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2025年12月18日

コメダ珈琲店の「シロノワール クルミッ子」は食べられませんでした

お知らせ|コメダ珈琲店
\東京・神奈川・千葉・埼玉のコメダ珈琲店限定/
「シロノワール クルミッ子」「キャラメルオーレ クルミッ子」を12月11日(木)より数量限定で販売開始!
関東圏を中心に、長年幅広い世代の方に愛される鎌倉紅谷の「クルミッ子」とコラボレーションした商品を12月11日(木)より、販売いたします。
地域のお客様に支えられながら歩んできたコメダ珈琲店と鎌倉紅谷。
両ブランドの想いを重ね、地域に根差したブランドであるクルミッ子の魅力を最大限に活かし、東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県のエリア限定で販売する運びとなりました。
この冬はぜひ、「おいしいの先にある幸せ」と「くつろぎ」をお届けするコラボレーションをお楽しみください。
■シロノワール クルミッ子 1,050円〜1,110円(税込)/ ミニサイズ 850円〜910円(税込)
温かいデニッシュの間に、ほろ苦いキャラメルペーストとクラッシュしたサブレを挟み、ひんやりソフトクリームの上からは、コク深いキャラメルソースをかけました。
さっぱりとしたソフトクリームが、2種類のキャラメル(ペーストのほろ苦さと、ソースのコク深い甘さ)の深みのある味わいと、クルミの香ばしさを引き立てます。
※クルミは別添えです。(通常サイズ2袋/ミニサイズ1袋)
■キャラメルオーレ クルミッ子 630円〜870円(税込)
ホットミルクにキャラメルソースを組み合わせたオーレに、ホイップクリームをトッピング。
上からキャラメルソースをかけて仕上げました。
クルミをトッピングすると香ばしく豊かな風味が広がります。
冬にピッタリな、甘く温かな一杯です。
※クルミは別添えです。
※テイクアウト可能です。
【販売店舗】東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県のコメダ珈琲店


ということで、昨日コメダに行ったのだ。
結論から申しますと売り切れでした!
席についてしまってから知ったらもうどうにもならんかっただろうけれども、まだ席に案内される前に席の予約の紙?を取る機械みたいなのを見たら貼り紙がしてあったので、それで速攻店を出た。
行ったのは初入店だった「港北東急SC店」なのだけれども、コメダは店によって商品の値段も飲み物とのセットで安くなる時間帯とかいろいろ違うんで、ここが比較的お安いみたいだったのと、他は駅から結構遠かったりってのがあって、遥々行ったワケだが。

で、現在コメダの公式サイトの方にもお知らせが出ている。
お知らせ|コメダ珈琲店
「シロノワール クルミッ子」「キャラメルオーレ クルミッ子」は、一部店舗において販売を終了しております。
詳しい販売状況は、店舗に直接お問い合わせください。


ということで、とりあえず他の店舗の状況は知らんけれども、港北東急SC店のコメダでは売り切れってことはお伝えしておく。
それにしてもだ、数量限定ということは承知しているが、販売終了は2026年1月上旬(予定)ってことだったんだよねぇ。
一か月売っている予定だったのが一週間で売り切れってのはなぁ・・・。
もっと遅く行って売り切れとかならまだ納得も行くのだけれども、あんまりだよなぁ・・・と思ったのだけれども。
コメダはいろいろあって足が遠のいていたが、こういうことがあるとまた何か新手のものが出ても、また無駄足になるのでは?って思うとますます行けないよな。
っていうか、そもそもコメダから足が遠のいていた理由の一つが、わざわざ行きづらい場所のコメダまで出向いていって同様に売り切れってことがあったからだったな。

コメダ珈琲店 ふわふわシロノワールポーチBOOK (宝島社ブランドムック)



posted by ひと at 08:12| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月17日

シャトレーゼ Xmasプチノエル バニラ

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Xmasプチノエル バニラ
本体価格¥370
税込¥399
発売日 2025/12/01
お子様のクリスマス会向けのプチサイズのロールケーキです。 ふんわりと丁寧に焼き上げたスポンジに、ホイップクリーム入りカスタードクリームを詰めてプチサイズのロールケーキを作りました。クリスマスパーティーにぴったりのスイーツです。
※飾りプレートは食べられません。先が尖っておりますので、ご注意ください。
栄養成分表(1個当たり)エネルギー 197kcal


買って帰ってくるまでにイチゴが転がってしまった。
結構しっかりした紙の容器に入っている。
容器の一辺の長さは7.5cmぐらい。

他の店に行ってこの手のものが全く売っていなかったのだが、今回はいろんな種類が売っていた。
まだクリスマスまでは間があるので、行列に並んだりせずに買えた。

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背面部分の外側はこんな感じ。

今年は卵もイチゴも高いから仕方がないのかなと思うが、ずいぶん小さいな。
お子様のクリスマス会向けのプチサイズのロールケーキです
ってことなので、大人が一人で食べる用じゃないのか。
クリスマス会向けっていう主旨だからということなのかも知れないが、容器がしっかりしているので、皿に移動させなくてもこのまま食べられる状態なワケだが、クリスマス会なんぞはやらない私としては、容器はもっと簡単なものでいいから、ケーキのほうにカネ使ってくれ!って感じはする。
他にもクリスマス向けの小さいケーキはいろんな種類のものが売っているが、子供向けはそんなにたくさん種類は必要ないんじゃないかと思うのだけれども。
ヒイラギの葉みたいなのは紙製。
サンタはチョコかな。
普通に美味しいケーキだけれども、二個か三個ぐらい喰わないと間に合わない感じだな。

新杵堂 ロールケーキタワー 9種のミニロール × 18個セット お菓子 詰め合わせ ギフト スイーツ お取り寄せ 誕生日 人気 洋菓子 贈り物 プレゼント [ 冷凍 ] 初売り バレンタイン



posted by ひと at 16:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

キュービックプラザ新横浜10階アトリウムのぴよりんが移動していた

毎度おなじみキュービックプラザ新横浜10階アトリウムのぴよりん。
時節柄、クリスマスの飾りつけでもされているんだろうと思ったので行ってみたのだ。

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ここが今までぴよりんがいた場所なのだけれども、ぴよりんの姿は無く。
ただただクリスマスな感じで。
ぴよりんは・・・と思いましたら!

