(番組冒頭の話からの流れで桜島の話なので割愛)
これはタイトルに惹かれた。
「すぐ役に立つものはすぐ役に立たなくなる」

(著者は)荒俣宏さん。
おっとりした、そして静かな、にこやかな荒俣先生の箴言集。
タイトルが抜群にいい。
「すぐ役に立つものはすぐ役に立たなくなる」という考え方が。
荒俣先生の箴言集の中、名言集の中でも、武田先生が気に入ったヤツをこれから毎日並べてみようと思う。
(荒俣)先生は「考え過ぎるなよ」という教えの為に、本の初めの方でクイズを出しておられる。
かたち
いたち
せんち−中略−
という三つのことばの中で、一つだけ異なることばがあるが、それはどれか?(41頁)
形(かたち)、鼬(いたち)、糎(せんち)???
図形と動物と尺度の共通点??(41頁)
正攻法で気がつくのは、「せんち」だけは外来語であるという答えだが、これも「戦地」という日本語にもなるので最適解といい切れない。(41頁)
答えは「せんち」。理由は、ことばの2音目がほかと違うから。(42頁)
一般の人は、ことばの意味や成り立ちを訊かれたものと理解してしまうが、これでは世界をひっくり返せるアイデアはでてこない。(42頁)
「素直に考えた方がいいよ」「この間違えた人の特徴は正解を突き詰めることだ」と。
正解を突き詰めるということ自体が間違いを引く動機に成り得るという。
これは言われるとわかりやすい。
なぜ頭のいい人は気が付かないのか?
それは正解を求めるから。
脳の中にいろんな引き出しがあって、そこにいっぱい知識が入っている。
それを正面玄関から入って受け付けを通る。
その受け付けのことを「海馬」と言う。
そこを通る。
それが受け付けなのだが、受け付けで呼び出す。
「かたち」「いたち」「せんち」どれが正解だろうか?というのを受け付けに出すと、そこの海馬が形に関する思い出とか、知識。
イタチに関する思い出とか知識、センチに関する・・・
もうそれぞれ脳のバラバラのところに収めてある。
それをくっつけて水谷譲は「いたち」というワケだが、それでは新しい発想ができない、という。
頭の中にいっぱい出入口があって、非常口というのもあって。
それは「偏桃体」という。
これは突発的に起こった出来事を覚えておいて「これは絶対忘れちゃダメだ。二度と危ない目に遭いたくないから」という。
強烈過ぎると。
バラバラにならずに塊になって覚えるものだから重たい。
それでそっちばっかりに頭がいってしまうという。
そのことを考えると、全部思い出が出てくるから他の考え事ができなくなってしまう。
もう一つ面白いのが頭の中の入り口とか非常口ではなくて裏口から入るという。
あんまり考えずにいきなり取りに行く。
そこに新しい発想がある。
だから意外な発想とか意外な思いつきというのは脳の入り口を変える、という。
それがいわゆる「才能」と呼ばれるものらしい。
「アンタ上手いこと言うね」というヤツ。
あれは入り口も非常口も通っていない。
裏口から入ってポンと行ったものだから、もの凄く斬新に。
荒俣先生は巧妙なことをおっしゃっていて、裏口から知恵とか思い出を取りに行く為にはどうしたらいいか?
新しいアイデアとか欲しい。
その時、それはどうしたらいいか?
