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2021年02月26日

2020年11月9〜20日◆コロナと共に(後編)

これの続きです。

コロナと共に人間は生きねばならぬ、という。
若い世代の呼び方も「ロックダウン世代」と呼ぶようにしようなんてアイデアが上がっているワケで。
何かニューヨークのニュースとかロンドンのニュースとかを見ると状況が(日本と比べて)きつい。
日本は抑えている感じはする。
人と人とが接することを「face to face」とか「皮膚感覚」とか言われた言葉が全部消し飛んで「ソーシャルディスタンス」「間合いを取れ」という、そんな時代だから「ロックダウン世代」という言葉も響きは悪いが当たっていないこともないな、という。
先週お話したのは「ソーシャルディスタンス」そんな横文字はやめよう。
家にいることを「ステイホーム」なんて言わない。
「巣ごもり」の方が的確。
このコロナと共に生きる自体。
「ソーシャルディスタンス」のことを武田先生は「間合い」と呼ぼう、と。
しかもこの「間合い」に関しては人からお説教をされることはない。
日本人というのは間合いの民族。
あまり「民族」という言葉は好きではないが。
間合いの民族と言ってもいいぐらい間合いに関してはデリケートである。
お話したのは渋谷のスクランブル交差点。
四方方向から人が流れ混んできて誰一人ぶつからず全員がすれ違うという。
日体大の名物みたいなもの。



「エネルギー」という物理量は、−中略−質量×加速度×距離ということになります。(「間合い」とは何か 14頁)

これを一瞬でやる。
2m以内に入る前にやってしまって、2m入った段階でもう避けている。
目測、暗算で測りだす人が非常にたくさんいらっしゃる。
それから日本人の独特なのだが

物理には「位置エネルギー」という言葉があり、−中略−位置が高ければ高いほど、位置エネルギーは大きくなります。(「間合い」とは何か 15頁)

こういう「位置エネルギー」にも敏感で、高いところからものを言うと「上から抑えつけようとするエネルギー」を感じる。
それが言葉になったのが「あの人の言い方、なんか高飛車!」「アイツ、上から目線なんだよね」。
この視線にしても、ものの言い方にしても、すでに間合いを取って威圧のエネルギーを感じる。
こうやって考えると日本人は「間合い」というものを日常から感じつつ自分というものを守っている。

先週言っていたが生きて行くということは「正しい答えを見つけるのではない。適切な答えを見つける」それが「頭がいいということなんだ」と。
ここにたどり着きたかった。
重大なことは、ぶつからない間合いを感じ取る。
二人称的な間合いを直感で思いつく。
それが大事なんだ。

繰り返しになるが、合気道をやっている。
「俺は強いぞ」と威張っているのではない。
合気道がいろいろなことを教えてくれる。
合気道の基本は簡単。
足を右左互いに出して、右足を前に出したら右手を前に出す。
それで引いた左足を一歩前に踏み出して一回転する。
回転の妙で敵を避ける。
その時に合気道の指導者は言う「指先に力を入れるな。指先に力を入れずに指先に蚊が止まっても感じる能力を持ちなさい。身体感度を上げなさい。そのことがあなた自身を守る武道になります」。
だから、日本の武道は、西洋のスポーツと違って、相手に存分のエネルギーを発散させることを目標にする。
その相手のエネルギーを使う間合いで上手さがある。
故に日本の武道には「相手の不調につけこむ」というようなやり方を「卑怯」と言って喜ばない。
武道には「油断をさせる」「裏をかく」「欺く」そういう戦術用語はない。
そこに達人の境地がある。
相撲。
世界でただ一つの特徴は何か?
スタートを自分たちで決められる。
西洋のスポーツは全部ジャッジする人がいて、スタートの合図はそのジャッジマンがやる。
ホイッスルを吹き、ピストルを撃ち鳴らし、掛け声を掛けて。
日本は違う。
見ていて「難しいだろうな」と子供の頃から思っていた水谷譲。
立ち合い。
だから凄く面白いことは、気が合わないと開始にならない。
敵と気を合わせないのが西洋のスポーツ。
相撲は二人がしっかり同じ気持ちで立たないと成立しない。
ああいうのは面白い。
相撲は両方の足の裏が天井を向いたら負け。
体当たりでビョーン!と相手を向こう側に突き出す。
その両足の裏側が天井を向いていたら負け。
一瞬、瞬間。
だがそれを見抜く。
白鵬の時にあった。
白鵬が負けになった。
足の裏を見せると負けになる。
間合いというもの「立ち合いの間」。
それを大事にする日本のスポーツと言うか興行だが大相撲がある。
立ち合いの間が合わないと開始にならないという。
そのへんが「間合い」。

そして、二人で間合いを作るというものの重大なスポーツ。
これは西洋からやって来たワリには日本人が大好きで人気スポーツの一つ。
野球。
大事なのは間合い。
野球の本質とは何か?ということ。
これがラジオではちょっと説明しにくいのだが、野球の試合進行はというとピッチャーが構えて投げて、投げられた球をバッターボックスのバッターが打つ。
これが野球の攻守になる。
ここのどこに「間合い」があるか?
これは単純に言うと投手はバッター、打とうとする人の間を外すことが名投手。
ボールを曲げたり落としたり横にずらしたり。
バッターはというと、投げられたその球を間合いを読んで遠くへ打つ。

攻撃動作と投球動作はまるで同じ構造をしていることがおわかりいただけると思います。投手が打者側ではない足で立つことと、打者が後ろ足に体重を預けることは、ともに体内に位置エネルギーを溜め込む行為です。次に投手は打者側に踏み出し、着地しますが、一方、打者も投手側に踏み出し、着地します。−中略−着地するや否や、投手は上半身の回旋と腕の振り出しを行い、打者は上半身を回転させながらバットを振り出します。−中略−投球と打撃は、ほぼ同じ原理で成り立っているのです。(「間合い」とは何か 43頁)

これも一種「間合い」。

打者が、投手に比べて、フェーズが一つずつ遅れて開始されているという関係にあることがわかります。まるで輪唱のように、打者は投手の動きを追いかけるのです。(「間合い」とは何か 44頁)

「間合いのズレ」を楽しむのが野球。
こういうのはたまらなく面白い。
間合いを自分で合わせなければ始まらないという相撲。
これも間合い。
投手と打者。
これも打つ、投げる。
この間合いをどう外すか。
それが勝負になってくるという。

それから、芸能に於いてもそう。
演技で要求されるのは「間」。
お芝居をしていて「コイツとは間が合わないな」というのがある。
もう決定的。
名優というのは間が上手。
誰と言っているのではない。
ただ、その人のドラマのお芝居を見ていて「何かこの人は嫌だな」と。
何に「嫌かな」と反応しているかというと「間」が嫌。
一番手に負えないのが自分の間だけでやる人。
やりにくい。
共演者と間を合わせること。
『3年B組金八先生』をやっていて向こうは素人。

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それをもの凄い高い次元のシェイクスピアみたいな芝居を子供の前でやっても間合いが合わない。
「何かあったか?ん?」
下手にやる。
下手さ加減を合わせるところにお芝居の間がある。
だから誰かがもの凄く高い次元でバーン!と出るとみんな付き合わなくてはいけないので、現場はみんなくたびれてしまう。
出てくる人がまずセリフでものを言わない。
まず目でものを言う。
つまり、静かなシーンは静かにやればいいし、騒がしいシーンは騒がしくやればいい。
驚くシーンは驚けばいい。
その方が見やすい。
驚くシーンで驚かない人が時々いる。
「ん・・・ん?何か?」
「何か」じゃねぇよ。
「大変だ」って言ってきてるんだから「大変だ」って顔しろよ。
誰と言っているワケではないが、ドラマだって演劇だって舞台だって「間」。
二人称的身体。
自分を作って相手に見せるのではない。
相手と一緒に自分を作っていく。
どんどん広がる。
ウィズ・コロナの時代。

ソーシャルディスタンスではない「間合い」。
日本の暮らしの中とか文化の中にある、人と人との「間」。
演劇にもあればスポーツにもあるというその「間」「間合い」を三枚におろしている。

例えば「間合い」。
日常会話に於いてもやはり「間合い」。
坂井田瑠衣さんという方がお書きになっているが。
会話に於いて最も重大なのが実は間合いなのである。

 日常会話を、「相手にかかわろうとするエネルギー」−中略−をさまざまなやり方で醸し出し合うことで、互いにとって心地よい間合いを絶えず形成し続けるプロセスである、と捉えてみましょう。(「間合い」とは何か 56頁)

共感とは、相手が見ている事物を相手の立場から捉え、相手が醸し出す訴えを感じ取ろうとすることだといいます。これが、「二人称的かかわり」です。(「間合い」とは何か 68〜69頁)

自分の主張を相手に渡すことではない。
「語りたいけれども上手く語れない」語りにくさへの共感。
言いたいことは何かというと「オマエが喋って私が聞いてる」というポジションではない。
「これ、何て言えばいいのかな?」「そうそうそうそうそう・・・そういうことを語る時、難しいんだよね」という、共感が生まれた時、会話は成立するという。
今度のコロナ報道が一番わかりやすかったのだが、事実を暗く語る方と、その事実の中から「語りにくさを語る」というアナウンサーの人がいた。
これも誰とは言わないが。
その人の声を聞くとほっとする。
それは局アナの人が「こう語りたいんですけども、語りにくいんですよね」という。
マスクをしている群衆がいる。
それに向かって「何人かしてない人もいますね。やっぱり気の緩みか」と責めるテレビ局の中で「たくさんの方が守ってらっしゃいます。お互いに注意したいですね」という、その語りにくそうに語るのを見ていて感じる時、もの凄くその人に共感する。
そして、会話に於いてその会話が順調にいっているなと思うのが、漫才でもそうだが

 会話には、ターンテイキング(順番交替)と呼ばれるシステムが働いています。(「間合い」とは何か 79頁)

それも「間合い」。
今は水谷譲は聞くのに忙しくて声にあまり出さないが、いわゆる「聞いている」というのを全身で表す。

会話の聞き手は、受動的に情報を受信するだけの存在ではなく、話し手の発話を受け止め、さまざまな反応を返す、という重要な役割を担っています。−中略−聞き手は相槌を打ったり、話し手に視線を向けたりします。話し手は、聞き手のそうしたふるまいの裏に、「あなたの話を聞いていますよ」というエネルギーを感じることで、スムーズに話し続けることができるというわけです。(「間合い」とは何か 57頁)

水谷譲も喋る時に、たえず自分がこう言った時に頷く聴取者の人の声が聞こえるがごとく語れた時にレジェンド女子アナになれる。
入社した時に「相手の間を絶対壊しちゃいけない」と言われた水谷譲。
その時は「『間』ってどういうものかな?」とずっと思っていた。
何でもそうだが「はい」という返事でさえも余りにも過剰だと侮辱。
誰とは言わないが、やたら相槌を打つ人がいる。
「ハイハイ。ハイハイハイハイ」
昭和のいる・こいるさんみたいに。

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つまり「はい」という返事でさえも「聞いてない」というふうな返事の仕方がある。
間合いがよくて思わず聞き惚れるというお手本がやはり「寅さん」など。
さくらと寅さんがラストでしみじみ「お兄ちゃん」「え?」という。

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あの時に日本人は心を広げて二人の会話を聞く。
それは聞いている人をあの名優二人が十分に察しながら語るから。
それからもう一つ。
いつも感心するが作品にもよるかも知れないが『となりのトトロ』に於ける宮崎アニメの会話の静けさ。

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あれはいい。
お父さんとお母さんの物言いを絶対に急がせない。
サツキとメイは子供だからテンポアップするのだが。
(サツキ)「何かお父さん、家の中で動いた」
(お父さん)「え?何が動いたのかなぁ?」
確かにどれを見てもお父さん、お母さんはすごく穏やかで静か。
あそこには日本人が最も好む会話の間合いがある。
それが映像、アニメになっても日本人は凄くそこから情感を感じてしまう。
このことを踏まえておいて「コロナと共に」の時代、人と話すスピードと間合いを考えましょう。

「喋り方の間合い」というのでコロナが教えてくれたというか、そういうものがあった。
街で見かけた風景で「コイツの喋り方は『コロナと共にの時代』まずいな」という喋り方がパッとわかるようになる。
それは何かというと、無我夢中で話している若い人の喋り方を見ると「危なぇな」と思う。
イラッとする。
感染のことをすっかり忘れて二人称的間合いを忘れて、自分の興奮だけを夢中。
「あっ!俺!ヤバくてさ!バァッ!」とかと言うと「考えろよ」とかという・・・
それがやっぱり我々にコロナが遠回しに教えていることなのではないかな、と。
接触の間合いというのはやはり学ばないとダメなのではないか?
この時代、知恵を絞る、その絞り方を探って行きたいというふうに思う。

一人でも間合いがある。

居心地というものごとも、実は、空間を構成する様々なモノとの間につくり出す「間合い」の結果であるということを論じたいと思います。(「間合い」とは何か 138頁)

例えば喫茶店に入り居心地のいい席に座る。
居心地のいい、その席はどんな席かというと右手の席が空いており、長いテーブルの先、ガラス窓があって遠くの景色が見える。
武田先生たちはスタジオで今、お送りしているが、今日は豊かなスタジオで、広いところを使わせてもらっているが、そんなふうになっている。
この時に何となく居心地がいい。

視線が外に抜けることで、内側の空間にいながらにして、閉鎖的な鬱屈感が軽減されます。(「間合い」とは何か 138頁)

今、このスタジオもそうだが、武田先生と水谷譲の間にはアクリル板、シールドがある。
「シールド」と言うと『スター・ウォーズ』を思い出して仕方がない。

スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け (通常版) (字幕版)



そのシールドがあって、お互いツバがかからない2m近い距離がある。
だが居心地がいい。
この「居心地がいい」というのは一人ではない。
この「モノに囲まれている」「他のモノに囲まれて私は居心地がいい」と感じている。
理想を言うと水谷譲と武田先生は向かい合っている。
お互いにシールドがあって、目を逸らすと遠くの浜松町の街が見下ろせる。
窓がある。
あの窓の手前か何かにちょっと綺麗な花が置いてあったりすると、さらに居心地がいい。
何でかというと伝うから。
視線というのは必ず、見るものを伝いながら遠くを見る。
遠くを見るまでにいろんな指標が点々とあると居心地がよくなる。
何かが仲介しているということ。
これがいわゆる二人称的身体というワケ。
視線は手前の風景「近景」から「中景」「遠景」これが三つ繋がるように物が置かれていると安定する。
「居心地がいい」ということでさえも何者かの協力がないと、環境がないとそう感じ取れない。
視線には「巡らす演出」がなければならない。

一人の居心地のよさを追求したのが何かというと、この本はそういうところの指摘が面白かったのだが、茶道。(というのは本の中に発見できず)
茶道は対面に人間を置かない。
茶を点てる人は釜の反対側だから横にいる。
だから、対面しない。
人の視線にさらされない。
そんなふうに人物が配置してあって、近くの壁に掛け軸があったり、花瓶に椿を一輪入れたり、視線をずっと這わせることができる。
そうするといかに狭い空間でも、もの凄く広々感じることができるという、これはもう茶道が持っている「間合い」。
これは名言。

「何だかわからないけど、この店入りにくな」とかということがある水谷譲。
それは「間合い」。
かくのごとく「間合い」というのは重大なもの。
コロナも後半の方になると20〜30代の方の陽性率が高かった。
それはその方々があまり日本の間合いをよく学び取ってらっしゃらなくて、アメリカとかヨーロッパの間合い「ハグ」とか「スキンシップ」とか「シェイクハンド」とか、そういう文化にたっぷり浸り続けたのではないか?
若い方にお説教ではない。
ただ、若い方もちょっと覚えておいて欲しいのだが、どうもコロナというヤツはそこに向かってNoを突き付けたようだ。
前にお話ししたが、芸能に於いて見せるもの、売り物は「間」である。
会話の「間」である。
もう一つ客と芸人の「間(あいだ)」。
その「間合い」も重大な芸だった。
お客さんとの間に「間(ま)」があればある程、輝くもの。
「コロナと共に生きる」ということは芸能界の商品と化した握手だったのだが、少なくともコロナはNoを突き付けたワケで。
「そういうものも見直していくべき」ということ。
そこから考えるとコロナが大きい声で「それは絶対に許さない」と叫んでいるものは明日発表する。

「ソーシャルディスタンス」という言葉。
これでは物事を正確に掴んでいないような。
それで、本屋さんに行って本を探っているうちに「間合い」という武道用語を手にいれて、いろいろ読んでみて「ソーシャルディスタンス」というよりも我々には「間合いを取る」「間合い」じゃないだろうか?ということで、本を読んで三枚におろしてみた。
間合いの取り方。
これが、ただ単に感染症の予防だけではなく、ゴルフも所詮間合い。
それからサッカー、野球、夫婦の在り方も間合い。
考えてみれば我々はソーシャルディスタンスのテクニックを相当やはり忘れている。
喫茶店に座り込むこと、佇み方、それも間合い。
「あおり運転」もそう。
間合いが取れない人。
何てことない間合いを「オレには危険だった」と怒るワケだから、間合いに敏感すぎる病の方。
間合いはありとあらゆるもの。
予告したので先に言っておく。
「握手会も許さない」と言うのだから、一体コロナは何を嫌っているのだろうか?
人と人が密に接触することをNoと言っている
ここからは本にも載っていない武田先生の考え。
コロナが登場することによって粉々に砕け散った人類の計画がある。
それが「一帯一路」ではないか?
「グローバルスタンダート」ではないか?
つまり、「一つの価値観で世界をまとめる」ということにコロナは「許さない」という。
「お互いに儲かるからいいじゃん」というのが、いわゆる「グローバルスタンダード」。
価値を一緒にしておいて、一つの価値観で世界を割り切る。
一帯一路。
中国を中心に世界を結び直すネットワーク。
「No!」
コロナはそれを叫んだ。
コロナがもしテレビ番組を見るとしたら何を見るか?
コロナが「面白いじゃん。オレ好き、こういう番組」。
報道番組は見ない。
日テレの『ケンミンSHOW』ではないか?
秘密のケンミンSHOW極
「へぇ〜。秋田県は芋煮会に牛肉入れるワケか」とか小さなエリア内の違い、そのあることの証明をコロナは「へぇ〜」とかと見るのではないか?
コロナはみんな同じ症状に突き落とすというのは「差異」「個体にはそれぞれの違いがある」ということがコロナは確認すると楽しいのではないか?
これが武田先生のだいたいの結論。

もう一つ。
一週間前、そんなことを喋っていたが「AI」。
正しい答えを知っているコンピューター。
膨大な量の。
それが、世界を支配するという。
コロナ対策でもAIに任せようとさんざん出てきている。
それからもう一つ、自動運転。
一種AI。
この本で一番面白かったところ。
AIが一番苦手にしているところはどこか?
AIが自動運転でできないことがある。
譲り合い。
AIはできない。
正面から来て、どっちかが道を曲がるとする。
その十字路が幅が同じぐらいでどちらが先行していいかわからない。
本線がわかりにくい十字路がある。
時々譲り合う時がある。
あの時に「お先にどうぞ」をやる。
あれが(AIには)読めない。
人間がやるしかない。

現在のAIは間合いを図ることはできません。(「間合い」とは何か 251頁)

譲り合いがAIはできない。
やっぱり難しい。
車をポッと抜いておいて、ある安全な車間に入って、二車線目に戻ってケツのランプを二回パカッパカッと後ろに「サンキュ!」と送る。
あれを「送るかな?」とAIが考えるとするとAIは凄く苦しむと思う。
それと、前に言った勝ちパターンを知れば知るほど、負けないというパターンを消失してしまうAIの限界。
あるいは「負けてもいい」という勝ち方がある。
「よーし!負けてもいいんだ」と思って打つという。
とにかく数で表現できない、この主観を一回忘れることで「間合い」というものを計算できるという。
これをちょっとやはり「ウィズ・コロナ」「コロナと共に」の時代に考えるとなかなか面白いのではないかなと。
理屈っぽい放送ではあったが、ちょっとやってみたかった。
来週はグッとわかりやすく「森の生き物」とかわかりやすいものをやる。

posted by ひと at 10:32| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月9〜20日◆コロナと共に(前編)

(公式サイトでネタ元として紹介されているのは『アクティブ・マインド―人間は動きのなかで考える』の、現在は発売されていないらしい新装版ではない古い方の本)

新装版 アクティブ・マインド: 人間は動きのなかで考える (UPコレクション)



(上記の本からの引用も何か所かあるのだが、ネタ元として紹介されていない『「間合い」とは何か: 二人称的身体論』から大量に引用されている)

「間合い」とは何か: 二人称的身体論



(因みに、このブログでは『アクティブ・マインド―人間は動きのなかで考える』はページ数などをネタ元で紹介されている新装版ではない方に従った。二冊の本からの引用が登場するので引用箇所はページ数と共に『アクティブ・マインド―人間は動きのなかで考える』は「アクティブ・マインド」、『「間合い」とは何か: 二人称的身体論』は「「間合い」とは何か」と表記しておく)

本当ならば「ウィズ(with)コロナ」というのだろうが、武田先生はこの「ウィズ・コロナ」をいろんな方が東京都知事も含めておっしゃるが、耳で「水コロナ」に聞こえる。
何か本当にイボを治療する時の塗り薬みたいな・・・というような響きで聞こえるものだから、敢えて「日本語で語った方が」という。
とにかくコロナという疫病、流行り病と共にこれからは生きて行かねば、ということで、一年ぐらいコロナのことを何かにつけて語ってみようかなと、そんなふうに企画したワケで。

本屋さんに行くと、コロナと共によく本棚に並んでいるのがAI。
その関係が凄い。
AIとはよくわからないがとにかく「人工知能」。
膨大な情報を持つコンピューターがどんどん知識を膨らませて、やがては人類を支配するのではないか?というような予言の書が結構並んでいるのだが、武田先生が手にした本は『アクティブ・マインド』という本で、その本を読みながら凄く考えた。
それをコロナのこの時代と重ね合わせると、どんなことが言えるのかな?というのが今週、来週に渡って語る「コロナと共に」。
まずは『アクティブ・マインド』という本の中から行ってみる。
序章によれば、一体、AIがいっぱい持っているという「知識」とは何であろうか?

「頭のいい人」というのは、頭の中に豊富な「知識」を持っている人のことだ、という考え方もどこか捨てがたい。−中略−
 ところが、
−中略−私たちが日常生活でいろいろなことが「理知的(intelligent)に」できるようになっていることの背後にあるのは、そのほとんどが、−中略−Knowing How(本章では〈やり方・知〉と呼ぶことにしよう)であって、それはさまざまな命題や規則の知識を所有しているKnowing That(〈事柄・知〉と呼ぶことにする)とは根本的に異なっているのだとした。(アクティブ・マインド 2〜3頁)

クイズ番組に最近、東大の(学生が)よく出てくる。
おじいさんだから「勉強しろ!この野郎!」と言いたくなる時がある。
「(クイズ番組に出ている東大生は)めちゃめちゃ頭がいい」と思う水谷譲。
そこをちょっと考えよう。
彼らは頭がいい。
だが、ここではっきりさせなければならないのは、「Knowing」「知識」「頭がいい」とはどういうことなのか?
とりあえずその頭の良さをAIに託してみよう。
AIは頭が抜群にいい。
それは認める。
クイズ番組に東大生が出てくる。
どんなにあがいても、あのAIには勝てない。
AIは知識量が膨大すぎる。
ということは「頭のよさ」はその程度のこと。
そのAIが全く役に立たない場面は何か?
テレビ番組で考えてもわかる。
東大生「AI的頭の良さを持っている人間」が活躍するのは番組としてはクイズ番組。
だが、テレビ番組はクイズ番組だけではない。
報道番組もあれば、ドラマもある。
バラエティもある。
決定的に東大の人はスポーツ中継には役に立たない。
プロ野球に行ってバッターボックスに立って頭の良さでヒットが打てるワケではない。
ということは、その手の頭の良さはスポーツでは全く役に立たないということ。
AIの持っている知識は。
これはなぜそうなるのかというと、スポーツには状況がある。
スポーツでは「正しい答え」ではなくて「適切な行動」が求められる。
三塁に同じチームのヤツがいれば、彼をホームに帰すことが適切な行動。
そんなふうにして、世の中は「正しい答え」というので正解を出すことと「適切な行動」というので答えを出すという、そういう世界もある。
一番大事なことは、世の中全体にとって適切に行動することが最も正しい答え。
野球でも今はAIが活躍していて「次の球種はこれじゃないか」という予想はいくつもしてくれるが、それを状況を見て選ぶのは人間。
つまり、今、コロナと共に求められているのは「状況の中で人間はどう行動しなければならないか」。
「頭のいい行動をとって欲しい」というのが「コロナと共に」の時代で、「正しい答え」はみんなテレビ番組に出てくるコメンテーターの病院の先生が言っている。
だが、五か月も六か月も同じことを言われると人間はくたびれてくる。
「正しい答え」というのは飽きてしまう。
「数が減って来た」と思って喜ぶ。
そうしたらワリとクールに「あ、今日は検査数が少なかったんです」。
わかっているが、とりあえず喜ぼう。
情報番組で人通りの多い通りを映す度に厳しい顔をした司会者が「かなりの油断が見られるようです」。
みんなマスクをしてそれなりに適切に行動している。
そのことを言おう。
誰かが言っていた。
「名言だな」と思ったが、秋の連休なんかがあった時に、100人中90人の人がちゃんとマスクをしている。
それはやっぱり「素晴らしいことなんだ」と。
10人を暗い顔で語らず、「90人はやってますよ」と伝えるのが報道ではないか?
本当にモノは言いようで「AI的モノの言い方」というのは、カチンとくる。
正しいから、なおさら腹が立つというのが人間にはある。

このコロナの時代、共に生きていく知恵をここで絞りましょう。

実は昨日から突然始めた「コロナと共に」は武田先生が前に話した「アフォーダンス研究」の一環。
アフォーダンス。
その環境と人間がどう折り合って行動していくかという心理学。
ご本家の(ジェームズ・J・)ギブソンという人。
この方が「アフォーダンス理論」を考えたのだが、この人が世界をどう見るかというと、「人間が考えて行動するのではない。人間は行動しているうちに考えるのだ」。

今度のコロナ騒動で男の人と女の人の違いがよくわかった。
男はちょっと「踊る阿呆に見る阿呆」みたいな阿呆なところがあって。
男は外に出たがる。
武田先生はいつも出ようとすると(奥様から)「どこウロウロするのよ!」。
だが、ウロウロしないと何も考えられない。
「あ、俺アフォーダンスだ」と思った。
女の人は考えてからウロウロする。
だが、男はウロウロしながら考えている。

それとシモ話になってしまうかもしれないが、つくづく思ったことなのでご報告しておく。
三日に一遍ぐらい(奥様が)「ゴミ箱のゴミを出せ」と凄い声で怒鳴る。
「ゴミ出して!ホラぁ!!!(怒」
それで自分のゴミを出すのだが。
男は自分が使ったチリ紙を必ずポケットに入れる。
チリ紙に限らず、ゴミなど「何でそれ出さないの?」ということがある水谷譲。
男はゴミを出すのはもちろんわかっている。
武田先生はティッシュを入れたまま忘れるクセがあるので洗濯のたびに「またぁ!」と怒られるのだが。
「何でか?」とコロナの時に考えたのだが、そこが男性と女性の心理の違い。
女の人は「決まった日に出す」。
男は「溜めてから出す」。
「一杯溜めてから出す」というのが男にとっては快感。
ゴミも山程溜めてから出したい。
何でもそう。
男はトイレに行くにしても、もう「あわや」というところまで一杯溜めてから行きたがる。
いちいち行かない。
習慣でそれはない。
そういう生理の違いがある。
そんなふうに思ってください。

J・ギブソンのアフォーダンス理論。
人間の心理学として大いに使える。
すごく面白いのは、この人間の行動の差異というのを民族まで拡大すると、またアフォーダンスが成立する。
日本人はお箸を自由に使うことが食事のマナー。
だから、日本人は食器を手にして箸を動かす。
日本人は旅館などに行って飯を喰う時、今度お出かけになったら確認してください。
宿屋の人がご飯を出して置いた時、日本人は食器の場所を変える。
かくのごとく「食器を入れ替える」ということに関して、日本人は平気だ。
マナー違反にはならない。
それは何かというと「箸を自在にふるえる」という。
基本的に日本人の食事の中で、さじ(スプーン)に対する「上から目線」。
スプーンは赤ちゃんに「食べにくいだろうからお箸じゃなくてスプーン、おさじにしましょう」。
赤ちゃんとお年寄り。
つまり箸が自由に使えない人に対しての補助食器としてのスプーン。
日本人はやっぱり箸一本でやりたがる。
そういうことが道具の種類を無闇に増やすという日本人の「工具の文化」に結びついているのではないか?
中華料理はフライパン一個。
あれは一個で作ってしまう。
ちゃんぽんも焼きそばもチャーハンも同じ鍋。
行きつけのちゃんぽん屋のオヤジがそれをやっていて、武田先生はそれを目の前で見たことがある。
だが、日本人は全部を変える。
いろんな種類の鍋やフライパンがある。
日本人の手工芸の最大の特徴は「道具をたくさん持っている」ということ。
このあたり「道具」対「人間」の関係が他の文化圏とは違うというところから話を突っ込む。

これは武田先生のノートに書いてあるのを今回は下敷きにしている。
これは『アクティブ・マインド―人間は動きのなかで考える』。
自分の考えと本に書いてあることを横糸・縦糸で織り込んでいるので、どこがどこまでとは今回はちょっと言い難い。
心というものは誠に不思議なもので、「心は一つである」なんていう、そういう言い方はできない。
だから心を一つにしている国家体制というのは非常に息苦しい。
やはり心はいろいろいっぱいあっていい。
構造からして心は複合体。
脳の中にいくつものエージェンシー群があり、ただ一つの意思に従って行為を為すものではなく、「ある行為」をすると「ある心」が動いていくという。
そういうものであるとJ・ギブソンは言っている。

 リーとアロンソンが「姿勢」の研究の対象としたのは、やっと歩きはじめた一三ヵ月から一六ヵ月齢の乳児である。乳児は、壁が床から切り離され、天井からつりさげられて、前後に容易に動く部屋に母親とともに入った。そして、彼らがちょうど壁の方を向いた時、実験者が乳児の視線の向かっている壁を奥の方向にわずかに押した。−中略−実際には部屋はAのように乳児から遠ざかるように動いた。−中略−八割以上の試行でどの乳児も前の傾く方向に「姿勢」を変化させた。乳児のからだは前方に揺れ、前のめりによろけ、前向きに転んだ。(アクティブ・マインド 97〜98頁)

自分が見ている前面が遠ざかっただけで「箱が前に進んでいる」と錯覚し、つんのめる。
時々駅で上り下りの列車が、その時に隣の列車が出発すると自分が前に進んでいるような気がする。
それと同じことが小さな子供では起きる。
つまり、自分が「進んでいる」「進んでいない」をジャッジしているのは「環境の変化」が「あ、俺は前に進んでる」という感覚をその人に与えている。
この辺が面白い。

ここからはアルトン・ベッカーが「自然について」というエッセーを書いている。
(アルトン・ベッカーの「翻訳を超えて──美学と言語記述」という論文の中で取り上げられているエマソンの『自然について』の一部)

 Crossing a bare common in snow puddles at twilight under a clouded sky,(アクティブ・マインド 200頁)

これは何が言いたいかというと「本を読むことの不思議さ」
水谷譲と武田先生の「読み」がちょっと違う。
水谷譲はよく言う。
アフォーダンス理論の本を読んでいて水谷譲は「武田さんが名言決めたんで、そんないいことが書いてあるんだと思って本を買って読んだら、そんなこと一行も書いてありませんよ」。
それは同じ本を読み方が違う。
その実験を今からやる。

以下の詩を読んでほしい。谷川俊太郎の「いるか」ということば遊びのうたの前半部分である。
  いるかいるか
  いないかいるか
  いないいないいるか
  いつならいるか
  よるならいるか
  またきてみるか
  一度読み終わったら、また読んでほしい。
−中略−さまざまな読み方をしてほしい。−中略−たとえば、「いるかいるか」を一字一字区切ってゆっくりと読むとそれは海のイルカを連想させる。しかし、「いるか」、「いるか」と全体を一単位として速く読むとそれは「居るか?」という音になる。−中略−しかし、どのように読むかによって作品の意味が異なって感じられることは明らかである。(アクティブ・マインド 242〜243頁)

「私(武田先生)には悪いクセがある。ラジオ番組の相手をしている加奈からよく指摘されるのだが、その本を読み、その本が感銘深ければ深いほど、私が最も感動したという文章、あるいは言葉が加奈が探すとその本のどこにもなくなることだ」
どこにも書いていないことを平気で「読んだ」という武田は一体何者なのか?というのは、明日。

武田先生が『(今朝の)三枚おろし』で本を取り上げておろすのだが、(水谷譲が)時々気に入った本があって本屋さんへ行ってその本を読むらしいのだが、武田先生がラジオで語った一番素敵な感銘深い一言が本のどこを探しても載っていない。
これを水谷譲から激しくなじられたことがある。
「全然一言もそんなこと書いてないじゃん!」と思うことがある水谷譲。
だが、武田先生は「書いてあった」と思って喋っている。
つまり武田先生は「行間を読んでいる」と思う水谷譲。
著者が書いてあることを読む人。
それから、著者が伝えようとしていることを推し量って読む人。

 第三の読みの姿勢は、作者を中心に置かない。作者は読者にとっては対話の相手の一人であるにすぎない。(アクティブ・マインド 256頁)

筆者・著者が書かなかったことを読んでしまうという読み方がある。
そこに書いていないのだが、書かれていないことを読んでしまったという読者が武田先生の中にいる。
武田先生の中の「本を読む人」の読み方。
ちゃんと著者が書いてあることを読んだつもりでいるが、武田先生の中の読み手が筆者・著者が「これが言いたかったんだ」というヤツ。
ある意味「演出をしている」ということ。
そういう本との対面の仕方、接し方をしている、という。
今、ものすごくわかりにくい時代で、番組の冒頭でも触れているが科学でコロナ対策をみんなが必死になって考えている。
だが、どこの番組に行ってもコメントがたいしてうまいことを言えなかったのだが「何かコロナの扱い方が違うのではないか?」という、「コロナに対して違う読みをする自分」を自分で励ましているところがある。
それで、本屋さんに行って本を探している。
コロナだけでは寂しいだろうからエボラ出血熱とかいろいろ読んだのだが三枚にはおろせなかった。
だが「コロナは何でこの時代、ここに来たんだろう?」というのが武田先生の謎。
「コロナがどんなウイルスで」とか関係ない。
「何で今来たんだ、オマエは?」というのがコロナに訊きたい。
だから、今大流行しているコロナ用語がある。
ソーシャルディスタンス。
「ソーシャルディスタンスって何だ?」と思う。
「ソーシャルダンス」だったら知っている。
「ソーシャルディスタンス」を日本語で言ってくれないか?
「ウィズ・コロナ」とかと言っても「水コロナ」に聞こえてしまって横文字だとわからない。
水谷譲は(ソーシャルディスタンスを)「社会的距離」「社会的間隔」と訳す。
今は1m。
一番最高時の時は児童遊園地などに貼ってあったのは2m。
「2m」と矢印が書いてある看板がある。
そこに若いのが二人立って向かい合った。
ソーシャルディスタンス2mを取っている。
アフォーダンス。
2mが持っている心理を刺激した2m。
刀を持って向かい合うサムライ。
あれが2m。
「ソーシャルディスタンス」を「間合い」と言えばいい。
「間合いを取ろう」だ。
「間合い」なんて日本人のお手のもの。
日本人は昔から間合いについては武道でさんざん稽古していた。
「それでは・・・間合いが遠い!」とか何とか言ったりなんかして。
『水戸黄門』から『雲霧仁左衛門』から、みんな「間合い」でやっていた。

あの頃映画 「雲霧仁左衛門」 [DVD]



そうすると「間合い」の研究をやればいい。
日本は間合いの名所がある。
日本で間合いの名所。

 外国人が東京にきて驚くことの一つは、渋谷駅前のスクランブル交差点だそうです。大勢の人が一斉に渡り出し、誰もぶつかることなく、実にスムーズに渡り終えます。−中略−渋谷のスクランブル交差点で皆が何気なくこなしていることは、まさに「間合いを形成する」行為に他なりません。(「間合い」とは何か 11頁)

「ソーシャルディスタンス」なんて、渋谷の交差点であんなに鍛えていたではないか?
このコロナの時代に、日本語に置き換えて「間合い」というもので、という。
「ソーシャルディスタンス」とは「間合い」のこと。
では、「間合い」を研究していこう。
コロナ前に社会心理学の本として出された本。

「間合い」とは何か: 二人称的身体論



様々な心理学の先生の論文を集めた本。
序章でこれをおまとめになられた諏訪(正樹)先生が日本人の暮らしの中にある「間合い」、この「間合いのセンスが独特である」ということを語ってらっしゃる。
「間合い」とは対人競技である武道、あるいは対戦競技である野球・サッカーなどに必要な技術である。
(間合いは)必要な技術だった。
別にコロナだからではなく「間合い」は必要。

 外国人が東京にきて驚くことの一つは、渋谷駅前のスクランブル交差点だそうです。大勢の人が一斉に渡り出し、誰もぶつかることなく、実にスムーズに渡り終えます。(「間合い」とは何か 11頁)

日本人はこのようにして「二人称の身体論」。
「私とあなたの距離感は今はこれでいいんだ」という、それを一瞬で決定するという風俗を持つという。
「交差点の雑踏を歩くのに身体論があるか?ちょっと大げさだな」と思われるかも知れないが、2020年からしきりに繰り返されるマナー用語「ソーシャルディスタンス」。
これも日本語に訳せば簡単で「失礼のない相手との距離を置くこと」。
二人称の身体論。
それを応用すればいいだけであって、コロナだからということではない。
間合いをこれほど好む人種はいないのだから。
曖昧な「ソーシャルディスタンス」よりも「間合い」という日本語のうちにコロナと共に生きて行く極意みたいなものがあるんじゃなかろうか?という。
外国の人が渋谷の交差点が不思議でしょうがない。
外国の人はうまくできない。
だからキャメラを持って撮影している。
と、いうことは何でぶつからないのか?
あそこを歩きながら、ぶつからない技術を発揮している。
その技術とは何か?

身体は、眼前に繰り広げられる思い思いの動きの兆候すべてを並列的に知覚し、それらを個々に感じ取るのではなく全体的に眺めた結果、「エネルギーのようなものの粗密場」を、そしてその移り変わりを感じ取っているのではないかと、私は思うのです。(「間合い」とは何か 14頁)

「エネルギーのようなもの」とは何を意味するのか?−中略−身体の大きな人や、大きな物体があなたに向かって猛然と進んできたら、あなたは圧力を感じるでしょう。(「間合い」とは何か 14頁)

そのエネルギーが「危険だな」と思った時、アナタは自然に避ける。
それが外国の人にはわからない。
我々は無意識にやっている。
その「無意識」が向こうの人には「技術」に見える。
日本人はその要領を言葉にはできないが、正面からやってくる全ての人に関してセンサーを巡らせ「スーツケースを引っ張ってるな」「顔つきがおかしい」「昨日遊んだな」と見抜きながら、その人のこっちに向かってくるエネルギー量を仕分けする。
赤から緑になった温度を測るヤツみたいに。
あれで危険を察知すると早目に避ける。
だから一直線に歩く人はいない。
外国の人は一直線に歩く。
歩く時に外国の人は正面だけを見る。
外国の人はそういう顔をしている。
何かやたらと彫りが深くて。
「Yes I can.Yes」
深々とした目で正面を見る。
正面を見れば見るほど周辺、周りを見る視覚が衰える。
日本人は真ん中を見ない。
周辺をぼんやり見ている。
視覚が広くなる。
人混みを歩く時、中央に焦点を持ってこない。
ぼんやりとルーズに眺める。
そのことによって危険なものを抽出し、「ソーシャルディスタンス」2m以内に入る前に避ける。
だからぶつからない。
もう一つ言えることは、スクランブル交差点で日本人は真っ直ぐ歩いていない。
どこかで蛇行している。
外国人は真っ直ぐ歩く。

どこにも焦点を合わさずに全体をぼわんと眺めていると、自然に、どこに疎の領域が存在するかを感じとることができ、そこに足が向き、結果的に軋轢を感じることなく、スイスイと気持ち良く泳ぎきることになるわけです。(「間合い」とは何か 25頁)

「しっかり正面を見る時」と「正面を見ない時」を区別していく。
これは面白い。
もう一つこの本の著者が言っているのは、日本人は対面する人々からのエネルギーのような圧力を探査する能力にあふれている。
これが「スクランブル交差点で日本人がぶつからない」という能力になっている。
この「間合い」の取り方というのがいろんなところに実はある。
その「間合い」の面白さ。


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2021年02月15日

2020年10月12〜23日◆つつまれるヒト(後編)

これの続きです。

先週に引き続いての「アフォーダンス理論」。
自分はそう思っていないのに引き出されてゆくという。
そういう人間の心理。
「本当に始めてよかったな」と思うのは始めて六年、合気道を教わっていて、教えてもらいながら、よく意味のわからないというか不思議な表現に接したりする。
相手が自分の手を押えにかかる。
その手に対して自分が反撃をするのだが、具体的な武道の技なので事細かに説明することができないが、相手がかけてきた技をやり返す時に、合気道は絶妙な言い方をする。
それは「相手の腕を栓抜きみたいに開けながら、武田君、逆の手を持ち上げろ」「いや、そんな力んじゃダメよ。自分の親指を吸うような動きを」という。
鬼でもやっつけるようにガーン!と殴るとか、バチーン!と打つとかではない。
「ふわっとやりなさい」とか。
そういう武道に相応しからぬ形容を以て技の力具合を諭してゆく。
最初はそれがすごく不思議で仕方がないし、ピンとこなかったが、ある段階を過ぎると「なるほど」と頷くことがあって、そのアフォーダンス理論というのがそういうことなのかな。

包まれるヒト?“環境”の存在論 (シリーズ ヒトの科学 4)



守備範囲が広くて子供の寝返りから車の運転、飛行機の操縦、スポーツに於ける心理から身障者の方の乗りやすい車イスまで。
その中に演技論もあって、水谷譲が一番興味がある。

ひとまずアフォーダンスによるところの「映画理論」というのにいってみる。
これは青山真治さんという方が書いた映画論。

映画は像(イメージ)ではなく、身振りである。(167頁)

人と違う動作、しぐさ。
「身振り」というと言葉が大きいが「しぐさ」ということなのだろう。
スクリーンに登場してあるキャラクターが物語のためでなく、小さく繰り返す物語とは関係ない身振りによって見る人は物語を感じる。
ちょっと合気道に似ている。
合気道の「やっつけるぞ!」という動きではなくて、「親指を咥える」とか「指の先から水が出るような感じで横へシュッと手を持っていくのよ」とかそういう喩え方をする。
「相手がアナタのことを引っ張っているんだったら、それはもう柳の木の枝のようにゆったりと引っ張られればいいじゃないですか」というような形容の仕方。
これとアフォーダンスというところの青山さんの映画論の中に「人はしぐさである」。
そのしぐさも物語に関係がなければないほど、なおさら人はそこに物語を感じるんです、という。
「しぐさ」ということなのだろう。
スクリーンに登場して、あるキャラクターが繰り返す物語とは関係のない身振りによって見る人は物語を感じる。
これは武田先生は確認したワケではないのだが、興味のある方はどうぞ確認してください。

フォード映画を代表すると言っていいだろう俳優ジョン・ウェインは、フォード以外の監督作品においても〈投げる〉という《身振り》を実践する。しかもそれらにおいても〈投げる〉という《身振り》は、《物語》という「目的」とは無縁に反復されるのだ。ウェインといいえば、カウボーイや職業軍人を演じる彼が、井戸や水道で手を洗ったあと必ずといっていいほど両手を振って水滴を掃いながら振り返り、ジーンズや軍服の太腿で濡れた手を拭きつつ行く手を睨みつけて歩きだすという一連の《身振り》を反復(列挙は避けるが)しているが、−中略−演じるウェイン自身にさえ意識されないかのように複数の監督を横断する《身振り》である。(168頁)

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そこにアメリカ人はダンディズムを感じる。
ハンカチを持っている男は武田先生たちの時代は「軟弱」だった。
『姿三四郎』は腰に手ぬぐいで撫でるだけだったし、小中高校まで、だいたいクラスのカーテンで手を拭いていた武田先生。

姿三四郎



女子から凄く嫌われたのを覚えている。
だが、太陽が乾かすからそれが一番清潔だと思っていた。

細かいことだが、こういうところから「コロナ後」を生きる知恵を何とか探りたいと思う。

 イングリット・バーグマンは、眩暈を起こして倒れそうになる瞬間、口元か額に手を当ててよろける。−中略−ロベルト・ロッセリーニやアルフレッド・ヒッチコックなど演出家の異なる複数の作品でそれを実践している。(168〜169頁)

「美女はクラッとくる」という。

 ルキノ・ヴィスコンティ『熊座の淡き星影』の冒頭近くにおけるクラウディア・カルディナーレの場合には〈髪をかき上げる〉という《身振り》が特権化されている。(169頁)

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食後に戸外に出て実弟と再会するときには、またしても風が吹き荒れ、実弟を抱擁を交わしながらスカーフを取ったカルディナーレの髪は、風に吹かれて靡くことになる。(170頁)

その身振り、しぐさを繰り返すことにより、セリフ以上の何かを伝えようとする。
俳優さんというのは像を描くのではなくて「身振り」「しぐさ」を演じるのだ、という。
そういわれるともう、次々に思い浮かぶ。
日本の俳優さんたちも記憶に残ってるのは「しぐさ」。
渥美清さんは演技の回転。
渥美清さんというのは顔をキャメラに映されている時に半回転して背中を向けておいてキャメラに顔が映っていない背中で驚いた顔を作って「えっ?おじさん死んじゃったのかい?」。
回転。
だから渥美清の演技の凄さというのは半分背中。
「見えていない」ということを「お客さんに見せない」ということを前提にして、その見せなかったシーンでの表情の変化をお客に感じさせる。

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絶世の美女が「とらや」に遊びに来た。
寅さんがたまたま帰ってきて不機嫌なまま、ブスッと背中を向けて上の部屋に行こうとした時に(美女が)「寅さん!」と言うと、もう寅さんの顔が喜び満面の顔で「あいよ」と振り返るという、変わり際を見せないことでお客に見せるという。
勝新太郎さんもそう。
三船敏郎さんもそう。
この名優たちには全員、彼らにしかできない「身振り」があった。
三船さんの怒った時の視線の動かし方なんかそう。
相手をカーッと睨んで「お前達、百姓を仏様だとでも思ってたのかい!」と言いながら一瞬目を逸らす。
戻した時に彼の表情がさらに怒りに震えているという。
そういう身振りの中で像を作っていく。
ちょっと前にお話しした、俳優さんかコメディアンかアイドルかで動きが異なるという。
だからタッチが変わる。
それが上手くゆくドラマと上手くゆかないドラマの差になる。

芝居にとあるタッチがあるテレビドラマがある。
『半沢直樹』もアフォーダンス。

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みんな歌舞伎の人ばかり。
ということは、あの顔芸はどこから来ているか?
「見得」から来ている。
『半沢直樹』に於いては七三、花道の大芝居。
「何を言ってやがる!小悪党!」
そういう「見得を切る芝居」というのが歌舞伎の人は得意。
ある意味で陰影のない、ライト一本を浴びた時のお芝居。
それでタッチが整っている。
『半沢直樹』はみんな同じような顔になる。
「こうなれば・・・倍返しだ!」という。
あれは不自然。
あんな銀行マンがどこにいる。
信用金庫の人があんな恐ろしい顔はしない。
「来たか半沢!ハッハッハッハッハッ・・・」
行内のATMとかがある横で「ハッハッハッハッハッ・・・土下座するんだ!」。
それを花道芝居で見せるから。
だからタッチに流れがあるから、あの大評判になっているのではないか?

ここで面白い実例を見ましょう。
ここからは演技論からちょっと離れてキャメラワークという面白さ。
これも一種アフォーダンスに縛られて行く。

筆者はかつて講師を務めている映画美学校の授業で、実験を試みたことがある。
 授業は、試写室を教室代わりに使って行われたが、まず試写室に集った受講者らをいったん外に出し、再度試写室内のそれぞれの席に戻らせ、その様子を撮影する、というのがこの実験である。席に戻るには
−中略−階段を上がり、通路を通って左右にある縦十数列・横二十列ほどの席に、他の受講者の席の前を通過するなどする。−中略−任意の受講者にデジタルビデオキャメラと三脚を渡し、自分にしかるべき場所と思われるポジションから好きなようにその模様を撮影してもらった。(171頁)

(番組では二台のカメラを使用したように説明しているが、本を読んだ限りではカメラは一台のようだ)

 このとき択ばれた受講者は、スクリーンを背にして右端(つまり空間にとって入口ドアと対角線をなす位置)にキャメラを置いた。なるべく試写室全体がフレームに収まること(それは受講者全員がフレームに収まることも意味するだろう)を念頭に置いたようだった。−中略−残念ながらそこには「通路を通って座席に座る」という予定通りの「行為」より他の運動は生じず、−中略−ただ受講者全員の、照れや困惑といった「心的現実」を浮かべた顔が画面上に《像》として描かれるばかりだった。(171〜172頁)

 そのあと、−中略−キャメラマン・たむらまさきさんに、受講者と同じ条件での撮影をお願いした。−中略−たむらさんがキャメラ・ポジションとして択んだのは、先の受講者とは真逆の位置、すなわち入口ドアの脇にある、階段の上と同じ高さの狭いスペースだった。たむらさんは、そこからまずドアをくぐって階段を昇っていく受講者らを背後から撮影し、半分ほどの受講者が試写室内に入ったあたりからゆっくりとスクリーンへ向けてパン(軸を動かさずにキャメラを左右に回転させる撮影方法。パノラミック撮影の略称)を開始した。そののちに、最後のひとりが席に座る様子をフレームの左端に捉えつつ、白いスクリーンをほぼ完全に捉えたところで、パンを終わらせた。(172頁)

それで両者を比較する。
そうすると圧倒的にプロキャメラマンが撮った方が「さあ、授業が始まるぞ」という印象が残る。
さっき言ったパンで人を舐めておいて、一番端っこの人がそこに座る。
それがラストに見える。
ベルが鳴って教授が入って来るタイミングで座っているように見える。
だから撮影というのはカットが重要な意味を持って、学生さんたちが撮ったのは支離滅裂。
著者が言うが観客は隠されたものを見ようとする。
観客は見えているものは見ない。
人間というのは隠されているものを見ようとするという心理的アフォーダンスに入るという。
そして一番隅っこの女生徒が座るというのでパンが終わってカットがかかった。
それがいかにも、とある動作の終わりがとあるシーンの始まりに繋がりやすいカットになる。
ホラーとかサスペンスでも例えば女の人がいて、後ろに誰もいないのに、カメラワークで「後ろに誰か出てくるんじゃないか」というのがある。
ああいうのが不思議なのだがそういうこと。
山田洋次さんなんかがおやりになる、見事だと思うのは例えば二人の男女がいて、その女の人が去って行く。
その画面の中に男一人しかいないのだが、画角を変えない。
一人しかいないから寄っていけばいいのだが寄ってはいけない。
そのまま撮る。
二人映っていて一人が去る。
去って行く女の背中を映しておいて、キャメラを戻して、同じサイズで一人の男を撮る。
そうすると「去った人」というのがフレームの中に入ってくる。
寄りたくなってしまう。
それが、演出家の腕。
そういう目で黒澤明監督とか山田洋次監督を見ると凄いと思う。

幸福の黄色いハンカチ デジタルリマスター2010



武田先生が一番驚いたのは『幸福の黄色いハンカチ』に生まれて初めて映画に出た時に、十数年後に気づいて。
あれはずっと黄色が出てこない。
黄色が画面から外してある。
(花田欽也役の)武田先生は白のジャンパーに緑のジーンズを履いていた。
(小川朱美役の)桃井かおりはカーペンターのジーンズ(オーバーオールのことを指すと思われる)と赤いシャツか何かを着ている。
そして車が赤かった(真っ赤なファミリア)。
(島勇作役の)高倉健は黒ずくめで描いてあって、黄色を外してある。
健さんが、夕張の残した奥さんの思い出を話すと、奥の方に黄色い旗が揺れている。
凄い。
武田先生たちが夕張に向かうと追い越し車線の黄色がどんどんキャメラの真ん中に映ってくる。
つまり、あれは山田さんの「黄色いハンカチは上がっていますよ」というのを無意識の中に映像化していく。
ここまで人間の心理を、いわゆるアフォードを見抜くのかと思った時に、演出家というのは凄いと思った。

この本の中で青山真治さんが別の章の中に「顔」という章(「3「顔」の解放)を書いてらして、これは前に話した通り。
コメディアンの人、俳優の人、アイドルの人が混じって芝居をしていると、芝居の質が実は違う。
これは何かというと、これがまた顔。
俳優さんというのは心理を隠そうとする顔をなさる。
コメディアンの人は顔に全部出そうとする。
アイドルの人は一番いい顔をなさろうと努力する。
その顔に於ける表情の出し方のバラつきというのが上手くゆくときとゆかない時がある。
上手くゆかないのは敢えてどれとは言わないが。
「上手くいってるな」と思ったのは『おっさんずラブ』。

劇場版おっさんずラブ 〜LOVE or DEAD〜



映画版を見て、あれは受ける。
面白い。
あれも言えることは、それぞれが物語の中で持っている心理を画面上で隠そうとするから面白い。

才能ある映画作家たちは、ときとして「顔」を回避する。
 たとえばその顕著な例はロベール・ブレッソンである。ブレッソンはまず、心理を「顔」に表出しようとする俳優を使うことを自らに禁じ、正確な《身振り》と正確な台詞を言うこと以外を許されない、彼自身〈モデル〉と呼ぶ存在を使う。
(177頁)

これは顔に於ける表情というのがそのシーンを台無しにすることがある。

例外的状況以外では「顔」をフレーミングすることをやめる。「その本質において、常に、言語活動の内では把握されない」《身振り》のみで一本の映画を構築することが、ブレッソンの理想的な方法となっていく。(177頁)

だから下手な監督は寄るだけ寄る。
上手い監督はどんどん引いてゆく。
この両方をごったまぜにするのが勝新太郎『座頭市』。
名優が出てくるので驚く。
この間、感動したのが吉永小百合さんが出てきた。
(『新・座頭市T』第14話「雪の別れ路」)
旅芸人で林与一に騙される宿場女郎みたいな役で。
キャメラが寄るわ寄るわ。
だが、はっきり言って、ちょっと安っぽそうなロケでも立派に見える。
やはりそれは勝さんはよくわかっている。
林与一のスケこましから騙されても騙されても尽くす女郎を吉永さんがやる。
一番最後に与一は別の女に殺されるのだが、ひどい男だったから当然な報いで、その与一から貰った櫛を吉永小百合が雪の降りだした空にパーン!と捨てる。
そうするとアッという間に座頭市がその櫛を真っ二つに切る、という。
それを驚き見つめ、涙目の吉永小百合。
黙って背中を向けて「失礼さんでごさいます」と言いながら歩き出す勝新太郎。
バーッと引き。
そこに吹雪の雪がザーッと、崩れ落ちる吉永。
キャメラ寄らない。
寄ると安っぽくなる。
それでもうエンディングロール。
タイトルが上がってくる。
『幸福の黄色いハンカチ』
倍賞が映った。
高倉健が黄色い旗に向かって歩き出した。
大俳優・高倉健と倍賞千恵子の抱擁シーン。
だが、どんどんキャメラは引いていく。
明らかに倍賞は言っている。
「お帰り」
声が聞こえないぐらいキャメラは引いて、引いて引いて引いて見えるのはあの黄色いハンカチの旗の一列だけでエンディングを上げる。
日本人は寄りで泣かない。
引いて泣かせる。
このへんを映画作りの芸術家は知っている。
凄いなと思う。

これは今、語りの手法はアフォーダンス理論。
チコちゃんが「小さい子は何でブロック塀の高いところを歩きたがるの」から始まった。
水谷譲が今言っている「そんなことが想像つくと涙が出てくる」と言った、その心の動き。
「何でか知んないけど泣けちゃうなぁ」っていうこれがアフォーダンス。

生体心理学、アフォーダンスの舞台の広さ。
佐々木正人によるコラムがある。
ここで佐々木は実に興味深いテーマを置いている。
人間というものを見つめた場合、その「生態の面白さ」ということで、食事の食卓の高さについて触れている。
世界中にいろんな動物がいるけれども、食卓がないと飯が喰えないというは人間だけじゃないか、という。
ちょっと話が重なってしまうかも知れないが、東アジアの食事の習慣で独特なのが日本である。
中国、朝鮮・韓国あたりと食事を摂るマナーが違っている。
動物の食事を摂る姿勢、習慣を見ていると、視線の変化である。
これは面白い。
食事を摂る習慣には二つの視線がある。
一つは「肉食の視線」。
もう一つが「草食の視線」。
「肉食の視線」とは遠くにいる生き物を「あっ!シマウマだ。オレ喰うぞ」。
決めたライオンがバーッと追いかけていって喉か何かに噛みついて肉をむさぼる。
肉を喰う時、生き物は肉に視線を合わせる。
そういえば肉を見る。
喰いながらジーっと肉を見る。
魚でも何でもそう。
必ず見る。
口に持ってくる時、肉を見ながら口に入れる。
「お話をしながら肉を自然と持ってくる」というのはない。
一旦絶対、肉に視線を寄せている。
しゃぶしゃぶとかすき焼き。
集中している。
ところがこの「肉食の視線」に対して、もう一つ「草食の視線」というのがある。
ライオンさんがシマウマを食べる時はかぶりついている。
シマウマさんの肉を見詰める。
ゾウさんが草を見る時はどうか?
草食の視線。
口に運ぶ時、見ない。
なぜかというとゾウさんは次に食べる草を見ているから視線は上がっている。

ヒトの食卓には「肉食の視線」と「草食の視線」が共存している。(212頁)

(番組では日本人限定であるかのように言っているが本にはそのようには書かれていない)
これでわかった。
武田先生がポロポロご飯をこぼして何で奥様から怒られるか?
それは簡単。
ご飯は草系が多いから。
目を離している。
野菜が多いから見ない。
昔はちょっと肉が混じっていたらちょっと見ながら食べるのだが、今は口に入れるのは「ナスかキュウリかレンコンか・・・」というので。
イモを喰う時にイモは見ない。
さっきサツマイモをふかしたのをおやつで召し上がって床に落とした武田先生。
「イモか」と思うと見ない。
今まで生まれてきてケンタッキーフライドチキンを落としたことはない。
ちゃんと見ているから。
こうやって考えるとアフォーダンスというのはなかなか面白い。

一番最後に佐々木さんが絶妙なことを言う。
これは何かというと、人は環境からエネルギーを貰っているんだ。
これは環境がくれるエネルギーと自分の持っているエネルギーをかみ合わせて、環境の中に於けるエネルギーを作っていく。
それが人間だ、という。
もの凄くいいことをおっしゃっているなと思って驚いた。
何年か前に神と呼ばれた箱根のランナーたちがいるのを何人か思い出す。
名前も付けたり「山の神」。
よく考えるとすごく不思議。

山の「上がり勾配」も注意を引いたはずだ。なぜこの「傾斜」は同様に鍛えているはずの若者たちのこれほどの能力差をもたらすのか。(213頁)

箱根の坂道が箱根の坂道の神たちに力を与えたから。
彼らは坂道から力を与えられた。
これがアフォーダンス。
ちょっと冷たい言い方になるが、平べったいところで急に勝てなくなる。
そんなランナーが何人もいる。
不思議。
「坂道を上れる」というのは最強の証拠。
ところがこれが平塚あたりの平べったいところになるとあんまりいいタイムが出せないということは、勾配がくれるエネルギーで自分のエネルギーが出るという選手がいること。
これこそが実はアフォーダンスであるという。
そうやって考えると我々は環境に包まれて自分というものを決定しているんだな、と。
こう考えると面白い。

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2020年10月12〜23日◆つつまれるヒト(前編)

(公式サイトでは今回のネタ元は『今日から使える行動心理学』ということになっているのだが、実際にネタ元になっているのは別の本)

今日から使える行動心理学 (スッキリわかるシリーズ)



曖昧な表現だが「つつまれるヒト」。
こんなものをまな板の上に乗せた。
これは本のタイトルそのまま。

包まれるヒト〜“環境”の存在論 (シリーズ ヒトの科学 4)



2007年、岩波書店発行のいわゆる生体心理学というようなジャンルの一冊。
これはどういうことが言いたいのか?というと、環境の再発見のため21世紀の人間科学というものを追求しなければならない。
これはざっくり研究分野の名前で言うと、前にも一回触れた武田先生が今、興味を持って仕方がないという「アフォーダンス」。
行動心理学みたいなもの。
この間テレビを見ていたらびっくりした。
アフォーダンスという学問の名前、これが何と驚くなかれNHKのあの人気番組『チコちゃんに叱られる!』に出てきた。
(2020年8月21日放送分「なぜ子どもは縁石の上を歩きたがる?」72分拡大版▽肉じゃが▽夏の怖い話▽お地蔵さん - チコちゃんに叱られる! - NHK
「これはアフォーダンス理論ですね」と解説の先生が言う。
かなり前に武田先生がアフォーダンスは取り上げていた。
自分の興味を持っていることが「チコちゃん」と重なったという喜びがある。
「何で子供はブロックの上を歩きたがるの?」
そういえば、子供は放っておくと段差のある上を歩きたがって、そこを平均台っぽく歩くのが大好き。
これを「何で?」とチコちゃんが訊く。
それがアフォーダンス理論。
この「何で小さい子供はブロックの上を歩きたがるの?」を小さい子供の数年前、その子が幼児だった頃から振り返ると、アフォーダンス理論はすごくわかりやすい。
まず、生まれて人間が最初にやる行動。
「寝返り」からアフォーダンスが始まる。
人間の始まりというものをアフォーダンス理論は寝返りから、この敷いてあるお布団の上で寝返りを打つ場合と、お布団から少しはみ出して畳の上にゴロンと自分が四つん這いになると嬉しい。
一番最初に人間を支配する情熱、心理「回転」。
アフォーダンスはこの回転を中心に人間の行動を考えていく。
天井しか見えなかったものが、一回転すると別世界がある。
それが下の世界。
その寝返りを打った赤ちゃんが四つん這いになる。
これはもの凄い勢いで四つん這いになりたがる。
赤ちゃんは自分の体を回転させるためにブリッジをする。
倒れた亀みたいに頭を。
赤ちゃんは四つん這いになった瞬間に何をやるか?
ハイハイ。
この這っていく時に全神経を集中し、這っている土台の肌理、手触り、感覚を覚える。
這い出すとどうするか?
いろんなものに触れる。
這い続ける。
そしてついに発見する。
這うものの限界を。
「這うものの限界」というのはそこに壁とか遮断する柵がある。
その柵があると次のアフォーダンスに入る。
立とうとする。
そしてついに立つ。
立ったら次のアフォーダンスが始まる。
それが「歩く」。
これはそういう環境に包まれた生き物が、環境と一緒に「寝返りを打つこと」「這うこと」「立って水平なものを見つけたらそれを掴むこと」。
掴んで立ち上がる。
立ち上がった瞬間に今度は下しか見なかった視線が上に上がる。
そうすると全く見たこともない世界が広がっている。
そして歩き出す。

アフォーダンス。
人間が環境を探るために偵察しているうちに、それがいつのまにか立って歩く行為になってしまったので、それは環境と一緒に人間が作った行動。
それは今までは「人間が立った」と言っていた。
だが、「人間が立った」というのは正確な言い方ではなくて「立つような環境が彼(彼女)にあった」。
事の始まりがすべて寝返りを打って回転する。
そこから始まった。
だから「回転する」ということがもの凄く大事。
だからスポーツは回転が入ってくる。
スキーからフィギュアから体操・内村航平まで。
それは「寝返り」の体験。

寝返りを打ってハイハイをした。
ハイハイをして水平のものを発見すると、子供は無意識のうちにこれを掴む。
そして、それを支えにして立ち上がる。
立ち上がると全く違う視界の世界が広がって、今度は立ち上がった視界の果てを求めて歩き出す。
いずれにしても端っこに行きたがる。
これが人間を人間たらしめる二足歩行のスタート。
子供はなぜ、段の高いブロックの上を歩きたがるかというと、これは寝返りの時と同じ。
課題に思える。
宿題に感じてしまう。
ブロック塀を見た瞬間に子供は何を思うかというと、課題として「この上を落ちずに真っ直ぐ歩きたい」と思う。
そうやって自分の能力を高めたいと思う。
そのことに挑戦し、それが達成できた瞬間に「やった!」と。
この出された「環境からの課題」を解いて、「できるようになった自分」を快感とするという。
これは死ぬまで続く。
それが71歳になった武田先生が公園で今、練習しているリップスティックボード。

ラングスジャパン(RANGS) リップスティックデラックス ブラック



あの快感。
できることが、もの凄く気持ちいい。
この「世界を探りたい」という思いがなくなった時に人は本当に老いてしまうのではないか?

アフォーダンス理論は実に細かいことに触れている。
先週、お葉書で「腕に力が入る」という話をした。
(視聴者からの手紙で「力み」についての話があった)
何で力が入るか?
もの凄く短く言うと、そこしか自分が見えないから。
人間は自分の姿を自分で見ることができない。
見つめられる一番の自分は何かというと手。
だから「頑張ってるぞ」と表現したい時は手に力を入れる。
自分で確認できるから。
但し、「腕に力が入っている」ということは自分で納得できるかも知れないが、人はそれで納得しない。

夏の日テレのドラマを見ていたら志村さんの物語をやっていた。
柄本明・川栄李奈・A.B.C-Z 河合郁人・三浦?太「24時間テレビ」志村けんさんの物語に出演決定
番組で志村さんを再現するのだが、ジャニーズの若い俳優さんもいるし、柄本(明)さんみたいなベテランの俳優さんもいるのだが、それに交じってお笑いコンビがいっぱい出る。
その漫才をやっているコメディアンの人の動きと俳優さんの動きとジャニーズさんの動きが違う。
一番ナチュラルに動いているのは柄本。
彼はお芝居の体の動きをする。
「欧米か!」の二人(タカアンドトシ)が出ていた。
肩に力が入っている。
演技に於いて一番難しいのは手をどこに置くか。
ジャッキー・チェンは香港で東洋人なのだが、西洋の俳優さんのアクションスターの動き。
指を差すような。
ちょっとオーバーアクション。
両手の動きからナチュラルさが消える。
そういう人たちの表情がまた、リアルから離れてしまう。
手の動きの大きい人のお芝居は表情も大きくなる。
「おいおい!そんな言い方があるか!志村さん怒ったらどうすんだよ!」
人間はそんなふうに動かない。
そんなふうな動きをやるADがいるワケがない。
何でかというと、アフォーダンスに沿っていない。
「力を入れる」ということを本当に力を入れて表現しようとする。
こういうふうになると映画論になっていくから面白い。
感情を隠そうとするお芝居の中に、もの凄く多量の熱い芝居を感じる。
渥美清の泣いているような笑っているような、決して表情を読ませないという表情を隠そうとする演技の中に表情を感じる。
アフォーダンス理論はかくのごとく様々なものに広がって行くが、ナチュラルに動くということがいかに大変か。

「力み」がなぜ起きるか?
それは「頑張っている」と思うから力んでしまう。
頑張る自分を隠すのである。
これは最近の若い人にはなかなかわかってもらえないようで。
この間『ワイドナショー』で語っていたら東野(幸治)さんから「古い!」と一言。
ワイドナショー - フジテレビ
ただ、人間が歩行、二本足で歩くということに関して、他の動物と決定的に違うのは逆説。
歩くとはどういうことかというと不安定になること。
四つん這いの方が遥かに安定している。
だから、歩くというのは一歩一歩全部揺れているとうことで安定しないこと。
安定しないことが安定してできるようになった時に二足歩行は人間の中に定着していった。
二足歩行から始まって、バランスをどう取っていくか、そのバランスの取り方の上手さが成長することになる。
ということは、子供たちがちょっと高いブロックの上を歩きたがるのはわかる。
早くバランスの取れた大人になれるように。
というのは子供は見ただけで可愛い。
「可愛い」とは「可哀そう」なこと。
子供はバランスが悪い。
頭がデカすぎる。
だが、頭がデカいものを見ると我々は可愛く感じてしまう。
それは「可哀そう」だから。
ちょっと人間は複雑。
だから安定を求める時、人間は敢えて不安定になる。
これが面白い。

ゴルフで畑岡奈紗という女子プロがいるのだが、見ていると面白い。
この人はドライバーで打つ、そのアドレスに入る前にそこの場でずっとジャンプをする。
(ジャンプすることによって)全身を確認できる。

今地面の上で私がぴょんぴょん跳ねたら……。
 そうさ、君は君のからだがどんなかたちかを知ることができる。
(24頁)

ラジオ体操でも小さくジャンプするのがある。
あれは、あれで自分の全身が確認できるから落ち着く。
アフォーダンス。
自分を確認するためにはどうしたらいいか?
もう一つ確認する方法がある。
それは何か?
ジャンプの他に。
その場で一回転すること。
スポーツの中で回転競技というのがいくつもあるのは、実は自分をちゃんと確認しているということの証明でもある。
だから、何回転も回った方が点数が高い。
フィギュアスケートとか体操とか。
あの時にほんのわずかでも肩に力が入ったら転ぶ。
つまり、リラックスして回転できるか、これが問題になってくる。
自分のバランスを確かに持っているかどうか。
しかももっと面白いのは人間はこの前やった竹刀ではないが、長い棒を持たせると必ず振る。
長い棒を持って振りたくなるのは、重さを確認するためには振るのが一番。
だから「振る」という行為は、そのことで知ろうとする人間の意欲。
このへんは面白い。

(水谷譲の)一番下のお子さんは合気道をやっている。
合気道は回転運動。
クルクル回っている。
一番最初の基礎の練習が凄く単純で両腕を振る。
ラジオ体操にも「腰を大〜きく回して〜上体を大〜きく振る運動〜」というのがある。
あれは何かと言ったら肩から力を抜くため。
体を大きく振るためには肩から力を消す。
消すことによって手のひらが敏感になる。
人間は体を振って指をブラブラさせると、指先に神経が行って当たると直ぐわかる。
そういういくつかのアフォーダンスに導かれて「自分の動かし方」を人間は決めている。
そうやって考えると面白い。
ラジオ体操も動きに意味がある。

武田先生の体験なので皆さんにお教えする。
けん玉をやるとよくわかる。
けん玉がどんどん上手になっている武田先生。
三月からやっている。
けん玉、縄跳び、リップスティックボード。
この三本柱を今でもやっている。
今、相当上手。
玉の方を握っておいて、剣の方を空中に回して玉の穴に入れる。
何でそれができるようになったかというのは、肩に力が入っていない。
そこが極意だと思う。
けん玉をやる人で肩に力が入っている人はいない。
上手な人は楽にやっている。
あれは何かというと、自分の都合ではなくて、けん玉の事情に自分を合わせる。
でないと絶対できない。
けん玉というささやかなる道具は「私はけん玉で遊ぶ」のではなく「けん玉が私を遊ぶ」時、上手くいく。
人間は何でも自分でやっているつもりだけれども、実は環境と力を合わせて「私の行動」は決定されてゆく。

アフォーダンス理論。
人間は環境と一緒に自分の行動を決定している。
環境と抱き合わせることによって人間は行動していくのであって、単独で何かをやっていると思ったら大間違いだ、という。

今日のアフォーダンス理論は、日本のどこかにいらっしゃる野村寿子さんという方へのインタビューで始まっている。
(番組では野村さんを「作業療法士」と言っているが、本によると「元作業療法士」)

 佐々木 野村さんは四年前から−中略−脳性麻痺の方のための、オーダーメイドの椅子を作るお仕事をなさっています。その前は−中略−作業療法士をなさっていましたね。(31頁)

 野村 二歳のKくんです。−中略−仰向けで全身つっぱった状態でほとんど動けませんでした。(34頁)

(Kくんの写真は)「ベタッと横になっている幼児」という感じ。

 野村 次に、身体の左右が非対称に歪んでいる方の事例です。たとえば、このRさんの身体は本人から見て右に傾いていますが(41頁)

両者に共通しているのは苦しげ。
彼らにはこの手の椅子しか用意していない。
これをこの作業療法士の人がこの人たちに椅子を作ることによって、椅子だけで変わる。
Kくん、Rさんに野村さんが椅子を作る。
女の子の方(Rさん)は、くの字に体を折って座っていた子が、普通に明るく座っている。
先週から話していることだが、例えば上の写真は両方とも肩、背中に力が入っている。
(番組で「上の写真」と言っているのは本の35・41頁の合っていない椅子に掛けている写真)
そして下の方、作業療法士の人が作った椅子に二人が座ると、非常に楽な感じがする。
(番組で「下の写真」と言っているのは本の40・43頁のオーダーメイドの椅子に掛けている写真)
特に女の子の場合は思う。
一目見て「あ、身障者の子だな」とわかるような上の写真だが、下の写真はすれ違っても・・・
この二つの差異はどこから生まれてきたのか?
これもアフォーダンス理論。
これは面白い。
体で動かない場所が下の方の写真にはある。
上の方の写真はとにかく寝かせなければ・・・というのだが、下の方の写真で生き生きと動いているのは定まった部分がある。
腰が据わっている。
定位、動かない体の部分があるので、体の上の方が動くようになった。
びっくりするぐらい表情の違いを感じる。
痛々しい身体障害者の子が、違う椅子に座っただけで生き生きとした表情になって、周りを見たり、あるいは人に話しかけるような表情になっている。
これは何かというと、苦しそうな表情をしているのは椅子が「転ばないように」を前提に作ってある。
「転ばない」ということを前提に作ると苦しそうに座る。
生き生きと表情がしているのは、実は間違えて前につんのめると倒れる。
倒れる方が表情が生き生きとしている。
不安定の中で安定を見出す。
倒れることが自分の課題になっている。
(このあたりの話は本にはない)
そうすると「倒れないぞ」ということで自分の体を使うことがこの人たちに健康な少年らしい表情を与えていく。

これを見ながら何を考えたか?
ずっと晩飯を喰いながら(奥様から)叱られていた。
手の甲を物差しで叩かれるような声で叱られて。
何でか?
ご飯をこぼす。
それでずっと奥様から怒られる。
「ほらまた!チッ!もうボロボロボロボロこぼしてぇ!」
これはアフォーダンス理論で追及した。
「何で俺はご飯をこぼすのか?」
それはご飯を奥様の横で食べる時に体を硬直させているから。
それでこぼす。
力が入ってしまって。
そうするとこぼす。
こぼさないためにはどうするか?
背筋を伸ばしておいて、肩から力が抜けて自由に使えること。
これがこぼさず食べる方法。

身障の人たちに適合した椅子を作る。
定位、体の一部分をしっかり固定しておく。
ちょうどお尻の形が前後に揺れるようになっている。
この不安定さが実は人間にとってとても自由度を高めてゆくという。
合気道は姿勢の武道で、武田先生はすぐに背中を丸めてしまうが、それを何回も注意されている。
これは何かと言ったら前にお話しした、体の一部分を真っ直ぐに保持することによって肩から力を抜き、手の自由度を高めるという。
そういうアフォーダンスに従うためにはそういう動きがいい。
(水谷譲の合気道をやっているお子さんが)普段はちょっと猫背ぎみ。
だから「合気道をやって何かいい方向に行けばいいな」と思う水谷譲。
絶対いつか悟ると思う。
ベストにその技が効果的に効くためには、やっぱり背筋が伸びていないとダメ。
そういう意味では長い目で見てあげてください。

こういう発想が面白い。
人間は環境の中から自分を決定してゆく。
今まで環境を資源にしてきた。
「石油がありゃあ取りゃあいい」「畑作って喰い物を植えりゃあ高く売れる」「川見りゃあ魚を釣ってとにかく稼ごうぜ」という自然、あるいは環境を資源にしてきた。
だが、今はそうではない。
環境とどう折り合うか。
そういうことを考えると、もっと違う物事の発想が。

ここからさらに面白いことに気が付いた。
それはまたゆっくり話すとして、武田先生がずっと引っ掛かっていた言葉に「ソーシャルディスタンス」。
今はもの凄く叫ばれている。
「ソーシャルディスタンス」と昔はそんなことは言わなかった。
コロナ禍で出来た言葉。
親しみやすい方がいいから握手するアイドルとか、ハグし合う選手たちとかが高く評価されていたのだが、今、「ソーシャルディスタンスを取れ」と言う。
「そんなコロコロ変わっていいのかな?」と思って「ソーシャルディスタンス」を日本語で何と言おうかなと思って考えていた。
日本にあった。
こっちの方が遥かにいい。
間合い。
公園でソーシャルディスタンスの2mに立ったことがある武田先生。
2mの端に立つと同じ構えをする。
刀を構えて正面に置く構えになる。
宮本武蔵と佐々木小次郎みたいに。
あれがちょうど2m。
まさに間合い。
間合いによって生きるか死ぬか。
昔の人たちはとても巧みにソーシャルディスタンスをキープしていた。
べったり寄ってくる人なんかいない。
特にサムライはソーシャルディスタンス用に刀を差している。
それがカチンと当たったりすると大変なことになったワケで。
そうやって考えると、そこにはちゃんと持っている道具でのアフォーダンスがあった。
頬っぺたをチュッチュしたり撫でつけたりするうちにおかしくなってしまって。
西洋かぶれみたいな。
そうやって考えると「間合い」という問題から、いわゆるソーシャルディスタンスを考えていくと、そこにはちゃんとコロナに対抗すべき人間の生き方「アフォーダンス」があった。

人は自分の定位を定め、自分のサイズを確認する。
自分の重心を確認するために回転するのだ。
こうやって考えると面白い。
回転することで名を上げた時代劇スター。
勝新太郎『座頭市』。

座頭市 Blu-ray BOX



座頭市は回転。
ブルース・リーが勝新太郎さんと共演したかった。
それでカンフーの回転と居合切りの回転でアクション映画を作りたかったらしい。
観たかった。
つまり、回転するものは人を惹き付ける。
そうやって考えると、彼らを支えている「アフォーダンス」回転というのは実に興味深い理屈であるということ。

来週は「演技論」に行ってみようかと思う。
アフォーダンスは運動理論もあるが芸能理論でもある。
考えたら歌舞伎にしろ日本のお祭りにしろ、見せ場は回転。
回転することは興奮する。


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2021年02月11日

2020年7月27〜8月7日◆記憶する体(後編)

これの続きです。

オリンピックが終わって「始まるぞ!パラリンピックが」今年あるはずだったのだが、諸般の事情によりましてということで、世界史が大きく動いてしまった。
そのパラリンピック用に「障害を持った方」の世界というものを我々が勘違いしているのではないだろうか?
彼らの世界を正しくもう一回捉え直したいということで

記憶する体



彼女の文章の中ですごく惹かれたのは、障害を持った方、肢体の不自由さとか知的な障害とか情緒とか、いろんな障害が人間にはあるワケだが、実はそれはその人が自分を作っていくための一種、ルールを作るための固有性になりうるんじゃないか、という。
このローカル・ルールに従って個人は個人を作っていく。
この言葉遣いが気に入って、「病」というものを自分から切り離さずに「自分の中の一部分として」という伊藤さんのこの考え方が大好きな武田先生。

今年、典型的な年で、皆さんも生々しい記憶を持ってらっしゃると思うが、新型コロナウイルスというのが中国から発生して全世界にたちまち一帯一路を伝わって全世界へ、という。
歴史の一種曲がり角というか、世界史の年表の縦線一本みたいな感じになった。
武田先生もテレビを見て、埼玉の人が東京の人に向かって「来るな!」と、そんなことを言ったというのが凄い出来事だったんだなというふうに思う。
そして首都圏とローカル。
何か「鄙(ひな)」と「都(みやこ)」というのの差みたいなものを「明らかに日本を回してるんだな」という。
そんなことを含んで、私たちが前から持っていた考え方をコロナ以降、変えた方がいいのではないかという一環で『記憶する体』を取り上げてみたかった。

 鄭堅桓(チョン・ヒョナン)さんは−中略−在日朝鮮人三世として生まれました。−中略−二〇〇六年に慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)という難病を発症します。(206頁)

 CIDPは、神経をつつむミエリン鞘という組織がはがれていく病気です。日本での患者数が二〇〇〇人ほどの難病です−中略−
 CIDPにかかると、ミエリン鞘がはがれることによって神経がむき出しになってしまうため、全身の抹消に痺れが生じます。チョンさんの場合には、足に強い痺れがあり、いつもジンジンしている感じで、慢性的に傷むそうです。
(208頁)

CIDPは神経の病気ですので、体を思うように制御できない、といったことが起こります。(210頁)

右手で箸を持つことはできるのに、スプーンになると震えが大きくなって持つことができません。(211頁)

サンドイッチやハンバーガーを食べるとき。−中略−パンがふわふわしているんで、手が暴れ出して、飛んで行っちゃうんですよ」。−中略−両腕を上にバンザイすることはできるけど、そのまま下ろすことができない。でも右か左、どちらか一方ずつであればスムーズに下ろすことができる。(211頁)

(番組では両手だとバンザイができないと言っているが、上記のようにバンザイまではできるが下ろすことができない)

ティッシュを渡したり、お金を支払ったりするとき。ティッシュを取れたとしても、それを相手に渡そうとすると、手が頑なに離してくれないのだそうです。−中略−
 町で人とすれ違うのも大変です。避けようとすると、逆に引っ張られてしまう。
−中略−人がすーっと通って行っただけで、磁石のN極とS極みたいにひっぱられちゃう」(212頁)

普通に歩けない。

「夏場は焚き火を燃やしているところに足をずっと突っ込んでいる感じ」。−中略−
 これに対して冬は、刺すような痛みになると言います。爪と肉のあいだを「針でチクチクされている感じ」
(215頁)

チョンさんは自分の体から出られない苦しみにのたうち回る。

特に夜も眠れないのが辛く、「家族を起こして、『足を切ってくれ』と頼んでいた」。(216頁)

 家族がそのような「献身」でも「突っぱね」でもない関わりをしていたために−中略−
 チョンさんの爆発に対して家族が同じ力で返していたら、チョンさんは「自分の」痛みに囚われてしまっていたことでしょう。けれども家族がどこか他人事で「暖簾に腕押し」の反応であったために、チョンさんは自分と対話することになった。
(223頁)

その上にチョンさんには朝鮮人差別の苦しみもあった。
マイノリティでいじめられ、難病でいじめられということで、落ち込む。
ところが、ある日、希望の光が差し始める。
これはとある人物に会って、チョンさんの人生は一変する。
それが向谷地(生良)さん。
武田先生が「ベテルの家」で取り上げた社会福祉士の向谷地さん。
この人が北海道の浦河、襟裳岬の根っこのところの町で精神障害者の人たちだけが集まって共同体を形成しつつ自立しながら生きてらっしゃる「ベテルの家」という組織体がある。
その人たちの活動を知って、チョン・ヒョナンさんは救われる。
(本によると向谷地さんを知ったのは発病前)
向谷地さんというのはこういう物言いの人なのだが、いいことを言う。
チョンさんに会って何と言ったか。
名言。
「チョンさん。安心して絶望しましょう」
(という話はこの本にはない)
大変な難病で、しかも在日朝鮮人三世という苦しい立場にありながら、のたうち回る。
そんなチョンさんに向かって浦河ベテルの家の向谷地さんは「チョンさん。安心して絶望しましょう。あがくのはやめましょうよ。もっと堂々と絶望しましょう」。
こういう絶望の勧め。
こういうベテルの家というのは好き。

初めての方のために少し説明する。
これは精神障害の人たちが共同生活を過ごしてらっしゃるのだが、共同で生活しながら自分の病について書き留めるという作業をやってらっしゃる。
こんなことは世界で本当にここだけではないかと思う。
患者さんが自ら医師となって患者である自分と向き合う、という。
幻覚・幻聴が出る人は当たり前にこの共同体の中におられて、その中に「UFOが舞い下りて宇宙に誘われている」という方がいらっしゃる。
その人が夜中に突然その共同体の家から走り出て、襟裳岬の先に円盤を急降下させるので「そこまで走れ!」と言われて、危ないのでみんなで止めて。
でもその人は「どうしても円盤に乗るんだ」ということで精神障害を患った方ばかり5〜6人でこの方を説得するのだが、この説得の仕方がベテルの家らしく独特。
どんなふうに説得するか?
それは「UFOに乗った」なんていう方はこのベテルの家では何人もいらっしゃる。
その方のうちの一人が「UFOに乗るんだったらば、確認しなけれならないことがある」。
それは何かというと「免許証を持っているかどうか」。
その宇宙人の中には免許を持たないで人間をさらいに来る宇宙人がいる。
「非常に運転が危ないんだ」と。
その人曰く「自分はそれで一回、十和田湖に堕ちたことがある」みたいな。
「確認した?」「いや、免許証は確認してない」「いや、それは危ない。ちゃんとライセンス持ってるはずだから」
「何人乗り?」と訊く人もいるという。
「いや、何人か乗れる」「いや、ダメだ!安全ベルトとかあるのかって訊かないと、今危ないんだってUFOは!」
それで「行くのやめた」とか。
つまり、精神障害者の治療に精神障害者の人が当たる。
それは正常者が気づかない、全く別種の治療の仕方、治し方、説得の仕方をする。
向谷地さんはそこに賭けてらっしゃる。
都会でただひたすら階段を上る生活。
このベテルの家というのは一生懸命、都会で上る生活にくたびれた人。
その人たちが集まって作った標語が「降りていく生き方」。
降りるんだ、人生を。
これは武田先生も60歳代の前半だったが教えられた。
とにかく上ることばかり考えていた人生だったので「降りていく生き方」「上った以上は降りねばならぬ」と自分に言い聞かせる毎日。

このチョンさんのお感じになった意味はわかる。
「安心して絶望しましょうよ」
向谷地さんの勧め方が抜群。
(向谷地さんといろいろやり取りをしたように語られているが、本にはそのような記述はない)
「箸は持てるがスプーンは持つと震える。サンドイッチは投げてしまう。両手でバンザイできず、バンザイをすると片手ずつになってしまう。あるいは人を見ると何だか吸い寄せられるようにぶつかってしまう。ティッシュペーパーが奇術のように手から離れない。そんな奇妙な病気なんです。しかも全身が火で炙られるように、氷の針で刺されるように痛い」と自分の絶望をさんざ語るチョンさんに向かって、向谷地さんは多分おっしゃったのだろう。
「三重苦どころじゃない。四重、五重、六重。・・・これは珍しいですよ」
珍しいことは人間の性だが、聞きたがる。
向谷地さんは「だったらチョンさん。痛みってのがどんな痛みなのかってのをちゃんと記録してください。それで人に聴いてもらいましょう。お金は私が取りますから」。
そこまでおっしゃったかどうかわからないが。
チョンさんの話が余りにも変わった人間の苦悩の話なので、お客さんが集まってくる。
そうするとチョンさんも正確に痛みを伝えたいから家族に当たっているヒマがなくなる。
痛みが出たら「何時間続く」とかというのも克明に記録し始める。
痛みの種類、時間、日時、風、日差し。
それは記録しようと思ったら手間がかかる。
そうすると痛みが来ると前は絶望だったのだが、観察しているうちに「あっ!来た来た。ああ〜これだこれだ」と言いながら、ペンを持つものだから、何だか痛みに対しても安心して本当に絶望できるようになったという。
痛みの最中にじっと観察していくとだんだんその痛みが引いてきたというから、人間の病というのは信じられないくらい複雑なものがある。
自分が抱えたハンデに対するものの考え方、見方。

伊藤亜紗さん春秋社『記憶する体』。
これは本当にお値段以上だった。
勉強になった。
この方は前に『(今朝の)三枚おろし』で取り上げた『どもる体』。

どもる体 (シリーズ ケアをひらく)



吃音で悩む、そのことを苦にして自殺する方もいらっしゃる。
そこまで深い苦悩だとは思わなかったので本当に失礼した。
『どもる体』をお書きになった伊藤さんだが、最後の章で吃音に苦しむ女性も取り上げておられる。
ここでも興味深い当事者からの報告があるのだが

二〇一八年の夏に『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』−中略−という吃音をモチーフにした映画が公開されました。主人公は吃音のある女子高生大島志乃。(232頁)

自分も吃音なのでその映画を観に行こうという柳川太希さんという女性がいらっしゃるのだが、この映画がやっぱり行こうかどうか迷いつつ。
(番組では「やながわたき」さんという女性と紹介しているが、「やながわたいき」さんで、おそらく男性)

どもる体を見る不安とは、それにつられて自分も再びひどくどもり始めるかもしれない、という不安なのです。(243頁)

太希さんも必死になって吃音と向かい合い、闘う人だったが、この方は自分なりにローカル・ルールをお決めになった。

柳川さんは、一人称を、「私」に統一することにします。−中略−起点はあくまで「私」に置き、そこから使い分けるという意識でいるようにしたのです。(235頁)

どもる時にちょっとでも迷うと吃音が始まるので、語り出しの一人称をしっかり英語ふうに安定させる。
それで吃音、どもる語り出しを抑え込もうとした、という。
そのことで、かなり楽になったらしい。
(本によると一人称を統一した理由は迷うと吃音が始まるからではなく「自分のモード」のため)
それを青春の頃にずっとやっておいて、知恵として様々な人称を使ってみようと逆に考えて

大学二年生のときに、司馬遼太郎の『坂の上の雲』を読んだことがきっかけで、不安になる心の動きそのものを消すのではない方法を思いつきます。それが、「もう一方の極を作る」ということ。−中略−
 安定した鈍感な極を作れば、まさに振り子のように、いったんは不安定な極に振れたとしても、いずれそれ自体の力によって安定した鈍感な極に戻ってくるのを待つことができます。
(238頁)

坂の上の雲(一) (文春文庫)



司馬遼太郎作品を読んだら吃音がゆっくり和らいだとおっしゃる。
文学にはこういう力もある。
司馬さんの文体の中に柳川さんに作用している何かがある。
それは司馬さんの文体の中に「自在に動く私」がいる。
だからこの人の文体というのは惹き付ける。
この方は司馬さんの文体を読みながら声に出したりもなさったのだろう。
そうするとどんどん落ち着く。
この柳川さんの考え方をもう一回言っておく。
「私」という主語をいつも持っている。
その「私」という主語から大学生になったことを契機に司馬遼太郎を学びつつ、この方は女性だと思うのだが、ある時は「オレ」になったり、ある時は「アタイ」になったり「ボク」になったり、様々な「私」を語る「私」に司馬さんを通してなっていけたという。
(本によると文体によってではなく、作品の内容によって考えが変わったようだ)
文学にはそういう力がある。

そこで、ちょっと読んでみる。
この方が吃音が治ったという司馬さんのほんの一部分の文章だが。
司馬さんはこういう文章をお書きになる。
これは書棚にあった本。
『人間というもの』という名文集。

人間というもの PHP文庫



歴史とはなんでしょう、と聞かれるとき、
「それは、大きな世界です。かって存在した何億という人生がそこにつめこまれている世界なのです。」と、答えることにしている。
 私には、幸い、この世にたくさんのすばらしい友人がいる 。歴史のなかにもいる。そこには、この世では求めがたいほどにすばらしい人たちがいて、私の日常を、はげましたり、なぐさめたりしてくれているのである。


いい文章。
『竜馬がゆく』の中から

竜馬がゆく(一) (文春文庫)



竜馬は人生は一条の芝居だというがと、かつて言ったことがある。芝居と違う点が大きくある。芝居の役者の場合は舞台は他人が作ってくれる。生の人生は自分で自分の柄に合う舞台をコツコツ作ってその上で芝居をするのだ。他人が舞台を作ってくれやせん。どうやら竜馬がその上で芝居をすべき舞台がそろそろ出来上がりつつあるらしい。
こういう文章に遭遇するとゾクッとする。
こういう文体を読んでそれが何か治療に役立つ何かがある。
人格によどみがないというか、描く人物の主語がしっかりしているというのが、吃音の方にはすごく楽。
「文学作品」とか「読み物」というのが吃音の治療の役に立つという面白さをご紹介した。

体に様々な支障を抱えつつも、その人たちが自分で自分を作っていく過程。
その面白さ。
パラリンピックの時にこんな話をすれば・・・と今年(2020年)の年始めに用意したネタなのだが。
男性で片足が義足の陸上選手の方。
コマーシャルなんかにも出てらっしゃる。
それから、片腕の無い水泳選手とか。
ああいう人たちの思いなのだが。
我々の体験が及ばないような痛みなんかとも闘いながらオリンピック(「パラリンピック」と言いたかったと思われる)に向けて練習なさっているのだろう。
心から健闘を祈るばかり。

昨日はまた実に不思議なことに「吃音」言葉がどもって仕方がないという方が司馬遼太郎さんの著作に触れているうちに「自分」というものを取り返し、そして吃音がだんだん治って来たという。
その中の分析で司馬さんの文体の中にある「私」というものが幾人も出てくるのだが、その「私」を渡り歩くことによって吃音の人が悩んでいる「私」というのが鍛えられていくのではないか?という。
武田先生は『竜馬がゆく』というのがアホみたいだが18歳の時に読んで目まいがするぐらい好きになったが、この吃音の方は『坂の上の雲』だそうだ。

『坂の上の雲』との関連は、作品に登場する秋山兄弟の性格の違いに由来するのだそうです。(239頁)

そういう「私」を体験することによって「私」が強くなっているという。

 柳川さんがいけばなに出会ったのは大学生時代のこと。−中略−柳川さんをいけばなに引き込む一言を叔母さんが発します。曰く、いけばなをしていると、「花がしやべってくれる」のだと。(240頁)

こういう「幻の会話」みたいなものが、だんだん人を強くするのだろう。
物が語りかけてくる錯覚を持つというのは大事。
坂上忍さん。
シャープ。
今は現代トップを行くニュースが語れるバラエティータレント。
あの人がやってらっしゃる動物番組で、犬が特にお好きで抱きしめて「眠たいの。眠たいの?」という。
意外な一面。
「眠たいの?お〜!眠たい眠たい」という。
あの手の人を喋らせる動物というのが凄い。
坂上さんを見ながらつくづく思ったが、生き物は人間を喋らせる。
犬好きの方が散歩をしながら犬に、さも会話しているように話す方がいる。
「怖くない。武田さんはいい人よ。怖くないの。コラ!」
ああいう喋らせる力。
そういう力を動物が持っているとすれば動物というのは凄いもの。

『記憶する体』
「面白いな」と思うのは、私という人間がいる。
私という人間の中に体が記憶したことと、頭が記憶したことが別々に存在するんじゃないか?
体は記憶したことを忘れない。
そういう部分がある。
そういう意味では人間は体の中に、前にもオリンピックの時に話したが「様々な生き物を飼ってる」という。
魚の話をした。
「オリンピックの消えた夏」あたりの話かと思われる)
走る時には四足動物の話を、立ち上がる時にはサルの幻影を、そういうものがいくつも体の中に何匹も実は生きているのではなかろうか。
パラリンピックに出場する選手たちを眺める時に、その体から眺めること。
オリンピックの選手もそうだが、それがやっぱり彼らのスポーツを鑑賞する時のポジションではないかなと。
テレビというのは本人が合わないと成立しない。
バーッとブロマイドを並べたような画面でバラバラに動くのだが、見るのが疲れる。
それともう一つ。
BSでやっていた番組で、試合を丸ごともう一回再放送というのがあった。
思わず見るのがラグビー。
2019のJapanの活躍。
結果がわかっているのに見るという。
ラグビーは過去にならない。
衝撃がまんま伝わってくる。
あの時は「勝つか負けるか」のハラハラドキドキでしっかり見ていない。
現場をまた味わえる。
そういう意味でスポーツが見せてくれるライブというのは、時を超えて我々に伝わってくるという。
そんな目でオリンピック、あるいはパラリンピックが見られたらと思ってやっている今週。

伊藤亜紗さん。
春秋社から出ている『記憶する体』をまな板の上に置いたという次第。
なかなか面白かったというか感じさせられた。
これは面白かったので似たような本を読んでみたのだがダメだった。
その本も着目点がすごく面白くて、脳のある部分に障害のあるご婦人の記録。
レビー小体とかというのか。
脳のある一部分。
その人の病が凄い。
そこに障害を受けると幻覚、幻聴が凄い。
この方は自分の脳の病気をずっと観察していて、それが「幽霊を見た」という人の証言に近くなっていく。
だから「幽霊が見える」というのは脳に関する機能障害ではないか?という。
その文章は途中まで面白かったのだが、何せ脳しか出てこないので二週間持たないと思って手放してしまった。

伊藤亜紗さんの方はというと、様々な障害を持つ人が自分の障害と向かい合い、ローカル・ルールと名づけて自分の体を律していくという観点が面白かった。
人間の体が持っている性(さが)、あるいは柄、あるいは病、そういうものを切り捨てずに体に残されたもの、体が記憶しているものとして見つめて、その障害、病、柄、性、と力を合わせつつ「私のルール」を作っていく。
これが人生にとって大事なことではないだろうか?
武田鉄矢さんもきている。
これは年齢。
年は感じているし、年どころではなくて「死ぬ」ということでさえも、そんなに遠いことではない。
武田さんは視野に置かねばなりません。
「そんなことおっしゃらないで」と引き留めるように言われたが。
もうそれはここまできて何のグズグズ不満がありましょうぞ。
特に今年は突然亡くなられた同業の方もいらっしゃるので、年もそんなに遠いものではない。
だが、それを見つめつつ、自分のルールを作っていくという。
これにちょっと今、少し燃えている武田先生。
この本の中にこんなことが書いてあった。
これがハッとした。

 以前、吃音の当事者会数名でおしゃべりしていたときに、こんな「究極の問い」の話になりました。
「もし目の前に、これを飲んだら吃音が治るという薬があったら飲む?」
−中略−
 答えは、意外にも、そこにいた全員が「NO」でした。
(267頁)

彼らにとってはきっと「吃音者であること」がアイデンティティになっているのだ。(268頁)

共に人生の時間を過ごした「体の証拠」が吃音である。
これは視覚、聴覚、身体不自由、あるいは精神障害。
そういうものを体の中に持った人も同じことが言える。
それがなければこの世界はできなかった。
その世界を誰も否定できない。
「不自由に」「かわいそうに」
だからそんなことで犯罪が起こったりもした。
死刑判決が出たが。
だが、あの犯人が間違っているのは「そこも世界」。
アナタが知らないだけの。
その「世界」を「不自由だ」「かわいそうだ」「だから」なんてアナタが結論を出させる問題ではないんだ、と。
障害が自分を作っている。

では、体とは何か?
体とは「自然」。
周りの緑に「わぁ!綺麗」と言っている場合ではない。
アナタの体そのものが大自然。
その自然に意思を加えて、体に様々なものを刻み込んだ、蓄えた。
それがアナタが生きて来た「人生」。
薬や技術で障害を軽くする選択肢はもちろんあっていい。
しかし、一番大事なことは体が持っている宿命からは逃げてはならない。
それがオリンピックであれパラリンピックであれ。
体で宿命に挑んだからこそ美しいのであって、私たちは「体」という自然に感動したいのだ。
それ故にオリンピックがあり、パラリンピックがあるのだ。
いいことを言う。
私たちは体という自然に感動したいのだ。
私たちは「体」が見たい。
あの八村(塁)のダンクシュート、100mの10秒以内のあの記録の走り。
そしてリーチマイケルの魂が燃えるような倒れない、引き下がらない、あの意欲。
これからの遠い目標なのだが、体に感動するという一部分で私たちの老いてゆくことも含めての「体」というのが武田先生の70歳を過ぎてからの一つのテーマになっている。
水谷譲には言ったが、コロナ休暇、コロナの蟄居閉門の時にずっとけん玉をやっていた。
けん玉は考えたら不思議。
「何が不思議か」というのを今、テーマにしてまたネタを作っているので、老いていく体も込みでの体という大自然の不思議さ。
この後もテーマにしていきたいというふうに思っている。

posted by ひと at 20:17| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年7月27〜8月7日◆記憶する体(前編)

もし今年が順調な時が流れていたら、一か月先になるがパラリンピックが始まったハズ。
これはオリンピックに続いて「パラリンピックを語ってみようかなぁ」と思って用意したネタ。
長期計画に則って集めたネタ。
事件もあったので。
「事件」というのは神奈川県の方でハンデキャップを持った方々のための施設に、ゾッとするような殺傷事件が起こって、もう判決が出たが。
【相模原殺傷事件初公判】大半が匿名審理に傍聴席に遮蔽板の異例の措置 8日初公判(1/2ページ) - 産経ニュース
私たちは身障者の方々の施設の事件等々に触れると、障害者の人たちの存在というものに関して、何となくイメージが。
パラリンピックに関してもそう。
障害を抱える人たちが「身体操作」体を使うことに関して、「不自由なのによく頑張っておられる」という思いがあるのだが、そういう思いが本当は正しいのかどうか?という。
ちょっといけすかない言い方になるが、流行り言葉にもなるが「五体満足の我ら」と「不満足な彼ら」の間には差があって、「彼らはそういう不満足みたいなものをこらえながら生きているんだ」というふうに思ってしまう。
だが、これはちょっと考え違い。

記憶する体




 インタビューしたとき、西島怜那さんは三〇代に入ったばかりでした。−中略−
 彼女の目が急激に見えにくくなったのは、
−中略−高校一年生の夏休みのこと。−中略−吉野家の看板を見ても、オレンジしか見えなかったと彼女はいいます。そこからさらに視力が低下していき、一九歳で完全に失明しました。(26頁)

この人は大事なことはメモをする。
この方は「目が見えた」という「視力があった」という時間が高1まであるので、「視力があったという体験」が脳の中にある。
だから「これ、忘れちゃいけない」と思ったことは見えないのだが、メモに文字を書く。
そうすると「メモに書いた」ということで、メモと同じ役割を頭がする。
つまり、この世界。
パラリンピックの代表選手の中で片足のない短距離競争の選手の方が出ていらっしゃる。
「あの方は不自由な片足で片一方の足が義足で懸命にバランスを取って」と我々はイメージしがち。
ところが、彼から言わせるとバランスは取れている。
そういう目で考えたことがない。
西島怜那さんがすごく面白いなと思っているのは、この人は目が見えないということで障害者らしく白い杖を突いてらっしゃる。
そうすると視力のある方、健常者の人がいて、その人が「手を貸しましょうか」と手を貸される。
その時に実は駅のプラットホームとか階段で間違いなく自分で歩けるのだが、障害者らしく振舞う。

 確かに見える人は親切だし、介助を受けているのは楽です。けれどもひとつひとつの介助は、必ずしも怜那さんのニーズにあっているわけではありません。(45頁)

「『障害者は障害者らしく』みたいなものがあって、『いや、大丈夫です』と言うことが失礼にあたるんじゃないかということをどこか頭で考えていた。(45頁)

つまり関係の中で、目が見えない方なのだが、目が見えない人を演じなければ、うまく世の中と折り合っていけないという状況もあるということで、そういう人との付き合いをこの怜那さんは「やっぱりつまらない」と言っている。
(という内容のことは書かれていないし、この後の話も本にはない)
彼女が付き合いやすい人はどういう人かというと、話したり一緒に行動しているうちに、西島さんの「目が見えない」ということを忘れてくれる人の方が付き合いやすい。
「ちょっとおかしい!これ読んで!」とかと手紙を出されたり本を出されたり漫画の本を差し出されると、その人とはうまくいく。
我々は障害者を「欠損」と考えてしまうが、それが欠損ではなくて、「目に見えない人のものの見方」というのがあるという、それを今週扱ってみようかなと思う。

「来年になった」ということだが、パラリンピックが本当なら8月の下旬から、という。
そのパラリンピックに関して我々は「頑張ってるんだ、不自由な体で」とかと思いがちだが、何か我々の思いと彼らパラリンピックのアスリートたちの思いというのが少しズレているのではないか?という。
そのズレというのをどこかで引き寄せられないかなぁと。

(著者が)武田先生好みの言葉遣いの方。
この方は障害の方から健常というか健康というを見つめてらっしゃる。
この伊藤亜紗さんの表現の仕方だが「世の中は二つのルールでできているのではないだろうか?」と。
一つはパブリック・ルール。
「倫理」というヤツ。
「不倫はいけない」とか。
「不倫」は悪いことではない。
ただ「パブリック・ルールに違反している」という意味。
我々は二つのルールの世界を生きていかなければならない。
パブリック・ルールとローカル・ルール。
ローカル・ルールというと、例えば「吉本興業」。
あれはローカル・ルールの会社。
例えば「松ちゃんが笑えばOK」。
あれは吉本興業というローカル・ルール。
ジャニーズ事務所。
あれもジャニーズルール。
「あそこだけのルール」というのがあるような気がする。
パブリック・ルールとローカル・ルール。
その二つのルールを守りながら生きているのと同じように、パラリンピックに出るアスリートたちも実は自分の体のローカル・ルールに従っているのだ、という。

この「ローカル・ルール」という表現が好きな武田先生。
何でかというとローカルから出てきた人間。
武田鉄矢というのは博多・福岡というところを引くとあまり残りがない。
武田先生を成立させているのは、福岡・博多というローカル。
それを東京で振り回しているというローカルタレント。
あまりいい例えではないかも知れないが皆さん頷かれると思う。
井上陽水から福岡を引いても井上陽水は残る。
チューリップから福岡・博多を抜いてもチューリップは残る。

TULIP BEST 心の旅



海援隊の武田鉄矢から福岡・博多を抜くと半分以上が消えていく。
ヒット曲が全然違う。
武田鉄矢が歌ったのは「博多のローカル・ルール」を歌っている。
それが「おっかさんに捧げるバラード」とか、飲み屋でヤケになって叫ぶ「アンタが大将」とか。

母に捧げるバラード



あんたが大将



つまりローカル・ルールのタレント。

体のローカル・ルールが、まさにその人の体のローカリティ=固有性を作り出します。(6頁)

その人のアイデンティティ。
それがローカル・ルール。
だから、考えてみるとみんな「体の都合」で半分生きている。
体というのはやっぱりローカルのもの。
自分の中にあるローカルというのを否定できない。
「障害を持った人」というのは自分の体のローカル・ルール。
その中で精一杯生きてらっしゃるという、武田先生と同じようなもの。
自分のルールにどう従うか。
この伊藤亜紗さんの『記憶する体』はローカル・ルールの面白さというか興味深さ。
全盲の西島怜那さんがおっしゃっていることなのだが、目が見えない人は「見えるということを引かれた人」ではない。
「見えない」というそのローカル・ルールで生きている人だ、と。
これは面白い。
目の見えない人はどこで見るか?
目の見える人は正面を見て目標物を見る。
目の見えない人は横を見る。
道を歩く時、横丁の路地裏から吹いてきた風で正面がわかる。
興味が尽きない『記憶する体』。

私たちはどうも、体の不自由な人を見るとその人については「引き算」、「視力が無いんだ」「聴力が無いんだ」「片足が無いんだ」「片手が無いんだ」「思考する、認識する力が無いんだ」とかそういうふうに「引き算」で障害というものを考えてしまうが、そうではないのではないか?

