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2026年03月15日

東ハト ツイスター・コンソメ味

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ツイスター・コンソメ味 東ハト
カリッと軽快な食感のコーンスナック。
チキンコンソメの味わいをベースに、お肉の旨味とオニオンなどの野菜の甘味をきかせました。


3月2日発売。
ヨークマートで105円(税込)で購入。
オープン価格。
参考小売価格164円(税込)。
内容量56g。
1袋当たりエネルギー281kcal。

袋の大きさは縦が23cmで横が16cmぐらい。
「ツイスター・チーズ味」と一緒に発売になったのだけれども、そっちも店頭にはあったが貧しいのでこれだけ買った。

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袋の裏側に説明みたいな感じ。

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袋に描かれているヤツは
生地の写真は拡大しています。
とは書いてあったが、どの程度の拡大なのかがわからなかったので、もっと大きいんだと思ったら小さいんだな。
折れているのか長さはいろいろだが、長いヤツで5cmぐらい。
太さは1.5cmぐらい。

コンソメ味なのでポテトチップスなんかのコンソメ味みたいな味。
で、生地の部分なのだけれども「コーンスナック」ってことだから、もっと歯にくっつく系だろうと思ったらそういう感じでもなく。
硬めだな。
コーングリッツと乾燥ポテトが入っているのだけれども、味はポテトが勝ったような感じがする。

Monolog Style 東ハト ツイスター 56g 2種類アソートセット 【(1)コンソメ味 (2)チーズ味 】各種2袋ずつ 合計4袋セット ★スラスラ本舗オリジナルポケットティッシュ付き★



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キッコーマン おにぎリッチ 焼肉味

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キッコーマン おにぎリッチ 焼肉味 | キッコーマン株式会社
具材しっかりの満足おにぎりが、パパッと簡単にできる「おにぎりの具」
鶏肉・牛肉と香味野菜の旨味に、コチュジャンの辛みとごま油の風味をきかせた、コクがあり濃厚な味わいです。


28g×2袋 パウチ
内容量 56g(内容量内訳:28g×2袋)
容器 パウチ
希望小売価格 220円
エネルギー 24kcal

縦が16cmで横が13.5cmぐらい。
厚みが無いし、保管するのに場所を取らないのもいい感じ。
これ一つでおにぎり四個分なのだけれども、二つに分けて使える。

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随分前にもおにぎりの具材的なものが発売されていたが、あれはすぐに見かけなくなったな。
シャケのフリーズドライみたいなのをご飯にいれるヤツ。
今回のはそういうんじゃなく、そのままでもご飯のおかずにできるような、使い道がいろいろありそうな商品。
ということで、まずは本来の使い方であるおにぎりに使ってみる。

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袋の裏側に1個分のめやすの線が入っているので、わかりやすい。

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まあ、こんな感じですね。
ご飯に合う味だし、しっかりとした味付けなのでとても美味しい。
もっと焼肉のたれっぽい味かと思ったら、思ったよりも甘味が強いな。
お子さんも喜ぶ味かと思う。
自力でこういう味のものを作っておにぎりにいれようと思うと、凄い手間だし、おにぎり二個分だけとか効率悪すぎだしな。

で、温かいご飯に載せて食べてみた。
冷えたままでも美味しいのだけれども、ちょっと温めても美味しいかも知れず。
公式サイトにいろんな応用レシピも掲載されているけれども、レシピには無かったけどチャーハン的なものに使ってもいいんじゃないかと思った。

おにぎリッチ 3種 各2袋 計6袋 詰め合わせ アソート セット (焼肉 チャーシュー きんぴらそぼろ) まとめ買い



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トップバリュ 日本の味 和山椒白だしうどん

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日本の味 和山椒白だしうどん -イオンのプライベートブランド TOPVALU(トップバリュ) - イオンのプライベートブランド TOPVALU(トップバリュ)
白だしと、爽やかで上品な香りの和山椒を合わせた香り高いつゆ

発売日不明。
本体価格 148円(税込価格 159.84円)。
内容量 69g(めん60g)。
1食当たりエネルギー313kcal。
製造所日清食品株式会社。

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小袋は二つ。
かやくと粉末スープ。

先に小袋の中身を入れて、お湯を入れて5分待つタイプ。

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かやくは「味付油揚げ(小麦・大豆・ゼラチンを含む)、味付卵(大豆・鶏肉・豚肉を含む)、ねぎ。
ネギがジャリジャリ言って不快とかって感じは無いな。
麺は平べったいタイプ。
スープの味が変わっているな。
柚子でも入っているのかと思ったが入っていないんだな。
塩気は少ない感じだけど、何か別の味が強い。
不味いってほどではないけど微妙な味。

マスコット 和山椒 原形



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2026年03月13日

NHK「テミスの不確かな法廷」を見た感想

先日最終回が放送された「テミスの不確かな法廷」だけれども、どうでもいい私の感想なんぞを。

全体にドラマの筋自体は、なかなか上手いことできてるなぁ〜って感じがした。
最終回を除いては。
主役の安堂清春(松山ケンイチ)さんは、とてもよく役作りができていると思った。
かなり研究されたそうだし。
多分体が硬いタイプの発達障害だな。
私は体が柔らかくて正しい姿勢が取りづらいぐらいみたいなタイプだが、凄く硬いか柔らかいかのどっちかになることが多い(個人の感想です)。
ドラマを見ていてずっと違和感があったのは山路薫子(和久井映見)。
演技がどうこうっていう話ではなくて、精神科医があんなにプライベートに介入するのって聞いたことが無いし、そもそもあんなに暇なの?っていう。
話が進んでいけば、途中で何か「そうなる理由」みたいなものが判明するのかな?と思って見ていたが、結局「話の都合上、父親の件もあるし、個人的に介入する立場じゃないと」みたいなことっぽい。

で、問題の最終回ね。
最終回の最後の方。
発達障害であることを公表した後でみんなとそれについて話すシーン。

安堂清春「特性は個性と言い切るには高いハードルがあります。私はそうは言い切れません。今でも怖い。ただ・・・。いつか・・・いつの日か、特性を・・・個性だと言い切れるようになりたいと思います。」

実際、特に大人になってしまってからだと、どこからどこまでがその人の性格みたいなもので、どれが障害特性かを完全に区分することは不可能なワケで。
だから、それをザックリと「こういう個性です!」みたいにしてしまうこともできるっちゃできるワケです。
このドラマとは直接的には関係ないけれども、このところ「障害」って言葉を避けるみたいな風潮って、すげぇ障害者差別なんじゃないか?みたいなことをずっと考えているのだけれども、そんなに「障害者」って言われるのが嫌か?
そんなに不都合があるか?
障害者じゃないのに、障害者手帳の交付を受けるとか障害者枠で働くとか障害年金貰うとかって変じゃ無ぇ?とか。
考えるとようわからんワケだけれども。
ってことを書いていくと、どんどんドラマの内容からは離れてしまうので、このドラマの内容限定でまずは考えてみる。
安堂清春なる人物は、自分は発達障害であるということを自覚していながら、それを「障害特性」ではなく「個性」であるというふうに言い切れるようになりたいと思っている。
それって障害者じゃなくなるってこと?
他人からみてどうこうってことじゃなく、自分で自分を「障害者ではない」って認識したいってこと?
私には全く理解できない話ではあるが、こういう考え方ってひょっとして定型発達者側からは大歓迎な考え方なのかな?
障害者じゃなくなれば、福祉の対象じゃなくなるからな。
義務付けられている合理的配慮も不要になる。

ってことでドラマ自体を見てかなりモヤモヤしたワケだが、松山ケンイチさんの旧Twitterを見て更にモヤモヤ。



そして、傷ついた分だけ誰かの痛みに気づける優しさを持っている。

「アンタ、子供の頃から結構な苦労してるだろ?」っていう成育歴の人で、全然他人の迷惑を考えない人がよくいるというか、体感では苦労しまくった人は他人の迷惑を考える余裕が無い人が殆ど。
傷つきまくって他人に優しい人って見たことないんだけどな。
どこかにいるのかな?そんな人。

作中で安堂は「特性は個性」だと、登場人物から言われています。現実でもそう言われて救われる人もいれば、置いていかれたように感じる人もいる。
この言葉で無理に前向きにならなくていいし無理に肯定しなくていい。受け入れられない日があるのも自然なことですが、【いつか受け入れられる日が来るかもしれない】と、自分の心の片隅にこの言葉を残してあげることが大切なのではないでしょうか。


聖書の言葉を貼っておきますね。
望みを得ることが長びくときは、心を悩ます、願いがかなうときは、命の木を得たようだ。(箴言13章12節)
「引き延ばされた期待は骨の腐れ」みたいなもっと強い表現だった気がするが、こんな感じの文章なのか。
ずっと希望を持ち続けるってのは、エネルギーも必要だし、とてもしんどいことなんだよ。
「いつか受け入れられる日が来るかもしれない」って、殆どの発達障害者は誰にも受け入れられることもないのに(個人の感想です)そんな期待を持ち続けて、どんどん疲弊していくだけってのは残酷だよな。
あくまでドラマっつーか作り話だから、発達障害者でありながら、かなり有能な人だけれども、実際に障害者手帳を必要とするような人達は大部分が他人から見たら「性格が悪くて無能」なワケで。
「性格が悪い」っていうふうに受け取られるような障害特性ってことではあるが、でも障害特性だってわかったら、すげぇ感じ悪いとか話していて楽しくないみたいな相手のことでも受け入れられちゃうんです!ってワケ無ぇだろ。
周囲と上手いことやれるぐらいには可愛げがあって、それなりに何かの能力が高いみたいな発達障害者も存在するだろうけれども、そういう人達は障害認定を必要としないから、障害者として認定されていない率が凄く高いだろうしな。

あなたがあなたのままで、少しでも息がしやすい場所に辿り着けますように。

そういう路線を模索して、ヒントでもつかめないものかと思って行きたくもない自助会だの当時社会だの講演だのと行きまくった結果、何もつかめなかったっていうことで今日に至るワケで。
本だって何十冊読んだかわからん。
「息がしやすい場所」なんて、そんなものこの世のどこにも存在しないよ!
発達障害の星は消滅したのだ。
この地球で、地球人のふりをして無理をし続けて生きるしかないのだ。
そして「普通にできるくせに」「自分だけ楽しようとしてる」とか非難を受けまくってボロボロにされながら生きるのだ。

テミスの不確かな法廷 再審の証人 (角川書店単行本)



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2026年03月12日

2026年2月9〜20日◆ストレンジャー・シングス(後編)

これの続きです。

「日本語の成り立ち」みたいなことを語ろうかなと思う。
Netflixで大評判のドラマ「ストレンジャー・シングス(未知の世界)」と何の関係があるか?
つまり身近なところに「もの凄い異世界」「違う世界」が広がっているということ。
日本語を今、扱っているが、天平の世、奈良時代に文字として漢字が入って来た。
その漢字に対して日本人はどうふるまったか?
日本人はこの漢字を日本人独特の使い方で使おうとしたワケで。
菅原道真。
この人がおっしゃった言葉が「和魂漢才」。

「和魂漢才」=「漢文はあくまで実用、心はやまと」(117頁)

漢字を読み下す為の機構、仮名を低く見た。
ところが平安の世になると平仮名・片仮名として発展して、女流文学が立ち興る。
文学というのは女の人が始めた。

 男性官人が漢文(和化漢文を多く含む)で書く日記は、基本的に公式な儀式を中心に記述する備忘録的なものである。(171頁)

