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2026年05月28日

2026年3月23〜27日◆さいごにきみと笑うのだ

「さいごにきみと笑うのだ」

さいごにきみと笑うのだ: ふうかと紡ぐふつうの日々とふつうじゃない幸せ


著者は星野真里。
著者の星野真里は女優。
武田先生と「3年B組金八先生」で共演していて、金八先生の娘「乙女」という役で。

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20年、30年、同じシリーズを勤めたという。
もう今や中堅の立派な女優さんになっていて、その後、TBS男子アナと結婚。
様々に活躍しながら母となった、ということは聞いていて。
しかしそれでも深く知ることは無かったのだが、ひょんなことで、これも金八先生の縁だが、金八の息子役を演じていた幸作(佐野泰臣)が結婚することになって「お姉ちゃんとお父ちゃんには来て欲しい」という新郎からの頼みで父親役と娘役で祝いに駆け付けた。
そのテーブルで乙女の星野真里の方から実に明るく率直に「授かった子供に障害がある」と。
「それでもとても利発な子で、この子に励まされるようにして子育てができている」と。
その時にTBSのアナウンサーだった亭主だがTBSを辞めてしまったそうだ。
選挙に出られたと思う水谷譲。
それで娘の将来を考えて「福祉の方に打ち込む政治の側の人間になって娘を育てた」いと言って。
そこで別れた。
そうしたら選挙の季節が巡ってきて。
この間の選挙ではなくて、その一つ前の都議会選挙。
そこで一生懸命演説する人がいた。
武田先生は毎朝散歩に出るのだが、武田先生が住んでいるあたりの世田谷は電車が走ったりなんかしているのだが無人駅で。
ホームしかない。
そこで「ご通行中の皆さん!」と選挙演説をしている若者がいて、一生懸命演説をしている。
その彼をチラッと見ながらと「議会選が始まるのか」とかと(思って)いたら、その若き候補者が「私にも障害を持った子供がおります。私、ちょっと前まではとあるテレビ局の男子アナを勤めておりましたが、その職を投げ打ってでも娘の為に議員となりたい・・・」
何のことは無い。
(星野真里さんの)ご亭主。
彼は誰もいない無人駅で演説をしている。
やはり横を通り過ぎるのも何だと思って引き返して、思わず「アンタ乙女のご亭主かい」と声を掛けた。
そうしたらご亭主の方は跳ね上がって驚いて、「先生!」と言いながら。
「アンタ乙女のご亭主かい」と言ったものだから、すっかり先生に戻ってしまった。
それでちょっと立ち話をしたのだが。
「先日、乙女の方からアンタのことは聞いとったよ」婿殿にそのことを伝えた。
このご亭主も、やはりその自分の嫁さんの先生に会ったような気持ちになってしまったらしくて「いやぁ、先生!良いところにお住まいですね」とかと言う。
良いも悪いも、本当に無人駅のプラットフォームの横。
電車しか来ないという。
そんな風景の中で立ち話をしてすれ違ったのだが、実に正直そうな、実直な青年の印象で「ああ、この人が婿さんだったらきっと、乙女が言う通り明るい子育てができているんだろうな」と思って。
それで消息をお互いに知れたワケだが。
その女優の星野真里が本を出したということで、事務所に本を送ってきてくれた。
いいタイトル。
「さいごにきみと笑うのだ」
障害を持った子供を育てるというその若い夫婦が、そのことを書き記しながら、書き残しながら、「さいごにきみと笑うのだ」というタイトルはいい。
そんなことなので、決して宣伝ではないのだが、その星野真里という女優さんが、いかに子育てをしているかという、その本のタイトルに沿って、その本を読んでみようかなというふうに思って。
一週間だけ語ってみようかなと、そんなふうに思った。
おそらく大変だろうとは思うが、当事者となって子育てに当たることで、星野真里。
元々頭のいい子。
きっと素晴らしい感性でいろんなものを学びながら子育てを続けているんだろうなと。
そのご報告をということで一週間お付き合いくださいませ。

 2014年の終わり頃、私たちは新しい命を授かっていることを知りました。(13頁)

出生前診断の一つ、クアトロテストというものだけは受けることにしました。(13頁)

結果は大過無く。

 2015年7月30日未明、私は母になりました。(28頁)

(母になることに対する)怯えは無く、嬉しい気持ちしか無かった水谷譲。
でもある人もいる。
それが男だからわからない。
出産した後、星野さんはもの凄い何か息苦しい日々があったらしい。
女の子だったので「ふうか」と名づけて母親が身の回りの世話をしてくれるという実家暮らしでお母さんとしてのスタートをするワケだが。

