔をして見つめ合ったのだろう。
ネアンデルタール人と「現生人類」クロマニヨン人たちが見つめ合っている情景が。
DNAが物語るのは、人類は五万年前、アフリカを出て中東に足場を築き、ここからわずか数千年でアジアからオーストラリアまで旅をする。
日本にもこの頃来たのだろう。
その人類の中に知性が宿った一群がいた。
槍、弓矢を持ち、絵を描き、仏像や銅像を作ることを覚えて「祈る」というような精神世界を持った我等が先祖。
そして、この集団はすでにネアンデルタール人のDNAを2〜5%の割合で持った人々であったという。
もう、そうに違いない。
DNAを調べた結果、この中東を足場にしている時に「現生人類」我々とネアンデルタール人は「嫁、婿の行き来があった」という。
それでこの時に我々の遺伝子の中に2〜5%「ネアンデルタール人」が入ってきた。
洞窟や炎が上がっている夢を見る武田先生。
あれがネアンデルタール人の部分なのではないかと思う。
しかし、それでもなお、謎が残る。
どんな謎か?
現生人類が広がるにつれ、一体なぜそれと交代するようにネアンデルタール人は地上から消えていったのか?
この謎はやっぱり深い謎。
ゲノム解読と共にわかったことだが、ネアンデルタール人は40〜30万年前に出現し、およそ3万年前に「消えてしまった」という。
その間、人類と一緒に、ほぼ同じ道具を作り続け、同じようなところに。
彼らは西アジアからヨーロッパを居住地に広げたが、海を渡ってまで未知の世界へ乗り出そうとはしなかったという。
人類は何が特徴かというと、とにかく歩く。
ネアンデルタール人はヨーロッパエリアから出ない。
でも現生人類はずっと歩いて北に上っていってロシア人になって、下ってインドに渡ってインド人になって、島伝いに渡ってオーストラリアに渡って、最長の旅をしたのが日本人になった一派。
大変だったろう。
武田先生の感では「よく歩く」ということと「あまり歩かなかった」ということが「滅び」の二つの種類になったのではないか。

今、確かに言えることは、これが「最新」。
このペーボ博士のネアンデルタール人の遺伝子解読というのが行われて「アフリカ単一故郷説」が確立されて、これは何年か前の本を買うと違うことが書いてある。
「今が最新」ということはこれが古くなる可能性もある。


2016年8月15〜26日◆ネアンデルタール人は私たちの先祖か(前編)

以前から縄文人、弥生人が好きで、アフリカからサルが出て行ってゆっくり世界中に・・・というルーツ系の話が好きな武田先生。
ネアンデルタール人も前から好きだった。
ネアンデルタール人というのは、現代のクロマニヨン人の前のサルに近い人間みたいなヤツで、半分ゴリラ系の人間ぽいヤツだと見られていた。
よく調べたらドンドン変わっていく。
考古学が何が面白いかというと、骨が一個見つかるたびに前の説が全部崩れる。
一番最初にネアンデルタール人は、マンガに出てくる「原始人」だった。
「ウッホウッホ」というような。
ところが別の骨が見つかると「これは違うぞ」と。
「頭の大きさなんか、今の人類より遥かに大きい」と。
そうしたら今度、また別の骨が見つかったら「いやいや、とんでもない」と。
二足歩行がやっとできるぐらいで、歩き方もフラフラ歩いていて、ゴリラ以下みたいな「走れなかったんだ」という説が出た。

「ゴリラ以下の類人猿だ」と言っていたのだが、よく調べてみたらそのネアンデルタール人の骨から分かったことなのだが関節炎のネアンデルタール人だった。
年齢が46歳。
関節炎が死因だった。

ということは「この人は病気だったのでこういう脚になっただけで、全然ネアンデルタール人の本当の姿とは違う」という説が出てきた。
でも46歳まで生きたということは、ものすごい長寿。
足が生まれつき不自由だったそうなので「助け合いで生き残ったんじゃないの?」という話になって、それで「違うぞ」という話になったらまた別個のネアンデルタール人の骨が見つかった。

それがどんな骨かというと胎児の恰好をして収められた亡骸で、よく調べていたらその骨の上に植物のタネがあった。
これが大騒ぎになった。
つまり埋葬される時に「屈葬」で、ちゃんと「死者の形」というものがあって、その上に誰かが花を置いたという。
死者に花を手向けたということになって「情緒とか宗教心があったんじゃないか」といって大騒ぎになったという。
その次に出たのは「じゃあこのネアンデルタール人が何で滅びたんだ?」。
我々の先祖であるクロマニヨン人がコイツ(ネアンデルタール人)をコーンと石斧で頭を叩いて喰っちゃったんじゃないか。
でないと、短い期間に消えていくはずがないという話になったのだが、別の説では「違う」と。
クロマニヨン人の女の子の骨が見つかると、その女の子はネアンデルタール人の骨の中から見つかったので「ネアンデルタール人が我々の赤ちゃんを育てたという証拠じゃないか」という。
骨が見つかるたびにものすごく大きく揺れた。

ネアンデルタール人は私たちと交配した



今回取り上げた本はものすごい説で、私達の体の中にネアンデルタール人の遺伝子があるという話。
つまり、われわれの先祖の中でネアンデルタール人と、嫁さんに貰ったヤツがいる、あるいは嫁に行った女がいるという。
何でこんなふうにして古代史が今、大きく傾き始めているのかというと、全てはDNAの研究。
遺伝子を解読するという新しい進化の調べ方というのが発見されると、ものの見方が全部変わってくる。
DNAを勉強しないとこの本の意味がわからない。
そのために大枚(数千円)を出してDNAの勉強をしばらくやった武田先生。
DNAは難しい。

人の体というのは数十兆個の細胞の集合体である。
その一つの細胞の中に細胞核があり、その核の中にデオキシリボ核酸(DNA)という物質がある。
これは生き物の設計情報で、ここに音楽の楽譜が入っている。
そして「人間」という交響楽の音楽が聞こえてくるという仕掛けになっている。
この楽譜は四つの音符でできている。
アデニン(A)・チミン(T)・グアニン(G)・シトシン(C)が並んでいる。
卵子と精子から生まれた一つの細胞は、その核の中のDNAがほどけて、メッセンジャーリボ核酸(RNA)が片一方を書き写す。
そして片一方を作る。
とにかく書き写す。
そして意味を持ち、アミノ酸を作る。
そのアミノ酸がタンパク質を作り、アミノ酸が20種類。
様々なたんぱく質を作っていく。
このDNAのテープはグルグル巻きで22本が対になっていて、プラス2本でこれが「性染色体」。
合計46本の染色体に巻きつけられ、核の中に収まっている。

何故か知らないが男性を決める「Y」の染色体がどんどん小さくなっていっている。
もうすぐY染色体が消えてなくなるのではないかという話。
女だらけになる。
「男いらない」という生き物に、やがて人類はなってしまうのではないかという。
もちろん時間がかかるのでずっと先のこと。

このDNA複製作りの作業中に、放射線というようなヤツがこのテープをパーッと通過すると、このテープに書き込まれた「A・T・C・G」の一文字が壊れてしまう。
これがいわゆる「染色体異常」を招くという、例の放射線、放射能の恐怖。
一本の放射線の矢で、その「A・T・C・G」の一個が壊れることを「1ミリシーベルト」と言う。
生命なのでたくましく、壊れてもすぐに修復酵素が手当に向かう。
ところが、この時に間違って修復されることがあり、これがガン細胞になる。
このことによって「突然変異」というラック(luck)の方に行った場合は新種が生まれる可能性がこれで宿る。
つまり「突然変異でサルが人になった」というのもこのことが起因しているという。
だから新しい適者を生むという可能性もあるということ。
人類の進化というのは丁半博打みたいなところがある。
まだ研究途中らしい。
ただ、自然から湧いてくる放射線というのがそういう突然変異を引き起こすという理屈は間違いないらしい。
この放射線というのが地下からバーッと吹きだしているところが地球上にはいっぱいある。
「マントル」といって地球の中で炎が燃えている。
あれは目には見えないが、地面の下から放射線を出すらしい。
その真上で生きてる生き物は、特に突然変異が出現しやすいというところが地球のあちこちにある。
その、一番突然変異がポコポコポコポコ出てくるところが、アフリカの東海岸。
サルが人間になったところ。
このマグマの放射線が吹きだしているところは、地震大国日本にもあるらしい。

放射線は宇宙から降り注ぐ太陽と共に降り注ぐ放射線もあるし、地面の下から「マグマ放射線」と言って、マグマも放射線を持っていて、それを地上にバーッと吹きだしたりしている。
目に見えないらしいが。
とにかく放射線とは波長の短い電磁波のことで、物質の構造を変えるという作用がある。
とある科学者の方がおっしゃっている事実だが、99%の放射線の死亡量は5千ミリシーベルト。
5千ミリシーベルトを浴びると、人間はDNA、遺伝子がズタズタにされて即、死亡してしまう。
自然界では高いところがいっぱいあって、地面から湧いてきている。
ブラジルのガラパリというところでは10ミリシーベルト。
自然界に10ミリシーベルトの自然放射線量が湧きだすところがある。

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冒頭シーンでモニュメントが立っている。
もう弱り切って殺されるだけの類人猿が、そのモニュメントのピーという金属音を浴びると「ダンダンダンダン♪」と知恵がついて二足歩行を始める。
その仲間の骨を取ってバーンと敵の頭を殴って道具を使うという知識が灯ったという。
あのモニュメントと同じように、宇宙線というのは生き物を変えていく原動力である、あの『2001年宇宙の旅』で言うところの「モニュメントではないか」と思うと・・・。

DNAの話はもっと現代に絡んでいる。
犯人を断定するDNA鑑定などは犯罪捜査になっている。
個人特定の証拠としてDNAは欠かせないところまできている。
だから遺伝情報というのはどこか一つ特徴があって、父・母が分かる。
そうやって考えると犯人捜査から芸能界のスキャンダルから、DNAは今、裏の裏から社会を突き動かしている科学であることには間違いない。

このDNAを使って、犯人特定、父親捜しではないが、人類の歴史を辿った、探ったという科学者の物語がやっとここから始まる。
「ネアンデルタール人は私たちの先祖か」という、古代史における巨大な謎に挑んだドイツ人の科学者スヴァンテ・ペーボ博士。
1996年、ドイツ・ミュンヘン大学のスヴァンテ・ペーボ博士。
この方はネアンデルタール人の骨から失われたはずのミトコンドリアDNA(母系のDNA)を取りだし復元したという情報が研究室から入る。
もしかしたら絶滅した人類から初めて抽出したDNAの可能性が高く「最も最近絶滅した人類と私達現生人類はゲノムが近いはずだ」ということで研究に入ったという。
この人類の先祖だが、これは160万年前のトゥルカナ・ボーイ。
それから320万年前のルーシー。
レディ・ルーシー。
320万年前の人類の女の骨が見つかる。
それが見つかった時に学者さんがビートルズを聞いていた。
『ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ』という。
あれを聞いていたので、その骨に「ルーシー」という渾名を付けたという。
それから50万年前の北京原人。
そしてネアンデルタール人。
これらの差異は、ゲノムのわずかな塩基配列の違いが進化の差をもたらした。
DNAからいうと、ほんのちょっとの差。
チンパンジーと人間なんて1%しか遺伝情報は違わない。
その差を比較できれば、私達の正体を遺伝子の中にありありと見つける可能性がある。
一体人類が持っている、芸術、文化、言語を産んだ遺伝子、それはDNAのどこにあるのか?
『志村動物園』に出てくるあのチンパンジーと自分のどこが違うのか?
たった1%の違いで志村けんさんになって、片一方のあのチンパンジーになるとすれば、その差は知りたい。
逆の意味で言うと一番近く滅びた人類であるネアンデルタール人を知ることにより、私達のDNAの中を調べればその差異がわかるのではないかということ。

ネアンデルタール人は枝分かれしてとっくに滅んでしまった人類ではあるが、私達の先祖であるかどうかという。
これは、ものすごくネアンデルタール人に関しては揉めたらしい。
見つかったのはいつかというと、1856年に骨が見つかっている。
デュッセルドルフという、ドイツから10km位のネアンデルタルという谷があった。
そこから見つかった旧人類の骨ということでネアンデルタール人という約4万年前に絶滅した人類。
最も最近に絶滅した人類。
昔、人類は一種類ではなかった。
結構いろいろいた。
そういうのが何故か滅んでしまって、今はもう一種類になってしまった。
一番大事なことは「人類」と呼ぶ以上は、男女が夫婦になったら赤ちゃんが生まれるということが「種」なので、これが人類。
遺伝子が違うとできないので。

細胞一つに細胞核が収まり、ここに父と母から貰った遺伝子「DNA」のテープがグルグル巻きで収まっている。
DNAのテープの一本の長さは何と、その人の身長ほど。
驚くなかれ、64億の対で128億の文字が書き込んである。
あなたの中に一冊の本がある。
文字はわずか四種類「A」「T」「C」「G」。
これを音符に例える。
三つで一つの音になり、その三つでオルゴールの回転するドラムの爪一本だとする。
その爪がドレミで並べられた金属板に引っかかって、一音「ピーン」と出る。
一文字が鳴るのが一音だとする。
その一音がアミノ酸で、いくつかにまとまると和音になる。
これがタンパク質。
一個の「ド」がアミノ酸。
だから「ド・ファ・レ」とか「ソ・シ・ラ」など20種類の和音が鳴って、これが体中で鳴って「(水谷)加奈」という交響楽が遺伝子によって今、奏でられ水谷譲は生存している。

