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2026年03月11日

2026年1月26日〜2月6日◆忘却とは忘れ去ることなり(後編)

これの続きです。
(今回は二週目の途中で次の本に移行する。本ごとに分割しようかとも思ったが、いつも通り一週間分ずつ区切る)

忘れること。
これがいかに大事かということを説く今週。
スコット・A・スモール博士。
アメリカの大学の先生で心理学をやってらっしゃる方。
この方の本を読んでいる。
人間が頭の中に記憶を貯めていく道順があるという。
海馬という受け付けを通って脳の方に保管されるものと、非常口から飛び込んできて覚えておこうという偏桃体記憶(本によると「感情的記憶(情動記憶)」)というのがあるそうだ。
思い出のため込み方、収納の仕方というのを読んでいて、幸せの記憶。
これは頭の中でどんなふうに処理されているのかな?と。
水谷譲の幸せな記憶。
家族でお正月を迎えて、子供の頃(何年前かは)覚えていない。
水谷譲の反応が正しい。
このスモール博士曰くだが、

「幸福は白い紙に白いインクで書かれている」と述べた(94頁)

(恐らくアンリ・ド・モンテルランの言葉)
(幸せの記憶は)ぼんやりしているて、確かに「これ!」という感じではないと思う水谷譲。
「危険」とか「ゴキブリ」とかというとパッと思い出せる。
「もうこれ!」という感じだと思う水谷譲。
あれはやはり脳がそういうふうにできているようで。
だから武田先生自身も振り返っていて「辛かった」「苦しかった」「悲しかった」という、それは意外とはっきり鮮やかに思い出す。
高校の剣道部のかかり稽古ははっきり思い出せる水谷譲。
いつのこれみたいなのは。
幸せは確かにぼんやりしていると思う水谷譲。
「白い紙に白いインクで書いてある」というのは・・・
脳の仕組みがそんなふうにできているということだけは覚えておいてください。

さて、偏桃体、その非常口から飛び込んでくる記憶のしまい方。
恐怖に支配される。
そうすると怒りや暴力に走りやすくなる。
他者に対しても攻撃的であるのは恐怖に支配されているからで、強さではないという。
類人猿を見ましょう。
チンパンジーとボノボ。
これは人間に近いサルということなのだが、この二匹のサルの性格は全く違う。

チンパンジーとボノボの脳で最も異なる領域は偏桃体だ。(121頁)

恐怖反応が全く違う。

恐怖反応が生じる典型的な順序に従って、三つの単語は「凍結・逃走・闘争(freeze,flight,fight)」と並び変えられた。何かにおびえた時、ほとんどの人はまず体がすくみ、次に逃げようと決意する。−中略−怒りにかられて臨戦態勢になることがある。(114頁)

これが緊急反応。
ボノボは偏桃体の非常口が脳の中で少ないそうだ。
だからボノボは穏やか。
暴力的ではない。
チンパンジーは大きくなると暴力的になってしまう。
つまりそうしないと群れの中で命が保てないから、怯えやすくて恐怖に取り付かれやすい。
だから「(天才!)志村どうぶつ園」なんかで小さい時、可愛がっていて、大きくなると志村さんと別れていった
(チンパンジーの「パンくん」のことかと思われる)
あれはもうギリギリまでいって「これ以上は志村さんが危ない」。
暴れ始めたらもう人間の腕力どころではないから。
ヤシの実を叩き割るぐらいの腕力があるワケだから。
これはどういうことかというと、恐怖はチンパンジーを野蛮にとどめ、しかし恐怖を仲間と許し合うボノボは忘却のプロセスが進化している。
忘れるということが上手。
だから社会的になれる。
人間もそうで、恐怖に支配される人というのは暴力的になる。
覚えておきましょう。
「強いから暴力的」ではない。
怯えやすいから暴力的になってしまう。

脳内ホルモンのオキシトシンで愛情という感情を手に入れる。

オキシトシンは偏桃体のブレーキを踏む薬物と同じように働き、−中略−自分が属する集団と社会的絆を形成することで恩恵を受ける。(128頁)

