(初日だけ「忘却とは忘れ去ること」と言っているが、後は全て「忘却とは忘れ去ることなり」と紹介されているので、タイトルは「忘却とは忘れ去ることなり」にしておく)
「忘却とは忘れ去ること」
昔のメロドラマのタイトルにあった。
「忘却とは忘れ去ることなり。 忘れられず、忘却を誓う心の悲しさよ。ヒュルルル〜♪ルルル〜♪」という、そういう何か。
(ラジオドラマ「君の名は」の冒頭のナレーション。正しくは「忘却とは忘れ去ることなり。 忘れえずして,忘却を誓う心の悲しさよ」)
母が見ていたのでいつの間にか・・・
番組の前に始まるナレーションが好きだった。
今でも覚えてらっしゃるのは凄いと思う水谷譲。
「禁酒法があった1920年代のアメリカは、汚職・麻薬・暴力が横行していた。この危機に敢然と立ちあがった我らFBIの仲間は絶対に買収されないという意味から『アンタッチャブル』と呼ばれ・・・Untouchables」
これも「アンタッチャブル」というドラマだった。
いくらでも出てくる。
記憶力が凄いと思う水谷譲。
何でこうこういうことを忘れないのか?
メガネをさんざん探したら、額の上にあったとかという。
頭の使うところが違うと思う水谷譲。
この間、TBSにいらっしゃるあの名アナウンサーの安住さんが面白いことをおっしゃっていたが、主婦になられた五人姉妹がコタツを囲んで。
長女の方が突然重大発表をなさって。
「うちの人、ガンになったらしいの」という。
「お姉さんしっかり。今では治る病気よ」とかみんなで・・・
そのうちの一人が「ガンの場所はどこ?」。
いろいろあるから。
そうしたら長女の方が「うちの人のガン・・・性感帯」。
「ああ、性感帯」とかと言っていて「性感帯ってどこ?」と誰かが訊いたら「私は耳たぶ」とか何か。
そういう話ではない。
病名を忘れてしまったらしくて、一番上のお姉さんが間違えてしまった。
「声帯」だった。
それに「カン」を入れてしまって「セイカンタイ」になってしまったという。
そのことがわかった瞬間に、暗い話なのに五人揃って大声で笑った、という。
深刻な話も一瞬の忘却で、たちまちコントになってしまうという。
本当に忘れやすくなった水谷譲。
スマホで何か検索しようと思ってスマホを開くが、その時点で何を検索するか忘れている水谷譲。
「なんだっけ?」みたいな。
「昨日買ったメガネ〜♪一昨日買った〇〇〜♪あれはどこへ行った〜♪」というのがあった。
中島みゆきさんの替え歌だったのだが。
(「さんまのからくりテレビ」武田宏子さん作詞「日常のドジ」。歌詞は「してたはずのメガネ 買ったはずの豆腐 みんな何処へいった」)
ちょっと面白い方に遭遇したので、その人の為に「忘れる」ということを三枚におろしてみようかなと思った。
これはすいません。
テレビとネタが重なっている。
(
「サン!シャイン」 2025年12月10日放送・2025年12月17日放送)
VIDEO VIDEO 「人間というのは忘れる生き物である」という、そんなことを喋った。
人間は覚えていることを絶えず取り出していないと、忘れてしまう。
それとか記憶が歪んでしまうという。
前に話した。
人からいじめられたと思っている人が、よく話を聞いてみると、その人もいじめていたという。
(
2023年11月20〜12月1日◆し忘れ・ど忘れ・物忘れ の時にも出てきた話かと思われる)
人間というのは覚えていることを喋っているみたいに言うが、正確に覚えていることを喋れる人はいない。
少しずつ改竄してしまう。
その話をしてワリとテレビスタジオでウケた。
そうしたらご一緒している政治評論家の岩田明子さんが「私、忘れたいのにすぐ出てくる嫌な思い出があるんです」という。
「何ですか?」と訊いたら「ゴキブリなんです」。
岩田さんはゴキブリが大嫌いで、ちょっとしたはずみにゴキブリの思い出が出てくると正確に蘇る。
そういう方は多くて周りにもいると思う水谷譲。
岩田さん曰く「生涯で出会ったゴキブリの全てが思い出せる」。
「自分が初めて叩いてグジャグジャにしたゴキブリが一匹目で、二匹目は叩こうとしたらこっち側に向かって飛んできた」とか。
それから「一人暮らしを初めて部屋に入った瞬間に夫婦のゴキブリとバッタリ目が合って、その夫婦は本棚の隅に消えた」とか人生で出会ったことのあるゴキブリを・・・
