「男の唯一無二」
暗い話になってまことに申し訳ございません。
景気のいい話もしたいのだが、ちょっと迷ったのだが。
この本をお書きになったトーマス・ジョイナーさんには申し訳ないのだが読みにくい本だった。
はっきり言ってしまうけれども。
最近、そういう本に当たることが多い。
「この本、もう読むのやめよう。三枚におろすの無理だ」と思うのだが、そう思って次のページをめくった瞬間に「え?え?何これは」みたいな文章に出くわすものだから。
この本がまさしくそうだった。
男が寂しさ故に人生の晩年に於いて自殺するというその傾向がある。
これをこの方は国防省から頼まれている。
兵隊さんの中で、もの凄く多いそうだ。
戦場体験者の中で年取ってから自殺なさる方が。
それで「調べてくれ」ということで調べ始めたらしいのだが、そこに彼は男という性そのものが非常に晩年になって死という穴ぼこに落ちやすいという性なのではなかろうか?という。
男は男たるべく、特にこれはアメリカの方なのでやはり「唯一無二」「王座に就け」と。
いろんな人から励まされて、ただ一つの自分の座れる椅子を目指すワケで。
自分が立てる頂を目指すワケだが、そこに座る、或いはその頂に立つと、何のことはない周りには誰もいない寂しさがこみあげてくるという。
こういう矛盾を男達は生きているのではないだろうか?という。
男というのは人と繋がっているというよりも人を従える時にもの凄く自分の能力に自信を持つという。
「人に嫌われても自信はある」というようなトップの方がアメリカでは好まれる。
もの凄い坂道があったにしても自分がリーダーとしてその坂道を登るんだったらば、いくらでも無理が効くという。
ジョイナーさんが繰り返しおっしゃっている。
体を傷付けるもの、それは孤独なんだ
まずは命の最小単位で考えてみよう。
この方は細胞の中にも入ってしまう。
テロメアとは、染色体の先端にある保護膜で、靴ひもの端にあるプラスチック製の鞘のような、靴ひもがほころびないようにするためのものだ。鞘が弱くなったり切れたりすると靴ひもがほころびるように、テロメアが短くなると染色体もほころびる。−中略−染色体がほころびると、染色体やその重要な情報を複製する作業が十分にできなくなり、「ほころび」のある情報は失われてしまうからだ。DMAに関して言えば、−中略−がんを含む多くの問題を引き起こす可能性がある。(「男はなぜ孤独死するのか」60〜61頁)
これは極端な言い方。
ただ、トーマス・ジョイナーというこの人は、「がんの原因は孤独である」と言う。
凄い論理だと思う水谷譲。
「そこまで孤独というのは細胞の一単位、染色体にも悪い影響を及ぼすんだ」という。
特に男性の孤独感を加速させる要因として、社会的ストレスがテロメアを短縮させることが明らかにされており(61頁)
実はそれが全ての不幸、全ての病のスタートになるという。
これを女性を比較してみよう。
全般的に女の子は親に対して秘密主義である場合が少ない。(「男はなぜ孤独死するのか」72頁)
お母さんに何でも話す水谷譲。
全般的に、男の子は女の子に比べて親に対して秘密主義的であり、−中略−男の子は女の子に比べて、母親に対する反応が低く(「男はなぜ孤独死するのか」87頁)
武田先生も胸に手を当てるとそれがわかる。
娘と母親が包みなく語り合っている姿というのはいいもの。
男にはそれほどのネタが無い。
それが男の子の美学だと思う水谷譲。
男の子というのは生涯に亘って一人で何ができるか、そこに自分の価値を置く。
対して女性は友人との関係を価値とみる。
この差が人生の後半に於いて孤独の深さを男女で変えてしまうのである。
自然界の生き物を見てみよう。
「群生するイナゴの脳は、同種の単独行動するイナゴの脳より30%大きい」。(「男はなぜ孤独死するのか」96頁)
一匹でいるイナゴは脳が小さい。
集団で移動する、旅するイナゴというのは30%もデカい。
サルからヒトになった我等人間もそうである。
我等は群れにより旅をして賢くなり生存してきた。
人類学者のロビン・ダンバー(「男はなぜ孤独死するのか」97頁)
これは武田先生の話に、よく出てくる。
これは人間が賢くなる為の集団、そういう集団の人数は何人かということを調べた人。
これは面白い。
その集団の仕事にぴったりの人数のことを、この人の名前を取って「ダンバー」で表現する。
人間が何か、ある仕事を果たす為に集団、グループを組む。
そのグループの人数というのは、この人数だと非常に作業がやりやすくなるという。
例えば果実を探す。
ブルーベリーを摘んだり探したりする。
この人数。
これは何人が一番いいかというと5〜6人。
これを「5〜6ダンバー」と言う。
そういう言い方をする。
5、6人。
魚釣りだったら2〜3人。
マンモス、クジラ等々を仕留めるんだったらば30人以上が必要だ、という。
適正人数を「ダンバー」という単位で呼んだ。
これは本当に「なるほど」と思うが。
人間が野宿をする。
その為に必要な人間というか、安眠の条件は何人くらいか?
4人だと思う水谷譲。
完璧に水谷譲は外れている。
野原で寝袋で眠る。
30人。
なぜ30人か?
セーノで30人で眠る。
そうしたら一時間おきに誰かが起きている。
そうすると何かあった場合、凄く便利がいい。
それで安眠がとれる。
こういうのは「なるほどなぁ」と思う。
(このあたりの話はこの本の内容とは無関係)
「ダンバー数」について考えてみよう。人類学者のロビン・ダンバーが150としたこの数字は、人間が維持できる意味のある社会的結びつきの最大数だ。−中略−ダンバー自身も230になる可能性があると指摘している。大方の見解は300人以下のようだが(「男はなぜ孤独死するのか」97〜98頁)
このダンバーというのが何を注目されたかというと戦争の時の兵隊さんの組ませ方。
小隊・中隊・大隊・旅団とかとある。
あれはこの「ダンバー」で戦闘のエリア、仕事を決めるという。
(ロビン・ダンバーについては、以前詳しく扱っている。2016年10月10〜21日◆『ことばの起源』ロビン・ダンバー)
僕たちの種が生き残り、ネアンデルタール人が生き残れなかった理由のひとつに、僕達の社会的に複雑な機能を持つ脳が関係している可能性があると主張されていた。−中略−「脳が大きい、あるいは新皮質が多い霊長類は、脳が小さい他の霊長類に比べて、より大きな集団で生活し(「男はなぜ孤独死するのか」99頁)
だから(ネアンデルタール人は)寝る時に水谷譲が言うように4人ぐらいで眠っていて獣に襲われてしまった。
ところがクロマニヨンからスタートした現生人類は30人単位で眠ったので誰かが起きていて獣を追い払うことに成功したという。
これは武田先生の考え。
トーマス・ジョイナーさんの本を読みながら思ったのだが、この集団の大きさを決定するという直感を持っている性が女性ではないだろうか?
武田鉄矢説で言っていいと思う。
マンションならマンションを買った。
その部屋をパっと見た瞬間に女性が子供を何人産むか決める。
その空間に対する、環境に対する人数の調節は女性の直感によっているのではないだろうか?
だから女性たちに遮二無二子供を産ませようとするのはやめた方がいい。
女の直感に任せるべきだ。
妊娠する・しないなんていうのは国が口出しすることではない。
それは女性の考え方、そこに任せるべき。
それがやはり男達が一番忘れてはいけないことなのではないか。
男は所詮山のてっぺんを目指す。
女の人はグルグル歩きながら山全体のことを。
それはきっと武田先生がそういう女性の直感によって今まで人生を助けられてきたということだと思う水谷譲。
それはもうわかっている。
女の人のその直感というのは凄いと思う。
日本は戦争に負けた。
それで日本中の女達は「さあ、子供産むぞ」と思った。
「もう兵隊には取られない。いっぱい産んどこう。これが日本がもう一回景気よくなる道なんだ」と戦後ベビーブーマー、たくさん子供が。
今、女性達が産みたがらない。
それは何かを直感している。
その直感に任せた方がいい。
何せ彼女達は山全体をいつも眺めているのだから。
これは武田先生の考えだが。
これが著者、トーマス・ジョイナーさんがお書きになったこと。
このあたりから武田先生は「なるほど。女性というのはそのダンバーに関しては直感があるんだな」と思ったのだが。
「女性の場合、思春期を過ぎると、わずかなアイロニーが常に救いとなる。というのも、彼女たちが歩んできた人生は、必ずや彼女たちを皮肉屋にするからだ」(「男はなぜ孤独死するのか」104頁)
これは何かというと彼女達は社会全体、或いは集団、そういう中で何人の人数が的確か、それを直感で知る。
それが年を取れば取るほど、女性達は皮肉屋になる。
男は不思議と皮肉は言わない。
一種女性達の直感から出た生存、サバイバルの術ではなかろうか?
