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2014年12月30日

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(12月11〜19日)◆『月の裏側 日本文化への視覚』 クロード・レヴィ・ストロース(前編)

いつもは一週間とか二週間とかっていう単位で一冊の本だけど、この回は週の途中からスタート。
だんだん変則的になってきている感じがする。

月の裏側 (日本文化への視角)



レヴィ・ストロース。
フランスの構造主義の哲学者。
この本は、日本にやってきて日本を見て歩いた雑感記。
社会科学の巨人。
2009年に亡くなっているが、長寿(満100歳没!)の人。

世界をマルクス主義視点で眺めようとするヨーロッパの人たちに対して「そういう見方は間違っておりますよ。もっと世界は構造的に、全体を見なければダメですよ」と反論。
マルクスは「宗教はアヘンだ」と切り捨てたのだが、そのマルクス主義に対して、「宗教を見てアヘンだというアンタこそアヘンだ」と言った。
「未開社会を野蛮」「原始的」と言うマルクスに対して、「野蛮とか未開とかっていう呼び方で呼ぶあなたが未開なんだ」という反論をした。
このあたりから世界的にマルクス主義がグラグラッと来た。
彼は欧州的知、ヨーロッパ的なものごとの考え方が、いかに世界をダメにしているかを問い続けた人。
アマゾンの小さな部族で生きる人を見て「すごい!あんたたちは!」と褒める。
第三世界、発展途上国とか未開社会とかとヨーロッパの人たちが呼び捨てにしている世界に対して「、彼らには野生の思考があるんだ」「野生という生き方、考え方があるんだ」と主張した。

 クロード・レヴィ=ストロースは、モニーク夫人を伴って、一九七七年から一九八八年のあいだに、五度日本を訪ねている。(7頁)

日本に招かれる度、楽しみながら人類学者として、日本を眺め、その印象を講演会等々で語っている。
偉大なる二十世紀後半の世界をリードした、知性の持ち主。
日本が大好きになる。

この本の翻訳者でもある、優れた文化人類学者の川田順造さんは、レヴィ・ストロースの日本論に対して、ちょっと不正確な点もいくつか指摘しておられる。
レヴィ・ストロースはトンチンカンで考え違いの部分もある。

辺境の国日本を、先史時代の縄文の土器の優秀さに圧倒されて、この国の古代を絶賛している。
縄文時代がいかにすごいかということにびっくりしている。
ジャパネシアに住むジャパネシアン、日本人。
それは文明人である。

その様式は、縄文中期の「火焔様式」とでも呼ぶべき土器において、見る者の心をとらえずにおかない表現に到達しています。−中略−「構成がしばしば非対称」とか「あたりかまわぬフォルム」とか「ぎざぎざ、突起、瘤、渦巻き、植物的な曲線がからみ合う造形装飾」といった表現をきくと、五、六千年前に「アール・ヌーボー」が生まれていたような気持ちになりますし(25〜26頁)

(武田先生はここでレヴィ・ストロースが日本人が水を溜めずに流水で手を洗うことに驚いているというような話をされるが、145頁には「私も、そうです。私は排水溝を開けたままにしますが」という文もあり、別に驚いているという話ではない。番組では日本以外の国は全て水を溜めて洗うという話に続くが、もちろんこれも正しくない。)

水に対する発想がヨーロッパと全く違う。
日本人の流水による手洗いに、水に対するこの国の縄文からの宗教的なことも考えて、神社に行っても手桶の中で洗えばいいのに、一回ひしゃくですくって流れる水にしたがる。
レヴィ・ストロースはそこに縄文を見た。
日本人の生活の根っこには野生がある。
その野生は何か?
縄文である。
日本人の中にまだ縄文が生きている。
そう感じ取ってしまった。

博士が一番驚いたのは日本語の不思議さ。

主体に対して西洋哲学は遠心的です。すべてが、そこから発します。日本的思考が主体を思い描くやり方は、むしろ求心的であるように思われます。日本語の統辞法が、一般的なものから特殊なものへ限定することによって文章を構成するのと同じく、日本人の思考は主体を最後に起きます。(38頁)

食事のマナー。
パリで食事をしている時、食事のマナーを間違えたらフランス人は「フランス人はこうします」と説明する。
日本人はこの言葉使いが逆になる。
「日本人は、そんなことはしません」
日本人の求心、そういう考え方を道具にも感じている。

2014年12月06日

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(8月11〜22日)◆『街場の共同体論』内田樹・『森を見る力』橘川幸夫(後編)

これの続きです。

 戦後日本が生産力を向上させ、斬新な商品を次々と登場させたのは、単に勤勉な日本人の無我夢中な労働生産性だけによるものではない。背景には、企業の商品企画室と外部のマーケティング調査会社や広告代理店との協力なコラボレーションがあった。消費者の量的なニーズを探るのも、消費者の質的マインドを理解するのも、マーケティング調査会社の役割が大きかった。日本の消費者は世界一注文の多い消費者であり、そうした過酷なマーケットに新製品を投入するのは、極めてクリエイティブな行為であった。
 マーケティング調査が廃れてきたのは、80年代のバブル終焉あたりからである。
−中略−「何を売るか」よりも「どう売るか」「どう利益を確保するか」が企業の最大のテーマになった。(森を見る力・78〜80頁)

かつて日本企業が中国に進出する時に、徹底的に中国人マインドを調査した。
韓国に進出する時も韓国人の消費者マインドを研究して行った。
家電メーカーは「性能のいいものを作れば売れるんだ」ということで頑張ってきたが、やがて市場を独占する韓国家電にしてやられた。

しかし、いい例がある。
武田先生が、その会社の人と直に話したこと。
ベトナムでのバイクの販売で、日本は中国に遅れを取った。
日本製は値段が高いので売上が伸びなかった。
ベトナムはチャイナバイクが独占していた。
しかし、ゆっくりとホンダが逆転する。
やがて中国のバイクが問題になる。
粗悪品が非常に多かった。
武田先生がベトナムの人から聞いた話。
チャイナバイクの粗悪品ぶりがハンパない。
左折した瞬間にハンドルが抜けた。
時速60kmになった瞬間にきれいに前輪が飛ぶ。
死者が相次いだ。
それでも安いので中国製のバイクは売れ続けるのだが、ホンダはその時何をしたか?
普通だったら安い製品で逆転しようとする。
ホンダはしなかった。
その時ホンダがやったのは「ヘルメットをかぶりましょう運動」。
ビタ一文、自分のところの製品は負けずに、日本の中古ヘルメットを向こうに持って行って無料で配り始めた。
そうしたら、ヘルメットを被っていたおかげで車輪が抜けても生き残る人がいて「もう抜けるのはいやだ、タイヤが飛ぶのはイヤだ」ということで、何年か働いてホンダを買い始めたら、ハンドルは抜けないわ車輪は飛ばないわ。
今はホンダは有料にはなったが、安いヘルメットを販売し、ベトナムのホーチミンやハノイのお巡りさんたちを説得して、積極ヘルメット作戦を展開。
ベトナムでテレビを見ると「ヘルメットをかぶりましょう運動」ばかりやっている。
その後ろのスポンサーがホンダ。
ホンダは今、ベトナムの一流大学の憧れの企業の第一位となった。
ヘルメットを普及させるということがホンダのすごいところ。

日本人はフェイスtoフェイスの対面式の能力が高い。
アジアでNo.1。
お・も・て・な・し
接客業に関する日本人の質の高さを世界中が知っている。

「つかみ取り」「詰め放題」があまりお好きではない武田先生と加奈譲。
心配になる武田先生。
野菜詰め放題で、ビニール袋にとうもろこしを何十本も詰め込んだ老人。
あの老人があの歯で全部食べるのに何か月かかるか?ということを考えると、ちょっとあの詰め込んだ本数を食べきるのは・・・。
もう一点、あのとうもろこしを作った生産者の方が、詰め込まれるとうもろこしを見て切なく思われるのではないか。
大量消費の資本主義というのは煮詰めると、ああいう姿と重なってしまう。
橘川氏が批判したのは、そういう世相に対して、作り手も買い手も商品を挟んで志を持ってという。

 礼節を重んじるためにわざわざ武道を迂回するというのは、僕はおかしいと思います。−中略−みんな道着を着用して、道場の出入りでは正面に礼をし、稽古の相手にも必ず礼をする。それは人格的なものに対する敬意という以上に、そこに顕現してくる「巨大な力」に対する、一種宗教的な畏怖の思いの表れなんです。(街場の共同体論・72頁)

今、全国の学校で柔道をやらなければならない。
文科省の方が「武道をやると礼儀正しくなるから」。
それを内田氏が「武道で頭を下げるのは宗教的な意味合いで下げるのであって、礼節のためではない」。

 ですから、道場で子供たちが礼をしている相手は先生じゃないんです。先生を通じて「巨大な自然の力」「野生の力」に対して礼をしている。−中略−超越的なものに対する畏敬の念が、あらゆる礼節の基本なんです。−中略−
 神殿や本尊に向かって合掌しているとき、人は耳を澄ましているんです。
−中略−それでももしかすると神仏から何かのメッセージが送られてくるかもしれないと思って、つい耳を澄ませてしまう。
 それが「礼」の基本姿勢なんです。人間たちの住む世界とは別の世界からのシグナルを聴き取ろうとする構えのことです。だから、「礼」と「祈り」は身体のかたちが似ているんです。
(街場の共同体論・73〜74頁)

天皇皇后両陛下が津波のおこった海に対してお二人そろって、同じ角度で許しを請うがごとく、また二度とふたたびこのような苦しみをこの地域の人たちに与えぬよう、深々と頭を下げていたあのおじぎ、礼は祈り。
人は祈りがあるから礼をする。

武田先生が合気道を見学しに行ったら、武道はやたらと礼をする。
合気道は護身術。
頭を下げる練習をしておくと、トラブルに巻き込まれない。
あれだけ頭を簡単にスッといい感じでタイミングよく下げられると、人間は手を出せない。
実はおじぎこそ最大の護身術。
危ない目に遭う人は態度がデカい。

物に対する礼儀。
おご馳走様の両手を合わせるという礼こそが、生産者への一種祈り。
与えてくれた万物に対する礼でもある。

「何を作るか」ではなく「どう売るか」にメーカーがシフトして、スケールメリット、お金でツラをひっぱたくようなやり方で他を潰すことに今、夢中になっている。

 「何を作るか」ではなく「何を買うか」を基準に、人間の値踏みをするようになった。−中略−
 労働の価値は、かつてはどのように有用なもの、価値あるものを作り出したかによって考量されました。バブル期以降はもうそうではありませんでした。その労働がどれほどの収入をもたらしたかによって、労働の価値は考量されることになった。そういうルールに変わったのです。
 ですから、最もわずかな労働時間で巨額の収入をもたらすような労働形態が、最も賢い働き方だということになる
(街場の共同体論・98頁)

消費者は絶対に最低価格で商品を購入しなければならない。(街場の共同体論・100頁)

数か月で偏差値アップする予備校など、「努力が少なくて、いかに多くの報酬を受け取るか」の競い合いになる。
全て費用対効果が決定するグローバリズムが出現するする。

 費用対効果を競い合っているうちに、その集団では成員全員がお互いの足を引っ張り合うようになりました。子供たちは遅くとも中等教育の段階に至ると、自分のまわりの生徒たちの知的成長を阻害することにつねに努力するようになります。(街場の共同体論・101〜102頁)

己の成長にお金をかけるよりも、ライバルたちがバカのままでいる方が効果が大きい。

 一度電車の中で、中学生や高校生たちがおしゃべりしているのを、こっそり立ち聞きしてみてください。−中略−それによって話を聞いている友人たちの次の試験の点数が一点も上がらないトピックだけに限定されています。(街場の共同体論・102頁)

敵を賢くしないこと。
それが自分の点数を上げることだ。
だからライバルである友がバカのままでいるように、話題を絞り込む。

 テレビが登場してから、あっというまに世界を制覇し、テレビ業界は、長くメディアの点かを握っていた。大衆の心理を自在にコントロール出来て、新しい商品をベストセラーにすることも、政治的な方向性を誘導することも出来た。−中略−しかしそれが崩れつつある。インターネット登場以降の社会的なメディア構造の変化は、新聞社が世論を形成できなくなってきた、ということに大きな意味がある。(森を見る力・187〜188頁)

インターネットは強力で、たった一人がn人に対して影響力を及ぼすことができる。
また、自分を隠すこともできるので、汚れた禁止用語で個人を深々と傷つけることもできる。
そういう世の中の流れの中に今、日本がいるのではないか。
このITの80年代から新しい階層が日本に生まれた。
パーソナル。
個人という階層。

2012年4月23日のオリコンによる「CDシングルデイリーランキング」は、ベスト3のB'zの曲が693枚という、過去最悪の数字になった。(森を見る力・196頁)

つまり商品としてCDの意味が消えつつある。
この順位は昔だったら150番台。
武田先生にとっての「デイリー」は枚数。
現在はダウンロード。
道具の変化。
デジタル音源のビッグデータの中からダウンロードする。
かつていた販売員、プロモーター、キャンペーン、この芸能の世界、CDを売り上げるという世界にはたくさんの人々がいたが、商品を取り囲む人数が直販型になっているので、仲介業者がいない。
ややこしくなくていいかもしれないが、その分だけ仕事は減る。

ゴジラの監督(ギャレス・エドワーズ監督を指していると思われる)がインタビューで言っていた言葉。
「私はゴジラの映画ばかり見ていたので、どの映画も必ず始まる前は丸い文字が出て、漢字が二つ書いてあって、キラキラするのが映画の始まりだと思った。」
東宝映画しか見ていない。
ゴジラがフィリピンで生まれた悪い放射能怪獣を殴る。
日本の映画館では館内で大拍手。
一番最後、ゴジラは全てを解決して、ちゃんと日本の方角に向かって泳ぎだす。
故郷を知っているみたい。

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かつて質を証明したのは「量」であった。
大量に売れるもの、大量に必要とされるもの、大拍手、長蛇の列、そういうものが実は「量」に支えられていた。
「量」がいるから「質」がいいんだとみんな思っていた。

それは「量への信仰」が揺らいできたということだ。
「量への信仰」は、やがていつかは崩壊する。それは人口には限りがあり地球には限りがあるからだ。「限り」を意識した瞬間に「量への信仰」は、根本が揺らいでしまう。
(森を見る力・215頁)

あまりにも「量」を信じていると、ちょっとアンタおかしくなるよ。
世界を動かし続けた「量」の時代は確実に今、終わりつつある。
量の時代は「個」だけでも生きていけた。
老後。
こないだまで「おひとりさまの老後」。
ある程度の銭さえ持っていれば安心して老後が過ごせるぞ。
間違いないのは一人でも生きられると昔、言い切る人がいたが全く嘘だとわかった。
やっぱり一人では生きられない。
人間は最後はネットワークの中でしか生きられなくなる。

 昔オイディプスは、「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足の生き物とは何か?」というスフィンクスの問いに、「人間」と正解しましたが、それが人間についての、ある意味では根源的な定義なのです。(街場の共同体論・120頁)

「ひとりでも生きていける」と言い切れるのは実は二本足で立っている時。
ところが人間は老人になれば杖をついて三本の足になる生き物。
人間が二本足で歩けるという時間は限られた時間。
これからは個人というものを解いてゆく。
そうしないと生きていけない。

 コミュニケーション失調からの回復のいちばん基本的な方法は、いったん口をつぐむこと、いったん自分の立場を「かっこにいれる」ことです。−中略−
 コミュニケーションの失調を回復するためには、自分の立場を離れて、身を乗り出す他にありません。
−中略−相手に近づく。相手の息がかかり、体温が感じられるところまで近づく。相手の懐に飛び込む。「信」と言ってもよいし、「誠」と言ってもよい。それが相手の知性に対する敬意の表現であることが伝わるなら、行き詰まっていたコミュニケーションは、そこで息を吹き返す可能性があります。(街場の共同体論・172〜173頁)

武田先生がラジオのしゃべり手で「この人のラジオの喋りはいい喋り方をしているな」と感じる何人かに共通している事柄。
聞いている人に対する敬意がある。
「知性に対する敬意」は大事。

 海水の生命体が大気の生命体に変容するためには、根本的な変革が必要であった。それは、海水の中の生命体が、自らの内部に「海」を持つということであった。私たちの体内は、体液や血液といった、海で満たされている。(森を見る力・206頁)

私たちは海から陸へ上がったような世界の大変革が明日起きるかも知れない。

 私たちは共同体という海から、どこへ脱出しようとしているのか。それは、情報という大気の環境の中へである。(森を見る力・207頁)

自分の体の中に「共同体の情報」を取り込む。
(このあたり、本の内容とはちょっとズレている感じがする)
そういう感覚とか感性持っていないとダメだ。
そして、そのためにはどうするか?
人は何かしら生産に関与しないと生きていけなくなる。
仕事がなくなる恐怖。
休みが続くと不安になる。

朝の散歩に出かけた武田先生。
ビニール袋にゴミを二、三個入れて、環境保全に努めた。

商品を単に右から左に流して流通マージンを徴収するという考え方は近代で終焉すると思う。つまり、これからの社会においては、人は何かしらの「生産」に関与しないと生きていけなくなるのではないか。(森を見る力・213頁)

もはや「中間マージン」はなく川のように上流の生産から中流の流通で広々と人を養った経済市場は消え失せた。
もういきなり上流から海という消費世界に結び付けられた。
消費のみの老後は、実は人々をますますみじめにするのではないか?
年金が全てを支配して消費だけの一日。
それは、かえってみじめなのではないか。
パイロット不足はついに、65歳以上の人々を現役として認めた。
今度はいよいよ65歳以上でも身体検査を受けて健康であればパイロットとして本採用をする。
それぐらいパイロットが不足している。
収入が減ってもかまわないから65歳以上のパイロットがもう現実世界に。
第二の陸地に上陸する生き物の進化なのではないか。

「逆定年制」というのを考えたらどうだろう。

通常、企業組織は、ある年齢になったら、退職して退職金を支払う。これを逆にして、ある年齢に達しないと仕事につけない業種を国が決めるというものである。(森を見る力・310頁)

(武田先生は流通システムの変化の話と、人間が「働かないとつらい」という話をまぜて語っているが、本の中ではそれぞれ別に書かれていると思う)

毎日街角に立って、小学生を送り迎えする決まったお爺ちゃんが地域社会に一人か二人いるということでどれほど安全かというのは、杉並で変な男が刃物を振り回した時、いつも旗を持っている爺ちゃんが旗で叩き返した。
立っているだけで子の安全を守れるということがある。
これから老人は日本に山ほどいるのだから労働力として生かす。
練馬・小学生切りつけ!現場の交通誘導員「車下りたときから顔つき異常」 : J-CASTテレビウォッチ←この事件のことを言っていると思われる)

「静脈産業」というテーマも晩年の大きなテーマであった。戦後社会は、生産でも情報でも動脈産業として成長を遂げ、日本を豊にしたが、その先に必要となってくるのは静脈産業であると騙っていた。(森を見る力・316頁) 

静脈産業をある年齢以上の人がやったらどうだろうか。
動脈は若い人たちに。
そういう二極で日本全体を考えたらどうだろうか?
(武田先生は「動脈産業を老人、動脈産業を若い人」というふうに受け取ったようだが、本の中ではそういう区分ではなく「企業が静脈としての貢献を計算しておくべき」というような話になっている)

福祉と農業を結び付けて知的障害の人を集めて農業団体を作っている人がいる。
(佐伯康人氏のことを言っていると思われる)
佐伯さんはご自分のお子さんが知的障害者。
地域の知的障害のある人を集めて農業をやっている。

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(8月11〜22日)◆『街場の共同体論』内田樹・『森を見る力』橘川幸夫(前編)

今回は本が二冊。
両方読むのは結構大変だった。
でも読んだよ!

街場の共同体論



森を見る力: インターネット以後の社会を生きる



「経済成長が止まったら日本は終わりです」と断言する人に伺いたいのです。何が「終わり」なのか。
 二〇一二年の経済成長率世界一はリビアです。カダフィが死んで、内戦状態にある国が成長率世界一です。二位はシエラレオネです。独立以来内戦が続き、「国民の平均寿命が世界一短い国」と嘆かれたシエラレオネが第二位です。
(街場の共同体論・4〜5頁)

「数字のトリック」で成長率で見るととんでもない国が世界一になる。

三位はアフガニスタンです。−中略−これらの国の成長率の高さと「国民の豊かさ」の間にどういう相関があるのか、経済成長論者は説明する義務があるでしょう。でも、誰も説明してくれません。(街場の共同体論・5頁)

 国民一人あたりGDPが最高の国、経済指標として「国民が最も豊かな国」はルクセンブルクです。経済成長率は年率0.3パーセント、世界一四八位、日本よりはるか下です。(街場の共同体論・5頁)

数字だけで計算すると、こういうことが平気でおこってしまう。
数字で世界を見るということは、ものすごい矛盾を含んでいる。
数字で計算をするのはいいけれど、数字が何も指示していないという現状を知るべきではないか。
今、私たちは自分自身を写す、世界共通の度量衡が全く成立していない時代を生きている。
中国がもうすぐアメリカを抜く。
中国が世界で一番、経済が活発で豊かな国になる。
でも、そう思うか?
決定的に違うのは、戦後生まれの私たちは、喉が渇いて水を欲するがごとく、アメリカを恋した。
経済的にも世界で一番豊かな国。
1ドル360円の国。
その同じ憧れを今、中国には持っていない。
中国のジーンズを買って履きたいとも思わないし、中国製の車で大通を飛ばしたいとも思わない。
経済指標というものが実は何も指示せなくなった時代を我々は生きているのではないか?
木を見るのではなく森を見る力をつけねば。

「木を見て森を見ず」ということがないように、私たちは森全体を見ながら木を見よう。
世界を計る物差しがない。
現実に何かを計る物差しというのが、私たちの周りでもどんどんなくなって、データが氾濫するこの世界で、森を見る、あるいは木を見るということが非常に難しくなってきている。

橘川幸夫氏がテレビで見かける不思議な風景。
かつてテレビ番組、ゴールデンタイムというのは、ことごとくスポンサーは家電メーカーだった。
七時からの子供番組、アニメ、時代劇、クイズ番組、プロレス・・・。
テレビ番組といえば、夕方の七時から十時ぐらいまで全部、家電メーカーがゴールデンタイムのスポンサーだった。
田んぼに立っている広告塔が全部弱電メーカーだった。
シャープ、ナショナル、NEC、SONY・・・。
巨大看板に「テレビは○○」「キドカラー」。

戦後社会は、家電業界の成長と並行して進んできた。その家電メーカーが瀕死の状態になっている。理由はさまざまに語られている。しかし僕は、何か釈然としない気持ちがある。
 新宿に行くと、大型の家電量販店が街を埋め尽くす勢いだ。
(森を見る力・84頁)

1970年代まで−中略−製造メーカーに価格の決定権があった。(森を見る力・85頁)

冷蔵庫の値段を決めるのは、冷蔵庫を作った会社だった。

 やがて、日本が豊かになり、商品が溢れだし、必要な商品から付加価値のついた商品へと進化していった。(森を見る力・85頁)

冷蔵庫も白ばっかりじゃなくて、「ピンクもありますよ」というふうに。

 その頃になると、メーカーと流通の戦いが発生する。ダイエーの中内功さんと、松下電器の松下幸之助さんの長い戦いがあり(森を見る力・85頁)

武田先生が松下の人から聞いた話。
当時、松下は日本中のダイエーの新聞チラシを全てチェックした。
安売り商品が出ると松下電器が自社製品を買いに行った。
そうして松下は絶対の価格をキープした。
「それだけの値打ちがあるんだ」という満々たる家電メーカーのプライドがみなぎっていた。
ところが、やがてオープン価格などという時期を経て、遂にはメーカーそのものが定価決定権を失う。
家電メーカーから製品に対する愛情がゆっくりと薄れていったのではないか。
かつて、家電メーカーには家事で苦労するお母さんへのいたわりがあった。
そのような「情」が「メイドイン・ジャパン」の物づくりの基本だったのだが、流通が支配するようになってから「情」が消えた。

電気釜。
毎朝ごはんを炊くお母さんの手があかぎれで、かわいそうだというので、電気釜を作った。

価格決定権を家電メーカーが家電量販店に抑えられたところから、力関係が逆転してしまって、お客さんと作った製品との結び付きは「量販店が判断するから」っていう。
昔は家電メーカーには全部あった。
宣伝部がちゃんとあって、自分のところで広告を考えるとか、イラストレーターなんかも抱えていた。
今はそれを全部下請けにしてしまって細分化した。
そうすると集まってくる情報が少なくなってしまった。
技術屋さんはいっぱいいるが、それを上手に売る人がいない。

東芝の第一号の洗濯機。
下に車が付いている。
なぜ動かすのか?
電気洗濯機を東芝が初めて作った頃、まだ井戸と家屋が遠かった。
水回りがまとまっていない。
洗濯機をゴロゴロと押して、使い終わったら内側にしまう。
それはアメリカにはない特徴。
出し入れできるという洗濯機を日本のメーカーが独自で作った。
もちろん、アジアで大ヒットした。
昔はそういう「ジャパンニーズ」に合うようにメーカーが苦心していた。
それは例えばワープロなどにも言える。

 日本語ワープロというのは、もちろん日本特有のもので、NEC、富士通、シャープ、松下電器(パナソニック)、カシオ、日立、東芝、沖電気など、有力な家電メーカーが、それぞれ覇を競って成長していた。それが1995年、Windowsが派手に登場した時に、全社一斉に止めてしまった。−中略−富士通の親指シフトに慣れている人も多く、僕の父親は書院ユーザーだったが、パソコンのワープロは使いにくいとずっと文句を言っていた。−中略−
 欧米では、これだけパソコンが普及した現在でも、タイプライターのメーカーは生き延びている。
(森を見る力・89〜90頁)

おもちゃ開発も押されている。
日本の玩具メーカーは戦後、非常に頑張ったのだが最近は商品開発が遅れて、キャラクターを買うか、アイドルの肖像権を買ってくっつけて売ってしまう。

では「木」はどこにあるのか?
内田氏曰く「家庭」。

 僕たちの世代は、父権制を解体する過程で、父親たちに「尊敬されたければ、人間としての実力でわれわれを圧倒してみろ」と要求したわけです。気の毒なことをしたものです。(街場の共同体論・38頁)

仲が悪く、掴み合いをする武田先生の父と兄。
武田先生が舞台にもした名場面。
兄が東京の大学を卒業して博多に帰ってきて、新聞社の入社試験を受けるとのこと。
それが気にくわなかった父。
「おい、お前も新聞社の試験ば受けるなら、歴代天皇陛下の名前ぐらい言えんと合格はせんぞ」
戦前の教育を受けた方なので、神武から始まる天皇陛下の名前をと。
それに対して兄の捨て台詞。
「よかな、覚えときなっせ。時代は変わったとばい。今はなぁ、天皇陛下の名前よりアメリカの歴代大統領の名前が言えんと、入社試験は通らんとよ!」
掴み合いの喧嘩。
その夜、「コンバット」の映画をテレビで見ていた武田先生。
とばっちりで父からげんこつで殴られる。

戦後、団塊世代は父親世代に激しく反抗した。
戦争を起こしてしまった父親たちに対するある種の反逆だったのかも知れない。
父と喧嘩を繰り返す武田家。
次男の鉄矢も懐かない。
父が酒を飲んで話す話は「インパール作戦」とかそんなものばかり。
「フィリピンの何とかっていう孤島に久留米連隊で一番バッターで乗り込んだのは俺だ」
「バナナ畑の真ん中で逃げて行くマッカーサーの後姿を見た」
我々は父親に激しく反逆した。
父親を尊敬しないこと。
それが我々戦後世代の思い。
このことから、内田氏は絶妙なことを言う。
ここから、圧倒的な支配力を持つ母親と子供が戦後世代(団塊の世代)の中に出現した。

 でも、ここに大きな問題があります。−中略−「圧倒的な支配力を持つ母親と子供はどう向き合えばいいのか」については、人類はまだ十分な経験を持っていないということです。(街場の共同体論・40頁)

父親が一番偉いという時代が長かった。
しかし、子の人数が多い時は、母はその子の欲望、弱さ、脆さ、セコさ、根性のなさを熟知しているゆえに子を様々に振り分ける。
(このあたりの話は『街場の共同体論』の42頁あたりから出てくるのだが、どうも内田氏の論旨と武田先生の解釈の間にズレがあるように見受けられる)
五人子供がいるとする。
母親はそれぞれの子供に根性があるとかないとか、いいところも悪いところも知っているので振り分ける。
兄は東京の大学へ行かせる。
兄が東京の大学へ行っている間中、中学生の鉄矢少年には
「お前は絶対に東京の大学に行かせない」
才能の使い分け。
「お前は地元の大学に行け。それもカネがないから国立しかダメだ」
姉三人にもそれぞれ
「高校までで充分」
「本当は高校に行かなくてもいい」
「特別枠で行け」
一番下の姉は卓球で高校へ行った。
武田先生には
「地元の大学を出て学校の先生になれ」
子供が多いから、子供の個性を熟知して振り分ける。
ところが、子供の人数が少なくなると、子供のことをよく知っている母親は「弱者デフォルト」、高望みの否定から子の将来を決定してゆく。
なるべく地味に生きて行く、確かに生きて行く、安全に生きて行くように子供を育てる、草食動物の戦略に母親が打って出る。
そうすると、ある意味社会全体が多様性を失ってゆく。
これが今の少子化を生んでいるのではないか?

父親は自分の子供を熟知していない。
かなり誤解している、というよりズレている。

父親は無根拠に、自分の子供は「どこかしら人に抜きん出たところがある」と思っています。(街場の共同体論・47頁)

どんなアホ面な子でも、つい
「こいつには大器晩成の何かを感じる」
っていう、底の抜けた夢を子供にかけてしまう。

できるだけ目立ってほしいと思っている。容貌でも、成績でも、スポーツでも、他の特技でも、なんでもいい。同年齢集団の相対的な優劣の競争で「勝つ」ことに意味があると父親は思っている。(街場の共同体論・48頁)

母親は「群れの中に入りなさい」
父親は「群れから離れろ」「独立独歩で生きて行け」
父親と母親の葛藤が子供に未来を決定させる。
母親のパワーが強いと子供は草食系に自然となる。
圧倒的支配力を持つ母親と子供の関係。
母親の言うことを聞かなかった武田先生。
母の条件は「大学がだめだったら洋裁を」。

子供を育てるためには、父権と母権の二つの力が必要である。

親の言い分、親の期待がそれぞれに違うわけですから、そこの一種の「非武装中立地帯(no man's land)」ができる。父と母の二つの力が干渉し合って、相殺されて、ゼロになる場所がある。そういう「息のつける隙間」で子どもは成長したのです。(街場の共同体論・48頁)

団塊の世代を思い出せ。
身に覚えがあるだろう。
父は子が遠くへ行く時、なぜか深々とうなづく。
母は子が近くに留まると、しみじみとほほ笑む。
たんぽぽの羽で言うと、父と母との間の距離に子は落ちていく。

子を遠く飛ばした武田先生の母が出した条件。
「東京へ出て行って好きなことをやるのは一年だけ」
その一年の十一か月目で「母に捧げるバラード」という運命の歌がヒットする。

母に捧げるバラード 1980.3.31. 日本武道館 ライヴ・ヴァージョン



父は子が遠くへ行く時、なぜか深々とうなづく。
母は子が近くに留まると、しみじみとほほ笑む。
父と母の真逆の距離に対する、うなづき方とか微笑み方が子との距離を決定していく。
だから日本列島にまんべんなく人が住んだ。
日本中にきれいに人間が飛び散って行って、きれいに一億数千万人が住んでいる。
父権が劣化していくと子供はどんどん群れ化して、都市化して劣化していく。
母親の気に入った場所に住もうとする。

『ドラえもん』のジャイアンとのび太の関係。
ジャイアンはのび太をいじめている限り、クラスの誰もいじめない。
ジャイアンはのび太しかいじめない。
他の子はいじめない。
それが二人の関係。
ところが今は違う。
のび太はだらしのない子だが、クラス全員にとってすごく有難いのは、ジャイアンがいつもいじめるということで、ジャイアンのいじめが他に及ばない。
だから安定できる。
だからのび太は、ジャイアンにいじめられる価値があるいじめられっ子になる。
現代は集団化する。
誰もジャイアンを引き受けないから。
(このあたりの話は『街場の共同体論』63頁)

人格がブレンドされることがない。
一種類しかない。
昔は二つの言い方をした。
学校の先生が
「テストの成績はよくありませんが、間違ってもすぐに手をあげて発言が旺盛な子です」
「おたくのお子様は、がさつだけど優しいんです」
「私からはいつも叱られるお子さんですが、何かユーモアがあります」
ブレンドされる「子供の味」があった。
最近はブレンドされずにストレートになった。
それが、うまくいかなくなるとたちまち病理になるのではないか。

2014年10月23日

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(7月21〜8月1日)◆『オオカミが日本を救う!』丸山直樹(後編)

これの続きです。

オオカミを放つ計画の一つが北海道の知床半島。
知床はシカが増えてしまって大変なことになっている。

 オオカミの復活に関心を持つ人のなかで、少なからぬ人たちがオオカミの復活候補地としてまず思いつくのは知床半島です。オホーツク海に約六〇キロメートルも鋭く細長く突き出たこの半島の大部分は、住む人がほとんどいない未開の自然で占められています。(169頁)

現在、この半島ではエゾシカはあきらかに増えすぎ状態にありますから(二〇一一年で約二万頭が生息と推定)−中略−冬の越冬地でのシカの生息密度は一平方キロメートルあたり五〇頭以上にもなりますから、パックの最小のナワバリ面積六〇〇〇ヘクタールには三〇〇〇頭以上のシカが含まれることになります。五ないし六頭のオオカミのパックは年間一〇〇頭から二〇〇頭のシカを捕食していると計算されますから、オオカミには十分すぎる食べ物があることになります。(170頁)

オオカミは大地を守ってくれる守護神になりえるのではないか。
古代日本はオオカミを神と崇めた文化を持っている。

オオカミが住めるか住めないかの最高の目安は携帯電話。
携帯電話の受信不能地域、いわゆる「圏外」。
この圏外がどれくらいあるかでオオカミが住めるかどうかが決定する。

これは二〇一一年段階の計算です。北海道での受信不能地域を大まかに計測すると約五〇〇万ヘクタールとなります。これをオオカミの潜在的な分布可能な地域とすると、北方四島を除いた北海道の面積約七八〇万ヘクタールの六四%となります。(171頁)

送りオオカミ。
優しい顔をして送ってきたのに、突然襲い掛かること。
オオカミは獲物をつけていく。
弱るまで待っている。
つけてくるオオカミの知恵深い恐ろしさを人間が見ていて「送りオオカミ」と言った。

「赤ずきんちゃん」の悪い影響。
赤ずきんちゃんとオオカミは顔見知り。
殆どの絵本で赤ずきんちゃんの方から声をかけている。
「おはようオオカミさん」
声をかけた赤ずきんちゃんにも問題がある。
真っ赤な衣服。
成熟もしていない小さな女の子が、成熟の色の真っ赤なケープをまとったことで、今まで顔見知りだったオオカミが変容した。
成熟していない女の人が、成熟した色を身にまとうべきではない。
妊娠に対する恐怖。
オオカミの中に石を入れる。
石を腹に抱かせることで、男性に妊娠の苦しみを罰として与える。(武田説)

現実にオオカミがいなくなったばっかりに自然界がガタガタになったのでヨーロッパではオオカミを放っている。
アメリカのイエローストーンもシカが増えすぎるのでオオカミを放つ。
それでバランスを整えた。
日本の場合は放って逆効果になることもあり得るので、なかなかこの計画が着手されない。
日本オオカミ協会の丸山氏は懸命に
「大丈夫、きっとうまくいく」

「この動物をここに置けば、あの悪い動物がいなくなるぞ」
という先例がある。
奄美、沖縄にハブ対策で導入されたマングース。
ハブをマングースにやっつけてもらおうと、天敵のマングースを放ったが何の効果もなかった。
マングースが食べてはいけないヤンバルクイナを食べたりする。

 一九一〇年(明治四三年)四月一日、インド・ガンジス川河口の三角州付近で捕獲した二九頭が国内に持ち込まれ、その大半が沖縄の南部を中心に放獣されました。−中略−一九四五年頃までにはすでに、中部の名護市の南部まで分布が拡大していたようです。(185頁)

頭数を増やしながら、マングースはハブとはさっぱり対決せず、ネズミ、ムカデ、ヤンバルクイナなどの保護動物まで捕食していたため、ついに2000年にマングースが駆除動物に指定された。

 鹿児島県に属する南西諸島・奄美大島にも−中略−一九四二〜五七年には三〇〇〇頭近い本土産のニホンイタチが、ハブとクマネズミに対する天敵になることを期待されて島内に移入されています。−中略−奄美大島ではハブの攻撃・捕食によってイタチは壊滅したものと推測されています。(186〜187頁)

 その後、一九七九年頃に沖縄で捕獲されたマングースが奄美大島に導入されます。−中略−民間によって行われたとされ、名瀬付近が移入地点であると考えられています(187頁)

マングースはさっぱりハブと対決せず、天然記念物のアマミノクロウサギに手を出し、希少動物が更に全滅の危機に。

 沖縄と同様、近年から環境省によるマングース駆除が開始されました。(188頁)

オオカミを放ったのはいいけど、マングースと同じになったらどうするのか?
会長(丸山氏)は
「ちゃんと動物を観察しないからこういうことになるんだ」
そもそもマングースはハブの天敵なのか?
インドに行って調べたら、マングースはコブラの天敵で、ハブではない。
似ているからといってケンカをするものではない。

ハブは夜行性。
マングースは昼間活動する。
(本には、このことはハブを捕殺しない理由ではないと書かれている)
ショーの「ハブ対マングース」はなぜいつもマングースが勝つか。
ハブは寝ている。
(本の内容は放送で言われた内容とは異なり、事前にハブを弱らせたり毒牙を抜いたりしている場合もあったり、ハブが手に入らないと小型でおとなしい蛇を使ったり、ハブの攻撃をマングースが受けるとショーは中止であるといったことが書いてある)

マングースとは違ってオオカミはもともと日本に住んでいた。
住んでいたニホンオオカミの亜種を持って来ればいい。
人間の手によってオオカミは駆除、全滅させられた。
だから、もう一回人間の手によって。
羊を襲ったりするかも知れないけど、そういった事故はわずかなので、マングースとオオカミは違うのだ。

丹沢まで釣りに行って走っていて、八王子のはずれをサルとすれ違った。
サルがちょろちょろしている。
かつてサルは人里に近づくことなどなかった。
近年、人里にサルは平気でやってくる。
物を置き引きのように持って逃げる。
日光だったかでお土産の饅頭を取られてべそをかいているオバアさんがかわいそうで。

狂犬病予防を目的に犬の放飼が禁止される以前は、集落や人家の周りには、飼い犬や野良犬が自由に徘徊していたので、サルはそうした人間領域を避ける傾向があったと、当時を知る人たちは話しています。(208頁)

サルがシカと違うのは生息密度を自己調整する生き物。
サルは食物が減ると頭数を減らす。
サルはオオカミの姿をひと見ただけで子供の頭数を減らす。
ストレスを感じたら野生の動物は子供の頭数を群れ全体で減らすという習慣がある。
サルはオオカミを見ると、樹上生活に舞い戻る。
そうすると人里を歩くことはない。
(このあたりの話は213〜214頁あたりだが、習慣で頭数が減るとかっていう感じではなくて、ストレスによって間接的な影響で減少するというような話になっている)

イノシシ。
イノシシはヤブの中のツタ、クズ、ヤマイモ、ドクダミ、ミミズ。
根菜類とか土の中の節足動物を掘り出して食べる。
イノシシは山を耕す生き物。
根っこと土に住んでいる生き物しか食べない。
シカに食域を荒らされている可能性があって、シカが草を全部喰ってしまうから、根っこが枯れてしまう。
それでイノシシの食べ物がなくなって、人里まで下りてきてコンビニのゴミクズを漁るようになっちゃったんじゃないか。
イノシシは多産で5〜7頭ぐらいの子供を産む(本によると4.9頭)。
イノシシの困ったところは、サルと違って犬や爆竹の効果はゼロ。
オオカミで効果があるかないかは調査研究が不足していて、はっきりしていないが、電流を流して二重三重の柵を作る方法に経費がかかりすぎてイノシシ対策が限界にきていることは事実。
クマも含めて、オオカミを頂点に置くことで、山の秩序を取り戻す。
獣害を減らす可能性があるのではないか?
イノシシとクマ被害についてはオオカミ効果ははっきりしない。
シカに関しては効果があるのだからやってみる価値があるのではないか。

北海道の羊と馬牧場ではオオカミを放つと被害が出る可能性があるが、全体から考えるとオオカミがもたらすバランスの方が遥かに助かるのではないか。
このままでいけば野生のシカは2025年には日本全体で500万頭。
何とかしないと長野県が丸裸になる可能性がある。
北海道にまずオオカミを2パック(2家族群)放してみよう。
その間、知床から広がってきて日高地方なんかに広がった場合には、羊とか馬に被害が出るかも知れない。
でも、オオカミが羊や馬を襲うとしたら夜間になるからその時はヨーロッパの真似をして犬でなんとかしよう。
ピレネー犬はオオカミ対策。
犬に守らせれば被害額は安全な枠内に抑えられる。
ヨーロッパではオオカミの捕食被害は出ていない。
最小の被害に抑えられる。
地域としてジビエ普及等々「シカ肉を食べよう」という動きもあるけれども、野生獣の肉の加工は施設費がものすごく高い。
血抜きとか大変。

報奨金の金額は、自治体によって違いはありますが、駆除の場合一頭あたり、シカ五〇〇〇円、イノシシ一万円、サル四万円から五万円(233頁)

人間の理屈が頼りにならない時、もう一度神にすがるように自然の力に膝を屈して、大地にひたいをこすりつけて一回何かを拝んでみよう。
そうすると何か知恵が浮かぶかもしれない。
エコロジーとは自然に対する恐れである。
自然に恐れがなければエコロジーとは言わない。
かつての日本人はオオカミを神と見た。
だから「オオカミ」と名付けたのだから、原点に戻ろうではありませんか(武田説)

オオカミに対して被害者面をするのではなく、オオカミというものに対してきちんとした知識を持っていないと、自然に対する知恵みたいなものをもう一回見つめ直すためには、オオカミを放つというのは好ましい自然に対する敬意のような気がする武田先生。
トキを大空に放ったごとく、知床にオオカミを。

ニホンオオカミは滅びたが、タイリクオオカミを持ってきて日本に放つとそれがニホンオオカミになる。
日本はかつてオオカミが生きていた環境が山野にある。
この国は腐っても緑の国。
国土の70%近くが山野。
オオカミが生きていく環境は内々に持っている。
オオカミをもう一度というのは決して悪夢にはならない気がする。

今、国は女性のハンターを増やそうとしている。
70年代、40万いた狩猟者は、2010年で8万人になった。
女性のハンターまで増やして何とかシカを減らそうとしている。
これは絶対無理なのは、ハンターの年齢が上がると同時に、そういうところでは人間も減っていく。
そういう鳥獣被害は食べて解決しようということで、かつてのようにシカを食べる文化を日本人の暮らしの中に復活させようと。
ちゃんと食物として食べようではないかとおっしゃっているのだが、現実問題として、ジビエにして食べるとしても無理。

先日武田先生が招待された店。
ジビエを真面目にやっている池尻のイタリアンレストラン。
ハンバーグの中にシカ肉を入れている。
結構流行っている店。
数百万頭を食べるのは無理。
シカの肉を池尻におろすまでにコストがかかりすぎる。
そこで提案をもう一つ、日本の山野にオオカミを放とう。

以前、三枚おろしで取り上げた話。
(調べたけど、いつのなんていう本の話かわかりませんでした)
混血の犬だといって、オオカミをこっそり飼っていた大学教授の話。
死ぬまで面倒を見る。
彼がだんだんオオカミに魅せられていく。
肉の喰い方が全然違う。
死んでいく時のオオカミの姿を泣きじゃくりたいぐらい切なく見送る。

ハブとマングース。
ハブを殺してしまおうと沖縄本島で張り切って、ハブ対策をさんざんやる。
積極的にハブを酒に漬けたりする名物を作ったり、駆除するとお金がもらえる。
奄美かどこかでハブを捕まえたタクシーの運転者の車に乗り合わせた武田先生。
片足でハブを抑え、片足で運転している。
ハブの跳ねているしっぽが見えている。
排水溝に落ちたハブは絶好。
セメントだったから登れない。
そんなふうにしてハブを退治していたら、沖縄で野ネズミが増え始めて問題になった。
ハブがそこに住んでいる何かの理由がある。
先回りして悪者と決められないところに自然界のバランスがある。
そういう意味でオオカミにも何かの使命が。

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(7月21〜8月1日)◆『オオカミが日本を救う!』丸山直樹(前編)

最初に新幹線の中に置かれている雑誌『WEDGE』の2013年11月号に掲載されていた「食べて解決! 鳥獣害」という記事が取り上げられる。
(該当記事は購入可能。こちらから。買おうか非常に悩んだけど貧しいので買っていません)

鳥獣による農作物被害額が200億円を超えている。
動物別に被害を見ると、トップはシカ80億。
イノシシ60億、サル18億、クマ3億。
野生種は増えすぎて、人里に出現して騒ぎを起こしている。
森林についても放棄地が多くシカの増加を励ましている。
今はシカの増加がすごい。
北海道を除いても2011年、本土と九州で261万頭。
兵庫県を見ても、約13万頭以上。
毎年2万頭以上が増えていく。
シカのメスは1年で成長し、翌年には子を産む。
10年後には本土と九州だけで500万頭に増加する勢い。
シカは草どころか木の皮を剥いで食べる。
森が消える。
山全体を枯らすという事態が深刻化している。
横山女史(著者である横山真弓氏)によると70年代に40万いた狩猟者は、2010年で8万人になった。
鉄砲を持つ人が限りなく少なくなって、シカを撃つ人がいないので、かつてのようにシカを食べる文化を日本人の暮らしの中に復活させよう。
シカ、イノシシ、クマをちゃんと食物として食べようではないか。
でないと大変なことになるぞ。
ジビエ。
フランスでは料理としてある。
ジビエ料理は何で分けているかというと、普通は育てた豚、牛、鶏。
育てた食肉とジビエ(野生のもの)を二つ抱き合わせにしてちゃんと食事文化に取り入れようということをおっしゃっている。
現実問題として、横山女史がおっしゃるようにジビエにしてシカを食べるにしても、500万頭は喰いきれない。
鶏、豚、牛と違ってシカを肉にするのは大変。
ハンターが撃った後、回収に行くのが地理的に大変。
撃った後、担いで里までおろすというのが大変なので、肉にして食べるのは大変。
提案がもう一つ。
武田先生が書店で見つけた一冊。
日本オオカミ協会会長丸山直樹氏。

オオカミが日本を救う!: 生態系での役割と復活の必要性



日本の山野にオオカミを放とう。

シカ被害は本当に深刻化している。
イメージのいいシカ。
イメージの悪いオオカミ。
丸山氏曰く、童話は罪作り。
童話ではオオカミが全部悪くて、赤ずきんちゃんは襲うわ、三匹の子豚は喰おうとするわ、とにかくオオカミというのはおとぎ話の世界で悪役を振られている。
そういうイメージがオオカミを駆逐してしまったのではないか。
現実問題として今、日本アルプス山系ではシカが大問題になっている。
長野県はここ十数年でシカが倍々で数を増やしている。
今まで増えなかったシカが急にここのところ増えている。
シカは冬場、塩不足で死んでいく。
塩の問題があるのでシカは増加が押さえられていた。
ところが近年、急にシカがその冬を平気で過ごすようになった。
人間が道端に融雪剤として塩を撒く。
長野は観光立県で、スキー場への道に融雪剤として塩を撒いた。
観光道路にシカが集中して夜、塩を舐めにくる。
食料は無限にあり、雪をほじくり返して木の皮を食べる。
それで夏場には高山植物を全部喰っていく。
シカはカバ、ナラの森に入って、皮を剥いで食べる。
一山全部枯らす。
シカが山を食い尽くすことは火炎放射器で山を焼くようなものだ。
そういう情景が日本のあちこちで頻発している。
シカは実は一番恐ろしい。
シカは喰った後始末をしないので、他の動物に影響を与えてゆく。
シカの煽りを喰っておかしくなるのがイノシシ、サル、クマ。
冬眠も含めて、じっと春を待って木の実を待つのだが、その木が枯れて食べ物がなくなるので、クマは山を下りざるを得なくなる。

知床でもシカは町を歩き回って、人を全く恐れない。
兵庫ではイノシシが住宅街を走り回り、サルが日光東照宮の門前町を飛び交っている。
時々これらの動物が新宿や中野まで下りてくる。
山菜採りの人が被害に遭うという、野生動物との遭遇の被害が多発している。

シカによる全ての問題は頂点捕食者を人間がみんな殺してしまったというところにあるのではないか?
頂点捕食者とはオオカミ。
丸山氏はこれらの事実に対して「真のエコロジー」を立ち上げるべきだと提案している。
オオカミはいたんだ。
だから今もいないとおかしくなるのは当たり前じゃないか。
オオカミを復活させようというところから話を始める。
まず、なぜオオカミが絶滅したのか?
ここから本は始められている。

大きなオオカミは子牛ぐらいある。
「もののけ姫」を思い出す。
日本人が「大きな神様」と呼んだ。
かつて日本人はオオカミを神として拝んだことがある。
つまり、自然界のトップに置いたことがある。
それが絶滅した。

日本に生息していたオオカミはハイイロオオカミの亜種、ニホンオオカミとエゾオオカミの二種類。
明治8(1975)年、明治政府は家畜害獣としてオオカミを指定、宮城、岩手で駆除手当制度で絶滅を目指した。
(実際には宮城は明治10年から)
明治以前まではオオカミは日本の山野にいた。
明治になってから文明開化の影響がそうとうあったようで、諸外国(あこがれの欧米)がオオカミをものすごく憎む文化だったゆえに、日本も真似をした。

 岩手県が手当金制度を運営していた一八七五(明治八)年九月から一八八〇年度までの五年間のオオカミの捕獲数は、雄六九頭、雌六四頭、子六八頭の計二〇一頭でした(34頁)

こういうことを日本全国で繰り返した。
オオカミは急速に頭数を減らしていった。
これらはいわれなきオオカミへの憎悪で、欧米のキリスト教信仰によるオオカミへの憎しみ。

新約聖書にはそうしたくだりが見られます。たとえば、マタイによる福音書の第七章十五節には、「にせ預言者を警戒せよ。彼らは、羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、その内側は強欲なおおかみである」とか、第一〇章一六節では「わたしがあなたがたをつかわすのは、羊をおおかみの中に送るようなものである」と記述されています。(244頁)

童話の「赤ずきんちゃん」等々で、オオカミというのが根拠のない恐怖心で煽られた人々によって絶滅を目指された。

ヨーロッパ中世のキリスト教的自然観が、自然や動物を人間よりも下位に位置づけて差別化し、オオカミを邪悪な自然の象徴として日常的に説教したことの影響はとりわけ大きかったのです。(244頁)

欧米の不思議さは生物の多様性の頂点に人間を置きたがる傾向にあること。
森の頂点捕食者であるオオカミを羊や豚、赤ずきんちゃんの仇として悪魔扱いする。
この人間の多様性への越権行為・越権支配というのは生態系全体を歪めたのではなかろうか、というのが著者の叫び声。
私たちは多様性を崩してはいけない。
人間が絶滅を目指してはいけない。
絶対に殺してはいけないとか言ってはいけない。
多様性が崩れつつあるのは、農業の発展、林業の発展、資源の乱獲。
今一度、田中正造の言葉を思い出そうと著者は呼びかける。

明治時代、農民のために鉱害問題と戦った政治家、運動家、そして何よりも思想家であった田中正造氏翁は、環境問題に関して多くの優れた思想を残しています。「真の文明は 山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さざるべし(292頁)

真の文明は人を殺さず



(この本にある言葉だそうです)

鳥獣被害というのは人間が蒔いた種ではなかろうか。

村はずれにひょっこり柿の木が一本あったりする。
あれはサル避け。
村人がサルの為に植えている。
「そこから奥は入ってくるな」
山奥に実のなる木を一本置いておいて、そこが限界。
そこから先はしきりに草を刈って、風景を広げておいて、エサの草をなくすこところに「我々のエリアである」と宣言。

戦後日本は木材不足解消のために人工林を開発した。

 現在、日本の森林面積は国土の六七%、約二五万平方キロメートルを占めています。そのうち人工林の面積は森林の四一%、約一〇万平方キロメートル(約一〇〇〇万ヘクタール)もあります。−中略−スギやヒノキなどの人工林は毎年春先に大量の花粉を飛散させ、花粉公害の原因になっています。(85頁)

このスギ、ヒノキのところにシカが殺到している。
イノシシ、サルが里山に出現するのも、頭数が増えたり奥山の木々の実が不足したりしているせいではなくて、シカの増加で植生が多様性をなくしたので奥山からはみ出してきているのだ。
シカが増えたのでサルやイノシシ、クマを山から追い出しているのだ。
(本には人工荒廃林ではイノシシとかサル、シカのエサになるようなものがほとんどないからっていうようなことが書いてあるけど)
山そのものの栄養素を、スギ、ヒノキは吸い取ってしまう。
山に降る雨もスギ、ヒノキは独占する。
川へそそぐ雨水の5分の4を吸い取る。
山にとって自然なのは何かというと、広葉樹林帯を持つということ。
そこに遮二無二スギ、ヒノキを植えたので水を独占されて、そのくせスギ、ヒノキは根が浅いので土を咥えこむことができず、集中豪雨があると簡単に崩れる。
保水力がものすごく弱い。

サル、イノシシ、クマの方が悪いのではないか?
シカの方が優しいのではないか?
イノシシ、サル、クマとシカの違い。
胃袋が違う。

 シカは反芻胃と呼ばれる四室から成る胃を持っています。−中略−本州産のシカでは約五キログラムの食べ物を収容することができます。(91頁)

そして反芻された食べ物は最後の四番目の胃室に送り込まれます。ここでは、強酸性の胃液と消化酵素の働きによる加水分解によって食べ物を最終的に消化し(92頁)

見かけはおとなしいが、シカの胃はクマ、イノシシ、サルよりも獰猛。
草はもちろん、樹木まで食べる。
サル、イノシシ、クマは草は食べても木は喰えない。
そこがシカとの違い。

大台ケ原は1970年以前、一平方キロメートルあたり、シカは3〜4頭だったものが、1980年代以降は40頭。(武田先生は番組内で違う数字を言ったように聞こえたけど、本の内容を抜き出すとこのようになる)
大台ケ原そのものが凄まじい勢いで荒廃していく。
火炎放射器で焼いたようにサンヨウ(山陽?山容?)が枯れていく。

シカの激しい摂食でササが消滅すれば、営巣環境を失ってウグイスが姿を消すのは当然です。シカの採食は地上から約二メートルまでの森林の下層ですから(101頁)

ウグイス、コマドリ、ツグミが笹を喰われるから、鳥が消える。

 野生鳥類へのシカの高密度化による影響は、日光、尾瀬、丹沢山地、伊豆の天城山地、南アルプス、荒川源流部の奥秩父、紀伊半島の大台ケ原、四国山地、九州山地など、シカが高密度で生息する地域ではどこでも深刻です。(103頁)

南の屋久島には小型のヤクシカが生息しています。−中略−ヤクシカは増えに増え、二〇一二年には一平方キロメートルあたり二〇頭とか三〇頭といった高密度になってしまいました。(103〜104頁)

地表被覆の草木が裸になると、土壌が雨に流れて屋久島は岩がむき出しになり、鉄砲水の原因になっている。

ミミズは一ヘクタールあたり一六万匹も生息すると書いています
−中略−ミミズは地表の落ち葉や動物の死骸、それに岩屑を食べて、消化器内で消化しながら無機物と有機物を混ぜ合わせて糞として排泄します。このミミズの糞が栄養分豊富な表土を形成するといわれています。このようなミミズの土壌形成量は年に〇.一ミリ前後といわれていますから、厚さ一〇ミリの土壌を作るのに一〇〇年もかかることになります。(104〜105頁)

普通「土」と呼んでいるものはミミズの糞。
そのミミズが作った土を、シカはたちまち裸にしてしまう。

釣り場へ向かうために中央高速道路を走る武田先生。
八王子あたりで降りて丹沢山系に入る。
丹沢山系の管理釣り場の途中に看板が出るのだが、看板の中に「熊出ます 走行注意」と出る。

 オオカミは群れで生活します。その社会構成は、雄一頭、雌一頭から成るつがいとその子供たちから構成されるパック(家族群)が基本です。(153頁)

犬を見てもわかるとおり、なわばり(テリトリー)は命をかけて守る。
獲物が少ない世界では10万ヘクタール(1000平方キロメートル)、多いところで60平方キロメートルの面積を移動する。

どのナワバリの個体も立ち入らない広い緩衝地帯を置くことが普通です。緩衝地帯の面積は、オオカミが生息する地域の面積の二〇〜四〇%にもなると報告されています。(154〜155頁)

具体的にはオオカミ6パック(18頭前後)で神奈川県や徳島県の面積と同じぐらいの面積のテリトリーが必要である。
(番組内では「神奈川県と徳島」って言ったけど、多分間違い)

オオカミを放つ最適地は北海道。

北海道には少なくとも約五〇〇ヘクタールのオオカミ生息適地があるとすると、約一〇〇〇頭を収容することが可能とみられます。−中略−本州では中国地方、中部地方、関東地方などにさらに広大な生息適地が存在し、数千頭の生息が可能です。たとえば、高山帯までシカが出現しライチョウが絶滅に向かって減少しつつある南アルプスの場合、適地は五〇万ヘクタール、約一〇〇頭の生息が可能です。(157頁)

オオカミは果たして人間に害を及ぼすのか。
シカが問題なのは、奈良や宮島のシカでわかるように、その定住性である。
イノシシでもサルでもクマでも移動する。
シカは一回住み着いたら餓死するまでそこにいるから、喰い尽くすまでそこを離れない。
シカを定住性から変えて、どこかに移動させるためにはオオカミしかいない。
オオカミの臭いさえすれば、シカは移動する。
オオカミは人里に近づくが、狩りが終われば去ってゆく。

二万頭のオオカミが生きているヨーロッパ全体で、人間にオオカミによって被害がもたらされたというのは過去50年間で9件。
これぐらいオオカミは安全な生き物である。
オオカミから狂犬病にかかるのではないか?
それは人間が無理にオオカミに近づいたことが原因なので、オオカミに近づきさえしなければ、絶対にオオカミは向こうから近寄ってくることはない。
もし、人里から離れないオオカミがあれば、積極的に殺せばいい。
そういう感覚をわれわれは持つべきである。
動的平衡、バランスを取るためにはそういうことが大事なのである。

 オオカミの復活に関心を持つ人のなかで、少なからぬ人たちがオオカミの復活候補地としてまず思いつくのは知床半島です。(169頁)

現実に知床で実験をしている人。
武田先生がテレビで見たもの。
若いご夫婦がオオカミを飼って、シカの肉を与えている。
人間を襲ったりしない。
肉の喰い方がオオカミ。
柴犬ではない。
甘噛みとかしない。
やっぱり「もののけ姫」。
口中血まみれにしてシカ肉を喰うオオカミは神々しい。

2014年10月20日

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(2月10〜21日)◆『自律神経を整える「あきらめる」健康法』小林弘幸(後編)

これの続きです。

脳にとって糖分は重要。
しかし、血管は糖分で痛む。

点滴の中に含まれる糖分はどんなに多くても5%までと決まっています。それ以上糖分を多くしてしまうと、痛みを感じるからです。
 もしも10%の糖分が入った輸液を点滴したら、耐えられないほどの激痛を感じるはずです。それほど、糖分は血管の内皮を傷つけるのです。
(99〜100頁)

武田先生がある番組で聞いた話。
おはぎの食べる量を競っていて、食べ過ぎで気絶。
救急車で運ばれた。

糖とうまく付き合うためにも重要なのが副交感神経。
副交感神経が血管を広げて、血流をゆっくりと流してくれると傷付けることがない。
興奮しながらおはぎを何個も喰うというのは、血管を細くして糖を流すので気絶してしまう。
命にかかわる。
副交感神経にとって最大の薬は「あきらめる」こと。
あきらめると血管が広がる。
副交感神経優位な人は「あきらめる」のが上手。
血管の為に一番危険なのが「熱心で張り切ってあきらめない」こと。

ヨガの先生の言葉。
副交感神経をいかに呼び込むかという技術がヨガ。

 何もしなければ、私たしの自律神経の力は、10年でおよそ15%ずつ低下していきます。(104頁)

老化、集中力の低下、鬱などの症状が現れる。
鬱でじっと落ち込んでいるというのも一種、体の防御反応かもしれない。
あんまり熱心に張り切ってのぼせないこと。
そのために時々、人生が薄暗く見えたり、ブルーに見えるということも、もしかすると大事な憂鬱なのかも知れない(武田説)。

交感神経のレベルには加齢による変化も男女差もほとんど見られませんでした。
 ところが、副交感神経のレベルは、男女ともにガクッと急降下する時期があったのです。
(106頁)

力いっぱい休む。
これが人間にはいかに難しいか。

十代、二十代の頃にはぐっすりと眠っていた。
今は尿意で起きるようになった武田先生。
昔は膀胱がパンパンになっても寝ていた。
一晩ぐっすり眠れば世界の色が変わって鮮やかになるようなリセットの睡眠があった。
老化は手ごわい敵。
リセットができなくなる。

日本人の平均寿命は、男性=79.59歳、女性=86.35歳でした。男女の平均寿命の差は6.76年ありました。(112頁)

女性の方が副交感神経がゆたっとしているから。
男はきつい。
変なプレッシャーを自分自身に課している人が多い。

 男性アスリートは30代前半で引退する人がとても多いですが、それはその年代に副交感神経がガクッと下がることと無関係ではありません。(110頁)

十五〜六歳で華やかにデビューをして、二十代前半で「ベテラン」と呼ばれてしまうフィギュアスケート。
出刃包丁の上に乗っているようなもの。
交感神経優位なスポーツ。
咲くに早く散るに早い。
それに対してジャンプだと「オリンピック四回出ました」という選手もいる。
スピードスケートも三〜四回の選手がいる。
ゴルフや野球も比較的四十代ぐらいまで続けられる。

スポーツもそうだが、生きる事においても適度なリラックスを習慣とするというのは命にかけて大事なこと。

物事がうまくいくときには、かならずといっていいほど、何かをあきらめている選択があります。(122頁)

男をあきらめたら仕事の方が。
女に気を取られているうちに仕事が全部ダメになった。
物事がうまくいくのはあきらめた結果。

 反対に、物事がうまくいかなかったときには、かならず、何かをあきらめなかったことが原因になっているのです。(122頁)

ゴルフの時、「あきらめる」「あきらめない」が次々に出てくる。
珍しくパーを取ったという時は、ボギーでもいいやと思いつつ、パーになった喜びがある。
でも、次のホールは、前でパーを取ったからといって飛距離を求めてしまう。
飛距離をあきらめなくなってしまう。
ベタピンをあきらめる。
ファーストパットでOKを貰うほどピタッと寄せようと思う。
それをあきらめない時に、必ず事態は全部悪い方に行く。
林から出そうという時に、素直に横に出せばいいのに、欲を出すと木に当たってこっちに返ってきてしまう。

うまくいっていない時は、二つのことを同時にやろうとして身が引き裂かれるような眠れない迷いに陥る。

内田樹先生だったら何と言うか?
「生命活動の中心にあるのは自我ではない。生きる力である。それ以外にない。」
こちらあたりにあります)
正義を語る人。
「これが正しい理屈です」と言う人たちのものいいに関して内田先生は、
「私はそれが正しい、正しくないという正義に関して全く興味はない」
「私が一番気にしているのは、それが使えるか使えないか」
「ずっと正しいことを言い続ける人は鬱になります」

目覚めている時、「私」は有用である。
ぐっすり眠る時には「自分」を横に置く。
人間というのは「私である時」と「私でない時」、その二つが「私」を支えている。
「私でない時」の「私」というものを、この本の著者は「あきらめる」と言っている。
「私」にこだわる「私をあきらめない時」と「私をあきらめる時」、その二つを持っていないと、生きる力はどんどん落ちていく。

小林先生の話を追い求めて行くと哲学になる。

この本を読んで武田先生が始めたこと。
朝の散歩を、小走りに走る時と、ぶら〜っと歩く時と。
ゲンコツで走る朝と、手のひらを広げて歩く時と、二通りの散歩を持つようになった。
春の足音を聞いたりすることが多いように感じる武田先生。

一つ、二つとあきらめていく。
あの目標を達成するためにはこれをあきらめよう。
そうだ、これもあきらめよう。
あきらめが動きだすと、今度は平常心が戻ってくる。
落ち着いたゆったりとした気分になる。

そのためには呼吸というのがすごく大事。
腹式呼吸、丹田呼吸・・・呼吸にもさまざまな技がある。
呼吸は意識するとかえってストレスになる。
ゆっくり呼吸をすることが副交感神経を目覚めさせるためには大事。
そのためには「ゆっくり動く」こと。
ゆっくり動くと呼吸もゆっくりになる。

別の本の話。
成瀬雅春さんというヨガの行者。
内田樹先生と語り合っている時に、
「人間は瞑想的でないから、瞑想するんですよ。例えば昆虫のナナフシ、動物のナマケモノは静止した状態で30分でも1時間でもじっといることができる。ところが人間にはそれがなかなかできない。だから瞑想する時間を逆に持ちなさい」

身体で考える。



(この本だと思われます)

動物の中でこんなに動くヤツは人間しかいない。
ライオンでも動かない瞬間がある。
全ての動物が瞑想ではないにしても、静止した状態をみんな持っている。
人間だけがチョコマカ動く。
その動かないということができなかったら、とりあえずゆっくり動いてみよう。
呼吸が深くなる。

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(2月10〜21日)◆『自律神経を整える「あきらめる」健康法』小林弘幸(前編)

寝つきが悪くなって、布団に入っても二時間以上も全く眠れなくなってしまった武田先生。
睡眠導入剤を使って眠るのだが、今度は「薬を使って眠っている」ということが怖くなって、奥様も暗い溜息混じりに「飲んだの・・・」と麻薬常習者を責めるかのような声で。
不安定になり、夜が来ることが怖くなっていった。
三週間待ちで睡眠専門医のカウンセリングを受けた。
たった一回で、薬も使わず、その夜から眠れるようになった。

医師「あなたには病気の兆候は全くない。あなたは妙に先々の仕事のこととかを考えてません?」
武田「来年の四月、舞台があるもので」
医師「そんな手も届かない仕事を今から心配しても仕方ないじゃないですか。苦労は手が届いてから、手に触れてからしましょう」

医師から懇々と言われ「そうだな!」ということに気が付いて眠れるようになった。

医師曰く
「無理をして眠ることはないんですよ」
「基本的に人間は五時間眠れれば病気ではないです。睡眠障害とも呼びませんよ」
「あんまり眠れなかったら、酔っぱらっちゃえばいいじゃないですか。リラックスするっていうことが一番大事なんだから、そのために酒を利用するというのは大人の世界にあっていいことなんですよ」

今回のまな板の上の本。
順天堂大学 病院管理学研究室 総合診療科教授 小林弘幸さんの本。

自律神経を整える 「あきらめる」健康法 (角川oneテーマ21)



(出版社も合っているけど、表紙が違うんで私が読んだ本と同じかどうか不明。当然ページ数なんかがズレたりするかも。)

「あきらめる」という心境になれば、人間はかなり健康になれますよという本。

脳と体をつなぐ糸がある。
その糸のことを「神経」と呼んでいる。

 神経は、大きく「中枢神経」と「末梢神経」の2つに分かれます。
 中枢神経というのは、脳そのものと、それにつながって腰まで伸びる神経の束である脊髄の総称です。
−中略−
 この中枢神経から体のすみずみまではりめぐらされた細い神経が末梢神経です。全身にめぐらされた神経網です。
 末梢神経は「体性神経」と「自律神経」に分かれます。
 熱いやかんに指先が触れたとき、指先をやけどから守ってくれるのが体性神経で、これは痛い、暑いなどの全身の感覚を脳に伝える「知覚神経」と、手足などの筋肉を動かすときに脳からの指令を伝える「運動神経」の2つに分かれます。
 自律神経は血管、心臓や肺、腸などの内臓に伸びていて、「交感神経」と「副交感神経」の2つに分かれます。
 体性神経は知覚や運動にかかわる神経なので、その働きを意識することができますが、自律神経は無意識のうちに働く内臓や血管にかかわる神経なので、意識的に動かすことはできません。
(55〜56頁)

ハードスケジュールだった当時、「金八先生」のロケで、逃げ出した生徒役が見つかるのが十二時過ぎ。
一時ぐらいに終わり、二時過ぎに家に帰り、七時半出発。
その時には眠れないどころか、目を離すと寝ていた。
眠ることで悩みはなかった。
いつも思っていたのは「年をとったらいつかゆっくり眠れる時がくるだろう」
せっかく年をとったら、先の仕事のことなんか考えて「どうしよう」

 体格によって多少の差はありますが、成人の血管はすべてつなぐと、その長さは何と約10万キロメートルにもおよぶといわれています。これは、地球の赤道を2周半もする長さです。(59頁)

 交感神経と副交感神経のバランスには日内変動があり、朝から日中にかけては交感神経が優位に働き、夕方から夜にかけては副交感神経が優位に働くというリズムがあります。
−中略−
 クルマにたとえると、交感神経がアクセルで、副交感神経がブレーキです。
(60〜61頁)

 交感神経は血管を収縮させ、副交感神経は血管を弛緩させます。(62頁)

収縮すると血管は細くなる。
血流がその分だけ速くなる。
弛緩すると広がって、血流は緩やかになる。

その細くなった血管の中を赤血球や白血球、血小板などがすごい勢いで流れていくとき、血管の内壁を構成している血管内皮細胞を傷つけ、その傷に血小板や赤血球が引っかかり血栓という塊になるのです。
−中略−
 血管系のトラブルによって深刻な結果を招く脳梗塞や心筋梗塞は、「血栓」という塊が血管のなかにできることが原因で起きる病気ですが
(63頁)

 交感神経が活発になると、体をアクティブにするため、体を元気にさせるさまざまなホルモンが分泌されます。興奮物質としてよく知られているドーパミンやエピネフリンなどはその代表です。(67頁)

後押ししすぎると反動で、このホルモンが出なくなってしまう。
いつも交感神経を活発化させない方がいい。
活発になるということは「心」によって起こる。
怒り、恐れ、緊張が活発にさせる。

 とくに親指を中に入れて手を強く握ると、さらに緊張が強まってしまいます。(68頁)

採血の時に「親指を中に入れて握ってください」というのは、交感神経を刺激して、血液を細く速くさせて浮き上がらせている。
指の遣い方で、スポーツはうるさい。
野球、ボクシング。
強く握るとかえって緊張するので「親指ではなくて小指に力を入れろ」とか。
親指は交感神経の指揮棒のようなところがある。

今度はパッと手のひらを広げると、副交感神経が優位になる。
当然のことながら、笑顔は、つくり笑顔であっても副交感神経をオンにする。
人は手のひらをパーにして、笑顔のままでは怒れない。

お嬢さんから食事の最中に説教を喰らった武田先生。
「揚げ物とかさ、もう控えてもいい年なんじゃない?」
箸を落とし「揚げ物は食べちゃいけないのか・・・」

呼吸は1分間に15〜20回程度。
ゆっくりと呼吸をすると副交感神経がオンになる。
緊張すると脳判断、思考判断、発想は全て低下する。
呼吸が浅くなる。
息の仕方一つで交感神経と副交感神経が入れ代わる。
せわしない息をすると緊張して交感神経がパッと入ってくる。
ゆったり息をすると副交感神経で力が抜ける。

整体師さんに背中をやってもらって時々
「呼吸浅いですね」
と言われる武田先生。
言われた時はだいたい、大仕事とか慣れない仕事とかクイズ番組のしつこいやつ。

 1カ所だけ交感神経が働くと活動が沈静化する場所があります。それは胃腸です。(76頁)

バタバタ動いていると、あまりおなかがすかない。
仕事が終わったりすると急に腹が鳴ったりする。

交感・副交感神経は、免疫、血管に影響を持っている。

 白血球には、細菌など比較的大きめな異物を処理する「顆粒球」と、ウイルスなどそれよりも小さな異物を処理する「リンパ球」の2つがあります。この2つに自律神経は深く関わっているのです。
 交感神経が優位になると顆粒球が増え、副交感神経が優位になるとリンパ球が増えるということがわかっています。
(80頁)

あまり細菌がないのに交感神経が過剰に優位になることで顆粒球が増えすぎると、健康維持に必要な常在菌まで殺し、かえって免疫力を下げてしまうのです。(81頁)

(武田先生は「顆粒菌」と言ったようだが、正しくは「顆粒球」)

 副交感神経が過剰に優位な状態が長く続いてリンパ球が必要以上に増えると、抗原に敏感になりすぎて、ほんのわずかな抗原にも反応してしまいます。つまり、アレルギーを起こしやすくなるのです。(82頁)

現代社会と自律神経は足並みがそろっていないらしい。

日本人の場合、男性は30歳、女性は40歳を過ぎたころから副交感神経がガクッと急激に下がります。(83頁)

この状態が二十年ばかり続くので、男は50代、女は60代から病を招くことがある。

 その副交感神経に、さらなるダメージを与えるのが睡眠不足なのです。(84頁)

睡眠不足は腸にダメージを与える。
腸をコントロールするのが自律神経の副交感神経。

 便秘とは、腸の内容物を移動させる機能が低下し、便をうまく排泄することができなくなっている状態です。(91頁)

順天堂病院で「便秘外来」を開いている小林医師。

 ある日、便秘外来にいらした患者さんが、しきりにこう訴えました。
「お腹がすごく張って仕方がないんです。便は出ているのですが、お腹の張りがぜんぜん取れません。つらくて、つらくて」
 私はその患者さんにこう言いました。
「お腹の張りのことはあきらめてください。便が出ていればよしとしたほうがいいですよ」
 するとその患者さんは、再び外来にいらしたときにこう言ったのです。
「いやあ、先生がもうお腹の張りはあきらめろとおっしゃったので、そこはもう仕方がないんだな、とあきらめたら、なんか、自然に張らなくなってきたんです」
(94頁)

 それまで、お腹の張りのことでイライラとして交感神経が過剰に優位になっていたのが、お腹の張りは仕方がないとあきらめたとたん、心がリラックスして、副交感神経が上がって自律神経のバランスが整えられ、お腹の張りという症状が逃げていったのです。(95頁)

「眠れなくてもいいんだ」と思うと眠れる。
「あきらめる」という心境が健康を招く。

2014年09月26日

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(9月1〜12日)◆『誤解学』西成活裕(後編)

これの続きです。

(話は先週の「バックキャスト」の話から。武田先生は「五年かけて誤解を解いていく」という話をされているが、本にはそれらしい記述が発見できず。)
西成先生は「五年かけて」というのを何にでも応用できる。
経済学でも経済政策にも、五年というスパンでどうなるかを考えた方がいいんじゃないか。

この人がこんなふうにやったから、こんなことになった、という言い方をする。
「アベノミクスは果たして成功か」
安倍さん一人がこの一年、経済を動かしたわけではない。
私たちの消費行動、経済的な働き、国民総生産が動かしている。
何でもかんでも悪を一つに絞るというのは、非常に浅はかな子供っぽい考え方。
事態というのは多面的な理屈で起こるのではないか?

(このあたりから163ページからの内容ともかぶっている部分があるが、武田先生が読み上げているらしき文章がないので、西成氏の別の著作からの抜粋かと思われる)

渋滞学 (新潮選書)



「基本的に経済は成長が無限」「貨幣は無限に増殖」という無限を前提に語る人が多い。
しかし、この地上に「無限」などは一つもないのだ。
経済も未来も現状も誤解させる。
経済も資源も「無限」など世界にはない。
例えば2011年、経済成長率世界一はリビアであった。
カダフィ亡き後、まだ内戦状態にあるが、数値は成長率No.1。
二位はシエラレオネ。
平均寿命が世界一短い国が経済成長率第二位。
平均寿命が50歳ない(ウィキペディアによると2014年度で46歳)。
第三位はアフガニスタン。
経済が数字で言い当てている「経済成長率」なる「幸せ度」というのは、これほど現実と乖離している。
GDPはルクセンブルクが世界一位。
数字的にそうなる。
経済学の数値では、もう世界の人々の幸せを言い当てるということができないという世紀を私たちは生きているのだ。

その人の持っている言葉が、その時代をきちんと指差しているのかどうかというのが疑わしい時代に生きていると感じる武田先生。
経済学で出される数値というのが人々に誤解を与えるという、数値になっているのではないか?

 とにかくアメリカ式のグローバル経済政策はいつか終焉を迎える。−中略−拙著『無駄学』で私は「かわりばんこ社会」を提案した。(167頁)

これから来たるべき世界はどんな社会か?
「かわりばんこ社会」である。
もう成長し続ける経済、そんなものはありえない。
1〜2年の景気のよさがあれば、次の1〜2年はドンと渋い景気になる。
そういう波なのである。
みんなもそのことを合点承知で、一波ずつ、波に乗ったり波にもまれたり、波から降りながら生きて行く覚悟をすると、世界はもっとよくなるのではないか?

世論調査。
あれは何か意味があるのか?
質問の仕方によって数字が全く違ってくる。
こまめに世論調査をやりすぎると、かえって世の中の全体の流れを誤解してしまう。
景気好況感。
日銀が企業主に統計を取る。
「好況感」もよくわからない。

さらに私は「バケツリレー理論」というものを作った。−中略−
 バケツリレーはご存じのとおり、皆で一列に並んでバケツに入った水を手渡していく、というものである。そこで今、皆で皮から水をバケツリレー方式で汲んで、なるべく早く陸にあるタンクを満タンにする、という作業を考えてみよう。−中略−バケツに入れる水の量だけに注目すると、どれぐらい水を入れるのが一番良いのだろうか。−中略−バケツに水を満タンにすると、確かに最後の人がタンクに注ぐ水の量は多くなるが、バケツは重くなるので手渡しのスピードが遅くなる。(169〜170頁)

その答えは約七割ということがきちんと示されたのだ。(171頁)

個人のがんばりに「目いっぱい」を期待してはいけないのだ。

カーナビを使うと土地勘が悪くなる。
その日、6〜7キロ先のパーマ屋へ向かおうとしていた武田先生。
いつも通い慣れた道。
家から出て右に行くか左に行くか迷い、どちらからでも行けるので、左にハンドルを切った。
左伝いに行くという道で、世田谷の細かい道に入った。
その小道に入った瞬間、奥で工事。
たった一本、大回りしてくれと誘導があって、まっすぐ行く京成線を渡らずに、その手前を右に折れた。
右に折れた瞬間、左、左でクレーンが立っている先ほどの工事中の所を飛び越せると思った。
ところが、その先だった。
そこで行く道がないから右に切り、もうわからなくなった。
全くどこにいるかわからない。
それからとにかく車についていくとか、いろいろやっていたら、一方通行。
散歩中のおじいさんのステッキで車を叩かれてパニック。
おじいさんが誘導。
十字路になっていて、通れる道が一方だけしかない。
三方が進入禁止。
もうビビッているから、前に走っている車のケツを走る。
自分で判断するのが怖くなる。
前に車が走っているのを発見して、その車をずっとついていった。
大通に出たが、どこに出たのか全くわからない。
八月なのでやたら青空がきれいで、異国の街角に出たような。
いっつも帰り道で走っている淡島通りを逆に出ている。
やがて気が付くが、帰り道で使う道を反対に走ると、生まれて初めて見える道に見える。
いつも夕焼けの中で見ている道を昼過ぎに見ると、他の都道府県の道を走っているような不思議な気分になる。
人間は誤解に対して脆い。

人間というものを機械で正確に使っていこうとすると、不正確をどう正すかという能力がぐんぐん落ちていく。

介護をしている知り合いから聞いた話では、バリアフリー住宅に住み替えたら、お年寄りの痴呆が進んだ、という例もあるそうだ。(173頁)

東映の太秦撮影所で武田先生が聞いた話。
黄門様を大事にすると、すぐに黄門様が体調不良に陥って亡くなられるケースが高い。
水戸黄門の主役の黄門様は大事だから、みんなで大事にしてセットが遠い時は車で送り迎え。
セットを降りる時には、必ず数人で持ち上げる。
大事にしているとすぐに黄門様は弱ってしまう。
役者はそまつに扱われているうちが華。

今、急速に進みつつある車の自動停止装置など、安全装置が発達すればするほどドライバーの注意力が退化していく。
便利の奥には必ず何か、不便さに挑む気力をそぐというような面がある。
不便さに挑むという気力、これを目標を置くべきで、完璧にその目標がなくなることは、人間として非常に不便になることではないか。

私が以前に見た興味深い車内広告を紹介したい。それはアフリカへの食糧援助の啓発ポスターで、そこでは食糧難民の人がこう訴えていた。「私たちが欲しいのは食糧ではありません。食糧の作り方を教えて欲しいのです」(175〜176頁)

渋谷から三軒茶屋方面、東名に続く謎。
池尻手前から池尻あたりで、必ず渋滞が起こる。
距離にして2〜3キロ。
これは渋谷から池尻にかけて、目に見えないが登りになっている。
だから車のスピードがカタンと落ち、車間が次々に詰まってゆく。

渋滞学 (新潮選書)



安定した車間があり、その車間が急に詰まる時、渋滞へとなる。

 例えば渋滞ができかけた時、その5kmぐらい手前ならまだ渋滞はしていない。そこでここを走る車が40m以上、例えば70mの程度の車間を空け、時速70kmぐらいで一定の速度で渋滞に向かって走るのである。ここで時速100kmで飛ばして結局渋滞にはまるよりも、少しゆっくりだが一定の速度で進んでいった方が高い確率で渋滞を避けることができる。(178頁)

渋滞の場所から抜け出る時を考えてみよう。−中略−三台ぐらい先を見て、その車が加速し出したら素早く前方車についていく意識を持つことが大切である。(178頁)

渋滞にはゆっくり近づいて、素早く離れるのが重要である(スローイン・ファストアウト)。
渋滞しているので詰めるという誤解が渋滞を延ばしてゆく。

誤解が絡んで合意形成ができない。
それが誤解の大元である。
集団的自衛権、憲法解釈、対中韓外交、男女、夫婦、親子、仕事仲間にも誤解が渦巻いている。
一番、実は社会問題で取り上げなければいけない問題第一位は「誤解」。
それをどうやって解くか。

 合意形成のために私が最も効果的だと考えているのが、お互いの感情の共有機会を増やす、ということである。(185頁)

言葉のキメが粗い人がいる。
「ズバリものを言うことの快感」に酔っている方。
例えば「オマエなんか消え失せろ」「あれはバカだから」こういう言葉づかいの方。
不吉な予言を口にする方。
「彼、近々つまづくな」

言葉のキメの粗い人。
結論をまず言う人。
自分の正義を語る人。
他人の意見を聞きたくない人。
呪いの言葉づかいの人。

誤解をバサッと斧で断ち切るみたいに語る人も以外と使い物にならない。
本当に誤解に対して強い人というのは、その誤解を更に延長して、誤解を断ち切るのではなく、誤解を引きのばしていく人。
「何年か先にわかればいいんだ」という悠然たる態度を取る人の方が言葉が信用され、誤解をされない。

伝説のジャーナリストむのたけじ氏(99歳)。
戦争中に朝日新聞が軍部の命令を聞いて嘘ばかり書くので、たった一人で責任をとって朝日新聞を辞めた人。
そしてたった一人で秋田で小さな新聞(週刊新聞「たいまつ」)を発行し続けた。

そこで地元の国会議員に注文をつけたり、様々な政治の問題を記事にしてきたのだ。そしてある時、その批判の矛先を向けていた地元の有力者から食事の誘いが来たそうだ。−中略−むのさんが、当日にどうしてそのような素晴らしい食事会を開いてくれたのかと尋ねたところ、相手は、
「おめは敵だから、潰すわげにいがね」
と答えたそうだ。
(186頁)

敵だからと潰しにかかる人は誤解に対してもろい。

 誤解とは、単一化を避け多様性を確保する人間社会のメカニズムであり、必要悪とも言えるものであろう。−中略−生物にとって、単一性は死滅を意味する。つまり、誤解は社会安定のための重要な機能とも言えるのだ。人間社会でも、異質な考えを内包することで、それは人と人の間にひずみエネルギーを生みだす。それが社会の活力の源で、人は誤解を埋めようとして生きる。このひずみエネルギーのストレスが人の行動の原動力の源泉の一つだと思う。(186〜187頁)

世の中で自分を誤解をしている人だけが世界を変えることができます。
正しく理解されたいと願う時のみ、誤解されません。
誤解を恐れ、己を正しいと思う人は、必ず誤解されます。

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(9月1〜12日)◆『誤解学』西成活裕(前編)

誤解学 (新潮選書)



西成活裕氏は、渋滞学や無駄学の研究で知られる数理物理学者。

本がその人の印象に深く残るかどうかの分かれ道。
深く残るためには、一回誤解しないとダメだ。
「この本はもしかしたら著者が、俺のためだけに書いた一冊じゃないか?」
武田先生にとって、そういう存在の本は司馬遼太郎著『竜馬がゆく』

竜馬がゆく〈1〉 (文春文庫)



「立志篇」を読んでいるうちに「ひょっとしたらこの本は、俺のためだけに司馬っていう人が書いたんじゃないか」と思った武田先生。
18歳の9月の今時分から「竜馬がゆく」を読みだした。
面白いのなんの。
まともに本を読んだのはそれが初めて。
誤解というものが人間に与える影響力のすごさ。
「正解」よりももっと大きい。

恋愛も誤解から始まる(水谷譲)。

武田先生が奥様と初めて会った時の話。
細い肩で、後ろをちょっと向いていると、かわいそうでかわいそうで。
「こんなかわいそうな人が俺と一緒になることでうれしいのなら、なんでもしてあげよう」と思った。
今、わかった。
ちっともかわいそうじゃなかった。
本当に強い方でした。
それが弱そうに見えた。
誤解だった。
本当に強い。

著者は誤解というものの面白さをこんなエピソードで語っている。

「西施の顰みに倣う」という言葉がある。これは『荘子』に出てくる話に由来するものであるが、昔、西施という絶世の美女がいたそうだ。ところが、彼女は心臓を患い、苦しさから眉をひそめることが多かった。しかし、その美しさに憧れる近隣の女性が、西施の表情を見て、眉をひそめるのが美女の証だと誤解してしまった。そしてその後、眉をひそめれば美しく見えるかと思って真似するようになった、という逸話である。(3頁) 

誤解には様々な種類がある。
その一つが「聞き間違い」。

テレビアニメ『巨人の星』の主題歌を聞き間違っていた人が私の周囲にいた。「思いこんだら試練の道を」で始まるあの有名な歌であるが、「重い こんだら」と誤解していて、「こんだら」という、何やら重たいものがあるのだ、とずっと思っていたそうだ。(21頁)

子供たちが昔の言葉づかいがわからず、ずっとそうだと信じていた。
『仰げば尊し』
我が師の恩 → 和菓子の恩

 このような聞き間違いのことを英語では「モンデグリーン」という。変わった英単語だが、この言葉はアメリカの作家シルビア・ライトさんの造語である。彼女は子供の時に聞いたある詩の一部で、「彼を草原に埋めた」という意味の「laid him on the green」を、「Lady Mondegreen」つまり「モンデグリーン夫人」だとずっと思いこんでいたそうだ。このエピソードを1950年代に本に著してから、英語圏ではこの言葉が聞き間違いの代名詞のように使われ始めた。(21頁)

文字を読んで誤解することもある。

恥ずかしいことに、長い間私は薬の処方箋に書いてある「食間」という言葉を誤解していた。これは、「食事をしている間」に薬を飲む、という意味だと思って、食べながら一緒に飲んでいた。「食間」という言葉がどうしても「食べている間」に見えてしまうのだ。もちろん実際には「食事と食事の間」、つまり食後二時間程度経過したぐらいを意味しているのだが(36頁)

誤解はどのようにして生まれるのか?
著者は数式にしている。
(このあたりの話は「第二章 誤解の理論」)
伝え手(番組で「聞き手」と言ったようだけど、内容的に「伝え手」の方かと思う)の真意I(intention)がある。
伝え手が発する情報M(message)によって受け手に渡され、一つの見解V(view)を生む。
この「I=M=V」ならば誤解は生じない。
しかし、こんな簡単に意図は伝わらない。
情報Mを受け取る時の個人の理解U(understand)が大きく情報を歪ませるからである。
Uをしっかりと統一しないと、Vは絶対に重ならない。
このUを統一するための方法が「微分思考」。

製造工場での生産システムの効率化の方法として「トヨタ生産方式」というものを紹介したが、そこでも「分ければわかる」という格言が知られている。これは簡単に言えば、とにかく全体を細かい部分に分ければ、どこに無駄があるか見えてくる、という意味だが、まさに微分思考そのものである。(55頁)

問題が大きくなった時には、こんがらがった糸をほぐすように細分化して分割してほどいてゆく。
以下、西成氏は方程式でず〜っと解いてゆくが、わからないので44〜97ページはカッ飛ばす武田先生。

暗黙の了解が多い日本の文化風土の場合、その暗黙知を共有していない人にとっては省略の多さのためにメッセージを正しく理解することは困難になるだろう。(97〜98頁)

主語、助詞の複雑さ、反対語の多さなど
「いい加減」「適当」「よろしく」
これは文脈の中に置かないとはっきりしない。
意味が反転する言葉が日本の文化の中にはたくさんある。

実はこの話自体が都市伝説として信憑性が疑わしいところがあるが、早く帰ってほしい客に「ぶぶ漬けでもどうぞ」と勧めるもので、これを言われたら客はぶぶ漬けをいただくのではなく、断って速やかに帰るのが礼儀、という話だ。(113頁)

人の認知プロセスはメッセージを聞くと、短期記憶としては海馬に入るが、約30秒で消えてしまう。

その中でも特に刺激の強いものや、繰り返し入ってくるものは長期記憶に転送され、これこそがその人の持つ知識になる。(115頁)

言葉だけでは言葉が伝わらないという国語。
それが日本語である。
日本語はややこしい。
その故か、日本語には擬音語とか擬態語が多く、「きらきら」とか「ぎらぎら」、「じっと」「じろじろ」など、言葉の輪郭を受け手に正確に伝えようとする会話の手段がある。
(このあたりの話は108ページあたり)
日本語のズレは日本人の間でもあるのではないか?
本当に困るのは、まるまる言葉を信じられる時。
「いつでも遊びに来いよ」
次の日に遊びに来られると困る。
社交辞令だから。

「古池や蛙飛びこむ水の音」松尾芭蕉
英語に訳しても中国語に訳してもニュアンスは伝わらない。
英語で言ってしまうと物理の現象のようだ。
中国語に訳すとものすごくオーバーになる。
わびさびが伝わらない。
「静けさ」をカエルが飛びこむ水音で表現する。
音で静けさを表現するという国語がない。

日本語の特徴の一つ。
ハロー効果。
「東大出身」と聞けば「優秀」。
東大を卒業しても使い物にならない人はいる。
「弁護士」と聞けば、つい信用してしまう。
日本人は血液型だけで性格がわかったような気になる。

相対評価と絶対評価を取り間違える。

 皆さんは、ドイツと言えばどのようなイメージをお持ちだろうか。−中略−まず、ショックを受けたのは電車が時間通りに来ない、ということである。五分程度の遅れは当たり前で、十五分遅れても、特に何のアナウンスも入らず、掲示板にただ小さく「十五分遅れ」という表示が出るだけである。(26頁)

 さらには相対評価と絶対評価という問題があり、例えば第一章で挙げたドイツの鉄道の例は、イタリアに比べるとドイツは時間に正確であるが、日本の鉄道に比べると足元にも及ばない、というものである。つまり、正確という言葉は相対的なものであり、それが絶対的なものだと勘違いしてしまうと、意識の中で先入観を形作ってしまう。(117頁)

武田先生がテレビで見た話。
新幹線の運転手。
風景でだいたい時速何キロかを逆算できる。
この新幹線は何時何分頃に三島駅を通過するであろう。とかって全部計算できる。
日本はそういう訓練をする。

相対評価と絶対評価が混乱してしまっている。
その対処法。
「人のうわさは五分五分」という定理。

まず、ある噂話があるとしよう。これは正しくても間違っていてもどちらでも良い。そしてこれをある人が何人かに伝えたとする。さらにその話を聞いた人たちはまた何人かに伝えていく。(126頁)

ある人が三人の人にうわさを広めると、二人は信じ、一人は信じない。
その三人が更に三人へ、更にもう三人へと繰り返しうわさを広めていくと、うわさを信じる人と信じない人が出てくる。
これを何代か伝えるときれいに五分五分になる。
だから「話半分」ぐらいがちょうどいい。

今年の八月の上旬、台風がピタッと止まって、朝鮮半島の脇にいる時に大雨が降った。
呼びかける言葉が大きい。
「命を失う危険性があるので、直ちに避難してください」
とか。
最近、避難に関しては大きい言葉が流行り。
不安の扱い方は一つの言葉ではとても足りない。

物理学で言う「確率共鳴」という現象がカギを握っているように私には思える。(129頁)

正常な状態ならば正誤の意見分布は半々になるが、何らかの情報操作があればそれは偏ってくる、ということを意味しているのだ。戦争において、敵の情報操作が無い場合は、自分の軍に有利な情報と不利な情報が半々で入ってくる。(128頁)

今、皆さんの身の回りにいっぱいある情報が。
皆さんが情報を受け取る時に、誰かがいじくった情報がある。
いじくられて嘘なのか本当なのか、誤解しないために、見分けるコツがありますよ。
その方法が、情報をいじくった場合、情報が一方的になる。
ワールドカップについて、テレビが、まだ予選が終わっていないのに決勝リーグの話ばかりしていた。
予選リーグの心配をしないで、決勝リーグでどこと当たると得なのか、アフリカのあの国には勝つ。南米のあの国と引き分けにしておいて、ヨーロッパの神話のあの国と引き分けか勝つかすると簡単に突破できる。
実際にやってみると、アフリカのあの国に負けたので大騒ぎが始まった。
有利なら有利ばっかりの情報を流している時、この情報は「誰かが操作している」。
有利と不利が両方、あなたの耳に届いた場合、この情報は信じてもいいんじゃないの。
うわさとかノイズ、雑音が混じっていると、意外と信用できる。
あまりにもきれいな情報は信用できない。
サムライブルーに関して、あまりにも予選から舐めすぎていた。
誰か一人が頑張って「日本ダメだよ」という情報があった方がクールになれたんじゃないか。
情報が流れる時に、それが雑音とかノイズとかが入っているんだったら信用してもいいけど、あまりにもわかりやすい情報だったら「誰かいじってるんじゃないの?」。
上海の食品工場(マクドナ○ドのチキ○ナゲットの)のセリフも映像も、隠しカメラにしてはきれいに映りすぎている。
もう一つ何か裏があるのではないか?

