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2017年08月02日

ヤマザキ バナナチョコ蒸しケーキ 甘熟王バナナジャム入り

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スーパーで98円(税別)で購入。
熱量215kcal。
名称「和生菓子」。

ヤマザキのサイトの中にも情報が発見できなかったけど、見かけたことがなかったんで新発売かなと思って買ってみた。
「冷やしてもおいしい」と書かれたシールが貼ってある。
袋には
完熟王バナナジャムと削りチョコを練り込んだ
しっとりとした蒸しぱんです


●生地に練り込んだバナナジャムのバナナ由来
 の茶色っぽいものが混じることがあります。

と書いてある。

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ってことで冷蔵庫で冷やして食べてみた。
「しっとり」っていうか、表現が悪いかもしれないけど「ねっとり」っていうか「ねっちょり」っていうか。
甘さもほどよく美味しいと思うけど。
バナナとチョコの味がする。
ねっとり系蒸しパンって感じ。

posted by ひと at 18:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【虫写真】メスしかいない

今朝見たら羽化していなかったので「今日は無しか」と思っていたらちょっと遅く(っていっても朝のうちだけど)一匹だけ羽化した。
で、どう見てもメス。

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左にある茶色いのが脱いだサナギだった時の外側。
下が茶色く汚れているのは「蛾尿」というもの。

昨日のも今日のも両親ともに白い繭のヤツ。
おかしいなぁ。
黄色い方が先に繭を作り始めたハズなのだが。
品種によって羽化にかかる日数は違うだろうけど。

ということで、昨日のはオスだと思っていたので、これで問題なく卵を・・・と思って一緒のケースに移動させたけど無反応。
あれ?と思って見ていたら、昨日羽化した小さい方もケツからフェロモンを出している。
小さいからオスかと思ったらメスだったらしい。
メスはすぐに交尾しないと未受精卵になってしまうので、オスがいない状態でメスだけ羽化されてもどうにもできない。
採卵用に残しておいたサナギ以外のヤツを確認してみたら一匹だけ羽化していた。
これがオスなら・・・と思って取りだしてみたら・・・メス(激鬱)。
メスばっかり三匹いてもねぇ。
どうしようもないよねぇ。
一応、決まりではオスの方が先に羽化することになってんだけどね。
メスしか羽化しない。
困ったね。
この人たち(人じゃないけど)には無駄に未受精卵を産んでいただくことになるねぇ。

posted by ひと at 17:37| Comment(0) | カイコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カップヌードルミュージアムで「謎肉丼」を食べてきた

「謎肉丼」販売のお知らせ (1日29食限定) | ニュース | !!! CUPNOODLES MUSEUM
カップヌードルの公式SNSアカウントに投稿し話題となったメニュー「謎肉丼」を、2017年7月29日(土) 〜 8月31日(木)の間、「NOODLES BAZAAR -ワールド麺ロード-」にて1日29食の数量限定で販売します。
カップヌードルのスープで煮込んだ“謎肉”を、ごはんが見えないぐらいたっぷりとのせた「謎肉丼」は、『ただ“謎肉”をごはんにのせただけなのに、なぜこんなにうまいのか』と試食をした日清食品の社員が驚くほど完成度の高い逸品です。
カップヌードルミュージアムでしか味わうことのできないオリジナルメニュー「謎肉丼」を、この機会にぜひお召し上がりください。
料金 : 1食300円 (消費税込)
販売場所 : 「NOODLES BAZAAR -ワールド麺ロード-」
販売期間 : 2017年7月29日(土) 〜 8月31日(木) ※8月18日(金)、29日(火)は休館日です。
販売数量 : 1日29食限定


これは食べにいかねば!ってことで行ってみた。
で、ひょっとしてここで食べるには入館料もかかるのでは?と思ったのでチケット売り場のところにいたお姉さんに確認。
うん。
やっぱりかかるってさ。
他は見る気ないんだけどねぇ・・・。
既に何度か来ているので。
でも、せっかくここまで来たのだから・・・ってことで、カタワなので障害者手帳を見せて通常500円の入館料を400円に負けていただいて入場。
速攻四階に上がって目指すは「NOODLES BAZAAR -ワールド麺ロード-」。
でさぁ、ここは11時からって思ってたんだよね。
っていうか、ちゃんとサイトでも11時ってなってんじゃん!
天気も悪いし多少カネがかかっても極力長距離歩かないようにって考えて馬車道駅の方から行ったけど、思いのほか遠く、11時には入れるようにと思って出たけど、入店の時点で11時ちょっと過ぎぐらい。
店の前には10時半からって書いてあった(と思う)。
ひどい。
だったらもっと早く来たのに!
で、まずは券売機で券を買うってのはわかってたけど、券売機があっちこっちにあってどれだよ?って感じで。
入り口近くのチキンラーメンの小屋みたいなのの奥にある券売機のところに行列ができていて、多分これだろうと思ったけど行列ができているので確認もできず・・・ってことで、あきらめてその行列に並ぶ。
どうやら正解だったらしいが、騙されて10時半からなのに11時過ぎに行ってしまっているので「あと少しで終了です」とか店員さんが言っている。
ええ?
っていうかそもそも29食って少なすぎるよね・・・。
しかもまだこれって始まって数日だし、今日は夏休み中とは言え平日だから、これからもっともっと混むよね?
もうちょっと何とかならんかったのか?って思うのだが。
ということで、多分今後11時過ぎとかだと買えない可能性があるので、かなり早めに行くの推奨。
つーか、無駄に入館料を払って、謎肉丼喰えなかったら悲惨すぎたな。

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量的にはどうかな。
300円だしな。
まあ、300円値はあるかな。
例の「謎肉」がご飯の上に乗っていて、何味のスープなのかスープっていうか汁っていうかが少し入れてある。
で、上に刻んだネギみたいな。
食べた感じはソースがかかっていないハンバーグとご飯を食べている感じ。
この量だから「まあまあだな」ぐらいのテンションで喰えたが、もっと多いと飽きるかも。

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水でももらえるといいなと思ったけど、もらえそうにないので、他の店でライチのジュースを購入。
すっごくライチの味な感じのジュース。
200円。
基本的にドリンクバーも含めて飲み物は200円ぐらいだった。

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当然のことながら、私が店を出た時にはこのように「謎肉丼」には「本日完売」と貼ってあった。

入館料を払ってしまっているので、今日は時間もないし夏休みで人がいっぱいだろうからカップ麺を作るとかには寄らないけど、見て回るようなところをぐるりと回ってみる。
前に来た時(数年前)と変わっていない感じがする。

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創業者の像。

後は一階の店なんか見てみる。
店は入館料を払わなくても入れる場所。
まんじゅうとか新発売になっていて魅力的ではあったけど、自分で買って喰うには高すぎるお値段だし。
誰かにあげる予定もないしってことで、結局何も買わず。
ここも夏休み中だからか結構人が多い。

さすがに一人で来ている人って私ぐらいしかいなかった。
子供連れが大半。
時々カップル。
外国人の集団もちらほら。
中国語と英語は聞き取れたけど、それ以外はわからんし、英語でもアメリカ人とは限らないし。

で、今回とてもくやしいことが。

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「浴衣で入館無料!キャンペーン」のお知らせ | ニュース | !!! CUPNOODLES MUSEU

2017年7月15日(土) 〜 8月13日(日) の間、浴衣もしくは甚平を着用して来館された方は、通常、大人お一人様500円の入館料が無料になります。 この機会に、ぜひお気に入りの浴衣を着て「カップヌードルミュージアム」にお越しください。

ラーメン博物館でそういうのやってるのは知ってたけど、ここでもやってたんだね・・・。
知っていれば甚平か何か着ていったのに(鬱)。
ということで、これから「謎肉丼」を食べに行ってみようという方は、浴衣か何かを来て、極力早めの時間に行くことをお勧めする。

安藤百福 (学習漫画 世界の伝記NEXT)



posted by ひと at 17:24| Comment(0) | おでかけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月01日

銀だこが100円引き

今日は数年ぶりに銀だこを食べたのだ。
「たまには銀だこも食べたいな」と思っていたんだけど、なんで今日にしたかっていうと!

夏だ!祭りだ!たこ焼だ!今年もやります!『銀だこ祭り』 2017開催!
@「銀だこ祭り」
期間:2017年8月1日(火)、2日(水)、3日(木)の3日間
対象:たこ焼(ソース)8個入りを100円引き
実施店舗:全国の築地銀だこ(一部店舗を除く)


ということで、いつもは550円のものが今日から三日間は450円ということで、どうせなら安い時に行った方がよろしかろうと思って今日行ったのだ。
まだ11時ぐらいに行ったからか、全く並ばずに買えた。
「案外人気ないんだな」ぐらいに思って、三十分後ぐらいに見たら数人並んでいた。
いつもこのぐらい並ぶのか、今日は安いから並んでいたのかは不明。
銀だこって、タイミングが悪いと出来上がるまでしばらく待たされたりするからねぇ。

posted by ひと at 17:53| Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【虫写真】羽化

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今朝一匹だけ羽化していた。
多分オス。
白い繭の方のヤツだから、羽化予定はまだ何日も先だったんだけど、ずいぶん早いな。
今朝五時半ぐらいに起きてすぐに見たらもう羽化していた。
その時点でまだ羽が丸まっていたので、羽化したばっかりだったみたいだけど。

posted by ひと at 17:47| Comment(0) | カイコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月29日

2017年3月13〜24日◆龍馬のビール(後編)

これの続きです。

司馬遼太郎の指摘。
大阪弁は潤滑油の方言であり、この言葉は感情のみ。
哲学的思考はできない方言。
物事を比較的手触り良く曖昧にする最高の方言で「もうかりまっか?」「ぼちぼちでんな〜」という。
正体をくらますためには最高だが、論理思考には向かない。
現在の国会、あるいは政界というのは長州弁。
ズバリ言って「〜であります」等々は長州の方言。
横から横へ、手渡しにはもってこいという。
それが長州弁、山口弁。
維新の黒幕である岩倉具視がひどく嫌ったのが土佐弁で、土佐弁というのは「人を揺さぶる」というアジテートの方言で、何でも劇的に聞こえる。
これは西南戦争に駆けつけてボロクソにやっつけられた男の証言が土佐弁で残っている。
これが講談みたい。
「そがいなときにワシは一切ひかんと言うたがよ」とか。
響きが抜群にいい。
土佐弁というのは何かそういう竹刀で叩きあうような軽快さがある。
聞いていて気持ちいい。
武田先生がどこでも言っていることだが「坂本龍馬は何でかっこいいか?」。
「土佐弁で日本を心配したからだ」という。
「日本はこのままでは非常に危険です」と言われてもピンとこない。
「このままではニッポンはいかんぜよ!」というと「イカンかな〜」とみんな思っちゃうという。
今回の主人公であるキリンビール高知支店で同じことが起きたのだろう。
(この後もまた本には登場しない「社長に『たっすい』と言った」という話が続く)
1998年、土佐弁を使うと物事まで土佐弁っぽく動くのか、この本社から高知支店に社長直々の電話があって「味を元に戻す」。
(という記述は本にはない)

 社長はその翌日、東京に帰って、すぐに、たまたま新聞社の取材がありました。そのときになんと、「現場の声でこういうことがあるので、ラガーの味を元に戻す」と言ってしまい、そのコメントが新聞の記事になってしまったのです。
 この問題は本来いろんな会議などコンセンサスが必要なレベルのことなので、社長があとで役員に説明するような事態になったようですが、予想もしなかった形でラガーの再リニューアルが決定しました。
(86頁)

 年初、高知新聞の取材を受けました。−中略−
 そこで、「高知の人の声でラガーの味を元に戻しました」というタイトルの記事が出ました。
(86〜87頁)

これで高知で「俺たちの好みにキリンは合せてくれたんだ」ということが話題になって。
この田村さんというのはやっぱり支店長でキレる。

大苦戦のときに投げつけられたこの言葉を利用させてもらい、「たっすいがは、いかん!」という大小のポスターをつくって大々的なキャンペーンを行いました。(96頁)

「高知の声が変えたラガーの味」というのと「たっすいは、いかん」がすごく評判になる。

 なおかつ追い風が吹きました。ラガーのリニューアル発売から1カ月後の1998年2月、発泡酒「淡麗〈生〉」が新発売されました。(91頁)

キリン 淡麗極上〈生〉 350ml×24本



営業レディーの一声から本社が動いて、キリンラガービールの味が変わった、元に戻った。
それも全てこの高知から始まったことだという。

 そうやって、1カ月に400店以上回るようになっていました。
 3年前には30〜40店舗の飲食店しか回っていなかった、同じ営業マンたちです。
(92頁)

外回りでものすごいパワーを発揮し、本当に「もう家に帰る暇など無くていい」というような。
今、働き過ぎ、働き方等々が様々問われているが、仕事が面白いという幸せは何物にも代えがたい。
そんな気持ちで聞いていただくと面白い。
一番負けていたキリン。
そのキリンビールがゆっくりと売り上げが上り始めたという。
他の四国3県はというと、相変わらずアサヒが強い。
勝てない。
ただ高知支店のみがラガーに関しては、キリンビールに関しては「真田丸の如く奮戦した」という心地のよさ。
そしてこれは全国展開でも後に話題になるが、ラジオCMで傑作を生む。
ドキュメンタリー風のラジオコマーシャルを高知県だけで流した。

 ラジオCMでは電車の音と一緒に「電車が高知県に入りましたので、ビールはラガーに変えさせていただきま〜す」。「飛行機バージョンでは「ただいま、高知上空にはいりました。今からビールはラガーに変えさせていただきま〜す」。(95頁)

もうこのあたりでラガーから一挙に奮戦が始まる。
そうすると事務方職員は・・・。
もう支店長は何も言わない。
勝手に営業マンたち、所員たちが働く。

 それまで高知支店では午後5時半になると留守番電話に切り替えられていて、生ビールのサーバーの故障など、夜の営業時間に起きる緊急事態への対応もできていませんでした。しかし、いつの間にか、最後のひとりがオフィスを出るまで、留守電にせずに対応するよういなりました。
 すると「夜に困ってキリンのオフィスに電話しても人が出る」という評判が立ち、キリンのサービスの良さや熱心さという情報が広がっていきました。
−中略− 
 たとえば、あるディスカウントショップに10ケース単位でスーパードライを買いに来るお客様がいる。どうも消防署員のようで、厳しいトレーニングや勤務のあとに飲んでいるらしい。そういう情報が入ると、すぐさま、消防署に出向き、熱心にお願いして「わざわざ買いに出なくても、キリンビールならお届けします」と提案して、「じゃあ、今度からキリンにするか」となりました。
(99頁)

社長に猛抗議した女子社員はもう事務方ではなく、土佐では外回りもする戦力と化していたという。
働くというのはこういうこと。

 花見で飲むビールの銘柄は人気投票のようなものです。
 宴の翌日現場に行ってみると、ゴミ箱には昨年まではアサヒ8割、キリン2割だったのが、ほぼ互角の空き缶の数になっていました。
(102頁)

(番組では「全社員が桜の下で泣いた」と言っているが、そういう記述はない)

 1997年に37%と落ち込んだシェアは、1998年に反転し、その後も着実に上昇を続け2001年に44%となり、ついに高知県ではトップを奪回しました。(106頁)

 まず高知以外の愛媛、徳島、香川はどうであったかというと、実はどこも以前の高知と大きくは変わらない状況でした。(113頁)

 またたまたま、高知が5年ぶりにトップを奪回した2001年に、キリンビールは逆に、四十数年ぶりに2位に転落したのでした。(106頁)

しかし一か所だけでも勝っているという。
この大坂夏の陣の真田丸同様「高知は勝ってるんだ!」というのは全社に檄としてその名が響く。
当然のことだが、田村さんはここまで優秀な方なのですぐに四国全県の統括本部長として香川高松への転勤が決まる。
(本によると「四国4県を統括する四国地区本部長」)
この人は、この本を読んでいても仕事中毒のそういう人ではない。
やはりどこか深い。
今、働き方などで悩んでいる人がいたら、この人の働きぶりをちょっと振り返ってみてください。
この人は自分の仕事に対して、あるいは本社に対して「疑念を持っていた」という。
キリンビールという会社は、社会に必要なのか?
巨視的な目で自分の会社を振り返るという。
働くということは時として哲学的でもある。

この方は売り上げが思わしくない時は自分の仕事にいて考え込んだ。
考え込む材料は「自分が懸命に勤めているこのキリンビールという会社は社会に必要なのか?」。
考え続けて、こう考えをまとめる。

・百年の歴史と「品質本位」「お客様本位」の理念をもつこの会社は残すべき会社である。
・日本人に愛飲され、ひとりひとりの大切な記憶につながるキリンラガーは、守るべきブランドである。
・だから、最後のひとりになっても闘う
(79頁)

大きな「理念」を胸の中に持っていないとダメなんだという、そういう考え方がいい。
若い時に学生運動をやっている先輩から説教をされた武田先生。
フォークシンガーになろうかなるまいかと、ウジウジ悩んでいる時に学生運動をやっていた先輩。
頭のいい人だった。
その方が「武田君、戦争に協力せん職業はみんな尊いとよ」という。
それに何かえらい深く感動したことがあった。
何かそう言われると急に芸人風情でも胸を張りたくなる。
理念の問題。
そういうものがないと人間というのは生きていけない。
社長以下の顔を並べて「社会全体にいかに奉仕しているか?」それから「この会社を必要とする人がいるだろうか?」という。
この2点のみチェックするだけでも働き方は変わるような気がする。

ついに高知から飛び出して四国全体、全県の戦いを担当することになった著者の田村氏。
アサヒも素晴らしきライバルで味をよくするためにものすごい巨費を投じて愛媛にビール工場を作り、新鮮なビールを四国全県に供給する。
サプライズ、キリンを圧倒している。
故に今度の新しい転勤地の愛媛はものすごくアサヒが強い。
松山は武田先生も歩いたことがあってよく分かるが山深いところ。
松山には南予エリア。
これはアサヒ系の問屋さんがシェアを独占していて、キリンは持っていない。
これはもう致命的。
つまりお城がない。
基地がないので出撃できない。
そこで著者も感動する。
著者が全体の統括を面倒を見るということで四国の営業マンたちが奮い立ったのだろう。
「よーし!高知に続け!」ということで。

 ここでひとりの南予担当者M君が、自分の考えでアサヒ系の2つの問屋に行き、なんと、
「なんでもお手伝いしますから、トラックに同乗させてください」
 と頼み込んで、問屋の営業マンと一緒に南予を回り始めたのです。
 はじめはアサヒ系の問屋も提案にびっくりしていましたが、キリンの営業マンが一日中汗を流しながら、アサヒビールや日本酒の上げ下ろしまで手伝ってくれたものだから、「キリンの社員はプライドが高いと思っていたけれど、本当に一生懸命やっていた」と信頼を得て、「これからはキリンも売ろうじゃないか。
(117頁)

(番組では愛媛県の全員の営業マンがやったと言っているが本にはそう書いていない)
キリンの社員たちは営業所を持っていないのでアサヒビールの問屋さんまで出向いてアサヒビールの積み下ろしを手伝う。
そのことによって顔をお店の人に知ってもらおうという努力を重ねるという。
敵方のビールを下ろして回った。
で、お店の人が「アンタ誰?」と言うと「ワタクシ実はキリンの営業マンで」「え?アンタ、キリンなのかよ。アサヒ手伝っていいの?」と笑われて「しょうがねぇな。じゃあ来週持っておいでよ」とか。
何ケースか買ってくれるという。
そういう巨大なダムにアリが穴を開けるような作業を営業マンがやる。
これは本当に、水谷譲が言ったが大変だし、ある意味空しい。
ところがこの田村という所長さんが帰ってきた営業マンを絶賛する。
「無駄な努力」とか言わない。
「よくやった」とか言う。
(という話も本の中には出てこない)
その新統括の本部長さんを迎えたことによって全店が色めき立つ。
「俺らも何とか高知に続いて四国を奪還しよう!」という。
今度は徳島支店がものすごい手を考える。

 徳島支店が考えた戦略は、コンビニエンスストアの攻略。−中略−目の前にいつもお店があるので、少量でも扱っていただいているなら訪問してみようとお店に行ってみたところ、店員はアルバイトが多いので、直接訪問しても商談できないことがわかります。商品陳列の権限はオーナーにあるからです。当時、オーナーはアルバイトを確保しにくい夜の時間帯をカバーしていることが多く、夜中に出てくる店も少なくありませんでした。
 そこで徳島支店は全員で、オーナーが出てくる夜の12時から明け方の4時までコンビニを回りだしました。
−中略−
 深夜の訪問を受けたオーナーも、深夜にやってくる営業は初めてですから、話を聞いてくれました。
(119頁)

夜中で話し相手のいない寂しい時間帯だから、ずっと話を聞いてくれる。
1週間に3回ぐらい連続で来られるともう、オーナーの方から中で「ハイハイハイ!」と手を振っている。
(とは本には書いていない)
それで「何缶か置いていきな」。
その一言で驚くなかれ、一年で売り上げが5%伸びたという。
この営業マンたちの努力というのは凄いものだ。
それから問屋さんの手伝いで「1ケース置いてください」が積もり積もって、アリの穴がだんだんデカくなってきたという。
このあたりが働くことの一種「面白さ」。

ここまでで本の半分ぐらいだが、この後、この人は全国展開でキリンビールを立て直していく。

著者は懸命に今、四国で戦っている。
このあたりも本当に申し訳ないが、死者を出してしまったあのセレブ会社との「違い」かも知れない。
何か面白い。
片一方では警察に踏み込むような大騒ぎになり、片一方では生き生きとした労働物語。
著者はこの本の中で懸命に叫んでいる。
「職場における女性というのは、すごいパワーを持っているんだ」と。
高知支店で「ラガーの味を元に戻せ」とキリンの社長へねじ込んだのも電話番の内勤の女性社員。
営業マン達の苦悩を見かねて、この内勤女性は社長がやってきた時に「たっすいは、いかんぜよ」と言いながら「ラガーの味を元に戻せ!」という、その辺の社員ができないような交渉をやる。
そういうことを経験した著者は「女性ってのはパワーなんだ」と。
女性社員のやる気というのはもう、全軍の士気に関わるということで。

総人員を増やすのは難しかったので高松に置かれた四国地区本部で勤務する総務、企画、経理、営業サポートといった役割の女性の内勤者と話し合い、合意を得られたメンバーから、営業現場に出てもらいました。約20名中3割程度でした。
 これは正直なところ、抵抗にあいましたし、自ら営業マンになりたかった女性社員はひとりもいなかったと記憶しています。
(121頁)

ちょっと得意先との接触なんかで「女性営業マンは・・・」というような首をひねるような趣もあったのだが、この著者の元で働きはじめると女性たちもグングン生き生きとしだし、女性社員が混じった方がはっきり売り上げが伸びる。 
この四国4店を見習えということで、キリンビールでは内勤女性に対しては「宝の山」というニックネームでもう全国展開になっているようだ。

2年半の在任中に四国4支店の数字は反転し、県別売り上げ対前年比でも4県ともベスト10入りという快挙も上げるように優秀な支店群となりました。(122頁)

 2007年3月、わたしは12年ぶりに東京の本社に戻り、営業部門と商品部門を統括する営業本部長に着任しました。(147頁)

(番組では四国の次が本社のように言っているが、四国の次は東海)

働き方が問われる時代。
また、過労死等の職場環境が社会問題というような時代になった。
テレビでこの働き方に関して発言をしたら、番組のディレクターさんから「武田さんがそれを言うと、私、クビが飛びます」と言われたことがある。
「働いていいんじゃないの?死ぬまで」と軽く言ったので。
怒られてしまった。
しかし、この本を読んでいると本当に昔読んだ『太閤記』。
あの天下取りに挑んでいく一武将の物語を読むようでワクワクする。
この本の中に込められた、著者が社員としてキリンという会社に所属しながら「本当にこの会社は社会に必要なのか」「本当にこの会社はこれからも社会に尽くすつもりなのか」。
そのことをとことん考え抜いたという、その姿勢がとても惹き付ける。
給料を手にする前に、この人はこのことを考えている。
その理念の確かさがこの人の労働意欲、そして働くことへの炎の熱さになっているような気がする。
「労働条件」でなく「労働理念」がなければ人は働けない。
頭の中に何がパーッとよぎったかというと、トランプさんがよぎった。
「アメリカファースト」も結構だし「アメリカに最も職をもたらした大臣として歴史に残りたい」と仰るが「働く」とはそういうことではない。
トランプさんは何かちょっと勘違いしてらっしゃる。
そういう危険性がある方。
あの人、仕事仕事と言うが、彼が夢見ている白人男性労働者の筋骨隆々たるハンマーを振り回すような働き方。
そこではもう「ロボット化」。
トランプさんはロボット化していく産業界に対する逆行でもある。

この本の中に込められたものは「働く人の物事の考え方が働くことを明るくしていく」というか。
上の方が仕事を作るんではない。
「下の者が仕事を作っていく」という。
そのことが一番職場にとっては大事なような気がする。

2017年3月13〜24日◆龍馬のビール(前編)

武田先生の歌は過労死をいざなうような歌で、非難の的。

母に捧げるバラード'82 (1982年10月20日 福岡サンパレス ライヴ・ヴァージョン)



人間働いて、働いて、働き抜いて、もう遊びたいとか、休みたいとか思うたら、一度でも思うたら、はよ死ね。

そういう意味で武田鉄也っていうのは非常に現代に逆行する。
そんなこんなで「働き方が難しい」という昨今。
とどのつまりはあのエリート集団、セレブカンパニーと謳われた巨大な巨大な広告代理店。
そこの女子社員の過労自死から警察が踏み込むという。
あそこの社員さんの男性は、どこかの大手の会社の坊ちゃん。
それがあそこの広告代理店に入っていたり。
それから東大の方なんかが非常に多い。
悠然とした会社だったのだが、いつの間にかブラック企業同様に「ガサ入れで捜査を受ける」という時代になったという。
このあたりでこの「働き方」というのが難しくて。
入社当時にまず部長に「這ってでも会社に来い!」「自分の番組は死んでも守れ」「死守しろ」と言われた水谷譲。。
「それがプロの世界なんだ。カッコイイ」と思い、そのつもりでやってきた。
そういう時代だった。
武田先生同様「遊びたいとか休みたいとか思うな!」という。
それが今はもう、大問題になる。

キリンビール高知支店の奇跡 勝利の法則は現場で拾え! (講談社 α新書)



そんな時に思わずこの本に手が伸びたのは、高知県の小さなキリンビールの高知支店が全社をあげて懸命に頑張って営業成績を好転させたという。
そういう仕事の歴史。
その戦歴の記録。
自死する社員がいたり、職場をブラックと告発する社員のレポートの方はニュースメディアの方でやってらっしゃるのでお任せして『三枚おろし』は全く逆の人、中年で単身赴任で懸命に社の為に働いた「勤王の志士」を取り上げて皆さんにご報告したい。
(番組中、著者のことを「単身赴任」と言っているが、本を読んだ限りでは家族と一緒に行っているようだし、単身赴任だとは書いていない)
舞台はまさしく土佐の高知。
売るべきは「キリン」。
伝説の「龍」と「馬」のキマイラ複合神獣、これがシンボル。

ミニミニ知識で、あのキリンビールのキリンはよく見ると小さい絵文字で「キリン」と書いてある。
あのキリンの絵の首根っこのところにマークが付いていて、あの中に「キ」「リ」「ン」という文字が入っている。
この「キリン」というのは、とある人から言えばあれは何と「龍」と「馬」の合体だそう。
「龍」と「馬」の合体が「キリン」であるならば、ビールを高知支店で懸命に売ったという物語は、これは一つの現代の「龍馬伝説」ではないかと思って取り上げた武田先生。

ビールも様々。
アサヒビール、サントリー、地ビール等々。
東京あたりではオリオンビールも売っている。
外国ビール。
バドワイザーとかクワーズ。
ビール戦争は大変なのだが、今回の場合はキリンを取り上げる。
この物語は田村さんという方がビールを売るために支店長として高地へ転勤になったというところから始まる。
著者の名前は「たむらじゅん」さん。
ロンブーではありません。

まずはビールの歴史から振り返っていく。
一説によるとビールという飲み物は西南戦争の頃にもうすでに札幌でスタートしている。
それで西南戦争が落ち着いた時に大久保(利通)が「ビールで一杯やろう」とパーティーを企画したという。
それぐらい明治維新になって10年後にはもう日本人の・・・。
それから夏目漱石先生がよく飲んでいた。

 1888(明治21年)年に「キリンビール」を発売します。(18頁)

大日本帝国憲法発布直前に発売になっている。
意味深。

1907(明治40)年に岩崎家によってジャパン・ブルワリー・カンパニーを引き継いだ麒麟麦酒株式会社が設立され、−中略−出資者である土佐の岩崎家などは、三菱創業と同様、理念を大切にする方針を掲げています。(18頁)

 関東大震災、第2次世界大戦の生産統制などさまざまな困難はあったものの、1954(昭和29)年に国内シェア1位の座に着きました。
 そこから長らく「ビールはキリン」という時代を送り、1970年代初頭、物価の高騰が社会問題となると、シェア60%を超えていたキリンには批判が集まるほどになりました。独占禁止用による分割はまぬがれたものの、一時は〈売り過ぎない〉ようにするほど、市場においてガリバーの存在になったのです。
 しかし、1987(昭和62)年にアサヒビールが「スーパードライ」を発売したことを契機に、売り上げは急落します。
(18〜19頁)

アサヒ スーパードライ 350ml缶×24本



 スーパードライは、発酵度を非常に高めた製品で、コクとキレという対立する概念をひとつのものとして「美味しさのイメージ」をつくりました。(19頁)

 しかしキリンは、1990年に「一番搾り」を発売して大ヒットさせ、スーパードライの勢いを止めることができました。(19〜20頁)

キリン 一番搾り 350ml×24本



 しかし1993年に総会屋への利益供与事件が起こり、1995年には新製品「太陽と風のビール」に雑菌が混入する事件まで発生。
 1976年にビールの国内シェアが63.8%もあったのが、1995年には50%以下にまで落ち込み
(20頁)

 そのようななかで、数字上の危機感から、百年の伝統がある「ラガービール」の味覚を変更するという決断をし、新しいラガービールとして広告も一新して1996年2月に発売しました。(20頁)

キリン ラガービール 350ml×24本



従来のラガーは、喉にガツンとくるコクと苦みが特徴で、多くのファンをつかんでいましたが、スーパードライを支持している若者や女性層を取り込まなければならないと、飲みやすいタイプに方針転換したのです。(20〜21頁)

NHKの大河ドラマもそう。
女性を若者向けに舵を切った。
香取慎吾君の『新選組!』ぐらいから。

香取慎吾主演 大河ドラマ 新選組! 完全版 第壱集 DVD-BOX 全7枚セット【NHKスクエア限定商品】



昔から「NHK大河ドラマ俳優」というエリート集団がいた。
この方々は3年に1回ぐらい出ていたのだが、NHKは全部やめちゃった。
それでとにかく若手の俳優さんで。
武田先生の大河ドラマデビューは『草燃える』。

石坂浩二主演 大河ドラマ 草燃える 総集編 全3枚セット【NHKスクエア限定商品】



石坂(浩二)さんの子分の安達藤九郎盛長役。
それから『徳川家康』の豊臣秀吉。
『太平記』の楠木正成。
それから『龍馬伝』の勝海舟。
それから『功名が辻』では一豊の一番の家来。
そういう意味でやっぱり雰囲気が変わった。
同じこと。
このことで悩んだのだろう。
若者と女性向けに「新ラガー」。
これは味を変えてしまった。
キリンお得意の「ホップを効かせる」というのをやめちゃって、あんまり苦くないビールを発売する。
ところが急激に売り上げが落ちていく。
中でも急激に売り上げを落として最下位の支店が実は高知支店。
ここに赴任した著者は・・・ということで「たかがビール」を売るために「されどの努力」が始まるという。

とにかくグングンキリンビールが売れなくなった1996年、著者は中でも売り上げ最下位の高知支店へ回される。
そこの支店長に単身赴任で赴く。
(と番組内では言っているが、支店長になったのは1995年。そして「単身赴任」という記述は無し)

 当時の高知支店は全部で12名。支店長に営業マンが9名、そして営業のサポートをしている内勤の女性が2名です。(24頁)

その1996年、どうあがいても勝ち目はなく、高知キリンビールは惨憺たる負けっぷり。

 まずは11人のメンバーに「なんで負け続けているのか」とヒアリングを行いました。(31頁)

 飲食店で飲まれているビールはビール全体の25%でしかありません。75%は家庭で飲まれているのです。
 しかし、家庭で飲まれている酒は、量販店でまとめて買ったり、酒屋さんに注文して届けてもらったりしているのでここを変えるのは容易なことではありません。
(38頁)

つまりご家庭一軒一軒のことなので、営業で「置いてください、お願いします」と頭を下げても売り上げに直結しない。
まず勝負を仕掛ける25%の居酒屋、レストラン、ビアホール、焼き肉店等々へ頼み込んでキリンを浸透させること。
「とにかく1本でもいいから置いてくれ」というので月に30〜50軒、顔を繋いで営業マンが歩き回る。

アサヒも四国の中に工場を作ってそこから売って行く。
だから現実に味も良い。
アサヒの勢いはすごいからこうなればもう仕方ないと「月に1人100軒回ろう」というので、営業マン9名全員で100軒を回ろうと決意する。
(とは本には書いていない。)
でもアサヒの営業力が凄まじくて何の効果もない。
飲食店は次々と特約問屋の契約を結び、割って入る隙がない。
その上、担うべきビールがない。
キリンの旧ラガービール。
これが本当に切ないことにファンが多い。
「新」はものすごく評判が悪い。
武田先生はそこまでではないが、事務所の社長がビールにうるさい。
やっぱり分かるらしい。
かつて飲んだ「あの苦味」というのがないと、もうとにかく。
月100軒の顔繋ぎ営業も効果がなく、たちまち元の木阿弥。
営業マンたちのボルテージがスッと下がった。
この時に9名の営業マンを前にして支店長である田村さんは拳を振り上げる。

「あなたたちは、年頭に目標をリーダーと合意しましたね。営業活動をやって会社に帰ってきた時点で、目標の訪問数に達していないのに、なぜ家に帰るのか。極端なことを言うようだが、目標数を達成していないのなら家に帰ることは許さない!」
−中略−信頼を取り戻すのが、我々の使命なのだ。その責任を果たさないといけない。信頼を取り戻すために『やる』と決めたことができないなら、会社にとって必要がない。辞めていただいて結構だ。(45〜46頁)

(このあたり、番組内と本の内容とは前後関係に喰い違いがあるようだ)
どこかの大統領じゃないが「ユア・ファイヤーだ!」と叫んだのだ。
この怒りはかなり危険。
これは現代ではパワハラになりかねない。
「しかし私は一本筋を通した。それは全員で語り合って100軒回ろうと決めたんじゃないか」っていう。
「それを早々とあきらめたらどうするんだ」と。
問題になった会社なんていうのは「仕事に喰らいついたら死ぬまで離すな」。
水谷譲も放送局に入った時は番組を守るためには「這ってでも現場に来い」という叱咤激励が。
はっきり言ってしまうと、死ぬ気で働くかどうかというのは、個人の決意で会社の決意ではない。
武田先生の歌(『母に捧げるバラード』)でいうと、母が武田先生に行ったことで、同じことを絶対人には言わない。
息子だから言う。
お言葉を返すとすれば、会社の上司が考えて手帳に印刷することではない。
やっぱり田村さんが仰るように、それは印刷せずに表情で、熱意で、息で伝えるもの。
己で決めたこと。
会社が命じたこと。
これは天地の差がある。
田村さんがこだわったのは「己で決めたことではないか」ということ。

 入社2年目のある営業マンは、1カ月に飲食店を200軒訪問する、と目標を宣言しました。(49頁)

他の8人もその新人につられて「じゃ、僕も」というので、みんなまた一歩前に出ちゃったという。

 不思議なことに、結果が出ずとも、ガマンして4カ月目に入ると、皆、身体が慣れてきました。(50頁)

これが働くことの難しさ。
では、この高知支店がなぜブラックにならなかったのか?

アサヒにやられっぱなしのキリンビールの支店。
やってもやっても切り込んでくるスーパードライに勝てない。
必死になって努力が始まる。
県内二千軒の飲み屋さん。
それを小まめに9人の営業マンが回る。
ところが高知県と言っても室戸から四万十まである。
本当に和歌山県の横から大分の横まである。
高知県内を室戸から四万十、中村まで、これを9人でカバーする。

 当時の高知県の人口は約80万人。東京の世田谷区ぐらいの人口ですが、その人たちが世田谷区の約120倍もの面積に住んでいるのです。(66頁)

それを9人で戦いぬく。
高知支店は殆ど絶望的な戦いに挑んでいく。
パワハラになりかねない支店長だが、この人の凄さは負け戦の中で必死になって勝ち目、勝機を拾い集めようとする。
その「勝機」「勝てるかも知れない」という糸口のために、この方は戦略「なぜ負けるのか?」。

なぜ売れるビールと売れないビールに分かれるのか。
 それは、情報です。
「美味しそう」
「元気がいい」
「売れている」
(58頁)

アサヒは凄いことに生産工場も愛媛に置いて、広告展開も実に営業スタッフ共々、必死になってやっている。
「それをどうやって崩すんだ?」と疑問を抱えながら懸命に彼は歩く。
しかし、よくこの負け戦を見ていくと、やがて奇妙なことに気がつく。
それはキリンラガービールだけは人口の比率で割ると一人あたりの消費量はアサヒに買っている。
アサヒもキリンも他にいっぱいビールの種類がある。
ラガービールだけは一人あたりの消費量は高知ではギリギリ1位になっている。
「指一本、まわしに指がかかっている」というようなお相撲。
そんな指一本、一か所だけ、ラガーだけまだ評判がいいなら、そこを突いて宣伝しようと思う。

「この300万円を使ってダメなら、もうごめんなさしよう」という気持ちで仕掛けたのが、「高知が、いちばん。」という新聞の15段広告でした。(68頁)

 しかし、この「高知が、いちばん」というコピーは、高知の人々の琴線に触れることができました。なにせ、離婚率が全国1位から2位になっても悔しがる県民性です。
 高知の人は「いちばん」が大好き。
(70頁)

ラガー瓶消費量日本一の高知県の市場は、ラガーの味覚変更にハッキリとノーと言っていました。料飲店を回る営業マンは何かにつけ、「味を元に戻せ」「あの苦味が良かったのに」と言われ続けていました。(74頁)

県東部の安芸市の酒販店に一生飲む分としてひとりで100ケース、2000本!もの旧ラガーの注文が入ったという報告がありました。(43頁)

(番組では「10年分」と言っているが、本によると「一生分」

キリンは若者と女性向けに苦味を抑えてラガーの味を変えた。
現実としてはそれで女性と若者が伸びたところもある。
だから変えたからすっかり落ちたということではない。
全体としては負けているけれども新規のお客で若者と女子を呼び込んだという一側面もあるそうだが、いかんせん現場、つまり土佐の高知、高知県ではものすごく新ラガービールは評判が悪い。

 1997年11月、佐藤社長が全国視察の一環で高知支店に巡回してきました。その際、視点のメンバーと意見交換する場が設けられました。皆が挙手して忌憚のない意見を言いましたが、女性メンバーのひとりが「ラガーの味を元に戻してください。なぜできないのですか」と、ずばっと社長に迫りました。
「そういう意見は聞いている。けれども、すぐに会社の方針をぶれさせることはできないんだ」と、社長は答えました。
 あとで社長が泊まっていた高知のホテルで一対一で話したときに、怒られました。
(84頁)

(番組では全部社長が高知に来た時の話にされているが、著者が味を元に戻すように訴えたのはこれより前の「全国支店長会議」。飲みの席で女子社員が「たっすい」と言ったという話になっているが、上記のように飲みの席ではなく「意見交換する場」で、「たっすい」の件はこれより後に出てくる)

 1996〜97年の大苦戦していたときに高知の方から受けた叱責の言葉は「今度のラガーはたっすくなった」「こんなたっすいビールは飲めんぜよ」が圧倒的に多かったのです。「たっすい」とは土佐弁でさっぱりしているとか、味が薄いという意味。(96頁)

土佐弁は方言でありながら論理性が一本。
関西弁は接触(触ること)の方言。
「どうだす?」「ああ、ぼちぼちだすがなぁ」とかっていう接触面を柔らかくする。
でも土佐弁は言語による斬り合い。
「いうたちいかんちゃ」「何をいうちゅうがーじゃ。このままじゃキリンはいかんがぜよ」とかって言うと、リズムに乗っかって剣道の竹刀で打ち合うようなリズムが出てくるから「たっすいがいかんがぜよ」とかって言われると社長もポンポン竹刀で頭を叩かれているみたいな感じになって「何を言っているんだ君は!君、田村くん!酔ってるよ、この子は」とかって。
でも「たっすいがいかんぜよ」は耳に残ったのだろう。
(社長に向かって「たっすい」と言ったという記述は一切ない)
「たっすい」というのは土佐弁ではまた他にも深い意味を持ち、もう一つ「煮え切らない」「断固としてない」。
(調べてみたが、そういった意味は見つけられなかった。本の中に高知の人の意識として「煮え切らない」のをよしとしない気風があるといった記述があるので、それと混同したものか)
龍馬の故郷なので「いごうっそう」を好む。
ちょっと変わり者でも断固としたもの、その個性をやっぱり。
佐藤社長は相当異様な方言を投げつけられてクラっときたのだろう。
この「たっすい」が巻き起こした騒動はやがてキリンに大旋風を巻き起こすことになる。

居正広の金曜日のスマイルたちへ 発達障害を考える?天才ピアニスト野田あすか

TBS「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」

この番組に関しては事前に全く情報が掴めていなかった。
Gコードのとかいろいろ検索してるのにな?
なんでだろう。
ということで、今回も私の大嫌いな野田あすかさんが取り上げられました。

「金スマ」特別編 栗原類が告白…脳が原因 母が支えてくれた発達障害
↑前回のがこれかと思われる。

「発達障害の特徴」というのが番組中に登場するが、これは発達障害の人すべてに当てはまるという内容ではなく「そういう障害特性の人もいます」って内容になっている。
「発達障害者は全員こうなんだ」って誤解する人が出ないことを祈る。

発達障害について考える第2弾  野田あすか 人の顔を覚えられない、人の感情が分からない天才ピアニストの挑戦栗原類も語るその苦悩

脳が原因…15人の子に1人の可能性 22歳で診断発達障害のピアニスト

皆さんはこの女性を覚えていますか?
昨年10月、東京で初のソロリサイタルを成功させるなど、今、飛躍のときを迎えている天才ピアニスト
野田ああすかさん(35歳)
彼女には生まれつき脳の機能障害がある。
自閉症スペクトラムという発達障害がある。
あすかさんの場合知的障害は伴っていない。
あすか「上手だったみたいです」
独学で作曲も手がける彼女。
あすか「これ(ピアノ)は私じゃないんだけど、これ(音)は私です」
そう語る彼女が奏でるピアノは「聴くものの胸を打つ」と言われている。
客「心に響く」「心が温まる良い演奏でした」「涙が出てしょうがないのよ、私」
先月には過去松任谷由実さんやピアニストの辻井伸行さんらが受賞した「岩谷時子賞」その奨励賞を受賞した。
授賞式では彼女のオリジナル曲「哀しみの向こう」を披露。
審査員(作曲家・都倉俊一)「野田あすかさんは、本当に僕もピアノをいろいろ聴きましたけど、本当に心にジーンとくるピアノでした。いろんな思いが音に表れるというのはこういうことかなという風に」
そんな彼女が初めてオーケストラと演奏。
大勢の人と演奏することに。
様々な努力を重ねるが、それは発達障害があるあすかさんにとってとても困難なことだった。
その結末とは。


発達障害の可能性がある生徒
通常学級の
15人に1人が当てはまる

2012年文部科学省調査(最新データ)
この「15人に1人」ってのは、こういう紹介の仕方には非常に問題があると思っている。
詳しくは前に書いたヤツ参照のこと。

言語・社会性・運動などにおいて、日常生活に支障をきたすことがある脳の機能障害の総称であり脳のどこにどの程度障害があるかによって症状は多岐にわたる

一体発達障害とはどのようなものなのか?
中居正広「先生にお伺いしますが、改めまして発達障害というのはどういうものでしょうか?」
昭和大学医学部・岩波明教授(発達障害の専門医)「やはり生まれつきの脳の障害があって、それによって発達の遅れや偏りが見られます。発達障害は知的障害のあるものと無いものがあるっていうことが注意が必要です」
中居「類君はどれに当てはまるんですか?」
栗原類「僕は注意欠如ADHD、ADDの部類なんですけど、初めて診断されたときはLD(学習障害)も混ざっていたというのもあって、多分ちょうどど真ん中全部のあの円の中の真ん中にいるかと思います」
中居「集中力もなかなか持続しないというのも分かったんですか?」
栗原「今でもそうですが自分の好きなこと、例えば仕事にしろ趣味に関してはすごい集中できたりするんですが、でも自分がまだやったことがないような新しい局面になったりしたら、例えば新しいダンスの振り付けを覚えるというので5分やっただけで、ある意味1日分のエネルギーを使ってしまうような感覚になることがありますね。」


山本匠晃(TBSアナウンサー)「自閉症スペクトラムであるピアニスト・野田あすかさん前回の出演からおよそ半年間密着いたしました。ご覧ください。

これまで国内外で数々の賞を受賞し、ピアノのテクニックはもちろんのこと、マイクの風よけを触りその感触を即興曲にするなど独特の感性を持つあすかさんだが…。
1月、地元宮崎以外でもレッスンを受けるため、一人で飛行機に乗り上京。
すると…。
あすか「怖かった、飛行機揺れたから怖かった。隣のおじさんに、怖かったからニャンってやったら『ワァ!』って言われた。」
翌日彼女は3月に開催される浜離宮ホールでのコンサートに向け、東京音大の准教授川上昌裕先生と妻・川上ゆかり先生のレッスンを受けた。
しかし…。
川上「もうちょっときれいに全部スタッカートでしっかりと」
不安そうな表情をを見せるあすかさん。
楽譜を見ながらの先生の指示にあすかさんは反応できていない。
その原因も発達障害にあった。
あすか「(楽譜の)これとこれがわかんなくなって。同じ音なのに。音符自体はあんまり読めないから、近いから、これとこれが」
あすかさんは楽譜を見ながらすぐには弾けないという。
普段の演奏から、そんな様子は全く見られなかったが…。
スタッフ「楽譜にオセロが描いてあるんです」
あすか「音自体が読めているわけではなくて」
彼女の楽譜には、自分なりの記号やカタカナでドレミが書き込まれていた。
楽譜にはドレミの音符や音の長さや強弱、曲全体のリズムなど複雑なことが書かれている。
だが彼女の場合はこれらを瞬時に理解しながら弾くことができない。
脳の機能のどこに障害があるのか?
周りに心配させてしまうので明かしてこなかったというその原因について後日メールが。


22歳の時、ようやく発達障害と診断されたあすかさん。
その当時のこと

あすかさんからのメール(抜粋)

発達障害のテストの時に、私が視覚情報がうまく処理できないとわかりました。
紙に書いてあることを写したり、同じ形に組み立てる積み木などのテストが0点でした。
そのため、テストをした先生と担当医の先生は、だから、人の顔がよくわからないんだね、と言いました。


彼女の脳は視覚情報の処理がうまくできないという。

発達障害の特徴
顔の違いが分からない、画像認識できないなど、日常生活に支障がある


小学生の時(楽譜を見てすぐに弾く)初見ができなくてよく怒られていたことや、中学生の頃、楽譜の「ド」が鍵盤のどのあたりか漠然と分かってきたことなども書かれていた。
では、今までどうやって弾いてきたのか?


3月上旬 宮崎
1年ぶりに彼女が住む宮崎県を訪ねた。
出迎えてくれたのはあすかさんの父、野田福徳さん。
あすか「ニャー」
福徳「あすかちゃんほら出てきなさい。『こんにちは』って、ほら」
テーブルに隠れてなかなか出てこなかった。
あすか「こんにちは」
前回と同じディレクターが伺ったが…。
福徳「たぶん、顔はよく分かってないと思いますけど。」
人の顔の違いが認識しづらい彼女にとっては一年ぶりの再会でも初対面になる。
お父さんに事情を説明してもらい、早速ピアノのある部屋へ。
音数の多い複雑そうな曲を見事に弾きこなすあすかさんだが、今までどうやって新しい曲を弾いてきたのか?
マスターする方法を再現してもらった。
だがそれは、大変な労力がいる作業だった。
野田「まず、ピアノは使わないので移動します」
ピアノを使わずにテーブルの上に楽譜を置き、まず分かりやすいよう高いドの段に色をつける。。
あすか「ここにバッチリ合ってたらドだし」
次に取り出したのは携帯電話。
スタッフ「携帯で何しようとしてるんですか?」
あすか「録音」
携帯の録音機能を使い
あすか「パガニーニ 右手1段目 シ・ミ・ラ・レ・ソ♭ 2小節目・・・」
右手で弾くパートの音階を録音。
同様に左手パートの音階も録音。
楽譜の1段目にある音階を全て録音したら撮ったばかりの自分の声を再生。
録音したものを聞きながら音階を全て文字に起こす。
あすか「下がって、上がって、下がる。下がって上がって下がる」
文字で起こした音符を認識しやすくするために音階に合わせた折れ線を書き込む。
続いては自作のカスタネットを使い、曲のリズムを覚える。
彼女は楽譜にたくさんの線を引き、区切りごとにカスタネットでリズムをとる。
まだ作業は終わらない。
次にピアノではなくエレクトーンのところへ。
エレクトーンについている録音機能を利用する。
文字で起こした譜面を見ながら片手ずつ何度も反復練習しその音を録音する。
そして再生。
録音した左手パートのピアノを聞きながら、それに合わせて右手パートを弾く。
同様に逆の手も。


発達障害の特徴
両手でピアノを弾くような同時に2つのことをこなせない

発達障害者は全員じゃないだろうけどシングルタスクのことが多いようだ。
なので一度に複数の作業をこなすのが難しい。

やっと作業終盤。
録音した右手と左手の音を同時再生。
両手の音が混ざった音の響きを覚える。
あすか「もっと何回も聴いて覚えて、音の響きで少しずつ速くしていって弾けるようにする。それを一段ずつ」
最後はピアノを使い両手で弾く。
楽譜の1段目をここまで弾くのに半日、1曲弾けるようになるのに1カ月の時間を要するという。
あすか「ここまで弾けるようになって、また2段目戻って同じことするっていう(笑)」
これは楽譜を読めない彼女が独自に編み出した方法なのだという。
新しい曲を覚える一連の作業を15年以上続けている。
川上「1曲の譜読み(楽譜を読むこと)にすごい時間がかかるというのは聞いていたんだけれども、弾けちゃってるとどういう風にできるようになったかが分からないので、そういうことは全く分からなかったんですけどね。」
だが演奏中、楽譜を読めないのに楽譜を必ず置いている。
「なぜなのか?」と聞くとそれも発達障害ゆえのことだという。
あすか「(ピアノを)弾いている時に楽譜が『今、どこ弾いてるかな』ってなると別の曲に終わりがなってたりとかしてるから。頭がまとまってない」
演奏中、頭の中で他のメロディーが鳴り出すことがある。
そうなると頭の中の曲のほうに演奏が引っ張られてしまい、自分で止められなくなってしまうという。
こういった衝動的なことも彼女にある発達障害の特徴。
楽譜やタイトルを見るのは、頭の中の曲に引きずられないようにするため。
自分で作った曲以外を弾くには、そのために楽譜が必要なのだ。


正直「なんじゃこりゃ?」と思った。
私もピアノの暗譜は非常に苦手で、人より努力しても人並み以下だった。
彼女もそうだというのは意外だったが。
彼女の場合は私と違って「聴覚優位」のように思えるのだが、それならそれでもっと楽なやり方ありそうだけどなと思った。
実際ピアノじゃないけどエレクトーンで楽譜を読むのが苦手な人(聴覚優位らしい)が楽譜はあまり見ずに最初からyoutubeなどで音を頭に入れて弾くって人はいるから。
ここまでやらないと覚えられないのであれば「天才」どころかピアノに関しても「人並み以下」ではないかと思ってしまった。
そして「人並み以下」の能力しかない人が「天才」と言われるまでの実力を身に付けるのは、本人の並大抵ではない努力(ただし、本人がそれを「努力」と思っているかどうかは話は別)の結果ではあるけれども、それだけものすごい時間をピアノに費やせる環境整備は全て両親がやっているワケで、番組に後から登場するもう一人もそうだけど、とにかく「周囲のサポート」がないと絶対無理だろうなっていう。
それがここまである発達障害者ってレアケースだろうに、そんなレアケースばっかり紹介されてもな。
テレビを見ている人たちに「周囲の協力がないと全部無理だよ」ってのがちゃんと伝わればいいな。
そして、ここまでのサポートができるだけの金銭的にも精神的にも余裕がある親ばかりではないだろうから、余裕のない親が追い詰められるようなことがありませんよう。

我々が訪れたのはコンサートに向け、猛練習をしていた頃。
気が散るだろうと練習は無人カメラで撮影。
すると、ここでも発達障害の特徴が。
まだ外が明るい頃から開始。
大好きなピアノを一度弾きだすと止まらない。
熱中しすぎて食事を食べ忘れることもある。


発達障害の特徴
好きなことや興味のあることを何時間でも熱心に取り組む


気がつけば窓の外は日が落ちていた。
あすかさんが最近できるようになったことがあるという。
それが料理。


発達障害の特徴
複数のことを同時にこなすことや、段取りよく作業を進めていくのが苦手


しかし彼女はレトルト商品で炒め物をしたり、あさりを使いダシをとりお吸い物まで作れるようになった。
失敗を繰り返しながら、1年かけてできるようになったという。
そんな彼女は家のお手伝いを任されることも増え
母・恭子「あすかちゃ〜ん。塩と砂糖買ってきて」
あすか「なに塩となに砂糖?」
恭子「砂糖あ赤色。スプーンの絵がついている。それから塩はブルー色。買ってきてくれる?」
できることを増やすため一人でスーパーへ。
12年前、パニックになったことが原因で脚を複雑骨折。
補助の器具が欠かせない。
帰り道に迷わないようにするため、目印になる草を置いている。


発達障害の特徴
いつも通っている道でも、自分がどこにいるのか分からなくなってしまう


彼女が書いた「苦手なことリスト」の中に様々な事柄と共に「道をおぼえる」ことが挙げられていた。
しばらくすると、スーパーと逆方向に蝶々を追いかけ、姿が消えてしまった。
慌てて追いかけると
あすか「あれ?お買いもの。ここはどこだ?買い物に行こう」


発達障害の特徴
興味が湧くと気持ちを抑えることが出来なくなってしまう


倒れている自転車が気になると次々と起き上がらせずにはいられない。
スーパーにあるモニターが気にかかると、ついつい一緒に踊ってしまう。
アメの陳列が乱れているのが気にかかると、綺麗に直さずにはいられない。
その後、5分かけて並べなおしていた。
そしてスーパーに入ってから10分後、ようやく目的の売り場を発見。
スマホの写真と照らし合わせて頼まれた塩を見つけた。
砂糖の売り場も見つけたがスプーンの絵が描かれたお目当てのものがない。
あすか「スプーンの絵がない」
そう言うと困り果てた様子。


発達障害の特徴
指示されたことと違っても、代わりの選択肢が浮かばない


買いにきた砂糖が見つからず泣き出してしまったあすかさん。
すると家から電話が。
あすか「砂糖がスプーンの絵が付いているのがないの。赤色の袋じゃなくてもいいの?良かった〜。『上白糖』が砂糖やっとっと。これじゃ。しかもバラだし。」
スーパーに到着してから30分後、同じ赤色で袋にバラの絵が描かれている砂糖を手に入れた。
そして無事帰宅。


好きなピアノなら何時間でも弾けるが慣れないことは大変。
どっと疲れが…。
恭子「これ(砂糖の件)ちょっと、今度から注意します。」
少しずつできることが増え嬉しいと語る両親の思いは…。
福徳「自立ですよね。自立できるようになったら、こんなにうれしいことはないです。障害を持った子を持ってる親御さんは、一番の願いがそこだと思うんですよね。ですので、僕も一緒ですね」
苦手なことが沢山ある発達障害。
それは多岐にわたっていた。

自立かぁ。
確かに現状では自立できる状態じゃないよね。
一人で家事なんてできないだろうし。
でも稼ぐ能力があるなら家事はヘルパーか何かにやってもらってもいいワケだしね。
ヘルパーに適切な指示を出す能力があるかどうかってのもあるかも知れないけど。

中居「すごくやっぱり色んな角度から自分なりの努力で。大竹さんね、まさか楽譜が読めないとは…」
大竹しのぶ「すごいですねホントに。地味な作業をやってからのあそこにいくまで」
中居「VTRご覧になって自分と重なる部分はありました?」
栗原「全部ほぼ全部だったんですけど、特に発達障害の人達っていわゆるその柔軟性がないというか融通がききにくい。例えばこれと同じようなことじゃないと自分自身がダメだと思い込んだり応用がきかないっていうのかな。想定外のものが急に来たりするとそれにうまく対応できなかったり。砂糖見つけるのだけも、多分僕らが思ってる以上に彼女の頭にとってはすごい刺激が大きいことだったので、帰ってきたあとの思いっきりソファーにガンってなるところも僕もほとんどそうで。慣れない現場とか初めて行くような現場や仕事をしたりすると、ものすごいエネルギーを…。30分だけでも、ものすごい自分の1日2日分のエネルギーをそのときにガーッて使い果たすので、帰ってきたらバタンキューになるのはよくあります。」
中居「視覚情報の読み取りが苦手なのはよくあるケースですか?」
岩波「一番多いのはやはり人の顔が覚えられない。これは学校でも会社でも非常に問題がありまして、不適応のきっかけになることがしばしばありますね。」


山本「ピアニストとして活躍の場が広がったことで、さらなる問題が持ち上がりましたあすかさんに一体何があったんでしょうか?続きをご覧ください」


今年3月16日 東京
あすかさんは座席数500席を超える「浜離宮朝日ホール」でコンサート。
世界の名演奏家達が集まることで知られる有名ホールである。
これは、先ほど紹介した練習方法で3ヵ月前から覚えてきたクラシック。

「パガニーニの主題による狂詩曲」ラフマニノフ
この日は全12曲。
1時間半にわたるコンサート。
大きなステージを終えホッと一息。
そしてこんなお客さんも来ていた。
脳科学者の中野信子さん。
中野「彼女の聴いてくださる人に対する『楽しんで帰っていただきたい』と思って、いつもすごく練習しすぎちゃうみたいなんですけど、それがすごく出ているコンサートだなと思いました。
コンサートのたびに食事をとるのも忘れて練習に没頭するため、初めて取材した時から10kg以上も痩せたという。
浜離宮でのコンサートは大盛況で終わることができた。
だが翌5月には少し不安を感じるコンサートが待っていた。
それは札幌で開催される「万人の響」。
ここでは20名で編成された弦楽隊と共演。
大勢との演奏は初めてのことだが。
あすか「ピアノしかやったことがないから、みんながこう座ってるでしょ?舞台に楽器の人がいるところにでていけるかが心配。同じ恰好している人が怖い。オーケストラの人(の衣裳)がみんな黒と白だったらもしかしたら『ギャー』って」
これまでずっと一人で演奏してきて、共演の経験がないことに加え同じような服装の集まりが怖いという。


小学校では成績優秀で優等生だったというあすかさん。
だが、発達障害のため、コミュニケーションが苦手な彼女にとって、学校での集団生活は簡単なことではなかった。
例えば教室以外でクラスメイトと会っても人の顔を認識しづらい彼女は、誰だかわからず逃げ出していたという。
すると
男子児童「あいつにこの前無視されたんだよ」「えッ?」
そんな、悪気無く相手を怒らせてしまうようなことを度々してしまっていた。
あすか「(人の顔が)その時はのっぺらぼうだとずっと思ってたから顔になのも付いてないってちっちゃい頃はずっと思ってたから」
自分も家族も発達障害に気付かないまま中学生に。
教科によって偏りがあったが知的障害はないため成績はよかった。

って表現をされると、知的障害がないタイプの発達障害者は全員勉強できるみたいに誤解されるじゃん。
迷惑だ
そのことが余計に発達障害を気づきにくくさせ、コミュニケーションがうまくできないあすかさんと周囲との溝は深まるばかり。
そして高校生のときに始まってしまったのがいじめ。
心ない落書きをされたりジャージを切られたりしたという。
だが彼女にとっては嫌われる心当たりが全くない。
あすか「何で?ああ?ッ」
小さい頃から続いたストレスが爆発し、自分で髪を引き抜いた。
現実から目を背けるため、顔を壁に打ちつけるなどの自傷行為が始まった。
当時を振り返った彼女のノートには

自分は何のために
ここにいるのかって
いつも思ってた。
みんなと同じことができなくて
できても、うまくいかなくて


高校卒業後、音楽教師を目指し国立・宮崎大学の芸術文化コースに入学。
ところが
新たな環境がストレスになったのか過呼吸の発作が襲うように。
病院を訪れた彼女に下ったのは解離性障害という診断。

岩波先生によると

解離性障害
強いストレスなどにより記憶や自分が誰かの認識が失われてしまう精神障害

自分を守るため防衛本能の一つとして起こり
あすかさんの幼い仕草や話し方は解離性障害によるものと考えられるという。


その後発達障害と判明。
これ(解離性障害)は長年のストレスが引き起こした2次障害だった。
彼女は学生時代ほとんど友人ができず、心を許せるのはピアノだけだった。
そんな学生時代のつらい経験をして以来、制服のように同じ恰好をした集まりがトラウマになってしまったという。
オーケストラとの初共演は過去を思い出してパニックにならないか心配。
だが同時にこんな期待も。
あすか「ずっとピアノをやってきて、舞台に出たら一人で何とかしないといけないのがピアノだって教えられてきて、それが舞台に人がいっぱいいたら変わるのかな?」


そしてコンサート前日。
5月6日 北海道 札幌

初めて合同練習を行うため北海道へ。
総勢20名の弦楽隊と初対面。
大勢の人に囲まれたあすかさんは顔を見ようとしない。
さらに、少し興奮状態に。
(鳥のように手をバタバタさせる)
やはり集団の中は苦手のようだ。
そして弦楽隊が曲を演奏すると異変が。
小刻みに震えている。
耳を塞ぎだした。
一体どうしたのか。
スタッフ「大きい?音。耳栓する?大丈夫?」
あすか「音が鳴って痛い。(音が)いっぱい来る」
不測の事態にリハーサルは一時中断。
ソロでピアノを演奏してきた彼女にとって、弦楽隊が演奏する音は体が異常に反応してしまったのか痛みに感じられたという。


この感覚を栗原類は(以前の番組のVTR)
栗原「野田さんと違うけど難聴じゃなくて、音の感覚過敏でもあるんですけど、普通の音が皆さんとは違う形で僕に伝わってきている。だから例えば家でテレビの音量が30だったはずが70とかに聞こえたりしてて、みんなでオーケストラで演奏するときもうるさい。耳を塞ぐ。ある意味僕も小さい頃よくお経を聞かされている時、自分にとっては刺激が強すぎる音だったりとかして、彼女の気持ちすごい分かるんです」


想像しなかった事態にオーケストラや指揮者もただ見守ることしかできない。
だがしばらくすると
あすか「パッ」
と言うと
自ら指揮者と話し始め練習再開。
すると緊張も取れた様子
その後、無事に合同練習は終わった。
指揮者「明日もよろしくお願いします」
あすか「明日もよろしくお願いします」
果たして明日の本番は乗り切れるのか?


そして翌日、会場は座席数2000席を超える札幌最大のコンサートホールKitara。
国内外から一流の演奏家たちが集まる日本屈指のホールとして知られている。
客席も埋まりコンサート開演。
この日のコンサートは総勢40名以上の演奏家達が集まる。
まずはフルオーケストラによる演奏。
このあとの弦楽隊との共演を前に、あすかさんはいつもより緊張しているように見えた。
40分後あすかさんの出番。
まずはソロでの演奏から。

「幻想即興曲」ショパン
緊張を乗り越えて一人の演奏を無事終えた。
あすか「野田あすかです。宮崎から来ました」
そしていよいよ弦楽隊が入場。
最後の曲として披露したのが
あすか「次は私が作ったピアノ曲の中から『哀しみの向こう』という曲を弾きます。悲しいことがあった時、それを乗り越えようと頑張ることも大切かも知れないけど、その悲しみにどっぷり浸かっていてもいつか光は見えてくる、そんな希望を込めた曲です。」
1年前に作ったオリジナル曲。

「哀しみの向こう」野田あすか


<期間限定公開>野田あすか作曲・演奏「哀しみの向こう」ノーカット版

コンサートでたくさんの人と演奏するのは初めてのこと。
前日は体の痛みを訴えていたが、この日は笑顔が見えた。
曲の終盤、涙をこらえているように見えた。
コンサートでの初めての涙。
指揮者「バッチリでしたね。ありがとうございました」
あすかさんの涙の訳は?
あすか「(演奏を)合わせられた時に、オケの人たちとおしゃべりができた気がして、感動した。人がいるから怖いって思ってたけど、音楽でおしゃべりできるなら、一人じゃない舞台もいい」
「また挑戦したい?」
「したい」
小さい頃から話し相手はピアノだけだったあすかさん。いくら一生懸命気を遣って、私が言葉を喋っても、一人の友達を作るのにすごく時間がかかって、ほとんどできなかったのに、オーケストラと(演奏が)合って、音楽鳴ったら一気に気を遣わなくても自分の心を素直に弾いたら、こんなに一気に友達ができるんだって、感動したの。ピアノをやってて本当によかった」

うん。勘違いだね。
オーケストラの人たちはそんなことで友達にならない。
発達障害のピアニスト野田あすか
この日苦手なことが一つなくなった。


栗原「たぶん野田さんのお父さんお母さんやピアノの先生の人達も、本当常に長い目で見守ってくれていたのが彼女が一つの試練を乗り越えられたキーの一つかなと」
中居「周りの方々、家族の理解は大事じゃないのかなと。」
室井佑月「親としては『自立』ってことと『いいお友達ができるといいな』って思いました。」
中居「類君も自分の進路とか自分がゆくゆくはどんなことをやっていきたいってことを」
栗原「昔からお芝居の仕事をやりたいとは母親に言ってて、母親も僕みたいな人はたぶん普通の会社員だとつとまりにくいってのもあったし。ただ『人の何倍も努力をして自分なりのやり方でしていくことはちゃんと覚えとけよ』って何度も何度も言われたので。自分の進路を考えてくれる、理解してくれる親御さんとか周りの環境も重要なんだなって改めて実感しました。」

「周りの環境も重要」っていうか「周りの環境が重要」かなと思うが。

山本「ここでもう一人、人生の進路を自ら見いだした一般の方のケースを紹介します。
アスペルガー症候群という発達障害がある15歳の少年がある一歩を踏み出しています。ご覧ください。」


群馬県桐生市の高台に立つ家に人だかりが。
発達障害(アスペルガー症候群)がある、まだ15歳の少年が高校には進学せず、ある店をオープンさせていた。
それはコーヒー豆の販売店。
店長はアスペルガー症候群がある岩野響くん(15歳)。
マスコミに取り上げられたこともあり、多い時は1000人以上が来店。
この日も60袋用意した豆は完売の盛況ぶり。
自宅の8畳の和室を父と共に改装し今年5月開店。

HORIZON LABO
11:00〜19:00 毎月1日〜7日のみ営業

その理由は響君が吟味して選んだ豆を自分で焙煎して用意しているため。
しかも営業日が近づくと
響「営業2日前には、朝の7時から夜の3時までここで焙煎していて」
鮮度にこだわり、直前に20時間焙煎。
母・岩野久美子(36歳)「でも本当に手首が取れちゃう」
母、久美子さんは発達障害の響くんをどうサポートしてきたのか?
自宅でデザインから手がける洋服の店(リップル洋品店)を営んでいる久美子さん。
長男の響くんは大きな音に過剰反応し、落ち着きを失う子供だったという。
その一方で物心ついた頃から同じ調味料でもメーカーの違いが分かるほど優れた味覚と嗅覚があることに気づいた。
小学校入学後授業中にフラフラ出歩いたりしていたため、先生から医師の診断を受けるように言われ小学校3年生の時、アスペルガー症候群と診断された。
診断を聞き、響君をサポートするためサラリーマンをしていた父は会社を辞め、妻の洋品店を手伝うことにしたという。
だが中学1年の10月から不登校に。
久美子「黒板の文字とかが見えないんですよね。それは視力が悪いとかではなくて、歪んで見えてしまう、文字が。(他の子と)一緒に授業受けてノートに写してとかがすごく難しかったんですよね。それが学校に通えなくなった一番の理由なんですけど。ノートを左から右に字を写すだけなのに、たった3行ぐらいの文字を写すのに、5〜6時間かかっちゃったりとかして」
結果彼は高校には進学しないことを選択。
両親は無理に学校に通わせず皿洗いや掃除などの家事を頼むことにした。
小さいことでもいいから「できる」を実感させ自信をつけさせたかった。
だが、食器洗いができるまでに一年かかった。
掃除も頼んでいるが細かいところが気になりいつまでも時間をかけているかと思えば、その後土をこぼしても気にしない。
きれい好きとはまた違うという。
久美子「本当に気になるポイントがよく分からない」
洗濯も担当だが
久美子「習慣になちゃえば必ず毎日毎日できるのに、逆にこの習慣をはずすのが今度とっても難しくて、雪の日も干しちゃうし、これが普通に会社とかに入ってれば『もうそれいいから先こっちやっちゃって』っていうのが仕事じゃないですか?やっぱり難しんですよ。自分の行動で他人が嫌な思いしたりして、いつも傷ついちゃうんですよ。そこがちょっと可哀想だなと思うんですけど」
中学2年の時、コーヒーについて独学で勉強し、店を持ちたいという響君を全力で応援。
100軒以上のカフェに連れて行った。
店のキャッチコピーは「ぼくができることから ぼくにしかできないことへ」。
家族に支えられ響君の挑戦は始まったばかりだ。


中居「すご〜い!やっぱり発達障害のあるお子さんの子育てって…」
岩波「非常に難しいと思うんですが、まず何よりもやっぱり親がご本人の発達障害の特徴に気づいてあげる。それをしないとただ本当に叱るだけになってしまって自尊感情がどんどん低下していくと。」

で?
叱られるだけで自尊感情なんて消滅した私達はどうすれば?
中居「だから発達障害がある方イコール何かすごい特別な才能があるっていうわけでは先生、ないんですね?
岩波「
もちろん天才といえるような方もいらっしゃいますが多くの方はそうではないですね。ある意味、発達障害の障害は特性とか個性にもなる。いいところを伸ばしてあげるとただそれは家族だけの問題じゃなくて社会の問題ですね。学校であり会社であり」中居「周りの方々の理解とか環境を整えるってことはね、今後大事になってくるんじゃないかと思いますけどね。特別編お送りしましたありがとうございました」

私が大昔に聞いた話(正しいかどうかは知らない)では、プロのピアニストってのは初見でも弾けないとダメだとのこと。
で、これがアマチュアだと初見では難しい箇所はゆっくり弾いちゃったりしてもいいみたいな。
そういう意味では、野田あすかさんはプロとして必要な能力に欠けるのかなと。
でもそれを補うだけの尋常ではない練習量ってことか。
うん。
「努力家だねぇ〜すごいねぇ〜」ですか?
違うよね?
それができるのは全て家族のお陰だよね?
後から出てきた岩野響さんも同様。
この子は味覚が非常に鋭敏で(過敏な人はよくいるけど、過敏なだけでは害にはなっても役には絶ちません)それを活かす形で仕事に結びつけて成功しているワケですが、家族のサポート無しでは成立しないよねぇ。
この子も野田あすかさんと同様、自分で家事全般をこなすという能力に乏しいようだし。

二人の例を見ていただいてご理解いただきたいことは、どんなにその障害者に生まれつきの「才能」のようなものがあったとしても、カネも手間も一切かけずに放置で「自分で勝手にやれ」って言って「商業ベースに乗れる」ような「才能」を発揮できるっていう可能性はゼロに近いってことで。
ゼロではないかも知れないけど、そこまでやれる人は発達障害があっても診断を受けずに生きている可能性大だと思う。
円周率を何百桁暗記できても、すべての鉄道の駅を暗記していても、それだけで「仕事」にするのは難しいでしょう?
発達障害者は全員でないまでも、普通の人にできないことができる人もいる。
でもそれが「仕事」として成立するレベルにできるかどうかは別問題。
そしてそこまで成功させるには周囲のサポートなしにできるものではないだろうっていう。

「哀しみの向こう」は↓にも集録されているそうです。

脳科学者が選んだやさしい気持ちになりたいときに聞く 心がホッとするCDブック (アスコムCDブックシリーズ)



posted by ひと at 14:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月28日

【虫写真】繭を切る

営繭から一週間が経過いたしましたので!
繭を切って中身を出しますね!!!!
今回、かなりばらつきがあったんで、まだ幼虫のヤツまでいる状態だし、サナギになってないのもいるだろうと思うので、早めに繭を作ったヤツだけね。

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白い繭の皆さん。

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わりと小さ目な感じ。

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黄色い繭の皆さん。
片親は白い繭なのに、白い繭にはならないんだな。
黄色い繭の方が死亡率が高かった。
中で何匹かお亡くなりに。

posted by ひと at 19:24| Comment(0) | TrackBack(0) | カイコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カルディ カルディオリジナル パンダ レモンミルクプリン

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【オリジナル】パンダ レモンミルクプリン | 新商品情報 | カルディコーヒーファーム
さわやかなレモンの味わいをほんのりきかせた、ミルキーでぷるぷる食感のプリンです。
パックのまま冷蔵庫で冷やして固めればすぐお召し上がりいただけます。パックから出してとろ火で加熱後、お好みの型で固めても。


多分5月1日発売。
440円(税込)。
内容量358g。

前に杏仁豆腐のヤツがあったんで、人にあげるのにあれでいいかなと思って買いに行ったらこれが売っていた。
夏期限定発売らしい。
結局「こんな高いのあげるの勿体ないな」って思い直して自分で喰ったっていうね。

DSCN2852.JPG

思ったよりも黄色くない。
かなり薄い黄色。

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味は栃木のレモン牛乳っぽいかな?と思ったら、もっと甘さは控えめな感じ。
とても美味しいと思う。
口当たりは非常になめらか。
ただ、もうちょっとお求めやすいお値段になってくれたらなと思う。

フタバ食品 レモン牛乳アイスバー マルチ 6本×8箱



posted by ひと at 19:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする