(著者は)青木冨貴子さん。
「ジョン・レノン 運命をたどる」という一冊を読み下している。
講談社から出ている。
ビートルズファンならずとも興味津々で読める本。
青木さんのライターとしての目というのが独特の目をしておられる。
この人はクレバーな方。
ジョン・レノンとヨーコさん、その足跡を辿りましょう。
ビートルズが解散した1970年、そしてそれから1年経った1971年の1月のこと。
ジョンとヨーコは二人の作品を発表している。
「アメリカで発売されたアルバム・タイトルが『ジョン・レノン プラスティック・オノ・バンド』というのです。(66頁)
東芝音楽工業のディレクター水原健二は−中略−
まぎれもないヨーコ・オノからの電話を受け取ったのは、1971年1月21日のことだった。(64頁)
前にもお話したが高嶋弘之さん。
あの高嶋(ちさ子)さんのお父様、あの方がイギリスのEMIとの結びつきがもの凄く深くて、日本でのプロモーションで大活躍した高嶋さんに関してはEMIも、その功績を認めている。
何かあったら直にEMIの方に「相談乗ってくれ」と、かかってくるそうだ。
これは高嶋さんの功績で、ビートルズの人気が日本で伸び悩んでいる時に、高嶋さんはイギリスIMEに対して「英語のタイトルじゃ売れないんだ。とにかく日本のタイトルを付けさせてくれ」とずっと粘ったようだ。
ビートルズの初代担当であり前任者の高嶋弘之は「抱きしめたい」という名タイトルを生み出し(64〜65頁)
ビートルズはこのあたりから火が点く。
それで日英での大ヒット、ミリオンヒットにつられてアメリカで「I Want To Hold Your Hand」が人気を得た。
それで高嶋の後釜にちょっと相談したいことがあるから、
「ヨーコです。帝国ホテルに泊まっていますから、いらっしゃらない? いま、二人でおりますのよ」(64頁)
それで水原健二さんという方が会いに行ったらジョン・レノンから「アルバム作ったばっかりなんだ。それで日本名のタイトル付けて、日本で売りたいから」。
それを頼んだそうだ。
これはもちろんジョン・レノンの意向ということだが、日本語で交渉なさったのはヨーコさんなのだろう。
「ジョンの魂」は「マザー」という歌から始まる。−中略−
そんなことを話すジョンの言葉をヨーコが丁寧に通訳してくれた。−中略−「それに彼女の言葉はむかしの上流階級の人が話すとても綺麗な日本語だったのでびっくりしました。(67頁)
その美しい日本語ゆえに水原さんはうっとりしたという。
その「マザー」の邦訳を、日本訳を聞きながら水原さんはアルバムタイトルの日本名が湧いてきて。
私が日本の題名を『ジョンの魂』と付けたら、ヨーコさんがとても喜んでくださった。(66頁)
その時にジョン・レノンさんも日本に馴染んでいた。
日本語でおっしゃった。
「このアルバムはシブイ≠フです」(71頁)
洋子さんと初めて二人揃ってやってきたという旅行がジョンさんにとっては初公演以来だった。
もうメッチャ、この時、日本に興味を持つ。
ここから凄い話。
来日の折、ジョンは日本の骨董屋巡りを趣味にしていた。
湯島にある羽黒洞という骨董品店をヨーコと一緒に訪ねた。(68頁)
ヨーコの説明を聞きながらジョンは掛け軸や禅画、禅宗のお坊さんが描いた絵などに興味を持って白隠を理解した。
白隠。
この人は禅宗のお坊さん。
丸一個を書く。
「その丸が見事」という。
或いは丸四角三角を描いて棒で一本貫いたというのが白隠さんの絵なのだが、ジョン・レノンは「それが素晴らしい」と言い出して。
ジョンは買ったようだ。
250年前の禅宗のお坊さんなのだが、ジョン・レノンは前衛を感じたそうだ。
それで「禅は面白い、禅は面白い」と言い始めたという。
そのうちにこの骨董屋さんの羽黒洞が凄い物を奥から取ってきた。