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いつもの場所の左側に移動していた。

【単品売り】名古屋土産 限定 ぴよりんショコラタルトクッキー 12枚入り



posted by ひと at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | おでかけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月16日

また未来へ17ACTION☆TV「子供の“好き”を伸ばす」の再放送があります

もう何度も再放送をやっているのでまたかよって感じだけれども、再放送があるらしいのでお知らせしておく。

未来へ17ACTION☆TV「子供の“好き”を伸ばす」
初回放送日 NHK総合 2021年10月17日(日)午後10:45
再放送 NHK Eテレ 12月22日(月)午後11:05〜午後11:20(15分)
番組概要
東京渋谷区あるフリースクールは講師がすごい!世界大会に参加した競技選手らが子供と一緒に遊びながら、好きなものをうまくみつけ、社会との接点を本人が持つ意欲を育てる
番組詳細
東京渋谷区あるフリースクールは講師がすごい!世界大会に参加した競技選手らが子供と一緒に遊びながら、好きなものをうまくみつけ、社会との接点を本人が持つ意欲を育てる。主催者の中里祐次さんは子供が発達障害だと診断され、学校にうまくなじめなかった経験から「好き」をみつけ育てる学校を始めた。中には、以前生きる希望を失っていたがゲームチャンピオンと出会い、自ら社会と積極的に関わろうと意識を変えた子供も。


この番組の、どうでもいい内容の私の感想↓
未来スイッチ 未来へ17ACTION☆TV「子供の好きを伸ばす」

SDGsの不都合な真実 「脱炭素」が世界を救うの大嘘



posted by ひと at 07:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月14日

来年の1月6日から始まるNHKのドラマの主人公が発達障害者だそうです

【ドラマ10テミスの不確かな法廷】キャスト・人物相関図 - 「テミスの不確かな法廷」人物相関図 - テミスの不確かな法廷 - NHK
ドラマ10「テミスの不確かな法廷」
【放送予定】 2026年1月6日(火)スタート〈全8回〉 総合テレビ 毎週火曜 夜10:00〜10:45 [再放送] 総合テレビ 毎週金曜 午前0:35〜1:20 ※木曜深夜
【原作】 直島翔 「テミスの不確かな法廷」
【脚本】 浜田秀哉
【音楽】 jizue
【出演】 松山ケンイチ 鳴海唯 恒松祐里 山崎樹範/市川実日子/和久井映見 遠藤憲一 他
【演出】 吉川久岳(ランプ)、山下和徳、相良健一、富澤昭文
【制作統括】 橋立聖史(ランプ)、神林伸太郎(NHKエンタープライズ)、渡辺悟(NHK)


本作は、幼い頃にASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)と診断された、特例判事補・安堂清春(松山)を主人公にしたストーリー。東京から前橋地方裁判所第一支部に異動した安堂が周囲を戸惑わせ、混乱を招きながら成長していく姿が描かれる。
という内容らしい。
これは小説が原作ということで。

テミスの不確かな法廷 (角川文庫)


こういう小説があることは全く知らなかった。
まあ、全部フィクションなんだろうけれども、すごく知能が高いタイプの発達障害者が主人公なんだろうなぁと思うと、あんまりいい気がせんというか、世間の誤解を促進しそうで嫌だよな。


posted by ひと at 18:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

水栽培の青じその収穫

多分三回目ぐらいの収穫かな。
たいした量も採れないのだけれども。

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これは葉っぱがそれなりに大きくなっているのだけれども、小さい葉っぱしか出てこないヤツもあり。

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いつまで経っても葉っぱは小さいままだし、更に小さい葉っぱがいっぱい生えてくるし。

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何が悪いのかわからんが、茶色くなってきているヤツも多くて、葉っぱの色が全体に薄いのも気になる。
トマトやレタスに使っているのと同じ肥料の濃さだと葉っぱがクルクルしちゃうので薄くしているのだけれども、薄すぎるのか、まだ濃いのか。
日光はかなり当てているつもりだけれども、ガラス越しだからダメなのかなぁ。

大場久美子のコメットさん Blu-ray【昭和の名作ライブラリー 第137集】



posted by ひと at 18:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ガーデニング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月13日

水栽培のスイートバジルの摘心

スイートバジルがだいぶ大きくなってきていたので、どこかのタイミングで切らないとなぁと思っていたのだけれども、本日ようやく切りまして。

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一度収穫したレタスもすでに結構デカくなってきてしまっているが、今回はバジルだけを切る。
何段目から切るとか決まっているんだろうけれども、もう適当に切ってしまう。

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切り取った部分はスタッフが美味しく食べました。

マコーミック バジルソース 95g(オリーブオイル漬け)



posted by ひと at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ガーデニング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月12日

シャトレーゼ Xmasバウムクーヘンすこやかの樹

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Xmasバウムクーヘンすこやかの樹
本体価格¥140
税込¥151
しっとりとした食感の口どけの良い風味豊かなバウムクーヘンです。 ドイツの伝統的な製法に基づいて作った、バウムクーヘンです。 しっとりと口溶けのよい食感になるように、高温で一層一層、ていねいにふっくらと焼き上げました。 お菓子を召し上がっていただく皆様にすこやかな日々を送ってほしいという願いを込めて。
栄養成分表(1個当たり)エネルギー 195kcal


一人用のクリスマスケーキは買えなかったので、一応クリスマスの商品ってことでこれも買った。

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直径は8cmで厚みが1.5cmぐらい。

値段の割には小さいよな。
味は普通のバウムクーヘンだなっていう感じ。
甘さは若干控えめかな。

クリスマス用 バウムクーヘン 1個 ギフト箱入り Xmasプレゼント 贈り物 記念品赤色(レッド)の箱



posted by ひと at 16:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年10月20〜31日◆べらぼう(後編)

これの続きです。

吉原というところにあった江戸文化というのを本に、書籍にして残し、大きなムーブメントを起こしたという蔦屋重三郎。
その人物を語っている。
蔦屋重三郎はもちろん、吉原を基盤として浮世絵なんかに当時の人々の暮らしの姿を描いて、それで大ブームを呼んだ人だが。
水谷譲も浮世絵は何枚か知っている。
みんな顔が同じ。
あれはよく考えたらよくできたもので。
プライバシーを守ったのではないか?
浮世絵を人相書きにしない。
野暮天で、わかるように描くバカどこにいるんだ?というようなもので。
その人の持っているファッションセンスだけは着物の柄とか髪の結い方で個性を表して、お顔立ち等々には一切触れないという。
今でいう「個人情報」を保護していたということかと思う水谷譲。
武田先生はそこに、もの凄く気の利いたものを感じる。
その蔦屋重三郎だが、そうやって日本の絵画の文化にも大いに尽くす方なのだが。
また読み物等々もヒットさせるのだが。

彼がやった最大の文芸運動は何かというと狂歌ブーム。
「狂歌」とは何かというと川柳に似ている。

 狂歌は和歌の詩形に即しながら穿ちや滑稽、パロディ、ナンセンスなどのスパイスを効かせ、身近なテーマを詠む。−中略−
「穿ち」は現代において「物事を斜めからみる、疑ってかかる」というニュアンスでとらえられがちだ。
(47頁)

そして真実を見抜き、しかも真実を笑うこと。
「これが真実だ」なんて力まない。
これはもちろん上方の文化圏から興り、大坂「浪花狂歌」というのが大変ヒットしたという。

