これは申し訳ない
去年ぐらいの時に考えたヤツなので少し世間の流れが変わっているのかも知れないが。
ここで取り上げた「悪」というのは実は「闇バイト」の一件。
闇バイト。
これは強盗なのだが、強盗事件が多発している頃に考えた。
振り返りましょう。
2012年の日本の強盗件数は1138件。
ところが2023年になると「闇バイト」と称して特殊詐欺や強盗等の犯罪をグループでやるという。
実は殺人まで含めた事件というのが2023年までに何と17500件に増えているそうだ。
今はわからないが、逮捕された青年を何人か、皆さんも(テレビの)画面でご覧になったろうと思うが、何ともはや、少年の名残があるような気弱そうな青年がいる。
続っぽい言い方でまことに申し訳ない、あの手の青年たちに対して武田先生達、年寄が持っている形容詞「ケツの青い」青年達。
報道番組で顔を映せない少年らがこれに続いている。
ただ世界的に見ると強盗のみでは日本が1138件に対して、トランプさんが仕切るアメリカでは121373件と、もうアメリカは桁が違う。
この強盗事件、呼び名は通称「闇バイト」。
この「闇バイト」という呼び名そのものもあまり関心しなくて、クラブ活動のような気楽さがある。
いとも簡単に悪の勧誘に乗ってしまう少年や若年層の青年達。
彼らが持っているもろさ、危うさ、これは一体何だろうと懸命に考えた。
日本での逮捕率は九割。
アメリカは20%がやっと。
日本は九割逮捕される。
残り10%近くあるのだが、これも長年のうちに逮捕されることになる。
ただ胸が痛んだのは闇バイトに走った少年を孫に持つおじいちゃん、つまり武田先生達の世代のおじいちゃんが「もうあの子は見限った。縁ば切ります」と嘆く人がおられた。
痛々しい。
身内のものとして犯罪に手を染めた子や孫を見る時の絶望。
その絶望がいかに深いか。
武田先生はジンときた。
しかし武田先生達はこの祖父世代にいるワケだが、孫の世代は何でいとも簡単にそんな悪さをするのか?
そこで悪についてこれからとことん考えてみましょう。
武田先生が一番気になったのは、水谷譲にも一度言ったと思うが、気になって仕方のない哲学者・内田樹先生。
この方が絶妙のエッセーを書いておられて。
(このあたりの話は2024年10月28〜11月8日◆男の唯一無二で紹介している)
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この方は「自分達、祖父世代の人間が少年だった時、最も支持したサブカルチャーでマンガというものがあった」と。
そのマンガの中には少年ヒーローが出てくる。
その少年ヒーロー達には徳目、テーマがあった
それはどんなものかというと、比べてみましょう。
「月光仮面」「少年探偵団」「鉄人28号」「鉄腕アトム」「宇宙少年パピイ」なんてあった。
(遊星少年パピイを指しているものと思われる)
「パピイ〜パピイ〜!」というので。
それから「赤胴鈴之助」。
「こしゃくな小僧め、名を名乗れ!」「赤胴鈴之助だ」という。
この威勢のいいタンカで始まる。
それから「少年ケニヤ」。
「ワタルは強いぞ♪」
(少年ケニヤの歌 キング児童合唱団 - ニコニコ動画)
それから「狼少年ケン」
「ボバンババンボン ブンボバンバババ♪ボバンババンボン ブンバボン♪」
ちょっと団塊の世代の皆さん中心に今、お話している。
この少年ヒーロー達には特徴があった。
この少年ヒーロー達の徳目、持っている徳は何かというとまず「勇気」次に「正直」そして「親切」。
これが武田先生達団塊の世代の少年ヒーローの徳目。
「勇気」「正直」「親切」の徳目を持ったればこそ、少年のヒーローとなれた。
これはやはり意外と重大で、武田先生達をこうやってマンガから少年ヒーロー達の活躍を見て、道徳教育を必要としないほど強烈だった。
少年マンガから教えてもらったのだろう。
この少年ヒーロー達が変わっていくという時代の流れの中に「闇バイト」につながる何事かが起こったのではないだろうか?という今回。
団塊の世代の子供時代・少年の頃、一斉を風靡した少年ヒーロー。
「月光仮面」「少年探偵団」「鉄人28号」「鉄腕アトム」「赤胴鈴之助」「少年ケニヤ」と。
「月光仮面」はおじさんだが、あと以下は全部少年ヒーロー。
これがゆっくり昭和が進むと、昭和の変貌と共にヒーロー像が変わっていく。
「あしたのジョー」「巨人の星」「キャプテン翼」「ワンピース」「ドラゴンボール」「鬼滅の刃」「スラムダンク」「呪術海戦」
かくのごとく少年ヒーローはゆっくりと変わっていくワケで。
「少年マガジン」の時代、「少年サンデー」の時代がゆっくりと暮れてゆくと、昇ってきた少年ヒーローの雑誌が、今言った後半の方だが「キャプテン翼」「ワンピース」「ドラゴンボール」「鬼滅の刃」「スラムダンク」「呪術海戦」。
これは「少年ジャンプ」。
この「少年ジャンプ」というのは、編集者が強烈なテーマを持っていて、それが少年ヒーローの徳目。
「友情」「努力」「勝利」
そういえば「キャプテン翼」「ワンピース」「ドラゴンボール」「鬼滅の刃」「スラムダンク」「呪術海戦」。
全部集団ドラマ。
鋭い内田樹氏の指摘は「少年ジャンプ世代の徳目と少年ジャンプの徳目の喰い合わせが悪い」とおっしゃっている。
何が悪いか?
少年マガジンの時に一番大事にされたものは「勇気」。
ところがジャンプの一番大事にするものは「友情」。
「勇気」と「友情」は違う。
「勇気」は一人になった時に試される。
「友情」は相手がいないとダメ。
それから「正直」「親切」。
これも個人の徳目。
「俺は正直でありたい「俺は親切にした」。
ところが「努力」と「勝利」というのはジャッジ者がいる。
「よく頑張ったよ」と言う人がいる。
そして「やったな!オマエの力だよ!」という人がいる。
そうしないと成立しないから「友情」「努力」「勝利」には他人が必要。
ところが少年マガジンの「勇気」「正直」「親切」。
これは仲間がいらない。
自分の問題。
正直の一番代表例。
「金の斧銀の斧」
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あれなんか自分が正直だから立派な斧を貰っただけであって、横に友達が必要無い。
この「少年マガジン」と「ジャンプ」の徳目の差というものにいつの間にかその徳目を読み間違えて、「友情」「努力」「勝利」を犯罪に使ってしまったのが「闇バイト」ではないか?