 大前光市さんは、二三歳のときに、酔っ払いの車に轢かれるという痛ましい事故によって、左足膝下を失いました。(72頁)

(番組では「劇団四季にいた」と言っているが、本には「劇団四季が好きで」と書かれているのでそれを曲解したものと思われる)
そこから15年。
左足に義足で踊ることを修練し直して、今はプロのダンサー。

自身がダンサーであるだけでなく、他人にダンスを教える先生でもあります。(74頁)

左足を無くした大前さんなのだが、自分の体についてどういうことを思ってらっしゃるかというと

 この変化を一言でいうなら、「オートマ制御からマニュアル制御への移行」ということになるでしょう。(75頁)

腕の三倍の力が足にはある。(79頁)

その半分を無くすと、上半身で補おうとして、すさまじく腕と胸が鍛えられる。
そのことによって全体のバランスが悪くなる。
そこで義足に慣れる訓練をして、左足の不幸というのを補おうとした。
ところが、この方が一番苦しむのは無くしたはずの左足膝下が痛む。
(以下「幻肢痛」について語られているが、幻肢痛に苦しめられたのは本の中では大前さんではなく別の人)
半分はイメージらしいが、膝から下が無いのだが、そこの先にイメージで(足が)付いている。
それが痛む。
困ったことに幻の足の指、一本一本をバラバラに動かすことができる。
動かせるのだが、動かしているものがないから脳が痛みを感じてしまう。
脳には記憶がそのまま残っていて、脳の記憶が消えないから痛む。
その幻の指の痛みに耐えながら、それでもこの方はめげない。
その幻を動かし続ける。

「幻の指を動かす」経験を積み重ねた結果、物理的にも、大前さんの体が鍛えられているということです。幻の指であっても、力を入れればつられて近くの筋肉が動きます。−中略−大前さんの断端は、一般の切断者に比べて硬く、筋肉に覆われています。(87頁)

そこに義足を付けると、はっきり「道具を付けた」という感じがするそうだ。

 大前さんの利き足は切断面は右足でした。けれども今では、マニュアルで制御する訓練を重ねた結果、左足のほうが器用になり、利き足という位置づけになっている。−中略−「お茶碗とお箸が入れ替わりました」と大前さんは言います。(90頁)

(番組では茶碗と箸の話は「義足を付けた時と付けていない時」というような説明になっているが、本によると利き足が入れ替わったことを差しているようだ)
我々は「道具を使いこなす」と思っている。
そうではない。

障害を持っている方と関わっていると、「この人の体は本当に一つなんだろうか?」と思うことがあります。物理的には一つの体なのに、実際には二つの体を使いこなしているように見えるのです。(11頁)

無くなった左足の幻肢の痛みに耐えて懸命に踊っている。
そうすると、ゆっくり痛みが引いてくるということがある、と。
(本によると痛かったのは幻肢痛ではなく、硬い義足に断端が当たるから)
だが、義足を付けた自分と付けない自分の二人の自分を生きているという表現が面白い。
この方がおっしゃっているのは「左足を無くさなければ二人の自分にはなれなかった」という。
(大前さんは言っていないが)
「二人の自分というのは得なことなのか?」と思う水谷譲。
「得なことなのではないか」と思う武田先生。
全く違う体の自分を二人持っているということ。
そういう方を見ると「不自由な体なのに」と我々はその人の体から無くなった足を引いてしまうのだが、ご本人は違う。
我々はオートマで今、動いているが、彼らはマニュアル。
だからスイッチさえ入れ替えればオートマの時よりももっと細かく自分の体がいじれるということ。
だからこそこの方はダンスの先生をやってらっしゃる。
おそらく踊れない人の気持ちがすごくよくわかるダンスの先生なのではないか?
自分の体をオートマ化しているダンスの先生は付き合うのも嫌。
芸能界なので2〜3度(そういう先生と)付き合ったことがある。
「左足から!左足から!出す!ワン・ツー!」「逆!逆逆!」
そういう意味で障害がもう一人の自分を与えてくれたという。

体が覚えているということの不思議。
そしてその体は「ローカル・ルール」「個人的なルール」の中で生きてゆく、という。
私たちはハンデを持つ体の方、あるいは知的障害を持つ方を見ると、その人がその足に障害があれば「歩けない人なんだ」、「聞こえない人なんだ」「見えない人なんだ」。
知的障害がある方を見ると「認知機能が無い方なんだ」とか「欠落してるんだ」とか。
引いて考えてしまう。
ところがちょっと違う。
聴覚を失った方、視力を失った方などに顕著になのだが、聴覚を失った、視覚を失ったことで気づくポイントが健常者の人と変わる。

 中瀬恵里さんは、全盲の読書家です。−中略−それゆえ、目が見える人の文章を読んだときに、小さな違和感を感じることがあると言います。(118頁)

触覚に関する記述のない作家の文章がまことにつまらなく感じられる。
「主人公の〇〇はある日、その椅子にドッカと座った」
その時に「尻に伝わる表現」がない人というのは読みながら「下手〜!この人」と思う。
(とは書いていない)
作家というものにとって情景描写というのがとても大事な才能だとすると、うまい作家さんは書いている、という。
だから目が見えない、あるいは音が聞こえない。そういうのを全部文字で体験することができる。
作家さんの選び方がシビア。

無響室に入ったときに、彼自身の神経が働く音と心臓の音が聞こえたことがきっかけだったと言われています。(138頁)

あれと同じことなんだ。
ありありと自分を感じることができるんだ。

 倉澤奈津子さんは、二〇一一年に骨肉腫で肩を含む右腕をすべて切除しました。−中略−
 病気になって腕を切除、余命五年と宣告されます。
(140頁)

「切断しなかったら余命二年」と宣告されたときには(149頁)

ところが、この方は七年を過ぎてもまだ存命ということで、この続く命を受けて、義手で生活しようということで、肩と右腕を義手で、という。
倉澤さんももちろん幻肢が現われるのだが、変わった幻肢。

幻肢が自由に動く人だと「うつぶせに寝ると幻肢が床をつきぬけて床下を触っている」。(144頁)

(番組では上記の事例を倉澤さんのことであるように言っているが、別の人の事例)
この幻肢というのは凄いもの。

幻肢痛は、−中略−低気圧になると痛いのは、−中略−倉澤さんに協力していただいて、その変化の様子をレコードしたことがあります。(144〜145頁)

「親指の付け根が爆発している感じですね。(145頁)

 幻肢の質感もいろいろに変化します。「腕の中でぐじゅぐじゅになっちゃっている感じ」のときもあれば、−中略−「腫れようとしている感じ」(146頁)

「何かに刺された感じ」とか事細かに気温とかそういうものと一緒に記録してらっしゃる。
幻肢というのも痛みが一様ではない。
何で無くした右手が吊ったような感じなのかというと

手術前の一ヶ月の記憶が濃厚に影響しているのではないか。
 というのも、倉澤さんは、病院に入院しているあいだ、肉腫のできた右腕を三角巾で吊って、ずっと固定していたからです。
(148頁)

この方が義手、肩から全部再建しようと決意するのだが

左側の肩を立体的にスキャンしてそのデータを反転させ、3Dプリンターで出力するのです。(152頁)

この3Dプリンターで設計した左腕の反転の右腕を装着装置を付けて結び、試行錯誤を繰り返してらっしゃる。
彼女には同居する仲間がいて、様々な不都合に応じながら肩と腕を作り直すというローカル・ルールを懸命に自分で作ってらっしゃる。
(同居は義手の開発のために期間限定でシェアハウスを借りていた)
そうすると、健常者が気づかないような工夫を次々と発見する。
そして、障害を持った方がこういう記録を取ったり、個人のローカル・ルールの闘いを克明に記録してくれると、補助器具テクノロジーが急速に発展する。
パラリンピックもそう。
道具がよくなったら何と凄いことに、健常者の記録を抜くぐらいのところまできてしまった。
だからやっぱりそういう補助器具テクノロジーの発達というのは国際的な目標。

 以前、アメリカのカリフォルニア州バークレーで開催された「Crip Tech」という国際会議に参加したことがあります。(158頁)

(番組ではアメリカに行ったのは倉澤さんであると紹介されているが、本によると行ったのは著者)
これは障害を持つ人が便利な生活を取り返すというようなことを研究をしているチーム。
カリフォルニア州バークレーに倉澤さんが赴いて、その会場に行ったら目の見えない方とか耳の聞こえない方とか両足が不自由な方とか知的障害を持つ方がいらっしゃる。
その会場に選ばれた建物が歩きやすい。
倉澤さんはこの建物はなんで私たちみたいなハンデを背負った者に使いやすくできてるんだろう」と関係者の人に訊くと

このビルの設計自体が視覚に障害のある建築家によってなされているのですが(159頁)

目の見えない方のある特徴が建物全体に出ている。
(視覚障碍者が設計したのは会場ではなくサンフランシスコの視覚障害者向けのライトハウスという施設)
アメリカはすごい。
目の不自由な方に設計を依頼するという発想そのものが。
絶対そう。
やっぱりパラリンピックもそういう人たちが会場を設計すると全然違うものになる。
意見を訊くぐらいはあっても、設計自体をを任せるというのは・・・
凄いと思うのは「設計図を書いた」というのが、できる。
そういうのに接した倉澤さんはますます自分の障害に付き合おうと、そう固く決心なさり、自分の体のシルエットにも自信ができてきた。
そして不思議なことにそうすると自然と幻の痛みが消えていく。
「私には肩も腕もあるんだ」と感じると痛みが消える。
それでまたすごいのが、それができるようになったということ。
こういう人たちの証言からいろんな技術、補助器具テクノロジー、そういうものが発達していく。
最先端で医療で扱っているのだが、VR(バーチャルリアリティ)。
幻肢にはこのバーチャルリアリティというのは抜群の効果を発揮するらしい。

幻肢痛は「動くだろう」という脳の予測に対して、「実際に動きました」という結果報告が返って来ないことが原因で生じると考えられています。(183頁)

たとえば右腕が無いとする。
VRで「右腕がある」という幻で右手で物を掴む。
そうすると痛みがサッと消える。
「右手はないが、あると思って掴みました。あっ!ちゃんと掴んだ手ごたえもあります」と思った瞬間に脳は「だろう?」と言いながら痛みを消してしまうという。

この本の中にはなかったのだが、二足歩行ロボットがいる。
あの二足歩行のロボットは歩行とかジャンプとかが今はできている。
だが、片足を義足にしてジャンプするということはできない。
つまり、パラリンピックに出場するような人はロボットでは再現できない。
ここに命というものの凄味がある。
何でかというとここがアフォーダンス。
人間の感性、感覚というものが実はもの凄く複雑。
いとも簡単に考えていることはアフォーダンス的にいうとロボットも再現できない難度。
その一つが赤ちゃんがハイハイをしているうちにつかまり立ちをして立つということ。
あれはアフォーダンスの結晶。
あれは本当に難しい。
アフォーダンスは「提供されるもの」。
赤ちゃんがつかまり立ちをする。
「ああ〜立った立った」と言うが、それまでの赤ちゃんの苦労はすごい。
それを全部忘れてしまうところにまた面白さがあるのだが。
「立つ」「歩く」そういうことがいかに生物として難度が高いか。
来週も頑張って、この不思議な不思議な体にまつわるお話を続けていこうと思う。

posted by ひと at 19:52| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月05日

2020年9月7〜18日◆ドナルド・キーン(後編)

これの続きです。

ドナルド・キーンさんの人生を振り返っている。
アメリカのニューヨークに1922年に生まれて、そこで英訳の『源氏物語』を読むことで日本という国に魅せられる。
「日本語勉強したいなぁ」という知的好奇心でそう思っていたら、その国が真珠湾攻撃で戦争状態に入った。
日本語を学ぶためにはどうするかというと、諜報活動の一環として日本語が使えるアメリカ軍人になって、日本語を仕込んで諜報活動、残された書類とか捕虜の尋問から新しい情報を引き出すという兵士になって、活躍するという。
一番最初は最前線基地のハワイにいて、そこで日本語で捕虜に接したり、南の島から大量に見つかる日本兵士の日記等々で次なる日本軍の作戦を予想したりとするような諜報活動をやっておられたのだが

一九四三年の三月、−中略−雪が一面に広がるアッツ島に着きました。アッツ島は日本兵の最初の「玉砕」の地として知られます。アメリカ人は「バンザイ突撃」と呼びました。五月二十八日、島に残っていた千人余りの日本兵がアメリカ兵めがけて突撃を開始しました。(142頁)

そのとき、最後の手榴弾を、なぜアメリカ兵に投げずに、自分の胸に叩きつけたのか。−中略−彼らはこうして集団自決を遂げたのです。捕虜になったのは二十九人だけでした(142頁)

誰も進んで捕虜になった人はいない。
重症で動けなくて捕虜になってしまった。
その29人への尋問がドナルド・キーンさんに命令された。
キーンさんと相棒の方は例のオーティス・ケーリさん。
小樽の小学校に行っていた牧師さんの息子さんで、生き残りの29人の捕虜の尋問は二人がコンビを組んでやったらしい。
このオーティス・ケーリさんというのは相当日本語が上手かったようで、ドナルド・キーンさんの自慢の友達。
「今日の取り調べはこれでお終いです」と言った後、ケーリさんが「アナタ日本のどこで生まれたの?」と訊く。

その中に一人、北海道の小樽出身の人がいて、同じ小樽で少年時代を過ごしたケーリさんが、嬉しそうに懐旧談にふけっていたのを思い出します。(142頁)

次の日から思い出話だけにふける。
それをキーンさんはジーっと見ていて「いいなぁ」と思った。
(このあたりも番組ではかなり脚色されて語られている)
いい話。
これは朝ドラにしないと。
この29人の捕虜を取り調べたと言った。
ケーリさんがそんなふうにして北海道出身の者がいたりすると小樽の昔話か何かをワーッと盛り上がるもので、尋問が終わっての話は取り調べの部屋にはケーリさんと二人しかいないから、しかも日本語でやっているから周りに上官がいても理解できるものはいない。
ドナルド・キーンさんもできる人だからフリートークがやりたくなった。
それである日のこと、29人の捕虜の一人、相当上の人、少尉か何かだったがその人に向かってドナルド・キーンさんが「中学校とか高校で読んだ名作ってありますか?」と訊いたという。
そうすると「芥川は読んでましたねぇ」と。
「ああ・・・龍之介はいいねぇ〜」と言いながら二人で『鼻』とか『芋粥』の話をする。
(このあたりの話も本の内容とは異なっている)
29人の捕虜に、後に戦後日本の社会で作家になったという方が何人もいらっしゃる。
(尋問はアッツ島で捕虜になった29人以外も対象だったので、実際には別の戦地の捕虜も含まれる)
こんなふうにしてキーンさんは文学の話をどうしてもしたかった。
そして日本語のとても上手な相棒、ケーリさん。

 ケーリさんはハワイで捕虜収容所の所長というたいへん大事な任務に就きました。−中略−もう日本には帰れないと悲観する捕虜たちに、何とかして日本に帰る勇気を与えようと心を砕いていました。(53頁)

余談ながら中世の騎士道が戦場にあったようだ。

ドナルド・キーンは日本文学に夢中で、最後はとうとう日本人として亡くなられたという。
アメリカ・ニューヨークに1922年に生まれた方。
武田先生が語っているのは二十代のキーンさんで、その頃のキーンさんはハワイにおられて、日本の兵士たちの捕虜の尋問を行ったり、残された書類から日本軍の動向を探るという情報活動の武官。

 当時わたしたちは、週に一日分の休暇をとることを許されていました。−中略−ハワイ大学で日本文学を勉強することにしたのです。(147頁)

アメリカと日本は戦争をしていて、わたしたちは戦争のためにハワイに滞在している兵士だったわけですが、その戦争中のハワイ大学で、充実した日本文学の授業が行なわれていたのです。(148頁)

これがアメリカの持つ「自由」と「多様性」。
アメリカというのはやっぱりそこが深い。
中国が香港の自由を認めないということにした。
そのことに対してトランプ大統領が「何だオマエの国は」と言ったら黒人の暴動が起きて、大統領が軍隊まで使ってその勢力を「抑えるぞ」と脅かすと中国の人が笑った。
「人のこと言ってる場合じゃない。オマエだってやってるじゃねぇか」と言ったのだが、ここから中国の方が聞いてらしたら覚えておいてください。
黒人の人たちが大騒ぎになって「州兵なんかでカタが付かないんだったら軍隊使うぞ」とトランプさんが言った。
その時に軍の最高トップが「我々は、たとえ大統領の命令であってもアメリカ人を守りはするが、アメリカ人に向かって銃口は向けない」と言った。
大統領の考えであっても、その命令に・・・という。
アメリカはここが凄い。
そういうふうに言ってしまうということは大統領にも反発するということ。
「あなたが間違っていた」と判断した場合は命令には従わない。
まして「アメリカ国民はあなたが『アメリカの名に於いて撃て』というなら我々は撃たない」という。
これはやっぱりアメリカの持っている自由と多様性。
その一端。
日米開戦で血みどろの戦争をやっているのに、パラオのガダルカナルは両軍の兵士の血で血みどろの「オレンジビーチ」。
それぐらいの死闘を日米両国は続けているのに、大学では日本文学が学べる。
この自由が怖い。
キーンさんはこのハワイの大学で芥川龍之介から谷崎潤一郎を読み込んでいる。
キーンさんは谷崎の名文に惚れる。
この時、キーンさんは日本語で日本文学を読んでいる。
この人の日本語能力もグングン上がってくる。

一九四五年の夏、戦争が終わり−中略−わたしはグアムで終戦を迎え、中国の青島を経てアメリカに帰る途中で終戦直後の日本に立ち寄りましたが、焼け野原の東京を見て、わたしも絶望的な印象を持ちました。−中略−この都市が立ち直ることはほとんど不可能だと思われました。この先、日本語の力は役に立たないだろうと思う人がほとんどでした。中国こそは東洋文明の源泉で、近いうちに東アジアにおける強国の座は日本から中国に移るだろうといった考えから、将来性を見込んで中国語に切り替える人もいました。(155頁)

それで「中国語にするか」と。
それでキーンさんは1945年から中国の名作を読む。
ちゃんとブレてらっしゃるところがキーンさんのキーンさんらしいところ。
(番組では日本語学習を辞めて中国語に切り替えたかのような言い方をしているが、この時期、中国語と並行して日本語も学んでいる)

中国語のほうは『紅楼夢』という小説を原文で読む授業を受けました。『紅楼夢』は十八世紀の中頃に書かれた中国の名著として知られる代表的な作品ですから、中国文学を志すなら読まないわけにはいきません。−中略−しばらく読み進めるうちに、わたしは憂鬱になってしまいました。わたしにはこの小説が好きになれないどころか、嫌悪感を催してしまったのです。(157〜158頁)

戦争が終わったのでこの後大学に帰るのだが、日本語ができるといっても職場がないので「ダメだなぁ。日本語話せたって特にもならないから」ということで、友人の勧めもあったし、コロンビア大学の大学院の先生か何かも「これから中国がアジアを支配する」。
(本によるとコロンビア大学で中国語より日本語をやるべきと背中を押されている)
キーンさんは『源氏物語』と比べてしまう。
所詮は文学なんてそんなもの。
肌に合わない。
「何これ?」みたいな。
本を読んでいてだんだん腹が立ってくる。
たいした金額ではないのだが「騙された!」「カネ返せ!」とかという野卑な心になってしまう。
「どうしようかな」と迷う。
「中国はこれから発展するかも知んねぇけど、小説面白くねぇ〜〜〜!」というヤツ。
だったら他の本を読めばよかったのではないかと思う水谷譲。
中国は文化の特徴なのだが、水谷譲が言っているのは「史書」。
歴史のことを書いたヤツは司馬遷『史記』とか、『三国志』もそう。
あれも国家と国家が相争うというような物語だし、つまり『源氏物語』ではない。
敗戦国、三等国家に堕ちた日本。
「どうしようかな」と思っているうちに、その戻ったコロンビア大学で角田先生の元で授業が始まって、その角田先生の教室に行ってしまう。

 角田先生のもとで、わたしたちは多くの作品を読みました。西鶴の「好色五人女」とか、−中略−近松の「国姓爺合戦」も読みました。(162頁)

何かいい。
肌が合う。
近松も西鶴も所詮恋愛。
それも無茶苦茶。
店のカネを使い込んで二人で死んじゃおうとかという、そういう物語。
だが、キーンさんはそっちの方が肌に合う。
それと、このコロンビア大学で日本文学の勉強を受けているうちに怪人物に会う。
エリセーエフという先生に会う。
この先生はあまり教え方は上手ではなかったようだが授業の合間の話が面白かったのだろう。
「この小説を書いたのは誰かわかりますか?」とかドイツ訛りの英語で日本文学をドナルド・キーンさんに教えている。
もう当然知っている。
「はい。夏目漱石です」
このエリセーエフ先生が突然「アタシはネ、昔ネ東京大学でアイツと一緒に昼飯喰っとったん。猫かっとったん。ビール飲むヤツでねぇ」とか夏目漱石を教えていたとかという先生と出会う。
(エリセーエフが夏目漱石と親交があったのは事実のようだが、上記の内容はこの本にはない)
そんなささやかなことがキーンさんの中で迷っていた、「日本が引っ張るなぁ俺を」と思う。
(本によるとエリセーエフにはあまりよい感情は持っていなかったようだし、日本語を学ぶことはこれよりも前に決めている)
その間に芭蕉に会う。
芭蕉はキーンさんは合う。
五七五という17の音しか使わないのに深々としたものを描くという文学。
その次に写実派の(正岡)子規に出会う。
あの絵画のごときショートポエム。

正岡子規の「柿食へば鐘がなるなり法隆寺」ですが(200頁)

これはよく聞いたら単に「柿を喰ってたら法隆寺の鐘が鳴った」というだけ。
だが、何かいい。
「柿食へば鐘がなるなり法隆寺」と言ったら何か・・・
ドナルド・キーンさんは行間を感じられる人。
たまらないのだろう。
「つまみたる夢見心地の胡蝶かな」
(与謝蕪村「うつつなきつまみごころの胡蝶かな」を差していると思われる)
これがまた荘子の「胡蝶の夢」に引っ掛かっている。

中国語を学ぼうか、それとも今まで悩んできた日本文学をと揺れる若き日のドナルド・キーンさんの物語。
中国の方の文学には惹かれずに、日本に戻ってくる。
日本文学を学び始めるとキーンさんの肌に合って面白くて仕方がない。
『源氏物語』に始まって夏目漱石、芥川(龍之介)。
キーンさんは何を読んでも面白かったのだろう。
とうとう芭蕉や子規までに傾倒していくという。
日本語に磨きがかかる。
磨きがかかればかかるほど就職口がなくなるという。
やっぱり中国の方が景気がいいから。
キーンさんはやっぱり文学の方に傾倒しやすい体質らしく、子規を知れば、芭蕉を知れば、芥川を知れば、夏目を知れば、とにかく行ってみたくなる。
それはそう。
日本に行ってみようかと思う30代になりたてのドナルド・キーンさん。

一九五三年から二年間、京都大学に留学し、京都で暮らしました。(182頁)

戦後8年の昭和の京都。
下宿暮らし。
まだたった8年しか経っていない。
それでも、京都は戦災にやられていないので鴨川のほとりか何かのいいところを頼み込んで下宿を安くしてもらって、そこで勉強を始める。
これが肌に合って、冷房とかもないだろうし、扇風機もロクにないのだろうが、何かキーンさんは好きでたまらなくなる。
暑くなったら鴨川の花火が上がったとかウチワでパタパタやりながらとか、戦争に負けて貧しい国ながらも、もう既に祇園山笠は始まっている。
コンコンチキチーが流れてきたりすると「おお・・・立派ですねぇ。カーニバルですか?」と言うと「はい。これねぇ千年やっとりますねん」「千年〜〜〜!」とかという。
トントン嘘が出てくる武田先生。
とにかくこの人は無闇に楽しかった。
肌に合う。
そういう人がいるのだろう。
それでこの人は京都大学で二年間勉強する。

「ここはちょっと面白い」と思って書き抜いた武田先生。
1954年のことなので、戦争に負けて9年目に入ったぐらいの時、京都大学経済学部、学者連によるところの「今後の日本経済について」というシンポジウムが開かれた。

わたしが京都大学の学生だったとき、京都大学の経済学者たちと、アメリカ、カナダ、イギリスの学者が集まって日本経済について議論をする会議が開かれるに際して、学生に向けて通訳の募集がありました。興味があったので志願して、この会議の通訳をしました。−中略−
 日本人の学者たちは
−中略−日本の将来に悲観的な展望を語りました。外国人のほうは「いいえ、日本人は細かい仕事が上手ですから、多少高くなっても外国人は買います。大丈夫です」と激励しました。−中略−この会議の議長は、その後有名になった白洲次郎さんでした。彼は完璧なイギリス英語、ブリティッシュ・イングリッシュを話しましたが、彼を含めて日本人はおしなべて「日本はダメだ」という調子の発言ばかりしていたのが印象的でした。(184〜185頁)

ドナルド・キーンさん曰く、この国の人たちの面白いところは、未来予測は頭がいい人ほど暗くする。
その時にキーンさんの胸の中に「この人たちは日本人に生まれながら、日本人のよいところを掴まえるのが下手である」。
そんな思いもどこかにあったからこそ、この人は「ならば俺がメイドイン文学を俺の手で何とか世界に」という思いが。
実はもう一つ小さい話なのだが、いい話が同時期にこの留学の時に起きる。

 わたしの下宿先として、今熊野の奥村さんのお宅にある離れ、「無賓主庵」というすばらしい家屋を(185頁)

下宿先の奥村さんの奥さんに「浴衣が欲しいけれどもどこで買えばいいでしょうか」と訊いたら、奥さんは「浴衣は外で買うものじゃない」と言って、わたしを蔵に連れていってくれました。そこには浴衣の反物がたくさんあって、わたしはトンボの柄だと思ったものを選びました。そしたらそこのおばあさんが「これはトンボじゃないよ、スミスさんの飛行機だよ」と言いました。−中略−それを奥さんが、わたしの浴衣に仕立ててくれました。(183頁)

(番組ではトンボの柄を飛行機に見間違えたと言っているが、本によると上記のように逆)
(浴衣を)作ってもらってウチワ片手に都大路に出るとコンコンチキチーといいながら山鉾か何かが流れていくとキーンさんは『源氏物語』の「あの御所の」「あのにぎわいを」とかと、その日本に酔うことによって、キーンさんは次々に日本の作家たちとも知り合いになっていく。
川端康成、三島由紀夫、大江健三郎、司馬遼太郎。
絢爛たる昭和の文豪たちとすれ違っていく。
この方はアメリカだけではなくイギリスにも飛んで『平家物語』とか能の台本を英訳したりというような日本を外国に向かって紹介するという仕事をずっとなさっている。
「日本というのは凄いんだ」と。
何が凄いか?
物語。
文学といえば文字による「物語」。
謡いによる物語が「能」。
音曲による物語が「歌舞伎」。
絵による物語が「漫画」。
日本人というのはありとあらゆるものを「物語」にしてゆくという。
そこに国民的な歴史を持っているのではないだろうか?
これは言い方がちょっと極端になるが、中国も韓国もベトナム、タイ、あるいはインドまで広げてみても、これほど文学が庶民に浸透している国はない。
『鬼滅の刃』

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考えてみたら絵による物語。
それがあれだけ売れる。
電波による物語『半沢直樹』。

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経済ドラマ。
だが、描き方はヤクザの抗争史みたい。
「倍返しだ!」
銀行マンはあんな顔をしない。
「ハッハッハッハッ・・・!半沢・・・オマエそこにいたのか!」
そんな信用金庫の人を見たことがない。
大事なのは「物語」。
多少おかしくてもいい。
歌舞伎なんていうのはでたらめ。
これはいつかまたやる。
この前、本を読んでいて感動した。
(「『かたり』の日本思想」という本のことだと思われる。このあとの話に出てくるエピソードはこの本を取り上げた回に登場する)
歌舞伎は物語。
物語だがもうほとんど滅茶苦茶。
『暫』で海老蔵改め団十郎。
まだ襲名をしていないから海老蔵の方がいい。
(市川海老蔵は2020年5月に團十郎を襲名することになっていたので、本来ならこの放送がされた時期には團十郎になっている予定だったが緊急事態宣言を受けて延期)
あの『暫』に「海老蔵」が出てくる。
あれの時にセリフで「アイツ、成田屋の海老蔵だな」というのがある。
ドラマが進行しつつ、やっている役者の楽屋落ちのセリフがもうセリフになっている。
アドリブで受けたから伝統になっている。
日本というのはそういうのを平気でやる。
とにかく物語が生きていればいい。
みんな物語が好き。
キーンさんは教師生活をお辞めになってアメリカにお帰りになる。
だが2011年東日本大震災の日本を見てこの方は慌てて日本に帰ってこられる。
そして日本国籍を取られる。
杉並の方だったかで(北区在住だったようだ)2019年(この放送は2020年なので)去年亡くなられたドナルド・キーンさんだが「どうせ死ぬならわたしは日本人の中で死にたい」という。
そうやって考えるとサムライ。
96歳でお亡くなりになったドナルド・キーンさん。
ご冥福をつくづく祈りたいというふうに思う。

posted by ひと at 10:05| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年9月7〜18日◆ドナルド・キーン(前編)

様々「コロナの揺れ」というのがまだ日本中を振るわせ続けているワケだが、ラジオからの情報は面白い。
ラジオで聞いた話で「なるほど」と思ったのだが、物の名前というのは地方によって内容が変わる。
東京で「キャバクラ」というと「キャバレークラブ」。
キャバレーとクラブが重なったヤツ。
東京都で小池という首長が要求してらっしゃるのは「お客さんが帰った後、消毒
しろ」ということ。
「お客さん毎、消毒しなきゃダメ」というのでテーブルとかホストの方とかギャルズが拭いている。
同じ業種で札幌にも「キャバクラ」があるらしいのだが、中身が違う。
それでクラスターが発生したらしい。
それは何でかというと、東京ルールに従ったばかりに。
と、言うのは札幌ではいろんなところを舐めたりしていいことになっている。
それで、使うたびに全部消毒しなくてはいけないのだが、そこを東京ルールに従ってよく消毒しなかったというのが札幌で発生して、それがクラスターの原因になったのではないかという。
水谷譲も女性なので、全部を消毒するとなると大変。

ドナルド・キーン わたしの日本語修行(新装版)



(番組の公式サイトでは『ドナルド・キーン〜わたしの日本語修業』となっているが「修業」ではなく「修行」。新装版ではない方の本が紹介されていたが、それは現在は販売されていないようなので、番組で取り上げられたものも新装版の方だと思われるし、このブログの引用ページも新装版のもの)

ドナルド・キーン。
「日本を愛してくださった方」と思う水谷譲。
やはり2011年のことを知っているからなおさら。
若い方にご説明する。
ドナルド・キーンさん。
1922年、ニューヨークに生まれたアメリカ人。
日本文学の翻訳者として知られていて、実に穏やかな方。
とにかく日本の文学については紫式部から三島由紀夫まで語る。
他にも安倍公房と親交があり、司馬遼太郎さんなんかもこの人の人柄を深く愛したという。
武田先生もTBSの対談番組でこの人の姿を初めて見かけた。
それはもう結構前のことで40年ぐらい前。
この方はTBS一の切れ者司会者、報道の達人という筑紫哲也という方と対談をやっておられる。
筑紫さんというのは切れ者で前髪をちょっと掻き上げて「え〜日本は・・・」とかという、その口調が実に婦人層に受けた。
この方はドナルド・キーンさんにこうお訊きになった。
「いかがですか?最近の日本は?」
これでもうだいたい察さなければいけない。
どんなふうに筑紫さんが答えて欲しかったか?
「日本ノ若者ニハ呆レマス。『源氏物語』読ミマセン。近松、芭蕉知リマセン。ソウイウ人、日本人ジャアリマセン」
こんなことを言って欲しかった。
ところが、キーンさんは言わない。
「近頃の日本、どうですか?」と問われて何とおっしゃったか?
「オモシロイデスネ〜。安倍公房ハ特ニオモシロイデスネ。『砂の女』トカ傑作短編アリマスケドオモシロイデス。司馬遼太郎オモシロイデスネ。アレダケノ文才ヲ持チナガラ一切外国人ニ受ケヨウトシタ作品ヲ書カナイ彼、オモシロイデスネ」
その後、筑紫さんがいろいろ寄ってたかって聞くのだが、全部外していくという。
それを見たことがある武田先生。
明らかに外していた。
だが、メディアを代表する語り手の人、特にテレビメディアの人はこういう外し方をする。
求めている答えが自分の中にあって質問をされるという。
日本人だったらばその辺を忖度するのだろうけれども、キーンさんは「いかがですか?近頃の日本は」という筑紫哲也さんの日本語を「How about Japan and Japanese」みたいな。
そのトンチンカンな喰い違いが武田先生は武田先生なりに面白かった。
筑紫さんはドナルド・キーンさんに日本の悪口を言って欲しかった。
ところが言わなかった。
他にもドナルド・キーンさんによく集中していた質問。
「捕虜となった日本兵っていうのはみっともなかったそうですね」という質問。
何でかというと、この人は日本軍の捕虜の取り調べをやっている。
そのために日本語を覚えた。
この人は第二次世界大戦(の時に)所属した部隊はハワイ。
そこに真珠湾攻撃の時に人間魚雷でやってきて、魚雷に乗ったまま当たらなかった人とかいる。
そういう人たちから情報を聞き出すために日本語を覚えた人。
捕虜の取り調べ。

日本にいかにしてこのドナルド・キーンなる人が惹かれていったか。

日本軍の捕虜というのは、軍事的秘密をよく正直に話してくれた。
だが、キーンさんは言う。
「決して臆病風に吹かれて秘密を話したのではありません。彼は兵士として少尉、中尉、大尉として捕虜になってもその階級のものであったことをアメリカ軍に示そうとしたのです。おそらく将棋というゲームが象徴しているように」
将棋というのは相手に取られる。
ひっくり返ると自分の軍を攻める兵力になる。
戦国時代からそう。
負けた方は織田なら織田軍の中に入る。
それを「裏切り」と呼ばない。
つまり有能な人物は敵になっても優秀だという。
「そのように捕虜になっても働くのが、それがサムライという、そういう思想があったからではないでしょうか?」という。
「寛容な見方」だと思う水谷譲。
普通だったらボロクソに言うだろうが。
普通は「裏切者」。
どうしてこういう人が生まれたか?
それが不思議。
この人は戦後になっても日本軍の悪口は言わない。
日本軍に相当いけ好かない野郎もいたハズ。
言わない。
それで、ずっと日本文学の大贔屓。

これは不確かなことだが、ドナルド・キーンさんは裏でノーベル文学賞の時に動いたという噂はある。
キーンさんが「東洋にも文学賞をプレゼントすべきだ」。
ノーベル文学賞の人が「東洋に文学ないじゃん!」と言った。
そうしたらキーンさんが「アナタは何も知らない。アナタ『源氏物語』読んだことないでしょ?日本という国の中に『源氏物語』の流れを汲む素晴らしい文学があります」。
それを言ってくれたのではないか?
だからノーベル文学賞の一番最初の候補。
川端康成はもちろん挙がっていた。
谷崎潤一郎。
この二人だったらしい。
日本の文学事情を国際的にもアピールしてくださった方がキーンさんではないか?

どうしてこういうドナルド・キーンなる人が生まれたのか?
この方はニューヨーク貿易商を父に持つという。
貿易商のお父さんの家庭に生まれた。
そういう少年。
中学生になってお父さんのマネをして外国へ行く夢にとりつかれて、フランス語を一生懸命勉強する。
(本によると外国へ行きたいと思ったのは外国の切手から。フランス語を勉強したのはフランスへ行った後)

コロンビア大学に入学しました。わたしは学業優秀で何度か飛び級をしたため、十六歳で大学に入ったのでした。(21頁)

本当に偶然。

 ニューヨークの中心にあるタイムズスクエアに売れ残った本を扱う本屋がありました。ある日そこを通りかかると、The Tale of Genji つまり『源氏物語』の英訳が山積みにされていたのです。二巻セットで四十九セントでした。−中略−それは今ではすっかり有名になったアーサー・ウエーリによる翻訳で、わたしはたちまち夢中になりました。(24頁)

それが日本という国の古典と知る。
この頃の日本というのはどういう国かというと、ドナルド・キーンさんからすると仮想敵国。
日米関係は最悪で、戦争がおっぱじまるんじゃないか?
日本人は天皇を神だと言い張って軍事力を強化し、アジアを支配しようとしている。
それから勝手に太平洋に線を引いて、どんどんその線を拡大するという。
ちょっとどこかの国に似たことを先にやっていた。
第一列島線とか言いながら線を引いていた。
だが、源氏物語英訳版。
そこに天皇が出てくるのだが、日本のニュースで伝わってくる天皇と違う。
『源氏物語』の天皇「ミカド」は同じ意味だと訳してあるのだが、恋ばかりしてラブポエムとか作っている。
「あれぇ〜?」と思う。
キーンさんは少年だからなおさら。
それで、本に書いてある姿とニュースで伝わってくる姿が余りにも違うので「変な国」と思いながら「行ってみたいな」と思うところからキーンさんの心の中に「日本の文学」という種が落ちる。
そして日本という樹木がドナルド・キーンさんの人生の中で葉を茂らせてゆくという物語。

(番組の最初のCMが流れている間の会話の続きで「臭い」についての話が続くが割愛)
誰にとっても少年時代は懐かしいものだが、十代後半の年齢で『源氏物語』を読み、英訳ながら感動したドナルド・キーン少年。
この少年の不思議なところ。
何と、どうせだったら原文で読みたい。
(本によると日本語を学び始めたのはたまたま誘われたから)
めっちゃ頭がいい。
英訳ではなくて日本語で源氏物語が読めたら、もっと深く物語の世界の中に自分は身を沈めることができるんじゃないか?
ところがこの時代、1900年代の真ん中ぐらい。
その時代は「日本という国を知っている」「日本語を知っている、できる」という人が一億で10人ぐらいしかいなかったのではないか?
このドナルド・キーンは日本の『源氏物語』に惹かれて、日本の小学校の教科書を手に入れて、日系人の先生を探して教科書を勉強し始める。
その教科書が「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」(第四期国定教科書『小學國語讀本』)というヤツから始まるという。
それで日本語がだんだん面白くなってきた頃に運命。
ドナルド・キーンさんが18歳になったばかり。
1941年12月7日。
コロンビア大学に通っていた彼の耳に聞こえて来たのはパールハーバーが奇襲されたという、日米開戦のニュースだった。
キーンさんはこの不幸に対して何を思ったかというと「チャンスだ!」。
それが、アメリカの青年に対して日本語を勉強して敵国日本の情報を知るための諜報活動「日本語を訳せる兵士になってくれないか?海軍に入ってくれ」という「日本語諜報活動のための兵士になれ」という募集を見つける。
この人は渡りに船だと思ってアメリカ海軍日本語学校に入学する。
コロンビア大学でも抜群の成績なので、アメリカ海軍日本語学校カリフォルニア(州立大学)バークレー校に入学合格する。
ここで日本語を学ぶ。

一九四二年二月、十九歳のときのことです。(35頁)

 当時、ニューヨークからサンフランシスコまでは、列車の旅で最短でも四日ほどかかりました(35頁)

ここのバークレー校で学ぶ。

三十人ほどだったでしょうか。その場で、日本語の力に応じてクラス分けがありました。(35頁)

教師は日系一世の方。
(本によるとほとんどが日系二世。この後も番組ではずっと「日系一世」と言い続けているが、当然日系二世の先生もいた)
日本人の人。
もちろん国籍はアメリカ人だからアメリカなのだが。
能力別に分かれて1クラス6名。
イギリス人の先生から日本史を教わるという。

海軍日本語学校では長沼直兄の書いた『標準日本語讀本』を教科書として使われたのですね。(39頁)

サラリーマンの会話などが盛り込まれている。
ところがこれが凄い。
日本語をやっぱり学ぶとなると大変。
一番キーンさんがしんどかったのは漢字の書き取り。
それも日本語を教えてくれる先生たちは、略字とか簡単字を教えてくれない。

黒板の前に立って先生が「タイワン」というと、わたしたちは「臺灣」と書かなければならないのです。−中略−先生は次の「憂鬱」を書けといいます。(40頁)

それは本当に辛かったらしいが、やる。
キーンさんはそれでも画数の多い漢字を書くのは面白かったという。

 海軍日本語学校では−中略−月曜日から土曜日までは毎日四時間の授業がありました。二時間は読解、一時間は会話、最後の一時間は書き取りです。(39頁)

文字は平仮名、片仮名、漢字、口語体、文語体、行書、楷書。
会話は荒瀬先生という方がいらっしゃって、標準語では済まない。
方言を教える。
キーンさんはそれが面白い。
日本という国は地方都市に行って言葉が変わる。
「わー私はきゃこけしもうた」とか。
福岡県だけでも五つか六つある。
それを荒瀬先生がざっくりではあるが方言まで教えたという。
6名の優秀なキーンさんたちのクラスメイトたちは無我夢中で勉強した。
(本によると各クラスは最大でも6名以下で、キーンが最後に属したクラスは4名)
しかもこの方言を勉強したことが他の通訳官と決定的に分けていく。

日本語修行中である、まだ実践の舞台には立っていないが、やっと二十歳になったばかりのドナルドキーンさん、その後の人生は。

作者の河路由佳さんはキーンさんのことを実に丁寧に調べている。
ちょっと労作すぎて、キーンさんが使った教科書を追い求めて、その教科書にたどり着くまで調べたことの経緯とかがある。
武田先生は読んでいて「どうでもいいな」と思って結構飛ばしたところ。
やっぱり何か人の人生というのは人に会ったりしないと、人に面白く語れない。

この作者の方も書いてらっしゃるが、ドナルド・キーンさんたちに日本語を教えた日系一世の日本人日本語教師たちの熱心さというのは胸が詰まる。
彼らはアメリカの青年たちに日本語を教えながら、敵国になった日本のことを思い出して切なかっただろう。
こういうのを何か朝ドラでやるといい。
ドナルド・キーンさんをやってください。
何か切ない。
逆。
戦争のために日本語を教える。
だから大変。
片仮名、平仮名、漢字、それも簡体字はダメで旧字、古い方の字の難しい字。
「臺灣」とかは旧字は難しい。
「憂鬱」もそう。
そんな字を教えたり、平仮名、片仮名。
口語体、文語体、行書、楷書で書かなければいけないのと、方言があってもう一つ大事なことがあった。
社会的階級による言葉の変化。
丁寧語、謙譲語を覚えないといけない。
特に軍隊だから、丁寧語・尊敬語・謙譲語、天皇だけ言葉遣いが変わる。
天皇陛下に対してだけは全部言葉が変わって、一人の人のために言葉を全部変えるワケだから、そんなのも覚えなくてはいけない、という。
諜報活動とはいえ、日本語を学ぶ彼らの優秀さと熱心さというのは。
だが、キーンさんはその中で実に豊穣な言葉世界、言語世界を日本人は持っているんだということを学ぶ。
休みの日もクラスメイトとは日本語で手紙のやり取りをした。
とにかく暇を惜しんで日本語を勉強して、ハワイから送られてきた押収品の中に田中絹代の映画があったりしたので、映画を見たりした。
この辺も日本映画の特徴を捉えて面白かった。

日本の映画の特徴もわかってきました。たとえば男女の恋人同士が別れるときは、橋の上で別れることが多いということ。(43頁)

こんなふうにして日本語を学びながらキーンさんは敵になった祖国、その悲しみをこらえながら一生懸命教えてくれる一世の日本人たちに胸が熱くなった。
そしてもう一人、友人の中でキーンさんを遥かに抜いて優秀なアメリカ人がいた。

オーティス・ケーリさんで、彼は北海道の小樽で育ちました。(41頁)

お父さんも宣教師として来日しました。ケーリさん自身は小樽生まれで、小樽で小学校に通いました。−中略−軍人として君はどこの人だと訊かれたときは、小樽だとは言いたくても言えませんから、仕方なくマサチューセッツだとか何とか言っていたようですが、ほんとは小樽です(笑)(53頁)

海軍日本学校を十一か月で卒業されて、戦場に向かわれました。−中略−
 一九四一年一月、軍務上急を要するという理由でわたしたちは入学して一年にもならないうちに海軍日本語学校を卒業し、わたしはまずハワイの真珠湾に派遣されました。
−中略−このとき、わたしたちは初めて海軍の軍服を着ることになりました。(138頁)

ハワイには捕虜になった人、そういう日本軍の捕虜収容所があった。
その人たちから軍事秘密を聞き出すのだが、キーンさんが一番嫌いだったのはアメリカ軍の上官。

フェレスト・ビアード−中略−というこの大尉は、海軍について何も知らないわたしたちが軍服を着ることを許されているのが気に入らないようで、わたしたちを苛めました。(138頁)

誰かが、戦車の部位についての日本語のあることば、−中略−それを「足で踏む装置」といった具合に訳したことがありました。大尉はこう訳した男を呼びつけて、次に全員を集合させると、憎々しげに「君たちの中でpedalということばを聞いたことのあるものはいないのか」と言いました。「足で踏む装置」は確かに「ペダル」でよかったわけですが、初めて見る戦車の部位についての日本語を前に、このような翻訳をしたとしても無理のないことでした。(140頁)

ドナルド・キーンさんの運命を変える出来事がこのハワイの捕虜収容所で起きる。

日本文学の紹介者であるドナルド・キーンさんの青春。
とにかく語学兵として日本の捕虜の取り調べ等々にあたっていたドナルド・キーンさん。
そのキーンさんは捕虜の取り調べの方は筆記の方、書く方をやってらしたそうなのだが、そのドナルド・キーンさんに、上官であるフェレスト大尉から「日本兵の日記を読んで日本軍が次にどんな作戦を立てようとしているのかを予測せよ」という難問で、ハワイにいるキーンさんなのだが、南の島々(ガダルカナル、サイパン、グアム)から持ち込まれた日本の兵士の日記をチェックする。
ということは、日記の持ち主は全員戦場で死んだ兵士ということ。
死んだ日本兵の手書きの日記帳をキーンさんは読む。

アメリカでは兵士が日記を書くことは禁じられていました。もし敵の手に渡ったら、知られたくないことが知られてしまう可能性があるからです。しかし日本兵は、新年ごとに日記を支給され、日記を書くことがむしろ務めとされていたのです。(141頁)

手紙等々は全部検閲が入るが、日本陸軍と海軍は日記は検閲をしない。
だから、正直に書いている。
日本兵の日記の記載に関しての細かさというのは凄い。
「昨日友人が何人死んだ」とか「もう戦う弾薬がない」とか「食べ物がないんで〇〇と〇〇の雑草を食べた」とか全部書いてある。
キーンさんはその敗れつつある日本陸軍の低い身分の兵隊さんの日記を読みながら泣く。
まだ悲しい切ない話がある。
アメリカ軍が攻め込んできてジャングルに逃げ込んで餓死していくギリギリまで書いてあるので、その中に「弾薬さえあれば」とか本当に切ない。
だからキーンさんは日記を読みながら敗れていく日本兵が哀れで哀れでたまらなくなる。
そしてキーンさんは気づく。
日本人は日記の中だけはどんな人でももの凄く自由にとっても上手に日記を書く習慣がある。
これはキーンさん曰く、清少納言から伝わる随筆の能力が文字を書ける全ての日本人に宿っている、という。
「撤退四里、弾丸残り少なく、今日、草の根を喰う」とかという、もう涙なしでは読めない。
キーンさんが嗚咽が止まらないという一冊の日記に出会う。

兵士の日記の中には、自分の死を覚悟し、そのあとこれがアメリカ人によって発見されることを見越して、最後のページに英語で伝言が記されていることがありました。戦争が終わったら、これを家族に届けてほしいというのです。(141頁)

その人は英語で書けるほどの能力を持った人。
それが二等兵というランクで死んで行く無念を日記を収集するであろう米兵に託したという。
その時にキーンさんは号泣した。
(本には兵士の等級も号泣したとも書いていないし、このあたりも本の内容から離れて語られている)

戦争中のことですが、わたしはこの伝言どおり、これをこの兵士の家族に渡したいと思いました。それで、もちろん禁じられていた行為ではありますが、これらの日記を机に隠したのです。しかし、机は調べられて日記は没収されてしまいました。(141頁)

月曜日に話した筑紫哲也さんが「日本軍ていうのは酷かったんですよね?キーンさん」に答えるワケがない。
つまり私たちの方が、私たちの国のために戦った兵士たちに関して冷酷であるということ。
しかも、もっと深いものがキーンさんにはある。
それは何かというと、次なる命令がやってくる。
それは戦場へ実際に行って、今、捕虜になってた日本兵への尋問をしろということで、ドナルド・キーンさん。
文学青年。
激戦地、アッツ島へ出張させられる。
そこで捕虜になった日本兵と実際に会う。
私たち戦後世代には知り得ない戦争秘話だが、ドナルド・キーンさんはそういう方だった。

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2021年02月01日

2020年10月26〜11月6日◆語り(後編)

これの続きです。

かたり。
「語り芸」という芸がある。
物事を語っているという。

「かたり」の日本思想 さとりとわらいの力学 (角川選書)



能・狂言のところはくたびれてしまって飛ばし飛ばしだったのだが、歌舞伎のところは圧倒的に・・・
四十代の始めの頃は、割と熱心に見たもので、歌舞伎に関しては「なるほどなぁ」と。
歌舞伎というのはストーリー全体を楽しむのではなくて、部分部分で抜き出して楽しむという、非常に変わった・・・
市川家というのはもっている。
成田屋。
その中で今週は「助六」を取り上げてみようと思う。
これも成田家十八番。
江戸のダンディーというか。

『助六由縁江戸桜』の舞台は吉原の三浦屋で、現行では、花魁たちが桜を愛でているところから始まる。そこに道々酒を勧められて酔った揚巻が現われ、−中略−揚巻に横恋慕する意休が、揚巻に対し助六を盗人だと卑しめつつ助六に逢うなと迫り−中略−揚巻の間夫である助六が下駄の強い響きを伴って花道に現れ(165頁)

「本物の恋人」という意味だろう「間夫(まぶ)」の伊達男・助六が当てつけに啖呵を投げつけるという。
周りの見物衆は全員花魁。
絢爛たる花魁が並んで御覧になるという。
そういう舞台。
これはやっぱり江戸歌舞伎だから江戸の人はもちろん、地方の人も江戸入門ということで見たようだ。
何でかというと助六を見ておくと、(色男だから)江戸でのモテ方が分かる。
いろいろ約束事があって、花魁からキセルを返してもらう。
あれが「付き合いましょう」というきっかけの合図らしい。
この助六はモテるので

 助六が床几に腰掛けると花魁たちからの吸付けたばこが次々と届く。−中略−「煙管の雨がふるようだ」の助六のセリフは(166頁)

モテない悪役、つまり自分が惚れている揚巻にちょっかいを出している男に向かって

足の指に煙管を挟んで意休に差し出す。(167頁)

礼儀知らずもいいところだが、このへんの助六の悪態に江戸の人たちは大喝采を送るという。
いわゆる不良。
それで何か咎められると助六は理屈を言う。

大きな面をする奴は脚であしれえ、無礼咎めをする奴は下駄でぶつ、ぶたれてぎしゃばらば引っこぬいてたたっ切る(167頁)

江戸時代の不良言葉なので難しい。
伊達男の極意を披露した。
助六のセリフの中に

男伊達の極意だ(167頁)

「伊達男」の「伊達」は「伊達藩」の「伊達」。
参勤交代で伊達藩から行列がたどり着く。
何ともはや、皆さん服装の趣味がいい。
仙台伊達藩というのは本当に小粋な人がズラーっと並んでいるので、「伊達からやって来た男」というので「伊達男」という。
何でそんなに伊達男が多かったのかは別の回にご披露する。
これが信長がアジア支配をたくらんで秀吉と家康にそのことを言っていたという話に繋がる。
この話に一枚加わってくるのが伊達政宗。
これがまた長い話になるのでちょっと置いておく。
とにかくそれぐらい伊達藩は景気がよかったという。

助六は嫌味を言う。

大門をぬっと潜るとき、おれの名を手のひらへ三遍書えてなめろ、一生女郎に振らるるという事がねえ。(168頁)

「成田屋!」という声が飛ぶ。
これも一種饗宴のセリフ。
つまり「愉快な名場面をみんなで見てウワーっとみんなで騒ごう」「やんやの喝采」という。
この歌舞伎独特ののり方、のせ方。
特に助六は色彩も美しい。
あの江戸紫、濃紫の使い方が見事。

先週お話した、この助六の中に江戸の自慢の「粋」と「張り」この二つがあって、助六が出てきたのはスーパーヒーローだが、ひそかに芝居小屋における神の登場。
怨霊として、霊として、助六は江戸を守るという使命を市民になり代わってやってくれる、そういうスーパーパワーだった。
このあたり歌舞伎の恰好よさ。

歌舞伎というのは皆さん方に話しやすいのと、『半沢直樹』あたりは歌舞伎の俳優さんばかり。
フジテレビでもやっていた『SUITS』。
ドラマ「SUITS/スーツ」 - フジテレビ
そこにも歌舞伎界の方がおられて、今はもう、歌舞伎の俳優さんは銀行ドラマとか弁護士ドラマに引っ張りだこ。
「何でかくも」という。
ちょっとやっかみも。
今年(2020年)はほとんど役をやっていない武田先生。
こうやって落ちぶれていく。
下り道を歩いている。
何で注目をされるかは現役を名乗る以上は学ぼうとしなければ。
これはやはり「見得」。
はっきり言って普通の劇団の俳優さんだったらできないような大きな見得芝居ができる。
何でかというと歌舞伎にはケレンがある。
外連味(けれんみ)という。
わざと大袈裟にやって気を惹くというようなお芝居。
そういうのが平然とおできになるところがすごい。

それに歌舞伎の人は鍛えられている。
名誉もあるので楽屋話のことなのでお許しいただきたい。
名前は出せないが。
歌舞伎の人はちゃんと遊んでいる。
「ちゃんと遊ぶ」というのが難しい。
コツコツ働いて、いくらかでも稼いで事務所に入れるのが芸能人の務め。
それはわかる。
だが、やはり遊ばないとダメ。
歌舞伎の人は遊んでいる。
スキャンダルになっても「芸の肥やしだから」と、みんながどこかで「まあ、しょうがないか」というのがあると思う水谷譲。
それが自分の好きな遊びばかりではないところが、この梨園の方々の凄いところ。
一回悩みを聞いたことがある武田先生。
彼はもちろん女性が好き。
舞台公演がかかっている時にも「跳ねたらもちろん・・・」というような方。
ところがお父さんから呼ばれて「なんてことだい。情けねぇったらありゃしねぇ。女ばっかり遊んでどうするんだ。え?そんなことじゃあオマエ、助六はできても、あの役とあの役はできないよ」というので男性にもちゃんと・・・
それができないと「あの演目ができない」とお父さんに言われてしまう。
「あの演目」というのが江戸期に夜の世界で流行していたという衆道(しゅうどう)という男性が男性を好きになる、男性が美少年を好きになるという色の道。
幕末のお侍さんたちは勤王の志士もみんな若い時はそうだった。
坂本龍馬は変。
「女しか手ぇ出さない」と結構悪口を言う人がいた。
歴史上の人物で最も変わっている色気の方では龍馬と秀吉。
「女しかダメだった」という。
他の方は西郷さんもイケメンの美少年が好きで。
そういう子を置いていたというようなこと。

これは言ってしまってもいいと思うが、「LGBT」レズ・ゲイ・バイセクシュアル・トランス。
この性のラインを平然と超える世界が歌舞伎。
この性を超えるどころか善悪も超えるところが歌舞伎の妙がある。

エピソードだが五代目菊五郎。
息子が産まれたと聞いた瞬間、その楽屋でつぶやいた一言。
「今度のガキゃぁ、仁木ができる面相か?」
『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の中に悪党で仁木弾正(にっきだんじょう)が出てくる。
あれは花道から青白い顔で、デンデ〜ンデンデ〜ンデンデ〜ンと仁木が出てきて凄味がある悪党。
あの役ができるようなハンサムボーイじゃないとダメだ。
つまり、女にモテる色気と、悪ができる容貌を持っていないとダメだという。
そうでないと歌舞伎役者は務まらない、と。
大悪党で妖気漂う悪人。
しかも姿がよくないと、あの仁木弾正はできない。
その他にも女衒(ぜげん)、女を騙くらかして弄ぶという悪党ができないとダメ。
(『桜姫東文章』の)釣鐘権助(つりがねごんすけ)なんていうのは片岡仁左衛門が得意とした色男のブラック版。
顔で女を弄んで叩き売っちゃうという。
はっきり言えば釣鐘権助なんかができる風貌というのはGACKTとかROLAND。
「(ROLANDのマネで)ボクかボク以外か」
そういうセリフが似合うぐらいの色気がないとダメだ。
つまり、歌舞伎において「悪を演じる」ということは役の厚みを知ること。
その中で『三人吉三(さんにんきちさ)』これは異常。
三人「吉」が付くという半グレの若者が集うのだが、一人の吉三(お嬢吉三)は女装趣味。
女の恰好をしている。
しかも安心した女性を殺してしまう。
そこから始まる。
非常に身分の低い売春婦を殺して、その女が命がけでせしめた百両を握りしめて囁くセリフがもの凄い、という。
ジェンダーを超えて、しかも善悪も超えて悪党の半グレ物語。
坊主の失敗作とお侍の失敗作と役者の失敗作というか、とんでもない半グレの若者がいて、それが路上の夜鷹を殺して百両をまんまとせしめるという。
そして犯行現場も決まっている。
隅田川河口。
佃島のあたり。
夜鷹という女性、夜の商売の方を川の中に突き落としておいて殺したお嬢吉三のつぶやくセリフ。

月も朧に 白魚の
篝(かがり)も霞む 春の空
−中略−
竿の雫か 濡れ手で粟
思いがけなく 手に入る百両


七五調の見事なセリフだが、犯行現場。
今、人を殺したばかりの男がそう言う。
しかも女装。
続けて言う。

西の海より 川の中
落ちた夜鷹は 厄落とし


何と「厄払いで人を殺した」という。
しかもこれは節分の夜。

豆だくさんに 一文の
銭と違って 金包み
こいつぁ春から 縁起がいいわえ


隅田川、佃島の川辺の犯行現場。
殺人をした女装趣味の半グレの男がこう言う。
「こいつぁ春から 縁起がいいわえ」
強盗殺人の犯行を「春から縁起がいい」と謡うという。
最低な奴ら。
この後、この百両の取り合いとなって浪人崩れの吉三(お坊吉三)が登場し、立ち回りが始まろうとする瞬間に、知恵者の坊主の吉三(和尚吉三)が現われて中に入って「このケンカ、ひとまず俺に預けてくれ」というので、さらなる悪事をたくらんで名を成すという。
これが『三人吉三』。
歌舞伎の演目。
これは生々しい。
お互いの手を切って血を舐めあう。
非常にセクスィーというかゲイの「契り」というか、そういうものを感じさせて。
彼らは三人で死んでいくところでお終いなのだが、この悪は一体何なのか?
こういう悪党は『三人吉三』だけではない。
水谷譲も知っている通り『白浪五人男(しらなみごにんおとこ)』。
これは機動隊を前に大立ち回りを演じ、傘を広げて自分の罪状を全部自分で言う。
中でも水谷譲が言ったのは弁天小僧菊之助という方で、この方も女装趣味の恐喝犯。
女装をして上がり込んで正体がバレると黙秘などしない。
自分で自分の前科を言ってしまう。
バレていないことも喋ってしまう。
弁天小僧菊之助は何と言ったか?
「知らざあ言って 聞かせやしょう」
「吐け!」とか言われないのに。

知らざあ言って 聞かせやしょう
浜の真砂と 五右衛門が
歌に残せし 盗人の
種は尽きねぇ 七里ヶ浜
その白浪の 夜働き
以前を言やぁ 江ノ島で
年季勤めの 児ヶ淵(ちごがふち)


「湘南の砂粒と同じぐらい、悪い人がいくらでもいたんだ」「俺も所詮砂粒よ」
ちょっとサザンオールスターズがかっている。
湘南サウンズ。
「年季勤めの 児ヶ淵」
若い時から男の人に色気を使ったという。

枕捜しも 度重なり
お手長講と 札付きに
とうとう島を 追い出され
それから若衆の 美人局(つつもたせ)


湘南海岸の方で働いていて男の人を口説く男となって、生臭い坊さん相手に男の色気を売ってたかと思ったら、「枕捜しも 度重なり」人が寝ている隙に枕元から銭を持っていって「置き引き」。
置き引きをやって、そこをとうとう追い出されて、「それから若衆の 美人局」というからホストをやりながらというような環境。

似ぬ声色で 小ゆすりかたり
名せぇ由縁(ゆかり)の 弁天小僧
菊之助たぁ 俺がことだ


全部自分から言ってしまう。
これが歌舞伎の解釈ということであれば、歌舞伎というものは人間の捉え方が実に深い。
今のいかな芸能よりも深い。
弁天小僧菊之助。
万引きから置き引き、窃盗、ホストから恐喝。
これをやったということを話してしまう。
何故かくも歌舞伎は悪を描きたがったか?
その他にも歌舞伎が描くのは不倫、心中、殺人、不忠、旦那様を裏切るということ。
「哀れ」は描かない。
能に対し歌舞伎は生々しく「これが人間だ!」という、この悪を以ても人間を描こうとする、このあたりの面白さ。

歌舞伎の人間観。
なぜ歌舞伎はかくも悪を描くのか?
それも男性同士の愛等々。
そういうものを描くのか?
それは歌舞伎というのは人間の生々しさ、それは内に「魔」を秘めているんだ、と。
「自分だけが得をしたい」
この手の人間の手足を汚しながらしか人は生きていけない、という事実を言う。
その悪を正義によって叩き潰される瞬間、歌舞伎は悪の見せ場として侍と同じ道徳「潔さ」保身に走らない。
絢爛として悪の華を咲かせ、悪を謡うところに粋を感じた。
だから悪いことをしたワリには歌舞伎のセリフを言っているとだんだん調子づいていく。
悪の哀れを捉えつつもそこに悪の華を咲かせる潔さ。
それをお芝居で見せた、ということなのだろう。
日本の芸能は能、狂言、落語、講談とあり、その伝統は今も続いている。
すごい伝統。
奇跡のようなもの。

この間、原稿をチェックしたら、自分で書いた文章を面白く読んだのだが、倭人、日本人というのは裸になりたがる。
温泉とか行くと、すぐに男の人は浴衣の袖をまくる。
あれを儒教の国、韓国はすごく軽蔑する。
それどころか頑張ったことを「裸」で例える。
裸一貫。
それは礼儀にかなっていないので韓国の方は軽蔑なさる。
韓国の多くの国民が、北朝鮮も含めて目を背けたのではないか?
それは何か?
アメリカ大統領が来た時に相撲を見せて拍手を送って大統領を迎えたという。
【写真で見る】 大相撲を楽しむトランプ米大統領 現職として初めて - BBCニュース
裸の男たちの闘い。
ケツ丸出し。
それを安倍さんが案内したという。
日本の裸文化というのはそういうもの。
これも歴史と伝統に則るワケで。
年に何回かは皇室とかも御覧になるということだから。
でも韓国の方は寒気がすると思う。
ほとんど全裸に近いワケだから。
かくのごとく文化が違う。
日本の方はというと、この「悪を描く」ということに関してもそのような。

歌舞伎が持っている、あるいは日本の芸能が持っている「人間の本性を舞台にする」という、それがまんざらつかみで話した話から外れていない。
高田屋嘉兵衛の話をした。
あれは日本の芸能から人間の粋とか筋を学んだ。
それが対ロシア外交に当たる時も通用した。
高田屋嘉兵衛という人は当時の倭人でありながら、アイヌの人たちに関してもの凄く親切だった。
それは彼が日本の芸能から学んだのではないか?
いじめるヤツに関してすごく彼は軽蔑したという、そういう道徳観を芸能から得ていた。
日本の芸能・歌舞伎。
この伝統は今も続いていて、その真髄は変わっていない。
「張り」と「粋」「意地」。
そういう東大では教えてくれない人間の生き方なのではないか?
外交の才を育んでくれたのは、実は日本の芸能ではなかったかと。
そのような芸能に武田先生も身を投じたかったのだが、この程度で終わってしまった。
これからの方はぜひ、そのプライドを持って欲しい。

日本の芸能。
能、狂言、人形浄瑠璃、歌舞伎、講談、落語。
あるのだが、語り尽くせぬところがあるので歌舞伎にだけ集約させてもらった。

助六の話をしていた。
「助六寿司」という寿司の種類があるが、中においなりさんと巻き寿司が入っている。
いなりの「揚げ」と海苔「巻き」が入っている。
助六の恋人の「揚」「巻」が入っているので、あのお寿司のことを「助六」という。

自分でも大衆演劇の舞台に立ったことがあるが、フッと思ったりする。
何を思ったかというと、奈落の上が花道。
花道の下は奈落。
そうやって考えると「奈落に落ちても、その真上に花道があると思えば」とか。
「花道に立ってもその下に奈落がある」ということにもなる。
その覚悟を持っていないと、本舞台にはたどり着けないという。
初日なんていうのは劇場の方々が何気ない心遣いを見せてくださるのがゾクっとする。
座長の上り口のところにちっちゃな陶器のアリの人形が一個置いてあったりして。
楽屋のおばさんに「このアリの人形は何ですか?」と言ったら「行列ができますように」。
験担ぎ。
楽屋の出入りに必ず一日が柏手で始まる。
そのあたりはゾクっとする。

高等教育も受けていない高田屋嘉兵衛が日本の芸能から様々な人間観を学んで、いわゆる異国との交渉に亘ったというような話から始まった先週。
最後は一つ、上方落語、桂米朝で締めようかと。

『米朝全集』に『まめだ』という新作の落語が載っている。−中略−人がさしている傘の上に載って遊ぶいたずらな豆狸(まめだ)の噺である。下役の歌舞伎役者が帰り道にこれをやられ、腹を立ててトンボを切ると「ギャッ」と声がする。「ざまあみされ」と言い捨てて男は自宅に帰る。と、翌日から、母親の商いである一貝一文の膏薬の勘定が合わなくなる。必ず一銭足りず、代わりに銀杏の葉っぱが一枚交じるようになる。不思議に思っていると、しばらくして、体中に貝殻を付けたまめだの死骸が見つかる。葉っぱは、自分の傷を治そうと、膏薬を求めたまめだがもってきたものだった。−中略−
 親子の者と、お寺の和尚さんとが、じいーっとしばらく埋めたところを見てますと、秋風がさーっと吹いてくる。銀杏の落ち葉が、はらはら、はらはら、はらはら、はらはらと、狸を埋めた上に集まってきます。
「お母さん、見てみ。……狸の仲間から、ぎょうさん香典が届いたがな」
(249
〜250頁)

(番組では狸が死んだのは寺であるかのように言っているが別の場所。「一文足りない」と言っているが、本によると上記のように「一銭」。「ぎょうさん香典が〜」と言ったのは和尚ではなく膏薬売りの息子である歌舞伎役者)

米朝のいう落語の「文学」性と、落語という「かたり」のかすかな統一が窺えるように思える。(250頁)

嘘には嘘の味わいがあるというところが日本の芸能のすばらしさ。


posted by ひと at 08:56| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月26〜11月6日◆語り(前編)

人生の教養を高める読書法



(番組中、たびたび新刊『人生の教養を高める読書法』が紹介される)

「かたり」の日本思想 さとりとわらいの力学 (角川選書)



(番組の公式サイトではネタ元の本のタイトルは『語りの日本思想』となっていたが、実際には『「かたり」の日本思想』。ネタ元のリンク先は Kindle版になっていたが、ページ数などは普通の紙の本の方に従った。 Kindle版も同じかも知れないけれども)
この(本の)タイトルに惹かれた武田先生。
なぜなら今、「かたり」で自分の新しい芸ができないかと思って模索中なので。
「三枚おろし講談師版」みたいなヤツをやりたいなと思っているので「かたり」に惹かれたのだが、「かたり」というのがまた独特。
「語って聞かせる」の「かたり」もあるが、詐欺師のことも「かたり」。
「騙りやがったな!」という。
そういう意味で非常に両極のある言葉である故に惹かれる。
この本の中身はというと、その悪い方の「かたり」ではなく、「語り芸」の「かたり」。
能、狂言、そして歌舞伎も「語り芸」である。
そして語り芸の代表的なもので落語、講談。
これは相当歴史は古いのだが、形を変えながら現代まで連綿と継がれているという。
この本の中身そのものは途中から急に難しくなって、ちょっとそこのところは飛ばし飛ばし。
どうぞ著者の方はお許しくださいませ。
理解できるところまで拾ったということで。

合本 菜の花の沖【文春e-Books】



この本に惹かれたもう一つの理由が、司馬遼太郎作品に『菜の花の沖』という江戸後期、淡路島の貧農に生まれた嘉兵衛という男。
この男が土を捨て海に生きるという物語があって、北前船の船頭になって一攫千金を狙うという。
この北前船というのが日本経済の大動脈で「商品経済の海に身を投じた」ということで。
この方は後々変遷があり、ロシアの方に拿捕され囚人扱いを受けるのだが、『菜の花の沖』によればこの人が凄い。
2〜3か月でロシア語の基礎編をほとんど覚えたという。
それでたった一人でロシアと交渉に当たる。
今だってロシアとうまく交渉できていない。
ところがこの高田屋嘉兵衛という人物は、たった一人でロシアと日露交渉を単独でやって、両方を丸める。
これは凄い才能。
しかも残っているエピソードだが、この高田屋嘉兵衛がウラジオストクの港を離れる時、港にロシア海軍の水兵さんが全員並んで「ウラー!(「万歳」を意味するロシア語)キャプテン!」。
この人はロシア艦が嵐に遭った時に、ロシアの船を指導して運行させたという。
今も北方領土あたりがうまく交渉に乗ってくれないのは、この手の人材がピタっと止まっているところが無念。
ただ、ゆっくり近づいてきているので必ず日本の領土になると思います。
このロシアと交渉にあった高田屋嘉兵衛という人にどれほどの教養があったかなというと、その中ですごく気になる文句が『菜の花の沖』の中にあって、高田屋嘉兵衛が教養として仕入れたのはおそらく大阪の町で見かけた浄瑠璃ではなかったろうか?
人形浄瑠璃。
「ととさんの名は・・・」というような大衆娯楽。
そういうものを見て教養にしたのではないか?という。
司馬遼太郎さんが言うことだから間違いないと思う。
まあ、文字は書けた、字は読めたにしても、世間、あるいは国際法に則って行動できるほどの知恵を浄瑠璃から学んだとすれば、では一体、人形浄瑠璃というそういう大衆芸能から嘉兵衛は何を学んだのか?
歌舞伎にしてもそうだが娯楽だから。
娯楽の分野の中に外交にも通じる何かがあったのではないだろうか?と思っている時にわかりやすい出来事があった。

能、狂言、歌舞伎、落語とあるが、水谷譲もお好きな歌舞伎。
むやみに最近活躍している。
ドラマもそうだし『愛は地球を救う』の飾りの方も市川家の方が踊ってらっしゃった。
市川海老蔵と岸優太(King & Prince)一夜限りのスペシャル歌舞伎を今夜生披露!
ドラマの方はというと「倍返しだ!」。
申し訳ない。
はっきり言わせてもらう。
金融関係の人であんな顔をした人はいないと思う。
「それは・・・それは・・・それは〜!!!!!!!」
でも謎に挑もう。
なぜあの大評判「ドラマのTBS」。
数々のヒット作を飛ばした、ドラマで日本を動かしてきたTBSのドラマ。
それが復活せんばかりの勢いで『半沢直樹』。

半沢直樹(2020年版) -ディレクターズカット版- DVD-BOX



このヒットの原因は何か?
勧善懲悪だったらいくらでもある。
沢口靖子さん「それはおかしい。もう一度調べ直しましょう」とかというヤツ(ドラマ『科捜研の女』シリーズ)も。
「顔芸」ではないかと思う水谷譲。
一番の謎は、あのドラマの監督さんがなぜかしら主要なキャスティングに全て歌舞伎役者を配してあるという、このあたりにヒットの原因が。
歌舞伎から現代を読み解きましょう。

高田屋嘉兵衛という人が、ロシアと交渉をしてうまくいったという外交史。
これは幕末のこと。
日本を担うべき幕府方、松前藩幕府官僚がいっぱいいるのだが、ロシアとの外交交渉を解決する能力はなく、失策を重ねていく。
その中で拿捕された嘉兵衛は数か月で身の回りの世話を焼く少年からロシア語を教わり、日常会話を上達させて極東海軍の司令官に自ら交渉し、拿捕されたロシア側艦長との交換を以て自分を解放しろという交渉に乗り出してこれを成立させるという。
日露外交というのはうまくいかないのだが、たった一つうまくいったのが幕末のこの高田屋嘉兵衛。
そうやって考えると貴重な人材。
「外交問題を解決するためには高田屋嘉兵衛が見ていたという浄瑠璃とか歌舞伎とかを見た方がいいんじゃねぇか」という無茶苦茶な発想から始まった今週ではあるが、浄瑠璃とか歌舞伎の中には国際感覚を掴まえるべき、人間洞察があったのではないか?
この嘉兵衛という方はロシア水兵から慕われたというような人だから人種を超えた説得力を持っていたのだろう。
それが大阪の町で見た浄瑠璃なんかに影響されたとすれば、外交能力に成り得るのではなかろうか?と。
幕府、その当時の官僚は何をやっていたかというと日露が交渉するにあたって部屋に上がる。
その時にロシア側の銃の持ち込みは禁止。
日本側は小刀を差している。
それから畳を積み上げてテーブルの高さにしておいて座布団を敷いて乗ったという。
向こうは椅子に座ってもいい。
ロシア側が「土足で行きたい」。
当たり前だ。
向こうは脱ぐ習慣がないのだから。
それを断固拒否して揉める。
幕官僚というのはその程度の知恵しかない。
それで今もつながる発明品が日本で生まれる。
土足か土足でないかと揉めたので発明された「スリッパ」。
あれはその時に発明された。
だが、幕府官僚で作ったのがスリッパだけというのは考えてみれば情けない。
その高田屋嘉兵衛が自分の人間としての教養を芸能で学んだとすれば「芸能」「日本風の語りの世界」何かあるんじゃなかろうかということで今週取り上げている。

武田先生も一生懸命「能」のところも読んでみた。
能、狂言というのはあんまり弾まない。
「難しそうな気もするしとっつきにくい」と思う水谷譲。
「夢幻能(むげんのう)」という能は現実から離れる。
だから幽霊の物語。
いろいろなものが化けて出てくるのだが。
次元の違うものがそこで遭遇するという「死」を前提にした芸能が「能」。
だから非常にラジオでは語りにくい。
「面白く語れないかな」と武田先生も夢見た。
語りづらい。
語ってもいいのだが、皆さんすぐ退屈なさる。
語りやすいのは何か?というとこれは「歌舞伎」。
歌舞伎は先に言っておくが以外と中身は滅茶苦茶。
そういうと怒られるか。
能狂言は「橋懸(はしがかり)」というあの世とこの世を繋ぐ細い板の廊下があり、そこに登場人物が橋懸からあの世とこの世を結ぶ装置として役者が出てくる。
それで物語がそこに進行する。
能が闇を描こうとするのに対して歌舞伎は光を表現しようとする。
ギラギラしている。
そして歌舞伎が断固として叫んでいることは「人間性肯定」。
生き物を絶対に否定しない。
そして主人公は義理や忠義、人情に苦しむのだが、一本の筋を通す。
「張り」と「粋(いき)」。
この二つをドラマの中心に持ってきて人間を刺激していく。
最も嫌ったのが「ヤボ」。
このヤボの嫌われ方は凄い。
これは吉原で「あの人ヤボ」とウワサが立ったら百万都市の江戸に次の日、全部広がっている。
だから、お侍さんもお金持ちもあんまり無体ができずに花魁という人をどう扱うかが問題だが、無体なことをすると百万都市の瓦版でたちまち江戸中にその人の悪口が広がったというから、吉原は半分くらい『週刊文春』だった。
吉原で評判が上がるとこれが凄い。
江戸中の評判になって、たちまち歌舞伎の材料になったりするという。
その吉原あたりのところから戯作者、脚本家が出てきて筋を書いたという。
大阪の方では近松たちが上方文化ということで浄瑠璃芸能に。
江戸の方はというと歌舞伎、江戸歌舞伎というところが世間の面白いところを繰り広げたという。

人形浄瑠璃と歌舞伎を比較したが、どこが違うか?
浄瑠璃。
これはあくまでもストーリー。
人形浄瑠璃は物語をずっと語る。
ところが歌舞伎は通し狂言は少ない。
歌舞伎は「ええとこ取り」。
受けたところだけやる。
いいとこどり。
客に受けた一幕だけをストーリー全体に関しては「知ってるでしょ?ストーリーは」ということで『あしたのジョー』をラストの「燃えつきた・・・・」あそこだけで終わらせようとするような芸能。

あしたのジョー(1) (週刊少年マガジンコミックス)



それが歌舞伎。
歌舞伎はかくのごとく、その場面がいかに恰好いいかをみんなで楽しむという。
だから連続性無視。
はっきり言ってストーリーなんかどうでもいい。
だが、そのある場面のあるディティールがいいと、江戸中の評判になる。
典型、これが未だに伝説、レジェンドだが歌舞伎狂言にもあるが落語にもなったという。
中村仲蔵。
長い長い通し狂言の『忠臣蔵』。
その中で「ダレ場」と言って誰がやってもうまくいかない、パッとしない段がある。
それが「定九郎」というテーマに全く関係のないヤツ。
斧定九郎(おのさだくろう)の役なんかやりたがらない。
中村仲蔵がそこをやれと言われて「もっといい役やりてぇなぁ」と思うのだが、一生懸命考えた。
考えて、とある神社に「うまくできますように」とお祈りに行ったら、その目の前をゾクっとするような殺気溢れる浪人者が通った。
ザーッと雨の降る日で、その雨に濡れて前髪から雫が垂れ落ちてギロッと睨む目つきがゾーッとするような男。
これをこの仲蔵「天からのヒントだ!」と思い、斧定九郎を演じるその場面で真っ白けに顔を塗って、それに目鼻を描いて登場する直前に何を思ったかザバーン!と水を浴びた。
そうすると夕立にしこたま濡れた目殺気いっぱいの浪人者が舞台に登場する。
みんなダレ場で飯とか酒とか飲んでいる。
そこに定九郎が現れ、そのあまりの異様なメイクと扮装に「なんだありゃ?」「え?おいおい!あれ定九郎かい?」歌舞伎座にざわめきが。
その仲蔵の工夫が江戸中に広がってダレ場のその場を見るために満員のお客が詰めかけたという。
サザンオールスターズが中島みゆきの歌を歌うようなもの。



縦の糸はあなた(中島みゆき『糸』)
それが落語、更に講談になって中村仲蔵の工夫、そして中村というのが名を上げたという。
これが「かたり」。
知らないことを見てきたように話す。
つまりこの「見取り」といって歌舞伎、ディティールの細かさを拾っていく。

歌舞伎の特徴の一つである見得がそうである。見得が切られるとき、その芝居は「その一齣が一幅の絵の構成をなすような配置をとって瞬間停止」する。(144頁)

卑怯といえば卑怯な手。

セリフのない時、役者は、ひな人形のように横並びにじっと動かないでいる(145頁)

そこをゆっくりやる。
ところがこの手法を日本の映画が取り入れて、人が斬り合うところをスローモーションに落とした。
多分歌舞伎からきている。
あくまでも「かたり」。
歌舞伎の持っているそういう演劇的要素。
スローモーションでゆっくりやっておいて大向こうから「たっぷりと!」と言うともう一回同じことをやる。
猿之助さんを見て呆れかえった。
弁慶をやってらして、花道の手前、七三のところで弁慶が大見得を切る。
見得を切ったと思ったら大向こうから「たっぷりと!たっぷりと!」とかと言われると、またもう一回やり直す。
リアルさゼロ。
それを平気でやる。
でもこのあたりが日本人の神経をもの凄く興奮させる。
見たい場面をゆっくりやっている。
見たい場面を何回もやってくれる。
それとつかみで申し上げた大評判で九月末で終わってしまったが『半沢直樹』。
あれは考えてみたら現代版の中村仲蔵(の斧定九郎)。
あれは見得を切っている。
見得を切れる人が他の分野にいない。
なぜいないか?
恥ずかしい。
リアルな芝居をずっとやってきたら、目ん玉に血の筋を入れてロケで「土下座しろぉ〜!」とやる。
いない。
そのいないところをドラマにしたのがさすがドラマのTBS。
素晴らしい才能。
他の局を褒めているヒマはない。

繰り返し言うが歌舞伎はやっぱり演劇として異様なのだ。
逆の意味でいうとあのお芝居は使えない。
歌舞伎みたいな独り言を言う人はいない。
「ヤツがそっちへ来たというこたぁ〜!」
歌舞伎ファンの方も『半沢直樹』ファンの方も、ここから「いかに歌舞伎が異様か」というのを見てみたいと思う。
成田屋。

『暫』は、時代を平安時代末期、季節を早春、場所を鎌倉鶴岡八幡宮と設定している。−中略−まず舞台中央に、悪役たることを示す青い隈取をした金冠白衣の清原武衡がいる。これが「ウケ」と呼ばれる悪役の頭目であり、公家悪と呼ばれる妖気さえ漂うような堂々たる姿をしている。正面から見てその左側の壇上に−中略−武衡の家来たちがいる。−中略−ここまでは全て悪人である。(144〜145)

 やがて花道に鎌倉権五郎影政が姿を現す。景政は、正義の主人公を表す紅隈を施し、髻には力紙を付け、床に届くほどの巨大な袖には市川家の紋「三升」を大きく染め抜いた柿色の素袍を纏う、という異様な姿である。(148頁)

キャスティングは宿命で決まっている。
この『暫』の主役、鎌倉権五郎影政ができる人はただ一人、市川家という歌舞伎の家に生まれた海老蔵という人しかできない。(という事実はない模様)

揚げ幕の奥から「しばーらーくー」と素晴らしい大音声が響いてくる。英雄鎌倉権五郎影政の登場である。(146頁)

英語で言うと「wait」。
「しばらく」と、押しとどめて出てくる。
ここから長ゼリフが始まるのだが、この長ゼリフが物語に全く関係がない。

海老蔵演ずるところの影政は、そのツラネにおいて、ここに「まかりつんでた」自分は「柿の素袍に三升の紋」が目印の「成田不動の申し子」で、「清き流れの市川家」の自分が「筋を通すはおやじ譲り」だといって観客を笑わせる。さらに「おやじの口真似口拍子、ちったあ似たか」と続け(148〜149頁)

アンタ何を言っとる?
「自分が市川家の遺産相続を受ける」ということと、「親父もとっても役が上手でしたけど、それをマネしてる私もだんだん似てきて上手でしょう」。
威張っているだけ。
その後のセリフは笑う。
キャラクターを被って出てきておいて、その自分のところの名家を自慢して「親父も立派だった」という名優の親父を自慢しておいて締めくくりの言葉が

最後に−中略−「歌舞伎ますますご贔屓のほど、ホホ、敬って申す」と結んで喝采を浴びている。(149頁)

シェイクスピアもこんなことはやらないし、劇団四季だってやらない。
『ライオンキング』で言わない。
崖の上に立って「劇団四季をよろしくぅ〜!」。
言わない。
これが終わらない。
今度は舞台の上に悪党の方が出てくるのだが、悪党の一人が声をかける。
これが決まっている。

影政に向って「どなたかと思ったら、成田屋の海老さま」と声をかける。
 芝居として反則のように思えるが
(150頁)

楽屋落ち。
身内の話だけでひたすら盛り上がる。
ところが、舞台の方の進行としてはこの突然の正義のヒーローの登場に悪党どもは大混乱しているという。
そして海老蔵の存在によってどんどん押されてゆくという話で。
本舞台の方の悪党どもが海老蔵に命じる。

鯰坊主が「揚げ幕の方へ」と答える。(149頁)

ものすごく重大なことを言っているようだが、出てきたところに「帰れ」と言っているだけ。
現代語で言えば「引っ込め!この野郎!」。
この「帰ぇれ、帰ぇれ」に対して

花道の七三から「揚げ幕の方へ」と頼まれても「イヤダ」と撥ねつけた影政は(157頁)

言った瞬間に大向こうから声が飛ぶ。
「イヨっ!市川!」
『(3年B組)金八先生』でやったら全く受けない。
ところが受ける。
そして権五郎の反逆が始まるという。
今、さんざん話しているが物語は何も進んでいない。
ただお家の自慢とお父さんの自慢をやった後「帰れ」「イヤダ、帰らねぇ」。
それだけ。
コントだったら4行で終わるぐらいの進行速度なのだが、これがやっぱり受けるところが・・・

命令に従わない違勅の罪だと答える武衡−中略−に、影政は次のように詰め寄る。
「違勅の罪を糺さふなら、先づ差当り将門公、金冠白衣はどこからの、免があつて着さしつた。即位などとは片腹いたし。誰がゆるしたか、それをきゝたい」
(158頁)

この権五郎が言っているのは「アンタこそ何だ?身分でもないくせに、そんな宮廷の服なんか着て。まさかアンタそれ帝様からお許しが出たからそれを着ていると言うんじゃなかろうなぁ」といういやがらせを言うと武衡さすがに困って

「サアそれは」
「自儘に着たか」
「サア」
「サア」
「サアサアサアサアサア」
「誰だとおもふ、アヽつがもねへ(トきつと見得)」
(158頁)

この「つがもねえ」というセリフは、「団十郎家によって定着」したところの「荒事の詞」であり(159頁)

「つがもない」を「@すじみちがたたない。(158頁)

関東に残っている数少ない江戸弁。
「かったるい」とかと言う。
「かったるい」「かっとばす」
接頭語に「か」が付く。
「かっぽる」
掘ることを強めている。
それで「かっぽれかっぽれ」というのは土木作業をやっている人足の方の囃子言葉。
「掘れ」では響きが悪い。
そこから「かっぽれ」という踊りが始まった。

とにかくここで展開しているのは超人の話。
超人の威力を持つ権五郎。
彼が江戸の町の道理を守るスーパーパワーのいわゆる権現様としてふるまう。
そのことを観客とともに市川家が「どうだ、これが江戸の粋だ」というワケで。
これは面白い。
この間も日テレの『愛は地球(を救う)』で踊ってらした。
あれは悪きものを弾き飛ばすという市川家のスーパーパワーをご披露なさった。
それは代々市川家が背負った宿命。
そしてよくご存じの睨み。
一睨みすると疫病でさえもたじろぐという、あの市川家の睨みをおやりになったワケで。
そうやって考えると娯楽の中に疫病退散まで含めるという。
これは何でか?
市川家というのは弁慶役者。
弁慶をやるとやたら強そうに見える。
それで江戸の人が「市川家の弁慶を見ると風邪をひかない」という評判が立つ。
疫病、流行り病。
その当時、海老蔵が入ったお風呂のお湯を瓶に詰めて歌舞伎座で売った。
いわゆるみんなが求めるワクチン。
ご利益。
当代の歌舞伎役者というのは、そういうスーパーパワーの具現であった、というワケでいかな人気があったか。

この本を読んでいて武田先生が「そうか」と思ったのは、作家の方がおっしゃっているのだが「饗宴性」。
歌舞伎というのはこれなのだ、という。
お酒を一杯飲みながら美味いものをつついてハッと舞台を見ると元気が湧いてくるような名場面をやっているという。
それを役者と一緒に楽しもうという饗宴性が歌舞伎なんだ、という。
(本には「役者と役柄が二重写しになる饗宴性」とあるので、上記の意味ではないようだ)
どこでお弁当を食べるかも全部決まっていた。
本当に丸一日かけての娯楽で楽しめたというワケで。

結局は歌舞伎絶賛になってしまったが、もっともっと変わったという、その歌舞伎の中身をまた尋ねてみたい。



posted by ひと at 08:38| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月11日

2020年3月16〜27日◆力み(後編)

これの続きです。

老いてからの「力み」というものをまな板の上に載せている。
これは先週お話したように武田先生は本当にゴルフが下手。
もう「何十年やってるんだ」「なんで下手なんだ」と。
それでいろいろ考えていくうちに「もうゴルフ辞めようか」「合気道に進もう」。
合気道を趣味にしたら、何とゴルフも合気道も同じ欠点を指摘されるという。
それは何かというと「力み」。
肩に力が入る、腕に力が入る。
その「力み」が武田先生を下手にくくりつけているんだ、と。
この「力み」がどこから来たんだ?ということを一生懸命探していて、見つけた本が

からだの無意識の治癒力 ?身体は不調を治す力を知っている



その本の中に、一体武田先生の力みはどこから来たのかというのを懸命に探した。
先週一週間を通して山口教授の話をご披露したのだが、最後にやっとテーマが出てきて、力みは武田先生の内臓から来ている、筋肉の動きから来ている。
武田先生の肩に宿っているこの「力み」の正体は何か?
それは「教えたがる」。
教わっているのにもう教えようとするから、どうしても力んでしまう。
ゴルフも確かにそう。
これから打とうとしているのに、打った後に解説することを考える。
「今、軽く打ったオレ」とかと言う。
「右、木あるけどあれは見えないものとしてオレ左打っちゃった」とかと言う、その「終わってもいないことを終わったとする前提」そのものに力みがにじんできているんだ、と。

筋肉と心は不即不離の関係にあるといえるでしょう。(162頁)

心理が動きを決定するんだ、と。

 情動は英語で“emotion”といいますが、この中の“motion”が動きを示していることからもわかります。(163頁)

つまり武田先生は「懸命に努力をする」とか、「今、一生懸命頑張っているんだよ」ということを相手に見せたいがため、相手に教えたいめに肩に力が入っている。
俳優の時はそれがセールスポイントになった。
必死になって道を説く「金八先生」、ハンガーを握りしめ、悪と闘い悪を憎む「片山刑事」、「アナタを愛しています。ボクは死にません」と絶叫する中年男。
全部肩に力を入れて表現した。
快調。
自分でもうっとりするような見事な・・・
エモーションが武田先生のモーションを支配している。
考えてみれば、なるほど最初に水谷譲と話した合気道というのは見事。
「モーションをエモーションで作れ」というワケだ。
ケンカ腰になっている相手に対して、まるで天から落ちてくる水滴をすくうような手の動き、花咲爺が満開の桜を眺めるような手のかざし方。
そういう力の抜けた動きをしなさい、という。
こういうことになる。
心と体が結びついているため、情動のパターンが筋肉そのものを緊張、弛緩させてしまう。

筋肉に不必要な緊張があれば、当然その信号が脳幹に送られ、脳幹は興奮します。そして、その興奮が感情の脳である大脳辺縁系に伝達され、イライラしはじめます。(164頁)

スポーツが要求しているのは、心と脳をどうリラックスして使うかがスポーツの主目的。
二月のことだったが、あれは見事だった。
韓国であった羽生結弦のショート(プログラム)。
もちろんミスが続いた。
それでもあの子は別次元だから。
ショートは終わった瞬間に自分にうっとりしていた。
出来がいいと、あの子は自分にうっとりする。
ドヤ顔をする。
あのショートの時、羽生結弦は完璧に神がかっていた。
ショートの演技が終わった後、役が抜けずにゾーンのまま。
しかも今回「音にこだわっていた」という不思議な言い方をしていた。
「今回、僕は音になりきれた」と言った。
「音になりきる?」というのが神がかっていると思った水谷譲。
神がかっているところにあの子はいってしまった。
もちろん後半の長い方は気に入らなかったと思うが、あのショートのフィギュアスケートを見た時に、この子は完璧にゾーンだと思った。
ファンの方が言ってらっしゃるから、武田先生がガタガタ言う必要はないのだが。
あれは指先まで全部動いている、波打っている。
何一つ止まっているところがない。
あれは見ている人は何を感じるかというと「リラックスしている羽生」を見る。
あそこで緊張していいハズ。
だが、緊張するところでリラックスをしている羽生を見ると、こっちも同期する。
羽生の動きには同調させる響きがあった。
スポーツが要求しているのは、緊張という瞬間にいかに弛緩、和やかさ、ゆるみを引き付けるか?
その技術ではなかろうか。

人間の体に宿る「力み」について懸命に考察をしている。
武田さんはゴルフを辞めて合気道に打ち込もうとする。
だがその合気道からも指摘されたのはゴルフと同じ欠点。
力みすぎ。
「一体『力み』というのはどこから来ているんだ?」とアラ古希の武田先生は懸命に考えて、体の中にその「力み」、「固いモーション」は「固いエモーション」から来ているのでは?ということを学んで。
ゴルフあるいはスポーツが要求しているのは、心をリラックス状態で、判断の視野をいかに広く取っているか?
これがスポーツが要求しているものなのだろう。
集中とは言うが、その集中の中には「広い視野の判断」ということもある。
ファインプレーとは何か?
ファインプレーとは「伸びやかさ」。
伸びやかさは縮んだ筋肉からは生まれない。
その伸びやかさをどう保つか?
武田はどうしたか?
力を抜いて伸びやかにするためにはどうしたら手に入るか?
何かヒューマン関係、人間関係でもいい。
「うまくやりたい」とか「伸びやかにやりたい」。
ゴルフも伸びやかにやりたい。
合気道も伸びやかにやりたい。
どうしたらいいか?
いろいろ考えてみたが、この本の著者も同じことをおっしゃっている。
身体心理学の山口創さん。
無意識というものを活発に使うためにはどうしたらいいか?

「型」から入るのです。(164頁)

筋肉の緊張を打ち消す訓練。
それは型を繰り返すこと。
水谷譲の坊ちゃんもやってらっしゃる合気道。
この合気道という武道はいろいろ流派もあるが、基本的に試合をやらない。
「見取り稽古」といって、お師匠さんが技を見せてくれる。
それを見ながら「受け」「取り」に別れ、見せてもらった技を繰り返す。
これは実に単純。
本当に見るともうすぐにできそう。
右手と右足を前に出して半身に構えておいて、引いた方の足を一歩前に踏み出して回転するだけ。
これがずっと練習を積んでいくと、いかに難しいかがわかる。
「練習すればするほど難しさが難しくなってくる」というのがすごいと思う水谷譲。
武田先生の指導者の高段位の人が言ったが、不思議なことを時々言う。
まだ忘れないが、凍ってツルッツルに滑りそうな橋の上があった。
「まいったな〜。この靴じゃ滑っちゃうかも知れないな」と思った。
それで半身に構えておいて回転を繰り返しながら橋の上を渡っていったら転ばなかった。
重心の置き方が極意に達してらっしゃるのだろう。
この「型を繰り返す」というのが武道としてはいささか「強い」「弱い」というのがはっきりしないかも知れないが、合気道は「強い」「弱い」を否定する。
「強くて何かいいことあんの?弱くて何か困ったことあんの?」と問い返してくる。
考えてみれば、合気道をやっている外国の方もいっぱいいらっしゃるが、なぜいいかというと「型を繰り返す」このことが訓練としては筋肉の緊張を打ち消す最高の訓練なのではないか?
だから日本の文化は型稽古が多い。
能狂言、日本舞踊、歌舞伎、禅、そして武道。
これらを支配している稽古は「型稽古」。
この同じパターンを繰り返すことによって無意識を動かしてゆく。
以前、武田先生が「弓」の話をした時も似たような話だった。
『弓と禅』あたりの話)
「型」から無意識を動かしていく。
例えば幸せな人生を送りたいと思うなら、まずアナタが幸せなふりをするところから始まる、という。
いくらでも人生に転用が効くような。
深い深い話になればと思いつつ繰り広げておく。

「力み」からどんどん話が深いところに。
(番組冒頭の「街角の声」の)街角の青年に向かって「人格は変わるんだ」と言ったが、水谷譲がエラく褒めてくれたが、武田先生は自分が言った「いい言葉」に気づかなかった。
完璧に今「力み」がなかった。
力みがない時の方が名言が残る。

桜美林大学の山口教授の面白いところは、こういうことをおっしゃっている。

現在、脳トレなど脳を鍛えることが流行っていますが、身体の状態や動きを無視していたら、その効果はまず期待できないでしょう。(164頁)

脳トレは格別にやってはダメなのだ。
これを言うと困る人もいるので、あんまり強く言うといけないかも知れないが。
山口先生に覆いかぶせるが、武田先生もすごく納得がいく。
脳トレをクイズ形式でやるテレビ番組があるが、あれは脳トレには全く効果がありません。
脳が発達してうまく筋肉を動かしたのではない。
筋肉が動くことでゆっくりと脳は発達した。
つまり、座って答えるということが脳のトレーニングにはならない。
では、脳を鍛えるためには何をするか?
動くこと。
動きながら。
武田先生が一回だけ見たことがあるが、ヤワラちゃんが男の人をおんぶして階段を上っていく。
その間に二桁の足し算をやり続けさせられる。
あれは、動きながら他の考え方をする無意識を作るため。
東大生まで総動員してやっているテレビ番組があるが、あれは脳トレでやりたかったならおよしなさい。
それだったら歩きながら「今日は一句作ろう」とか、「菜の花や」とか「桜咲く」とかという歌を二〜三個作るほうがよっぽど脳トレになる。
人間はじっとして考えられる生き物ではないんだ、と。
人間はなぜ脳が発達したか?
これは獲物を追いかける、獲物を待つ、罠を仕掛ける、その場所を記憶し、穫れた獲物、それを仲間と一緒に分ける。
いずれにしても考えることに全部動きが入っていた。
走るにしても人は脳を使うことで長く走る。
人間というのは。
ヒョウとかチーターとかは凄く速いかも知れないが、マラソン大会には絶対出ない。
自転車に乗る動物は他にもいる。
サルもいればクマも自転車に乗る。
しかし、サルもクマもアップダウンをわざとつけた坂をジャンプしながら飛び出るというようなのはやらない。
まして空中でその自転車を一回転させて降りてくる。
オリンピックは凄い。
あんなことをやるのは人間しかいない。
なぜ人間はあんなことをやるか?
人間は新しい動きが好き。
とにかく人というサルは「動くことが好き」+「新しい動きが好き」。

人間は−中略−動きながら考える」のだと思います。(169頁)

頭をかく、腕を組む、あるいはコーヒーを飲む。
手のひらで口を覆う、椅子に座っていても脚を組み替えたり、人は必ず動く。

人間は−中略−動くことで考えることができる(169頁)

動かなくなると人は考えなくなる。
ここからこの先生、この教授はまた面白いことを言う。
これはやってらっしゃる方はたくさんいらっしゃるかも知れないが、整形美容。
整形美容のある意味での危険さでもあるのだが。

 アメリカの脳科学者キム・ジャスティンたちのグループは、実験参加者の眉間にボツリヌス菌を注射して、他者のいろいろな表情の写真を見せたときの、偏桃体の活動を測定しました。(170頁)

副作用がある。
それは何と怒りっぽくなる。
怒っているのだがシワが寄らないので、そのことでイラッとするらしい。

 するとボツリヌス菌を注射すると、偏桃体の活動が大幅に低下することがわかったのです。(170頁)

整形美容手術は脳と表情の動きが切れる。

自分の感情の表出が少ない人というのは、他者の表情の理解にも困難を示すようになることがわかっています。(171頁)

他人の表情と自分の表情が一致しない。
みんなが「えっ?」と驚いているのに筋肉が動かないから一人だけぬいぐるみみたいに笑っている。
そうするとだんだんと人の気持ちを理解する能力が低下するそうだ。
脳に影響があるそうだ。
整形美容は表情筋に異物を挿入し、美しい型に仕立てて固める医術。
最初から顔の表情が動くことを否定している。

そして、非常に便利なツールであるスマホ。
これもそういう意味で危険、と山口教授はおっしゃる。
「歩きスマホは危険です」は当然。
スマホの危険は「人の動きを固定する」。
スマホを見ている人は姿勢でわかる。
「スマホ姿勢」というのがあまり人間の健康のためによくない。

人の頭の重さは、だいたい5キロ程度ですが、スマホをやっているときの姿勢は、首を下に向けるので頭の重さが首にのしかかり、頸椎にかかる負担は25キロにもなるのです。(173頁)

これが首から肺を圧迫し、肺炎等々を呼び込みやすい姿勢になってしまう。
そしてこれが面白い。

人は元気がなかったり落ちこんだりすると、自然に頭を下に「うなだれる」のです。すると、別にうなだれているのでなくても、うつむき加減の姿勢をとっていると、本当に元気がなくなって落ちこんでくるのです。(174頁)

サッカーの時に「下を向くな!」と言う。
あれは下を向くと「負け」に入ってしまう。
スマホというのは「負け」の姿勢。

筋肉や筋膜で知覚した感覚(緊張していたり弛緩している感覚)が脳に届いて、脳に影響を与え、それは心にも大きな影響を与えているのです。(176頁)

スマホをじっと動かずにやり続けていると、悪い影響は身体面ばかりではなく心理面にも出てくるといえるでしょう。(176頁)

落胆している姿勢をすると、心理が落胆してしまう、という。
わかりやすい。

だから武田さんの肩から力を抜くというのが、だんだん具体的になってきた。
一番大事なのは自分、語っている武田先生。
やっぱり上を向かないとダメ。
それと「教えてもらう」という気持ちで挑むこと。
どうしても「教えてやろう」というのが働くものだから肩に力が入って。
飛ばないし寄らないというみじめな。
ゴルフというのは本当に激しく自分を傷つけるスポーツ。
パターが入らないしOBを打ったりする。
その瞬間に自分に対する怒りが凄まじい。
ジェントルマンで経済界のお爺ちゃんがおられて、その方と一緒にゴルフを回っている時、その人が30cmぐらいのバーディを入れると4点ぐらい貰える。
パーで2点。
4点あったら武田先生たちはそのプロアマ戦のトップに踊れる可能性があったので励ました。
「ファイトー!」とかと言いながら。
「私は入れますよ!これでも海軍の生き残りだ!」とかとその方が言っていた。
そうしたらそれを外した。
その時にその経済界の大物のジェントルマンが叫んだ言葉「老いぼれ〜〜〜!」。
自分に向かってそうののしられた時に「これほど自分を傷つけるスポーツはない」と思った。
さあ、傷つけられないためにどうするか?

ゴルフの下手さから、内臓に宿った心、内臓よりも先に「オレが考えたんだ」と出しゃばってくるというような人体の構造。
そして筋肉が感情を作るんだ、というようなところまでいって、武田の肩から力みを抜くため今、掴んだ答え。
結論ではない。
今、少なくとも「そういうことなんだ」「力みを取るためにはこういうことをやった方がいいんだな」ということを一冊の本から得たのでご報告したい。

 抗重力筋(図13)は重力に対してはたらいています。人類の祖先が森林からサバンナの草地に出て二足歩行をするようになった進化の過程を考えてみると、最も支障になったのは重力です。(178頁)

 セロトニンは、先にあげた抗重力筋に対し、運動神経のレベルを上げるはたらきをしています。ですから、セロトニンが活性化されているときには、背筋がピンとしていて、顔にもハリがあるのです。(179頁)

そのことがサルを人にしたのだ。
だから真っ直ぐに立って上を見て、穏やかな表情でいる。
これが何よりも重大だ、と説く。

最後の方だが、ハッとするページに遭遇する。
それは右手と左手というのがもの凄く脳のために大事で、気分のためにも大事。

身体の情報が脳に入っていくとき、身体の左右の情報は、反対側の脳半球に入っていきます。つまり、身体の右半分の情報は左脳に入って処理されるわけです。−中略−左脳はやる気のように行動を生み出すときに活動するのに対して(181頁)

チャンピオンが勝った時に挙げられる手は右手。

右脳のこの部分は不安や恐怖、悲しみのように行動を抑えるときに活動することがわかっています。(181頁)

だからやっぱり右手で攻めて左手でかばうという。
これが右脳左脳の使い方なのだろう。
すごく感動したのだが、武道の本で読んだのだが、武道というのはすごくわかりやすくて、右手と左手に違う仕事をさせる。
チャンバラごっこで刀が左腰にあって、抜く。
上段に構えておいて降ろす。
この瞬間に誰でもこの脳の使い方ができる。
日本刀を振り下ろす。
その時に右手と左手が違う仕事をしている。
右手はより遠くへ行こうとする。
左手は手前に帰ってこようとする。
右手の言うことを全部聞くと自分の足を切る可能性もある。
それを左手でカバーしている。
これが日本刀に於ける大上段から構えた袈裟切りの構え。
日本人はこれが自然のうちに身に付いた武道の精神で、右手と左手に違う役割をさせながらコンロールする。
だから右手と左手を同じように使うことがミスを招く。
力みを産む。
これはゴルフをおやりの方は考えてみてください。
ゴルフの握り方と日本刀の握り方は同じ。
面白い。
何かの運動をする時は反対側もやりなさいよ。
王(貞治)選手は左バッターだった。
あの王さんはゴルフは右でやってらした。
「バランスが悪くなる」とおっしゃって。
王さんというのはそういう人。
そういうきちんとした理づくめを持っている人。
右手と左手の使い分けをきちんとすると体が納得して、アナタの思いのままにゴルフスイングができるかも知れない。
あるいはなかなか上達しないアナタの合気道もヒョイっと上達するかも。
合気道は武道だから右と左がある。
だが、時々やっぱり高段者から指摘されるが利き腕の罪というのがある。
みんなやっぱりどっちか得意がある。
「右の方が得意です」とか「左の方が得意です」とか。
合気道は認めない。
「両方ともできないとダメ!」という。
そういうこと。
そして究極ではあるが、力み過ぎ、肩から力を抜く方法だが、とにかく普段からゆったりと弱い力で大きく動くこと。
これが力みを消す最善の方法ということ。
出た結論はここまで。


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2020年3月16〜27日◆力み(前編)

水谷譲を前に大風呂敷を広げながらいろんなことを語っている。
人生について語ったり、奇怪な事件について語ったり、漢字の大元について語ったりと毎日忙しくお話をしているが。
年齢と共に武田も傾向と対策が変わって。
最近、傾向と対策を変えたのは「自分にちょっとでもひっかったらそのことについて考えよう」と。
「ひっかかりがない」というのは絵空事になってしまうから。
自分が問題意識を持った、今の(番組冒頭の「街の声」の)青年の言った通り。
自分が「これは」と思う「ひっかかりを感じたら」という。
正直に我が身から問題を『(今朝の)三枚おろし』のネタを紡ぎ出したということで。

忘れもしない、それは2017年、正月冬のこと。
武田先生は2017年1月1日から辞める気でいたゴルフクラブを握り直した。
辞めようと思っていた。
何でかというと、武田先生はゴルフが全然上達しないというのと、どんどんスコアが悪くなっていくという。
それで違う何かを始めた。
その「何か」とは何かというと合気道。
合気道をやり始めて三年ぐらい経ってから「ゴルフはやっぱり辞めよう」と「合気道のほうがいいや」と思ったのだが、この合気道に入れ込むつもりで合気道を一生懸命やっているが、三年経っても指摘される武田先生の欠点。
それが「力み」。
もう何回やっても肩を叩かれて「武田君、肩に力が入ってるよ」「武田さん、力みすぎですよ」。
自分よりも段位が上の三段、四段の方にそのことばかり注意される。
これはどういうことかというと、これはわからなかったらわからないで結構だが、合気道の場合は見取り稽古で、二人が「取り」と「受け」にまわり、お互いに技をかけあう。
「受け」は技を受ける人、「取り」は技を取る人。
一番最初の「初手」というのはだいたい決まっていて、相手が半身に構えておいて、手を伸ばして、取りの手首をガッと掴む。
そこからすべてが始まる。
その握られた手を外しながら技をかける。
その握られた手を外す瞬間、武田先生はもう力が入っている。
「武田君。それじゃあどう反撃してくるか全部読まれてしまうよ。何気なく、何の力みもなくフッと握らないと、手のひらの強さで自分がこれから何をするか全部相手に教えてしまっとる」
これができない。
水谷譲の息子も(合気道を)やっている。
「力抜け。力抜け」ばっかり。
四方投げとか小手返しとかという技に入るのだが、時々鋭い先輩がいて、今は有難くなったがいじわるをする人がいる。
相手が手首を握ってきた。
それを武田先生が技に入ろうとした瞬間に上から押さえつける。
動けない。
それはある技が進歩していく途中で、そういうことをやってくれる先輩がいる。
それで技の純度を確認する。
相手が握ってきた。
技に入ろうとすると、相手がギュッと上から押さえつると動けなくなってしまう。
それで「またぁ〜力んでるから。わかるもん、武田君」という。
面白いもの。
その時に力を抜いてフッと手を上げる。
そのことで相手の力をそらすのだが、絶妙のことを言う人がいる。
これからが禅問答のよう。
「桜の花を片手で額に当てて眺めるように相手が手首を押えているのにこちらは花見になぞらえてヒョイと上げる。それができたら技に入れる」という。
何だかわかるようなわからないような。
それから「屋根の下から一滴、雨のしずくが落ちてくる。その雨のしずくを手で受けるようにスッと」。
あくまでも技というのは何気ない、全く力の入っていない動きから、という。
水谷譲も子供の合気道の稽古をたまに見に行く。
すごく静か。
「はい次〇〇」
二人で組んでサッ・・・サッ・・・サッ・・・
穏やかな空気が流れていくというか「合気道は不思議な世界だな」と思う水谷譲。
技のタイトルを言うだけで「相手半身、片手取り」と言うと、その技に入る。
気合も何も入れない。
普通は武道だと「ウェァァァァァ〜〜〜!」とか。
言わない。
流れる水のごとく。
「風のようにやりなさい」
それを武田先生は「ヨシ!来いや!」と言うから、デンマーク人の女の子から「うるさい」と言われて怒られたことがある。
とにかく相手が手首を掴んだ。
その瞬間に「そうはさせじ」と力むことが、これから何をするかを全部読まれるという諸動作になってしまう、という。
「力みすぎ」と「どこかで言われたなぁ〜」と思ったら、二十年ぐらい前、夏目雅子さんの弟さんのプロゴルファー小達(敏昭)さんから「武田さん。グリップ強すぎ。力みすぎ」と言われた。
「あれぇ?」と思った。
ゴルフがうまくならないのと、合気道がうまくならない。
案外同じ原因「力み」ではないかと思って、力む自分を振り返るようになった、というのがこの『三枚おろし』のネタの始まり。

我が体に残った妙なクセ「力み」。
合気道をやっていてしばしば先輩連から指摘を受ける。
「武田さん。また力んじゃってダメですよ」
館長、武田先生を指導してくださる最高の責任者の方がいらっしゃるが、この人がおっしゃる。
「相手が武田君の手を掴んで来た。『掴まれた!負けてたまるか!』じゃなくて、その瞬間力を抜いて掴まれた手と一緒に沈みながら自分の片手をゆっくりと上げて、親指を吸いなさい」
親指を吸う。
これは不思議なポーズ。
70過ぎて親指を吸うというのは。
だが、親指を吸うと力が抜けている。
相手をうつぶせにして、腕をねじり上げる技がある。
その時に館長の名言は「大事なお子さんを抱くように相手の腕を抱いて、ゆっくりねじってあげなさい」と。
ヨシヨシをするように。
これが効くの何の。
肩ごとねじ切られるぐらい。
その全てが相手に殺気を感じさせない受けの柔かさ。
肩と肩がぶつかっただけで「何だこのやろう!」とケンカになる。
ボーンとぶつかった。
「この野郎」と思うからカチンとくる。
一回転するためのエネルギーだと思えば「どうもすみませ〜ん」と言いながら振り返って礼を言いながらまた歩き出せる、という。
「力を抜く」ということは、武道の始まり「極意」なんだ。
これが抜けない。
そこで何を考えたか。
「何で俺はこんなに力むようになったんだろう?」と思った。
その時にフッと我が人生を振り返ると、あっちこっちに力みすぎの思い当たる節がある。
「あすこでも力み過ぎた」「ここでも力み過ぎた」
そうです皆さん。
武田鉄矢、力み過ぎの人生。
荒川の土手を歩く中学校の先生役から

3年B組金八先生 第1シリーズ 初回限定BOXセット [DVD]



ハンガーで闘う刑事役

刑事物語2 りんごの詩



トラックの前に飛び出して「ボクは死にません」と絶叫する失恋男。

101回目のプロポーズ [DVD]



武田先生の俳優としての「売り」、セールスポイントは「力み過ぎ」。
あれは力まなくてよかった。
あれは力んでよかったと思う水谷譲。
とにかく武田先生は「力みすぎ」をセールスポイントにしてきた。
それが還暦を過ぎて古希になったのに、まだ余熱として残っている。
これから続く自分の人生があるならば、この力みを一種障害として乗り越えた人生を歩きたい。
そこで、何を考えたかというと、一所懸命合気道をやってみよう。
合気道で得た知識を活かして肩から力みが取れた証明をゴルフで明かすか、という。
人生半ばもとっくに過ぎているから、力みすぎ「それは取れませんでした」でパスしても許される、アラ古希世代。
ただし、武田先生はだんだん合気道が面白くなっていた。
フツフツとたぎるものがある。
そこで願掛けに似た気持ちで「力み」というヤツととことん闘ってみようと思った。
そういうワケで2017年1月、雪の臭いのするお正月の風に吹かれながら50ヤードアプローチの練習場に行き、ゴルフの練習を開始し、早三年の歳月。
上手くなったかどうかは横に置いて、力みはどこから来たのか、まだ考えていて、そんなときばったり出会った本が『からだの無意識の治癒力』という。
(番組のホームページの方では本のタイトルが『体の無意識の治癒力』となっているが、正確には「体」はひらがな)

からだの無意識の治癒力 ?身体は不調を治す力を知っている



桜美林大学、(専攻は)身体心理学、山口(創)先生。
(発行所)さくら舎という。
この本のタイトルの「無意識」という一語に惹かれた。
何でかというと、「力み」は無意識から来ている。
だから、武田先生の力みは無意識の中に住んでいるんじゃないだろうかと、こんなふうに思った。
この一冊、この先生の本の面白いのは「心があって体が反応して動く」そんなことではないんだ、という。
「どこへ行こうか考えて自転車を漕ぐ」ではなくて「漕いでからどこへ行こうかと考えている」ようなものだ、と。
脳が考える前に指はもう動いている。
そうでなければピアノなんか弾けない。

 私たちのしている行動というのは、そのほとんどは潜在意識でやっていて、意識はそれを傍観者のように眺めていて、必要があればその行動を実行する前にそれを拒否することができる程度であるという主張もあります。(49頁)

困ったことにこの時間差を意識は認めず、さも「私がそう決心したから体はそう動いている」という順序を逆にして記憶として残す。
私を操っている主役は脳ではなくて体の方で、武田先生の力みも脳にあるのではなくて体に宿っている。
ではもう一度、体に向き直そう。
アラ古希として。

体というのは不思議なもので「力んではいけない。力んではいけない」と思いながらついつい力んでしまう。
ゴルフなんかやっているとつくづく感じる。
「体というのはこんなに動かないもんなんだ」という。
すごく面白いのは、私たちは頭の中で考えて、その頭、脳が体を操って動かしていると思っているが、どうもそうではないんだ、と。
体が動いて、脳が動きにつれてそれを記録し「俺が考えた」と途中で割り込んでいるのだ、と。
面白いことをこの本は書いている。

実験では、参加者に動かす手をランダムに選ばせました。そのとき密かに、磁場を用いて脳の異なる半球を刺激してみます。すると、右利きの人は実験期間の60パーセントの間、右てを動かすことを選び、右脳が刺激されている間は、実験期間の80パーセントの間、左手を選んだそうです(右脳は身体の左半身を、左脳は右半身を統括しています)。
 この場合、実際には動かした手の選択は磁場の刺激といった外的な影響によって起こっていたにもかかわらず、参加者は「自分は手の選択を(外的影響とは独立に)自由にしたことを確信している」と報告しているのです。
(49頁)

実は体自体が考え事をして、考え事をした結果、脳に伝えている。
ところが脳自身はそれを認めない。
「なんとなくそうしたかった」とか、そういうことを言っている。
脳が見て、判断して「危険が」で慌てて逃げる。
その間に死んでしまったら大変なので、人間は体がまず動くようになっていくらしい。

目の前にパソコンがあると思ってください。
勘で結構なので好きな方を答えてください。
アナタの目の前にはパソコンのキーボードがある。
そこでアナタの好みを答えてください。
「あか」と「いみ」どっちが好き?
「いみ」だと思う水谷譲。
「うえ」と「うつ」どっちが好き?
「うつ」だと思う水谷譲。
「おと」と「おん」どっちが好き?
「おと」だと思う水谷譲。
「FV」と「FJ」どっちが好き?
「FJ」だと思う水谷譲。
何の参考にもならない。
「あか」だと片手で済む。
「うえ」は「あいうえ」で。
「おと」の方がすぐ近くにある。
「ん」は端っこにある。
アルファベットのキーボードを打つには「FV」と「FJ」では「FJ」。
四問出して二問は罠にはまったが、あと二問は・・・
(本の中には「FV」と「FJ」しか出てこないし、この設問は意味が不明)
キーボードを見ていて探しやすいものと探しにくいのがある。
そういうのを体の方が知っているのではないか?

何を好むかといった判断は、身体レベルで無意識のうちに行っているのです。(54頁)

自分の心拍を正確に感じることができる人ほど、直感が正確だったことがわかりました。(55頁)

内臓全体が気力に深く関わっていることは十分知られているが、その内臓のためにきちんと空腹を感じることが大切なのだ。

奥様からさんざん言われて少し従うようになった。
奥様はこの間パーティー会場でけつまづいて足を捻挫した。
もう飯を喰わなくなった。
「何で喰わねぇんだ」と言ったら「喰うと回復力が落ちる」という。
そんなふうには思えないのだが。
奥様はその一点張り。
「喰うと消化する方に神経が全部行ってしまって、治す方に手を抜く」
入院中の大食いというのはまずい。
武田先生のスタッフのイトウ社長が喰わない。

 私はむしろ空腹感をきちんと感じられることが大切だと思うのです。(56頁)

 人は空腹なときには、脳で脳由来神経栄養因子−中略−というたんぱく質がつくられて、記憶力がよくなることが実験で確かめられています。(57頁)

 空腹感は脳がつくりだすもので(59頁)

身体はこれを防ぐために肝臓を内臓のまわりにある脂肪を糖に変えることで血糖値の低下を防ぐようになります。だから、適切な運動のタイミングは、空腹感を感じたときなのです。(59〜60頁)

空腹でいると−中略−直感が鋭くなり創造力が高まるといった効果が確認されています。(58頁)

皆さん、腹が減ってから飯を喰いましょう。
当たり前のことだが。
我々は最近は以外と時間で飯を喰う。
「そろそろお昼だな」みたいな。

脳と体の神経回路が活性化される。
それが人間が賢くなれる唯一の方法なんだ。
「よくよく考えてみなさい」とこの本の著者は言っておられる。

 長く走るためには体温を低下させなければいけません。そのために肌の毛をなくして、汗をかいて熱を蒸散させるように進化しました。(65頁)

我々の先祖だが、立ち上がったサルは腸を進化させた。

腸は入って来る食べ物の成分を分析し、膵臓や肝臓、胆嚢に司令を出します。たとえば、すい臓にたんぱく質や脂肪を分解する酵素(膵液)を分泌させ、それを腸に送りこませます。−中略−腐ったものなどの有害な物質が入ってきたときは下痢を起こして水分を大腸から吸収させず、毒物を体外へ排泄するようにします。−中略−
 また口から吐いて有害な物質を出すときにも、腸のセンサー細胞が腸に入ってきたものを有害だと判断すると、セロトニンという神経伝達物質を出します。
(71〜72頁)

(このあたりの話は番組では「人間が進化した結果獲得した」という感じの話になっているが、本には「人間限定」ということは書いていない)
吐くとか下痢をするというのはものす凄く大事な内臓を守るための本能。
異物が入ってくるとすぐに感じる。
脳と腸を活発にしましょう。
腸は生命にかかわる判断力でサルを人に進化させた。

 脳と消化管をつないでいるのは、脳幹から下に伸びる迷走神経です。−中略−迷走神経は広く消化管に分布していて、その9割は内臓の情報を脳に伝達するはたらきをしているのです。(73頁)

「何かお腹が重っ苦しい」とか「喰い物が美味しくない」とか、それはやっぱり腫瘍で大きい手術を受けた海援隊の中牟田(俊男)が言っていたが「何か予兆(兆し)はあったか?」と言ったら「何喰うても美味うなかったぁ〜」とかと言う。
中牟田に関して「大丈夫かいな」と思ったのは隠れてゲップをしている。
そのへんで「コイツ大丈夫かいな」と思った。
もしかすると食道の方の腫瘍が引っかかって吐こうとしていたのかも知れない。
それが吐けなかったというところから、だんだん重い病に、という。
今は元気になった。
日本人というのは非常に面白いことに「内臓が気分を動かしてるぞ」「操ってるぞ」ということを気づいたのだろう。

たとえば「腹黒い」「腹が立つ」「腹の内を探る」「腸が煮えくり返る」。ほかにも「吐き気をもよおす」「虫酸が走る」「飲めない(話)」「喰えない(奴)」など、消化器の言葉を使った感情表現は、日本語にたくさんあります。
 また「むかつく」というのも内臓の感覚です。
(70頁)

だから、申し訳ないが隣の大きな国の方、何でも食べちゃダメ。
選ばないと。
「内臓と結びついた身体言語を日本は持っているんだ」と。
事実として腸を中心とする消化管は神経組織を持ち、セロトニンなどという神経伝達物質、こういうものを分泌して気分を作っている。

 近年、腸は免疫をつかさどる器官としても注目されています。(72頁)

何回も話しているが。
心というのはおそらく脳と共に腸で発達した現象であろう、というふうにこの山口創先生も認めておられるが、『(今朝の)三枚おろし』で取り上げたことのある三木茂夫さん。
このあたりで紹介している)
この方がおっしゃっている。
「一本の消化管から生命は発達していった」という。

 解剖学的には、顔の表情をつくっている表情筋は、腸が伸びてできたものだと考えられています。(84頁)

腸の一番端っこが、水谷加奈の顔になっている。
その表情というのが、何のことはない、内臓の活性を相手に見せている。
「私、ムカついてんのよ」といったら顔もムカつく顔になる。
だから腸の一部が表情を作っている。

さて、最初に問題を置いた武田先生の「力み」。
力みを抜くヒントをこの一冊に懸命に探した。

この本をずっと読み進めていて、その本のタイトルである「身体心理学」「体の心理学」で、『無意識の治癒力』というこの本が気に入ったワケで、何とか武田先生の力みもこの本の中に「治す方法はないかな」と思って探した。
そうしたらそれに近いような答えがあった。
この中に「皮膚から癒す(第3章)」というページがあった。
この桜美林(大学)の先生はその本の中で皮膚の重大さを繰り返し説明しておられる。
虐待児、拒食、うつなど。

 近年、認知症の高齢者が増加しています。そして彼らは皮膚感覚に問題があることが明らかになっています。(132頁)

身体深部体温の上昇。
これはもう、武田先生も身に覚えがあると書いているが、夜にトイレに起きるというのもあって目が覚める。
体の芯がものすごく熱くなって眠れなくなる。
冷や汗とか嫌な汗をかきながら、はっきり言うが本当に不安になってしまう。
ゴルフに挑もうかという話だったが、明日ゴルフに行く深夜なんかも「ゴルフやりたくねぇな」とか「練習の成果が出なかったらどうしよう」とか、何かこないだまで楽しかったことまでが不安になる。
このへんは年寄りというのは大変。
やっとお袋が言っていたのがわかった。
夜、お袋が電話してくる。
すでに亡くなっているが。
「どげんしたとね」
「いや、何かオマエのことが気になって電話したったい」
「なんば気にしとっとね」
「オマエ、近頃はテレビの本数が減っとりゃせんか」
「それなりに一生懸命やりようけん、いいやない。もうはよアンタ寝なっせぇ。こんな時間よ」とか叱ると「ああ、何か眠られんで心配ごとばっか思いついてなぁ」「心配せんでよかと言いよろうが」と言うと「心配するとが年寄りの仕事たい」と言う。
その時に「何てバカな」と思ったが今はちょっと意味がわかり始めた。
加齢というのと心配事というのは。
同じような年の方が(この番組を)聞いておられたら同病相憐れむで「お互い様ですよ」ということで行きましょうや。

アラ古希の方はよくおわかりだろうと思うが、この年齢になると「肌が合う」「合わない」がある。
「何か嫌いな人」というのは・・・
昔はやっぱり才能で見たり、点数化できたが、年を取ってくると肌で人を見るようになる。
だから簡単に詐欺師にひっかかる高齢者の方がいらっしゃるが、(詐欺師は)肌を合わせるのが上手なのだろう。
そういう「皮膚感覚」ということで、脳が全てを支配しているのではなくて、人は皮膚や感覚、内臓からのセンサーを使って外界を探査している、調べている生き物なんだ。
我々はそういう生き物なんですぜ。

筋肉の動きが感情を作る、人体に於いて有りうることで。
重苦しいものがあったり、夜中にカーッと眠れないことがあったら、昼間なるべく機嫌のよい顔をしましょう。
笑うことがなかったら、まず自分でおかしくもなくても笑ってみること。
そうすると笑うようなことがアナタの周りに起き始める。
武田先生の力みは、どうもこのへんではないかという気がしてきた。
何で武田が力むか?
アラ古希になって初めて気がついた。
人に教えたがる。
自分の人生の半分くらいをウソで「先生先生」と呼ばれた男の作用・反作用。
あるいは副作用。
「人に教えよう」と思うところが肩の力みとなって教えられているという。
先生役で鳴らした武田さんにとって今、一番大事な動きは何か?
よき生徒になること。
教えられる側になること。
わからないことがあったら、ちゃんと質問する。
「わかったふりをする」というところから力みが来るとしたら、アラ古希の皆さん、「力み」というのは今までの自分に対するこだわりが無意識のうちに染み込んでいるんじゃないか?という。
体を通して、この『(今朝の)三枚おろし』を続けたいと思っている。

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2020年12月22日

2020年7月13〜24日◆オリンピックの消えた夏(後編)

これの続きです。

最近ステージがほとんどない武田先生。
だから(声がかすれてしまう)のではないか?
常に出していないとダメ。
「鍛えていないとたちまち」というのはこういう声帯にも影響しているのではないか?
一つは「売れていない」というのがあるが。
ライブ活動というのは「ライブ」と言うだけあって、生きているかの表現形態でもある。
ライブが始まって第一声で何を言うかまで全部今、シミュレーションできている。
「人気なくてよかったぁ〜。お客様、2m空いてますよね、前後左右」
これを第一声にしようと思っている。

オリンピックの消えた夏。
コロナの騒ぎさえなければ、今週あたりはもう、どんちゃん騒ぎをしている。
国立(競技場)のあたりでは大変な人混みになっている頃で。
宮城から聖火が近づいてきて、サンドウィッチマンなんかも張り切っている頃だろう。
もちろん中止ではない。
延期。
来年までとっておくワケだが「もしオリンピックをやっていたらこんなことを話してたんじゃないかな」と思って用意していたネタが、実はオリンピックの選手について語ってみようかなと思った今週だった。
いつの間にかタイトルは「オリンピックの消えた夏」になってしまった。

先週はけん玉の話をしようとしたところで終わった。
「バランス感覚が大事なんだ」という話をしていて、スポーツの選手たちは全身にいわゆるバランス、平衡を感じる筋肉がある。

一番大きなものは筋肉の中にある筋紡錘です。(55頁)

筋肉には収縮する筋肉の裏側にその収縮する筋肉に拮抗する拮抗筋というものが存在しています。たとえば上腕に力こぶを作るとします。力こぶは上腕二頭筋が収縮して盛り上がるわけですが、その時、実は裏側の上腕三頭筋にも力が入っているのです。(56頁)

 たとえば、重心が一ミリメートル右に偏るとすれば、大腿骨の内転を防ぐ中殿筋に一ミリメートル分の張力がかかります。−中略−そこに向かって一ミリメートル重心が偏ればそのバネを引き伸ばすことになり、その情報を感知することができます。(56頁)

体操の平均台なんかで、女子がハガキ一枚ぐらいの大きさのところで宙返りとかをするワケだから、ああいうのを考えても、脳でいちいちバランスを取っていたのでは間に合わない。
やはり足の裏みたいなところに目があるような感じで全部バランスを見るのだろう。
だからこそ、先週の話に舞い戻るが、彼らはその重心を感知する意味合いでも上半身に力を入れない。
卓球なんて力んだらおしまい。
あのスピードも凄い。
「よくあんなことできるな」と思う水谷譲。
見えない。
ということは彼らは見ていない。
もう相手の選手がポーズに入った段階で飛んでくるボールの・・・
オリンピック選手は見ていない。
野球だってそう。
ボールなんかいちいち見ていたのではバットなんか振れない。
脳で考えたら三振する。
150キロのボールはそれくらい速い。
重心を感知する意味合いでも、どこかに力が入っていると重心がどっちに傾いているか忘れてしまう。

「究極の身体」を持った人たちの体幹は、−中略−グニャグニャ、ユラユラしています。(59頁)

このユラユラの「ゆらぎの姿勢」こそがスポーツの基礎。

自分自身の重心を正確に感知・制御し、その応用としてボールの重心感知・制御操作を行っているのです。(67頁)

人間の体の中心というのは武道は仮想点で持っていてそれを「丹田」と言う。
これは武道の時によく「丹田に力を入れろ」とか。
相撲では「腰だよ!腰で取るんだ相撲は!」という。
そこに重心感覚の理想を置くからで、テニス、あるいはゴルフにおいては「軸」。
「軸を動かさない」
野球でも言う。
この「軸」という表現が曲者なのだ。
軸という言葉をあててしまうと、ちょっとそうではない。
スポーツの言葉遣いというのはもの凄く実は難しくて、言葉遣いを間違えると誤解をした間違った動きになる。

スポーツというものの言葉遣いの難しさ。
「しっかり軸を持って振るよ」と言うのだが、軸というと本当に軸を求めてしまう。
ゴルフを習った時に「ハイ。自分を『軸』だと思って」と言われた水谷譲。
それが上手にならないコツらしい。
やっぱりスポーツというのは言葉遣いが凄く難しい。

女子マラソンの高橋尚子も「肩肋分化」が進んでいる代表的な選手です。彼女は腕振りをしないことで有名な選手です。陸上競技では、腕振りをしないと足も振れないというのは常識です。(167頁)

 回転椅子に座って足を宙に浮かせて、両腕を一気に思い切って右方向に振ってみてください。そのとき椅子は一瞬反対側の左方向に回転するはずです。これが内的運動量の一致です。(167頁)

橋尚子の話に戻りましょう。確かに彼女の見かけ上の腕の振りは小さいです。−中略−彼女は「肩包体」と「肋体」が典型的に分離できているので、腕や肘ではなく「肩包体」全体を足の動きに合わせて振っているのです。(168頁)

スポーツの中にはこういうことがある。

「甲腕交差」で腕をX方向(前方)に延ばすことはどうでしょう。これも難なくできるはずです。
 では、Cのように「甲腕一致」の状態で腕を前に伸ばすことはできますか?これを「立甲腕一致」と言います。「究極の身体」の持ち主なら、この動きは簡単なものです。
(170〜171頁)

肩甲骨が自在に動くということ。
我々レギュラー身体は筋肉、骨を固めてしまう。
糸を針の穴に通す。
その時に私たちは両方を動かないように固める。
それをプロのアスリートは両方を柔らかくする。
「固めないと通らない」と思っているが、それがレギュラー。
背骨の使い方。
それが指先を規定していく。
だから背骨を柔らかく、自由に放っておくと、もの凄く自由に両手は動く。
背骨は26個の骨が7番目から尾骨の上までの椎骨を固めて棒にする。
これを時として武道、あるいはゴルフでは「軸」と呼んでしまう。
背骨の自由さを消さないためにアスリートは絶対に背骨を軸にしない。
つまり彼らは背骨ごと回る。
私たちは固めてしまっているから、ゴルフなんかで分かりやすいのはトップを作ると息苦しい。
だからボールを打ちに、ダウンスイングに入った瞬間に「ハァッ・・・」と言いながら。

運動の話をしている。
何でこの運動の話をしているかというと、アスリートの話をしているのだが、何でかというと本当に時が素直に流れてくれていれば、実は今日(7月22日)、国立競技場に聖火が灯されて開会式が・・・という。
そういう無念さも込みで「オリンピックの消えた夏」。
様々に活躍するそのアスリートの体をイメージしながら、スポーツの話をやっている。

どんなふうに皆さん方に説明したらいいのかわからない。
武田先生もわかっていないからだが。
ゴルフが難しいのは当たり前。
というのは、魚のようにゴルフクラブを持ち上げるために背骨を使って体を右へ持っていく、トップへ持っていく。
それでダウンスイングで振り下ろす。
そこに一本の鞭がある。
軸ではない。
背骨は鞭。
背骨のエネルギーを受けて、腰の仙骨からここにはめ込まれている股関節から二本の脚に伝わっている。
この二本の脚もまた、鞭。
鞭の上に鞭が乗って、両手を鞭にして上に振り上げて鞭のようなクラブで一個のボールを打つので、ゴルフには四本の鞭が連鎖している。
全部鞭。
鞭として使うことがいわゆるプロゴルファーの腕前というか、オリンピック選手、アスリートのゴルフ。
だからこの鞭の使い方の難しさは、魚であれ、トカゲであれ、馬であれ、そして人であれという四つの動物の形の体の使い方をすること。
武田先生がこの本を読んだ限りでは『究極の身体』高岡英夫さんは多分こう解釈してもいいと思う。
言い方はこんなに冷たくなかったが。
軸は嘘。
そんなものは無い。
ウソで酷ければ言葉を間違えている。
鞭である。
鞭としての人体をどうゴルフで使うか。
そしてクラブの性能がまた鞭なんだ。
鞭が鞭を使うという難しさがゴルフの難しさだ、という。
ゴルフの場合、ヘッドが付いている。
あれがただの棒だったらもっといい。
先端だけ別の重さのものがついていて。
それも球だったらまだいい。
芯に当たったとかわかる。
ゴルフは半分しか付いていない。
考えたら無茶苦茶。
だが、四回でパーのところを二回とか三回で入れる人、酷いヤツは一回で入れる人がいるという、そこの違い。
武田先生は(身長が)1メートル50数センチの女子プロに飛距離で負ける。
力ではない。
ゴルフの呪いごとがバーッと書いてある。
「壁に立てかけなければ立てない道具、そんなバカな道具がどこにある?」と書いてある。
何だドライバー?
コロンコロン倒れて。
バッカじゃねぇの?
ここからもの凄く難しいことが書いてある。
これはゴルフ話になっている。
ゴルフをやらない方はごめんなさい。
すぐにやめるというか、ざっとまとめるので。
ゴルフの特殊なところは道具として使い方が一つしかない。
壁に立てかければすぐに倒れてしまうクラブという道具。
これを背骨の回転で後ろへ振り上げ、腕を上から下へ、下から上へ回転することで、ボールを打つという。
この時に運動はY軸を中心とする動きとZ軸とX軸、三つの動きが兼ね合ってボールに当たって「ナイスショット!」になる。
ゴルフにはいくつもの回転軸がある。
ゴルフというのは右半分と左半分のズレを利用する。
「トップまで振り上げたクラブをまず腰からというが無理だ」と書いてある。
これは何回もやった。
先生から言われる。
トップまで持って行った。
「腰から打て」
「腰から」と言う。
動かない。
「腰を回せば手は付いてくるから」と言われた水谷譲。
繰り返し言うが「腰で打て」は嘘だと思うし、嘘でなかったら言葉の選び方を間違えている。
「ボールを遠くまで飛ばすために必要なのは、ズレを利用することだ」と書いてある。
左右の股関節を大きくずらすことだ。
右はそのまま、左股関節をももの力で下から持ち上げることだ。

スタッフでゴルフをやる若いのがいて、凄く飛ばす若者で、当たると280(ヤード)ぐらい、研修生ぐらいの飛距離を持っている。
ただ、正確さがないという。
飛ばす人独特の悩みを持っていて。
彼が悩んでいるのが、体をねじって打ちに行くのだが、とあるレッスン書を読んでいたら「体を提灯みたいに左側を縮めて右側を伸ばすというような体幹になること」「ねじることではないんだ」と書いてあってショックを受けているワケで。
では「ねじらずにどうするんだ?」ということで武田先生は納得した高岡英夫さんの『究極の身体』なのだが、面白いなと思ったのは、ゴルフのドライバーショット。
「遠くへ打とう」というあの動きは重量挙げではないか?という。
重量挙げの中にクリーン&ジャークという挙げ方があって、まずは肩までおもりを引き上げる。
オリンピックで見たことがある。
それで立つ。
頭の上まで一気に持ち上げる。
これをクリーン&ジャークという持ち上げ方なのだが、タイガー・ウッズの打ち方はクリーン&ジャークなんだ。
体をねじるのではなく体を割っている。
これをどんなふうに説明したらいいのかわからないのだが。
これは同じことを合気道の時に言われた。
それは申し合わせの稽古、型だから。
武田先生が手を出すと、相手の人がその手を掴みに来る。
その掴みに来た時に武田先生は引いた方の足を前に出して一回転する。
それを先生は「回転するんじゃない」とおっしゃる。
つまり「軸で回ってるんじゃない」とおっしゃる。
先生がおっしゃるのは、左が前に出て右が引くという「割体」「体を割る」という。
その瞬間に「段取りで1・2・3で動くな」という。
今、右手を出して右手を掴みに来た。
引いた左足を前に出す。
「『前に出す』じゃなく『同時』なんだ」という。
左足で前に踏み出した瞬間に右足は後ろに引いている、という。
「それが回転する動きになるんだ」と。
すごい発想。
公園で一人でやった武田先生。
できねぇ。
だが、先生はそこを「行け」と言う。
「回転するんじゃないんだ」「左足を前に出した瞬間、右足を引くんだ。そうするといつの間にか回転という動きになっているだけであって、回転しようとするな」

ちらっと面白いことを言っていた。
ゴルフの時にトップの息苦しさを語る時があった。
トップで体をねじって息苦しい。
早くあの苦しさから解放されたいからみんな「ハッハッ」と言いながら打ちにいく。
これは本当に苦しい。
止まって体をねじるというのは苦しい。
だが、この本の中にあるが、タイガー・ウッズは苦しくないという。
というのは「体をねじっていないからだ」という。
彼は左肩が右へ行こうとし、右肩が左へ行こうとしている、という。
割体。
両肩が入れ替わっているのであって、ねじってはいない、という。
それはタイガー・ウッズが「俺は苦しくないよ」と言ったのか?と思う水谷譲。
顔を見ていればわかる。
プロゴルファーで息苦しそうにやっている人はいない。
つまり彼らは私たちとは違う体の使い方をしていることだけはわかる。

ここに「けん玉」もつながって来る。
けん玉はやるとわかるが自分であの丸い木のボールを上に上げておいて臼で掬いに行くのだが、その時に落ちて来るボールの真下に臼を持っていくことだけに集中する。
その真下に持っていく時に自分の体をホールドしない状態が最もボールを受けるチャンスになる。
息苦しくなるのは何かというと、呼吸からして間違っているからだ。

(ゴルフの呼吸は)アドレスした瞬間に一回全部吐いてしまう。
そして息を吸いながらトップ。
トップを作ったらそこから吐きながらダウンスイング。

ゴルフで話をしようとすると話がややこしくなって難しくなってしまったのだが、「体を語る」ということが難しい。
体は単純な道具ではない。
ゴルフとか合気道の話を前に置いてスポーツの話をするが、まだうまくつながらない。
合気道だってロクにわかっているわけではないから。
ただ合気道の関係者、あるいは先生から、あるいは上達した先輩たちから教えられる言葉というのが時々すごく理解できることがある。
組み伏せた相手の腕を腹ばいにさせておいて、ねじり上げる腕があるのだが、その時に腕のねじり上げ方が「大事な赤ちゃんを抱えているように」という。
「武田君、そうじゃないんだよ。その手の動きは。手はね、桜の花を眺めるように」とか。
格闘技から遠い言葉を使う。
格闘の用語を使う武道というのは、ただただ荒々しいだけ。
それこそ本当に書き込みの呪いの言葉「死ね」というのと同じように。
うちの館長さん、教えてくださる方なんかは凄いことを言う。
「合気道はねぇ、愛のスポーツだよ。相手のことを全力で頑張って欲しい、って祈るんだ。『全部力を出してください』って。そうやったらこっち側も磨かれていくんだ」
勝つことだけを願い始めると人間は相手の不調を祈るようになる。
「コイツ下痢で・・・」とか。
そんなことを願ってしまう。
それは武道ではない。
相手は絶好調、私も絶好調。
その時に最高に技ができる。
だから、宮本武蔵と佐々木小次郎ではないが、勝負がついた瞬間、「倒れていく方がにっこり笑う」というのが有りうる武道の精神だ、という。

また話がよれて誠に申し訳ないが、この本の中で高岡さんがおっしゃっている中でもの凄く納得したのは、人間の体を一種のバネとして固めない。
この中で一所懸命繰り返して言ってらっしゃるのは「体を固めない」「柔らかくしておく」。
「そのことがスポーツにとっては最も重大なことなんです」と。
これは武道も命じていることだが、中心に行けば行くほど柔らかく保持する、という。
男子ハンマー投げの室伏が公開の練習の中で言ったのだが彼は「26個の椎骨、背骨の骨を一個ずつ全部動かすことができる」。
「けん玉の面白さ」というのはその感覚を磨くのにもってこい。

水谷譲に一番話したかった話は、バスケットボールがすごくいい例えらしいのだが、今度バスケットボールを見る時に、その思いで見てください。
この姿を八村塁にかぶせてもいいし、マイケル・ジョーダンにかぶせても結構だが、彼らは全身をバネとして使っている。
だから彼らの体は伸び縮み。
割って使うことの達人でもある。
軸を置かずに右と左を入れ替えるというような体の動き方。
それは軸を作るのとあまり変わらないように見えるかも知れないが違う。

もう一つこの本の中に書いてあって凄く頷いたのは、マイケル・ジョーダンのドリブル。
ゴールまで切り込んで行く。
あの時の彼の動きを見てください。
ドリブルをやっているのだが、彼の態勢が崩れそうだが、それでも彼は切り込んでいく。
何でそれができるか?
それはドリブルをやっているボールを杖にしている。
態勢が崩れそうになってもマイケル・ジョーダンは突いたボールが弾き返ってくるポイントを見つけることが可能だ。
その弾き返って一番強いボールに手を置くと、それが杖になる。

叩きつけられたボールはバウンドすることで上向きの大きな運動量(移動慣性力)を持つことになります。崩れ落ちていったジョーダンは次の瞬間、ボールの上向きの移動慣性力に身体を支えてもらって立ち直るのです。(280頁)

これはわかりやすい。
つまりボールの重心を全部見抜いている。
ボールの心をよく読めるヤツがうまい選手。
けん玉をやらせたらうまい。
「モシモシカメヨカメサンヨ」「モーモタロサンモモタロサン」とかと。

オリンピック。
これが「人間の体の進化の痕跡を振り返る最高のスポーツイベントだ」というちょっと変わった落とし方で、来年のオリンピックに向かって今日から歩きだしましょう。


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2020年7月13〜24日◆オリンピックの消えた夏(前編)

もし順調であれば今週のこのあたりぐらいから大騒ぎになっていたのだろうが、2月より始まったコロナ騒ぎ、そして夏へ来て「コロナ騒ぎ」などというような軽い呼び方では「パンデミック」というか、凄まじい「コロナ禍」。
大事件に、世界史的な事件になってしまった。
そして、武田先生はびっくりしたが、中国の武漢で発生した時は対岸の火事だったのだが、アメリカが凄い深手で最大の被害国。
これは比べると何だが、第一次世界大戦の死者よりも多いという凄い死者。
その他にもブラジルにも凄まじい死者を出した。
日本も傷ついたコロナ禍。
皆さんは6月あたりはマスクをして帽子をかぶって走ってらっしゃったものだから。
タチアオイの花咲く散歩道を忍者の集団がブワーッと走っているような不思議な光景だった。
最も「ただごとでないな」と思ったのは、オリンピックが延期。
今週のネタだが、オリンピックが延期になってしまったワケだが「必要だな」とつくづく思う。
何でかというとこれが「平和の祭典」とか「国境なき世界の理想」とかそんな口先の飾り言葉のためではない。
生き物として運動というのがいかに必要か。
人という生き物に対して、体というのは進化のたびに作り変わった。
つまり運動の質が変わると人間の体つきも変わって来たワケで。
オリンピックで我々は一体何を見ているかというと、かつての体の中にあった運動能力。
それを思い出すという記憶がオリンピック。
ちょっと不思議な言い方をするがそう。
魚であった時の記憶を水泳で思い出す。
爬虫類であった時の記憶をレスリングで思い出す。
前かがみになって。
何かユニフォームで似ている。
カベチョロみたいな色(のユニフォーム)を着たがる。
カベチョロはトカゲ。
九州弁で「カベチョロ」。
白壁をチョロチョロするから。
そしてもう一つズバリ言うと「兵士であった」という、「人間が殺し合うために格闘した」というような記憶をもう一度体に呼び起こすために。
格闘技という柔道みたいなことがあるのではないか?
あれはやっぱり武器をなくした兵士の取っ組み合い。
体一つで敵とどう闘うか?という人間の長い歴史の中にあった体の記憶を思い出す。
それがオリンピック。
だからやっぱり弓矢を使ったり、ピストルを使ったり、馬にまたがって走ったり、というのは人間の「闘いの記憶」というか。
その体の動きでこの進化を成し遂げたワケだから。
野生のケモノであった時の記憶と、その能力をいかに体の中にためておくか。
砲丸投げは「何で砲丸投げるんだ?」と思っていた水谷譲。
ギリシャ時代などはほとんど石を投げ合って殺し合ったワケだから、そうやって考えるとフェンシングから何から・・・
かつての人間の体を通り過ぎた歴史の確認、ということ。
それ故にオリンピックというものを人間を下敷きにして考えてみませんか?という今回。
我々は一体、体の中にどんな記憶を持っているのか考えてみよう、という。

究極の身体 (講談社 α文庫)



オリンピックに出る人は持っている体が我々「レギュラーサイズ」と違って「究極」「極み」というヤツ。
オリンピックの消えた夏。
その体の幻を追ってみたいというふうに思う。

 人類は単細胞生物からずっと進化を繰り返し、今日の姿に至ったわけですが、その進化のルートで経験した重要なものについては、すべてDNAの中に保存されていると考えられます。−中略−そういった新しく持った人間らしい構造と機能によって、人間は広い意味での「身体文化」を創造してきました。
 たとえば日本舞踊やクラシックバレエは、安定的かつ直立的に屹立できるという人間のみが持っている能力がなければ成り立たない文化ですし、テニスも手でラケットを握ることができなければできません。
(17頁)

我々が見た頃の体操のウルトラCと今のウルトラCは全然違う。
つまりあの間、進化している。
その進化の確認がオリンピックということで人類が夢見続ける「究極の身体」。

オリンピック選手たちが持っている体。
その体の秘密みたいなものに迫ってゆこうではないか?と。
オリンピックとか何でもそうだが、何で人間はあんなに興奮をするか?
その理屈。
ヨーロッパの方の研究者が発見したのだが「ミラー細胞」という細胞があって。
例えば我々が何とか「ステイホーム」と命令されてもっていたのは、繰り返しでもいいからスポーツ中継みたいなものを見る。
テレビでスポーツを見る。
それだけで運動になる。
だから私たちがスポーツを見ていて感動するのは「一緒に運動している」。
ラグビー2019(ラグビーワールドカップ2019)を日本でやった。
やっぱりあの時にスクラムを組んだら(見ている側も)押していた。
力が入って崩れた時に「ああああ〜」とかと。
あれは一緒に運動をしている。
そういうふうにして、自分の体を高度化するためにも「スポーツを見る」というのは大事。
ただしそれでも尚、スポーツ選手の体を自分の体で再現することは難しい。
今度読んだ高岡英夫さんの『究極の身体』は「戦国時代だけじゃないんだ。人間の体の中には魚だった時の記憶、四足動物だった時の記憶、爬虫類だった時の記憶、全部ある」という。
「どういう時にその記憶が呼び起こされるんだろう」と思う水谷譲。
私たちの体の中には「過去の記憶」がある。
その「過去の記憶」を体にしみこませて職業にしている人たちがプロスポーツの人たち。
イチロー、八村塁、大谷翔平、バスケのマイケル・ジョーダン。
履いていた靴だけで何千万円で売れたというマイケル・ジョーダン。
そしてゴルフのスーパースター。
もう認めざるを得ないタイガー・ウッズ。
そしてプロドライバー、シューマッハ。

 人間の身体というのは、物体として見ると個人個人であまり大きな差はないものです。たとえば、ある二人の方が亡くなったとします。その肉体を解剖しても、そこに根本的な違いはありません。(22頁)

やっぱりイチローみたいに打てない。
八村みたいにシュートを決める能力は全くない。
大谷翔平みたいに、あんなに速い球を投げる力もない。
彼らの体と私たちと一体何が違うんだろう?
違いすぎてわからない。
一つ徹底して言えることは、写真で見るとわかりやすいのだが、ラジオでいかに皆さんに伝えるか本当に迷った。
立っている姿が違う。
プロの選手、つまり肉体で技を習得している、その人の普段の立ち姿は水谷譲と同じで力が入っていない。
要領がある。
立つ時に武田先生はちょっと前かがみ。
親指の方に力が入っている。
このつま先とかかとがある。
その真ん中にまっすぐ立つポイントがある。
この時の感覚はどこにも力が入っていない。
何でどこにも力が入らないのか?
それは重力に逆らっていないから。
つまり水谷譲が力を全く入れないポイントを足の裏に持っているということは、地球の真芯と一直線に結ばれている。
プロの選手たちは地球の真芯といかにまっすぐ結ばれるかをどんな動きの中でも探す。
イチローはバットを構えて振って振り切って走る瞬間まで全く足に力が入っていない。
だからあんなに速く動ける。
マイケル・ジョーダンもシューマッハもタイガー・ウッズも。
その「立ち方」が違うところからプロが始まる。
つまりオリンピック選手は地球の真芯を探す能力を持っているという。
彼らは立ち方からして物理法則に一切反しない。
その凄さ。

地球の真芯と自分が結ばれる、という。
これは物理的に説明する。
ここからややこしくなる。
理屈がある。
まず「立つ」ということ。
オリンピック選手たちの立ち姿が我々レギュラーサイズの人間たちとは違う。
なぜかというと、どこにも力が入っていない。
彼らは競技中も下半身に力を入れない。
例えばトスを受けるバレーボール選手でも踏ん張る足の形はしているが力は入っていない。
スポーツの中で力を入れていいことは何一つない。
イチローなども楽にやっている感じがある。
苦しそうな顔をして運動をする選手はいない。
シロウトはまず苦しそうな顔をする。
「(苦しそうに)ハァハァハァ・・・」みたいな。
そんな顔をしない。
なんで苦しい顔をしないかというと、苦しい顔をすると肩に力が入るから。
肩から力を抜くためにはどうすればいいかというと、下半身から力を抜くことと、苦しい顔をしないこと。
脱力。

人体から考えましょう。
腰のあたりに「骨盤」というのがある。
骨盤の中に大腿骨があり、膝の下から二本、骨がある。
太い脛骨と細い腓骨。
それを操りながら我々はかかとを上下させたり左右に動かしたりということが可能。
私たちはこの二本の脛骨と腓骨で立っている。
つま先かかかとかに重心を置き立っている。
私たちは立つというのは筋肉を使うことと勘違いをしている。
プロは違う。
彼らは「土踏まず」という足の裏でも、床、あるいは土に接しない一点に重心を置く。
これはどこにも接していない。
土踏まずに重心を置く。
床の感触が消える。
何の力も入っていない。

「究極の身体」の立ち方は−中略−操り人形を上空から徐々に床に下ろしてきて、人形の足が床にタッチしたところでようやく立っているような状態になる。(255頁)

彼らの初動、最初の動きはそこを見つけてすぐ立てる。

 プロゴルファーのタイガー・ウッズの写真を見てください。好調時の彼の立っている姿を見ると、みごとなほど力の抜けた立ち方をしています。(63頁)

肩にも一切力が入っていない。
剣の達人は肩にディレクション、方角性を見せない。
だから侍はダラッとしている。
だから自在に動ける。
それに比べてチンピラのやくざ者は肩に力が入っている。
それを江戸っ子が「何だあの野郎!肩で風切りやがって」。
それは「ディレクションを読まれちゃう」ということ。
肩から動く。
徹底した肩の脱力。
やっぱり疲れないようにできている。
何故かというと力を抜く、立つことで覚えておくと力をキープ、温存できる。
無駄な燃料を使わないということがプロの第一義。
そのためには吊られたように歩く。
そして土踏まずで立つから筋肉を使わない。

合気道の先輩が言ったことでよく覚えている。
腕を掴んだりなんかするという技をかけ合う時に武田先生が力む。
そうすると、ある先輩が「武田さ〜ん。そんなに力入れちゃあ、もう力入りませんよ?」。
力をこめたいと思う時は、そこで力をこめないこと。
そのことが力を出すコツ。
レギュラーサイズはそうなってしまう。
オリンピック選手たち、彼らはその筋肉を使っていない状態から動く。
そして彼らがもう一つ、これからは難しくてよくわかっていないのだが語るだけ語る。
彼らはどうも骨をバラバラに使えるようだ。
彼らは言う。
すべての骨を一つ一つバラバラに使える。

背骨というのは頸椎が七つ、胸椎が一二、その下の腰椎が五つ、それから仙骨、尾骨を一個ずつと数えると、合計二六個の骨から成り立っています。ということは、背骨は二六個の骨が一つ一つのパーツに分かれているということです。(27頁)

これが繋がって一本になっている。
この一本一本をバラバラに使う。

人間の身体というのは実は「魚類」なのです。−中略−そもそも脊椎動物というものは、始めは頭(頭蓋骨)と脊椎だけの存在だったのです。−中略−そしてさらに進化が進み、構造が大いに変化し、前足・後足になったのです。(37頁)

魚類は仙骨がなくて背骨のまま。

 脊椎動物でも四足動物にはこの仙骨というものがなく、全部背骨のままなのです。この点から四足動物のほうが人間に比べるとまだ身体の中に魚の構造を残しているということが言えます。
 チーターやグレイハウンドが全力疾走しているところを思い浮かべてみてください。彼らの走っている姿から足を取ってみると、魚が泳いでいるように見えませんか。
 実は彼らは足で走っているのではないのです。
−中略−運動の主力は魚と同じように体幹部分で(39頁)

人間にとってプロスポーツで一番大事なのは、合計26個の背骨の骨をどう使うか。
この背骨の骨の使い方が上手な人がプロ。
私たちはその前に手足を使ってしまう。
「へっぴり腰」とかというのはそう。
自然とへっぴり腰になる。
「足を使おう」「手を使おう」という気持ちが急くと背骨を忘れてしまうのだが。
プロは何が凄いかというと背骨で動く。
プロゴルファーの人達がゴルフが上手なのは、背骨でボールを打っている。

モーグルの里谷多英さん。
正面から捉えたらあの子の胴体が伸び縮みする。
それがさっき言ったチーターの体の動きを縦にした動き。
つまり26個の骨があって、それが小田原提灯よろしく伸び縮みする。
「我々はあれを見ていて『よく膝使ってるよね〜』ぐらいにしか思わない」という水谷譲。
あれは「背骨」。
だから、いかに背骨のパワーを使うか、またその使い方が上手か、ということ。
そうやって考えるとオリンピックが、かつて動物だった時の記憶を揺さぶるというのはわかる。
ウサイン・ボルトとか「野生」「ワイルド」。
それを感動させる。

 仙骨の発生は四足から直立二足動物への偉大なる進化の証といえるでしょう。(40頁)

二足歩行により走る能力は自然界では著しく劣るようになった。
背骨を縦に使うことで、前足の手が発達。

人類は安定的な作業、再現性のある作業を行う必要が出てきました。たくさんの木の実を採って籠に入れたり、矢じりを作ったりというのが典型的な例と言えるでしょう。(40頁)

その代り、手の安定を図る。
この手と背骨、脚の共同作業を一致させる球技が卓球、バスケ、テニス。
だが、基本はもう一回繰り返すが背骨。
大坂なおみでもそう。
絶妙の倒れ掛かるようなバランスでレシーブで打ち返していく。
ボールで遊ぶ。
タイガー・ウッズのようなプロゴルファーがウェッジを持ってきて、ボールの球を何回も上にピョンピョン上げたりするし。
あの手遊びはすごい。
バスケもそう。
あれは全部背骨がきちんとして、地球の真芯を捉えられる下半身を持っているからボールで・・・という。
こんな話をしていたら、武田先生のスタッフのイトウちゃんというのがいいことを教えてくれた。
この人は若い時、バスケをやっていた人。
そのバスケの先生から昔「けん玉やれ」と言われた。
武田先生は今度のコロナ休みにけん玉をやり続けた。
けん玉というのは考えさせられる。

人間にとって体を動かす「運動」「スポーツ」というものがいかに重大か。
それを別の視点で捉えて、人間の進化の過程がある。
魚類であった時、爬虫類であった時、四足動物であった時、二足歩行のサルであった時。
それぞれの思い出、それがスポーツの中に生きてるんだ。
その進化を確認する意味で、オリンピックというのは大事なんだ、ということを申し上げた次第。
(著者の)高岡さんという方が何回も繰り返す。
一番大事なのは背骨だ、と。
背骨のパワーはすごい。

 魚類の背骨は頭からしっぽにかけて細くなってきます。その細くなったしっぽに近いところに足ができたわけですが−中略−重力に逆らって常時体重を支えるためには、足に近い背骨、とくに足と接続する部分を肥大化させたほうがいいということになります。−中略−いくつかの骨をまとめて、それを肥大化させた仙骨というものを生み出したのです。(40頁)

そしてそのヒレを脚にし、胸ビレを手に進化させて手足とした。
微細な動き、安定的な動きを可能にするために四足動物にはスピードで負けるが、上半身の安定を得て手の文化、前足であった手を微細な動きで安定的な作業が可能になるというようなサル、あるいは人間という二足歩行の生き物になった。
この発展形が卓球やバスケ、テニスになる。
手作業での勝負を可能にするのは実は手ではない。
体幹からのエネルギー、背骨から生まれてくるエネルギーで手足を動かしてゆくんだ、という。
マグロの話を聞いたらよくわかる。

マグロの仲間は二メートル近い巨体で時速一〇〇キロメートルを超えるスピードで泳ぐことができます(42〜43頁)

あの激烈な運動にふさわしい認知反応制御能力です。たとえばトビウオを追うマグロが、空に飛び上がったトビウオを水中で一〇〇メートル追いかけ、トビウオが着水した瞬間にパクッと飲み込んでしまうのが、認知反応です。(43頁)

ある意味ではカニとかエビとは違う進化をしたワケだが、ではマグロは何を求めたかというと、身を守るために外にあった骨を体の真ん中に持ってきた。
脊椎動物になった。
その脊椎の持っている運動能力が実はもの凄かった。
だからオリンピックで競われているのは魚類の時の能力の背骨の能力。
特に水泳。
これは手足ではない。
背骨で勝負する。
手足が短くて胴が長いヤツが速い。
「確かに男性の水泳選手は胴が長い」と思う水谷譲。
それは魚類の影響。
つまりカツオっぽいヤツが勝つ。
背骨のエネルギーに頼っているからだ。
ここらへんは面白い。
体に潜んでいる魚類の構造をどう生かすか?
それを私たちは水泳で目撃する。
この背骨を左右、別の言い方で言うと上下に鞭のように使うこと、これが体幹のエネルギーを引き出すこと。
タイガー・ウッズのようなゴルフの名人が何が違うかというと、背骨のパワーを使っている。
これはまだ不思議なことが書いてある。

 究極のパフォーマンスを実現するためには、自分の重心を感知して地球の重力と良好な関係を築くことが必要になります。(50頁)

バランスは耳の奥の三半規管と頭で取るのだが、スポーツはいちいちここに連絡していると遅くなる。
これは凄い。
自分で言いながら「凄いね」と言っている。


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2020年12月15日

2020年8月10〜21日◆ラジオコロナワクチン(後編)

これの続きです。

ワクチンの話を続けている。
今、主役になっているのは「免疫」で、この免疫というのがもの凄く複雑。
体内に潜り込んだ犯人を捕まえるワケだが、聞いたところによると入ってくるウイルスがとにかく千差万別。
体内で待っている刑事さんが、〇千種類らしい。
〇千人の刑事さんがいて「あいつだ!」と言うとその逮捕、確保に向かうらしい。
これがなかなか合わない。
だからいかにややこしいかよくわかる。
その他、もっと複雑な話にもなる。

まずここから始めた方がいいかなと思って。
自己免疫疾患。
この一種類が花粉症だと言った。
これは自己免疫疾患。
これは何故にかというと、体の中に入って来てしまった、鼻から入ってきた何の悪いこともしないただの花粉。
これをウイルス、あるいはバイ菌と間違えて逮捕に向かう。
犯人だと思っているので、むやみに目が充血したり、鼻水が出たり。
「悪いヤツだから体から出してしまえ」という、そういう間違えた冤罪事件。
それが自己免疫疾患。
リウマチなんかもそう。
女性が罹りやすい。
あれはお気の毒。
関節がもの凄く痛むヤツ。
あれはズバリ自分の骨をバイ菌だと思ってしまうというような、そんな冤罪事件。
体の中にウイルスや細菌に対して「攻撃せよ」と命じるT細胞がちゃんと胸腺というホルモン生成の基地に戻って「休め」と言われないとT細胞は休まない。
ボスの言うことを待っている。
柳沢慎吾君の芸ではないが「カーッ!警視庁警視庁」というヤツ。
それが「休め」とちゃんと言うのだが、その司令が下らないとT細胞はずっと体中をうろうろして、ウイルス、細菌に似た者を攻撃してしまう。
これを発見した人を、著者ダニエル・ディビスさんは書いてらっしゃるが日本の科学者。

 日本人科学者の坂口志文は、この可能性について深く考察した。−中略−坂口の研究の旅も、西塚泰章、坂倉照好という二人の日本人科学者が最初に歩いた道をたどるところから始まった。(236〜267頁)

この人たちがこの「サプレッサーT細胞」を発見した人。
この発見が1970年代半ばから2000年直前までの月日を要している。
これが日本人研究科のお陰でやっと見つかった。

サプレッサーT細胞の信用は崩壊し−中略−サプレッサーや抑制という用語は「エセ科学」や「不十分なデータの過剰解釈」を連想させるとして忌み嫌われるようになった。(242頁)

二〇〇一年、サプレッサーT細胞という概念が最初に提唱されてから三〇年の歳月を経てようやく、六つの異なる研究チームが一斉に、ヒトのサプレッサーT細胞の存在を突きとめた。(247頁)

免疫システムをわかるというのは難しい。
この間の苦労はこのダニエル・ディビスさんの『美しき免疫(の力)』に書かれている。
全部で30〜40ページ。
このディビスの細かいことの描き方はちょっと疲れるぐらい。

繰り返す。
免疫システムというのはもちろん逮捕しに行く刑事さんがいる、火を消す消防士さんがいるのだが「撃て!」「撃ち方やめ!」あるいは「進め!」「退却!」等々の様々な命令を下す免疫反応のスイッチのON・OFFこれが複雑。
犯人だったらば「逮捕に行け」で七曲署だが、炎症で火事が起こった場合は今度は119番でファイヤーマンの出動となるワケだから。
免疫システムというのは大変。
しかも、これはもう一回繰り返すが、腸内には細菌が住んでいる。
彼らがいないと植物性分子を消化できない。
細菌の力がないと、竹系は消化できない。
パンダは(竹を消化できる腸内細菌が)いっぱいいる。
だから竹を喰える。
サトウキビみたいに(竹を)喰っている。
人間も同じ。
メンマというのは本当は喰えないのだが、喰って分解できるのは腹の中のメンマを解く細菌が住んでいるから。
メンマを喰うのも大変。
後はタケノコの天ぷら、煮物に入っているタケノコ。
あんなものは胃液では何ともならない。
ちゃんと分解してくれる細菌を持っていないとダメ。
ところが免疫システムはその細菌をバイ菌と間違えるところにややこしさがある。
そのバイ菌を警戒する、そして次に検知する、攻撃する、その作業を止める。
これは全部免疫システムが担うので、免疫というシステムは大変。
その免疫のややこしさからコロナウイルスに迫ろうかなというふうに思う。

(公式のポッドキャストは前日の分がダブって入っていて、ここからの一日分がなぜか欠けていた)
なかなか解決の声が聞こえてこないが、ラジオは一歩先を行って当番組はコロナに効くワクチンのような放送をということで「ラジオコロナワクチン」。
とにかく私たちは微生物、病原体、細菌、ウイルスの世界に生きている。

腸内微生物が極端に少ないマウスでも無菌マウスでも、免疫システムは劇的に変化し、制御性T細胞は極端に減少する。(257頁)

お腹の中に様々な腸内微生物、菌を持っていないと、闘うT細胞も少なくなる。
やっぱり腸内の中には「よき微生物」を持っておらなければならない。
だから、武田先生も時々飲んでいるが「〇〇菌が入っている」というのに手が年だから行ってしまう。
後は、小さい頃からヤクルトを飲む人になりたかった。

ここからちょっと複雑な話をする。
だが、どこかで思い当っていただくとうれしいなぁと思って。
これは武田鉄矢の独自見解。
だが、繰り返す。
現代衛生学、今の衛生学によって私たちは微生物、細菌、ウイルスの少ない世界を生きている。
昔に比べると遥かに、ズバリ言うと「綺麗」。
衛生状態はいい。
これはどうしてかというと、殺菌、滅菌、抗菌。
こういう「菌」に対する防衛が実に清潔な世界に生きているワケだが、さっきお話した通り。
この殺菌、滅菌、抗菌の世界というのは、逆にT細胞の少ない世界を作ってしまう。
ここからがラジオコロナワクチン。

 この事実は、ロンドンのセントジョージ病院のデイヴィッド・ストラカンによって最初に提唱された「衛生仮説」と一致する。(257頁)

 その問いに答えるために、科学者は比較的孤立した米国の二つの農業コミュニティ──アーミッシュとフッター派を調査した。−中略−一つ異なるのは、アーミッシュは家族単位の酪農業を伝統的農法で営んでいるのに対し、フッター派は大規模で機械化された共同農業を許容している。いずれのコミュニティも生活環境は似ているが、アーミッシュの小児のほうが動物や動物小屋と距離の近い暮らしをしている。ここでも、アーミッシュのほうが喘息に罹りにくいという事実は、衛生仮説と合致する。つまり小規模農家にみられる微生物が免疫システムを刺激し、喘息から保護している可能性がある。(257〜258頁)

(番組では二つの農業コミュニティを調査したのはデイヴィッドというような話の流れになっているが、本には単に「科学者」とある。農業コミュニティの詳細に関しても番組中では「貧しくて機械が買えない小規模農家」と「裕福で機械化ができる大規模農家」といった紹介の仕方をしているが、アーミッシュは宗教上の理由が絡んでいるのでその説明はあまり正しくない)
もっとボクちゃんやお嬢ちゃんにもわかりやすく言うと、ハイジとクララ。
もう皆さんもある程度おわかりでしょう。
ハイジの方が免疫の活性が著しい。
つまり、潔癖な清潔な環境で育ったクララより、ハイジの方が野生に関してタフ。

 腸内微生物への影響が知られている因子は抗菌薬だけではない。住んでいる場所も影響する。ある研究で、フィンランド、エストニア、ロシアの小児のマイクロバイオームが比較された。小児期の自己免疫疾患は、フィンランドとエストニアでは比較的多くみられたが、ロシアでは遥かに少なかった。(261頁)

著者は「清潔に越したことはない」と何遍もおっしゃっている。
ただ、言葉の匙加減が難しいのだが、ディビス先生は何とそのへんを微妙におっしゃっているかというと、幼児期のある段階において、滅菌や殺菌の環境よりもいわゆる、やや汚い「ハイジ的な環境」の方がその人の生涯の免疫システムをたくましく育てる環境ということは言えるのかも知れない、と。
今振り返るとドキッとする。
例のコロナの時にびっくりするほど売れた商品。
ホームセンターの人が「えっ?もう売り切れ?ウソぉ!」と言った。
東京では家庭菜園。
家庭菜園をする人が非常に多かった。
福岡。
砂が売れた。
マンションのベランダの片隅に「子供が遊ぶ砂場を作ってやりたい」というのがあって。
家庭菜園にしろ砂場にしろ、これはどう考えてもわかりやすく言うと「土にまみれること」「砂に汚れること」。
つまりどこかみんな本能的に子供たちに、あるいは自分自身も含めて「不潔に強くなる自分」というのを忘れてたんじゃないかという「しまった感」があるのではないか?
やっぱりハイジ的環境。
クララではなくて。
それを実は求めたのではなかろうか?という。
核心に入る。

昨日はある実験データなのだが、完璧すぎる滅菌・殺菌の清潔な環境よりも、人間の免疫細胞にとってはT細胞の増殖も含めて生活環境というのを考え直した方がいい。
この話をたまたま車の中でしていた時に、武田先生のスタッフのイトウちゃんが思いついた。
そういえば「肥溜めに落ちた子は風邪をひかない」。
唸った。
若い方は信じられないだろう。
団塊の世代にいた武田先生がご報告する。
今言った「イトウちゃん」というのはスタッフなのだが、この人も団塊というよりも、もっと年若の世代。
だが、武田先生は団塊の世代だから覚えているが、汚い話で本当に申し訳ないが事実我々は小学生の頃、近くの商店街を離れて一歩外へ出ると田園地帯で。
その田園の畑の方に「肥溜め」があった。
肥溜めの中に何が入っているかを説明しないと今の若い方はわからない。
人糞。
それも頭を下げていろんなところから貰ってきた「人糞」。
これは「金肥」といってお金を出さないと貰えなかった。
「金肥」お金の肥料。
それを発酵させるために畑の隅にツボを埋めてそこに人糞が入れてある。
それを野菜をかけて野菜の肥料にするのだが、発酵させるためにお百姓さんが時々かき回す。
それで、近くに団地もあったので屋根を付けてくれればいいのだが、これが野ざらし。
畑なので風が立つので、その人糞の上に薄く土を被ると、同じ土の色でわからなくなる。
そこを商店街の子は、そのあぜ道を鬼ごっこなどで走り回るので、それは事故としてある。
中に転落する。
そういうのが昭和の30年代の前の方は笑い話だった。
野壺(のつぼ)に落ちた。
運動会の前に「馬のフンを踏めば足が速くなる」と言って。
馬が速いから「馬のフンを踏めば足が速くなる」というので、スウェーデンリレーに出るシロウズ君は踏みに行っていた。
しかもシロウズ君はバカだから牛と間違えてしまった。
それで躓いたという。
その手のものと、人間の暮らしが非常に接近していた。
今考えれば汚いもの。
だが、平気だった。
それが笑い話だった。
その笑い話の中にあった一つの喩え話が「肥溜めに落ちた子はその冬風邪ひかない」。
名誉をかけて言うが武田先生は落ちたことはない。
フォークシンガーで大物で落ちた人を知っている。
だが、あえて名前は言わない。
大物なのだが、この人は落ちている。
広島の野壺に。
武田先生は落ちていない。
だが、小学校の1年の時に、母から「犬を飼っていい」と言われ、犬を飼って犬が野壺に落ちた。
それを武田先生は助けた。
犬が好きだから必死。
だが、助けた瞬間、この野郎が身震いをした。
全身に雫を浴びたというのがあって、そのことでベソをかいて家に帰ったら母がバケツで武田先生の体に水をかけながら「肥溜めに落ちたけん、今年の冬は鉄矢風邪ひかん」。
しかし凄い言葉。
これは思い出したイトウちゃんもエライと思ったが。
「肥溜めに落ちた子は」で思い出したのだが、武田先生たちの時代は私鉄の駅のすぐ近くに「十円食堂」というのがあって、全部十円。
網戸から好きな料理を取り出して、飯を喰う。
だが冷蔵庫がない。
ハエがたからないように網戸。
1/6の豆腐が十円。
それくらいの貧しい時代。
そこでご飯を食べると帰りに必ずお腹が痛くなる。
そのことを込みで食べていた。
それで帰りながら「どうやった?」「何かオレ、腹痛ぅなってきた」と言いながら「じゃ、また明日」と言いながら別れていく。
それこそ「あたり」「はずれ」。
だから「あたった」とか。
「どうやった?」「はずれた、はずれた」とかと。
次の朝の登校時の世間話。
朝に仕込んだポテトサラダとか豆腐、煮魚、やっぱり夕方の五時近くは何か臭いもそうだが光り方も変。
武田先生の母はショウケ(竹で編んだザルやカゴのことを指していると思われる)にご飯を吊るしておいて、朝炊いたご飯を夕方喰えるかどうかチェックするのは太陽に晒しておいてちょっと斜めにする。
それでテカり方。
鼻の臭いとテカり方で一言母が「喰える」。
そうするとみんなハイエナ家族の晩御飯みたいにワーッと飯に寄っていって喰う。
これが本当に食中毒にならなかった。
その当時のお母さんがいかに凄かったか。
目一発で「喰える」。
たくましい。
ご飯の中に砂利が入っていても「しっかり噛め!」。
これはテレビ番組で話したら松本さんから「生きてる時代が違いますねん!」と怒られたが。
飴玉を落としてもチューインガムを落としても3カウント以内は「洗えば喰える」と。

武田先生のスタッフのイトウちゃんが思い出した話の中に「夏、海で泳いでおくと風邪ひかん」。
夏場の事、友達と浪人をしている時に海に泳ぎに行った時にみんなで体を焼いたのを覚えている。
それはイトウさんの理解が特別に深いのだが。
その頃の海の汚さはまた格別。
犬とか猫とかを捨ててしまう。
そんなところを潜って泳いでいたのだから、いい根性をしている。
そういう環境だった。
子供の頃、川で泳いでいた。
やっぱり草むらの中に入って行く。
芦原の中に入って行くと、犬とか猫の死骸が浮かんでいた。
そういう水環境の中で泳いでおくと、飛び込んだ勢いで思わず水を飲み込んだりする。
それが逆に免疫に警戒警報を出して、「しっかり準備しとかなきゃダメだよ」というような免疫反応を起こしたのではないか?という。

話を元に戻す。
とにかく著者も、読み手である武田先生も思ったが、免疫システムは実に複雑な連携プレイ。
その連係プレイのたまものがいわゆる免疫というシステム。
今、医学はやっとその戸口に立っているばかりで、お医者さんがテレビにも出てきたが、あの人たちはそんなに深々と免疫システムをわかっている人は逆にいない。
だからコロナに関しても正直なお医者さんは「よくわかっておりません」をしきりに繰り返している。
わかっていない。
この免疫の連携プレイというのがもの凄くややこしくて、T細胞から多種多様NK細胞、マクロファージまで何と数千種類。
犯人を逮捕しに行く刑事の種類が数千種類いる。
だから新型コロナという犯人を捕まえてやっつけるヤツ。
その一人を見つけるのは、数千種類の中の一人。
これは難しい。
だが、この免疫細胞の中にガン細胞を喰うものもいる。
だから、コロナからガン治療が急に発達する可能性もある。
水谷譲が信用していないようなので、七曲署の刑事たちにどんな種類がいるのかを書いてきた。
「白血球」「樹状細胞」「T細胞」「B細胞」「NK細胞」「マクロファージ」
この「マクロファージ」というのが頼もしくて、コイツはバイ菌を喰うのが趣味。
「ヘルパーT細胞」「好中球」(番組では「好中菌」と言ったが「球」)「制御性T細胞」
この他にまだ数千種類いるらしい。
考えてみたら体の中も大自然。
免疫のシステムというのはなかなかに複雑である。
今、医療は全力を挙げて新型コロナの治療薬とワクチン開発に向かっている。
その二つがなければ世界は動き出さないと言われている。
衛生学の到来により、100年、いや50年前の人類に比べて人間の環境から病原体の数は圧倒的に少なくなった。
殺菌、滅菌、抗菌。
この家庭用品が潤沢に台所に溢れ、日本ではシャワー・入浴の回数は凄まじい。
ところが、それと相関してアレルギー疾患が広がり、とうとう穀物アレルギー。
穀物を食べると全身が異常をきたすというのはお気の毒。
食物アレルギー。
とにかくこういう方々。
縄文時代だったらば生きておられなかった人。
縄文時代にも穀物アレルギーの人はいたのだろうか?
いなかっただろうと思う水谷譲。

そして「マイクロバイオーム」「腸内細菌」そういうものと人間の連携が実はあまりうまくいっていないのではないか?
このことを調べたストラカンという、その方がこのことも覚えておいてください。

いわゆる「汚い」環境にまつわる「何か」が役立っている可能性があるのだ。(258頁)

「汚い環境」というのはギクッとする。
このあたり「人間て生ものだなぁ」というふうに思う。
だから、子供の遊び場で「危ない」というので公園の砂場を封鎖したというのが、あのへんも後で検証しましょう。
「何の意味もない」と言い出したお医者さんもいる。
一番大事なことは、それぐらいわかってないということ。
この免疫の複雑さというのを考えると人間はつくづく「生もの」。
コロナに罹らないというよりも、コロナに強い体質が欲しい。

皆さんのワクチンになればと思いつつ「ラジオコロナワクチン」と題してお送りした二週。
実はこれはダニエル・ディビスさんの『美しき免疫の力』その半分を語ってみたワケだが、それでもこの本はまだ長くて、大部分を削って感染症にまつわる部分だけを三枚におろした。
なるべく面白く語れればといろんな工夫をしてみた。
もちろんディビスさんは、何で自分の本の説明に七曲署が出てくるのかわかってらっしゃらないと思う。
とにかく、ネタとしてはクジラほどデカいものをアジ、イワシのような小魚ではないかと思えるくらい小さくして三枚におろしたワケだが。
もっとうまいところがあるかも知れないが、そこは見逃してしまったかも知れない。
著者は美しい文章でこう締めくくっておられる。

科学とは何か?
それは未完成であり、科学のうちにある医学もそうです。
人を助けた医学もありましたが、人を殺した医療もありました。
科学も医療も善と悪の両面を持っています。
(といった文章は本の中に見つけられなかった)

こういうところに次のネタのヒントが転がっている。

たとえば聴覚を失った人全員が、音の聞こえる世界に参加したいと願っているとは限らない。(306頁)

これは面白い。
私たちはそう思いがち。
そんな目で見てしまいがち。
とんでもなくて、音の無い世界に住んでいる人はその世界の中で満ち足りている自分を作り上げるもの。
医学とは時々とんでもないトンチンカンをやる。

恐ろしいことに、一九五〇〜六〇年代の英国では、同性愛は女性ホルモンのエストロゲンや電気ショック療法による治療を必要とする病気だと考えられていた。まったくひどい話である。(306頁)

繰り返すが、医学が全ての人を救うとは限らない。
武田鉄矢は言う「何せ生ものですから」。
感染症対策について私たちは過去を振り返るべき。
始まりは何か?
前にお話しした。
ジェンナーの種痘。
ここから免疫が始まる。
ジェンナーが信じたことは何か?
それは「乳搾りの娘には天然痘を寄せ付けない体質が宿っている」ということで、種痘が始まった。
そして考えなければならないのは「一帯一路」「グローバルスタンダード」こういう世界を一つにまとめようという経済の動きからパンデミックは広がった、ということ。
経済というのは実は一つの病で人類を滅ぼすほどの間違いを起こすこともある。

もう一度繰り返すが、あの不思議な俚言。
これを事実だという証明のためにもコロナには罹らない。
肥溜めの雫を浴びた武田先生が罹るワケがない。
そういう自信を持ちたいなと思った。
つらつら我が人生を振り返るが、武田先生は素敵な女性に二度だけ「不潔!」と言われたことがあるのだが、その不潔さゆえにこの健康を保っているのかも知れないと思うと・・・
免疫力があるということ。

たとえば聴覚を失った人全員が、音の聞こえる世界に参加したいと願っているとは限らない。(306頁)

この忠告はギクッとする。
あり得ないと思っていたが、座頭市は「目が見えないから強い」という可能性がここにあるのではないか?

(次の番組のネタは)ここに行ってみようと思う。
凄いところに行ってしまった。
アメリカで1960年代にたち起こった人間の錯覚に関する科学。
アフォーダンスという生態心理学といわれているのだが。
これは戦時のパイロットテストから起こったヤツで、海面をプロペラ機で戦闘機が飛ぶ。
陸上にやってくる。
すると、必ずパイロットは機首を上げる。
上げなくても陸地を飛行できる。
だが、海が終わった瞬間に機首を上げて上空高く舞い上がる。
その時の言い訳が「下から強烈な風が来た」という。
だが調べると無風。
本能。
平べったい平面を伝った感覚は、陸上を発見した瞬間に「ぶつかる」と思って機首を上げるというクセがあって、今度、怖いのは逆。
陸上を通り過ぎて海に出た瞬間、パイロットは操縦桿を押す。
それで墜落する危険性がある。
人間の深い謎、生態心理学、アフォーダンスという世界。
これに行こうかと思って。
それでリップスティックボードとけん玉を始めた。
この結びつきは秋口に展開する『(今朝の)三枚おろし』のネタになるのでご贔屓にしていただきたい。


posted by ひと at 20:54| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年8月10〜21日◆ラジオコロナワクチン(前編)

なかなか「コレ!」という「決定的」というようなコロナワクチンができない昨今だが、そのできあがらないワクチンに比べ、当番組『(今朝の)三枚おろし』の方はできました。
「ラジオコロナワクチン」
これさえ聞けばアナタもコロナワクチンがわかり、しかもワクチン体質になれるという。
気持ちだけの問題かも知れないが、何かの参考にして、このコロナ以後を生きる新しい力に。
本当に皆さん、経営も含めていろいろ大変だろうと思う。
水谷譲の表情を見ていてもそう思うが、表情が明るい。
つらつら考えるが「みんなだから」。
コロナに格差はなかった。
もちろん、お亡くなりになられた方もいらっしゃるので簡単には言えないが、コロナというヤツが人を選ばず全地球全人類をこの混乱に陥れたかと思うと、世に気持ちが前を向く。
今度のコロナでわかったことはいっぱいある。
習近平さんの苦しそうな顔が見えてくる。
コロナさえなければ一帯一路を。
トランプさんはこのコロナさえなければ、秋は大統領選を悠々迎えて、という。
黒人暴動とか人種差別に対して銅像のコロンブスもまさかここでこのタイミングで引き倒されるとは思わなかっただろう。
今までモヤモヤしていたとか、はっきりしないとか、姿を隠せたものが一遍に姿を・・・
東京都知事さんが橋か何かを真っ赤に染めたりしたので、東京都民はもの凄く危機感を抱いているとか言うが、武田先生は違うと思う。
日本人がコロナに対して「これはイカン!」と思ったのは志村(けん)さん。
志村さんの死で日本人は目が覚めた。
そして岡江(久美子)さんの死で「これはイカン!」と。
あの二人の死がどれほど今度のコロナ禍に我々に警鐘を鳴らしてくれたか考えると・・・

そんな八月。
もう一回。

美しき免疫の力 動的システムを解き明かす



これを取り上げ直して、「免疫」というのを更に深く考えていきたいなぁというふうに思う。
前の「コロナの日々」なんかでお伝えした時は、ウイルスの厄介さだった。
ウイルスを防ぐための免疫システム。
これが二週かかっても語り尽くせないくらいややこしい。
しかも、この免疫の問題はただ単に今度のコロナウイルスだけには限らなくて、免疫システム、あるいはワクチンについて、もう一歩、二歩先まで進むとガンの治療法が見つかるかも知れない。
ガンなどにも対処方法が免疫システムの中にあるということなので。
だから、今度のコロナ騒動は実はそこまで手が届くのではないかという可能性もある。
ガンと今度の新型コロナウイルスがどう繋がっているのかわからない。
しかももっとわからないのは、何で自分が年を取っていくのかもわからない。
コロナウイルスの先には加齢。
「何で人は老化するか?」ということも絡んでくる。

前回話した時は病原体が侵入した折、免疫システムが連携プレイでその病原体をやっつける。
病原菌を、そしてウイルスをやっつけるのだが、これが体内で引き起こされる『太陽にほえろ!』警察ドラマと同じで、結構複雑。
この免疫というのを説明したい。
プラス、ややこしいのは『太陽にほえろ!』だけでは語れなくて。
免疫の中でも冤罪が起こる。
裕次郎さんが間違った人を犯人だと思って舘ひろし、ショーケン、そのへんを使ってさんざん殴らせる。
「吐け!吐くんだ!」とかと言いながらバンバンテーブルを叩いて。
冤罪。
「よく考えてみるとその人は腸のよい菌だった」というような冤罪事件があの石原裕次郎をボスとする七曲署で起きる。
これが免疫細胞のややこしいところで。
犯人逮捕から冤罪までという、警察の美談と警察のいわゆる悪しき歴史。
それも全部免疫の中にあるというから今回は『太陽にほえろ!』の冤罪事件の方からも免疫を攻めていきたい。
しかし、ラジオでお送りするワクチンほどの効き目があるということで、是非お楽しみください

ウイルス。
何がややこしいか?
このウイルスというのは免疫に対して、命令を間違えさせる。
つまり裕次郎さんを騙すような悪党。
裕次郎さんが騙されてしまう。
だからややこしい。
順を追っていく。
とにかく免疫システムという体内の七曲署があって、体の中に異変があった場合はボスが、裕次郎さんが出てきて刑事にグループを組ませて「逮捕に行け」とブランデーグラスをクルクル回しながら静かに言う。
それで渡哲也さんとか、舘ひろしさんとか神田さんとか、あるいはショーケンあたりがバーッとパトカーで向かうのだが、今、七曲署の署員が事件現場に向かってパトカーで疾走しているというシーンが体内でいうとどんなシーンになるかというと「発熱」。
発熱は免疫細胞が入って来たバイ菌やウイルスに対して逮捕に行っているという赤灯、赤いライトが回っている。
それで体内をバーッと走るものだから、カーッと熱くなってしまう。
そのカーッと熱くなることで逃げ出すウイルスやバイ菌がいる。
「ヤベっ!サツ来やがった!」
逃げる。
だからパトカーを走らせて体中を真っ赤にする、熱を上げさせる。
驚くなかれ、この発熱ということで、体内に侵入したウイルスがいて、体内で増えようとする。
その増えるのが、その「ウィーン!」というパトカーのサイレンを聞いて熱が上がると複製率、そのウイルスやバイ菌が増えていく倍率が200分の1にまで落ちるそうだ。
だから、1個が200個になるところが、できなくなってしまう。
1個が1個のままになってしまう。
あの人たちは増えないと悪さができない。
バイ菌もウイルスも。
それ故に発熱というのは全身にアラームを鳴らし、免疫細胞が事件現場、炎症部へ急行しているという証拠でもある。
消防車が走っていると思われても結構。
とにかく燃えている部分に水をかける第一段階が発熱。
そこを熱を下げてしまうと消防署の前に大きい車を止めているようなもので、七曲署からショーケンが出ようとしているのに、昔付き合っていた女が署まで遊びに来ちゃった、みたいな。
そういうことになってしまう。
だから、時としてウイルスの思うツボになってしまう。
だから手足の血管を収縮させ、高速道路を止めたりして熱を上げさせ、それがダメだった場合は悪寒、震えまでさせて熱を上げる。
震えるのは実は体内が運動をさせている。
それで熱が上がる。
36℃の人が37℃をちょっと超えたら、たった1℃ぐらいでウイルスは焼き殺されてしまう。
「熱が上がる」というのは決して体にとってはマイナスじゃないんだということを覚えておいてください。
今度のウイルス(新型コロナウイルス)の腹の立つことは、この熱を上げさせる前に人に移るという特技を持っているところが小憎たらしい。
この時に特にウイルスがやることなのだが、ここからはすごく面白かったのだが。
熱を上げる。
その時にウイルスは取り付いた本人の情動、感情に取り入って心細くさせる。
ウイルスが大脳に「寂しい・・・寂しい」と思わせる。
そして「誰か探そう・・・このままじゃヤベぇよ。誰かオレのそばにいてくれ!」という、それで電話をしてしまう。
渡部(建)さんみたいな気持ちになってしまう。
「ヒルズのあそこ来ない?」とかと電話を入れてしまう。
ウイルスが情動を操っている。
誤った情報を流している。
つまりもうこの段階ですでに病態。
「ちょっと洒落た店で食事しない?」
食事なのだ。
そして、一人でいいところを何人も呼び出してしまう。
にぎやかなところに行きたがる。
その時に、パーティーをやりたがる。
次にウイルスはもう体の中に入っているので「飯喰いたい」。
ウイルスもタンパク質を食べたい。
それでちょっと洒落た店で肉を喰いたがる。
「人混みに行きたがる」「食べ物を食べたがる」そして「パーティーをやりたがる」。
さんざんあの時、問題になった。
人を集め、自分も飯を喰いたいんで牛肉のタンパク質のいいところを喰って、そのすきに人に移る。
それをやりたがる。
パチンコ屋へ行った方、あるいはホストクラブへ行った方、ガールズバーへ行った方、アナタはすでに「コロナゾンビ」という病の状態にあったのです。
この「コロナゾンビ」といかに闘うか?
とにかくこのゾンビを振りほどくワクチンのラジオ。

ウイルスも生き残るために必死。
だから気づかれる前に人に乗り移って「いっぱい増えたい」。
そしてもう一つ栄養であるところの彼らが求めるのは「タンパク質」と「酸素」。
これが欲しい。
そのために人体に潜り込んでいる。
だからなるべくたくさんの人に移るべく、人の集まるところへ行きたがる。
それでそこで食事をしたりパーティーをやったりして人に飛び移り、栄養をたんまり頂いて。
しかも帰り道、買いだめに走らせる。
情動を不安にさせておいて「明日、食べるもんないよ?肉がないよ?肉だけ買っとこう」。
買い占めに走る人も実はコロナゾンビ。
コロナゾンビがやらせている。
この説明は見事。
これであの大騒動の原因は全部わかる。
体はぼんやりしていない。
必死になって七曲署は闘おうとする。
七曲署は、ボスは何と言うか?
それは免疫を通して体中に伝える。
まず伝えることは「熱」。
その次は当然。
ボスは絶叫。
ブラインドを細く開けながらボスが叫ぶ言葉「喰うな!」。
飯を喰っちゃダメ。
飯を喰うと全部ウイルスに流れる。
横流しされてしまう。
もう刑事で言うと、拳銃と弾丸を奪われるようなもの。
それでボスは「喰うな!」と命令する。
だから体に起こる症状が、野球選手が言っていた「味覚がなくなる」。
あれはコロナに対抗するために七曲署の免疫のボス裕次郎さんが叫ぶことは。
それでボスが本当に言いたいのは「絶食」。
免疫細胞の反撃手段の第二弾は「熱」の次に「絶食」。
どうやら私たちがウイルスのせいだと思っていることは免疫のせいで、免疫のせいだと思っていることはウイルスの罠。
ここに勘違いがある。
そうやって考えると面白い。
ウイルスも考えた。
ウイルスゾンビというのは恐ろしい。
「何となく肉が喰いたい」「にぎやかなとこでパーティーがやりたい」「カラオケがやりたい」そして「旅行に出かけたい」。
本人ではない。
全部ウイルスが仕掛けている。

ここから第二段階に入る。
ストレスがかかると免疫システムのスイッチを切る。
これは面白い。

ストレスに応答して副腎で産生されるホルモンのうち、免疫システムにとってとくに重要なのがコルチゾールであることを知っている。コルチゾールはストレスの多い環境に人間の体を備えさせる働きをもち、たとえば体の「闘争・逃避」反応を促す。血糖値を上げ、筋肉の血管を拡張させ、体を瞬時に動かせるように準備するのだ。重要なのは、このときコルチゾールは免疫システムにも作用し、免疫反応を弱めるということだ。(190頁)

もうあんまりややこしい問題があると、免疫で動かすのをやめてしまう。
このコルチゾールというのが初めてわかったのだが、コルチゾールのマネをするのが薬品でいうステロイド。

コルチゾールに非常によく似た合成化合薬品「デキサメタゾン」は免疫反応を抑える力が約四〇倍であり、リウマチ性炎症、皮膚疾患、重度のアレルギーの治療など、実にさまざまな用途で使用されているし(192頁)

ボスのフリをして免疫システムに向かって「休め!」というのがコルチゾール。
それによく似ているのがステロイド。
ステロイド系のものは強すぎるというので、あんまり日常でよく使うとダメよと言われる。
ここのところで例え話がややこしくなるのだが、コルチゾールというホルモンは火事が起こってビルが燃えている。
そのビルに消火に当たっている消防士に向かって「もういい!引き上げて休んで!」と言ってしまう。
言うことをみんな聞いて引き上げてしまう。
炎症は治まるが、火は消えていない。
裕次郎さんがよせばいいのに火事現場で「引き上げろ!」と言う。
消防士の人も引き上げてしまうから、ビルはずっと燃えている、という。
これはボスはダメ。
だんだん『太陽にほえろ!』か免疫システムかわからなくなったが。
ちょっとややこしい薬の名前なども登場するが、コルチゾールはステロイドとよく似ていて「やめろ」「休め」「引き上げろ」という命令を出すが炎症現場、燃えている火事の現場で消防士を引き上げさせるという強力な、らしい。
それがトンチンカンなことに、という。
免疫のややこしさ。
ボスが違うとかえって火事が広がる。
あるいは犯人が暴れるということ。

ちょっと寄り道しつつだが、免疫システムのややこしさ。
ややこしさゆえに何か面白さが。
やっぱりコロナワクチンがいかに難しいかがわかる。
その犯人をその刑事が捕まえないと逮捕できないという免疫システム。
様々な防衛システムがあるが、それがうまいことバランスよく働かないと人間の体が守れないということ。

もう一つ、何であんな時に海に行くのか?
ラジオ、テレビで毎日毎日コロナの報道が続く。
同じことを言われるとストレスがかかる。
ストレス発散で海が見たくなる。
ストレスを忘れるために。
「海を見る」というのはストレス下では生き物としての情動。
それをまた「バカが」という表現に近い形容詞で叱っている人がいた。
そのへんがメディアの難しいところ。
簡単に人を叱れない。
武田さんが違う番組でいいことを言っていた。
「教育と医療に関して、たった一つの正しい答えだけでは動けないんです」
名言。
全く取り上げられなかったが。
一人遊びに慣れてます、武田さん。
ただし、そのストレスを発散してもいいのだが、サーフィンをやった方。
そのストレスをストレス発散のバランスは実に難しい。

たとえばラグビー選手は、試合前に怒りの感情や攻撃的感情を抱いているとき、血中のサイトカイン値が上昇する。攻撃性が高まったあとには暴力がつきものなので、免疫システムの活性を高めておくと傷から侵入する病原体に対処するのに役立つからだろう。(197頁)

(番組ではストレスによって起こる反応であるように言っているが、本によるとストレスではなく別の精神状態)
2019年。
最後の方なんかあの人たち(ラグビーワールドカップ2019)は血だらけだった。
一種、免疫システムは体の中にシールドを。
だから、我々はリラックスと緊張、ストレスを上手に使い分けましょう。

笑いも免疫システムを強化する可能性がある。(198頁)

激しいストレスにさらされて、それでも何もかも忘れて笑い転げる。
この時に人間の免疫システムは活性が上がるそうだ。
繰り返し言うが、さんざんいろんなものに例えたが、免疫機能というものは感情と強く結びついている。
それから、笑っているとワクチンとしての素晴らしい力を持っているという。
「ラジオコロナワクチン」
多少は皆さんにお効きになっただろうか。

またこれも思い当たると思う。
ダニエル・ディビスさんがお書きだが、免疫は夜休む。
(本には免疫システムは夜間に強い反応を示すと書いてあるので、むしろ逆)
ホストの方とかガールズバーの方はだから気を付けて欲しい。
免疫が休んでいる時に仕事として接客をやらなければならないというのが、免疫にとってはきつい。
ガールズバーとかホスト。
これを早朝に切り替える。
太陽のリズムに合わせる。
日の出と共に開くホストクラブ。
「コケコッコー!」で始まるガールズバー。
アルコール無し、牛乳だけ。
「シャンパンタワー」ではない。
「ミルクタワー」
何百段と積んで上からブワーッと牛乳を入れる。
それをみんなで「カンパーイ!」と言いながら。
その時は免疫は最高。
午前中は目覚めているから。
それはそう。
免疫だって労働時間中にどうしようということで警戒に当たっているワケで、やはり深夜はお休みした方がいいのではないか?
免疫システムというのは季節、一日の昼夜、天体のリズム等々と強く結び付いていて、なるべくそこに矛盾しないように。
だから「〇〇君がお誕生日なので満月の日に集まる」とか、「満ち潮の時にみんなで乾杯する」とか。
月の満ち欠けは人体に影響するから。
そうなると新宿での感染率はもっと落ちたのではないか?
この辺のアイディアを小池さんが気づくとよかった。
この番組を聞いてほしい。

四月ぐらいにかけての出来事だったが、動物が妙に元気だった。
カモシカが出てきたり、ウナギの稚魚が例年になく。
ウナギを食べましょう、この夏。
外国のパンダが昼間からヤり始めたり。
目を離すとヤっている。
何でかというと人が見物に来ないから。
それから、北極の方だったかオゾンホールが塞がったとか。
理由はよくわかっていないと言うが、武田先生が知る限りではコロナ絡み。
人があまり出なかったとか、車が通っていなかったとかかも知れない。
ジュゴンが大量に群れで泳いだりとか。
タイでそういうのがあった。
こういうふうにして野生動物や動物園の動物たちが何だか奇妙に生き生きしているというのは、もしかすると免疫システムの反転で野生を持つものは元気づくという。

今回、このコロナの大変な騒動で事変「コロナ禍」と呼んでもいいのだが、あの時もお話をしたが、武田先生の頬に取り付いたヘルペス。
これは本当に帯状疱疹によって引き起こったのだが、これはなぜかというと武田先生が日々のリズムを失い、ストレスと加齢によって体の中に隠れていたウイルスが目覚めたからである。
ちょっとストレスの多いテレビドラマだったものだから。
武田先生はコロナの進行中に別のウイルスと体の中で再会していた、とそう思うと。

たとえば、インフルエンザウイルスによる死亡者の八〇〜九〇パーセントは六五歳以上の高齢者である。この状況にワクチンで対応しようとしても、高齢者はワクチンに対する反応も不十分であるため、助けにならない。(220頁)

何でかというと、細胞の入れ替わりのスピードが非常に遅いそうで。
故に古い細胞がグズグズグズグズ体の中にいるので、この手のウイルスがやってくるとすぐに取り付かれてしまう。
だから、若い人達が元気がいいのは細胞の入れ替わりが激しいから。
だからやっぱり年寄りは・・・と言いたくなるのだが、ここで実に奇妙なことをこの本の著者、ダニエル・ディビスさん『美しき免疫の力』の中で語っておられる。
何で人は年を取るのだろう?
これも実は老化することによって、人はガンから体を守っているのではないか?という。
老化、年を取るということはもしかすると、免疫細胞、免疫システムの一つかも知れない。
何でかというと、アポトーシスで次々細胞が死んで入れ替わるが、なかなか細胞自体が死ななくて、老化してグズグズグズグズ生きている。
それにガン細胞が取り付くが、そいつがずっと生きているので、あんまり広がらない。
新しい細胞にガン細胞が乗り移れない。
古いのばっかりあるから。
老化、年を取るというのがあるから、年寄りというのはガンから守られているのかも知れない。
老化とは一種の免疫反応かも知れない。
(このあたりは本の内容とは異なる)
若い方だとガンの進行が速い。
ラジオをお聞きの若い方はピンとこないだろうが、長いことジイサンを生きているとガンで亡くなった芸能人の方を何人も知っている。
アッという間に。
ところが、ガン宣言をしてから死ななかった伝説の人はいくらでもいる。
失礼にあたるので、あえてお名前を申し上げないが。
何年も前に「ガンです」と告白なさっていて、まあ「本当かいな?」という人が何人もいらっしゃった。
その意味で老化はある意味での免疫反応かも知れないというこの著者の考え方は思わず「う〜ん・・・」と唸ってしまって。
老化していく自分というのを老人になると嘆きやすくなるが、そうなるとあまり嘆かれない。
「老化したからオマエは生きてるんだ」と言われると不思議な気分になる。
「長生きしてるから老化している」ではなく、「老化したから長生きできるんだ」と言われると発想が変わる。
そういう意味では「老化に守ってもらおう」と思う武田先生。

これほど巧妙精緻な免疫システムでありながら、実に愚かなことに免疫システム、自分自身、自分の体の中のものを侵入者と判断して、自らを攻撃するという自己免疫疾患というのがある。
これは冤罪。
それが花粉症。
これもボスが間違えている。
七曲署の刑事なのに、おとり捜査か何かやっているのに、犯人と間違えて殴りつけてるみたいなのが実は花粉症。
そのいわゆる冤罪、自己免疫疾患については来週そのあたりから話をしたいと思う。


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2020年6月18〜26日◆免疫大集合(後編)

これの続きです。

ダニエル・M・ディヴィスさん。
イギリスの研究家らしいのだが、この方がお書きになった『美しき免疫の力』。
免疫にまつわる不思議な不思議な話。
NHK出版。
この「免疫」というシステムなのだが、例えば我々はジェンナーの種痘なんかをパッと思い付く。
日本でこの天然痘の(種痘を)やった人は武田先生(がテレビドラマ「JIN-仁-」で演じた緒方洪庵)。
緒方洪庵先生が立派な方。
何が立派か?
この方は天然痘を子供に罹らせないために種痘をやるのだが、洪庵先生がご自分でお金を払っている。
「治療をやらせてください」と言ってお子さんの親にお金を出している。
洪庵はそういう人。
立派な人。
弟子がいい。
福沢諭吉とか大村益次郎とか。
だから、医学だけではないこともついでに教えていたというところが本当の先生らしいところ。

お話した通りジェンナーの種痘に始まって「免疫」というのが発見があるワケだが、これは本当に凄いことに、ジェンナーは治療法にしただけで、何でその病気に罹らないのかという「人体の不思議」については何も発見していない。

 一九八九年一月、ジェンウェーと、彼の妻であり免疫学者仲間でもあったキム・ボトムリーは、切り傷を負ったときや感染症に罹ったときに体内でいったい何が起きているのかについて議論するうちに、そもそも免疫反応がどのように開始されるのかさえ、簡単には説明できないことに気がついた。−中略−このときは、コロラド州スティームボートスプリングスで開かれる学会に向かう道中だったため(30〜31頁)

今度の新型コロナウイルスで大騒ぎしているというのも、免疫システムというのがつい最近研究が始まったばかりだというふうにお考え下さい。
ジェンウェーとボトムリーさん、この両博士は何を考えたかというと「確かに免疫は一度体験した病原体を効率よくやっつけるんだ。そういうシステムがあるんだ」。
ところがよく見てみると、一度体験した病原体を一回目より速く効率よくやっつけられるというしくみを体が作ってしまう。
免疫は何が凄いかというと、人間を守るために自分でお薬を作ってしまうというのが免疫。
そういうことになる。
ところが人間の体がお薬に全部頼っているワケではなく、半分自分で薬を製造する。
ワクチンというのはその糸口。
免疫細胞は一回病を体験すると二度目から「全員集合」の掛け声が大きくなる。
「ウイルス対応!全員集合」とかと言うとブワーッと動く。
「ババンババンバンバン♪」と言いながら。
これが凄い。
武田先生の右の頬に出たウイルスも三日のお薬の連続投与だけで形が変わるのだから、「忘れずに思い出して取り掛かると速い」というのは我が免疫システムに思わず感謝せずにはいられないという。
とにかく一度体験したウイルスに関しては素早く掛け声大きく「全員集合」がかかり、「オマエあっちしろ」「こっち行け」こういう活性化が一遍に。
そして、やっつけるための増殖、これがたちまちできるという。
免疫記憶、これが体内にそのまま記憶されるワケだから、人体の凄い才能。
しかも生まれつき持っている「自然免疫」と、体験してから作動する「獲得免疫」。
このことが、二つ体の中にある。
免疫というシステムというのは凄いシステム。

ただ一つ、困った免疫システムが一番最初に言った。
細菌が入ってくるのだが、お腹が痛くなるヤツが「バイ菌」でお通じがよくなるのが「発酵菌」だ。
同じこと。
この見分けが難しい。
半端な数ではない。
兆単位で住んでいる。
職務質問をいちいちやらないと間違えてしまう。
そのややこしさをくりぬけないといけないので、今、免疫システムの問題で水谷譲も悩んでいる「花粉症」もある。
免疫も大変。

病原体は急速に増殖する。それはもう、衝撃的な速さで増えていく。ウイルスに感染したヒト細胞一個からは、新たに一〇〇個ほどのウイルス粒子が生み出される−中略−最初はたった三個だったとしても、数日後、感染と増殖のサイクルが四回繰り返されたころには、新たなウイルス粒子の数は三億個に及ぶことになる。(37頁)

これをチェックしてやっつけなければいけないので大変なのだが、免疫がいかに大変なシステムか。
ウイルスというのは実に厄介なものでヒト細胞に侵入した後、急激に増える。

こうして天然痘は−中略−一九八〇年に根絶が宣言された。(28頁)

ウイルスというのは実に厄介。
細菌よりもウイルスの方が厄介。
というのは、細菌は細胞膜という膜を持っている。
これは家の中に住んでいるような菌。

ペニシリンは、細胞壁の主要成分を合成する過程の最終段階を妨害することによって効き目を発揮する。(38頁)

ペニシリンはどういう効果があるかというと、その家のトンカチ、鋸、釘、これを全部取り上げる。
だから細菌が増えようとしてもバラバラにされてしまうという。
そういうことでペニシリンが効くワケで。
ところが、ウイルスはこの細胞膜という家を持っていない。
ほとんどテント暮らし。
それで、細胞の中に侵入する時に、テントあるいは外套を脱ぎ捨てて侵入する。
そして増殖し、その細胞を乗っ取って、というワケで。
やがて1980年代の前半のこと、電子顕微鏡というものが発明され、これで姿が見えるようになった。
その前の人は姿なんか見ていない。
細菌は見えただろうがウイルスは見たことがない。
大変だったと思う。
今、テレビのニュース番組にしきりに出てくるギザギザ頭のコロナウイルスが。
あれも電子顕微鏡の登場によって始めて。
この顕微鏡が発明されると次々に発見がある。

「樹状細胞(dendritic cell)」という名称に落ち着いた。細胞本体から枝のような突起が数多く放射状に伸びるのが、この細胞の最もわかりやすい特徴であることをふまえて(65頁)

この細胞が侵入者を捕えて、免疫反応への号令を発する。
だから、この樹状細胞のことを「ボス細胞」「石原裕次郎」。
(「ボス細胞」といった命名は番組独自のものと思われ本には登場しない)
それでブラインドを指で開いて「まずいな・・・ヤツが動いてる・・・」と言いながら、このボスが「免疫細胞」渡哲也、舘(ひろし)あたりを呼びつけて命令をする。
『太陽にほえろ!』のテーマが鳴り始めた。



このボス細胞の叫び声とともに一斉に捜査一課の刑事たちが動く。
捜査一課の刑事たちはすぐに支部に、地方の警察、あるいは派出所に連絡。
この警察の支社、支庁はどこにあるかというと、これが「リンパ節」。

リンパ節は、首、脇の下、膝の裏などにある豆粒ほどの小さな器官で(73頁)

武田先生も右の頬が例のヘルペスで腫れあがった時、歯茎が痛い。
最初は「歯かな?」と思ったのだが。
これは喉にあるリンパ節が腫れるので、口の中に異常が、という。
「免疫体制に入れ!」
ボスが命令する。
風邪のひきはじめなどで「唾を飲むのでさえも痛い」というのはここで、ブワーッと免疫反応で刑事たち、あるいは警官たちが一斉に出動するからで、現場へ急行する。
現場が「腫れ」。
武田先生の頬が蜂が刺したように赤く腫れあがったのは「犯人が侵入した」というその犯行のところ、事件現場。
そこで警官や刑事さんたちが「どんな犯人がやってきたのか」ということで情報は連絡されて、犯人のプロファイリングが始まる。
プロファイリングに引っかかることが免疫署としてはありがたい。
何でかというと「アイツか」というもので。
ところが、前科がなかった場合が厄介で、プロファイリングからやり直し。
犯人の割り出しのための。
そして犯人のある程度の目星がつくと「リンパ節」、地方の警察あるいは交番に指名手配所が行って、巡査さんが巡回してまわるというところが免疫反応。
大変。
(『太陽にほえろ!』みたいなことは)本には書いていない。
イギリスの人の書いた(本)で「『太陽にほえろ!』が流れて来た」というのはおそらくない。
(著者の)ディヴィスも驚くと思うが。
とにかく、今、犯人を捜すために一斉に動き出した。
これが「免疫」

この先もまた大変な刑事ドラマ。
つまり樹状細胞という石原裕次郎みたいなボスが一人いて、これが体の中にいてウイルスが入って来ると警視庁みたいなところから命令する。
「(柳沢慎吾の真似で)各署応答せよ!プッ!」というヤツ。
犯人が全科のあるヤツだったら渡(哲也)さんに命令して「行け!」「オマエが行ってこい」という。
前科のないヤツだとややこしくて、説得もやらなきゃいけないんで、ワリと年老いた刑事がいて「おっかさんに会いたいとは思わねぇか」とかと、いろいろ刑事を使い分けないといけない。
これは免疫がやっている。
全く初犯のヤツが大変。
性格から説得から。
だが、凶悪というヤツは世界にいるがごとく体内にもいる。
その時に物取りに人体に入ってきたヤツなのか、強盗で入ってきたのか、殺人を犯すために入って来たのか、細胞を殺すために。
犯人にもランクがある。
寄生虫なんて楽。
寄生虫なんていうのは樹状細胞というヤツがいて、大腸に向かって「何?寄生虫入った?何だ、追い出せよ!」と言ってヤツが命令すると大腸が蠕動運動をやって下痢で出してしまう。
吐き気もそう。
細菌もウイルスも絡んでいない。
「吐いちゃえばいいじゃん、オラァ!胃に命令しろよ」
「何か気持ち悪くなっちゃった・・・」というのは、そのボスの命令で。
食中毒もそう。
上下から出せるといいのだが。
この中で殺しに入って来るヤツがいる。
人体に入ってきて、細胞を殺すことだけが楽しみというヤツがいる。
この時に大変なのが渡もダメ、舘もグズグズ言っている。
「今度コマーシャルの撮影がある」とか。
神田(正輝)は「大阪でレギュラーの撮影があるから行けません」とか言う。
どうするか?
相手は殺人犯。
舘にも渡にも神田にもまかせられない。
石原(良純)?冗談じゃない。
あんな(長嶋)一茂と絡んでギャーギャー言っているようなヤツにそんな重大な事件を任せられるハズがない。
そこで樹状細胞であるところのボスは何をやるかというと、新しくSWATチームを編制する。
これがマクロファージというヤツ。
これが凄い。
マクロファージはウイルスを食べることだけが楽しみというヤツ。
その部隊を編制して「マクロ!オマエが行ってこい!」という。
そうするとマクロが行く。
コイツがウイルスに会うとひたすら喰い殺す。
そういう侵入してきたウイルスに対してどの刑事が向いているかまでを樹状細胞は判断しなければならない。
いろんな免疫反応で体はしっかり守られているワケだが、困ったことに侵入してくるウイルスが一番厄介。
何で厄介かというと、初犯のヤツが。
奴らも死にたくない。
人相は変えるわ指紋は変えるわで入ってくるものだから。

四月か五月の放送だったか、ウイルスの研究をしている先生なんか、凄く面白い例えを言う人がいる。
「新型コロナウイルスもここまで世界的な流行になって慌ててるハズだ」
というのは「騒ぎになったら根絶させられる」という、あのジェンナーの天然痘の遺言は覚えているハズ。
人間というヤツはムキになって潰しにかかってくるから。
天然痘の最後の言葉、それがウイルス界に伝わっている。
「オレの真似を・・・するな・・・」
天然痘がのたうち回って「(松田優作ふうに)なんじゃこりゃあ〜!」と言いながら。
これを考えると面白い。

ウイルスというのは本当に手強い。
なかなか厄介な相手、敵。
今度の新型コロナウイルスでもそうだが、起こったことを皆さん、しっかり記憶しておいてください。
今度の新型の時も、皆さんお感じになったことがあると思う。
それを覚えておきましょう。
コロナの日々で何か不思議な体験はしなかったか?
むやみに青空が綺麗になったとか。
正月みたいな感じで青空が綺麗で、鳥の鳴き声がすごく澄み渡って聞こえてきたと感じた水谷譲。
北極の上に開いていたオゾンホールがふさがった。
南極の方も物凄く縮小した。
間違いなくコロナが流行ったら空が綺麗になってオゾンホールがなくなった。
わずか二ヶ月で。
しかももう一つ、もうすぐやってくるがウナギ。
今年はとても安い。
滅茶苦茶ウナギシラスが突然増えた。
去年は愛知県のある川と川と川を三つ合わせて0.3トンしかシラスが取れなかった。
それが愛知県の川だけで今年、2トン近く取れた。
浜松に送って今、太らせている最中で、普通の値段にウナギが落ちて間もなく土用に喰える。
ウナギは「もう食べられないんじゃないか」というぐらいのことになっていたと思う水谷譲。
四月段階での読売新聞の発表だが、シラスウナギを集める人たちが疲れて獲るのを止めたという。
あの手の世界的なパンデミックの時、何かも同時に起こっているハズ。

ウイルスというのは本当に手ごわい。
だが、ウイルスが人体に向かって侵入し、悪さをする時、二ついっぺんには入らない。
入ったにしても、あるウイルスが他のウイルスの侵入を妨害をする。
ウイルスも自分が生き残りたいから。
思わずヘルペスになった時に訊いた武田先生。
「それだから私は、もしかすると新型コロナウイルスに罹らないんじゃないんでしょうか?」
女医さん曰く「それはわかりません」。
「二つのウイルスに罹らない」という。
このことをひっくり返すと、免疫反応の面白いシステムが次々にわかってくる。

免疫反応の実験も始まっているらしい。
ウイルスで実験されたことなのだが、ウイルスが赤血球なら赤血球の一個の中に入ろうとする。
テントの話をした。
「ウイルスは細胞の中に全裸で入るんだ」と。
その時にそのウイルスが着ていたオーバーコートみたいなヤツ。
あれをそれごと引っぺがす、それが「インターフェロン」。
ウイルスの衣服を取り上げてしまうヤツ。
ウイルスから衣服を取り上げて血液中に全裸で放り出すとマクロファージというやたらと喰うヤツが喰ってしまうので、ウイルスが悪さできなくなる。
(インターフェロンの働きに関してはこのあたりは事実と異なるようだ)
そうするとこのインターフェロンというのが最高の特効薬になるのではないかというので大騒ぎになった。
ウワーッと製薬会社が・・・
ところがインターフェロンは製薬会社が何で期待したかというと、ガンの特効薬になるかも知れないということだった。
本当にそういう例も上がった。
とあるアメリカの女性にガンの人がいて、その人のガンがインターフェロンを使うことによって完璧に寛解、ガン細胞が消えてなくなった。
ところがこの女性に効いたのだが、他の人で試すと四人試したら四人とも死亡した。
それでここからウイルスというのが全裸で細胞の中に侵入する。
ところが、無茶苦茶強引なヤツがいて、コイツは細胞を焼き切る。
これがHIV。
いわゆる「ウイルスに対する戦い」というのに非常に手間がかかるのはウイルスの複雑さもある。

HIVウイルスのややこしさ。
持っている武器が違うので、やっつけたいと思っても樹状細胞、『太陽にほえろ!』のボスが「渡はダメ、舘はダメ、神田はダメ、いまさら良純は使えねぇ。峰(竜太)?アイツ辞めちゃった」となってしまう。
誰を向かわせるかというのは免疫にとって重大。
免疫も考えたら大変。

この本を読んでいて面白いのは、この人は今度の騒ぎを全く知らずにこの時期、書いているハズなのだが、インターフェロン、つまり外側を見分けるという特殊な刑事がいる。
このインターフェロンという刑事がいて、そいつが全部見分ける。
そうやって考えるとやっぱりいろいろ免疫という刑事も大変。
今は注目されているのはサイトカイン。
サイトカインの研究者で名をはせた人がローゼンバーグという方。
この方も凄いのだが、胃ガンを治したりしている。
ガン細胞に免疫経由でガン細胞を喰わせている。
ところがこれも効果がばらつきがある。
だから薬を産むということは大変。
今、薬を一生懸命作ってらっしゃる方に同情しましょう。
必死でやってらっしゃるし、もういいところまで来ていると思う。
オールマイティーではないものの、一つ一つのウイルス、あるいは細菌に関し免疫システムは「応答遺伝子」その誰かを呼び起こせといういわゆる班の班長みたいなのが体の中にいて、それとどう連絡を取るかという、免疫反応というのは連係プレイ。
その連係プレイを謎として解かなければならないところに、いわゆるウイルスに立ち向かっていく人類の難しさがある。

「笑うと免疫力が上がる」と言われるがそれは本当なのか?と思う水谷譲。
本当にあるらしい。

二週に渡って話したことは、この本の1/6ぐらい。
滅茶苦茶この本は詳しい。
免疫のシステムからそのしくみ、発見者の性格、製薬会社との関係、それからノーベル賞を取る取らないまでずっと一人の人に関して書いてあるので、ちょっと中途からバテてくる。
「もう少し触れたいな」と思ったのは半分に書いてあった例の自己免疫の病気については何も触れていない。
花粉症とかがある。
それから免疫システムが誤解して味方を撃っちゃうという『太陽にほえろ!』の悲劇版。
「なんじゃこりゃあ〜!」と言うヤツがある。
その『太陽にほえろ!』の悲劇版の方はまた回を改めて、別個でまたやろうかなぁというふうに思う。
8月に放送された「ラジオコロナワクチン」の回

こんな長いウイルスとの闘いを体験した人類。
しかも生き残っている方がスペイン風邪の時よりも遥かに多いので、身辺で起こった何事かをいくつか記憶しておく。
「空が綺麗だった」とか「シラスウナギがやたら穫れた」とか「ジュゴンが群れになって出てきた」とか。
タイ南部の海にジュゴンの群れ、コロナ禍 野生生物には恩恵 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News
タイランドでいつも単独行動をしているジュゴンが群れで肩を組んで「三密」をやっていたらしい。
それと、シラス。
それと来年の今時分に騒ぎになっていると思うが、上野のパンダに盛りが付いて。
誰も来ないものだから「いいじゃねぇか」と言いながら。
どれかを残しておこう。
やっぱり新型コロナウイルスというものが、何かをもしかすると伝えに来たかも知れない。