「これを思い出さなくする為にはどうしたらいんでしょう?」
ある意味トラウマだと思う水谷譲。
そう。
ゴキブリという軽い程度でも水谷譲のおっしゃったトラウマになっている。
それで「武田さん、教えてください」と言われて、本屋さんに行って見つけた本がある。
それが「忘却の効用」、(著者は)スコット・A・スモールという。
アメリカの大学の先生。
白揚社から出ている。
腰帯にこんな宣伝文句があった。
忘れっぽいことは 正常であるばかりか、有益でさえある。 その理由を教えてくれる、実用的で、 すばらしい本 (本の帯)
つまり、「忘れてしまう」ということは正常であるばかりか、もの凄くあなたの為になっているんだ、と。
先生はこんなことをおっしゃっている。
「忘却とは衰えであると思い込んでいる人がいるかも知れないが、それは衰えの兆候でも何でもなく脳の大切な機能なんです。抗ってはなりません」
「忘れる」というのは体の為に有益なのかと。
「忘れることがいかに大事か」ということを説いた本。
コロンビア大学の教授であるスコット・A・スモール博士。
神経科の臨床医をやっておられて、記憶に障害があったり違和を感じる人の為の相談にものっておられるという。
武田先生の方はというと、仕事仲間になっている政治評論家の岩田明子さん、この人が「ゴキブリがどうも頭から消えない。上手く消す方法はないだろうか」と言われて、この本を読み出した。
岩田さんのゴキブリの記憶で「飛び出してくるゴキブリ」「走り去るゴキブリ」「叩き潰したゴキブリ」「反撃してこちらに向かってくるゴキブリ」その一つ一つが消えないという。
これは一種の写真記憶で、超高解像度でありありと浮かんでくる。
これは一種「記憶のやけど」のようなもの。
「記憶のやけど」は武田先生は上手いことを言う。
消えない嫌な思い出、これは誰にでもある。
人間というのはしょうもないことを覚えている。
あれは一種「記憶のやけど」だそうで。
こういうことで悩んだ人はいないだろうか?ということで、武田先生はこのスモール博士の臨床日記を読んだ。
その中には記憶で様々な障害を持つ人がいる。
まずそっちの方からいく。
消し方ではなくて、記憶全般から。
記憶に障害を持つ患者さんの嘆きというのを聞いてみましょう。
私がコロンビア大学記憶障害センターで最初に診た患者のカールは言い切った。 −中略−
カールはマンハッタンで働く刑事事件専門の弁護士で(17頁)
カールは子どものころから学校でつねに優秀な成績を収め、彼の記憶力は競争の激しい学校の同輩たちのなかでも抜きん出ていた。 −中略−
その並外れた記憶力は弁護士の仕事でも役に立ち、所属していた法律事務所中に知れ渡っていた。 −中略−
彼は一度会った人の顔や名前を決して忘れなかった。 −中略−
彼は数か月前、ある重要な依頼人と初めて面会した。そして最近、 −中略−
ショッキングなことに相手の名前をいいよどんでしまった。 (20頁)
これは弁護士さんにとっては、大変。
それは記憶障害だと思う水谷譲。
笑顔で応じてはいるのだが、その人の名前がどうしても思い出せない。
顔は覚えている。
名前が出てこない。
これが何人も続くと、マンハッタンを生きていく弁護士としてそうとう信用に差しさわりがあるという。
「何でこんなふうに私は、映像は残っているのに名前と結び付かないんだろう」というのでスコットさんのところ「に脳の病気ではないか?」と相談に来られた。
スコットさんはこの時に診断をしていくのだが、ゴキブリを忘れる方法は、ゆっくり話していきますからちょっと待っててください。
まずは「覚えている」ということはどういうことかという。
これは読んでびっくりした。
例えば水谷譲が今、目の前にいる。
水谷譲のことを「加奈」と呼びかけている。
この記憶。
「あなたの名前は『加奈』。あなたの目付きはそういう目付き。あなたの髪はそういう髪型。唇は、体形は・・・」
何と凄いことに脳の思い出の倉庫の中にバラバラに入っている。
眉なら眉のところに入っている。
目なら目のところに思い出が入っている。
耳なら、体つきなら、名前なら、全部バラバラ。
だから当然。
「顔は思い出せるんだけど名前は・・・」というのは倉庫の距離が遠い。
何でこんなに頭はそんなバラバラにするのか?という。
これは人の顔等は加齢と共に激しく変化する。
年を取るとわかるが。
武田先生はこの同窓会をやったばかりだったからこの話がやたら身に沁みた。
「ヤングジャパン」という芸能会社があって、一緒に働いた仲間が数十年ぶりに集まった。
誰が誰だかわからない。
名前は全然思い出せない。
でも、ある瞬間パッと思い出す。
それがしょうもないこと。
ひょいと向いた仕草で「オマエ、チマか!」。
「チマ」というヤツがいた。
動きを思い出した瞬間、ポーン!と名前が付いてくる。
それは別々の引き出しに記憶が入っているから、ある引き出しを開けたということかと思う水谷譲。
私達がフッとそんなふうにして思い出すのはバラバラにしまってあるから、80%が年取ってワケわかんなくても、20(%)を言い当てると80が出てくるという記憶があるという。
「忘れる」ということを探っていきたいと思う。
記憶というのは面白いもので、記憶という倉庫があるとすると人間の顔なり何なりを全部バラバラにして眉は眉、目は目、額は額で覚えていて、あるきっかけがあってそのバラバラにした何かに引っかかるとたちまち全部思い出せるという。
これは武田先生の例え。
会社で言うと思い出そうとしている物が会社の受け付けに行ったみたいなもの。
会社の受け付けに行くと、受付嬢に頼む。
「〇〇さんを呼んでいただけないでしょうか」
これが思い出す手順。
そうすると、その受け付けの人が「〇〇でございますね」と言って、その人のところに連絡を取る。
そうすると記憶がエレベーターで降りてきて「やあやあやあやあ!」と寄って来るという。
そういう脳のシステム、働きをスムーズにしている思い出の入り方、入り口。
その受け付けのことを「海馬」という。
脳には左右一対の海馬がある。 −中略−
海馬がタツノオトシゴ −中略−
のように見えたので、そう名づけた (31頁)
ここがジャッジする。
「この人の顔はしっかり覚えておこう」それから「もう忘れちゃおう」とかという、そういう決心もこの海馬がする。
ここが分解し、モンタージュにして記憶。
眉のコーナー、鼻のコーナー、耳のコーナーにしまうという。
頭は凄いもの。
これは上手いこと言って、このスコット・A・スモール博士は武田先生の例えではなくて、この方は音楽に例えていて。
仮に海馬の小区域がピアノの鍵盤だとすると、依頼人との面会によってカールの海馬では、記憶という音符がいくつも重なった和音が鳴っただろう。 (34頁)
遠い記憶はしっかり思い出せるのだが、最近入れた記憶が出てこないというのがある。
カールは、 −中略−
昔からの依頼人の名前を忘れたことはない (40頁)
ところが新しい依頼人とか紹介された友人に関してはなかなか結び付いていない。
これはわかりやすく言えば記憶の収納倉庫と棚の方には問題が無い。
カールの海馬は、彼の人生を通じて電話交換手の機能を十分に果たしていた。 −中略−
だが、海馬は依然として機能していたものの、若いころより効率が悪くなっていたのだ。 (40頁)
そうすると古い記憶はちゃんとしまってあるから思い出せるのだが、新しいのは苦手になっていく。
この最大のものが、武田先生が体験したことがある。
高島屋とか大きいデパートに行って、車を停めた場所がわからなくなるという。
8階、9階ぐらいまであって、その階を忘れると、もう絶望的。
あれはちょっと海馬が年を取ってきた証拠だそうだ。
本当にあの同じ風景の駐車場は忘れる。
隣の車の色とか思い出しても、隣の車がいなくなっているともうわからない。
自分が貯めた記憶が何の役にも立たないという。
正月の特番でそんなのをやっていて身につまされてしまって。
娘とデパートではぐれてしまったお爺ちゃんというのがいて、そのお爺ちゃんが迷子のコーナーに行っている。
そのお爺ちゃんは携帯を持っているのだが、電池が切れてしまって娘と連絡が取れないという。
お爺ちゃんとその娘さんの別れの言葉が「駐車場の車のところで俺、待ってるから」が合図だったもので、お嬢さんはそこで二時間待っていたという。
会うと娘さんからボロクソに言われたという。
前に水谷譲と話した。
何を一番覚えているか?
例えば思い出せる部分が少なくて思い出せないということがある。
でも何かと結びつけておくとスルッと出てくる。
人間は物語にすると覚えている。
情報として入れると忘れてしまう。
朝、聞いた情報は夕方に消えている。
これも海馬以下の脳の仕事。
消していかないと次が入ってこないから消してしまう。
こんなふうにして考えてみると、面白いもの。
忘れていかないと次に新しい情報が入ってこないから、忘れるという能力はもの凄く大事だということ。
それから毎日私達は寝る。
「私たちは忘れるために眠る」 (149頁)
睡眠の主要な目的は大脳皮質をリフレッシュすることにある。睡眠は大脳皮質の記録を片付けて白紙にし、大脳皮質が新しい記憶を受け入れられるようにする。 (151頁)
ところが人間の頭の中はいろいろ出入口があって、入り口が海馬の受け付け以外にもある。
この放送局(文化放送)は、他に入り口どこにあるか?
二階に受け付けがあって、一階に駐車場があって、駐車場の奥が警備室でそこも入り口だと思う水谷譲。
各階にある出入口。
非常口。
頭の中にも非常口がある。
「非常口から入って来る記憶」というのもあって、このあたりがどうやらゴキブリが入ってきた入り口と似ているということ。
「忘れる」ということの重大性を語っている。
これも触れておかなければいけない。
覚えているとどうなるか?
人間は記憶がある。
記憶はどんどん消えていく。
消えてゆかないとどうなるか?
頭の引き出しがいっぱいになってと思う水谷譲。
それがサヴァン症候群になる。
あれは記憶が消えてゆかない
これは凄く辛いらしい。
消えてゆくのがアルツハイマー、統合失調症、パーキンソン等々言われているが、サヴァン等々記憶障害というのは消えてゆかない。
どうなるかというと、子供なんかがそうだが
家の本棚に並んでいる本のうち、一冊の置き場所がわずかに変わっただけでも不満を募らせ、本がすぐさま元の場所に戻されなければ、かんしゃくを起こす。 −中略−
母親が通学路を変えようとしただけでもフレディは怒りを爆発させ (56頁)
(番組ではサヴァン症候群の例として紹介しているが、本では「サヴァン症候群」とは紹介されていない)
最近これは見つかったのだが、動物、ネズミなんかにもあるそうで。
行き止まりに出会うと、そこで餓死するネズミもいるという。
だから忘れることによって新規を探そうという意欲があるという。
そしてこのスモール博士の中でゴキブリが消えてゆかない岩田さんにピッタリだなと思って一生懸命読んだのが、水谷譲が言う通り「PTSD」「心的外傷後ストレス障害」。
思い出が消えてゆかない。
消えてゆかないどころか、その思い出が出始めると、もうそれ以外考えられなくなってしまうという、やはり「記憶のやけど」みたいなことが心的外傷、心の傷跡になる。
例えばPTSDによくみられるのは、戦場で辛い体験をすると、花火大会がダメになる。
バーン!という花火の破裂した音が聞こえると、戦場の思い出が克明に蘇ってくるという。
睡眠障害や突然の怒り、フラッシュバックによる精神的苦痛と混乱があるという。
「ゴキブリの記憶」というのはちょっとPTSDと呼ぶには軽すぎるが、岩田さんに現れている障害そのものはこれぐらい強いもの。
これは受け付けを通ってきた記憶ではない。
非常口から入ってきた。
非常口を開けたものだから、このビルもそうだと思うが、警備室のサイレンが鳴っている。
それで赤いランプが回る。
それが岩田さんの場合のゴキブリ。
だから非常口を閉めないとダメ。
閉めればサイレンと赤色灯の回転が止むという。
PTSDもそうで、そのゴキブリとはあまりにも違うかも知れないが、この博士が調べられたのは、戦場でのPTSDの人を扱ってらっしゃる。
お肉を食べようと思って肉を見ていたら、それが友人の撃たれた後の傷跡に見えたりするという。
それでもう、手が震えるというような心的障害が出てくるワケで。
でもならない人もいる。
「ランボー」とかというのがあって、ベトナムの戦場での傷が生々しくて、普段の市民の生活に戻ってもそこが突然戦場に見えたりなんかするというPTSDを患う。
だが、ベトナムから帰還してきた人でもなっていない人もいる。
このスモール博士の調べ方が、なっていない人を全部調べる。
このPTSDを探っていくと、これは岩田さんに使える。
つまり非常口を閉めることだから。
これが面白い。
友達がいるかいないか。
戦争でもの凄い体験をする。
やはり戦闘の体験は心に凄い。
それは極限。
ところが基地に帰ってきて、友人と一緒に今日の戦場の話をしている。
それは悲惨な話。
ところがその悲惨な話を五人、六人で分け合ううちにフッと笑い話になったりすることもある。
「あん時さぁ、敵の姿見えたんだ。俺、ションベン漏らしちゃったよ」と言ったら横のヤツが「俺もだよ」と言った瞬間に男同士が笑う。
その間に心の重大な傷として扱わず、非常口を閉める。
そういうことがあるので、まだ他にも非常口を閉める秘訣がある。
心の傷が無かった人をよく調べると、基地に戻って仲間達と今日の出来事、戦場での殺し合いを語り合ううちに笑い話が生まれたりすると、比較的傷になりにくいという。
PTSDほど重くはないにしても、嫌なことがあった時に仲間とお酒を呑みながら共有して笑い飛ばせば忘れられると思う水谷譲。
「笑い飛ばす」というが、本当に「飛ばす」。
あれは飛ぶものもある。
皆さん、「この先も辛いことはあるかも知れないが、とりあえず毎日少しずつ笑いも貯金していくとあなたの重大なパワーになります」ということ。
そしてPTSD、心的な障害に関しては、こんな方法も、ということでこの博士が挙げてらっしゃるのが
PTSDの一般的な治療法は、 −中略−
曝露療法(エクスポージャー)の論理で、この療法では、安全な状況のなかで、不安を引き起こす刺激に患者を何度もさらす。 (97頁)
これは別の言い方で「クローゼットのドクロ」という。
これはあまりいい例えではないが、わかりやすので話すが。
誰かを殺してしまってクローゼットの中に白骨を隠している。
毎日ドキドキするけれども、ドキドキしない方法が一つだけある。
それは何かというと、毎日クローゼットを開けてドクロを見慣れてしまうことだ、という。
そういう刺激の仕方。
慣れてしまう。
そういうことが、人間の心の傷をだんだん塞いでくれるという。
だから岩田さんに勧めたのは「鈴虫を飼いましょう」。
ゴキブリとスズムシは似ている。
それはスズムシ好きな人は怒るのではないかと思う水谷譲。
あの色といい何といい。
一瞬でも「スズムシ可愛い」と思うとエクスポージャー、暴露療法で怯えなくなる。
もう一つ岩田さんに勧めたのが仮装。
例えばハロウィンなんかでゴキブリの恰好をして友達とゴキブリパーティーをやる。
やりたくないと思う水谷譲。
お祭り騒ぎ。
とにかくゴキブリに接近する。
ショック療法みたいな感じかと思う水谷譲。
もう今、嫌いな人達は、(「ゴキブリ」という)その名前を聞くだけで「鉄矢さんやめて!」となっていると思う水谷譲。
そういう方もいらっしゃるだろう。
でも、何てことない人もいる。
テレビでやった時は凄いものをスタッフは見つけて。
ゴキブリを殺す薬のコマーシャルをやっていたことがあって、ゴキブリの恰好をしたことがあった。
最後はその恰好で岩田さんに「友達になってください」と頭を下げるところで番組は終わった。
本題に入る。
体が脅威を感知したときには、偏桃体が実質的に神経系の「司令塔」として処理に当たる。 −中略−
偏桃体は、必要とあらば危険信号を徐々に増していき、ついには「緊急事態発生! 緊急事態発生!」とがなりたてる。 −中略−
こうして偏桃体は、記憶の何気ない事実──いつ、どこで、何を──に感情の色を塗るのだ。 (92頁)
入り口、受け付けを通った時は目・鼻・口とかと全部バラバラにした。
非常口から入ってきた時は「これ、大変だから」というので丸々思い出にしまってある。
だから思い出すのは頭から全部思い出してしまう。
それで頭の中がいっぱいに広がる。
丸ごと飲み込むような、そんな無理がこの偏桃体から入って来る記憶にある。
これはもともと体に悪い思い出。
「二度とこんな目に遭わないように」ということで取ってある。
そういう記憶のしまい方もあるという。
一番大事なことは、この偏桃体から入って来た暴走する思い出に関して、ユーモアを加えることによって断ち切っていく、分解していく。
笑う力は大事。
上司の悪口を言った時も、最後にその上司に変なあだ名を付けたりすると笑い飛ばせるし、ユーモアは大切だと思う水谷譲。