誤解はもともとしやすい割に、意外といじられやすいので気を付けましょう。

生まれた誤解に対してどう向き合うか?
誤解に対する態度は三つある。

@誤解を解きたいと努力する
A誤解が修復不能と考え、二人の関係を終わらせる
Bそのまま放置しておく
(132〜133頁)

@収束型
A発散型
B中立型
(133頁)

誤解を解消するには、莫大なエネルギーが必要である。
そうるすと逆にストレスがどんどん増す。
ラジオで声だけ聞くと、武田先生の声は「態度がでかい男」に聞こえる。
日本中で誤解している人がいる。
本当は気が弱い。
ノミの金玉。
声の質が偉そう。
真っ先に暗殺されるタイプ。
最近ちょっとよくなったと思うのは、年を取って、舌の回りが悪くなったり、言葉につまったり、せき込みそうになったりする。
そうすると真実味が増して、前よりちょっとよさそうな。
バリバリ喋るヤツは嫌われる。

姜尚中さんの声。
耳たぶ噛むみたいな(武田説)。
姜尚中さんは「てっちゃん」と呼ばれている(日本名は永野鉄男さんなので)。
同じ九州出身でお母さんが苦労人の「てっちゃん」同士なので武田先生と気が合う。

誤解を解く一番手っ取り早い方法は、誤解をしている相手と共通する事項を、つまり、こんがらがっている糸目まではまっすぐなのだと確認し合い、二人で糸目を広げていく。

あきらめが肝心である。
あきらめ方にステキな工夫がある。
(あきらめの話は153頁あたり)
この方法をバックキャストとおっしゃっている。
(本を読んだ限りでは、あきらめの話とバックキャストは無関係に思えるが)

 さらに長期的視野の経営のためのヒントになるものが、バックキャストという考え方である。これは、現状をどのように改善していけば良いか、ということに対する一つの方策である。まず、皆で組織の将来のあるべき姿を自由に思い描くことから始める。次にその理想像と現状の差を分析し、その差を埋めていくような改善をしていく方法である。初めに将来像を描き、そこから逆に戻って現状を眺めているため、バックキャスト型と言われるのである。これに対して、現状を徹底的に調査し、そこで問題だと思えることをあぶり出し、それを改善していく、というやり方をフォアキャスト型と呼ぶ。現状から前を見て進んでいくため、そう呼ばれる。(172頁)

まず、二人の将来像を描こう。
自分がほっとしたり、嬉々とした生活をしている未来を想像しよう。
誤解がストレスだとしても、誤解が息苦しい時でも「五年先」の自分を仮定したら、何となくほっとできる。
そのことを考えて、今、この誤解をもう一回考えていこう。
一年先のことを考えると、誤解を早く解こうと力む。
三年ではちょっと急いでしまう。
五年先を目指して、その努力を続けましょう。
長いスパンで考えた方がいい。

2014年09月20日

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(8月25〜29日)◆『修業論』内田樹

修業論 (光文社新書)



この本は以前にも番組で取り上げられているので、今回は重複している部分もある。

人間には修行体質と悟り体質と二通りある。
「悟ってわかったから何もしたくない」という人と、「悟っていないのでずっと一生やっていきたい」という人。
水谷譲と武田先生は修行体質。

 因果論的な思考が「敵」を作り出すのである。(41頁)

敵と特定し、排除しさえすれば原初の清浄と健全さが回復される。そういう考え方をする人にとっては、すれ違う人も、触れるものも、すべてが潜在的には敵となる。(42頁)

心の中には「敵を作りやすい」という心構えがある。
それは「敵さえいなくなれば私は」という発想の人。
そういう人は絶えず敵を作らないと気がすまない。
敵を作ることによって、内側をまとめようという国がある。
あの国は、思考法そのものが因果論的。
必ず因果を口にする。
「先の大戦に反省が足りない」
内田先生が言っているのはそういうこと。
内田先生は、修行、武道、合気道の心構えで説くが、それが全てのことに転用できる。
国際社会、女房とうまくいかないときでも内田先生の「修行論」は役に立つ。
奥さんの一言に「カチン」とくることがある。
奥さんは綺麗な関節技を決める。
ボキっと折れる音がする武田先生。
夫婦というのは長くいるとアイコンタクトが敵同士の見つめ合いになる時がある。
一番大事なことは「隣国を敵と思わない」「女房を敵と思わない」そういう心を作る、それが修行なんだ。

「敵を作らない」とは、自分がどのような状態にあろうとも、それを「敵による否定的な干渉の結果」としてはとらえないということである。自分の現状を因果の語法では語らないということである。
 たしかに加齢や老化や疾病や外傷は、私の心身のパフォーマンスを低下させる。だが、そのときに、病や痛みを、「私」の外部から到来して、「私」の機能を劣化させるものとはしない。それらを、久しく「私」とともに生きてきた「私の構成要素の一つ」と考えるのである。
(42頁)

「もう年だから」
「若い時はこうじゃなかったよ」と言いたいがために。
これが因果的語法。
そうすると、自分の老化、年を取ること自体も敵になる。
昨日より老けた私が、今日の私は許せない。
そんな息苦しい生き方はつまらない。
「戦後の反省が足りない」という隣国も、憎きライバルも、時々関節技をかける女房に対しても、それを敵と思わずに「私を構成する要素の一つだ」「奥さんがいればこその私」「憎きライバルがいればこその私」「私のことを大嫌いという隣の国の人々のおかげで私は私である」。
ここに修行の第一歩の心構えがある。

「敵を作る」心は、自分の置かれた状況を「入力/出力系」として理解する。
「ベスト・コンディションの私」がまずいる。そこに「敵」がやってきて(対戦相手でも、インフルエンザウイルスでも)、私が変調させられる。「敵」の入力を排除して、「私」の現状を回復すれば「勝ち」(できなければ「負け」)という継時的な変化として、出来事の全体はとらえられる。
(44頁)

禅宗の沢庵和尚はサムライの心構え、武道、修行の心構えを文字で残した。
「敵を作る心」のことを沢庵は「住地煩悩」と呼んだ。

『不動智神妙録』に沢庵はこう書いている。
−中略−向ふより切太刀を一目見て、其儘にそこにて合はんと思へは、向ふの太刀に其儘に心が止まりて、手前の働か抜け候て、向ふの人にきられ候。(44頁)

敵がいる。
「敵だっ!あっ!切ってきやがった!」と思った瞬間に、あなたの心は敵に居ついて、敵から動かなくなってしまう。
「敵だ」と思う、その隙にあなたの体が動かず、刀も抜けずにあなたは切られてしまう。
それは「住地煩悩」、あなたの煩悩がそこに止まったからだ!

では切られないためにはどうするか?

石火之機と申す事の候。(……)石をハタと打つや否や、光が出て、打つと其まゝ出る火なれば、間も透間もなき事にて候。(45頁)

 継起的なプロセスに即して出来事を見てはならない。
 では、どうすればいいのか。
 沢庵の回答は「右衛門とよびかくると、あつと答ふる」に尽きる。間髪を容れずに答える。入力と出力のタイムラグをゼロにすること。それが答えである。
(46頁)

これはどういうことかというと、敵である女房が「あなた!」と言う。
「あの件かな?この件かな?」と自分がしでかした不始末のあれこれを考える。
その間に切られる。
ふっと「あれかな?これかな」と思いつつ振り返ると、その間に隙がある。
切られないためには、すぐに返事をする。
何も考えずに「はい!」。
綺麗な笑顔のまま「はい!」。
ちょっとでも不安な表情をしたら、どうせ読まれるのだから、間髪を入れずに振り返って返事をする。
それを毎日のクセにする。
その瞬間にあなたから一分の隙もなくなる。
それが武道的身体。
非中枢的身体運用。
脳に情報を一回入れない。
脳を経由せず、体が反応する己。
それをすると次に出てくる、いかな課題にも全部答えられる。

娘に「どれだけ愛していたか」という例え話をする武田先生。
親は子を愛しているので、「内臓で二つあるものは一つあげるよ」「肺の一つ、腎臓の一つをあげてもいい」というぐらい、内臓を割って裂いてあげてもいいと思うぐらい、親は子のことを心配していると言う武田先生。
その時、ちょっと酒が入っていた。
全く罪がなく、隙が出た。
「じゃあまず、もう使わないから睾丸をあげよう」
怒り狂う娘。
「人が真面目に聞いていたら、何そのふざけかたは!」
隙がある。

内田先生が言っているのは、隙間なくパツと反応しろ。
ハーモニーを形成するようなものだ。
間髪を置かずにハモる。
それも実は武道の極意。

「敵」とは心身のパフォーマンスを低下させるすべてのファクターのことである。(54頁)

パフォーマンスを低下させるもの。
ライバル。
あなの可動域を制限するもの、あなたから自由を奪うもの、あなたを倒そうとするもの。
あなたの全能に抗うもの。
子供、旦那様、あなたを不安にさせるもの、あなたの身内全て。
そういうものが敵だとしよう。
その場合、あなたが敵から身を守るためには、あなた自身が考え方を変えるしかない。
それは私という概念を書き換えないと話は始まらない。
どういうふうに書き換えるか。
どう考え直すか。
「私を守ろう」という考えを捨てること。
そうすると敵ではなくなる。

「守るべき私を」を忘れたとき、最強となる(59頁)

 それはとりあえずは、「意思を持たない」ということである。「意思」と言ってもいいし、「計画」と言ってもいいし、「予断」と言ってもいいし、あるいは「取り越し苦労」と言ってもいい。どういう言い方をするにせよ、それは未来についての予見の構造的な欠如を意味している。
 未来を予測しないもの、それがとりあえず、「無敵」の探求への第一歩を踏み出すときに手がかりにすることのできる「私」の条件である。
(64頁)

つまり、明日を予測しようとしない。
明日はどうなるかわからないというところにとめておく。
カッコ内に入れておく。
そのことが、あなたを無敵にする第一歩の修行となる。

あるラジオで、ずっと嘆いているキャスターがいた。
その人の言っていることもわからないでもないが、内田先生のこういう言葉を聞いたあとは、その人の言っていることが、すごくひっかかるようになった武田先生。
その人は2020年の8月を心配している。
オリンピックをこの暑さの中でやる。
マラソン競技ができるかどうか?
都の方は「アスファルトの性質を変えましょう」とか、「走るところを全部ミストにしちゃおう」とか言うけど、そのことで、こんな暑いところで競技を棄権する選手が出た場合どうするんだ!?
日本は更に深刻な国際的批判にさらされますよ!
国立で陸上競技ができるんですか!この暑さの中で!!
この人は周り中敵だらけの人。
2020年の8月の暑さのことを今から心配することはない、と思う武田先生。
2020年はものすごい冷夏が来て、軽井沢と同じ気温になるかも知れない。
未来を今から決めないこと。
子供の未来には50点の未来を早めに子供に与えないこと。
子供は放っておくと、とんでもない道を歩き出すが、とんでもないところが未来。
お母さんが子供に指し示す未来はいつも50点。

自分の周りの人を気にして「あっちの方がよくできるんじゃないか」「こっちの方が面白いんじゃないか」と気にしているとうまくいかないと考える水谷譲。
何も考えないのが一番いい。

敵に打ち勝つために考え方、運動をやるんじゃなくて、敵を最初から作らない。
その第一歩は、「間違った」と思ったらすぐに謝ること。
それがメディアの生き方。

「減点法」のマインドセットで採点すべきではない。

「減点できる」ということは「満点を知っている」ということが前提になるからである。試験の答案の祭典と同じで、「満点答案」が手元になければ、採点はできない。−中略−考えれば自明のことだが、「完成形」というものを仮想的にではあれ先取りするというのは、単一の度量衡に居着くということを意味している。−中略−
 それまで自分自身の身体運用を説明するときに用いていた語彙には存在しない語を借りてしか説明できない動き、そのようなものが「できてしまった」後に、「私は今いったい何をしたのか?」という遡及的な問いが立ち上がる。それがブレークスルーという経験である。
 そのような動きを、既知の「満点答案」からの減点法で点数化できるはずがない。
(80〜81頁)

「安倍内閣は50点だな」
点数を付ける人がいる。
この考え方がまずいのは、この人は100点を知らずに50点を付けている。
生まれて初めて最高に美味いものに出くわしたという体験をしたければ点数を付けてはいけない。
点数を付けている人は、絶対に遭遇できない。
その人は100点を知っているわけだから、かつて「最高に美味いもの」を食べたということで食べるわけだから「生まれて初めての最高のもの」には絶対に遭遇できない。
自分の中には100点をつくらない。
それが自分の中に100点を目指す意欲になる。

減点法の語り口調ではものごとを見ない。

 生命活動の中心にあるのは自我ではない。生きる力である。それ以外にない。自我も主体も実存も直観もクオリアも超越的主観も、生命活動の中心の座を占めることはできない。
−中略−
 だから「自我があるせいで、生き延びるのが不利になる」状況に際会すれば、「生きる力」は「自我機能を停止せよ」という判断を下すはずである。(146〜147頁)

非常時には「自我」がリスクとなる(146頁)

加奈さんが仕事現場にやってきてマイクを前にしてしゃべって、ごはんを食べて、同僚あるいは先輩たちと語らって考えを発表して。そういう生活活動がある。
その真ん中にあるのは加奈さんではない。
加奈さんが加奈さんのことしかマイクの前で話さないような人だったら使い物にならない。女子アナとして。

あなたが武道的にもっとも危険な状態に追い込まれた時「私だけでも助かりたい」と思う心があなたのリスクだ。
もし自分のことを忘れて「早く逃げてください」と人に叫んだ時、あなたは最も助かる確率が高くなる。
人のことを心配して助かったという人が大勢いる。
自分のことだけが心配だったとって、逆に悲劇に巻き込まれる実例を私たちはいっぱい知っている。
非常事態が起こった場合に一番必要なのは情報。
様々な局面、全体の状況とか情報が必要になる。
全体の情報に自分を合わせるためには、自分を一回忘れた方がいい。
自分のことだけ心配している人は、そこは助かるかも知れないけど、その先でけつまづく可能性がある。
少ない情報よりも多い情報の方が情報は正確になる。
多い情報を得るためには、一回自分を忘れた方がいい。
たくさんの人と同じ気持ちになった方が助かる可能性が高い。

最も災害で危険な人物は、危機に遭った時に自我を手放さない人。
それは、自分の家のことだけを心配している人。
他の家はどうなってもいいけど、自分の家だけはつぶれないとか、自分の家の金庫だけは持って行こうと考えている人は最も危険な人。
何もかもを捨てて逃げている人が一番。

映画やドラマでも緊急時にお金をどうにかしようとしている人が死んでしまうというストーリーが多い。
物語がちゃんと知っている。
普遍的な真理がそこにあるから。
決定的なのは、危機に際して自分をパッと忘れて、人と人とをくっつける人。
そういう人が生き延びる確率が高いというのは、もう自分の体が証明しているじゃないか。

 それは原初の生物が、身体を構成する原子数を増やしたり、群生したりして、生き延びるチャンスを増やそうとしたことと、本質的には変わらない。(152頁)

たくさん集まった結果。
60兆の細胞の集合体。
集まって一つの身体を構成するような生き物になれる。

人間は何かとドッキングして別の生き物になる。
そういう可能性を体の中に持っていないとダメですよ。
キマイラとは「頭が二つ、体幹が二つ、手が四本、足が四本」。
そういう生き物に一瞬にしてなる。
男女のまぐわいも「キマイラ的身体」(武田説)。

内田先生はこの本の中で「成熟しろ」とばかりおっしゃる。

 幼児は「大人である」ということがどういうことかを知らないから幼児なのであり、大人は「大人になった」後に、「大人になる」とはこういうことだったのかと事後的・回顧的に気づいたから大人なのである。成熟した後にしか、自分がたどってきた行程がどんな意味をもつものなのかがわからない。それが成熟という力動的なプロセスの仕掛けである。(179頁)

なぜ人間は子供のままではだめなのか?
大人にならないと、この世界を守ることができない。
幼児的な人は恐ろしい側面があって「気に入らない人は皆殺しにする」というのが幼児的である。
「悪は一瞬にして滅ぼすことができる」とか、「悪の裏側には全部悪の組織」という人がいる。
悪を一つに絞ると、世界が非常にわかりやすい。
その悪をやっつければ世界がよくなると言った人はヒトラーとか。
それではいけない。
人間の体でちゃんと正義を目指せる人がいい。
「悪は私の内側にもあります」というような大人の感性が正義を目指さない限り、人間は非常に非人間的なしうちを人間にする。
ゆっくり変えていくしかない。
その「ゆっくり」に耐えられるのが大人。
つまり修行した人しかできない。
だから修行しよう。

2014年07月28日

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(4月21〜5月2日)◆『そして最後にヒトが残った―ネアンデルタール人と私たちの50万年史』クライブ・フィンレイソン(後編)

これの続きです。

かつて地上に栄えたネアンデルタール人という種がいた。
その種が滅びた後、我々現生人類が地上に満ち溢れた。
それは我々が格別すぐれていたわけではなくて、なんだかんだまぐれで結構生き残っている。
ネアンデルタール人は立派な体格をしていた。
筋肉質で高い文明を持っていた。
一部では埋葬の習慣を持っていたという説がある。
ネアンデルタール人が見つかった墓を発掘していた時、友の亡骸の上に花の種がいっぱい落ちていた。
それはただの偶然ではないかという説もあって、我々と同じ気持ちでそこに花を置いたかどうかはわからないが、言葉を持っていて、ある程度の仲間意識もあった。
非常に人間に近い亜種であったであろうネアンデルタール人。
彼らが残したものの遺跡の中から様々なものが発見された。
彼らが食料としていたものの骨が見つかる。
ケナガマンモス、ケサイ、ジャコウウシ、トナカイ、イノシシ、アカシカ、ダマジカ。
そういう大型動物の肉を喰っていた。
それほどの体力と体格を彼らは持っていた。
我々よりもはるかに優れた体力、体格を持っていた。
その彼らが、なぜ絶滅したか?

おそらく、ネアンデルタール人というのは人類種の中で最高最強の種であった。
それが絶滅する。
最高最強すぎた種であったためではないか?
彼らは道具は棒とか石斧を使ったが、弓や槍を使った痕跡はない。
飛び道具を使わなかった最高最強の種。
間違いないことは、トナカイ、イノシシ、シカなどの大型の動物に対して接近して格闘の中で彼らを射止めた。
それだけの体力があった。
逆にそれだけ、そのことで死ぬことも多かった。
マンモスに対しても実際に斧を持って行って、立ち向かっていったのではないか。
それが逆に身を滅ぼすもとになった。
我々もマンモスを狙うが、槍を投げて、顔を覚えられるとまずいから、黄色人種は同じような顔になった。
ネアンデルタール人はそれぞれ個性的な顔をしていた。
体も大きいし顔を覚えられやすかった。
石斧でガーン!とやると「あっ!お前だな!」って言いながらケナガマンモスから深い恨みを買って逆に襲われることがあった。
種として完成されすぎるということは滅びへの近道である。

ユーラシアからヨーロッパ、シベリア南部沿いの森の時代、気候変動によって森は開け、そうすると彼らは小さい集団で動物を捕まえるという集団にならざるを得なかった。
大集団が組めなかった。
隠れる場所がないから。
勇猛果敢さが逆に大型の草食獣、肉食獣を敵に回すと滅びへの道が早まる。

5万年前のユーラシア大陸に暮らしていたネアンデルタール人は、3万年前までに大半が消え去ることとなった。
これはもちろん、環境の変化がある。
ユーラシア大陸に寒冷期がやってくる。
そしてシベリアにはツンドラステップが広がっていった。
入れ替わるようにアフリカから出発した現生人類が、広大なユーラシア大陸に旅立って、そこに定住していった。
現生人類はネアンデルタール人に比べると貧弱な体格をしていた。
大型草食獣と格闘する体格、体力を持っていない。
どうやって生き残ったかというと、徒党を組んで集団で狩りをする。
そのためにコミュニケーションを密にして言葉をどんどん複雑にしていった。
現生人類はヨーロッパの地で激しく気候変動に揺られた。
今、わかっていることは、この頃のヨーロッパの気候変動はすごい。
地形からわかることはヨーロッパ、ユーラシア大陸は140年の単位で風景が激変した。
これがネアンデルタール人を滅ぼした元。
親世代は森林に暮らした。
子世代は樹木がぽつりぽつりとある深い茂みのステップで暮らした。
孫世代はがらんとした草原で生きなければならない。
この親・子・孫三代が全く違う環境で生きなければならないほど、気候変動が激しかった。
親が持っていた知恵が子では何の役に立たなかった。
子が蓄えた知恵は孫には全く役に立たない。
それぐらいの激しい単位での気候変動があった。
完成した種であるネアンデルタール人は、あまりにも立派すぎる体格のゆえに、逆に獣がいなくなったり絶滅したりするので、食い物がなくなる。
実る季節になっても実らないという気候の変化。
その間に我々現生人類は、貧弱な体格のゆえにひたすら移動している。
拾い食いしていた時の股関節の柔らかさで草原を移動する。
そして道具を発達させて生き残りを果たした。
強さが生き残るための条件ではなく、弱さが生き残るための条件。

4万5千年前、ウラル山脈とカスピ海の東へ進出した現生人類。
遺伝的多様性を発揮して、ここで様々な人種が生まれる。
この人たちが西に行ったらイギリス人になる。
この人たちが東に行ったら我々日本人になる。
そういう遺伝的な蓄積がここでできる。

クリミア半島に住んでいるウクライナタタールという人種。
現地住民と言われるウクライナのタタール人と呼ばれる人種がある。
我々は東へ行ったが、西へ行った人たちがあの人たち。
タタールというのはそういうこと。
東洋人になる可能性のあった西洋人のこと。
見た目はロシア人にしか見えない。
あの人たちの遺伝子の中には東洋人の遺伝子がたっぷりある。
タタールというのは蒙古系という意味。
肉を食べる時にタレにつける。
タタール人が使う「タルタルソース」。
本当は「タタールソース」。

現生人類にとって幸運だったのは、ゆっくりと地球の気候が落ち着き始めた。
ネアンデルタール人はちょっと早かった。
1万年前に現代とよく似た気候にやっと落ち着いて、そのことで人類に文明が蓄積されはじめた。
集団での狩り、狩りの技術の伝承、集団を作り、集団は村となり、村は宗教を作った。
その間、現生人類は中央アジアでネアンデルタール人や初期人類に比べるとエネルギー効率よく動き回れる体型へと進化したのである。
ガッチリしなくても、しなやかな肉体を中央アジアで持った。
中央アジアで進化してきた現生人類は、ここから西へ行くものと東へ行くものに分かれ、中国、中元そしてヨーロッパへ広がって更に旅を始めた。
これは遺伝子の中に、ネアンデルタール人の遺伝子のタネが残っている。
この著者そのものは異種交配に関しては「なかった」と言っているが、残念ながらあった。

 二〇〇八年にシベリア南部のデニソワ洞窟で発見された人骨のミトコンドリアDNA配列が二〇一〇年三月に発表され、この人骨がホモ・サピエンスともネアンデルタール人とも違う可能性が示唆された(301頁)

我々は寒冷期、小氷河期、獲物にされるほどの(人間が獲物だった)弱いサルだった。
我々は森の隅っこ、草原と森の周辺部。
真ん中は強いのがみんな押さえている。
そこで、落ちた木の実を拾って、一生懸命生きる弱いサルだった。
そのことで直立歩行が可能になり、森の中央部にある甘い実をあきらめ、そのことが股関節をやわらかくし、直立歩行をなめらかにした。
草原で生きるうちに、ネアンデルタールより貧弱な体格であったため、集団で行動し、言葉を作り、あいた両手で槍と斧、弓矢、釣り針を発明した。

最古の犬のまぎれもない証拠だと考えられているのは、ロシアのブリャンスク地方にあるエリセエヴィチ一号遺跡から見つかったものだ。遺跡からは、ケナガマンモス、ホッキョクギツネ、トナカイの化石とともに、一万七〇〇〇〜一万三〇〇〇年前のものと考えられるシベリアン・ハスキーに似た二頭のイヌの頭骨が出土している。(241頁)

きれいに骨が出てくるから食用ではない。
1万7千年前、もう犬が人間と一緒に暮らし始めていた。
犬はもともと13万5千年前にオオカミから分かれたが、そのあたりからすぐに現生人類と一緒に暮らし始め、人類にとって初めて一緒に暮らした、つまり家畜となった生き物が犬であった。
犬を手に入れることによって、人間は急速に知恵を伸ばしたのではないか。
一緒に狩りをやってくれる唯一の動物。
人類は犬と共に生きていこうと決心した。
犬を手に入れたことは、ほぼ、蒸気機関や原子力に先行する、道具を手に入れたことと同じことだ。
犬が獲物を発見し人間に教えてくれて、共に食い物を分かち合う。
仲間、パートナー。

重大なことは、農耕よりも早く犬との共生が始まった。
つまり、犬と共生するうちに、他の動物の家畜化を思いつき、そこから定住、農耕社会が広がっていったと考えられる。

全てのデザインが完璧に現状と適合したものほど、ある日、突然絶滅に直面する。
適者生存ではなく適合しないものが、ある環境から出発し、予測できない世界に進出すると、生態的解放という急速発展を成功させる。
それが適者生存である。

ある環境がある。
そういう環境にぴったりと適合したものほど、突然絶滅する。
ネアンデルタール人のように。
あんまり完璧にデザインがうまくいっていない、環境にピタッとはまっていないとか、そういうやつが
「このままじゃ俺はダメだ。遠くの町に出かけよう」
と言いながら、更に過酷な環境に出発すると、その適合していないものは急速に自分の機能を上げて、生存が可能になる。
適者が生存するのではない。
適合しないものが環境に合わせるうちに適者になっていく。
完成されていないとか、そういうことがいかに大事であるか。

明日幸せになる人は、今、不幸でなければならない。

人類が生き残ったわけを考える武田先生。
森の真ん中に住むだけの体力がなくて、森の隅っこ、辺境、世界の果てでか細く生きていた。
弱くて個性がなくて、みんな同じような顔をしているけど、なんとなく初期人類って日本人に似ている。
世界の端、極東のジャポネシアという世界のはてに点々と暮らしつつ、それでも懸命に何かを工夫し、集団のコミュニケーション力を生かしながら、懸命に生きている。
その弱さこそが次の世界に適応していく力だ。
アメリカも大きい国、中国も大きい国。
何もかもが大きい。
だけど、逆に小ささこそが強くなる条件である。
「そして最後にヒトが残った」というこの言葉の中に、日本人が生きていく秘訣があるんじゃないかと思い立った。
そのためにはまず、犬を飼うこと。
何で犬を連れて歩きたがるのか?
犬を飼ったのは我々だけ。
ネアンデルタール人も犬を飼うのは忘れていた。
面倒くさかったんだろう。
そういうささやかなことが、生存力、生命力を伸ばしていったとすると、強い、弱いに関係ないのではないかという武田先生の好みの説。

内田樹氏の言葉
「強くなりたいために、一生懸命稽古をしている人は、弱さに縛られています。それを解放しない限り、あなたは強くなれません。」

新しい発見がどんどん続いていくので、この博士の説も時間が経つとガラッと。
発掘ものは別のものが発見されると、違う説になる。

滅び去ったネアンデルタール人と、なぜ我々は生き残ったのか?
クライブ博士は、いとも簡単に
「それは偶然である。ただ運がよかっただけだ」
もっとも生き残れる時に生き残れる場所にいた、それが人類である。
それ以外何もない。
非常にクールな見解。
武田先生の見解は異なる。
その偶然を引き寄せたものは何だろうか?
犬を飼うこと。
弱いから端っこに住んでいたこと。

佐藤勝(まさる)氏がラジオ番組でとてもいいことを言った。
ウクライナ問題について。
(文化放送「くにまるジャパン」ではないかと思われる)
「日本はどうしたらいいでしょうかね?」
と訊くラジオ司会者に対しておっしゃったことは
「何もしないことです。ですから今の政府は最高の外交を展開しております」
この十年で、政府の悪口を言わない評論家の言葉を初めて聞いた武田先生。
外交問題をあの若さでそこまで言えるあの人の知恵はすごい。
同志社の神学科(調べてみたが「神学部」のようだ)。
キリスト教系の勉強をなさった方。
同志社ではイスラム教の勉強もある。
日本人は面白いことに神様を拝む人のことを勉強したがる。
世界のどこへ行っても寺院を見たがるのは日本人だけ。
つまり日本人は宗教を観光したがる。

内田樹氏が日本人に関して言った言葉。
「宗教はないが信心はある」
どこに行っても手を合わせる人はいる。
神がいなくても信仰する心はある。
それが神社の前を通りかかったり、いかな国の戦没者慰霊塔を過ぎる時でも、必ず黙礼するというような不思議な国。
そういう国の面白さというのは、この国ならではではないか。

武田先生の雑感。
自己を環境に合わせるのではない。
環境を選んで、その環境に出入りするもの、そういうものが生存していく。
著者は50万年をこう振り返る。
「弱き者、辺境に住む者、そして孤立しているもの、それが実は進化の条件だ。強い者、大通り、真ん中に住んでいる者、彼らは進化が止まっている。」
ネアンデルタール人は15万年前に生まれた。
アフリカを脱してユーラシア大陸の覇者となったが気候変動により、2万4千年前に絶滅した。
13万年も生きた人類種であった。
我々はアフリカを出た時が12万年前。
すでに我々は言葉を持っていた。
二十歳で子供を産んだとして、そのアフリカを出た先祖から我々まで5千世代。
文字が生まれたのが5千年前のシュメール文明。
しかし2万年前、フランス、ラスコー洞窟には動物の絵や、月の満ち欠けの絵があり、これはすでに文字としての意味を持っている。
ここがネアンデルタールとの小さな、そして後、大きな生存の差となった。
それら絵文字が文字として整理されたのが5千年前、わずか250世代前。
そしてライト兄弟が空を飛んだのは、わずか百年ちょっと前。
今や我々は宇宙船を軌道に浮かべている。
弱くて隅に住んでいて、孤立しているところから進化は始まる。

「日本で、武田鉄矢のこの番組を聞いているみなさん。あなたがたは今、進化しています!」
(自分の言葉にうっとりとする武田先生)


武田鉄矢・今朝の三枚おろし(4月21〜5月2日)◆『そして最後にヒトが残った―ネアンデルタール人と私たちの50万年史』クライブ・フィンレイソン(前編)

そして最後にヒトが残った―ネアンデルタール人と私たちの50万年史



地球に存在した20種以上の人類の仲間のなかで、なぜヒトだけが生き延びることができたのか…古人類学の第一人者が数々の新発見とともに語る壮大な人類の物語。(「BOOK」データベースより)
(武田先生は本の帯か何かを読み上げていると思うけど、私が借りた本にはこの文章はなかった)

私たちヒトの仲間はかつて、20種類ぐらいいた。
白人、黒人、黄色人、なんて言っている場合ではない。
韓国人、中国人、ロシア人なんて言っている場合ではない。
なんでその中の一種類の私たちのみが生き残ったのか。
民族ではない種の系統のヒト始原、その始まりに遡ろう。
おそらくそのことは、きっと私たちの無意識まで遡るような気がする。

無意識。
私たちが持っている神話の第一ページ目はどんな世界だったのか?
世界の神にも見えたであろうネアンデルタール人と、現生人類の神々の間に一体何があったのか?
そんなワクワク感いっぱいで読み始めた武田先生。

 一般に信じられているのとは反対に、歴史は繰り返されない。−中略−生き残った者だけを見れば、生命は絶えず発展を続けてきたと考えてしまいがちだ。だが、地球誕生の物語には筋書きもなければ当然のなりゆきもなかったし、生命の物語を見ても、原始的なものから高等なものへの直線的な変化は読み取れない。(13頁)

歴史はただ一回だけ起こることをずっと辿っていく。
二度とそこには帰らない。

私たちはすぐに、だんだん進化してきたみたいに思ってしまう。
全然そういうことはなかった。

なぜヒトは生き残ったのか?なぜ進化したのか?
「まぐれ」
地球にとって、ネアンデルタール人が生き残って、私たちが全部滅びてもかまわなかった。
その「まぐれ」は一体なぜ起こったのか?

大陸の移動、山脈の隆起、海岸線の後退、氷床の拡大、気候の変動といった環境の変化によって多くの種が死に絶え、そのたびに新たな種が市場のシェアを獲得した。新種のなかには人類もいくらかいた。そのひとつであるネアンデルタール人は大成功をおさめ、次第に劣悪な環境となるヨーロッパとアジアの地で三〇万年のあいだ命をつないだ。これは私たち現生人類が地球上に出現してからよりも、ずっと長い年月である。
 だがあるとき、ネアンデルタール人は他の無数の生物と同じ運命をたどった−−絶滅したのである。
−中略−知性をもった輝かしい人類の仲間が、なぜ外部の力によって滅びてしまうほど弱い存在になったのか?(14頁)

大地を分かち合った私たちは生き残り、なぜ彼らは滅びたのか?

ヨーロッパの凍土で我々人類は、ネアンデルタール人と4万5千年前に出会ったはず。
かなりそばで一緒に住んでいた。
ところが著者は、そこではなく6千5百万年前までさかのぼる。
小惑星激突の大異変(K−T絶滅)。
メキシコのユカタン半島付近に直径約10kmの巨大隕石が落下し、その影響で恐竜が絶滅した。
この絶滅から生き残りの動物たち、その中からやっと2千3百万年前に、類人猿が出現した。
彼らはアフリカで生まれた。
我々は間違いなく、故郷はアフリカ。
その頃、アフリカは巨大な島だった。
巨大な島に生息するサル。

 およそ一九〇〇万年前、アフリカプレートとアラビアプレートがユーラシアプレートに衝突し、それぞれを分け隔てていた海路が閉じられた(20頁)

その時、地中海には水がなかった。
穴が開いているだけで、地中海ではなかった。

2千万年前、ただの木の上で暮らす生活者だった。
彼らは弱くて、森の隅に生きる生き物の牙も爪も持たない。
彼らは最適生息地の周辺に追いやられた敗者であった。
その頃、アフリカはものすごく豊かな森の島。
一番おいしい木の実なんかがいっぱい実っている森の真ん中は他の獣、牙を持ったやつが全部押さえていて、我ら類人猿、サルどもは、牙も爪も持たないので森の端っこの方に住んでいた。
我々は敗者という生き物として最初に生まれた。
我々は強者が独占する完熟果実をあきらめて、ちょっと生っぽいものをかじりながら細々と生きた。
それが、今残っているサラダを食べる習慣ではないか(武田説)。

青物に手を出すのは人類だけ。
カラスは熟れるまで柿の実を絶対つつかない。
真っ赤に熟れたものしか手を出さない。
人間はタケノコを食べたりする。
そうとう貧しいサル。
人間に対しても青物(若い女性)に手を出す。

この絶望の中で奇怪なことが起きる。
弱いので、トラなどに喰われないように木の上で生活していた。
ところが、ろくに爪も牙も持っていないから、完熟の果実は取れない。
地面に落ちた、ほかの獣が手を出さないものは喰える。
それで木の上と地面の往復を始めた。
この弱者の悲しい「落ちたもの拾い食い」がサルの股関節を柔らかくした。
股関節の柔らかさというのが、後に環境が変化した時に圧倒的に有利になる。

落ちた木の実を拾って食べるというその行為が、人類全体の大きな希望を拾う。
弱者の生命力、生存力をゆっくり増していった。

トロント大学のラリー・ソーチャックは、ジブラルタルの人口を何年もかけて研究している(ヨーロッパ最南端に位置するこの小さなイギリス領は、私の出身地でもある)。−中略−ジブラルタルが素晴らしい研究の場なのは、一七〇四年にイギリスに占領されて以来、転入、転出、出生、死亡、結婚など、全住民の記録が軍によって事細かに残されているからだ。(33頁)

食糧難、水不足、幼児の死亡等々で、人々にさまざまな不幸が襲った。
300年(武田先生は統計の開始が1704年であったことから、それ以降今に至るまでの300年間を調べた結果であると考えているようだが、実際に調査の対象となったのは1873〜1884年)のスパンで見ていくと、面白いことに劣悪な環境に生きた人の方が、長く生き延びて子孫を残している。
劣悪環境に等しく晒される時代、弱者こそ適者となって生存し、生きていく可能性を高めるという法則が確認される。
富裕層のコンサバティブは滅びやすく、弱者のイノベーターは不利を成功に結びつける力が増す。
飲料水なんかの問題。
多少濁った水でも、貧しい層は内臓が強くなる。
不潔に強くなる。
弱者生き残りの最高の方法として、劣悪な環境に耐えうる生存力。
それが、環境が激変した時には、ものすごく重大な力を種に宿す。

アフリカのサルも、木の上から落ちたものを拾いに喰いに行くという、つましいウロウロから、股関節が柔らかくなるという環境に適応する力。
喰われるかも知れないけれども、弱者の方が環境の激変に耐えうる。

アフリカの類人猿、我々の先祖は約2千年前、アフリカという森の中で生活していた。
500万年前あたりで我々はチンパンジーと分岐した。
別のアミダの道をたどり始めた。
この時にチンパンジーと分かれた私たちの先祖の人数は5万〜7万5千頭。
533万年前のこと、サハラ砂漠は大草原で、大きな川が一本流れていた。
アフリカでもナイルなどの川があり、湖(チャド湖)があったが海にはまだ流れ込んでいなかった。
地中海は海ではなく、海面から3千メートルえぐられた深い峡谷であった。
ゆっくり海の水が増え始めて、川はじりじりと侵食を続け、ついに水位が海と通じ、水は地中海に向かってしずくとなって滴り始めた。
(このあたりは54ページあたりだけど、地中海が何メートルとかは本には書いていない)
それはずっと滴り続けて(本によると26年間)、ある瞬間に堰が崩れた。
大西洋側から水が流れ始めて3千メートル下に落ちる大瀑布となった。
それで地中海が生まれた。
地中海ができたことにより、気候が一変した。
スイスあたりに、ヨーロッパサイド側に雲が発生して、今度は向こう側が緑になり始めた。
それまでは大氷原で一面のツンドラ地帯だった。
この海ができたことによって、逆に熱帯雨林に覆われたアフリカのサハラ一体がゆっくりと森が縮んでいって、草原から砂漠になった。
この不幸がアフリカに生きているサルに苦難として襲う。
これが人類の始まり。
森が縮む。
縮むことによって草原が広がっていってジャングルがなくなる。
5万〜7万5千頭いた人類というサルは喰うすべがなくなる。
ただし歩く準備はしていた。
股関節が柔らかいから草原の移動が速くなった。
遺跡が残っている。
草原に降りたサルたちの中の初期人類ラミダス(451万〜432万年前)、後にレイク・マン等々の種が次々に枝分かれしていって様々な種が生まれては消え去り、絶滅してはまた種が進化する。
様々な新種の人類を生み出していく。
アベル、ルーシーといった初期人類。
彼らは全部二足歩行で、旅をする人類であった。
でも、私たちの先祖ではない。
アフリカのこの地で、人類の種は何通りも生まれ、人類は一直線の進化を辿ったわけではない。
様々に出現し、同じ時と同じ地域を生きて、その種の中からその中の一人であるホモ・エレクトス。
これが先祖。

一七八万年前には東アフリカ、一八一万年前にはジャワ島にホモ・エレクトスがいたことが確認されているが(80頁)

私たちの先祖であるホモ・エレクトスは50万年の中でたった178万年前、地球から言わせると人類が生まれたのはつい一昨日のこと。
ホモ・エレクトスは爪も牙も持たない頼りない生き物。
地中海ができたので北部の方のアフリカが砂漠になり、密林が縮んでいって草原が広がるので森から追われる。
股関節を鍛えていたおかげで、草原を旅してさまよい歩く弱いサル。
それがホモ・エレクトス。
強いサルたちは森を独占し、そのサルたちはその後、絶滅する。
密林から出てこなくて、わずかに生き残ったのがゴリラとチンパンジー。

人類ではないが、我々の仲間である別人類が見つかっている。
ついこないだのこと。

 二〇〇四年、インドネシアのフローレス島でホビット(ホモ・フロレシエンシス)の化石が発見され、それがつい一万八〇〇年前まで生きていたという報告がなされた。−中略−なぜそんなに小さかったのだろうか?(69〜70頁)

最近絶滅した小型人類という種がいた。
魏志倭人伝(邪馬台国の場所が書いてある中国の資料)の中にも出てくる。

また侏儒国はその南にあり、人々の身長は三、四尺(昔の中国では1尺=23cm、後の時代でも33cm程度)で、女王国と四千余里離れている。また裸国・黒歯国はその東南にあり、舟行一年で到着できるという。

童話の中にも必ず小型人類が出てくる。
もしかすると本当に人類の中で、目撃したものがいるのではないか?