芭蕉の有名な俳句「古池や蛙飛び込む水の音」の短冊を見せるとジョンの目の色が変わった。「ハウ・マッチ」と問い、「二〇〇万円」と答える。当時の二〇〇蔓延はおそらく現在の一〇〇〇万円くらいはするだろう。それを知ってか知らずか、ジョンは一声「オーケー」と言った。(69頁)
「こういう類のものは他にないのですか」とジョンが訊いてきたので、良寛や一茶の短冊も見せると再び「オーケー」という。−中略−「私がこれを買って海外に持って行っても嘆かないでください」と言った。ジョンは日本の家を建て、日本の茶席をつくり、日本の庭で日本の茶を飲み、床の間にこれを飾って、日本人の心になってこの芭蕉を朝夕に見て楽しむから(69頁)
彼のジャポニズム、或いは禅宗への傾倒というのはアーティスト生命を賭けるほど、強く激しかった。
これは武田訳。
青木さんの本には無いのだが。
お経なんかも凄く勉強していた。
般若心経。
その影響で作ったと思われる歌もある。
「色即是空 空即是色」
これは言葉が反転している。
「色は空である 空は色である」
彼の作品の中に「ラヴ」というのがあるのだが、典型的に禅宗、或いは般若心経である言葉の使い方。
Love is real, real is love
Love is feeling, feeling love(ジョン・レノン「Love」)
「色即是空 空即是色」
ジョン・レノンにはそんな感じで東洋を感じる。
ずばりジョン・レノンの作品で「ゴッド」。
(ここで本放送では「ゴッド」が流れる)
God is a concept by which we measure our pain
I’ll say it again(ジョン・レノン「God」)
「神は私達の苦悩を測る物差しなんだよ」
以下、ずっと否定していく。
これは仏教のやり方。
「善は悪ならず、悪は善ならず」
そういう「ゴッド」の中では
I don’t believe in magic
I don’t believe in I-Ching
I don’t believe in Bible(ジョン・レノン「God」)
どんどん否定していく。
今の「ゴッド」と非常によく似ているのが曹洞宗の道元。
「正法眼蔵」
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道元はこんなことを言っている。
仏道をならふといふは、自己をならふなり。自己をならふといふは、自己をわするるなり。自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。万法に証せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。(道元「正法眼蔵」)
この頭のところの「仏教を勉強するとはどういこと?」「これはね、自分を勉強することですよ」「自分を勉強するとは?」「自分を忘れることですよ」。
このへんの禅の言葉遣いが「ゴッド」なんかに反映されていると思う。
God is a concept by which we measure our pain(ジョン・レノン「God」)
「神様は何?僕達の苦しみを測るメジャーなんだ」
この発想は仏教。
そしてもう一つ、これは羽黒洞の骨董屋の主人が残しておられるエピソードなのだが、こんな凄いことがあった。
この羽黒洞のご主人が歌舞伎界に詳しくて
二人を歌舞伎座に連れて行ったと続けた。ちょうど歌右衛門と勘三郎の「墨田川」をやっていた。(70頁)
勘三郎は先々代。
お父さんの方の勘三郎。
「勘三郎が漁師を演っていたんです。歌右衛門の演じるのが子供をさらわれた母、狂わんばかりに子供を探し、流れ流れて墨田川までくると、漁師から子供は川に落ちて死んだと知らされて大狂乱、泣き崩れるという舞台です」−中略−ジョンの頬に止めどなく涙が流れていた。(70頁)
「ジョンは泣いて、泣いて、セリフはわからなくても歌舞伎を心から理解しているようでした。(70頁)
ジョンというのは日本人の何かに感応して、影響を受けていたという。
プライベートな日本旅行を楽しんだジョンは、イギリスへ帰るとすぐ次のアルバムの録音に入っていた。(77頁)
東芝の水原さんを録音現場に招待している。
それでその次の年、1972年、ジョンと洋子はセカンドアルバムを発表する。
もう何かの物語のようだ。
日本の旅が終わってニューヨークに戻って二人はアルバム製作にかかった。
一年ぐらいでアルバムを完成させた。
そのアルバムが「イマジン」。
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この「イマジン」はベトナム戦争で悩んでいる若者達を励ます。
ベトナムという小さな地域でアメリカ軍がちょっと殺伐としたものの言い方になるが殺したベトナム人は300万人。
亡くなったアメリカの兵士が10万人。
そんな悲惨さの中でジョン・レノンは「イマジン」を歌っている。
「ベトナム戦争の最中の歌だ」ということを思い出していただくと、「イマジン」というのがいかに傑作かわかる。
ジョン・レノンは聞く人に訴えかけ、呼びかける。
君は僕のこと、夢みがちなヤツだと言うかも知れないが想像してみようよ。天国なんかないんだ。地獄なんかないんだよ」
ジョン・レノンの最初の断固たる呼びかけ。
「天国がないと思ってごらん。地獄がないと思ってごらん。そこにあるのは空しかないんだよ」
我々にはわかりやすい。
「空(くう)」の思想。
ところがジョン・レノンのイマジンは宗教否定として放送禁止になっている。
このアルバムを作っている最中
「水原さん、ニューヨークへいらっしゃらないですか」
ある日、ヨーコはそんな誘いの言葉をかけてきた。何でですかと尋ねると、
「次のアルバムが出るんですのよ」(75頁)
ご飯も水原さんに「食べにおいで」とダコタ・ハウスに行った。
水原が二人の部屋へ行くと、ジョージ・ハリソンが来ていた。ボブ・ディランも一緒だったので驚いた。(81頁)
それでその水原さんもお家事の手伝いをしたという。
この時にどんな話かわからないが青木さんの筆によれば、ジョン・レノンが最も熱くジョージ・ハリスンとボブ・ディランに薦めたのが日本のこと。
「面白い文化だよ」という。
何か嬉しいと思う水谷譲。
歌舞伎の印象がよほど強かったと見えて、−中略−ジョンはその話になると声を出して歌舞伎の舞台で聴いた音を真似した。(80頁)
青木さんの「ジョン・レノン 運命をたどる」、これは講談社から出ている。
ここまで書いた本は無かったから、凄く興味深かった。
しかもこの1972年、3年は大変だった
ヨーコさんもジョン・レノンさんも。
何でかというと、ヨーコさんもジョン・レノンさんも「反戦活動をしている」というのでFBIの尾行を受けている。
アメリカはそういう国。
ジョン・レノンに関してはイギリスの過激派のIRA等との関係が疑われていて。
つけてくるような日々を過ごしていた。
この時におそらく最初にご紹介したピート・ハミルさん達とニューヨーク・タイムズの記者達とも仲良くなった。
本当に面白いことに1975年になるとピタッとFBIの尾行が止む。
アメリカがベトナム戦争に敗れた。
この1975年は本当に武田先生は忘れない。
武田先生達にも影響があった。
お客さんが入らない。
武田先生もずっと「何でかな?」と思って。
アメリカがベトナム戦争に負けたから。
(海援隊は)反戦フォークだった。
ところがアメリカが負けてしまったものだから、もう反戦ソングを歌う必要が無い。
1975年に大ヒットを飛ばした日本のシンガーは誰か?
時代論の面白いところだが、松任谷由実さん。
(番組内では「松任谷由実」を「松任谷ユーミン」と言ったが「松任谷由実」としておく)
つまりあの手の「おうちへ帰ろう」ソングがウけ始める。
あのひとの ママに会うために−中略−
バスルームに ルージュの伝言(松任谷由実「ルージュの伝言」)
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井上陽水さんは
「さみしさのつれ・・・」
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手紙を書く。
それぐらい余裕があった。
小椋佳さんなんか凄い。
陶磁器を見ているのだから。
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武田先生達がウケるワケがない。
武田先生達は旅の歌ばかり歌っていた。
「故郷未だ忘れ難く」とか。
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1975年はかくのごとくガラッと時代の様相が転換するという。
やはり歌の中に時代が映り込んでいる。
1975年、ベトナム戦争はアメリカの敗北で終わっている。
南北民間人合わせて約300万人の死者、アメリカ兵5万8千人の戦死者。
無敵だったアメリカが小さな半島の国家・ベトナムに敗れ去った。
そしてこの1975年をもって、この言い方が正解。
「政治の時代」が終わる。
何か意味深。
フォークソング。
日本でも政治的な運動の中から興ってきた歌声運動なのだが、このベトナム戦争、アメリカ敗北によってピタッとフォークソングの戦いが終わってしまう。
その間、放送禁止になっていた「イマジン」。
これが放送禁止ゆえに強烈な力を持っていた。
これは歌の力の凄さ。
とにかくベトナム戦争に反対する時、みんな大声を上げて「イマジン」を歌った。
放送禁止にしてあるからこそ、なおさら人が歌う歌になった。
ところがニクソンがウォーターゲートというスキャンダルで追い詰められていって、権力の座から落ちていく。
そのうちに独り歩きする「イマジン」がジョン・レノンを反戦世界平和のシンボルとして取り上げるようになっていく。
そうすると誰もがジョン・レノンの生き方を、或いは歌の影響を受ける。
恐らくジョン・レノンにとって「イマジン」は「シー・ラヴズ・ユー」とか「ヘルプ」とか、「フール・オン・ザ・ヒル」とか、そこらへんの中の一曲だと思うが、ベトナム戦争を挟んでの「イマジン」ということで、この一曲の中にジョン・レノンが閉じ込められていくという。
ここから本当に世間の不思議さ。
反戦、或いは世界平和のジョン・レノンということで、彼のことを暗殺しようとするものが増えてくる。
その手の脅迫状が舞い込み始める。
本当に気の毒。
有名であることの切なさ。
目の前に迫ったテロリストの脅威に立ち向かうため、皮肉なことにこんどはFBIの助けが必要になったのである。(164頁)
相当有名な弁護士さんがついておられた。
そうしたらこんなもの。
脅迫事件はFBIの手に任されたが、犯人も捕まらず、特定もされないまま数週間後に捜査は終わっていた。(165頁)
その気丈な洋子さんが占いに頼るようになってしまう。
(本によると占いは脅迫される前から)
ヨーコは「占星術」や「霊媒師」「方位学者」に入れ込むようになっていた。(159頁)
敵が見えている時の方が人間はファイトが燃える。
だからFBIがつけているとなると、友人達とも手を組んで「権力に負けるな」という。
ところがこれが脅迫者・暗殺者になると姿を見せないものだから恐怖が増すのだろう。
それでベトナム戦争の最中に作った「イマジン」の中に閉じ込めるというか。
だからアルバムは出すものの「イマジン」以上の傑作ができない。
やはりジョンさんも作っていながら自分が凡作しかできないのが分かってしまうのだろう。
もう「イマジンの呪縛」ということだと思う水谷譲。
これがヒット曲の難しいところ。
ヒット曲がその人をジャンプさせることもあるし縛り付けて沈める時もある。
それでジョン・レノンさんは活動休止に入ってしまう。
レノン一家が南西回り世界一周の旅に出発する(170頁)
かくの如くして、嵐の70年代が過ぎていく。
そしてやってきた希望の1980年代が始まった。
これと同時にジョン・レノンさんに歌心が戻ってきた。
ショーンとともにバミューダ植物園にあるレストランへ行くことになった。−中略−フリージアが咲いている歌壇があった。
ジョンは足を止め、黒い地に白い文字で「ダブル・ファンタジー」と彫ってある小さな長方形の表示板をじっと見つめた。二人の人間が同時に同じイメージを描いたら、それはダブル・ファンタジーという神秘なのではないか、とジョンは思った。探していたアルバム・タイトルを見つけた瞬間だった。(174頁)
(このあたりの経緯は番組の内容とは異なる)
というわけで年は暮れていっていよいよ製作にかかるという。
その名前をそのままにアルバムタイトルにして、アルバム製作に乗り出した。
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これも夢中で聞いたのを覚えている。
「スターティング・オーヴァー」から「キス・キス・キス」「ギヴ・ミー・サムシング」「アイム・ルージング・ユー」、そして「ビューティフル・ボーイ」。
(ここで本放送では「ビューティフル・ボーイ」が流れる)
5歳になったショーン君がジョン・レノンにもの凄く大きな影響を与える。
「この子と一緒に咲く『ダブル・ファンタジー』でありたい」という思いを込めて作ったということ。
ジョンは40歳を迎え(176頁)
さて、この本だが「もう一人の男はどうなった?」と大声で叫んでらっしゃる方もいらっしゃるかも知れないが、「ジョン・レノン 運命をたどる」青木冨貴子さん。
120ページを費やしてジョン・レノンの半生を語っておられる。
残りの3章でチャップマンを辿る。
アメリカ南部テキサスに生まれたこの男は、アメリカの様々な刑務所を転々と渡り歩くことになる。
チャップマン自身も、かなり危険。
何が危険か?
刑務所の中に、彼を殺して名前を挙げようとする人達がいる。
だから転々と刑務所を移している。
その間にチャップマンの妻・グローリア洋子さん。
刑務所通いをなさっている。
もの凄い立派なご婦人。
それでこのグローリア洋子さんがチャップマンの人柄等々に関しては克明に話してらっしゃるのだが、ここははっきり言って楽しくない。
非常に苦しい話が多い。
チャップマンというのは幻覚が激しいらしくて、鬱病の発作が続くと手が付けられないくらい暗くなってしまう。
精神の病で、気分が安定しない。
チャップマン自身、自殺を何度か試みている。
そういう中でチャップマンが縋り付いたのがキリスト教。
神に縋ること。
「16歳になってドラッグをやめて神に目覚めた頃、−中略−『イマジン』は神に対する冒瀆だと言い(277頁)
ジョンが天国もない世界を想像してごらん、下には地獄もないし、上には空があるだけと「イマジン」のなかで歌ったのに大いに反発した。(278頁)
そして80年の12月8日の深夜遅く、ジョン・レノン、その彼に銃弾を数発撃ち込む殺人事件を起こしてしまった。
ただ青木さんが凄い皮肉なことを書いてらしたので。
最後のアルバム「ダブル・ファンタジー」がリリースされた時、−中略−ジョンの久方ぶりのアルバムは思うほど売れなかった。
ところが、ジョンが亡くなったことによって「ダブル・ファンタジー」は一気に世界のヒット・チャートのトップに躍り出て8週間もナンバーワンの座にあった。(286頁)
何かそんなことと天秤に置かれる命の問題ではないのだが、しかしジョン・レノンさんのこの「ダブル・ファンタジー」のヒットを希望にしたいなというふうに思う。
殺されてもなお、その歌声に永遠の命がこもる。
そして二人の「洋子」。
ヨーコさんではないのですか、と尋ねるとたしかに「ヒロコです」と答えた。ジョージ・アベのくれたカードには「グローリア洋子」と書いてあったので、ヨーコであるとわたしが思い込んでしまっていた。(268頁)
そして両者共に日本というものを介在するという。
今、インバウンドで騒がしい、大賑わいの日本だが、日本を理解したトップバッターにジョン・レノンを。
そして武田先生はこんなことを思った。
「俺はジョン・レノンさんの高い高い音楽性、影響ちっとも受けて無ぇよ。音楽性が低いからな。でも、もし目の前にジョン・レノンさんが現れたら話したいことは山ほどある。他のミュージシャン達、深く深くジョン・レノンさんの音楽を理解している彼らには話題が見つからないかも知れないが、俺はジョン・レノンさんとは語り明かせない程の日本ネタは持っている」と。
ということで、運命の横糸・縦糸なのだが、いっぱい語り落としているところがあるので、チャンスがあったら是非一読の程、青木冨貴子さん「ジョン・レノン 運命をたどる」、講談社から出ている。