DNAテープは二重らせんのヒモ。
ここにある酵素を熱すると2本は解けて1本になる。
それを冷ますとまた二本になって絡まろうとする。
この時に酵素を取り込んで新たなるDNAの鎖が合成されて4本のヒモが誕生する。
これを8、16、32と増幅を繰り返すと完全なテープを復元できる。
何と40回で1兆個。
この研究で3万5千年から3万年前のいずれの時点で、ネアンデルタール人からヨーロッパの現生人類が受け渡された遺伝子がある可能性が出てきた。
このペーボ博士の結論は「アフリカ単一起源説」。
これは学会は、ついこの間まで揺れていた。
「人類はアフリカのある地点の一か所から生まれた」というのと、「世界中に散らばったサル(北京原人とかジャワ原人)がゆっくりと人間になっていった」という「多地域新仮説」とに揺れる。
「多地域進化説」をペーボ博士はひっくり返した。
アフリカにその「スポット」がある。
NHKの教育番組を聞いていた武田先生。
そのアフリカの一か所の湖では進化のスピードが速い。
「アフリカ起源説」をペーボ博士がネアンデルタール人から取り出したDNAを増幅させて読み取ることによって断定したという。
だから最新の生物遺伝学、進化学。

ペーボ博士の面白いところは、1981年、まだ医学生だった頃、この人はエジプトのミイラの大ファンだった。
この人はエジプトのミイラのことを勉強するのが好きで、分子と生物学を合体してミイラからDNAを取りだして、このミイラを調べたら面白いんじゃないかということで、ミイラの一体からDNAの複製を作ったという人。

DNAは温めると分裂して、メッセンジャーRNAが細部を作っていく。
だからDNAは再現できる。
この辺が『ジュラシック・パーク』の元になったり。

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一個のDNAさえあれば生命全体の設計図を取りだし、その生物を再現できるという。
ペーボ博士はミイラのDNA複製にチャレンジした。
これはものすごく大変。
何でかというとミスをものすごく犯しやすい。
手垢が付いただけで人間のDNAになってしまう。
彼はそんな苦労をさんざんするのだが、一応複製を作って『ネイチャー』に発表する。
それで80年代の大発見者として大注目を浴びる。
しかし彼は、ミイラのDNAを復元したところでちっとも面白くない。
何でかというと、ミイラのDNA配列を取りだしたところで、たかだか2400年前。
現代人とほとんど変わらない。
もっと決定的にDNA配列の違う、進化の差を産んだようなDNAの現行犯を捕まえないとという。
古代の遺骨等々からDNAを抽出することがいかに難しか。
博物館に標本などがあるが、これはもう発見者からさんざん手で触りまくっているので汚れて(DNAが)取りだせない。
ぞっとする報せが届く。
彼の名を注目させた古代ミイラDNA抽出に、あまりにも長いDANのテープの一本が見つかり、その一本がよく調べたら助手のものだった。
(本によると助手のものではなく「移植抗原遺伝子」)
だから『ネイチャー』で大注目されたのだが彼の研究はミスだったのだ。
ちょっと触った人間の何かが付くと、そのDNAが。

クリーンルームにアクセスできるのは、実験に携わる人──具体的にはふたりの大学院生、オリヴァとヘスに限るとした。彼らはその部屋に入る前に、特別な白衣、ヘアネット、特別な靴、手袋、マスクを装着した。(78頁)

新たなる化学薬品を開発して、その薬品で洗う。
洗った薬品を薬品で洗う。
とにかく徹底して洗浄をしないと、チリやホコリ、フケ一個でもう駄目になってしまう。
こういう努力をして、ミイラの轍を踏むまいと、何年もかけてまずオノレの手を徹底的に洗って作業に没頭する。
もう一回このミイラのDNAを突き止め直していく。

DNAというのは、ものすごい注目の科学分野。
アメリカではDNA研究で「DNA長者」みたいなのができている。
版権が発生して金持ちになれる。
「このDNA見っけたの俺だから触んないでね」とか。
今、DNAにカネの亡者が集まっているのだが、博士の頃はまだのどかで、このDNA研究に人間が熱心になっていく。
そして1990年代になると、すごい情報がペーボ博士を驚かせる。

1993年に、カリフォルニア理工州立大学のラウル・カーノ率いる研究者らが、レバノンの琥珀に閉じ込められていた1億3500万年前から1億2000万年前までのゾウムシから得たDNAについての論文と、その琥珀をもたらした4000万年から3500万年前のドミニカの木の葉に関する論文を発表した。−中略−閉じ込められていたミツバチの腹から9種類の古代イースト株を抽出し、培養に成功したと主張している。(84〜85頁)

1994年、ついに起こるべきことが起きた。ユタ州のブリガム・ヤング大学のスコット・ウッドワードが8000万年前の骨の断片──一頭、あるいは複数の恐竜のものかも知れない骨──から抽出したDNA配列を公表したのだ。−中略−『サイエンス』に掲載された。(86頁)

まさに『ジュラシック・パーク』の世界。

ジュラシック・パーク〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)



何と驚くなかれ、コハクの中の蚊、そのお腹から吸った恐竜の血の一滴を取りだして、クローンの恐竜、これが可能なのではないかという小説、『ジュラシック・パーク』というSF小説が生まれ、例のスティーブン・スピルバーグがハリウッドで映画化。
これでペーボ博士ががっかりするのだが、その後、この『ジュラシック・パーク』のオチがどうなったか?
発見された恐竜の遺伝子で生き物を作ってみた。
人間ができた。
助手の人のフケが落ちたらしく、恐竜はできていない。
(本によると生き物を作ったのではなく、ペーボ博士の研究室で解析した人間のDNAと「恐竜の配列」を比較した結果、ほぼ同じ配列が発見された)
つまり『ジュラシック・パーク』という映画そのものが嘘である。

2016年09月19日

2016年7月4〜15日◆『月と蛇と縄文人』大島直行(後編)

これの続きです。

テレビ番組の話の続きから。
宇梶(宇梶剛士)さんが番組を案内するという、北海道で見つかった縄文遺跡。
函館で見つかったヤツは木の丸太に土の仮面が括り付けてあったというお墓。
その木の下を探ってみると、黒曜石が何本も出てきた。
その黒曜石は、そこから採れる黒曜石ではなくて、200kmも離れた遠軽町でしか採れないという黒曜石であった。
矢じりなんかに使う。
この黒曜石は何と、海を越えて三内丸山からも全く同質のものが出土している。
千歳の方の墓の主は、おそらく遠軽と山内丸山、海峡を越えて数百キロの旅をする流通人、黒曜石を運ぶ旅人だったのではないかという。
函館のすぐそばの丘の上の村で、この人が倒れちゃって、そこの村人たちが遺品として、この人の運んでいた黒曜石をお墓に埋めて弔ったのではないかという。
そういう説が成り立つという。
だから、私共が思ってるより縄文というのはものすごくダイナミックに動いていたという。
それは、もう前々から言われていること。
ちなみに青森の三内丸山からは新潟姫川の流域でしか採れないヒスイ、岩手のコハクも発見されている。
だから、そこに千キロを越えて物々交換の交易圏があったという。
縄文というのは、それほど豊かな時代であったという。
縄文時代というのは1万年続いたと言われている。
しかも驚くなかれ、新潟(糸魚川)のヒスイは出雲、九州まで広がっていたという。

ヒスイの色は、白や灰、青、桃、紫、黒などさまざまあるようですが、縄文人が好んだのは何といっても「緑」でした。(127頁)

何で緑に拘ったのか?

つまり木の芽を連想するような、そんなやたらに濃い緑ではない、淡い緑色である。ですからまさに“淳名川の底なる玉”(『万葉集』第十三)というのも、不老長寿の霊力をもつといういわば“生命力”を表わす色の玉である」(128〜129頁)

武田先生は三内丸山で若い研究者の方に特別に見せてもらった事があるのだが、三内丸山にはつるで編んだバスケットがある。
中に木の実が入っていた。
留めるボタンまであって、木の実のボタンがすごく洒落ている。
武田先生の胸を一番強く打ったのが、お子さんが死んだ亡骸のすぐそばに柴犬の骨が出る。
それは縄文時代、犬は神獣だったらしい。
神様の使い。
お子さんが死ぬと、黄泉の国の道を歩く時に道に迷わないように、子犬を殺してそばに埋めたという。
犬というのは人を守ってくれるケモノであるという。
神社で神様がいるところを守っている犬は「狛犬」。
「家」という漢字は、ウカンムリの中にクシャクシャしている。
犬を地面に横に埋めて土を被せた後の骨の形が、あのウカンムリの中のクシャクシャクシャ。
つまり、犬の霊が家を守る。
それから漢字を作った人たちも犬を神獣として扱った民族。
この辺りがアジアの一角にそういう一族がいたということだろう。
縄文系の人たちが。

勾玉は古代人たちが胸辺りに下げて飾っているアクセサリーだが、これは体に身に付けるために、勾玉にはヒモを通す穴が開けられる。
これを木のキリを回しながら開けるのだが、1時間に1ミリというスピード。
そういう仕事を黙々とやるという専門職の人が、もうすでにいたんだろうと。
という「勾玉を作ってた一族が住んでいた」という事で付いた地名らしいのだが、出雲に「玉造(たまつくり)」という地名が残っている。
だから縄文というのはきちんと職業が分けられた時代なのではないだろうか。

北海道で今、続々と縄文遺跡が見つかっている。
函館、千歳にほど近い、有珠山近くの「伊達」。
武田先生は伊達にコンサートで行ったことがあるが、いい所。
「日本史で初めて縄文の心を発見した」という大発見が伊達市近郊であったという。
伊達市郊外で、丘と見違えるほどの「貝塚」が発見された。
有珠モシリ遺跡。
貝塚は今まで貝殻の捨て場だとされていたが、それがどうも間違いであったようだと。
一般に貝塚からは食料の貝の他、アカガイ・バイガイ・タカラガイ等の大型の貝殻で貝輪 (貝殻で作ったブレスレット)のための貝も捨てられている。
このモシリ遺跡の圧巻は、この貝塚の下から14人分の骨が発見された。
これで伊達市のモシリ遺跡の貝塚は大騒ぎになった。
貝殻を捨てたのではなくて、集落全体の共同墓地が貝塚だったのではないかという。
驚くべきは、女性が屈葬(膝頭を抱えるような形)で埋められていたという。

 私は、二〇年ほど前、北海道伊達市の有珠モシリ遺跡から、南海産の貝で作られた貝輪を装着した人骨を二体発掘しました。縄文時代の終わり頃に生きた二〇歳の女性二人のお墓でした。それぞれ左腕にベンケイガイとオオツタノハガイの貝輪がはめられていました。(134頁)

奄美諸島以南が棲息圏である大形のイモガイで作られた貝輪が出てきて全国的な話題となりました。それまで南海産イモガイの貝輪の出土例は島根県が北限でした。それが一気に北海道にまで分布が広がったということで大騒ぎとなったのです。(134頁)

縄文時代のクール宅急便みたいな人たちが一群にいて遠い南の島から、喜ばれる貝を、それこそ黒曜石と交換にやってきたりしていたのではないか。
この14人分の骨発見からすごいことがわかる。
この14人分の骨の中に60歳の人の骨が見つかった。
三千数百年前の平均の年齢(寿命?)がおそらく30歳前後であったと言われるから、60歳の女性の骨というのはもう驚異的な長寿の婦人であった。
しかもこの婦人、当然といえば当然だが、歯のほとんどを失っていたという。
驚くのはここからで、つまりきちんと柔らかいものを食べさせる食文化があったということだ。
歯が無くても生きていける、柔らかい食べ物を彼女には特別に与えたという。
それからこの14体の骨の中に、いささか骨に異常のある、肢体不自由の人の遺骨が見つかった。
これが18歳前後の娘さんだったそうだ。
これは間違いなく、生まれつき骨の変形した人なので、18歳までずっと村全体で介護し続けたという。
彼らは老いた人とか体が生まれつき不自由な人たちを排除しないという、人間観を持っていた。