このあたりから凄く先生のご意見は勉強になる。
先生はわかりやすく一言おっしゃる。
「バカになれ」
バカになったら受け付けを通らず非常口を通らず裏口からヒョッコリ入っていくんだ。
このへんは作詞なんかで「面白いこと考えなきゃ」と思う時、いつも思い当たること。
こんなふうふうにして「すぐ役に立つものはすぐ役に立たなくなる」というこの道理を明日から紹介したいと思う。
新年。
手堅いところから「(今朝の)三枚おろし」を始めたいと思う。
荒俣宏先生の箴言集・名言集だが、「すぐ役に立つものはすぐ役に立たなくなる」。
何でこんなフレーズに惹かれたかというと、前に水谷譲に話した。
「情報」と「物語」の差。
(「情報」と「物語」については
2025年12月1〜12日◆「話が面白い人」は何をどう読んでいるのかあたりで紹介されている)
「情報」というのはもう今、たちまちのうちに日本中に秘密にしておいても広がっていくのだから凄いもの。
だが、「すぐに役に立つ情報」というのは、すぐに役に立たなくなる。
この発想というのは武田先生は酷く荒俣先生に賛成していたものだから、本屋でこの本をすぐに手に入れた。
荒俣先生は「いろんなところから頭、使わなきゃダメだよ。正面玄関、脇から、裏口から入ったっていいんだ。頭の中には」という。
その方法として荒俣先生が教えておられるのが「バカになれ」。
「バカなこと」が好きな人にこそ、ほんとうのチャンスがめぐってくる(56頁)
要するに「ニッチ」=〈多くの人にはあまり目につかない分野〉であるケースが多いのだ、と。(56頁)
「異質な力」は、あなたの人生のクライマックスにおいてかならずその威力を発揮する。そんなチャンスがめぐってくるのだ。(56頁)
何か途轍もなくあたらしいものにぶつかったとき、人間は本能的に凍りつく。−中略−
この状態を「ワンダー」という。(59頁)
「ワンダー」にぶつかると人は興奮するそうだ。
(このあたりの話は本の内容とは異なる)
ワンダーとはとにかく驚くこと、驚く能力は大事。
人間は驚かなくなったらガクっと年を取ってしまう、老けてしまう。
驚くというのも力。
ワンダーとは、「驚き」とも「フシギ」とも訳されるが、ワンダーがきわまると「ワンダフル(フルはいっぱいにあふれるの意)となってすばらしい≠フ意味になる。(59頁)
物知り先生だけあって上手いことを言う。
さまざまなワンダー情報のさばき方だが、わたしはその真偽というか本質や起源があきらかになることを、最初の身元保証だと考えている。(61頁)
日本の面白さはその身元を調べる手がかりが歴史の中にいっぱい保管されている。
日本はやはりワンダーが非常に多い。
日本語ほど複雑で不思議でワクワクする言語はない。(62頁)
法律の「法」という漢字は、古代では、この字を「灋」と書いた。−中略−
法の字に、どういうわけでサンズイがあり、どういうわけで造りが「去る」という字なのか。(62頁)
法律は水物なのかと思う水谷譲。
水物は水商売。
裁判所が水商売とは思えない。
これが面白い。
この漢字の始まりはもの凄く古くて象形文字だったので、三千年以上前からあったそうだ。
象形文字というのは図像情報、つまり絵になる情報を含んでいる。
これはヤマイダレ。
これは建物や特定の場所を示す時に付ける。
サンズイは水谷譲がおっしゃる通り「水」。
川の流れを表している。
カギは鹿のような文字。
これは実は生き物。
中国での本来の意味は「カイチ」と呼ばれた神獣で、竜や法王の仲間なのだ。その姿はなかなかにおそろしく、わりに「麒麟」という神獣に似ていて(63頁)
この神獣は、法の正義を象徴する存在で、人間が法の正義をはっきり判別できない場合に、法廷に呼ばれる。−中略−
カイチは両者を見つめたあと、法の正義を犯しているほうに角を突き立て、死罪を与える。(63頁)
「慶応」の「慶」もそう。
動物に「いいこと起こりますように」と祈ったらいい反応があったというのが「慶」という字。
だから「慶応」の「応」は「反応」。
「良い知らせが来ますよ」
この法律の「法」の面白さは、何でサンズイか?何で去か?
これはシーサーとか狛犬もそうだが、
水辺にいて、火を防ぐ獣でもあったからだ。(67頁)
それともう一つ、武田先生は白川(静)先生の説が大好きで。
「オマエは本当は悪いヤツだろう」とカイチが見抜く。
その後、悪いヤツをヒモでグルグル巻きにして水の中に放り込んだようだ。
そいつが流れ去っていくという。
それで「去」。
そこまで全部漢字は原型は持っている。
こんなふうにして善悪のジャッジメントというのはかつてはケモノがやっていた。
では善人はどうなるか?
「善」
動物がいる。
「羊」
善い人はカイチに判断されて「アンタは悪くないよ」と言われたのでカイチに羊を捧げた。
それで「善」という文字には生贄の羊が置いてある。
たかだか漢字だが、面白い。
何を話したかったかというと、荒俣宏先生はワンダーに遭遇したら「なぜそうなのか」を辿っていけ、と。
そうしたら凄く面白い別のものに行き当たるから、という。
こういう先生の発想というのは・・・
結局小さく驚くこと。
今、水谷譲はワンダー状態。
水谷譲の周りにはそういうワンダーがいっぱいある。
そのワンダーにこだわるかどうかだ。
一つワンダーを捕まえたら、そのワンダーからワンダーが広がっていく。
上手く言えないが、荒俣先生はそんなことをおっしゃりたいのではないか?
