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2020年01月06日

Seria シールセレクション

ってことでSeriaで買いたいものもあったんで入店。
そうしましたら!
変なシールが売っている。

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こういうのを出されるとアホみたいに買っちゃうからやめていただきたい!

左側のシールは「シールセレクション」っていうシリーズのものらしい。
一枚入り。
裏を見るとインスタグラムのアカウントが書いてある。
「デザインシール 見出し」という名前の商品らしい。

右側のシールは「DECORATION STICKER」というシリーズのもの。
二枚入っているのでちょっとお得な感じがする。
裏にはインスタグラムとかは何もなく。
「デコレーションシール スーパー特売品 2シート」という商品らしい。

posted by ひと at 20:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

南部市場資料館

今日、ブランチ横浜南部市場ってところに行って「あれ?こんなのあったっけ?」ってところがあったので入ってみた。
前に行った時に全く気付かなかったのだけれども。
結論から申しますと、開業当初からここはあったらしい。
でも、ブランチ横浜南部市場のフロアマップを見てもなさそうな感じ。
場所は100円ショップSeriaの向かいだから、普通にSeriaを探して向かい側を見たらあると思う。

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小さく「南部市場資料館」と書いてある。
中は薄暗い感じだし、誰もいないからそもそも「開いてんのか?」って感じ。
自動ドアの前に立つと普通に開いたから入れるっぽかったのでそのまま入る。

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中には大漁旗があったり、椅子とテーブルもいくつかあるので「ここで飲食できるのかな?」と思ったら飲食禁止の貼り紙があった。

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開業記念パフォーマンスってことで。

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ターレが置いてあって、そこは撮影スポットということになっているらしい。
期間限定とも書いてあるので、ずっと置いてあるワケではないのだな。
法被があるので、それを着てターレに乗って写真を撮ってハッシュタグを付けてSNSに載せろとのことだが、何しろ一人だからな。
写真の撮りようもないけど、誰もいないので邪魔は入らないから、とりあえず法被を着てターレに乗るだけ乗ろうかとも思ったけど、そこまでの勇気はなかった。

E大漁旗 19953 大漁 宝船 W1000 ポンジ



posted by ひと at 19:56| Comment(0) | おでかけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月05日

三味線のバチが滑る

流派とか先生にもよるんだろうけど、私は一般的な小指をありえない方向に倒して握るっていうやり方で握っている。
関節はグニャグニャだからありえない方向でも問題なく小指を向けることができるんだけど、関節の位置がおかしいんで、小指を曲げると普通の人みたいにぺったりとバチに指がくっつかないのだ。
だからとても不安定になる。
今まで魚の目か何かに貼るシールをバチに貼って何とかしのいできたんだけど、汗なんだか油なんだかニュルンニュルンと滑ってきちゃってどうにもならんなと。
バチが滑らないようにする専用のヤツは普通に売っているし、大昔に使っていたこともあるんだけど、あれはけっこう厚みもあるから、バチが一回り太くなる。

撥滑り止めゴム



バチそのものの形状、使う人の手の大きさや形、なんていうもので握りやすいとか握りづらいとかってのは変わってきてしまうけど、私はとても握りづらくなってしまってダメだった。

前の先生の時にテニスラケットに巻く滑り止めのテープを巻くといいと教わって、そういうのを使っていたこともあるけど、その方が調節はしやすいけど、やっぱり少し太くなってしまう。

何か薄手の滑り止めのテープみたいなものでもないかなぁ?なんていろいろ探していたのだけど、ひょっとして指サックを流用できるのでは?と思って実際にやってみた。

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大昔に買ったヤツだから、とっくにどこでいくらで買ったかなんて記憶にないけど、多分百円ショップのヤツ。
指サックって厚みのあるしっかりした感じのをよく見かけるけど、これはかなりペラペラしか感じのヤツ。
SとLが入っていたけど、当然Lを使用。

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このように輪切りな感じに切る。
もちろん使うのは真ん中の部分。
これを中に指をつっこんで横にミョーンと引っ張りながらバチをサイ尻の方からつっこむ。

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写真でわかりづらいかも知れないが、薄ら黄色っぽい部分ね。
あまり強く引っ張ったり、一部に力が加わったりすると千切れるのでご注意を。

もともと薄い指サックを更に伸ばして使ってるのでかなりの薄さにできた。
弾いていて指サックがずれていくということも全くなく。

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2020年01月02日

そごう横浜店 樹木希林 遊びをせんとや生まれけむ展 特別編

樹木希林 遊びをせんとや生まれけむ展 特別編

会期:2020年1月1日(水・祝)〜1月26日(日)*会期中無休
開館時間:午前10時〜午後8時 ※そごう横浜店の営業時間に準じます。(入館は閉館の30分前まで)
会場:そごう美術館 (そごう横浜店 6階)
料金:一般1,000(800)円、大学・高校生800(600)円、中学生以下無料 *消費税含む。


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ってことで、これもそごうね。
もちろん障害者手帳を使って無料で入る。
美術館の方なんでとても広い。

渋谷・池袋・広島で「完全版」っていうのをやったそうなのだが、今回はそれに「きものの部屋」「京都の部屋」を加えた全7章約300点による横浜特別編だそうな。

和服が多いなっていう印象。
洋服も展示されているけど和服の方が多いな。
と思ったら、今までは多少和服も入った状態で開催されていて、今回はさらに「きものの部屋」っていうコーナーが出来たから、更に増えたってことか。

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遺作映画「命みじかし、恋せよ乙女」で小道具として使ったスノードームだそうだ。

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こういう映画なんかのパネルもある。
家族(子供の頃のものや、内田氏らとのもの)の写真とか。
若い頃の写真もいろいろあるけど、若い頃は可愛いんだけど、やっぱり他の女優さんにはないような存在感が感じられる。

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↑壁に描かれていたヤツ。

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帯が全部同じ結び方にしてあるように見えた。
何か意味があるのかな?
こういう結び方をしている人は見たことがないんだけど。

動画も何か所か流れていた。
今日は時間がなかったんで、動画をゆっくり見たりもできなかったんだけど。
動画の所と他の何か所かは撮影不可だったけど、それ以外は撮影可だった。

今回も当然出口のところにはグッズが売っていたけど、何も買わなかった。

樹木希林 120の遺言 ~死ぬときぐらい好きにさせてよ (上製本)