そろそろ自宅に戻る準備をしようかというとき、私は急激な不安に襲われました。(30頁)

この感じ方がもの凄く生々しいのだが。

 家に帰ることが怖い。
 ふうかと二人っきりになることが怖い。
 かわいいと思えない瞬間があることが怖い。
(30頁)

そんな母性が私の中にあるのだろうか?
時々子供のことが嫌いになったり、いや、もっとよく酷く言うとあんまり泣くんで憎くなったりすること。
やはりそう感じる方もいらっしゃると思う水谷譲。

 おそらく、軽い産後うつになっていたのだと思います。(31頁)

(番組では医師から産後うつの診断を受けたように説明しているが本によると上記の通り)

母はこんな言葉をくれました。
「年がら年中、24時間ずっと子どものことがかわいい親なんていない。そもそも愛情って一緒に過ごした時間が育んでくれるものだから」
(31頁)

そのことでもの凄く自分は安心したという。
子育てが楽しくてしょうがなかったので、いろんなパターンの方がいらっしゃると思う水谷譲。
でもこれは絶対に否定しちゃいけないこと。
やはり武田先生も母親を知っているが、実の母親にはっきり言われたことがある。
小学校1、2年か、もっと小さかったかも知れない。
「鉄矢、かあちゃんはね、オマエを産むつもりはなかった」
それをどういう気持ちでお母様はおっしゃったんだろうと思う水谷譲。
母がいつも話していたのは、武田先生は6番目か7番目の子で、女の子が続いた。
兄が生まれた後、三人女の子が続いて「今度も女じゃないかな」となったらやはり女の子だったのだが、産後の肥立ちが悪くてシノブちゃんとかという武田先生の姉になる子が死んでしまったそうだ。
それでも父親が子育て下手の子作り上手だから、母親は妊娠に気が付いた時に「また多分女だろうから、もういらんな」と思ったそうだ。
それで「病院行こうかな」と思ってそのつもりでいたそうだ。
「午後病院行こう」
父が朝、弁当を持っていくのを忘れて、弁当を取りに帰って来たそうだ。
それで「オマエ、出かける仕度しとうが。どこ行くつもりか?」と言ったら「父ちゃん。〇〇〇。ちょっと病院行ってくてん」とかと。
そうしたら親父が不思議な直感で「いや、待っとけ。これもしかしたら男かも知れんぞ、今度は。産むだけ産んでみろ。四人も五人も変わりなかろうが」という。
母の口癖はもう小学校の時からずっと言われた。
武田先生は弁当一つで生まれた。
「父ちゃんが朝、弁当を忘れんかったらオマエはこの世におらんたい」
小学生の武田先生にする。
でも、小学校の時にいつも思っていた。
「俺の命は弁当一つ」と。
不思議なもの。
弁当の代わりに生まれた子が、こんな立派な親孝行息子になるのだから。

著者は星野真里で「さいごにきみと笑うのだ」という障害を持ったお子さん、そのお子さんの子育てを記したという本だった。
お子さんの名はふうかちゃん。
その子育てがいよいよ始まるワケで。
三カ月から四カ月頃、異変に気付く。
ふうかちゃんが同じ病院で出産したママ友の赤ちゃんと比べても成長がちょっと遅いように感じた。
こういうことがある。
出生前の診断で見つかっていない。

●首がすわる気配がほとんどありません
●体重もグラフの枠から出たままですし、ミルクの飲みもそれほどよくなく心配です
(35頁)

ふうかには生まれつき歯が生えていて(それを魔歯と呼ぶのですが)、そのフォローのため、すでにその病院の歯科にかかっていました。(36頁)

それらの往診でお医者さんが「もう一回検査やりませんか?」ということで疑いが出たのが

〈脊髄性筋萎縮症〉(37頁)

そこで著者は深い絶望を感じて「大変なことになった」と思う。

脊髄性筋萎縮症ではないことがわかったときにはとても安心できました。−中略−ふうかの本当の病名である「先天性ミオパチー」(38頁)

これが著者も余り詳しく書いていない。
何でかというと、まだよくわかっていないそうだ。
ただ成長が遅くて、骨が細くて筋肉の薄い子だそうだ。
本当に親心の凄さだが「絶対に育ててみせる」という勇気みたいなものが湧いてきたという。
「ミオパチー」なる病。
今でも正体が分かっていない病で。
体重、歩行が健康な子どもに比べて遅くて。
でもその中でも著者はその子と生きる暮らし、それがたまらなく幸せと思うようになる。
これは「凄いな」と思ったのだが、女優をやっている星野真里だが、

 娘との暮らしの支えにしたいと、私は社会福祉士の資格を取得しました。(46頁)

