本のタイトルがこのまま。
「このオムライスに、付加価値をつけてください」
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(本の中の波線部はアンダーラインで表記する)
(著者は)柿内尚文さん、ポプラ社から出ている。
(番組内では著者名を全て「なおふみ」と言っているが正しくは「たかふみ」)
この「付加価値」という言葉に惹かれる。
何でもそう。
この業界、電波でもメディアでも結構。
芸能界でもいい、歌謡界でもいい。
そこに存在し続ける為に必要なものは何か?
付加価値。
「俺はあいつよりも」とか「これはあれより」とか比べる時の目安として「これがあるからいいんだ」という。
そういう付加価値を持っていないとダメなのではないだろうか?
この付加価値という言葉に武田先生はもの凄く惹かれる。
(付加価値とは)その人だけが持っている個性とか特性ということかと思う水谷経。
でもそれは「誰かさんの為に役に立つ価値」ということ。
これはズバリ言うと、70(歳)の半ばを過ぎて生きていて、どこかでやはり「選ばれたい」とか「その仕事だったらやりたい」とかという欲望はある。
それと仕事が二つやってきた場合、あの仕事、この仕事。
その時に自分の価値観の真ん中にあるのは付加価値。
この付加価値というのは物事を決める時の重大な要素ではないかな?と。
もの凄くザックリ言えば、武田先生は70半ばを過ぎている。
70半ば過ぎているどころか、もうあと数年すれば80が見えてくる。
そんな自分で加齢という事実が待っている。
「オマエはだんだん役に立たなくなるぞ」というのは。
それは思う。
昔ほどもうタフではない。
それは誰でもそうなると思う水谷譲。
はっきり言うが、荒川の土手にモモヒキ無しでは立てない。
寒い。
年を取ったから。
若い時は(モモヒキ無しで)立っていた。
金八先生はスカスカのズボンにワイシャツにネクタイだけ。
でも寒いとも思っていなかったということかと思う水谷譲。
それはそう。
無我夢中で。
初主演だから。
試されているのはありありとわかる。
荒川の土手が一月寒いと気づいたのは(「3年B組金八先生」の)パート2の後半から。
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(加藤)優の家に行って帰りのシーンで「寒いな!ここ」と思った。
それぐらい若さの時の馬力がある。
もう今はダメ。
つまり自分の付加価値が落ちてきた。
「武田ってのは使っても使っても使いやすいよ」とか「使っても使ってもひっくり返らないよ」とか、そういう丈夫さで雇われていた。
その付加価値が落ちてきた。
これからはもうどんどんその付加価値、その今まで売ってきた付加価値が武田先生には無くなる。
「じゃあ来年の付加価値どうする?再来年の付加価値どうする?」という。
そういう意味で「俺も付加価値、考えないとな」という。
それでいったら今でも記憶にあるのが、武田先生がバラエティで頭から火を吹いたのは凄い付加価値だと思った水谷譲。
バカができる。
「バカができる」というのは付加価値。
「あまり賢いことを言わない」というのは付加価値に成り得る。
タレントというのいつも付加価値で新製品を持っていないと来年が怖い。
去年まで持っていた付加価値で生きていけると思ったら大間違い。
武田先生の70半ば過ぎての付加価値、「どうしようか」と思った時にこの本が目に入った。
【ウォーミングアップ】
この問題を考えてみてください。
問題
ハワイでダウンジャケットを
売るには
どうしたらいいでしょうか?(9頁)
このダウンジャケットに付加価値を付けないとハワイでダウンジャケットは売れない。
どう付加価値を付けるか?
ハワイでもたまに寒い日はあるということで、そのダウンの袖が外れて「ベストのダウンになるからより着やすくなります」ということかと思う水谷譲。
グッドだと思う武田先生。
この本の著者、柿内さんという方がおっしゃっているのは「しっかりと売る相手を見ましょう」と。
ハワイにやってくる人は観光客が多い。
そういう人達にダウンジャケットが必要な場所がハワイに一か所だけある。
旅行者がハワイにある標高4200mの「マウナケア山」に登るとき用に売る。(13頁)
だからそこに向かって途中のお土産屋さんで「マウナケア寒いよ」と言いながらダウンジャケットを売るという。
4200m。
寒いの何の。
そういうお客さんを選んでダウンジャケットを売る。
もう一つハワイからアラスカあたりに旅をしようとする人を見つける。
「客を選ぶことだ」と。
「付加価値」というのをそんなふうにして付けていかないと物は売れませんよ、という。
月曜日に語った表題、本のタイトルだが、オムライスの付加価値。
どう思うか?
卵を薄焼き卵のオムライスではなくて、フォークを入れるとトローンと溶けるから「インスタ映えする」、みたいなことかと思う水谷譲。
たとえば、「復興支援オムライス」として、お店で出すオムライスにケチャップで応援メッセージを書いてもらいます。(45頁)
何かのイベントにちょっと引っかけてオムライスを出すとか。
そんなことをおっしゃって。
武田先生は何を思ったかといったらやはり、オムライスの名前だと思う。
「母の日プレゼントオムライス」とか。
「卵と鶏肉」は「親子」だからオムライスのケチャップご飯を暖かそうな布団が包んでいるというような形にすれば、「親孝行オムライス」とか「母の日オムライス」とか、そういう名前を付けると付加価値が付くという。
この手の発想。
ネーミングは大切だと思う水谷譲。
もの凄い大ヒット。
事の始まりは1990年代後半。九州エリアで12〜1月にかけてKitKatの売り上げがなぜか伸びていたそうです。
伸びている理由がわからず、メーカーが聞き込みをしたところ、受験生の親や友人がお守り代わりに受験生に贈っていたことがわかりました。
「キットカット」を「きっと勝っとお」と語呂合わせして、縁起をかついていたのです。(230頁)
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「必ずあなたは勝っているよ」というのを博多弁で「きっとかっと」という。
ちょっと(語尾が)上がる。
「アンタきっとかっと。よう頑張りよったけん、あんたきっとかっと」
これが「キットカット」になって。
それで博多でやたら売れるものだから、お宮さんなんかと受験のお守りにキットカットと。
博多ではなくてもワリと日本全国で「きっと勝つと」みたいなことで売っていると思う水谷譲。
それであそこのチョコレートメーカーが優れているのは、メッセージが書けるようにチョコレートのパッケージに白いメッセージののりしろを空けた。
そこにマジックで「頑張って」とかと書けるようになったという。
たかだかこれだけで、もの凄い売れ行きらしい。
だから天満宮の境内で絵馬の手前でキットカットという、この三枚の絵になると、そのいつも食べているチョコレートが付加価値を付けるという。
こうやって考えると付加価値は面白い。
付加価値の現状を改めて見る。
これは面白い。
富士山の山頂の自販機で売っているペットボトルは、1本500円(50頁)
これが五合目では100円だそうだ。
七合目で300円。
付加価値というのはそういうこと。
売る場所によって価値が変わるという。
また問題。
例えばエビフライ。
お皿に盛りつけてあるのはエビフライ、キャベツの千切り、タルタルソース。
隅っこの方になぜかパセリ。
水谷譲への問い。
パセリにはどんな価値があるでしょう?
彩りがいいと思う水谷譲。
これが付加価値の難しいところで、価値には「既存の価値」。
そのもの本体、エビフライでいうところのエビフライがある。
付加価値。
これはキャベツの千切りとかタルタルソースなんかも付加価値なのだろう。
それから何の役にも立たない価値というので「不要価値」というのがあって、パセリなんぞは一瞬、不要に思える。
無くてもいいと思う水谷譲。
パセリを求めてエビフライを頼む人はいないワケで。
このへんが付加価値の難しさだが、実はあのパセリは不要価値として乗っているのではない。
・パセリに含まれる成分に殺菌効果、消化促進効果、消臭効果があるため(64頁)
パセリがついている理由を知らない、知っていてもそれがうれしくなければ、それは「不要価値」です。(62頁)
パセリがついている意味を認識して、パセリがついていることがうれしければ、それは「付加価値」です。(62頁)
「パセリをきちんと付けている」というのはコックさんが知っておられるという。
だから物事を知らないと付加価値というのを発見する能力が無いということになる。
ここからは武田先生の独り言。
初日にお話しした話だが、武田先生の場合だとタレントとしての付加価値。
加齢と共に武田先生はどんどん老人になっていくワケで。
老人になってゆく我が身に、どう付加価値を付けていくか?
でも役者さんは、老人であることが付加価値になるのではないのかと思う水谷譲。
だからそれをどう呼ぶか?
武田先生もそれを狙っていた。
老人になれるのだから、「老人役は俺だな」と思ったのだが、結構いる。
シャープな年寄りは大竹(まこと)さん。
あの人なんて老人。
舌鋒鋭い理論家だもの。
大衆演劇の梅沢(富美男)さんだっている。
あの人はコンビのコマーシャルで老人をやってらっしゃるワケで。
「私だったらもっといいふうにできる」と思うのだが、雇われなかったから仕方がない。
武田先生にはタヌキとキツネが付いている。
「老人役」と簡単に言うが、先輩がいる。
徳光(和夫)さんがいる。
徳光さんは役者さんではないと思う水谷譲。
役者さんではなくても、あれくらいテレビのレギュラーを押さえている人はいない。
バスに乗っかってウロウロ歩くヤツで移動中、全部寝ているのだから。
でもそれがキャラになるというのが凄いと思う水谷譲。
それが付加価値。
「キャメラが回っても眠れる」という。
それがあの人が見つけた付加価値。
それに比べて武田先生はウダウダ「(今朝の)三枚おろし」で・・・
武田先生も必死になってやっているのだが、ちょっとうるさいかも知れないが小話とかは上手い。
いろんなことをよく知っている。
記憶力がよくて、昔のセリフなんかも全部頭に入ってらっしゃると思う水谷譲。
今、朝にやっている(テレビ)番組で谷ナントカ(谷原章介)さんが「しかし、皇室も大変ですね。朝、早くから」というようなコメントをなさった。
だから「朝廷」と言う。
「朝廷」というのは朝早くから働いているから「朝廷」と言う。
そうしたらあの人が「ああ、そうですか」と言った後、コマーシャルに入った瞬間「今、言う必要あります?」。
そんな怒るなよ。
でも「へぇ」と思う水谷譲。
そういう「へぇ」という一瞬の芸はできるのだが。
さあ、その他にどう付加価値を付けていくか。
「レストランのスタッフで、入って来たお客さんに対して『お好きな席にどうぞ』と言う人がいますが、私はそれはサービスだとは思っていません。入ってきたお客さんにとって、そのときに最適だと思う席を勧めることがサービスだと思っています」(102頁)
混雑時に案内するならば店内整理の為の「お好きな席」ということで店内を詰めて使う為にスタッフがそう発言するのはわかる。
しかしお客さんがいない時「お好きな席にどうぞ」。
客に席を選ばせてどうするんだ?それがサービスだと思っているのか?
ガラガラの店内でも「はい、わかりました。ちょっとお待ちください」と言いながらザッと見渡しておいて「こちらへどうぞ」と言うと付加価値が付く。
それで窓際の席を見つけてお客様をご案内したら「紅葉が始まりました」とか「間もなく桜の季節ですね」とかと言うと「私が選んだこの席へ」というのもサービスですよ、という。
スターバックスの「サードプレイス」は、ナラティブがうまく伝わったケースです。自宅でも職場でもない、居心地のいい第3の場所を提供するというストーリーが多くの人に響きました。(104頁)
「居心地の良い場所を提供する」というのがスタバなんだ、という。
もう一つ聞き慣れない言葉で、辞書を引きながら意味を知ったのだが、あらゆるものにナラティブを付けていく。
「ナラティブ」とは、物語や語りという意味で、−中略−
ストーリーとナラティブは正確には意味は違うのですが(104頁)
ナラティブというのは自分の主張や感情、解釈が真ん中に、という。
こういう違いがあるワケで。
これを付加価値として付けるのが重大なのではないか?という。
ナラティブというのにもの凄く惹かれた武田先生。
芸能で生きる者にとって歌唱力とか話術はもの凄く大事なもの。
ところが芸能界で生きていく為には歌唱力、話術だけでは持たない。
やはりナラティブ。
主観の物語を持っているかどうか。
個性とは逆のもの。
そういうものが必要なんだ。
「個性とは逆のもの」
これは深い。
その人が今まで生きてきた価値とされたものの反対側を持っているか否か。
武田先生の場合は何をイメージするか?
このしつこい喋りとか、出てこない結論とかいろいろある。
「金八先生」だと思う水谷譲。
では武田先生に付加価値を付けるとすれば何を付けるか?
今までに無いものということかと思う水谷譲。
簡単。
生徒になればいい。
教壇を降りて生徒の側の椅子に座る。
そういう物語を持っていることが武田先生には大事な付加価値になる。
だから(合気道の)道場に通っている。
強くならないのに。
武田先生は「何でかな?」と思ったらそれだった。
合気道の道場に行って習うナラティブ。
若先生が合気道の体術を教える。
「力んじゃダメ、柔らかく相手を包め」
その時に武田先生がバカデカい声で「なるほど!」とかと言う。
でも若先生は嬉しいようだ。
生徒役だからこそ喜ばれる場所が武田先生には一か所ある。
「これで俺は俺の付加価値を今、作ってるんだぞ」という。
自分の得意技じゃない技を下手クソながら練習し続けるというところに、その人のナラティブを持った付加価値が生まれるのではないか?
先生役をやっていた人が自分の付加価値を増す為に生徒に徹してみるという。
それが「ナラティブ」「自分の物語を作る」という。
伝えたいこと、そのことを更に発展させる為には「教えたい」の反対側「教わりたい」。
伝えたいこと、それを逆の言葉で語るという能力を持っていないと・・・
今、いいことを言った。
自画自賛。
付加価値とは伝えたいことを逆の言葉で語る。
それがナラティブなのだ。
これは本に書いてあることと半分半分。
武田先生の場合、調合が難しい。
伝えたいことを逆の言葉で語ることを物語にする。
何か?
有名なのが、以前CMであったこのコピー。
「まずい! もう一杯!」(109〜110頁)
これ。
伝えたいことを逆の言葉で語ることによって、そこに物語を作っていく。
「まずい! もう一杯!」
「日本で2番目にまずい店」
ある場所で見たラーメン屋さんの看板にこう書かれていました。(109頁)
こういう伝えたいことを逆の言葉で、逆の表現で語る。
それが物語を作っていく、ナラティブを作っていく。
ズバリこの人、八代亜紀。
「おんな港町」
(ここで本放送では「おんな港町」が流れる)
八代亜紀というのは、この逆張りというか「おんな港町♪」泣かせのところで「誰にもわからない♪」と歌の中では女が一番つらくて泣いている箇所。
女の気持ちなんか「誰にもわからない♪」。
そこで八代さんは敢えて笑う。
魔力。
ニヤっという感じで歌ってらっしゃると思う水谷譲。
そう。
つらくて泣いている箇所にもかかわらず笑っている。
ここに彼女のナラティブがある。
自分の主張や思いを優先させるのではなくて「相手ベースで顔じゃ笑ってるんですが、心じゃ泣いてるんですよ」という。
大人の芸はそこ。
逆張りのナラティブで自己を表現していくという。
芸能界にいっぱいいろんな歌手の人がいる。
歌が上手なばかりに伸び悩んでいる人はいっぱいいる。
これは伸び悩んでいる人ではないが、デビューの時のエピソードで聞いた話だが、小柳ルミ子さんとか五木ひろしさんとか、歌が凄く上手。
レコーディングをやる。
本人は張り切っている。
平尾(昌晃)さんが一回しかやらせてくれない。
小柳さんも五木さんもリハ(リハーサル)だと思っている。
そうしたらもう(平尾)先生が帰ってしまう。
「いや、今、軽く喉慣らしただけ!」とかおっしゃるのだが、平尾さんは相手にしなかったという。
誰からか聞いたのだが「レコーディングをする時に、もの凄く上手なのをみんなシンガーは見せたがるが、レコードを買いに来るお客さんは上手な歌なんか求めてない」
これは意味深。
「深いい話」だと思う水谷譲。
「歌の上手・下手」で「売れる・売れない」ではなくて、その他の何か、つまり声の付加価値で売れてるんだ、という。
付加価値。
どうやって付けるかと考えると、ちょっとワクワクしてきたという70代半ばを過ぎた武田先生。
今週はこれっきりで、この続きはまた来週のまな板の上で。