これは人間だが、オキシトシン分泌の為、全身の毛を脱ぎ捨てるという選択を選んだ。
これは皮膚の下にあるオキシトシンを作る仕組みがある。
毛を抜いてしまうとオキシトシンが出やすくなる。
だから人間というのはそういう意味では偏桃体、嫌な思い出を忘れるという方に進化したサルの一匹である。
恐怖と怒りの偏桃体の制御から人が進化したんだ、ということで。

皆さん気を遣っておられるのは、いろんなものを忘れてしまうという病でアルツハイマー、認知症等々があるが、これもちょっと語ろうかなと思ったのだが、今回はやめておく。
ここはここで広大な世界なので。
この脳の方の病気であるアルツハイマー、認知症等々についてはまた別の「(今朝の)三枚おろし」で三枚におろしたいと思う。
これはデカいので。
おろすのは大変なので。
だからもう一回しっかり、武田先生ももう他人事ではないので、勉強したいというふうに思っている。

さて、記憶というものを振り返りましょう。

海馬依存性の記憶システムも機能している(作動し始めるのは三歳ごろからなので、私たちにはそれより幼いころの記憶がない)−中略−脳の発達において、前頭前皮質の複雑な機能が構築されるのはかなり遅く、前頭前皮質が十分に機能するようになるのは一〇代後半か二〇代前半になってからだ。(138頁)

ワーキングメモリ(作業記憶)と呼ばれる。−中略−ワーキングメモリとは、心的操作をおこなうのに必要な短い時間だけ情報を覚えておく能力を指す。(163頁)

数学的思考におけるワーキングメモリの役割がわかる単純な例として、−中略−「連続7減算」という頭の体操がある。患者に100から次々に7を引いていってもらうのだ。つまり、100引く7(答えは93)、93引く7(86)といった具合で引き算を繰り返し(166頁)

 自分の認知活動について、認知的な能力だけでなくバイアスや罠も含めて自覚する能力はメタ認知と呼ばれる。(160頁)

これはピンとこないか?
ズバリ言うと「もう俺も年齢だから、ボチボチ免許返納を考えないとな」という。
これが「メタ認知」。
これは何かというと自分の能力に関してちゃんと知っている」という能力のことを「メタ認知」という。
だから「俺も年だから、ボチボチ免許返納かな」これは自分の能力を「あそことあそこで危なかったなぁ」と覚えているからこんなことを言う。
では脳の方の病。
アルツハイマー等々になると一切気にしない。
自分の能力を振り返る能力が無いという。
「無い」といっては何だが、おぼろげになってしまうという。
だからご同輩「返納しようかな」と思ってらっしゃるうちは、まだ大丈夫。
「俺は大丈夫」と思うと危ないという。

記憶の仕方については不思議な能力がいくつもあって、「ヒューリスティック」と「バイアス」という能力が今、注目されている。
ヒューリスティック。
これはとにかく急いで結論を出そうとする。
そのことを「ヒューリスティック」という。
間違うこともあるのだが、そういう能力が脳の中にある。
間違えてもいいからとにかく答えを早く出した方が生き延びるチャンスが増えるよ、という。
だから急いで考える。
そうすると間違うこともあるのだが、とりあえず答えてしまうという能力のことを「ヒューリスティック」という。

ヒューリスティックが意志決定に及ぼす影響がよくわかる例として、次の問題が最もよく用いられるからだ。「モーゼは動物をそれぞれの種類につき何匹ずつ方舟に乗せたでしょう?」ほとんどの人が、すかさず「二匹」と答えるだろう。−中略−木の方舟に動物のペアを乗せたのは、モーゼではなくノアだ。(179頁)

「バットとボールの値段が、合計で一ドル一〇セントします。バットがボールより一ドル高い場合、ボールはいくらでしょう?」。もしあなたが「一〇セント」と答えたら、それは大多数の人と同じで、−中略−ワーキングメモリを使えば、ゆっくりとだが確実に「五セント」が正しい答えだと気づける。(178頁)

(番組内では1ドル10セントを1100円で紹介している)
脳の中には受け付けを通る正面の入り口と非常口ともう一つ、このビルにもあると思うが裏口がある。
全部の入り口、頭は使わにゃ損々というワケ。