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そごう横浜店 45th Anniversary Hello Kitty Collection展  ハローキティコレクション

45th Anniversary Hello Kitty Collection展  ハローキティコレクション |そごう横浜店|西武・そごう

イベント盛りだくさん
横浜最大級のハローキティ展
■2020年1月1日(水・祝)〜9日(木)
■8階=催会場
■開場時間:午前10時〜午後8時
※最終日は午後5時閉場。
※ご入場は各日閉場の30分前まで。
[入場料]一般・大学生 500円(高校生以下無料)


ということで昨日からやってるヤツね。
障害者手帳でも無料で入れたけれども、チケットをいただいていたのでそれを使って入った。
いろいろなイベントも開催されるようだけど、今日は別段何もなく。
写真は撮って大丈夫な感じ。
フォトスポットみたいなのもあったと思うけど、一人で行ったから別に関係ないしな。

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↑入口のところ。
巨大なキティちゃんの頭部が。
で、変わったメガネをかけているんだけど、このメガネが出口の所にも売っていたから何か意味があるのかも知れないけど。
こんなメガネをかけて外は歩けないだろうから、誰が買うんだろう?と思ったけど、子供は使うか。

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展示とか掲示とかされているのは、かなり懐かしい初期のバージョンのキティちゃんあり、最近のキティちゃんあり。
最初のってかならず顔が真正面で体は横向きだったな。
そして服の色も忘れちゃったけど決まった色だったよな。
なんていう完全に忘れていたことを思い出したり。

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ここは美術館のスペースと違って狭いけど、それでもそれなりにいろいろな懐かしいものや、見たことのないものが展示されていた。
出口のところにも、多分限定のなんだろうけど(45th Anniversary的なものとか)キティちゃんのグッズが売っていたけど、そこから更に出たところにもいろいろと売っていた。
何も買わなかったけど。
別にキティちゃんが嫌いとかではないけど(さすがに嫌いだったら無料でも行かないよな)グッズを持つ気にもならんしな。
誰かにプレゼントっていうような相手もいないし。

ハローキティ ぬいぐるみ(スタンダード)S



posted by ひと at 17:12| Comment(0) | おでかけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月01日

12月31日放送分の「ラジオ深夜便」を聞くことができます

昨日、NHKのラジオ第1の「ラジオ深夜便」年末特集「障害を乗り越え響くハーモニー〜N響コラボ・コンサートより」ということで、発達障害のピアニスト野田あすかさんの演奏が配信されていたが、それを期間限定で聞くことができる。

聴き逃し | NHKラジオ らじる★らじる
ラジオ深夜便▽年越し電話インタビュー
2019年12月31日(火)放送

2020年1月8日(水) 午前5:00配信終了

三つ並んでいるけど一番上のヤツね。
「障害を乗り越え響くハーモニー〜N響コラボ・コンサートより」の部分は開始から20分あたりから60分あたりまで。


「発達障害の」と付いてまわる時点で「感動ポルノ」でしかないのだ。


哀しみの向こう



posted by ひと at 09:49| Comment(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ハートネットTV」で発達障害に関連した内容が放送されます

ハートネットTV NHK障害福祉賞2019 「うさぎと一緒に」 | NHK ハートネットTV
[Eテレ]1月7日(火) 午後8:00〜午後8:30(30分)
障害のある人やその家族などが体験をつづる「NHK障害福祉賞」。今回は優秀賞を受賞した石川洋子さん(34)の作品「うさぎと一緒に」を紹介する。明るく好奇心旺盛な幼稚園児の娘だが、時にかんしゃくを起こし暴言を吐いてしまう…。このままでは誰にも理解されなくなってしまう、と焦り、きつく叱っては後悔する母。発達障害があると診断された娘とどう向き合うか悩み苦しんだ末に、新たな道を歩み始めた親子の体験記を紹介。


すでにご紹介していますが、「マイあさ!」でも発達障害が取り上げられます。

マイあさ!▽最新ニュース▽たより・京都&北海道▽健康「発達障害(1)」 - NHK
[ラジオ第1]1月6日(月) 午前5:00〜午前5:55(55分)
『マイあさ!』▽キャスター:田中孝宜・高嶋未希・小見誠広・吉松欣史、気象予報士:伊藤みゆき☆テーマ曲:音楽クリエイター・ヒャダイン▽ニュース・スポーツ・気象情報▽マイあさだより:伊庭節子(京都)、平塚一明(北海道)▽きょうは何の日▽健康ライフ<発達障害って何だろう>(1)「もしかしてADHD?」:昭和大学 岩波明教授▽『マイあさ!』は「らじる★らじる」の「聴き逃し」サービス対応中です!

posted by ひと at 08:54| Comment(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月30日

2019年4月15〜26日◆諏訪大社(後編)

これの続きです。

諏訪大社のもう一つ、御柱以外の大祭で「御頭祭」というのがあって

鹿の首、兎や蛙の串刺し、脳和えなどの「特殊神饌」が描かれている。(86頁)

血みどろの神が諏訪大社の奥の方に眠っている。
それから御柱の扱いがまるで「人柱」。
怨霊を閉じ込めるが如く四隅に打ち付ける、というような。
ちょっとやはり御柱というのは「奇祭」。

その中でここまで逃げ込んできて殺された大物貴族の中に物部守屋大連という人がいて、天皇家に仕えた方。
ところがちょっとした政治的な論争があり、彼は破れて。
物部氏はこの守屋を最後に滅ぼされてしまう。
物部。
朝廷で天皇を守っていたらしいのだが。

 なお、物部とは、文字通り「物」の「部」であって、職掌がそのまま氏の名になったものだ。
 そして「もの」には二つの意味があった。
 一つは「武器・軍人」の意。「もののふ」である。もともと鍛冶・鍛鉄を支配する一族であったところから、金属製の武器・武具を造ることで軍事氏族として頭角を現した。
(126頁)

 さてそれでは、物部守屋大連とはどのような人物であったのか。(107頁)

『日本書紀』によれば西暦587年、有力豪族であった物部守屋は仏教導入を進める大和朝廷、蘇我馬子あたりと激しく対立。
物部守屋が何を主張したかというと「異国から神様なんか入れる必要ない!日本には日本の神様がいる!」ということで「神道で十分だ」ということで神道主義を叫んだ。
短気な方だったのだろう。
まあ、事実かどうかわからないが。