これは犯罪の構造によく似ている。
どこぞにお館様がおられて、使える戦士を集める。
それらはチームワークで、変な言い方だが「君、見張り。僕、実行犯」。
役割分担。
そして勝利を目指しているワケだから。
「やったね!300万、ジジイ騙しちゃった」とかという。
そういう意味では最近の犯罪はチームワーク。
悪が分担作業になっている。
このあたりが爺ちゃん世代と孫世代の違い。
「少年マガジン」にはライバルや別の正義を抱くもの、違う正義が必要であった、と。
しかし、少年ジャンプの中のヒーロー達が求めたのは「絶対悪」。
それが正義と対立するという。
この時に、もの凄く面白い理由は悪がもう一つの物語としてストーリーの柱になっているということ。
正義の物語なのだが、同じ分量「悪の物語」もストーリーの中に書かないと物語が成立しない。
鉄腕アトムが空を飛んでいてバッと降りた先に悪いヤツがいると、悪いヤツのことは描かずにアトムがどうやってやっつけるか。
ところが今のマンガは悪の方を描かないとストーリーが成立しない。
ここで「これは面白いぞ」と思った。
三軒茶屋蔦屋。
店名まで行ってしまった。
ここで面白い本を見つけた。
それは荒木飛呂彦さん。
この方はマンガ家の方なのだが。
「(荒木飛呂彦の)新・漫画術 悪役の作り方」
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彼は大変なヒットメーカーで、「ジョジョの奇妙な冒険」というシリーズを書いておられて、これは今大ヒットしているそうだ。
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彼のマンガは20万部を超える大ヒットメーカー。
この中で一番の問題を彼がおっしゃったのは「悪をどうやってつくるか?」。
これは興味がある。
荒木さんの考え方をいく。
これは面白かった。
漫画でも天才が続出し、それまでの漫画を大きく変えた時代がありました。−中略−当時の日本の漫画は手塚治虫先生などがいて(65〜66頁)
彼は平面二次元のマンガ、紙に書いてあるマンガ、そこに感情を表現する。
「基本四大構造」−中略−@「キャラクター」、A「ストーリー」、B「世界観」、C「テーマ」の四つの要素(14頁)
この人あればこそ、日本のマンガ界はここまで進歩した。
これも内田先生の発想。
武田先生は感心してしまった。
先生の言葉、まるまるではないが、こんなふうに手塚治虫を語っている。
手塚治虫は実に哲学的だった。
彼の巧妙さ、上手さは物語に前景と背景がある。
「人間とは何か?」ということをテーマにすると手塚治虫はロボットを主人公にした。
ロボットから人間を考える。
「死」をテーマにする時は絶対死なない「火の鳥」を主人公にした。
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「生命」「命」をテーマにして考える時は次々に死んでいく生き物たちの繋がり。
これが「ジャングル大帝レオ」、或いは「ブラック・ジャック」。
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「心」というものをテーマにした時、手塚さんが考えたのは心を妖怪に盗まれた百鬼丸「どろろ」。
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「どろろ」はそう。
心を盗まれている。
この手塚の手法に従って日本のマンガ界は、アメリカに対して圧倒的な差をつける内容の深さを持った。
この前景と背景、二重構造は日本マンガの伝統である。
「ジョジョの(奇妙な)冒険」を書いてらっしゃるこの人気漫画作家が自分がデビューした頃の日本を考えると、社会の心理の価値が大きく変わっていった。
「ジョジョの奇妙な冒険」のスタートがちょうど2000年代に当たるそうだ。
(「週刊少年ジャンプ」の連載が1986年かららしいので、これは誤り)
二〇〇〇年代から、−中略−人間の異常性や変わった部分をテーマにした作品がヒットするようになった気がします。(68〜69頁)
2000年、このあたり、コミックではないアメリカ映画を見ると悪を描いた作品。
2000年代前後「羊たちの沈黙」。
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これは1991年。
人肉を好む異常なハンニバルという博士の物語。
これは大当たり。
「ハンニバル」だけでもう一作作った。
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このあたりから日本人も変わってきて、これは作曲家の方には申し訳ないが武田先生にはそう思えるのだが、振られた男の心理を描くのも闇っぽくなってくる。
槇原敬之さん「SPY」。
(本放送ではここで「SPY」が流れる)
「彼女の様子がおかしい」というので、ある日スパイを気取って彼女を後ろからずっとつけてゆく。
ストーカーということだと思う水谷譲。
槇原さんごめんなさいね。
武田先生が言ったのではない。
「ストーカー」と水谷譲が言った。
これは槇原さんみたいな若い方が考えられた失恋男の描き方。
それでは昔の歌を聞いてみましょう。
鈴木三重子さんの「愛ちゃんは太郎の嫁になる」。
(本放送ではここで「愛ちゃんはお嫁に」が流れる)
愛ちゃんは太郎の嫁になって去ってゆくのだが、愛ちゃんは「俺(おい)ら」を捨てて太郎の嫁になってしまう。
主人公は愛ちゃんの花嫁行列を見ている。
追いかけたりしない。
振られた男は立ったまま花嫁姿の彼女の幸せを祈りつつ見送るという。
この男の心理が変化するワケで。
(この日の冒頭は本とは無関係なバリウムの話なので割愛)
(「SPY」と「愛ちゃんはお嫁に」の話は)本には書いていない。
もうちょっと違う例の歌はなかったのかと思う水谷譲。
思いついたのはこれだから仕方がない。
2000年のヒット曲と1956年のヒット曲。
40年間経つとこれだけ違う。
人間の心の表現の仕方が変わっていく。
これはひょっとすると悪役が主役になっていくという、そういう時代が2000年で現れたのではないだろうか?
これは「ジョジョ」のマンガ家さんもおっしゃっているのだが「悪を描く時にカッコよくないとダメなんだ」。
悪がどのぐらいカッコいいかがヒットマンガの条件。
1950年代「愛ちゃんは太郎の嫁になる」の時代の頃、「少年マガジン」或いは「サンデー」の頃、悪役とはちょっと珍妙な風采で様子がおかしい人が多かった。
例えばピーターパンに登場するキャプテンフック。
あの眼帯の、カギの片腕の。
ああいう異様な風体の人でなければダメで、そういう意味では一目見ただけで「カッコ悪いよ」というのが悪役の条件であった。
それから1970年代、星飛雄馬のライバルとなる花形満。
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「あしたのジョー」の力石徹のように、敵役、ライバル達がカッコよく描かれるという。
それで主役と同じように扱わないと物語が盛り上がらない。
2000年代が近づくと悪はもっと複雑に。
荒木氏曰くだが、その支配の為、相手を排除するという万能の武器を持っている。
そして上手く社会にパラサイトして、よい人のような顔をして生きていくという。
ドキッとする。
それ故に、悪も世界観を持っていなければマンガでは通用しない。
荒木さんは偉い。
マンガの中の悪役を作る為に勉強した。
不動産、会社経営、AIをいかに利用するか等々。
この不動産、会社経営、AI利用の詐欺から悪役を学んだ。
凄い。
つまり「絶対悪」という単純ではなくて社会の影に映り込んだようないじめ、疎外、格差、そういう共感できる悪をどう描くか。
とにかくマンガ家さんも悪について懸命に勉強して。
(武田先生が「レミオロメン」を「マスクメロン」と言い間違えてイルカさんから叱られた話は割愛)
悪役を作るということは、作者の「悪とは何か」という一種の「哲学」が反映される、けっこう深い作業なのです。(89頁)
そんな今の時代の「悪」を描いた作品のひとつが、映画『ジョーカー』(二〇一九年)でしょう。『ジョーカー』の主人公は、後に『バットマン』シリーズのラスボス、ジョーカーとなる若者アーサーで(88頁)
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配信動画のヒット作も見てください。
悪。
「サンクチュアリ」「地面師(たち)」「極悪女王」「ゴールデンカムイ」
この中で描かれるのは暴力、殺人、詐欺の仕掛け合い、いかに相手を騙すか。
このドラマが進行する時の最も重大な要素が「友情」「努力」「勝利」。
「何億円も儲かる」というような土地詐欺。
驚くなかれ、鎌倉幕府を作った(北条)政子様が悪党の中にいらっしゃるというような。
あれもチームワーク。
今、時代そのものが「悪役の時代」。
そうやって考えるとわかりやすい。
悪もドラマも並行して描いている映画とかドラマとかアニメは本当に今多いと思う水谷譲。
少し前に内田樹先生の名著で「呪いの時代」というのを読んで、凄く感銘を受けたことがあるが、呪いからちょっと時代が進んで今は「悪の時代」。
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これはまことに申し訳ないが「少年ジャンプ」を非難しているワケでも何でもない。
ただ、このあたりに闇バイトを若い子達が参入していくというあのパターンが日本では繰り返されているのではないでしょうか?という。
犯罪の構造そのものがヒットマンガそっくりで「指示役、実行役、見張り役」こんなふうにしてキャラクターを分けてお互い犯罪現場で連絡を取り合うという。
そんな犯罪が繰り返されている。
果たしている役割で力を合わせるワケで金銭・物品を強奪するという犯罪を犯す。
それを山分けする時が彼らの言うところの「勝利」ではないだろうか?と。
それほど「善」というものに魅力が無い時代なのかという、こういう問いを立ててみた。
善の方に魅力がない?