ヘレン・ケラー。
「目が見えなかった」「耳が聞こなかった」「ものが喋れなかった」という三重苦のあの少女はサリバン先生から言葉を教わる。
ヘレン・ケラーが叫んだ一番最初の言葉。
「Water(ウォーター)」
認識のスタートはそれ。
ヘレン・ケラーは水を浴びせられて「ウォーター」と叫んだ時に「全世界のものに名前がある」と気づいた。
たった一つのものを見つけただけで全世界のものに名前があるという認識を得たこと、がヘレン・ケラーのスタートなのだ。
だから一つの驚き、浴びせられたものを「ウォーター」という、その一つの認識が全世界にヘレン・ケラーを連れていった。
今、武田先生は相当いいことを言っている。
武田先生はこれを歌にしたくなって。
「たった一つ何かを知ると、そこから全世界が君に向かって開いていく瞬間がある」という。
そういう歌を作ったらいいかな、と思って。
荒俣先生に返る。
「どんどん遡れば面白いものが見えてくるよ」とおっしゃる。
その面白いものをどうやって探すか?
先生は「ニッチ、隙間を探せ、人が捨ててるそんなもの、人の興味が薄れたもの、それから人気が無いもの、損はしないけどこんなもん覚えたって特もしない。その中に面白いものがある」。
中国の名著『荘子』という本に、「櫟社の散木」という教訓話がある。−中略−
ある一人の棟梁大工が、弟子を連れて材木を探す旅に出た。すると、ある村で神木として尊ばれている巨木に出会った。弟子がこの木を使おうといったが、棟梁は反対した。あの木は役に立たなかったからこそ巨木になれたのだ、と。(97頁)
使える木はすぐに伐られるが、使えないと判断されて放置された散木は、巨木になるまで育って、神木と呼ばれるようになった。(97頁)
「役に立たないものこそ、永遠に役に立つものになるよ」という。
荒俣先生は言う。
すぐに役に立つ人間にはなるなよ。
それで更に「すぐに役に立つ勉強もするんじゃないよ。そういうのはすぐに役に立たなくなっちゃうよ」。
そのよき例として、かの偉人、福沢諭吉を挙げておられる。
諭吉は、大坂(今の大阪)の緒形洪庵塾(「適塾」ともいう)で暮らしたときの勉強法が今の自分をつくった、と書いている。(100頁)
近代医学で大いに貢献した緒形洪庵の「適塾」。
武田先生が(「JIN-仁-」で)緒形洪庵を演じる、あの塾に福沢諭吉がいた。

面白いのは大坂・淀屋橋に近い緒形洪庵の適塾だが、医学以外の偉人がいっぱい出ている。
オランダ語を学び、そのオランダ語から西洋の思想を学ぶという。
そういうのが適塾にはあったそうで。
同じ塾仲間の武田斐三郎は、−中略−
あの五稜郭を建築した。大村益次郎新式の軍隊と武器を研究し、またいっぽうではマンガ家手塚治虫のひいお爺さんにあたる手塚良仙は医師となり、東京大学医学部の前身であるお玉ヶ池種痘所の設立に参加した。(102頁)
「ブラック・ジャック」

「医学」と言っているが、学ぶと医学以外にもいっぱい応用できるものがある。
福沢諭吉は「天は人の上に人を造らず、人の下に・・・」という。
あれは医学から学んだそうだ。
何で学んだか?