「物部守屋はみずから寺におもむいて、胡床に陣取り、仏塔を倒させ、火を点けて焼き、仏像と仏殿をも焼いた。−中略−
 役人は即座に尼らの法衣を奪い取り、捕縛し、海石榴市の馬屋館につなぎ、尻や肩を鞭打つ刑に処した。」
(108〜109頁)

厩戸皇子(番組中ずっと「うまどやのおうじ」と言っているが、もちろん「うまやどのおうじ」)。
お母さんが産気づいて馬小屋で出産したという。
キリストみたいな伝説。
聖徳太子も敵に回してしまう。
それでなんと蘇我馬子と厩戸皇子から攻めたてられて。
守屋は「天皇の座を狙っているんだ」という、そういう汚名をかぶせられて追われるという。
そしてとうとう諏訪辺りで打ち滅ぼされて、物部は戦いに破れ、勝った側はと言うと厩戸皇子(聖徳太子)を中心に大阪天王寺にお寺さんができる。
ところがこれは変なお寺さん。
これは「天王『寺』」。
(番組中、ずっと「四天王寺」のことを「天王寺」と言っている)
ところが西側の門は鳥居が建っている。
これは「物部を殺した」というのが心に痛かったか。
あるいはこの寺を物部守屋が襲ってくるのではないか、ということで石の鳥居を築いて、その呪いの侵入を防いだのではないか?という。

動物の名前がポンと出てくる時に、その動物に何かが込められている。
物部守屋を反逆者にして打ち滅ぼしたのは蘇我馬子と厩戸皇子。
両方とも「馬」。
それで馬肉を喰っちゃうのではないか?(鉄矢論)

それで今度は諏訪大社の方はご存じだと思うが、諏訪大社の御柱の頭に鳥の形をした金属を打ち込む。
「トリガマ」という鳥の形をした金属を打ち込むというところが物部と結びついて、不思議な動物の呪いか何かを込めているのではないだろうか、という。
(番組では「トリガマ」と言っているが本によると「薙鎌(なぎかま)」)

とにかく、この物部守屋はこれだけでは終わらない。
日本の怨霊の原点みたいなもの。

天武天皇元年(672)壬申の乱のとき村屋神が神主にのりうつって軍の備えに対する助言があったという(123頁)

 壬申の乱の時に「軍の備えに対する助言」があって、ために天武天皇より位を賜ったという。よほど重要な神託であったと思われるが、これこそは「軍神」物部守屋の神託であることの証しだろう。(124頁)

物部を祟り神ではなくて天神様同様の身分の高い神様にして、物部神社を作ることを許した、という。
死んでも物部は天皇家を守ろうとする、というので、そのようなパワーのことを「もの」が付く単語で、日本語で「死んでからのパワーを発揮するもの」で、そういう人たちのことを「もののけ」。
「物部」という滅び去ったかつての豪族。
その物部の話。
最初は祟り神で朝廷を苦しめるのだが、その後は守るパワーとなって「もののけ」となって天皇家を守ったという。
御柱との関係ははっきりはしないが、ただ、御柱に鳥の楔みたいなヤツを打つ。
キツツキみたいなヤツ。

四天王寺の堂塔は、合戦で敗死した物部守屋の怨魂が悪禽となって来襲し、そのために多大の損害を受けるという被害に悩まされた。−中略−
『源平盛衰記』などにも守屋が啄木鳥と化した伝承のあることを指摘している。
(116頁)

「鳥」というのが物部のトーテム。
つまりシンボルの鳥じゃないか、という。

 言うまでもないが、寺に鳥居は不要である。寺にとっては「異教の象徴」であるのだから、邪魔にこそなっても、歓迎するような類のものではない。−中略−四天王寺が大鳥居を建てたのは、寺の力だけでは足りずに神祇の力を頼ったからに他ならない。これは「封印」である。物部守屋の怨霊を恐れるあまり、神仏合同の力を借りて封印したのだ。(118頁)

アマテラス(天照大神)さんがいました。
アマテラスさんの天孫族のお孫さんで、二人目のお孫さんがニニギノミコト(瓊瓊杵尊)。
この人が天から降ってきて、南九州に降り立ってコノハナサクヤヒメ(木花開耶姫)という人と結婚して三人の子供が生まれる。
その上と下が「海彦」「山彦」。
山彦の方は海人の豊玉姫という人と一緒になって、生まれた子が神武になるのだが、これが大和に上って行って朝廷を作った、というのだが。
不思議なことに、このニニギに兄ちゃんがいる。
ニニギの兄ちゃんの名前はニギハヤヒノミコト(饒速日命)。
これが天孫族の長男坊。
このニギハヤヒノミコトの末裔が物部。
つまり物部は天皇家よりも古い血統を持っている。
それで「弟を守った」ということなのだろう。
いい兄ちゃん。
それから三人兄弟が生まれるのだが、一番上が海彦で一番下が山彦。
(一番下ではなく二番目らしい)
山彦から天皇家に繋がる神武が生まれるのだが、この海彦も山彦に「もう、わかったわかった。オマエの言うこと聞くよ」と言いながら子分になってくれた。
天皇より古い氏族として物部。
だからこの物部を慕って、備前・日向・土佐・筑後、肥前・日向・陸奥までに物部神社があるという。
しかもこの物部神社は諏訪神社と繋がっている。
かなりの確率で備前・日向・土佐・筑後、肥前・日向・陸奥の人たちの中で「馬を食べる」という習慣が点々とある。
これは氏族の中で許された食べ物として「馬を食べる」という食習慣を持っていた、という。
「郷土料理」というものの中に何か深い宗教観みたいなのがあったんじゃないかな?という。

ちょっと整理しよう。
この諏訪の地に建御名方(タケミナカタ)という出雲から逃げて来た神がいる。
ここには更に石にまつわる「シャグジ」なる縄文の神がいる。
それから物部守屋からなる聖徳太子や蘇我馬子と戦った大和の豪族がいる。
出雲から逃げて来た神。
縄文から続く神。
そして大和での政権争いに敗れた豪族の最後の人がいるという。
彼らは滅ぼされて怨霊の無念を込めて諏訪大社に祭られているのではないか?と。
そしてこの三つよりもっとパワーのある神様が眠っているので大和朝廷も「大社」という最大級の祈りをここに捧げたんじゃないか?

 日本の「縄文」という概念と「弥生」という概念は、まるで正反対の対立概念≠フように、いつの間にか取り扱われるようになってしまった。(173頁)

一方は狩猟民族で一方は農耕民族。
弥生時代は渡来系の人々が原住民を南北に追いやることで大和政権が確立したという歴史観があるが、どうもそれがおかしい。
新しく入ってきた弥生人、渡来系の人々が縄文人をやっつけて出来上がったのが大和朝廷、という考え方では納得がいかない。

古代史は前後がややこしいので、順番に並んでないので。
この戸矢さんの本もそう。
年代を調べるのに、ものすごく疲れる武田先生。
古代史の中でどれが先に起こった事件かわからないのに「○○の事件がある」とかと言われるとグジャグジャになってしまう。
それで武田先生のお譲さんが昔使っていた『日本史一覧表』という副読本があって、それで年月日を確認してこの番組用に整理している。
お嬢さんが使ってた副読本の「日本史の流れ」というのを見ると、とある傾向がある。
朝鮮半島に出て行った事は「侵略」と書いてある。
だが逆の発想として、別の学者さんが言っていることだが、たとえば邪馬台国の中に、2〜3世紀のことだが、朝鮮半島の南が入ってきたのではないか?
つまり海上を結ぶ王国であったのではないか、という。
だから「侵略侵略」と書き続けるというのは正確ではない、という。
向こうが攻め込んで来て半島の日本を奪ったということだって古代ではあったワケで。
伽耶国(かやこく)という国があった。
そこに「日本府」という地名が残っているのだが、日韓問題を気にしてあまり日本は積極的に言わない。
それから韓国の南部の方に前方後円墳がある。
韓国の学者さんは前方後円墳を作ったのは朝鮮半島の文化で、それを日本が真似たと教えてらっしゃる。
でもおかしい。
韓国にある前方後円墳は「韓国の王様が入っている」とおっしゃるが、大和の貴族が入っている可能性がある。
その中から日本の例の姫川のヒスイなんかが見つかる。
お嬢さんたちが使っていた教科書の歴史観に全部共通しているのは、まず半島から先進文化を持った朝鮮人が日本に渡ってきた。
あるいは江南、中国の南部から呉や越の人たちが稲作や鉄器を持って日本にやって来て、弥生文化を築いたということ。
これが今の教科書の日本史の流れ。
縄文人は北と南。
つまり北海道と沖縄に追いやられていった、という。
でもそうならば、中国から漢字が入って来る。
日本は文化学術用語として漢字を取り入れて、読み方を二つにしてしまう。
「訓読み」と「音読み」。
つまり大和には大和独特の言葉があった、ということで。
向こうと違う読み方をせざるを得なかったぐらい豊かに言葉はあった、ということ。
そんなふうに加工した。
その上で日本語と朝鮮系の言語を比べても類似しているところが皆無と言ってもいい。
あまりにも似ていない。
私たち日本人は、と言うと「呉人」。
呉の人々。
あるいは漢の人「漢人」。 
そして朝鮮人にも似ていない。
風土の作り方が違う。
例えば日本は稲作を開始するが、「里山」という自然の流れを利用して山の手前の方、里近くに農業用の肥料を集める小さな山を作る。
それは中国で稲作をやってる江南の人とは、水の活かし方とか肥料の集め方が全く違う。
「こんなに似てない」ということを踏まえて、いとも簡単に縄文人が駆逐されて、弥生人、つまり渡来人が日本を作ったという説はかなり怪しいという(鉄矢論)。
同様のことを言う人も今、点々と出てきた。
だから戦争でご迷惑をかけてものだから、謝るのと同時に、正確にものを、歴史を開く意味では、あんまり遠慮をしているとガタガタになってくるので。
だから韓国の人たち、あるいは北朝鮮の人たちが、日本に対してあまりいい感情を持ってらっしゃらないのは戦後の価値観で。
遥か太古の昔、朝鮮半島込みでの日本は東アジアに一つの政治勢力としてすでに存在していた、という。
そんなふうに解いていった方が日本史は分けやすい。
この朝鮮半島と日本はまた頑張って今、一生懸命(この番組で紹介できるように)おろしている。
物凄く深く朝鮮半島に関わった日本の時代がこの後すぐに始まる。
この物部氏が滅ぼされたあたりから日本の大和朝廷は半島問題に深入りしていく。
そして今の北朝鮮まで攻め込んだりするという、大戦争を古代で起こしている。
そのあたりも話がちょっとアレから外れたが、そういう意味合いで今、大社の神々を語っている。

諏訪大社。
そして怨霊文化。
祟る神の歴史というのを語っている。
「祟り神」というと怖い。
『もののけ姫』でも出てきた「タタリ神」。

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「神様は祟る」という。
日本の宗教観のものすごく大きいところではないかなぁと思う。
漢字を見ていてドキッとするのは

これは「禁ずる」ワケだから奥の方には神様がいたのだろう。
それで神様がいる所を木で囲んだのだろう。
それで「示」で「タブーなエリアだ」という。
だからおそらく神様がいる所は木がいっぱいだったのだろう。
そんなのを考えると何か面白い。

もちろん中国の文明、あるいは朝鮮半島から流れ込んできた文明の中で生きていくワケだが、独自の解釈をして日本独自のものを作っていった。
その根本にあるのは何か?
それは「風景」。
韓国の旅行者の中で日本の山を登るのがやたら好きな人がいる。
きっと無いのだろう。
日本の森、あるいは山林は古代から人の手によって守られてきた。

これは漢字を調べていって武田先生も感動した。
昔は揚子江のデルタ地帯にはゾウがいた。
それぐらい風景に緑が多かった。
だから漢字で「象」。
あんな「象」なんていう字は決して南のゾウの目撃から来たのではなくて、北京の周辺でもゾウがいたという。

長い鼻で木を巻き上げるゾウの姿。
「ゾウは人のために働いている」という。
だからそれぐらい緑が濃かったのだが、北京辺りはすぐ側まで砂漠が来ていて。
タクラマカン(番組では「タカラマカン」と言っているようだが多分「タクラマカン」)で巻き上げられた砂埃が北京の石炭の煙なんかと合体してPM2.5になり、朝鮮半島から日本、九州にかけて流れてきているという公害が起こっているが。
木を植える習慣さえあたらこんなことには。
この「森を持っている」ということが日本の宗教観で大事だったのだろう。
だから神様の木と言われる榊(さかき)。
お祈りする時にこれ(柏手を打つ)をやるヤツ。
あれなんていうのは南の常緑樹。
そういう木が宗教と結びついた、ということなのだろう。

御柱の方、諏訪大社の方は、切り倒してくる木は樅の木。
その樅の木を持ってくるワケだが。
諏訪他社の方から怒られるかも知れないが。
戸矢さんは諏訪大社の性格として、諏訪大社には「拝殿」拝む場所という所があったが「本殿」がないとおっしゃっている。
「本殿がない」ということはご神体は別個の所にあるという。
御神体というものはもしかすると諏訪大社から見える後ろの山そのものが「神奈備(かんなび)」という御神体ではなかろうか?と。
山そのものが神様だ。
そういう信仰は日本には点々とある。

いずれも神隠(かんなび)の意味で、神の居る山、すなわち神体山として崇敬、信仰されているものをそう呼ぶ。−中略−
 このタイプの神道信仰は、三輪山と大神神社(奈良)、白山と白山比盗_社(北陸)、大山と大山阿夫利神社(神奈川)、岩木山と岩木山神社(青森)など全国各地にみられる。
(160〜161頁)

またこれを言うと怒られてしまうかも知れないが、福岡には太陽が一直線に照らす道として宮地嶽神社というのがある。
あそこは宮地嶽という山がある。
それがご神体。
おそらく山そのものを信仰の対象にしたということは、諏訪大社は縄文から延々と続く宗教の地であった、という。
その古い信仰に怨霊文化、御霊文化。
ある霊が宿って。
そしてそこに生きているので、それを鎮めるためにみんなで祈ろう、という。
恐れる、鎮護の宗教が生まれる。
それが諏訪大社ではないか?という。

本宮が北向きである。−中略−前宮、秋宮、春宮、と合わせて四つもの社で諏訪湖を取り囲んでいる。(183〜184頁)

建御名方という出雲から逃げて来た神と、縄文から続く「シャグジ」なる石の神様。
そして大和地方で権力に追われ、ここの地で死亡したと言われる物部守屋の霊。
その他にもっと巨大なものがこのお宮の下で眠っているのではないか?と。
諏訪大社の地下に眠るもの。
それは大和で権力を失った豪族か?
古代から続く石を拝むシャグジの神か?
色々説はあるが、もっと巨大なものがこの諏訪大社の地下に眠っているのではないか?
その神を鎮めるために、その神が暴れないように四隅に御柱という杭を打って鎮めているのではないか?というのが

諏訪の神: 封印された縄文の血祭り



その神の名前をいっぺん触ったことがあるので、この本は膝を打って「そうなのか!」と武田先生が驚いた。

 フォッサマグナ──私がその名を初めて知ったのは中学の時の教科書で、ドイツ人地質学者ナウマンによって明治期に発見され命名された大断層、と学んだ。
 北は糸魚川から、南は富士川に続く地層の裂け目で、日本地図で見ると本州中央部を東と西に両断しているのが一目でわかる。ラテン語でfossaは「裂け目」、magnaは「大きい」の意である。その名の通り最も大きいところでは数十メートルほどの垂直断層となっており、本州を真っ二つに分けていると言ってもよい。
−中略−
 諏訪湖はこの巨大断層の真ん中に出来た断層湖である。
(184頁)

諏訪湖というのは、そのくっついた地点のへこみの部分に溜まった水。
そのフォッサマグナの中に眠る巨大な火の鳥を何とか鎮めるために、四隅に杭を打って懸命に祈っているのではないか?という説。
これは面白い。
「そんなフォッサマグナなんてわかるわけがないじゃないか?」
わからずともあの地形・地勢を見て「何事かある」という。
縄文時代に石を拝むというのも、地面の下で動くものを石で押さえようという、巨石への信仰がここで発展したのではないか?

皆さんもついこの間のことだから覚えてらっしゃるだろう。
2011年、本当にお気の毒。
3.11でマグニチュード9というような大地震が。
それは東日本を襲って大変な被害を出したのだが、その後揺れたのはどこか?
あの大地震のすぐ後に揺れた所。
長野。
小谷村とかというのがものすごく激しく揺れた。
つまり、マグマが太平洋までドォン!と沈むと、くっついた部分のフォッサマグナの長野あたりが揺れる。
その地震の恐ろしさみたいなものの記憶から、巨石信仰とか縄文の地底の神への信仰として御柱「柱で食い止める」というようなお祭りになったのではないか?ということ。
ここには日本の東西で結ぶ帯がある。
そうやって考えると、ここになぜ諏訪大社があるのかが分かるような気がする。

 森羅万象に神の遍在を見るという神道の思想は、実は「縄文人の信仰」のことだ。(189頁)

中国の道教、風水などの遥か以前に「湖」「岩」「滝」「森」。
それがなぜそこにあるのかを記憶にとどめるために、出来事の記憶として神社が置かれる。
巨大な出来事があった地勢・地形に対しては必ずそこに神社が存在するワケで。
諏訪大社というのは日本の東西を結ぶその地点に巨大な社(やしろ)があるというのは、これはある意味ではとても自然なことではなかろうか?ということ。
これはあくまでもこの戸矢さんという方の仮説。
お聞きになっている諏訪大社の方々、歴史や縁起に関して激しく対立する側面を持ってらっしゃる。
でもその対立の部分は、お聞きの皆様には「喉につっかえる小骨」となろうと思って、骨を抜いた部分が『三枚おろし』。
相当「武田節」も混じっているぞ、ということでご記憶ください。

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2019年4月15〜26日◆諏訪大社(前編)

(諏訪大社側の見解と、今回取り上げる本の著者の見解とが喰い違っているので、番組中にそれに対する「お断り」みたいなのが何度も入るが、極力割愛していこうと思う)

まな板の上に「諏訪大社」。
なぜこれが「まな板」の上に座ったかというと、ずっと(武田先生の)頭の中にある「ナウマン君」から。
このあたりに登場する)
例のフォッサマグナの発見者というか(フォッサマグナに)気づいたナウマン君。
あの方とそれから、飛騨の奥の方に入ったいい温泉宿がある。
そこの風景がぐるぐる頭の中に回り始めて。
何度か行ったこともあるし、お祭りに参加した人からも話を聞いたことがあるが、諏訪大社は変。