日記に書く言葉は「やまと言葉」の平仮名・片仮名で綴るという。
日本人は裏・表を持ったワケ。
中国との関係だが中国から勉強するところと、全く取り入れないところがある。
中国が始めた文明制度、一つは科挙、もう一つが宦官。
皇帝の意向に沿う頭のいい人を試験で選ぶ。
もう一つが皇帝のおそば近くに仕える官僚。
性器を切り落として、女官達に手が出せない体にして、そばに置いた。
それから中国皇帝の立場というのはもう本当に凄くて。
だが日本というのは中国皇帝の真似をしなかった。
源氏物語の中に登場する帝というのは恋愛ゲームをやっている。
それと肉体を傷つけてまで官僚にするという制度は無かった。
日本はそういう意味では中国から見ると凄く変わっている。
漢字を学んでもそうで、「やまと心」と称して、自分達の読みで作ってしまう。
それから日本は教養の一部では「和歌を上手いこと作る人が頭がいい人」という。
それで万葉集から続いて「古今和歌集」がある。
これの選者に選ばれたりすると「凄い人だ」ということになったりするのだが。
その選者に選ばれた人の中で紀貫之という人がいた。
京都の朝廷で「女の人が平仮名で日記を書く」というのが大流行しているので、この人は女性のふりをして日記を書く。

〈男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり〉(170頁)

これはジェンダーフリー。
ガタガタ西洋から学ばなくても、日本はジェンダーフリー。
自分を女性に例えて文学を興すという。
これはもう太宰治がやっている。
「斜陽」とか「女生徒」とか。

斜陽 太宰治集 (古典名作文庫)


それから川上宗薫の官能小説。

官能文学電子選集 川上宗薫『肌狩り 好色のカレンダー』


これもそう。
これは素晴らしいもの。
川上宗薫という男性の作家さんが、うら若き乙女になって男性と性を交えるシーンを描くのだが。
これは凄い。
官能。
その官能の主軸になったのが男性。
だから男性でありながら女性の肉体をも含めてそのことが書けるというのは才能。
それから文春。
お馴染みの文春砲・スキャンダル。

藤原兼家(藤原道長の父)の側室のひとりが「平仮名」日記を綴りはじめた。次々に夫が関係を持つ他の妻妾に気をもみ、正妻にライバル意識を抱き、−中略−みずからの胸中に沸きあがるさまざまな想い、−中略−多くの和歌とともに書き連ねる。−中略−この『蜻蛉日記』は(174〜175頁)

〈この時のところに子産むべきほどになりて、よきかたえらびて、ひとつ車にはひ乗りて(175頁)

という感じで、事細かに本妻に対する嫉妬心を。
そして「蜻蛉日記」あたりくらいからいわゆる朝廷との恋スキャンダルで「源氏物語」というのが出てくるワケで。
まあ、不思議なもので、こんなふうにして「やまと言葉」で綴って、漢字をあまり使わないという文章の書き方が日本語の国語のスタイルとして定着していく。

さて、日本語の起源なのだが、この先生は調べておられて。

「日本語のルーツは、南インドのタミル語である」(64頁)

日本語の系統学説は、−中略−(台湾から東南アジア島嶼部、南太平洋の島々などの言葉)に日本祖語を求める説など、実にさまざまである。(64頁)

現代の日本語と同様に、古代の日本列島で使われていた言葉は、中国語とは異なる系統の言語だったということである。−中略−名詞や動詞といった、単独で意味をなす自立語にくっついて多様な働きをする助詞・助動詞=付属語がたくさんあるために「膠着語」と呼ばれる日本語に対して、中国語はその種の付属語に該当する言葉が非常に少ないため−中略−中国語を書きあらわす手段である漢字は、音と意味を同時に表現する、すなわち一字で一語となる「表語文字」なのである。ラテン文字(日本で言ういわゆるアルファベット)やアラビア文字のように、一文字が音素や音節をあらわす機能のみの「表音文字」とは異なっていて(65頁)

日本語は表記である漢字と音素である仮名を繋ぎ合わせる文法。
自分で何を言っているのかわからないが。
でもとにかく独特。
だから世界性を持ちえない。
漢字は持つ。
やはり英語と同じ文法だから。
その為に志賀直哉とか、維新後には薩摩のお侍さんだが森有礼あたりが「国語をフランス語にしよう」とか「英語にした方がよい」とか「日本語を捨てよう捨てよう」と大きい声を出すのだが、なんだかだ言いながらこんなふうな日本語で繋いできていて。

〈日本人は外国に出ると、日本語を捨てる方向に進むことが多い〉という印象を強く持つに至ったのである。(30〜31頁)

これはハッとする。
その傾向をこの方はずいぶん調べてらっしゃって

『比較日本人論 日本とハワイの調査から』−中略−〈日本語は外国語と接すると、外国語の方にのまれてしまって、急速に薄れる性質があるようである。(31頁)

比較日本人論―日本とハワイの調査から (1973年) (中公新書)


調査の内容は、〈「読むこと」「書くこと」「話すこと」「数えること」「考えること」の五つの能力分野で〉(32頁)

その失われ方は「書くこと」がまず失われ、その後だいたい二年半で現地語が全般的に優勢になり、日本語を話したり読んだりする力も失われる、という流れだ。この失われる順序は、まちがいなく日本語が漢字と仮名の融合体であることに由来している。(347〜348頁)

これは事実としてある。
これは「日本語に欠陥があるから」と一部の学者さんはそう言っていた。
でも最近の研究で「そうではないんじゃないか」という説は、もったいぶるがもうちょっと後。
とにかく「仮名」が発展することで「口語文」喋る言葉というのが日本語を国語にしていくワケで。

新しい漢字「口語」群の浸透に関して、−中略−いっそう強く影響を与えたのではないかと考えられるメディアがあったと私は思っている。それは、歌謡だ。より正確に言うなら、『梁塵秘抄』に収められたような「今様」=流行歌である。『梁塵秘抄』は、源頼朝に「日本一の大天狗」と呼ばれたと伝わる、かの後白河法皇が編纂した歌謡集だ。もともとは本編と口伝集を合わせ二十巻を超える大著だったようだが(195頁)

今はあまり数が残っていないのだが、鎌倉の世の中で流行った、様々な歌。
ポピュラーソングもあるのだが、ちょっといやらしい歌もちゃんと。
これが桑田さんに繋がっていく。
歌の内容は宗教ソング

和讃は、−中略−キリスト教になぞらえるなら讃美歌であり(197頁)

「今様」=後白河の時代に近い時期に流行った歌や(197)

これが後白河法皇の「梁塵秘抄」に記録してあるそうだ。

世俗歌謡を集めた「雑」の項にある次の歌だろう。(200頁)

(番組では「雑」を「ざつ」と言っているが、本によると「ぞう」)

〈遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけん、遊ぶ子どもの声聞けば、我が身さへこそ揺がるれ、〉

「遊びをしようとこの世にうまれてきたのだろうか。戯れようとこの世にうまれてきたのだろうか。子どもたちが遊んでいるその声を聞けば、私のからだもネ、自然と動いてしまうよ」というのが、一番素直な解釈だ。もうひとつ、「遊び」「戯れ」を「遊び女」「戯れ女」、すなわち遊女の方角で解釈し、人間の「性」と業の哀しみを歌ったという考えもある。
(200頁)

この「雑」というこの章そのものがもうはっきり言って「エロ歌」。
一部紹介する。
朝から何だが。

王子の御前の笹草は 駒は食めどもなほ茂し
主は来ねども夜殿には 床の間ぞなき若ければ
(「梁塵秘抄」雑362)

現代語訳「私のアソコに茂る草。お馬が食べてもすぐ生えて、あなた来なくてもすぐに食べたがる人、来るもん。だって私若いから」
凄い歌だと思う水谷譲。
そういう歌。
ストレートなもの。

恋ひ恋ひて たまさかに逢ひて寝たる夜の夢は
いかが見る さしさしきしと抱くとこそ見れ
(「梁塵秘抄」雑460)

(番組では「さしさしきし」を「ぎしぎしぎし」と言っていて、解釈もそれに従った内容になっている)
これは「きしむベッドの上で♪」。
尾崎豊の世界だと思う水谷譲。
この時はベッドではないのだがギシギシギシとお布団が鳴っている。
これは「あなた恋しくてやっと会えた夜の夢。夢の中でもアタシ達、きしむ程やっちゃって」という。
色っぽい歌だと思う水谷譲。
その時に「これは春歌であり猥歌である」と。
それで桑田さんは凄く頭がいい人だから、あの人はサザンとかKUWATA BANDの歌はこの「梁塵秘抄」から取っているのではないか?と思うのだが。

「マンピーのG★SPOT」の歌詞など(416頁)

歌のタイトルだから。
(ここで本放送では「マンピーのG★SPOT」が流れる)



桑田さんのルーツは鎌倉時代、後白河法皇の今様にあるのではないだろうか?
桑田さんが切り開こうとしたロックのジャンルというのは、鎌倉時代の今様の歌にそっくり。
何か繋がるのがわかる水谷譲。
桑田さんの歌で「女呼んでもんで抱いていい気持ち」(「女呼んでブギ」)というのがあると思う水谷譲。
これは「梁塵秘抄」。
そしてもう一つ桑田さんの歌は「古今和歌集」の在原業平の一首にも似ている。

(ここで本放送では「スキップ・ビート」が流れる)



桑田さんは「Skipped beat」と歌ってらっしゃるのだが私共の耳には「すけべーすけべーすけべー」と聞こえる。
これ。
こういう同じようなことをもう既に「古今和歌集」の中にあるんだ、と。
その言葉が違う言葉に響くというような。
それを取り上げたのが在原業平。
古今和歌集の歌で

〈唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ〉(在原業平『新編 日本古典文学全集11 古今和歌集』(363頁

「唐衣」は、中国風の衣の意が転じて「美しい衣」をさす。〈唐衣きつつ〉=「唐衣をながらく着て」が〈なれ〉=「馴れ」の序詞をなし、そして〈なれ〉は「衣が萎れる(くたくたになる)」と「馴れる(親しくなる)」、〈つま〉は「衣の褄(左右の裾の両端)」と「妻」、〈はるばる〉は「着物を張る(洗い張りをする)」と「はるかに」、〈きぬる〉は〈つま〉〈はる〉〈きぬる〉が、すべて〈唐衣〉に関わりのある縁語だという点だ。こうして「着古してくたくたになった衣」と「古く馴染んだ妻」のイメージは重なり合い(363〜364頁)

(〈きぬる〉は)一つ、繊維の「絹」もかかっている。
「来た」という意味で「絹」もかかるワケで「妻にも寂しい思いをさせている。あ〜あ〜もうこんな遠くまで来ちゃって、アイツも寂しがってるだろうな」という。
こういうふうにしていくつも言葉を引っかけていく。
言葉の「ゆらぎ」。
ダジャレというのはこういうこと。
重なる言葉がある。
その重ね言葉を遊ぶワケだが。
こういう「言葉遊びの妙」というのが実は日本語の本質の中にあって、この業平が歌った歌のような歌がサザンの桑田さんの歌ではないだろうか?
凄い分析だと思う水谷譲。
だから文脈から意味を決定していくのだが、そこには「重なる言葉がいっぱいある」という日本語の仕掛けそのものを楽しむという。
「日本語って、そんなふうにして広がってきたんですよ」という。
このへんは面白い。
ではサザンの前にはそういう歌は無かったのかと思う水谷譲。
フォークソングは、どちらかというと啄木系だったり