生活に困難を感じている人に対して福祉の専門的知識をもって相談を受け、支援を行ったり、つなげたりすることが主な仕事となります。(47頁)

国家試験でもの凄く難度が高いのだが、星野真里は勉強家だ。
子育てをしながら一生懸命やっている。
確かに成長が遅いふうかちゃんだが、よく眺めていると確かに成長の跡があるんだ、気配があるんだ。
そのことが星野真里を励ます。
このふうかちゃんも利発な子で、体重が増えていかない自分に少し苛立ってか、

ああ、痩せたいって言ってみたいわ
ぶにゅぶにゅの自分のおなか、見てみたいわ
(45頁)

車いすでなければ歩行はかなわないが、細い体と細い脚の他は全て少女としての成長がみられて、著者を驚かせる。
これが素敵な文章だった。
車椅子でもふうかちゃんの場合は電動車椅子。
もう十歳を超えておられるから。
これは武田先生は飛ばして話しているが。

 それは家の近くの少し大きな公園に遊びに行ったときのことです。−中略−しばらくするとふうかから−中略−「公園をひと回りしてくるからママはここにいて」と。
 自分で移動できるようになり、今度は一人で動き回りたくなったのだと思います。
−中略−心配です。−中略−
 迷いながらも「わかった」と答えると、うれしそうに私のもとから離れていきました。
(58〜59頁)

それで電動車椅子でビューンと駆け出したふうかちゃん。
もう祈るがごとく一周して帰って来る方角を見ていたら、何のことはない、見送った方角と逆方向からもの凄いスピードでふうかちゃんが戻ってきた。

 が、なぜか目の前を通り過ぎるではありませんか。二周目に突入するのでしょうか。−中略−そのまま公園の管理室へと向かい、何やら管理人さんとお話をしているようでした。
 一体、何をしているのだろうと不思議に思っている私の耳に、チャイムの音が届きました。
(60頁)

「迷子のお知らせです。車いすの女の子が迷子になっています」(60頁)

慌てて駆け寄って抱きしめたという。
ただその電動車椅子であっても、この少女の中にもう既に自立心みたいなものが育っているというのがもの凄く納得がいく。
いい話。

武田先生がちょっと拡大解釈をしているのだが、星野さんは一日の終わりごとに寝る前に二人でニコニコ笑いながらその日を振り返るという情景で「さいごにきみと笑うのだ」とという。
(本の内容とは異なる)
武田先生は人生の一番最後に車椅子の娘と「後悔しないぞ、この人生は」みたいなことで楽しく笑う母親と娘の姿を想像したのだが、それほど大きな笑いではなかった。
もっと密やかなつましい笑いだった。
昨日も話したのだが、電動車椅子に乗って公園一周の冒険旅行に出た娘さん。
その彼女がお母さんとはぐれて、すぐに公園事務所に行って、お母さんを呼び出した。
「迷子のお知らせです。車椅子の女の子が迷子になっています」
ベンチのママを見つけられずにママを探したのだが、この子は頭がいい。
「ママに恥をかかせたら悪い」と思って「私が迷子になった」ことにしたらしい。
この子は気の利く明るい子。

著者の報告でふうかちゃんの障害を知ることができたのだが、このミオパチーは各臓器の発達が遅れるという障害だそうで、危険なのは肺だそうだ。
目覚めている時はよしとしても睡眠時、肺と肺にまつわる臓器、例えば腹筋とか横隔膜とか等は呼吸に充分ではなくて呼吸そのものが浅いそうだ。
そこで寝る時は人工呼吸器を付けて眠らないと。
厄介は厄介なのだろう。
それで睡眠時は人工呼吸器を付けるのだが、付けたら付けたで寝がえりが打てないワケだから。

ふうかはマスクの装着を嫌がったので(64頁)

身体も大きくなり、呼吸する力もついたようで、−中略−人工呼吸器を卒業することができました。(64頁)

在宅診療所の先生から再び人工呼吸器の導入を提案されました。
「今は使わなくても問題がないかもしれないけれど、10年先、20年先のふうかちゃんの身体のためには寝ている間、機械で呼吸をサポートしてしっかり肺を育てることが大切です」
(65頁)

ふうかにも10年先、20年先という未来がある。それを当たり前の前提としているお話に胸が熱くなりました。(65頁)

そうすると、ふうかちゃんもお母さんの迫力に押されてか、人工呼吸器を付けるのは嫌がらなくなってくる。

熱い食べ物があったときにね
人工呼吸器の空気で冷ませるんだよ
(75頁)

「病と一緒に生きていくんだ」という覚悟を持ったふうかちゃんが星野ママは自慢で自慢で仕方がないということなのだろう。
さっき「肺が育つ」とおっしゃったが、そんなことは考えたことがなかった水谷譲。
(肺を)育てなければならない。
日本の古い行事で「泣き相撲」とかといって。
「泣き相撲」は赤ちゃんを遮二無二泣かせて。
肺を鍛えている。
昔の親の知恵で、泣く子は肺が丈夫になる。
(昨今は)「ほら、静かにしなさい」ばかり。
でも母を泣きながら探すとかというのは肺の為には最高の運動だそうだ。
人間は泣き声が何か悲しみとかではない。
やはり泣くには泣くだけの、泣く為の何か理由がある。

星野真里さんがお書きになった本。
「さいごにきみと笑うのだ」
小学館から出ていて。
武田先生は乱暴な物言いでザックリザックリ話している。
半分も本はいっていないのだが、とにかく一週分だけ話してみようと思って語った今回。
これはなかなか工夫されていて合間合間に、障害を持ったお嬢さんだが、ふうかちゃんのコメントが載っている。
そのコメントがまた子供らしくて可愛らしい。

 ふうかの病名は先天性ミオパチー。ただしこれは筋肉の疾患の総称にすぎません。その中にもいくつもの型があり、ふうかは中心核ミオパチーと呼ばれるものだそうです。(84頁)

 私たちの細胞の一つ一つには核が存在しています。通常この核は細胞の隅にあるものですが、ふうかの場合は中央にあります。だから中心核ミオパチーと名づけられています。何が原因でこのようになるのかはわかっていません。原因がわからないということはその治療方法を探すのが困難だということでもあります。(84頁)

幼稚園探しでもいろんな苦労があったらしいのだが、それはある意味では当然な反応だが、いろんな幼稚園を巡るのだが、病がはっきりしないので「当園としては今回は」と断られるところがたくさんあったようだ。

幼稚園から電話がかかってきたのです。それは何とかしてふうかちゃんと一緒に過ごせないか、その方法を探らせてほしいという、思ってもいない知らせでした。(86頁)

今度小学校に行った時にもふうかちゃん自らが校長先生に

「車いすでも入学できますか?」って聞いたとき
校長先生がすぐに「考えましょう」って言ってくれた
うれしかった!
(122頁)

日本の教育制度もなかなか難しくて、支援学級というのが各所にあるのだが、ここも細かい区分ができていなくて、肢体不自由と知的障害というのが同じように扱われているのだが、肢体不自由と知的障害児の場合は同じクラスで学び合うことは非常に難しい。
そして繰り返し繰り返し星野真里が言っているが、ふうかちゃんを引き受けてくれた学校の先生たちの頑張りというのは凄いそうだ。

まだ著者の子育ては始まったばかりで、この後もずっと感動の記録は続くのだが。

わたしの人生で一番大きな決断は中学受験をするって決めたこと
ここに行きたいっていう学校があったから
(114頁)

(番組では受験かどうかは書いていないようなことを言っているが上記のように「受験」と書いてある)
心から「この子の行きたがっている憧れの中学校に行けるといいなぁ」とフッと思ったりして。
事実というものがあるのだが、しかし物語というのはかくのごとく力を持っていて。
ふうかちゃんが自分の好きな中学校に進学して、三年生の時のクラスが3年B組になったりなんかすると、お父さんもお母さんも涙を流して喜ぶのではないか。
「どこか遠くから見ている幻のおじいちゃんもきっとあなたの成長に涙ぐむと思いますよ。頑張れふうかちゃん」とメッセージを送りながら、母親になった我がドラマ上の娘の星野真里のこれから先を祈りたいというふうに思っている。
同じような状況、同じ思いで子育てをしているお父さん、お母さんもいっぱいいらっしゃるので、この本を読むと凄く心強いと思う水谷譲。
でも星野真里の姿勢の一番いいところは、やはり「知ろう」とすること、「知って学んでゆこう」というとこと。
それが励ましの言葉になるかどうかわからないのだが、でも星野真里が今、考えていることというのを理解する人が世界にはいっぱいいるという。
これは奇跡のようなことだから。
ということは、やはり障害を持つ子供、これはもう確実に世の中に存在する。
その子達に対する考え方がもの凄い勢いで変わってきている。
この大きな時代の曲がり角。
もう「今までの歴史全てを消して新しい時代を」という、何かそんな時代がもうそこまで来ている。
やはりそのトップランナーとして星野真里みたいな人がいるんだろうと思うと、「これから君たちの世紀、君たちの時代を切り開く為にも、ふうかちゃんと一緒に頑張って欲しい」と。
そして「パパも頑張れ」ということで。
一週間のこの回を締めくくろうと思う。

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