貝塚の他にもゴミ捨て場だと思われていた、それが宗教の場所だったのではないかという遺跡がまた見つかった。
「水場」と呼ばれる場所があって、「ゴミ捨て場ではないか」と言われていた。
そこから土を焼いた板状のもの(土板)が見つかる。
今までは何を意味してるのかわからなかったが、この新しく北海道で見つかった遺跡の土板には赤ん坊の手型・足型が押してあって、それが焼き物で焼いてある。
不思議なことに、その土板の上のほうには穴が開いていて、ヒモで吊るせるようになっている。
これがはっきり子供の手型や足型だということがわかって、大島さんたちが研究した結果、「死んだ子供の手型じゃないか、足型じゃないか」。
いわゆる墓標として、そういうものを残しておいて家に吊るしていたのではないか。
親心だろう。
ある一定の時間が経つと、その土板も水場というところに砕いて、水が流れている場所なので、それを割って流して「また循環して戻ってこい」という再生の儀式のために割ったのではないか。
土偶などもことごとく割られているという。
あれはおそらく子供を亡くしたという親たちがせつなくて土偶を作って「再度めぐり産まれてこい」という意味で、作ったものを祈って割って捨てることによって、循環の大自然の中に置いたという。
この「帰ってくるんだ」「死に別れた人がまた別の命を得て戻ってくる」という大きな宗教観を縄文人たちは持っていたのではないだろうか。
昔の侍とか、例えば古代人たちは何を思ったかというと「ここで自分の分は終わるけど、また生まれ変わってもう1回ここに来るかもしれない」という設定のもとで生きているという。
岡潔という人が「人間の思いとか人間の願いっていうものが、たかだか60年70年の人生で完成できるはずがない。ということは、また戻ってくると思いながら生きたほうがいいぜ」という。
「でないとやっぱり60、70になるとやたら焦るから、そんな簡単に人間て出来上がるもんじゃねえぜ」という。
時々つまらないことで落ち込む。
これが「老いる」ということ。
打っても打ってもゴルフボールが曲がる。
上手になりたいから練習する。
しかし、千発打って「まだ目標までいかない」という己というのを引きずって家に帰る時に「もう一生上手くならないんじゃねぇか」と思うと、もうゴルフができるという年月がそんなにないから落ち込む。
そのゴルフ一個でも夜半に目覚める。
昔だったら「まあ、まだ先がある」と思えるのだが。
「明日があるさ 明日がある」
短い脚でブロードウェイみたいに踊っていた。
だけど60も真ん中を過ぎたわけで、そんなにたくさん明日もない。
「何だまだ完成しないの俺。たかだか遊びのゴルフが」と思うと、何もかも完成しない。
ふっと滅入る時がある。
その時に岡潔が言った「ここで終わると思うからさ」という。
次の生の流れに、循環に入るかも知れないから「昔の人たちはそれを思ったから死に際が見事だったんじゃねぇの」と岡潔という数学者がポツンと言った時に、どう考えるかの問題だったらば、上手くいかないことを今、箇条書きにしておいて、しっかり歳をとったら覚えておこう。
それが次に生まれてくる時の己のテーマだと。

北海道伊達あたりで見つかった土板の遺跡、縄文遺跡の土の板に死んだ赤ん坊の手型とか足型を焼き物にして、家の中に置いた。
その死んだ赤ん坊、子供のその手型足型を縄文の親たちは見つめて、切なくなっていたのだろうと思う武田先生。

黄河流域に「殷」という古代文明が今から3千年ほど前に興った。
この殷という文化文明のすごい所は「甲骨文字」。
亀の甲羅に刻んだ絵文字から漢字という大文明を興す。
金八先生は「親」という字は「子供の帰りが遅いと親は心配し、木の上に立って見る」と「だから『親』って言うんだ」と。
金八先生は嘘を言っていた。
白川静先生が言っているが「じゃあ、なんで『新』という文字は木の上に立って斧を持っているのだ」という。
これはちょっともう言い訳ができない。
これは横の「木の上に立つ」という字が、なんとなく「辛」に見える。
これはどういうことかというと実は「針」。
手で持つところ、取っ手のある針、それを木に向かって投げつける。
その針が木に刺さる。
それが「親」という字の左側。
その針を投げつけた木を持って帰って、そこに死んだ人の名前を書く。
それを家の中に置いてじっと見ているという。
つまり位牌を作る。
子にとって親の位牌が多い。
それ故に「親」という字になったのではないかという。
では「新」というのは何かというと、その木を斧で切る。
そうすると木の新しい匂いがするので「新」。
武田先生がハッとしたのは「土板に子供の手型足型を付けて墓標とした」というのと「木に親の名を書いて懐かしんだ」という、その二つの文明が、この木と土の違いさえあれ、重なるような気がした。
このあたり、縄文はもっと大きな思想でアジアから東アジアを語れるテーマを持っているような気がする。

ドイツのナウマンさんは「日本縄文学」という学問を新しく興した人なのだが、振り返ると巨大な学問であろうかと思う。

この本の中で大島直行さんが「縄文というのは粗末に扱われたんだ」と。
今、歴史の本でも縄文は乱暴。
先生たちは見下した見方。
「中国では三国志か何かが・・・」とか「秦の始皇帝が生まれている頃、日本人は猪の皮を被ってキャッキャキャッキャやっとりました」とか。
とんでもない。
文明として縄文というのは相当優秀な・・・という。
この本の著者の大島さんは「縄文の存在のすごさというのを発見したのは、真に残念なことに考古学の先生ではなくて前衛芸術家の岡本太郎だ」という。
岡本さんは縄文がすごく好き。
その縄文の土器に込められている生命観や躍動感、心、あるいは縄文の情緒を発見したのは考古学者ではなくて、前衛芸術家岡本太郎だという。
「そのことに関して、やはり我々考古学者はもっと恥いて、岡本さんに負けないように縄文を研究すべきである」と。
狩猟の民という自覚を持つ彼らは、狩る獲物である動物を敵であると同時に糧として生きなければならないという命の矛盾をちゃんと知っていた。
その中で彼らはその矛盾を「神の支配ゆえ」という宗教にしたのである。
明朗で屈託のない生き方、それが縄文土器ににじみ出ている。
こう折り紙を付けたのは考古学者ではなくて岡本太郎なのだ。

大島直行さんのこの本の締めくくりの言葉。
(このままの文章は本の中に発見できませんでした)
自分の神様を自分で勝手に解釈して、自分の意味・価値を決める。
そういうものが今、世界に戦いを起こしている。
また日本史・世界史共に、戦いを記録する歴史になっている。
弥生時代の前の縄文時代が歴史年表で隙間が多いのは、あるべき戦いの痕跡がないからである。
つまり歴史解釈そのものが戦争を解釈すること、そのことにあまりにも重きを置きすぎているのである。
戦争と技術、生産力の発展、制度の複雑化の過程。
これに対して縄文はまったく違う。
美と神を自ら作らねばならないという、そういうエネルギーに満ち溢れた1万年の王国。
それが縄文時代だったのである。


本当に昨今の歴史解釈というのは、戦争をどう解釈するかである。
そのことにずいぶん、私共は無駄なエネルギーを・・・という。
縄文のほうがはるかに文明としては純粋で澄み切っているのではないか。

ちょっと神話的ではあるが、熊本のエリアで大きな地震があって武田先生がすごく感動したのだが、阿蘇神社という神社の山門が崩れ落ちてしまった。
ところが門前の町の人々は、自分たちに被害が少なかったことに寄せて「あれは阿蘇神社が自分たちのために犠牲になってくれたんだ」と言いながら皆、手を合わせているらしい。
「美しい発想だなぁ」というふうに思う。
そう考えると瓦屋根をいっぱい落とした熊本城も、懸命に熊本市民の命を守るべく立ち尽くして地震と戦ったのではないかと思うと、あれも一種神話の象徴ではないかと思えたりする。
そういう縄文的エネルギーが熊本にはあるような気がする。

福岡の優秀な国立大学である九州大学。
それが全部移転して「糸島」という半島の真ん中にミカン畑を潰して三万人の学園都市が今、福岡に出来上がりつつある。
そこをこの間、テレビのあれ(「あれ」が何かは不明)で行った。
そうするとボロボロ遺跡が出てくる。
前方後円墳とか。
糸島のエリアは邪馬台国の伊都国の後。
九州大学の校内を歩いていて一番驚いたのは、イスラム圏の学生さんがいっぱいいる。
食堂に行くとイスラム圏の方々は豚肉等々とか、とんこつラーメンとかがダメなので、イスラム圏の人たちの食事の列がある。
そこはちゃんとイスラム教で許された食物を、食堂のおばちゃんたちが作る。
だからマレーシア等々の東南アジア、アジア圏のイスラム教の人と、中東からも続々と九州大学に集まってきている。
あっと驚いたのは、講義をやっている最中、時間になったらお祈りにいってもいい。
それで大教室の脇にメッカの方角を向いたお祈り場が用意してある。
イスラムには深い理解を。
「イスラムの人たちも、この九州大学をすごく大事に思ってくれてます」と教務課の人が胸を張った。
これもはやりある意味で九州、福岡が持つ、あの伊都国からの伝統で、縄文のエネルギー渦巻く邪馬台国の流れがあるような気がする。
そう考えると、我々の体内に残っている、あるエネルギーが何か縄文に繋がるとすごく落ち着くような気がする。
自分の人生観・生命観も含めて、縄文という時代からもっとたくさんの汲み上げができるんじゃないかなと思う。
九州大学は今、水素で車を走らせるという、水素エネルギーの車のトップバッター。
例の有名な日本の自動車メーカーがばっちりついていて、アジア圏の学生がバッと集まっていて、最も熱心なのは中国の学生さんで、感動するくらいすごく真面目に勉強している。
武田先生がうれしくなったのは、東京にわざわざ勉強に来なくても、九州大学あたりに行くと世界最先端の勉強ができるのと安いこと。
食べ物が安い。
そういう意味で学生さんたちの良い環境が。
熊本にもある。

2016年7月4〜15日◆『月と蛇と縄文人』大島直行(前編)

月と蛇と縄文人



縄文という時代に関しては色々言われている。
日本の縄文時代というのは実は世界の四大文明にも匹敵する文明がそこにあった。
だから世界にあった文明は実は四大ではなくて五大文明だったんじゃないか。
日本、黄河文明、インダス、メソポタミア、エジプト。
この5つが実は先行する世界の五大文明だったのではないか?
2万年くらい続く縄文時代(番組内で「1万年でした」という訂正が入るので実際には1万年)。

縄文土器が一体何を意味してるのかというのはわからない。
武田先生は、ゾーッと背筋に寒いモノが走ったりする。
縄文土偶というのはことごとく女性で、男性は全く出てこないと言っていい。
そしてなぜか叩き割られている。
「意図的に割ったんだ」という。
日本にある「ストーン・サークル」。
これは「サークル」というだけあって丸い。
イギリスにあるヤツも丸い。
何で丸いのかというのはわからない。
新潟、糸魚川・姫川、この流域。
ヒスイが7千年前から全国へ広がっているのだが、どのようにして広がっていったのかがわからない。
縄文というのはあったことはあったのだろうが、私たちはその縄文が残した遺物、遺跡というのが、一体何を意味し、一体縄文人は何を考え何を思ってその形にしたのかは、実は何も知らない。
その縄文というものが、日本は普段の暮らしの中に無闇に残っている怪文明。
注連縄(しめなわ)が何であの形なのかわからない。
しかもあれは藁で作っている。
あれは縄文土器の藁と同じ、縄。
縄文の時から縄を土偶にくっつけて型をとっている。
何でゴロゴロやったのか?

 縄文土器・土偶を見た誰もが不思議に思うはずです。縄文土器の縄の模様(縄文)の意味するところは何なのか、−中略−たとえば縄の模様は「すべり止め」、尖り底の土器は「煮炊きをするのに効率的な形だから」ということになります。しかし本当にそうでしょうか。すべての土器に縄模様があるわけではなく、すべり止めにはならないような縦方向の縄模様の土器も多いのです。(4頁)

本当に「してやられたり」なのだが、この縄文文明というのが「ただ者じゃないぞ」と騒ぎ始めたのは、実はヨーロッパの人。
ドイツに生まれたネリー・ナウマンさんという方がいて、この人は「日本学」という新しい学問をヨーロッパで起こして縄文を調べている。
この方は中国の古代文明、中東、あるいは南米と比較しながら日本の縄文を調べている。

日本の地名で「貝塚」というのがいくらでもある。
縄文の人たちが食べた貝殻を捨てた大森貝塚とか。
あれはは縄文の名残。
何百年にも渡って捨てている。
それはゴミ捨て場とは考えにくい。
その貝塚から貝の殻以外のものも見つかる。
それが割れた縄文土器だったりする。
ネリー・ナウマンさんの指摘で、どうも貝塚というのは「祈りの塚」だったのではないかという新説。

キリスト教は「十字架」、イスラム教は「三日月」。
宗教はシンボルを持っている。
今年の初期辺りに大揉めにヨーロッパで揉めたのは三日月と十字架の戦いだと言っても過言ではない。
それから5月、日本で伊勢志摩でサミットをやった。
伊勢といえば伊勢神宮、何と言っても日本の神道の発祥地。
神道というのは非常に特異な宗教で、神道の驚くべき所は何か?
「聖典」が無い。
神道は何かというと「木」と「岩」と「水」。
それが三日月を象徴とする宗教、十字架を象徴とする宗教と違う。
その神道というものをジーッと睨んでいくと、その奥に見え隠れするのが実は縄文時代。
古事記とか日本書紀を見ても非常に縄文的。

 とくにナウマンが力を入れて読み解いたのが土偶です。ことさら強く表現される両の乳房とヘソに見られる象徴性、多くの土偶の顔に見られる盆の形状に込められた象徴性、また、少なからず描かれる涙、鼻水、よだれ様の表現の象徴性(28頁)

縄文土器の目の下からスジが2本スーッと。
刺青と言われていたが、あれは涙を表しているんじゃないか?
別の土偶で鼻水垂らしている、それからヨダレを垂らす。
そういう表現が縄文土偶にある。
どうしてそういうものを描いたのだろうか?
古事記にも出てくるが、アマテラスの弟さんのスサノオノミコトは泣く。
神が子供みたいに泣く。
「お母さんに会いたい」と。
そういう直情傾向のところが涙を流す縄文土偶と相まって、いわゆる人間の体から溢れ出るもの「鼻水」「ヨダレ」「涙」を含めて、そういうものに一種信仰心と言うか、そういうものを込めたという。

 ナウマンは、縄文人の象徴の中核にあったものの一つが「月」であることを突きとめました。−中略−
 ナウマンは直接触れていませんが、女性の生理周期の二九・五日が月の運行周期とまったく同じであることを太古の人間が知っていた例としては、たとえばフランスの旧石器時代の女神像ドルドーニュの「ローセルの女神」があります。女神が右腕に掲げる一三の刻みの入れられたバイソンの角は、満月などの月相の数と月経の回数を象徴しているとされています
(28頁)