「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざり(石川啄木「一握の砂」)

一握の砂・悲しき玩具―石川啄木歌集―(新潮文庫)


とかと、ちょっと遊び心が少ない、ストレート表現
北原白秋

薔薇ノ木ニ
薔薇ノ花サク
ナニゴトノ不思議ナケレド。
(北原白秋「薔薇二曲」)

白金之独楽: 詩集 (温古堂文庫)


だが、江戸期

浅間さん なぜそのやうにやけなんす いわふいわふがつもりつもりて(四方赤良)

浅間山が噴火した時に戯れ歌で「ヤキモチ焼いちゃ嫌よ浅間さん」というような、狂歌があった。
狂歌なんていうのは、まさしくそう。
そんなふうにして、いつも遊びがある。
「歌は遊ぶものである」という。
その発見が桑田さん。
「たかが歌詞じゃ無ぇか」(桑田氏の著書「ただの歌詩じゃねえか、こんなもん」を指していると思われる)というのの中に「日本人が日本語を遊ばないでどうするんだ?」という。
「国語」というのが明治まで無かった。
武士言葉で殿に申し上げる言葉はパターンが決まっていて、表現が自在ではない。
「〜しそうろうつかまつり」という、言葉が全部定型で決まっていた。
自在に使えない。
明治になって作らなくてはいけなかった。
国語を作るのは大変。
やってしまう。
明治になって日本人は日本語を作る。

維新後に、旗本や御家人の言葉を主体とする江戸の山の手言葉を、「共通語」としてあわてて整備した(40〜41頁)

そこから書き文句と喋り言葉を一致させようという「言文一致」という文学運動。

日本語の面白さ。
とにかく日本という国、近代になって初めて「国語」というものを作った。
日本の言葉「やまと言葉」というのは異国の文字を使いながら自分達の意味で解いてゆくという。
日本人は営々とそういうことを続けてきたワケで。
元々の文字の意味など正確でなくてもよく「ゆるさ」「ゆらぎ」がある。
日本人が国語に求めたのは、その「ゆるさ」と「ゆらぎ」であった。
今でも日本語は揺らいでいる。
志賀直哉が怒るのは当たり前。
「ヤバい」
いろいろ説はあるが、どうも江戸期にあった遊技場の「矢場」。
「弓矢を射て懸賞品とかが貰える」という「矢場」というマトイ屋、今で言う遊技場みたいなところがあった。
そこの裏側で吉原以外の非合法売春を行っていたらしい。
それで「あそこはヤバいよ」。
それで「ヤバい」。
それから看守さんが見張っているようなところを「厄場」と呼んだという。
いずれにしても暗黒街で生まれた言葉。
それが昭和・平成・令和の御代になるとアイスクリームをなめると「ヤバい」と女の子が言う。
つまり全然意味が変わっている。
かくのごとく言葉を遊ぶ。
「ゆるさ」「ゆらぎ」があって、ある概念を説明するというのではなくて、緩さの中で生きてゆくという。
それが日本語である。
しかし明治になって、遊んでばかりはいられない。
日本をまとめる為に、統一国家の為に「とにかく共通日本語を作ろう」というので。
それで東京・山の手、旗本士族の家庭の言葉が共通日本語として作られる。
これを地方に送り届けなければならない。
その日本の標準的な日本語をどうやって地方まで。
方言しかない。
標準語を送り届ける為に明治政府が考えたのは何か?
それが昨日水谷譲が聞いた「歌」。
(このあたりの話は本の内容とは異なる)
小学校唱歌。
子供達から育ててゆく。
その唱歌が発すると同時に生まれたのが歌謡曲。

いのち短し(「ゴンドラの唄」)

古い歌もあるが、

チョイト 東京音頭ヨイヨイ(「東京音頭」)

もうここにサザンオールスターズの「ちょいと」が出てきている。
歌謡曲が日本語を広めていった。
しかもこれも武田先生もアッと驚いたのだが、この先生、大岡先生がおっしゃるには、日本語はまんべんなく日本に定着したのはいつ頃か?
思ったよりも最近だということかと思う水谷譲。
そう。

「標準語」というフィクショナルな口語が全国的に普及し終わった、と考えられるのが−中略−一九八〇年代だ。(386頁)

もっと昔だと思う水谷譲。
でも、千昌夫さんだってトークは岩手弁を使っていた。
「すぃばれるなぁ」とかと言いながら。
それが歌に入ると

青空(千昌夫「北国の春」)

みんなそう。
標準語というのは定着には時間がかかった。
その裏側にあったのがサザン。
彼はまさしく1978年に登場した。
この大岡先生が「1978年」という章を書いてらっしゃる。
(第十一章 シンクロニシティ一九七八)
これが日本語が日本中にまんべんなく定着し始めるスタート。
覚えているが沖縄まで行ったら全く通じなかった。
そうやって考えると・・・
武田先生が言っているのは「まんべんなく」。
水谷譲の周辺ではない。
つまり北海道の端から沖縄の離れ小島まで、日本語が標準的に伝わり始めたというスタートは1980年代。
だからサザンはそういう意味では、やはり日本人に国語力を広めたロックバンドでもあった。
面白いもの。

今回はここまでにしておく。
この後もこの大岡先生の分析は続く。
「日本人は日本語をワリと捨てやすい」というような話もあったが、これも先生がまた解を出しておられる。
答えを出しておられる。
それはまた次回にしたいというふうに思っているので、楽しんでいただければ嬉しゅうございます。
「ストレンジャー・シングス」
奇妙な世界はあなたの横に広がっている。


2026年2月9〜20日◆ストレンジャー・シングス(前編)

(続きという感じの内容でもないが、今回はこの前の週の最後の方と同じ本が取り上げられている)
(この回は番組中に頻繁に曲が流れるのだが、ポッドキャストでは全てカットされているので内容がわけのわからない感じになっている)

Netflixで大評判のドラマのタイトルをお借りした。
「ストレンジャー・シングス」
ストレンジャー・シングス 未知の世界
子供達がいっぱい出て超能力があったりする(という内容で)途中まで見たが飽きてしまってやめてしまったが、大人気だと思う水谷譲。
これはドラマの作り方がもの凄く巧み。
これをやっているのはアメリカ。
武田先生は結構面白い(と思っている)。
今、第二シリーズを見ているのだが、凄く展開が緩やかで。
引っかけが上手い。
物語を作っていく為の小さなきっかけがあるのだが、それが小さく引っかけてくる。
それでズキッズキッと物語に何センチかずつ引っ張り込まれていくという。
アメリカ・ハリウッドのドラマ作法というのは、やはり世界中の人間を巻き込む上手さがある。
そういうのが面白い。
武田先生は、ちょっとかぶいているので。
何かちょっと変わったことを言われるとハッとするという。

(例えば)お金に困っている。
友人に金銭の都合を頼む。
「加奈、済まないけど〇月〇日まで必ず返すから、十万貸してくんないか?何で十万なのかちょっと言えないんだけど、頼む。貸してくれ」とかという、こういう金銭の依頼がある。
その時に例えば水谷譲が渋々と「いいわよ。十万だったら何とかなる。貸してあげる」と言った瞬間に普通は「ありがとう」と言う。
外国の人はこの金銭に関して「日本人は『ありがとう』と言わない」という。
それが「変わっている」という。
何と言うか?
水谷譲「わかった。じゃあ十万円。はい、貸してあげる」
武田先生「助かったぁ〜」
こんな言葉をここで持ってくるのは日本人だけだ。
そういうのをメッチャ武田先生は興奮する。
「YES」と「NO」の代わりに「はい」と「いいえ」というのがあるのだが、「いいえ」を日本人は使いたがらない、とか。
「あなたは英語できますか?」「はい、できません」と言ってしまうという。
それから「いいえ」を使うにしても半分しか使わない。
「いえ」とか、激しく否定する時は重ねてリズムを付けて「いえいえ」。
「いいえ」を使いたがらない。
日本人は「あるのに使わない日本語」を持っている、という。
「いいえ」という代わりに「大丈夫」と言ったりすると思う水谷譲。
絶えず奇妙な言い換えをやる。
そこが最初に抱いた数十年前の疑問。
これはまだ忘れない。
武田先生は1972年にプロのフォークシンガーになった。
悪戦苦闘。
もういろんなヒット曲がどんどん出てくる中で、ヒット曲が出ずに、一番最初に「母に捧げるバラード」で火が点くが、その後、出ないの何の。

母に捧げるバラード


五年、六年の歳月がかかって次にようやく辿り着くのだが。
今でもおぼえない。
(「忘れない」と言いたかったものと思われる)
1978年のこと、武田先生達フォーク世代は「旅」をずっと歌にしてきた。
ところが時代のテーマが変わって旅の歌が終わってしまっていて。
武田先生は気付かなかった。
テーマが「おうちに帰る歌」になっている。
松任谷由実さんが登場したら旅の歌が売れない。
(番組内では「荒井由実」を「荒井ユーミン」、「松任谷由実」を「松任谷ユーミン」と言っているが、煩わしいので「由実」に統一する)
ところがフォークシンガーの人は旅の歌というのがテーマだと思うから必死になって。
1978年、武田先生は旅の歌を作った。
それももう、「この旅も終わりかな」と思うような寂しげな歌。
それが「思えば遠くへ来たもんだ」。

思えば遠くへ来たもんだ


武田先生の前には旅の歌を作り終えたばかりの友人が一人座っていた。
その人が谷村新司さん。
この人がどんな旅の歌を作ったかというと、女性が歌う旅の歌で「いい日旅立ち」というのを作る。

いい日 旅立ち


二人とも旅の歌。
二人で「一仕事終わったね」という話でお互いの歌を批評し合っていた。
渋谷の宇田川町の喫茶店で。
有線からとんでもない歌が流れてきた。
その歌の衝撃を今だに。
あの谷村新司さんの片一方の眉毛がキリキリキリと上がった。
つまり時代を変える歌はそんなふうにして突然流れてくる。
谷村さんが聞き入った、そして武田先生がその歌を聞きながら不吉なものを感じた。
こんな不吉を感じるのはユーミンさん、荒井由実さんの「ルージュの伝言」以来。
自分達のセンスではできない歌。
だけど売れそうな気配を持った歌に遭遇すると、武田先生達シンガーソングライターはドキッとする。
この歌。
(ここで本放送では「勝手にシンドバッド」が流れる)



この歌はショックだった。
この歌の歌詞のセンスがもう自分達の世代ではできない。

砂まじりの茅ヶ崎 人も波も消えて
夏の日の思い出は ちょいと瞳の中に消えたほどに
(サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」)

何で「ちょいと」が出てくるのだろう?
「ちょいと」なんていうのは江戸言葉。
それで突然サビに入って、
「今 何時?」と時間を訊く。
「そうとう詞の作り方が俺達とは違うなぁ」という。
これは歌詞そのものが「ストレンジャー・シングス」ではないが、フラッシュバック。
「フラッシュバック的断片を繋ぎ合わせて、一曲にするという手法であるな」というふうに武田先生が分析しようとしたら、エラい本に出合った。
「日本語はひとりでは生きていけない」

日本語はひとりでは生きていけない


(本の中の傍点部はアンダーラインで表記する)
集英社インターナショナル、(著者は)大岡玲(あきら)さん。
この方は日本語の歴史を辿る学問的テーマを持っておられるのだが、この本のつかみがサザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」。

 サザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」を初めて聴いた時の衝撃は、それこそ湘南の土用波をからだの正面で受けとめた、という感じのものだった。一九七八(昭和五三)年八月、−中略−『ザ・ベストテン』(2頁)

出だしの情景からして全く理解ができない。
破調、乱調、そういう文章である。
この歌の途中で古語が出てくる。

〈夏の日の思い出は〉に続く、よく聴き取れなかった歌詞の文字面は〈ちょいと瞳の中に消えたほどに〉というものだが、−中略−古語「ほどに」が尻尾にくっついたりしている。(4頁)

そしてサビ文句。
武田先生も引っかかったところ。
「今 何時?」そして「胸騒ぎの腰つき」。
ところがこの国語の先生はこの歌を聞きながら、頭は大混乱で意味が分からないけれど唇が馴染んでしまう。
いつの間にかフッと歌っている。
70年代初頭から新しい音楽運動が興る。
興したのはフォークソング。
(ザ・)フォーク・クルセダーズとかというグループがいて、その後に続いてきたのが吉田拓郎。
日本の歌曲は言葉を多く詰め込まない。

松風騒ぐ(「古城」)

ところが60年代、ビートルズが登場してくると、バンバカ言葉が入ってくる。

She loves you, yeah, yeah, yeah(ビートルズ「シー・ラヴズ・ユー」)

シー・ラヴズ・ユー (Live From The Royal Variety Performance - Remastered)


という。
でも一番問題なのは「She loves you」を言う為に(英語だと)三つでOK。
「She・Loves・You」
ところが日本語でこの手の歌を作ろうとすると「カノジョハキミガスキダヨイエイイエイイエイ」になる。
このビートルズの手法にあやかろうと70年代フォークが、特に吉田拓郎さんが先頭を切って、16分音符

僕は僕なりに自由にふるまってきたし
僕なりに生きてきたんだと思う
(吉田拓郎「まにあうかもしれない」)

まにあうかもしれない


という。
ところが1978年、サザン・桑田。
ビートルズと同じビートで日本語のポップスを作ろうとする。
桑田さんの凄いところは、凄い仕掛けを歌詞にする。

歌の流れ。
1970年代を語っている。
それも後半。
今、考えたら本当にこんな時代をよく生きてきた。
武田先生も才能のある人達に囲まれて余命を繋いできた。
とにかく70年代の後半に入る。
驚愕すべき才能。
桑田佳祐さんがデビューしてきた。
ビートルズと同じリズムに乗っかってポップスを作っていく。
その為にはどうしても捨てなければならないものがある。
武田先生は悩んでいる人を現実に見たことがある。
アマチュアの頃だったが、チューリップの財津さんが歯痒そうに言ったのは、まだその頃はお互いに博多弁。
「日本語って言葉がいっぱいいろうが英語は楽っちゃ。ビートルズみたいにロックを作りたくても乗らんとよ。日本語じゃ。だけん俺達ゃ日本語と格闘せないかんったい。ロックを作る為には」
きつかったのだろう。
そんなのを彼はアマチュアの頃から悩んでいた。
向こうの歌を直訳して日本語で歌うと凄く妙な感じになってしまうと思う水谷譲。

 日本語とロックの嚙み合わせがしっくりこない悩み(8頁)

それに最初に手を付けたのが桑田さん。
日本語でロックをやる為には、日本語のあることを捨てなければならない。
意味を捨てた。
日本語の意味を追い求めるとロックに乗らない。
桑田さんの偉大なところは、言葉をメロディーに乗せるのではなくて、メロディーに乗る言葉を選ぶ。
それで乗らないヤツは切り捨てていく。
だから意味は一瞬わからない。
その為に彼が考えた歌唱法がちょっと英語訛りで歌ってしまうという。
一瞬聞くとその言葉が英語に聞こえる。
日本語の音のみを乗せてロックを作る、ポップスを作る。

一九八四(昭和五九)年の七夕に発売されたアルバム『人気者で行こう』でとどめを刺された。
 アルバムA面最初の曲「JAPANEGGAE(ジャパネゲエ)」は、耳で聴いただけでは英語にところどころ日本語が混じっているように思える。
−中略−耳では「I could never your more 知れず」だった詞は、実は〈愛苦ねば 世も知れず〉なのだ。(6〜7頁)

ちょっとここの部分だけ聞いてみる。
(ここで本放送では「JAPANEGGAE(ジャパネゲエ)」が流れる)



凄い。
この日本語のいじり方。
どんどん桑田さんは発展させていく。
これは全くそうとしか聞こえない。
英語で言うと「スキップ・ビート」
(ここで本放送では「スキップ・ビート」が流れる)



「すけべー」にしか聞こえない。
こんなふうにして日本語の音で作ってゆくという。
これはある意味では何というか「日本語当て込み言葉」。
「What time is it now?」「堀った芋いじんな」という、それと似ているようなもの。
こういう形というのは桑田さんが走りだと思う水谷譲。
彼はこの作り方を貫いていくのだが、この人は凄い本を出している。
やはりいろんな人から突っ込まれた、「オマエは歌手じゃない」とか言われたのだろう。

桑田佳祐の語り下ろし『ただの歌詞じゃねぇか、こんなもん』が新潮社から発刊された。(7頁)

これは彼の歯痒さが出ている。
それは彼のポリシーだった。

英語圏の音楽を載せる〈皿〉としては、そのままの日本語ではどうにも使い勝手が悪いと感じていた事実も(9頁)

ロックに乗せる為には日本語を一回、音に分解して作り上げた方が面白い音楽ができるという。
そういえばそう。
皆さん、何気ないと思われているかも知れないが、60年代にビートルズはこれをやった。
もう一回繰り返すが、

She loves you, yeah, yeah, yeah(ビートルズ「シー・ラヴズ・ユー」)

「yeah」には意味は無い。
でも意味の無い言葉がリズムを生んでいる。
それから
「Oh yeah, I'll」
「Oh yeah」までは何か入っているのかどうかわからない。
「Oh yeah, I'll tell you something」と、ここから英語の歌詞が始まる。
「Oh yeah, I'll」は殆ど、うめき声だ。

抱きしめたい (Remastered 2009)


それが曲頭になるとあれだけリズムを生み出すという。
このへんの用意周到さ。
1970年から80年代にかけてのサザンオールスターズ・桑田佳祐さん。
この人の凄いところは、リズムに乗っかるんだったらどこの国の言葉でも何でも使っている。
その一曲がこの歌で、アルバム「ブルーマー」から、ここのところを聞いてもらいますか。
(これから流れる曲は「ブルーマー」なるアルバムに収録されていたという情報は確認できず)
サビのところ。
(ここで本放送では「Ya Ya (あの時代を忘れない)」が流れる)



Sugar,sugar,ya ya,petit choux
美しすぎるほど
Pleasure,pleasure,lala,voulez vous
忘れられぬ日々よ
(サザンオールスターズ「Ya Ya (あの時代を忘れない)」)

と、こうくる。
「Sugar,sugar」は英語。
「ya ya」はこれはスペイン語。
お婆ちゃんのことを「yaya(ヤーヤ)」と言うらしい。
若しくは「はい」の「YSE」として「Yeah」。
「Sugar,sugar,ya ya,petit choux」
フランス語の「小さいシュークリーム」のこと。
それを「petit choux」。
それから「Pleasure,pleasure,lala」。
これも英語・英語。
「voulez vous」
これはフランス語だそうだ。
「あなたが欲しい」という意味だそうで。
音に言葉を乗せる。
何度この歌をみんなでカラオケで歌ったかわからないが、そんなことを考えて歌ったことは無かった水谷譲。
「勝手にシンドバッド」を聞くと谷村さんの顔が浮かんでくる。
旅の歌を二人で挑んだ。
社長から「JRに売り込むから作れ」と言われて。
それで作ったのが(谷村氏の)「いい日旅立ち」と武田先生は「思えば遠くへ来たもんだ」。
もちろん谷村さんの方が圧倒的に出来がいいので。
どちらも名曲だと思う水谷譲。
だが、その武田先生達の耳をかすめてやってきた音楽革命。
それはやはりサザンの桑田さんが興したというワケで。

ここでこの著者は凄い話になっていく。
大岡玲さん、この言語学者の人がとんでもないことを言い出す。
フランス語だろうが英語だろうが音に乗っかって歌詞作りがしてある。
志賀直哉が聞いたら大喜びしてるんじゃないか?
武田先生はこの本を読んで初めて知ったのだが、志賀直哉は日本語が大嫌いで。

志賀は、−中略−日本の国語ほど不完全で不便なものはない。−中略−ここはひとつ他の国の言語、たとえば−中略−フランス語を国語に採用したらよいのではないか、というのである。(9頁)

「小説の神様」とも称せられ、−中略−作家・志賀直哉である。(9頁)

「その人が本当は日本語が大嫌いだった」と、ショックではないか。
別に作品を読んでいてそんなふうに思ったこともない水谷譲。
でもこの人、志賀直哉は日本語をそれほど嫌ったかというと「曖昧である」。
例えば漢字にしても読み方が山ほどある。

「元を何と読むのか知らないが、そうすると杉山元元元帥となるわけだろ。変なものだよ」(25頁)

「元帥」の「元」と「元」というのが同じ字だが、「ゲンゲン」とかと読まずに「ヤマモトモトゲンスイ」と読まなければダメ。
そういう文脈で読み分けるというのが、日本語が曖昧だから。

「私わ日本人です」ではなく「私は日本人です」といった表記が残存することでもわかるように、完全な表記表音の一致には至っていない。(26頁)

それは平安の頃に「は」と書いたのが残ってしまった。
音は「わ」。
そのことで日本語には一貫性が無い。
だから日本語をもうやめちゃって、明日からフランス語にする。
結構極端な意見の持ち主だと思う水谷譲。
明治の時もそう。
鹿児島の出身の森有礼さんが「日本語をやめてしまって英語に切り替えよう」と言っている。
だって共通の日本語が無いから。
あの頃は地方にあったのは方言だから。
「バリ・ボリ・ジョン・ジョジョン」
「よい・素晴らしい・もっと素晴らしい」
それで「統一日本語が無いので英語にしよう」という。
とにかくここから、長い長い日本語の歴史に入る。
一旦桑田さんから離れるが、一番最後にまた桑田さんが出てくる日本語の長い旅。
400ページ以上の旅が始まる。

日本語は本当に複雑で難しいから、よく我々はやってるなと思う水谷譲。
もう一回話に出てくるかも知れないが、漢字にしたというのはここ。
「生」
読み方が多すぎて熟語になったりすると「生憎(あいにく)」から「芝生(しばふ)」から「芽生え(めばえ)」「生田(いくた)」「福生(ふっさ)」「壬生(みぶ)」「弥生(やよい)」「相生(あいおい)」「生粋(きっすい)」。
しかも本当に思うがフィギュア(スケート)で有名な人「羽生(はにゅう)」。
これが将棋になると「羽生(はぶ)」。
同じ漢字を書いてフィギュアと将棋で姓の読み方が変わる。
これは志賀先生がおっしゃる「でたらめすぎる」「原理原則が無い」というのは確かにそう。
では何でこんなにでたらめな日本語が生まれたのだろう?という。
遠い遠い昔に帰る。

七三〇(天平二)年の正月に開かれた「梅花の宴」で歌われた歌群を書き記したものだ。(94〜95頁)

「天平二年正月十三日、大宰帥・大伴旅人邸に集まって宴を開いた。(95頁)

武田先生は同じ場所へ行ったことがある。
そこでその模様を漢字で書き表して

時は初春のよき月、空気は澄んで快く、風邪は穏やか(初春月、気淑風)。(95頁)