脳にはいろんな入り口があって、正規の受け付けを通る思い出し方、非常口から通る思い出し方、裏口から通る思い出し方。
そこで、こんなことを思った。
裏口から入る。
これは歌の歌詞を作る時に必要なセンスで。
武田先生はそんなふうに思ってしまった。
歌というのはなるべく海馬を通過して思い出を取りに行った方がいい。
一例を出す。
(ここで本放送では「あの素晴らしい愛をもう一度」が流れる)



懐かしい歌。
「あの素晴らしい愛をもう一度」

命かけてと誓った日から
すてきな思い出 残してきたのに
あの時、同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
(加藤和彦と北山修「あの素晴らしい愛をもう一度」)

この詞の真ん中に時間が流れている。
男女の恋の時間経過が歌に現れている。
あの時はおんなじ花を見て「美しい」と言っていた。
その心と心がもう通わない。
恋がゆっくりとしおれてゆく時間が歌詞になっている。
これがだいたい歌の典型。
思い出を受け付けから通って思い出を古い順に並べていくと、演歌になったりフォークソングになったりする。
「こんなことやっていいの?」と思った歌詞がある。
サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」。
これはもの凄く衝撃的な歌で、ここには日本の歌が持っていた時間経過が無い。

砂まじりの茅ヶ崎 人も波も消えて
夏の日の思い出は ちょいと瞳の中に消えたほどに
(サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」)

勝手にシンドバッド


どこに時間がある?
一応「夏の日の思い出」だと思う水谷譲。
情景から語り出して夏の日の恋を思い出している、と。
間に入ってくる「ちょいと」は何か?
「ちょいと」は江戸言葉で、昭和にできた歌としては異様な言葉遣い。
これは現代の言葉ではない。
彼はなぜこんな言葉を用いたのか。
武田先生にはわからない。
続ける。
その女を思い出したのだろう
夏の日のある女を。
どんどん時間が消えて

シャイなハートにルージュの色が ただ浮かぶ(サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」)

まあ、想像で「女の口紅の赤」、それが思い出されたのだろう。
でもこれは時間のどこに置けばいいのか。
「その女を思い出した」というのだが、これは海馬を通過した思い出ではない。
偏桃体。
非常口から入ってきた。
頭は入り口から入ってきて、二行目は非常口から入って来た女の思い出。
偏桃体刺激の色の付いた記憶の断片がフラッシュバックで入ってきている。
女の唇の赤を思い出すと、次に出てきたフレーズが、これも時間が全くわからない。

好きにならずに いられない
お目にかかれて
(サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」)

思い出は出会いから飛んで、デートを繰り返されたのだろう。
情景がまた重なるのかなと思ったら突然。
歌の構成でいうとここからサビ。
「お目にかかれて」の後。

今 何時?そうね だいたいね
今 何時?ちょっと 待ってて
今 何時?まだ 早い
(サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」)

これは恐らく「今 何時?」と訊いたのは女だろう。
時間、時計を気にしているワケで、男が引き留めるために「そうね だいたいね」と言っているのだろう。
女は男を振りほどいて帰っていった。
でないと一番ケツの

胸さわぎの腰つき((サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」)

だから、後ろ姿になっている。
「時計、時間を訊いた女が突然後ろ姿になった」というのは振り切って帰ったのだろう。
こんなふうにして歌を解釈することによって別の世界が見えてくるという話。

サザンオールスターズ、桑田さんの歌詞の不思議。
これを説いている。
これはもちろん、武田先生としては脳の話をする為に持ってきていた。
桑田さんの詞の作り方というのは、頭のいろんな入り口・出口を全部利用して歌詞を作る。
日本の歌というのは、歌詞を古い順に並べていく。

十四の頃の僕はいつも
冷たいレールに耳をあて
−中略−
思えば遠くへ来たもんだ
(海援隊「思えば遠くへ来たもんだ」)