十年以上も前に熊本を旅していた時の話。
かなりの山奥。
その熊本のその街に行くのには、熊本の空港ではなくて鹿児島空港から車で行った方が近いという肥後と薩摩の県境。
もちろん熊本県なのだが、その小さな村へ行った。
たしか人吉という山の真ん中にある街に近い町での歌うたいだったと思う。
そこで歌を歌って、最後に土地の人から焼酎の差し入れが客席からあった。
その焼酎の中はスズメバチがぎっしりだった。
スズメバチの醤油漬け。
さすがに土地の人には申し訳ない。
あえて名前は言わない。
その方には失礼なのだが、さすがにスズメバチを浮かべて焼酎を呑む気にならない。
それでコンサートが終わって夕食会になった。
そうしたら前菜の、いわゆるおつまみで出たのが「バッタの佃煮」「ハチの子」。
それでその次に馬刺しが来た。
なんとなくみんな「ここ、ちょっと変わってない?」という話を。
つまり虫を喰う、馬を喰う。
熊本だから馬刺しは・・・
「こんなとこないよね」という話をしていた。
そうしたら「ハチ喰う、虫喰う、バッタ喰う、馬喰うというところが日本中でもう一か所ありませんか?」というのをスタッフが言い始めた。
「え〜?そんなとこあったっけ?」と言ったらそのスタッフが「信州ですよ」。
信州は馬を喰う。
ハチの子のイメージはあるが、あそこは虫も喰う。
バッタも食べる。
「へぇ〜。食べ物、一緒だなぁ」と。
「馬喰う文化」というのは点々とあるが、日本の食文化の中ではちょっと郷土色の強い食べ物で。
馬を喰うということに関して泣き出す外国人もいるぐらいなもので。
「馬はフレンドリーなのに!」とかと言って怒る人もいるのだが。
鯨を喰うのと同じように国際的な非難にされそうなのだが。
食文化というのはなかなか頑固で。
誰かが「長野でも馬喰う、虫喰う、ハチ喰う」という話をしていた。
と、もう一個また話が繋がる。

一晩寝て次の朝、カメラ好きのスタッフがいて、そいつとそこらあたりの風景がいいので写真を撮りに行った。
そうしたら九州山脈のど真ん中。
ちっちゃな神社があった。
社務所とか一切持っていない社(やしろ)だけの。
そこの看板を見たら、その神社の名前が「諏訪神社」だった。
「諏訪」と言えば「長野」。
何で熊本の山奥に諏訪神社があるのか?
「不思議だなぁ」と思っていた。
諏訪大社。
歴史を調べるとこの諏訪大社というのは古事記の中にたった一回しか出てこない。
「この諏訪神社はどうやってここまで来たのだろう」というのが気になっていた。
そこに手に入ったのが河出書房新社『諏訪の神』。

諏訪の神: 封印された縄文の血祭り



「諏訪大社」と言えば御柱。
木に乗ってわーっと滑ってくるという、けが人の多いお祭り。
死者が出るほどの激しい祭り。
「七年に一度」と言うが、寅と申の年ごとに巨大な樅(もみ)の木を伐り出して山から出す。
(『諏訪大社復興記』に「七年目」と書かれているのだが「六年毎」という意味で、実際に開催されるのは「六年に一度」)
木落とし。
あの丸太が人間に曳かれて川を越える。
その上に「里曳き」と称して、あの大木を諏訪大社まで運ばれて4本建てるという。

 おんばしらの用材は樅の木が使われ
上社関係は約25キロ隔たる八ヶ岳の中腹から、下社関係は八島高原の近くから約10キロの里程を曳き出します。
(62頁)

上社、下社の四つの宮の四隅に16本の巨木を建てるという。

 この御柱年≠ノは、諏訪地方では、ほぼすべての神社で御柱の建て替えがおこなわれる。街角の小祠から境内社の一つ一つに至るまで、その数は膨大であるが、大小にかかわらず、特別の例外を除いてすべて建て替えられる(一説に三千本ともいわれる)。(64頁)

「山出し」から柱を建てる。
これは四隅に建てるまで丸一年かかるという大行事。
しかもこの御柱はトーテム。
あるいは神梯(しんてい)。
「神様が降りてくるハシゴ」と言うのだが、そこのてっぺんに降りて、すーっと降りてくる。
だからそうとう古い時代から神は階段状にストンストンと降りてくるという神話がある。
だから御柱もそれであろうと。
でも、この諏訪の柱はやっぱりおかしい。

 伊勢の神宮には謎が多いが、最も重大な謎はこの「心御柱」である。−中略−
 長さ五尺三寸〜五寸(天皇の身長という説あり)ほどのもので、『御鎮座本記』などによると、それに五色の布を巻き付け、さらに八葉榊で飾り立てて、その周りを天平瓮という土器を八百枚積み重ねて被っているという。
(76頁)

これが「心御柱(しんのみはしら)」と言って真ん中の証。
これを本殿のど真ん中に埋める。
心御柱。
それは「神様が宿る」という。
地下からも神様がやって来て「神様の宿る木」という意味で心御柱というのを置く。
ところが「御柱」の柱も「心御柱」だろうと思うと扱いが乱暴。
泥だらけになって滑らせて、その上に人が乗っているワケだから。
あの伊勢神宮の心御柱を人間がまたがるとか泥で汚すとか引きずるとかというのはない。

御柱の柱は一種「生贄」っぽい。

引きずり回して傷だらけにするという行為は「みせしめ」以外の何ものでもないだろう。(79頁)

そのあたりが諏訪他社の御柱の不思議がある。

四隅に建てるというのは神道でおなじみ。
神道ではイミダケ(忌竹・斎竹)と言って土地に建物を建てる時に神主さんが四隅に竹を立てて。
あれは結界。
注連縄と雷を。
真ん中に神様が宿るようにお米とか果物を置いて。
「高天原に〜」という祝詞を上げる。
そのイミダケ。
悪い怨霊がやってくるのを「こっから先、入っちゃいけない」ということのイミダケという宗教的な形があるのだが、どうもそれとも違う。
イミダケじゃないような気もする。
だがどちらも「四本」建てる。
だから諏訪大社の御柱の四本建てと地鎮祭でやるイミダケの四本は意味が違うのではないか、と。

もう一つ、こんなことをやっているのを知らなかった。
この諏訪大社のお祭りで「御頭祭(おんとうさい)」というのがあるそうだ。

 御頭祭とは、上社第一の祭儀で、「本宮での例大祭の後、(略)行列を整えて神輿を神宮十間廊に安置し、御杖柱の幣帛を献り鹿の頭、鳥獣魚類等の特殊な神饌をお供えして大祭が行われる。」(84頁)