その言葉から二つ文字を抜いてできた年号が「令和」。
この「梅花の宴」というのは32首が詠まれたのだが、この時は「万葉仮名」で。
万葉仮名というのは漢字を音で読んで日本語に当てているという。

原文の表記が、かつて暴走族の落書きに多かった「夜露死苦」という表記を連想させ(92頁)

ああいう漢字の当て込み。
でたらめ漢文。
そのでたらめ漢文で32首の梅の花を称える和歌を作った。
これは「文字は中国から借りたが我々は『やまとごころ』を詠った」という。

漢文の粋とも言える文をしたためつつ、漢詩ではない和歌だって立派に梅の花を詠めるんだよ、と高らかに宣言しているのである。−中略−和歌における叙情性=抒情性を明確に打ち出しているとも考えられる。(95〜96頁)

これが桑田さんの発想に似ている。

「JAPANEGGAE(ジャパネゲエ)」は、−中略−耳では「I could never your more 知れず」だった詞は、実は〈愛苦ねば 世も知れず〉なのだ。(6〜7頁)

それから「スキップ・ビート」。

Skipped beat,skipped beat
Skipped beat,skipped beat
(KUWATA BAND「スキップ・ビート」)

どうも日本人は桑田さんっぽかったのではないか?
この発想。
大岡さんの本はそういう分析の本なのかと思う水谷譲。
(そうではなく)武田先生が少し意訳して。
日本人は昔からそういうところがある。
中国の文学なんかに凄く詳しかった菅原道真という人が出てくる。
この人は学問の神様。
この人はもう中国の言葉もペラッペラというヤツ。
この人は「和魂漢才」と言ったりする。

「和魂漢才」=「漢文はあくまで実用、心はやまと」(117頁)


2026年03月11日

2026年1月26日〜2月6日◆忘却とは忘れ去ることなり(後編)

これの続きです。
(今回は二週目の途中で次の本に移行する。本ごとに分割しようかとも思ったが、いつも通り一週間分ずつ区切る)

忘れること。
これがいかに大事かということを説く今週。
スコット・A・スモール博士。
アメリカの大学の先生で心理学をやってらっしゃる方。
この方の本を読んでいる。
人間が頭の中に記憶を貯めていく道順があるという。
海馬という受け付けを通って脳の方に保管されるものと、非常口から飛び込んできて覚えておこうという偏桃体記憶(本によると「感情的記憶(情動記憶)」)というのがあるそうだ。
思い出のため込み方、収納の仕方というのを読んでいて、幸せの記憶。
これは頭の中でどんなふうに処理されているのかな?と。
水谷譲の幸せな記憶。
家族でお正月を迎えて、子供の頃(何年前かは)覚えていない。
水谷譲の反応が正しい。
このスモール博士曰くだが、

「幸福は白い紙に白いインクで書かれている」と述べた(94頁)

(恐らくアンリ・ド・モンテルランの言葉)
(幸せの記憶は)ぼんやりしているて、確かに「これ!」という感じではないと思う水谷譲。
「危険」とか「ゴキブリ」とかというとパッと思い出せる。
「もうこれ!」という感じだと思う水谷譲。
あれはやはり脳がそういうふうにできているようで。
だから武田先生自身も振り返っていて「辛かった」「苦しかった」「悲しかった」という、それは意外とはっきり鮮やかに思い出す。
高校の剣道部のかかり稽古ははっきり思い出せる水谷譲。
いつのこれみたいなのは。
幸せは確かにぼんやりしていると思う水谷譲。
「白い紙に白いインクで書いてある」というのは・・・
脳の仕組みがそんなふうにできているということだけは覚えておいてください。

さて、偏桃体、その非常口から飛び込んでくる記憶のしまい方。
恐怖に支配される。
そうすると怒りや暴力に走りやすくなる。
他者に対しても攻撃的であるのは恐怖に支配されているからで、強さではないという。
類人猿を見ましょう。
チンパンジーとボノボ。
これは人間に近いサルということなのだが、この二匹のサルの性格は全く違う。

チンパンジーとボノボの脳で最も異なる領域は偏桃体だ。(121頁)

恐怖反応が全く違う。

恐怖反応が生じる典型的な順序に従って、三つの単語は「凍結・逃走・闘争(freeze,flight,fight)」と並び変えられた。何かにおびえた時、ほとんどの人はまず体がすくみ、次に逃げようと決意する。−中略−怒りにかられて臨戦態勢になることがある。(114頁)

これが緊急反応。
ボノボは偏桃体の非常口が脳の中で少ないそうだ。
だからボノボは穏やか。
暴力的ではない。
チンパンジーは大きくなると暴力的になってしまう。
つまりそうしないと群れの中で命が保てないから、怯えやすくて恐怖に取り付かれやすい。
だから「(天才!)志村どうぶつ園」なんかで小さい時、可愛がっていて、大きくなると志村さんと別れていった
(チンパンジーの「パンくん」のことかと思われる)
あれはもうギリギリまでいって「これ以上は志村さんが危ない」。
暴れ始めたらもう人間の腕力どころではないから。
ヤシの実を叩き割るぐらいの腕力があるワケだから。
これはどういうことかというと、恐怖はチンパンジーを野蛮にとどめ、しかし恐怖を仲間と許し合うボノボは忘却のプロセスが進化している。
忘れるということが上手。
だから社会的になれる。
人間もそうで、恐怖に支配される人というのは暴力的になる。
覚えておきましょう。
「強いから暴力的」ではない。
怯えやすいから暴力的になってしまう。

脳内ホルモンのオキシトシンで愛情という感情を手に入れる。

オキシトシンは偏桃体のブレーキを踏む薬物と同じように働き、−中略−自分が属する集団と社会的絆を形成することで恩恵を受ける。(128頁)

これは人間だが、オキシトシン分泌の為、全身の毛を脱ぎ捨てるという選択を選んだ。
これは皮膚の下にあるオキシトシンを作る仕組みがある。
毛を抜いてしまうとオキシトシンが出やすくなる。
だから人間というのはそういう意味では偏桃体、嫌な思い出を忘れるという方に進化したサルの一匹である。
恐怖と怒りの偏桃体の制御から人が進化したんだ、ということで。

皆さん気を遣っておられるのは、いろんなものを忘れてしまうという病でアルツハイマー、認知症等々があるが、これもちょっと語ろうかなと思ったのだが、今回はやめておく。
ここはここで広大な世界なので。
この脳の方の病気であるアルツハイマー、認知症等々についてはまた別の「(今朝の)三枚おろし」で三枚におろしたいと思う。
これはデカいので。
おろすのは大変なので。
だからもう一回しっかり、武田先生ももう他人事ではないので、勉強したいというふうに思っている。

さて、記憶というものを振り返りましょう。

海馬依存性の記憶システムも機能している(作動し始めるのは三歳ごろからなので、私たちにはそれより幼いころの記憶がない)−中略−脳の発達において、前頭前皮質の複雑な機能が構築されるのはかなり遅く、前頭前皮質が十分に機能するようになるのは一〇代後半か二〇代前半になってからだ。(138頁)

ワーキングメモリ(作業記憶)と呼ばれる。−中略−ワーキングメモリとは、心的操作をおこなうのに必要な短い時間だけ情報を覚えておく能力を指す。(163頁)

数学的思考におけるワーキングメモリの役割がわかる単純な例として、−中略−「連続7減算」という頭の体操がある。患者に100から次々に7を引いていってもらうのだ。つまり、100引く7(答えは93)、93引く7(86)といった具合で引き算を繰り返し(166頁)

 自分の認知活動について、認知的な能力だけでなくバイアスや罠も含めて自覚する能力はメタ認知と呼ばれる。(160頁)

これはピンとこないか?
ズバリ言うと「もう俺も年齢だから、ボチボチ免許返納を考えないとな」という。
これが「メタ認知」。
これは何かというと自分の能力に関してちゃんと知っている」という能力のことを「メタ認知」という。
だから「俺も年だから、ボチボチ免許返納かな」これは自分の能力を「あそことあそこで危なかったなぁ」と覚えているからこんなことを言う。
では脳の方の病。
アルツハイマー等々になると一切気にしない。
自分の能力を振り返る能力が無いという。
「無い」といっては何だが、おぼろげになってしまうという。
だからご同輩「返納しようかな」と思ってらっしゃるうちは、まだ大丈夫。
「俺は大丈夫」と思うと危ないという。

記憶の仕方については不思議な能力がいくつもあって、「ヒューリスティック」と「バイアス」という能力が今、注目されている。
ヒューリスティック。
これはとにかく急いで結論を出そうとする。
そのことを「ヒューリスティック」という。
間違うこともあるのだが、そういう能力が脳の中にある。
間違えてもいいからとにかく答えを早く出した方が生き延びるチャンスが増えるよ、という。
だから急いで考える。
そうすると間違うこともあるのだが、とりあえず答えてしまうという能力のことを「ヒューリスティック」という。

ヒューリスティックが意志決定に及ぼす影響がよくわかる例として、次の問題が最もよく用いられるからだ。「モーゼは動物をそれぞれの種類につき何匹ずつ方舟に乗せたでしょう?」ほとんどの人が、すかさず「二匹」と答えるだろう。−中略−木の方舟に動物のペアを乗せたのは、モーゼではなくノアだ。(179頁)

「バットとボールの値段が、合計で一ドル一〇セントします。バットがボールより一ドル高い場合、ボールはいくらでしょう?」。もしあなたが「一〇セント」と答えたら、それは大多数の人と同じで、−中略−ワーキングメモリを使えば、ゆっくりとだが確実に「五セント」が正しい答えだと気づける。(178頁)

(番組内では1ドル10セントを1100円で紹介している)
脳の中には受け付けを通る正面の入り口と非常口ともう一つ、このビルにもあると思うが裏口がある。
全部の入り口、頭は使わにゃ損々というワケ。

脳にはいろんな入り口があって、正規の受け付けを通る思い出し方、非常口から通る思い出し方、裏口から通る思い出し方。
そこで、こんなことを思った。
裏口から入る。
これは歌の歌詞を作る時に必要なセンスで。
武田先生はそんなふうに思ってしまった。
歌というのはなるべく海馬を通過して思い出を取りに行った方がいい。
一例を出す。
(ここで本放送では「あの素晴らしい愛をもう一度」が流れる)



懐かしい歌。
「あの素晴らしい愛をもう一度」

命かけてと誓った日から
すてきな思い出 残してきたのに
あの時、同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
(加藤和彦と北山修「あの素晴らしい愛をもう一度」)

この詞の真ん中に時間が流れている。
男女の恋の時間経過が歌に現れている。
あの時はおんなじ花を見て「美しい」と言っていた。
その心と心がもう通わない。
恋がゆっくりとしおれてゆく時間が歌詞になっている。
これがだいたい歌の典型。
思い出を受け付けから通って思い出を古い順に並べていくと、演歌になったりフォークソングになったりする。
「こんなことやっていいの?」と思った歌詞がある。
サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」。
これはもの凄く衝撃的な歌で、ここには日本の歌が持っていた時間経過が無い。

砂まじりの茅ヶ崎 人も波も消えて
夏の日の思い出は ちょいと瞳の中に消えたほどに
(サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」)

勝手にシンドバッド


どこに時間がある?
一応「夏の日の思い出」だと思う水谷譲。
情景から語り出して夏の日の恋を思い出している、と。
間に入ってくる「ちょいと」は何か?
「ちょいと」は江戸言葉で、昭和にできた歌としては異様な言葉遣い。
これは現代の言葉ではない。
彼はなぜこんな言葉を用いたのか。
武田先生にはわからない。
続ける。
その女を思い出したのだろう
夏の日のある女を。
どんどん時間が消えて

シャイなハートにルージュの色が ただ浮かぶ(サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」)

まあ、想像で「女の口紅の赤」、それが思い出されたのだろう。
でもこれは時間のどこに置けばいいのか。
「その女を思い出した」というのだが、これは海馬を通過した思い出ではない。
偏桃体。
非常口から入ってきた。
頭は入り口から入ってきて、二行目は非常口から入って来た女の思い出。
偏桃体刺激の色の付いた記憶の断片がフラッシュバックで入ってきている。
女の唇の赤を思い出すと、次に出てきたフレーズが、これも時間が全くわからない。

好きにならずに いられない
お目にかかれて
(サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」)

思い出は出会いから飛んで、デートを繰り返されたのだろう。
情景がまた重なるのかなと思ったら突然。
歌の構成でいうとここからサビ。
「お目にかかれて」の後。

今 何時?そうね だいたいね
今 何時?ちょっと 待ってて
今 何時?まだ 早い
(サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」)

これは恐らく「今 何時?」と訊いたのは女だろう。
時間、時計を気にしているワケで、男が引き留めるために「そうね だいたいね」と言っているのだろう。
女は男を振りほどいて帰っていった。
でないと一番ケツの

胸さわぎの腰つき((サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」)

だから、後ろ姿になっている。
「時計、時間を訊いた女が突然後ろ姿になった」というのは振り切って帰ったのだろう。
こんなふうにして歌を解釈することによって別の世界が見えてくるという話。

サザンオールスターズ、桑田さんの歌詞の不思議。
これを説いている。
これはもちろん、武田先生としては脳の話をする為に持ってきていた。
桑田さんの詞の作り方というのは、頭のいろんな入り口・出口を全部利用して歌詞を作る。
日本の歌というのは、歌詞を古い順に並べていく。

十四の頃の僕はいつも
冷たいレールに耳をあて
−中略−
思えば遠くへ来たもんだ
(海援隊「思えば遠くへ来たもんだ」)

と現在になる。
こんなふうに綺麗に並べる。
過去から今を語る。
桑田さんは、日本の歌謡曲の作り方に違反する。
その典型的な例が「勝手にシンドバッド」。
思い出の並べ方がでたらめ。
どれが新しいか古いかわからない。
しかも唐突にサビ文句で時間を訊く。

今 何時?そうね だいたいね
今 何時?ちょっと 待ってて
今 何時?まだ 早い
((サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」)

これを繰り返した後、突然、三度繰り返すサビ文句が

胸さわぎの腰つき((サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」)

ワケがわからない。
でもいかにもフラッシュバック。
思い出が偏桃体経由になっている。
頭のところの一行だけは海馬を通っているのだが、二つ目から偏桃体記憶になっている。
最後は裏口から入ってきた思い出で、これは異常な才能。
そしてこれは70年代が終わって80年代から大旋風を巻き起こす。
これは武田先生も、一人の作詞家として悩んだ。
一番ショックだったのは「今 何時?」というこのサビ。
というのは、武田先生達フォークは若いくせに老けた自分を仮定して歌を作っている。
こうせつさんは二十代の若さにある時に歌った歌が

若かったあの頃(南こうせつとかぐや姫の「神田川」)

神田川 (シングルバージョン)


(作詞は喜多條忠)
若いくせに老けた自分を仮定して歌を作っている。
桑田さんは何をやったかというと「今 何時?」。
つまり「今」。
これだけ差を付けられると考える。
この歌の作り方に若者は全部くっついていく。
それが今のJ-POPになる。
だから桑田さんはJ-POPの筆頭。
フォークソングともニューミュージックとも違う。
それで「桑田という人は」という怒りの一つもこみあげてくる。
そこでエライ本に武田先生が出くわした。
それが大岡玲(あきら)さんという方がお書きになった「日本語はひとりでは生きていけない」。

日本語はひとりでは生きていけない


(本の中の傍点部はアンダーラインで表記する)
(この本は、この翌週からも取り上げている)
集英社インターナショナルから出ている。
本が変わる。
この方は武田先生と同じ。

 サザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」を初めて聴いた時の衝撃は、それこそ湘南の土用波をからだの正面で受けとめた、という感じのものだった。一九七八(昭和五三)年八月、−中略−『ザ・ベストテン』−中略−を、−中略−私は漫然と眺めていた。そこに、桑田佳祐をはじめとするメンバーが「乱入」してきたのである。(2頁)

サンバのリズムに乗った、どこか歌謡曲調も交じるメロディとともに聞こえてくるのは、日本語としての意味を持つはずの語群で、少なくとも曲の出だしのあたりはとりあえず聴き取れた。(3頁)

どこか英語めいたイントネーションで早口に歌いあげる単語群は、−中略−詞の文言もいわゆる正しい日本語とは異質に思える。(3〜4頁)

〈夏の日の思い出は〉に続く、よく聴き取れなかった歌詞の文字面は〈ちょいと瞳の中に消えたほどに〉というものだが、−中略−古語「ほどに」が尻尾にくっついたりしている。(4頁)

だいたい意味がわからないと思う水谷譲。

何度も聴いているうちにこれらの破格な言葉で表現されているだろう「事柄」が、あたまではなくからだに馴染んでくるのも事実で、−中略−確実にイメージとして定着する。(4頁)

言われてみれば、今のJ-POPもそうだと思う水谷譲。
明日は金曜日。
このあたりをちょいと触れながら、進めたいほどに。

みなさん、ちょっと路線が変わったのをもうお気づきですよね。
「忘れる」ということを前提にして脳のしくみみたいなものを語ってみようかなと思っていた。
その矢先に言語学者の人が書いた日本語論を読んで、その中のつかみとして出てきたのは桑田さんの「勝手にシンドバッド」だった。
この先生は桑田さんの詞を取り上げて「日本語としては体を成していない」と。
しかしまことに不思議な脳の作用があって、頭で考えるとわからないのだが、体は不思議に覚えてしまうという。
昨日の続きを続ける。
桑田さんがもし聞いておられたらお気になさらず。
決して悪口を語っているのではないのだが、一部誤解した部分も経由しながら、あなたの詞の作り方を辿ってゆくので。
とにかくあなたが作った「勝手にシンドバッド」は凄い違和感を感じた。
武田先生以上に違和感を感じた国語学者の先生が見つかった。
その人の説を使っていく。
その先生はおっしゃっている。
彼の詞は頭ではなく体になじんでくる。
違和感は最大限なのに、魅力的でいつの間にか口ずさむ自分を否定できなかった。

曲のタイトルからして、−中略−ピンク・レディーの「渚のシンドバッド」と、沢田研二の「勝手にしやがれ」を合成したものだとすぐにわかったし−中略−てっきりコミックバンドなのだろう、と早合点した。(2〜3頁)

阿久悠さんの作った作品からの合成タイトル。
武田先生はこの歌を聞いた時に、一緒に聞いたのが谷村新司さんだった。
谷村さんは武田先生と同じ表情をした。
それは「こんな歌が流行ったら大変なことになるな」と。
でも大ヒットする。
この国語学者の先生は「桑田佳祐さんの作詞というのは日本語と格闘してるんじゃないか?」。
日本語の規範を破ってはいるのだが「日本語と戦っているのではないだろうか?」という直感のもとに、桑田佳祐さんが戦ったそのルーツを探したいという。
これはちょっと武田先生の立場から言わせてもらう。
日本でロック音楽を目指したアーティストは全員、日本語に苦しんでいる。
音符がいりすぎる。
例えばビートルズが「シー・ラヴズ・ユー」。
「She・Loves・You」
三つでOK。
「She loves you, yeah, yeah, yeah」
これを日本語で言うと
「君はあの子が好き」
「キ・ミ・ハ・ア・ノ・コ・ガ・ス・キ」
九ついる。
三つで終わるのと九つで終わるのは詞の分量が変わってくる。
だからみんな苦しんでいる。
フォークソングはこの言葉を押し込むということの為に16分音符を駆使する。
「君が初めて僕と会ったのは 強い風が吹く日だった」
言葉をしゃべり言葉にしておいてメロディーを付けてゆく。
それがフォークソング。
吉田(拓郎)さんがやった手法だった。
歌詞を押し込む。
「君を忘れた頃に僕を思い出したい」
(吉田拓郎「春だったね」を指しているものと思われるが、そのような歌詞は無い)
ちょっとラップっぽい感じもあると思う水谷譲。
そういう意味ではラップ。
そんなことをやっている時に、ビートルズは悠々と音楽、ロックの世界で遊んだワケだ。
フォークはそんなふうに歌詞を押し込む。
ロックは苦しむ。
それでニューミュージックの人達は、曲のスピードを落とす

卒業写真のあの人は(荒井由実「卒業写真」)

卒業写真


とかという非常に巧みな飾りつけをしながら

真っ白な陶磁器を(小椋佳「白い一日」)

白い一日〜


とかと小椋さんが。
それから

さみしさのつれづれに(井上陽水「心もよう」)

心もよう (Remastered 2018)


古語を用いながらも古語であるところでスピードを飛ばさず、ロックになると苦しくなってしまうので。
オフコースもそうだと思う水谷譲。

さよなら さよなら(オフコース「さよなら」)

さよなら


恐らく、桑田さんはその時に「嫌だ」と思ったのだろう。
連符で歌うのも嫌だし、ミディアムに落としてまで歌詞を作るのも嫌だ。
あのビートルズのノリがやりたい。
そこで彼が考えた方法が日本語の意味を捨てる。
意味なんか伝えなくていいんだ。
音のみ。
日本語の音のみをのせて歌を作る、と。
ここからJ-POPが始まったのではないだろうか。

一九八四(昭和五九)年の七夕に発売されたアルバム『人気者で行こう』でとどめを刺された。
 アルバムA面最初の曲「JAPANEGGAE(ジャパネゲエ)」は
(6頁)

人気者でいこう(リマスタリング盤)


これは造語。
ここで大変なことをやる。
来週のお楽しみということで。
ここから壮大な日本語の物語になるので、サザンの悪口を言っているとは誤解しないでください。



2026年1月26日〜2月6日◆忘却とは忘れ去ることなり(前編)

(初日だけ「忘却とは忘れ去ること」と言っているが、後は全て「忘却とは忘れ去ることなり」と紹介されているので、タイトルは「忘却とは忘れ去ることなり」にしておく)