月と同調して女性の体が巡っていく、そのことに対する直感が女性と月を結びつけて、しかも体液、人間の体から出る液体で次の生命が生まれていったり、新しい生命が宿ったりするという、その不思議を縄文人たちはあの土偶に託したのではないか?
ならば「何で打ち壊すんだ」っていう話だが、これも何か宗教的にあったのだろう。

また縄文の土偶の中に絶えず書かれ、描かれる動物がいる。
これが蛇と蛙。
これはどう考えても「脱皮」「変態」。
尾っぽがあるくせに、やがて手足が伸びて、という。

勾玉(まがたま)を「胎児じゃないか」と言った人がいた。
お母さんの中に芽生えたばっかりの命の形、それを形にしたのが勾玉ではないか?
でも、「お母さんのお腹の中を見ることなんて出来ないわけだから」と思っていた武田先生。
昔の人は生き物の腹を割いて中を見るということは頻繁にあった。
サメなんかのお腹を割くと、胎児の形をしている。
人間の赤ん坊は、生命の記憶を女性のお腹の中で全部辿る。
だから人間の赤ん坊も魚類として生まれて、尾っぽがへっこんで手が・・・。
大体生き物の歴史を全部辿るから、その一番始まりは何かといったら、あの胎児の格好になる。
それを生魚を割いたり生き物の腹を割いたりするうちに、縄文人は私達よりもたくさん目撃している。
だから勾玉がああいう形になったのではないかということ。

注連縄を武田先生は「縄文的だ」と言ったが、これも諸説ある。
出雲大社の注連縄。
武田先生はあれをパッと見た時に、ヤマタノオロチが絡まっているように見えた。
まさしく3匹の蛇が絡まってるように見えた。
蛇の普遍性だが、脱皮を繰り返し冬眠しという。
だから縄文人たちが「この蛇という生き物は不死なのではないだろうか、死なないのではないだろうか」と夢見、それが実は「縄信仰」になったという。
それで土器の中にその蛇のエネルギーが宿るように編み目を転がして入れたというのが縄文土器ではないのかという。
蛇を基本的に気味悪がるくせに「積極的に殺せ」と昔の教えは言わない。
家を守っているということがあるし「豊作の神」だとか、西洋においては「知恵の神」だとか言う。
またエデンの園では、人間をたぶらかした知恵ものもまた蛇。
神話に登場して人間と関わりをもつという生き物としては、最古の歴史を持っている。

縄文土器の編み目模様が無く、貝殻模様があったりする。
鹿児島県の上野原遺跡には貝殻紋土器というのが出ている。
貝殻の模様がいっぱい貼り付けて焼いてある。
ということは、貝殻を守り神とするような部族が住んでいたのだろう。

昔、武田先生がNHKローカルの「邪馬台国を探そう」という番組で、そこら辺の古墳を歩いたという思い出がある。
福岡の郷土史家に会いに行って「邪馬台国はどこだろうか」ということで尋ねるというのがあったのだが、その方がものすごく怖い人で、自分が「ここだ」って言ってる以外の地名を挙げると怒る人。
「先生が仰っている邪馬台国は、伊都国じゃなくてこっち側にあるんじゃないですか?」と武田先生が全然違う所を言ったら「帰れ!」って始まって。
その時に何気なくその人がおっしゃったのだが、尖底土器っていうのが問題になっていて、尖底土器は円錐の形をしている。
その尖底土器っていうのは置けない。
転がってしまう。
その怖い古代史の先生は「それぐらい古代人ってバカだったんだ」と言う。
「そんなのがものすごく複雑な国家を作れるわけがないし、机の上に立たないようなコップしか作れない人間が、歴史に謎なんか残すはずがない」と言うので「帰れ!」と言われて叱られたので、その尖底土器のことがすごく心に残っていた武田先生。
置けない物を何で作ったのだろう?
地面の上(土)に挿せば安定することに気付く武田先生。
そうすればこれぐらい安定した器はない。
そうしたらこの先生は結構いい加減だなと思う。
この座りの悪い尖底土器は今でも謎なのだが、大島直行さんは、夜露を集めるための神器だったのではないか?
地面に挿しておいて満月の晩にそのままにしておく。
そうするとつゆが底に垂れて、いくぶん器の中に溜まる。
その夜露を月からのなまの水というか、生きる水として、月が流した水として、人々はおまじないで飲んだんじゃないかという。

 面白いのは、こうして作られた自立型の土偶の顔がことごとく上を向いていることです。上といっても真上ではありません。心持ち上です。しっかり斜め前方を向くものも少なくありません。また、この頃から顔や頭のてっぺんがお盆状や皿状に作られるようになるのです。(78頁)

 さて、ではこうしたお盆状・皿状の顔や頭の土偶が、なぜ上方を見据えるようにして作られているのでしょうか。それは見上げる顔の先に月があるから、と見て間違いありません。−中略−土偶が月の水を集めるという呪術宗教的な役割を担っているからに他なりません。(80頁)

そうすると「水で清める」というのは、まさしく神道。
そんなことを考えると、縄文というのが霞の向こうから、ハッとこちら側に向かって来るような・・・。

縄文人とは月信仰だったのではないか。
三日月ではなく、満月への信仰があったのではないか。
その満月の夜に土偶を並べて、土器の中に夜露か何かを溜めて、溜まった水を飲むことによって、それを「月からの贈り物」と称し、穢(けがれ)を祓う液体としたのではないか。
そうやって考えると、縄文人の思考・思想というのに惹かれていくような気がする。

数々残ってる遺跡の中でも、とんでもない物がまた続々と発見されつつある。
ここから話はテレビ番組のことに移る。
武田先生がこの本を三枚におろしている時、面白い番組をやっていた。
函館新幹線を作るために北海道のどこかを掘っていたら、縄文の遺跡が見つかって騒ぎになった。
「北海道土偶の謎を追う」という番組が面白かった。
NHKネットクラブ 番組詳細(超古代からの挑戦状!2「行き倒れ“縄文・仮面男”の謎」)この番組かと思われるのだが、タイトルなどが異なる)
新幹線の通った函館、南茅部(みなみかやべ)という所で40年前に1体の土偶が発見された。
新幹線着工のための基礎工事で、30cm大の土偶が発見された。
その土偶は中空構造で、CTスキャンで厚さを測ってみるとわずか3mmしかないという。
滅茶苦茶精巧なもの。
足元、くるぶしに一つ穴が開けられ、頭部にも穴が。
足元から水が流れ落ちるという構造を持っている。
検査の結果、これが作られたのは3500年前、色もわずかに残っていた。
この色というのが漆だそうだ。
日本人はすごい。
3500年前に漆塗りの土器を作っていた。
色は何と赤と黒。
この赤と黒は何かというと、世界の色彩感覚から見て赤は生命・出産を象徴する色、黒は今もそうだが、葬儀・死を意味する色。
その二色で塗られてるので、その土偶は命と死を象徴する土偶だったのだろう。
この発見に次いで今度は飛行場のあるあの千歳。
ここで小ぶりの、うちわ大の土の仮面が発見されている。
見るとまた武田先生は胸がときめくが、これが2300年前。
仮面は左右にヒモを通す穴があり、人が顔面に付けられる構造。
しかも、その仮面が発見された場所から人骨が見つかり、仮面と全く同じ場所から同時代の丸太の柱が発見された。
土で作った人間のお面は拙いものなのだが、見ると迫力がある。
それはどうも丸太の木に括りつけられていた墓標だったらしい。
仮面を付けた墓標というのが2300年前、お墓としてあったという。
この墓標の下に黒曜石が何枚も埋められていた。
黒曜石が出てくる場所は北海道では一か所しかない。
これが千歳から200kmも離れた遠軽町の白滝という町。
ここから持ってきたらしい。
この遠軽地方の黒曜石と全く同じ物が、青森の三内丸山遺跡から出土している。
ということは、遠軽の黒曜石は、かつて3000年ほど前、縄文人で船で渡ったヤツがいる。
それで仮面の墓標の主というのは、黒曜石の関係者じゃないかという。

2016年07月15日

2016年5月2〜27日◆『狼の群れと暮らした男』ショーン・エリス ペニー・ジューノ(4)

これの続きです。

イギリスの青年ショーン・エリス。
彼は「オオカミの群れと暮らした」という、そのキャリアが買われて軍用犬の調教師として雇われたりするが、他の方面からも声が掛かる。
それは、やっぱりオオカミ関係の仕事が入ってくる。
ポーランドから仕事が舞い込む。
2002年の事。
ポーランド・ロシアの国境沿いのロミンカの森。
その田園地帯からショーンに助けを求める声があがった。
それはどういうことかというと、野生のオオカミが家畜、牛を襲うというのが多発、頻発してる。
困り果てた政府農林省の対策本部が、イギリスのショーンのところに連絡してきて「何かいい知恵はないか」ということで、相談が持ちかけられる。
ここには、オオカミの豊かな食料、ヘラジカ、イノシシ、アカジカ、アカキツネ、ヤマネコ等々がいる。
これらを襲って食料として、野生のオオカミは生きている。
人間の方に接近してくるはずはないのにオオカミたちが牧場の牛を襲っている。
なんでショーンのところに来たかというと「銃による駆除」というのは、この農家の人たちが望んでいない。
オオカミと共生したいので「なんで急に牛を襲うのか。そこのところを調べてもらえないだろうか」。
ショーンは彼らに深く同情した。
ショーンはここで、その被害を被った農家へ訪ねて行き、襲われた家畜を見て回る。
そして襲われた牛を見て、奇妙なことに気づく。

 オオカミが殺した家畜の死骸を見て私が興味を引かれたのは、オオカミが仕留めた家畜の体で食べられた部分が実に少ないことだった。私がオオカミと一緒にいたときの経験では、彼らが腹をすかしていたときは死骸をあっという間に喰い尽くしていた。−中略−私が調べたほとんどの例では、太ももや肩の肉が一筋ちぎられているか、胸部が切開され内臓が食われているが、胃袋が開けられ内部を掃除して最高の肉の部分をいくつか食われているだけで、肢は全部手つかずで、死体の大部分が残されていた。(202〜203頁)

オオカミは「簡単だから襲う」というような理由で獲物は狙わない。
「家畜は、逃げることが苦手で足が遅いから、オオカミが襲ったんだろう」と考えるのは「素人考え」。
ショーンは「オオカミは絶対にそんなことはしない」。
オオカミは「健康のため」に獲物を襲って喰う。

私は彼らがほとんど液化して腐ったすごい状態の死骸さえ食うのを見たことがあるが、彼らの体には寄生虫がおり、腐った餌を食べれば虫が体の中から洗い流されることを本能的に知っていた。(203〜204頁)

 私はデボン州の私の群れが(彼らについては後で詳しく述べる)、私がエサとして与える雄牛やヒツジの脂肪分の多い胃壁にほとんどとり憑かれたことがあるのを見ている。彼らは突然肉よりそれを好みだした。私には何故かわからなかったので、私も四か月そこを食べてみた。それでわかったのだが、その期間私は前よりずっと寒さに対する抵抗力が出てきた。(204頁)

彼らは、本能によって食べねばならないものを食べる。
決して好みで食べない。
ショーンは考えた。
「彼らオオカミは何か理由があって牛を襲っている」

その1

狩猟家たちはオオカミをおびき出し見つけて撃ちやすいようによく家畜の死体を持ち込んでいた。オオカミ狩猟が禁止されてからは、エコツーリズムが取って代わったのだが、観光客が宣伝通り必ずオオカミを見て写真が撮れるように、この習慣が続いた。餌によるおびき出しが禁止されたのは、ポーランドがEUに加盟した二〇〇四年になってからだった。(204頁)

その2

もし農家の家畜が予防接種を受けていれば、答えは病気に対する免疫かもしれず、あるいはもっと単純に農家が家畜に施す除虫剤のようなものかもしれないと私は思っている。(204頁)

ショーンは「この1か2だろう」と。

次に私に必要なことは、どこかのオオカミの群れに紛れ込み、森にこんなにたくさん食べるものがありそうなのに、なぜ彼らは家畜を襲うのか、他に説明できる何かがあるのかどうかを知ることだった。(206頁)

炭水化物等を一切とらず、水と野菜のみ。
甘い物もダメ。
人間の匂いを消して、ゆっくり野生の動物となってショーンは森を彷徨うこと数ヶ月。
その数ヶ月で、彼の報告によれば森の中である美しいオオカミの群れ集団に接近したという。
その群れをひと目見て、彼は「非常に栄養状態が良い」と。
これは「もう間違いなく牛を襲うオオカミたちとは違う集団である」と。
「別の集団が、襲っている」
そう直感した彼は、手軽で最も効果的な対策をそこで思いつく。
彼らが縄張りを主張する遠吠えをテープで録音する。
この美しいオオカミの群れ集団は、牛を襲う群れとは違う群れなので、何をするかというと、この美しい群れのオオカミの集団の遠吠えを録音しておいて、被害農場にオオカミの遠吠えを夜中に何度かスピーカーで放送した。
順位2番目(ベータ)の、例の用心棒で群れのまとめ役の、オスの太い声を録音しておいて、その遠吠えを夜になったら牧場から森に向かって流す。
そうしたらピタッと止まったという。
こっちの群れのほうが強いから、牛を襲う群れに向かって「オレたちの縄張りだ」っていう声を聞かせる。
そうしたら、その牛を襲う群れがもうやって来なくなる。
ショーンの考えでは牛を襲ったオオカミの集団というのは、もしかするとリーダーがいないのかもしれない。
何でリーダーがいないと牛を襲うのかというと、闇雲に襲い始める。
リーダーが「コレを食おうぜ」って決めないから「ならず者化」してしまう。
群れ全体が「何を食べるか」それを決定するのは「アルファ」である。
アルファを失うと、オオカミというのは悪食になる。
そういう群れは滅びやすい。

この本『狼の群れと暮らした男』の中にはショーンの「オオカミ目線でモノを考える」姿勢がずっと書いてある。
それが読んでいてすごく面白い。

例えば、こんな事件があったそうだ。

サスカチュワンの森を一人でハイキングしていた男子学生がオオカミに襲われ半分食べられたのだ。(220頁)

 ひょっとしたら彼らは私たちをもはや同士の捕食動物として認識していないのかもしれない、というのが私の考えである。現代の食事のため−純粋にベジタリアンである人はいわずもがな、炭水化物やジャンクフードが多い−人間の臭いがだんだん被食者となる動物に近くなってきているという説はありえる。(223頁)

(番組では人間がシカの肉を食べているとシカの臭いがするから襲ってくると言っているが、上記のようにそういうことではないようだ)

「気配を見抜く」というか、そういう「直感」を磨いていきたいと思う武田先生。
そういう「センサー」の磨き方を、どうすればいいのかっていうのは、具体的に考えたり行動し始めたほうがいいのではないか?
「お侍さん」で、時々道を歩いてて「ムムッ!殺気」とかって。
アレは(実際に)ある。
そのためには条件がある。
それぐらいの感覚を持つためには、毎日そこの道を通ってないとダメ。
そのことがすごく大事。

(番組では北海道まで行く新幹線の中で「ストレンジ・アイテム」が発見されて止まったという話が出るが、調べてみてもそれらしい内容が発見できず。おそらく新幹線ではなくカシオペア “不審物”は乗客のボイスレコーダーの件ではないかと思われる)
誰かさんが「列車の音を全部あそこに着くまで録音しよう」と思って、テープを置いておいたら同じ乗客の人が「変なモノが置いてある」「爆弾かもしれない!」と大騒ぎになった。
あれは「こんな所に、こんなモノがあるはずがない」っていう「乗り鉄」の人が、ちゃんと居たから。
そういう「感覚を研ぐ」っていう。
そういう意味で野生動物というのは考えさせてくれる。
「いかに感覚を磨くか」という。

オオカミが、ある若い男性を襲った。
これは、もちろんオオカミにボスが居なかったせいで、人間を襲ったということがあるらしいのだが、その青年が、例えば羊の肉を食べた直後だったりすると、その青年から発する匂いは羊と同じなのでオオカミは「羊だ」と思って、人を襲うということがある。
(このあたりは本の内容とは異なる)

「クマは悪食で平気で人間を襲ったりする」とある本に書いてあったがやはり違う。
このショーン・エリスという人は言ってるが「クマも、まず人を襲うことはない」。
「いやいや、そんなことはない。あるじゃねえか!北海道なんかでも、年間に何人か必ず」
それは「出会い頭にクマもビックリして護身のために暴れた」っていう。
クマは毎日、同じ道を通っている。
そこに「異様な生き物がいたから」という。
クマはクマの、そういう考えがある。
もう一つ、基本的にクマは人を襲うことがないが、例えば人が出したゴミがある。
そのゴミを漁って食べて、生ゴミがすごくおいしいものがいっぱいあったとする。
この生ゴミの匂いと、生ゴミの味を知ったクマは、人間を襲う。
なぜなら人間は、クマからすると生ゴミと同じ匂いがする。
よく北の街なんかで「生ゴミの処理」がものすごく厳重な所がある。
それから、アメリカの公園なんかも生ゴミを表に絶対出しちゃいけない。
あれは何でかというと、その匂いで人間も襲うようになっちゃうから。
「生ゴミは、絶対に街角に溢れさせてはいけない」というのは、倫理道徳だけの問題ではなくて護身のためでもある。
これは、ものすごく納得がいく。

『狼の群れと暮らした男』という、この本の中には、ショーンさん自身の「生活の変化」「結婚」それから「お母さんとの和解」等、オオカミと共に彼自身のことも、たくさん描かれている。
この人はお父さんがいなくて、お母さんとも仲があんまり良くないんだけど、オオカミを見ていく内にゆっくり母性みたいなものに気づいていくということが延々と書いてある。

ショーンは本の最後の章で自分の夢を語っている。

私の長期的な計画はオオカミの居住スペースを持った敷地を買い−理想的には一匹のオオカミに対し一エーカー(約四千u)の自然林−そこで教育研究センターを経営することである。−中略−環境がどう変わったかを明らかにしてもらいたいと思っている。(307頁)

ショーンは「オオカミが森を健康に変える」ということを、その目で見た。
ロッキーの谷間でヘラジカが増えすぎて、ヘラジカが増えると同時にネズミが増え、ネズミが増えると奇妙な伝染病が流行したという平野があったそうだ。
その地のインディアンは、オオカミが他のエリアから入って来て、その大地を旅してくれれば「森は、平和になる」と祈った。
本当に彼らの願いが叶い、流浪のオオカミがやって来てその森に住み着いた。
そうすると、その谷の自然のバランスが数年で美しい谷に変えた。
だからヘラジカを「エサ」として食べていくうちに「ネズミが減って」ということなのだろう。

イヌイットの伝説。
オオカミはまず、年をとったり病気やケガをしたヘラジカを食べてしまう。
そうすると(ヘラジカの)オス・メスの交尾が、緊張でピーンと張り詰めて無闇に子供を産まなくなるオオカミの存在が交尾に緊張を与える。
これはやっぱり『週刊文春』。
適度な緊張感。
半端な気持ちがなくなるから、みんな緊張を持って不倫をするようになるからダラダラしないんじゃないか。
非常に短時間で「効率よく」みたいな。
やっぱり週刊文春が「ある」と「ない」とでは随分違う。
文春の生け贄になるかならないかというのは、ものすごく大事なことだから身が引き締まるだろう。

このショーン・エリスが「一つの方策」として言っている。
日本みたいなところでオオカミそのもの「タイリクオオカミ」をダン!と北海道に放ったりなんかするというのはちょっと危険かも知れないので、何をやったらいいかというと、オオカミの血を引く犬を作ること。
オオカミの血を半分だけ引く犬というのは本当にいる。
半分入っただけで、野生のオオカミの本能は宿るらしい。

シベリアンハスキーは見た目よりはおっとりしている。
武田先生の知り合いのシベリアンハスキー。
奥さんが一生懸命頑張って育ててらっしゃるのだが、動く方に気持ちが行ってしまう。
奥さん引っ張っているのに、両足で立って武田先生に接近してくる。
エサの喰い方が下手くそで、硬い肉が好きだから馬の腱なんかをあげる武田先生。
馬の腱は噛みごたえあるので喜ぶ。
歯の健康にも良さそうでやるのだが、やると武田先生の指五本全部を咬む。
「エサだけ上手に取れ!」と言いたくなる。

オオカミの血を引く犬を、例えば北海道のシカ被害に遭っているとろこなんかに放つ。
捕まえた獲物に関しては、全部彼に「あげる」とか。

イントロダクションの前に私はいつも、誰か慢性の病気を持っている人はいますか、妊娠している女性はいますか、生理中の人はいますかと聞くことにしている。これらの状態はオオカミに大きな影響を与えるからだ。もしあるボランティアが風邪とか傷を負って柵に入ると、オオカミはすぐに察知し、彼らの行動は普通以上に挑戦的になる。−中略−オオカミはどんなことでも弱点を持った人間はたちどころに選び出す。(310頁)

病によって打ちひしがれた人を見ると、励ますように舐める。
そういう力がある。

スパークウエルのオオカミの柵に背の高い体格のがっしりした男が来たことがある。−中略−私が彼らに話しかけている間、彼は皆から遠く離れていたが、彼とメスオオカミのダコタがつながったことに私は気づいた。彼女はフェンス越しに彼を見つめており、男がする仕草のすべてをダコタは真似した。−中略−家族が互いにハグして涙を流していた。あとでわかったのだが、健康なアスリートのラグビー選手だったのだが、最近背中に怪我を負い、二度と走れない体になった。−中略−その日の午後彼とダコタの間に何が通じたのかわからないが、そのオオカミは彼を蘇らせた。(309〜310頁)

(上記の模様を「アニマル・プラネット」でも報告されたと番組では言っているが、この話が掲載されている箇所はアニマル・プラネットの話より後の章にある)

ショーン・エリスは「己の都合で、自然を整理整頓するのを止めて自然の持つ流れというのを、自然に返したほうがいいのではないか。そのためには、オオカミとも共生できる自然環境を人間が作るべきではないだろうか」と言っている。

「野生」というものにすごく惹かれる武田先生。
人間が野生を失うことによって、大事なものを次々失っていくという気がする。
今年一年、野生というものに注目して色んな「三枚おろし」を作っていこうかなぁと思っている。

格闘術を身につけようと思い内田(内田樹)先生を見習って、合気道の道場に通っている。
野生を合気道に感じる。
面白い出会いも沢山ある。
この番組で「合気道は何かいいらしいぜ」と武田先生が喋ったことがある。
内田先生の(時の)その放送を聞いてた若者が小田急沿線にいた。
その青年が合気道場を見つけて行ったら「本人がいるんで驚きました」と言われた。
30歳になるかならないかの青年。
その彼とは仲良くなったが、向こうは若いからグングン伸びる。
教えて下さる館長は75歳。
でも全然、そんな年に見えない。
シンノスケ君という中学校1年生の子と仲良くなった。
シンノスケ君は(武田先生から見ると)先輩で「せんぱい」と呼んでいるのだが可愛い。
それから女の人もいる。
そこで教わる野生と言うか、館長(師範)が言った言葉。
「人間というのは、出来ることだけやってると終わってしまうんじゃないか。出来ないことにチャレンジしているうちは、人間というのは体が弾むんじゃないか」
時々涙が出てくる時がある。
何気なくおっしゃるのだが、師範が言った言葉の中で「上手になろうと思ったらねえ、武田くん。バカになることよ〜。賢い人は伸びないねぇ」。
賢い人は「頭で考えちゃう」ってことなのだろう。
「野生のエネルギー」というのは、そういうところにあるような気がする。

2016年5月2〜27日◆『狼の群れと暮らした男』ショーン・エリス ペニー・ジューノ(3)

これの続きです。

ショーンはオオカミの群れと約2年間ロッキー山脈の山中でオオカミの群れと過ごすが、この2年の間、一回も風呂に入ってない。
どこかで限界を感じたようだ。
子供のオオカミを育てるという役目をオオカミのボスから依頼されたのだが、その子オオカミの成長を確認して、彼はオオカミの集団から離れて1週間かけてキャンプ地、人間の生活圏に帰還する。
生々しい話としては、人間界に戻った彼は、何と一晩の内に蜂蜜の瓶を一息に、半分まで食べたという。
生肉ばっかりを食べていたわけで。
グループの中に入るとオオカミが肉をくれる。
ちゃんと、別オオカミが食事で生肉を運んでくる。
それを喰っていた。
そして、故郷のイギリスに帰るのだが、イギリスの軍隊の方から彼に、リクルートの声がかかる。
(本によるとそういう流れではない)
陸軍の軍用犬調教師という役職で彼は雇われる。
なぜ、イギリスは彼のオオカミへの知識を買ったかというと、オオカミの知識が軍用犬を育てる事に役に立つのではないかということ。

武田先生はご近所の犬に飼い主の方の許可を得てエサを配って歩く。
エサをあげた場合は、ドッグフード店で買った「何々です」とちゃんと言う。
犬はチーズ系のおやつをやたら好む。
ところがこれは結構保存が難しくて、すぐにカビが生える。
(犬が)お腹を壊すと悪いので、事前に軽く自分で食べてみる。
味付けは薄味。
彼らは、塩分に関しては非常に脆い。

犬は日本の小学生より、たくさん日本に生活している。
日本の小学○年生よりも、犬のほうが多い。
それくらい人間の暮らしの中に溶け込んでいる動物。
猫はもっと、これよりも多くなる。
しかも少子化はない 。
犬とオオカミのDNAの差は0.2%。
数千年の選択的交配の結果、オオカミから犬が生まれた。
セントバーナードからチワワまで様々な犬を人間が作り出した。
しかし犬を支配してる本能そのものは、オオカミと0.2%しか変わらない。
犬の中に眠っているオオカミを無視してしまうと犬を誤解してしまう。
だから、チワワでも何でもいいので「こいつは、オオカミだ」と思ってください。
例えばペットショップに行って、人に寄ってくる子犬を「懐いてる」と思ってらっしゃる方がいるかも知れない。
これが誤解の始まり。
そんな意味では、けっして犬は近づいては来ない。
このあたりがショーンの観察眼の面白いところ。

実はこのオオカミ、犬の中に眠っている本能を見分けるという意味では、オオカミから学んだことというのは、犬にきれいに当てはまるということ。
ショーンが言ってる中ですごくおもしろかったのは、彼はイギリスの軍隊に行ってオオカミの知識を活かしながら軍用犬の調教にあたる。
警察犬が訓練でバーッと飛びかかって襲ったりなんかする。
あれはショーン曰く「攻撃する」というのはオオカミの本能に頼っている。