鹿の首、ウサギ、カエルの串刺し。
これを神様に捧げる。
ちょっと血まみれ。
今は飾りだけらしいが、昔は現実に。
それも数十頭、その首をずらーっと並べたという。
鹿を殺す、ウサギを殺す、カエルを殺す。
それを生贄として諏訪の神に捧げる。

この手の動物が出てくる神話があった。
因幡の白兎。
その系譜の流れの神話を諏訪大社は持っているのではないか。
そう考えてみると鹿、ウサギ、カエル。
「もしかするとこれは別の意味があって」という説。
「出雲風土記」「古事記」にも登場するが、大国主命(オオクニヌシノミコト)という人が、兄弟の中で軽んじられる弟分だったが、とても話をするのが、座をつくるのがうまかったのだろう。
ワニ(サメ)とウサギがケンカをする。
それでウサギが毛をむしられてコテンパンのところを助けてやった、という。
他にも大国主命の物語にはたくさの動物が出てくる。
少彦名命(スクナヒコノミコト)。
小さな小人の妖精が出て来たり(少彦名命は妖精ではなくて「神」のようだが)非常にファンタジーに富んでいるのだが。
この大国主命がウサギを助けてあげた。
これは何を意味しているか?
別の解釈がある。
これは陸上にウサギをトーテムとする部族がいたんだろう。
それで海人族の海で生きるサメをトーテムとする一族がいたんだろう。
これがケンカして、あんまりひどいので大国主命が仲裁に入ってまとめたんじゃないか、と。
つまり古代の種族というのは全部「トーテム」代表する動物を持っている、と。
ということは「鹿」。
蘇我入鹿(そがのいるか)。
それからウサギもさっき言ったように、陸上の部族の中でウサギをトーテムとする一族、カエルが出てくるということは、これは川辺あたりを生きる民がいて、そのトーテムがカエルだったのではないか、と。
その鹿とウサギとカエルに諏訪の神が裏切られたのか?という。
(本にはカエルもウサギも「人間集団」のことと書かれてるが、蘇我入鹿などは出てこない)
しかも奇怪なことに御柱。
柱を建てる。
工事がうまくいくように、昔はもう一つ柱を建てた。
そういう人のことを、そういう名前で呼んでいなかったか?
つまり橋を架けるという工事。
その橋の根本のところに「人柱」。
「御柱」というのはそういう意味で。

諏訪において、最も高貴な人間、すなわち、これは、「大祝(おおほうり)」の墓標である。−中略−
「ほうり」とは、ヤマト言葉では「屠り(ほふり)」の謂である。
「屠る」とは、言うまでもなく「殺害」のことだ。
(89〜90頁)

だから諏訪の神様というのがどうも「異種」別流の神様ではないか?と。

「諏訪」とは、古代支那の特別な階級でのみ用いられた宗教用語である。
 漢音で「シュ・ホウ」、呉音で「ス・ホウ」と読む。「神の意志・判断を問う、諮ること」である。
−中略−おそらくは千数百年より以前の信濃(科野)において用いられているということは、そういう人物がここに居て(来て)、地名として定着させるだけの立場になっていたことを意味することになる。すなわち、渡来人、それも道教の方士のような人物が考えられる。(50頁)

それではいよいよ本殿の中に入る。
諏訪大社の主祭神について戸矢さんの見解を聞いてみたいと思う。
ここには二柱の神がいらっしゃる。
神様を数える時には「一柱(ひとはしら)」「二柱(ふたはしら)」と言う。
諏訪大社の主祭神。
神様。
どんな方がいらっしゃるか。

【祭神】建御名方神(たけみなかたのかみ) 八坂刀賣神(やさかとめのかみ)(17頁)

この二神、二柱がいらっしゃって。
これが諏訪大社にお勤めの方から怒られちゃうかも知れないが「大社」と名前が付くような神様らしくない。

『日本書紀』にも『出雲国風土記』にも、建御名方神は登場しない。『古事記』にのみ詳細に記されているにもかかわらず、二書にはまったく影も形もないのだ。(37頁)

 ──その昔、天照大神は葦原の中つ国を譲り受けるために、交渉の使者として経津主(ふつぬし)神と建御雷(たけみかづち)神を、中つ国の王である大国主神のもとに派遣した。
 長男の事代主神(ことしろぬしのかみ)はすぐに同意するのだが、
「もう一人、息子がいる。建御名方神だ。これより他に子はいない」
 と大国主神は言う。
(40頁)

 建御雷神は手を取らせると、その手を氷柱に化し、さらに剣刃に変えた。(40頁)

両手を険にして「ツルギになった」という。
シュルシュルシュル〜と。
『寄生獣』。

寄生獣 完結編



 そのため建御名方神は、おそれおののいて退いた。
 今度は建御雷神が建御名方神の手を握り、あたかも葦のように軽々と投げ放ったので、建御名方神は逃げ去った。
 そこで建御雷神は追いかけて行き、科野国(しなののくに)の州羽海(すわのうみ)に追いつめて、殺そうとした時に、建御名方神は言ったた。
「参った。殺さないでくれ。この地より他へは行かず、父と兄の言葉に従い、この葦原の中つ国は、天照大神の御子の仰せの通り献上する」
(41頁)

「こっから一歩も出ませんから、野望はありませんので許してください」と言って出雲から逃げて来た建御名方さんがここに住むことになったという。
何かパッとしない。
神様としては情けない。

諏訪社は全国に五〇〇〇社以上もの多くが勧請されており−中略−建御名方神は軍神≠ニして多くの武人たちに崇敬されている。初代の征夷大将軍である坂上田村麻呂を始め、源頼朝、武田信玄、徳川家康に至るまで、まるで彼らは『古事記』を知らず、別の伝承によって建御名方神の勇猛さを確信していたかのようではないか。
 別の伝承がどんな形であったかはともかくも、少なくとも『古事記』が流布されるより以前に、建御名方神への崇敬・信仰ができ上がっていたことは明らかであろう。
『古事記』が、にわかに注目されるようになったのは、実は江戸時代も後期である。
(43頁)

 右に挙げた武将たちは、全国各地に鎮座する諏訪神社のことは当然承知していたはずで、その信仰内容も承知していたことだろう。そしてそれは「軍神」に相応しい神話・伝承であったに違いない。(44頁)