気候温暖化どころではない。
地球は何回も気候変動を繰り返している。
永久なる地球を我々は乞うが、生き物を殺す時はみんな殺す。
50万年史というのはその歴史。
繰り返し地球は気候変動を繰り返し、13〜10万年前、北アフリカは温暖な緑地だった。
サウジは全部、温暖な緑の草原だった。
その後12万年に、異常に乾燥し、その後、雨で多湿になる。
(このあたりの年代の話はちょっと意味不明)
そういう変動を繰り返していた。
ホモ・エレクトスは「こんなところでは生きていけない」と思った。
いよいよ「出アフリカ」。
人類の第一歩の旅が始まる。
幸いなことに、島だったアフリカはアラビア島とユーラシア島がくっついて細い道ができているので、わたって歩いて行けた。

50万年以上、異なる遺伝的系統をたどり続けた種の偉人たちが私たちにはいる。
4万5千年前、アフリカを出た現生人類は、ネアンデルタール人がユーラシア大陸に広がっていたので、そこで再会していたはずである。
ポルトガルからアルタイ山脈、その広大な地域にネアンデルタール人は我々の先祖がアフリカを出た頃に、先輩として広がっていた。
彼らはユーラシア大陸全部に広がって種としては大繁栄していた。
彼らは一説によると身長2メートル近い大男だった。
その彼らがなぜ滅んでいったか?


2014年07月23日

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(7月7〜18日)◆『遥かなる白川静』(後編)

これの続きです。

二十世紀、やっと発見され始めた甲骨文、金文。
亀の甲羅、牛の肩の骨に不思議な文様が描いてある。
これは文字ではないか?
甲骨文字を刻んだ王朝は「殷」。
三千三百年前の中国の黄河の下流にあった王朝文化。
変な王朝。
殷の人たちは自分のことを殷とは呼ばない。
自分たちのことを「商」と言う。
商を滅ぼした人たちが、蔑称でののしりを込めて「殷」と呼ぶ。
「殷」というのはすごく悪い意味。
中国の文化ではないような文化を持っていた。
「殷」という文字は「妊娠した女性の脇に別の人間が立って、その腹に向かって何かをしようとしている」。
殷を滅ぼしたことで周という国家が興ったのが中国のそもそもの始まり。
殷は中国の人から見ても「中国のにおい」がしない。
この人たちは全然中国本土になつかない。
国が滅びた後も、中国国内をうろうろして、他の人たちと交わらない。
自分たちだけでグループで徒党を組んで生きていくので、商売をやりながら点々を動いていた。
だから商売人のことを「商」人と言う。
「殷(いん)」を「ん」とはずまずに「いー」と伸ばすと、日本人になる。
日本人のことを「東夷(とうい)」と言う。
我々は「夷人」。
いわゆる東の海沿いの人間たちという意味。
殷というのは紀元前千三百年、海沿いの町に出てきて、都(安養)にに住み着き、その時に四千もの占刻文字(「センコクモジ」と聞こえたのだが、どういう字かがわからなかった)を遺跡に残している。
いろいろな文明があるが、紂王(武田先生は「武帝」と言われたように聞こえたけど)という人が殷の王様で、この人が王権を確立し王国をつくる。
これは中国には非常に珍しい神聖王(これもこの字でいいのか不明)、つまり宗教のよりどころである教祖様としての神様。
この武は神様と交信するための道具として漢字を作った。
だから甲骨文字に刻まれているのは、全部神様への問いかけ。
「今年 雨降るや?」
それを火にくべて割れ方によって神様の答えが、占刻文字の中に入るという占い国家。
占いというのはものすごく重大な力を持っていた。

儒教の「儒」。
なぜ「雨」が入っているか?
雨の占い師だったから。
孔子はもともとは雨の占い師で、おそらく殷と同じように天に向かって祈りごとをする巫祝(ふしゅく)集団、願い事をする宗教団体の一人だったのではないか?
かくのごとく、古代というものは「祈り」がまずあった。
その祈り、神との掛け合いの中から生まれてきたのが漢字である。

漢字の大元には「祈り」があった。「宗教」があった。
神聖王である王と神との交通、交信をツールとして伝えるもの、それが「漢字」であった。
この白川説は全然相手にされなかった。
「会意文字」と言って「文字に意味がある」。
ところが中国の学者さん(ショウヘイリン?さん)も含めて、漢字というのは形声(音)でできていると言っている。
「声近ければ義近し」という原則に基づいて、白川氏のような会意文字学者、「文字には意味があるんだ」という人たちは否定されていた。
字源は形声(音)を以て、だんだん発達してきた。
甲骨の文字は「ゴミだよ」とつい最近までバカにされた。
中国の学者さんの中でもゴタイギ(調べたけど字が不明)さんなんかが、わずかながら「違うんじゃないの?やっぱり漢字には一文字一文字意味があるんじゃねぇの?」という。
たとえば王様の「王」は「まさかり」。

父という字でも、図象では斧の頭を手に持っている。王ならば、大きなまさかりの刃を王座の前にドンと置く。これが王権のシンボルです。それが小さいのが、戦士階級でさむらいで士という字。斧のかたちは家父長、つまり家だけの指揮者を意味します。それで父という字になる。(357頁)

中華人民共和国、当の共産党自身が激しく否定する。
「漢字は王様が作ったんじゃない! 地味な労働者が作ったんだ!」
というのが中国共産党の言い方。
たとえば「民」という字。
奴隷の目をつぶした形が「民」。
(このあたりの話は392ページあたり)
殷という独特の宗教国家なのでそのようにして周辺国家の奴隷たちが逃げられないようにした。
だから、ものすごく激しく否定される。
会意で漢字を説こうとする学者はどんどん少なくなる。
白川氏はほとんど一人で会意の道を歩き続ける。

「道」という字。

 たとえば「道」というのは、異民族の首をぶら下げて歩くという意味の字です。見知らぬ地域に入るときには、首を下げて歩くんですね。お清めのために(250頁)

方角の「方」という字。
それは棒に吊るした死体。
そういうものを国の隅々に吊るして垂らしておくと、悪い霊が寄ってこない。
かつての人々はそういう霊社会に生きていた。
そういう説は「気持ちが悪い」と激しく日本で否定される。
白川静は1945年から1970年、35歳から60歳まで、ほとんど一人で会意文字の世界を築く。
60歳になって自分の考え方を発表していく。
ものすごい意味で否定される。

我が国でも亜流の人は甲骨文も金文も知らず、音の関係だけで字源を論ずるのであります。藤堂氏のごとくは、そのもっとも忠実なる祖述者であります。
(この文章は、本のどこにあるのか見つけられませんでした)

藤堂さんは白川氏と最も激しく論争をされた方。
藤堂さんは音で漢字を解こうという。

武田先生が「金八先生」をやっていたとき、ある男の子が裏で努力をしていたので、その子を番組の中で褒めて別れたいなと思い、最後のお別れのシーンでアドリブを入れた。
その男の子の名前を漢字でバラして「君の名前はいい名前だよ」って言いながら「にんべんに〜と書いて〜」。
そのシーンがやたらとうけた。
それはネタがあって、藤堂さんの漢字の話を読んでその話をやった。
本棚(おそらく書店の)には藤堂さんの本しかなかった。
「道という字には『首』という漢字があります。これは、自分の首をかけて道を歩くこと。それぐらい道というのは険しいんだ!」
藤堂さん説に則って漢字を分解して説明した。
「人という字は〜」という例の金八先生の漢字話。
藤堂明保(武田先生は「あきほ」さんと発音されていたが「あきやす」さん)さんの漢字辞書と漢字の本で知った。
だから金八先生は
「漢字はまじめに働く人々の文字遊びから生まれた文明です」
とか言っている。
そのシーンが受けた。
何年か経ってまた「金八先生」をやることになって、そのシーンを覚えている人がいた。
「先生、もったいないんで(名前を分解して)全部(全員分)やってくれ」
武田先生は藤堂さんの本を買いに行く。
二年ほど経っていたのだが、藤堂さんの本が一冊も置いていなかった。
「漢字に関してはこの人の本しか今、置いてないんですけど」
と言われ、手に取ったのが「白川静」だった。
武田先生は衝撃を受けた。
武田先生の知らない数年間の間に、藤堂説が駆逐された。

白川説は金八では使えない。
「首を持って歩くんだよ!道を!」
「渡邊の『邊』という字は、髑髏をずらーっと横に並べた髑髏棚の文字が渡邊の『邊』だ!」
違うドラマになっちゃう。
このショックはすごく大きかった。
それまで金八先生は恰好いいことばかり言っていた。
「人という字はね〜」
白川氏説には
「『人』という字はあくまでも人をを横から字で、決して寄り添っているわけではありません」
と書いてある。
「人と言う字は人が支えあって」というのは藤堂さんの説にあった話。

「私」は
禾:木にしるしをつけている
ム:ヒジでものを押さえ込む形
「これ私のものよ!」って言っている。
「『私』という字はな!のぎへんにムって書くんだよ!」
そんなの金八先生で使えない。

「金八先生」の前半の方は東大教授の藤堂明保氏の本を読んで感銘し、アドリブを入れていく。
藤堂氏は美しい叙情の文章を書いている。
漢字はどうやって生まれたか?
白川説は「王と神との交信のためのツールが漢字であった」。
藤堂氏と中国の学者さんたちの説は「音で漢字はできた。中国の貧しい人民が作った。海辺で働く漁師の人が浜辺で木切れで字を書いて遊んだ。貴重品に『貝』が入ったり、正義の『義』に『羊』が出てきたりするのは、漢字を作った人が貧しい人たちで、貧しい山辺の羊飼いが羊が草を喰っているのが暇なので、そのへんの棒切れで『羊』という字で『大きくなるといいな』って願っているうちに、『羊が大きい』と書いて『美』という字が生まれました。漢字を作ったのはそういう中国人民が作ったのです。よかったですね。」
人民の支配する中国共産党が中国にできて、そういう説と結びついた。
それを白川氏が「違うも〜ん!」「嘘言っちゃいけないも〜ん!」と言い始めた。

白川説
「王」はまさかり。
「士」は小さなまさかり。

藤堂説
「士」はズボンの内側の勃ったオチンチンという意味。
藤堂説は「似た音」で漢字を集める。
たとえば「士」「仕」「史」「使」「司」。
全部「シ」と読む。
音で集まる。
競馬で言うオスの方を「牡」。
これは獣のおっ勃ったあそこの形。
「士」は「おっ勃ったあそこ」。

それを白川氏は否定。
「史」は箱があって、横にはみ出しているのは布きれ。
神様への祈りごとを書いた箱を木に括り付けて、さらに目立つように一本布きれを垂らした。
藤堂氏は全部やっつけられてしまった。
藤堂氏がどうしても勝てないのは、それ以上広がらないから。
白川説は無限に似た字が全部系列で並ぶ。
一つ漢字の字源を知っておくと、全部つながる。
理解のドミノ倒し。
平凡社が腹をくくったらしい。
白川説に従うと、すごいことがどんどん起きる。

三千三百年ぐらい前に「詩経」という中国で一番最初の詩集ができた。
(実際には数百年にわたって編纂されているようです)
その中に「中国古代歌謡集」というのがあって、こんな一文章がある。

  南有喬木  南に喬木有り
  不可休息  休息す可からず
  漢有游女  漢に游女有り
  不可求思  求思す可からず


中国の人も日本の学者も読んでいた解釈

 殷というふざけた国があって、ひどい国なんで周の武王がやっつけた。
 この人は立派な人で、この人が支配する土地柄を褒めたたえた歌だから、ある地方の痩せた木の下では休めない。
 王様が働き者だから、もう木の下じゃあ休めない。
 俺らも働こうよ。周の武王と一緒に。
 漢というエリアに遊女がいるけれども、それはお金を出して買えないよ。
 遊女だって王様が立派だから、前みたいに気安く「今晩付き合わない?」なんてそんなことは言えないよ。

そういう詩だと言われていた。
しかし白川氏は「そんなことを歌った歌じゃない。漢字の字源からたどっていけば」。

 江南というところにある木の下は神様が伝って降りてくる木だからその下では休んではいけない。
 漢というエリアに遊女がある。
 「遊女」の「遊」はそんな意味じゃない。
 これは神がかりをするシャーマンのことだ。
 そのシャーマンを個人で勝手に呼び出しちゃいけない。
 そういう神様との交信の詩だ。

「遊」という文字は

人が旗を持って外に出歩くという形です。その旗は氏族の印で、そこには氏族の神、霊が宿る。(256頁)

遊ぶものは神である。神のみが、遊ぶことができた。游〔遊〕は絶対の自由と、ゆたかな創造の世界である。それは神の世界に外ならない。この神の世界にかかわるとき、人もともに遊ぶことができた。神とともにというよりも、神によりてというべきかも知れない。祝祭においてのみ許される荘厳の虚偽と、秩序をこえた狂気とは、神に近づき、神とともにあることの証しであり、またその限られた場における祝祀者の特権である。(256頁)

これを読んで、武田先生はブラジルのサッカーの大会を思い出した。
あそこに乱舞するのは、それぞれの氏族を象徴する「旗」。
そして玉で人間たちが遊んでいる。
でもそれは、遊びではない。
何か宗教的な一瞬をみんなが見たがる。
旗が乱舞するサッカー場は遊ぶ地にふさわしく、そこにさまざまな国の神がいるのではないか?
そして誰かが「神の技」を見るという。


武田鉄矢・今朝の三枚おろし(7月7〜18日)◆『遥かなる白川静』(前編)

タイトルは後から変更するかも知れないけど、とりあえず今はこれで。

回思九十年



今回はこの本以外からの部分もあるようだけど、私はこれしか読んでいない。

白川 静(しらかわ しずか)
立命館大学名誉教授
今までの漢字の説とは全く違う。
ギョッとするような説。
しかし説得力が凄まじい。

漢字の歴史。
初めての漢字の辞書は一世紀、イエス様が亡くなられて百年後に、後漢(武田先生は「前漢」と言われたが、違うようだ)の許慎が著した(説文解字)。
みんなその字書を頼りに納得していた。
それを白川氏は「そんなバカな」と。
中国の人でさえそんなことは言えないのに言ってしまう。

名前の「名」。
許慎の中国の字書(説文解字):夕方になると口で名前を呼ばないとわからないぐらいあたりが暗くなるから。
白川静説:「夕」は「にくづき」。「口」は神様へのお祈りごとを入れた箱。その人が一生よいことがありますようにと神様にそっと肉を供えて幸運を願った文字。

白川氏は1910年4月に福井県福井市の佐佳枝中町に生まれる。
男兄弟は三人(と武田先生は仰せだが、12ページに「男兄弟は四人」とある)、家業は洋服屋。
1833年、23歳の時に立命館大学専門部文学科国漢科に入学し、古代文字に興味を持つ。
1935年(昭和10年)、25歳の時、字源の先達「郭沫若(かくまつじゃく・亀の甲羅、金文、青銅器に文字が書き込まれているということの近代的な研究をした中国人の科学者)」が、日中戦争が戦闘状態に入った時に研究を残して帰国。
1945年、35歳の時に日本が敗戦状態。
1948年、38歳で処女論文集「卜辞(ぼくじ)の本質」「殷の社会」を発表。

万葉集が好きだった白川氏。
万葉集も最初は「万葉仮名」で漢字を仮名読みして歌が出てくる。
何べん読んでもわからない歌がたくさんある。
変な歌がある。
(武田先生が仰せの歌は以下のものが該当すると思われる。
 明日よりは春菜(わかな)採(つ)まむと標(し)めし野に 昨日も今日も雪は降りつつ
この件に関しては

呪の思想 (平凡社ライブラリー)


この本に掲載されている模様)
「雪が深々と降っているけど、私は新芽の若葉を摘みに来たの。摘もうと思って若葉を探すけど、なかなか見つからない。大和の野原よ。」
雪が降っている中を新芽を摘まなくてもいい。
それをいろいろな学者さんが「新芽」ではなく「女」を摘みに行ったけれども、女がなかなか戸を開けてくれないということを例えて歌ったのではないか?
その説に納得がいかない白川氏。
「もしかしたら宗教の歌かも知れない」
雪の野原で新芽を摘むといいことがあるぞ、みたいな宗教が昔あったのではないか?
草を摘むというのは何かの祈りごとのための行為だったのではないか?
そのことを調べていて、中国の遠い昔の「詩経」という歌の本を見ていたら、ズバリあった。
三千年前の中国の人が、野原まで行って草を摘むという宗教ソングを見つけて「あれ?日本と同じだ!」。

1945年、35歳で立命館大学文学部助教授になる。
それ以降、ずっと漢字を研究する。

武田先生が胸が痛くなる思い出。
1970年代、白川教授の研究を邪魔する学生たち。
立命館は学生運動が激しく、全額封鎖などが行われる中、白川教授の研究室だけ明かりが灯っていた。
「この野郎、生意気な教授だ!」ということでヘルメットを被った学生が襲いに行く。
半裸の教授が出てきて一喝。
「やかましい!」
冷暖房がないので、ほとんど裸で研究をしていた。
武田先生も当時立命館の学生だった。

白川氏がなぜ漢字に惹かれたのか?
中国の昔の古い歌と日本の歌を比べている。
何かしら共通点がある。
なんでこんなに共通点があるんだろう?
それはおそらく昔、国境がなかった頃、日本も中国の人たちも同じような生活をしていたという「アジア的な生活」の仕方に共通項があったのではないか。
白川氏は、その共通項を「東洋」と呼ぶ。
「西洋」という文明があるんだったら、こっち側には「東洋」っていう共通項の多い文明圏があった。
東洋とは一体何なのか?ということを追い求めて彼は勉強をする。

「東洋」という言葉は日本にあるが中国にはない。
中国の人は「東洋」という言葉が嫌い。
「東洋」という言葉を使って日本は侵略してきた。
「東洋」と言うのは日本人だけなので、日本人だけが「東洋」という言葉を使うということで「東洋」に「鬼」を付けて日本人のことを「東洋鬼(トンヤンクイ)」と侮蔑の意味を込めて呼ぶ。

中国人は戦争が終わった後、日本を憎む。
一生懸命漢字の勉強をしている時に中国人の学者から「お前はなぜ、あの戦争を止めなかった」とののしられた。
日本人の中には中国に対していい感情を持っていない人がいた。
白川氏が夢見る「東洋」というのは、中国を見ても日本を見ても、どこにもなかった。
それでも勉強をやめない。
何のために勉強をしているのかわからないかも知れないが「何かのため」に勉強するなんて学問ではない。
「何になるかわからない」から勉強する。
それが勉強じゃあねぇの?
「漢字十個覚えたら給料がいくらあがります」
そんなの勉強じゃねぇ。
「どうしても勉強したいから漢字十個覚える」
それが勉強じゃぁねぇの?
中国人から嫌われ、日本しか使わない「東洋」という共通項を求めて漢字世界にのめりこんでいく。

新聞記者に囲まれてもきっと先生はおっしゃった
「東洋はあります!」(小保方女史ふうに)

もし私の仕事に、何らかの時代的な意味が与えられるとするならば、それは時代に逆行した、反時代的な性格のゆえに、かえってその時代のもつ倒錯の姿を、反映させたという点にあるのかも知れない。
−中略−東洋を回復する前に、まずわが国を回復しなければならない。東洋的な理念のあり方からいえば、貧しいこともまた一つの美徳であった。(83〜84頁)

何かを研究しようとする時の「よい条件」の中に「貧乏」。
カネがいっぱいあっちゃあいけない。

遡って白川氏の立志の頃。
昭和10年の秋から16年の秋。
白川氏は京都北大路にあった立命館中学の国語教師として勤める。
古代文字に興味を持った彼は、中国の甲骨・金文の著作をを一生懸命読みふけ、文字の不思議さに憑りつかれる。
その漢字がなぜ生まれたかという、時を遡る旅を始めたのが25歳の時。

田中重太郎君という同僚もいました。田中君は二十一歳で高等教員の試験に合格した秀才で、後年は『枕草子』の研究で知られた人です。−中略−彼はいろいろの辞書をもち出してきて、自説の助けにするのですが、私は「人の辞書などあてにしないで、自分の辞書を書きたまえ。私も機会があれば、字書を書きたいと思う」と言ったものです。それは五十年ほど前のことですが、数年前、私は『字統』に続いて『字訓』を出し、これはどうしても田中君に見てほしいと思っていましたが、その田中君は、書物ができ上がる数日前に死んでしまった。(114頁)

二十代で卜字、詩経、書経などを読み漁り、コツコツコツコツ、頼まれもしない勉強をする。
そこで見つけた白川氏の勉強の仕方。

私は数万片の甲骨資料をすべて写し、あるいは抄写を試みました。(127頁)

中国から新しく見つかった殷の時代のものと思われる亀の甲羅に刻まれたひび割れた文字、牛の骨に刻まれた骨の痕などが偶然発見された
大勢の中国の研究者の中に、たった一人の日本人の研究者として白川氏の姿があった。
数万点の写真や模型をもらって来たり借りてきたりしてトレースする。
それを何十年もやる。

 手で写すことは、コンピューターに打ち込むよりも、はるかに有効です。−中略−手で覚え、肉体化されたものは、いわば未分の全体を含むのです。手で写して新しく得た資料はすでにある資料と感じあい、重畳し、互いに意味づけをしてゆく。そういう過程のなかで、私が写しつづけた文字は、皆自らの素性を明らかにしてきたのです。おそらく卜文を記したであろう貞人(貞卜者)のもつ意識に自然に近づいて、親しんでいたのでしょう。それで私が気がついたとき、古代文字はその体系をすべて明らかにしていたのです。(127〜128頁)

手で卜文を写すという作業がその手のひらに、指、筆先に、古代人を憑依させたのであります。
(この一文は本の中には見つからなかったので、武田先生の創作?)

部分を写すと、やがて全体がわかるはずだ。

「口」という字は人間の顔にある口ではないのではないか?。
「口」という字の元祖にぶつかる。
それが人間の「口」では矛盾してしまう。
「口」という文字は「サイ(変換ができないが、アルファベットのUの中に横棒が一本入ったような文字)」という文字で、占いを中に入れる箱があり、昔の人は願い事をその中にこめて神様に捧げた。
そういう宗教習慣を持っていた。
サイは縄文土器を横から見た姿に似ている(武田先生説)。

「告」は『説文解字』以来、「牛」と「口」との会意文字で、「牛はものが言えないから、何か訴えようとするときに、口をすり寄せてくる」と書いてある。しかし甲骨文字を見ると、木の小枝に祝禱を収める器(ここは変換できないけどさっきの「サイ」)をつけたをつけた形で、神様へのお祈りの申し文を木の枝にはさんで捧げたものなんです。牛は関係ない(笑)。(246頁)

天安門事件

2014年07月09日

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(6月23日〜7月4日)◆『ものがたり 史記』陳舜臣(後編)

これの続きです。

かつての中国はひとくくりではなく、様々な国が二つの河のほとりに興って権力闘争を繰り返す。
 秦(しん)・楚(そ)・燕(えん)・斉(せい)・趙(ちょう)・韓(かん)・魏(ぎ)
(武田先生は一部違う国の名前をおっしゃったが、上記が「戦国七雄」のようです)
七つに分かれて天下の覇を奪い合うことになる春秋戦国時代がたち起こる。
そして北の方の山辺に「秦(しん)」という国が興る。
これがゆっくり天下を統一し始める。
戦国の楚は、秦と天下を争い、憂国の志士である「屈原(くつげん)」が出る。
強力なる秦に激しい抵抗をすすめる屈原だが、その王様ばポーっとしていて、外交は弱腰。
屈原は覇権主義の秦に対して「大義のために戦うべし」とと訴えるのだが、そのために、逆に激しく憎まれて「楚を危ない目に遭わせている」とか言われて、「懐沙(かいさ)の賦(ふ)」を残して入水自殺する。
今でも屈原というのは愛国者の典型として、言葉によく出てくる英雄。

 懐沙とは、沙石を抱いて入水することで、一説には「長沙を懐う」の意であるという。(100頁)

日中戦争がたち起こった時も、「我は第二の屈原」というような若者がいっぱい出たらしい。
中華の愛国者たちのシンボル。

 吾、まさにもって類と為さんとす(101頁)

「自分は賢いのだが、お殿様がバカなばっかりに、こんなつらい目に遭ったのだ」ということを書いている。
紀元前290年から270年頃のこと。
未だに屈原の愛国を慰めようと、入水自殺した日に川供物を投げ込む習慣が残っている。

 民間の言いならわしにすぎないが、死んだのは五月五日だという。
 いつのことからか、屈原の命日に、竹筒に米などを入れて水に投げ込み、屈原の怨霊をなだめる風習がおこなわれるようになった。これがチマキの起源という。
(102頁)

やがて中国は秦が六か国全てを滅亡させ、紀元前221年、秦の王様である「政(せい)」が全中国を統一した。
五百年間かかったというすごい統一。
彼は李斯(りし)という人を懐刀にして、度量衡の統一、漢字の統一、郡県制度、権力を一点に集め「中華」という中心を置き、三十六郡に郡守を置き、全ての諸侯を廃止して、官僚支配で中国を一瞬のうちに統一し、まとめあげ、厳しく自分のところに権力を集中させた。
それと同時に言論と思想を徹底的に統一し、全てのジャッジメントを法にまかせるという、「法律によって人間を縛る」という新しい統一の仕方を考えた。
この秦がたった一代で滅びる。

刀狩りを断行して、始皇帝は武器を全部取り上げた。
自分の呼び方も「王」ではなく世界でたった一つの「始皇帝」とした。

 さて、同時に、それまでは一般の人が第一人称に使っていた。
 −−朕(わたし)
 ということばを、皇帝しか使えないようにした。
(150頁)

 皇帝にたいして「陛下」と呼ぶのも、このときにきめられた(150頁)

陛下=階段の下
階段の下から呼びかけるという、呼びかける場所まで決まっている。
ただ一人に中華の華を集める。

中華=スポットライト
強力な一点で中華を回転させる。
これこそが中華の始まり。
皇帝の周囲にいる官僚は全て去勢される(宦官)。
人体を改造した官僚組織を作り上げる。
中華のすごいところは人体改造。
女の人の足を細くしたり(纏足)。
アジアの国々はこれを真似するが、日本だけは真似をしない。
だから中国から見ると日本は「野蛮」。

かくのごとく中華が始まった。
広大な中国を中華体制で強烈に統一した始皇帝だが、彼が始めたのは道路整備、国防のための万里の長城建設。
これは巨大な国策。
内需拡大、皇帝宮殿「安房宮(あぼうきゅう)」の建設、自分の墓「驪山陵(りざんりょう)」などの巨大建設。
外を攻めるだけ攻めて外需拡大も図った。
秦の中華体勢は全て短期間で奇跡的とも呼べるスピードで統一国家を作り上げた。
これほどの完璧さで統一された中華だったが、始皇帝一代で崩壊する。
始皇帝はいいものを食っていい暮らしをしていただろうが、五十歳の若さで脳関係の疾患で亡くなる。
(調べてみましたが死因は不明で、不老の薬と信じて服用していた水銀による中毒との説があります)
跡継ぎは胡亥(こがい)。
(武田先生は「次男」と言っていたが、本でもネットでも「末子」という記述しか発見できず)
出来のいい長男「扶蘇(ふそ)」。
胡亥は甘ちゃんなので、長男には冷たくして鍛えていた。
ところが、始皇帝は旅先でポックリ逝ってしまった。

 始皇帝の臨終には、丞相の李斯、宦官の趙高、そして末子の胡亥の三人しか立会っていない。(166頁)

この三人は始皇帝の死を隠す。
旅の途中、どうするかをたった三人で決める。
三人で天下を決める。
始皇帝が生きているふりをして、首都咸陽まで運ぶ。

 遺体は轀涼車(おんりょうしゃ)に乗せた。これは大きな窓をとりつけ、冷房と暖房を兼用できる車である。−中略−
 折しも七月の暑さで、轀涼車から屍臭が漂ってくる。そこで趙高らは従官に命じて、供の車に各三十キロの塩魚を積ませ、魚臭によって屍臭をカムフラージュしたのである。
(169頁)

ポーっとした胡亥を趙高は操り続ける。

 群臣は趙高の鼻息をうかがうばかりだった。
 それでも彼は、自分に盾つく者がいるかもしれないと心配し、テストしてみることにした。
 鹿を二世皇帝に献上して、
「これは馬でございます」と言った。
「鹿を馬とは、丞相、まちがっておるぞ」
「いや、馬でございます。お疑いでしたら、左右の者にご下問遊ばせ」
「ほう。……では訊こう。そのほうはこれを馬とみるか、鹿とみるか?」
 二世皇帝は廷臣一人一人にそう訊いた。
 馬だと答える者もいたし、鹿だという者もいた。黙っている者もいた。
 趙高はそれをおぼえていて、「鹿です」と答えた連中を、なにかにかこつけて処罰した。
−中略−
 なお「馬鹿」の語源が、このエピソードにあるとする説もきくが、どうであろうか?
(171頁)

馬と鹿の違いもわからないような皇帝だと「どうもこれは危ないぞという」天下再び乱るるの戦雲の気配が中国中に広がる。
刑罰主義が支配したことが裏目に出る。

中国が持っている遺伝子は司馬遷の史記の中に全て書かれているような気がする(武田先生の感想)。
中国は中国をまとめるための真ん中の中心を、自国民ではなく他国民に任せる。
元が興ったり秦も、モンゴル平原の人達が攻め込んでいって中国を異民族支配をしている。
今、中国をまとめているのは、中国人ではなくマルクスとレーニン。
ある意味、今も中国は異民族が支配している国。
格差が生まれる共産主義はマルクスが夢見た共産主義ではないが、マルクスとレーニンが言ったことで、今、中国は独裁が続いている。

秦は一体いかにして一代で滅んでしまったのか。
現代でいう安徽省(あんきしょう)に陳勝(ちんしょう)という男がいた。
彼は軍務に就けという命令で、900名の部下を連れて任地への出張を命じられていたが、大雨で期日までに到着できそうにない。
秦は法で定められた通りの日時に兵隊が間に合わなければ、罰せられて最悪、死刑になる可能性があった。
悪いのは雨なのだが、そういうのは一切きかない法の支配する国だった。
陳勝はヤケになって、たった900名で反乱を起こす。
この陳勝の反乱に対して同じく別の動機で任地まで期日通りに行けない呉広(ごこう)に向かって、この人たちも900人ぐらいだったが、もう期日通りにできないので「俺も罰せられるかもしれない」と、二組ドッキングしてデモを起こした。
(武田先生は陳勝と呉広はもともと別行動だったように思っているようだが、実際には900人を率いていた中に二人ともいた)
これが崩壊のきっかけになった。
「陳勝呉広の乱」が起こる。
何もない。
ただヤケなだけで暴れている。
秦の軍隊は何万もいる。
盛況な秦に勝てるハズはない。
ヤケな人がどんどん集まってくる。
秦の軍隊が陳勝呉広を押さえにかかるが、また「いつまでに鎮圧しろ」という期日が決められてしまう。
戦っているうちに、その期日が守れそうになくなった秦の正規軍が寝返りを打つ。

ヤケは中国では国がひっくりることもある、大変な暴動に成りうる。

最初は900人のヤケになった凶暴なデモ隊だったが、記録に残っているだけで、六か月間で数十万人に膨れ上がった。
これが2000年前。
中国はこの傾向がいまだにある。
1000人ぐらいのデモ隊でも万単位になる危険、それが政権を揺さぶる。

陳勝が啖呵を切る。
最後は滅ぼされてしまうが。

 −−王侯将相、寧(なん)を種(しゅ)有らんや!(176頁)

威張るな王!貴族軍人完了ども!お前らもただの人間じゃ無ぇか!
(武田先生は陳勝の「最期の叫び」というようなことをおっしゃっていたが、この本によると900人の仲間に決起を呼びかけた時のアジ演説)

この乱をきっかけにして楚の貴族、項羽(こうう)が妥当秦を掲げて、天下取りに乗り出すと同時に、漢の劉邦(りゅうほう)が天下取りに名乗りを上げて、秦は完璧にここに滅びた。
わずか50、60年。

劉邦が漢を作る。
奥様が呂后(りょこう)。
劉邦が死んで未亡人になるが、この女性が天下を支配した。
中国は女性が支配するとロクなことがない。

 亡夫が寵愛していた戚(せき)夫人の手足を切り、目をくりぬき、耳をつぶし、薬で喉をつぶして、これを「人ぶた」と名づけて便所に置いたのは有名な話である。
 彼女は我が子の恵(けい)帝にも、この奇妙な物体を見物させた。恵帝はこれを見て、ショックのあまり、一年あまりも寝込んでしまったほどである。
−中略−酒と女に身をもちくずし、即位七年で死んだ。(216頁)

三代目でやっと落ち着くが、三代目の男の子は初代とは血のつながりはなかったらしい。

反日デモの投げる石つぶてが日本大使館に向いている時はいいが、反対側に向かって飛び始めた時、900人が半年間で十万人を超える反乱軍に成りうるという可能性が中国の政治にはいつも付きまとっている。

中国は一枚に見えるが、「俺たちは昔、楚だった」「越だった」という、ジグソーパズルのワンピースのごとく細かく分かれるというような歴史を、各々の地方が持っている。
中国とひとまとめにせずに、歴史から振り返ってみて、中国の中に我らが友人を探そう。

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(6月23日〜7月4日)◆『ものがたり 史記』陳舜臣(前編)

ものがたり 史記 (中公文庫)



同じ人の同じタイトルの本で、これじゃないのもあるみたいだから、内容が一緒だとしても参照ページが異なってしまうってのをご了承ください。


代々、中国の歴史認識としては、一つの政権・世代が終わると歴史を残してきた。
それが明の滅亡から止まっている。
数百年、中国には歴史がない時代が続いている。
中国という国は、一つの例えば「秦」なら秦が起きた時に、その後「秦の歴史本」ができる。
それが、止まっている。
中国は歴史を必ず文字にして残す国である。
「断代史」と言って、例えば「元」とか「漢」とか王朝一代ごとで歴史を残している。
全体のつながりの歴史というのは文字として残していない。
ただし、司馬遷の史記のみは、何百年かをまとめて書いた。

遠い昔、司馬遷という人がいた。
この人はお父さんからの財産もあって、中国の歴史を何代にもわたって本にまとめた。
(と武田先生は仰せだが、調べてみても「お父さんからの財産」という話が見つからない。
因みにこの「ものがたり 史記」によると、司馬遷の父である司馬談が臨終の時に、後を継いで歴史を書くようにと言っているので、それに従ったようだ)
何十冊も一代で書いた。
この人が生きた時代は「漢」。
漢がおきるまでの歴史を書くのだが、中国の覇権を争った漢の英雄、項羽と劉邦が激突する。
勝てないとわかって、絶世の美女「虞美人」という人を切り殺した後、敵の真っただ中に行って自分の首を自分で切る。
「お前たちにくれてやる!」
司馬遷という人は、項羽が死んだあと、その亡骸を奪い合った漢の将軍たちの名を全部書く。
「あの人は髪の毛を取った」「あの人は項羽の指を取った」「それで何万石かの土地を貰った」等々・・・
いちいち全部書く。
これはあてつけ。
亡骸をナイフで刻むようにして手柄を歴史上に残したやつを刻むことによって、そいつらを永遠に呪うという歴史の書き方をしている。
このへんが司馬遷の「史記」のおもしろいところ。
中国という大地に生きる人たちの過酷さをたたえつつ、その生き方を激しく呪うという、愛憎こもった司馬遷の「史記」。

今から三千年前の中国。
大きな黄河という河がある。
このあたりから司馬遷「史記」の物語が始まる。
「堯(ぎょう)」「舜(しゅん)」「禹(う)」という国が興って、今で言う「中国」ができあがっていく。
文明がまず興ったのは中国の上の方、北京近くの黄河から中国は始まる。
この頃の黄河流域というのは、見渡す限りの森。
昔、黄河のほとりの河の浅瀬には象が群れをなしていた。
満々たる水をたたえて、豊かなジャングルのような森が広がっていた。
今は北京のちょっと奥は砂漠。
三千年の間に、中国という国の近代化を通り越した砂漠化が進んでいる。

 いまから約三千年前、二人の兄弟が遠いところから、この鄭州のまちにたどりついた。兄の名は伯夷(はくい)、年は四十代の後半、弟は叔斉(しゅくせい)といって三十代の前半であった。(7頁)

この二人は中国の理想に燃えた男たち。
中国という国にすばらしい正義が誕生して、すばらしい政治が行われることを祈っている兄弟。
その兄弟が、がっくりする出来事が起こる。
それまで黄河に興っていた「殷(いん)」が「周(しゅう)」に滅ぼされる。
滅ぼし方が悪いということで、伯夷と叔斉が怒った。
殷の最後の王様は、中国では有名な悪い王様で「皇帝ネロ」のような響きで言われ方をしている。
紂(ちゅう)という王様がいて、この人は雄弁で迅速で、猛獣を素手で殴り殺す。
象なんかも鼻を引っ張って散歩をさせるほどの力持ち。
奥さんが悪かった。
「妲己(だっき)」はインドから来たキツネが憑りついた美女。
妲己は国中に見せしめ刑(公開死刑)を広める。

 炭や薪で火の海をつくり、そのうえに油を塗った胴柱を渡しかけ、罪人に歩かせるのである。たいてい足をすべらせて、火中に落ちて焼け死ぬ。
−中略−
 胴柱に油を塗りすぎると、罪人は一歩か二歩で火の海に落ちて、あまりにもあっけなさすぎる。油をすくなくすると、すぐにはすべらないで、重心をとりながら、なんとかして火焔の谷を渡り切ろうと、罪人たちは必至の形相になる。けんめいになるのに、その努力もむなしく、あとひと息ぐらいのところで落ちるのが、紂王と妲己にとってはおもしろい趣向なのだ。(9〜10頁)

このことに怒った周(しゅう)の武王(ぶおう)が立ちあがって、この紂と妲己を武力でやっつける。
ところが、それまで中国の黄河流域における政権交代というのは「禅譲(ぜんじょう)」、争わずに次を譲ってしまうという争いのない革命をやっていたが、中央があまりにもひどいので武力でやっつけた。
そのことを伯夷・叔斉は嘆いた。
「中国という国は武力で革命をやる国になっちゃったぞ」と嘆いて、伯夷・叔斉は殆ど餓死同然で亡くなった。

妲己は伝説によると平安時代に日本にやってきて、京都の御所の女官に憑りつく。
一番最後は那須高原の活火山にお坊さんの法力で閉じ込められた。

 武王は亡き父の位牌を車にのせ、兵車三百、虎賁(近衛兵)、三千、武装兵四万五千を率いて東へむかう。
 これを迎撃するために、紂は何十万の兵を動員した。七十万対五万である。
(20頁)

周は負ける。
殷は勝つ。
殷の紂王は本当に嫌われていた。

「殷」というのは俗称で、あまりいい呼び名ではない。
本当の国の名は「商(しょう)」。
商の人達は中央がやっつけられて国が無くなってしまう。
殷(商)の人達は中国大陸を放浪する。
「お前は何人だ?」と訊かれた時、「私は商の人間です。『商人』です」。
それが今の「商業」の「商」になった。
国がなくなったものだから、自分で商売をやって生きていくしかなくなった。
商売をやる人のことを「商人」というのは「滅ぼされた殷の人間です」という意味。

「牧野(ぼくや)の決戦」と言って七十万対五万で戦うのだが、殷の兵隊は道を開いて、積極的に紂王を裏切った。

 王衣をつけた紂王は、金銀珠玉で飾り立てた鹿台という楼台にのぼり、自ら火を放って焼け死んだ。(21頁)

周の大勝利に終わった。
その勝利の仕方を伯夷・叔斉は絶望した。
「これで中国は禅譲(お互いに話し合って権力を渡しあう)のではなくて、易姓革命(前のやつをやっつけて天下を取る)の国になってしまったのだ」と嘆く。
伯夷・叔斉は「これは義ではない。仁でもない。中国風の正義が通っていない」。

義のため、周の粟(ぞく)を食わず、首陽山にかくれ薇(わらび)を采って之を食う。−中略−
 彼らが隠棲した首陽山がどこにあるか、諸説わかれて、はっきりしない。わらびもそんなに豊富ではなかったとみえて、兄弟はやがてそこで飢えて死ぬ。(21頁)

中国的正義が滅びたところから歴史が始まった。
司馬遷の絶望の仕方。

殷という国は神様を拝む宗教国家。
神様との交信のツールに不思議な文字(甲骨文字)を使っていた。
それが今の漢字の大元。
殷は漢字を発明した王朝。
紂という王様は死ぬが、殷の人達は大勢生き残っていてその後、周に仕える。
だから、殷の人達が周になっても漢字文化を膨らませ続ける。
それを神様との交信に使っていたのを、いつのまにか人対人とのコミュニケーションにも文字を使い始めて、ここから例のチャイニーズキャラクター「漢字」という大文明が起きる。
殷の人達の面白さ。
貨幣を持っていなかったので、殷の人達のお金は「貝」だった。
「貨幣」の「貨」には「貝」がある。
これは殷の人達の暮らしぶりが漢字になだれこんだから。

殷を倒して周が興る。
その周もおかしくなっていく。
周がなんでおかしくなったか。
その時の周の王様は幽(ゆう)王。
よい王様だったのだが、また女・・・。
幽王が惚れた女が一切笑わない。
幽は政治より何より、自分が惚れた女の笑顔が見たくてたまらない。
一日中、その女王の顔を見ていると、外敵襲来のノロシがあがった時だけ「へらっ」と笑う。
国家の非常ベルが鳴った時だけ笑う。
女の笑顔が見たいばかりに、毎日、外敵襲来のノロシを部下にバンバン上げさせた。
そうしたら女王が「クックックッ」と楽しそうに笑う。
のろしが上がるたびに、周が持っていた自衛隊が非常信号だと思って集まってくる。
「いや、違うんだ。こいつ笑わそうと思って」って言うものだから、だんだんみんなばかばかしくなって、ノロシを上げても誰も集まらなくなってくる。
それをいいことに犬戎(けんじゅう)族という一派が本当に攻めてくる。
その時にノロシを上げるが、全然集まらない。
そんなこっちゃどうしようもねえやということで、幽という王様をクビにして都を洛陽に移す。
これが紀元前771年のこと。
都を移して王様の権威も落ち切ったものだから、ここから500年間、中国大陸は諸侯大名が戦う「春秋戦国時代」に入る。

中国の歴史は女の人が絡むと、本当に大きい乱が起こる。
なんで武田先生が司馬遷の史記を読んでいてゾクッとしたかと言うと、毛沢東の奥さんがどのぐらい政治的な対立を深めたのか、文化大革命で何万人死んだのかわからない。
みんな毛沢東の奥さんのおかげ。
中国の政権は女の人の名前が出てくると、本当に深い。

司馬遼太郎氏がエッセーで言った言葉。
文化大革命における毛沢東との権力闘争を見ていて、殆ど先祖がえりをしちゃって、三千年前の権力闘争と同じことではないか?