善に魅力が無いから悪に惹かれてしまうのではないか?
善はそんなに魅力が無いかどうかというのをこの荒木さんの本で探していて、ギクッとする一文章に出くわした。
武田先生が取り上げている本は集英社新書、荒木飛呂彦のお書きになった文章なのだが「(荒木飛呂彦の)新・漫画術 悪役の作り方」。
これで唐突にエピソードを語り出す荒木さんなので、最初は意味がわからなかったのだが、何回か咀嚼するうちに「もしかしてこういう仮説?」ということで思いついたのだが、マンガの中で荒木さんが球体三つの必殺道具を考えた。
(このあたりの話は本の内容とは異なる。番組では荒木氏と編集者のやり取りであるように説明しているが、本によると「岸辺露伴は動かない」の中のストーリー)
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漫画の中で使う為の何かの道具を。
その球体三つの道具が面白いなと思ってその物語を急ごうとしたら編集の方から「マズいっすよ先生。デザイン変えてくださいよ」。
「非常に危険だ」という。
丸いボールが三つくっついているという、それだけのもの。
それを編集者から「危険危険」と言われる。
編集者の心配。
球体三つ。
盗用ということで著作権侵害に当たり訴訟問題に発展する可能性があるという。
荒木さんは、これは何だと書いていない。
だから想像するしかない。
世界で一番有名なネズミのシルエットに似ている。
それを気にする。
これは名前もおっしゃらないので、理由も解き明かさないで「丸三つが問題問題」ばかりおっしゃる。
だからその丸三つ続けて描くことは国際的な厄介ごとに巻き込まれる可能性があるという。
盗用というのはもの凄く危険な地雷なのではないだろうか?
失言、揶揄、指導の口調、訓練の会話、しつけ、応対の態度等々、伝える言葉が法に則らないと今、ものすごい勢いで・・・
その典型が丸三つで「『うちの盗んだでしょう』と言われたら返事できなくなりますよ」。
つまり今、善はもの凄く息苦しい。
面倒くさいことばかりだと思う水谷譲。
善よりも悪の方が自由度が高い。
だからラスボスの呼びかけによって集められた仲間との絆で力を合わせ、ガラスをたたき割り、現金或いは物品を盗むという闇バイトの構造が実は悪の方でこそ、のびのびという。
このあたりが悪にドラマチックな展開を考えている、考えの浅い人には飛びつくべきストーリーを持っているように思えてしまうのではないか?
武田先生達「少年マガジン」の世代で正直ストーリーが理解できない、そういう映画が今、何本もヒットしている。
これは武田先生の感覚。
関係者の人、許してね。
何だかよくわからないのがある。
「ハリー・ポッター」
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本当のことを言うと、これは二作目から意味がわからない。
わかったふりをしているが、何が何なのかわからない。
「スター・ウォーズ」は「ドラゴンボール」を見ているみたいで。
「ヤー!」と言いながら光線を出してばっかりで。
「ヤー!」とは言っていないと思う水谷譲。
悪の描き方が善と同量で、よく見ていないとどの人が悪い役かわからない。
「スター・ウォーズ」も「悪いと思っていた人が実はもの凄い悲しい歴史を背負っている」みたいになっていると思う水谷譲。
そうやって考えてみると非常にストーリーが読みにくい時代。
この奥にある「悪を」探求したいと思う。
