出雲から逃げ込んだ神ではなくて「コシ(高志・越)の国」新潟のほうから長野一体にかけて君臨していた巨大な神。
それがこの建御名方ではないのか?という。

ここから話がものすごく異様なところに走る。
これが戸矢さんの説の面白さ。

 諏訪湖を中心とするこの一帯には、まぎれもなく大規模な縄文文化が存在した。おそらくは、東は八ヶ岳山麓から、西は木曾界隈まで、北は安曇野から南は飯田辺りまで。(5頁)

 縄文時代とは、約一万四千年前から紀元前六世紀頃までの時代である。(4頁)

これはご存じの方は多かろうと思うが、信州の地では、ここは非常に高度な縄文文化があった所で。

 諏訪大社との関係は不明だが、「縄文のビーナス」(国宝)と呼ばれる土偶が同県茅野市米沢の棚畑遺跡から発掘されて(5頁)

この「縄文の神」がいたという所が諏訪大社とドッキングしてるんじゃないか、という。
諏訪大社には面白いことに不思議な信仰があって、ここは巨石信仰がある。
この大きい石の名前のことを「ミシャグジ」。
石の神様のことを「シャグジ」と昔言っていた。
「石神井公園」というのがある。
つまりあれは「石の神様がいた場所」という縄文語の名残。
その縄文の神様を実は諏訪大社は記憶しているのではないか?と。
なぜこんなところにその縄文の神様が石となって諏訪にいるのか?
大きな石を見ると日本人はすぐに注連縄を巻いて。
日本の国歌。

君が代は
千代に八千代に
さざれ石の
いわおとなりて
苔のむすまで
─君が代、日本の国歌

ウィキペディア

「『君の代』がいつまでも続きますように」という祈りを、石をたとえにしてやっているワケで縄文系の歌。
これはまた、凄いことを言う人がいる。
これは小さな鍾乳石みたいな石がずっと積み重なって巨大な鍾乳洞の柱になるように、それに苔が生えるまで。
これは聞きようによっては「怨霊、出てくるな」という鎮魂の歌。

10世紀に編纂された勅撰和歌集『古今和歌集』巻七「賀歌」巻頭に「読人知らず」として「我君は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」とある短歌を初出としているウィキペディア

それを「明治期にメロディ付けちゃった」という。
選者は紀貫之。
この和歌の、古今和歌集が出来た時点、成立したのが西暦905年で、二年前に西暦903年。
延喜3年に左遷されて無念を残し、死んだ人がいる。
菅原道真。
彼は「祟り神」になって京都の御所に鬼となって現れたりするものだから、あわてて藤原一族が「天神様」という名前で神様にしてしまう。
こうやって考えると、巨大な祟りがある。
その巨大な祟りというのがこの国に災害をもたらす。
何とかその神を鎮めなければならない、という思いがある。
菅原道真前後に何か巨大な日本の不幸はないかと思って武田先生が調べてみると貞観11(869)年のこと東北地方にマグニチュード8.3の貞観大地震が起こっている。
これが千年周期の地震と言われている。
この貞観6年にはなんと富士山も噴火している。
だから地は揺れるわ火山は噴くわ。
そういう恐ろしい祟り。
(藤原道真が亡くなったのが903年で地震は869年、富士山の噴火は864年。亡くなる前に起こったことが「藤原道真の祟りである」と考えるのは無理があると思われるのだけれども)
この「祟り神」というのは縄文とつながっている。
古い神々と。
朝廷とか貴族の中には弥生から始まる新しい大陸の血を持った人たちもいるのだが、その人たちでさえも縄文から続く神のパワーを抑えきれない。
日本という国は。
そういうことを考えると、遠い遠い古代がくっきりと見えてくるような気がする。

更に巨石を祈る儀式を歴史に探すと『日本書記』。
推古天皇の頃だが、前方後円墳の四隅に大きな柱を打ち込んで封じ込め、神様がそこから出てこないようにしたという記述があるという。
だから祟り神を四方に杭を打ち込んでそこに閉じ込めるという宗教観はもうこの5〜6世紀にあった。
出雲大社には強力なヤツが神社の下にいたのだろう。
これは戸矢さんがおっしゃっていることで。
戸矢さんの説は諏訪大社の近くにある「守屋」という山麓があるのだが、ここの山のてっぺんにお宮さんが一個建っていて。
「守屋」という名前も実に暗示的。
山の名前なのだが、実はこれは貴族で天皇に仕えていて追われて滅ぼされた物部守屋という古代貴族がすぐ近くにいる。
これは物部守屋というのはなかなかの人物で、この人が朝廷の勢力と仲が折り合わずにここまで追い詰められて切り殺されている。
だから「物部の呪い」という。

 ところがその頃は、新たに移入された仏教が急速に興隆している時期でもあり、崇仏派のトップである蘇我馬子大臣が勢力を伸ばしていた。−中略−
 これに反対する「排仏派」の代表が物部守屋大連であった。
(108頁)

結局聖徳太子も敵に回してしまって、討たれてしまうという方。
ただ物部というこの滅ぼされた一族というのがずっと気になった。
それで今度はこの物部を調べてみようかなと。

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posted by ひと at 14:50| Comment(0) | 武田鉄矢・今朝の三枚おろし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「マイあさ!」で発達障害が取り上げられます

マイあさ!▽最新ニュース▽たより・京都&北海道▽健康「発達障害(1)」 - NHK
[ラジオ第1]1月6日(月) 午前5:00〜午前5:55(55分)
『マイあさ!』▽キャスター:田中孝宜・高嶋未希・小見誠広・吉松欣史、気象予報士:伊藤みゆき☆テーマ曲:音楽クリエイター・ヒャダイン▽ニュース・スポーツ・気象情報▽マイあさだより:伊庭節子(京都)、平塚一明(北海道)▽きょうは何の日▽健康ライフ<発達障害って何だろう>(1)「もしかしてADHD?」:昭和大学 岩波明教授▽『マイあさ!』は「らじる★らじる」の「聴き逃し」サービス対応中です!

「<発達障害って何だろう>(1)」ってことだから、一回では終わらずに何回かやる予定なのかも知れないけど、現時点でこれ一個しか情報がないので、また新しい情報が入ったら追記なり新しい記事を立てるとかってことをやる予定。

誤解だらけの発達障害 (宝島社新書)



posted by ひと at 08:15| Comment(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする