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2020年09月19日

2019年12月16〜27日◆タコ(後編)

これの続きです。

今週聞き始めてびっくりなさった方もいらっしゃるかもしれないが、生き物の「タコ」のことを話している。
これは色々本を読んでいて非常に面白かったのは(タコは)不思議な生き物。
「年末のこの忙しい時期にタコなんかどうでもいい!」という方もいらっしゃるかも知れないが。

タコはイカと同じく、時として威嚇、あるいは興味を示したもの、あるいは擬態のために全身の色を変えることができるという。
しかし彼らは色は識別できない。
擬態の時、姿を変えるという。
あれは実は中から色を出しているのではなく全身鏡。
(本によると出している色もある)
それでまわりの色を反射させてあの色になったという。
このあたりは『プレデター』と同じ。

プレデター (吹替版)



だからプレデターもなんとなくイカっぽい口元をしている。
ギギギギギギ・・・
これほどの色を皮膚に浮かべることができるならば、色をコミュニケーションで使うことができるはずだが、発信はできても受信する能力がないので孤独な色変わり。

ヒヒの発するコールは三、四種類しかなく、どれも単純なものばかりだ。だが、この単純な声を聞き取ったヒヒは、非常に高度で複雑な情報処理を行う。−中略−自分たち自身が言えるよりもはるかに複雑な情報を受け取ることになる。(172頁)

鳥も情報処理では複雑で、これはびっくりしたが鳥も心がすごい。

そうした鳥は一〇〇箇所以上にさまざまな食物を蓄えることができ、しかもあとから蓄えた食べ物を回収できると突き止めた。自分がどこに食べ物を置いたかだけでなく、どこに何を置いたかまで正確に記憶できるという。だから食べ物の中でも傷みが早いものは、長持ちするものより早めに回収するようにしているとわかった。(172頁)

イカやタコ、鳥にも高次思考、高い次元の思考があって、彼らには記憶力があり、情報があり、好奇心もある。
ただ一つ人間と違うのは「内なる声」を持っていない、とこの作者のピーター・ゴドフリー=スミスさんはおっしゃっている。
内なる声。
「哲学の声」だろう。
内なる声を持つためには、ある寿命を持っていないとダメだそうで。
子供は内なる声を持っていない。
タコ・イカも同じ。
寿命が1〜2年で。

最大のタコであるミズダコでも野生ではせいぜい四年しか生きられない。(192頁)

大きい脳があれば学習ができるが、学習の有用性は、その動物の寿命が長いほど高くなる。寿命が短ければ、せっかく世界について学んでも、その知識を活かす十分な時間がない。(193頁)

太平洋を泳ぎ回るオウムガイは、−中略−寿命は二〇年以上にもなる。海の中をうろつき、死肉を漁るだけの動物などと生物学者たちに悪しざまに言われてしまうオウムガイだが、その寿命はとても長い。(194頁)

だから食い扶持が安定するとダメ。
「俺は明日どうなるんだろう?」とかと思っている時・・・
生ぬるい環境になってしまう。
やっぱり喰い物が安定してしまうとハングリー精神がない。
そうするとずっと世界チャンピオンのまま、対戦相手はいない、という訳で。

老化を(この番組で)じゃんじゃん取り上げようと思っている。
何で老化するのか?という。
これはなかなか。
「老化シリーズ」をいっぱいやる。
これはちゃんと別枠で「供養のためにやってやろうかなぁ?」と思っていたのだが、今年(2019年)の5月に武田先生の姉(長女)が亡くなった。
84〜5歳だから何の悔いもなかったのだが。
5月に逝ってしまって、それが突然で。
5月は(武田先生の)博多での舞台公演だった。
5日が初日だったので武田先生は4日に家へ帰って、この80半ばの姉と一杯やった。
鉄矢の舞台を見るために地方に散っているも一人の姉と、福岡に住んでいるもう一人の姉。
三人姉がいて。
姉が集まって6日にどんちゃん騒ぎをやっている。
それで7日の朝に死んでいて。
血栓が飛んだということなのだが。
そんなことで、ちょっとしみじみ考えたことがいくつかあって。
それをノートにまとめているのでまた別の機会に、という。

老化の問題。
「歳を取る」ということに関してだが。
なぜ人類は老化を選んだのか?
最近そんなことばっかり考えるようになったが、だいたい普通の生物は生殖能力がなくなれば死んでいく。
鮭などは潔くて。
人間はダラダラダラダラ。
人間はしつこい。
何で死ないで老化していくのか?
これは絶対生物学的に意味がないと、そんなことはあり得ない。
本に書いてあったのは突然変異に関して、有効な突然変異を活かすためには、その生き物は長生きしなければならない。
(ということは本には書いていない)
突然変異で、その変異がその生き物にとって「得をする」「損をする」というのは長時間お試し期間がないと「役に立つ」「役に立たない」がよくわからない。
イカ・タコのごとく2年ばかりで命が絶えていくと、よい突然変異が出ても2年で終わってしまうワケだから、有効な突然変異を残す間がない。
うまく子孫に伝わらない。
その意味で、人間の場合、悪いかどうかをしっかり確認して年老いて死んでいくので。
猶予期間、お試し期間が長い。
そんなふうにして命を研いできたのが人間で、人の老化はよい変異を若いうちに集中させ、悪い変異をその一代で消去するために「長寿」というお試し期間でよい遺伝子を全体に広げるために考えられた実に合理的な方法だ。
だからダラダラ生きているお年寄りの皆さんも、生物の種として遺伝子の良し悪しを確認するための寿命だと思って生きるとずいぶんと歳の取り方も違うような気がしてきませんか?

2011年3月11日の東日本の大震災でリアス式の町・村に棲んでおられた方々が引っ越しを余儀なくされた。
そこはもう全面的に高台に引っ越そう。
下の浜辺で小さいスナックをやっていた女性が高台に移ってもスナックをやってらっしゃる。
初老前後の方。
楽しそうにしている。
ああいうのはいい。
武田先生は楽しそうにしているお婆ちゃんたちを見ながら。
「お婆ちゃん」て(武田先生と)同じ年ぐらいだが。
しみじみ思ったが、本当に表情のよい年寄りというのは何か「よくぞ生き残られた」という気がして、地域全体を明るくする。
その時にまたアホみたいだが、この放送をお聞きの少なくとも自覚のあるご老人方。
もう人生、最後の最後までどうなるかわかりませんぜ。
しかしそれを「悪運だ」とか「ついてない」とか「あの津波が」とか憎まずに、タコが殻を脱ぎ捨てた瞬間だと思って耐えましょう。
その災難に遭っても明るい魂の中から、災害に強い良い遺伝子の日本人というのが選抜されてゆくのだろう。
その証のためにも。
とんでもない方向に話が流れてしまったが、この本にあった言葉でこういうことが、老いてくるとしみじみ思う。
タコとイカは2年で終わっている命がある。
これを長くするためにはどうしたらいいか?
生き物として寿命を長くする方法がある。
弱肉強食をやめること。
この弱肉強食思想の人がいる。
だから「Amazonに勝とう」とか。
それから「美貌一本で生きていこう」とか。
そういう人たちは発想そのものが弱肉強食。
その思想だと寿命は短くなる。
だから今は「大企業になれば何でも喰える」と思っている経営者はいっぱい中国大陸にもアメリカにもいらっしゃるのではないか?
我々は「弱肉強食から脱する生き方」みたいなのが実は人間としても求められているのではないか?
話は意外なところに転がるが。
タコについて考えると色んなことが学べそうな今週。

タコについていろいろ考えてみたいと思う。
本日はクリスマス等々の行事ごともあるかと思うが。
(この放送日が12月25日)
とりあえず当番組「タコ」。

深さ一五〇〇メートルのあたりだが、そこで深海性のタコであるホクヨウイボダコに遭遇した。−中略−
 このタコは、それまで知られていたどのタコの一生よりも長い期間、卵を抱いていた。なんと五三ヶ月間である。
−中略−寿命は一六年くらいと推測できる。(210〜211頁)

これは浅い海では考えられないということ。
浅い海は餌がいっぱいある。
餌がいっぱいあるけれども、餌として喰われる危険も多い。
そうなると自分が喰われる心配がある。
それに比べてこのイボダコは、食料を集めるのが非常に困難だけれども、その分ゆっくり子育て、子供を深海で放せるという。

進化の上で人とタコ。
脳を発達させた材料は同じ。

神経系を形成するには、神経細胞どうしを正しく接着する必要がある。人間の場合は、プロトカドヘリンという物質がこの接着に利用される。タコの神経系の形成においても、やはり同様の物質が利用されることがわかった。(237頁)

今、物理学の本を三枚におろせないかと思って。
これが皆さんに楽しんでもらうために武田先生は読み下してはいるのだが、難しい。
物質の奥の奥まで入って、量子物理学まで今、いっている。
岩、石ころというのがある。
石ころと人間は量子物理学まで降りていくと「材料」は同じ。
この不思議。
石と同じ材料でできているのだが、それがどこから生き物になるのかというのは、考えてみたらすごく不思議。
これもそう。
皆さんに「タコ」と言うと「ああ、アレか」と思う。
「あのタコ」と思う皆さんと、考えている脳の材料は同じ。
どこから違うのか?というのが。

この著者、ピーター・ゴドフリーさんがおっしゃるのだが、とにかくタコ・イカというのは「殻を脱ぎ捨てた貝である」と。
タコに神経細胞を与え、脳を体中にいくつも作り、もう一度その脳を一か所に集めて脊椎動物、我々ができた。

 心は海の中で進化した。(240頁)

ということは、心は海が作った。
美しい。
でもこれは覚えておこう。
心を作ったのは海。

ここから不思議な不思議な実験にいく。
鳥が餌を隠して、それらを記憶し、保存状態まで記憶する「エピソード記憶」というのが高次の心を持っている証だ。
例えばイカはどうか?

コウイカを対象とした実験はこのように行われた。まず、二種類の食物(カニとエビ)を用意し、被験者となるイカがそれぞれどちらを好むかを確かめる。−中略−カニは食べたあと一時間で補充されるが、エビは三時間待たなければ補充されない。その環境下で学習をさせたイカにエビを食べさせたあと、いったん水槽から出し、一時間後に再び水槽に戻したとする。イカはエビを食べた場所に行っても駄目だとわかっている。そこには何もないからだ。水槽に戻されたのが一時間後なら、イカはカニを食べた場所に行く。戻されたのが三時間後ならば、エビを食べた場所に行く。(239頁)

つまりイカは、タコも同じだと思うが、他の場所に移されてもカニ、エビの場所を「時間によってある」ということを記憶しているということ。
頭がいいらしい。
「あれから一時間ぐらい経ったかな?だったらあそこにカニはあるわ」という。
「三時間経った?もう。じゃ、エビあるわ」というのは、イカは絶対に分かるそうだ。
「うちの猫より頭がいい」と思う水谷譲。
とにかく皆さん覚えておいてください。
5〜6億年前、この時は共通の生き物だった。
そこから心が、知性を持った意識がともり、脊椎動物から爬虫類、鳥類、哺乳類へと心はゆっくり巨大になっていった、ということ。

タコ・イカは腕のすべてに神経細胞があり、ある意味では小さな脳を脚ごとに一個ずつ持っている。
そこからのモニターで腕が考えて行動する。
それで口の近くにある脳へ「こんなことあったよ」と報告するという形をしているという。
タコ・イカは皮膚にも目がありそこで見るそうだ。

たとえばハトについて調べてみると、一方の目で見た情報はやはり、脳の反対側には伝達されていないらしいとわかる。(103頁)

タコは少なくとも情報は全体に送る。
ハトは右目で見た情報は左脳には送らない。
(視神経は交差しているので、おそらくハトは右目で見た情報は左脳にのみ送られていて右脳には送られていない)
ということは右側に友達がいた場合は「あ、友達だ」とか思わないのだろう。
(目に)映ってはいるだろうけれども、それをジャッジする脳がない。
カエルはというと見ているものをまとめる脳がない。
映ってはいるのだが、映っているだけ。
あまり用は成していない。
ニワトリは色を感じる脳が分かれており、ジグザグに歩いている。
ニワトリは色を感じる脳が右と左で違う。
だからジグザグに歩く。
あの子(福田彩乃さんのことを指していると思われる)がマネしているところを見ても「ココーッ!コッコッ!」とやる女の子がいる。
これは何が言いたいかというと、タコというのは八個脳が手についている。
それをまとめる脳が口元にある。
だからタコというのは映像を集中管理できている。
モニターがいっぱいあって。
生き物として、ビルの入り口、裏口、屋上とかというのを警備会社の人が管理室で見ているという。
ニワトリはそこの警備の人がいる場所に誰もいない、という。
タコほどの高次の脳機能というのはなかなか珍しいこと。
人間はというと脳を一か所にまとめるという生き物として非常に危険。
そこをやられたら全部おしまいだから。
大事なものを全部一か所に集める危険さがある。
そういう轍を人間は知っているので左右で分けた。
それが右脳・左脳。
鳥やカエルと違うのは、情報をお互いに交換できる脳梁で左右を結んでいるところ。

前も話したと思うが、人間は誰かと絶えず話していないとボケてくる。
「ボケる」という言葉はあまりよくないかも知れないが。
人間は会話して初めて人間たるもの。
それは脳の形が右と左に分かれていることからもわかる。
タコは八個脳があるワケだから、たった一人で民主主義というヤツ。
偉い。

動物の中には、視界の左側に捕食者の姿が見えた時の方が反応が良い、というものが多くいる。また魚やオタマジャクシの中には、自分の左側に同種の固体が見えるような位置にいることを好むのものが何種類かいる。一方、食物を探す際には、右側にあるもののほうをよく知覚できる動物も多い。(104頁)

右にとにかくひたすら餌を。
右に友達が来ても反応しない。
でもこれはやっぱり魚を釣る時に餌を揺らす。
あれは右目左目どっちかに見えるように(釣り竿を)ツンツンやる。
そういうのを考えると脳と感覚器、視覚器、あるいは触覚器の存在の関係がよくわかるというふうに思う。

タコの心身問題??頭足類から考える意識の起源



ピーター・ゴドフリー=スミスさん、夏目大さんの訳。
強いメッセージがあるワケではないのだが読んでいて、生き物の不思議みたいなことが伝わってくる一冊だった。

著者は生命樹を遡り、タコ・イカという生き物に触れて「心」というものを生物学と共に哲学的に見ている。
海に住む者を食物資源とのみ見ている現代人にとって、知性というものを海の生き物にあるとして生き物を見てみると、ずいぶん違う見方ができるのではないか?という。
宇宙では他の生命との交信に熱心ではあるが、同じ情熱で違う形の心を持つタコ・イカ。
それを交信相手として考えると、我々はもっと深く海を知ることができるのではないか?というのがこの著者の提案。

考えてみると海の話題と言ったら「海水温が上がった」とか「漁獲量が減った」とかそればっかり。
海の生き物にちょっと失礼は失礼。
喰うことばっかり考えているワケだから。

魚の乱獲は一九世紀にはじまり、現在に至るまで続いている。(244頁)

21世紀、やっと乱獲がいかに危険かということに気づき始めた人類。
今、グローバルな問題として、温暖化、海水温上昇等々がある。

化石燃料の使用により大気中の二酸化炭素濃度が高まると、増えた二酸化炭素の一部が海水に溶けるのだ。すると、海水のpHバランスが変化することになる。通常は弱アルカリ性の海が酸性化していく。海水が酸性化すると、−中略−特にカルシウムで硬い部分をつくるサンゴなどの生物に深刻な影響がある。硬い部分は柔らかくなり、海水へと溶け出す。(244〜245頁)

(番組ではpHを「ペーハー」と言っているが、今は「ピーエイチ」と読むことになっているらしい)
それから海水温の極端な変化。
ラニーニャとかエルニーニョとかという南米沖の海で引き起こされる海流の温度。
そういうものが世界気候を混乱させているのではないか?
大事なことは、原因は絶対一つではないので。
原因は一つではないのはともかくも、ピーター・ゴドフリー=スミスさん。
この方の面白いのは、別の形の心が海にはあるのだ、と。
ヒト、サル、ネコ、クジラ。
哺乳類が「心!」とかと言うが、魚類、タコ・イカまで含めて考えようじゃないですか。
そのことで彼らの心が読めるようになったら、もっと海に関する知識が増えるのではないか?
台風がバンバン今年(2019年)来た。
武田先生の短い人生の中でもこんなに来た年はそうそうないし、台風の動きは最近変。
グルグルそこらへんを流して歩いたり。
迷走したり。
秋風が立っているくせにわざわざやってきたり。
そのへんの知識をタコ・イカと分かち合えるようになるという交信の方法。
タコ・イカに「近頃どう?」とかと言うと「エルニーニョあるかも知んない」とかと連絡があれば「オマエは本当にイイダコ」なんちゃって。
番組の落とし方もわからなくなった。
タコを利用してサッカーの勝敗を占ったりしていた。
何とか君(パウル君)みたいなタコで。
タコを頼りにしているというかタコの知性を人間は信じてはいる。
予感能力とか。
タコとの交信を通して海の深い情報を知ることができれば、という。
これがこの人の発想。

今、タコをわさび醤油ですごく食べたくなった水谷譲。
「タコには心がある」とかと言っておいて、タコを喰いたくなるところがタコの不思議な魅力。
タコにへばりつかれると怖い。
口の中に入れてタコの足の先っぽが暴れて、ほっぺたに吸い付いたりすると何か感じる。
何かタコはちょっと意思を感じさせる。
それとタコツボの中に入って漁師さんから引っ張り出される時のタコの慌て方が「何すんだ!この野郎!」みたいな。
何かそういう声が聞こえる時がある。

posted by ひと at 07:48| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月16〜27日◆タコ(前編)

タコの心身問題??頭足類から考える意識の起源



「頭足類から考える意識の起源」という副題が付いている。
ピーター・ゴドフリー=スミスさんという方の科学本、レポート。
夏目大さんの訳で。
あの真面目な本で有名なみすず書房。
本屋をブラブラ歩いていて、ツカミの腰帯の文章が、何やら武田先生には奇怪に読めた。
曰く

進化はまったく違う経路で
心を少なくとも二度、つくった。
(本の帯)

一つは人や鳥類などの脊椎動物。
もう一つがタコやイカを含む頭足類。
この「心」というヤツ。
AKB(48)とかが「失恋した」とかと歌っているヤツ。
乃木坂(46)は強気に男の子の気持ちで「僕はそんなんじゃない」とか。
そんなふうに「心」を歌っているワケだが。
その「心」というのは「進化」というデカい俯瞰の見ると二回作られた。
その一番最初の心を作った、というか持ったのが「タコ」。
最初武田先生も「これで果たして『(今朝の)三枚おろし』おろせるのかな?」と思ったことがある。
とにかくこの方は生物哲学者で、生物を通して哲学を考える、という。
とにかくこのスミスさん、スキューバーダイビングが大好きなオーストラリアの生物学者で、哲学もやってらっしゃるという方。
この人はタコを見ているうちに「タコを思う、ゆえに我あり」という。
こういう哲学的な立場にお立ちになった。

 本書の原題はOther Mindsである。−中略−❝other minds❞は、「(人間とは)別の心、あるいは知性たち」という意味だ。(252頁)

どうやら心は私たち人間ばかりのものではないというのが彼の主張。
その心は「タコ」にあるとおっしゃる。
タコは「タコ焼き」とか。
「ひどいことするな」と人間のことを思っているのだろう。
「大阪のヤツは俺たちのことを焼きやがって!」とか。
そういうことを思っているかも知れない。
ということで「違う心を持っている生き物」ということで、思わずこの『三枚おろし』のまな板の上に置いてみた。

このスミスさんの不思議な不思議な研究所と言うか書斎に参りましょうか。
オーストラリア東海岸。
シドニーのある湾の海中へスミスさんは書斎に入るがごとくスキューバーダイビングで海底へ潜って行く。

ホタテ貝の散在する平坦な砂地の海底を何度か漂ううち、ローレンスは不思議なものに出くわした。積み上げられたホタテ貝の貝殻の山だ。何千という数の貝殻が積み重なっている。−中略−その貝殻の「ベッド」の上には、一〇匹を超えるタコがいた。(2〜3頁)

彼らはホタテを喰いながら、ついでにマンションまで建設するという。
非常にエコ。
そこにブクブクブク〜と潜った著者は、タコを観察する。
そこでこのスミスさんがタコに心をわしづかみにされたのは、タコは寄って来てツンツン触る。
決して獲物を捕まえるのではない。
探っている。
材質とかタコのイボにくっつきやすいとかチェックをする。
スキューバーの腕あたりを触る時と水中メガネのガラスを触る時とは違うので。
「あ、ここはくっつくんだ」とか「ここはあんまくっつかねぇな」とか。
「探る」という、そいういう仕草をする。
手というか脚で触ってくる繊細な動きを見ながら、このスミスさんという生物哲学者は「これは心だ」「心がそうさせてるんだ」。
タコがピュアな生き物であれば材質を調べない。
つまり「食べられる」か「食べられない」かだけ。
ところがこのタコは明らかに触って「コイツは何者だろう?」と考えているふう。
ということはスミスさん曰く「タコには心がある」そう思っていい。
ではこのタコの心はどうやって生まれたのか?
心を持っている生き物は実は地球上にいくらでもいるんだ、というスミスさんの発想。

「タコにも心がある」という、そういう著者の主張。
ピーター・ゴドフリー=スミスが書いた『タコの心身問題』。
ネコとか犬は「心があるなぁ」と思って触れ合うが、タコとかイカとかホタテには心を感じたことはないという水谷譲。
この『タコの心身問題』を読んでいて思ったが、この本を読んだ後はタコをおいそれと喰えなくなる武田先生。

著者は生命樹を遡る。
生命の分かれ道。

 地球は現在、約四六億歳と言われている。生物の歴史は約三八億年前に始まったとされる。−中略−動物の誕生は約一〇億年前か、それより後と言われている。(15頁)

(番組では「生物の歴史は36億年」と言ったようだが、本によると38億年)
その動物とは多細胞動物。

 神経系は多数の部分からなるが、中でも特に重要なのは、「ニューロン」と呼ばれる特異な形状をした細胞だ。−中略−もう一つは「化学物質の放出とその感知」だ。(25頁)

ニューロンをはたらかせ、維持するためには、大変な量のエネルギーが必要になる。−中略−私たち人間は、−中略−そのエネルギーの四分の一近くを、ただ脳の正常な活動を維持するためだけに消費している。(26頁)

とても綺麗な女優さんが妙なクスリで逮捕されたが、これはこの脳の中に薬物を入れてしまうという。
はっきり言って綺麗な方だが頭はタコ以下。
タコだって薬物は使わない。

ごく普通のタコ(マダコ)の身体には、合計で約五億個のニューロンがある。(59頁)

マダコは喰うと美味い。
刺身か何かで喰う。
あれは人間の頭で言うところの「脳神経」というのを5億持っている。

人間のニューロンの数はそれよりはるかに多い──約一〇〇〇億個だ−中略−タコのニューロン数は、犬にかなり近い。(59頁)

だから(タコに)名前を付けたら覚えるかも知れない。
「オクトパス!」とかと言うと「何?」と言いながらヌッと出て来たりする可能性がある。
だからニューロンだけで言えばタコはほとんど犬に近いというワケだから、脊椎を持たない生物の中で頭足類は異常なほど神経のスケールが大きい。
これは面白い。
人間の引き起こした何事かによって地球環境が変わっていく。
そのことに対して我々人類はすごい恐怖を持っているが、地球に安心して住んだことなんて生物はない。
地球とか大自然というのはいつも生き物を脅威に晒す。
「喰うか喰われるか」の世界。
その「喰うか喰われるか」のところからタコを見てみたい、と。
考えてくれ!タコのことを。
全裸で生きている。
タコの全裸は生々しい。
タコの先祖はオウムガイ。
(と番組では言っているが、本によるとオウムガイは共通の先祖であって、直接の先祖ではない)
原始の海に浮かんでいたと言われるオウムガイという、グルグル巻いたヤツがいる。
殻を捨ててタコになった。
潔い。
あれだけの鎧を捨てて全裸になったというのは、よっぽどの事情がある。
元々は着ていたものを捨てているワケだから、そこにタコの進化がある。
ちゃんと鎧を持っていたくせに、環境に適応するために、あえて危険な全裸になったという。
そこがタコに感動するところ。
「やるな!タコ」というヤツ。
約5億4千2百万年前のこと、カンブリア紀という時代を迎える。
タコ・イカというのは別の姿をしていて、その別の姿こそカメロケラスという古いタイプのオウムガイの形をしていた。
(カメロケラスも先祖はタコ・イカと共通だが、タコ・イカの先祖ではない)
それが何故にかあの姿に。
このあたりの進化の妙。

地球環境自体が比較的おとなしくなって生物たちが様々な種類に分かれていく。
それがカンブリア紀。
まずは海の中、カメロケラスという巻貝の一種だったタコの先祖もそこを生きていた。
「海の中」と言うと、これは基本が「喰う」「喰われる」。
とにかく襲われたら固い身(「殻」の間違いか?)の中に身を潜らせて助かるというようなことをやっていたら、今度は歯の丈夫なヤツが出てきて。
サメみたいなヤツが殻ごと喰っちゃう。
「これはたまらんなぁ」というもので。
何でこのサメみたいなヤツが出来たかというと、これは脊椎動物。
水の中で速く動くために表に持っていた殻を体の内側に取り込んで、真ん中に芯を作ってくねらせるという。
最初の頃はみんな鎧を外に着ていたが、だんだん内側に着るようになってくねらせて推進力を得るようになった。
そう考えると進化はすごい。
だから「何が幸いか」「何が不幸か」というのは生き物は決められない。
国際情勢もそう。
そんなふうに朝から色々とニュースが年末に飛び込んでいる。
何が幸か不幸かわからない。
非情な不幸が、ある幸せのスタートになったりする。
カメロケラスという巻貝はもうひたすら喰われた。
殻が固くて重い。
だから歯が弱いヤツには大丈夫。
丈夫なヤツには捕まって喰われちゃう。
このへんはやっぱり生きていくのは難しいもの。
このカンブリア紀に何とか歯の丈夫な魚に負けないようなものになりたいと思ったのがオウムガイ。
オウムガイは海を浅く深くが潜水艦みたいに微調整できる。
深海を上下しながらオウムガイはあきらめた。
他の生き物の刺身を喰うのをあきらめて「俺は死んだヤツをもっぱら喰おう」ということで海底の死んだ魚を餌にするようになった。
そこからオウムガイは今でも生きている。
このカンブリア紀から2億年経っても今でも生きている。
「生きてる化石」と言われている。
そう言われるのも切ないが。
「ひっそり生きていこう」とオウムガイは思った。
その中でとんでもないことを考えた一派がいた。
それがお待ちかね、軟体動物「タコ」。
タコは何を思ったか。
「身を守るために重い殻を着るという考え方が間違ってた。もういらない!もう鎧なんかいらない!俺は素っ裸で生きていく」
カッコイイ。
日本人にぴったり。
日本人はピンチになると裸になりたがる。
例えば高倉健さんが片肌を脱いで。
それからジャーン!と火事場で火の手がバーッと上がると一心助みたいな若造がスパーッと上半身裸になってマトイを振るう。
「遠山の金さん」だって犯人を追い詰める時には必ず上半身を脱ぐ。
半身を脱ぐというのはやっぱりすごい決意。
紀伊国屋文左衛門。
ミカンを運んでいる途中、大波が来る度に念仏を唱えながら裸になる。
何かあるとフンドシ一つになる。
総理大臣で偉かった新潟出身の人。
「(田中角栄のマネで)裸一貫!一生懸命生きてまいりました!」
「裸一貫」というのはもういよいよ最後のサバイバルに賭ける生き物の姿。
それがタコなんだ。
カンブリア紀にタコは脱いだ。
「冗談じゃねぇや!ここまでは俺は!」とブワーッと脱いだのがタコ。
タコは偉い。
タコが考えたことはただ一つ。
身を守るために鎧を着るのではない。
それよりも身を守るんだったらば、逃げるスピードを上げることなんだ。
これはすごい。
この「裸一貫になる・ならない」が朝鮮半島の文化と日本の違い。
朝鮮文化、韓国の人は裸になる人を嫌う。
ものすごく軽蔑なさる。
向こうは礼儀の国。
私たちは野蛮な国、ということで。
華夷秩序、中国が決めた秩序の中では日本は最下位の国。
それはちゃんと韓国の教科書に書いてある。
そういう国宝もある。
アジアじゅうの種族が中国の皇帝の宮殿に招かれた。
その一番端にフンドシのヤツがいる。
そのヤツの頭のところに「倭」と書いてある。
我々のこと。
日本人はとにかく裸になりたがる。
祭りでも裸になる。
だから日本人はタコと相性がいい。
だからお正月の重箱に酢だこが入っているという?

タコとイカは違う。
イカは貝であった頃の殻の一部をほんのわずかだが体内に留めている。
凄まじいのはタコ。
タコは殻を全部捨てた。

殻がなくなると、攻撃に対しては弱くなるが、その代わりに行動の自由度は高まる。(55頁)

 頭足類の身体が現在の形状へと進化する過程で、もう一つの変かも同時に起きた。一部の頭足類が賢くなっていったのである。(59頁)

これは知性があると言っていい。
知性というものの評価は難しいが、彼ら頭足類は目を持つ。

タコを含む頭足類は非常に優れた目を持っている。目のつくりは、大まかには私たち人間のものと同じである。−中略−だが、目の背後にある神経系のつくりは、タコと人間では大きく異なっている。(60頁)

人間は脳の中で組み立て直す。
目から入ってきた情報を形にしたり色にしたり。
スクリーンがないのに映写機だけ立派なヤツを持っているみたいな。
それで博多はイカが大好き。
とにかくおもてなしは透き通ったイカ。
お刺身で出す。
必ず丸ごと一匹。
頭が付いている。
(タコの)足が酒を飲ませて少し動かないと博多のお客さんが喜ばない。
目ん玉でこっちを見ているワケだから「この野郎!喰いやがって!」とかと思っているのだろう。
この目からの情報は脊椎動物の場合は脳から繋がって束ねられている。
タコの場合、目の情報は八本の腕、それぞれに行く。
脳が一か所にない。
タコは合議制。
タコが一匹で民主主義。
メリットはそれぞれに判断できる。
八個脳がある。
一匹が「餌かも知んねぇな」と思う。
それで触って「喰える!」というと他の手足の方も「え?喰えんの?」「喰えるの?」と足が寄ってくる。
そういう合議制で全体が動いている。

 タコに関する研究は、初期にはほとんどイタリアのナポリ海洋研究所で行われていた。−中略−
 一九五九年、
−中略−デューズは三匹のタコを訓練した。その結果、タコは三匹とも、レバーを操作して食物を得ることができるようになっている。タコがレバーを引くと、ライトが光り、報酬としてイワシの小片が与えられる。デューズによれば、三匹のタコのうちの二匹、アルバートとバートラムはかなり一貫して期待された行動をとることができたという。ところがもう一匹のタコ、チャールズはあとの二匹とは違っていた。−中略−チャールズは何度も腕をライトに巻きつけて、かなり強い力を加えた。(62〜63頁)

つまり好奇心が餌ではなくてライトの方を優先させた。
これはやっぱり「不思議なものに触れたい」という「心」の痕跡がある。
実験者の方もタコがライトをいたずらするのでひっぱがそうとしたらしい。
ライトをいたずらされると感電とかいろいろあるので。
そうしたらその人に向かってタコが水をかけた。
あわててその人が飛びのくとタコは腕を離して水槽の奥の方に沈んでおとなしくなった。
以降、タコはこの人が来る度にいちいち潜るようになった。
(このあたりの内容はかなり本とは異なる)
つまり見ていて認識している。
「コイツ、俺がライト触ろうとした時にひっぺがしたヤツだ」という。
ということは、別人か同一人物かをジャッジして、それ以降の行動を予測できる。
これはちょっとすごい。
これは全世界の学者さんが確認した化学的事実。
タコはただのタコではない。

二〇〇九年、インドネシアのある研究者グループは、野生のタコが半分に割れたココナツの殻を二つ抱えて歩いているのを発見して驚いた。なんと、その殻をタコは持ち運び可能なシェルターとして利用していたのだ。殻は綺麗に真っ二つに割れていたので、間違いなく人間が二つに割ってから捨てたものだろう。タコは偶然それを拾ってうまく役立てたわけだ。一方の殻をもう一方の殻の中に入れることもある。それを身体の下に抱えて海底を歩くのだ。−中略−殻を二つ合わせて球にし、自分がその中に入ることもある。(77頁)

これで「カラス級の知恵があるんじゃないか?」という。
それからもう一つだが、そこの土産物店の近くだったのだろう。
ナタデココが瓶売りか何かしていて誰かがポーンと投げたのだろう。
海の底にナタデココが沈んでいたらタコが腕で抱えて一本だけ手を入れて拾って喰っていたという。
(という話は本にはない)
だから手が八本あるので、入りやすい腕を選んでナタデココを1個ずつ喰っていたという。
ガラス容器の細い管の奥の奥にある餌を目で見て、腕の一本のみを管を通し這わせて獲得する。
これは何が重大か、というと明らかに脳で考え、目で確認しつつ、腕にある支店の脳に依頼して餌を獲るという、何重もの思考を経て喰っていた。
この筆者の形容詞だが「タコは八頭立ての馬に牽かれて走る、御者が操る生き物である」と。
これは面白い。
目に浮かぶ。

(葛飾)北斎なんかもそうだが、タコをやたらと描きたがる。
女の人を誘惑して、指先でもてあそんでいるタコとか。
春画でいやらしい方だが。
日本人は「タコの八ちゃん」じゃないが、タコに妙に人格を宿す。
タコの「知」みたいな。
知識。
タコの脳みたいなことに昔から直感で気づいていたのではないか。
でも人に文句を言う時に「このタコ!」と言うので、もっとタコをリスペクトしてもいいと思う水谷譲。
だがタコと(人間を)同列に置く。
「このタコ」というのは上から目線だが、少なくとも完全否定ではない。
「この犬野郎」というよりも「このタコ」と言われた方が・・・

タコの心臓は一つではなく、三つだ。また、その心臓が送り出す血液は赤ではなく、青緑色をしている。酸素を運ぶのに鉄ではなく、胴を使うからだ。(90頁)

時として自分の腕の動きを他人のように見つめることがある。

タコにも、一応、脳という指揮者はいる。−中略−指揮者からはおおまかな、全般的な司令は受けるが、演奏の細かい部分をどうするのが最適かはプレーヤーを信頼しプレーヤー自信に判断させる。(130頁)

 頭足類は一般に(すべてではないが、その多くが)身体の色を変える能力に長けている。−中略−頭足類の変色は、カメレオンより速いし、色の種類も豊富だ。大型のコウイカは、その身体全体が、色のついた模様を映し出すスクリーンのようになっていると言っていい。−中略−まるでネオンサインか雲のようだ。(132〜133頁)

皮膚にはまず、最も外側の層がある。−中略−一つ下の層には色素胞という組織がある。−中略−
 一つの色素胞が発するのは一色だけだ。同じ頭足類でも使える色は、種によって異なるが、ほぼどの種でも基本になる色は三つだ。ジャイアント・カトルフィッシュは、赤、黄色、黒/茶色という三種類の色素胞を持つ。
(134〜135頁)

ところがこのイカは、他にも数多くの色を発することができる。たとえば、青や緑紫、銀白色など、この仕組みでは出せないはずの色を出すのだ。こうした色を発するのは、さらに下の層にある機構である。この層には、何種類かの、光を反射する細胞がある。−中略−この仕組みによって、色素胞では出せない、緑や青を発することも可能になる。(135頁)

ここにもまた、タコ・イカの不思議がある。

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2020年09月07日

2019年10月21日〜11月1日◆ケーキの切れない非行少年(後編)

これの続きです。

政治資金規正法違反の罪で栃木県の黒羽刑務所に服役した元衆議院議員山本譲司氏の著書『獄窓記』(新潮文庫)にも詳しく書かれています。刑務所の中は凶悪犯罪者ばかり、と思っていた山本氏が実際に目にしたのは、障害をもった沢山の受刑者でした。
 おそらく刑務所にいる受刑者は、軽度知的障害や境界知能をもった人たちがかなりの割合で占めていると思われます。法務省の矯正統計表によりますと、2017年に新しく刑務所に入った受刑者1万9336人のうち、3879人は知能指数に相当する能力検査値(CAPAS)が69以下でした。つまり、約20%が知的障害者に相当すると考えられます。
−中略−矯正統計表から軽度知的障害相当や境界知能相当を併せると、新規受刑者の半数近くに相当することになるのです。(115頁)

この1万9336人だが、彼らのうちの95%が信じられないぐらい凄惨ないじめを体験しているという。
(本では95%が凄惨ないじめを体験しているのは性加害を行う少年)
相当いじめられている。
半端ないじめられ方ではない、動物以下みたいな体験が人生の中であるらしくて。
ここで間違いなく言えることは「いじめられた者は必ずいじめ返す」ということ。
非常に歪んだ病理ではあるが事実として「いじめというのはいじめ事件を誘発する大元だ」という。
そう記憶をしておいたほうが「いじめ」というものに関してはわかりやすいのではないかと。

宮口さんは前向き。
この子供たちをどうするのか。
とにかく少年院、あるいは少女院に収監されている若い青少年たち。

子どもへの支援としては、社会面、学習面(認知面)、身体面の三方面の支援が必要です。(157頁)

この三つを基礎にしておいて、対人スキルからマナー。
それからコントロールする。
それから問題解決力を身に付けていく。
そういうものがないと生きていけない。
本当に同感だが、宮口先生はおっしゃっている。
社会性さえあれば何とかなる。
社会性だけは身に付けておかないとダメだ、と。
こんなふうにおっしゃっている。

水谷譲は「お母さん」。
子供の社会性は気になる。
教えなくても「あ、何でそんなことをわかってるんだろう」ということが非常に多いので、あえて教えなくてはいけないということはあまりなかった気がする水谷譲。
その社会性に火が点いたのも水谷譲の教育のお陰。
「おはよう」「ただいま」「おやすみ」「いただきます」「ありがとう」。
最低限でも5〜6ぐらいの言葉で誰かとつながるという言葉を持っていれば、その子の未来は拓けるもの。
だからやはり武道はいい。
受け売りするかも知れないが、もしよかったら誰かに話してください。
武道は結局、頭を下げるコツみたいなヤツ。
頭を下げるタイミングがいい子は殴られない。
暴力事件はタイミング。
それこそ武道の奥義。
ケンカをするために身に付けてもいい。
柔道でも空手でも合気道でも。
でも一番いいのは武道は殴り合いになる前に丸く収める能力がつく。
(子供に)合気道をやらせて数年が経つ水谷譲。
何か人から受け取ったりする時に必ずちょっとした時に会釈をする。
人の前を通る時とかもちょっと会釈をする習慣が付いているのを見て「合気道のお陰かな」と思う水谷譲。
もうそれだけで殴られない。
やがて青春の頃、男の子は乱暴な時期がある。
その時に水谷譲のお子さんはしみじみ思うはず。
武道のシステムはよくできていて、自分が武道によって他人を傷つける能力というのが上がっていくと、他人との接触が上手くなる。
そういう意味で武道というのは大事で。
この先生がおっしゃる社会性。
これさえ学べば何とかなる。
そういうものがないと生きていけない。
希望は意外とすぐ近くにある。

(冒頭は「街の声」を受けてのスマホ決済の話題)

かつて飛び込み自殺が多かった札幌の地下鉄のホームに鏡を設置したところ、自殺者が減った、といった報道がありました。−中略−鏡で自分の姿を見ると自己に注意が向けられ、「自殺はよくないことだ」という自己規範が生じ、自殺者は減るだろうと考えられるからです。(151頁)

こういうことがその少年院の中で現実のドラマとしてあったらしい。
宮口幸治先生の本の中に書いてあった。
その少年院で授業を受け持ち、懸命に勉強を教えていた宮口先生。
その中でどうしても言うことを聞かない、ふざけてばっかりの悪ガキがいた。
どこにでもそんなヤツがいる。
ムカッ腹が立つ若いヤツが。
何度注意しても学習に集中しない。
悪ふざけをする。
それからチャイムが鳴ると「もう終われ、終われ」で急かせるというような、実にカリカリくるようなできの悪いヤツ。
軽蔑語を使いたくないが「できの悪い」と言った方がいいだろう。

とうとう私は、教えたり問題を出したりするのを止め、文句を言っていた少年たちに「では替わりにやってくれ」と彼らを前に出させ、私は少年側の席に移りました。−中略−とても楽しそうに皆に問題を出したり、得意そうに他の少年に答えを教えたりし始めたのです。(155頁)

この宮口先生は「これは面白いな」と思って、それから何時間かその子に担当させるようになったら懸命に次の時間まで考えるようになった。
この時に宮口先生は、人間というのは「教わる」ということも楽しいが、「教える」ということもその子を変えてしまう力があることに気づいて。
ある日のこと、チャイムが鳴っても止めず、クラス全員でその問題に取り組み続けたという光景を目撃する(ということは本には書いていない)。
その時に著者は、この宮口先生は、これこそが札幌のホームで自殺者を減らした、あの鏡と同じなんだ、という。
やっぱり自分の姿を見ることによって自分の評価が反転し、自分の持っている社会性「これは明日までにやっとかないとみんなが困るから」という言葉が理解できたんだろうということ。
自己評価の反転、社会性への気づき、そういうものがここで見つかったという。
著者はそこで教育には治療教育があると思いつく。
少年院の子らはまず漢字が読めない、計算が苦手、黒板が写せない、文字をひと塊で読めない。
教育に入る前にもうすでに実は躓いているんだ、と。
それから少年院でやるお勉強というのは、勉強で躓く前の勉強。
「漢字を読む」「計算する」「黒板を写す」「文字を数行ごと読める力」
そういう脳の使い方を練習することである、と。

では、教育に入る前の治療教育とはどういうことか?
これがなかなか面白い。
不良少年のためにだけ使うのはもったいないぐらい。

ワーキングメモリを含む認知機能向上への支援として有効な、「コグトレ(認知機能強化トレーニング)」についてご紹介したいと思います。−中略−
 コグトレは、
−中略−「覚える」「数える」「写す」「見つける」「想像する」の5つのトレーニングからなっています。(160〜161頁)

社会性を芽生えさせたり、それを強化するための基本的な動きということ。

・写す:「点つなぎ」
 点と点で結ばれた見本にある図形を見ながら同じように下の枠に写していきます。
−中略−写す側の台紙が回転している「くるくる星座」、見本の図形は鏡面、水面ではどう見えるかを想像しながら写す「鏡写し」などがあります。(161頁)

・覚える:「最初とポン」
 出題者が3つの文章を読み上げ、対象者に最初の単語だけを覚えてもらいます。但し、動物の名前が出たら手を叩きます。
例)サルの家には大きなツボがありました。
  大急ぎネコはそのツボの中に入ろうとしました。
  ツボを壊そうとイヌが足で蹴りました。
   答え(サル、大急ぎ、ツボ) 傍線:サル、ネコ、イヌで手を叩く
(161〜162頁)

こういうふうにして二つの記憶を捕まえる。
これで認知の能力が伸びるらしいから、このクイズはきっといいのだろう。
すごく頭を使う。
これを一時間の勉強の中でやるのだが、これはクイズ形式なので生徒のノリもいいらしい。

・見つける:「同じ絵はどれ」
 複数の絵の中から同じ絵を2枚見つける課題です。
−中略−
・想像する:「心で回転」
 ある図形を正面から見た場合と、右側、反対側、左側から見たらどうなるかを想像する課題で
(163頁)

よくある。
サイコロを開いて「畳んでサイコロになるのはどれでしょう?」とか。
ああいう簡単なヤツからゆっくりランクを上げていく。
そうすると45分間の授業なのだが、たちまち終わることができる。

 新しいブレーキをつける方法
・数える:「記号さがし」
 例えば色んな果物のマークが横一列に複数並んでいる、複数段からなるシートがあります。その中でリンゴだけの数を数えながら、できるだけ早くリンゴに✓をつけます。ただしリンゴの左側にある決められた果物のストップ記号(例えば、ミカン、メロンなど)がある場合には数えず✓もつけません。
(164頁)

これは採点方法も簡単。
正解を重ねておいてその子のヤツを置くと、できているかできていないか一発でわかる、という。
後ろにメロンがあった場合はその前のミカンに×をしてはいけないという「ブレーキゲーム」。
いわゆる幼稚園とか小学校のお受験の問題にすごく似ている。
小さい子にやらせるような問題。
だからこれは認知能力。

武田先生もちょっと「ホントかいな?」と思いつつ「いや、そうなのかも知れない」と思わず頷いてしまったのだが。
この問題を中身を変えて繰り返し繰り返しやっていた。
そうしたらある犯罪を犯した少年にテキメンに効果があった。
これはもう想像もつかないと思うが「殺人を犯した」という子。
この子はクセが悪いことにこの教官の宮口さんと二人きりになると、宮口さんがいい先生だから「本当に反省してるな?」とかと言うとニカッと笑って「もう一回だけ人、殺したいな」と言うような子だった。
この子がこのゲームで人間が変わってしまった。
(本にはトレーニングをさせていることは書いてあるが、結果に関しては書いていない)

禁止事項の学び。
メロンが後にある場合、ミカンに✓を入れてはいけない。
「いけない」を守ること。
「いけない」を守ることが犯罪を繰り返さないという心理と結びついたらしい。
これは効果があるかどうかは宮口さんもはっきりおっしゃっていない。
だが、この程度のことで改善がみられるのであれば、全ての少年や少女にこの認知教育をやるべき。
この宮口さんが開発なさった認知力を鍛える治療教育というのをやるべき。
一日5分程度でも、ものすごく効果があるんだ、ということ。

綿棒を使って指先の細かい運動をトレーニングする「綿棒積み」です。2人でチームとなり、できるだけ高く井型の綿棒タワーを作るのですが、90秒という時間制限があります。(170頁)

90秒でどのぐらいの高さができるかというのを毎日やらせた。
そうしたら粗暴がゆっくり収まる。
結局彼ら、あるいは彼女たちは「不器用」ということに関して克服する能力がない。
ハリウッドスターの電気製品の扱いみたいなもの。
いつも思うが荒い。
スピルバーグの映画に出てくる少年の冷蔵庫の開け方。
それからブラッド・ピットのお皿の扱い方の乱暴さ。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を見ても、缶詰の中にあるドッグフードをひっくり返してイヌにやるのだが。

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド (字幕版)



ブラピ!汚ねぇ!
とにかくアメリカ映画は基本的に道具の扱いが乱暴。
あそこからは宮大工は生まれない。
プレゼントを貰ってもビリビリビリ!と破くような。
「プレゼントの包装紙を破かずに開く指の美しさ」とかというのは学ばないとダメ。
上手にテープをはずして。
何か乱暴。
あの人たちはちょっとやっぱり何か・・・
乱暴じゃない人もいるのかも知れないが、イメージはある。

 今から53年前の1966年、米国テキサス大学の塔の上から銃を乱射して17人を射殺し負傷者32人を出した凶悪殺傷事件がありました。容疑者のチャールズ・ホイットマンは当時25歳の青年で、事件の前日に手紙をタイプしていました。そこには恐怖と暴力的衝動に苛まれており激しい頭痛にも悩まされていたこと、自分の死後、遺体を解剖して何か身体的な疾患がないか調べて欲しいこと等が記されていました。遺体の解剖の結果、脳の深部に胡桃大の悪性腫瘍が発見され、それによって暴力的衝動を抑制する能力が阻害されていた可能性が浮かび上がったのです。(171頁)

福島章は、精神鑑定で行った殺人犯48例の脳のMRIや脳CT検査(コンピュータ断層撮影)などの画像診断の結果をまとめ、半数の24名に脳の質的異常や量的異常などの異常所見を確認しました。更に被害者が2人以上の大量殺人に限っては、62%に異常所見を認めたのです。(173頁)

犯罪を、それを法で裁くだけでなく、教育と医学も悪、あるいは犯罪に参加してくれ、というのが宮口先生の高い望み。
性犯罪にしても、女性の方は聞きたくないかも知れないが、痴漢、強制性交、押さえつけてセックスを迫る。
それから本当に困ったもので、親たちの恐怖の的だが小児性愛。
それから下着窃盗。
これを「犯罪ごとに分けて脳障害を探る」という、そういう構えができないかというのが宮口先生の立場で。
これは深く深く納得した。

これは宮口先生という医療少年院で長く教壇に立たれた先生の願い。
犯罪のことは法とか少年院とか刑務所に任せないで、教育と医学も参加してくれ、と。
悪に向かってくれ、と。
反省、謝罪。
そればかりを追い求めて法的に犯人を追い詰めるというのは挫くことになるんだ、と。
だから医療、教育。
この二つの面で悪に立ち向かってくれないだろうか?とおっしゃっている。

武田鉄矢が書いている。
強姦、あるいは痴漢を企む青年がいる。
これは「性」というものをつかまえられない。
だからしっかり「性」というものを繋ぎ止める技術を。
武田先生は「性」というのは技術だと思う。
だから相手の人との協力がないとエクスタシーが来ない。
痴漢は相手が困っている姿を見て、自分だけエクスタシーを感じると思う水谷譲。
違う。
困った顔を別のコミュニケーションだと思っている。
性に関するコミュニケーションの言葉というのは、もっと深く理解しないと解けないような謎。
謎に立ち向かっていこうという気力がないと性の快感は得られない。
という話を「深そうに見えてただのエロ話」な気がした水谷譲。

 自分が変わるための動機づけには、自分に注意を向け、見つめ直すことが必要です。(152頁)

 現在、刑務所にいる受刑者を一人養うのに、施設運営費や人件費を含め年間約300万円かかるという試算があります。−中略−刑事施設の収容人員は平成29年末では5万6000人でしたので、逆に単純計算でも年間2240億円の損失です。−中略−これに殺人や傷害、性的暴行などの被害額を併せると、年間の犯罪者による損害額は年間5000億円を下らないはずです。いかに犯罪者を減らすことが日本の国力を上げるために重要か、お分かり頂けるかと思います。(179頁)

だからアメリカはかかっているカネがすごい。
簡単に「監視社会」とか言うが、中国も大変。
犯罪者のためにカメラが3億台。
いかに犯罪というものが国家の経済を削っていくか。

 私が本書を書こうと思ったきっかけは、本文中でも引用した元衆議院議員の山本譲司氏の著書『獄窓記』(新潮文庫)を読んだことでした。さまざまな障害を抱え、本来なら福祉によって救われるべき人たちが、行き場がないがゆえに罪を犯して刑務所に集まってしまっている──。(180頁)

武田先生のアイデアだが、総合病院と同じ。
さっき痴漢の話をして、水谷譲が武田先生に楯突いたが、大学病院と同じようなことを考えればいい。
つまり病の種類によって分ける。
刑務所もそうすればいい。
あおり運転をやった人は全部「あおり運転」というところに集める。
東名で家族を巻き込んだあおり運転をやった青年と、降りてきて女のおばさんと一緒に殴りつけた人と、それからエアガンで撃ちまくっている人と、三人が相部屋になって、しみじみあおり運転について語り合ってもらおうじゃありませんか。
つまり同じ病を持つ人をお互い見せあった方が、自分がやった犯罪の種類がわかる。
「ああ、俺はここに欠陥があるなぁ」ということが。
あの三人が同じ部屋になったら「この人たち危ない」とかと思うのだろう。
そういう人たちを集めた方が「気づき」が多くなる。
発見が多くなる。
だからそういうことを考えて「悪」というのを病理として扱う。
そういう意味では病院のシステムを刑務所に。
刑務官には教育者の資格をというふうに考えると、少し前が見えてくるような気がする。

 それに加え『反省させると犯罪者になります』(新潮新書、私が現在勤務する大学の前任者である故・岡本茂樹立命館大学教授による著作タイトル)という以前に、少年院にはもっと深刻な反省以前の少年たち≠ェいっぱいいることも伝えたいと思いました。(180〜181頁)

反省させると犯罪者になります (新潮新書)



反省だけを求めると人間は逆に犯罪者になってしまう。
その犯罪からいかに、何を学び取るか。

親鸞の言葉『歎異抄』の言葉だが「悪をおそるるなかれ」という。
私たちにもそのようなものが心の内にあるということ。
そのことを構えつつ、社会の悪に対してしっかりと見つめるべきではなかろうかとお送りした今回。

posted by ひと at 10:43| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月21日〜11月1日◆ケーキの切れない非行少年(前編)

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)



私は2009年から法務省矯正局の職員となり、医療少年院に6年、その後、女子少年院に1年余り、法務技官として勤務してきました。(17頁)

これはどういうことかというと、少年院、あるいは女子少年院なんかに収容されている18歳未満の子たちに対して更生のお勉強をさせるという、そういう仕事。
教え子の子供たちというのは、少年も少女もだが

窃盗・恐喝、暴行・傷害、強制猥褻、放火、殺人まで、ほぼ全ての犯罪を行った少年たちがいます。(17頁)

その子たちにこの宮口さんがお勉強を教えるのだが、教えながら宮口さんが発見したことがある。
窃盗とか恐喝、暴行・傷害、強制性交、放火、殺人。
最近の少年は殺人もある。
この子たちはどうしてその罪を犯したのか?
「これはわかりやすいかなぁ」と思って本を切り取った武田先生。

 ある粗暴な言動が目立つ少年の面接をしたときでした。私は彼との間にある机の上にA4サイズの紙を置き、丸い円を描いて、「ここに丸いケーキがあります。3人で食べるとしたらどうやって切りますか? 皆が平等になるように切ってください」という問題を出してみました。(32頁)

120度ずつに切ろうとすると思う水谷譲。
4人分だったらいいのだが、丸いケーキの三等分というのは難しい。

図2-1.png

図2-1

図2-2.png

図2-2

これが大半の少年院に来ている少年諸君の三等分にしたケーキの跡。
三つには分けているけれども、等分にするという気持ちがない。
はっきり言って等分にするという知恵がない。
丸いケーキがある。
少年院、少女院(女子少年院)に行った子たちで問題児たちは、まず三人ということを頭に入れ、とりあえずケーキを真っ二つに最初に切っている。
それからあと一人分をどうやって切るかに苦慮して、半円を縦に切ったり横に切ったりしているのだが、全く三等分になっていない。
三つには分かれている。
丸いケーキは360度あって、角度で言えば「120度が1個なんだ」というのはない。
宮口さんのお考えは「この子たちは三等分する知恵がないんだ」と。
「二等分」は理解できる。
真っ二つに切ることは。
でも三等分はできない。
宮口さんはもしかすると少年犯罪というのは、非常に激しい言葉を使うがわかりやすいのであえてはっきり言う。
知的障害かも知れない。
窃盗・恐喝、暴行・傷害、強制猥褻、放火、殺人。
そんなことを犯した少年や少女たちは、良心のどうのこうのと言う前に(丸いケーキの)分割という、社会的行動という、単純な、基本的な知的能力がない。
だから宮口さんがおっしゃるのは「彼らに対して必要なのはお勉強じゃないか?」という。
これはギクッとする。
とにかく丸いケーキを三等分にすることができない。
宮口さんは次々と子供たちを相手に図形の問題をやらせるのだが、これがアッと驚く答えを出してしまう。
ちょっと常識では考えにくいのだが。
そういう非行少年たち、ケーキが切れない非行少年たち。
その中に本当に犯罪の大元があるのではなかろうか?という提案。

激しい言葉遣いになるので、ひどく気分を害された方がいらっしゃったら申し訳ない。
しかし、この宮口幸治さんという方がお書きになった新潮新書『ケーキの切れない非行少年たち』というのは、深々と頷かせる強力なる力を持っている。
やっぱり犯罪を犯した少年たちと毎日顔を突き合わせながら、その子たちの更生を懸命に切り拓こうとする方だから、言葉遣いも気取ってはいられない。

昨日水谷譲にお見せしたのは非行少年が三等分したケーキ。
何のことはない。
ケーキを三等分できない。
丸いケーキを三等分するには、まず中心の一点を探し出して、なるべく一角が120度になる角度で切り割ることが大事なのだが、非行少年たちにケーキを切らせるとまずは真っ二つにしておいて、残り半分を縦、あるいは横に切るという。
これで三等分したと思っている。
これは知的障害ではないか?
つまり少年たちが犯している犯罪の大元は認知力障害なんだ、という。
そういう風に考えた方がいいのではないかと宮口先生はおっしゃる。

「では5人で食べるときは?」と尋ねると彼は素早く丸いケーキに4本の縦の線を入れ、今度は分かったといって得意そうに図2-3のように切ったのです。(33頁)

図2-3.png

図2-3

図2-4.png

図2-4

これはどう考えても360度を割るという計算ができない、という。
更に宮口先生は彼らの知的能力を疑う。

いつも少年たちへの面接では簡単な計算問題を出します。具体的には「100から7を引くと?」と聞いてみます。正確に答えられるのは半数ぐらいでした
 多いのが「3」「993」「107」といったものでした。「93」と正しく答えられたら次は、「では、そこからさらに7を引いたら?」と聞いてみます。すると、もうほとんどが答えることができません。
(35〜36頁)

引き算ができない。
これを犯罪とかと言っている場合じゃないんだ、と。
これは知的な障害なんだ。
こういうふうに考えた方がいいのではないか?

 ある殺人を犯した少年も、「自分はやさしい」と答えました。(41頁)

「何かやってみたいことはある?」と言うと、「もう一人殺してみたい」と言う。
殺人に強い憧れを持っている子なのだが、自分の性格は「優しい」と言い切るという。

 また多かったのが、アダルト動画に影響されてしまうケースです。−中略−アダルト動画で最初嫌がっていた女性が後になって喜び始めた¥齧ハを見て「強姦は実は喜んでいるんだと思った」と自分の非行理由をいう少年もいました。(45〜46頁)

・認知機能の弱さ……見たり聞いたり想像する力が弱い
・感情統制の弱さ……感情をコントロールするのが苦手。すぐにキレる
−中略−
・対人スキルの乏しさ……人とのコミュニケーションが苦手
(47〜48頁)

だから知能的な問題と情緒的な問題と社会的な態度。
それらがいずれも非常に劣っているという、能力の問題が犯罪を起こしているのではないだろうか?と。
著者は「反省をさせるよりも認知力を向上させる方が大事なのではないか?」。
つまり「勉強させることなんだ」という。

感情の統制ができないのも性格ではなくて大脳。

 人の感情には、大脳新皮質より下位部位の大脳辺縁系が関与しているとされています。五感を通して入った情報が認知の過程に入る際に「感情」というフィルターを通りますので、感情の統制が上手くいかないと認知過程にも様々な影響を及ぼします。(57頁)

更に「怒り」という感情に直情の行動をとってしまうのは、これは自信のない証拠で。
こういう人はいる。
いるというか、今年(2019年)はこういう人が活躍した年だった。
突然バス停に並んでいる児童を襲う、その学校には行けなかったあの犯罪者。
犯行はわずか十数秒、無言で19人を襲う 川崎死傷事件 [川崎の19人殺傷事件]:朝日新聞デジタル
そしてガソリンを持ち込んで、「火を点ければどうなるか」なんて考えればわかることなのに、自分の足元にガソリンを撒いて火を点け、自分も火だるまになったという犯罪者。
京アニ放火殺人事件、容疑者を逮捕 2019年7月、36人が犠牲 | 事件・事故 | 福井のニュース | 福井新聞ONLINE
これは「悪がなせる業」というよりも、知的能力が極端に劣っているという犯罪ではないのか?
彼らの問題点は無知ゆえではなかったか?と考えて、私たちの社会に蔓延する「悪」というものと向き合ってみたいと思う。

読みながらつくづく感じるところがあり、思い当たるところがあるという。
宮口さんがおっしゃっているのは少年院で会った少年や少女たち。
この子たちはまあ「悪」。
法律で許されないことをして反省をするというために、少年院の中に収監されているワケだが、宮口さんはこの子たちは悪のどうのこうのというよりも、知的に問題があるんだ、と。
そのことをきちんと社会全体も認めるべきで、この子たちに必要なのは「自分を見つめる」というお勉強をまずするところだ、という。

武田先生もそうだし、このラジオ(『今朝の三枚おろし』)をお聞きの方も皆、そうだと思う。
許しがたい通り魔犯罪、あるいはあおり運転。
これは「認知力の問題ですよ」と。
激しい言葉遣いになるので気分を害された方がいらっしゃったら申し訳ない。
皆さんはさんざん見せられただろうから、まだありありと覚えてらっしゃるだろうが、あおり運転をした人がいた。
あのあおり運転で車を蛇行させて脅しにかかる人の運転。
あの人は「自分を大事にしていない」ということをアピールしたい。
だからオラオラ運転ができる。
それからすり寄ってくる。
だから走っている車にわざと飛び出すというような金髪青年が映っていたが、特徴は全部わかる。
ヘラヘラしている。
これはどういうことかというと「私には常識がない」とか「認知能力が極端に劣っている」ということを相手に伝えるために無知を表情にしている。
そして彼らの最大の特徴は声量のコントロールが効かない。
声量のコントロールが効かないということはもう、認知能力が劣っている。
時々遭遇する武田先生。
突然近くまでやって来て、完璧に武田先生が警戒する距離までやってきて、必要もないぐらい大声で話す人。
声量のコントロールが効かないということはどういうことかと言うと、空間の広さに応じて的確な声量が判断できない。
だからむやみに大きい声を出す。
これは一種「粗暴」。

それからあおり運転をやった男。
あれは「結構いい大学出てたなぁ」とかと思ってらっしゃる方がいるだろう。
だが、この宮口さんが問題になさっているのはそうではない。
この方がおっしゃっている「知的能力に問題がある」というのはIQではない。
この方がおっしゃっているのは脳機能障害。
だからこの中にはIQが高いまんま脳機能障害を持つ人がいる。
常磐道「あおり運転」、強要容疑で男を再逮捕=悪質性に異例の適用−茨城県警:時事ドットコム
蛇行運転をして帽子をかぶってツカツカとやって来て若者を殴りつける。
あの殴り方は、それはものすごい殴り方。
あれはもう本当に悪ければ相手を殺してしまうぐらいの。
つまりその判断ができない。
しかもお巡りさんから囲まれたら、情けないことに仲良くしているおばさんに「手を繋いで○○署まで行って欲しい」と哀願する人。
これはIQが高いままの脳機能障害で。
やはりあの声の大きさはおかしい。
やっぱり脳機能障害。
そんなふうに考えると気づくことが多い。

今週武田先生がどうしても言いたかったこと。
赤ちゃんを抱っこ紐で前で抱っこしていて、後ろからスーッと寄って来た中年のいい男が、突然下りエスカレーターか何かで、若いお母さんのアレ(抱っこ紐のバックル)を外す。
後ろで外れるようになっていて(外すと)紐が取れる。
もう、赤ちゃんを落としてしまう。
それが面白いというのは「悪」というよりもやっぱり「脳機能障害」。
よく「そういうこをしたらどうなるかという、想像力がないんだよ」と言うが、そういう問題でもないと思う水谷譲。
だから逆の意味で脳機能障害と思った方が、事が進めやすい。
武田先生が何でこれを言いたいかというと、それをされそうになったお母さんが、人混みに行くのが怖くなって、振り返って見た男の顔を思い出す。
そいつがシレーッとした顔をしている。
人間に対する怯えが出てくる。
でも、それをされそうになった奥さんは覚えておいてください。
脳機能障害。
そう思うとスッキリしませんか?
だから対策を考えましょう。
「何を考えてるんだ?」とか「あの人には両親がいないのか?」とか「娘さんがいて、子供を産んでも同じことをするのか?」とかと。
そんなことではない。
この人たちは脳機能障害なのだ。
そう考えた方が私たちにはまだ打つ手がいくらでもあるような気がする。
宮口先生はそのことをおっしゃっている。

「悪の根本にあるのは無知ではないか?」ということで考えてみよう。
よく犯罪があった時にコメンテーターの人たちが「社会的疎外感を感じてるからだ」とか「何かストレスを発散したかったんだろう」とか言うが、絶対にそういう言葉だけで解決できるものではない。
武田先生が今おっしゃっている見方をしないと解決できない気がしてきた水谷譲。

昨日抱っこ紐の話をしたが、その奥さんがすごく怯えてらっしゃる。
赤ちゃんを落としそうな、そんないたずらをされそうになった屈辱というのがたまらなかったらしくて。
でも(その奥さんが、この番組を)聞いていることを祈るが、武田先生たちも(そういうことが)ある。
福岡のとある街の商店街でロケをやっていた。
商店街の人たちはテレビに映ることをローカルに行くとものすごく喜んでくれて。
商店主は張り切ってインタビューに答えてくれる。
その真ん中をものすごく不機嫌なおばさんが「なんばしよっと、アンタたちは!みんなに迷惑かけとるが!何でわからんとね!」と言いながら。
ちょっと考えこむ。
子供が楽しそうに祭りの太鼓を打っている練習風景を武田先生が覗いてからかう、という。
それは確かにアーケードだから邪魔かもしれないが、そこまで言うことはないじゃないか?
その時に「俺たちそんなひどいことしてるのかなぁ?」とかと考え込む。
若いD(ディレクター)は「何しよっとね!」とおばさんがヒステリーを起こすと「すいません。すいません。すいません」と言い続ける。
今の若いヤツは要領がいい。
それで別の場所へ行って別の取材をやっていた。
(番組は)二本撮りなので、後半の方をやっていたらまた来る。
ダダ降りの雨の日、別の商店街へ。
同じ人が傘をさして来ている。
同じことを言う。
「何しよっとね、アンタたちは!みんなに迷惑かけてるの、わからんと!出ていって、この街から!」とかと言う。
その時にディレクターが大きい声でそのおばさんがツカツカと来た時に「いらっしゃいました〜!どうそ皆さん、道開けてください!」とかと。
同じことを言ってそのおばさんは去っていったのだが。
その時に「あの人は私のこと・・・」。
武田鉄矢が嫌いな(人は)それはいる。
芸能界でも武田先生のことをものすごく嫌ったり憎んだりしている人はいる。
決して評判のいい男ではないし、わかっている。
武田先生の顔を見るのも嫌いだという人もいるだろうし、武田先生がテレビに映った瞬間「アイツが出てるんだったら見ない」という人もいるだろう。
だが「街のみんなが楽しんでるのに」と武田先生が思うから、心がフッと仄暗くなるが。
二度目にそのおばさんが来た時に「あ、これは病気だ」と思った。
病気の人に向かっていちいち反省しても(抱っこ紐を外された)奥さん、仕方ないじゃないですか?
奥さんの背中に手を伸ばしたおじさんは脳機能障害。
そんな人に向かって「何で人間としてあんなひどいことができるんだろう?」と。
そこに答えを探すと答えは落ちていない。

透明な細長い円筒の中にコルクが入っています。その隣には真ん中に小さな穴が開いた蓋が被さった水の入ったビーカーが置いてあります。そして手元には先の折れ曲がった針金、透明の円筒状の筒と蓋が置かれています−中略−。ルールは、手元の針金と透明の円筒状の筒と蓋の3つだけを使って、コルクを取り出すこと。ただしコルクの入った筒や、ビーカーは手で触ってはいけません。
 この問題に対する答えは以下の通りです。まず、透明の円筒状の筒と蓋でコップを作ります。次に先の曲がった針金でビーカーの蓋をあけ、コップを使って水を汲みます。そしてその水をコルクの入った筒に入れてコルクを浮かせて取る、という手順です。
−中略−
 しかし融通が利かない非行少年たちはどうするかというと、いきなり針金でコルクの入った長い筒をつつき、コルクを撮ろうとします。
−中略−コップを作る筒や蓋でコルクの入った長い筒をぺたぺた叩いたりして、制限時間が過ぎてしまいます。(69〜71頁)

「これとこれを合わせて」という計画が立てられない。
できなければ人に聞くというスキルがない。
そしてそういう子は不適切な発言が多い。

これでは、悪友に悪いことを誘われたら躊躇なくやってしまう訳です。(71頁)

褒められる、あるいはおだてられると、どんなふざけた行為も平気でやる。
いっぱいいた。
SNSに上げる。
人が飲む水槽の中で平泳ぎをやってみたり、それを(SNSに)上げればどんな目に遭うかわかる。
これから扱うお肉を一旦ゴミ箱の中に捨てて、悪ふざけで笑って見せるとか。
それで少年院の中には便器の外にわざと大便をこぼして笑い続けている子がいる。
これがSNSにいたずら動画を上げる青年たちと同じ。
精神ではない。
脳機能障害を持った子たちなのだ。
彼らに必要なのは実は学習ではないかと著者は叫んでいる。

(番組冒頭の「街の声」を受けてカジノの話題がしばらく入る)

この宮口さんの目が新しいのは、あの悪党の人たちは脳の機能に障害があるのだ、と。
つまり痴漢の人、それから小さい子供、幼児にいたずらする子。
それから立派な放送局に勤めながら帰り道で綺麗な女の人に抱き着いて逮捕されたヤツ。
犯罪の動機を聞くと「好きなタイプで」。
当たり前。
そんなものは好きなタイプの人だったら武田先生だってやりたい。
そこでやる人とやらない人の違いは何?ということ。
それは脳機能障害。
そんなものはやらないに決まっている。
叫び声をあげられるに決まっている。
この宮口さんの目が新しいのは、これほど脳機能障害とかと罵倒なさっているのだが(罵倒している内容ではないのだが、武田先生はそう解釈したようだ)この人の考え方の真ん中にあるのは「障害が見える人はいい」という。
それは申し訳ないが言わせてください。
障害があって見える人。
例えば足が不自由、手が不自由、目が不自由。
でもこの人たちは、耳が不自由な人も含めて、可能性としてはパラリンピックが待っている。
しかも世界中の人が見て喝采をしてくれる。
では、目に見えない障害を持っている人はどうか?
支援を受けられない。
あるいはこれはよくあることらしいが親が隠してしまう。
それで非行を起こして犯罪を起こす。
認知機能の弱さに気づいてもらえない。
「お前、なんべん言ったらわかるんだ!」
何にもわかっていない。
「なんべん言ったらわかるんだ!」と叱られて。
また社会に出てもその障害に気づいてもらえず再犯を犯してしまう。
それが現状じゃないか?とおっしゃる。
だからこの宮口さんのおっしゃっているのはすごいこと。
目に見える障害の人には道が準備された。
いろんな道に進める。
それに雇用促進法が励ましてくれて「雇わなきゃダメですよ」と。
ところが障害が見えない人たちは野放し。
捨てられているる。
その捨てられている人たちを何とかしなければ、というふうに思う。

本当に人ごとではない。
芸能人の息子で悪さをするヤツが何人もいる。
立派な女優さんとか立派な男優さんの、だいたいせがれが多いが、犯罪を犯して。
武田先生の仕事仲間もそのことを苦悩にしている人がいる。

IQについてもはっきり言う。
おんぶ紐(「抱っこ紐」のことを指していると思われる)をいたずらされそうになったお母さんも聞いてください。
その手の、つまりあなたにとっては変な人かも知れないが、脳機能障害。
その人はだいたい人口の14%。

IQ70〜84のかつての軽度知的障害者は14%もいた、という計算になります。(107頁)

二割はいかないが一割強。
10人人が集まると1人いる。
これは人数が生む病。
もう認めましょう。
その上にこれらの人たちというのは親から虐待されたという可能性が非常に高い。
この人たちは愛情が理解できない。
愛情が理解できない認知機能の障害者。
激しい言葉遣いで気分を害された方がいらっしゃったら申し訳ない。
でも奥さんがお子さんを抱えてらっしゃるように、じいっと抱いてもらえているという幼児期間の記憶がないから、人の(抱っこ紐)を外して面白がるという脳機能障害に陥った。
これはもう事実として認めましょう。

ある国会議員が選挙違反で逮捕されて服役した人がいる。
刑務所の中で見たことが自分が思っていたこととあまりにも違うので「再犯率を下げるためにはどうしたらいいか」と活動なさっている方がいらっしゃる。
その方のご意見など、来週このあたりから話を始めてみたいと思う。

posted by ひと at 10:30| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月30日

2019年12月2〜13日◆死に山(後編)

これの続きです。

死に山: 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相



ドニー・アイカーというノンフィクション作家(ドキュメンタリー映画作家)が書いた河出書房の一冊。
9人のウラル工科大学の学生さんが1959年のこと、ウラル山脈のホラチャフリ山、ディアトロフ峠でテントを引き裂き、ほとんど裸足で−30℃の吹雪の夜に全員死亡した。
なぜ彼らはテントを切り裂いて外へ飛び出したのか?という謎の遭難事件。
UFOが絡んでいるのでは?
あるいは秘密兵器の基地があるんじゃないか?とか。
それからウラル山脈なのでウランか何かを発掘している国家の陰謀みたいなものに巻き込まれたのではないか?
様々な憶測がなされるのだが、このディアトロフ事件、今も実は解決していない。
そのことに関してこのドニー・アイカー、アメリカの作家が、その真相を自分なりに解決する思いで、その事件現場に同じ季節に行ってみようということで思い立つ。
9人の学生さんが死亡しているのだが、実は10人だった。
一人、ユーリさんという方。
これはロシア人の方だが、その人が70いくつで生きているという。

「もし神に
ひとつだけ質問できるとしたら、
あの夜、友人たちに
ほんとうはなにが起こったのか
訊きたい」
 ──ユーリ・ユーディン
(10頁)

そんなことを言われ、彼は同じ旅程で現場に立つ。
これは写真もなかなかこの本は豊富で、彼らの日記とか弾いた楽器とか、それから雪の上に散らかったテントとか、死体まで一部写っている。
ぼかしてあるが。
その中でも特に印象的なのは風景写真があって彼ら自身が彼らを撮っているのだが、このディアトロフ峠の下の方に「ブーツ岩」という岩がある。
これが本当に奇怪な岩。
えぼし岩とかがあるが、あれとよく似たヤツで。
長靴をひっくり返して置いたみたいな。
雪原にポツンと一個あるのだが。
そのブーツ岩のわりと近いところに9人はテントを張っている。
このあたり、犯人捜しの材料になっていくから覚えておいてください。
これは目印になるので、見つかったご遺体はブーツ岩の影に置かれたのか?
ということで、このドニーさんがその場所に立つのだが、ブーツ岩が風が吹くたびによく鳴る岩。
風をブーツ岩が切るもので「ヒュゥ〜ウゥゥゥゥ〜」という。
そういう音を立てる。
ドニーはその音がテントにワリと近いので、あの−30℃の吹雪の吹く日、この岩は50年前とはいえ、相当異様な音で鳴ったのではないだろうか?と推測するという。
いよいよ第一歩が始まる。
更に春先やっと見つかった四遺体があった場所では、衣服を脱ぎ、それもナイフで切り散らかして衣服を脱ぎ、木の枝を辺り一面に敷き詰めている。
そして舌のないリュダの遺体があった。
この娘さんは21歳だったか(享年20歳)。
その人はもう腐乱が始まって舌が無かった。
川床の雪と泥にまみれた死体。
この川床のすぐ近くには森がある。
そこでドニーは森の中に何か気配を感じる。
何の気配か?
どうも生き物がいる、と。
キツネのようなテンのような寒さに強い。
そうすると、舌がないというのは非常に異様なのだけれども、厳しい寒さの中で生き物の気配がするということは、リュダ(番組では「ドニー」と言ったが当然これは「リュダ」だろう)の舌というのは頬を食い破ってその小動物が肉としてかじり取ったのではないか?というふうに推測する。
(本には「小動物のしわざという説もあるが、遺体は融けた雪のなかに数週間も横たわっていたのだから、水中の微生物によって、最も柔らかい部分が先に分解されたと考えるほうが妥当ではないだろうか」となっている)
ドニー君はなかなか冴えている。
クール。
UFOとかそういうものに惑わされないで事実を見つめてゆく。
そしてドニーは案内人の二人と共にそのディアトロフ峠、9人のテントのあった場所に立つ。
ここで彼は何とテントを全く同じ場所にテントを張る。
(三人で登った時、ホラチャフリ山でキャンプをせずに夜には村に戻るという条件で行っているし、本にはテントを張ったという話は出てこない)
あの夜、何が起こったか?
これを懸命に推理する。

雪崩の統計データは信じられないほど説得力があった。−中略−それがいちばん可能性の高い説ではないだろうか。キャンプ地のうえの雪が崩れて恐ろしい音を立てるのを耳にして、トレッカーたちはパニックを起こしてテントから逃げ出したのだろう。(200頁)

という推測を立ててみて、同じ季節に行ってその現場に当てはめる。

驚いたことに、ここの斜面は思っていたほどきつくないようだった。−中略−この斜面の「見通し角」、つまり雪崩がどこまで到達するかを決める角度は、斜面のてっぺんからテントの場所までは一六度だった。一六度では、雪崩がかりに起こったとしても、サッカー場の幅の半分も流れることはほぼ不可能であり、これほど平坦な表面を流れてテントに到達するとは考えにくい。(263〜264頁)

「もっと他に」ということで彼は推理を巡らせる。
50年の歳月を挟んで向かい合うという。
構造が面白い。
ドニー君は現場まで行って、その日を振り返る。

一九五九年二月一日からの周辺の天候を調べたところ、かれらが斜面を下ってヒマラヤスギの林に逃げ込んだときは、毎秒一八メートルもの強風に直面したはずだという。二月一日の月は三三パーセントの下弦の三日月だから−中略−月が出るのは午前四時以降──九人のトレッカーがテントを出たと思われる時刻より、四時間から六時間もあとだ。マイナス三〇度という現在の条件は、ディアトロフ・グループが一九五九年に経験した条件に近い。(264〜265頁)

なのに服も着ず、靴下だけでなぜ飛び出したのか?

私たちは暖かい服を着込み、最新の装備をそなえているにもかかわらず、ここでは八〇〇メートル歩くだけでゆうに一時間はかかった。(264頁)

ドニーは考え続ける。

なんらかの兵器、おそらくは核兵器がキャンプ地の上空または近くで爆発し、それでトレッカーは負傷し(284頁)

トレッカーたちの皮膚が暗い色、つまり「オレンジ色」に変色していたのは、放射線被ばくよりも重度の日焼けと考えるほうが当たっているだろう。(284頁)

そして今までの仮説を彼は一つずつ消してゆく。
「どんなミステリーより面白く、ここからよく整理されています。全体はちょっとしつこいです」というのが武田先生の(この本の)感想。
328ページあるこの大作の287ページまで「くどい」と。
「残り40ページを残したところから急に面白くなる」と(武田先生のメモに)書いてある。
こういう本がある。
でもこの(最後の)40ページが(読んだ)甲斐がある。
まさにミステリー。

ドニーはサーフィンをやってフロリダでいつも遊んでいるものだから。
遥か沖合からこっち側に打ち寄せてくる「波」というものに関して敏感。
サーファーが謎を解いていく。

サーファーならだれでも知っているように、沖合で激しい気象現象、たとえばハリケーンとか低気圧が発生すると、それによって生じた大波は長期間持続し、それが海岸に達して絶好のウェーブになるのだ。(287頁)

そして走る波には音がある。
彼はここに目を付けた。

二〇〇〇年の『フィジックス・トゥディ』誌に掲載された論文で、タイトルは「大気の作用で生じる超低周波不可聴音について」、著者はドクター・アルフレッド・J・ベダード・ジュニアとトーマス・M・ジョーンズだった。(287頁)

サーファーなのだが、やっぱりちゃんと勉強していた。

超低周波というのは超音波の逆で、人の可聴域の下限である二〇ヘルツより周波数の小さいものを言い、いっぽう超音波のほうは、上限の二万ヘルツより大きいものを言う。(287頁)

20ヘルツ以下では耳では聞こえない音というのが存在する。
これが「超低周波」と呼ばれている音で。

超低周波音は、鼓膜を通じて内耳の有毛細胞を振動させる。その結果、その音はふつうの人には「聴こえない」かもしれないが、興奮した内耳の有毛細胞は信号を脳に送るので、その乖離──なにも聴こえていないのに、脳はそれとは異なる信号を受け取っているという──から、身体にきわめて有害な影響が及ぶことがあるというのだ。(288頁)

パニックはこういうことで起こるらしい。
その時にドニーの頭にバッ!とひらめいた。
超低周波を起こす。
それは何だ?
彼は言った「ブーツ岩が超低周波を!」。
(ブーツ岩と言い出したのはヴラディーミル・プルゼンコフ)
さあ、いよいよ謎が解けるか?
ドニーはあのブーツ岩に駆け出したのである。

9人の人が自らテントを切り裂いて、−30℃の吹雪の夜に飛び出したあのディアトロフの遭難事件。
これにアメリカの青年ドニー・アイカーは「超低周波が絡んでいるのではないだろうか?」と見た。
ここで240ページまで行って現地の探索は終わる。
いきなりフロリダに行ってしまう。
そして彼は超低周波関係の謎を解くべく、アメリカの大学を転々とする。
彼は推理と自分の調査資料を持って自国へ帰る。

超低周波音技術が最も早く応用されたのは、冷戦時代の五〇年代前半のことだった。アメリカはこのころから、ソ連の核実験によって生じる超音波音を測定しはじめたのだ。−中略−二〇〇九年にも、北朝鮮での「事件」がこの超低周波音の測定によって明らかになったが(295頁)

これは同盟のイギリスと組んでアメリカは超低周波で世界を探るというのはやっていた。

超低周波音曝露の症状を調べていたロンドンの研究者は、サウス・ロンドンのコンサートホールの裏に「超低周波音発生機」をひそかに設置した。そのうえで、七五〇人の被験者に同じような現代音楽を四曲聴いてもらったが、かれらには知らせずに、うち二曲には超低周波音発生機で生成した音波を含めていた。−中略−その結果、一六五人(二二パーセント)が超低周波音の部分で寒けを感じたほか、不安、悲しみ、緊張、反感、恐怖などの奇妙な感情を覚えたと答えている。(296頁)

(番組では上記の実験はイギリスとアメリカがやったと言っているが、本には上記のように「ロンドンの研究者」としか書かれていない)
これは22%だから敏感な人でなければダメなのだが。
このあたりから「超低周波というのは人間を苦しめる武器になるぞ」ということで注目されるのだが。
公害として超低周波が出てきてしまう。

カナダ国境の町(ミシガン州デトロイトと、デトロイト川をはさんで向かいのオンタリオ州ウィンザー)の住民は「ウィンザーのハム音」に悩まされ−中略−工場の機械が超低周波音の発生源だと考える人は少なくない。(296〜197頁)

皆さんも風力発電の風車はご存じだろう。
「ゴットン、ゴットン」という。
しかも超低周波音を聞いていると幽霊を見たりする。

「イスラエルでは、群衆の暴発を抑えるために利用されています」(297頁)

ドニーはこの超低周波をテントから1kmばかり離れたあのブーツ岩。
何でかというと構造物で、ある程度の対称性を持ったもので、風が移動するとカルマン渦という渦を発生させる。
このカルマン渦が低周波音を生み出す。
これはかなりの確率で人間がパニックを起こすらしい。
例えばローレライの伝説。
人魚が岩の上にいて、船人がその岩の上の人魚の歌声に引きずり込まれたり。
それからもう一つある。

たとえば、ジブラルタルの岩に強風が吹きつけると強力な渦が発生し、この海峡を通る船が転覆する原因になると考えられている。そしてこの危険な渦には、超低周波音という双児の危険がつきものなのだ。(299頁)

そういう季節の風、低気圧が吹くことによって自然界が奏でるカルマン渦による超低周波音が、人間をパニックに陥れるのではないだろうか?
これは鋭い。

私はデイヴィッド・スカッグズ研究センターと呼ばれるNOAAのビルに到着した。(291頁)

超低周波音を研究しているベダード博士に、あのブーツ岩で収録した音を聞かせる。
(音を聞かせたという記述は本にはない)
謎が解けるか?
ブーツ岩はアメリカ人、ロシア人が見るとブーツに見えるかも知れないが、私たちが見るとゴジラに見える。
海の中を歩いていて海面に上半身を出したゴジラに見える。
その岩が20m前後の吹雪でものすごい超低周波を発生させて、すぐ近くにテントを張った9人の若者をパニックに追い込んだのではないか?というのでドニー・アイカーさんは「これが原因じゃないですか?これが超低周波を起こしたんではないですか?」とベダード博士に見せる。

 ベダードらはそのあいだも、私が広げた写真や地図を調べつづけていたが、かれらがとくに関心を示したのはブーツ岩の二枚の写真だった。−中略−
 やがて、ベダードは顔をあげてこちらに目を向けた。「ブーツ岩は、さまざまな周波数のかすかな唸りを立てることはあるでしょう。しかし……」と言って、きっぱりと首をふった。「これではカルマン渦は生まれません」。
−中略−「ブーツ岩は奇妙な形をしていますから、これのせいだと考えたくなるのはわかります。しかし、これは無害な岩です。(299〜300頁)

それに言うまでもなく、ブーツ岩からは一、二キロも離れていたんですから、その音も大して聞こえなかったはずです」(300頁)

「なぜなんだ〜!」とドニーは自分の推理がガタガタと音を立てて崩れていくのを見る。
ドニーさんも努力の全てをベダード博士から否定されたワケだから、必死になってホラチャフリ山の伝説を伝えた。

「ウラル山脈……つむじ風が起こると、山ではさまざまな音がします。獣が吠えるような、人間の苦悶の叫びのような、恐ろしい不思議な音がするんです……その場で聞いているとぞっとしますよ。初めて聞いた人は何事かと思っておびえるかもしれません」
 また、テントのあった場所の画像も何枚か送ったが
(302頁)

「ブーツ岩のせいではなく、この山の丸い頂のせいだったんですよ」。雪をいただく山のてっぺんを指でなぞりながら、彼は言った。「まさに左右対称の、ドーム形の障害物です」(304頁)

ホラチャフリ山の山頂の向こうに、ディアトロフたちの最終目的地だったオトルテン山の頂も見える。この山の名を「行くなかれ」という意味だと訳している人もいるが、これはまちがっている。(303頁)

(番組では「行くなかれ」説を肯定してしまっているが本によると上記のように間違い)
ベダード博士は二つの山を見て「ブーツ岩じゃない。現地の人が言う通りだ。この山二つがカルマン渦を発生させ、超低周波を発生させているんだ」。
(本を読んだ限りでは二つの山によってカルマン渦が発生したのではなく、ホラチャフリ山の丸い頂の形状が原因だったようだ。そもそも手前のブーツ岩が「遠すぎる」と言っているのに、さらに向こうの山が原因のワケはない)

この山頂の左右対称の円蓋のような形状も、またテントの場所に近いという点からも、カルマン渦の発生する条件がそろっていたのはまちがいないと彼は説明した。(304頁)

カルマン渦列──そのなかの渦が超低周波音を生み出す(304頁)

地表との摩擦で風の剪断が起こり、風が山を登って高度があがるにつれてそれが強まり、丸まって、水平方向の渦すなわち竜巻が発生する。−中略−水平の渦がドーム形の山頂を転がりつつ超えるにつれて、回転が上向きになり、また強度も増して、ふたつの垂直の竜巻すなわち渦が発生する。−中略−ふたつの渦は点との両面を通過し、そのまま斜面を下って消滅する。(306頁)

それが生き物のように大気を巻き込み、やがて吠える。
その風の吠える音が脳にしか聞こえない。
実は「死に山」と「行くなかれ山」この二つがカルマン渦を発生させ(違うけど)、あの9人をパニックに追い込んだ。

カルマン渦を起こす形状というのは科学的にもう突き止められているので、超高層はカルマン渦を発生させない構造で建てないと許可されない。
構造計算というのはそういうこと。

1959年代にはカルマン渦に関する知識がなかった。
(この番組で)夏場に話した。
ここに結び付く。
八甲田山。
あの時にマタギの人と軍人の人が吹雪の夜、恐ろしい幻を見た、と言った。
(この放送より以前の「山彦の子ら」の中で八甲田山のことが取り上げられている)
あれは行くとわかるが、八甲田はもしかするとあの吹雪の夜、カルマン渦が発生した可能性がある。
しかも雪女が登場したり火の玉が飛んだり、雪男が現れるというような一種奇怪な幻覚はこのカルマン渦が、という。
そうやって考えると「山の怪奇」というものが見えてくる。
そうすると9人がいともたやすくパニックになるというのはありうるし、このカルマン渦は現実に今、都市でも起こっている。
だから風力発電も塔をあまり近づけてはいけない。
近隣にわりと、2km離れていれば大丈夫だが、すぐ足元なんかはカルマン渦が発生する可能性がある。
そうやって考えると・・・
このドニーは最後の章で、あの夜の9人のパニックを推理する。

世界一不気味な遭難事故、ディアトロフ事件。
最後の章になった。
最後も鮮やかなもので、このドニー・アイカーさんは実に気持ちのいい終わり方を。
一番最後、9人の遭難した学生さんたちのその日の行動を推理している。
これは読んでいるといい。
今まで気持ちが悪かった事件がスーッと腑に落ちてくる。

(ここからの事件の経緯は本の内容に沿っているけれども、かなり間違っている箇所がある)
1959年2月1日夕から2日早朝にかけての遭難事件。
午後4時半、ホラチャフリ、そこへテントを張った彼ら9人。
彼らはここでココアを飲み、ビスケットの簡易食でお腹を満たした。
彼らはしっかり着込み、横になった。
やがて夜がやってきた。
吹き下ろす風は強くなった。
男性陣は二人の女性をテントの中央に寄せてあげて、風の吹き込む端は男性たちが防いだ。

風はふたつの渦列となって山頂から吹き下ろしてきていた。−中略−これらの渦は轟音をあげて時速六〇キロでトレッカーたちの横を駆け抜けていく。内側の回転速度は毎時一八〇キロから二五〇キロに達し(319頁)

超低周波がまずやるのは9人の内臓をゆさぶる。
じっと横になっているのだが、細かく内臓が揺れる。
この震えは不快から恐怖を感じる。
人間というのは「悲しいから泣く」のではなく「泣くから悲しい」という理屈があるのと同じで、震えているワケだから脳そのものは「恐怖だ」と思う。
その「恐怖」が逃避反応をとらせる。
誰かが「逃げよう!」と叫ぶ。
9人はパニックになってテントの入り口に殺到する。
これは間違いない。
テントのファスナーに手をかけるのだが、この寒さでファスナーが凍り付いて開かない。
開かないことがさらにパニックを呼んで、誰かがもうほとんど夢中でテントを内側から切り裂いた。
靴は入り口の内側にあって9足そろえてあったが、靴を考える余裕はなかった。
超低周波によるパニックなど、彼らの時代、誰一人として知識がなかった。
まさに未知の不可抗力に彼らは襲われた。

月はまだ出ておらず、周囲は漆黒の闇だ。−中略−風を背に受けて斜面を下っていたときには、周囲の轟音のせいで言葉を交わすのはほとんど不可能だった。(320頁)

またかれらは三つのグループに分かれていた−中略−このまま風を背に受けて森の奥へ進み、日の出まで生き延びることに集中することだ。しかしこれは、その前に低体温症で倒れずにすめばの話だ。そしてその症状はすでにあらわれはじめていた。(320〜321頁)

あの川底の死体の一因は、超低周波から逃れた。
これは間違いない。
彼らが考えたのは一人21歳の女の子がいるので「この子は何とかして助けたい」ということで川底へ。
そこに飛び込んだためにそれぞれ骨折してしまう。
骨折しながらもヒマラヤスギの麓まで逃げ切った時に、誰かがライターを持っている、あるいはマッチを持っていることに気がついた。
そこで女の子を守るために何か燃やすものを。
それで自分の着ているものを切り裂いて火元にし、まわりのヒマラヤスギの小枝を折ってかけた。
そんなふうにして火をなんとか点けようと頑張った。
必死になって雪洞を作り、火も起きたらしい。
焼け焦げの跡はその跡。
ほんの僅か、火が川底で風を逃れて起こったのだが。

重度の低体温症にかかった人が急に熱に接すると、「アフタードロップ」現象の危険がある。−中略−いきなり火にあたったせいでふたりは強烈な眠気を催し、そのまま深い無意識状態に陥ってしまったのだ。(323頁)

必死になって彼らは女の子を守ろうとするのだが、ついに倒れ込み、眠って凍死したという。
グループは三つに千切れる。
でも友のために必死になって誰か生き残るための努力を気を失うまでやり続けたという。

その勇気と忍耐はトレッキング第三級の称号を得るにじゅうぶんだった。ついに勝ち得ることはできなかったが、かれらにはその栄誉を受ける資格がある。(324頁)

これが実は『死に山 世界一不気味な遭難事故』の模様。
これはもうネタばらししてしまったので、本当に卑怯なことかも知れないが。
こんな恐ろしい事件でありながら、一番最後に懸命に火を起こす若者たち、女の子を守ろうとする清らかな潔い青年たちの姿が見えてきて、これは映画になりそう。


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2019年12月2〜13日◆死に山(前編)

この本を読んで「引き返そうかなぁ」と思った。
「もうちょっと読んでみよう」とか「やっぱりこれ捨てよう」「『(今朝の)三枚おろし』にはおろせない」とかと格闘しつつ読み終えた。

死に山: 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相



副題がギョッとする。
だから『三枚おろし』「朝の番組に向かねぇのかなぁ」と思いつつ読み進んだが、結局読み通した。
もう捨てられない。
引き返せなかった。
これはノンフィクション、本当にあったこと。
ネットの中に謎の多い事件で真相がわかっていないミステリー事件。
これを通称「ミステリー遺産」と言うそうで。

この『死に山』。
副題は「世界一不気味な遭難事故〈ディアトロフ峠事件〉の真相」。
ドニー・アイカーという人が書いている。
とにかく奇怪な本で、よくぞ本になったものだと感心すると同時に、よくぞ日本語に訳されて書棚に並んだものだと感動するような、もう本当に変わった本。

これから進んでいくこの遭難事故。
起こったのは1959年。
冷戦下のソ連。
ウラル山脈のホラチャフリ山の峠道で9人のソビエトの若きトレッカーが遭難死亡した事故。
今、この話をしている武田先生がこの時10歳、小学校4年生。
かのウラジミール・プーチンでさえまだ2歳。
その1959年にソビエト、(現)ロシア。
そのウラル山脈の一角で摩訶不思議な遭難が起こっている。
そんな遠い昔の出来事をフロリダ生まれのドキュメンタリー作家(本によると「ドキュメンタリー映画作家)ドニー・アイカー。
この人が2010年、サイトでミステリー遺産として残っている遭難事故の事実を知る。
もう一度、そのディアトロフ峠まで一人で行ってみよう、という。
それだけで不思議な本。
このドニーを刺激したのは何かと言うと、証拠品というか遺品は全部サイトの中にとってある。
事故現場とか死体の有様、残されたテントとか。
これは1959年、ソビエトで大問題になって軍隊まで出動して、亡骸を探したり事故の真相を追いかけたりしている。
それでもわからない。
そしてこのドニー・アイカーという元気のいいヤンキーくんが目をつけたのが、遭難したその季節に現場に行った人が一人もいない。
「じゃあアメリカ人の俺が一丁行ってみるか」と思ったところから330ページにも及ぶ分厚い真相を探る『死に山』という本が生まれたという。
「死に山」と気持ち悪い。

この地に昔から住むマンシ族の言葉で「死の山」だった。(20頁)

よく亡くなる場所だったらしい。
それが記録としては残っていないのだが。
ソビエト内に住んでいる山岳民族の人たちが「あそこは死に山だ」という。
(本には「この山に草木が生えないことを意味しているらしい」とあり、人が死ぬということではないようだ)
ウラル山脈のこの遭難事故、何が奇怪かと言うと9人の遭難した死体が異様。
その現場の惨状から説明したいと思う。

一九五九年初めの冬、ウラル工科大学(現ウラル州立工科大学)の学生と卒業してまもないOBのグループが、ウラル山脈北部のオトルテン山に登るためにスヴェルドロフスク市−中略−を出発した。−中略−一行が戻ってこなかったため、三週間近くたってから捜索隊が送り込まれた。(21頁)

一九五九年二月二六日−中略−
ホラチャフリ山の東斜面の高所でトレッカーたちのテントを発見する。
(340頁)

テントは見つかったが、最初のうちはメンバーの形跡はまったく見当たらなかった。(21〜22頁)

そして9人の足跡が降った雪に隠されながらも薄く残っている。
9人はなんとテントを飛び出して、谷へ向かって歩いて行った足跡は発見された。
ゾッとするが、テントの中に9人の靴が全部並んでいる。
(本によると並んでいたのは6足で他の靴は別の縁にあった)
つまり彼らは靴下でテントを飛び出した。
あるいはテントから拉致された。
外の気温はというと、その日の記録が残っているのだが−30℃。
−30℃の外へ向かって、裸足同然になぜ9人の学生さんは飛び出したのか?

テントがナイフで切られていた。
それで警察が乗り出す。

テントは内側から切り開かれていたのだ。(218頁)

そんな不思議なことが、という。
だからテントの中で誰かがケンカでもして、もみ合ううちに表に出て取っ組み合いのような事件ではないかということになったワケだが。
二人の遺体がテントから1km半。
−30℃の外を靴下で歩いた二人の遺体が、1km半ほどのヒマラヤスギの側から発見。
全くの別方向、1.2kmでさらに二遺体が見つかる。
(本によるとテントから1200mほどの場所で見つかっている)
月が変わって1959年3月5日、その二遺体から300mの所にさらに一人の遺体を発見。
(このあたり発見される順番が飛んでしまっているが、四名が発見されたのと同じ日にさらに一人の遺体が発見されている)

この見つかった遺体ごと葬儀が始まるのだが。
犯罪者がテントを切り裂き襲撃し、9人が必死に逃げたもの、ということで犯罪捜査官が捜査に取り組む。
残る4人を必死になって探す。
残った4人は生きている可能性があるかもしれないということで、必死になって残り4人を探すための捜索が続く。
ところがその1959年3月17日。
ホラチャフリ山の山の夜空に

 イヴデルの気象学者や兵士たちが光球を目撃する。(343頁)

(番組では「捜索隊全員が光の玉が飛ぶのを見ている」と言っているが本によると捜索隊が見たのは3月31日)
光の玉が飛ぶというのは自然現象で時折あること。
それは原因がわかっていない。
元々このウラル山脈のこの辺りは隕石が飛びやすいという地理的条件を備えているのだが。
雷は上から落ちると思っているが、あれは横に飛ぶこともある。
火の玉みたいに這う。
横にスーッと飛ぶという光の玉がある。
この目撃例から「誰かに襲われた」か「身内でケンカした」ともう一つ「宇宙からの何か」というのもこの事故、事件の裏側にあったのではないか?
3月17日から30日の間に最初に見つかった5人の遺体。

五人は低体温症で死亡したと結論された。(218頁)

死因はわかったのだが、なぜ凍死したのか、それがわからない。
これがこのディアトロフ峠事件の最大の謎。
何で−30℃の吹雪の中、ほとんど素足で彼らはテントの外に出たのか?
この間に現場に残されたテントが調べられ、テントを切り裂いたのは刃物。
前に言ったとおりテントは外ではなく内から切り裂かれた。
つまり襲われたのではなく、彼らは内から脱出するためにテントを切り裂いた。
何かあった。

 五月三日、−中略−ヒマラヤスギの近くの谷で、雪に浅く埋もれた妙な格好の枝に出くわした。−中略−問題の枝から五メートルほど離れたところで、ひとりのボランティアが金属棒の先に服の切れ端が引っかかってきたのに気が付いた。−中略−
 その日のうちに大量の衣服が見つかった。奇妙なことに、衣服は遺体を包んでいるのでなく、なぜか雪のなかに脱ぎ捨てられていた。
(251頁)

−30℃の中で持っていたナイフで自分で切り裂いたらしい。
その周りには川岸にあるヒマラヤスギの小枝が折られて散らばっているという。
この痕跡を使って川底を掘ると残りの四遺体が発見された。
ところがこの遺体がちょっとまた不思議。

春に見つかった四遺体に関しては腐敗で痛みが激しいために崩れやすく、肉がボロボロなので漏れを防ぐために亜鉛の棺、金属のお棺の中に入れて搬送されたという。
(本によると遺体を搬送するための空軍のヘリコプターを要請したら亜鉛で内張りした棺に入れ、有毒物質や細菌などの漏出を防ぐために密閉するよう要求してきた)

検死の結果、頭蓋骨骨折などの激しい損傷、打撲の痕が三遺体にあった。
これは当時のソ連でもそうとう真剣になったのだろう。
この9人の死にざまとかパニックぶりが凄まじいので、秘密裡のことらしいのだが、この事件が起こったのがウラル山脈。
だからウラン鉱石が多いらしい。
それで国が原水爆を作るために秘密の採掘場を持っていた、という噂がある。
それから夜空を走った光の玉も、秘密兵器の実験をやっているんじゃないか?とか。
UFOの基地みたいなものがあるという、いわゆる都市伝説みたいなものがある。
それで犯罪捜査官であったレフ・イヴァノフ氏は探っても探っても真相が見つからない。
それでこの捜査官は他にもいろいろと事件があって忙しいので、この事件を放棄せざるを得なかったのだが。
一部では国そのものが「やめろ」と言ったという噂も立つのだが。

これを最後に事件簿を閉じる前に、イヴァノフはトレッカーたちの死因について「未知の不可抗力」と書いている。(275頁)

何か我々では今、見つかっていない何か別の力がこの9人を死に追いやったんだ、ということでこの事件をまとめた。
一番ゾッとするのは、この9人の学生のうち2人が女学生。
川底から見つかったデュドミラ・ドゥビニナさん21歳(本によると享年20歳)ニックネームはリュダさんという人。

なにより異様だったのは、口内を調べてみたら舌がなくなっていたことだ。(271頁)

切られたような塩梅だったのだろう。
不可抗力のワケのわからない何かパニックが9人を死に追いやった。
捜査をしていると夜空にしきりに光の玉が飛ぶという。
この不気味さを全部合わせて、もう様々な憶測が飛ぶ。
テント地で雪崩がゴーッと襲ってきた気配があって、それに驚いて9人は飛び出したのではないか?
それから脱獄囚が攻撃したのではないか?
秘密兵器の開発を目撃したので国家から殺されたのではないか?
9人が何か特殊な薬物で狂乱したのではないか?
それから女性が二人いるので女の子の取り合いを始めてしまったのではないか?とか。
それからUFOに攻撃されたのではないか?とか。
全ての可能性を残しつつ、その日から50年。
国はソ連からロシアに代わってもこの事件は諸説が入り乱れて。
インターネットの時代、それは世界ミステリー遺産として残され、掲示してある。

どう考えてもほとんど裸足で吹雪の中を1kmは進めないと思う水谷譲。
凄まじいパニックだったのだろう。
それで全員寒さで死ぬワケだから。
とにかく異様な何か出来事を目撃したか出会ったか。
その事件から50年経ったと思ってください。
時は移り二千年代。
一人のアメリカ人、ドニー・アイカー。
(この本に)写真が載っているが。
フロリダか何かでサーフィンなんかやっていたのだが。
インターネットの掲示板で世界ミステリー遺産のこのディアトロフ峠事件を知る。
興味を持ち、コツコツとお金を溜めたり、インターネットに公表されている遭難事故の資料を読み込んで、ある日、インスピレーションがひらめいた。
(このあたりの経緯は本の内容とは多少異なる)

ただ驚いたのは、これらのロシア人著者のだれひとり、冬に事件現場を訪れたことがないらしい。(22頁)

アメリカ人らしい。
50年前の遭難事件。
「よぉし!俺が調べてやる」ということで調査に向かう。
結構命がけの調査。
たった一人でロシア。
ところが行ってみたくもなる。
この事件はそんなふうにできている。
死者は9人。
実は10人だった。
たった一人、ディアトロフ峠に行く朝に腹痛で引き返した学生がいる。
(本によると腹痛ではなく腰痛)
その人がまだ生きている。
これはドニー君は行く。
彼を尋ねるところからこの作家ドニー・アイカーのディアトロフ峠を目指して事件を追うというノンフィクションに入る。

そしてドニー・アイカーが残された遺品等々、日記帳からずっと探っていくが9人の遭難者だが、実はディアトロフ峠へ向かうその朝に腹痛(腰痛だけれども)で引き返した青年が一人いた。
その青年こそがユーリ・ユーディンさんという方で。
2000年の始めに、70代半ばで生きてらっしゃった。
それでドニーはとにかくこのユーリさんから遭難の一日前までの彼らを調べるべく、あるいは話を聞くべくこのユーリ・ユーディンさんに会いに行く。
「死ぬまでに真相が知りたい」とユーリさんもおっしゃる。
そのユーリさんから9人の関係等々を聞く。
(本によと以下はユーリさんからの聞き取りの内容ではない)
例えばリーダーはイーゴリという方。
23歳でロシアの青年らしく責任感の強い、なかなかの美男子であった。
(本には「一般的に言う美男子ではなかった」とある)

ユーリ・ドロシェンコは−中略−熱血漢で勇敢で、伝説の英雄めいた雰囲気をまとっていた。これはおそらく、度胸と地質調査用のハンマーだけを頼りに、キャンプからクマを追い払ったことがあるせいだろう。(34頁)

「ゲオルギー」ことユーリ・クリヴォニシチェンコは、グループ専属のコメディアン兼ミュージシャンで、気の利いたジョークとマンドリンならお手のものだった。(35〜36頁)

(番組では「ユーリ・グリバシンネンチェンコ」というようなことを言っているが、本によると上記のとおり)
女性の方はジナイダ・コルモゴロヴァ。
(愛称)「ジーナ」22歳。
共産党を愛した、理想的なソ連の娘だった。
(本によると共産主義の信奉者だったのはリュダ)
舌を無くした娘さん「リュダ」21歳(本によると20歳)。
ジーナの妹のような愛らしい存在だった。
ウラル工科大学で勉強をしていて。
一人年長で38歳(本によると37歳)のアレクサンドル、(愛称)「サーシャ」等々がいる。
このユーリさんから話を聞いても不健全な青年は一人もいない。
それを言い切る。
彼らは暗いスターリンの時代を批判するというような感性を持っていて、9人とも心からソ連邦を愛していたという立派なソビエトの青年たちだった。
そして遥かな高い夢を持っていた。

数年前に政権を握ったフルシチョフは、−中略−スターリン後の全国的なこの軟化は「雪解け」と呼ばれている。芸術家や知識人にとってのフルシチョフ時代は、何十年も文化的な干ばつが続いたあとの、待ちに待った慈雨のようなものだった。(44〜45頁)

アメリカには若い大統領ケネディーがいたが「負けるもんか!俺たちには同じくらい素晴らしい指導者、フルシチョフがいるから」というような若者たちだった。

 一九五〇年代なかばから後半にかけて、ロシアの若者は数十年ぶりに、将来への希望を感じられるようになった。(45頁)

体を鍛えるべくトレッキングをするというのはソ連時代の若者の趣味だったようだ。
ワンダーフォーゲルというようなものが大評判になって。
ワンダーフォーゲルだからやっぱり「Wander」。
さすらう。
これは「山岳登山」ではない。

著者のドニー・アイカー君の旅が始まる。
ロシア中央のスヴェルドロフスク州から州都のエカテリンブルク(番組では「エカリンテブルグ」と言ったようが「エカテリンブルク」)から汽車に乗り、州を横断して山の方に、ウラル山脈のほうに行く。
そのウラル工科大学があった町からこのキャンプ地、トレッキングに選ばれた場所まで二日ぐらい汽車でかかるらしい。
このドニー・アイカー君は彼らが残した日記を持っているので、照らし合わせていく。
彼らが町で残したエピソードは、セロフという町では小学生たちにボランティアで歌と童話の読み聞かせで楽しませたという。
(本のには歌を歌ったことは書いてあるが童話の話は出てこない。トレッキングの話などを子供たちにしたようだ)
それからこのディアトロフに通じる現地の町でも、木材伐採班の人たちや現地にマンシ族ていう現地の方、現地人の方がいらっしゃるが、非常に仲良く全員でワンダーフォーゲルの旅を楽しんでいたという。
それでだんだんだんだんと例のディアトロフのあの峠に近づくという日程。

いよいよ50年前のそのポイントにノンフィクション作家ドニー・アイカーは着く。
日記とか出来事を時系列で追っていくとディアトロフで遭難した9人のウラル工科大学の学生さんたちは、1959年2月1日に出発するのだが、その前日にたった一人だけユーリ・ユーディンさんという方がお腹が痛くなり、町に近い木材伐採所があるところでトラックがちょうど引き返すのがあるのでそれに乗せてもらうということで、このユーリさんは9人を見送る。
不思議なもの。
その9人が次の次の日には全員死亡していたワケだから。
(上記の時系列は本の内容とは異なる。ユーリが引き返したのは1月28日。前述したように腹痛ではなく腰痛)

1959年2月1日。
ホラチャフリ山の標高1079m地点に9人がテントを設営。
その深夜、全員がテントの外で死亡。
作家であるドニー・アイカーは50年前のその日を辿りながら、この峠のルポを書き続ける。
ありとあらゆるとんでもないことが考えられたのだが、一つ当時からよく言われたのは、マンシ族という雪山に住んでいる原住民の人たちが物品を強奪するために襲撃したのではないかということで。
(本によると強奪目的ではなく「ロシア人が聖地に土足で踏み込んで汚したと憤慨したのではないか」とのこと)
このマンシ族の親方に会ったりする。
ところが、ものすごくのどかな原住民で、金品を奪うような山岳民族ではない。
しかも決定的な物的証拠だが、テントを切り裂いたのは外ではなく内から。
次に娘二人がいて青年7人。
深夜、娘の取り合いか何かが起こったのではないか?
死を賭けての戦いにまで発展したのではないか?
ところがその直前に書いた日記を辿っても、ものすごく彼らは真面目で清潔な青年。
ドニーは調べるほどこの死んだ9人の若者が好きになる。
ドニーは50年後、同じ旅程、旅の日程を辿りながら考えられる真相を一つずつ消していく。

 ゲオルギーのカメラで撮影された最後の写真──正体不明の光源をとらえた──は、トレッカーたちが実験的な兵器やUFOと遭遇したという憶測を数多く生み出した。−中略−中央の八角形の光は、カメラの絞りの八枚のブレードによるフレアなのはまちがいないだろう。光源の正体を突き止めるのはほとんど不可能だが、この写真はピントが合っていないし、光源がぶれていることからしても、うっかりシャッターを押してしまったと考えて矛盾はないと思う。(283頁)

それはミスだった、ということだった。
何でハリウッドは映画にしないのだろうと思う水谷譲。
よく似た設定のドラマに出演したことがある武田先生。

リバース DVD-BOX



あの番組はちょっと申し訳ないが演りながら思ったのは「面倒くせぇ〜」。
もう「誰にも喋らないでください」ばっかり。
武田先生は特に警戒されて、必ず稽古とかリハ(ーサル)が終わる度に(小声で)「誰にもおっしゃらないでください」と言われる。
あれも吹雪の中を出ていったりする。
だからこのディアトロフ事件によく似ている。
そういうのもあったので、なおさらこの事件は読みながら「しょうもないところで落としたら許さないぞ!」とかと思ったのだが。
この作家の推理だが、犯人は見つかる。
この作家の考え方によってこの事件にスーッと一本見える。
それが真相かどうかはわからないまでも、これが皆さんアッ!と驚く。
『リバース』より面白い。
50年前の遭難事件の真相を追う。
ディアトロフ峠事件の真相それは来週。


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2020年08月23日

2019年8月5〜16日◆負けるが勝ち(後編)

これの続きです。

38億年の生命史。
生き物たちの歴史そのものを振り返っている。
そこでは弱肉強食と言われてはいるのだが、よく事態を眺めると「負けるが勝ち」という方が進化論、あるいは生命史にとっては重大な目標のようだ。
「戦争をしてでも(北方)領土を取り返せ!」というようなすごい議員さんがいらっしゃる中で、「強いというのはそんなに得することがないぞ」という、逆説に満ち満ちた生命史の話をしたいというふうに思っている。

敗者の生命史38億年



私たちは
海から
追い出された
生物の
子孫である──。
(本の帯)

 マツは春に新しい松かさを作る。これがマツの花である。
 裸子植物であるマツは、花粉を風に乗せて他のマツの個体へと飛ばす。そして、松かさのりん片が開いたとき、マツの花粉が開いた松かさの中へ侵入するのである。すると、松かさは閉ざされ、翌年の秋まで開かない。そして、松かさの中で長い歳月をかけて雌の配偶子である卵と雄の配偶子である精核が形成され成熟するのである。
 裸子植物として進化を遂げてきたマツでさえも、花粉が到達してから受精するまでに、およそ一年を要するのである。
(127頁)

 現代でもスギやヒノキなどの裸子植物が、大量の花粉をまき散らして、花粉症の原因として問題になるのは、裸子植物が風媒花だからなのである。(129頁)

あの人(スギ)はやはり古いタイプの植物。
この裸子(植物)の後に登場した被子植物はというと

被子植物は花粉がやってくる前から、胚を成熟させた状態で準備しておくことができるのである。
 そして、花粉がやってくると、すぐに受粉を行うのである。
(127〜128頁)

種を作るスピードが格段に速く、風には任せない。
これはイチョウでもマツでもみんな風に任せる風媒花なのだが、被子植物はそうではなくて花を用意する。
風に頼るのではなくて虫に受精を頼むという。
被子植物というのはすごい。
まず虫に頼むので花を咲かせるようになった。

 やがて植物は、ついには昆虫のエサとなる甘い蜜まで用意し、芳醇な香りを漂わせて、あの手この手で昆虫を呼び寄せるようになった。(130頁)

その上に、何と驚くなかれ。
実まで用意した。
喰われたあとの可能性にかけるために。

 植物は、木から草へと進化していった。(137頁)

雨に降られ、地面が流されるかも知れない環境下で草というのは、高くなるのは時間がかかるから「もう低いままでいいや」というもので、増えていくスピードを上げて低いまま増えてゆくという。
植物も考えると「意識がないと、ここまで考えつかないのではないかな?」というぐらい意識があるようだ。

 それまでの草食恐竜たちは、裸子植物と競って巨大化し、高い木の葉が食べられるように、首を長くしていった。しかし、トリケラトプスは違う。−中略−これは地面から生える小さな草を食べるのに適したスタイルである。(133頁)

ジュラシック・パーク (吹替版)



恐竜が現代に蘇るSF映画「ジュラシックパーク」でもトリケラトプスが有毒植物による中毒でよこたわっているシーンがあった。(134頁)

トリケラトプスというのは被子植物と草を食べるのだが。
襟巻をしたサイみたいなヤツ。
腹痛を起こしてしまう。
何でトリケラトプスが腹痛を起こしたかというと、植物の持っている毒に弱かった。

たとえば植物は、アルカロイドなどの毒性のある化学物質を次々に身につけた。そして恐竜は、植物が作りだすそれらの物質に対応することができずに、消化不良を起こしたり、中毒死したのではないかと推察されている。(134頁)

 カナダ・アルバータ州のドラムヘラーからは、恐竜時代末期の化石が多く見つかっている。この地域の七千五百万年前の地層からは、トリケラトプスなど角竜が八種類も見つかっているのに対して、その一千万年後には、角竜の仲間はわずか一種類に減少してしまっているという。(134頁)

これが一体何を示しているのかというと、やっぱり8種類いた角のある恐竜の中で強い一種類が生き残ったのだろう。
最強の者が勝ち残り、他の種を全部滅ぼしていったのだが、恐竜はすべて滅びることになった。
肝に銘ずべきは「最強を目指してはならない」。
「最強」というのは滅びの道。
これを現代社会で言うと、最強の国。
世界に二つあるが。
最強というのは一瞬のうちにして滅びるという。

あれだけの種類がいた恐竜たちがほとんど一瞬のうちに滅びたのはもう下準備があったからのようだ。
被子植物、花を咲かせる植物が増えて行って、それを恐竜が喰うと毒素となって彼らが消化できなかった、というのと最強を競い合うあまり、仲間同士で殺し合いをやっていくうちに種類が減っていった。
種類が減っていったら滅びる。
だから人間社会が自由でなければならないというのは、その自由さがなくなるとやっぱり滅びてしまうからだろう。

先週のところでしゃべり忘れたが、子供を育てる時にお母さんが新しい恋人のために子を虐め抜く、とかという(事件が)ある。
自分の子に危害を加えるということは、進化に反しているとは思いませんか?
草原のサルが人間になったのは、必死になって子供を守ったから。
「自分のために子を殺す」なんていう親は進化に逆らっているワケなので、一番の罪なのではないか?
全く理解できないので、どういう遺伝子、DNAが彼らの中に入っちゃったのかな?と思う水谷譲。
だからそこまでのところを追求した方がいいのではないか?
「鬼の母」とかそんな簡単な形容詞ではなくて、38億年の進化に逆らう行動をなぜとれたか?という。
そうやって考えると不快かもしれないが、彼女、あるいは彼らを人類史にかけて、彼らをその病理がどこから来たかを突き止めないと、いてもたってもいられないような気がする。
一つ言えることは弱い者を虐めるということは、自分に弱さの自覚が無いからなのではないか?
自分が弱いというこの自覚というのが、実は命として生物としてものすごく大事なことなのではないか?と思って。

話が横道にそれているが、あくまでも進化論の生命史。
その生命史の中に現代の世界を読み解く何か知恵があるような気がする。

恐竜という最強の生物だろうと思うが、恐竜の時代が過ぎた。
この恐竜が絶滅したあと、地上に広がった者はというと、これは全部弱いもの。
脊髄を持つ哺乳類、鳥類。
そして海に棲めなくて岸部まで逃げて来た爬虫類。
この三種類が地上という新天地に向かって広がっていった。
そうやって考えると生命史というのはわかりやすい。
そういうものたちは生物の隙間「ニッチ」を求めた。
その隙間を持っているということが生物にとって生き残る最大の条件であったという。

恐竜絶滅後、哺乳類、鳥類、爬虫類、それぞれが地上に広がった。
いずれにしても小さくて誰もいない空とか、住みたがらない水辺。
そういうニッチ、隙間を生きる場所に選んだ。
そういう進化論。
ホラー映画やパニック映画が大好きな水谷譲。
ネズミが集団となって人間を襲うとか、ミミズが襲うとか虫が襲うとか、ヒッチコックの『鳥』などもそうだが怖い。

鳥 (字幕版)



そこに人間は何か驚異があるのかなと思う水谷譲。
「生きていく空間が重なる者に対する恐怖」というのがある。
まさにニッチ。
ニッチ、隙間の奪い合いというか。

世田谷のとある公園を歩いていた武田先生。
枯れ枝だと思った。
ボォン!と頭に当たった。
振り返ったらカラスだった。
6月だったか、ちょうど子育てのシーズンだろう。
だからヤツにとっては「縄張りに入った」ということで。
それがまた絶妙で、攻撃というほど強くない。
彼自身にもさしたる危機はない。
人間の言葉で形容すると「ほら!出てけよ」というヤツ。
その叩き方が肩を叩くぐらいの強さで、武田先生の頭を両足で押したという。
カラスは人間に接近して生きているので。

この間、番組で見ていてすごく感動したのだが、パブリックの男性トイレ。
男性トイレの自動扉の内側に巣を作ったツバメ。
すぐ横には女性トイレがあるのだが、そっちには作らない。
男性トイレの内側にツバメが巣を作って子育てをしている。
このツバメがすごいのは自動扉の所にホバリングする。
それで扉が開いて中にエサを運ぶ。
何で男性トイレを選んだか?
おそらく男性トイレの方が扉が開く回数が激しいから、いちいちホバリングをやらなくても、つまり時間がかからない。
その便利のよさで男性トイレを。
明らかに男性(トイレ)。
それと妙な悲鳴を上げないから。
フンが落ちてきたりなんかすると、女性の方が大騒ぎになる。
それをツバメ夫婦は察しているのか、そのへんがわからないが。

イノシシの害とかサルの害とかクマの害とかがあるが、長い進化の物語でいえばニッチの重なり合い、その奪い合いがケモノと人間の困った問題になる。
サルという生き物も実はそうらしくて、サルというのはものすごく種類が多い生命。
サルというのは場所によって姿を変えた。

 ギガントピテクスは、百万年ほど前に、人類との共通の祖先から分かれて進化した類人猿である。−中略−
 その名のとおり、ギガントピテクスは大型で身長は三メートル、体重は五〇〇キログラムもある。
−中略−
 こんなに強そうな類人猿が、どうして滅んでしまったのだろう。
 一説によると、ジャイアントパンダとのニッチをめぐる競合に敗れてしまったのではないかと考えられている。
−中略−ジャイアントパンダは竹を主食とする大型の哺乳類であった。そして、ギガントピテクスもまた、竹を主食としていたことによって、ジャイアントパンダとニッチが重なってしまったことが絶滅の原因と考えられているのである。 たとえば同じ場所で暮らしていてもエサが異なれば共存することができる。あるいは、エサが同じでも場所が違えば共存できる。(167頁)

小さいこと、弱いこと。
そして自分の生きる場所を誰かと競合した場合はずらして生きること。
生き残る進化の道は様々なことを学ばなければならない。

中国のHuawei(ファーウェイ)。
アメリカがあんなに「使うな使うな」とアメリカ本国で言いまくっているくせに、日本はテレビでコマーシャルをやっている。
だから何でもアメリカの言うことをすぐ聞く日本だが「日本、緩いんだなぁ」とかと思って眺めている。
この米中のトレードウォーに関してはお互いに自分たちがあの手の通信機器というか便利器具で利権がぶつかっているので、どちらかが潰そうとしているということ。
でもスマートフォンは本当にアホみたいなことを今更言うが、便利なもの。
あれ一台あったら怖いものがないというか、逆にないと怖いし不安だと思う水谷譲。
自分でも調べものをしている武田先生。
それが主(なスマートフォンの使い方)。
英語で日記を書くのもアイツ(スマートフォン)に相談すればいいし「すげぇ道具だなぁ」と思いつつも、何かあまりに便利すぎて。

話しているその生命史、進化論の中では「ずらす」ということができなければ「滅びる」という。
若い頃、合コンをよくやった水谷譲。
その時に「女友達、私が連れてくから」と言う。
その時に自分と同じタイプの女の子は連れていかない。
ずらしたタイプを連れて行く。
それが「生き残り」みたいな。
自分よりキレイな子は、キレイでもちょっと自分とはタイプが違うキレイな感じの(子を連れて行く)。
ニッチ。
だから生命体がやっぱり生き残っていくためには・・・
本能。
やっぱりニッチ。
たえず隙間を求め続ける。
タレント稼業もそう。
同じ色合いは、ひな壇でも招いてもらえない。
先週、お葉書にお答えする時に、武田先生はラジオとテレビでは「出し方が違います」と言う。
テレビの場合は全体を見る。
全体を見ないとテレビは生きていけない。
ラジオというのはやっぱり語ること、あるいは主張を持っていないと務まらない。
同じでは絶対にいけない。
そうやって考えると「ずらす」というのを、これはちょっと生き残るために覚えておいてください。

 サルの仲間は、樹冠に棲む昆虫を餌にするものが多いが、ある者は、木の上に豊富にある果実を餌とするようになった。−中略−植物の果実が赤くなるのは、それは熟した実であるというサインを表すためであった。−中略−サルの仲間の一部は、赤色を見ることができる。(178頁)

それが森の実を付ける木に適応したことがいわゆる「雑食のサル」という。
木の実も食べる。
そのうちサルの一派は青いヤツも喰い始める。
そういう何でも喰っちゃう、というそういうサルがアフリカで誕生した。

ここでは何遍も話すが、アフリカの東の方で大地溝帯による地殻変動があって、ぶつかる山がないので森がたちまち草原になった。
その平べったい草っぱら。
木々もなく食物もない環境で森から取り残されたサルが生き抜いていく。
その時にサルたちが見つけた進化の方法が雑食「何でも喰っちゃう」というヤツと、遠くから襲ってくる者を発見するために立ち上がった「二足歩行」。
その次に「青い実でもしばらく置いておけば熟れて甘くなる」というので保存して熟れるのを待つ、という。
そういう道具とかタイミングを。
あとはひたすら集団を作る。
この本能。
仲間とうまくやっていく。
単独では生きられない。
ホモ・サピエンスといって「人類」という種ができていった。
この中に進化というものが何を原動力にしているのか?
それはやっぱり強いことではない。
「弱いから力を合わせよう」そういう本能がないとたちまち人間はサル以下になってしまうという生き物なんだ、とそんなふうに思う。
強さに憧れるのではなく、弱さを繋ぐところから生き残る、というサバイバルの力が湧いてくるのではないだろうか?と。
そんな思いで語っている。

私たちは
海から
追い出された
生物の
子孫である──。


(番組では上記の文言は「副題」と言っているが帯に書かれている文章)
小さくて弱くて、そういう生き物が弱さゆえに生き続けようとするという。
それがやがて進化を招いた。
もちろんこれは生命史の話。
昨今、強い国が世界を揺さぶっているようだが、本当は小さな国がこの世界を動かしているのではないか、というそういう発想にもなればと思う。
類人猿という生き物がいる。
この中から人類は生まれるのだが。
強い力を持った類人猿が生き残ったとは限らないところに進化の秘密がある。

 ネアンデルタール人は強靭な肉体と強い力を持っていた。しかも、脳容量もネアンデルタール人の方が、ホモ・サピエンスよりも大きかったと言われている。ネアンデルタール人はホモ・サピエンスに勝る体力と知性を持っていたのである。(191頁)

アフリカから出てきてヨーロッパを中心に活動し、宗教の感情まであった。
というのは、仲間が死ぬとその死体の上に花を置いたというようなところもネアンデルタール人というのはあったようだ。
ただ、このネアンデルタール人は滅びていく。
クロマニヨンが生き残って我々になるのだが。
何でネアンデルタールは強い肉体とか宗教心まで持っていたのに滅んでしまったかというと、集団を作る能力がなかったようだ。
だから繰り返すが集団を作る、お隣さんと共に生きてゆくというのは人類にとって必要な能力。
でないと滅びる。

 力の弱いホモ・サピエンスは集団を作って暮らしていた。(191頁)

 一方、集団で暮らすホモ・サピエンスは新たなアイデアを持てば、すぐに他の人々と共有することができた。(192頁)

そしてうまくやっていくコミュニケーション能力を持つ。
その作られた集団こそが人間を世界中に住ましめた、という。
形成された、作られた集団は争うことよりもずらす能力に恵まれていて、アフリカを出発してニッチを求めて世界中ずらす。
すごいもの。
北極のそばから南米の近くぐらいまで歩いていくのだから。
そうやって考えるとニッチを分け合うというのは大事な人間の知恵なのではないか?
思えば危機の後に生物はチャンスを迎えていた。
スノーボール、−50℃まで下がった氷の世界。
深海や地下に追いやられた生命はそこで懸命に生き残り、多細胞生物になり弱肉強食、弱い者が喰われるという生命進化を辿った。
でも喰われることが恐ろしくて逃げだした者が背骨を持つようになり、両生類になり、ネズミのような哺乳類になって、森で生きていくところからサルに成長し、そのサルの中から弱いサルが人となった、という。
こやって考えると最初のテーマを貫いている。
「弱さこそ進化の原動力」という。
それと「何でも喰う」というのは大事。
海藻とか貝なんかもサルは好きだったようだが、ドーキンスだったかの考え方が好きで。
「サルが二足歩行になれたのは、海行って遊んだからじゃねぇか?」と。
海を這いまわって探っている。
そのうちにだんだん潮が満ちてくる。
自然と立つようになる。
立つと早い。
それを生物学者が例えで「海が歩行器をつとめてくれた」と。
そうやって考えると海に導かれて人間は立つことを覚えた、という。
私たちが弱いながらもかくのごとく繁栄したのは、男と女に分かれて「性」というものを持った。
そして死によって子供たちに自分たちの遺伝子を繋いだ。
そのことによって永遠に弱さを繋ぐことで、私たちは人類という長い生命史の真ん中に立つことができるようになった。

(奥様と)口喧嘩ばかりしている武田先生。
奥様が「よく頭のいい人がさぁ『一度っきりの人生。何でもやってみよう』って言うじゃん?あれを非常に人生に絶望した人が聞いたら『人を殺してでも自分の思いは遂げた方がいい』なんていう発想になっちゃうんじゃないかな?」「人生とか命って一度っきりじゃないと思うんだ」と。
「『一度っきりの人生』なんて人前で使ってはいけない言葉んなんじゃない?」という。
少し現代人は科学を盾にして「一度っきり」と言いすぎ。
「一度っきり」で人生を乱暴に生きた人は取り返しのつかないことになってしまうと思う。
そういう意味で私たちは死によって繋がり。
そんなふうに考えた方が世界を明るく解き明かすことができるのではなかろうか?
『敗者の生命史』
負けるが勝ち。

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2019年8月5〜16日◆負けるが勝ち(前編)

いろんな世界もそうだが生物全体、今、生き残っている生き物はどんなふうにして生き残ったのか?
この学者さんは「負け続けた生き物だけが勝ち残った」という不思議な進化論の展開をなさる方で。

私たちは
海から
追い出された
生物の
子孫である──。


(番組では上記の文言は「副題」と言っているが帯に書かれている文章)
生物学者・稲垣英栄洋(ひでひろ)さん。
静岡大学の教授。

敗者の生命史38億年



これは何となく武田鉄矢が引っかかりそうなタイトル。
これは何で「こういうことを取り上げてみようかなぁ」と思ったかと言うと、今、世界を動かしている二大強国がある。
中国、アメリカ。
強肩の大国。
これが世界を揺さぶっている、という。
令和元年のトップニュース。
これは皆さんもおわかりだろうと思うが、米中貿易戦争。
スターウォーズではなくてトレードウォーズ。
「本気でケンカするぞ」と相手を脅したりするという。
「そういう力を持っていないと舐められてダメなんだ、世界では」というので東大出身のエリートさんが、維新(日本維新の会)をクビになった方だが。
「北方領土まで行って戦争やんないと取り返せないんじゃないの?」というのを大声でおっしゃって。
北方領土返還「戦争しないと」 維新・丸山議員が発言 (写真=共同) :日本経済新聞
そのあと「呑みに行こう」と女性のいる飲み屋さんまで。
もうほとんどガード下の屋台で口論好きの酔ったオヤジの論法で。
「ケンカしないと返してもらえませんよ」という「強いもん勝ち」という、そういう世界だと思ってらっしゃる若手の議員さんの発言。
この人たちの頭の中にあるのは「強くないと生き残れない」という。
この人が正しいかどうかというのを「勝者だけが生き残ったか」ということを38億年の生命史に重ねて検証しようという今週。
このしつこさ。
たった一言を確認するために「38億年を振り返ってみよ」うというのは当番組のみ。

 一九六三年、スウェーデンの生物学者、マーギット・ナスは、細胞内にある小さな器官であるミトコンドリア中に、DNAがあることを発見した。しかもミトコンドリアが持つDNAは、細胞核の持つDNAとは明らかに違う独自のものだったのである。(19頁)

 ミトコンドリアは、細胞の中で増殖し、細胞分裂に伴って、それぞれの細胞に分かれていく。まるで、ミトコンドリア自体が、細胞の中に棲む生物であるかのようである。
 同じようなDNAは、同じ年の一九六三年、コロンビア大学の石田正弘博士によって、植物細胞が持つ葉緑体の中にも発見された。
(20頁)

自然界は弱肉強食。
維新をクビになった三回生の東大出身、エリートの方と同じ。
弱肉強食。
はっきり言って強い人が威張っている。
堂々たる中国の習近平さん。
そしてトランプ大統領。
強い方。
議員をお辞めにならない方の世界観もその通りで「強いものが弱いものを喰う」という世界観。
これが一見正しいようで、実は生物世界、重大な見落としがあった。

 生物はDNAが格納される核を持たない原核細胞から、核を持つ真核生物へと進化を遂げた。(21頁)

この差というのが弱者を細胞内に取り込み色々な仕事をしてもらえるというメリットを産んでいるのだ、と。

「負ける」ということが生物を強くしているんだ、という、そんな不思議な話。
弱肉強食。
強いものが世界でも威張っている。
今、現代社会を見ても中国が、あるいはアメリカが、というような発想があるが。
生物を強くしているのは武器とかケンカ腰とか強い主張ではないのではないか?という。
それを38億年の生命史に置き換えて考えてみようという今回。

バクテリアと乳酸菌。
バクテリアというのは他の物を取り込んで消化してしまう。
乳酸菌は喰わないでお腹の中にためておくヤツもいる。

 ミトコンドリアの祖先は、酸素呼吸を行う細菌である。そして、細胞の中でミトコンドリアの祖先の生き物は、消化されることなくエネルギーを生み出した。また、細胞の中に取り込まれた葉緑素の祖先の生き物は、細胞の中で光合成を行うようになった。(24頁)

それで乳酸菌というのは、取り込んだもののすべてを喰い物にしなかった。
ある一部分のヤツとは共生、一緒に生きることにした。

 ゴクラクミドリガイと呼ばれるウミウシの仲間も、奇妙な生き物である。このウミウシは、エサとして食べた藻類に含まれていた葉緑体を体内に取り入れる。そして、その葉緑体を働かせて、栄養を得ているのである。(26頁)

何か「ロッテグリーンガム」みたいでいい。
「お口の臭いを消す葉緑素」でロッテグリーンガムに感動した武田先生。

ロッテ グリーンガム 9枚×15個



「葉緑素が口の臭いを消すんだ!」とかと興奮した。
藻を食べて葉緑体だけは体内に残し、動物でありつつ光合成をしつつ栄養を得るという。

 私たちの体の中には腸内細菌がいる。−中略−一人の人間の超の中にいる腸内細菌は、一〇〇兆とも、一〇〇〇兆とも呼ばれている。
 この腸内細菌は、もともとは外部から、やってきたものである。私たちは食べ物などを介して、口から体内に取り入れた大腸菌と共生しているのである。
(26〜27頁)

外部から来たものをどのようにして共生に導くか、一緒に過ごしていくか、暮らしていくか、生きていくか。
それが実は全ての生物の課題。
「競い合って強い」より、「弱くて助け合う」という共生の力を持っているかどうか。
これが生物の中で最強の道。
そうやって考えると今、生物の一個の単位の話をしているのだが、世界全体もこれで語れるのではないか。
自分たちだけが勝って生き残るのではなくて、他と協力しあって生きていく、ということ。
陸上競技でこんなに景気のいい話がワーっと立ち起こったのは、お母さんはジャパニーズでお父様はアフロ系の方、あるいはカリブ系の方。
そういう方々と結婚した坊ちゃんやお嬢ちゃんたちが日本人として。
アメリカの陸上競技。
バスケも「八」の付く人(八村塁)。
昔は「ゴールデンエイト(金八)」と言われていたので共感してしまう武田先生。
日本国というのも「共生の力」が新しい人材、ハイブリッドのお嬢さんやお坊ちゃんを産んでいる。
ハイブリッドの力がないと国力は衰える。
だから一国主義というのは破綻する。
これは国際情勢ではなくて、生物進化の上で決まっている。
なぜならば、(稲垣)先生の話はすごいところへ行ってしまう。
最初、生物は単細胞だった。
それが多細胞になっていく。
何で多細胞になったかと言うと、たくさん集まった方が防御力を高めることがある。
一個の生き物よりも群れを作った方が楽。
例えばサルの群れでもそうだし、牛の群れ、魚の群れ、どれ一つとっても生命体は一つの集合体を成した方が生き残る可能性がガッと増える。
なぜ集合体へ進化は舵を切ったのか?
これまたすごい。
トランプさんにも習近平さんにも聞いて欲しい。
何で単独より集まった方がいいか?
実は23億年前、地球上に皆さんの想像もつかない大変なことが起こった。
大変なことが起こったゆえに生物は一斉に多細胞という道を選んだ。

人間は一匹で生きるよりも、たくさんで生きた方が生きられるのだ。
細胞もそう。
細胞分裂を繰り返す単細胞で生きるよりは、多細胞生物で生きた方がいい、という。
何でそういうことになったのか?
ここにものすごく大きな出来事がある。

 地球上が凍りついてしまうような劇的な全球凍結は、数度にわたって起こったと考えられている。最初のスノーボール・アースがおよそ二十三億年前のことである。(40頁)

雪の玉、あるいは丸い氷みたいな感じで、まるごと凍った体験があるのではないだろうか?という。
このスノーボール・アース「超寒冷体験」。
氷河期ではない。
氷河期よりももっとすごい。
全部が北極南極みたいになってしまったという超寒冷期の体験が地球にはあったのではないだろうか?
その時に単細胞生物は身を寄せ合って一生懸命固まって生きた。
それが多細胞生物へ命のモデルチェンジを引き起こす時期だったのではないだろうか?という。
これは面白い。
「みんなで固まろう」というので固まって一匹になったという。

モデルチェンジというのはどんなふうな手順で行われたかというと、遺伝子のコピーは時々エラーする。
エラーしながら変化をさせる。
生命は変わる。
変わるものだけが生き残れる。
変わらない生物は絶滅する。
そのチャンスを目指してついに性を持つ生き物が生まれた。
これはまた後で詳しくお話するが。
オス・メスに分かれるとこのモデルチェンジのための変化がいっぱい起きる。
細胞分裂をしていると同じものしか生まれないが、オス・メスに分かれて遺伝子をまた一個作るとなると「多様性」いろんなタイプが生まれる。
そこで性を持つ動物はなるべく自分には似ていない子孫を作るために異性を求めた。
何で性を交わして命を繋ぐのか?
これは自分に似ていない子を作るためである、という。
だから武田先生なんかもダメ。
自分に似た子を作ろうとするから浅はか。
水谷譲もこれから何回も感じる。
どんどん子供が憎たらしくなる。
腹が立つことを言う。
でもそれは子供は親に似ない方角に向かって成長していく。
それを勘違いしてお人形さんみたいに扱おうとするところから歪みみたいなものが。
「オマエをそんなふうに育てた覚えはない」
当たり前。
最初から子は親に似ないように育っているワケだから。
これはやっぱり38億年の生命として受け止めましょう。

 たとえば、人間は二三対の染色体を持っている。その子供は親から、二本ある染色体のどちらかを引き継ぐことになる。二本ある染色体から、どちらか一つを持ってくる。この単純な作業でいったい、何通りの組み合わせができるだろうか。
 これは二の二三乗となり、驚くことに組み合わせの数は八三八万通りになる。
 これが、父親と母親のそれぞれに起こるから、八三八万×八三八万で七〇兆を超える組み合わせができる。
(70〜71頁)

とにかく無限大に違う人間を、親に似ていない子供を産めるという。

 さらに、実際には染色体が減数分裂をするときに組み換えが起こる。実際には、人間の遺伝子は七〇〇〇もあって、組み換えを起こしている。つまりは二の七〇〇〇乗である。そう考えれば、オスとメスという二種類の性だけでも、無限の多様性を生みだすことができるのである。(71頁)

だからやっぱり子は大きくなると、水谷譲も思うだろうがちっとも似ていない。
それをガッカリきて「アタシに似てない」とか。
それは違う。
子供というのは親に似ないように生まれてくる、という。
そういう進化のエネルギーを持っている。
武田先生も子持ちだが、最近そういう目で子を見るようになった。
「パパのここも似てないし、ママのここも似てないし、全然いいとこ取ってないじゃん!」ということがあるのだが、それでいいのかと思う水谷譲。
それでちょうどいい。
お父さんとお母さんのいいとこ取った子なんてロクな子ではない。
芸能人の子で才能も無いくせに芸能人になりたがる子がいる。
はっきり言ってしまうが。
それと同じこと。
つくづく思うのだが、子供は何のために生まれてきたかといったら親に対して親不孝をするため。
武田先生の母親が晩年によくつぶやいていた言葉に「思い通りに育たんですばい。それが親子ですたい。私ぁ鉄矢に望んだとは福岡県のシェンシェイになることだけでした。まさかこのバカがテレビでシェンシェイするとは思いませんでした」という。
その「母親の思惑の違い」こそが私(武田鉄矢)という一生だったのではないか?
同じことを子供たちにもそんなふうに武田先生も覚悟しなければならない。
「絶えず子は親の期待を裏切るもの」という。
38億年の生命史にかけて言えること。

 生物の進化における「性」の発明は、もう一つ偉大な発明を行った。それが「死」である。(74頁)

 一つの命がコピーをして増えていくだけであれば、環境の変化に対応することができない。(74〜75頁)

似たような人ばっかりが集まったら一瞬のうちに滅ぶ可能性がある。
違う人間がいるからこそ歴史は続く。

 ゾウリムシは分裂回数が有限である。そして、七〇〇回ほど分裂をすると、寿命が尽きたように死んでしまう。(75頁)

 永遠であり続けるために、生命は「限りある命」を作りだしたのである。(77頁)

地球が凍りつくスノーボール・アースの直後から、突然、多細胞生物が出現し始めた。(81頁)

そして彼らが生き残っていく。
五千万年前、生命に優しい海が広がり、この海によって生命は育まれる。
(五千万年ではなく五億五千年前だと思われる)

 地球の歴史を振り返ると、SF映画の怪物よりも、奇妙な生き物たちが次々に出現した時代があった。それは、五億五千年前の古生代カンブリア紀。後に「カンブリア爆発」と呼ばれる一大イベントである。(83頁)

 この時代に、現在の分類学で動物門となる生物の基本形がすべて出そろう。(83頁)

 生物が最初に獲得したのは、小さな目だった。−中略−「目」は、生物にとって革新的な武器であった。(88頁)

この目が生まれたが故に「喰う」「喰われる」という弱肉強食世界が生まれた。
(目が出現する前から喰ったり喰われたりはしていたようだが)
目によって弱いものは強いものに喰われ続けた。

身を守る方法は二つしかない。

 外敵から身を守る最大の防御方法は、体の外側を固くすることである。旧口生物は外骨格を発達させて固い殻で身を包んでいく。こうして生まれたのが、エビやカニ、昆虫などの節足動物の祖先である。(89頁)

固い殻で身を包むヤツと、もう一つが早く逃げること。
タコというのは何者かというとオウムガイが殻を捨てた。
「こんな重いものを背負って生きていくより、全部脱ぎ捨てて素っ裸で生きていたほうがいいや」で生まれたのがタコ、イカ。
そうやって考えると面白い。
そして早く逃げるためにもう一つ生まれたのが「背骨を持った方がいい」。

 食べられる一方の弱い魚たちは天敵から逃れるように、川の河口の汽水域に追いやられていく。(94頁)

そのうちさらに弱いヤツはその川を遡った、という。
そうやって考えると面白い。
それで一部の魚たちは子供を産む時だけ川に上った。
鮭とか。
体内の塩分濃度をとにかく自分たちで調節して。
それで産み終わったら死ぬか戻るかという。
こんなふうにして世界がゆっくり。

元々大型の魚類であった両生類の祖先は、敏捷性を発達させていない。のんびりと泳ぐのろまな魚である。そのため、泳力に優れた新しい魚たちに棲みかを奪われていったと考えられている。そして、浅瀬へと追いやられていくのだ。(97頁)

弱いものが逃げていくうちに生きていく環境と自分を合わせて、だんだん進化していくという。
やがて海から陸への進化が始まったというワケで。

 両生類の祖先となる魚類の上陸は、生物の進化の一大イベントとして描かれる。しかし、そのときには、すでに地上には植物が生えている。(103頁)

 光合成を行う緑藻類にとって、光を存分に浴びることのできる陸上は魅力的な環境であった。
 ただし陸上は、生物にとって有害な紫外線が降り注いでいるという問題があった。
 ところが、この問題は、植物たち自身の営みによって改善されていく。
 海中にあった植物たちが放出する酸素によって、次第に上空にオゾン層が形成される。するとオゾン層が紫外線を吸収し、紫外線が陸上に降り注ぐのを防いでくれるようになったのである。
(105頁)

やっぱり「弱さ」。
「弱い」ということが環境をいかに変えるか。

 植物の上陸は、古生代シルル紀の四億七千年前のことであるとされている。(105頁)

(番組では「4億7千万年前」と言っているが、本によると「4億7千年前」)

 最初に上陸をした植物はコケ植物に似た植物であったと考えられている。−中略−
 その後、陸上生活に適するように、さらに進化をしたのが、シダ植物である。
(106頁)

このシダ類に続くようにして両生類が陸上へ這いあがって行った。
こんなことを考えるとワクワクする武田先生。
最初に陸上に向かっていった生き物の思いというのが「辛いけど生きていくんだボク!」みたいな。
伝わってくるものがある。

38億年に亘る生命の歴史、生命史をたどっている。
38億年という巨大な生命史なのだが、よく見ると現代社会を生き抜くある種の知恵みたいなものがその生命史の中にあるのではなかろうかというふうに思って紹介している。
動植物が生きて来た38億年の生命史。
その中にはもう本当に危機が何度もあった。
例えばスノーボール・アース。
地球が「全球凍結」と言って、アイスボール、氷のようになった、という。
その時の体験がシロクマを作った、とか。
だから緑の山があったのだが、全球凍結で凍ってしまった。
その時には茶色より黒っぽいより白い方がいいなぁと思って、という。
シロクマはもともと茶色いクマだった。
雪の方に適合した。
ホワイトタイガーも地球が寒冷期でアフリカまで雪が降ったので、白いヤツが生き延びたというのがDNAの記憶であるのではないか?と。

とにかく今年(2019年)も梅雨先また九州の方で被害が出る大雨があった。
でも皆さん、38億年を振り返りましょう。
気候変動、地殻変動、大気の変動。
これは必ずこの地球に起こったこと。

 その後、生物が著しく進化を遂げて、動物の化石が発見される時代になってからも、生物は少なくとも五回の大量絶滅を乗り越えてきたと言われている。(114頁)

生き抜いた生物たちには、共通点がある。それは、恐竜たちに虐げられ、限られた生息場所を棲みかとしていた敗者たちであったということである。(118頁)

弱い者が絶滅を耐え忍んで生きたという。
弱くて逃げ場所を探し求めた者だけが生き残った。
肉食恐竜は強大であった。
逃げる、あるいは逃げる場所、これを持たなかった。
それぐらい強かった。
でも逃げること、逃げる場所を持たない生物は絶滅する。
逆説に満ち溢れているけれども、これはすごい。
恐竜でもうまいこと逃げ場所を探して逃げたヤツがいた。
今でもソイツは生きている。

 鳥もまた、この大災害を乗り越えた。
 鳥は恐竜から進化したとされている。しかし、大型の恐竜が大地を支配する中で、鳥となった恐竜は、他の恐竜の支配が及ばない空を自分たちの生息場所としていた。そして、地上では弱者であった鳥たちは、穴の中や木の洞の中に巣を作っていた。こうした隠れ家を持っていたことから、災害を逃れることができたのではないかと考えられるのである。あるいは、翼を持つ鳥は遠くに移動することができることも功を奏した要因かも知れない。
(119頁)

小さいものだけが、ハトやスズメになったと思うと、ヤツもよく生き残った。
小型の魚類は浅瀬へ逃げた。
逃げて海から川へ上り、川から岸へ逃げた。
哺乳類もそう。
地球の5回のピンチの中で生き残るために一番重要な条件は何だったか?

哺乳類が取った戦略が「小さいこと」を武器にしたのである。(120頁)

日本は小さくて、国としてそういう国。
だからG20とか見ていると、やっぱり大国が威張っている。
だが小国の時代が絶対に来る。
信じましょう。
アメリカが強くなくちゃいけない「アメリカファーストだ」と言っていると生き残れない。
中でも「ミトコンドリアあっちいけ」とか平気で言う。
アメリカはそういう国。
トランプさんみたいなアメリカ人ばっかりになったら相当問題が。
チャイナも香港問題は揺らいでいる。
「革命の条件」を昔、調べたことがある武田先生。
人口100万(人)ぐらいの街で犯罪者が2万人を超えると、その街、国というのは壊れる。
だから100万で2万とかといったので、14〜15億(人)国民がいたにしても1千万人単位で人間が言うことを聞かなくなると崩壊する。
香港は確かデモの波が200万人を超えている。
これはやっぱりかなりきついこと。

 生きた化石と言われるほど古いタイプの裸子植物であるイチョウの例を見てみよう。
 よく知られているようにイチョウにはオスの木とメスの木とがある。オスの木で作られた花粉は風に乗り、メスの木のギンナンにたどりついて内部に取り込まれる。そして花粉はギンナンの中で二個の精子を作るのである。花粉がやってきたことを確認してから、ギンナンは四ヵ月をかけて卵を成熟させる。このときイチョウは、ギンナンの中に精子が泳ぐためのプールを用意する。そして卵が成熟すると精子が用意されたプールの水の中を泳いで卵にたどりつくのである。
(126頁)


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2020年08月13日

2019年9月30〜10月11日◆磐井の乱(後編)

これの続きです。

古代史を話している。
皆さま方も「古代史」と言われてピンとこないだろうし、興味もないだろうが。
でも武田先生は好き。
自分の生まれたところが北部九州。
九州の福岡県というところで。
そこには古代の匂いがするエリアポイントがあって。
水城とか大野城がある。
春日原(かすがばる)とか白木原(しらきばる)とか。
そういう地名の中を青年期まで生きていた。
武田先生が生まれた町の名前は雑餉隈。
これは大宰府王朝に仕える小間使いの雑掌(ざっしょう)の人たちがたくさん住んでいたとか。
そういう、いわゆる古代がかった地名。
そういうところで自分が生まれた。
大野城というのも、ものすごい歴史的な遺産が残っていて。
野城。
そこの大野城という丘の上てっぺんに行くと真っ黒な米粒が見つかる。
それは千年の時を隔てた米蔵の跡。
それは何のためにかというと朝鮮半島から朝鮮の国が攻めて来る。
その時に大宰府王朝を目指して来るだろうから水城、丘の上にプールを作っておいて下から来たら上から水を落とす。
基山という山があって、そこと大野城を結んで、二つのポイントに兵隊を置いておいて、朝鮮半島を渡って来た敵兵に向かって矢を射かけたり石を投げつけたりする基地を山のてっぺんに。
つまり今で言う尖閣の最前線が福岡市にはいっぱいあった。
武田先生はそういうところで大きくなったものだから「古代史」と聞くとその風景が蘇ってくる。

百済の人がいて、日本のヤマト朝廷に潜り込んで。
「潜り込む」という表現はよくないかもしれないが、ロビイストとして朝鮮半島の人たちの意見を彼らに伝える。
その意見が正し時とひどく間違った時があるのだが。
とにかく百済という国が「白村江(はくそんこう・はくすきのえ)の戦い」。
663年だが。
これで百済が消えてなくなって。
難民というか百済を失くした朝鮮半島の人たちを日本に安全のために亡命させる。
彼らのために大和朝廷は近江の地を与えたりしている。
その中でも百済王族でプライドの高い人は「何とかもう一度朝鮮の地に帰りたい」と思う人がいて、強力な政治家にヤマト朝廷の元でなっていく。
この関さんの説の中ですごく面白いのは、正しいかどうかはわからないが。
そう考えると武田先生にとっては日本史がすごくわかりやすい。
親日の朝鮮人が叩きだされた。
今もそう。
「親日の人は出ていけ」とか。
日本に協力した人、そういう企業は「親日企業」という「ブラックレッテルを貼るぞ」とかという「ウェノム嫌い」「倭人嫌い」はもう二千年前から持ってらっしゃる。
だからそういうところでやっつけられた百済。
日本に協力したばかりに、日本を誘い込んだばかりに。
それを我が連合ヤマトは全部引き受けて亡命させている。
その百済系の亡命人の中に日本名に変えた人たちがいて、それが中臣鎌足ではいかと。
百済人ではないか?と。
この人の献策で新羅が攻めてくるかも知れないので、対馬、壱岐、筑紫。
これは武田先生が生まれた町。
そこらあたりに防人を置いて、防衛体制をとろう、と。
ところが本当に国際政治はわからない。
新羅と一緒に唐が攻めて来るとあれほど怯えていたのだが、その唐と新羅が不仲になってしまう。
戦争を開始する。
高句麗、北朝鮮も不仲になって戦闘状態に入ってしまう。

筑紫国造、磐井が反乱を起こしたという。
その磐井の乱から時は流れてこれから話すところは662年以降。
磐井の乱からいつの間にか半島問題に巻き込まれた日本。
連合ヤマトは唐、新羅を相手に白村江の戦いを経て、大敗北を喫する。
それで百済が滅亡する。
その百済の王族たちを日本に保護した。
いわゆる百済系の王族たち。
彼らは朝鮮の人なのだが、やがて日本名を名乗り始めて大和朝廷の政治に絡んでいったのではないか?

『日本書紀』は、中臣鎌足の父母の名をまったく掲げていない。古代史最大の英雄で、『日本書紀』編纂時の権力者・藤原不比等の父が中臣鎌足なのに、なぜ藤原氏の素姓が定かでなはないのか。ボウフラが湧くように、無位無冠の中臣鎌足が忽然と歴史に登場し、有力な皇位継承候補の中大兄皇子と、まるで同等であるかのように振る舞い、蘇我入鹿暗殺現場では、中大兄皇子が自ら蘇我入鹿に斬りつける中、背後で弓を持って高みの見物としゃれ込んでいる。(146頁)

とにかくこの鎌足というのはものすごいヤリ手。
汚れ仕事まで平気でやるという貴族。

筆者は中臣鎌足を百済王子・豊璋(余豊璋)とみる。(145頁)

百済のロビイストは連合ヤマト、ヤマト朝廷に潜り込んで様々な政治を操り始めたと言っている。
この鎌足あたりに反対したのが大伴氏だったり九州南部の隼人族、日向族の海人族。
彼らの天皇に対する忠誠心はものすごく激しい。
それで彼らが天皇という巫祝王、神様に向かって祈ることができる天皇の地位を独自のものにしていく。
本当に珍しいことで、日本は「強い王様」を望まない。
天皇そのものが強健であることは望まない。
ただ巫祝王、祈る王様として豪族をまとめてゆくというのが日本人が、日本が求めた天皇像。
祭祀王の天皇と豪族たちの合議によって政治を回していくという統治システムが古代から日本では適していたし、それがうまくいっていたのだろう。

『日本書紀』に従えば、磐井の子の葛子が糟屋屯倉を献上しただけで、許されたとあり、実際考古学者も、筑紫君らの眠る八女古墳群は岩戸山古墳ののちも継続したことをあきらかにしている。(173頁)

というのは、あんまり徹底してやっつけちゃうと恨みが残って反抗が続く、という。
聖徳太子が言った「和を以て尊しとする」という。
磐井の子らも徹底して滅ぼされなかったということで、連合ヤマトに組み込まれていったという。
日本はまとまりを作り始める。

蘇我氏は8世紀に没落する。
中臣鎌足は中大兄皇子に取り入って中臣という役職名で鎌足が語っていたが、中大兄皇子と仲良くなって名前を変える。
何という名前に変えたか?
藤原姓に変える。
「藤原鎌足」になる。
つまりここからあの藤原氏が始まる。
藤原氏というのは貴族の中で最高の力を持った貴族。
この藤原鎌足が大化の改新から律令国家づくりまで全部やる。
海外の知識を豊富に藤原鎌足は持っていたのだろう。
だから唐のマネをするという律令国家づくりなんかを始めるという。
そのあたり、関さんが「この人の国際感覚は日本人じゃない」という。
そして例の藤原時代を築く。
武田先生の(会社の)社長の名前は「伊藤」と言うが、これは「藤」が付く字は全部藤原氏から来ている。
「伊勢にいた藤原の一族」というので「伊藤」。
「藤原氏を助けた」というので「佐藤」。

今語っているのはどのあたりかと言うと、中大兄皇子即位だから668年ぐらいまで来た。
白村江の戦いから5年ぐらい経ったぐらいか。
そのへんを語っている。
中大兄皇子の子分となった中臣鎌足。
百済からやってきた豊璋という百済の王子様だったのではないか?
そして日本を百済化して、百済人の住みやすいような日本に。
海外のことは詳しいから「乗っ取っちゃおう」。
それで貴族の中で「藤原」という姓を唱えて藤原文化を作る。
この「藤」を選んだところがまた見事。
(野生の藤は)気持ち悪い。
一本の木があったら巻き付く。
その巻き付き方がアマゾンの大蛇みたいな。
幹に喰い込む。
それで木の養分を吸い尽くすというから。
ずばり言うと、藤原鎌足が夢見たのは、天皇家に絡みつく藤の花。
こうやって考えると面白い。
そして自分たちの半島ではできなかった国家づくりを鎌足は始める。
それは藤原一族の栄華。
そして自分たちが住みやすいように大化の改新を起こし、律令国家をつくる。
そして次にやったことが、これがすごい。
朝廷にいた他の豪族たちを追いやる。
藤原鎌足が中大兄大氏、天智天皇に絡みつくことによって奈良から追放した豪族。
蘇我氏を東北へ追いやる。
そして安倍氏。
天皇家に一生懸命仕えた日本の豪族。
これも東北にやられてしまう。
今、総理をやってらっしゃる安倍さんの先祖。
元々ヤマトだったのだが藤原氏に追われて東北へ追いやられた。
そしてこの藤原氏がやったことは蝦夷地征伐。
蝦夷を攻めると言って、東よりの豪族を抑え込む。
それから西の方も全部やられてしまう。
北部九州の筑紫とか奴国とか。
そういうのも全部この藤原氏によってペッタンコにされる。
ところがこの藤原氏の登場によって地方へ追いやられた豪族が心の中で「いつかやっけてやる藤原!」。
これが日本史の原形。
日本史はいつも中央政府があると遠い東か西の別勢力が上って来て天下を獲る。
そのことによって日本史は対流が起きる。
その対流の一番最初のエネルギーは「藤原氏憎し」。

そしてここからが、あれほど巻き付かれながらよく頑張ったと思うが。
藤原氏は娘が生まれると天皇家に入れて、自分たちの血を濃くする。
ところが藤原氏に巫祝王としての天皇は絶対にその座を乗っ取られることはなかった。
そして巫祝王として霊性、スピリチュアルな力を持っていた。
どうしても百済人たちが朝廷を牛耳られなかった。
それは彼らが仏教を操るために教え込もうとしたのだが、天皇は言うことを聞かない。
そして「神仏習合」という日本だけの仏教に切り替えてしまう。
どういうことかと言うと、日本に昔からいた神様が修行にインドまで行って、帰ってきたのが菩薩様とか、どんどん日本風に意訳してしまう。
仏教と神道を合体させる。
仏教は仏教でもこれは「日本教」としか言いようがない。
そのことによって天皇家のみの効力、能力、霊力を天皇家は胸に秘めた。
祟りの神を抑える呪能、能力というのは天皇家の帝しかない。
これは関さんが別の本で、藤原氏もどこかで天皇家を舐めていた。
祈りで何かを動かすという力なんか信じていなかっただろうが、天皇に「ああしましょう」「こうしましょう」といろいろ注文をつけていくうちに、藤原氏の息子四人同時に全員死んでしまうという事件が起きる。
天然痘。
それから藤原氏がやろうとして誰かが邪魔をする。
そいつを左遷する。
菅原道真とかというヤツがいて、藤原氏の言うことを聞かない。
「あ、もういいよ。大宰府行っちゃえ」と言って大宰府にやらせてしまう。
そうしたら疫病が流行る。
それで天皇が「道真、もう怒らないで」と言うまで疫病が殺していく。
それぐらい恐ろしいし、これを祓う力を持っているのは天皇しかいない。

天皇家が神仏習合で仏教と神道を合体させ「日本教」とでもいうべき新しい宗教形態を作ったというのは武田先生の説だろう。
歴史の読み方についてだが、関さんの説が今までくすぶっていたものに再び「焼けぼっくいに」というヤツなのだが、火が点いてしまって、面白くて仕方がない。
朝鮮とヤマト、あるいは邪馬台国との関係というのを昔、すごく興味を持って。
自分がそういう古代史の最前線、筑紫の国に生まれたから。
だが、フッと嫌になったのは、こういうことがあった。
平壌のすぐそばか何かに見つかった遺跡らしいのだが、好太王碑(こうたいおうひ)文というのか、モニュメントが建っていて、そこの「好太王」という高句麗の王様が、どのぐらい立派な人だったかというのを書いてある。
その中に平壌、4世紀391年に倭が攻め込んで、倭と好太王は戦って追い返した、というのが石文に書いてある。
ヤマトが、倭が、それこそウェノムを押し返した。
この石文に関する解釈で、韓国の学者(李進熙)が「倭というのは391年に日本列島から兵隊を集め、船で平壌まで攻め込む兵力を持っていたのか?どう考えてもそんな力は日本にあるはずがない」と疑った。
それで「この碑文は日本人が勝手に捏造したんだ」と。
391年に日本にそんな力があるワケがない。
日本が平壌まで来る力があるハズがない。
これは日本の軍部が戦前、朝鮮に来た時にカンカンカンカーン!と刻んだ、という。
それが歴史的事実として、何十年か通っている。
学説として日本も採用していた。
それが最近になってやっと「それはおかしい」と言い始めた。
(実際にはかなり前から反論はあったようだ)
向こうの学者さんも「まあ無理かな」とかと言い始める。
つまりその手の「侮蔑語で日本を歴史的に見る」という足場があるから、この一つをとって考えてみても、この4世紀、391年。
九州とか例えば出雲から船を出して朝鮮半島、平壌まで行くのは無理かも知れないが、もしかしたら朝鮮半島の釜山のすぐ近くあたりに半島の中に日本という国を持っていたのではないか?
それは伽耶国とか倭館とか。
任那府とかと言われていた。
そこにある程度の軍隊がいた。
それが平壌まで行ったと思えば、そっちのほうが合理的。
それを向こうの方が「日本がこんなところにいるハズがない」という、そういう歴史の取り方ではダメなんじゃないかなぁと。

司馬遼太郎氏は古代史について4世紀、391年。
ヤマトが朝鮮半島の高句麗まで進出し、百済や新羅の国を次々と打ち破ったと記録されているが、それはおそらく事実であろう、と。
そして高句麗によって押し返された。
倭、ヤマトというのはそれぐらいの力を持っていたのではないだろうか?という。
その中に天皇家があったが、天皇家は力だけではない別種の力を持っていたのではないだろうか?ということをおっしゃっている。
それと関さんが縄文からの祈りの力を天皇家は巫祝王として持っていた。
パンデミック、巨大な疫病が流行した時、それを鎮める力を持っているのは日本には天皇しかいなかった。
そういわれるとすごく納得がいく。
京都の祇園祭も博多の博多祇園山笠も、そして小倉にある小倉祇園太鼓も、夏の疫病退治のためのお祭り。
そうやって考えると、その中心に疫病対策として天皇がいるということになると、関さんの説に武田先生が深く頷いたというのはご理解いただけようかなぁというふうに思う。

古代。
2、3世紀〜7世紀。
400年ぐらいを二週間で語っているので、ちょっととっ散らかったりして誠に申し訳ございません。
わかりにくかろうとも思う。
教科書通りのことではなく、こういうことを学校の歴史の時間に教えてくれればまた違うと思う水谷譲。
不思議なもので、教わった方は教科書通りじゃないところしか覚えていない。
この辺は全部寝ていた武田先生。
古田武彦という古代史の大先生がいて、その古田武彦という人は説として間違いであったということもこの人の中にあるのだが、この人の仮説というのが無茶苦茶面白い。
この関さんの今週オススメした『磐井の乱』というのも面白いのだが、一番最初に武田先生を虜にしたのは古田武彦という人で。

我々は国歌として『君が代』を歌う。
君が代というのも不思議な唄。

君が代は 千代に八千代に さざれ石の
巖となりて 苔のむすまで
(君が代)

これは古今和歌集の「詠み人知らずの句」なのだが、我が君、君が代は、あなたの時代がいつまでも続きますように。
小さなさざれの石、砕けた石が固まって、大岩になって、コケが生え揃うまで永久(とわ)に続きますように。
よく考えてみると一種のお誕生日の歌。
「ずっとずっと長生きしてね」「ハッピバースデー、トゥーユー」みたいな歌。
日本はハッピーバースデーを国歌にしている。
「石」とか「苔むす」とか、こういうものに美を感じるところから縄文の匂いがする。
関さんの考え方の中ですごく納得したのは縄文人がいた、いわゆる「倭」。
倭がいた。

 渡来人がやってきて水田を造り、稲作をはじめ、あっという間に東に向かって侵略していったというイメージが強かったが、まったく違う図式が見えてきたのだ。先住の縄文人が、稲作を選択し、北部九州で本格的な水田が誕生していったのだ。(65頁)

だから弥生時代、縄文時代とアッサリ線は引けない、という。
一番最初に話したように「ふんどし文化」という、天皇家でさえも学校行事として遠泳の時は赤いふんどしを。
これはどう考えても縄文、海人文化。
これがやっぱり日本の文化の特徴ではないだろうか?
「日本」ということを考える時に、このあたりから古代史が解けていくといいなぁというふうに思ったりした。
この本(『磐井の乱』)をお書きになった関さんは百済系は半島を脱出したのち、藤原鎌足と名を変え、新興国家の新たなる豪族として藤原姓を起こして、天皇家にまるで藤の花のように絡みついた。
この藤原氏が最も恐れたのがパンデミック、大陸から伝わってくる疫病による一族の大量死であった。
4〜8世紀、パンデミックは一種の呪いとされた。
だから都を替えたりしている。
仏教文化を取り入れたのも、おそらくこの巨大なパンデミック、人口の半分が死んでしまうような極端な大流行が日本であったのではないだろうか?
その藤原氏はやがて、平安の世を築く。
このことによって地方の豪族の生き残りを触発し、やがては取って替わって「武士」という武家政治が。
平氏もそうだが鎌倉からバァン!と出てくるという。
この武家が政治を行ったというところから日本は独特の道を、という。
そのあたりが半島の人々と当初島に住む我々日本人は大きく分かれていったのではないだろうか?
アジアは一つで隣の国、韓国、あるいは朝鮮。
だから「我々は」とすぐにまとめない。
私達と朝鮮文化、あるいは韓国、あるいは朝鮮の人たちは、かくも違う文化を持っているんだという。
そういう自覚の中からうまくゆく方法が見つかるのではないだろうか?
似たところを探すよりも、違うところを見つけ合うことによって私たちは、もっといい関係が逆に見つかるような気もする。
そういう意味を込めてあえてお送りした『磐井の乱』。


posted by ひと at 21:51| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年9月30〜10月11日◆磐井の乱(前編)

これの続きです。

(番組冒頭は、前回までの放送の内容に間違いがあったので著者から指摘の手紙と著書を頂いた話)
磐井の乱。

磐井の乱の謎



 継体二十一年(五二七)六月−中略−筑紫国造・筑紫君磐井が、反旗を翻したのだ。(1頁)

なにゆえにその反乱を起こしたかと言うと、朝鮮半島問題。

高句麗、百済、新羅、伽耶の存亡をかけた争いの渦に、巻きこまれた。その中で磐井はヤマト政権の外交政策を批判し、ヤマト政権が手を組んでいた百済ではなく、新羅を選ぶべきだと主張したのである。(1頁)

そのことで連合ヤマトから戦を仕掛けられたのだが、不思議なことに息子が詫びると許している。
磐井は殺されたのだが。

『日本書紀』に従えば、磐井の子の葛子が糟屋屯倉を献上しただけで、許されたとあり、実際考古学者も、筑紫君らの眠る八女古墳群は岩戸山古墳ののちも継続したことをあきらかにしている。(173頁)

反逆者だから徹底してやっつけるかと思いきや、連合ヤマトは何を考えたかと言うと「やっぱり北部九州は怖い」。
こういう時代。
関さんから2〜3か所「これは違ってる」と注意されたが、武田先生の語り口調でしばしお聞きください。
間違ったところはまた第三弾でお詫びしたいと思う。
この関さんのおかげで、昔から古代史が好きだったのだが、やっぱり面白くなった。
ただし、ややこしい。
武田先生のお嬢さんが高校の時に使っていた日本史の年表を持ってきた。
これは便利がいい。
これは出来事だけがザーッと年表で縦に書いてあるもので。
でも書いてあることが相当古い。
だから相当改定されているのだが。
とにかく縦に物事が並べられているというのが武田先生にとって便利がいい。

前回にお話ししたのは、関さんがお書きになった本の前の方までだった。
6世紀に起こった磐井の反乱。
その前にどういう事情があったかと言うと、日本にはいろんな豪族がいて、その豪族たちが連合体を作り始めた。
防衛上の立場から西側が見えやすく東側が逃げやすいという奈良の地が選ばれた、ということ。
この連合ヤマトは奈良桜井の纒向というところにコンベンションセンターを置いて、主に東海、山陰、山陽の豪族たちがそこに集まって、その議長に天皇というポジションを置いた。
十代目の崇神は理由があって天皇の地位をしっかり固めようということになった。
これはこんなことを考えもしなかった。
北部九州がある。
そこは朝鮮半島との交流が盛んで、特に新羅と仲がよくて。
もう片一方の百済、朝鮮半島の左側はヤマトと仲が良かった。
その朝鮮半島から新しい文化とか、特に鉄が入って来る。
これがもうたまらなく魅力的。
とにかく鉄の武器を持っていれば最強の武器になるから。
新羅は何を持っていたかといったら「しら」だから「金」。
そういう鉱物資源に半島は恵まれていた。
それで朝鮮半島から生まれるものがものすごく貴重だったし、それで強力な国もできるのだが、もう一つ。
これは関さんの発想だと思うが病も入ってきた。
これが天然痘。
これは国を開く時に必ず伝染病が入ってくる。
ペリーの時はコレラ。
『JIN-仁-』でやっていた。

JIN-仁- DVD-BOX



とにかく外国から入ってきた病があまりにも悪さをするので、連合ヤマトは何か心のよりどころが欲しかった。
それが天皇ではないか?

いわゆる日韓問題がすごかった。
韓国の大統領も言葉遣いは激しい。
一国の大統領が日本国の首相に向かって「盗人猛々しい」というような表現をお使いになる。
こちらの翻訳がそうなってた。
韓国のこと、あるいは朝鮮半島のことを考えましょう。

昔から、韓国の方、朝鮮の方は日本のことをバカにして、とある隠語で日本人のことを呼ぶ。
前に話したことがあった。
例えば日本のガラの悪い人がアメリカ人を差別的に「ヤンキー」とかというような呼び名で。
韓国あるいは朝鮮では日本人のことを「ウェノム(왜놈、倭놈)」と言う。
これは「倭の野郎」というヤツ。
だから今話している話なのだが、韓国あるいは朝鮮の人が我々を罵倒する時の思いは倭国まで遡る。
金印で威張っている場合ではない。
「なんだ!ハンコ一つ貰ってデカい顔しやがって!盗人猛々しいとは!倭の野郎!」という。
「根性が曲がっている」というような意味で「ウェノム」と言う。
これは向こうの人も血相を変える。
一回だけ試したことがあった。
韓国の子に「俺たちは『ウェノム』だから」「ソレハ言ッテダメ!」と言われた。
それは強烈な言葉なのだが。
倭の特徴というのが、すぐ裸になりたがる。
これを韓国の人はものすごく軽蔑する。
日本人はホテルとか旅館に行って一杯やり始めると袖をまくる。
あれをものすごく軽蔑する。
なぜか?
これがいわゆる「儒礼」儒教にかなった礼儀作法。
いかに正しく服装を崩さず着て。
ところが日本人はリラックスしたら袖まくりはする。
何かもめごとがあって、ケンカにでもなろうものならガバッと脱いでしまう。
高倉健は殴り込みで必ず上を脱ぐ。
向こうの人はあきれ返って野蛮人ウェノムと思っているだろうけれども。
皇室の皇太子でさえも学校行事で遠泳の時、ふんどし一つで泳ぐ。
あれはもう、考えられない。
貴族がふんどし。
ふんどしなんて海賊の恰好。
それが平気。
それだけではない。
国技と言われているスポーツがふんどし(マワシ)一つ。
祭りと言えば北島(三郎)さんも歌ってらっしゃるが。

風雪ながれ旅/北の漁場/まつり



白い褌 ひきしめた
裸若衆に雪が舞う
祭りだ 祭りだ 祭りだ 豊年祭り
(北島三郎『まつり』)

祭りというのは神前で執り行う宗教行事。
その時に裸になる。
それだけではない。
「私は苦労して頑張った」という形容詞がよく使う。
「私は裸一貫からここまでやってきた!」というと日本人は「お〜!あの人は裸一貫だ!」「ロックで言えば矢沢永吉じゃん!」みたいな。
つまり裸になるということに関して隣国である半島の人たちと我々はことほど左様に違う。
向こうから見ると無礼。
裸の付き合いはしてはいけない。
そんなことをするから何回も何回も「慰謝料出せ!」とか「心から謝れ!」とか言われてしまう。
つまり我々は隣国でありながら裸という概念もこれほど違う。
日本は美的。
危機に際した時、ふんどし一つになるというのは自分の勇気を示すこと。
これほど違う半島と日本。
その皇太子でさえもふんどしになる。
何でか?
海人族の血ではないか?
農耕と中華文明で生きてきた半島の人たちに対して、我々ヤマトの人間は遥か海からやって来たという。
だから神話の中にも何人も乙姫様が出てくる。
私たちの体の血の中には海人族の血が混じっている。
それが決定的に文化の質を変えたのではないか?と。

前にお話ししたのは大陸から疫病。
パンデミック。
いわゆる疫病の大流行が襲ってくる。
これは国を開くと必ずそういう病が来る。
それは天然痘に関しては奈良県の連合ヤマトのエリア内で住民の半分が死んだというのだから、いかに恐ろしかったかわかる。
だから何とかして疫病を鎮めて欲しいということで、そこで頼ったのが海人族の血。
天孫族といわれるヤマトの王子はことごとく海人族の娘と結婚する。
天皇家というのは海の血が混じったまとめ役ということで独特の神話、伝説を作り始めた。

 三世紀後半から四世紀にかけて−中略−各地の首長(王)たちが新たな埋葬文化を受け入れ、ゆるやかな連合体が生まれた。これがヤマト建国だ。−中略−ヤマトは北部九州を潰しにかかっていたし(89頁)

何度も何度もヤマトはこの北部九州に「従え」「俺たちの仲間になろう」と言うのだが、北部九州はなかなか言うことを聞かないという。
筑紫には独特の王女がいた。
これが卑弥呼。
この卑弥呼を倒した。
そして奴国、伊都国も従えたのだが、また時が経つとこの奴国、伊都国、筑紫の国あたりが言うことを聞かない。
その一つが磐井の乱で、百済と手を結ぼうというヤマトに対して磐井は「ダメだ」「我々は新羅の方を応援する」という。
つまり朝鮮半島にあった反日勢力と親日勢力の激突。
それが磐井の乱を招いたんだ、と。
これが六世紀のこと。
ちょっとややこしい。
著者の関さんからも「アンタこことここが違うよ」と言われたのだが。
申し訳ないが関さんの御本は読んでいてわかりにくい。
横に年表を置いておかないと時代がどこに行ったのかわからなくなる。
でもなんとかとにかく上手に皆さん方にお話しを聞かせたいなと。
というのはやっぱり面白い。

連合ヤマト。
そのヤマトの国は天皇という「巫祝(ふしゅく)王」。
いわゆる祈りを力に変えるパワーを持った霊力を持った天皇家を作ってゆく。
その時に磐井が反乱を起こす。
これに対してヤマト軍が糸島方面からやってきて、豊前、大分方面から物部の兵が乗り込んで、激戦のうちに磐井を打ち破る、というワケで。
これはいっぱい出来事がある。
任那(番組では何度か「みなま」と言っているが「みまな」)。
これは日本が朝鮮半島に持っていたポリス国家。
小さなエリアを所有していた。
これが新羅に攻め込まれてピンチになった。
537年。
サエキシ(と聞こえたが「大伴連狭手彦」あたりのことか?)百済へ救援に出かける。
百済王が戦死する。
任那日本府が滅ぼされる。
ここは日本府という出先機関、領事館を持っていたのだが、それが562年に滅ぼされる。
海峡を挟んで日本と朝鮮半島の三つの勢力、高句麗、百済、そして新羅と絶えず戦闘状態にあったという。
そういうことが続いたのだろう。
この混乱の極みの中、連合ヤマトが百済対新羅の争いに巻き込まれているうちに高句麗が力を付けて南下を開始する。
これは今で言うとさらにわかりやすい。
韓国が反日と親日に分かれる。
今の状況と同じ。
高句麗というのは北朝鮮だと思ってください。
ワイドショーではないが、朝鮮情勢を語っていた。
辺真一(ピョン・ジンイル)さんは気の毒。
気のいい方なのに。
周りの人から「どうしようもないですねぇ」なんて、自分の祖国に向かって言いたくないだろう。
可愛そうに。
聞くなよそんなこと。
デーブ・スペクターははっきりと「韓国のことをこんなに熱心にニュースにしているのは日本だけですよ。北朝鮮もそんなに報道してないし、中国もほとんど報道してないし、ロシアもそんなに報道してないし。アメリカABC見てもあんまり出てきませんよ」と。
本当におっしゃるとおりかも知れない。
水谷譲の息子も言っていた。
「なんでこんなに韓国のことをやってんの?」と。
「ほっといてあげてもいいんじゃないかなぁ?」とも思ったりするのだが。
しかし申し訳ないが話を聞いていると面白い。
ごめんなさい、韓国の人。
辺さんがおっしゃった名言で、法務大臣の゙國(チョ・グク)さん。
色々問題があるのだろう。
辺さんがたった一言「一番の問題はですね、娘が頭が悪いっていうことですよ」。
本当にそう。
もしかしたらただそれだけのことかも知れない。
みんな大騒ぎをするが、法的問題よりも「娘ができが悪い」というのが。
通信簿まで公表するというようなザマなので。
まあそれはもう向こうに任せておいた方がいいんじゃないか?
でも大変悪いが、向こうの人たちが私たちのことを「このふんどし野郎」と言っても、司馬遼太郎さんがハラを抱えて笑う。
「ふんどし野郎」という侮蔑語を。
そのとおり。
私たちはふんどし民族。
男の戦闘態勢。
締め込みをした方が力が湧いてくる民族なので。
それはそれで別にいい。
何と言われようと。
だから「ウェノム」というのは言い当てている。
そんなふうに思う。

日本はどうも5〜6世紀、多重外交だったという。
朝鮮半島に対して新羅と仲良くする北部九州の国々と、それからその隣の百済と仲良くする連合ヤマト。
二つの外交勢力があった。
相反する外交体制にあったのではないか?
それで、高句麗、百済、新羅に任那とヤマトというので半島で大騒ぎしていたが、わりとスッと収まる。
何で収まったか?
それどころじゃなくなった。
中国に強力な大帝国ができた。
隋ができる。
何となく今と似ている。
それで皇帝の煬帝(ようだい)は半島情勢に乗り出してきた。
何と高句麗を隋がやっつけた。
今で言うと北朝鮮と中国が戦争を開始した。
その隋がぐんぐん半島を降りてくる。
もう連合ヤマト真っ青。
言うことを聞かない北部九州を横に置いておいて「とにかく集まれ」「みんな集まれ」
「隋てのが出てきたぞ」というワケで。
この時にその日本の連合ヤマトの方で力を持ったのが推古天皇。
これは女帝。
そして聖徳太子。
とにかく補佐役に回ってクイーンとプリンスで日本を守る。
とにかく北部九州は放っておこうと。
「お前たちいい。そのかわり他のとこしっかり集まれ」と言って強力に結び付く。
それ故にプリンス聖徳が言った名言が「和を以て貴しとする」という和の精神。
隋が起こったことにより日本を隋に気に入られる国にしなければならない。
それは何か?
仏教。
その仏教導入と共に百済が「仏教なら任せて」。
「お経はこう読む」「仏像はこう造る」というノウハウを教え始めてプリンス聖徳のお気に入りになっていく。
新羅の方もプレゼントを持って連合ヤマトに奈良まで挨拶に来ている。
それは隋が怖いから。
聖徳は推古天皇の補佐をしながら何を思ったかというと「絶対に隋とはケンカすまい」。
ところが北部九州が二重外交だから、しょうもない手紙を隋の煬帝に送っている。
その北部九州が送った文章が「日出る処の天子、日沈む処の天子にこれを送る。つつがなきや(日出處天子致書日沒處天子無恙云云)」。
すごい。
上から目線で。
「日が昇ってくるという勢いのいい我が国。オメェんところには日が沈んでゆく。どうだ、元気かい?」という。
それを見せられた煬帝が呆れかえっちゃって部下に言った名言がこう。
「蕃夷の書に無礼あらば、また以て聞するなかれ(帝覽之不ス 謂鴻臚卿曰 蠻夷書有無禮者 勿復以聞)」
「わぁ〜コイツらホント馬鹿だなぁ。まあ、無礼にもほどがある。よっ!俺の秘書。二度と持ってくんじゃない。俺んとこ見せに」と呆れかえってしまう。
これで呆れかえってくれたおかげで戦争にはならなかったけれども。
とにかく聖徳は真っ青になりながら、すぐに隋にお勉強。
それで小野妹子が出かける。
だから煬帝も日本が二重外交の国だとある程度知っていた。
そう思うとパアッと解けると思う。
それで小野妹子を派遣したら「OK!OK!」と向こうが言うワケだから。
それで「仏教導入OK。勉強すんのよ」というもので。
それで百済からやって来ていた百済人が一生懸命仏教を日本に教え始めたという。

ところが前にも御柱のところで話した。
どんどん仏教が入ってくると物部がふくれ始めた。
「なに?うち、神道あるけど?」「いや、そんなもんいいじゃないですか。神道なんかいらない。もう仏教勉強しなきゃダメ。国際的になれない」
今で言うと、そのころの仏教というのは「Can you speak English?」 みたいなもの。
ところは物部は自分のところはちゃんと神様を持っているのだから「別に俺、やんなくていいよ」というようなもの。
この対立の中から物部対聖徳太子の対立の構図になってゆく。
連合ヤマトは百済と仲良くして仏教、そして鉄を手に入れたい。
新羅と結びついた磐井の反乱が6世紀。
それはペッチャンコに押しつぶしたのだが、百済系の人々はその頃はたくさんヤマトに紛れ込んでいた。
ところがその中でちょっと至らぬことをする人もいる。
嘘情報を流す百済人が出始めた。
ミスリード。
操る。
そういうことが奈良の地、連合ヤマトのコンベンションセンターで起こり始めた古代。

これは日本史の教科書に載っていない。
こんなことがあった。
日本書紀によれば磐井の死から50年後の583年。
連合ヤマトに出入りしている百済の日羅(にちら)が連合ヤマトに密告をしている。

「百済人が策謀して、三百隻の船で筑紫(九州)の領土を奪おうと思っています。−中略−その時、壱岐や対馬に伏兵を置き、殺してください。要害の地には、固い要塞を築いてください」(189頁)

田中臣は、次のように述べた。
「百済は是反復多き国なり(百済は信用ならない国だ)」
 というのだ。すぐに、約束を違え、道路の距離も欺す人たちだと批判している。
(190頁)

(番組では上記は日羅の言葉と言っているが、本によると蘇我系豪族の田中臣)
古代日本では百済系の人たち、いわゆる半島の人たちが朝廷に潜り込んでロビイストとして活躍しながら、半島情勢を伝えたり仏教を伝えたりしながらも、結構日本を動かしていた、という。
百済の人たちにとっては仏教を教えることによって日本を支配できないかと思ったのだろう。
そんなこともあったのではないか。
それで帝に百済の王族たちは接近していく。
ところが国の中心である天皇というのは力としては大したことがないのだが、神の祈りを力に変えるパワーを持った、霊力を持った代表者として日本をまとめていく。
仏教が入って来る。
その時に独特の仏教を天皇家自らが作り始める。
仏教に完璧に帰依しない。
驚くなかれ、日本の神道と仏教をくっつけてしまう。
よくやった。
時々お祈りをする時に「南無八幡大菩薩」と言う。
とにかくこの神様の奇妙さは「八幡様」という日本にいる神様、それが大菩薩とくっついている。
だから「八幡大菩薩」。
これは日本の至る所で見られるのだが、日本の神と向こうの神様、インドの神様がドッキングする。
「お稲荷さん」もそう。
ハイエナらしい。
死んだ肉でも平気で喰う。
その生命力にあこがれてサンスクリット語で「ダキーニ(荼枳尼)」。
そういう神様になった。
ところがハイエナは日本にはいない。
一番似ているのは狐だった。
そんなふうにして日本独特の仏教にどんどん変えていく。
隋が誕生することによって聖徳太子は連合ヤマトに対して和を呼びかける。
外交を百済に牛耳られた連合ヤマト。
その聖徳太子に対して蘇我氏が対抗し、蘇我馬子が連合ヤマトの実権を握る。
この裏には聖徳太子があまりにも百済のロビイストに偏りすぎて「仏教に熱心である」という反発もあり、蘇我とか他の豪族たちも反発するのだが。
その蘇我入鹿は暗殺されている。
この隋が起こったのでやっと収まりかけていたのだが、その隋が滅びる。
これはいいチャンスかなぁ?と思いきや、何ととんでもないことに新羅が隋が滅んだ後の唐と外交を結ぶ。
つまり半島情勢は今、中国は無口にしているが、やはり後ろ側に必ず中国がいる。
古代から何も図式は変わっていない。
新羅が唐と結んだことで百済は日本にすがりつく。
「一緒に戦ってくれ」と。
それで半島に乗り出して行って連合ヤマトは662年のこと、白村江の戦いで川が血に染まるような大敗北を喫してしまう。
それで百済国はペッタンコに潰されて。
いい人がいっぱいいたのだろう。
連合ヤマトは「百済の人が可愛そうだ」というので大量に亡命する人たちを受け入れている。
百済王族は天皇のすぐ近くに仕える家臣にして。
二千人単位の半島人がヤマトまでやって来たというから、ヤマトは優しいもの。
これで百済の影響が日本から消えたということにならない。
ここからが関さんの説が面白い。

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2019年7月15〜26日◆磐井の乱(後編)

これの続きです。

古代と呼んでもいいと思う。
平安よりはるか前、奈良より遥か前の日本の歴史。
まだ飛鳥にも入っていない西暦527年の6世紀の頃。
筑紫国造「磐井の乱」。
その磐井が反乱を起こした隣町に大宰府政庁がある。

磐井の乱の謎



磐井の乱というのは今で言うと福岡の方はわかると思うが大牟田の辺りだと思う。
武田先生のマネージャーの古里。
岩戸山古墳というのがあって、そこにいってみたくて仕方がなかったが、地元の人で知っている人は誰一人いなかった。
九州はいっぱいあるのだが。
この間、坂本八幡神社に行った。
武田先生は笑いこけてしまった。
そこの土地の70代の人がそこの神社をずっと守ってらっしゃる方。
その方がインタビューに行ったら「毎年ですね、ここの神社はですね、だいたいですね、観光客の人はですね、20人でした」。
1年で(20人)。
「今ですね、一日でですね、この間1万2千人来ました」
すごい。
田んぼの真ん中を延々と。
その梅の宴をやったという場所の真後ろにあるのが大野城という。
山なのだが、その山のてっぺんに野城を築いて、半島から攻め込んでくる中国人を「ここで防ぐぞ」という防衛ラインの一段目だった。
野城はデカい。
真ん中がボコっとえぐれているものだから天然の要害で。
それでいまだにてっぺんに登ると非常食の米のカスが出てくる。
それくらい朝鮮半島情勢はかつて古代は緊迫していた。
遠い遠い昔のことだが、ヤマト朝廷と言わず、まあ連合ヤマト。
日本の様々な豪族が集まって防衛上安全な奈良にコンベンションセンターを建設して、いろんな豪族がそこに集まって「外交はこうしよう」「輸入品はこれにしよう」とか様々決定していた。
議長をやっていた、その特別の議長の席に越前から崇神天皇を迎える。
この崇神天皇が朝鮮半島情勢に関して「我々は朝鮮半島にある百済という国を応援しよう」ということを決定したのだが、言うことを聞かない豪族がいっぱい日本中にいた。
そういうまだ日本が一本に統一されていないもどかしさ。
その崇神さんが百済からいろんなロビイストを迎えて、向こうの文化とか文明を聞く。
もうこのあたりから百済の手によって、仏教がしきりに持ち込まれる。
ところが物部という人たちは「仏教はいらない。俺たちには神道があるじゃないか」という。
そんなこんなしているうちに、一説によるとヤマトに集まった人の半分が死んだという伝染病がヤマトに広がる。
それが天然痘らしい。

天然痘の致死率は、現代でも三割以上なのだから、当時、もし天然痘が流行していたら、人口の半減は、大袈裟な記事ではなかったことになる。(70頁)

その天然痘というのはどうも大陸の病が入ってきたんじゃないか、ということ。

 ヒントは『日本書紀』に隠されている。神武と同一人物と考えられている崇神天皇が、疫病の祟りに追い詰められていたという。人口が半減し、神(三輪山の大物主神)に問いただすと、神の子を探しだして連れてきて神を祀れば、落ち着くだろうというので、その通りにしたというのだ。(70頁)

橿原という地が伝統的に、「西からやってくる脅威に立ち向かう地」であり、崇神は九州から神武を招き寄せ、橿原で疫病を祀らせていたのではないか、というものである。(70頁)

それで議長の崇神は薩摩の阿多(あた)族。
宮崎のウ族の青年を招聘し祀ったという。
(「ウ族」とやらは本と付き合わせても何のことかわからなかった)
これは不思議で、現代でもものすごい死亡率の天然痘が彼らはかからない。
今で言う免疫を持つ部族が九州南部にいた。
それが阿多隼人(あたのはやと)。
そして宮崎の海神(わたつみ)の一族だったのではないだろうか?
そこで生まれた子たちを代々の天皇として祀ることにした。
そうすると天然痘にかからない驚異の体質を持っていたという。
崇神はその子、神武をヤマトへ呼び寄せて神としてまつる。
橿原に別の都、彼のための都を作った、と。
崇神は天皇家を免疫体質にするために、縄文系海人族の姫を天皇家に嫁として入れた。
そういう人たちの系譜を入れたことによって、自分の系譜を十代前まで繰り上げた。
これが神武に始まるヤマトの始まりなのではないか?

古代史のことなのでピンとこないかも知れないが、とにかく西暦6世紀、日本はまだ統一国家としての力が弱く、各豪族がヤマトの地に集まって国政を決定するというヤマト連合と、九州北部には邪馬台国という古代から続く王国があって、外交政策が一本にまとまっていなかった。
一本化がゆっくり進むのだが。
北部九州にある邪馬台国の残党みたいなのが言うことを聞かないというので「やっつけよう」という話になったようだ。
それでこの北部九州にある豪族たちをやっつけるために先頭に立って戦ったのが、ヤマトに行って血を混ぜて免疫体質を持った日向の一族、それから隼人の一族だった。

海幸山幸神話の中で、山幸彦は海神の宮に三年留まり、海神の娘・豊玉姫と結ばれ、故郷の日向に戻っていった。豊玉姫は山幸彦を追って、海岸にたどり着き、子を産む。(54頁)

それで兄さんの海彦(「海幸彦」のことかと思われる)はと言うと、弟の子分になって大和朝廷を盛り上げるという話になる。
海人、海の一族の血をヤマトの天皇家に入れたということは、病を祓う、異国から飛んで来た病気を祓うというパワーになった、というのが古代の伝説で。
天皇家はその伝説を大事にした。
それで二重外交をいつまでもやっていてはイカンということで、ヤマトが日本をまとめようという決心をして、北部九州の一族をやっつけに行く。
その時のヤマトの王子が仲哀天皇。
これがまた本当に悲しい字で。
仲哀。
打倒邪馬台国を目指して。
「邪馬台国」とあえて言っておくが、北部九州の一族を滅ぼすために行くのだが。
どうもなんだかこの人は弱い。
そこでおそらくだが、土地のお嫁さんを貰った。
そのお嫁さんこそはトヨ系。
豊玉姫系の海人の女性で、その人と結婚して子供ができるのだが、これは日本書紀に書いてあるのだが、仲哀さんは「北部九州の一族をやっつけるぞ」と張り切っていたのだが、福岡の香椎という場所まで行って「琴が弾きたい」とか何かおっしゃって琴を弾いてらした。
そうしたら部屋の明かりが消えた。
風か何かだろう。
その香椎の先陣の宮の陣屋の中で真っ暗になったと思ったら、気持ちの悪いことに山辺に鬼火がブワーッと走った。
「不吉だ」というので建内宿禰(たけのうちのすくね)という子分の人が慌てて火を点けたら仲哀さんは死んでいた。
アガサ・クリスティ。
これから戦闘だというのに頭領が死んじゃっているワケで。
ヤマトから送り込んだ仲哀が。
その香椎というところは「かしい」というぐらいだから椎の木がいっぱいあって、これで仲哀天皇を入れる棺桶を作る。
それで建内宿禰が(仲哀天皇が)死んだことを内緒にしていて棺桶を立てる。
仲哀を棺桶の中に納めて立てる。
それで子分を集めて後ろ側に建内宿禰が回り込んだのだろう。
「みな集まってくれてどうもありがとうね。ちょっと風邪ひいて声、変になっちゃってるけど、決行しようと思うんだ」という腹話術をやる。
それでまとめて戦闘を開始した、という。
それで、妊娠した奥さんがいる。
これがすごい。
臨月が近かったのだが「出るな」と言って石でふさいだというから。
神話。
それで鎧を着て熊襲(くまそ)はやっつけるわ、勢い余って船に乗っかって朝鮮半島に攻め込んで新羅をギャフンと言わせて帰って来て、それでお子さんを産んだ、という。
この海人のお姫様の名前が神功皇后(じんぐうこうごう)。
福岡あたりは今頃、声が上がっていると思う。
「出た!神功皇后!」という。
あそこの神社のことごとく祭神がこの神功皇后。
ここから神功伝説が始まるのだが。

『日本書紀』が「神功皇后は邪馬台国の時代の女傑」と明記している。(39頁)

福岡一体はことごとく神功皇后の伝説で神社は生きている。
福岡の方は神功皇后を知ってらっしゃる方が多い。

ハネムーンだったが、旦那さん(仲哀天皇)がそこで死んじゃったという。
(仲哀天皇が亡くなったのは何年も後のようなのでハネムーンではないと思われる)
神功皇后はその後、北部九州を平定して、持てる力で朝鮮半島まで出撃して、朝鮮半島の新羅をやっつけて戻って来て、そこでやっとお子さんを出産なさる。
この産んだお子さんが応神天皇。
十五代天皇になる。
その時に川にへその緒か臍帯を箱に入れて神功皇后が流したらしい。
その箱が流れ着いたところが博多の川の下流、海の近くで、そこにできた神社が筥崎宮(はこざきぐう)。
この時におそらく神功皇后に力を貸したであろう海人族。
海に強い一族が宗像海人。
宗像の一帯の海人族で、彼らはこの神功皇后との繋がりから天照大神の娘の三姉妹が主祭神になった。
全部神功から始まっていく。
神功伝説というのは筑豊にもいっぱいある。
ヤマト代表の仲哀と海人の女性である神功。
その海と陸との血を引く天皇ということで応神天皇が決定していくという。
これは神功皇后の冒険旅行はここでも終わらなくて、ヤマトに行こうとするのだが、ヤマトで百済系の官僚から裏切りにあって、何回もピンチに遭っている。
それをやっつけながらヤマトへたどり着くという。
大阪の住吉神社の主祭神は神功天皇。
それからヤマトに帰ろうかどうかというのをこの神功皇后が占う。
「魚が釣れたらヤマトに帰ろう」とかという占いの仕方をやる。
釣れた時の魚が「鮎」。
だから魚偏に「占」。
この一文字の起こりは神功皇后。
「鮎」は中国では違う漢字を充てる(「香魚」)が、日本ではこの故事になぞらえて鮎は「神功皇后が釣り上げた魚」ということで。
そしてこの人(関裕二さん)はすごいことを言う。
この神功皇后というのが日本史に出てくる台与(とよ)、卑弥呼が死んだ後に女王国のまとめ役として出てくる女霊媒師の名前を台与と。
この台与が本当は神功皇后じゃないか?
「トヨ」というぐらいだから豊玉姫系。
だから南部九州の名前。

邪馬台国を潰した神功皇后(台与)は、「親魏倭王を殺した」と、魏に報告できないために(ヤマト政権が魏を敵に回すことになる)「台与(神功皇后)は卑弥呼の宗女(一族の女)」と魏に報告し、邪馬台国の王に立った。(72頁)

この台与という南九州系の女王の血を引くこの人は「奴国の印鑑とか持ってたんじゃないか」とこの人が、そういうことをおっしゃっているのだが、これもなるほどと頷ける武田先生。

ちょっと耳に挟んだ話。
福岡でものすごく有名な神社で宗像神社がある。
その宗像神社と、すぐ近くに宮地嶽(みやじだけ)神社というのがある。
そこが台与に味方しなかった神社で、台与に力を貸したのが宗像神社じゃないかという説があって。
この宮地嶽神社というのは、この間博多に帰った時にお礼に行った。
何でかと言うと宮地嶽神社にお参りして「私も年、取ったんですが新しいキャラクターでもありましたら、ぜひ仕事でください」と言ってお祈りをした。
珍しく神頼み。
何か月後かに「水戸黄門やりませんか?」と来たものだから。
それで水戸黄門の話が来て。
今年(2019年)コロッケと一緒に博多座でかけた演目が水戸黄門だったのでお礼参りに行った。
今年もまたお祈りしてきたのだが、何かそういう不思議なエネルギーのこもったところで。
この宗像神社と宮地嶽神社はオススメする。
でも何でこれを熱心に話すかというと、両方ともに今、話した神功皇后が一枚絡んでいる両神社。
香椎も箱崎も。
そうやって考えると胸がときめく武田先生。

神功皇后というのは日本史の中では当然のごとくだが「作り話だ」というふうにして否定されている。
やっぱり戦前の皇国史観というのが大きな戦争を起こしたせいで日本神話というのは学者さんたちから軽蔑をされて嘘ということになっているのだが。
福岡を歩くと「何かあった」ということはわかる。
関連する神社が多すぎる。
今は世田谷に住んでいる武田先生。
世田谷神社の一角にもこの神功皇后のお宮さんがある。
これは何であるのかやっとわかった。
神功皇后は戦いの神様なので、かつて軍人さんがいた住宅地には神功皇后がいる。
その神功皇后の一番の子分が建内宿禰という。
神話では爺さん。
ところが遠い昔、美輪明宏さんから武田先生のルーツは建内宿禰と言われた。
美輪さんが何を見てそうおっしゃったのかはわからない。
「あなたの元型、大元は建内宿禰だ」という。
「だからアナタは困ったりなんかすると、必ず女性の背中に隠れるでしょ?」
つまり女の人の背中の方に回り込んで、その人の後ろに立つことによって危機を乗り切る、という。
建内宿禰はそう。
すごく優秀な人らしいのだが、主役は神功皇后。
武田先生も困ったらおっかさんの歌を作ったりしているので。

母に捧げるバラード (Live)



「女の人を押し立てると自分に運が向いてくる」という。
「そういう運命をアナタは生きるのですよ」と言われた。
美輪さんにとんでもない質問で「死んだら坂本龍馬に会えますか?」と聞いた。
そうしたら美輪さんは静かに笑って「会えるも何も同じよ」という謎の言葉を。
坂本も建内宿禰系からやってきた人らしい。
だから元型みたいなのは同じで。
そういう不思議なことを言われたので、そこから建内宿禰というのは忘れられなくなった。

建内宿禰みたいな人を「審神者(さにわ)」という。
「審神者」というのは女祈祷師がいて、何か祈っている時に、横からガードしながらその人が口からこぼす予言を拾い集める人。
何で「さにわ」と言うかというと「にわ」はそういう場所だった。
今、おうちに庭がある。
その庭は「神様にお祈りをする場所」という。
「庭」というのは元々そういう「祈り事をするところ」のことを言うらしい。

とにかく日本書紀において、神功皇后はたちまち新羅を平伏させて金銀宝を持ち帰った。
すごいことに海の鯨までが神功皇后に従ったという伝説があるので、いわゆる海に関する力を神功皇后は持っていたのだろう。
遠征で帰ってきた神功皇后。
慌てふためいたのは百済系の人たち。
百済系のロビイストの人たちが慌てふためいた。
そういうのを神功皇后が全部殺した。
そして応神天皇を真ん中に置いて二重外交はそのまま続き、連合ヤマトを含めて各地の豪族も身分を保たれたまま天皇家の力はゆっくり増していった。
これが墓の形である前方後円墳を日本中に広めた応神のいわゆるゆるやかな「和」、ハーモニーを大事にした政治のおかげではなかったか?という。

著者関裕二さんと武田先生の仮説も混ぜている。
関さんの説は朝鮮半島の弱小国である百済に外交で牛耳られていたヤマト連合。
ヤマト連合とは出雲、淡路、但馬、越の国、吉備など。
それと九州南部の阿多(あた)、薩摩の隼人。
そして日向の宇土族。
これが連合に加わって。
それで北部九州の邪馬台国連合は打倒された。
だが、邪馬台国連合をヤマト連合が吸収することになって日本は天皇を議長にした緩やかな連合国家として出発する。
このへんが古代史の謎を解くカギになるのではなかろうか?というふうに言っている。

武田先生がこの関さんの説で一番驚いたのは崇神天皇の時に天然痘の大流行があって、ヤマトの国民の多くを失ったという悔いが、血を混えて天然痘に対抗しようとするアイデアを生んだ、という。
この発想が面白くて仕方がない。

連合ヤマト。
様々な国が応神という十五代の天皇の緩やかな豪族を圧迫しない二重外交。
問題がありつつも認められるというのが、日本を平和にまとめていたという。
磐井の反乱という、これから語らねばならないことはどういうことかというと、この二重外交がだんだんうまくいかなくなって磐井が反乱を起こしたということ。
この磐井の乱の前までを話したのだが、一番興味深かったのは十代崇神天皇。
この人がヤマトで天然痘が、疫病が大流行して、神様に縋り付いて「解決策を教えてください」と言ったら南の方から天皇家に別の血を入れなさい、と。
それで神武という宗教上の青年を招いて天皇家の初代とし、崇神が初めてなのにその前にさも十代あるがごとく足した。
それで天皇家に祓い清めの力を見つけた。
人々も天皇家が持っている流行病、天然痘に罹らない不思議な血の力を祓い清めの力として認めた。
それが証拠に日本の夏祭りはこの祓い清め。
京都もそうだし祇園祭もそう。
鉾を持って。
あれは病を断ち切っている。
それから博多祇園祭。
山笠。
あれもいわゆる水を撒きながら清める。
そして東北の夏のお祭りも疫病退散。
これが十代崇神から始まったのではないか?
その祓い清めのエネルギーを持っていたのは阿多隼人(あたのはやと)という九州南部の一族たちのパワー、祓いのパワー。
それが天皇家に宿ることにおいて豪族の中でも、とある権威になっていくという。

磐井の乱の起きた時代、朝鮮半島では高句麗が南下し、ところてん式に百済が南に押し出され、伽耶諸国を蹂躙しようとしていたのだ。(97頁)

新羅は押し返す。

白村江の戦いは、百済の救援要請に応じた倭国軍が唐と新羅の連合軍と戦い、木っ端微塵に打ち砕かれ、百済は消滅した。(33頁)

そして唐が攻めてくることを怯える。
それで大宰府の地に水城というお城、防衛ラインを築いて、それでいくつも防衛策を打っておいて。
ところが唐が攻めてこない。
防御ラインをいっぱい作ったのに。
それで日本は唐に対してどうしたか?
仲良くした。
「唐が攻めてくる」といってお城を築いておいて、その片一方で「勉強したいんで勉強させてください」と言いながら遣唐使を送る。
それで唐も無視しない。
これは何でか?
これはまたこの間、現地で聞いて面白かった。
逆に向こうは日本を利用しようとした。
唐から持ちかけられたのは「力合わせて新羅やっつけない?」と言われた。
「新羅滅ぼしちゃおう」と。
言っているうちに高句麗がだんだん力を持ってくるので、日本は静観の立場で持っていた加羅等々の国家を手放してしまう。
でもこれでまだ終わらない。
すごいのは日本の歴代天皇に「もう一回朝鮮半島行きましょう」と誘い続ける人々がいた。
これが百済系の人たち。
百済系の人たちはもう天皇家もお認めになっているが、天皇家に女性が入ったりして、皇統と血が。
この百済系の人たちが日本国籍をとって、何っていう一族になったか?
その百済系の人々の日本姓が「藤原」。
そうすると平安時代がどういう時代だったか?
天皇家に巻き付く藤の花のごとく藤原氏が。
日本中で声が「うわぁぁ〜だからか〜!」という。
驚いていないのは水谷譲だけ。
ここらあたりの面白さ。
神功皇后。
そして百済系の人々が日本の貴族として生きていく。
彼らが呼び寄せた時代が平安時代。
日本史は面白い。
今、朝鮮半島ともなかなかうまくいっていないが、歴史というのはかくのごとく続くワケで、現代の何か足しになればと思いながら語っている『(今朝の)三枚おろし』。
驚いていないのは水谷譲だけ。


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2019年7月15〜26日◆磐井の乱(前編)

「白村江(はくそんこう・はくすきのえ)の戦い」の前に、北部九州から韓国の半島に向かってヤマト軍を送り込む時に、筑紫の国で磐井という氏族が反乱を起こしてやっつけられた。
それを「磐井の乱」というのだが。
「ヤマト朝廷の力は強かった」というのでよく。

地方を転々としていた。
武田先生は古代史ファンなのでフッとした謎に入る時がある。
この間、高田純次さんが『じゅん散歩』で立川を歩いておられた。
じゅん散歩|テレビ朝日
立川の諏訪神社に立ち寄られて。
あの方らしくて神主さん、権禰宜(ごんねぎ)さんをからかってらっしゃるのだが。
なんで立川に諏訪がいるのか?
前に御柱のお祭りの話をした時に「諏訪という神社があると、そこは必ず物部という氏族が力を持っていたエリアだ」という。
このあたりの回のことだと思われる)
高田さんだから、そんな古代史に立ち寄ろうはずがない。
「な〜んつっちゃったりなんかして」と言いながら。
地方の神社が持っているそういう歴史はすごく面白い。
でもズバリ言うと「私には」。

地元に帰ってテレビ番組の中で古里を歩いているのだが、「令和」の起源になった坂本八幡神社に行った。
(大伴)旅人くんが梅の咲いている木の下で宴をやったという場所が坂本八幡神社なのだが。
これは「ワンセット」。
令和の語源になった坂本八幡神社とか都府楼とか、大宰府政庁とかという昔の役所。
その役所を守るお城として大野城という山城がある。
この山城とそれから、人が攻めてきた時に堰を切って水攻めにするという水城(みずき)。
これは福岡の人だったらみんな知っている。
水城という防波堤がある。
何でそんなところに水のお城を大宰府政庁を守るために作ったか?
敵はどこから来るか?
海を越えて朝鮮半島あるいは中国から福岡に上陸して戦争が始まった場合は大宰府政庁に向かって突進してくるので、その人たちを防ぐために水城というお城があって、ここに第一波の砦が築かれた。
二番目が久留米の高良山。
三番目が日田。
三段構えで外的を防ぐという防御システムがとられているワケで。

白村江の戦いは、百済の救援要請に応じた倭国軍が唐と新羅の連合軍と戦い、木っ端微塵に打ち砕かれ、百済は消滅した。(33頁)

その後「攻めて来るんじゃないか?」ということで水城というお城が築かれた。
その前後に奇妙な事件があった。
その奇妙な事件が「磐井の乱」。

磐井の乱の謎



福岡県でこのあたりの国道とか道を走ってらっしゃる方は「わぁ!」と、ほんの僅かだけれども喜んでらっしゃると思う。

 継体二十一年(五二七)夏六月、近江毛野臣が六万の軍勢を率いて任那(朝鮮半島最南端。古くは伽耶諸国をひとくくりにして任那と呼んでいた)に赴き、新羅のために攻め滅ぼされた南加羅(洛東江下流域)と喙己呑(慶尚北道慶山)を復興し、任那に合併させようとした。ここに筑紫国造磐井が、密かに反逆を目論んだが、なかなか実行できず隙を窺っていた。新羅はこれを知り、磐井に賄賂を届けて毛野臣の遠征を妨害するように働きかけた。磐井は−中略−近江毛野軍の行く手を遮った。(15頁)

 継体二十二年(五二八)の冬十一月十一日、大将軍物部大連麁鹿火は「賊帥・磐井」と筑紫の御井軍(福岡県久留米市中部と小郡市)で戦った。−中略−ついに磐井は斬られ、境界が定められた。(17頁)

どうもこの福岡県の大野城市、あるいは大宰府あたり、越後八女あたりにかけて磐井という人の巨大な国があったようだ、と。

なぜ磐井は、反旗を翻したのだろう。『日本書紀』は、「それは磐井が新羅から賄賂を受け取っていたから」というが(21頁)

この時の半島情勢はこういうこと。
高句麗があって百済があって新羅があった。
今で言うと北朝鮮があって韓国があるのだが、韓国が真っ二つに別れていて、親大和派と反大和派があった。
それで反大和派が九州の勢力と手を結んでいたという。

「磐井の乱」という朝鮮半島問題に巻き込まれた日本。
これは現代だけの話ではなく1500年前にもすでにあったという。
そんなふうに話せば少し興味を持ってもらえるか?
それに地方に点々と神社があるのだが日本の神社は「神道という宗教だ」という人がいるが、歴史的な何かがあったモニュメント。

今話しているのは西暦500年代だから6世紀の頃。
日本の隣の朝鮮半島には三つの国があった。
一つは高句麗という国があって下に左半分が百済、右半分が新羅という国だった。
百済と新羅の間に小さなポリス国家がある。
そのポリス国家のいくつかが、向こうの方は絶対認めてくださらないが、それは日本の領土だった。
ずばり「日本府」とか「倭館」という地名で呼ばれていた。
もちろん今「更返せ」とか絶対言わないから、向こうの方は警戒してらっしゃる。
『釜山港へ帰れ』という歌が日本でヒットした時に「再びまた攻めてくる可能性あり」と新聞に載ったぐらいで。

釜山港へ帰れ



武田先生は知りもしなかったが、後で聞いて。
領土的野心で言っているのではない。
この日本のポリス国家の所有というのがヤマト朝廷をして深く深く朝鮮半島問題に首を突っ込まざるを得なくなった。
そういう下地があることを覚えておいてください。

今と違うのは親日「日本と仲良くしよう」という新羅。
これは実は北部九州の豪族と手を結んでいた。
これは多分だが、出雲あたりもこの新羅と仲が良かった。

神話のスサノヲが新羅に舞い下りたという話だが、これは伽耶だろう。スサノヲは鉄を求めて朝鮮半島に渡った倭人を神格化したものと思われる(93頁)

ここは鉱物資源には溢れているけれども樹木が少ない、と。
それで樹木のもっと豊かなところに移ろうというので降り直したところが出雲。
それから鳥取とかあのへんはいくつか島を持っている。
島根とか。
あれは朝鮮半島の脇にあったヤツを神々が縄を引っ掛けてこっち側に引き寄せたという「国引き」という神話が残っているくらいで。
それくらい朝鮮半島と深い関係にあった。

武田先生が生まれた町は雑餉隈(ざっしょのっくま)という古代めいた地名なのだが、隣町は白木原(しらきばる)という。
これは繰り返して言うが新羅の人たちの集落があった、といって新羅の人たちがそこに住んでいたという。
福岡市郊外には古墳から新羅製の馬具が見つかったりしている。
つまり九州北部の王様はこの新羅と仲がよく、ヤマトの方にある国は百済と仲が良かった。
百済の王子様が奈良県の方に来たりしていた。
それくらい深い関係にあった。
日本はどっちが本当の政府かわからない。
ヤマトと筑紫の国で外交問題のねじれがあった。
外交がヤマトと筑紫では一本化できていなかった。
こういう古代史的事実があったのではないだろうか?
その5世紀前半の大和朝廷の中で磐井という人が半島に渡ろうとしていたヤマト軍に対して反乱を起こした。
この時の台詞が日本書紀に書いてあるが、これがすごく不思議な言葉で。
これは謎とされてずいぶん論議されたのだが。

 そして磐井は近江毛野臣に対し、次のような無礼な言葉を吐いた。
「今でこそ使者としてやってきたかもしれないが、昔はわがともがらとして、肩を擦り肘を触れ、同じ釜の飯を喰らった仲ではないか(「共器して同に食ひき」同等の立場で結びついていたの意)。
(15頁)

反乱を起こした磐井の方にずる賢い発想があったのではなくて、当然のこととして彼は朝鮮に出兵しようとする6万の兵の前に立ちはだかった、という事実がある。
「オマエたちの言うことなんか聞けない」ということで磐井は物部麁鹿火という武人によって成敗されてしまう。
あるいは北方面に逃げたというような話もあるが、潰された。
古代史において九州の北部は歴史舞台であった。
断固として言うが、邪馬台国は2〜3世紀にかけてこのあたりにあった。
武田先生の説は断言する。
有難いことにこの(筆者の)関裕二さんも河出書房の本の中で「邪馬台国は九州の北部、筑紫か筑後平野にあったんだ」と。
理由としては鉄という輸入品が、ここでは大陸から入りやすいんだ、と。
アジアからの文明の品々が流れ着くところは福岡しかありえない。
漢委奴国王。
倭国王がいたんだ、と。
奴国(なこく)という国があって、そこの王様が「那の津」博多にいたんだということは、これは間違いない。

1500年前、古代史の話をしている。
ヤマト朝廷が朝鮮半島の政治状況に首を突っ込もうとした。
その時にたくさんの兵隊を福岡博多から朝鮮半島に渡そうとした時に、その出兵するヤマト軍に対して邪魔をした筑紫国造。
筑紫の国を任せられた、県知事級の人物磐井が反乱を起こした。
この反乱はなぜゆえにか。
それは今まで大和朝廷が朝鮮半島に乗り出そうとしているのに、県知事級の人が邪魔をした。

日本を代表する政府というのがヤマトだけではなかった。
北部九州の磐井も日本を代表して外交をやっていた。
おそらくこの人は邪馬台国の生き残りの人だったのだろう。
邪馬台国とヤマトが別々の国であったと思った方がいいのではないか。
そのほかにも博多湾沿岸には奴国がある。

「旧奴国」が、弥生時代後期の日本列島を代表する地域として、後漢に朝貢し、「委奴国王」と刻まれた金印を授けられていたことだ。(57頁)

奴国には王様がいた。
この印鑑は1世紀頃。
ということは博多のあたりには、漢字を読める人がいたということ。
印授だからハンコが持っている権力というのも理解できたワケだから一応「国家」の感覚を持っていた。
巨大ではない。
まだ小さい。
その奴国の隣には伊都国(いとこく)という、今は「糸島」という。
AKBの(篠田)麻里子様の出身地が伊都国だから。
糸島の子だから東京の男性と付き合った時に「生まれはどこ?」と訊かれたから胸を張って、福岡でいいところなので「私は糸島です」と言うと「へぇ。じゃ市内にはフェリーで?」と。
島ではない。
これは伊都国という古代国家があったところ。
こういう奴国とか伊都国を纏める統一の代理者として邪馬台国があった。
邪馬台国は漢ではなくその後、魏の方から印綬を貰っていて。
親魏倭王という「倭の王様である」という印鑑を貰っている。

大学生の頃から邪馬台国が面白い武田先生。
この邪馬台国の女王卑弥呼が親魏倭王という称号を貰っている。
「倭」という字はすごく変。
中国は周辺国の民族に対してケモノの字をボンボンあてる。
動物呼ばわりする。
人間は中国人だけ。
回りの周辺民族は全部ケモノの字。
「匈奴(きょうど)」とか「韃靼(だったん)」とか。
「羌」というのは羊の下に人間の足を足して「頭は羊」というような意味なのだろう。
チベット族のことを「羌族(きょうぞく)」と呼んだりする。
人間扱いしない。
「ギン」とか虫を書いたりなんかする。
(「ギン」と聞こえたが、虫偏の「ギン」という字は調べてみたがわからなかった)
「倭」は不思議。
人偏。
なんでわざわざ「人偏」というようなよい文字をくれたのか?
それから横に「委」だが、それは何か?
「女」がいる。
上は「禾編」。
これは豊作の祈りの祭りの衣装を着た女の姿。
だから「倭」というのは女がいて「豊作の踊りを踊っている人間の集団」という意味で。
すごくいい漢字。
これは変な意味ではなくて、中国サイドも王朝を一目置いていた、という。
倭を強い国として。
その倭国に内乱が起きる。
それは卑弥呼が死亡すると権力闘争が始まって、台与(いよ)ていう女王様が出てくるまで内乱が続いたというのが秦のほうの『東夷伝』というような書物に載っている。
日本は文字を持っていないから、その間何があったかわからないが。
この関さんの説ですごく納得がいくのは、日本中様々な豪族がいた。
出雲がいた、吉備がいた、但馬がいた、丹波がいた、淡路がいた、東海、近江、越前、越後、様々な権力集団があって、その人たちが敵から攻められてもいいようにコンベンションセンターを作った。
それがヤマトコンベンションセンター。
奈良に作った。
そこに様々な勢力の人が集まってどうするかを決定した。
「議長がいる」というので、天皇という格別の議長席を用意した、という。
こういう説。
これは相当面白い。
生き生きと蘇る古代史。

古代史は膨大すぎて、話しておかなければならないことが多すぎるので。
ただ、日本各地に様々な地方の豪族がいて、彼らが何とかまとまった意見を一つにするために、ヤマトにコンベンションセンターを作った。
その議長職に就いたのが天皇という一族であったという。
古代史の不思議は一体何か?
今日は向きを少し変えてそこから話す。

初代の天皇は誰か?
神武天皇。
神武天皇はどこから来たかというと日向。
だから神話の始まりは日向。

 天孫降臨神話の中で、高皇産霊尊と天照大神の孫・天津彦彦火瓊瓊杵尊が日向の高千穂峰−中略−に舞い降り、その末裔の神日本磐余彦尊(神武天皇)が、日向から瀬戸内海を東に向かった……。これが、『日本書紀』の示すヤマト建国、天皇家誕生の物語だった。(50頁)

瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)という人が降りて、それで海岸線まで出て、子供がだんだん増えていって。
神武の時についに宮崎の海岸から熊野へ行って。
熊野に上陸する。
その時にヤマトへ行く。
ヤマトを日本の中心にするために。
その時に神武を案内してくれたのがヤタガラス。
サッカーのマークで鳥が真ん中にいる。
(日本サッカー協会は日本代表チームのシンホルマークとして、勝利に導く、ボールをゴールに導く神様として「八咫烏(ヤタガラス)」を昭和6年に採用)
サッカーを日本中に広めた人がそこの出身だったのでヤタガラス。
それをマークにした
神武がヤタガラスに導かれてヤマトに入って、様々いた王様を全部追放して彼が初代の天皇になる。

 実在の初代王は第十代崇神天皇と考えられていて(52頁)

(番組ではしばらく「すうじん」と言っているが「すじん」天皇)
でも崇神は何で自分の前に十代もいるという伝説をくっつけたのか?
そして都が違う。
神武は奈良の橿原(かしはら)を都とし、崇神は纒向(まきむく)を都とした。
ここも遺跡が出ている。
二つ都がある。
二つの帝の系譜が別々に事務所を奈良に作った。
それ故に、この橿原と纒向という二つのお宮さんが今でも奈良にあるのではないか?
この崇神という人が朝鮮半島問題については、新羅ではなくて百済を応援していたのではないか?と。
それで、この崇神さんというのは福井県の出身。
「でっちあげ」の中で「著者から指摘があり崇神ではなく継体の間違い」と訂正されている)
福井県に行ったら崇神さんの伝説はもうすごい。
「うちが出した、うちが出した」と言って。
その崇神さんが「百済を一生懸命応援するんだ」「これがヤマトの意思だ」と言うのだが、従う人があまり国内にいない。
それで崇神さんの周りに、政治活動をやる今で言うとロビイストの人たちがどんどん集まって来る。
その中に百済人がいたんじゃないか?
朝鮮半島の人たちが。
「応援してください、百済を」と言い続けたという。
「百済じゃないんだ、新羅だ」という日本の他の豪族たちの意見をこの崇神さんが潰したのではないだろうか?という。
それにつけても崇神さんは、何でわざわざ自分の前に神武という人を迎えて十代を繋いだのか?
関さんの説が面白い。

 ヒントは『日本書紀』に隠されている。神武と同一人物と考えられている崇神天皇が、疫病の祟りに追い詰められていたという。(70頁)

その伝染病にかからない人たちを探したら、薩摩と日向の人がかかっていないという大発見があって、彼らを奈良まで呼んだんじゃないか?
そして彼らの血を天皇系に入れることによってその伝染病をシャットアウトした。
(番組では一貫して「伝染病にかからない遺伝子を持っている人たちを連れて来た」というようなことを言っているが、「でっちあげ」の回で著者から「病は祟りで、その祟りを呪術で抑え込むことのできるパワーを持った者を連れて来たということを書いている」との指摘があった。実際、本を読んでみた限りでは「伝染病にかからない体質の民族である」といった内容は一切ない)
古代史を伝染病で見るなんてことは一回もやったことがない。
この伝染病は一体何かというと天然痘で、大陸からやってきたのではないか?

 稲作文化が伝わったころ、朝鮮半島の疫病が北部九州にもたらされ、恐怖の病が迫ってきたからこそ、奈良盆地の橿原で(71頁)

その伝染病にかからない血を持っていた一族が薩摩と日向の一族だった。
それを天皇家に入れることによって、その病からヤマトを救った。

朝鮮半島問題に関しては、現代もそうだが進展がない。
両国の国民の印象もすごく悪くて。
韓国の方は日本人を80%嫌い。
日本人も80%の人が韓国のことを信用できないと言っている。
本当にうまくいかない。
でもうまくいかないのは今に始まったことではない。
そのうまくいっていないことを前提にして、両国民は考えた方がいいのではなかろうか?

日本人はどこから「日本人」になったか?
「縄文から」と思う水谷譲と武田先生。
普通の人は「弥生」と考える。
弥生人という前方後円墳なんかを作っているところから日本は始まった。
そうなると弥生ということ。
しかも日本は文字を持っていないから、日本の正体というのは歴史の本の中では全部中国の歴史に書かれていたオマケみたいな文章。
そんなふうに思う。
そして稲作の広がり。
北部九州にやってきた朝鮮半島や中国江南地方の人たちが縄文人を追いやる。
そして日本をだんだん。
だから縄文人から日本が始まるというのは、今の日本の学者さんたちの言い方とは違う。

武田先生が住んでいる福岡市内の雑餉隈というところ。
すぐ近くが板付飛行場。
福岡空港。
そこの旧地名が「板付(いたづけ)」という。
子供の頃から「変な名前だなぁ」と思って。
「板」が「付」く。
「博多」というのも変わっている。
板付というのは今、福岡空港がある所なのだが、そこが昔は波打ち際だった。
よく板が流れ着いていたので「板付」。
それで博多湾は延々とした干潟だった。
そこに足が取られないように下駄を履いて歩いて、残った足型が「歯型歯型」「はがたはがた」「はかたはかた」。
それで「博多」。
そういうふうにして古代の響きを込めて町の名前が付いている。
その板付から見つかって日本中が驚いたのが水田の跡。
そこは何と古代人の足型が見つかった、という。
福岡の番組で、そこの板付遺跡には行ったことがある武田先生。
その時、武田先生の家はそこから車で十分ぐらいしかかからないのだが、そこの板付遺跡の館長さんから「武田さんちは家を建て直す時、工事を丁寧にやってください」と。
「何でですか?」と言ったら「お宅のタバコ屋のある辺りはですね、まだ遺跡が出る可能性があるんですよ」と言われた。
「へぇ〜」とかと聞いたのだが。
武田先生の家はそのままなで、その前のナガヌマさんの家がお百姓をやめて家を全部壊して土を掘ったら(遺跡が)出てきたので今、建設が中止になっている。
その時に一番大事なことは、私たちは稲作を持ってきた人が中国の江南人や朝鮮民族だと思っているフシがある。
でもこの関さんは「違う」とおっしゃる。

 われわれは、「縄文人と弥生人は別の存在」と考えがちだが、稲作を選択した縄文人と先住民の社会に融合していった渡来人が弥生人であり、その後、大陸や半島の混乱から逃れた人びとがやってきて、日本列島人が形成されていったと考えるべきなのだ。(66頁)

どう考えてもケンブリッジ飛鳥は日本人。
それと同じことがその時代に起こった。
余りにも簡単に「稲作は向こうから持ってきた」とかと言いすぎる。

それからこれは前に話したことがあるが、釜山の東三洞貝塚という遺跡がある。
これは釜山だから朝鮮半島。
ここから土器が見つかって、その土器のマネをして九州の人間が縄文土器を作ったとされていたのだが、土の分析から縄文土器を向こうに持ち込んでいる。
朝鮮半島の先っぽの方には小型ながら前方後円墳がある。
それは最初、前方後円墳のことを「朝鮮民族がヤマト民族に教えたんだ」と言ったが、前方後円墳は日本の縄文・弥生の文化が作ったお墓の形で。
それが朝鮮半島にあるということは、そこのお墓のところが、かつて日本だったということ。
でももちろん韓国の方は認めていらっしゃらない。
弥生人が縄文人を追い立てて日本を作ったという中国江南からの渡来というのは紀元前2500年。
春秋戦国時代。
中国がものすごい戦争をやっていた時に九州方面に流入してくる中国人がいたのだが、これが日本の歴史を大きく変えたということはないのだ、と。
融合する、混ぜ合わせることによって日本が生まれていった、というふうに考える方がいいのでは?と。

posted by ひと at 21:29| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月20日

2019年7月1〜12日◆誰も農業を知らない(後編)

これの続きです。

 殺虫剤の歴史を調べると、必ず出てくるDDT。なぜ出てくるかというと、化学合成された最初の殺虫剤であり−中略−
 DDTは一八七三年、オーストリアのオトマール・ツァイドラーが書いた博士論文に製造法が記載されましたが
−中略−
 一九三九年、そのDDTにきわめて高い殺虫効果があることを発見したのが
−中略−ガイギー社はDDTをすばらしいスピードで農薬用と公衆衛生用殺虫剤として製品化し−中略−
 DDTは農薬としても大いに普及しましたが、公衆衛生分野ではマラリア対策の殺虫剤として普及しました。熱帯で猛威をふるうマラリアの発生源であるマラリア原虫は、「ハマダラカ」という蚊によって媒介されます。
(217〜218頁)

 第二次世界大戦の直前に開発されたDDTは、−中略−ガイギー社のあったスイスは永世中立の立場から各国にDDTのサンプルを出荷し、これにイギリスとアメリカが飛びついて大量生産を始めました。
 かのロンメル将軍(ドイツ人であるも最後までナチスに入らず、英軍も敬意を表した人物)が活躍した北アフリカ戦線や、日本軍が進出していた太平洋戦線ではマラリア対策が重要だと判断したからです。
 これに対し、ドイツや日本はDDTにあまり関心を持たず、結果として多くの兵士が戦闘前にマラリアで倒れました。マラリアによる兵士の損傷は連合軍のほうが圧倒的に少なく、DDTの採用が連合軍勝利の一因として挙げられるほどでした。
(218〜109頁)

(番組ではスイスの企業がDDTをドイツと日本には売らないという約束をしたと言っているが、本によるとそういうことではない)

ある意味でDDTは空母、戦闘機より優秀な兵器であった、と。
「これはすごい」というので戦後になって米英両国がこれを解禁して(ということではない)ドイツ、あるいは日本でシラミ退治、あるいは水田の害虫駆除のために、これが農薬として使われた。
これは、戦後の食糧難を乗り切るために日本ではDDTはもう、そこらへんに振り撒かれた。
武田先生の奥様が言うが、お義父さんとお義母さんは熊本のお百姓さんだから、戦後は農薬をいじって7〜8月は(手が)腫れあがって。
それぐらい劇薬だった。
このDDTの高い殺虫能力というのは絶賛された。
「さすがに化学の力だ」ということだった。
子供たちをマラリアから守るために、アメリカなんかでもさんざん使われた。
街中にDDTを振り撒いて。
子供たちにもDDTを振りかけていた。

 しかし一九六二年、レイチェル・カーソンのベストセラーである『沈黙の春』が出版されたことで、DDTの評価は一変します。(219頁)

沈黙の春(新潮文庫)



 DDTは、生物のホルモンの働きを乱す環境ホルモン(外因性内分泌攪乱物質)として作用し、虫を食べる鳥にも害があり、土壌にも長期間残留するとされました。また、発ガン性にも疑いがかかり、人間の母乳から検出されたことなどから、危険な農薬の代名詞になってしまったのです。(219頁)

タイトルも不気味。
『沈黙の春』
「一羽の鳥もさえずらない春がやってくる」ということで、「公害としての農業」というのを訴えた。
これはレイチェルさんはすごい書き方だが「原爆に次ぐ新たなる化学の脅威」と呼んだ。

そのため一九六八年には世界各国で使用が全面的に禁止となりました。(219頁)

公害告発の書として『沈黙の春』。
これは歴史に残る名著になった。
ここまですごくいい話。
ここまでは一冊の本が公害(DDT)を告発して追放したワケだから。
それで「すごい」という話になった。

 一九四六年、DDTが散布されはじめてからセイロンでは急速にマラリア患者が減っています。(220頁)

マラリアに罹る人はそれまでスリランカ(セイロン)では280万人いた。
死亡率が高いから。

一九六三年には患者数は一七人と絶滅寸前まで持ってきていたのです。(220頁)

(罹患数が)280万人いたのがDDTのおかげで17人になった、という。
劇的に減った。
しかし「将来ガンになる可能性がある」ということで、国連の命令を聞いて1964年に散布中止、使用禁止。
DDTは追放された。
1968年にこのスリランカでどのくらいの人がマラリアに罹ったか?
250万人。
農薬というものの扱いの難しさというのはこのこと。
発ガン性物質からは救われたのだが、その前にマラリアで死んでいく人が250万人。
(250万人は「罹患数」なので、死亡者数ではない)
このへんが「告発」ということの難しさ。

インドとアフリカは特にひどくて。

マラリアの患者数は二〇一三年段階でも推定で年間患者数は二億人で、そのうち五〇万人ほどが命を落としています。(220頁)

『沈黙の春』というこの告発の書のおかげで、数十年後の健康被害をゼロにしたことは間違いないが、(DDTが)無くなったおかげで数年後、マラリアによる死亡者というのが何と50万人になった。

 そのためWHOは、二〇〇六年、ついにマラリアの流行している地域に限ってDDTの使用を認める決定をします。DDTを使用することのメリットとデメリットを比較した場合、メリットのほうが上まわると判断したからです。(221頁)

 ではこれで問題は解決したかというと、そうは問屋が卸しません。−中略−
 しかし完全に根絶できなかった場合は、ハマダラカに「抵抗性」がつきます。DDTをかけられても生き残った蚊が子孫を増やし、DDTをかけても死なない薬剤耐性をもった蚊が増えてきているのです。
(221〜222頁)

この辺がケミカルの恐ろしさで、生き物というのは必ず耐性を。
人間もそうやって生き残ってきたし。
日本でも何年か前にデング熱とか蚊による(伝染病が)流行った。
だから耐性を急に帯びてくる。
結局ハマダラカというのがいるのだが、これも現在抵抗性を付け始めて、DDTでは死なない蚊がどんどん増えている。
そこで発想はどこに行ったか?

 DDTが効かなくなれば、別の対策が必要です。そこで現在最も有効だと言われているのが蚊帳の使用です。−中略−
 住友化学は「オリセットネット」という商品名の蚊帳を開発し、二〇〇一年にWHOから使用推奨指定を受けています。ポリエチレンに農薬のピレストロイド(蚊取り線香の成分)を練り込んで糸を作り、その糸でこの蚊帳を作っています。
−中略−五年間以上も効果を持続させることが可能だということです。
 ちなみに、この技術はタンザニアの企業に無償供与されており、現地で生産することで雇用の創出につなげるなど、さまざまな角度から途上国を支援しています。
(222頁)

そんなのを聞くと「住友化学て偉いなぁ」と思う。
それにしてもプラス蚊帳という文化をよくぞここまで持っていた、と。
蚊帳は虫をどける。
「殺す」となると色々問題だろうが、「嫌う」ということだったらば。
住友化学の方は「5年以上の効果は絶対にあるんだ」と。
その間に街をきれいにし、ドブとか下水道を整備して。
これが蚊退治には最も有効で。
その間を蚊帳でしのいではくれないだろうか?と。
こうやって考えると告発は簡単。
「オマエが悪いからこんなことになったんだ!」と指さして言うのは簡単で。
リスク・ベネフィットというのは秤にかけないと。
有坪さんはいよことをお書きになったなぁと思う。
つくづくそんなふうに思う。
物事の考え方としてリスク・ベネフィット。
これを必ず、という。
つまり、「告発の書」ではなく「告発の発言」ではなく、人間同士がうまくいく「蚊帳」のようなものを、という。
そういう発想を悩みながら考えましょう、皆さん。

レイチェル・カーソンの『沈黙の春』。
これは武田先生の奥様が娘たちに読ませて「たくさんの人を救った本よ」と。
早速娘の部屋へ行って「それだけじゃぁないみたいよ」とかと言いながら来た。
とにかく農薬を考える時に「何が正しい」とか一点だけ主張しないで、リスクとベネフィット、利点、マイナスとプラスを図りながら考えていきましょう。
世の中全部そうである。

農薬への杞憂は一体どこからやってきたのか?
それは「食品は無害」という思い込みがあるからではないか?

我々が普段「無毒の食品を食べている」という誤解です。−中略−
 人間がわざわざ毒を嗜んできたと先に書きました。大根おろしやワサビの類はアリルイソチオシアネートを、トウガラシはカプサイシンを含みますが、その毒物が生み出す辛味を人間は昔から楽しんできたのです。
 そんな食べて楽しむ毒物だけではなく、我々が普段食べる食品には、量は少ないながらもいくつもの有毒な天然物質が含まれています。
(223頁)

このキャッサバ、青酸配糖体(シアン化合物)という文字通り青酸カリの親戚みたいな毒物が大量に含まれているのです。(224頁)

ソラニンはジャガイモが土中からはみ出たときに食害されないように作られる毒で(228頁)

グレープフルーツは薬品と同時に摂取すると意図しない危険な効果を及ぼす薬物相互作用でも知られていますが、グレープフルーツでこうした作用を引き起こすのが、フラノクマリンです。(229頁)

「何で毒があるか」は当たり前。
害虫から我が身を守るために毒を持っている。
どんな植物もどんな作物もそれぞれ毒を持っている。
人はそれらの毒に対して、煮る、蒸す、毒の部分を切り落とす。
更に少量しか食べないという接触技術を磨いてきたサルである、と。
だから「毒と付き合う」ということを前提に物を喰ってきたじゃないか?と。
「何で完全に無農薬がいいだなんて、そんなバカなことを言うようになっちゃったんですか?」とこの著者はおっしゃっている。

 フラノクマリンの濃度は、健康なセロリではせいぜい二ppm程度で、冷蔵時で五ppm程度になります。しかしこれが菌核病に感染していると、濃度は四〇〜一〇〇ppm程度まで上がります−中略−当然口にすれば害です。(229〜230頁)

セロリの場合、何かの病気にかかると、その病気と戦うために毒を実の中に。
他愛のない添え物であるセロリも強烈に毒を溜める。
セロリが病気になった場合、病気と戦うために体の中に猛毒を作っていく。

 エイムス博士は、アメリカで普段食べられている食品についても調べ、一九九〇年に「アメリカ人の食事に含まれる農薬物質の九九.九九パーセントが植物由来の天然農薬である」という驚きの調査結果を発表しました−中略−
 九九.九九パーセントを占める天然農薬に比べて人工農薬は〇.〇一パーセント。
(225頁)

だからこれはもう「毒」とも呼べない残留。
だから「もっと考えてみてくれ」と。
農薬を批判する人の中に昔のまんまの農薬のことを言っている人がいる。
それから「国家規模で農業を守っている」なんて言っている人もいるかもしれないけれども、日本の農家というのは、やる気のある農家の人がどんどん増えている。
国際競争力をつけるため品種改良。
そして遺伝子組み換えも含めて前進すべきだ、と。

品種や地域によって違いはありますか(原文ママ)、現在コメは一般に一反(一〇アール)あたり四〇〇キロから六〇〇キロ程度とれます。昔はこの半分程度でした。また昔は草丈が長く−中略−草丈が長いと、よく実っているイネほど全体の重心が高くなります。そんなときに台風などが来ると簡単に倒されてしまいます。これを倒伏と言いますが、倒伏したイネはコンバインを使えなくなるうえに穂が地面と接するので高温多湿だと発芽してしまい、著しく品質が落ちます。
 現在は品種改良によって短稈と呼ばれる草丈の低い品種が主流になっています。
−中略−草丈が低くなったことで台風時の被害もある程度は減らすことができたのです(255〜256頁)

一時期「アメリカンチェリーが入ってきたら、日本のサクランボなんかガタガタになりますよ」と、そんなことを言っていたのだが、「佐藤錦」の地位は不動。
入って来る前はあんなことに怯えていた。
オレンジだってどれほど我々は息をのんでいたか。
カリフォルニアオレンジが入ってきたら。
でも違う。
そうじゃない。
それと同じことで、この間、サクランボに関する重大情報を聞いた。
これが胸がときめく。

東京では報道されることもない。
この間、福島を旅していたら福島のローカルニュースのトップニュースが「山形で新しいサクランボができた」。
これは感動したのだが、色は佐藤錦みたいにサンゴ色ですごくきれい。
これは玉の一粒が大きい。
五百円玉の大きさ。
名前が「やまがた紅王」。
サクランボの大型新品種名 「やまがた紅王」に - 産経ニュース
これは来年か再来年ぐらいには出荷できる態勢が整ったというので、山形の農業人が大喜びしている、という。
今、「やまがた紅王」という新品種の話をしたが、アメリカンチェリーと佐藤錦を置いたら佐藤錦を喰う。
一つの作物、果物でもいいが、懸命に磨き上げていくという日本人の農業の知恵を結集すると、もっと開けるんじゃないか?
だってイチゴなんてアジアの人は飛びつく。
それからメロン、マンゴー。
この手のもので勝負する商品はいくらでもあるというのが、この本の著者、有坪さんの主張。
そして有坪さんは米も米ばかりではない、と。
米から生まれる日本酒。
これをフランスのワイン並みにブランド化し、日本食全体の組み合わせ。
例えば「干物を杉の升で飲むのに美味い日本酒はこれ」という。
この農業と林業と水産業をセットにした売り方を考えると、もっと深い可能性を、という。
ワクワクする。
脚の高いワイングラスにワインを注いで、チーズというあのセット。
つまりガラスを作るという手工業と飲み物のワインと。
それで発酵のチーズが組み合わさったように。
この升酒。
「杉の升酒でこの日本酒をこの干物で喰うと美味いんです」なんて言うと飛びつくんだろう。
日本人でもそういうのがある。
こういう可能性を農業は持っているし、そこを行くべきではないか?

 六次産業とは−中略−農業が「一次産業+二次産業+三次産業=六次産業」になるべきだとするキャッチフレーズです。
 農家が農産物生産だけをやるのではなく、農産物を使った加工食品を生産し、自前で流通させることで、食品メーカーや流通業が得ていた利益を奪取してしまおうという提言がなされています。
(74頁)

(番組では著者がこの「六次産業」を推奨しているような感じで話しているが、本には「六次産業は絵に描いた餅の典型」と書いてある)

「農林水産省もよく奮闘している」と評価なさっている。
今、官僚の悪口を言えばなんとなく気が済んだような人がいっぱいいる。
そうじゃなくてこの方(著者)は日本の農林水産業というのはボロクソに言われながらも、官僚たちがみんなよく頑張っているんだ、と。

新規就農者援助態勢。
これが整備されつつある。
日本が今、農業人として一番欲しがっているのは兼業農家の人。
農業の他にもう一つ仕事を持ってらっしゃる方。

私は、農業に転職する場合の必要資金は、設備投資とランニングコストを勘案すれば二〇〇〇万円以上が理想であり(261頁)

 行政の、近年の新規就農者に向けた援助体制はかなり整備されてきています。なかでも青年就農給付金事業は目を見張ります。就農準備中の最長二年間、就農後最長五年間、年一五〇万円の給付金が支給されるのです。夫婦なら三〇〇万円になります。(194〜195頁)

(番組では上記の内容を「国にこれから実施して欲しい」というような内容で語っているが、本によると現在すでに整備されている。著者によると実際に援助して欲しい金額はもっと多い)
そうすると5年後には税金の払える農家に育つ、と。
こうおっしゃっている。

 実際のところ、新規就農は誰でも成功する、食っていける、とは言いませんが、サラリーマンが社会を辞めたいと思ったときによく候補にのぼるラーメン屋と比べたら、何倍も容易だと思われます。(195頁)

それさえクリアできたら立派な農業人が必ずできる、と。
それでこの方は兼業農家で面白い人のことを紹介してらっしゃる。

宝塚市で大工をしながら一七町歩でコメを作るほか−中略−
 三重県甲賀市には、宮大工をしながら地域の特産品を新規開拓しようと朝鮮人参の栽培試験を続けておられる方がいます。
(263頁)

昔から専業農家の人なんて日本の村にはいない。
奥様から時々話を聞くが、奥様の家は熊本の農家だった。
お酒はやっていなかったが、味噌も醤油も全部自分のところで作っていたようだ。
昔の農業をやる人は多角経営。
お蚕さんを飼って絹を作った人も農業の人。

 日本は高付加価値の農産物を作れる国なのだから、その方向に特化すればいいとおっしゃる方もおられます。(269頁)

しかし、そればっかりを目指しているのはダメなんだ、と。
ちょっと話ははずれるが、中国というのは日本を「小日」という。
「大中華」に対して「小さい日本」という意味。
おっしゃる通りで、日本は小さい。

面積は三七八.〇〇〇平方キロで全世界の土地面積の〇.二五パーセントほどですが、これは世界に二〇〇近くある国の六〇番目くらいの位置にあたります。−中略−排他的経済水域は四四七万平方キロもあり、世界第六位です。−中略−人工は−中略−世界一一位ですが、一億人もの人口を抱える国は二〇一八年時点で一二か国しかありません。(269〜170頁)

一番重大なことは腐植土。
葉っぱが降り積もって腐って。
実はこれは農業にはもってこいという。
農地としての土地をいっぱい持っていること。
植物の分解が進み、栄養分豊かに蓄えている農地、地面を持っている。
それがいい証拠に商業地でもある銀座でも、空き地は放っておくと雑草がすぐ伸びてくる。
だから、あそこでも田んぼができる。
銀座でも牛が飼える。

アフリカの土が赤いのは、気温が高く岩石鉱物が分解して鉄が分離し、赤い酸化鉄になるのに加えて−中略−
 また、雨の少ない国の多くは灌漑農業をします。雨があまり降らない、あるいはほとんど降らないので川から水を引っ張ってきたり、地下水を汲み上げたりして作物を栽培します。
−中略−まかれた水が蒸散するときに浸透圧によって地下から水分が上がってくるのですが、このとき土壌に含まれる塩分も一緒に地表に持ってきてしまいます。これが繰り返されると地面が塩だらけになり、作物栽培ができなくなるのです。(270〜271頁)

 オーストラリアは農業大国のイメージを持たれますが、実際は地表の塩分集積が多く、農業に向いた土地ではありません。−中略−
 アメリカも日本ほど恵まれてはいません。
(271頁)

ここはもう塩かぶりの土地がどんどん増えている。
ロッキー山脈の麓のアメリカの牧草地帯なんか塩で真っ白。
中国はもう砂漠化が北京のすぐそばまで来ているはず。
そして間違いないことは、北朝鮮はそうとう農業が荒れている。
あれはやっぱり色々問題があるかも知れないが、何とかするためには日本の農業関係者が出撃したほうがいい。
でないと本当にあの国は喰えない国になってしまう。

日本のことに関して言う。
今、「防衛防衛」とか「迎撃ミサイル」とか言っているが、日本の防衛というのは何も火薬関係だけに限らない。
その中でこの著者の有坪さんがおっしゃっているのは日本の農業人は、農業をやる人は細くなりつつあるが、日本の農地、地面自体は4億人ほどの食料を作る土壌を持っている。
西日本は二期作が可能だから。
種子島とか鹿児島は、今はあんまり米が余っているので作らないが、年二回米が穫れる。

今後の作物の品種改良が多収の方向で進めば、四億人の倍になる八億くらいは食わせられる程度の生産ができるようになる可能性もあります。(274頁)

グラウンドは、地面は。
8憶(人)が喰える農地を耕して農作物を作れる、米麦を作れるという能力を持っているか否かというのは、これは巨大な防衛力。

現在の世界人口は七三憶人ほどで(274頁)

その8憶(人)を養うだけの土壌を持っている、という。
これはいかな防衛力よりも強力な重大な防衛力。

コメの減反は廃止されましたが、廃止前には四〇パーセントほどの減反率でした。−中略−一〇〇パーセントを超えた計算が成り立ちます。(273頁)

これは今の人数で可能。
だから日本というのは食糧難に直面した時は、自国を救うどころか他国を救うだけの能力を持っている。
しかも今大好評の「日本食、食べてみませんか?」という誘い方をすれば嫌がる国はない、と。
中国の人がいっぱい(日本に)Tシャツを買いに来ている。
そんな国。
「日本食を展開しますよ」というのは他国を援助する援助の力になるのではないかな?と。
本当に農業について何も知っていなかったと思う水谷譲。
潜在能力についても。
このほかにも著者のアイデアはたくさんあるが、それはまた別の機会に。
生きる道は日本にはいくらでもあります。
というワケで大変学んだ農業だった。

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2019年7月1〜12日◆誰も農業を知らない(前編)

誰も農業を知らない: プロ農家だからわかる日本農業の未来



この間まで「死活問題」とかとTPPか何かで揉めていた。
そういうのは前はものすごくナーバスだった。
サクランボ問題とかカリフォルニアオレンジの問題。
「ミカンが全滅する」とか。
TPPは米の問題があった。
「死活問題」とか何とか。
何か静か。
それから遺伝子組み換え。
あれだけ騒いでいたが、遺伝子組み換えじゃないヤツが今度もう売られる。

あんなに騒いでいたのに最近先細りになっているというのがすごく気になって『誰も農業を知らない』というこの有坪さんの本のタイトルが衝撃的で。
例えばこういうことをおっしゃっている。
農業についての農業論が混乱したままの状態になっているんだ、と。
遺伝子組み換え。
それから農薬の問題。
「農薬悪いんだ!」というヤツ。
それから米の自由化。
それから無農薬農家とか。
農業人口がものすごく減っているんだ、とか。
「農協は改革すべき!」とかという。
そういうのが大騒ぎになっていた。
後は「政治に甘えている農家」とかというお叱りがあった。
「補助金ばっかり貰いやがって」とか。
専業農家というのがものすごい勢いで少なくなっている。
歯止めが効かない。
これほど多くの問題を抱えつつ、誰も農業の未来を指させないままでいるんだ、と。
農家あるいは農業を激しく批判する人はいるのに、何かみんなトンチンカンで、という。
この著者は農業をメディアの中で語る人というのが、みんな意見ばピンボケなんだとおっしゃっている。
著者は「実は誰も農業を理解していない」と主張しておられる。
本当の問題とか本当の希望は農業のどこにあるのかを提案したい、ということでこの本をお書きになった。
この方はもちろん専業農家の方。
この本は最初、農業問題として読んでいたのだが、問題の構造が入り組んでいる。
だから短いコメントなんかで農業を語れるはずがない。

有坪民雄(ありつぼ・たみお)
1964年 兵庫県生まれ。香川大学経済学部経営学科卒業後、船井総合研究所に勤務。94年に退職後、専業農家に転じ、現在に至る。2ヘクタールの農地で山田錦を中心にコメの栽培をするほか、和牛60頭を肥育。
(本の袖)

著者は企業としての農家、農業というのを追求したい、と。
生きがいとかそういうことではなく。
品質について手を惜しまず、世界をリードする技術を持ちながら、後継者の不足で農業は非常に苦しんでいるんだ、と。
「輸入作物がどんどん増えてくる」と言われている現況の中で、日本の農業はどうすればいいのか?
そのことを懸命に語ってらっしゃる。
ちょっと興味深い。
「TOKIOばかりに農業は任せられない」ということで、古希のおじいさんが乗り出したワケで。

かつての米作りは、牛馬に鋤(土を掘り起こす道具)を引かせて土を耕し、田植えは家族だけでなく近所の人も総出で行いました。−中略−
 一九六〇年代に進行した農業機械革命により、牛馬はまず耕運機に、そしてトラクターに置き換えられました。
(2〜3頁)

赤いトラクター



この耕運機、トラクターが導入されて変わった。
田植機、それからコンバイン。
腰を曲げなければならない作業から農家は開放されて、この機械によってものすごいスピード効率が上がったんだ、と。
「すべてはコイツなんだよ」と。
田植え機。
コイツがすごい。

 だいたい昔の手作業ですと、一農家ができる規模の限界は一町歩(約一ヘクタール。一ヘクタールは一万平方メートル)でしたが、現代の田植機やコンバインはこの程度の面積は一日で済ませてしまいます。(3頁)

考えてみれば農作業というのは弥生時代から変わらなかった。
武田先生は福岡だが、小学校の周りの田んぼはやっていた。
それがもう高校生になる頃は田植機でやるようになった。
これは弥生から時代が一変した、とおっしゃる。
こんなふうにして農業はものすごい勢いで革命が進んでいる。

日本の農業というのが急速に機械化が進んだ、と。
それは米だけじゃない。

 現在、リンゴやナシの選別機は実用化されています。−中略−
 さらに言えば、収穫作業もロボットがやってくれる時代がすぐそこにやってきています。収穫作業に必要な技術の基本は三つ。農作物を見て、どこにどんな状態の作物があり、収穫すべきかどうかを判断する「マシンビジョン」。収穫物に手を伸ばし、作物を傷つけることなく取り上げ、収穫用のコンテナに入れる「エンドエフェクタ」や「アーム」の設計。
(5頁)

IoT(Internet of things モノとつながるインターネット)技術も(4頁)

スマホとかを使って冷房を点けたり家電を動かしたり、ということ。
インターネットで確認しながら愛犬の面倒を看たり。
それを農業でやろうという技術がもう始まっているらしい。
つまり田んぼにカメラが付いていて、インターネットに結ばれていて、農薬の散布、出荷のタイミング。
ただのタイミングではなくて全国の市場での値段を見て「うちはどこの市場へ何時頃出すと一番効率的に高く買ってくれるだろうか?」という。
IoT。
畑とか田んぼとかビニールハウスの集中管理を人工知能がやる、という。

 有名なのは「とよのか戦争」でしょう。人気の高いイチゴの品種である「とよのか」を作っている産地は、自分の地域だけでなく、競合するライバル産地の気象情報も常に見ています。そしてライバル産地が台風などの気象災害を何月何日に受けそうだとわかると、自分たちの体制を整えて、ライバル産地の台風の翌日から数日の間、大量にイチゴを出荷するのです。なぜなら、ライバル産地が気象災害で打撃を受けると出荷量が激減して市場の商品流通量が大幅に減るため、価格が高騰するからです。(8頁)

イチゴは完璧に今、ビジネス情報戦の時代に入ったそうだ。
このあたりは何も知らないがすごい。

残っている農家も高齢化し、むしろ規模縮小を考えていることも多いのです。引退する農家の代わりに耕作してくれる農家が現れてくれなければ、耕作放棄地が発生します。その数は年々増え、直近の資料によれば日本の全耕作地の六.一パーセントにあたる約二七万六〇〇〇ヘクタール(二〇一五)にも達しています。(9頁)

イノシシとかクマとかサルが増えて「国立の街中にサルが出た」とかと大騒ぎに。
京都の鴨川に鹿が水を飲みにきているというのだから。
鹿は結構恐ろしい。
全山全部喰っちゃう。
そして我々が全然わかっていないのが遺伝子組み換えとゲノム編集技術。
これは技術的には違うらしいのだが、ごっちゃにしていて。

 遺伝子組み換え作物が日本で話題になったのは−中略−一九六六年あたりからです。−中略−
 ところが、遺伝子組み換え作物を危険だとする主張はいくらでも見つかりますが、たいていは
−中略−モンサント社が批判対象となっています。(13頁)

だから「遺伝子組み換え使っておりません」とかというのが表示でよくあった。
ところがものすごく安全なヤツが出始めている。
ゲノム編集の穀物等々はその毒性が食塩よりも低い。
(このあたりは本の内容をごちゃまぜにして語られている。「食塩よりも毒性が低い」と紹介されているのは、遺伝子組み換え作物に使用される農薬の残留に対して)

ゲノムは遺伝子のグループ。
安全性がボンと上がった。
この差がちょっとよくわからなくて申し訳ない。
でも遺伝子組み換えとゲノム編集というのを同じものだと思って嫌う人がいるというところが問題で「もうそんなことを言っていたらアナタに喰うものはありませんよ」という。

そして武田先生が一番やっぱり衝撃を受けた。

代表的な作物としてモンサントのトウモロコシや大豆などに使われている除草剤耐性と害虫抵抗性を挙げましょう。−中略−害虫耐性を持つ遺伝子組み換え作物は、殺虫剤の散布回数を減らします。(14〜15頁)

だから殺虫剤をかぶっていないという大豆やトウモロコシを作るために遺伝子組み換えをやってきたのだが、それがひどく嫌われた。
そしてゲノム編集に至ったワケだが、これは安全性が非常に担保されたというか、保証されている。
そのあたりを考えると我々が思っている以上に技術は進んでいる。
そのあたりがこの著者がおっしゃる「農業をわかっている人がいない」という怒りになったのだろう。

レイチェル・カーソン『沈黙の春』。

沈黙の春(新潮文庫)



一九六二年、レイチェル・カーソンが『沈黙の春』を出版し、自然環境への被害の大きさを告発してからでした。(20頁)

春がやってきたのだが鳥が全くさえずらない、という異様な春を人類は迎えることになる。
その原因は何かというと、農薬が全ての虫を殺し、虫から小鳥を殺し、小鳥から作物を全滅させて、農村に鳥のさえずりのない春がやって来る、という近未来ルポルタージュだった。
これでドーン!と問題になった。
その衝撃で農業というのは自然に任せた方がいいんだ、と。
農業による収穫は全て人が作ったものなのだが、全部自然に任せた方が人間にとっては安心なんだ。
「その考え方をちょっと、ちょっともう一回勉強してくれ」というのがこの有坪さん。
この方がおっしゃっているのは、日本は「無農薬、土づくりと輪作で虫、病原菌と戦おう。そういう農業がいいんんだ」という頑固な考え方がある。
その間に世界は遺伝子組み換えから発展して、ゲノム編集へと農業を進めていった。
基礎はだから遺伝子組み換え。
だがそれを「安全に」でゲノム編集にした。
(本によるとそいういうことではないようだ)
日本人と消費者とメディアがもっとも嫌うのが農薬。

農薬の歴史はどこからかというと、除虫菊に殺虫能力があるということで、1885年に蚊取り線香が生まれ。
その成分のピレスロイド。
これを農薬として取り入れた。
(本にはピレスロイドは単に例として挙げているだけで農薬の始まりという話ではない。蚊取り線香が発明されたのは本によると1890年)

ピレスロイドは幅広い殺虫スペクトルを持ち、哺乳類や鳥類には安全性の高い化合物でした。(37頁)

 戦前に登録がなされた農薬では一〇アールあたり散布量が一〇キログラムなんてものもざらにあったようですが、新しい農薬が開発されるごとに有効散布量は減り続け、現在では一ヘクタールあたりの有効成分量が一〇グラム以下など、きわめて少量で効く薬剤も出てきました。つまり、八〇年で一〇〇〇分の一くらいまで減った計算になります。−中略−
 一〇アールあたりのコメの生産量を五〇〇キロとして、すべての農薬が残留するという「ありえない仮定」で考えたとしても、コメ一キロあたりの残留は三ミリグラムです。
−中略−残留量の実際は三〇分の一程度になっていると考えて問題ないでしょう。(40〜42頁)

更に機械化はどんどん進化していて、一軒で水田20ヘクタールを耕す力がある。
だから農業人口が減っていると思うと不安になる。
でも機械力が上がっているので、もうそんなにたくさんの農業人が欲しいワケではないことは事実。
100軒あった農家が今は1軒で同じ力を出せる、と言っている。
だから減少が問題ではない、と。
元々農業というのは人手を減少するという努力をし続けた産業。

農業について無知な人ほどしきりに言う人がいる。
「兼業とか零細農家というのはダメだ」「アメリカみたいに大型化しないと農業というのは儲からないんだ」と言う方がいるが、農業は大量生産がコストダウンに向かうワケではない。

現在のアメリカでは専業農家は二割もいません。(59頁)

私たちは(アメリカの農業は)でかいトラクターで、ヘリコプターで農薬を撒いたりとイメージする。
そんな専業農家、農家だけで飯を喰っている人は二割しかいなくて「規模が大きいから安心だ」というワケではない。

たとえば、一日二ヘクタールの仕事ができる田植え機があります。この機械を使えば一〇日間で二〇ヘクタールの田植えができます。(61頁)

だから1辺2km?
(20ha=200000m2。正方形だとすると1辺が450m弱ぐらいの計算になる)

農家の水田面積が二〇ヘクタールなら、機械をフル稼働させることができるでしょう。そのため、二〇ヘクタールまでは規模を拡大するほどに生産性は向上します。しかし農家の水田面積が三〇ヘクタールになるとどうでしょうか? 二台で一五ヘクタール時代の生産性に逆戻りです。−中略−田植え機一台なら夫婦ふたりで仕事は済むかもしれませんが、二台あると別に二名を雇う必要があります。当然、人件費が発生します。そうなると三〇ヘクタールやっているより、二〇ヘクタールやっていたほうが効率よく所得を増やせたなんてこともよくあるのです。(61〜62頁)

人間が増えるから取り分も減っていく。
だったら小さいほうが農業は純益が上がりやすい。
アメリカの場合、自宅から農地まで80km以上というのが。
トラクターとかコンバインで走るには、80kmだから世田谷から成田まで毎日行かなければいけない。
だから滅茶苦茶非効率的。
だからアメリカ型の大きい農家というのはすごいだろうというのは「皆さん、ウソですよ」と。
それだったら日本のように、ちまちま家の近くの田んぼの方がよっぽど効率がいいじゃありませんか?という。
それからもう一つの問題。
規模が大きいばっかりに倒れる農家が増えるという、その理屈。

 二〇一四年、大規模化に対する幻想を持つ人を完膚無きまで叩きのめした事件が発生します。米価の記録的下落です。三〇キロ袋あたり全国平均の価格が六五〇〇円−中略−魚沼産コシヒカリでも九二五〇円まで価格が落ちたのです。(67頁)

農業的大事件が起こっている。
ただ、ちっとも報道していない。
(番組では巨大な農家が次々と倒産して零細が耐えられたと言っているが、本の内容とは異なる)

米価下落を予想していた農水省は、それより前から対策を打っていました。飼料米です。(67頁)

もちろんいいお金じゃないだろうけれども買い上げて、赤字幅をうんと狭くしてあげて、何とかもたせてあげた、という。
それでその年を乗り切った、と。
そのことも含めて、農水省が零細から大型までの農家を、この2014年、一生懸命救ったという。
何で米価が下がったか?
これは経済載は難しい。
豊作貧乏。
大型になるといつも取引してくれるキロ当たりの値段で900円から1000円安いと借金が数千万円になる。
これが零細の場合は数万円の赤字で済むので乗り切れる。
だから大きいことというのはやっぱり何かが起こった時、大惨事になってしまう、という。
このへん、なかなか農業は語りにくいもの。
だから大型化するアメリカ型、そんな農家が絶対いいワケではない、と。
それから専業農家がいいワケではない、と。
それ一本しかないから。
零細の兼業農家がなぜもったかといったら農業じゃ儲からないから「お父さんがいつも勤めているあの会社のお給料で今月はしのごう」ということになった。
ということは兼業というのは農家にとっては助け船になりうる。

この有坪さんのおっしゃっていることはなかなか手厳しい。
現実に農家を営む著者の言葉は厳しく、実に生々しい。
それが第5章の言葉で

農薬を否定する人は農業の適性がない(204頁)

著者は「農薬を使わない」と断言する人たちに対してこんなことをおっしゃっている。

 私の知る限り、無農薬農家には大きく分けて四種類あります。
(1)農薬を危険だと考え、安全な農作物を作ろうとする農家
(2)高収益を得る手段として無農薬を選択する農家
(205頁)

これは例えば『奇跡のリンゴ』の木村(秋則)さん。

奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録



農薬を使わないので「奇跡」と言われたのだから。

(3)自分の栽培スキルを高めようとする農家
(4)生き方、ライフスタイルとして無農薬を選ぶ農家
(205頁)

農家は「のどけさ」とかという憧れがちょっとある。
定年後は農業をやって田舎暮らしを・・・
「土でもいじりながら」という。

 しかし農村では、この(1)の無農薬栽培農家が最も嫌われます。なぜならたいていの場合、長続きしませんし、周囲に迷惑をまき散らしていることが多いからです。(206頁)

 二五年ほど前、北海道でリンゴの無農薬農家が隣の農家から訴えられるという事件が発生しました。訴えられた理由は、無農薬栽培を行うリンゴ農家が農薬をかけて防除をしないために隣の自分の果樹園にも害虫がやってきて被害が出ているからというものでした。(206頁)

この時に参考人として木村さんが呼ばれている。

(『誰も農業を知らない』を)読みながら「若い人たちが新しい考え方を持って登場しているんだなぁ」というのをつくづく思った。
武田先生たちの真下にいるのがコロッケたち。
そういう年齢。
コロッケたちよりもさらに十歳若いのが共演者でいえば福山(雅治)君たち。
福山君たちのその下にいるのはNEWSなんかで頑張っている増田(貴久)とか加藤(シゲアキ)とか。
その加藤や増田の下にいるのが水戸黄門の助さん(財木琢磨)や格さん(荒井敦史)。
そうやって考えるとちょっとコロッケだけ浮いているが、こんなに体形からルックスから変わるんだなぁと思うと、農業も変わっている。

二〇世紀のスポーツカーには、速く走らせるために燃費は犠牲にしてターボやスーパーチャージャーといった過給メカニズムを搭載するということがよくありました。今のターボやスーパーチャージャーの主流は、昔とは正反対の省燃費のメカニズムとして使われています。
 農薬の開発も自動車に負けず劣らず進んでいます。
−中略−
 いまや人体に安全な農薬開発など、開発者にとっては常識以前の話で
−中略−人体の安全性から環境保全(ターゲットとする害虫や病気に効く以外に、環境中の魚やミツバチなどに影響を及ぼさないこと)へと移っています。(206〜207頁)

武田先生が子供の頃、田植えが終わった後、田んぼに全部赤旗が経つ。
それは「近づくな」ということ。
田んぼなんかのあぜ道で突っ転ぶんで田んぼに顔を突っ込んだりしたら赤いブツブツができたりした。
ホリドールという農薬。
校長先生が、それを撒く頃になると全校集会で言う。
「ホリドールの散布も始まり、田んぼに近づかないようにしてください。また、田んぼの水を飲むようなバカな真似はやめてください」とかと。
それは劇薬だったと思う。
農薬を撒いた後、あぜ道の水の通り道にフナが全部死んで浮いていたのだから。
赤い旗というのは「危険」という意味。
それをヤマダ君とふざけて田んぼの中に倒れたことがあった。
あの恐ろしさは忘れない。
結局何ともなかったが。
それぐらい危険なものが今はものすごく、魚、ミツバチに影響を与えない安全性を目指し、今それを保っている。
だから「農薬を撒いたので魚が浮いた」なんて聞かない。

 近年はあまり聞かなくなりましたが、昔、無農薬農家がよく使った「自然農薬」に「ニコチン液」があります。−中略−
 ニコチンはほぼすべての生物に毒性を持っており、経口摂取(口から入れて食べる場合)のLD50は一キログラムあたり三.三四〜五〇ミリグラムです。
(208頁)

 また、今も無農薬農家がよく使うものとして「木酢液」がありますが−中略−もちろん読者諸兄がコップ一杯分飲んだりしたら命の保証はありません。(209頁)

「食塩よりも安全」と言える農薬も少なからずありました。(210頁)

 大村智先生がノーベル生理学医学賞を受賞されたことは記憶に新しいところです。大村先生がゴルフ場で見つけた微生物から「エバーメクチン」という抗生物質が発見され、これをもとに、さらに効果を高めた「イベルメクチン」が作られました。このイベルメクチンは、アフリカに多い寄生虫感染症(オンコセルカ症、象皮症)から多くの人を救いました。
 抗生物質として人にも処方される薬剤ですが、私も家畜の牛によく使っています。
(211頁)

使い方に気をつけないと犬まで殺してしまうこともあるようです。(212頁)

だから「農薬とかその手の薬というものは、量を間違えると劇薬なんだということを忘れないでください」という。

これは理屈っぽくて難しいかもしれないし、前に絶賛した木村さんの無農薬のリンゴに関して『奇跡のリンゴ』というのをずいぶん『三枚おろし』で取り上げて絶賛したワケだが。

奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録



でも、木村さんの場合はそれでうまくいっているということで、農薬を全否定することが必ずしも正しいことではない、という。
木村さんのところは加工リンゴとして抜群の味わいを持っている。
木村さんもものすごく悪戦苦闘して土自体を変えるという大発見をなさっているワケだが。
その方法が全てのリンゴ畑に通じるというワケではない。
木村さんのところは特殊かも知れない。
土地にふさわしい土の改良の仕方に成功したのが木村さんの「奇跡のリンゴ」で、違う山だったり違う土地の条件だと、やっぱり違うやり方を発見しないと無農薬では通用しない、という。
そういう現実があるんだ、と。
それをこの作家、有坪さんから教えられたような気が。

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2020年07月07日

2019年11月4〜15日◆日本語を学ぶ(後編)

これの続きです。

言葉というのは一つが生まれる。
そうするとその言葉がどんどん転がって、いろんな言葉に派生していく。
その面白さ。
最近若い人たちが使う「ヤバい」というのも「ヤクザ言葉」。
「ヤクザ言葉」とか「犯罪者言葉」で。
牢獄に捕まっている囚人さんの隠語だったようだ。
囚人さんたちの隠語はいっぱいあったようで、例えばお酒のことを「きす」と呼んだりする。
(高倉)健さんの歌の中い「きすひけーきすひけー」と出てくる。

酒(きす)ひけ酒ひけ酒暮(きすぐ)れて どうせ俺らの行く先はその名も網走番外地(網走番外地)

それから刑事さんのことを「デカ」と読んだり。
偉い人が角袖の大きいの、袖が大きいのを着ていた。
「でっかい袖」というので「デカ」と。
(一説によると「カクソデ」→「クソデカ」→「デカ」らしい)
それから「賭場」。
博打場。
そこでディーラーの人がいる。
ディーラーの人が明るいと賭場が盛り上がる。
サイコロいじくったりなんかする人が明るいと盛り上がるのだが、陰気だと、暗い人だと盛り上がらないので。
「盆」でサイコロ振ってるヤツが暗いので「ぼんくら」。
「ぼんくら」はヤクザ言葉。
そんなふうにして言葉は生まれていく。

言葉は一つは情景、その風景の景色を例えたものでもある。
日本人は面白いことに、雨も敏感だが風に関しても敏感。

「風」が「凪ぐ」の「凪」という漢字は日本で作られた国字です。同じように「風」の省略形を使って、日本で作られた国字の例に「凩(こがらし)」や「凧」などがあります。(42頁)

「なぐ」という言葉は「薙ぐ」とも書きますが−中略−
 この「薙ぐ」という言葉は横ざまになぎ倒すことです。そこから海の波浪がおさまり、また強い風が止むことをも言います。
(43頁)

「渚(なぎさ)」は波打ち際のことですが、その「渚」について、大槻文彦の『大言海』に「和浅」の意味などであろうと出ていることを白川静さんが紹介しています。「和浅」は「和(なぎ)」は和き状態で、穏やかなことです。
『大言海』によると「名残」は「余波(なごり)」から生まれた言葉です。
−中略−
 その「余波」から転じてできた「名残」は、あることが過ぎ去った後、なおその気配や影響が残っていることです。
(44頁)

白川静さんの『字訓』の「なぐ」の漢字には「和」が挙げられています。−中略−「和」は「禾」と「口」を合わせた文字です。「禾」は軍門に立てる標識の木の形です。「口」は顔にある「くち」ではなく、神様への祈りの言葉である祝詞を入れる器「口」(サイ)です。この「口」(サイ)を置いた軍門の前で誓い約束をして講和する(戦争をやめ、平和な状態にもどす)ことを「和」と言い(44〜45頁)

日本人はこの「和」が好き。

「わたつみ」の「わた」は海のことです。「つ」は「の」の意味の古い格助詞。「み」は霊のこと。ですから「わたつみ」とは「海の神」のことです。−中略−
「わた」の意味が今に生きている言葉は「渡る」です。「わたる」は「海を渡ることが原義であろう」と白川静さんの『字訓』にあります。
(102〜103頁)

(番組では「わたつみ」の語源が「わたる」と言っているが、本によると逆)

「うみ」は「居水(うみ)」のこと。流れる水に対し、動かざる水を言うものです。「みずうみ(湖)」という言葉は別な書き方をすると「水居水」ですから、これは重複語ですね。(103〜104頁)

「国生み神話」と呼ばれる『古事記』『日本書紀』に記された日本の国土創造の神話があります。−中略−
イザナギ・イザナミが天之瓊矛を引き上げると、矛の鋒から滴り落ちた海水が「凝りて一の嶋に成れり」の部分にある「凝りて」に関わる日本語について、説明したいと思います。
 天之瓊矛の鋒から滴り落ちた海水の流動性が失われて、日本列島が生まれたという神話ですが、この「こる」という言葉は「水のように流動性のあるものが、凝り固まってその流動性を失うことをいう」と白川静さんは、日本の国生み神話を例に挙げながら、『字訓』の中で説明しています。最初にできた島である「磤馭盧嶋(おのごろしま)」の「おの」は「自」の意味、「ごろ」は「凝る」という意味です。
(106〜107頁)

福岡県福岡市。
あそこの海岸に立つと福岡の有名な「百道(ももち)」という海岸に立つとちょうど正面に「能古島(のこのしま)」がある。
「の」「こ」。
こちらは「志賀島(しかのしま)」なのだが、その「の」「こ」というのが「おのごろ」の「のご」と重なる。
武田先生は何となく「磤馭盧嶋」は福岡県の「能古島」ではないかと、そう思って見つめたことがある。

「心」は体内の五つの内臓、五臓の一つである心臓のことです。「こころ」はものが「凝り固まる」ことの「こる」と同語源で、「心」とは「凝るところ」の意味なのです。(107頁)

心臓と人間の「思う」物事を考えたりなんかする内面というので固くなっていること。
この「こる」という言葉がどんどん日本語の中に生まれてくる。

「志(こころざし)」は、心の志向するところの意味です。−中略−
「試みる」も「こころ」(心)が関係した日本語です。「試みる」とは、ある行為によって、相手の「心を見る」ことです。
(108頁)

うまくいってホッと一息。
さっきまでバクバクしていたのに、すうっと気持ちが落ち着いて、ハア〜っと心地よいため息をつくという。
こういう心臓の状態と心理の状態を重ねるという表現。

水谷譲も武田先生も悩んでいる肩が「凝る」という。
これも一種、柔らかいところが固くなったことへの異変。
肩が「こる」から、今度は水が「氷(こお)る」。
これも当然「凝固」。
柔らかい水が固くなるわけだから「凍る」。
流動性を失くすという。
「こる」から言葉が広がっていったというわけだろう。

だから朝鮮語が日本語になったという説を司馬遼太郎さんも笑っておられたのだが。
だから朝鮮語で「笛と太鼓」。
「マトゥリ」だから「祭り」という本があった。
それに韓国の学者さんでもいた。
「奈良」というのは韓国の国のこと「クンナラ」から出た言葉だ。
そういう説を向こうの学者さんで言う人がいるのだが、カンラカラカラと笑った人がいた。
というのは国は他にもいっぱいある。
奈良以外にも「武蔵国」とか。
だったらそこも「なら」と付くべき。
そこの場所だけに特別にその名が付いた、なんていう言葉というのは無い。
言葉はそんなに単純なものではなくて、共通したり、一つがあって、そこから枝分かれしていく、という。
そんなふうに発展していくもの。

「生きる」の「生き」と「息」は同じ語源の言葉です。−中略−
 例えば「憩う」は「息」を動詞化した語です。息をついで休息することです。
−中略−日本語の「い」は「尖っていて、外へ衝く」ような言葉としては「いかる」などはまさにそうかもしれません。−中略−
「いきどほる(いきどおる)」は息が通ることではなくて、激しい怒りで息が胸につかえることです。
−中略−
「厳(いか)し」「厳めし」の「いか」も「いき」の系統です。
「雷(いかづち)」の「いか」も「厳」のことです。「つ」は「の」の意味の古代語。「ち」は「霊」のことです。恐るべき神だった雷鳴のことです。
−中略−
「鼾(いびき)」は「気響」のことです。「癒(い)ゆ」は「気延(いきは)ゆ」を短くしたものだそうです。「いきごむ」は「気籠(いきご)む」です。「いきほひ(いきおい・勢い)」の「いき」は生命力を示すもので、その「いき」が盛んに活動する状態のことです。
(166〜168頁)

(番組冒頭の「街の声」で眠れない時にはアロマを使うという話を受けて)
ちょうど(街の声の)お嬢さんと同じ話を水谷譲にしたばかりの武田先生。
一昨日の朝だが、九時半ぐらいに眠って、朝起きたのが七時半だった。
自分でびっくりした。
一回も起きていない。
もうそれだけでもジジイになると嬉しい。
「よく眠った」ということで自分でびっくりして。
その時にフッと思ったのだが。
その日は夕方から合気道場に行っている。
合気をやると眠る。
心地いいどころじゃなくきつい。
本当のことを言うときつい。
でも正座して「お願いします」と師範代に頭を下げるのだが、その時に自分でずっと囁き続けている。
「一生懸命やろう。一生懸命やろう。一生懸命やろう・・・」
少年のごとく。
それで眠れる日はいいのだが何日しかない。
あとは二時半ぐらい目覚めて「ああでもない、こうでもない」と考える。
一時期眠れない時があった武田先生。
あおそこまで病的ではないので、もう薬に頼らなくていいのだが本当に眠れない。
それでフッと思い出す。
一生懸命芸能活動をやって、それなりに順調にいっているのに家に電話をすると「アンタなんなん、テレビで言いよったがどげんね?体の具合は」と母親が。
電話を切る時に「覚せい剤だけはしたらイカンばい」という。
「女遊びしても何にしても全部冗談で済むばってん、覚せい剤だけはイカン!」「吸うとらん!何でそんなことばっかり心配すると?母ちゃんは」と言ったら。
母親の反論だったが、その声が耳に残っている。
「心配するとは親の仕事たい」と言いながらガチャーン!と切れた。
「年を取ると心配することが絶えずになるんだ」という。
「嫌だなぁ〜ジジイとババアは」とかと思っていたら、今度は自分がジジイになったら本当に。
ジイサンバアサンを見ながら思ってください。
年を取るというのは結構眠れぬ夜を幾晩も耐える。
それが本当に朝日が昇るとフワァっと消えてなくなる。
でも夜中の二時半ぐらいの闇の中から心配することが雪のように降り積もる。
これを何とお話していいか。
年を取るのは体力がいる。
それと義理の母親、奥様の方の母親から「鉄矢さん。人間はですな、死ぬ元気だけはもっとかなイカンですばい」。
というのは全然わけがわからないが、今はわかる。
老人にも2タイプがいて「死ぬ元気をキープしてる人」と「死ぬ元気もなくなった人」と。
奥様のお母さんの名言。
「人生の幕ば降ろすとは、ひと仕事ですばい」と言われたことがあって。
人生の幕を降ろせずに苦しんでいる、そんな人がフッと目に入ってきたりする。

「さかな」の「な」は野菜や魚肉などの副食物のことです。白川静さんの『字訓』の「な」には「菜・魚・肴」の三字が挙げられています。
 つまり「さかな」は飲酒の際、副食物としてそえるものです。「魚」は酒の副食物として最も適しているので「酒魚(さかな)」と言いました。
(26頁)

「肴」は「爻(こう)」と「月」を合わせた字ですが、このうちの「月」は「にくづき」で、肉のことです。「爻」は木や骨などが交わる姿で、この場合の「爻」は骨の形。(29頁)

(番組では「肴」の「メ」は「『菜』の略字」と言っているが、本には上記のように書いてある)

「なべ」(鍋)の「な」も「魚」や「菜」のことです。「べ」は「へ」(瓮)のことで、酒食を入れる瓶の類です。つまり「なべ」は魚菜などを煮炊きする器のこと。(27頁)

一つの言葉が坂道を転がるように、という。

 日本料理のメインディッシュは、魚料理ですが、それには次のような理由があります。日本人は明治時代まで長い間、牛肉を食べてきませんでした。天武四年(六七五年)に、天武天皇が最初の肉食禁止令を出します。−中略−食肉が貴重な役畜である牛や馬の減少につながることを恐れた政府が農耕儀礼との関連で禁止したのです。
 これに、殺生を禁じる仏教の考えが重なってきて、東大寺の大仏開眼会の七五二年には一年間、日本中で生き物を殺すことを禁じる令が出ました。
−中略−明治四年末には明治天皇が一二〇〇年間の肉食禁止令を解いて、肉食再開を宣言。(28頁)

ここからやっと牛肉等々の肉食が日本は再開して。
それで肉もお酒の肴になり、骨付きの肉の漢字で。
「肴」という字は明治時代に考えられたようだ。
それまでは肉を喰っていなかったので。

元々、魚類の総称としての「さかな」を言う語には「いを(いお)」「うを(うお)」が用いられていました。−中略−江戸時代以降、次第に「さかな」が魚類の総称を意味する言葉として使われだし、明治時代以降、「いお」「うお」にとって代わるようになったそうです。(29頁)

多分これはお酒と一緒に食べるということで魚類の「うお」が「さかな」になったのだろう。
江戸言葉、江戸の言葉から流行した、という。

江戸というのはそういう意味では、流行語を広げる大都市だった。
ここからは余談。
江戸は新しい言葉を生む発信地ということで、昔、浅草は浅草海苔を作る遠浅の江戸の海があった。
あれは竹のすだれに干す。
それで例の四角い海苔を乾かす。
昔はエコだから、物を大事に使ったから、紙屑拾いの仕事の人がいて、それを買ってきて釜でグツグツ煮る。
同じ技術で海苔を作る要領で、それを一枚ずつすだれの上に広げて乾かして化粧紙を作った。
浅草の紙商人の人たちがそんなふうにしてやっていたのだが。
紙をそうやっていると乾くまで待っておかなければいけない。
それでお兄ちゃんたちが乾くまでのヒマつぶしに、昼間の吉原を歩くようになった。
吉原という大遊郭があって、キレイなお姉さんたちがいっぱいいる。
その花魁を見物してまわる。
いい女だから。
そうすると吉原の方でも「カネは持ってないくせに覗きに来やがる」というので、誰かが「あの野郎、また冷やかしに来やがった」。
紙が冷えるまでブラブラしているので「冷やかす(ひやかす)」。
「ひやかす」は「冷やす」という意味。
買いもしないくせにウィンドウショッピングをしているのを「ひやかす」。
そういう言葉が生まれた、という。

『日本語源大辞典』によりますと、「首っ丈」は「着丈」に対する言葉です。「着丈」は、その人の身長に合わせた襟から裾までの着物の寸法です。「首っ丈」は足もとから首までの丈のことです。−中略−明治以降になると、「首っ丈」は主に「異性にすっかり惚れ込む」意味で使われるようになったそうです。(33頁)

「ひやかす」にしろ「くびったけ」にしろ、かくのごとくして暮らしの中から言葉というのは広がっていく。

 頭のことを「頭(かぶ)」と言います。−中略−「かぶ」には「頭」のように「まるくふくらんだ形」の意味が含まれています。例えば「蕪」も頭のように、まるくふくらんだ野菜のことです。(30頁)

防御用の鉄製の鉢形の武具である「冑(かぶと)」(兜・甲)の「かぶ」も「頭」のことです。(30頁)

 その「頭(かぶ)」を動詞化した言葉が「かぶす」です。−中略−この「傾す」につながる言葉に「傾く(かぶく)」があります。そこから生まれたのが「歌舞伎」です。(31頁)

「歌舞伎」は「傾(かぶ)き者」の意味です。「かぶき」とは並外れた華美な姿をしたり、異様なふるまいをしたりすることの意味でした。(31頁)

「わる」は固体がひびのため砕け、両分すること、分割することです。(62頁)

 日本語の「わらう」は顔の緊張を解いて(破って)声を立てて楽しむことです。つまり顔が「破(わ)れる」のが「笑う」ことです。−中略−
「わる」は、すべてのものを両分する意味。そこからできた言葉が「ことわり」(理)です。
−中略−「ことわり」の動詞形、「ことわる」は「事割(ことわ)る」が元々の意味だそうです。−中略−
 今は「断る」は拒絶する意味ですが
(62〜63頁)

 また道理に外れ、分別がないことを「わりない」と言います。「ことわり」(理)が無い意味です。女優の岸惠子さんが書いた小説に『わりなき恋』という作品がありますが(63頁)

わりなき恋



恋にはやっぱり筋道とか道理とかがない。
「好きになっちまったものは仕方ねぇじゃねぇか」という。

「犯人の身柄を確保しました」。事件のニュースで、そんな言葉によく出会います。「通報者の力が大きいです。お手柄です」との場合もあります。−中略−「身柄」「手柄」の「柄(から)」と「からだ」の「から」は、実はつながった言葉なのです。−中略−それらの「から」には「外皮・外殻のこと」「草木の幹茎など、ものの根幹をなすもの」「血縁や身分について、そのものに固有の本質をなすもの」などの意味があるのだそうです。(66頁)

ちょっと縁起が悪いのだが「亡骸(なきがら)」。
それから同国民の「同胞(はらから)」「お国柄(くにがら)」。

 水が涸れたりして、みずみずしい生気を失い、木が枯れたりすることを「かる」と言います。この「かれる(枯れる、涸れる)」は草木の「外皮・外殻」を示す「から」と同語源の言葉です。そして、中身が「枯れ」て、「涸れ」て、「空(から)」となると、そのものは「軽く」なります。この「かるし」(軽)も「から」と同じ語源の言葉なのです。(67頁)

「ちから」も「から」と関係した言葉だそうです。−中略−ものを扱うときの「肉体的な力」のことです。漢字の「力」は農具の鋤の形で、「男」は「田」を「力」(鋤)で耕す人のことですが(69頁)

 赤穂浪士の一人に「大石主税(おおいしちから)」がいます。白川静さんは「ちから」の字に「力」と「税」を挙げています。これは「ちから」という言葉が農作物による納税の意味にも用いられるからです。力を使った労働で得られるものなので「税(ちから)」と言います。白川静さんは『字訓』の「ちから」の項に「farmerはもと一定額の年貢請負人の意で、farmはもと借地。農耕と税とは、はじめから分離しがたいものであった」と記しています。(69頁)

(番組では「税」を「ちから」と読む理由は「政治家にとって税金が力になるから」と言っているが、本では上記の通り)
「税金を取っている」というのはものすごく政治家の人たちにとって気持ちがいいのだろう。
8%から10%へ。
(消費税率を)「2%上げた」という喜び。
財務省の人とか麻生さんとか喜んでいるのだろう。
「やったぜぇ!文句も言われる」「いやぁ、力になるわ」というので税金の「税」のことを「ちから」と読む。
これは江戸時代からそうだったのだろう。

この「税」の漢字。
「禾」に「兌」と書く。
「禾」は木に印を括り付けている、という。
横に「兌」がいる。
お兄さんが二本の角を生やしているようなヤツ。
心(りっしんべん)を置くとこれは悦楽の「悦」とも読む。
これは何かというと巫女さんが躍りまくっている。
だから税金の「税」というのは、この神がかりした巫女さんが、もううれしくて舞い上がっている。
だから税金というのはそれぐらいうれしい。
この税金の「税」はやっぱり「力になる」という。
国の力になることを祈っている。

 さらに「宝」も「から」に関係した言葉のようです。白川静さんによると「宝」は「力」と対応する言葉なので、やはり農耕と関係のある語と考えられるそうです。(68頁)

大石主税の「ちから」も「主税」と書く。
だから税金というのはやはりお侍さんもうれしかったのだろう。
「力になります!」というようなもので。
それを考えると日本の一語一語は歴史をくぐってそこに。
そして今にあるワケだろう。


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2019年11月4〜15日◆日本語を学ぶ(前編)

白川静さんに学ぶ これが日本語



白川静さんは『字統』『字訓』『字通』という大部な三つの字書を一人で書いてしまったことで知られます。このうちの『字統』は漢字の字源字書、『字通』は漢字の総合字書ですが、でも『字訓』は日本語の語源に関する字書なのです。(i頁)

(『字訓』は)日本語の誕生からその一語がどう育ち、意味を広げて派生し、他の言葉へ広がっていったか、変容したかという。
これが調べるとなかなか面白い。
だからちょっと『字訓』もやってみないといけない。

日本人は外国の文字である漢字を中国語に近い音読みで使い、さらに日本語の読みである訓読みをし、片仮名、平仮名を生み出して、それらを組み合わせながら日本語を書き記してきました。(iii頁)

これにローマ字を加えると日本には文字が四種類もあるという。
こんな複雑な文章を綴る民族は世界に一つもない。
日本語と漢字の関係を維持したまま、二千年に近い歳月をその輸入した文字と自分たちの今の言葉と抱き合わせにして使っている民族は世界にこの民族しかいない。

中国の一番偉い人「習近平(シュウキンペイ)」と言う。
でも中国の読み方は「シー・チンピン」。
これは何でこんなに違うのか。
中国は支配者によって漢字の読みが変わってくる。
支配者の人がそう読んだらそれが国語になる。
だから何回も支配者が代わっているので、それで読み方が色々ある。
我々の読み方、例えば「習近平」というこの文字の読み方は唐の時代。
私たちは楊貴妃とかあのへんの人たちと同じ漢字の読み方。
私たちの漢字の読み方は唐とか隋。
そのへんの古い読み方がそのまま残っている。
だが中国は度々権力者が代わったので変化していく。
だから昔は「上海(シャンハイ)」のことは「ジョウカイ」と読んでいた。
「香港(ホンコン)」は「コウコウ」と読んでいた。
それが支配者が代わって漢字の読み方が「ホンコン」になったりしている。
そういう中国の歴史の中でも我々は、音読みでは漢とか唐の時代の古い読み方を漢字にそのまま残している。

白川静さんの元々の出発は『万葉集』を研究する国文学者でした。(i頁)

ものすごい「もの知り」の方。
この「もの知り」というのもよく見つめると面白い。
「もの」を知っているワケで。
何「者」。
人物の「もの」。

『もののけ姫』の「もののけ」のほうは「物の怪」などとも書きますが、これは人にとり憑いて悩まし、病気にしたり、死にいたらせたりする死霊、生霊、妖怪のことです。(4頁)

「もの」は「鬼」「霊」など霊力をもったものを言い、「もとは超現実の世界を語るという意味であった」(5頁)

 古代の大富豪に、軍事・警察・裁判などをつかさどる物部氏がありました。−中略−天皇の親衛軍を率いた、この「もののべし」も、元々は精霊をつかさどり、邪悪な霊を祓うのが職務の集団だったと思われます。(5頁)

「もののふ」は朝廷に仕えるもろもろの集団の意味です。後に「武士」と書いて、戦士たちの意味となりました。−中略−この「もの」も元々は「霊」の意味で、「もののふ」は悪い邪霊を祓う集団のことでした。(4頁)

だから一つの言葉からバアッといろんな言葉が、日本語が溢れてきている。
例えば「もののけ」。
「もののけ」になるには、やっぱりもののけになるだけの理由がある。
「私は幽霊ですけども、何年前に殺されて」とかという。
それを「物語(ものがたり)」。
(このあたりは本の内容とは異なる)
それで日本語の微妙なニュアンスで頭のいい人とか科学的な人を「もの知り」とは言わない。
微妙な違いがある。

精霊の世界、お化けの世界をよく知っている者が「もの知り」です。(3頁)

広い知識のことを「もの知り」と言って特化した。
「あ・・・それCO2ですね」なんていうのは「もの知り」とは言わない。
「あのおばあさんはもの知りよ」ということになる。
そうやって考えると日本語というのはまことに興味深いもので、一言の中にたくさんの歴史、時間を秘めている。

本書は白川静さんの字書『字訓』を読み、学びながら、それらの本の日本語編として書いたものです。(iii頁)

一つの言葉で大体1ページがおしまいということなのだが、やっぱり漢字を日本に引き入れる時に、例えば一日の「日」という字があるが、これを大和言葉では「ひ」と言うというので「ひ」とか。
そんなふうにいちいち読み方を変えた。
葉っぱの「葉」と書いて「は」でいいのに「よう」と読んでいるとか。
そういうことで漢字を日本に引き入れる時に「日本語でそれを言う場合」というのをいっぺんにやった。
だから私たちは「『けん』と書いてあるもののことは『犬』と呼ぶんだ」という。
この民族は、よくまあ、そんなややこしいことで生きてきた。
もし外国人で日本語の勉強をする人がいたら大変なので、日本人に生まれてよかったと思う水谷譲。
(日本語は)言葉の発音としては簡単。
英語は大変。
英語は500種類ぐらいあるらしい。
「シュシャシュシュシュ」みたいなヤツが。
私たちの耳にはわからない。
ネイティブが使う英語の発音は聞こえない。
聞きなれた音楽を聞いていても、聞き間違えていることがいっぱいある。
よく聞くと非常に単純なのだが、でも耳から入って来る時に「何を言っているのかさっぱりわからない」という。

日本語では「裏」と「表」。
こういう対立した表現がある。
布切れの「表」「裏」なのだが。
この「表」「裏」というのがどんどん広がっていく。
感情面でもこの「裏」とか「表」というのを使うようになる。
つまり「表の心」「裏の心」。
これで枝分かれしていく。
嫉妬。
女偏があるので漢字の人は女性特有の感情だと絡めたのだろう。
ところが日本人は性を絡ませない。
心がしつこくそのことを思い続けること。
これを心の状態になりきって「病(やまい)」と読んだ。
(このあたりは本の内容とは異なる)

 「うらやむ」とは「心病(うらや)む」の意味です。(14頁)

よくできている。
「心の裏側」のこと。
口に出しては言わないけれども、実は腹の中で「ばかやろう」「このやろう」「死ねばいいのに」と呪うヤツ。
「いつまで肉喰ってるんだよ」というのも。

 この「心(うら)」を動詞化した言葉が「うらむ」です。−中略−
 さらに関連する日本語を紹介すると、「うれふ」(憂う)も「心(うら)」を活用した動詞形で
(15頁)

小さく怒り、憎しみのために「心」が震えているのだろう。
そして、ついその人のことを思って心が震えるのだろう。

 落ちぶれた様子や見た目のみすぼらしさをいう「うらぶれる」という言葉がありますが(15頁)

口では威勢がいいのだが、心の中では小さく感情の高ぶりが震えている。
「心(うら)」が震えている。
「うら・ぶれる」
(本によると「震えている」のではなく「ぶる」は「触る」)

「他人にうれしいことがあると」の「うれし」の「うれ」も「心(うら)」のことです。
「し」は「良」「吉」の意味で「心」の形容詞化した言葉です。
(16頁)

それから心の中で懸命に祈ること。
心を「うら」と思ってください。
懸命に祈る。
思いを積み重ねるというか編んでいくというか。
「占う(うら・なう)」
(本によると「うらなう」の「なう」は動詞化する「なう」)

「心(うら)」「裏(うら)」と同じ語源の日本語「浦(うら)」について記しておきましょう。「浦」は海や湖などの岸が、湾曲して陸地の方に入り込むところです。−中略−
 東京ディズニーリゾートが千葉県浦安市にあります。
(17頁)

ものには「うら」と「おもて」がある。
そういう日本語の解釈が発展して心理、感情も表すようになる。
「うら寂しい」なんていうのは「心が寂しい」。
「隠しているのだが、実は寂しい」という。
心の奥底のことを「うら」という表現で隠している。

今度は「おもて」。
一番単純なこと。
これがなんと「思う」。

漢字の「思」の「田」は頭脳の形で、頭がくたくたする意味。(20頁)

考えがぐるぐる巡り「重たい」。
考えていることが「重たい」ということで「思う」。
(とは本には書いていない)

「念」の「今」の部分はモノにふたをする形で、じっと気持ちを抑えている意味です。(20頁)

「念ずる」というのは手のひらでグゥッと頭を押さえつけられているような、という(ことは本には出てこない)。
「面白い」
これは表情のこと。
顔の「おもて」。
表情のこと。
(このあたりも本の内容とは異なる)

 その「趣き」も「面(おも)」の関連語です。−中略−「おもぶく(おもむく)」は「面向く」の意味で、ある方向に向かって進むことです。−中略−
「趣き」もある方向へ向かっていくことから、心がある方向に動いていくこと、心の動きの意味となり、さらに事柄のだいたいの方向、趣旨などの意味になりました。
−中略−
「おもねる」です。人にへつらいこびることですが、これは面(おも)を向けて機嫌をとる動作を言う言葉です。
「おもねる」意味の漢字「佞・阿」。白川静さんによると「佞」も「阿」も、もとは神に祈る時の言葉巧みな、またねだるような姿態を言う語です。
(21頁)

「おもて」と「うら」というのは日本人にとっては重大な言葉。
あまりいい意味ではない。

武田先生の傷。
昨日、合気道の練習の時にマスダさんという握力の強いおじさんがいて、腕のつかみ合いをするので内出血する。
「痣(あざ)」
昔の人も手や足にあざができたのだろう。
ガァン!と打ったりなんかして。
この負傷するところを「あざ」で青紫の傷が残る。
「痣」
中は「志」。
ヤマイダレ。
「病」の上の部分を書いておいてそこに「志」。
「あざ」というのは「あやまった心」という意味。
その人の欠点から皮膚に残った打撲のあと。
これを「青あざ」と言うが、意図として「こいつに痣の一つも作らせてやろうか」と思う人がいるとする。
それが言葉になって「欺く(あざむく)」。

「欺く」は「『あざ』『向く』の複合語とみてよい」と白川静さんは説明しています。(46頁)

そしてうまく騙せたので物陰でヒヒヒと笑う。

 相手の欠点とするところを言葉に出して、明確に指摘し、嘲笑することを「あざける」と言います。(46頁)

うまいこと人を罠にはめたのでもう面白くて仕方がない。
「いやぁ、うまくいったな〜」というのを「鮮やか(あざやか)」に。
これもおそらく傷口から生まれた言葉ではないか。
見事に入るから。
「鮮やか」に「痣」が。

「詐欺」
「詐」は「木の枝を曲げて細工している」ということ。
「言葉を曲げてウソをついている」という意味。

左の「其」は「四角形」のものを意味する文字です。つまり「欺」は四角い、怖い鬼の面をかぶり、声を発して相手を驚かせて「あざむく」の意味の字です。(48頁)

言葉を曲げてお面をかぶって大声を出すというのは詐欺の特徴。
「おばあちゃん!200万円失くした!」とかというのを電話口で叫んだりなんかするという。
いずれにしろ顔を隠して声で伝えてくるもの。

「期」は少し抽象的な四角形ですが、ついでに紹介しておきましょう。「其」には四角形のものという意味から発して「一定の大きさのもの」という意味があるのです。そこから「時間の一定の大きさ」を「期」と言います。これは「時間を四角形の升」で、はかっていく感じですね。(49頁)

武田先生たちは団塊の世代。
「運が悪くてひどい国に生まれましたね」というのが小学校で教わったこと。
アジアの人たちにいっぱい迷惑をかけて、原子爆弾を二つも落とされて、戦争にボロ負けした国、という。
何も恨みも何もしていないが、小学校5年の時に、講堂に集められて月に何回か映画を見せてもらえるのだが、それが見た映画の中で覚えているのは『チョンリマ』だった。
(1964年8月末に封切りされた『チョンリマ(千里馬) 社会主義朝鮮の記録』のことを指していると思われる)
『チョンリマ』という北朝鮮の映画。
それでフィルムの中に収められた北朝鮮は素晴らしい国。
金日成という指導者がいて、毎年豊作。
お国の真ん中に「チョンリマ」といって天を駆ける馬がいる。
「とにかく日本でひどい目に遭ったりなんかしている朝鮮民族の人は帰りましょう」というキャンペーンの映画だった。
新聞社が応援していたし。
今でも残っている大きな新聞社がそのキャンペーンを応援している。
日本中で「北朝鮮にみんなで帰ろう」という。
「日本人も来てもいいんじゃないの?」「受け入れてくれるんじゃないの?」というような映画の内容。
私有財産もないからおじいさんは三匹のガチョウを飼っているのだが、そのガチョウを大事に育てている、という。
そのナレーションまで覚えている。
「このおじいさんの私有財産はガチョウが三匹。とても愉快なおじいさんと三匹のガチョウの暮らしです」
科学は進んでいる。
住宅は完璧。
農民はイキイキとして鎌で麦か何かを肩に背負いで「マンセー(만세)!」と言いながら広場に集まって。
収穫祭が終わればチマチョゴリを着てみんなでフォークダンス。
それでナレーションが「この朝鮮民主主義人民共和国は、そうです!『地上の楽園』と呼ばれています!」という。
ちょっとマインドコントロール的な映画。
でも日本はボロボロで、それに比べて北朝鮮は地上の楽園。
工業も科学も農業も全部発達している。
「あんたがたひどい国に生まれたね」という。
武田先生たちはそんなふうに思っていた。
「ろくな国に生まれていない」と思っていた。
高校時代にヒットしたベストセラーが『みにくい日本人』といって、国際社会で日本人がどのくらい嫌われているかを大使館の人が書いたという本で。
『万葉集の記号』だったか「万葉集を作ったのは朝鮮半島からやってきた亡命渡来人である」という本で、ベストセラーになった。
大和の王族、天皇家がすごくひどいことをして、日本の民をいじめているというのを万葉集の歌の中に隠して暗号で書いて。
それで万葉集をハングルで読んだらその暗号が解けて、日本の王族がやった非道なことが全部浮かび上がってくる、という。
そういう本がベストセラーになった。
その中で「日本の言葉は大半が朝鮮語でできている」という説で。
「祭り」というのは笛と太鼓のことを朝鮮語で「マトゥリ」。
朝鮮では「国」というのを向こうは「ナラ」という。
それで日本の都は「奈良」になった。
だから「日本語のほとんどは朝鮮の言葉です」ということがその本に書いてあった。
(その説を)「面白いなぁ」と思っていた武田先生。
ところがこの本は歴史家の人から「噴飯もの」という折り紙がつく。
なんでかというと万葉集が生まれた頃、朝鮮半島の王朝は漢字を朝鮮読みにしていて、ハングルは無い。
つまりハングルで読めば暗号が解けるというのはナンセンス。
それで「祭り」というのは朝鮮語ではない、日本語だ、と。
「奈良」も違う。
ところが武田先生がラジオでしゃべった。
「朝鮮語の『笛と太鼓』マトゥリが日本の『祭り』になったんだ」と。
それを学生だった、今社長をやっているイトウさんが聞いて感動したらしい。
それで学校に行って「俺らが使ってる言葉の半分ぐらいは朝鮮語なんだ」と言ったらクラス中が静まり返った、という。
あれから40年。
僕、間違ってました!
白川静先生によると「祭り」は「笛と太鼓」ではありません。
樹木の「松」です。

ゴロゴロ引いて歩くアレ(キャリーバッグのようなものを指していると思われる)が嫌いな武田先生。
みんな引いて歩いている。
男が引くというのに関して、引いて歩くのは嫌い。
女だったらいい。
「007」が旅をする時にあれを引いていたらおかしい。
人間には何かやっぱりシルエットがあるのではないか。
007がイギリスからアメリカに行く時にアレをガラガラ引きながら。
おかしい。
やっぱりアタッシュケースにしておいて欲しい。
「寅さん」だってそう。
寅さんがカートを引いていたらおかしい。
やっぱりトランクを提げていないと。
インディ・ジョーンズが(キャリーバッグを)引いてたらおかしい。

インディ・ジョーンズ/レイダース 失われたアーク《聖櫃》 (字幕版)



悪いヤツと戦っている時にアレを引きながら過ぎていったら。
やはり雑嚢っぽいので飛んで歩かないと。

正確には覚えていないのだが、武田先生は遠い昔、違う放送局で深夜放送の番組の中、本を読んで感動したので、そのことを喋った
万葉集を書いたのは亡命渡来人、朝鮮系の人たちで、その人たちが日本の貴族の悪さを告発する意味で万葉集の歌に書いた。
ハングルで読めばそれが分かる、という。
たとえば笛と太鼓。
それは朝鮮読みにすると「マトゥリ」「笛と太鼓」になる。
だから「お祭り」という。
それを信用したら、それをちょっとうっかりラジオでしゃべったら後にウソだとわかった。
では「祭り」とは何か。
樹木の「松」。

 白川静さんの『字訓』には「松」は「神を待つ木の意味であろうか」とあります。(50頁)

「り」はちょっとわからないが「まつ・り」。
これはどうして「祀」とか「奉」になったかというと、樹木の松なのだが、そこに神様が降りなきゃいけない。
そこで降りてくるまで待っている、という。
樹木の「松」という名称と、祈る人がそこで待っているということで「まつる」。
「いいことがありますように」とみんなで祈る。
それが「政(まつりごと)」という。
「政治」ということの別の読み方にもなった、という。

 その「まつる」の語尾に反復や継続を表す「ふ(う)」を加えた形の言葉に「まつろふ(まつろう)」があります。この「まつる」は奉ずることです。「まつろう」は継続的に奉ずることから服従する意味になりました。「まつろう」の漢字は「伏・服」です。(51〜52頁)

「待」には「寺」がありますが、この「寺」を含む文字の多くに「ものを保有し、その状態を継続する(保ち続ける)」意味があります。もともと「寺」が「持」の最初の字形ですが、この「寺」に「扌」(手)を加えた「持」は「手にもち続ける」意味の文字です。−中略−
「侍」は「はべる」「つかえる」と読む文字ですが
(52〜53頁)

「寺」という字は「土」の下に「寸」。
「寸」は手の形。
物を掴もうとする手の形のことが「寸」。
見えてくるとどんどん見えてくる。
例えば「尋」。
下に「寸」がある。
「ヨ」を書いて「エ」「ロ」と書いて「寸」。
「ヨ」は箱の片側が外れて中で異変が起こっている。
つまりこれは神様の祭壇みたいなところ。
そこの壁が外れてしまっている。
手前に書いてある「エ」「ロ」というのは貢物。
貢物を二つ置いた。
その手がまだ残っているので神様に「尋」ねる。

「祭」は「月」と「又」と「示」でできた文字です。「又」は「手」を表す字です。特に「右手」の形です。「月」は夜空の月ではなく、一枚の肉を表す「にくづき」です。「月」の字形内にある二つの横線は肉の筋の部分。そして「示」は神へのお供えものをのせるテーブルの形です。−中略−
 つまり「祭」は神への捧げものをのせるテーブル「示」の上に、お供えの「肉(月)」を「右手(又)」で置いて、神へのお祭りをするという意味の漢字です。
(53頁)

もう一回繰り返すが、朝鮮語の「笛と太鼓」は何の関係もなかった。


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2020年06月27日

2020年1月6〜17日◆あわいの時代(後編)

これの続きです。

 『論語』の中でもっとも有名な章句は「四十にして惑わず(四十而不惑)」でしょう。−中略−そんなに有名な「不惑」ですが、孔子が生きていた時代には、不惑の「惑」の字がありませんでした。(8頁)

 孔子は「不或」と言った。それを弟子たちが五〇〇年の間、口承で伝えてきて、文字化するときに、同音の「不惑」にしてしまったのではないか、そう推測ができるのです。−中略−
 つまり孔子は、「四十にして惑わず」ではなく、「四十にして或らず」と言った。
 すなわち、四十歳くらい(現代でいえば五十歳から六十歳くらい)になったら、「自分はこういう人間だ」、「自分ができるのはこれくらいだ」と限定しがちになる。それに気をつけなければならない、そう孔子は言ったのではないか、そう推測ができるのです。
(10頁)

この『論語』はお弟子さんが書いた言行録で。
孔子伝を書いた人が司馬遷という人。
司馬遷の『史記』という中国の人がバイブルのように大事にしている本なのだが、白川(静)先生は「司馬遷だけの作品じゃない」と言っている。
「誰かの作品、こっち側に持ってきて、書き写してる」という。
そういうカラクリも含めて『論語』というのはなかなか謎の多い書物だ、ということは覚えておいてください。

孔子というこの偉人が、心を得るために、つまり立派な君子になるために「六つの学び」を提案している。

六芸というのは「礼・楽・射・馭(御)・書・数」の六つです(『周礼』)。(77頁)

身体拡張装置としての六芸を身につければ、自己の身体の拡張だけでなく、ふつうだったら意思の疎通ができない対象とのコミュニケーションも可能になり(77頁)

礼・楽。
これは何かと言うと「礼」は礼儀、「楽」は音楽。
(本によると「礼」は礼儀とは異なる)

 「御」というのは、言葉が通じない馬を操る技術であり、「射」というのは自分の手を離れた矢を操る技術です。(79頁)

「礼・楽・射・馭(御)・書・数」この六つ。
この六つを学ぶことがコミュニケーションツールである、と。
六つの芸「六芸」と呼ばれていて。
この六つを磨かないと立派な君子にはなれませんよ、という。
それでは「一番大事だ」という「礼」から見ていこう。

 「礼」は旧字体では「禮」と書きます。古い字形では右側の「豊」だけです。−中略−
 この字は、食器である「豆」の上に穀物や草などのお供え物を盛った形です。
(103頁)

 また「禮」の左の「示」偏は甲骨文字では次のように書きます。−中略−
 この文字は、祭卓の上に置かれた生け贄から血がたらたらと滴る形です。
 すなわち「礼(禮)」という字は、生け贄を備え、酒を飲むことによって、神がかりして神霊や祖霊とコミュニケーションをするということが原義であり、そこから神霊とのコミュニケーションの方法を「礼(禮)」というようになりました。
 姿のない神霊という、通常ではコミュニケーションができない相手との交流をするという「礼」の機能は、六芸すべてに通底するものです。
(103〜104頁)

今もオロオロしながら教わっているが、合気道をやる。
道場に入る時に一礼する。
何気ないのだが一礼する。
道場から一旦出る時も必ず一礼。
それから稽古が始まる時も一礼。
終わった時も一礼。
全部「礼」。
師範たちが言うが「やってるうちに何か身に付きますから」という。
決して勇猛果敢な話ではない。

この間、自分でも自分にびっくりしたのだが、行列のできる麺類屋さんで昼間食べようと狭い道に(並んだ)。
人気店なので、ずっと並んでいる。
もう本当に車一台、やっと通れるという。
だから車なんかほとんど通らない。
人がいっぱい並んでいる。
そこで(武田先生は)一人で並んでいた。
そうしたら、ちょっと気の荒い人の運転する車が道ギリギリでやってきて、そのお兄ちゃんが窓を開けて、関東の人だろうと思うのだが、大阪弁で「コラ!どかんかいアホー!」。
ものすごい言い方をなさる。
カチーンとくる。
しかもこの人は関西の人じゃないのはもう気配でわかる。
困ったことに、そういう時だけ関西弁を使いたがる人がいる。
「コラ!どかんかいアホー!」
その言い方が。
その時に武田先生の口から出た言葉。
「あ・・・申し訳ありません」
そうではなくて、武道の練習とかしているワケだから「フッハッハッハッハッ・・・お兄ちゃん、降りてらっしゃい。その今の言い方」とかと出てこない。
逆に礼儀正しく「申し訳ありません」と言われた方が、向こうも何も言えなくなる。
その時に言ったはいいけれど、並んでいる人がずっといる。
曲がり端で「コラ!どかんかい、どアホー!」で、曲がったら並んでいる人が十人ぐらいでその兄ちゃんを見る。
そこから何かその人はわりと早めにスーッと通り過ぎて、そのお店のすぐ隣の駐車場に車を入れた。
それで大回りして違う店に入って行った。
気持ち悪かったのだろう。
武田先生も「よく(そういう言葉が)出たな」と思った。
腹の中でムカーッときたのだが。
でも、それが師匠が言っていたことなのかな?と思った。
自分がその人に向かって失礼なことをした。
バーン!と肩がぶつかった。
その時に何も言わず「フン!」と言いながら通り過ぎるのと「あ〜悪い悪い!」と言いながら通り過ぎるのと、どっちがいいか?
何か一言声をかけたほうがいいかなぁ?と思うだろう。
でも武田先生を教えてくれる若い合気道の先生は「両方ともダメです」と。
黙って行くのもダメ。
ヘラ笑いで「あ〜悪い悪い!」と謝るのもダメ。
謝るんだったらはっきり謝る。
「すいませんでした」
頭を一回、きれいに下げる。
全てそこから始まる。
「私たちは合気道を、そのために練習してるんですよ」というようなことをおっしゃった。
申し訳ないのはそっちだと思う。
あんな細い道に、こすれそうな車を突っ込んできて。
それで「どけどけどけ〜!」という。
それも関東弁じゃなくて、わざわざ大阪の、大阪の人だって聞くと気持ち悪くなるような言葉を。
でも「礼儀」はきっとそういうことなんだなぁと思う。

武田先生がいつも思うこと。
水谷譲も息子さんを合気道をやらせているので思うだろう。
状況が悪くなくても「申し訳ありませんでした」という時に、人間は不思議と攻撃できない、という。
攻撃してくる人がいたら、これはもう相当おかしい人なのでボッコボコにやっつけていい。
そのチョイスの分かれ道が「申し訳ありませんでした」の一礼。
つまりこれを論語にかぶせると、目に見えないもの、コミュニケーションが取れないものに対して、その一礼さえ知っていれば相手を開錠できる、という。
これはとてつもなく深いもので。
「礼儀」というコミュニケーションツールを持って相対すれば、それを追い払うことができる。
孔子というのはそのことが言いたかったのではなかろうか?

『論語』の中にこんな出来事が著してある。
孔子が理想とした人物。
それは魯の周公という方。
これは武田鉄矢が坂本龍馬が大好きなように、孔子というのは500年前の偉人の魯の周公という人が大好き。
この人の夢を見て、この人のファン。
理想の人格。

 魯の周公の霊廟(大廟)に入ったときのことです。孔子は、大廟内の礼儀をひとつひとつ問いました。するとある人が「鄹の役人の子(孔子のこと)が礼を知っているなんて誰が言ったんだ。大廟の中でことごとに問うている」と揶揄しました。それを聞いた孔子は「問うこと、それこそが礼なのです」と答えました【3-15】。(146頁)

これはジンと来るというか、ハッとする。
わからないことがあったら訊くこと。
これはもう人生の基本。
また礼儀の基本。
とくに周公のように偉人で、もう亡くなっているワケで。
この人と繋がるためには絶対に礼が必要。
中国の古典ではお酒と肉を捧げること。
捧げて彼に正しく問う。
それが作法なのである、と。
だから両手を合わせてお祈りをする。
それからお花をあげる、お酒をあげるのも大事だが「問う」。
死者に向かって何かを訊く。
それが礼儀の一つ。

 正しい「問い」を立てる、それが温故知新の最初にすべきことであり、そしてしっかりと時間をかけることなのです。(149頁)

 子曰わく、故きを温めて新しきを知る、以て師となるべし。
 (子曰、温故而知新、可以爲師矣。)【2-11】
(140頁)

真ん中に「而」。
「しかして」あるいは「しこうして」という一文字がある。
だから「温故知新」という四文字ではなく、実は五文字で「温故而知新」。

 さて、「温故而知新」のレシピをまとめておきましょう。「知」の過程です。
 (一)問いを立てる
 (二)さまざまな「識(知識)」を脳内に(鍋、ぬか床)に投げ込む
 (三)「温」をする(ぐつぐつ煮る、かき回す)
 (四)忘れる(煮ること、かき回すことは忘れずに)
 (五)「新(まったく新しい知見)」が突然出現する。
(149頁)

だからデリケートに訳さないとダメ。
古から新を作るためには、新しいものを作るためには時をかけなさい、と。
己の体でしっかり温めて、古から新しいものを作りなさい。
これが孔子の本当に言いたかったことなのです、と。
だから「待つことが大事ですよ」。
「読書量を増やしたい」といたが、そういうこと。
知識を入れておいて、今すぐに役に立つ知識なんて、本当の新しいものを生む知識にはならない。
新しいものを生み出すためには長いこと抱いておいて温めて、発酵させるという時間が必要なので。
ぜひ、そういう本の読み方をなさるといいのではなかと。

「切磋琢磨」
「努力して練習したりお稽古したり、自分を磨いていくことが大切」という意味ではない。

「切磋琢磨」の四文字はすべて、素材を加工して付加価値のある「何か」を作り上げる方法のことですが、素材がそれぞれ違います。「切」は玉を、「磨」は石をみがく方法をいいます。骨・象牙・玉・石を加工するには、おのおのに合った方法があります。その方法を間違うと美しく仕上げることができないどころか材料をダメにしかねません。ダイヤモンドを研磨するもので真珠を磨いたりすると、うまく磨けないどころか下手をすると真珠を壊してしまいます。
 その素材に合った方法を見つけ、それによって素材を磨く、それが「切磋琢磨」です。
(161〜162頁)

「仁」は君子とともに孔子にとってもっとも重要な概念のひとつでした。(vii頁)

あんまりいい響きはないかも知れないが「仁義」とか。
あるいは「仁術」医学のこと。
どういう言葉に「仁」というのは使われるかと言うと人間の関係の理想。
だから人の横に「二」と書く。
これは「人と人」という関係の一文字で、人間関係が一番うまくいっているということを孔子が言いたくて自ら作った造語ではなかろうか?といのだが。
そんな単純なものではないのではないか?というのが安田さんの主張。

「仁というのは人≠ニ二≠ゥら成る文字なんですよ」と話したら、ドミニクさんは即座に「あ、ヒューマン2.0ですね」と言いました。(215頁)

ヒューマン、人間らしさ、人間。
それが「2.0」。
「二倍」とも解すことができるし「二人寄ってる」とも解せる。
この中で出てくるのが「あわい」。
漢字一文字で「間」。
これを「あわい」と読む。
人と人との「あわい」。
その部分のことを実は孔子は「ヒューマン」「人間」と呼んだのではないか?
ここに「あいだ」が出てくる。
人は一人であった場合は「人」という字はそういう字。
立って歩く人間の横から見た。
しかしわざわざ「人間」という文字を作ったのは「人と人とのあいだ」「あわい」。
水谷譲と武田先生は今、人と人。
一文字・一文字。
だが、語り合うと水谷譲と武田先生の真ん中に立つものがある。
それが「人間」。
水谷譲でもなければ武田先生でもない。
しかし武田先生でもありつつ水谷譲でもあるもの。
それを「人間」。
孔子はこの「人間」という言葉の中に人と人とが重なり合う、特異点の存在を予感したのではないだろうか?。
そこにこそ人間がいる、という。
そういうものを直感的に彼は人と人との「あわい」という意味合いで「仁」と呼んだという。
(このあたりの話は本の内容とは異なる)

 仁について辞書を引いてみれば、「儒教における最高の徳」とし、「いつくしみ」や「思いやり」などと書いてあります。しかし、どうもそんなに簡単なものではなさそうです。
 ちなみに『論語』での「仁」の出現回数は一〇九回と非常に多く
(168頁)

(二)仁は非常に重要なものであり、手に入れるのは難しい。しかし、仁を手に入れるのは簡単でもある。
(三)君子は常に仁とともにある。しかし、仁をキープすることは難しい。
(四)仁は自分の内部にある。しかし、仁は選択することが大切。
(五)仁への道は自分の身近なところにある。しかし、仁への道は遠い。
(六)仁の基礎として礼がある。しかし、礼も楽も仁がなければ機能しない。
Aだといえば、非Aがある。なんとも不可解です。
(169頁)

イエスが説いた「天国」のような、そんな言葉に思えた武田先生。
イエスが使う「天国」という言葉は難しい。
「神様の許に行くのは簡単だ」と言いながら「身を尽くし心を尽くし、狭き門より出で」とか。
「汝、子供のごとくならねばパラダイスには行けぬ」とか。
「すぐ行ける」というようなことを言ったかと思ったら「オマエでは行けない」とか。
武田先生にはイエスが言う「天国」という単語に満ち満ちたもの、孔子は「簡単に手に入る人間関係のようなものではない」と論語の中ではしきりに繰り返している。
これはやっぱりすごい文字。
安田さんはものすごく「仁」を深く理解しようとなさっている。

 「依」の甲骨文字は「衣」の中に「人」が入る形で書かれます。−中略−仁に「依」るということも、霊衣をまとうように仁に包まれることを意味し(174頁)

 孔子は「道に志し、徳に據り、仁に依り、藝に游ぶ」といいます【7-6】。(174頁)

この道を行こうと志し、徳目、人間としての徳を十分に発揮し、仁に依る。
仁に依るの「依」がニンベンに「衣」で。
仁を衣服を着るがごとく着なさい。
そして藝に遊べ、と。

 白川静氏によれば、この衣はもともとは受霊に用いる霊衣で、それを身につけることによって、その霊に依り、これを承継することができたといいます。仁に「依」るということも、霊衣をまとうように仁に包まれることを意味し(174頁)

 日本で天皇が即位後最初に行う一世一度の新嘗祭である「大嘗祭」でも、衣は重要な意味を持ちます。−中略−
 また平安朝期の大嘗祭の形態を伝える『儀式 践祚大嘗祭儀』(思文閣出版)によると大嘗祭当日の戌の刻に、天皇は廻立殿で湯浴をされますが、そのときにまず「天の羽衣」を着て背中を流されたあと、その衣を湯殿に置いたまま出て、別の衣に着替えます。
「天の羽衣」は
−中略−これを着ると過去を忘れ、違う人格に変容する、すなわち人間としての天皇から現人神としての天皇に変容するための衣でもあります。(193頁)

だからそのあとの年内のお墓参りもすごかった。
神武天皇から始まって明治維新の時の天皇から明治帝、大正、昭和の天皇まで全部墓参り。
そのようにして天皇霊が彼に宿っていくという。
これが衣の儀式から始まるワケだから。
「仁」もそのようにして新しい人格がその人に乗り移る。
異世界からの新しい人格がその人を変えていくんだ。

 実は「仁」という漢字は孔子の時代にはありませんでした。しかし「仁」ではないかと思われる文字はあります。これです。
0120_01.png
 しかし、この文字を「仁」と読むかどうかは意見が分かれるところです。この字はせむしの人の下半身に二本の線を加えた形です。
(213頁)

武田先生の解釈も入る。
安田さんは慎重に書いてらっしゃるが、ちょっとそれでは(番組の)時間内にしゃべりが追い付かないもので。
「仁」という一文字の中にはまず「二」と書く。
一人は間違いなく「私」なのだ。
もう一人。
それが「死者の国からやってきた誰か」。
その二つを合わせてアナタはアナタになりなさい、というのが実は「仁」という文字であるという。
孔子は周の国の周公という人を理想にした。
その人の霊と自分が重なったのが自分の「理想の私」なのである。
だから「仁」というのは人が二人とか「ヒューマン2.0」で「仁」。
一人の人の中に二人の人間が生きている、という。
そう考えると例えば武田先生は坂本龍馬と、ということ。
自分が実は自分だけでもっていない、という。
自分の中にもう一つ世界があるんじゃないか?と。
その自分の内側にあるもう一つの世界と、今生きているこの世界。
その二つの間にオマエは生きているんだ、という。
この世界に生きている「私」ともう一つ別世界にいる「私」。
その二つが重なりあったところに私が目指すべき「私」がいると言った。
この「もう一つある世界」というのが、物理学で「本当にある」と学者さんたちが言い出した。
それが「マルチバース」という考え方で。
今まで物理学では「ユニバース」だった。
一つの世界。
ところが宇宙論を調べていくうちに「もう一つあるんじゃないか」という。
それがこの安田さんの言う「ヒューマン2.0」というのと、本屋で偶然見つけた「スペース2.0」というのが「2.0」で武田先生の中で重なった。
翌週からの宇宙論と、今言ったこととは結構重なる。


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2020年1月6〜17日◆あわいの時代(前編)

新春第一発目に持ってきたのは安田登さん。
あのフランス哲学者の内田樹先生が師と仰ぐ能の舞い手。

あわいの時代の『論語』: ヒューマン2.0



変な本のタイトル。
「ヒューマン2.0」
「人間が二つ」という意味で「2.0」。
これと同じタイトルの本を見つけた。
それは『宇宙2.0』。

ユニバース2.0 実験室で宇宙を創造する



全ての始まりはこれ。
タイトルが同じだから何か繋がりが。
著者は全然違う。
安田さんは何でこんな不思議な副題をお付けになったのか?
「ヒューマン2.0」とは何か?
ここを謎としてこの一冊を追いかけていきたいと思う。

著者は孔子の『論語』に挑む。
中国の道徳を作り、神とも中国ではなった人。
習近平さんも大好きな孔子。
その方が人間関係について非常に苦しんだことを材料にして『論語』という本を書いた。
その著作の論語という本を書いた文字が漢字。
そのまず漢字からいく。

紀元前一三〇〇年ごろ、殷の武丁と呼ばれる王の時代の甲骨文です。いまから三三〇〇年ぐらい前の文章です。この文章は牛の肩甲骨に刻まれていますが、亀の甲羅に刻まれたものも多く、甲羅や骨に文字を書いていることから「甲骨文」と呼ばれています。
 甲骨文のほとんどは占いの文章であり、この文も占いの文です。
(37頁)

最初は五千字ばかりが生まれる。
その五千字は神様と王様が会話するという「通信ツール」だった。
王と神様のものだった。
彼らの文明は祈祷、祈りと犠牲に満ちていて。
現在の四川省。
パンダが住んでいる。
ここに羌(きょう)族という一族がいた。
この羌族の人たちが殷の人たちに捕まって生け贄の人間とされた。
だから殷の人たちは羌族の人間を生け贄のために飼育していた。
そういう関係がある。
羊と同じようにこの羌族の人間たちを生きたまま生け贄として神に捧げたという。
中には「サレコウベダン」というのがあって。
羌族の人たちの生首が数十個並んだドクロ棚がある。
この羌族の人たちの生首を持って夜の道を歩くと魔物が逃げていく、という。
ただし、文字に残ってしまう。
道を歩く時、生首を持って歩くと魔物が寄ってこない、というので殷の文化では「道」という字を・・・生首を持っている。
漢字の中にはこういうふうにして、生け贄になった人がそのまま文字になるという。

「燃」
これは生け贄だろう。
下のテンテンが炎。
上の方で焼け焦げているのは「犬」。
犬がいる。
犬を焼いちゃった。
「献」
また「犬」がいる。
かくのごとくして、中国、殷文明は甲骨文字を発明し、漢字の大元を作る。
この安田さんの説というか話だが、では羌族の人たちは何も抵抗しなかったのか?
これが抵抗しなかったようだ。
(本によると戦った人もいたようだ)
生け贄になるということが人生の目標になっているので、死を恐れたり、生きるために反抗するということなどには一切思いがゆかないという「生け贄用人間」だったという。
「飼育された人間」というのはそんなふうになってしまう。
(本によると「時間」の感覚、すなわち「心」の働きが希薄だったのではないかということだが)
中国というのは闇の中でこういう歴史を持っている。
「殷がダメだ」というワケではない。
とにかく殷の文明はここから漢字を生み出していくワケだから。
漢字の一文字の中にはそういう殷の、今ではちょっと理解できない文明、文化があったと思ってください。

これは安田さんの説だが、こういうのを聞くとゾクッとする。
甲骨文字が生まれ、文字がゆっくり広がっていくと反転していく。
羌族の人たちが漢字を知ることによって反抗するようになる。
(ということは本にはない)

 ヘレン・ケラーは生後十九ヶ月のときに高熱にかかり、聴覚・視覚・言葉を失いました。そして七歳のときにサリバン先生と出会い、「W-A-T-E-R」という文字を知り、すべてのものには名前があるということを知ったと自伝には書かれています。そして、そのときヘレンは、それまでに感じたことがなかったふたつの感情を感じたといいます。
 それは「後悔」と「悲しみ」です。
 彼女は、三重苦のつらさと、そして甘やかされて育ったために、毎日、自分の人形を投げつけたり、ちぎったりしてバラバラにしていました。そして、その行為を省みることはありませんでした。しかし、文字を知ったその日、自分の部屋に戻ったヘレンは、自分の人形を、自分がバラバラにしたという事実をはじめて認識しました。
(47頁)

「文字を知ることが感情を作る」ということ。
人間はその「文字の一滴」から大脳新皮質が出来上がり、一滴の文字、それが脳の中になだれこんでいって川の流れのごとく、最初は細く、言葉を溜めることによって感情の大河になっていくという。
文字が感情の川、心の川を作るという。
それが安田さんの説。
全部当たっていないにしても、かなり美しい例え。
(本の中にはこういった表現はないが)

話を甲骨文字を作った殷に戻す。
今から三千年前のこと。
この殷を倒そうということで周という国家が起こる。
この周は単独で殷を倒すほどの国力がない。
そこでまわりの国に声をかけた。

 殷を倒すために集結した周の軍隊は、さまざまな国や民族の人たちの寄せ集めの軍隊でした。少し前の中国ですら、河を挟むと通訳が必要だといわれていました。ましてや紀元前一〇〇〇年、お互いの音声言語はまったく通じなかったでしょう。しかし、文字を使えばコミュニケーションができた。(100〜101頁)

その文字も台湾と北京では変わる。
中国の北京の方は略した文字ばっかり。
台湾の人たちはちゃんと漢字を用いている。
いずれにしろ「殷を滅ぼそう」ということを叫んだ周は他民族を集めて、心を合わせるために必要なコミュニケーションツール、それを殷が作った文字で代用した。
今までは甲骨文字だったが、約束したことを忘れないように金属に鋳込んで「金文」という新しいタイプの文字を作った。
お寺の鐘か何かに漢字が彫り込んである。
あれを契約書にした。
あれは簡単に割れたり千切れたりしないので、一回結んだ契約は固い約束になる。
そんなふうにして青銅器に鋳込む文字。
甲骨から金文へと発展していく。
最初は神と王とのものだったのだが、ついに周が漢字を地上に降ろし、人と人との契約に漢字を使い始めたという。

「あわい」というのは隙間とか間とか。
漢字一文字で言うと「間(ま)」と書く。
それで「あわい」と読み仮名を打つ。
(本には「あわい」は「あいだ(間)」と似た意味だが、ちょっと違うと書いてある)

殷から周へ変わって、今度は春秋戦国の世となる。
まずは春秋なのだが、紀元前五世紀ごろ。
千々に千切れた中国。
それが相争う。
そういう時代に道徳の孔子が現れる。
彼はどういうタイプの人だったかと言うと「圜冠句履(えんかんこうり)緩く玦を帯び絃歌講誦(げんかこうしょう)」。
丸い冠を被り、先の曲がった履物を履き、美しい玉(ぎょく)を身に付けていた。
そして琴に合わせて詩を吟ずるという、いわゆる「流し」みたいな人か。
カッコイイ言葉を、フレーズを並べながら吟ずる人だったという。
最初から道徳だけじゃなかったと思う。
でもできたばっかりの漢字を並べて歌を作るから「ハイクラスな」ということだったのだろう。
儒教という理想を掲げて。
母親の存在というのは大きい。
孔子がこれ。

孔子伝 (中公文庫BIBLIO)



三千年ぐらい前の人だが、白川静先生が書くと目の前に出てくる。
どんな人かというと、孔子はどうもシングルマザーだったようだ。
お父さんは逃げてしまったようだ。
中国の本には一切書いていないのだが、白川先生はズバッとおっしゃっている。
母親の手、一つで育てられた。
そのお母さんの仕事がまた複雑。
女占い師だったらしい。
つまりお母さんは何をやっていたかといったら「雨を降らせる」というお祈りが得意だった。
雨は大事。
それで一生懸命雨乞いのお祈りをしていた。
孔子が教える「儒教」にはお母さんの形見が文字になっている。
「儒」は「雨」の一文字が隠れている。
これがお母さんの形見。
武田先生は小学校5年から何で「儒教」に「雨」が入っているのかわからなかった。
謎が解けたのは60いくつ。
白川先生の本を読んで夜中に正座した。
儒教の「儒」というのはもともと雨を乞う教え。
だから横にニンベンが立っている。
それから雨の下に(而)。
昔の武田先生。
長髪。
儒教の人はみんなロン毛。
「(金八先生の口調で)あぁ、いぃですかぁ〜?」と言っていた頃の武田先生。

3年B組金八先生 第2シリーズ昭和55年版 初回生産限定BOX [DVD]



漢字一文字の中に人間が潜んでいる。
変わった風体をして歌を歌って歩く孔子。
理想とすることを歌にする。
フォークソング。
「遠い〜世界に〜旅に〜出ようか〜・・・お空の〜♪」と孔子は歌っていた。
そういう人だった。
彼は説くところは人をまず二つに分けた。
「小人」と「君子」。
(番組の中では「小人」を「しょうにん」と言っているが本によると「しょうじん」)
(「小人」は)今ではあまりいい意味に使わない。
「不出来な人」という意味で。
君子は「上出来な人」という。
そういう分け方をした。
彼が弟子に説いたのは君子と「仁(じん)」の人。
この「仁」を目指す人。
「仁」とは何か?
「医は仁術」とかいう。
「優しい」ということ。
つまり「優しくあらねば」ということを言った。
(本によると「仁」とはもっと複雑なことらしい)

『論語』の中での「君子」の出現回数は一〇九回、「仁」は一一〇回。(52頁)

つまり孔子にとって一番大事だったのは「仁」。
この「仁」を繰り返し説明している。
ところがこの「仁」というのは孔子のほとんど造語。
だから意味は孔子しか知らない。

「仁というのは人≠ニ二≠ゥら成る文字なんですよ」と話したら、ドミニクさんは即座に「あ、ヒューマン2.0ですね」と言いました。(215頁)

安田さんというのはなかなか面白い方で、独特の論語の読み方をなさる方。
今、お聞きの中には中国や韓国の方がいらっしゃって「そんな読み方しないよ、論語は!」とかとおっしゃる方もいらっしゃるかも知れないが、これは安田さんの読み方。
安田さんはもうズバり「論語の中にいる孔子は、決して高潔な聖人ではない」。
吟遊詩人というか。
彼は自分のことをこう言っている。

 孔子は「生まれつきは、みなほとんど同じだ。ただ、学びによって違ってくるのだ(性、相近し、習えば、相遠し【17-2】と言っています。孔子自身も「自分も生まれながらにして知恵を持った人間ではなかった。ただ、古代のことが大好きで、そしてがむしゃらにそれを探求した人間なんだよ(我は生まれながらにしてこれを知る者に非ず。古を好み、敏にしてこれを求めたる者なり【7-19】)」と言うのです。
 生まれつきは、みなほとんど同じ。だからこそ、誰でもが君子にもなり得るし、小人にもなり得るのです。
(52〜53頁)

(【】が付いている箇所は『論語』からの引用)
彼は「不出来な人間」という意味で小人と言ったのではない。
「勉強しない人」を小人と言った。
決して「つまらない人」という意味ではなく。
一つの考え方だけで生きている人、それを小人と言った。
これに対して特別な人、あるいは色々考え、先を読む人のことを「君子」。
そういう言い方をした。

 孔子曰わく、君子に九思有り(56頁)

『論語』の中の君子の「九思」について書かれている章句を読んでみましょう。「九思」というのは、九つの状況において、君子は「思」をする、ということが書いてある章句です。
 「思」というのは、現代的な意味の「思う」とはちょっと違います。すなわち「思」とは網の目のように細かく思慮すること、注意深く考えることをいいます。
(56頁)

例えば疑えば「どう訊けばいいのかな?」。
カーッと腹が立つ相手と出会った時は「どうやれば仲良くなれるかなぁ?」。
何が正しいか?
それを言う時には「正しい」。
本当にそれが正しい判断かどうか?
相手のことを考え、これからのことを予測し、決してその場だけの一つ、そのことだけを考えているのではない。
いつも一つから九つのことを引っ張り出す、という。
そういう自分でいられる人が「君子」なんだ、という。

 孔子は、生国である魯の国を追われるようにして出国したあと十三年にも及ぶ諸国遍歴の旅をすることになります。旅の間ではさまざまな苦難に見舞われましたが、その中でも最大の苦難のひとつが陳の国でのできごとです。−中略−
 陳に在りて糧を断つ、従者病みて能く興つ莫し、子路慍って見えて曰わく、「君子も亦た窮するあるか」と、子曰わく、「君子、固より窮す、小人窮すれば斯に濫る」と。【15-1】
 放浪の旅の途中、陳の国に至った孔子ら一行は、食糧すらも尽きてしまいました。悪いときには悪いことが重なるもので、従者もみな病気になって立ち上がることもできません。まさに窮地。そんなときに弟子のひとりである子路が怒りもあらわに孔子に向かっていいます。
「君子でも、こんな窮地に陥ることがあるのですか」
(60〜61頁)

「そりゃあ君子だって困窮するよ(君子、固より窮す)。ただ、ふつうの人(小人)は窮地に陥ると濫れてしまうけどね」と。(62頁)

この「やせ我慢」が生々しい。
弟子に謀反を起こすというか、文句を言うヤツがいた、という。
これはおかしい。
「君子もまた窮するか!」というのはもう本当に腹の底から腹が立ったのだろう。
「いいことばっかりやっているのに、なんでこんなつらいの?俺たちは」というのは、いつの世にもつぶやきたくなるような愚痴ではないか?

 孔子に文句をいったこの子路という弟子は、弟子たちの中でも直情径行、曲がったことが大嫌いで、歯に衣を着せぬ言い様をすることで知られています。(61頁)

孔子の答えが弟子によって変わる。
それが論語を読む時の面白さ。
この二人の出会いはいつかと言うと、孔子がまだ中年だった頃、子路が先生ぶっている孔子をへこませてやろうと「南山の竹、揉す。自らただし、斬って用うらば犀革の厚きを通す」。
(子路曰:「南山有竹、不揉自直、斬而用之、達于犀革、何學之有?」)
「アンタ『勉強しなさい勉強しなさい』『学べ学べ』なんて偉そうなこと言ってるけども、見てご覧。竹、真っ直ぐ出てくるでしょ?南山の竹。アンタ、切って使うだけで革、突き通しますよ? 人間はね、素材じゃないの?素材。」
孔子曰く「その南山の竹に羽を付け、ヤジリを付ければ、革を貫くだけではない。」
(孔子曰:「括而羽之。鏃而礪之。其入之不亦深乎?」)
「素材だけではダメなんだ。それを磨いてとがらせる」という。

これはもう聖書と同じ。
いろんな弟子の性格があって。
子路はずっと孔子に楯突きながら人間的に成長していく。
最後は子路は先生を離れて衛という国の官僚になる。
それで出世してそのまま終わればいいのだが、やっぱり春秋時代。
世が乱れていた。

 衛の国でクーデターが起こったことを知った子路は、君主を助けるために死地に飛び込んで行き、戦闘の最中に、冠の紐の切れたのを嫌い「君子は死ぬときも冠を外さない」と冠の紐を結びなおしているうちに殺されてしまうのです(『史記』「仲尼弟子列伝」)。(61頁)

子路の亡骸は「見せしめのために」ということで塩漬けにされて都に晒された。
その噂を聞いた高齢の孔子は死ぬまで塩漬けのものを口にしなかった。
これは司馬遷の『史記』が伝えているエピソード。

現代語訳 史記 (ちくま新書)



おそらくかなりの誇張が入っているのだろうが。
しかし今から二千年以上前、「仁」という境地を求め、それを中国社会に説いたという孔子の行動録。

「君子」の「君」は、古くは「尹」と書かれていました。この「尹」という文字は杖(棒)を手で持つ形がそのもともとの形です。(55頁)

その下に「口」を書く。
それこそが祈りを入れる箱の「サイ」。
君子という「君」の字は「杖を握りしめた人」ということで、杖が必要な、あるいは脚に少しハンディキャップを抱えているかも知れない人。
そういう人たちが祈りの箱と共に立っている。
それが君子の「君」。
「杖を握り、祈りの箱を引き寄せている人」ということ。
これは本当に不思議なのだが、中国の文明というのは脚にハンディを抱えている人を「聖人」と見る。
だから「君子」の「君」は杖を握りしめた人の姿。

 伊尹の「尹」は、杖を持つ手だと書きましたが、その本字は、同音の「充」だという説もあります。現代では「まこと」と読む「充」ですが、殷の時代の文字ではこう書きます。
0113_02.png
 この字は佝僂の人の姿だと加藤常賢氏はいいます(『漢字の起源』)。
−中略−背骨が屈曲し、背中にこぶのようなものができた姿がせむしであり、佝僂です。(68頁)

 そして孔子も「頭の真ん中がくぼんでいる(反羽)」。(70頁)

それで「孔丘」というあだ名が。
「頭が丘みたいだ」というニックネームが付いている。
沖縄に最後、カチャーシーを踊りながら一升瓶を頭に載せるおじさんがいる。
ああいう頭をしていたのだろう。

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2020年05月19日

2019年9月16〜27日◆天高く食欲の秋だ(後編)

これの続きです。

(公式の方には「山天高く食欲の秋だ」と書いてあるが、多分「山」というのは入力ミスだと思われるので前半と同様に「天高く食欲の秋だ」というタイトルにしておく)

武田先生も痩せなければならない年齢。
綾小路きみまろさんのアレを思い出す。
「ダイエット 犬の散歩で 犬が痩せ」
あの人の熱弁はおかしい。
「食べちゃうんです!仕方ないじゃぁありませんか、奥さん!残せないんですよ、私たちは!最後は痩せて死ぬんです!」
やけくその漫談があった。
「最後は痩せて死ぬんです!」というのはすごく説得力がある。
ダイエットというのは本当に何かテレビコマーシャルで流すくらいの人間の大イベントになるという。
そしてもう一つ。
体重を自分がコントロールしている悦びというのは麻薬っぽい悦びがあって、どこか正常ではない、という。
そう言われてみると、そういう気もする。

肥満も色々で、武田先生の場合は先週お話をした。
5月に1か月間の舞台ということで、食事量は減らしているのになぜか腹が出てしまうという。
ハードな仕事をやっているのに太っていくコロッケさんとかを見ていると「肥満て一体何だ?」という。
彼も舞台で言っていた。
「こんだけハードに舞台をやってるんですが、痩せません・・・」
「痩せる」「太る」というのは本当に不思議な気がする。
ストレスホルモンが肥満を呼ぶ、ということもある。

ストレス認知度が上がるとコルチゾールの分泌量が増えること、さらにコルチゾールの増加はグルコースとインスリンの増加に確かにつながることが示されている。インスリンは肥満を招く主な要因なので、このときにBMIと腹部肥満が増したのは驚くことではない(164頁)

このストレスに最も効果のある緩和策が実は運動。
運動というのはなるほど、ストレスを減らす。
運動している最中、ストレスに気を取られるヒマがない。

体重が増えるかどうかを分ける睡眠時間は「7時間」だという。(169頁)

 インスリンの分泌を増やす食べ物の最有力候補は、「精製された炭水化物」(171頁)

この説は(ロバート)アトキンスによって唱えられて。

 アトキンス博士は、自分がローカーボ・ダイエット(低炭水化物ダイエット)を考案したとは決して主張しなかった。(173頁)

2004年には、2600万人のアメリカ人が何らかのかたちで低炭水化物ダイエットをしていると答えている。(176頁)

一番大事なことは、このファン博士がおっしゃっているのだが「精製された」という一語が大事。

高度に精製され加工された食べ物に対しては、なぜか満腹ホルモンが出ず、私たちはそのケーキを食べてしまうのだ。(181頁)

俗にいう「満腹中枢」。

 精製された炭水化物を食べると食物依存症≠ノなるという説がある。(180頁)

あまりにも白すぎる砂糖というのは体の中ですぐに糖、ショ糖になって蓄えられてしまう。
精製されたものというのは体に吸収されやすい。

コカインを使用している人なら、微細な粉は粗く挽かれたものよりもずっと速く血中に吸収されることを知っているだろう──それが、もっと高いハイ¥態につながるのだが、それはコカインでもグルコースでも同じだ。(294頁)

ほとんどのアジア人は、少なくともここ50年、精白したコメ、つまり精製された炭水化物を主食とした食事をしている。それでも最近まで、アジアの人々が肥満になるのは極めて稀なケースだった。(185頁)

(番組ではアジア圏で肥満率が低いのは「精製されない炭水化物」を摂取しているからという説明をしているが、本のこのあたりは「精製された炭水化物よりも糖分が肥満の原因になっている」という話)

アジア圏の肥満と欧米圏の肥満は肥満の質が違う。
非常に精製された炭水化物を摂る欧米の食文化。
それに比べてアジア圏は炭水化物というのが米、イモ、キャッサバ等々の繊維と一緒に雑味がある他の栄養素と一緒に摂るということで、肥満率が欧米よりも低いのではないか?
それに炭水化物と共に糖を大量に摂るメニュー。
これが肥満の原因である、と。
今流行っている飲み物。
タピオカ。

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あれは炭水化物と糖の組み合わせとしては典型的ではないか?

 一日のなかでインスリンの分泌量が少ない時間があることが、太るか太らないかの決定的な違いを生む(210頁)

ダラダラ喰ってるとインスリンがダラダラ分泌されて、それが太る原因になってしまう、という。
インスリン分泌量が少ない時間。
それがどのくらいあるかが「痩せる」「太る」を決定することで、こういうこと。
人は満腹を繰り返すよりも、何も食べないことのほうに体は慣れている。
私たちが「満腹になる」というのは最近の異常事態。

 人間の体には、長い期間食べないでも生きられるメカニズムが備わっている。(214頁)

テレビの収録があった。
「マッチのモノマネをしろ」とか「ラップをやれ」とかという。
ご覧になった方もいらっしゃると思う。
あれはめちゃくちゃ時間がかかった。
リハ(ーサル)もあって泊まり込みだった。
メンバーがメンバーだからX JAPANのToshiさんなんかとやるワケだからメンバーが集まらないから「前日に一回だけ合わせよう」とか「当日ギリギリ早起きして合わせよう」とか。
それでイベント会場の近くのホテルに泊まりこんだ。
そうしたら社長が「明日はまた大変だから」と言って「美味いもん行きましょうや」と(店に)電話した。
お客さんがいっぱいで一発でお断り。
満席。
イベント会場の他にホテル以外何にもないような所。
ちょっと遠出をした。
ところがその居酒屋も満杯。
我々も舐めていたのだが、そこにはディズニーランドがあったりするので、日本だけではない。
(番組収録が)夏休み期間中だった。
だから外国からも来て、夏休みのお客さんも来るから、という。
我々は安い居酒屋っぽいところでやったのだが、そこも超満杯。
もうギュウギュウ詰め。
もう新幹線の物置みたいなところで、会社の男スタッフ5人が集まって飯を喰って。
ヒジが当たるのをお互い「あ、すいません。あ、すいません」と言いながら。
そんなところだったのだが。
その居酒屋さんはお会計の所が長蛇の列で。
中国の方。
全部チェック。
「これは何ですか?」「これは私どもが食べたアレですか?」という。
これはどこでも有名で、中国のお客さんは一品少なかったりした時の激怒感が全然違う。
1970年代の文化大革命の飢餓の時の記憶がまだ、中国人の60〜70代にある。
毛沢東の大躍進政策が失敗して、餓死者が出た。
それも中国だから10万、20万の単位ではない。
そんな飢餓体験。
戦争に負けた日本でもなかった体験を中国の方はしているので、食事が一品足りないということに関して我々と怒り方が違う。
お金がどうとかではない。
食事の記憶はすごい。
やっぱりあんまり怒ってはダメ。
みんなそれぞれ歴史を背負って。
日本は戦争に負けて原爆を二つ落とされて300万人以上死んで、次の年、餓死者が100万人出ると言われたのをひたすら日本人は分け合った、というのともう一つ。
吉田茂さんという人がマッカーサーに食事をねだり続けた。

それともう一つ、村上龍さんのエッセイにあるらしいのだが、アフリカ旅行に行った時にテレビのスタッフが自分の飲み水に名前を書いた。
よくやることだが、アフリカ人の怒りがすごかった。
水を分けないヤツは生きていけない。
「水を等しく分ける」ということはアフリカ人にとって生きていくための原則。
それに個人名を打ったということは人間として最低の行為。
つまり「水」「食事」ということに関してはこれくらい国民性が出る。

人間は実は食べることよりも食べないことのほうに体の方は慣れている、と。
頭の方は慣れていない。
食べないとパニックになる。

人間は、低血糖の症状を起こさずに、何日も食べないでいることができる。世界記録は最長382日だ。(214頁)

『太らないカラダ』という本の著者のファン博士の意見だが、「絶対痩せる」とか「正しいダイエットの方法」とかというのは断言はできない。
博士は自信満々なのだが、おっしゃっていることは一つの意見として聞いていただければというふうに思う。
だから、この通りになったところで痩せるというワケではないと思う。
博士はこの本の中で食品メーカー批判をしきりに繰り返しておられるが、ここでは取り上げない。
日本とアメリカでは食事の内容、食品メーカーも違うので取り上げない。
ただ、面白い意見だけはファン博士の本から抜いた。

 結論から先にいうと、起きてすぐに食べる必要はまったくない(225頁)

breakfast(朝食)≠ニいう言葉は、文字通りfast(食べない時間)≠break(断つ)≠キるという意味だ。fast≠ヘ、何も食べないで寝ている時間を指す。(226頁)

「食べたほうがよい」「減量によい」という方がいらっしゃるが、ファン博士はこれはすべて信仰であって「お腹が空いていなければ朝食は必要ない」と。
更に「少しずつ食べたほうがいいんだ」とかというのも確証はないんだ、と。
(本には少しずつ食べると「糖尿病のリスクが上がる」と書いてある)

問題はここ。
ファン博士はズバリ、アメリカ社会のことを言っておられるが「アメリカ社会では所得が低いほど肥満」という。
この博士の指摘はギクッとする。
確かにニュースなんかを見ていてもそれを感じる。

貧困層を肥満にする要因は何なのだろう?
 答えは、貧困層に限らず私たちを肥満にするもの──「精製された炭水化物」だ。
 貧困にあえいでいる人たちは、安価な食べ物しか買えない。
−中略−精製された炭水化物がほかの食べ物よりも安く手に入るなら、貧しい家庭の人は精製された炭水化物に手を伸ばすだろう。(237頁)

白ければ白いほど砂糖は太りやすくなる。
何で精製された砂糖は太りやすいかというと、雑味がない。
シンプルな炭水化物や単糖類は「純粋に単糖類」「純粋に炭水化物」だから体に入るとすぐに吸収される。
だから精製されたものは体に吸収されやすい。

武田先生も糖尿病の予備軍だから、今は持っていないが一時期は低血糖に陥った時のために病院が出してくれる薬を持っていた。
それを舐めたことがあるのだが、何のことはない「甘い砂糖」。
それもキメがすごく細かい。
これを低血糖に陥った時に舐めればいい。
そうするとすぐに低血糖が収まる。
これは何でかというと、吸収が早いから。
でもこれを持っておくのもちょっとバカバカしくなった。
何でかというと飴を舐めればいい。
そういうこと。
ただ「時間がかかりますよ」と。
低血糖のための真っ白なあの薬と飴は何が違うかというと「雑味」。
飴には他のものがいっぱい入っている。
だから吸収が遅くなる。
だが「他のものがいっぱい入っている」ということが実は「食べ物」。
炭水化物だけでできたイモなんていうのは、それは化学食品だ、と。
イモは炭水化物だが、食物繊維も入っている。
まだ他にもいっぱい栄養素が入っている。
それが「食べ物」。
ただ甘いだけの糖類なんていうのは、それはとてもとても摂れたもんじゃない。
だから「純粋なもの」というのは食品においては非常に問題が多いんです、と。

最近ではニューヨーク前市長のマイケル・ブルームバーグが、必要以上にサイズの大きい飲料を法律違反にしたりした。(264頁)

 疾病予防管理センターによると、新たに2型糖尿病に罹患する人の割合も、減り始めているそうだ。この成果には、「砂糖の摂取量」を抑えたことが大きく寄与している(280頁)

2型糖尿病に関しては全世界で1位はついに中国。
中国というのはそういう意味では肥満が社会問題になりつつあるのだ、と。

この博士は食物繊維を勧めておられる。
食物繊維。
例えば黒砂糖など精製されていなければ食品には必ずある。
それを削り落としたところに実は肥満という病があるのだ、と。
精製されない食品。
それがいかに貴重か。
そのことを繰り返し、繰り返しおっしゃっている。

朝食を取り上げられてしまった武田先生。
人生も晩年に至って奥様から「喰わなくていい」と言われて。
最初はカチンときた。
1日1食主義。
それは守っていない。
昼飯を作ってもらっている。
今年(2019年)の8月ぐらいは焼いた餅2個で昼飯を済ましていた。
餅は腹持ちがいい。
それを海苔で巻いてもらって2個焼いてもらっていて。
武田先生が頼んだワケではないが、出てきたのがそれだったのでやむなく喰っていただけだが。
そう考えると昔は「朝ごはんは必ず食べる」「1日3食きちんと食べる」というのが基本だったのに、最近はそれが覆されることが多いと思う水谷譲。
タモリさんも1日に晩飯だけだった。
意外と1日1食の人で、それで元気いっぱいの人が。
噂なのだが、タモリさんが司会をやるような番組をバラエティでやってらしたのだが、その時も若手と顔を合わせるたびにタモリさんが「オメェ、そんなに喰うと疲れっちゃうよ?」とおっしゃっていた、という。
ご飯を食べると内臓が一斉に・・・。
武田先生も(食後は)すごく眠くなる。

著者のファン博士が一生懸命勧めてらっしゃるのは「精製されない」あるいは「食物繊維をたくさん含んでいる」というものを食品として摂ることである、と。

 何百年という間に、食物繊維の摂取量はかなり減ってきた。旧石器時代の食事では1日におよそ77〜120グラム摂られていたと考えられている。(301頁)

ところが現代では食品が本当に食品になってしまって、昔に比べると雑味がないというか。
除去すれば除去するほど、食品が人々にもてはやされる。
よく売れる食品になる、という。

武田先生の家では奥様が4種類ぐらいおかずを作る。
武田先生はジジイなので歯が悪いし、噛むのが疲れる。
人参の大きいヤツ。
料理法はみそ汁とか和え物、酢の物、そういうもの。
オール食物繊維。
それでみそ汁は海藻が椀から盛り上がっている。
それが苦しい。
何がアレかというと満腹感がすごい。
もう腹が重たくなって。
そのくせ夜のトイレで1回目に起きた時にはもう腹がペタンとなっている。
だから順調に順送りで。
肉はない。
「それは食べなくて。もうすぐ死んじゃうから」と奥様から言われた。
メインのおかずに魚はない。
オール食物繊維。
かぼちゃ、ネギ、イモ、サツマイモ、レンコン、たまねぎ。
「あ!ハンバーグだ!」と思って箸を付けたら「レンコンよ」。
レンコンをすりおろしてきれいにハンバーグにして。
本当にハンバーグに見える。
喰うとレンコン。
だったらハンバーグを食べさせてくれればいいのに。
もっと喜ぶし。
一応元気にしているから。
とにかく生きていきましょう。
まあ、そういうもの。
あとは秋口にたまねぎが出た。
たまねぎ1個ごと。
半分に断ち切って味噌を付けて食べる。
それですすったら海藻が出てくる。
それで筑前煮みたいなのがあったので「鶏肉の匂いでもするんじゃないかな?」と思って箸を付けたらレンコン、イモ。
肉は無い。
もう死んじゃうから。
どうせ死ぬんだから、そんなものは摂らなくていい。
でもこの本を読んでいたらどうも、ファン博士は武田先生の奥様にちょっと近い。

栄養素にはタンパク質、脂質、炭水化物の3つしかない(313頁)

そもそもどんな食べ物を食べてもインスリンの分泌は促される(316頁)

このインスリンの反応をあまり刺激しない食べ物が肥満を抑えてくれるということになるのだ。

近年行われた「PREDIMED」などの試験では、「ナッツ類やオリーブ油などの天然油脂を摂取するのが効果的である」との結果が出た。(303頁)

(番組では「オリーブオイル」「木の実」「乳製品」がインスリンを刺激しないと言っているが、本によるとオリーブオイルに関してはインスリンを上昇させないが、乳製品はインスリンの値は上がるが体重増加の予防になる)
これはものすごく細かくこの博士は言っている。
食品ごとに説明すると話は複雑になるが、最も心掛けるべきことは、武田先生の奥様と同じ。
お腹が空いていない時は喰うな!
「1日3食、おやつ付き」を当たり前とせず、加工されない本物の食品を食べなさい。
終章では太らない体のつくり方をファン博士によって丁寧に語られている。
この博士はものすごく細かい。
びっしり書いてある。
博士がおっしゃっているのは「ナッツ類は体によいよ」と「間食はやめなさい」と。
とにかくインスリン値の改善。
これが肥満に対する最大の提案であると。

「朝食」は食べても食べなくてもいい(372頁)

勧めるものは非常にわかりやすい。
ヨーグルト、卵、そして炭酸水。

 カフェイン抜きのものを含めて、コーヒーには「2型糖尿病の予防効果」がある(377頁)

ただし、砂糖やそのほかの甘味料を加えるのはやめよう。(378頁)

砂糖を入れて朝、コーヒーを飲むのが幸せな武田先生。
毎日のコーヒーとそれから紅茶。
これは糖尿病リスクを半減させるほど。
肝疾患等々にもいい、と。
当然緑茶もいいぞ、と。

この著者はくどいくらい加工食品の害を訴えている。
雑味のない精製された綺麗な食品ほどあぶないのだ、と。
自然のもので、人の手のそれ以上加わっていない、人の手が必要以上にかかっていない食品がいかに素晴らしいかを懸命に勧めてらっしゃる。

 つまり、一言でいえば、「ファスティング(断食)」という方法だ。(394頁)

 つまり、世界の人口の約3分の1が、生涯にわたって規則的にファスティングをしているということだ。(416頁)

 イスラム教徒は聖なるラマダーン月になると、日の出から日没まで断食を行う(398頁)

なんであんなにイスラム圏の人たちが断食にこだわるかというと、やっぱり「インスリンだ」という。
インスリンを体の中から出してしまう、という。
そのことが病的な肥満から脱出する方法で。
そういえばイスラム系の人はそんなに恰幅が。
(本によるとイスラム教徒の断食期間はむしろ摂取カロリーが多くなっていて、断食の恩恵が打ち消されているらしい)
衣服も彼らの『アラビアのロレンス』みたいな服装はちょっと肥満かどうかわかりにくいが。

アラビアのロレンス (字幕版)



断食というのはとても体のためにはよいそうで。
「朝ごはん、食べたくなかったら食べなくていいのよ」
最初に言われた時は「何とむごいことを」。
「え・・・何かそこをさ・・・」とかと。
「かつ丼だってたまには食べたかろう」と思う水谷譲。
動物性たんぱく質の誘惑というのは本当にすごい。
ただやっぱり慣れてくるというのはすごいもの。
ゆっくり慣れてきた。
1kgばかり体重が最近減ったばかり。
それに食物繊維のパワーというのは本当に感じている。
これは本当に繰り返しになって、汚い話で申し訳ない。
本当に「オマエは犬か?」というくらい。
それはちょっと大腸検査でも、人間ドックでもちょっと褒められて。
綺麗に出ているそうで。

「断食こそ薬に勝る食事のとり方である」とおっしゃっている。
宗教も断食を修行としている、と。
仏教も断食がある。
5日間の断食をすれば体重はだいたい1kg(の減少)だそうだ。

5日間のファスティングにより、成長ホルモンの分泌量は2倍になる。(402頁)

結局この本は何が言いたいかというと「断食は体にいい」。
その間、ブァーッと色々な食品を挙げて「これはダメ」「いいのはこれ」とかという感じがあるのだが、一番最後は断食に。
何のことはない、奥様と同じ。
「食べなくていい!食べなくていい!」
「肉なんか必要ない!もうすぐ死んじゃうんだから!」
「もうすぐ死んじゃうなら好きなもの食べたいというのもある」と思う水谷譲。
それは「卑しい」。
「だって食べるのって楽しみじゃん?」「食べるのが楽しみって最低の年寄りよ?」とかと。
返す言葉もない。
というワケで「天高く食欲の秋」ということで、真逆ではあるが「太らないカラダ」というものについて触れてみた。
どうぞ皆さん、好きなものを食べて、今日も元気に頑張ってください。
かつ丼行きましょう。
秋はかつ丼。

posted by ひと at 16:46| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年9月16〜27日◆天高く食欲の秋だ(前編)

トロント最高の医師が教える世界最新の太らないカラダ



「天高く、食欲の秋だ!」ということ。
かつての小沢昭一さんを思わせるようなタイトルの付け方。
ちょっと思うところがあって、まな板の上へ置いたのは「肥満」。
まな板の上に置いた本はサンマーク出版。
こういう健康、ダイエット、人生の啓蒙書というのがサンマーク出版の特徴ではある。
ただ、この一冊はこの肥満というのが科学的に探究されていて、今までのダイエット法について全く辛口。
この方(著者)はすごく自信があるのだろう。
ジェイソン・ファンというアメリカの方。
この方はダイエット方法を詳しく名前を挙げて書いてあったり「このダイエット食品は効果がない」とか「金儲けダイエット食品である」というのが挙げてある。
それは『(今朝の)三枚おろし』では紹介しない。

「食欲の秋」の前からちょっと思っていた。
本年(2019年)4月中旬から稽古に入って、5月は舞台公演で5日から28日までの22日間、38回・3時間半のステージを相勤めるという。
昼夜公演の場合は朝10時に楽屋入りして、夜の7〜8時まで。
その間、食べ物が昼公演の時は10時に入って、入ると同時に朝飯。
握り飯を1個とみそ汁。
昼食はというと、小さな丼でうどんかそば、ラーメンという麺類。
消化しやすいヤツを摂るという。
その握り飯1個とみそ汁というのはまあまあ時間があるのだが、昼食の小丼にうどんかそばというのは、だいたい食事の時間が5〜7分。
でないと次のコロッケとの歌謡ショーに間に合わない。
とにかく幕が開くのが11時、終わるのが8時。
それからホテルに帰って夕食を摂るのだが、ひたすら消化にいいもの。
お腹にもたれちゃうと体に異変がすぐ出るので。
普段の半分ぐらいしか食べていなかったのではないか。
よくそれであの長期の公演の体力が持つと思う水谷譲。
22日間、38回だから。
ところが、体力はもたないどころではない。
奥様が食事のチェックに来るたびに腹がポコーンと出てくる。
水戸黄門の恰好をしていて帯を締める。
その帯の上に腹が乗ってくるのがわかる。
結構(公演は)ハードなのだが。
あれだけのお芝居をやって6〜7分で麺類をかっこんで、すぐ歌謡ショー。
さっさと終わればいいのだが、コロッケがもう引っ張る。
今でこそ愚痴を言うが。
あのコロッケというのはウケるまでやるタイプだから。
武田先生自身の暮らしはほとんど僧侶と同然。
禅僧のような生活をしているつもりなのだが痩せない。
あの間で1kg痩せていない。
それで「何でかなぁ?」と不思議で仕方がなかった。
そんな時、ふっと本屋さんで目が合った一冊がこの一冊だった。
本の宣伝ができる腰帯が付いていて、ファン博士はその中でこんなことをおっしゃっている。
(私が買った本の帯は全く異なる内容だったので、違う内容の帯もあるのかも知れない)

太っていることと肥満であることには、大きな違いがある−中略−熊は、クジラ、セイウチ、その他の肥えた動物と同じように太っているが、健康への影響に苦しんでいるわけではないので肥満ではない。実際、熊は遺伝子によって太るようにプログラムされている。
 だが、人間はそうではない。むしろ、やせている人のほうが有利になるように進化してきた生物なのだ。
(63頁)

 そもそも、遺伝的な要素で説明がつくのは、私たちが目にしている肥満傾向の70%でしかない。逆にいえば、残りの30%は私たちが自分でコントロールできるということになる。(64頁)

10kg痩せたいと願ったところで、自分が喰い物とか運動でコントロールできるのは、10kg痩せたいうちの3kgがやっとである。

人の体重は次のような簡単な等式で予測できると考えられていたのだ。
・「摂取カロリー」−「消費カロリー」=「体脂肪」
−中略−
 この仮説には重大な間違いが含まれている。
(66頁)

つまり余分に食べた分だけ、だから太るんだという考えは間違いである、と。
とにかくダイエットに関して足し算や引き算は通用しないんだ、と。
確かに自分を振り返っても「何で太ったんだろう?何で痩せたんだろう?」というのがあって不思議に思う水谷譲。

「肥満」について考えている。
「人間は痩せることによって進化をした」という。
このダイエット、痩せることの難しさは何かというと、取り込む食品、食べる食品をすべてカロリーに換算して、それが体重に足されたり引かれたりということは、これはダイエットはそう思ってしまうのだが、そんなことはないそうだ。

体内のシステムはすべてホルモンの働きによって調節されている
 身長の高さは「成長ホルモン」によって決まり、生殖機能の成熟を司っているのは「テストステロン」や「エストロゲン」といったホルモンだ。血糖値は「インスリン」「グルカゴン」などの働きにより、体温は「甲状腺刺激ホルモン」や「遊離サイロキシン」によって調節される
(68頁)

摂取カロリーと体重に増加の相関はない。
「いっぱい食べる人が太る」という相関関係はない。
これはもう、科学で医学で証明されている。
更にカロリーを減らしているのに体重が増えていくという例がアメリカとイギリスで確認されている。
人間の体には体重をコントロールするためのシステムがいくつもあって、体重増減のコントロールはそう簡単ではない。
一種類、食べ物を取り込むということだけが体重を増やしているのではないそうだ。
体重を増やすにしても痩せるにしても体の中のいくつものシステムが歯車みたいに噛み合って体重というのは決定していくらしい。

ミネソタでの実験は、カロリー制限をしている時期と、飢餓状態からの回復期における人間の状態を理解する目的で行われた。−中略−彼らは運動として週に22キロ歩かされた。(79頁)

 その男性は、安静時代謝量が40%も落ちていた。−中略−心拍数も35回──平均的な心拍数は1分間に55回──に減少していた。−中略−平均体温は35.4度に下がり、血圧も下がっていた。−中略−髪も抜け、爪も割れるようになった。(80頁)

(番組では、途中でこういった問題が発生したので実験を中止したというような説明をしているが、本には実験の中止のことは書かれていない)
この無茶苦茶な実験が何を証明したかというと、食べないと「喰い物に体が頼らなくなる」ということ。
公共施設の夏の対策とか冬の対策と同じ。
省エネ運動。
だから喰い物が入ってこないので体が「省エネ」になってしまう。
だから(体温が)35℃になってしまう。
心拍数、心臓を打つ音も普通は60以上。
ちょっと運動すると70〜80。
それが脈拍が35。
つまり一斉に「省エネモード」に入ってしまう。
体が弱ってそうなるのではなくて、食べ物が入ってこなくてもそのぐらいの力で動けるように体が対応するということ。
つまりビルでいうところの、なるべくエネルギーを使わない、エレベーターの速度をゆったりし、電気も半分、全部消しちゃうみたいな。
そうやってでも体は恒常性、機能を守ろう、維持しようとするということ。

ミネソタ飢餓実験の被験者たちは35.3キロほど体重が落ちる計算だったが、実際に落ちたのは16.8キロだけ(83頁)

(番組での説明と実際の実験の内容は多少異なるし、番組では「35.5キロ」と言ったが、上記のように35.3キロ)
命に危険を感じると体は異常に対して体重を減らして全体を守ろうとする。
命が危なくなったので体重を戻すべく、以前と同じ摂取量、食事の量に摂取カロリーを増やした。
食事を普通に戻した。

体重はその後も増え続け、結果的に実験前の体重よりも多くなってしまった(83頁)

それは体が消化して出すものまで体の中に。
懲りて嫌になったから。
「いっぱい持っとかないと、この人また痩せる可能性あるな」という。
「やった!溜めるぞ!」みたいになった。
その本人の意思とは逆に、体の方が張り切って肥満の方を目指し始めた。
だからダイエットをやれば必ずリバウンドは来る。
「リバウンドは決して意思の問題ではありません」というところがこのファン博士の指摘。
このあたりギクリとする。

食事を減らし、運動量を増やす。
これが今、ダイエットの王道。

「食事を減らして運動量を増やす」というアドバイスが間違っているのだ。(90頁)

最初に(この番組の)月曜日に話した通り。
あの博多座(での公演)のタイトなスケジュールで、4日に一度ぐらいは贅沢してちょっと外に行ってはいたが、滅茶苦茶つましい、貧しい・・・。
食べないとダメ。
効果がなかった。
武田先生はもっと(自分の体重が)落ちると思っていた。
朝はおにぎり1個とみそ汁1杯。
昼ごはんが椀にうどん、そば。
それも一束がやっとぐらいの感じ。
時々何かいろいろ喰っていたか?
一番最初の舞台公演の時は6〜7kg落ちている。
フラフラだった。
それが年を経るたびに多少動いても全然減らなくなる。
「何でかなぁ?」と思うのだが。
その疑問も含めて同じ思いの方がいらっしゃったら、ぜひ耳をそばだててこの放送を聞いてください。
食事を減らして運動量を増やす。
これはダイエットに何の効果もないとファン博士はおっしゃる。
体は「恒常性」毎日適応するために作り替える。

 摂取カロリーが減ると、体ではふたつの大きな適応作用が起こる。1つ目の変化は、これまで見てきたように、エネルギーの総消費量の大幅な減少である。そして2つ目は、空腹感をさらに刺激するホルモン信号が出されるという変化だ。体は、失った体重を取り戻すために「もっと食べろ」と私たちの脳に訴えるのだ。(91〜92頁)
 
グレリン(主に食欲を増進させるホルモン)などのさまざまなホルモンの値が分析された。すると、体重が減ったことにより被験者のグレリンの分泌量は大幅に増え(92頁)

 これは、意思の弱さや道徳観の欠如とは、いっさい関係がない。(94頁)

だから少なくしか入ってこないから、わずかに入ってきた物も全部蓄えに回す。
そういえばちょっと生々しい話になるが、便の量が公演中、細くなる。
普段はジジイなので「オマエ秋田犬か?」というような。
それが猫みたいになってしまう。
それは感じていた。
だから無駄なものをほんの僅かにしておいてため込むのだろう。

減量すると制御機能を持つ前頭葉皮質の活動が弱まるということなので、減量した人は食べ物に対する欲求を抑えるのが難しくなるのだ。(94頁)

一回だけ目撃したことがある武田先生。
とにかく滅茶苦茶頑張って痩せる俳優さんがいた。
武田先生は心配して「病院行け」と言ったことがある。
『西郷どん』をやっていた人(鈴木亮平)。
あの人が天皇陛下のお料理を作る人の物語があって。

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その時に肺結核で死んでいくお兄さんを演じた。
喰わない。
体重を落としていた。
武田先生は知らなかった。
会うたびに頬が削いでいくから。
セットの裏側に引っ張り込んで「アンタ病院行った方がいいぜ」と言って。
そうしたら「いや実は・・・」という。
「再来週ぐらいに喀血するんで、それまでにあと3kgて言われてるんです」
あの人は立派な人で、痩せる。
その、何事においても優等生みたいなあの人が監督と話す時に言葉が乱暴。
これはご本人も気づいてらっしゃらない。
つまりこれは前頭(葉)皮質がほとんど活動を止めている。
そのいわゆる社会の流れみたいなのを察する能力がなくなっている。
そういうことも起きる。
朦朧としてくる。

ヨーロッパでの年間の運動量が少ない国がオランダとイタリア。
運動量の多いのはやはりアメリカ。
アメリカ人はよく走っている。
ところが、肥満が逆転している。

年間の運動日数が少なかったオランダ人とイタリア人についていえば、ダンベルを使ってトレーニングに励んでいるアメリカ人に比べて、肥満率は3分の1にとどまっている。(100頁)

これは運動しても痩せる脂肪は5%が限界。

カロリーのほとんど(95%)が基礎代謝に使われるということだ。(105頁)

激しい運動をしたあとは、いつもより多く食べてしまうものだ−中略−ハーバード公衆衛生大学院の538人の学生を対象に行われたコホート研究−中略−運動の時間が1時間超過するたびに、学生らは292キロカロリー余分に食べたのだ。(109〜110頁)

だからダイエット効果には何の関係もない。
その上に「食べ過ぎると太る」というのも嘘。

これまたすごい実験で「過食実験」というのをアメリカで行った。
(本ではサム・フェルザムというイギリスの人の実験が紹介されている。調べてみると「フェルサム」としている文献が多いが)

 従来の過食実験に新しいやり方を取り入れようと、一日に5794キロカロリーの食事を摂り、体重の増加を記録することにした。彼はやみくもに5794キロカロリーを摂ったわけではない。高炭水化物、高脂質の自然食品の食事を、21日間にわたって摂ったのである。−中略−彼が摂った食事の主要栄養素の内訳は、炭水化物10%、脂質53%、たんぱく質37%だった。一般的なカロリー計算では、7.3キロ体重が増えると予測された。だが、実際に増えた体重は、わずか1.3キロだった。さらに興味深いのは、ウエストが2.5センチ以上細くなっていたことだ。(112頁)

奥様から言われたこと。
飯を喰う。
喰い物が入ってくると胃も腸も一斉に動く。
それは胃と腸にとっては運動になる。
だから「繊維質を摂れ」というのは「内臓に運動をさせる」という意味合いでも大事なこと。

次の実験では、低炭水化物、高脂質の食事をやめてみた。その代わりに、一般的なアメリカの食事である、加工度の高い混ぜ物$H品を多く取り入れた食事を、一日あたり5793キロカロリー食べ、それを21日間続けた。この実験の主要栄養素の内訳は、炭水化物64%、脂質22%、たんぱく質14%だ−中略−すると今回の実験では、カロリー計算から予測されたものとほぼ同じ分だけ体重が増えた──7.1キロだ。ウエストは9.14センチも膨らんだ(113頁)

しかもこれは21日間という期間であって、それ以上続けるとまた変化するかも知れない。
余分なカロリーを燃やすために体は消費カロリーを上げていく。
そのようにして体は「いつも」ということを大事に維持しようとする、と。

 たくさん食べるから太るのではない。太っているからもっと食べるのだ。(122頁)

それは太っていることで体を維持しようとしている。
一番大事なことだが「では体重を決めているのは一体誰なんだ?」と。
どうやら脳の視床下部のホルモン分泌コントロールが体重を設定しているようだ。

脂肪組織が増えると、レプチンが増える。レプチンが脳まで達すると脂肪の蓄積をこれ以上増やさないようにするために、食欲が抑制される。(126頁)

肥満の一因は、レプチンがたくさん分泌されることに体が慣れてしまって効果がなくなる「レプチン抵抗性」によるものだったのだ。(128頁)

痩せるも太るも脳とホルモンが語り合っている。
だから脳とホルモン両方に連絡を取らない限りダイエットはかなわない、という。
奥様をギャフンと言わせてやろうと思ってこの本を必死になって読んでいた武田先生。
奥様はこの手の話は詳しい。
だが、この本を読み終わった時に逆にこっちがギャフンという目に遭うようになった。

 食べ物を食べると、その食べ物は胃や小腸で分解される。タンパク質はアミノ酸に、脂質は脂肪酸に分解される。糖がつながって出来た炭水化物は、糖の最小単位である単糖類に分解される。食物繊維は分解されず、吸収されないまま体内を移動する。そして、すべての細胞は血糖(血中のグルコース)をエネルギーとして使うことができる。特定の食物、特に精製された炭水化物は、ほかの食物よりも血糖値を上げやすい。血糖値が上がると、インスリンの分泌が促される。(136〜137頁)

インスリンは、この多量のグルコースを血中から放出させて、あとで使えるように細胞に蓄えておかせる働きをする。
 また、私たちの体はこのグルコースをグリコーゲンに変えることで、肝臓に蓄えることもできる
(138頁)

このような仕事は体がコツコツと自動的にやってくれている。
この作業中にまた飯を喰うと体がものすごく忙しくなるという。
やはりよくない。

何も食べないときは、インスリンの分泌量は減り、糖や体脂肪を燃やす働きが始まる(140頁)

たとえば、朝7時に朝食を食べ、夜7時には夕食を食べ終わるとすると、食べ物を摂取している時間が12時間、食べ物を摂らない時間が12時間となり、バランスがとれていることになる。(140頁)

これが結構堪えた武田先生。
インスリンがダラダラ出ている。
武田先生はこの数値があまりよくない。
(「海援隊」の)メンバーの中牟田俊男はやはりジジイなのでこの手の話ばかりになってしまうのだが「オメェ、どのぐらいだ?血糖値」とか言うと中牟田は80ぐらいまで。
110以上ある武田先生。
(数値が)ボーダー。
お医者さんからも「もうひと頑張りできないかなぁ?」といつも言われている。
これは体が休んでいないということ。
つまり、自分では食べた覚えがないがダラダラ喰っているらしい。
22日間興行をやっても痩せないはずだ。
「はぁ・・・昼間ちょこっとだけ素麺すすっただけだなぁ、今日は」とかと思うのだが、その間ダラダラと楽屋の行き返りに、たい焼きを食ったり、それを忘れてしまう。
「あ!ひよ子(まんじゅう)があったなぁ」とか「あ!あの方から頂いた鶏卵素麺」とか。

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それを武田先生は忘れているが、体のインスリンは忘れていない。
ここにダイエットの難しさがある。
これがまたちょっと複雑。
肥満のアレ。

 グリコーゲンは「財布」のようなものだ。−中略−脂肪は、「銀行口座に貯金してあるお金」のようなものだ。−中略−
 銀行にあるお金を使う前に、まずは財布にあるお姉を使うのが普通だろう。だが、財布を空にはしたくない。同じように、私たちの体は、脂肪銀行にあるエネルギーを使う前にグリコーゲンの財布からエネルギーを使う。
(141頁)

つまりインスリンが働いている時間が長いほど分泌量が高いということは、体重も重く設定される。
「あ、コイツいつも飯喰ってるなぁ」と体はもうわかっている。
武田先生は忘れている。
ひよ子を喰ったり、鶏卵素麺を喰ったとか。
「銘菓ひよ子」は楽屋でコロッケのファンの人がいつも置いていく。
武田先生よりも悲惨なのはコロッケ。
あんなハードなショービジネスで(コロッケさんは)太った。
毎日顔を合わせていくと、顔が額縁からはみ出していくのがわかる。
空気を入れるみたいに膨らんでいく。
忘れている。
「何か食べたか?」と言ったら「いえ、朝から何も・・・」というのだが、1gも体重は落ちていない。
だから面白い。
インスリンが働いている間は体は「体重、重くしてもいいんだ」「そういう許可が出てるんだ」ということで体重は重く設定される。
だから常日頃から「規則正しい生活をしなさい」と言われるのだろう。
「同じ量を同じ時間に食べて、てことが大切だよ」と言われるのはそういうことなのだろう。
食事量を減らしても体重は増加する。
それはそうだ。
三分の一を減らしたところで、他で喰ってるのを忘れているワケだから。
この先生がすごいのは「インスリンを出すな」という。
この先生の言い方がケンカ腰。
これが奥様が言ったことと全く一緒。
「血糖値が高いってことはね、糖が混じってるワケだから、インスリンが絶えず出っ放しになってるワケだから、喰わなきゃいいのよ」と。
それで朝食を摂るのをやめた。
それでも武田先生の場合、体重は減らない。
ちょっと頭が痛いが、どこかで摂っているのかも知れない。
忘れているか、気がついていないか。
どこかで摂っているのだろう。
このインスリンを抑えれば痩せるという、このファン博士のいささか乱暴な言い方だが、ファン博士の独自の意見としてお聞きください。

posted by ひと at 16:35| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月08日

2019年9月2〜13日◆でっち上げ(後編)

これの続きです。

もうふた昔近く前。
(昨年の放送なので)16年前、2003年、教師によるいじめ。
これは福岡での事件。
ローカルのニュースであったいじめ事件が全国誌に報道されることによって、ワイドショーネタとなる。
自分のところの受け持ちの小学校4年生の子に向かって「死に方教えたろうか」と恫喝する。
あるいは「オマエの血はアメリカ人の血が流れてるんで、穢れているんだよ」と言いつつ耳を引っ張った、とかという悪魔のようないじめ事件があったということで報道される。
ところがそれが民事の裁判となって調べられていくうちに「あれれ?」という感じになるという。
川上先生は弁護士さんをやっと一人雇って裁判に臨む。
(実際には南谷弁護士と上村弁護士の二名)
その弁護士になられた南谷さんという方が事実を見ていくと、膨らんだ話の正体が縮んでゆく。
いじめの現場を実はクラスの誰も、職員の誰も、父兄の誰も見ていない。
全部お話は「いじめられている子の母親から聞いた話だ」という。
南谷は訴状を読めば読むほど、向こう側が叫んでいるそのいじめの内容が穴だらけに見えてしまう。

 唯一提出されたのは、川上にアイアンクローの技をかけられ、突き倒されて右大腿部を負傷したとする診断書だけである。病名は「右大腿後面挫傷」−中略−たとえば、サッカーの試合中に足を蹴られたり転倒した際にできる程度の傷であろう。診断書の日付は、怪我をしてから20日もたった6月10日だった。(185頁)

朝日新聞が掲載した第一報を始め、その直後の他社の後追い報道は全て、「母親の曾祖父が米国人」だった。ところが原告の訴状に「原告裕二の曾祖父がアメリカ人」と記載されていたため、直後から、新聞テレビとも一斉に変更、「週刊文春」も、和子の言葉として、「私の祖父がアメリカ人」としていた。川上自身も家庭訪問の時、そう聞いた。
 ところが驚いたことに、和子の陳述書では、「私の祖父がアメリカ人とのハーフ」と、第一報のそれに戻ってしまった。
(188頁)

つまり、矛盾することを言う時、人間の言っていることはどこかでやはりズレていく。
人種差別の訴えに母親は忙しく、その血の濃さが発言のたびに濃くなったり薄くなったり、濃くなったり薄くなったり。
「お祖父さん」が「曾祖父さん」になったり。
「お祖父さんはアメリカ人と日本人のハーフ」になったり、変わる。
これで、南谷さんというこの弁護士さんはすごい。
「全部ウソじゃないか?」と思う。
(本によるとこの件を積極的に疑問視していたのは弁護士ではなく川上先生)
つまり、そうすると「アメリカ人の血は穢れている」等々の発言というのは「お母さんの全くのウソ」ということが証明される。

川上はといえば、被告席にその姿はない。マスコミの取材攻勢を心配した南谷弁護士から出廷を見合わせるように言われてるため、第2回の口頭弁論以降、一度も姿を見せていないのだ。(206頁)

この口頭弁論で校長から話を聞く。
処分の理由を聞くと「アンケートを取って分かったんだ」というので「じゃ、アンケートどんなこと聞いたんだ」と問い詰める。
そうすると実施されたアンケートに関しては「いじめがあったか、無いか」。
〇と×だけで他は何も聞いていない。

 すると校長は、アンケートについて、
「細かいことは(子供たちに)聞いていない。個人的には何も聞いていない、聞き取った中でいじめはわからない。
(213頁)

──何度も出血したとかいうことで、その事実があったかどうかということで保健室等に浅川裕二君が来てるかどうかということの確認をされましたか。−中略−
「養護教諭に鼻血が出たとかいうことで保健室に来たということはなかったということです」
──要するに、来てないということですね
「はい」
(209頁)

 体罰で歯が折れたとする主張についてもカルテには気になる記載があった。
 そもそも裕二の年齢は乳歯の生え変わる時期であり、実際に病棟でも裕二の犬歯が抜けていた。
−中略−原告側が、自然に抜けた歯を「折れた」と主張している可能性もある。(234頁)

しかも「耳が切れた」という話にしても体罰から20日も経って発見しているというあたりで「全部おかしい」と。
これに対してこの裕二君の大弁護団は久留米医大の先生を呼び出して、久留米医大で調べたPTSDの入院記録を調べるが、これがアッ!と驚く。

16年前に福岡で起こった、とあるいじめ事件。
ある担任の先生が教え子をいじめる。
ハーフなので「血が汚れている」とか「死んでしまえ」とか。
耳を血が出るほど引っ張ったというような事件。
いじめられた子はPTSDで心に障害を受けて、先生の顔を見ると震えが止まらないという症状を呈しているということで久留米医大。
久留米にある巨大な大学病院。
そこでPTSD「心に傷を負っている」ということが診断される。
ところが民事の裁判でこのいじめた先生を守るべく立ち上がった南谷という弁護士さんが調べるとどうもその内容が・・・考えこむ。

 重度のPTSDで希死念慮、つまり自殺願望さえも認められるというのに、入院から3日後には早くも外泊が始まり、合計186日の入院期間中、なんと106日が外泊だというのである。(215頁)

それで看護婦さんが観察していると入院当初「よく眠れていない」「何か不安そう」という報告がある。
それはやはりあれだけのいじめを受ければ。
小学校4年生。
「よく眠れない」「何か不安そう」ということがある。
ところが南谷弁護士はそう読まない。
「当たり前じゃないか」
小学校4年生の男の子が病院に入院して、今までと違うところでベッドで寝る。
「何か不安そう」
それは当たり前。
(入院していた時は)武田先生だって「不安そう」だった。
「何か不安そう」「よく眠れていない」それが最後まで続かない。
病院の日誌は正直に書かれる。
その記録の後半になると問題行動が裕二君に現れる。

 ところで、裕二に関しては、11月半ば頃から、PTSDとは別の困った問題が持ち上がっていた。他患者や病院スタッフへの暴言や問題行動が目に余るようになり、他患者からの苦情も頻発、病院側は対応に苦慮する事態になったのだ。−中略−
・問題行動を注意した看護師、スタッフに対し、「おまえ、気持ち悪い」「バーカ、メガネババア」「クソババア」「穢れる」「触るな」「この話いつ終わると」「うるさい、うるさい、うるせーえっ」
−中略−
・検温、内服、食事などの片づけの拒否。
(221〜222頁)

確かに、一部の問題行動は、抗うつ剤の投与による躁転反応とも考えられるが、カルテを克明に読んだ川上にはそうは思えなかった。−(222頁)

それでは「PTSDでない」ということではないか?ということになる。
原告の言うPTSD。
これは少年の言うことを全部鵜呑みにしすぎるのではないか?
だから入院の日誌を読めばどんどんトンチンカンになっていく、という。
そして前田医師に対して症状を綿々と説明したのは母親の和子、ということで。
どうもその裕二本人の症状ではないような気がする、と。
南谷ははっきりと狙いを定めて、裁判への狙いを母・和子一本に絞った、という。
このお母さんを突き崩す。
「アメリカ人の祖父がいた」は嘘ではないか?と。
「日米双方の小学校に住んでいた」とお母さんはおっしゃっているが「だったら調べますよ」と記録を取る。
アメリカに住んだ記録が無いという。
それから川上先生の差別に基づく体罰。
これは全部ウソなんじゃないか?

 その上福岡市は別の書面で、二人が頻繁に日米を行き来していたとされる昭和42年〜47年のホノルルまでの往復航空券と初任給の比較データまで持ち出して、それがいかに非現実的であるかを証明しようとする執念ぶりである。
 そのデータによると、例えは、昭和45年は、初任給3万円に対して運賃約20万円、昭和50年は、初任給8万円に対して運賃約25万円だったという。
(264頁)

(番組では浅川氏の初任給が3万円であるという話になっているが、そういう内容ではない)

《要するに、昭和40年代の庶民にとっては、ハワイ旅行ですら夢のようなもので、原告らがいうように「何度も」行けるようなものではなかったのである。−中略−何度か飛行機を乗り継いでアトランタまで行ったことになるが、そうすると、(中略)1回の渡航に要した経費は、120万円以上はかかったものと考えられる》(264頁)

いくら調べてもアメリカと結びつかないこの夫婦の暮らしぶり。
この女性、このお母さんは「虚言」というか「ウソをつく体質である」ということを裁判で。
さらに南谷の攻撃が続く。
川上先生が裕二にアイアンクローをかけたというこの一点だが、これについても絶妙のひっくり返しをやる。
もうここからは読んでいてサスペンスドラマ。

「(教室で)とても晴れてる日にあの人が『おまえの血はけがれとうったい。早く死ね』とか言ってる時、太陽の光がまぶしくて、あのひとと重なっていた光景の時に言われました」
 この供述について、教諭と代理人が詳しく検証を行った結果、体罰が行われたとされる季節、放課後の教室に太陽の光が差し込むことはありえないことが判明した。
(327〜328頁)

でも、自分が子供の時のことを考えてください。
子供は子供ゆえにウソをつく。
そういう生き物。
この裁判の中に「子供はウソをつかない」という前提をあまりにも振り回しすぎている。
武田先生もそうだが子供はウソをつく。
「早く帰ってこい」と言ったのにグズグズ帰って「何で遅れたとか!」と母親から突っ込まれると「空飛ぶ円盤が〜!」とか何か。
そういう悲しいほど下手なウソをつくのが子供。
上手につくのが大人なら下手なウソをつくのが子供。
そんなふうに子供を理解してあげないと子供はかわいそう。

このあたり、この南谷という弁護士は大変シャープ。
朝日新聞の第一報から3年経っている。
民事が延々と続き、ついに10回の口頭弁論で結審。
3年後だから2006年7月28日午後1時。

 野尻純夫裁判長が主文を読み上げた。
「被告福岡市は原告裕二に対し、220万円およびこれに対する平成15年9月21日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(273頁)

 しかし、体罰については、「原告らが主張するような、怪我をするほどの強い力でほぼ毎日行なわれたものと認めることはできない」とした。(273頁)

また被告川上は、授業中ないしゲーム中に原告裕二に対し『アメリカ人』『髪が赤い』などと述べ、原告裕二のランドセルをごみ箱に入れたことが認められる」(273頁)

「外国人の血が混じっているので血が穢れている」「アメリカ人は頭が悪い」などの一連の人種差別発言、「早く死ね」などの自殺強要発言のすべてを否定(273頁)

純白の証明よりは仲裁を判決とした。
少年をあまり深く傷つけない、真実を追求して追い詰めるようなことのないように、ということで、仲裁を旨とした判決を出した。

 南谷と上村は、PTSDが退けられたことには安堵したが、体罰やいじめが一部にしろ認定されてしまったことに落胆した。(274頁)

地元のRKB毎日放送の報道ぶりは目を引いた。−中略−
「今回の事件を巡っては、当時、ほとんどのメディアが児童側の主張に沿って報道を続け、『血が穢された』などの言葉だけが先行し、教師と児童の間のやり取りを客観的に判断できていたのか疑問が残ります」
(275頁)

福岡市で起こった殺人教師の事件の真相。
これは刑事事件にはなっていなくて、結局民事のほうで3年後に結審する。
これはすごいのは福田ますみという女性記者なのだが、この後もまだ調べる。
そして裕二のご両親、浅川夫妻にもインタビューを重ねてらっしゃる。
そのうちハッ!とする。

 この事件はそもそも何が発端なのだろうか。−中略−
 南谷は、平成15年5月28日、学校から帰宅した裕二のランドセルの中があまりに乱雑なことに驚いた和子が叱って問いつめた際、裕二が泣きながら「10カウント」を告白したことが全ての始まりではないかと推測する。
《原告裕二は、これに先立ち、原告和子から、鉛筆や消しゴムを忘れないように、外から見えやすい手の甲に、マジックで、大きく、「えんぴつ・けしごむ」と書き込まれた。そして、「これで忘れたら、次は顔に書くよ。」と厳しく念押しされていた。
 ところが原告裕二は、原告和子の念押しにも関わらず、5月28日に、約束が守れず、また忘れてしまっており、原告和子の忘れ物がないかの確認行為と詰問に対し、ただ泣くばかりだった。
 そのままでは、原告裕二は、原告和子から、顔にマジックで、「えんぴつ・けしごむ」と書き込まれて、A小学校に登校しなければならないという状況に追い込まれたのである》
《かかる状況下で、心理的にぎりぎりまで追い込まれた原告裕二が、泣きながら、おもわず、自分の責任を回避するために、被告川上に責任転嫁する嘘をついたとしても不思議ではない。
(303〜305頁)

それを鵜呑みにし、母・和子は校長のところに抗議したのではないか?と。
抗議をしたら校長がたちまち恐れをなしたので「これは間違いない」という確信を和子は持ったのではないだろうか?
そのことが転じてやがて4年3組のクラスに見張り役の先生が一人増えた。
川上先生を見張っているという異常なクラスの雰囲気に反応した子供たちがいる。
そこに和子が訴えて騒ぎが広くなり、学校の周辺を新聞・メディアの人間がうろつくようになると、クラスの子たちも敏感になって「この騒ぎの原因は裕二だ」ということになった。
その時に裕二に向かって子供たちがその当時の流行り言葉を使ってしまった。
それは「オマエの血は穢れている」。
その表現を裕二が覚えて生徒から言われたのを「先生から言われた」と、お母さんにもう一つジャンプしたウソをついてしまった。

 南谷と上村が、この「穢れた血」の由来を調べたところ、なんとそれは『ハリー・ポッター』だった。平成12年頃から、世界中で爆発的な人気を博した『ハリー・ポッター』の本や映画の中で、「穢れた血」という言葉は頻繁に登場しており、子供たちの間でちょっとした流行語になっていたのである。(303頁)

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つまり映画の中で「ハリー、オマエの血は穢れている。早く死ね!」という悪魔の声が聞こえてくる。
あの物語の魔法学校の出来事とそっくりリンクする。
その言葉を知ってクラスの子から裕二へ。
裕二から母親へ。
母親から校長に告げられて「差別用語」ということになる。
そして「文春砲」が反応する。
西日本新聞、毎日新聞が参加し、川上先生は「悪魔の殺人教師」というふうに呼ばれてしまったという。

久留米大学もPTSDを調べたときに母親・和子から様々な症状を聞いて、ジャッジメントが緩かったのではないだろうか?
そういうことで騒ぎが大きくなった。
これが真相ではないだろうか、という。

民事裁判で3年以上争われたのだが、その後、このご夫婦は更に福岡市に対し賠償金を釣り上げて110万円等々を上乗せし、受け取っておられる。
そして福岡市から立ち去って行かれたという。

しかし川上先生はそれでは収まらない。
福岡市人事委員会に無実を訴え続けて、さまざまな先生の発言等々はやっぱり「無かった」と断じられ、福岡市は川上先生に下された停職処分はすべて取り消し、ということなのだが。

しかしすごいのはこの川上先生は戦いをやめない。
冤罪を主張してさらに裁判を続ける。
(本によると福岡市人事委員会の判定で処分が取り消された時点で終了のようだ)
この川上先生が無実を完璧に手にするまで、何と事件発生から10年。
これは報道に携わった方を責めるワケではないが、平成25年あたりで「川上先生は無実です」と報道したのはこの本をお書きになった福田さんだけ。
あとは一行も。
福田さんがおっしゃりたいのは「我々の社会はわかりやすいストーリーに事件を落とし込みすぎるんではないだろうか?」という。

子供の小さなウソというのはどんどん社会問題になって、実態が実はモンスターのようなペアレンツという話題になって、裁判闘争があって、という。

 両親の虚言がぼろぼろと裁判で崩れたとき、福田は最初に記事を書いた記者たちに取材を重ねた。「週刊文春」記者は「裁判で明らかになった事実を説明しても、一切聞く耳を持たなかった」。朝日新聞記者は教師との取材のやりとりについては語ったものの、「それ以外の質問は一切受けつけなかった」。(350頁)

この福田さんが事件の真相を追っている時に、4年3組の生徒たちの子供とか親にインタビューしている。

「事実は報道とは全然違いますよ。先生がかわいそうという声が大半ですよ。(280頁)

やっぱり皆さんトラブルに、お家も近くなんで巻き込まれるのが怖くて黙ってらしたけれども、実は訪ねていくと皆、必ずそう言った、という。
「そのことがこの事件を私に疑いを持たせた理由です」と。
(というような話は本の中には見つからない)
丸く収めようとする校長に従って川上先生にも無念がある、と。
我々、肝に銘ずべきは社会における倫理という言葉があるが、倫理の反対語「不倫」。
不思議な言葉。
ちょっと色っぽい言葉になるし、元気いっぱいの老人のことを「絶倫」という。
「倫理」も忙しい。
何を思ったか武田先生が書いているが「倫理の『倫』とはあくまでもアベレージのことであり、どんなに面倒であろうと様々な倫理を聞き取り、その平均とすべき」。
「あ、これが正義だ!」というようなのを持たないで、「正義」というのは世の中のアベレージのことだと。
それを尋ねるという姿勢を失くしたら偏ってしまう。
でないと倫理によって人を冤罪へ陥れる、そういう罠に倫理がなってしまう。

そしてもう一つ、これは武田先生の発言。
子供を聖域にしてはならない。
子供とは時として「ウソをつく子供」なのだ。

ちょっと前にも先生が生徒を殴るという映像を生徒がyoutubeで出したというのがあって、そこだけピックアップしたら「先生ひどい」となるが、実は生徒の方が先生を挑発して殴らせるようにして、わざと撮っていたみたいなこともあったので、メディアは本当にもうそこだけピックアップしてはいけないと思う水谷譲。

(最後の方はこれ以前に番組で取り上げた『磐井の乱』の話なので今回は割愛する)


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2019年9月2〜13日◆でっち上げ(前編)

でっちあげ (新潮文庫)



福岡・博多の街に舞台公演のために一か月間逗留していた武田先生。
その一冊はその一か月の間に行きつけの橋のたもとの本屋さんで見つけた文庫本。
新潮文庫で福田ますみさんという方がお書きになった。
これ(この本に書かれている事件について)を福岡の人に聞いた。
みんな「あったっけかなぁ?そんなこと」という。
この事件が起こった頃、ちょうど舞台公演で福岡にいた武田先生。
武田先生は福岡で教員養成の大学に通っていた。
福岡・博多の公演の時に、みんなもう年を取って現役は退職しているのだが、大学の時の同級生が集まった。
集まったのだが、一人だけ欠席するヤツがいて「どうした、アイツは?」と訊いたら「いやぁ〜ちょっと今、大騒動が福岡で持ち上がっててな〜」という。
「その事件じゃないかなぁ」と思ってこの本を読み始めた。
武田先生は大学が一緒で福岡市内で小学校、中学校の校長先生にまでなったという友人がいる。
そいつらがその頃、武田先生に会うたびに「いやぁ武田。福岡の教師は疲れ切っとるよ」という。
「オマエ悪いけど、教員集めるんで金八先生として、小中学校の教師ていうの励ましてくんないか?」
そんなことをしきりに頼まれて。
「いや、俺できるわけねぇじゃん」と断っていたのだが。
その教師たちをものすごく疲れさせた事件というのがこの『でっちあげ』という事件じゃないかなと思った。
何でありもしない大事件が持ち上がったのか?
その中には騒動が大きくなる行程がある。
実にささやかなクラスの出来事が報道されるたびに炎のように焼き尽くしていくというか。

 火付け役は朝日新聞である。平成15年6月27日の西部本社版に、「小4の母『曾祖父は米国人』 教諭、直後からいじめ」という大きな見出しが踊った。そのショッキングな内容に地元のあらゆるマスコミが後追い取材に走ったが、その時点ではまだ、単なるローカルニュースに留まっていた。
 これを一気に全国区にのし上げたのは、同年10月9日号の「週刊文春」である。「『死に方教えたろうか』と教え子を恫喝した史上最悪の『殺人教師』」。目を剥くようなタイトルと教師の実名を挙げての報道に全国ネットのワイドショーが一斉に飛びつき、連日、報道合戦を繰り広げる騒ぎとなった。
(9頁)

(週刊文春の記事を番組では「9月号」と言っているが、上記のとおり10月9日号)
実名報道というのはもう文春さんが確信を持っている、ということで、東京のワイドショーのテレビ番組がこの殺人教師事件に飛びつく。
しかし「真相はどうなのか」というのをこの福田ますみという、女性ルポルタージュの作家さんが調べていく。
それが「あっ」と驚く。
つまり騒ぎというのはなんでもそう。
いかにして膨らんでいくか、という現代のマスコミの在り方みたいなものを教えてくれるような。
それで(この本を三枚におろすのを)やってみようかなぁと。

 事件の舞台となったA小学校は福岡市の西部、室見川の下流域に位置している。−中略−事件が起こった平成15年当時の生徒数は780名で学級は22学級である。−中略−
 川上譲(仮名)は、平成10年からこのA小学校に勤務している中堅どころの教師で、平成15年には46歳である。
(17頁)

 平成15年は4月から4年3組の担任となり、児童32名を受け持っていた。(18頁)

その32名の生徒の一人に向かって「死に方、教えてやろか」というような恐ろしい文句を、という。
現場で何が起こっていたかというのは現場でしかわからない。
皆さん、少し落ち着きましょう。
日韓関係もそうだが、少し落ち着きましょう。
まず、この文春砲がタイトルに掲げた「死に方教えたろうか」。
この言葉遣いは方言。
大阪の方言だろう。
文春砲に申し上げるが、熊本生まれで福岡で生活している人は、こんな関西弁を使わない。
福岡の人は日常の言葉で大阪なまり、河内なまり等々を使わない。
武田先生は福岡生まれなので断固として言う。
「死に方教えたろか」
こんな言い方はしない。
このタイトルに武田先生個人はものすごい違和を感じた。
福岡で聞いてらっしゃる方は頷いてらっしゃる。
「死に方教えたろか」
福岡の人は絶対に言わない。
まして熊本生まれの人は。
このあたりから違和を感じ、この本を読み進めていく。

10年以上の、ある意味では遠い昔のことではあるが、現代に通じる事件だと思う。
2003年。
今から16年前の事件。
(この番組の放送は昨年なので)
その2003年の5月12日夜、川上先生。
福岡市内、室見川のすぐ近くの小学校の先生。
40代前半(実際には46歳なので後半)の方。
受け持ちのクラスの浅川裕二(仮名)の家を訪問した。
その時、母・和子(仮名)さんが、息子裕二が「多動である」と。
「落ち着きがない」という相談を家庭訪問で川上先生は受ける。
(本によると相談されている感じではなく「ADD(注意欠陥障害)なので誤解されやすい」というような話をしている)
更にお母さんはちょっと舌が滑らかになったのだろう。

私の祖父が、裕二にとってみればひいお祖父ちゃんがアメリカ人で、今、アメリカに住んでいます。私も小さな頃に向こうに住んでいたんですよ。(30頁)

自分の家族のことは「ファミリー」とつい言ってしまうという、英語のクセが治らない。
アメリカで自由の暮らしを送ったので日本・福岡、そういうアジアのローカルの街の暮らしというのは「アメリカの文化が身についた私にはちょっと肌に合いませんのよ」という。
「裕二にもそんなところが見受けられるかも知れません」というようなことをおっしゃる。
「ああ、そうですか、そうですか」とお母さんの話に相槌を打つ川上先生。

 それから3週間たった6月2日の朝のことである。−中略−教頭が近寄って来て耳打ちした。
「川上先生、話があります。校長室へ行ってください」
(39頁)

(番組では校長に呼ばれたのが5月30日と言っているが、上記のように6月2日。5月30日は浅川夫妻が学校に抗議に来た日)
家庭訪問をしたその裕二君が体罰を受けたとお母さんに報告した、と。

「どうするのかはわかりませんが、頬をつかんだり、鼻をつかんだりしていませんか?」
(えっ、自分が体罰をしているかどうか聞いているのか? そんな覚えはない)
「していません」
 即座に答えるが、校長は重ねて聞く。
「ミッキーマウスとかピノキオとかアンパンマンとか、浅川君ができないことをすると、頬をつかんだり、鼻をつかんだりしたことはありませんか?」
(46頁)

ところが川上先生は全く身に覚えがない。
話が逆。
川上先生がいつも気にしているのは、その体罰を受けたという裕二君の方がやや粗暴で。

裕二君は帰り支度をなかなかしないで、友達を廊下に待たせているんですよ。『早くしなさい』って言っても聞かないので、『はい、10数える間に出ていってね』と言っただけですが」
「ランドセルをゴミ箱に捨てたとことは?」
「蓋の上に置きました。ランドセルが棚の前に落ちていて、『これは誰のですか?』って言っても取りに来ないので、『いらないなら捨てちゃうよ』と。でも、実際に中に捨ててはいません」
(45頁)

 ところが6月5日頃、授業中に児童の一人の及川純平(仮名)の顔を何気なく見た時、裕二の頬を払ったいきさつがはっきりよみがえってきた。
 及川は4月になって以降、裕二から立て続けに暴力を受けていた。
−中略−
 裕二を呼んで聞いてみると叩いている事実を認めたので、「もう絶対にやっちゃだめだよ」と言い聞かせた。しかし反応がない。2日後の18日に念のため及川に確認すると、暴力は止んでおらず、続けて叩かれており70数回にもなると言う。
−中略−
 思い余った川上は、右手の甲で裕二の右の頬を払うように軽くたたいた。
−中略−
「今叩かれた痛さがわかるか? その痛さが、君が及川君にしてきた暴力だろう?」
 川上は裕二にそう諭したが、本人はちっとも懲りなかったようだ。なぜなら裕二はその後も、他の同級生に暴力を振るっているのである。
(61〜62頁)

(番組では及川の一件を6月のことと言っているが実際には4月)

 裕二のこうした問題行動は、以前からA小学校の保護者の間で心配の種になっていた。
 1年生の時に、「このはさみ切れるんかいな」と言って同級生の女の子の手を切り、何針か縫う怪我をさせた事件は有名である。そのため、「あの子とは関わりたくない」「うちの子があの子と一緒のクラスになったら困る」といった声が少なくなかったことは事実である。
(64頁)

ところが裕二君のご両親が学校へ体罰への抗議。
その上に裕二に向かって川上先生が曾祖父ちゃんがアメリカ人ということで「君はアメリカ人の血が流れてる。アメリカ人の血は穢れているんだよ」と罵ったということが報告される。
(本によると、和子は家庭訪問の時にドア越しに先生が『血が穢れた』と言っているのを裕二が聞いてしまったと主張している)
しかも裕二君は耳の付け根が切れている。
その切れているのも先生から引っ張られた。
そういう報告を両親にしている。
それで騒ぎは広がって、校長、教頭、川上先生を含めて相手方の裕二君のご両親と話し合いが、という。
とにかく校長先生は「川上先生、頭下げよう、頭下げよう、頭下げよう」というので謝りに行く。
(この時点では裕二の両親の方が学校へ来ている)
ここからどんどん両者の溝が広がっていくということになる。

どんな小さな事件でもサスペンスというような出来事がある。
ここからは武田先生にとっては「怪談」。
6月に入るとこの川上先生と裕二君のご両親との噛みあいというのが悪くなって。
本の方に書いてあるのだが、川上先生は裕二君のお母さんの和子さんに異常を感じるようになる。
会うと睨む。
そして裕二君のお父さんの方も睨みながら低く唸るような。
(本にはお父さんがすごく睨んだということは書いてあるが唸るというようなことは書いていない)
そんな目線にさらされるだけで嫌。
「何でここまで、この人たちは自分を憎むんだろう?」と。
校長はひたすら騒ぎを大きくしたくない。
だからとにかく謝らせる。
ところが謝るたびにどんどん向こうの態度が硬化していく。
そこで何をやったか?
屈辱的。
川上先生の授業には監視役の先生が付くようになる。
子供に暴力をふるわないかどうか。
それは裕二君の両親からの強い要請があったのだろう。
(本によると両親の方からの要請は「担任を変えろ」だった)
ところが何べん見ても裕二君の粗暴こそ問題。
ところが校長はその川上先生を頭を押さえつけるようにして謝らせて。
「教師が教え子をいじめているのは大変なことになる」というので「学校内でも川上先生を見張れ」という話になって。
その上に裕二の心のケアを学校全体でやろう、ということで父兄を集めての懇談会等々が。
その懇談会にも裕二君のご両親がやってくるが、すごい目で睨む。
怖い。
川上先生がクラス担当をとうとう外される。
しかしそれでも彼は学校に行く。

「学校内で2、3度、川上先生にばったり出くわした裕二が、ショックのあまり具合が悪くなったんです。帰宅するなりトイレに駆け込んで下痢や嘔吐を繰り返すんですよ。(106頁)

何と6月25日に和子さんは自ら地域の新聞である朝日新聞に出向いて、この顛末を話す。

 この日の夜8時半頃、川上の自宅にも朝日新聞の記者がやって来た。−中略−「朝日新聞の市川です」と名刺を差し出して自己紹介した。−中略−実際のところ、浅川君への体罰や、血が穢れるなどの差別的な言葉はあったんですか?そのことを直接、先生の口から伺いたい」と言う。(107〜108頁)

川上先生は「冷静になんなきゃ」と思う。
そこで何を思ったかというと、即答は止める。
(即答を止めたのはこの時のことではなく、その次の取材の時)
即答しないで「校長が全部その間のことをメモしてますんで、発言を一本化するために校長が来たところで同じ質問をして真実かどうかを確認してくれ」という。
ところがこの川上先生の柔軟な姿勢が、朝日の新聞記者をして「逃げた」と思わせる。
(この時の記者は朝日新聞ではなく『週刊文春』)

朝日新聞の西部本社版に
《小4の母「曾祖父は米国人」
 教諭、直後からいじめ》
 という大見出しで、ほぼ浅川側の言い分に沿った記事が掲載された。
(113頁)

このほんのわずかな食い違い。
逃げじゃなかったのだが新聞記者の方がそう取られたのだろう。
朝日の方は書くのだが、すべて母・和子からの取材による新聞の大告発だった。
人間のすれ違いというのは、何か胸が痛くなる。

校長は「学校に置いとくとまずい」ということで、早良区百道の教育センターへ研修へやらせる。
とにかくマスコミの嵐から小学校を守りたいという一心の校長。
「川上先生、オマエ喋ると問題がさらに広がるから、絶対喋るな!」というワケで。

 一般の会社勤めから回り道して小学校教師を志した川上は、教員採用試験を連続9回不合格になっている。10回目でようやく合格を手にした時のあの天にも昇るうれしさを彼は忘れたことがない。(118頁)

とにかく「教職だけは辞めたくない」ということで「がんばってたらいつか誤解も解ける」ということで教育センターに通いつつ、校長から言われた「私に任せておきなさい」を信じて待っている。
しかし、校長が謝罪を繰り返していくうちに川上先生に身に覚えのない体罰がどんどん膨らんでいく。

 7月7日。校長は、この日出席していた4年3組の児童28人を、5人ずつ図書室に呼んでアンケート用紙を配った。このアンケートは5つの設問から成っているが、重要な最初の2問だけを紹介する。

 4月から 先生がたたいたことが
ある ない


 先生が じゅぎょう中やゲーム中に
  アメリカ人のことや 髪の毛のこと などを
  みんなの前や一人の子どもに言ったりしたところを
  見たり 聞いたり したことが
ある ない
(127頁)

 子供たちが日付まで覚えているとは思えないが、裕二が頬を叩かれたのは4月18日頃である。そのため、これを目撃した児童が「ある」と答えるのはむしろ当然で、実際に、「ある」に丸をしたのは22人で全体の80%に上がった。(128〜129頁)

「アメリカ人の血は穢れている。君にはその血が流れている」と罵ったという訴えに対して校長先生が「先生が授業でアメリカ人のことや髪の毛の色のことなどを喋ったことがありますか。ありませんか」。
クラスのうち60%近い子が「ある」。

6月になると4年生は平和学習の一環として福岡大空襲について学ぶ。子供たちは当然、川上が授業中に、「アメリカ」とか「アメリカ人」と言うのを聞く≠アとになる。
 また、4年3組の前出の児童によれば、「ゲームをしている時、先生ではなく、同級生のある女の子が裕二君に向かって、『髪の赤い人』と言ったことはある」と話す。
(129頁)

つまり不用意なこの手のアンケートが日常「裕二を先生はいじめている」ということになってしまう。
それから片付けの遅い裕二君に関して先生はせかせる意味で「はぁい!急がないとランドセル捨てちゃうよ!10・9・・・」というような行為もこのアンケートの中では「ゴミ箱に捨てようとした」になる。
だから世論調査とかアンケートは鵜呑みにしちゃ、細部を切り落としてはいけない。
この校長がアンケートをやってその実態が分かったということで、今度は西日本新聞という地元の、かつて武田先生の兄も勤めていた会社。

 地元マスコミの中で、とりわけ熱心にこの事件を追いかけたのは西日本新聞の地域報道センター所属の野中貴子記者である。
 9月9日、彼女は衝撃的な記事を掲載した。校長や友人から連絡を受けすぐさま同紙夕刊を開いた川上の目に、「自殺強要発言も」
(131頁)

今でもそういうものだが。
この西日本新聞という地元でニュースを追っている新聞社が「『死ね』と平気で子供に言うような教師が存在するぞー」と言ったことによって、何と『週刊文春』が騒ぐ。
そして『週刊文春』は母・和子さんからまた取材をし、校長に取材をし、教師へも連絡を付けて欲しいということなのだが、校長はもう『文春』と聞いただけで怯えている。
『週刊文春』が書くともう全国区になる。
それで「連絡来ても応じるな」と「居留守を使え」と言ってしまってそれで無視をしてしまう。

 10月頭、川上宅に「週刊文春」が郵送された。−中略−
「『死に方教えたろうか」と教え子を恫喝した史上最悪の『殺人教師』」
(141頁)

 10月8日。予期していたように、浅川裕二とその両親は、裕二のPTSDを理由に、川上と福岡市を相手取って約1300万円の損害賠償を求める民事訴訟を福岡地裁に起こした。(150頁)

 刑事告訴ではなく民事訴訟であるという点にも川上は納得がいかなかった。体罰によって大量の鼻血が出たり耳が千切れて化膿するほどなら、これはもはやりっぱな傷害事件ではないか。浅川夫婦はどうして警察に被害届を出さないのか。(158頁)

これは著者の福田ますみさんがおっしゃっているが、民事は緩い。
刑事事件となると「何cm切れた」とか「何か月」とか全部書かなければいけない。

6月20日に学習遠足に出かけたのが最後になった。−中略−
 展示物を前に裕二は興味をそそられたのだろう、「あれ何や? これ何や?」とひっきりなしに川上に質問してくる。川上がデジタルカメラを向けると、裕二は満面の笑顔でポーズを取った。
(104〜105頁)

この先生は気の毒。
「君さえ黙っておけば丸く収まる」という言葉を信じている。
逆。
油を注いで爆発させるように騒ぎはどんどん大きくなる。

原告側弁護団はこの時点で、大谷弁護士を筆頭に、なんと503名という途方もない人数に膨れ上がっていた。(158頁)

「ならば一人でも戦う」ということで、先生は裁判に立ち続ける。
(上村弁護士に何度も依頼しているが保留され続けて、結果的にはこの時点で一人で戦う状況になっている)

 10月10日、川上は、停職6か月の処分の撤回を求めて福岡市人事委員会に不服申し立てを行なった。(159頁)

この間にも川上先生は鬼教師とか殺人教師という、全国版になってしまったバッシングで裁判で争われることになる。
川上先生は一人きりだから大変だっただろう。
ところが取り囲んだマスコミの中で「ちょっと話が出来すぎてないか?」という話に。
それで、これは全部実名をあげる。
この福田さんの本の通りに社名をあげているが。
今度はテレビ局が騒ぎに参入する。

10月13日に放映された日本テレビの「ザ・ワイド」、翌14日のテレビ朝日の「スーパーモーニング」ではいずれも川上の釈明を詳しく取り上げた。
 特に「スーパーモーニング」では、保護者と思われる人物が登場して、「体罰があったとは考えにくい」と証言。さらに番組の女性レポーターが、これだけの体罰があれば、児童間で話は広まるし父母の耳にも入るはずだが、取材の範囲では、学校内でそうした噂が出た事実はないと疑問を投げかけている。
(160頁)

「何かの間違いですよ」という父兄が出てきて。
「あの先生はすごい真面目で、いい先生で」というのとテレビ二社のレポーターに対してある父兄が「乱暴なのは裕二君ですよ」という密告が入った。
テレビ二社が調べたところによると殺人教師なのに体罰の目撃例がない。
「これは少しおかしい」と報道する。

 ところがこれらの報道に「週刊文春」(10月30日号)がまた噛みついた。「史上最悪の『殺人教師』を擁護した史上最低のテレビ局」と銘打って、「ザ・ワイド」「スーパーモーニング」の両番組を激しく非難、大谷弁護士の怒りのコメントを紹介している。(160〜161頁)

「検証もしないくせにテレビの報道はトンチンカンな事ばっかりよ」という。
悪い人ではないのだろうが言葉に勢いがついてしまって。

 裕二は、この前田医師の勧めによって休学し、10月14日から久留米大学病院の精神神経科閉鎖病棟に入院していた。−中略−
 前田は、「男児は非常に深刻な外傷後ストレス障害(PTSD)で、抑うつ症状なども併発している。
(168頁)

そうするとやっぱりある。
「入眠困難」「自殺衝動」ということで診断されて「いじめが放置され教師による学級王国がこういう悲劇の子供を生んでしまった」というのだが。
このPTSDの検査もどうも緩かったようだ。

いよいよ裁判が始まる。
新聞メディアと550人の弁護団に守られた浅川親子対川上たった一人。
たった一人なので裁判が成立しないので「形だけでもいい」ということで無料法律相談所へ行って、一人だけ弁護士さんがいた。
南谷(洋至)さんという方がいらっしゃって、この南谷さんにお願いして弁護をやってもらう。
南谷さんは体罰が凄まじいワリには目撃者が一人もいない。
お母様は何かというと、裕二君から話を聞いているだけ。
それと「ミッキーマウス」という体罰。
耳を千切れるぐらいひっぱるという。
化膿して膿が出ているのだが、親御さんが耳が切れてから膿を見つけるまで二週間以上かかっている。
この一点にこの南谷という弁護士さんはものすごい危なさを感じて(ということではなさそうだが)全ての出来事が実はお母さんの和子さんから語られたことで「それ以外誰も目撃していない」という、ことの真相に思い至る。
それだけのいじめをやる。
耳を引っ張って血が出る。

被告川上は、原告裕二に対し、「お前は生きている価値がない。早く死ね。」と言ったが−中略−原告裕二に、「お前の住んでいるマンションは何階建てか。」と尋ねた。原告裕二が「6階建て」と答えると、「お前の住んでいるマンションの6階から飛び降りろ。今日やるんだぞ。」と、具体的な自殺の方法を教えるとともに、期限まで指定した。(154頁)

(番組では「建物の6階まで連れあがって「突き落とすぞ」とか1階に降りてきて罵ったりという話をしているが本に書いてあるのは上記の内容)

 最後の授業が終わると、子供たちは2、3分で帰りの用意をする。−中略−簡単な担任の話があり、日直が、「帰りのご挨拶、さようなら」と声をかけて終わる。
 この間、およそ15分程度である。こんな慌ただしい状況では、担任が一人の子どもに必要以上にかかずらい、まして、怪我を負わせるほどの体罰をふるう時間的余裕など全くない。
−中略−
 なにより、これほどの体罰なら、目撃した子供たちが保護者に話したり、他のクラスの子供に漏らしたりで、浅川和子が学校に抗議に出向くまでもなく、あっという間に大騒ぎになるはずだ。
(184頁)

この南谷弁護士がことの真相を調べに入る。


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2020年04月05日

2019年5月6〜24日◆バカシリーズ(後編)

これの続きです。

日本には「バカの系譜」という、自分のバカさ加減を笑うというジャンルがあるが、松田聖子さんの登場によってJ-POPアイドル路線を取り入れてグッと曲がっていく。
「自虐」「己を笑う」というようなジャンルがどんどん色あせていく。
あみん『待つわ』。
そして『夢をあきらめないで』等々で「バカだ」と自嘲する女性像が否定され、時代を画したと思う武田先生。
そして、ご本人はそう思っていないかも知れないから放送を聞かれたらびっくりなさるかも知れないが1990年の『愛は勝つ』。

愛は勝つ



水谷譲は何げなく「あの歌がどこが革命的?」とか思っているだろう。
ここ。
J-POPはこのKANさんのラインに乗ってくる。

心配ないからね君の想いが
誰かにとどく明日がきっとある
どんなに困難でくじけそうでも
信じることを決してやめないで
Carry on carry out
傷つけ傷ついて 愛する切なさに
すこしつかれても Oh...


この中には自虐なんか一行もない。
「心配ないからね。君の勇気が。誰かにとどく明日はきっとある。どんなに困難でくじけそうでも、信じることさ。最後に必ず愛は勝つ」
「応援ソングの走り」みたいな感じだと思う水谷譲。
これは「応援」というよりも「自画自賛ソング」。
誰も応援していない。
「己をほめたたえる」という歌。
そしてこのKANさんの歌声から、日本の歌謡界から低音の人が消えうせる。
駆逐される。
かつてあれほど日本人は低音が好きだったが、このKANさんの歌声から男性の声も女性の声も高いところを目指して張られる。
そして自画自賛。
自分に関して光り輝くような内容。
これがJ-POPの主流となるワケだが。
そしてこの『愛は勝つ』のすぐ後、トレンディドラマの中から先頭集団が形成される。
そのトップに躍り出たのが『101回目のプロポーズ』から『SAY YES』。

SAY YES



少しくらいの嘘やワガママも
まるで僕をためすような
恋人のフレイズになる
このままふたりで 夢をそろえて
何げなく暮らさないか
愛には愛で感じ合おうよ
硝子ケースに並ばないように
何度も言うよ 残さず言うよ
君があふれてる


CHAGE&ASKA 1991年『SAY YES』
これはビッグセールス。
この流れに続いてJ-POPの女王が誕生する。
『CAN YOU CELEBRATE?』

CAN YOU CELEBRATE?



Can you celebrate?
Can you kiss me tonight?
We will love long,long time
永遠ていう言葉なんて 知らなかったよね


安室奈美恵さん。
なんと明治期から70年代まであれほど支持され続けた自虐の系譜は、このビッグセールスによって息の根を止められた。
そして「自虐の歌」「バカの系譜」はオッサンやジイサンのカラオケの宴か、歌謡番組の歴史か何かでひっそりと繋がれるというような、もう「隠れキリシタン」のような暮らしに追いやられた。
追いやった二曲が『SAY YES』と『CAN YOU CELEBRATE?』。
武田先生の運命は何と不思議なことに、このビッグセールスの二曲のドラマにそれぞれ共演者として出ていること。
ここで自虐は絶滅し、己を「バカ」と呼び捨てる自虐は、若き世代に激しく否定されたワケだが。
しかし、何でこんなことになったのか?
なぜ日本人は、いつから看板であった「自虐」を捨て、自画自賛するような国民になったのか。

80〜90年代にかけての日本の歌謡界「自虐の系譜」。
「自分は悲しい」「辛い」とか「アナタを恨まない」とかというのは全部消え失せる。
そして自画自賛。
とにかく「君を励ます」「僕を励ます」というJ-POPが天下を獲る。
己を「バカ」と呼び捨てる自虐は否定され「私待つわ」「あきらめないで」「信じることさ」「迷わずに」「CAN YOU CELEBRATE」。
ひたすら自己を肯定し、他者であるアナタを激励していく自画自賛ソング。
何でこれが天下を獲れたのか?
これを80〜90年代、20年間に亘って考え続ける武田先生。
なぜ80年代に始まり2000年を過ぎてもまだ主流をとっているのか?
その謎が解けないまま、心中にしまっていた。
時は過ぎ、2011年。
あの解けなかった最大の謎「なぜ『自虐』は捨てられたのか?」という。
それをひと言で言い当てた人に、本を探しているうちに武田先生は出会う。
これはショックだった。
「この人は何という冴えた勘を持った人だろう」と。
武田先生が言うから皆さんも大体お名前はおわかりだろうと思うが。
哲学者、内田樹氏。
この彼の著作の中でギクリとした指摘がある。

呪いの時代



(内田樹氏の『呪いの時代』は単行本と文庫本が発行されているのだが、ページの番号は単行本の方で紹介する)

「呪い」の言説が際だってきたのは、1980年代半ば、ニュー・アカデミズムの切れ味のいい批評的知性が登場してきた頃からでした。この頃から、「知性の冴え」がほとんど「攻撃性」と同義になり、「辛口」や「毒舌」という言葉がコラムのタイトルに頻出するようになります。(16頁)

「あみん」の登場とぴったり。
このことを80年代から出現してきた奇妙な明るいJ-POP現象と重ねると、そういうこと。
一般社会の言葉遣いが呪いの言葉じみてくる。
それ故に、歌はひたすらその呪いにかからないように、明るい言葉を使い始める。
もちろん内田氏は哲学の側から日本を語っておられる。
武田先生は芸能の立場から歌の流れを辿っている。
この1980年代から日本に訪れた時代は「呪いの時代」だという。
ちょうどバブルの時。
人を攻撃する言葉が激しくなった。
それも、ちょっとナイフのようにとがらせて。
そういう時代になったが故に、「自虐」を追いやって「他責」、人を責めるというのが80年代半ばからしきりにもてはやされる。

 ネット上のやりとりにおいては「批評に応えて、自説を撤回した人」や「自説と他社の理説をすり合わせて、落としどころで合意形成した対話」をほとんど見ることがありません。−中略−
「私が正しいか、おまえが正しいか、二つに一つだ」というような場面というのは現実にはまずありません。
−中略−けれども、「私は正しい、おまえたちは間違っている」とただ棒読みのように繰り返すだけの言葉づかいは何かを壊すことはできますけれど、何かを創造することはできません。(15頁)

このへんが武田先生の「バカの系譜」とピッタリ合う。
世の中の一般の言葉遣いそのものが非常に鋭い呪いの言葉になった、という。
「呪いの言葉」というのは今で言う「ヘイトスピーチ」にまで発展していく。
ああいうものが発展したのも80年代スタートだ、という。
だから呪いをかけられないようにJ-POPはひたすら明るい言葉遣いを。
そして歌の主流をとったJ-POPは他責。
人のことをバカにする、見下す、上から目線のネット社会と相性がよく、自己を強く肯定し、甲高く呼びかける、という。
そういう歌が主流となり、歌謡界に歌姫や王子を次々と誕生させた、という。
そして90年代が過ぎ、新世紀の二千年代の初め、ネット上ではもうほとんど言葉というのは他人に振りかざす刃物のような形になる。

 ネット上では相手を傷つける能力、相手を沈黙に追い込む能力が、ほとんどそれだけが競われています。もっとも少ない言葉で、もっとも効果的に他者を傷つけることのできる人間がネット論壇では英雄視される。(14頁)

そういうことを考えると、この間に社会で大きな事件が起こった。

「弱者」たちは救済を求めて呪いの言葉を吐き、「被害者」たちは償いを求めて呪いの言葉を吐き、「正義の人」たちは公正な社会の実現を求めて呪いの言葉を吐く。(11頁)

この時代、呪いは濁流となって政治の世界、あるいは世俗の愛憎にまで及んでいる。
国際社会を渦巻く言葉も、もう今や「呪いの言葉」。
宗教での対立も含めて「呪い」。
今こそ「呪いの時代」。
これは暗い気持ちで言っているのではない。
その「呪い」というのを深く考えていこう。
「呪いの言葉」に近づいてはいけない。

あの事件。
子育て中の主婦が・・・。
武田先生に向かって「気持ちわかるな、この人の」と言っていた水谷譲。
わが子が保育園に入らない。
彼女がSNSの社会を利用して叫んだ言葉が「保育園落ちた 日本死ね」。
「保育園落ちた日本死ね!」 匿名ブロガーに記者接触:朝日新聞デジタル
自分の子が保育園に入れないという現状で、一億数千万人の日本人が全員死ぬことを祈る。
これは「呪いの時代」。
インチキがなければ母親が吐いた言葉。
これほど暗い言葉はない。
水谷譲は「保育園落ちた無念はそれぐらいの気持ちになります」と武田先生に教えてくれた。
武田先生はこの人を認めない。
あの子(この時に保育園に入れなかった子)もいくつぐらいになっただろう?
(調べてみたところ、おそらく現在5歳)
あの「日本死ね」と望んだお母さんはあの子が中学校に落ちても、高校に落ちても、大学に落ちても「日本死ね」と呪うのだろう。
という意見に反論する水谷譲。
中学高校大学とは違う。
保育園は入れたくても入れられない。
中学高校はとりあえず公立だったら入れるので(保育園とは)ちょっと違う気がする。
でも武田先生は「呪いの言葉」だと思う。
あれがなぜ「呪い」かと言うと、そのことを国会で取り上げて与党に詰め寄った女性議員がいらっしゃった。
ものすごい呪いのシステム。
あの方はあの一言で、すごいポストが用意された瞬間にヒゲを生やした弁護士さんのことを「文春」なんていうヤツらがいて、彼女に「呪い返し」をやった。
山尾志桜里衆院議員が倉持弁護士と「国会に無届け海外旅行」 | 文春オンライン
このことを家でしゃべっていたらお嬢さんがすごく嫌がって「そんな『呪い呪い』って言わなくていいよ!」と怒られた武田先生。
でも「呪いは伝染する力がある」という日本のことわざを絶対に忘れちゃいけない。
やっぱり「人を呪わば穴二つ」。
「墓穴を二つ、呪う側も呪われる側も用意しろ」というのは。
やっぱり呪いは凄まじい威力があって「触れた者も呪われる」という。
だからこそ呪いの言葉遣いを使っちゃいけないと思う武田先生。
日本に同化した日系の半島の人たちに対するヘイトスピーチも、言葉そのものは呪い。
でも、基地問題に反対するために「ヤンキー ゴーホーム」と書くのも「呪いの文法」だと思う。

芸能というのは呪いにはものすごくもろい。
一番もろいのがアイドル。
アイドルは呪いにかからないようにいくつものバリアを貼っている。
それが少女アイドル集団。
あれも呪いがかからないようにバリアが張ってある。

願いごとの持ち腐れ



すべて(すべて)消えるだろう
願いごとの持ち腐れ
一度きりの魔法なんて
あれもこれも欲が出て


あの人たち(AKB48)のグループの人数。
48人。
もう一つは46人。
欅坂46。

風に吹かれても



風に吹かれても 何も始まらない
ただどこか運ばれるだけ
こんな関係も 時にはいいんじゃない?
愛だって 移りゆくものでしょ?