 ところが、浪花狂歌の熱狂は江戸にまで及んでいない。
 どうやら江戸では浪花狂歌は俗悪だと敬遠されていたようだ。
(48頁)

「下品」「がさつ」「大坂弁嫌い」という、そういう人達が江戸期におられたようで。
狂歌ブーム。
大坂狂歌は何と箱根を超えられず。
大坂狂歌というのは今回は触れないが。
蔦重が集めた人材の中での江戸狂歌の天才を何人か紹介したいなと思って。

 江戸に狂歌ブームを巻き起こしたのは四方赤良よものあからこと大田南畝おおたなんぽ(後には蜀山人)、唐衣橘州からころもきっしゅう−中略−元木網もとのもくあみといった狂歌師たちだった。(49頁)

これは全部ざれ名前。

四方赤良の「四方」は、江戸を代表する地酒「瀧水」を売った酒屋の四方久兵衛にちなんでいる。「赤」はそこに、久兵衛が酒肴として売り出した赤味噌を重ねた。(51頁)

だから「四方赤良」。
「山上憶良(やまのうえのおくら)」に響きも似ているということで。
とにかく彼等は命がけでふざけた。
これは何だろう。
吉原に集まって狂歌を作るのだが、どんちゃん騒ぎ。
集まっていた人達はみな、不思議なペンネームを持っているが、もうみんないい加減な名前。

酒上不埒さけのうえのふらち宿屋飯盛やどやのめしもり−中略−土師掻安はじのかきやす(52頁)

この人達は吉原で女遊びをしている暇はない。
狂歌パーティーを夜毎開いて、作った狂歌に対してみんなで競い合ったという。

重三郎の−中略−狂歌名は本名と屋号の蔦屋にかけて蔦唐丸つたのからまる(87頁)

注目は何といっても大田南畝。
この人はもう狂歌を作らせるとでたらめで、これは後に本になる。
「万載狂歌集」

『絵本江戸すずめ−中略−が開板された。これが歌麿初の絵入狂歌本となる。−中略−絵本絵本吾妻袂えほんあずまからげ(143頁)

 ああうなぎ いづくの山のいもとせを さかれて後に身をこがすとは
(あぁ、つらいことよ。山芋が変化した鰻が背開きの蒲焼にされるように、どこかの男女も仲を裂かれ恋情に身を焦がしているのだろう)
(61頁)

うな重にひっかけた恋の歌。
こういうパロディー。
これは古今和歌集の恋歌をパロっている。
パロってうなぎとか山芋に仕立て上げているという。
これはもうみんな大笑いしたという。
何が言いたいかというと、古今和歌集等々に関する膨大な知識が無ければ笑えない。

江戸に巻き起こった狂歌ブーム。
大変なブームになって、この狂歌のおかしさがもう町中の評判。
その中でもう一歩も二歩も先んじているのが大田南畝、大田蜀山人という皮肉屋さん。
この方のその狂歌のセンスのよさ。
これはある意味で教養の深さなのだが、下ネタ。
この下ネタがタダものではない。

 七へ八へ へをこき井出の山吹の みのひとつだに出ぬぞきよけれ
(七、八発と屁をひっても、山吹に実がならぬよう汚物ひとつさえ出ないのだからいいじゃないか)
 身も蓋もない下ネタだが、本歌は兼明親王の「七重八重花はさけども山吹の実のひとつだになきぞかなしき」(『後拾遺和歌集』)。
(61〜62頁)

「花は絢爛と黄金の色にいくつも咲く山吹の花であるが、何と切ないことに実なんか一つもない」という。

この狂歌ではさらに、太田道灌が雨に降られ農家で蓑を所望したところ、農夫の娘から山吹を差し出され、「実の(蓑)ひとつない」と和歌を添えられた故事を穿っている。(62頁)

「蓑一つお貸しできない、貧しさにおります」という、そういうことを踏まえておいて大田南畝さんが作った歌は「七へ八へ へをこき井出の山吹の みのひとつだに出ぬぞきよけれ」。
これはドラマ(「べらぼう」)の中でみんなで踊る。
みんなで円陣を組んで「屁!屁!」と言いながら。
恐らくそんな大騒ぎをしたのだろう。
でも「ウンコもせずに屁だけこいた」という、優雅な歌をパロるとはいかな凄い歌の力量があったか。
人間らしいと思う水谷譲。
本当に綺麗なままじゃ生きていられない。
下ネタも故事と本歌どりの教養が無くば笑えず、狂歌のうちに潤沢なる古典に対する知識がある。
狂歌サロンは同様の教養人が集まり、江戸の笑いを作っていったという。

 田沼の重商政策でバブル経済は花盛り、庶民にまで奢侈と贅沢の風が吹いた。しかし−中略−天明には−中略−浅間山大噴火が勃発する。みちのくで未曾有の凶作、大飢饉もおこった。打ち毀しや一揆は全国に及んでいる。
 そんな世相を横目に狂歌師たちは酔狂に走った。
(63頁)

世相は暗くなっていくのだが、大田南畝はふざけにふざけ散らかして、狂歌を辞めなかった。

 びんぼうの 神無月こそめでたけれ あらし木がらしふく〵〳として
(神無月は貧乏神も出雲へ出掛けていなくなるんだからめでたいじゃないか。ほら、嵐や木枯しまで福々と吹いているくらいだ)
(62頁)

上手い。
「きっといいことありますぞ」と、こういうことを言いたかった。
「ドカーンと浅間山が噴火した」
大田南畝はこれをふざける。

 浅間さん なぜそのやうにやけなんす いわふいわふがつもりつもりて(63頁)

浅間山、何でそのように噴火する。
「やけなんす」、恋しいから「言い出そう言い出そう」というのが降り積もってしまった。

「いわふ」と「硫黄」を掛けながら、不安な心持を笑いのオブラートに包んだのだろう。(63頁)

ポジティブ。
浅間噴火をパロディにしたという。
今では許されない。
コンプライアンスがうるさいと思う水谷譲。
世の中を暗くするコンプライアンスはあっていいのか?
これをまた横にいて蔦重は次々本にしていく。
そうすると江戸の人は笑いころげた。
でも一番驚かなければいけないのは、笑い転げる江戸の人がいたということは、もの凄い識字率。
本を読んで楽しい人が百万都市の数十%以上いて、蔦重は儲かったというから、何ということでしょうか、この文化の高さは。

暗い時代にあって、蔦重は狂歌歌集を出して、この狂歌集は大ヒットした。
その時に蔦重の凄いところだが、文字だけでは疲れてしまうので、横にその狂歌になぞらえて浮世絵を入れる。
絵入り狂歌集という。
この浮世絵の絵を担当したのが歌麿。

歌麿も狂歌師の群れに身を投じ筆綾丸ふでのあやまると名乗っていた。(53頁)

危ない名前。

「真を写す」こと、卓抜の写生画力をいう。蔦重が与えたモチーフは美人ではなく昆虫や爬虫類、貝、鳥、花。(143頁)

それにしても古典に対する教養、パロディに仕立て上げる筆力、そしてそのブームを生むほどの人々の教養の高さ。
昨日も言ったように驚くべき識字率。
蔦重はここで吉原細見、ガイドブックからポップカルチャー、これを作り出す。

女を描き切る前に、自然の中にいる物いわぬ生物の表情、仕草、動きをリアリティたっぷりに写しとれ。それができれば、絵筆は女の姿形のみならず、内なるものまでとらえることができるはず──。(143頁)

『婦女人相十品』の大判錦絵シリーズ。いずれも観相がテーマで、人相で人を判じる観相は当時の流行でもあった。−中略−「団扇を持つ女」−中略−「ビードロ(ポッピン)を吹く娘」が含まれている。(150頁)

(番組では「婦人人相十品」と言ったが、上記のように「婦女人相十品」。本によると「団扇を持つ女」は「婦女人相十品」ではなく「婦人相学十躰」)
等々でいわゆるグラビア集の洒落たのを出す。
ここに短く注釈を入れて「こういう性格の人ですよ、この人は」みたいな。
更に歌麿と組んで女芸者、茶屋の娘、煎餅屋の町娘等々、市井の女性も描く。
「大首絵」という女性アップ集を出すのだがこれがもう大評判でアイドルブームが出版界に起きる。

モデルはファッションリーダーの役目を担っており、髪型や服飾品、着物の柄などに注目が集まったからだ。美人大首絵は現代のグラビア画像に匹敵するだけでなく、ファッション情報を発信するニュース性の高いメディアでもあった。(151〜152頁)

プライバシーを守る為か前にも言った通り、顔つきは個性なんか一切描かず、個性の気配を消して、ファッションとかそういうもので彼女達を描いたという。

 歌麿の春画第二作は−中略−大作錦絵『歌満うたまくら』、蔦重が版元だった。
 本作は蔦重−歌麿が制作した春画の最高峰というだけでなく、
−中略−確かな画力として開花した時だ。(157頁)

皆さんに説明する。
若い娘の後ろ姿。
その女の子が縁側で大股を開いている。
その後ろ姿。
うなじからして、うぶそうな子なのはわかる。
娘さんが開いた股ぐらの真ん中に男の顔がある。
後はもう想像・妄想の世界だと思う水谷譲。
これは凄いのは娘は後ろ姿で見えない。
女の子の開いた膝の影で男の表情が見えない。
だから本当に上手いのだが、歌麿は二人の表情を見えない構図にしている。
どうもとんでもないところに接吻を受けているような、そういう「あぶな絵」だが、この娘さんがうなじの美しさに気品があって、よい家庭のお嬢さんが体を賭けての恋をなさって、どこかの茶屋の奥で性行為をなさっているのではないだろうか(と妄想する)。
そのうぶなお嬢さんの強烈な意志。
それは何か圧倒されるようなエネルギーを、という。
春画というのは実りの豊かさ、子孫繁栄、寿ぎの絵であったという。
だから新年、明けると同時に春画を交換するということが文化にあったということ。
性の捉え方が現代の世界のコンプライアンスと違う。
とにかく彼の元には凄まじい才能がどんどん集まってくる。
才能というのは集まる。
驚くなかれ、集まった才能は凄い。

曲亭馬琴、葛飾北斎、東洲斎写楽(160頁)

これが集まるのだから。

そして時は過ぎていく。
幕閣・田沼意次の時代だったのだが、田沼はバブルを煽りすぎ、わいろを受け取っているというような影の評判が立って「御政道から彼を追放しよう」。
彼は「米本位の経済では絶対幕府は持たない。だから商売を始めないと日本幕府はダメだ」というので重商主義を取る。

 田沼は商業資本を活用して貿易振興、蝦夷地開拓、専売制など産業拡充を実現させる。(6頁)

ロシアとの開港を北海道で進めようとする。
何のことはない。
この後、幕府がこのことで自らが倒れるという。
田沼が頑張っていたら北方領土はあの国に渡らなかったろうと思う。
北海道開発は彼は燃えていたから。
その彼が追放になったということ。
田沼は開国するつもりだったらしいのだが、これが全部中止になって、江戸は大坂に経済を委ねてしまった。
行政府だけの都市になってしまった。
それに浅間山の大噴火、天候不順の天変地異が起こって。
商売人ばかりを大事にしたという怒りに触れて、激しく田沼は憎まれて遂に失脚。

松平定信が老中首座となった。−中略−「寛政の改革」がスタートした時、定信は三十歳だった。(101頁)

 定信は凶作に喘ぐ領民のため、大坂や江戸から米を買って配った。おかげで白河藩の餓死者はゼロだった。善政の評判は江戸城にも届き、田沼誠二の後事を託されることになる。(102頁)

蔦重38歳。
この定信さんというのは、江戸の粋が嫌いだった。
真面目な方で。
田沼の気風を憎む定信は

定信の指針は質素倹約と綱紀粛正、文武奨励を旨とする。(102頁)

定信は戯作と挿絵、浮世絵など蔦重の大事な商売物を眼の敵にした。(103頁)

 ところが蔦重も蔦重だ。自重するどころか寛政の改革をおちょくってみせる。−中略−この黄表紙は喜三二最大のヒット作といわれている。−中略−ことごとく定信と彼の為政をカリカチュアしていた。(103頁)

 何しろ定信は生真面目だ。改革を歓迎し、褒める戯作ならともかく、おもしろおかしく半畳を入れた作物が市中で大人気……当然、眉を顰めよう。
 案の定、蔦重と喜三二はマークされてしまった。
(106頁)

 喜三二が筆を折ることになってしまった。−中略−主君の秋田藩主佐竹義和から、きついお灸をすえられたうえ、戯作の世界と関わりを絶つよう迫られた。喜三二の本職は江戸留守居役(112頁)

そして大活躍した「七へ八へ」の歌で有名な大田さん。
この人も旗本だった。
(旗本ではなく御家人だったようだ)

南畝は−中略−尻尾を巻くように狂歌、戯作の世界から身を引いていく。(123頁)

「べらぼう」を見ているうちに武田先生は気付いた。
「べらぼう」では(大田南畝の役を)桐谷健太さんが演じておられる。
武田先生はこの役を昔、やったことがある。
36歳の時、NHKスペシャルか何かで。
(1986年放送「ドラマスペシャル 橋の上の霜」)
吉原に出入りする侍の大田南畝、大田蜀山人を演じる。
その武田先生が吉原で入れ込んだお女郎さんが秋吉久美子さん。
奥さんは多岐川裕美さんにやっていただいた。
武田先生をいさめて「吉原通いはやめることだ」と止めてくれる先輩が菅原文太さん。
その菅原さんの奥さん役が新珠三千代さん。
そうとう豪華な配役で。
本当にごめんなさい。
武田先生は36歳。
その時、「Ronin」(映画「幕末青春グラフィティ Ronin 坂本竜馬」)という映画を作っていて、竜馬を演じていたので、この役にさっぱり打ち込めない。
もう幕府を倒すことだけをずっと考えたものだから。
この役をボーッと演じていた。
脚本家の方も申し訳なく思っている。
平岩弓枝先生。
幕府の旗本で退屈で吉原通い。
そこでスラスラスラと歌を作るのだが、これが大評判になって、という。
(ドラマの撮影当時の武田先生は)蔦重とか知らなかったから。
それである出版社から頼まれて皮肉の歌ばかり作ってしまう。
それで落首、いたずら書きの川柳を作ってしまう。
その作った川柳が

 世の中に 蚊ほどうるさきものはなし ぶんぶといふて夜も寝られず(123頁)

これがどうも大田南畝が作ったらしい。
そして決定的なヤツ。
落首、いたずら書きなのだが、江戸中に評判になったヤツ。

 白川の清きに魚も棲みかねてもとの濁りの田沼恋しき(122頁)

これも有名。
これは実は大田南畝だったという。
これが幕閣で大問題になる。
「旗本のくせに老中・松平様の悪口を落首で書いたか」と詮議にあう。
「これは腹切りものかなぁ」と悩むというのが武田先生の役だった。
それで裁きの場に「来い」と言われて行く。
その時に「この歌はお前が作った歌か」「どの歌で」と言うと詠み出される歌が「世の中はわれより先に用のある人のあしあと橋の上の霜」。
「いやぁ。だから忙しいぞと思って朝早く起きてみたんだ。だけど、どんなに早く起きたって私より先に起きて働いている人が世の中にはいるじゃないか。ほらほら見て見ろ。橋の上、二の字二の字の下駄の跡」
「あっ!私が作りました」と頭を下げると裁定が下って「よき歌である。励めよ、大田」と言いながら無実になって胸をなでおろして帰るという。
いいシーン。
「世の中は」で武田先生はある歌を思い付く。

今でも思い出すが平沼弓枝先生の原作で「橋の上の霜」という、江戸期ものをやったのだが、とにかく武田先生は36歳のちょうど坂本竜馬を作っていた時だったもので、さっぱり熱が入らずに。

橋の上の霜 (新潮文庫)


ただ、本読みをやっている最中にもの凄く熱心に大田蜀山人のことを訊く人が共演者でいた。
その共演者が「大田蜀山人てのは面白い人ですなぁ」という。
戯れ歌で「(此の世をは とりやお暇に)線香の 煙とともに 灰さようなら」とかふざけた歌を作ったり。
(大田南畝ではなく十返舎一九の句らしい)
こういうギャグっぽいヤツが、しみじみと五七五七七で「世の中はわれより先に用のある人のあしあと橋の上の霜」。
これは一発で覚えた。
それでバカながら「いい短歌だな、いい一首だな」と思った。
朝早く起きてゴソゴソ仕事に出発する。
「こんなに朝早くから起きてんの俺だけだと思うと何のことはない、通りに出るともういろんな人が働いている時に、身の引き締まるような思いにかられちゃう」という。
この時に金八先生のシリーズの主題歌を作らなければならない。
ずっとこの一首が頭の中に響いていて。
「朝早く目を覚まして自分が町に行くと、もう走っている人がいる」というその情景を大田蜀山人・大田南畝に託してできたのがこの歌。
(ここで本放送では「スタートライン」が流れる)



夜明け前の薄暗い道を
誰かがもう走っている
(海援隊「スタートライン」)

という。
これが「橋の上の霜」と同じ。
「スタートライン」
走ることで自分の体を温めて自分の汗を流しながら走る人がいる。
「僕達の今、必要なのは人から夢や希望を教えてもらうことではなくて、自分で走り出すことじゃないかな」という。
あらためていい歌だと思う水谷譲。
それがずっと大田蜀山人が胸の中にあった。
別の言い方で大田南畝という名前は知らなかったから。
「べらぼう」の中であったときに「これ、俺じゃん」とかと思いながら。
桐谷君の芝居を見ながら遠い昔の自分を思い出したという次第。

蔦重のことを話さなければいけないのだが、蔦重には背負い込んだ背景があるもので、武田先生の役割はその背景を話すことではなかろうかなというふうに思う。

 蔦重は−中略−寛政九年に逝ってしまう。
 享年四十八、江戸患い(脚気)に倒れた。
(7頁)

江戸で白米食の習慣が広まり、玄米を食べなくなったせいで玄米胚芽に多いビタミンB1の摂取量が低下したというわけだ。(233頁)

蔦屋重三郎、蔦重だが、耕書堂という本屋の仕事。
これは自分が48歳で死んでいく時、だんだん気力も体力も無くなるのだが、きちんと女房と別れ杯で別れたという。

 蔦重は「昼どきに私は死ぬだろう」といって−中略−妻女にも別れを告げた。しかし彼の予告どおりに命は尽きなかった。蔦重は「人生の幕引きを知らせる拍子木はまだ鳴らないね」と笑った。−中略−
 蔦重に死が訪れたのは同日夕刻のこと
(234頁)

江戸っ子。
いい。
(NHKの大河ドラマ)「べらぼう」の方は続いている。
こういう名場面が出てくると思うが、もし桐谷君が出てきたら「あっ!武田だ」と思って見ていただくと・・・
全然タイプが違うと思う水谷譲。
それにしてもNHK「べらぼう」、近年稀に見る傑作。



2025年10月20〜31日◆べらぼう(前編)

もちろん「べらぼう」と名乗っている以上はNHK大河ドラマの「べらぼう」(大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」の最新情報 - NHK)これを思うところあって取り上げたワケで。
(この大河ドラマは)見ていない水谷譲。
ただ、凄いドラマ。
何ゆえ武田先生が「凄い」と言うかというと、そのワケがある。
そのワケはゆっくり中で説明していく。

 蔦屋重三郎は寛延三(一七五〇)年に吉原で生まれた。−中略−父母が離婚した。重三郎は数えで八つだった。
 幼子は親戚に預けられる。
−中略−吉原で「蔦屋」の商号を掲げていた。(16〜17頁)

柯理は諱つまり名乗りなであり、通り名を重三郎という。−中略− 柯理は−中略−ここは「からまる」と呼びたい。(16頁)

引手茶屋を営む叔父に育てられた。(4頁)

「茶屋」というのも説明しないとわからない。

 吉原の引手茶屋とは客と妓楼、遊女を取り持つ中継地点として機能していた。
 粋や通を気取る客はいきなり登楼せず、まず茶屋にあがる。茶屋は食事や酒の用意を整え、酒席に幇間や女芸者、芸人を手配した。
 だが、引手茶屋は遊女を置かない。客は豪奢な宴席を愉しみながら、好みの遊女を茶屋にリクエストする。茶屋ごとに懇意な有名妓楼があり「この遊女を指名するなら、あの茶屋」という暗黙の了解もあった。
(21頁)