犬が偽装犯人の腕を口で捕まえたときに、調教師は犬に放せと命令して「そこまで」と叫ぶが、犬が従わないと猛烈に怒りだしていた。誰も理解していないようだったが、これは犬の本能に反することである。野生のオオカミは捕食者が死ぬまで食いつき続けて放さない。そうやって彼らは生きのび、群れを養うのだ。犬の訓練では、獲物がまだはっきり生きて暴れているのがわかっているのに放せと命令されるので犬は当然混乱し、むしろ怒鳴り声を群れからの応援と聞いただろう。(156頁)

盲導犬は向いているのは30%ぐらいしかいない。
あれは、実は「群れの中の役割を果たしていると思ってほしい」とショーンは言う。
例えばペットショップに行って、すぐに子犬がバッと寄ってくる。
「あ、この子アタシに懐こうとしてる」と思うかも知れないが、実は、犬の立場に立って言うとベータという順位に属する犬の性格を持っている犬かもしれない。
犬はある程度生まれつき役割が決まっている。
この「人に、まず寄って来る犬」というのは、エンフォーサーというベータに属する犬の性格かも知れない。
何か脅威を感じるとこの犬は攻撃に転じる性格。
オオカミの群れでいうと、この「人に寄ってくる」というタイプの犬は「用心棒」であり「しつけ係」であり「あたりを警戒し、怪しい物がいれば攻撃する」。
仲間の内で「ルールを守らないもの 」がいると「風紀委員となって、噛み付いて懲罰を加える」。
そういう性格の犬の可能性がある。
「この犬、私に寄ってきて懐いてる」と思って飼い始めると餌をあげる時間が遅くなると、吠えて威嚇するようになる可能性がある。
群れ全体のルールを守ろうとするので、成犬になって飼い主がルールを守らないと「ルールを守れ!」というので攻撃してくる可能性がある。
犬はどうして、自分の仕事とか役割みたいなものが、生まれつき分かるのか不思議。
お母さんの、おっぱいの場所の順番で決まる。

子オオカミが大きくなったときに占める順位が生まれつきなのか、この世の最初の何週間に獲得するのか、すなわち、地位が生得なものか育てによるのか誰もまだわかっていないが、子どもが母親のどの乳房を吸うのかが大事なことは間違いなく、それを決定するのに母が何らかの影響を与えることができる。真ん中に一番近い乳首をくわえる−子どもは外側で授乳される子どもより生育がよいはずだ。中央の乳は質が良く、そこで授乳される子どもはその脇で授乳される兄弟が近くにいるので保温状態が良い。これらのオオカミは端に追いやられるものより高い地位を占め、その結果彼らはより濃厚な匂いを身につけるだろう。(168〜169頁)

いっぱい出る場所を、他の犬を蹴っ飛ばしてでも「やってきた」ということだ。
そして、そこを自分の定位置にして、絶対に他のオオカミに譲らない。
そうすると母親は「こいつはリーダーに向いてる」。
エネルギッシュで野性味がある。
おとなしいやつは、だんだん端っこに行っちゃう。
「ベータ犬」というのは、真ん中ではないけどその隣。
これは、ボスに仕えつつ参謀として群を形成するという性格になる。
ベータ犬は好奇心いっぱいだから「こいつ何者だ」って思いながらチェックに来る。
それが人懐っこく見える。
群れを守るために、何か奇妙なもの見つけたら「攻撃するか、攻撃しないか」っていうのを自分の体を張って確認に来る。
「犬は、たとえ1匹でも、群れで生活しているという思いで生きている生き物だ 」と
彼は言う。

犬のおっぱいの数を(この番組の)スタッフに調べてもたったところ、だいたい9個から10個。
犬種によって、おっぱいの数が違ったりする。
人間の場合は「ボイン」とか「ナイン」とか色々。
「モロ平野」などと言う。
(初めて聞いた)
その、いっぱいあるおっぱいが、センターであればあるほどお乳の量が多い。
だから真ん中に吸い付いたヤツというのは、成長が早くてリーダーになるという。
端っこにいけばいくほど、群れの中ではやや低めの役割になってしまうという。
ところがケンネルで買うとどの性格かわからない。

 私たちはおうおうにして、アルファの犬を選びたいと考え、同じ母から生まれた子犬たちの中から一匹を選びに行ったとき、挨拶に近づいてくる勇敢な子がアルファの犬だと信じがちだ。これは事実ではない。アルファは自衛本能が強いので犬舎の奥にじっとしている。彼らは決して危険な状況には入らない。もし、危険な状況になったときは、つまりオオカミの例でいえばクマが巣穴の周りを襲撃したようなときは、アルファはそれにかかわらず、自分の命を危険にさらさずに群れの他のメンバーが殺されるのを見ているだろう。アルファは繁殖ペアの片方であり、その子孫を残すことが至上命令である。
 もしアルファの子を家に持ち帰ったら、その子は覚えが早く、訓練しやすいのでいつの日か、時が来たと思ったら彼は群れのリーダーになろうとする。そして彼はその日を待ちながら、この飼い主にはもはや群れをリードする能力がないと示す弱みの徴候を探す。
−中略−飼い主はいつも彼より一歩先んじていないと、あんなにかわいくて素直だった犬がわがままなヤツに変身し、飼い主が何を言っても言うことを聞かなくなるだろう。
 そんな彼は、家の外に出たとき全く「耳が聞こえなく」なることがある。
−中略−彼は私たちよりはるかに遠くを見渡せ、私たちが聞こえない音を危機、昨日その方向に流れてきたすべての臭いを嗅ぐことができるから、公園にどんな犬がいるか、どんな人間がいるか全部お見通しである。だから彼は、この飼い主はもはや自分と飼い主の安全を守れないと知っているので、彼がリードするのである。(227〜228頁)

一番飼い犬に向いているタイプは「センサー」というタイプ。
これは何か危険を感じると吠えて知らせる。
性格は従順でエサも少しで満足し、自分を売り込まない。
ペットとしては、もってこい。
ただし、一つやっかいなのは「よく吠える」。
その他にはアルファを守るベータのタイプもいる。
これは、ケンカしている犬を見ると仲裁に入り、従わないとその両方を攻撃するという。
実に頼もしい犬なのだが、飼い主は常にこのベータに対してリーダーとして君臨しなければ群れを追放しようとする。
だから主人のことが信用できなくなると、犬は「主人を追い出そうとする」という。
そういうこともあるので、ぜひよく見極めてから。
一番良いのはやっぱり、おっぱいを飲んでるところを見ることだろう。

犬は決して、人と暮らしているのではない。
彼は幻の群れの中にいて、群れの人間という仲間と生きているんである。
ショーンは言う。
タイプとは、彼らの仕事。
タイプが違うというのは、彼らの仕事が違うからなので、その仕事を理解してあげないと、犬というのは上手く付き合えませんよと。
犬が気の毒なのは、例えば食事である。
オオカミの場合、タイプで食事は異なる。

 アルファのペアは、肢や尻などの動きのある肉もいくらか食べるが、地位を守るために、食事の大部分を内臓で賄わねばならない。健康維持のため少量の植物類も食べるが、彼らの被食者となるのは常に草食性動物だから、それは胃の中にある。ベータの位、エンフォーサーはもっぱら運動する肉と若干の植物を食べる。中位から上位の動物、つまりテスターは、ある割合の首や背骨の肉と、約二五パーセントは胃袋の中身をたべ、中位のオオカミは肉と胃袋の中身を五〇対五〇で食べ、下位のオオカミは七五パーセントは胃袋の植物分を、二五パーセントは肉を食べる。(238頁)

1匹の獲物にオオカミの群れは、その仕事によって食べる部位を食べ分ける。
犬は本当に気の毒に「ドッグフード」。

近所の犬にちょっと高いものをあげている武田先生。
飼い主ではないから、時々ご褒美であげる。
ダチョウのアキレス腱。
噛みごたえがあるらしくて。
秋田犬はやっぱり、鮭の干したヤツが好き。
鮭の干したヤツを、こいつが「ふうぇあ〜」って顔をして美味そうに喰う。
すぐ隣に「ラック」という犬が。
武田先生が通りかかると吠える。
武田先生が散歩に出る時間になると、窓辺に手足を伸ばして(部屋の中から)外を見ている。
それで武田先生が通りかかると、もう後ろにいる奥さんに向かって「ワンワンワンワ〜ン!」という。
「武田来た!武田来た!武田来た!武田・・・おい!武田行っちゃう。武田あ!」って言いながら。
奥さんは「はいはい。わかったー」って言いながら、ガラガラーって開けると、ずーっと2階のベランダから・・・。
コイツ(多分ラックという犬)は小型犬なので「ボーロ」をあげている。
ちょっと植物系の。
小型犬なので内臓を壊すとよくないので。
このボーロも必ず1回口の中に入れて「大丈夫かどうか」を確認してから与える。

オオカミの「性格」とか持っている「本能」みたいなものは実は我々の一番身近な「犬」にそのまま当てはめることができるという。
いかに人間との暮らしが長くなろうとも、犬はオオカミであったことをけっして忘れることはない。
その証拠として例えば「吠える」ということだ。
犬が吠えるのは仲間に言葉で何かを伝えるためで、けっして自己表現のために吠えている犬はいない。
例えば「唸る」、ワンワンワンワンと「吠えつく」というのは「なんだ!このやろう」と言ってるのではない。
仲間に何かを伝えるために吠えているんであって、自分が怖かったり、怒りを感じるから吠えているのではない。
どんなに小さくても犬の吠え方は、オオカミの時のまま。

犬が家にいるとき誰かが歩いてくる音を聞くと、彼は低い声で唸り、その後に一度だけ吠え、また低く唸る。それは誰かが近づいて来ているが、まだある程度離れているので、狼狽する必要はないよと、知らせているのだ。その人がさらに進んでくると、彼は最新情報を与える−三度吠え、それから長く唸る。そのとき飼い主が何もせず、その人が敷地内の車道に入り縄張りに侵入すると、機銃掃射の洗礼を受ける。しかし、飼い主が窓辺に行って誰が来ているのか確かめ、犬にしかるべき命令を与えると、犬は落ち着く。(235〜236頁)

もし、それでも犬が吠え続けるなら「その犬は、飼い主をリーダーだと思っていない 」。
リーダーだと思えば、吠えるのはやめる。
とにかく、犬の仕事位置。
「この犬は、どんな仕事を血統の中でしていたのか?」という「それを見極めると、犬ともっとうまく付き合えますよ」という。

武田先生の引っ越してしまった隣の犬「ソラくん」(小柴)。
誰にも懐かない。
隣の奥さんが喜ぶように、こっそり訓練をした武田先生。
「来い!」と言うとガードレールかなんかをポーンと飛び越えて往復するように。
そうするとソラくんは、ザッとガードレールに手をついて飛ぼうとしない。
「お前の言うことだけは聞くもんか」という顔をする。
柴(柴犬)は可愛い。
縄文時代から、営々と日本で暮らしている犬なので歴史を持っている。
今、サルが暴れたりイノシシが暴れたりという事件がよく山村で起こっている。
アレなんかも、やっぱり昔は犬が担当していた。
今は繋がないとダメ。
昔は、村には共同で飼ってる犬がいて「寝ずの番」をやってくれる。
だからサルが夜中に侵入してくると、ブァーッと追いかけていた。
そういうことができなくなって「サル被害」「シカ被害」みたいなのが出るようになったのではないか。
前に『狼を放て』(これのことか)の時に「ここにオオカミがいたら、またさらに良いことが」と言ったのだが、この間、上野動物園の元園長さんとテレビの番組で話をした武田先生。
上野の動物園ではタイリクオオカミを飼育している。
時々秩父の山奥の方から上野の動物園にオオカミの糞を貰いに来る人たちがいる。
オオカミの糞をちょっと置いておくだけでもう一発で、一切サルは寄ってこないそうだ。
(サルは)見たこともないだろうけども「ライオンの糞」なんかも抜群の効果がある。だからやっぱり「野生」っていうのはすごい。

(ここで「海援隊トーク&ライブ2016」のお知らせがありましたが、すでに終了しているので割愛します)

2016年5月2〜27日◆『狼の群れと暮らした男』ショーン・エリス ペニー・ジューノ(2)

これの続きです。

ショーンはついにアメリカに渡り、ロッキー山脈、九州の1.5倍(実際には1.4倍)あるという自然公園の中の野生のシンリンオオカミと暮らしたいと願うようになった。
ついに彼は「狼が生きている」というエリア内に入り、野生の群れを探す。

 私は万全の準備を整えていた。体調は文句なし−中略−リュックサックは持っていったが、それには水のボトル、水清浄錠剤、ナイフ、罠を作るための針金と紐、誰かに居場所を知らせる必要がある場合の火炎信号装置、方位磁石、地図、ノートとペン、それに食糧が見つからなかった場合のすごく塩辛いビーフジャーキーを入れた。(102〜103頁)

 ある秋の日の朝、太陽が上がるとすぐ私はキャンプを出発して、サーモンリバーに沿った古い踏み分け道を歩き始めた。(103頁)

火を使うとオオカミが寄りつかない。
食糧としてショーンが牛肉を食べると、牛の味を知っているオオカミには、ショーンが牛に見える。
それで一回全部、現代の食べ物を出さなければいけない。
敵は匂いに関しては天才的だから。
(このあたりの話は本には出て来ないし、この時点でショーンは持ってきたビーフジャーキーを食べている)

ショーンは用を足しても紙で拭かない。
やっぱり出すものの匂いは「重大な匂い」だから。
ワイルドに近づけるためには紙で拭いたりしないで、そのままにしておく。
ワイルドというのは「不潔に耐える」ということ。

私はオオカミのように量ではなく質重視の食事をしていて、生肉を一回食べればエネルギーはゆっくり解放され一日半から二日は体がもった。(106頁)

私は主として昼間にうたたねや仮眠を取り始めた。−中略−私の用意したビーフジャーキーが切れる前に最初のアナウサギを捕まえた。私はそいつの皮を剥き、ハラワタを出し、脚の部分だけ食べた。−中略−他に鳥や齧歯類や、その他リスなどの小さな哺乳類を補った。(106頁)

私はレビと接触ポイントについては合意しており、そこに私のリュックサックを残し、彼かキャンプの誰かが二日おきに車で登坂し私が大丈夫なことを確かめることになっていた。(105頁)

4週間探しても、オオカミとの接触はない。
やがて冬がきた。
初雪と吹雪が4日間続き、彼はなんと土を掘って夜を過ごした。
(本には「常緑樹の茂みの下に非難した」となっている)
昼間なるべくウトウト眠るようにして、夜は寒さに耐えた。
彼自身が野生の生き物になっていった。

ほとんどの人間は愛玩動物を自分に似せようとしたがる。わたしは自分が大好きな動物のようになりたいといつも思った。(107頁)

彼は毎日20kmを限界として山中を歩き、オオカミの群れを探し続ける。
そして8週間目の深夜、ついに狼の声を聞いた。
(本によると二か月半経って更にその三週間後のようなので、多分三か月以上経ってから)
そして11週目。
(本によると、先ほどから更に三週間後ということなので、四か月後ぐらいかと思われる)

ある昼下がり、小道を歩いていると、私の目の前約一五〇メートルのところを一匹の大きな黒オオカミが道を横切った。そいつはわずかの間立ち止まり、差すような黄色い目で私をまともに見て、それから森に消えた。(109頁)

ロッキー山脈はクマが多のだが、クマさんには悪いがクマは悪食だ。

 クマは何しろ突然出てくるから私は一番怖かった。(111頁)

彼はオオカミの遠吠えを毎夜聞くうちに、その声がオスかメスか判断できるようになった。

次の三晩か四晩、彼らは遠吠えをした。それはまだいなくなった家族のためだろうと考えたが、どこからも返事はなかった。ある晩、私は勇気を出して代わりに吠え返してみた−ちょうどどこかの群れに欠員があると一匹オオカミが感づいたときにやる吠え方で−ら、なんと群れの全部が私に応えたのだ。(119頁)

(番組ではこの後、30週目に野生の群れを呼び寄せて、気付くと5匹のオオカミに囲まれたというような話になっているが、本の内容とは異なる)

ショーンは9か月近くかかって、野生のオオカミの群れに接近し続けた。
ある日の午後、黒いオオカミが近づいてきて側まで来るとゆっくりと膝の下を前歯で咬んだ。
そのオスは、仲間をすぐに呼んだ。
接近は頻繁となり、オオカミの咬みはだんだん強くなり、触れても反撃されなくなった。
(番組ではオオカミが「ついて来い」と言ったというような話になっているが、それらしい話は本の中には発見できず)

ショーンはついに、メスのアルファボスであるトップに紹介された。

彼女は敵愾心むき出しで、二〇メートルか三〇メートル以上、私が近づくのを許す気にならず、みるからに極めて神経質になっていた。(123頁)

それでも他の3匹の仲介で、彼はゆっくりと新入りとしての待遇を受けるようになる。
オオカミの待遇とは、オオカミとして鍛えられることで、とにかく咬む。
そして咬まれながら、仲間のオオカミに自分の匂いを一生懸命伝えているらしい。

 あまりに痛みが激しいときは、彼らに放してもらうため私は金切り声で悲鳴をあげざるを得なかったが(126頁)

 ある朝早く私が空地にいると彼ら四匹がずいぶん久しぶりに現れた。−中略−今度はメスまでも挨拶するかのようにして近づいてきた。彼女は私から約一〇メートルのところに座り、オスが私の体に接触するのを眺めていた。(127頁)

気がついてみると、メスがオスと交代し、それまで三〇メートル向こうで唸り喚いていたのが、私の顔から三インチしか離れていないところで咆哮しているのだった。私の顔に彼女の生暖かい息がかかった。(127頁)

(番組ではこのメスがショーンの唇を咬んだと言っているが、そのような記述はない)

ショーンは、殺そうと思えば殺される体勢だったが、覚悟を決めて唇を咬まれながらなるべく首を彼女に見せた。

 彼女が私の上に乗っていたのは二分か三分だろうが生涯で最も長い時間だった。彼女は私に何の危害も加えなかった。(127頁)

離れたということは、その瞬間に狼の仲間入りが許された瞬間だったという。
その日からショーンは、遠吠えで仲間を呼ぶ事が可能になった。
(本によると呼べるようになったということではなく、ショーンに対して吠え返しているだけのようだ)

若いメスが私に食べ物を持って来てくれた。アカシカの足だった。彼女はちょっとだけそれと戯れたが、ほらと言わんばかりに私のそばに落としていった。私がそれを食べ始めると彼女は座って見ていた−ということは私の行動は適切だったのだろう。−中略−彼らは私に狩りをしてほしくないが、喜んで私をそばにおき食べ物をもってきてあげようと思っているらしいことは明らかだった。(129頁)

(番組では、食べるまでアルファのメスが見ていると言っているが、実際には見ていない。シカを食べた時にオオカミがショーンの顔を舐めまくったように番組では言っているが、これは別の時の話)

この本の内容を「話を盛ってる」と言う水谷譲。
目撃者が一人もいないので疑われても仕方がない。

 私は日記をつけたことがないし、手紙を書く人間でもなく、何かに頼ることがなかった。−中略−そんなわけで、私の生涯に起きたいろいろな出来事が実際はいつだったのか記憶を呼び起こすものが全くない。ある出来事が起きた年を間違っているかもしれないが、どうぞご容赦願いたい。(XIV頁)

とうとう本物の野生のオオカミと接触して、彼はこの時にメスボスのオオカミから存在を認められて、下位のオオカミからシカの足のエサをもらって喰った。
その時に、正式にちゃんと仲間に入ったんで「自分の仕事はなんだろう?」と考えた。
「なぜ自分は、この群れにリクルートされたか」すぐにわかった。
ボスであるアルファメスが交尾期に入ったので、彼に乳母を頼んだ。

オオカミの妊娠期間は六三日であるが、二か月目の終わりになると彼女が赤ちゃんを身ごもっていることは明らかになった。(137頁)

(この後、番組ではショーンが乳母役としてやった内容が語られるが、武田先生の創作と思われる)

獲ってきた獲物はメスのボスから食べる。
獲物を食べる場所(部位)は決まっている。
オオカミのボスは内臓から食べる。
シカの胃袋を食べると一緒に植物系まで摂れる。
主に運動をやるヤツは筋肉系の腿を食べる。
だから食べる場所で、自分の群れ全体の中での仕事の役割が決まっている。
「センサーオオカミ」というのがいる。
遠くまで行って珍しいものを見つけると、匂いをすりつけて持って来て「こんな珍しいものがありましたぜ」とみんなに嗅がせるという役割のオオカミがいる。
群れを組んで生きている時に、いわゆる情報収集みたいに、エサとは関係ないけれども、何か変わった出来事が起こるといちいち匂いで報せに戻ってくるといういわゆるメディア関係みたいなヤツがいる。
こいつが胸の肉を食べる。

2年で、鍛えに鍛えたショーンの体力も限界になった。

 午後遅い時間だったが、私はまたしてもどうしようもなく水が飲みたくなった。私は立ち上がり谷間に向かっていつもの道を下りはじめた。そのとき巣穴の反対側から若いオスが私に飛びかかり、私を地面に叩きつけた。若いといってもなりはでかく力が強かったので、ちょうどラグビーで三人の選手に同時にタックルされたような感じだった。−中略−
 何が起きているのか、彼をこんなに怒らせることを何かしたか、私は思いつかなかった。
(142〜143頁)

 突如、すべてがはっきりしてきた。若いオスは私を殺そうとしたのではない。それどころか、私が四五分前にこの道を通っていたら、クマに襲われただろう。このオオカミは私を確実な死から救い、同時にクマが巣穴とチビたちの存在に気付かないように守ったのだ。(144頁)

オオカミの群れの感動は、すべて彼らが「家族のために命をかける」ところ。
これを何回も、彼は目撃している。
オオカミは群れで行動する。
一番大事なのは群れ。
群れの中にいる1頭ずつにはそれぞれに仕事があり、その仕事をそれぞれが命をかけてやる。
やらなければ群れ全体が死んでしまう。
仕事が無くなれば、その1頭は容赦なく群れから追放される。
抵抗や言い訳は一切できないし、彼らもまたしない。
追われれば、まっすぐに群れを離れる。
「離れオオカミ」として森の中で一人で生きていく。
一人というのはオオカミにとっては野生で、ほとんど死ぬことと同じ。
だけども、それに逆らおうとするものはいない。
彼らは実に素直に、その死の命令に従う。
ショーンはオオカミの子供たちが大きくなって一人前になったことを確認すると「やがて自分の仕事が無くなる」と。
(このあたり「ショーンは乳母役」という誤った認識で話が進んでいる)
ということは、その時点で群れを追われるということがわかったのだろう。
そして去った。

その間になんと、カレンダーは2年が過ぎていた。
それで体重は22kg減。

彼は巣穴を出て実に感動的だったのは、あれほど懐いていたチビが、まったく彼について来ない。
巣穴から顔を出してるが、彼についてこようとしない。
その顔を振り返って見た時に、ショーンは「こいつ、この群れを出ようとしてる」と思った。
オオカミは別れに反応しない。ワイルドとは野生とは、そういうことなんだ。
ショーンは「子オオカミにさえ、教えられた」ということで、オオカミの群れを離れたという。

落合場所に着くまでにはたっぷり一週間はかかった(145頁)

何か欲しいものがあるかと聞かれたので、私が「ハチミツ」と言ったら、誰かがうぐ持ってきてくれ、レビと周りに集まった皆が立ってみているなか、私は一気にビンの半分まで食べた。(147頁)

(番組ではハチミツが冷蔵庫の中にあったように言っているが、本にはそういう記述はないし、冷蔵庫に入れたら固まってしまうだろう)

私は川の流れにひざまずき顔に水をかけていたとき、たまたま水面に映る自分の顔を見た。私は自分の顔を何か月も見ていなかったので、私を見返している顔が誰かわからなかった。やせてやつれ、目は黒く窪んでおり、髪は長く伸びてもつれ、ひげは伸び放題だった。センターを二年前に出たときの艶のある若々しい顔をした若者とは似ても似つかなかった。(144頁)

彼はアメリカのキャンプ地での暮らしの中で、また再びオオカミへの夢が膨らみ始める。
それはイギリスに、自分の生まれた故郷に戻って、その中で「狼と一緒に生きていく環境」というものをイギリスに作りたいと夢見た。

 私はまっすぐプリマスにいるジャンに会いに行った。−中略−いくつかの照会をしたが、結局軍隊のコネを使ってレスターシャー州メルトン・モーブリーの陸軍が経営している軍用犬管理のコースに住み込みで入学した。(151頁)

(番組では軍隊の方からアプローチがあったかのように言っているが誤り)

ロシアがイルカを軍事用に使おうということもあった。
野生動物のこういう能力は戦場なんかではすごい。
戦争に役に立つ軍用犬を育てる調教師たれということで、彼にお呼びがかかった。
(そうではないのだが)
彼は、オオカミで身につけた知識を軍用犬にという。
ところが軍用犬を育てながらも、彼の所には普通の犬の相談も持ち込まれるようになる。
彼の生活はオオカミから犬になる。

オオカミと犬のDNAの違いは〇・二パーセントしかない。数千年に及ぶ選択的交配の結果、私たちはセントバーナードからチワワまで、人間が欲しがるあらゆる形、大きさ、色の犬を作り出してきた。−中略−現在の犬はもちろん家畜化されているのだが、基本的に彼らの本能はオオカミと同じである。(227頁)

だから「オオカミを知っていれば、犬が理解できる」ということで、彼の知識が犬の役に立つ。
色んな所で鹿が増えすぎるっていう国があったり、今度は逆に野生のオオカミが羊を食べたっていう。
そういうオオカミ絡みの事件に彼が巻き込まれていって、オオカミと暮らした知恵がヨーロッパ世界の中で、彼を通して解決されていく。
「妄想」でも「盛り」でもないという「彼の知識」が、ここでまた発揮される。

2016年5月2〜27日◆『狼の群れと暮らした男』ショーン・エリス ペニー・ジューノ(1)

今回は何と四週にわたっているので、いつもの「前編・後編」ではなく数字にしておく。
今回も「本の中にそんなことは書いていないのでは?」みたいな部分もある。
っていうか悪化している感じがする。

狼の群れと暮らした男



ショーン・エリス氏の体験をペニー・ジューノ氏が聞き取ってまとめた本。
イギリスの青年であるショーン・エリス。
話はタイトルの通り。
ショーン・エリスの体験記。
英国ノーフォーク州の農家に生まれた青年。
のどかな農村に生まれたショーンは、野生動物に囲まれながら育つ。
しかし思春期を迎えると心から愛したおじいちゃんと死別し、少しずつ反抗が始まり荒れ始める。
母は離婚し女手一つで育ててくれたが、ショーン自身が青年らしい反抗期が続き、自立の暮らしをしたいということで、22歳で英国砲兵隊のコマンド部隊に入隊する。
このへんは農家の次男坊にあるタイプの体験記。
(一人っ子なので次男ではないのが)
コマンド部隊で雪中行軍や戦闘訓練を受ける。
イギリスのグリーン・ベレーのような部隊に入るのだが、そのグリーン・ベレーで戦闘訓練を受けるのだが、習ったことが後にオオカミと接触する時の知恵になる。
グリーン・ベレーの生存術は面白い。
極寒の中、48kmを8時間以内に走破する。
(この訓練は本によるとグリーン・ベレーに入るためのテストの中の一つであるが、番組ではこのような訓練を受けていたように言っている)

 そんな温度のもとで長距離を徒歩で踏破しようとしている場合は、先導者は決して長い間その任にあってはいけない。彼はだいたい五百メートルぐらい先導したら、速度を緩め後ろに下がり、列の次の人がさらに五百メートル先頭に立つなど順番に交代する。−中略−
 私は人間がどうやってこのことを発見したのかいつも不思議に思っていたが、何年もあとになって中央アイダホの山中で野生のオオカミと暮らして初めて、オオカミが雪の中で全く同じ方法を使っているのを知った。しばらくするとリーダーが離れて隊列の後尾につくのだが、これは狩猟のときすべてのオオカミが十分なエネルギーを残してすばやく戦闘につけるようにするためだった。
(49頁)

戦闘では、不意に先手を打て、知悉した環境で敵と戦え(何故なら戦況支配の確率が自分に有利に働くから)、と教わった。敵地で一人で十二人と戦えば勝つチャンスはないが、その十二人を知りぬいた環境で迎え撃てば、生きのびるチャンスはずっと高まる。
 オオカミが全くそのとおりのことを実行しているのをのちに私は発見した。彼らは敵を襲う前には常に勝算があがるように必ず状況を変える。
(49〜50頁)

敵に向かった場合、一人に対して、三人で囲む。
そうすると三人の負傷度がものすごく低くなる。
実はこれをオオカミがやっている。
ライオンもこれ。
獲物を真ん中にして三頭で襲う。
(三匹のオオカミが巨大なクマを仕留めた話は出てくるのだが、そういう内容ではない)

プリマスの近くのスパークウエル村にダートムア野生動物パークがあるが、そこにオオカミの群れが飼われていることを発見し、何はともあれそこへ出かけ、飼育係たちとしゃべった。私は連隊の休日にはいつも繰り返しそこへ通い、ときに人手不足のおりは手伝いを申し出た。(54頁)

ボスオオカミが息を飲むほどきれい。
目がコトブキ色(調べてみたが「コトブキ色」という色は存在しないようで、本の中にも何度か登場するが「山吹色」の間違いではないかと思われる)。
目が金色。
フェンス越しのオオカミとの遭遇なのだが、ショーンはフェンスから動かないという見物人の一人になっていくのだが、ここから彼の人生はオオカミに傾いていく。

オオカミにどんなイメージがあるか?
「怖い」
虎や狼 恐くはないのよ(銀座カンカン娘)
しかし「オオカミ」だから「大きい神様」。
日本人はオオカミに関しては「自然を代表する神」ということで「大神(オオカミ)」。
ローマ神話にローマを建設した双子の英雄(ロームルスとレムス)を川のほとりで育てた。
インドで発見されたオオカミに育てられた少年(オオカミ少年)。
アニメでは『狼少年ケン』。

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オオカミが人を育てるというのはあちこちの神話で残っている。
ところが近代化が始まるとヨーロッパからオオカミは悪魔であるというような考え方が流れ込む。
童話の中でも赤ずきんちゃんを食べたり、ディズニーのアニメでは必ずオオカミは悪役。
特にヨーロッパ圏に於いては家畜を襲うということで毛嫌いされた。

「送りオオカミ」の語源。
オオカミというのはずっと後をつけてくる。
旅人が歩き疲れるのを待って襲ってくる。
獲物を何日にもわたって追い続けるというような習性を持っている。
頭がいいので、頭のよさをひどく憎んで西洋社会はオオカミを悪魔のごとく扱ったのだろう。

パークの所有者でその真ん中の堂々たる家に住んでいたエリス・ドーと知り合いになって、私はまもなくクリスマスや常勤の飼育係が休みを取る他の休暇シーズンには代わりに仕事をしたいと申し出るようになった。(54頁)

(番組ではここで軍隊を辞めたという話になっているが、本によると軍を辞めたのはそれより後)

ショーンはフェンスを乗り越えて、オオカミと一緒に暮らしたいと思うようになる。
オオカミと仲良くなれる方法があるんじゃないかと夢を見る。
どうやったかというと、オオカミゾーンのフェンスの中に毎晩入った。
彼らはやはり警戒して近づいてこない。
フェンスの中で生きているとはいえ、オオカミ。
匂いにものすごく敏感。

 次の晩、ルーベンという一匹のオオカミ(今になればこれがベータのオオカミだったとわかる)が勇敢にも私のそばにやってきて、私の体の周りを嗅ぎ、空中を嗅ぎ始めた。−中略−同じオオカミがやってきて、その前の二晩と全く同じ行動を取った。私の匂いを嗅ぎ、空中を嗅ぎ、脚を嗅ぎ、それから突然予告なしに私に突っ込んできて、あっという間に門歯で私の膝の肉片を激しく咬みとった。(58頁)

(このあたりの咬まれた箇所などは、番組での話とはかなり異なる)

私は全くどうすればいいかわからず、そこに座ったまま、ああ、これでおしまいだ、やられた、と考えていた。
 しかし、オオカミは後退した、そして私の反応を測るかのように、「どうした?」という目で見ながらそこに立っていた。それから彼は向きを変え暗闇に消えたが、彼を次に見たのは翌日の晩で、彼はまた来て全く同じことをした。
(58頁)

私は彼が本気で私に危害を加えるつもりでないことはわかっていた。その気になれば、一平方インチ当たり千五百ポンド(約六八〇kg)の圧力を加えられるその上下顎骨で、私の膝の皿などあっという間に食いちぎることができるのだ。(59頁)

 あとで理解するようになったのだが、オオカミが最初にすることは、新入りが信頼できるかどうかを見極めることである。どうやってそれを見極めるかというと、咬まれたことに新入りがどう反応するかを見るのである。群れに加わる新入りのオオカミは自分の一番攻撃されやすい喉をすぐ差し出して喧嘩に来たのではないことを示すが、受け入れ側のオオカミは脅威がないと納得するまで新入りに圧力を加える。もし私が力ずくで抵抗したり悲鳴をあげたりしていたら、たちまち一巻の終わりだったかもしれない。(59頁)

彼がやっていることはテストだということを私は理解した。(60頁)

 二週間の咬みが終わると、ルーベンは私の体全体に匂いづけをし始めた。(59頁)

匂いづけをしていることの重大さは、この匂いを仲間のところに持って帰って「仲間だ」ということを教える。
そのためにはショーンの体の匂いが必要。
五週間目にルーベンはついに順位一位のボスをショーンのところに連れてきて会わせる。
その時にボスが3頭から4頭の仲間を引き連れている。
「新しく入った仲間です」と全員に知らせる。

一番下っ端の新入りオオカミとして、ショーンはついにフェンスの中だけとはいえ、オオカミの群れに認められ、王(アルファオス)と女王(アルファメス)に首筋を咬まれるという儀式を経て仲間入りができた。
(本には首筋を咬まれたという話は出て来ない)
仲間たちはショーンを群れの一頭と認識すると静かに闇の中に消えていった。
ショーンは、オオカミの仲間入りができた初めての現代人になった。

猿にはボスとかサブボスがいる。
オオカミの場合はボスはボスなのだが、威張っているボスではなく仕事でアルファ順位、ベータ順位、シータ順位が決まる。
偉いということではなく、王と女王は子づくりするためにボスになった群れのトップ。

仕事分担で群れが形成されている。
ショーンはやっと人間としてオオカミの群れの最下位の仲間として受け入れられる。
ショーンはリクルートされ、何を任されているかにやがて気づく。
乳母役。
(この後もショーンが乳母としての任に就いているような話が続くが、本ではそのような内容にはなっていない)

 狩猟期になると地元の猟友会が鳥を届ける習わしがあって、ある日オオカミの柵に彼らがカモを三羽届けてくれた。当時まだ私はオオカミが食べる食べ物の種類とか彼らが何を大事にしているかをあまり知らなかった。−中略−アルファのペアが最初の二羽のカモを取ったので、私は食べたくはなかったのだが、自分の分け前を守ったほうがよいと考え、ベータがその周りに彼の匂いをまき散らしていたのを知らずに、三羽目を取り上げた。
 あっという間に、私は地上に叩きつけられた。ルーベンが約十メートル先から猛烈な勢いで私に突進してきたので、私はまるで汽車にはねられたかのようだった。カモは空中にあがり、私は仰向けに横たわったままだったが、彼が私の顔を上下の顎骨の中にはさみ締め付ける間、私は全く息ができなかった。
−中略−すると彼はまだ唸りながら顔から喉に締め付けを移動させた。彼はあと何秒か万力のように私を締め付けていたが、それから私を解放し、歯をむき出しにしてまだ唸りながら、後ろに下がった。(64〜65頁)

殺す気だったら喉を噛めば一発でいったのに、それをしなかったということは罰を与えた。
その時にショーンは学ぶ。
ルーベンがショーンに何を教えたかったかというと「触っちゃいけない」。
エサを他のオオカミが触っちゃいけない。
ベータ順位(二番目)のルーベンは、群れのアルファ(一番目)のペアの食事を担当しているオオカミ。
ベータ順位のルーベンが匂い付をしたものはアルファペアのためだけにあるので、子供のオオカミでさえ触っただけでも同じことを二位のオオカミから罰として、その辺は容赦がない。

オオカミは群れの中で担当する役割があって、その仕事をしつつ群れ全体を守る。
これがオオカミ。
だから自分一頭だけで生きようとするオオカミは殺される。
一匹狼は「失業中」。
群れは一頭ずつに仕事があり、仕事がダブるとダメ。
仕事がダブると役に立たない方から追放される。
そいつはどうするかというと、リクルートして歩く。
自分の仕事がないか尋ね歩かなければならない。
その時に「仕事を下さい」という叫びが例のオオカミの遠吠え。
群れを守ることがオオカミの絶対。

 アルファは意思決定者で彼らがいないと群れにはリーダーがいなくなるから、彼らが一番重要なメンバーである。だから、彼らが生き残ることが何より優先される。食べ物が少ないときは、彼らがまず食べ、彼らしか食べないこともある。他のメンバーは、子オオカミさえも、空腹になり、必要なら餓死する。(64頁)

(番組ではアルファを生かすために他のオオカミを殺すというような話になっているが、上記のように殺すのではなく死ぬようだ)

オオカミと付き合えば付き合うほど、ショーンは本物のワイルドオオカミの仲間になりたくなる。
彼はオオカミを尊敬してしまう。
そんな時に彼は、アメリカから野生の本物のオオカミの話が入ってくる。
どういうことかというと、アメリカのネイティブインディアン、ネズパース族の中のアイダホ州ウィンチェスターに住んでいるネズパース族の酋長が全米で「オオカミと話ができる男」ということで雑誌とかテレビで取り上げられるのを見て、ここに行きたくなってしまう。
(本によるとテレビに取り上げられていたのはネズパース族ではなくジムとダッチャーというアメリカ人夫妻。武田先生は「ネズパーズ」と発音しているが「ネズパース」)
ネズパース族というのは特にオオカミと関係が深かったらしく信仰の対象にしているらしい。
アメリカ政府もここにオオカミ研究センターを置いて、野生のオオカミを大事に保護している。
ショーンはその保護地の中にもぐりこみたくなる。
ネズパース族の保護地区を決める時に、アメリカ政府と話し合いがあったのだが、契約が保留されている。
なぜ、いい条件なのにネズパース族は保留したか?
それは「話し合いの席にオオカミが出席していないからつり合いが取れない」ということで。
(本にはそういことは書いていないし、調べてみたがオオカミのことが原因ではないようだ。この後に続く「オオカミの代表が来ていないから」みたいな話は割愛する)

ついに、なけなしのカネを全部はたいて渡米する。
目的はロッキー山脈の(オオカミの)保護区。

カナダのシンリンオオカミ一五匹がロッキー山脈の国有林約千三百万エーカー(訳注:約五万三千㎢で九州の約一.四倍の広さ)に放たれた。(71〜72頁)

(番組では「三万五千㎢」「九州の1.5倍」と言っているが本では上記のとおり)

もう彼はアメリカのシンリンオオカミの群れにどうしても仲間入りしたい。
もちろん柵を巡らせた保護区もあり、ここには11匹のシンリンオオカミが飼育されている。
動物学者もいるのだが、ショーンは動物学者と合わないらしい。
彼はとにかくネイティブアメリカンのインディアンの人たちと一緒になって、オオカミのために働きたいと思う。

ある夜、ボスのネイティブアメリカン、レビ(レビ・ホルト)の許可を得て、フェンスの中の狼と一緒に暮らす。
(本によるとレビの許可ではなく「私はマネジャーたちを説得して」となっている)

 私は毎晩出かけたが、その後の経過は私がイギリスで経験したのと似ていた。オオカミは私に興味を持ったが最初は距離を保ちながら、しだいに近づき最終的には私に歯咬みでテストし始めた。(86頁)

この接触で、彼はますます己のやり方に自信を深め、ネイティブインディアンの酋長からも「お前、できる」と絶賛される。
彼はオオカミを学びながら、更に高い目標を持つ。

野生のオオカミは彼らとどう違うのか、果たして今まで人間に会ったこともないオオカミの群れに私は受け入れられるだろうかという思いに取り憑かれ始めた。(101頁)