武田先生はこの話が大好き。
福沢が驚いたのは西洋の病院というところに行くと王侯貴族も庶民も待合室は一緒で順番を待つ。
その時に福沢は感動した。
御殿医がいない。
将軍だけ診るお医者さんなんていない。
誰でも診てくれるというのが医学である。
そのことを聞いた時に福沢は「西洋はだから凄いんだ」と思った。
この適塾から同じように卒業していった人達が上野で官軍対幕府軍の戦闘が始まった時に、傷付いたものは誰でも治療に当たった。
その時に「所」を使ったりすると「奉行所」みたいな感じなのでお寺の響きで「医院」。
「平等院」の「院」を持ってきた。
そうするとお寺と同じような響きなので・・・
何でも辿ると面白い。
それが病「院」という言い方になって、「敵味方関係なく治療します」という。
これは別の人も絡んでいるのだが。
つまり緒形洪庵がやったこと、医学を教えたことによって西洋の知識が倍のスピードで日本に浸透していったという。
すぐに役に立つ人材ではなくて、すぐではない人材も育てる学問。
こういう意味合いで勉強するんですよ。
医者になりたいから○○医学部に入る。
「とんでもない」と。
でも結果的にその方たちはみんな役に立つ人になっていると思う水谷譲。
「三枚おろし」はやはり役に立たない勉強を楽しくしている人を応援する番組でありたい。
確かにこの時間に役に立たないことではないが、こういう話題をこの時間(にするのは)珍しいと思う水谷譲。
すぐに役に立つ人間で国家を運営しているという国がある。
かつて中国には「科挙」という高級官僚選別のきびしい試験があった。この試験に合格すれば、一生が安泰になるため、試験対策につながることしか勉強しなかった。(51頁)
そしてもう一つ「宦官」。
官僚に宦官を強制したという。
若い人はわからないだろうから、これはもう分かりやすく言った方がいい。
タマタマ(睾丸)を抜いてしまう。
そうすると皇帝に仕えていても皇帝が持っている何千人の美女に手を出さない、という。
そのためには睾丸を二つ切り落とすという。
そんなの睾丸を切ってしまったらダメ。
宦官の話を聞いた時「そんなことするんだ」と、子供ながらに結構ショックだった水谷譲。
これは日本は真似をしない。
日本は決して肉体改造を官僚に強制する国家を作らなかった。
このあたりが、いわゆる荒俣先生の「すぐに役に立つものは、役に立たなくなると同時に非常に怖いものである」という学びがあるような・・・
物理という世界が理屈で説明できる。
そんなふうに一時期は信じられたが、そう単純な構造ではないという。
気象学者エドワード・ローレンツが−中略−
(あらゆる存在物は初期値が完全に与えられる限り未来の姿まで予測できてしまうという決定論)を無効にする発表だった。いわく、「もしブラジルで蝶が羽ばたくと、テキサスで竜巻が起こる」という、決定論の有効性を無効にするものだった。
ローレンツが気象モデルのシミュレーションをおこなったところ、ほんのわずかな初期値の変更がまったく異なる結果を生じさせたことにかんがみ、気象の予測なども少しのし初期値の変更で大きく変化する(つまり予測困難になる)という事情をわかりやすくするために考えた、ある種のキャッチフレーズであった。−中略−
コンピュータを用いて長期の天気予報を計算していたローレンツが、停電によるシステムダウンにみまわれてしまい、あらためて再計算をおこなったら、再計算の際に起きた些細な入力ミスのため、長期予報の結果がぜんぜん異なる大雑把なものになってしまった、という自己体験によっていた。(133〜134頁)
(番組の内容とは多少異なる)
停電というバタフライが僅かに羽ばたいただけで予測は外れていく。
その小さな偶然。
これを見逃さない。
それが実は「知的な生き方」「ワンダー」なのだ。
小さな驚きを発見する能力を持っていないと、出来事を言い当てることは不可能。
去年の暮れぐらいか、隣国との関係が上手くいかないものだから、次々不吉なことが起きる。
旅行客が来なくなったり。
だがこんなことを言っては何だが、いっぱい武器を持っているからといって強いワケではない。
「武力」なんていうのはよくよく見ると正体が知れなくて。
ちっちゃな曲がり角一個で、「強力な武器が何の役にも立たない」という武器になることがある。
「世界」というのはその目で見た方がいい。
どこかの戦争の現場で本当に起こったらしいが、あの小さなドローンが大きな国の原子力潜水艦にぶつかって、潜水艦を一隻ダメにした。
水上を走る「体当たりドローン」というのがあって。
誰も乗っていないヤツがぶつかったらそれが使い物にならなくなる。
これは何が大事かというと、原子力潜水艦一隻作るのにどのくらいのお金がかかったか?
これが動かなくなるぐらいのダメージを受けたという、その水の上を走るミズスマシみたいな体当たりドローンが数万円ぐらいでできるらしい。
億かかる兵器と数万円の兵器が今、互角に成り得る可能性がある。
そうすると「空母を持っている」とか「ジェット機を持っている」とかいっても明日には全く役に立たない道具に成り得るということもある。
何かそんなことを考えると荒俣先生のこの「すぐ役に立つものはすぐ役に立たなくなる」というのは、全世界に鳴り響く、新しい考え方ではなかろうか?と。
これもまた来週続ける。