これに対して男だが、男は集団のサイズではなくて「俺」のことしか考えられない。
「俺の邪魔をするな」
これは武田先生は見たことがないが沖縄の方なんかはよく見てらっしゃるのだろう。
米海兵隊の旗であるガズデン旗は黄色で、とぐろを巻いて今にも襲いかかろうとしているガラガラヘビが描かれている。(「男はなぜ孤独死するのか」112頁)
「俺んとこに入ってきたら噛みつくぞ」という、そういう象徴でガラガラヘビが描いてあるそうで。
本当にあまりにもストレート過ぎて。
とにかく男にとって「俺の邪魔はするな」「全て俺のコントロールの下に従え」そういうのが男という性の中に盛り込まれた意欲。
人を従えている時に男というのは燃える。
だから何でもそうだが人の悪口を言う時でも仲間を募りたがるという。
ネット社会の中で友人を作りたいと思うと、人の悪口を言って群がりたがる愚かさがあるということ。
例えば男の信念というのは非常に単純で金持ちを目指す。
カネをとにかく貯めたい。
金持ちになったら金持ちの友達はいらない。
とにかくアリスの歌に出てくるが「You're king of kings」「王の中の王」を目指したがるという自己中心的満足というものが男の中にあるのではなかろうか。
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これは三百何十ページの本なので、ずっとそういう男の愚かしさについての報告が様々な例をとりながら。
ここらへんで、もの凄くくたびれた。
だがもうちょっと読み進めてみようと思って。
百ページ目ぐらいから男の孤独に対する解決策へのアイディアが出てくる。
これで読んでしまった。
男の孤独を和らげられるという希望はあるのかという問いに対する、もう一つのアプローチは、次のような質問を投げかけることだ。即ち、男の脳は単純に異なる配線がされていて孤独とそれを引き起こす傾向が、ハードウェアに埋め込まれているのだろうか。繰り返しになるが、希望はある。こうした傾向は、生まれつき埋め込まれているものではない。(「男はなぜ孤独死するのか」221頁)
視覚的刺激の中でその脳が強い関心、或いは印象を受け、興味深く反応するイメージは何か?
そのイメージの中に孤独を減少させる力がもしやするとあるかも知れない。
調査チームは、イメージを内容に基づいて次の三つのグループに分けた。それらは、エロティックなイメージ、親和的なイメージ−中略−、刺激的なイメージである。−中略−親和的なイメージは、母親が赤ちゃんを世話している姿、刺激的なイメージは、サーフィンでチューブライディングをしている、波しぶきを浴びた人物のクローズアップを映し出すといったものだ。脳は、どのようなイメージを最も強く志向するのだろうか。−中略−脳は、エロティックなイメージと神話的なイメージに対しては、同様に高い反応を示し、刺激的なイメージに対しては、それほど高い反応を示さなかった。(「男はなぜ孤独死するのか」221〜222頁)
(このあたりの番組内の説明は本の内容とは異なる)
自分でも連載をやっている「週刊大衆」という週刊誌があるのだが、これも巻頭グラビアは若い女性の・・・
今は「(週刊)ポスト」でも何でもとりあえず巻頭グラビアは若い女性の裸が多い。
そういう意味ではイメージというのが寂しさを消してくれるという。
観葉植物の世話をすることが、老人ホームの入居者の死亡率低下と関連するという研究を思い起させる。−中略−「ガーデニングにまったく興味のなかった宇宙飛行士たちが、実験用の温室の手入れに長い時間を費やしている」という。(「男はなぜ孤独死するのか」226頁)
自然とつながることは、それだけで孤独感を軽減する効果がある。(「男はなぜ孤独死するのか」229頁)
だから年取って農業をやる方が出るのかと思う水谷譲。
これは生々しくて。
トーマス・ジョイナーさんは国防省から頼まれての自殺の調査をやっておられるのだが
潜水艦の艦長が、乗務員のやる気を引き出し、報酬として使うものの一つに、「潜望鏡使用の自由」がある。それは、潜望鏡を通して、海岸線や星や、雲や鳥を眺めるチャンスだ。(「男はなぜ孤独死するのか」226頁)
これは面白い。
そしてここ。
65歳以上は聞いて。
もう一つ男が孤独を忘れる瞬間。
彼は宇宙ではなく、正しくはブラジルの大自然の中にいる。彼は、他の人々と持続的な接触をしない部族の、最後の生き残りだった。−中略−
本当に孤立しているにもかかわらず、彼が人間関係を活発に続けているという証拠がある。つまり、彼は、亡くなった先祖たちの霊的な世界と定期的に交信し(「男はなぜ孤独死するのか」228頁)
だから「死者を胸の中に持つ」というのは孤独を鎮める為の一本道であるかも知れない。
武田先生なんぞもふと考えたらよかった。
胸の中にいつも死者を持っているから。
坂本龍馬。
そうやって考えると「霊との交信」というのは宗教でもあるが、純朴な形で神様はいなくても霊がいると人間というのは寂しさを感じないという。
さんざん男と孤独というものを語ってきた。
この著者の主張、「孤独というのが非常に体とか精神に悪いんだ」という。
それを遺伝子の段階から説くという。
では具体的にどうすればいいのか?
若い人ならともかくも70代以上、65歳以上になると、なかなか孤独との付き合い、孤独をどう避けるかというのは難しい命題になる。
著者がシンプルな方法を提案していて。
水谷譲に笑わないで欲しいが実行した。
この大学教授の結論は何か?
「美味しいものを食べること」ではないかと思う水谷譲。
電話で連絡を取るといったシンプルなこと(「男はなぜ孤独死するのか」236頁)
毎日、電話をかけるという解決策で問題になるのは、一言で言えば、「誰に電話をするのか」ということだ。ほとんどの場合、「電話をする相手がいない」というのは言い訳として説得力がない。(「男はなぜ孤独死するのか」237頁)
それに関連した言い訳として、電話口で気まずい瞬間があるかもしれないというものがある。(「男はなぜ孤独死するのか」238頁)
「電話をすれば話題はその時決まるはずです。そして思い出しましょう。あなたはその短い電話で孤独という危険を避けることができるんです」
これを読んで友達に電話をした武田先生。
そこで素直に電話をするのが武田先生のいいところだと思う水谷譲。
これだけは皆さん信じて。
口先だけにならないように、本で学んだことはなるべく実行してみようと思って。
それで二、三のことを話して
福岡の友達だが
「年は取ったけどこんなことやりたい、あんなことやりたい」と言って、いろんなことを話して。
普通の男の人は「何だこんな結論。バカにしやがって」と言って電話をしないのが普通の男の人だと思う水谷譲。
(電話を)した方がいい。
してよかったと思う。
まだ何かの結論は出ていないかも知れないが、それは凄く大事なことのような気がする。
男の感性の中にある非常にまずい感性は「あそこは俺は通り過ぎた」と言って、通り過ぎた山の五合目を八合目ぐらいからバカにするという傾向がある。
「昔、通った道だよ」とかと。
でもそこへ敢えて連絡をしてみるということが大事で。
武田先生の周りにもたくさんの芸能人の友達とかがいる。
フォークソングの仲間とか。
でもやはりみんなどこか寂しそう。
その寂しさはどこから来ているかというと、やはり成功したが故の孤独から来ている。
そんなことを思う。
もの凄く乱暴な言い方をして、「誰」というとまた問題だから言えないが、若い時に一発当たってそれからさっぱり当たらずに、それでも一生懸命まだ頑張っているヤツがいる。
そいつの方が生き生きした顔をしている。
この本の中に書いてあった「とにかく友達に電話をしてごらんよ、友達に。そして君が忘れない一番大事なことはその人に向かって感謝の気持ちを抱くことなんだ。落ち込む、妬む、それから強欲、そういうものを全部排除して、ただ単にあの頃に戻って無邪気に話をするんだ。そうするとね、君の体の中で抵抗力がぐんぐん強くなるんだよ。例えば人間ドックに通う、歯科に行って口の中をチェックする、それと同じように。電話の内容は『もう一回一緒に遊んばないか』って友達を誘うことなんだよ。あの少年の日々に戻る為の一歩だよ。ここでもう一度仲間を求めよう。全ての男達は青春を通り、そして旅へ出た。旅が終わりつつあるなど自分で決めてはいけない。この旅は続くんだ。友達を探しに、さあ、歩きましょう」。
(本には書いていない)
そしてこれはアメリカの調査。
「高校で友人が1人増えるごとに、半年分の教育費に相当する所得が倍増する」
青春時代に8人の友人を増やすことは大学教育全体と同等の価値があり、大学教育は生涯を通じて100万ドルの収入増につながるということだ。収益的に考えれば、友人1人は約15万ドルの追加収入の価値がある。これは、30年間の仕事人生では、友人1人につき、年間5000ドルのボーナスを受け取るのと同じだ。(「男はなぜ孤独死するのか」〜頁)
凄い数字で1億4千万円(100万ドル)とか並ぶが、現金に換算するところが生々しい。
そしてその友達と再会して何をやるか?
もの凄くシンプル。
火を囲んで食事すること。
人間は火を見ながら食事をすると「分かち合う」という本能がある。
そういえば炉端焼き屋で掴み合いのケンカをしているヤツを見たことがない。
火が燃えていると「何だテメェは!俺が頼んだんだよ!ホッケの開きは!」とかというのはない。
これは面白いというか何というか。
喫煙、或いは飲酒。
一種本能の行動で寂しさを忘れる為。
タバコというのは一人で吸う時も寂しさを消す為。
飲酒もそうで人の話でも聞きながら一杯飲んでいるとホッとする。
ギュウギュウ詰めでも駅前の喫煙所で吸う人がいる。
寂しさが消えた喜び。
「見知らぬ他人と一緒に煙草を吸ってる」というのは一種孤独を癒すというのがある。
お酒に関しては「わ♪今日、誰かとお酒飲むんだ。楽〜しみ〜♪」となるので楽しくてしようがない水谷譲。
これは「トーマスさん無理でしょう」と言いたくなるのだが
孤独は喫煙や肥満のような明らかな災いよりも、さらに強く健康に悪影響を及ぼすのではいかという主張がある。(「男はなぜ孤独死するのか」190頁)
だから「もの凄く辛かったらタバコは吸っていいよ」と。
自分でタバコを栽培して自然とつながることの利点や、他の愛煙家や庭を手入れしている人たちとの会話から得られる利点を含む、いくつかの利点を享受することをお勧めしたい。(「男はなぜ孤独死するのか」289頁)
飲酒の方もそうで、楽しく飲むことに関しては孤独を消し去るという。
繰り返すが「私達は孤独を侮っている。実に危険なものなのだ」という。
日本では年間で6万8千人という孤独死があるが、この孤独死というのも病ゆえの孤独死もあるかも知れないが、中には孤独という害毒にやられて孤独死なさる方がいらっしゃるのではないだろうか?
6万8千人の孤独死の中で自宅で亡くなる方が2万人だそうだ。
その8割が65歳以上。
だから「友達がいない」ということが孤独死を、あるいは自死、自ら自殺するというようなことにもなっていったのではないだろうか?
そしてこの著者は面白いことを言う。
寂しさや悲しみを消す為に友達を探せと言っているのではない。
あなたが悲しむ、あなたが苦しむ、それはまだ未完成なのだ。
あなたの悲しみや苦しみに深く頷く友達がいる。
「わかるよ、お前のは」と言いながら。
その時に悲しみや苦しみが完成する。
苦しみや悲しみを完成させなさい、という。
これは「なるほどなぁ」と思う。
この本はちょっと言い訳だけしておかないといけないが、静けさとか孤独というのが人を哲学的にするという哲学書もいるというのでそういう人も紹介してあるのだが、著者はそういう人達を否定なさっている。
そのいちいちに関しては「(今朝の)三枚おろし」は取り上げていない。
ただ、このトーマス・ジョイナーさんの言葉の中で「いいな」と思ったのは「毎日毎日少しずつでもいいから友達を増やそうという行動をやっていこうよ。そんな努力が年を取ってからも必要なんじゃないかな?」という。
65以上の同性、男性の方は呼びかけるが、やはり「女性の真似をしましょう」。
女の人はやはり、人と人との結び付け方が上手。
男が肩をいからせて「俺の邪魔をするな!」とか「ここは俺の陣地だ!」とかそんなことを言って威張っている時代はもうとっくに終わっている。
ささやかなことなのだが、ちょっと武田先生は打ちっぱなしに行くだけの車の移動なのでバスで行っている。
そこで「女性には勝てないな」と思うが。
武田先生も貰えるのだが、武田先生が住んでいる区では高齢者になるのでバスの無料券を貰える。
それで武田先生は代金を払って乗るのだが、もうことごとく女性はちゃんと無料券を持っている。
それを運転手さんに見せてバスに乗ってくる。
「この人達は凄いな」と思う。
降りる時に必ず運転士さんに向かって「ありがとうございました」と声をかける。
何という美しい習慣でしょう。
彼女達は区にちゃんと税金を払っているから獲得した権利。
しかしその権利を施行する時も〇〇バスの運転士さんに向かって大きい声で「ありがとう〜」と言いながら降りていく。
ああいうのを見ると女性の持っている「人と結ばれてゆく糸の結び方」というのはもう見事だなというふうに思って、「これからは真似せねば」というふうに思ったりする。
最後にではあるが、著者は孤独な男達に励ましの言葉を置いている。
323ページの最後の行に書かれていた一言。
「人々がいなければ、あなたは何者でもない」(「男はなぜ孤独死するのか」323頁)
武田先生もフォークソングを歌っている時に武田先生の友人でつぶやいた一言「鉄っちゃん、あんた不思議な力があるよ」。
あの一言。
武田先生が信じた一言
あいつがいなければ武田先生は何者でもなかった。
来週また、友を求めて「三枚おろし」続けたいと思う。