このアイドルの人数の数字を見てください。
46と48で結成されている。
何が避けられているか?
何を飛び抜かしているか?
何で47を避けるか?
「呪い」だから。

「47」の集団といえば、日本でもっとも有名な「四十七士」。
赤穂浪士。
討ち死にするから出てこない。
(武田説)
でも、前からおかしくて仕方がない。
「セブン」は響きがいい。
でも少女集団に関しては「47」を避ける。
これは「全員切腹」という運命から、忌むために「物忌み」というが、不吉が呪いかからないように避けてネーミングにしてあるのではないだろうか?
除霊。
基本的にこの少女集団は必ず「散る」ことを前提にしている。
一種「散る」ことが彼女たちの最高のクライマックス。
つまり「引退します」「卒業します」ということ。
それがゆっくり進むように、赤穂浪士のように一斉に散るということのないように、呪いがこっち側に来ないように、一名足すか引くか、という。
ファンとのトラブルが、あっちこっちの48なんかで起こったりして、坂上(忍)さんが怒ってらっしゃる。
あの方は怒ってばかりいる。
目があんなに腫れてしまって大丈夫ですか。
坂上さん寝てますか?
坂上さんが怒るくらいだが、事務局とうまくいっていないとか、そういう闇が、という。
何でああいう揉め方をするのか?
また、アイドルが特定のファンと付き合ったということで必ずスキャンダルが「文春」「新潮」が張り切ってまたやる。
48、46のアイドル集団の人から男子グループのアイドル集団まで、騒ぎが大きくなる。
そんなのばっかり。
そういうものが渦巻きやすい。
それゆえに歌だけが妙に口実的になってしまう。
「傷つけてはいけない」「傷つけたら呪いをかけられる」というのが、実はJ-POPの主流になっているのではないだろうか?

これは武田先生が考えたのではない。
内田先生がおっしゃるのですごく頷いた武田先生。
「呪い」に対して水谷譲はどうするか。
気にしないか、お祓いに行って気持ちをちょっと落ち着かせる。
内田先生がおっしゃっているのはそうではない。

 呪いを解除する方法は祝福しかありません。(36頁)

そのことだけがアナタが呪いから脱出できる唯一の道である、と。
これは逆転の論説で、パラドックス。
ちょっとわかりやすく言う。
自分が緊張している時には深呼吸をするという水谷譲。
自分に「落ち着け」と命令する。
でも内田先生は武道家で、ものすごくうまいことをおっしゃった。
自分が緊張していたら、目の前にいる人の緊張を解いてあげる。
そうしたら自分の緊張が解ける。
自分が求めているものを他者に施しなさい。
それがアナタがそれを手にする唯一の道だ。
一番呪いたくなる人に向かって祝福をしてあげる。
「アンタ間違ってないよ」とか「そうそう、俺のこと恨んでるよね?」とか。
「でもきっと幸せになるよ」とかと祝福してあげること。
呪いではない。
呪いの逆をいくこと。
それが呪いから脱出する方法。
そして内田先生はこんないい言葉をおっしゃっている。

多くの人が誤解していることですが、僕たちの時代にこれほど利己的で攻撃的なふるまいが増えたのは、人々が「自分をあまりに愛している」からではありません。逆です。自分を愛するということがどういうことかを忘れてしまったせいです。(36〜37頁)

自分を愛するということがどういうことか忘れてしまった。
自分を愛していない。
だから愛されるに特化したアイドルが欲しくなる。
呪いの病根は「自分を愛せないから」。
自分を愛せないから他を愛し、他に去られれば憎み、呪う。
「自分を愛する」とは実に困難な事業。
では、呪いをいかにして自愛、自分を愛する心に転ずるか?

内田先生の言葉に戻る。
今、時代は「呪いの言葉」である、と。
外交問題から隣国とのもめごと。
それから遠い地ではあるが異国で起こった宗教対立等々。
すべて呪いが原動力となっているという。
その「呪いの時代」。
その呪いを解除する方法は、内田先生は一つしかない「祝福することです」という。
誰を祝福するか?
自分か?
違う。
それだったら「自画自賛」の武田先生と同じになってしまう。
誰を祝福すればいいのか?
アナタ。
それも私にひどいことをして去って行こうとする人に対して「いや、私がバカなんです」と自責する。
自らを責める。
そして愛したであろうアナタに対して、むごく私を捨てて去って行こうとするアナタに対して「いいんです」と。
「アナタのいない寂しさを罰として私は受けます。どうぞアナタは幸せになってください」と祝福するところに呪いを解除する唯一の道がある。
何が言いたいか?
今や話は振りだしに戻った。

新宿の女



バカだな バカだな
だまされちゃって


もう一度「バカだなぁ」と自分を自虐するところの歌に戻っていけば、呪いは解除できる、という提案。
だから今、日本の歌謡曲界が一番飢えているのは、あるいは人々の心を打つ歌とか物語は「自虐」。
その予兆が映画『ボヘミアン・ラプソディ』の大ヒットではないか?

ボヘミアン・ラプソディ (字幕版)



フレディ・マーキュリーさんはものすごく一途なバカ。
仲間三人に自分の病気を告白する。
それで最後にあの例の大舞台に立って、お客を。
フレディ・マーキュリーがやっている事は何か?
あれはやっぱり、他者を祝福している。
「ドン・ドン・パ」もそう。
「ウィー・アー・ザ・チャンピオン♪」という。

We Are The Champions



自分も含めて「俺たちが世界のチャンピオンなんだ」ていう。
あれは「祝福」。
つまり自分を含めてあなたをも祝福すること。
それが呪いを終わらせる唯一の方法。

We Are The Champions



We are the champions
We are the champions
No time for losers
Cause we are the champions
Of the world

(『WE ARE THE CHAMPIONS』QUEEN)

「もう一度、自虐ソングで面白いヒット曲が生まれないかな?」と思う武田先生。
自虐ソングをコツコツやっている「音楽界の奇跡」ともいわれるグループがいる。
「海援隊」
『そうだ病院へ行こう』

そうだ病院へ行こう



そうだ病院へゆこう
今朝もひとりで夜明けの町を 健康作りで走り廻れば
また捕まった職務質問
(お名前を言えますか?もう一回!)
誰より元気と威張りたいけど ひとりぼっちのラジオ体操
離れ小島のロビンソン


あれはお世辞ではなく「名曲だ」と思う水谷譲。
あれの二曲目ができた。
パート2。
これがいい。
歌った会場では必ず100人前後の盛り上がりがある。
小規模な盛り上がり。
その歌こそ『尿管結石ロックンロール』。
これが自虐、己を苛む。
実はこれこそ自分を愛するただ一つの道ではなかろうか。
若き詩人よ、バカに戻ろう!
そういうテーマでお送りした「バカシリーズ」だった。

やっぱりすべての歌はここに帰っていくのではないか。
高倉健『網走番外地』

東映傑作シリーズ 高倉 健 VOL.2 「網走番外地」



馬鹿を馬鹿を承知のこの稼業
赤い夕陽に背を向けて 無理に笑った渡り鳥
その名も網走番外地


posted by ひと at 10:43| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年5月6〜24日◆バカシリーズ(中編)

これの続きです。

「バカシリーズ」と題して、先週は『バカとつき合うな』。
堀江貴文氏と西野亮廣氏の一冊。
後半の方で取り上げたのがこれとは対極にある一冊で『世界初は「バカ」がつくる』という。
(著者は)科学者の方なのだが生田幸士さん。
マッドサイエンティストという『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に出てくるあのオッサンみたいな人が世界を切り拓くんだ、と。

バック・トゥ・ザ・フューチャー (字幕版)



あれは非常に大事なバカで。
今、東大も含めてバカが少なすぎる、と。
そのバカの少なさが普通のバカを暗躍させている、跳梁跋扈を許しているんだ、とそうおっしゃる。

この生田氏、どんなバカかと言うと、一番最初の研究が魚のヒレの推進力を考えるという論文で注目されたらしい。

「え?魚の推進効率って90%超えるのか?」
「そういう論文も出てます」
「ふつうのスクリューってな、80なんていかんよ。70、60%だよ。
(102頁)

だから船も尾ヒレとか胸ビレで航行するようになるとすごい船ができる。
確かに魚は速い。
潜水艦が尾ビレで動いたらおかしい。
でも可能。
それでものすごく注目をされて。
バカな研究をやる人にはなんだかおもしろがって人が寄ってくる。
それでこの方々はどこか大学の巨大なプールを借りて、魚のヒレの回転効率の研究をやったらしい。
その中で論文にしたくてロボット用のヒレにコンデンスミルクを塗って。
水を真っ黒にして(とは本には書いていないので、水は黒くないと思われる)。
それで渦巻の形状を調べようとした。
そうしたらプール全体が汚れた牛が落ちたみたいな、そんな感じになって怒られたとか。
(本によると怒られる前に水を抜いて新しい水を入れた)
でもそういう「バカじゃないか、オマエら」と言われているうちに、そういう噂はどんどん広がる。
それで魚のヒレよりもっと面白いヒレはないかと思って始めたロボットがアワビ型ロボット。
ベロ出しながら進む、という。
「ヌルっとしたものを推進力にして進むというロボットはできないだろうか」というので新しいロボットの分野を作った。

現在「ソフトロボティクス」といわれ、世界で研究が活躍している最先端分野の草分けです。(107頁)

 しかし、当時はロボットは「ゲテモノの学問」なんてバカにされていました。そんなものを研究してどうするのか? 遊んでるのか? ふざけてるのか? というのが、外部からの目でしたが、一部の医者は注目していました。
 大腸のS字結腸という急角度で曲がった箇所を、いかにして内視鏡をくぐらせるのか。大腸を傷つけず、患者を苦しませない方法はないか? それにさんざん苦労していたからです。
 梅谷先生や広瀬先生は、医者に言われていました。
「蛇のロボットやっているなら、お腹に入っていく蛇はつくれないのか?」
(108頁)

それでこの方はアワビ型ロボットをいったん保留しておいて(というワケではないようだが)ヘビ型ロボットの研究に突入する。
だから大腸検査などを受けている武田先生もこれをやられているだろう。
今はもう活躍しているらしい。
これは今までのロボットと発想からして全然違う。
ヘビ型ロボット、特に人体に潜り込ませるヘビ型ロボットの特徴は全身が形状記憶合金。

関節が五つあって、全部の関節が自由にクネクネします。−中略−
 ロボットの内部には、小さな形状記憶合金のコイルバネが入っていて、そこに電流を流すと、温度が上がり、伸びたり戻ったりしてクネクネするのです。
(113頁)

だからこういう発想はバカじゃないとできない。

 形状記憶合金の組成は、チタンとニッケルの合金です。
 チタンとニッケルが1対1がちょうどいいのです。
−中略−それがチタンとニッケルの組成比が0.1%でもずれたらもうだめなんですね。(109〜110頁)

これは新分野だから独占。
それでこの生田さんに古河電工は何もかも全部プレゼントしたらしい。
研究室から何から。
とにかくここから医療用のヘビ型ロボットができたという。
でもこの人のバカさはまだまだ続く。

堀江貴文さんの『バカとつき合うな』。

バカとつき合うな



そして今は第二弾、生田博士の『世界初は「バカ」がつくる』。

世界初は「バカ」がつくる! ?「バカ」の育ち方あります!



「バカ」
どんなことに挑戦したかと言うと「ヘビ型ロボット」。
肛門から入れて形状記憶合金のコイルのバネで進んで電流を通し、温度を調節、伸び縮みするというロボット。
関節は五つ。
これで大腸のS字結腸も完全に痛みなく通過。
ガンの場所を見つけたりという。
これが直径10mmの太さが必要だった。
ついに研究五年でヘビ型能動内視鏡を完成。
これはやっぱり大進歩。
日本での評価は大したことがなかったらしいが、アメリカというのはやはりすごい反応をする。
「オメェ、おもしれぇこと言うな〜」というようなもので。

 東工大のドクター時代に、アメリカのカリフォルニア大学のサンタバーバラのロボット研究所の所長にスカウトされ、渡米しました。(119頁)

(番組では「部長」と言っているが、本によると上記のように「所長」)
「面白いからいっぱいロボット考えて」ということで。

 アメリカでは、もう能動内視鏡の研究はやりませんでした。その研究所はロボットの研究所なのですが、最初の私のテーマは、半導体プロセスで動くロボットの開発です。(122頁)

これは面白い。
ロボットはたいがいモーターがあって、という。
そういうもので動く。
彼はその原理を全部変えて、電流で操作できるというロボットを夢見る。

 私は、切手サイズの小さい指をつくりました。
 形状記憶合金で動くバネがついているものです。
−中略−
 指の中はこうなっています。バネがあります。上と下で3本ずつ。例えば下の部分に電流を流すと、縮もうとします。そうすると下に曲がる。今度は上に電流を流すと、上が伸びます。
(122〜123頁)

カテーテルの先っぽにこの切手サイズぐらいのヤツを人間の体の中に入れる。
それでこいつにパーを出させて、もう一本入れて右と左手にして。
そこで切手サイズの手のひらが手術するという。
それに今、挑戦している。
(本の中に「能動カテーテル」の話が出てくるが、上記のような内容ではない)
だから昔、映画で『ミクロの決死圏』というのがあった。
小人の人間を内部に。

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もっとすごいのは「カテーテルカプセル」というのを今発明して。

 カプセル状のロボットの先に手がついている。−中略−これを飲み込んだら、体の中をずーっと落ちていって、その間、カメラで内部をずーっと写している。粘膜の下に腫瘍があったら、医者が無線で操作して、カプセルについている手でキュッと粘膜を持ち上げて、腫瘍を切ったりする。(124頁)

今はまだ動力部等々が完成せず研究中だが、博士は「絶対できる」と言い切っている。
(言い切っていない)
この博士の研究が何が大事かと言うと、これは福島原発にこの博士が参入するらしい。
あそこはロボット工学の最先端だから。
狙いとしてあるのではないか。

一番最後に博士はすごいことを我々に教えてくれる。

 2011年3月の福島原発事故のとき、日本政府を指導した人が高校の先輩だったと聞いたときには。その人はアメリカに住む研究者で−中略−大西康夫博士でした。(160頁)

もう本当に「バカ一代」みたいな博士がいて。
この人は原子炉と水の関係では世界No.1。
それで実は一番怖かったのは壊れきった二号機よりも四号機の使用済みプールに貯まっているウランの方が怖かった。
その四号機の使用済みプールの中の燃料棒に関して彼が「徹底して冷やせ」というのをアメリカから指示する。

「海江田大臣が米国エネルギー省大臣に、大西がそちらのエネルギー省で働いているから、すぐ帰してくれ、と電話したんです。今日か明日帰って来てくれるのか、といわれたが、まだ米国のOKが出ない、と返事をしたら、菅総理がオバマ大統領に電話した結果、すぐ次の便で帰れ、といわれ、日本に来ました」(162頁)

自衛隊がヘリコプターから水を撒いていたのをやめる。
それで何をやったかと言ったら東京の消防車で首の長い恐竜みたいなクレーン車で「直に水をかける」という。
それも四号機中心だった。
あのことを発案したのが大西康夫博士。
そのおかげで関東圏、東京も含めて葛西ぐらいまで住めなくなるところを、チェルノブイリの7倍(本は「6倍」となっている)の原発事故を大西博士のおかげで、チェルノブイリの7分の1に抑え込んだ。
今はさらにそこから50分の1まで抑え込んでいるので、もちろん取り出し等々の困難はあるにしても、もうこれからはロボットの出番ということで「バカとつき合うな」と堀江さんは言うが、この手のバカと付き合わないと原発の処理はできないということ。

チェルノブイリの原発事故が発生すると、ソ連側からアメリカ政府に、チェルノブイリの環境の米国責任者はオオニシにしてくれと要求されその後30年チェルノブイリで問題解決をしてきたことなど(167頁)

チェルノブイリより日本が助かったのはやはり水の国だから。
チェルノブイリは内陸。
だから冷やす水がないから、あそこはもう放置しかなかった。
日本は幸いなことに、と言うと漁業関係の方に迷惑な発言になるかも知れないが、海に近かった、と。
そしてまた水に関しては豊かな資源を空からも陸からも持っているという日本だから。

 当時、東海岸にイタリア系のドニジアンという研究者がおり、「陸の問題はドニジアン、水の問題はオオニシ」といわれるような専門家になり(167頁)

(番組では「世界中の原子炉の脇に貼ってある」と言っているが、本にはそうは書いていない)
この生田氏は一番最初の研究が「魚のヒレの推進力を考える」という。
それから新しいロボットの分野を作った。
この生田博士の主張は「いろんなバカがいないと世界は前へ行かないんですよ」という。

興味深かったのだがネタがこれで尽きてしまって。
ここからは第三弾。
「バカの系譜」別名「自虐の系譜」ということで武田先生の研究成果をここで発表する。
日本にはもともと「己の愚かを笑い、自らを貶め、自らを蔑む歌」というジャンルがある。
例えば恋を失った時、アナタに罪がないということを証明するために、私が寂しさを引き受けましょう、という。
自責、己を責める。
そして自虐。
「オレぁバカだぜ」という。
この自虐の系譜のスタート地点となったのは、このあたりの歌から始めていいのではないか?と思う。

作詞・野口雨情
作曲・中山晋平
『船頭小唄』

船頭小唄



俺は河原の枯れすすき
おなじお前も枯れすすき
どうせ二人はこの世では
花の咲かない枯れすすき
死ぬも生きるも ねえお前
水の流れに何かわろ


この中にあるのは「自分の不遇」。
「自分がついていない」「不幸である」ということを誰のせいにもしない。
全部自分で引き受けて。
「俺は枯れすすき」こういうところに自虐の。
この自虐の系譜からこぼれだすのが昭和の世で「バカ」と自らを罵ったのは映画『網走番外地 望郷篇』1965年。

網走番外地 望郷篇



かの高倉健がこう歌った。

馬鹿を馬鹿を承知のこの稼業
赤い夕陽に背を向けて 無理に笑った渡り鳥
その名も網走番外地


(1965年のテイチク盤は歌詞が異なる。番組で流れたのは1984年のキング盤)
「馬鹿を馬鹿を承知のこの稼業」という。

自分を蔑み貶める唄。
これの名曲が美空ひばりの『悲しい酒』。

悲しい酒(セリフ入り)



ひとり酒場で飲む酒は 別れ涙の味がする
飲んで棄てたい面影が 飲めばグラスにまた浮かぶ


自虐。
武田先生はそう思う。
武田鉄矢は美空ひばりさんのあの歌をこう解説している。
天才と称賛された彼女の歌唱は聞く者を圧倒し、何者とも繋がらない自虐の痛々しさとその美しさ。
これが60年代の歌だとすると、70年代からこの自虐に新スターが誕生する。
この人は「どう咲きゃいいのさ、このあたし」とすねる。
藤圭子さんの登場。
『圭子の夢は夜ひらく』

圭子の夢は夜ひらく (MEG-CD)



赤く咲くのは けしの花
白く咲くのは 百合の花
どう咲きゃいいのさ この私
夢は夜ひらく


藤圭子というのは歌謡界のバカの系譜の「華」。
続く作品が自虐ソングの傑作『新宿の女』。

新宿の女



後半二行のサビにそのヒットフレーズがある。

何度もあなたに泣かされた
それでもすがった すがってた
まことつくせば いつの日か
わかってくれると信じてた
バカだな バカだな
だまされちゃって
夜が冷たい新宿の女


これは一世風靡するヒットフレーズ。
「バカだなぁ〜♪バカだなぁ〜♪」こうくる。
この「バカ」という一語の発見は、自虐の歌謡界におけるビッグバンを生む。
これはヒットフレーズ。
この「バカ」というフレーズが歌謡界にあふれる。

バカヒットメドレー。
黒沢明とロス・プリモス『ラブユー東京』

黒沢明とロス・プリモス ベスト ラブユー東京 EJS-6027



お馬鹿さんね
あなただけを 信じたあたし
ラブユー ラブユー 涙の東京


さらにこれに演歌の細川たかしが続く。
『心のこり』ではいきなりこれ。

心のこり



私バカよね おバカさんよね
うしろ指 うしろ指 さされても


「私バカよね〜♪」と、バカを公言する。
バカの系譜は女心の表現も転じて、女が自ら自分の愚かしさを歌う。
都はるみ『北の宿から』

北の宿から



あなた変わりはないですか
日ごと寒さがつのります
着てはもらえぬセーターを
寒さこらえて編んでます
女ごころの未練でしょう
あなた恋しい北の宿


これはもう自虐。
ところが80年代に入ると、ピタッと「バカ」が出てこなくなる。
たった一人の歌手が登場したばっかりに、明治以来のバカの系譜がここで急ブレーキがかかる。
時代は別の時代にうつる。

1970年代に「バカ」というフレーズが一世を風靡して、あらゆる歌の中に「バカ」が出てくる。
パターンは一緒。
女性が男性の裏切りにあって恋を失くした。
でも女は男を責めない。
そして「恋したことが私の愚かさなんだ」と。
それで去って行くその人を見送るという。
この時に「バカ」というフレーズは最も自分を叱る言葉としては最適だった。

何度もあなたに泣かされた
それでもすがった すがってた
まことつくせば いつの日か
わかってくれると信じてた
バカだな バカだな だまされちゃって
夜が冷たい新宿の女


ところが80年代に入るとそのシンガーの登場によって、こういう「自分をバカにして相手を立てる」というような歌が消えていく。
そういう時代を呼び寄せたのが松田聖子。
『青い珊瑚礁』

青い珊瑚礁



あなたと逢うたびに
すべてを忘れてしまうの
はしゃいだ私は Little girl
熱い胸聞こえるでしょう
素肌にキラキラ珊瑚礁
二人っきりで流されてもいゝの
あなたが好き!
あゝ私の恋は南の風に乗って走るわ
あゝ青い風切って走れあの島へ


松田聖子の登場は、ただひたすら歌の中に溢れているのはリゾート地での恋人と眩しい、銭も持つだけ持ってるものだから「余っちゃって」みたいな。
どこかの会社の令嬢の夏の恋を歌うのが、松田聖子のアイドルソング。
向日性の高い歌唱で恋を歌いあげる。
この彼女を迎えて日本の歌詞から影が消えていく。
影がない。
やたら明るい。
「あ〜♪わた〜しの〜こ〜・・・はし〜るわ〜♪」
ここで仄暗い自虐ソング、バカと罵るような歌は色あせてゆく。
この松田聖子から男女の恋歌が一変する。
自虐を引き受けていた藤圭子が「バカだな、騙されちゃって」と言うが。
この松田聖子以降、1982年などでは、女がもう自虐というポーズをとらない。
そして女性が恋に関して、しつこくなる。

1988年『待つわ』

待つわ



行ったり来たりすれ違い
あなたと私の恋
いつかどこかで
結ばれるってことは
永遠の夢
青く広いこの空
誰のものでもないわ
風にひとひらの雲
流して流されて
私待つわ いつまでも待つわ
たとえあなたが
ふり向いてくれなくても
待つわいつまでも待つわ
他の誰かに
あなたがふられる日まで


「待つわ。いつまでも待つわ。他の誰かにあなたがふられる日まで」
「ただひたすら男の不幸を待つ」という女性の登場。
去っていく男を70年代はジーッと見送っていた女性が、去って行こうとする男に呼びかけるという、話しかけるという。
そしてこれらの女心の歌を受けてJ-POPはこの一曲で様変わりする。
革命的な歌。
「自虐の系譜」の息の根を止めた一曲。
さあ、その一曲とは。
全く違う歌のジャンルがこの一曲から始まり、J-POPに巨大な影響を与える。

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2019年5月6〜24日◆バカシリーズ(前編)

(今回は週の途中で本が変わったりしているので、本ごとに分けた方がわかりやすいかな?とも思ったけど、いつも通り一週間単位で分けます)

奇妙なものをまな板の上に乗せてしまった。
「バカシリーズ」と題して、バカについて語っていこうかなぁというふうに。
本屋に行くと「バカ」というタイトルを頂いた本が多い。

バカとつき合うな



まず平積みにしてあって「注目の最強のイノベーター」と本、自らキャッチコピーが書いてあるが堀江貴文さん(この本の帯に「最強のイノベーター 堀江貴文」と書いてある)と、「天才」とニックネームらしい西野亮廣さん。
この本は表紙が強烈。
腕組みをして実に賢そうな横顔でこっちをにらむ堀江貴文さん(実際には横顔ではなく正面を向いている)と「いま最注目の天才」と言われているらしい西野亮廣さんの写真(この本の帯に「いま最注目の天才 西野亮廣」と書いてある)。
12万部突破。
気にはなっていたが読んでいないという水谷譲。
徳間書店。
本の中身よりもタイトルの「バカ」というので、ちょっと誤解していて注意も受けた武田先生。
『バカとつき合うな』というタイトルだから「堀江さんと西野さんにつき合うな」という本かと誤解していた。
読み始めたらとんでもない間違いで。
堀江さんと西野さんが我々一般人の頭の悪い連中に「バカとはつき合ってはいけない」ということを教えて下さる本。
「結構上から目線てことですか?」という水谷譲。
「そんな言い方失礼よ。二人に」とオネェ言葉になる武田先生。
素晴らしい啓発本。

 そんなバカばっかりの環境の中、ひとりの例外に出会います。小学校3年生の時の担任の星野先生。彼女はこう言ってくれました。
「あなたの居場所はここではない」
(18頁)

とにかく堀江さんの成績がズバ抜けているので、クラス全部がバカ。
それで先生が「バカしかいないから、ここにいちゃダメ」と、そうおっしゃった。
堀江さんは「あ、バカと付き合っちゃいけないんだ、僕は」ということに気づいたという。
堀江さんはどこの小学生かというと、福岡県、筑後平野。
田園地帯。
田んぼがバーッと広がるところにポツーンとあった小学校で、バカに囲まれて少年時代を送っていた。
「この環境を変えよう」ということで、この方は偉い。
とにかく田園風景のバカから脱出すべく人生を歩き始めるという。
小学校三年で周りはバカばっかりで、という。
結びの方に書いてある言葉(実際には結びの方ではない)なのだが、堀江さん曰く

 ぼくの人生はある意味、バカとの戦いとともに始まりました
 小学校はバカばっかり。同級生だけではありません。教師もバカ。家に帰ると、父親も母親もバカ。
(18頁)

堀江さんは気づく。
「自分の人生にバカしかいない」ということを。
それで「あなた、こんなとこに居ちゃダメ」と教えてくれた星野先生もバカ。
(本には星野先生だけ「例外」と書いてある)
それで彼はどうしたかというと、筑後地方の有名中学高校に行って東大に入るという。
だから人生でもう「バカしか会ってない」という。

武田先生はこの人の文章をバーッと読んだが、この本は本当に頭の悪い私たちはバカだから、文字を克明に読めないだろうから、二人がおっしゃる大事なことは全部赤文字で書いてある。
(この記事内では赤文字の箇所はすべてアンダーラインを入れました)
ページをめくってもめくっても真っ赤。
編集の方には申し訳ないが、一個だけバカだから言うが、赤文字で書くと人間は赤文字のところしか読まない。
だから妙にバカを躾けるためにも赤文字で書くのはやめたほうが。
バカがさらに増えるのではないか。
この本の編集のすごいところは、その上に章の一番最後に何が言いたかったかが箇条書きでまとめてある。
(「まとめ」として箇条書きで書いてあるのは章ではなく節)
そこだけ読めばだいたいわかる、という。
頭の悪い子たちにわからせるために、二重三重の編集の工夫がしてある。

その中で「すごいなぁ」と思ったのは堀江さんの言だが「一つの仕事をずっとやっている人はバカ」。
武田先生は色々やっているのでイノベーター。
歌ったり演じたり。
この「一つの仕事をやっていこうとするバカ」ということで、同じ歳のイチロー選手を挙げている。
(本には「彼の年齢はぼくのひとつ下です」と書いてあるので「同じ歳」ではない)
これは武田先生もハッとした。
「あ、堀江さん、イチローがバカに見えるんだ」と。
それはやっぱりすごい。
イチローを「バカ」と言える人というのは。
だってイチローは野球しかやっていない。
でもCMにも出ているしたまに役者さんもやっていると反論をする水谷譲。
だから彼もイノベーターなのではないか?
よくわからないが「天才だからバカなんだ」という。
(本の中にはイチローがバカという表現はない)
この理屈を丁寧に話していかないと堀江さんを誤解させることになるので。
イチローは「天才」という意味の「バカ」という。
このへんのレトリックがすごい。

「ひとつの仕事で一生やっていこうとするバカ」という章(実際には節)があって、一生やっていこうとするバカの中にイチロー選手が出てくる。
ところがこの辺、堀江さんは賢い。
この人の理論「イチローは一万人に一人のバカ」。
だから他にイチローみたいなのがいないから「天才のバカ」なんだ、という。
(このあたり、ちょっと本の内容とは異なる)
「自分はそうじゃない」と。
自分は「一万人に一人」みたいな能力がないから100人に一人の能力で勝負する。
100人に勝てばいいんだ。
ここからが堀江さんのすごいところ。
「100人に一人」という能力を100個集めればイチローと戦える。
いわゆる「マルチ」。
いろんなことができるようになればイチローに勝てるんだ、という。
凡才でも能力を100持つことによって、一万人に一人の天才と戦うことができる。

 ぼくは「多動力」というキーワードを使って、やりたいことを複数持ってそのどれもをやることを繰り返し薦めています。(86頁)

これは別の本で彼の中にあった。
だから「多動力」という言葉を知りたければそっちの本も読んでくれ、という。

多動力 (NewsPicks Book) (幻冬舎文庫)



持っていき方がうまい。

そして武田先生がびっくりしたのが西野亮廣さん。
今最注目の天才。
本の中から抜き書きすると兵庫の方で絵本を描いてらっしゃる。

えんとつ町のプペル



この絵本で注目をされて。
また「キングコング」という漫才コンビの人。
この方は関東圏ではあまり知られていない。

 いまはこの通り、テレビとは距離を置いて、別のかたちで、自分のやり方で先輩方に追いつき追い越そうとしています(38頁)

たまにネットでの炎上があるような方。
わざとさせている。
炎上させるような大物関西芸人。
今、パフォーマンスとビジネスに絞って活動してらっしゃる。
彼自身、大阪漫才コンクールで「ほとんど総なめした」と書いてらっしゃる。

ほとんどの先輩が、ダウンタウンさんみたいな漫才スタイルだった。誇張ではなく本当に、99%の先輩がそうだった。−中略−
 それを見て、みんながやっているダウンタウンさんのスタイルと真逆のスタイルでいけば勝てるはずだ、と戦略を立てたんですね。結果、キングコングは漫才コンクールを総なめにしました。
(24頁)

今、うけている人のマネをしない。
これが賢い、あるいは勝ち抜くテクニックだ、という。

そして「こんなことを言っていいのかな?」と思うぐらい大胆な発言。
「さんま、タモリの番組には一切出ない」
理由は彼らが番組というゲームのルールを作っているから。
そこに例えばゲストで出ても自分に人気が集まるはずがない。

 この話をほかのたとえで言うと、ファミコンの個別のゲームカセットが売れれば売れるほど、一番儲かるのはファミコンというハード自体であり、それを作った任天堂だということです。だから、さんまさんやタモリさんはファミコン。松本さんはファミコンのカセットではなくて、プレステを作ったようなものです(37頁)

だからこういう人たちに近づいてはいけない、と。
違うところで勝負しなさい。

ロジカルシンキングを繰り返せば「勘」が備わる。(67頁)

注釈が書いていないのでわからないが、とにかく皆さん言葉自体を覚えてください。
「ロジカルシンキング」
勘に頼るようなバカな生き方はしない。
ロジカルシンキングでベストな選択ができるようになる。

不安だからといって群れるな。(67頁)

ロジックこそ最大の支援者。(67頁)

かっこいい。

そして最終章では二人はお互いを絶賛し合う。
対談を聞いてきた武田先生だが、こんなにお互いをお互いを褒め合う。
やっぱりお互いバカじゃない人を見た時の喜びというのはすごいのだろう。
もう抱きつかんばかり。
西野さんは堀江さんのことを「父」とまで呼んでらっしゃる。
(本の中は父ではなく母だと書いてある)
何か惹かれるものがあるのだろう。
だいたいこういう文章の繰り返しで、他にあまり皆さんにご紹介する文章がない。
同じことの繰り返しなので。
「バカと付き合うな」
もうそれだけ懸命に言ってらっしゃる。
バカがどんな人とか、そういうことは書いていない。
いろんなバカが書いてあるのかなぁ、と思ったのだが。
そのバカについては具体的な名前がない。
とにかくこの本は二人がずーっと喋り続けて、聞いているだけ、という。
録音されたのを文字にしたような、そんな本。

とても印象的な文章で、こんなことを言えるのは今、堀江さんしかいないだろうと思う。
堀江貴文という人の「バカに対する宣戦布告書」というか、それが本の頭、プロローグに書いてあるのでそれをご披露して、この本から別の本に移っていこうというふうに思う。

堀江さんの宣戦布告書。

R.シュトラウス:ツァラトゥストラはかく語りき



 あなたは自由であるべきだ。
 なのにもし、あなたがいま自由でないとしたら、その理由は簡単です。
 バカと付き合っているからです。

 あなたがいま、何歳だとしても、どこでどんな仕事をしているとしても、あなたがこれを読んでいるのが何年のことだとしても。
 あなたの自由を邪魔するものはつねに、バカの存在です。

 楽しくはないでしょうけど、思い出してみてください。
 バカはいつでもいたはずです。
 10代で出会ったバカ、20代で出会ったバカ、30代で出会ったバカ、40代で出会ったバカ。
 あなたがいま何歳であろうとも、バカがいない年代などなかったでしょう。
−中略−
 つまり、バカは偏在する。
 バカはある意味、普遍的なんです。
−中略−
 とはいえ、そういう人に石を投げてはいけないのは当然のことだし、一方で、だからといって、彼らを仕方なく受け入れなければいけないということもありません。

 だから、あなたができることはただふたつだけ。

「バカと付き合わないこと」と、
「バカにならないこと」です。
(2〜3頁)

これを読んだ時に胸が震えた武田先生。
音楽(『ツァラトゥストラはかく語りき』)に乗せるといい。
これを朗読しながら『2001年(宇宙の旅)』が浮かんできた。

2001年宇宙の旅 (字幕版)



とにかくまとめる。
これほどバカという単語があふれ、繰り返される本も非常に珍しい。
人は普通、本と話しながら文を読んでいく。
皆さんそうじゃないですか?
「へぇ〜」とか「ウッソー!」とか。
「こんなことあるんだ」「あ!この気持ちわかる」「うまいな、この表現」とか。
実はあれは「本と話す」。
ところがこの本は違う。
この本はすごい。
本がずーっとしゃべってくる。
「アンタの話なんか聞かん!一切。なぜならアンタがバカだからです!」
そういう姿勢の本を取り上げてみた。

もう一度繰り返す。
今、まな板の上には「バカシリーズ」と題して、最近巷にあふれている「バカ」という本を色々探してみたのだが、この『バカとつき合うな』という頭のいい堀江貴文さんと西野さんの共著とは対象的に、ドキッとするタイトルの本があった。
それがどんな本かというと「世界初は」つまり「世界で初めて」。

世界初は「バカ」がつくる



この世界で初めてというものとか出来事はバカしかできないんだ、と。
こういう本。
最強イノベーター堀江さん、そして注目の天才西野さんのバカをめぐるパンセ、瞑想録から離れて、今度はロボット工学に於いて「バカでなければ新しい発想のものはできない」とおっしゃるロボット博士のバカをめぐるパンセをお送りしようかなぁというふうに思っている。
こちらの本はというと『世界初は「バカ」がつくる』。
(発行所)さくら舎。
生田幸士。

東京大学大学院情報理工学系研究科システム情報学専攻教授(170頁)

『バカとつき合うな』と『世界初は「バカ」がつくる』というのが並んでいると、両方読もうという気になった。
もう皆さんもお気づきだと思うが「バカ」という単語の解釈がこの生田さんの場合は堀江さん、西野さんとは全く変わる。
堀江さんが「あなたがもし自由でないとしたら、バカと付き合っているからです」で始められるのだが、この生田教授はツカミの「はじめに」のところでバカの代表としてスティーブ・ジョブズが挙げてある。
この教授は、スティーブ・ジョブズというのをバカ扱いなさる。
では、なぜ故にスティーブ・ジョブズはバカなのか?
どう考えてもバカには思えない。
一種「天才」と言われた方。

 スティーブ・ジョブズは、傲慢さゆえに追放されたアップルが低迷し、請われて戻ったとき、「アップルとはどういう会社なのか」を世にアピールすることから始めました。広告代理店と議論を重ね、ついに「Think different」というシンプルなキャッチコピーにたどり着きます。
 このコピーを練りあげたときのことを話すとき、涙をため泣き出したそうです。理由を問われるとこう答えました。
「ものすごくピュアなものがここにある。魂が震える」
(1〜2頁)

「少年に戻って、違うものを作っていこう」という。

 ノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑教授の発言「イノベーションは訳のわからないところから生まれる。ばかげた挑戦をやるべきだ」は、まさに的を射ています。(2頁)

このあたりも堀江、西野さんとはバカの解釈が全く違う。

 ビジネスジェット機「ホンダジェット」の開発をした藤野道格氏が主翼の上にエンジンをつけるという世界初のアイデアをいい出したときには、「こんなバカなエンジンは見たことがない!」と上司から罵倒されたといいます。しかし、藤野氏は異例のスピードで試験飛行に成功、ベストセラー機にしました。(2頁)

(藤野氏の名前を番組では「ミチノリ」と言っているが「ミチマサ」)
物事の評価がこの人の発想で一変しつつある。
こういうのは面白い。

皆さん方は「バカ」と言うと、昨今「バカ」で有名になったのはバイト先の厨房でいたずらをしている「バカ」。
動画を見ただけで思わず誰の口からも「バカ!」というのが出てくる。
ここで生田教授は、その手のバカと世界初を作るバカの違いの法則を規定してらっしゃる。
(このあたりの話は本の中にはみつかりませんでした)
バイト先でバカをやっているヤツはどうしてバカなのかというと「人様の厨房で人様の道具でやってるからだ。だからバカなんだ」。
世界初の何かを作れるバカは、バカな遊びをやる道具すら自分で作る。
自分で作らないとバカになれない。
うまいことを言う。
だからライトという人が兄弟そろってバカで、よせばいいのに空を飛ぼうなんて思った。
でもちゃんと飛行機という道具そのものをライト兄弟は道具として作った。
それから海に潜りたいなと思った人も自分でドラム缶を持ってきて沈めたワケで。
だから自分で作った道具ゆえに世界初の道具が生まれて、やがて人は空を飛び、海にも潜れるようになったのだ、という。
このへんがバカの規定が鮮やか。

バカなことの根本には「人を喜ばせたい」という情熱がなければならない。
それは厨房でいたずらする子も誰かを喜ばせたかったのだろう。
でも何も面白くない。
誰かが笑ってくれると思ったのだろう。
大戸屋はバイトの研修のために一日店を閉めて、かかった経費が一億円。
だから堀江さんが言う「バカ」には本当に迷惑するワケだが。

ホンダの本田宗一郎という人がいる。
この人は親分気質の人。
「ものごとを発想する時に、一番大事なものを思いつめなさい」とおっしゃる。

 本田宗一郎とこんな会話を交わしたそうです。
「車の部品でどれが一番大事かわかるか?」
「エンジンですか」
「お前、エンジンだけの車に乗ってこい。すぐ死ぬぞ。ブレーキが一番だよな。エンジンを開発するのは当たり前だ、むしろそれに並行して同じくらいのパワーでブレーキもつくるんだ」
(71頁)

人を喜ばせたいという情熱の濃度がどこにあるか、という。
本田宗一郎というバカはいいことをおっしゃる。

プライベートなことからちょっとお話しようかなぁと思った。
九州、福岡に月に二度ばかり帰った武田先生。
地元の街歩きをするという短い番組をテレビで持っている。
女性と一緒にブラブラ歩く。
どこでも福岡は取材をさせて頂いて感謝している。
この間は、福岡の名門高校修猷館に行って、ここで取材をやらせてもらった。
水谷譲はピンとこないだろうが修猷館というのはめっちゃエリート校。
エリートというか頭のいい子。
堀江さんが出た高校があるのだが、福岡では修猷館の方がNo.1。
これは面白い。
九州はわりと九大にこだわる。
その九大の入学率、東大に行くのもここは今、No.1か。
この高校の卒業式の後、まだみんなクラスにいる、お別れ会をやっているのを取材した。
武田先生が取材した段階ではまだ国立の結果が出ていない。
これからだった。
マイクを向けて「私学の方の合格しました?」と訊くと「ああ・・・私学の方は・・・」とかと言って。
皆さん国立を狙ってらっしゃるから。
「あ、そう。私立はどこ?」とかと言ったら早慶なんてゴロゴロ。
とにかく福岡No.1の県立のエリート校。
スポーツは一生懸命みんなクラブ活動をやっているのだが、何せ福岡といえば東福岡がいるから。
ここは強い。
ラグビー、サッカー、なんでも。
柔道も強い高校がある。
筑紫丘といってタモリさんが出た中堅校があって、ここも抜群。
頭がいい。
ずっと取材してまわる。
ラグビー部だったか、ガッチリしたいい青年ばかりで。
「頭はいいわ、体はいいわ」みたいな。
そこのキャプテンか何かをからかっていたらラグビー部の子でクスクス笑って指さす男の子がいて、見たら第二ボタンがない。
かっこいい顔をしている。
武田先生は初めて見た。
今でもそういう伝統がある。
「女の子から取られました」とかと苦笑いしているのだが。
「あ〜青春だね〜」とかと言って。
取材が終わって帰る段になった時に、なるほどと思ったのだが、キャメラマンがこう言った。
「武田さん、さすが修猷館。バカ居ませんね」
「そらわかるよ。みんなマイク向けてね、ちゃんと答えるし」
「いえいえ、そういうことじゃないんですよ。キャメラ向けても、誰一人ピースするヤツが居ない」
これはギクッとした。
「ピース度」というのはある。
もう何が言いたいかわかるだろう。
テレビキャメラを見ると、バカほどピースをしたがる。
必ずいる。
マラソン大会でも箱根駅伝でもいる。
修猷館はピースをするヤツは一人もいない。
それをキャメラマンの直感で「やっぱりピースするバカがいませんね」というのが。
ハッとした武田先生。
「そういう見方があるのか」と。
人のマネをしない。
ピースの意味。
「平和のピース」と勘違いしている水谷譲はバカ。
「V」は「まだオマエと戦う」という意味。
この二本(人差し指と中指)は「弓を引く手」。
「オマエに向かって俺はまだ弓が引ける」と。
というのは、とある戦争で負けた側の兵士の右手の指を切った。
それで指を切られることがもう兵士でなくなったという証拠なのだが、ある戦い。
それはナチス・ドイツとイギリス・チャーチルとの戦いで、チャーチルがイギリスの故事を思い出してイギリスの市民に向かって「指はある」。
そうすると故事を知っているイギリスの市民たちがVサインを出して「弓を彼らに引こう」「ナチスと戦おう」という意味合いで。
それを卒業式で弓を引くヤツがあるか?
お父様やお母様がいらっしゃるのに。
それはともかくも「ピースを出さなかった」という感動。
つまり「人のまねをしない」という。

『世界初は「バカ」がつくる』の生田教授がどんな研究をなさったかと言うと、生態学による推進力の調査。
どんな魚にも尾ビレ・背ビレ・胸ビレが付いている。
魚のヒレの推進力は効率がすごい。
進む力、尾ビレを振って。
これが力学で言うと推進力90%。
だから確実に進める。
ヒレの持っている力学的推進力効率ていうのは、群を抜いている。
それに比べてスクリューはなんと、60%がやっと。
なんかスクリューのほうが進む感じがしている水谷譲。
イルカの尾、あるいはクジラの尾には勝てない。
それでスピードを上げるために船に付けるのはスクリューではなくて「尾ビレ背ビレ胸ビレのほうがいいんじゃないか」という発想を生田教授が持った。
この研究がバツグンに「バカ」。


posted by ひと at 10:29| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月24日

2019年6月17〜28日◆吃音(後編)

これの続きです。

吃音。
いい言い方ではないが「どもる」というか。
これは非常に困ったことに発声筋肉の問題なのか、あるいは息を継ぐ横隔膜の問題なのか、声帯の問題なのか、心理的なものなのか、身体的なものなのか。
発達障害の原因というのはまだわかっていない。
そういう意味で非常に複雑な障害ではないだろうか?ということ。

どもること、吃音の苦しさみたいなことを語っていたが、話が横道にそれたところ。
それはどういうことかというと現代の会話。
この番組(『今朝の三枚おろし』)もそうだが、ある速さが求められる。
時間等々があるので。
時間に追われる芸能活動と言えばCMというのがあるが、一つの文章を5秒間で言えないとコマーシャルは成立しない。
「マルちゃん。赤いきつねと緑のたぬき」
これで武田先生は4秒行っていないと思う。
40年以上やっているので感覚でわかる。
これを4秒手前で収めるのが至上命令で来る。
その他、水谷譲が言っていたが原稿用紙400字でだいたい1分ちょっと。
それがNHK。
NHKと民放ではスピードが違う。
NHKの方がゆっくり。
水谷譲たちが求められているのは違う。
テンポアップ。
だから民放では速さというのは技術の一つ。
そして水谷譲も言っていたがアナウンサーだからニュース原稿を読むときは「噛む」というミステイクがあると力量不足と見做される。
一回噛んで失敗すると、また次も恐怖心で噛むという心理的なものだと語る水谷譲。
「一文字も間違えずに、この原稿を読め」というのは非常にストレスが多い。
そしてもう少し話を続ける。
武田先生も柄にもなく時々コメンテーターの席に座る。
コメンテーターというのは重大。
司会者から振られて自分の言いたいこと。
これを15秒以内で言えない人は仕事を失くす。
坂上忍さんのところに出ているお笑い芸人さんたちの顔を見てください。
顔がひきつっている。
坂上さんは振りが速い。
振りが速いし、取り返すのが速い。
まず15秒でその事件に対して自分の感想を言えない人は、呼ばれなくなる。
そのまんま東さんはコメンテーターの仕事が多いから、頭がもうハゲてしまって。
あれは本当に抜け毛だと思う。
気の毒に。

AD君は疲れ切った人種がいる。
今はだいぶ楽になったようだが。
昔は立ったまま眠っているヤツがいた。
それで彼らが大きい画用紙にCMとか書いて、バッとメインの司会者に出して。
喋っている武田先生と目が合うとゆっくり小指で渦を書く。
嫌。
トンボじゃあるまいし。
クルクル回されて。
「急げ」という。
その急ぎ方も半端ではない。
2秒、3秒だから。
2秒あたりでキレイに収めると皆さん方は知らないだろうが、コマーシャルに入ったスタジオに拍手が響く。
TBSの朝の報道番組とか。
タイトルは言わないが。
それはやっぱり時間内に言葉を押し込む能力。
あれは発言に意味がなくてもいい。
押し込むかどうかの能力。
かくのごとくおしゃべりに関しては自分のスピードでしゃべるという人は一人もいない。
皆、ある事情を抱えて。

そこで先週、最後に申し上げたのは政治家の失言というのは、もしかするとスピードについていけない。
質問者から質問を受けておいて、同じスピードで返そうとするというところになると、失言がポンと飛び出すという。
だからやっぱり言葉を間違う。
言っちゃいけない言葉がフッと出てきたりする。
野党からの質問を受けて「東京オリンピック、パラリンピック」とかという早口言葉。
「アメリカンドッグ」より難しい言葉で囲まれたりなんかすると言葉が詰まってしまうという方がオリンピック担当大臣(東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当大臣)にいらっしゃった。
なぜああいうときに政治家の人がミスをするかというと、あれは右脳しゃべりになるからだそう。
言語は左脳でしゃべらなきゃいけないのに、映像中心の右脳しゃべりだから「言っちゃダメよ」とかと×を書いた言葉に頭が行ってしまう。
だから「震災復興も大事ですが、この人の当選も大事です」と「も」と一言入れればいいのに「よりも」と言ってしまった。
桜田五輪相を更迭 被災地議員を「復興以上に大事」発言:朝日新聞デジタル
そういうことだと思う。
つい右脳しゃべりになったおかげで、ケチョンパンにやられてしまうという。
吃音の話題だが、目を転じるとこれは世の中全体、メディア全体に通底する言葉のリズム、テンポ。
そういう意味合いでおしゃべりというのは今は何かを忘れている。
そういう病理が日本の社会にあるのではなかろうか?と。

本の腰帯がよかった。
同じように少しどもるという障害を持った方のひと言だろうと思うが。
(作家の重松清の言葉)
「よくぞここまで吃音と向き合ってくれました。吃音を持つ者として、最敬礼。」

近藤雄生さんという著者の方。
この方も吃音に苦しんで、思いがけない方法で克服をした人。
著者は吃音故に対人の仕事、人を相手にコミュニケーションをとるというような仕事をあきらめて、書物を職業としていきたいと願っていた。

私は学生時代から付き合っていた女性と結婚した。−中略−
 彼女に対しては吃音はほとんど出なかったが
(153頁)

著者はライターとして、筆を持つ人間として腕を磨くため、彼女を世界を旅する取材旅行へ誘う。
貧乏旅行をしながらルポルタージュ。

その間に私は、興味あることを見つけては取材して記事を書き、日本の雑誌に送ったりした。(154頁)

日本を出て二年半ほどになり、中国の雲南省で暮らし始めて一年近くが経った二〇〇五年の終わりころ、吃音の状況に突然変化が起きたのだ。−中略−
 ある日、行きつけのカフェに行き、顔見知りの店員にいつもどおりにコーヒーを注文した。
「一杯珈琲(イーベイカーフェー)」
−中略−
その翌日も、そのまた翌日も、あまりどもらず過ごすことができた。
(156〜157頁)

彼はその時の自分の自覚を発声するたびにがんじがらめに縛られていた吃音の不快な喉周りのよどみがだんだん薄れてゆくのが自覚できた、という。
(ということは本には書かれていない)
突然やってきた改善。
これがまた不思議。

 なぜ、日本を離れて中国で暮らしていたときにこんな変化が起きたのか、原因はなんだったのか、それははっきりとはわからない。−中略−他言語圏にいる気楽さもあり、さらには旅をしながら生きていく自分なりの方法が身についたことによる自信のようなものも、あるいは影響していたのかもしれない。(158〜159頁)

ハッと気がつくと、もう人前で気にすることのないようなスピードで話せるようになっていた。
一体なぜ消えたのか。
そして吃音というあの障害は、その苦しみは何であったのか?というのを考えこむという著者。
不思議。
「何でか」というのが全然わからない。
100万人いれば100万通りの症状があるという。
だから治し方もやっぱり100万通り、という。

年と共に少し言葉に詰まるようになってきた武田先生。
言葉が出てこない、単語が出てこない。
少しどもるようになった。
それは多分老人性のもの。
誰もが体験するようなこと。
若いときほどトントンいかない。
これは体力というか、声帯の周りの筋肉が落ちているせいだろう。
実は内心思っているところは、あんまり急がないしゃべりをしようというのは自覚している。
あんまり飛ばす人はくたびれる。
もう「聞く力」がない。
聞く力もないし、しゃべる力も衰えてくる。
のっけからものすごく怒っている人のラジオのしゃべりというのがものすごく朝から疲れる。
それと本当のことを言うと(明石家)さんまさんがしゃべっているスピードの1/3が理解できない。
無茶苦茶速い。
ほとんど惰性で笑っている。
さんまさんが何事かを叫んでスタジオの床に倒れると「ハハハ・・・」と笑っている。
何でおかしいのかよくわかっていない。
「立て板に水」で同じテンションで明るくしゃべっている人の内容は全く入ってこない水谷譲。
何の障害もなく「ツツツツー」。
俳優さんでも台詞を言う人がいる。
耳が弾いている。
言葉につかえた人の言葉から耳はパッと向ける。
人間は「立て板に水」というのは実はほとんど聞いていない証拠なのではないか?

武田先生が最近一番打たれた言葉は内田樹さんの名言。
人間はあまりにもスムーズな言葉の並べ方をする人がいると、その人の言っていることを弾いちゃう、という。
立て板に水というのは説得力ではない、という。
言葉に詰まったところからその人の話に耳を傾けるという。
とある人から言われたのだが「一番大事な台詞は小さな声で」。
そこを張る俳優さんがいるのだが、ものすごくウザい。
舞台をやっている時に若い女優さんにちょっと怒鳴ってしまったのだが。
「台詞覚えたぞ!」という感じで張る。
そのくせ水戸黄門というのは「立て板水」じゃないとダメ。
水戸黄門というのは悪をやっつける台詞にしても何にしても、サラサラ流れているところにあの時代劇特有の良さがある。
誰というと傷つくから言えないが、深く台詞を工夫する人がいて「みんなの迷惑になった」というのがある。
「今朝、ご老公にお会いした時、ご老公何気なくご機嫌が悪ぅてのぉ。さてさて困ったものだと思うておったが、急にご機嫌がようなられて。全くこれからの悪事、幸先がよいわい。」という台詞があるのだが、これを一行ずつ「今朝・・・ご老公に会うた時・・・何気なくご機嫌が・・・悪ぅてのぉ・・・」とかと言われると「いいから早く言えよ!」。
みんな待っているのは「静まれ静まれ!この方を誰と思召す。先の副将軍、水戸光圀公なるぞ!」。
その定番を待っている。
その前にやたら持つ。
「そんときワシは・・・フッ・・・と怯えてな・・・だが、今日お会いした時・・・ご機嫌がよく・・・これは幸先・・・」
早く言え!
芝居は緩急。

著者のすごいところはこの「どもる」ということの苦しさ、悲しさを何と10年の歳月をかけて吃音に悩む人々から聞き取り、一冊の本にしている。
(本によると2013年に吃音の取材に着手している。本の出版は2019年なので10年はかかっていない)
その取材も一度だけではない。
一回聞けばもうそれでおしまいではなくて、数年置いてまた聞きに行ったりしている。
取材態度からして、この人はいい書き手になるのではないか。

 七〇代で吃音のある男性が、ある日羽佐田竜二のもとを訪ねてきた。−中略− 羽佐田は答えた。年齢を考えれば、これからの人生の時間を訓練に使うより、吃音があるままでもご自分のしたいことに使う方がいいのではないですか、と。するとその男性はこう言った。
「残り、時間が……、少ないから、こそ、私は、訓練をしたいんです。死ぬ、までに、どうしても、思うように、話すという経験、を、してみたいの、です」
 おそらくこの言葉にこそ、一〇〇万人の人たちの思いが詰まっているのではないかと思う。
(207頁)

(番組では著者の近藤さんが訊ねたことになっているが、本によると羽佐田さん)

どもることの苦しみ、これは原因、治療法、そして困ったことに治るか治らないか。
これがわからない。
ものすごく手っ取り早く言うと、本当にこれほど人を苦しめている吃音でありながら、ヒントのような、あるいは奇跡のような吃音の治し方に成功した人の例が。
だからこそ悔しくて仕方がない、ということなのだろう。
ではその吃音を治す不思議なヒントとはどこにあるか?

奥様から本棚を整理しろと言われて、いろんな本を一生懸命捨てている武田先生。
そうしないと大変なことになってしまう。
床が抜けるというところまで行ってしまっている。
でもどうしても捨てがたい人がいる。

司馬遼太郎
河合隼雄
灰谷健次郎
内田樹
白川静

大好きな五人。
その人たちの本を捨てがたいから眺めていたら「あれ?共通してんな〜」と思った。
全部関西の人。
五人挙げたうち四人が学校の先生。
中学校の先生だけがいなくて、小学校、高校、大学の先生。
もう一つ、何でこんなにこの人たちのことが好きなんだろうと思ったら五人のうち四人が京都で生活をしたことのある人。
何が言いたいかというと、五人とも「手仕事」の人。
資料を自分の手で集めて、調べて書くという。
いわゆる職人みたいな人。
「俺の共通項てここなんだ」と思うと、自分が何を求めているかが薄っすらぼんやりわかってきたような気がした。

新潮社の方に言っておくが(『吃音』という本は)いい本。
いい本をお作りになった。
「伝えられないもどかしさ」
この「伝えられないもどかしさ」に苦しんでいる方はたくさんいらっしゃる。
昨日ちょっとお約束した「吃音」という発達障害なのだが、不思議な先例があるということ。
吃音のわりと重症の障害を抱えならが教壇に立つ先生。
小学校の先生という方がこの本の中に登場する。
この方は一般の暮らしは吃音がひどいのだが、クラスに入って子供たちを前にすると吃音がスッと和らぐ。
(205ページに書かれている吃音の教員は中学校の教師で授業中も吃音のまま。上記の話がどの箇所を指しているのかは不明)
水谷譲が会った先生。
古文の先生だったが、ちょっと吃音があるのだが「この世のなごり 夜もなごり」(『曽根崎心中』の道行の冒頭の詞章)と読み始めるとスラーッと読んでくれる。
それでちょっとびっくりしていて。
面白い先生だった。

ミーガン・ワシントンというオーストラリア出身のミュージシャンがいる。彼女は、二〇一四年、世界的な講演イベントであるTEDで、自分が吃音で悩んできたことを告白した。そしてその講演の中で、歌を歌うときにはどもらないことに気がついて歌手を志すようになったという話をした後に(211頁)

歌の持っている力はすごい。
歌というのはそういう意味で訛りとかどもる、吃音とかを治してくれる不思議な息遣いになる。
こういうのは面白い。

そしてもう一つ。
事実としてあったことだからご報告する。
卓球をやるとどもらない。
(172ページあたりに卓球をやっている最中にはどもりが見られなくなった子供の話が出てくる)
これは特に子供の改善者が多くて、障害度が和らぐ。
(という内容ではなくて、本に紹介されているのは一人の例だけ)
吃音、どもる人というのは、ある社会通念のうちに「このスピードで話さないと生きていけませんよ」というような、それに合わせようとしてどもってしまうということがあるのだろう。

これは本当かどうか必死になって探したようだ。
だが、万能ではない。
子供を相手にお話しをする、ということ。
歌を歌う、ということ。
卓球をする、ということ。
これで吃音、どもりが改善することがあるのだが、それがすべて通用するワケではないところに難度がある。

吃音の研究の方は着々と進んでいる。
悩んでらっしゃる方は希望を捨てないでください。

神経生理学の観点から吃音について研究してきた米ミシガン大学のスウン・チャン(Soo-Eun Chang)らは−中略−複数の神経画像の技術を用いて脳の様子を撮影し、その状態を観察・分析している。−中略−
 脳には、言語を発することと理解することをそれぞれ司るブローカ野とウェルニッケ野という二つの領域がある(多くの場合左半球にある)。その両者をつなぐ「弓状束」という神経線維が集まった経路のような部分があるが、吃音のある子は、ない子に比べて弓状束の神経線維の密度が低いなど、何らかの傾向があることを示唆する結果が得られている。
(217〜218頁)

 吃音は一般に男性に多く、成人では男女の比は四対一ほどと言われている。(135頁)

女性が少ないということは、どういうことかというと、右脳と左脳を結ぶ真ん中の「脳梁」。
これが太い。
だから右脳と左脳を同時に使えるという強みではないだろうか?ということ。
相対的に吃音に関して、どもることに関しては男性。
男が苦しんでいるということ。
水谷譲も言っていたが、子供の時にわりと吃音がひどかったのが、成長するとスーッと治るという。
そういうことは本当にあるらしいが、自然治癒のメカニズムというのはまだ謎のままということ。

全国に目を転じてみる。

文部科学省の調査によれば、小学校におけるその設置校数は−中略−障害種別で見ると言語障害のある子どもが最も多く(三万六四一三名、約四一%)(168頁)

この3万6千人の中で半分ほどの人数は誰かのサポートが必要らしい。
この中にかなりの数で吃音があるようだ。
会話のスピードは社会全体の通念で決まっている。
昔の漫才なんか聞いていて、びっくりするぐらい遅いのに驚いたり。
当時、「速すぎてよくわかんない」と言われた落語家に林家三平という先代がいたので「あの人は速い」と言って。
武田先生たちにはちょうどいい。
父母は林家三平をすごく嫌っていた。
「なんば言いよ〜か!な〜んもわかりゃせん、これが。のぼせもんたい!」と言いながら軽蔑して。
その頃、看板の方は(古今亭)志ん生とかあのへん。
「え〜・・・そのあたり、ヒョイ・・と見ますと」という。
これが三平のスピードになると「ヨシコさ〜ん!ヨシコさ〜ん!」になる。

正直に告白する。
テレビでバラエティの司会者とかコメディアンの人たちがしゃべっている。
武田先生が「テンポが合うな」と思うのは内村(光良)さん。
ウッチャンぐらいは聞き取れる。
あとは所(ジョージ)さんが時々わからなくなる時がある。
だから所さん以上の方はもうわからない。
これはちょっと悩ましいのだが『(今朝の)三枚おろし』というのは「もうちょっと静かにやってもいいかな」と自分で思う時がある。
武田先生は疲れている。
古代史などに乗ってしゃべるともう本当に疲れる。
川を二度上った鮭みたいになる。
たまに「今日、力入ってんな〜」みたいな時があると思う水谷譲。
肩を落として帰っているだろう。
ある元気が朝なので、必要なので。
武田先生も必死になってしゃべっているが。
言葉自体も、近頃は詰まったり噛んだり。
少しどもることもある。
ある年齢から自分を許すことにした。
「それはオメェの年取った味じゃねぇの?」と。
歌もそう。
どんどん若い頃の声の色艶は落ちていく。
それで一緒にコンサートをやっても、みんな落ちている。
年を取ってからスピードアップしたり声高らかになったら気持ち悪い、それが自然と思う水谷譲。
そういうふうにして自分のしゃべりのスピード等々を、若い時と違うことを自分に許すと、やっと番組が楽しくなってきた。
前は苦行だった。
何回も言うが、本当にギャラが低い番組で。
ただ、皆さんがほめてくださるので頑張っているだけで。

逆にこの番組全体もそう。
6時台の番組、7時台の番組、8時台の番組。
ラジオにいろんな番組があるが、もしかしたらラジオというメディアに関しては、番組ごとで、それぞれのしゃべりのスピードがあってもいいんじゃないか。
それがラジオの役割ではないかな?と。
テレビというのはものすごく統一されている。
ラジオはそこのところ、様々なしゃべり、テンポがあってもいいのではないか。
それこそクイーンの『ラジオガガ(Radio Ga Ga)』で

RADIO GA GA (ライヴ・エイド、ウェンブリー・スタジアム、ロンドン、1985年7月13日)



「お前はまだ歌っているか、ラジオよ」とクイーンが歌っている。
あれはいい歌。
「お前、役にも立たないこと言ってねぇか」と言っている。
まあ、年に順じて武田先生もしゃべりのスピードを作っていこうというふうに思う。

この一冊。
著者近藤雄生さん。
これは実に丁寧な取材。
文章もまことに誠実。
本当に吃音、どもりの苦しさがしっかりと伝わってくる。
そしてこの著者は一番最後にこんなシーンをおいて、この本を締めくくっている。
それは若い母親が吃音、どもり矯正の診療室に子供を連れて来て、子供のどもりを一生懸命治そうと努力している。
学校に行ったらどもるものだから、みんなにからかわれて辛い思いをしている子供を母親が守っている。
吃音について「苦しいでしょう?」と著者が訊くと、その若いお母さんはこうおっしゃったそうだ。

でも、いまは、苦労がある人、悩みがある人が、世の中をいいところにしているんじゃないかとも思うのです」(179頁)

よくできた若いお母さん。
その上にも増して、その言葉を見つけた著者の能力、感性に敬服するのみ。


posted by ひと at 14:17| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年6月17〜28日◆吃音(前編)

吃音。
あまりいい言い方ではないが「どもり」という。
これは様々説がある。
この様々な問題点をやってみようかなぁと思って。
これはいい本。

吃音: 伝えられないもどかしさ



近藤雄生さんという方が新潮社からお出しになった本。
副題がズバリ「伝えられないもどかしさ」。
吃音。
発声の第一音が出ない。
これが身体的な障害なのか心理的な障害なのかさえもはっきりしない、という。

どんな集団にも概ね一〇〇人に一人、つまり約一%の割合で吃音のある人がいるとされる。(19頁)

日本ではざっと一〇〇万人が吃音を抱えている計算になる。(19頁)

しかもこれは障害として小さいということで、あまり取り上げられることがないという。
デリケートな問題だから取り上げにくいというのもある。
ヨーロッパやアメリカなどでは全人口の1%。

 吃音を発症するのは、幼少期の子どものおよそ二〇人に一人、約五%と言われている。(18頁)

 ひと言で吃音と言っても、症状は多様だ。大きくは三種に分けられる。「ぼ、ぼ、ぼ、ぼく」のように繰り返す「連発」、「ぼーーくは」と伸ばす「伸発」、「………(ぼ)くは」と出だしなどの音が出ない「難発」。(19頁)

進行していくと最後に全く言葉が出なくなる重症化が、現代は進んでいるのではなだろうかというふうに言われている。

実は思わず「小さな障害」と呼んでしまったのは「どもる」ということに関して、武田先生自信はそれほど「大きな障害」とは考えていなかった。
(『今朝の三枚おろし』の)ディレクターさんとも朝、話していたのだが子供の頃、吃音の人というのはいっぱいいたような。
水谷譲も十代の頃にすごく仲がよかった女の子は軽い吃音で、自分でもそれが分かっていて「私(言葉が)詰まる」と。
でも大人になってからいつの間にか治っていた。
そういうことがある。
そのことも含めて「吃音」を考えてみませんか?
武田先生も高校の同級生で柔道部の子だったがいた。
それからアマチュアの音楽仲間。
ロックグループでベースを弾いている浜田(卓)というのがいて、かなり重度の吃音だった。
もう話してもいいと思うから話すが「サンハウス」というロックグループにいて、リードギターが鮎川まこ(鮎川誠)ちゃん。
あそこのグループで抜群のベースの腕前。
この浜田というのは気のいいヤツだった。
「た・・・たけだー」と言ってくるヤツだった。
家の近所に農業をやっているおじさんで、ちょっとお酒が大好きで、いつも酔っぱらっているおじさんで「ケンちゃん」というニックネーム。
当然「どもりのケンちゃん」というおじさんがいた。
それから学生運動の時に学生運動をやっていてアジ演説やるヤツに吃音のひどいのがいた。
「わ、わ、わわ、我々はー」と言いながら。
彼らのニックネームはもう本当に申し訳ない。
全部「どもり」と付いていて、そう呼んだこともあったが。
我々は重度の障害と考えていないから気安く呼んでいた。
しかしこの本の著者、近藤雄生さんは自ら吃音の障害をお持ちで、同じ障害を持つ人の現場を一冊の本にまとめ、ルポなさっている。
吃音というのがこれほど苦痛、苦悩であったかと反省しつつこの一冊を読みながら驚いてる。

今、テレビバラエティなどになると、テンポの速い会話が娯楽となっている。
あるいはビジネスでもいかにテンポよく会話を展開するか、プレゼンをやるかというのは、その人の能力と言われている時代。
中身はなくてもテンポだけでおかしいと言って、それで大当たりをとる一発芸人というのは山ほどいる。
そういう意味では吃音という障害を持った方なんかに関しては非常に生きにくいという時代。
それが近藤さんの筆によってありありと伝わってくる。
伝えられないもどかしさがいかに苦しいのか。
武田先生はフッと足を止めて考えているようで。
原因も知りたいし、どうやったら治るのかも知りたいし、自然に治るのはなぜかも知りたいし、本当に不思議だなと思う水谷譲。
今、こうやってお話をしているが、朝からコメンテーターの人から番組を回す「何とかちゃん」まで、みんなあるリズムでボンポン言っているが、うまく発声できないというおかげで批判も不満も言えない、という方がいらっしゃるということ。
この本の最初の方、ツカミで意外な人物が吃音に悩んでいたという実例を出してらっしゃる。

マリリン・モンローも、その一人だった。(13頁)

「言葉を発するのが辛いの。体を見せるだけならずっと楽」という彼女の言葉が紹介され(13頁)

(番組では上記の言葉は彼女の姉、バーニース・ベイカー・ミラクルの著書に書かれているような説明になっているがフランスのドキュメンタリー作品『マリリン・モンロー 最後の告白』から)
この吃音で言葉が時折詰まるという癖は女優さんをやってらして、これはずっと続いていたらしい。

未完の遺作となった『女房は生きていた』(原題“Something's Got to Give”)の撮影の際には、どもって台詞に詰まることもあったとされる。(14頁)

もしかするとモンロ・ウォークもあるし。
お尻を振った歩き方。

 マリリンを特徴づける、吐息を漏らすような妖艶な話し方も、吃音が関係していた可能性がある。息を吐きながら話せばどもらない。−中略−そうして、彼女をセックスシンボルとした要素の一つであるあの話し方が出来上がった──とも言われている。(14頁)

 彼女の死はいまも謎に包まれているが、吃音がその要因の一つだった可能性もあるのではないかと私は思う。周囲にはわからずとも、吃音は本人にとて極めて大きな悩みとなりうるのだ。
 なぜそう言い切れるのか。私自身がそうだったからだ。
(14〜15頁)

本当に切ないことに、この吃音。
なぜ吃音が起こるのか。
実はそのメカニズムはわかっていない。
それにしてもこの吃音という、どもるという言葉の発達障害は体の気質、脳の気質、環境、心理とも絡んでくるゆえに吃音の方が100万人いるとすると、100万通りの病態がある。
だからスッと治る人もいる。
この中で紹介されているので切ないのは、吃音ゆえに自殺なさる方が多い。
その彼らの苦しみみたいなものを近藤さんがトクトクと。

医療関係者として古くから吃音に身近なところにいたのは、「言語聴覚士」と呼ばれる人たちである。言語聴覚士とは、話したり聞いたりといったコミュニケーションや嚥下(食べ物を飲み下すこと)の問題を抱える人を支援する専門職だ。−中略−現在、言語聴覚士は全国に三万一〇〇〇人以上を数え(二〇一八年)、その多くは医療機関や介護・福祉施設に勤務している。(21頁)

しかも100万人の100万通りもあるほどだから、相談者が少ないということが吃音者の悩みを深めている、と。
さっきディレクターと話していて「最近、吃音の方、少ないですね」と。
でも近藤さんは逆にそういう人たちが世の中に出てこないようにしているのではないか?と。
だからますます孤独が深まっているのではないか?と。
今、ネット社会なので家でパソコンをやっているだけの人も多い。
喋らなくていい職業についたりして出てこない、という。
現代社会がはじいているのではないか?と。
「がんばれ!」と大声を出したくなるが、そういう療法士の少なさに対して敢然と立ちあがった地方がある。

吃音を扱う医師の先駆けである九州大学病院耳鼻咽喉科の菊池良和−中略−
 菊池は、吃音を直すより吃音があってもポジティブに社会生活を送れる方向に患者を導く診療や考えで広く知られ吃音ドクター≠ニも呼ばれている。
(24頁)

 橋啓太に初めて会ったのは、吃音について取材を始めてまだ間もない二〇一三年六月、NHKの大阪放送局でのことだった。
 障害をテーマとしたNHKのバラエティー番組『バリバラ』で今度吃音が取り上げられる。そのことを知って、私は、番組に出演する人たちに直接会ってみたいと思い、大阪で行われる打ち合わせと収録に同席させてもらったのである。
(24頁)

(番組内で橋啓太さんを「仮名だと思う」と言っているが、この本によると「本文中の氏名は、仮名などの記載がある場合以外はすべて実名である」と明記されているので仮名ではない)
事情はよくわからないが、女の子を育てておられて奥様はいらっしゃらない。
何か事情があったのだろうが、近藤さんは一切そのことについて触れていらっしゃらない。
(と番組では言っているが、本によると奥様の体調が悪く、自分が子供の世話をしなければならない状況だったらしい)
近藤さんがこの橋さんがどもりで苦しんでいることについて真剣に聞こうと思ったのは、この橋さんは17歳の時に吃音が治らずに高校の校舎から飛び降りて自死なさろうとしていた。(本によると高校の校舎ではなく「団地の八階」。番組内で「両足を骨折」と言っているが「大した怪我もなかった」そうだ)
だから必死になって吃音と戦っておられる方。
シングルファザーで「ももちゃん」という三歳児を懸命に育てておられて。
あんまり会話をしなくていい板金工をお勤めということだが。
NHK『バリバラ』で吃音の苦しみをテレビでしゃべった。
この橋さんの吃音は難発で「言葉が続いて出てこない」という。
ブチブチ切れてしまう。
それも重度。
かなりひどい難発の吃音。
80〜90年代は吃音の日本人に対して、非常に日本全体の理解度がなかった。
激しく彼らを傷つけていたという。
これは一つのいい加減なアレだが、武田先生も聞いたことがある。
吃音はうつる、という。
「どもっている人のマネしたりなんかするとうつるぞ」というようなのが。

 私が高校、大学に通っていた九〇年代から二〇〇〇年代初頭ごろまでは、「どもり・赤面・治します」などという文句の、吃音に悩む人たちをターゲットにする吃音矯正所≠フ広告が電柱などに貼ってあるのをよく見かけた。(147頁)

今はない。
これは橋さんという方も本当に気の毒で、引っかかっておられる。
「引っかかる」と言ってしまっていいのか。
ことごとく「しろうと」。
だから「自分はこうやったら治った」というのを人に当てはめて、この手のアイディア商品を売ったりしている人がほとんどで。
我流の治療の方法で、ちゃんとした病理を通っていない。
日本全体が吃音、どもりを障害と考えずに、貧乏ゆすりとかそういうものと同じような「クセ」と考えていたようで。
これも本当に許してほしいのだが、重篤な発達障害とは思っていなかったので。

「どもりがうつる」という考え方は1920年代、教育学者の伊沢修二が唱えたもの。
(本によると1920年よりも前。番組では「イザワシュウゾウ」と言っているが「シュウジ」)
1920年代、アイオワ大学で、例えば左で書記、筆を握って文字を書いていた人をしゃにむに右に持ち替えさせたりしようとするときに吃音が出るというような実験をされた。
(このあたりは本の内容とは食い違っている)
ところがこれは科学的に全く証明されずに。
吃音がうつるというのは嘘、でたらめ。
このアイオワ大学は何百人と実験で吃音が出るような強制的なことをさせられている。
あとで裁判沙汰になって訴えられた。
でもそれは一種、吃音というものの謎の深さ。

二〇〇五年以降には−中略−三つの遺伝子の突然変異が一部の吃音者に特徴的にみられることがわかってきた。−中略−この突然変異によって吃音を発症したと推定できるのは、吃音のある人の全体の約一〇%に過ぎないともドレイナらは言う。吃音と遺伝子との関連については、まだ多くが謎に包まれたままである(41頁)

 日本でも現在、複数の研究者や言語聴覚士、医師によって、吃音の臨床や治療法に関する研究が進められている。大学などの機関の研究者としては、前述の九州大学病院の菊池良和、国立障害者リハビリテーションセンターの森浩一や坂田義政、金沢大学の小林宏明、北里大学の原由紀、広島大学の川合紀宗、福岡教育大学の見上昌睦らが知られ、その他、各地の病院や施設の言語聴覚士も、それぞれの方法で臨床や研究にあたっている。(41〜42頁)

悩んでおられる方は「希望を捨てずに」というふうに思う。

橋さんは愛知県内で羽佐田さん、この方も吃音の方。
それでこの方は言語聴覚士に通いながら、自分も吃音、どもり矯正と戦ってらしゃるという方。
この方も我流。
はっきりおっしゃる。
我流で治療方法をいくつか見つけたらしい。

 羽佐田の実践していた方法は−中略−話すときの速度を落とし、話し手にかかる負荷を下げることを基本として−中略−どもらないように自らコントロールできる発話方法の獲得を目指す。(50頁)

羽佐田さんという方は我流であることを自覚しつつ、治療法を懸命に開発しながら、どもりの、吃音の治療方法を探っておられる、という。
しかもこの羽佐田さんというのはすごい。
治療無料。
(番組ではまるで全員に対して無料でやっているような表現をしているが、橋さんに対してのみ)

 費用は一切払わなくていい。その代り、決してあきらめないでやり続けてほしい。それだけ約束してほしい。そう告げたのだ。(46頁)

この羽佐田さんの申し出からして、吃音、どもりがいかに苦しいかが伝わってくる。
それで、この作家はなかなかさえている。
羽佐田さんにも取材している。
羽佐田さんというのは切ない人。

品のない言葉だが「どもる」という人たちの苦悩をまな板の上に乗せている。
我々はトントン言葉が出てくるものだから、こんなふうに話しているが。
ちょっとどもりながら話す人の迫力を信じている。
一番最初に映画で演技を教えてくれた山田洋次監督は、演出で悩んだりするとちょっとどもられる。

幸福の黄色いハンカチ デジタルリマスター2010



「い、いやいや、いや。そ、そ、そうじゃなくってさ」という。
「に、人間ていうのはさぁ、そんなに、つ、強くないんじゃないか?」とかと言われると涙が出てくる武田先生。
そういう言葉に詰まるから説得力が増すんだ、と。
ただ、生まれついて思春期から言葉に詰まった人というのは大変。

羽佐田さんの紹介をする。
この方は警察官になることを目指して警察学校に通うのだが、緊張と共にどもりが激しくなるということで。
上司への一日の報告というのが訓練所である。
これがうまくいかない。
「〇時から〇〇を巡回」とかという、それができない。

羽佐田は、電話帳を調べて見つけた催眠療法の施設に通うことにした。−中略−一時間八〇〇〇円ほどしたが、吃音が治るのであればそんな金額はなんでもなかった。(54〜55頁)

(毎日続けたと番組では言っているが本によると「外出が許されている週末」)
お父様もお母様も警察官として張り切っている息子を温かく迎えてくれるものだから、立派な警察官になりたいという夢が捨てられない。
この方は切ない。
ついに警察学校を卒業なさった。
交番にお立ちになるが、会話となると吃音、どもりが出る。

「職務中に死ぬことができれば、名誉を保ったまま、両親を失望もさせずにいまの状況から解放されるだろうなって。だから、勤務しながらいつも願うようになったんです。誰でもいい、暴漢よ、来てくれ、自分を刺し殺してくれないか、と」(56頁)

とにかく吃音、どもりの苦しみで死を覚悟し、ノイローゼにまでなったという。
結局最後は警官をお辞めになるのだが。
10年間の努力がすべて無に帰したという。
(辞めたのは入庁から3年近く。10年というのはその後の仕事や勉強も含めた年数)
彼はやがて病院勤務のスタッフとなる。
非常勤の勤め先で苦しい生活をしながら本気でどもりと戦う。
吃音療法士としての資格をとり(「吃音療法士」という資格は存在しないので、実際には「言語聴覚士」)自分の病の「どもる」ということと対決した人で。
それゆえに同じようにどもりで苦しむ橋さんに対しても必死になって矯正をやったようだ。
橋さんはどうしても、どもりを治したい。
なんでかというと、今、旋盤工みたいなことをやってらっしゃる。
溶接工みたいなことをやってらっしゃるけれども、はっきり言って外交ができないと正社員にしてもらえない。
お子様もいらっしゃるので必死になって訓練を。
ジンときたのだが、訓練開始から半年後、橋さんはゆっくりと吃音が治っていく。
橋さん曰くだが。
この喜びがヒタヒタと伝わってくる。
「治りつつある」という喜びが。

「『アメリカンドッグ』という言葉が、言えなくて、一〇年以上、買うことができなかった、んですが、それがいまは、買えるように、なったんです。(61頁)

その時に涙が出るぐらい嬉しかったと(とは本には書かれていない)。

 二〇一三年初め、橋啓太同様に、吃音による大きな困難を抱えた男性が、ある大学病院を訪れて、吃音の治療を受け始めた。その男性、小林康夫(仮名)は−中略−彼の症状は重かった。−中略−
 自分の名前を言うだけで一分も二分もかかってしまう状態だった。
(66頁)

八〇文節を読むのに一〇分以上もかかったという。(71頁)

ニュース原稿は360文字で1分ぐらい。
80文節というのは原稿用紙一枚前後。
それで10分だからお気の毒。

「言語機能の著しい障害がある」旨の診断をし、その結果をもとに小林は身体障害者手帳の申請をし、この時すでに手帳の交付を受けていた。(71頁)

会話補助装置も手に入れた。タブレットPCに文字を入力すると音声が出るというもので、その音声を聞かせてもらうと、無機質で鋭い機械音がこう発した。
《ワタシ ハ コバヤシ ヤスオ ト モウシマス》
(71頁)

障害者として生きていこうと決心なさった。
よほど苦しかったのだろう。
彼は障害者手帳を手にしたときに「ホッとした」と書いてらっしゃる(書いていない)。

この吃音の問題を取り上げた映画で『英国王のスピーチ』。

英国王のスピーチ [DVD]



あれはアカデミー賞を取った。
かわいそうに兄ちゃん(エドワード8世)が恋か何かに生きてしまって、弟が英国王を継ぐことになったのだが吃音で。
よりによってその時にドイツにヒトラーが生まれて、コイツがしゃべりの名人でやたら早くしゃべるもので。
そのナチスドイツと対決する時に英国王になった彼が、しゃべらなきゃいけないのだが、吃音で、という。
そこで彼が必死になって小石を舐めたり早口言葉を練習したり、という。
「こんな治療法あんのかな〜?」と思いながら観ていた水谷譲。
あれは民間療法。
結局それを乗り越えたということだが。
ああいうことをやったから乗り越えたワケではなくて、やっぱり他に。

二〇一三年七月、吃音のある三四歳の看護師の男性が札幌市内で自ら命を絶ったが(102頁)

二〇一四年一月に朝日新聞で記事になると、テレビ朝日「報道ステーション SUNDAY」にて、その週の注目ニュースランキングで一位となった。(102頁)

(番組では「2010年」と言っているが、上記のように2014年)

就職説明会のブースで、その病院の当時の看護部長と直接話す機会があり、「吃音があるから看護師に向いていないということはない、循環器系で働きたいなら自分の病院に来なさい、万全の態勢で待っているから」と言われていたのだ。その看護部長は、飯山の看護学校の講師もしていて面識もあったため、彼女の言葉は飯山にとって大きな安心材料となっていた。
 しかし、飯山が病院に勤務し始めた時、看護部長は別の人物に替わっていた。
(121頁)

 病院での四カ月間にいったい何があったのか。−中略−指導者が飯山にだけ特にきつく当たっていたという声があった。−中略−何度も、どもりながら言わされて指導者には「何度練習してもダメだね」などと言われていた。(116頁)

「亡くなる前、弟はスマホにこんなメッセージを遺していました」と言ってその言葉を読み上げた。−中略−誰も恨まないでください。もう疲れました。−中略−こんな自分に価値はなく、このまま生きていても人様に迷惑をかけるだけ。だから、自分の人生に幕を閉じます》(103〜104頁)

家族は調べた内容を元に労災の申請を行った。−中略−家族が予想した通り、病院は労災の証明を拒否したが(120頁)

著者はこの病院まで行かれて、その時にどんなことがあったのか、飯山さんを自殺に追い込んだひと言は一体何だったのかということを、抗議ではなく聞かせてほしいと掛け合うのだが、門前払い同然だったという。
吃音の無念というのは苦しむ人にとっては自殺を思い詰めるほど厳しい。
ところが周囲の人たちは「そこまでは考えてはいるまい」といって叱ったり「治せ」と迫ったり笑ったりするのではないだろうか、という。

飯山さんは気の毒で「奇跡のようにどもりが治る」という矯正ベルトが。
あれを横隔膜の上までずり上げてギュッと巻くと吃音が治るというので。
これは一本10万円だったそうだ。
それをお買いになったらしいが、送られてきたベルトはただの紐だったそう。
号泣なさったようだ。
自転車の内側に入っているチューブだった。
それが一本、乱暴に紙の包みの中に入っていて。
10万円で買った自分も情けなかったのだろう。
(「隔膜バンド」に関しては150ページあたりに書いてあるが、飯山さんの話とは無関係)

このあたりが吃音という、言葉が詰まってうまく出てこないという障害の重大さ。
CMにおいて5秒が1音節。
「マルちゃん。赤いきつねと緑のたぬき」



これを武田先生は4秒で言わないといけない。
ぶら下がりでいつも叫んでいる。
かくのごとく5秒1文節で放り込めるぐらいの早口。
あるいはラジオ、テレビにおいてこの方々(水谷譲のようなアナウンサーなどの職種の人を指していると思われる)が「噛む」という不始末をしでかすと結構重大。
噛むだけでその人の裁量、技術を疑われる。
アナウンサーは大変。
小声で「あいつ、よく噛むから」と言われると「怖い、胸が痛い」という水谷譲。
だから言葉に詰まって吃音の人達の苦悩がいかに深いかわかる。
そして現代社会だが、あえて名前を出してしまう。
明石家さんまさんあたりがトップグループだが、吉本芸人というのは笑いを全部リズムにしている。
だからテンポで語っている。
時としてテンポがおしゃべりを追い越している。
だからよく聞くと、何も面白くないのだが、テンポだけで笑ってしまう。
テンポと間で笑うことが多いという水谷譲。
でも「間」というのは言葉と言葉の隙間だが、現代の間というのはその間ではない。
喋りのスピードというのがものすごく早くなっているということが重大なこと。
そしてこれは本に書いてあったか自分で思いついたかわからないが、何か人からものを尋ねられると同じリズムになってしまう。
だから同じスピードで返そうとする時に「失言」が出る。

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2020年01月11日

2019年6月3〜14日◆街場の天皇論(後編)

これの続きです。

天皇論を語っている。
日本国の天皇という存在が非常に世界の歴史の中でも独特の形態。
しかも日本国の天皇は神話の彼方からやってきたという、もの凄い長い歴史を持っている天皇家、ファミリー。
その天皇だが、戦中戦前の陸海軍のてっぺんに立っているという権力者であった。
そして敗戦。
天皇は自ら人間宣言をした。
それで戦後の民主主義はスタートした。
この本の著者である内田樹氏。
日本国憲法を認めたのは裕仁天皇である。
この人から民主主義が始まったんだ。
その順逆を忘れてはいけない。
日本国民がいて、天皇を象徴にしたのではない、と。
天皇自らが象徴になるということを認め、日本国民を作り上げたのだ。

天皇はいたわり、慰めの声はかけられるが、国民から声をかけられても返事をしてはいけないという立場が憲法7条である。
ある意味で天皇にとって、この日本国憲法は民主的ではない。
彼には発言を認めないという。
それが平和憲法なのだ、ということ。
とてもショックなのは、内田さんがおっしゃっている。
昭和の軍人さんたちが日本の中枢、政権を乗っ取るために天皇を利用したという。

自分たちの行動を批判した昭和天皇に対する怒りと憎しみを隠しませんでした。磯部は「天皇陛下 何と云ふ御失政でありますか 何と云ふザマです、皇祖皇宗に御あやまりなされませ」という「叱責」の言さえ書き残しています。(42頁)

天皇は権力者にとっての「玉」に過ぎない、統治のために利用する「神輿」でいいと、そう思っている。−中略−彼等はただ国民の感情的なエネルギーを動員するための政治的「ツール」として天皇制をどう利用するかしか考えていない。(24頁)

これはドキッとするが、内田さんはこうおっしゃっている。
昭和の陸海軍のエリートコースの軍人たちは明治維新の時の薩長をまねて昭和維新を名乗った。
この昭和維新というのは300万人以上の死者を出し、帝国陸海軍はセンシン(と言ったように聞こえたが、何を言っているかは不明)の大敗北。
みっともないぐらいの敗北を喫し、原爆を二つも落とされ東京裁判にかけられて。
A級戦犯の者は28人死罪になっている。
東条英機、板垣征四郎。それから陸軍指導者であった石原莞爾。
この人たちは軍人たちの軍閥内の権力抗争が明治からの国家を灰にした、と内田氏はおっしゃっている。

戦後、昭和天皇は心のうちを語る方ではない。
問いかけても「ああ、そう。ああ、そう」と返事をなさったという方で。
象徴の務めを模索なさった方。
昭和天皇は巡幸を繰り返し、各地で働く人々を励まし続けられた。
それが彼なりの戦争の責任の取り方だったのだろう。
そして懸命に戦争で死んだ方の鎮魂をなさっておったのであろうと。
園遊会に功労者やスポーツ功績者、芸能人が招かれるよう、これは裕仁天皇自らがお声をおかけになったという。
そういうことで武田先生たち芸人も園遊会に招かれるということが多くなった。
多くの人たちが余りにも天皇が側に来られるので、国民主権という考え方を取り間違え、誤解し、まるで我々が天皇を人間の位置に戻してあげたというような、主権の座の取り間違いが生じている。
それが数々の天皇に対する粗相になっているのではないだろうか、と内田氏がおっしゃっている。
だから決して非難しているワケではない。
上皇が側におられるのに手紙を渡そうとした国会議員の方がいらっしゃった。
もらった勲章をコンサートでお客さんに見せたという方もいらっしゃった。
それから上皇に向かって「今度はぜひあの国に行ってください」と注文を付けた方もいらっしゃった。
またこれはもう報道で流れたので名前を出すが、安倍総理。

 2013年に開催された政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」で、天皇と皇后が退席されようとした際に、安倍首相をはじめとする国会議員たちが突然、予定になかった「天皇陛下万歳!」を三唱し(41頁)

これはやってはいけない。
粗相。
なぜならば天皇はそのことに反応してはいけないということが決まっている。
私達が平気で憲法を破り、天皇のみが懸命に7条の中に座っておられる、という。
その粗相は勘違いから出たこと。
誰でもがあることだと思う。
私達も昭和天皇に対しては気やすく「天ちゃん」と呼んだり、そんなことだった。
でも戦後は昭和天皇の「憲法を受け入れる」という受諾から戦後日本がスタートした、と。
そのことを絶対に私達は忘れてはならない、という。
これは内田先生の熱き思い。

武田先生は昭和という時代に生まれた。
昭和34年のこと。
武田先生は小学校4年生、10歳だった。
1959年、博多の町はずれの貧しい家。
タバコ屋だった武田先生の家。
なんでこんなにクッキリ思い出せるのか?
鉄工所から帰ってきた父親が丸いちゃぶ台を前にして座り込み、焼酎を飲みながらとんでもないことを口走った。
「テレビば買うぞ」
父親がとんでもない高い商品を買うと言い出した。
テレビなんていうのは遠い夢のこと。
「母がまた、吠えるように泣きながら反対するなぁ」と武田先生も覚悟した。
内職の針縫い仕事をやっていた母は、一瞬針は止めたものの、そのまま黙々と針を動かしていた。
テレビは我が家にとって縁のない「未来」。
それがやってくるという。
おそらくもの凄い負担だっただろうと思う。
6万円ぐらいだった。
父の給料が(当時)1万円。
どんでもなく遠かった。
テレビを買うということは負担を背負うこと。
旋盤工であった父はどうしてもテレビを買う、と。
なぜか?
それは皇太子殿下と美智子様がご結婚なさる。
その中継をテレビで見るんだ、と。
それぐらい皇太子様と美智子様のご成婚というのは、本当に大きな出来事だった。
武田先生は本当に忘れない。
父はご成婚パレードをテレビで見ることを夢見ている。
我が家についにテレビがやってきた。
テレビを点けると白黒の画面に「カラー」と書いてあるのだが。
白黒テレビが4〜5万(円)で買えたのだが、カラーテレビはその当時「×10」だった。
50万円ぐらい。
だから白黒で武田先生は幸せだった。
やっぱり父親は自慢だったのだろう。
テレビが来てからはまっすぐ工場から帰ってくるようになった。
テレビを点けるとご成婚のニュースが次々と流れる。
その白黒の画面の中に「正田家をお出になる美智子様」というカットがあった。
ご家族、品のいい方がズラーッと石塀のところに並ばれて、美智子様が肩をショールか何かで覆われて出てこられるのだが、武田先生はまだ忘れない。
「世の中にこんな綺麗な人が遠い街にいるのか!」
あの美しさは忘れない。
その時に小学校4年生の武田先生に焼酎を飲みながら父親がつぶやいた言葉。
「鉄矢、見て見ろ美智子様をば!こん人は日本で一番偉か人ぞ。豊臣秀吉がなんか?あ〜天下取ったところで所詮、太閤たい。一般庶民から出て美智子様は今度、皇后になられるとぞ」
父は天皇を神と信じていた。
そのことは決して口外しなかったが、彼は軍人勅諭と歴代天皇を諳んじている、全て言えるということが得意の人だった。
帝国陸軍で二等兵で終わった父だが。
天皇について初めて発言したのは皇太子殿下御成婚の夜だった。
武田先生は10歳だったが日本は学校で「間違った戦争をし、日本はアメリカに負けてやっと正気に戻りました」と、そう教えられた。
だから父の天皇についての発言は全て間違いであると武田先生は思っていた。
しかし美智子様のおかげでテレビが我が家にやってきたという、この事実だけは頭にクッキリと。
今でも覚えているが父親が美智子様の映像を見ながら涙を拭いていた。
それで涙を拳で拭いた父親が「日本はようなるぞ」と。
あの戦争に負けて死ななかったその父親から、あんなに明るい言葉がこぼれていたのを初めて目撃した。
それはもう本当に奇跡のような昭和の一日。
日本が戦に破れて14年。
その戦争の一兵士であった父がこの惨敗の国の中に14年生きて、初めて希望を感じたのは美智子様だった。
それで武田先生の家は(テレビの代金)6万円の借金を背負った。
これは返すのに2〜3年かかる。
ところがたちまち返した。
1年ぐらい経つと父の給料が上がり始めた。
経済が成長した。
その時にダミ声の宰相が叫んだ。
「所得倍増!」
倍増まではいかなかったが。
日本はゆっくり豊かになっていく手応えが、あのご成婚から始まったのだ。
それが武田先生が天皇に触れた初めての出来事。

皇太子殿下と美智子様のご成婚の模様。
武田先生は10歳だったが忘れない。
武田先生の誕生日が4月11日でご成婚が4月10日。
コマツ先生のクラスだった。
式の模様を見たらホームルーム、学級会は「印象を語れ」という。
コマツ先生が「昨日はご成婚ば見て、どげなふうに思うたか、一人ずつ語ってください」。
頭が悪い鉄矢君は真っ先に手を上げて「仲がよかったと思います」なんか言いながら。
やっぱりあのあたり。
昭和34年4月10日。
あのあたりから本当に日本は明るくなっていく。
それに東京には東京タワーが出来たと言う。
それで次の年ぐらいか。
テレビを見ると面白いおじさんたちが出てくる。
「ちょっこらちょいと、ぱーにはなりゃしねーえ」(調べてみたが何の歌かわからなかった。「スーダラ節」の一部っぽいがそういう歌詞はなかった)というのがあって。
「ほーら、スイスイスーダララッタスラスラスイスイスイー」というのがあって。



笑った笑った。
同じテレビを見ていたらニキビだらけのお兄ちゃんが「上を向〜いて」。



昭和。
好きな女の子が初めてできた。
オグラスミエさんという方だった。
その人の顔を思い浮かべながら小学校6年生。
顔の大きな小学生だった武田鉄矢、菜の花畑を歩いていた。

著者である内田氏も武田先生とだいたい同じ。
武田先生は10歳だが内田先生は9歳。
そしてこの内田先生が天皇制理解に関しては「かなりこの人は劣っている」と叱ってらっしゃる安倍晋三。
昭和34年は5歳。
粗相を週刊誌に叩かれた例のミュージシャンはまだ3歳だから、その年齢差ではどうしても・・・
武田先生はテレビの一件があるものだから、上皇后を見る度に、その日にフィードバック(「フラッシュバック」と言いたかったのかとも思うが、フラッシュバックでも意味は合わないが)するものだから。

自分の人生の中でまたすごいこともあった。
武田先生は何十年も麺類のコマーシャルをやっている。
そこの社長さんがお得意さんを集めてゴルフのコンペをやり、参加した。
それで「鉄ちゃん、この人と回って」と会長に頼まれたものだから「はいはい」とかと言って。
長身の方で、すごく品のいい方で、武田先生の前に来て「粉屋でございます」とかと言って頭を下げられる。
「あ〜そうですか」
「はい、原料買っていただいておりますんで、感謝しておりますよ。東洋水産さんには」と言う。
どこかで見たことがある。
3ホールぐらい回って気づいた。
あの玄関に立ってらした詰襟の青年。
正田家のご長男さんだった。
(長男は正田巌氏なのだが、日清製粉を次いでおられるのは次男の正田英三郎氏。巌氏も何か会社に関わっていて、武田先生とお会いになったのが巌氏という可能性も無くはないけど、多分次男の英三郎氏。)
ズキッときた。
この後、武田先生は美智子様ともお会いできるという。
本当にカーッとなるというか。
嬉しかった。

我々は子供の頃から「日本の未来、憧れはアメリカである」と、そういうふうに教えられた。
戦後日本はアメリカというバーをいかに飛び越えるか、くぐるか。
はたまた、そっと目を逸らすか。
内田氏はこの中で凄まじいことを言い始める。
これは驚く。
内田先生は日本人の魂の一番奥底に尊王攘夷があるんじゃないか?とおっしゃる。
天皇制とはアメリカなどというバーとは比較にならないほどの力がある、という。
その力こそ内田氏は「天皇が持つ霊性」スピリチュアルとおっしゃっている。
と、言われても「霊性」というような力があるだろうか?と思いつつ、胸に手を当てて思い返すと、実はしっかり目撃している。
その時にそう感じているのだが、言葉で表す能力がないから、見て「あ〜」とかという感じで終わっている。

2011年3月11日。
あの東日本大震災の時、菅直人という総理がいた。
その時に日本国民の中で誰もが腹の中で思ったこと。
「役に立たねー!」
もう本当に菅さんに申し訳ないが、そう思ってしまった。
イライラ八つ当たりなさったり、東京電力の職員たちを並べておいて「何やってる!早く消せ!」という態度。
あの時の日本の不安と不満というのはもの凄かった。
誰の胸の中にもきっとあったと思う。

「この国はこのまま滅びるんじゃないか?」
現実に滅びる一歩手前だったのかも知れない。
あの時に我々は何を希望としたか。
これは内田氏の指摘だが、指摘されて武田先生も思い当たる。
あの時、間違いなく日本を支えたのは天皇であった。

上皇と上皇后様が被災地に行かれて被災者を励まされているという、その風景に接した時に、上皇上皇后に続いて自分たちも慰めねば、励まさねばと、そう思った。
上皇、そして上皇后がともに体育館に訪れて励まされた。
あの図が実は天皇の霊性を私達に見せた、ということ。
どこの被災地の体育館かわからないが、お二人が体育館の入り口にいらっしゃった時のそのシーンを今でも覚えている水谷譲。
「良かった」とテレビを見ながら思った。
上皇后が被災に遭われた娘さんに声をかけられて「大変だったですね」とおっしゃる。
心理学者の話から聞いたら、天皇皇后両陛下がいらっしゃって、その方が「大変だったですね」と言うと「泣いていいんだ」と思う。
市長さんとか町長さんはスリッパを履いているのに、上皇上皇后両陛下は履いていらっしゃらない。
そのことに後で気づく。
上皇上皇后両陛下が「大変でしたね」。
それは全然響きが違う。
「泣いていいんだ」という。
泣くところから復興が始められる。
天皇皇后両陛下がもしいらしていなかったらずっと我慢して内にこもってしまう。
ワーン!と泣けるところが、という。
それはやっぱりこの内田先生が言うところの「スピリチュアル」なのではないか。
「天皇には霊的なパワーがある」と、そんなふうに解釈した方がいいのではないか?
泣くことで「浄化」される。
神聖な気持ちになれる。
心理学の人が言っていたが「泣く」ということが悲しみの中でものすごく大事。
その涙を存分に流させてくれる「装置」いわゆる「スピリチュアルな仕掛け」として天皇皇后両陛下というのは「最高のペアなんだ」と言う。

そして武田先生は別個の意味でまたすごく思ったのだが、三陸の海に向かってお二人が深々・・・
もちろんそれは彼らの眼前には津波にあって被災した打ち砕かれた街がある。
でも、上皇上皇后両陛下が頭をお下げになった時に、その街の向こう側に向かって頭を下げているような。
「海の神様に祈願しているんじゃないか?」という。
「この方々は大事な民である。我が名にかけて彼らにこれ以上の責め苦は与えないでください。海よ静まれ。大地よ静まれ」
陸と海に向かって何かを願う、という。
そういう力を持った人は天皇家しかない。
それを内田氏は「スピリチュアル」という「霊性」と考えていいのではないだろうか?という。
それはもうまさしく「神話」。
ヤマトタケルにも出てくる。
海が荒れる時にヤマトタケルの奥さん(弟橘媛)自らが海に飛び込むと、海神(ワダツミ)が収める。
天皇家には歴代『古事記』『日本書紀』に伝わるがごとく、その手の霊性が宿っている。
だから上皇上皇后というのは象徴というポジションをそこまでお考えになっていたのではないだろうか?

更に彼らの慰霊の旅は続いて、あのご高齢で本当に「もうよろしいのに」と言いたくなるのだが、サイパンにも行かれ、パラオにも行かれ。
パラオでも高崎の兵隊さんだったと思うが「オレンジコースト」という海岸があって。
つまり日本兵の血がそこで染まっていたというから、その名前が付いている。
その海岸に向かって上皇上皇后が深々と頭をおさげになる。
生き残った兵隊さんが見て、泣きながら「死んだ戦友が喜んでおります」と。
死者を喜ばせる霊力を持った人は彼らしかいない。

──戦後70年の戦没者慰霊のため、天皇、皇后両陛下が2015年4月上旬、旧日本兵1万人が全滅した激戦地、パラオのペリリュー島を訪れて献花した、という報道がありました。(76頁)

「きっと喜んでいると思います」
平成を惜しもう。
よくやってくださった。
最後の最後まで本当にありがたい。
天皇というのはそのようにして「霊性」というのを持っている「スピリチュアル」というものを持っているという存在で考えていったらいかがかなぁとも思う。
そういう提案。

『街場の天皇論』
内田樹氏がお書きになった。
これはなかなか考えさせられる。
1ページ目から読むのはしんどかったので240ページほどの本なのだが、逆に逆さに読んでいくと非常にわかりやすかった。
日本の歴史全体に関して、まだ他に書いてある。
「天皇家をどう理解するか」というようなことが。
だが、バッサリとそのへんを落として。
元号も変わったところで。
平成を運んでくださった上皇上皇后に対する敬意をこめて、本とはちょっと飛躍しつつお届けしている。
ただ、内田氏が言う「天皇というものに対しては霊性があるんだ」と。
そういうことを平成の世に我々はたくさん見た。
パラオでフィリピンでグアムでサイパンで。
そして沖縄で。
このお二人は本当に沖縄を大事になさっている。
初めて訪れた時、洞窟の中に隠れ潜んでいた過激派の学生から火炎瓶を投げ付けられたというお二人。
浮足立つことなくキチンと行事を。
そして沖縄に対する格別の思いというのは歌にまで詠まれたという。
昭和天皇が出来なかったことを上皇は「やらねば」と。

とにかく天皇というものが世界のどの国にもない。
日本的霊性の中心にお立ちになっておられる。

陛下は「象徴天皇には果たすべき具体的な行為があり、それは死者と苦しむものの傍らに寄り添う鎮魂と慰藉の旅のことである」という「儀式」の新たな解釈を採られた。(16頁)

上皇はこの象徴である天皇というのは一体どうすればいいのかというのを本当に命を削るようにして考えておられた。

「おことば」にある「即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました」というのは、陛下の偽らざる実感だと思います。(19頁)

これは官僚の文章では書ける言葉ではない。
上皇はどれほど思いつめて天皇制についてお考えになられたのか、自ら告白なさったという。
そんな一語に感じられて仕方がない。
戦後70年、古代の制度を抱え込んだ、ある意味では非常に矛盾している「國體(こくたい)」国の形。
しかし天皇制と立憲君主制。
この矛盾している、それを巧みに両立している国など世界にはない。
これは内田氏の言。
その内田氏が断言なさることは、天皇皇后の努力によって「國體」国のイメージはかなっているんだ、と。

80歳を超えられて大変だろうと思う。
上皇と上皇后が平成の最後の方で噴火か何かで非常に苦しんだ鹿児島県の小さい島に行かれた。
これは島民が数百人。
それでも行かれた。
「漏らすことのないように」ということなのだろう。
そのわずかな数百人の島民のために遥々と上皇上皇后は足を運ばれた。
喜んだ島民が夕刻、お泊りのホテルの前で提灯行列でお二人を歓迎した。
上皇と上皇后が受けるのではない。
お二人も提灯を持って振られた。
つまり「見事だなぁ」と思うのは、自分の思うところ、行動できるところは全部行動して。
つまり「提灯行列を見下ろす天皇皇后であってはならない」と。
「提灯行列をしてくれる民がおるならば、共に提灯を持ってそこに立とうではないか」という。
これは上皇、上皇后がお決めになったことで。
我々はその好意に甘えてはいけない、と武田先生自身もそう。
天皇制というものに関して考えが浅く。

令和の時代になった。
天皇皇后両陛下はまたいろんな所を旅なさると思うが。
スマートフォンで写真を撮ってもいい。
写真を撮ってもいいし、手を振られてもいいし。
「徳仁様〜」とか「雅子様〜」とかと呼びかけるのもOK。
だけどみなさん、スマートフォンで写真を撮る時、一礼だけはしませんか?
一回だけ会釈で頭を下げませんか?
天皇が持っている霊性というものに、私達も自らも霊性を感度高く受けるために。
どこかお二人を名前で呼ぶ、それか写真を撮るというその一つ前に、日本人らしい行動を、決して忘れぬ日本国民でありたいとは思いませんか?
そういうことを思う武田先生。

一番最初に話が戻るが、三島が言っていた「舐めてはいけない」「天皇というのは霊性を持っているんだ」。
もちろん天皇自らがそのことを自分で振りかざすことはないのだが。
しかし、日本国民の本性の中に天皇の霊性に対する敬意みたいなもの、このことをきちんと持っていることが、日本国民たる証拠ではないだろうか?

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2019年6月3〜14日◆街場の天皇論(前編)

(今回も本の内容とかみ合わない感じの部分もある)

武田先生が尊敬している思想家で合気道家の内田樹先生の本。

街場の天皇論



これは「街場」シリーズ。

増補版 街場の中国論



街場の教育論



その中でこの内田先生がフランス哲学構造主義の頭で「天皇」というものを考えてみよう、という。
これはだいぶ前に用意していたが、ずっと寝かしていた。
一つは平成の世の中において、上皇様自らが「退位をしたい」ということをおっしゃって「時代」が変わった。
もう今日(番組収録時点)で一か月だが。
そういう出来事が起こったものだから、これは「ちょっと事が落ち着いてから取り上げた方がいいのかなぁ?」と思って寝かしていた。

天皇を語るというのは大変。
緊張する。
「天皇」という一語に触ると、もの凄くたくさんの言葉を用意しないと、語ることなどできない、という。
これは内田先生もそう覚悟してらっしゃるのだろう。
ただし、内田氏は武道で鍛えた思索家、思想家だけあって実に腰の据わった天皇論が語られている。
これで天皇というものを考えていただくと、令和の世の中にも役に立つのではなかろうかと思う。
本自体は240ページほどの本で、内田師範が「象徴天皇とは一体何なのか?」という。
自ら語り出す。
内田先生も言葉を尽くして語ってらっしゃるのだが、この方も思想家なので敵対する思想を持つ人に関しては実に過激な発言が。
それをラジオ(この番組)で喋ろうか喋るまいか。
「喋らないと(内田)先生に怒られちゃうんじゃないか?」とかといろいろ思っていた。
そういう思いで途中でくたびれてしまった。
天皇の持っている「影の力」と言うか。
例えば職能芸人とかと深く結ばれておられる。
流浪の芸人さんたちの集団が室町期にものすごく強く結ばれていたとか。
天皇とある村の人々が強く結ばれているとか。
古代がかったものがどんどん出てくる。
八瀬童子(番組では「はせのどうじ」と言っているが「やせどうじ」「はせどうじ」などと読むようだ)。
(天皇が)お亡くなりになられた時に籠を担ぐということで、そのことを職能とする、自分たちの特権となさって天皇家に仕える人たちがいる。
みんなそれは天皇家に仕える人の職能、仕事。
みんな技を持ってかつて天皇家に仕えた、という。

三島由紀夫の死はショックだった。
武田先生が二十歳の頃。
異様な事件。
ノーベル文学賞を貰うかも知れないという人が、自衛隊の基地に突入していって「一緒に革命を起そう」と言って割腹自殺。

三島由紀夫が佐世保闘争の1年後に、全共闘の学生たちに向かって、「天皇という言葉を一言彼等が言えば、私は喜んで一緒にとじこもったであろうし、喜んで一緒にやったと思う」と言ったのは決して唐突なことではなかったのである。(238頁)

そこまで発言した三島由紀夫の言葉に、内田師範も囚われながら天皇というものを考えてらっしゃる。
『街場の天皇論』というのはもちろんみなさんにぜひ読んでいただきたいのだが、なかなか説明しにくい。
そこで武田先生は逆さまから読んだ。
頭から読んでいくと政治論が出てくるので。
武田先生は弱いので、反対に「あとがき」(「あとがきにかえて」ということで書かれている「『日本的情況を見くびらない』ということ」)から読んだ。
なんとなくケツから読むと武田先生でもわかりやすかった。
その「あとがき」で内田師範はこんな言葉をつぶやいてらっしゃる。
武田鉄矢がズキリとした一語。
「日本的情況を見くびらない方がいい」
「日本的情況」とは何か?
天皇。
「『天皇』というものをあんまり軽く考えないほうがいいよ。実は『天皇』という二文字の中に重大なものが込められているんだ」という。
その一言を謎の一言にしてずっと逆から読みあがっていった。
その「日本的情況」というのを考えてみたい。

自分の胸に手を当てて考えてみると、武田先生たち戦後世代、日本が戦争に負けて育った団塊の世代というものは、天皇という「日本的情況」をはっきり言ってかなり見くびっている。
武田先生もそれを認める。
内田さんが実に鋭いところを突いてきている。
こんなことがあった。
天皇皇后両陛下のお側近くにいるという立場を利用して。
宴で春秋おやりになる(園遊会)。
あれの時に手紙を渡そうとした人がいた。
山本太郎氏、天皇陛下に直訴 園遊会で手紙を手渡し 請願法違反の可能性も | ハフポスト
それから天皇と会話をする時に天皇の好みを訊いたり。
「お好きですか?」とか訊いて。
それから「ぜひよければ中国に行ってあげてください」とか注文をつけている。
それからご褒美で勲章をいただいたのだが、それをコンサートで歌っている最中、お客さんに見せびらかすという。
サザン桑田が「紫綬褒章」パフォーマンスを謝罪 |東スポWeb
そういうこともあった。
はっきり言って武田先生たちの世代、団塊の世代のこの前後は天皇を近しく感じることが民主主義だと思っている。
人として天皇と会話ができると思っている。

これで思い出したこと。
武田先生には三人の姉がいて、一番下の姉というのは卓球が上手だった。
ダブルスの国体で優勝するほどの腕前だった。
彼女は国体に出る度に貴賓席に座っておられる天皇皇后両陛下に対して、家に帰ってくると「ああ、今回も『天ちゃん』ば見てきた〜」。
そんなことを言っている。

 私が記憶する限り、戦後間もない時期が最も天皇制に対する関心は低かったと思います。−中略−冷笑的に「天ちゃん」と呼ぶ人もいた。−中略−東京育ちの私の周囲には、天皇に対する素朴な崇敬の念を口にする人はほとんどいませんでした。(26頁)

それはいい。
「そういう呼び方は失礼じゃないか」と言わないから。
こういう天皇皇后両陛下の立場にある方に対する出会い。
例えばどこかの駅でお降りになると大声で名前を呼んだり叫んだりという。
そういうことに対して内田氏が「しまった!」という思いを込めておられる。
自分たちが大学生の頃「君たちが一言、天皇のためにと言えば、私達は君たちと共闘しよう」と言った三島の言葉に対して。
三島はわかっていた。
俺たちはわからなかった。
理解していなかった。
その三島の残した謎の言葉から天皇制というものが日本人にとって「感性」。
そして天皇というのは「霊性」も持っているんだ。
「霊性」というのはスピリチュアルということ。
つまり天皇というのは日本人の霊性を宿しているんだ。
内田氏は用心深い方なので本を読むときちんと自分のことをおっしゃる。

これらを一読して私を「還暦を過ぎたあたりで急に復古的になる、よくあるタイプの伝統主義者」だと見なして、本を投げ捨てる人もいるかも知れない。たぶん、いると思う。こういう本を編めば、そういうリスクを伴うことはよく承知している。(244頁)

なぜならこの天皇制という民族的資料はその参考になるものがどこにもない。
内田氏が何をおっしゃっているかと言うと、天皇という存在を持っている国が世界にない。
日本だけ。
だから日本人は宿命として考えざるを得ない。
先例がない。
いや、イギリスにあるじゃないか?
皆さん、歴史が違いすぎます。
イギリスは確か、フランスから渡ってきた一族のうちだった王国がイギリスという国になる。
日本の天皇というロイヤルファミリーは神話からやってきた。
神話と言えばギリシャにゼウスの末裔の方がいるというような。
ギリシャは、ゼウスの末裔の方とかいらっしゃらない。
だから(日本の皇室は)神話の彼方からやってきたファミリー。
いつも「イギリスのロイヤルファミリーみたいに日本ももっと親しくなればいいのにな〜」と思っていた水谷譲。
それは無理。
その分のことを自覚しておられるのは天皇家の皆様だけ。
日本の天皇は違う。
彼ら一族は神話の闇の彼方からやってきた。
その淵源、源を知ることはできない。
その126代目の天皇は今、東京都に住んでおられる。
その不思議さの中に天皇制の深さがある。

日本の天皇はイギリスともタイともオランダとも違う。
何が違うか?
彼らは歴史的事実の中からロイヤルファミリーを立ちおこしてきた。
日本は違うんだ。
神話から来ているんだ、と。
そう言われてみると日本の天皇というのは神話の闇の彼方からやってきた。
神武から始まったワケだから。
ウガヤフキアエズ(鸕鶿草葺不合尊)とか、海彦山彦。
何か「民話」。
「日本昔ばなし」の中からやってきた人が今、末裔として東京都に住んでおられる。

この方は姓をお持ちにならない。
姓は日本では古舘(伊知郎)さんも番組をやってらっしゃるが。
ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ! - NHK
この間、エレベーターの中で会ったが。
姓を辿っていけば、どこの地方に生まれ、どんな仕事をやっていたかというのが姓でわかるようになっている。
そんなふうにして系譜を辿れるが、天皇は違う。
天皇はただ一人の人だから「名」しか持たない、という。
そういう存在。
例えば中国では世の移り変わりを姓で呼ぶ。
あれは「姓」。
「殷」「周」「秦」「漢」「元」「明」「清」
その国名、時代名はその時代を呼び寄せた人の姓。
支配者が変わると時代の姓が変わる、名が変わる。
その移り変わりのことを「易姓革命」と言う。
それが中国。
今は中国は中華人民共和国だが、中国の歴史に沿って語ると、今は「習」の時代。
「殷」「周」「漢」「元」「明」「秦」・・・いろいろあって「習」という時代。
習金平という人が今、中国という家に住んでいる。
この人の力がなくなって倒れれば別の人の姓になるという。
日本は違う。
日本は平成から令和の世に変わっても天皇の座は渡っていく。
こんな国は世界のどこを探しても無い。
私達にとっては参考にする国がない以上、日本的情況というのを宿命として考えなければならない。
日本人は絶えず天皇と自分というものを考えるというポジションにあるんだ、と。
アメリカには民主主義がある。
フランスには共和制。
中国は共産主義。
ロシアは連邦大統領独裁制。
イギリスは立憲君主制。
日本はそのどれも採用しなかった。
むろん「立憲」。
しかしその立憲民主を担保しているのは「天皇」。
これは内田氏が鋭いところを突いてきている。
日本国憲法。
安倍さんが変えたくて今、うずうずしてらっしゃるが、これは戦勝国アメリカの指導の下「日本国民がこの憲法を作った」ということでスタートしたのだが。
何をおっしゃる。

 憲法前文が起草された時点で、憲法の制定主体となりうるような「日本国民」は存在しなかった。いなくて当然である。憲法施行の前日まで全日本人は「大日本帝国臣民」だったからである。憲法を確定するほどの政治的実力を有した「日本国民」なるものは、権利上も事実上も、憲法施行時点では日本のどこにも存在しなかった。(113頁)

マッカーサーと戦後日本を民主国家へ歩ませるという方角に一番最初に一歩目を踏み出した人がいる。
その方は誰か?
昭和天皇。
昭和天皇が「この憲法を守る」と誓ったところから日本国憲法が発動した。
多分聞いてらっしゃらないと思うが一応呼びかけだけ。
「ね?そうですよね麻生さん」
麻生太郎という方がいらしゃるが、お祖父さまがその前後を担当した吉田茂という方。
この方は書面で己のポジションを記す時、「臣 吉田茂」と書いた。
「天皇の家来の吉田茂」と書いた。
当時の決まりではなく彼自らが自発的に。
つまり戦後民主主義をスタートさせたといわれている吉田茂という宰相は、「天皇の従者である」ということを生涯の名乗りとした。
つまり天皇の臣が戦後憲法を作ることに参加し、その天皇がこの憲法を私が守ると誓ったところから平和憲法は成立した。
我ら戦後世代は我らが憲法を考え、我らが占領軍と交渉し、この憲法を作ったと教えられ続けた。
しかし違う。
この憲法を認めて了承した第一人者は実は昭和天皇だった。
そう考えてみると天皇の存在は実に重大。

進駐軍が戦後やってきて敗戦国日本。
その日本に対して平和憲法にした。
その平和憲法は「国民がこの憲法を作ったんだ」ということを宣言したが、「天皇がその憲法を認めた」ということによって日本国民になれた。
理屈っぽいかも知れないが、この理屈は大事。
戦後日本の戦闘に立ち、歩き始めたのは他ならぬ124代裕仁天皇であった、と内田氏はこう指摘する。
戦後の平和憲法の日本というのは、まず天皇によってはじめられた。
この事実から日本人は逃げてはいけない。

では天皇制とは一体何か?
わかりやすく内田氏は「天皇制とは古代です」と言っている。
古代。
全部公表されていないが、月のうち半分ぐらいはお祈りをされている。
天皇家独自の真っ暗い闇の中で祈りごとをしたり、田植が始まる時は農耕を始めるので、天皇自らが田んぼに籾殻を蒔いたり。
刈り入れをやってちゃんと先祖伝来、自分の先祖に向かってお米をあげたりという、そういうことをなさっている。
だから忙しい。
そういう「宗教行事としての天皇」というのをやってらっしゃる。
それは古代から儀式。
古代である天皇制と欧州型の立憲民主制が、とりあえず齟齬なく、何とか噛みあって、古代と近代、その混ぜたもので国を成立させている国。
そういう国は世界のどこにも無い。
日本だけ。
その矛盾みたいなものを我々はよく自分たちて噛みしめていないので、天皇というと向こうが親しくしてこられるので、こっちも親しくしていいと思っている。
もちろん親しくしていいでしょう。
しかしその親しさの中にプライベートで手紙をこっそり宴の途中で渡そうとしたり、いただいた勲章を人の前で見せびらかしたり。
後に問題になったことだが、天皇から声をかけられた瞬間に「○○の国、私大好きなんですが、ぜひ行ってくださいよ」なんて注文をつけた。
また問題にこれもなった。

 2013年に開催された政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」で、天皇と皇后が退席されようとした際に、安倍首相をはじめとする国会議員たちが突然、予定になかった「天皇陛下万歳!」を三唱し(41頁)

それは余計なこと。
粗相。
そういう「個人的な讃辞を送ります」ということは言ってはいけない。
なぜならば天皇はそれに答えてはならないと憲法に書いてある。
天皇には聞いてはいけない。
向こうが聞くから答える。
憲法にそう書いてある。
そのことを昭和天皇が守るとおっしゃったから戦後民主主義はスタートした。
最初の言葉に戻るが「日本的情況を舐めてはいけない」と。
平和憲法成立時の天皇の働きがあったればこそ、日本国民は誕生した。
勝者としてやってきたマッカーサーの横に立ち、人間宣言をしてくれた。
そして内田氏は言う。
人間宣言をした天皇として歩み始めたのだが、天皇がやれることは「鎮魂」と「慰藉」。
亡くなった方の魂を鎮めることと、傷ついてらっしゃる方を慰め、いたわること。

 憲法第7条には、天皇の国事行為として、法律などの公布、国会の召集、大臣や大使などの認証、外国大使や公使の接受などが列挙されており、最後に「儀式を行ふこと」とあります。(15頁)

憲法7条を守ることで「象徴」というポジションに天皇自らが就かれた。
だから日本憲法は成立した。
内田氏は言う。
慰めといたわりの声をかけられるが、国民から声をかけられても返事してはいけないというのが日本憲法の第7条。

『昭和天皇物語』という劇画があった。

昭和天皇物語 1-5巻 新品セット



そういうシーンが出てくる。
昭和天皇が進駐軍に会って命令される。
「民主主義を勉強してもらいます」と日本語のわかる米軍人から言われる。
その時に漫画の中で、天皇が小っちゃい声で「民主主義は知っておる」とつぶやく。
それはそうだ。
明治憲法に書いてあった。
五箇条の御誓文。
「上下議政局ヲ設ケ」
(「上下心ヲ一ニシテ盛ニ經綸ヲ行フべシ」のことか?)
これからは合議で語り合いによって国を運営していく、と。
明治憲法にもう合議制というか、立憲。
それをアメリカ軍人から偉そうに「民主主義を」と。
知っていた。
「それがかなわなかったから今度の大戦に引っ張り込まれたんだ」という無念みたいなものを天皇が語る一言がすごくよくて。

五箇条の御誓文は坂本龍馬が作った。
船中八策。
坂本龍馬が日本を近代国家にするために8つ策を考えた。
その中にある。
「上下議政局ヲ設ケ」
公議に、国の方針は公の議論によって決定すべき。
坂本龍馬は偉い。

その小さなつぶやきがジーンときた武田先生。
とにかく日本は大戦でコテンパンにアメリカに負けた。
これほどみっともない負け方はないぐらい。
原爆を二発落とされた。
死者300万人。
その無念の中で天皇は自ら人間宣言をする。
そして日本国民の存在を認め「私がその日本国民の象徴となりましょう」と。
彼のポジションは憲法7条を守ることで象徴的行為とされたワケだが、その象徴的行為の中に、彼自身が慰めの声をかけたりすることはいいけれども、国民から声をかけられたら返事をしてはいけない。
だから日本国民が、もし天皇に対してそういう思いがあるんだったら、悪口を言いたかったら言っていい。
でもアンフェアなのは天皇は言い返せない。
それはアンフェア。
つまり日本国憲法というのはある意味で、天皇一人にとっては実は民主的ではない。
「民主的ではない」というポジションを天皇は受け入れることによって平和憲法は成立した。
まるで自分で考えているみたいに言っているが。
このへんの内田氏の指摘は深い。

日本の歴史の中で天皇を最高権力者にして得をしたいとたくらむ人がいた。
大正、昭和を経るうちに陸軍の暴走というのが、天皇を巧みに利用することで日本国を大戦に引っ張り込んでしまったというのが実情。

日本の歴史で天皇を政治利用しようとした人々のふるまい方はつねに同じです。天皇を担いで、自分の敵勢力を「朝敵」と名指して倒してきた。倒幕運動のとき、天皇は「玉」と呼ばれていました。
 二・二六事件の青年将校たちは天皇の軍を許可なく動かし、天皇が任命した重臣たちを殺害することに何のためらいも感じませんでした。そのひとり磯部浅一は獄中にあって、自分たちの行動を批判した昭和天皇に対する怒りと憎しみを隠しませんでした。磯部は「天皇陛下 何と云ふ御失政でありますか 何と云ふザマです、皇祖皇宗に御あやまりなされませ」という「叱責」の言さえ書き残しています。
(42頁)

つまり「天皇陛下のため」と言いつつ彼らは言うことを聞かなければ本当に天皇自らがおっしゃっているのだが、「その生命も」というようなところまでいっている。
彼らは完璧に維新史を勘違いしている。
薩長というものが天皇という錦旗の御旗を手に入れて、それを振りかざし、佐幕藩の会津を先頭にして東北をさんざ痛めつけた。
だから天皇に巻きつき「天皇さえ利用すれば日本を動かせる力が俺たちに手に入る」と思ったのが昭和の軍人。
お気を付けあそばせ。

posted by ひと at 10:41| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月30日

2019年4月15〜26日◆諏訪大社(後編)

これの続きです。

諏訪大社のもう一つ、御柱以外の大祭で「御頭祭」というのがあって

鹿の首、兎や蛙の串刺し、脳和えなどの「特殊神饌」が描かれている。(86頁)

血みどろの神が諏訪大社の奥の方に眠っている。
それから御柱の扱いがまるで「人柱」。
怨霊を閉じ込めるが如く四隅に打ち付ける、というような。
ちょっとやはり御柱というのは「奇祭」。

その中でここまで逃げ込んできて殺された大物貴族の中に物部守屋大連という人がいて、天皇家に仕えた方。
ところがちょっとした政治的な論争があり、彼は破れて。
物部氏はこの守屋を最後に滅ぼされてしまう。
物部。
朝廷で天皇を守っていたらしいのだが。

 なお、物部とは、文字通り「物」の「部」であって、職掌がそのまま氏の名になったものだ。
 そして「もの」には二つの意味があった。
 一つは「武器・軍人」の意。「もののふ」である。もともと鍛冶・鍛鉄を支配する一族であったところから、金属製の武器・武具を造ることで軍事氏族として頭角を現した。
(126頁)

 さてそれでは、物部守屋大連とはどのような人物であったのか。(107頁)

『日本書紀』によれば西暦587年、有力豪族であった物部守屋は仏教導入を進める大和朝廷、蘇我馬子あたりと激しく対立。
物部守屋が何を主張したかというと「異国から神様なんか入れる必要ない!日本には日本の神様がいる!」ということで「神道で十分だ」ということで神道主義を叫んだ。
短気な方だったのだろう。
まあ、事実かどうかわからないが。

「物部守屋はみずから寺におもむいて、胡床に陣取り、仏塔を倒させ、火を点けて焼き、仏像と仏殿をも焼いた。−中略−
 役人は即座に尼らの法衣を奪い取り、捕縛し、海石榴市の馬屋館につなぎ、尻や肩を鞭打つ刑に処した。」
(108〜109頁)

厩戸皇子(番組中ずっと「うまどやのおうじ」と言っているが、もちろん「うまやどのおうじ」)。
お母さんが産気づいて馬小屋で出産したという。
キリストみたいな伝説。
聖徳太子も敵に回してしまう。
それでなんと蘇我馬子と厩戸皇子から攻めたてられて。
守屋は「天皇の座を狙っているんだ」という、そういう汚名をかぶせられて追われるという。
そしてとうとう諏訪辺りで打ち滅ぼされて、物部は戦いに破れ、勝った側はと言うと厩戸皇子(聖徳太子)を中心に大阪天王寺にお寺さんができる。
ところがこれは変なお寺さん。
これは「天王『寺』」。
(番組中、ずっと「四天王寺」のことを「天王寺」と言っている)
ところが西側の門は鳥居が建っている。
これは「物部を殺した」というのが心に痛かったか。
あるいはこの寺を物部守屋が襲ってくるのではないか、ということで石の鳥居を築いて、その呪いの侵入を防いだのではないか?という。

動物の名前がポンと出てくる時に、その動物に何かが込められている。
物部守屋を反逆者にして打ち滅ぼしたのは蘇我馬子と厩戸皇子。
両方とも「馬」。
それで馬肉を喰っちゃうのではないか?(鉄矢論)

それで今度は諏訪大社の方はご存じだと思うが、諏訪大社の御柱の頭に鳥の形をした金属を打ち込む。
「トリガマ」という鳥の形をした金属を打ち込むというところが物部と結びついて、不思議な動物の呪いか何かを込めているのではないだろうか、という。
(番組では「トリガマ」と言っているが本によると「薙鎌(なぎかま)」)

とにかく、この物部守屋はこれだけでは終わらない。
日本の怨霊の原点みたいなもの。

天武天皇元年(672)壬申の乱のとき村屋神が神主にのりうつって軍の備えに対する助言があったという(123頁)

 壬申の乱の時に「軍の備えに対する助言」があって、ために天武天皇より位を賜ったという。よほど重要な神託であったと思われるが、これこそは「軍神」物部守屋の神託であることの証しだろう。(124頁)

物部を祟り神ではなくて天神様同様の身分の高い神様にして、物部神社を作ることを許した、という。
死んでも物部は天皇家を守ろうとする、というので、そのようなパワーのことを「もの」が付く単語で、日本語で「死んでからのパワーを発揮するもの」で、そういう人たちのことを「もののけ」。
「物部」という滅び去ったかつての豪族。
その物部の話。
最初は祟り神で朝廷を苦しめるのだが、その後は守るパワーとなって「もののけ」となって天皇家を守ったという。
御柱との関係ははっきりはしないが、ただ、御柱に鳥の楔みたいなヤツを打つ。
キツツキみたいなヤツ。

四天王寺の堂塔は、合戦で敗死した物部守屋の怨魂が悪禽となって来襲し、そのために多大の損害を受けるという被害に悩まされた。−中略−
『源平盛衰記』などにも守屋が啄木鳥と化した伝承のあることを指摘している。
(116頁)

「鳥」というのが物部のトーテム。
つまりシンボルの鳥じゃないか、という。

 言うまでもないが、寺に鳥居は不要である。寺にとっては「異教の象徴」であるのだから、邪魔にこそなっても、歓迎するような類のものではない。−中略−四天王寺が大鳥居を建てたのは、寺の力だけでは足りずに神祇の力を頼ったからに他ならない。これは「封印」である。物部守屋の怨霊を恐れるあまり、神仏合同の力を借りて封印したのだ。(118頁)

アマテラス(天照大神)さんがいました。
アマテラスさんの天孫族のお孫さんで、二人目のお孫さんがニニギノミコト(瓊瓊杵尊)。
この人が天から降ってきて、南九州に降り立ってコノハナサクヤヒメ(木花開耶姫)という人と結婚して三人の子供が生まれる。
その上と下が「海彦」「山彦」。
山彦の方は海人の豊玉姫という人と一緒になって、生まれた子が神武になるのだが、これが大和に上って行って朝廷を作った、というのだが。
不思議なことに、このニニギに兄ちゃんがいる。
ニニギの兄ちゃんの名前はニギハヤヒノミコト(饒速日命)。
これが天孫族の長男坊。
このニギハヤヒノミコトの末裔が物部。
つまり物部は天皇家よりも古い血統を持っている。
それで「弟を守った」ということなのだろう。
いい兄ちゃん。
それから三人兄弟が生まれるのだが、一番上が海彦で一番下が山彦。
(一番下ではなく二番目らしい)
山彦から天皇家に繋がる神武が生まれるのだが、この海彦も山彦に「もう、わかったわかった。オマエの言うこと聞くよ」と言いながら子分になってくれた。
天皇より古い氏族として物部。
だからこの物部を慕って、備前・日向・土佐・筑後、肥前・日向・陸奥までに物部神社があるという。
しかもこの物部神社は諏訪神社と繋がっている。
かなりの確率で備前・日向・土佐・筑後、肥前・日向・陸奥の人たちの中で「馬を食べる」という習慣が点々とある。
これは氏族の中で許された食べ物として「馬を食べる」という食習慣を持っていた、という。
「郷土料理」というものの中に何か深い宗教観みたいなのがあったんじゃないかな?という。

ちょっと整理しよう。
この諏訪の地に建御名方(タケミナカタ)という出雲から逃げて来た神がいる。
ここには更に石にまつわる「シャグジ」なる縄文の神がいる。
それから物部守屋からなる聖徳太子や蘇我馬子と戦った大和の豪族がいる。
出雲から逃げて来た神。
縄文から続く神。
そして大和での政権争いに敗れた豪族の最後の人がいるという。
彼らは滅ぼされて怨霊の無念を込めて諏訪大社に祭られているのではないか?と。
そしてこの三つよりもっとパワーのある神様が眠っているので大和朝廷も「大社」という最大級の祈りをここに捧げたんじゃないか?

 日本の「縄文」という概念と「弥生」という概念は、まるで正反対の対立概念≠フように、いつの間にか取り扱われるようになってしまった。(173頁)

一方は狩猟民族で一方は農耕民族。
弥生時代は渡来系の人々が原住民を南北に追いやることで大和政権が確立したという歴史観があるが、どうもそれがおかしい。
新しく入ってきた弥生人、渡来系の人々が縄文人をやっつけて出来上がったのが大和朝廷、という考え方では納得がいかない。

古代史は前後がややこしいので、順番に並んでないので。
この戸矢さんの本もそう。
年代を調べるのに、ものすごく疲れる武田先生。
古代史の中でどれが先に起こった事件かわからないのに「○○の事件がある」とかと言われるとグジャグジャになってしまう。
それで武田先生のお譲さんが昔使っていた『日本史一覧表』という副読本があって、それで年月日を確認してこの番組用に整理している。
お嬢さんが使ってた副読本の「日本史の流れ」というのを見ると、とある傾向がある。
朝鮮半島に出て行った事は「侵略」と書いてある。
だが逆の発想として、別の学者さんが言っていることだが、たとえば邪馬台国の中に、2〜3世紀のことだが、朝鮮半島の南が入ってきたのではないか?
つまり海上を結ぶ王国であったのではないか、という。
だから「侵略侵略」と書き続けるというのは正確ではない、という。
向こうが攻め込んで来て半島の日本を奪ったということだって古代ではあったワケで。
伽耶国(かやこく)という国があった。
そこに「日本府」という地名が残っているのだが、日韓問題を気にしてあまり日本は積極的に言わない。
それから韓国の南部の方に前方後円墳がある。
韓国の学者さんは前方後円墳を作ったのは朝鮮半島の文化で、それを日本が真似たと教えてらっしゃる。
でもおかしい。
韓国にある前方後円墳は「韓国の王様が入っている」とおっしゃるが、大和の貴族が入っている可能性がある。
その中から日本の例の姫川のヒスイなんかが見つかる。
お嬢さんたちが使っていた教科書の歴史観に全部共通しているのは、まず半島から先進文化を持った朝鮮人が日本に渡ってきた。
あるいは江南、中国の南部から呉や越の人たちが稲作や鉄器を持って日本にやって来て、弥生文化を築いたということ。
これが今の教科書の日本史の流れ。
縄文人は北と南。
つまり北海道と沖縄に追いやられていった、という。
でもそうならば、中国から漢字が入って来る。
日本は文化学術用語として漢字を取り入れて、読み方を二つにしてしまう。
「訓読み」と「音読み」。
つまり大和には大和独特の言葉があった、ということで。
向こうと違う読み方をせざるを得なかったぐらい豊かに言葉はあった、ということ。
そんなふうに加工した。
その上で日本語と朝鮮系の言語を比べても類似しているところが皆無と言ってもいい。
あまりにも似ていない。
私たち日本人は、と言うと「呉人」。
呉の人々。
あるいは漢の人「漢人」。 
そして朝鮮人にも似ていない。
風土の作り方が違う。
例えば日本は稲作を開始するが、「里山」という自然の流れを利用して山の手前の方、里近くに農業用の肥料を集める小さな山を作る。
それは中国で稲作をやってる江南の人とは、水の活かし方とか肥料の集め方が全く違う。
「こんなに似てない」ということを踏まえて、いとも簡単に縄文人が駆逐されて、弥生人、つまり渡来人が日本を作ったという説はかなり怪しいという(鉄矢論)。
同様のことを言う人も今、点々と出てきた。
だから戦争でご迷惑をかけてものだから、謝るのと同時に、正確にものを、歴史を開く意味では、あんまり遠慮をしているとガタガタになってくるので。
だから韓国の人たち、あるいは北朝鮮の人たちが、日本に対してあまりいい感情を持ってらっしゃらないのは戦後の価値観で。
遥か太古の昔、朝鮮半島込みでの日本は東アジアに一つの政治勢力としてすでに存在していた、という。
そんなふうに解いていった方が日本史は分けやすい。
この朝鮮半島と日本はまた頑張って今、一生懸命(この番組で紹介できるように)おろしている。
物凄く深く朝鮮半島に関わった日本の時代がこの後すぐに始まる。
この物部氏が滅ぼされたあたりから日本の大和朝廷は半島問題に深入りしていく。
そして今の北朝鮮まで攻め込んだりするという、大戦争を古代で起こしている。
そのあたりも話がちょっとアレから外れたが、そういう意味合いで今、大社の神々を語っている。

諏訪大社。
そして怨霊文化。
祟る神の歴史というのを語っている。
「祟り神」というと怖い。
『もののけ姫』でも出てきた「タタリ神」。

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「神様は祟る」という。
日本の宗教観のものすごく大きいところではないかなぁと思う。
漢字を見ていてドキッとするのは

これは「禁ずる」ワケだから奥の方には神様がいたのだろう。
それで神様がいる所を木で囲んだのだろう。
それで「示」で「タブーなエリアだ」という。
だからおそらく神様がいる所は木がいっぱいだったのだろう。
そんなのを考えると何か面白い。

もちろん中国の文明、あるいは朝鮮半島から流れ込んできた文明の中で生きていくワケだが、独自の解釈をして日本独自のものを作っていった。
その根本にあるのは何か?
それは「風景」。
韓国の旅行者の中で日本の山を登るのがやたら好きな人がいる。
きっと無いのだろう。
日本の森、あるいは山林は古代から人の手によって守られてきた。

これは漢字を調べていって武田先生も感動した。
昔は揚子江のデルタ地帯にはゾウがいた。
それぐらい風景に緑が多かった。
だから漢字で「象」。
あんな「象」なんていう字は決して南のゾウの目撃から来たのではなくて、北京の周辺でもゾウがいたという。

長い鼻で木を巻き上げるゾウの姿。
「ゾウは人のために働いている」という。
だからそれぐらい緑が濃かったのだが、北京辺りはすぐ側まで砂漠が来ていて。
タクラマカン(番組では「タカラマカン」と言っているようだが多分「タクラマカン」)で巻き上げられた砂埃が北京の石炭の煙なんかと合体してPM2.5になり、朝鮮半島から日本、九州にかけて流れてきているという公害が起こっているが。
木を植える習慣さえあたらこんなことには。
この「森を持っている」ということが日本の宗教観で大事だったのだろう。
だから神様の木と言われる榊(さかき)。
お祈りする時にこれ(柏手を打つ)をやるヤツ。
あれなんていうのは南の常緑樹。
そういう木が宗教と結びついた、ということなのだろう。

御柱の方、諏訪大社の方は、切り倒してくる木は樅の木。
その樅の木を持ってくるワケだが。
諏訪他社の方から怒られるかも知れないが。
戸矢さんは諏訪大社の性格として、諏訪大社には「拝殿」拝む場所という所があったが「本殿」がないとおっしゃっている。
「本殿がない」ということはご神体は別個の所にあるという。
御神体というものはもしかすると諏訪大社から見える後ろの山そのものが「神奈備(かんなび)」という御神体ではなかろうか?と。
山そのものが神様だ。
そういう信仰は日本には点々とある。

いずれも神隠(かんなび)の意味で、神の居る山、すなわち神体山として崇敬、信仰されているものをそう呼ぶ。−中略−
 このタイプの神道信仰は、三輪山と大神神社(奈良)、白山と白山比盗_社(北陸)、大山と大山阿夫利神社(神奈川)、岩木山と岩木山神社(青森)など全国各地にみられる。
(160〜161頁)

またこれを言うと怒られてしまうかも知れないが、福岡には太陽が一直線に照らす道として宮地嶽神社というのがある。
あそこは宮地嶽という山がある。
それがご神体。
おそらく山そのものを信仰の対象にしたということは、諏訪大社は縄文から延々と続く宗教の地であった、という。
その古い信仰に怨霊文化、御霊文化。
ある霊が宿って。
そしてそこに生きているので、それを鎮めるためにみんなで祈ろう、という。
恐れる、鎮護の宗教が生まれる。
それが諏訪大社ではないか?という。

本宮が北向きである。−中略−前宮、秋宮、春宮、と合わせて四つもの社で諏訪湖を取り囲んでいる。(183〜184頁)

建御名方という出雲から逃げて来た神と、縄文から続く「シャグジ」なる石の神様。
そして大和地方で権力に追われ、ここの地で死亡したと言われる物部守屋の霊。
その他にもっと巨大なものがこのお宮の下で眠っているのではないか?と。
諏訪大社の地下に眠るもの。
それは大和で権力を失った豪族か?
古代から続く石を拝むシャグジの神か?
色々説はあるが、もっと巨大なものがこの諏訪大社の地下に眠っているのではないか?
その神を鎮めるために、その神が暴れないように四隅に御柱という杭を打って鎮めているのではないか?というのが

諏訪の神: 封印された縄文の血祭り



その神の名前をいっぺん触ったことがあるので、この本は膝を打って「そうなのか!」と武田先生が驚いた。

 フォッサマグナ──私がその名を初めて知ったのは中学の時の教科書で、ドイツ人地質学者ナウマンによって明治期に発見され命名された大断層、と学んだ。
 北は糸魚川から、南は富士川に続く地層の裂け目で、日本地図で見ると本州中央部を東と西に両断しているのが一目でわかる。ラテン語でfossaは「裂け目」、magnaは「大きい」の意である。その名の通り最も大きいところでは数十メートルほどの垂直断層となっており、本州を真っ二つに分けていると言ってもよい。
−中略−
 諏訪湖はこの巨大断層の真ん中に出来た断層湖である。
(184頁)

諏訪湖というのは、そのくっついた地点のへこみの部分に溜まった水。
そのフォッサマグナの中に眠る巨大な火の鳥を何とか鎮めるために、四隅に杭を打って懸命に祈っているのではないか?という説。
これは面白い。
「そんなフォッサマグナなんてわかるわけがないじゃないか?」
わからずともあの地形・地勢を見て「何事かある」という。
縄文時代に石を拝むというのも、地面の下で動くものを石で押さえようという、巨石への信仰がここで発展したのではないか?

皆さんもついこの間のことだから覚えてらっしゃるだろう。
2011年、本当にお気の毒。
3.11でマグニチュード9というような大地震が。
それは東日本を襲って大変な被害を出したのだが、その後揺れたのはどこか?
あの大地震のすぐ後に揺れた所。
長野。
小谷村とかというのがものすごく激しく揺れた。
つまり、マグマが太平洋までドォン!と沈むと、くっついた部分のフォッサマグナの長野あたりが揺れる。
その地震の恐ろしさみたいなものの記憶から、巨石信仰とか縄文の地底の神への信仰として御柱「柱で食い止める」というようなお祭りになったのではないか?ということ。
ここには日本の東西で結ぶ帯がある。
そうやって考えると、ここになぜ諏訪大社があるのかが分かるような気がする。

 森羅万象に神の遍在を見るという神道の思想は、実は「縄文人の信仰」のことだ。(189頁)

中国の道教、風水などの遥か以前に「湖」「岩」「滝」「森」。
それがなぜそこにあるのかを記憶にとどめるために、出来事の記憶として神社が置かれる。
巨大な出来事があった地勢・地形に対しては必ずそこに神社が存在するワケで。
諏訪大社というのは日本の東西を結ぶその地点に巨大な社(やしろ)があるというのは、これはある意味ではとても自然なことではなかろうか?ということ。
これはあくまでもこの戸矢さんという方の仮説。
お聞きになっている諏訪大社の方々、歴史や縁起に関して激しく対立する側面を持ってらっしゃる。
でもその対立の部分は、お聞きの皆様には「喉につっかえる小骨」となろうと思って、骨を抜いた部分が『三枚おろし』。
相当「武田節」も混じっているぞ、ということでご記憶ください。

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2019年4月15〜26日◆諏訪大社(前編)

(諏訪大社側の見解と、今回取り上げる本の著者の見解とが喰い違っているので、番組中にそれに対する「お断り」みたいなのが何度も入るが、極力割愛していこうと思う)

まな板の上に「諏訪大社」。
なぜこれが「まな板」の上に座ったかというと、ずっと(武田先生の)頭の中にある「ナウマン君」から。
このあたりに登場する)
例のフォッサマグナの発見者というか(フォッサマグナに)気づいたナウマン君。
あの方とそれから、飛騨の奥の方に入ったいい温泉宿がある。
そこの風景がぐるぐる頭の中に回り始めて。
何度か行ったこともあるし、お祭りに参加した人からも話を聞いたことがあるが、諏訪大社は変。

十年以上も前に熊本を旅していた時の話。
かなりの山奥。
その熊本のその街に行くのには、熊本の空港ではなくて鹿児島空港から車で行った方が近いという肥後と薩摩の県境。
もちろん熊本県なのだが、その小さな村へ行った。
たしか人吉という山の真ん中にある街に近い町での歌うたいだったと思う。
そこで歌を歌って、最後に土地の人から焼酎の差し入れが客席からあった。
その焼酎の中はスズメバチがぎっしりだった。
スズメバチの醤油漬け。
さすがに土地の人には申し訳ない。
あえて名前は言わない。
その方には失礼なのだが、さすがにスズメバチを浮かべて焼酎を呑む気にならない。
それでコンサートが終わって夕食会になった。
そうしたら前菜の、いわゆるおつまみで出たのが「バッタの佃煮」「ハチの子」。
それでその次に馬刺しが来た。
なんとなくみんな「ここ、ちょっと変わってない?」という話を。
つまり虫を喰う、馬を喰う。
熊本だから馬刺しは・・・
「こんなとこないよね」という話をしていた。
そうしたら「ハチ喰う、虫喰う、バッタ喰う、馬喰うというところが日本中でもう一か所ありませんか?」というのをスタッフが言い始めた。
「え〜?そんなとこあったっけ?」と言ったらそのスタッフが「信州ですよ」。
信州は馬を喰う。
ハチの子のイメージはあるが、あそこは虫も喰う。
バッタも食べる。
「へぇ〜。食べ物、一緒だなぁ」と。
「馬喰う文化」というのは点々とあるが、日本の食文化の中ではちょっと郷土色の強い食べ物で。
馬を喰うということに関して泣き出す外国人もいるぐらいなもので。
「馬はフレンドリーなのに!」とかと言って怒る人もいるのだが。
鯨を喰うのと同じように国際的な非難にされそうなのだが。
食文化というのはなかなか頑固で。
誰かが「長野でも馬喰う、虫喰う、ハチ喰う」という話をしていた。
と、もう一個また話が繋がる。

一晩寝て次の朝、カメラ好きのスタッフがいて、そいつとそこらあたりの風景がいいので写真を撮りに行った。
そうしたら九州山脈のど真ん中。
ちっちゃな神社があった。
社務所とか一切持っていない社(やしろ)だけの。
そこの看板を見たら、その神社の名前が「諏訪神社」だった。
「諏訪」と言えば「長野」。
何で熊本の山奥に諏訪神社があるのか?
「不思議だなぁ」と思っていた。
諏訪大社。
歴史を調べるとこの諏訪大社というのは古事記の中にたった一回しか出てこない。
「この諏訪神社はどうやってここまで来たのだろう」というのが気になっていた。
そこに手に入ったのが河出書房新社『諏訪の神』。

諏訪の神: 封印された縄文の血祭り



「諏訪大社」と言えば御柱。
木に乗ってわーっと滑ってくるという、けが人の多いお祭り。
死者が出るほどの激しい祭り。
「七年に一度」と言うが、寅と申の年ごとに巨大な樅(もみ)の木を伐り出して山から出す。
(『諏訪大社復興記』に「七年目」と書かれているのだが「六年毎」という意味で、実際に開催されるのは「六年に一度」)
木落とし。
あの丸太が人間に曳かれて川を越える。
その上に「里曳き」と称して、あの大木を諏訪大社まで運ばれて4本建てるという。

 おんばしらの用材は樅の木が使われ
上社関係は約25キロ隔たる八ヶ岳の中腹から、下社関係は八島高原の近くから約10キロの里程を曳き出します。
(62頁)

上社、下社の四つの宮の四隅に16本の巨木を建てるという。

 この御柱年≠ノは、諏訪地方では、ほぼすべての神社で御柱の建て替えがおこなわれる。街角の小祠から境内社の一つ一つに至るまで、その数は膨大であるが、大小にかかわらず、特別の例外を除いてすべて建て替えられる(一説に三千本ともいわれる)。(64頁)

「山出し」から柱を建てる。
これは四隅に建てるまで丸一年かかるという大行事。
しかもこの御柱はトーテム。
あるいは神梯(しんてい)。
「神様が降りてくるハシゴ」と言うのだが、そこのてっぺんに降りて、すーっと降りてくる。
だからそうとう古い時代から神は階段状にストンストンと降りてくるという神話がある。
だから御柱もそれであろうと。
でも、この諏訪の柱はやっぱりおかしい。

 伊勢の神宮には謎が多いが、最も重大な謎はこの「心御柱」である。−中略−
 長さ五尺三寸〜五寸(天皇の身長という説あり)ほどのもので、『御鎮座本記』などによると、それに五色の布を巻き付け、さらに八葉榊で飾り立てて、その周りを天平瓮という土器を八百枚積み重ねて被っているという。
(76頁)

これが「心御柱(しんのみはしら)」と言って真ん中の証。
これを本殿のど真ん中に埋める。
心御柱。
それは「神様が宿る」という。
地下からも神様がやって来て「神様の宿る木」という意味で心御柱というのを置く。
ところが「御柱」の柱も「心御柱」だろうと思うと扱いが乱暴。
泥だらけになって滑らせて、その上に人が乗っているワケだから。
あの伊勢神宮の心御柱を人間がまたがるとか泥で汚すとか引きずるとかというのはない。

御柱の柱は一種「生贄」っぽい。

引きずり回して傷だらけにするという行為は「みせしめ」以外の何ものでもないだろう。(79頁)

そのあたりが諏訪他社の御柱の不思議がある。

四隅に建てるというのは神道でおなじみ。
神道ではイミダケ(忌竹・斎竹)と言って土地に建物を建てる時に神主さんが四隅に竹を立てて。
あれは結界。
注連縄と雷を。
真ん中に神様が宿るようにお米とか果物を置いて。
「高天原に〜」という祝詞を上げる。
そのイミダケ。
悪い怨霊がやってくるのを「こっから先、入っちゃいけない」ということのイミダケという宗教的な形があるのだが、どうもそれとも違う。
イミダケじゃないような気もする。
だがどちらも「四本」建てる。
だから諏訪大社の御柱の四本建てと地鎮祭でやるイミダケの四本は意味が違うのではないか、と。

もう一つ、こんなことをやっているのを知らなかった。
この諏訪大社のお祭りで「御頭祭(おんとうさい)」というのがあるそうだ。

 御頭祭とは、上社第一の祭儀で、「本宮での例大祭の後、(略)行列を整えて神輿を神宮十間廊に安置し、御杖柱の幣帛を献り鹿の頭、鳥獣魚類等の特殊な神饌をお供えして大祭が行われる。」(84頁)

鹿の首、ウサギ、カエルの串刺し。
これを神様に捧げる。
ちょっと血まみれ。
今は飾りだけらしいが、昔は現実に。
それも数十頭、その首をずらーっと並べたという。
鹿を殺す、ウサギを殺す、カエルを殺す。
それを生贄として諏訪の神に捧げる。

この手の動物が出てくる神話があった。
因幡の白兎。
その系譜の流れの神話を諏訪大社は持っているのではないか。
そう考えてみると鹿、ウサギ、カエル。
「もしかするとこれは別の意味があって」という説。
「出雲風土記」「古事記」にも登場するが、大国主命(オオクニヌシノミコト)という人が、兄弟の中で軽んじられる弟分だったが、とても話をするのが、座をつくるのがうまかったのだろう。
ワニ(サメ)とウサギがケンカをする。
それでウサギが毛をむしられてコテンパンのところを助けてやった、という。
他にも大国主命の物語にはたくさの動物が出てくる。
少彦名命(スクナヒコノミコト)。
小さな小人の妖精が出て来たり(少彦名命は妖精ではなくて「神」のようだが)非常にファンタジーに富んでいるのだが。
この大国主命がウサギを助けてあげた。
これは何を意味しているか?
別の解釈がある。
これは陸上にウサギをトーテムとする部族がいたんだろう。
それで海人族の海で生きるサメをトーテムとする一族がいたんだろう。
これがケンカして、あんまりひどいので大国主命が仲裁に入ってまとめたんじゃないか、と。
つまり古代の種族というのは全部「トーテム」代表する動物を持っている、と。
ということは「鹿」。
蘇我入鹿(そがのいるか)。
それからウサギもさっき言ったように、陸上の部族の中でウサギをトーテムとする一族、カエルが出てくるということは、これは川辺あたりを生きる民がいて、そのトーテムがカエルだったのではないか、と。
その鹿とウサギとカエルに諏訪の神が裏切られたのか?という。
(本にはカエルもウサギも「人間集団」のことと書かれてるが、蘇我入鹿などは出てこない)
しかも奇怪なことに御柱。
柱を建てる。
工事がうまくいくように、昔はもう一つ柱を建てた。
そういう人のことを、そういう名前で呼んでいなかったか?
つまり橋を架けるという工事。
その橋の根本のところに「人柱」。
「御柱」というのはそういう意味で。

諏訪において、最も高貴な人間、すなわち、これは、「大祝(おおほうり)」の墓標である。−中略−
「ほうり」とは、ヤマト言葉では「屠り(ほふり)」の謂である。
「屠る」とは、言うまでもなく「殺害」のことだ。
(89〜90頁)

だから諏訪の神様というのがどうも「異種」別流の神様ではないか?と。

「諏訪」とは、古代支那の特別な階級でのみ用いられた宗教用語である。
 漢音で「シュ・ホウ」、呉音で「ス・ホウ」と読む。「神の意志・判断を問う、諮ること」である。
−中略−おそらくは千数百年より以前の信濃(科野)において用いられているということは、そういう人物がここに居て(来て)、地名として定着させるだけの立場になっていたことを意味することになる。すなわち、渡来人、それも道教の方士のような人物が考えられる。(50頁)

それではいよいよ本殿の中に入る。
諏訪大社の主祭神について戸矢さんの見解を聞いてみたいと思う。
ここには二柱の神がいらっしゃる。
神様を数える時には「一柱(ひとはしら)」「二柱(ふたはしら)」と言う。
諏訪大社の主祭神。
神様。
どんな方がいらっしゃるか。

【祭神】建御名方神(たけみなかたのかみ) 八坂刀賣神(やさかとめのかみ)(17頁)

この二神、二柱がいらっしゃって。
これが諏訪大社にお勤めの方から怒られちゃうかも知れないが「大社」と名前が付くような神様らしくない。

『日本書紀』にも『出雲国風土記』にも、建御名方神は登場しない。『古事記』にのみ詳細に記されているにもかかわらず、二書にはまったく影も形もないのだ。(37頁)

 ──その昔、天照大神は葦原の中つ国を譲り受けるために、交渉の使者として経津主(ふつぬし)神と建御雷(たけみかづち)神を、中つ国の王である大国主神のもとに派遣した。
 長男の事代主神(ことしろぬしのかみ)はすぐに同意するのだが、
「もう一人、息子がいる。建御名方神だ。これより他に子はいない」
 と大国主神は言う。
(40頁)

 建御雷神は手を取らせると、その手を氷柱に化し、さらに剣刃に変えた。(40頁)

両手を険にして「ツルギになった」という。
シュルシュルシュル〜と。
『寄生獣』。

寄生獣 完結編



 そのため建御名方神は、おそれおののいて退いた。
 今度は建御雷神が建御名方神の手を握り、あたかも葦のように軽々と投げ放ったので、建御名方神は逃げ去った。
 そこで建御雷神は追いかけて行き、科野国(しなののくに)の州羽海(すわのうみ)に追いつめて、殺そうとした時に、建御名方神は言ったた。
「参った。殺さないでくれ。この地より他へは行かず、父と兄の言葉に従い、この葦原の中つ国は、天照大神の御子の仰せの通り献上する」
(41頁)

「こっから一歩も出ませんから、野望はありませんので許してください」と言って出雲から逃げて来た建御名方さんがここに住むことになったという。
何かパッとしない。
神様としては情けない。

諏訪社は全国に五〇〇〇社以上もの多くが勧請されており−中略−建御名方神は軍神≠ニして多くの武人たちに崇敬されている。初代の征夷大将軍である坂上田村麻呂を始め、源頼朝、武田信玄、徳川家康に至るまで、まるで彼らは『古事記』を知らず、別の伝承によって建御名方神の勇猛さを確信していたかのようではないか。
 別の伝承がどんな形であったかはともかくも、少なくとも『古事記』が流布されるより以前に、建御名方神への崇敬・信仰ができ上がっていたことは明らかであろう。
『古事記』が、にわかに注目されるようになったのは、実は江戸時代も後期である。
(43頁)

 右に挙げた武将たちは、全国各地に鎮座する諏訪神社のことは当然承知していたはずで、その信仰内容も承知していたことだろう。そしてそれは「軍神」に相応しい神話・伝承であったに違いない。(44頁)

出雲から逃げ込んだ神ではなくて「コシ(高志・越)の国」新潟のほうから長野一体にかけて君臨していた巨大な神。
それがこの建御名方ではないのか?という。

ここから話がものすごく異様なところに走る。
これが戸矢さんの説の面白さ。

 諏訪湖を中心とするこの一帯には、まぎれもなく大規模な縄文文化が存在した。おそらくは、東は八ヶ岳山麓から、西は木曾界隈まで、北は安曇野から南は飯田辺りまで。(5頁)

 縄文時代とは、約一万四千年前から紀元前六世紀頃までの時代である。(4頁)

これはご存じの方は多かろうと思うが、信州の地では、ここは非常に高度な縄文文化があった所で。

 諏訪大社との関係は不明だが、「縄文のビーナス」(国宝)と呼ばれる土偶が同県茅野市米沢の棚畑遺跡から発掘されて(5頁)

この「縄文の神」がいたという所が諏訪大社とドッキングしてるんじゃないか、という。
諏訪大社には面白いことに不思議な信仰があって、ここは巨石信仰がある。
この大きい石の名前のことを「ミシャグジ」。
石の神様のことを「シャグジ」と昔言っていた。
「石神井公園」というのがある。
つまりあれは「石の神様がいた場所」という縄文語の名残。
その縄文の神様を実は諏訪大社は記憶しているのではないか?と。
なぜこんなところにその縄文の神様が石となって諏訪にいるのか?
大きな石を見ると日本人はすぐに注連縄を巻いて。
日本の国歌。

君が代は
千代に八千代に
さざれ石の
いわおとなりて
苔のむすまで
─君が代、日本の国歌

ウィキペディア

「『君の代』がいつまでも続きますように」という祈りを、石をたとえにしてやっているワケで縄文系の歌。
これはまた、凄いことを言う人がいる。
これは小さな鍾乳石みたいな石がずっと積み重なって巨大な鍾乳洞の柱になるように、それに苔が生えるまで。
これは聞きようによっては「怨霊、出てくるな」という鎮魂の歌。

10世紀に編纂された勅撰和歌集『古今和歌集』巻七「賀歌」巻頭に「読人知らず」として「我君は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」とある短歌を初出としているウィキペディア

それを「明治期にメロディ付けちゃった」という。
選者は紀貫之。
この和歌の、古今和歌集が出来た時点、成立したのが西暦905年で、二年前に西暦903年。
延喜3年に左遷されて無念を残し、死んだ人がいる。
菅原道真。
彼は「祟り神」になって京都の御所に鬼となって現れたりするものだから、あわてて藤原一族が「天神様」という名前で神様にしてしまう。
こうやって考えると、巨大な祟りがある。
その巨大な祟りというのがこの国に災害をもたらす。
何とかその神を鎮めなければならない、という思いがある。
菅原道真前後に何か巨大な日本の不幸はないかと思って武田先生が調べてみると貞観11(869)年のこと東北地方にマグニチュード8.3の貞観大地震が起こっている。
これが千年周期の地震と言われている。
この貞観6年にはなんと富士山も噴火している。
だから地は揺れるわ火山は噴くわ。
そういう恐ろしい祟り。
(藤原道真が亡くなったのが903年で地震は869年、富士山の噴火は864年。亡くなる前に起こったことが「藤原道真の祟りである」と考えるのは無理があると思われるのだけれども)
この「祟り神」というのは縄文とつながっている。
古い神々と。
朝廷とか貴族の中には弥生から始まる新しい大陸の血を持った人たちもいるのだが、その人たちでさえも縄文から続く神のパワーを抑えきれない。
日本という国は。
そういうことを考えると、遠い遠い古代がくっきりと見えてくるような気がする。

更に巨石を祈る儀式を歴史に探すと『日本書記』。
推古天皇の頃だが、前方後円墳の四隅に大きな柱を打ち込んで封じ込め、神様がそこから出てこないようにしたという記述があるという。
だから祟り神を四方に杭を打ち込んでそこに閉じ込めるという宗教観はもうこの5〜6世紀にあった。
出雲大社には強力なヤツが神社の下にいたのだろう。
これは戸矢さんがおっしゃっていることで。
戸矢さんの説は諏訪大社の近くにある「守屋」という山麓があるのだが、ここの山のてっぺんにお宮さんが一個建っていて。
「守屋」という名前も実に暗示的。
山の名前なのだが、実はこれは貴族で天皇に仕えていて追われて滅ぼされた物部守屋という古代貴族がすぐ近くにいる。
これは物部守屋というのはなかなかの人物で、この人が朝廷の勢力と仲が折り合わずにここまで追い詰められて切り殺されている。
だから「物部の呪い」という。

 ところがその頃は、新たに移入された仏教が急速に興隆している時期でもあり、崇仏派のトップである蘇我馬子大臣が勢力を伸ばしていた。−中略−
 これに反対する「排仏派」の代表が物部守屋大連であった。
(108頁)

結局聖徳太子も敵に回してしまって、討たれてしまうという方。
ただ物部というこの滅ぼされた一族というのがずっと気になった。
それで今度はこの物部を調べてみようかなと。

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2019年09月25日

2019年2月11〜22日◆勘違いさせる力(後編)

これの続きです。

(番組冒頭は以前番組で取り上げた『フォッサマグナ』の件なので割愛)

フォッサマグナ 日本列島を分断する巨大地溝の正体 (ブルーバックス)



この方(著者のむろむだ氏)が面白いことを言っている。
(以下の内容は本の中に見つけられなかった)
アナタががもしデザイナーだとします。
ひたすらFacebook、LINEで成功した一つの実体験と、デザイナーということだけを情報として流してください。
その他、アナタは何も言ってはいけません。
それが服飾か工業デザインか商業デザインか、何も話すな。
自分の仕事で喜ばれた成功例を一つ。
一つだけ。
それとデザイナーであるという話のみ。
それをいろんなところに広げていく。
「錯覚の網を投げて世間に広めるのだ。チャンスはやってくる」という。
これは妙に喋ると限定される。
与える情報は大雑把に。
そして広がらないように。
はっきり実体をさせないように。
錯覚の網が広がって人に勘違いをさせる、という。

この人(著者)のセリフの中で一番驚いたセリフ。

「成功は、運よりも、実力によって決まる」と思いこむ思考の錯覚のせいだ。(229頁)

チャレンジして成功するかどうかなんて、運次第だから、たくさんチャレンジするしかない。サイコロで当たりを出すのに一番効果的な方法は、たくさんの回数、サイコロを振ることだからだ。(92頁)

人間というのは振る回数を忘れて「あ!あの人また勝った。また勝ったよ!」と。
それが100回目か1000回目であっても、人のことをうらやましがるという。
自ら勘違いさせているんだ、という。

 フェスティンガーとカールスミスは、次のような実験を行なった。
《ステップ1》
 被験者は、1時間、つまらない作業をやらされた。
《ステップ2》
 被験者は、2つのグループに分けられた。
 被験者は実験担当者から「次に作業を行なう人に『面白い作業だった』と言ってください」と指示された。
 そして、それを言う報酬として、それぞれ次の金額が与えられた。
・【グループ1】20ドル
・【グループ2】1ドル

《ステップ3》
 被験者は、実験担当者から、作業が面白かったかどうかを尋ねられた。
 すると、1ドルをもらった被験者のほうが、20ドルをもらった被験者より、「面白かった」と答える傾向が強かったんだ。
(239〜240頁)

面白くない仕事をやって20ドル貰った人は、それは実につまらない仕事だったワケだ。
でも20ドル貰っているワケだから「まあつまらない仕事だったけど20ドル貰ったからいいや」というので、あんまり熱心じゃなく「え〜よかった〜よ〜」というようなもので。
「つまらない仕事を20ドルでやった」というのは理屈に合うこと。
整合性がある。

だから、報酬を20ドルもらった被験者の脳内は、穏やかなままだ。(241頁)

 だから報酬を1ドルしかもらえなかった被験者の脳内では葛藤が生じる。
「なんで俺は、こんな少ない報酬で、こんなつまらない仕事をしてしまったんだろう」
(242頁)

その自分が自分を叱る惨めさから逃げるためには、悪意をむき出しにして、これからやるヤツに「面白かった」と散々元気いっぱい嘘をつくことによって「俺はバカかもしんないけど、コイツもバカだ」という。
(番組では意図的に嘘を言うように説明しているが、本によると無意識に記憶を書き換えてしまった結果言っている)
こういうことを人間の心理は折れ曲がってやってしまう。
こういう話を聞くと人間と言うのは自分が惨めだと、人を惨めにさせないと気が済まない、ということで、このあたりのブラックさ。

「勘違いさせる力」
いいにつけ悪いにつけ「人間の裏の裏を読む」という、そのブラックさでは超一級の本ではないかなぁと思う武田先生。
これはもう一回繰り返しておく。
自分の売り込みになるが、武田先生もこれに近いテーマで一冊書き物をしていた。
『聞く力』のあの人(阿川佐和子)の影響。

聞く力―心をひらく35のヒント ((文春新書))



「聞く力」「見る力」
「力シリーズ」があるが。
そういうのが力だったら「誤解する力」ってあるんじゃないか?

「学歴で人を判断しない」と無闇に主張する人がいる。
しかしこの人はまず間違いなく、相当学歴で人を差別する人だ、と。
そう見てかまわない。
「東大だからと言って別に優秀じゃないんだよ!」「何が『わぁ♪東大』だよオメェ!同じ人間だよ!」という。
この人は無意識のうちに相当東大のことを意識している。
「東大入りたかった〜入れなかった〜」みたいなことをいつも思ってらっしゃるという。
「東大なんて」という人は認知的不協和音(「認知的不協和」のことを言っていると思われる)と言い、自分の心理を騙しているのだ、と。
東大。
それを否定せず「その東大をどう使うか」と考える人が、勘違いさせる力を持っている人だ、と。
東大をどう使うか。
これはもう最近テレビで最高の例がある。
あれはあの番組を企画した人が相当「勘違いさせる力」を持っている。
あるテレビ番組だが「東大生にクイズを作らせる」という。
これはもう「くすぐり」。
「東大なんて」と思っている人にも「わ!東大だ」と思う人にも、東大という名に反応した人は全てこの番組に巻き込まれていって、「東大生が作ったクイズ番組だったらやってみようか」という気にさせる。
できれば東大をバカにし、できなければ「さすが東大」と、拍手の一つもすれば東大生も喜ぶワケで。
東大生が作ったクイズというのは魅力的。
しかも女性の東大生がめちゃめちゃ可愛く「こんなに可愛くて頭が良くて感じのいい子がいるんだ。天は二物を与えるんだ〜」と思う水谷譲。
でも武田先生の不安は「最近オメェら、ノーベル賞獲ってねぇぞ!」という。
本当に関西方面に負けて、クイズを作っている場合か!
だが、東大生にクイズを作らせた人は、東大生よりも頭がいい人で。
東大は凄いのだが「東大生にクイズを作らせる頭の良さを持った人」が世の中にいるということを、まずホルダーの中に入れておきましょう。

 この実験は、模擬裁判のようなものだと思って欲しい。−中略−
 被験者は、事件の概要を聞かされた後、3つのグループに分けられ、それぞれ、次のように話を聞いた。
・グループ1:原告側の弁護士の話だけを聞いた。
・グループ2:被告側の弁護士の話だけを聞いた。
・グループ3:原告側と被告側の両方の弁護士の話を聞いた。
(264〜265頁)

注目すべきは、このABC(本の中では123)のグループに、どれ一つとして真実がない。
こういうことが人間の心理では起きる。
真実は一つじゃない。
真実はそもそも存在しない。
これは面白いことは、原告の話を聞いたAグループはBグループの悪口だけを言い続ける。
被告側の話だけ聞いたのは原告の話を聞いたAグループのことを罵倒する。
両方から話を聞いた人は断定できなくなる。
だから真実が消えてしまう。
本当のことを言ってしまうと、皆、心理の深いところでは葛藤の少ない一貫した、偏った物語の方が正しいと判断しやすい。
これはつまり「正しい判断」というのは「説得力」でなく、ズバリ「面白くなる話」。
これはドキッとする。
今、いっぱいある。
大きな自動車会社さんとか、そういうのがいっぱいある。
どれが真実かわからない、という。
みなさん方が世界全体を見る時に、真実とか正義とか「一つの基準で物事を見る」ということは、アナタの中で相当な誤解が巻き起こされていると思った方がいい。
そういう自分にしないためにどうするか?

この人の本は話が素直に落ちないところがいい。
この人が「人に勘違いさせろ」と「自分で勘違いするな」という。
そういうことをおっしゃる。
「勘違いしちゃダメなんだよ」
その言い方の中でこういうことをおっしゃっている。
この人はこういう人なのだろう。
自分が勘違いしないために生きるために「何が大事か」というとニュースショーなんかで外交とか事件とか、芸能スキャンダルが取り上げられる。
あの手の番組はやっぱり人に渡しやすくニュースを包装紙に包んでいるワケだから、パッケージしているワケだから。
いかな悲劇であろうとニュースが「商品」。
それはテレビ局が作ったニュース番組というところの商品なのだが、その時に必ずわかりやすいストーリーにしてあるんだ、と。
そう疑え、と。
「本当かいな?」と必ず考えろ、と。
悲劇の主人公あるいはやり玉に挙がった悪のヒール等々。
「話は逆で」とか。
「逆なんじゃねぇか?」という。
そんなふうにして考えると、君の錯覚資産が貯まる。
錯覚に対して君は強くなれるんだ、という。
「そんなふうに世の中見た方が、君自身得だぜ」という。
「お願いだからまんま引き受けるなよ」という。

実践編でこんなことを言っている。
まず、出合った人で有能な人か無能な人かを見分けてしまえ、と。
でもとりあえずこの人は有能な部類、この人は無能な部類。
そういう二つの態度を持っておきなさい、と。
一つ「よどみなく話す人。これを疑うこと」
(このあたりの話は本の中には発見できず)
よどみのない人はほとんど何も考えず喋っている可能性が高い。
だいたいよどみなく喋れるというのは自分で考えていないから。
武田先生なんていうのはほとんど本当にそれの自転車操業みたいな男。
人から借りた言葉を人に話したがる人。
こういう人はおそらく無能な人なんだ、と。
煮え切らず言葉につまる人で、足を止めて考えてしまっている人。
こういう人は実は有能な人なんだ。
考えるから時間が必要。
だからテレビのコメンテーターは皆、ふられたら何か言う。
武田先生もその一人。
武田先生もだいたい受け売り。

難しい問題が出てくると必ず、人間にはギクシャクした思考の面が現れる。
例えば、これは不適当な例かも知れないが、あえて言ってしまう。
「原子力発電のメリット、デメリットを語りなさい」「風力、太陽光発電のメリット、デメリットを話しなさい」「トランプか習近平か。日本にとってはどっちの人物がメリットかデメリット。これを語りなさい」というふうに話を持っていく。
メリットの大きさをわりと大声で言って、デメリットを少なく語る人。
この人を無能な人だとはじきなさい。
(このあたりの説明は本の内容とはかなりズレていると思う)

 心理学者のポール・スロビックのチームは、次のような実験を行なった。
 まず、被験者に、次のような技術について、「個人的好き嫌い」を答えてもらった。
・水道水へのフッ素添加
・化学プラント
・食品防腐剤
・自動車

 次に、それぞれのメリットとリスクを書き出してもらった。
(282頁)

このメリット、デメリットは個人の好き嫌いによって無意識に変化し、辻褄を合わせるために「トレードオフ」作り変えられるそうで。

 自分が個人的に嫌いなものは、常に邪悪だし、間違っているし、ろくなメリットがなく、リスクが高いのだ。(293頁)

 このような人間の判断方法を「感情ヒューリスティック」と呼ぶ。(294頁)

難しい問いには簡単に、かつ高速で答え、それもほとんど気分で決定している。
こういう人がいる。
訊くとポンポン答えていって。
「錯覚資産」「換金可能だ」と。
「お金になるんだ」とこの著者は言ってる。

誤解させる力を使って世の中の不条理と戦っていこうと思う。
脳には過剰性が引き起こす三つの認知的バイアス、圧力がかかる。
事態をゆがめて見るという「誤解する」という過剰性という力がある。

 次の3つの脳の過剰性が引き起こしていると考える考えると理解しやすい。
・【一貫性】…過剰に一貫性を求める。
・【原因】…過剰に原因を求める。
・【結論】…過剰に結論を急ぐ。
(309頁)

過剰さゆえに一度だけ成功し、そのハロー効果、後光効果でその後、その座に君臨し続ける方。
思い当たる。
そっちの方がわかりやすいから、あえて名前を挙げてしまう。
「この人たちはパワハラ、セクハラ」と言っているのではない。
だが、そんなふうにして物議を醸した人たちなので、お名前を挙げさせていただく。
これがいずれも過去にものすごく偉大な成績を残した方。
日大・内田先生、体操・塚原さん、ボクシング・山根さん、女子レスリング・栄さん。
こういう方々がパワハラで凄まじい勢いで糾弾されたのだが、この方々が何故に共通点があるかというと「過去、すごい成功体験をお持ち」という。
それからその地位にあり続ける。
具志堅用高さんの反対。
あの人は相当ベルトを持っている。
それでタレントとしても成功なさっている。
アナタがもし、日大の内田さん、体操の塚原さん、ボクシングの山根さん、女子レスリングの栄さん。
そういう方々に何かを教わる、あるいは会社でこの方々を上司に迎えた時、どうするか?
著者は社会問題にしなくても、この人たちを正しく指導できる力があったんじゃないか?
これは武田先生が考えたこと。
もしこの方々がコーチとして、あるいは監督として、あるいは上司として水谷譲の上に君臨した場合、世間に発信していく。
アナタはTBSのラジオ局の裏口か何かに潜んで、向こうの女子アナに後ろからタックルする。
そうやって潰す。
それは内田さんから教えて頂いた方法で。
次の週から口を痛め、歯を痛めた女子アナライバルがいなくなった。
「やった!」と「みんな先生のおかげです」と。
それから伸びてきそうな女子アナがこの局内にいたら給湯室か何かで呼び出す。
それでアコーディオンカーテンをバァン!と閉めて、お茶碗か何かでこうやって体をつついたりなんかして。
山根さんとか栄さんとか。
それぞれの指導方法で印象に残ることを体現し「その人たちがあった故に」と発信していく。
CMのようにその人たちから教えてもらったことを何度も繰り返す。
とにかくアナタの手持ちの発信方法で。
今はもう書き込めば世界中に広がるワケだから。
そうやって更に広げていく。
フォロワー数が増えたところでアナタは環境を変えて、彼らから命じられていないことで実力を蓄え、彼らを置き去りにする。
つまりアナタ自身がそのことによって成功すること。
そして彼らを置き去りにすること。
これは面白い。
「TBSの女子アナにタックルするのはできない」という水谷譲。
それで自分のブログ等々で「成功した」とか。
そういうことを威張る。
この方法はいい。
この誤解に関しては悲鳴は上げない、絶賛する。
そこから始めたらどうでしょう?

そして認知バイアス、知的近眼の方々に対しては、実は怯える言葉が二つある。
「アナタの指導は役に立たない」
これが一つ。
もう一つ。
「アナタがやって見せてください」
この二つでその方々のパワハラ、セクハラ度を試す、という。
やっぱり「役に立たない」と言われると、彼らはたじろぐだろうし。
「そんなことはない!」と言ったら「やって見せてください」と言う。
この言葉をいつも用意しておくことではないかなぁというふうに思う武田先生。
内田さんとか塚原さんの話が出てきたところは、この本を読んで武田先生が会得したパワハラ、セクハラに関する対抗策。
人間は物事を歪んでみるという事に関しては著者だが、それを応用する方法は武田先生が考えた。
あまりピタッとこないところが、かなり無理があったと思う。
武田先生も必死になって生きているから。

この「勘違いさせる力」を読みながら、あるいは漫画が多いので見ながら、思ったのだが「勘違いさせる力」ではなくて、人間というのはもともと「勘違いしたがる生き物」なのではないか?
勘違いというのは啓発されるべき力ではなくて、人間の本能に即した力なのではないか?と。
そういう意味で、お聞きのみなさん、武田鉄矢がこの「勘違いさせる」をさらに発展、進化させた形で「誤解する力」を書きあげるので待っていてください。

最後に著者を褒めておかなければいけない。
著者は錯覚資産を図形の体積で証明し、指数関数的に証明していく。
図がものすごく多い。
著者が一番最後のページで宣言していることこそが、なかなかたくましい。
勘違いさせる力を説いた本だから、この本は勘違いでベストセラーにならないといけない。
それはもうこのご本人が言っている。
「私は読者を勘違いさせるためにすべての努力をした」と。
「ですから後はベストセラーになることだけを楽しみに待っている」という。
その宣言でこの本は終わる。
(という記述は見当たらず)
なるよう祈っています。
それで「お手伝いしたいな」と思った。
だいたい同じ趣向だから。

この著者の言っていることの中でギクッとした。
今、日本のニュース報道でしきりに言われている「世界を動かす大国」とか「強国」とか「米中」とかと。
それをこのふろむださんが「本当に実力あんのか?」と言っている。
(という記述も見当たらず)
これも、日本という国に強国、大国と誤解させる力があるから「彼らは大国ぶってるんじゃないか?」という。
彼らは実は錯覚資産で自分たちは世界の中心にいて、世界を回しているという説を勝手に作っているのではないか?と。
我々は気づこう、と。
二十一世紀の日本はガリレオでありたい、と。
「大地は動いている」と地面を叩こう、という。
そういう締めくくりの心意気をすごく買った武田先生。
ふろむださん、ベストセラーになることを心より祈っております。

武田先生も宣言をしておくが「私はあなたのフォロワーです」。
今の流行りの言葉で言うと。
しかし一個だけふろむださんに訊きたかったことは「一発目の成功をどうするか」は何一つ書いていない。
「一発目の成功は大事だ」と言うが「一発目の成功をどうするか」という、それがあってからの話。

世田谷に住んでいる武田先生。
世田谷を朝、散歩していたら、ある神社の前でタヌキとバッタリ会った。
野生のタヌキ。
武田先生は驚いた。
百○十万人が住んでいる街で、タヌキが早朝の街の横断歩道を歩いている。
それで目が合って。
面白いことだったので日記に書こうと思って、例のスマートフォンで「今朝タヌキに会った」と書いた。
そうしたら出てきた英文が「This morning I met a cunning person.」と出た。
「ずるがしこいヤツ」
考えてみたらタヌキは日本では多義で。
誤解する。
それはそのSiri君という武田先生の英語機能も勘違いしていて。
「タヌキ」と書いたものだからアニマルではなくて「ずるがしこいヤツ」。
でもタヌキという言葉を今度はうどん屋さんで使うと麺類になる。
日本史を語っている時にタヌキと言えば徳川家康になるという。
タヌキだって四つぐらいの意味がある。
何でこんなに日本語はややこしいのか?
それから英語を教えてもらっていた英国娘から言われたのだが、日本語は一つの言葉が多義すぎ、意味が多すぎて。
それもあべこべの意味がある。
結婚した二人は「おめでとう」。
待望の赤ちゃんが産まれると「わぁ、おめでた」で。
それで何十年か銀婚式・金婚式で「おめでとう」があるのだが、バカな夫婦の場合は「おめでたいヤツらだ」と、こうなるワケで。
日本語で、この言葉づかいは一体なんだろう?と。
それは「誤解するため」ではないか?
つまりよく話し込まないとどっちの意味かわからない言葉をあえて使うことによってコミュニケーションに時間や手間をかけようという意図が「一語多義」、あるいは「あべこべ言葉」を国語の中に持っている、という。
「いい加減」だっていい方の「いい加減」も悪い方の「いい加減」も日本は話し込むことによってどっちかにジャッジしていく、という。
「誤解する」ということが実は日本語の中ではとっても大事な言語のセンスではなかろうか?と。
誤解というのは日本人の暮らしを、いや、人類の暮らしをうまく回していく力なのではないだろうか?と。

posted by ひと at 20:02| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年2月11〜22日◆勘違いさせる力(前編)

行きつけの盛り場が昔は六本木だったり青山だったりしたが、今は三軒茶屋になった武田先生。
時々(合気道の)部活の仲間と一緒にお店屋さんに入って食べたりする。
武田先生の部活仲間なので60〜70(歳)の人ばかりなのだが、一緒に飲み食いしていると周りが全部学生さん。
三茶は本当に学生さんの街。
あまり宣伝をするのはよくないのでコッソリ言っておくが、都内に3〜4軒の行きつけの本屋がある。
そこをグルグル回る。
みなさんもお気づきだろうと思うが、その街のその本屋さんというのは、その人たちに合わせた本を売るから、四つ本屋さんを持っていると違う種類の本が並んでいることに。
もちろん売れる本は決まっている。
でも、申し訳ないが、あれはまな板の上では取り上げない。
武田先生は「ちょっと変わった本のタイトルに惹かれて手を出す」ということがある。
これは学生街の三軒茶屋の本屋さん。
もう有名だから言ってしまうがTSUTAYAさんで見つけた。
おそらく店内にあふれた若者を狙ったプロモーション展開で、書棚に並べられているのであろうと思う。
それから東京駅でもこの本を発見した。
若い人、あるいはビジネスマンの気を引いているようで。
武田先生も出版したことがあるダイヤモンド社から出ている。
ここはハウツーものが得意。

人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている



副題は「え?まだ実力で勝負とか言ってるの?」という。
上から目線の本。
著者は「ふろむだ」なる謎の人物。
伝説のブログから書籍化したらしいということ。
書籍というよりも本を開くとビックリするがほとんど絵ばかり。
図で説明したり漫画で説明したりという。
ちょっと申し訳ないが、かなりズルイ作り方。
タイトルの「勘違いさせる力」というのが気になったのは、武田先生に今「本出そうか」という話があって。
まだ先だが。
その本のメインテーマが「誤解する力」。
「何だ。先、やられたかなぁ」と思ったのだが、シカトするのは簡単だが、やっぱりそれでは上等ではないので。
自分が今、企画している本とよく似たこの「勘違いさせる力」というのも取り上げてみようかなぁというふうに思う。

002.png

これ、上の線と、下の線は、「本当は」同じ長さだよね。
でも、下の線のほうが、長く「見える」。
(48頁)

かくのごとく人間はいとも簡単に錯覚をしてしまうということ。
そしてこの絵のあとに、ものすごいことが書いてあるのだが(実際には絵よりも前)経済政策の失敗から大変な不評の大統領となったジョージ・ブッシュ。
その日までは「共和党最低の大統領」という噂だったのだが、何とその日を挟んで支持率90%の大統領になるという。
(本によるとブッシュ大統領の経済政策への支持率が60%に上昇。経済政策以外は何パーセントかは書いていない)

 たとえば、2001年、9.11テロが勃発したとき、ブッシュ大統領への支持率が急上昇した。(8頁)

アメリカ国民がテロによって数千人殺されるという現場を目撃したその瞬間、無能だと罵っていた大統領を一斉に勘違いし始めた。
この勘違いすることによってアメリカは一つにまとまった。
更に勘違いの戦争をそこから始めるという。
ジョージ・ブッシュさんではないが、実力があるからではない。

たとえそれが実力によるものではなく、上司や同僚や部下や顧客のおかげで達成できた実績だったとしても、強烈な思考の錯覚を産みだすのだ。(13〜14頁)

 ここで重要なのは、「人々が自分に対して持っている、自分に都合のいい思考の錯覚」は、一種の資産として機能するということだ。
 本書では、これを「錯覚資産」と呼ぶ。
(14頁)

「錯覚」というのは貯金のきく「資産」であるという。

人に勘違いをさせて、それを資産として、道具として、自分の財産として使っていくんだ、という。
そういう発想。
実力があるからその人はそこにいるんじゃない。
その人は、人を「勘違いさせる力」があったからそこにいるんだ、と。
そういう目で見てみましょう、という。

本のタイトルはなかなか面白い。
「勘違いさせる力」
よく恋愛なんかは「勘違いから始まる」と言うので、それにちょっと通じるかなと思う水谷譲。
「勘違い大切だな」ということは思う。
だから「勘違いさせる力」というのは恋にも使える。

この「勘違いさせる力」だが、その勘違いを引き起こすためには「認知バイアス」、認知の偏りを利用すること。
これは視覚に盲点があるのと同じで、脳は自分の欠陥に気づかず世界を見る。
この盲点こそ心理におけるハロー効果だ。

「ハロー効果」の「ハロー(halo)」とは、あいさつではなく、後光のこと。
 なにか一点が優れていると、後光がさして、なにもかもが優れて見えちゃうような錯覚、というわけだ。
(54頁)

これはドキッとする。

「直感が間違える」というエビデンスがいくらあっても、客観的事実より、自分の直感のほうを信じる。人間とは、そういう生き物なのだ。(56頁)

仲間たちは正しいことを言う人よりも「気持ちのよい人」を友として選びたがる、という。
人間にはそういう、元々「勘違いする力」が備わっているんですよ、という。
このハロー効果、後光がさしているという効果をうまく使っているのが政治家の人たち。
続く職業の方が作家。
その次に芸能人、その次が起業家。
ZOZOTOWN。
ああいう方もハロー効果を使うのがうまそう。
あとはユーチューバー。
「彼のところは面白い」とかという、一個でも評判を取ったら、それを振り回すことによって、自分の背中に後光をささせる、という。
たった一つのハロー効果のみでうまく立ち回る人々、という。

武田鉄矢もハロー効果の人。
ただし、このハロー効果というのは一回でも汚染されると全部を無くす人がいる。
武田先生の場合は「未成年に手を出した」。
これはもう抹殺だろう。
もうタイトルが浮かぶ。
「金八先生」「児童に手」
その「手」のところが赤い文字か何かでなっていたりすると、もうおしまい。
つまりその人が持っているハロー効果の汚染。
それは確かにある。
(雑誌の記事の)タイトルを考えやすくていい。
だから文春がその手の人を。
芸能界はそんなもの。

人の心理の不思議さ。
ヒューマンウォッチで実験をしている。
これはアメリカの実験。
こんなむごい実験を日本でやったら大変なことになってしまうので。

 その実験では、老人ホームの老人を、学生ボランティアが何度か訪ねた。
 半分の老人は、その学生ボランティアが訪問する日時を、その老人が決めた。
 残りの半分の老人は、自分では日時を決められなかった。
 2ヶ月後。
 日時を自分で決められた老人は、そうでなかった老人に比べて、より幸せで、健康で、活動的で、薬の服用量が少なかった。
 この時点で研究者は研究を終了し、学生ボランティアの訪問も終わった。
 その数か月後、学生ボランティアの訪問日時を自分で決めた老人の死亡数が極端に多いと知らされ、研究者は愕然とすることになった。
(125〜126頁)

(本には書いていないがコネチカット州の高齢者介護施設アーデンハウスで1967年に行われた研究だと思われる)

 学生ボランティアに訪問してもらう日時を自分でコントロールできるということが、心身にどのような影響を与えるのか?−中略−
 しかも、ひとたびコントロールできた老人は、そのコントロールを失うと、酷く死にやすくなることがわかったのだ。
(127頁)

「オレはあの人物をコントロールしてるんだ」と思うことによって「生きがい」が発生する。
会社を辞めた方が急にしおれちゃうのも、部下がいなくなるからということなのだろう。
だからアゴでこき使ったり指導したり「オレが世話してるんだ」という自負というのが、その人たちの何かを支えているのだろう。

著者はこう説いていく。
一つ成功して、その一つだけで終わる人がいる。
その一つを利用して、そこから何をやってもうまくゆく人たちがいる。
この著者が言っているのは、一つの成功を「成功した」「それは何だ」ということを「自らが自覚しないとダメなんだ」ということ。
この著者はするどいことを言う。
とにかく一つうまくいったら何でもやるんだ。
それで二つ目がダメだったら何個もやる。
3、4、5、6、7、8、9、10・・・
人はうまくいった個数しか数えていない。
これは武田先生も思い当たる。
『母に捧げるバラード』で一つ目の成功でポォン!と躍り出て。

母に捧げるバラード (Live)



その後、『あんたが大将』みたいな中ヒットを出したと思ったら映画に行っちゃって。

あんたが大将



最優秀助演男優賞なんか貰っちゃって。

幸福の黄色いハンカチ デジタルリマスター2010



それでテレビの仕事(『3年B組金八先生』)がコロンと来たら主題歌で『贈る言葉』。

贈る言葉



ポン!100万売れました。
「どんと来い」と言う人がいる。
武田先生も『母バラ』の後、たった一年なのだが、貧乏のどん底で毎日思い出せるぐらい辛い日だった。
武田先生も奥様が妊娠した時、喉まで出かかった。
(純烈を)お辞めになった人と同じ言葉が。
あの人たちみたいなことを思わず言いそうになった。
もう育てていく自信がない。
奥様が武田先生を誤解させる。
「赤ちゃんは大丈夫よ」「何で?」「食べないでしょ?そんなに。牛乳飲ませとけば大きくなるんだから」
武田先生は「そういやそうだよな」と思った。
でもその間のそこまで思いつめた労苦の果てに『あんたが大将』を思いついて。
全ての友と別れて新しいプロダクションへ。
それはもう大ゲンカ。
武田先生のことを「裏切り者」と呼ぶ友もいた。
そこから本当に光がさすように『(幸福の)黄色いハンカチ』が。
でもその間、武田先生を「連続ヒットで映画まで行って『金八』につないだ」とか言いう人がいる。
それも「ハロー効果」だろうが。
でも、一つでダメ、次に何かやるということがいかに大事か。

(番組冒頭の)街頭インタビューの中で女性が「世間からのバイアス」というのがあるが、今、まかり通っている「善」「よきこと」というのはバイアスから生まれている。
大変ぶしつけな言い方だが。

この間、故郷に帰って一杯酒盛りをしていた。
ちょっと先輩が入院なさるので、入院を励ましで集まって一杯飲んでいた。
その先輩が「武田、車運転するか?」「はい」「今でもしてんのか?」「はい」「武田も酒気帯び運転だけは気をつけろよ」とおっしゃるのだが。
よく考えたら、この人は武田先生たちが若い時、まだ酒気帯び運転に福岡県が鈍感だった時、飲んで運転して車を忘れた人。
お酒を飲んで車を運転してどこかに停めたらしいのだが、どこに停めたのかわからなくて。
それで隣の人が「○○さん、お宅の車は路面電車の安全地帯に乗り上げて停められてますよ」。
「オレは驚いた。拾いに行ったよ」と言いながら。
故郷に帰るとそんな事をつくづく思う。

 2003年に発表された記事によると、「自分が死んだときに、臓器提供する」と意思表示している人の割合は、次のようになる。−中略−
ドイツ 12%
スウェーデン 86%
オーストリア ほぼ100%
デンマーク 4%
−中略−
 正解は、「デフォルト値の違い」だ。
 臓器提供への同意率の高い国は、「提供したくない人」がチェックを入れなければならない。
 チェックを入れない人は、臓器提供するとみなされる。
 同意率の低い国は、その逆なのだ
(164〜168)

 人間がデフォルト値を選んでしまう傾向があるのは、「判断が難しい選択」のときであることがわかっている。(168頁)

だからドイツ、スウェーデン、オーストリア、デンマークと並べたが「あ、この国は優れている」「あ、この国はダメだ」そんなふうに思ってはダメ。
書類の書き方でこれほどの差が出るワケだから、ある数字を見たにしても、まずは感情を除いておいて、もっと情報がないか?と探すようなクセを付けないとアナタは成功しませんぜ?ということをおっしゃっている。
人間は確かに数字を示されるとすぐに信用するところがある。

人間は狭いヒントを与えられると、たちまちその狭いヒントだけで世界を判断していくという。
そういうのが勘違いすることになりますよ、と。
この本は「どうせだったらば人に勘違いさせる人間になりましょう」ということを説いたということ。
「人生は実力よりも勘違いさせる力だ」「実力なんか関係ない」という著者ふろむださん。

 たとえば、アメリカで行なわれた実験。
 その実験で、被験者は、次のような質問をされた。
 スティーブという人がいる。
 スティーブの性格は、次のようなものだ。
・他人に関心がなく、現実世界にあまり興味がなく、物静かでやさしく、秩序や整理整頓を好み、細かいことにこだわる。
 スティーブは、図書館の司書でしょうか?
 それとも、農家の人でしょうか?
(205〜206頁)

ほとんどの被験者は、「スティーブは司書」って答えたんだ。
 でも、アメリカでは、司書に比べると、農業従事者のほうが、はるかに多い。
 司書1人に対して農業従事者は20人以上いる。
(208頁)

確率的に農家の人の方の可能性が高いのだが。

1.人間の直感は、「思い浮かびやすい」情報だけを使って、判断する。
2.人間の直感は、正しい判断に必要な情報が欠けていても、情報が欠けているという感覚を持たない。
(213頁)

ニュース番組、あるいはニュースバラエティ等々に遭遇した場合は、みなさん気を付けましょう。
隣国の半島の国なんかもグシャグシャに国民感情がなっているが。
武田先生は福岡でレギュラー(番組)を持っている。
ホテルのエレベータに乗ると乗ってきた6人が全部半島の方。
福岡は多い。
でも半島の国はもの凄く日本のことをお嫌い。
なのに、釜山からの高速船からいっぱい降りてくる。
何か違うみたいで。
だから韓国、あるいは北朝鮮を考える時、東京という政治の舞台での対韓国、対北朝鮮への感情と、福岡の人から見た対韓国、対北朝鮮の見方という。
その地方の目をもう一つ持っていないと大きく勘違いすることがある。
武田先生自身も反省している。
福岡の人はアジアチック。
全部、国名の下に「さん」を付ける。
「『韓国さん』が来てですね」「中国の『上海人さん』でした」みたいな。
「さん」「さま」を付けるという。
そのものの言い方に一部の皮肉もない。
東京のラジオ、あるいはテレビで聞くと、ずっとケンカしているみたいな感じがする。
福岡に行くと、全然薄らぐ。
それとPM2.5。
この間聞いたら「ちょっと減ってきた」と。
福岡の人はわかる。
わかるぐらいの近さ
美輪明宏さんは子供の頃、上海の映画館に行っていた。
「『風と共に去りぬ』を見た」とおっしゃっていた。
そんなもの。
だから釜山なんていうのは大阪よりも近いのではないか?
高速艇で3時間かかるかかからないか。
だから距離の近さがものの見方の違いになっているとすれば、そういう意味でぜひ情報が少ない場合は一旦感情を保留しておいて、という。

3年B組 金八先生 第1シリーズ DVD-BOX 第1シリーズ



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2019年09月02日

2019年4月1〜12日◆I'm ageing(後編)

これの続きです。

先週の終わりはビックリするような結論で終わった。
長生きするということのために必要なのは「飢え」「命の危機」「ストレス」。
そういうことを重ねると寿命は伸びるという。
その「飢え」「命の危機」「ストレス」というのを習慣化するためにギュッと濃縮されたのが「スポーツ」であるという。
これは意味のないことで体を動かし、非常に不愉快な目で勝った負けたを大騒ぎしつつ、ハッと気がつくと空腹でたまらないという状態に人間を持っていくシステム、という。
これが実は寿命を延ばすためのドリルではないか?ということ。

 困難に直面した動物は、安楽に生きている動物よりも長生きする。この奇妙な現象はホルミシスと呼ばれている。−中略−ホルミシスはまた、老化の適応値の謎を解く手がかりも提供してくれる。どうやら、老化は死亡率を平均化するらしく、病気や飢餓で死亡する個体が減ると、反対に死亡率を上げる。(202頁)

命にはこういうみょうちくりんなところがあって、簡単にできないという。
困ったもの。
しかし命というものはそういうこと。

少量の放射性物質にさらされたり、ほんのわずかなX線放射を毎日うけた動物は、ほかの動物よりも長生きする。(197頁)

「放射線」と言うとみな、ギクッとするが、それが治療になったり。
このあたり「命というのは実に興味深いもんだ」ということで生きていきましょう、ご老人方。

単純な自己増殖システム──初期の地球に偶然′サわれたとされるシステム──を実験室で再現しようとすると、うまくいかないのである。一九五〇年代に、このプロジェクトに対する最初の熱狂が巻き起こった。メタンと水とアンモニアを混ぜたガス体に放電するだけで実験室で簡単にアミノ酸がつくれることがわかったのだ。しかし、ひとつの機能を持つタンパク質をつくるためには、たくさんのアミノ酸を特定の配列で結びつけなければならないし、自己増殖するシステムをつくるためにはそうしたタンパク質がたくさん必要になる。自己増殖するこのシステムはあまりにも複雑かつ特殊で、いついかなる場所であろうとも、偶然に発生するとは考えにくいのである。(206頁)

(番組では「偶然に発生するとしか考えられない」と逆のことを言っているが本には上記のように書かれている)

量子力学によれば、量子の王国を支配する不可思議なルールを公式化するには「観察者」が必須の構成要素であるという。そこで科学者のなかには、発生期の生命──それも観察者となりえる意識を持った生命──が、物理学の基本構造のなかに組みこまれているのではないかと考える者も現われたのである。(206頁)

つまり誰かが見ていないとタンパク質が生き物にならない。
これはまさしく手塚治虫の『火の鳥』。

火の鳥【全12巻セット】



だから「目撃者」というのがいないと生命が誕生しないとすれば、そこが宗教の
原点ではないか?という。
人間という生き物を創るために誰かがその生命の誕生を目撃していた、という。
それがいない限り生命は生まれない、という。
それほど自己を複製できる生命を創るということは、もの凄く不思議なこと。

メンデルの遺伝子からDNAの発見。

 染色体はDNAの長い鎖で、何億もの核酸サブユニット──塩基T、A、C、G──とともに、すべての細胞核に存在している。−中略−細胞が分裂すると、染色体はその二重らせんを解き、それぞれの鎖が新しい相手をつくる。ここでDNAレプリカーゼという酵素が登場する。このDNAレプリカーゼが染色体を端から端まで這い進んで新しい塩基(T、A、C、G)を集め、マッチする染色体の半分をつくりだすのである。こうして一対の染色体が二対になり、ふたつの娘細胞が生まれる。(226頁)

染色体を横切っていくDNAレプリカーゼは、任務の最後でトラブルに直面する。自分自身の安全を確保する余地を残しておく必要があるため、最後の数百の塩基ユニットをきちんと複写できないのだ。どういうことかというと──−中略−コピーされるたびに染色体は少しずつ短くなっていくのだ。(226頁)

 まず、どの染色体の末端にもDNAの緩衝器があって、その部分は意味のある情報を含んでいないのである。これはテロメアと呼ばれており、−中略−通常、テロメアは自動的に折りたたまれており、DNAのエンドキャップの役目を果たしている。(227頁)

テロメア──染色体の両端についているしっぽ──を使い、細胞は自分が何回自己複製したかを数えており、一定回数を超えるとテロメアが短くなり、細胞は疲弊して死んでしまう。複製老化はテロメアの生化学の一部としてこんにちまでつづいている。複製老化は目的を達成するための手段であり、わたしたちが老いるのはそのせいだ。老いた人間の細胞はテロメアが短く、これが体の修復速度を遅くし、体に毒素を放出する。(235〜236頁)

だからジイサンは眉毛にやたらと長い毛が一本あったり、それから生えちゃいけないところ(耳とか)に毛が生えて・・・。
テロメア(留め具)が緩くなって毛を作らなくてもいいのに耳の細胞が、何かグズグズになる。
ヒモが緩い。
若いときはしっかり巻きついていたのが、緩くなってくる。
それで細胞の中で勘違いしちゃって生やさなくてもいいのに、毛を生やしたり、伸ばさなくてもいいのに眉毛に一本だけピーンと。
武田先生にもある。
メイクの女の子が切ってくれる。
「あっ!ジイサン眉になってる〜」とかと言いながら。
そんなふうなことを「老化」と呼ぶのではないか。
その緩くなったところがミスの細胞を作ると、細胞で炎症を起こしてしまう。
その炎症が実は癌細胞が発生する「癌リスク」の元になるという。
だから老化というのは何かというと、とある年齢に訪れる複製の劣化。
細胞の修復速度が遅くなる。
最近体を痛めても治りが遅い。
「風邪も長引くし咳も止まらない。傷も治りにくくなる」と感じる水谷譲。
そこの部分の細胞自体で毒素を放出するということ。
炎症がひどくなるということで癌リスクが高くなる。
そのことがどんどん進んでいくと老化はゆっくりと死に向かい始める。
「生きる」とは何か?
生きるとはゆっくり死ぬことである。
ゆっくり死に向かうために、実は体中の細胞はたくさんの細胞の死によって支えられている。
でもそれを補いうる細胞があるから「私は若い♪」なのだ。
「お肌ツルンツルン。お水弾いてる〜」
だんだん弾かなくなる。

 細胞は自殺することがある。−中略−アポトーシスの場合、細胞は自分自身の死に向けて、きちんと順序だった計画を立てる。(238頁)

そのことで次の細胞が出来ることで私は、昨日と同じような私の顔をしている。
だから「アポトーシス」。
死んでいく、自殺する細胞によって「生きる」ということが支えられている、という。
こういうのは面白い。

癌とは何者かと言えば「自殺しない細胞」のこと。
つまり「死なない老人」と言うか。
死なない老人というのが生き続けるために、入れ替わらないでそこにいることが命そのものを起すという。
死なない細胞が起こすのが癌。
逆の意味でまだ生きて欲しいのにどんどん死んじゃうというのが「アルツハイマー」。
老人が死ぬタイミングというのは生命にとっては重大。
アポトーシス、自殺を忘れた細胞が引き起こすのが癌。

 アルツハイマー病、パーキンソン病、筋肉減弱症、生殖能力の喪失──程度の差こそあれ、これらは長生きをした人間すべてに影響をあたえる。この四つはすべて自殺遺伝子の働きによるもので、プログラム細胞死と関係している。(253頁)

そういうことを考えると生き物というのはバランス。
重大なことは生物の中には死のうとしない動物もいる。
ハダカデバネズミ。
(明石家)さんまさんみたいに歯がバァン!と飛び出して全裸。
ちょっとギョッとするようなネズミ。
死なない。
事故に遭うまで生き続ける。
(ということではない)
ずっと同じ成人のまんま。
「不老不死」と言ってもいい。
でも不老不死のわりにサッパリ増えないところを見ると、彼らを待っているのは他の強い動物に喰われるとか、それから飢えて死ぬとかっていう事故が多発しているのだろう。
でないと、そこらへんがハダカデバネズミだらけになってしまう。

死なないということを前提にしている生物というのは、その数を増やすことができない。
では人間はと言うと、これは死ぬことを前提に進化した動物。
人という動物は、いつか死ぬことを前提にして生きている。
自然界の弱肉強食を避け、死を群れ全体で平均化し、群れにとって一番大事なことは「絶滅を避ける」という生存戦略。
これを選んだサルが人間。
だから我が子を父親がいじめぬいて、という。
母親もそれを横で眺めておった、という。
物凄く腹が立つ。
信じられない。
なぜ信じたくないか、なぜ腹立つかと言うと、私達が生き残ってきた生存戦略を裏切っているから。
「それやっちゃおしまいだよ?」というのが人間にはある。

ここからは武田先生の意見。
では日本の場合はどうか。
私を含む巨大な数の老人世代が若い世代にのしかかっております。
これは厳然たる事実であります。
「老人が生き延びることによって子供が生まれることが少なくなっている」という言い方をなさる方もいる。
いったいに日本人には何故こんな進化圧がかかっているのか。
日本は外部からの攻撃、体で言えば細菌、寄生虫の驚異が絶えず予想されます。
体に例えて国際社会を見ましょう。
まわりは恐ろしげな国ばっかり。
日本人を理解したくもないというような隣人の方もいらっしゃるし。
「さあ、詫びろ」を繰り返す隣人もいらっしゃる。
さらっていく隣人もいらっしゃる。
小さな島がどんどん根室に近づいているが「オレんとこ、オレんとこ!」と言い続ける人もいらっしゃる。
それから潜水艦で人ん家の庭先をブンブン走っている超大国もあるという。
その上に非常に厳しい自然にある。
まずは平べったく言うと「寒暖の差」。
これが非常に厳しい。
日本人は三か月前後にクルクル替えていかなきゃいけない。
これは生き物にとっては大変。
それから食料も「分かち合う」とか「もったいない」を繰り返していかないとこの国はたちまち食料に困る国。
その上に、これほど災害の多い国があるでしょうか?
地震、豪雨、そして台風。
そして社会環境。
武田先生も含めて老いても休めず働かねばならない。
これほどのストレスの多い国なのだが、世界に誇る長寿国。
そうやって考えると・・・。

ここに例の自然界の「ホルミシス」という。
実は長寿の原動力があるのではないだろうか?
考えてみると日本の老人は確かにストレスに強い。
その次に日本の老人は清潔を好む。
もちろん個人単位。
これくらい道路を掃いている老人はいない。
みなさん、嘘と思うならちょっと道を見て。
本当に時折「チリ一つ落ちてない」というのがある。
老人はなぜかくも増え、なぜかくも長生きをしているのか?
武田曰く、老人は「次なるバランスを準備している」。

ここではウサギの集団の成長率と草の成長について考えてみよう。(292頁)

もしウサギの繁殖速度が草よりも遅ければ、集団が環境収容力(一地域の動物扶養能力)を超えてしまうことは絶対にない。ウサギの集団は完全に安定している。(294頁)

このウサギの生存を支えている森の条件とは何か?
当然だが「草原の草の成長スピード」。
この草の成長を無視して繁殖が上回れば・・・。
特にウサギは年がら年中交尾する生き物だから。
だから「バニーガール」。
一年中いつどこでもウサギは交尾できる。
バニーガールはそういう意味。
草原の草の成長のスピードとウサギの頭数がマッチしていなければならない。
その草の成長を無視してウサギの繁殖が上回ればウサギは全滅の危機がある。
だから草の成長スピード、天敵みたいなものにヤラレる。
タカに喰われたり襲われたりすることがある。
ヘビに襲われたり。
そういうことも全部含めて危機を入れておいて、森でウサギは生きている。

現地球で起こっている政治活動、あるいは経済活動は何かというと「草原の草の奪い合い」。
自由経済というものが世界中を草原にした。
中国は世界の森へ進出しなければ13億(人)は間違いなく飢える。
このままいけば中国は2億人の老人を抱える。
老人大国を二歩も三歩も手前を行って体験しているのは日本で、老人大国を一番最初に抜けるのは日本。
もの凄い言い方をするが、私達はこれからバッタバタ死んでいく。
その時に私達老人が見事なタイミングで死に切ることと、有効なバランスをこの国にもたらすと、私達は「死にがい」のある老人になる。
その第一歩が「入管法」ではないかと近頃考える武田先生。
アジアの青年とか世界中、日本の文化に興味を持ったり、理解を示してくれた青年や若い女性をこの国に招きたい。
日本という国を、もしよかったら愛していただいて。
そういう下地作り。
日本は今、子供が少ないので多分足りないと思う水谷譲。
だからこの国が「わりといいな」と思ったり、あるいは死んでいく老人たちが「いいお父さんだったよー」とか「私は花瓶と尿瓶間違えちゃった」とか。
そういう看護婦さんがいたりする病院を。
「シビン・カビン・シビン・カビン? タクサン、ワカラナイヨー」とかと。
そんな人でも老人が幸せだったらいい。
「気持ち」の問題。
そういう人たちが「あのおじいちゃんよかったなぁ」とか「この国いいなぁ」と思って、この国を気にいって結婚していただいて、子を一人か二人産んでくれて、子が増えていくという。
一番最初にお話しした「性は多様性を好む」。
性は単一民族を嫌う。
単一民族でまとまっている国があるとする。
その国は一つの病で一夜にして滅びるという性格を持っている。
多様性。
南の病気にも強い、北の風邪にも強いという、そういう子たちが日本中に増えること。
それが日本を強くすることではないか?
街の治安もあるかもしれないが。
今、日本で活躍しているのはハイブリッド。
陸上、ケンブリッジ飛鳥。
テニス、大坂なおみ。
相撲、高安・御嶽海。
野球、ダルビッシュ。
俳優では草刈正雄。
モデルではローラ。
みんなハイブリッド。
ハイブリッド社会とは何か?
多様性。
その礎を作るのはご老人。
我々65(歳)以上の高齢者。
にこやかにフィリピンの看護婦さんと会話する。
その人が高安を産んでくれる可能性があるのだから。

多様性を求める「性」。
その形質の獲得の下準備こそが日本の老人問題なのだ、と。
若者をこの国に招き、この国の女と、あるいは男と夫婦をなし、そして生まれた子たちは日本とのハイブリッド。
やがてはダルビッシュになるかも知れない、やがては大坂なおみになるかも知れない、という。
そこに日本の未来があるのではないか?
また日本の女性はこの手の結婚に強い。
武田先生の知り合いでサウジの男と離婚してしまったが結婚して、3〜4年住んでいた女がいる。
惚れた男一人いれば、そんなのは平気。
言葉が違おうが宗教が違おうが行ってしまう。
日本の男はダメ。
日本の男はそこがいいところかも知れない。
「ダメ、オレ。豆腐喰え無いとダメ」とか。
武田先生がそう。
「やっぱり豆腐喰いたいよねー」とか。
そんなことを言っているヤツはダメ。
でも日本の女性が持っているハイブリッドの血。
これはやっぱり「豊玉姫の血」というか。
日本の神様の山彦と結婚したのは竜宮のサメの化身。
新潟の方では鶴が嫁に来た。
浜松にはタニシと結婚したヤツがいる。
「タニシ女房」というのがいる。
女房が作る味噌汁がやたら美味しいというので村中の評判になって「アタシが味噌汁を作ってるとこは覗かないでください」という。
ところが亭主が馬鹿でコッソリ覗いたらタニシがお尻を味噌の中に付けていた、という。
怖ろしい話。

老人は進化可能性の改良に貢献しているからだ。−中略−老化は、進化的変化のペースで適度の量の違いを産むことができる。−中略−老化はおそらく、ふたつの要因(競争の公平性と個体群の多様性)を提供することで、進化的変化のペースを二倍にする程度だ。(309〜310)

寿命の短い個体では、50代ぐらいで死んでしまうような国では、遺伝子の多様性はかなわない。

寿命の短い個体は、寿命が長い個体に比べて、遺伝子プールに貢献する機会が少ないからだ。(311頁)

寿命の短い国では遺伝子の多様性をなくす前に死んでしまう。
だから老人の面倒をみなくていいという手間が、回転が速い分だけ助かるのだが、その分だけ若い男がお父さんの跡継ぎをしてしまう。
そのことでジグソーパズルのピースは埋められるが絵が変わらない。
だから老人たちが生きている今こそ老いを利用して若者、つまり若い人にすがる。
それが国内でも国外の若者でも若者の本質を見抜いてすがる。
助ける若者を呼び寄せる。
くどいが「尿瓶と花瓶、間違えちゃった。おじいちゃん」「いいよいいよ。花瓶でするから」「やさしいよね。おじいちゃん」。
そんな日本語の上手じゃない看護婦さんがいても、にこやかに笑っている看護婦さんが薬剤師さんと結婚して、山中教授みたいなのができるかも知れない。

著者は長寿のために持論を展開しているがここでは触れない。
健康法に関しては安易に話に触れると、意外とその説が何年後かに簡単にひっくり返ったりする。
健康法は難しい。
ただ、この著者が繰り返しおっしゃっているのは、アンチエイジング薬は確実に進んでいるそうだ。
年を取ることに関して、私たちはますます医学ににじり寄っていくのであろうということ。

私達はなぜ老いるのか?
老化は私達が獲得した進化の形質である。
前期・後期(高齢者)、全部ご老人方聞いてください。
老化は老人が死に絶えた後、孫たちの代において意味を見出す。
私達が死んだ後、私達の孫の代でお爺ちゃんがやったことがきちんと成果として出る、と。
老いることには必ず意味がある。
しかしその老人が最後まで老人の役割を果たして死んだということは、死んだ後にしか顕現しない、出現しない、成功は確認できない。
そのことを自覚して。

いかに過去の体験というのがすごいかというのを、このアメリカの学者さんの一例からご紹介する。
(以下の話はこの本の中には見つけられなかった)
19世紀、アイルランドでジャガイモ不足による飢饉があった。
100万の単位で人々が死んでいく。
そのために彼らも生きることに必死で、移民としてアメリカへ渡っていく。
これがアメリカ文化を作っていく。
つまり孫の代になって爺ちゃんたちの苦労が初めて孫たちの体で花開く。

よい国を作るために私達老人は頑張りましょう。
一番最後に武田先生のメモ。
桃太郎、金太郎、かぐや姫を育てたのはこの国の貧しいお爺ちゃんとお婆ちゃんです。
70、80(歳)の爺さんバアサン。
老マン、老ウーマンは一日にして成らず。

posted by ひと at 08:22| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年4月1〜12日◆I'm ageing(前編)

I'm ageing「私は年を取りつつあります」という年齢進行形でお送りする。
目を転じて大きく世界を見ましょう。
1980年代レーガン政権によって規制緩和が始まり、抑制なき経済戦争が始まった。
ついに資本主義は略奪同然の対立を生むようにもなった。
競争を勝ち抜くために必要なものは、これは今も続いている「安定した強い政府」。
第二に「自由市場」。
物のやり取り、貿易等々が関税をなるべく抑える、という。
そういうことが好景気を生む社会進化論の二つの柱だ。
「強い政府」と「自由市場」。
過酷な生存競争のみが適者生存を選ぶ。

 歴史的に見て、自由市場はすばらしい結果をもたらすという主張は、進化論を根拠にしている部分が大きかった−中略−これこそが社会ダーウィニズム−中略−である。(25頁)

世界を解き明かすキーの一つになっている。
作ったら売り込む先が必ず世界中のどこかにあるということが、今の資本主義にとってはよいこと。
はっきりしてきた。
一つは最強国のアメリカ。
二カ国目が中国。
習近平指導体制のもと「逆らうヤツは」という。
みなさんも異論はなかろうと思うが、世界は今、超利己主義と呼んでいいと思う。
アメリカン・ファースト。
そして中国はと言うと「一帯一路」「全ての道は北京へ通じる」という。
優位に立つグループが独占権を世界に敷くという生存競争が今、続いている。

生き物でいえば非常に単純。
生き物の「超利己主義」を訪ねていきましょう。
自分は強く、弱いものを喰い散らかす。
そして多くのメスをはらませ、たっぷりと喰い物をため込んで子分を持つ。
子分を従えさせて、従えさせるルールを自分で作る。
これが世界最強の敵者。
味もそっけもない。
こういう時にみなさん、物事を根本から考えましょう。
世界はこういう理屈で今、動いている。
ところがこの適者。
世界最強の敵者を生み出していくという世界史における適者生存の理屈。
遺伝の法則。
これは利己的遺伝子で、マイ・ファースト。
まずは自分のことしか考えない。
であるから「利己的である」ということが歴史が始まってから生き残る「術」だった。
しかし、そうやって考えても解けないのが、まな板に置いた「老化」。
なぜ老化遺伝子はあるの?
老化というのは遺伝。
何代も代を重ねて厳しく適者を、強い者を、賢い者を生き残らせてきたのだが、この老化だけは遺伝子の中から排除しない。
この「老化」とは一体何かというと、もう武田先生は思い当たる。
「個」からまずは生殖の能力を奪う。
そして他を喰う強さは、喰いたいものを喰え無いという弱さへ。
誰かさん(柴田理恵)がやっていたが「昔はエビの天ぷら2本ぐらい平気だったのに、最近は小エビでも」と。



もう消化液の分泌がどんどん落ちていく。
小腸が食べ物を吸収する。
大腸の方は便を作る。
そういう菌を住まわせているのだが。
年と共に大腸の便を作る能力がカクーンと落ちる。
落ちるともう信じられないぐらい固くて太いのが出てくる。
もう「やめてくれよ!」と言うぐらい。
本当に。
「裂けるんじゃないか?」という。
それをこの間、小腸と大腸を言い間違えた武田先生。
とある飲料メーカーの方で、頭に「ヤ」が付くところ(番組中では明確に企業名を言わないがおそらく「ヤクルト」)から丁寧に「それは違いますよ」というので便を作るために大腸によい「ヤ」印の○○というのと、小腸で消化を助ける微生物がいっぱい入っている「ヤ」というのを。
ありがとうございます。
でも本当にそう。
武田先生は痛感しているが睾丸はどんどん下がっていく。
真下に下がる。
老化。
全部ダラーッと下がっている。
「オマエはマスカットか!」という。
適者は強い。
しかしその適者の強者でさえも、やがて老化ということで弱ってゆく。
トランプさんも、もうグレープフルーツ。
グレープフルーツだとタヌキになってしまう。
とにかく、あらゆる権力者にも忍び寄る老化。
老化という一点を・・・。

老化というのはまことに不思議な現象。
適者生存ですごく強い者が生き残ったにしても、内からその強者もゆっくりと年を取り弱くなり、やがては死んでいく。
老化は利己的遺伝子の支配する適者生存では解けない。
「自分のことしか考えない」という遺伝子があって生き残るのだが。
やがてその利己的遺伝子も自分が死ぬ方角に持っていくワケだから。
老化というのは不思議な現象。

老化は人間が地球上生物として現れてから、ゲノムの中にあって進化してきている。
とても面白いのは個体に働く突然変異という、生き物を別ステージに持っていくという「変異」という偶然が起きる。
その突然変異でさえも老化遺伝子を追放しなかった。
老化から逃げられた人は一人もいない。
なぜ老化は遺伝子の中で生き残ったのか?
答えは一つしかない。
集団選択。
集団で死ぬという方向を選んだ。
「ボクも死ぬからキミも死ね」というのがゲノムの中に書きこまれた。
生き物は一定の寿命があり、予定通り死ぬ。
個体にとってはそれはとても不幸だが、集団にとっては利点が多い。
集団が生き残るために個はある時を迎えると死んでいくという。
他の動物を考えよう。
他の動物は生殖をピークとするものが多い。
人生のピークにしちゃう。
鮭を見てください。
精子をかける。
自分の精液を卵の上に撒きちらかして、撒きちらかした瞬間「あらっ」と死んでいく。
精子を吐き出した鮭のことを北海道では「ほっちゃれ」と言う。
身もパサパサ。
食べても美味しくないし。
熊が遊び半分で喰う。
本当のことを言うと、みんな生殖を終えるとだいたい死ななきゃいけない。
ホタル、ハチ、カゲロウ。
ああいうのは一回セックスすると死ぬ。
メスが多くの子を産まない人間は子をはらませる段階でオスが死に絶えると集団の人数の調節が効かなくなり、絶滅の危機を負うことになる。
つまり男が若い娘っこに抱きついて生殖した。
生殖した瞬間に「かっ!」と死んじゃう。
そうすると、いきなりオスの人数がガバーっと減るので、調節機能をするためにオスを生かしておく、という。
それで人口の調節を行なっているのではないか?
老化というのは実は人口調節のための装置なのではないか?と。
それゆえに老化を進化させてきた。
これはわかる。
若い時は元気いっぱい、はしゃいでいた。
今はすっかり睾丸も下がりきった。
ブドウの房みたいで見る影もない。
ご老人方よ。
同輩として申し上げるが、この「老い」には何か意味があるのではないかと、そう思う。

 人間の体も車のようにガタがくるという考え方は誘惑的だ。しかし、生物と無生物のあいだには決定的な違いがある。−中略−要するに、老化を単なる「摩耗に至るプロセス」と考えることはできないということだ。(73〜74頁)

人間がたくさん食べ、ほんのすこししか運動せず、子供をつくらないとき、わたしたちはいちばん長生きすることになる。同時に女性は男性よりもずっと早死にするはずだ。女性は男性よりも生殖にずっと多くのエネルギーを使うからだ。
 ところが、実際にはすべてがその反対である。
(55頁)

「ストレス」とよくおっしゃるが、ストレスは人間を殺す理由にはならない。
世界中、どこを探っても女性のほうが長生き。
なぜか?
生涯で女性はたくさんの肉体的ストレスを抱える。
妊娠、出産、育児。
男性よりもハードな難関が女性にはたくさん待ち受けているが、女性の方が長生きする。
このへんがまた不思議なところ。

若返るクラゲ 老いないネズミ 老化する人間



原題は『CRACKING THE AGING CODE』。
「ひび割れていく老化遺伝子」という英題。
「年を取る」という現象がいかに変わった現象なのか、ということを書いた。
これはかなり考えた。
「命」というのは難しい。

ちょっと昨日、ゴルフをやっていた。
階段から落っこちて頭を打っちゃったという友がいて、その友と前立腺癌を疑われた友が目の前にいて。
病気の話になった。
片一方の友はひどくお医者さん嫌いで「医学てのは産業なんだから、オレたちは飲まなくてもいい薬なんか飲まされてるんだ」という。
武田先生も結構(飲んでいる)薬が多いから。
でも武田先生は結構先生とお付き合いをしている。
まぁ「先生も一生懸命考えてくれてるんだろうから」と思って。

こんなことがあった。
命の捉え方はすごく難しい。
武田先生は(二尖弁の手術で)セラミックの人工弁で生きている。
もう本当は死んでいたかも知れない。
心臓。
これはもう9年前にやった手術。
その手術のやり方が別の大学では、人工の人間の作ったものではなくて、その人の体の一部の筋肉を削り取って心臓の弁にするという手術がうまくいっている。
それを読んだ武田先生の奥様が「何でそれにしなかったのか」と今、言う。
「だってオメェ、そらぁ先生が知らなかったんだろうから」と。
それしか言いようがないから奥様に言ったら、そのお医者さんと会って話をする機会があった。
それでポロッと訊いた。
「ワーファリンなんていう薬飲まなくてよい○○ていう手術が今、○○大学でやってるみたいですね」と言ったら、もう先生はとっくにご存じで「あ!○○先生だ」とおっしゃって「彼、頑張ってますよ〜」とかとエールを送られる。
ちょっと遠回しにそっと探るように「先生、何でオレ、それダメだったんですかね?」と訊きたくなる。
その先生はいい先生なので怒らないと思って訊いた。
その体の一部分を削り取って弁にするという手術はヨーロッパでものすごく盛んで、成功例がほとんど。
「じゃ、何で?」と訊いたら「武田さん。平均寿命が違うんです。わかってください」と言われて。
その手術が一番盛んな東ヨーロッパの国は平均寿命が70歳ちょっと。
60代でその手術をやって成功率100%なのだが、10年以上もっているという確率に関しては平均寿命が70代なのでよくわからない。
武田先生はもう70(歳)になる。
9年前。
どう考えてもそれよりは、人工弁の方が、ワーファリンを飲む手間があっても「武田さんの10年後をお約束できる」という。
「医学は平均寿命との闘いなんだ」とおっしゃる。
だから癌がすごい。
今、二人に一人が癌で死んでいく。
あれが日本人が50代で死ねば、癌なんて発生率が低い。
そういう寿命と病の相関関係というのがあって「○○がうまくいっているから」というのはなかなか難しい。
ハッとした。
だから医学もそうだが、答えを一つに絞れない。

「老化」という現象に関してはどうかというと、実は老化の研究は1950年代から始まっているらしい。

 シラードは「細胞は自己複製をするときに、ときたま複製エラーを起す」と推論した。(65頁)

 ところが、一九七八年に幹細胞が発見された。−中略−実際には、すべての細胞は幹細胞から生まれるのだ。(66頁)

人間のDNAが次世代に複製されるとき、複製エラーは100億ユニットにひとつしかない。(67頁)

だからレスリー・オーゲルという人の「細胞がボロになるのが人間の老化です」という説は完璧に崩れた。

一九五六年は−中略−カリフォルニア大学バークレー校の医療実験室で働いていたデナム・ハーマンという若い理論科学者は、−中略−細胞のなかの化学物質(フリーラジカル=遊離基)が、生物の体に同様のダメージを与えるのではないかと考えた。実験を行なってみると、抗酸化物質がマウスを放射線のダメージから守るという結果がでた。そこでハーマンは、抗酸化物質は老化のプロセスを遅らせると提唱したのである。(68〜69頁)

「酸化に逆らえば老化は止むんだ」ということで。
何と1980年代「コエンザイムQ10」というのが「この抗酸化剤がエイジングに効くんだ」と。
抗酸化。
「酸化されなければ細胞は錆びつかない」ということだったのだが、違う説が出てきた。

何十年ものあいだ、コエンザイムQ10はアンチエイジング・サプリメントとして宣伝されてきた(同時に、これは心臓病患者にも一定の効果がある)。(72頁)

抗酸化剤に細胞を守る気配はないし、実験動物は長生きしなかった。(70頁)

考えてみれば当たり前のことで、抗酸化剤が水谷譲を若返らせてくれるのであれば、まずやっちゃいけないのは水谷譲の大好きなジム通い。
運動は酸化すること。
普段より酸素を取り込むワケだから。
だから運動をやめれば年を取ることがストップするなんて、そんなことは大間違い。

生物は機械に運命づけられている劣化に支配されていない。なぜなら、生物はエネルギー源を持ち、修復能力を持っているからだ。地球上の生物は、摩耗することなくこの四〇億年を持ちこたえ、拡大してきた。−中略−しかも、体は自己メンテナンスを怠るだけでなく、人生の後半においては、さまざまな方法で自分自身を積極的に破壊する。(74頁)

一体、老化は体のどこが、何のためにそうさせるのか。
「さぁ老人よ、共に考えましょう」と原稿に書いている武田先生。
考えてみましょう。
生物の寿命は様々です。
生き物全体を見る。
カゲロウは幼虫で数ヵ月。
成虫になったら交尾をしてすぐに死ぬ。
鮭もそう。
メスを見つけてバーッと精子をかけるが、うまく精子がかからなかったヤツは川を伝わって海に帰る。
それで次のチャンスを待つ者もいる。

ハコヤナギの木は、土のなかで何千年も繁殖することができる。(76頁)

寿命というのは生命によって実に多様。
だからこの本のタイトルにある通り、クラゲは生まれたらどんどん若くなる。

アホウドリやハダカデバネズミは生きているあいだじゅう完璧な健康を維持し、あらかじめ定められた時がくるといきなり死ぬ。(87頁)

さらには、成体段階から、そもそもの出発点である幼生形へと戻っていく動物もいる。周囲の環境が厳しく、「ここで成長していくのはむずかしいぞ」と体が察知すると、プロセスを逆向きにして幼生形にもう一度戻るのだ。これは単純に「若返り」もしくは「逆向きの老化」と考えられている。(87頁)

鮭は交尾が終わると、卵と精子を使い果たすと、ステロイドを自分で合成して生まれた川で死んでいく。
これははっきり言って「鮭の自殺」。

「サケは自分が卵からかえった川に戻って産卵し、そのあとで死ぬことによって生態系に養分をあたえ、その養分で小さな虫たちが育ち、やがて卵からかえったサケの幼魚がその虫を食べる」という理論もある。(97頁)

タコは生殖活動が終わった後、何と絶食。
餓死して果てる。
タコ偉い!
(本によるとタコは絶食もするが死因は餓死ではなく「視柄腺」と呼ばれる内分泌腺からの分泌物による)

女王蜂。

女王は生涯の最初期段階で一回だけ飛翔する。このとき、一〇匹以上の雄バチと生殖活動を行ない、その後の何年分もの精液を蓄える。−中略−成熟した女王は生殖マシンと化し、一日に約二〇〇〇個という桁はずれなペースで卵を産んでいく。(106頁)

働きバチは数週間しか生きず、老いて死んでいく。−中略−女王は何年も生きて卵を産みつづける。−中略−女王が死ぬのは、婚礼の飛翔のときに受けとった精子の蓄えが尽きたときだけである。精子が尽きても女王は卵を産みつづけるが、受精していないので、針のない雄バチにしかならない。すると、それまでは女王にかしずいていた働き手たちが、枯渇した女王を暗殺してしまう。(106〜107頁)

このように様々な老化と死があるワケだが、人間はどうなるか。

わたしたちは、「集団における老いた引退者≠スちは、生活環境の善し悪しに波があったときに人口を安定させる役割を果たしている」と考えたのだ。(109頁)

老化。
これは真正面に置いて考えると、やっぱり不思議な現象。
若い方も我々のようなジイサンを見ると不安になるだろうと思う。
未来とか。
でもやっぱりジイサンバアサンは「オレオレ詐欺」のカモではなくて、きっと何か意味があって生きている。

生活環境が良好なとき、引退者たちは食物を過剰なほど摂取することで、個体数が増えすぎるのを抑える。反対に、生活環境が悪化して食物が少ないときには最初に死ぬ。(109頁)

そういう老化には「集団選択」、我々が無意識のうちにみなで生きる故の選択というのがあるのではないか?という。
これが「新しい進化論なのではないか」ということ。
戦後。
あの戦争による300万人以上の犠牲で子供を産み育てる最悪の環境で「団塊」。
そこだけバーッと膨らんだ。
これは集団選択のバイアスによると思うと、確かに頷ける。
やっぱり300万人の成人が死んだという事実が、女性の中に集団選択として「子を産もう!」という。
その勢いにはずみがついてしまって「団塊の世代」という。
そこだけ戦後。
武田先生もそれ。
「戦中に亡くなった方々の無念を背負って戦後に生まれた子たち」なのだ。
そういう集団選択のバイアスがかかったのではなかろうか?ということ。

そしてもう一つが「遺伝子の多様性」。
これは面白い。
つまり個体同士が似てくると生殖能力が落ちていく。
性というものはいつも多様性を求める。
いろんな男女にいて欲しい。
ちょっと言葉が乱暴だが、セックスをして子を産んで欲しい。

老化を考えるには二つの道がある。
1859年に発表された巨大な仮説「種の起源」。
これはダーウィンの「進化論」。
そこからオーストラリア帝国(と番組では言っているが「オーストリア帝国)に修道士さんでメンデルさんというのがいて、この人がエンドウマメをいろいろ実験しているうちに、もの凄く見えない世界で「遺伝子があるんじゃないか?」という。
この「進化論」と「遺伝子論」。
この二つが人間がここまで増える大発見をなした大元なのではなかろうか?と。
多様性の維持。
遺伝子が求めているのは多様性。
老化もまた進化したのだ。
つまり老化も適応のために選択された形質に違いない、という。

他の生き物をいっぱい眺めていきましょう。
では、人間の老化とは何か?ということについてはこの方(著者)はなかなか教えてくれない。
読むのが結構大変だった。
そのかわり、いろんな例を教えてくれる。

 樹木はエネルギーの一部を現在の生殖に使い、一年に何百、何千もの種子をつける。しかも同時に、体にもエネルギーを配分し、年を追うごとにすこしずつ大きく、強くなり、生殖能力を高めていく。(180頁)

使い捨ての体理論によれば、−中略−食物は健康と寿命を維持し、高めるはずだった。しかし、食物が少ないほうが動物は例外なく長生きする。また、エネルギーを消費する肉体的な活動は長寿を犠牲にしなければならないはずだったが、実際には、運動により多くのエネルギーを費やす動物(および人間)は、現時点での健康が促進されるうえに、より長生きすることができる。(180〜181頁)

それが「飢餓を感じていたネズミのほうが長生きする」ということ。

戦後すぐというのは大変な時代だった。
驚くなかれ、あそこから日本人の寿命は伸びはじめる。
50代だったのが70まで。
武田先生のお父様もそう。
戦争で死ぬ目に遭ってるわ、食糧難で喰うや喰わず、という。
食糧危機になると、その人の空腹の思いとは別個に「生きる」というエネルギーにスイッチが入るらしい。
ということは、飯をいっぱい喰わせていると人間は簡単に死ぬ。
つまり「喰い物がない」というのは、もの凄い生き物のエネルギーを人間に与える。
これは他の動物でも確認されている。
老化というのはそういう意味でプラス・マイナスで説明できない。

 実験用のマウスは通常二年しか生きない。しかし、極端なカロリー制限をすると、三年生きることができる。イヌの寿命は普通一〇年だが、カロリー制限でこれを二年延ばすことができる。(190頁)

毎月大変女性方を悩ませる生理。
それから出産、子育て。
もう本当にストレスが多いが、そっちのほうが「女性が長生きする傾向を持つ」という理由ではないか?と。
間違いなく飢え、命の危機、ストレスによって寿命は延びる。

これはここまでの結論。
老人よ!長生きするためにバンジージャンプ!

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2019年07月28日

2019年3月11〜22日◆E=mc2(後編)

これの続きです。

不思議な不思議な世界。
重力というものから話が始まり、その次に電力の話、そして磁力の話と。
この三つのエネルギーが宇宙に満ち満ちている。
電力というのはプラスとマイナスのエネルギーで「電荷」という世界。
雷なんか見ていて凄い。
あの雨粒が、プラスとマイナスに分かれて、ドッキングした時にはビカビカビカーッ!ときている。
あんな小さな雨粒に宿った電気がプラスとマイナスに分かれて空中で接触するとものすごい火花になるという。
そういうのを考えると凄い。

この電荷というのは「色荷」といって色になる力を持っている。
(本によると「色荷」を持っているのはクォーク。色荷は「色になる力」ではなく、光の三原色を比喩として使っている言葉なので、実際には色になるわけではない)
ビカビカーッ!と光るイナズマは「白色」というか。
でもあの白色の中に三つの色が隠れている。
これは赤と青と緑が混じっている。
その三つが合わさるからああいう白の稲光がパーッ!と出てくる。
(当然、このあたりの説明は全くの誤解による)
それから発光ダイオードは青ができなかった。
それでついに日本の研究者が青の発光ダイオードを発見したから照明に使えるようになった。
色荷は「核力」という原子核の核の力というので結ばれていて、それが安定している。

電磁力や重力がその影響を及ぼす範囲は「無限大」でした。これとは対照的に、「強い力」や「核力」は電磁力や重力に比べて桁外れに強いにもかかわらず、その空間的な到達距離はきわめて短くなっています。その到達距離は10兆分の1cm程度にすぎません。10兆分の1cmは、ちょうど原子核の大きさと同程度です。(127頁)

この原子核内でクォークが安定するために赤青緑の色を点滅させる。
これは点滅している。
原子核内だけで点滅しながら核力があるとする。
それは何で点滅しているかというと、放っておくとゆっくり変わっていく。
ゆっくり点滅を繰り返すうちはそのものの姿なのだが、点滅する間隔が狂ってくると、その原子核内のものが質的に変化する。
その信号の変わり方を「ベータ崩壊」という。
つまり普遍ではない。
変わる。
水谷譲も若い時から比べるとゆっくり変わってきた。
武田先生は電力が落ちてきた。
「オタクの核力」という水谷譲でまとめておく力というのがだんだんパワーダウンしてくるから、すべてのものが変化していく。
ベータ崩壊を起こす。
まだ水谷譲はとどまっているが、もう武田先生は・・・いろんなものがベータ崩壊している。

個々の原子の名前は、核原子核内に存在する陽子の数によって決定されます。陽子1個の原子は水素原子、陽子2個の原子はヘリウム原子、陽子3個の原子はリチウム原子、……陽子92個の原子はウラン原子、といった具合です。ベータ崩壊によって原子核内部の中性子1個が陽子に変わってしまうと、陽子の数が1個増えることになり、原子の名前も変更を余儀なくされます。(132頁)

ベータ崩壊から放出されたたくさんの電子は「ベータ線」とよばれ、放射線の一種です。電子は(マイナス)電荷をもっているために、ベータ線が人体に入り込むと細胞を攻撃します。(133頁)

北朝鮮の核の問題がある。
核爆弾を作る。
メンテをしっかりやっておかないと質的に変化してしまう。
だから貧しい国は経費がかかりすぎる。
考えたら、抱えておくとおっかない。
原子というのは変わっていくワケだから。
ベータ崩壊でベータ線を出してしまって、それが人の細胞を攻撃してしまう。
だから健康のためにも原子爆弾を懐に持っているというのは、そうとう危険なこと。
ただしこのベータ線の方はと言うと、遠くまで届く力ではない。
ベータ線はそんなに遠くまで届かない。
核内の原子を結ぶ強い力。
重力の10の40乗倍ある。
(本ではベータ崩壊の時に出る力の強さは10の15乗となっていて、この「10の40乗倍」なのは陽子や中性子を構成するクオークなどに現れるもの)
凄まじい力が実は原子の中の核の内側に隠れていた。
ここで登場するのが1905年のアインシュタイン。
彼が発見した宇宙を貫く真理、法則、数式。

E=mc2
これは何を意味しているかというと、「m」は質量、あるものの重さ、「c」は光速度、光。

「光子は質量をもちませんが、エネルギーと運動量をもつ粒子である」ことに言及しました。−中略−
 事実、光子は、自らは物質でないにもかかわらず、 E=mc2 を通して物質粒子である電子を生み出すという離れ業をやってのけます。
−中略−人類史に取り返しのつかない災厄をもたらした原子爆弾は、「物質のエネルギー化」の代表例です。(158〜159頁)

 原子爆弾は、一つの原子核が中性子を吸収することによって、二つの軽い原子核に「割れてしまう」(これを「核分裂」といいます)ときに膨大なエネルギーを放出することを利用した爆弾です。(193頁)

つまり例の先週お話した二つの箱を結んでいた強力なバネ。
それが核力。
それが固く結んでいたバネを切ってしまう。
そうするとものすごい勢いで二つの箱がちぎれる。
これが原子爆弾。
核内に隠れていたポテンシャルエネルギーをこの瞬間に放出する。
原子が割れていくという連続の現象を起す。
一個ずつがすごい。
核内の中にいくつもしっかり結びついていた。
それを連続で割っていく。
仕掛け花火の小さい玉の巨大なヤツ。
これは何かよくわからないが、核分裂の恐ろしさというのは、物の中に隠れているポテンシャルエネルギーの放出。

ここを読んでいてクラッとした武田先生。
広島の方には大変申し訳ない言い方だが、広島に原爆が落とされた。
だから「こんなもん作るな!」と言いたいが、アメリカの科学者たちが、アインシュタインの理屈から原子爆弾を作っていく。
でもこれははっきり言って失敗。

広島型原爆では、弾頭に充填されていた約64kgのウランの0.0011%に相当する0.7gがエネルギーに転化しただけで、甚大な被害を及ぼしました。(159頁)

広島、それから長崎でも、それぞれ科学者が想定していたものとは違うものだったので、ある意味では失敗だったと言える。

アインシュタインの宇宙を貫く大原則 E=mc2
その目に見えない小さな原子の中にポテンシャルエネルギー。
ものすごいエネルギーが蓄えられていて、原子の、その原子核を無理やり引きちぎることによって破壊力を増すという爆弾を作ってしまった。
これが原子爆弾である、と。
オッペンハイマーという人が原子爆弾を作るが、オッペンハイマーさんもちょっと申し訳ないが相当いい加減な科学者。
この本(『E=mc2のからくり』)を読んでちょっとびっくりしたが、64kgの純性のウランを使用して核分裂を起こさせた。
何と核分裂を起こしたのは64kgのウランの中で0.7g。
完璧に失敗。
もしそれが成功という意味で64kgが全部、ということになったら爆弾を投下したあのB29も吹き飛んでいる。
つまりもう予想外。
64kgものウランを連続で核分裂を起こしたのは0.7gしかなかった。
全体64kgのウランの中の0.001%が核分裂を起こす。
それで数十万の人が死亡し、一つの都市を数十kmに渡って破壊する。
灼熱で都市を焼いたという。
0.7gの鉱物にこれだけのエネルギーが潜んでいる。
これがいかに恐ろしいか?
いかに何も勉強していないか?
核というものの取り扱いというのが、最初のオッペンハイマーは全然わかっていなかったという。
以前、武田先生が「原爆落とした方も、どのぐらいのものかわからないで落としたんだ」とおっしゃっていたのを思い出した水谷譲。
ウランを使わず、今度は水素爆弾というのが発明されるのだが、その時もいろんなところで実験をやって。
その実験の途中でたくさんのアメリカ兵の犠牲が生まれている。
これはちょっと「小耳に挟んだ」という話だが、ビキニ環礁などで行われた核実験は賑やかしでハリウッドスターも招待されたようだ。
アメリカの力を見せるいいアレだから。
それでジョン・ウェインさんが行かれていたらしいが、肺がんで亡くなられて。
それが原因ではないかと言われている。
これはもちろん情報だが。
しかし、よくもワケのわかんないものをこさえちまったもの。
だから今でも実験をやりたくてウズウズしている国があるが、そこの実験をやりたがっている国の科学者の人は相当死んでいるようだ。
これもまた噂だが。
それは中華料理を作るような帽子をかぶっているのだから。
フライパンで焼き飯を作るワケではない。

しかし0.7gが数十万人を殺したのかと。
B29で落っことした人も失敗してよかった。
アンタ方も本当は吹っ飛ぶところだった。
あの高さでは逃げ切れなかった。
これが原子爆弾の恐ろしさ。
物の内側にはこれほどのエネルギーが隠れていたという。
これはやっぱり大発見。

運動エネルギーは静止しているワケではない、と。
とにかくゆっくり動けば小さな運動エネルギー。
速く動けば二乗二乗で大きくなる。
光速に近づけば運動エネルギーは増し、エネルギー保存の法則によって質量は増える。
質量は七千倍になるという。
質量という重さがあるということはエネルギーを持っていること。
E=mc2 とはそのことを証明した数式。

一円玉。
1g。
この1gに隠れているエネルギー。
一円玉もエネルギーが隠れている。
ちっちゃな原子がくっついて。
アルミの原子がくっついてある。
アルミニウムの中の原子をちぎると、またものすごいエネルギーが一円玉から出る。
このエネルギーが90兆ジュール。
何と驚くなかれ、2.1億リットル、50mプール約140杯分を100℃で沸騰するエネルギーが一円玉の中に隠れている。
原子爆弾と同じでそれを分裂させる。
一円玉を構成している原子を叩き割る。
その方法さえ見つければ一円玉も原子爆弾になる。
核分裂を。
一番分裂しやすいのはウランだが。

kagaku_genshi.png

真ん中に原子核があって電子がクルクル回っている、という。
これが原子。
真ん中にあるのは原子核。
原子核には陽子と中性子があって、電荷が安定しているという。
それをわざわざ中性子をぶつける。
この真ん中の梅干しの種みたいなヤツ。
そうするとバァン!と割れると中性子が飛び出す。
この飛び出した中性子が別の原子核にぶつかる。
これを核分裂という。
特にぶつかり割れやすい原子を持つのがウラン。
もの凄い。
九十何個も電子を持っているから。
原子爆弾は割れやすいウラン100%。
電力で使う場合は、核分裂はわずか4%しか起きないというウランを使う。
それぐらいに抑えておかないと。
もの凄いエネルギー。

震災事故によって今日も作業をやってらっしゃる方がいらっしゃると思うが、本当にご苦労様でございます。
そういう方々だけに緊張を負わせて生きているというのも本当に申し訳ない。
言っておくが原子爆弾の方のウランと電力の方のウランそのものは分裂を起こすパーセンテージが全く違う。
でも核爆弾、そして電力というもので別れていても、それを動かしているのはE=mc2
このアインシュタインの相対性理論が動かしている。
この
大発見によって見つかった物というのは、そう簡単に捨てられないと思う。
「爆弾を作る」という意味ではない。
でも原子力という新しいエネルギーというのは「危険」「危ない」とかというよりも、まだうまく使いこなせていない段階だという自覚のもとに、人類の発見として認めるべきではないかなぁと思ったりする。

E=mc2 というのは宇宙を貫く原理。
E=mc2
物質をエネルギーに変換する原子力はこの数式から生まれた。
二週に渡って懸命に話してきたが、そうとう意訳しているのでかなり間違いもあると思う。
これが(本の)半分ぐらい。
しかも三回読んでいる。
そこから先は何が書いてあるのかわからない。
これはどういう人が読むのか?
説明することすらも難しい。
だから頭の中で非常に。
ただ、一番最初にパッチンゴムと割り箸の実験を自分でやったから、あれが自分の核実験のような気がした武田先生。
全然ほとんど(秤の)針は変わらなかったが。
物の結びつきにはポテンシャルなエネルギー、隠れたエネルギーが潜んでいるんだ、と。
この E=mc2 について実は人間というのはまだ完ぺきには使いこなせていないんだ、と。
そのことだけはひどく了解できるというか、そんな気がした。

原子力は難しい。
詳しい人を残しておかないと「原発やめた」で済む問題ではない。
その火を消さなきゃいけないし、影響の残らないようにどうやれば解けるか。
だからそういう意味で若い人で興味を持ってくれたらこの原子力という、うまく使いこなせていない人類が見つけたエネルギーについては更に。
私達はもう本当に旧世代だが、新世代の方が勉強してもらうと。
そこから安全な原子力という使い方ができるのではないか?
それを捨ててはいけないんじゃないかなぁ、という。

それともう一つ。
「光の速度」というのはわからない。
「今、輝いているあの星は何万年とかのものが届いてるんだよ」と言われても意味がわからなくて「はぁ〜?」みたいな水谷譲。
『かぐや姫』の翁が、かぐや姫を竹林で見つけた頃に出てきた光を見ているらしい。
でも、やっぱり勉強をしなければダメ。
この国は、月の裏側には行っていないが探査機を舞い降りたりなんかさせているワケだから。
その技術で何とか。

E=mc2
質量×光の速度(秒速30万kmの二乗)=エネルギー
質量のあるものを光のスピードで掛け合わせると、それがすごいエネルギーになるという。
小さな世界でも内側にものすごいエネルギーを秘めている、という。
アインシュタインは月、火星、アンドロメダの惑星、それぞれに相対、つまりそれぞれに違う物理の法則が支配している、と。
ニュートンの言うように絶対でもなく「相対」。
それぞれ。
質量が違えば引力も違ってくる。
時間の進み方もそれぞれ相対で違うんだ、と。
しかしこの広い宇宙に、ただ「光」というものだけはただ一つの速度を持っている。
例えば時速10kmで時速50kmのロケットからこっちにやってくる光を観測する。

 ところが、両者が測定する光の速度はいずれもまったく同じで、「秒速30万km」なのです! なぜかって? 誰にもわかりません!(166頁)

宇宙を貫くただ一つの物理的真理。
光速度「c」。
光は時間と空間の中にあるその時空を飛び交うのだが、光速度は不変である。

ニュートン力学には、「運動量保存の法則」が含まれていました。
 質量 m(kg)の粒子が速度 v(m/s)で走っている場合、その粒子の運動量は mv の積で表されます(mv)。
(173頁)

これがニュートンの時代は物理的真理だった。
ところが光のようなスピードになるとエネルギーが変化する。
アインシュタインはそこで細工を施した。
m(質量)× v(スピード)となるところを E=mc2 とした。
これはまた、ますますわからなくなるが。
マラソンランナーがいる。
とあるスピードで走っている。
そうするとそのスピードと彼の重たさ、体重でエネルギーが出る。
ところがそのマラソンランナーが人間のスピードではない、たとえば新幹線のスピードで走ったとすると、このニュートンの言う「m×スピード」では矛盾してくる。
特に光のような速さになると。
E=mv2 では駄目なので。
質量が変化する。
普通のマラソンランナーが走っている。
そのマラソンランナーのスピードが光速度になると、マラソンランナーの体重がお相撲さんのように重たくなる、という。
昔「エイトマン」というのがいた。

でも E=mc2 というのは、宇宙サイズでエネルギーを考えた場合には、地上でのエネルギーの出し方とは違う、という。
考えるとSF映画の世界。
スピードが違ってきたりとか、重量が違ってきて変身しちゃうとか。
それが宇宙では起こりうる、という。
で、これは当たっていた。
アインシュタインのヤツは宇宙にロケットが飛び交うとズバリ、この式に従わないと宇宙は解けない。
ブラックホールの研究とかここから始まる。
あれはわからない。
一番わかりやすい実験は地球から見ると何々の星の影になって見えない向こう側の星が見えることがある。
その星が夜空に光っている。
何でかと言ったら星が重力を持っているので、その向こう側の星が放った光が水の中を通る時に屈折するように、宇宙空間で光が曲がっている。
それで地球の人が見ることができるんだと。
そういう光も星が持っている重力でひん曲がる、という。
とにかくニュートンでは宇宙は説明できない。

この本はこれで3分の1ほど。
ここから量子物理学に入っていくが理解できない。
わからなくても勉強しましょう。


posted by ひと at 08:50| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年3月11〜22日◆E=mc2(前編)

E=mc2
これはアインシュタインの。
だけどこれは今、世界を動かしている。
それとこの式から何で原子爆弾ができたのか?
シンプルな式。
今、カーナビなんかもこれでできている。
カーナビというのは宇宙から三点で見ている。
その時に光の速度を計算してちょっと遅らせないと位置情報がずれる。

タッチパネルはもう、スマートフォンからなんでも今ある。
あまり画面が変わらないと、テレビの画面に子供が×するくらいだから。
あれも不思議。
あの中にも E=mc2 があるらしい。

福島に行ってちょっと女の子と話す機会があった武田先生。
3.11。
まさに今日。
(この回の放送日が3月11日)
「3.11特番」というのをローカル版で撮っていた。
そうしたら高校一年の時に3011年の「3.11」に遭遇して、その子は他県人からひどくいじめられた。
この放射線も E=mc2
だからみんないじめたりするのはいいのだが「東京電力何やってんだ!」と叱るのもいいのだが、実は何で叱っているのか、何でいじめているのか、何でいじめられているのか、実は何もわかっていない。
「怖いから」ばっかり。

E=mc2 に何度も挑戦している武田先生。
結局はわからない。
「わかるところまでおろしてみよう」というので、アインシュタインの E=mc2 に今回また。
これはもちろん物理学に革命を起し、自動車のナビから核兵器まで。
そして量子物理学という学問を立ちおこす、支配する式。
この短い式がいかに凄いのか?
何を証明して、宇宙とどうつながっているのか?
この数式に一つ挑んでみたい。

E=mc2のからくり エネルギーと質量はなぜ「等しい」のか (ブルーバックス)



 私たち生命をはじめとするすべての物質は、この不可思議な素粒子の、幾種類かの組み合わせによって構成されています。(14頁)

 物理学でいう素粒子≠ニは、実に不可思議な存在です。なにしろその粒子には「内部構造」が存在せず、「点」のごとくふるまうというのです。(14頁)

アンタも私も点の集まり。
ガラス板もテーブルから全部、点の集まり。

物質素粒子(フェルミオン)を糊づけする素粒子。この糊づけ素粒子≠ヘ「ボゾン」と命名されています。(15頁)

 人体を構成している37兆個もの細胞の一つひとつも、やはりフェルミオンとボゾンからできています。−中略−個々の素粒子は「生きている」とはとてもいえない状態なのに、たくさんのフェルミオン(物質素粒子)が集まってボゾンによって糊づけされた「細胞」が構成されると、なぜかそこに生命≠ェ発生するのです。−中略−生命のない素粒子が集まって、そこに生命が現れるとは本当にふしぎですね。(15頁)

(番組では「36兆個」と言っているが、なぜ1兆個減ったのかは不明)
「細胞」というものを考えた時に「なぜこいつが生き物なのか?」というよりも「こいつがどう動くか」ということで、物理の方角から生命ということを考えたほうがわかりやすい。

 面白い調査結果があります。
 太陽系や天体に関する話を学校で習ったり親から聞いたりしたことのない子どもに対し、太陽が毎日、必ず東から昇って西に沈んでいく現象について「地球が動いてる? それとも太陽が動いてる?」と訊ねてみたのです。
−中略−「地球はじっとしていて、太陽のほうが動いてる!」と答えた子が圧倒的多数でした。(16頁)

しかしなぜ人間は「あれ?おかしいなぁ?」と思ったのか。
月の説明がつかなくなる。
あれが満ち欠けしているのが何でなのか、というのが。
太陽が動いて地球が止まっていると考えると。

金星の満ち欠けはかなり昔から観測されているのですが、そのからくりの説明がきわめて難しいことがわかったのです。
 説明が困難な現象がもう一つありました。火星の動き方です。火星は、ある時期が来ると必ず順行と逆行の繰り返しが観測されるのです。つまり、地球から見る火星は太陽のように一定方向に動いているのではなく、行ったり来たりという運動方向を逆転させる運動をしているのです。
(17〜18頁)

なぜUターンしたり行ったり来たりしているのかと考え続けているうちに、ガリレオとケプラーがついに「違うんだ!地球が動いてるんだ!」という地動説を。
それで太陽を中心に水金地火木土天海王星という楕円軌道のその星の動きということで考えると全部説明できる。
これが発見されたのが17世紀半ばのこと。
そしていよいよ1661年、ニュートンが登場する。
(本によると1661年はニュートンがケンブリッジ大学に入学した年)
ちょっと話が E=mc2 から遠いが、ここから話を始めないと E=mc2 が解けないという。
ややこしい頭の痛い問題だが E=mc2
これが現代の物理を解く鍵。

ガリレオとかケプラーの後に登場したニュートン。
この方がもう有名だが、重力を発見し発展させた。
リンゴが落ちるところを見て「ん!重力!」と。
真理を発見する人はすごい。
何十億という人間たちがそれまで生まれてきてリンゴの落ちるところはみんな見ただろうが、ニュートンという人が見ると「あ!重力!」と思うワケだから。
日常というのは勉強し、研究しましょう。
この人は重力を発見した。
これはどういうことかと言うと、月と地球の関係においてわかりやすく言うと、引っ張り合っている。
だから落っこちない。
引っ張り合う力の源は何か?
それがそれぞれの重さ。
重さがあるものは引っ張り合う。
水谷譲も今、地球と引っ張り合っている。

 地球の質量は、5970000000000000000000000kgで、月の質量は73500000000000000000000kg。すなわち、月の質量は地球のそれのほぼ81分の1です。月からみた場合の地球のこの巨大な質量が、月が地球に向かって引っぱられる巨大な力を生むのです。(26頁)

太陽だけで、全太陽系の質量の99.9%を占めています。太陽がいかに大きく、その質量が巨大であるかが想像できるでしょう。
 したがって、太陽が醸し出す重力もまた、そうとうに大きなものであることがわかります。
(26頁)

「重さ」とはその星における重さ。
「重さ」はなかなか考え方が難しくて。
水谷譲の「重さ」は例えば41kgとする。
だが、月に行くと重力が弱まるので水谷譲の体重はもっと軽くなる。
(月は重力が1/6なので6.8kgほどになる)
重さは月によって変化する。
だから月に行っても地球と変わらない「質量」というものの考え方をしましょう。

あの有名な、ピサの斜塔における落下運動に関する実験です。
 塔の上から二つの重さ(質量)の異なる物体を同時に手放したら、どちらが先に地面にぶつかるかというものです。ふつうに考えれば、重い物体のほうが速く落下して、先に地面に到達するような気がします。ところが実際には、重かろうが軽かろうが、同じ高さから同時に手放された二つの物体は、まったく同時に地面に到着します。ただし、厳密には空気抵抗のない場合だけに成り立つ現象です。
(39〜40頁)

 ニュートンは、一つの物体がもう一つの物体に重力を及ぼす際、その力は一瞬のうちに伝わると考えたのです。彼はこれを「遠隔作用」とよびました。(43頁)

 地球と太陽を例に考えてみましょう。両者間の距離は1億5000万kmです。ニュートンによれば、地球と太陽も重力質量をもっているために、重力はこの1億5000万kmの距離をまったく時間をかけずに一瞬のうちに伝わります。−中略−
 現在では、このニュートンの考え方は完全に間違いであることが実証されています。
(44頁)

そのニュートンを間違いだとしたのがアインシュタイン。
この人は二十世紀の人。
この人は何が凄いかというと、一瞬で伝わるものはこの世界には無い。
真空を伝わる重力の速さを見つけた。
重力も捕まえにいくときに時間がかかる。

重力が実際に真空空間を伝わる速さは有限で、それは光の速度(光速度)です。光速度は秒速30万kmで、これを「c」で表します。(44頁)

秒速30万kmで捕まえに行く。
だから太陽の重力が地球に伝わるのは約8分かかる。
このことを発見した。

光より早い速度は、この宇宙に存在しません。(44頁)

ある重さのあるもの「m」は「c」の速度で引き合う力「E」エネルギーを生み出す。
これは不思議。
重さのあるもの×光速度の二乗=エネルギー

 一般的には、エネルギーとは「物体に物理的、または化学的な変化(あるいはその両方)を引き起こす源となるもの」を指します。エネルギーにはさまざまな形態があり、熱エネルギー、核エネルギー(原子力エネルギー)……エトセトラ、エトセトラ。(49頁)

 ここに、「エネルギー保存の法則」が登場します。(51頁)

エネルギーはあるものから生まれる。
例えば石炭から石油から、それからウランから生まれる。
あるものに化ける。
化けるが消えない。

 たとえばジョギングすると、体内に蓄えられていた化学エネルギーが消耗されていきます。−中略−消耗されたエネルギーはどこへ消えたのか? ジョギングの運動エネルギーへと変換されているのです。(52頁)

なんとなく E=mc2 に似ている。
とにかく運動エネルギーは質量「m」とそのものの速度の二乗に比例する。
重さ1tの車の速度が二倍になれば運動エネルギーは4倍。
二乗倍になっていく。
速度が3倍になったらエネルギーは9倍になる。
それは速ければ速いほどドッカーン!とぶつかって壊れるワケだから。
そして運動エネルギーは1/2mv2
とにかく車が何かにぶつかる。
1tの車が30kmでぶつかった時と60kmでぶつかった時は「運動エネルギー」ぶつかるショックというのは倍ずつになっていく。
運転免許証でやった。
車を止める時の停止の距離というのがスピードが増せばますほど、ブレーキを踏んでから止まる距離が長くなる、という。
その当たり前のことを数式で言うと1/2mv2 になる。 

この先生曰く、この運動エネルギーの他に、実は物に蓄えられたエネルギーというのが隠れているらしい。
質量にこの二つのエネルギーが隠れている。
一つは運動エネルギー。
もう一つが隠れたエネルギーということで「ポテンシャルエネルギー」。
「可能性がある」というエネルギー。

 箱Aの底に、強力なバネの一端が固定されています。もう一方の端は、どこにも固定されていません。バネは伸びても縮んでもいない状態にあります。このバネに、弾性ポテンシャルエネルギーは蓄えられていません。ここで、バネの質量はゼロであると仮定します。この状態で二つの箱AとBの総質量を測定したところ、1000gでした。
 次に、この強力なバネを強引に伸ばして、もう一方の端を箱Bの底にある固定点に固定します。バネを伸ばすときには当然、バネにエネルギーが与えられます。伸びたバネの元に戻ろうとする力によって、二つの箱は互いに引き寄せられ、やがてくっついてしまいます。それでもなお、バネは伸びた状態を保っているとします。
(58〜59頁)

 この、バネが伸びた状態にある二つの箱の質量を再度、測定してみます。驚くなかれ、測定結果は1030g! 30g増えています。−中略−伸びたバネには、弾性ポテンシャルエネルギーが蓄えられています。バネに現れたこの余分のエネルギーが、E=mc2 を通して質量に転換されたために、バネを含む二つの箱全体の質量が増えたのです。(60頁)

実際にやってみた武田先生。
一本の割り箸を二つに割り、輪ゴムでぐるぐる巻きにする。
絶対に重たくなるはず。
やってみたが(秤の)針は変化しない。
それで本に書いてあったのは「ものすごい細かい点々まで測れる秤じゃないと反応しません」と書いてあったから「先に言えよ」と思った。
とにかく、物にはポテンシャルエネルギー、隠されたエネルギーがあるということをお忘れなく。

物の中に隠れたエネルギーがある。
物と物とがくっつくと重さが変わるんだという話をした。
それが木であれ石であれ、金属であれ食物であれ。
生き物というものでもいい。
これは原子からできている。
原子というのは1億分の1cm。
見ることができないほど小さい。
でもこれは原子爆弾に繋がってくる。
これがやがて福島第一原発から北朝鮮の核兵器にまで繋がる。

原子1個分の大きさは、1億分の1cm程度です。−中略−原子は次の3種類の基本粒子から成り立っており、中性子を除く二つが「電荷」をもっています。
@電子(マイナス電荷をもつ)
A陽子(プラス電荷をもつ)
B中性子(電気的に中性で、電荷ゼロ)
(65頁)

kagaku_genshi.png

(本に掲載されているものをそのまま載せるのもどうかと思ったし自分で描くのも面倒なので「いらすとや」のものを貼っておく。この絵で言うと赤が陽子、黄色が中性子、緑が電子)
真ん中の陽子と中性子というのがあって、これは原子核なのだが、この陽子と中性子がザクロの実みたいに真ん中にギューっと固まっている。
その周りを電子がクルクルクルクルクルと飛んでいる。
これは鉄腕アトムのマーク。
そういうものがあるという。

電子の質量は極端に小さく、陽子や中性子のほぼ2000分の1です(66頁)

これはグルグルグル小さいヤツが原子核の周りを飛んでいる。
この原子はプラスとマイナスで真ん中にあるヤツ。
真ん中のザクロの実というのはプラスとマイナスがビシーっとくっついて電荷ゼロになっている。
全部綺麗にくっついているからプラスにもマイナスにも反応しない。
電荷ゼロの状態。

 電子(マイナス電荷)は原子核の外側を回っていますが、そのいちばん外側の軌道(最外殻軌道)を周回している電子は、原子核に引きつけられる電気引力が弱いために、外部から摩擦などを通してエネルギーを与えられると、すぐに原子から離れてしまうのです。(68頁)

ご存じの通りプラスとプラス、マイナスとマイナスは反発する。
プラスとマイナスは引き合う。
磁石の法則。
あの冬場の静電気の理屈。
私達は原子でできているから急に(ドア)ノブを触るとピリッとくる。

タッチパネルを指で触ると私達の指から電気が出ているから変わる。
これはプラスとマイナス。
あのスマートフォンの画面の中にマイナスならマイナスがびっしり入っている。
それで私達がプラスをやっていると、それがパッ!とスイッチになって、プラスとマイナスで通じ合う。
だからジジイになるとスマートフォンを触ってもタッチパネルが時々反応しない時がある。
爺さんは電力が落ちてきている。
それで触っても反応しなくて「あー!(怒)」と言いながら。
やはり静電気が起きるのは若い時。
「あ!もー!!」とかというのは。
ジジイはそこここ触っても、なんの火花も指から出ない。
よっぽどモモヒキとかあのへんでしっかり電荷を帯びないと。
このへん E=mc2 は遠くにあるようだが近いもの。
タッチパネルのジジイのアレがわかる。
押しても。
(文化放送で)レギュラーをやっている、隣のスタジオにヒゲをはやした大竹まこと。
病気をしてからタッチパネルに触っても反応しない。
「何だよ!バカやろー!(怒)」と言いながら。
武田先生も最近本当にある。
スマートフォンの調べもので「あー!(怒)」と言いながら。
これも実は隠れている物理法則は E=mc2

静電気というものを全てのものが持っている。
ここに目には見えない電荷という力が、物から生き物まで全部ある。
更にもう一つ、この世界にある見えない力。
それが磁力。
NとSで引き合う。

水谷譲の疑問。
ご高齢になると電気を発しなくなるからタッチパネルが鈍くなるという説明だった。
例えば亡くなった人の指をタッチパネルにやったらタッチパネルは動くのですか?
動かない。
やっぱり生きているということは「電気」。

宮沢賢治 『春と修羅』
わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です


磁力と電気が「場」を持ち、真空も伝わっていく。
そのスピードがまた面白い。
重力と同じ「光の速度」。
重力、磁力、電気は光の速度で宇宙を飛び交っている。

電磁波の真空空間における伝播速度は、光の速度、すなわち秒速30万kmにぴたりと一致したのです。この事実からマクスウェルは、「光は電磁波である!」という結論を導きだしました。
 光には質量(重さ)がありません。電磁波は波であるため、その特徴は波長と振動数という「数値」であらわされます。波長とは、波の山から山(あるいは谷から谷)までの長さであり、振動数とは1秒間に振動する振動回数です(周波数ともいう)。
(110頁)

 実際に電磁波は、振動数の値にしたがって分類・命名されています。振動数の低い側から高い側に向かって、電波、マイクロウェーヴ、赤外線、可視光線(いわゆる光)、紫外線、X線、ガンマ線……と名づけられています。これらはすべて電磁波です。−中略−いずれもまったく同じ速度、すなわち光速度「c」で真空空間を伝播するということです。(111頁)

電磁波は紫外線から生き物の細胞に影響を、ある意味変化を起こすことになる。
だから紫外線を浴びると焼けてしまったりする。
最近は「ガンになるぞ」とかと言う。
つまり細胞に対して変化させる。
だから電子レンジでチンなんていうのも、直接水分子に働きかけて沸騰したりする。
そういう変化と、それから傷付ける場合がある。

重力、電力、磁力は同じ力ながら、電磁力の方が凄まじく強いのです、と。
(この部分の意味は不明。「電磁力」とは「電気力と磁力」のこと)
だから電子レンジでデカいのを作るとあれは武器になる。
電磁波は日本の軍隊が物理学の学者を集めて研究していた。
それは何をやったかと言ったら電磁波光線みたいなのを出す武器を作ってB29に当てる。
電子レンジ。
そういう武器を作ろうとして、やがて家庭用品になったらしいが、最初は武器として登場したらしい。

原子を構成する電子と陽子はマイナスとプラスがあり、電荷があるワケで、磁力が引き合う力が強いので、重力に出会ってもプラスとマイナスはくっついている。
ゆえに原子が出来て、原子、分子、有機物から細胞、生き物、生命体が生まれたワケで「プラスとマイナスは宇宙を創るカラクリの中心です」と。
「何か知んねぇけど、すげぇなー」と思う武田先生。

電子がマイナス。
陽子がプラス。

このうち電子は内部構造をもたず、素粒子そのものです。
 一方、陽子と中性子は素粒子ではありません。どちらにも内部構造があり、ともにさらに基本的な粒子である「クォーク」から構成されているからです。
 陽子も中性子も、三つのクォークから組み立てられています。これらのクォークには2種類あり、「アップクォーク」と「ダウンクォーク」とよばれています。便宜上、アップクォークは「uクォーク」、ダウンクォークは「dクォーク」と書くことにします。
−中略−陽子は二つの uクォークと一つの dクォークからできており、中性子は一つの uクォークと二つの dクォークからできています。−中略−
 そして、陽子や中性子の内部で、これらクォークどうしを強く結びつけているのが秘められた力≠フ一つである「強い力」です。
(121〜122頁)

武田先生が割った割り箸をゴムでガーッと巻いて「ポテンシャルエネルギー」という。
そのポテンシャルエネルギーがここにある。
これはドキドキする。
目にも見えない小さな世界の中で、信じられないぐらい強い力で結ばれているものがある。
ここのものすごい力、エネルギーが隠れている。
このへんからちょっと勘のいい人はもうお感じかなぁと思う。
原子爆弾の理屈はこれ。
目にも見えないものの小さなものの中に、重力にも勝るもの凄いエネルギーが隠れている。
これがいかに凄いか。

posted by ひと at 08:34| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月14日

2019年1月7〜11日◆初夢判断

これの続きです。

初夢に関して縁起がいいと言われているのは「一富士二鷹三茄子」。
これは徳川家康にまつわるようだ。
富士山の見えるところで大きくなったとか、鷹狩が好きだったとか、茄子も好物だったとか。
そういう家康伝説が結びついたということ。

色々と夢を見るという水谷譲。
例えば昼のニュースを読んでいて生放送で速報が入ってくるのだが、その原稿が昔の古文の文字で書かれていて全然読めない、とか。
そういう強迫観念ぽい夢は多い。
試験の夢はあまり見ない水谷譲。
40代の頃、試験の夢を見て仕方がなかった武田先生。
試験会場に間に合わない、と。
書いても書いても卒論がOKにならない、とかそういうの。
本当に今でも覚えているが、学校名まで出てくる。
筑紫丘高校。
福岡の人は「ああ〜っ」と聞いてらっしゃる方が多いと思う。
筑紫丘に行きたくて、そこに行けなくてちょっとランクを落とすのだが。
その筑紫丘高校へ向かう坂道を上っている夢を見る。
それで間に合わない。
トイレに閉じ込められて生放送に間に合わないとか、仕事がらみの夢が多い水谷譲。
昔お付き合いしていた男の人がいっぱいでてきたりとか「何でだろうな?」と思うこともあるが、色々見る。

40代から50代の頭の人生の中でユング派の心理学者の河合隼雄の本を夢中で読んだことがあった武田先生。
その中で思ったのは人生には何度か季節の変わり目のような「幼年期が終わって少年になる」「少年が終わって思春期に入る」「思春期が終わって青年になる」「青年が終わって中年になる」「中年が終わって老年」。
「人生の色合い」がある。
その「人生の季節の折に夢を見る」とおっしゃる。
40代の時に試験の夢がすごかった武田先生。
40代前後の方、もし番組をお聞きでしたら、試験に落ちるとか落ちないを見ることがある。
それはアナタが成熟しているかどうかを試す人生の試験のイグザムの時期に入った、と。
リテラシーと同じく、今もまた一瞬英語を小池百合子ばりに使ってしまいまして。
イグザム。
イグザミネーション。
そういう「試験期」に入ったということで。
人生がアナタを試そうとする時、こういう試験の夢を見るという。

何の脈絡もないが、この間、内田樹先生の本を読んでいて「エロスは外から来る」と聞いてやたらと感動した武田先生。
とある女性を見て性的に興奮する。
それは内側の性が反応しているのかなぁと思ったら、性というのは絶えず外側からやってくる。
例えば不倫をした時に、その人の内側の倫理を「不倫した!」とけなす。
「若い娘に手ぇ出しちゃって!」とかと。
手を出したのはその人ではない。
エロスがその人に手を出した。
という話を言い訳だとしか思えない水谷譲。
武田先生もその時期に来ているが、何十年かすると「その人を好きになった理由」がわからなくなっていく。
「何であの人があんなに好きだったんだろう?」とわからない。
自分がした恋なのだが、自分の恋とは思えなくなってくる。
それはズバリ言うと、奥様とよく考えると何で結婚したのかわからない。
だからそれを「外からやってきた」という。
決めたのは「オレじゃなかった」と。
人間の命はそう簡単に一つの答えで割り切れるようなものではない。

若い頃は巨乳が大好きな武田先生。
「ムングムングしたい」というのが渦巻く武田先生の激しい情動だった。
「忘れない夢」というのがある。
41歳の時に海外のベッドで見た夢。
マレーシアで何と、巨乳が武田先生の胸に付いていた。
ビックリした。
パンパンに張っていた。
それを触ってみたのだが、タッポンタッポン揺れていた。
「何で俺は乳房を持ったんだろう。巨乳を持ったんだろう」というので、いろんなユング派の本、フロイトも探してみたが、最もユング派の夢判断を採択した。
心理学的には「その乳で誰かを育てなさい」「オマエはそういう年齢に達したんだよ」「胸に乳房を持つ男となれ、魂の」「魂の胸に乳を持て」。

眠りの不思議さは、グッスリ眠るためには、入眠の直前には「脳が眠りを拒否する」という。
そこを刺激しなければならない。

入眠の直前には脳が眠りを拒否する「フォビドンゾーン(進入禁止域Forbidden Zone)」というものがある。いわば「睡眠禁止ゾーン」だ。(161頁)

眠るために絶対必要なのは「眠るまい」という心理。
「寝てはならない」という心理。
なぜかというと、そういう脳内物質が人間は出ている。
16時間も覚醒を維持した。
起きていた。
その時にその覚醒を維持し支えたのがオレキシンという脳内物質。
それが眠らせなかった。
眠たくなってくるとこれがものすごく頑張る。
「眠るんじゃない!何でオマエ、あくびなんかコイてんだよ!眠るんじゃない!」
ガーッとオレキシンが出尽くしてしまうと、その瞬間から落ちるが如く眠る一瞬。
だからこのスリープ、フォビドン、そういう時間を持つように。
睡眠禁止時間。
眠る何分か前に、一番興味のある本を読みたくなる。
「そうそうそうそう、あれの続き、どうなったんだろう?」と思いながら開く時、ワクワクしている。
マンガでも単行本で読む時、一番面白いヤツをとっておいて、眠る時に読もうと楽しみにとっていると表紙を見ただけでカクッといく。
好きなDVDの映画を部屋で見て「これ見てから寝よう」とすごく楽しみにしている映画なのに見ているうちに寝てしまうという水谷譲。
それと同じような感じ。

オレキシンが欠乏しているナルコレプシー患者では「フォビドンゾーン」が認められないという報告もあり、興味深い。(161〜162頁)

このオレキシン。
これをうまく使うような生活習慣を持つこと。
これがとても大事だということを覚えておいてください。
そして入眠時間を決めたら前倒ししない。
これはもう、本当にそう思う。
最近9時半にベッドに入って10時には眠っているという塩梅なのだが、明日早いからといって8時半に眠ったりするともう、ガタガタになる。
やっぱり明日どんなに早く起きなければならないにしても、入眠の1時間半から2時間が大事だということを前提にしておけば、4時間5時間になっても大丈夫で「いつもどおり」という。
眠りというのは習慣化しないとよくなりませんよ、ということ。

 単調な状況だと頭を使わないから、脳は考えることをやめ、退屈して眠くなる。(148頁)

だから電車の中では眠ってしまう。
それはやっぱり一種「退屈」という眠りの条件がそろっているからだろう。

初夢。
ただ、初夢に限定してしまうと夢の方がしぼんでしまうので「初夢判断」としながらも「夢判断」をやっている。
武田先生は夢見が悪い。

スタンフォード式 最高の睡眠



この本自体がわりと説明が細かすぎて、読者としては中途でわけがわからなくなってしまう。

科学的に根拠があり、かつ良睡眠の効果が期待できる覚醒のスイッチのオン・オフ法を紹介するので、意識して取り入れてほしい。
 そしてその鍵は、2つの覚醒のスイッチを押すことである。
 2つのスイッチ、それは「光」「体温」だ。
(174頁)

 夜しっかり寝て、朝すっきりと起きて、せっかく体温のリズムを合わせたのに、激しいジョギングで台無しになることがある。
 何事もほどほどが良い。体のことを考えれば、早足のウォーキングのほうがおすすめできる。少なくとも、汗だくになるような運動だけは避けておこう。
(193頁)

(武田先生と)同世代の方。
16時間覚醒というのは、加齢とともにかなり難しくなってくる、というふうに『スタンフォード式 最高の睡眠』は認めている。

「食事をとると、消化のために腸に行く血流が増えて、脳に行く血流は減る」とよくいわれるが、どんな状況でも脳血流は第一に確保される
 なので、ランチ後の眠気は血流の問題ではない。
−中略−
 ランチ後に訪れるのは、厳密にいえば「眠気とは違う倦怠感」といったものだろうか。
(217〜218頁)

 あまりに重い食事をとると血糖値にも影響が出て、極端な場合はオレキシンなどの覚醒物質の活動を抑えてしまう可能性もある。(218頁)

これ以降からワリと気にするようになった武田先生。
同世代の方。
今年の春にもう古希に達する武田先生。
どうしても眠くなった場合は眠っていい、と。
ただし20分以内。
それを3時まで。
本当のことを言うと、お昼時に20分ぐらいはOKだが、3時過ぎたらもう眠ってはだめ。
それをやるとまた夜の睡眠が不ぞろいになる。
絶対にお昼過ぎ、3時までに20分間ぐらい。

「30分未満の昼寝」をする人は「昼寝の習慣がない」人に比べて、認知症発症率が約7分の1だった。(233頁)

 これだけみると「昼寝は認知症を遠ざける」といえそうだが、話はそんなに単純ではない。なんと、「1時間以上昼寝する」人は、「昼寝の習慣がない」人に比べて発症率が2倍も高かったのである。(233〜234頁)

お母様が「眠れない、眠れない」とおっしゃっていてひどく悩まれていた故郷の先輩がいた。
「うちのバアサンが90超えとんだけど、眠れない眠れないっつって夜中に騒いでなー。オレは働きに行くからいいんだけど、女房はやっぱ、だいぶ堪えて」という。
それで「病院に行って来い」と行かせたのだが、お医者さんから薬も何一つもらえなかった。
「何でだ?」と母親に訊いたら「昼寝で2時間ちょっとしてる」。
「それだけ寝りゃ十分ですよ」と言われた。
だからリズムというのは大事。

(「年をとって丸くなった」という街角の声を受けて)
とある方の本を読んでいて、すごくショックというか「いいことだなぁ」と思った。
年を取ってくると意外と人が許せるようになっていく。
角々になる人と丸くなる人と二つのタイプがいると思う水谷譲。
角々になる人で、武田先生が一番聞いて驚いたのは人のことをボロクソに言う人がいる。
悪口を言いまくる人。
ブログとか何とかで。
そういうのが今、大流行。
SNSを使って言葉で人を傷つけることが趣味な人がいる。
その人は人間が嫌いだからではない。
その人が他人の悪口を言うのは、自分が愛せないから。
ドキっとする。
世の中で一番難しい技術は、自分を愛すること。
人を好きになるのは簡単にできる。
さっき「街角の声」でおっしゃっていたのは、年を取ってよくなったのは「あんまり人と」と言う。
これはその人が成熟してきて自分のことが好きになったから、人のことが好きになれる。
年を取るのは面白い。
そんなのは人生の後半にしかやってこない。
そうやって考えると命は面白い。

睡眠と言うのは実に謎の多い生命活動。
眠るということは他のケモノから喰われるチャンスを与えるワケだから。
この「眠る」という休息方法を進化は選んだ。
抑制を支配するアデノシンはDNAの基本構成成分なので、アメーバにも眠りは存在する。
睡眠の起源というのはそれほど古い。

「カフェインが眠気覚ましになる」というのは、カフェインが人を眠らせるアデノシンの働きを妨害するためである。(155頁)

 また、強力に覚醒を引き起こす「オレキシン」という神経伝達物質は、覚醒だけでなく摂食(食べること)にも関与している。(155頁)

睡眠というのは実に複雑な生命現象で、眠りこそ全ての生活の、健康の、心の基礎。
そして命の不思議。
年をとってしみじみ思う武田先生。
寝入りっぱなはもの凄く深く眠っている。
グッスリ眠っている。
3〜4時ぐらいからグズグズ、トイレに起きる。
トイレに行って帰って「寝付けねぇな」と思いながらウトっと寝ている。
その時にものすごい夢を見ているようだ。
その夢がとにかく、何かに遅れそう、恐ろしいものに襲われる、怖いものが追っかけてくる、それから汚い夢。
「あそこで見たウンコ」とか。
もう思い出したくない。
何か思い出に残るウンコがある。
そういう「とっとと消したいもの」。
そういうものが。
例えばゴルフをやっていても横に飛ぶという「シャンク」。
手ごたえまでありありと手のひらによみがえる。
失敗、過失、不潔、気味の悪さ。
これが若い頃より圧倒的に増えていく。
これは年を取ったから「どうしてもそういうことになっちゃうのかなぁ?」とあきらめ気味だったのだが。
著者によれば嫌な夢が多いのは悪い夢の方が強烈で、よく記憶に残りやすい。
アナタには実はよい夢もプレゼントされている。
ところが脳は「よい夢」は簡単に流してしまう。
「嫌な夢」はほとんどストレスが原因。
30〜40代が多い。
60、70代でもという人は中年にめちゃくちゃ働いている人。
ではなぜ30〜40代に多く、30〜40代に無我夢中で働いた60代、70代は老いると嫌な夢が多いのか?

嫌な夢。
追われる、恐ろしい、うまくゆかない、不潔な夢、亡くなった人が出てくる夢とかというのは、どうも脳がイメージリハーサルをやっているんじゃないかという説が。
現実で追われても、もう慌てない自分になりたいとか、そういう願望が夢の中で。
だから何回も見るうちにだんだん慣れてくる。
夢の中でそれがわかって「もう覚めるから大丈夫、覚めるから大丈夫」と思うこともあるという水谷譲。
何かやはり変化がゆっくり現れる。

これは本当にあったこと。
61歳で大学から卒業証書だけ貰った武田先生。
「名誉卒業」というヤツで。
23歳の時に大学を飛び出してフォークシンガーになる。
それが10月のことだったので、卒業まで2か月。
2単位と卒論。
それを書いておけば教員免状が取れたのだが。
その頃には金八先生をやっていたので大学にも戻れず芸能人。
ところが60歳になった時、大学側から「オマエは教員のイメージをよくした」と。
それで「免状渡そうか」という。
福岡教育大学だから、免状を受け取ると教員免許が付いてくる。
ところがちょうど教員免許は60歳で切れるので「教員免許は出せないけど、大学を卒業した証だけはプレゼントしてあげよう」というので。
それで大学まで卒業証書を取りに行った。
不思議なことに、それから入試の夢を見なくなった。
現実として「証書を貰った」というのがあって、入学試験(の夢)は見ない。
大学を卒業していないのがそんなにストレスにはなっていないと思っていたが、案外どこかで気にしていたのか。
そういうことがあるので、みなさん方も何かあったら、現実をほんのわずか変えるだけで夢見が変わるとか、そういうことはあるのではないか?

もしかするとだが、加齢とともに不安とか恐怖とか過失の体験、あるいはひどく不潔な光景などをなぞりたがるのは、何かそれが生命にとって、とても重大な要素なのかも知れない。

テレビの現場に行ってアッ!と驚いた。
AD(アシスタントディレクター)というのがいる。
これがざっくばらんに言うと「使いっパシリ」とか「弁当係り」とかという。
そのあたりから入って4段階ぐらいに分かれているから、ADというのが昔はどの現場でも3人はいた。
「1番手」「2番手」と呼んでいたが。
だいたいの番組で3番手ぐらいまでADがいる。
最近、9人いる。
働き方改革。
そのADは一番ハードな部分を背負わなければいけない。
演出家の八つ当たりも喰らう。
金八(『3年B組金八先生』)の時に頭を殴られているヤツを何回も見たことがある。
これが「働き方改革」によって睡眠時間をきちんと取らせないと違法である、と。
前はもう凄かった。
「オメェ15分寝たろ!」とか。
もちろんチーフ、演出家の方は一睡もしていないのだが。
それがもう許されない。
眠りを中心とした社会が守りに入っている。
ただ、この「眠気と格闘しない」という諸君はちょっと心配してもらった方が。
使い物になるかどうか。
ローテーションでクルクル回るから1本の作品でずっと付き合って終わるADがいない。
どれか必ずお休みで眠っているから、果たしてそれで有効な演出家が育つかどうか。

話がバランバランになったが『スタンフォード式』に関しては「もう少し具体的に説明してくださると助かります」と嫌味の感想を一行書いている武田先生。


posted by ひと at 19:35| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月24〜28日◆初夢を見るために

年内(2018年)は初夢のために予備知識を入れておいて、初夢期間中は(番組内で)曲なんかを流すのでぐっすり眠っていただいて、幕が開けたらまた「初夢反省会」をお送りしようかなぁと。
あまりうまく眠れていない武田先生。
昨日はトイレに何回起きたか。
せっついた尿意ではない。
年をとるとパワーがないので、昔はもう機能を間違えてカーン!と割りばし状になった排尿器を抱えて行ったものだが、最近はグシャと座り込んだというか茶碗蒸しみたいな。
ほじらないと先端が見えてこない、みたいな、たたんだホース以下の存在なのだが。
フッと目を覚ますと「う〜ん・・・しぶるな〜」という。
しぶるものがあるなぁと思ってトイレに行って、ひどい時は3回から4回。
眠れないということがまだ経験がない水谷譲。
武田先生の場合の「老人」の話。
眠る時はコロッと眠る。
いい気分。
ベストの状態で眠りに入るが、そこから1〜2時間して目が覚めた後、トイレに行って、再度眠る時にウジウジウジウジ・・・
遺産相続、庭の手入れ、女房の一言、ノックせず入ろうとした時の娘の悲鳴。
もうありとあらゆるいろんな嫌なことを思い出して。
小さいことから大きいことまで。
「北方領土は帰ってくるのかなぁ」とか。
「国後とかアイツ返さないんじゃないか?プーチンは」とか思ったり。
竹島問題、尖閣諸島、南沙諸島の中国船。
それで武田先生たちが子供の頃の国連の事務総長はなんだったっけ?とか。
本当にそういうことがジグザクに頭を走る。
昼間はかくのごとく陽気なのだが、夜はめちゃくちゃ陰気。
おそらく、武田先生と同じような方も多かろうと思うのでここは「高齢者のための保健体育」と題して。

スタンフォード式 最高の睡眠



 日本には、睡眠負債を抱える「睡眠不足症候群」の人が外国に比べて多いというデータがある。−中略−なかには、後述するように100万人規模での統計もある。
 フランスの平均睡眠時間は8.7時間。
 アメリカの平均睡眠時間は7.5時間。
 日本の平均睡眠時間は6.5時間。
(31頁)

日本人は眠りについて豊かな生活を送っていないという現実がある。
当然ながら長く眠ればよいというものではなくて、細かい睡眠への諸注意をこの一冊は記している。
ただ(この本は)細かすぎて途中で何がいいのかわからなくなる。

眠りにはレム睡眠(脳は起きていて体が眠っている睡眠)ノンレム睡眠(脳も体も眠っている睡眠)の2種類があり、それを繰り返しながら眠っている。(53〜54頁)

レム睡眠がウトウト、ノンレム睡眠がグッスリと。
ウトウト、グッスリ。

 寝ついたあと、すぐに訪れるのはノンレム睡眠。(54頁)

この間に夢は見ないというから、「寝入りっぱな」というのは大事。
このノンレム睡眠のグッスリから、これが終わると後はレム睡眠を4〜5回繰り返しつつ、朝のレム睡眠で「あ〜あ・・・」と言いながら起きるという。
物凄く大事なことが最初の方のページに書いてあったが、グッスリ睡眠を1時間半〜2時間しっかりとっていれば大丈夫。
これは「眠りのゴールデンタイム」。
生きていくために必要な睡眠時間は6時間。
しかしこの6時間も寝入りっぱなの1時間半〜2時間。
最低でも90分。
これが充実していれば明日の準備はもうすでに終わっている。

九時半に眠る武田先生。
早い。
「オレ寝るわ」と寝る。
それでトイレに起きるのが1時半〜2時。
「なんだ、問題ないじゃん『スタンフォード』」みたいな。
そんな感じ。

「眠りの質」とは脳の活動としっかり結びついており「眠らねば」と決心すればするほど眠れなくなる傾向にある。
ある意味「眠り」とはセックスの「快」と同質の自我の哲学に関わってくるような気がする。
眠りに落ちること「気持ちよくならねば、気持ちよくならねば」と思うとどんどん不愉快になっていく。
体験したことがあると思う。
武田先生自身がわりとそういうふうなタイプ。
「ほれ、もっと本当は」とかと思ったりする。
眠りも性の快感の方もそうだが、己をモノサシにすると本質から外れてしまう。
眠りも性の快感も、自分を離れたところから、それに近づく。
「なんて可愛い人だ」と思いながら「この人がこんなに喜んでくださるんだったら、ボクも上からこうやっちゃおうかなぁ」とかいろいろ考える。
眠りもそう。
眠りというのは眠る段階で「眠るもんか」と思うとものすごく眠たくなってくる。
だからそのものに近づこうとすると、それは遠ざかり、それから遠ざかろうとすると追いかけてくる。
眠ろうとすると「もう、何か眠れない」という方が多いと思う水谷譲。
だからどうしてもアルコールに結びついてしまうという話を今日はする。
それが故に、自分を酩酊させるという、混乱させるという意味でお酒を飲むということがある。
ついこの間も問題になった。
外国の飛行場で日本の飛行機の運転手さんが捕まってしまった。
JAL、英で実刑判決の副操縦士を懲戒解雇 乗務前に過剰飲酒  - BBCニュース
あれもみなさんは簡単に「空の安全」とかと叱られるが、あの方も眠れなかったのではないか?
ささいなことで人間は眠れなくなる。
そのお酒と眠りの関係だが、お酒は眠りの後も内臓に仕事をさせることで問題。
特に肝臓は体重70kgの人で1時間に分解できるアルコール量は「体重の0.1」。
(「体重の0.1」では70kgの人は1kgという話になってしまいそうだが、「体重1kgあたり0.1g」ということらしい)
これが純アルコール。
だから体重70kgの人で肝臓で処理できる純粋なアルコールの量は7g。
例えば25度の焼酎をコップ一杯お湯割りで飲むとアルコール度度数は
 25÷100×飲んだ量(180cc)×0.1
ということで純アルコールは何と36gもある。
これはエタノール。
純粋アルコール。
70kgの体重の人で早い話がコップ一杯180cc(牛乳瓶1本分)ぐらいを焼酎で飲むと、これが完璧に酔いが覚めるのに5時間以上かかる。
だからいかに肝臓が大変か。
だからやっぱり10時間経っても抜けていなかった。
そういう意味でアルコールというのは・・・
やっぱりコップ一杯飲んでいる武田先生。
もちろんお湯割りだからちょっと時間がかかって、胃にソフトには落とすが、その分だけ水分量も多いし。
でも飲むと寝つきはよくなる。
コトンと眠れる。

眠りの本質についてまずは考えましょう。
なぜ人に眠りは必要なのか?
これは「学習・記憶の定着」。
勉強したこと、「これはちゃんと覚えとこう」と思ったことが定着するために眠りが必要。
「いろいろ考えて眠れない」と言うが、眠ることによって罵りの言葉をはじき、褒め言葉は覚えておこう、と。
そんなふうにして「はじく」のと「取り入れる」のが眠りで決まる。
お酒を飲むとその辺がグシャグシャしてフォーカスが合っていないから眠れるのだが、眠った後はアルコールの処理で「覚えておくか、はじくか」というのが混乱する。

(街角の声で大坂なおみさんの話題が出たことに引き続いて)
大坂なおみさんはあまり「日本人、日本人」と引っ張り込むと何か可哀想で。
あれは「大坂なおみ」という、この世にいるただ一人の人。
アメリカ人であってもいいし、ハイチだったか南の方の、でもいい。
何かそいういう国境を超えた不思議な少女。
でもつくづく思うのは陸上で注目株はケンブリッジ飛鳥。
彼の場合は日本人。
相撲の高安、御嶽海。
お母様が大坂なおみさんと同じ運命を辿った方。
だから今、外国人労働者を入れるのどうのとかと、犯罪が増えるとかという人がいる。
ちょっと失礼なような気がして。
それはどうなるかもちろんわからない。
だが、日本人そのものがそのようにしてハイブリッドを重ねてきた国民。
縄文人と弥生人のハイブリッドが私達。
そういうことで「ピュアジャパン」とか「日本人の血は」とかと言う人がいる。
本当に「よく言うよ」と思う。

 夢の内容を記述してもらったところ、レム睡眠はストーリーがあって実体験に近い夢、ノンレム睡眠は抽象的で辻褄が合わない夢が多いことがわかった。(79頁)

(番組ではグッスリ眠っている時が実体験に近い夢で、ウトウトが抽象的と言っているが、レム睡眠の方がウトウトだと思われるので、多分間違えて逆に言っている)

「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」が入れ替わるごとに、夢も切り替わっていることもわかっている。これを踏まえると、夢は見た回数が多いほど、レム睡眠とノンレム睡眠のスリープサイクルをしっかり回せていることになる。(81頁)

だから寝入りっぱなは、なんだかありありとした夢を見る。
(本によると最初に「ノンレム睡眠」なので、抽象的な夢を見ることになるが)
目覚める直前は何だかよくわけわかんないみたいな、そういう夢を見てしまう。
(本によると起きる時には「レム睡眠」なので実体験に近い夢ということになる)
武田先生が気になるのは、体験として年を取ると「夢の質」がだんだん悪くなっていく。
人に追われたり、おっかけられたり、お化け屋敷の廊下を歩くようなドキドキするアレとか、間に合わない、送れる、裏切られた。
強迫観念。
そういう夢ばかり。
ちょっと一時期悩んだことがあった。
何でそいういう夢を見るかについては、ちょっと横に置いておく。
みなさん覚えておいてください。
90分の例の「最高の眠り」がうまくいっていない。
例えばどんな人かと言うと日中頻繁に眠気に襲われる。
そういうことがないという水谷譲。
朝早い仕事の時は猛烈にお昼ぐらいに眠気に襲われるが、15分ぐらい仮眠を取ってまた楽になる。
水谷譲の仮眠の時間(15分)がドンピタ。
(最適な仮眠の時間は)15〜20分。
なるべく(午後)3時前。
そうすると完璧に補える。
1時間ちょっと眠ってしまうという武田先生。
夜にもう眠れなくて、それで病気ではないかと思って。
「病気じゃありません。それは昼間眠ったからです」
睡眠外来に並んだことがあるので先生からまず疑われたのは「ムズムズ足症候群」。
「(脚が)痒くありませんか?」という。
そういうのがあるらしい。
これが睡眠を邪魔している、という。
もう一つ「睡眠時無呼吸症候群」。
これはもう睡眠で相談に行くと、まず先生が疑う。
この二つに、ほんのわずかでも自覚があったらすぐ病院へ、ということだった。

一番大事なことは、いかに寝入りっぱなの90分を確保するか?
最もよい例が子供。
子供の寝入りっぱなは見事。
目を離した隙に寝ている、みたいなのがうらやましい。
そして抱き上げると重たい。
でもあの間は、もの凄くいい睡眠をとっているという。

スムーズな入眠に際しては深部体温と皮膚温度の差が縮まっていることが鍵なのだ。
 皮膚温度が34.5℃の人であれば、睡眠時の深部体温は36.5から36.2℃程度に下がっているだろう。
(114〜115頁)

(番組では皮膚温度と深部体温を逆に言っている)
入眠時、人体は眠りに入るとしきりに熱を放散し続ける。
熱を出して体温を下げる。
脳を興奮させない温度と暗がりのベッド。
そういうものがあるとスーッと深い眠りに入っていく。
眠りのための手順もまた、よき眠りへの誘導灯で「寝る前にアレとアレとアレをやる」という、三つぐらいのことをやっておいて、その手順でベッドに入るとコトンと、という。
とりあえずちょっとお酒を飲んでお風呂に入って顔を洗って歯を磨いて肌のパッティングなどをして寝るという手順の水谷譲。
ベッドサイドでの手順は「本」である武田先生。
本を読んでいるとコクっとくると「寝よう」と思って(本を)パタンと閉じて明かりを消す。
ひどい時になると夢の中で(本を)読み続けることがある。
「重力」というので本を読んでいて。
だからずっと(夢の中で)重力について考え続けていたことがある。

 眠りに入るまでの所要時間を「入眠潜時」と呼ぶ。
 エアウィーヴの実験で、若くて健康な人10人を集めて入眠潜時を計ったところ、平均7〜8分で眠った。これが正常値と考えていい。
(120頁)

10分以上寝つきの悪い方はちょっと考えましょう。
でも人間はだいたい7〜8分で眠りに入れる。

 人間は恒温動物で哺乳類だから、体温はホメオスタシス(恒常性)でほぼ一定に保たれているが、同時にサーカディアンリズムの影響を受けており、体内時計によって日中変動(1日の中で変化)する。
「平熱は36℃」という人でも、1日の中で0.7℃くらいの変化がある
(122〜123頁)

眠っているときは深部体温は下がり、皮膚温度は逆に上がっている(125頁)

眠る子がうっすら汗をかくのは理想。
あまりポッポポッポしてきて「アタシ熱があるか?」とか、そうじゃない。
それは体の内側を冷やすために一生懸命熱を外に出しているという、よき状態。

 冷房で冷え切った会議室に悩む人は、雪山で遭難しそうな人と似た状況下にある(127頁)

 だが、睡眠中は深部体温が下がる性質があるため、雪山で寝てしまうと通常よりさらに熱が奪われて低体温症になり、やがて死に至る(126頁)

それから夏、七月。
今年(2018年)は暑かった。
この時(『水戸黄門』の撮影中)は本当に熱かった。
それでこの睡眠のヤツをやっていたのだろう。
各地で35℃超え。
京都。
これは黄門様をやっていたから。
北関東、愛知の山間都市で体感40℃超え続く。
この時、テレビでしきりに「老人の無知で睡眠時クーラーを使わない」「熱中症の危険があると警告しているのに案の定、熱中症で倒れた老人が続出した」と。
ところがある高齢者が「クーラーの冷気にあたると肩とか腰がうずくのよ」と。
武田先生もある。
高齢者になると冷気というものに関してあまり好感を持てない。
この時(この手の報道がされた時)に何か腹が立った武田先生。
これはもう絶対に体の根本から考えなければならないことで。
暑さ対策には、体の皮膚の温度を上げて熱放散、つまり皮膚から熱を出すということが大事なことで。
そのステップを踏むことを勧めることではないでしょうか?
クーラーの温度は例えば30℃でいい。
32〜33℃が問題で、それから3℃ばかり低い30℃。
それで首を振る扇風機。
体に当らないように。
何を気にするかというと、皮膚が熱を発散する。
その道具の使い方を指導する。
タイマーが付いていれば、わずか寝入りっぱなの2時間。
暑い寒いは2時間でいい。
そこでぐっすり1時間半か2時間眠れば大丈夫。
最低限の元気で一日行動する睡眠はそこでとれた。
2時間をいかにキープするかということが大事なのであって、クーラーを付けっぱなしのことではない。

睡眠スイッチのため「お風呂」というのは寝床へ行く前のプロセスとしては最高。
これは『スタンフォード大学』は細かい。
寝る90分くらい前にお風呂かシャワー。
これで深部体温、体の奥の方の体温を上げる。

 入浴に関する私たちの実験データでは、40℃のお風呂に15分入ったあとで測定すると、深部体温もおよそ0.5℃上がっていた
 この「深部体温が一時的に上がる」というのが非常に重要で、深部体温は上がった分だけ大きく下がろうとする性質がある。なので、入浴で深部体温を意図的に上げれば入眠時に必要な「深部体温の下降」がより大きくなり、熟眠につながる。
 0.5℃上がった深部体温が元に戻るまでの所要時間は90分。入浴前よりさらに下がっていくのはそれからだ。
 つまり、寝る90分前に入浴をすませておけば、その後さらに深部体温が下がっていき、皮膚温度との差も縮まり、スムーズに入眠できるということだ。
(131〜132頁)

電車の中とかつまらないDVDの映画を観ている時にウトウトするという水谷譲。
武田先生の奥様がソファで眠る。
「お母さん、風邪ひいちゃうよ」と起こすが「やかましい!ほっとけ!」と言われる。
あれは自分で体験するとわかるが、あのウトウトはめっちゃ気持ちいい。
だからあれはある意味、放っておいたほうがいいのだろう。
あそこで得た30分の眠りはグッスリ眠れる時がある。

「忙しくて、寝る90分前に入浴をすませるなんて無理だ!」と言う人は、深部体温が上がりすぎないように、ぬるい入浴かシャワーですませよう(133頁)

武田先生もそうだが、高齢者の方は思い当たることはありませんか?
「温泉で引きがいいとめっちゃ眠れる」という。
温泉で眠れない時がある。
体が温まり過ぎてしまって。
何かがずれたみたいにカアッとなって眠れなくなる。
ところが逆に引きがいいとグッスリ。
旅館は晩飯が早い。
だから遅くても8時。
1時間ちょっとして9時半。
もう飯を喰って部屋にたどり着いたら、そのままドテラを着たまま倒れこんで。
「めっちゃ眠たくなる」という。
温泉旅館の空気そのものが東京の空気と全然違う。
それを武田先生の奥様が言うところの「電磁波が飛んでない」。
何かそういう澄み切った空気というのがある。
眠る。
次の朝4時半ぐらいに起きる。
爺さんたちはみんな(起床が)早い。
もう5時には皆、ウロウロしている。
早朝から老人がウロウロする温泉旅館は、効用と眠りに関しては点数が高いのだろう。

睡眠のスイッチとしては深部体温を大きく上げて下げられる「温泉」のほうが強力といえる。−中略−
 その点、炭酸泉は、普通浴と同じように湯疲れがない
−中略−湯治などで長期滞在する人、ケガの後のスポーツ選手、疲れを癒しに温泉に行く人は、炭酸泉をチョイスするのもいい。(135頁)

秋田かどこかで温泉に入るとリンゴの臭いがする。
サイダーの中にリンゴが混じったような臭いがする。
甘い感じ。
それでもう、体中あぶくだらけ。
あれはよく眠れた宿だった。
それから「立ち湯」というのがあって、あれは驚いた。
炭酸泉だったが。
秋田。
立ち湯は立って入る。
棒に掴まって立っておかないと足が立たない、という。
もうアップアップ。
爺さんが4人ぐらい棒にぶら下がって。
命がけ。
全然ゆっくり入れない。
泳いで帰ろうと思っても結構熱い。
あれは何の効用があるのかわからないが、それで次の爺さんが入ってくる。
それでそこから誰も立ち湯だとは教えない。
そのたびに次々と爺さんが「お?」と言いながら、炭酸泉の中に倒れ込んでいくのがおかしくて。


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2019年07月05日

2018年7月23〜27日◆考えさせられる問題

(去年の七月の放送なのですごく前のだけど、今更ながらご紹介)

日本には様々な問題がある。
ただし、その手の問題ではない。
単純に大学の入試で出た問題を今週やっていこうかなと。
この問題が素晴らしくて、絶対に裏口から入ろうとしている官僚の息子も合格させないという素晴らしい問題の特集。
官僚で裏口で入ろうという、そんな人がいらっしゃるという、何かデカいニュースが流れたが、そういう方が裏から入れないために、大学が出す問題を変えなきゃダメなんだ、と。
【文科省汚職】東京医大、裏口入学毎年10人 東京地検特捜部がリスト入手 - 産経ニュース
「裏でコソコソっとやって加点できるような問題作ってるから裏から入ってくるんだ。裏からも入れないような問題を作れ」ということで、その本を見つけた武田先生。

オックスフォード&ケンブリッジ大学 世界一「考えさせられる」入試問題:「あなたは自分を利口だと思いますか?」 (河出文庫)



これは小論文で正解がない。
模範解答はあるのかも知れないが、とにかく「正解がない」と。
採点する方も大変。
だから結局「問題なのは何か?」と言うと、裏口から平気で入ってくるのは採点を簡単にしようとするから、入る力もない人がゾロゾロ入ってくる。
絶対にマークシートでは試せないという能力を学生さんに試して、その答えが独創的であればいいのではないか?
優秀な頭が欲しいいんじゃない。
独創的な頭が欲しい。
優秀な頭は大学に入ってから創るのだから。

1.ケンブリッジ大学
法学
あなたは自分を利口だと思いますか?
(17頁)

入試問題にはドンピタ。
さてみなさん、問題の意味を深く考えましょう。
「利口」という言葉をしっかり深く考える力がないと答えることができない。
「勉強してるから利口だもん」て「バカか、オマエは?」という話になる。
「そんなこと訊いてんじゃねぇよ!」という。
利口とは一体何か?
「利口」とはある事態、ある状況に対して「適解」を見つけ出すという。
「最適解」ではない。
「適解」を見つける能力のこと。
そういう人のことを「利口だ」という。

利口には、狡猾と大法螺が表裏一体となった胡散臭い特性であるとのイメージがつきまとった。(18頁)

だから天使を褒める時は「賢明」とか「賢い」とかという言葉を付けるが、悪魔を褒める時は「悪魔は利口だ」となる。
そういう意味での「利口」ということで、更に深く考えていきましょう。

 というわけだから、利口ですと答えたら、私は狡猾です、あるいは法螺吹きです、と公言したのと同じことになる──いや、馬鹿ですと言ったも同然かもしれない、なぜなら、賢明な人間なら自分を利口だとは思わないだろうし、本当に利口な人間なら自分は利口だなどと人前では言わないだろうから。(18頁)

自分のことを「利口だ」と主張する人は歓迎されない。
もちろん愚かであるよりもずっといいことだが。
その「利口」というものを、その理想を広げてみましょう。

もし善良な人がみな利口なら、
もし利口な人がみな善良なら、
世界はずっといいものになる
そうなるかもしれないと思っていた。
ところがどうしてこの両者。
手に手を取って歩みはしない。
善良は利口に厳しすぎる、
利口は善良に失礼すぎる。
(20頁)

「利口」という一語に触れた小論文を書くとすれば「賢い」とか「聡明」とか「知的」とか「博識」とか、優れた人物についての賞賛はあるが、「利口」というのは明暗両方を含む言葉であるが故に深く考えなければならない、という。
マークシートではさぐれない知的な部分を持っていないと小論文が書けない。
「利口」というのをどういうふうに広げて意味を捉えるか?ということ。
法学部だから、学部もちょっと関係する。

12.オックスフォード大学
物理学、哲学
もしこの紙を無限回数折りたたむことができるとしたら、何回折れば月に届くでしょうか?
(53頁)

月までの距離が四十万キロメートル弱だということを知っていて、紙の厚さを〇.一ミリ(0.0000001キロメートル)だとすると、非常に大雑把ではあるが計算で出せる。(53頁)

紙の厚さは折りたたむごとに倍増して急激に厚くなっていくので、折りたたむ回数は驚くほど少しで済む。(53頁)

10回でもう62.4cmになる。
(10回折ると1024倍で10.24pらしい。62.4という数字は本にもないし、どこから出てきたのか不明)
倍になっていくワケだから。
0.1(cm)。
1回目はわずか0.2(cm)だが4、8、12(回目)。
10回では62.4cm。
とても煩わしいが、0.1mmを「km」に直すと0.0が6個付くkm。
たった10回折っただけで0が三つ消えている。
数字の魔力。
思ったより変化が激しい、大きい。

 答えは43回前後である。(53頁)

 紙は折るごとに急激に厚みが増すので、かつては一枚の紙は最大で七回か八回しか折れないと言われていた。−中略−ブリトニーは細長い紙なら八回以上折れることを証明したが、それでも十二回が限度だった。(54〜55頁)

みなさん方もちょっと「脳トレ」だと思ってやってください。
テレビの脳トレで、東大生の考えたヤツを本を買ってやったのだが、あれは説明しきっていない。
難しいが根性が悪すぎる。
根性が悪いから嫌い。
それに比べて頭のいい外国のヤツは根性がいい。
根性の問題。

29.オックスフォード大学
数学
ここに3リットル用の水差しが一つと5リットル用の水差しが一つあります。4リットルを量りなさい。
(127頁)

まず5ガロンの容器を満たす。次にそこから3ガロンの容器に3ガロン移すと、5ガロンの容器には2ガロン残る。3ガロンの容器を空にして、5ガロンの容器に残っていた2ガロンをそこへ入れる。ふたたび5ガロンの容器を満たし、そこから3ガロンの容器を満たすと1ガロンだけを使うことになり、5ガロンの容器には4ガロンが残る。(127頁)

 この問題は映画『ダイ・ハード3』にも出てくる。(127頁)

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たとえば、5分用砂時計と9分用砂時計を使って卵を13分ゆでるにはどうしたらいいか?
 答え──5分用の砂時計を4分用にすればいい。まず、二つの砂時計を同時にスタートさせる、5分計が終わったところで9分計をとめると4分残る。ふたたび二つの砂時計を同時にスタートさせ、今度は9分計が終わったところでとめると、5分計の砂は4分落ちたところである。というわけで、ここからまず9分計をスタートさせ、次に5分計をひっくり返して4分計れば、卵をきっかり13分ゆでることができる。
(128頁)

(番組ではオックスフォード大学の数学科の問題として紹介されているが、本によると大学入試とは関係がないようだ)
これはピッタリの道具がなくて、それをどう使ってやりくりするか、という。
何か頭のよさは「やりくり」のこと。
今、一番求められているのはこういう頭のよさだと思う。

35.ケンブリッジ大学
獣医学
牛一頭には世界中の水の何パーセントが含まれていますか?
(158頁)

牛の体の中に水分がある。
これは「水」。
それだけではない。
牛がそこまで大きくなるまでに「飲む水」というのがある。
哺乳類は体重の60〜70(%)が水分であるから絶えずその分、牛が飲む水が必要になる。
ところが水だけでは牛は育たないので、その他エサの小麦。

四分の一ポンド(百グラム強)のビーフハンバーグをたった一つ作るのに、平均約五千リットル近くの水が必要となる。(159頁)

それから我々が考えなければならないのは、牛肉は水資源に対して実に重大な影響を及ぼす生物である、と。
だから牛肉というものにフードが、食生活が傾くと、もの凄い膨大な水がないと食欲を抑えきれないということにケンブリッジ大学は気づいて欲しい、という。
「常食で喰い始めたら枯渇しますよ、水資源は」
そういう国が今、現実にある。
国中で牛肉を喰い始めた国があるから。
(人口が)13億(人)もいるのに小麦を作らないで輸入している。
これは大変なことになる。
サンマもさんざん取り尽くしている。
こういうのをケンブリッジ大学は出している。

このまま牛肉の消費量が上昇し続けたら甚大な水の危機がやってくると危惧する人たちがいるのは、そういうわけなのである。(160頁)

16.ケンブリッジ大学
工学
もし、地面を地球の裏側まで掘って、その穴に飛び込んだらどうなりますか?
(73頁)

何かそういうのをギャグでやる人がいた。
「反対側の人〜!」というのがいた。
その「穴」。
そこに人が飛び込んだらどうなるか?

 人の手によって掘られた世界一深い穴は、ロシアのコラ半島にある「コラ半島超深度掘削抗」で、その深さは七.六マイル(約一万二千二百三十一メートル)に及ぶ。一九七〇年から二十二年間掘り続けて、ついに熱さに負けた──というわけだから−中略−コラのこの「超深い」穴は地球の直径の〇.一パーセントにも達しない深さで早くも熱と気圧に完敗した。(73頁)

「地球の裏側まで穴を掘る」というのはいろんな物理矛盾がある。
できたとして、穴に飛び込んでみましょう。

もしその穴に空気が詰まっているとしたら、空気は地球の中心に近づくにつれて濃度が増すので、さほど深くないところでまず液体となり、次には個体となり、穴は塞がる。飛び込んだ直後は重力により落下速度は増すが、それも空気抵抗と相和してゆるんでいき、終端速度に至る。しかし空気の濃度はさらに増すので、その後間もなく落下速度は減速しはじめる。−中略−飛び込んだ時の勢いである深さまでは落ちていくが、抵抗によって押し戻され、間もなく少し下ったあたりに立ち込める濃密な空気中に漂うことになる。(74頁)

 さて、それでは、もし穴が真空の筒状で地球が停止しているとしたら? だとしたら何ものにも邪魔されずにひたすら加速しながら落下していく。ただ一つ、地球の重力だけが邪魔をする。地球の中心に近づくにつれてどんどん地球自体の質量の中を通過していくわけだが、それが落下を引きとめようとしはじめる。落下するにつれて地球の重力質量によるブレーキ効果は増し、落下速度は減速し、中心に到達するかなり前で重力による加速はゼロとなって停止してしまう。−中略−こうして何度も上がったり下がったりした後、均衡点で浮遊することになる。−中略−この均衡点は地下約千マイルのあたりかと思われる。あなたは地下千マイルの暗闇にいつまでも漂うのだ、(74〜75頁)

穴に落ちることは可能だが、落ち続けることは不可能。

47.オックスフォード大学
人文科学
なぜ、進化論を信じるアメリカ人はこれほど少ないのでしょうか?
(205頁)

州によって違うが、何州かしか進化論は認めていない。
科学的と言われるアメリカで進化論が信用されずに、日本では無宗教と言われるワリに「進化論」を一発で理解している。

最近の調査によると、アメリカ人の半分以上が進化論を完全に否定している。−中略−ダーウィンの自然淘汰の理論、つまり進化は自動的機械的に(神とはまったく関係なく)選んでいるという話になると、これを受け入れるアメリカ人は人口の十四パーセントにまで減ってしまう(205〜206頁)

アメリカは進化論についてはイスラム圏の国とそっくり。
イスラム教は進化論を信用していない。
アメリカは全体よりも州ごとの方が重大で、州ごとの考え方は全体より優先される。
だから州ごとの科学とか、何かそういうものを全部結論を出していっていい。
州によって科学よりも優先するのは、神を信じることが最優先されているので進化論は州によって否定され「全体の意見とはなりえない」という。
宗教、科学、銃所持、ゲイの問題、中絶問題等々が州に任せられているという。
国家の介入とかくちばしが妙なつつき方をするとたちまち・・・という。
「アメリカとは何か」というとUSAで「パズルのように分解できるピース」というその州が集まっているという国家体制。
おそらくはその進化論というのも「神をないがしろにする考え方だ」というので「認めない」という。
これがアメリカの本質。
これはやはり「神の国」だから。
アメリカという国に住む人々は一瞬にして世界を変える可能性を信じている。
今、大統領をやってらっしゃる方も「一瞬で変える」ということの醍醐味を。
イエス(キリストは)どこでも苦しんでいた。
人類を一瞬にして幸せにしなければならないから。
キリストも大変。
もう寝ないで自分のもっと上級の神様に祈ったりしていた。
それで寝ている弟子に腹が立って怒る。
怒り方がイエスはトランプさんに似ている。
そういうとキリストに悪いが。
でも、すごく厳しい言葉。
「あなた方は眠ったのですか」という。
これは厳しい。
「ゲッセマネの祈り」の時に、血の汗を流してイエスは神に人類の平和を祈ったのだが、その時に弟子全員が眠る、という。
でもこういうことを話していると少しアメリカの本質が見えてくる。
ここは王様がいなくて、神様しかいない。
神様のマネをしたがる。
だからあそこの人たちは必ず麻薬をやる。
必ずではないにしても多いかも知れない。
本当にクスリをやりたがる。
これは何でかと言うと神様しかいない国というのは神様をマネしたがる。
「これで俺も神になれる」と錯覚している。

40.オックスフォード大学
生物学
大型で獰猛な動物はなぜこんなに少ないのでしょうか?
(179頁)

大型で獰猛な動物とは、ライオンやトラやホッキョクグマのような大型の捕食者のことだが、それらが大きくて獰猛なわけは、生き残るためにほかのかなり大きめの動物を捕食する力と獰猛さが必要だからである。(179頁)

たとえば、ホッキョクグマ一頭につき少なくとも十頭のアザラシが必要だとする。そのアザラシには一頭につき約四十匹のニシンが必要だとする。そしてそのニシンは一匹につき約八百匹のカイアシと呼ばれる動物プランクトンを食べ、そのカイアシは約二万四千個の植物プランクトンを食べるとする。となるとホッキョクグマ一頭を支えるのに必要な有機体のピラミッドの底辺に必要とされる植物プランクトンの数は、なんと、約八十億個だ!(180頁)

つまり獰猛なヤツがデカいと世界全体が滅んでしまう。
一番大事なことは、太陽エネルギー。
太陽エネルギーを栄養に換えることができる生物は植物だけ。
この植物に対する敬意のない文明は滅びる。
やっぱり「秋茄子は嫁に喰わすな」なんて言いながら植物性のものを喜んで摂らないと、その国は亡びる。
植物に対する敬意をなくすと文明そのものは力がなくなってしまう。
今日も「みどりの日」でありますように。

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2019年07月02日

2019年1月28日〜2月8日◆ガッツだぜ(後編)

これの続きです。

この本の著者エムラン・メイヤーさん。
ドイツの方でアメリカで今、腸内のことを研究なさっている。
この方は内臓、小腸・大腸の中にある微生物が人間を決定しているのではないか?
腸の役割は消化吸収のみではないんだ、と。
食欲から感情まで、実は腹の虫が人を動かしているという説。
なんとなく与したくなる、説得力を持った説。
そういえば度胸のいい人のことを「腹がすわっている」とか、真剣に語り合うことを「腹を割って話す」とか「腹の底から笑う」とか。
腹というのは絶えず人間の人格と深く結びついている。
マイクロバイオームの活動によって内臓感覚も変化していく、という。

正月5日、奥様と京都へ行って京懐石を楽しんだ武田先生。
京都だからいろいろ凝っていて凄まじい。
「カニお食べになります?」「お願いしますわー」
デカいカニでも出てくるのかと思ったら、金沢で仕入れたという香箱ガニ。
小っちゃなヤツ。
あれに味噌と卵を足の部分に混ぜて、とか。
小っちゃいけど濃厚。
内子と外子。
それから伊勢海老一匹。
あれ一匹で1万円ぐらいするのではないか?
それでお味噌汁。
白みそをお餅を入れて作ってくれる。
さすが京都。
意味もなく金粉ばっかりかけてある。
それがまた箏の音色と一緒にアレすると「文句言えなくなる」という。
その一番最初に出た、お猪口一杯の「おじや」。
「最初にお腹を温めてください」ということ。
「懐石」というのはそういう意味。
食べ物がない、貧しいお寺の方が一番最初に石を温めて客人にふるまって「お腹を温めてもらった」というのが「懐の石」と書く「懐石」。
だからお茶碗一杯だけおじやを喰わせる。
それもフグ。
すするだけ。
だけどまず「腸を温めてください」という。
このあたりはやっぱり京都人というのは内臓感覚に訴えてくれる食事の手順。

内臓感覚というのが世界の歴史を変えたという一例。

 一九八三年九月二六日、モスクワ郊外にある掩蔽壕に詰めていたソビエト防衛空軍の若き将校スタニスラフ・ペトロフは、ソビエトの衛星から、アメリカが自国に向けて放った五発の弾道ミサイルが飛来中であるという警報を受け取った。警告音が鳴り響き、画面には「発射」の文字が躍っていたにもかかわらず、彼はそれが誤報であり、事実ではないという決定的な判断を下す。もし彼がそのような状況を想定して設定された「合理的」手続きに従っていたら(他の将校ならそうしていたはずだ)、報復攻撃がさらなる報復攻撃を呼び、まちがいなく数百万人の死者が出ていたところだった。
 当初ペトロフは
−中略−「ほんとうにアメリカが総攻撃を仕掛けてきたのなら、数百発のミサイルが発射されたはずだ」「発射検知システムはまだ新しく、全面的には信頼できない」−中略−と考えたという。
 しかし、本音を告白してもそれほど差し障りがなくなった二〇一三年に行なわれたインタビューでは、ペトロフは、警報が誤りだという確信がないまま、「奇妙な内臓感覚に導かれて」判断したと述べている。
(173〜174頁)

かくのごとく腸内細菌が世界を救うということがある、という。

腸内細菌を産まれたての新生児はどこから取り込むかというと、お母様の産道から。
肌にくっ付けてくる。
だからお母様と同じ腸内細菌をまず赤ちゃんは持つ。
お母様の産道とか、そのあたりの細菌を全身に浴びて、それを我が身に取り込んで、最初の腸内細菌とするそうで。

人間が普段の暮らしの中で持つ感情というのは、実は脳が醸し出す気分ではなくお腹の中、腸の気分。
それがその人の表情となって顔に現れるのではないかという説。
これは腸の中に住んでいるマイクロバイオームという、たくさんの腸内細菌の不調が情動、気分に影響しているのではないか?と。
こう言われると何かハッとする。
例えばパワハラなんかで「若い方にとんでもない指示を出した」というような方がいらっしゃる。
何かやはりお顔を拝見していると「ちょっと食事に偏りがあるのかな?」という方が多い。
誰とは言わないが、たとえばウチダという方がいらっしゃると。
あのお年で「用意しろ」と言った物に偏りがある。
メニューを見たら出ていた。
それからヤマネという方はもうはっきり偏りがある。
もしヤマネという方がいらしゃれば、だが。
それからツカハラさん。
ちょっと肥満が先行している。
人の指導は痩せてからでいいのではないか?
例えばの話。
トランプくん。
もうちょっと絞ったほうがいいかな?
美味しいものを召し上がっている。
「北の将軍さま」のお顔がどんどん大きくなられる。
ああいう方も「腸内というのが世界中を揺り動かしているのではないかなぁ?」と思ったりする。

現在のところ科学的な証拠はないが、腸や腸内細菌が脳に送るシグナルの激しい流れが、その過程で放出される神経伝達物質とともに、夢に情動的な色合いを付与するのに一役買っているのかも知れない。(195頁)

脳が眠っている間も腸は蠕動運動等々で活動している。
「懐石料理喰った」といって金箔を消化している。
そういう代謝とかを懸命にやっている時に内臓が消化に追われると、追われる夢を見ちゃう、という。
それから何かに遅れそうになる、というのは腸が「朝の排便にはとても今日中には済みそうにない」とかというのが「遅れる」という言葉と結びついて脳に夢となって現れるのではないだろうか、という。
夢と消化吸収が結びつくんじゃないかな?と思ったら去年、(南)こうせつさんとかと博多でコンサートをやった武田先生。
そうしたら前日に主催者がおごってくれた。
「博多の肉、喰おう」と「熊本の美味い肉ありますから」というので行ったのだが、その肉屋がすごい。
前菜がしゃぶしゃぶ。
そしてメインがすき焼き。
それでサービスもあって、一切れの肉の切り方が厚い。
奥様の指導の下「65歳以上、肉喰わなくていい」という家庭の掟の下に生きている武田先生。
しゃぶしゃぶはともかく、メインのすき焼きが始まったら生卵を落として絡めて喰うと美味くて。
200(g)のところが400(g)ぐらい喰っちゃったのだろう。
宿に帰って寝たら腹が重たい。
肉を消化分解できなくなっている。
それで眠ったら夢を見た。
その夢がすごい。
牛のモモが武田先生の腹に乗っている夢。
ちょっと悪夢の話のうちに終わってしまったが「夢と内臓は案外結びついているんじゃないかなぁ?」と思った実体験。

腸と脳と心の複雑な相互作用には、マイクロバイオータが重要な役割を果たす。この種の瞠目すべき発見は、内臓反応や内臓感覚、およびその双方が気分、心、思考に与える影響という面で、目に見えない生物が果たす役割をめぐって、画期的な見方を生み出したのである。(143頁)

 さまざまなストレスによって、一時的に腸内微生物の構成が変わることは知られていた。特にストレスを受けた個体の便には、乳酸菌の減少が見られる。しかし、別の分野で得られたデータによれば、ストレスの影響は、腸内微生物の構成の一時的な変化以外にも見られる。ストレス下で分泌される化学物質ノルエピネフリンが、心拍を速め、血圧を上昇させることは以前から知られていた。(155〜156)

すると腸内は炎症や潰瘍、傷ができてしまう。
これを起しやすい環境となる。
この炎症というのはよくないようだ。
後々にガンの元になったりする。

むろん腸からも抗微生物ペプチドを分泌してディフェンスに一生懸命まわる。
この戦いの模様は腸から直ちに「気分」「夢」などの手段で脳へ打電されているようだ。
それでバランスを取ろうとする。
だから何か重たいものが心にあるとか、夢なので変な夢ばっかり見るとか。
どうも気分が上向いていかないとかというのは、ある意味で「内臓の不調をあなたに訴えていますよ」と。
これは一つキモに銘じておくべきことだろう。

幸福なときにはエンドルフィン、配偶者や子どもに親愛を感じているときにはオキシトシン、何かを望んでいるときにはドーパミン、などというように、おのおのの情動と、その基盤をなす脳のOSが、情動の種類に応じた科学的シグナルによって働きかけられることを見てきた。(159頁)

脳からの受信機は右脳にいっぱいある。

成人後には一九万三〇〇〇個ほどの直感細胞を持つ。(185頁)

エコノモ・ニューロン(本によると「フォン・エコノモ・ニューロン(VENs)」)と呼ばれる内臓からの連絡を受け取るニューロン、アンテナがある。
右脳はやっぱり「感覚脳」と言う。
最近これが「直感細胞」と呼ばれている。
(本には「このニューロンをわかりやすく『直感細胞』と呼ぶことにしよう」とあるので、別にそう呼ばれているとかっていうことでもない)

 直感細胞を動員する高速コミュニケーションシステムは、複雑な社会組織のもとで暮らすようになった哺乳類に、内臓感覚に基づく判断を行なう能力を付与した。(186頁)

人間の情動を操って「この人と会いたい」とか「今夜誘っちゃおうかな、デートに」とかという決断を下したり「よし、次のボール打とう」とか「勝負だ!」「コイツは悪いヤツだ」とかという直感を判断し、これを左脳の方、隣の方へ打電する。
だから第一印象を決定するのは実は腸。

 医師としての私の経験からいえば、女性の多くは、男性に比べ、自分の内臓感覚に耳を澄ませ、直感的な判断を下すことに長けているように思われる。(189頁)

年齢と共に腸内細菌のバランスがおかしくなりがちで、そうすると直感がきかなくなる。
それが「オレオレ詐欺」ではないか。
それがこの人の本を読んでいての面白さ。
老人はやっぱり食事の傾きというのは大きい。
オレオレ詐欺にひっかかる。
あれほど何べんも警告してもダメなのは内臓感覚の不調かも知れないという武田先生の説。
だから腸内の微生物で操っている。
その中で敏感なはずの女性が引っかかってしまうというのは、腸内の、内臓の不調そのものが引き金になっているのかも知れない。
だからそこまで調べさせて欲しい。
前にも「もう全部調べさせて欲しい」と言ったことがある武田先生。
サルの頃から「協力する」ということだけで、生存競争を生きてきた人類という中で、我が子を殺す母性というのがもしあるとすれば、絶対にどこかに何かがあるはずで、その悪魔の正体を追求するためにぜひ、罪を犯した方にも協力して頂ければと。
腸内細菌を調べるとか、そこまで一回分析してみるというのも。

前に一回だけ(『今朝の三枚おろし』で)内臓を取り上げたことがある。
これもどんどん新しい説が出てくるのだろう。
前に(スヴァンテ)ペーボ博士の説で「ネアンデルタール人と現生人類が交雑している」という「それが遺伝子に残ってる」という話をした。
ネアンデルタール人は私たちの先祖か
あの後の研究が出た。
本のタイトルもすごく興味津々で『交雑する人類』という。

交雑する人類―古代DNAが解き明かす新サピエンス史



これがまた電話帳ぐらい厚い。
エムラン・メイヤーさんの『THE MIND-GUT CONNECTION』。
この本もそうだが。
嘆きのメモが取ってあるが「話がしつこい」とか書いてある。
もう延々と説明する。
それで何か一つ「武田鉄矢の仮説」みたいなのを入れないと、ちょっとみなさんも飽きて持たないのではないかと思った。
母親が子を虐待する等々の人類の逆を行くようなことがあった場合は実は「腸内細菌のせいでそうなったんじゃないか」とか。
そういう仮説を折り込みながら説明している。
最も知りたいのは「それじゃ内臓微生物を健康のためにどうやって私に招くか?」。
今、毎日少しずつヨーグルトを必ず食べるようにしている水谷譲。
言われたのは「食べるのはいいことなんだけれども、同じ種類をずっと食べ続けないと、ちゃんとした微生物が育たないよ」と言われて。
安売りの物を「これでいいや。これでいいや」と別々のものを食べてしまっていたので「じゃ、同じヨーグルトを食べなきゃいけないんだ」と思って。
ヤクルトなんて「何とかシロタ株をいっぱい入れました」みたいなのを結構飲んでいるが便が固い武田先生。
餅の喰いすぎが原因か?

内臓微生物を健康のためにどうやって人類は増やしていったか。
著者は言う。
これはとても大事なこと。
なぜ草原のサルだった現生人類は生き残ったのか?
一つは雑食性。
何でも喰った。
木の実から草、草の根。
これは海に一回出ている。
海のそばに住んだから直立歩行が上手になったんじゃないか?という説もあるくらい。
これはよい説。
「海がサルに直立歩行を教えた」という。
海に入ったら波をかぶっちゃうから立ち上がった。
水中なので負荷なく歩ける。
そこでワカメとか貝を喰ったヤツがいる。
海が歩行器となってサルを二足歩行に変えた。
そのあたりから集団と化して「狩りをするサル」になった。
ケモノを襲って、シカ、ウシ、トリを喰うようになった。
すごいのはマンモスまで襲って喰い始めた。
新しい食べ物を次々に増やしていった。
ということで腸内の微生物を増やしたことが人類に大きく貢献したかと思えば、これはなかなかの説。
それで長寿を得て、長寿ゆえに今、新しい病に遭遇しているが、これも寿命が延びたせい。
我々は腹の虫をどう取り込み、どう守り、どう育てるかという。
そういうところに来ているのではないだろうか?という。
でも、これに関してはこの本に書いてあったことをみなさんに紹介しようかと思ったが、健康につながる食事というのは安易にオススメできないところがある。
昔は「魚を食べろ」と言われて今は「いや、肉だ」と言われて「どうなんだ?」と思う水谷譲。
個人個人で相当分かれるのではないか?
ガイダンス、外枠のみで具体的な何々はオススメしない。

腹の虫というやつ、それをどう守り、どう育てるか?という。
その話に収斂していくということ。
エムラン・メイヤーさんが終章でおっしゃっていること。
「内臓微生物の多様性を守れ」
コレステロールも善玉とか悪玉とかがいるが、悪玉もいないとダメなんだそう。

乳酸菌、ビフィズス菌を求めて、脂肪分の少ないお肉。
これは一般的な概要だけ。
具体的には言わない。
それから「有機のものに目を向けよう」と。
そして「あまりにも綺麗に殺菌されてしまっている食品というのは不味い」と。
いわゆる「発酵食品」。

キムチ、ザワークラウト、昆布茶、味噌など、現在でも簡単に手に入る食品も多い。(286頁)

これは世に喧伝されている通りの健康食品。
その次に、やっぱり「食べ過ぎない」。
これはつらい時がある。
大事なことは「腹をすかせること」。
日本人のこの「腹八分目」は欧米にはないらしくて。
「腹が鳴る」
これはとても大事なことで。

 胃に内容物が残っていないときには、食道から結腸の末端に向かって、ゆっくりと力強く移動する高振幅の収縮が周期的に生じることを思い出してほしい。それとともに、膵臓と胆嚢は同期して消化液を分泌する。(288〜289頁)

「腹減った!」という。
この時に小腸から結腸に向かって腸内細菌を吐き出す。
これによって微生物の新旧が入れ替わる。
お腹がすくことによって。
お腹が鳴るというのは緞帳が一回閉まるようなもの。
一幕目が終わって、消化吸収で。
それで内側の準備が出来て幕を開けると物が入ってくるという。
だから二幕目が始まるという。
これが飯を喰いすぎると幕がつっかかって降りなくなる。
それが悪いらしい。
そしてこれはよっぽど指導者の方がいないと危険だが、断食をすると脳と腸の連絡網がリセットされる。
入ってこないので。
この「リセット点検」というのがいいらしい。

ストレスを受けているあいだや、不安、怒りを感じているときには、腹に食物を詰め込んで事態を悪化させることは避けるべきだ。(290頁)

喜怒哀楽が激しく渦巻く時、特に「怒り」と「悲しみ」。
そういうものが激しく渦巻いているんだったら、情動を優先して他の作業をさせるべきではない、と。
悲しいのに飯を喰う、怒っているのにご飯を食べるたりすると、二つやることが増えて、腸がものすごく混乱する。
あんまりムカッ腹が立ったら「もう、飯喰わなくていい」と。
「かえって悪い影響を腸に与えてしまうよ」と。
楽しく食事ができないと、腸には大きなストレスになってしまう。
そういう「感情と飯の味」というのはリンクしている。

エムラン・メイヤーさんという方は後にちょこっと書いてらっしゃるが、滅茶苦茶日本食を褒めてらっしゃる。
その腹八分目という言葉に対する驚きとかもおっしゃっていて(そういった記述は本の中にみつからず)ちょっとエコ贔屓みたいな感じで日本と日本食はりスペクトなさっているので。
あまり皆さんに具体的に言うよりは、エムラン・メイヤーさんの考え方、科学的な考え方をご紹介した方が参考になるのではなかろうかというふうに思っている。
このエムラン・メイヤーさんが日本の食事に関して「これは素晴らしい」と言ったのはたった一言にまとまる。

日本食のもう一つの重要な要素は、食事の準備から食べるときの作法に至る、審美的側面への配慮である。(299頁)


posted by ひと at 10:05| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年1月28日〜2月8日◆ガッツだぜ(前編)

何か月か前の『(今朝の)三枚おろし』で「情動」という回があった。
これのことかと思われる)
無意識というのは人間の体の中に宿っていて人間を動かしている、と。
例えば大坂なおみ選手。
「相手コートにそのボールを打ち返そうか?」
そういうことを彼女が今、判断し行動に移そうとする。
で、ラケットをそのように動かす。
彼女はインタビューに答える時、その瞬間の出来事を「セリーナが左へ動いていたので、私は右へ走ってギリギリを狙った」と分析すると思う。
こういう話は実は逆。
これは大坂なおみさんがそう動いたことを、後々脳が記憶していて、言葉にして言っているというワケで。
なぜかと言うと、脳で判断して体が動いてラケットを振るまで200キロ近いスピードのボールを打ち返そうと思った時には脳が手に「動け」と命じるのに0.5秒。
「わかった、動くよ」と言って手が打ち返すという動作に入るのに0.5秒。
(合計で)1秒かかる。
みなさんもご存じのように9.9秒と10秒では100mの場合は体一つ分以上の差があるわけだから、スポーツの世界で「1秒」というのはもう、重大なタイミングの遅れ。
だから「体の方に宿っているものが私達を動かしている」というのは、もうスポーツの世界では当たり前の説。
だから野球選手はウソばかりついている。
「『いい球が来たなぁ』と思ったんで力いっぱい打ちました」
そんなことができるワケがない。
力いっぱい打ち返した後「あ、いい球が来たなぁ」と思うのが人間。
こういうふうにして実は心というものは体が動かしている。
体でも「どこか?」というのが今回のテーマ。
人間を本当に動かしているのは脳ではない。
脳も実は体の底の部分に動かされている。
実はこれは今、「内臓ではないか」と言われている。

小腸や大腸が実は人間を動かしている頭脳なのではないか?と。
そういえば絶妙な言い方で日本の武道では「丹田」と言う。
この丹田説が実は当たっているのではないか?
そして驚くなかれ。
体にこめられた情動というのは私達の「気分」「怒り・喜び・悲しみ」これさえも内臓の気分なのではないか?と。
「ああ、何か今日は体が重いなぁ」とつぶやくが、つぶやいているのは実は脳ではなくて内臓がそう思うから言葉になって「体重い、今日は」とか。
それからもっと言うと「この人、好きなタイプ」。
それを考えているのも実は内臓なのではないか?

人間の腹、丹田に住んでいる「腹の虫」で気分が決まる。
恋もまた内臓、しかも大腸小腸が決めていることではないか?と。
「虫が好かない」とかと言うが、実は「お腹」で決定していることではないか?ということで。
実は大腸小腸の「内臓」に思いがあるのではないか?という新説だが、かなり説得力があるのでみなさんにご紹介しようと思う今週、来週。
エムラン・メイヤー『THE MIND-GUT CONNECTION』
(番組内では一貫して「GUT」を「ガッツ」と発音しているが「ガッツ」は複数形の「GUTS」で、この本のタイトルに使われているのは単数形の「GUT」)

腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか



「脳みそと内臓の連絡網」という。
「三枚おろし」的には「ガッツだぜ」。
誰かの歌みたいな。
腸内に宿る「億」を超えて「兆」の単位の微生物。
これが実は脳と綿密な連絡を取り合って「あなた」を営んでいる。
だからあなたは腸内に住んでいる微生物の「総称」のこと。
変な言い方だが、好きな人は舐めたくならないか?
世界中の言葉で「食べたいほど可愛い」という言い方がある。
世界中である。
「食べたいほど君は可愛い」という。
現実化すると恐ろしい表現。
でも実は腸内に住んでいる微生物に対する接近なのではないか?と。

 腸は、他のいかなる組織をも凌駕し、脳にさえ匹敵する能力を持つ。−中略−この第二の脳は、脊髄にも匹敵する五〇〇〇万から一億の神経細胞で構成される。(18頁)

「ガッツ」の意味。
「ガッツ石松」さんの「ガッツ」。

gutという用語は、@腸 A胃腸 B消化管 C消化器系 D内臓全体(306頁)

内臓の代表が「腸」。

人間の腸は、平らに延ばせばバスケットボールコートほどの広さになり(20頁)

これが代謝、それから免疫、更に脳を育て健康を維持する。
コントロールするのもこの腸ではないか?というふうに。
これはみなさんもコマーシャルなんかでよくお耳になさると思うが「腸内フローラ」という微生物がこの筒の中に住んでいて食物を分解して細菌、菌類、ウイルス、シグナル分子等々を作り直して人間に与えている。

よく「コラーゲン体にいい」とか言っているが、あれは別にコラーゲンが口の中から入って腸内にたどり着いても、腸内の中でこの微生物たちが分解してコラーゲンを作らないとコラーゲンにならない。
内臓の中で作る、ということ。
だからお肌がツルツルになるコラーゲンが皮膚に表れるためには腸内の調子がよくないとコラーゲンができない。
「コラーゲンは摂取しても効果ないよ」ということを聞く水谷譲。
それは「その人の内臓が整ってなかったら摂取してもダメだよ」ということ。
ただ、これは効果がないと全然言えないのは「私、コラーゲン飲んでるもん」というのが脳から腸に伝えられて、腸が「コラーゲン作ろうかな。わりと普段より多めに」なんていう、そういう腸内の健康の部分というのがあるのではないかと思う武田先生。

この本は言葉はいろいろ難しい。
そういう働きのことを「マイクロバイオーム」と言うらしい。
このマイクロバイオームという働きを通して、その人に必要な栄養素を作ったり、タンパク質を作ったりホルモンを作ったりする。
神経伝達物質なんかも考えてみれば腸が作る。
このマイクロバイオームという、この働きの中で「気分を作る」という。
気分がお腹でできる。
お通じが良かったりして内臓が軽くなると「ほんと今日、気分軽〜い」みたいになる水谷譲。
だから「お通じ」というのはやっぱり「大便」というぐらいで、腸内フローラたちが書いたお手紙が「大きなお便り」となって届く、という。

ジジイになると便の話ばかりする爺さんがいる。
お亡くなりになる前の三國連太郎さんがそうだった。
西田(敏行)さんと世間話をするのだが、三國さんはずっと便の話。
それがもう、ひたすら「大きいのが出た」という喜び。
名俳優。
それは何でか?というと、大きな便りが三國さんの演技力を支えていたのではないかというと、単なるシモ話ではない。

この腸という所で神経伝達物質も作られる。
例えばセロトニン。
腸で食物から分子までに砕かれてホルモンとしてその食物から組み立てられる。
その神経伝達物質の一つがセロトニン。
必要な時に腸からシグナルとして脳に送り込む。
だから生産者は腸。
驚くなかれ、このセロトニンが実は熟睡、やる気、母性愛、そういうものを作っている。
チャンスがあったら今度、「米倉涼子に勧めよう」と思う武田先生。
あの人は強い女で「私、失敗しませんから」と(いう役が)多い。
次のキャラクターで「セロトニン」というのはどうかなぁ?と思う。
子育てしているクマというのはセロトニンの塊。
子育てしているクマの天敵は誰かというとオス。
子を殺しに来たオスと立ち向かって殺す。
だから愛情のホルモンでもあるし防御のホルモンでもある、という。
これは米倉涼子にピッタリ。
拳銃で敵を撃ちながら授乳しているとかがいいのではないか?
今、おっぱいを隠したまま授乳できるヤツがある。

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ああいうのに我が子に乳を飲ませながらバァン!バァン!と撃っているというのは。
「泣くんじゃない!」とか言いながら。
いかがでしょう?
検討してみてください(米倉涼子さんの)事務所の方。

脳内伝達物質は腸で作るのだが、その気分を作り出す腸内の伝達物質の中には「何を食べるか」「どんな人と付き合うか」など、気分や意志、これはまず腸で醸成、発酵されるのである。
言葉にならなくて。

すべての腸内微生物をひとかたまりにすると、重さは九〇〇グラムから二七〇〇グラムのあいだになり、およそ一二〇〇グラムの脳に近似する。(23頁)

彼らは30億年前にこの地球に生まれた。
(本には「およそ三〇億年にわたり、地球上に存在する生命は細菌だけだった」とあり、この部分を曲解したものと思われる。文章から考えると「30億年」前に出現したわけではなく、「30億年」間、他の生命が存在していなくて細菌しかいなかったということかと思われる)
多細胞生物としいて腸内に入ってきて住み着いた。
パラサイトではない。
寄生だけではない。
自分の食糧も人間が口から入ってきたヤツから摂るが、栄養を作って与える、という、
でも最大のこの手のヤツは「ミトコンドリア」。
コイツはすごい。
こいつもどこかから入ってきた。
それで細胞の中に住み着いて。
コイツはエネルギーを作る。
ミトコンドリアは私達の体内の細胞全部にいる。
何個いるかわからないぐらいいる。
多細胞生物として腸内に彼らは住み着いている。

老人方お聞きになってください。
(武田先生と)同世代の方、団塊の方。

 今や、脳と腸の相互作用の阻害は−中略−アルツハイマー病やパーキンソン病などの脳疾患にいたる、さまざまな健康問題を引き起こすと考えられるようになった。(297頁)

プラス「腸の大事さ」みたいなものがすごくわかる。
腸内微生物の健康。
これが一番大事。
腸内の微生物さえ健康であれば、パーキンソン病、アルツハイマー。
あるいは避けられるかもしれない、という。

腸内微生物の健康は何によって支えられるかというと、これは「食物」。
食物は代謝物質に変換され、血流に乗って脳や組織に渡される。
何が必要かは腸と脳が語り合って決定していく。
ちゃんとコネクションがあって、腸と脳は語り合っている。
脳は顔面で表情を作り、その筋肉を動かしているのは実は内臓。
(本には「脳は顔面の筋肉とともに消化器系に特徴的なパターンでシグナルを送り」と書いてあるので、内臓が表情の筋肉を動かしているのではなく、脳が表情の筋肉を動かすのと同時に消化器系にもシグナルを送っているということらしい)
だから考えてみるとすごい。
顔の筋肉が動いて表情を作る。
例えば「落ち着かない」「イライラする」「腹が立つ」。
これは全部内臓の表情であって顔の表情ではない。
そう思うとわかりやすい。
落ち着かない、イライラする、腹が立つ。
それはそのまま内臓の表情なのである、と。
情動の激しい動きは内臓、小腸大腸の方の表情というのはすぐに内臓全体に伝えられて、すぐ上の胃の収縮、胃酸の分泌等々を促すという。
悲しめば胃と腸はバッと膨らむらしい。

「我慢」はどこにあるか?
我慢の住みかというのは内臓なのではないか?
だから我慢を表現する時、必ずどこかから伝えられたみたいに。
我慢する時に腹に力を入れるという水谷譲。
だからセリーナ・ウィリアムズと戦った時に大坂なおみさんが自分に向かって言った言葉は「我慢」。
この日本語の「我慢」というのが最もわかりやすい内臓感覚の表現の一つではなかろうかと思う。
そのあたり、腸内微生物の世界は他人事ではない。
今日も私達のお腹で繰り広げられている、とあるドラマ。

我慢を命令してくる者は実は内臓に宿っているのではないだろうか?と。
「腹が立つ」「ご立腹」
博多弁では腹が立つことを「腹かく」と言う。
「怒っているか?」を「腹かいとーと?」と言う。
日本は肉体言語が多い。
「腹の虫がおさまらない」とか。
そういうふうにして考えると日本人は直感的に内臓感覚の重大さを知っていた文化の持ち主なのではないかなと思う。
短気な人には短気な情動の腸内微生物がだんだん増えていく、という。
ますますその人を短気な人にしていく、ということ。
人格と呼べるものは、実は腸が支配しているのではないだろうか?と。
ひそかに腸は脳に言葉をかけているようだ。
迷走神経を介して消化管を伝い、腸を含む内臓感覚の思いは脳に伝えられる。
ところが腸というのは脳の介入なしに仕事をしている。
「ご飯食べた、消化しよう」という決心は首から下が担当して、胃に落ちて、小腸大腸が待っている。
「これはいる、これはいらない」で仕分けをして、タンパク質なんかに組み替えていくというのは考えてみれば小腸がやるワケだから。
よくやってくれている。
自分で自動的にやっている。
味覚についてもだが。

 驚いたことに、味覚に関与する分子やメカニズムのいくつかは、口内のみならず消化管全体に分布していることが、最近の研究からわかっている。甘味と苦味の味覚レセプターに関しては、まちがいなくこのことが当てはまり、事実、人間の消化管には二五種類ほどの苦味レセプターが発見されている。(67頁)

イライラした時、甘いものをポッと口に放り込むとすごく安堵する。
「何か無償に甘いもの食べたい」という時「それ、疲れてんだよ」とか言われる水谷譲。

甘味レセプターが、(炭水化物が消化されると生成される)グルコースや人工甘味料を検知すると、血流へのグルコースの吸収、および膵臓のインシュリンの分泌が促進される。(68頁)

例えばご飯を食べたら、ご飯の中にも甘味がある。
それを吸収して甘味を取り出すのに時間がかかる。
だから「飯喰った」から「甘いのが入ってきた」まではタイムラグができてしまう。
ところがチョコレートを一枚喰うと腸の方に行った段階で「甘い」というのを脳に知らせるという、
それが腸の中に味を知るレセプターがある意味ではないか。
それで甘味というのは今、ありふれているが昔は貴重な味だった。
急いで蓄えるために別のホルモン分泌が必要なので「来た」と知らせることで甘味はすぐに満腹感を生む。
それが脳に安心の信号を打電する、という。

韓国で有名なキムチ。
日本で有名なのはわさび。
それら香辛料の特徴は「辛い」。
何でそういう香辛料が必要なのか?
カレーライスとかたまらなく喰いたくなる、という。
それは食欲を増進する。
腸では甘味と逆で警戒を呼び掛ける味。
「飢餓ホルモン」というのが出る。
(本によると「飢餓ホルモン」が出るのは「苦味」)
「ダメだ、喰いモンが無くなるかもしれない!いっぱい喰っとこう」になる。
だからもう一杯入る。
腸の中に脳に安心を与えて「警戒を解け」という甘味。
そしてそれが入ってくると内臓は飢餓ホルモンを出して「いっぱい喰っとこう」という。
それが食欲増進のために刺激剤として生魚の下に潜ませたり、キムチとして。
「美味しいからたくさん食べたい」というだけではない。
「おいしい」というのは飢餓ホルモンによる食欲の刺激が前提。
あなたがお母さんで、子供がチョコレートばっかり食べていると取り上げて怒る。
それは脳が満足して他の食物を摂らなくなるから。

小腸の方は入ってきた食べ物を分解して吸収して、様々な栄養素を作って。
大腸は仕分けする。
「これまだ使おう」というのと「もう便にして捨てよう」という。
そこにたくさんの腸内菌が住んでいて、そいつらが命を助け、そういう腸の中の菌の性格を話している。

米倉涼子さんに例えたので、もう米倉涼子さんしか浮かんでこないが「セロトニン」。
これはお母さんが赤ちゃんを産んだりなんかすると急に体の中に増えて「この子を守ろう!」とか。

この間も正月で『はじめてのお使い』を見ていて泣いた武田先生。
はじめてのおつかい 爆笑!2019年大冒険スペシャル|日本テレビ
子供が一生懸命物を買ってきて、お母さんが玄関でギューっと抱きしめるというのは。
あれこそセロトニン。
米倉涼子さんにやって欲しい役。

そのセロトニンこそは腸のやる気を作る。

毒素は、セロトニンを含有する腸細胞が備えるレセプターに結合する。すると、消化管は「おぞましい嘔吐と嵐のような下痢」モードにただちに切り替わる。−中略−腸が一定量以上の毒素や病原菌を検知すると、消化管全体に排泄指令を出し、両端から毒素を排除しようとする。(77頁)

脳の決意ではない。
腸が決める。
「何か気持ち悪い・・・」とえづくのは後。
吐き気というのはまず、吐く気分を作ってから。
吐く人は必ず言う。
「吐くかもしんない」
腸がしっかりした考えを持っていないと「吐く」という行為はできない。

セロトニンの防衛力の兵士こそが腸内に住む腸内微生物の大集団。

 およそ四〇億年前、地球上の生命は単細胞の微生物、古細菌として誕生した。(97頁)

1千種類ほどで兆の数で脳と同じ役割で腸の中に住んでいるという。
数百万年前から人間と共生をしていて、ずっと私達の腸の中で活躍してくれているという。

微生物は、必須ビタミンを提供したり、−中略−私たちの身体には未知の化学物質(外因性化学物質)を解毒してくれる。さらに重要なことに、これらの微生物は、私たちの消化器系が自力では分解、吸収できない食物繊維や複合糖類を消化し、微生物のこの働きなしには便となって排出される以外にない、相当量のカロリーを提供してくれる。(102頁)

腸内フローラの一群は指紋と同じで一人一人違う。
将来は腸内のこの微生物を調べることで本人と特定できたりするという。

前に寄生虫の話をした。
あれと同じこと。
「トキソプラズマ」が猫に取り付いて。
「心を操る寄生虫」のことかと思われる)
子供を産むために便で外に一回、トキソプラズマが出る。
外に出ると今度はネズミに取り付く。
そのネズミの中に自分の子供の卵をいっぱい産み付けて、ネズミの脳に潜り込んで猫の前に行くように仕向ける。
猫に喰われることによって、またトキソプラズマが猫に入る、という。
これは時折人間にも侵入することがあるので、お子様をお持ちの方は猫に関してはお気を付けください、という。
そんな話だった。

腸内微生物。
これは寄生虫ではない。
内臓が脳に命令をしてていることに思い当たる節がたくさんあるという水谷譲。
消化吸収だけではなく、食欲とか感情まで実は「腹の虫」が動かしているのではなかろうか?というエムラン・メイヤーさん。
この説が意外と当たっているような気がする。

この前ちょっとお通じの調子が悪かった水谷譲。
ある人に「何か機嫌悪いの?今日」と言われた時に「あれ?私気にしてなかったのに、何か顔に出てんのかな?」と。
「表情に出ているんだな」
と思った。
腸が、内臓が「表情をつくる」というのはすごく思い当たる。

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2019年06月08日

2019年3月4〜8日◆人生は声で決まる

これの続きです。

先週の「顔」に続きまして今週は「声」。
この本『人生は「声」で決まる』竹内一郎さん。

人生は「声」で決まる (朝日新書)



この方(この本の著者)は舞台の演出なんかもやってらっしゃる。
この人から指摘されると本当に。
みんな「視覚文化」と言うが、視覚文化をつつがなく回転させているのは声の出演者。
バラエティ番組をやる。
いろいろ芸人さんたちが画像的には出てくるが、全体をまとめてヒモでくくっているのはナレーション。

『ルパン三世』のルパンの声を、山田康雄がやっていなかったら、洒脱で軽妙なルパン三世像ができたろうか。
『開運!なんでも鑑定団』のナレーターが銀河万丈でなければ、同番組の参加者が「偽物をつかまされていた」という時の「まさか」という表情を見て、視聴者は笑えるだろうか
−中略−
 NHK『プロジェクトX』のナレーターが田口トモロヲでなかったら、美しい話が、垢抜けし過ぎて却ってつまらなかったのではなかろうか(ヒットしなかったとはいわないが)。
『世界の車窓から』は放送一万回を超える長寿番組だが、石丸謙二郎という舞台俳優の持つ声のリアリティと、顔とマッチした「自然を愛する」感じの声がなくては、見ている人の心に、スーッと滑り込んでこないのではあるまいか。
(6頁)

そしてこれは武田先生の思いだが、「声」と言われたら私達も青春時代から「まさしくあの声に」という声を持っている。
例えば団塊(の世代)の方、思い出してください。
やっぱり70年代に登場した吉田拓郎という人の声は音楽の新しいページを開いた。
そして80年代。
「RCサクセション」忌野清志郎。
そしてこれはもちろん70年代からいた人。
90年代、目覚ましい活躍をした人。
「オフコース」小田和正。
「サザンオールスターズ」桑田(佳祐)。
80〜90年代、日本のJ-POPを代表する声。
著者ではなく武田先生が言っているが、吉田、小田。
この二人に関しては「何でこれほど支持されたのか?」というのをつくづく同世代として考える。
小田和正さんは『(3年B組)金八先生』の田原俊彦の回のテーマ曲にもなった。



武田先生が思うに、吉田拓郎は「老人の声」。
学生運動で70年代でみんなが甲高い声で語り合っていた。
「そんなことでマルクス・レーニン主義は・・・」みたいなことを言っていた。
その時に歌の世界の中で吉田拓郎は、同じ年齢でありながら「老人の声」だった。
歌っている声は「老人の声」だが、歌の内容は「少年」。
「ねえちゃん先生〜もう消えた〜♪」(吉田拓郎『夏休み』)
老人の声で少年の思いを歌った。

小田和正は「老人の風貌」で「少年の声」で歌った。
あの人の横顔を見ると「宮大工みたいな顔だ」と思う武田先生。
「匠」というか、もちろん人間国宝級。
そんな老人の風貌の小田さんが「もう〜終わりだね〜♪」(オフコース『さよなら』)。
このギャップが受けた。



オフコースのファンで、中学の頃に武道館にも行った水谷譲。
小田さんに「若さ」を感じたことは確かになかった。
「すごく年上の憧れの人」というイメージだった。
ところが歌に入ると少年。





「よい声」とも違う。
しかし悪声ゆえにあの声を聞くと「物語」を感じる。
そうすると惹き込まれる。
かくのごとく、実はエンターテイメントの世界でも声が支配しているのではないだろうか?というのがこの竹内一郎という著者の思い。

 動物は何のために、声を発するのだろう──。
−中略−二つ目は、オスがメスを引き寄せるため。(19〜20頁)

また、メスはオスの声に反応するというレーダーを持っている。
十代の頃にちょっとこのことを意識していた武田先生。
「オレには声しかないんだ」という。
モテるために意識していた。
それで各テレビ番組のナレーションを全部覚えて、一人でつぶやいているような子だった。
「正しかるべき正義も時として、盲(め)しいることがある 。リチャード・キンブルは髪の色を変え・・・」(『逃亡者』テレビシリーズの冒頭のナレーション)
そういうのを無我夢中でやっていた。
芥川(隆行)さんのマネもやっていた。
「琉球水天の彼方、黒船の影さして、時は幕末の警鐘を打ち鳴らし始めた。紅の血潮に触った時代の落日は・・・」(『新撰組始末記』のナレーションだと思うが、調べてもわからなかった)とか。
子供の頃は頭が柔らかく、全部覚えていた。

とにかく声というものが意外と重大である。
青春時代にフォークシンガーをやっていた武田先生。
一番やりたかった仕事はやっぱりラジオの仕事。
みなさんはびっくりなさるかもしれないが、70年代、ラジオ番組をやるやらないが人気の分かれ道だった。
あのへんから「パーソナリティ」なんていう職業が増えてきた。

アナウンサーは容姿もだが「声」。
とくに「読み原稿」が大事。
この間「嵐」が発表した時(ジャニーズ事務所のアイドルグループの活動休止の件を言っていると思われる)に「嵐」のコメント読みを間違ってばかりいるテレビ局がいてイライラした。
あれは各局に出る。
「見た目で選んだ子」というのと「読み原稿からたたき上げた女子アナ」のパワーの差というのは、飛び込みのニュースの時に、ものすごくはっきりする。
アナウンサーさんの読み原稿で一番嫌なのは「感情扱わず読んでますよ」という「できますよ宣言」みたいな読み方をされるとオジサンは・・・。
「技術持ってます」という読み原稿というのは伝わってこない。
それからあまりにも感情過多。
悲劇の事件が起きた時に眉をひそめながら、わりとベッピンなアナウンサーさんが「とっても気の毒だ」とかと、そんなことを言う時に「余計なこと言うんじゃねぇ!」という。
そういう「声」。

声で特化したのはアナウンサーの他にも声優という仕事がある。

 声優が人気者になることは、多くの人が知っている。アイドル並みの人気を持つ人もいる、ということも。(23頁)

野沢雅子(『ドラゴンボール』の孫悟空役など)、山田康雄(『ルパン三世』のルパン役など)、大塚明夫(『ブラック・ジャック』のブラック・ジャック役など)−中略−
 声優のアイドル化に先鞭をつけたのは、林原めぐみではないだろうか。『らんま1/2』の女らんま役や、『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイ役で、一躍名を馳せた。
−中略−現在では、AKB48の元メンバーである佐藤亜美菜や仲谷明香のように、アイドルから声優に転身するケースもあるほどだ。(24頁)

 とはいえ、声優で「食える」のは、三〇〇人程度といわれている。(26頁)

その他、お笑い芸人でも「声で生き残ろう」「一人だけでも生きよう」という漫才コンビの方がいらっしゃる。
相方をやがて捨てるであろう方。
麒麟の川島(明)くん。

マイクに口を近づけて、低い魅力的な声で「麒麟です」というネタが有名である。(27頁)

この人はNHKで番組をやっているがバリバリ。

 一人は、ピン芸人のケンドーコバヤシ。(27頁)

 もう一人、声のよい芸人に天野ひろゆき(キャイ〜ン)がいる。(28頁)

それから爆笑問題の田中(裕二)くん。
この人はラジオ番組なんかは、ほとんどアナウンサーと同じぐらいの声のよさ。
彼らの特徴は何かというと「あいうえお」の発音。
母音の発音が非常に正確である、という。
そうすると日本人はすごく心地よく聞くそうだ。

元NHKの森本(毅郎)さんなんかいい声をしている。
それから草野(仁)さんもいい声をしている。
そのほかにも久米宏さんという見事なスピードの方もいらっしゃった。
これらの人々は「声で印象に残す」ということ。

声というのはまた面白いもので、ラジオが好きなので内職で原稿を書いたりしている時にラジオを点けっぱなしにしている。
その時、に名前を言うと失礼なので言えないが、原稿に気が行って夢中で書いている時、まったくラジオから流れてくるその声が「気にならない人」と「なる人」がいる。
書いている筆先の考えごとを邪魔する。
番組として面白い。
これがラジオ番組の困ったところで「面白いからいい」というワケではない。

武田先生が「そういう喋り手にいつかなりてぇなぁ」と思う。
「無視しよう」と思うと簡単に無視できる人の喋り方というのも重大。
大沢悠里さんを好きな武田先生。
聞いてもいいし、聞かなくてもいい。
あの人の声が全部「ねだらない」。
「聞いてください、私を!」ではない。

 たとえば、電車の車掌さんの声だ。「つぎはあぁー、しんおおくぼー、しぃんおおくぼぉー」と独特の節回しをつけて発する声である。−中略−
 この場合、必要な情報を「いって」はいるが、乗客の心には伝わらない。というより、乗客には読書をしている人もいるし、眠っている人もいる。
−中略−むしろ、アナウンスがなくても構わないという人に向かって、邪魔にならないように発している声のようにも思える。表現を換えれば「伝える意志の少ない声」である。(43〜44頁)

飯を喰おうとして箸を出そうとした瞬間、止める料亭がある。
「前菜で何が出てるかを仲居が説明しますんで、それまでお待ちください」という。
カチンとくる。
それは声の問題なのだろう。
抜群に「間」のいい人がいる。
人と話している時にそっと割り込んできて「お料理の説明させていただきます」。
まだこっちが話をやめない。
それで、もう向こうは始められている。
「真ん中に置いてありますのは・・・」とかと。
「はぁ、はぁ」と言いながら、こっちの話をゆっくり畳みながら、あなたの説明を聞く、という。
こういう「間」。
でも完璧にこっち側がやめない限り説明しないぞ!という人もいる。
ああいうのがすごくダメな武田先生。
ファミリーレストランで、もう一度頼んだものを繰り返す人の話の割り込み方。
頼んでおいて、これからミーティングに入ろうとした時に「繰り返させていただきます!」。
意味や意志を伝える意味ではなく「薄い最低限の注意」という声の使い方。
こういう世の中になっている。

 しゃべりには、「緊張と弛緩」が大切だといったのは、二代目桂枝雀である。
 彼は「タタタッ」と早口でまくしたて、「スコッ」と抜くことがある(ユーモラスな顔をつくるのと同時に)。彼が早口でまくしたてると、観客は噺家に「押される感じ」になる。それが不意に「スコッ」と抜けると、観客はフッと前のめりになり、気持ちが噺に自然に入っていく。
(46頁)

ところが最近、テレビでは自分の喋りのスピードを一切変えない人がいる。
これは批判でもなんでもないが。
(明石家)さんまさん。
半分ぐらいしかわらかない。
あの関西風のなだれ込むようなおしゃべりに、もうこの体がついていかなくなっている。
明石家さんまというのは喋りにおいては武田先生にとって「謎」の人になってしまった。

 NHKのアナウンサーは、一分間に三五〇字程度をしゃべる。(47頁)

若い頃は(読む速度が)速かったという水谷譲。
でも(遅くなったので)だんだん声が聞きやすくなった武田先生。

視覚文化の現代と言われている日本だが、聴覚文化も重大。

「声を出す」という日本語の表現には、たくさんのバリエーションがある。「声を上げる」「声を掛ける」「声を嗄らす」「声を曇らす」「声を殺す」「声を絞る」「声を揃える」「声を立てる」「声を尖らす」「声を呑む」「声を励ます(強い声でいう)」「声を放つ」「声を張り上げる」「声を潜める」「声を振り絞る」「声を帆に上ぐ(声を高く張り上げる)」──。(51〜52頁)

そして声の存在というのは実は政治にも反映している。
挙げていきましょう。
池田勇人、吉田茂、田中角栄、佐藤栄作。
彼らは彼ら独特の声を持ち、やや低めのダミ声。
それが指導性というか強さに結び付いた、ということ。

 しかし、最近の日本の総理の声はどうだろうか──。菅直人、鳩山由起夫、麻生太郎、福田康夫、安倍晋三……。申し訳ないほどに、皆さん弱々しい。(57頁)

ご存じの方も多いと思うが、安倍首相はだいぶよくなった。
一国の宰相に向かってこんな言い方をして申し訳ないが。
最初の頃よりは舌の回りがだいぶよくなられた。
最初はちょっと「らりるれろ」が緩くて、聞いていてヒヤヒヤしていた。

この安倍さん以下の鳩山さんとか菅さんなんかの特徴は、というと、都合のいい話はすごくよく発音できるのだが、災害時、外交交渉等の不安鎮静や冷静さを求める場合、甲高い声というのは共通としてやや上ずる。
安倍首相は前に(首相を)やった菅、鳩山の轍を踏まないために、ということで、それらの事態の時、あまり発言なさらない。
集めた数字がデタラメだった時も。

麻生さんの声は喋りスピードが緩くて低いから、麻生さんというのはそういう意味ではやっぱり悪声ではあるが政治家としての、とある迫力を持ってらっしゃる。
好みはあるが、田名角栄等々に通じる。
麻生さんと田中さんの決定的な違いは生まれ育ち。
田中角栄というのはやっぱり下から来た人。
田中角栄は友達が多かったのだろう。
麻生さんはご本人もおっしゃっているが友達が少なそう。
弟さんと話したことがある武田先生。
弟さんは声がいい。

「声」で政治家を見ていきましょう。
隣国を見ましょう。
中華、韓国、朝鮮、その場合の最高指導者の声。
記憶にない。
この中国、韓国、朝鮮は指導者があまり声を発さない。
韓国は記者会見で「あなたを指名するつもりはなかった」とかというので、我々はその地声を聞くことができるが。
日本人記者を指名するはずじゃなかった!? 韓国大統領が新年会見で日本批判「問題拡散は賢明でない」 - FNN.jpプライムオンライン

でも日本人記者を指名してしまって大問題になった。
「本当はあなたを指名するつもりはなかった」とおっしゃるあの声に「しまった!」と動揺がありありとあった。
それであの場の発言だから。
あそこまで全部、本音を喋っちゃダメ。
政治家ともあろうものが。
もう一枚二枚オブラート、あるいは仮面をかぶらないと。
もう喉元まで「日本嫌い!」と出ているあの顔が。
正直な方。
元気でやってください。

中華と朝鮮においてはトップの政治家は声を出さない。
そのかわり国営放送のアナウンサーが講談調で語りを入れる、という。
この講談調の国営放送のアナウンサーさんたちの語りは、全部語尾を跳ね上げて興奮調。
講談調の語りで「彼らの偉大さを見せる」という。

平成天皇は本当に見事で、非常に声を露出なさった。
美智子様へお礼を言われたあの声なんていうのは、もう生涯忘れない武田先生。
泣いた。
人間の本音というのはあれぐらい出る。

 私たちは嘘をつくと、「声がうわずる」傾向がある。
 時間にして、〇.二〜〇.三秒と、一瞬である。
(61頁)

この0.2〜0.3秒の声の上ずりというのがなんと、6〜7歳の子でもわかる。
「あ、嘘ついてる!」と。
だからやっぱりトランプさんがtwitter文字で書きたがるというのは、そういうのもある。

好みで「あの声この声」と言ったので、自分のひいきの声にちょっと力みがありすぎて、その脇にいらっしゃる声の方をあまり好きじゃないとか言ってしまった。
あくまでも個人的な感想なので、どうぞお許しになってください。
ただ、声というのがその人の実像を伝えるにはもってこいの素材である、という。

中華あるいは朝鮮、韓国。
ここでは大きい声を出さないのが大物の風格。
通訳の人を従えていて「なんつったの、彼は?」なんて小声で言ったりすると「大物」という。

大きい声を出すと声帯が緊張し、その瞬間に眉に力が入って「心理」が出る。
貴人というか身分が高い大物さんというのは眉がほとんど動かない。
それから北朝鮮の方の将軍様の坊ちゃんも、わりとそう。
眉毛があんまり動かない。
声を聞いたことがない。

最近の若者の特徴。
空間に対して自分の声を出す量がコントロールできない人が多い、という。
近くに寄ってきてやたらデカい声を出すヤツ。
テレビスタッフで回り込んで朝の挨拶をするのだが、必要ないくらい「おはようございます!」という。
これは疑ってみてください。
ヘッドホン難聴。
あるいはスマホネック。
スマホが好きな人で声の音量が調節できない人がいる。

うつむけば、どうしても、のどを閉めてしまう。声は出にくくなる。−中略−
 近年では「スマホネック」という言葉もある。ずっと下を向いているうちに、うつむいた姿勢で頸椎が固まってしまった状態である。
(66頁)

喋り始めた出始めだけ声が大きくて、あとでモニターが効くらしくてだんだん落とす人。
「(大きい声)武田さん!・・・(小さい声)あのですね」
武田先生のスタッフにそういうのが一人いる。
これは面白いことがいっぱいある。
こんなことを言っている。
声優さんというのを職業にしている人は、普段話していてすぐわかるし、ラジオ番組を聞いていて「あ、この人声優さんだな」とわかる。
「特に今の若い女性の声優さんはすごく特徴のある喋り方をされる」と思う水谷譲。
何でわかるか?
声優さんの、特に女の人。
オンマイクすぎる。
マイクに対して寄って行く、去って行く、やや横、というマイクの使い方じゃなくて、自分の声をマイクに対してオンにし過ぎる。
だから喋りの中で「息を呑む」とか「驚く」まで全部音声で表現する。
それが異様なオンに聞こえる。
だから何気ない呑む息、小さな逡巡、ためらい。
それがあまりにも明瞭すぎる。
「へっ?へぇ!」とか、そういうの。
これはやっぱり声優の方々がマイクに対してオン過ぎるという。

ちょっとここで実験しましょう。
ノイジー。
つまりちょっと音全体がノイズが入っているということがいかに・・・。





この二曲は全然違う。
Perfumeの悪口ではない。
ファンの方は書き込みなんかやめてください。
機材が良すぎてPerfumeの場合は、音そのものがクリアカットされている。
このロネッツの『ビー・マイ・ベイビー』は、これは録音風景そのものが歴史的なのだが一発録り。
ドラムも歌詞もバンドも全部同じスタジオに放り込んで音が回っている。
小さいホールで人気のバンドが演奏しているみたいな雰囲気が伝わってくる。
一方Perfumeの『ポリリズム』は計算された音が響いているので観客席が想定できない。
「音」もしくは「声」というのは面白い。

口の周りの筋肉(口輪筋)を使わないので、顔の下半分が萎んでしまう。顔に力感がなくなってしまう。やがて蚊の鳴くような声になる。
 意識して、声を出さない限り、自分が思っているより声は老けていく。
 この傾向は女性に顕著である。また、閉経後はホルモンバランスの変化も加わり、女性らしい高音の声が失われる。とりわけ、高齢の女性の声は中性化しやすい。男性の声と判別できにくくなるのは、よく知られていることである。
(85頁)

 基本的には、次章で紹介する朗読を勧めたいが、手軽さを求めるならカラオケを推奨したい。(86頁)

posted by ひと at 10:50| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月31日

2018年10月29〜11月8日◆Boys and Girls Be Cool(後編)

これの続きです。

「これからどんな職場で働こうか」とか「働きつつ何を目指そうか」とかと思っている諸君に、一番必要なものは何だろうか?
コミュニケーション能力とかクラフト「腕前」。
自分の手で何ができるか?とかあるが「美意識」「美しさを求めるという心」がないとうまくいきませんよ、という。

先週、お話でオウム真理教という宗教集団があって、その人たちが偏差値ではすごい、学歴社会に最も通用する方々。
その方々があれほど大量に死刑判決を受けるという、あのオウム真理教とは一体何だったのか?
それは頭がよかったんだけど美意識がなかった。
何が美しいか。
何が醜いか。
何が清潔か。
何が汚いか。
それがジャッジできなかった。
その不幸があの巨大な犯罪を生んだのではないだろうか?

日本をすべて捨て去り、自分たちの手により新しい日本を作ること。
それを信じたというところにオウム真理教の悲劇がある、と。

システムを全否定し、それに代わる新しいシステムへリプレースしようという運動は、それこそ星の数ほど限りなく行われてきました。先述したオウム真理教もまた、そのような運動の一つと考えることができますし(183〜184頁)

列車を止めて別の線路を敷いて、その上を走ろうとした、という。
しかしとんでもない間違い。
システムを変えられる者は、システムに今、従っている者。
新しい列車で行くにしても、新しい旅は今ある線路の向こう側にしかない。
新しい線路を敷き直すなんてことはできない。
ダイナマイトとトンカチで新しい道を建設できると思ったら大間違い。
ではどうするか?
美を身に付ける。
自分の直観として人には説明できない何か。
「私はこれが美しく、つい見とれて足を止め、気づくと微笑んでいるんだ」という感性や感情を持つこと。
これが美意識を持つことではなかろうか?
水谷譲にとって「いつのまにか気が付くと見ている。足が止まっている。そして微笑んでいる」というものは「子供」。
だから子供のことを忘れたら人間はどんな醜いことでもできるということ。

花を見ても空を見ても立ち止まる能力、微笑む能力。
これを繰り返している人こそが哲学者になれるんだ、と。
哲学の本質とは何か?

現代社会を生きるエリートが、哲学を学ぶことの意味合いのほとんどが、実は過去の哲学者たちの「1.コンテンツ」ではなく、むしろ「2.プロセス」や「3.モード」にあるということです。(235頁)

すぐに役立つ知識はすぐに役立たなくなる」と言って基礎教養の重要性を訴え続けましたが、哲学の学習にも同じことが言えます。(235頁)

朝からこんな話をしているのは武田先生たちだけ。
日本中「シーン」としてるのだろう。
みんな「安倍政権」とか、そんなことを話しているのに。
「すぐに役立つ結論はすぐに役立たなくなる。すぐに役立つ知識はすぐに役に立たない知識になる」
「シーン・・・」
でも若い方はもしかしてこれを今、電車の中で聞いて「そうかー」と思っているかも知れない。
新聞を読む手がスッと脱力して、その若者は風景に目をやっているかもしれない。
今はみなさん新聞よりスマホだと思う水谷譲。
「(新聞を)畳めないよ!こんな満員じゃ!」と言っている人はいないのか?
それでは今、フッとスマホの手を休めて、フッとあなたの目が車窓の向こう側に行った若者にこの言葉をお送りしましょう。

大正末期から昭和にかけて駐日フランス大使を務めたポール・クローデルでしょう。−中略−
 クローデルは1921年から1927年にかけての6年間、フランスの駐日大使として日本で過ごした後、アメリカとベルギーの大使を務め、外交官を退官します。その後、ご存じのように日本は泥沼の戦争に突き進んでいくわけですが、敗色も濃厚になった1943年の秋、パリで行われたパーティにおいて、クローデルは多くの参加者の前で次のようなスピーチをしたと言われています。
 私がどうしても滅びて欲しくないと思う一つの民族があります。それは日本人です。あれほど古い文明をそのままに今に伝えている民族はありません。彼らはたしかに貧しい、しかし高貴なのです。
(114〜115頁)

戦前の日本に駐日大使としてやってきて、日本人とすれ違ったのだろう。
確かに軍部の跳梁跋扈とかがあり、日本はおかしな方向に進んでいくのだが。
しかし一般庶民と接した欧米人の中で、日本に関して深く傾倒した人はいっぱいいるらしい。

本とは関係のない話。
テレビを見ていて「訪日客」は多い。
特に中華の人が多い。
10月前半に向こうに大きいお休みがある。
国慶節。
それで700〜800万人の海外旅行客がいて、半分以上が日本に着ている。
特に福岡でレギュラーを持っている武田先生。
まあ、来るわ来るわ。
ビビデバビデブー。
本当に。
その中で欧米の人たち。
この間「あなたのお土産は何ですか?」みたいな特番をやっていた。
ドイツ人がお好み焼きを引っくり返すヘラをかっぱ橋で求めている。
それを一本手に入れて幸せそうに握りしめて「ドイツで売ってないんだ」とか言っている。
あの人たちはお好み焼きをやっているのだろうか。
彼らが「日本はクールだ。カッコイイよ」という。
なぜ日本をそんなふうに褒めてくれるのか?
それが一体どこの点なのか?というのは知りたい。

とあるテレビ番組で見た異国の人の話。
これに出てきたテレ東『YOUは何しに日本へ?』の話かと思われる)
この人はポーランドの人で。
日本に「金継ぎ」という技術がある。
金継ぎというのは割れた陶器とか漆器などの割れ目、裂け目を漆などで繋ぐ。
それから別の陶器の割れたものを持ってきて、そこにはめて継ぐ。
そこに薄く金の張物を、金箔などをするところから「金継ぎ」と言われているが修理する技術。
ところがすごく面白いことに、もう先に事実から言ってしまうが、割れた茶碗で金継ぎをしたら、割れていない茶碗より値段が上がる。
こういう美意識に魅せられたヨーロッパの一人の青年がいて、その青年は今、小さな会社を興しているのだが、お金が貯まると日本にやってきて、金継ぎを勉強しながら金継ぎの傑作を買い求める。
「何でそんなこと知ったんですか?」と言ったら「インターネットで見たんだ」と。
戦国時代、割れた湯呑茶碗に金継ぎがしてあって。
「織部」とかだろう。
それがものすごい価値を呼んで。
彼はもう「アートだ」と言う。
お茶碗もアートだけど、金継ぎしたお茶碗はもっとアートだ。
ヨーロッパにも同じように割れたガラスとか何とかを直す方法もあるが、ヨーロッパではもう二度と使わない。
日本人は使うことを目的に修理する。
それでその修理の仕方を技術として持っている。
若い方、覚えておいてください。
金継ぎ。
みなさん方に日本の別の面を教えてくれますから。

京都なんかに行ってちょっと無理して二万円ぐらいの懐石を食べよう。
そうしたら器がいっぺんによくなる。
京都は器で値段を取る。
その時にひび割れたようなところに継いだヤツがあるから「金継ぎですね」と言うと女将が出てきて説明してくれる。
京都へ行って黄門さま(ドラマ『水戸黄門』)をやっている時に、その手の1万5千円以上の京懐石を食べた。
そうしたらやっぱり出す。
それで「天保のだす」とか言いながら。
天保は坂本龍馬が生まれた年。

それでこのポーランドの男性はうっとりしている。
金継ぎの技術を教えてくれる学校もある。
金継ぎのテクニックを教えてくれる学校で彼が勉強しているところがテレビに映されていたのだが、円く欠けているお茶碗に別の欠けたヤツを持ってきて漆でくっ付ける。
何回も何回も塗って。
最後に金箔を、その欠けたところに乗っける。
先生が「見立て」といって金箔を乗っけた半円型のところを指さして「it's a moon」と言う。
そういう新しい風情を入れて「○○のようには見えないか?」と言うと、ポーランドの彼が「it's Cool!」と言う。
「割れたら割れた価値が、別の角度から見るとあるんだ」というので。
これが「美」。

立ち上げた会社を2年間で10社も倒産させ、直後に足を骨折という黒歴史を持つYOU。「人生最悪」って時にネットで見つけたのが金継ぎだった。壊れても美しく生まれ変わる様を見て、「自分もまだやれる!」と一念発起して起こした会社が、5年目でなんと年商11億の企業に急成長。つまり、今の成功は金継ぎから始まったというから好きすぎるのも納得〜。
夏だ、祭りだ、絶景だ!”日本の伝統LOVE”で猛暑をぶっ飛ばせSP:YOUは何しに日本へ?|Youは何しに日本へ?:テレビ東京

彼は深いことを言う。
「欧州にもお皿やグラスを修理するという技術はあります。しかしもう一度使用しようという、そういうことは目指しません。ヨーロッパにある修理技術は、ただ飾るためだけのものです。だから非常に高価な物だけしか割れた物を修理しようとはしません。しかし日本の金継ぎは違います。自分が愛している器だったら割れても金継ぎで修繕し、ほとんど永遠に使用しようとする情熱があります。そして日本のすごいところは、割れなかったよりも、割れて金継ぎされた物の方がアートとして遥かに優れ、価値も上がるということです。驚くべき美意識です。私の人生をこれに重ね、私は金継ぎから勇気をもらいました。私は何度もひび割れた陶器です。
しかし金継ぎで今やっと5つ目の会社で成功し、私も少し値段を上げています。」
日本の美の探訪ということで、どこぞに行って金継ぎの器か何かでぜひ。
私達も「美」を、自分の「美を感じる能力」というのを鍛えていきましょう。
「これは美しい」と思う。
これは私だけにしか宿らない。
その美で仲間と集団を見つけることが美の鍛え方です。
「美を感じるモノサシを自分の中に持ちましょう」ということ。

 モーツァルトを愛し、どこに旅行に行くにも必ず愛用のバイオリンを携えていたアルバート・アインシュタインのエピソードは有名ですし、物理学の分野での先端的な研究をしながら、ユーモア溢れるエッセイを数多く生み出したリチャード・ファインマンには高い文学的素養がありました。(214頁)

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)



ルドヴィゴ・チーゴリにデッサンを習い、水彩画で陰影を表現する技術を身につけていたガリレオ・ガリレイは、だからこそ低倍率の望遠鏡で「月のデコボコ」を発見することができましたし(214頁)

20世紀の歴史において最も強力なリーダーシップを発揮した二人の政治家、すなわちウィンストン・チャーチルとアドルフ・ヒトラーがともに本格的な絵描きであったことは偶然ではありません。(70頁)

「日本は汚い」と革命を叫んだ人々がいた。
今も激しく日本のシステムを罵る人。
そういう方が現われる。
だが「ゼロ・オア・ナッシング」では何もできない。

 重要なのは、システムの要求に適合しながら、システムを批判的に見る。ということです。なぜこれが重要かというと、システムを修正できるのはシステムに適応している人だけだからです。(184頁)

そして発言力、影響力を身に付けながら、システムの改変を試みる人こそがエリートなのだ、という。
我々は乗った列車、走らせながらその列車を改良していくという、そういう離れワザを演じるという能力を持っていなければ。
止めて全部ぶっ壊して線路からやり直すなんて、そんなことが可能なはずがない。
それは無理。
まず発言というのは「美しく」なければ。

美しい言葉を持とう。
詩。
詩人の友だちを持つこと。
スピーチにおいて、レトリック「飾る言葉」として、メタファーとして、喩える言葉を豊かに持っている人。
そういう人たちが美意識があるんだ、と。
壊れた物を美しく直す金継ぎの言葉の技、そういうものも持っていないとダメなんだ。

 このような「メタファーの力」は、多くの優れたリーダーが残した名言にも、見て取ることができます。
 例えば、本書を執筆している2017年2月現在、米国で大きな問題となっているトランプ大統領の移民政策に対して、アップルのティム・クックCEOは、マーティン・ルーサー・キング牧師の「私たちは違う船でやってきた。しかし、いまは同じ船に乗っている」という言葉を引用して、この政策を支持しないことを明言しています。
 指摘するまでもありませんが、キング牧師は、人種政策で割れる米国を「同じ船」というメタファーで表現しているわけです。
(246頁)

これは一つカギがあって、ちょっと勉強しないとわからない。
黒人差別をする人、黒人差別をなくそうとする人たち。
黒人と白人は、違う船でやってきた。
しかし今、同じ「アメリカ」という同じ船に乗っているではないか?
ルーサー・キングが言いたかったのは「ピューリタンの移民船メイフラワー号で白人たちはやって来、私達黒人は奴隷船ブルックス号でやってきた。船は違う。だけど今乗っている船は『United States of America』という名前の船ではないか?」。
「I have a dream that one day」に続く。
やっぱりスピーチの力。
美。

(今回の本は)唐突なタイトル。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』というタイトルなのだが「エリートになるために美しいもの、いっぱい見なきゃいけませんよ」というのはすごく納得できる。

リーダーがやれる仕事というのは徹頭徹尾「コミュニケーション」でしかない、ということになります。(249頁)

コミュニケーションのためには言葉をアートとして磨くというくらいの強さを持っていないとダメですよ、と。
この(著者の)山口さんは面白いことを言う。
「詩を口ずさむ若者になっててください」と。
だから昨日話したキング牧師の演説なんて英語で2〜3行呟けるように。

武田先生からのオススメ。
『プレバト!!』
俳句の先生(夏井いつき)の言葉に感動する時がある。
五七五のここ、ちょっと入れ替えたりなんかするだけで、ものすごいいい句になっていくという。
五七五だけで深々とものを描き伝えた詩人たちは日本にいる。
やはり俳句は「世界最短のポエム」。
だからああいうのを見て言葉を。
そういう意味で、みなさん(松尾)芭蕉と(与謝)蕪村は読みましょう。
蕪村がオススメな武田先生。
一句だけ紹介。
つまみたる夢見心地の胡蝶哉
(「うつつなきつまみごころの胡蝶哉」のことを言っているのかと思われる)
ヒラヒラヒラヒラ庭に蝶々が飛んできた。
指でパッとつまんだ。
あんまりにも羽が薄いので夢で蝶々を捕まえたよう。
人差し指と親指の腹の熱を感じて幻を捕まえたよう。
でもこれが例の老子の『胡蝶の夢』に引っかかっている。
(番組では「老子」と言っているが「荘子」らしい)

老子・荘子 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス 中国の古典)



遠い遠い三千年くらい前、老子という哲学者がいて、荘周という男が夢を見る。
それは蝶々になった夢で。
夢から覚めた後、荘周はフッと思う。
「本当は蝶々が俺の夢を見てるんじゃないかな」と。
俺が蝶の夢を見たんじゃなくて。
人生はいかにも反転する。
そのことを踏まえて「夢見心地の胡蝶哉」。
深々とした奥行きを五七五の中に、という。
これはご同輩にも訴えましょう。
中期・後期高齢者の皆さま方。
やっぱり言葉というのは必要な生存術。
その中で特に若い方にわかりやすくオススメしましょう。
自分の好きな詩句、語句、言葉を持つこと。
それがAKBの歌でも構わない。

会いたかった



紅 (シングル・ロングヴァージョン)



ただ一つだけ若い方に条件を。
AKBの歌でもX JAPANNの歌詞でも構わない。
それは君の詩になりうる。
ただし一つ条件がある。
君がその言葉をつぶやき、そのつぶやきを聞いた誰かが「いいね。今の一言」という言葉じゃないと詩ではない。
誰か一人の心が動くという、それが詩であることの条件で「この詩が好き」だけじゃダメ。
「響く」ということが人の胸で試された言葉でないとダメ。
コウホウ(と言っているように聞こえたがわからなかった)はあくまでも人を介して。

この本の中で一番好きだったのは一番最後のたった一言。
これは抜群にいい。
一番最後にオスカー・ワイルドの言葉でこの本は結ばれている。
(実際には本の中では一番最後ではないのだが)
オスカー・ワイルドは詩人であり作家。
童話もある。

幸福な王子―ワイルド童話全集 (新潮文庫)



 俺たちはみんなドブの中を這っている。しかし、そこから星を見上げている奴だっているんだ。    オスカー・ワイルド(239頁)

何という美しい言葉でありましょうや。

(最終日の11月9日は今回の本のことではなくこのあたりのことについての予告的な内容なので割愛)

posted by ひと at 19:47| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月29〜11月8日◆Boys and Girls Be Cool(前編)

(去年放送された分なので、内容がずいぶん古いけど)

(今回のタイトルは)「Boys and Girls Be Cool」
少年少女たちよ!Be Cool!
「カッコよさ」を目指せというタイトルでまな板の上に乗せた。

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」 (光文社新書)



なんでこんなこと(この手の本を取り上げること)をやるかというと、ちょっと「高齢者のための保健体育」とか、そっちのほうにわりと最近偏りつつあるから。
話題が高齢化していた。
だから若い方にも、それも社会に出て今、働き始めたばっかりのフレッシュマンたちに『(今朝の)三枚おろし』を、二週ばかりお送りしてみようかと。

この方なんかも大変な大物さん。
剛力彩芽さんの恋人の方。
ZOZO(ゾゾ)の前澤(友作)社長。
今度月を一周なさるそうでこの間、全世界に向かって記者会見をやってらっしゃったが、あのへんの人がよくわからない。
堀江(貴文)さんぐらいからわからない武田先生。
堀江さんの本も読んでいる。
それからZOZOの人も。
何かヒゲの生え方が半端。
彼は世界の企業エリートに入るぐらいの凄い方なのだが、絵なんかもすごく造詣が深い。
いろんな高い絵も購入されている。
そういう、そのZOZOの方なんかとフッと像が結んだ。
「美意識をエリートは鍛えないとダメなんだ」という。
今の若い起業を目指す若者たちなんかに『三枚おろし』を、という。
この本はビジネスの本なのだが、もうビジネスが終わっているような人が読む本ではない。
でも、世界の企業エリートがオープンカレッジなどでしきりに美術を学ぶという、そういう現象があるそうだ。
ビジネスの成功のカギとして「アートの美意識を鍛えねば」との新しい潮流が世界で渦巻始めている、と。

 さて、では「他の人と戦略が同じ」という場合、勝つためには何が必要になるでしょうか?
 答えは二つしかありません。「スピード」と「コスト」です。実は「論理と理性」に軸足をおいた多くの日本企業が、長いあいだ追及してきたのがまさにこの二つでした。
(49〜50頁)

例えば車。
車を生産する企業がこれをより早く、より安く作れる会社が世界企業に成長できた、と。
より具体的に言えば、お客さんの欲望、そして社会の展望をサイエンスで分析し、評価し、次に「クラフト」技術。
これで生産していくという。
戦後日本はこの二つで経済成長を果たしてきた、と。
「サイエンス」と「クラフト」による成長は、現在は中国によって更に磨かれ、中国は何と、このクラフト&サイエンスで世界第二位の経済大国に成り上がり、今やもう「世界に君臨している」と言っても過言ではない。
サイエンスとクラフトはアカウンタビリティによって支えられている。

アカウンタビリティというのは、「なぜそのようにしたのか?」という理由を、後でちゃんと説明できるということです。(57頁)

かのNHK『プロジェクトX』のような再現ドラマ、物語にしても立派なドラマができるような、今そういう説明がつかないとダメなんだ、と。

「この包丁は良い包丁だ」と言うとき、人はその「良さ」を「モノを切るという包丁の目的」に沿って理解する。(28頁)

殺人者が「この包丁いいね」と言うと別の物語になっちゃう、という。
「この日本刀いいね」というのは、日本刀の美しさを言うんであって、切れ味は横に置いとこう、という。

 日本・米国で長く活躍しているイチロー選手は、通算安打数世界記録を達成した際に、次のような言葉を残しています。
 僕は天才ではありません。なぜかというと、自分が、どうしてヒットを打てるかを説明できるからです。
(58頁)

イチロー選手は、自分がヒットを打てた理由、打てなかった理由について合理的に説明できる。これはつまり、自分のバッティングについてアカウンタビリティを持っているということです。そして、このアカウンタビリティゆえに、イチロー選手は「自分は天才ではない」と言っているわけです。(59頁)

 一方で、では天才はどうなのかというと、天才はアカウンタビリティを持てない。つまり、自分がヒットを打てた理由、打てなかった理由について、合理的に説明できないということです。天才バッターと言われた長嶋茂雄氏は、その指導のわかりにくさでも有名でした。「ボールがスーッと来たら、腰をガッといく」といった、相手を煙に巻くような指導をして、しばしば周囲を困惑させていたという逸話が残っています。(59頁)

張本(勲)さんがおっしゃったこと。
「王は失投をホームランにする。『打てないだろ!打ってみろ長嶋!』という玉を長嶋は打つ。それが二人の野球の違いです」

 例えば、江戸時代の武芸家である松浦静山は「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉を残していますが、これも同様の指摘ですね。プロ野球の野村克也監督が好んで用いたこともあって−中略−
 まず「勝ちに不思議の勝ちあり」という指摘について考えてみましょう。「不思議」というのはつまり、「論理で説明ができない」ということです。ですから「勝ちに不思議の勝ちあり」というのは、「論理ではうまく説明できない勝利がある」という指摘です。
−中略−
 一方で「負けに不思議の負けなし」という指摘はつまり
−中略−負けは常に、負けにつながる論理的な要因があるということです。(38〜41頁)

経営においても同然で、経営はアートとサイエンス。

当番組でもよく扱っているスティーブ・ジョブズが亡くなられたが、その人の言葉。

インドの田舎にいる人々は僕らのように知力で生きているのではなく、直感で生きている。そして彼らの直観は、ダントツで世界一というほどに発達している。直感はとってもパワフルなんだ。僕は、知力よりもパワフルだと思う。(37頁)

スティーブ・ジョブズはハーバードとか行かないで、禅もやっている。
鈴木(俊隆)さんという禅宗、永平寺の方のお師匠さんにくっついて、よくお勉強したりなさっていた方らしい。
こんなことがあったらしい。
このスティーブ・ジョブズは天才と言われた経営者。
この方は一時期「狂気の経営者」と言わた。
ジョン・スカリーなる人物が経営権を奪取した。
彼からアップルを取り上げた。
そしてアップルを作ったジョブズを追放した。

 ジョブズの辞任を受け、アップルの株価は7パーセント近く、ほぼ1ポイントも上昇した。−中略−アタリ創業者のノーラン・ブッシュネルは、タイム誌の取材に、ジョブズがいなくなったのは大きな損失だと答えている。
「今後、アップルはどこからインスピレーションを得るのでしょうか。ペプシの新ブランドという飾りでも付けるのでしょうか」
(68〜69頁)

いろんな企業を当てているノーラン・ブッシュネルさんも、この発言の時は「あの人もトンチンカンになっちゃったね」とかと言われたらしい。
ところが本当にここからアップルは急激に業績を落とす。
そして呼び戻されたスティーブ・ジョブズ。

ジョブズがアップルに復帰した直後に販売したiMacでは、発売直後に5色のカラーを追加していますが、この意思決定の際に、ジョブズは製造コストや在庫のシミュレーションを行うことなく、デザイナーからの提案を受けた「その場」で即断しています。−中略−もともと1色しかなかった製品に5色を追加するというのは、ロジスティクス全体の管理の難易度を飛躍的に高めることになるので、慎重な分析とシミュレーションを経て行われるのが常識です。−中略−実際にiMacは、アップル復活を象徴する大ヒットとなりました。(37〜38頁)

彼の本なんか読んであげてくださいね。

ペーパーバック版 スティーブ・ジョブズ 1



今やっているわけのわからない時代劇でチックタック(「TikTok(ティックトック)」のことを指している)とか意味がわからない。
「『チックトック』って何だよ?これ漫才師か何かか?」と聞いた武田先生。
「知らないですか?」
「知らねぇよ、そんなの。俺、ここんとこのセリフ言いたくねぇからカットする」
「やめてください。願いです!」だって。
出てくる用語の4〜5が全然わからない。
そういうのがバンバン(セリフに)出てくる。

クックバッド戦争。

 2016年の3月、レシピサイトを運営するクックパッドの創業者が現社長に不信任を突きつけ、経営陣の総入れ替えを提案して世間も耳目を集めました。(60頁)

創業者である佐野氏から経営のバトンを渡された穐田誉輝氏はもともとベンチャーキャピタリストで、特に「食」への強い思い入れがあるわけではありません。−中略−「熱いロマン」よりも「冷たいソロバン」が優先する人です。−中略−穐田氏は、この期待に応えるために「食」とはなんら関係のない分野でM&Aを繰り返していきます。一方で創業者である佐野氏のロマンと言っていい「食」に関する事業については、投資対効果の問題から積極的な投資は行いませんでした。−中略−
 創業者である自分が追及したい「食」のビジネスへ、なかなか積極的な投資をしようとしない経営トップに対して業を煮やした創業者の佐野氏は、最後には議決権の4割以上を握る大株主という立場から、穐田氏の解任及び取締役の総入れ替えという大ナタを振るわざるを得ない状況に追い込まれたわけです。
(61〜62頁)

著者はここで企業というもの、仕事というものが「なかなか難しい」と。
佐野さんは自分の持っている料理への「熱い思い」というのを「アカウンタビリティ」説明できない。
説明できないことでそういう揉め事が起こっている、と。
でも、この本の著者は「説明できないものを胸に抱えている人でないと企業なんかできませんよ」と。
「熱いロマンと冷たいソロバンは全然違う」「一緒くたにしないでくれ」という。
「企業乗っ取りなんかで儲かるような、そんなことでレシピサイトのクックパッドの企業精神は成立しないんだ!」という彼の雄叫びは何となく。

ビジネスにおけるアートとは一体何か?
それは何を選び、何を捨てるか?
「これがはっきりしない人はダメなんだ」ということ。

なにをしないのか決めるのは、なにをするのか決めるのと同じくらい大事だ。会社についてもそうだし、製品についてもそうだ。    スティーブ・ジョブズ(80頁)

目を転じてニュース、ワイドショーなんかで取り上げられている企業スキャンダル。
今年(2018年)も多かった。
それから政界スキャンダル。
それから医大スキャンダル。
医大というのは何かちょっと言い方がよくわらかないが。
それから大学スキャンダルでは日大。
それからアマ(チュア)ボクシング。
それから体操女子強化合宿。
それから官僚と学長の問題。
今年ギッシリだった。
全てに共通する一語は何か?
大雑把な言い方をすると「美しくない」。
醜い。
ちっとも美しくない。
アメフトもそう。
「美しくない」どころか「おかしい」。
全員だが、取材陣のマイクが伸びてくればお話ができる方ばっかり。
よくしゃべる「美しくない人たち」だった。
だから彼らには説明能力はある。
ただ、喋れば喋るほどみっともない感じ。
責任の自覚がないだけで説明の能力はある、という。
そういう人たちに対してはやっぱり「美しくない」としか言いようがない。
「美意識がない」としか言いようがない。

棋士の羽生氏はまた「将棋における美意識」に関連して次のようなことを述べておられます。
 美しい手を指す、美しさを目指すことが、結果として正しい手を指すことにつながると思う。
(88頁)

捨てる力 (PHP文庫)



つまり勝負事に関して、若きビジネスマンたち、聞いてください。
「美しさ」というのは大事。
これは武田先生の個人的な発言だが繰り返す。
私は日本の企業、組織、政界を批判。
それをみなさんに聞いて欲しいということではありません。
様々なメディアが正しさを求めて、スキャンダル、政治経済をいろいろ批判しております。
「正しさを求める」ということは専門の方にお任せしましょう。
私は当番組も含めまして、何がやりたいかと言うと「日本的美しさを探したい」と。
こんなふうに考えている。

今、取り上げたスキャンダル。
ザッと「騒がれた人々」。
共通しているのは「美しくない」。
ではなぜ美しくないのか?
それを考えていきましょう。
彼らが美しくないのはなぜか?
そうです。
日本のスキャンダルの主人公たちに美しくない共通点がある。
それは彼らは「日本は美しくない」と思っている。
大臣の方も学長の方も、それをお願いに行った官僚の一番エライさんも「日本は汚い。その汚い日本の中で私のやっていることは、汚さとしてはあんまり汚くない」。
だから「これぐらいやってもいいんじゃない?」という。
「だって汚いんだもん、ニッポン!」「そん中で、オレ割ときれいな方じゃない?」という。
「美しい」と思っていたら自分のやっていることが「恥」。
「日本が美しい」と思っていないということ。
ディズニーランドにゴミが落ちていないのと同じ。
「日本は美しくない」と言うんだったら、私はいつも「ホウキは持ってよう」と思う。
美しくない人たちに共通しているのは、この人たちはホウキも持たなければ袋も持たない。
汚いゴミを舌打ちしながら「誰だよ!こんなとこ!汚ったねー!こんなとこ捨てて!」とかと言いながら車の中のゴミをザーッとそこに捨てて「これっくらいはイイじゃん」とか「これ捨てたヤツに比べればオレ、少ないよ?」とかと。
さあみなさん。
小さなホウキでも結構です。
とにかくホウキを持ちましょう。
そしてなぜこの話をしたかというと、この本の中で一番武田先生が賛同したのは「日本は美しくない。だからオレたちは・・・」という、この発想こそがオウム真理教なんです、という。
ここに行くところが深く頷いた武田先生。
若い人たちにはちょっと難しいかも知れない。
でもオジサン(武田先生)たちはオウム真理教の人たちとすれ違った。
そこで半分おじいさんになった「オジサン」が感じたことも込みで、若い方にこの話ができればなと思う。

若いビジネスマンたちに美意識がいかに大事か、美意識がないとどういうことになるかというと、スキャンダルで大騒ぎ。
いろんな企業が企業スキャンダル。
政界には政界スキャンダル。
美しくないからなのではないだろうか?と。
彼らがなぜそんな美しくないことをやったかというと「むしろオレの方が汚い日本よりきれいなんじゃないか?」とかという美的水準の低さみたいなものが、こういうスキャンダルを起こしている。
そのスタートとして、この本の著者、山口さんの慧眼。
ギクッとした。
オウム真理教事件を挙げてらっしゃる。

 オウム真理教という宗教集団の特徴の一つとして、幹部が極めて高学歴の人間によって占められていた、という点が挙げられます。−中略−おそらく平均の偏差値が70を超えるのではないかというくらい、高学歴の人物を幹部に据えていたことがわかります。(166頁)

だから世に言う日本の中で言う「頭のいい人たち」。
頭のいい人たちが何であんな、あれだけの死刑囚を出したワケだから。
あれから23年経って、大量に死刑囚を生んだ宗教団体。
まずは概要から言う。
急成長する集団。
それは企業でもいいし、若い方、聞いておいてください。
それはシステムがものすごく荒い。

通常の企業ではだいたい8〜9程度の等級が設定されていることが多いのですが、コンサルティング会社には基本的に4階層しかありません。(172頁)

オウム真理教では、修行のステージが、小乗から大乗、大乗から金剛乗へと上がっていくという非常に単純でわかりやすい階層を呈示した上で、教祖の主張する修行を行えば、あっという間に階層を上りきって解脱できる、と語られていました。(167頁)

最後の金剛乗にたどり着くと、もう超人が生まれて、空中に浮かび、水中で息をすることができるという。
「これとこれとこれができれば、これができるはず」というようなシステムで、オウム真理教と同じようなシステムを採用している新興ベンチャーというのが、こういう集団。
通常の会社では8〜12もある等級、出世の階段があるのに、そのシンプルさを自慢する。
それで落差を付ける。
エリートが持つ一歩の幅がデカい階段を設けるという。
何かできれば、その一段を上がれるという。
そこを魅力にして集団を固めてゆく。
そしてその集団のシステムを非難すること、これは「絶対悪」。
この粗い階段の組織作りというのは、ナチスドイツがそうだった。
マークが一個入るか入らないかで天と地ぐらいの差が、という。
そんなことをして人間をまとめていく。
その偏差値の高い者が一辺に寄ってしまうこの集団のシステム作り。
ところが「オウムは変じゃないか?」と見ただけでそう思った人がいた。
オウム真理教の人を見ただけで「この人たちは変だ」「この人たちは何か間違ってる」と言う人がいた。

小説家の宮内勝典氏は著書『善悪の彼岸へ』の中で、次のように指摘しています。
 オウム・シスターズの舞いを見たとき、あまりの下手さに驚いた。
−中略−オウムの記者会見のとき、背後に映しだされるマンダラがあまりにも稚拙すぎることが、無意識のままずっと心にひっかかっていたからだ。(中略)
 麻原彰晃の著作、オウム真理教のメディア表現に通底している特徴を端的に言えば、「美」がないということに尽きるだろう。出家者たちの集う僧院であるはずのサティアンが、美意識などかけらもない工場のような建物であったことを思い出して欲しい。
(168〜169頁)

それと使われた、もう思い出すのも嫌だが彰晃を讃える歌のメロディのヘタクソさ。
あれは全然遊んだことのない人。
「しょーこーしょーこーしょこしょこしょーこー♪」
そして衣装の粗末さ。
そして大きな麻原彰晃のお面。
あの下手さ。
宮内さんが一発で見破られたのは「美しくない」。
美意識が全くない。
そして彼がつくづく思ったのは、オウム真理教が発案したヘッドギア。
あのグシャグシャのコード。
「美しくまとめることすらできないのか」ということで、デザイン能力がまったくない。
(この本の中にはヘッドギアのことは出てこない)
こうなってくると「本物と偽物の違いを美で分ける」というこの本の著者の目はなかなかのものだと思いませんか?

「何かビジネスを起そう」とか「起業してみたい」とか思っている少年や少女たち、ぜひBE COOL、美しくあってください。
恰好よくあってください。
なぜならば美しくない人には何も企業はおこせませんよ。
ということで二十代の方はもうほとんど知らないと思うが日本で起きた犯罪史に残る大事件だが、地下鉄サリン事件。
それを行っていたオウム真理教。
本当に大騒ぎになった。
誰を殺した彼を殺した。
本当にご同情申し上げて、一緒に泣いた。
オウムと闘う弁護士の坂本さんという方が殺された。
坂本龍彦ちゃんという男の子。
赤ちゃんまで殺しちゃった。
その坂本龍彦ちゃんの文字を見るたびに「坂本さんは龍馬が好きだったんだな」と思って同じ龍馬好きとして胸が痛い武田先生。

宮内(勝典)さんは「オウムって変だ」と見抜いた。
それは「美しくない」。
この一点において「この集団はおかしい」と。
「この集団は異様だ」ということを見抜かれた。
だから「異様かどうかを見抜くために『美しいか美しくないか』というのはもの凄く大事な、あなたを守るための術になりますよ」ということ。
宮内さんはおっしゃる。
あのオウム真理教。
あの髪の毛をだらりと長くしたパジャマのような服を着たオウム衣装を着たお嬢さんたちが駅前で「しょーこしょーこ」と言いながら踊ってらした。
その踊りがあまりにも下手糞。
そして麻原彰晃を讃える歌の幼さ。
しかも彼らが修行のためと称してヘッドギアを付けているけれども、あの配線コードグシャグシャの。
これはやっぱり「美意識の欠如」。
どんなに偏差値がよくても「美」というものを完璧に忘れた集団であった。
そして(オウムの)広報の方が上祐(史浩)さん。
今でもがんばってらっしゃるが。
あの方が記者会見のたびに後ろにマンダラが置かれる。
それを宮内さんが「下手」とおっしゃる。
「美意識」というのがこの団体にはない。
そして宮内氏が「これ、宗教団体でもなんでもない」と見抜くのはサティアン。
あの道場。
汚い。
清潔でない道場を持つ宗教なんてありえない。
それから麻原彰晃が信者の人に読ませるために本を出している。
表紙のデザインが下手。
若い方はピンとこないかも知れないが、その頃から世田谷に住んでいる武田先生。
「淡島通り」という通りがあって、そこの中途にオウム真理教の弁当屋さんがあった。
「オウムの弁当屋さん」という看板を揚げて。
信者の方があのテロンテロンを着て「ほっかほっか」か何かに対抗して弁当を売ってらっしゃった。
すぐに潰れてしまう。
汚いから。
麻原彰晃の顔が看板に描いてある。
下手。
下手なミッキーマウスを描いた軽食屋さんとかは嫌。
中国の方が描いたミッキーマウスみたいな。
中国の方が描いたドラえもんみたいな。
考えてみたら淡島通りの人たちは美意識があったのだ。
買に行かなかった。
こういうものの見方をする人というのは、宮内勝典さんという方だが、頭のいい方なのだ。
オウムに感じた違和はまさに「不潔さ」「美しくない」というその一点であった、という。
集団のシステムにすべて従う時に、これはもうどうしようもないことだが、水道管に水垢が付くように、いかな集団のシステム、あるいはルールに従っていても、垢が付いていく。
だから自分の内側に「美」というモノサシを持ちながら、コツコツ水道管を掃除していくしかない。
本当に困ったことにオウムのエリートたちは、自分たちの手によって別の日本を作ることを目指した。
でも、そういう日本が作れるワケがない。
何かそういうことを言う人がいる。
「日本の学校教育はなっとらん」「全員先生クビにして、もう一回新しく作り直そう」という。
時々そういうことを言う人がいる。
出来るワケがない。
今日も明日も子供たちを学校に送りながら「コツコツと学校を変える」という「そういう提案をする」ということこそがオノレの内側に美を持つことではないでしょうか。


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2019年05月19日

2019年2月25日〜3月1日◆損する顔、得する顔

損する顔 得する顔



これはもう本当にそう思う。
「人間には得する顔と損する顔がある」という。
おばさんがしゃあしゃあと顔について意見を述べている時「バかぁ!」と言いながら。
どの事件かは言わないが刑務所の中に入っているのにまだ人を騙そうとして、もう一回刑務所の中で逮捕されたなんていう。
特に沖縄から出てきているから「純朴なヤツだ」と思ってしまう。
テレビ番組をやって。
それが株式で人を騙しておいて。
武田先生が大好きなタレントさんに手を出したりなんかしたアイツ。
でも顔はいわゆる「ハンサム」。
街の声のおばさん「まあぁ〜!イケメンなんだから惜しいわよ!」。
まだ「イケメン」て言うかよ!
繰り返すが「イケメン」というのはやめた方がいい。
「イケメンだから○○しても許される」みたいな免罪符っぽく使われる。
範疇から最初から外れている武田先生。
今は別の境地だが、半生はこの顔の誤解を解くために。

テレビ番組のバラエティが調べてくれて、ある心理学者から言われた。
バラエティの番組か何かで打ち合わせをやる。
話を聞いてくれる人の体を触る武田先生。
パン!と肩を叩いたり。
相手の体を触りたがるというのは「お願い、ボクを誤解しないで」という願い。
「もっとお近づきになりたい」とかというのを、自分の印象が悪いからぼてぃランゲージで懸命に。
そういうところがある武田先生。

武田先生の体験。
高校二年生で柔道部でごっつい顔つきをしていた。
教室にカバンを置いて部活に行っていた。
部活が終わって二時間ばかりやって、カバンを取りに帰るというのが習慣で。
柔道着を脱いで学生服に着替えて、高校の夕日の射す廊下を歩いていた。
体育館から出てきて、本館の方に入る曲がり角で「リンダ」というニックネームの女の子とぶつかりそうになった。
この子はちょっと「山本リンダに似てる」という。
今でも覚えているが、放課後の廊下でお互いに人がいるとは思わず、ふっと曲がりかけた瞬間にぶつかりそうになった。
誰も他にはいない。
このリンダさん「うわあぁぁぁぁぁぁ〜!」と言った。
女の子の悲鳴もいろいろある。
「嫌っ!」とか。
違う。
「うわあぁぁぁぁぁぁ〜!」と言いながら。
武田鉄矢17歳。
ヘコむ。
その人が近眼だったというのもあるかも知れないが、そこまで声を出すか?
そういうことで自分の顔立ちというのにすっかり自信をなくし「顔がバケモンで悪かったね!」とかと言いながら結構傷ついていた。
トラウマになる。
高2の時のニックネームは「バルタン星人」。
シノダというのが付けた。
「武田。やってくれ、バルタン星人」
「フォ〜ッフォッフォッフォッフォッ」と言いながらやるとクラス中にはウケていたが本当はやりたくなかった。
武田先生のニックネームは「バケモン」だった。

2005年に「サイエンス」誌に掲載された、米国プリンストン大学の学生を対象とした研究によれば、候補者の顔への瞬時の判断で、選挙の当落を予想できるというのです。−中略−学生が見た目から有能と判断した側が、70%の確率で当選していたことがわかりました。−中略−基本は顔を見せる時間は1秒以下であるということ、しかも実際の判断はその10分の1秒でじゅうぶんで、その他の時間は自分の判断の確信を高めるだけというのです。(70〜71頁)

とにかく「印象」。
その印象から「信頼性」。
そして「支配性」。
この二つが選ばれる条件。
こういうものにも大衆は騙されて、コロッと付いていくと言う。

様々な顔がある。
例えばジョージ・クルーニー。
ハンサム。
小っちゃいカップでコーヒーを飲んでいるのがカッコいい。
そういうのがある。
ジョジー・クルーニーが小さいカップでエスプレッソを飲んでいる。
タバコを吸っているのはもう今はあまり流行らないが「カッコいいなぁ」と思った。
昔、スティーブ・マックイーンがいた。
この人がタバコを吸うのがカッコいい。
口を覆うような感じで吸う。
指が長いのとガタイがあるからタバコが細く見える。
そのへんがタバコと体形のバランスがいい。
武田先生は手は短いしずんぐりしているのでタバコを吸うと吹き矢を吹くような感じで(という謙遜)。

少し古いですが、映画『男はつらいよ』シリーズの主人公、寅さんの顔をしげしげと眺めると、到底男前とはいえないその造作にもかかわらず、いつまでも多くの人から愛され続けるキャラクターとして存在してます。(97〜98頁)

 寅さんの顔を思い出すとき、あの独特の笑顔が思い浮かぶのではないでしょうか。(100頁)

日本の俳優の遠藤憲一さんもそうでしょう。(102頁)

(遠藤憲一さんは)強面。
あの人もズボンばっかり上げている。
一回だけ共演したことがある武田先生。
お顔はやっぱり悪党面と言うか「ケンカでもしたのか?」というような顔をしてらっしゃる。
でもあの人もあの顔で好感度がグングン。
CM出演が多い。

人の顔は骨格ではなくで、よく見せる表情で記憶されることがわかっていますが、さらにこのギャップがより強い印象を残すのです。(100頁)

人は社会で生きている。
その社会で人と人との接点は「顔」「表情」。

 この社会脳は、実は複数の脳の働きの集合体です。顔を見ること、共感、否定的な感情の判断、他人の心の動きの理解、模倣に分かれるのです。この中に、相手の動作を思わずまねてしまう「模倣」が含まれていることが重要なポイントで、意図せずに思わずまねてしまうという行動が、社会脳の基本の一つなのです。(122頁)

模倣は無意識の行動なので、一つの顔は社会全体の表情でもある、という。
だから雑踏に入って、だいたい人々の表情の平均値を取れば、どこかに統計でお願いするよりは平均値は簡単に取れる。

武田先生はいつも思う。
「社会全体をどこで感じるか」というと、新幹線の乗り降りで感じる。
新幹線の乗り降りでたくさんの旅行客の方が武田先生の後ろから追い越し、あるいは正面から。
その表情を見ているとだいたいわかる。
人間が動いているのは、お金がものすごい勢いで流れているワケだから。
所詮、経済なんていうのは「流れ」。
不景気というのは流れが悪くなるワケだから澱んでくる。
でも東京駅の人の流れを見ていると(人が多い)。
プラス、あの駅弁を買うお店がある。
あそこはすごい。
本当に堤防が決壊したがごとく、バァッ!とあそこの店に人が入っていって。
それでもう、みんなお金を払いたくてたまらず、ズラーッと列。
皆一個だけじゃなくて二個も三個も。

 信用ならない人の顔を記憶する際には、記憶にかかわる海馬という部位だけだでなく、人物の否定的な情報や不快感や恐怖といった感情に関与する島皮質と呼ばれる部位がかかわっていることがわかったのです。この脳の仕組みによって、悪い印象を持たせる顔は、そうでない顔と比べて、記憶されやすくなります。(130頁)

刑事ものなんかでおまわりさんが「こんな男を見かけませんでした?」と言ったらその人が「あります!あれは7日の夕方・・・」とかと言いながら語り出す。
あれは明らかに「悪いファイル」を選んだ、という顔。
いい人について語る時は「そんなふうには見えなかったですよ?」「挨拶すると『こんばんは』って明るい声でおっしゃる方でして」。
何か「箱」が違う。
だから悪い人のことを尋ねられると引き出しの開け方が乱暴で「えーっと!」とかという。
脳の住む場所が違う。

 否定的な感情だけでなく、快感情も顔の記憶を活性化させる効果があります。ただしそのときに働く脳の領域は変わります。記憶にかかわる海馬といっしょに、金銭的な報酬をもらうときに活動する、前頭葉にある眼窩前頭皮質が働くのです。(130頁)

これは面白いもので日本人は特に笑顔が好き。
笑顔が特に深く記憶に残る、という。
そんなに派手な顔じゃなくて、印象のある顔じゃない人なのだが二回目に会った時にその人の笑顔を見て「あ、この前会った人だ」とわかるというのはやっぱり「笑顔」なんだなと思う水谷譲。

そして国によって顔の印象、人の表情。
どこをまず見るかが違う。
大雑把な分け方だが、欧米は口元を見る。
欧米は口元の表情を特に印象に残す。
だから銀行強盗はマスクをする。
アジアはどうかと言うと、風邪をひいたらアジア人というのはすぐマスクをする。

マスク姿は欧米人には忌避されるからです。(145頁)

だから日本の黒いマスクとか気持ち悪い。
よく中国とか韓国の方がやってらっしゃると思う水谷譲。
絵柄の付いたヤツ。
あれ「気持ち悪いなぁ」とかと思っている。
これとは反対にマイケル・ジャクソンがレーガン大統領と会った時にサングラスをしていた。
あれはドキッとする。
人前で、あるいは年上の人を前にしてサングラスをしているということは、日本ではこれは失礼になる。
だから国民の間でどこを見るか、表情のどこを一番に記憶するかというのは、それぞれ違う。

生後7カ月から日本人の赤ちゃんは東アジア人らしく目元を見る一方で、イギリスの実験室でのイギリス人の赤ちゃんは欧米人らしく口元をよく見ることがわかったのです。(142頁)

是非どこかの街角で。
東京オリンピックもあるので。
赤ん坊を東洋、西洋、すれ違う時にそれぞれ見てください。
日本んの赤ん坊は目を見ている。

日本には「顔隠し」の文化があると主張する研究者がいます。平安時代の日本女性は、扇子で顔を隠していたこともありました。
 扇子で隠すのは、主に口元です。口元を隠すことは今も続き、日本女性は笑うときに口元を隠すことがあります。
(144頁)

アラブではベールで目だけを見せるというスタイルで。
これらはすべて目に表情を読ませる、という他者への誘導。
だから「私の目を見て!これが本音よ!」とか。
そういう複雑な会話を目で。
「目は口ほどにものを言う」というヤツ。
よく時代劇なんかである。
「助さんなんか大嫌いよぉ!」とかと言いながら相手をにらんでいくと「嫌いじゃなくて惚れてるな」というのがわかるという。
こういう心理というのが文化的に居ついている、という。

目というのは面白い。
今のドラマを作っている方、ちょっと聞いてください。
目というものは、はっきり言ってそれくらい意味を持つが、近づきすぎると意味を失う。
『シン・ゴジラ』

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監督は庵野(秀明)さん。
寄り過ぎ。
長谷川(博己)くんの目元とか、ライバルの目元とか。
あれは映画は抜群なのだが、何であんなに目に寄るの?
あの人は目にこめられた意味そのものを、クローズアップで目をポン!
NHKの大河ドラマでも目に寄り過ぎ。
『西郷どん』でも。

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最近の若い演出家の人は目に寄っとけば心理描写が出来てると思う。
あれは私達年寄りから言うと、目の内側にこめられた心理よりも「この人は充血してんなー」とか「白目んとこに黒点あるなー」とか眼病の先生みたいに目を診断してしまう。
このへん、目というのは距離が非常に大事で近づきすぎるとだたの臓器。
耳の穴のクローズアップなんか映されて「聞いてる?」って、そんな表現をされても困る。

(目は)口の中に普段隠しているベロと同じ種類のもので。
何か動揺したからといってベロのクローズアップは撮らない。
ベロにはベロの写し方というものが。
喉ちんこのクローズアップとかは嫌。
目のアップというのはそれと同じ。
何であんなに(目のクローズアップに)こだわられるのかがわからない。
「意味を帯びて私を見てるな」という距離がある。
おじぎ。
おじぎをして顔を上げた瞬間の距離感。
これが一番「目」の表情がわかる距離感。
武田先生と水谷譲がいまいる距離感。
約1m30cm。
これがあと20cm近づけば水谷譲の目にこめられた意味を武田先生は汲み取ることができる。
目にこめられた表情を見るためには、この距離が絶対必要。
だから近寄ってきて握手をするとわからない。
だから武田先生は握手がダメ。
道を歩いていて「握手!」とかという人がいるが、握手をしてしまうと何も伝わらない。
だから選挙の時、立候補した人はみんな握手している。
あんなのは(武田先生のご自宅の)近くに住んでいる世田谷上町の犬だったら武田先生に向かってあれぐらいはみんなする。
今日もエサをやってきた。
裏木戸を開けて「アレックス、生きてるか!」。
そいつが顔をあげて出てくる。
「おぉ、武田来たー」と言いながら。
それでエサをやって帰っていく。
「奥さん閉めときますねー」と言いながら。
古い人間だから、庵野さんみたいな新しい演出家の方の演出技法は知らないが、人間の表情をとらえるキャメラと俳優さんの距離が一番わかりやすいのは山田洋次監督。
山田洋次監督のあの人物を映す画角というのが一番ピッタリくる。
むやみに近寄って来ない。
そういう映画の見方。

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ラストシーン。
下の方で倍賞(千恵子)さんと(高倉)健さんが抱き合っていた。
東映の任侠ものの逆。
東映の任侠ものはラストに近くなると健さんに寄る。
松竹・山田洋次は主役からグングン離れていく。
日本人は離れれば離れるほど、深く感じる。
寄れば寄るほどわからなくなる。
だからむやみに斬られた小次郎の目に寄ったりしない。
あれはバァーン!と引いて、二人を大きい画面で捉えて、ゆっくり小次郎が倒れていくところに「勝負あった」というようなものを感じる。

握手の際には初対面からしっかり目と目を合わせるのですが、これは見知らぬ人と目を合わせることが少ない日本人にとっては気疲れすることもあります。−中略−東アジア人は表情を読むときは目を見、初対面の人の顔を記憶しようとするときは目をそらすのです。さらに日本人をよく知る認知科学系の研究者の間では、日本人ならば、ネクタイのあたりばかりを見るのではないかといわれているほど、日本人は相手の目を見つめて話すのが苦手です。(147〜148頁)

恋愛もそう。
これはちょっと山田イズムに捉われているかも知れないが、山田さんが誰かを演出なさっている時におっしゃったのだが、その人が相手の心を見るために顔を見たがるというのがある。
山田さんが「日本人はね、大事な話をする時は目を見ないんですよ!自分のことを考えてみてください。日本人はね、プロポーズする時にしゃがんで目なんか見ませんよ」。
じゃあ、どうやってやるか。
それはその人と同じ方角を見ながら、顔を見られないように本当のことを言い出す。
並ぶ。
そうするとジィーンとくる、という。
「今から一緒の方向を見て歩くんだよー」みたいな。
「それが日本人の愛情表現だ」という。
これほど知っていながら最近ほとんどドラマの仕事がないというこの悲しさ。

「人間には得する顔と損する顔がある」という。
本当にそう思う。
特に男性の方は「女性の好み」という淘汰がある。

 実験の結果、イギリス人では顎から男性を判断しているのに対し、日本人は顎とともに太い眉で判断していることがわかったのです。(176頁)

(本によると、顔のどのパーツで男女を見分けているかという実験なのだが、番組では「女性がどのパーツに惹かれるか」という話になっている)

昔、母から言われたことがある水谷譲。
「男の人を見る時にまず眉毛を見なさい」
何でかというと「女たらしの人というのは眉毛が下がっているから、それでわかるわよ」と言われたことがある。

 2000年代にイギリスと日本で、平均男性の顔を、女性らしく、あるいは男性らしく加工して、女性に評価させた研究があります。その結果は他の生物とは異なり、日本でもイギリスでも、女性っぽい男性の顔のほうが好きというものでした。(177頁) 

街の声(番組の本題の前に街頭インタビューの音声が流れるのだが、その中の話かと思われる)が言っていたその人もそうだろう。
DaiGo(メンタリストの方の)さんというのも細い人なのではないか?
健さんぽい顔立ちの人はいない。
高倉健、若き日の長嶋茂雄。
ああいうのが男性の憧れる男性の眉。

76%の人で微笑みは右側に強く表出されるというデータがあるのです。(179〜180頁)

顔を見るときに働く脳の部位は、脳の右側にあるからです。ややこしいことに、左右の脳には、目の前の視野の反対側の映像がそれぞれ入るのです。(180頁)

つまり相手の右側を見ればいい。
だからやっぱり見る。
こっち側(相手の顔の右側)を武田先生も見ている。
右と左で表情の出方が違う。
だから(演技で)悪い人(の役)をやる時は顔の左右対称性を消せばいい。
どっちかが歪むというか大きく出ると「悪い顔」に見える。
「ひょっとこ」ももしかしたらそうかもしれない。
右側が曲がっているのかも知れない。
そんなふうにして左右を違えて、なるべく右側に自分の本性が出るように人間は動く、という。
だからみなさんも右側の顔というのを自分で意識なさってくださいね。

そしていろいろ国際的にももめているし、共同歩調が何十年やってもとれないという隣国二つと共に生きている。
半島の国、二つある。
日本、韓国、朝鮮、中国。
ここについて顔つきに関する美の基準がそれぞれ違う。
武田先生が年齢的についていけないのは韓国の整形天国。
あそこはもう、大統領でさえも整形を自らおやりになるという。
今度の大統領もおやりになっているのだろう。
異様なほど笑顔が左右対称の大統領。
あの方の笑顔は本当に「全方展開の笑顔」と言うか、左右対称性の強い笑顔。
でも日本はあんまり整形のことを歓迎しない。
これはネットなんかで悪口を言う時は「イジってる」とかというのはちょっと黒い方の言葉。
日本という国については整形についてはまだまだかなり抵抗がある、という。

中国の方はと言うと、お化粧と共に「輸入国」。
化粧品に関しては、日本に春節にドーン!と来られた。
店ごと買っていくというような勢い。
福岡の街をうろつくともう一発でわかる。
福岡はこの韓国、中国がものすごくわかりやすい街。
韓国の人はどこでわかるかというと口紅。
真っ赤。
それから中国の方は服装。
真緑の服を着ておいてネッカチーフが赤いとか。
統一されないという統一美。
何かそんな感じ。
何か「クリスマスか?」みたいな。
福岡の子はモノ(トーン)が多い。
武田先生は博多に帰るとやっぱり「博多の子」がわかる。
身に付けるものはあまりたくさん持っていない。
そんなのがある。

顔に関しても日本、韓国、朝鮮、中国。
それぞれ何か美意識があるようで。
北朝鮮の方は肌がきれいだということをおっしゃっていた。


posted by ひと at 10:49| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月09日

2019年1月14〜25日◆漢字とアジア(後編)

これの続きです。

元の支配が弱まっていくなかで、それまでとは違った朝鮮的なるものが少しずつ生まれてくる。一三九二年には高麗が滅亡し、李成桂(一三三五−一四〇八)が朝鮮王朝を建国します。いわゆる李氏朝鮮(一三九二−一八九七・一九一〇)はここからはじまります。そして一四四三年にハングルが生まれます。(158頁)

漢字を捨てて韓国・朝鮮はハングルだが。
ただし、住んでらっしゃる方はどう思ってらっしゃるのか。

今でこそハングルと呼ばれていますが、つくられた当初から永く「諺文」といわれつづけてきました。−中略−当時においっては、「諺文」は下々の使うもので、インテリは使わなかったのです。(159頁)

 まず基本的には、ハングルはアルファベットと同じような「音素文字」です。つくられた当時は子音字一七、母音字一一の計二八字−中略−これらの音節文字をひとつあるいはいくつか並べることによって単語をつくっていきます。(166頁)

わずか28字を覚えれば意味はわからずとも読める。
これは文字の中に発音まで書いてある。

例えば漢字で四文字熟語。
「弱肉強食」「焼肉定食」等々の四文字熟語があるが「国際文化」これを文字にすると。

국제문화

発音してみると「クッチェムンホア」となります。(167頁)

日本との違い。
ハングルは日本のカタカナに近く、ひらがなではない。
ひらがなでくずすと「くに」と続けて書ける。
「国家」の「国」という字は草書では書ける。
ハングルに草書はない。
だから「ク」「ニ」とカタカナで書くのと同じ。
だから言葉が増えてくると重なる文字がいっぱいある。
韓国・朝鮮を支配している言語は「音」。
私達は漢字の意味を言葉にしている。
ハングルはというと、その漢字の意味ある言葉を捨てて音しかないワケで。
「味の素」と言っても、何を言っているのか全然わからない。
「アジノモト?」と言う。
文字の世界に住んでいると例えようがない。

例えばお子さんをアナタが産むとする。