幽王の笑わぬ妃のために、中国大陸は大混乱に陥る。
500年間にわたる「春秋戦国時代」に入る。
その中で今度は、黄河文明以外、一本下の河「揚子江」流域にも巨大な勢力が興る。
これが「呉(ご)」であり「越(えつ)」である。
他にも国はたくさんあるが、呉越は憎みあうことがものすごく激しかった。

「呉越同舟」ということばがある。前述の孫武のあらわした兵法書『孫子』に、
 −−呉人と越人はたがいに憎み合っているが、同じ舟に乗って風に遇えば、たがいに助け合うこと左手と右手のようだ。……
 とあるのがその出典なのだ。
(52頁)

殷周革命で栄えた黄河流域の中国文明。
それが500年間の戦国時代を通して、中国にさまざまな国を生んでゆく。
南の方の揚子江流域(下流の海に近い方)に呉と越がおきて、天下の覇権を狙って、ものすごい憎みあいをやる。
越の更に南に「越南」→ベトナム
中国という国を中心にアジアで秩序が生まれていく。

新興国呉越の覇権争いはすさまじく、強兵の呉に対して越は

 越は世にも不思議な先方を考え出した。
 死刑の確定している囚人に、遺族えの報酬を約束し、敵前集団自殺をやらせたのである。
 囚人は横三列になって、呉の陣前まで行進し、一列ずつ立ちどまったかとおもうと、喉に剣をあてがって、自分の首を刎ねた。
(57頁)

呉の兵隊が強すぎて、越は歯が立たないので集団自殺戦法をとる。

大陸的ヒステリー。
我が身を傷つけて主張を通そうとする。
中国国内で自爆テロをやる人がいる。
中国の治安にとっては非常にまずいこと。
呉越の戦いの再現。
越は国力で敗れると、呉に復讐を誓う。
越王勾践(こうせん)は、その屈辱を一瞬たりとも忘れないために苦い獣の胆をなめ続けた。

楚(そ)は周に滅ぼされた殷の末裔ともされている。
楚の伍子胥(ごししょ)は死んだ周王の屍を鞭打ち続けた。
感情の彫が深い。
洞庭湖のほとりに生まれた楚の人。
(この話の後の中国語の言葉なんかは調べたけどわかりませんでした)

ここで、もっと面白いことがある。
「呉」「越」「楚」は後に漢の劉邦によって滅ぼされる。
司馬遼太郎氏が話しているが、この漢によって「呉」「越」「楚」が滅ぼされるが、この滅びた時期あたりに、日本に稲作文化が始まる。
それを司馬氏は「ボートピープルで日本に来たのではないか?」。
日本の地方を探すと、三つとも存在する。
 越→中越
 呉→くれ
 楚→宮崎県と鹿児島県の境目の「楚」。熊襲(くまそ)。
稲作の起こったところが、揚子江流域なので、もしかすると・・・。
中国で起こった波は必ず日本にも影響している。

2014年06月25日

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(6月9〜20日)◆『内臓が生みだす心』西原克成(後編)

これの続きです。

心は一体どこにあるのか?
心は内臓にある。

武田先生が「腹の底から嬉しかった」話。
三月だったかNHKから仕事がきた。
「龍馬の新資料が見つかりました」
坂本龍馬の手紙が出てきて、調べたら本物だったので、そのナレーションの仕事の依頼だった。
ナレーションが終わった時に、スタッフが「特別サービスで」と龍馬の手紙を目の前に広げてくれて「持ち主の方から許可をいただいたので、龍馬に触れてください」と言われた。
龍馬が死ぬ十日ぐらい前に後藤象二郎に宛てた手紙の下書き。
龍馬は公式文書は必ず一回、下書きを書いていたらしい。
その下書きを持っている人がいて「龍馬の手紙に間違いない」というお墨付きをいただいて、歴史的な大発見で、彼が福井まで旅をして三岡八郎という財政改革に抜群のセンスのいい人のところに「新しい政府をつくろう!その時、お前は財務系の大臣をやってくれない?」という依頼に行っている。
龍馬の中にはもう設計図があって、小判や銀の流通をやめて紙幣にしようという相談。
「藩札」という紙幣を出した経験のある三岡に「日本の紙幣を作る」という相談をしに行っている。
その時に福井藩の門番の人に「何者だ?」と言われて、ちょっと格好をつけて「私は海援隊隊長だ」と答えたよと手紙に書いてある。
「海援隊」という三つ文字に指を触れて「私も海援隊なんです」とつぶやいた時に、四十年ほどの歳月が、小説で読んだ人物が書いた文字、しかも海援隊という三つの文字に指先で触れられる、それは感動だった。
それを英語で日記に書く武田先生。

人は直立のため、より大きな重力を受けて、骨が疲労しやすい。
人間の骨は重力の影響をうけて、もともと疲れている。
骨髄の造血障害がおこりやすいのも、この重力のためである。
昔の人は休むのを「骨休め」と言った。
これはなんでかというと「骨休め」しないと造血障害を起こしやすい。
だから骨を休めないとダメである。
休みの日にお父さんがぐた〜っとしているのは骨のためには絶対いいこと。

人間は鼻ではなく口を思わず呼吸のために使ってしまう。
だから、感染症のリスクが高い。

余った栄養による発情の長期化。
余った栄養による成人病のリスク。
大脳の発達による快刺激過剰。
これが、医者として人間の体で心配なさっていることがら。

 哺乳動物の乳児には、蛋白質を与えてはいけません。すべてそのまま吸収されて抗原となり時期が来ると抗体をつくり、アレルギーやアナフィラキシーの原因となります。ことに生エビ、貝、サシミ類とピーナッツバターとそばはアナフィラキシーで死ぬこともありますから二歳半まで絶対に与えないように注意しないといけません。これらの蛋白質はたぶん幼児の細胞のミトコンドリアで使われて、当初ミトコンドリアの機能が活発化します。一〜二年して抗体が出来るとミトコンドリアの電子伝達系が障害され、抗原のエビを与えると痙攣が起きます。ミトコンドリアの異常で脳波がおかしくなるのです。(129頁)

そばアレルギーの治し方。
武田先生がテレビで見て感動した話。
お医者さんの指導のもとにそばを食べる。
頭をかきむしったりして耐えながら、ゆっくり量を増やしていって反応しなくなるまで続ける。
母子で頑張るドキュメンタリー。
そのお母さんが「小学校の高学年になる前にアレルギーを治してあげたい」。
絶対に徹底した指導、監視下でなければダメ。
本当に死亡する可能性がある。

口呼吸と胸呼吸が健康に重大な影響を与える。
一番大事なのは鼻で呼吸して横隔膜で呼吸すること。
これが大事である。
この呼吸法で腸が温まる。

特に体温を一℃下げると、哺乳動物細胞内のミトコンドリアはほとんどエネルギー代謝を止めてしまいます。それで腸を冷やすとお腹をこわすのです。(134頁)

私たちは二つの場所で呼吸している。
一つは鼻で行う「外呼吸」。
泌尿・生殖のためミトコンドリアという体の中にある原核生物が体の中でもう一回呼吸しなおしている。

 生命体には、本来目的がありません。−中略−したがって、高等な生命体はその環境が一定していれば、行動様式を変えずに、五億年でも六億年でものんべんだらりと生き続けます。−中略−手や足の存在が忘れられ、呼吸も空腹も感じない、身体のことを忘れる状態のことを億の状態といいます。−中略−このときにリモデリングが行われます。(158頁)

今年の二月ごろ、奥様と一緒に長野の須坂まで温泉に入りにいった武田先生。
洞窟のあるお風呂(仙仁温泉かと思われる)。
着いた時に宿の部屋に入っただけでぐた〜っとする。
ボーっとテレビもつけずに座り込むと、チャラチャラと雪解け水の音と木々の揺れる裏山の小枝の音しか聞こえてこない。
奥様が「何でこんなにぐたっとするんだろうね?」。
空気そのものが「澄んでいる」を取り越して、全身がだるいぐらいリラックスしている。
何にもしたくない。
ボーっとしている。
この時に全ての細胞はリモデリング(新陳代謝)をいっぺんに行う。

蛇の脱皮と同じではないか?
蛇もよっぽど、だらっとしないと脱皮ができない。
忙しい時、雑用に追われている時に脱皮するというのは、すごく忙しくて危険。
何の目的もない、のんべんだらりとした腸にまかせっきりのリラックス状態というのを獲得しない限り、内側からの変化は起きない。

性欲も忙しい時にはあまり燃えない。
のんべんだらりと「今日は何もやることが無ぇな」みたいなリラックス状態じゃないとムラっとこない。

「骨休め」というようなだら〜っとした時間や、のんべんだらりと、そういう時にリモデリング、自分をもう一回構成しなおすという内臓の働きがあるのではないか?

 カンブリア紀に発生した生きた化石、ラムペトラ(ヤツメウナギ)は、岩に吸いついて、つがいで並んで生殖をとげると間もなく、全身の細胞に急激な老化が起こりアポトーシス(細胞の遺伝子に組み込まれた死のプログラム)によって、死への遺伝子の引き金が引かれます。−中略−人類も、今日の生殖行為では強力に口唇を吸引し合います。顔の筋肉は鰓腸の筋肉が皮骨に由来する顎や顔をつくる頭蓋骨の外側にとび出した(脱口した=三木成夫)内臓筋肉であり、生殖器の睾丸と外陰唇もまた鰓腸の生殖系内臓腸管部分の筋肉が外肺葉の皮下組織にまで飛び出した、平滑筋で覆われています。−中略−そして交接の時には個体丸ごとのリモデリングの源となる腸管の入り口と出口が互いに離れることのないように口唇と陰唇を強く深く求め合うのです。
 また、生殖がこじれると何も死ななくてもよいのに情死を選ぶのも、五億年前の古代ヤツメの生命の基本プログラムが作動するためかもしれません。
(185頁)

現代のオスどもは、視覚を中心にしている。
メスは違う。
嗅覚など、原始を体内に深く保っている。

魚類から両生類への上陸における進化こそが一番の生命における革命的な出来事である。
一匹目は偉い。
重力が六倍になるところへ這い上がっていった。

 思考と精神の源は、意外なことに背筋で代表される体壁筋肉系の錐体路系のリズム運動に存在していたのです。もとより、原始脊椎動物の源のホヤの時代から存在する腸管に付属する内臓筋と一体となっている体壁系の古い筋肉(横紋筋と平滑筋の中間)を支配する錐体外路系の健全な存在が精神神経活動には必須です。−中略−
 頭脳労働にも、呼吸と同調した筋肉のリズム運動を導入する必要があります。これには大脳辺縁系の古皮質の体壁系の錐体外路系の健康なうらうちを必須とするのです。
(200頁)

心臓なんかを手術でいじると背中の筋肉が時々痛むことがあると書いてある。
(どこに書いてあるのかわかりませんでした)
大動脈弁の手術をした武田先生。
「三枚おろし」をやる時に「その後どうですか?」と訊かれ、「肩甲骨の左が痛くて眠れない」。
心臓とか肺をいじると背中が痛くなるのは、もともと鰓が化けたやつだから。
実は同じ種類の筋肉。

「腹の虫がおさまらない」とか、腹の中に別の虫が生きているというような言葉は人間の心を言い当てているような、いい表現。
筆者は最後の章で俗っぽいこぼれ話をいくつかやっている。
日本は腹の文化の国である。
「腹」を身体言語として持っている国である。
「腹」が動詞になった。
妊娠することを「孕む」という。

 新渡戸稲造は『武士道−−日本のこころ 日本思想の解明』“Bushido:The Soul of Jyapan”で、心や魂が腹部に宿ることを旧約聖書を引用して述べ、武士道における切腹の正当性を示しています。(205頁)

武士道 (岩波文庫)



 セップクが単なる自殺行為ではなかったことを、もう読者はおわかりであろう。切腹は法的かつ儀式的な一つの制度であった。−中略−それは自殺の洗練であって、誰一人、心の極度の冷静、行動の平静なしには行うことはできなかった。(207頁)

日本の皇室の「三種の神器」。
八尺瓊勾玉・八咫鏡・天叢雲剣(草薙剣)
勾玉は何の形か?

高品質ラピスラズリ勾玉30mm(横20mm)



脊椎動物の胎児の形が勾玉になったのではないか?
昔の人達は我々よりも内臓のことに詳しかった。
なんでこの形になったのか?

 このネコザメの卵は−中略−この卵がかえる寸前の稚魚が大きさも型もヒトの三二日目の胎児とそっくりなのです。(215頁)

脊椎動物は必ずこの形を一回通過して、各々の生き物になっていく。
古代の人達が勾玉の形を生命の源泉であると思い当たったのは、案外無理からぬことではなかろうか。

「古事記」「日本書紀」という神話によれば、皇祖(天皇家のはじまり)にサメが混じっている。
トヨタマヒメという海のお姫様と天孫族の男が結婚する。
トヨタマヒメの本性はサメ。
生まれたのがウガヤフキアエズで、そのお子さんが神武(天皇)。
その人が宮崎あたりから黒潮で上ぼってきて紀伊にたどり着いて八咫烏(ヤタガラス)に案内されて奈良に攻め込んで天下を取る。
それが皇祖。

サッカー日本代表サッカー協会 JFA八咫烏(やたがらす) モノ/monoロゴ ナショナルチームピンズ (ピンバッジ) JPN001



道案内をした三本脚のカラス。

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(6月9〜20日)◆『内臓が生みだす心』西原克成(前編)

内臓が生みだす心 (NHKブックス)



以前、この番組で取り上げた胎児の世界の著者の三木成夫先生の教え子。
口腔科としての医師の現場に立ちつつ、人間の内臓の研究家として、脊椎動物の進化という点から人間の体と心を見るという研究をされている。
とても実績のある人で、人工歯根の開発を世界で初めて手掛けた。
セラミック等をアゴに打ち付けるやり方ではなく、歯茎に歯根を植え、その人工歯根から神経(根)が生えて歯根膜を持つようになるという人工歯根の研究。
他にも、筋肉に植えて、造血・造骨を誘導するという人工骨髄の新しい療法を開発された。

この西原氏が「内臓に心があるのではないか」という仮説を考えるきっかけは、米国で起こったこんな事件。

原発性肺高血圧症に冒されていたクレア・シルビアが一九八八年にアレキシス・カレルの内臓移植術を発展させた、当時米国でも最も先進的な心肺同時移植手術を受け、この手記が『記憶する心臓』として一九九八年に出版されたのです。
 その中に心臓と肺臓を同時に移植されたクレア・シルビアの心が、ドナーの若い男性の心に変わってしまったことが報告されています。
(15頁)

もともとバイクに興味のなかったシルビアさんが、ものすごくバイクに興味が出てきたり、バイクの音を聞くと鼓動が激しく打ったりしたのがきっかけだそうだ。
ドナーである若い男性の死は死ではなくて、エネルギーとしてシルビアさんの体の中で引き続き生き続けている。
この本が認められなかったのはなぜか?

 何よりも今のアメリカ医学の困ることは、生命の本質の心や魂が腸管内臓系の五臓六腑に存在するとなれば、心臓が生きていても脳の機能が止まっていれば脳死、つまりヒトとしての死とする臓器移植の条件がご破算になってしまうことです。実際、生命は腸から発生しますから、腸が生きているかぎり、そのヒトは生きているのです。この事実が明るみに出れば、臓器移植は自然法に従えば殺人罪をおかしたことになりますから、もはや実施することが出来なくなってしまうのです。(29頁)

自己・非自己の免疫学のはしりとなった研究は、フランスのル・ドワランという女性学者の行った卵が孵化する前の胎生期のウズラとヒヨコ(ニワトリの子)のキメラをつくる実験でした。−中略−ウズラとヒヨコの受精卵が卵割して神経胚になったところで、脳や脊髄になる神経堤という部分を互いに切り取って交換移植したのです。これが生着してウズラとヒヨコの混ざったキメラ、つまりウズラの脳やウズラの羽を持つヒヨコが孵ったのです。−中略−イモリもラットも行動様式はまったく変化することなく五カ月も六カ月も平然と普通に生きていました。つまり脳の神経細胞は、移植してもただの電極の回路で、独自の電流、つまり好きだ嫌いだといった電流は出さないのです。
 ウズラの脳を持つヒヨコも当然鶏の鳴き声しか出しません。つまり心のありかはペンフィールドの言うとおり本当に脳にはないのです
(19〜20頁)

免疫系が完成し鶏になった時に、免疫系が脳を異物だと判断して脳を殺しに行く。
だからキメラは死んでしまう。
(この話は本にも載っていなかったし、ちょっと調べてみたけどわからなかった)

脳を体が異物と感じてしまうのだから、脳が体を支配しているわけではないという実験。
では免疫系が「私」を支配しているのか?
「自己」「非自己」という大事なことを白血球が決定しているのか?

白血球の膜が持つ主要組織適合抗原(MHC=HLA)は、実際に筆者の研究で明らかとなったものですが、自己・非自己を見分けるのが本当の働きではなくて、旧くなって壊れかかった細胞や腫瘍細胞のような出来損ないの細胞をその膜の構造のほころびで見分けてこの駄目になった細胞を破壊して再利用する仕組みだったのです。(29頁)

では、「私」は一体どこにいるのか?
系統発生から見ると「私」がいるのは「腸」である。
人間とは一本の管である。
口から肛門までの管で、それに臓器がつながって、筋肉に包まれている。
それが人間なんだ。
発生から言えば、口は「鰓」。

 顔は、生命の中で最も重要な呼吸を司る鰓腸の内臓筋で出来ています。腸には鰓のほかに消化吸収の腸と余った栄養と老廃の排出の腸(はいさかな偏に排という文字だが出せなかった腸と名付ける−筆者)の三種類があり、皆等しくこの内臓腸管系に魂や自我や心が宿っています。(33〜34頁)

この一本の管に「私」がいる。

高等生命は腸から生まれ、腸で支えられています。腸がなければ生命はありえないのです。生命の本質(心・魂)はやはり腸にあるのです。そしてこの腸管上皮に備わった神経が、腸管の内腔と腸管の内臓平滑筋の状況を身体の皮膚の筋肉(体壁筋肉)に知らせるのです。この知らせを受けて体壁筋が動きます。つまり腸が感じて、体の筋肉がその臨む方向に動くのです。(44頁)

例えば野球の松井選手がヒットを打つ。
バットを握ってボールを打つ。
それを脳で視覚で捉えてボールを打つと「時間が足りない」。
「いい球」かどうかを目で見て脳に命令して、脳が打てということで手足が打つために行動したのでは、ボールのスピードよりも時間がかかる。
何か別のもので判断している。

呼吸、新陳代謝、吸収、排泄、生殖。
それらは鰓から進化した一本の管が担っている。
ここに心が生まれたのである。
心がある場所は腸に違いない。

 生命エネルギーとは、蛋白質と核酸と糖・脂質から成る有機体としての生命機械の細胞が動いて働いているときに発生する過熱・電流・電磁波・光です。このエネルギーにより多細胞動物は、体表と腸管上皮から常時体内に入ってくる栄養分、酸素、毒物、微生物、寄生虫等の有害・無害・有益物質を白血球が消化、無毒化、同化、異化し、エネルギー代謝を回し、リモデリングに役立てます。この力が免疫力です。消化できないときには感染したり毒物にやられてしまいます。これが感染症の免疫病です。(58〜59頁)

 動物の身体の使い方が変わると、同じ遺伝子を持ったまま、エネルギーの受け方の変化によって動物の器官の形や機能が変わるのです。
 この行動様式の変化さえ何らかの方法で伝えれば、形の変形は同じ遺伝子のまま次代に伝えられるのです。つまりエネルギーの変化によって、その変化は同じ遺伝子の引き金が引かれて別の形や機能の細胞に変わるのです。前述のようにこれを病理学用語で化生といいます。行動様式を何らかの方法、たとえば教育によってでも、子どもに伝えると、子どもは覚えることで行動様式が伝わります。そうすると行動様式に従って手や足や顎や顔の形が少しずつ生長とともに変わります。これを何千何万と続けるうちに、生殖細胞に百万回に一度起こるコピーミス、つまり突然変異によって、形の変化を後追いして遺伝子の無目的な変化が起こります。これが分子進化です。
(61〜62頁)

「刑事物語」の時、毎日中国拳法をやっていた武田先生。
半年ぐらい経つと、だんだんトレーニングウェアが似合ってくる。
柔道部に入ってすぐは、見ただけで「習いたてだな」とわかる。
一年ぐらい経つと柔道着がサマになってくる。
スーツが似合わない新入社員も、時間が経つとなじんでくる。
スポーツをやっているうちにスポーツウェアが似合ってくるという瞬間のことを言っているのではないか?

刑事物語3 潮騒の詩【期間限定プライス版】 [DVD]



両生類のウーパールーパー(アホロートル)。

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ウーパールーパーを陸揚げして何日も置くと、顔つきが険しくなって爬虫類っぽくなる。
これは水中の重力と陸上の重力が遺伝子の別の引き金を勝手に引いてしまう。
ウーパールーパーでのどかに浅瀬で生きていて、水に入りたい時には「水に入るか」みたいな、う〜ぱ〜♪る〜ぱ〜♪みたいなことで陸と水を行き来しているうちはウーパールーパーなのだが、乾期などで水が無くなると、目が吊り上ってきて、顔つきがトカゲっぽくなってくる。
その時にウーパールーパーの全細胞は「水なしで生きていくんだよ!」と言いながら顔つきから体つきまで変えてしまう。

水中の重力と陸上の重力が遺伝子の別の可能性の引き金を引き、別の新しい行動様式の生き物に変身させる。
重力というものが生物に不安の感情という波や、苦しいという熱を発生させると、遺伝子を激しく回して、別の可能性を探る。
それが間違いなく鰓や腸の思いである。
不安な感情や苦しいということは生き物にとっては大事。
(このあたり、本のどのへんかがわかりませんでした)
人工歯根や人工骨髄開発が成功した理由が「化生」。
別の生き物に、別の運動の仕方をさせると、違う生き物の可能性が出てくる。
サメを水の中から陸上に引っ張り上げる。
西原氏が作った人工骨髄装置を肉の中に埋める。
サメの軟骨が重力で固くなる。
魚類が両生類の形に内臓が変化する。
水中の六分の一の重力から1Gへの変化。
苦し紛れにのたうつ血液の上昇。

 上陸では、のたうちまわっていると血圧が海水中の十五(ミリ水銀柱)から三十(ミリ水銀柱)に上がります。すべてが解離しているミネラルとコロイド状の栄養分を豊富に含む血液は、血圧が上がると当然流れるスピードが早まります。その結果、流動電位が上がります。水は流れるだけで電位が発生するのです。水に電解質が含まれる血液のもとでは、心臓がポンプ作用をするだけで強い電位が発生します。この電位によって血管や筋肉をつくる細胞の遺伝子の引き金が自動的に働いていろいろな酵素が誘導されます。この血液中に酸素の量が三〇倍に増えて存在すれば、この酸素によっても未分化の間葉細胞は遺伝子の引き金が引かれて、ある条件下で赤血球が誘導されます。(111〜112頁)

胎児はお母さんのおなかの中の羊水の中で生きている。
水中生活をしていた胎児が出産で大気がある重力の世界に飛び出してくる。
まさしく海中から陸上に上った瞬間の動物と同じ。
鰓呼吸から肺呼吸に出産の何秒間かで全部変わる。
この時、赤ちゃんが泣くことによって肺が膨らむ。
内臓が不安を感じるというのは生まれ変わるための第一歩。
水中から陸上へ上がる瞬間、その不安がないと泣き叫ぶことができない。
不安は生きていく力。
不安を感じなくなったら人間はおしまい。
「どうにでもしろ」みたいに思っている女の人は魅力がない。
「やめてください!」と言っているうちが花。

日本のサーファー第一号のおっさん。
毎日サーフィンをやっていたら耳の軟骨が固くなって水が入らないように閉じてしまった。
耳の穴が少ししかない。
鈴木大地さんは水かきが大きくなってカッパの手のようになっている。
毎日同じ運動を繰りかえす。
毎日やることが大事。

 腸を大別すると三つに分かれます。呼吸を行なう腸が鰓腸で、のど元をすぎると真暗闇の腸がはじまります。これが腹の腸(腹腸)で、腹の腸が七重八重にくねって、再び出口の泌尿・生殖・肛門の腸となります。これを筆者は鰓腸に対してはい(さかな偏に排)腸と呼びます。排出の腸のことです。−中略−腹の腸は空になるとうずいてきますが、はい(さかな偏に排)腸は貯まってくるとうずいてきます。(90頁)
 
腸管の中に「思い」が宿る。
心が発生しているのは腸である。
その直感からか世界には身体言語が溢れている。
「喉元過ぎれば」「腑に落ちない」「胸につかえる」「腹を据える」「腹を割って」「尻が軽い」

頭と体が違う思いに行くことがある。
嬉しいくせにそれを不安がったり、いい知らせなのにもう一つ盛り上がらなかったり。
頭でわかっていて、腹で納得できないということがある。
その時には、腹優先で考えた方がいい。

口の中を整理整頓するだけで、相当な難病が解決する。
白血病と言われた人が、口の中と呼吸と歯の治療をやっただけで消えた。
(このあたりの話は124ページあたり)
歯医者さんはバカにできない、すばらしい病気を治す力を秘めたお医者さん。

2014年06月12日

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(5月26日〜6月6日)◆『つながりの進化生物学』岡ノ谷一夫(後編)

ミラーニューロンの話がでてくるけど、例に挙げられている内容が私には当てはまらないので「ミラーニューロンが関係している」ってのは正しいんだろうと思われます。
私はミラーニューロンが死んでいるので。

これの続きです。

感情をモニターするのが意識である。
意識が蓄えられて、記憶という心が形となる。
第一感情。
「探す、怒る、恐れる、性欲、愛着、悲嘆、遊ぶ」
生存の為の感情。
次に第二感情。
「同情、羞恥、誇り、罪」
第三感情。
「抽象」
これは脳と結びついている。
そもそも、なぜ心はこんなに進化したのだろうか?
(このへんの話は226頁あたり)

「私」にも心がある。
しかし「あの人」とは違う心である。
「私」の心はだから、「あの人」には決してわからない。
しかし、こんな違う心なのに、なぜサルと比べてこんなに進化したのだろう?

 フランスの哲学者のルネ・デカルトは「我思う、ゆえに我あり」という言葉で有名ですね。デカルトは、自分の心だけは否定できない、というところから哲学の議論をはじめています。(232頁)

「私」は「私」を思うことができない。
加奈さんが加奈さんを思う時、人を思うから加奈さんは思っている。
「あの人は私のことをどう思ってるんだろう」と思う時に「私」が出てくるのではないか?
心で間違いなく言えることは「君を思う、ゆえに我あり」。
こういう過程でどうも人間は「心」というものを作っていったみたいだ。
つまり「君」を思っている「私」というものがあって、そこで初めて「私」は「私」に気付いた。
自分のことを思うのではなくて、人のことを思っている時に、人のことを思う「私」が「私」になった。

 前適応とは、ある機能が進化した理由には、本来、別の理由があったかもしれないという考え方で、進化生物学において大切な概念です。
 前適応から説明できる形質は、いろいろなものがあります。たとえば、僕たちがしゃべるときに使っている声帯の筋肉もそうです。首を切ってみると、太い管が2つありますが、1本の管は食べ物、飲み物が入る管で、もう1本は空気が入る管です。
−中略−私たちが物を飲み込むとき、気道に食物が入らないようにフタをする仕組みがあります。そのフタをするために使われている筋肉が、声帯としても機能するようになったのです。物を飲むときに誤飲しないように発達したシステムの一部を使って、僕たちはしゃべったり、歌ったりしている。(233頁)

まあ、とにかく、前適応という考え方はいろんなものの説明に役立ちます。
 男性のペニスもそうです。ペニスは泌尿器で、おしっこを出す器官です。筒状であることを利用して、精子の通り道にも使い、精子を膣に送る器官という機能もつけているのですね。
 ちなみに、ペニスの進化はなかなか面白い。ほとんどの鳥にはペニスはありません。
−中略−
 一般に鳥は、総排泄孔といって、おしっこもウンチも精子も、全部同じ穴から出てきます。ですから、鳥のセックスは総排泄孔をこすりつけ合うだけ。
−中略−
 この「前適応」という考え方を使って、意識がなぜできたのか、どんな副産物として生まれたといえるのかを考えてみたいと思います。
(234〜235頁)

心も「前適応」で、「あの人」には「心」がある。
「あの人」の心は私にはわからないということを思っているうちに、「私」にも心があるということを「私」が気づいてゆく。
「心は外からやってきた」
(武田先生は、この言葉をこの本の著者も言っているとのことだったけど、発見できず)
「あの人には心があるんだ」っていうことが、わかった段階で発生するのが「私の心」。
心は最初は生存の為の道具であった。
「あの人には心がある」ということがある。
そのことによって「私にも心がある」。

ミラーニューロン。
浅田真央選手が三回転ジャンプをする。
私たちの頭も彼女と一緒に飛んでいる。回転している。
人がやっている動作が自分の体で同じことが起きる。
そのことで、私たちはスポーツでドキドキする。
体操をやっていた経験のある加奈嬢は、体操をやっている人を見ると体を動かしたくなる。
平均台から落ちそうになった選手を見ると自分でバランスを取ろうとする。
それがミラーニューロン。
柔道をやっている武田先生。
投げられた瞬間、自分が一緒に飛ぶ。

心というのは、他人の心を予想することで、自分の心が「前適応」した。
それが「自分の心」。
「君思う、ゆえに我あり」
「君」を思えないと「我」がない。
言葉もまたそうで、他者から生まれたもので自分の為のものではない。
幼児に向かって「自分の気持ちを言いなさい」と言っても、言えるわけがない。
それは、お母さんの口調とか友達の口調を真似して外から言葉はやってきた。
それと同じように、心も外からやってきた。
つまり「私」を伝える為でなく、言葉は「あなた」とつながる為に生まれた。
「私の考え」を語る人の話はつまらない。
「私があなたに教える話」にはコミュニケーションがない。

コミュニケーションというのは、受信するものが変化することによって、送信するものに利益がもたらされる。
それがコミュニケーションである。
「利益」というのはささいなことでもいい。
「あなた」とつながることによって「私」は私の成長を確認し、「私」を理解することができる。
「あなた」と出会わなくて、一人で生きる人間にとっては「言葉」も「心」も宿らない。
成長しない。
根付かない。
つながりから生まれた「心」と「言葉」。
これが人間を作っている。

スズメは誰かと結ばれる為にさえずるのではなくて、さえずることでコミュニケーションが成立する。
コミュニケーションの本質はここにある。
ラジオ、テレビ、報道、ニュース番組。
一番大事なことは「ニュースがあるから伝える」のではなく「伝えるためにニュースが必要」。
ニュースとは何か?
「さえずり」である。
「報道」というと殺気立って四角四面になる人。
報道に関する力み。
ドラマ班を追い越して国会に向かう報道の黒塗りの車。
玄関で突き飛ばすTという放送局(TBSか?)の人。
「どいて!」と怒鳴られる武田先生。

 中国には、闘蟋という、コオロギ相撲の大会があります。−中略−
 金沢工業大学の長尾隆司さんは、とても強いコオロギをつくる方法を発見しました。コオロギを透明な箱に入れ、他個体の様子は見えるけれど、他個体と直接交互作用できないようにして飼っておくと、とても凶暴になり、喧嘩に強いコオロギになるそうです。長尾さんはこのように飼育したコオロギを「インターネットコオロギ」と呼んでいます。
 群れから完全に隔離し、他のコオロギの音も臭いも姿も一切入らないようにして飼育したコオロギも、それなりに乱暴者になります。けれど、透明な箱で隔離し、触覚以外の感覚は保持したままにしたほうが、よりいっそう乱暴者になる。
(264頁)

 ただ、直接の相互作用を少ししかもたずに成長してゆく動物には、異常行動が出てくることは、よく知られています。(265頁)

人間は数万年に亘り対面交信をしてきた。
つながりを求める為には本人の前に行って対面、 Face to Faceでやってきた。
たった100年でこれが全部変わった。
コミュニケーションは対面で培った能力を前提にしている。
ところが対面ではなくなった。
言葉による言語情報と感情情報がだんだん離れていった。
「インターネットコオロギ」に異常行動が出たように、対面接触できないと異常行動を取るようになる。
コミュニケーションで感情情報が伝わらない環境の中で、人間がだんだんおかしくなってきているのではないか?
息、肺活量、表情、しぐさ、作り笑顔かどうか
そういうものが一切情報として入ってこない。
言葉だけ。
言葉は非常に不安定なツール。
「オマエなんか大嫌いだ」という愛情表現が世の中にはある(内田樹)
対面での情報量の取り入れ方が下手になってきている。
ストーカー事件はインターネットコオロギっぽい。

メールで「連絡が欲しい」と書いてある。
たいがい90%以上の人が不吉なメッセージとして受け取る。
日本人はそこに絵文字などの表情を書き添えなければ不安になってしまう。
言語メッセージというのは不安定なもので完全なものではない。

「言語を持つもの」に対して不信感がある。
「癒し系」のキャラクターは言語を発さない。
喋るご当地キャラクターはふなっしーだけ。
キティちゃんには口がない。
「言語を持つもの」は癒しにならない。
ミッフィーは口が×。
彼らは一つの表情でコミュニケーションをする。
余分なものは持たない。

 しかし、言語という、それ自体では正直さが保証されない信号が、安定な信号であるとは、僕には思えません。人間が言語を獲得してから、まだ10万年くらいしか経っていないのです。地球の歴史46億年の0.002パーセントにすぎません。(274頁)

言葉は表情と合わせて伝達ツールとして成立していったもので、近年、その片翼であるところの「表情」が言葉から消えてしまって、言葉はますます不安定化してしまった。
私たちは言葉が不安定な時代を生きている。

何が言いたいのか自分で自分がわからなくなった時、それでもあなたがわかろうとする表情で、私は何をあなたに伝えたかったのかが、私はやっと理解することができる。
「私」は「あなた」を経由しなければ「私」にたどりつけません。


武田鉄矢・今朝の三枚おろし(5月26日〜6月6日)◆『つながりの進化生物学』岡ノ谷一夫(前編)

「つながり」の進化生物学



高校生を対象にした講義をした内容をまとめた本。
本の中にいろいろな動物が登場するのだが、その音声は一部インターネットで聞くことができるようになっている。
なぜかFirefoxでは再生できなかったのだが、Google Chromeでは再生できた。
でもページを開くと全部の音が一斉に再生されるので非常に困ったけど。
この中の脳波音楽 Brain dreams Musicっていうのがなかなか興味深かった。

ってことで、ラジオの内容に入る。

 ヒトとチンパンジーが共通の祖先だった時代は400万年前で、われわれの直接の祖先であるホモ・サピエンスがでてきたのは、おそらく15万年前のアフリカが起源だと考えられています。
 世界には、約6千の言語があるといわれます。しかし、どのくらい異なれば別の言語と数えるかは学者によりまちまちなので、きちんとした数には意味がありません。
 人間の言葉は共通性が多く、ほとんどの言語が、他の言語に翻訳可能です。
−中略−
 ということは、人間が使っている言葉は基本的に1種類で、あとは全部方言だと考えてもいい。
(91頁)

15万年前、ホモ・サピエンス「人間の種」を含んだ時、言語は一つだったのではないか?
アフリカを出て、いろいろな地域で生きていくうちに、方言として言葉は分散、枝分かれした。
旧約聖書のバベルの塔「人間が高慢になったので神様が全部言葉を変えた」というのは、まんざらでもないのだ。

文字が生まれたのは、一般的には今から5千年ほど前のシュメール文明といわれます。しかしそれより前、2万年前のものと推定される、線が刻まれた動物の骨が、フランスで出土しました。これは、月の満ち欠けや天体の運行を記録したものだと考えられています。また、有名なラスコー洞窟の動物の絵も、2万年ほど前のものです。(92頁)

 1万年前から何世代を経ているかというと、一世代20年として、500世代しか経っていない。文字によって文化の蓄積がはじまり、人間はたった500世代で、ものすごく変わりました。飛行機ができてから100年ちょっと、5世代しか経っていないのに、もうわれわれは宇宙船を操って、太陽系の中ならどこへでも行けるようになりました。(93頁)

文字文明の蓄積が、いかに人類にとって強大、強力か。



虎と犬の死骸を埋めたところ
家→犬の死骸
七→虎
刂(りっとう)→刃物



戈→刃物

「演劇」というものは、最初から「チャンバラ劇」だった。

 ところで、旧人のネアンデルタール人は15万年前に生まれ、2万8千年から2万4千年前に絶滅したと推定されていますが、彼らはお葬式のとき、死体に花を飾っていたそうです。−中略−
 そして、動物の骨に穴をあけて、フルートみたいに音を鳴らせるものをつくっていたらしい。
−中略−
 さて、ネアンデルタール人は言葉をもっていたと思いますか?
−中略−僕は、ネアンデルタール人が、われわれと同じような言葉をもっていたら、われわれの直接の祖先であるクロマニヨン人に、みすみすやっつけられることはなかったのではないかと思う。(93〜94頁)

人間はネアンデルタール人とは異なり、複雑で多層の言語世界を築いている。
人間は主観を超えて「今日は夕日がきれいだ」とか「あの人が悲しんでいる」とか、自分を中心に置かない言葉を持っている。
これが人間を飛躍させた。
「信号」の他に人間の言葉の最大の特徴は何か?
「無駄話ができること」
無駄話こそがコミュニケーションの元型である。
無駄話ができない人の話は息苦しくなってくる。
ラジオは重大な無駄話。

 心はもっと原始的な感情や意識からできていて、それに理屈付けをしているのが言葉なんじゃないか。僕たちは、自分の心の状態に、言葉ですぐに説明をつけてしまいます。でも、感情はあきらかにあるのに、その切り分け方がよくわからない、言葉にならない感情ってあるよね。理屈抜きで好きだとか、怖いというような、言葉より早い感情もある。(154頁)

人間の感情というのは、全部言葉にならない。
これが大事なこと。
何でも自分の思っていることを、全部言葉にできる人の話はつまらない。

心という器には魂とか気持ちとか、感情、意識など、たくさんの要素が沈んでいる。
人間の言葉の中にあるもの、心の中にあるものは「知性」「感性」「霊性」。
「知性」はインテリジェンス。
「感性」はセンシティブ。
「霊性」とは、スピリチュアル(インスピレーション)
知性ばかりで物を語っている人の話はつまらない。
霊性だけだと「この人、ホラこいてるんじゃないか?」。
この三つが混ざると、何だかその人の声に魅せられてしまう。
言葉はそれをすくって伝えるもので、全部をすくうことはできない。
全部すくっているように錯覚させるところが、言葉の悪いところ。
例えば「あなたが好き」という心の出来事でさえ、言葉で好きな理由を言えているうちは正確ではない。
子供が言葉に詰まる時、ものすごく言葉の力を感じる時がある。

おじさん「お母さんのこと好き?」
子供「うん、大好き!」
おじさん「どこが好き?」
子供「うーん・・・よくわからない」

よくわからないところに、おかあさんが魅力的だというのが伝わる。
「乳房がでかいから」「母乳の出がいい」と子供が全部言ってしまうと「この野郎」と思ってしまう。

言葉というのが、自分の感情とか他人の感情を説明する時、人は必ず不正確なことを言ってしまう。
例えば「あなたが好き」という心の出来事でさえ、なぜ好きかを立て板に水で語れる時、かなり嘘が混じってしまう。
なぜ好きなのかがわからない時、「好き」ということが一番躍動する。

南こうせつ氏の名言。
こうせつ氏がコンサートに向かう時、飛行場まで奥さんが車で送ってくれる。
ある時車内で、何気なく、ふと奥さんを見る。
その瞬間「あれ?このお婆さん誰だっけな?」

好きな理由がわからない時に、最も人間はその人に惹かれてしまう。

21世紀に入ってから、人間の行動を左右するのは理性よりも感情であるととらえられるようになり、感情の科学が進展するようになりました。(155頁)

今、世界中で紛争が起きている。
これは理性的な行動というより、感情的で「どうもアイツラが嫌い!」。
だからこそ始末が悪い。
そのことをまず認めちゃった方がいい。
人間というのは感情の生き物で、それを理性で処理することはできない。
その時の感情は「表情」「しぐさ」「身振り」「声の調子」ににじむ。
言葉に出てしまう。
感情は明らかに魚やハチ、カマキリに至るまで持っている。

魚を釣る時に魚の声を聞く武田先生。
キャッチアンドリリースは、魚が元気なうちに水に返さなければならない。
ところが、ヤマメやイワナは人間が触ると体温で火傷をしてしまう。
ちょっとでも触ろうものなら「アチっ!!!」
声が聞こえる。
下手なので疑似餌を深く飲みこませてしまう。
「早く抜け!痛ぇ!抜けよ早く!!!!」みたいな声に聞こえる。
リリースしたあと、逃がしてやっても恨みに思っている魚はすぐに帰らない。
ずっとこっち側のそばにいて、上目使いに「ずーっと痛ぇよ!ココんとこ、オマエが引っ掛けたとこ痛ぇんだよ!」と言いながら、あてつけみたいに岸から離れていかない。
「コイツら絶対感情を持っている」と思う。

カマキリは指で突っつくと、「なにィ?」って言いながら首を曲げる。
振り上げる蟷螂の斧がやんちゃをやっているガキっぽい。
「なんだよ!オマエ文句あるのかよ!イライラすんだよ!」みたいな。
それが志村さんっぽい声で聞こえることがある。

生き物というのは、それがたとえ魚であれハチであれカマキリであれ、「恐怖」「怒り」「楽しみ」そういう感情を持っている。

人間は楽しいから笑うのではなくて、笑うから楽しくなる。
人はハンカチを貸してもらって、始めて泣いている自分に気付くことができる。
小保方さんはハンカチの広げ方が大きい。
真四角のまんま、大きく涙を拭く。
誰かへの何かの感情を伝える為の大きな旗印だったのではないか。

 ある刺激によって、脳で情動が生じ、それから身体の反応が起こるのではなく、まず身体に生じた変化が先にあって、その反応を脳で解釈した結果として情動が生じる、という考え方を「末梢起源説」といいます。
 19世紀の心理学者・生理学者であるアメリカ人のウィリアム・ジェイムズと、デンマーク人のカール・ランゲが同時期に発表したもので、脳や脊髄などの中枢からではなく、身体の各部分である末梢から情動が生じると考えられていました。
(176頁)

人間は「頭」で嘘をつく。
夜、眠れなかった武田先生。
「俺はあのことを不安に思っているから眠れないんだろう」と思っていた。
自分の気持ちをつきとめたら「明日、釣りに行くから嬉しくて眠れない」。
そのことが照れ臭いらしく、言い訳に不安を持ってきていた。
好きなことができるワクワクを隠そうとしている。
隠そうとしている自分に自分が気づいていない。

人間は作り笑顔か本物かを見抜く。

筋トレは、意志で筋肉を動かせることが前提とされますが、眼輪筋は意志で動かせないからです。−中略−
 まず、メカニズムから説明すると、目のまわりの筋肉が意図的に動かせない理由は、眼輪筋が大脳皮質の運動野から、あまり制御を受けていないからです。大脳皮質の運動野と直接的なつながりがあれば、今ある刺激とは独立に、意志の力で筋肉を動かすことができる。
−中略−
 眼輪筋は、脳の深いところにある顔面神経核から直接の制御を受けています。顔面神経核の眼輪筋を制御する部分は、大脳皮質運動野の左右から50パーセントずつ制御を受けているため、意図的に動かそうとするとバランスが崩れ、不自然になるのです。
(202〜203頁)

だから作り笑顔は一発でわかる。
不快は隠せない。
あまりにも言葉で世界を切り分けてしまうと、言葉の中から感情が消えてしまう。
人間の面白さは言葉の中にこめられた感情を引きだすことができる。

武田先生の御令嬢の話。
「アナと雪の女王」主題歌「Let It Go」
世界中で、いろいろな国のいろいろな人が歌っている。
日本の松たか子さんのものが一番いい。
アメリカのは「声が出るぞ」と自慢しているような歌い方で、キンキンしていて嫌だ。
それに比べて松さんは本当に感情がこもっていて、それがアニメファンのアメリカ人にも評判がいい。
松さんの歌い方には「情動」がこめられている。
それが英語、中国語、ロシア語、といった言葉の違いを超えて国際社会の中ですごく評価されている。
映画はまず歌の練習から始まる。

そういう回もある。
歌っていい回と歌わなくてもいい回と二つある(水谷嬢情報)。

歌の練習から始まる回は子供がしこたま練習していて、始まるとワーッと歌う。
コミュニケーションでフォークソングが持っていたソングアウト。
一緒に同じ言葉を同じ大気、空気の中で歌うということは、いとも簡単に人と人を結びつける力がある。
人のコミュニケーションの面白さは、コミュニケーションをより複雑なものにすることによって、より強く結ばれる。

世界各国に報道官がいる。
日本だと菅さん。
日本の政治の内情とか本音とかを説明する人。
菅さんは表情を消す方。
消してもなお、感じる。

記者「○○国が日本の悪口を言っていますが、菅官房長官、いかがですか?」
菅官房長官「わかっていただけると思います」

「全然わかっていないっていうことを伝えたいんだな」ということがわかる。
アメリカの女性報道官(ヘイデン報道官のことと思われる)が、朝鮮中央通信がオバマ米大統領を「卑劣な黒いサル」などと差別的な表現で批判した時に「反撃する言葉すら呆れてない」といった時に表情を感じる。
中国の報道官(華春瑩報道官のことと思われる)。
彼女の目は冷ややかというか、感情を一生懸命消そうとしている。
消そうとしているところに、逆にものすごく感情を感じる。