「忘却とは忘れ去ること」
昔のメロドラマのタイトルにあった。
「忘却とは忘れ去ることなり。 忘れられず、忘却を誓う心の悲しさよ。ヒュルルル〜♪ルルル〜♪」という、そういう何か。
(ラジオドラマ「君の名は」の冒頭のナレーション。正しくは「忘却とは忘れ去ることなり。 忘れえずして,忘却を誓う心の悲しさよ」)
母が見ていたのでいつの間にか・・・
番組の前に始まるナレーションが好きだった。
今でも覚えてらっしゃるのは凄いと思う水谷譲。
「禁酒法があった1920年代のアメリカは、汚職・麻薬・暴力が横行していた。この危機に敢然と立ちあがった我らFBIの仲間は絶対に買収されないという意味から『アンタッチャブル』と呼ばれ・・・Untouchables」
これも「アンタッチャブル」というドラマだった。
いくらでも出てくる。
記憶力が凄いと思う水谷譲。
何でこうこういうことを忘れないのか?
メガネをさんざん探したら、額の上にあったとかという。
頭の使うところが違うと思う水谷譲。
この間、TBSにいらっしゃるあの名アナウンサーの安住さんが面白いことをおっしゃっていたが、主婦になられた五人姉妹がコタツを囲んで。
長女の方が突然重大発表をなさって。
「うちの人、ガンになったらしいの」という。
「お姉さんしっかり。今では治る病気よ」とかみんなで・・・
そのうちの一人が「ガンの場所はどこ?」。
いろいろあるから。
そうしたら長女の方が「うちの人のガン・・・性感帯」。
「ああ、性感帯」とかと言っていて「性感帯ってどこ?」と誰かが訊いたら「私は耳たぶ」とか何か。
そういう話ではない。
病名を忘れてしまったらしくて、一番上のお姉さんが間違えてしまった。
「声帯」だった。
それに「カン」を入れてしまって「セイカンタイ」になってしまったという。
そのことがわかった瞬間に、暗い話なのに五人揃って大声で笑った、という。
深刻な話も一瞬の忘却で、たちまちコントになってしまうという。
本当に忘れやすくなった水谷譲。
スマホで何か検索しようと思ってスマホを開くが、その時点で何を検索するか忘れている水谷譲。
「なんだっけ?」みたいな。
「昨日買ったメガネ〜♪一昨日買った〇〇〜♪あれはどこへ行った〜♪」というのがあった。
中島みゆきさんの替え歌だったのだが。
(「さんまのからくりテレビ」武田宏子さん作詞「日常のドジ」。歌詞は「してたはずのメガネ 買ったはずの豆腐 みんな何処へいった」)
ちょっと面白い方に遭遇したので、その人の為に「忘れる」ということを三枚におろしてみようかなと思った。
これはすいません。
テレビとネタが重なっている。
(「サン!シャイン」2025年12月10日放送・2025年12月17日放送)





「人間というのは忘れる生き物である」という、そんなことを喋った。
人間は覚えていることを絶えず取り出していないと、忘れてしまう。
それとか記憶が歪んでしまうという。
前に話した。
人からいじめられたと思っている人が、よく話を聞いてみると、その人もいじめていたという。
2023年11月20〜12月1日◆し忘れ・ど忘れ・物忘れの時にも出てきた話かと思われる)
人間というのは覚えていることを喋っているみたいに言うが、正確に覚えていることを喋れる人はいない。
少しずつ改竄してしまう。
その話をしてワリとテレビスタジオでウケた。
そうしたらご一緒している政治評論家の岩田明子さんが「私、忘れたいのにすぐ出てくる嫌な思い出があるんです」という。
「何ですか?」と訊いたら「ゴキブリなんです」。
岩田さんはゴキブリが大嫌いで、ちょっとしたはずみにゴキブリの思い出が出てくると正確に蘇る。
そういう方は多くて周りにもいると思う水谷譲。
岩田さん曰く「生涯で出会ったゴキブリの全てが思い出せる」。
「自分が初めて叩いてグジャグジャにしたゴキブリが一匹目で、二匹目は叩こうとしたらこっち側に向かって飛んできた」とか。
それから「一人暮らしを初めて部屋に入った瞬間に夫婦のゴキブリとバッタリ目が合って、その夫婦は本棚の隅に消えた」とか人生で出会ったことのあるゴキブリを・・・
「これを思い出さなくする為にはどうしたらいんでしょう?」
ある意味トラウマだと思う水谷譲。
そう。
ゴキブリという軽い程度でも水谷譲のおっしゃったトラウマになっている。
それで「武田さん、教えてください」と言われて、本屋さんに行って見つけた本がある。
それが「忘却の効用」、(著者は)スコット・A・スモールという。

忘却の効用: 「忘れること」で脳は何を得るのか


アメリカの大学の先生。
白揚社から出ている。
腰帯にこんな宣伝文句があった。

忘れっぽいことは
正常であるばかりか、有益でさえある。
その理由を教えてくれる、実用的で、
すばらしい本
(本の帯)

つまり、「忘れてしまう」ということは正常であるばかりか、もの凄くあなたの為になっているんだ、と。
先生はこんなことをおっしゃっている。
「忘却とは衰えであると思い込んでいる人がいるかも知れないが、それは衰えの兆候でも何でもなく脳の大切な機能なんです。抗ってはなりません」
「忘れる」というのは体の為に有益なのかと。
「忘れることがいかに大事か」ということを説いた本。
コロンビア大学の教授であるスコット・A・スモール博士。
神経科の臨床医をやっておられて、記憶に障害があったり違和を感じる人の為の相談にものっておられるという。
武田先生の方はというと、仕事仲間になっている政治評論家の岩田明子さん、この人が「ゴキブリがどうも頭から消えない。上手く消す方法はないだろうか」と言われて、この本を読み出した。
岩田さんのゴキブリの記憶で「飛び出してくるゴキブリ」「走り去るゴキブリ」「叩き潰したゴキブリ」「反撃してこちらに向かってくるゴキブリ」その一つ一つが消えないという。
これは一種の写真記憶で、超高解像度でありありと浮かんでくる。
これは一種「記憶のやけど」のようなもの。
「記憶のやけど」は武田先生は上手いことを言う。
消えない嫌な思い出、これは誰にでもある。
人間というのはしょうもないことを覚えている。
あれは一種「記憶のやけど」だそうで。
こういうことで悩んだ人はいないだろうか?ということで、武田先生はこのスモール博士の臨床日記を読んだ。
その中には記憶で様々な障害を持つ人がいる。
まずそっちの方からいく。
消し方ではなくて、記憶全般から。

記憶に障害を持つ患者さんの嘆きというのを聞いてみましょう。

 私がコロンビア大学記憶障害センターで最初に診た患者のカールは言い切った。−中略−
 カールはマンハッタンで働く刑事事件専門の弁護士で
(17頁)

 カールは子どものころから学校でつねに優秀な成績を収め、彼の記憶力は競争の激しい学校の同輩たちのなかでも抜きん出ていた。−中略−その並外れた記憶力は弁護士の仕事でも役に立ち、所属していた法律事務所中に知れ渡っていた。−中略−彼は一度会った人の顔や名前を決して忘れなかった。−中略−彼は数か月前、ある重要な依頼人と初めて面会した。そして最近、−中略−ショッキングなことに相手の名前をいいよどんでしまった。(20頁)

これは弁護士さんにとっては、大変。
それは記憶障害だと思う水谷譲。
笑顔で応じてはいるのだが、その人の名前がどうしても思い出せない。
顔は覚えている。
名前が出てこない。
これが何人も続くと、マンハッタンを生きていく弁護士としてそうとう信用に差しさわりがあるという。
「何でこんなふうに私は、映像は残っているのに名前と結び付かないんだろう」というのでスコットさんのところ「に脳の病気ではないか?」と相談に来られた。
スコットさんはこの時に診断をしていくのだが、ゴキブリを忘れる方法は、ゆっくり話していきますからちょっと待っててください。
まずは「覚えている」ということはどういうことかという。
これは読んでびっくりした。
例えば水谷譲が今、目の前にいる。
水谷譲のことを「加奈」と呼びかけている。
この記憶。
「あなたの名前は『加奈』。あなたの目付きはそういう目付き。あなたの髪はそういう髪型。唇は、体形は・・・」
何と凄いことに脳の思い出の倉庫の中にバラバラに入っている。
眉なら眉のところに入っている。
目なら目のところに思い出が入っている。
耳なら、体つきなら、名前なら、全部バラバラ。
だから当然。
「顔は思い出せるんだけど名前は・・・」というのは倉庫の距離が遠い。
何でこんなに頭はそんなバラバラにするのか?という。
これは人の顔等は加齢と共に激しく変化する。
年を取るとわかるが。
武田先生はこの同窓会をやったばかりだったからこの話がやたら身に沁みた。
「ヤングジャパン」という芸能会社があって、一緒に働いた仲間が数十年ぶりに集まった。
誰が誰だかわからない。
名前は全然思い出せない。
でも、ある瞬間パッと思い出す。
それがしょうもないこと。
ひょいと向いた仕草で「オマエ、チマか!」。
「チマ」というヤツがいた。
動きを思い出した瞬間、ポーン!と名前が付いてくる。
それは別々の引き出しに記憶が入っているから、ある引き出しを開けたということかと思う水谷譲。
私達がフッとそんなふうにして思い出すのはバラバラにしまってあるから、80%が年取ってワケわかんなくても、20(%)を言い当てると80が出てくるという記憶があるという。
「忘れる」ということを探っていきたいと思う。
記憶というのは面白いもので、記憶という倉庫があるとすると人間の顔なり何なりを全部バラバラにして眉は眉、目は目、額は額で覚えていて、あるきっかけがあってそのバラバラにした何かに引っかかるとたちまち全部思い出せるという。

これは武田先生の例え。
会社で言うと思い出そうとしている物が会社の受け付けに行ったみたいなもの。
会社の受け付けに行くと、受付嬢に頼む。
「〇〇さんを呼んでいただけないでしょうか」
これが思い出す手順。
そうすると、その受け付けの人が「〇〇でございますね」と言って、その人のところに連絡を取る。
そうすると記憶がエレベーターで降りてきて「やあやあやあやあ!」と寄って来るという。
そういう脳のシステム、働きをスムーズにしている思い出の入り方、入り口。
その受け付けのことを「海馬」という。

脳には左右一対の海馬がある。−中略−海馬がタツノオトシゴ−中略−のように見えたので、そう名づけた(31頁)

ここがジャッジする。
「この人の顔はしっかり覚えておこう」それから「もう忘れちゃおう」とかという、そういう決心もこの海馬がする。
ここが分解し、モンタージュにして記憶。
眉のコーナー、鼻のコーナー、耳のコーナーにしまうという。
頭は凄いもの。
これは上手いこと言って、このスコット・A・スモール博士は武田先生の例えではなくて、この方は音楽に例えていて。

仮に海馬の小区域がピアノの鍵盤だとすると、依頼人との面会によってカールの海馬では、記憶という音符がいくつも重なった和音が鳴っただろう。(34頁)

遠い記憶はしっかり思い出せるのだが、最近入れた記憶が出てこないというのがある。

 カールは、−中略−昔からの依頼人の名前を忘れたことはない(40頁)

ところが新しい依頼人とか紹介された友人に関してはなかなか結び付いていない。
これはわかりやすく言えば記憶の収納倉庫と棚の方には問題が無い。

カールの海馬は、彼の人生を通じて電話交換手の機能を十分に果たしていた。−中略−だが、海馬は依然として機能していたものの、若いころより効率が悪くなっていたのだ。(40頁)