とにかく蔦屋なる茶屋を営む店に預けられた蔦屋重三郎。
この人は本で売り出すのだが、本と言っても実はガイドブックのこと。

 吉原細見は遊郭の最新データを満載したガイドブックに他ならない−中略−内容は妓楼や茶屋、船宿などの場所を記したタウンマップであり、遊女たちの名前、揚げ代のほか男女の芸者を網羅したリストでもあった。(20頁)

番組(大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」)の中では「蔦重」と言っている。
24歳の時、色刷り浮世絵、今で言うグラビアで紙面を飾り、ショートストーリー、歌舞伎、浄瑠璃等々の物語まで紹介して、「あそこが上手いぞ」とかそんなふうにして「吉原細見」というガイドブックを出した。
吉原に特化した別冊で「どこのお店にいるあの人」と名前まで書いてあるし、所属プロダクション、それからファンが集まるお店まで全部書いてある。
その花魁さんと一緒にパーティーもできるし、細見にはバンドの紹介、つまり自分の憧れの花魁さんなんかと一杯やる。
仲間を呼んで一緒に飯を喰ったりなんかする。
その後ろ側で演奏するバンド。
と言っても太鼓、三味線とかそのあたりだが。
そういうのを全部、細見には値段表が書いてある。
それ一冊があれば吉原は一目でわかるということで。
(蔦屋重三郎は)もともと吉原で生きている人。
だから詳しい。
それでその別冊を大手出版会社から引き受けた。
「引手茶屋」、何件ものチェーン店を展開する蔦屋グループのバックアップ。
蔦屋グループというのはそういうチェーン店である。

「引手茶屋」とは何か?
ここでもう一回説明しておく。
吉原で遊びたければ、まずその茶屋へ行く。
ここで宴席が用意されて、芸者、お笑いタレント、そういうのを全部揃えられる。
その間に「この子に会いたい」というのを茶屋でお店の人に伝えると、遊女が指名できて、遊女を指名するとその茶屋から連絡が行く。

 遊女のなかでも最上級の花魁を呼びつければ、妓楼から茶屋まで迎えにきてくれる。この際、上妓は着飾ったうえ、数々のお供を引き連れて「花魁道中」という最高のパフォーマンスを演じてみせた。(21〜22頁)

「あの野郎!あの花魁揚げやがった」というのが町中の噂になる。
その金の準備のできた男はたまらない。
「どうだ!」という感じだと思う水谷譲。
それで楽しく過ごして今度は引き上げる。
新婚旅行。
つまり、茶屋ではそういうことを一切やってはいけない。
そこから出て、花魁のグループハウスに帰る。
その時に二人一緒に並ぶ。
そうするともう周りが「あの野郎!いいなぁ!」と言いながら。
抜群。
しかもこれが、その人と今夜男女の関係になるならないは花魁が決める。
お客が決めるのではない。
そこが今と違うところだと思う水谷譲。
そこに蔦屋重三郎という出版人が現れるのだがコイツの活躍が痛快無比で。

(大河ドラマの)「べらぼう」は、この吉原というシステムを詳しく説明しないとわかりにくい。
「引手茶屋」というところにまず申し込んで「〇〇さんみたいな花魁さんがいいです」みたいに。
そうしたら連絡をしてくれて、その茶屋の方で料理等々、楽しくやりたければ、三味線・太鼓・ダンサーなんかも用意してくれるという。
それで茶屋まで花魁がやってくる。
その時に見習い少女「禿(かむろ)」という。
「安室」ではない「禿」。
そういう少女を従えて花魁がやってくる。
これが花魁道中。
しかも花魁とすぐにベッドルームへなんていうことは絶対に無かったという。
これを「馴染(なじ)み」と言って二度、三度通わないとダメだという。
そして花魁は昼間何をやっているか?
勉強。
漢字の読み書き当たり前。
日本中の話題から和歌の作り方、筆の練習。
ラブレターを書いたりしなければいけないから。
もう大学出ぐらいの教養を持っていないとダメで。
「男と女だけであればいい」というものでは無い。
吉原が目指したのは、恋愛のような一夜を男性に過ごさせるという。
なぜ男性にかというと、もの凄くその頃、所帯を持つ人が少なかった。
江戸は百万都市だが、男性であふれかえっていた。
だから結婚できる人なんか一握り。
そうやって考えると切ない。
女性という性を見ることができなかった。
吉原はこれを見せてくれる。
それも綺麗にお化粧をして。
そして新婚の模擬までやってくれる。

ケチケチしたり面倒くさがったりした途端に野暮、無粋の烙印を押されてしまう。(22頁)

それから変態で柱に括り付けて鞭を用意したり、そういうことをやると次の朝、江戸中の評判になっているという。
その吉原にとって最高のお客を「ひき」と呼んだ。
失態を重ねると「おいおい!困ったもんだよ。野暮でよ」。
二人はパーティー会場で偶然に出会い、デートを繰り返し結婚、そしてハネムーンの旅に出るという、人生で最も華やかな時間を体験できる異次元こそ吉原である。
しかも巧妙な仕掛けがいくつもあって。
「花魁」というその手の女性は、日常の言葉を一切使わない。
これは花魁言葉と言って、ありんす「そうでありんす」「嫌でありんす」という、言葉自体が変わってしまうから、別の国に来たような興奮が男にはある。
しかも「花魁」は何か?
言葉の出どころは、もの凄く単純で、横に付き従う見習い少女の禿がいる。
あれが花魁のことを「おいらのねえさん」と言った。
あれは当て字。
「おいらのねえさん」が「花魁」になったという。
しかもこれは女の方がやってきて自分の家に男を連れて行くワケだから平安時代の御所あたりでの男女関係の模倣。
とにかく銭を必死に貯めた男は一夜だけ、源氏物語の源氏になったような。
しかも相手の女は短歌は作るわ生け花上手、茶道もできたという。

蔦重の時代だが

江戸の北端に位置する吉原へ赴くには、−中略−日本堤をいくしか方法がない。日本堤は墨田川の氾濫を防ぐために築かれた。(26頁)

 新吉原は縦が京間尺の百三十五間、横百八十間の長方形で敷地面積二万八千五百坪だった。−中略−東京ドームの二倍にあたる。(26〜27頁)

 吉原の出入口は北東に構えた大門しかない。(27頁)

このゲートをくぐってブロードウェイを入っていって、そのブロードウェイの脇にびっしり。
(このゲートは)誰でもくぐれる。
そして決まりがある。
武田先生の記憶に間違いが無いと思うが、お侍さんは大門をくぐるとすぐ刀預け。
野暮なことが起きないように。
言っておくが、ちゃんと吉原の中には交番(面番所)もあったという。
揉め事がちょっとあったりなんかしたら、すぐにお巡りさんが来るという、治安のいい一角。
驚くなかれ、そういう町ではあるのだが、コンビニから医者から、カンファレンスルーム。
(カンファレンスルームは)会議場。
それからコンドミニアム、大宴会があったという。
だからいわゆる女性をメインにしたテーマパーク。
東京ドームの二倍だからガイドブックが無いと「東口Bの3番」とかというのがわからない。
そこにこの蔦重という男が頭がいい。

吉原近辺で紙の再生紙を作る人がいた。
再生紙は一回使った紙をドロドロに溶かして。
浅草海苔なんかが取れるから、簀巻きにする竹の網がある。
あの簀巻きの上に溶けた紙のアレを塗って、乾くのを待って紙に仕立て上げた。
再生紙になる。
徹底したリサイクルの町だから。
その時にお兄ちゃん達5〜6人集まって、簀巻きに並べた紙が乾くまでの間、時間があるもので吉原見物に来る野郎がいる。
吉原をぐるっと見て帰る。
「紙を乾かしている間、見にきやがった」というのでどこかのお女郎さんが「また、ひやかしだよ」。
「紙をひやかしている間に見に来る」というので「このひやかしが」。
それで「ひやかす」という言葉が生まれたという。
新しい言葉を生むぐらい流行地だった。
これはしっかりした長方形の区画だった。
東京ドームの二倍。
大門というゲートがあって、

 吉原はぐるりと塀と幅五間(約九メートル)の溝で囲ってあった。(27頁)

その中に蔦重の本屋があった。
(本には「重三郎の本屋は大門の外、衣紋坂にあった」とある)

 遊女を含めた吉原の人口は一万人近いといわれる。(28頁)

(番組内では「人口一万人以上」と言っているが、本では上記のように「一万人近い」となっている)
テーマパークの中に一万人住んでいたという。
「細見」というのはガイドブックのことで、これが無いとどこに行ったらいいかわからないので、細見を見ながら自分の行きたい店を探したという。
蔦重、蔦屋重三郎の才能は何かというと、一番最初は別冊吉原の編集者。
だから大手が付いていいる。
その大手出版社の名前が鱗形屋という。
日本橋に本店のある本屋さんだった
そこからの依頼で蔦重が一冊本を編集する。

『一目千本花すまい』は重三郎が手掛けた初のオリジナル作品。−中略−
 内容は絵本仕立ての遊女評判記、ビジュアル重視の遊女リストといえようか。
−中略−
 さらに、北尾重政というキャリアに人気、実力とも一、二を争う大物絵師を起用してみせた。
(31頁)

『一目千本』では遊女を木蓮や山葵などの挿花に擬して紹介している。(31頁)

だからその遊女本人は出てこない。
今だったら写真を掲載すればいいが、それができないと思う水谷譲。
それで何をやったかというと、花に例えてあって野ばらが描いてある。
それで遊女の名前が下に書いてある。
この謎を解かなければならない。
「野ばら」だから「綺麗だけどちょっとトゲある」。
それから「わさびの花」か何か。
これは「終わった後、鼻にツーンときますよ」という。
それから「山吹の花」「辛抱強いんですよ、この子は」。
そういう謎解き判じ物の花魁紹介雑誌。
ところがこれはカネがかかっている。
花に見立て、花器、どんな器に生けてあるかまで全部謎で、それを見ながら読み解かなければならないという。
花の遊女紹介にしてあるものだから、カネがかかるわかかるわ。
蔦重が何をやったか?
これはドラマの中でも紹介された。
一流の花魁さんばかり。
固定客がいる。
それを遊女の方にお願いして旦那の耳元で「あちきは百冊以上売りたい」とかと言われると
旦那は「いいよ!買っちゃう俺、百冊」。
それを吉原中の花魁さんが「あちきは・・・」と言うものだから売れるの何の。
(本によると「『一目千本』がメガヒットを記録した形跡はない」)
このへんの才覚と洒落心。
この蔦重のセンスの良さ。
この手のことは全てであるが、一冊の本から学んだ。
増田晶文さん、「蔦屋重三郎」新潮選書。

蔦屋重三郎:江戸の反骨メディア王 (新潮選書)


これは一冊読んでおくと本当に勉強になった。
そしてこの蔦重が吉原を足場にしながら、やがで江戸文化まで作り上げてゆく。
あっと驚いたのは、この増田さんの書いた本で知ったのだが、蔦重は吉原専門の別冊の編集長で安く便利に使われていたのだが、ある時、とんでもない事件が起こる。

それまでの細見は江戸屈指の本屋たる鱗形屋が独占していた。
 ところが同年の夏、鱗形屋はとんでもない失策をしでかす。大坂の本屋が開板した本を勝手に改題して売り出してしまったのだ。
−中略−
 犯人は手代の徳兵衛、
−中略−主人の孫兵衛も監督責任を逃れられない。
 これを機に老舗本屋の信用はガタ落ちになった。
(34頁)

このことを知り、蔦重はタウンガイドを自分のところでやりたくなった。
その蔦重の頭のいいところは吉原の遊女のお店だけではなくて、大見世、中見世、小見世、そういうお店の紹介も全部含めて。
これが出版物として大ヒットしていくというワケなのだが、この蔦重の編集の上手さ。
老舗の出版社の鱗形屋が著作権侵害をやったものだから、商業倫理は江戸期は厳しかった。
それで売れ行き好調な細見、吉原タウンガイド。
これを自社から出しにくくなったという隙をついて蔦屋重三郎、

彼は吉原細見のリニューアルにも乗り出す。−中略−まがきの花』だ。
 この本から重三郎は細見改、取次だけでなく版元の重責を担うようになる。
(34頁)

タイトルがいい。

 格子の向こうから遊女が声をかけ、客は格子越しに一夜妻を選ぶ−中略−吉原と遊女のイメージと密接に重なる格子を籬と呼ぶ。(29頁)

これをもの凄く立派な大見世、中見世、小見世、小さなお店まで飾り窓の女達、それをガイドブックに克明に並べていった。
「これは便利だ」ということでヒットしてゆく。
しかもこれは人気のある花魁さんなんかは浮世絵で描いてくれるワケだから、今で言うとグラビア充実。
安くて詳しく、見やすい読みやすい「週刊大衆」のような雑誌、本だった。
更に蔦重は面白いことを考えて連載の読み物でお侍さんの文章とか、面白い小話等々もメンズマガジンとして抱き合わせで売った。
この頃の川柳にこういうのがあって

「足音がすると論語の下へ入れ」(26頁)

論語を読むふりをしていて細見を読んでいる。
足音がする度に論語の下にパッと隠している。

 細見の柱は遊女データと妓楼マップだが、重三郎はそこにカルチャーのテイストを吹き込んだ。(36頁)

江戸期に於ける最大の文化人という人を引っ張り込む。

 平賀源内は本草学者にして戯作者、科学者と多方面で活躍。(36頁)

何せエレキテルで電気を起こして発明品を売っていたという。
この人のペンネームが最高。
「福内鬼外(ふくちきがい)」というペンネーム。
何のことはない。
「福は内 鬼は外」これを漢字だけにして「福内鬼外」。

『細見鳴呼御江戸』では、平賀源内が福内鬼外のペンネームで序文を寄せている。(36頁)

そしてまた蔦重の凄いところは吉原のイベント「俄(にわか)」祭りを演出した。
これは祭りの名前にしたのだが「人」と「我」。
ニンベンだから。
他人の「人」と「私(我)」が一緒に騒ぐ。
それで俄祭りにしてそれで吉原の大イベントにする。
それはもう普段見られない吉原の花魁なんかが見られるものだから大挙して見物人がやってくるという。
しかもそれだけではない。
腕のいい浮世絵師を呼んでこれを「浮世絵です」と絵で見せた。
その横に平賀源内がしゃれた言葉で祭りを紹介した。
粋な文章で解説を入れるという。
また予告を打ったり。
とにかく文化、イベント、夜のガイドを一挙に掲載するという充実ぶりで。

蔦屋重三郎、29歳の時に「青楼美人合姿鏡(せいろうびじんあわせすがたかがみ)」とかそういうものを出して。
(本によると重三郎は安永七年に29歳なので、「青楼美人合姿鏡」が出版された安永五年には29歳ではない)

 彼女たちの艶姿を多色摺りで活写したのは当時の二大絵師だった。ひとりは−中略−北尾重政、さらに−中略−勝川春章なのだから(39頁)

彫りや摺りも超一流の職人に発注、豪華な造りが話題になったのは想像に難くない。(40頁)

それから実話記事も交えての、という。
そんな本を作り始める。
これほどの品質は妓楼と遊女達、大金持ち、押しの花魁ファンクラブからの援助が無ければとてもできるものではないという。
振り返るが、ズバリ言うと、吉原だから女性の性で売っている。
そのことを吉原の中で商売をやっている人はみんな自覚している。
これが謎の言葉で、ドラマの中にもよく出てくるのだが「忘八者(ぼうはちもの)」。
吉原で商売をやっている人間のことを「忘八者」という。
「忘八」とは何かというと、人間が生きていく上でとても大事にしなければならない徳目、守るべき道徳、その八つを忘れている。
「仁・義・礼・智・忠・信・孝・ 悌」
この八つを忘れた人間という。
「そんなアウトローが生きているところなんだ」そういうこと。
蔦重が言っている名言があるが「俺らは所詮、女の股ぐらで飯を喰う、腐れ外道の忘八者」。
これが大河ドラマで堂々と出てくる。
「よくNHKで」と思う水谷譲。
凄い覚悟。
力強い言葉。
「女の股ぐらで飯を喰う」という。

横浜流星君が「べらぼう」で蔦重を演じているが、「べらぼう」を見ながら蔦重の度胸の良さというか。
何せ蔦重自ら「女の股ぐらで飯を喰う、腐れ外道の忘八者」。
これを自分の名乗りにする。

「べらぼう」の中で忘れられないシーンがある。
小さな女の子がカネで買われて、花魁になる為の修行を開始する。
その可愛らしい女の子にボーイフレンドがいて、それが小さい蔦重。
それで井戸か何かに女の子が何か物を落としてしまう。
それで蔦重に「おまえ取っておくれ」とかと頼む。
一生懸命頑張って取れない。
「ダメだ〇〇ちゃん、これは取れやしねぇや」と言うと、その女の子がぷーっと膨れて「なんだい、だらしがない。女の股ぐらで生きてるくせに」と言う。
この子供がそれを言ったものだからひっくり返って笑った。
いつも感心しているが、武田先生も大河ドラマに何回か出たことがあるのだが、もう武田先生達が大河ドラマを飾っていた時の俳優さん達は一人も出てこない。
石坂浩二さんが眉毛の長い老人(松平武元)役で出てくるぐらい。
後は全部新規の人。
緒形さんとかいらっしゃるが、新しい俳優さんで見せてくれる大河はなかなかのものだが、ちょっと残念なのは、下調べをしておかないと何をやっているのかわからない。
ずっと前半の方を見ていて、武田先生も結構時間がかかった。
「サイケン、サイケン」と言うから、借金か何かして倒れたところを再び立ち起こす為の「再建」の方法を探っているのかなと思ったら吉原のガイドブックのことを「細見」と言うとかという。
その間、冷たいぐらい説明をしない。
そんなことをしていたらもう時間が無くなってしまうからだろう。
そして蔦重という人物の痛快さ。
吉原という、ズバリ言うと「売春を産業にした」というテーマパークなのだが、でもその中にいわゆるコミック、絵画、文芸、実用、ハウツー、歌舞伎、浄瑠璃の解説、そういうのを一冊でやってしまうという。
もちろんその吉原の存在そのものは世界的なコンプライアンスとは馴染まないものだが、そこにはそこの文化。
だって吉原無くんば今、西洋の方々が大喜びで集めておられる浮世絵は発展しない。
その中には「春画」もある。
男女の交わりのシーンも。
それはもう今や文化になってしまっている。
調べてびっくりしたのだが、何で「春画」と付いたか?

春画は新春にふさわしい寿ぎの絵として年礼の進物にさえなった。(156頁)

 性の営みは五穀豊穣、子孫繁栄と密接に結びつく。(156頁)

「春がやってきて、これから増える」という為には男女ともいやらしくならないとダメ。
これはもうやはり見ると凄い。
歌麿。
いやらしい。
でも、いやらしくないと増えていかないというところに人間の・・・
そういう意味合いで使われたという。
その春画の中に歌麿とか北斎とかがいるワケだから、考えたら凄いもの。
だから性の文化に知らん顔をしていたら文化は興らないという。
頑張れ「週刊大衆」。

週刊大衆 (11月24日号)


いいコラムも載っていると思う水谷譲。
武田先生が(「週刊大衆」のコラムに)いいことを書いている。

蔦重なのだが、順調にはいかない。

重三郎は通油町に進出した。−中略−現在の中央区日本橋大伝馬町あたりだ。(81頁)

そういう成功譚なのだが、江戸期というのが大きく揺れる文明で。

天明三(一七八三)年の浅間山大噴火、−中略−さらには陸奥や関東を飢饉が襲う。(95頁)

暗い時代になる。
でも皆さん、史実を見ても蔦重は負けない。
彼はその中で暗い世相に向かって、一大文芸運動を興す。
それで月曜日にお話ししたと思うが、武田先生はこの文芸ブームを引き起こした蔦重に絡まれた人物と縁があって、その人のことを語りつつ、もう一週、蔦屋重三郎「べらぼう」の物語を語っていこうと思う。