2014年04月22日

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(4月7〜18日)◆『思想家 河合隼雄』中沢新一 河合俊雄(後編)

これの続きです。

明恵夢日記
河合氏の功績の一つ。

明恵(みょうえ)上人
鎌倉時代前期の華厳宗の僧。
「夢記」として夢を全部書き残している。
これを河合氏は、ユング派の心理学で夢判断をしている。

明恵 夢を生きる (講談社プラスアルファ文庫)



その明恵上人が残した和歌。

 戯(たわぶ)れの 窓をも月は すすむらん
   すますともには くらきよはこそ

 これは結局、月が照らしているのは戯れの世界、世俗の世界であって、本当に心の澄んでいる人には暗い闇の夜の方がいいんだ、ということを言っているんですね。
(61頁)

闇の中に真実はある。
光りに照らされている明晰な世界には真実はない。

ユング曰く、日本は無意識が世界観になっている。
日本とは無意識の国。
日本人は無意識をほめたたえる。
意識をあまりほめない。
「はじめてのおつかい」
無意識がかわいい。

日本語で月の光のことを「月影」と呼ぶ。
「光」のことを「影」と呼ぶ。
「星影」も同様。
闇の方から物事を見ている。
光りの方から物事を見ない。

日本ではアマテラスオオミカミ(太陽神)は女性。
月はツクヨミノミコトで男性。
西洋では月は「ルナ」。
「ルナシー」で女性名詞。
(武田先生は「ルナシー」の「シー」を「she」というふうに解釈したようだが、「LUNA SEA」では「月と海」だし、「LUNACY」ではまったくシーが登場してこない。
しかも「LUNACY」は月の光の意味ではなく(それが語源ということらしいけど)意味は「精神錯乱」。
因みに英語で月の光はもちろん「Moonlight」。)
月は女性名詞。
(多くの国ではそうなっていたが、ドイツは違うらしいことが判明した)
男女がひっくり返る。
どうしてこうなるかというと、おそらく農作物、つまり米を中心とすると太陽がメインになる。
だから稲穂を育てる母のごとくということ。
農作物の違いが天体の重要性をランク付けしている。
「元始、女性は実に太陽であつた。」(平塚らいてう)
女性が支配する。太陽が支配する。

 河合先生がおっしゃるとおり、東洋人とくに日本人にとっては、「心月」という表現にもよくしめされているとおり、心の動きは太陽の光よりも、月の光との親和性のほうがはるかに強く感じられていた。言かえれば、心は太陽型の論理にしたがってつくられているのではなく、月型の論理のように動いている、と伝統的に考えられてきた。−中略−
 このように、心は自然な状態では(外から無理な力や強制を加えなければ、という意味である)、月の論理と親和性の高い「あいまい」論理で動いている。(63頁)

武田先生が三月の上旬ごろに新聞で読んで感動した話。
岩手で津波対策として防波堤を高くしようということで16mの防波堤を計画した。
町から反対の声が上がる。
「16mの壁で海が見えないように遮断したところに住めない」
今はまたミーティングが行われ、堤防を下げる方向に。
海が見えないと危険かどうかもわからない。
100%安全な町なんか望んでいない。
完璧に津波が襲ってきても守られることを望んていない。
大半の人が漁業関係者で、16mのセメントの壁の根本に住んで「漁業関係者」と言えるか?という話になった。
採ってきた魚を16mの壁で釣り上げて降ろす。
いつ津波が襲ってくるかわからないという町こそが、実は生きるに生々しい。
これが河合氏の言うところの「心の闇」。
「絶対に安全な町」というのを実は望んでいない。
このあたりが自然災害と人間の暮らしのバランスの難しさ。

カウンセリングにおける心理学の技術を河合は持っていた。
人は人生のある時期、必ず心に病を発症する。
思春期における狂気の「躁」、30代における「適応の離人症」、中年期における「クライシス」、更年期・初老期の「エイジング・ロー(老人性鬱病)」(「エイジング・ロー」という言葉を調べてみましたが、わかりませんでした)。
河合氏はクライアントとの対面について、解決よりも悩みをつくっていく。
心の悩みは解決しなくていいんだ。
心の悩みを創造していく。
その人が何かを語り始めたら、それを「ふわーっと聴く」。

「相手の方は自分の心の底にあるものをつぎつぎと出して来られる。[……]私の心が開いているのがわかると、未整理の引出しやたんすの中味を全部ぶっちゃけるように、いろいろなものが投げ出されてくる。そうしながら、それらを二人で整理してゆく。整理ができるということは、それら雑多の内容が「物語」としての形をそなえてくることなのだ」と、河合氏はいう。(76頁)

人生において「真理」(「審理」か?)、あるいは「魂の危機」は何度もやってくる。
人生の季節が移り、その人が年齢を重ねて成長し、あるいは成熟していく時、それまで身に付けていた物語が息苦しくなり、その物語が汚れたり破けたりする。
その都度、人は「私という物語」を造りなおす。
語り直さなければならない。
20歳で作った「私の物語」が21歳で役に立たなくなる時がある。
その時に「語りなおす」「造りなおす」。
そのたびに心が病になる。

物語の「中味」そのものにではなく、語りなおすということそのことにより大きな意味があるとおもわれる。語りの内容じたいに正否があるわけではなく、正否がさだかでないままに本人に肉迫してゆくような物語を求める、そう、暗闇のなかの手探りのように。−中略−そういう語りなおしにおける「かたり」がしばしば「カタリ」(騙り)として制作されるものであることに、折りにふれて注意をうながしている。(77頁)

語りなおすことで自分が元気になっていく。
その過程が大事。

「『わたし』をスカッとした物語にしてはいけない」
スカッとした物語にするということは、絶対に「嘘」が入る。
日本をスカッとした物語にしようとして頑張る人がいる。
「アジアで唯一、近代化トップバッターで名を成し、アジア諸国とともに西洋列強と闘おうと声をかけたが、目覚めるアジア、あまりにも少なく、日本はむなしく・・・」というのはスカッとしすぎ。
スカッとした物語で「私」「日本」を語る人はできすぎ。
スカッとしたキャッチコピーが欲しくなる。
「日本の○○」

「私という物語」がスカッとしすぎると、その人で終わってしまう。
スカッとしないと、誰かが「続編」を始めることがある。
それが生きていくことの面白さではないか?
完璧に幸せではなく、不幸で終わる方が人をたくさん集める。
今、ブームの百田尚樹さんの『永遠の0』

永遠の0 (講談社文庫)



そして、宮崎アニメで有名なのが『風立ちぬ』

風立ちぬ [DVD]



同じところを百田さんも宮崎さんも回っている。
零戦。
永遠の0→零戦を操縦して散っていった、ある航空兵の物語
風立ちぬ→零戦の設計者である堀越二郎
堀越さんはスカッとしていない、無念の人。
1945年に日本は連合国の占領下に入ったので、航空機の設計、製造、研究を一切禁じられてしまった。
この時、42歳の働き盛りだった堀越さんも、設計をすることができなくなってしまった。
「アンタももっと飛行機を作りたかっただろうね」
というのがこのアニメ「風立ちぬ」ではないか。
戦争に勝った側のアメリカの飛行機の設計者は、スカッとしすぎて何も残っていない。
ここにもう一人、スカッとしない人がいた。
堀越さん(海軍の零戦)をライバルだと思っていた、陸軍の「隼(はやぶさ)」を設計した糸川英夫さん。
糸川さんは日本で最初にロケットを飛ばした人。
糸川さんの技術が軍部に吸い上げられ、特攻機に使われる。
人間ロケット「桜花(おうか)」。
それに苦悩しつつも、ロケットを開発する。
これが日本のロケット開発のスタートとなる。
ペンシルロケットから始まり、最後に打ち上げたのが「おおすみ」(日本最初の人工衛星)。
「おおすみ」が何周も地球の周りを回り、落下してくる。
落下してくる時に、この糸川さんの弟子が壮大なことを考える。
この「おおすみ」に「お疲れ様」という意味を込めてロケットを一つ打ち上げよう!
「おおすみ」が落ちてくる時に弟子たちが打ち上げるロケットを「はやぶさ」と名付けた。

2003年、小惑星 25143 が糸川の名にちなんでイトカワと命名された。この小惑星が「イトカワ」と命名されたのは、日本の探査機はやぶさが打ち上げられて(命名されて)三ヶ月後で、探査機がこの小惑星を探査する事が決定した後のことである。イトカワには探査機はやぶさが訪れ、調査とサンプルリターンを行った。自らの名前がつけられた小惑星に、自らが開発に関係した戦闘機(隼)と同名の探査機が着陸したことになる。(ウィキペディア)

スカッとしない物語だから物語が続いた。
戦争の無念、戦争のつらさがロケット技術に繋がって、人工衛星を世界で四番目に成功させた。

歴史は因果の連なりであり、その歴史にからめ取られた伝説は、あらゆる因果関係をすり抜けて堆積している無意識の深みには、よく根を降ろしていない。あまりに自明なことである。(96頁)

歴史をあまりにもスカッとした物語にすると、生命力を失ってしまう。

人間の心に意識というものができて以来、それを磨きあげることによって、人類の文明は進歩してきた。しかし構築された意識が無意識の土壌からあまりにも切り離されたものとなるとき、それは生命力を失ったものとなる。われわれは太陽について、雨について、あまりにも多くの知識を得たために、太陽そのもの、雨そのものを体験することができなくなった(97頁)

明日の天気について、予報が細かければ細かいほど明日の天気についての想像力がなくなる。
予報が100%当たるようになると、本当の天気について、われわれは体験することができなくなってしまうのではないか?
時として人間は、思いもかけず太陽に当たったり、雨に打たれたりという体験が貴重になる時があるのではないか?

雨の予報が出ている中、魚釣りに出かけた武田先生。
小雨を浴びながら、釣竿で魚を釣っていると「これが本当の雨だな」と感動。
去年の10月、不眠症に悩む武田先生。
南こうせつ氏と共演の舞台の時、こうせつ氏が歌っている隙間に、会場を抜け出して楽屋口の階段に座っていた。
佐賀の県民会館で、田んぼから藁を焼く煙の臭いがふわ〜っと流れてきて、それを嗅いだ瞬間、体中のネジが全部緩んだような感じがした。
その時に流れてきた風が、久しぶりに感じた風だった。
小学校の1、2年の時に、遠足の帰り道に嗅いだ田舎道の臭いと同じ臭い。
そういうものが、意識の中、あるいは無意識から湧き上がってきた時、ものすごく立ち上がってくるものがある。
○月○日が晴れだ、雨だという過去の記憶よりも一回無意識で感じたそれが自分を励ましたり。
そういうことが大事。

われわれにとって必要なことは、意識の世界から無意識の世界へと還り、その間に望ましい関係をつくりあげることではないだろうか。さもなければ、白日の太陽にさらされたみみずのように乾き死んでしまうことになるだろう。(97頁)

太陽の下で物事をはっきり「NO」と言う、「YES」という。
あるいはあいまいさがどこにもない。
だけど、やっぱりそれでは命がひからびてしまう。
そういう「あいまいな国、日本」を、私たちが心から好きになれば、いつかきっとどこかでという思いがする武田先生。

2014年04月21日

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(4月7〜18日)◆『思想家 河合隼雄』中沢新一 河合俊雄(前編)

この本は、まず開いてみてびっくりでした。
横書きだよ!!!
縦書きの本に慣れてしまうと、非常に読みづらい。

思想家 河合隼雄



河合隼雄
2007年逝去。
臨床心理学者。
ユング派分析家。
文化庁長官を歴任。
現在盛り上がっている、小学校からの英語教育という話の「言いだしっぺ」の人。
日本人は英語で論文を書いたりするという国際性を身に着けないと、日本文化というのは、なかなか理解されないということを言いだした人。
動物園の園長のような穏やかな顔をした人。
地震や事件などで登場する臨床心理士をシステムとして作った人。

宗教学者の中沢新一さんが取り上げる「日本中空構造論」。
日本というのは空っぽだ。
中空構造だからっこそゴルフは飛ぶ。
空っぽだから飛ぶ。
日本人は真ん中を空けておくということを歴史上大事にしている。

古代から日本は中・韓からの文明、文化を受け取ってきた。
そして明治近代化以降は文明、文化を欧米に仰いできた。
ののしる人はバカにする。
「モノマネじゃ無ぇか!」「独創性に乏しいよ!」
そういうふうにバカにする。
本当の科学的な思考ができずに、最後は太平洋、大東亜戦争を引き起こした。
そういう反省から、戦後日本は米国に進駐を許し、その米国によって民主主義という近代科学をやっと手に入れた。
日本人が日本を「独創性のないモノマネの国である」と罵倒をしていたのだが、最近、その日本を気にいる海外の人が多い。

テレビタレントのセイン・カミュさん。
ニューヨーク生まれで、日本語が達者で日本でいろいろと活動をされている。
「何がいいんですか?」という問いに対し、カミュさんは
「日本人は、はっきりものを言わないからいい」
「日本人は、ものをはっきり言わないからダメだ!」という人が大勢いる。
だけど、カミュさんにとっては、ものをはっきり言わない日本人が心地いい。
「ものごとをはっきりさせる」ということは時々くたびれる。
こういうことが可能なのはなぜかというと、日本が「中空」だから。

有史以来、日本文化は「中空」であった。
国家から個人まで「中空構造」で真ん中に神や指導者、政治、経済を据えない。
無文字文化から中国の漢字を国学として受け入れた。
その文明を命をかけて東シナ海を超えて、日本は中国まで学びに行った。
唐に学び、隋に学び、宋に学んだ。
同様に朝鮮にも学んだが、日本は絶対に中国文明を国の真ん中に置かない。
朝鮮文化も真ん中に置かない。
学ぶだけ学んだら、使えるかどうかをチェックして、いらないところは絶対に真似しない。

日本人は真似をして、真似しないところがある。
それがこの国の面白いところ。



姜尚中氏の新しい本。
(武田先生は番組の中でタイトルをおっしゃらなかったが、時期的にこれかと思うが。)
「どうぞ日本よ、大人の国であってください」

日本人は中国の人とも、韓国の人とも、朝鮮の人とも何が違うのか?
中国はかつて、圧倒的な文明国だった。
街の作り方を学ぶ、産業を学ぶ、植物を学ぶ、お茶を飲むというような文化を学ぶ、漢字を学ぶ。
いろいろなことを中国から学んできたが、日本人が不思議と学ばなかったこと。
それは何か?
宦官
皇帝を置いておいて、その周りに性的不能者を取り囲むという階級を作って、皇帝の女性を守るという宦官制度を日本人は取り入れなかった。
李氏朝鮮は一部真似をしている。
こういう人たちを政権に参与させると、ものすごく悪いことをする。
宦官を取り入れなかったために、日本はたくさんのスキャンダルがある。
淀君が産んだ子は、本当は石田光成の子じゃないか?といったことが、平気で行われていた。

もう一つ。
試験で人間をしばると、試験の問題しか解けない人間になってしまう。
(このあたりは、中国の「科挙」の話かと思われる)
それよりも、戦場でよく働いた叩き上げのような人たちを殿の周りに置いておく。

司馬遼太郎氏による、中・韓と日本の違い。
古代の中国では戦争になると、影武者をたくさん作っていた。
李氏朝鮮は、一番偉い大将は鎧を着ない。
普段着、あるいはあえて紙の鎧を着る。
鉄製の鎧で身を守ることは、ものすごく下品なこととされた。
日本は大将は最も派手な鎧兜。
目立つ格好をさせられて、大将がいる場所には旗をたくさん立てる。
大将が殺されたら戦闘はすべて終わり。
残された部下は将棋の駒と同じで、吸収される。
中国は、庶民まで皆殺しにする。
戦闘による死者の数が日本とは大幅に違う。
日本は侍同士が殺し合うが、庶民には手を出さないというのが、人口を減らさない唯一の方法。
李氏朝鮮は昔から「口外交」。
これが三つの文明・文化の大きな違い。

河合隼雄氏は人間の無意識というものを神話の中に探す。
その国に残っている神話などに求める。
日本神話。
トップバッターはアメノミナカヌシとムスヒという神様が出てくる。
出てくるが、すぐにいなくなる。
日本の神様の面白いところは、登場するが去って行く。
そして二度と出て来ない。
イザナギ、イザナミの間に生まれたアマテラスオオミカミは三人姉弟(と武田先生は仰せだが、実際には大量に兄弟が存在しているようだ)。
長女が太陽の象徴であるアマテラスオオミカミ、長男がツクヨミノミコト、二男がスサノヲノミコト。
古事記、日本書紀という日本の神話の大きな物語は、アマテラス(太陽)と、大地の象徴であるスサノヲノミコトの姉弟喧嘩を描いている。
真ん中にいた、長男のツクヨミノミコトは名前だけで、ほとんど出てこない。
これを河合氏は「中空構造」と言っている。
アマテラスとスサノヲの二人は、とにかく仲が悪い。
アマテラスは稲作の神様。
機を織ったりしている。
スサノヲはアマテラスの田んぼ、畑を突き崩したり、アマテラスが住んでいる城まで出かけていって、馬の皮を剥いで、その皮を投げ込む。
それでアマテラスは怒って、天の岩戸に隠れる。
その後、スサノヲはみんなから叱られて、地上界へ降りて旅をするが、最後はいい人になる。
主人公のアマテラスがいて、弟のスサノヲがひどく野蛮なことをする。
これを河合氏がどのように見抜くかというと、アマテラスというのは弥生文化のことではないか?
稲作をしたり織物を織ったり。
スサノヲは縄文の文化ではないか?
本当だったら、弥生が縄文を滅ぼして、弥生の王国を作ったとするのが普通の歴史だが、日本は姉弟にして同時進行にする。
つまり、真ん中を空ける。
決着を付けずに物語が広がって行く。
そこが日本文化の面白いところで、優劣、勝敗、白黒をはっきりさせない。
ある意味ではスサノヲの流れが鬼になったりする。
鬼は常に悪いわけではない。
時々人々を助ける。
優劣をつけてしまうと、片一方が悪になって、悪をし続けなければならない。
ところが、日本は優劣とか正義・悪、正邪でものを決着させない。
両方とも存在させる。
とても知恵深い。
白黒をはっきりさせたばかりに不幸になる人がたくさんいる。
日本の「あいまい論理」。
「日本というのはあいまいなんだ」
その当時、河合氏と激しく対立したインテリが大江健三郎氏。
大江氏は1994年にノーベル文学賞を受賞した後「あいまいな国、日本」ということで、日本をあいまいさゆえにものすごく叱る。

あいまいな日本の私 (岩波新書)



ちょうど同じ時期にライバルである石原慎太郎氏が「『NO(ノー)』と言える日本」で「白黒つけるんだ!」「そっちの方が国際社会に適ってるんだ!」と言うのだが、河合氏は「違う」。
「日本はあいまいでいいんだと」言い切る。

「NO(ノー)」と言える日本―新日米関係の方策(カード) (カッパ・ホームス)




河合氏の「あいまい」がいかに役に立つか。
(この本には載っていないが武田先生が大好きだというエピソードが紹介されたが↓の本や文化庁長官だった時のあいさつに収録されているようだ。)

生きるとは、自分の物語をつくること (新潮文庫)



臨床心理士でもある河合氏。
大阪か京都に患者の青年を持っていた。
河合氏が東京で仕事をしていた時に、その患者からSOSの電話が来た。
「先生、あきまへんねんボク」
自殺の臭いが急に。
真っ青になった河合氏。
とにかく今日中に会った方がいいということで、東京での学会の仕事を放置して、最終便の新幹線に飛び乗って、その青年のところへ行こうとする。
ところが、切羽詰まったその青年に何と声をかけていいのか、ものすごく迷う。
それでもとりあえず切符を買って、数時間かけて駅で降りて急いで青年のマンションへ、ご家族の元へ生きるための説得をしに行く。
しかし、何も言葉が出て来ない。
いくら考えても言葉が思い浮かばなかった。
何か力強い言葉を・・・
その時に河合氏はJRの職員と交わした言葉を思い出してつぶやいた。
「君にはひかりはないがのぞみはある」
JRの職員から切符を買う時に「ひかりはないがのぞみはある」と言われた言葉がなんとなく印象的だった。
その青年の目にフッと生存の意欲が沸いてきた。
この話の面白さは、「イエス・ノー」とか「あいまいさを嫌う人」は出て来ない。
言葉とはその人に変化をもたらす触媒である。
だから、理屈はともかく触媒として役に立つ言葉というのは、よくわからなくても相手が受け取れば、それは言葉になりうる。

大江健三郎氏が「あいまいな国、日本」と批判した年から、河合氏は「世界あいまい会議をやろう」。
「あいまい」がどのぐらい役に立つかというので、心理から物理の方面まで「あいまい」という言葉を使う人たちを集めて国際会議をやろうとした。
(武田先生は「国際あいまい会議」と呼んでいたが、そういう名称の会議ではなかったようで、本の中では「『あいまい』を主題とするシンポジウム」となっている。この会議は1999年3月、国際日本文化研究センターで開催された。)

素粒子物理学者であると同時にカソリックの神父でもある柳瀬氏は、量子論をささえている思考の本質を、「あいまい論理」としてとらえようと提案されていた。(58頁)

岡潔先生の「不定域イデアル」という概念(これはのちに「層(sheaf,feaceux)」という概念に改造されて、現代数学に必須の概念となった)なども、このようなホモロジー数学の先駆けをなす発見である。(59頁)

(武田先生はここで「バタフライ効果」に関して語る。
で、このシンポジウムにも関わった宇宙物理学者ピート・ハット氏の言葉として説明しているようなのだが、本の中にもこのあたりの話は出てきていないし、調べた範囲ではこの話とピート・ハット氏との関連は不明。)

ブラジルのジャングルの奥手で黒い蝶々が羽ばたきをしている。
それが複雑系で世界の何かに作動して、中国の北京で大きな砂嵐を起こす。
世界というのは一つの理屈だけでは動いていない。

この会議は第二回、第三回をやろうとしていたのだが、河合氏曰く

「わしらのやろうとしていることは、このさき何十年かたたんと、理解されんやろな」(60頁)

今、領土問題でもめているが、あいまいだった時には何の問題もなかった。
白黒つけようとすると波風が立つ。
見えている部分だけが世界を動かしているのではない。

日本に対する好感をヒタヒタと感じる。
すごく好きになってもらえる人には、好きになってもらえる。
タイの人たちは南国にも関わらず、日本の温泉の真似をしている。
タイでは温泉が出るのだが、その温泉を日本式にしている。
全裸で入浴することに対して「羞恥心がないのか!」。
混浴に対して「男女分けなければいけないのに」。
反対していたのだが、ついに全裸で混浴をOKした。
タイの温泉の入り方の作法「大声で話すのはやめてください」「湯船にタオルは付けない」等。
日本のノウハウを全部持って行って、今、タイは温泉ブーム。

日本人は温泉を禅のように入る。
日本人はサウナの時にもちょっと宗教がかって、おっさん達が座禅の構えで入る。
日本のお風呂屋さんの絵は富士山。
富士山でなければダメ。
あれは宗教絵画。
水信仰。
富士山に積もった雪が溶けだした水が手前の河口湖に流れ込み、その水の一端が「この湯船に流れ込んでいます」という水伝説。
富士山がご神体の一種の神社。
紅葉を書いてはいけない。
お風呂に赤(垢)は似合わない。
これからタイも富士山を描くらしい。

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2014年03月27日

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(10月14〜25日)◆『修業論』内田樹(後編)

これの続きです。

内田師範曰く「人間は世界を見る為に額縁を持っておかなければならない」。

 額縁を「現実と非現実の境界線」というふうに言い換えたが、それを「意味の度量衡」と言い換えてもよい。目の前に出現した「もの」に、最適に「意味の度量衡」をあてがうことである。
「重さ」を量るべきなのか、「長さ」を測るべきなのか、「速度」を計るべきなのか、「粘度」や「光度」を計るべきなのか。
(128頁)

嘘の話(博多座、歌舞伎座)を見る為には「大きい額縁」(嘘を見る為の額縁)が必要。
歌舞伎座に入って行く時には、自動的に心がセットされて「嘘を見るぞ」。
武道が目指すのは「額縁」を外す練習。

沢庵の『太阿記』冒頭の一節。
  蓋し兵法者は、勝負を争わず、強弱に拘らず、一歩を出でず、一歩を退かず、敵、我を見ず、我、敵を見ず。天地未分、陰陽不到の処に徹して、直ちに功を得べし。
  (沢庵禅師「太閤記」『禅入門8 沢庵』市川白弦校注、講談社、1994年、97頁)
 兵法者は勝敗強弱を争わない。「不出一歩不退一歩」は、「我」と「敵」との間に因習的な意味での「間合い」が存在しないことを示しており、「敵不見我、我不見敵」は、「主体と対象」の二元関係がないことを示している。「天地未分陰陽不到」も同じく、二極的なコスモロジーの無効を述べている。
(143頁)

 「主体」とか「自我」とか「対象」とか「敵」とかいう概念は構造的なものである。そのようなものはこの世界に即自的には存在しない。
 私たちは「そういうもの」がまるで自然物のように自存するかに言葉を使うが、それは違う。「自我」などというものは、とりあえず鏡像段階以前の幼児には存在しないし、睡眠中にも泥酔したときにもうまく機能しないし、死期が近づけば混濁する。だから、それを生命活動の中心に据えることはできない。
−中略−
 鏡像段階の幼児が「自我」概念を獲得するのは、「自我というものがある方が、人間が生き延びる上では有利である」という類的な判断があったからである。自我は生きるための一個の道具に過ぎない。
(146〜147頁)

 生命活動の中心にあるのは自我ではない。生きる力である。それ以外にない。自我も主体も実存も直観もクオリアも超越的主観も、生命活動の中心の座を占めることはできない。
−中略−
 だから「自我があるせいで、生き延びるのが不利になる」状況に際会すれば、「生きる力」は「自我機能を停止せよ」という判断を下すはずである。
(146〜147頁)

日本は大きな地震もある。
自然災害に襲われた時に最も邪魔になるもの。
それは一体何か?
非常時に最もリスクとなるのは「自我」である。
パニックを引き起こすのは自我ゆえ。
地下にいて巨大な地震が襲ってきた時に、「我先に」の「我」は「自我」。
将棋倒しになって巨大な死者を生むというパニックの大元は「自我」。
武道とはその危機の時に「自我」をパッと捨てられる。
自我を脱ぎ捨てて「生きる力」のみに自分が化けてしまう。
それが武道の「修行論」です。

勝敗を争い、強弱に拘ることにかまけていても特に困らない状況のことを、「平時」と呼ぶのである。
 だが、そのような「平時マインド」だけしか知らない個体は、非常時には対応できない。対応できないどころか、集団の存続にとっての最悪のリスクファクターになりかねない。
(147頁)

 合理的に考えて、カタストロフ的状況(例えば、天変地異やハイジャックに遭遇した場合)に生き延びる確率を高めようとすれば、私たちがまずなすべきことは「今、何が起きているのかについて、できるだけ精度の高い情報を集めること」である。そこからしか話は始まらない。
 そのような場合に、単身でいるのと、複数の人間とともにあるのと、どちらが生き延びる確率が高いか。
 考えるまでもない。複数の人間とともに危機的状況に投じられている方が、一人でいるよりも生き延びる確率がはるかに高い。
(148頁)

「私」を脱ぎ捨てて「私たち」になれるという体を持つこと、それが生き延びるチャンスを増やすこと。
その為に情報が必要。
そういう時に「個性的に逃げよう」とするヤツがいる。
そういう人を真似してはいけない。
その為に私たちは武道を身につける。
武道とは敵を憎むのではなくて、敵と一体になれるというほど自我を脱ぎ捨てられるという練習なのだ。

よく読むとエロス論じゃないかと思う。(武田翁)

武道というのは
「自我」という、平時においては有用だが、危機においては有害な「額縁」装置の着脱の訓練をしているのである。危機に臨んだときに、すぐに「自我」を脱ぎ捨てることのできる訓練をしているのである。(152頁)

武道の特典は、柔道(あるいは合気道)で、敵とがっぷり四つになる。
その時に「私と敵」「相手と私」というふうに考えない。
「頭が二つ、体幹が二つ、手が四本、足が四本」のキマイラ的な運動体に自分がなったのだと思えばいい。
キマイラ的運動体にも、「運動の中心」になる一点が存在する。
二人が「ぶつかり合っている」と考えるから「敵」「味方」に分かれてしまうけれども、二人が「一匹の獣」になったと思え。
その時に、その獣を支配しているのは、敵でもなければアナタでもない。
キマイラという合成動物がアナタを動かすのだ。

 キマイラ的身体を操作できるのはキマイラだけである。そうである以上、この構造体・運動体の操作はキマイラになって行うしかない。キマイラになって、その場で自然に湧き出すステップで踊ってみせるしかない。
 自分ではないものになる能力、他者に憑依する力はしかし、人間のうちに深く根づいている。その際だった能力が、人間を人間たらしめていると言ってよいほどである。
(156頁)

生物はそういうふうにして、合体することで進化してきた。

 それは原初の生物が、身体を構成する原子数を増やしたり、群生したりして、生き延びるチャンスを増やそうとしたことと、本質的には変わらない。(152頁)

相手と合体して種類の違う生き物になったつもりで、その生き物を生き抜け(153〜156頁)、というのは、エクスタシーに至ろうとする男女の性描写のような気がして仕方がない。(武田翁)

鏡に映っているものが自分だと思うというのは、すごく変な瞬間。
基本的に人間は鏡に映っている像を自分だと認める。
そういう心理のことを「鏡像段階」。

 自我は、「私」が外部にある他者を、自分だと「錯認した」ことで成立する。(158頁)

鏡を見て初めて、私は私だということを認めるわけで、それは鏡によってつくられたものだ。

ラカン(ジャック・ラカン)という精神分析医曰く、自我(私)というものは「これ」というのを人間は鏡でしか確認できない。
私が「笑う」という筋肉を使うと、笑っているであろう鏡の中の像に対して「これを一応、俺にしとくか」。
確信を持っているワケではなく、何度も繰り返すうちに「これを私にしとこう」。

自分の顔は鏡を見ないと描けない。
鏡を「自分だ」と思うのと同じように、それを内田師範は「キマイラ的」(複合動物)だと言っている。
男が女を好きになる、女が男を好きになる。
その女の子を好きで、その女の子が自分を好いてくれる時に、その女の子を経由して自分を好きになる。
人間は自分のことをあまり好きになれない。
相手から好かれて初めて、自分のことをやっと好きになれる。

武道は自我を脱ぎ捨てる訓練。
肌の感覚もグレードアップして性的なエクスタシーに達することも多い(武田翁説)。

内田師範はここで、フランスの哲学者、レヴィナスを持ってくる。
レヴィナスは「大人」と「子供」を厳しく説明する。
人間は生まれてきた以上は、絶対に成熟する。
成熟しなければならない。
成熟できない、それは「幼児」である。

 幼児は「大人である」ということがどういうことかを知らないから幼児なのであり、大人は「大人になった」後に、「大人になる」とはこういうことだったのかと事後的・回顧的に気づいたから大人なのである。成熟した後にしか、自分がたどってきた行程がどんな意味をもつものなのかがわからない。それが成熟という力動的なプロセスの仕掛けである。(179頁)

レヴィナスはユダヤ系で強制収容所などにも入れられ、そこでナチスの惨い目に遭いながら「人間とは何か」「神とは何か」を懸命に考えた人。

 20世紀の、戦争と粛清と強制収容所の歴史的経験から、レヴィナスが学んだことのひとつは、悪とは「人間的スケールを超えること」だということであった。
 あらゆる非人間的な行為は人間の等身大を超えた尺度で「真に人間的な社会」や「真に人間的な価値」を作り出そうと願った人たちによって行われた。自分の生身が届く範囲に「正義」や「公正」の実現を限定しようとせず、自分が行ったこともない場所、出会うこともない人たち、生きて見ることのない時代にまで拡がるような「正義」や「公正」を実現しようとした人たちは、ほとんど例外なく、世界を人間的なものにする事業の過程で、非人間的な手段(抑圧や追放や粛清)を自分に許した。
(180頁)

ヒトラーが夢見たものは何か?
千年の王国をつくること。
スターリンも、理想的社会はできると思った。
ポル・ポト。
みんな自分一代で千年も万年も憧れられるような「理想社会」をつくろうとした。
現実は粛清、追放、抑圧そして虐殺。
一人の人間が神と同じふるまいをしようとした時、その人はものすごく残酷なことを人間にしてしまう。
人間が「千年」というような年月の単位を使ってはいけない。
そういう大きな単位を使っているうちに「自分は神だ」と思ってしまう。
人間は人間のスケールを離れてはいけないというのがレヴィナスの主張。

 悪を根絶するというタイプの過剰な正義感の持ち主は、人間の弱さや愚かさに対して必要以上に無慈悲になる。逆に慈愛が過剰な人が、邪悪な人間を無原則に赦してしまうと、社会的秩序はがたがたになる。
 社会が十分に正義でありながら、かつ十分に手触りの優しいものであるためには、人間の生身が必要である。正義が過剰に攻撃的なものにならないように、慈愛が過剰に放埓なものにならないように、バランスを取ることができるのは生身の人間だけである。
 そういうデリケートなさじ加減の調整は、身体を持った個人にしかできない。
(182頁)

「生身の体」をキープする為に、人間は毎日「修行」する。
武道の修行、ジム通い、それらは「神様にならない練習」。
私は人間である、私の体は生身である、ということを確認する為に、私たちは1キロ走るとゼイゼイ言う。
柔道や空手をやるたびに思うのは「もっと強いヤツがいっぱいいるんだな、世の中は」という情けない生身の感覚。
そういうことの為に修行しているのではないか。
というのは、人間が「神様になった」と勘違いした瞬間、勘違いした人は人間にものすごく残酷なことをするから。
それは歴史が教えていることなのではないか。

 そういうデリケートなさじ加減の調整は、身体を持った個人にしかできない。法律や規則によって永続的に「正義と慈愛のバランスを取る」ことはできない。
 今自分がいる世界が、十分に公正でかつ十分に慈愛に満ちた世界でないとしたら、どちらの要素がどれだけ足りないのか、何をどう付け加え、何を抑制したらいいのかという判断は、人間の皮膚感覚にしか任せることができない。
(182頁)

正義も悪も優しさも冷たさも暖かさも、文章や法律が決めることではなく、皮膚の感覚が決めることなんだという思いが、生きた人間にない限り、私たちは手触りのいい社会を作れない。
そういう「皮膚で考える」ということの為に、私たちは修行をしている。
その修行は「神にならない」。

それが判定できるような身体を持つこと、それが霊的成熟である。レヴィナスはそう考えていたのだと思う。
 信仰が根付き開花するのは、人間の生身においてであるということ、信仰がめざすのは霊的な成熟であるということ、それがレヴィナスのもっともたいせつな教えであるということに気付いたときにようやく、レヴィナス哲学と武道修行の間の本質的な同一性を言葉で言い表せる見通しがついた。
(182〜183頁)

人間の生身の中にしか神はいない。
内側に育てるのであって、オノレが神になってはいけない。

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(10月14〜25日)◆『修業論』内田樹(前編)

去年のヤツだし、すごく古いのでイマサラだけど、図書館の順番待ちがものすごい人数だったから仕方がない。

今回の内容は私にとってはちょっとタイムリーな感じだった。
アイデンティティみたいなのが崩壊しちゃって、未だに再構築ができていない(つーか多分死ぬまで無理)だったり、三味線の練習の仕方のことでいろいろ思うところがあったりなので。

修業論 (光文社新書)



この人(内田樹師範)の言うことは実は難しくはない。
誰かのことを例えに挙げつつ語ればわかるのに、あの出来事を例に挙げて語ればわかるのに、一切お使いにならない。
だから難しく聞こえる。
この「修行論」というのは、そういう例をポンと持って来ると、すごくわかる。
筆者自らがそういう言い方を極端に嫌う。
例を挙げるのは武田先生。

内田師範の理屈は万能ナイフ。
何にでも使える。
「人生の名言」「女の口説き方」「ジムで体を鍛える時の力の入れ方」「エロス論」「うまい飯屋を見つける方法」など。
「何に使えます」というのをご本人がおっしゃらないので難しく感じる。
この人ほど便利な論客はいない。

水谷加奈嬢もジム通いをしている。
加奈嬢のふくらはぎは紀文のかまぼこ板を入れたような、足首が一升瓶をひっくり返したような、いいくびれ方をなさっている。
加奈嬢のモチベーションが落ちないのは「気持ちがいいから」。
「お腹をひっこめよう」と思ってジムに通うと続かない。
ジムを毎日続けるコツも内田師範の言葉の中にある。

武田先生が行っているジムに、若い人(20代)が次々と入ってくるが、だいたい半年ぐらいで辞めてしまう。
おっさんと爺さんは続く。
おっさんと爺さんはどうしてジムが続くかというと、目的を持っていないから。
目的を持たない方が続く。
ウエストを引き締めるとか、バストを出したいとかという目的を持つとジムは続かない。

柔道でパワーハラスメントが発覚して揺れている。
相撲の世界もそう。
内田師範曰く、柔道でパワーハラスメントがなぜ起きたかというと、金メダルを目指したから。
メダルを取ろうと思うからあんなことになる。
相撲でなぜしごきによって死者を出すようなことが起きたかというと、横綱を出したいと願うから。
一生柔道をやりたいなと思うとパワーハラスメント、しごき事件は起きない。
相撲が好きで好きでやっている人にとって、パワーハラスメントは起きない。

日本が東アジアの国の中で、外交上うまくいかない。
中国と韓国、北朝鮮ともうまくいってない。
ヘイト(感情がらみの乱暴な言葉)がなぜ芽生えてしまうのか。
そういうことも込みで「修行論」を使うと解決の糸口となる。

 そもそも、武道家の身体能力をもっとも確実に損なうのは、加齢と老化なのである。だが、かつて死神に走り勝った人間はいない。だからもし、加齢や老化を「敵」ととらえて、全力を尽くして健康増進とアンチ・エイジングに励んでいる武道家がいたとしたら、彼は生きていること自体を敵に回していることになる。(40頁)

フィギュアスケートでも野球でも、一流選手の敵は最初は「ピッチャー」とか「ライバルのロシアの選手」「韓国のあの子」がフィギュアスケートの敵だ、とか。
続けていくうちに、違う敵があらわれる。
その敵とは一体何か?
加齢。歳を取ること。
歳を取ったり、結婚をしたり、子供を産んだりすると回転力が鈍るとか筋肉が落ちるとか、そういうことで、その人のパフォーマンスが低下する。
フィギュアスケートの選手である彼女にとって、歳を取ること、結婚すること、子供を産むこと、案外「幸せになること」が敵となる。
内田師範曰く
「そんなバカなことがあるか。
歳と取るということは、自分を構成する要素の一つではないか。」
結婚、出産、それを敵だと思ってしまうところに「修行」の間違った捉え方がある。
かつて武道家は目標は一つだった。
「天下に敵なし」
どんな状況に置かれても「敵がいない」というのが最高だ。
つまり、敵というのは作っちゃいけない。
敵を作らないというのが無敵なのである。

 因果論的な思考が「敵」を作り出すのである。(41頁)

敵と特定し、排除しさえすれば原初の清浄と健全さが回復される。そういう考え方をする人にとっては、すれ違う人も、触れるものも、すべてが潜在的には敵となる。−中略−「敵を作らない」とは、−中略−自分の現状を因果の語法では語らないということである。(42頁)

時間の中に自分を置くな。
「敵がいない時は私はすごくよかった、楽しかった。
でも、アイツが出てきて私はすごく苦しい。
悩んでいる。」
そういう考え方をすること自体が「敵を作る」考え方だ。
現代スポーツでもなんでも、むやみに敵を作りたがる。
ラジオの世界でも「裏番組は全部敵」。
敵をなくす為にはどうするか?
敵のラジオ局を爆破する?
結局恐ろしくなってしまう。
それが「敵を作る」ということ。
最もよいことは、裏番組を「敵」と見ないこと。
そうするとパッと明るくなる。
「アイツが番組をやっていない頃には、この時間帯は俺たちの独占だった。アイツが番組をやり始めてから、こっちがストンと数字が落ちちゃって、アイツさえいなければ」
そんなふうに考えるな。
そんなふうに考えると、加齢、老化、病気、怪我がみんな「敵」になってしまう。
そういう考え方をしていると、オマエは永遠に「敵」に勝つことはない。
オマエが歳を取るということは、オマエの構成要素(私を作っている要素)の一つが歳を取るということじゃないか。

日本の社会現象の中で「敵を挙げ続ける人」というのがいる。
「あれが敵だ」「これが敵だ」「それが敵だ」という人がいる。
「私に逆らうものはみんな私の敵だ」と言い切った人がいた(誰?)。
あの生き方は疲れる。
疲れる生き方をするということ自体が「敵を作る」ということ。

「敵を作る」心は、自分の置かれた状況を「入力/出力系」として理解する。
「ベスト・コンディションの私」がまずいる。そこに「敵」がやってきて(対戦相手でも、インフルエンザウイルスでも)、私が変調させられる。「敵」の入力を排除して、「私」の現状を回復すれば「勝ち」(できなければ「負け」)という継時的な変化として、出来事の全体はとらえられる。
 このプロセスのことを、沢庵は「住地煩悩」と呼んだ。『不動智神妙録』に沢庵はこう書いている。
  貴殿の兵法にて申し候はゝ、向ふより切太刀を一目見て、其儘にそこにて合はんと思へは、向ふの太刀に其儘に心が止まりて、
−中略−
 切りつける刀にとらえられ、それがどういうコースを取るか、どこに打ち込んでくるのか、どうかわせばいいのか、そういったことを考量するのは、刀に「居着く」ことである。刀に繋縛され、心身の自由を失った状態、「住地煩悩」である。
 これに対して、完全な自由を達成した状態は「石火之機」と呼ばれる。
(44〜45頁)

 沢庵の回答は「右衛門とよびかくると、あつと答ふる」に尽きる。間髪を容れずに答える。入力と出力のタイムラグをゼロにすること。それが答えである。−中略−
 例えば、楽器の演奏がそうだ。交響楽を演奏している奏者は、他の楽器の音を聞いてからそれに応じているわけではない。応じれば必ず遅れる。
(46頁)

武道(空手、柔道、レスリングなど)をやっている時、最強になる瞬間はいつ来るか?
それができれば「アンタは世界で一番強い」という状態はどういう状態か?
「守るべき私を忘れた時」に最強となる。
「メダルを取らなきゃ」
そういう心境で、メダルを取ろうと「住地煩悩」に心がいついている時、この選手のパフォーマンスはものすごい勢いで低下していく。
「目指すものがある」時、パフォーマンスは低下する。
カラオケで、「うまく歌おう」と思った瞬間にパワーダウンする。
自分の歌が最も伸びやかになる瞬間は「守るべきものが何もない私」。
いわゆる「のっちゃった」時。

(「目的を持つとダメ」って話なのだが、「メダルを取る」って言わないとダメって話を扱っている回があるので、どっちやねん?って感じだった)

「できなかったことができるようになる」ことが「修行」。
そこを目指したわけではないのに、できるようになった時が、最も充実感を感じる。

「努力と成果の相関を数値的に現認したい」という欲望は、身体の使い方そのものの書き換えに対するつよいブレーキとして機能するからである。(76頁)

「うんと努力している」「これぐらいの成果が出ていいハズだ」と自分で予測している。
そう予測している時、もっとも強いブレーキとなってアナタをそこまでたどり着かせない。
稀勢の里。
舞の海の解説でよく出てくる「ダメですね、今日は上がってますね」。
あんな大きなお相撲さんでさえ「ここまで練習してきたんだから、もう白鵬に勝ってもいい頃だ」と思っているうちは負ける。
努力と成果を数値的に確かめたいという欲望は、アナタの成果に対して最も強いブレーキになる。

血圧を下げようと思っていた武田先生。
ジム通いをしていて「今月何キロ走った」とか「腕立て伏せを何回やった」「1回20キロ挙げるのを何セット」というのをずっと計算していた。
ジムに今月は何回行ったと計算しているうちは、ジムの効果が全くない。
回数を数えるとロクなことがない。
自分の体を自分が支配しているとうぬぼれた時、そのうぬぼれは強いブレーキになる。

「修行」は何の為にやるか?
それは「自分の変化」の為である。
「変化」というのは「質」の変化である。
それを「ものさし」とか「はかり」では計るな。
計ろうとすると「質」を感じ取る「自分」というものができてこない。

「減点法」のマインドセットで採点すべきではない。

「減点できる」ということは「満点を知っている」ということが前提になるからである−中略−「100点の動き」というものを仮想的に先取りしているからこそ、目の前に見えている他人の(あるいは鏡に映った自分自身の)動きを「35点」とか「65点」とかいうふうに点数化できる。(80頁)

「鍛える」という発想そのものが、「弱さ」を構造化する。(96頁)

「俺は鍛えるんだ」と思うことは、自分を弱さからスタートさせることになる。
弱いから「鍛えよう」と思う。
「鍛える」という言葉の中には、自分の弱さを自分の中で固定化させてしまうことになる。

 私はある競技武道を稽古していたときに、指導者から「表情に険しさが足りない」という注意を受けたことがある。「相手に食いつくような表情をしろ」と言われて、「それは違うだろう」と私は内心で思った。(104頁)

「相手を睨め」「相手を威嚇しろ」
その発想そのものが、弱さに居着いている。

 にも関わらず、「勝ちたければ、相手に食いつくような顔をしろ」と私に言ったその指導者は、武道的な身体運用においては、おのれの心身の感度を上げることよりも、目の前にいる相手=敵を心理的に不快にさせたり、不安にさせたりすること、つまり相手の心身の能力を引き下げる方が、勝ち負けを競う上では効果的だということを経験から知っていたから、私にそう教えたのだろうと思う。
 競技の本質的な陥穽はここにある。勝負においては、「私が強い」ということと「相手が弱い」ということは実践的には同義だからである。そして、「私を強める」ための努力よりも、「相手を弱める」ための努力の方が効果的なのである。
(105頁)

長嶋茂雄氏は巨人の監督をしていた時、阪神対巨人戦でバットを振っている岡田選手の横を通りながら「もっと強く踏み込もう」と言って去っていった。
相手の打者にもバッティングのコツを教えた。
案の定、岡田選手は江川選手からホームランを打った。
長嶋氏の行動を非難する人がいた。
それに対して「そこまでして江川に勝って欲しくない。強いライバルがいて初めて江川は強くなるんだ」と長嶋氏は甲高い声で言った。

2014年02月27日

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(10月28日〜11月8日)◆『「売り言葉」と「買い言葉」−心を動かすコピーの発想』 岡本欣也(後編)

これの続きです。

ここからは「買い言葉」について。

 第一章でも述べたことですが、「買い言葉」とは、買い手側、つまりユーザーの目線から発送されたコピーのことです。
 売り手の主張をストレートの表現した「売り言葉」。それはつまり「違い」を伝える言葉である、と第二章で書きました。それに対して買い手目線で書かれた「買い言葉」とはどういうものかというと、「同じであること」を伝える言葉である、と僕は思います。
(98頁)

そして何より、「俺のこと言ってる!」と思わせる極めて共感性の高いメッセージ。そんな、年齢や性別を超えて多くの人を引き付ける普遍性をもった言葉が「買い言葉」なのです。
(100頁)

商品を上手に売る、わかりやすく売るという言葉をいっぱい持っている人が必要。
ジャパ○ットの社長などにおまかせしすぎ。
日本の電器メーカーの逆襲が始まった。
名を捨てた。
韓国が安くて、そこそこちゃんとした物を売るようになり、日本のメーカーは負けていた。
NHKによると、飛行機の機材に一台一台にテレビがついているが、日本のメーカーがそれを作る。
一機に何百台も必要。
この時の無念は「名前が入らない」。
病院の機材としてのテレビ(心電図)。
警備会社の画面。
日本製だと真っ暗でも犯人の顔が映る、後からアップにできる。
名を捨てると活路がある。
商品そのものを作る人は「売り言葉」「買い言葉」を持っていなけらばならない。
(武田翁)

 つぎのバーゲンのコピーも思わずうなずいてしまいます。
  安いものはほしくない。安くなったものがほしい。
 一九九四年に岩崎俊一さんが書いた、ミレニアムリテイリング(現そごう・西武)のキャッチコピーです。
(102頁)

  恋は、遠い日の花火ではない。
 一九九四年、サントリーオールドの広告で使われたコピーです。
(112頁)



 声高に叫ぶ人より、小さな声で話す人につい耳を傾けたくなる。そういうことはないでしょうか。
−中略−じつは、小さな声というのは、その弱々しい印象とは裏腹に、コミュニケーションにおける強い力をもっています。−中略−
 小さな声で話すアプローチを、仮に「小声表現」としたとき、自分なりの定義はというと、たとえば、「なぁ」とか「だなぁ」というように語尾が詠嘆法のものや、「あ」とか「まあ」などの感嘆詞を使ったもの、あるいはひとり言のようにつぶやかれたものとなります。
 まずはこちらをご紹介します。
  あ、風がかわったみたい
 一九七八年、伊勢丹のキャッチコピーです。
(116〜117頁)

  きれいなおねえさんは、好きですか。(119頁)

次に新聞などに掲載される長いものが紹介される。

  キミと、はじめて「あんなこと」になった頃。まだ、このジーンズも、恥ずかしいほど、青かった。暗がりで、ゴワゴワ、音なんかしちゃってさ。
 ウェルジンというジーンズの広告で使われたコピーで、作者は糸井重里さんです。キャッチコピーというより、小説などの一部のように見えますが、これもれっきとしたキャッチコピーです。
(124〜125頁)

 見る、聞く、嗅ぐ、触る、味わう。こういった五感でキャッチした情報のほうが、鮮明に人の記憶に残るのだそうです。広告業界には、こうした人間の特性を踏まえたアプローチ手法があります。いわゆる「シズル表現」と呼ばれるものです。−中略−
 たとえばつぎのようなコピーです。一九八五年の仁丹の広告で、作者は下田一志さん。
  スーしませう。
(125〜126頁)

 では最後に、僕が身悶えするほど大好きな、国際羊毛事務局のシズルコピーです。
  さくさくさく、ぱちん。
 一九七四年の広告で、コピーライターは西村佳也さん。
−中略−キャッチコピーだけ見るとわかりづらいのですが、作業台のうえに置かれたハサミの写真と、つぎのようなボディコピーを見ると何のことかよくわかります。
 「ほら、いいウールだと鋏の音も違うんですよ」
(128〜129頁)

 つぎに、僕が書いた日本たばこ産業のシリーズ広告をご紹介させていただきます。
  たばこを持つ手は、子供の顔の高さだった。(二〇〇四年)
(133頁)

 さらにもうひとつ、こんどは商品の特性を、買い手の目線でうたったシリーズ広告をご紹介しましょう。トヨタ自動車のプログレ、書かれたのは東秀紀さんです。
  「ヘッドランプは 丸いほうが 好きですね。目ですから。」(一九九八年)
(135頁)

内田樹先生曰く
「人間は原因と結果を逆さに考える悪い習慣がある」
(武田翁)

東京駅の地下。
ものすごい店の数。
海外にはない。
マメさ。清潔さ。物の売り方。
この国は「物を売る・買う」勢いにあふれている。

仲畑貴志さんの名作。

  世の中、バカが多くて疲れません?(一九九二年/エーザイ)(141頁)

  目的があるから、弾丸は速く飛ぶ。(一九八六年/パルコ)
(141頁)

糸井重里さんの名作。

  おいしい生活(一九八二年/西武百貨店)
うれしいね、サッちゃん。(一九八五年/西武百貨店)
いまのキミはピカピカに光って(一九八〇年/ミノルタ〈現コニカミノルタ〉)
(144頁)

  あいててよかった。
一九七六年につくられたセブン-イレブンのコピーです。
(147頁)

これは、二〇〇七年から年末年始の年賀状キャンペーンで使用されている日本郵政のコピーです。
  年賀状は、贈り物だと思う。
(149頁)

戦後を象徴するコピー。

  スカッとさわやかコカ・コーラ(49頁)

  少し愛して。ながーく愛して。(一九八一年/サントリーレッド/糸井重里)(152頁)



三越の包装紙に描かれている「mitsukoshi」のロゴはやなせたかしさんによるもの。
ここに詳細があった。
昔は一つの企業に宣伝文句を考えたり、会社の包装紙のデザインを考えたりという総合力があった。
会社というのは、しっかり大地に踏ん張っていた。
最近は外注が多すぎる。
日本の企業全体がパワーダウンしているのではないか。
(武田翁)

昔、サントリーは作家まで持っていた。
開高健もいた。

  近道なんか、なかったぜ。(一九八八年/サントリーオールド/小野田隆雄)(152頁)

ウイスキーの逆襲の言葉。

  ハイボールはじめました。(二〇〇八年/サントリー角)(153頁)

  お〜いお茶(伊藤園)

 僕なりのコピーの作法の基本というものがあるとすれば、それは「ど真ん中の価値を探すこと」と、「自分にしつこく取材をすること」、そしてもうひとつ、これからご説明する「一〇〇案書くこと」の三つだと言えます。
 なぜ一〇〇案も書かなければいけないのでしょうか。
 いいアイデアを考えるためには、できるだけ深く考えることが大切です。
−中略−
 深く掘るには、広く掘らなければいけない。


 最後には、たくさん書いた人が勝つ。(173頁)

 僕がつねづね感じているのは、「ほめる」ことの大切さです。−中略−ですから僕らコピーライターは、誰よりもほめることの大切さと、その力を知っています。
 それではひとつ、わかりやすくほめている広告の代表例をご紹介します。
  ニッポンをほめよう。
 一九九九年、六〇の企業が共同で出した連合広告で、コピーライターは谷山雅計さんです。当時、長引く不況で日本全体が地震や元気をなくしていたころ、この広告がたくさんの人の心を動かし、がんばろうという気持ちにさせてくれたのを覚えています。
(174〜175頁)

「ほめる」ことが日本からパワーダウンしているのではないか?
ほめることの大切さ。

 僕は以前、ミレニアムリテイリング(現そごう・西武)の父の日キャンペーンでこんなコピーを書きました。
  父さんだって、ほめれば育つ。
(175頁)


武田鉄矢・今朝の三枚おろし(10月28日〜11月8日)◆『「売り言葉」と「買い言葉」−心を動かすコピーの発想』 岡本欣也(前編)

去年や無いか!ってことで(鬱
全部貧乏が悪いんや!

「売り言葉」と「買い言葉」―心を動かすコピーの発想 (NHK出版新書 412)



「売り言葉」はテレビコマーシャルで流れてくるキャッチコピー。
「買い言葉」というのは「ケンカの売り買い」ではなく、CM業界の「売り言葉」に対して、それを聞いたら思わずそれを買いたくなるという「買い言葉」。
CM業界を大きく歴史的に貫く、名売り言葉と名買い言葉をまとめた本。

日本人というのは俳句、和歌というもので伝統的にショートポエムが得意なので、短い言葉に対して感度がいい。
Twitterでボロを出す人がいるが、あれは五七でやればうまくいく。
アメリカ人のマネをして短い言葉を使うから寸足らずになる。
いろんな人から誤解をされたり、職場を追われたりする。
(武田翁説)

最初に「売り言葉」として「吉野家」の企業スローガンが紹介される。

  うまい、やすい、はやい
 なんとシンプルでわかりやすい「売り言葉」でしょう。
−中略−じつはこの三つの言葉の順位にも吉野家のこだわりがあるのをご存じですか。いまの企業スローガンが使われるようになったのは二〇〇〇年代のこと。それ以前の一九八〇〜九〇年代は「うまい、はやい、やすい」の順番でした。もっと言いますと、一九七〇年代は「うまい、やすい」の順で、吉野家の一号店が築地にできたときは「うまい、はやい」と、ふたつしかありませんでした。もうおわかりかと思いますが、有線順位が高いほど前に来るようになっているのです。(33〜34頁)

人気があって以前、6本ものCMに出演されていた武田先生。
当時は出演者が好きにやれるという撮影スタイルもあった。

アフリカの奥地を探検する日本人役の武田先生(日清食品のカップ麺のCMの話かと思われる)。
ジャングルクルーズのようにイカダで行く。
部族の人たちから槍を突き付けられると、武田先生はパスポートを出し「観光です!観光です!」。
これらはすべて武田先生のアドリブ。

「戦車が怖くて赤いきつねが喰えるか」
酒癖の悪い大学時代の友人であるサイトウさんが地回りの怖いお兄さんに突っかかって「ヤクザが怖くてアンパンが喰えるか」というワケのわからないことを言って、それが記憶に残っていた武田先生の発案。

当時の動画などアップされていないかと思って探してみたけど
ヒストリー|マルちゃん 赤いきつねと緑のたぬき | 東洋水産株式会社
ここに紹介がちょっとあるだけだった。

ボツになったCMの話。
生命保険(調べてみたけどどこの会社のものかはわからなかった)のCM。
部下を連れて一杯飲んでいて、バニーガールが通ると、そのお尻を見て二人で笑うという、寅さんっぽいものだった。
主婦層からの「不謹慎だ」という抗議の電話で数回で打ち切り。

武田先生が見ていて「これはダメだ」と思ったCMは案の定すぐに打ち切りに。
生理用品のCM(これも調べたけどわからなかった)。
説明の仕方が乱暴だったらしい。

 つぎは、僕がこれほど強いキャッチコピーはほかにないのではないかと思う、ヒサヤ大黒堂という製薬会社の「たったひと文字」のキャッチコピーを紹介します。
  
−中略−この会社は慶長一六年(一六一一)の創業で、江戸時代から「ぢ」の表記を使っているそうです。−中略−このひと文字をキャッチコピー、かつコーポレートイメージに高めているところがすごいと言えるでしょう。(55〜56頁)

 もうひとつ紹介するのは、一九七〇年に制作された丹頂という化粧品メーカーのテレビCMのコピーです。
  うーん、マンダム
(35頁)

「〜しよう」と呼びかけるのが「売り言葉」の基本。

一九六一年に発表された寿屋(現サントリー)の呼びかけ型コピーの白眉とも言えるこのコピー。
  トリスを飲んでHawaiiへ行こう!
(59頁)

このCMが流れた当時、まだ子供だった武田先生は「早く大人になって酒が飲めるようになったらハワイに行けるんだ!」という希望を持った。

呼びかけ型コピーとしては、日本一有名かもしれない東海旅客鉄道(JR東海)のコピーです。
  そうだ 京都、行こう。
(60頁)



CMを見て家族と京都へ出かけた武田先生。
しかし、実際に行ってみると非常に混んでいる。
新幹線の時間までまだ少し間があり、チャーターしたタクシーの運転手さんが「ポスターなんかに出ていませんけど、一か所だけ今しがた、お客さんが少ないかも知れません。閉まるギリギリですから」。
案内されて、夕闇の中、奥様がつぶやく。
「やっとポスター」
5〜6回行くと、ポスターのような景色に遭遇できる。

 そしてつぎは、「そうだ 京都、行こう。」のちょっと前に、同じく東海旅客鉄道で使われていた生出マサミさんと角田誠さんによるコピーです。
  日本を休もう
 このコピーが作られたのは一九九〇年、バブル崩壊前夜のころです。日本中が忙しかったこの時代、当時の人たちにとって心にすっとしみ込むような、そんなやさしい呼びかけ型のコピーでした。
(61頁)



かつて、武田先生はJRのCMで同じ事務所の人と競ったことがあった。
旅に行く歌を作れ。
できが良ければコマーシャルソングになる。
武田先生の曲は「思えば遠くに来たもんだ」。

思えば遠くへ来たもんだ



同じ事務所のライバルが谷村新司さん。
こちらは「いい日旅立ち」。

秋桜/いい日旅立ち/さよならの向う側



負けた武田先生。
JRでオルゴールを聞くたびに「これに負けたんだ」。

 つぎに年末年始の定番広告として、五〇年近く呼びかけつづけているコピーがこちらです。はじめて世に出たのが一九六六年のことですから、僕より年上ですね。
  お正月を写そう。
(62頁)

 気の利いたことや、難しいことを言うだけが表現ではありません。むしろ、そこにこだわりすぎると、わかりづらい言い回しになったり、理屈っぽくなったりします。表現を工夫すべきかどうかは、時と場合によるのです。−中略−
  右へ回すとシャープペンシル。左へ回すとボールペン。一本で二本分。
(65頁)

数字を中に入れると説得力が増す。

  ひとつぶ300メートル
−中略−「グリコ(キャラメル)には、実際に一粒で三〇〇メートル走ることのできるエネルギーが含まれています。グリコ一粒は一六キロカロリーです。身長一六五センチ、体重五五キロの人が分速一六〇メートルで走ると、一分間に使うエネルギーは八.二キロカロリーになります。つまりグリコ一粒で一.九五分、約三〇〇メートル走れることになります」(73頁)

今はあまり使わない。
世の中がカロリー嫌いになってしまったから。
昔は谷啓さんが登場する「タンパク質が足りないよ〜」というCM(調べてみたら、どうやら1964年の第一製薬「マミアン」というアミノ酸飲料のCMらしい)があったりした。

 そして、ニュースを提示しながら、それを最上質に表現したのがこのコピーです。
  時速一〇〇キロで走行中の新型ロールスロイスの車内で、
  一番の騒音は電子時計の音だ。

 これはアメリカ広告界の巨星、デイビッド・オグルビーが手掛けた、ロールスロイスのキャンペーンで使われたコピーです。
(69頁)

電子時計というのは、ほとんど音がしないというのが売り。
それがロールスロイスに乗ると「うるさいな、この電子時計。ムームームームー言っちゃって」。
静けさを売りにするというのは、よっぽど中身がないとダメ。
帝国ホテルは壁が厚い。
静けさの質が違う。
ロールスロイスの静けさ。
駅前の帝国ホテルと似たような名前のホテル。
冷蔵庫のスイッチが入る音。
それが時々止まる音。
遠くのエレベーター横の製氷機がバサーっ!

引き続き数字を使った例。

  やっぱりイナバ、100人乗っても大丈夫!(76頁)

  総人口の50.8%は女性です。国会議員の3.4%は女性です。
 一九八一年に桜井雅司さんが書かれた総理府(現内閣府)のものです。
−中略−このように数字を使って、世の中の問題をズバッと言い当てたコピーは、見る人を強烈にハッとさせる力がある。(77〜78頁)

「ダジャレ」はCMの中では大事な分野。

  トンデレラ シンデレラ
 このコピーが使われたのは、一九七七年、大日本除虫菊のキンチョールのCM(CMディレクターは川崎徹さん)です。
(90頁)

  でっかいどぉ。北海道(一九七七年/全日本空輸)(94頁)

 ダジャレ+下ネタという、これ以上ない危険な道を選び、成功させたのがこのコピー。
  チン謝。
 これは一九九九年、相模ゴム工業の広告で、コピーライターは照井晶博さんです。
 このコピーを語るには、そのいきさつから説明したほうがいいでしょう。ことのはじまりは一九九八年、この会社から発売されたコンドームの一部に微細な穴が見つかって、商品の回収騒ぎが起きたのです。
 その後、商品の再発売が決まったとき、この会社は消費者に入念なチェックを約束しました。しかし、その入念すぎるチェックの結果、生産数が限られてしまい、こんどは店頭で品薄になってしまった。そこでこのような、ユーモアたっぷりの謝罪広告を打ったというわけです。
(92〜94頁)

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2014年01月30日

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(1月13〜24日)◆『脳は楽観的に考える』ターリ・シャーロット(後編)

これの続きです。

楽観的に考える方が命のためにはいい。
笑う門には福来る。
笑っているから福が来る。
努力をしないと楽観性がキープできない。

扁桃体と、前頭葉の吻側前帯状皮質(ACC)の接続が弱まると鬱になる。
鬱とは幸せを感じる感覚の不調のことではなくて、感情がフリーズ(硬直)することである。
扁桃体とACCの接続を励まし強化するためには、楽しいことを想像して回路を活性化するしかない。

武田先生が売れていない時の話。

仕事は月に3〜4本しかない。
海援隊(若い方はご存じないと思うが、武田先生はフォークグループ「海援隊」のボーカル)の三人で「売れっ子ごっこ」をやっていた。
何かの番組にゲストとして出演する。
マネージャーと示し合わせて
「この後ちょっと時間がないもので」
スタジオ収録が終わると同時にダッシュで出て行く。
何も予定がないのに。
次の仕事は一週間先にしかないのに。
そこまで走ろうという「売れっ子ごっこ」。

武田先生が一人でやっていた「バカ遊び」。
「インタビュー」をよくやっていた。
売れっ子になって雑誌の取材の人からインタビューをされて、今までの苦労を楽しく語っている。

武田先生の奥様が仕掛けた一種の芝居。
紅白に出場した次の年、仕事が全くなくなった武田先生。
給料が四か月間ない。
事務所を辞める決心をして、次の事務所に行くまでの間、喰い繋ぐために奥様と二人でスナックの皿洗い。
原宿の鉄板焼き屋で四千円もらえる。
夕方から深夜の一時、二時まで。
妊娠七か月の奥様と仕事のない武田先生。
原宿のバイト先から恵比寿まで歩いて帰る。
妊娠中のおなかを冷やさないように気を付けつつ、貧乏なので寄り添うしかない二人。
青山学院を抜けてコカコーラボトラーズの本社がある坂道で、奥様が真っ暗い晦日の闇(すでに年が明けていたが)で奥様が
「見ておこう。
ここ、どん底だから。
風景をよく見ておこう。
今度出世した時に『あそこからやり直しました』。
そんなエピソードにしよう。」
奥様と二人でゲタゲタ笑いながら貧乏坂を上る。
もう笑うしかない。
本当にどん底。
それから二週間とたたずに武田先生に映画出演の話が。

ターリ・シャーロット曰く「とにかく楽観的に考えるということを自分の習慣にしてしまえ」。
扁桃体と前帯状皮質の接続を、激しく往復させて強化する。
楽しいことを思いつくという脳にしてしまうと、本当に素晴らしいことがあなたの人生の起こるのだ。
記憶の役割は、過去の経験を未来の考えや行動の手引きとして使えるようにすること、つまり思い出を取っておくのではなく、思い出を未来のために作り直すことが一番大事。
重大なことは過去の否定的経験をもとに学習し、その学習を未来のよい成果のために作り直すことなのだ。
強く肯定的バイアスで過去を見る力がつくと、未来は少しずつバラ色がかって見えてくるはずなのだ。

脳はいつも楽観を準備している。
例えば脳の奥にある尾状核は、頭痛で悩む時、腰痛で辛かった時のことを思い出して重ね合わせると、楽観が前に出てくる。(このあたりの話は249頁あたりの内容かと思うのだが、本の内容はちょっと違うことを言っているのではないかと思うが)
前頭葉の前帯状皮質は、例えば事故によって身体の一部が不自由になった人、若い頃はオリンピックでさえ目指せていた、素晴らしい体能力を持ちながら事故で車椅子の生活になった人でも赤々と燃えている脳の部位である。
人間というのは絶対に絶望はしない。
人間は絶望に遭遇すると脳の全てを投入して楽観的になるようにその人の向きを変える。
本当に落ち込んだ後、ふとしたことで笑い始める。

日本の未来予測は科学的には全て暗い。
地震、津波、経済不況、事故(さまざまな重大なプラントの事故、原発事故)。
武田先生のドッグの検診にも、いくつも経過観察のという暗い予測がある。

昨年十月に眠れなかった武田先生。
そのきっかけとなった「薬は毒だ」ということが書いてある本。
探してみたけどそのものズバリな本が見つからなかったが

「薬をやめる」と病気は治る―免疫力を上げる一番の近道は薬からの離脱だった



薬をやめれば病気は治る (幻冬舎新書)



このどちらかかと思うが。
本を読んでいるうちに、どんどん不安になる武田先生。
自分が飲んでいる薬が全部毒だと本には書いてある。
30日間、不眠と頻尿に悩まされる。
睡眠障害で病院を受診。
医師曰く
「これでは睡眠障害には入らない」
「とりあえず武田さん、健康は後回しにして酒飲みますか」
という救われた一言。
「お薬を飲むのが不安と言われましたが、薬というものは、そんなに効くものじゃありませんよ。薬の効き目というのは30%ぐらい。残りは自分の力です。振り回されるのはよくありません」
その夜から武田先生は眠れるように。
医師にこれからとりかかる仕事に対する不安を打ち明けると
「だったら仕事をやってから悩みませんか? やる前に悩むのは、ワケわかりませんよ」
おっしゃる通りで、やってもいない仕事を何か月も前から悩んでも意味がない。

238人のがん患者を追跡した。
60歳未満で悲観的バイアスの患者は、楽観的な患者よりも死亡率が高い。
人間にとって楽観的に考えるというのは生きる力を励ます。

修業論 (光文社新書)



内田樹先生の「修行論」の中で
「人間は時として、自分というものが自分の生き方に最も邪魔になるときがある」
人間にとって一番大事なのは「生きる力」。

スポーツ選手の子供の頃の作文。
サッカー日本代表、本田圭佑選手の卒業作文の内容がその通りになっている。
背番号までも言い当てている。
まだ実現していないのは「ブラジルに勝つ」ということだけ。
メジャーリーグの夢を達成した野球の松井秀喜選手。
きちんとしたビジョンを子供の頃から持っているかということの重要さの証明。
武田先生にとっての「生きる力」は坂本龍馬の明るさ。

脳は、階層構造をもって組織されている。(286頁)

最上階が前頭葉、下に行くほど進化上の古い組織。
脳の地下、ビルで言えば駐車場、倉庫、温度管理、ボイラー室などが地下に用意してある。

感情の処理にかかわる扁桃体、記憶において重要な役割を果たしている海馬、刺激や行為の価値を表現するために必要な綿条体だ。(286頁)

人の出入りと同じように出来事は一階受付から入ってくる。
それを地下の古い階層が感知して扉が開く。
扉が開くと同時に地下から前頭葉へ
「お客が来ましたぜ」
という知らせが入る。
お客さんがエレベーターで上がってくる間に、最上階の前頭葉で未来の予測を立てる。
入ってきた情報というお客様を肯定的な感情と「お・も・て・な・し」という暖かい感情で情報を最上階に送ると未来が開ける。
悪い方に考えるという癖がついてしまうと、警戒態勢に入って、そう見えてしまう。
考え方は渦巻き状に悪い方へ。
暗い考え方をしていると、同じような人が集まってくる。

冬の北海道に旅行をする人は矛盾している。
雪が降っていない北海道は期待を裏切っている。
飛行機が離着陸する時だけは雪が降らないことを期待している。
この時期に北海道へ旅行する人は楽観的な人である。

同じ情報を聞いても、待たされる時間や引き返すイライラといった悲観的なことを想像する人と、うまく飛行機が降りて楽しんでいる自分を想像できる楽観的な人。
どちらが北海道のためになるか?

陰気なサルはサルなまま。
楽観的なサルは人間になった。
楽観的なサルの方が生存の確率が高まる。
「明日、死ぬかも知れない」
よりも
「明日はまず死なない」
と思った方が生命力が強くなる。
人間が持っている楽観的な考え方が、大きな事故や国際的な紛争を引き起こして犠牲者を出すこともある。
しかし脳は現実について、ゆがんだ楽観的な見方を捨てない。
楽観的でなければ、私たちはアフリカの東部の草原のサルのままだった。
一部のアフリカから歩き出したサルの成れの果て。

「楽観性は赤ワインのようなものだ。毎日グラス一杯なら体にいいが、毎日ボトル一本では危害をもたらしかねない」。極端な楽観主値は、ワインの飲みすぎと同じで、健康だけでなく財布にもよくない(278頁)

日本にも外国にもある言葉。
「適当」
本来の意味は「正しくぴたり」とやれ。
「いい加減」
よいかげん。
言葉の中に「楽観的に物事を考えていこう」という励ましがある。

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(1月13〜24日)◆『脳は楽観的に考える』ターリ・シャーロット(前編)


科学の発展により、私たちの過去の出来事を思い出す役割を担う神経系(つまり思い出をためこんでいく脳の方の神経系)は、思い出をためるために作られたのではなかったという新説。
神経系の中心的な役割は実は、未来を想像することらしいということが最近わかってきた。
その想像はなぜか必ず楽観的傾向(楽観的バイアス)がかかっている。
どうも人間は「何かいいことあるぞ」と思うような脳に生まれてきた。
楽観的に考えるということは、私たちの生存、つまり命に係わることなのだ。

人は、八歳でも八〇歳でもバラ色がかった眼鏡をかけている。−中略−楽観性は、すべての年齢層、人種、社会経済的地位に行きわたっているのである。(8〜9頁)

「明るい未来」を想像することで、私たちはサルから人になった。
生物進化の原動力は「楽観性」である。
人間の心がつく最大の嘘「楽観性のバイアス」を三枚に今回はおろそうと思う。
事実を正しく見る悲観的なサルはサルのままで、事実をゆがめてバラ色がかって見てしまうサルのみが人間になった。

「楽観性」は自己成就的予言であるが、人間の心がつく最大級の嘘とも言える。
脳はなぜそんなに現実に対して錯覚をするのだろうか。
事実として「うぬぼれ脳」は重大な錯覚を起こす。

錯覚の例として「悲劇」から紹介される。
二〇〇四年一月三日、シャルム・エル・シャイク。乗員・乗客一四八名が、カイロ経由パリ行きのフラッシュ航空六〇四便に乗り込む。そのボーイング737−300型機は、定刻の午前四時四四分に離陸する。二分後、機影がレーダーから消えた。−中略−操縦士のハドル・アブドゥラは、−中略−彼の飛行経験は七四四四時間に及びが、この日に操縦したボーイング737では四七四時間にすぎない。
ところが、飛行を始めて一分もしないういちに、機は右へ旋回してたちまち危険な角度へ傾く。そうして完全に横倒しになって飛びながら、ジェット機はらせんを描いて紅海へと効果していく。
−中略−そこでアメリカの調査チームは、「調査チームが割り出したシナリオで、事故の経緯を説明し、存在する証拠によって裏づけられて唯一のものは、機長が空間識失調を起こしたとするシナリオだった」と結論づけた。
 空間識失調を起こしているあいだ、操縦士は地面に対する機体の姿勢を知ることができない。これはふつう、飛行機が濃密な雲のなかや海上で真っ暗闇のなかを飛んでいるときなど、視覚的な手がかりがない場合に起こる。操縦士がまっすぐ飛んでいると思っていても実は傾きながら旋回していたり、水平旋回から戻るときに急降下しているように感じたりするのだ。
−中略−ジョン・F・ケネディ・ジュニアが操縦していたハイパー軽飛行機も陥ったと考えられている。その飛行機は一九九九年七月一六日に大西洋に墜落したが、それはケネティが、悪天候の夜間にマーサズ・ヴィニヤード島へ向けて飛行中、空間識失調を起こしたことによるのである。−中略−空中を高速で動いている飛行機では、このシステムは混乱をきたす。私たちの脳は、角加速度や遠心力などの変則的な信号を、通常の重力と解釈する。そのため、地面に対する自分の姿勢を誤って判断するのだ。(13〜16頁)

脳は絶えず、勘違いしやすい傾向を持っている。
なぜその勘違いが生まれてきたのか?

21頁にさかさまになっている少女の写真がある。
この少女の写真は「笑って」いるのか「呪って」いるのか?
さかさまな状態で見ると「笑って」いるように見える(因みに、私には全く「笑って」いるようには見えない)。
本をひっくり返して、さかさまではない状態にすると、とても変な顔(「呪って」いる顔)に見える。

脳は錯覚(錯視)が起こりやすい。
それらはすべて「楽観のバイアス」によって引き起こされる。
なぜそんなことが起こるのか。
錯覚は「思い込み」という記憶があるので、人間以外、動物にもあるのかという実験をこの本はしている。

カラスは盗まれると困るのでフェイントをかけた隠し方をする。
アメリカカケス(カラス科の一種)は賞味期限の概念がある(51頁)。
腐りやすいものは早めに食べる。
腐りにくいものはあとから食べる。
間違いなく「今日」と「明日」が理解できる。
チンパンジーも「今」と「後」がやっと理解できる。
動物は「自分の死」が理解できない。
人間は「自分の死」が理解できる。
人間の時間の概念が深いから。

ロンドンのタクシードライバーは、タクシードライバーの「トップガン」だ。伝統的なブラックキャブと呼ばれるタクシーのドライバーに認可されるには「知識」を証明する試験に通らなければならない。−中略−ドライバーは、ロンドン市街中心部のチャリングクロスから半径六マイル(一〇キロメートル弱)以内にある二万五〇〇〇通りと三二〇のルートを熟知していることが求められる。ルート沿いにある、劇場、ホテル、地下鉄の駅、ナイトクラブ、公園、大使館といったすべての名所を知っていることも必須だ。−中略−ドライバーは客の目的地へ到達する最適なルートを、天候や交通の条件も考慮してものの数秒で判断できないといけない。どの通りがどこへつながっていて、どの道路が一方通行で、ラッシュ時に渋滞する道はどれかということも頭に入れておく必要がある。−中略−ロンドン大学ユニヴァーシティ・カレッジの教授、エレナー・マグワイアは、それを明らかにしようとロンドンのタクシードライバーの脳をスキャンした。スキャンデータを調べていて彼女は興味深い特異性に気付いた。タクシードライバーの海馬の後部が平均より大きかったのだ。海馬(脳の左右にひとつづつある)は記憶にとって欠かせない領域で、その後部はとくに空間記憶にとって重要な役割を果たしている。−中略−マグワイアは、ドライバーの海馬がキャリアとともに成長することを見出したのだ!
仕事をやめると、彼らの脳はまた変化しだした。海馬の後部がゆっくりと元のサイズへ縮み、ナビゲーションの能力は低下したものの、ほかの記憶力テストのスコアはふつうに戻ったのである。これは、私たちの脳がいかに可塑性が高いかをはっきり示す一例と言える。
(53〜56頁)

未来のために過去を利用する能力が人間は他の動物よりも高い。
楽観のバイアスのために獲得した能力。

心配事の9割は起こらない: 減らす、手放す、忘れる「禅の教え」 (単行本)



たとえばアメリカカケスは、何千種類もの食べ物をそれぞれ違う場所にたくわえられる。自分お宝物を何か月も隠しておいても、間違いなくその場所へ戻って回収できるのだ(56頁)

このように頭のいい鳥は楽観性のバイアスを示すだろうか?
それを実験によって調べた。

ニューカッスル大学のメリッサ・ベイトソンのチームは、そんな方法をひとつ思いついた。彼らはまず、短い二秒の(2−s)音が聞こえたら青いレバーを押すように鳥たちを訓練した。レバーを押すとすぐに食べ物の報酬が受け取れるようになっていた。鳥は喜んでごちそうをもらい、すぐに短い音と肯定的な結果を関連づけた。ベイトソンらはまた、一〇秒の(10−s)音が聞こえたら赤いレバーを押すようにも鳥たちを訓練した。この場合、レバーを押すと食べ物が出されるが、出るまでに時間がかかる。
長い10−s音は否定的な結果と関連づけられた。
(60頁)

正しいレバーを押さないとエサは貰えない。
更に六秒というあいまいな長さの音を鳥に聞かせてみる。

番組内では人間に飼われていた鳥だけが、正確に音を聞き分けたという話になっていたが、この本を読んだ限りでは逆の内容のように思われる(私の解釈が間違っているかも知れないけど)。

用意された鳥は二種類。
一方は贅沢なカゴ(大きくて清潔なカゴに住んでいて、いつでも水を飲める)の鳥。
もう一方は小さなカゴの鳥。
前者は肯定的なバイアスを示し、あいまいな長さの音を聞いた時に、良い結果を意味するほうに聞き分けた。
だが、後者は
それに比べ恵まれておらず、小さなカゴで暮らし、遊ぶものもなく、いつ喉を潤したり水浴びしたりできるかもわからない鳥は、もっと現実的だった。楽観性のバイアスを示さず、概して音をもっと正確に聞き分けたのだ。(61頁)
ということで「楽観のバイアスの側が正しい選択をする」という武田先生の話は逆ではないかと。

「自己成就的予言」という言葉は、社会学者のロバート・マートンが一九四八年に考え出したものだ。マートンはこう述べている。「自己成就的予言とは、虚構の状況設定によって新しい行動が呼び起され、その行動が当初の虚構の考えを現実のものにするような場合の、最初の状況設定のことを指す
(70頁)

武田先生の御母堂曰く
「ホラは吹きあてる」
男はホラを吹くような男でないとダメだ。
ホラは時々、吹いているうちに当たることがある。
リアルに物事を見ている人は、リアルにしか遭遇しない。

フィギュアスケートのソチ五輪出場枠6名。
村上佳菜子さん以外の全ての人が同じ言葉を口にした。
「一番いい色のメダルを」
統計上「メダルを取る」と言った選手の90%以上がメダルを獲得。
それを宣言しなかった選手はほとんど取れていない。
「メダルを狙います」と宣言することにより、脳は楽観性のバイアスを見る。
「必ず取れるよ」とコーチが言ってくれると、脳(前頭葉)はそこに向かって真っ赤に燃え上がる。
宣言とコーチの助言のない選手は、この海馬、扁桃体、前頭葉にルートができないため、金メダルへの学習に対して、反応が鈍くなる。
まず楽観的でなければならない。

長嶋茂雄氏の例。
長嶋さんはバッターボックスに立つと、数秒のうちに楽観バイアスで明日のことが予言できた。
スポーツ新聞の一面に書いてある見出しが想像できる。
「またやった長嶋」「奇跡の逆転ホームラン」
それらを数秒で想像してバットを振ることができる。
打った後、塁間をどう走るかまで想像できた。
ホームを踏んで、誰と握手をして、ロッカールームで着替えている時に高田がやってきて
「おごってくださいよ、チョーさん」
「よし、じゃあ、あそこに行こう!」
と言いながら、4〜5名を連れて寿司屋のカウンターで
「好きなもの食べな!」
と言いながら何を食べるか。
何時までいて、清算して、タクシーに乗って、田園調布の家に帰ったら女房が
「あなた」
「打っちゃった!」
と言いながらベッドに笑いながら入るところまでを全部想像することができた。
楽観のバイアスを持つがゆえに、バッターボックスに立つと「カッカする」。

野村克也氏はバッターボックスに立つ人に向かって、低い声で悪い暗示をかける。
普通の人はガタガタになる(特に田淵さん)。
しかし長嶋さんにはまったく効かない。

楽観的でなければ脳は働かない。

とくにアメリカはきわめて厳しい時代に直面していた。一九三〇年代初めの大恐慌に次ぐ、経済史上最悪レベルの時期と言えるかもしれない。−中略−そんな二〇〇八年の終わりに、楽観的思考はピークに達し、世界じゅうの人が明るい見方をしていたのである。−中略−すなわち史上初のアフリカ系アメリカ人の大統領、バラク・オバマである。ひとりの人間が、どうやってこれほどたくさんの人に希望をたっぷりもたせられたのだろうか?(92〜93頁)

このオバマによって楽観的になったという事実は科学的にはどんな反応をしていたのだろうか?

ヴァージニア大学で高揚の感情を研究している心理学者ジョナサン・ハイトは、シニカルな見方を消して希望や楽観性を生み出すような場合について語っている。彼は高揚の瞬間を引き起こすと考えられる具体的な生理メカニズムを提示した。ハイトによると、そうした出来事は迷走神経を刺激し、それが今度はオキシトシンの放出をもたらす。迷走神経は一二ある脳神経のうちのひとつであり、その出発点は脳幹だ。脳幹は脳のなかでも進化上古い部分で、生命維持に欠かせない機能の調節において重要な役割を担っている。そこから迷走神経は、首を通って胸や腹までずっと伸びている。この神経は、体内の状態を反映する感覚情報を脳に伝え、また脳から全身へも情報を送る。ハイトは、高揚を生み出す出来事で迷走神経が刺激されるとオキシトシンの放出が引き起こされるのではないかと言っている。
 最近だれかを抱きしめたとか、赤ん坊をだっこしたとか、犬をなでたとか、セックスをしたといったときのことを考えてほしい。こうした場合には必ず、オキシトシンが体内で放出されている。オキシトシンは視床下部(神経ホルモンを作り出す構造で、脳の底部にある)で産生され、視床下部の直下にあってホルモンを分泌する脳下垂体にたくわえられる。刺激が与えられると、オキシトシンは血流へ放出され、とくに感情や社会的関係の処理にかかわる領域において、脳の受容体に結びつきもする。
 オキシトシンの濃度が高いと、社会的刺激に対する不確かさが減る。
(96〜97頁)

政治や株、円相場。
そういうものが社会に希望生み出すのではなく、人間のオキシトシンを刺激する人が社会を明るくする。

人は幸せだから笑うのか?
笑うから幸せなのか?
「鶏卵説(ニワトリが先か卵が先か)」の本。
番組内ではタイトルは紹介されなかったが、そういうことが書いてある本があるらしい(アメリカの学者?)。
実際には後者(笑うから幸せ)だそうな。

ウィリアム・ジェームズと心理学―現代心理学の源流



調べたけどわからないが、これかな?

楽観的に考えることが人間を人間たらしめている。

大恐慌は、アメリカで一九二九年に株価が大暴落したことに端を発し、やがて世界的な経済危機へと発展して各国の都市を襲った。個人所得は激減し、アメリカでは一三〇〇万人が失業し、五〇〇〇の銀行が倒産した。ほぼ八〇年後に世界を襲うことになる金融危機と同じく、人々は気分を高揚させてくれるだれかを求めた。その空隙を埋めたのがシャーリー・テンプルだったのだ。(99頁)

シャーリー・テンプルというのはアメリカの有名な子役。
彼女が主演する映画は全世界で大ヒットし、ストーリーはどれも同じような内容。
失業をしたお父さんがいて、お母さんが悲嘆にくれている。
でも、健康的で明るいテンプルちゃんに励まされて、お父さんにやっと職が見つかり、お母さんも働き始めて、みんな一生懸命働いて、とっても幸せな家族になりました。
みんなテンプルちゃんのおかげです。
という映画。

当時大統領だったフランクリン・ローズヴェルトは言った。「シャーリー・テンプルがこの国にいるかぎり、われわれは大丈夫だ」。(100頁)

そしてニューディール政策が始まり、テンプルちゃんの映画のようにみんなで働こう!ということになって、アメリカ経済が持ち直した。
楽観的な考え方が歴史を変える。
ものすごいエネルギーを発揮する。

テンプルのえくぼ (スタジオ・クラシック・シリーズ) [DVD]



2014年01月26日

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(12月16〜12月27日)◆『わたしたちの体は寄生虫を欲している』ロブ・ダン(後編)

これの続きです。

日本人は体内から寄生虫を追い出すことに成功した。

アレクサンダー・フレミングはアオカビからペニシリンの抽出に成功し、大勢の人が感染症から救われた。

人間の腸には一千種以上の腸内細菌が住んでいる。
「善玉」「悪玉」というのは非常に分けにくい。
全ての腸内細菌を殺してしまうと、人間も死ぬ。

武田先生はなぜ死ななかったか?
心臓手術の為に全ての腸内細菌を殺したのに。
森へ行って菌を鼻から吸っていた?
退院後に一番最初に美味しいと思ったものは日本酒。
日本酒を発酵させた菌の影響?

パスツールは−中略−、その一方で人間の体内や体表にいる細菌は重要で、それなくして人間は生きていけないと考えていた。「細菌と人間は相互に依存して進化してきたのであり、腸内の細菌を殺せば、人も殺すことになる」と彼は述べた。(90頁)

善玉菌を活躍させるためには天敵である悪玉菌も必要。
腸内にとって「自然のままのジャングル」が最適な状況。

たとえば、人の腸に多くいるバクテロイデス・テタイオタオミクロンという最近は、植物素材の分解に関わる酵素を四〇〇種以上も作り出す。いずれも人間には生産できない酵素ばかりだ。食べ物が限られていれば、最近はそこから少しでも多く養分を得ようとする。モルモットや人間の腸内にいる細菌は、宿主が自力で得られるより最大で三〇パーセントも多いカロリーを吸収できるようにする。(107頁)

ザルツマンとクロスウェルは、実験用マウスにさまざまな抗生物質を投与した。そして、一部のマウスにサルモネラ菌を与えた。−中略−結果はどうだったかと言うと、サルモレラ(元文ママ)菌と抗生物質を投与されたマウスは病気になったが、サルモレラ菌だけを投与されたマウスは病気にならなかった。−中略−逆に言えば、抗生物質は、腸に住む最近を死滅させ、次にやってくる細菌が入り込みやすくするのだ。(109頁)

抗生物質は腸を守るべき菌を先に殺して、サルモネラ菌は無防備なところへ入ることに。

二年前、私は心臓手術した後、風邪の症状が出たために退院が延期された。
それから二週間、抗生剤投与を与えられ、一日に二度、抗生剤を流し込まれ、体全体を無菌状態にした。
体力なく、食欲なく、抗生剤投与が一番つらかった。
ここからわずか二週間で体重が十キロ落ちた。
その後退院したが、退院した後の便秘がすごかった。
ものすごく森に行きたかった。
森に行き始めると、ゆっくりと便秘が収束していった。
私は鼻から森の中の何かの菌を吸いこんでたんじゃないかな。
(武田メモ)

ここからパンの最良のイースト菌を求めて岡山県に引っ越したパン屋さんの話。
岡山県の蒜山あたりのパン屋さん。
パンの出来は菌次第。
蒜山の高原に住んでいる菌を使ってパンを作る。
菌を発見してもうまく作ることができない。
プラスチックの容器をやめて、竹の筒を使うとうまく膨らむ。
自然は徹底的に人工を嫌う。

上記の内容が書かれた本があるそうだが、本の名前は紹介されなかったので不明。

本の中で、ジェームズ・レイニアーという人の研究が紹介されている。
彼は無菌動物を作ろうとしていた。
そして彼の母校であるノートルダム大学で研究を続けた。
一時期は実験が成功したかに見えたりもしたが、最終的にはやはりうまくは行かなかった。

今、出ている結論は無菌状態は決して生物にとってよいことではなく、むしろ危険である。

点滴で抗生剤を投与され、食欲が落ちた武田先生。
病院から外出許可をもらい、スーパーマーケットで深呼吸をする。
アジフライの臭い。
何を食べても美味しいとは思わないのに、フライの臭いが嗅ぎたい。
スーパーマーケットの陳列が季節で変わることに非常に敏感になる。

盲腸(虫垂)は人体の無用器官?

虫垂を退化器官と見なす主流派がおもな根拠としたのは、それを切除しても何も起きないということだった。−中略−ゆえに、「虫垂は、わたしたちがサルだった時代、あるいは、恐竜の足元をネズミのような姿で走りまわっていた時代には、何らかの働きをしていたようだが、今では無用の痕跡にすぎない」という筋書きは正しいように思われた。(119頁)

虫垂が破けた場合、大変なことになる。
虫垂炎で死ぬ場合もある。
虫垂とは何の為にあるのか?

2005年、パーカーとポリンガーによって、この謎が解明された。

パーカーは、腸内で最もありふれた抗体であるIgAに関する文献を調べ始めた。−中略−一九七〇年代以降の研究では、IgAが攻撃する細菌には、IgAのための小さなドアのような受容体があると記されていた。IgAがそうした細菌を攻撃するとき、IgAはそのドアから侵入する。だが、細菌はなぜそんなドアを持っているのだろう。そのドアから入ってくるのは、自分を攻撃して追い出そうとする抗体だというのに。(124〜125頁)

パーカーが得たひらめきとは、だれの体であれ、IgAによって細菌を排除するつもりなら、それは失敗に終わっている、というものだ。一方、細菌のほうも、IgA抗体を防ぐつもりなら、そのやり方ははなはだ効率が悪かった。なにしろ細菌にはIgA専用の入り口があり、しかもその扉は開けっぱなしになっているのだ。−中略−IgAは実際には、細菌を助けていたのだ!
IgA抗体は、細菌が互いにつながってバイオフィルムを形成するための足場を提供しているのではないだろうか、と彼は想像した。
(126頁)

二〇〇五年に話を戻せば、ポリンガーとパーカーは、バイオフィルムが虫垂に密集しているというポリンガーの直観的な洞察を証明するために、腸が届くのを待った。届いたそれは、まさに彼らが予想した通り、生命体の細胞からなる小さな森−−巣と呼べるかもしれない−−のようだった。虫垂は内部にバイオフィルムを形成して無数の細菌を住まわせ、細菌はそのお返しに腸内で宿主のための仕事をこなしている、とポリンガーは考えている。(128頁)

虫垂は体内の細菌の隠れ場所だった。
抗生剤を流し込まれた武田先生の体内の菌は虫垂に逃げ込んだ。

何の為にそんなものがあるのか?

虫垂炎になる人は開発途上国よりも先進国に多く見られる。

もしかすると虫垂炎は、他の現代病の多くと同じく、わたしたちの日常生活からいくつかの種が消えたために起きるのではないだろうか(寄生虫や病原菌が消えたせいで、免疫システムが無害な刺激にも反応するようになったように)。今でも開発途上国では、虫垂は腸に細菌を補充するという本来の役目をはたしているはずだが、先進国では、虫垂はめったに病原菌の挑戦を受けない。虫垂は刺激が欲しくて、自ら体内に病原菌をばらまくのかもしれまない。(129頁)

免疫システムの防衛演習のために、少しずつ病原菌をばらまいて緊張状態を作り出していた?

体は病原菌という敵を皆殺しにすることを望んでいない。
勝ち続けるためには、敵を皆殺しにしてはいけないという方程式で生きていくのが免疫システムの決心。

眠れないというのは、自分の体の中のどこかが「森」ではなくなっている。

番組は武田先生が眠れなかった時のことについて語られて終わるが、番組で扱われなかった箇所で、ちょっと気になった部分があったんで、長くなるし別記事にします。

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(12月16〜12月27日)◆『わたしたちの体は寄生虫を欲している』ロブ・ダン(前編)

わたしたちの体は寄生虫を欲している (ポピュラーサイエンス)



眠れない日々を過ごしていた武田先生。
頭の中は悪いことばかりが駆け巡り、老化のせいかトイレには頻繁に起き、股間のイチモツはインドのナンのように・・・
不眠の一か月間、武田先生が読んだ本がこれ。
邦題は「わたしたちの体は寄生虫を欲している」、原題は「The Wild Life of Our Bodies」(われわれの体の中の野生)。
この時以前に武田先生が眠れなかった時というのは、二年前に心臓の手術をする為に入院した時。
初日は孤独で枕も変わり、何人もが亡くなったことなどを思って眠れなかったのだが、翌日からは眠れるように。
慣れや、看護師たちが起きていることの安堵感、大きな病院の建物の中は心臓が悪い人でいっぱいで、むしろ心臓が問題なく動いている人の方が少数派だという安心感から安眠ができるように。
そして、入院中にしきりに公園へ行きたくなったことの理由などが、この本によって解明される。

手術を受け退院した後、砧公園へバスで出かけて歩き回る。
とにかく砧公園を歩きたい。
湿っぽいケヤキの中を歩きたい。
森の臭い。
どうしてこんなに、この森が恋しいんだろう?

武田先生は入院中に抗生剤を投与された。
体の中の菌を徹底的に殺した。
結果、腸内の最近もいなくなり、ひどい便秘に。
下剤では効果がなく、浣腸を使う。
鉄を含んだ薬を服用している為、便も鉛色。
排便に数十分を要する。
力むので鼻血も出る、肛門も切れる。
ワーファリンという薬によって血が固まりにくくなっているので、トイレの中で血まみれに。

このような状況でもなぜか森に行きたい武田先生。
無菌状態に体が耐えられなくて、菌を貰いに行っていたのではないか?
行きたかったのは砧公園とジム。
体育ジムに行っている健康な人たちが持っている悪い菌を欲していた?

長期公演で芝居の為に近代的な建物に滞在していた後は、砧公園に行きたくなる。
鼻から菌を体に取り込もうとする動物の本能ではないか?

−ロブ・ダンによる人間分析−

人間が野生の猿から人間らしさを歩み始めたのは、生命四十億年の歴史の中ではっきりしている。
もちろん人間の先祖は、道具を使うことを特徴とした。
それは二百万年前、岩の欠片を割き、とがらせて削る、あるいは掘るなどの仕事をした。
更に百万年が経ち、彼らはその岩や石の欠片で握り棒を作り、斧を発明した。
ここから原人は人間の祖となった。
さまざまな肉食獣に襲われていたわれわれの先祖(原人、類人猿)は、握り斧を握りしめた瞬間、反逆に出た。
彼らこそが「他の動物を殺す」という生き方を選んだ。
人間は環境を一変させた。
すさまじい環境変化が「人間によって」もたらされた。
環境を変化させたのは、あくまでも人間。
アフリカから出発した人間は、ヨーロッパ、アジア、オーストラリアに到着し、ほどなくその大陸では、最大級の動物の全てが絶滅した。
人間が全部殺した。
人間は、三万年前から二万年前までの間にアメリカ大陸に到着した。
そして、アメリカ大陸に住んでいたマストドン、マンモス、ダイアウルフ、サーベルタイガーなど、七十種以上の大型哺乳類が人間によって絶滅した。
人間は植物を好んで栽培し、野生のウシ、ブタ、ヤギを飼いならしはじめた。
イヌ、ネコをペットにした。
人間と同居できない生き物は全て絶滅したと言っていい。
この人間の文明のまんま、生物史は現代に至っている。
しかし重大なこと。
私たち人間は外をここまで変えたのに、私たちの内側には、三十五億年前と全く変わっていない、手つかずの「野生の森」を持っている。
人間の体の中に実は「森」がある。

(この部分は29頁の文章とかぶる部分も一部にあるが、該当しそうな全文はどこにあるのかわからなかった)

新しい病気の中でも、最も悩ましいのはクローン病である。−中略−この病気に罹ると、免疫システムが自分の消化器官を攻撃するようになる。そして、この体内の縄張り争いでは、つねに免疫システムが勝利を収め、その結果、腹痛や発疹、関節炎などが引き起こされ、時には、目の炎症などの奇妙な症状が出ることもある。重症の患者は、何年も吐き気が続き、体重が減少し、激しい腹痛や腸閉塞に襲われる。−中略−クローン病は、一九三〇年代にはまれな病気だったので、−中略−ミネソタ州オルムステッド郡では、一九四〇年から一九八〇年までの間に、患者数は一〇倍になった。(36〜37頁)

クローン病の原因としてタバコが疑われたので、禁煙ブームが起こった。
しかし、タバコは無関係だった。
アフリカのケニアの人たちはタバコを吸っていても、この病気になる人はほとんどいない。
患者の共通点は何か?
患者は全員、冷蔵庫を持っていた。
結核患者が多い地域ではクローン病の発症率は低い。
フッ素配合の歯磨き粉が影響している?
はしかワクチンのせい?
心身症が関係している?
などなど・・・

1995年、タフツ大学の研究者であり、かつてアイオワ大学で研究をしていたジョエル・ワインストック博士が全く違うアイディアを思いついた。
クローン病が発生しない国とエリアの共通点を探していると、彼は確かに一点を見つけだした。
その一点こそが寄生虫である。
寄生虫がまだまだ駆除できていない途上国にはクローン病がない。
アメリカ人も1930年〜1940年代には子供の二人に一人は、腸内に回虫、条虫、鞭虫などの寄生虫がいた。

プロングホーンは、ヤギくらいの大きさの動物で、アンテロープ(羚羊)と呼ばれることもあるが、厳密にはアンテロープではなく、似ているがシカでもない。特殊な動物なのだ。−中略−そして、時速一〇〇キロメートルで走ることができる。(42頁)

プロングホーンよりも速く走る動物はいないし、早く走りすぎるので躓くと命にかかわる。
こんな危険な能力は何のためにあるのか?

一万四〇〇〇年以上前に北米に移住した人類が目にした捕食動物は、今日わたしたちが知るどの動物より、大きくて凶暴で、足が速かった。ボロファグス、ショートレッグド・ドッグ、数種のサーベルタイガー、ジャイアント・ショートフェイスベア、その他、鋭い牙の生えた怪物がいたが、多くは足が速かった。−中略−プロングホーンの物語に最も関連があるのは、アメリカチーター−中略−チーターがアンテロープを食べるように、プロングホーンを食べたはずだ。(47頁)

足の速い捕食者から逃げるために時速100キロで走っていたプロングホーンは、人間が捕食者を滅ぼしてしまってからも、パニックになるとやっぱり時速100キロで走り始めてしまう。

彼らは亡霊から逃れようとして走っているのだ。それはわたしたちも同じである。(50頁)

クローン病は、このプロングホーンと同じことになっているのではないのか?
人間の腸内には、かつて戦わねばならない異物が住んでいた。
腸内の免疫システムは、勝手に住んでいる動物に対して攻撃力を持っていた。
生活環境がきれいになると、寄生虫が腸内にはいなくなる。
しかし一部の腸は、まだ寄生虫に脅えていて、それがクローン病なのではないのか?

寄生虫が体内に定着したら、免疫システムは寄生虫への攻撃をやめるのはなぜか。その疑問を追及するうちに、わたしたちはこれまで、そのシステムの重要な要素である「調停役」の存在を見逃していたことが明らかになった。侵入してきた寄生虫の駆除に失敗し、寄生虫が棲みつくようになったら、体はどうするだろう。−中略−そこで調停役の細胞チームは、寄生虫を攻撃していた軍隊に撤退を命じる。−中略−調停役は、寄生虫という敵がいるときには活発に生産されるが、それがいないと活気がなくなる。一方、免疫システムの軍隊は強いままで、他に的がいなければ、よそ者らしきものはなんでも攻撃する。悪くすると、勝つことに躍起になりすぎて、自分の体まで攻撃し始める。−中略−ワインストックは、寄生虫を患者の胎内に入れたことにより、調停役が力を取りもどし、免疫システムの暴走を止めて、体内の平和を保つようになった、と考えている。(64〜66頁)

菌には「善玉」と「悪玉」がいるが、全て「善玉」ではだめなのか?
武田先生の奥様曰く「日和菌というのもいる」。
これは善玉だろうと悪玉だろうと、強い方につく菌。

寄生虫がいる→調停役が寄生虫と話を付ける→共存
寄生虫がいなくなる→調停役が眠ってしまう→免疫システムが目覚める→自分の体を敵認定→クローン病

人間が寄生虫がいないような環境で生活するようになったのは、つい最近(しかも先進国のみ)。

一九九九年の初めに、クローン病患者が次々にアイオワ州の研究所に連れてこられた。そこで調査や健康診断が行われ、研究対象として選ばれたのは二九人。−中略−一九九九年三月一四日、具合が悪く、疲れていて、心配そうな顔つきの二九人の患者に、鞭中の卵が浮かぶスポーツドリンクのグラスが渡された。−中略−最終週である二四週目には、ひとりを除く全員が良くなっており、ひとりは寛解していた。完全に治癒したわけではないが、症状がかなり軽くなっていたのだ。彼らは、寄生虫のおかげで健康を取り戻したのである。
(58〜60頁)

寄生虫は花粉症にも効果があるそうな。

ワインストック博士の成功によってアメリカに寄生虫ブームが起きる。
寄生虫ダイエットもブームに。


2013年12月29日

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(9月30〜10月11日)◆『脳のなかの天使』 V・Sラマチャンドラン(後編)

これの続きです。

年を取ると自分へのうぬぼれが薄れてゆく。(武田翁説)
薄らいでゆく人と、薄らいでゆかない人に分かれる。(水谷譲説)

「普通のおじいさん」「普通のおばあさん」
「普通」というのがいかに難しいか。

自分というものが全部自分のものだと思っているバカがいる。(内田樹氏説)

奥さんのことをどうして好きになったのかがわからなくなってきた。
一番簡単なのは「あの時好きになった私が、あそこにいたからだ」と考えると納得できる。
このように一貫性がないものである。
逆も言える。
結婚できなかった女性でまだ好きだと思える人のことを、振り返ってみて、なぜ好きになったかわからないという思い出もある。
「その人がものすごく魅力的に見えた=エロスが訪ねてきた」(内田説)
キューピッドが矢を射たのだ。
エロスはおまえのものではない。
それはおまえから去ってゆくもの、退いてゆくもので、今まで満ちていたものはおまえのものではなかった。
誰かに、どこかに帰ってゆくもの。
借りていたものを返す喜び。
レンタルビデオを延滞をせずに返せた時のような喜び。
年を取るということは、どこかに返していけている感謝と充実感。
(武田翁)

「百聞は一見にしかず」
人間にとって見ることは重要。
他の動物に比べて、三倍近い視覚の脳の領域を持っている。

「美人は得する」「美しく生まれれば幸せになれる」という内容の本もある。

ラマチャンドラン博士はそうは考えない。
「視覚」「見た目」というのは私たちにとって重大。
人はスクリーンを見るようには見ていない。
視覚野。
物を見るための脳の領域は約40。
それが力を合わせて「見た」という情報を作っている。
現実にスクリーンに何かが映っているわけではない。
見ると「どうしよう」「何」という問いに遭遇する。
対象物を分類し、名を与え、今まで見たかどうか、見たことによって感情を思い出す。
ここからどうしよう。逃げる。闘う。
見たことによる反応が40の領域が合わさってどうするかを。
見るということは、脳が作った一種の情報。
40ぐらいの脳の領域のうち、一つだけでも不調があったり、うまく機能しないと「失認」という障害がおこる。
ブラッド・ピットは友人の顔が思い出せない。
容貌失認。
「見た」ということと「情動(感情)」が途切れて、お母さんを見てもお母さんに見えない。
「見たことによる感情」が思い出せないと見たことにならない。

「見た」っていうことは、感覚ではなく、脳にとって学習。
「あの人きれいだな」
きれいなものを学習してきたからきれいに見えるだけ。
きれいなものを見てこなければ、きれいな人がきれいに見えない。

カヌーしか見たことのないポリネシアの人は、スペインの巨大な帆船が見えない。
目の前にあるが見えない。
一度も自分の人生で帆船を見たことのない人には見えない。

共感覚
数字や音にはっきりと色彩が見える。
クロス活性化。
脳の数字をつかさどる領域と色の領域の配線が近いために、数字を聞くとそれが色に見える。
共感覚で音の人がいる。
ある音を聞くと、その音が色彩となって見える。
武田先生も音と映像の共感覚がある。

一つの手がかりになるのは、病態失認という奇妙な障害で、この障害をもつ患者は自分の病態に気づいていない様子を示したり、病態を否定したりする。右半球に脳卒中を起こした患者の多くは左半身が麻痺し、当然のことながら、それを苦にする。しかしおよそ二〇人に一人の割で、ほかの面では精神的に問題はなく、知性もあるのに、自分の麻痺を強く否定する患者がいる。(179頁)

この異様な所見は、ミラーニューロンの障害という観点から理解するのが最良だと私たちは考えている。人間は、誰かほかの人の動作について判断しようとするとき、かならず脳のなかでそれに対応する動作のバーチャルリアリティ・シミュレーションを実行する必要があるが、ミラーニューロンがないとそれができないという解釈である。(179頁)

映画やドラマで人が刺されたり叩かれたりする時に痛覚ニューロンが発火して「痛い」と感じる→ガンディ・ニューロン
ガンディ・ニューロンがない→人の痛みがわからない

いじめ=ミラーニューロンの障害の人?
他者の痛みが理解できない。
一つのアプローチとしていじめを病気として脳生理学でとらえる。

ものまねタレントの人気。
日本人はミラーニューロンが優勢?
ものまねするということに対して「ものまねタレント」の苦労がわかる。
歌舞伎は師からの芸を受け継ぐ「ものまね」。
ものまねが伝統芸になっている。

ラマチャンドラン博士は自閉症がミラーニューロンの不調ではないかと考える。
自閉症は周囲の世界との接触を拒否し、他者との会話能力が欠如している。
精神的に孤独を好み、特定の音に対して癇癪を起こし、大声あるいは悲鳴をあげる。
新しい変化に不安を抱き、体を前後にゆらし、手を叩き、自分をこぶしで殴ったりの自傷行為を突然とったりする。
奇妙な儀式的動作(前後に頭をふる)を繰り返す。
正体不明で、なかなか原因がつきとめられない。

AKBやエグザイル。
シンクロしている踊り。
同じ動作をしているのを見ると気持ちがなごむ(私は発達障害者だからなごまないな)。
ミラーニューロンのおかげ。

ラマチャンドラン博士の仮説。
社会的道徳的嫌悪などを共感として受け止める。
この「共感」というのを左右しているのがミラーニューロン。
これは脳の側頭葉に豊富に存在する。
ここに損傷、欠陥があると扁桃体に送られ、情動。
それがささやかであったり、びっくりするものであったりという判断が決められて情動が視床下部へ伝達される。
重大さに応じて、情動喚起、自律神経系の活性化の程度によって、いろんなランクにミラーニューロンから分けられている。
自閉症はそのランク付けができない。
全てが「突出風景」。
何か重大な意味のある恐ろしいことが始まる反応として全ての風景を見てしまうので、パニックを起こしてしまう。
針の強い触れ方の病(障害と病気って別物な気がするけど)。
世界の終りが襲ってくるような恐怖が支配する。
他人を経由して自分を見るということができないので全くの孤独。
私たちは時折他人になって自分を見ている。

人間は自分のことがなかなか好きになれないが、他人のことは好きになれる。
それは唯一自分を好きになる方法だから。
(内田樹)

人間は他者を経由してしか自分を知ることができない。

他人への共感というのが実は、人間の感情を作っている。
人間には絶対に他人が必要。

他者を真似て、他者と響きあうニューロン。
そのニューロンで人間というものを作り上げてきた。
その手順を絶対に間違えてはいけない。
人間にとって「共感する」という能力そのものが病に結びついていることがある。

自閉症は誤解されてきた。
病気として認められなかった(武田先生は「障害」って言わないのはなぜだろう)。
いじめも脳の不調かも知れない。


今回の番組では取り上げられなかった部分だが、私が個人的に気になった箇所があった。
ナディアという精神遅滞のある自閉症の子供。
人と会話したり靴紐を結んだりすることはできないのだが、絵が天才的にうまい。

皮肉なことにナディアはその後、青年期を迎えると、自閉症的な症状が軽減し、同時に絵の才能を完全に失ってしまった。この所見は、単離という考えに信憑性をあたえる。成熟して高度な能力を獲得したナディアは、もはや右頭頂葉のラサ・モジュールに注意の大きな部分を割り当てることができなくなったのだろう(316頁)

サヴァン症候群の人を時折テレビで取り上げていることがある。
そういうものを見て、以前は「へぇ〜。そういう人もいるんだ」程度にしか感じていなかったが、今は全く違う気分になる。
私はサヴァン症候群になるほどの障害を持っていないので、どう転んでもサヴァン症候群の人たちのような、図抜けた才能を発揮するっていう状況にはならなかったろうとは思うのだ。
でも、私はSSTなどを受けたり職業訓練を受けたりしてみて、明らかの多くの発達障害者よりも「無理やり定型発達者に合わせる能力」が身についている。
そのワリには楽じゃないんだけど。
そういう能力って、発達障害者にとってはとても無理があるっつーか、脳の領域を普通の人より遥かに大量に消費させられる行為なワケだ。
つまり、そういう無理をしないで済む状況で育つことができたとしたら、私は普通の人間にはできないようなことが、今以上にできたのではないか?と思っている。
そんなことを思ったところで救われないけど、サヴァン症候群の人を見ると、毎回そういうことが頭をよぎる。
だからといってサヴァン症候群の人のことがうらやましいって思っているワケではない。
才能と引き換えに、日常生活を自分一人の力だけでこなすのが絶望的なので。
私は今だってキツいのに、今以上にキツい状況でやっていけるワケがない。
でも今の「できそこないの定型発達者」「健常者もどき」みたいな自分がみじめというか、腹立たしいというか、とてもよくないもののように感じられるのだ。

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(9月30〜10月11日)◆『脳のなかの天使』 V・Sラマチャンドラン(前編)

何か月も前の放送の内容なのでイマサラって感じは満載だけど、貧しいので本を買うことができず、図書館に予約をして何か月もかかってようやく借りることができて、やっと読み終わったんでね。

脳のなかの天使



V・Sラマチャンドラン博士はインド出身のアメリカの脳進化学の巨匠。

武田先生はまず、「トラと漂流した227日」という映画について触れる。

ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日 [DVD]



監督は台湾の人。出演者は全員インドの人。
トラと漂流する少年。
トラはスキがあったら少年を食べようとしている。
少年は浮き輪に身を隠して、トラと共生していく。
そこで巨大なクジラに出会ったり、美しいホタルイカの大群に出会ったりする。
インド洋から太平洋を渡ってメキシコまで漂流する。
その難破した船が日本船籍で、最後に出てくる日本人が少年の聞き取りをする。
少年は「トラと漂流した」と日本人に言うのだが信用されずに、報告書が破り捨てられるという物語。
構え方がバツグンにうまくて、トラと漂流した少年の環境がもともとはヒンドゥー教徒。
仏教寺院やキリスト教会にも興味を持ち、一人の少年の頭の中にシヴァ神とブッダとイエス・キリストがいる。
彼は運命を呪う。
「何で俺がトラと漂流しなきゃいけないんだ」
「神は一体何をお考えですか」と言っている時、少年は「俺は今、キリスト様に文句を言っているんだな」。
トラが星空の元、おとなしくなると、仏教でいうところの「万物全て同じ魂の元に生きてるぞ」。
トラと一緒に台風に巻き込まれる。
ヒンドゥー的な思いで、「同じ運命の下、破壊と創造の神が一緒に暮らしている」。
西洋と東洋が入り混じっている。

ラマチャンドランは他の脳学者と違ってインド的なものをすごく感じる。
この人は多神の破壊と創造のシヴァ神の宇宙観、そういうものがこの人の脳を語る時の語り口、学術の論文の中にあるような気がする。
インドの人が英語で脳の本を書いているというイメージで聞いてください。(武田翁)

しかし生体のシステムの場合は、構造と機能と起源が深く結びつき、一体化している。−中略−私たち人間のユニークな精神特性の多くは、もともとはほかの目的のために進化したものと思われると論じる。そうした現象は進化ではよく見られる。鳥の羽毛は鱗から進化したものであり、もともとの役割は飛行ではなく断熱だった。コウモリや翼竜の翼は、もともと歩行のためにデザインされた前肢の改良品である。私たちの肺は、浮力のコントロールのために進化した魚の浮袋から発達した。(10頁)

人間の進化は一直線ではない。
そういうことには使わないはずだったのに、使っているうちにそっちのほうが上手になってしまった。
非常にヒンドゥー的で面白い。

私の現在の関心事は神経学だが、科学を愛好する気持ちは、インドのチェンマイで過ごした少年時代にさかのぼる。−中略−十二歳のとき、アホロートル(ウーパールーパー)のことを本で読んだのを憶えている。アホロートルは、簡潔に言えば、サンショウウオの一種が幼形成熟し、水生の幼生期の状態のままを保つように進化したものである。変態せずに外鰓を保ったまま(サンショウウオやカエルのように、それを四つの肺にとりかえることなく)、水のなかで性的に成熟する。このアホロートルに「変態ホルモン」(甲状腺抽出物質)をあたえると、それだけで、絶滅した祖先種の鰓をもたない陸生の成体に戻せるという話を読んだ私はびっくり仰天した。(14〜15頁)

ファラデー(武田先生は「ファデラー」とおっしゃったが、「ファラデー」です)は下層階級の出で、独学で電磁気力の原理を発見した。一八〇〇年代初期、彼は裏に棒磁石をあてた紙の上に鉄くずをばらまいた。すると鉄くずはたちまち曲線を描いて整列した。彼は磁場を可視化したのである。それは、磁場というものが単なる理論上の抽象的な概念ではなく、実際に存在することを、これ以上はないほど直接的に実証するものだった。(17頁)

ピサの斜塔から石を落下させたガリレオ。
簡単な道具で巨大な宇宙の真実を人々に見せてくれる「スモール・サイエンス」にラマチャンドラン博士は惹かれる。

電車に乗ってつり革がゆれることで、物理学者は地球の自転を証明できる。
振り子は一回振れ始めると、それは宇宙のどこへいっても振れる。
それが回転するのは、地球自身が動いているから。

人間は類人猿であり、哺乳動物でもある。そして脊椎動物である。また何十兆という細胞からなる、拍動する多汁質のコロニーでもある。(22頁)

バナナに手をのばすことならどんな類人猿にもできるが、星に手をのばすことができるのは人間だけだ。(23頁)

人間とサル。
遺伝子情報を解析すると違いは2%以内。
一体何がこんなに違うのか?

自然界は相転移で満ちている。凍結した水が液体の水に変わるのはその一つである。−中略−相転移は社会システムにおいても起こりうる。−中略−相転移の進行は投機的バブル、株式市場の暴落、自然発生的な交通渋滞などに見られる。もう少し明るい例をあげれば、ソ連圏の解体やインターネットの指数関数的な増加の際にも相転移が見られた。(35頁)

ものが突然、爆発的に増える時がある。
人間も三万年ほど前まではサルと横並びだったが、ある瞬間からバナナの向こう側の星を見て「あれを取れないかな」と考える。
サルと人間の脳の差は、わずか三か所ほどしかない。

左側頭葉のウェルニッケ野、前頭前皮質、左右の頭頂葉のIPLである。(45頁)

そうした脳領域の一部には、ミラーニューロンと呼ばれる特殊なタイプの神経細胞が存在する。ミラーニューロンは、自分がある動作をしているときに発火するだけでなく、ほかのだれかがそれと同じ動作をしているのを見ているときにも発火する。(46頁)

スキーをする人を見ていて、スキーを体験したことがある人は、実際にスキーをやるときと同じ脳の部分を使う。

腕の切除手術を受けた人が、腕を失ったあともその腕の存在を感じつづける場合があることは、すでに一世紀以上前から知られていた。あたかも腕の幽霊が、いつまでも消えず、断端のあたりにとりついているかのように。−中略−私はヴィクターという名の患者を相手に、一か月近くのあいだ実験に熱中をした。−中略−私は直観にもとづいて、彼に目隠しをして、体のあちこちを綿棒で触りながら、どこに何を感じるかをたずねた。彼の答えはすべて普通どおりで正しかったが、私が彼の顔の左側に触れはじめたとき、とても奇妙なことが起きた。
 彼はこう言った。「先生。幻肢に触感があります。先生がいま触っているのは幻の手の親指です」
(49頁)

なぜこういうことが起きるのだろうか? 私はその答えが、脳の解剖学的構造にあることに気づいた。左半身の皮膚表面は、右半球の中心後回と呼ばれる細長い皮質領域のうえにマップされている。このマップはよく、脳表面にだらりともたれかかった人間の絵としても表現される。マップの大部分は正確だが、身体各部の実際の配置とちがっているところが一部にある。首の近くにあるはずの顔が、マップ上では手の隣にあることに注目してほしい。これが私の求めていた手がかりになった。
(51頁)

幻肢の痛みなどに悩まされている患者に鏡を見せる。

私は鏡の箱をつくることを思いつき、上面と前面を取り除いた段ボール箱の中央に鏡を垂直に立てて置いた。仮にあなたがこの箱の前に立ち、鏡の両側に左右の手をそれぞれのばして、ある角度から見下ろしたとすると、片方の手の鏡像が、もう片方の手があると感じられる位置とぴったり重なりあって見える。(59頁)

ロンという患者のケースはさらに驚異的で、鏡の箱を自宅にもちかえって三週間ほどいろいろやっているうちに、幻肢が完全になくなり、痛みも一緒に消えてしまった。
(60頁)

手を骨折した患者がいるとしよう。完全に治るまでの長いあいだ、手を動かすたびに痛みが走る。彼の脳はそのあいだずっと、「AならB」という不変のパターンを経験する。ここでのAは運動、Bは痛みである。したがってこの二つを表象するさまざまなニューロンをつなぐシナプス結合は、日々強化される−−何か月もつづけて。そしてついには、手を動かそうとする試みそのものが、ひどい痛みを誘発するようになる。その痛みが腕のほうまで広がって、手を固めてしまう場合もある。そのようなケースの一部では、腕が麻痺してしまうだけでなく、実際に赤く腫れあがりはじめ、ズデック萎縮の場合には、骨まで萎縮しはじめる。
(62頁)

もう一人の患者は足を切断したあと、ペニスから生じた感覚が幻の足に感じられるようになった(本人によれば、オーガズムが足に広がり、「以前よりずっと大きくなった」という)。この原因もまた、脳の身体地図の奇妙な配置にある−−生殖器のマップは、足のマップのすぐ隣に位置しているのである。(55頁)

使ったのは通常の鏡の箱だが、そこにちょっと工夫を加えた。まずチャックという名の患者に、鏡の箱のなかに腕を入れてもらい、鏡に映った健全な腕の像を見て、幻肢がもと通りに復活したかのように見える状態にしてもらった。そこまでは通常通りだが、今回は腕を動かしてくださいと言うかわりに、じっとしているように指示し、彼の視線と鏡像のあいだに(ものが縮小して見える)凸面レンズを置いた。そうするとチャックから見て、幻肢(健全な腕の鏡像)が、「実際」の二分の一から三分の一くらいの大きさに見える。
 チャックは驚いた様子で言った。「びっくりですよ、先生。幻肢が小さく見えるだけじゃなくて、小さく感じられます。それに、どうでしょう−−痛みまで小さくなりました! 痛みの強さが、もとの四分の一くらいになりました」
(63頁)

番組ではイチモツが小さいとお悩みの男性には、鏡で大きくして見るとよろしいとかいうような話へ。

人間は動物の中でもっともネオテニー(幼形成熟)の特徴を持っている。
人間は子供っぽい生き物で、子供っぽさから文化を作った。

最後に、人間に普遍的にみられる挨拶のしぐさ、すなわちほほえみについて考えてみよう。類人猿は、ほかの類人猿が近づいてくると、標準の想定として、潜在的に危険なよそものが近づいてきたとみなすため、顔をしかめて犬歯をむきだし、闘う用意があることを示す。これがさらに進化して、反撃してくる可能性のある侵入者に警告を発する攻撃的なしぐさとして、儀式化された脅しの表情となった。しかし近づいてきた相手が友だちだとわかった場合は、その(犬歯をむきだす)脅しの表情が途中でとまり、(犬歯が半分隠れている)中途半端なしかめ面が、慰撫と親しみの表情となる。この場合も、潜在的な脅し(攻撃)がだしぬけに中止される−−これは笑いの必須要素である。(68〜68頁)

次週に続く。

2013年09月15日

武田鉄矢・今朝の三枚おろし(9月2〜6日)◆胎児の世界(後編)

これの続きです。

「円口類」は古生代の末に、水にも陸にも適応した「両生類」に変わる。
中生代に「恐竜時代」が始まる。
新生代にユーラシア大陸にあった東の一部分に亀裂が走って日本列島が形成。
新生代は冬は寒いし、夏は暑くて大変。
この間、一億年。
その激しい気候に生物も適応する為に大幅な変化をした。
植物は裸子植物から被子植物へ。
動物は卵生から胎生へ。
こうしてメスは身のうちに子宮を持つように。
子宮を持つのが無理な生き物は早産で産むことに。

有袋類になった時に、目も見えない、数センチの生まれたばかりの赤ん坊をどうやって袋へ導くか。
「乳の汗」によって誘導する。

乳を吸う為に唇が発達する。
そして唇の発達によって顔の形が変化し「ことば」に繋がる。

男女の性愛もおそらく、「舐める」「吸う」という性愛行動は中生代まで遡る哺乳類の生命記憶のなぞりなのではないだろうか。
二億年に及ぶ人間の意識的次元を遥かに超えた「生命の記憶」。
それが愛撫にこめられた生命記憶なのである。
チュッチュチュッチュ
揺れるハート(武田翁説)

私たちは一日の大半を「生命記憶」による「無意識」のうちに過ごしている。
温度が上がれば皮膚の血管が広がり空冷の効果が発揮される。
これも「生命記憶」であり「自動調節」がされている。
これら「生命記憶」はすべて内臓に宿っている。

「内臓に記憶がある」


ビーチにいる若い女の子たちの正体。
「性的戦略」
無理やりビーチバレーをやっている女の子。
何かに操られて2013年の夏を過ごしている。
(武田翁説)

私たちが操れるのは皮膚の一部分の記憶だけで、大部分は他のものが操っている。

出産は「病」ではない。
産婆さんは普段着である。

地球の過去をふりかえってみると、陸地が優勢になる「陸盛期」と海が優勢になる「海盛期」とがたがいに繰り返されるという。この周期的な変動は地球の巨大な搏動によるといわれるが、その収縮期には地表の深い皺が海を飲みこんで陸地が大きく姿を現わす。「造陸・造山運動」と呼ばれる。一方その拡張期には、反対に海が浅くなって、これが陸地に侵入し、それを海底に沈める。(56頁)

東京の「大崎」も昔は「大きな崎」だったのではないか。

古生代、シルリア紀からデボン紀にかけての一億年の「カレドニア造山活動」で魚類はエラを備えて自由に泳ぎ回り、アゴを持つ生き物になった。
そして汽水域から海水域での生活を始める。
続く「ヴァスリカン」造山運動の一億年の間、水生・陸生のエラ呼吸、肺呼吸を使い分けるようになる。
そして、古生代の終わりに一億年に亘る上陸のドラマが繰り返される。


古生代の終わりの一億年の間に、生物は陸と水を行き来している。

陸→水・・・クジラ、イルカ

母親の胎内で、十月十日で古生代からの上陸のドラマが繰り返される。
三木先生は胎児の顔を解剖ですべて検証。
最初魚類のようであったものが爬虫類となり、哺乳類となる。

三木先生は、鶏の卵(有精卵)を孵卵器に入れ、鶏の「胎児」の血管に墨汁を注入して観察する。

母胎内で死んでしまった子供は「進化が止まってしまっている」ことがある。
「中生代で止まった」とか「新生代まできて、あと少しで上陸できた」といった状態になっている。
人間の体には時折奇形が生まれる。
武田翁の心臓の弁が、本来なら三枚あるはずのものが二枚しかない(二尖弁)ように。
そういったものは「生命進化の不調」のゆえ。
人間に起こることというのは、すべて繰り返される。

このからだには新旧入り雑ったおもかげが宿される。
中略
近年、あの新薬の禍でにわかにクローズアップされた上肢の形態は(サリドマイド児のことをさしていると思う)、発生学の知識があればたれにでも一目瞭然だが、わたしどもはさらに「奇形」といわれているものの奥に必ず、この古代のかたちが隠されていることを述べずにはいられない。(135頁)

私のように脳に障害がある人も同じだろうか?
ミラーニューロンが存在しない時代で止まっているのだろうか。

内臓には記憶がある
女性が体内に持つ卵巣とは、たった一つで生きた惑星ではないか


女性のサインを読み間違えるオスが最近多い。
生き物として鍛えられていない。
内側の80%ぐらいを支配しているのは「内臓」なのではないか。
内臓を鍛えればいいのに「皮膚」ばかりを鍛えていることが、性犯罪や性に対する騒ぎを起こす大本になっているのではないか。

言葉に対して単純。
言葉を言葉のとおりに取るバカが多い。
真逆の言葉を正しく受け取る技術・作法を持つ人が「大人」。
「オマエこのバカ野郎!」という愛し方もある。
漱石が学校の先生をしていたとき、「I love you」を生徒が「私はあなたを愛しています」と訳したのを聞いて「文章をしっかり読んで訳せ」と。
「月が綺麗ね」と訳すのが正解。
言葉に正しい訳し方はない。(武田翁説)

人間の「世界」「性」「性から始まる命」は深い記憶から生まれてきている。


武田鉄矢・今朝の三枚おろし(8月26〜30日)◆胎児の世界(前編)

武田鉄矢先生が語る「今朝の三枚おろし」というラジオ番組について、ずいぶん前に取り上げたりしていたのだが、その後もちょっと取り上げたいなと思う内容もあったけど、なかなかブログに載せることができなかった。
アスペルガーだから、定型発達者みたいに耳から聞いた情報をうまく処理できないんだよね。
逆に、全文をテープ起こししちゃって、紙に印刷したものを処理するとかっていう遠回りなことをすれば、やりやすかったりしそうだけど、ものすごく時間がかかるし。

胎児の世界―人類の生命記憶 (中公新書 (691))



若干時間が経過してしまいましたが、三木成夫(「なるお」ではなく「しげお」さんです)先生の著書胎児の世界―人類の生命記憶という本が取り上げられておりましたので、実際に本を読みつつ、ラジオで話された内容についてもご紹介したいと思います。

武田翁は養老猛先生のことを「三木先生のお弟子さんではないか」と仰せだったが、実際養老先生は現在「三木成夫記念シンポジウム」の世話人をされているそうで、関わり合いのある方のようだ。

戦後の大脳生理学の研究の一つに、人間では脳の左と右とでは分業が成立していて、左の方が“論理”をつかさどる「ロゴス脳」であり、右のほうが“勘”をつかさどる「パトス脳」であることを明らかにしたものがあります。(8頁)

本の見開きのページは右のページが文字で、左が図とか絵だとわかりやすい。ってことで。

この関係は耳でもいえるようで、たとえば、電話で大切な話をするとき、受話器を右肩に担いで右の耳で抑える。しかし声だけ聴きたいというときは、左のほうがいい。(8頁)

携帯電話をどっちの耳で聞いているか?
内容によって持ち替える
仕事の話は右耳→左脳(ロゴス脳)
家庭の話は左耳→右脳(イメージ脳)

女房と喧嘩をした時の電話・浮気がバレそうな時の電話−右に持ち替える
うまくいっている時−左耳
(武田翁観察)

こういった事柄は人種・国民性にも左右される。

どうもわたしたち日本人は自然の音を左の言語脳で聞くらしい。これは、欧米人が、たとえば虫の音を一種の“雑音”として右の音楽脳で受け止めるのと対照的です。
中略
そこで脳の型を、日本にいちばん近い韓国や中国の人たちについて調べたところ、予想に反して、日本人のそれとはまったく違う。韓国人の脳も中国人の脳も完全のヨーロッパ=アメリカ人型になる。それで、世界中の民族を片っ端から調べてみたら、日本人と同じ脳の型がやっとでてきた。それが、なんと、ハワイ、サモア、トンガ、ニュージーランド……、まさにポリネシアだったというわけです。(10頁)

「月の砂漠」という童謡がありますが、日本以外で砂漠をテーマにした歌はないそうです(武田翁曰く)。
もう一つ「椰子の実」という童謡があります。
「ラクダの背」も「ヤシの実」も「身のうちに水分を蓄えて旅をする」もので、日本人はそれにあこがれているのではないかと(武田翁説)。

日本人は「北方」と「南方」の血縁の地域があるので、「生命記憶」の回想によって「里帰り」をしたがるらしい。
出産の時に「里帰り」をするし、お盆にも高速道路が混みまくりなのに「里帰り」をする。
それを三木先生は「サケと同じ」と仰せになる。

奥様の母乳の出をよくするために玄米を食べ始めた三木先生。
玄米を食べ続けると、みるみる三木先生の「舌」が変化した。
「舌のうろこ」が落ちて、味覚が変化したそうだ。
玄米で食べると牛肉や鶏肉は合わなくて美味しくない。
焼肉や高級な海鮮なども美味しくないとのこと。
ワカメやワラビ、豆腐、納豆、味噌汁が合うので、

こうしていつしか食卓の周囲も都会風から田舎風に、そのまなざしも肉食獣から草食獣のそれに変わってしまう。(29頁)

玄米食の甲斐があって母乳の出がよくなったそうですが、お子さんは乳を飲まなくなってしまって、母乳がパンパンに張って大変なことに。
友人の小児科医に相談したら、亭主が吸うようにと言われたそうな。
本には書いてなかったんだけど、武田翁によると「吸っていいけど飲むな」とのこと。
成人男性が飲むものではないそうで。

かすかに体温より低いものが口のなかにスーッと流れ込んでくる。そこには、予想していた味もなければ匂いもない。それでいて、からだの原形質に溶け込んでいくような不思議な感触がある。(31頁)

三木先生は母乳の中に「哺乳類の歴史」を見出していく。

「円口類」(ヤツメウナギの遠い祖先)の「すする」という行為を男女の愛撫の中に見るという、武田翁独自の学説が展開されるところで次週に続く。

2012年02月27日

今朝の文化放送の「武田鉄矢・今朝の三枚おろし」で扱っていた本は「語源の音で聴きとる!英語リスニング」

今朝の文化放送の「武田鉄矢・今朝の三枚おろし」というラジオ番組で扱っていた本↓

語源の音で聴きとる! 英語のリスニング (文春新書)


本の帯を楽天の三木谷社長が書いているって言っていたからこれで間違いないと思うけど、違ったらごめん。

英単語の音が意味するところを語源まで遡り、系統立てて記憶する。聴きとりができれば会話で困ることもない。語源シリーズの第2弾
らしいです。
第2弾ってことは第1弾もあったんだな。
多分これ。

で、番組の中で、普通「必要」というように訳される「need」という単語が、この本によると「欠乏」というふうに紹介されているとか。
不足しているから必要なんですな。

2012年02月22日

今朝の文化放送の「武田鉄矢・今朝の三枚おろし」で扱っていた芥川龍之介の作品は「俊寛」

検索して来てくれている人がどういう情報を求めているのかがわからんのだが、需要が多いようなので(需要が多いっていうより、この番組の詳細情報がどこにもないんだよね)今日も書いてみる。

まず、先々週から扱っている本は

芥川龍之介短篇集


これだと思われます。
で、この本の中から(私の記憶は曖昧だけど)「蜘蛛の糸」「おぎん」「馬の脚」とまいりまして、今日はその本には載っていないんだけど「俊寛」。
この「俊寛」っていうのは歌舞伎の演目と深く関わりあった内容なので、私のように全く歌舞伎を知らない人間では味わえないってことで。

歌舞伎座さよなら公演 第1巻 壽初春大歌舞伎/二月大歌舞伎 16か月全記録 (歌舞伎座DVD BOOK)


この中にあるけど、ちゃんとスジがわかる形で入っているかどうかは不明。
本当に知りたかったら実際に歌舞伎を見に行くほうがいいかもねぇ。
敷居が高いけど。

2012年02月21日

今朝の文化放送の「武田鉄矢・今朝の三枚おろし」で扱っていた芥川龍之介の作品は「馬の脚」

今朝の文化放送の「武田鉄矢・今朝の三枚おろし」で扱っていた芥川龍之介の作品は昨日に引き続き「馬の脚」。
で、武田氏が「そっくりだ」と仰せになられていた映画は
これです。