そんな話をしている時に、武田先生の事務所の社長のイトウちゃんがフッと車の中で思い出した俚言が、ちょっと場所柄控えたのだが武田先生は思い出した。
「肥溜めに落ちた子は風邪ひかない」
これは昔「野壺(のつぼ)」というのがあって、それに落ちた子供。
同じ土色になってしまうので、野原と間違えてしまう。
不思議なもので、その子はその冬は風邪をひかないという。
「肥溜めに落ちた子は風邪ひかない」
つまり、不潔というのが決してすべて敵ではないというところが・・・

posted by ひと at 20:26| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年6月15〜17日◆コロナの日々/18〜26日◆免疫大集合(前編)

(今週は最初の三日間は本とは無関係な話で「コロナの日々」、残り二日間は本と関連して「免疫大集合」のようなので、途中で分けようかとも思ったが、いつも通り一週間ずつ掲載する)

どうしようかと思ったが、まとめに入れるような段階ではないのだが、「中間まとめ」ということでコロナの日々を振り返ろうかなぁというふうに思う。
世界が本調子ではないので、まだまだ日本は本調子ではない。
とにかく今、我々の情報だが2020年の1月、中国・武漢という都市から始まったこの新型コロナウイルスという悪夢だが、それが数か月で地球を覆ったという。
WHOは「COVID(コビット)-19」と名付けたが、新しいタイプの新型コロナウイルス。
トランプ大統領は一時期かたくなに「チャイナ・ウイルス」と呼び捨てていたが。
しかし、目にも見えないウイルスによって「世界が止まった」といっても過言ではないと思う。
皆さん、振り返りましょう。
二月下旬のことだが、広がったコロナウイルス。
三月は日本どころか世界を巻き込んでパンデミック。
世界的流行となって広がりの果てが見えないという。
街は実に静かになって、歩く人は買い物に行く人と買い占めに走る人。
武漢でささやかれた得体が知れない肺炎は、我々の体験だが「二か月で世界を止めた」という今年上半期。
一帯一路。
この中国の夢が、ある意味で音を立てて崩れていった。
あれは三月だった。
習近平さんが日本にやってくると言っていた。
それが中止になったという。
習近平さんがこのウイルスが無くてやってきていたら、一帯一路の仲間に日本も引っ張り込まれたのではないか?
安倍さんはそのつもりだったろうと思う。
中国が中止になって「世界を一つに結ぶ」という計画が「一帯一路」で、アメリカが始めたグローバリズムと中国が始めようとしている一帯一路。
一帯一路の道を伝って一番最初にウイルスがやって来たという。
世界を一つに結ぶ。
「そうすると景気よくなりますよ」という考えが音を立てて崩れて、武田先生も結構長生きしていて、70年の人生でこんな世界は初めて見た。
誰も歩いていないパリの街。
廃墟のようなローマのトレビの泉。
ネオンは忙しく点滅しているが、誰も歩いていないニューヨーク、ブロードウェイ。
何かSF映画を見ているみたいで。
武田先生もギリギリまで働いたが、一番最後の仕事とになったのが、新幹線で京都太秦まで行って撮影をやるのだが、その時の新幹線の様子を覚えているがグリーン車。
行きも帰りも武田先生一人。
こんな日本の新幹線は初めて。
そして四月の始まってすぐだが、何と緊急事態宣言ということで。
ニュース番組はただひたすら「ホームステイ」(「ステイホーム」と言いたかったと思われる)「家に居ろ」「手を洗え」この二つを繰り返すという。
そして後は感染症専門の先生方が出てらっしゃって、感染症の対策を番組で伝えるという。
後、残りの話題は安倍政権の失態。
これでだいたいニュース番組が終わってしまうという。
病院関係者へのいやがらせ等々もこのあたりから。
しかし「院内感染」という言葉を振り回して「病院が危ない」という、その伝えたのはテレビ。
テレビは自分で伝えておいて、あわてて「差別するのはよくない」とか言い出す。
武田先生はテレビを「大事な職場だ」と思っているのだが、今年のテレビに関しては何か・・・
必要以上に煽っているというところもあったと思う水谷譲。
武田先生は一局だけ大好きな人がいて、この人の言葉遣いが非常によくて、マネしようと思った。
局アナの方。
「あなた自身を守ってください。あなたを守ることが、周りの人を守ることにつながります。」
「うまいこと言うな〜」と思った。
各局のニュース番組を回す人の「言葉の力量」みたいなのが、ありありと伝わってくる何か月間かだった。
感染症の先生も誰だとは言わないが、暗く話す人がいる。
外から帰ってきた時のマスクの外し方とか。
武田先生が、日本が緊急事態宣言で揺れている時に何をやっていたかというと、「こうなったらコロナウイルス、とことん三枚におろしてやろう」と思って勉強をした。
こうなったら「ウイルス」というヤツを歴史を遡っていこうかと。
とにかく、何か迷ったら「前に戻ろう」というのが武田先生の考え。
もうこうなれば新型どころではない。
もう本当に「コロナだヨ!全員集合」というようなもので徹底してウイルスを振り返った。

新型コロナウイルスで「ウイルスとは一体何だろう?」「細菌とは一体何だろう?」そう思って。
まず「細菌」と言えば「発酵菌」も「菌」。
納豆菌とかヨーグルト菌とかビフィズス菌とか。
これが大腸菌や結核菌と何が違うか?
人間に悪さをするかしないか。
それだけ。
お腹の中に入れて、お腹が痛くなったらそれは細菌の「バイ菌」。
「お腹の調子がよくて、便なんかも大量に出ました!」なんて言うと「あ、昨日の発酵菌が効いて来たな」というワケで、人間がジャッジしているワケなので。
そういう意味では、ウイルスもさしたる悪気はもしかするとないのかも知れない。

それでは「細菌」と「ウイルス」の違いは何か?
考えてみると、そんなことを今回、二か月も三か月もの大騒ぎの中でニュースメディアは教えてくれなかった。
細菌とウイルスは違う。
ウイルスの方が細菌より小さい。
ウイルスの小ささが50分の1。
細菌というのは曲りなりにも細胞という外側を持っている。
鎧兜を身に付けている。
ウイルスとは何かというと鎧は付けていない。
外側の膜を持っていないので、布切れ一枚巻きつけて生きているような生き物。
だから石鹸で洗って簡単に流れていくし、このウイルスが人間の人体に入るのはどうするかというと、ここからが凄いのだが、赤血球なら赤血球の一個にピタっとウイルスが貼りつく。
コイツは赤血球の表面に取り付いたらウイルスが素っ裸になる。
全裸で赤血球の中に侵入する。
その中でRNAに全裸で潜り込んで自分と同じものをそこで作る。
自分で作る力がない。
細菌は自分で増える力があるのだが、ウイルスはない。
だから細胞が持っているRNAを借りて自分を増やしていく。
それが今回は肺。
インフルエンザ、ノロウイルスなど、細胞の内側に潜むので抗生物質が細菌に効くようには(ウイルスには)効かない。

最も人類を多く殺害しているインフルエンザ。
これはかつて「スペイン風邪」と呼ばれて、1918年、この時こそ本物のパンデミックを世界に引き起こして、1920年まで1700万〜5000万人死んだのではないか。
これがまたちょうど第一次世界大戦の戦争中だったので、各国スペイン風邪で死んだ人がいっぱいいるのだが、死者の数をいっぱい表明すると負けているふうに取られると困るので、死者を隠したという。
これは日本でも40万人死んでいるから。
これぐらいスペイン風邪というのはひどかった。
「スペイン風邪」という名前がスペインに対してお気の毒で。
(流行源は)スペインでは実はない。
スペインで一番強力に流行ったということで「スペイン風邪」。
1700万〜5000万人というスペイン風邪の犠牲者だが、第一次世界大戦は死者の多かった戦争だったが、兵士が1000万人、民間人が700万人。
戦争で1700万人死んでいる。
でも、スペイン風邪(による死者数)はそれを追い越している。
いかにすごいかがわかる。

ここまでは「なるほどなるほど」と。
「ウイルスというのはこういうものなのか」と「スペイン風邪があったのか」と思っていたら、何と武田先生の右頬に異変。
時期も悪くズバリ四月に入る頃。
ドラマ撮影二本を抱えていたある夜のこと、大阪のホテルの寝床で右の頬が何だか痒い。
蜘蛛の糸が貼りついているような気がする。
払っても払っても取れない。
頬、小鼻、唇の脇まで、その蜘蛛の糸が貼りついている感触。
ドキッとした。
実は武田先生の右の頬に取り付いたのも「ウイルス」だった。
世間にウイルス、頬にウイルス。
ウイルス絡みの春がここから始まる。
本当に人ごとではない。
頬、右の小鼻の脇、唇の下。
そこのところに長い鼻毛が貼り付いているみたいな。
四点がだんだん膨らんでくる。
大阪での仕事があったので。
ところが困ったことにドーランを塗るときれいに隠れる。
だから仕事はできるという。
メイクさんもドーランの乗りしか考えていないから、メイクの筆の先で色を付けて消す。
それが痛い。
だが、あまり痛いとも言えないから我慢していた。
だんだんそれが腫れてくるような。
右頬の四点。
右頬の真ん中、小鼻の脇、唇横、そして右目の端にも。
それが虫刺されのようで。
そういえばもう一本抱えているドラマのロケ地が、人が住んでらっしゃらないおうちをロケセットでお借りしたものだから、ちょっと汚い。
ジメッとした感じ。
それなもので「虫か何かに刺されたかな?」と思ってロケ先の皮膚科に飛び込んで先生に見てもらって「とりあえずこれを」というので虫刺されの薬を処方してもらって塗るのだが効かない。
痒さはない。
痛い。
顔面神経痛ばりに貼りついているところが痙攣する。
何とか我慢できるし、重たいドラマをやっているので、そういうストレスもあるのかなと思っていたのだが。
たまたま人間ドッグで「もう一回チェック」と言われたところがあって、撮影の合間を狙って大学病院に行った。
そうしたら受付の女の子が「どうしました?右の頬」と言うから「いやぁ〜ちょっと調子悪くて」と言ったら「ねぇ、武田さん。今この病院、誰も来てないから患者が。皮膚科は特に。ホラ、コロナ騒ぎで。今だったらすぐ受けられますよ」と言われて。
じゃあ勿怪の幸いだと思って、再チェックの方は「これだったら大丈夫です」とか言われたので診てもらおうと皮膚科に寄ったら、武田先生の膨れ上がったところを指で潰す。
痛かった。
お医者さんがやることだから「やめてください」とか言えない。
「何するんですか!?」とか言えない。
肛門まで指をいれるような、そんな場所で、たかだか膿ぐらいで。
目の前でその液をポっと付けて「あっ!ヘルペスです」。
ヘルペスというは名前が・・・
「ヘルペスです」と言われると「ヘルプレス」に聞こえる。
「ウイルス」もそうだがウイルスというのが「バヤリース」に聞こえる。

アサヒ飲料 「バャリース」オレンヂクラシック 450ml ×24本



バヤリースは子供の時に憧れたオレンジジュースの名前。
ちょっと古い話だが。
「ヘルペスに間違いないですね」と診察してくださる。
ところがこの「ヘルペス」という意味がわからない。
冊子を頂いて、その女医さんも説明してくださったが「帯状疱疹」といって、聞いて驚いたことに、何と今世間で大流行りの新型コロナウイルスと仲間のウイルスで、身の内にウイルスを抱えて武田先生は世間で大流行りのウイルスを三枚におろそうとしていたという日々。
やっぱりちょっと何かあまりの偶然に驚いたような塩梅。
これがまた面白い。
何が面白いかというと、この帯状疱疹。
これが出てきたということは武田先生は一回その手の病にかかっている。
子供の時に水痘(水疱瘡)にかかっている。
水痘に一回かかると体がそのことを覚えていて、以降水痘がやってきてもやっつけるというシステムができている。
ところが何でここでもう一度できたかというと、一つは加齢もあるようだ。
歳を取ってきたというのと、ストレスがあって、疲れがあって、女医さん曰くだが「太陽の下で顔、晒してませんでした?」とかと。
ちょうどロケセットで痒くなるようなところなもので、あまり家の中にいたくなくて、表に椅子を置いて、ちょうど桜が咲くかというような季節だったので、一日中表にいた。
その三つか四つが重なって、武田先生にヘルペスという帯状疱疹が出てきたという。
「そうか、俺は昔、水疱瘡、水痘だったんだ」と思った。
十歳ぐらいの時にかかった病気をずっと覚えているのだ。
「へぇ〜免疫や」と思ってそこから「ちょいと免疫調べてみっか」と思って本屋さんに飛び込んだという塩梅。

(ここからタイトルが変更されて「免疫大集合」)
ヘルペス、帯状疱疹という水疱瘡の再登場で少し悩まされた。
ただ、やっぱり驚いた。
女医さんの方からお薬と、夜眠れるようにその手のお薬を二種類貰って、一週間分だった。
本当に三日目からたちまち効いてくる。
膿を持っていたが、それがカサブタになって固まってというようなのが三日ぐらいであって、あれは本当に凄いものだ。
「いやぁ、やっとこれで安心した」と思っていたら、4月2日のことだがテレビ局の方から進行していたドラマ撮影は「すべて作業を中断したい」「再開の日時はわかっておりません」と。

それともう一つ、事務所のスタッフ、プロモーターのコジマ。
これが「今、裏の方から情報が入りました。もうすぐすべての移動が禁じられる命令が、政府から戒厳令みたいなヤツが出るみたいだから、今のうちに必要なものがあればスタッフ手分けして買いますけど」。
「そこまで来てるのか」と緊張した。
コイツは「手にいれた情報ですがね」と、また何かスパイ大作戦みたいなのが好き。
「何が欲しいですか?」と言われて「じゃあ」と言って武田先生が要求したのは「縄跳び」「けん玉」「リップスティックボード」。

ラングスジャパン(RANGS) リップスティックデラックス ブラック



小学生が大流行しているボード。
スケボー。
これをもし動けなくなったら練習しようと思って。
奥様に訊いたら「うちは何でもあるからいいや」というようなもので。
奥様は徹底していて「そういうことが本当に起こったら〜うちは粗食。うまいもん喰うから来るの、ウイルスが。むこうだって喰いたがってるんだから。喰わなきゃいいんだ。肉とかを喰うからウイルスが来るの。タケノコ、レンコン。来ないから」。
そっちの方の知らせで気持ちが暗くなった。
正しいのか正しくないのかはわからないが妙に説得力があるなと思う水谷譲。
「さぁ、これはエライことになったぞ」と思ってそっちの方の情報をすぐに調べたりしていたら、その日のトップニュースが「デマ情報出回る」。
「『全てが止まる』というデマを流しているから信用しないように」という。
それと競い合うがごとくだが、そこのところは政治の方が一枚上手で、そういうデマを流しておいた後に「もうやむを得ない」みたいなことを言うことで4月7日だが「緊急事態宣言」というのが出されて「働くな」「家にいろ」「手を洗え」ということになったワケで。
しかし、これを受けて「どうすべぇか」と思って。
仕事が全部消えた。
何十年かぶり。
机の脇に毎月のスケジュール表を貼り付けるのだが、はがした。
四月分からはがして。
そうしたらキャンディーズの歌ではないが、懐かしいことを言っているが「畳の跡がそこだけ若いわ〜♪」「私たち〜♪」。
(キャンディーズ「微笑がえし」。正確には「畳の色がそこだけ若いわ」)

微笑がえし



スケジュール表のところだけ壁の色が違う。
「全ての仕事が飛んだ」といってもいいと思う。
そこでヘルペスもあるので、手に入れた本がダニエル・M・ディヴィスさんの『美しき免疫の力』NHK出版。

美しき免疫の力 動的システムを解き明かす



(値段が)高かったが、免疫、そこから遡った。
免疫、私たちが罹る病気のほとんどは体に備わる防御本能、抵抗力によって自然に治癒する。
科学を生み出し、人類の健康に貢献した最も売れた薬は何か?
それはペニシリンである。
この場合、自然にあるアオカビからの抽出だが、今は科学者が免疫力を励ます薬をデザインする。
人間が免疫に関して深く理解するようになったのは、知恵がついたのはインフルエンザの対処法から。

たとえばインフルエンザウイルスによる死亡者の八〇〜九〇パーセントは六五歳以上の高齢者だ。(15頁)

これはヘルペスと同じ。
加齢と共に免疫細胞の能力が落ちるらしい。
だが、免疫というシステム自体、ものすごく複雑。
この本『美しき免疫の力』は詳しすぎて凄い。
ほとんど専門書。
中途でわからなくなる。
これから話す話は武田先生が理解できたところだけ話す。
アナタの体に宿っている病気を自ら治す力「免疫力」の話。

「免疫」とは一体何であろう?
ここから入る。
免疫とは巷の出来事に例えると将棋の藤井聡太七段のような若き棋士がいる。
頭の中は勝ちパターンを数千、数万の単位で知っている。
この「勝ちパターン」を知っているという戦法が「免疫」。
これはしっかりとやっつけ方を覚えている。
特に弱い相手のことを医学的に何と言うかというと「ワクチン」。
ワクチン。
何でこういう呼び名が付いたか。

「ワクチン」という用語は、この数年後にジェンナーの友人がジェンナーの発見したプロセスを説明するために生み出した造語であり、「雌牛」を意味するラテン語が語源である。(28頁)

「何でこんな名前が付いたか?」というところに実は長い免疫の歴史がある。
天然痘の世界的流行。
天然痘というのも「天然痘ウイルス」。
これもまた厄介なもので、天然痘というのは人類を苦しめた病の一つ。
これは日本人もすごく苦しんだようだ。

1721年、18世紀のことだが、イギリスで天然痘の流行が人々から恐れられ、この天然痘のむごさは可愛い盛りの子供たちの命を奪うこと。
死亡率が無茶苦茶高い。
二割三割、時には五割いってしまう。
治ったにしてもいわゆる「あばた」という傷跡が顔じゅう残ってしまうので、親は心配でたまらない。

一七二一年、天然痘が流行し、英国王室が押さない王女たちの身を案じたときだった。あらかじめ人為的に感染させれば天然痘から身を守れるという話は、地方の伝承や他国の事例として王室にも聞こえてきていたが、その具体的な方法は、細かい部分でさまざまに異なっていた。−中略−王室の診療に用いる前に、この方法の安全性と有効性を確認する試験を行わなければならない。そこで、その被験者に選ばれたのが、囚人たちだった。−中略−「有志の人々」は病死する可能性のある試験への参加か、死刑による確実な死か、いずれかを選ばされる形で募集された。そして一七二一年八月九日、有罪判決を受けた囚人六名に対して、接種が行われた。−中略−天然痘患者から採取された皮膚と膿が、囚人たちの腕と脚に擦りこまれた。−中略−民間伝承にあるとおり、囚人たちは天然痘の症状を発症して一〜二日間苦しんだが、その後、回復した。−中略−国王ジョージ一世は、有志の囚人たちを釈放。(25〜26頁)

 その数か月後の一七二二年四月一七日、英国皇太子と皇太子妃−中略−は、自分たちの娘である王女二人に接種を受けさせた。(26頁)

ところがこれが医学の困ったところで「これは効くぞ」というのでバーッと広がる。
だから、天然痘に罹った子供から膿を植えた人もいる。
罹って死んでしまっている。
つまり、本当に効いてしまって死んでしまう人もいるという、成功率が低いというワケ。

 それから四八年後のこと、エドワード・ジェンナーという二一歳の若者が、ロンドン大学セントジョージ病院にて−中略−
 ジェンナーは人生の大半を故郷である英国グロスターシャー州バークレーの小さな町で過ごした。田舎の医師だったジェンナーは、あるとき、「牛の乳搾りに従事する女性たちは天然痘に罹らない」という話を耳にする。
−中略−もしかしたら、乳搾りの女性たちは牛の世話をするうちに牛痘(牛の天然痘)に接して軽度の感染症に罹り、そのおかげで、恐ろしい天然痘に対する防御能を獲得するのではないか。(26〜27頁)

実はこのことから免疫の研究が始まる。
何でそうなるのかはわからず「免疫」という言葉が生まれて、免疫に持ってこいの雌牛、「乳を出す牛」ということでラテン語で「免疫」のことを「ワクチン」と呼んだという。
(もちろん「免疫=ワクチン」ではない)
ここから始まって「免疫だョ!全員集合」ということでいろんな免疫の物語を始めたいと思う。


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2020年12月05日

2020年6月29〜7月6日◆ハーバードの日本人論(後編)

これの続きです。

ハーバードというアメリカのエリート校があるが、このエリート校で学ぶ人たちが教室で日本、あるいは日本人というものを研究しているということで。
どんな研究をしているのか、それをお書きになった佐藤智恵さん。
なかなか(この本は)面白い。
武田先生が拾ってくるのは「へぇ〜こんなものに驚いてるんだ」というものだけをメインで摘んできたので。
先週お届けしたのはアニメに対する物思いの違いがあって。
これは日本のセル画アニメの原形が鳥獣戯画、いわゆる鎌倉時代から延々と続く浮世絵等々の流れを汲む文化の果てに咲いたものだからではないだろうか?という。
(といったことはこの本には書いていない)
そんなことをお話した。

アメリカ人のダラ・バドンさん−中略−が今も夢中になっているのは、任天堂のゲーム『ゼルダの伝説』だ。−中略−「『ゼルダの伝説』は音楽も映像も美しいですが、何より素晴らしいのがストーリーです。主人公のリンクからパワーをもらえるような気がして、子どものこと、つらいことがあると、いつも『ゼルダの伝説』で遊んでいました。(51〜52頁)

普通ゲームに感動するか?
ストーリーが感動ものだそうだ。
外国でも受けたのだが、実写とアニメの抱き合わせの『DEATH NOTE』。

DEATH NOTE デスノート



何年か前にちょっと社会問題になりかけた。
「日本人のマネするからこんなことになったんだ」と言って、「DEATH NOTE」というノートが韓国で大ヒットした。
だから自分の嫌いなヤツの名前とか書くと、いうことを聞いてくれるという。
これが韓国で大ウケで、ドラマとしてもヒットして文房具として「DEATH NOTE」がヒット商品となったということ。
それで『DEATH NOTE』の特徴は何か?
『DEATH NOTE』は善と悪の差が曖昧。
『DEATH NOTE』は「善」と「悪」が決められない。
日本人は「善」と「悪」の間にまっすぐな線を一本を書かない。
だから「悪いことなのにそれをいいことだと思ってやる人」とか、「よいことだと思って本当は悪いことをしてるんだ」というそのジャッジの判定の難しさを日本人は物語にする。
善悪について迷うことが人間にとって重大なんだ、と。
そのことを『DEATH NOTE』ですごく刺激された人がいたという。
この「善悪の境目で学ぶ」というのは、そのことを宗教にまで育て上げたというか、成長させたというか。
浄土真宗、浄土宗。

善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。(歎異抄)

だから、たやすく善悪の線なんか引けない。

「たとえば人を千人殺してんや、しからば往生は一定すべし」(歎異抄)

お師匠様がそう説く。

苦悩の旧里はすてがたく、いまだ生まれざる安養の浄土は恋しからず候こと(歎異抄)

苦しくて苦しくて仕方がないこの現世なのだが、何かここで一日でも生きていたいなぁという。
この善と悪、天国と地獄の真ん中で悩むことが人間性なんだ、という。
こういうのがもしかすると『DEATH NOTE』の中に。
未だにこの日本人の中に「正義」というもののジャッジをはっきりさせたくないというのがあるのではないか。
世界中を大混乱に陥れた、あの例の新型コロナウイルスに関して日本人はジャッジした。
「マスクをしない人はみんな悪魔」というような。
それはテレビ局が正義をジャッジしたからではないか?
どこかのテレビ局でアナウンサーの人「が院内感染が発生しました」というたびに、解説に入っているお医者さんが「その言い方だけはやめてもらえませんか」という。
「院内感染」という四文字でまとめてしまうと「病院内だから伝染したと聞こえるじゃないか」と。
「そこに病気と闘う人間がいて、注意しても注意しても接触というヒューマンな行為があったからなんだ」という。
つまり、ラインが引きにくいというところに人間の面白さがあるのではないか?

ハーバード大学教授
ジェームス・ロブソン
James Robson
専門は東アジアの宗教史。
(197頁)

この方はこのアジアの中でも日本の宗教の不思議さを説く。

──文化庁がまとめた2017年度の宗教統計調査によれば、日本における神道の信者は8470万人で、仏教の信者は8770万人です。−中略−一方、アメリカのピュー・リサーチセンターの調査によれば、57%の日本人が「無宗教」と答えています。(199頁)

日本人に「あなたはどの宗教を信仰していますか」と聞くと大半の人が「無宗教」と答えるのは、一神教的な宗教活動に参加する人たちこそが宗教の信者だと考えているからです。
「日本人の大半は無宗教」という固定観念がある欧米の学者が日本を訪れると、日本人の行動や生活がとても「宗教的」なことに驚きます。
−中略−家の中には神棚と仏壇があり、毎朝、神棚にお祈りしては、仏壇に線香をあげる。正月や七五三には神社に行き、親族が亡くなれば、仏式で葬式を行う。レストランの入り口には、三角錐形や円錐形の盛り塩が置いてある。日本中、あるいは、日本人の日常生活の至るところに宗教の影響が見られるのです。(200〜201頁)

神社にお参りに行く日本人の毎年の数というのが、メッカに詣でるイスラム教の人口を抜いている。
メッカ参りは一生に一回行けばいい。
すさまじい人数。
世界の人々を異様に思わせる。

自分や家族の「現世利益」をお祈りするときは神社へ、葬式や法事など「死後」に関わる行事があるときには寺に行く、という人が多いのではないでしょうか。(202頁)

 日本には、針供養、櫛供養、人形供養など、ものを供養する風習があるでしょう。(203頁)

そういうふうにして「供養をする」という精神が地方の隅々にまで行きついている。
日本人というのは神様に選ばれるのではなく、自分で神様を選んでいる。
そういうところはある。

ハーバードが一番仰天したのはトヨタ自動車。

トヨタ自動車の従業員の行動指針「豊田要領」には「神仏を崇拝し、報恩感謝の生活を為すべし」と明記してありますし(205頁)

これはアメリカではびっくりするらしい。
社員の行動指針に神仏をきちんと「神様仏様を尊敬しなさい」それを会社がやっているというのが彼らにとっては。
アメリカにおいて会社とは何か?
それは株主が喜んで投資するという。
それが一番の会社の存在するための理屈。
そういうのとは全然違う理屈を日本の企業は持っているということ。
最も興味深いのが「清掃」「掃除」。
日本において掃除する。
これは精神的な行動。
ただのクリーンナップではない。

 清掃をする習慣もまた禅と深い関係があります。(215頁)

 日本の清掃を尊ぶ文化は神道にも由来します。(216頁)

きたない神社は見たことがない。
誰かが箒で掃いている。
森の中にあって木の葉はいつも散ってくるのに、誰かがいつも掃いている。
掃除というのは精神的な支柱。
雑巾がけもしている。

結納の時に爺さんと婆さんのお人形を持っていく。
一対のお人形さん。

高砂や この浦舟に 帆を上げて(高砂)

と昔謡ったのだが「翁、媼になるまであなたと一緒にいましょうよ」。
その爺さんと婆さんが両方持っているのが箒。
結納の儀式があったらそういうのを見てください。
つまり日本人にとって清掃はクリーンナップではなく、精神を表現するための一つの手段。
このあたり、ハーバードはじっと日本を研究している。

もう一つ変わったところが、剣、柔道、空手、合気道等々、ある意味では人間を殺傷する、傷つける、あるいは制する、そういう技術、殺傷の技術、それに日本人は宗教の禅を引き入れた。
格闘に宗教を引き入れた唯一の民族、それが日本人である。
これは宗教を教会やモスクの中などに置かずに、暮らしや労働にまで宗教を持って行ったという。
こういうところが日本人の異様な面白さだろう。

日本人の奇妙さ。
試合会場に入る時、あるいはいつもトレーニングを積んでいるホールに入る時、一礼しなければならない。
武田先生も合気道を学んでいるが一礼は当然。
これはキリスト教の信者の方とかイスラム教の方たちには、ものすごく異様に見える。
バカバカしいのだろう。
試合会場に上がって行く時に一礼して「始め!」とか言われたら、相手に向かってお辞儀をするという。
物凄く異様に見えるようだ。
武田先生の道場の先生もおっしゃっていた。
外国の方が合気道を学びたいと。
道場にまっすぐ入って来たので「ダメだ。礼儀として一礼してください」と言ったら「誰に向かって?」。
宗教という感じで挨拶をしている意識はなく、礼儀としてやっていると思う水谷譲。
それが(外国の人は)理解できない。
「頭を下げるというのは、唯一の神に向かってだけです」そういうふうに小さい頃から教わっているワケだから。
「トレーニングホールに入るだけなのに、何で、誰に頭下げてんだ」という。
(武田先生の道場の)館長がおっしゃっていたが「すぐに辞めてもらいました」。
「それを屈辱と理解するという方には武道は教えられない」と。
神への拝跪ではない。
神を呼び下ろすための作法。
それが一礼なんだ。
「礼儀」ということなのだろう。

それから、これはハーバードではないのだが、とある人から聞いたことがある。
「日本人は『和を以て尊し』とか『何よりもまず話し合いましょう』とかと言っているワリには、何で日曜日の八時、一家全員が集まって楽しく夕食をするというような穏やかな時間に殺人ドラマを放送するのですか?」という。
よく考えてみると確かにそう。
日曜の夜八時はアメリカだったらどんな番組をやっているかというと、昔だったら『ルーシー・ショー』『パパは何でも知っている』とか。
日本は夜八時、NHKで流れている番組は大河ドラマ。
全部殺し合い。
(「戦(いくさ)」だということが)向こうの人にわかるわけがない。
それをやめないのだから。
東京オリンピック(『いだてん〜東京オリムピック噺〜』を指していると思われる)とかさんざんやったが。
基本的には最後は大殺戮で終わるドラマだけ。
『徳川家康』『真田幸村』『太平記』『草燃える』『源義経』『忠臣蔵』
壮絶な集団の殺し合いドラマ。
『龍馬伝』『西郷どん』
これはアメリカ人にとってすごく謎らしい。
日本も「欽ちゃん」とかやっていればいい。
『(欽ちゃんの)ドンとやってみよう!』
言われてみたら、ベーシックはやっぱり殺戮のドラマ。
このへんはもう不思議で仕方がないという。
そういうふうにして日本をちょっと考えてみると、なかなか面白い国に住んでいると思いませんか?

これは重大なことなのであまり軽々しく発言すべきではないと思うが、死について「死を自ら迎えに行くもの」というような考え方があるのではないか?
武田先生が思うのは、アメリカとか中国のご老人が終活をやるとは思えない。
日本人はやっぱり死に関して「迎えの準備」のようなものを加藤茶さんが宣伝してらっしゃる。
ノートに書いてらっしゃる。
「さようならが あたたかい」



国際基準は「さよなら」は全部冷たいのではないか?
それを「あたたかい」と表現してしまうというところに日本人の文化みたいなところが。

これはちょっと嫌味な言い方になるが、アジアの中では(日本は)識字率が高い。
リテラシー。
いわゆる文学というものが昔から好まれている。

日本文学が東アジアに与えた影響を比較文学の観点から分析しているのが、カレン・ソーンバー教授だ。(248頁)

──19世紀後半から20世紀前半にかけて、日本は台湾、朝鮮半島、中国の一部へと領土を拡大していきました。(258頁)

日本の統治そのものには不満を持っていても、日本語を学び、日本文学から学ぼうとしていた文化人がたくさんいたのは、驚くべき現象だと思います。(259頁)

日本の文学から相当なものを学んだのではないだろうか?と。
アジアに残っている文学作品を取り上げてみると、日本の作品の影響を受けた気配があるんだ、と。
日本は帝国主義でアジアに進出していたが、アジアからの留学生も受け入れたということも事実。

 彼らは日本文学に夢中になり、日本文学の虜になりました。その一人が中国を代表する作家、魯迅です。魯迅は1902年に医学を学ぶために来日し−中略−「今の中国に必要なのは文学だ」と思い立ち、作家を志します。(259頁)

──たとえば日本文学は魯迅の作品にどのような影響を与えたのでしょうか。
『阿Q正伝』には、夏目漱石の『吾輩は猫である』からの影響が見て取れます。
(259頁)

村上春樹の小説は、中国と韓国で人気が高いですが(262頁)

村上(春樹)さんは「正体がよくわからない」と思う武田先生。
以前、村上春樹さんを三枚におろした武田先生。
その時に「村上さんの文体は翻訳がしやすい」というふうにおっしゃっていた。
それは内田樹さんからのご指摘。
東京の地下深くにモグラが住んでいるとかナマズが住んでいるとか、それから『神の子どもたちはみな踊る』とかという作品の中、それからハワイでサーフィンをやっていてサメに喰われて死んでしまった息子が突然蘇ってお母さんの前に現れる(『ハナレイ・ベイ』を指していると思われる)とか『雨月物語』っぽくて、現実のリアルな世界と魔界みたいなものがフッと結ばれるという。
それが受けているのかな?と思うが。
違うふうな作品もあるし。
武田先生にはよくわからない。

もう一つが東野圭吾さん。
この方もよくわからない。
武田先生に読む力がないばかりに最後まで行かない。
ドラマ化、映画化も多い。
『容疑者Xの献身』も1/3行かない。

容疑者Xの献身 (文春文庫)



もう進まなくなると全然ダメ。
(小説でも)司馬遼太郎をあれだけ読んだ武田先生。
自分で課している。
「まだこの先、もしかしたら凄いいいドラマがあるかも知れないから、勉強しよう」というのだが、武田先生には何だか・・・
ただ、東野圭吾さんで強烈だったのは『白夜行』。

白夜行 (集英社文庫)



これも読み通したワケではない。
父を殺した少年と、母を殺した少女の初恋物語。
少年は青年になっても美しい娘になった少女のために人を殺し続けるという、壮絶な物語。
ドラマの中で武田先生は彼らを追う刑事・笹垣(潤三)を演った。
好きな役だった。
武田先生はダメなのだが、村上春樹さん、東野圭吾さん、このあたりは本当に世界を引き付ける作家に、ということ。
東野圭吾さんは作品が独特。
武田先生はテレビドラマ『白夜行』の中でもの凄いセリフを言う。
それは殺人を重ねる山田青年(桐原亮司役の山田孝之さんのことだと思われる)に向かって「悪かったな。俺がしっかりとお前を逮捕して早く死刑にしてやれば、こんなに罪を重ねることはなかったんだ」。
この「早く死刑にしてやらなくて済まなかったなぁ」というあの笹垣という刑事の一言は凄かった。
逃亡犯の山田君とは一回も目を合わせない。
ラスト一回だけ武田先生をチラッと見たかと思うと、彼は陸橋から飛び降りて自殺してしまった。
山田君が恋した女の子は綾瀬はるか(唐沢雪穂)。
あの頃はまだ田舎の臭いのするような子だった。
今は大女優。
武田先生は『白夜行』の世界を演じながらつくづく思った。
武田先生の解釈。
白夜行の脚本を読んだ時に「これは親鸞の『歎異抄』だ」と思った。
だから、笹垣という刑事が何かあるごとにつぶやいているのは『歎異抄』だった。
アドリブだった。
監督はなるべくその声が入らないようにマイクを遠ざける。
「なぁ。君、学校でいじめられとんのんか?」その女の子が「いいえ。大丈夫です」と言いながら背中を向けて去っていく時に(カメラの)「寄りが来た!」と思った瞬間、笹垣が「人を千人殺してんや、極楽往生間違いなし」と『歎異抄』の銘文をつぶやく。
意図的にやっていた。
それで逃げていく録音さんの腕を押えて。
誰とは言わないが監督からすごく嫌われていた。
「武田を暴れさせるな」それが撮影中の合言葉だったようだ。

だが、日本の娯楽作であれ何であれ、日本にとある伝統みたいなものをどこかで継ぐという。
それがアニメであれ文学作品であれ、日本人の中で大事にバトンタッチされ、生き残ってきたのではないかなと思う。
日本人というのは、その時代のアレはあるのだろうが、様々に工夫しながら紡いできたという。
こういうアメリカの方の目が一個入ると、自分たちが住んでいる文化の不思議さとかというのがわかる。
「そう見られてるんだ」というのが面白いと思う水谷譲。
ガラパゴスというのはある時期ひどく軽蔑の用語で「だから日本はダメなんだ」とかと言っていたが。
でもガラパゴスだからゆえにお客さんが訪れるということも有りうるワケで、何も「グローバルスタンダード」「一帯一路」「世界が一つに結ばれる」ということだけが全能ではない、という。

そして、この今回の『ハーバードの日本人論』に関して、少し皆さんに言い訳をしておかなければならない。
これは例の、梅の咲く頃からアジサイが咲き出すまで日本を席巻した新型コロナウイルス以前のもの。
これからいろんなものが様々に変わっていくと思う。
だが、日本人というのが変わらずに守ってきたものというのが、ハーバードあたりから見るととてつもなく面白いもの、という。

時間が余ったので余計なことを言うが、武田先生が見て感動した。
中国の武漢で新型コロナウイルスが流行り始めた瞬間に「これは危ないぞ!」と警告したお医者さん(李文亮)がいた。
亡くなった方。
あの方が警告を発して、それで警察に「オマエは共産党の世の中を乱そうとしている」と責められて自分の意見を取り消して治療に当たられたという。
あの方が病で亡くなられた。
その時に慌てて北京、共産党が英雄にした。
「レツジン」(どういう字かはわかりませんでした)と言って、武漢の市民が騒がないように、市民が入れないことでお葬式をやったらしい。
その夜のこと、武漢のあっちこっちから竹笛が鳴り響いた。
モガリの笛。
死んでしまった人、その人の魂を呼び戻すためにモガリという習慣があって、それが武漢のあの夜に鳴り響いた。
「武漢のモガリの笛」というのはちょっと感動した。
「どこかで深く繋がる部分が中国にもあった」ということでご記憶なさるとうれしいなと思う。

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2020年6月29〜7月6日◆ハーバードの日本人論(前編)

ハーバードの日本人論 (中公新書ラクレ 658)



ハーバード大学の日本人論。
アメリカの超エリート校であるハーバード大学だが、数多の研究室、あるいは教室がある中で、日本あるいは日本人を研究しているグループがあるそうだ。
日本というのが面白いのだろう。
研究に値するほど日本人、日本というのが興味を彼らは惹くらしい。
あまりそのことが信じられないのだが。
「日本に対する興味というのは国際的に高まっている」と、そう言ってもいいのではないか。
かつては日本への興味というのは「ニンジャ」「ゲイシャ」「フジヤマ」このあたりだったのだが、最近は凄い。

何日か前にBSを見ていたら、禅宗のお坊さんのところに弟子入りしたヨーロッパの娘さんとアメリカの男がいた。
その禅に対する考え方の深さが我々でも圧倒されるぐらい、もの凄く深く禅を理解しようとしている。
禅宗というのはもともと中国のものなのだが、中国人が作ったと言ってもいいと思うが、何となく禅と言えば日本の方が伝統という。

武田先生も実際に見たことがあるが、京都の方で撮影があって「苔寺でも見物して帰りませんか」とあるタクシー会社の運転手さんに言われて、連絡がうまくいったものだから、奥様とマネージャーと一緒に苔寺を見物に行った。
別の何かいい名前(「西芳寺(さいほうじ)」)があるらしいが通称「苔寺」。
あそこは予約制。
去年のことだったので、いっぱい外国人。
武田先生たちが行った回はフランス系の方が多かった。
日本人は武田先生たち三人だけ。
あとはフランス人。
一番最初に般若心経の読経があった後、願い事を書く。
紙をくれる。
フランスの人はちゃんと書く。
フランス語で書いている。
だが、彼らはノートルダム寺院とかに普通は行っているのではないか?
頼んだりしない。
「家内安全」とかなかなか言えない。
それをフランスの人は書く。

もう一つ目にした光景。
長野の山奥のサルが温泉に入るという露天風呂。
あそこを観光で行ったことがある。
お客さんは日本人の他、ヨーロッパ系の人。
あとちょこっと台湾の人がいた。
本当にヨーロッパの人は温泉に入っているサルが好き。
「サルが風呂に入っているのを見て何が楽しい?」というのが日本人だろう。
サルの擬人化、「サルが一瞬人間に見える」というのが日本に来るとたまらない魅力らしい。
サルと人間の関係が日本ではほぼ同格に扱われる。
風呂に入っているサルを脅かすと管理者の人がいて「やめてくれ」と英語で注意する。
それも愉快らしい。
サルと同じように扱われる伸びやかさ。
何かそういうのを凄く見ていてこっち側も「面白いな」と思う。
だから日本がおかしいらしい。
何がおかしいかというと「文明の解釈の仕方が我々とこんなに違う」というのが珍妙でおかしいらしい。

道路安全のおじさんがいる。
ちゃんと帽子をかぶっている。
それで車を止めたり行かせたりしている。
あれはすごく外国の人から見ると面白いらしい。
外国にはいない。
ああいう恰好をして「どうぞ〜!」とかと言う方。
あれはちゃんと帽子をかぶって、あるいはヘルメットをかぶって。
日本というのは文明に於いてやはりガラパゴス諸島みたいな、相当異端。
世界の文明の主流たる文明から離れたところ、そのことがたまらなく面白いらしい。

今度のコロナ騒ぎの時に、テレビニュースで見ていて面白かった。
ウクライナの女性がいた。
可愛そうに帰れなくなった。
日本も閉じてしまって、向こうも国が閉じてしまっているから。
日本で一所懸命安い宿屋に泊まって生活してらっしゃる。
この人は何日に一回か浅草に行っている。
長逗留なものだから日本語が上手になってしまって。
もっと聞きたいのだがテレビ番組だったので。
彼女曰く「観光で来たんですけど、浅草にはまっちゃって」。
日本語で。
彼女が何にはまったのか訊きたいなと思ったのだが。

ハーバード大学准教授
アレクサンダー・ザルテン
−中略−
専門はメディア論、映画論。
−中略−黒沢明、小津安二郎、宮崎駿、押井守等の作品を取り上げながら「世界の中の日本映画」などを教える。(21頁)

(番組では「教授」と言っているようだが、本によると「准教授」)
最近では北野(武)の映画を見て学生たちと語り合うそうだ。
非常に不思議な日本人論が展開していて

 2017年に『ゴースト・インザ・シェル』が公開されたとき、最も大きな問題になったのは、草薙素子をスカーレット・ヨハンソンが演じたことです。アメリカでは「なぜ日本人の草薙素子を白人のスカーレット・ヨハンソンが演じるのか」−中略−この論争はアメリカ人が草薙素子を「日本人」、つまり人間として見ていたことのあわられです。
 一方、押井監督にとって、『攻殻機動隊』の草薙素子は、日本人を超えた存在です。
−中略−「『少佐』はサイボーグであり、彼女の身体は完全に仮想のものです。そもそも『草薙素子』という名前や現在の身体は、生まれつきの名前や身体ではなく、アジア人の女性が演じなければいけないという意見には根拠がありません」と述べています。
 面白いことに、実写版のキャスティングに対して日本人の観客は「ハリウッド映画なんだから、しょうがないよね」という感じであまり気にしていない様子でした。
(43〜44頁)

(番組では草薙素子の人種に対して異論を唱えているのは主にハーバードの学生であるかのような話になっているが、本によるとハーバードに限定されずにアメリカ人全般)
今、世界で大活躍している日本人は例えば「八村塁」「大坂なおみ」「ケンブリッジ飛鳥」。
立派な日本人。
競技場に入って来る時に侍のマネをするのだから。
御嶽海、高安、これは全員日本人。
彼らの出生に関してはハイブリッドで、父母の国が違うが、彼らに対して日本人は「日本人」と思っている。
特に大坂なおみさんなんていうのは日本語があまり得意ではない。
言葉だって危ないのだが、大坂なおみさんに対して「オマエ外国人だろう」と言う子はいない。
我ら日本人は彼らを「日本人」と見るワケだが、アメリカの人たちは映画で「草薙素子はアメリカ人がやっている」と。
日本人は昔からそういうところがある。
神話の中もそう。
ハイブリッド、父と母が違う国の人間であるというのが日本神話の主人公。
神武天皇はハイブリッド。
神武天皇は父は天孫、お母さんは海の国。
海と天の国の真ん中に生まれてこの国を支配したワケで、天皇家の大元はハイブリッドの人たち。

そして面白いのは人型ロボットに関して、日米というのが全く違う。

──日本の漫画、アニメーションの中には、『鉄腕アトム』『ドラえもん』『Dr.スランプ』のように、人間型ロボットを友達として描く作品がたくさんあります。−中略−
ロボットの描き方は国によって異なりますが、概して日本人はロボットに対して肯定的なイメージを持っていて、欧米人は複雑な感情を抱いているといえます。
(44〜45頁)

鉄腕アトムは、電子頭脳を持ち、60ヵ国語を話せて、原子力モーターで動きます。まさに日本がめざす未来の「技術立国日本」を体現していたのです。(46頁)

『Dr.スランプ』から『サイボーグ009』。
そういうのもみんな科学技術とテクノロジー、人型ロボット。
ところが、これがアメリカになると暗い。
『ターミネーター』

ターミネーター(吹替版)



「I'll be back」
『ロボコップ』

ロボコップ (吹替版)



暗い。
影がある。
時々人間だった時のことを思い出す、という。
『ロボコップ』
そして『トランスフォーマー』。

トランスフォーマー/最後の騎士王(吹替版)



あれも暗い。

 一般的に欧米人はテクノロジーに対してアンビバレントな感情を抱いていて、「テクノロジーは人間の役に立つが、信じすぎるのは危険だ」という思いがどこかにあります。(46頁)

『スター・ウォーズ』や『ウォーリー』には、親しみやすくて、人間のような心を持つロボットが登場しますが、鉄腕アトムとは違って、その外見は人間とはかけ離れています。(47頁)

三月か四月以来、「何か『(今朝の)三枚おろし』が妙に疲れるな」と思った武田先生。
やっと今日、理由がわかった。
このラジオ局は(新型コロナ対策を)凄く気にしてくれていて、武田先生と水谷譲の真ん中に透明なアクリル板が置いてある。
これはムキになって話す。
「聞こえないのではないか」と思って。
やはり芸人なので壁に向かって話すというのがある。
武道館でやる時に声をデカく出す。
「ノってるか〜い!」とかと。
公民館ではこんな声は出さない。

三月だったかに「この人が死んだんだ」と思って。
武田先生がワリと好きな落語家だった。
その人がいつも座っているコメンテーター席にその人の遺影が飾ってある。
「ああ〜惜しかったなぁ〜」と思って手を合わせた。
そうしたらその遺影が突然動いて安倍政権の悪口を言い始めた。
よく見たらリモート。
ちょっと遺影っぽい。
コメンテーター席でその落語家は死んでいるし、横の若い弁護士さんも死んでいる。
「あれ?」と思ったらみんな動いて安倍政権の悪口を言っていた。
何のことはない、そういう形の出演。
だが何か馴染まない。
いろいろ皆さん頑張ってらっしゃるのにこんな不満を言ってはいけない。

日本のアニメの影響力はあまりバカにできない。
強力なものを日本のアニメは持っている。
武田先生もあまり詳しくはないので偉そうなことは言えないが。

──イーロン・マスクやスティーブ・ジョブスなど、世界的なIT企業の経営者の中には、日本のアニメーションから影響を受けている人が多数いますが−中略−
既存のスタイル、ストーリー、キャラクター設定を組み合わせ、再構築することによって、全く新しい世界をつくりあげていくことです。
(47〜48頁)

3〜5月、何もやることがなかったのでDVDの旧作をさんざん見ていた。
マカロニ・ウエスタンから『座頭市』まで。
やはり日本のものは確かに物語は面白い。
武田先生が感動したのは『座頭市』。

座頭市 [Blu-ray]



あれはどこの人も驚く。
「盲目の人が一番強い」というあの設定は。
また勝新(勝新太郎)さんがなんの無理もなくそれを演じてらっしゃる。
「ハンデを背負う人の方が有利なのではないか」という設定そのもの。
それがある意味でどこの人も思いつかない一種、日本人だけの発想なのではないかと思ったりする。
日本人はそういう組み合わせが上手。

1990年代後半以降は急速にデジタル化が進み、現在では策がや背景画は従来どおり手描きでも、それ以降の工程がすべてコンピューターで行われるようになっています。(38頁)

『アナと雪の女王』や『トイ・ストーリー』のようなディズニー/ピクサー映画はフルCGで制作されています。(38頁)

デジタルの画面は疲れる。
(『カーズ』か『トランスフォーマー』を見て気持ち悪くなってしまって)一度もどしそうになった武田先生。
余りにもCGの進みすぎているものは飽きる。
よくできていた。
『アルキメデスの大戦』というのを見た。

アルキメデスの大戦



それもCGだから、おじさんの胸は震えない。
東宝の八月シリーズの戦記もので模型の戦艦大和が沈むのを見た感動というのがCG画面より勝っている。
特撮部が作ったものが好き。
ゴジラ対モスラ対キングギドラのアメリカ版(『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』を指していると思われる)。
「あれ面白かった」と思う水谷譲。
「面白くもなんともない」と思う武田先生。
疲れる。

ハーバードの日本人論 (中公新書ラクレ 658)



お手軽な値段のワリにはなかなか読み応えがあった。
ハーバード大学に様々な研究室や教室があるのだが、その中で映画を取り上げて説く先生がいて、この中で取り上げられたのがアニメ。
昨日、水谷譲と大いに論争になったのは「3DCGは疲れるんじゃないか?」という仮定を武田先生はしたのだが、同じ日本人の水谷譲からは、いとも簡単に否定された。
なぜ3DCGは疲れるか?
そんなことを急に言い始めたかというと、武田先生の印象、感想なのだが、実は3DCGの場合、観客がまずどこを見るかが画面の中で決定されている。
物事を「立体的に見る」というのは、その一番手前にあるものを画面なら画面の中央に置いておいて奥に行くと遠くなるワケで、遠近法を使うワケで画面設定が出てきた瞬間にどこを見るかを画面が決定する。
観客が決めるのではない。
3DCGでアニメを作る場合、作り方、つまりカットの積み重ねの仕方が決まってくる。
手前から奥へ行く。
だから犬がアナタに向かって画面の奥からアナタに向かって走って来るという映像がある。
そうするとそのCGは犬の鼻から描いていく。
お客はその犬の鼻を見なければならない。
一つ一つのシーンでどこを見るかは観客が決めるのではなく、場面構成が決めてゆく。
その手の絵が3DCGはいっぱい出てくる。
奥から手前にやってくる。
それで飛び出すということ。
そういう錯覚を絶えず目に与え続ける。
作り手の方がそのシーンの位置関係を決めて、お客に「それで見なさい」と言っている。
セル画一枚一枚、絵を描くセルアニメーションとは何か?
これは舞台を見ているのと同じ。
主役を見てもいい。
だが、アナタの自由の中で一番端っこの表情を見ていてもいい。
焦点は関係ない。
その「首を振ってもいい自由」というのがセル画アニメーションにはある。
ところが3DCGは、映画を作った人の通りの構成や視点で見ないと絵がわからなくなる。
それで疲れる。
つまり遠近で線が決定される。
ところが『となりのトトロ』や『風の谷のナウシカ』というのは遠近が関係ないから風がビューンと吹いて、トトロが住んでいる木の木の葉が揺れる時、全部同じように動かしていい。

となりのトトロ [DVD]



風の谷のナウシカ [DVD]



そこに宮崎アニメの「いっぱいの人がいっぱい描いたんだ、絵を」と思わせる「人間の労苦」「人間が描いたという痕跡」が画面に残る。
『アナと雪の女王』なんかを見ていると「実写でやったらどう?」と言いたくなる。

アナと雪の女王 (吹替版)



あそこまでやられたら、考えなくなる。
何でかというと「探る」。
マカロニ・ウエスタンで『夕日のガンマン』と『荒野の用心棒』を見た。

夕陽のガンマン [Blu-ray]



荒野の用心棒 完全版 製作50周年Blu-rayコレクターズ・エディション



彫の深い兄ちゃん達が出てきて撃ち合いをするのだが、彫が深すぎてしまって、どれがいい人か悪い人かわからない。
日本語で言ってしまうが「抜け・・・オマエから先に抜け」「ジャンゴー♪」と言う。
いい人か悪い人か懸命に見ていないとわからないから見る。
それをあの3DCGはいい人か悪い人か全部わかる。
表情に出ている。
いい人か悪い人かわからないようなキャラクターは最初から出していない。
悪魔系列の人は「イッヒッヒ!」と出てそういう表情をする。
主人公の女の子は「柳眉を寄せる」といって眉二本が段違いに線のように悲しく歪むというような。
ところがマカロニ・ウエスタンはよく見ていないと、どの人がいい人かわからない。
3DCGというのは考えさせなくて、それに比べてセルアニメーションはいい人か悪い人か考える。
日本のアニメが受ける原因をどこまでもどこまでもハーバードで辿っていくとアッ!と驚く結論にたどり着く。
ハーバードはいかに考えたか。

(水谷譲と武田先生は)年齢が違うので感覚が違うワケで。
武田先生が強引なところがあるのだが。
もう一度繰り返すが3DCGは面白くない。
何でも自由にできるというのはつまらない。
「制約が画面作りにない」というので、映画が粗くなった。
昨日か一昨日に『ゼロ・グラビティ』を見た。

ゼロ・グラビティ(吹替版)



宇宙遊泳をしていて、事故が起こって地上へたどり着くというのはわかるが、そんな二台も三台も乗る衛星を宇宙空間で飛び移って、女の人が一人帰って来る。
「面白かった」と思う水谷譲。
「あり得ない」と思う武田先生。
物凄く宇宙空間の描き方はリアルなのだが。
名刺よりもちょっと大きいぐらいの小さいテレビで見た武田先生。
画面が小さいのもあって何の迫力も感じない。
アメリカの宇宙船にいて、故障したのでロシアの宇宙船に乗り換えて、ロシアの宇宙船に乗り換えた瞬間にそれが壊れたので、今度は中国の誰も乗っていない宇宙船に乗り換えて地球に戻って来るのは使いすぎ。

3DCGとアニメの違い。
セル画アニメというのを日本人がなぜか好む。
不思議だと思わないか?
これだけ洋物から押されながら押し返している。
ジブリもそうだし、そのほかの勢力『君の名は。』『天気の子』もそう。

君の名は。



天気の子



「では一体、日本のセル画アニメはどこから始まったんだ?」という問いを発して辿り着いた結果が鳥獣戯画。
あのカエルさんとウサギさんが相撲を取ったりしているという、どこかの偉い貴族の人がお描きになったマンガ。
あれが、いわゆるセル画アニメの原点なのではないか?
それから浮世絵。
鳥獣戯画とか浮世絵などに見られる特徴は何かというと、奥行きのなさ。
奥行きはどうでもいい。
遠近感はない。
(伊藤)若冲あたりの画家。
これがのちにフランスあたりの印象派の運動になる。
(安藤)広重の絵を見て、みんなで腰を抜かしたという。
ゴッホが浮世絵を見てひっくり返ったのは何でか?
浮世絵には全く意味がない。
西洋絵画は絵に意味がないといけない。
マリア様を描く時には持っている花とか髪の毛はどうするとか、背景で・・・何かかぶっている・・・天使のリングを持っていなければ・・・
日本の浮世絵は違う。
花魁を描く。
葛飾北斎の絵を見てゴッホがひっくり返ったらしいが、菊の花が描いてある。
ただの花。
それを見て驚く。
「俺も普通に花、描こう」と言って「ひまわり」を描いた。
「ひまわり」には何の意味もない。
キリスト教に関係ない。
そのうちに「アルルの跳ね橋」などを描く。
あれなんかも全く意味がなくて、日本の何とか橋の夕立を描いた。
夕立がザーッと橋の上に降り注ぐという浮世絵を見てゴッホは狂喜した。
「意味ないじゃん!」
この「意味がないことの自由さ」というのはたまらなかった。

鳥獣戯画。
あれは遠近がほとんどない。
そして重ねてある。
遠くにあるものを手前に描いたり。
カエルとウサギが弓矢で的を狙っている。
普通、西洋絵画だったら、弓で射ているのだから的を遠くに絵が描かなくてはダメ。
それを鳥獣戯画の作者は、すぐ近くに的を描いている。
その手の遠近を無視する。
遠近を無視するという面白さ。
それがマンガに生きる。
若冲なんて不思議な人。
命を懸けて描いた絵がニワトリ。
「何でニワトリ?」と訊きたくなる。
「ニワトリを命を懸けて描」くというところに激しい何かがある。
ハーバードがやたら「日本」というところを見据えているのはそのあたりのこと。
皆さんもフライドチキンを食べる時は眺めながら食べてください。


posted by ひと at 10:40| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月15日

2020年5月18〜29日◆サルも木から(後編)

これの続きです。

「賢い」とされている人類、人間ではあるが、このサルは「木から落ちたんだ」と。

とてつもない失敗の世界史



中国がかつてやった大失敗。
「眠れる獅子」とも言われた中国。
世界で、もうアメリカに次ぐ経済大国。
「アメリカを抜くのではないか」と。
おそらく抜くのだろう。
それぐらいの勢いなのだが、世界史の中ではギクシャクした歴史を持っている。
その中国史の中で最も名を成す政治家が毛沢東。
この人が1950年代、権力を掌握していろいろやるのだが、この人の失敗がすごい。
この毛沢東の夢は何としても中国を農業大国に変えたかった。
急速にやりたかった。
まず、四大害虫駆除運動を始めた。
「四つの害虫を暮らしの中から締め出そう」と。
思い付きとしてはよかったのだろうが。

 蚊はマラリアを広めるし、ドブネズミはペストを広める。−中略−毛沢東は(専門家の意見を訊くこともしないで)ほかの二つの種も加えることにした。槍玉に挙げられたハエは、鬱陶しいからという理由で撲滅されることになった。四つ目の害は? こともあろうにスズメだった。
 理屈はこうだ。スズメがいけないのは穀物を食らうからだ。
−中略−これを計算すると、一〇〇万羽のスズメが駆除されたら、六万人の食いぶちがまかなえると考えたのだ。(72頁)

(番組では「10万人」と言っているが本によると「6万人」)
マラリアの蚊、ペストのドブネズミ、鬱陶しいハエ、稲田を荒らすスズメ。
これを「四大害虫駆除」として全国民に訴えた。
この本には書いていないが、中国人民の面白いところで、中国の方というのは熱狂というのが大好きでフィーバーしてしまう。
白川静という人が、悪い意味ではなく「中国の国民性は『狂』」。
カーッとなる。
このカーッとなるという国民性でこの四大駆除運動を始めた。
1950年代の頭から始めて1958年。
(本には「四害駆除運動は一九五八年に始まり」と書いてある)
毛沢東が率いた中国人民はどのくらい始末したか?

四害駆除運動は、合計すると一億五〇〇〇万匹のドブネズミに一一〇〇万キロの蚊、一〇万キロのハエ(73頁)

(番組では蚊の数を「100万kg」と言っているが本では上記の通り)
スズメは徹底的に駆除された。
この駆除のされ方は凄い。
スズメを見かけると人民が追いかけていって石を投げつける、鍋を叩く、飛んで逃げる。
飛んで逃げて近くの木にまた止まろうとするとまた別の人民が追いかけてきて鍋を叩いて脅し、石を投げつけて。
それでスズメは飛び続けて、くたびれて空から落ちてきた。
そんな駆除の仕方が中国人民はできる。
中国人民の熱狂というのはこれぐらいすごい。
空中から疲れ果ててスズメが落ちてくるぐらい、13億(人)の民がスズメを駆除した。
(スズメの駆除の仕方は過去にご紹介した「世界からバナナが無くなる前に」あたりの話かと思われる)

一億羽のスズメを殺したと推定される。(73頁)

一億のスズメを殺した。
これで四大害虫を見事に退治したという、結構よさそうに見えたのだが、先週もお話した通り、生物のバランスというのを極端にいじくるとロクなことはない。
この1958年、四大害虫を駆除したのだが

一九五九年から一九六二年まで中国を襲った大飢饉の原因は、スズメの駆除だけではなかった。(73頁)

これは未だに、中国の人たちのものすごく深い傷になっているようだ。
1959〜1962年の中国の苦労はすごい。
この1962年にデビューしたのがビートルズ。
中国人民はビートルズを知らない。
本当に中国人民は気の毒だなと思う。
大飢饉。

一億羽のスズメは穀物を食らうばかりではなく、虫も食べていた。とくにイナゴを食べてくれていた。
 突如として一億羽の天敵がいなくなってせいせいした中国のイナゴは、毎日が正月だとばかりに祝い始めた。
(73頁)

毛沢東が指導した農業指導が次々と外れていく。
そして深い深い傷だが、この毛沢東の農業指導の大外れによって中国人民は中国の歴史始まって以来の苦痛を味わう。
そのあたり中国のトラウマ。

1959〜1962年、毛沢東の指導による四大害虫駆除政策というのが外れて、スズメを駆除したばっかりに、かえって害虫が増えて米が穫れないという米飢饉が起きる。
そして毛沢東が指導した治水工事はあっちこっちで洪水が起こり、それでも上層部はいいことしか言わないので、どんどん食べ物が無くなるという。
人口が13億。
この13億に供給すべき食糧が無くなるという。
恐らく中国史の中で中国人民が味わった最大の飢饉が、この1959〜1962年だったろうと思う。
これは武田先生も中国に行って一緒に番組を作る人から聞くのだが、この飢饉はひどかったようだ。
その人はそれ以外はしゃべらない。
だがこの間、隠された事実としてものすごく悲惨な飢餓地獄が中国にはあったようだ。
証拠は残っていない。
この間にネズミとか野生動物を喰うということをやったようだ。
それだけならまだいい。
このトム・フィリップスさんが書いている。
こんなことを書いていいのかな?と思うのだが。
1959〜1962年、恐らく打ち捨てられた死体を食べたのではないか?という。
(ということは本には書いていない)
人肉を人が喰うというようなエリアが一部あったようで。
この時の食物の奪い合いというのが中国人民のトラウマとして相当深く心に焼き付いているのではないだろうか?
だからケモノを食べる、あるいはケモノの死骸を食べるという悪癖。
今、世界で二番目に裕福な中国。
どこかで見たことがあると思うが、やってきた中国の観光客の人が食べたかどうかのチェックを一品一品丁寧にやるので、レジが進まなくて中国人の方がいるとつっかえる。
今、60代後半〜70代の中国人の心象にはトラウマとして焼き付いていて、食べ物屋さんをあんまり信用していない。
「これは何だ。これは何だ」と全部チェックしないと気が済まない、という。
そういう光景を見たことがある水谷譲と武田先生。
その時にお店の方が顔色一つ変えずに「いつもそうですから、もう慣れっこになってますよ」という。
日本人は凄い。
コックさんに向かって「みつくろって」。
「適当にみつくろって」と言う。
しかも日本の板前さんは素手で食物を触る文化圏。
ゴムの手袋をして今は(コロナ禍だから)当然だが。
そんなことは平時だったら絶対考えられない。
つまり日本人というのは素手の文明に慣れているし、生ものを出すということに関しては一種クレジット。
信用関係。
マナーとか関係なく、クレジット、信用で成立している。
だから裏切ればどんな目に遭うかは知っている。
食品加工でその手の失敗をすると日本ではほとんど致命的。
中国では失敗しても生きていける。
わけのわからない肉でも(段ボール餃子)、ライバル店が繁盛しているので頭にきて農薬をこっそり鍋の中に入れたとか、それも1959〜1962年の中国、毛沢東による大飢饉のトラウマは異様なタンパク質への憧れ「肉だったらば何でも喰えるぞ」というのが何かトラウマとしてあって2004年のSARSウイルス発生、これの元凶はそもそも毛沢東飢饉の亡霊ではないか?と。
(と本に書いてあると言っているがこのあたりの話は本にはない)
とにかくコウモリを喰ったとか、アルマジロを喰うのだからすごい。
漢方で喰わないものがない。
武田先生は殷の3200年前の甲骨文字を調べている。
甲骨文字の発見は何か?
甲骨文字を刻んだ亀の甲羅をマラリアの特効薬として売っていたという。
(マラリアには)効果はない。
中国の漢方では(効果が)「ある」ということで、そこから甲骨文字の発見が続いたというから、このトムさんがおっしゃった「木から落ちたサルである」というのは今の世界も「あるいはこれが」という感じ。

一九四五年四月、−中略−ドイツのUボート、U一二〇六は処女航海の九日目で、スコットランドの北東海岸の沖をパトロールしていた。それは最新鋭の潜水艦で、速くて滑らかでハイテクだった。そして、ここが重要な点なのだが、しゃれた新型トイレを備えていた。−中略−
 このトイレがまずかった唯一の点は、思いのほか使い勝手が悪かったことだ。
(139頁)

海の中は音が滅茶苦茶聞こえる。
響く。
潜水艦に興味があった武田先生。
潜水艦の物語を読んでいたのだが、潜水艦でエンジンを止めて、海底で音の探り合いをしたりする。
その時に二隻の潜水艦が〇百m離れて底にじっとしているとする。
空き缶一個を落としただけで居場所が分かる。
潜水艦のスクリューがある。
あれがまた面白くて、全く歪みのないスクリューで海中を回すと水音がものすごく静か。
もちろん動き始めるとバレるが。

ドイツのUボート。
ドイツが作ったワケだから滅茶苦茶優秀。
ところがトイレの操作だけがややこしい。
(この後のトイレのボタンの操作法などは本の内容とは異なる)
ボタンが2パターンあって「流す」というのと「海水で洗う」というのが二つ並んでいる。
使う順番は「洗って流す」という順番で押さないとダメ。
それもゴーッと音がしたりしない。
スーッと流れる。
ヒトラーも「これは凄いぞ」ということだったのだが。
多くの兵士が戦闘開始直前にトイレに駆け込んだりする。
「流す」「洗う」というこのボタン。
戦闘が近づくとみんな逆さに押してしまう。
「洗って流す」ところを「流して洗う」になる。
でも音はしない。
スーッ・・・
ボタンをさかさまに押すと管から液体が漏れて下にこぼれ出した。
みんな次々にトイレを利用するものだから、艦内に汚水がにじみ始めた。

 船室が糞便と塩水が混じった汚水まみれになり、くさい臭いで充満しただけでも一大事なのに、それが床下に漏れて潜水艦のバッテリーにかかったとき、事態はさらにまずいことになった。潜水艦の設計者たちは、ご親切にもトイレの真下にそれを設置していたせいで、バッテリーから大量の致命的な塩素ガスが噴き出したのだ。シュリット艦長は潜水艦を水面に浮上させるしかなかった。だが、そうしたところをイギリス艦隊にたちまち攻撃された。それで潜水艦をまるごと放棄せざるをえなくなり(140頁)

その捕えにやってきたイギリスの駆逐艦の甲板でもUボートの中から臭いにおいが来て、全員で鼻をつまんだという。
コントみたい。
シュリット艦長は呪わしく、これを設計した技師を大声で罵り続け戦争に敗れた、という。
(という話は本には書いていない)
操作法を貼り紙にでもしておけばよかったのではないかと思う水谷譲。
何か設計ミスがあったのだろう。
飛行機のトイレなども安心して座れないところがある。
ボタンを押したりすると物凄い勢いで吸い込む。
あれは怖い。
逆流してきそうに思う。
何でもそうだが、逆流は怖い。
家のトイレが詰まって逆流しそうになったことがある水谷譲。
あんな恐ろしいことはない。
あれは怖い。
(ラバーカップを)管理人室に借りに行く時の心細さ。
(便器内の水量が)ギリギリのところで止まる。
手順が狂うと人間というのは本当にパニックになるという。
この「手順が狂う」というのが今度の大量感染などと結びついているのではないか?
何でも「詰まる」というのは怖い。

小松左京のSF長編で『復活の日』というのがあって怖い。

復活の日〔新版〕



どこかの国の生物兵器が溢れ出して、三カ月間で人類が滅んでいくという恐ろしい物語で、読んでいてゾクッとするのは、誰かが倒れて死ぬのだが、片付ける人がいないと、その死体がスプレッダーとなって〇十倍の速度で病人を増やす、という。
だから手順が一つ狂うというのが、いかに病にとって恐ろしいか。
人類の大失敗はいっぱいある。

フランス軍の将軍アンリ・ナヴァールがヴェトナムで経験したことだ。−中略−
 ときは一九五三年、共産主義のヴェトミン軍は、わずらわしいほど上首尾にフランス領インドシナの植民地支配に抵抗していた。
−中略−ヴェトミンにあざとい罠をしかけることにした。計画はこうだ。辺ぴなディエンビエンフーの盆地にフランス軍の基地を設営し、ヴェトミン軍の物資の補給路をおびやかして、戦闘に引き込むのだ。盆地は鬱蒼と茂った密林の山々にかこまれているため、ヴェトナム人には願ったりかなったりのはずだ。そのうえ、フランス軍は援軍から遠く離れている。フランス軍の新しい基地は、ヴェトミンが攻撃せずにはいられない恰好の標的となるに違いない。だが(計画はこんなふうに続く)、技術で勝っているフランス軍は、ヴェトミン軍をたやすく打ち負かすことができる。−中略−ヴェトミン軍は密林を抜けて重火器を運搬できないのだから、これは万全な計画だ。−中略−
 何ヶ月も首を長くして待ち続けた。ところが、何も起こらなかった。
(140〜141頁)

 ヴェトミン軍は密林を抜けてせっせと大砲を運んでいた。ヴェトナム兵と地元民が協力して、武器をばらばらに分解し、−中略−そこで大砲をまた組み立て、あとはただ雨期が始まるのを待っていた。そしてフランス軍がぬかるみで立ち往生し、フランス軍の戦闘機が物資をどこに落としていいか目視できなくなったとき、ヴェトミン軍は攻撃をしかけた。−中略−ナヴァールの部下たちは、そこにあるはずのない大砲が連続して火を噴いたことに度肝を抜かれた。
 フランス軍は包囲網に二ヶ月以上はもたず、ついにディエンビエンフーの陣営は陥落した。
(142頁)

これはアジア人を舐めたフランス軍の大敗北だった。
木から落ちるサルのような大国ということでフランス軍は大いに笑われた、という。
どこかの大きな国にも覚えておいて欲しい。
南沙諸島でこのベトナムと揉めている国が大国であるが、あんまり漁船をいじめて沈めたりしない方がいい。
ベトナムの人というのは根性がすごい。

 二〇一六年八月に一二歳の男の子が死に、この子のほかに少なくともトナカイを放牧している遊牧民二〇人が病院で手当てを受けた。シベリアのヤマル半島で炭疽菌が発生したのだ。炭疽菌がこの地で見られたのは七五年ぶりだった。発生は夏の熱波の時期に起こった。普通より二五度高い気温だった。シベリアをおおう分厚い永久凍土が熱波で溶け、何十年も前に形成された氷の層をむき出しにした。そこには一九四一年に発生した炭疽菌で死んだトナカイの凍った死体があった。(255頁)

75年前、この地で大量にトナカイが炭疽菌で死んだ。
その死骸をツンドラの下に埋めていた。
どこに埋めたかを記録していない。
それが溶けた。
「もうこんなことはないだろう」「ここに埋めておけば安心」というので、シベリアの永久凍土の中に埋めてしまった。
それが熱波で溶けて、という。
炭疽菌は死なない。
たくさん眠っている、埋められたウイルスはいる。
これはいつかまたまとめる。
二月の後半に顔にヘルペスができてしまった武田先生。
(新型コロナが流行り始めた時期だったので)怖かった。
病院の先生から説明してもらったら、体の中で免疫で抑えている。
「武田さんは子供の時、水疱瘡にかかった」
覚えていない。
記録しておかないとダメだ。

 アメリカがピッグス湾からキューバ侵略を試みたときの大失敗は−中略−
 歯車が狂い始めたのは、大統領選でジョン・F・ケネディーがリチャード・ニクソンを負かしたときだった。
(143頁)

まずはアメリカが反カストロのキューバ人亡命者の集団を訓練し、米軍の航空支援で侵略を開始する。米軍が今にも倒れそうなキューバ軍をのっけから軽く打ちのめすのを見たら、島の人たちはアメリカを解放者として歓迎し、共産主義者に対して蜂起するだろう。ことは単純だ。(143頁)

 一九六一年に攻撃が始まると、失敗の可能性があったことはおおかた失敗した。−中略−上陸作戦の部隊は、夜闇にまぎれて秘密裏に海から上陸する手はずになっていたが、地元の漁師たちにすぐに見つかり、解放者として歓迎されるどころではなかった。漁師たちは注意を呼びかけ、彼らをライフルで撃ち始めた(144〜145頁)

キューバ軍が出てくることを想定していたのだが、大量不審者ということで数千人の反カストロ軍は上陸したその浜辺に足止めをされる。
これを聞きつけたキューバ軍とキューバ空軍が反撃に加わり、水際でこの大陰謀が世界にバレる。
援護で飛ぶはずだった、フロリダの反カストロの空軍があったが、それを今投入したところで、もう向こうは空軍が待ち受けているので「勝てるワケがない」ということで、反カストロの爆撃機は飛び立たない。
そのうちに上陸した反カストロ民衆蜂起軍は千人以上が水際で孤立し、捕われてこの大陰謀が世界にバレる。
国際社会に晒される、という。
援護で飛ぶはずだったフロリダの空軍なのだが、アメリカの飛行機だとわかるような飛行機だった。
大作戦失敗だった。

 この計画はもっぱらアメリカが世界的な嘲笑の的となって終わり、−中略−一〇〇〇名以上の侵略兵士が捕らえられ、数年後にアメリカは兵士たちの解放に五〇〇〇万ドルもの身代金を支払わなければならなかった。(146頁)

それで、調子に乗ったソ連(現ロシア)がキューバに核兵器を置こうとする。
この時にジョン・F・ケネディーが「お宅がもしここに、キューバに核兵器を置いたら、我々は核兵器を運んでくるソビエトのその船を攻撃する」と言う。
チキンレースのようになってにらみ合いが続くのだが、断固たるジョン・F・ケネディーの覚悟を見てソ連の核ミサイルを乗せた軍艦はUターンしてゆく。

 この良い面は、ケネディーが決断の失敗から学び、翌年のキューバ危機では冷静な面々の意見を通すことができたことだ。(146頁)

ケネディーは暗殺されたもので。
ケネディーの格好良さというのはヘマをやらかしても堂々としているところに政治家としての力量があって。
政治というのは間違うもの。
なかなか読めるものではない。
そのみっともなさから「いかに学ぶか」ということ。
世界史の中に於いて、いかに人類が失敗してきたかみたいなことを三枚におろして聞いていただいた。
たくさんの情報、たくさんの失敗から私たちは一つずつ照らし合わせて未来を作っていく。
これが一番いいのではないかなぁと思う。
2020年。
大変大きな騒ぎになった新型コロナウイルスの騒ぎ。
この事実を「木から落ちたサル」として反省しつつ、次からは上手に木から木へ飛び移っていく時代を招こうではありませんか。
鮮やかに締め、自らにうっとりする武田先生。


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2020年5月18〜29日◆サルも木から(前編)

とてつもない失敗の世界史



「人間がどれくらい失敗してきたかというのを太古から調べた」という変わった方がいらっしゃって。
トム・フィリップスさん。
河出書房新社から出ている。
(値段が)高い本。
『とてつもない失敗の世界史』というワケで。
人間というのは「木から落ちたサル」その末裔だという。
そういう話。
それでまな板の上のタイトルは「サルも木から」にした。
とにかくズバリ人類というのは「木から落っこちる」というところで人間になったという。
これは化石である。
「木から落ちたサル」という化石が見つかった。
アフリカ・エチオピアの草原でサルの化石が発見された。
人類進化、二足歩行を開始したばかりの歩き始めたサルだった。

サルからヒトへの失われた進化の証拠、ミッシング・リンクとしてもてはやされた。(8頁)

この種はのちに〈アウストラロピテクス・アファレンシス〉、またはアファール猿人と呼ばれるようになった。(8頁)

 それから約三二〇万年後、化石となった彼女の骨を別のサルの群れが掘り当てた。−中略−この集団は当時、最高にハイになっていたビートルズの流行歌「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」を聴いていた。それで、彼女をルーシーと名づけることにした。(8頁)

ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ (Remastered 2017)



彼女が木から落っこちたとなぜわかるのだろうか?−中略−これは高いところから転落した人に見られる骨折で、−中略−やはり、ルーシーは木から落ちたのだ。(15頁)

何ともみっともないサル。
二足歩行を開始したばかりのサル。
木登りがもう下手になっていて、木から落ちてしまったという遺跡を残し、それが今日の人間の始まりであるという。
人間とは何者か?
それは二足歩行というよりも「木から落ちたサルの末裔」という。
なかなか面白いもの。
「木登りが下手になったサル」というのは草原を歩きながらゆっくりと脳を発達させて。
木登りが下手だから頭を使うしかなかった。
それでそのサルは二つのことに特化した。
それは何かというと「あそこに喰い物があるぞ」という脳。
もう一つが「近くにライオンがいる」という、この二つ。
このことを敏感に察知する能力を手にする。
それをずっと遺伝子で残して「喰い物と敵」に過敏な人間という生き物になった、という。
このトム・フィリップスさん曰くだが、21世紀の今も人間という木から落ちたサルは「喰い物があそこにある」というのと「ライオンがいる」というのにだけものすごく敏感で生きているという。
これはDNA。
この喰い物と敵に関して敏感なサルというのが人間という文明を立ち興していくワケだが、なかなか人間は面白い。

内田(樹)先生ほど、武田先生は厳しく人類を叱る知恵がない。
向こうの方は哲学者だが武田先生は芸人なので。
愛嬌を見出したいなと思う。
頭のいい方は先ほどの内田先生もしかりだが、このトム・フィリップス君もものすごく何か人間を手厳しく批判する。
でも『世界ふしぎ発見』か何かでやたら昆虫が好きな人。
(篠原かをりさんを指していると思われる)
あの人は面白い。
あの人がジャングルの中を走っていくと、オナガザルか何かが彼女を見下ろして威嚇するのだが、普通女の子だったらキャー!と悲鳴を上げるのだが、あの人は「向こうはサルですが、向こうからみるとこっちもサルでして『変わったサルが来やがったな』と思っていると思えばあのサルの気持ちもわかります」という。
確かにサルから見れば木に登ってこられない哀れなサル。
そういう意味で「この木から落ちたサル」がいかな災厄、災いを呼ぶかということに関しては明日から。
これは人類批判ではない。
楽しんで聞いていただければというふうに思っている。

人間というのはなかなか賢いことには間違いないのだが、時々ドジを踏むという。
それを「サルも木から落ちる」という喩えで、世界史を人類史を振り返ってみようかなと思う。

 約一万三〇〇〇年前、古代メソポタミアの豊かな三日月地帯で、人類はそれまでとはまるきり違うやりかたをし始めた。この出来事は「ライフスタイルの変化」と呼べるかも知れない。−中略−それまでは食物を手に入れるのに、こっちから探しいにいっていたところを、食物をこっちに持ってくるという、うまい手口を思いついた。人類は作物を植え始めたのだ。(39頁)

小麦から農業の起源が始まるワケだが、この人類の思い付き、これが世界史を変えていくという。
メソポタミアのデルタ地帯とか、北部アメリカのデルタ地帯等々で小麦の栽培が始まって、それが東洋に行って黄河や揚子江流域でヒエや粟、インドでは米の栽培が始まって、南米の方ではインカ帝国などがトウモロコシの栽培を。
この定住から社会というか文明が激変するという。
トム君もきつい言い方をするが、今になってみるこの農業から環境が激変したという。
農業から自然に対する考え方が変わってしまって、人間が思い上がるようになった、という。
「喰い物を見つける」というのが人間の本能だが、この喰い物を見つけるというのが「喰い物を作って見つける」という、そういう文明の方に流れる。
それを何千年か続けてきたのだが、至る所で自然の環境を破壊し続けている。

 これは二〇世紀前半のアメリカの中央平原で起こった有名な話である。(41頁)

農業生産のトウモロコシ、小麦、綿花栽培。
こういうのをやって、そのために地下水を汲み上げて、それが枯れ始めた。
飛行機で見るとわかるが、コロラドからロッキー山脈のすそ野は大地が塩を吹いて砂嵐のすごいのが起きる。
アメリカの竜巻の映像などを見ると凄い。
あれはやっぱり水の枯渇というのがあるらしい。
『インターステラ』は砂嵐が襲ってくる。

インターステラー(吹替版)



アメリカの人にとって砂嵐というのは現実問題として来ている。
むこうの竜巻というのは凄い。
それから中国も絶対そう。
中国も、ものすごい勢いで砂漠化している。
北京のすぐそばまでもう砂漠が来ている。
それと、今度のコロナ事変で武漢の空模様。
中国の風景はどんよりしすぎている。
ところが驚くべきは今度のコロナ事変は、もう事変と言ってもいいぐらいの各国が戦闘状態。
これで経済が止まった。
どこの国も大慌てだが。
四月の中旬から下旬にかけての、日本の晴れた時の空の青。
ただものではない。
「こんなに空綺麗なんだ。散歩したいな」と思った水谷譲。
いろいろ叱る方がいらっしゃった。
だが、あの青空の美しさと雲がすごく綺麗。
パリのホテルの大広間に飾ってある絵画のよう。
透明度が高くて雲の造形が、雲の白さが、フェルメールが描いたオランダの街のようにすごく綺麗。
二十代後半の加山雄三が「若大将シリーズ」で「澄ちゃん」と言いながら背にしていた、あの青空。

大学の若大将



その青空が、コロナ禍の、コロナ事変の日本の青空。
それともう一つ、星空がすごい。
もちろん、真っ暗闇の田舎ほどは見えないが。
つまり経済がストップする、あるいは隣国が生産活動を完璧にストップすると、あの青空が・・・
大変申し上げにくいが。

この地球の歴史を刻んて来た人類というサルがいる。
これが大失敗を重ねながら、という。
失敗例なので、成功例もいっぱいあるが、今週語るのは人類がしでかした失敗例。

ソ連はどうにかして綿をもっとつくりたかった、それで、ウズベキスタンのアムダリヤ川と、カザフスタンのシルダリヤ川の流れをそらすという大がかりな計画に乗り出した。うまくいけばキジルクム砂漠のからからに干からびた平地を、綿だけの農場に変えられて、ソ連の綿の需要をまかなえるはずだった。−中略−砂漠は乾ききっていて水を吸い込むばかりなので、せっかくそらした川の水は、最大で七五%が農場に届きもしなかった。(45頁)

アラル海という湖の水は消えていくわけで。
アラル海は砂漠になっている。
これははっきり言ってソビエトの指導者、この人たちが都合のいいことばかりを考えて、一つの湖、巨大な海を枯らしたという実例。
指導者が間違うと地球環境への棄損というのはとてつもなく大きくなるという。
「その罪は大きい」と思う水谷譲。
もう「海」から「池」ぐらいになっている。
(本によるとまだ琵琶湖ぐらいはあるらしい)
武田先生はここへ関西のテレビ局の要請で行ったことがある。
この旅はきつかった。
「シルクロードのロマン」とか言われて行ったのだが。
冗談ではない。
その時にほとんど直感的に「ああ、もうこの国(ソ連)は亡びるな」と思った。
もう物品がほとんど何もなくて、現地の水はお腹を壊してしまうので水が飲めないので武田先生たちがペットボトルで水を持っていたら、ペットボトルの空いた入れ物が現地のお役人さんの取り合いになる。
(空のペットボトルは)綺麗な器になるから、と。
ソ連はそんなに物がなかった。
武田先生は「もうダメだ」と思った。
武田先生が30代の後半なので30年ぐらい前。

卵かけでご飯にできる卵がない。
市場に卵を買いに行く。
日本人の料理番がいたので彼が作ろうとするのだが、割っても割っても日本人はダメ。
何がダメかというと黄身が盛り上がっていない。
割った瞬間にその人が全部捨てた。
きちんと黄身が盛り上がっている卵が、十個買って一個あるかないかどうか。
ソ連のお役人さんはみんな賄賂。
「ください。ください」ばかりで。

ソ連邦内で火事に巻き込まれた武田先生。
ホテルの二十何階から(出火)。
燃えている部屋の隣の隣だった。
それで大騒ぎになって、武田先生たちは幸いにも避難できた。
その(火事の)原因が、ちょっと燃えている部屋の惨状を見たのだがクーラーが火を噴いている。
いろんな気味の悪い風景を見たが、クーラーから火が出ているというのは怖い。
そこから火が出ると思わない。
そういうので「この国はもうダメ」だと思った。
電化製品の欠陥が多い。
もう作れない。
ロケットはさんざん打ち上げる能力は持っているのだが、クーラーから冷蔵庫から作れない。
そういうのを考えると、このアラル海を砂漠にしてしまったという、このソ連邦の罪というのは本当に大きい。
かくのごとく一つ指導者が間違えると地球上に残る傷をつけてしまうというところまで、と言った方がいいのかも知れない。

 ヨーロッパ人が一七二二年に初めてイースター島に上陸したとき−中略−そこで目にしたものにびっくり仰天した。高さは二一メートル以上、重さは約九〇トンもあるかという巨大な石造が、絶海の小さな孤島のあちこちに立っていたからだ。−中略−
 ごたぶんにもれず、オランダの船乗りたちの好奇心はそう長くはもたなかった。つまり、さっそくヨーロッパ人におなじみのことをし始めた。はっきり言うと、誤解続きのやりとりのあげく大勢の地元民を撃ち殺した。
−中略−地元民をさらって奴隷にするとか(53〜54頁)

ポリネシアの人とか黄色人種に対しての残酷さというのはすごいもの。
18世紀の彼らオランダ人は、ラパ・ヌイ(番組では「ラバ・ヌイ」と言ったようだが本によると「バ」ではなく「パ」)と呼ばれたポリネシア人の高い文明を全く理解できなかった。
そしてこの島の密林に目をつけ、木を切り倒して、自分たちの船の補修などに使ったそうだ。

イースター島は乾いていて、土地が平らで、気候が寒い。しかも、ほかの島々から遠く離れた小さな孤島である。こうしたことから、切り倒した木々が自然に生え変わる見込みは少ない。(55〜56頁)

(番組ではオランダ人によって木が伐採され、そのことから寒冷化したという説明をしているがこれは誤り。木を切り尽くしてしまったのはポリネシア人であり、気候が寒いのは伐採によるものではない)
一回ベア・グランド(裸の赤土)になってしまうと、木が種を落としても吹き飛ばされてしまう。
樹木が根を張るべき土を失うと後は岩肌になってしまう。
イースター島をそんな荒涼たる島にしてした合言葉、今も地球のどこかでささやかれる「自然を滅ぼす合言葉だ」と言ってこのトム・フィリップスさんが紹介している合言葉は

「知ったこっちゃない」だ。(57頁)

「この言葉だけは吐かないように努めようではないか」とトムさんは呼びかけると同時に(呼びかけていないけれども)人類、木から落ちたサルというのを激しく叱ってらっしゃる。

環境を激変させる木から落ちたサル、その仕業の第一は農業である。
トムさんはそう断定している。
人間というサルは4〜1万5千年前のどこかで狩りに出かけない代わりに動物を家畜化する。

約一万一〇〇〇年前、メソポタミアでヤギとヒツジが家畜化された。その五〇〇年後、牛が現代のトルコのあたりで(62頁)

衣服を得るためだろうが7千年前はペルーではテンジクネズミという毛がフサフサしたネズミを家畜化。
ペルー人はネズミを喰ったようだ。
それで家畜化しておいて、皮は衣服にもなったという。
これは前にも話したが、馬と象は中国では軍隊が兵器で使い始めた。
土木工事等々も黄河流域で象を使っていた。
「為」
横のシュッとした棒は、鼻で象が持ち上げている。
「為」の本体は象。
甲骨文字の中にその字がある。
「象が材木を持ち上げて、土木工事に従事しております」という字。
「為」という字の中に象が潜んでいて、象を中国文明は家畜化したという。

動物を家畜化したことで、私たちは自然の支配者だという意識を強くもつようになった。(62頁)

 たとえば、時を一八五九年に巻き戻そう。そのころ、トマス・オースティンは故郷が恋しくて、ちょっとばかり気がめいっていた。
 オースティンはイングランド人だったが、一〇代のころ、植民地のオーストラリアへやってきた。二〇年後、裕福な大地主となって羊牧場を経営し
(63頁)

この方はカンガルーとかワラビーなど、現地の動物が大嫌いだった。
彼がワクワクするぐらい好きだったのはウサギ。
イングランドの方。
ピーターラビット。
ピーターラビットのお父さんは狩りでやられた。
(ピーターラビットの父親はパイにされて食べられている)
お母さんしかいない。
つまりイギリス、特にイングランドでは「ウサギ狩り」というのは貴族の趣味。
それでこのトーマスさんが何をやったか?

オースティンが、−中略−二四羽のイングランドのウサギを輸入したことだ。(63〜64頁)

(番組では最初のウサギの数を「2羽」と言っているが、本によると上記のように24羽)

一九二〇年にはウサギ大発生の頂点に達し、オーストラリアに棲息していたウサギの総数は推定一〇〇億羽となった。(64頁)

(ウサギを最初に輸入してから)60年ぐらい経っている。

なんと二.五平方キロ〔皇居の二倍弱の面積〕に三〇〇〇羽の勘定だった。(64頁)

ここからオーストラリアはウサギ駆除の長い戦いが始まった。
一番の問題は伝染病だった。
(ウサギの伝染病は問題にはなっていないようだが、この後の「ウイルスによってウサギを駆除する」という話と混ざったかと思われる)
動物が増えるのはいいのだが。

一九九〇年代には、ウサギの出血性疾患のウイルスを研究していた。−中略−一九九五年にウイルスが間違って流出し、本島に広まった。−中略−このときはハエに乗せてもらってヒッチハイクで足を伸ばした。−中略−ウサギの出血性疾患のウイルスが誤って流出して以来、二〇年間でオーストラリア南部のウサギの総数はまた減っていった。(66〜67頁)

ずっと秘密にしていた。
離れ小島からウイルスに逃げられたというのがあるので政府は内緒にしていた。
ところが効果が現れたので、最近になって「実はウイルスの流出からウサギの数を管理できるようになった」と。
(本には政府が秘密にしていたといった記述はない)
もう一つ、今の所、オーストラリアで副作用が現れていない。
それで、発表する気になった。
著者はとにかく動物の増減に関して、人間がいじるというのは絶対にやってはいけないことの一つではなかろうかと言っている。

コロナの前のオーストラリアの騒ぎは山火事だった。
もちろんウサギが頭に来て火をつけてまわるというのはないとは思うが、バランスというのが一つ崩れると物凄い勢いで自然というのはおかしくなる。
だから、今度の騒ぎもそうだが、今、アメリカも騒いでいる。
新型コロナ。
あれが人為的なものではないか?と。
中国は断固否定しているが。
人為だったらこれは罪で反省していただきたいと思うが。
と、言うのは失敗をやっている。
大失敗をやらかした「負のヒーロー」が毛沢東という人。
この人が本当に二十世紀の歴史に残るような大失敗をやってらっしゃる。
この放送は中国の方にも是非聞いていただきたい。
それがダメだったらスパイの方。
ポッドキャストか何かで聞いていただくといいと思う。
毛沢東さんがいかな大失敗をしたかということについては来週に回す。
これは自然とのバランスの難しさ。
有名な話。
もしかするとこの毛沢東さんの失敗が今度の新型コロナの引き金になっているのではないかとこの番組独特の鉄矢論。

「新型コロナ」という車があった。
その車はかわいそう。
今はない。

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2020年11月03日

2020年5月4〜15日◆他力の哲学(後編)

これの続きです。

浄土思想の解説の方は(著者の)守中さんに、俗説の方は武田先生が。
だからちょっとスケベな話は全部武田先生の俗説。
正統派の方はこの守中さんが真面目に説いておられる。

「親鸞が好き」だと話していた。
言葉が本当に詩みたいに美しくていい。
弟子の唯円との会話で「お師匠さんお師匠さん。お師匠さんは立派な方だし、お年もお年だから、こんな嫌な世の中は捨てて浄土に生まれ変わりたいなんて思ってらっしゃるんじゃないですか?」と訊くと親鸞が「なんか行きたくないな」。
ストレートでいい。

いまだうまれざる安養の浄土はこいしからずそうろうこと(歎異抄 第九条)

苦しいことのみの世間が恋しくて、楽なことがいっぱい待っている浄土はちっとも恋しくない。
率直。
「浄土はこいしからずそうろう」
親鸞は言っている。
善導大師が「念仏を唱えれば極楽に行ける」と言った。
自分の師匠の法然さんが「とにかく思うだけであの世に行けるんだ」とおっしゃった。
私はそれを信じてるんだ。
これはいい。
縋り付いて他力にお任せする。
その他力への強い思い。
それで地獄に落ちて「しまった!」と私は思わない。
地獄に落ちて騙されたとしても何の後悔もしない、という。
親鸞の他力本願というのは自力よりも勇気がいると思う。
親鸞はちょっと読みにくいが。

悪は往生のさわりたるべしとにはあらず。「持戒持律にてのみ本願を信ずべくは、われらいかでか生死をはなるべきや」と。かかるあさましき身も、本願にあいたてまつりてこそ、げにほこられそうらえ。さればとて、身にそなえざらん悪業は、よもつくられそうらわじものを。(歎異抄 第十三条)

悪であるが故に往生できないんじゃないんだ。
仏にすがりついても死ぬことが怖くて仕方ないじゃないか、みんな。
善悪とて自分で選んでるんじゃないんじゃないか?
どうしても悪いことをしなきゃいけないという運命だったらみんな悪人になっちゃうんじゃないか?
それが人間て生き物じゃねぇか。
みんなあさましい身を生きてるんだ。
だからこそ仏に願うんだよ。
「助けてください」って。
私もそう願ってる。
皆さん、他力にすがりましょう。
その呼びかけがいい。

「うみかわに、あみをひき、つりをして、世をわたるものも、野やまに、ししをかり、とりをとりて、いのちをつぐともがらも、あきないをもし、田畠をつくりてすぐるひとも、ただおなじことなり」と。(歎異抄 第十三条)

漁師さんだったり、生き物を殺して生きている人や、商売をして生きている人、田畑を耕しながら生きている人も我ら僧侶と同じ、ただひたすら他力、仏様にすがりましょうよ。
「はらから」という。
「友達」
「はらから」というのは浄土真宗から出てくる。
いい響き。
まだいっぱいある。
また、おいおい親鸞さんの素敵な言葉をご紹介するとして。

三番手。
日本、浄土思想の歴史において第三の男、一遍が登場する。

一遍は十歳にして天台宗で出家したのち、−中略−三十六歳のときに参籠した熊野神社で阿弥陀仏の垂迹身たる熊野権現の口伝を受け(134頁)

仏教に帰依する。
不思議。
神社に行った。
そうしたら仏様に従えと命令されて

「南無阿弥陀仏 決定往生 六十万人」と記した札を配りながら念仏をあらゆる社会階層の人々に勧めるたび、すなわち「賦算」の行を続けることになる。−中略−一遍はあるとき空也上人に倣った独自の「踊り念仏」を考案し(134頁)

それを始めた人は一遍さん。
一種集団パフォーマンスで踊りながらそのお札を。
これを「遊行(ゆぎょう)」といって、箱根の時に遊行寺というのが出てくる。
あれが本山。
一遍の実践というのは浄土宗の中でも絶対他力。
声明念仏。
ひたすら念仏を唱えるという。

浄土思想の三番手、第三の男一遍の登場。
36歳の折、熊野神社、熊野権現のお告げを受けて「南無阿弥陀仏 決定往生 六十万(人)」という、南無阿弥陀仏のお札を人々に配って回るという「踊り念仏」を自分の一生のテーマにした人で。
この人はすごくて、一切持ち物を持たなかった。
それと聞いた話だが、時宗について論説文を書いていたようだ。
死ぬ前に全部火を付けて燃やしたようだ。
一切持たない、一切残さない。
だから浄土思想、あるいは浄土宗のこの流れは人物たちのエネルギーがすさまじい。
一遍の実践はすべてそぎ落とした宗教観。
他力に絶対帰依。
考えたりしない、疑ったりしない、質疑応答なし。
ひたすら声明念仏、念仏を唱え続ける。
念仏の主体さえ消すことを他力とした。
つまり「誰が念仏を唱えているか、そんなことは関係ないんだ。唱えている人が消えたところに念仏がある」という。
「誰が祈ってる」とか「誰が救っている」とか、「自他」そういうものを全部捨て去る。

 我執をすて南無阿弥陀仏と独一なるを、一心不乱といふなり。されば、念々の声明は、念仏が念仏を申なり。(140頁)

うまい。
「念仏が念仏を唱えている」そういう心境まで行かないと他力を達成することはできませんよ、という。
一遍の時宗は法然、親鸞よりも更に念仏をラジカルにしたという。
宗教の持つ戒律全ての解釈の教義とか本殿があるとか檀家がいる、これを全部否定。
念仏だけ。
教祖であるところの一遍を「信じる」「信じない」を問わない。
ただひたすら「南無阿弥陀仏」。
その南無阿弥陀仏に我が身を沈めることのみが時宗の教えであるという。
「時宗」は時間によってお経をあげていたらしい。
時間がわかるので。
「『時』になったらその念仏を唱える」で「時宗」と時宗関係者から聞いた。

一遍は言い切る──「凡夫の心には決定なし。決定は名号なり」、と。−中略−そもそも「決定」=往生への確信などあるはずもない。−中略−「信」が持てなくても口の動くにまかせて称名すればかならず往生できる。(145頁)

一切衆生の往生は南無阿弥陀仏と決定するところ也。信不信をえらばず、浄不浄をきらはず、その札をくばるべし。(148頁)

ここまで一遍は思い詰めた。
まさに人間についてのルネサンス。
全ての衆生。
これはもう「南無阿弥陀仏を信じる、信じない」そんなことは関係ない。
「唱える人が清潔な人不潔な(人)」一切関係ない。
唱えればいいんだ。
ここにまた不思議な言葉が出てくる。
つまり「極楽往生」とは法蔵菩薩からの贈与であって「信じるなら救ってやる」という交換ではない。
「神との契約」とキリスト教では言うが「契約などいらないんだ」。
仏の救いとは何か?
贈与である。
贈与は受け取った後で「贈与」と気づく。
受け取った後で感謝するのだが、感謝する時にはもういない。
「親から子に対する無償の愛」のようだと思う水谷譲。
この「贈与」のシンボルは何か?
この贈与という概念はすごく難しいのだが、今でもものすごく重大な概念としてこの「贈与」を習慣にした年中行事がある。
サンタクロース。
無償で子供たちにプレゼントを与える。
サンタクロースからの贈与を受けた時にサンタクロースというものの正体を知らない。
「サンタクロースは何であったか」というのを後に知る時、感謝したくともそのサンタクロースはいない。
そしてハッと気がづくといつの間にか自分がサンタクロースと同じことがやってみたくなる。
つまり、キリスト教における習慣なのだが、これほど人々が飛びついた習慣はない。
それは「贈与」。
こういうことを考えると、一遍が言っていることはわかる。
「これは贈与なんだよ。アンタが感謝したくないならしなくてもいいんだ」という。
この一遍の思想はなかなか深い。

遠い遠い昔のことだが、平安(時代)から鎌倉(時代)に移る時、日本に非常に面白い宗教ルネサンスが起こる。
それが浄土宗、浄土思想。
「南無阿弥陀仏を唱えるだけで極楽往生できる」という法然をスタートに、親鸞、一遍と続く浄土思想。
一遍という方はすさまじいエネルギーの方。
一遍さんの歌を紹介する。

 身をすつるすつる心をすてつれば
       おもひなき世にすみぞめの袖
(169頁)

「捨てる」という心さえも捨ててしまえば、悩みの多いこの世の中に墨染め、お坊さんの恰好をして生きていることができるんだなぁ、という。
一遍はひたすら「捨てる」を説いた人。
悩んでいる「私」がいる。
それを捨ててしまえよ。
「悩む私」を捨ててしまえ。
これは全部を極楽に連れていってあげると誓った菩薩様と私をドットで結ぶ。
点と点で。
結ばれた後は点を消してしまう。
残るは線だけ。
こういう思想。
うまいこと自分で例えたつもりだが、かえってわかりづらかったか。
アップルの創業者のアレをいじっていた時に思いついて「そうか!」と自分で思ったが、今読み返すとかえって分かりづらい。

とにかく浄土宗の他力は「仏と私」、これを結びつける。
だからマルチン・ルターがやった「個人の発見」と似たようなものを日本では浄土思想がやったという。
巨大な寺院で黄金の仏たちの像を造る人も、その寺院の前でちょっと言葉が悪いが野垂れ死んで死んでいく人達も死ぬときは同じなんだ。
宗教特権の否定。
「すごいねぇ。あの人は熱心に修行してらしたから、極楽へ行けるよ」そんなのはない。
誰でも行ける。
断固たるものの言い方。
一遍というのは個人の発見ということではやっぱり重大な人。

一遍はこんな歌を歌っている。

 おのづからあひあふときもわかれても
     ひとりはおなじひとりなりけり
(171頁)

「『ああ・・・あなたに会えてよかった』と思っているかも知れないが、出会った喜びも別れる苦しみ悲しみ、恨みつらみもよく考えてみろ。最初から一人だったんだよ」という。
決して一人の寂しさを嘆いているわけではない。
その一人を一人に結び付け、あるいはほどく、その不思議を「弥陀の本願にゆだねてしまえ」という。
浄土宗、浄土思想の「一人」の発見。
この「一人の発見」というのはデカい。
これで日本は東アジアの中で日本独自の文化を作り始めた。
そう思う。
日本の浄土思想は階層としての貴族を完全に否定した。
「世の中に『貴族の人』とか『卑俗の人』そういう人はいないんだ。弥陀の前では万人皆同じ」という。
これはキリスト教に匹敵する平等思想。
弥陀に結ばれた個人、これを発見したのが浄土思想という宗教である。
これは武田先生の考え。

高校3年の時にヒガサという日本史の先生が言ったことがある。
「日本が日本らしゅうなったとは鎌倉時代やけんね」
それをまだ覚えている。

ここからもまだ武田先生の考え。
この「個人の発見」から武道というものが宗教とドッキングした。
武田先生はそう思う。
「武道とは何か」と言ったら他人を殺す技術だったり他人を拘束する技だったりする。
その練習をしている道場に神道の神様を置いたりする。
そんなことは日本だけ。
日本だけが宗教と結びついてゆく。
面白い。
武道の説くところの最強は何か?
一番強いのは「守るべき私を消す」。
境地。
「私」を守らないということを前提にすると人間はすごく強くなれる。
「私を守らない」というのが一遍が言うように自分を捨てれば行ける。

柔道はかつてはスポーツではなく武道だった。
剣道等々あるが。
武田先生は合気道という武道をやっている。
何かの武道の本に書いてあったらしい。
もしかしたら講釈師の人がお作りになった創作の話かも知れない。
武田先生が好きな武蔵話というのがある。
彼が肥前の熊本の城下に行って、熊本で最期を遂げるのだが。
肥後の細川藩の人と武芸について語り合ったそうだ。
その道場で剣道の先生としてお手合わせをなさった。
その時にその肥後のお侍さんが武蔵に訊いた。
「どうですか?うちの道場。見込みのありそうな、強くなりそうなヤツいましたか?」と訊いた。
そうしたら武蔵があげた「○○さん」という人がいる。
その人がもう座っているだけで一分の隙もない。
「この人は強いな」と思って武蔵がギクリとした。
ところがこの人は身分も低いし臆病者で有名なお侍さん。
「何でそんな人を武蔵が」というので、武蔵がいないところで、あるいは旅立った後か何かにお殿様がその人を呼んで「宮本武蔵がオマエには一分の隙もないと言っておった。オマエ、特別に練習してんのか?」。
その人が言う。
「自分は何回木刀で素振りをやっても強くならない。もう怖くて怖くて仕方がない。斬られるんじゃないかとか。それで夜も眠れないくらい怖いから『このままじゃダメだ』と思って『そうだ!腹くくろう!斬られたというところから人生を始めよう』。『自分は斬られて死んでゆくんだ』とあきらめて死ぬ練習をしてた。いつ斬られてもいいなとやっと思えるようになったんだ。そうしたらご飯も美味しく、夜もよく眠れるようになった。その時に武蔵さんにお会いしました」
ネガティブ思考に思えるが、逆に転じて「いつ死んでもよい」という心構えが一点の隙もない武芸者武蔵をたじろがせる立ち居振る舞いになっていたという。
これが一遍なんかとも相通じる。
「身を捨てる」という、その覚悟さえあれば人は最強になれる。
非常に難しい精神のバランスだが。

そして繰り返しになるが法然さん、親鸞さん、一遍さん。
全員貴族階級。
お侍階級の出身。
そういう人たちが浄土思想を推進したというところに日本の宗教改革の深い意味合いがあるような気がする。

著者は仏教史とその教義について実に深く丁寧に浄土思想を繰り返し、この本『他力の哲学』に説明しておられる。
ただ、読んでいて「三枚におろせるな」と思ったところと、「これは絶対水谷譲があくびをするな」と思ったところが本能的に感じて、守中さんには申し訳ないが、そこのところはガバッと飛び抜かしてひとまず水谷譲が目を開けて聞いてくれそうなところだけ選んで今回ご披露しているワケだが。

この浄土思想、浄土宗が広がる前の平安というのを支配したのが源信というお坊さん。
この源信というお坊さんは「臨終行儀」と言って死ぬときの作法をご本になさった。
この人は『往生要集』という人間が死んでゆくという時の有様を書いた人。
そしてこの方が死後の世界を定義して、地獄を発想した人。

源信は「地獄」「餓鬼」「畜生」「阿修羅」「人」「天」の六道それぞれがどのような世界であるかを定義しているが、「地獄」についてのみ、これを「等活地獄」「黒縄地獄」「衆合地獄」「叫喚地獄」「大叫喚地獄」「焦熱地獄」「大焦熱地獄」「阿鼻地獄」の八つに分類して詳述している。(192頁)

極限苦痛世界を著作の中に書いた。
これから「地獄」ができた。
これが平安(時代)。
このあまりのリアルさに人々は震えあがった。
それで死を恐れるようになった。
死に方について極楽へ行ける可能性、死への作法をこの源信さんというのがその著作の中に書いた。
それがものすごく当時の人は恐ろしかったのだろう。
偉いお坊さんが言っていることだから、この死に方の著作というのは大ベストセラーだった。

平安時代、源信という方が極楽往生できる死に方についての教義「こういうことやんないといけないよ」みたいなことをお決めになった。

まず、祇園精舎の西北の角、「日光の没する処に無常院を為」り、「もし病者あらば安置して中に在く」。その堂の中に「一の立像を置」き「金薄」をこれに塗り「面を西方に向け」る。「その像の右手は挙げ、左手の中」には「五綵の幡」を「繋」いで幡の「脚は垂れて地に曳」くようにする。病者を安らかにするために「像の後に在き、左手に幡の脚を執」らせて「仏に従ひて仏の浄刹に往く意を作」さしめる。看病するものは「香を焼き華を散らして病者を荘厳」し、「もし尿屎・吐唾」などがあれば随時これを取り除く−中略−「命終わらんと欲するとき」には「一ら上の念仏三昧の法に依り」て心身を正しく整え、「面を廻らして西に向け、心もまた専注して阿弥陀仏を観想」し、心と口を相応させて念仏の声を絶やすことなく、「決定して往生の相、花台の聖衆の来りて迎接するの想を作」さなければならない、と。
 そしてさらに源信は、この臨終の行儀を確実なものにするための「同志」による助け合いの必要性にも言及してる。死の瞬間には「百苦」が集まるので
−中略−「同志」とあらかじめ約束を結び、「命終の時に臨」んではたがいに諭し合って「弥陀の名号を称え、極楽に生れんと願」い、声を続けて十念を成就させるべきなのである。(196〜197頁)

この源信の「死の書」に平安貴族は雪崩を打って縋り付く。
源信は言う。

往生の事にあらざるより、余の事を思ふことなかれ。(197頁)

 仏子、知るやいなや。ただ今、即ちこれ最後の心なり。臨終の一念は百年の業に勝る。(197頁)

死んで行こうとする時に、心から南無阿弥陀仏と言えばあの世に生まれる。
ここで取り乱して「死にたくない」とか「財産はオマエにはやらん!」とかと余計なことを考えると、地獄に行っちゃうよ。
臨終の時の「一念」は、百年積んだ修行に勝る、という。
だから取り乱さず南無阿弥陀仏を言えよ、という。
この源信による「死の作法」は細かくて、また人数が必要。
介護者が必要だし、僧侶もある程度揃えておかなければならない。
これを全否定したのが法然。
法然はこういうのを一切やらなかった。
法然は浄土宗の臨終を継承しつつも、すべてについて転意、違った読み方をした。
源信は死を自力としたが法然は「死は他力である」。
死は他力。
思うようには人生の幕は閉められない。
「死に至れば、今はただ弥陀の本願に任せ」
「任せてしまおう」という。
源信という人は善行・功徳、何か仏さんによいことをすること、そういう見返りが往生を分けるとしたが、法然はしなかった。
念仏を唱える心境こそ、すでに浄土、往生ではないかという。
また「唱えずとも念仏を思うだけでいいんだ」と。
「それでも極楽に行けるんだよ」という。
このほとんど無宗教のような教えが日本、浄土宗あるいは浄土思想の根本になる。

何というか日本人が持っている宗教観は他人に見せない。
外国の人が誤解してしまうのだが、何のことはない。
新年が明けたらお宮さんには参るは、死んだ時には念仏を唱えているは、これは立派な宗教。
法然が言った「大声で神を呼んだりしなくてもいいんだ」という。

そして著者が言ってらっしゃるのだが、法然がいよいよ臨終の時がやってくる。
その時に「源信に従おう」というのが弟子の中であったのだろう。

師の入滅が近いことを感じ取った弟子たちが死の床の法然に「仏の御手に五色のいとをつけて、「とりましませ」とすゝめ」たが、法然は「かやうの事は、これつねの人の儀式なり。わが身にをきては、いまだかならずしもしからず」と言って、ついにこれを手に結ぶことはしなかった。(213頁)

彼の心の中に南無阿弥陀仏が響いていたのだろう。

これは誰かに訊いた話なのだが、武田先生の俗説。
法然さんではなかった。
あるとっても偉い浄土思想のお坊さんがいた。
南無阿弥陀仏さえ唱えれば極楽往生できると言った。
それで、そのお坊さんがもう息がだんだん細くなって「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」と唱えてらっしゃる。
お弟子さんたちが「その声が聞こえている間はお師匠さんが生きてらっしゃる」と障子の向こうで思っていて、その声が続くの何の。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」
「ああ・・・今日も生きておられた」「今日も生きておられた」と言ったのだが、あまりにもその臨終の時が長いのと、声が朗々と元気一杯響いているから、介護のお弟子さんたちが数人で襖を開けたら、布団の中に誰もいなくて部屋中にお師匠さんの「南無阿弥陀仏」の声だけが響いていたという。
この話を「ホラー映画みたいだな」と思う水谷譲。

法然、親鸞、一遍。
明らかに日本にしか生まれなかった仏教僧。
彼らが果たした宗教改革の模様を二週に亘ってお伝えした。


posted by ひと at 10:42| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年5月4〜15日◆他力の哲学(前編)

タイトルを述べたら一瞬のうちに水谷譲の顔が曇った。
「またジジイ・・・」みたいな。
他力。
今週は宗教について語る。

まだ終息したワケではないが、皆さんもそのことをフッと。
「私にも突然ある日、人生の終わりが」なんていうことをお考えになったのではないか?
武田先生もこの年齢。
「死」というのが遠い出来事ではなくなって、前の年の五月に、もう80歳半ばの高齢だったが長女を亡くした。
もうお話をしたと思うが、夜一緒にお酒を飲んで別れて、武田先生はちょっと仕事の関係でホテルに行って次の日に「亡くなった」という報が入り、突然のことで一番上の姉が逝ったワケで。
今年法事をやろうということで、お母様の二十一回忌もあるのでやろうと思ったら(新型コロナの流行で)できないということで。
人間の命というのは考えてみれば本当にはかないもので、アッという間に・・・

武田先生は日本中を転々と歩いて、そういう風景にフッと出会うことがある。
「こういう習慣があるんだな」と思って驚いたこと。
ある田舎町。
リハーサルが終わって、昼間プラプラ歩いている。
あるお寺の境内に迷い込んだことがあり、出口を探して右往左往しているうちに、本堂の扉が開いている。
よく見るとその寺の住職と十名ばかりの老婦人方が声を揃えてお経を唱えておられた。
この光景が、お経のお勉強というか「死に方を学ぶ」というような回だったようだ。
また三十代の若さだったが「ある年齢になったら『死を学ぶ』という年齢があるんだな」とそんなことをその光景を見て思った。
とっても静かな、そして真剣な横顔で住職の話を聞いておられた。
「ああいう静けさを持つ老人になりたいものだな」と憧れたものだが。

家の方が浄土真宗。
親鸞の歎異抄。
その言葉がいい。
死の学び始め。
「南無阿弥陀仏」を三枚におろしたいという風に思う。

平安末期から鎌倉にかけて、極東の島国で、これはすごいこと。
おそらく大陸の中国・中華帝国、そして半島の小華、朝鮮をモデルにしないアジアで初めての独自の政治の形を作った。
平安末期から鎌倉にかけて。
日本独自の政体。
これが何かというと武家政権。
お侍さんたちが天下を動かしていく。
宗教とそのいわゆる権力の二つを握っていた、天皇を別個の次元に置いて実際の政治は武家がやるということ。
「侍」という新しい価値観がこの時代に醸されたワケで。
平安の頃はというと「美」というのは、はらはらと散る桜。
その桜のあわれさ。
それが美しかった。
これが平安の美。
散る桜が美しい。
鎌倉は美の基準が違う。
これは「あわれ」の真ん中に「つ」が入って「あっぱれ」。
桜吹雪。
あの桜吹雪が「あっぱれ」。
はらはらとあわれに散るのではない、と。
戦場で見事に花吹雪のごとく散るという「あっぱれ」が武家の世の中の美意識になった。
宗教界もこれで、貴族が独占していた仏教も一人の天才の登場によってガラリと様相が変わる。
これが何かというと「絶対他力」。
「すがるんだ!ひたすら阿弥陀仏。その名を呼べば、極楽へ行けるんだ」という浄土宗が興る。
毎朝この放送局に来る時に、東京の大きな寺院、これは浄土宗。



そこのお寺の前を通ってくるのだが、この浄土宗を興した方がどういう方かというと法然という方。

一一三三〔長承二〕年に生まれた法然=幼名勢至丸の出家の機縁となったのが、九歳のときに美作国久米の押領使〔=その地域の治安維持等を任務とする豪族〕であった父・漆間時国を、稲岡の預所〔=荘園の管理者〕・源内武者定明の野射ちによって喪ったことにあるのはよく知られている。(15頁)

九歳の法然の目の前で惨殺されている。
殺人現場を見てしまったワケで。
ところがこのお父様がすごかった。

臨終の床で時国は、怨恨の連鎖につながる仇討ち──それが当時の武士の習わしであった──を固く禁じ、「出家して、私の菩提を弔うと同時にみずからの解脱を求めよ」と遺言した。(15〜16頁)

勢至丸、後の法然は比叡山・延暦寺へ上り、天台宗を学ぶという。

前から時々やっているが「(今朝の)三枚おろし」の中の「宗教シリーズ」だと思って聞いていただくと嬉しい。

他力の哲学: 赦し・ほどこし・往生



「他力思想」というのに前から惹かれていて、また、武田先生は個人的に親鸞という思想家がなんとなく好きなものだから。
親鸞の始まりはそのお師匠さんの法然。
子供の頃の名前は勢至丸だったらしい。
比叡山・延暦寺に上って中国に興った新しい仏教解釈に惹かれていく。
中国に善導大師という偉いお坊さんがいらっしゃって、この方が無量寿経というお経に解釈を付けた。
それはどういうことかというと、お寺関係の方は許してください。
比較的わかりやすく。
悟りを得て、仏になろうとする法蔵菩薩という人がいた。
その人がランクが上がるのだが、そのランクが仏になるという時に、とんでもない誓いを立てた。
それが普通の人たちが「極楽に生まれたい」と願っている。
だがその願いが届かず、すべての人が極楽に行けなかったら私は仏にはならない。
浄土宗というののすごさはここ。
これを武田先生は一度喋って京都のお坊さんに怒られた。
だが、もう一回繰り返す。
中国の善導大師というお坊さんが残した言葉。
遠い遠い昔、伝説に立派な悟った人になろうとする直前に願いを立てた。
その願いの一つに「みんなが極楽に死んだ後は行きたいと願っている。でも、そのために一生懸命念仏を唱えているのに、その願いがかなわず、一人でも念仏を唱えているのに極楽に行けなかったという人がいたら、私は別に仏陀(仏)にならなくていい」。
すごい誓い。
この無量寿経の一部を法然は読み替える。

 もし我れ成仏せんに、十万の衆生、我が国に生ぜんと願じて、我が名号を称すること下十声に至らんに、我が願力に乗って、もし生ぜずは正覚を取らじ、と。(22頁)

具体的に言うと法然は「念仏を十回唱えても極楽に行けなかったとしたら、私は別に悟った人にならなくてもいいです」という。
これは何を意味して当時ショックだったかというと、仏教というのは三越や高島屋で売られていた、ものすごく値段の高いものだった。
極楽に行くためにはお寺をドーン!と建てたり、大きい仏像を建てたりしないといけない、と言われていた。
一般の人はみんなあきらめている。
ところが、法然はこの仏教の教えをコンビニで販売した。
それは何か?
南無阿弥陀仏。
一回唱えれば行ける。
南無阿弥陀仏。
それを唱えれば極楽に行ける、という。
お坊さんの間にもショックが走り「そんなバカな!そんな安っぽいものか俺たちは。一回言えばいいんだったら俺ら必要ないじゃん」という話になる。
法然はいろんな方から質問を浴びせられる。

 問ていはく、一声の念仏と、十声の念仏と、功徳の勝劣いかむ。
 答ていはく、たゞおなじ事也。

 問ていはく、最後の念仏と、平生の念仏と、いづれかすぐれたるや。
 答ていはく、たゞおなじ事也。
(24頁)

「十回念仏を唱えるのと一回念仏を唱える。どっちが尊いんだ?」「同じ」
「命をかけた最後の念仏、それと普段『ナマンダーナマンダー』と適当に言っている念仏。どっちが優れているんだ?」「同じ」
法然はこう解釈した。
すごい発想。
ランクを付けない。
そうなると今までランクを付けてお金を出していた人はすごい不公平感を感じる。
「俺たちカネ出してやってたんだよ!」と。
「そっちの人たちの気持ちはどう晴らしたらいいのか」と思う水谷譲。
平安期を通して貴族のみに許された極楽往生。
法然は善導大師の無量寿経というお経の解釈をほんのわずか読み替えて、誰でも往生できるとしてしまった。
仰天の教えだった。
しかもボンクラ坊さんだったらいい。
「アイツはバカだから」で済むのだが、法然は比叡山で「智慧第一の法然房」と言われるぐらいトップ。
それがこんなことを言い出したものだから。
でも法然は偉い。
一歩も譲らない。
貫き通したという。

「南無阿弥陀仏」をやっている。
他力を説いている。
他力というのは若いうちは軽蔑している。
他力本願というと「人頼み」みたいな。
「自力本願」これがいいんだという。
歳を取ってくると「他力」が身に染みてくる。
人間の力なんてはかないものだ。
今のところ水谷譲はひたすら「早く終われ」と願っているような顔でお相手をしているのだが。
この出来事はでかいと思う。
この後、この法然の後に親鸞が続く。
親鸞というのが今でさえもたじろぐほどの過激な他力思想。
そのあと一遍という人が続く。
発想がすごい。
比叡山で智慧第一と言われた法然房だが、彼の説き始めたところは、仏教界に衝撃を与える。
その上で法然さんがすごいのは、経典とされている無量寿経という尊いお経にまでも疑いを持つ。
つまりバイブルに書かれていることを牧師さんが疑うのと同じことを法然はやっている。
それは一体何かというとインドは今でもそうだが、インド発生の仏教は激しく女性性を否定する社会。

浄土に女性はいないと語られ、女性が往生するとしても、そのときには男性に姿を変えていなければならないと考えられた。(28頁)

水谷譲は女性に生まれたというだけで極楽に行けない。

 だが、法然は「これについて疑いあり」ときっぱり言う──「上の念仏往生の願は男女を嫌わず、来迎引接も男女に亘る、繋念定生の願またしかなり」〔「念仏往生を説いた第十八願は男女を区別せず、臨終時の阿弥陀仏による来迎引接を説いた第十九願も男女をともに対象としており、往生を欲する衆生の至心廻向は必ず果たし遂げられることを説いた第二十願もまた同様である〕、と。(28頁)

これはやっぱりその当時の女性に衝撃を与えた。
男女平等の先駆けみたいな感じ。
あの天才と言われた空海でさえ、自分の本拠地である高野山においては、女性が入れないエリアというのを作ったワケだから。
真ん中の一番いいところに入れない。
ぐるっと縁のこと、女性が入れるエリアのことを、響きはいいが「女人神谷(にょにんこうや)」という。
女性立ち入りを許すエリア。
真ん中の本堂の所には女性を入れない。
だが、法然は違う。
「男性が許されるのだったら、女の人が許されるのは当たり前じゃないですか」という。
ここから仏教というのが空中の教えではなく地上に降りて来た。
仏教とは空ではなく大地のものになった。
これもまた京都の浄土宗の人から怒られるかも知れないが、武田先生はそう思う。
法然の読み替えというのは凄まじい破壊力を持った。

 観無量寿経に云く、
 もし衆生あって、かの国に生ぜんと願う物は、三種の心を発して、即便ち往生しなん。
(49頁)

「三種の心」とは一体何かというと「真実を信じている」「深心(深く信じている)」「廻向発願(心)」。
心は「真実」と「深く信じること」そして「強く願うこと」、この三つの心がないと往生はかなわない。
極楽には行けない。
これが定説だった。
ところが法然は違う。
法然はここでも読み替える。
何と読み替えたか?

法然はあるところでは「三心という名を知らなくても、自然にそれを具えて往生した人もいれば、詳しく学んだにもかかわらず、かえって備えていない人もいる」−中略−「すでに往生したような心地で絶えず努力すれば、自然に三心は備わってくる」と言ったあげく(50頁)

三つよい心があるので往生したのではない。
「往生したいなぁ」と願うと三つの心が付録みたいにくっ付いてくるのだ。
おおらか。
三心、三つのよい心。
強い心、深く信じる心、真(まこと)の心。
これは仏がみなさんに与えるものであって、自分の力で取れるものではないのだ。
これはいい。
法然の往生は救済の意味でキリストの愛を連想させる。

心の貧しき人は幸いである 天国は彼らのためにある(マタイによる福音書5章)

キリストは詩人のごとく美しい言葉で神を語った。

今日野にありて明日爐に投げ入れらるる野の百合をも神はかく装いたまえば ましてや汝ら人間をや 汝らこれよりも遥かにすぐるるものならずや(マタイによる福音書6章)

このほとんどキリスト教的愛というのを比叡山のお坊さんが単独でやり遂げていく。
法然というのはすごい。
この法然の後に出てくるのが親鸞。
お弟子さんなのだが、この人はもっと過激になる。
その面白さ。

浄土宗。
その浄土宗の流れを語っている。
宗教というのは生乾きでは扱いづらいが、鎌倉(時代)となると乾いているので扱いやすい。
ここで私たち日本人が驚かなければならないのは、インドを発生の地として中国に渡り絢爛と花開いた仏教文化。
朝鮮半島を伝って日本にやってくるのだが、日本人がその仏教を自分たちの手で解釈し始めた。
法然という人を扱ったが、法然というのは相当すごい人。
この人はキリストが説いている愛と同じようなこと。
法然がお説教をしていると、貧しい人とか病の人とか、身分の低い芸人みたいなのが彼を取り囲んで、まさにキリストの話を聞く民みたいな感じでしゃがみ込んで聞いているのだが、柱の陰から遊女の人、売春婦の人たちが聴いている。
その当時、末法の世、鎌倉の時代、戦ばっかりの時代にあって「極楽に行けるよ、アンタだって」と言われることの安らぎはすごいようだ。
そして法然の次に出てきたのが親鸞。
親鸞というのが相当身分の高い方なのだが、比叡山で学んでいて、下の町まで法然のお説教を聴きに行ったというから、そういう教えに飢えていたのだろう。

また比叡山にいい話が残っている。
親鸞が布団に詰め物をして比叡山を抜け出して京都の四条、五条の下の町まで降りていく。
ものすごく距離がある。
毎晩行ってしまう。
寝ているかどうかの点呼がある。
その時に布団を抜け出している。
何か詰め物はしているのだが、座布団か何かだから、すぐにばれてしまう。
だが、必ずそこには人型がある。
人がちゃんと寝ている。
いい話。
親鸞が点呼でバレて怒られるのがかわいそうだからと、立っていた仏像が親鸞のかわりに寝てあげていた。
ある日のこと、突然夜食で蕎麦タイムが始まった。
親鸞は下の町に法然の話を聞きにいっていていない。
比叡山の食堂で仏像が蕎麦を喰っていた。
これは伝説で残っている。
「まんが日本昔話」のよう。
「身代わり地蔵」と言って。

親鸞はどこに惹き付けられたかというと、自力否定。

 まづ自力と申すことは、−中略−わがはからひのこころをもつて身口意のみだれごころをつくろひ、めでたうしなして浄土へ往生せんとおもふを自力と申すなり。また他力と申すことは、阿弥陀如来の御ちかひのなかに、選択摂取したまへる第十八の念仏往生の本願を信楽するを他力と申すなり。如来の御ちかひなれば、「他力には義なきを義とす」と、聖人の仰せごとにてありき。(53頁)

法蔵菩薩の誓いを立てた、その誓いを信じる。
そして自分の力で極楽に行こうというそんなことを捨ててしまうんだ。
自分の意思を捨てて任せるんだ。
任せるということが一番勇気がいるんだ。

水谷譲はキャリアウーマンを気取っているのだが、脆いものだ。
親鸞は「法然様の言う通りだ」というので、奥さんを貰ってしまう。
その当時のお坊さんとしては絶対にやってはいけないのだが。
彼が始める。
「法然さんの言うとおり、間違いないんだ。法然さんは言っているんだ。女性も一緒に極楽に行ける」
極楽に行けないから女性を妻にしないというのがお坊さんだったが、親鸞は「違う。夫婦揃って行けるんだから」というので奥さんを貰ってしまう。
そして法然は悪の計量化を否定した。
これはどういうことかというと弥陀は善悪のメジャーではない。
「仏様が見てるよ」
そんなことは言わない。
悪というのを仏に相対するものとしないで、病とした。
心が病気なんだから。

法然が「罪人ナホムマル、イハムヤ善人ヲヤ」と言い、親鸞がそれを逆転させて「善人なほもつて往生をとぐ。いはんや悪人をや」と言ったことは広く知られている。(74頁)

「善人?行けますよ極楽に。悪人?行けるに決まってるじゃないですか?」と太鼓判を押してしまった。
この反転の意味、これは重大。
往生は悪人のためにこそ如来(法蔵菩薩)が用意したんだ。
その最も有名な言葉が、弟子唯円と語り合った歎異抄に記録されている。
これは武田先生も好きだった。
親鸞の言葉。
「たとへばひと千人殺してんや しからば往生は一定すべし」
武田先生は間違った俗説を言うかも知れないが、どうぞ寺社関係の方は「俗説で武田はそういう話をしているんだ」ということで納得していただければと思う。

鎌倉の世に起こった浄土思想。
浄土宗というよりも浄土思想の流れを語っている。
ここから日本が中華の文明から離れ、朝鮮にある小華思想から離れ日本独自の国の形にになったのは鎌倉から。
平安の方々は朝鮮半島、あるいは中国のとほぼひな形が一緒。
鎌倉はここから日本独自になる。
この一翼を担ったのが仏教というものを根底的に革命を起こした浄土思想の流れ。
そのトップオブリーダーが法然。
二番手に続いたのが親鸞。
親鸞はすごい。

たとへば一千人殺してんや、しからば往生は一定すべしとおほせさふらひしとき、おほせにてはさふらへども、一人もこの身の器量にては殺しつべしともおぼへずさふらうとまふしてさふらひしかば、さてはいかに親鸞がいふことをたがふまじきとはいふぞと。これにてしるべし、なにごともこころにまかせたることならば、往生のために千人殺せといはんに、すなはち殺すべし。しかれども一人にてもかなひぬべき業縁なきによりて害せざるなり。わがこころのよくて殺さぬにはあらず、また害せじとおもふとも百人・千人を殺すこともあるべしとおほせのさふらひしかば、われらがこころのよきをばよしとおもひ、あしきことをばあしとおもひて、願の不思議にてたすけたまふといふことをしらざることをおほせのさふらひしなり。 (歎異抄 第十三条)

 あるとき「唯円房は私の言うことを信ずるか」と親鸞聖人がおっしゃったので、−中略−「たとえば、人を千人殺してもらいたい。そうすれば往生は定まるだろう」とおっしゃった。「聖人の仰せではございますが、この身の器量では、私には一人でさえ殺せるとは思えません」とお答えしましたところ、聖人は「それでは、どうして親鸞の言うことに背かないと言ったのだ」とおっしゃいました。「これでわかるであろう。なにごとも自分の意のままになるのであれば、往生のために千人殺せ、と言われたら、ただちに殺せるはずだ。しかしながら、おまえには一人でも思い通りに殺せる業縁〔宿業のはたらき〕がないがゆえに、殺すことができない。自分の心が善いから殺さないのではない。また人を害すまいと思っていても、百人でも千人でも殺してしまうこともあるだろう」。(85頁)

法然−親鸞の人間理解をキリスト教における「原罪」思想と同一視する解釈がある。しかし、この解釈がまったくの誤りであり(96頁)

 キリスト教の伝統は、聖書にしるされたアダムが神の命令に背き禁断の木の実を口にしたという堕落物語を典拠として、アダムの子孫であるすべての人間は生まれながらにしてその罪を負っており、人間は罪から脱し免れるすべをみずからでは一切持たないと定義し、この「原罪」からの救いは神の恩寵とその赦しによってしか可能ではないと説く(96頁)

最初に「罪」がある。
その罪を赦してもらうために神を受け入れなければならない。
でもリンゴを喰った思い出がない。
何遍考えても生まれる前にリンゴを喰ったという思い出がない。
そこが日本人の宗教観とマッチしない。
異国の人、つまりキリスト教圏の人はそれを受け入れてキリストに行くのだが、我々は「リンゴ喰ってない」というのがある。
浄土思想は「汝責めあり」という否定から入っていくのではない。
「お前、赦されている」赦しから入っていくのが浄土宗、浄土思想なのだ。
それまで仏、あるいは神というのでもかまわないが、善悪を測る「裁定者」であった。
ジョン・レノンも言っている。

God is a concept by which we measure our pain.(ジョン・レノン「ゴッド」)

「神は善悪を測るメジャーか?」とジョン・レノンは言っている。
浄土思想は「違う」。
測らない。

「原罪」を刻印することで、人間の生にその端緒から「負い目」を持たせ、その「債務勘定」をめぐって、服従とその代価としての赦しという商取引にも似た体系を構築するキリスト教。(98頁)

浄土思想は「赦し」から説く。
こういう発想は奇跡的。

浄土真宗のお坊さんが聞いたら怒ってしまうかも知れない。
武田先生は「六角堂の祈り」が好き。
京都に六角堂というお寺があり、そこに親鸞が悟りを開くために拝んでいる。
親鸞は隠してはいるのだが、若いので性欲というのがどうしても。
それで性欲にまみれた自分というのはきっと法蔵菩薩も観音様も如来様も嫌っておられると思って眠りに就く。
フッと目を覚ますと絶世の美女、マリリン・モンローが黒髪になったような美女が立っている。
その時にカーッと体が熱くなった親鸞が「あなたは誰?」と訊くとその美女曰く「私は法蔵菩薩」。
その時に親鸞がハラハラと自分の性欲を恥じた。
身悶えするぐらいの性欲が親鸞の中にあっても、もう赦してくれている。
これは違う話になったりするのだが、いわゆる俗説。
京都に六角堂がある。
武田先生もその話が好きで(六角堂へ)行ったのだが、寺のアレには一行もなかった。


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2020年10月11日

2020年3月2〜13日◆この国のたたみ方(後編)

これの続きです。

佐々木信夫さん。
政治の方でも働いてらっしゃる方のようだ。
この方の道州制導入のアイディアなのだが、この方は日本を分ける。
北海道州、東北州、北陸、西関東、東京都市州、東関東、東海、大阪都市州、近畿州、中国州、九州州。
そして沖縄州というふうに日本を州で分けていくのだが、この一つ一つに関して全部メリットが書いてある。
「ここを活用すれば伸びる」という。
今回は全部は触れられないので、思い出のあるところとか「面白いなぁ」と思ったところで、『(今朝の)三枚おろし』にしているのだが。

ここまで聞いて水谷譲は「実現した面白いだろうなぁと思うし。実現できそうな気がする」。
これは聞いていて「これ可能じゃないかなぁ」というのは野球チームの応援エリアと重なっている。
サッカーでもいい。
九州というのは今まとめているのはソフトバンクホークス。
九州州に山口を貰おうかなぁと思ったことがあった。
広島、岡山は別個だから。
「山口は九州らしいかなぁ」と思って。
山口は意外と九州との親和性というか、結びつきが高い。
そういうのもあるのだが。

余談だけ続けておく。
最近行ったところで「ダメだなぁ。俺らもモテなくなったなぁ」と思ったのは北海道。
北海道の皆さんは何も感じないかも知れないが、北海道は日ハムが行ってから変わった。
もうジジイになったから言うが、はっきり言う。
北海道で悪さばっかりやっていた。
札幌に行くと胸がときめく。
あそこは土地土地のおあねぇさんにご迷惑をいっぱいかけた。
武田先生たちにとって札幌はときめくような街だった。
それが50(歳)を過ぎた頃か、年もあるのだが、さっぱりモテない。
昔ちょっとモテた。
こんな脚短なおじさんでも。
「江戸から来た」みたいな。
ジャイアンツファンが多かった時は。
今は全くモテない。
日ハム以降、全部変わった。
日ハムが来てから。
自分のところでお抱えの美男子を持って。
そうすると女の子の価値観が変わる。
しかも野球選手は。
また大谷(翔平)がいたところだから。
大谷と武田先生を見比べれば、どっちについていいか大体わかる。
大谷がいた頃。
そうやってプロ野球というのが、そこの全体、エリア全体の雰囲気を全部変える。
そうやって考えると州制というのは、こういうスポーツとの兼ね合いなんかでもわかるというふうに思う。
考えてください。
中京圏。
名古屋を首都とする中京圏が持っているフィギュアスケートの有名選手はすごいもの。
仙台にも一人有名人がいるが。
やはりあれを鍛え上げたのは中京圏。
名古屋の美意識。

ちょっと州の話にする。
例えば中国州。
ここの州都を広島にした場合だが。
広島はもちろん今も政令都市で人口120万。
「広島にあこがれた」という青年が先週(の番組冒頭の街の声で)いたが。
これは広島に行くとわかるが、広島は狭い。
だからどうするかと言うと、中国州を広げればいい。
鳥取まで高速鉄道網を広げて通勤エリアにしてしまう。
そこを広島だと思って住めばいい。
街は繋がりで生まれてくる。
今、皆さん鳥取と広島を分けて考えてらっしゃるから、鳥取は「砂漠はあるけどスタバはない」とかというのが話題になってしまうが。
(鳥取県知事が「鳥取にはスタバはないですけれども、日本一の砂場があります」という発言をした)
広々とした広島の一部だと思えば。
更に南海トラフなんかの巨大地震が起こっても、土佐で被害があった場合は、岡山まで避難民を避難させるというようなバックアップの態勢が整えば、火山とか土砂崩壊、河川氾濫、地震津波等々に対抗できる国土の強靭化がここで可能になる。
そして大阪都構想などというものがあるが、一都市ではなくて、もっと大きいエリアでの行政維新を起こさない限り意味がない。

関西の問題点を今度はあげていく。
関西エリア。

 関西は、神戸、大阪、堺、京都などの政令市を擁しながらバラバラ感があり、いま東京への人口流出が最も多い地域でもあります。(124頁)

確かにお笑い芸人の方々を見ていても。
これは「よしもと」を見てもそうだが、関西で、大阪で成功したら事務所を東京よしもとに移す、というのが成功パターン。
吉本興業でさえも東京の人口を膨らませる要因というワケで。
浜ちゃんも松ちゃんもみんなそう。
そのくせ困ったことに神戸、京都、堺、大阪等々は親和性が非常に薄い。
なかなか溶け込もうとしない。
テレビで『(秘密の)ケンミンSHOW』なんか見ていても、神戸、京都、大阪はものすごくライバル意識が強い。
それぞれキャラが強い。
我々には同じように聞こえる関西弁だが、地元の人に訊くとかぶりを振って「全然ちゃうやーん!」という、あの返事が返ってくる。
しかも一回だけ目撃したことがあるが「大阪の女性と京都の女性、どっちが綺麗?」という、そういうのをアンケートでやっていた。
そのマイクを向けた京都の人は「それはかわいそうや〜ん、大阪が〜」「比べること自体、かわいそうや〜ん、大阪が〜」。
その言い方もトゲのあること。
これは同じく神戸もそう。
「京都はどうですか?」と言ったら「いやん。京都と神戸比べたらダボや〜ん」とかと違う関西弁で。
だから力を合わせて近畿圏を盛り上げようという強い動きはない。
だが九州の人はひとくくりが好き。
鹿児島の人が武田先生に声をかける時は「同じ九州じゃないですか」という。
「州」という単位はどこか言葉の。
北の方もそう。
東北の人も。
東北の人も「同じ東北」とかというのがあるが、近畿圏はない。
そしてここからの人口流出が歯止めが効かないぐらい。
それ故にだが、大阪の方には申し訳ないのだが、大阪が特に人口比率、それからGDP共々、地盤沈下が進んでいて。
大阪の一番強い政治団体が望むものは、国が経営するような観光と博打が一緒に楽しめるようなエリア。
強力に運動をなさっている。
今、関西を牽引しているのは何かというと製造業。
この関西を牽引している製造業は何の製造業か?

医療関連産業の研究拠点や生産拠点が集積しており(124頁)

これはやっぱり山中教授。
IPS細胞の実験等々で医療それから医薬品が急成長している。
すごいものだ。
もう一つの両輪が観光。
これは観光業、観光客を受け入れる大阪のパワー。
こうやって考えると京都にヘッドを置いておいて、ここを近畿州の州都にしておいて。
ノーベル賞受賞者の最も多い京都大学。
この京都に医学関係の産業を起こせば。
その手足になって働くのを神戸にして。
神戸もやっぱり新しい産業。
力強くなると思う。

このようにして州で考えれば、今まで県とか市が持っていた弱みが強みに変化するという可能性がある。
自然災害に対ししても国より細かく対策が立つのではないか?
地震、河川の氾濫、火山。
州という単位で動くという。
それが慌ててプレハブで組み立てたりしないで、常時しっかり対策として常設の設備を持っているという。
それを災害マップと重ね合わせ、また疫病等々との危険度も加味して、住居エリア、避難エリア、そして自然に還すべきエリア、ということで人口減少を伴ってエリアごと整理してゆけば、州には必ず前途が浮かんでくるという。
素敵なアイディア。

著者の方は全部書いてらっしゃる。
興味のある方は自分の所の州はどんなふうな未来があるかというのを(この本を読んで)探ってください。

佐々木さんは日本全部についていろいろ考えがあるのだが、今日は東京を取り上げてみたいと思う。
佐々木さんは「東京減反」とおっしゃっている。
「減らすべきだ」と。

 いつの間にか、この国は2つの国に分かれているように見えます。一極集中・過密の止まらない「東京国」と、過疎・人口減の止まらない「地方国」にです。国土面積のたった0.6%に過ぎない東京都に国民の1割強、1400万人が集まり、3.6%に過ぎない東京圏(1都3県)に約4分の1、3500万人も集まり、まだ増え続けています。−中略−国の中心とも思われる東京都心3区(千代田、中央、港区)は42.2平方キロ、東京都の中でもたった2%の面積に過ぎない場所にわが国の政治、行政、経済、情報、教育、文化、外交などあらゆる高次中枢機能が一点集中し(162〜163頁)

 日本の国税収入の4割は東京から上がっていると言われますが−中略−高校を卒業すると4割が東京の大学へ、地方の高校、大学を終わると7割が東京に就職先を求めると言われます。(163頁)

こんなに一極集中が進み過ぎている首都圏というのは考えなければならない。
これはインフラが追い付かないんだ、という。

 いま東京との高齢者人口(65歳以上)は307万8000人(18年9月時点)と過去最高を記録しています。−中略−4人に1人が高齢者という割合ですが(171頁)

だから介護難民が東京都は大量に出ることは間違いない。
大竹まことと武田先生。
どこに行っても二人とも嫌われる。
この集中故に東京都は様々な方策を打っているが、何かある度に躓いている。
施設を造ってもそれが時代の要請に応えていない。
土地が高いので超高層化している。
地震のことはとりあえず横に置いておいて、基準を満たしつつ40〜50階の超高層マンションができ始めていた。
地震対策もまあできているということなのだろうが。
本当に自然というのは、腹が立つが鋭いところをついてくる。
去年大問題になった。
40〜50(階)の超高層のマンションで、結構お年寄りが高層階を占めてらした。
値段がいいし、見晴らしがいいから。
水害でエレベーターが動かなくなった。
超高層の建物の電源部分が地下。
そこに水が入ったものだからエレベーターが止まって。
高層階のいいところに場所をとった老人たちが、40階、階段を上らないと、というのと、電気のせいで水道とトイレ等々。
これが止まったということで。
「とんでもなかった」ということ。
これはやっぱり東京に集め過ぎた罰が回ってきているのではないだろうか?という。
これは考えないと。

だから去年ギクッとしたのは東京オリンピックで揉めたことがあった。
北海道にマラソン競技を移すというので。
あの時に大半の人が怒っていたが、武田先生はちっとも腹を立てなかった。
何も東京にあんなに遮二無二頑張って、小池(都知事)さんに旗を振ってもらう必要はなくて。
何でかというと、ラグビーはうまくいったと思う。
ラグビーは試合会場を地方にも全部広げた。
うまくいっている。
地方の岩手なんかで戦った国の選手で泣いている人がいた。
ジンとくる。
子供までその国の国歌を覚えさせて、全員で歌うものだから。
これほどのおもてなしができるか?
会場の人が小さな子供まで自分の国の国歌を歌ってくれる。
号泣していた。
トライアスロンとか岩手でいいのではないか?
相馬あたり走ってもらおう。
風景がよかったり海水が綺麗だというアピールにはもってこいだし。
東京湾は「水、汚い」と言われているから。
それだったら別に。
サーフィン競技なんていうのは鹿児島あたりの暖かい所でやれば、東京の暑さと、潮風が吹いている鹿児島の海岸線の暑さは意味が違う。
小池都知事をあんなに不機嫌にしなくても大丈夫だったんじゃないかなぁ?と思う。
そういう意味では北海道でマリン競技なんていうのは、意外と風景がいいのではないか?
東京でやることはたった一つ。
開会式と閉会式。
それで何かいいような。

「都道府県というのをやめてしまって州にしようではないか」という。
行政単位を変えてしまう。
これは重大なテーマだ、というふうに思う。
今、自分はこういうキャラクターの人間なので、つくづく思うのだが、地方を育てるというか地方を創っていくという、そういうことが今の日本にとって大事なこと。
今、一番地方でどの地方が延びるかということを試す一つのお試しポイントがある。
それは東京、大阪で言葉で対抗する地方。
方言を暮らしの中で、地方としてしっかり持っているエリア。
これが道州制を導入するときにも大事なのではないか?
とにかく東京になんでもかんでも集め過ぎ。
誰かさんがおっしゃっていたが、電気を配る配電盤の役割としての東京は終わりつつある。
抽象的な意味合いで、やっぱり各地方が自分のところで自家発電するエネルギーを持っていないと。
文化的にも自分のところで自家発電。
自家発電するためには土地言葉を持っている、方言の暮らしを持っているということが重大で、標準語が表現の全てではないという側面を。
だから都市の規模の適切さ、産業の集積、教育設備、福祉の充実、福祉に対する熱心度、そういうものを持って。
そして災害に叩かれてたくましく育ってきたという歴史を持っている。
福島とか岩手とかにはすごく期待したくなるし、自分の故郷に帰る度に思うが、福岡はすごい。
福岡に移住している人が多い。
東京から出て行こうと思う武田先生。
奥様がグズグズ文句ばかり言うもので。
九州はいい。
福岡の街を歩いていると、情報が入って来る。
「あそこのマンションは誰々が帰って来とぅもんね」が。
70年代に東京に出て行った芸能人がこっそり帰ってきている。
そこに相当大物の芸能人もいるみたいで「帰って来とぅと」というヒソヒソ話が。
またソイツらがいいところに住んでやがる。
腹が立つ。
腹を立ててはいけないが。
東京、大阪に負けない第二言語としての方言を持ち、その地方の独自性を持っている。
フッと思ったのだが、教育は福岡はいい。
福岡に国立の教育大学を作ってくれないか?
第二、第三の「金八先生」を生む風土があそこにはある。
安倍総理に頼みましょう。

日本はスパイが多いらしい。
一月に大評判になった。
どこかの通信会社の人が大きな北の国の人から情報漏洩をされてという。
それで、情報を取り扱う日本情報部を東京ではないところに作る。
東京に作るから漏洩する。
情報を訛りでわからないようなところに置いておく。
一番日本で訛りがわからないのはどこか?
青森。
青森県人で日本は情報を守るという青森情報局を作る。
暗号とか全部青森弁で教える。
そうするとスパイに情報を漏らしても何を言っているかわからない。
「へばさ、しょこのいよ」
という半分冗談もあるが、国家機密を守りやすくするためには方言がとても豊かなあえて州に置いておいて、異国の人を受け入れるのだが「何、喋ってるかわからない」という、そういうのを第二言語の豊かな所に置いておく。
そういうのが素敵だというふうに思いませんか?
これは佐々木さんの本にはこんなバカなことは書いていない。
福岡に行くと、九州州都としての福岡というのが見えてくる。
もちろん福岡も犯罪も頻発しているというような大都市になった。
だが、あそこには地方の何か張りがあるような。
そして他の都道府県をウロウロしていてもそこで「その地方ならではの何か」をよく発見する武田先生。
「エリアとしての文化」をしっかり持っている所、そういう地方教育という地方のことを地方の子はまず勉強するという、そういう国にこの国は発展していくといいのではないかなぁというふうに思う。

この方が最後の方でおっしゃっているのは東京は今、1千数百万人が住んでいるが、ここから300万人「人口を減らそう」と。
そうすると東京というのはとっても便利な街になる。
とにかく東京は人を集め過ぎだ。
地方分散。
そのために「高齢者を地方へ移す」という発想ではい。
そこが佐々木さんの発想が面白いところ。
「若い人を地方に送り出すシステムを作るんだ」と。
政治家の人も考えてください。
これは受ける。
新幹線、あるいは航空を25歳までの若者に対しては税金で補助して格安にする。

長らく道路財源として毎年5兆円も集めてきたガソリン税(現在の揮発油税、地方揮発油税)の半分と、毎年17兆円を地方に再分配してきた地方交付税の2〜3兆円を合わせ、移動コストを半減するための財源とするなら、不可能ではありません。(181頁)

そのことで「若者がよく動けるという国にするんだ」と。
若者がウロウロしていると元気になる。
これはこういう考え方もできると思う。
例えば、武田先生が九州州に住むとする。
州都福岡に住んでいるとすると、もう一つ何かの災害、被害等々に遭った時の逃げ場所として、父母の故郷である熊本に小さな家を一軒持つ。
その福岡と熊本の移動がタダ同然。
家二軒を一年間で半分ずつ住む。
あるいは3分の1、3分の2に。
そうするとお金を落とす場所が2ポイントで散っていくので、過疎をつくらずまんべんなくお金が回るという社会。
もう一つ若者たちが小さなリュックを背負って夏休みとかにワーキングビザみたいなもので日本中をウロウロして自分の故郷の州以外にもう一つ働ける州を探すというような。
日本は今、働き方改革で「仕事を二つ持とう」というのが流行っている。
片一方で医療関係をやりつつ、年間の何か月間かは農業をやるというような、州内移動を盛んにする。
そして前にもお話をしたが、うっとりする。
州構想の中で面白いのは、今まであった国立大学を全部同じにする。
例えば福岡には国立九州大学がある。
宮崎に行くと宮崎大学がある。
熊本もある鹿児島もある。
全部呼び名が一緒。
「九州州立大学」になる。
宮崎にあるヤツは「九州大学宮崎分校」。
宮崎分校は農業が得意。
九州大学鹿児島分校は漁業が得意とか州内の得意分野を伸ばしていく。
あるいは東京の私大は州が招致するのだが、私立九州分校を作ってもらう。
東京に来る必要がないということ。
そうすると東京の人口がゆっくりと調整が効いて地方も盛んになる。
大阪都構想というので行政を変えようというのがあるが、こんなふうにして州制にすると、もっとダイナミックな日本が見えてくる。
都道府県を刷新して州という自立性の高い日本で、もう一度日本を再編し直すという、新しい国家感の提案を佐々木さんはなさっている。

明治で広げた都道府県をいかにたたむか?
これが我々の課題ではないかなというふうに思う。
税収で一生懸命やりくりしているが、現実には日本は借金が1千3百兆(円)を超えている。
人口動態では65(歳)以上が3人に1人になるという2040年。
府県制度では補いきれない。
超過密の東京と、ひたすら過疎に向かう地方。
これを解くカギとして日本をたたんでしまう。
そして道州制に以降して州を伸ばしていく。
ここに未来があるような。
たたむ。

 明治の「廃藩置県」が人口拡大期に備えた政治革命だったとすれば、未曽有の人口縮小期に備えた政治革命は「廃県置州」ではないでしょうか。(208頁)

新しい考え方をする方がどんどん増えているようだが、こういうのは大歓迎。
三枚におろしていてもフッと見えてくる。
道州制になった日本の姿が。
「州都福岡」というのはいい。
「新しい地方の栄え方」がここにあるような。


posted by ひと at 11:41| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年3月2〜13日◆この国のたたみ方(前編)

一昨年のことだが、2019年10月から11月まで、台風19号から21号まで災害が日本に打ち寄せて。
(この放送は2020年なので「一昨年」だと2018年なので、単に言い間違いか)
強風の被害と雨量。
これが観測史上最悪の強風、降雨量で。
千葉県あたりで大きな災害となった。
また県知事さんがその時にいないということで、また大騒ぎになったりした。
千葉以外でも長野の千曲川決壊、洪水被害。
それからびっくりしたが、自動車で避難する途中、流れに飲み込まれて、本当にきつい言葉だが溺死してしまったという。
これが人事ではないのは、亡くなられた大半が武田先生と同じ高齢者の方だった、と。
そして武田先生が一番ショックを受けたのは被害にあった土地を再点検すると防災マップで指定された「危ないですよ」という所が危なかった。
と、考えてみると、台風やものすごい雨も「抜き打ち」はやっていない。
つまり、卑怯にも後ろから襲うことはなくて「危ない」と言われた所に危ないだけの水が降った、ということ。
ちょうどハザードマップで赤になっている所は、やっぱり水が溢れたりする。
だから考えてみると自然は騙し討ちにはしていなくて、「危ない所が危なかった」ということ。
武田先生の胸の中にひらめいたのは「この国にはどうも『住んでよい所』と『住んではいけない所』があるのではないか?」。
そういう気がした。
水谷譲にも前に言ったが「タブー」という意味を示す「禁」。
「林」を二つ書いておいて「示」すだから「ここから向こう側の林は人間住んじゃダメだよ」というような風景が一文字になったのかと思うと。
ある意味で真に幸いなことに、日本は人口減少、これに拍車がかかったことは間違いない。
都道府県、市町村まで行政のあり方を変えて、国の形そのものを変えなければ日本にこの先、未来は・・・というような言い方ができるという。
そこで本屋さんに入って目が合った本が『この国のたたみ方』。

この国のたたみ方 (新潮新書)



佐々木信夫さんの提案が書いてある。
都道府県を変えようという運動は一番有名なのは「大阪都構想」というのがあるのだが。
大阪の方には悪いが、大阪府を変えたところで、日本全体に何かプラスになるということは起きそうにない。
それよりも大阪の皆さん、もうこうなりゃ日本全部変えちゃった方が。

都道府県がいつ頃できたか?
廃藩置県の後。
廃藩置県、つまり藩を廃止して県を置くという都道府県の形というのは明治4年。
坂本龍馬が死んで三回忌が終わったぐらい。
1871年。
今から140年前のシステムが都道府県。
ただしそこから日本は変わった。

 近代日本で府県制度の始まった130年前、総人口は4000万人ほどでした。当時人口が一番多い県は新潟県(169万人)で(13頁)

(新潟県が一番人口が多かったのは)農業のせいだろう。
農業にものすごく人口が集中していた時期で、越後平野を持つ新潟県は最大の人口が住む都道府県だった。

東京府(148万人)は兵庫に次ぎ3番目でした。(13頁)

(番組では「東京市」と言っているが、本によると「東京府」)
東京はその後どうなったかと言うと、東京都の方は10倍。
1400万人。
そして日本全体の人口の方は今、現状だが都道府県が置かれた時期に比べると3倍の1億2千8百万人。

米カリフォルニア州1州の面積しかない日本は7割近くが山林地であり、可住地は約3割しかありません。そこに1億人以上の人々が密集してきたのです。(14頁)

 東京都は国土面積のたった0.6%ですが、そこに国民の1割以上が集中している。(15頁)

ギュウギュウ。
だから都道府県という行政のシステムが限界がきていることだけは間違いがないようで。
そういう意味で「この国をたたむ」という考え方を災害からも含めて考えてみたいと思う。

とにかく個人もそうだが、国も「たたみ方」は難しい、ということで。
この国の行政のあり方、都道府県というのを考え直そうではないか、という佐々木信夫さんからの提案。

 日本の府県制度はいまから130年前、馬、船、徒歩が主な交通手段であった1890(明治23)年に、内務省の総合出先機関として府や県を設置する形で始まりました。(37頁)

汽車が新橋─横浜間で走り始めるのが明治5〜6年のことだから、この都道府県制度ができた時、人間の移動手段というのは馬、船、歩き、これが基本だったワケで。
考えてみるとその時の制度が今を補うに値するかどうかというのは、確かに。

この都道府県制度というのは統一国家のため。

約300の藩を47に再編し、内務官僚を国から派遣して統治するという官選知事制の役所でしたが(37頁)

 日本の行政は「国が考え、地方が行う」という構図にあったと言われますが(41頁)

「考えるのは国が考えるのだから、地方はその出先機関として手足になって働け」という。
そういう制度なので、市長とか県知事がやることは何かというと、国の補助金をいかにねだるか。
「お金ちょうだい、お金ちょうだい」というヤツ。
これが仕事なのだ。
だから出す人のところに「大変困っております」とかと泣きついた方が国の方々も「おお、来たか」というもので。
頼りになるのはやっぱり国のお役人の方、あるいは代議士の方々、政治家の先生になる。

大阪などはその悲劇の中心地で、大阪都構想もこういうところから出ているのだろう。

仮に関空からの鉄道の延伸について大阪府知事は賛成、大阪市長は反対となると、事実上延伸はできなくなる訳です。−中略−府知事が右と言えば市長は左、40年も50年も続いてきたこの状態は「不幸せ」(府市合わせ)などと言われてきました。(61頁)

筆者は、都道府県をいったん廃止し、新たに内政の拠点になるよう地方主権型の州をつくる「廃県置州」の改革が必要と考えています。(66頁)

政治の行政単位をデカくしておいて大きな構想の中で、州知事が一国を預かるというような大きい権限を背負って政治をやったらどうだろうか?と。
今、コメンテーター等々をやっておられる橋下徹氏は大阪都構想を掲げて大阪を第二の東京にしようという政策を掲げ、今も彼が作った政党はそのために活動している。
しかし、大阪が二つ目の東京になっても日本は人口減少。
影響は何もなかろう、と。
それから行政システムの方も変化がないワケだから。
日本全体になると大阪での変化だから、もっと大きな構想を上げられたらいかがかなと。
この佐々木さんの希望は「国鉄改革ができた日本なんだから、できないワケがない」という。

日本に州を持ってくる「州制度」にした方がいいのではないか?
道州制導入。
その道州制のメリットを佐々木さんという方の提案を土台にして「この国のたたみ方」を語っている。
佐々木信夫さんの提案では、国鉄をJRに変えた。
その大改革を日本人はできたんだから、という。
国鉄がJRになったのは1987年、(総理大臣は)中曽根(康弘)だったのだがこれは揉めた。
ただ中曽根さんは断固たるもので万年赤字とストライキ。
「スト権確立スト」とかというストを繰り返す組合の強い国有鉄道、国鉄をやめてしまって民間会社に、という。
そのために活躍なさったのが臨調におられた土光さんという方。
この方が先頭に立って国鉄を民間会社にした。
これは一部新聞も騒いだのだが「地方切り捨て」。
「地方で国鉄が走らなくなる」とか「地域格差がこれでひどくなるぞ!」と絶叫するメディアもいた。
それから国鉄の組合も叫んだ。
「これは組合弾圧だ」と。
「働く者を抑圧するんだ」ということで、国を二分するほどの大騒ぎになったのだが強行された。
皆さんは信じられないだろうが、国鉄に切符を買いに行くのが怖かった。
ものすごく態度が怖い。
「博多から神戸まで行きたいんですが、夜行列車があるんだったら夜行列車の切符を一枚」「無い!」
あの人は今頃どうしているのか?
あのものの言い方は。
本当にケンモホロロで。
もちろん労働者としての迫力はあった。
だが、サービス業でサービスの笑顔なんてかけらもない国鉄だった。
チケットを買うのは怖かった。
それからものを言わない人がいた。
「乗車券と指定席券も貰えますか?」と言うと、買う場所を間違えたのだろう。
静かにアゴを左へひねるような。
犬に向かって「飯はコッチだ」みたいな、そんなことで。
本当に国鉄の人たちの人に接する態度は不機嫌だった。
国鉄をJRに変えた。
その頃、水谷譲は二十歳。
武田先生もプロのフォークシンガーで日本をウロウロし始めていた頃か。
驚いた。
武田先生が何が驚いたか。
新幹線に乗っておしぼりが出た時、どれだけ驚いたか?
高級喫茶店しか出ないおしぼりがグリーン車で出た。
その時に手渡す車掌さんが笑顔だった。
もう本当に「こんなことがあるだろうか?」と思った。
国鉄というのは中国の官僚を見るような。
中国の空港のパスポートを確認する人は威張っている。
(バンバン!とパスポートにハンコを押す)とやる人だが。
物凄く威張っている。
それは中国という国がそういう国で、末端の官僚がうんと威張るようなシステムなものだから。
それとほぼ同等の国鉄の態度。
これが変わった。
現状は確かに廃線になった所もある。
しかし廃線になっても車の方が発達した。
国鉄の民営化の反対のストライキはまだ覚えている。
あれは貨物も全部止めた。
それで国鉄の労働組合は「日本の息の根を止める」と息巻いた。
だって貨物列車が走らないのだから。
それが全然、何の被害も出なかった。
何でか?
宅配便等々の車運搬業者が大活躍したので国鉄が動かなくても車で賄えるようになった。
あれから急激にパワーが落ちた。
ちょっと遠い昔を振り返っていた。
年寄りには懐かしい話かも知れないが。

廃県置州。
県をやめて州を置こう。
この著者の考えが単なる夢見話でないことは事実。
2019年、19号台風で長野、福島の被害も、市、県を飛び越えて、国からの助けを求めてというようなこと。
やっぱり散髪に行ってもOK。
お仕事がないから散髪に行ってしまったのだ。
ハッキリ言って市、県に存在の意味があるのだろうか?と。
だったらやめちゃったらどうだ。
それがこの佐々木さんのアイディア。
そして忙しく仕事をする人を新しく作ったらどうだ。
これが州知事の存在。
道州制、州を置くというこのアイディア。
「できるはずだ」とおっしゃっている。

都道府県をやめてしまって州にしようという、日本の行政単位を変えてしまおう。
州知事、しかも県会議員とか市会議員ではなくて州議員。
州の議員ということでひとまとめ。
もう皆さん考えよう。
人数が多い。
それにもう投票率だって落ちている。
ただし一挙に道州制にもっていくというのは難しいかもしれない。

 政令市を現在の府県と同格の特別市に格上げし(86頁)

今、国が持っている権限を内政に関わる業務をその特別市に移行する。
ちょっとこれは言い方が難しいのだが例えば福岡。
武田先生の故郷の九州、福岡。
今、大発展だから。
例えば朝鮮半島、中国、東南アジアからの観光客に関しては、パスポート審査なし。
病気に関する検疫のみで入れる。
半分武田先生のアイディアもあるのだが。
次に州だから州兵。
つまり州で軍隊組織を持っている。
海上は海援隊。
陸上で活躍する州兵は陸援隊。
これが九州を守る。
それで武田先生のアイディアだが種子島、屋久島までが鹿児島エリア。
トカラ列島から尖閣諸島まで沖縄の担当。
沖縄陸援隊、沖縄海援隊で、尖閣も守るために立つ。
今言った九州エリアの話は武田先生の独断だが。
兵隊を持つのも武田先生のアイディア。
でも「自衛の思い」というのは、そこに住んでいる人たちが持つことが一番大事。
武田先生はそう思う。
モンゴル襲来があった時に最も熱心に北部九州でモンゴル兵と戦ったのは九州のお侍さんだから。

この佐々木さんのおっしゃっていることで面白いのは、この州制度、道州制度は国道、県道、新幹線まで全部州のもの。
だから収益は全部州に入る。
その州が所有して管理しなければいけない。
まずどうするかというと、この鉄道資本と道路に関して州が買う。
こんなふうにして税における独立と公共の道路とか交通網に関する検疫を全部州に譲ってしまう。

ここから、この佐々木さんのおっしゃっているのに、ちょっと武田先生のアイディアも加味しながら入れるが。
その州をどこで分けるか?
まず北から北海道州、そして東北州。
北陸(州)。
これは福井、石川。
あのあたりがまとまる。
そして西関東(州)。
西関東は神奈川、埼玉、山梨、群馬。
東京はというと東京都(州)。
東京都は1国だけ、東京だけ。
それで東関東。
これは茨城、栃木、千葉。
こうなるともう州知事になると忙しそう。
一人の人が茨城・栃木・千葉の面倒を見なければ。
もう散歩に行くヒマはない。
さあ大変だ、働こう。
そして東海(州)。
これは名古屋に首都を置いておいて、三重県とか岐阜あたりをまとめる。
そしてもう一つ大阪(州)。
大阪だけ独立。
大阪も一個。
近畿圏の代表にしない。
兵庫、奈良。
あのあたりを京都がまとめる。
大阪は皆さんはもうわかると思うが、融和性がない。
だったらば大阪を外しておいてまとめたほうがいい。
そしてこれは武田先生のアイディアだが中国州。
これは中国が隣の中国(中華人民共和国)と重なってしまうので真ん中に「つ」を入れて「中つ国州」。
山口、鳥取、島根、広島、岡山。
プラス四国四県。
中つ国州。
日本の背骨を作る。
これを合体する。
この州はいい。
何がいいか?
海を三つ持っている。
太平洋、瀬戸内海、日本海。
ここを観光ルートの拠点にする。
「三つの海が楽しめますよ」なんていう国は世界にない。

北海道、東北、北陸、西関東、そして東京都州。
東関東州、東海州、大阪州。
そして近畿州。
これは和歌山等々も入る。
京都、兵庫。
滋賀も入る。
これは大阪が抜けたにしても近畿州は巨大。
驚くべきは山口、鳥取、島根、広島、岡山。
プラス四国四県を足した中国州。
武田風に言うと「中つ国州」。
日本の真ん中にあるというので「中つ国州」。
そして九州州。
それで武田先生の考えだが、沖縄と九州を一緒にしては沖縄に失礼だと思う。
沖縄は独立する。
沖縄州という独自の島文化の結晶体とする。
もちろん首都は那覇。
ここにトカラ列島、徳之島、西表(島)とかあのへんまで全部含めて沖縄州という州をつくる。
やっぱり島の気持ちは島の人が一番わかる。
音楽はエイサー。
「ハ〜イ〜ヤ〜♪」とかと唄いながら。
いいじゃありませんか。
楽しくなるだろう。

著者曰くだが日本は8ブロックの都市州に分けるということだが、武田先生は10ブロックに分ける。
(著者の分け方は8つよりも多いが、本の中で紹介している堺屋太一氏の「2都2道8州構想」のことを言っているかと思われる)
北海道はロシアとの交渉にあたって「パスポートいりません」とか。
北方四島なんてこっち側にどんどん来て、いつか北海道に刺さるのだから。
どんどん近づいている。
気づいていないだけ。
北方四島なんてもうすぐ根室に突き刺さるのだから。
そんな時のために「もうパスポートはいりません」と。
そういう独自路線を州ごとに確立していく。
州は自分たちが生きていくことを必死になって考える。
そうするともう、州知事は散髪するヒマがない。
一番特異なのは、この著者もあげているが中国州、中つ国州。
山口、鳥取、島根、広島、岡山、そして四国四県が入った、この9県をひとまとめにした中国州、中つ国州。
四国だけでも380万の人口。
それに山陽、山陰そして瀬戸内まで含めるとこの中国州、中つ国州。
750万人の人口に達して1200万人の巨大な州。
1200万人の大きな州になる。
これはもうヨーロッパの一国に値するパワーが宿ること。
東日本と西日本を結ぶ結節線としての中国州、中つ国州。
しかも四国との間に三本の橋を持っているから、もう陸上の繋がりと同じで。
例えば東京、名古屋、大阪までリニアがやってきたら、次に広島に引いてもらう。
あっという間に隣の州と結ぶことができる。
そして北陸新幹線が福井から大阪へ。
そこから四国まで繋いでしまう。
そうすると物凄い勢いで発展する。
30兆円程度のGDPの州が出来上がる。
これはデンマーク並み。
60兆を目指す州に成長する可能性がある。
しかも繰り返すが、この州は日本海、瀬戸内海、太平洋、三つの海洋を持つエリアとなる。
しかもバランスが抜群にいいのは農業圏としては高知、漁業の方が盛んなのが島根。
今は高知から島根まで7〜8時間かかるのだが、ここに高速道路を通す。
それで時間を短縮したら、島根の魚の横に高知の穫れたての野菜が並ぶというような、そんなおもてなしができるようになれば、これはもう国際的な観光都市として大きな商売ができる。
しかも広島や岡山まで出ていくと、新幹線がリニアと結ばれているので、あっという間に別の州へも。
今はここは岡山と米子、松江を結ぶのは伯備線しかない。
これが一挙に広域圏に成長できる。
武田先生が話すともう全部うまくいきそう。
しかも瀬戸内海は水運を利用して、広島、福山、岩国、周南を結び、造船から石油コンビナート、製鉄、セメントの工場地帯を瀬戸内に発展させることになる。
こうやって考えると、今バラバラになっている魅力を州でまとめていくという。
そうするともうスタバがあるとかローソンがないとか、そんなことで言い合っているヒマはない。
しかも「なるほどなぁ」と思ったのだが、これは半分武田先生の考えでもあるのだが、南海トラフで大地震が起きて、高知県が大被害が起きた場合、愛媛、岡山が協力する。
これは東北で見た。
繰り返しになるのだが、岩手で津波被害に遭ったいhとを秋田の人が避難所を建てて、今も住んでらっしゃる方がいらっしゃる。
つまり避難所というのを州のどこかにつくる。
いちいち仮設のものを本式に山中に持っているという。
このアイディアはどうか?

posted by ひと at 11:19| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月04日

2020年2月17〜27日◆人はなぜ逃げおくれるのか(後編)

これの続きです。

考え込んだ一冊。
こんなふうにして時々、次に来る災害の話ばっかりしないで、過去にあった災害を振り返るのも大事な作業。
災害文化、災害知といって、それも知識にしてしまおうという。
メディアがとある事故をさらに混乱させたという事例について今回は語ってみたいと思う。

 歩道橋の上で死者が一一人、重傷者が二四七人でるという異常な事故が、二〇〇一年七月の、兵庫県明石市の花火大会で起こった。花火大会は、七月二一日の午後七時四五分から八時三〇分までの四五分間の予定で行われた。会場近くのJRの朝霧駅と、明石海峡に面した大蔵海岸の会場とを結ぶ、長さ約一〇〇メートル、幅六メートルの歩道橋には、花火終了時刻の八時半頃から、−中略−激しい滞留現象を起こしていた。−中略−午後八時四五分から五〇分にかけて、このボトルネックのあたりで、一平方メートルあたり一三人から一五人という超過密状態になり、当時、その場にいた人々の胸部には、幅一メートルあたり四〇〇キログラムの圧力がかかったと推定されている。−中略−事故の起こった場所では、超過密のなかで、ほとんど両足が浮き上がった状態の群衆が、何かのきっかけで、「群衆ナダレ」を起こし−中略−三〇〇人から四〇〇人の人びとが、そのなかに巻き込まれた。死者一一人のうち(132〜133頁)

帰宅する人と来場するお客さんの整理誘導ミス。
だがこれは警備会社の方に責任が行きそうになった瞬間に別の目撃証言が出て来た。
それは歩道橋のその群衆ナダレが起きたポイントで茶髪の若者数名がケンカになって人を押したという。

テレビも新聞もこの発表を受けて、茶髪の犯人さがしを始めたのである。
 警察の調査で、これらはまったくのでたらめであったことが明らかとなったが
(136頁)

こういうデタラメというのがこの手の事件にはついてまわるということを、我々は覚えておかなければならない、と。
責任逃れをしようとする人たちがこの手のちょっとしたことを。

この作家さん、この広瀬さんの理説の中で「なるほど」と思った。
広瀬さん曰く「起こった災害や事故に関して振り返ろう」と。
どんな些細なことでも記録と照らし合わせながら、人間が災害あるいは事故にはまってゆくという心理をちゃんと分析しよう、と。

この方は面白いことを言う。

 日本語には、英語のサバイバーに対応する言葉がない、と言ったのは、アメリカの精神科医のロバート・リフトンだ。−中略−原爆を生き延びたのだから、−中略−彼らはサバイバーと呼ばれるべきだが、日本語では、彼らはあくまでヒバクシャ(被爆者)であり、生き延びたものを意味するサバイバーに相等する言葉でみずからを呼んだり、また他者から呼ばれることはない、と述べている。私たちの社会では、多くの死者をだした大災害でも大事故でも、生存者は、被災者であり被害者であって、サバイバーではないのである。−中略−生きのびた罪=iデス・ギルト)を、災害を生き延びた人びとに、強く意識させる遠因ともなっているのではないか。(152頁)

「よくぞ生き残った」ということで、生き残った人たちの幸運でもかまわない、「ほんのささやかな知恵」とか「生きるための工夫」とか「生きるための情熱」を聞こうではないか、と。
それが災害文化。
危機に対しての心理を作っていくのではないか?という。
これはでも、鋭い。
私たちは被害者とか罹災者とか、そういうふうにしてまとめがちだが、生き残った人に関してはある敬意を払おうという。
この彼らが教えて下さること、それをご報告したいと思う。

「被災心理」というものに関して、こんなことを著者は指摘している。
これは本当にわかる。
例えば巨大な地震がある、あるいは津波があった。
やっと命が助かった人々はその直後に異様に興奮する。
極端な人は神の存在を感じたり「世界中が私のために私を救ってくれた」と感謝するようになったりする。
ところが時が経つと「何故こんな目に俺は遭わなきゃならなかったんだ」とネガティブに考える。
そして「俺が死ねばよかったんじゃないか。そうするとあの人は助かっていたかも知れない」というような心理に陥る、という。
ここにいわゆる「被災心理」の一筋縄ではいかない不思議さがある。
でもこの著者は主張なさっている。
サバイバー(生き残った人)にはやっぱりある一つの特徴がある。
「それをみんなで勉強しましょうぜ」という。

これは水谷譲は知らないだろうし、武田先生もまだ子供の時。

一九五四年九月の洞爺丸台風(台風一五号)による海難事故である。当時、青森と北海道の函館の間を往復していた青函連絡船は、−中略−洞爺丸は、乗員・乗客一三一四人のうち一一五五人が死亡している。洞爺丸に乗船していた人々の死亡率は、八八パーセントであった。(161〜162頁)

もちろん生まれる前なので知らない水谷譲。
これは小説の舞台で『飢餓海峡』。

飢餓海峡(上) (新潮文庫)



死亡率88%の海難事故でも助かった人がいる。
この事故のサバイバー押沢茂孝さん。
当時50歳。
小学校の教頭先生だが。
この人は普通のお客さんとは違う。
この方は事故直後にこう語っておられたそうだ。

「私は最後まで安心感があった。それは第一に船が座礁したことからこれは海岸が近いということも知った。第二に場所が自分の知っている七重浜(函館港内─引用者注)だということと第三にブイ(救命胴衣─引用者注)をつけるとき衣類を全部着てクツのヒモもしめ直し、こうした場合の十分な身支度をしたという自信があった。それに私は多少水泳の心得があったことも水に対する恐怖心を除いた」(162頁)

自分の置かれている状況に関して、ある確信を持てると人間は生き延びるチャンスがある。
この沈没事故の生存者は「落ち着き」というところに共通点がある。
その生存者の方の目撃なのだが

「私はスワコソという気で直ちにロッカーを開けてやりました。開けるや否や、お客さんは殺到してそのブイを取るのです。すさまじかつた。−中略−客の中で、ブイがないと叫ぶ者が出てきました。ブイはまだあちこちに充分あるのですが(165頁)

それが見えない。
救命胴衣がしまってある場所にないから「ない!」と泣きわめいてらっしゃるが足元に落ちている。
パニックになるとそれぐらい当たり前のことが見えなくなるということを覚えておいてください。

色々な災害とか事故がある。
本の中には逃げ遅れる心理だけではなくて、他のこともいっぱい書いてあるのだが、今回この放送に関しては「いかにすれば助かるか」という、そっちの方に焦点を合わせて語り続けたいと思う。
著者の方、勘弁してください。
この方がお書きになったサバイバー、つまり生き延びた人には共通点がある。
昨日お話したのは青函連絡船洞爺丸遭難事故で、死亡率88%という海難事故。
その中で生き延びた人。
それは「落ち着きがあった」ということ。
そして今日お話しする話はこれも半分、運の良さもあるのだが、でも皆さん覚えておきましょう。
サバイバー、生き延びた人。

二〇〇〇年の一月三〇日に、ケニア航空のエアバスA三一〇型機が、一七九人の乗員・乗客を乗せて、アフリカのコートジボアールのアビジャン市を飛び立ち、ナイジェリアのラゴスに向かった。だが、エアバス機は、離陸後数分して、大西洋上に墜落してしまったのである。そして、生きて救助されたのは、たったの一〇人だけで、生存率は六パーセントにすぎなかった。そのなかの一人に、ナイジェリア人の三三歳の男性がいた。彼は病院のベッドで記者の質問に答えて、自分が助かったのは、アクション映画の熱心なファンだったおかげだ、と語ったのである。(169〜170頁)

それで事故が起こった瞬間に「映画の中にいるんじゃないか」という思いでヒーローを気取って行動した。
トム・クルーズのような気持ちになっていたということ。
30階建てのビルからガラス窓を突き破って下に落ちてもまだ生きているトム・クルーズ。
「その主役になったつもりで行動したということが、私には幸いしたんだ」という。
でも現実と映画は違うと思う水谷譲。
ところが時々、現実と映画が同じことが起きるからこの人生の面白さがある。
武田先生が言いたいのは、人間は物語をいくつも持っている人と、持っていない人というのは違う。
マニュアル通りしかいかないというのは、物語を一つしか持っていない人。
いくつかの物語を体に持っている人は生存の確率が上がる。
強い物語とか明るい物語を内側に持っていないと。
色んな種類を持っている人の方が生存の意欲が高いようだ。
武田のアレ(物語)は全身に細かい。
足には足の物語を、手には手の物語を、目には目の物語を。
そういう全身にくまなく物語を持っている人が「サバイバー」と生き延びる力が強いのではないか?
一番脆いのは頭の中だけに物語を持っている人。
そんな気がする。

こんなことがあった。
これは本当に失礼な話なのだが、そういうことをジョークにする人がいる。
大戦時、広島で被爆し、原爆の炎に焼かれてそれで長崎へ避難して長崎でもう一回被爆した人がいた。
この方はサバイバー。
80歳(正しくは93歳)の長寿を得てお亡くなりになった。
これをイギリス系だったと思うが、ある外国のメディアが「世界一不運なヤツ」とからかった。
それで日本の方で「被爆体験者に対してその言い方はないだろう」ということで抗議があったのだが。
英BBCが日本人視聴者に謝罪、二重被爆者 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
これはどう考えても外国のメディアの見方が薄い。
この方が二発の被爆体験を持ちながら80歳まで生き残ったということをちゃんと調べた方が、我々のためにはよき勉強の材料になった。
「なぜ生存できたのか?」そのことを問うべきであって「二度も不運に遭った」と問うべきではない。

今年は『(今朝の)三枚おろし』はなかなか面白い。
何でかと言ったらずっと調べていくから。
終わってトントントンの週だけではない。
全てがリンクしていく。
今年のテーマ「リンク」。

ここからはサバイバーの問題点。

 一九八二年一月一三日、アメリカの首都ワシントン市でのできごとである。−中略−雪のため閉鎖されていた空港の再開直後の午後四時頃、フロリダ航空九〇便は、ナショナル空港を離陸した。だが、機体への着氷のため高度がでず、ポトマック河のロシャンボー橋に接触して墜落した。乗員・乗客七四人が死亡。橋の上で難に遭った四人を加えて、全体で七八人が、この事故の犠牲となった。−中略−機体の主要部分は水中に沈み、浮かんでいた尾部に、六人がつかまって、身を切るような氷の河のなかで救助を待っていた。
 六人のうち五人が救助されたのだが、救助されることなく死亡した一人の男性については、
−中略−この中年の男性は、最初にヘリのパイロットが下ろした浮き輪を近くの別の人にゆずり、ヘリが戻ってきて、再びこの男性に浮き輪を下ろしたが、この時も別の女性にゆずり、自分自身は氷の浮いた冷たい水のなかで、浮かぶ機体につかまっていたという。そして三度目にヘリがやって来た時には、もうこの男性は見つからなかったというのである。(180〜181頁)

その時の大統領ロナルド・レーガンが大賛辞を送った。
アメリカ中がこの一人の英雄に喝采を送ったという美談。
(番組では上記の件に対して大統領が賛辞を送ったと言っているが、本によると連邦予算局の職員、レアニー・スカトニックの件)
こういう「連帯強きアメリカ」もあるのだが、しかし他の国では信じられないような事件も起きるのがアメリカなのだ。

 キティ・ジェノヴィーズという若い女性が、ニューヨークで暮らしていた。−中略−
 一九六四年の三月一三日、午前三時すぎ、仕事を終えたキティは、
−中略−刺されたのである。彼女は、「助けて! 刺された!」と叫んだ。アパートの住人は電灯をつけたり、窓を開けて様子を見たりしたので、犯人はすぐに現場を去った。住人たちは電灯を消し、窓を閉めた。傷を負った彼女が自分のアパートの方向へ歩きはじめたのを見て、犯人は戻ってきて、再び刺したのである。彼女は、助けを求めて絶叫した。前回と同じように、まわりのアパートの部屋の電灯がつき、窓が開いたが、彼女の助けを求める声を聞きながら、誰も警察に電話をかけたり、助けに飛び出してきたりすることはなかった。犯人はまた逃走した。状況は前回と同じだった。彼女はまだ生きていた。這うようにして、自分のアパートの玄関口までもう一歩というところで、犯人はまたもや戻ってきて、三度目の攻撃をしたのである。彼女、は声をふりしぼって叫んだあとに絶命した。さすがにこの最後の声を聞いて、警察に電話をかける人が現われた。警官がやって来たが、すでにキティ・ジェノヴィーズは死亡していたのである。
 このキティの助けを求める絶叫を聞いた人びとは三八人にものぼったという。
(184〜185頁)

何ですぐに110番をしなかったのか?
何で警察を呼ばなかったのか?
「アメリカ社会は人が殺されるのをただ見ているだけの社会になり下がった」
新聞がこの住人たちを激しく非難した。
これはどういうことかと言うと38人の「ヘルプ・ミー」の声を聞いた住人たちは「誰かがやるはずだ」と思い続けた。
三度も「助けて」と叫んだのに見殺しにしたというワケだ。
この広瀬さんは面白いことを言う。
「この時にキティも叫び方を工夫すればよあったのに」という。
この事件からも学びましょう。
人々に警察に連絡させ、救急車の電話をさせる叫び声は何か?

もしキティが、「ジョン、助けて!」「メアリー、助けてちょうだい」のように、救援者を指定した場合には、まったくちがった展開があり、彼女は助かっていたかもしれない。(187頁)

「いなくてもいいから、その人の名を叫べ」と。
カスったヤツが絶対連絡する。
日本でいったら「佐藤さん助けて」「山田さん助けて」。

 被災者が、救援者を指名して救助を依頼する場合には、愛他的な救援行動は、さらに起こりやすくなる。(182頁)

名指しされたと思った人間はそのことを後の負いに感じたくない。
だから動くべき情報を叫ぶべきだ、と。
何かあったら名指しの上で「ヘルプ・ミー」という叫び声をあげられるとサバイバルの可能性がグッと高くなるという。

災害について語り始めたのだが、後半の方は事件や事故、その事件に巻き込まれた時の逃げ遅れを防ぐための知恵みたいなものをこの一冊から絞り出した。

人はなぜ逃げおくれるのか ?災害の心理学 (集英社新書)



阪神淡路大震災。
その後は、東日本の大震災もあったが。
この阪神淡路大震災というのは大きかった。
死者・関連死等々で6430人。
日本中は暗くなった。
しかしこの阪神淡路大震災の中で日本人自らが驚くことになるのだが。
日本人がボランティア活動に目覚めた災害でもあった。
あの不幸から、ボランティアというのが当たり前になって。
阪神淡路大震災というのはそういう意味では、ボランティアパワーはすごかった。
それにしても災害とは不幸なもの。
社会の変動因として誰の身にも降りかかってくるかも知れない不幸。
もうハッキリ言って日本に自然災害から逃れられる地方、そんなものはない。
地震予知は色んなところで出ているが「東海地震が怖いぞ」とか何か言っていたら東日本(大震災)がやってきて「東日本に来るぞ」と言っていたら熊本にやってきて。
日本は翻弄されているが。
このあたりは腰を据えて「いかに逃げるか」というのを肝の中でしっかり考えておくべきところがあるような気がする。

親戚がいるので時々行く武田先生。
神戸は昔の元気がなかなか取り戻せないというのが現状だと思う。
人口もかなり落ちている。
昔はいい。
「いい」というか華やかな街だった。
フラワー通り(フラワーロードのことを言っていると思われる)の大通りを歩いていたら、宝塚(歌劇団)の綺麗なお姉さんが3〜4人で神戸のホリデーを楽しんでいる。
元町に行ってコーヒーを飲んで。
日本で初めてのパン屋さんか何かでパンを買ったりするのだろう。
本当にうらやましいような華やかな街だった。
大阪とも京都とも違う「神戸たるもの」があったのだが。
この今、神戸が直面している不幸というのは一体何かというと、震災によって50万棟の家屋の建て替えが行われたそうだ。
新しく建て替えた。
新規の需要がこれでなくなった。
ゆっくり回転していけばいいものを一遍に全部新しくなったから、建設業者の人たちの仕事がなくなった。
この広瀬さんという作家さんは「すごいことを言われるなぁ」と思うが、復興というのは「急いでやらねばならない復興」と「急いではならない復興」がある。
それを全部「急いでやらねばならぬ」ということで立て直しをしてしまうと街が仕事を失くしてしまう。
だから急がねばならない復興と、ゆっくりやらなきゃいけない復興がある。
神戸の場合、今も苦しいのは大手の二社があったのだが、この二社がこの地を引き上げたことにある、と。
そして人口の流出が続く中、「神戸ブランド」と呼ばれたものがなかなか復活してこない。
あの震災を契機にして「神戸の新しい魅力を」というのをどこかで考えないと、ということ。

不幸を題材にして踏ん張ったところもいっぱいある。

 一九七七年の八月に北海道の洞爺湖温泉街を見下ろす有珠山が大噴火した。−中略−一か月余りもの間、すべてのホテルや旅館は営業活動を停止した。−中略−観光業者間の熾烈な生存競争が展開されて、大手のホテルが中小の旅館を淘汰していく様子を目のあたりにしている。温泉業界のリストラが行われたのだ。噴火後に廃業に追い込まれた多くの旅館があり、洞爺湖温泉の観光業の寡占化が急速に進んだ。このような現象も、是非を別とすれば、観光産業の効率化であることは間違いない。(210〜211頁)

不幸というのはどの街にも起こる可能性があるが、いかにして立ち直るか。
この間すごくうれしかったのは、熊本城再建という工事中が見物できるというコースが完成した。
これは結構人気が出ている。
職人さんたちの仕事ぶりが回廊を巡りながら眺められる。
つまり「不幸から立ち直ろう」という姿は観光になる。
うまく言えないが、災害の衝撃というのを次の生き方につなげていく、動力にしていくという。
これさえあれば、日本というのはかなり可能性の高いエリアがたくさんあるような気がする。


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2020年2月17〜27日◆人はなぜ逃げおくれるのか(前編)

2020年、皆さんも忙しく立ち振る舞われていると思うが、過ぎ去った2019年を振り返ってみようかなぁと。
2019年秋のことだが台風19号、その後21号の被害がニュースで繰り返し流される秋だった。
長野・千葉・福島・宮城などが甚大な被害。
そして我が九州でも佐賀県の方で大きい水害が出た。
工場の中に洪水が押し寄せて工場で使っていた油が田畑に広がって、という。
武田先生は福岡の地方番組でレギュラーを持っていて、月に二度ばかり帰っているが。
去年の暮は2016年4月、熊本を襲った熊本地震を取材に行って。
熊本城再建の現場などを見てきた。
その途中、2017年7月の九州北部豪雨の朝倉という・・・2017年もすごかった。
本当にみんなのどかなところばかりだが、自然災害のスケールが大きくなった。
これはもう、どうしようもないことで、認めざるを得ないが地球温暖化が理由なのだろうが異常気象が続いている。
地球スケールの「地殻の活動期」に入ったのかも知れない。
とにかく自然は毎年同じ顔の季節をしてくれない。
武田先生の奥様はなかなか強気一点張りの方だが、その奥様が「東京、ここいら辺りの住民も覚悟しないといけないかもねぇ」と、不安な声を上げるようになった。
とにかく間違いないのは日本には「地震がなかった」「津波がなかった」「いや、台風一発も上陸してないよ?」「洪水?そんなものないよ」「火山の爆発もない静かないい年だった」ということはない。
不吉な物言いになるが、どこかで自然災害が必ず起こるということのほうが当然と考えていいようなご時世。
やはり「非常に厳しい国に住んでいるなぁ」と思いつつも、武田先生が2019年の強風とそれから大洪水の台風で一番ショックだったのが犠牲になられたほとんどの方が避難途中の逃げ遅れ。
つまり逃げ遅れて車ごと水没し、溺死というのがほとんどのケースで。
自然災害はもう他人事ではないと思いつつ、ばったり目が合ったのがこの本。

人はなぜ逃げおくれるのか ?災害の心理学 (集英社新書)



著者は言っている。
人は生き物として外界の異変には敏感である。
しかしこれは今、問題になっている「正常性バイアス」。

ある範囲までの異常は、異常だと感じずに、正常の範囲内のものとして処理するようになっているのである。このような心のメカニズムを、正常性バイアス≠ニいう。この正常性バイアスが身に迫る危険を危険としてとらえることをさまたげて、それを回避するタイミングを奪ってしまうことがある。(12頁)

一回だけショックなのがあった。
水がどんどん家の中に流れ込んできているのに、息子さんが「親父、逃げよう!」と言ったら「お、オマエも手伝えよ」という。
手伝うどころの水の量ではない。
しかし何かに一つとらわれて危険予知を切り捨ててしまうという傾向があるということを忘れてはいけない。
日テレNEWS24 「逃げなくても大丈夫」避難拒む父に危機が
そしてこれは前にも言ったが、本当にある意味では悲惨な言葉だがついこの間もおっしゃっていた。
「私はね、この町に来てもう70年。こんなことは初めてですよ」という。
「この言葉が一番危険だ」という。
「70年で初めて」ということが起こりうる風土に我々日本人は住んでいる。
とりあえずまず「なぜ逃げ遅れるのか」というところから考えていきたいというふうに思う。

二〇〇三年の二月一八日に、韓国のテグ(大邱)市(人口二五四万人)で起こった地下鉄火災は、確認されただけでも、死者一九八人以上という大きな犠牲をもたらした。−中略−この運命の地下鉄が、テグ市の「中央路」駅に停まったのが、午前九時五二分。その瞬間、一人の放火犯が、容器に入った引火性の液体に火をつけて床に投げた。またたくまに激しい火災と煙が立ち上がり、この「一〇七九」列車の全車両に広がっていった。列車は立ち往生して、その場で燃えつづけた。四分後の九時五六分。反対ホームに「一〇八〇」列車が到着した。その頃すでに、駅構内には黒煙が充満していた。電源が自動的に遮断されたため、列車は動くことができず、隣接して燃える「放火列車」からの火災と熱を浴びて、やがて燃え出した。この列車に乗っていたある女性は「軽い事故が発生したので車内で待つように」というアナウンスがあったと話しているし、別の男性は「しばらくお待ちください」という車内放送を聞いたと言っている。車掌からのこのような連絡情報が、正常性バイアスを起こしやすくしていたのかも知れない。(12〜13頁)

(番組では「2月28日」と言っているようだが2月18日)
去年、京都でもこの手の事件があったが。もう信じられないスピードで黒煙が広がって。
だが、煙と炎の中で上下車両の乗客はこのアナウンスを信じて、ハンカチで口を押えて煙の中で待っている。
乗客のつぶやく声がスマートフォンか何かで録音されたようで、韓国の言葉で「まずいんじゃねぇの?まずいんじゃねぇの?」と学生さんたちがずっと語り合っている。
この逃げ遅れた方々は亡くなられていくワケで。
この手の館内とか船内放送、車内放送等々にミスリードされて被害者が増えるというのは韓国は多い。
この後、修学旅行の生徒さんの船がひっくり返って「そのまま待ちましょう」と言われたのでみんな船が傾いて立てないところをひたすら待っていたというような。
このあたりはちょっと背筋が寒いような。
「係員の指示に従ってください」というふうに私たちは教え込まれているから、そうなってしまうと思う水谷譲。

 二〇〇一年の九月一一日。アメリカで起こった同時多発テロでは、三か所のテロ現場のなかで、ニューヨークの世界貿易センタービルへの攻撃が最大の犠牲者をもたらした。(18頁)

あれも色んなところで正常性バイアスが頻発して死者を増やした。

 午前八時四六分、アメリカン航空の一一便が世界貿易センタービルのノース・タワーに激突して、九四階から九八階までが破壊された。このタワーの六四階には、ポートオーソリティのオフィスがあって、一六人の職員が働いていた。彼らには、避難に必要な十分な時間があったにもかかわらず、警察の判断ミスにより避難の機を逸し、二人を残して一四人が死亡する惨事となった。(19頁)

災害に巻き込まれた時、正常性バイアスがかかって、人は災害に巻き込まれてしまうという。

その他、河川改修、護岸整備等により氾濫洪水の脅威が増幅している。
災害対策は必要だが、こんな一例はどうだろうか。

エジプトはナイルのたまもの≠ニ言われる。古代エジプト文明は、季節的に氾濫をくりかえすナイル河が、上流からもたらす肥沃な土壌の上に繁栄した農業文明であった。紀元前の数千年も前から、ナイル河畔では、七月から一一月にかけての増水期になると溜池に水をひき、有機質に富んだ泥土を沈殿させ、その上に小麦などを蒔いていたのである。ナイル河の激しい増水は、恩恵をもたらすことはあっても、災害ではなかったのだ。(22〜23頁)

 一九七〇年に完成したアスワン・ハイ・ダムは、このような思想のひとつの帰結であった。洪水という災害を防ぎ、農業のための灌漑用水の確保と、工業化に必要な電力を産みだすための自然改造だった。その結果はどうだっただろうか。−中略−下流域にナイルのたまものである天然の肥料をもたらさなくなった。そして塩害の発生である。(23〜24頁)

自然というのはやはり、考えていじらないと大変なことに。
この悲劇は中国にも来る。
北京は飛行場の周り辺りは礫漠、砂漠。
どんどん押し寄せてきている。
エジプトの方はと言うと、アスワン・ハイ・ダムも泥が溜まって水があんまり貯められなくなったようだ。
何のために造ったのか全く分からないそうだ。

武田鉄矢が独自で書いているが。
「禁」
よくできている。
「林」が「示」す。
だからあまり木は切らないほうがいい。
木が教えている。
「こっから先は切っちゃいけない」と。
「目印たるべき緑というものをなくすとタブーを犯すことになるよ」という。

とんでもないことを言う。
そのリリキ(何と言っているのかわかりませんでした)の方、怒らないでください。
これは去年、つくづく思ったことだが「防災マップ」がある。
「ここまで水来るよ」とか。
全部当たっていた。
ということはやっぱり「住んでいいとこ」と「悪いとこ」があるのではないか?
「そこを高台にした」とか、「土手を高くしたら大丈夫」とかと、そういう考え方をやめて、日本もぼちぼち「住んでいいエリア」と「自然に還した方がいいエリア」に分けた方がいいのではないかと思ったりする。

今週は武田の結論を先に言ってしまうとこういうこと。
この間、福岡でやっているローカル番組で嵯峨の工場から油がにじみ出て、あそこの農家の方を武田先生が訪ねるという番組をやった。
一生懸命掃除とかしてらっしゃるが、皆さんがお住みにならないようだ。
油の染み込みが激しくて。
あれだけ時間が経って、一生懸命拭いてらしたが、ちょっと臭いが強い。
四ヵ月経っても。
お百姓のおかみさんと話したのだが。
ナイル河をその時に思い出した。
そこで洪水がよく出るというのはもう有名だった。
だから昔は農家の家の屋根の上には小舟が必ず乗っかっていた。
それぐらい準備して、水浸しになってもまた戻ってきて農業をやっていた。
何でかといったら米の取れ高がいい。
上流からいい土を運んでくる。
本当に申し訳ないが、そういうところに「静かだから」といって工場を置いたというのが・・・
その工場の方もすごくしっかり後フォローなさっているみたいだが、「これは建てていいが、自然環境故にここは建ててはいけない」とか「ここに住んでいいけども、ここは住んでいけない」とか、そういうエリアの「見抜く力」というのはボチボチ日本もそうガツガツ宅地造成をやるのではなくて、ボチボチ自然に還すべきところは還していった方が。
「禁」に相応しく緑を残しつつ、緑が示すものに黙って従うという。
それがタブーを犯さないという最高の方法なのではないか?
今日は結構綺麗にまとめた。
今、ちょっとうっとりした。

去年、河川の氾濫等々で大きな被害が出た。
皆さんもお気づきだと思うが、世界中で災害被害の高額化が進行している。
災害の被害に遭うと物凄い桁違いのお金が消えてなくなるという。
武田先生が訊ねた佐賀県の嬉野の郊外だったが、そこで工場の油が田畑に染みて、農業ができないという農家のおかみさんを訪ねたのだが。
農機具がダメになった。
「どのくらいの被害ですか?」と言ったら中小農家だが、おかみさんは「一億はいってます」と。
だからそれぐらいの機材を日本の農家は今、持ってらっしゃるから、洪水が出たりすると全部それがポシャるワケで。

今後三〇年間に東南海地震(マグニチュード八.一)が起こる確率は五〇パーセント、南海地震(マグニチュード八.四)が起こる確率は四〇パーセント程度であるとし−中略−「東海」、「東南海」、「南海」の三つの巨大地震が同時発生する可能性をも指摘している。その場合の想定マグニチュードは八.七、最悪の条件で起こった時の死者は二万八〇〇〇人、経済的損失は八一兆円にのぼるとしている。(70頁)

ここでもう一つの資産。
これはどういうことかというと、耐震基準等々の対策をしっかり行って住民が避難できれば、死者も被害もおそらく5分の1以下に抑えられるのではないか。
皆さん、何とかなるんですよ。

一九九三年七月一二日の午後一〇時一七分に、北海道南西沖地震(マグニチュード七.八)が発生した。この地震がもたらした最も大きな被害は、津波によるもので、災害の被災地は北海道の奥尻島であった。不幸中の幸いで、この時、津波を前にした避難率は、七一パーセントという高率であった。−中略−地震発生の数分後には、奥尻島は大津波に襲われた。−中略−津波の高さは標高二九メートルから三〇メートルの山腹にまで達している。死者・行方不明者は一九八人。全島民の二〇人に一人が犠牲となる大惨事であった。(77頁)

これは普段から避難訓練をしっかりしていたという。
20分の1の犠牲で抑えた。
これは本当に見事と伝えた方が実はいいのではないかとこの本の著者は言ってらっしゃる。
あんまり亡くなられた方に気の毒がっていると、「何がうまくいかずにこの死者になったのか」「何がうまくいってここで抑えられたのか」と違いがわからなくなるという。
そのことが、この著者が言っているところが惹かれた。
災害知、あるいは災害文化。
前に起こったことを文化にし、あるいは知識として次世代に送る。
これができているとかなりの被害を減らすことができる、被害額を抑えることができるという。
「逃げ遅れない」という知恵がこの島の住民の沢山の方々にはあった、ということ。

人口減少を迎える日本。
たえず避難所となる住居を持つことは日本の活性化のためにもなる。
日本中うろうろしているとそういうのも見る。
福島の海岸部に住んでいて地震に遭った人の避難所で、今も住んでらっしゃる方がいるのだが、この間コンサートで行って教えてもらったのだが。
秋田の方々が住居を提供している。
海岸線に住んでいた方が山奥だから、ちょっと違和感があるかも知れないが、ここまで逃げるなら逃げた方がより安全。
東北六県はそういう助け合いがうまくいっているのではないかと思う。
「うちに来てください」と言った秋田の人とか山形の人のことを誰か褒めてあげないと。
この体でいくと、土佐の高知でもし津波被害に遭った人がいると、愛媛の山の中に土佐の人たちの避難所があるとかというほうがいいのではないか?
そんなふうにしてエリアをもっと広げた方がいいと思う。
こういうアイデアになっているのだが。
もうちょっと追求する。
人はなぜ逃げ遅れるのか?

(番組冒頭の「街の声」からの流れでサザンオールスターズの『勝手にシンドバッド』を歌っているとペギー葉山の『学生時代』に途中から変わってしまう話)

日本では台風・洪水については早期警戒が繰り返される。
ラジオ・テレビは一生懸命やっている。

 一九八二年の七月、長崎地方は、梅雨の末期にあたり、大雨の降りやすい不安定な気象状況であった。長崎海洋気象台は、七月一一日、一三日、一六日、二〇日とたてつづけに、四回の大雨洪水警報を発令した。だが、いずれの場合も、災害は起こらなかった。−中略−二三日の午後四時すぎに、気象台は、五度目の大雨洪水警報を発令したのである。−中略−
 この気象台からだされた警報は、県や市町村からも、ほとんどかえりみられない程度に軽く扱われ、住民の側も事態の深刻さを理解しなかったのである。
−中略−この時には、警報どおりに、長崎市内で一時間の最大雨量一二八ミリ、二四時間で五二七ミリという記録的な集中豪雨が降って、県内各地で山くずれやがけくずれが起こった。(113〜114頁)

メディアから流される警報だけだと人は動かない。
問題はこれをどうするか?
全体に届くように言わなければいけないから。
今でもやっている。
気象庁の人が「命を守る行動に」という、非常に厳しい言葉を使われるが。
それでも正常性バイアスがかかって動かないワケで。
メディアの人間として水谷譲も悩むべき。
人間は違うメディアからも別の言い方でそう言われない限りダメ。
「危険」というのを一か所の人が言うと、人間は「こっちには関係ない」と思う。
ところが携帯が鳴る。
「逃げてください」と出る。
そして家のすぐ近くの消防団の警報がウウウ〜ンと鳴って「ただいま大雨警報を発令」とかという。
人間が動くために、少なくとも二つ必要。

武田先生もどうしようか考えた。
天気予報官(気象予報士)の人たちが各テレビの民放にいる。
その天気予報官が出るたびに、下に打率が出る。
(予報が)当たったかどうか。
毎日の細かい天気から「この人は確率何割で天気を予報できる人だ」というのを絶えず数字で。
悪いけれども最近バラエティ等々で天気のことを語りすぎで、「暖冬傾向」とかという言葉を使いすぎる。
暖冬傾向と言ったところで街が変われば寒い。
この間お正月に家族を連れて温泉へ行った。
うららかな新年で。
暖冬傾向の三が日。
でも温泉地の福島の駅から車で40分ぐらいの、とある山辺の温泉宿に行ったら寒い。
だが「暖冬傾向」という大括りの天気予報があると人間は正常性バイアスがそっちに働く。
しかも「暖冬」ではなく「暖冬傾向」。
何か二度ごまかしているみたいなもの。
このあたり、天気予報、特に台風等々、大雨等々に関しては、世間話の合間、バラエティの中に入れないで欲しい。
司会者は番組全体を恵(俊彰)君でもそうだが、柔らかくすることしか考えていないからバラエティのしゃべりで持っていくが、やっぱりきっちり伝えるべきだと思う。
それが天気報道というヤツではないか?
それと危険が差し迫った場合、妙な丁寧語はやめてもいいのではないか?
かつての軍隊を思わせるようなヤツでいいと思う。
「○○エリア地区、ただちに避難せよ」でいいのではないか?
そして重大な出来事だが、メディアがかえって混乱させたという事件。
これは反省も込みで来週。
逃げ遅れた人たちの上に、さらにメディアが混乱させたという。
そんな事件に触れてみたいと思う。

posted by ひと at 20:40| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月19日

2019年12月16〜27日◆タコ(後編)

これの続きです。

今週聞き始めてびっくりなさった方もいらっしゃるかもしれないが、生き物の「タコ」のことを話している。
これは色々本を読んでいて非常に面白かったのは(タコは)不思議な生き物。
「年末のこの忙しい時期にタコなんかどうでもいい!」という方もいらっしゃるかも知れないが。

タコはイカと同じく、時として威嚇、あるいは興味を示したもの、あるいは擬態のために全身の色を変えることができるという。
しかし彼らは色は識別できない。
擬態の時、姿を変えるという。
あれは実は中から色を出しているのではなく全身鏡。
(本によると出している色もある)
それでまわりの色を反射させてあの色になったという。
このあたりは『プレデター』と同じ。

プレデター (吹替版)



だからプレデターもなんとなくイカっぽい口元をしている。
ギギギギギギ・・・
これほどの色を皮膚に浮かべることができるならば、色をコミュニケーションで使うことができるはずだが、発信はできても受信する能力がないので孤独な色変わり。

ヒヒの発するコールは三、四種類しかなく、どれも単純なものばかりだ。だが、この単純な声を聞き取ったヒヒは、非常に高度で複雑な情報処理を行う。−中略−自分たち自身が言えるよりもはるかに複雑な情報を受け取ることになる。(172頁)

鳥も情報処理では複雑で、これはびっくりしたが鳥も心がすごい。

そうした鳥は一〇〇箇所以上にさまざまな食物を蓄えることができ、しかもあとから蓄えた食べ物を回収できると突き止めた。自分がどこに食べ物を置いたかだけでなく、どこに何を置いたかまで正確に記憶できるという。だから食べ物の中でも傷みが早いものは、長持ちするものより早めに回収するようにしているとわかった。(172頁)

イカやタコ、鳥にも高次思考、高い次元の思考があって、彼らには記憶力があり、情報があり、好奇心もある。
ただ一つ人間と違うのは「内なる声」を持っていない、とこの作者のピーター・ゴドフリー=スミスさんはおっしゃっている。
内なる声。
「哲学の声」だろう。
内なる声を持つためには、ある寿命を持っていないとダメだそうで。
子供は内なる声を持っていない。
タコ・イカも同じ。
寿命が1〜2年で。

最大のタコであるミズダコでも野生ではせいぜい四年しか生きられない。(192頁)

大きい脳があれば学習ができるが、学習の有用性は、その動物の寿命が長いほど高くなる。寿命が短ければ、せっかく世界について学んでも、その知識を活かす十分な時間がない。(193頁)

太平洋を泳ぎ回るオウムガイは、−中略−寿命は二〇年以上にもなる。海の中をうろつき、死肉を漁るだけの動物などと生物学者たちに悪しざまに言われてしまうオウムガイだが、その寿命はとても長い。(194頁)

だから食い扶持が安定するとダメ。
「俺は明日どうなるんだろう?」とかと思っている時・・・
生ぬるい環境になってしまう。
やっぱり喰い物が安定してしまうとハングリー精神がない。
そうするとずっと世界チャンピオンのまま、対戦相手はいない、という訳で。

老化を(この番組で)じゃんじゃん取り上げようと思っている。
何で老化するのか?という。
これはなかなか。
「老化シリーズ」をいっぱいやる。
これはちゃんと別枠で「供養のためにやってやろうかなぁ?」と思っていたのだが、今年(2019年)の5月に武田先生の姉(長女)が亡くなった。
84〜5歳だから何の悔いもなかったのだが。
5月に逝ってしまって、それが突然で。
5月は(武田先生の)博多での舞台公演だった。
5日が初日だったので武田先生は4日に家へ帰って、この80半ばの姉と一杯やった。
鉄矢の舞台を見るために地方に散っているも一人の姉と、福岡に住んでいるもう一人の姉。
三人姉がいて。
姉が集まって6日にどんちゃん騒ぎをやっている。
それで7日の朝に死んでいて。
血栓が飛んだということなのだが。
そんなことで、ちょっとしみじみ考えたことがいくつかあって。
それをノートにまとめているのでまた別の機会に、という。

老化の問題。
「歳を取る」ということに関してだが。
なぜ人類は老化を選んだのか?
最近そんなことばっかり考えるようになったが、だいたい普通の生物は生殖能力がなくなれば死んでいく。
鮭などは潔くて。
人間はダラダラダラダラ。
人間はしつこい。
何で死ないで老化していくのか?
これは絶対生物学的に意味がないと、そんなことはあり得ない。
本に書いてあったのは突然変異に関して、有効な突然変異を活かすためには、その生き物は長生きしなければならない。
(ということは本には書いていない)
突然変異で、その変異がその生き物にとって「得をする」「損をする」というのは長時間お試し期間がないと「役に立つ」「役に立たない」がよくわからない。
イカ・タコのごとく2年ばかりで命が絶えていくと、よい突然変異が出ても2年で終わってしまうワケだから、有効な突然変異を残す間がない。
うまく子孫に伝わらない。
その意味で、人間の場合、悪いかどうかをしっかり確認して年老いて死んでいくので。
猶予期間、お試し期間が長い。
そんなふうにして命を研いできたのが人間で、人の老化はよい変異を若いうちに集中させ、悪い変異をその一代で消去するために「長寿」というお試し期間でよい遺伝子を全体に広げるために考えられた実に合理的な方法だ。
だからダラダラ生きているお年寄りの皆さんも、生物の種として遺伝子の良し悪しを確認するための寿命だと思って生きるとずいぶんと歳の取り方も違うような気がしてきませんか?

2011年3月11日の東日本の大震災でリアス式の町・村に棲んでおられた方々が引っ越しを余儀なくされた。
そこはもう全面的に高台に引っ越そう。
下の浜辺で小さいスナックをやっていた女性が高台に移ってもスナックをやってらっしゃる。
初老前後の方。
楽しそうにしている。
ああいうのはいい。
武田先生は楽しそうにしているお婆ちゃんたちを見ながら。
「お婆ちゃん」て(武田先生と)同じ年ぐらいだが。
しみじみ思ったが、本当に表情のよい年寄りというのは何か「よくぞ生き残られた」という気がして、地域全体を明るくする。
その時にまたアホみたいだが、この放送をお聞きの少なくとも自覚のあるご老人方。
もう人生、最後の最後までどうなるかわかりませんぜ。
しかしそれを「悪運だ」とか「ついてない」とか「あの津波が」とか憎まずに、タコが殻を脱ぎ捨てた瞬間だと思って耐えましょう。
その災難に遭っても明るい魂の中から、災害に強い良い遺伝子の日本人というのが選抜されてゆくのだろう。
その証のためにも。
とんでもない方向に話が流れてしまったが、この本にあった言葉でこういうことが、老いてくるとしみじみ思う。
タコとイカは2年で終わっている命がある。
これを長くするためにはどうしたらいいか?
生き物として寿命を長くする方法がある。
弱肉強食をやめること。
この弱肉強食思想の人がいる。
だから「Amazonに勝とう」とか。
それから「美貌一本で生きていこう」とか。
そういう人たちは発想そのものが弱肉強食。
その思想だと寿命は短くなる。
だから今は「大企業になれば何でも喰える」と思っている経営者はいっぱい中国大陸にもアメリカにもいらっしゃるのではないか?
我々は「弱肉強食から脱する生き方」みたいなのが実は人間としても求められているのではないか?
話は意外なところに転がるが。
タコについて考えると色んなことが学べそうな今週。

タコについていろいろ考えてみたいと思う。
本日はクリスマス等々の行事ごともあるかと思うが。
(この放送日が12月25日)
とりあえず当番組「タコ」。

深さ一五〇〇メートルのあたりだが、そこで深海性のタコであるホクヨウイボダコに遭遇した。−中略−
 このタコは、それまで知られていたどのタコの一生よりも長い期間、卵を抱いていた。なんと五三ヶ月間である。
−中略−寿命は一六年くらいと推測できる。(210〜211頁)

これは浅い海では考えられないということ。
浅い海は餌がいっぱいある。
餌がいっぱいあるけれども、餌として喰われる危険も多い。
そうなると自分が喰われる心配がある。
それに比べてこのイボダコは、食料を集めるのが非常に困難だけれども、その分ゆっくり子育て、子供を深海で放せるという。

進化の上で人とタコ。
脳を発達させた材料は同じ。

神経系を形成するには、神経細胞どうしを正しく接着する必要がある。人間の場合は、プロトカドヘリンという物質がこの接着に利用される。タコの神経系の形成においても、やはり同様の物質が利用されることがわかった。(237頁)

今、物理学の本を三枚におろせないかと思って。
これが皆さんに楽しんでもらうために武田先生は読み下してはいるのだが、難しい。
物質の奥の奥まで入って、量子物理学まで今、いっている。
岩、石ころというのがある。
石ころと人間は量子物理学まで降りていくと「材料」は同じ。
この不思議。
石と同じ材料でできているのだが、それがどこから生き物になるのかというのは、考えてみたらすごく不思議。
これもそう。
皆さんに「タコ」と言うと「ああ、アレか」と思う。
「あのタコ」と思う皆さんと、考えている脳の材料は同じ。
どこから違うのか?というのが。

この著者、ピーター・ゴドフリーさんがおっしゃるのだが、とにかくタコ・イカというのは「殻を脱ぎ捨てた貝である」と。
タコに神経細胞を与え、脳を体中にいくつも作り、もう一度その脳を一か所に集めて脊椎動物、我々ができた。

 心は海の中で進化した。(240頁)

ということは、心は海が作った。
美しい。
でもこれは覚えておこう。
心を作ったのは海。

ここから不思議な不思議な実験にいく。
鳥が餌を隠して、それらを記憶し、保存状態まで記憶する「エピソード記憶」というのが高次の心を持っている証だ。
例えばイカはどうか?

コウイカを対象とした実験はこのように行われた。まず、二種類の食物(カニとエビ)を用意し、被験者となるイカがそれぞれどちらを好むかを確かめる。−中略−カニは食べたあと一時間で補充されるが、エビは三時間待たなければ補充されない。その環境下で学習をさせたイカにエビを食べさせたあと、いったん水槽から出し、一時間後に再び水槽に戻したとする。イカはエビを食べた場所に行っても駄目だとわかっている。そこには何もないからだ。水槽に戻されたのが一時間後なら、イカはカニを食べた場所に行く。戻されたのが三時間後ならば、エビを食べた場所に行く。(239頁)

つまりイカは、タコも同じだと思うが、他の場所に移されてもカニ、エビの場所を「時間によってある」ということを記憶しているということ。
頭がいいらしい。
「あれから一時間ぐらい経ったかな?だったらあそこにカニはあるわ」という。
「三時間経った?もう。じゃ、エビあるわ」というのは、イカは絶対に分かるそうだ。
「うちの猫より頭がいい」と思う水谷譲。
とにかく皆さん覚えておいてください。
5〜6億年前、この時は共通の生き物だった。
そこから心が、知性を持った意識がともり、脊椎動物から爬虫類、鳥類、哺乳類へと心はゆっくり巨大になっていった、ということ。

タコ・イカは腕のすべてに神経細胞があり、ある意味では小さな脳を脚ごとに一個ずつ持っている。
そこからのモニターで腕が考えて行動する。
それで口の近くにある脳へ「こんなことあったよ」と報告するという形をしているという。
タコ・イカは皮膚にも目がありそこで見るそうだ。

たとえばハトについて調べてみると、一方の目で見た情報はやはり、脳の反対側には伝達されていないらしいとわかる。(103頁)

タコは少なくとも情報は全体に送る。
ハトは右目で見た情報は左脳には送らない。
(視神経は交差しているので、おそらくハトは右目で見た情報は左脳にのみ送られていて右脳には送られていない)
ということは右側に友達がいた場合は「あ、友達だ」とか思わないのだろう。
(目に)映ってはいるだろうけれども、それをジャッジする脳がない。
カエルはというと見ているものをまとめる脳がない。
映ってはいるのだが、映っているだけ。
あまり用は成していない。
ニワトリは色を感じる脳が分かれており、ジグザグに歩いている。
ニワトリは色を感じる脳が右と左で違う。
だからジグザグに歩く。
あの子(福田彩乃さんのことを指していると思われる)がマネしているところを見ても「ココーッ!コッコッ!」とやる女の子がいる。
これは何が言いたいかというと、タコというのは八個脳が手についている。
それをまとめる脳が口元にある。
だからタコというのは映像を集中管理できている。
モニターがいっぱいあって。
生き物として、ビルの入り口、裏口、屋上とかというのを警備会社の人が管理室で見ているという。
ニワトリはそこの警備の人がいる場所に誰もいない、という。
タコほどの高次の脳機能というのはなかなか珍しいこと。
人間はというと脳を一か所にまとめるという生き物として非常に危険。
そこをやられたら全部おしまいだから。
大事なものを全部一か所に集める危険さがある。
そういう轍を人間は知っているので左右で分けた。
それが右脳・左脳。
鳥やカエルと違うのは、情報をお互いに交換できる脳梁で左右を結んでいるところ。

前も話したと思うが、人間は誰かと絶えず話していないとボケてくる。
「ボケる」という言葉はあまりよくないかも知れないが。
人間は会話して初めて人間たるもの。
それは脳の形が右と左に分かれていることからもわかる。
タコは八個脳があるワケだから、たった一人で民主主義というヤツ。
偉い。

動物の中には、視界の左側に捕食者の姿が見えた時の方が反応が良い、というものが多くいる。また魚やオタマジャクシの中には、自分の左側に同種の固体が見えるような位置にいることを好むのものが何種類かいる。一方、食物を探す際には、右側にあるもののほうをよく知覚できる動物も多い。(104頁)

右にとにかくひたすら餌を。
右に友達が来ても反応しない。
でもこれはやっぱり魚を釣る時に餌を揺らす。
あれは右目左目どっちかに見えるように(釣り竿を)ツンツンやる。
そういうのを考えると脳と感覚器、視覚器、あるいは触覚器の存在の関係がよくわかるというふうに思う。

タコの心身問題??頭足類から考える意識の起源



ピーター・ゴドフリー=スミスさん、夏目大さんの訳。
強いメッセージがあるワケではないのだが読んでいて、生き物の不思議みたいなことが伝わってくる一冊だった。

著者は生命樹を遡り、タコ・イカという生き物に触れて「心」というものを生物学と共に哲学的に見ている。
海に住む者を食物資源とのみ見ている現代人にとって、知性というものを海の生き物にあるとして生き物を見てみると、ずいぶん違う見方ができるのではないか?という。
宇宙では他の生命との交信に熱心ではあるが、同じ情熱で違う形の心を持つタコ・イカ。
それを交信相手として考えると、我々はもっと深く海を知ることができるのではないか?というのがこの著者の提案。

考えてみると海の話題と言ったら「海水温が上がった」とか「漁獲量が減った」とかそればっかり。
海の生き物にちょっと失礼は失礼。
喰うことばっかり考えているワケだから。

魚の乱獲は一九世紀にはじまり、現在に至るまで続いている。(244頁)

21世紀、やっと乱獲がいかに危険かということに気づき始めた人類。
今、グローバルな問題として、温暖化、海水温上昇等々がある。

化石燃料の使用により大気中の二酸化炭素濃度が高まると、増えた二酸化炭素の一部が海水に溶けるのだ。すると、海水のpHバランスが変化することになる。通常は弱アルカリ性の海が酸性化していく。海水が酸性化すると、−中略−特にカルシウムで硬い部分をつくるサンゴなどの生物に深刻な影響がある。硬い部分は柔らかくなり、海水へと溶け出す。(244〜245頁)

(番組ではpHを「ペーハー」と言っているが、今は「ピーエイチ」と読むことになっているらしい)
それから海水温の極端な変化。
ラニーニャとかエルニーニョとかという南米沖の海で引き起こされる海流の温度。
そういうものが世界気候を混乱させているのではないか?
大事なことは、原因は絶対一つではないので。
原因は一つではないのはともかくも、ピーター・ゴドフリー=スミスさん。
この方の面白いのは、別の形の心が海にはあるのだ、と。
ヒト、サル、ネコ、クジラ。
哺乳類が「心!」とかと言うが、魚類、タコ・イカまで含めて考えようじゃないですか。
そのことで彼らの心が読めるようになったら、もっと海に関する知識が増えるのではないか?
台風がバンバン今年(2019年)来た。
武田先生の短い人生の中でもこんなに来た年はそうそうないし、台風の動きは最近変。
グルグルそこらへんを流して歩いたり。
迷走したり。
秋風が立っているくせにわざわざやってきたり。
そのへんの知識をタコ・イカと分かち合えるようになるという交信の方法。
タコ・イカに「近頃どう?」とかと言うと「エルニーニョあるかも知んない」とかと連絡があれば「オマエは本当にイイダコ」なんちゃって。
番組の落とし方もわからなくなった。
タコを利用してサッカーの勝敗を占ったりしていた。
何とか君(パウル君)みたいなタコで。
タコを頼りにしているというかタコの知性を人間は信じてはいる。
予感能力とか。
タコとの交信を通して海の深い情報を知ることができれば、という。
これがこの人の発想。

今、タコをわさび醤油ですごく食べたくなった水谷譲。
「タコには心がある」とかと言っておいて、タコを喰いたくなるところがタコの不思議な魅力。
タコにへばりつかれると怖い。
口の中に入れてタコの足の先っぽが暴れて、ほっぺたに吸い付いたりすると何か感じる。
何かタコはちょっと意思を感じさせる。
それとタコツボの中に入って漁師さんから引っ張り出される時のタコの慌て方が「何すんだ!この野郎!」みたいな。
何かそういう声が聞こえる時がある。

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2019年12月16〜27日◆タコ(前編)

タコの心身問題??頭足類から考える意識の起源



「頭足類から考える意識の起源」という副題が付いている。
ピーター・ゴドフリー=スミスさんという方の科学本、レポート。
夏目大さんの訳で。
あの真面目な本で有名なみすず書房。
本屋をブラブラ歩いていて、ツカミの腰帯の文章が、何やら武田先生には奇怪に読めた。
曰く

進化はまったく違う経路で
心を少なくとも二度、つくった。
(本の帯)

一つは人や鳥類などの脊椎動物。
もう一つがタコやイカを含む頭足類。
この「心」というヤツ。
AKB(48)とかが「失恋した」とかと歌っているヤツ。
乃木坂(46)は強気に男の子の気持ちで「僕はそんなんじゃない」とか。
そんなふうに「心」を歌っているワケだが。
その「心」というのは「進化」というデカい俯瞰の見ると二回作られた。
その一番最初の心を作った、というか持ったのが「タコ」。
最初武田先生も「これで果たして『(今朝の)三枚おろし』おろせるのかな?」と思ったことがある。
とにかくこの方は生物哲学者で、生物を通して哲学を考える、という。
とにかくこのスミスさん、スキューバーダイビングが大好きなオーストラリアの生物学者で、哲学もやってらっしゃるという方。
この人はタコを見ているうちに「タコを思う、ゆえに我あり」という。
こういう哲学的な立場にお立ちになった。

 本書の原題はOther Mindsである。−中略−❝other minds❞は、「(人間とは)別の心、あるいは知性たち」という意味だ。(252頁)

どうやら心は私たち人間ばかりのものではないというのが彼の主張。
その心は「タコ」にあるとおっしゃる。
タコは「タコ焼き」とか。
「ひどいことするな」と人間のことを思っているのだろう。
「大阪のヤツは俺たちのことを焼きやがって!」とか。
そういうことを思っているかも知れない。
ということで「違う心を持っている生き物」ということで、思わずこの『三枚おろし』のまな板の上に置いてみた。

このスミスさんの不思議な不思議な研究所と言うか書斎に参りましょうか。
オーストラリア東海岸。
シドニーのある湾の海中へスミスさんは書斎に入るがごとくスキューバーダイビングで海底へ潜って行く。

ホタテ貝の散在する平坦な砂地の海底を何度か漂ううち、ローレンスは不思議なものに出くわした。積み上げられたホタテ貝の貝殻の山だ。何千という数の貝殻が積み重なっている。−中略−その貝殻の「ベッド」の上には、一〇匹を超えるタコがいた。(2〜3頁)

彼らはホタテを喰いながら、ついでにマンションまで建設するという。
非常にエコ。
そこにブクブクブク〜と潜った著者は、タコを観察する。
そこでこのスミスさんがタコに心をわしづかみにされたのは、タコは寄って来てツンツン触る。
決して獲物を捕まえるのではない。
探っている。
材質とかタコのイボにくっつきやすいとかチェックをする。
スキューバーの腕あたりを触る時と水中メガネのガラスを触る時とは違うので。
「あ、ここはくっつくんだ」とか「ここはあんまくっつかねぇな」とか。
「探る」という、そいういう仕草をする。
手というか脚で触ってくる繊細な動きを見ながら、このスミスさんという生物哲学者は「これは心だ」「心がそうさせてるんだ」。
タコがピュアな生き物であれば材質を調べない。
つまり「食べられる」か「食べられない」かだけ。
ところがこのタコは明らかに触って「コイツは何者だろう?」と考えているふう。
ということはスミスさん曰く「タコには心がある」そう思っていい。
ではこのタコの心はどうやって生まれたのか?
心を持っている生き物は実は地球上にいくらでもいるんだ、というスミスさんの発想。

「タコにも心がある」という、そういう著者の主張。
ピーター・ゴドフリー=スミスが書いた『タコの心身問題』。
ネコとか犬は「心があるなぁ」と思って触れ合うが、タコとかイカとかホタテには心を感じたことはないという水谷譲。
この『タコの心身問題』を読んでいて思ったが、この本を読んだ後はタコをおいそれと喰えなくなる武田先生。

著者は生命樹を遡る。
生命の分かれ道。

 地球は現在、約四六億歳と言われている。生物の歴史は約三八億年前に始まったとされる。−中略−動物の誕生は約一〇億年前か、それより後と言われている。(15頁)

(番組では「生物の歴史は36億年」と言ったようだが、本によると38億年)
その動物とは多細胞動物。

 神経系は多数の部分からなるが、中でも特に重要なのは、「ニューロン」と呼ばれる特異な形状をした細胞だ。−中略−もう一つは「化学物質の放出とその感知」だ。(25頁)

ニューロンをはたらかせ、維持するためには、大変な量のエネルギーが必要になる。−中略−私たち人間は、−中略−そのエネルギーの四分の一近くを、ただ脳の正常な活動を維持するためだけに消費している。(26頁)

とても綺麗な女優さんが妙なクスリで逮捕されたが、これはこの脳の中に薬物を入れてしまうという。
はっきり言って綺麗な方だが頭はタコ以下。
タコだって薬物は使わない。

ごく普通のタコ(マダコ)の身体には、合計で約五億個のニューロンがある。(59頁)

マダコは喰うと美味い。
刺身か何かで喰う。
あれは人間の頭で言うところの「脳神経」というのを5億持っている。

人間のニューロンの数はそれよりはるかに多い──約一〇〇〇億個だ−中略−タコのニューロン数は、犬にかなり近い。(59頁)

だから(タコに)名前を付けたら覚えるかも知れない。
「オクトパス!」とかと言うと「何?」と言いながらヌッと出て来たりする可能性がある。
だからニューロンだけで言えばタコはほとんど犬に近いというワケだから、脊椎を持たない生物の中で頭足類は異常なほど神経のスケールが大きい。
これは面白い。
人間の引き起こした何事かによって地球環境が変わっていく。
そのことに対して我々人類はすごい恐怖を持っているが、地球に安心して住んだことなんて生物はない。
地球とか大自然というのはいつも生き物を脅威に晒す。
「喰うか喰われるか」の世界。
その「喰うか喰われるか」のところからタコを見てみたい、と。
考えてくれ!タコのことを。
全裸で生きている。
タコの全裸は生々しい。
タコの先祖はオウムガイ。
(と番組では言っているが、本によるとオウムガイは共通の先祖であって、直接の先祖ではない)
原始の海に浮かんでいたと言われるオウムガイという、グルグル巻いたヤツがいる。
殻を捨ててタコになった。
潔い。
あれだけの鎧を捨てて全裸になったというのは、よっぽどの事情がある。
元々は着ていたものを捨てているワケだから、そこにタコの進化がある。
ちゃんと鎧を持っていたくせに、環境に適応するために、あえて危険な全裸になったという。
そこがタコに感動するところ。
「やるな!タコ」というヤツ。
約5億4千2百万年前のこと、カンブリア紀という時代を迎える。
タコ・イカというのは別の姿をしていて、その別の姿こそカメロケラスという古いタイプのオウムガイの形をしていた。
(カメロケラスも先祖はタコ・イカと共通だが、タコ・イカの先祖ではない)
それが何故にかあの姿に。
このあたりの進化の妙。

地球環境自体が比較的おとなしくなって生物たちが様々な種類に分かれていく。
それがカンブリア紀。
まずは海の中、カメロケラスという巻貝の一種だったタコの先祖もそこを生きていた。
「海の中」と言うと、これは基本が「喰う」「喰われる」。
とにかく襲われたら固い身(「殻」の間違いか?)の中に身を潜らせて助かるというようなことをやっていたら、今度は歯の丈夫なヤツが出てきて。
サメみたいなヤツが殻ごと喰っちゃう。
「これはたまらんなぁ」というもので。
何でこのサメみたいなヤツが出来たかというと、これは脊椎動物。
水の中で速く動くために表に持っていた殻を体の内側に取り込んで、真ん中に芯を作ってくねらせるという。
最初の頃はみんな鎧を外に着ていたが、だんだん内側に着るようになってくねらせて推進力を得るようになった。
そう考えると進化はすごい。
だから「何が幸いか」「何が不幸か」というのは生き物は決められない。
国際情勢もそう。
そんなふうに朝から色々とニュースが年末に飛び込んでいる。
何が幸か不幸かわからない。
非情な不幸が、ある幸せのスタートになったりする。
カメロケラスという巻貝はもうひたすら喰われた。
殻が固くて重い。
だから歯が弱いヤツには大丈夫。
丈夫なヤツには捕まって喰われちゃう。
このへんはやっぱり生きていくのは難しいもの。
このカンブリア紀に何とか歯の丈夫な魚に負けないようなものになりたいと思ったのがオウムガイ。
オウムガイは海を浅く深くが潜水艦みたいに微調整できる。
深海を上下しながらオウムガイはあきらめた。
他の生き物の刺身を喰うのをあきらめて「俺は死んだヤツをもっぱら喰おう」ということで海底の死んだ魚を餌にするようになった。
そこからオウムガイは今でも生きている。
このカンブリア紀から2億年経っても今でも生きている。
「生きてる化石」と言われている。
そう言われるのも切ないが。
「ひっそり生きていこう」とオウムガイは思った。
その中でとんでもないことを考えた一派がいた。
それがお待ちかね、軟体動物「タコ」。
タコは何を思ったか。
「身を守るために重い殻を着るという考え方が間違ってた。もういらない!もう鎧なんかいらない!俺は素っ裸で生きていく」
カッコイイ。
日本人にぴったり。
日本人はピンチになると裸になりたがる。
例えば高倉健さんが片肌を脱いで。
それからジャーン!と火事場で火の手がバーッと上がると一心助みたいな若造がスパーッと上半身裸になってマトイを振るう。
「遠山の金さん」だって犯人を追い詰める時には必ず上半身を脱ぐ。
半身を脱ぐというのはやっぱりすごい決意。
紀伊国屋文左衛門。
ミカンを運んでいる途中、大波が来る度に念仏を唱えながら裸になる。
何かあるとフンドシ一つになる。
総理大臣で偉かった新潟出身の人。
「(田中角栄のマネで)裸一貫!一生懸命生きてまいりました!」
「裸一貫」というのはもういよいよ最後のサバイバルに賭ける生き物の姿。
それがタコなんだ。
カンブリア紀にタコは脱いだ。
「冗談じゃねぇや!ここまでは俺は!」とブワーッと脱いだのがタコ。
タコは偉い。
タコが考えたことはただ一つ。
身を守るために鎧を着るのではない。
それよりも身を守るんだったらば、逃げるスピードを上げることなんだ。
これはすごい。
この「裸一貫になる・ならない」が朝鮮半島の文化と日本の違い。
朝鮮文化、韓国の人は裸になる人を嫌う。
ものすごく軽蔑なさる。
向こうは礼儀の国。
私たちは野蛮な国、ということで。
華夷秩序、中国が決めた秩序の中では日本は最下位の国。
それはちゃんと韓国の教科書に書いてある。
そういう国宝もある。
アジアじゅうの種族が中国の皇帝の宮殿に招かれた。
その一番端にフンドシのヤツがいる。
そのヤツの頭のところに「倭」と書いてある。
我々のこと。
日本人はとにかく裸になりたがる。
祭りでも裸になる。
だから日本人はタコと相性がいい。
だからお正月の重箱に酢だこが入っているという?

タコとイカは違う。
イカは貝であった頃の殻の一部をほんのわずかだが体内に留めている。
凄まじいのはタコ。
タコは殻を全部捨てた。

殻がなくなると、攻撃に対しては弱くなるが、その代わりに行動の自由度は高まる。(55頁)

 頭足類の身体が現在の形状へと進化する過程で、もう一つの変かも同時に起きた。一部の頭足類が賢くなっていったのである。(59頁)

これは知性があると言っていい。
知性というものの評価は難しいが、彼ら頭足類は目を持つ。

タコを含む頭足類は非常に優れた目を持っている。目のつくりは、大まかには私たち人間のものと同じである。−中略−だが、目の背後にある神経系のつくりは、タコと人間では大きく異なっている。(60頁)

人間は脳の中で組み立て直す。
目から入ってきた情報を形にしたり色にしたり。
スクリーンがないのに映写機だけ立派なヤツを持っているみたいな。
それで博多はイカが大好き。
とにかくおもてなしは透き通ったイカ。
お刺身で出す。
必ず丸ごと一匹。
頭が付いている。
(タコの)足が酒を飲ませて少し動かないと博多のお客さんが喜ばない。
目ん玉でこっちを見ているワケだから「この野郎!喰いやがって!」とかと思っているのだろう。
この目からの情報は脊椎動物の場合は脳から繋がって束ねられている。
タコの場合、目の情報は八本の腕、それぞれに行く。
脳が一か所にない。
タコは合議制。
タコが一匹で民主主義。
メリットはそれぞれに判断できる。
八個脳がある。
一匹が「餌かも知んねぇな」と思う。
それで触って「喰える!」というと他の手足の方も「え?喰えんの?」「喰えるの?」と足が寄ってくる。
そういう合議制で全体が動いている。

 タコに関する研究は、初期にはほとんどイタリアのナポリ海洋研究所で行われていた。−中略−
 一九五九年、
−中略−デューズは三匹のタコを訓練した。その結果、タコは三匹とも、レバーを操作して食物を得ることができるようになっている。タコがレバーを引くと、ライトが光り、報酬としてイワシの小片が与えられる。デューズによれば、三匹のタコのうちの二匹、アルバートとバートラムはかなり一貫して期待された行動をとることができたという。ところがもう一匹のタコ、チャールズはあとの二匹とは違っていた。−中略−チャールズは何度も腕をライトに巻きつけて、かなり強い力を加えた。(62〜63頁)

つまり好奇心が餌ではなくてライトの方を優先させた。
これはやっぱり「不思議なものに触れたい」という「心」の痕跡がある。
実験者の方もタコがライトをいたずらするのでひっぱがそうとしたらしい。
ライトをいたずらされると感電とかいろいろあるので。
そうしたらその人に向かってタコが水をかけた。
あわててその人が飛びのくとタコは腕を離して水槽の奥の方に沈んでおとなしくなった。
以降、タコはこの人が来る度にいちいち潜るようになった。
(このあたりの内容はかなり本とは異なる)
つまり見ていて認識している。
「コイツ、俺がライト触ろうとした時にひっぺがしたヤツだ」という。
ということは、別人か同一人物かをジャッジして、それ以降の行動を予測できる。
これはちょっとすごい。
これは全世界の学者さんが確認した化学的事実。
タコはただのタコではない。

二〇〇九年、インドネシアのある研究者グループは、野生のタコが半分に割れたココナツの殻を二つ抱えて歩いているのを発見して驚いた。なんと、その殻をタコは持ち運び可能なシェルターとして利用していたのだ。殻は綺麗に真っ二つに割れていたので、間違いなく人間が二つに割ってから捨てたものだろう。タコは偶然それを拾ってうまく役立てたわけだ。一方の殻をもう一方の殻の中に入れることもある。それを身体の下に抱えて海底を歩くのだ。−中略−殻を二つ合わせて球にし、自分がその中に入ることもある。(77頁)

これで「カラス級の知恵があるんじゃないか?」という。
それからもう一つだが、そこの土産物店の近くだったのだろう。
ナタデココが瓶売りか何かしていて誰かがポーンと投げたのだろう。
海の底にナタデココが沈んでいたらタコが腕で抱えて一本だけ手を入れて拾って喰っていたという。
(という話は本にはない)
だから手が八本あるので、入りやすい腕を選んでナタデココを1個ずつ喰っていたという。
ガラス容器の細い管の奥の奥にある餌を目で見て、腕の一本のみを管を通し這わせて獲得する。
これは何が重大か、というと明らかに脳で考え、目で確認しつつ、腕にある支店の脳に依頼して餌を獲るという、何重もの思考を経て喰っていた。
この筆者の形容詞だが「タコは八頭立ての馬に牽かれて走る、御者が操る生き物である」と。
これは面白い。
目に浮かぶ。

(葛飾)北斎なんかもそうだが、タコをやたらと描きたがる。
女の人を誘惑して、指先でもてあそんでいるタコとか。
春画でいやらしい方だが。
日本人は「タコの八ちゃん」じゃないが、タコに妙に人格を宿す。
タコの「知」みたいな。
知識。
タコの脳みたいなことに昔から直感で気づいていたのではないか。
でも人に文句を言う時に「このタコ!」と言うので、もっとタコをリスペクトしてもいいと思う水谷譲。
だがタコと(人間を)同列に置く。
「このタコ」というのは上から目線だが、少なくとも完全否定ではない。
「この犬野郎」というよりも「このタコ」と言われた方が・・・

タコの心臓は一つではなく、三つだ。また、その心臓が送り出す血液は赤ではなく、青緑色をしている。酸素を運ぶのに鉄ではなく、胴を使うからだ。(90頁)

時として自分の腕の動きを他人のように見つめることがある。

タコにも、一応、脳という指揮者はいる。−中略−指揮者からはおおまかな、全般的な司令は受けるが、演奏の細かい部分をどうするのが最適かはプレーヤーを信頼しプレーヤー自信に判断させる。(130頁)

 頭足類は一般に(すべてではないが、その多くが)身体の色を変える能力に長けている。−中略−頭足類の変色は、カメレオンより速いし、色の種類も豊富だ。大型のコウイカは、その身体全体が、色のついた模様を映し出すスクリーンのようになっていると言っていい。−中略−まるでネオンサインか雲のようだ。(132〜133頁)

皮膚にはまず、最も外側の層がある。−中略−一つ下の層には色素胞という組織がある。−中略−
 一つの色素胞が発するのは一色だけだ。同じ頭足類でも使える色は、種によって異なるが、ほぼどの種でも基本になる色は三つだ。ジャイアント・カトルフィッシュは、赤、黄色、黒/茶色という三種類の色素胞を持つ。
(134〜135頁)

ところがこのイカは、他にも数多くの色を発することができる。たとえば、青や緑紫、銀白色など、この仕組みでは出せないはずの色を出すのだ。こうした色を発するのは、さらに下の層にある機構である。この層には、何種類かの、光を反射する細胞がある。−中略−この仕組みによって、色素胞では出せない、緑や青を発することも可能になる。(135頁)

ここにもまた、タコ・イカの不思議がある。

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2020年09月07日

2019年10月21日〜11月1日◆ケーキの切れない非行少年(後編)

これの続きです。

政治資金規正法違反の罪で栃木県の黒羽刑務所に服役した元衆議院議員山本譲司氏の著書『獄窓記』(新潮文庫)にも詳しく書かれています。刑務所の中は凶悪犯罪者ばかり、と思っていた山本氏が実際に目にしたのは、障害をもった沢山の受刑者でした。
 おそらく刑務所にいる受刑者は、軽度知的障害や境界知能をもった人たちがかなりの割合で占めていると思われます。法務省の矯正統計表によりますと、2017年に新しく刑務所に入った受刑者1万9336人のうち、3879人は知能指数に相当する能力検査値(CAPAS)が69以下でした。つまり、約20%が知的障害者に相当すると考えられます。
−中略−矯正統計表から軽度知的障害相当や境界知能相当を併せると、新規受刑者の半数近くに相当することになるのです。(115頁)

この1万9336人だが、彼らのうちの95%が信じられないぐらい凄惨ないじめを体験しているという。
(本では95%が凄惨ないじめを体験しているのは性加害を行う少年)
相当いじめられている。
半端ないじめられ方ではない、動物以下みたいな体験が人生の中であるらしくて。
ここで間違いなく言えることは「いじめられた者は必ずいじめ返す」ということ。
非常に歪んだ病理ではあるが事実として「いじめというのはいじめ事件を誘発する大元だ」という。
そう記憶をしておいたほうが「いじめ」というものに関してはわかりやすいのではないかと。

宮口さんは前向き。
この子供たちをどうするのか。
とにかく少年院、あるいは少女院に収監されている若い青少年たち。

子どもへの支援としては、社会面、学習面(認知面)、身体面の三方面の支援が必要です。(157頁)

この三つを基礎にしておいて、対人スキルからマナー。
それからコントロールする。
それから問題解決力を身に付けていく。
そういうものがないと生きていけない。
本当に同感だが、宮口先生はおっしゃっている。
社会性さえあれば何とかなる。
社会性だけは身に付けておかないとダメだ、と。
こんなふうにおっしゃっている。

水谷譲は「お母さん」。
子供の社会性は気になる。
教えなくても「あ、何でそんなことをわかってるんだろう」ということが非常に多いので、あえて教えなくてはいけないということはあまりなかった気がする水谷譲。
その社会性に火が点いたのも水谷譲の教育のお陰。
「おはよう」「ただいま」「おやすみ」「いただきます」「ありがとう」。
最低限でも5〜6ぐらいの言葉で誰かとつながるという言葉を持っていれば、その子の未来は拓けるもの。
だからやはり武道はいい。
受け売りするかも知れないが、もしよかったら誰かに話してください。
武道は結局、頭を下げるコツみたいなヤツ。
頭を下げるタイミングがいい子は殴られない。
暴力事件はタイミング。
それこそ武道の奥義。
ケンカをするために身に付けてもいい。
柔道でも空手でも合気道でも。
でも一番いいのは武道は殴り合いになる前に丸く収める能力がつく。
(子供に)合気道をやらせて数年が経つ水谷譲。
何か人から受け取ったりする時に必ずちょっとした時に会釈をする。
人の前を通る時とかもちょっと会釈をする習慣が付いているのを見て「合気道のお陰かな」と思う水谷譲。
もうそれだけで殴られない。
やがて青春の頃、男の子は乱暴な時期がある。
その時に水谷譲のお子さんはしみじみ思うはず。
武道のシステムはよくできていて、自分が武道によって他人を傷つける能力というのが上がっていくと、他人との接触が上手くなる。
そういう意味で武道というのは大事で。
この先生がおっしゃる社会性。
これさえ学べば何とかなる。
そういうものがないと生きていけない。
希望は意外とすぐ近くにある。

(冒頭は「街の声」を受けてのスマホ決済の話題)

かつて飛び込み自殺が多かった札幌の地下鉄のホームに鏡を設置したところ、自殺者が減った、といった報道がありました。−中略−鏡で自分の姿を見ると自己に注意が向けられ、「自殺はよくないことだ」という自己規範が生じ、自殺者は減るだろうと考えられるからです。(151頁)

こういうことがその少年院の中で現実のドラマとしてあったらしい。
宮口幸治先生の本の中に書いてあった。
その少年院で授業を受け持ち、懸命に勉強を教えていた宮口先生。
その中でどうしても言うことを聞かない、ふざけてばっかりの悪ガキがいた。
どこにでもそんなヤツがいる。
ムカッ腹が立つ若いヤツが。
何度注意しても学習に集中しない。
悪ふざけをする。
それからチャイムが鳴ると「もう終われ、終われ」で急かせるというような、実にカリカリくるようなできの悪いヤツ。
軽蔑語を使いたくないが「できの悪い」と言った方がいいだろう。

とうとう私は、教えたり問題を出したりするのを止め、文句を言っていた少年たちに「では替わりにやってくれ」と彼らを前に出させ、私は少年側の席に移りました。−中略−とても楽しそうに皆に問題を出したり、得意そうに他の少年に答えを教えたりし始めたのです。(155頁)

この宮口先生は「これは面白いな」と思って、それから何時間かその子に担当させるようになったら懸命に次の時間まで考えるようになった。
この時に宮口先生は、人間というのは「教わる」ということも楽しいが、「教える」ということもその子を変えてしまう力があることに気づいて。
ある日のこと、チャイムが鳴っても止めず、クラス全員でその問題に取り組み続けたという光景を目撃する(ということは本には書いていない)。
その時に著者は、この宮口先生は、これこそが札幌のホームで自殺者を減らした、あの鏡と同じなんだ、という。
やっぱり自分の姿を見ることによって自分の評価が反転し、自分の持っている社会性「これは明日までにやっとかないとみんなが困るから」という言葉が理解できたんだろうということ。
自己評価の反転、社会性への気づき、そういうものがここで見つかったという。
著者はそこで教育には治療教育があると思いつく。
少年院の子らはまず漢字が読めない、計算が苦手、黒板が写せない、文字をひと塊で読めない。
教育に入る前にもうすでに実は躓いているんだ、と。
それから少年院でやるお勉強というのは、勉強で躓く前の勉強。
「漢字を読む」「計算する」「黒板を写す」「文字を数行ごと読める力」
そういう脳の使い方を練習することである、と。

では、教育に入る前の治療教育とはどういうことか?
これがなかなか面白い。
不良少年のためにだけ使うのはもったいないぐらい。

ワーキングメモリを含む認知機能向上への支援として有効な、「コグトレ(認知機能強化トレーニング)」についてご紹介したいと思います。−中略−
 コグトレは、
−中略−「覚える」「数える」「写す」「見つける」「想像する」の5つのトレーニングからなっています。(160〜161頁)

社会性を芽生えさせたり、それを強化するための基本的な動きということ。

・写す:「点つなぎ」
 点と点で結ばれた見本にある図形を見ながら同じように下の枠に写していきます。
−中略−写す側の台紙が回転している「くるくる星座」、見本の図形は鏡面、水面ではどう見えるかを想像しながら写す「鏡写し」などがあります。(161頁)

・覚える:「最初とポン」
 出題者が3つの文章を読み上げ、対象者に最初の単語だけを覚えてもらいます。但し、動物の名前が出たら手を叩きます。
例)サルの家には大きなツボがありました。
  大急ぎネコはそのツボの中に入ろうとしました。
  ツボを壊そうとイヌが足で蹴りました。
   答え(サル、大急ぎ、ツボ) 傍線:サル、ネコ、イヌで手を叩く
(161〜162頁)

こういうふうにして二つの記憶を捕まえる。
これで認知の能力が伸びるらしいから、このクイズはきっといいのだろう。
すごく頭を使う。
これを一時間の勉強の中でやるのだが、これはクイズ形式なので生徒のノリもいいらしい。

・見つける:「同じ絵はどれ」
 複数の絵の中から同じ絵を2枚見つける課題です。
−中略−
・想像する:「心で回転」
 ある図形を正面から見た場合と、右側、反対側、左側から見たらどうなるかを想像する課題で
(163頁)

よくある。
サイコロを開いて「畳んでサイコロになるのはどれでしょう?」とか。
ああいう簡単なヤツからゆっくりランクを上げていく。
そうすると45分間の授業なのだが、たちまち終わることができる。

 新しいブレーキをつける方法
・数える:「記号さがし」
 例えば色んな果物のマークが横一列に複数並んでいる、複数段からなるシートがあります。その中でリンゴだけの数を数えながら、できるだけ早くリンゴに✓をつけます。ただしリンゴの左側にある決められた果物のストップ記号(例えば、ミカン、メロンなど)がある場合には数えず✓もつけません。
(164頁)

これは採点方法も簡単。
正解を重ねておいてその子のヤツを置くと、できているかできていないか一発でわかる、という。
後ろにメロンがあった場合はその前のミカンに×をしてはいけないという「ブレーキゲーム」。
いわゆる幼稚園とか小学校のお受験の問題にすごく似ている。
小さい子にやらせるような問題。
だからこれは認知能力。

武田先生もちょっと「ホントかいな?」と思いつつ「いや、そうなのかも知れない」と思わず頷いてしまったのだが。
この問題を中身を変えて繰り返し繰り返しやっていた。
そうしたらある犯罪を犯した少年にテキメンに効果があった。
これはもう想像もつかないと思うが「殺人を犯した」という子。
この子はクセが悪いことにこの教官の宮口さんと二人きりになると、宮口さんがいい先生だから「本当に反省してるな?」とかと言うとニカッと笑って「もう一回だけ人、殺したいな」と言うような子だった。
この子がこのゲームで人間が変わってしまった。
(本にはトレーニングをさせていることは書いてあるが、結果に関しては書いていない)

禁止事項の学び。
メロンが後にある場合、ミカンに✓を入れてはいけない。
「いけない」を守ること。
「いけない」を守ることが犯罪を繰り返さないという心理と結びついたらしい。
これは効果があるかどうかは宮口さんもはっきりおっしゃっていない。
だが、この程度のことで改善がみられるのであれば、全ての少年や少女にこの認知教育をやるべき。
この宮口さんが開発なさった認知力を鍛える治療教育というのをやるべき。
一日5分程度でも、ものすごく効果があるんだ、ということ。

綿棒を使って指先の細かい運動をトレーニングする「綿棒積み」です。2人でチームとなり、できるだけ高く井型の綿棒タワーを作るのですが、90秒という時間制限があります。(170頁)

90秒でどのぐらいの高さができるかというのを毎日やらせた。
そうしたら粗暴がゆっくり収まる。
結局彼ら、あるいは彼女たちは「不器用」ということに関して克服する能力がない。
ハリウッドスターの電気製品の扱いみたいなもの。
いつも思うが荒い。
スピルバーグの映画に出てくる少年の冷蔵庫の開け方。
それからブラッド・ピットのお皿の扱い方の乱暴さ。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を見ても、缶詰の中にあるドッグフードをひっくり返してイヌにやるのだが。

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド (字幕版)



ブラピ!汚ねぇ!
とにかくアメリカ映画は基本的に道具の扱いが乱暴。
あそこからは宮大工は生まれない。
プレゼントを貰ってもビリビリビリ!と破くような。
「プレゼントの包装紙を破かずに開く指の美しさ」とかというのは学ばないとダメ。
上手にテープをはずして。
何か乱暴。
あの人たちはちょっとやっぱり何か・・・
乱暴じゃない人もいるのかも知れないが、イメージはある。

 今から53年前の1966年、米国テキサス大学の塔の上から銃を乱射して17人を射殺し負傷者32人を出した凶悪殺傷事件がありました。容疑者のチャールズ・ホイットマンは当時25歳の青年で、事件の前日に手紙をタイプしていました。そこには恐怖と暴力的衝動に苛まれており激しい頭痛にも悩まされていたこと、自分の死後、遺体を解剖して何か身体的な疾患がないか調べて欲しいこと等が記されていました。遺体の解剖の結果、脳の深部に胡桃大の悪性腫瘍が発見され、それによって暴力的衝動を抑制する能力が阻害されていた可能性が浮かび上がったのです。(171頁)

福島章は、精神鑑定で行った殺人犯48例の脳のMRIや脳CT検査(コンピュータ断層撮影)などの画像診断の結果をまとめ、半数の24名に脳の質的異常や量的異常などの異常所見を確認しました。更に被害者が2人以上の大量殺人に限っては、62%に異常所見を認めたのです。(173頁)

犯罪を、それを法で裁くだけでなく、教育と医学も悪、あるいは犯罪に参加してくれ、というのが宮口先生の高い望み。
性犯罪にしても、女性の方は聞きたくないかも知れないが、痴漢、強制性交、押さえつけてセックスを迫る。
それから本当に困ったもので、親たちの恐怖の的だが小児性愛。
それから下着窃盗。
これを「犯罪ごとに分けて脳障害を探る」という、そういう構えができないかというのが宮口先生の立場で。
これは深く深く納得した。

これは宮口先生という医療少年院で長く教壇に立たれた先生の願い。
犯罪のことは法とか少年院とか刑務所に任せないで、教育と医学も参加してくれ、と。
悪に向かってくれ、と。
反省、謝罪。
そればかりを追い求めて法的に犯人を追い詰めるというのは挫くことになるんだ、と。
だから医療、教育。
この二つの面で悪に立ち向かってくれないだろうか?とおっしゃっている。

武田鉄矢が書いている。
強姦、あるいは痴漢を企む青年がいる。
これは「性」というものをつかまえられない。
だからしっかり「性」というものを繋ぎ止める技術を。
武田先生は「性」というのは技術だと思う。
だから相手の人との協力がないとエクスタシーが来ない。
痴漢は相手が困っている姿を見て、自分だけエクスタシーを感じると思う水谷譲。
違う。
困った顔を別のコミュニケーションだと思っている。
性に関するコミュニケーションの言葉というのは、もっと深く理解しないと解けないような謎。
謎に立ち向かっていこうという気力がないと性の快感は得られない。
という話を「深そうに見えてただのエロ話」な気がした水谷譲。

 自分が変わるための動機づけには、自分に注意を向け、見つめ直すことが必要です。(152頁)

 現在、刑務所にいる受刑者を一人養うのに、施設運営費や人件費を含め年間約300万円かかるという試算があります。−中略−刑事施設の収容人員は平成29年末では5万6000人でしたので、逆に単純計算でも年間2240億円の損失です。−中略−これに殺人や傷害、性的暴行などの被害額を併せると、年間の犯罪者による損害額は年間5000億円を下らないはずです。いかに犯罪者を減らすことが日本の国力を上げるために重要か、お分かり頂けるかと思います。(179頁)

だからアメリカはかかっているカネがすごい。
簡単に「監視社会」とか言うが、中国も大変。
犯罪者のためにカメラが3億台。
いかに犯罪というものが国家の経済を削っていくか。

 私が本書を書こうと思ったきっかけは、本文中でも引用した元衆議院議員の山本譲司氏の著書『獄窓記』(新潮文庫)を読んだことでした。さまざまな障害を抱え、本来なら福祉によって救われるべき人たちが、行き場がないがゆえに罪を犯して刑務所に集まってしまっている──。(180頁)

武田先生のアイデアだが、総合病院と同じ。
さっき痴漢の話をして、水谷譲が武田先生に楯突いたが、大学病院と同じようなことを考えればいい。
つまり病の種類によって分ける。
刑務所もそうすればいい。
あおり運転をやった人は全部「あおり運転」というところに集める。
東名で家族を巻き込んだあおり運転をやった青年と、降りてきて女のおばさんと一緒に殴りつけた人と、それからエアガンで撃ちまくっている人と、三人が相部屋になって、しみじみあおり運転について語り合ってもらおうじゃありませんか。
つまり同じ病を持つ人をお互い見せあった方が、自分がやった犯罪の種類がわかる。
「ああ、俺はここに欠陥があるなぁ」ということが。
あの三人が同じ部屋になったら「この人たち危ない」とかと思うのだろう。
そういう人たちを集めた方が「気づき」が多くなる。
発見が多くなる。
だからそういうことを考えて「悪」というのを病理として扱う。
そういう意味では病院のシステムを刑務所に。
刑務官には教育者の資格をというふうに考えると、少し前が見えてくるような気がする。

 それに加え『反省させると犯罪者になります』(新潮新書、私が現在勤務する大学の前任者である故・岡本茂樹立命館大学教授による著作タイトル)という以前に、少年院にはもっと深刻な反省以前の少年たち≠ェいっぱいいることも伝えたいと思いました。(180〜181頁)

反省させると犯罪者になります (新潮新書)



反省だけを求めると人間は逆に犯罪者になってしまう。
その犯罪からいかに、何を学び取るか。

親鸞の言葉『歎異抄』の言葉だが「悪をおそるるなかれ」という。
私たちにもそのようなものが心の内にあるということ。
そのことを構えつつ、社会の悪に対してしっかりと見つめるべきではなかろうかとお送りした今回。

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2019年10月21日〜11月1日◆ケーキの切れない非行少年(前編)

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)



私は2009年から法務省矯正局の職員となり、医療少年院に6年、その後、女子少年院に1年余り、法務技官として勤務してきました。(17頁)

これはどういうことかというと、少年院、あるいは女子少年院なんかに収容されている18歳未満の子たちに対して更生のお勉強をさせるという、そういう仕事。
教え子の子供たちというのは、少年も少女もだが

窃盗・恐喝、暴行・傷害、強制猥褻、放火、殺人まで、ほぼ全ての犯罪を行った少年たちがいます。(17頁)

その子たちにこの宮口さんがお勉強を教えるのだが、教えながら宮口さんが発見したことがある。
窃盗とか恐喝、暴行・傷害、強制性交、放火、殺人。
最近の少年は殺人もある。
この子たちはどうしてその罪を犯したのか?
「これはわかりやすいかなぁ」と思って本を切り取った武田先生。

 ある粗暴な言動が目立つ少年の面接をしたときでした。私は彼との間にある机の上にA4サイズの紙を置き、丸い円を描いて、「ここに丸いケーキがあります。3人で食べるとしたらどうやって切りますか? 皆が平等になるように切ってください」という問題を出してみました。(32頁)

120度ずつに切ろうとすると思う水谷譲。
4人分だったらいいのだが、丸いケーキの三等分というのは難しい。

図2-1.png

図2-1

図2-2.png

図2-2

これが大半の少年院に来ている少年諸君の三等分にしたケーキの跡。
三つには分けているけれども、等分にするという気持ちがない。
はっきり言って等分にするという知恵がない。
丸いケーキがある。
少年院、少女院(女子少年院)に行った子たちで問題児たちは、まず三人ということを頭に入れ、とりあえずケーキを真っ二つに最初に切っている。
それからあと一人分をどうやって切るかに苦慮して、半円を縦に切ったり横に切ったりしているのだが、全く三等分になっていない。
三つには分かれている。
丸いケーキは360度あって、角度で言えば「120度が1個なんだ」というのはない。
宮口さんのお考えは「この子たちは三等分する知恵がないんだ」と。
「二等分」は理解できる。
真っ二つに切ることは。
でも三等分はできない。
宮口さんはもしかすると少年犯罪というのは、非常に激しい言葉を使うがわかりやすいのであえてはっきり言う。
知的障害かも知れない。
窃盗・恐喝、暴行・傷害、強制猥褻、放火、殺人。
そんなことを犯した少年や少女たちは、良心のどうのこうのと言う前に(丸いケーキの)分割という、社会的行動という、単純な、基本的な知的能力がない。
だから宮口さんがおっしゃるのは「彼らに対して必要なのはお勉強じゃないか?」という。
これはギクッとする。
とにかく丸いケーキを三等分にすることができない。
宮口さんは次々と子供たちを相手に図形の問題をやらせるのだが、これがアッと驚く答えを出してしまう。
ちょっと常識では考えにくいのだが。
そういう非行少年たち、ケーキが切れない非行少年たち。
その中に本当に犯罪の大元があるのではなかろうか?という提案。

激しい言葉遣いになるので、ひどく気分を害された方がいらっしゃったら申し訳ない。
しかし、この宮口幸治さんという方がお書きになった新潮新書『ケーキの切れない非行少年たち』というのは、深々と頷かせる強力なる力を持っている。
やっぱり犯罪を犯した少年たちと毎日顔を突き合わせながら、その子たちの更生を懸命に切り拓こうとする方だから、言葉遣いも気取ってはいられない。

昨日水谷譲にお見せしたのは非行少年が三等分したケーキ。
何のことはない。
ケーキを三等分できない。
丸いケーキを三等分するには、まず中心の一点を探し出して、なるべく一角が120度になる角度で切り割ることが大事なのだが、非行少年たちにケーキを切らせるとまずは真っ二つにしておいて、残り半分を縦、あるいは横に切るという。
これで三等分したと思っている。
これは知的障害ではないか?
つまり少年たちが犯している犯罪の大元は認知力障害なんだ、という。
そういう風に考えた方がいいのではないかと宮口先生はおっしゃる。

「では5人で食べるときは?」と尋ねると彼は素早く丸いケーキに4本の縦の線を入れ、今度は分かったといって得意そうに図2-3のように切ったのです。(33頁)

図2-3.png

図2-3

図2-4.png

図2-4

これはどう考えても360度を割るという計算ができない、という。
更に宮口先生は彼らの知的能力を疑う。

いつも少年たちへの面接では簡単な計算問題を出します。具体的には「100から7を引くと?」と聞いてみます。正確に答えられるのは半数ぐらいでした
 多いのが「3」「993」「107」といったものでした。「93」と正しく答えられたら次は、「では、そこからさらに7を引いたら?」と聞いてみます。すると、もうほとんどが答えることができません。
(35〜36頁)

引き算ができない。
これを犯罪とかと言っている場合じゃないんだ、と。
これは知的な障害なんだ。
こういうふうに考えた方がいいのではないか?

 ある殺人を犯した少年も、「自分はやさしい」と答えました。(41頁)

「何かやってみたいことはある?」と言うと、「もう一人殺してみたい」と言う。
殺人に強い憧れを持っている子なのだが、自分の性格は「優しい」と言い切るという。

 また多かったのが、アダルト動画に影響されてしまうケースです。−中略−アダルト動画で最初嫌がっていた女性が後になって喜び始めた¥齧ハを見て「強姦は実は喜んでいるんだと思った」と自分の非行理由をいう少年もいました。(45〜46頁)

・認知機能の弱さ……見たり聞いたり想像する力が弱い
・感情統制の弱さ……感情をコントロールするのが苦手。すぐにキレる
−中略−
・対人スキルの乏しさ……人とのコミュニケーションが苦手
(47〜48頁)

だから知能的な問題と情緒的な問題と社会的な態度。
それらがいずれも非常に劣っているという、能力の問題が犯罪を起こしているのではないだろうか?と。
著者は「反省をさせるよりも認知力を向上させる方が大事なのではないか?」。
つまり「勉強させることなんだ」という。

感情の統制ができないのも性格ではなくて大脳。

 人の感情には、大脳新皮質より下位部位の大脳辺縁系が関与しているとされています。五感を通して入った情報が認知の過程に入る際に「感情」というフィルターを通りますので、感情の統制が上手くいかないと認知過程にも様々な影響を及ぼします。(57頁)

更に「怒り」という感情に直情の行動をとってしまうのは、これは自信のない証拠で。
こういう人はいる。
いるというか、今年(2019年)はこういう人が活躍した年だった。
突然バス停に並んでいる児童を襲う、その学校には行けなかったあの犯罪者。
犯行はわずか十数秒、無言で19人を襲う 川崎死傷事件 [川崎の19人殺傷事件]:朝日新聞デジタル
そしてガソリンを持ち込んで、「火を点ければどうなるか」なんて考えればわかることなのに、自分の足元にガソリンを撒いて火を点け、自分も火だるまになったという犯罪者。
京アニ放火殺人事件、容疑者を逮捕 2019年7月、36人が犠牲 | 事件・事故 | 福井のニュース | 福井新聞ONLINE
これは「悪がなせる業」というよりも、知的能力が極端に劣っているという犯罪ではないのか?
彼らの問題点は無知ゆえではなかったか?と考えて、私たちの社会に蔓延する「悪」というものと向き合ってみたいと思う。

読みながらつくづく感じるところがあり、思い当たるところがあるという。
宮口さんがおっしゃっているのは少年院で会った少年や少女たち。
この子たちはまあ「悪」。
法律で許されないことをして反省をするというために、少年院の中に収監されているワケだが、宮口さんはこの子たちは悪のどうのこうのというよりも、知的に問題があるんだ、と。
そのことをきちんと社会全体も認めるべきで、この子たちに必要なのは「自分を見つめる」というお勉強をまずするところだ、という。

武田先生もそうだし、このラジオ(『今朝の三枚おろし』)をお聞きの方も皆、そうだと思う。
許しがたい通り魔犯罪、あるいはあおり運転。
これは「認知力の問題ですよ」と。
激しい言葉遣いになるので気分を害された方がいらっしゃったら申し訳ない。
皆さんはさんざん見せられただろうから、まだありありと覚えてらっしゃるだろうが、あおり運転をした人がいた。
あのあおり運転で車を蛇行させて脅しにかかる人の運転。
あの人は「自分を大事にしていない」ということをアピールしたい。
だからオラオラ運転ができる。
それからすり寄ってくる。
だから走っている車にわざと飛び出すというような金髪青年が映っていたが、特徴は全部わかる。
ヘラヘラしている。
これはどういうことかというと「私には常識がない」とか「認知能力が極端に劣っている」ということを相手に伝えるために無知を表情にしている。
そして彼らの最大の特徴は声量のコントロールが効かない。
声量のコントロールが効かないということはもう、認知能力が劣っている。
時々遭遇する武田先生。
突然近くまでやって来て、完璧に武田先生が警戒する距離までやってきて、必要もないぐらい大声で話す人。
声量のコントロールが効かないということはどういうことかと言うと、空間の広さに応じて的確な声量が判断できない。
だからむやみに大きい声を出す。
これは一種「粗暴」。

それからあおり運転をやった男。
あれは「結構いい大学出てたなぁ」とかと思ってらっしゃる方がいるだろう。
だが、この宮口さんが問題になさっているのはそうではない。
この方がおっしゃっている「知的能力に問題がある」というのはIQではない。
この方がおっしゃっているのは脳機能障害。
だからこの中にはIQが高いまんま脳機能障害を持つ人がいる。
常磐道「あおり運転」、強要容疑で男を再逮捕=悪質性に異例の適用−茨城県警:時事ドットコム
蛇行運転をして帽子をかぶってツカツカとやって来て若者を殴りつける。
あの殴り方は、それはものすごい殴り方。
あれはもう本当に悪ければ相手を殺してしまうぐらいの。
つまりその判断ができない。
しかもお巡りさんから囲まれたら、情けないことに仲良くしているおばさんに「手を繋いで○○署まで行って欲しい」と哀願する人。
これはIQが高いままの脳機能障害で。
やはりあの声の大きさはおかしい。
やっぱり脳機能障害。
そんなふうに考えると気づくことが多い。

今週武田先生がどうしても言いたかったこと。
赤ちゃんを抱っこ紐で前で抱っこしていて、後ろからスーッと寄って来た中年のいい男が、突然下りエスカレーターか何かで、若いお母さんのアレ(抱っこ紐のバックル)を外す。
後ろで外れるようになっていて(外すと)紐が取れる。
もう、赤ちゃんを落としてしまう。
それが面白いというのは「悪」というよりもやっぱり「脳機能障害」。
よく「そういうこをしたらどうなるかという、想像力がないんだよ」と言うが、そういう問題でもないと思う水谷譲。
だから逆の意味で脳機能障害と思った方が、事が進めやすい。
武田先生が何でこれを言いたいかというと、それをされそうになったお母さんが、人混みに行くのが怖くなって、振り返って見た男の顔を思い出す。
そいつがシレーッとした顔をしている。
人間に対する怯えが出てくる。
でも、それをされそうになった奥さんは覚えておいてください。
脳機能障害。
そう思うとスッキリしませんか?
だから対策を考えましょう。
「何を考えてるんだ?」とか「あの人には両親がいないのか?」とか「娘さんがいて、子供を産んでも同じことをするのか?」とかと。
そんなことではない。
この人たちは脳機能障害なのだ。
そう考えた方が私たちにはまだ打つ手がいくらでもあるような気がする。
宮口先生はそのことをおっしゃっている。

「悪の根本にあるのは無知ではないか?」ということで考えてみよう。
よく犯罪があった時にコメンテーターの人たちが「社会的疎外感を感じてるからだ」とか「何かストレスを発散したかったんだろう」とか言うが、絶対にそういう言葉だけで解決できるものではない。
武田先生が今おっしゃっている見方をしないと解決できない気がしてきた水谷譲。

昨日抱っこ紐の話をしたが、その奥さんがすごく怯えてらっしゃる。
赤ちゃんを落としそうな、そんないたずらをされそうになった屈辱というのがたまらなかったらしくて。
でも(その奥さんが、この番組を)聞いていることを祈るが、武田先生たちも(そういうことが)ある。
福岡のとある街の商店街でロケをやっていた。
商店街の人たちはテレビに映ることをローカルに行くとものすごく喜んでくれて。
商店主は張り切ってインタビューに答えてくれる。
その真ん中をものすごく不機嫌なおばさんが「なんばしよっと、アンタたちは!みんなに迷惑かけとるが!何でわからんとね!」と言いながら。
ちょっと考えこむ。
子供が楽しそうに祭りの太鼓を打っている練習風景を武田先生が覗いてからかう、という。
それは確かにアーケードだから邪魔かもしれないが、そこまで言うことはないじゃないか?
その時に「俺たちそんなひどいことしてるのかなぁ?」とかと考え込む。
若いD(ディレクター)は「何しよっとね!」とおばさんがヒステリーを起こすと「すいません。すいません。すいません」と言い続ける。
今の若いヤツは要領がいい。
それで別の場所へ行って別の取材をやっていた。
(番組は)二本撮りなので、後半の方をやっていたらまた来る。
ダダ降りの雨の日、別の商店街へ。
同じ人が傘をさして来ている。
同じことを言う。
「何しよっとね、アンタたちは!みんなに迷惑かけてるの、わからんと!出ていって、この街から!」とかと言う。
その時にディレクターが大きい声でそのおばさんがツカツカと来た時に「いらっしゃいました〜!どうそ皆さん、道開けてください!」とかと。
同じことを言ってそのおばさんは去っていったのだが。
その時に「あの人は私のこと・・・」。
武田鉄矢が嫌いな(人は)それはいる。
芸能界でも武田先生のことをものすごく嫌ったり憎んだりしている人はいる。
決して評判のいい男ではないし、わかっている。
武田先生の顔を見るのも嫌いだという人もいるだろうし、武田先生がテレビに映った瞬間「アイツが出てるんだったら見ない」という人もいるだろう。
だが「街のみんなが楽しんでるのに」と武田先生が思うから、心がフッと仄暗くなるが。
二度目にそのおばさんが来た時に「あ、これは病気だ」と思った。
病気の人に向かっていちいち反省しても(抱っこ紐を外された)奥さん、仕方ないじゃないですか?
奥さんの背中に手を伸ばしたおじさんは脳機能障害。
そんな人に向かって「何で人間としてあんなひどいことができるんだろう?」と。
そこに答えを探すと答えは落ちていない。

透明な細長い円筒の中にコルクが入っています。その隣には真ん中に小さな穴が開いた蓋が被さった水の入ったビーカーが置いてあります。そして手元には先の折れ曲がった針金、透明の円筒状の筒と蓋が置かれています−中略−。ルールは、手元の針金と透明の円筒状の筒と蓋の3つだけを使って、コルクを取り出すこと。ただしコルクの入った筒や、ビーカーは手で触ってはいけません。
 この問題に対する答えは以下の通りです。まず、透明の円筒状の筒と蓋でコップを作ります。次に先の曲がった針金でビーカーの蓋をあけ、コップを使って水を汲みます。そしてその水をコルクの入った筒に入れてコルクを浮かせて取る、という手順です。
−中略−
 しかし融通が利かない非行少年たちはどうするかというと、いきなり針金でコルクの入った長い筒をつつき、コルクを撮ろうとします。
−中略−コップを作る筒や蓋でコルクの入った長い筒をぺたぺた叩いたりして、制限時間が過ぎてしまいます。(69〜71頁)

「これとこれを合わせて」という計画が立てられない。
できなければ人に聞くというスキルがない。
そしてそういう子は不適切な発言が多い。

これでは、悪友に悪いことを誘われたら躊躇なくやってしまう訳です。(71頁)

褒められる、あるいはおだてられると、どんなふざけた行為も平気でやる。
いっぱいいた。
SNSに上げる。
人が飲む水槽の中で平泳ぎをやってみたり、それを(SNSに)上げればどんな目に遭うかわかる。
これから扱うお肉を一旦ゴミ箱の中に捨てて、悪ふざけで笑って見せるとか。
それで少年院の中には便器の外にわざと大便をこぼして笑い続けている子がいる。
これがSNSにいたずら動画を上げる青年たちと同じ。
精神ではない。
脳機能障害を持った子たちなのだ。
彼らに必要なのは実は学習ではないかと著者は叫んでいる。

(番組冒頭の「街の声」を受けてカジノの話題がしばらく入る)

この宮口さんの目が新しいのは、あの悪党の人たちは脳の機能に障害があるのだ、と。
つまり痴漢の人、それから小さい子供、幼児にいたずらする子。
それから立派な放送局に勤めながら帰り道で綺麗な女の人に抱き着いて逮捕されたヤツ。
犯罪の動機を聞くと「好きなタイプで」。
当たり前。
そんなものは好きなタイプの人だったら武田先生だってやりたい。
そこでやる人とやらない人の違いは何?ということ。
それは脳機能障害。
そんなものはやらないに決まっている。
叫び声をあげられるに決まっている。
この宮口さんの目が新しいのは、これほど脳機能障害とかと罵倒なさっているのだが(罵倒している内容ではないのだが、武田先生はそう解釈したようだ)この人の考え方の真ん中にあるのは「障害が見える人はいい」という。
それは申し訳ないが言わせてください。
障害があって見える人。
例えば足が不自由、手が不自由、目が不自由。
でもこの人たちは、耳が不自由な人も含めて、可能性としてはパラリンピックが待っている。
しかも世界中の人が見て喝采をしてくれる。
では、目に見えない障害を持っている人はどうか?
支援を受けられない。
あるいはこれはよくあることらしいが親が隠してしまう。
それで非行を起こして犯罪を起こす。
認知機能の弱さに気づいてもらえない。
「お前、なんべん言ったらわかるんだ!」
何にもわかっていない。
「なんべん言ったらわかるんだ!」と叱られて。
また社会に出てもその障害に気づいてもらえず再犯を犯してしまう。
それが現状じゃないか?とおっしゃる。
だからこの宮口さんのおっしゃっているのはすごいこと。
目に見える障害の人には道が準備された。
いろんな道に進める。
それに雇用促進法が励ましてくれて「雇わなきゃダメですよ」と。
ところが障害が見えない人たちは野放し。
捨てられているる。
その捨てられている人たちを何とかしなければ、というふうに思う。

本当に人ごとではない。
芸能人の息子で悪さをするヤツが何人もいる。
立派な女優さんとか立派な男優さんの、だいたいせがれが多いが、犯罪を犯して。
武田先生の仕事仲間もそのことを苦悩にしている人がいる。

IQについてもはっきり言う。
おんぶ紐(「抱っこ紐」のことを指していると思われる)をいたずらされそうになったお母さんも聞いてください。
その手の、つまりあなたにとっては変な人かも知れないが、脳機能障害。
その人はだいたい人口の14%。

IQ70〜84のかつての軽度知的障害者は14%もいた、という計算になります。(107頁)

二割はいかないが一割強。
10人人が集まると1人いる。
これは人数が生む病。
もう認めましょう。
その上にこれらの人たちというのは親から虐待されたという可能性が非常に高い。
この人たちは愛情が理解できない。
愛情が理解できない認知機能の障害者。
激しい言葉遣いで気分を害された方がいらっしゃったら申し訳ない。
でも奥さんがお子さんを抱えてらっしゃるように、じいっと抱いてもらえているという幼児期間の記憶がないから、人の(抱っこ紐)を外して面白がるという脳機能障害に陥った。
これはもう事実として認めましょう。

ある国会議員が選挙違反で逮捕されて服役した人がいる。
刑務所の中で見たことが自分が思っていたこととあまりにも違うので「再犯率を下げるためにはどうしたらいいか」と活動なさっている方がいらっしゃる。
その方のご意見など、来週このあたりから話を始めてみたいと思う。

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2020年08月30日

2019年12月2〜13日◆死に山(後編)

これの続きです。

死に山: 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相



ドニー・アイカーというノンフィクション作家(ドキュメンタリー映画作家)が書いた河出書房の一冊。
9人のウラル工科大学の学生さんが1959年のこと、ウラル山脈のホラチャフリ山、ディアトロフ峠でテントを引き裂き、ほとんど裸足で−30℃の吹雪の夜に全員死亡した。
なぜ彼らはテントを切り裂いて外へ飛び出したのか?という謎の遭難事件。
UFOが絡んでいるのでは?
あるいは秘密兵器の基地があるんじゃないか?とか。
それからウラル山脈なのでウランか何かを発掘している国家の陰謀みたいなものに巻き込まれたのではないか?
様々な憶測がなされるのだが、このディアトロフ事件、今も実は解決していない。
そのことに関してこのドニー・アイカー、アメリカの作家が、その真相を自分なりに解決する思いで、その事件現場に同じ季節に行ってみようということで思い立つ。
9人の学生さんが死亡しているのだが、実は10人だった。
一人、ユーリさんという方。
これはロシア人の方だが、その人が70いくつで生きているという。

「もし神に
ひとつだけ質問できるとしたら、
あの夜、友人たちに
ほんとうはなにが起こったのか
訊きたい」
 ──ユーリ・ユーディン
(10頁)

そんなことを言われ、彼は同じ旅程で現場に立つ。
これは写真もなかなかこの本は豊富で、彼らの日記とか弾いた楽器とか、それから雪の上に散らかったテントとか、死体まで一部写っている。
ぼかしてあるが。
その中でも特に印象的なのは風景写真があって彼ら自身が彼らを撮っているのだが、このディアトロフ峠の下の方に「ブーツ岩」という岩がある。
これが本当に奇怪な岩。
えぼし岩とかがあるが、あれとよく似たヤツで。
長靴をひっくり返して置いたみたいな。
雪原にポツンと一個あるのだが。
そのブーツ岩のわりと近いところに9人はテントを張っている。
このあたり、犯人捜しの材料になっていくから覚えておいてください。
これは目印になるので、見つかったご遺体はブーツ岩の影に置かれたのか?
ということで、このドニーさんがその場所に立つのだが、ブーツ岩が風が吹くたびによく鳴る岩。
風をブーツ岩が切るもので「ヒュゥ〜ウゥゥゥゥ〜」という。
そういう音を立てる。
ドニーはその音がテントにワリと近いので、あの−30℃の吹雪の吹く日、この岩は50年前とはいえ、相当異様な音で鳴ったのではないだろうか?と推測するという。
いよいよ第一歩が始まる。
更に春先やっと見つかった四遺体があった場所では、衣服を脱ぎ、それもナイフで切り散らかして衣服を脱ぎ、木の枝を辺り一面に敷き詰めている。
そして舌のないリュダの遺体があった。
この娘さんは21歳だったか(享年20歳)。
その人はもう腐乱が始まって舌が無かった。
川床の雪と泥にまみれた死体。
この川床のすぐ近くには森がある。
そこでドニーは森の中に何か気配を感じる。
何の気配か?
どうも生き物がいる、と。
キツネのようなテンのような寒さに強い。
そうすると、舌がないというのは非常に異様なのだけれども、厳しい寒さの中で生き物の気配がするということは、リュダ(番組では「ドニー」と言ったが当然これは「リュダ」だろう)の舌というのは頬を食い破ってその小動物が肉としてかじり取ったのではないか?というふうに推測する。
(本には「小動物のしわざという説もあるが、遺体は融けた雪のなかに数週間も横たわっていたのだから、水中の微生物によって、最も柔らかい部分が先に分解されたと考えるほうが妥当ではないだろうか」となっている)
ドニー君はなかなか冴えている。
クール。
UFOとかそういうものに惑わされないで事実を見つめてゆく。
そしてドニーは案内人の二人と共にそのディアトロフ峠、9人のテントのあった場所に立つ。
ここで彼は何とテントを全く同じ場所にテントを張る。
(三人で登った時、ホラチャフリ山でキャンプをせずに夜には村に戻るという条件で行っているし、本にはテントを張ったという話は出てこない)
あの夜、何が起こったか?
これを懸命に推理する。

雪崩の統計データは信じられないほど説得力があった。−中略−それがいちばん可能性の高い説ではないだろうか。キャンプ地のうえの雪が崩れて恐ろしい音を立てるのを耳にして、トレッカーたちはパニックを起こしてテントから逃げ出したのだろう。(200頁)

という推測を立ててみて、同じ季節に行ってその現場に当てはめる。

驚いたことに、ここの斜面は思っていたほどきつくないようだった。−中略−この斜面の「見通し角」、つまり雪崩がどこまで到達するかを決める角度は、斜面のてっぺんからテントの場所までは一六度だった。一六度では、雪崩がかりに起こったとしても、サッカー場の幅の半分も流れることはほぼ不可能であり、これほど平坦な表面を流れてテントに到達するとは考えにくい。(263〜264頁)

「もっと他に」ということで彼は推理を巡らせる。
50年の歳月を挟んで向かい合うという。
構造が面白い。
ドニー君は現場まで行って、その日を振り返る。

一九五九年二月一日からの周辺の天候を調べたところ、かれらが斜面を下ってヒマラヤスギの林に逃げ込んだときは、毎秒一八メートルもの強風に直面したはずだという。二月一日の月は三三パーセントの下弦の三日月だから−中略−月が出るのは午前四時以降──九人のトレッカーがテントを出たと思われる時刻より、四時間から六時間もあとだ。マイナス三〇度という現在の条件は、ディアトロフ・グループが一九五九年に経験した条件に近い。(264〜265頁)

なのに服も着ず、靴下だけでなぜ飛び出したのか?

私たちは暖かい服を着込み、最新の装備をそなえているにもかかわらず、ここでは八〇〇メートル歩くだけでゆうに一時間はかかった。(264頁)

ドニーは考え続ける。

なんらかの兵器、おそらくは核兵器がキャンプ地の上空または近くで爆発し、それでトレッカーは負傷し(284頁)

トレッカーたちの皮膚が暗い色、つまり「オレンジ色」に変色していたのは、放射線被ばくよりも重度の日焼けと考えるほうが当たっているだろう。(284頁)

そして今までの仮説を彼は一つずつ消してゆく。
「どんなミステリーより面白く、ここからよく整理されています。全体はちょっとしつこいです」というのが武田先生の(この本の)感想。
328ページあるこの大作の287ページまで「くどい」と。
「残り40ページを残したところから急に面白くなる」と(武田先生のメモに)書いてある。
こういう本がある。
でもこの(最後の)40ページが(読んだ)甲斐がある。
まさにミステリー。

ドニーはサーフィンをやってフロリダでいつも遊んでいるものだから。
遥か沖合からこっち側に打ち寄せてくる「波」というものに関して敏感。
サーファーが謎を解いていく。

サーファーならだれでも知っているように、沖合で激しい気象現象、たとえばハリケーンとか低気圧が発生すると、それによって生じた大波は長期間持続し、それが海岸に達して絶好のウェーブになるのだ。(287頁)

そして走る波には音がある。
彼はここに目を付けた。

二〇〇〇年の『フィジックス・トゥディ』誌に掲載された論文で、タイトルは「大気の作用で生じる超低周波不可聴音について」、著者はドクター・アルフレッド・J・ベダード・ジュニアとトーマス・M・ジョーンズだった。(287頁)

サーファーなのだが、やっぱりちゃんと勉強していた。

超低周波というのは超音波の逆で、人の可聴域の下限である二〇ヘルツより周波数の小さいものを言い、いっぽう超音波のほうは、上限の二万ヘルツより大きいものを言う。(287頁)

20ヘルツ以下では耳では聞こえない音というのが存在する。
これが「超低周波」と呼ばれている音で。

超低周波音は、鼓膜を通じて内耳の有毛細胞を振動させる。その結果、その音はふつうの人には「聴こえない」かもしれないが、興奮した内耳の有毛細胞は信号を脳に送るので、その乖離──なにも聴こえていないのに、脳はそれとは異なる信号を受け取っているという──から、身体にきわめて有害な影響が及ぶことがあるというのだ。(288頁)

パニックはこういうことで起こるらしい。
その時にドニーの頭にバッ!とひらめいた。
超低周波を起こす。
それは何だ?
彼は言った「ブーツ岩が超低周波を!」。
(ブーツ岩と言い出したのはヴラディーミル・プルゼンコフ)
さあ、いよいよ謎が解けるか?
ドニーはあのブーツ岩に駆け出したのである。

9人の人が自らテントを切り裂いて、−30℃の吹雪の夜に飛び出したあのディアトロフの遭難事件。
これにアメリカの青年ドニー・アイカーは「超低周波が絡んでいるのではないだろうか?」と見た。
ここで240ページまで行って現地の探索は終わる。
いきなりフロリダに行ってしまう。
そして彼は超低周波関係の謎を解くべく、アメリカの大学を転々とする。
彼は推理と自分の調査資料を持って自国へ帰る。

超低周波音技術が最も早く応用されたのは、冷戦時代の五〇年代前半のことだった。アメリカはこのころから、ソ連の核実験によって生じる超音波音を測定しはじめたのだ。−中略−二〇〇九年にも、北朝鮮での「事件」がこの超低周波音の測定によって明らかになったが(295頁)

これは同盟のイギリスと組んでアメリカは超低周波で世界を探るというのはやっていた。

超低周波音曝露の症状を調べていたロンドンの研究者は、サウス・ロンドンのコンサートホールの裏に「超低周波音発生機」をひそかに設置した。そのうえで、七五〇人の被験者に同じような現代音楽を四曲聴いてもらったが、かれらには知らせずに、うち二曲には超低周波音発生機で生成した音波を含めていた。−中略−その結果、一六五人(二二パーセント)が超低周波音の部分で寒けを感じたほか、不安、悲しみ、緊張、反感、恐怖などの奇妙な感情を覚えたと答えている。(296頁)

(番組では上記の実験はイギリスとアメリカがやったと言っているが、本には上記のように「ロンドンの研究者」としか書かれていない)
これは22%だから敏感な人でなければダメなのだが。
このあたりから「超低周波というのは人間を苦しめる武器になるぞ」ということで注目されるのだが。
公害として超低周波が出てきてしまう。

カナダ国境の町(ミシガン州デトロイトと、デトロイト川をはさんで向かいのオンタリオ州ウィンザー)の住民は「ウィンザーのハム音」に悩まされ−中略−工場の機械が超低周波音の発生源だと考える人は少なくない。(296〜197頁)

皆さんも風力発電の風車はご存じだろう。
「ゴットン、ゴットン」という。
しかも超低周波音を聞いていると幽霊を見たりする。

「イスラエルでは、群衆の暴発を抑えるために利用されています」(297頁)

ドニーはこの超低周波をテントから1kmばかり離れたあのブーツ岩。
何でかというと構造物で、ある程度の対称性を持ったもので、風が移動するとカルマン渦という渦を発生させる。
このカルマン渦が低周波音を生み出す。
これはかなりの確率で人間がパニックを起こすらしい。
例えばローレライの伝説。
人魚が岩の上にいて、船人がその岩の上の人魚の歌声に引きずり込まれたり。
それからもう一つある。

たとえば、ジブラルタルの岩に強風が吹きつけると強力な渦が発生し、この海峡を通る船が転覆する原因になると考えられている。そしてこの危険な渦には、超低周波音という双児の危険がつきものなのだ。(299頁)

そういう季節の風、低気圧が吹くことによって自然界が奏でるカルマン渦による超低周波音が、人間をパニックに陥れるのではないだろうか?
これは鋭い。

私はデイヴィッド・スカッグズ研究センターと呼ばれるNOAAのビルに到着した。(291頁)

超低周波音を研究しているベダード博士に、あのブーツ岩で収録した音を聞かせる。
(音を聞かせたという記述は本にはない)
謎が解けるか?
ブーツ岩はアメリカ人、ロシア人が見るとブーツに見えるかも知れないが、私たちが見るとゴジラに見える。
海の中を歩いていて海面に上半身を出したゴジラに見える。
その岩が20m前後の吹雪でものすごい超低周波を発生させて、すぐ近くにテントを張った9人の若者をパニックに追い込んだのではないか?というのでドニー・アイカーさんは「これが原因じゃないですか?これが超低周波を起こしたんではないですか?」とベダード博士に見せる。

 ベダードらはそのあいだも、私が広げた写真や地図を調べつづけていたが、かれらがとくに関心を示したのはブーツ岩の二枚の写真だった。−中略−
 やがて、ベダードは顔をあげてこちらに目を向けた。「ブーツ岩は、さまざまな周波数のかすかな唸りを立てることはあるでしょう。しかし……」と言って、きっぱりと首をふった。「これではカルマン渦は生まれません」。
−中略−「ブーツ岩は奇妙な形をしていますから、これのせいだと考えたくなるのはわかります。しかし、これは無害な岩です。(299〜300頁)

それに言うまでもなく、ブーツ岩からは一、二キロも離れていたんですから、その音も大して聞こえなかったはずです」(300頁)

「なぜなんだ〜!」とドニーは自分の推理がガタガタと音を立てて崩れていくのを見る。
ドニーさんも努力の全てをベダード博士から否定されたワケだから、必死になってホラチャフリ山の伝説を伝えた。

「ウラル山脈……つむじ風が起こると、山ではさまざまな音がします。獣が吠えるような、人間の苦悶の叫びのような、恐ろしい不思議な音がするんです……その場で聞いているとぞっとしますよ。初めて聞いた人は何事かと思っておびえるかもしれません」
 また、テントのあった場所の画像も何枚か送ったが
(302頁)

「ブーツ岩のせいではなく、この山の丸い頂のせいだったんですよ」。雪をいただく山のてっぺんを指でなぞりながら、彼は言った。「まさに左右対称の、ドーム形の障害物です」(304頁)

ホラチャフリ山の山頂の向こうに、ディアトロフたちの最終目的地だったオトルテン山の頂も見える。この山の名を「行くなかれ」という意味だと訳している人もいるが、これはまちがっている。(303頁)

(番組では「行くなかれ」説を肯定してしまっているが本によると上記のように間違い)
ベダード博士は二つの山を見て「ブーツ岩じゃない。現地の人が言う通りだ。この山二つがカルマン渦を発生させ、超低周波を発生させているんだ」。
(本を読んだ限りでは二つの山によってカルマン渦が発生したのではなく、ホラチャフリ山の丸い頂の形状が原因だったようだ。そもそも手前のブーツ岩が「遠すぎる」と言っているのに、さらに向こうの山が原因のワケはない)

この山頂の左右対称の円蓋のような形状も、またテントの場所に近いという点からも、カルマン渦の発生する条件がそろっていたのはまちがいないと彼は説明した。(304頁)

カルマン渦列──そのなかの渦が超低周波音を生み出す(304頁)

地表との摩擦で風の剪断が起こり、風が山を登って高度があがるにつれてそれが強まり、丸まって、水平方向の渦すなわち竜巻が発生する。−中略−水平の渦がドーム形の山頂を転がりつつ超えるにつれて、回転が上向きになり、また強度も増して、ふたつの垂直の竜巻すなわち渦が発生する。−中略−ふたつの渦は点との両面を通過し、そのまま斜面を下って消滅する。(306頁)

それが生き物のように大気を巻き込み、やがて吠える。
その風の吠える音が脳にしか聞こえない。
実は「死に山」と「行くなかれ山」この二つがカルマン渦を発生させ(違うけど)、あの9人をパニックに追い込んだ。

カルマン渦を起こす形状というのは科学的にもう突き止められているので、超高層はカルマン渦を発生させない構造で建てないと許可されない。
構造計算というのはそういうこと。

1959年代にはカルマン渦に関する知識がなかった。
(この番組で)夏場に話した。
ここに結び付く。
八甲田山。
あの時にマタギの人と軍人の人が吹雪の夜、恐ろしい幻を見た、と言った。
(この放送より以前の「山彦の子ら」の中で八甲田山のことが取り上げられている)
あれは行くとわかるが、八甲田はもしかするとあの吹雪の夜、カルマン渦が発生した可能性がある。
しかも雪女が登場したり火の玉が飛んだり、雪男が現れるというような一種奇怪な幻覚はこのカルマン渦が、という。
そうやって考えると「山の怪奇」というものが見えてくる。
そうすると9人がいともたやすくパニックになるというのはありうるし、このカルマン渦は現実に今、都市でも起こっている。
だから風力発電も塔をあまり近づけてはいけない。
近隣にわりと、2km離れていれば大丈夫だが、すぐ足元なんかはカルマン渦が発生する可能性がある。
そうやって考えると・・・
このドニーは最後の章で、あの夜の9人のパニックを推理する。

世界一不気味な遭難事故、ディアトロフ事件。
最後の章になった。
最後も鮮やかなもので、このドニー・アイカーさんは実に気持ちのいい終わり方を。
一番最後、9人の遭難した学生さんたちのその日の行動を推理している。
これは読んでいるといい。
今まで気持ちが悪かった事件がスーッと腑に落ちてくる。

(ここからの事件の経緯は本の内容に沿っているけれども、かなり間違っている箇所がある)
1959年2月1日夕から2日早朝にかけての遭難事件。
午後4時半、ホラチャフリ、そこへテントを張った彼ら9人。
彼らはここでココアを飲み、ビスケットの簡易食でお腹を満たした。
彼らはしっかり着込み、横になった。
やがて夜がやってきた。
吹き下ろす風は強くなった。
男性陣は二人の女性をテントの中央に寄せてあげて、風の吹き込む端は男性たちが防いだ。

風はふたつの渦列となって山頂から吹き下ろしてきていた。−中略−これらの渦は轟音をあげて時速六〇キロでトレッカーたちの横を駆け抜けていく。内側の回転速度は毎時一八〇キロから二五〇キロに達し(319頁)

超低周波がまずやるのは9人の内臓をゆさぶる。
じっと横になっているのだが、細かく内臓が揺れる。
この震えは不快から恐怖を感じる。
人間というのは「悲しいから泣く」のではなく「泣くから悲しい」という理屈があるのと同じで、震えているワケだから脳そのものは「恐怖だ」と思う。
その「恐怖」が逃避反応をとらせる。
誰かが「逃げよう!」と叫ぶ。
9人はパニックになってテントの入り口に殺到する。
これは間違いない。
テントのファスナーに手をかけるのだが、この寒さでファスナーが凍り付いて開かない。
開かないことがさらにパニックを呼んで、誰かがもうほとんど夢中でテントを内側から切り裂いた。
靴は入り口の内側にあって9足そろえてあったが、靴を考える余裕はなかった。
超低周波によるパニックなど、彼らの時代、誰一人として知識がなかった。
まさに未知の不可抗力に彼らは襲われた。

月はまだ出ておらず、周囲は漆黒の闇だ。−中略−風を背に受けて斜面を下っていたときには、周囲の轟音のせいで言葉を交わすのはほとんど不可能だった。(320頁)

またかれらは三つのグループに分かれていた−中略−このまま風を背に受けて森の奥へ進み、日の出まで生き延びることに集中することだ。しかしこれは、その前に低体温症で倒れずにすめばの話だ。そしてその症状はすでにあらわれはじめていた。(320〜321頁)

あの川底の死体の一因は、超低周波から逃れた。
これは間違いない。
彼らが考えたのは一人21歳の女の子がいるので「この子は何とかして助けたい」ということで川底へ。
そこに飛び込んだためにそれぞれ骨折してしまう。
骨折しながらもヒマラヤスギの麓まで逃げ切った時に、誰かがライターを持っている、あるいはマッチを持っていることに気がついた。
そこで女の子を守るために何か燃やすものを。
それで自分の着ているものを切り裂いて火元にし、まわりのヒマラヤスギの小枝を折ってかけた。
そんなふうにして火をなんとか点けようと頑張った。
必死になって雪洞を作り、火も起きたらしい。
焼け焦げの跡はその跡。
ほんの僅か、火が川底で風を逃れて起こったのだが。

重度の低体温症にかかった人が急に熱に接すると、「アフタードロップ」現象の危険がある。−中略−いきなり火にあたったせいでふたりは強烈な眠気を催し、そのまま深い無意識状態に陥ってしまったのだ。(323頁)

必死になって彼らは女の子を守ろうとするのだが、ついに倒れ込み、眠って凍死したという。
グループは三つに千切れる。
でも友のために必死になって誰か生き残るための努力を気を失うまでやり続けたという。

その勇気と忍耐はトレッキング第三級の称号を得るにじゅうぶんだった。ついに勝ち得ることはできなかったが、かれらにはその栄誉を受ける資格がある。(324頁)

これが実は『死に山 世界一不気味な遭難事故』の模様。
これはもうネタばらししてしまったので、本当に卑怯なことかも知れないが。
こんな恐ろしい事件でありながら、一番最後に懸命に火を起こす若者たち、女の子を守ろうとする清らかな潔い青年たちの姿が見えてきて、これは映画になりそう。


posted by ひと at 15:56| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月2〜13日◆死に山(前編)

この本を読んで「引き返そうかなぁ」と思った。
「もうちょっと読んでみよう」とか「やっぱりこれ捨てよう」「『(今朝の)三枚おろし』にはおろせない」とかと格闘しつつ読み終えた。

死に山: 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相



副題がギョッとする。
だから『三枚おろし』「朝の番組に向かねぇのかなぁ」と思いつつ読み進んだが、結局読み通した。
もう捨てられない。
引き返せなかった。
これはノンフィクション、本当にあったこと。
ネットの中に謎の多い事件で真相がわかっていないミステリー事件。
これを通称「ミステリー遺産」と言うそうで。

この『死に山』。
副題は「世界一不気味な遭難事故〈ディアトロフ峠事件〉の真相」。
ドニー・アイカーという人が書いている。
とにかく奇怪な本で、よくぞ本になったものだと感心すると同時に、よくぞ日本語に訳されて書棚に並んだものだと感動するような、もう本当に変わった本。

これから進んでいくこの遭難事故。
起こったのは1959年。
冷戦下のソ連。
ウラル山脈のホラチャフリ山の峠道で9人のソビエトの若きトレッカーが遭難死亡した事故。
今、この話をしている武田先生がこの時10歳、小学校4年生。
かのウラジミール・プーチンでさえまだ2歳。
その1959年にソビエト、(現)ロシア。
そのウラル山脈の一角で摩訶不思議な遭難が起こっている。
そんな遠い昔の出来事をフロリダ生まれのドキュメンタリー作家(本によると「ドキュメンタリー映画作家)ドニー・アイカー。
この人が2010年、サイトでミステリー遺産として残っている遭難事故の事実を知る。
もう一度、そのディアトロフ峠まで一人で行ってみよう、という。
それだけで不思議な本。
このドニーを刺激したのは何かと言うと、証拠品というか遺品は全部サイトの中にとってある。
事故現場とか死体の有様、残されたテントとか。
これは1959年、ソビエトで大問題になって軍隊まで出動して、亡骸を探したり事故の真相を追いかけたりしている。
それでもわからない。
そしてこのドニー・アイカーという元気のいいヤンキーくんが目をつけたのが、遭難したその季節に現場に行った人が一人もいない。
「じゃあアメリカ人の俺が一丁行ってみるか」と思ったところから330ページにも及ぶ分厚い真相を探る『死に山』という本が生まれたという。
「死に山」と気持ち悪い。

この地に昔から住むマンシ族の言葉で「死の山」だった。(20頁)

よく亡くなる場所だったらしい。
それが記録としては残っていないのだが。
ソビエト内に住んでいる山岳民族の人たちが「あそこは死に山だ」という。
(本には「この山に草木が生えないことを意味しているらしい」とあり、人が死ぬということではないようだ)
ウラル山脈のこの遭難事故、何が奇怪かと言うと9人の遭難した死体が異様。
その現場の惨状から説明したいと思う。

一九五九年初めの冬、ウラル工科大学(現ウラル州立工科大学)の学生と卒業してまもないOBのグループが、ウラル山脈北部のオトルテン山に登るためにスヴェルドロフスク市−中略−を出発した。−中略−一行が戻ってこなかったため、三週間近くたってから捜索隊が送り込まれた。(21頁)

一九五九年二月二六日−中略−
ホラチャフリ山の東斜面の高所でトレッカーたちのテントを発見する。
(340頁)

テントは見つかったが、最初のうちはメンバーの形跡はまったく見当たらなかった。(21〜22頁)

そして9人の足跡が降った雪に隠されながらも薄く残っている。
9人はなんとテントを飛び出して、谷へ向かって歩いて行った足跡は発見された。
ゾッとするが、テントの中に9人の靴が全部並んでいる。
(本によると並んでいたのは6足で他の靴は別の縁にあった)
つまり彼らは靴下でテントを飛び出した。
あるいはテントから拉致された。
外の気温はというと、その日の記録が残っているのだが−30℃。
−30℃の外へ向かって、裸足同然になぜ9人の学生さんは飛び出したのか?

テントがナイフで切られていた。
それで警察が乗り出す。

テントは内側から切り開かれていたのだ。(218頁)

そんな不思議なことが、という。
だからテントの中で誰かがケンカでもして、もみ合ううちに表に出て取っ組み合いのような事件ではないかということになったワケだが。
二人の遺体がテントから1km半。
−30℃の外を靴下で歩いた二人の遺体が、1km半ほどのヒマラヤスギの側から発見。
全くの別方向、1.2kmでさらに二遺体が見つかる。
(本によるとテントから1200mほどの場所で見つかっている)
月が変わって1959年3月5日、その二遺体から300mの所にさらに一人の遺体を発見。
(このあたり発見される順番が飛んでしまっているが、四名が発見されたのと同じ日にさらに一人の遺体が発見されている)

この見つかった遺体ごと葬儀が始まるのだが。
犯罪者がテントを切り裂き襲撃し、9人が必死に逃げたもの、ということで犯罪捜査官が捜査に取り組む。
残る4人を必死になって探す。
残った4人は生きている可能性があるかもしれないということで、必死になって残り4人を探すための捜索が続く。
ところがその1959年3月17日。
ホラチャフリ山の山の夜空に

 イヴデルの気象学者や兵士たちが光球を目撃する。(343頁)

(番組では「捜索隊全員が光の玉が飛ぶのを見ている」と言っているが本によると捜索隊が見たのは3月31日)
光の玉が飛ぶというのは自然現象で時折あること。
それは原因がわかっていない。
元々このウラル山脈のこの辺りは隕石が飛びやすいという地理的条件を備えているのだが。
雷は上から落ちると思っているが、あれは横に飛ぶこともある。
火の玉みたいに這う。
横にスーッと飛ぶという光の玉がある。
この目撃例から「誰かに襲われた」か「身内でケンカした」ともう一つ「宇宙からの何か」というのもこの事故、事件の裏側にあったのではないか?
3月17日から30日の間に最初に見つかった5人の遺体。

五人は低体温症で死亡したと結論された。(218頁)

死因はわかったのだが、なぜ凍死したのか、それがわからない。
これがこのディアトロフ峠事件の最大の謎。
何で−30℃の吹雪の中、ほとんど素足で彼らはテントの外に出たのか?
この間に現場に残されたテントが調べられ、テントを切り裂いたのは刃物。
前に言ったとおりテントは外ではなく内から切り裂かれた。
つまり襲われたのではなく、彼らは内から脱出するためにテントを切り裂いた。
何かあった。

 五月三日、−中略−ヒマラヤスギの近くの谷で、雪に浅く埋もれた妙な格好の枝に出くわした。−中略−問題の枝から五メートルほど離れたところで、ひとりのボランティアが金属棒の先に服の切れ端が引っかかってきたのに気が付いた。−中略−
 その日のうちに大量の衣服が見つかった。奇妙なことに、衣服は遺体を包んでいるのでなく、なぜか雪のなかに脱ぎ捨てられていた。
(251頁)

−30℃の中で持っていたナイフで自分で切り裂いたらしい。
その周りには川岸にあるヒマラヤスギの小枝が折られて散らばっているという。
この痕跡を使って川底を掘ると残りの四遺体が発見された。
ところがこの遺体がちょっとまた不思議。

春に見つかった四遺体に関しては腐敗で痛みが激しいために崩れやすく、肉がボロボロなので漏れを防ぐために亜鉛の棺、金属のお棺の中に入れて搬送されたという。
(本によると遺体を搬送するための空軍のヘリコプターを要請したら亜鉛で内張りした棺に入れ、有毒物質や細菌などの漏出を防ぐために密閉するよう要求してきた)

検死の結果、頭蓋骨骨折などの激しい損傷、打撲の痕が三遺体にあった。
これは当時のソ連でもそうとう真剣になったのだろう。
この9人の死にざまとかパニックぶりが凄まじいので、秘密裡のことらしいのだが、この事件が起こったのがウラル山脈。
だからウラン鉱石が多いらしい。
それで国が原水爆を作るために秘密の採掘場を持っていた、という噂がある。
それから夜空を走った光の玉も、秘密兵器の実験をやっているんじゃないか?とか。
UFOの基地みたいなものがあるという、いわゆる都市伝説みたいなものがある。
それで犯罪捜査官であったレフ・イヴァノフ氏は探っても探っても真相が見つからない。
それでこの捜査官は他にもいろいろと事件があって忙しいので、この事件を放棄せざるを得なかったのだが。
一部では国そのものが「やめろ」と言ったという噂も立つのだが。

これを最後に事件簿を閉じる前に、イヴァノフはトレッカーたちの死因について「未知の不可抗力」と書いている。(275頁)

何か我々では今、見つかっていない何か別の力がこの9人を死に追いやったんだ、ということでこの事件をまとめた。
一番ゾッとするのは、この9人の学生のうち2人が女学生。
川底から見つかったデュドミラ・ドゥビニナさん21歳(本によると享年20歳)ニックネームはリュダさんという人。

なにより異様だったのは、口内を調べてみたら舌がなくなっていたことだ。(271頁)

切られたような塩梅だったのだろう。
不可抗力のワケのわからない何かパニックが9人を死に追いやった。
捜査をしていると夜空にしきりに光の玉が飛ぶという。
この不気味さを全部合わせて、もう様々な憶測が飛ぶ。
テント地で雪崩がゴーッと襲ってきた気配があって、それに驚いて9人は飛び出したのではないか?
それから脱獄囚が攻撃したのではないか?
秘密兵器の開発を目撃したので国家から殺されたのではないか?
9人が何か特殊な薬物で狂乱したのではないか?
それから女性が二人いるので女の子の取り合いを始めてしまったのではないか?とか。
それからUFOに攻撃されたのではないか?とか。
全ての可能性を残しつつ、その日から50年。
国はソ連からロシアに代わってもこの事件は諸説が入り乱れて。
インターネットの時代、それは世界ミステリー遺産として残され、掲示してある。

どう考えてもほとんど裸足で吹雪の中を1kmは進めないと思う水谷譲。
凄まじいパニックだったのだろう。
それで全員寒さで死ぬワケだから。
とにかく異様な何か出来事を目撃したか出会ったか。
その事件から50年経ったと思ってください。
時は移り二千年代。
一人のアメリカ人、ドニー・アイカー。
(この本に)写真が載っているが。
フロリダか何かでサーフィンなんかやっていたのだが。
インターネットの掲示板で世界ミステリー遺産のこのディアトロフ峠事件を知る。
興味を持ち、コツコツとお金を溜めたり、インターネットに公表されている遭難事故の資料を読み込んで、ある日、インスピレーションがひらめいた。
(このあたりの経緯は本の内容とは多少異なる)

ただ驚いたのは、これらのロシア人著者のだれひとり、冬に事件現場を訪れたことがないらしい。(22頁)

アメリカ人らしい。
50年前の遭難事件。
「よぉし!俺が調べてやる」ということで調査に向かう。
結構命がけの調査。
たった一人でロシア。
ところが行ってみたくもなる。
この事件はそんなふうにできている。
死者は9人。
実は10人だった。
たった一人、ディアトロフ峠に行く朝に腹痛で引き返した学生がいる。
(本によると腹痛ではなく腰痛)
その人がまだ生きている。
これはドニー君は行く。
彼を尋ねるところからこの作家ドニー・アイカーのディアトロフ峠を目指して事件を追うというノンフィクションに入る。

そしてドニー・アイカーが残された遺品等々、日記帳からずっと探っていくが9人の遭難者だが、実はディアトロフ峠へ向かうその朝に腹痛(腰痛だけれども)で引き返した青年が一人いた。
その青年こそがユーリ・ユーディンさんという方で。
2000年の始めに、70代半ばで生きてらっしゃった。
それでドニーはとにかくこのユーリさんから遭難の一日前までの彼らを調べるべく、あるいは話を聞くべくこのユーリ・ユーディンさんに会いに行く。
「死ぬまでに真相が知りたい」とユーリさんもおっしゃる。
そのユーリさんから9人の関係等々を聞く。
(本によと以下はユーリさんからの聞き取りの内容ではない)
例えばリーダーはイーゴリという方。
23歳でロシアの青年らしく責任感の強い、なかなかの美男子であった。
(本には「一般的に言う美男子ではなかった」とある)

ユーリ・ドロシェンコは−中略−熱血漢で勇敢で、伝説の英雄めいた雰囲気をまとっていた。これはおそらく、度胸と地質調査用のハンマーだけを頼りに、キャンプからクマを追い払ったことがあるせいだろう。(34頁)

「ゲオルギー」ことユーリ・クリヴォニシチェンコは、グループ専属のコメディアン兼ミュージシャンで、気の利いたジョークとマンドリンならお手のものだった。(35〜36頁)

(番組では「ユーリ・グリバシンネンチェンコ」というようなことを言っているが、本によると上記のとおり)
女性の方はジナイダ・コルモゴロヴァ。
(愛称)「ジーナ」22歳。
共産党を愛した、理想的なソ連の娘だった。
(本によると共産主義の信奉者だったのはリュダ)
舌を無くした娘さん「リュダ」21歳(本によると20歳)。
ジーナの妹のような愛らしい存在だった。
ウラル工科大学で勉強をしていて。
一人年長で38歳(本によると37歳)のアレクサンドル、(愛称)「サーシャ」等々がいる。
このユーリさんから話を聞いても不健全な青年は一人もいない。
それを言い切る。
彼らは暗いスターリンの時代を批判するというような感性を持っていて、9人とも心からソ連邦を愛していたという立派なソビエトの青年たちだった。
そして遥かな高い夢を持っていた。

数年前に政権を握ったフルシチョフは、−中略−スターリン後の全国的なこの軟化は「雪解け」と呼ばれている。芸術家や知識人にとってのフルシチョフ時代は、何十年も文化的な干ばつが続いたあとの、待ちに待った慈雨のようなものだった。(44〜45頁)

アメリカには若い大統領ケネディーがいたが「負けるもんか!俺たちには同じくらい素晴らしい指導者、フルシチョフがいるから」というような若者たちだった。

 一九五〇年代なかばから後半にかけて、ロシアの若者は数十年ぶりに、将来への希望を感じられるようになった。(45頁)

体を鍛えるべくトレッキングをするというのはソ連時代の若者の趣味だったようだ。
ワンダーフォーゲルというようなものが大評判になって。
ワンダーフォーゲルだからやっぱり「Wander」。
さすらう。
これは「山岳登山」ではない。

著者のドニー・アイカー君の旅が始まる。
ロシア中央のスヴェルドロフスク州から州都のエカテリンブルク(番組では「エカリンテブルグ」と言ったようが「エカテリンブルク」)から汽車に乗り、州を横断して山の方に、ウラル山脈のほうに行く。
そのウラル工科大学があった町からこのキャンプ地、トレッキングに選ばれた場所まで二日ぐらい汽車でかかるらしい。
このドニー・アイカー君は彼らが残した日記を持っているので、照らし合わせていく。
彼らが町で残したエピソードは、セロフという町では小学生たちにボランティアで歌と童話の読み聞かせで楽しませたという。
(本のには歌を歌ったことは書いてあるが童話の話は出てこない。トレッキングの話などを子供たちにしたようだ)
それからこのディアトロフに通じる現地の町でも、木材伐採班の人たちや現地にマンシ族ていう現地の方、現地人の方がいらっしゃるが、非常に仲良く全員でワンダーフォーゲルの旅を楽しんでいたという。
それでだんだんだんだんと例のディアトロフのあの峠に近づくという日程。

いよいよ50年前のそのポイントにノンフィクション作家ドニー・アイカーは着く。
日記とか出来事を時系列で追っていくとディアトロフで遭難した9人のウラル工科大学の学生さんたちは、1959年2月1日に出発するのだが、その前日にたった一人だけユーリ・ユーディンさんという方がお腹が痛くなり、町に近い木材伐採所があるところでトラックがちょうど引き返すのがあるのでそれに乗せてもらうということで、このユーリさんは9人を見送る。
不思議なもの。
その9人が次の次の日には全員死亡していたワケだから。
(上記の時系列は本の内容とは異なる。ユーリが引き返したのは1月28日。前述したように腹痛ではなく腰痛)

1959年2月1日。
ホラチャフリ山の標高1079m地点に9人がテントを設営。
その深夜、全員がテントの外で死亡。
作家であるドニー・アイカーは50年前のその日を辿りながら、この峠のルポを書き続ける。
ありとあらゆるとんでもないことが考えられたのだが、一つ当時からよく言われたのは、マンシ族という雪山に住んでいる原住民の人たちが物品を強奪するために襲撃したのではないかということで。
(本によると強奪目的ではなく「ロシア人が聖地に土足で踏み込んで汚したと憤慨したのではないか」とのこと)
このマンシ族の親方に会ったりする。
ところが、ものすごくのどかな原住民で、金品を奪うような山岳民族ではない。
しかも決定的な物的証拠だが、テントを切り裂いたのは外ではなく内から。
次に娘二人がいて青年7人。
深夜、娘の取り合いか何かが起こったのではないか?
死を賭けての戦いにまで発展したのではないか?
ところがその直前に書いた日記を辿っても、ものすごく彼らは真面目で清潔な青年。
ドニーは調べるほどこの死んだ9人の若者が好きになる。
ドニーは50年後、同じ旅程、旅の日程を辿りながら考えられる真相を一つずつ消していく。

 ゲオルギーのカメラで撮影された最後の写真──正体不明の光源をとらえた──は、トレッカーたちが実験的な兵器やUFOと遭遇したという憶測を数多く生み出した。−中略−中央の八角形の光は、カメラの絞りの八枚のブレードによるフレアなのはまちがいないだろう。光源の正体を突き止めるのはほとんど不可能だが、この写真はピントが合っていないし、光源がぶれていることからしても、うっかりシャッターを押してしまったと考えて矛盾はないと思う。(283頁)

それはミスだった、ということだった。
何でハリウッドは映画にしないのだろうと思う水谷譲。
よく似た設定のドラマに出演したことがある武田先生。

リバース DVD-BOX



あの番組はちょっと申し訳ないが演りながら思ったのは「面倒くせぇ〜」。
もう「誰にも喋らないでください」ばっかり。
武田先生は特に警戒されて、必ず稽古とかリハ(ーサル)が終わる度に(小声で)「誰にもおっしゃらないでください」と言われる。
あれも吹雪の中を出ていったりする。
だからこのディアトロフ事件によく似ている。
そういうのもあったので、なおさらこの事件は読みながら「しょうもないところで落としたら許さないぞ!」とかと思ったのだが。
この作家の推理だが、犯人は見つかる。
この作家の考え方によってこの事件にスーッと一本見える。
それが真相かどうかはわからないまでも、これが皆さんアッ!と驚く。
『リバース』より面白い。
50年前の遭難事件の真相を追う。
ディアトロフ峠事件の真相それは来週。


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2020年08月23日

2019年8月5〜16日◆負けるが勝ち(後編)

これの続きです。

38億年の生命史。
生き物たちの歴史そのものを振り返っている。
そこでは弱肉強食と言われてはいるのだが、よく事態を眺めると「負けるが勝ち」という方が進化論、あるいは生命史にとっては重大な目標のようだ。
「戦争をしてでも(北方)領土を取り返せ!」というようなすごい議員さんがいらっしゃる中で、「強いというのはそんなに得することがないぞ」という、逆説に満ち満ちた生命史の話をしたいというふうに思っている。

敗者の生命史38億年



私たちは
海から
追い出された
生物の
子孫である──。
(本の帯)

 マツは春に新しい松かさを作る。これがマツの花である。
 裸子植物であるマツは、花粉を風に乗せて他のマツの個体へと飛ばす。そして、松かさのりん片が開いたとき、マツの花粉が開いた松かさの中へ侵入するのである。すると、松かさは閉ざされ、翌年の秋まで開かない。そして、松かさの中で長い歳月をかけて雌の配偶子である卵と雄の配偶子である精核が形成され成熟するのである。
 裸子植物として進化を遂げてきたマツでさえも、花粉が到達してから受精するまでに、およそ一年を要するのである。
(127頁)

 現代でもスギやヒノキなどの裸子植物が、大量の花粉をまき散らして、花粉症の原因として問題になるのは、裸子植物が風媒花だからなのである。(129頁)

あの人(スギ)はやはり古いタイプの植物。
この裸子(植物)の後に登場した被子植物はというと

被子植物は花粉がやってくる前から、胚を成熟させた状態で準備しておくことができるのである。
 そして、花粉がやってくると、すぐに受粉を行うのである。
(127〜128頁)

種を作るスピードが格段に速く、風には任せない。
これはイチョウでもマツでもみんな風に任せる風媒花なのだが、被子植物はそうではなくて花を用意する。
風に頼るのではなくて虫に受精を頼むという。
被子植物というのはすごい。
まず虫に頼むので花を咲かせるようになった。

 やがて植物は、ついには昆虫のエサとなる甘い蜜まで用意し、芳醇な香りを漂わせて、あの手この手で昆虫を呼び寄せるようになった。(130頁)

その上に、何と驚くなかれ。
実まで用意した。
喰われたあとの可能性にかけるために。

 植物は、木から草へと進化していった。(137頁)

雨に降られ、地面が流されるかも知れない環境下で草というのは、高くなるのは時間がかかるから「もう低いままでいいや」というもので、増えていくスピードを上げて低いまま増えてゆくという。
植物も考えると「意識がないと、ここまで考えつかないのではないかな?」というぐらい意識があるようだ。

 それまでの草食恐竜たちは、裸子植物と競って巨大化し、高い木の葉が食べられるように、首を長くしていった。しかし、トリケラトプスは違う。−中略−これは地面から生える小さな草を食べるのに適したスタイルである。(133頁)

ジュラシック・パーク (吹替版)



恐竜が現代に蘇るSF映画「ジュラシックパーク」でもトリケラトプスが有毒植物による中毒でよこたわっているシーンがあった。(134頁)

トリケラトプスというのは被子植物と草を食べるのだが。
襟巻をしたサイみたいなヤツ。
腹痛を起こしてしまう。
何でトリケラトプスが腹痛を起こしたかというと、植物の持っている毒に弱かった。

たとえば植物は、アルカロイドなどの毒性のある化学物質を次々に身につけた。そして恐竜は、植物が作りだすそれらの物質に対応することができずに、消化不良を起こしたり、中毒死したのではないかと推察されている。(134頁)

 カナダ・アルバータ州のドラムヘラーからは、恐竜時代末期の化石が多く見つかっている。この地域の七千五百万年前の地層からは、トリケラトプスなど角竜が八種類も見つかっているのに対して、その一千万年後には、角竜の仲間はわずか一種類に減少してしまっているという。(134頁)

これが一体何を示しているのかというと、やっぱり8種類いた角のある恐竜の中で強い一種類が生き残ったのだろう。
最強の者が勝ち残り、他の種を全部滅ぼしていったのだが、恐竜はすべて滅びることになった。
肝に銘ずべきは「最強を目指してはならない」。
「最強」というのは滅びの道。
これを現代社会で言うと、最強の国。
世界に二つあるが。
最強というのは一瞬のうちにして滅びるという。

あれだけの種類がいた恐竜たちがほとんど一瞬のうちに滅びたのはもう下準備があったからのようだ。
被子植物、花を咲かせる植物が増えて行って、それを恐竜が喰うと毒素となって彼らが消化できなかった、というのと最強を競い合うあまり、仲間同士で殺し合いをやっていくうちに種類が減っていった。
種類が減っていったら滅びる。
だから人間社会が自由でなければならないというのは、その自由さがなくなるとやっぱり滅びてしまうからだろう。

先週のところでしゃべり忘れたが、子供を育てる時にお母さんが新しい恋人のために子を虐め抜く、とかという(事件が)ある。
自分の子に危害を加えるということは、進化に反しているとは思いませんか?
草原のサルが人間になったのは、必死になって子供を守ったから。
「自分のために子を殺す」なんていう親は進化に逆らっているワケなので、一番の罪なのではないか?
全く理解できないので、どういう遺伝子、DNAが彼らの中に入っちゃったのかな?と思う水谷譲。
だからそこまでのところを追求した方がいいのではないか?
「鬼の母」とかそんな簡単な形容詞ではなくて、38億年の進化に逆らう行動をなぜとれたか?という。
そうやって考えると不快かもしれないが、彼女、あるいは彼らを人類史にかけて、彼らをその病理がどこから来たかを突き止めないと、いてもたってもいられないような気がする。
一つ言えることは弱い者を虐めるということは、自分に弱さの自覚が無いからなのではないか?
自分が弱いというこの自覚というのが、実は命として生物としてものすごく大事なことなのではないか?と思って。

話が横道にそれているが、あくまでも進化論の生命史。
その生命史の中に現代の世界を読み解く何か知恵があるような気がする。

恐竜という最強の生物だろうと思うが、恐竜の時代が過ぎた。
この恐竜が絶滅したあと、地上に広がった者はというと、これは全部弱いもの。
脊髄を持つ哺乳類、鳥類。
そして海に棲めなくて岸部まで逃げて来た爬虫類。
この三種類が地上という新天地に向かって広がっていった。
そうやって考えると生命史というのはわかりやすい。
そういうものたちは生物の隙間「ニッチ」を求めた。
その隙間を持っているということが生物にとって生き残る最大の条件であったという。

恐竜絶滅後、哺乳類、鳥類、爬虫類、それぞれが地上に広がった。
いずれにしても小さくて誰もいない空とか、住みたがらない水辺。
そういうニッチ、隙間を生きる場所に選んだ。
そういう進化論。
ホラー映画やパニック映画が大好きな水谷譲。
ネズミが集団となって人間を襲うとか、ミミズが襲うとか虫が襲うとか、ヒッチコックの『鳥』などもそうだが怖い。

鳥 (字幕版)



そこに人間は何か驚異があるのかなと思う水谷譲。
「生きていく空間が重なる者に対する恐怖」というのがある。
まさにニッチ。
ニッチ、隙間の奪い合いというか。

世田谷のとある公園を歩いていた武田先生。
枯れ枝だと思った。
ボォン!と頭に当たった。
振り返ったらカラスだった。
6月だったか、ちょうど子育てのシーズンだろう。
だからヤツにとっては「縄張りに入った」ということで。
それがまた絶妙で、攻撃というほど強くない。
彼自身にもさしたる危機はない。
人間の言葉で形容すると「ほら!出てけよ」というヤツ。
その叩き方が肩を叩くぐらいの強さで、武田先生の頭を両足で押したという。
カラスは人間に接近して生きているので。

この間、番組で見ていてすごく感動したのだが、パブリックの男性トイレ。
男性トイレの自動扉の内側に巣を作ったツバメ。
すぐ横には女性トイレがあるのだが、そっちには作らない。
男性トイレの内側にツバメが巣を作って子育てをしている。
このツバメがすごいのは自動扉の所にホバリングする。
それで扉が開いて中にエサを運ぶ。
何で男性トイレを選んだか?
おそらく男性トイレの方が扉が開く回数が激しいから、いちいちホバリングをやらなくても、つまり時間がかからない。
その便利のよさで男性トイレを。
明らかに男性(トイレ)。
それと妙な悲鳴を上げないから。
フンが落ちてきたりなんかすると、女性の方が大騒ぎになる。
それをツバメ夫婦は察しているのか、そのへんがわからないが。

イノシシの害とかサルの害とかクマの害とかがあるが、長い進化の物語でいえばニッチの重なり合い、その奪い合いがケモノと人間の困った問題になる。
サルという生き物も実はそうらしくて、サルというのはものすごく種類が多い生命。
サルというのは場所によって姿を変えた。

 ギガントピテクスは、百万年ほど前に、人類との共通の祖先から分かれて進化した類人猿である。−中略−
 その名のとおり、ギガントピテクスは大型で身長は三メートル、体重は五〇〇キログラムもある。
−中略−
 こんなに強そうな類人猿が、どうして滅んでしまったのだろう。
 一説によると、ジャイアントパンダとのニッチをめぐる競合に敗れてしまったのではないかと考えられている。
−中略−ジャイアントパンダは竹を主食とする大型の哺乳類であった。そして、ギガントピテクスもまた、竹を主食としていたことによって、ジャイアントパンダとニッチが重なってしまったことが絶滅の原因と考えられているのである。 たとえば同じ場所で暮らしていてもエサが異なれば共存することができる。あるいは、エサが同じでも場所が違えば共存できる。(167頁)

小さいこと、弱いこと。
そして自分の生きる場所を誰かと競合した場合はずらして生きること。
生き残る進化の道は様々なことを学ばなければならない。

中国のHuawei(ファーウェイ)。
アメリカがあんなに「使うな使うな」とアメリカ本国で言いまくっているくせに、日本はテレビでコマーシャルをやっている。
だから何でもアメリカの言うことをすぐ聞く日本だが「日本、緩いんだなぁ」とかと思って眺めている。
この米中のトレードウォーに関してはお互いに自分たちがあの手の通信機器というか便利器具で利権がぶつかっているので、どちらかが潰そうとしているということ。
でもスマートフォンは本当にアホみたいなことを今更言うが、便利なもの。
あれ一台あったら怖いものがないというか、逆にないと怖いし不安だと思う水谷譲。
自分でも調べものをしている武田先生。
それが主(なスマートフォンの使い方)。
英語で日記を書くのもアイツ(スマートフォン)に相談すればいいし「すげぇ道具だなぁ」と思いつつも、何かあまりに便利すぎて。

話しているその生命史、進化論の中では「ずらす」ということができなければ「滅びる」という。
若い頃、合コンをよくやった水谷譲。
その時に「女友達、私が連れてくから」と言う。
その時に自分と同じタイプの女の子は連れていかない。
ずらしたタイプを連れて行く。
それが「生き残り」みたいな。
自分よりキレイな子は、キレイでもちょっと自分とはタイプが違うキレイな感じの(子を連れて行く)。
ニッチ。
だから生命体がやっぱり生き残っていくためには・・・
本能。
やっぱりニッチ。
たえず隙間を求め続ける。
タレント稼業もそう。
同じ色合いは、ひな壇でも招いてもらえない。
先週、お葉書にお答えする時に、武田先生はラジオとテレビでは「出し方が違います」と言う。
テレビの場合は全体を見る。
全体を見ないとテレビは生きていけない。
ラジオというのはやっぱり語ること、あるいは主張を持っていないと務まらない。
同じでは絶対にいけない。
そうやって考えると「ずらす」というのを、これはちょっと生き残るために覚えておいてください。

 サルの仲間は、樹冠に棲む昆虫を餌にするものが多いが、ある者は、木の上に豊富にある果実を餌とするようになった。−中略−植物の果実が赤くなるのは、それは熟した実であるというサインを表すためであった。−中略−サルの仲間の一部は、赤色を見ることができる。(178頁)

それが森の実を付ける木に適応したことがいわゆる「雑食のサル」という。
木の実も食べる。
そのうちサルの一派は青いヤツも喰い始める。
そういう何でも喰っちゃう、というそういうサルがアフリカで誕生した。

ここでは何遍も話すが、アフリカの東の方で大地溝帯による地殻変動があって、ぶつかる山がないので森がたちまち草原になった。
その平べったい草っぱら。
木々もなく食物もない環境で森から取り残されたサルが生き抜いていく。
その時にサルたちが見つけた進化の方法が雑食「何でも喰っちゃう」というヤツと、遠くから襲ってくる者を発見するために立ち上がった「二足歩行」。
その次に「青い実でもしばらく置いておけば熟れて甘くなる」というので保存して熟れるのを待つ、という。
そういう道具とかタイミングを。
あとはひたすら集団を作る。
この本能。
仲間とうまくやっていく。
単独では生きられない。
ホモ・サピエンスといって「人類」という種ができていった。
この中に進化というものが何を原動力にしているのか?
それはやっぱり強いことではない。
「弱いから力を合わせよう」そういう本能がないとたちまち人間はサル以下になってしまうという生き物なんだ、とそんなふうに思う。
強さに憧れるのではなく、弱さを繋ぐところから生き残る、というサバイバルの力が湧いてくるのではないだろうか?と。
そんな思いで語っている。

私たちは
海から
追い出された
生物の
子孫である──。


(番組では上記の文言は「副題」と言っているが帯に書かれている文章)
小さくて弱くて、そういう生き物が弱さゆえに生き続けようとするという。
それがやがて進化を招いた。
もちろんこれは生命史の話。
昨今、強い国が世界を揺さぶっているようだが、本当は小さな国がこの世界を動かしているのではないか、というそういう発想にもなればと思う。
類人猿という生き物がいる。
この中から人類は生まれるのだが。
強い力を持った類人猿が生き残ったとは限らないところに進化の秘密がある。

 ネアンデルタール人は強靭な肉体と強い力を持っていた。しかも、脳容量もネアンデルタール人の方が、ホモ・サピエンスよりも大きかったと言われている。ネアンデルタール人はホモ・サピエンスに勝る体力と知性を持っていたのである。(191頁)

アフリカから出てきてヨーロッパを中心に活動し、宗教の感情まであった。
というのは、仲間が死ぬとその死体の上に花を置いたというようなところもネアンデルタール人というのはあったようだ。
ただ、このネアンデルタール人は滅びていく。
クロマニヨンが生き残って我々になるのだが。
何でネアンデルタールは強い肉体とか宗教心まで持っていたのに滅んでしまったかというと、集団を作る能力がなかったようだ。
だから繰り返すが集団を作る、お隣さんと共に生きてゆくというのは人類にとって必要な能力。
でないと滅びる。

 力の弱いホモ・サピエンスは集団を作って暮らしていた。(191頁)

 一方、集団で暮らすホモ・サピエンスは新たなアイデアを持てば、すぐに他の人々と共有することができた。(192頁)

そしてうまくやっていくコミュニケーション能力を持つ。
その作られた集団こそが人間を世界中に住ましめた、という。
形成された、作られた集団は争うことよりもずらす能力に恵まれていて、アフリカを出発してニッチを求めて世界中ずらす。
すごいもの。
北極のそばから南米の近くぐらいまで歩いていくのだから。
そうやって考えるとニッチを分け合うというのは大事な人間の知恵なのではないか?
思えば危機の後に生物はチャンスを迎えていた。
スノーボール、−50℃まで下がった氷の世界。
深海や地下に追いやられた生命はそこで懸命に生き残り、多細胞生物になり弱肉強食、弱い者が喰われるという生命進化を辿った。
でも喰われることが恐ろしくて逃げだした者が背骨を持つようになり、両生類になり、ネズミのような哺乳類になって、森で生きていくところからサルに成長し、そのサルの中から弱いサルが人となった、という。
こやって考えると最初のテーマを貫いている。
「弱さこそ進化の原動力」という。
それと「何でも喰う」というのは大事。
海藻とか貝なんかもサルは好きだったようだが、ドーキンスだったかの考え方が好きで。
「サルが二足歩行になれたのは、海行って遊んだからじゃねぇか?」と。
海を這いまわって探っている。
そのうちにだんだん潮が満ちてくる。
自然と立つようになる。
立つと早い。
それを生物学者が例えで「海が歩行器をつとめてくれた」と。
そうやって考えると海に導かれて人間は立つことを覚えた、という。
私たちが弱いながらもかくのごとく繁栄したのは、男と女に分かれて「性」というものを持った。
そして死によって子供たちに自分たちの遺伝子を繋いだ。
そのことによって永遠に弱さを繋ぐことで、私たちは人類という長い生命史の真ん中に立つことができるようになった。

(奥様と)口喧嘩ばかりしている武田先生。
奥様が「よく頭のいい人がさぁ『一度っきりの人生。何でもやってみよう』って言うじゃん?あれを非常に人生に絶望した人が聞いたら『人を殺してでも自分の思いは遂げた方がいい』なんていう発想になっちゃうんじゃないかな?」「人生とか命って一度っきりじゃないと思うんだ」と。
「『一度っきりの人生』なんて人前で使ってはいけない言葉んなんじゃない?」という。
少し現代人は科学を盾にして「一度っきり」と言いすぎ。
「一度っきり」で人生を乱暴に生きた人は取り返しのつかないことになってしまうと思う。
そういう意味で私たちは死によって繋がり。
そんなふうに考えた方が世界を明るく解き明かすことができるのではなかろうか?
『敗者の生命史』
負けるが勝ち。

posted by ひと at 14:27| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年8月5〜16日◆負けるが勝ち(前編)

いろんな世界もそうだが生物全体、今、生き残っている生き物はどんなふうにして生き残ったのか?
この学者さんは「負け続けた生き物だけが勝ち残った」という不思議な進化論の展開をなさる方で。

私たちは
海から
追い出された
生物の
子孫である──。


(番組では上記の文言は「副題」と言っているが帯に書かれている文章)
生物学者・稲垣英栄洋(ひでひろ)さん。
静岡大学の教授。

敗者の生命史38億年



これは何となく武田鉄矢が引っかかりそうなタイトル。
これは何で「こういうことを取り上げてみようかなぁ」と思ったかと言うと、今、世界を動かしている二大強国がある。
中国、アメリカ。
強肩の大国。
これが世界を揺さぶっている、という。
令和元年のトップニュース。
これは皆さんもおわかりだろうと思うが、米中貿易戦争。
スターウォーズではなくてトレードウォーズ。
「本気でケンカするぞ」と相手を脅したりするという。
「そういう力を持っていないと舐められてダメなんだ、世界では」というので東大出身のエリートさんが、維新(日本維新の会)をクビになった方だが。
「北方領土まで行って戦争やんないと取り返せないんじゃないの?」というのを大声でおっしゃって。
北方領土返還「戦争しないと」 維新・丸山議員が発言 (写真=共同) :日本経済新聞
そのあと「呑みに行こう」と女性のいる飲み屋さんまで。
もうほとんどガード下の屋台で口論好きの酔ったオヤジの論法で。
「ケンカしないと返してもらえませんよ」という「強いもん勝ち」という、そういう世界だと思ってらっしゃる若手の議員さんの発言。
この人たちの頭の中にあるのは「強くないと生き残れない」という。
この人が正しいかどうかというのを「勝者だけが生き残ったか」ということを38億年の生命史に重ねて検証しようという今週。
このしつこさ。
たった一言を確認するために「38億年を振り返ってみよ」うというのは当番組のみ。

 一九六三年、スウェーデンの生物学者、マーギット・ナスは、細胞内にある小さな器官であるミトコンドリア中に、DNAがあることを発見した。しかもミトコンドリアが持つDNAは、細胞核の持つDNAとは明らかに違う独自のものだったのである。(19頁)

 ミトコンドリアは、細胞の中で増殖し、細胞分裂に伴って、それぞれの細胞に分かれていく。まるで、ミトコンドリア自体が、細胞の中に棲む生物であるかのようである。
 同じようなDNAは、同じ年の一九六三年、コロンビア大学の石田正弘博士によって、植物細胞が持つ葉緑体の中にも発見された。
(20頁)

自然界は弱肉強食。
維新をクビになった三回生の東大出身、エリートの方と同じ。
弱肉強食。
はっきり言って強い人が威張っている。
堂々たる中国の習近平さん。
そしてトランプ大統領。
強い方。
議員をお辞めにならない方の世界観もその通りで「強いものが弱いものを喰う」という世界観。
これが一見正しいようで、実は生物世界、重大な見落としがあった。

 生物はDNAが格納される核を持たない原核細胞から、核を持つ真核生物へと進化を遂げた。(21頁)

この差というのが弱者を細胞内に取り込み色々な仕事をしてもらえるというメリットを産んでいるのだ、と。

「負ける」ということが生物を強くしているんだ、という、そんな不思議な話。
弱肉強食。
強いものが世界でも威張っている。
今、現代社会を見ても中国が、あるいはアメリカが、というような発想があるが。
生物を強くしているのは武器とかケンカ腰とか強い主張ではないのではないか?という。
それを38億年の生命史に置き換えて考えてみようという今回。

バクテリアと乳酸菌。
バクテリアというのは他の物を取り込んで消化してしまう。
乳酸菌は喰わないでお腹の中にためておくヤツもいる。

 ミトコンドリアの祖先は、酸素呼吸を行う細菌である。そして、細胞の中でミトコンドリアの祖先の生き物は、消化されることなくエネルギーを生み出した。また、細胞の中に取り込まれた葉緑素の祖先の生き物は、細胞の中で光合成を行うようになった。(24頁)

それで乳酸菌というのは、取り込んだもののすべてを喰い物にしなかった。
ある一部分のヤツとは共生、一緒に生きることにした。

 ゴクラクミドリガイと呼ばれるウミウシの仲間も、奇妙な生き物である。このウミウシは、エサとして食べた藻類に含まれていた葉緑体を体内に取り入れる。そして、その葉緑体を働かせて、栄養を得ているのである。(26頁)

何か「ロッテグリーンガム」みたいでいい。
「お口の臭いを消す葉緑素」でロッテグリーンガムに感動した武田先生。

ロッテ グリーンガム 9枚×15個



「葉緑素が口の臭いを消すんだ!」とかと興奮した。
藻を食べて葉緑体だけは体内に残し、動物でありつつ光合成をしつつ栄養を得るという。

 私たちの体の中には腸内細菌がいる。−中略−一人の人間の超の中にいる腸内細菌は、一〇〇兆とも、一〇〇〇兆とも呼ばれている。
 この腸内細菌は、もともとは外部から、やってきたものである。私たちは食べ物などを介して、口から体内に取り入れた大腸菌と共生しているのである。
(26〜27頁)

外部から来たものをどのようにして共生に導くか、一緒に過ごしていくか、暮らしていくか、生きていくか。
それが実は全ての生物の課題。
「競い合って強い」より、「弱くて助け合う」という共生の力を持っているかどうか。
これが生物の中で最強の道。
そうやって考えると今、生物の一個の単位の話をしているのだが、世界全体もこれで語れるのではないか。
自分たちだけが勝って生き残るのではなくて、他と協力しあって生きていく、ということ。
陸上競技でこんなに景気のいい話がワーっと立ち起こったのは、お母さんはジャパニーズでお父様はアフロ系の方、あるいはカリブ系の方。
そういう方々と結婚した坊ちゃんやお嬢ちゃんたちが日本人として。
アメリカの陸上競技。
バスケも「八」の付く人(八村塁)。
昔は「ゴールデンエイト(金八)」と言われていたので共感してしまう武田先生。
日本国というのも「共生の力」が新しい人材、ハイブリッドのお嬢さんやお坊ちゃんを産んでいる。
ハイブリッドの力がないと国力は衰える。
だから一国主義というのは破綻する。
これは国際情勢ではなくて、生物進化の上で決まっている。
なぜならば、(稲垣)先生の話はすごいところへ行ってしまう。
最初、生物は単細胞だった。
それが多細胞になっていく。
何で多細胞になったかと言うと、たくさん集まった方が防御力を高めることがある。
一個の生き物よりも群れを作った方が楽。
例えばサルの群れでもそうだし、牛の群れ、魚の群れ、どれ一つとっても生命体は一つの集合体を成した方が生き残る可能性がガッと増える。
なぜ集合体へ進化は舵を切ったのか?
これまたすごい。
トランプさんにも習近平さんにも聞いて欲しい。
何で単独より集まった方がいいか?
実は23億年前、地球上に皆さんの想像もつかない大変なことが起こった。
大変なことが起こったゆえに生物は一斉に多細胞という道を選んだ。

人間は一匹で生きるよりも、たくさんで生きた方が生きられるのだ。
細胞もそう。
細胞分裂を繰り返す単細胞で生きるよりは、多細胞生物で生きた方がいい、という。
何でそういうことになったのか?
ここにものすごく大きな出来事がある。

 地球上が凍りついてしまうような劇的な全球凍結は、数度にわたって起こったと考えられている。最初のスノーボール・アースがおよそ二十三億年前のことである。(40頁)

雪の玉、あるいは丸い氷みたいな感じで、まるごと凍った体験があるのではないだろうか?という。
このスノーボール・アース「超寒冷体験」。
氷河期ではない。
氷河期よりももっとすごい。
全部が北極南極みたいになってしまったという超寒冷期の体験が地球にはあったのではないだろうか?
その時に単細胞生物は身を寄せ合って一生懸命固まって生きた。
それが多細胞生物へ命のモデルチェンジを引き起こす時期だったのではないだろうか?という。
これは面白い。
「みんなで固まろう」というので固まって一匹になったという。

モデルチェンジというのはどんなふうな手順で行われたかというと、遺伝子のコピーは時々エラーする。
エラーしながら変化をさせる。
生命は変わる。
変わるものだけが生き残れる。
変わらない生物は絶滅する。
そのチャンスを目指してついに性を持つ生き物が生まれた。
これはまた後で詳しくお話するが。
オス・メスに分かれるとこのモデルチェンジのための変化がいっぱい起きる。
細胞分裂をしていると同じものしか生まれないが、オス・メスに分かれて遺伝子をまた一個作るとなると「多様性」いろんなタイプが生まれる。
そこで性を持つ動物はなるべく自分には似ていない子孫を作るために異性を求めた。
何で性を交わして命を繋ぐのか?
これは自分に似ていない子を作るためである、という。
だから武田先生なんかもダメ。
自分に似た子を作ろうとするから浅はか。
水谷譲もこれから何回も感じる。
どんどん子供が憎たらしくなる。
腹が立つことを言う。
でもそれは子供は親に似ない方角に向かって成長していく。
それを勘違いしてお人形さんみたいに扱おうとするところから歪みみたいなものが。
「オマエをそんなふうに育てた覚えはない」
当たり前。
最初から子は親に似ないように育っているワケだから。
これはやっぱり38億年の生命として受け止めましょう。

 たとえば、人間は二三対の染色体を持っている。その子供は親から、二本ある染色体のどちらかを引き継ぐことになる。二本ある染色体から、どちらか一つを持ってくる。この単純な作業でいったい、何通りの組み合わせができるだろうか。
 これは二の二三乗となり、驚くことに組み合わせの数は八三八万通りになる。
 これが、父親と母親のそれぞれに起こるから、八三八万×八三八万で七〇兆を超える組み合わせができる。
(70〜71頁)

とにかく無限大に違う人間を、親に似ていない子供を産めるという。

 さらに、実際には染色体が減数分裂をするときに組み換えが起こる。実際には、人間の遺伝子は七〇〇〇もあって、組み換えを起こしている。つまりは二の七〇〇〇乗である。そう考えれば、オスとメスという二種類の性だけでも、無限の多様性を生みだすことができるのである。(71頁)

だからやっぱり子は大きくなると、水谷譲も思うだろうがちっとも似ていない。
それをガッカリきて「アタシに似てない」とか。
それは違う。
子供というのは親に似ないように生まれてくる、という。
そういう進化のエネルギーを持っている。
武田先生も子持ちだが、最近そういう目で子を見るようになった。
「パパのここも似てないし、ママのここも似てないし、全然いいとこ取ってないじゃん!」ということがあるのだが、それでいいのかと思う水谷譲。
それでちょうどいい。
お父さんとお母さんのいいとこ取った子なんてロクな子ではない。
芸能人の子で才能も無いくせに芸能人になりたがる子がいる。
はっきり言ってしまうが。
それと同じこと。
つくづく思うのだが、子供は何のために生まれてきたかといったら親に対して親不孝をするため。
武田先生の母親が晩年によくつぶやいていた言葉に「思い通りに育たんですばい。それが親子ですたい。私ぁ鉄矢に望んだとは福岡県のシェンシェイになることだけでした。まさかこのバカがテレビでシェンシェイするとは思いませんでした」という。
その「母親の思惑の違い」こそが私(武田鉄矢)という一生だったのではないか?
同じことを子供たちにもそんなふうに武田先生も覚悟しなければならない。
「絶えず子は親の期待を裏切るもの」という。
38億年の生命史にかけて言えること。

 生物の進化における「性」の発明は、もう一つ偉大な発明を行った。それが「死」である。(74頁)

 一つの命がコピーをして増えていくだけであれば、環境の変化に対応することができない。(74〜75頁)

似たような人ばっかりが集まったら一瞬のうちに滅ぶ可能性がある。
違う人間がいるからこそ歴史は続く。

 ゾウリムシは分裂回数が有限である。そして、七〇〇回ほど分裂をすると、寿命が尽きたように死んでしまう。(75頁)

 永遠であり続けるために、生命は「限りある命」を作りだしたのである。(77頁)

地球が凍りつくスノーボール・アースの直後から、突然、多細胞生物が出現し始めた。(81頁)

そして彼らが生き残っていく。
五千万年前、生命に優しい海が広がり、この海によって生命は育まれる。
(五千万年ではなく五億五千年前だと思われる)

 地球の歴史を振り返ると、SF映画の怪物よりも、奇妙な生き物たちが次々に出現した時代があった。それは、五億五千年前の古生代カンブリア紀。後に「カンブリア爆発」と呼ばれる一大イベントである。(83頁)

 この時代に、現在の分類学で動物門となる生物の基本形がすべて出そろう。(83頁)

 生物が最初に獲得したのは、小さな目だった。−中略−「目」は、生物にとって革新的な武器であった。(88頁)

この目が生まれたが故に「喰う」「喰われる」という弱肉強食世界が生まれた。
(目が出現する前から喰ったり喰われたりはしていたようだが)
目によって弱いものは強いものに喰われ続けた。

身を守る方法は二つしかない。

 外敵から身を守る最大の防御方法は、体の外側を固くすることである。旧口生物は外骨格を発達させて固い殻で身を包んでいく。こうして生まれたのが、エビやカニ、昆虫などの節足動物の祖先である。(89頁)

固い殻で身を包むヤツと、もう一つが早く逃げること。
タコというのは何者かというとオウムガイが殻を捨てた。
「こんな重いものを背負って生きていくより、全部脱ぎ捨てて素っ裸で生きていたほうがいいや」で生まれたのがタコ、イカ。
そうやって考えると面白い。
そして早く逃げるためにもう一つ生まれたのが「背骨を持った方がいい」。

 食べられる一方の弱い魚たちは天敵から逃れるように、川の河口の汽水域に追いやられていく。(94頁)

そのうちさらに弱いヤツはその川を遡った、という。
そうやって考えると面白い。
それで一部の魚たちは子供を産む時だけ川に上った。
鮭とか。
体内の塩分濃度をとにかく自分たちで調節して。
それで産み終わったら死ぬか戻るかという。
こんなふうにして世界がゆっくり。

元々大型の魚類であった両生類の祖先は、敏捷性を発達させていない。のんびりと泳ぐのろまな魚である。そのため、泳力に優れた新しい魚たちに棲みかを奪われていったと考えられている。そして、浅瀬へと追いやられていくのだ。(97頁)

弱いものが逃げていくうちに生きていく環境と自分を合わせて、だんだん進化していくという。
やがて海から陸への進化が始まったというワケで。

 両生類の祖先となる魚類の上陸は、生物の進化の一大イベントとして描かれる。しかし、そのときには、すでに地上には植物が生えている。(103頁)

 光合成を行う緑藻類にとって、光を存分に浴びることのできる陸上は魅力的な環境であった。
 ただし陸上は、生物にとって有害な紫外線が降り注いでいるという問題があった。
 ところが、この問題は、植物たち自身の営みによって改善されていく。
 海中にあった植物たちが放出する酸素によって、次第に上空にオゾン層が形成される。するとオゾン層が紫外線を吸収し、紫外線が陸上に降り注ぐのを防いでくれるようになったのである。
(105頁)

やっぱり「弱さ」。
「弱い」ということが環境をいかに変えるか。

 植物の上陸は、古生代シルル紀の四億七千年前のことであるとされている。(105頁)

(番組では「4億7千万年前」と言っているが、本によると「4億7千年前」)

 最初に上陸をした植物はコケ植物に似た植物であったと考えられている。−中略−
 その後、陸上生活に適するように、さらに進化をしたのが、シダ植物である。
(106頁)

このシダ類に続くようにして両生類が陸上へ這いあがって行った。
こんなことを考えるとワクワクする武田先生。
最初に陸上に向かっていった生き物の思いというのが「辛いけど生きていくんだボク!」みたいな。
伝わってくるものがある。

38億年に亘る生命の歴史、生命史をたどっている。
38億年という巨大な生命史なのだが、よく見ると現代社会を生き抜くある種の知恵みたいなものがその生命史の中にあるのではなかろうかというふうに思って紹介している。
動植物が生きて来た38億年の生命史。
その中にはもう本当に危機が何度もあった。
例えばスノーボール・アース。
地球が「全球凍結」と言って、アイスボール、氷のようになった、という。
その時の体験がシロクマを作った、とか。
だから緑の山があったのだが、全球凍結で凍ってしまった。
その時には茶色より黒っぽいより白い方がいいなぁと思って、という。
シロクマはもともと茶色いクマだった。
雪の方に適合した。
ホワイトタイガーも地球が寒冷期でアフリカまで雪が降ったので、白いヤツが生き延びたというのがDNAの記憶であるのではないか?と。

とにかく今年(2019年)も梅雨先また九州の方で被害が出る大雨があった。
でも皆さん、38億年を振り返りましょう。
気候変動、地殻変動、大気の変動。
これは必ずこの地球に起こったこと。

 その後、生物が著しく進化を遂げて、動物の化石が発見される時代になってからも、生物は少なくとも五回の大量絶滅を乗り越えてきたと言われている。(114頁)

生き抜いた生物たちには、共通点がある。それは、恐竜たちに虐げられ、限られた生息場所を棲みかとしていた敗者たちであったということである。(118頁)

弱い者が絶滅を耐え忍んで生きたという。
弱くて逃げ場所を探し求めた者だけが生き残った。
肉食恐竜は強大であった。
逃げる、あるいは逃げる場所、これを持たなかった。
それぐらい強かった。
でも逃げること、逃げる場所を持たない生物は絶滅する。
逆説に満ち溢れているけれども、これはすごい。
恐竜でもうまいこと逃げ場所を探して逃げたヤツがいた。
今でもソイツは生きている。

 鳥もまた、この大災害を乗り越えた。
 鳥は恐竜から進化したとされている。しかし、大型の恐竜が大地を支配する中で、鳥となった恐竜は、他の恐竜の支配が及ばない空を自分たちの生息場所としていた。そして、地上では弱者であった鳥たちは、穴の中や木の洞の中に巣を作っていた。こうした隠れ家を持っていたことから、災害を逃れることができたのではないかと考えられるのである。あるいは、翼を持つ鳥は遠くに移動することができることも功を奏した要因かも知れない。
(119頁)

小さいものだけが、ハトやスズメになったと思うと、ヤツもよく生き残った。
小型の魚類は浅瀬へ逃げた。
逃げて海から川へ上り、川から岸へ逃げた。
哺乳類もそう。
地球の5回のピンチの中で生き残るために一番重要な条件は何だったか?

哺乳類が取った戦略が「小さいこと」を武器にしたのである。(120頁)

日本は小さくて、国としてそういう国。
だからG20とか見ていると、やっぱり大国が威張っている。
だが小国の時代が絶対に来る。
信じましょう。
アメリカが強くなくちゃいけない「アメリカファーストだ」と言っていると生き残れない。
中でも「ミトコンドリアあっちいけ」とか平気で言う。
アメリカはそういう国。
トランプさんみたいなアメリカ人ばっかりになったら相当問題が。
チャイナも香港問題は揺らいでいる。
「革命の条件」を昔、調べたことがある武田先生。
人口100万(人)ぐらいの街で犯罪者が2万人を超えると、その街、国というのは壊れる。
だから100万で2万とかといったので、14〜15億(人)国民がいたにしても1千万人単位で人間が言うことを聞かなくなると崩壊する。
香港は確かデモの波が200万人を超えている。
これはやっぱりかなりきついこと。

 生きた化石と言われるほど古いタイプの裸子植物であるイチョウの例を見てみよう。
 よく知られているようにイチョウにはオスの木とメスの木とがある。オスの木で作られた花粉は風に乗り、メスの木のギンナンにたどりついて内部に取り込まれる。そして花粉はギンナンの中で二個の精子を作るのである。花粉がやってきたことを確認してから、ギンナンは四ヵ月をかけて卵を成熟させる。このときイチョウは、ギンナンの中に精子が泳ぐためのプールを用意する。そして卵が成熟すると精子が用意されたプールの水の中を泳いで卵にたどりつくのである。
(126頁)


posted by ひと at 14:15| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月13日

2019年9月30〜10月11日◆磐井の乱(後編)

これの続きです。

古代史を話している。
皆さま方も「古代史」と言われてピンとこないだろうし、興味もないだろうが。
でも武田先生は好き。
自分の生まれたところが北部九州。
九州の福岡県というところで。
そこには古代の匂いがするエリアポイントがあって。
水城とか大野城がある。
春日原(かすがばる)とか白木原(しらきばる)とか。
そういう地名の中を青年期まで生きていた。
武田先生が生まれた町の名前は雑餉隈。
これは大宰府王朝に仕える小間使いの雑掌(ざっしょう)の人たちがたくさん住んでいたとか。
そういう、いわゆる古代がかった地名。
そういうところで自分が生まれた。
大野城というのも、ものすごい歴史的な遺産が残っていて。
野城。
そこの大野城という丘の上てっぺんに行くと真っ黒な米粒が見つかる。
それは千年の時を隔てた米蔵の跡。
それは何のためにかというと朝鮮半島から朝鮮の国が攻めて来る。
その時に大宰府王朝を目指して来るだろうから水城、丘の上にプールを作っておいて下から来たら上から水を落とす。
基山という山があって、そこと大野城を結んで、二つのポイントに兵隊を置いておいて、朝鮮半島を渡って来た敵兵に向かって矢を射かけたり石を投げつけたりする基地を山のてっぺんに。
つまり今で言う尖閣の最前線が福岡市にはいっぱいあった。
武田先生はそういうところで大きくなったものだから「古代史」と聞くとその風景が蘇ってくる。

百済の人がいて、日本のヤマト朝廷に潜り込んで。
「潜り込む」という表現はよくないかもしれないが、ロビイストとして朝鮮半島の人たちの意見を彼らに伝える。
その意見が正し時とひどく間違った時があるのだが。
とにかく百済という国が「白村江(はくそんこう・はくすきのえ)の戦い」。
663年だが。
これで百済が消えてなくなって。
難民というか百済を失くした朝鮮半島の人たちを日本に安全のために亡命させる。
彼らのために大和朝廷は近江の地を与えたりしている。
その中でも百済王族でプライドの高い人は「何とかもう一度朝鮮の地に帰りたい」と思う人がいて、強力な政治家にヤマト朝廷の元でなっていく。
この関さんの説の中ですごく面白いのは、正しいかどうかはわからないが。
そう考えると武田先生にとっては日本史がすごくわかりやすい。
親日の朝鮮人が叩きだされた。
今もそう。
「親日の人は出ていけ」とか。
日本に協力した人、そういう企業は「親日企業」という「ブラックレッテルを貼るぞ」とかという「ウェノム嫌い」「倭人嫌い」はもう二千年前から持ってらっしゃる。
だからそういうところでやっつけられた百済。
日本に協力したばかりに、日本を誘い込んだばかりに。
それを我が連合ヤマトは全部引き受けて亡命させている。
その百済系の亡命人の中に日本名に変えた人たちがいて、それが中臣鎌足ではいかと。
百済人ではないか?と。
この人の献策で新羅が攻めてくるかも知れないので、対馬、壱岐、筑紫。
これは武田先生が生まれた町。
そこらあたりに防人を置いて、防衛体制をとろう、と。
ところが本当に国際政治はわからない。
新羅と一緒に唐が攻めて来るとあれほど怯えていたのだが、その唐と新羅が不仲になってしまう。
戦争を開始する。
高句麗、北朝鮮も不仲になって戦闘状態に入ってしまう。

筑紫国造、磐井が反乱を起こしたという。
その磐井の乱から時は流れてこれから話すところは662年以降。
磐井の乱からいつの間にか半島問題に巻き込まれた日本。
連合ヤマトは唐、新羅を相手に白村江の戦いを経て、大敗北を喫する。
それで百済が滅亡する。
その百済の王族たちを日本に保護した。
いわゆる百済系の王族たち。
彼らは朝鮮の人なのだが、やがて日本名を名乗り始めて大和朝廷の政治に絡んでいったのではないか?

『日本書紀』は、中臣鎌足の父母の名をまったく掲げていない。古代史最大の英雄で、『日本書紀』編纂時の権力者・藤原不比等の父が中臣鎌足なのに、なぜ藤原氏の素姓が定かでなはないのか。ボウフラが湧くように、無位無冠の中臣鎌足が忽然と歴史に登場し、有力な皇位継承候補の中大兄皇子と、まるで同等であるかのように振る舞い、蘇我入鹿暗殺現場では、中大兄皇子が自ら蘇我入鹿に斬りつける中、背後で弓を持って高みの見物としゃれ込んでいる。(146頁)

とにかくこの鎌足というのはものすごいヤリ手。
汚れ仕事まで平気でやるという貴族。

筆者は中臣鎌足を百済王子・豊璋(余豊璋)とみる。(145頁)

百済のロビイストは連合ヤマト、ヤマト朝廷に潜り込んで様々な政治を操り始めたと言っている。
この鎌足あたりに反対したのが大伴氏だったり九州南部の隼人族、日向族の海人族。
彼らの天皇に対する忠誠心はものすごく激しい。
それで彼らが天皇という巫祝王、神様に向かって祈ることができる天皇の地位を独自のものにしていく。
本当に珍しいことで、日本は「強い王様」を望まない。
天皇そのものが強健であることは望まない。
ただ巫祝王、祈る王様として豪族をまとめてゆくというのが日本人が、日本が求めた天皇像。
祭祀王の天皇と豪族たちの合議によって政治を回していくという統治システムが古代から日本では適していたし、それがうまくいっていたのだろう。

『日本書紀』に従えば、磐井の子の葛子が糟屋屯倉を献上しただけで、許されたとあり、実際考古学者も、筑紫君らの眠る八女古墳群は岩戸山古墳ののちも継続したことをあきらかにしている。(173頁)

というのは、あんまり徹底してやっつけちゃうと恨みが残って反抗が続く、という。
聖徳太子が言った「和を以て尊しとする」という。
磐井の子らも徹底して滅ぼされなかったということで、連合ヤマトに組み込まれていったという。
日本はまとまりを作り始める。

蘇我氏は8世紀に没落する。
中臣鎌足は中大兄皇子に取り入って中臣という役職名で鎌足が語っていたが、中大兄皇子と仲良くなって名前を変える。
何という名前に変えたか?
藤原姓に変える。
「藤原鎌足」になる。
つまりここからあの藤原氏が始まる。
藤原氏というのは貴族の中で最高の力を持った貴族。
この藤原鎌足が大化の改新から律令国家づくりまで全部やる。
海外の知識を豊富に藤原鎌足は持っていたのだろう。
だから唐のマネをするという律令国家づくりなんかを始めるという。
そのあたり、関さんが「この人の国際感覚は日本人じゃない」という。
そして例の藤原時代を築く。
武田先生の(会社の)社長の名前は「伊藤」と言うが、これは「藤」が付く字は全部藤原氏から来ている。
「伊勢にいた藤原の一族」というので「伊藤」。
「藤原氏を助けた」というので「佐藤」。

今語っているのはどのあたりかと言うと、中大兄皇子即位だから668年ぐらいまで来た。
白村江の戦いから5年ぐらい経ったぐらいか。
そのへんを語っている。
中大兄皇子の子分となった中臣鎌足。
百済からやってきた豊璋という百済の王子様だったのではないか?
そして日本を百済化して、百済人の住みやすいような日本に。
海外のことは詳しいから「乗っ取っちゃおう」。
それで貴族の中で「藤原」という姓を唱えて藤原文化を作る。
この「藤」を選んだところがまた見事。
(野生の藤は)気持ち悪い。
一本の木があったら巻き付く。
その巻き付き方がアマゾンの大蛇みたいな。
幹に喰い込む。
それで木の養分を吸い尽くすというから。
ずばり言うと、藤原鎌足が夢見たのは、天皇家に絡みつく藤の花。
こうやって考えると面白い。
そして自分たちの半島ではできなかった国家づくりを鎌足は始める。
それは藤原一族の栄華。
そして自分たちが住みやすいように大化の改新を起こし、律令国家をつくる。
そして次にやったことが、これがすごい。
朝廷にいた他の豪族たちを追いやる。
藤原鎌足が中大兄大氏、天智天皇に絡みつくことによって奈良から追放した豪族。
蘇我氏を東北へ追いやる。
そして安倍氏。
天皇家に一生懸命仕えた日本の豪族。
これも東北にやられてしまう。
今、総理をやってらっしゃる安倍さんの先祖。
元々ヤマトだったのだが藤原氏に追われて東北へ追いやられた。
そしてこの藤原氏がやったことは蝦夷地征伐。
蝦夷を攻めると言って、東よりの豪族を抑え込む。
それから西の方も全部やられてしまう。
北部九州の筑紫とか奴国とか。
そういうのも全部この藤原氏によってペッタンコにされる。
ところがこの藤原氏の登場によって地方へ追いやられた豪族が心の中で「いつかやっけてやる藤原!」。
これが日本史の原形。
日本史はいつも中央政府があると遠い東か西の別勢力が上って来て天下を獲る。
そのことによって日本史は対流が起きる。
その対流の一番最初のエネルギーは「藤原氏憎し」。

そしてここからが、あれほど巻き付かれながらよく頑張ったと思うが。
藤原氏は娘が生まれると天皇家に入れて、自分たちの血を濃くする。
ところが藤原氏に巫祝王としての天皇は絶対にその座を乗っ取られることはなかった。
そして巫祝王として霊性、スピリチュアルな力を持っていた。
どうしても百済人たちが朝廷を牛耳られなかった。
それは彼らが仏教を操るために教え込もうとしたのだが、天皇は言うことを聞かない。
そして「神仏習合」という日本だけの仏教に切り替えてしまう。
どういうことかと言うと、日本に昔からいた神様が修行にインドまで行って、帰ってきたのが菩薩様とか、どんどん日本風に意訳してしまう。
仏教と神道を合体させる。
仏教は仏教でもこれは「日本教」としか言いようがない。
そのことによって天皇家のみの効力、能力、霊力を天皇家は胸に秘めた。
祟りの神を抑える呪能、能力というのは天皇家の帝しかない。
これは関さんが別の本で、藤原氏もどこかで天皇家を舐めていた。
祈りで何かを動かすという力なんか信じていなかっただろうが、天皇に「ああしましょう」「こうしましょう」といろいろ注文をつけていくうちに、藤原氏の息子四人同時に全員死んでしまうという事件が起きる。
天然痘。
それから藤原氏がやろうとして誰かが邪魔をする。
そいつを左遷する。
菅原道真とかというヤツがいて、藤原氏の言うことを聞かない。
「あ、もういいよ。大宰府行っちゃえ」と言って大宰府にやらせてしまう。
そうしたら疫病が流行る。
それで天皇が「道真、もう怒らないで」と言うまで疫病が殺していく。
それぐらい恐ろしいし、これを祓う力を持っているのは天皇しかいない。

天皇家が神仏習合で仏教と神道を合体させ「日本教」とでもいうべき新しい宗教形態を作ったというのは武田先生の説だろう。
歴史の読み方についてだが、関さんの説が今までくすぶっていたものに再び「焼けぼっくいに」というヤツなのだが、火が点いてしまって、面白くて仕方がない。
朝鮮とヤマト、あるいは邪馬台国との関係というのを昔、すごく興味を持って。
自分がそういう古代史の最前線、筑紫の国に生まれたから。
だが、フッと嫌になったのは、こういうことがあった。
平壌のすぐそばか何かに見つかった遺跡らしいのだが、好太王碑(こうたいおうひ)文というのか、モニュメントが建っていて、そこの「好太王」という高句麗の王様が、どのぐらい立派な人だったかというのを書いてある。
その中に平壌、4世紀391年に倭が攻め込んで、倭と好太王は戦って追い返した、というのが石文に書いてある。
ヤマトが、倭が、それこそウェノムを押し返した。
この石文に関する解釈で、韓国の学者(李進熙)が「倭というのは391年に日本列島から兵隊を集め、船で平壌まで攻め込む兵力を持っていたのか?どう考えてもそんな力は日本にあるはずがない」と疑った。
それで「この碑文は日本人が勝手に捏造したんだ」と。
391年に日本にそんな力があるワケがない。
日本が平壌まで来る力があるハズがない。
これは日本の軍部が戦前、朝鮮に来た時にカンカンカンカーン!と刻んだ、という。
それが歴史的事実として、何十年か通っている。
学説として日本も採用していた。
それが最近になってやっと「それはおかしい」と言い始めた。
(実際にはかなり前から反論はあったようだ)
向こうの学者さんも「まあ無理かな」とかと言い始める。
つまりその手の「侮蔑語で日本を歴史的に見る」という足場があるから、この一つをとって考えてみても、この4世紀、391年。
九州とか例えば出雲から船を出して朝鮮半島、平壌まで行くのは無理かも知れないが、もしかしたら朝鮮半島の釜山のすぐ近くあたりに半島の中に日本という国を持っていたのではないか?
それは伽耶国とか倭館とか。
任那府とかと言われていた。
そこにある程度の軍隊がいた。
それが平壌まで行ったと思えば、そっちのほうが合理的。
それを向こうの方が「日本がこんなところにいるハズがない」という、そういう歴史の取り方ではダメなんじゃないかなぁと。

司馬遼太郎氏は古代史について4世紀、391年。
ヤマトが朝鮮半島の高句麗まで進出し、百済や新羅の国を次々と打ち破ったと記録されているが、それはおそらく事実であろう、と。
そして高句麗によって押し返された。
倭、ヤマトというのはそれぐらいの力を持っていたのではないだろうか?という。
その中に天皇家があったが、天皇家は力だけではない別種の力を持っていたのではないだろうか?ということをおっしゃっている。
それと関さんが縄文からの祈りの力を天皇家は巫祝王として持っていた。
パンデミック、巨大な疫病が流行した時、それを鎮める力を持っているのは日本には天皇しかいなかった。
そういわれるとすごく納得がいく。
京都の祇園祭も博多の博多祇園山笠も、そして小倉にある小倉祇園太鼓も、夏の疫病退治のためのお祭り。
そうやって考えると、その中心に疫病対策として天皇がいるということになると、関さんの説に武田先生が深く頷いたというのはご理解いただけようかなぁというふうに思う。

古代。
2、3世紀〜7世紀。
400年ぐらいを二週間で語っているので、ちょっととっ散らかったりして誠に申し訳ございません。
わかりにくかろうとも思う。
教科書通りのことではなく、こういうことを学校の歴史の時間に教えてくれればまた違うと思う水谷譲。
不思議なもので、教わった方は教科書通りじゃないところしか覚えていない。
この辺は全部寝ていた武田先生。
古田武彦という古代史の大先生がいて、その古田武彦という人は説として間違いであったということもこの人の中にあるのだが、この人の仮説というのが無茶苦茶面白い。
この関さんの今週オススメした『磐井の乱』というのも面白いのだが、一番最初に武田先生を虜にしたのは古田武彦という人で。

我々は国歌として『君が代』を歌う。
君が代というのも不思議な唄。

君が代は 千代に八千代に さざれ石の
巖となりて 苔のむすまで
(君が代)

これは古今和歌集の「詠み人知らずの句」なのだが、我が君、君が代は、あなたの時代がいつまでも続きますように。
小さなさざれの石、砕けた石が固まって、大岩になって、コケが生え揃うまで永久(とわ)に続きますように。
よく考えてみると一種のお誕生日の歌。
「ずっとずっと長生きしてね」「ハッピバースデー、トゥーユー」みたいな歌。
日本はハッピーバースデーを国歌にしている。
「石」とか「苔むす」とか、こういうものに美を感じるところから縄文の匂いがする。
関さんの考え方の中ですごく納得したのは縄文人がいた、いわゆる「倭」。
倭がいた。

 渡来人がやってきて水田を造り、稲作をはじめ、あっという間に東に向かって侵略していったというイメージが強かったが、まったく違う図式が見えてきたのだ。先住の縄文人が、稲作を選択し、北部九州で本格的な水田が誕生していったのだ。(65頁)

だから弥生時代、縄文時代とアッサリ線は引けない、という。
一番最初に話したように「ふんどし文化」という、天皇家でさえも学校行事として遠泳の時は赤いふんどしを。
これはどう考えても縄文、海人文化。
これがやっぱり日本の文化の特徴ではないだろうか?
「日本」ということを考える時に、このあたりから古代史が解けていくといいなぁというふうに思ったりした。
この本(『磐井の乱』)をお書きになった関さんは百済系は半島を脱出したのち、藤原鎌足と名を変え、新興国家の新たなる豪族として藤原姓を起こして、天皇家にまるで藤の花のように絡みついた。
この藤原氏が最も恐れたのがパンデミック、大陸から伝わってくる疫病による一族の大量死であった。
4〜8世紀、パンデミックは一種の呪いとされた。
だから都を替えたりしている。
仏教文化を取り入れたのも、おそらくこの巨大なパンデミック、人口の半分が死んでしまうような極端な大流行が日本であったのではないだろうか?
その藤原氏はやがて、平安の世を築く。
このことによって地方の豪族の生き残りを触発し、やがては取って替わって「武士」という武家政治が。
平氏もそうだが鎌倉からバァン!と出てくるという。
この武家が政治を行ったというところから日本は独特の道を、という。
そのあたりが半島の人々と当初島に住む我々日本人は大きく分かれていったのではないだろうか?
アジアは一つで隣の国、韓国、あるいは朝鮮。
だから「我々は」とすぐにまとめない。
私達と朝鮮文化、あるいは韓国、あるいは朝鮮の人たちは、かくも違う文化を持っているんだという。
そういう自覚の中からうまくゆく方法が見つかるのではないだろうか?
似たところを探すよりも、違うところを見つけ合うことによって私たちは、もっといい関係が逆に見つかるような気もする。
そういう意味を込めてあえてお送りした『磐井の乱』。


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2019年9月30〜10月11日◆磐井の乱(前編)

これの続きです。

(番組冒頭は、前回までの放送の内容に間違いがあったので著者から指摘の手紙と著書を頂いた話)
磐井の乱。

磐井の乱の謎



 継体二十一年(五二七)六月−中略−筑紫国造・筑紫君磐井が、反旗を翻したのだ。(1頁)

なにゆえにその反乱を起こしたかと言うと、朝鮮半島問題。

高句麗、百済、新羅、伽耶の存亡をかけた争いの渦に、巻きこまれた。その中で磐井はヤマト政権の外交政策を批判し、ヤマト政権が手を組んでいた百済ではなく、新羅を選ぶべきだと主張したのである。(1頁)

そのことで連合ヤマトから戦を仕掛けられたのだが、不思議なことに息子が詫びると許している。
磐井は殺されたのだが。

『日本書紀』に従えば、磐井の子の葛子が糟屋屯倉を献上しただけで、許されたとあり、実際考古学者も、筑紫君らの眠る八女古墳群は岩戸山古墳ののちも継続したことをあきらかにしている。(173頁)

反逆者だから徹底してやっつけるかと思いきや、連合ヤマトは何を考えたかと言うと「やっぱり北部九州は怖い」。
こういう時代。
関さんから2〜3か所「これは違ってる」と注意されたが、武田先生の語り口調でしばしお聞きください。
間違ったところはまた第三弾でお詫びしたいと思う。
この関さんのおかげで、昔から古代史が好きだったのだが、やっぱり面白くなった。
ただし、ややこしい。
武田先生のお嬢さんが高校の時に使っていた日本史の年表を持ってきた。
これは便利がいい。
これは出来事だけがザーッと年表で縦に書いてあるもので。
でも書いてあることが相当古い。
だから相当改定されているのだが。
とにかく縦に物事が並べられているというのが武田先生にとって便利がいい。

前回にお話ししたのは、関さんがお書きになった本の前の方までだった。
6世紀に起こった磐井の反乱。
その前にどういう事情があったかと言うと、日本にはいろんな豪族がいて、その豪族たちが連合体を作り始めた。
防衛上の立場から西側が見えやすく東側が逃げやすいという奈良の地が選ばれた、ということ。
この連合ヤマトは奈良桜井の纒向というところにコンベンションセンターを置いて、主に東海、山陰、山陽の豪族たちがそこに集まって、その議長に天皇というポジションを置いた。
十代目の崇神は理由があって天皇の地位をしっかり固めようということになった。
これはこんなことを考えもしなかった。
北部九州がある。
そこは朝鮮半島との交流が盛んで、特に新羅と仲がよくて。
もう片一方の百済、朝鮮半島の左側はヤマトと仲が良かった。
その朝鮮半島から新しい文化とか、特に鉄が入って来る。
これがもうたまらなく魅力的。
とにかく鉄の武器を持っていれば最強の武器になるから。
新羅は何を持っていたかといったら「しら」だから「金」。
そういう鉱物資源に半島は恵まれていた。
それで朝鮮半島から生まれるものがものすごく貴重だったし、それで強力な国もできるのだが、もう一つ。
これは関さんの発想だと思うが病も入ってきた。
これが天然痘。
これは国を開く時に必ず伝染病が入ってくる。
ペリーの時はコレラ。
『JIN-仁-』でやっていた。

JIN-仁- DVD-BOX



とにかく外国から入ってきた病があまりにも悪さをするので、連合ヤマトは何か心のよりどころが欲しかった。
それが天皇ではないか?

いわゆる日韓問題がすごかった。
韓国の大統領も言葉遣いは激しい。
一国の大統領が日本国の首相に向かって「盗人猛々しい」というような表現をお使いになる。
こちらの翻訳がそうなってた。
韓国のこと、あるいは朝鮮半島のことを考えましょう。

昔から、韓国の方、朝鮮の方は日本のことをバカにして、とある隠語で日本人のことを呼ぶ。
前に話したことがあった。
例えば日本のガラの悪い人がアメリカ人を差別的に「ヤンキー」とかというような呼び名で。
韓国あるいは朝鮮では日本人のことを「ウェノム(왜놈、倭놈)」と言う。
これは「倭の野郎」というヤツ。
だから今話している話なのだが、韓国あるいは朝鮮の人が我々を罵倒する時の思いは倭国まで遡る。
金印で威張っている場合ではない。
「なんだ!ハンコ一つ貰ってデカい顔しやがって!盗人猛々しいとは!倭の野郎!」という。
「根性が曲がっている」というような意味で「ウェノム」と言う。
これは向こうの人も血相を変える。
一回だけ試したことがあった。
韓国の子に「俺たちは『ウェノム』だから」「ソレハ言ッテダメ!」と言われた。
それは強烈な言葉なのだが。
倭の特徴というのが、すぐ裸になりたがる。
これを韓国の人はものすごく軽蔑する。
日本人はホテルとか旅館に行って一杯やり始めると袖をまくる。
あれをものすごく軽蔑する。
なぜか?
これがいわゆる「儒礼」儒教にかなった礼儀作法。
いかに正しく服装を崩さず着て。
ところが日本人はリラックスしたら袖まくりはする。
何かもめごとがあって、ケンカにでもなろうものならガバッと脱いでしまう。
高倉健は殴り込みで必ず上を脱ぐ。
向こうの人はあきれ返って野蛮人ウェノムと思っているだろうけれども。
皇室の皇太子でさえも学校行事で遠泳の時、ふんどし一つで泳ぐ。
あれはもう、考えられない。
貴族がふんどし。
ふんどしなんて海賊の恰好。
それが平気。
それだけではない。
国技と言われているスポーツがふんどし(マワシ)一つ。
祭りと言えば北島(三郎)さんも歌ってらっしゃるが。

風雪ながれ旅/北の漁場/まつり



白い褌 ひきしめた
裸若衆に雪が舞う
祭りだ 祭りだ 祭りだ 豊年祭り
(北島三郎『まつり』)

祭りというのは神前で執り行う宗教行事。
その時に裸になる。
それだけではない。
「私は苦労して頑張った」という形容詞がよく使う。
「私は裸一貫からここまでやってきた!」というと日本人は「お〜!あの人は裸一貫だ!」「ロックで言えば矢沢永吉じゃん!」みたいな。
つまり裸になるということに関して隣国である半島の人たちと我々はことほど左様に違う。
向こうから見ると無礼。
裸の付き合いはしてはいけない。
そんなことをするから何回も何回も「慰謝料出せ!」とか「心から謝れ!」とか言われてしまう。
つまり我々は隣国でありながら裸という概念もこれほど違う。
日本は美的。
危機に際した時、ふんどし一つになるというのは自分の勇気を示すこと。
これほど違う半島と日本。
その皇太子でさえもふんどしになる。
何でか?
海人族の血ではないか?
農耕と中華文明で生きてきた半島の人たちに対して、我々ヤマトの人間は遥か海からやって来たという。
だから神話の中にも何人も乙姫様が出てくる。
私たちの体の血の中には海人族の血が混じっている。
それが決定的に文化の質を変えたのではないか?と。

前にお話ししたのは大陸から疫病。
パンデミック。
いわゆる疫病の大流行が襲ってくる。
これは国を開くと必ずそういう病が来る。
それは天然痘に関しては奈良県の連合ヤマトのエリア内で住民の半分が死んだというのだから、いかに恐ろしかったかわかる。
だから何とかして疫病を鎮めて欲しいということで、そこで頼ったのが海人族の血。
天孫族といわれるヤマトの王子はことごとく海人族の娘と結婚する。
天皇家というのは海の血が混じったまとめ役ということで独特の神話、伝説を作り始めた。

 三世紀後半から四世紀にかけて−中略−各地の首長(王)たちが新たな埋葬文化を受け入れ、ゆるやかな連合体が生まれた。これがヤマト建国だ。−中略−ヤマトは北部九州を潰しにかかっていたし(89頁)

何度も何度もヤマトはこの北部九州に「従え」「俺たちの仲間になろう」と言うのだが、北部九州はなかなか言うことを聞かないという。
筑紫には独特の王女がいた。
これが卑弥呼。
この卑弥呼を倒した。
そして奴国、伊都国も従えたのだが、また時が経つとこの奴国、伊都国、筑紫の国あたりが言うことを聞かない。
その一つが磐井の乱で、百済と手を結ぼうというヤマトに対して磐井は「ダメだ」「我々は新羅の方を応援する」という。
つまり朝鮮半島にあった反日勢力と親日勢力の激突。
それが磐井の乱を招いたんだ、と。
これが六世紀のこと。
ちょっとややこしい。
著者の関さんからも「アンタこことここが違うよ」と言われたのだが。
申し訳ないが関さんの御本は読んでいてわかりにくい。
横に年表を置いておかないと時代がどこに行ったのかわからなくなる。
でもなんとかとにかく上手に皆さん方にお話しを聞かせたいなと。
というのはやっぱり面白い。

連合ヤマト。
そのヤマトの国は天皇という「巫祝(ふしゅく)王」。
いわゆる祈りを力に変えるパワーを持った霊力を持った天皇家を作ってゆく。
その時に磐井が反乱を起こす。
これに対してヤマト軍が糸島方面からやってきて、豊前、大分方面から物部の兵が乗り込んで、激戦のうちに磐井を打ち破る、というワケで。
これはいっぱい出来事がある。
任那(番組では何度か「みなま」と言っているが「みまな」)。
これは日本が朝鮮半島に持っていたポリス国家。
小さなエリアを所有していた。
これが新羅に攻め込まれてピンチになった。
537年。
サエキシ(と聞こえたが「大伴連狭手彦」あたりのことか?)百済へ救援に出かける。
百済王が戦死する。
任那日本府が滅ぼされる。
ここは日本府という出先機関、領事館を持っていたのだが、それが562年に滅ぼされる。
海峡を挟んで日本と朝鮮半島の三つの勢力、高句麗、百済、そして新羅と絶えず戦闘状態にあったという。
そういうことが続いたのだろう。
この混乱の極みの中、連合ヤマトが百済対新羅の争いに巻き込まれているうちに高句麗が力を付けて南下を開始する。
これは今で言うとさらにわかりやすい。
韓国が反日と親日に分かれる。
今の状況と同じ。
高句麗というのは北朝鮮だと思ってください。
ワイドショーではないが、朝鮮情勢を語っていた。
辺真一(ピョン・ジンイル)さんは気の毒。
気のいい方なのに。
周りの人から「どうしようもないですねぇ」なんて、自分の祖国に向かって言いたくないだろう。
可愛そうに。
聞くなよそんなこと。
デーブ・スペクターははっきりと「韓国のことをこんなに熱心にニュースにしているのは日本だけですよ。北朝鮮もそんなに報道してないし、中国もほとんど報道してないし、ロシアもそんなに報道してないし。アメリカABC見てもあんまり出てきませんよ」と。
本当におっしゃるとおりかも知れない。
水谷譲の息子も言っていた。
「なんでこんなに韓国のことをやってんの?」と。
「ほっといてあげてもいいんじゃないかなぁ?」とも思ったりするのだが。
しかし申し訳ないが話を聞いていると面白い。
ごめんなさい、韓国の人。
辺さんがおっしゃった名言で、法務大臣の゙國(チョ・グク)さん。
色々問題があるのだろう。
辺さんがたった一言「一番の問題はですね、娘が頭が悪いっていうことですよ」。
本当にそう。
もしかしたらただそれだけのことかも知れない。
みんな大騒ぎをするが、法的問題よりも「娘ができが悪い」というのが。
通信簿まで公表するというようなザマなので。
まあそれはもう向こうに任せておいた方がいいんじゃないか?
でも大変悪いが、向こうの人たちが私たちのことを「このふんどし野郎」と言っても、司馬遼太郎さんがハラを抱えて笑う。
「ふんどし野郎」という侮蔑語を。
そのとおり。
私たちはふんどし民族。
男の戦闘態勢。
締め込みをした方が力が湧いてくる民族なので。
それはそれで別にいい。
何と言われようと。
だから「ウェノム」というのは言い当てている。
そんなふうに思う。

日本はどうも5〜6世紀、多重外交だったという。
朝鮮半島に対して新羅と仲良くする北部九州の国々と、それからその隣の百済と仲良くする連合ヤマト。
二つの外交勢力があった。
相反する外交体制にあったのではないか?
それで、高句麗、百済、新羅に任那とヤマトというので半島で大騒ぎしていたが、わりとスッと収まる。
何で収まったか?
それどころじゃなくなった。
中国に強力な大帝国ができた。
隋ができる。
何となく今と似ている。
それで皇帝の煬帝(ようだい)は半島情勢に乗り出してきた。
何と高句麗を隋がやっつけた。
今で言うと北朝鮮と中国が戦争を開始した。
その隋がぐんぐん半島を降りてくる。
もう連合ヤマト真っ青。
言うことを聞かない北部九州を横に置いておいて「とにかく集まれ」「みんな集まれ」
「隋てのが出てきたぞ」というワケで。
この時にその日本の連合ヤマトの方で力を持ったのが推古天皇。
これは女帝。
そして聖徳太子。
とにかく補佐役に回ってクイーンとプリンスで日本を守る。
とにかく北部九州は放っておこうと。
「お前たちいい。そのかわり他のとこしっかり集まれ」と言って強力に結び付く。
それ故にプリンス聖徳が言った名言が「和を以て貴しとする」という和の精神。
隋が起こったことにより日本を隋に気に入られる国にしなければならない。
それは何か?
仏教。
その仏教導入と共に百済が「仏教なら任せて」。
「お経はこう読む」「仏像はこう造る」というノウハウを教え始めてプリンス聖徳のお気に入りになっていく。
新羅の方もプレゼントを持って連合ヤマトに奈良まで挨拶に来ている。
それは隋が怖いから。
聖徳は推古天皇の補佐をしながら何を思ったかというと「絶対に隋とはケンカすまい」。
ところが北部九州が二重外交だから、しょうもない手紙を隋の煬帝に送っている。
その北部九州が送った文章が「日出る処の天子、日沈む処の天子にこれを送る。つつがなきや(日出處天子致書日沒處天子無恙云云)」。
すごい。
上から目線で。
「日が昇ってくるという勢いのいい我が国。オメェんところには日が沈んでゆく。どうだ、元気かい?」という。
それを見せられた煬帝が呆れかえっちゃって部下に言った名言がこう。
「蕃夷の書に無礼あらば、また以て聞するなかれ(帝覽之不ス 謂鴻臚卿曰 蠻夷書有無禮者 勿復以聞)」
「わぁ〜コイツらホント馬鹿だなぁ。まあ、無礼にもほどがある。よっ!俺の秘書。二度と持ってくんじゃない。俺んとこ見せに」と呆れかえってしまう。
これで呆れかえってくれたおかげで戦争にはならなかったけれども。
とにかく聖徳は真っ青になりながら、すぐに隋にお勉強。
それで小野妹子が出かける。
だから煬帝も日本が二重外交の国だとある程度知っていた。
そう思うとパアッと解けると思う。
それで小野妹子を派遣したら「OK!OK!」と向こうが言うワケだから。
それで「仏教導入OK。勉強すんのよ」というもので。
それで百済からやって来ていた百済人が一生懸命仏教を日本に教え始めたという。

ところが前にも御柱のところで話した。
どんどん仏教が入ってくると物部がふくれ始めた。
「なに?うち、神道あるけど?」「いや、そんなもんいいじゃないですか。神道なんかいらない。もう仏教勉強しなきゃダメ。国際的になれない」
今で言うと、そのころの仏教というのは「Can you speak English?」 みたいなもの。
ところは物部は自分のところはちゃんと神様を持っているのだから「別に俺、やんなくていいよ」というようなもの。
この対立の中から物部対聖徳太子の対立の構図になってゆく。
連合ヤマトは百済と仲良くして仏教、そして鉄を手に入れたい。
新羅と結びついた磐井の反乱が6世紀。
それはペッチャンコに押しつぶしたのだが、百済系の人々はその頃はたくさんヤマトに紛れ込んでいた。
ところがその中でちょっと至らぬことをする人もいる。
嘘情報を流す百済人が出始めた。
ミスリード。
操る。
そういうことが奈良の地、連合ヤマトのコンベンションセンターで起こり始めた古代。

これは日本史の教科書に載っていない。
こんなことがあった。
日本書紀によれば磐井の死から50年後の583年。
連合ヤマトに出入りしている百済の日羅(にちら)が連合ヤマトに密告をしている。

「百済人が策謀して、三百隻の船で筑紫(九州)の領土を奪おうと思っています。−中略−その時、壱岐や対馬に伏兵を置き、殺してください。要害の地には、固い要塞を築いてください」(189頁)

田中臣は、次のように述べた。
「百済は是反復多き国なり(百済は信用ならない国だ)」
 というのだ。すぐに、約束を違え、道路の距離も欺す人たちだと批判している。
(190頁)

(番組では上記は日羅の言葉と言っているが、本によると蘇我系豪族の田中臣)
古代日本では百済系の人たち、いわゆる半島の人たちが朝廷に潜り込んでロビイストとして活躍しながら、半島情勢を伝えたり仏教を伝えたりしながらも、結構日本を動かしていた、という。
百済の人たちにとっては仏教を教えることによって日本を支配できないかと思ったのだろう。
そんなこともあったのではないか。
それで帝に百済の王族たちは接近していく。
ところが国の中心である天皇というのは力としては大したことがないのだが、神の祈りを力に変えるパワーを持った、霊力を持った代表者として日本をまとめていく。
仏教が入って来る。
その時に独特の仏教を天皇家自らが作り始める。
仏教に完璧に帰依しない。
驚くなかれ、日本の神道と仏教をくっつけてしまう。
よくやった。
時々お祈りをする時に「南無八幡大菩薩」と言う。
とにかくこの神様の奇妙さは「八幡様」という日本にいる神様、それが大菩薩とくっついている。
だから「八幡大菩薩」。
これは日本の至る所で見られるのだが、日本の神と向こうの神様、インドの神様がドッキングする。
「お稲荷さん」もそう。
ハイエナらしい。
死んだ肉でも平気で喰う。
その生命力にあこがれてサンスクリット語で「ダキーニ(荼枳尼)」。
そういう神様になった。
ところがハイエナは日本にはいない。
一番似ているのは狐だった。
そんなふうにして日本独特の仏教にどんどん変えていく。
隋が誕生することによって聖徳太子は連合ヤマトに対して和を呼びかける。
外交を百済に牛耳られた連合ヤマト。
その聖徳太子に対して蘇我氏が対抗し、蘇我馬子が連合ヤマトの実権を握る。
この裏には聖徳太子があまりにも百済のロビイストに偏りすぎて「仏教に熱心である」という反発もあり、蘇我とか他の豪族たちも反発するのだが。
その蘇我入鹿は暗殺されている。
この隋が起こったのでやっと収まりかけていたのだが、その隋が滅びる。
これはいいチャンスかなぁ?と思いきや、何ととんでもないことに新羅が隋が滅んだ後の唐と外交を結ぶ。
つまり半島情勢は今、中国は無口にしているが、やはり後ろ側に必ず中国がいる。
古代から何も図式は変わっていない。
新羅が唐と結んだことで百済は日本にすがりつく。
「一緒に戦ってくれ」と。
それで半島に乗り出して行って連合ヤマトは662年のこと、白村江の戦いで川が血に染まるような大敗北を喫してしまう。
それで百済国はペッタンコに潰されて。
いい人がいっぱいいたのだろう。
連合ヤマトは「百済の人が可愛そうだ」というので大量に亡命する人たちを受け入れている。
百済王族は天皇のすぐ近くに仕える家臣にして。
二千人単位の半島人がヤマトまでやって来たというから、ヤマトは優しいもの。
これで百済の影響が日本から消えたということにならない。
ここからが関さんの説が面白い。

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2019年7月15〜26日◆磐井の乱(後編)

これの続きです。

古代と呼んでもいいと思う。
平安よりはるか前、奈良より遥か前の日本の歴史。
まだ飛鳥にも入っていない西暦527年の6世紀の頃。
筑紫国造「磐井の乱」。
その磐井が反乱を起こした隣町に大宰府政庁がある。

磐井の乱の謎



磐井の乱というのは今で言うと福岡の方はわかると思うが大牟田の辺りだと思う。
武田先生のマネージャーの古里。
岩戸山古墳というのがあって、そこにいってみたくて仕方がなかったが、地元の人で知っている人は誰一人いなかった。
九州はいっぱいあるのだが。
この間、坂本八幡神社に行った。
武田先生は笑いこけてしまった。
そこの土地の70代の人がそこの神社をずっと守ってらっしゃる方。
その方がインタビューに行ったら「毎年ですね、ここの神社はですね、だいたいですね、観光客の人はですね、20人でした」。
1年で(20人)。
「今ですね、一日でですね、この間1万2千人来ました」
すごい。
田んぼの真ん中を延々と。
その梅の宴をやったという場所の真後ろにあるのが大野城という。
山なのだが、その山のてっぺんに野城を築いて、半島から攻め込んでくる中国人を「ここで防ぐぞ」という防衛ラインの一段目だった。
野城はデカい。
真ん中がボコっとえぐれているものだから天然の要害で。
それでいまだにてっぺんに登ると非常食の米のカスが出てくる。
それくらい朝鮮半島情勢はかつて古代は緊迫していた。
遠い遠い昔のことだが、ヤマト朝廷と言わず、まあ連合ヤマト。
日本の様々な豪族が集まって防衛上安全な奈良にコンベンションセンターを建設して、いろんな豪族がそこに集まって「外交はこうしよう」「輸入品はこれにしよう」とか様々決定していた。
議長をやっていた、その特別の議長の席に越前から崇神天皇を迎える。
この崇神天皇が朝鮮半島情勢に関して「我々は朝鮮半島にある百済という国を応援しよう」ということを決定したのだが、言うことを聞かない豪族がいっぱい日本中にいた。
そういうまだ日本が一本に統一されていないもどかしさ。
その崇神さんが百済からいろんなロビイストを迎えて、向こうの文化とか文明を聞く。
もうこのあたりから百済の手によって、仏教がしきりに持ち込まれる。
ところが物部という人たちは「仏教はいらない。俺たちには神道があるじゃないか」という。
そんなこんなしているうちに、一説によるとヤマトに集まった人の半分が死んだという伝染病がヤマトに広がる。
それが天然痘らしい。

天然痘の致死率は、現代でも三割以上なのだから、当時、もし天然痘が流行していたら、人口の半減は、大袈裟な記事ではなかったことになる。(70頁)

その天然痘というのはどうも大陸の病が入ってきたんじゃないか、ということ。

 ヒントは『日本書紀』に隠されている。神武と同一人物と考えられている崇神天皇が、疫病の祟りに追い詰められていたという。人口が半減し、神(三輪山の大物主神)に問いただすと、神の子を探しだして連れてきて神を祀れば、落ち着くだろうというので、その通りにしたというのだ。(70頁)

橿原という地が伝統的に、「西からやってくる脅威に立ち向かう地」であり、崇神は九州から神武を招き寄せ、橿原で疫病を祀らせていたのではないか、というものである。(70頁)

それで議長の崇神は薩摩の阿多(あた)族。
宮崎のウ族の青年を招聘し祀ったという。
(「ウ族」とやらは本と付き合わせても何のことかわからなかった)
これは不思議で、現代でもものすごい死亡率の天然痘が彼らはかからない。
今で言う免疫を持つ部族が九州南部にいた。
それが阿多隼人(あたのはやと)。
そして宮崎の海神(わたつみ)の一族だったのではないだろうか?
そこで生まれた子たちを代々の天皇として祀ることにした。
そうすると天然痘にかからない驚異の体質を持っていたという。
崇神はその子、神武をヤマトへ呼び寄せて神としてまつる。
橿原に別の都、彼のための都を作った、と。
崇神は天皇家を免疫体質にするために、縄文系海人族の姫を天皇家に嫁として入れた。
そういう人たちの系譜を入れたことによって、自分の系譜を十代前まで繰り上げた。
これが神武に始まるヤマトの始まりなのではないか?

古代史のことなのでピンとこないかも知れないが、とにかく西暦6世紀、日本はまだ統一国家としての力が弱く、各豪族がヤマトの地に集まって国政を決定するというヤマト連合と、九州北部には邪馬台国という古代から続く王国があって、外交政策が一本にまとまっていなかった。
一本化がゆっくり進むのだが。
北部九州にある邪馬台国の残党みたいなのが言うことを聞かないというので「やっつけよう」という話になったようだ。
それでこの北部九州にある豪族たちをやっつけるために先頭に立って戦ったのが、ヤマトに行って血を混ぜて免疫体質を持った日向の一族、それから隼人の一族だった。

海幸山幸神話の中で、山幸彦は海神の宮に三年留まり、海神の娘・豊玉姫と結ばれ、故郷の日向に戻っていった。豊玉姫は山幸彦を追って、海岸にたどり着き、子を産む。(54頁)

それで兄さんの海彦(「海幸彦」のことかと思われる)はと言うと、弟の子分になって大和朝廷を盛り上げるという話になる。
海人、海の一族の血をヤマトの天皇家に入れたということは、病を祓う、異国から飛んで来た病気を祓うというパワーになった、というのが古代の伝説で。
天皇家はその伝説を大事にした。
それで二重外交をいつまでもやっていてはイカンということで、ヤマトが日本をまとめようという決心をして、北部九州の一族をやっつけに行く。
その時のヤマトの王子が仲哀天皇。
これがまた本当に悲しい字で。
仲哀。
打倒邪馬台国を目指して。
「邪馬台国」とあえて言っておくが、北部九州の一族を滅ぼすために行くのだが。
どうもなんだかこの人は弱い。
そこでおそらくだが、土地のお嫁さんを貰った。
そのお嫁さんこそはトヨ系。
豊玉姫系の海人の女性で、その人と結婚して子供ができるのだが、これは日本書紀に書いてあるのだが、仲哀さんは「北部九州の一族をやっつけるぞ」と張り切っていたのだが、福岡の香椎という場所まで行って「琴が弾きたい」とか何かおっしゃって琴を弾いてらした。
そうしたら部屋の明かりが消えた。
風か何かだろう。
その香椎の先陣の宮の陣屋の中で真っ暗になったと思ったら、気持ちの悪いことに山辺に鬼火がブワーッと走った。
「不吉だ」というので建内宿禰(たけのうちのすくね)という子分の人が慌てて火を点けたら仲哀さんは死んでいた。
アガサ・クリスティ。
これから戦闘だというのに頭領が死んじゃっているワケで。
ヤマトから送り込んだ仲哀が。
その香椎というところは「かしい」というぐらいだから椎の木がいっぱいあって、これで仲哀天皇を入れる棺桶を作る。
それで建内宿禰が(仲哀天皇が)死んだことを内緒にしていて棺桶を立てる。
仲哀を棺桶の中に納めて立てる。
それで子分を集めて後ろ側に建内宿禰が回り込んだのだろう。
「みな集まってくれてどうもありがとうね。ちょっと風邪ひいて声、変になっちゃってるけど、決行しようと思うんだ」という腹話術をやる。
それでまとめて戦闘を開始した、という。
それで、妊娠した奥さんがいる。
これがすごい。
臨月が近かったのだが「出るな」と言って石でふさいだというから。
神話。
それで鎧を着て熊襲(くまそ)はやっつけるわ、勢い余って船に乗っかって朝鮮半島に攻め込んで新羅をギャフンと言わせて帰って来て、それでお子さんを産んだ、という。
この海人のお姫様の名前が神功皇后(じんぐうこうごう)。
福岡あたりは今頃、声が上がっていると思う。
「出た!神功皇后!」という。
あそこの神社のことごとく祭神がこの神功皇后。
ここから神功伝説が始まるのだが。

『日本書紀』が「神功皇后は邪馬台国の時代の女傑」と明記している。(39頁)

福岡一体はことごとく神功皇后の伝説で神社は生きている。
福岡の方は神功皇后を知ってらっしゃる方が多い。

ハネムーンだったが、旦那さん(仲哀天皇)がそこで死んじゃったという。
(仲哀天皇が亡くなったのは何年も後のようなのでハネムーンではないと思われる)
神功皇后はその後、北部九州を平定して、持てる力で朝鮮半島まで出撃して、朝鮮半島の新羅をやっつけて戻って来て、そこでやっとお子さんを出産なさる。
この産んだお子さんが応神天皇。
十五代天皇になる。
その時に川にへその緒か臍帯を箱に入れて神功皇后が流したらしい。
その箱が流れ着いたところが博多の川の下流、海の近くで、そこにできた神社が筥崎宮(はこざきぐう)。
この時におそらく神功皇后に力を貸したであろう海人族。
海に強い一族が宗像海人。
宗像の一帯の海人族で、彼らはこの神功皇后との繋がりから天照大神の娘の三姉妹が主祭神になった。
全部神功から始まっていく。
神功伝説というのは筑豊にもいっぱいある。
ヤマト代表の仲哀と海人の女性である神功。
その海と陸との血を引く天皇ということで応神天皇が決定していくという。
これは神功皇后の冒険旅行はここでも終わらなくて、ヤマトに行こうとするのだが、ヤマトで百済系の官僚から裏切りにあって、何回もピンチに遭っている。
それをやっつけながらヤマトへたどり着くという。
大阪の住吉神社の主祭神は神功天皇。
それからヤマトに帰ろうかどうかというのをこの神功皇后が占う。
「魚が釣れたらヤマトに帰ろう」とかという占いの仕方をやる。
釣れた時の魚が「鮎」。
だから魚偏に「占」。
この一文字の起こりは神功皇后。
「鮎」は中国では違う漢字を充てる(「香魚」)が、日本ではこの故事になぞらえて鮎は「神功皇后が釣り上げた魚」ということで。
そしてこの人(関裕二さん)はすごいことを言う。
この神功皇后というのが日本史に出てくる台与(とよ)、卑弥呼が死んだ後に女王国のまとめ役として出てくる女霊媒師の名前を台与と。
この台与が本当は神功皇后じゃないか?
「トヨ」というぐらいだから豊玉姫系。
だから南部九州の名前。

邪馬台国を潰した神功皇后(台与)は、「親魏倭王を殺した」と、魏に報告できないために(ヤマト政権が魏を敵に回すことになる)「台与(神功皇后)は卑弥呼の宗女(一族の女)」と魏に報告し、邪馬台国の王に立った。(72頁)

この台与という南九州系の女王の血を引くこの人は「奴国の印鑑とか持ってたんじゃないか」とこの人が、そういうことをおっしゃっているのだが、これもなるほどと頷ける武田先生。

ちょっと耳に挟んだ話。
福岡でものすごく有名な神社で宗像神社がある。
その宗像神社と、すぐ近くに宮地嶽(みやじだけ)神社というのがある。
そこが台与に味方しなかった神社で、台与に力を貸したのが宗像神社じゃないかという説があって。
この宮地嶽神社というのは、この間博多に帰った時にお礼に行った。
何でかと言うと宮地嶽神社にお参りして「私も年、取ったんですが新しいキャラクターでもありましたら、ぜひ仕事でください」と言ってお祈りをした。
珍しく神頼み。
何か月後かに「水戸黄門やりませんか?」と来たものだから。
それで水戸黄門の話が来て。
今年(2019年)コロッケと一緒に博多座でかけた演目が水戸黄門だったのでお礼参りに行った。
今年もまたお祈りしてきたのだが、何かそういう不思議なエネルギーのこもったところで。
この宗像神社と宮地嶽神社はオススメする。
でも何でこれを熱心に話すかというと、両方ともに今、話した神功皇后が一枚絡んでいる両神社。
香椎も箱崎も。
そうやって考えると胸がときめく武田先生。

神功皇后というのは日本史の中では当然のごとくだが「作り話だ」というふうにして否定されている。
やっぱり戦前の皇国史観というのが大きな戦争を起こしたせいで日本神話というのは学者さんたちから軽蔑をされて嘘ということになっているのだが。
福岡を歩くと「何かあった」ということはわかる。
関連する神社が多すぎる。
今は世田谷に住んでいる武田先生。
世田谷神社の一角にもこの神功皇后のお宮さんがある。
これは何であるのかやっとわかった。
神功皇后は戦いの神様なので、かつて軍人さんがいた住宅地には神功皇后がいる。
その神功皇后の一番の子分が建内宿禰という。
神話では爺さん。
ところが遠い昔、美輪明宏さんから武田先生のルーツは建内宿禰と言われた。
美輪さんが何を見てそうおっしゃったのかはわからない。
「あなたの元型、大元は建内宿禰だ」という。
「だからアナタは困ったりなんかすると、必ず女性の背中に隠れるでしょ?」
つまり女の人の背中の方に回り込んで、その人の後ろに立つことによって危機を乗り切る、という。
建内宿禰はそう。
すごく優秀な人らしいのだが、主役は神功皇后。
武田先生も困ったらおっかさんの歌を作ったりしているので。

母に捧げるバラード (Live)



「女の人を押し立てると自分に運が向いてくる」という。
「そういう運命をアナタは生きるのですよ」と言われた。
美輪さんにとんでもない質問で「死んだら坂本龍馬に会えますか?」と聞いた。
そうしたら美輪さんは静かに笑って「会えるも何も同じよ」という謎の言葉を。
坂本も建内宿禰系からやってきた人らしい。
だから元型みたいなのは同じで。
そういう不思議なことを言われたので、そこから建内宿禰というのは忘れられなくなった。

建内宿禰みたいな人を「審神者(さにわ)」という。
「審神者」というのは女祈祷師がいて、何か祈っている時に、横からガードしながらその人が口からこぼす予言を拾い集める人。
何で「さにわ」と言うかというと「にわ」はそういう場所だった。
今、おうちに庭がある。
その庭は「神様にお祈りをする場所」という。
「庭」というのは元々そういう「祈り事をするところ」のことを言うらしい。

とにかく日本書紀において、神功皇后はたちまち新羅を平伏させて金銀宝を持ち帰った。
すごいことに海の鯨までが神功皇后に従ったという伝説があるので、いわゆる海に関する力を神功皇后は持っていたのだろう。
遠征で帰ってきた神功皇后。
慌てふためいたのは百済系の人たち。
百済系のロビイストの人たちが慌てふためいた。
そういうのを神功皇后が全部殺した。
そして応神天皇を真ん中に置いて二重外交はそのまま続き、連合ヤマトを含めて各地の豪族も身分を保たれたまま天皇家の力はゆっくり増していった。
これが墓の形である前方後円墳を日本中に広めた応神のいわゆるゆるやかな「和」、ハーモニーを大事にした政治のおかげではなかったか?という。

著者関裕二さんと武田先生の仮説も混ぜている。
関さんの説は朝鮮半島の弱小国である百済に外交で牛耳られていたヤマト連合。
ヤマト連合とは出雲、淡路、但馬、越の国、吉備など。
それと九州南部の阿多(あた)、薩摩の隼人。
そして日向の宇土族。
これが連合に加わって。
それで北部九州の邪馬台国連合は打倒された。
だが、邪馬台国連合をヤマト連合が吸収することになって日本は天皇を議長にした緩やかな連合国家として出発する。
このへんが古代史の謎を解くカギになるのではなかろうか?というふうに言っている。

武田先生がこの関さんの説で一番驚いたのは崇神天皇の時に天然痘の大流行があって、ヤマトの国民の多くを失ったという悔いが、血を混えて天然痘に対抗しようとするアイデアを生んだ、という。
この発想が面白くて仕方がない。

連合ヤマト。
様々な国が応神という十五代の天皇の緩やかな豪族を圧迫しない二重外交。
問題がありつつも認められるというのが、日本を平和にまとめていたという。
磐井の反乱という、これから語らねばならないことはどういうことかというと、この二重外交がだんだんうまくいかなくなって磐井が反乱を起こしたということ。
この磐井の乱の前までを話したのだが、一番興味深かったのは十代崇神天皇。
この人がヤマトで天然痘が、疫病が大流行して、神様に縋り付いて「解決策を教えてください」と言ったら南の方から天皇家に別の血を入れなさい、と。
それで神武という宗教上の青年を招いて天皇家の初代とし、崇神が初めてなのにその前にさも十代あるがごとく足した。
それで天皇家に祓い清めの力を見つけた。
人々も天皇家が持っている流行病、天然痘に罹らない不思議な血の力を祓い清めの力として認めた。
それが証拠に日本の夏祭りはこの祓い清め。
京都もそうだし祇園祭もそう。
鉾を持って。
あれは病を断ち切っている。
それから博多祇園祭。
山笠。
あれもいわゆる水を撒きながら清める。
そして東北の夏のお祭りも疫病退散。
これが十代崇神から始まったのではないか?
その祓い清めのエネルギーを持っていたのは阿多隼人(あたのはやと)という九州南部の一族たちのパワー、祓いのパワー。
それが天皇家に宿ることにおいて豪族の中でも、とある権威になっていくという。

磐井の乱の起きた時代、朝鮮半島では高句麗が南下し、ところてん式に百済が南に押し出され、伽耶諸国を蹂躙しようとしていたのだ。(97頁)

新羅は押し返す。

白村江の戦いは、百済の救援要請に応じた倭国軍が唐と新羅の連合軍と戦い、木っ端微塵に打ち砕かれ、百済は消滅した。(33頁)

そして唐が攻めてくることを怯える。
それで大宰府の地に水城というお城、防衛ラインを築いて、それでいくつも防衛策を打っておいて。
ところが唐が攻めてこない。
防御ラインをいっぱい作ったのに。
それで日本は唐に対してどうしたか?
仲良くした。
「唐が攻めてくる」といってお城を築いておいて、その片一方で「勉強したいんで勉強させてください」と言いながら遣唐使を送る。
それで唐も無視しない。
これは何でか?
これはまたこの間、現地で聞いて面白かった。
逆に向こうは日本を利用しようとした。
唐から持ちかけられたのは「力合わせて新羅やっつけない?」と言われた。
「新羅滅ぼしちゃおう」と。
言っているうちに高句麗がだんだん力を持ってくるので、日本は静観の立場で持っていた加羅等々の国家を手放してしまう。
でもこれでまだ終わらない。
すごいのは日本の歴代天皇に「もう一回朝鮮半島行きましょう」と誘い続ける人々がいた。
これが百済系の人たち。
百済系の人たちはもう天皇家もお認めになっているが、天皇家に女性が入ったりして、皇統と血が。
この百済系の人たちが日本国籍をとって、何っていう一族になったか?
その百済系の人々の日本姓が「藤原」。
そうすると平安時代がどういう時代だったか?
天皇家に巻き付く藤の花のごとく藤原氏が。
日本中で声が「うわぁぁ〜だからか〜!」という。
驚いていないのは水谷譲だけ。
ここらあたりの面白さ。
神功皇后。
そして百済系の人々が日本の貴族として生きていく。
彼らが呼び寄せた時代が平安時代。
日本史は面白い。
今、朝鮮半島ともなかなかうまくいっていないが、歴史というのはかくのごとく続くワケで、現代の何か足しになればと思いながら語っている『(今朝の)三枚おろし』。
驚いていないのは水谷譲だけ。


posted by ひと at 21:38| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年7月15〜26日◆磐井の乱(前編)

「白村江(はくそんこう・はくすきのえ)の戦い」の前に、北部九州から韓国の半島に向かってヤマト軍を送り込む時に、筑紫の国で磐井という氏族が反乱を起こしてやっつけられた。
それを「磐井の乱」というのだが。
「ヤマト朝廷の力は強かった」というのでよく。

地方を転々としていた。
武田先生は古代史ファンなのでフッとした謎に入る時がある。
この間、高田純次さんが『じゅん散歩』で立川を歩いておられた。
じゅん散歩|テレビ朝日
立川の諏訪神社に立ち寄られて。
あの方らしくて神主さん、権禰宜(ごんねぎ)さんをからかってらっしゃるのだが。
なんで立川に諏訪がいるのか?
前に御柱のお祭りの話をした時に「諏訪という神社があると、そこは必ず物部という氏族が力を持っていたエリアだ」という。
このあたりの回のことだと思われる)
高田さんだから、そんな古代史に立ち寄ろうはずがない。
「な〜んつっちゃったりなんかして」と言いながら。
地方の神社が持っているそういう歴史はすごく面白い。
でもズバリ言うと「私には」。

地元に帰ってテレビ番組の中で古里を歩いているのだが、「令和」の起源になった坂本八幡神社に行った。
(大伴)旅人くんが梅の咲いている木の下で宴をやったという場所が坂本八幡神社なのだが。
これは「ワンセット」。
令和の語源になった坂本八幡神社とか都府楼とか、大宰府政庁とかという昔の役所。
その役所を守るお城として大野城という山城がある。
この山城とそれから、人が攻めてきた時に堰を切って水攻めにするという水城(みずき)。
これは福岡の人だったらみんな知っている。
水城という防波堤がある。
何でそんなところに水のお城を大宰府政庁を守るために作ったか?
敵はどこから来るか?
海を越えて朝鮮半島あるいは中国から福岡に上陸して戦争が始まった場合は大宰府政庁に向かって突進してくるので、その人たちを防ぐために水城というお城があって、ここに第一波の砦が築かれた。
二番目が久留米の高良山。
三番目が日田。
三段構えで外的を防ぐという防御システムがとられているワケで。

白村江の戦いは、百済の救援要請に応じた倭国軍が唐と新羅の連合軍と戦い、木っ端微塵に打ち砕かれ、百済は消滅した。(33頁)

その後「攻めて来るんじゃないか?」ということで水城というお城が築かれた。
その前後に奇妙な事件があった。
その奇妙な事件が「磐井の乱」。

磐井の乱の謎



福岡県でこのあたりの国道とか道を走ってらっしゃる方は「わぁ!」と、ほんの僅かだけれども喜んでらっしゃると思う。

 継体二十一年(五二七)夏六月、近江毛野臣が六万の軍勢を率いて任那(朝鮮半島最南端。古くは伽耶諸国をひとくくりにして任那と呼んでいた)に赴き、新羅のために攻め滅ぼされた南加羅(洛東江下流域)と喙己呑(慶尚北道慶山)を復興し、任那に合併させようとした。ここに筑紫国造磐井が、密かに反逆を目論んだが、なかなか実行できず隙を窺っていた。新羅はこれを知り、磐井に賄賂を届けて毛野臣の遠征を妨害するように働きかけた。磐井は−中略−近江毛野軍の行く手を遮った。(15頁)

 継体二十二年(五二八)の冬十一月十一日、大将軍物部大連麁鹿火は「賊帥・磐井」と筑紫の御井軍(福岡県久留米市中部と小郡市)で戦った。−中略−ついに磐井は斬られ、境界が定められた。(17頁)

どうもこの福岡県の大野城市、あるいは大宰府あたり、越後八女あたりにかけて磐井という人の巨大な国があったようだ、と。

なぜ磐井は、反旗を翻したのだろう。『日本書紀』は、「それは磐井が新羅から賄賂を受け取っていたから」というが(21頁)

この時の半島情勢はこういうこと。
高句麗があって百済があって新羅があった。
今で言うと北朝鮮があって韓国があるのだが、韓国が真っ二つに別れていて、親大和派と反大和派があった。
それで反大和派が九州の勢力と手を結んでいたという。

「磐井の乱」という朝鮮半島問題に巻き込まれた日本。
これは現代だけの話ではなく1500年前にもすでにあったという。
そんなふうに話せば少し興味を持ってもらえるか?
それに地方に点々と神社があるのだが日本の神社は「神道という宗教だ」という人がいるが、歴史的な何かがあったモニュメント。

今話しているのは西暦500年代だから6世紀の頃。
日本の隣の朝鮮半島には三つの国があった。
一つは高句麗という国があって下に左半分が百済、右半分が新羅という国だった。
百済と新羅の間に小さなポリス国家がある。
そのポリス国家のいくつかが、向こうの方は絶対認めてくださらないが、それは日本の領土だった。
ずばり「日本府」とか「倭館」という地名で呼ばれていた。
もちろん今「更返せ」とか絶対言わないから、向こうの方は警戒してらっしゃる。
『釜山港へ帰れ』という歌が日本でヒットした時に「再びまた攻めてくる可能性あり」と新聞に載ったぐらいで。

釜山港へ帰れ



武田先生は知りもしなかったが、後で聞いて。
領土的野心で言っているのではない。
この日本のポリス国家の所有というのがヤマト朝廷をして深く深く朝鮮半島問題に首を突っ込まざるを得なくなった。
そういう下地があることを覚えておいてください。

今と違うのは親日「日本と仲良くしよう」という新羅。
これは実は北部九州の豪族と手を結んでいた。
これは多分だが、出雲あたりもこの新羅と仲が良かった。

神話のスサノヲが新羅に舞い下りたという話だが、これは伽耶だろう。スサノヲは鉄を求めて朝鮮半島に渡った倭人を神格化したものと思われる(93頁)

ここは鉱物資源には溢れているけれども樹木が少ない、と。
それで樹木のもっと豊かなところに移ろうというので降り直したところが出雲。
それから鳥取とかあのへんはいくつか島を持っている。
島根とか。
あれは朝鮮半島の脇にあったヤツを神々が縄を引っ掛けてこっち側に引き寄せたという「国引き」という神話が残っているくらいで。
それくらい朝鮮半島と深い関係にあった。

武田先生が生まれた町は雑餉隈(ざっしょのっくま)という古代めいた地名なのだが、隣町は白木原(しらきばる)という。
これは繰り返して言うが新羅の人たちの集落があった、といって新羅の人たちがそこに住んでいたという。
福岡市郊外には古墳から新羅製の馬具が見つかったりしている。
つまり九州北部の王様はこの新羅と仲がよく、ヤマトの方にある国は百済と仲が良かった。
百済の王子様が奈良県の方に来たりしていた。
それくらい深い関係にあった。
日本はどっちが本当の政府かわからない。
ヤマトと筑紫の国で外交問題のねじれがあった。
外交がヤマトと筑紫では一本化できていなかった。
こういう古代史的事実があったのではないだろうか?
その5世紀前半の大和朝廷の中で磐井という人が半島に渡ろうとしていたヤマト軍に対して反乱を起こした。
この時の台詞が日本書紀に書いてあるが、これがすごく不思議な言葉で。
これは謎とされてずいぶん論議されたのだが。

 そして磐井は近江毛野臣に対し、次のような無礼な言葉を吐いた。
「今でこそ使者としてやってきたかもしれないが、昔はわがともがらとして、肩を擦り肘を触れ、同じ釜の飯を喰らった仲ではないか(「共器して同に食ひき」同等の立場で結びついていたの意)。
(15頁)

反乱を起こした磐井の方にずる賢い発想があったのではなくて、当然のこととして彼は朝鮮に出兵しようとする6万の兵の前に立ちはだかった、という事実がある。
「オマエたちの言うことなんか聞けない」ということで磐井は物部麁鹿火という武人によって成敗されてしまう。
あるいは北方面に逃げたというような話もあるが、潰された。
古代史において九州の北部は歴史舞台であった。
断固として言うが、邪馬台国は2〜3世紀にかけてこのあたりにあった。
武田先生の説は断言する。
有難いことにこの(筆者の)関裕二さんも河出書房の本の中で「邪馬台国は九州の北部、筑紫か筑後平野にあったんだ」と。
理由としては鉄という輸入品が、ここでは大陸から入りやすいんだ、と。
アジアからの文明の品々が流れ着くところは福岡しかありえない。
漢委奴国王。
倭国王がいたんだ、と。
奴国(なこく)という国があって、そこの王様が「那の津」博多にいたんだということは、これは間違いない。

1500年前、古代史の話をしている。
ヤマト朝廷が朝鮮半島の政治状況に首を突っ込もうとした。
その時にたくさんの兵隊を福岡博多から朝鮮半島に渡そうとした時に、その出兵するヤマト軍に対して邪魔をした筑紫国造。
筑紫の国を任せられた、県知事級の人物磐井が反乱を起こした。
この反乱はなぜゆえにか。
それは今まで大和朝廷が朝鮮半島に乗り出そうとしているのに、県知事級の人が邪魔をした。

日本を代表する政府というのがヤマトだけではなかった。
北部九州の磐井も日本を代表して外交をやっていた。
おそらくこの人は邪馬台国の生き残りの人だったのだろう。
邪馬台国とヤマトが別々の国であったと思った方がいいのではないか。
そのほかにも博多湾沿岸には奴国がある。

「旧奴国」が、弥生時代後期の日本列島を代表する地域として、後漢に朝貢し、「委奴国王」と刻まれた金印を授けられていたことだ。(57頁)

奴国には王様がいた。
この印鑑は1世紀頃。
ということは博多のあたりには、漢字を読める人がいたということ。
印授だからハンコが持っている権力というのも理解できたワケだから一応「国家」の感覚を持っていた。
巨大ではない。
まだ小さい。
その奴国の隣には伊都国(いとこく)という、今は「糸島」という。
AKBの(篠田)麻里子様の出身地が伊都国だから。
糸島の子だから東京の男性と付き合った時に「生まれはどこ?」と訊かれたから胸を張って、福岡でいいところなので「私は糸島です」と言うと「へぇ。じゃ市内にはフェリーで?」と。
島ではない。
これは伊都国という古代国家があったところ。
こういう奴国とか伊都国を纏める統一の代理者として邪馬台国があった。
邪馬台国は漢ではなくその後、魏の方から印綬を貰っていて。
親魏倭王という「倭の王様である」という印鑑を貰っている。

大学生の頃から邪馬台国が面白い武田先生。
この邪馬台国の女王卑弥呼が親魏倭王という称号を貰っている。
「倭」という字はすごく変。
中国は周辺国の民族に対してケモノの字をボンボンあてる。
動物呼ばわりする。
人間は中国人だけ。
回りの周辺民族は全部ケモノの字。
「匈奴(きょうど)」とか「韃靼(だったん)」とか。
「羌」というのは羊の下に人間の足を足して「頭は羊」というような意味なのだろう。
チベット族のことを「羌族(きょうぞく)」と呼んだりする。
人間扱いしない。
「ギン」とか虫を書いたりなんかする。
(「ギン」と聞こえたが、虫偏の「ギン」という字は調べてみたがわからなかった)
「倭」は不思議。
人偏。
なんでわざわざ「人偏」というようなよい文字をくれたのか?
それから横に「委」だが、それは何か?
「女」がいる。
上は「禾編」。
これは豊作の祈りの祭りの衣装を着た女の姿。
だから「倭」というのは女がいて「豊作の踊りを踊っている人間の集団」という意味で。
すごくいい漢字。
これは変な意味ではなくて、中国サイドも王朝を一目置いていた、という。
倭を強い国として。
その倭国に内乱が起きる。
それは卑弥呼が死亡すると権力闘争が始まって、台与(いよ)ていう女王様が出てくるまで内乱が続いたというのが秦のほうの『東夷伝』というような書物に載っている。
日本は文字を持っていないから、その間何があったかわからないが。
この関さんの説ですごく納得がいくのは、日本中様々な豪族がいた。
出雲がいた、吉備がいた、但馬がいた、丹波がいた、淡路がいた、東海、近江、越前、越後、様々な権力集団があって、その人たちが敵から攻められてもいいようにコンベンションセンターを作った。
それがヤマトコンベンションセンター。
奈良に作った。
そこに様々な勢力の人が集まってどうするかを決定した。
「議長がいる」というので、天皇という格別の議長席を用意した、という。
こういう説。
これは相当面白い。
生き生きと蘇る古代史。

古代史は膨大すぎて、話しておかなければならないことが多すぎるので。
ただ、日本各地に様々な地方の豪族がいて、彼らが何とかまとまった意見を一つにするために、ヤマトにコンベンションセンターを作った。
その議長職に就いたのが天皇という一族であったという。
古代史の不思議は一体何か?
今日は向きを少し変えてそこから話す。

初代の天皇は誰か?
神武天皇。
神武天皇はどこから来たかというと日向。
だから神話の始まりは日向。

 天孫降臨神話の中で、高皇産霊尊と天照大神の孫・天津彦彦火瓊瓊杵尊が日向の高千穂峰−中略−に舞い降り、その末裔の神日本磐余彦尊(神武天皇)が、日向から瀬戸内海を東に向かった……。これが、『日本書紀』の示すヤマト建国、天皇家誕生の物語だった。(50頁)

瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)という人が降りて、それで海岸線まで出て、子供がだんだん増えていって。
神武の時についに宮崎の海岸から熊野へ行って。
熊野に上陸する。
その時にヤマトへ行く。
ヤマトを日本の中心にするために。
その時に神武を案内してくれたのがヤタガラス。
サッカーのマークで鳥が真ん中にいる。
(日本サッカー協会は日本代表チームのシンホルマークとして、勝利に導く、ボールをゴールに導く神様として「八咫烏(ヤタガラス)」を昭和6年に採用)
サッカーを日本中に広めた人がそこの出身だったのでヤタガラス。
それをマークにした
神武がヤタガラスに導かれてヤマトに入って、様々いた王様を全部追放して彼が初代の天皇になる。

 実在の初代王は第十代崇神天皇と考えられていて(52頁)

(番組ではしばらく「すうじん」と言っているが「すじん」天皇)
でも崇神は何で自分の前に十代もいるという伝説をくっつけたのか?
そして都が違う。
神武は奈良の橿原(かしはら)を都とし、崇神は纒向(まきむく)を都とした。
ここも遺跡が出ている。
二つ都がある。
二つの帝の系譜が別々に事務所を奈良に作った。
それ故に、この橿原と纒向という二つのお宮さんが今でも奈良にあるのではないか?
この崇神という人が朝鮮半島問題については、新羅ではなくて百済を応援していたのではないか?と。
それで、この崇神さんというのは福井県の出身。
「でっちあげ」の中で「著者から指摘があり崇神ではなく継体の間違い」と訂正されている)
福井県に行ったら崇神さんの伝説はもうすごい。
「うちが出した、うちが出した」と言って。
その崇神さんが「百済を一生懸命応援するんだ」「これがヤマトの意思だ」と言うのだが、従う人があまり国内にいない。
それで崇神さんの周りに、政治活動をやる今で言うとロビイストの人たちがどんどん集まって来る。
その中に百済人がいたんじゃないか?
朝鮮半島の人たちが。
「応援してください、百済を」と言い続けたという。
「百済じゃないんだ、新羅だ」という日本の他の豪族たちの意見をこの崇神さんが潰したのではないだろうか?という。
それにつけても崇神さんは、何でわざわざ自分の前に神武という人を迎えて十代を繋いだのか?
関さんの説が面白い。

 ヒントは『日本書紀』に隠されている。神武と同一人物と考えられている崇神天皇が、疫病の祟りに追い詰められていたという。(70頁)

その伝染病にかからない人たちを探したら、薩摩と日向の人がかかっていないという大発見があって、彼らを奈良まで呼んだんじゃないか?
そして彼らの血を天皇系に入れることによってその伝染病をシャットアウトした。
(番組では一貫して「伝染病にかからない遺伝子を持っている人たちを連れて来た」というようなことを言っているが、「でっちあげ」の回で著者から「病は祟りで、その祟りを呪術で抑え込むことのできるパワーを持った者を連れて来たということを書いている」との指摘があった。実際、本を読んでみた限りでは「伝染病にかからない体質の民族である」といった内容は一切ない)
古代史を伝染病で見るなんてことは一回もやったことがない。
この伝染病は一体何かというと天然痘で、大陸からやってきたのではないか?

 稲作文化が伝わったころ、朝鮮半島の疫病が北部九州にもたらされ、恐怖の病が迫ってきたからこそ、奈良盆地の橿原で(71頁)

その伝染病にかからない血を持っていた一族が薩摩と日向の一族だった。
それを天皇家に入れることによって、その病からヤマトを救った。

朝鮮半島問題に関しては、現代もそうだが進展がない。
両国の国民の印象もすごく悪くて。
韓国の方は日本人を80%嫌い。
日本人も80%の人が韓国のことを信用できないと言っている。
本当にうまくいかない。
でもうまくいかないのは今に始まったことではない。
そのうまくいっていないことを前提にして、両国民は考えた方がいいのではなかろうか?

日本人はどこから「日本人」になったか?
「縄文から」と思う水谷譲と武田先生。
普通の人は「弥生」と考える。
弥生人という前方後円墳なんかを作っているところから日本は始まった。
そうなると弥生ということ。
しかも日本は文字を持っていないから、日本の正体というのは歴史の本の中では全部中国の歴史に書かれていたオマケみたいな文章。
そんなふうに思う。
そして稲作の広がり。
北部九州にやってきた朝鮮半島や中国江南地方の人たちが縄文人を追いやる。
そして日本をだんだん。
だから縄文人から日本が始まるというのは、今の日本の学者さんたちの言い方とは違う。

武田先生が住んでいる福岡市内の雑餉隈というところ。
すぐ近くが板付飛行場。
福岡空港。
そこの旧地名が「板付(いたづけ)」という。
子供の頃から「変な名前だなぁ」と思って。
「板」が「付」く。
「博多」というのも変わっている。
板付というのは今、福岡空港がある所なのだが、そこが昔は波打ち際だった。
よく板が流れ着いていたので「板付」。
それで博多湾は延々とした干潟だった。
そこに足が取られないように下駄を履いて歩いて、残った足型が「歯型歯型」「はがたはがた」「はかたはかた」。
それで「博多」。
そういうふうにして古代の響きを込めて町の名前が付いている。
その板付から見つかって日本中が驚いたのが水田の跡。
そこは何と古代人の足型が見つかった、という。
福岡の番組で、そこの板付遺跡には行ったことがある武田先生。
その時、武田先生の家はそこから車で十分ぐらいしかかからないのだが、そこの板付遺跡の館長さんから「武田さんちは家を建て直す時、工事を丁寧にやってください」と。
「何でですか?」と言ったら「お宅のタバコ屋のある辺りはですね、まだ遺跡が出る可能性があるんですよ」と言われた。
「へぇ〜」とかと聞いたのだが。
武田先生の家はそのままなで、その前のナガヌマさんの家がお百姓をやめて家を全部壊して土を掘ったら(遺跡が)出てきたので今、建設が中止になっている。
その時に一番大事なことは、私たちは稲作を持ってきた人が中国の江南人や朝鮮民族だと思っているフシがある。
でもこの関さんは「違う」とおっしゃる。

 われわれは、「縄文人と弥生人は別の存在」と考えがちだが、稲作を選択した縄文人と先住民の社会に融合していった渡来人が弥生人であり、その後、大陸や半島の混乱から逃れた人びとがやってきて、日本列島人が形成されていったと考えるべきなのだ。(66頁)

どう考えてもケンブリッジ飛鳥は日本人。
それと同じことがその時代に起こった。
余りにも簡単に「稲作は向こうから持ってきた」とかと言いすぎる。

それからこれは前に話したことがあるが、釜山の東三洞貝塚という遺跡がある。
これは釜山だから朝鮮半島。
ここから土器が見つかって、その土器のマネをして九州の人間が縄文土器を作ったとされていたのだが、土の分析から縄文土器を向こうに持ち込んでいる。
朝鮮半島の先っぽの方には小型ながら前方後円墳がある。
それは最初、前方後円墳のことを「朝鮮民族がヤマト民族に教えたんだ」と言ったが、前方後円墳は日本の縄文・弥生の文化が作ったお墓の形で。
それが朝鮮半島にあるということは、そこのお墓のところが、かつて日本だったということ。
でももちろん韓国の方は認めていらっしゃらない。
弥生人が縄文人を追い立てて日本を作ったという中国江南からの渡来というのは紀元前2500年。
春秋戦国時代。
中国がものすごい戦争をやっていた時に九州方面に流入してくる中国人がいたのだが、これが日本の歴史を大きく変えたということはないのだ、と。
融合する、混ぜ合わせることによって日本が生まれていった、というふうに考える方がいいのでは?と。

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2020年07月20日

2019年7月1〜12日◆誰も農業を知らない(後編)

これの続きです。

 殺虫剤の歴史を調べると、必ず出てくるDDT。なぜ出てくるかというと、化学合成された最初の殺虫剤であり−中略−
 DDTは一八七三年、オーストリアのオトマール・ツァイドラーが書いた博士論文に製造法が記載されましたが
−中略−
 一九三九年、そのDDTにきわめて高い殺虫効果があることを発見したのが
−中略−ガイギー社はDDTをすばらしいスピードで農薬用と公衆衛生用殺虫剤として製品化し−中略−
 DDTは農薬としても大いに普及しましたが、公衆衛生分野ではマラリア対策の殺虫剤として普及しました。熱帯で猛威をふるうマラリアの発生源であるマラリア原虫は、「ハマダラカ」という蚊によって媒介されます。
(217〜218頁)

 第二次世界大戦の直前に開発されたDDTは、−中略−ガイギー社のあったスイスは永世中立の立場から各国にDDTのサンプルを出荷し、これにイギリスとアメリカが飛びついて大量生産を始めました。
 かのロンメル将軍(ドイツ人であるも最後までナチスに入らず、英軍も敬意を表した人物)が活躍した北アフリカ戦線や、日本軍が進出していた太平洋戦線ではマラリア対策が重要だと判断したからです。
 これに対し、ドイツや日本はDDTにあまり関心を持たず、結果として多くの兵士が戦闘前にマラリアで倒れました。マラリアによる兵士の損傷は連合軍のほうが圧倒的に少なく、DDTの採用が連合軍勝利の一因として挙げられるほどでした。
(218〜109頁)

(番組ではスイスの企業がDDTをドイツと日本には売らないという約束をしたと言っているが、本によるとそういうことではない)

ある意味でDDTは空母、戦闘機より優秀な兵器であった、と。
「これはすごい」というので戦後になって米英両国がこれを解禁して(ということではない)ドイツ、あるいは日本でシラミ退治、あるいは水田の害虫駆除のために、これが農薬として使われた。
これは、戦後の食糧難を乗り切るために日本ではDDTはもう、そこらへんに振り撒かれた。
武田先生の奥様が言うが、お義父さんとお義母さんは熊本のお百姓さんだから、戦後は農薬をいじって7〜8月は(手が)腫れあがって。
それぐらい劇薬だった。
このDDTの高い殺虫能力というのは絶賛された。
「さすがに化学の力だ」ということだった。
子供たちをマラリアから守るために、アメリカなんかでもさんざん使われた。
街中にDDTを振り撒いて。
子供たちにもDDTを振りかけていた。

 しかし一九六二年、レイチェル・カーソンのベストセラーである『沈黙の春』が出版されたことで、DDTの評価は一変します。(219頁)

沈黙の春(新潮文庫)



 DDTは、生物のホルモンの働きを乱す環境ホルモン(外因性内分泌攪乱物質)として作用し、虫を食べる鳥にも害があり、土壌にも長期間残留するとされました。また、発ガン性にも疑いがかかり、人間の母乳から検出されたことなどから、危険な農薬の代名詞になってしまったのです。(219頁)

タイトルも不気味。
『沈黙の春』
「一羽の鳥もさえずらない春がやってくる」ということで、「公害としての農業」というのを訴えた。
これはレイチェルさんはすごい書き方だが「原爆に次ぐ新たなる化学の脅威」と呼んだ。

そのため一九六八年には世界各国で使用が全面的に禁止となりました。(219頁)

公害告発の書として『沈黙の春』。
これは歴史に残る名著になった。
ここまですごくいい話。
ここまでは一冊の本が公害(DDT)を告発して追放したワケだから。
それで「すごい」という話になった。

 一九四六年、DDTが散布されはじめてからセイロンでは急速にマラリア患者が減っています。(220頁)

マラリアに罹る人はそれまでスリランカ(セイロン)では280万人いた。
死亡率が高いから。

一九六三年には患者数は一七人と絶滅寸前まで持ってきていたのです。(220頁)

(罹患数が)280万人いたのがDDTのおかげで17人になった、という。
劇的に減った。
しかし「将来ガンになる可能性がある」ということで、国連の命令を聞いて1964年に散布中止、使用禁止。
DDTは追放された。
1968年にこのスリランカでどのくらいの人がマラリアに罹ったか?
250万人。
農薬というものの扱いの難しさというのはこのこと。
発ガン性物質からは救われたのだが、その前にマラリアで死んでいく人が250万人。
(250万人は「罹患数」なので、死亡者数ではない)
このへんが「告発」ということの難しさ。

インドとアフリカは特にひどくて。

マラリアの患者数は二〇一三年段階でも推定で年間患者数は二億人で、そのうち五〇万人ほどが命を落としています。(220頁)

『沈黙の春』というこの告発の書のおかげで、数十年後の健康被害をゼロにしたことは間違いないが、(DDTが)無くなったおかげで数年後、マラリアによる死亡者というのが何と50万人になった。

 そのためWHOは、二〇〇六年、ついにマラリアの流行している地域に限ってDDTの使用を認める決定をします。DDTを使用することのメリットとデメリットを比較した場合、メリットのほうが上まわると判断したからです。(221頁)

 ではこれで問題は解決したかというと、そうは問屋が卸しません。−中略−
 しかし完全に根絶できなかった場合は、ハマダラカに「抵抗性」がつきます。DDTをかけられても生き残った蚊が子孫を増やし、DDTをかけても死なない薬剤耐性をもった蚊が増えてきているのです。
(221〜222頁)

この辺がケミカルの恐ろしさで、生き物というのは必ず耐性を。
人間もそうやって生き残ってきたし。
日本でも何年か前にデング熱とか蚊による(伝染病が)流行った。
だから耐性を急に帯びてくる。
結局ハマダラカというのがいるのだが、これも現在抵抗性を付け始めて、DDTでは死なない蚊がどんどん増えている。
そこで発想はどこに行ったか?

 DDTが効かなくなれば、別の対策が必要です。そこで現在最も有効だと言われているのが蚊帳の使用です。−中略−
 住友化学は「オリセットネット」という商品名の蚊帳を開発し、二〇〇一年にWHOから使用推奨指定を受けています。ポリエチレンに農薬のピレストロイド(蚊取り線香の成分)を練り込んで糸を作り、その糸でこの蚊帳を作っています。
−中略−五年間以上も効果を持続させることが可能だということです。
 ちなみに、この技術はタンザニアの企業に無償供与されており、現地で生産することで雇用の創出につなげるなど、さまざまな角度から途上国を支援しています。
(222頁)

そんなのを聞くと「住友化学て偉いなぁ」と思う。
それにしてもプラス蚊帳という文化をよくぞここまで持っていた、と。
蚊帳は虫をどける。
「殺す」となると色々問題だろうが、「嫌う」ということだったらば。
住友化学の方は「5年以上の効果は絶対にあるんだ」と。
その間に街をきれいにし、ドブとか下水道を整備して。
これが蚊退治には最も有効で。
その間を蚊帳でしのいではくれないだろうか?と。
こうやって考えると告発は簡単。
「オマエが悪いからこんなことになったんだ!」と指さして言うのは簡単で。
リスク・ベネフィットというのは秤にかけないと。
有坪さんはいよことをお書きになったなぁと思う。
つくづくそんなふうに思う。
物事の考え方としてリスク・ベネフィット。
これを必ず、という。
つまり、「告発の書」ではなく「告発の発言」ではなく、人間同士がうまくいく「蚊帳」のようなものを、という。
そういう発想を悩みながら考えましょう、皆さん。

レイチェル・カーソンの『沈黙の春』。
これは武田先生の奥様が娘たちに読ませて「たくさんの人を救った本よ」と。
早速娘の部屋へ行って「それだけじゃぁないみたいよ」とかと言いながら来た。
とにかく農薬を考える時に「何が正しい」とか一点だけ主張しないで、リスクとベネフィット、利点、マイナスとプラスを図りながら考えていきましょう。
世の中全部そうである。

農薬への杞憂は一体どこからやってきたのか?
それは「食品は無害」という思い込みがあるからではないか?

我々が普段「無毒の食品を食べている」という誤解です。−中略−
 人間がわざわざ毒を嗜んできたと先に書きました。大根おろしやワサビの類はアリルイソチオシアネートを、トウガラシはカプサイシンを含みますが、その毒物が生み出す辛味を人間は昔から楽しんできたのです。
 そんな食べて楽しむ毒物だけではなく、我々が普段食べる食品には、量は少ないながらもいくつもの有毒な天然物質が含まれています。
(223頁)

このキャッサバ、青酸配糖体(シアン化合物)という文字通り青酸カリの親戚みたいな毒物が大量に含まれているのです。(224頁)

ソラニンはジャガイモが土中からはみ出たときに食害されないように作られる毒で(228頁)

グレープフルーツは薬品と同時に摂取すると意図しない危険な効果を及ぼす薬物相互作用でも知られていますが、グレープフルーツでこうした作用を引き起こすのが、フラノクマリンです。(229頁)

「何で毒があるか」は当たり前。
害虫から我が身を守るために毒を持っている。
どんな植物もどんな作物もそれぞれ毒を持っている。
人はそれらの毒に対して、煮る、蒸す、毒の部分を切り落とす。
更に少量しか食べないという接触技術を磨いてきたサルである、と。
だから「毒と付き合う」ということを前提に物を喰ってきたじゃないか?と。
「何で完全に無農薬がいいだなんて、そんなバカなことを言うようになっちゃったんですか?」とこの著者はおっしゃっている。

 フラノクマリンの濃度は、健康なセロリではせいぜい二ppm程度で、冷蔵時で五ppm程度になります。しかしこれが菌核病に感染していると、濃度は四〇〜一〇〇ppm程度まで上がります−中略−当然口にすれば害です。(229〜230頁)

セロリの場合、何かの病気にかかると、その病気と戦うために毒を実の中に。
他愛のない添え物であるセロリも強烈に毒を溜める。
セロリが病気になった場合、病気と戦うために体の中に猛毒を作っていく。

 エイムス博士は、アメリカで普段食べられている食品についても調べ、一九九〇年に「アメリカ人の食事に含まれる農薬物質の九九.九九パーセントが植物由来の天然農薬である」という驚きの調査結果を発表しました−中略−
 九九.九九パーセントを占める天然農薬に比べて人工農薬は〇.〇一パーセント。
(225頁)

だからこれはもう「毒」とも呼べない残留。
だから「もっと考えてみてくれ」と。
農薬を批判する人の中に昔のまんまの農薬のことを言っている人がいる。
それから「国家規模で農業を守っている」なんて言っている人もいるかもしれないけれども、日本の農家というのは、やる気のある農家の人がどんどん増えている。
国際競争力をつけるため品種改良。
そして遺伝子組み換えも含めて前進すべきだ、と。

品種や地域によって違いはありますか(原文ママ)、現在コメは一般に一反(一〇アール)あたり四〇〇キロから六〇〇キロ程度とれます。昔はこの半分程度でした。また昔は草丈が長く−中略−草丈が長いと、よく実っているイネほど全体の重心が高くなります。そんなときに台風などが来ると簡単に倒されてしまいます。これを倒伏と言いますが、倒伏したイネはコンバインを使えなくなるうえに穂が地面と接するので高温多湿だと発芽してしまい、著しく品質が落ちます。
 現在は品種改良によって短稈と呼ばれる草丈の低い品種が主流になっています。
−中略−草丈が低くなったことで台風時の被害もある程度は減らすことができたのです(255〜256頁)

一時期「アメリカンチェリーが入ってきたら、日本のサクランボなんかガタガタになりますよ」と、そんなことを言っていたのだが、「佐藤錦」の地位は不動。
入って来る前はあんなことに怯えていた。
オレンジだってどれほど我々は息をのんでいたか。
カリフォルニアオレンジが入ってきたら。
でも違う。
そうじゃない。
それと同じことで、この間、サクランボに関する重大情報を聞いた。
これが胸がときめく。

東京では報道されることもない。
この間、福島を旅していたら福島のローカルニュースのトップニュースが「山形で新しいサクランボができた」。
これは感動したのだが、色は佐藤錦みたいにサンゴ色ですごくきれい。
これは玉の一粒が大きい。
五百円玉の大きさ。
名前が「やまがた紅王」。
サクランボの大型新品種名 「やまがた紅王」に - 産経ニュース
これは来年か再来年ぐらいには出荷できる態勢が整ったというので、山形の農業人が大喜びしている、という。
今、「やまがた紅王」という新品種の話をしたが、アメリカンチェリーと佐藤錦を置いたら佐藤錦を喰う。
一つの作物、果物でもいいが、懸命に磨き上げていくという日本人の農業の知恵を結集すると、もっと開けるんじゃないか?
だってイチゴなんてアジアの人は飛びつく。
それからメロン、マンゴー。
この手のもので勝負する商品はいくらでもあるというのが、この本の著者、有坪さんの主張。
そして有坪さんは米も米ばかりではない、と。
米から生まれる日本酒。
これをフランスのワイン並みにブランド化し、日本食全体の組み合わせ。
例えば「干物を杉の升で飲むのに美味い日本酒はこれ」という。
この農業と林業と水産業をセットにした売り方を考えると、もっと深い可能性を、という。
ワクワクする。
脚の高いワイングラスにワインを注いで、チーズというあのセット。
つまりガラスを作るという手工業と飲み物のワインと。
それで発酵のチーズが組み合わさったように。
この升酒。
「杉の升酒でこの日本酒をこの干物で喰うと美味いんです」なんて言うと飛びつくんだろう。
日本人でもそういうのがある。
こういう可能性を農業は持っているし、そこを行くべきではないか?

 六次産業とは−中略−農業が「一次産業+二次産業+三次産業=六次産業」になるべきだとするキャッチフレーズです。
 農家が農産物生産だけをやるのではなく、農産物を使った加工食品を生産し、自前で流通させることで、食品メーカーや流通業が得ていた利益を奪取してしまおうという提言がなされています。
(74頁)

(番組では著者がこの「六次産業」を推奨しているような感じで話しているが、本には「六次産業は絵に描いた餅の典型」と書いてある)

「農林水産省もよく奮闘している」と評価なさっている。
今、官僚の悪口を言えばなんとなく気が済んだような人がいっぱいいる。
そうじゃなくてこの方(著者)は日本の農林水産業というのはボロクソに言われながらも、官僚たちがみんなよく頑張っているんだ、と。

新規就農者援助態勢。
これが整備されつつある。
日本が今、農業人として一番欲しがっているのは兼業農家の人。
農業の他にもう一つ仕事を持ってらっしゃる方。

私は、農業に転職する場合の必要資金は、設備投資とランニングコストを勘案すれば二〇〇〇万円以上が理想であり(261頁)

 行政の、近年の新規就農者に向けた援助体制はかなり整備されてきています。なかでも青年就農給付金事業は目を見張ります。就農準備中の最長二年間、就農後最長五年間、年一五〇万円の給付金が支給されるのです。夫婦なら三〇〇万円になります。(194〜195頁)

(番組では上記の内容を「国にこれから実施して欲しい」というような内容で語っているが、本によると現在すでに整備されている。著者によると実際に援助して欲しい金額はもっと多い)
そうすると5年後には税金の払える農家に育つ、と。
こうおっしゃっている。

 実際のところ、新規就農は誰でも成功する、食っていける、とは言いませんが、サラリーマンが社会を辞めたいと思ったときによく候補にのぼるラーメン屋と比べたら、何倍も容易だと思われます。(195頁)

それさえクリアできたら立派な農業人が必ずできる、と。
それでこの方は兼業農家で面白い人のことを紹介してらっしゃる。

宝塚市で大工をしながら一七町歩でコメを作るほか−中略−
 三重県甲賀市には、宮大工をしながら地域の特産品を新規開拓しようと朝鮮人参の栽培試験を続けておられる方がいます。
(263頁)

昔から専業農家の人なんて日本の村にはいない。
奥様から時々話を聞くが、奥様の家は熊本の農家だった。
お酒はやっていなかったが、味噌も醤油も全部自分のところで作っていたようだ。
昔の農業をやる人は多角経営。
お蚕さんを飼って絹を作った人も農業の人。

 日本は高付加価値の農産物を作れる国なのだから、その方向に特化すればいいとおっしゃる方もおられます。(269頁)

しかし、そればっかりを目指しているのはダメなんだ、と。
ちょっと話ははずれるが、中国というのは日本を「小日」という。
「大中華」に対して「小さい日本」という意味。
おっしゃる通りで、日本は小さい。

面積は三七八.〇〇〇平方キロで全世界の土地面積の〇.二五パーセントほどですが、これは世界に二〇〇近くある国の六〇番目くらいの位置にあたります。−中略−排他的経済水域は四四七万平方キロもあり、世界第六位です。−中略−人工は−中略−世界一一位ですが、一億人もの人口を抱える国は二〇一八年時点で一二か国しかありません。(269〜170頁)

一番重大なことは腐植土。
葉っぱが降り積もって腐って。
実はこれは農業にはもってこいという。
農地としての土地をいっぱい持っていること。
植物の分解が進み、栄養分豊かに蓄えている農地、地面を持っている。
それがいい証拠に商業地でもある銀座でも、空き地は放っておくと雑草がすぐ伸びてくる。
だから、あそこでも田んぼができる。
銀座でも牛が飼える。

アフリカの土が赤いのは、気温が高く岩石鉱物が分解して鉄が分離し、赤い酸化鉄になるのに加えて−中略−
 また、雨の少ない国の多くは灌漑農業をします。雨があまり降らない、あるいはほとんど降らないので川から水を引っ張ってきたり、地下水を汲み上げたりして作物を栽培します。
−中略−まかれた水が蒸散するときに浸透圧によって地下から水分が上がってくるのですが、このとき土壌に含まれる塩分も一緒に地表に持ってきてしまいます。これが繰り返されると地面が塩だらけになり、作物栽培ができなくなるのです。(270〜271頁)

 オーストラリアは農業大国のイメージを持たれますが、実際は地表の塩分集積が多く、農業に向いた土地ではありません。−中略−
 アメリカも日本ほど恵まれてはいません。
(271頁)

ここはもう塩かぶりの土地がどんどん増えている。
ロッキー山脈の麓のアメリカの牧草地帯なんか塩で真っ白。
中国はもう砂漠化が北京のすぐそばまで来ているはず。
そして間違いないことは、北朝鮮はそうとう農業が荒れている。
あれはやっぱり色々問題があるかも知れないが、何とかするためには日本の農業関係者が出撃したほうがいい。
でないと本当にあの国は喰えない国になってしまう。

日本のことに関して言う。
今、「防衛防衛」とか「迎撃ミサイル」とか言っているが、日本の防衛というのは何も火薬関係だけに限らない。
その中でこの著者の有坪さんがおっしゃっているのは日本の農業人は、農業をやる人は細くなりつつあるが、日本の農地、地面自体は4億人ほどの食料を作る土壌を持っている。
西日本は二期作が可能だから。
種子島とか鹿児島は、今はあんまり米が余っているので作らないが、年二回米が穫れる。

今後の作物の品種改良が多収の方向で進めば、四億人の倍になる八億くらいは食わせられる程度の生産ができるようになる可能性もあります。(274頁)

グラウンドは、地面は。
8憶(人)が喰える農地を耕して農作物を作れる、米麦を作れるという能力を持っているか否かというのは、これは巨大な防衛力。

現在の世界人口は七三憶人ほどで(274頁)

その8憶(人)を養うだけの土壌を持っている、という。
これはいかな防衛力よりも強力な重大な防衛力。

コメの減反は廃止されましたが、廃止前には四〇パーセントほどの減反率でした。−中略−一〇〇パーセントを超えた計算が成り立ちます。(273頁)

これは今の人数で可能。
だから日本というのは食糧難に直面した時は、自国を救うどころか他国を救うだけの能力を持っている。
しかも今大好評の「日本食、食べてみませんか?」という誘い方をすれば嫌がる国はない、と。
中国の人がいっぱい(日本に)Tシャツを買いに来ている。
そんな国。
「日本食を展開しますよ」というのは他国を援助する援助の力になるのではないかな?と。
本当に農業について何も知っていなかったと思う水谷譲。
潜在能力についても。
このほかにも著者のアイデアはたくさんあるが、それはまた別の機会に。
生きる道は日本にはいくらでもあります。
というワケで大変学んだ農業だった。

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2019年7月1〜12日◆誰も農業を知らない(前編)

誰も農業を知らない: プロ農家だからわかる日本農業の未来



この間まで「死活問題」とかとTPPか何かで揉めていた。
そういうのは前はものすごくナーバスだった。
サクランボ問題とかカリフォルニアオレンジの問題。
「ミカンが全滅する」とか。
TPPは米の問題があった。
「死活問題」とか何とか。
何か静か。
それから遺伝子組み換え。
あれだけ騒いでいたが、遺伝子組み換えじゃないヤツが今度もう売られる。

あんなに騒いでいたのに最近先細りになっているというのがすごく気になって『誰も農業を知らない』というこの有坪さんの本のタイトルが衝撃的で。
例えばこういうことをおっしゃっている。
農業についての農業論が混乱したままの状態になっているんだ、と。
遺伝子組み換え。
それから農薬の問題。
「農薬悪いんだ!」というヤツ。
それから米の自由化。
それから無農薬農家とか。
農業人口がものすごく減っているんだ、とか。
「農協は改革すべき!」とかという。
そういうのが大騒ぎになっていた。
後は「政治に甘えている農家」とかというお叱りがあった。
「補助金ばっかり貰いやがって」とか。
専業農家というのがものすごい勢いで少なくなっている。
歯止めが効かない。
これほど多くの問題を抱えつつ、誰も農業の未来を指させないままでいるんだ、と。
農家あるいは農業を激しく批判する人はいるのに、何かみんなトンチンカンで、という。
この著者は農業をメディアの中で語る人というのが、みんな意見ばピンボケなんだとおっしゃっている。
著者は「実は誰も農業を理解していない」と主張しておられる。
本当の問題とか本当の希望は農業のどこにあるのかを提案したい、ということでこの本をお書きになった。
この方はもちろん専業農家の方。
この本は最初、農業問題として読んでいたのだが、問題の構造が入り組んでいる。
だから短いコメントなんかで農業を語れるはずがない。

有坪民雄(ありつぼ・たみお)
1964年 兵庫県生まれ。香川大学経済学部経営学科卒業後、船井総合研究所に勤務。94年に退職後、専業農家に転じ、現在に至る。2ヘクタールの農地で山田錦を中心にコメの栽培をするほか、和牛60頭を肥育。
(本の袖)

著者は企業としての農家、農業というのを追求したい、と。
生きがいとかそういうことではなく。
品質について手を惜しまず、世界をリードする技術を持ちながら、後継者の不足で農業は非常に苦しんでいるんだ、と。
「輸入作物がどんどん増えてくる」と言われている現況の中で、日本の農業はどうすればいいのか?
そのことを懸命に語ってらっしゃる。
ちょっと興味深い。
「TOKIOばかりに農業は任せられない」ということで、古希のおじいさんが乗り出したワケで。

かつての米作りは、牛馬に鋤(土を掘り起こす道具)を引かせて土を耕し、田植えは家族だけでなく近所の人も総出で行いました。−中略−
 一九六〇年代に進行した農業機械革命により、牛馬はまず耕運機に、そしてトラクターに置き換えられました。
(2〜3頁)

赤いトラクター



この耕運機、トラクターが導入されて変わった。
田植機、それからコンバイン。
腰を曲げなければならない作業から農家は開放されて、この機械によってものすごいスピード効率が上がったんだ、と。
「すべてはコイツなんだよ」と。
田植え機。
コイツがすごい。

 だいたい昔の手作業ですと、一農家ができる規模の限界は一町歩(約一ヘクタール。一ヘクタールは一万平方メートル)でしたが、現代の田植機やコンバインはこの程度の面積は一日で済ませてしまいます。(3頁)

考えてみれば農作業というのは弥生時代から変わらなかった。
武田先生は福岡だが、小学校の周りの田んぼはやっていた。
それがもう高校生になる頃は田植機でやるようになった。
これは弥生から時代が一変した、とおっしゃる。
こんなふうにして農業はものすごい勢いで革命が進んでいる。

日本の農業というのが急速に機械化が進んだ、と。
それは米だけじゃない。

 現在、リンゴやナシの選別機は実用化されています。−中略−
 さらに言えば、収穫作業もロボットがやってくれる時代がすぐそこにやってきています。収穫作業に必要な技術の基本は三つ。農作物を見て、どこにどんな状態の作物があり、収穫すべきかどうかを判断する「マシンビジョン」。収穫物に手を伸ばし、作物を傷つけることなく取り上げ、収穫用のコンテナに入れる「エンドエフェクタ」や「アーム」の設計。
(5頁)

IoT(Internet of things モノとつながるインターネット)技術も(4頁)

スマホとかを使って冷房を点けたり家電を動かしたり、ということ。
インターネットで確認しながら愛犬の面倒を看たり。
それを農業でやろうという技術がもう始まっているらしい。
つまり田んぼにカメラが付いていて、インターネットに結ばれていて、農薬の散布、出荷のタイミング。
ただのタイミングではなくて全国の市場での値段を見て「うちはどこの市場へ何時頃出すと一番効率的に高く買ってくれるだろうか?」という。
IoT。
畑とか田んぼとかビニールハウスの集中管理を人工知能がやる、という。

 有名なのは「とよのか戦争」でしょう。人気の高いイチゴの品種である「とよのか」を作っている産地は、自分の地域だけでなく、競合するライバル産地の気象情報も常に見ています。そしてライバル産地が台風などの気象災害を何月何日に受けそうだとわかると、自分たちの体制を整えて、ライバル産地の台風の翌日から数日の間、大量にイチゴを出荷するのです。なぜなら、ライバル産地が気象災害で打撃を受けると出荷量が激減して市場の商品流通量が大幅に減るため、価格が高騰するからです。(8頁)

イチゴは完璧に今、ビジネス情報戦の時代に入ったそうだ。
このあたりは何も知らないがすごい。

残っている農家も高齢化し、むしろ規模縮小を考えていることも多いのです。引退する農家の代わりに耕作してくれる農家が現れてくれなければ、耕作放棄地が発生します。その数は年々増え、直近の資料によれば日本の全耕作地の六.一パーセントにあたる約二七万六〇〇〇ヘクタール(二〇一五)にも達しています。(9頁)

イノシシとかクマとかサルが増えて「国立の街中にサルが出た」とかと大騒ぎに。
京都の鴨川に鹿が水を飲みにきているというのだから。
鹿は結構恐ろしい。
全山全部喰っちゃう。
そして我々が全然わかっていないのが遺伝子組み換えとゲノム編集技術。
これは技術的には違うらしいのだが、ごっちゃにしていて。

 遺伝子組み換え作物が日本で話題になったのは−中略−一九六六年あたりからです。−中略−
 ところが、遺伝子組み換え作物を危険だとする主張はいくらでも見つかりますが、たいていは
−中略−モンサント社が批判対象となっています。(13頁)

だから「遺伝子組み換え使っておりません」とかというのが表示でよくあった。
ところがものすごく安全なヤツが出始めている。
ゲノム編集の穀物等々はその毒性が食塩よりも低い。
(このあたりは本の内容をごちゃまぜにして語られている。「食塩よりも毒性が低い」と紹介されているのは、遺伝子組み換え作物に使用される農薬の残留に対して)

ゲノムは遺伝子のグループ。
安全性がボンと上がった。
この差がちょっとよくわからなくて申し訳ない。
でも遺伝子組み換えとゲノム編集というのを同じものだと思って嫌う人がいるというところが問題で「もうそんなことを言っていたらアナタに喰うものはありませんよ」という。

そして武田先生が一番やっぱり衝撃を受けた。

代表的な作物としてモンサントのトウモロコシや大豆などに使われている除草剤耐性と害虫抵抗性を挙げましょう。−中略−害虫耐性を持つ遺伝子組み換え作物は、殺虫剤の散布回数を減らします。(14〜15頁)

だから殺虫剤をかぶっていないという大豆やトウモロコシを作るために遺伝子組み換えをやってきたのだが、それがひどく嫌われた。
そしてゲノム編集に至ったワケだが、これは安全性が非常に担保されたというか、保証されている。
そのあたりを考えると我々が思っている以上に技術は進んでいる。
そのあたりがこの著者がおっしゃる「農業をわかっている人がいない」という怒りになったのだろう。

レイチェル・カーソン『沈黙の春』。

沈黙の春(新潮文庫)



一九六二年、レイチェル・カーソンが『沈黙の春』を出版し、自然環境への被害の大きさを告発してからでした。(20頁)

春がやってきたのだが鳥が全くさえずらない、という異様な春を人類は迎えることになる。
その原因は何かというと、農薬が全ての虫を殺し、虫から小鳥を殺し、小鳥から作物を全滅させて、農村に鳥のさえずりのない春がやって来る、という近未来ルポルタージュだった。
これでドーン!と問題になった。
その衝撃で農業というのは自然に任せた方がいいんだ、と。
農業による収穫は全て人が作ったものなのだが、全部自然に任せた方が人間にとっては安心なんだ。
「その考え方をちょっと、ちょっともう一回勉強してくれ」というのがこの有坪さん。
この方がおっしゃっているのは、日本は「無農薬、土づくりと輪作で虫、病原菌と戦おう。そういう農業がいいんんだ」という頑固な考え方がある。
その間に世界は遺伝子組み換えから発展して、ゲノム編集へと農業を進めていった。
基礎はだから遺伝子組み換え。
だがそれを「安全に」でゲノム編集にした。
(本によるとそいういうことではないようだ)
日本人と消費者とメディアがもっとも嫌うのが農薬。

農薬の歴史はどこからかというと、除虫菊に殺虫能力があるということで、1885年に蚊取り線香が生まれ。
その成分のピレスロイド。
これを農薬として取り入れた。
(本にはピレスロイドは単に例として挙げているだけで農薬の始まりという話ではない。蚊取り線香が発明されたのは本によると1890年)

ピレスロイドは幅広い殺虫スペクトルを持ち、哺乳類や鳥類には安全性の高い化合物でした。(37頁)

 戦前に登録がなされた農薬では一〇アールあたり散布量が一〇キログラムなんてものもざらにあったようですが、新しい農薬が開発されるごとに有効散布量は減り続け、現在では一ヘクタールあたりの有効成分量が一〇グラム以下など、きわめて少量で効く薬剤も出てきました。つまり、八〇年で一〇〇〇分の一くらいまで減った計算になります。−中略−
 一〇アールあたりのコメの生産量を五〇〇キロとして、すべての農薬が残留するという「ありえない仮定」で考えたとしても、コメ一キロあたりの残留は三ミリグラムです。
−中略−残留量の実際は三〇分の一程度になっていると考えて問題ないでしょう。(40〜42頁)

更に機械化はどんどん進化していて、一軒で水田20ヘクタールを耕す力がある。
だから農業人口が減っていると思うと不安になる。
でも機械力が上がっているので、もうそんなにたくさんの農業人が欲しいワケではないことは事実。
100軒あった農家が今は1軒で同じ力を出せる、と言っている。
だから減少が問題ではない、と。
元々農業というのは人手を減少するという努力をし続けた産業。

農業について無知な人ほどしきりに言う人がいる。
「兼業とか零細農家というのはダメだ」「アメリカみたいに大型化しないと農業というのは儲からないんだ」と言う方がいるが、農業は大量生産がコストダウンに向かうワケではない。

現在のアメリカでは専業農家は二割もいません。(59頁)

私たちは(アメリカの農業は)でかいトラクターで、ヘリコプターで農薬を撒いたりとイメージする。
そんな専業農家、農家だけで飯を喰っている人は二割しかいなくて「規模が大きいから安心だ」というワケではない。

たとえば、一日二ヘクタールの仕事ができる田植え機があります。この機械を使えば一〇日間で二〇ヘクタールの田植えができます。(61頁)

だから1辺2km?
(20ha=200000m2。正方形だとすると1辺が450m弱ぐらいの計算になる)

農家の水田面積が二〇ヘクタールなら、機械をフル稼働させることができるでしょう。そのため、二〇ヘクタールまでは規模を拡大するほどに生産性は向上します。しかし農家の水田面積が三〇ヘクタールになるとどうでしょうか? 二台で一五ヘクタール時代の生産性に逆戻りです。−中略−田植え機一台なら夫婦ふたりで仕事は済むかもしれませんが、二台あると別に二名を雇う必要があります。当然、人件費が発生します。そうなると三〇ヘクタールやっているより、二〇ヘクタールやっていたほうが効率よく所得を増やせたなんてこともよくあるのです。(61〜62頁)

人間が増えるから取り分も減っていく。
だったら小さいほうが農業は純益が上がりやすい。
アメリカの場合、自宅から農地まで80km以上というのが。
トラクターとかコンバインで走るには、80kmだから世田谷から成田まで毎日行かなければいけない。
だから滅茶苦茶非効率的。
だからアメリカ型の大きい農家というのはすごいだろうというのは「皆さん、ウソですよ」と。
それだったら日本のように、ちまちま家の近くの田んぼの方がよっぽど効率がいいじゃありませんか?という。
それからもう一つの問題。
規模が大きいばっかりに倒れる農家が増えるという、その理屈。

 二〇一四年、大規模化に対する幻想を持つ人を完膚無きまで叩きのめした事件が発生します。米価の記録的下落です。三〇キロ袋あたり全国平均の価格が六五〇〇円−中略−魚沼産コシヒカリでも九二五〇円まで価格が落ちたのです。(67頁)

農業的大事件が起こっている。
ただ、ちっとも報道していない。
(番組では巨大な農家が次々と倒産して零細が耐えられたと言っているが、本の内容とは異なる)

米価下落を予想していた農水省は、それより前から対策を打っていました。飼料米です。(67頁)

もちろんいいお金じゃないだろうけれども買い上げて、赤字幅をうんと狭くしてあげて、何とかもたせてあげた、という。
それでその年を乗り切った、と。
そのことも含めて、農水省が零細から大型までの農家を、この2014年、一生懸命救ったという。
何で米価が下がったか?
これは経済載は難しい。
豊作貧乏。
大型になるといつも取引してくれるキロ当たりの値段で900円から1000円安いと借金が数千万円になる。
これが零細の場合は数万円の赤字で済むので乗り切れる。
だから大きいことというのはやっぱり何かが起こった時、大惨事になってしまう、という。
このへん、なかなか農業は語りにくいもの。
だから大型化するアメリカ型、そんな農家が絶対いいワケではない、と。
それから専業農家がいいワケではない、と。
それ一本しかないから。
零細の兼業農家がなぜもったかといったら農業じゃ儲からないから「お父さんがいつも勤めているあの会社のお給料で今月はしのごう」ということになった。
ということは兼業というのは農家にとっては助け船になりうる。

この有坪さんのおっしゃっていることはなかなか手厳しい。
現実に農家を営む著者の言葉は厳しく、実に生々しい。
それが第5章の言葉で

農薬を否定する人は農業の適性がない(204頁)

著者は「農薬を使わない」と断言する人たちに対してこんなことをおっしゃっている。

 私の知る限り、無農薬農家には大きく分けて四種類あります。
(1)農薬を危険だと考え、安全な農作物を作ろうとする農家
(2)高収益を得る手段として無農薬を選択する農家
(205頁)

これは例えば『奇跡のリンゴ』の木村(秋則)さん。

奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録



農薬を使わないので「奇跡」と言われたのだから。

(3)自分の栽培スキルを高めようとする農家
(4)生き方、ライフスタイルとして無農薬を選ぶ農家
(205頁)

農家は「のどけさ」とかという憧れがちょっとある。
定年後は農業をやって田舎暮らしを・・・
「土でもいじりながら」という。

 しかし農村では、この(1)の無農薬栽培農家が最も嫌われます。なぜならたいていの場合、長続きしませんし、周囲に迷惑をまき散らしていることが多いからです。(206頁)

 二五年ほど前、北海道でリンゴの無農薬農家が隣の農家から訴えられるという事件が発生しました。訴えられた理由は、無農薬栽培を行うリンゴ農家が農薬をかけて防除をしないために隣の自分の果樹園にも害虫がやってきて被害が出ているからというものでした。(206頁)

この時に参考人として木村さんが呼ばれている。

(『誰も農業を知らない』を)読みながら「若い人たちが新しい考え方を持って登場しているんだなぁ」というのをつくづく思った。
武田先生たちの真下にいるのがコロッケたち。
そういう年齢。
コロッケたちよりもさらに十歳若いのが共演者でいえば福山(雅治)君たち。
福山君たちのその下にいるのはNEWSなんかで頑張っている増田(貴久)とか加藤(シゲアキ)とか。
その加藤や増田の下にいるのが水戸黄門の助さん(財木琢磨)や格さん(荒井敦史)。
そうやって考えるとちょっとコロッケだけ浮いているが、こんなに体形からルックスから変わるんだなぁと思うと、農業も変わっている。

二〇世紀のスポーツカーには、速く走らせるために燃費は犠牲にしてターボやスーパーチャージャーといった過給メカニズムを搭載するということがよくありました。今のターボやスーパーチャージャーの主流は、昔とは正反対の省燃費のメカニズムとして使われています。
 農薬の開発も自動車に負けず劣らず進んでいます。
−中略−
 いまや人体に安全な農薬開発など、開発者にとっては常識以前の話で
−中略−人体の安全性から環境保全(ターゲットとする害虫や病気に効く以外に、環境中の魚やミツバチなどに影響を及ぼさないこと)へと移っています。(206〜207頁)

武田先生が子供の頃、田植えが終わった後、田んぼに全部赤旗が経つ。
それは「近づくな」ということ。
田んぼなんかのあぜ道で突っ転ぶんで田んぼに顔を突っ込んだりしたら赤いブツブツができたりした。
ホリドールという農薬。
校長先生が、それを撒く頃になると全校集会で言う。
「ホリドールの散布も始まり、田んぼに近づかないようにしてください。また、田んぼの水を飲むようなバカな真似はやめてください」とかと。
それは劇薬だったと思う。
農薬を撒いた後、あぜ道の水の通り道にフナが全部死んで浮いていたのだから。
赤い旗というのは「危険」という意味。
それをヤマダ君とふざけて田んぼの中に倒れたことがあった。
あの恐ろしさは忘れない。
結局何ともなかったが。
それぐらい危険なものが今はものすごく、魚、ミツバチに影響を与えない安全性を目指し、今それを保っている。
だから「農薬を撒いたので魚が浮いた」なんて聞かない。

 近年はあまり聞かなくなりましたが、昔、無農薬農家がよく使った「自然農薬」に「ニコチン液」があります。−中略−
 ニコチンはほぼすべての生物に毒性を持っており、経口摂取(口から入れて食べる場合)のLD50は一キログラムあたり三.三四〜五〇ミリグラムです。
(208頁)

 また、今も無農薬農家がよく使うものとして「木酢液」がありますが−中略−もちろん読者諸兄がコップ一杯分飲んだりしたら命の保証はありません。(209頁)

「食塩よりも安全」と言える農薬も少なからずありました。(210頁)

 大村智先生がノーベル生理学医学賞を受賞されたことは記憶に新しいところです。大村先生がゴルフ場で見つけた微生物から「エバーメクチン」という抗生物質が発見され、これをもとに、さらに効果を高めた「イベルメクチン」が作られました。このイベルメクチンは、アフリカに多い寄生虫感染症(オンコセルカ症、象皮症)から多くの人を救いました。
 抗生物質として人にも処方される薬剤ですが、私も家畜の牛によく使っています。
(211頁)

使い方に気をつけないと犬まで殺してしまうこともあるようです。(212頁)

だから「農薬とかその手の薬というものは、量を間違えると劇薬なんだということを忘れないでください」という。

これは理屈っぽくて難しいかもしれないし、前に絶賛した木村さんの無農薬のリンゴに関して『奇跡のリンゴ』というのをずいぶん『三枚おろし』で取り上げて絶賛したワケだが。

奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録



でも、木村さんの場合はそれでうまくいっているということで、農薬を全否定することが必ずしも正しいことではない、という。
木村さんのところは加工リンゴとして抜群の味わいを持っている。
木村さんもものすごく悪戦苦闘して土自体を変えるという大発見をなさっているワケだが。
その方法が全てのリンゴ畑に通じるというワケではない。
木村さんのところは特殊かも知れない。
土地にふさわしい土の改良の仕方に成功したのが木村さんの「奇跡のリンゴ」で、違う山だったり違う土地の条件だと、やっぱり違うやり方を発見しないと無農薬では通用しない、という。
そういう現実があるんだ、と。
それをこの作家、有坪さんから教えられたような気が。

posted by ひと at 10:41| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月07日

2019年11月4〜15日◆日本語を学ぶ(後編)

これの続きです。

言葉というのは一つが生まれる。
そうするとその言葉がどんどん転がって、いろんな言葉に派生していく。
その面白さ。
最近若い人たちが使う「ヤバい」というのも「ヤクザ言葉」。
「ヤクザ言葉」とか「犯罪者言葉」で。
牢獄に捕まっている囚人さんの隠語だったようだ。
囚人さんたちの隠語はいっぱいあったようで、例えばお酒のことを「きす」と呼んだりする。
(高倉)健さんの歌の中い「きすひけーきすひけー」と出てくる。

酒(きす)ひけ酒ひけ酒暮(きすぐ)れて どうせ俺らの行く先はその名も網走番外地(網走番外地)

それから刑事さんのことを「デカ」と読んだり。
偉い人が角袖の大きいの、袖が大きいのを着ていた。
「でっかい袖」というので「デカ」と。
(一説によると「カクソデ」→「クソデカ」→「デカ」らしい)
それから「賭場」。
博打場。
そこでディーラーの人がいる。
ディーラーの人が明るいと賭場が盛り上がる。
サイコロいじくったりなんかする人が明るいと盛り上がるのだが、陰気だと、暗い人だと盛り上がらないので。
「盆」でサイコロ振ってるヤツが暗いので「ぼんくら」。
「ぼんくら」はヤクザ言葉。
そんなふうにして言葉は生まれていく。

言葉は一つは情景、その風景の景色を例えたものでもある。
日本人は面白いことに、雨も敏感だが風に関しても敏感。

「風」が「凪ぐ」の「凪」という漢字は日本で作られた国字です。同じように「風」の省略形を使って、日本で作られた国字の例に「凩(こがらし)」や「凧」などがあります。(42頁)

「なぐ」という言葉は「薙ぐ」とも書きますが−中略−
 この「薙ぐ」という言葉は横ざまになぎ倒すことです。そこから海の波浪がおさまり、また強い風が止むことをも言います。
(43頁)

「渚(なぎさ)」は波打ち際のことですが、その「渚」について、大槻文彦の『大言海』に「和浅」の意味などであろうと出ていることを白川静さんが紹介しています。「和浅」は「和(なぎ)」は和き状態で、穏やかなことです。
『大言海』によると「名残」は「余波(なごり)」から生まれた言葉です。
−中略−
 その「余波」から転じてできた「名残」は、あることが過ぎ去った後、なおその気配や影響が残っていることです。
(44頁)

白川静さんの『字訓』の「なぐ」の漢字には「和」が挙げられています。−中略−「和」は「禾」と「口」を合わせた文字です。「禾」は軍門に立てる標識の木の形です。「口」は顔にある「くち」ではなく、神様への祈りの言葉である祝詞を入れる器「口」(サイ)です。この「口」(サイ)を置いた軍門の前で誓い約束をして講和する(戦争をやめ、平和な状態にもどす)ことを「和」と言い(44〜45頁)

日本人はこの「和」が好き。

「わたつみ」の「わた」は海のことです。「つ」は「の」の意味の古い格助詞。「み」は霊のこと。ですから「わたつみ」とは「海の神」のことです。−中略−
「わた」の意味が今に生きている言葉は「渡る」です。「わたる」は「海を渡ることが原義であろう」と白川静さんの『字訓』にあります。
(102〜103頁)

(番組では「わたつみ」の語源が「わたる」と言っているが、本によると逆)

「うみ」は「居水(うみ)」のこと。流れる水に対し、動かざる水を言うものです。「みずうみ(湖)」という言葉は別な書き方をすると「水居水」ですから、これは重複語ですね。(103〜104頁)

「国生み神話」と呼ばれる『古事記』『日本書紀』に記された日本の国土創造の神話があります。−中略−
イザナギ・イザナミが天之瓊矛を引き上げると、矛の鋒から滴り落ちた海水が「凝りて一の嶋に成れり」の部分にある「凝りて」に関わる日本語について、説明したいと思います。
 天之瓊矛の鋒から滴り落ちた海水の流動性が失われて、日本列島が生まれたという神話ですが、この「こる」という言葉は「水のように流動性のあるものが、凝り固まってその流動性を失うことをいう」と白川静さんは、日本の国生み神話を例に挙げながら、『字訓』の中で説明しています。最初にできた島である「磤馭盧嶋(おのごろしま)」の「おの」は「自」の意味、「ごろ」は「凝る」という意味です。
(106〜107頁)

福岡県福岡市。
あそこの海岸に立つと福岡の有名な「百道(ももち)」という海岸に立つとちょうど正面に「能古島(のこのしま)」がある。
「の」「こ」。
こちらは「志賀島(しかのしま)」なのだが、その「の」「こ」というのが「おのごろ」の「のご」と重なる。
武田先生は何となく「磤馭盧嶋」は福岡県の「能古島」ではないかと、そう思って見つめたことがある。

「心」は体内の五つの内臓、五臓の一つである心臓のことです。「こころ」はものが「凝り固まる」ことの「こる」と同語源で、「心」とは「凝るところ」の意味なのです。(107頁)

心臓と人間の「思う」物事を考えたりなんかする内面というので固くなっていること。
この「こる」という言葉がどんどん日本語の中に生まれてくる。

「志(こころざし)」は、心の志向するところの意味です。−中略−
「試みる」も「こころ」(心)が関係した日本語です。「試みる」とは、ある行為によって、相手の「心を見る」ことです。
(108頁)

うまくいってホッと一息。
さっきまでバクバクしていたのに、すうっと気持ちが落ち着いて、ハア〜っと心地よいため息をつくという。
こういう心臓の状態と心理の状態を重ねるという表現。

水谷譲も武田先生も悩んでいる肩が「凝る」という。
これも一種、柔らかいところが固くなったことへの異変。
肩が「こる」から、今度は水が「氷(こお)る」。
これも当然「凝固」。
柔らかい水が固くなるわけだから「凍る」。
流動性を失くすという。
「こる」から言葉が広がっていったというわけだろう。

だから朝鮮語が日本語になったという説を司馬遼太郎さんも笑っておられたのだが。
だから朝鮮語で「笛と太鼓」。
「マトゥリ」だから「祭り」という本があった。
それに韓国の学者さんでもいた。
「奈良」というのは韓国の国のこと「クンナラ」から出た言葉だ。
そういう説を向こうの学者さんで言う人がいるのだが、カンラカラカラと笑った人がいた。
というのは国は他にもいっぱいある。
奈良以外にも「武蔵国」とか。
だったらそこも「なら」と付くべき。
そこの場所だけに特別にその名が付いた、なんていう言葉というのは無い。
言葉はそんなに単純なものではなくて、共通したり、一つがあって、そこから枝分かれしていく、という。
そんなふうに発展していくもの。

「生きる」の「生き」と「息」は同じ語源の言葉です。−中略−
 例えば「憩う」は「息」を動詞化した語です。息をついで休息することです。
−中略−日本語の「い」は「尖っていて、外へ衝く」ような言葉としては「いかる」などはまさにそうかもしれません。−中略−
「いきどほる(いきどおる)」は息が通ることではなくて、激しい怒りで息が胸につかえることです。
−中略−
「厳(いか)し」「厳めし」の「いか」も「いき」の系統です。
「雷(いかづち)」の「いか」も「厳」のことです。「つ」は「の」の意味の古代語。「ち」は「霊」のことです。恐るべき神だった雷鳴のことです。
−中略−
「鼾(いびき)」は「気響」のことです。「癒(い)ゆ」は「気延(いきは)ゆ」を短くしたものだそうです。「いきごむ」は「気籠(いきご)む」です。「いきほひ(いきおい・勢い)」の「いき」は生命力を示すもので、その「いき」が盛んに活動する状態のことです。
(166〜168頁)

(番組冒頭の「街の声」で眠れない時にはアロマを使うという話を受けて)
ちょうど(街の声の)お嬢さんと同じ話を水谷譲にしたばかりの武田先生。
一昨日の朝だが、九時半ぐらいに眠って、朝起きたのが七時半だった。
自分でびっくりした。
一回も起きていない。
もうそれだけでもジジイになると嬉しい。
「よく眠った」ということで自分でびっくりして。
その時にフッと思ったのだが。
その日は夕方から合気道場に行っている。
合気をやると眠る。
心地いいどころじゃなくきつい。
本当のことを言うときつい。
でも正座して「お願いします」と師範代に頭を下げるのだが、その時に自分でずっと囁き続けている。
「一生懸命やろう。一生懸命やろう。一生懸命やろう・・・」
少年のごとく。
それで眠れる日はいいのだが何日しかない。
あとは二時半ぐらい目覚めて「ああでもない、こうでもない」と考える。
一時期眠れない時があった武田先生。
あおそこまで病的ではないので、もう薬に頼らなくていいのだが本当に眠れない。
それでフッと思い出す。
一生懸命芸能活動をやって、それなりに順調にいっているのに家に電話をすると「アンタなんなん、テレビで言いよったがどげんね?体の具合は」と母親が。
電話を切る時に「覚せい剤だけはしたらイカンばい」という。
「女遊びしても何にしても全部冗談で済むばってん、覚せい剤だけはイカン!」「吸うとらん!何でそんなことばっかり心配すると?母ちゃんは」と言ったら。
母親の反論だったが、その声が耳に残っている。
「心配するとは親の仕事たい」と言いながらガチャーン!と切れた。
「年を取ると心配することが絶えずになるんだ」という。
「嫌だなぁ〜ジジイとババアは」とかと思っていたら、今度は自分がジジイになったら本当に。
ジイサンバアサンを見ながら思ってください。
年を取るというのは結構眠れぬ夜を幾晩も耐える。
それが本当に朝日が昇るとフワァっと消えてなくなる。
でも夜中の二時半ぐらいの闇の中から心配することが雪のように降り積もる。
これを何とお話していいか。
年を取るのは体力がいる。
それと義理の母親、奥様の方の母親から「鉄矢さん。人間はですな、死ぬ元気だけはもっとかなイカンですばい」。
というのは全然わけがわからないが、今はわかる。
老人にも2タイプがいて「死ぬ元気をキープしてる人」と「死ぬ元気もなくなった人」と。
奥様のお母さんの名言。
「人生の幕ば降ろすとは、ひと仕事ですばい」と言われたことがあって。
人生の幕を降ろせずに苦しんでいる、そんな人がフッと目に入ってきたりする。

「さかな」の「な」は野菜や魚肉などの副食物のことです。白川静さんの『字訓』の「な」には「菜・魚・肴」の三字が挙げられています。
 つまり「さかな」は飲酒の際、副食物としてそえるものです。「魚」は酒の副食物として最も適しているので「酒魚(さかな)」と言いました。
(26頁)

「肴」は「爻(こう)」と「月」を合わせた字ですが、このうちの「月」は「にくづき」で、肉のことです。「爻」は木や骨などが交わる姿で、この場合の「爻」は骨の形。(29頁)

(番組では「肴」の「メ」は「『菜』の略字」と言っているが、本には上記のように書いてある)

「なべ」(鍋)の「な」も「魚」や「菜」のことです。「べ」は「へ」(瓮)のことで、酒食を入れる瓶の類です。つまり「なべ」は魚菜などを煮炊きする器のこと。(27頁)

一つの言葉が坂道を転がるように、という。

 日本料理のメインディッシュは、魚料理ですが、それには次のような理由があります。日本人は明治時代まで長い間、牛肉を食べてきませんでした。天武四年(六七五年)に、天武天皇が最初の肉食禁止令を出します。−中略−食肉が貴重な役畜である牛や馬の減少につながることを恐れた政府が農耕儀礼との関連で禁止したのです。
 これに、殺生を禁じる仏教の考えが重なってきて、東大寺の大仏開眼会の七五二年には一年間、日本中で生き物を殺すことを禁じる令が出ました。
−中略−明治四年末には明治天皇が一二〇〇年間の肉食禁止令を解いて、肉食再開を宣言。(28頁)

ここからやっと牛肉等々の肉食が日本は再開して。
それで肉もお酒の肴になり、骨付きの肉の漢字で。
「肴」という字は明治時代に考えられたようだ。
それまでは肉を喰っていなかったので。

元々、魚類の総称としての「さかな」を言う語には「いを(いお)」「うを(うお)」が用いられていました。−中略−江戸時代以降、次第に「さかな」が魚類の総称を意味する言葉として使われだし、明治時代以降、「いお」「うお」にとって代わるようになったそうです。(29頁)

多分これはお酒と一緒に食べるということで魚類の「うお」が「さかな」になったのだろう。
江戸言葉、江戸の言葉から流行した、という。

江戸というのはそういう意味では、流行語を広げる大都市だった。
ここからは余談。
江戸は新しい言葉を生む発信地ということで、昔、浅草は浅草海苔を作る遠浅の江戸の海があった。
あれは竹のすだれに干す。
それで例の四角い海苔を乾かす。
昔はエコだから、物を大事に使ったから、紙屑拾いの仕事の人がいて、それを買ってきて釜でグツグツ煮る。
同じ技術で海苔を作る要領で、それを一枚ずつすだれの上に広げて乾かして化粧紙を作った。
浅草の紙商人の人たちがそんなふうにしてやっていたのだが。
紙をそうやっていると乾くまで待っておかなければいけない。
それでお兄ちゃんたちが乾くまでのヒマつぶしに、昼間の吉原を歩くようになった。
吉原という大遊郭があって、キレイなお姉さんたちがいっぱいいる。
その花魁を見物してまわる。
いい女だから。
そうすると吉原の方でも「カネは持ってないくせに覗きに来やがる」というので、誰かが「あの野郎、また冷やかしに来やがった」。
紙が冷えるまでブラブラしているので「冷やかす(ひやかす)」。
「ひやかす」は「冷やす」という意味。
買いもしないくせにウィンドウショッピングをしているのを「ひやかす」。
そういう言葉が生まれた、という。

『日本語源大辞典』によりますと、「首っ丈」は「着丈」に対する言葉です。「着丈」は、その人の身長に合わせた襟から裾までの着物の寸法です。「首っ丈」は足もとから首までの丈のことです。−中略−明治以降になると、「首っ丈」は主に「異性にすっかり惚れ込む」意味で使われるようになったそうです。(33頁)

「ひやかす」にしろ「くびったけ」にしろ、かくのごとくして暮らしの中から言葉というのは広がっていく。

 頭のことを「頭(かぶ)」と言います。−中略−「かぶ」には「頭」のように「まるくふくらんだ形」の意味が含まれています。例えば「蕪」も頭のように、まるくふくらんだ野菜のことです。(30頁)

防御用の鉄製の鉢形の武具である「冑(かぶと)」(兜・甲)の「かぶ」も「頭」のことです。(30頁)

 その「頭(かぶ)」を動詞化した言葉が「かぶす」です。−中略−この「傾す」につながる言葉に「傾く(かぶく)」があります。そこから生まれたのが「歌舞伎」です。(31頁)

「歌舞伎」は「傾(かぶ)き者」の意味です。「かぶき」とは並外れた華美な姿をしたり、異様なふるまいをしたりすることの意味でした。(31頁)

「わる」は固体がひびのため砕け、両分すること、分割することです。(62頁)

 日本語の「わらう」は顔の緊張を解いて(破って)声を立てて楽しむことです。つまり顔が「破(わ)れる」のが「笑う」ことです。−中略−
「わる」は、すべてのものを両分する意味。そこからできた言葉が「ことわり」(理)です。
−中略−「ことわり」の動詞形、「ことわる」は「事割(ことわ)る」が元々の意味だそうです。−中略−
 今は「断る」は拒絶する意味ですが
(62〜63頁)

 また道理に外れ、分別がないことを「わりない」と言います。「ことわり」(理)が無い意味です。女優の岸惠子さんが書いた小説に『わりなき恋』という作品がありますが(63頁)

わりなき恋



恋にはやっぱり筋道とか道理とかがない。
「好きになっちまったものは仕方ねぇじゃねぇか」という。

「犯人の身柄を確保しました」。事件のニュースで、そんな言葉によく出会います。「通報者の力が大きいです。お手柄です」との場合もあります。−中略−「身柄」「手柄」の「柄(から)」と「からだ」の「から」は、実はつながった言葉なのです。−中略−それらの「から」には「外皮・外殻のこと」「草木の幹茎など、ものの根幹をなすもの」「血縁や身分について、そのものに固有の本質をなすもの」などの意味があるのだそうです。(66頁)

ちょっと縁起が悪いのだが「亡骸(なきがら)」。
それから同国民の「同胞(はらから)」「お国柄(くにがら)」。

 水が涸れたりして、みずみずしい生気を失い、木が枯れたりすることを「かる」と言います。この「かれる(枯れる、涸れる)」は草木の「外皮・外殻」を示す「から」と同語源の言葉です。そして、中身が「枯れ」て、「涸れ」て、「空(から)」となると、そのものは「軽く」なります。この「かるし」(軽)も「から」と同じ語源の言葉なのです。(67頁)

「ちから」も「から」と関係した言葉だそうです。−中略−ものを扱うときの「肉体的な力」のことです。漢字の「力」は農具の鋤の形で、「男」は「田」を「力」(鋤)で耕す人のことですが(69頁)

 赤穂浪士の一人に「大石主税(おおいしちから)」がいます。白川静さんは「ちから」の字に「力」と「税」を挙げています。これは「ちから」という言葉が農作物による納税の意味にも用いられるからです。力を使った労働で得られるものなので「税(ちから)」と言います。白川静さんは『字訓』の「ちから」の項に「farmerはもと一定額の年貢請負人の意で、farmはもと借地。農耕と税とは、はじめから分離しがたいものであった」と記しています。(69頁)

(番組では「税」を「ちから」と読む理由は「政治家にとって税金が力になるから」と言っているが、本では上記の通り)
「税金を取っている」というのはものすごく政治家の人たちにとって気持ちがいいのだろう。
8%から10%へ。
(消費税率を)「2%上げた」という喜び。
財務省の人とか麻生さんとか喜んでいるのだろう。
「やったぜぇ!文句も言われる」「いやぁ、力になるわ」というので税金の「税」のことを「ちから」と読む。
これは江戸時代からそうだったのだろう。

この「税」の漢字。
「禾」に「兌」と書く。
「禾」は木に印を括り付けている、という。
横に「兌」がいる。
お兄さんが二本の角を生やしているようなヤツ。
心(りっしんべん)を置くとこれは悦楽の「悦」とも読む。
これは何かというと巫女さんが躍りまくっている。
だから税金の「税」というのは、この神がかりした巫女さんが、もううれしくて舞い上がっている。
だから税金というのはそれぐらいうれしい。
この税金の「税」はやっぱり「力になる」という。
国の力になることを祈っている。

 さらに「宝」も「から」に関係した言葉のようです。白川静さんによると「宝」は「力」と対応する言葉なので、やはり農耕と関係のある語と考えられるそうです。(68頁)

大石主税の「ちから」も「主税」と書く。
だから税金というのはやはりお侍さんもうれしかったのだろう。
「力になります!」というようなもので。
それを考えると日本の一語一語は歴史をくぐってそこに。
そして今にあるワケだろう。


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2019年11月4〜15日◆日本語を学ぶ(前編)

白川静さんに学ぶ これが日本語



白川静さんは『字統』『字訓』『字通』という大部な三つの字書を一人で書いてしまったことで知られます。このうちの『字統』は漢字の字源字書、『字通』は漢字の総合字書ですが、でも『字訓』は日本語の語源に関する字書なのです。(i頁)

(『字訓』は)日本語の誕生からその一語がどう育ち、意味を広げて派生し、他の言葉へ広がっていったか、変容したかという。
これが調べるとなかなか面白い。
だからちょっと『字訓』もやってみないといけない。

日本人は外国の文字である漢字を中国語に近い音読みで使い、さらに日本語の読みである訓読みをし、片仮名、平仮名を生み出して、それらを組み合わせながら日本語を書き記してきました。(iii頁)

これにローマ字を加えると日本には文字が四種類もあるという。
こんな複雑な文章を綴る民族は世界に一つもない。
日本語と漢字の関係を維持したまま、二千年に近い歳月をその輸入した文字と自分たちの今の言葉と抱き合わせにして使っている民族は世界にこの民族しかいない。

中国の一番偉い人「習近平(シュウキンペイ)」と言う。
でも中国の読み方は「シー・チンピン」。
これは何でこんなに違うのか。
中国は支配者によって漢字の読みが変わってくる。
支配者の人がそう読んだらそれが国語になる。
だから何回も支配者が代わっているので、それで読み方が色々ある。
我々の読み方、例えば「習近平」というこの文字の読み方は唐の時代。
私たちは楊貴妃とかあのへんの人たちと同じ漢字の読み方。
私たちの漢字の読み方は唐とか隋。
そのへんの古い読み方がそのまま残っている。
だが中国は度々権力者が代わったので変化していく。
だから昔は「上海(シャンハイ)」のことは「ジョウカイ」と読んでいた。
「香港(ホンコン)」は「コウコウ」と読んでいた。
それが支配者が代わって漢字の読み方が「ホンコン」になったりしている。
そういう中国の歴史の中でも我々は、音読みでは漢とか唐の時代の古い読み方を漢字にそのまま残している。

白川静さんの元々の出発は『万葉集』を研究する国文学者でした。(i頁)

ものすごい「もの知り」の方。
この「もの知り」というのもよく見つめると面白い。
「もの」を知っているワケで。
何「者」。
人物の「もの」。

『もののけ姫』の「もののけ」のほうは「物の怪」などとも書きますが、これは人にとり憑いて悩まし、病気にしたり、死にいたらせたりする死霊、生霊、妖怪のことです。(4頁)

「もの」は「鬼」「霊」など霊力をもったものを言い、「もとは超現実の世界を語るという意味であった」(5頁)

 古代の大富豪に、軍事・警察・裁判などをつかさどる物部氏がありました。−中略−天皇の親衛軍を率いた、この「もののべし」も、元々は精霊をつかさどり、邪悪な霊を祓うのが職務の集団だったと思われます。(5頁)

「もののふ」は朝廷に仕えるもろもろの集団の意味です。後に「武士」と書いて、戦士たちの意味となりました。−中略−この「もの」も元々は「霊」の意味で、「もののふ」は悪い邪霊を祓う集団のことでした。(4頁)

だから一つの言葉からバアッといろんな言葉が、日本語が溢れてきている。
例えば「もののけ」。
「もののけ」になるには、やっぱりもののけになるだけの理由がある。
「私は幽霊ですけども、何年前に殺されて」とかという。
それを「物語(ものがたり)」。
(このあたりは本の内容とは異なる)
それで日本語の微妙なニュアンスで頭のいい人とか科学的な人を「もの知り」とは言わない。
微妙な違いがある。

精霊の世界、お化けの世界をよく知っている者が「もの知り」です。(3頁)

広い知識のことを「もの知り」と言って特化した。
「あ・・・それCO2ですね」なんていうのは「もの知り」とは言わない。
「あのおばあさんはもの知りよ」ということになる。
そうやって考えると日本語というのはまことに興味深いもので、一言の中にたくさんの歴史、時間を秘めている。

本書は白川静さんの字書『字訓』を読み、学びながら、それらの本の日本語編として書いたものです。(iii頁)

一つの言葉で大体1ページがおしまいということなのだが、やっぱり漢字を日本に引き入れる時に、例えば一日の「日」という字があるが、これを大和言葉では「ひ」と言うというので「ひ」とか。
そんなふうにいちいち読み方を変えた。
葉っぱの「葉」と書いて「は」でいいのに「よう」と読んでいるとか。
そういうことで漢字を日本に引き入れる時に「日本語でそれを言う場合」というのをいっぺんにやった。
だから私たちは「『けん』と書いてあるもののことは『犬』と呼ぶんだ」という。
この民族は、よくまあ、そんなややこしいことで生きてきた。
もし外国人で日本語の勉強をする人がいたら大変なので、日本人に生まれてよかったと思う水谷譲。
(日本語は)言葉の発音としては簡単。
英語は大変。
英語は500種類ぐらいあるらしい。
「シュシャシュシュシュ」みたいなヤツが。
私たちの耳にはわからない。
ネイティブが使う英語の発音は聞こえない。
聞きなれた音楽を聞いていても、聞き間違えていることがいっぱいある。
よく聞くと非常に単純なのだが、でも耳から入って来る時に「何を言っているのかさっぱりわからない」という。

日本語では「裏」と「表」。
こういう対立した表現がある。
布切れの「表」「裏」なのだが。
この「表」「裏」というのがどんどん広がっていく。
感情面でもこの「裏」とか「表」というのを使うようになる。
つまり「表の心」「裏の心」。
これで枝分かれしていく。
嫉妬。
女偏があるので漢字の人は女性特有の感情だと絡めたのだろう。
ところが日本人は性を絡ませない。
心がしつこくそのことを思い続けること。
これを心の状態になりきって「病(やまい)」と読んだ。
(このあたりは本の内容とは異なる)

 「うらやむ」とは「心病(うらや)む」の意味です。(14頁)

よくできている。
「心の裏側」のこと。
口に出しては言わないけれども、実は腹の中で「ばかやろう」「このやろう」「死ねばいいのに」と呪うヤツ。
「いつまで肉喰ってるんだよ」というのも。

 この「心(うら)」を動詞化した言葉が「うらむ」です。−中略−
 さらに関連する日本語を紹介すると、「うれふ」(憂う)も「心(うら)」を活用した動詞形で
(15頁)

小さく怒り、憎しみのために「心」が震えているのだろう。
そして、ついその人のことを思って心が震えるのだろう。

 落ちぶれた様子や見た目のみすぼらしさをいう「うらぶれる」という言葉がありますが(15頁)

口では威勢がいいのだが、心の中では小さく感情の高ぶりが震えている。
「心(うら)」が震えている。
「うら・ぶれる」
(本によると「震えている」のではなく「ぶる」は「触る」)

「他人にうれしいことがあると」の「うれし」の「うれ」も「心(うら)」のことです。
「し」は「良」「吉」の意味で「心」の形容詞化した言葉です。
(16頁)

それから心の中で懸命に祈ること。
心を「うら」と思ってください。
懸命に祈る。
思いを積み重ねるというか編んでいくというか。
「占う(うら・なう)」
(本によると「うらなう」の「なう」は動詞化する「なう」)

「心(うら)」「裏(うら)」と同じ語源の日本語「浦(うら)」について記しておきましょう。「浦」は海や湖などの岸が、湾曲して陸地の方に入り込むところです。−中略−
 東京ディズニーリゾートが千葉県浦安市にあります。
(17頁)

ものには「うら」と「おもて」がある。
そういう日本語の解釈が発展して心理、感情も表すようになる。
「うら寂しい」なんていうのは「心が寂しい」。
「隠しているのだが、実は寂しい」という。
心の奥底のことを「うら」という表現で隠している。

今度は「おもて」。
一番単純なこと。
これがなんと「思う」。

漢字の「思」の「田」は頭脳の形で、頭がくたくたする意味。(20頁)

考えがぐるぐる巡り「重たい」。
考えていることが「重たい」ということで「思う」。
(とは本には書いていない)

「念」の「今」の部分はモノにふたをする形で、じっと気持ちを抑えている意味です。(20頁)

「念ずる」というのは手のひらでグゥッと頭を押さえつけられているような、という(ことは本には出てこない)。
「面白い」
これは表情のこと。
顔の「おもて」。
表情のこと。
(このあたりも本の内容とは異なる)

 その「趣き」も「面(おも)」の関連語です。−中略−「おもぶく(おもむく)」は「面向く」の意味で、ある方向に向かって進むことです。−中略−
「趣き」もある方向へ向かっていくことから、心がある方向に動いていくこと、心の動きの意味となり、さらに事柄のだいたいの方向、趣旨などの意味になりました。
−中略−
「おもねる」です。人にへつらいこびることですが、これは面(おも)を向けて機嫌をとる動作を言う言葉です。
「おもねる」意味の漢字「佞・阿」。白川静さんによると「佞」も「阿」も、もとは神に祈る時の言葉巧みな、またねだるような姿態を言う語です。
(21頁)

「おもて」と「うら」というのは日本人にとっては重大な言葉。
あまりいい意味ではない。

武田先生の傷。
昨日、合気道の練習の時にマスダさんという握力の強いおじさんがいて、腕のつかみ合いをするので内出血する。
「痣(あざ)」
昔の人も手や足にあざができたのだろう。
ガァン!と打ったりなんかして。
この負傷するところを「あざ」で青紫の傷が残る。
「痣」
中は「志」。
ヤマイダレ。
「病」の上の部分を書いておいてそこに「志」。
「あざ」というのは「あやまった心」という意味。
その人の欠点から皮膚に残った打撲のあと。
これを「青あざ」と言うが、意図として「こいつに痣の一つも作らせてやろうか」と思う人がいるとする。
それが言葉になって「欺く(あざむく)」。

「欺く」は「『あざ』『向く』の複合語とみてよい」と白川静さんは説明しています。(46頁)

そしてうまく騙せたので物陰でヒヒヒと笑う。

 相手の欠点とするところを言葉に出して、明確に指摘し、嘲笑することを「あざける」と言います。(46頁)

うまいこと人を罠にはめたのでもう面白くて仕方がない。
「いやぁ、うまくいったな〜」というのを「鮮やか(あざやか)」に。
これもおそらく傷口から生まれた言葉ではないか。
見事に入るから。
「鮮やか」に「痣」が。

「詐欺」
「詐」は「木の枝を曲げて細工している」ということ。
「言葉を曲げてウソをついている」という意味。

左の「其」は「四角形」のものを意味する文字です。つまり「欺」は四角い、怖い鬼の面をかぶり、声を発して相手を驚かせて「あざむく」の意味の字です。(48頁)

言葉を曲げてお面をかぶって大声を出すというのは詐欺の特徴。
「おばあちゃん!200万円失くした!」とかというのを電話口で叫んだりなんかするという。
いずれにしろ顔を隠して声で伝えてくるもの。

「期」は少し抽象的な四角形ですが、ついでに紹介しておきましょう。「其」には四角形のものという意味から発して「一定の大きさのもの」という意味があるのです。そこから「時間の一定の大きさ」を「期」と言います。これは「時間を四角形の升」で、はかっていく感じですね。(49頁)

武田先生たちは団塊の世代。
「運が悪くてひどい国に生まれましたね」というのが小学校で教わったこと。
アジアの人たちにいっぱい迷惑をかけて、原子爆弾を二つも落とされて、戦争にボロ負けした国、という。
何も恨みも何もしていないが、小学校5年の時に、講堂に集められて月に何回か映画を見せてもらえるのだが、それが見た映画の中で覚えているのは『チョンリマ』だった。
(1964年8月末に封切りされた『チョンリマ(千里馬) 社会主義朝鮮の記録』のことを指していると思われる)
『チョンリマ』という北朝鮮の映画。
それでフィルムの中に収められた北朝鮮は素晴らしい国。
金日成という指導者がいて、毎年豊作。
お国の真ん中に「チョンリマ」といって天を駆ける馬がいる。
「とにかく日本でひどい目に遭ったりなんかしている朝鮮民族の人は帰りましょう」というキャンペーンの映画だった。
新聞社が応援していたし。
今でも残っている大きな新聞社がそのキャンペーンを応援している。
日本中で「北朝鮮にみんなで帰ろう」という。
「日本人も来てもいいんじゃないの?」「受け入れてくれるんじゃないの?」というような映画の内容。
私有財産もないからおじいさんは三匹のガチョウを飼っているのだが、そのガチョウを大事に育てている、という。
そのナレーションまで覚えている。
「このおじいさんの私有財産はガチョウが三匹。とても愉快なおじいさんと三匹のガチョウの暮らしです」
科学は進んでいる。
住宅は完璧。
農民はイキイキとして鎌で麦か何かを肩に背負いで「マンセー(만세)!」と言いながら広場に集まって。
収穫祭が終わればチマチョゴリを着てみんなでフォークダンス。
それでナレーションが「この朝鮮民主主義人民共和国は、そうです!『地上の楽園』と呼ばれています!」という。
ちょっとマインドコントロール的な映画。
でも日本はボロボロで、それに比べて北朝鮮は地上の楽園。
工業も科学も農業も全部発達している。
「あんたがたひどい国に生まれたね」という。
武田先生たちはそんなふうに思っていた。
「ろくな国に生まれていない」と思っていた。
高校時代にヒットしたベストセラーが『みにくい日本人』といって、国際社会で日本人がどのくらい嫌われているかを大使館の人が書いたという本で。
『万葉集の記号』だったか「万葉集を作ったのは朝鮮半島からやってきた亡命渡来人である」という本で、ベストセラーになった。
大和の王族、天皇家がすごくひどいことをして、日本の民をいじめているというのを万葉集の歌の中に隠して暗号で書いて。
それで万葉集をハングルで読んだらその暗号が解けて、日本の王族がやった非道なことが全部浮かび上がってくる、という。
そういう本がベストセラーになった。
その中で「日本の言葉は大半が朝鮮語でできている」という説で。
「祭り」というのは笛と太鼓のことを朝鮮語で「マトゥリ」。
朝鮮では「国」というのを向こうは「ナラ」という。
それで日本の都は「奈良」になった。
だから「日本語のほとんどは朝鮮の言葉です」ということがその本に書いてあった。
(その説を)「面白いなぁ」と思っていた武田先生。
ところがこの本は歴史家の人から「噴飯もの」という折り紙がつく。
なんでかというと万葉集が生まれた頃、朝鮮半島の王朝は漢字を朝鮮読みにしていて、ハングルは無い。
つまりハングルで読めば暗号が解けるというのはナンセンス。
それで「祭り」というのは朝鮮語ではない、日本語だ、と。
「奈良」も違う。
ところが武田先生がラジオでしゃべった。
「朝鮮語の『笛と太鼓』マトゥリが日本の『祭り』になったんだ」と。
それを学生だった、今社長をやっているイトウさんが聞いて感動したらしい。
それで学校に行って「俺らが使ってる言葉の半分ぐらいは朝鮮語なんだ」と言ったらクラス中が静まり返った、という。
あれから40年。
僕、間違ってました!
白川静先生によると「祭り」は「笛と太鼓」ではありません。
樹木の「松」です。

ゴロゴロ引いて歩くアレ(キャリーバッグのようなものを指していると思われる)が嫌いな武田先生。
みんな引いて歩いている。
男が引くというのに関して、引いて歩くのは嫌い。
女だったらいい。
「007」が旅をする時にあれを引いていたらおかしい。
人間には何かやっぱりシルエットがあるのではないか。
007がイギリスからアメリカに行く時にアレをガラガラ引きながら。
おかしい。
やっぱりアタッシュケースにしておいて欲しい。
「寅さん」だってそう。
寅さんがカートを引いていたらおかしい。
やっぱりトランクを提げていないと。
インディ・ジョーンズが(キャリーバッグを)引いてたらおかしい。

インディ・ジョーンズ/レイダース 失われたアーク《聖櫃》 (字幕版)



悪いヤツと戦っている時にアレを引きながら過ぎていったら。
やはり雑嚢っぽいので飛んで歩かないと。

正確には覚えていないのだが、武田先生は遠い昔、違う放送局で深夜放送の番組の中、本を読んで感動したので、そのことを喋った
万葉集を書いたのは亡命渡来人、朝鮮系の人たちで、その人たちが日本の貴族の悪さを告発する意味で万葉集の歌に書いた。
ハングルで読めばそれが分かる、という。
たとえば笛と太鼓。
それは朝鮮読みにすると「マトゥリ」「笛と太鼓」になる。
だから「お祭り」という。
それを信用したら、それをちょっとうっかりラジオでしゃべったら後にウソだとわかった。
では「祭り」とは何か。
樹木の「松」。

 白川静さんの『字訓』には「松」は「神を待つ木の意味であろうか」とあります。(50頁)

「り」はちょっとわからないが「まつ・り」。
これはどうして「祀」とか「奉」になったかというと、樹木の松なのだが、そこに神様が降りなきゃいけない。
そこで降りてくるまで待っている、という。
樹木の「松」という名称と、祈る人がそこで待っているということで「まつる」。
「いいことがありますように」とみんなで祈る。
それが「政(まつりごと)」という。
「政治」ということの別の読み方にもなった、という。

 その「まつる」の語尾に反復や継続を表す「ふ(う)」を加えた形の言葉に「まつろふ(まつろう)」があります。この「まつる」は奉ずることです。「まつろう」は継続的に奉ずることから服従する意味になりました。「まつろう」の漢字は「伏・服」です。(51〜52頁)

「待」には「寺」がありますが、この「寺」を含む文字の多くに「ものを保有し、その状態を継続する(保ち続ける)」意味があります。もともと「寺」が「持」の最初の字形ですが、この「寺」に「扌」(手)を加えた「持」は「手にもち続ける」意味の文字です。−中略−
「侍」は「はべる」「つかえる」と読む文字ですが
(52〜53頁)

「寺」という字は「土」の下に「寸」。
「寸」は手の形。
物を掴もうとする手の形のことが「寸」。
見えてくるとどんどん見えてくる。
例えば「尋」。
下に「寸」がある。
「ヨ」を書いて「エ」「ロ」と書いて「寸」。
「ヨ」は箱の片側が外れて中で異変が起こっている。
つまりこれは神様の祭壇みたいなところ。
そこの壁が外れてしまっている。
手前に書いてある「エ」「ロ」というのは貢物。
貢物を二つ置いた。
その手がまだ残っているので神様に「尋」ねる。

「祭」は「月」と「又」と「示」でできた文字です。「又」は「手」を表す字です。特に「右手」の形です。「月」は夜空の月ではなく、一枚の肉を表す「にくづき」です。「月」の字形内にある二つの横線は肉の筋の部分。そして「示」は神へのお供えものをのせるテーブルの形です。−中略−
 つまり「祭」は神への捧げものをのせるテーブル「示」の上に、お供えの「肉(月)」を「右手(又)」で置いて、神へのお祭りをするという意味の漢字です。
(53頁)

もう一回繰り返すが、朝鮮語の「笛と太鼓」は何の関係もなかった。


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2020年06月27日

2020年1月6〜17日◆あわいの時代(後編)

これの続きです。

 『論語』の中でもっとも有名な章句は「四十にして惑わず(四十而不惑)」でしょう。−中略−そんなに有名な「不惑」ですが、孔子が生きていた時代には、不惑の「惑」の字がありませんでした。(8頁)

 孔子は「不或」と言った。それを弟子たちが五〇〇年の間、口承で伝えてきて、文字化するときに、同音の「不惑」にしてしまったのではないか、そう推測ができるのです。−中略−
 つまり孔子は、「四十にして惑わず」ではなく、「四十にして或らず」と言った。
 すなわち、四十歳くらい(現代でいえば五十歳から六十歳くらい)になったら、「自分はこういう人間だ」、「自分ができるのはこれくらいだ」と限定しがちになる。それに気をつけなければならない、そう孔子は言ったのではないか、そう推測ができるのです。
(10頁)

この『論語』はお弟子さんが書いた言行録で。
孔子伝を書いた人が司馬遷という人。
司馬遷の『史記』という中国の人がバイブルのように大事にしている本なのだが、白川(静)先生は「司馬遷だけの作品じゃない」と言っている。
「誰かの作品、こっち側に持ってきて、書き写してる」という。
そういうカラクリも含めて『論語』というのはなかなか謎の多い書物だ、ということは覚えておいてください。

孔子というこの偉人が、心を得るために、つまり立派な君子になるために「六つの学び」を提案している。

六芸というのは「礼・楽・射・馭(御)・書・数」の六つです(『周礼』)。(77頁)

身体拡張装置としての六芸を身につければ、自己の身体の拡張だけでなく、ふつうだったら意思の疎通ができない対象とのコミュニケーションも可能になり(77頁)

礼・楽。
これは何かと言うと「礼」は礼儀、「楽」は音楽。
(本によると「礼」は礼儀とは異なる)

 「御」というのは、言葉が通じない馬を操る技術であり、「射」というのは自分の手を離れた矢を操る技術です。(79頁)

「礼・楽・射・馭(御)・書・数」この六つ。
この六つを学ぶことがコミュニケーションツールである、と。
六つの芸「六芸」と呼ばれていて。
この六つを磨かないと立派な君子にはなれませんよ、という。
それでは「一番大事だ」という「礼」から見ていこう。

 「礼」は旧字体では「禮」と書きます。古い字形では右側の「豊」だけです。−中略−
 この字は、食器である「豆」の上に穀物や草などのお供え物を盛った形です。
(103頁)

 また「禮」の左の「示」偏は甲骨文字では次のように書きます。−中略−
 この文字は、祭卓の上に置かれた生け贄から血がたらたらと滴る形です。
 すなわち「礼(禮)」という字は、生け贄を備え、酒を飲むことによって、神がかりして神霊や祖霊とコミュニケーションをするということが原義であり、そこから神霊とのコミュニケーションの方法を「礼(禮)」というようになりました。
 姿のない神霊という、通常ではコミュニケーションができない相手との交流をするという「礼」の機能は、六芸すべてに通底するものです。
(103〜104頁)

今もオロオロしながら教わっているが、合気道をやる。
道場に入る時に一礼する。
何気ないのだが一礼する。
道場から一旦出る時も必ず一礼。
それから稽古が始まる時も一礼。
終わった時も一礼。
全部「礼」。
師範たちが言うが「やってるうちに何か身に付きますから」という。
決して勇猛果敢な話ではない。

この間、自分でも自分にびっくりしたのだが、行列のできる麺類屋さんで昼間食べようと狭い道に(並んだ)。
人気店なので、ずっと並んでいる。
もう本当に車一台、やっと通れるという。
だから車なんかほとんど通らない。
人がいっぱい並んでいる。
そこで(武田先生は)一人で並んでいた。
そうしたら、ちょっと気の荒い人の運転する車が道ギリギリでやってきて、そのお兄ちゃんが窓を開けて、関東の人だろうと思うのだが、大阪弁で「コラ!どかんかいアホー!」。
ものすごい言い方をなさる。
カチーンとくる。
しかもこの人は関西の人じゃないのはもう気配でわかる。
困ったことに、そういう時だけ関西弁を使いたがる人がいる。
「コラ!どかんかいアホー!」
その言い方が。
その時に武田先生の口から出た言葉。
「あ・・・申し訳ありません」
そうではなくて、武道の練習とかしているワケだから「フッハッハッハッハッ・・・お兄ちゃん、降りてらっしゃい。その今の言い方」とかと出てこない。
逆に礼儀正しく「申し訳ありません」と言われた方が、向こうも何も言えなくなる。
その時に言ったはいいけれど、並んでいる人がずっといる。
曲がり端で「コラ!どかんかい、どアホー!」で、曲がったら並んでいる人が十人ぐらいでその兄ちゃんを見る。
そこから何かその人はわりと早めにスーッと通り過ぎて、そのお店のすぐ隣の駐車場に車を入れた。
それで大回りして違う店に入って行った。
気持ち悪かったのだろう。
武田先生も「よく(そういう言葉が)出たな」と思った。
腹の中でムカーッときたのだが。
でも、それが師匠が言っていたことなのかな?と思った。
自分がその人に向かって失礼なことをした。
バーン!と肩がぶつかった。
その時に何も言わず「フン!」と言いながら通り過ぎるのと「あ〜悪い悪い!」と言いながら通り過ぎるのと、どっちがいいか?
何か一言声をかけたほうがいいかなぁ?と思うだろう。
でも武田先生を教えてくれる若い合気道の先生は「両方ともダメです」と。
黙って行くのもダメ。
ヘラ笑いで「あ〜悪い悪い!」と謝るのもダメ。
謝るんだったらはっきり謝る。
「すいませんでした」
頭を一回、きれいに下げる。
全てそこから始まる。
「私たちは合気道を、そのために練習してるんですよ」というようなことをおっしゃった。
申し訳ないのはそっちだと思う。
あんな細い道に、こすれそうな車を突っ込んできて。
それで「どけどけどけ〜!」という。
それも関東弁じゃなくて、わざわざ大阪の、大阪の人だって聞くと気持ち悪くなるような言葉を。
でも「礼儀」はきっとそういうことなんだなぁと思う。

武田先生がいつも思うこと。
水谷譲も息子さんを合気道をやらせているので思うだろう。
状況が悪くなくても「申し訳ありませんでした」という時に、人間は不思議と攻撃できない、という。
攻撃してくる人がいたら、これはもう相当おかしい人なのでボッコボコにやっつけていい。
そのチョイスの分かれ道が「申し訳ありませんでした」の一礼。
つまりこれを論語にかぶせると、目に見えないもの、コミュニケーションが取れないものに対して、その一礼さえ知っていれば相手を開錠できる、という。
これはとてつもなく深いもので。
「礼儀」というコミュニケーションツールを持って相対すれば、それを追い払うことができる。
孔子というのはそのことが言いたかったのではなかろうか?

『論語』の中にこんな出来事が著してある。
孔子が理想とした人物。
それは魯の周公という方。
これは武田鉄矢が坂本龍馬が大好きなように、孔子というのは500年前の偉人の魯の周公という人が大好き。
この人の夢を見て、この人のファン。
理想の人格。

 魯の周公の霊廟(大廟)に入ったときのことです。孔子は、大廟内の礼儀をひとつひとつ問いました。するとある人が「鄹の役人の子(孔子のこと)が礼を知っているなんて誰が言ったんだ。大廟の中でことごとに問うている」と揶揄しました。それを聞いた孔子は「問うこと、それこそが礼なのです」と答えました【3-15】。(146頁)

これはジンと来るというか、ハッとする。
わからないことがあったら訊くこと。
これはもう人生の基本。
また礼儀の基本。
とくに周公のように偉人で、もう亡くなっているワケで。
この人と繋がるためには絶対に礼が必要。
中国の古典ではお酒と肉を捧げること。
捧げて彼に正しく問う。
それが作法なのである、と。
だから両手を合わせてお祈りをする。
それからお花をあげる、お酒をあげるのも大事だが「問う」。
死者に向かって何かを訊く。
それが礼儀の一つ。

 正しい「問い」を立てる、それが温故知新の最初にすべきことであり、そしてしっかりと時間をかけることなのです。(149頁)

 子曰わく、故きを温めて新しきを知る、以て師となるべし。
 (子曰、温故而知新、可以爲師矣。)【2-11】
(140頁)

真ん中に「而」。
「しかして」あるいは「しこうして」という一文字がある。
だから「温故知新」という四文字ではなく、実は五文字で「温故而知新」。

 さて、「温故而知新」のレシピをまとめておきましょう。「知」の過程です。
 (一)問いを立てる
 (二)さまざまな「識(知識)」を脳内に(鍋、ぬか床)に投げ込む
 (三)「温」をする(ぐつぐつ煮る、かき回す)
 (四)忘れる(煮ること、かき回すことは忘れずに)
 (五)「新(まったく新しい知見)」が突然出現する。
(149頁)

だからデリケートに訳さないとダメ。
古から新を作るためには、新しいものを作るためには時をかけなさい、と。
己の体でしっかり温めて、古から新しいものを作りなさい。
これが孔子の本当に言いたかったことなのです、と。
だから「待つことが大事ですよ」。
「読書量を増やしたい」といたが、そういうこと。
知識を入れておいて、今すぐに役に立つ知識なんて、本当の新しいものを生む知識にはならない。
新しいものを生み出すためには長いこと抱いておいて温めて、発酵させるという時間が必要なので。
ぜひ、そういう本の読み方をなさるといいのではなかと。

「切磋琢磨」
「努力して練習したりお稽古したり、自分を磨いていくことが大切」という意味ではない。

「切磋琢磨」の四文字はすべて、素材を加工して付加価値のある「何か」を作り上げる方法のことですが、素材がそれぞれ違います。「切」は玉を、「磨」は石をみがく方法をいいます。骨・象牙・玉・石を加工するには、おのおのに合った方法があります。その方法を間違うと美しく仕上げることができないどころか材料をダメにしかねません。ダイヤモンドを研磨するもので真珠を磨いたりすると、うまく磨けないどころか下手をすると真珠を壊してしまいます。
 その素材に合った方法を見つけ、それによって素材を磨く、それが「切磋琢磨」です。
(161〜162頁)

「仁」は君子とともに孔子にとってもっとも重要な概念のひとつでした。(vii頁)

あんまりいい響きはないかも知れないが「仁義」とか。
あるいは「仁術」医学のこと。
どういう言葉に「仁」というのは使われるかと言うと人間の関係の理想。
だから人の横に「二」と書く。
これは「人と人」という関係の一文字で、人間関係が一番うまくいっているということを孔子が言いたくて自ら作った造語ではなかろうか?といのだが。
そんな単純なものではないのではないか?というのが安田さんの主張。

「仁というのは人≠ニ二≠ゥら成る文字なんですよ」と話したら、ドミニクさんは即座に「あ、ヒューマン2.0ですね」と言いました。(215頁)

ヒューマン、人間らしさ、人間。
それが「2.0」。
「二倍」とも解すことができるし「二人寄ってる」とも解せる。
この中で出てくるのが「あわい」。
漢字一文字で「間」。
これを「あわい」と読む。
人と人との「あわい」。
その部分のことを実は孔子は「ヒューマン」「人間」と呼んだのではないか?
ここに「あいだ」が出てくる。
人は一人であった場合は「人」という字はそういう字。
立って歩く人間の横から見た。
しかしわざわざ「人間」という文字を作ったのは「人と人とのあいだ」「あわい」。
水谷譲と武田先生は今、人と人。
一文字・一文字。
だが、語り合うと水谷譲と武田先生の真ん中に立つものがある。
それが「人間」。
水谷譲でもなければ武田先生でもない。
しかし武田先生でもありつつ水谷譲でもあるもの。
それを「人間」。
孔子はこの「人間」という言葉の中に人と人とが重なり合う、特異点の存在を予感したのではないだろうか?。
そこにこそ人間がいる、という。
そういうものを直感的に彼は人と人との「あわい」という意味合いで「仁」と呼んだという。
(このあたりの話は本の内容とは異なる)

 仁について辞書を引いてみれば、「儒教における最高の徳」とし、「いつくしみ」や「思いやり」などと書いてあります。しかし、どうもそんなに簡単なものではなさそうです。
 ちなみに『論語』での「仁」の出現回数は一〇九回と非常に多く
(168頁)

(二)仁は非常に重要なものであり、手に入れるのは難しい。しかし、仁を手に入れるのは簡単でもある。
(三)君子は常に仁とともにある。しかし、仁をキープすることは難しい。
(四)仁は自分の内部にある。しかし、仁は選択することが大切。
(五)仁への道は自分の身近なところにある。しかし、仁への道は遠い。
(六)仁の基礎として礼がある。しかし、礼も楽も仁がなければ機能しない。
Aだといえば、非Aがある。なんとも不可解です。
(169頁)

イエスが説いた「天国」のような、そんな言葉に思えた武田先生。
イエスが使う「天国」という言葉は難しい。
「神様の許に行くのは簡単だ」と言いながら「身を尽くし心を尽くし、狭き門より出で」とか。
「汝、子供のごとくならねばパラダイスには行けぬ」とか。
「すぐ行ける」というようなことを言ったかと思ったら「オマエでは行けない」とか。
武田先生にはイエスが言う「天国」という単語に満ち満ちたもの、孔子は「簡単に手に入る人間関係のようなものではない」と論語の中ではしきりに繰り返している。
これはやっぱりすごい文字。
安田さんはものすごく「仁」を深く理解しようとなさっている。

 「依」の甲骨文字は「衣」の中に「人」が入る形で書かれます。−中略−仁に「依」るということも、霊衣をまとうように仁に包まれることを意味し(174頁)

 孔子は「道に志し、徳に據り、仁に依り、藝に游ぶ」といいます【7-6】。(174頁)

この道を行こうと志し、徳目、人間としての徳を十分に発揮し、仁に依る。
仁に依るの「依」がニンベンに「衣」で。
仁を衣服を着るがごとく着なさい。
そして藝に遊べ、と。

 白川静氏によれば、この衣はもともとは受霊に用いる霊衣で、それを身につけることによって、その霊に依り、これを承継することができたといいます。仁に「依」るということも、霊衣をまとうように仁に包まれることを意味し(174頁)

 日本で天皇が即位後最初に行う一世一度の新嘗祭である「大嘗祭」でも、衣は重要な意味を持ちます。−中略−
 また平安朝期の大嘗祭の形態を伝える『儀式 践祚大嘗祭儀』(思文閣出版)によると大嘗祭当日の戌の刻に、天皇は廻立殿で湯浴をされますが、そのときにまず「天の羽衣」を着て背中を流されたあと、その衣を湯殿に置いたまま出て、別の衣に着替えます。
「天の羽衣」は
−中略−これを着ると過去を忘れ、違う人格に変容する、すなわち人間としての天皇から現人神としての天皇に変容するための衣でもあります。(193頁)

だからそのあとの年内のお墓参りもすごかった。
神武天皇から始まって明治維新の時の天皇から明治帝、大正、昭和の天皇まで全部墓参り。
そのようにして天皇霊が彼に宿っていくという。
これが衣の儀式から始まるワケだから。
「仁」もそのようにして新しい人格がその人に乗り移る。
異世界からの新しい人格がその人を変えていくんだ。

 実は「仁」という漢字は孔子の時代にはありませんでした。しかし「仁」ではないかと思われる文字はあります。これです。
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 しかし、この文字を「仁」と読むかどうかは意見が分かれるところです。この字はせむしの人の下半身に二本の線を加えた形です。
(213頁)

武田先生の解釈も入る。
安田さんは慎重に書いてらっしゃるが、ちょっとそれでは(番組の)時間内にしゃべりが追い付かないもので。
「仁」という一文字の中にはまず「二」と書く。
一人は間違いなく「私」なのだ。
もう一人。
それが「死者の国からやってきた誰か」。
その二つを合わせてアナタはアナタになりなさい、というのが実は「仁」という文字であるという。
孔子は周の国の周公という人を理想にした。
その人の霊と自分が重なったのが自分の「理想の私」なのである。
だから「仁」というのは人が二人とか「ヒューマン2.0」で「仁」。
一人の人の中に二人の人間が生きている、という。
そう考えると例えば武田先生は坂本龍馬と、ということ。
自分が実は自分だけでもっていない、という。
自分の中にもう一つ世界があるんじゃないか?と。
その自分の内側にあるもう一つの世界と、今生きているこの世界。
その二つの間にオマエは生きているんだ、という。
この世界に生きている「私」ともう一つ別世界にいる「私」。
その二つが重なりあったところに私が目指すべき「私」がいると言った。
この「もう一つある世界」というのが、物理学で「本当にある」と学者さんたちが言い出した。
それが「マルチバース」という考え方で。
今まで物理学では「ユニバース」だった。
一つの世界。
ところが宇宙論を調べていくうちに「もう一つあるんじゃないか」という。
それがこの安田さんの言う「ヒューマン2.0」というのと、本屋で偶然見つけた「スペース2.0」というのが「2.0」で武田先生の中で重なった。
翌週からの宇宙論と、今言ったこととは結構重なる。


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2020年1月6〜17日◆あわいの時代(前編)

新春第一発目に持ってきたのは安田登さん。
あのフランス哲学者の内田樹先生が師と仰ぐ能の舞い手。

あわいの時代の『論語』: ヒューマン2.0



変な本のタイトル。
「ヒューマン2.0」
「人間が二つ」という意味で「2.0」。
これと同じタイトルの本を見つけた。
それは『宇宙2.0』。

ユニバース2.0 実験室で宇宙を創造する



全ての始まりはこれ。
タイトルが同じだから何か繋がりが。
著者は全然違う。
安田さんは何でこんな不思議な副題をお付けになったのか?
「ヒューマン2.0」とは何か?
ここを謎としてこの一冊を追いかけていきたいと思う。

著者は孔子の『論語』に挑む。
中国の道徳を作り、神とも中国ではなった人。
習近平さんも大好きな孔子。
その方が人間関係について非常に苦しんだことを材料にして『論語』という本を書いた。
その著作の論語という本を書いた文字が漢字。
そのまず漢字からいく。

紀元前一三〇〇年ごろ、殷の武丁と呼ばれる王の時代の甲骨文です。いまから三三〇〇年ぐらい前の文章です。この文章は牛の肩甲骨に刻まれていますが、亀の甲羅に刻まれたものも多く、甲羅や骨に文字を書いていることから「甲骨文」と呼ばれています。
 甲骨文のほとんどは占いの文章であり、この文も占いの文です。
(37頁)

最初は五千字ばかりが生まれる。
その五千字は神様と王様が会話するという「通信ツール」だった。
王と神様のものだった。
彼らの文明は祈祷、祈りと犠牲に満ちていて。
現在の四川省。
パンダが住んでいる。
ここに羌(きょう)族という一族がいた。
この羌族の人たちが殷の人たちに捕まって生け贄の人間とされた。
だから殷の人たちは羌族の人間を生け贄のために飼育していた。
そういう関係がある。
羊と同じようにこの羌族の人間たちを生きたまま生け贄として神に捧げたという。
中には「サレコウベダン」というのがあって。
羌族の人たちの生首が数十個並んだドクロ棚がある。
この羌族の人たちの生首を持って夜の道を歩くと魔物が逃げていく、という。
ただし、文字に残ってしまう。
道を歩く時、生首を持って歩くと魔物が寄ってこない、というので殷の文化では「道」という字を・・・生首を持っている。
漢字の中にはこういうふうにして、生け贄になった人がそのまま文字になるという。

「燃」
これは生け贄だろう。
下のテンテンが炎。
上の方で焼け焦げているのは「犬」。
犬がいる。
犬を焼いちゃった。
「献」
また「犬」がいる。
かくのごとくして、中国、殷文明は甲骨文字を発明し、漢字の大元を作る。
この安田さんの説というか話だが、では羌族の人たちは何も抵抗しなかったのか?
これが抵抗しなかったようだ。
(本によると戦った人もいたようだ)
生け贄になるということが人生の目標になっているので、死を恐れたり、生きるために反抗するということなどには一切思いがゆかないという「生け贄用人間」だったという。
「飼育された人間」というのはそんなふうになってしまう。
(本によると「時間」の感覚、すなわち「心」の働きが希薄だったのではないかということだが)
中国というのは闇の中でこういう歴史を持っている。
「殷がダメだ」というワケではない。
とにかく殷の文明はここから漢字を生み出していくワケだから。
漢字の一文字の中にはそういう殷の、今ではちょっと理解できない文明、文化があったと思ってください。

これは安田さんの説だが、こういうのを聞くとゾクッとする。
甲骨文字が生まれ、文字がゆっくり広がっていくと反転していく。
羌族の人たちが漢字を知ることによって反抗するようになる。
(ということは本にはない)

 ヘレン・ケラーは生後十九ヶ月のときに高熱にかかり、聴覚・視覚・言葉を失いました。そして七歳のときにサリバン先生と出会い、「W-A-T-E-R」という文字を知り、すべてのものには名前があるということを知ったと自伝には書かれています。そして、そのときヘレンは、それまでに感じたことがなかったふたつの感情を感じたといいます。
 それは「後悔」と「悲しみ」です。
 彼女は、三重苦のつらさと、そして甘やかされて育ったために、毎日、自分の人形を投げつけたり、ちぎったりしてバラバラにしていました。そして、その行為を省みることはありませんでした。しかし、文字を知ったその日、自分の部屋に戻ったヘレンは、自分の人形を、自分がバラバラにしたという事実をはじめて認識しました。
(47頁)

「文字を知ることが感情を作る」ということ。
人間はその「文字の一滴」から大脳新皮質が出来上がり、一滴の文字、それが脳の中になだれこんでいって川の流れのごとく、最初は細く、言葉を溜めることによって感情の大河になっていくという。
文字が感情の川、心の川を作るという。
それが安田さんの説。
全部当たっていないにしても、かなり美しい例え。
(本の中にはこういった表現はないが)

話を甲骨文字を作った殷に戻す。
今から三千年前のこと。
この殷を倒そうということで周という国家が起こる。
この周は単独で殷を倒すほどの国力がない。
そこでまわりの国に声をかけた。

 殷を倒すために集結した周の軍隊は、さまざまな国や民族の人たちの寄せ集めの軍隊でした。少し前の中国ですら、河を挟むと通訳が必要だといわれていました。ましてや紀元前一〇〇〇年、お互いの音声言語はまったく通じなかったでしょう。しかし、文字を使えばコミュニケーションができた。(100〜101頁)

その文字も台湾と北京では変わる。
中国の北京の方は略した文字ばっかり。
台湾の人たちはちゃんと漢字を用いている。
いずれにしろ「殷を滅ぼそう」ということを叫んだ周は他民族を集めて、心を合わせるために必要なコミュニケーションツール、それを殷が作った文字で代用した。
今までは甲骨文字だったが、約束したことを忘れないように金属に鋳込んで「金文」という新しいタイプの文字を作った。
お寺の鐘か何かに漢字が彫り込んである。
あれを契約書にした。
あれは簡単に割れたり千切れたりしないので、一回結んだ契約は固い約束になる。
そんなふうにして青銅器に鋳込む文字。
甲骨から金文へと発展していく。
最初は神と王とのものだったのだが、ついに周が漢字を地上に降ろし、人と人との契約に漢字を使い始めたという。

「あわい」というのは隙間とか間とか。
漢字一文字で言うと「間(ま)」と書く。
それで「あわい」と読み仮名を打つ。
(本には「あわい」は「あいだ(間)」と似た意味だが、ちょっと違うと書いてある)

殷から周へ変わって、今度は春秋戦国の世となる。
まずは春秋なのだが、紀元前五世紀ごろ。
千々に千切れた中国。
それが相争う。
そういう時代に道徳の孔子が現れる。
彼はどういうタイプの人だったかと言うと「圜冠句履(えんかんこうり)緩く玦を帯び絃歌講誦(げんかこうしょう)」。
丸い冠を被り、先の曲がった履物を履き、美しい玉(ぎょく)を身に付けていた。
そして琴に合わせて詩を吟ずるという、いわゆる「流し」みたいな人か。
カッコイイ言葉を、フレーズを並べながら吟ずる人だったという。
最初から道徳だけじゃなかったと思う。
でもできたばっかりの漢字を並べて歌を作るから「ハイクラスな」ということだったのだろう。
儒教という理想を掲げて。
母親の存在というのは大きい。
孔子がこれ。

孔子伝 (中公文庫BIBLIO)



三千年ぐらい前の人だが、白川静先生が書くと目の前に出てくる。
どんな人かというと、孔子はどうもシングルマザーだったようだ。
お父さんは逃げてしまったようだ。
中国の本には一切書いていないのだが、白川先生はズバッとおっしゃっている。
母親の手、一つで育てられた。
そのお母さんの仕事がまた複雑。
女占い師だったらしい。
つまりお母さんは何をやっていたかといったら「雨を降らせる」というお祈りが得意だった。
雨は大事。
それで一生懸命雨乞いのお祈りをしていた。
孔子が教える「儒教」にはお母さんの形見が文字になっている。
「儒」は「雨」の一文字が隠れている。
これがお母さんの形見。
武田先生は小学校5年から何で「儒教」に「雨」が入っているのかわからなかった。
謎が解けたのは60いくつ。
白川先生の本を読んで夜中に正座した。
儒教の「儒」というのはもともと雨を乞う教え。
だから横にニンベンが立っている。
それから雨の下に(而)。
昔の武田先生。
長髪。
儒教の人はみんなロン毛。
「(金八先生の口調で)あぁ、いぃですかぁ〜?」と言っていた頃の武田先生。

3年B組金八先生 第2シリーズ昭和55年版 初回生産限定BOX [DVD]



漢字一文字の中に人間が潜んでいる。
変わった風体をして歌を歌って歩く孔子。
理想とすることを歌にする。
フォークソング。
「遠い〜世界に〜旅に〜出ようか〜・・・お空の〜♪」と孔子は歌っていた。
そういう人だった。
彼は説くところは人をまず二つに分けた。
「小人」と「君子」。
(番組の中では「小人」を「しょうにん」と言っているが本によると「しょうじん」)
(「小人」は)今ではあまりいい意味に使わない。
「不出来な人」という意味で。
君子は「上出来な人」という。
そういう分け方をした。
彼が弟子に説いたのは君子と「仁(じん)」の人。
この「仁」を目指す人。
「仁」とは何か?
「医は仁術」とかいう。
「優しい」ということ。
つまり「優しくあらねば」ということを言った。
(本によると「仁」とはもっと複雑なことらしい)

『論語』の中での「君子」の出現回数は一〇九回、「仁」は一一〇回。(52頁)

つまり孔子にとって一番大事だったのは「仁」。
この「仁」を繰り返し説明している。
ところがこの「仁」というのは孔子のほとんど造語。
だから意味は孔子しか知らない。

「仁というのは人≠ニ二≠ゥら成る文字なんですよ」と話したら、ドミニクさんは即座に「あ、ヒューマン2.0ですね」と言いました。(215頁)

安田さんというのはなかなか面白い方で、独特の論語の読み方をなさる方。
今、お聞きの中には中国や韓国の方がいらっしゃって「そんな読み方しないよ、論語は!」とかとおっしゃる方もいらっしゃるかも知れないが、これは安田さんの読み方。
安田さんはもうズバり「論語の中にいる孔子は、決して高潔な聖人ではない」。
吟遊詩人というか。
彼は自分のことをこう言っている。

 孔子は「生まれつきは、みなほとんど同じだ。ただ、学びによって違ってくるのだ(性、相近し、習えば、相遠し【17-2】と言っています。孔子自身も「自分も生まれながらにして知恵を持った人間ではなかった。ただ、古代のことが大好きで、そしてがむしゃらにそれを探求した人間なんだよ(我は生まれながらにしてこれを知る者に非ず。古を好み、敏にしてこれを求めたる者なり【7-19】)」と言うのです。
 生まれつきは、みなほとんど同じ。だからこそ、誰でもが君子にもなり得るし、小人にもなり得るのです。
(52〜53頁)

(【】が付いている箇所は『論語』からの引用)
彼は「不出来な人間」という意味で小人と言ったのではない。
「勉強しない人」を小人と言った。
決して「つまらない人」という意味ではなく。
一つの考え方だけで生きている人、それを小人と言った。
これに対して特別な人、あるいは色々考え、先を読む人のことを「君子」。
そういう言い方をした。

 孔子曰わく、君子に九思有り(56頁)

『論語』の中の君子の「九思」について書かれている章句を読んでみましょう。「九思」というのは、九つの状況において、君子は「思」をする、ということが書いてある章句です。
 「思」というのは、現代的な意味の「思う」とはちょっと違います。すなわち「思」とは網の目のように細かく思慮すること、注意深く考えることをいいます。
(56頁)

例えば疑えば「どう訊けばいいのかな?」。
カーッと腹が立つ相手と出会った時は「どうやれば仲良くなれるかなぁ?」。
何が正しいか?
それを言う時には「正しい」。
本当にそれが正しい判断かどうか?
相手のことを考え、これからのことを予測し、決してその場だけの一つ、そのことだけを考えているのではない。
いつも一つから九つのことを引っ張り出す、という。
そういう自分でいられる人が「君子」なんだ、という。

 孔子は、生国である魯の国を追われるようにして出国したあと十三年にも及ぶ諸国遍歴の旅をすることになります。旅の間ではさまざまな苦難に見舞われましたが、その中でも最大の苦難のひとつが陳の国でのできごとです。−中略−
 陳に在りて糧を断つ、従者病みて能く興つ莫し、子路慍って見えて曰わく、「君子も亦た窮するあるか」と、子曰わく、「君子、固より窮す、小人窮すれば斯に濫る」と。【15-1】
 放浪の旅の途中、陳の国に至った孔子ら一行は、食糧すらも尽きてしまいました。悪いときには悪いことが重なるもので、従者もみな病気になって立ち上がることもできません。まさに窮地。そんなときに弟子のひとりである子路が怒りもあらわに孔子に向かっていいます。
「君子でも、こんな窮地に陥ることがあるのですか」
(60〜61頁)

「そりゃあ君子だって困窮するよ(君子、固より窮す)。ただ、ふつうの人(小人)は窮地に陥ると濫れてしまうけどね」と。(62頁)

この「やせ我慢」が生々しい。
弟子に謀反を起こすというか、文句を言うヤツがいた、という。
これはおかしい。
「君子もまた窮するか!」というのはもう本当に腹の底から腹が立ったのだろう。
「いいことばっかりやっているのに、なんでこんなつらいの?俺たちは」というのは、いつの世にもつぶやきたくなるような愚痴ではないか?

 孔子に文句をいったこの子路という弟子は、弟子たちの中でも直情径行、曲がったことが大嫌いで、歯に衣を着せぬ言い様をすることで知られています。(61頁)

孔子の答えが弟子によって変わる。
それが論語を読む時の面白さ。
この二人の出会いはいつかと言うと、孔子がまだ中年だった頃、子路が先生ぶっている孔子をへこませてやろうと「南山の竹、揉す。自らただし、斬って用うらば犀革の厚きを通す」。
(子路曰:「南山有竹、不揉自直、斬而用之、達于犀革、何學之有?」)
「アンタ『勉強しなさい勉強しなさい』『学べ学べ』なんて偉そうなこと言ってるけども、見てご覧。竹、真っ直ぐ出てくるでしょ?南山の竹。アンタ、切って使うだけで革、突き通しますよ? 人間はね、素材じゃないの?素材。」
孔子曰く「その南山の竹に羽を付け、ヤジリを付ければ、革を貫くだけではない。」
(孔子曰:「括而羽之。鏃而礪之。其入之不亦深乎?」)
「素材だけではダメなんだ。それを磨いてとがらせる」という。

これはもう聖書と同じ。
いろんな弟子の性格があって。
子路はずっと孔子に楯突きながら人間的に成長していく。
最後は子路は先生を離れて衛という国の官僚になる。
それで出世してそのまま終わればいいのだが、やっぱり春秋時代。
世が乱れていた。

 衛の国でクーデターが起こったことを知った子路は、君主を助けるために死地に飛び込んで行き、戦闘の最中に、冠の紐の切れたのを嫌い「君子は死ぬときも冠を外さない」と冠の紐を結びなおしているうちに殺されてしまうのです(『史記』「仲尼弟子列伝」)。(61頁)

子路の亡骸は「見せしめのために」ということで塩漬けにされて都に晒された。
その噂を聞いた高齢の孔子は死ぬまで塩漬けのものを口にしなかった。
これは司馬遷の『史記』が伝えているエピソード。

現代語訳 史記 (ちくま新書)



おそらくかなりの誇張が入っているのだろうが。
しかし今から二千年以上前、「仁」という境地を求め、それを中国社会に説いたという孔子の行動録。

「君子」の「君」は、古くは「尹」と書かれていました。この「尹」という文字は杖(棒)を手で持つ形がそのもともとの形です。(55頁)

その下に「口」を書く。
それこそが祈りを入れる箱の「サイ」。
君子という「君」の字は「杖を握りしめた人」ということで、杖が必要な、あるいは脚に少しハンディキャップを抱えているかも知れない人。
そういう人たちが祈りの箱と共に立っている。
それが君子の「君」。
「杖を握り、祈りの箱を引き寄せている人」ということ。
これは本当に不思議なのだが、中国の文明というのは脚にハンディを抱えている人を「聖人」と見る。
だから「君子」の「君」は杖を握りしめた人の姿。

 伊尹の「尹」は、杖を持つ手だと書きましたが、その本字は、同音の「充」だという説もあります。現代では「まこと」と読む「充」ですが、殷の時代の文字ではこう書きます。
0113_02.png
 この字は佝僂の人の姿だと加藤常賢氏はいいます(『漢字の起源』)。
−中略−背骨が屈曲し、背中にこぶのようなものができた姿がせむしであり、佝僂です。(68頁)

 そして孔子も「頭の真ん中がくぼんでいる(反羽)」。(70頁)

それで「孔丘」というあだ名が。
「頭が丘みたいだ」というニックネームが付いている。
沖縄に最後、カチャーシーを踊りながら一升瓶を頭に載せるおじさんがいる。
ああいう頭をしていたのだろう。

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2020年05月19日

2019年9月16〜27日◆天高く食欲の秋だ(後編)

これの続きです。

(公式の方には「山天高く食欲の秋だ」と書いてあるが、多分「山」というのは入力ミスだと思われるので前半と同様に「天高く食欲の秋だ」というタイトルにしておく)

武田先生も痩せなければならない年齢。
綾小路きみまろさんのアレを思い出す。
「ダイエット 犬の散歩で 犬が痩せ」
あの人の熱弁はおかしい。
「食べちゃうんです!仕方ないじゃぁありませんか、奥さん!残せないんですよ、私たちは!最後は痩せて死ぬんです!」
やけくその漫談があった。
「最後は痩せて死ぬんです!」というのはすごく説得力がある。
ダイエットというのは本当に何かテレビコマーシャルで流すくらいの人間の大イベントになるという。
そしてもう一つ。
体重を自分がコントロールしている悦びというのは麻薬っぽい悦びがあって、どこか正常ではない、という。
そう言われてみると、そういう気もする。

肥満も色々で、武田先生の場合は先週お話をした。
5月に1か月間の舞台ということで、食事量は減らしているのになぜか腹が出てしまうという。
ハードな仕事をやっているのに太っていくコロッケさんとかを見ていると「肥満て一体何だ?」という。
彼も舞台で言っていた。
「こんだけハードに舞台をやってるんですが、痩せません・・・」
「痩せる」「太る」というのは本当に不思議な気がする。
ストレスホルモンが肥満を呼ぶ、ということもある。

ストレス認知度が上がるとコルチゾールの分泌量が増えること、さらにコルチゾールの増加はグルコースとインスリンの増加に確かにつながることが示されている。インスリンは肥満を招く主な要因なので、このときにBMIと腹部肥満が増したのは驚くことではない(164頁)

このストレスに最も効果のある緩和策が実は運動。
運動というのはなるほど、ストレスを減らす。
運動している最中、ストレスに気を取られるヒマがない。

体重が増えるかどうかを分ける睡眠時間は「7時間」だという。(169頁)

 インスリンの分泌を増やす食べ物の最有力候補は、「精製された炭水化物」(171頁)

この説は(ロバート)アトキンスによって唱えられて。

 アトキンス博士は、自分がローカーボ・ダイエット(低炭水化物ダイエット)を考案したとは決して主張しなかった。(173頁)

2004年には、2600万人のアメリカ人が何らかのかたちで低炭水化物ダイエットをしていると答えている。(176頁)

一番大事なことは、このファン博士がおっしゃっているのだが「精製された」という一語が大事。

高度に精製され加工された食べ物に対しては、なぜか満腹ホルモンが出ず、私たちはそのケーキを食べてしまうのだ。(181頁)

俗にいう「満腹中枢」。

 精製された炭水化物を食べると食物依存症≠ノなるという説がある。(180頁)

あまりにも白すぎる砂糖というのは体の中ですぐに糖、ショ糖になって蓄えられてしまう。
精製されたものというのは体に吸収されやすい。

コカインを使用している人なら、微細な粉は粗く挽かれたものよりもずっと速く血中に吸収されることを知っているだろう──それが、もっと高いハイ¥態につながるのだが、それはコカインでもグルコースでも同じだ。(294頁)

ほとんどのアジア人は、少なくともここ50年、精白したコメ、つまり精製された炭水化物を主食とした食事をしている。それでも最近まで、アジアの人々が肥満になるのは極めて稀なケースだった。(185頁)

(番組ではアジア圏で肥満率が低いのは「精製されない炭水化物」を摂