と現在になる。
こんなふうに綺麗に並べる。
過去から今を語る。
桑田さんは、日本の歌謡曲の作り方に違反する。
その典型的な例が「勝手にシンドバッド」。
思い出の並べ方がでたらめ。
どれが新しいか古いかわからない。
しかも唐突にサビ文句で時間を訊く。

今 何時?そうね だいたいね
今 何時?ちょっと 待ってて
今 何時?まだ 早い
((サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」)

これを繰り返した後、突然、三度繰り返すサビ文句が

胸さわぎの腰つき((サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」)

ワケがわからない。
でもいかにもフラッシュバック。
思い出が偏桃体経由になっている。
頭のところの一行だけは海馬を通っているのだが、二つ目から偏桃体記憶になっている。
最後は裏口から入ってきた思い出で、これは異常な才能。
そしてこれは70年代が終わって80年代から大旋風を巻き起こす。
これは武田先生も、一人の作詞家として悩んだ。
一番ショックだったのは「今 何時?」というこのサビ。
というのは、武田先生達フォークは若いくせに老けた自分を仮定して歌を作っている。
こうせつさんは二十代の若さにある時に歌った歌が

若かったあの頃(南こうせつとかぐや姫の「神田川」)

神田川 (シングルバージョン)


(作詞は喜多條忠)
若いくせに老けた自分を仮定して歌を作っている。
桑田さんは何をやったかというと「今 何時?」。
つまり「今」。
これだけ差を付けられると考える。
この歌の作り方に若者は全部くっついていく。
それが今のJ-POPになる。
だから桑田さんはJ-POPの筆頭。
フォークソングともニューミュージックとも違う。
それで「桑田という人は」という怒りの一つもこみあげてくる。
そこでエライ本に武田先生が出くわした。
それが大岡玲(あきら)さんという方がお書きになった「日本語はひとりでは生きていけない」。

日本語はひとりでは生きていけない


(本の中の傍点部はアンダーラインで表記する)
(この本は、この翌週からも取り上げている)
集英社インターナショナルから出ている。
本が変わる。
この方は武田先生と同じ。

 サザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」を初めて聴いた時の衝撃は、それこそ湘南の土用波をからだの正面で受けとめた、という感じのものだった。一九七八(昭和五三)年八月、−中略−『ザ・ベストテン』−中略−を、−中略−私は漫然と眺めていた。そこに、桑田佳祐をはじめとするメンバーが「乱入」してきたのである。(2頁)

サンバのリズムに乗った、どこか歌謡曲調も交じるメロディとともに聞こえてくるのは、日本語としての意味を持つはずの語群で、少なくとも曲の出だしのあたりはとりあえず聴き取れた。(3頁)

どこか英語めいたイントネーションで早口に歌いあげる単語群は、−中略−詞の文言もいわゆる正しい日本語とは異質に思える。(3〜4頁)

〈夏の日の思い出は〉に続く、よく聴き取れなかった歌詞の文字面は〈ちょいと瞳の中に消えたほどに〉というものだが、−中略−古語「ほどに」が尻尾にくっついたりしている。(4頁)

だいたい意味がわからないと思う水谷譲。

何度も聴いているうちにこれらの破格な言葉で表現されているだろう「事柄」が、あたまではなくからだに馴染んでくるのも事実で、−中略−確実にイメージとして定着する。(4頁)

言われてみれば、今のJ-POPもそうだと思う水谷譲。
明日は金曜日。
このあたりをちょいと触れながら、進めたいほどに。

みなさん、ちょっと路線が変わったのをもうお気づきですよね。
「忘れる」ということを前提にして脳のしくみみたいなものを語ってみようかなと思っていた。
その矢先に言語学者の人が書いた日本語論を読んで、その中のつかみとして出てきたのは桑田さんの「勝手にシンドバッド」だった。
この先生は桑田さんの詞を取り上げて「日本語としては体を成していない」と。
しかしまことに不思議な脳の作用があって、頭で考えるとわからないのだが、体は不思議に覚えてしまうという。
昨日の続きを続ける。
桑田さんがもし聞いておられたらお気になさらず。
決して悪口を語っているのではないのだが、一部誤解した部分も経由しながら、あなたの詞の作り方を辿ってゆくので。
とにかくあなたが作った「勝手にシンドバッド」は凄い違和感を感じた。
武田先生以上に違和感を感じた国語学者の先生が見つかった。
その人の説を使っていく。
その先生はおっしゃっている。
彼の詞は頭ではなく体になじんでくる。
違和感は最大限なのに、魅力的でいつの間にか口ずさむ自分を否定できなかった。