そうすると古い記憶はちゃんとしまってあるから思い出せるのだが、新しいのは苦手になっていく。
この最大のものが、武田先生が体験したことがある。
高島屋とか大きいデパートに行って、車を停めた場所がわからなくなるという。
8階、9階ぐらいまであって、その階を忘れると、もう絶望的。
あれはちょっと海馬が年を取ってきた証拠だそうだ。
本当にあの同じ風景の駐車場は忘れる。
隣の車の色とか思い出しても、隣の車がいなくなっているともうわからない。
自分が貯めた記憶が何の役にも立たないという。
正月の特番でそんなのをやっていて身につまされてしまって。
娘とデパートではぐれてしまったお爺ちゃんというのがいて、そのお爺ちゃんが迷子のコーナーに行っている。
そのお爺ちゃんは携帯を持っているのだが、電池が切れてしまって娘と連絡が取れないという。
お爺ちゃんとその娘さんの別れの言葉が「駐車場の車のところで俺、待ってるから」が合図だったもので、お嬢さんはそこで二時間待っていたという。
会うと娘さんからボロクソに言われたという。
前に水谷譲と話した。
何を一番覚えているか?
例えば思い出せる部分が少なくて思い出せないということがある。
でも何かと結びつけておくとスルッと出てくる。
人間は物語にすると覚えている。
情報として入れると忘れてしまう。
朝、聞いた情報は夕方に消えている。
これも海馬以下の脳の仕事。
消していかないと次が入ってこないから消してしまう。
こんなふうにして考えてみると、面白いもの。
忘れていかないと次に新しい情報が入ってこないから、忘れるという能力はもの凄く大事だということ。
それから毎日私達は寝る。

「私たちは忘れるために眠る」(149頁)

睡眠の主要な目的は大脳皮質をリフレッシュすることにある。睡眠は大脳皮質の記録を片付けて白紙にし、大脳皮質が新しい記憶を受け入れられるようにする。(151頁)

ところが人間の頭の中はいろいろ出入口があって、入り口が海馬の受け付け以外にもある。
この放送局(文化放送)は、他に入り口どこにあるか?
二階に受け付けがあって、一階に駐車場があって、駐車場の奥が警備室でそこも入り口だと思う水谷譲。
各階にある出入口。
非常口。
頭の中にも非常口がある。
「非常口から入って来る記憶」というのもあって、このあたりがどうやらゴキブリが入ってきた入り口と似ているということ。

「忘れる」ということの重大性を語っている。
これも触れておかなければいけない。
覚えているとどうなるか?
人間は記憶がある。
記憶はどんどん消えていく。
消えてゆかないとどうなるか?
頭の引き出しがいっぱいになってと思う水谷譲。
それがサヴァン症候群になる。
あれは記憶が消えてゆかない
これは凄く辛いらしい。
消えてゆくのがアルツハイマー、統合失調症、パーキンソン等々言われているが、サヴァン等々記憶障害というのは消えてゆかない。
どうなるかというと、子供なんかがそうだが

家の本棚に並んでいる本のうち、一冊の置き場所がわずかに変わっただけでも不満を募らせ、本がすぐさま元の場所に戻されなければ、かんしゃくを起こす。−中略−母親が通学路を変えようとしただけでもフレディは怒りを爆発させ(56頁)

(番組ではサヴァン症候群の例として紹介しているが、本では「サヴァン症候群」とは紹介されていない)
最近これは見つかったのだが、動物、ネズミなんかにもあるそうで。
行き止まりに出会うと、そこで餓死するネズミもいるという。
だから忘れることによって新規を探そうという意欲があるという。
そしてこのスモール博士の中でゴキブリが消えてゆかない岩田さんにピッタリだなと思って一生懸命読んだのが、水谷譲が言う通り「PTSD」「心的外傷後ストレス障害」。
思い出が消えてゆかない。
消えてゆかないどころか、その思い出が出始めると、もうそれ以外考えられなくなってしまうという、やはり「記憶のやけど」みたいなことが心的外傷、心の傷跡になる。
例えばPTSDによくみられるのは、戦場で辛い体験をすると、花火大会がダメになる。
バーン!という花火の破裂した音が聞こえると、戦場の思い出が克明に蘇ってくるという。
睡眠障害や突然の怒り、フラッシュバックによる精神的苦痛と混乱があるという。
「ゴキブリの記憶」というのはちょっとPTSDと呼ぶには軽すぎるが、岩田さんに現れている障害そのものはこれぐらい強いもの。
これは受け付けを通ってきた記憶ではない。
非常口から入ってきた。
非常口を開けたものだから、このビルもそうだと思うが、警備室のサイレンが鳴っている。
それで赤いランプが回る。
それが岩田さんの場合のゴキブリ。
だから非常口を閉めないとダメ。
閉めればサイレンと赤色灯の回転が止むという。
PTSDもそうで、そのゴキブリとはあまりにも違うかも知れないが、この博士が調べられたのは、戦場でのPTSDの人を扱ってらっしゃる。
お肉を食べようと思って肉を見ていたら、それが友人の撃たれた後の傷跡に見えたりするという。
それでもう、手が震えるというような心的障害が出てくるワケで。
でもならない人もいる。
「ランボー」とかというのがあって、ベトナムの戦場での傷が生々しくて、普段の市民の生活に戻ってもそこが突然戦場に見えたりなんかするというPTSDを患う。

ランボー/怒りの脱出 [DVD]


だが、ベトナムから帰還してきた人でもなっていない人もいる。
このスモール博士の調べ方が、なっていない人を全部調べる。
このPTSDを探っていくと、これは岩田さんに使える。
つまり非常口を閉めることだから。
これが面白い。
友達がいるかいないか。
戦争でもの凄い体験をする。
やはり戦闘の体験は心に凄い。
それは極限。
ところが基地に帰ってきて、友人と一緒に今日の戦場の話をしている。
それは悲惨な話。
ところがその悲惨な話を五人、六人で分け合ううちにフッと笑い話になったりすることもある。
「あん時さぁ、敵の姿見えたんだ。俺、ションベン漏らしちゃったよ」と言ったら横のヤツが「俺もだよ」と言った瞬間に男同士が笑う。
その間に心の重大な傷として扱わず、非常口を閉める。
そういうことがあるので、まだ他にも非常口を閉める秘訣がある。
心の傷が無かった人をよく調べると、基地に戻って仲間達と今日の出来事、戦場での殺し合いを語り合ううちに笑い話が生まれたりすると、比較的傷になりにくいという。
PTSDほど重くはないにしても、嫌なことがあった時に仲間とお酒を呑みながら共有して笑い飛ばせば忘れられると思う水谷譲。
「笑い飛ばす」というが、本当に「飛ばす」。
あれは飛ぶものもある。
皆さん、「この先も辛いことはあるかも知れないが、とりあえず毎日少しずつ笑いも貯金していくとあなたの重大なパワーになります」ということ。
そしてPTSD、心的な障害に関しては、こんな方法も、ということでこの博士が挙げてらっしゃるのが

 PTSDの一般的な治療法は、−中略−曝露療法(エクスポージャー)の論理で、この療法では、安全な状況のなかで、不安を引き起こす刺激に患者を何度もさらす。(97頁)

これは別の言い方で「クローゼットのドクロ」という。
これはあまりいい例えではないが、わかりやすので話すが。
誰かを殺してしまってクローゼットの中に白骨を隠している。
毎日ドキドキするけれども、ドキドキしない方法が一つだけある。
それは何かというと、毎日クローゼットを開けてドクロを見慣れてしまうことだ、という。
そういう刺激の仕方。
慣れてしまう。
そういうことが、人間の心の傷をだんだん塞いでくれるという。
だから岩田さんに勧めたのは「鈴虫を飼いましょう」。
ゴキブリとスズムシは似ている。
それはスズムシ好きな人は怒るのではないかと思う水谷譲。
あの色といい何といい。
一瞬でも「スズムシ可愛い」と思うとエクスポージャー、暴露療法で怯えなくなる。
もう一つ岩田さんに勧めたのが仮装。
例えばハロウィンなんかでゴキブリの恰好をして友達とゴキブリパーティーをやる。
やりたくないと思う水谷譲。
お祭り騒ぎ。
とにかくゴキブリに接近する。
ショック療法みたいな感じかと思う水谷譲。
もう今、嫌いな人達は、(「ゴキブリ」という)その名前を聞くだけで「鉄矢さんやめて!」となっていると思う水谷譲。
そういう方もいらっしゃるだろう。
でも、何てことない人もいる。
テレビでやった時は凄いものをスタッフは見つけて。
ゴキブリを殺す薬のコマーシャルをやっていたことがあって、ゴキブリの恰好をしたことがあった。
最後はその恰好で岩田さんに「友達になってください」と頭を下げるところで番組は終わった。

本題に入る。

体が脅威を感知したときには、偏桃体が実質的に神経系の「司令塔」として処理に当たる。−中略−偏桃体は、必要とあらば危険信号を徐々に増していき、ついには「緊急事態発生! 緊急事態発生!」とがなりたてる。−中略−こうして偏桃体は、記憶の何気ない事実──いつ、どこで、何を──に感情の色を塗るのだ。(92頁)

入り口、受け付けを通った時は目・鼻・口とかと全部バラバラにした。
非常口から入ってきた時は「これ、大変だから」というので丸々思い出にしまってある。
だから思い出すのは頭から全部思い出してしまう。
それで頭の中がいっぱいに広がる。
丸ごと飲み込むような、そんな無理がこの偏桃体から入って来る記憶にある。
これはもともと体に悪い思い出。
「二度とこんな目に遭わないように」ということで取ってある。
そういう記憶のしまい方もあるという。
一番大事なことは、この偏桃体から入って来た暴走する思い出に関して、ユーモアを加えることによって断ち切っていく、分解していく。
笑う力は大事。
上司の悪口を言った時も、最後にその上司に変なあだ名を付けたりすると笑い飛ばせるし、ユーモアは大切だと思う水谷譲。


2026年03月10日

サントリー −196〈ラ・フランス〉350ml缶

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−196〈ラ・フランス〉350ml缶 商品情報(カロリー・原材料) サントリー
当社独自の“−196℃製法”によるラ・フランス浸漬酒を使用し、当社ならではのブレンド技術によって、“ラ・フランスを食べた瞬間”を連想させる華やかな香りとみずみずしい味わいをお楽しみいただけます。

3月3日発売。
フジスーパーで109円(税別)で購入。
希望小売価格159円(税別)。
内容量350ml。
100mlあたりエネルギー53kcal。
アルコール分5%。
純アルコール量(350mlあたり)14g 。
果汁1%。

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缶の裏側に「−196」の説明。

IMG_20260310_173125.jpg

透明で色が付いていない感じ。
梨の臭いがする。
アルコールー分が5%だけれども、それよりもアルコールが弱く感じるぐらいには飲みやすい味。
甘さもそれほど強くないけれども、甘さが足りなくて飲みづらいっていう味でもなく。

-196 ラ・フランス 350ml 24本 【みずみずしくクリーミーな味わい】 [サントリー チューハイ] イチキューロク



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東ハト パックル・コク旨カレー味

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パックル・コク旨カレー味 東ハト
パクッと食べやすいクルッとした形のコーンスナック。サクッと軽快な食感で、20種の香辛料とビーフエキスパウダーを使用した、コクと旨みのある味わいです。

2月2日からリニューアル発売。
オーケーで115円(税別)で購入。
オープン価格。
参考小売価格164円(税込)。
内容量57g。
1袋当たり熱量333kcal。
販売地域全国。

袋の大きさは縦が26cmで横が18cmぐらい。

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クルッとなっているので寸法が測りづらいけれども、丸まった状態で縦が3cmで横が4cmぐらい。

凄くカールに似ているっていう話も見かけるけれども、カールかなぁ?
ちょっと違うな。
丸まっている内側がへこんでいるし、食感が湿気った感じっていうんじゃないんだけどサクサク感が若干弱いような。
味もカールとはちょっと違うかなと思った。
でも単純にコーンスナックとして食べやすい味で美味しいと思う。
これは「コク旨カレー味」なのでカレー味ではあるが、辛い感じはあまりしない。

(エリア限定品) 明治 カールチーズあじ 64g×5袋 カールうすあじ 68g×5袋 食べ比べセット 10個アソート



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