曲のタイトルからして、−中略−ピンク・レディーの「渚のシンドバッド」と、沢田研二の「勝手にしやがれ」を合成したものだとすぐにわかったし−中略−てっきりコミックバンドなのだろう、と早合点した。(2〜3頁)

阿久悠さんの作った作品からの合成タイトル。
武田先生はこの歌を聞いた時に、一緒に聞いたのが谷村新司さんだった。
谷村さんは武田先生と同じ表情をした。
それは「こんな歌が流行ったら大変なことになるな」と。
でも大ヒットする。
この国語学者の先生は「桑田佳祐さんの作詞というのは日本語と格闘してるんじゃないか?」。
日本語の規範を破ってはいるのだが「日本語と戦っているのではないだろうか?」という直感のもとに、桑田佳祐さんが戦ったそのルーツを探したいという。
これはちょっと武田先生の立場から言わせてもらう。
日本でロック音楽を目指したアーティストは全員、日本語に苦しんでいる。
音符がいりすぎる。
例えばビートルズが「シー・ラヴズ・ユー」。
「She・Loves・You」
三つでOK。
「She loves you, yeah, yeah, yeah」
これを日本語で言うと
「君はあの子が好き」
「キ・ミ・ハ・ア・ノ・コ・ガ・ス・キ」
九ついる。
三つで終わるのと九つで終わるのは詞の分量が変わってくる。
だからみんな苦しんでいる。
フォークソングはこの言葉を押し込むということの為に16分音符を駆使する。
「君が初めて僕と会ったのは 強い風が吹く日だった」
言葉をしゃべり言葉にしておいてメロディーを付けてゆく。
それがフォークソング。
吉田(拓郎)さんがやった手法だった。
歌詞を押し込む。
「君を忘れた頃に僕を思い出したい」
(吉田拓郎「春だったね」を指しているものと思われるが、そのような歌詞は無い)
ちょっとラップっぽい感じもあると思う水谷譲。
そういう意味ではラップ。
そんなことをやっている時に、ビートルズは悠々と音楽、ロックの世界で遊んだワケだ。
フォークはそんなふうに歌詞を押し込む。
ロックは苦しむ。
それでニューミュージックの人達は、曲のスピードを落とす

卒業写真のあの人は(荒井由実「卒業写真」)

卒業写真


とかという非常に巧みな飾りつけをしながら

真っ白な陶磁器を(小椋佳「白い一日」)

白い一日〜


とかと小椋さんが。
それから

さみしさのつれづれに(井上陽水「心もよう」)

心もよう (Remastered 2018)


古語を用いながらも古語であるところでスピードを飛ばさず、ロックになると苦しくなってしまうので。
オフコースもそうだと思う水谷譲。

さよなら さよなら(オフコース「さよなら」)

さよなら


恐らく、桑田さんはその時に「嫌だ」と思ったのだろう。
連符で歌うのも嫌だし、ミディアムに落としてまで歌詞を作るのも嫌だ。
あのビートルズのノリがやりたい。
そこで彼が考えた方法が日本語の意味を捨てる。
意味なんか伝えなくていいんだ。
音のみ。
日本語の音のみをのせて歌を作る、と。
ここからJ-POPが始まったのではないだろうか。

一九八四(昭和五九)年の七夕に発売されたアルバム『人気者で行こう』でとどめを刺された。
 アルバムA面最初の曲「JAPANEGGAE(ジャパネゲエ)」は
(6頁)

人気者でいこう(リマスタリング盤)


これは造語。
ここで大変なことをやる。
来週のお楽しみということで。
ここから壮大な日本語の物語になるので、サザンの悪口を言っているとは誤解しないでください。



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